現世発異世界方面行 (露草)
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プロローグ

「はぁはぁ……やばいよ、間に合うかなこれ……」

 

 冷たい雨が降りしきる暗い夜道を全力で疾走する。唯でさえ重い荷物を抱えているのに、豪雨といって差し支えない雨の中を走っているのだ。当然息も切れ切れ呼吸も乱れ、傘も本来の機能をほとんど果たせておらず、体はただ雨にうたれるがままとなっている。

 

 僕こと一之瀬彰が、そのような現状を捨ておいてでも無理に走っているのは至極簡単な理由で、単純に時間がないだけのことだ。今から僕が乗る予定であるバス――その出発時刻がギリギリまで差し迫っているのである。

 これが普通のバスであるならば、無理してまで乗り込まずとも次の便を待てばいいだけの話になるのだが、残念ながら今回ばかりはその手は使えない。というのも僕が乗ろうとしているのは予約制の夜行バスで、更に付け加えるならばそれが最終便であるために、次の便のキャンセル待ちという手段も使えない。つまりはここで逃してしまうと次の日まで待たなければならなくなるのだ。以前から練っていた今後の予定を考えると、ここでの大幅な時間ロスは正直厳しいものがある。

 

 普段の僕は集合時間に遅れるなどといった失敗はあまりしない。常に五分前行動を心がける好青年(実際は体育会系の部活動に所属していたために癖になってしまっただけ)を自称している程だ。特に今回などはイマイチぱっとしない地元を離れ、憧れである華やかな都会の高校へと進学し、待望の一人暮らしを始める――まさにその第一歩目なのである。今までの人生で間違いなく上位にランクインする重大なイベントに違いない。事前の準備を怠るわけがないし、今日のタイムスケジュールだって完璧に計画したはずだった。

 

 それなのに遅れた理由は単純。想定外のイレギュラー。

 地震雷火事親父。人間は古来より自然の力には敵わない。

 

 随分と大袈裟なことを言ったが、つまりは僕の住んでいる地域周辺に局地的な豪雨が襲い激しい雷が落ち、我が家で停電が起きただけのこと。そしてそれがちょうど僕が家を出ようとしていた時間帯の少し前に重なってしまったのだ。

 

 停電した当初はただ単に家のブレイカーが落ちただけだと思ったのだが、窓から外を窺うとお隣さんを始めとしたご近所の方々の家の明かりもついていなかった。つまりはここら一帯地域の規模での停電が生じてしまったということだろう。

幸いにも電力の復旧自体は停電から大した時間をおかずに迅速に行われた。それはいい、うん、それはいいんだよ。さすがは日本人、仕事が早いね。問題はそのわずかな時間に起きた悲劇なのだよ。

 

 その停電が起きた時、僕は間の悪い事に出発前最後の荷造り確認をしていたんだ。荷造り確認といっても服やら生活用品は前日に発送済みなので、持っていくのは数日分の服といったお泊りセットの類なわけなのだけど、それでも嵩張る物が多いためにそれなりに大きな荷物となってしまう。バッグを開いてはゴソゴソ漁るのを繰り返し。

 そのような状況下で突如暗闇の世界に閉じ込められた僕は、焦って懐中電灯を探そうと部屋を出ようとした際、その荷物を入れたバッグに蹴躓いて中身をぶちまけた挙句、引越し先には持っていかない物を集め放置していた棚を引き倒すという愚挙を犯してしまったのさ。

 

 外界で猛威を振るっている雷音風雨と同等以上の大音量をたてて倒れた棚。使わない物をぞんざいに詰め込んでいたために、停電が復旧したと同時に僕の目に入ってきたのは見るに堪えない混沌だ。床にはいつ買ったのか分からない小物やら聞かなくなって随分経ったCDやらが散在し、足の踏み場すらない有様。流石にそのままの状況で放置するわけにもいかず、片付けている間に当初予定していた出発時刻は大きく過ぎており、慌てて家を飛び出るはめになったのだ。

 

 片付けの最中に引っ越し先に持っていこうとしてすっかり忘れていたキャリングケースを発掘出来たことを差し引いてもやはりマイナス面の方が大きい。荷物が増えたとも言いかえる事ができるし。

 因みにケースの中にはトレーディングカードゲームとして世界規模で圧倒的なシェアを誇る遊戯王デュエルモンスターズのカードがぎっちりと収納されている。僕の数少ない趣味の一つなのだ。一枚一枚は薄い紙ではあるが、小学生の頃より集めていたため、塵も積もれば山となるという諺の通り全体の重量は相当なものになっており、事前に発送しなかったことを今更ながら後悔している。

 

 そもそも夜行バスを利用しようと思ったのが間違いだったのかもしれない。楽しそうだなぁなんて単純な好奇心でそんな選択をすべきではなかった。大人しく新幹線を使っていれば、わざわざ雨脚激しいこんな遅くの時間帯に家から遠く離れたバス停留所まで走る必要もなかったのだ。怨むぞ過去の僕め、ちゃんとこういう事態を想定してから決断を下せよ(無茶振り)。

 

 そんな益体も無いことを考えながら、激しくそして冷たい雨の中を駆け抜けること十数分。停留所手前まで来た僕の目に映ったのはドアが閉まり今にも発車しそうなバス。周りに他の車両も見えないし、おそらくあれが僕の乗る予定のバスだろうと見当をつける。

 

「そこのバス! ちょっと待ったぁああああっ!!」

 

 残念ながら現在地とバスとの距離を考えると、向こうが一瞬でも停止してくれなければ間に合わないことが明白だ。くそぅ、こんな初めの一歩で「僕の満喫一人暮らしライフ」が挫かれるなんて嫌すぎるし、なんというか縁起が悪い。せめてスタートくらいは心地よく切らせてくれよ神様!!

 

「お~い! 待ってくれぇええええっ!!」

 

 そんな僕の魂の叫びが届いたのか、若干だが動き出していたバスがゴトゴトと音をたてて停車する。その様子に安堵しながらバスに駆けよると、ドアチャイムが響き、自動的にドアが開く。すると車内から小柄な赤毛の少女がひょっこりと出てきた。

 レディーススーツに洒落た帽子といった外見を見る限り、このバス会社の社員さんなのだろうか。どこか悪戯めいた猫のような感じのする子で、ニヤニヤと薄い笑いを浮かべているのがいやに様になっている。僕くらいの年頃の男子なら思わずドキッとしてしまうほど魅力的だ。ただその帽子と肩から掛けているバッグに付いている禍々しい髑髏の装飾が個人的に気になって仕方がない。いや、確かに彼女の印象や雰囲気に合っているのは認めるよ。認めるけど、少なくとも仕事着に付けるようなモノじゃないと思うんだ。

 

 それにしてもこの子、以前にどこかで見たことあるような……。

 

 そんなことを考えていると赤毛の女の子はゆっくりと車内に戻って行ったため、僕も慌てて彼女の背を追いバスの中へと入っていく。何時までも冷たい雨に打たれ続けるのは肉体的にも精神的にも辛いし、唯でさえバスの進行を止めてしまったのだから、このままグズグズしていると他の方々に更なる迷惑がかかるだろう。

 

 僕が車内に足を踏み入れるや否や、背後でドアが閉まる合図のブザー音が鳴り響き、そのままバスがじりじりと動きだした。まだ乗車券を渡してないんだけど、出発していいのだろうか……。

 

「すみません。えっと、これが乗車券です……」

 

 とりあえず目の前の赤毛の少女に乗車券を渡そうとするが、彼女はそれを見て不思議そうな顔をしている。その様子に僕は何か手違いをしたのではないかと不安になったのだが、彼女の表情はすぐにどこぞの不思議の国のチシャ猫のようなニヤニヤ笑いに一転し、僕の手を引き座席に誘導し始める。

 

 もしかして先ほど雨に打たれながら馬鹿みたいに叫んでいたことを笑われているのだろうか……。それとも下着までビチャビチャになっている現状そのものを……?

 

 それは恥ずかしい!! やはり女性に――よりにもよって確実にかわいいと分類されるような女性に失態を見られるというのはこの年頃の男としてかなりキツイものがあるよ!!

 

 そんな風に身悶えしていると彼女は更に面白そうに顔を歪めてクスクスと笑う。

 

 ぐはぁ! やっぱりそうなんだっ――!!

 

 耐え難い羞恥ゆえに僕は思わず顔を俯け、席に座ったと同時に仕切りのカーテンを閉める。さらには茹った顔を隠すために座席に用意されていたブランケットを頭から被り、そのまま目を瞑った。これで外部からの情報をすべてシャットアウト。これ以上僕の恥ずかしい姿を見られてあの子に笑われるのは御免なのだ。

 

 本当ならば頭を抱えてゴロゴロしたかったが、狭い車内でそんなことができようはずもない。だから僕はもういっそ不貞寝することに決めた。夢の中に逃げ込めばこれ以上恥ずかしいことにはならないはずだ。そうして僕は重い荷物を抱えて走った疲労感と、暖房が効いた車内の快適な空調によって、あっという間に眠りの世界へ誘われた。

 

 寝てしまったんだ。

 

 それ故に気が付けなかった。

 

 例えば乗客が自分以外に誰もいないこと。

 例えば運転席に誰もいなかったこと。

 例えば自分の乗るバスは運行中止になったという旨のメールが来ていたこと。

 

 そしてバスの行き先表示幕に書かれていたこと。

 

 しっかり確認していればそこにはこう表記されていたはずだ。

 

 

 

 

 

『現世発異世界方面行』

 

 

 




はじめまして、こんにちは。

この小説は以前にじファン様で投稿していた「現実発異世界方面行」を書き直したものです。
向こうのユーザーネームは此方で既にアカウント登録されている方がいたので、新しいユーザーネームを使っています。

小説家になろうの方にもまだデータが残っていますが閲覧はできません。バックアップとして置いてあったのですが、他に移し次第順に消していきます。

諸事情により相当更新が相当に遅いと思われますが、暇な時にでも読んでやってください。


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第1話 異界

 

 その日はまさに漫画に出てくるようなくしゃみで目が覚めた。そのおかげと言うべきか起床したばかりだというのに脳はしっかりと覚醒し、周囲の状況をぐるりと確認して、そういえばバスの中で寝たのだったなと昨晩の自分の行動を思い返す。

 

 車内は空調設備が効いているのか過ごしやすい温度に保たれていたはずなのだが、一旦意識してしまうと全身に強烈な寒気が襲い掛かってきた。やはり昨晩濡れたままの服で寝てしまったのがまずかったようだ。今更後悔したところで後の祭りなのだけれど、せめて上着だけでも脱いでいれば多少話は変わっていたのだろうなとは思う。

 この分だと僕の経験上、髪に関してもボサボサで目も当てられない状態になっているはずだ。普段から癖毛の強い僕の髪は湿気の多い雨の日は特に悲惨なことになる。無理やりワックスでも使って整えない限り、各々が好き勝手の方向に撥ねてしまう。この煩わしさは同じ悩みを持つ同胞にしか理解できまい。帽子先輩には年中お世話になりっぱなしだ。

 

 日差しの入り具合と腹の減り具合から察するに、恐らくはまだ早朝と呼べる時間帯であると思われるが、一応時刻を確かめるために携帯電話を取り出して画面を見てみることにする。――が、その液晶画面はただ夜のように黒く、眠気眼でぼんやりとした僕の顔が馬鹿丸出しで反射し映っているだけであった。

 

 電池切れだろうか? 充電は昨日ちゃんとしてから家を出た覚えがあるんだけどな……。

 

 とりあえず体を起してう~んと背伸びをする。座ったままの体勢で寝なければならなかったために体のあちこちが強張って痛い。近頃の運動不足もあってか、昨晩酷使した脚部は筋肉痛になっているかもしれない。ていうかこの痛みは確実になっていると思う。

 

「ま、とりあえず濡れた服を着替えますかね……」

 

 まだ若干じめじめとしている服を脱ぎ捨て、バッグから取り出した新しいシャツを羽織る。脱いだ服はとりあえずビニール袋にでも突っ込んでおけばいいだろう。それだけでも一先ずはじわじわくる寒さからは解放され、大分楽になったように感じられた。

 

 それからカーテンを開けて窓から外の様子を眺めてみると、そこには特筆すべきこともない街並みが広がっている。都民の方にはそれでもお前の地元よりはだいぶ栄えているだろうと突っ込みを入れられそうだけど、それに関しては回答を拒否させてもらおう。だが一つだけ言わせてもらうと、ウチの地元だってしま○らやSE○YUくらいはあるんだぜ?

 

 どうやら駅前のロータリーの一画に駐車しているようだが、まだ朝の早い時間帯のためかほとんど人は見られない。せいぜい通勤中であろうスーツを着たサラリーマンらがポツポツといるくらいだ。つまりは眺めていたところで目の保養などにもなるはずもなく、全く以ってつまらない光景といえる。猫でも歩いていたらテンションあがったかもしれない。あ、犬でも可。

 

 事前に調べたバスの運行予定によれば、朝一で目的地まで着き、そこが終着地点であることからもう到着したのだろうと思われるけど……これはもう各々が勝手に外へと出ていってよいのだろうか。一先ずは座席を仕切っていたカーテンを開けて、自身の座席の周りを見渡してみる――――とそこで初めて車内に僕以外の乗車客がいない事に気付いた。

 

 昨晩の事はあまり覚えていないが、こんな大きなバスに乗客が僕一人なんてことは流石にないだろう。となると他の客は既に移動していると考えた方が自然だ。バスのエンジン音も聞こえないし振動もしていないということは、僕だけ寝過して取り残された可能性も拭いきれない。

 何だろう、この寂寥感は……。小学校三年生の頃、かくれんぼの途中で僕を含めた鬼達が皆飽きてそのまま帰ってしまい、隠れたまま放置された竹山君の気持ちが今更ながら理解できた気がする。すまん竹山。今度アイツにジュースでも奢ってやろう。

 

 さてこれからどうすればよいのだろうか……。よくよく考えたらまだ乗車券すら渡していないのだけれど、誰もいないしとりあえず運転席の傍に置いておけばいいのかな。

 

 トコトコと乗車券を携えて運転席の方まで行くがやはりそこにも誰もいなかった。運転手もいなければ昨日の女の子も見当たらなかったので、運転席の横の小物置きスペースに乗車券を置いておくことにする。

 

 さてこれからどうすればよいのだろうか……(二回目)。

 一応社員さんにもう出て行っていいのか確認を取るまで残るべきなのかな。

 

 バス会社の社員さんが戻って来るまで待機しているのが一番賢い選択なのだろうけど、いつまでもバスの中に留まっているのは息が詰まるし、少々居心地が悪い気もする。誰も居ない広いスペースというのはそれだけで不安を煽るものなのだ……と以前テレビ番組でどこぞのお偉いさんが言っていたし。

 

 そうして数分の間扉の前に突っ立ってうんうんと悩んだが、最終的にあまりバスから離れなければ大丈夫だろうと判断して、手荷物をまとめてバスの外に出ることにした。

 

 外は昨日の雨が嘘のように晴れ渡っており(まぁ距離的に相当移動したのだから不思議ではないか)、朝特有の清んだ空気が胸の中に入ってきて実に清々しい。気持ちのよい朝だと軽く背伸びでもしようかと若干目線を上げる。

 

 その時になってようやく駅名が大きく表記された案内標識が目に入った。

 

 

『童実野駅北口』

 

 

 ――――あれ?

 

 いや、落ち着くんだ僕。もう一度落ち着いて見てみよう。

 そうすればきっとそこには正しい駅名が表示されているはずだ。

 

 

『童実野駅北口』

 

 

 変わらない現実がそこにあった。

 

 これはどういうことだろう……、このバスの到着先は○○駅のはずだ。事前に幾度も確認したのだからこれに関しては間違いない。

 まだ経路の途中なのではないだろかという考えに対して、僕の乗ったバスは○○駅までの直行便だったはずということを思い出し、その可能性はすぐに頭の中で否定される。何かトラブルがあって途中停車でもしているのか……?

 

 ビークール。こんな時こそ冷静に対処するんだ。

 

 駅前にあった大きな案内地図まで走り、現在地の把握に努めることにする。しかし、地図を見てもそこには見慣れぬ地名ばかりで問題の解決には役立ちそうになかった。

 その中でも得られた僅かな情報で分かったことといえば、現在地が童実野町であるということと、この地にはとある大企業の本社があるということだ。

 

 嫌な予感がドンドンと心の戸を叩いている。

 

 童実野町なんて町が僕の目的地である地域にあるなんて今まで聞いたことない。いや、童実野町自体は確かに聞いたことはあるのだが、それは漫画の中のことであって現実のことじゃない。ましてや案内図に表記されていたKC本社っていうのも海馬コーポレーションの略称なわけがないじゃないか……と自分の考えに呆れながら天を仰いだ時に見てしまった。

 

 絢爛なイルミネーションや装飾イラストまで用いて、でかでかと街中に宣伝されている海馬ランドなるテーマパークの広告板を。

 

 マジですか……。

 

 フリーズ。

 

 再起動までしばらくお待ちください。

 

 

 

 

 

 

 やぁただいま、みんな。

 

 混乱の渦中から戻ってきたよ。いや、正確に言うとまだ混乱しているのだが、いかんせん行動しなければ現状は打開できない。このまま呆けていてもそれはただの時間をドブに捨てているのと同じだ。とてもじゃないがクレバーな選択じゃない。

 

 とりあえずバスだ、バスに戻ろう! あのバスに乗ってここまで来たのだから、当然帰ることもできるはずだ。それに何某かの事情を得ることもできるかもしれない。

 

 そんな考えに至ってバスが停車している方向に振り返り、僕はまた固まってしまった。

 

 

 先 程 ま で あ っ た バ ス が な い。

 

 

 これはいったいどういうことなんだ――。

 

 僕の現在地とバスの停車位置はそれほど離れていなっかったはず。それは目測でもせいぜい20メートル程度だったはずなのに……。

 もし誰かがバスに近づいたならば気配でわかると思うし、なによりバス自体が動いたのならば、移動する際のエンジン音で嫌でも気づけたはずだ。しかし今現在、僕がどんなに目を見開こうともそこにバスはない。それどころかどれだけ目を皿のように広げて周囲を見渡しても、その影すら見当たらないのだ。

 

 もう無理です。僕にはなんの解決策も思い浮かびません。完全に詰みました。

 

 為す術がなくなりその場で呆然と立ち尽くしてしまう……。

 そしてそんな僕の様子を増えてきた通勤中のサラリーマンらが怪訝な顔で見ている。

 

 どうすればいい――? どうすればいいんだ――?

 

 頭がごっちゃになって訳が分からなくなり走り出す。

 

 とにかくその場に居たくなかった。

 周りの全てが僕には異物に見えた。

 周りの全てが僕を異物だと見ていた。

 

 そんな気がしたんだ。

 だから逃げだしたんだ。

 

 

 ――――何から?

 

 ――――世界から?

 

 

 逃げられないことなんて理解(わか)っているのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら名も知らぬ公園のベンチに座っていた。

 

 どうやって僕はここまで来たのだろうか。

 どうして僕はここにいるのだろうか。

 何故このベンチだけ若干湿っているのか。

 向かいに座っているおじさんは仕事に行かないのだろうか。

 今子供を連れて来たおばさんは服の趣味が悪すぎるのではないか。 

 

 ふぅ……。

 

 いい加減現実逃避はやめよう。

 

 取りあえず現状は最悪といっていい状況だ。まだ信じきれてはいないが、本当に僕が異世界へ迷い込んだとするならば、これは非常に忌々しき事態であることは想像に難くない。故に今僕が考えるべき事はこれからどうするかということだ。

 

 混乱状態の際、僅かな可能性を願い公衆電話から狂ったように家族や友人らに電話をかけてみたけど全く繋がらなかったし、所持金はそれなりにはあるが長期的にみると決して多いと言えない。通帳はあるけどこの世界で使えるとも思えないし、この手持ち金が尽きるまでになんとかしなければならない。このまま野垂れ死ぬのは嫌だ。

 

 とは言ってもこの事態を唯一把握していそうな例のバスとバスガイドさんは共に僕の前から煙のように消え去ってしまった。見も知らぬ土地でそれらを捜索するなど、砂漠で一粒の米を見つけるかの如き所業に思えてしまう。

 先程は思わず飛び出してきてしまったが、もう一度バスを見失った駅前に戻ってみようか。犯人は現場に戻るというわけではないが、他の場所よりはまだ希望が持てるだろう。

 

 

 なんて考えて舞い戻ってきたはいいものの、やはりそう簡単に話が上手くいくはずもなかった。確かに駅前のロータリーには多くのバスが行き来しているが、僕が乗ってきた黒塗りのバスはおろか、似た色のものすら通っていない。

 初めの頃は停車するそれらを間近まで確認しに行ったり、通行人が引くくらいに大きく目を見開いて往来を練り歩いたりしていたのだが、駅前交番のお巡りさんに変な目で見られるようになってからは、ロータリーが一望できる近くのファーストフード店にこもっている。因みに今飲んでいるものでコーラは3杯目。お巡りさんに話しかけられそうになった時、この際頭が可笑しいと思われても事情を話して保護してもらおうかとも頭に過ったが、それは本当に最終手段だ。何度シミュレートしても凄まじく面倒くさい展開になるとしか思えない。いや、今の事態に巻き込まれた時点で相当にえらい状況に陥っているのだけれど……。

 

 先に提示した情報から分かるだろうが、既に張り込みを開始してから相当の時間が経っており、残酷にも空は夕焼けに染まりつつある。このままだと日が暮れ、序でに僕の顔色もドンドン暗くなること請け合いだ。店員さんの視線も痛くなってきたし今日はもう諦めて、夜を過ごす場所の確保に動いた方がいいのかもしれない。そんな風に考えて溜息と共に重い腰を上げ、席を離れる間際……。

 

「早くしろよ、お前のターンだぞ。ま、別にこのままサレンダーしてもいいけどな」

「は、言ってろよ。すぐにこの状況をひっくり返してやるさ!」

 

 ふとそんな声が耳に入った。

 

 声の発生源に目を向けると、そこには狭いテーブルを二つくっ付けて、カードゲームに興じる中学生くらいの少年達がいた。彼らが握るカードは僕にもよく見覚えのあるもので、宣言するカード名やテーブルに並べているカードのイラストを見て、それが自分の知るものだと確信に至る。

 

 そしてそれが余りにも自分の知る日常に酷似していたために、僕は童実野町やら海馬コーポレーションの広告やらを見て自分が遊戯王の世界に迷い込んだと思い込んでいたが、本当にそうなのだろうかと再度強く疑問に思うこととなった。普通に考えれば異世界転移したより、街規模で企画された遊戯王フェアの会場に迷い込んだと思った方がまだ可能性が高いのではなかろうか(錯乱)。

 

 それがただの願望であることは内心理解しつつも、事実確認をするというのは自身の気持ちに区切りを付ける機会だ。ファーストフード店を転がるように飛び出し、近場のビルディングに先月開設されたと幟で大きく宣伝されているインターネットカフェに駆け込む。

 そしてネット検索エンジンで世界情勢から経済を筆頭にこの世界の情報を大まかに調べてみる。ここまで必死に調べ物をするのは初めてかもしれない。夏休みのレポート課題をやっていないことに気付いた8月31日の夜でもこれほど精力的に取り組まなかった。とことんまで追い詰められると、人は思いもよらぬ集中力を出せるのだ。

 

 

 流石に知りたい事が多すぎて結構な時間が掛かってしまったが、おかげで粗方目ぼしい情報は得る事ができた。疲れた体に鞭打った甲斐があったというものだ。

 結論から言うと、残念ながらやはりこの世界は漫画やアニメで有名な『遊戯王』に準じた世界であるらしきことを、再度確認する結果となった。泣いた。

 

 ペガサス・J・クロフォードが設立したインダストリアル・イリュージョン社や皆大好き海馬社長率いる海馬コーポレーションが存在し、そしてその本人達も実在の人物とされている。無論我らが主人公である武藤遊戯も決闘王者として世界的な認知度を誇っており、その仲間らもそこいらの芸能人より遥かに人気があるようで、人によってはファンクラブなども設立されているらしい。

 

 突飛な世界観として挙げられるのは、真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)がプレミア価格で数十万もするほどの超レアカードとして扱われていることからわかるように、カードの価値が明らかに紙幣より高い位置づけになっている点だ。

 そのためかカードレートには極端に差がついており、元いた場所ではワンコインで買える程度のカードが目を見開く程の値段になっていることも少なくない。例を挙げるとHAGAの切り札インセクト女王(クイーン)も此方では幻のレアカード扱いで、オークションでは数十万単位のレート価格が付いているのだ。カードショップのストレージに詰め込まれているレベルのものが大した出世である。

 

 他には万丈目グループという企業が近年躍進しているという情報なんかも目に入ったが、正直その頃にはもう僕の精神がガラガラと音をたてて崩れ始めていたので何も感じやしなかった。何にせよこれで僕が遊戯王世界に迷い込んでしまったことが確定してしまったに等しいんだ。誰も頼れる人間がいない異界の地に一人ぼっち。これからの行く末を考えると安澹とした気持ちにしかならない。

 

 重い鉛を飲み込んだような足取りで外に出る。これから夜を越すための場所を探さなければならない。ネットカフェで一晩過ごすことも視野に入れていたが、やはりこれからのことを冷静に思考できる環境が必要不可欠だ。周りに人がいると十分に休息をとれないし、できれば一人でゆっくりできる場所がいい。その点を考慮するとホテルというのは非常に適切な設備といえるだろう。費用は多少掛かってしまうが、今はただ休みたい一心なのだ。疲れた体を引き摺って大通りの対面に見えるビジネスホテルへと足を向ける。

 

 ――――とその時、見覚えのある少女が向かい道路の角に消えるのを視界の端に捉えた。

 

 そう、昨晩例のバスで出会った赤毛の少女だ!

 

「っつ!? 彼女はまさかっ!?」

 

 一瞬だけだったとはいえ、あの特徴的な外見に加えて今朝から血眼になって探し求めていた人物を今更見紛うわけがない。

 

 走る。走る。

 

 彼女はあのバスに乗っていたのだから訳の分からないこの状況に関して、なんらかの情報を持っている可能性が高い! 絶対にここで逃すわけにはいかない!

 

「待って! 待ってくれぇええええ!!」

 

 なんか昨日も似たようなこと叫びながら走ったな――ってだからこんな馬鹿なこと考えている場合じゃないんだって!

 

 赤毛の少女は僕の声が聞こえていないのかすいすいと道程に沿って歩いていく。そう、彼女は歩いているんだ。それに対して僕は荷物を抱えているとはいえ、全速力で走っている。明らかに此方のスピードの方が早いはず……なのだが……。

 

 ――――おかしい。これは一体どういうことなんだよ!!

 

 その状況下で気付いた違和感。それは彼女の背に全く追いつけないという事実。

 

 僕との距離が近くなる度に彼女は唐突に角を曲がり、僕が彼女に続き曲がると彼女の姿はすでに遥か前方に移動している。そんな現象が何度も繰り返され、依然として追いつける気配が微塵もない。かといって僕が彼女を見逃すことはないだろうと思われる、ちょうど追跡できるギリギリの距離間を保っている。勿論これはぼくにとって幸いなことには違いないけど、まるでどこかに誘導されているような――そんな感覚に陥る。

 

 そんな奇妙な鬼ごっこ、もとい追跡劇は突然終わりを迎えた。

 再び角を曲がった彼女を追いかけると、そこには誰もいなかったのだ

 

「嘘だろ……、見失っちゃったのか――!?」

 

 絶望が再び僕に襲いかかり、その場に崩れ落ちる。藁にも縋る思いで辺りを見渡す。気付けばそこは彼女を追跡し始めた出発地点だった。

 

 やばい、泣きそうだよ。というかもう半泣きだよ……。

 

 折角現状を打破できる可能性を見つけたというのに、一瞬でそれすらも失ってしまったのだ。この状況下で希望を見せられ、そこから再び絶望に落とされるのは精神的に相当くるものがある。

 折れそうになっている心を何とか叱咤し、彼女の姿を求めて辺りの捜索を行う。往生際が悪いことは百も承知だったけど、そうせずには居られなかった。溺れる者は藁をも掴むという諺をこれほど痛感したことはない。

 

 しかし現実は非情だ。僕が放り込まれた現状を鑑みてもそれは明らかだろう。彼女の影は愚か情報源に成り得る通行人すら碌にいなかったとなると、神様が僕を貶めようとしているとしか思えない。

 辺りが真っ暗になるまで彼女の影を追い求めていたのだが、結局何の手掛かりも得られず、捨てられた子犬のようにトボトボと来た道を戻る。先程目星を付けていたホテルまで行く道程だ。失意のままチェックインを済ませ、若干投げやりになりながら部屋へと足を運ぶ。

 もう嫌だ、本当に疲れた。疲労困憊なんてレベルじゃない。主に精神面が。今日はもう何も考えず眠りたい。今はとにかく休みたい……。ただの現実逃避だと分かってはいるけど、そうしなければ精神が持たないことが自分でも分かるんだ……。

 

 しかしそんな僕のささやかな願いすら叶うことはなかった。

 何故なら部屋の中には既に先客がいたからだ。

 

「きっ、キミはっ!!」

 

 扉を開けてすぐに僕の目に飛び込んできたのは、ぴっちりきまったレディーススーツに髑髏の装飾が付いた帽子とバッグ――先ほどまで必死に追跡していた赤毛の少女が薄い笑みを浮かべながらそこに居たのだ。

 

 思いがけない、しかし切望していた彼女との再会に動揺して、力なく抱えていた荷物を床に落とし てしまい、中に詰め込まれていたモノがパラパラと辺りに散乱する。

 

 そんな僕の慌てた様子を見て殊更笑みを深めた彼女は唐突に指をさす。混乱の極みにいる僕は訳も分からず彼女の指した先を目で追う。そこにはたった今ぶちまけてしまったキャリーケースの中身である遊戯王カード。

 

 そしてその中で彼女が指しているものを見つけた。

 

 何を指しているのか分かった。

 

 彼女の指さす先にあったのは1枚のカード。

 

 

 

《Tour Guide From the Underworld》

 

 

 

 彼女の姿が描かれたカードだった。

 

 

 




え?魔界発現世行きデス…デスなんとかじゃないかって?
すみません、自分は米版のガイドしか持ってないので和名とかちょっとよくわかんないですね(白目)


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第2話 契約

 

 全く今日という日は驚愕と混乱の連続だ。

 たった一日で僕は一生分のカオスを味わった気がする。

 

 気付いたら遊戯王に酷似した世界に迷い込んでいて茫然自失。

 混乱の渦中に居る僕に乗ってきたバスの消失という追撃。

 精神的疲労が募る中で遂に見つけた彼女との追走劇。

 姿を見失い失意と絶望の底に沈むさなかの再会。

 

 ここまででも既にお腹いっぱいだよ。そして極めつけには彼女が遊戯王カードの中に存在するモンスターの一体だと気づかされた衝撃。

 

 

《Tour Guide From the Underworld》

 

 

 それはデュエルモンスターズにおけるモンスターカードの一体。種族的には悪魔族に分類されるモンスターであり、地獄のツアーガイドとして現世と魔界を繋ぎ、冥府の各所を巡るバスを所持しているとされている小悪魔――それが目の前に座る少女の正体だ。

 

 僕の視線の先には彼女が描かれたカードがその存在を主張するかのように淡い光を放っている。その光はやがて他のカードに拡散したかと思うと音もなく静かに消失し、まるで初めから何も起きなかったかのように鳴りを潜めた。いや、何か違和感があると思ったらカード枠にあるはずの会社名やカードナンバー等が消えている上に質感まで微妙に違うものになっていないか……?

 

 一時的なショック状態から気を取り直した僕はすぐさまこの状況を彼女に問い詰めた。

 

「おい、いったい何がどうなっているんだよ!? 全部説明してくれよ!」

 

 怒号と共に詰め寄るが、彼女の表情にはなんら変化が見られない。僕の怒声なんてどこ吹く風で、先程までと同じく意味深な薄い笑みを浮かべているだけだ。

 そんな彼女の態度に僕はキレた。現状の理不尽さや疲労がここで一気に噴出したんだ。

 

 ――どうして僕がこんな目に合わなければならないんだっ!!

 

 怒りに身を任せ彼女の肩を強引に掴もうとしたその刹那――横から黒い影が僕に向かって凄まじいスピードで突っ込んできた。

 

「ぐふっ!!」

 

 視覚外からの完全な不意打ち。格闘経験なんてない僕に避けられるはずがない。仮にもしあったとしてもこんな怒り心頭で周りが見えていない状態での不意打ちなんて決して避けられなかっただろう。

 

 脇腹に受けた衝撃で無様に吹き飛び、ゴツンと嫌な音をたてて壁に頭を強打してしまう。

 

「いってぇええええっ!! 頭がぁああああっ!!」

 

 痛みのあまり頭を押さえてゴロゴロと床を転げ回る。まさかこんな漫画みたいなリアクションをとるなんて自分でも馬鹿みたいだと思うけどマジで痛い。洒落にならないくらい痛い。

 痛みで涙目になりながらも、先ほど僕に突っ込んできた黒い塊を確認するために顔を上げる。するとそこには三つ目で毛むくじゃらの化け物が、僕とガイドの間に壁を作るように立ち塞がっていた。鋭い爪と大きな口にびっしりと生えた細かな牙がライトに照らされギラギラと光っている。

 

「ぐっ、コイツは……まさか《クリッター》なのか……?」

 

 《クリッター》もデュエルモンスターズの一体だ。正直あんな化け物がいきなり目の前に現れていたら絶叫し気絶していたかもしれない。ここまで蓄積した疲労と頭に走る鋭い痛みでそういった通常の感覚が麻痺していなかったら、ここまで冷静に判断できなかったであろう。

 向こうもこれ以上危害を加えるつもりはないのか、その場から動かずに三つの目でじっと此方の様子を窺っている。一方で赤毛の少女の方は床に転げまわる僕を見て一頻りニヤニヤした後、自身のボディーガードをちょいちょいと手で招き、何かを耳元でごにょごにょと囁いた。するとどういうことだろう、クリッターの姿が闇に沈んでいくではないか。

 その僅か数秒後には毛むくじゃらの悪魔は完全に消え去り、そこにはただ虚空が広がるばかり。

 

 そんな光景を僕は唖然として見ていた。

 

 ――こいつ、まさか自身のカード効果のように悪魔を呼び出したり消し去ったりできるのか……?

 

 毛玉の悪魔による過剰な暴力には納得いかないが、目の前で起きた不可思議な現象と頭を打った痛みのおかげで正気を取り戻すことができた。もしかしたら単に疲れきって怒り狂う体力すらなくなったのかもしれない。怒るというのも存外体力を消耗するものなのだ。

 

 今度はしっかりと彼女に向き合って座り、懇願に近い声で話しかける。

 

「頼む、一体何が起きているのか教えてくれ……。お前は何か知っているんだろう?」

 

 目の前の小悪魔は肯定の返事代わりにニヤリと口の端を吊り上げた。

 

 

 

 

 それから十分ほど掛かったガイドの話を要約するとこうだ。

 

 彼女は常日頃から例のバスに乗って、風の向くまま気の向くままに12個の異世界を渡り巡っているのだが、先日その世界移動の際に見たこともない次元の裂け目を発見したらしい。そして持ち前の好奇心からその次元層に侵入し、辿りついた先が僕の住んでいた世界だったというわけだ。そこまでは順調であったのだが、その次元層は元々イレギュラーで発生したものには違いなく、無理にゲート作り通ってきたこともあって、非常に不安定な状態になってしまっていた。それに気付いたガイドは帰り道として使えなくなる前にさっさと戻ろうとしたのだが、そんな時に折悪しく僕が彼女を呼び止めてしまったのである。

 彼女もどうして人間がこのバスに乗車しようとしているのか分からなかったのだが、別に自分には関係ないしまぁいいかとすっぱり思考を放棄。そして予定外の同行者を乗せたまま再び次元の狭間に潜り込み、魔界を経由してこの世界にやってきたのだという。

 

 色々と詳しく話を聞きたい事があったが、つまりはまたあのバスに乗ってガイドが発見したという次元の狭間とやらに潜れば元の世界に戻れるということではないのか? なんだなんだ、これで一件落着じゃないか。一時はどうなることかと思ったけど何とかなりそうで良かったよ――――と、そんなことを考えていた時期が僕にもあったさ。

 

 彼女の話の端々から嫌な予感がしていたんだけど、どうやら僕らがこの世界に移動を完了した際、僕の世界への架け橋となっていた次元の狭間は煙のように消滅してしまったというのだ。

 

「そんな、嘘だろ……?」

 

 もう元の世界に帰れないかもしれない。まずは絶望感が僕の心を奈落の底へと突き落とし、次には僕をこの世界に連れてきたガイドに対して再び激しい怒りが沸いていった。そしてその矛先を向けた。そうしなければ自我が保てなかったんだ。

 

 何故僕を異世界に連れてきたのか? 

 

 そんな僕の問いに返ってきたのは単純明快な答え。

 

 僕が異界へ帰ろうとしていた彼女を呼び止め、そのまま勝手に乗車してきたから。

 

 ただそれだけの事だ。しかしそれ故に僕はもう何も言えなかった。これは完全に僕の不注意が招いた事態なのだ。ガイド自身は僕に対して何もしていない。僕を無理やり拉致しようとしていたわけでもないし、嘘をついて騙したわけでもない。唯何もしなかっただけだ。

 

 それでもこうなる前に一言くらい注意してくれたっていいじゃないか。思わずそういった言葉をぶつけたくなるけれど、それだって自分の軽率な行動を棚に上げて、ただ彼女に八つ当たりをしているだけにすぎない。電車を乗り間違えて知らない駅に着いたからといって、その電車の車掌に対して文句を言っているようなものだ。

 そもそもの話僕が彼女の乗るバスを引き留めなければこのような事にはならなかったし、自分の乗るバスをきちんと確認していれば簡単に避けられた事態であった。事前に間違っている事に気付き、バスに乗車することを避けていれば、ガイドだって見知らぬ人間のことなど捨ておいて一人でさっさと魔界に帰っていただろう。

 

 行き場のない怒りとやるせなさが心中を暴れ回る。無性に物に当たり散らしたい衝動に駆られるが、歯を食いしばることで何とか抑えつけ、今までに得た情報を整理する。

 兎にも角にも僕が元の世界に帰る為には、再びその次元の狭間が出現するのを待つしか方法がないらしいというのが一番の問題だ。何時発生するか分からない上にそもそも同じ現象が起こるかすらもが不確定。仮に出現したとしても僕の世界と繋がっているかは不明であるというのだから帰還は絶望的といっていい状況である。

 それでもそこに僅かな可能性があるならば、僕はその可能性に賭けたい。これからずっと家族や友人ともう会えないなんて御免だ。彼らとはもっと一緒に話をしたかったし、共にやりたいことだって一杯あった。今まで築いてきたものをあっさりと切り捨て、諦める事なんてすぐにできるはずもないし、したくもない。

 頼れる人物はおろか知り合いすら一人もいない異世界に突然放り出され、そこで生きていくしかないなんて信じたくないという裏の感情もある。

 

 しかし元の世界に対していくら望郷の念を抱いていても、今の僕に出来る事と言えば只管ガイドに頼み込むことくらいだ。情けなくともみっともなくとも、次元層の確認と元の世界までの帰還手段は彼女しか持っていないのだから他にどうしようもない。自分で何とか解決出来るのならばとっくに行動に移しているさ。

 

 最大の問題は、果たしてそんな僕の頼みをガイドが聞いてくれるであろうかという点である。彼女は僕の頼みを引き受ける必要もないし、聞いたとしても特にメリットもないだろう。向こうからしてみれば僕は勝手に付いてきて勝手に帰りたがっているだけで、子供の我儘となんら変わりないように映っているかもしれない。しかし、先に言った通り現状僕には彼女しか頼れる人はいないため、ここは何としてでも首を縦に振らせるしかないのだ。

 

「頼む!! 何でもするから僕の願いを聞いてほしい。このとおりだ!!」

 

 誠心誠意の土下座をする。頭の低さといい角度といい非の打ちどころのない完璧なフォームだ。芸術点、技術点と共に過去最高点を叩きだしたことは間違いないだろう。しかし、ちらりと頭を上げ様子を窺ってみると、そこにはなにやら考え事をして上の空な彼女の姿。全身全霊を込めた魂の土下座なんて欠片も見ていない。

 

 僕が世の無常に対しこっそり涙を流している間に、どうやらガイドが思考の海から帰ってきたようだ。緊張で心臓が早鐘のように鼓動を打つ。僕の運命は彼女の判断一匙にあるといっても過言ではない。判決を待つ被告人の如き心情だ。

 そして彼女は僕を見て暫し思案顔をしていたかと思うと、何かを思いついたのか、先程までと同じように両の口端を上げて此方を面白そうに眺めやる。

 

 あ、あの……その笑い方は不穏な気配しかしないのでやめてもらえませんか……。

 

 

 

 

 結論から言おう。非常に喜ばしい事にどうやら彼女は僕の頼みを聞いてくれるとのことだ。ギリギリ首の皮一枚――グリフィンドール寮憑きのゴースト程度には繋がった思いである。それに関しては素直に喜ぼう。しかしながら――それとも当然と言うべきか――頼みを引き受ける代わりに、彼女からとある条件を付けられた。

 

 それは彼女が僕の精霊として契約を交わすというものだ。

 

 ガイドの話によると、どうやら僕は元々デュエルモンスターズの精霊を操る力が強いらしい。精霊である彼女の姿を最初から視認できたのも、彼女の所有するバスに乗り込む事ができたのも、その力が原因であるそうだ。もしかしたら元の世界で彼女が僕の近くに現れたのも、無意識にそれに引かれたのかもしれない。

 稀有な才能故にこの現状を引き起こしてしまったと聞くに至り、改めて自分の運のなさを嘆く。普通の人ならば彼女の存在に気付くことさえできず、このような異常事態に巻き込まれることもなかったのだ。僕はそんないらない才能(モノ)よりミッチー並みのスリーポイントシューターとしての才能が欲しかった。

 

 僕の精霊として契約するというのもこの才能が大きな要因としてあげられる。というのも本来彼女のようなデュエルモンスターズの精霊が、今現在僕らのいる世界に現界できるのは極々限られた時間内のみであり、それを過ぎると各々が属する世界へ強制的に帰還させられる世界の修正力が働くらしい。そしてそれを逃れる方法として、精霊を操る力を持つ特定個人の精霊として契約するというものがある。具体的には契約者と自身の存在を霊的なパスで繋ぐことによって力の供給を受けることが可能となり、契約中は常にこの世界に現界し続けられるそうだ。

 

 これまで彼女はこの世界の在り方というモノをゆっくりと見て回りたかったそうなのだが、宿り木となる媒体がなかったために諦めていたらしい。一応個人との契約以外にも、自身が描かれたカードそのモノに取り憑く方法があるにはあるそうなのだが、その場合は力の制約が大きく行動範囲も相当絞られることになる。そもそもの話、彼女が描かれたカードはこの世界には未だ誕生していなかったので、其方の方法では前提からして不可能であった。

 しかしそれも全て昨日までの話だ。今彼女の目の前には何でも言う事を聞きそうな都合の良い存在がいる。となればこの機会を逃すのは勿体ないと考えるのは極自然の発想だ。誰だってそう思う。僕だってそう思う。ただ彼女の僕を見る目が、新しい玩具を見つけた子供の目に酷似していたのは気の所為だと思いたい。今後の気苦労を鑑みるに……。

 何にせよ僕には初めから彼女の要望に対して素直に首を縦に振るという選択肢しかないのだから、初めから悩む余地など存在しない。例え跪いて靴を舐めろと言われても実行しただろう。あ、でもそれは考えさせてくださいと言えるくらいの人権は残してくれると非常にありがたいです。お願いします。

 

 僕の返答に対して満足気に頷いたガイドは、肩から下げた髑髏のバッグより、見る者に膨大な年季を感じさせる古びた羊皮紙を取り出した。一体何をするのだろうと怪訝に伺う僕を差し置き、ガイドは聞き慣れぬ言語で何事かを呟き始める。するとどういう現象なのかさっぱり理解できないが、彼女の持つ羊皮紙に黒ずんだ文字がじりじりと焼き付いていくのだ。作業が上手くいった事を確認したガイドは僕の方へとその紙を飛ばし、次にいつの間にか取り出していた大ぶりな羽ペンをクルリと回して此方へと投げやる。

 

 ここまで来ればこの羊皮紙が何であるのか馬鹿でも分かるだろう。

 そう、これは契約書――互いを縛る秩序の鎖。

 

 故に僕は一縷の望みを賭けた真剣な顔で。

 彼女は先程までと変わらぬ不敵な笑みを浮かべて。

 そこに互いの名前と血印を。

 

 

 

 この日、僕は悪魔と契約を交わした。

 

 

 

 



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第3話 方針

『デュエルモンスターズ』

 

 それはアメリカ人の天才ゲームデザイナー、ペガサス・J・クロフォードによって設立されたインダストリアス・イリュージョン社より発売されている国民的なトレーディングカードゲームであり、この世界では政界や財界、経済界までをも含む多方面の分野において、凄まじい影響力を持っている。

 「遊戯王」という漫画やアニメを見たことのない人たちには到底信じられないかもしれないが、この世界ではカードゲームによって企業の業績が左右されたり、根源的なエネルギー問題が解決したり、挙句の果てには地球どころか全宇宙が消滅の危機に瀕したりするのだ。ここで生きなければいけない身の上では最重要のファクターといって差し支えないだろう。

 

 僕がそんな世界に放り込まれてから既に一週間ほど経たっている。

 

 流石に最初の数日間はショックの余りずっと室内に引き籠って塞ぎ込んでいたのだが、周りでうろちょろしているガイドさんを見ていると、そんな自分が馬鹿らしく思えてきた。気持ちの切り替えはそう簡単にできることではないけど、何時までもウジウジしているわけにはいかないし、とりあえず自分は一人ぼっちではない事が崩れかかっていた僕の心の支えとなってくれたのだと思う。そうしたことが立ち直れた一番の要因であろう。

 まぁ件のそのパートナーは現在僕のことなど毛ほども気にせず、かき氷をシャクシャクしながらくだらないバラエティー番組を見てケタケタ笑っているわけだが……。

 

 元の世界への帰還に関しては完全にガイドさん任せにするしかないので、僕がこれから最優先で考えるべき事案は、どうやってこの世界で生きていくかということである。行き倒れて死んだら元も子もない。そうなったらまさに情けな死だ。

 それに何かを考えて行動に移さなければ、限りある資産を食い潰し怠惰に暮らすニート路線まっしぐらであることが容易に想像できる。いくらなんでもそれは拙いだろう、将来に希望がなさすぎる。一瞬それもいいかなと思ってしまったのは画面の前の君とお兄さんとだけの秘密だ。

 

 そしてこれからの行動方針を懸命に考えに考え抜いた結果、最終的にデュエル・アカデミアに入学することを当面の目標とすることにした。

 デュエル・アカデミアとは前述の通り、世界情勢的にも影響力の強いデュエルモンスターズのデッキを持ち闘う者、すなわち「決闘者(デュエリスト)」を養成する専門学校である。海馬コーポレーションの総帥たる海馬瀬人がオーナーであるというのも有名な話だ。

 

 この世界に対して僕の持ち得る最大のアドバンテージがデュエルモンスターズなのだから、それを利用しない手はない。それにアカデミアに入学できれば、少なくとも卒業するまでの三年もの間、この世界のことを学びながら将来のことを考える時間が手に入る。元より高校、大学を出て就職するという将来のヴィジョンを抱いていたために、行き成り中卒で働くことになるというのが今一ピンと来ない僕にとって、この時間という財産は非常に得難いものであるのだ。

 今焦って下手を打つよりかは無難な選択だろうと自分なりに考えて決めたことではあるが、万が一にも僕と似たような境遇の人がいるとすれば、出会える可能性が一番高いのがアカデミアではないかという僅かな期待もある。

 

 また、デュエル・アカデミアの奨学金制度は非常に充実しており、学費に関してはそれほど心配する必要もなかったことや、全寮制でわざわざ住居を構える必要がないことも理由の一つにあげられる。流石社長だ、伊達に無重力なスタイリッシュコートを愛用しているわけじゃないらしい。初期の髪型ワカメじゃんとか言っていた人はごめんなさいしないとだよね。うん、ごめんなさい。

 

 資金の問題でも解決に大きく役立ったのがデュエルモンスターズのカードであり、僕が今まで収集してきたコレクションの一部を売却することによって当面の財産を築くことができた。ストレージカードが万単位でトレードされていく光景に内心罪悪感でいっぱいだったが、向こうは向こうで満足しているのだからと自分を誤魔化すのに大変だった。

 因みにガイドと再開した際に起きたカードの変化(枠にある原作者や会社名、ナンバー等の消失)は、どうやらこの世界に満ちるデュエルモンスターズの精霊の力の影響を受けた結果のようで、ガイド自身が直接何かをしたわけじゃないらしい。此方の世界のカードと見比べても全く見分けがつかなくなったし、個人的には手触りが変わってかなりの違和感があるが、そのおかげでさしあたりの金銭に困らなくなり非常に助かっているのは事実なので細かい事情は気にしていない。というか異世界トリップを経験した身としてはその程度の不思議現象は許容範囲だ。

 

 あ、そうそう、不思議現象といえばもう一つあった。それは最近になってようやく気付いたのだが、この世界と僕のいた元の世界では時間軸がずれているという事実である。元の世界ではまだ春先である三月であったのだが、先日ここでの天気予報を見たところ、どういうわけかまさに夏到来の季節である七の月が画面に表示されていたのだ。

 道理で暑いはずだよ……、地球温暖化は斯くも進行していたのかという僕の懸念はどうやら杞憂に終わったようだ。これで遠慮なくクーラー点けっ放しで寝ることができるぜグヘヘ。

 

 年代も僕の世界から十年近く逆行しているようで、今年が2004年だと知った時は思わず立ち読みしていた新聞を取り落とし、声を上げるほど驚いてしまった。店員さんに冷ややかな目で睨まれたことは言うまでもない。

 

 原作の細かい設定なんて知らないけど、もしかしたらデュエル・アカデミアで遊城十代君とその愉快な仲間達に遭遇できたりするのだろうか。まぁここが彼らの存在しない平行世界の可能性も無きにしも非ずだし、そもそも所属する年代が違うことだって十分あり得る。アニメを見たのも十年近く前の事で、記憶もおぼろげということもあり、そこら辺は当てにしないほうが賢明だろう。というか殆ど覚えていない。

 一々そういう事を考えるのも面倒になってきたので、もう後のことは後で考えればいいやのスタンスでいこうかな。もしアニメや漫画で起きるような事件に巻き込まれたとしても、大抵のことはデュエルで解決するデュエル脳が溢れるこの世界ならその場のノリでなんとかなりそうな気がするし、多少なりとも抗えそうな手段を僕は持っているのだから――。

 

 それは先にも言ったこの世界で生きる上で僕の持てる最大のアドバンテージ。デュエルモンスターズというカードゲームがあらゆる分野に影響力を与えるこの世界において、他を凌駕するであろう所有カードの質、そしてカードに関する知識だ。

 

 改めて調べてみて分かったことだが、この世界ではデュエリスト人口が多すぎて、大多数の人に十分な実用カードが供給されていない。というかレアカードの絶対数が少なすぎて、それらを入手するどころか、そもそもそのレアカードの存在すら知らないという人も多い。ネットという便利なものを利用しても噂レベルでしか情報が入ってこないほどに秘匿されているともいうべきか。

 まぁここではグールズなんていうレアカードの偽造・密売・窃盗を行う世界的規模の組織までもがあるのだ。態々情報を開示し自分から標的候補に躍り出る者なんて、よっぽど自己顕示欲の強い馬鹿か、それらの情報や存在によって利益を獲得し、狙われたところで問題なく対処できる権力者くらいしかいないのだろう。

 

 つまりは元の世界で遊戯王のカードゲームは所以資産ゲーと揶揄されていたけど、この世界ではそれが更に顕著であると考えれば実に分かり易い。資産や権力、コネクションを持つ者が強力なレアカードを占有し、情報すらも秘匿する。

 カードゲームというのは自身の所有しているカードによって、ゲームの開始前から勝敗がわかれる要素が強く含まれているのは誰しもが認めることだろう。そしてカードに対する豊富な知識があれば、それが最大の財産成り得るというのもあらゆるカードゲームに共通していることである。相手より強力なカードを持っていれば初めから優位に立っているも同義であるし、相手の使うカード情報からデッキ構成を予測し、対抗策を練り上げ、相手の戦術を逆手にとって罠に仕掛けることも経験者ならば決して難しいことではない。それが出来なければ上級者足り得ないだろう。

 

 豊富なカードプールと広い情報アドバンテージ。この二つを上手く活用できれば、僕はデュエルモンスターズが幅を利かせるこの世界において他者より遥かに優位に立てるはず――と、そこまで考えた時にそれらに関してとある問題を抱えていることに気付いた。

 

「まだこの時代に出てないカードやテキスト内容が異なったカードは使えるのだろうか?」

 

 普通に考えれば答えは否である気がするのだが、原作では明らかにカードデータがないであろうモンスターでさえ当たり前のように使用していたため、そこら辺の判断に困る。挙句の果てにはデュエルの際中に新たなカードを生み出す奴も珍しくないという話だ。流石にこれには突っ込みを入れるべきであろうか……。

 

 そもそもデュエルディスクやソリッドビジョンシステムとはどのような原理で動いているのだろうか――と疑問を抱き少しばかり調べてみたところ、どうやらデュエルディスク内部にV2エミュレーターを搭載し、カードの画像データを内部処理してハイパー3Dエンジンによって立体映像化する方式と、サテライトシステムを経由して海馬コーポレーションの中枢コンピューターでデータを高速処理し、再度モンスターデータを転送して立体化する方式が存在していることがわかった。

 前者は開発初期に作成された言わば第一世代型のデュエルディスクであり、ディスク内部でシステムが完結しているものである。高度な演算処理機械と映像マシンを搭載しているために性能は良いが単価が高く、大衆への普及にはお世辞にも向いているとは言えない。

 それに対し後者はデュエルディスクの大衆普及を目的とした型番であり、ソリッドビジョンの膨大な情報処理を外部コンピューターに任せているものだ。そのために大幅なコストダウンに成功し、比較的安価での提供が可能となっている。

 大まかなシステム面で括れば両者ともデュエルディスクのハイパーセンサーがカードの画像とテキストをスキャニングし、その変換したデジタル情報をもとに映像・効果処理していることは変わりない。つまりは僕の持っているこの世界にはないカードも使える可能性も十二分にあるということだ。一度試しておきたいのだが、その際は使用するデュエルディスクに気を付けよう。下手すると僕の持つカード情報が海馬コーポレーションに筒抜けになる。あんなブラック会社に目を付けられるのは嫌だ。

 

 幾分か希望を持てる調査結果であったが、この分だとやはりデュエルモンスターズのルール根幹に変革を齎したシンクロ召喚やエクシーズ召喚に関連するカードは諦めなければならないだろうと思われる。これらは元よりゲームシステムの根本に関わる問題なのだから仕方のないことだと割り切るしかないのだろう。

 

「予想はしていたけど……、やっぱり勿体ないなぁ……」

 

 これらが使えればいざという時の切り札にできたのにと、未練がましくカードを眺めながら溜息を吐く。目の前にあるのに使えないというのは非常にもどかしいことこの上ない。初めから存在を知らなければこんな思いをすることもなかったのに……。

 

 そんな風に気落ちしていると、不意に背後から肩をポンポンと叩かれた。この部屋にいるのは僕以外にもう一人しかいないのだから、自ずとその犯人は分かるだろう。

 振り返るとやはりそこには胸を得意げにトンと叩くガイドさんが立っていた。その様子は大変可愛らしいが、ナイ胸を張ってもそこには虚しさしか残らなうわ何をするやめ(ry

 

 

 

 赤く腫れた頬に手をやり正座の姿勢を崩さない僕の前には、酷く不機嫌になったガイドさんが腕を組んで仁王立ちしている。みんなも僕のようになりたくなければ女性と向き合う際、余計なことは思考すらしないように心掛けたほうが良いと忠告しておく。あの生物は限定的な状況下において、ペガサス並みのマインドスキャンが使えるらしいからさ。マインドシャッフルを習得するという手もあるけど、其方は違う意味で白い目で見られる可能性があるため、あまりお勧めはしない。選択するならば自己責任で頼むよ。

 

 怒り狂う悪魔を鎮めるには古来より供物であると相場で決まっている。僕もそんな伝統的慣習に従って、童実野駅前広場の一画に店を構えている人気スイーツショップへ足を運び、彼女への貢物を幾つか購入。そしてそれらを献上することによってようやく許しを得ることができた。どうせならついでにと、自分用に買っておいたカスタードプディングも奪われてしまったのは誤算だったが。既にホールケーキを三つ丸ごと食べた後だったのに、どれだけ食い意地張っているんだこの悪魔娘は……。ていうかあの小さな身体のどこに入るんだろう。

 

「それでお前、さっきは何を伝えたかったんだよ」

 

 お腹がいっぱいになって満足したのかソファーに足を投げ出していたガイドさんは、そんな僕の問いに対し、クエスチョンマークをポワポワ浮かべている。

 

 ――おい。

 

 これは一週間ほど共に暮らしていて分かったことだが、彼女は基本的に考えて行動するといったことをしない。全ての行動が思いつきであり、言うなれば刹那的に生きているのだ。それ故に数分前の自分の言動すらあまり覚えていない節がある。

 そもそも僕ら人間と何もかもが違う存在なのだから、僕らの常識に当て嵌めてそれを咎めることなど出来やしないのだろう。こういう奴なんだとそのまま素直に受け入れたほうが数倍楽だと思って諦めている。

 

 多分に呆れ成分を含めた眼差しで眺めていると、ガイドは何をしようとしたのか思い出したのか、ようやく理解の色を浮かべて手のひらをポンと叩いた。そしてソファーからひょいと立ちあがると、場所を空けるよう手で追いやるような動作をしたので、とりあえず彼女の指示通りできるだけ壁際に移動する。何がしたいのかは分からないが、先程のことを考えると彼女の機嫌を再び損ねる事態に陥るのは避けたい。

 

 僕の移動を確認したガイドは開けたスペースにゆるりと歩み、唇の端をぺロリと舐めた後、虚空に向かって軽く指をパチンと鳴らす。すると彼女の背後に闇のゲートが開き、眼鏡を掛けた白衣の猫背男が渦巻く闇よりズルリと這い出てきたではないか。

 突如現れた男が人間ではないことは、その不気味な登場の仕方と、頭に付いた山羊のような角で誰しもが判別できるであろう。肌の色も病的といっていいほど青白く、狂喜に歪むその表情は彼の精神が明らかに異常であることを物語っている。

 

 実はこの一週間の間にもガイドさんは何度か悪魔を呼び出していたから、その行為自体には余り驚いてはいない。しかし今回は呼び出したモンスターがモンスターだけに、思わず馬鹿みたいに口を開けたまま硬直してしまった。

 知らない人もいるであろうから一応ここで紹介しておこう。彼の名は《コザッキー》。僕の記憶が間違っていなければ、彼はデュエルモンスターズ界における狂気のマッドサイエンティストであり、人に極めて近い形状をしているが正真正銘の悪魔である。まぁ僕の引き攣った顔を見て横でしたり顔しているそこの小娘も悪魔なのだけれど。

 

 それにしてもまさかコザッキー教授を呼び出してくるとは予想外だ……。何がヤバいって、こいつは文字通りに狂っているという一点に尽きる。その場その場で興味の対象がコロコロと変わり、犠牲問わず失敗も恐れず訳の分からない思考のもと研究に邁進するため、彼の関わった実験はたいてい悪い方向へと結び付くのだ。それでいて魔界随一の知識を持つ技術者であることが更に問題を肥大化させている一因であり、例えそれが非道徳的な研究であったとしても一定の成果をしっかりと残すため、一方的に非難できない点も考慮すると非常に性質が悪いと言わざるを得ない。

 つまりはあまり関わり合いたくない類の人物――いや、この場合は悪魔か――関わり合いたくない類の悪魔だというのが、普通の感性である人ならば導き出される結論だ。そして当然僕も其方の普通側に含まれる。

 

 しかし横にいるガイドさんはそんな僕の揺れる内心など察しようともせず、無防備であった横腹をチョイチョイとつつき、コザッキーの方へと顎をしゃくる。

 

 ――え、何? もしかしてコイツにさっきのこと相談しろって言ってんの?

 

 大きく頷く隣の小悪魔さん。その顔はどこか得意気で、感謝の証に靴を舐めてもいいぞと言わんばかりだ。ていうか実際に足を差し出してきている。

 お前の靴は舐めないけど、確かにコザッキー教授ならデュエルディスクに新機能を付ける事など朝飯前だろう。それどころか数世代先をいった性能に匹敵する代物を作り出しても不思議ではないのだが、この教授に関わるといったこと自体が本来忌避せねばならないであろう事態であるために判断が難しい。それに加え今までのガイドの素行を見た後で、悪魔を相手にして何の代償もなしに物事を進めると思っているお気楽な人はそうそういるまい。きっと何らかの落とし穴が用意されているはずだ。

 

「う~む、どうしようか――ってちょまっ、おい!」

 

 僕が考え込んでいて少し目を離している間に、ガイドさんがコザッキー教授と勝手に話を進めている。何を話しているのかは全く聞いていなかったが、教授が此方を見ながら眼鏡をキラキラさせて口の両端を釣り上げている表情から察するに、僕にとってはあまり楽しい話題ではなさそうだ。うまい具合に商談が成立したかのように堅く握手し合っているところ悪いんだけど、ちょっと待ってくれマジで。いや、待って下さいお願いします。そこの悪魔娘も此方に向かって親指をグッと立てていないで僕の話を聞いてくれ。靴も舐めないから足を退けろ!

 

 不意にポンと背後から肩に手を乗せられる感触。錆びたブリキ人形の如くギギギと音をたてて振り返ると、そこには狂喜の笑みを浮かべた白衣の悪魔が……。

 

 あぁ、もういいです。好きしてください。

 

 

 

 

 教授に対する報酬というか代価は、教授が此方の世界で数週間程活動できるエネルギーの譲渡であった。抵抗する暇もなく僕の精神力とも表現すべき何かがごっそり持っていかれ、次の日から丸々一週間もの間寝込むことになったが、逆にその程度で済んで良かったと思った方がいいかもしれない。内心では危ない実験の被検体にされたらどうしようかと戦々恐々としていたし……。

 

 僕から存在の力とも言うべきエネルギーの供給を受け、新たな研究対象を求め狂ったような笑い声をあげながら飛び出していった教授を止められる者など、恐らくこの世には存在しないだろう。最近研究に没頭しているコアキメイルモンスターの鋼核素材を探しに行くのが主な目的であるようなので、それ程大きな問題は起こさないはずだ……と信じたい。因みにコアキメイルとはCore(中心核)+Chimera(合成獣)+Mail(甲殻)を合わせた造語であり、教授が同志と共に創り上げたモンスターシリーズの総称とのことだ。今回は主に此方の世界にしか存在しない鉱石や貴金属を収集し、今までとは違うアプローチからコアの作成・改良を計画しているらしい。

 

 自分の都合の為に、一時的とはいえ教授をこの世界に解き放ってしまったことに今更ながら後悔や罪悪感が募っていく。頼むから大人しく素材回収だけして帰ってくれよマジで……。これで何か問題でも起こされたら僕にも責任があるみたいじゃないか。

 

 

 代価を受け取ったからには仕事はきちんとするのが悪魔の美点だ。あれから数日後には既に依頼を完遂させていた手際は見事としか言いようがない。ただ、もう少し細かく注文していればよかったと後悔したのは教授によって魔改造された品物が届いた時である。

 教授の感性のまま好き勝手に弄られたデュエルディスク。本来はシンプルというより無機質であるはずのそのボディは、禍々しく刺々しい形状に変えられており、それ武器じゃないのかと言われても全く違和感がない。そして明らかに血痕であろうと思われるどす黒い汚れや、刃引きされていない刃物が付随しているのは如何なる理由があってのことなのだろうか……、僕程度の平平凡凡な脳細胞では到底その答えを導き出せそうにない。ていうかこのままじゃ銃刀法違反でポリスメンに捕まるよ。この世界にその法律があるか定かではないけど、一般常識に照らし合わせれば確実にアウトだろう。

 

 付け加えると、そんな凶悪な兵器の側面には、その外装にまるでそぐわない可愛くデフォルメされた悪魔族モンスターのシールがペタペタと張られていることについても言及せねばなるまい。此方はコザッキー教授ではなく僕の様子をニヤニヤしながら窺っている小悪魔娘の仕業だろう。

 それでも正直どこのラスボスだよと突っ込まれても仕方がない威圧感を放つデュエルディスクに仕上がってしまっている。確実に卍解を控えているような代物だよコレ……。もし僕が夜道でこんなデュエルディスクをした奴にデュエルを挑まれたら、きっと泣いて許しを請うと思う。場を和ませるワンポイントになるはずだったモンスターシールでさえも、僕が無理に剥がそうとしたため、イラストが掠れて嫌な具合に不気味さを醸し出してしまっているんだ……。

 このデュエルディスクはあれだ、もう本当にどうしようもない事態に巻き込まれた非常時にのみ使うことにしよう。そもそも初めからシンクロやエクシーズといった嫌でも注目を集めそうなカードを大っぴらな場所で使うつもりなんてなかったし、大した支障はないさ。そうだよ、これで良かったんだ、それで納得することにしようよ一之瀬君……。

 

 まぁ今はこんな物騒なデュエルディスクより、この際だからとついでにとドサクサまぎれで作ってもらった此方の世界の戸籍の方が嬉しい。個人情報がないとアカデミアの入学申し込みすら危うかっただろうし、日常生活を送る上でも不便な事が多く、後々相当に困る事態に陥っていたであろうことは想像に難くない。解決しようにも手が出せない問題であったために、それをもう心配はなくなったという事に関しては素直に教授に対して感謝の意を示したい。

 正直元の世界へ帰還するための助力を請うべきかとも頭に過ったが、教授相手に大きな借りを作るのは心身の安全を考慮すると本来是が非でも避けるべき事態であるために、今回は見送ることにした。下手をすれば帰れはしたけど身体はサイボーグに改造されましたなんて展開になりかねない。

 

 

 そんなこんなで色々とこの世界で生活する上での懸案事項が解決してきたことだし、そろそろデュエル・アカデミアへ進学するための準備を開始しようと思う。ベッドの上で一週間も無駄にしたものだから、入学要項に記載されている申し込み締め切り日が間近に迫っている。

 受験案内のパンフレットによるとデュエル・アカデミアの入学試験は筆記試験と実技試験に別れており、二種の試験で合否が決定するらしい(ただし筆記試験があまりにも悪いと足切りされる恐れがある)。実技試験の内容は言うまでもないだろうが、筆記試験に関してはデュエルモンスターズに関する知識だけではなく、英語、数学、国語の三科目からも問題が出題されるとのことだ。よくよく考えてみればいくら専門学校とはいえ、ある程度教養のある人物を集めるのは至極当然の発想だ。試験にデュエルモンスターズ以外の普通科目が出題されても何ら不思議ではない。

 幸いにも僕は最近まで高校の受験勉強に勤しんでいたし、それらの得点配分比率もそれ程高くないため、普通科目に関しては特に不安な感情は抱いていない。理科社会が含まれた五教科のテストであったら相当にヤバかっただろうけど。理科はまだしも社会で歴史の問題なんて出されたら壊滅しかねない。異界から来た僕がこの世界の歴史など知る由もないし、今から学んだところで付け焼刃にも程がある。

 完全に蛇足だけど義務教育が終了していない中等部の入学試験はしっかり五教科必須であるようなので、もしこの中にアカデミアの中学受験を受けようと思っている人がいれば注意しておこう。

 

 デュエリスト育成の専門学校よろしくデュエモンスターズに関する専門問題についても、これまで積み重ねてきた知識があれば何とかなるのではないかと甘く考えているのだが、流石に何の対策もせずに試験を受ける度胸はない。取りあえず過去問を漁ることで試験傾向の把握と、自分の知識と此方の情報のすり合わせを行うことにしよう。特に効果処理やカードテキストに関しては、此方と無効では差異があるやも知れぬから重点的にチェックしなければなるまい。それにしてもまたお金が飛んで行くな。ガイドさんの遊興費だけでも相当かかっているんだが……。

 

 辛く長い受験勉強期間を乗り越え、漸く自由気ままな高校生活が始まると思った矢先、再び勉強にのめり込む羽目になることに思うことがないでもないが、こんな事態に巻き込まれては致し方ない。いつかこんな苦労をして良かったと思う日が来ることを切に願うよ。

 

 

 

 それから三日後の夕食時の事。

 

 世界情勢を知ろうと最近になって見始めた七時のニュース番組にて、ここ数日の間に特殊なレアメタルや貴重な鉱石が相次いで盗難被害にあっているとの報道が流れた。アナウンサーの話によると、どんな強固な金庫に入れようとも証拠など一切残さず、品物のみを盗まれるケースが後を絶たないそうである。その鮮やかな犯行の手口から犯人は同一犯と見られているようだが、被害範囲が相当に広いこともあり、警察は犯人の背後に協力者が存在する組織的犯行である可能性を視野に入れて目下捜索を続けているらしい。また未確認ながらも、被害地付近で白衣を着た怪しい眼鏡の男を見たという目撃情報が何通か寄せられているようなのだが、肝心の監視カメラには何者の姿も映っていないために事件と男の関係性は不明であるとのこと。

 

 うん…………これは、あれだね。全くどこの世界でも汚い真似する奴がいるんだなぁと憤りを隠せないね。他人事とはいえ腹が立つというか何と言うか。あ、ほら僕ってそういうの許せない性質の人間じゃん? 窃盗とか人間として恥ずべき行為だし、そんな犯行に間接的でも協力するのもどうかと思うね。まぁでも冷静になってみると、犯人にも協力した人物にも何かのっぴきならない理由があったのかもしれないし、僕はそこら辺も考慮に入れて然るべきだと思うな。いや、決してその犯人や協力者というのを庇うわけではないよ? 庇うわけじゃないけど、一般的見解から言えばそういうことも考える余地があるという可能性を誰かが示唆すべきだと思っただけなんだ。どこぞの高校生名探偵は『真実はいつも一つ』とか言っていたけど、真実なんていう曖昧なモノは見る視点によってコロコロ姿形を変えるし、偏狭なモノの見方は物事の本質を歪めかねない危険性を孕んでいることは言うまでもないよね。つまりは何が言いたいかというと、本人はやりたくなかったのにそれをせざるを得ない状況下に追い込まれていたとすれば、情状酌量の余地があるという事実を僕たちは忘れてはならないんだ――。

 

 

『この事件の犯人を目撃した方、犯人に心当たりのある方、その他関連する情報をご存知の方は、どのような情報でも結構ですので、下記の電話番号までご連絡下さいますようお願いします。尚有用な情報と判断された場合、通報者には金一封が――』

 

 

 

 

 

 え、あの……ちょっとそこのガイドさん、受話器を片手に何をしているんですか……?

 

 

 




コザッキー。アニメでは雑魚キャラで出番が終わってしまいましたが、本来ならダンタリオン教授みたいなポジションでも使えるキャラクターですよね。


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第4話 受験

 先日無事に筆記試験を終えてきた僕が通りますよ。

 

 試験結果は、アカデミアのホームページからもチェックでき、受験生には筆記試験の成績順に新たな受験番号が振り当てられる。優秀な結果を残した者から若い番号が振られ、逆に成績が悪くなる毎に大きな番号になっていくという非常にシンプルな配分だ。

 そこで割り当てられた僕の受験番号は4番。果たしてそれが忌み数とされる「4」の数字であるのか、はたまた幸せの「4」であるのかはわからないが、できるならば後者であって欲しいものだ。

 中々の好成績だと皆にも自慢したいところではあるが、実はアカデミアを受験する生徒はデュエル至上主義で、勉学をあまり重視していないため、実技試験の結果が加算されるまでたいして意味をなさない。こう言っては何だが、そもそも其方の方面に関してはおバカな十代が合格できるくらいの難易度だと考えれば、そうかもしれないなと妙な納得感が出てくるのではないだろうか。まぁ彼の場合は実技試験の評価が高かったのだろうけど。

 

 あぁ、そうだ。丁度名前を出したことだし、皆には僕が筆記試験を受けに行った日に、遊戯王GXの主人公――遊城十代と出会ったことについて話しておかねばなるまい。

 それは丁度試験会場に向かう途中の事。目の前で受験票を落とした男子学生に拾って届けてやったのだが、御察しの通りその男子学生が十代であったのだ。筆記試験に自信がない彼は、道中も参考書に齧りつきながら歩いていたために、受験票を落としたことに気付かなかったらしい。

 初対面であるのにも関わらず、まるで十年来の友であるかのようなフレンドリーさで礼を言った彼は、そこで漸く僕が同じデュエル・アカデミアの受験生であると気付き、当然の如く一緒に会場まで向かう流れに発展。流石に会場での試験教室は別々であったので、お互いに頑張ろうぜと応援し合い、解散する運びになった。

 

 少し前までは画面の向こうの人物であったはずのキャラクターと直接に対面し、あぁ僕は本当に遊戯王の世界に来たのだなと感慨深く思ったものだ。既に海馬社長はテレビで何度も拝見しているのだが、やはり画面越しというのと生で会うというのとでは感じ方が全く違う。まだどこかふわふわしていた意識が地に足を付けたような感覚と言えば、ある程度のニュアンスが伝わるだろうか。

 

 まぁそのような思いがけない出会いもあったが、筆記試験も上手くこなせたし、後は実技試験を迎えるだけである――かのように見えるかもしれないが、実はここに至るまで相当な苦労があったのだよ。理由は皆も薄々感付いているだろうが、その原因の大半はそこのカーペットに寝転がり、呼び出したクリッターを後ろから抱えてモフモフしているガイドさんである。

 

 数日前まで僕は筆記試験のために、ガイドを放置して勉強に明け暮れる毎日を送っていたのだが、暇を持て余した彼女が事ある毎に悪戯を仕掛けてきたのだ。

 気配を絶って僕の背後に立ち、驚かす程度ならまだ可愛いものであった。それでも僕が大して反応を示さないと分かると、次は消しゴムを千切っては僕の髪に投げ込み、更に耳元に息を吹き掛けケタケタと笑う。流石に邪魔に感じ始め、帽子と耳栓で防御を試みると、今度は僕の頭の上に《クリボー》を積み始める始末(ガイド曰く、一匹は《屋根裏の物の怪》だったとのこと)だ。

 気が付いたら、参考書が訳の分からない文字で書かれた怪しい古文書にすり替えられていたり、三色ボールペンの芯を全て黒インクにされていたり、あろうことか蛍光ペンの中身を修正液に入れ替えるといった、学生にとって悪逆非道なる真似をしてくれたりもした。

 

 無論僕だってやられっぱなしだったわけじゃない。なけなしの反骨精神から取った行動は、彼女のご機嫌取りに捧げる供物(おかし)にゲテモノを混ぜるという、実にささやかな復讐である。近くのコンビニに行った際、獄辛ハバネロなるヤバそうなポテトチップスを発見したために芽生えてしまった悪戯心だ。僕が悪いんじゃない、そんなもの作った製造会社が悪いんだ(責任転嫁)。あの悪魔娘の奴は凄まじい甘党であるために、相当堪えることだろう。

 実行日には適当にお皿に盛ったチョコレートやキャンディー、ポテトチップスの中にこっそり例のブツを混入し、何食わぬ顔でガイドに差し出した。そして数分後、漫画を読みながらお菓子を食い漁っているガイドが、そのハバネロチップスに手を掛け、その小さな口に――――ってあれ? その後どうなったんだっけか……何故か全く思い出せないぞ……。

 それにしても記憶がはっきりと戻ってきた時、僕の足元に落ちていた《バイサー・ショック》や《記憶破壊者(メモリー・クラッシャー)》のカードはいったい何だったのだろうか。不思議だね。

 

 え~っと何の話をしていたんだっけ、ガイドの性格が手に負えないって話だっけ?

 他に困っているといえば、最近は気に入らないことがあると、手当たり次第に悪魔を呼び出すのがトレンドらしく、何時の間にか部屋が魔界になっていることもしばしばであることかな。特に夜間などは、お化けとか外見が不気味な魔物とかが苦手な人にとって、非常に辛い環境になる。つまりは僕だ。

 そこに転がっているクリッターはいいよ、お前はガイドのお気に入りなのか、よく出てくるしもう慣れた。でもふと振り返ったら後ろに《アスワンの亡霊》が浮いているとか、朝起きたらいきなり上から《ガーゴイル》が降って来るとかはまだ無理だ。心臓に悪すぎる。

 そしてこれは僕の気のせいだと思いたいのだけれど、最近彼女が呼び出す悪魔の量やら質やらが、段々上昇している気がするんだ……。いや、やっぱりこの話はよそう。主に僕の心の平穏のために……。

 

 まぁ彼女の話はここら辺にしておこう。今はさりげなく明日に控えている実技試験に向かって、色々と準備を進めることにする。筆記試験終了時に配布されたプリントによると、試験の対戦相手はアカデミアが用意している試験官であり、初期ライフは4000からのスタートとなるそうだ。プレイングスキルやデッキ構築のセンスが評価されれば、例えデュエルに敗北しても合格になる可能性もあるらしい。当然勝つに越したことはないという話だけど。

 また、アカデミア入学者にはデュエルディスク購入の義務があるのだが、受験の段階では一時的な貸出を行っているようである。僕は例の魔改造されたディスクの他に、先日新たなデュエルディスクを、下手なパソコンよりも高い値段で購入しているので必要はない。此方にはないカードの使用が可能な事も実験済みであるため、その辺に関しての問題はクリアされたも同然である。

 後は試験時に使用するデッキについてか……。取りあえずこの一週間の間に、所持しているカードを整理して、幾つかのデッキを作成しておいたのだが、試験でどのデッキを使おうか未だに迷っている。筆記試験の方で得点を稼いでいるため、見栄えが良いが扱いづらいテクニカルなデッキを使うよりは、正統派なビートダウンデッキで堅実に得点を狙う方針でいったほうが無難だろうか……。

 

 デッキを確認しながら、明日の試験のことを考えていると、突然横からガイドの手が伸び、妙にニコニコしながら一つのデッキを僕に差し出してきた。

 彼女が勧めてきたのは、モンスターの戦闘ダメージではなく、カードの効果ダメージに主軸を置き、それによって相手のライフを文字通り焼き尽くす構築をしている、一般的に【フルバーン】と称されるデッキだ。分かりやすく言えば初期ライフポイントが4000であるルールにおいて、1ターン目から高確率で相手のライフを消し飛ばすほどの火力を誇り、最強というよりはもはや反則に近い――というかこの世界では大半が禁止カードに指定されているカード群で構成されたものである。

 

「ああ――、ありがとうさん……」

 

 そして僕はガイドに笑顔でお礼を言った後、それをそのまま使わないカードをまとめているカードケースの奥底にしまったのであった。

 

 

 

 

 

 実技試験当日。

 

 遅刻というもののせいで、最近えらい目に遭わされた(現在進行形)僕だから、かなり早めに出発し、時間的に大幅な余裕をもって試験会場に到着することができた。

 正直に言えば、遅れることにビビり過ぎて早くに来すぎてしまい、これからの緊張と退屈が混じり合った待機時間を考えると、溜息を吐きたくなる思いである。試験前特有のピンと張りつめた空気は、小心者には結構な心労となるのだ。面白そうだと試験にくっ付いて来たガイドさんは、到着早々会場内の探検に出かけてしまい、一人ぼっちであるというのがまた心細い。

 

 受付で受験票を提示し、係の人の誘導指示に従って、試験開始までの待機部屋に移動する。緊張しながら室内を覗いたのだが、時間が時間なので流石にまだ来ている受験生は少なく、片手でも数えられるくらいしかいなかった。各々は来るべき実技試験のために、デッキ調整やカード確認に忙しいようで、僕が入室しても顔を上げる者は誰一人としていない。

 僕としてもあまり人に注目されるのは好まない性質であるために、むしろこの状況は好ましいと言える――が、緊張感でピリピリしている彼らと同じ部屋にいるというのはやはり居心地が悪い。だってカード見ながら延々とブツブツ呟いている奴とか、シャカパチをやめない奴(この世界にもいたんだ)とか、ひたすらドローの練習のみをしている奴とかがいるんだぜ? 着いて早々だけど室外へと避難することに決めた僕を責めることなんてできないはずだ。トイレに籠るか廊下に立っていたほうが、まだリラックスできそうですらある。

 

 

 外で多少なり時間を潰した後で、待機部屋に戻ってくると、試験時間が迫っていることもあり、大部分の席が埋まりつつある。一応ではあるが唯一の知り合いである十代の姿を探すも、それは残念ながら無駄な行為に終わった。単純にまだ来ていないのか、はたまた筆記試験で足切りをくらったのか。流石に前者であるとは思うが、これで十代だけ落ちていたりしたら、次会った時にどんな顔すればいいのかわからん。

 まぁ今は他人の心配をするよりかは自分の心配をすべきか。事前にデッキ調整は済ませているため特にやることはないのだが、せめて集中して試験に臨めるよう、瞑想くらいはしたほうがいいのだろうか。

 

 浮き足立った気持ちを鎮める為に目を瞑り、深呼吸をしたところで、数名の試験監督員が入室してきた。まずは列毎にプリントを配布していき、試験時の諸注意や、受験生の試験を受ける順番に関しての説明を始めていく。

 監督員の話によると、どうやら番号の大きい方から順に試験を受けることになるらしい。つまり僕の番はほとんど最後の最後ということになる。できることなら早めに終わらせて欲しかったのだが、こればかりはどうしようもない。

 

 監督員の方から、もう暫く待機しているように指示された後に、もう一度室内をグルリと見廻したが、やはり十代の姿は見受けられない。その代わりと言っても何だが、僕の右斜め後ろに座っている水色の髪をした少年が目に止まった。「受かりますように受かりますように受かりますように」と念仏のようにぶつぶつ呟きながら、≪死者蘇生≫の魔法カードへ必死に祈りを捧げているこの少年は、もしかしたら丸藤さん家の翔くんではないだろうか。

 果たしてその行為にご利益があるのかは甚だ疑問ではあるが、あまりの必死さゆえに周りの受験生は若干引きながらも、深く突っ込めずにいるようだ。彼と言う人間を知識として知っている僕でさえ、なんか関わりたくない類の人だなと思ってしまったのだから、何も知らない人達からすれば当然の反応といえる。まぁ強く生きてくれとしか言えないよ。

 

 

 あれから十分ほど経った後、受験生は監督員の誘導に従って、試験会場が一望できる観客席に移動することとなった。会場には四つのデュエルフィールドが展開されており、全てのフィールドを使って四人同時に試験が進行するようだ。一人一人がアナウンスで受験番号を呼ばれていき、指示されたデュエルフィールドまで赴いて試験開始となる。

 

 着々と試験が進む中、徐々に迫りくる順番と共に僕の気分も悪くなる一方だ。因みに先程謎の儀式を行っていた丸藤翔君は、相当序盤の方に受験番号を呼ばれ、傍目からでも分かるほど青褪めた表情で、ガタガタと震えながらデュエルフィールドへ向かっていった。震え過ぎて眼鏡がずれていたけど、そのことに気付かないくらいに緊張していたらしい。

 翔は他の受験生に比べ多少苦戦していたが、最終的にはきちんと勝利を収めることができたようだ。周りに人がいるから公然とはできないが、安堵のあまりその場でへたり込んでいる翔に対し、心の中でおめでとうと拍手をしておく。彼はなんだか気の弱さといい、ヘナチョコ具合といい、同族としてのシンパシーからかどうにも応援したくなる。

 

 一応最初からここまでの試験を全て観戦しているが、今のところ僕と同く此方の世界に転がり込んでしまったと思しき仲間には巡り合えていない。例え発見できたとしても、それで何かが変わるわけではないだろうが、それでも心のどこかで求めてしまうのは僕の弱さなのだろう。

 

 

 気が付くと残る受験生数はついに一ケタ代に突入し、いよいよ出番が近付いてきた。胃が痛い。僕は緊張でガクガクしてきたというのに、横に座る受験生は富士山のようにどっしりと落ち着いている。気になってチラリと受験票を覗くと、なんと受験番号1番の人らしい。

 僕のイメージする筆記試験1番は、眼鏡を掛けた細いガリ勉君だったのだが、彼はどこか地味な印象を受けるところもあるが、整った顔立ちに高身長というハイスペックなイケメン君だ。眼鏡は掛けていない。眼鏡を掛けると偏差値が5上がるというのは僕の中では有名な話なのだけれど、彼はその魔法のアイテムを使わずして1位を勝ち取ったようだ。名前は「三沢大地」というらしい。

 もやもやとした記憶の奥底からは、あぁ~そんな人いた気がする程度のことしか思い出せないので、恐らくはアニメにおけるモブキャラ的なポジションの人だろう。モブキャラのくせに1位を取るとはやるなお主。名前からして岩石メタビの使い手だと睨んでいる。

 

『試験番号4番の受験生。試験番号4番の受験生。第三デュエルフィールドまでお越しください』

 

 はぁ、遂に来てしまったか……。顔をパシンと叩き気合いを入れ、真新しいデュエルディスクを携え、いざ向かわんと席を立つ――と腕に何かが当たった。慌てて確認してみると、どうやら先程までどこかへ旅立っていたガイドさんが、そこにしゃがみ込んでいたようである。何故に僕に気付かれない位置に潜んでいたのか、その頭に乗せたグラサンは何なのか、と彼女の行動に疑問は尽きない。

 またよからぬことを企んでいるのではないだろうか、という僕の疑惑の視線を受けたガイドは、気にするなという意味合いを込めてか、親指をグッと立てている。しかし、その口の端は笑いを隠しきれずにヒクヒクと動いており、どう考えたところで安心などできようはずもない。

 流石に何かしたのかと問い質したくなったが、そこで繰り返し呼び出しのアナウンスがされてしまった。非常に不本意ではあるが、意地の悪い笑みを浮かべ始めたあの悪魔娘の追及を放棄し、早足で指定されたデュエルフィールドまで向かう。そのうちガイドを見張るアルバイトを募集するかもしれないから、その時は皆も奮って応募してくれ。賃金はそれなりに弾むからさ。

 

 

 コソコソと会場に上がったのに、観客席の四方から視線が突き刺さるのを感じる。特に試験を見学しに来ているアカデミア中等部からの繰り上がり組の圧力がすごい。これは後に知った話なのだが、受験時に好成績を残した者は漏れなく中等部上がりのエリート君たちにマークされるらしい。アカデミアは実力主義の気風が強いために、将来ライバルなるかもしれない人間をチェックしておく意味合いがあるのだろう。

 

「私が君の試験官を務める。勝敗が直接試験の合否を分けるわけではないから、あまり緊張しなくていいぞ」

「あ、はい。宜しくお願いします」

 

 目の前には例の如くグラサンをかけた試験官。というか試験監督を受け持っている全員がグラサンをかけていることから、もしかしたらそういう規則があるのかもしれない。向こうに一人だけ付けていない人がいるけど、きっと彼は忘れちゃったんだろうね。グラサンを盗む奇特な奴なんてそうそういるはずもないし。

 

 互いに十分な距離を取った後、デュエルディスクを展開し試験開始の合図を発する。

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

試験官 LP4000

彰   LP4000

 

 

「私のターン、ドロー! 手札からモンスターを裏側守備表示でセット。そしてフィールド魔法《断層地帯》を発動する!」

 

 先行は試験官からだ。魔法発動の宣言と共にフィールドの周囲から巨大な砂岩がせり上がり、先程までは無機質であった地形が瞬く間に変化していく。それにしてもソリッドビジョンは実際に体感してみると感動も一入だ。特に周り一帯を映像化する必要のあるフィールド魔法は一際映える。

 

「《断層地帯》が存在する限り、フィールドに守備表示で存在する岩石族モンスターが攻撃され、攻撃モンスターのコントローラーが戦闘ダメージを受ける場合、その戦闘ダメージは倍になる!」

 

 なるほど。相手のデッキは【アステカ】系のデッキか……。守備力の高い岩石族モンスターを中心に構成し、戦闘を介した反射ダメージで相手を追い詰める――比較的珍しいカウンターデッキ。その戦法上、常に受け身な姿勢ではあるが、型に嵌った時の爆発力は恐ろしいものがある。

 

「更に永続魔法《カオス・シールド》を発動! このカードの効果により、自分フィールドに存在する全てのモンスターの守備力は300ポイントアップする!」

 

 相手フィールドに光の膜が降り注ぎ、そこに存在するモンスターを守護するかのように強く発光現象を引き起こす。

 

「これで私のターンは終了する。さぁキミのターンだ!」

 

 

 何か《カオス・シールド》を実際に見ると、無性に《闇晦ましの城》の浮遊リングを、《カタパルトタートル》で射出した《竜騎士ガイア》で破壊してモンスター全滅! のコンボをやってみたくなるな。しかし、残念な事に今回使用するデッキは、そのどちらも入っていないので、涙を飲んで普通の攻略をしていくことにするよ。

 

 相手は1ターン目からデッキのコンセプト通りにガチガチの守備態勢を引いているが、実はそこまで苦に思っていない。それは僕がこの試験に向けて選択したデッキは古き良き【除去ガジェット】のデッキであるからだ。このデッキは攻撃力の低いガジェットモンスターのサポートに、モンスターの除去やそれに類する魔法、罠カードを多数枚搭載しており、基本的に戦闘で相手モンスターを破壊することが少ない。故に戦闘による反射ダメージを狙ってくるデッキに対して非常に相性が良いと言えるのだ。

 

 この勝負、もろたで工藤!!

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 さてさて、相手の動向に気を配る余りに、自分の手札の確認をしていなかったのだが……だが……。

 

 あれ――? 可笑しいな、手札を見る限り、明らかに僕の用意したデッキとは違うわけだが……。

 

 まさか――! 先程のガイドの怪しい行動を思い出し、嫌な予感がビンビンしつつも、観客席に座る彼女の方に目を向けると――あのアマ、腹を抱えてケタケタ笑ってやがる! やはり貴様か! やはり貴様の仕業なのか!!

 

「どうしたんだ? 早く始めなさい」

 

 思わず憤怒の情に囚われそうになったが、試験官の声で我に返る。

 

 ちくしょう、ガイドの所業はやすやすとは許せることではないが、今更デッキを交換することなんてできやしないので、今はこのデッキでなんとかしなければならない。冷静になったところで(自分の中では)、手札を再度確認してみる。

 

 いやいや、やっぱりこのデッキはいろんな意味でダメだろう。これは此方の世界に来てからも使う予定はないだろうと適当に放置し、キャリーケースの奥底に眠っていたはずのものだ。周りに一緒にデュエルできる友達がいないときに、我にも無く作ってしまったデッキなんだよ。決して対人を想定して作成したわけではないんだ……! 

 

 そんな僕の葛藤など周りの人は知る由もなく、早くしろよという視線が突き刺さる。

 分かった、やるよ。やればいいんだろう!

 

「メインフェイズ。僕は手札から《王立魔法図書館》を攻撃表示で召喚!」

 

 堅い地面から突如幾つもの本棚が湧き上がり、一つの小さな図書館を形成する。

 

《王立魔法図書館》星4 ATK/0 DEF/2000

 

 こいつはソリッドビジョンで見るとモンスターっていうより一種のフィールド魔法カードに見えるな。まぁ体の大きい無機物系は皆そう見えるんだろうが。

 

「そして魔法カード《成金ゴブリン》を発動! デッキからカードを1枚ドローし、その後相手は1000ライフポイントを回復する!」

 

試験官 LP4000→5000

 

「魔法カードが発動された事によって《王立魔法図書館》の効果が発動。自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置き、このカードに乗っている魔力カウンターを3つ取り除く事で、僕はデッキからカードを1枚ドローする」

 

 観客席の方から「アイツ馬鹿か、何で敵を回復させているんだよ」等の声が聞こえる。やはりこの世界ではライフポイントが重視されているようで、この手のカードの評判は良くないみたいだ。ということは次のこのカードもさぞかし馬鹿にされることだろう。

 

「そして装備魔法カード《折れ竹光》を《王立魔法図書館》に装備。《折れ竹光》を装備したモンスターの攻撃力は0ポイントアップする。魔法カードが発動された事によって再び《王立魔法図書館》に魔力カウンターが一つ溜まる」

 

《王立魔法図書館》 星4 ATK/0 → ATK/0 魔力カウンター2

 

 案の定外野から野次が飛んできたけど、今の僕はそんな光景を指さし、涙を流しながら爆笑しているガイドへの怒りを抑えるのに精一杯で、そちらを気にする余裕はない。覚えておけよあの悪魔娘め。今晩の夕食は、貴様の嫌いなピーマンやニンジン尽くしのメニューにしてやる。

 

「まだです。僕は更に魔法カード《黄金色の竹光》を発動。このカードは自分フィールド上に「竹光」と名のついた装備魔法カードが存在する場合にのみ発動でき、その効果によりデッキからカードを2枚ドローできる!」

 

 3度目の魔法発動を感知し、《王立魔法図書館》に魔力が満ちた。本棚全体が淡い光を放っている光景は幻想的ですらある。ぜひとも夜間に見たかった。

 

「魔法カードの発動により《王立魔法図書館》に3つ目の魔力カウンターが溜まったため、その効果を発動。このカードに乗っている魔力カウンター3つを取り除き、自分のデッキからカードを1枚ドローする!」

 

 引いたカードを確認し、安堵の息を吐く。事故を起こすとあっという間に敗北してしまうデッキであるために、コンボカードが続いてくれるこの状況は非常に望ましい展開だ。

 

「カードを引くだけではデュエルには勝てないぞ!」

 

 流石に試験官の方から指摘が入った。確かにこれまで僕は只管にカードを引くことしかしていないし、周りの観客も何やっているんだこいつみたいな顔をしている。人の視線というもの自体にあまり耐性がない僕にとって、この環境は辛すぎるよお母さん。

 でもこのデッキはこういうデッキなんだ……というよりこの方法でしか勝ち筋がないのだから仕方ないだろう! 文句があるのならばデッキをすり替え、そんな僕の様子を見ながらあそこでニタニタ笑っている悪魔娘に言いたまえよ、全く。

 

「…………僕は魔法カード《一時休戦》を発動。お互いにデッキからカードを1枚ドローし、次のターン終了時まで、互いが受ける全てのダメージは0になる。そして魔法カードの使用により《王立魔法図書館》に魔力カウンターが一つ乗る」

 

………………中略………………

 

「手札より魔法カード《魔法石の採掘》を発動。手札を2枚捨て、自分の墓地に存在する魔法カード1枚を選択し手札に加える。僕が選択するカードは《黄金色の竹光》。そしてそれをそのまま発動し、効果によってデッキからカードを2枚ドロー! この瞬間《王立魔法図書館》に魔力カウンターが3つ溜まったため効果を発動。更にデッキから1枚ドロー!」

 

 もう幾度発動したか分からない《王立魔法図書館》の効果によって、ドローしたカードを確認する。祈るような気持ちでカードを見ると、それが先程から待ち望んでいたものであることが分かり、ようやく顔に笑みを戻すことができた。

 やっと揃ったか……、全くどれだけ運がないのだろうか僕は。カードを引きすぎたせいで、デッキ枚数は申し訳程度にしか残っていない。下手に調子に乗っていれば自滅していたかもしれないな。

 

 狙ったカードが中々来なかった上に、デュエルディスクの操作にも慣れていなかったため、ここまでたどり着くまでに相当な時間が経過してしまっている。皆には言い訳させて欲しいんだけど、デュエルディスクを使う以上、手動で効果処理を行うわけではないので、○○のついでに××も発動していいっすか? という手法を使えなかったことが最大の問題点なんだ。これは由々しき問題として、海馬コーポレーションに改善を求めたほうがよいのではないだろうか。

 

 周りのデュエルフィールドはとっくに試験が終了していたようで、受験生はおろか試験監督やその他大勢の視線が、全て僕のいるデュエルフィールドに注がれている。

 

「おい、いつまでこんなくだらないデュエルを続けるつもりなんだ?」

 

 僕の動きが止まったことで、外野の中等部から所属している証であるオベリスク・ブルーの青い制服を着た男子生徒が、野次を飛ばしてきた。実は中略している間にも散々言われていたんだよ。

 

「いえ、もう終わりです」

 

 僕のその宣言に、眉を顰めた試験官が口を開こうとした、その時だ。

 

 試験会場にいる全ての人間が強大なナニカの気配を感じ、畏怖を感じると共にざわめき始めた。会場内の空気も張りつめ、ガタガタと大地が震える感覚に陥るほどである。そして幾人かの生徒がフィールドに浮かび上がった巨大な魔法陣に気付き、その中の一人が、皆の不安や疑問を代弁するかのように口を開く。

 

「な、なんだ……、何なんだよアレは――!?」

 

 顕現するは最強の魔神。燃え盛る獄炎より現れしそれは、召喚と同時に勝利が確定する効果を持つ、ある意味で三幻神すらも超える絶対存在。

 

「今のドローで手札に5枚のエクゾディアパーツが揃いました。このデュエルは僕の勝ちです。行け、エクゾディア! 怒りの業火 エクゾード・フレイム!!」

 

 そして彼の者から撃ち出された業火が、全てを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 うむ、流石にソリッドビジョンで見るエクゾディアは迫力があるな。ここまで派手なエフェクトを付けられると、決まった方は気分爽快だ。遊戯王に出てくるキャラクターが、相手モンスターの攻撃を受けた時、立体映像なのにも関わらず思い切り吹っ飛んだりしていた気持ちがよく分かる。ま、あれは実際に体感システムが作動していたからなんだけど……。

 

 デュエルに勝利したことによってそれまでの緊張が解けた。もう何も怖くない。凝った首筋をグルリと回し辺りを見渡すと、僕の晴れやかな内心とは打って変わり、会場内は水を打ったように静まり返っていた。

 

 やがてその中の数人が唖然とした表情のまま囁く。

 

「エ、エクゾディア……」

「武藤遊戯がかつて切り札にしていたという伝説のモンスターだろ……確か……」

 

 会場の皆様の反応が思っていた以上にヤバい感じだ。やっぱりエクゾディアはまずかったですか、そうですか、そうですよね。でも確かグールズの下っ端とか持っていたじゃん……あっ、あれは複製品だったっけ。

 

 もはや僕の一挙手一投足に注目するほど、衆目が集まってしまっている。おかげで迂闊に動けないくらいに追い詰められている状況だ。誰か助けてくれ。

 

 そんな時だ。僕の心の声に応えるかのように、会場の出入り口から大きな声が上がった。

 

「すみませ~ん、電車の事故で遅れてしまいました! 受験番号110番、遊城十代です! まだセーフですよね?」

 

 ある意味遅延だソリティアだと揶揄され兼ねないデュエルで、試験時間が長引き、遅刻していた十代が会場に到着したようだ。というかやっぱ遅刻していたのか十代。まぁ電車の事故だったら仕方ないよね――って今はそんなこと考えている場合じゃない。皆の意識が十代に向かったこの一瞬の隙をつき、どうにかデュエルフィールドから脱出し、目立たない待機部屋の方に避難しなければ!

 

 逃げる瞬間に、十代の方へ感謝の意を込めて視線を飛ばす。

 

 ありがとう十代、この恩はきっと忘れない――と思うよ、うん多分3日くらい。

 

 今度飯でも奢るわ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「驚いたわ……。まさかエクゾディアをこの目で見られる日が来るなんてね……」

 

 観客席の後部で、先程のデュエルを見ていた天上院明日香はそう独白する。

 

【エクゾディア】

 

 それは「封印されし」と名のつく5枚のカードを手札に揃えることで、そのデュエルに勝利するという、デュエルモンスターズの中では大変珍しい特殊勝利を齎すカードだ。その条件の困難さゆえに、伝説のキング・オブ・デュエリスト――武藤遊戯が現れるまで、誰一人として揃えることができなかったとされている。

 

 しかしあの受験生はたった1ターンでそのエクゾディアを揃えてみせた。

 果たして今のデュエルがただのまぐれなのか、それとも彼の実力なのか。

 

「今日はわざわざ見に来た甲斐があったわね」

 

 彼女を知らない者が聞けば、少々上からの物言いに感じることだろう。しかし、彼女にはその発言をするだけの実力を持ったデュエリストなのだ。試験を受けている者たちと同じく、今年から高等部に進学する彼女だが、その高い実力は中等部の頃から証明されており、美しい容貌も相俟って「オベリスク・ブルーの女王」の名を欲しいがままとしている。最も本人にその気はないのだが。

 

「あぁ。中々に興味深い内容だった」

 

 明日香にそう相槌を打ったのは、アカデミアで最も優秀な者が集まるクラス――オベリスク・ブルーの青い制服を着た男、丸藤亮だ。学園中随一のデュエル技能と、その優れた人格から学生の間では「デュエル・アカデミアの帝王(カイザー)」「カイザー亮」の異名を持つ彼は、普段このようなイベントにはあまり参加しないことが多いが、今年の試験は彼の弟が受験をするということもあり、会場まで足を運んだのでいたのだ。

 

「私は途中からしか見ていなかったのだけれど、あれがたった1ターンの間に起きたことって本当なの?」

 

 受験番号1番の三沢大地のデュエルに注目していた明日香は、受験番号4番の一之瀬彰のデュエルから意識を外していたのだ。三沢大地は前評判通りの実力で試験官を打倒し、その力を示した。そしてそれを確認した後で、やたらと長期戦になっている彰の方に目を向けたのだ。途中経過が分からずとも仕方がない。

 

「ああ。彼は後攻だったが、自ターンが回って来てからエクゾディアを揃えるまで、相手に一度もターンを受け渡していない」

「そう…………」

 

 それが何を意味するか分かるだろうか。つまりはあのデッキを扱う彼に先手を取られた場合、何もさせてもらえないまま、デュエルに敗北する可能性があるということだ。ターンが回って来ず、場にカードを伏せられなければ、相手は彼の行動を妨害することすらできない。例えそれがオベリスク・ブルーの女王でも、デュエル・アカデミア最強と謳われる皇帝であろうとも、ただ己の敗北を待つしかないのだ。

 

 そのことを理解しているからこそ、明日香は口を噤む。

 

 

「いけ、フレイム・ウィングマン! 《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》に攻撃だ! スカイスクレーパー・シュート!!」

「マンマミーア! 我が《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》が!!」

 

 自分が彰とデュエルで相対した時の事を想定していた明日香は、クロノス・デ・メディチの悲痛な叫びによって現実に呼び戻された。試験に遅れてきた受験生が、デュエルで試験官を務めるクロノスを破ったのだ。

 

「まさかあのクロノス教諭が負けるなんて……」

 

 クロノスはオベリスク・ブルー男子寮長であり、実技担当の最高責任者である。その役職で分かる通り、デュエルに関して非常に高い実力を持ち、彼に勝てる者はアカデミア内においても、この場にいるカイザー亮、天上院明日香を含めた極少数しか存在しない。そのクロノス・デ・メディチを倒したという事実は、デュエル・アカデミア生にとって非常に重い意味を持つのだ。

 しかし、その偉業を成し遂げた本人は、その意味を理解していないのか観客席に向かって呑気にピースしている。明日香はその光景と、先程会場内の度肝を抜いた少年もその実力に似つかわしくない小動物のような動きで会場から逃げて行ったことを思い起こし、クスリと笑う。

 

「ふふっ、今年の受験生はちょっと面白そうね」

「そうだな」

 

 

 

 ――ふん……、あんなもんまぐれさ!

 

 明日香と亮の会話を遠くから聞いていた万丈目準は、その内心に苛立ちを隠せずにいた。彼はデュエル・アカデミア中等部からの所謂エスカレーター組であり、その身にエリートの証であるオベリスク・ブルーの制服を着用している者の一人だ。万丈目自身にしても、己がオベリスク・ブルーに所属しているのは当然だと思っているし、その中でもトップクラスの実力だと自負している。

 近年抬頭してきた新興財閥「万丈目グループ」の御曹司として相応しくあるよう育てられた彼は、人より自尊心が高く、他者を見下しがちなことは否めないが、それだけの努力を積んできたし、結果も出してきたのだ。

 

 そんなプライド高い彼が認めている数少ないデュエリスト。それは自身と同じく中等部の頃より既にその頭角を現していた天上院明日香。そしてオベリスク・ブルーの偉大な先輩である丸藤亮。

 成績優秀でデュエルの実力も高い万丈目も、その二人の天才には及ばないというのが周りの評価だ。万丈目としてもその二人の実力が群を抜いていることは分かっている。実際に丸藤亮のデュエルを見た時は、それだけで己より遥か高みにいるデュエリストであると思い知らされし、明日香とは中等部の頃直接デュエルして敗北したことがある(同時に恋にも落ちたのは秘密だ)。

 しかし、自分が彼らに絶対に敵わないと思ったことはない。現状では厳しいかもしれないが、いずれ必ず超えてやると、僅かなライバル意識を抱いていたのである。

 

 そんな二人が自分をそっちのけで、ぽっと出の外部受験生に興味を示している。自分には一度も向けられたことのない好奇の視線を彼らに向けている。到底面白がれる状況ではない。

 

 ――天上院君もカイザーも何であんな奴らを……!

 

 受験番号4番に受験番号110番。互いに違った意味で、会場の注目を集めた者。片や伝説のエクゾディアをたった1ターンで召喚し、片や実技担当の最高責任者を真正面から打ち破った。確かにその結果だけを見れば、印象は強く残るだろう。

 しかし、デュエルを決するのは緻密な計算に基づく作戦であるというのを信条にしている万丈目からすれば、今回の二人のデュエルは、カードの引きという、デュエルに僅かに入ってしまう運の要素が上手く作用しただけに思えたのだ。そこに多少の偏見が含まれていることは否定しないが、決して的外れな事を言っているわけではない。少しでも引きが違えば、結果は丸っきり変わっていたなんてことも、十分にあり得る状況であった。

 周りの者たちはそんなことにも気付かず、あの二人を高く評価し、過剰に騒ぎ立てている。運が良いだけで勝ち続けられるほど、デュエルは甘いものではないというのに。

 

「ふん、いずれ俺があいつらを倒してそれを証明してやる……。今年の新入生で最も強いのは他の誰でもない、この俺だ!」

 

 万丈目の呟きは誰の耳にも届くことなく、空気中に消えていった。

 

 

 




あれ、確か三沢って漫画版遊戯王GXのオリジナルキャラでしたよね?(すっとぼけ)


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第5話 入寮

 入学試験を終えて早一カ月余り。

 

 実のところ試験の一週間後にはアカデミアの合格通知が届いていた。それから今日までの間、僕が何をしていたのかと言うと、全寮制のアカデミアに入学するにあたり必要となる制服や生活用品といったモノの準備に追われていたのだ。そのために皆への報告が遅くなった事に関しては済まなかったと思っている。ごめんね。

 

 今は丁度ヘリコプターにてデュエル・アカデミアのある島へと移動中だ。今までパスポートすら持っていなかったという事実から察することができると思うが、空を飛ぶなど初めての体験で、正直洒落にならないくらい怖い。先程から風に煽られ、機体がガタガタ音をたてて揺れているのが、余計に恐怖を煽るのだ。遊園地にある子供用のジェットコースターでさえ怖い僕にとって、既に我慢できる限界メーターを大きく振り切っており、服は脇汗でぐっしょりとしている。隣にいるガイドさんに抱きついていなければここまで気を保てなかっただろう。

 そんな無様な様子を最初こそ笑って馬鹿にしていた彼女だが、今は何が何でも離すまいと必死にしがみ付く僕に呆れた顔をしている。普段から常にニヤニヤとしている彼女にしては非常にレアな表情だ。だがこれだけは言わせてくれ。僕が悪いんじゃない、鉄の塊が空を飛ぶ現実の方がおかしいんだ(迫真)。

 

 そもそもの話一体如何なる理由があって、アカデミアを太平洋の孤島なんかに設立したんだよ。交通の便とかを考えろよ畜生。アカデミアへのアクセス手段がフェリーかヘリコプターのみって、改めて考えるととてつもない立地だ。海馬コーポレーションという世界有数の企業が経営しているんだから、もっと良い所に移設すべき。うん、そうすべき。

 

 僕がアカデミア都市移動計画の草案を頭の中でまとめていると、飛行中のヘリから窓の外を眺めるという、正気の沙汰とは思えない行為をしていた生徒たちから突如歓声が沸き起こった。彼らの会話の内容から察するに、どうやら遂にデュエル・アカデミアが肉眼でも確認できたようである。嬉しさのあまり僕も彼らと同様に笑みを浮かべる。皆とは喜んでいる理由が微妙に違うけど気にしたら負けだ。というかまだ正確には着いていないのだから、ガイドさんもお役目御免した顔をして余所へ行かないでください、此処は未だ空の上なんです僕を見捨てないでお願いしますよぉ!

 

 

 

 当たり前であるそれが幸せ。一体どこの偉人が残した言葉なのか。こうして大地に足を踏みしめることができるという事実が斯くも素晴らしき事であるかなと、今日ほど強く思った日はない。

 

 長き恐怖から解き放たれた僕は、未だ足元がふらつきながらも、ヘリポートで待機していた先生方の誘導に従い、入学式会場として使用するらしいアリーナへ向かった。

 そこで行われた入学式は式典にしては比較的簡素であり、アカデミアの校長である鮫島先生すらも、舞台中央のスクリーンに映像で出演という形であったのには少々意表を突かれた。果たしてこれが学校形式として進んでいるのか、それとも単なる怠惰の結果なのかは分からないが、世間一般の学生にとってそのような些事はどうでもよいことだ。兎に角こういった行事は、如何に早く終わってくれるのかが問題の焦点となる。その点デュエル・アカデミアは十分合格に値する仕事をしてくれた。グッジョブ。

 

 校長先生の話が終了すると、次は他の教員の方からアカデミア内にある施設の諸注意を軽く受け、一時間後までに各々の所属する寮へと集合するようとの旨が伝えられた。どうやら寮毎に新入生の歓迎会が開かれるらしい。

 

 知らない人のために説明しておくと、デュエル・アカデミアには全部で三つの寮が存在している。青色がシンボルカラーのオベリスク・ブルーは、中等部からの成績優秀組みから構成されるエリート寮。女生徒も基本的にこの寮に所属するのが通例だが、理由は後述。

 黄色が特徴的なラー・イエローは、高等部の試験を受けて入ってきた新入生の中で成績優秀な者が配属される寮であり、残る赤い制服のオシリス・レッドは成績が悪いドロップアウト組の吹き溜りと囁かれている。

 

 実力主義の校風に則って、上からオベリスク・ブルー、ラー・イエロー、そしてドベのオシリス・レッドの順番に力関係が形成されており、所属する寮によって待遇や教師の態度、使用できる施設などもあからさまに変わってくる。それが最も顕著に表れているのが、これから生徒が寝泊まりすることになる寮だ。

 オベリスク・ブルーの寮は、それはもう豪華絢爛という言葉がピタリと当て嵌り、一流ホテルも斯くやといった建物で、一般人として育った僕の価値観からは大きくかけ離れた環境のようである。女生徒がこの寮に配属されるのも、防犯設備がしっかりしている寮であることも関係しているのだろう。

 ラー・イエローは流石にオベリスク・ブルーには及ばないものの、洒落たペントハウス調の建物であり、軽井沢などの避暑地に別荘として建っていてもおかしくないと思しき外観の寮だ。アカデミアからも近く、立地自体も悪くない。

 悲惨なのはオシリス・レッドの生徒であり、彼らの寮は、駅から徒歩三十分近くに位置する築三十年風呂トイレ共有家賃三万円の木造アパートのような有様らしい。実際僕もレッド寮を遠目から窺ったのだけれど、島の端の方に建設された木造プレハブ小屋風の建造物を見るにあたって、非常にやるせない気持ちになり、癒しを求めて視線をそのまま雄大な海に移してしまったほどだ。

 

 

 此の度の試験の結果、幸いなことに僕が配属されたのはラー・イエローであった。個人的に黄色の制服が一番好みではないのだけれど、学生生活を過ごす上で一番気楽に過ごせそうな寮であるため、そのような些細な問題は捨ておける程度のモノである。例え制服を着た自分を鏡で見た時、あまりの似合わなさに落胆し、その様子を影からガイドさんに笑われていた経緯があったとしてもだ……。ちくしょう……。

 

 入学式が恙無く終わり教員や生徒達が移動した後も、極限まで消耗した精神力を回復するために暫し休息を取っていたのだが、そろそろ足元もしっかりとしてきたし寮に向かうとしよう。先に出て行った生徒の背を追う様に、僕もアリーナの出口へと足を運ぶ。

 

 外に出るや否や、憎らしい程に照りつける太陽がお出迎えをしてくれた。燦々と降り注ぐ眩太陽光を少しでも和らげるため、癖毛対策に持参してきたキャップを深々と被る。柄にもなく日光を遮るための日傘が欲しくなるなと思うくらいの快晴だ。雲ももう少し頑張れよ、全く。

 

「おや、キミは確か受験番号4番の……」

 

 そんな益体もないことを考えながら寮へ向かっていた僕を引き留めた人物は、誰かさんとは違いラー・イエローの制服を見事に着こなす一人の男。実技試験の待機中に、僕の隣に座っていた受験番号1番のモブキャラ君だ。名前は……確か……え~っと、うん……。

 

「あれ? お前彰じゃんか!! 良かったお前も受かってたんだな!!」

 

 1番君の名前を思い出そうと記憶を掘り起こしていると、背後から僕の名を呼ぶ声が掛る。誰かと思い振り返ると、そこには爽やかな笑顔を見せる十代が此方に手を振り、向かってくるところであった。流石と言えばいいのか、燃えるように赤いオシリス・レッドの制服が元気な彼に良く似合っている。

 

「ちょっとアニキ! あの人今生徒内で噂になっているエクゾディアを召喚させた人っすよ! 知り合いだったんっすか!?」

 

 十代にくっ付くように現れた水色髪の眼鏡君は、実技試験が始まる前に奇怪な行動で周囲にドン引きされていた丸藤さん家の翔くんだ。彼もまた十代と同じく赤い制服を着用しているが、此方はまだ制服に着られている感が否めない。やっぱりキミは僕の仲間だったんだね(ニッコリ。

 

 それにしても急に声を掛けられと思ったら、雨後の竹の子のようにわらわらと人が増えてきたな。この三人だけならまだ良かったんだけど、翔が大声で叫ぶものだから周りに屯していた生徒らの視線も集まってしまったようで、少々居心地が悪い。

 

「あの噂って彰のことだったのか! 俺遅刻してきたせいで見られなかったんだよなぁ」

 

 今度俺とデュエルする時に見せてくれよな! と笑顔を向けてくる十代。どうやら既に彼の頭の中では僕とデュエルすることが確定事項になっているらしい。

 

「いや、あれは本来対人で使うデッキじゃないし、そもそも受験の時も使う予定なかったからさ。ちょっとした手違いみたいなもので……」

 

 手違いというか故意の悪戯なんだ本当は。因みにその元凶は今、多数の手下を従えて島の探索に向かっているはずだ。なんでもこの島に冒険の匂いがしたらしい。彼女は離れていても僕の居場所が分かるようなので、放っておいても飽きたらそのうち帰ってくるだろう、多分。

 

「本来のデッキではないにも関わらず、あの結果を出したのならば、それはそれですごいんじゃないのか?」

 

 会話に入ってきたのは受験番号1番君。そう言えば初めに声かけてきたのは彼だったな、申し訳ない事にすっかり忘れていた。どう考えてもハイスペックな人間なのに、どうしてこんなにも簡単に存在を忘れてしまうのだろう。やはり名前を思い出せないのが一番の要因なのか……。

 

「俺は三沢大地。制服で分かるだろうがキミと同じラー・イエローだ」

 

 僕のそんな心の内を悟ったのか、苦笑しながらも自己紹介してくれる三沢君。いい人だ、影薄いけど絶対いい人だよこの人。何故だか地味な印象は拭えないんだけど。

 

「一之瀬彰。ご存知の通りラー・イエローです」

 

 差し伸べられた手を握り、軽い握手を交わす。

 

「へぇ~、制服って寮毎に違うのか。道理で皆マチマチだと思ったぜ。あ、俺は遊城十代!寮はオシリス・レッドだな!」

「僕は丸藤翔っす。アニキと同じオシリス・レッド所属っす」

 

 各々が自己紹介を済ませたところだが、そろそろ寮に戻って歓迎会の準備をした方が良いのではないかと提案してみる。というかまだ体調が本調子でないから、部屋で休みたいというのが本心だ。優等生三沢君はその案に賛同してくれたが、十代と翔はもう少しアカデミア内を見学してくるとの事。どこからその元気が溢れてくるのだろうか、出来る事なら是非とも分けて欲しい。いずれ僕も彼らのように青春を謳歌したいものだね。賑やかに走り去っていく二人の背を見て、少し羨ましく思ってしまったよ。

 

 

 

「実技試験のデュエルでは見事だったよ。まさかこの目でエクゾディアを見られるとはな」

 

 ラー・イエローの寮へ向かう道中で三沢君から話を振られた。コミュニケーション能力に乏しい此方からすれば有難いことだが、あの試験は非常に不本意な形であったため、あまり触れて欲しくない話題にあたる。

 

「いや、あれは単純に運が良かったから……」

 

 あの王立魔法図書館軸【エクゾディア】の初手ワンキルできる確率なんて、どんなに甘く見積もっても三割程度だ。此方の世界ではエフェクト・ヴェーラーや朱紅の宣告者といった、手札誘発系の妨害手段がないために、多少確率は上がるが、それでも失敗に終わる可能性のほうが高いだろう。強欲な壺やら天使の施しを入れていれば、また話は変わってくるけどね……。

 

「謙遜する必要はない、運も実力の内さ。正直に言えば俺も途中まで、キミが何を狙っているのか分からなかった」

 

 そう言って肩を竦める三沢君。その声色からは自身の未熟さを省みているように聞こえるが、しかしそもそもの話、この世界ではエクゾディアを所持している人間なんて極々限られているため、その可能性に思い至らずとも仕方のない事だと思う。此処の常識で考えればエクゾディアと戦う可能性なんて、それこそ自身が交通事故に遭遇することより少ないはずだ。青信号の横断歩道を渡る時、横から車が突っ込んでくるかもしれない可能性を、毎度毎度想定している人間がいるだろうか。いたとすればそれは病的に神経質な人物か、信号機の存在を知らない未開人くらいのものだろう。

 

「そういえば三沢君はどんなデッキを使っているの?」

「俺か? 俺は六つの属性デッキをその時々で使い分けているな。一つのデッキに拘ると、どうしても対応力に欠ける。相手のデッキ特性が事前に分かっているならば、より優位に立てるデッキに切り替えることも戦術だからな」

 

 話題の転換を図る為に訪ねた質問だが、三沢君は此方の意図を察してか特に気にした様子もなく乗って来てくれた。どうやら空気も読める人物であるらしい。

 

 適当に振った話題ではあるが、案外面白い回答が返ってきたな。彼の考え方はどちらかというと僕の世界の概念に近い。というのも、此方の世界のデュエリストはオンリーワンのデッキテーマを使い続ける傾向が強く、複数のデッキを使い分ける人が少ないのだ。拘りや信念というのもあるのだろうが、単純にデッキの核となるカードの入手が難しいという事も、その風潮を後押ししている要因の一つに挙げられるのだろう。

 

「アカデミアに入学するにあたって、其々のデッキも改良してきた。まぁまだ実践を通しての調整をしていないから、とてもじゃないが完成したとは言えないな」

 

 三沢君はそう言って肩に掛けたバッグから、デッキケースを取り出して見せてくれようとする。するとバッグの奥底に眠るケースを取る為に荷物をどかそうとした際、その拍子で中のファイルが傾き、そこから数枚のカードがパラパラと零れ落ちた。

 

「そ、それはっ! ちょっと待ってくれ一之瀬!」

 

 何故か顔色を悪くしてそういう三沢君。しかし僕は、彼が制止する前に落ちたカードを拾い上げてしまった。勿論単純な親切心からの行動だ。

 

「あれ、このカードって……」

 

 思わず戸惑いの声がでる。というのも、拾ったカードを確認すると、それらすべてが《白魔導士ピケル》や《霊使い》シリーズといった可愛い女の子のイラストが目立つカード群であったのだ。あまりにも三沢君のイメージとはかけ離れたものであったために、彼をまじまじと見てしまう。

 

「ち、違う! 俺は別にそういうカードが好きというわけではなくてだな! 単純に効果が優秀で何かのデッキに使えるのではないかと思って集めていただけで、決してイラストが好きだからというわけではないんだ! それに俺はアイドルカードなんて軟弱なモノはどちらかというと嫌悪している方で……って、あっ!」

 

 無駄に熱弁するあまり、バッグからファイルが転がり落ちて一枚のページが開かれた。綺麗に収納されたファイルの中には、《白魔導士ピケル》のカードが一面にびっしりと収められている。そして悪戯な風に煽られ、次々にページが捲られても似たような光景が目に飛び込んできた。

 

うわぁ……。

 

 いや、個人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、流石にこれは彼への認識を改めざるを得ない。今この瞬間僕の中で三沢大地という人間のイメージが、成績優秀で人の良いイケメンからただのロリコンになったよ。

 

「うん……。【キュアバーン】のデッキなんかでは採用することもあるしね……」

「あ、あぁ、そうなんだ! 実は最近、その手のデッキも作ろうかと思っていてだな――」

 

 何やら慌てて説明し始めたが、もし採用したとしてもルール上同名カードは3枚までしか入れることができないため、此処にあるピケルを全部使うためにはデッキが幾つ必要になるか分かったものじゃない。裏スリーブにでもするつもりなのかな。

 未だにピケルの優秀さについて語っているけど、なんか可哀想だし適当に相槌でも打っておこう。そういうカードが好きなら、堂々と認めてしまえばいいのにね。

 

 まさか属性デッキというのも霊使いシリーズのデッキなのだろうか?

 

 

 

 ロリコンであると判明した三沢(呼び捨てに変更)とラー・イエローの寮に辿り着く。僕と彼の間にはさっきまではなかった微妙な距離を感じたとしても、気にしない方向で頼むよ。YESロリータNOタッチさえ守ってくれれば、僕は差別しないからさ。区別はするけど。

 

 寮に入ると寮長である樺山先生自らが出迎えてくれた。穏やかで人の良さそうな顔の小柄なおっさんである。ただどんなに人が良さそうな人物でも、その内面に何を抱えているのか分かったものではないという事を、先程学んだばかりなので油断はできない。

 

 それから樺山先生から新入生の歓迎会が始まる前までに、これから暮らす事になる自分の部屋の確認と、軽く荷物の整理をしておくようにとの御達しがあった。先に配達に出していた荷物は、既に各々の部屋に運び込まれているらしい。

 ラー・イエローの寮は外観、内観ともに落ち着いていて趣味の良いものであるため、部屋の方にも多大な期待してしまう。正直自分の部屋を想像するだけでワクワクが止まらない。小学校高学年になって、初めて自室を手に入れたあの時も、同じように胸を躍らせていたことを思い出す。

 

 樺山先生に教えてもらった僕の部屋は、一階の通路奥に近い位置にあり、隣室にはロリコン三沢と神楽坂君という生徒が住むことになるそうだ。後で挨拶に向かわねばならないが、何はともあれまずは自室を覗いてからだ。扉の前で軽く深呼吸し、扉の向こうに想いを馳せる。そしてこれから長い付き合いになるであろう部屋に、宜しくという気持ちを込め、ドアノブに手を掛ける。

 

 そして、扉を開くとそこは悪魔の巣窟だった。

 

 バタン。

 

 ふぅ……。扉を閉めて一息吐く。

 

 いや、落ち着くんだ一之瀬彰。今のは扉の開け方が悪かったからに違いない。そうだよ、廊下の内観と、部屋の内装が欠片も一致していなかったもん。

 もう一度チャレンジだ。ほら、こうして冷静かつ慎重に扉を開ければ、そこには至って普通の部屋が……。

 

 目に飛び込んできたのは、先程島内の探検に向かったはずのガイドさんが大量の悪魔を呼び出し、それらが好き勝手に部屋を跋扈している光景。壁には《絵画に潜む者》や《デビルズ・ミラー》を立て掛け、《幻影の壁》で仕切りを作るなどとやりたい放題してくれている。

 

 お前人の部屋でなにしくさっとんのや!!

 

 

 

 あれからガイドさんが滅茶苦茶にしてくれた部屋の片づけに追われ、気付けば新入生歓迎会は御開きになった後だった。だってあいつら土足で上がり込んでいるものだから、汚れやらよく分からない粘液やらで、まだ一度すら踏み込んだ事のない新居が、見るも無残なことになっていたんだもん。寮長から掃除用具を御借りできなければまだ終わっていなかっただろう。何故かどの用具もカレー臭かったのは不思議だったが……。

 薄暗い食堂の中一人ぼっちの夕食。歓迎会の残り物の冷めた料理でお腹を満たす。あれ、どうして涙が出てくるんだろう……どうしてこんなにも惨めな気持ちになるのだろう……。

 

 その後は何とか落ち着ける環境にまで片付け終えた自室に戻り、電気も付けずにベッドへダイブ。既に外界には夜の帳が下り、月明かりだけが僕の心を癒してくれるように、窓から差し込んでいる。

 眠気と疲れで意識が朦朧とする中、全くあのガイドの奴めと呪詛を唱えていると、そこでようやく入学式の時、生徒全員に配布された携帯情報端末(PDA)に、着信を示すライトが光っていることに気付いた。デュエル・アカデミアに通う生徒は、迅速かつ効率的に業務連絡を通達できるPDAの所持を、校則によって義務付けられている。勿論生徒間同士の通話やメールも可能だが、まだ入学して間もないこの時期だ。恐らくはアカデミー側からの業務連絡だろうと見当を付け、メッセージを開いてみる。

 

「あれ――?」

 

 しかし、僕の予想に反して発信者はアカデミアではなく、万丈目準という名前が表示されていた。万丈目ってあの万丈目サンダーのこと? 予期せぬ名前が出て来たことで少々驚いたが、とりあえずメールの内容を確認してみる。

 

『午前零時。アカデミア東校舎、オベリスク・ブルーのデュエルフィールドで待つ。デュエルディスクとデッキを持って来い』

 

 何だか非常に意味深なメールだが、まずはここで皆様にお知らせしておきたい事がある。それは時刻が既に午前零時を三十分ほど過ぎているという現実だ……。つまりはどう足掻いたところでこの内容を実行するのはもはや不可能であり、このメッセージを飛ばした万丈目は、もう三十分の待ちぼうけを食わされているわけか……なんかごめんね。

 まぁでも人を呼び出したいのならば、まずはその用件を明示して、相手の迷惑にならない時間帯を選定すべきだよ。せめて普通の時間帯を指定してくれていれば、様子見に二秒くらい行っても良かったのに……。それに夜間は基本的に外出禁止だって生徒手帳に書いてあったじゃないか(真面目)。

 というか万丈目とは今までに全く接点がないんだけど、そもそも何でメールが送られてきたのだろう。あ、もしかして他の誰かのアドレスと間違って発信してしまったんじゃなかろうか……。可能性としてはそれが一番濃厚だ。一応メール気付くのが遅くなった謝罪と、送信者を間違っていないかの確認メールを送っておこう。

 

 メールの問題に関してはもうこれでいいやと思考を放棄し始めたところで、部屋をしっちゃかめっちゃかにしたまま逃走しやがったガイドさんが、素知らぬ顔で帰ってきた。僕の恨みの籠った視線を受けても、何故自分がそんな目で見られなければならないのか分からない、といった表情であるのは流石といったところか……。いや、反省はしてほしいんだけどね。

 そんな彼女が嫌にご機嫌なのを不審に思い、今まで何をしていたのかと聞くと、なんでも島の端の方に古くなった洋館を発見したようで、誰も利用していないことをいい事にその館の改造を計画しているらしい。

 うん……、まぁでも誰も使っていないならいいか……。少なくとも自室を魔界にされるよりかは何倍もマシだ。使わなくなった施設の有効利用とも言える。資材を無駄にすることもなく、地球のためにもなる。それにその洋館だって利用されないより、誰かに利用されたいはずだ。例えそれが悪戯大好きで、周りの被害を全く考慮しない小悪魔だとしてもそのはずさ。多分……恐らく……メイビー……。

 

 そう、エコだよそれは! 

 

 

 

 誰だ今エゴだろって言った奴は!

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 彰が自身に届いた万丈目のメールの事などすっかり忘れて、就寝に入ろうとしている頃、デュエル・アカデミア内部のデュエルフィールドには、深夜にも関わらず二人の生徒が対峙していた。一人はオベリスク・ブルーの青い制服を着た万丈目準。もう一人は赤い制服が目立つオシリス・レッドの遊城十代である。

 

 そのフィールドの端には、十代を心配し付いて来た翔と、万丈目の取り巻きであるブルー寮の生徒が二人、そして万丈目達が良からぬ事をするらしいと小耳に挟み、気になって様子を見に来た明日香が、デュエルの成り行きを見守っている。

 

 こうなった原因を知るためには本日の昼頃まで遡らなければならないが、その経緯は至って簡単だ。話は十代と翔がデュエル・アカデミア探検中に、デュエルのエフェクト音に釣られてオベリスク・ブルー専用のデュエルフィールドに入り込んでしまい、万丈目とその取り巻きであるオベリスク・ブルーの生徒らと諍いを起こした事に起因する。

 その時は偶然通りかかった明日香に仲裁されたのだが、夜になってから十代のPDAにアカデミアでは禁止されている互いのフェイバリットカードを賭けたアンティ・ルールでデュエル勝負を挑むという万丈目のメッセージが届き、それを十代が易々と受けてしまったことで現在に至るのだ。

 

 此度の騒動は万丈目にとって実に都合の良いものであった。というのも運が良かっただけで周りからチヤホヤされている奴に身の程を教えてやる機会を、その本人自ら提供してくれたようなものだからである。

 デュエルで煽ればすぐさま誘いに乗って来るだろうことは、昼間の十代との会話で容易に想像できた。見るからに何も考えていなさそうな、典型的なお気楽人間。こんな奴にクロノス教諭を倒す実力があるわけがない。戦わずとも既に自分の勝利を確信した万丈目は、もう一人の目障りな人間の方に思考を移す。それは実技受験において遊城十代と同じく、運だけで勝ち進んだ男の事だ。

 

 ――面倒事はなるべく一気に片付けたほうがいい。アイツも呼び出してみるか……。

 

 そんな万丈目の思惑はターゲットの一人が時間になっても現れなかったことで、半分頓挫しているが、元々そちらは序でであったためにそれほど落胆はしていない。何より当初の目的は達成されつつあるのだから……。

 

 既に互いのライフポイントは半分を切り、デュエルは終盤に差し掛かっている場面。万丈目のフィールドにはATK/1800の《ヘルジェネラル・メフィスト》が存在しているが、十代の場にはモンスターは一体もいない。彼の切り札である融合モンスター《E・HERO フレイム・ウィングマン》も、万丈目に対策されていたことによって、いいように利用され、現在はセメタリーへと送られてしまっている。

 

「どう転んでも俺の勝ちは決まったようだな。アンティ・ルールにより貴様のベストカードを頂くぜ!」

 

 万丈目は己の勝利を確信し、目の前のデュエルから集中を解く。するとそこでようやくデュエルフィールドの外に、憧れである明日香がいることに気付いた。

 

 ――む、あれは天上院君……!? 何故こんなところに……、まさか俺のデュエルを見てくれていたのか――?

 

 呼び出したはずの一之瀬は現れないのに、呼んでもいない明日香がこの場にいる。万丈目も流石にこの状況は予想していなかったが、これは嬉しい方の誤算だ。明日香の前で遊城十代を軽く打ち負かせば、彼女の興味も自分に移るかもしれない。そして行く行くは良い仲に……。

 

 そんな妄想が頭に過った万丈目は更に調子付く。

 

「デュエルは99%の知性が勝敗を決する。運が働くのはたった1%に過ぎない。貴様がクロノス教諭に勝利できたのは奇跡的にその1%を拾ったからだ。実力で勝ったのではない。ドロップアウト組のオシリス・レッドが調子に乗るな!」

 

 圧倒的不利な状況で十代にターンが回る。しかし、彼の手札の中にはこの状況をひっくり返せる手段はない。勝敗の全てはまさに次のドローに懸っている。

 

「だったら俺はその1%に賭ける。俺の引きは奇跡を呼ぶぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードを確認した十代の顔に喜びの色が宿る。デッキは彼の信頼に答えて見せたのだ。

 

 しかし、十代が逆転の切り札を発動する前に、アカデミア内を巡回警備するガードマンの近付く音に明日香が気付き、完全に校則違反を犯している彼らは罰則を恐れて、結局勝負はつかず仕舞いに終わることになってしまった。

 当然途中でデュエルを投げ出すなんて真似を、デュエル大好き人間である十代が素直に認めるはずもない。ここから彼の逆転劇が始まるところだったのだから尚更である。

 

「待てよ! まだ勝負は終わっちゃいないぜ!」

「もう十分さ、お前の実力は見せてもらった。やはり入学テストでクロノス教諭を破ったのはまぐれだったようだな」

 

 しかし万丈目としては既に目的は達成されたようなものだ。十代の情けない様を、明日香に見せつけることもできて万々歳である。オシリス・レッドの劣等生にこれ以上付き合って、アカデミア側から校則違反の罰を受けるなんてナンセンス以外の何物でもない。

 

「それと臆病風に吹かれて来なかったもう一人のまぐれ野郎にも伝えておけ。所詮運だけでアカデミアに合格した貴様らなど、この万丈目準様には遠く及ばないとな!」

 

 そう捨て台詞を残し仲間を引き連れ、場を去っていく万丈目。十代は尚もデュエルの決着がつくまで動かないと駄々をこねたが、最終的には翔と明日香によって引き摺られてその場を後にすることとなった。

 

 

 

「全く、子供じゃないんだから手を掛けさせないで」

 

 隙を見せればすぐに戻ろうとする十代に手を焼きながら、どうにか施設の外まで脱出することができた、明日香開口一番の言葉である。

 

「ごめんなさい、明日香さん。ほら、アニキもちゃんとお礼を言って!」

「だってよぉ、これから俺の大逆転劇の始まりだったのに……。ついてないぜ……」

「あら、ガードマンの邪魔が入っていなければ、今頃アンティ・ルールで大事なカードを失うところじゃなかったの?」

 

 終始万丈目に押されていながらも、まだ軽口を叩く十代に明日香は少し意地悪な質問をする。多少先程世話を焼かされた恨みを込めた事は否めないが、それも十代の態度を鑑みれば仕方のないことだろう。

 

 その質問に対し十代は言葉ではなく、自身が最後にドローしたカードを見せる事によって答えた。彼があの土壇場の状況で引いたのは《死者蘇生》――墓地から任意のモンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する効果を持った、強力な魔法カード。その効果によって墓地から《E・HERO フレイム・ウィングマン》を特殊召喚し、万丈目の場の《ヘルジェネラル・メフィスト》を戦闘破壊すれば、そのモンスター効果によって破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与えられ、相手のライフポイントを削りきれていたのだ。

 

 その事実に明日香が気付かないわけがない。

 

 ――やっぱりこの子は何か持っているわね……。事前にデッキが対策されていたにも関わらずそれを見事に跳ね返し、更にはあの逆境において、状況を打開するカードを見事に引き当てるなんて……。

 

 明日香は自分が入学試験の時に彼に感じた、直感のようなものは間違ってなかったかもしれないと思い――そしてその直後には子供のように地べたを転がって悔しがる十代を見て、そう結論付けるには早かったかもしれないと思い直すのであった。

 

 

「ところで万丈目君が最後に言っていた言葉はどういった意味なのかしら?」

 

 明日香は、昼間にトラブルが起きた時の当事者があの場に全員いたのにも関わらず、万丈目が他の第三者について言及していたのが気に掛っていた。実はデュエル前に万丈目が零していた言葉を聞いていればその疑問を抱くこともなかったのだが、彼女は丁度デュエルの開始時に現れた為に聞き逃してしまっていたのである。

 

 故にその質問には初めからあの場にいた翔が答えた。

 

「それが万丈目君は一之瀬君も呼び出していたらしいんですよ。アニキとあの人は今やアカデミアの生徒の噂の中心っすからね。自分より目立つ人間が気に食わないから、いっぺんに叩こうって魂胆だったんじゃないっすか?」

 

 全く嫌な奴っすねぇと嘯く翔に対し、明日香は先日十代と同じく自身が気に掛けた名前の方に反応した。

 

「一之瀬君ってあのエクゾディアの?」

「あ~、でも彰はあんま使いたくなかったみたいだぞ。本来のデッキじゃないとか何とか。ってことはアイツの本気は噂なんかよりもっとすげぇってことか! やっぱり早くデュエルしてぇなぁ!」

 

 先程までの不機嫌はどこへ行ったのか、十代にはもはや次のデュエルの事しか頭に無いようで、喜色をあらわにしている。明日香は、十代の変わり身の早さに苦笑しながらも、彼の言葉を心の中で反芻し、それが意味するところを考察していく。

 

 ――ここにいる十代もそうだけど、やっぱりもう一度彼のデュエルをしっかりと見る機会が欲しいわね。出来る事なら私自身が相手を務めたいところだけど……。

 

 

 呑気に帰っていく十代とは対照的に、明日香は思考に耽るのであった。

 




実は十代のフレイム・ウィングマンは墓地からも特殊召喚できる、最強フレイム・ウィングマンだったんだよ!
ΩΩΩ<な、なんだってー!!


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第6話 事件

 はきはきとした淀みのない声が教室に響く。今は授業中ではあるが、生徒の注目を集める中でカードの説明をしているのはその授業を受け持っているクロノス教諭ではなく、そのクロノス教諭から与えられた質問に対して解答しているオベリスク・ブルーの生徒――天上院明日香だ。

 

 僕と彼女とは所属している寮が違うため、こうして彼女の姿を確認できるのは授業中くらいだったりする。背は高いし綺麗だしスタイルはいいし、そら人気あるわなと納得するしかない容貌であり、平凡な僕とは住む世界が違う住人にしか見えない。あ、よくよく考えれば文字通り別世界の人間だったわ。

 

 例え普段は授業など聞く気もない生徒でも、彼女が喋り出すとまるで信者が自身の信仰する神から信託を受けるかの如き真剣さで耳を傾ける。それだけで彼女の人気がどれ程のものか理解できるだろう。

 

 今も教室の全生徒から注目を浴びているといっても過言ではない明日香であるが、その当事者である本人は周りの視線など何のその、気負った様子など微塵も見せず、堂々たる態度で解答を終える。よくもまぁあそこまで悠然としていられるものだ。これがもし僕だったら……。

 

「素晴らしいーノ!オベリスク・ブルーのシニョーラ明日香には優しすぎる質問でしターネ。それでは次の質問を……、シニョール丸藤!」

「はっ、はい!」

「フィールド魔法の説明をお願いシマスーノ」

「え~っと、フィ、フィールド魔法はその、あの、え~っと……」

 

 絶対にあんな感じになっていると思う。

 

 分かる、分かるよ翔。僕らみたいな小心者タイプは、事前に心の中で解答をきっちり纏めてからでないと上手く言葉にできないんだよね。そんないきなり当てられても、心の準備が間に合うはずがない。せめて彼にも一分程度の時間をやってくれよ。

 

 結局翔は満足な解答ができず、落ちこぼれのオシリス・レッドが大嫌いなクロノス教諭にネチネチと嫌味を言われ、教室にいる大半の生徒の嘲笑の的になってしまった。明日は我が身だけに全く笑えない。笑えるはずもない。隣に座る三沢も彼らの行為を良く思っていないようで、どこか憮然とした表情を見せている。やっぱり基本いい人なんだよな、ロリコンだけど(定着)。

 

 まぁそんな良い人である三沢でも表情に出すだけだ。ここで翔の事を馬鹿にする奴らを注意するために、声を上げることができる奴なんて早々いないであろう。

 

 しかし――。

 

「でも先生、知識と実践は関係ないですよね。だって俺もオシリス・レッドの一人ですけど、先生にデュエルで勝っちゃったし!」

「ぐぬぬ……マンマミーア!」

 

 翔の横に座っていた十代がクロノス教諭に皮肉を飛ばす。こういうことをさらりと言える人がクラスに一人いるといいよね。立場が上の人にも臆することなく向かっていける、僕も出来る事ならばそんな人間になりたかった。

 そういう人物になれていたなら僕は現在のような、ガイドさんに自室の大部分を占領され、部屋の隅っこに隔離するようにテープで区切られた空間(スペース)で暮らすような生活にはならなかったと思うんだ。

 

 いや、ここで諦めるな僕、きっとまだ間に合うはずだよ! 十代を見習うんだ、僕に必要なのはあと一歩の勇気だけさ!

 

 いくぞおらぁ見てろよあのガイドの奴め!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※無理でした。

 

 もう無理だよアイツふざけんなよ。ハデスは流石に反則だろ。自室の扉を開けたらそこに魔王がいましたとかどんなクソゲーだよ。だいたい冥界の魔王様が観光気分なんかで気軽に現世に降りてくるなよ。使い魔いっぱい連れてくるしさ。

 

 あいつら今日は夜通し騒ぐ予定のようで、部屋主の僕を当然の如く部屋から放り出した。ガイドの奴は魔王様に御酌したり、使い魔達に御酌されたりと自分だけ楽しい思いをしているようである。というか部屋の中の空間とか歪曲していて、有り得ない広さになっていたり、濃度の高い瘴気が立ち込めていたりと、また部屋を魔改造しやがったようである。

 

「畜生、ここは僕の部屋なんだ! てめーら全員出ていけよ!!」

 

 勿論そんな言葉を魔王様に向かって吐けるわけがない。誰がどこで聞いているのか分かったものじゃないので(主に悪魔達)、心の中で思いの丈を叫ぶだけだ。情けなくないよ、冷静な判断ってやつさ。

 

 

 それから大体数時間後。

 

 ラー・イエローの食堂でお腹一杯に夕食も食べ終え、その後は大きな共同浴場で身体中の汗を流す。そして風呂上がりには腰に手を当ててコーヒー牛乳を一気飲み。素晴らしい。これで今も尚自室を悪魔たちに占拠されて帰る事が出来ず、今晩どこで眠ればいいのか悩んでさえいなければ、すこぶる良い夜になっていたことだろう。

 

 友達が少ない事がここで響いてくるとは思わなかった。部屋に泊めてもらえるほど仲の良い友人なんて同じラー・イエロー寮にはいないんだ……。

 いや、別に僕だって友達を作ろうとしなかったわけじゃないよ。ただここ数日の間は授業中でもお構いなく悪戯を仕掛けてくるガイドさんに振り回されて、それどころじゃなかったというだけなんだ。一応十代や翔とは会う度に喋るから決してぼっちというわけじゃない。だからそんな憐みの目で此方を見ないでくれ。現に今だってほら、僕のPDAに着信を告げる設定にした音楽が流れている。きっと友達からの電話さ。

 

「一之瀬君の番号であっているかしら?」

「あ、はい。そうですけど……」

 

 全く知らない人からだったけど、僕は友達からの電話だと言い張るよ。男にはプライドを守る為に見栄を張らなければいけない時があるんだ――ってちょっと待ってくれ。この声どこかで聞いた事があるような……具体的には今日教室で……。

 

「突然電話してごめんなさい。私はオベリスク・ブルーの天上院明日香。寮は違うけど授業ではあなたと同じ科目を取っているから教室ですれ違ったこともあるんだけど――ってごめんなさい、わからないわよね」

「いえ、大丈夫です。知っています」

 

 というかデュエル・アカデミアに在籍するもので、カルト的人気を誇る天上院明日香を知らない奴が居るのだろうか。僕はアカデミアに入る前から知っていたよ。あれ、この言い方だと物凄く怪しい人みたいじゃないか。字面だけ見ると彼女を追っかけて入学したみたいに邪推されそう。

 

「それで、あの、用件は何ですか……?」

 

 僕がそう思うのも仕方がない。何せ今まで僕と彼女にはまるで接点がないのだ。強いて言うならば、彼女が言った通り教室ですれ違ったことがあるくらいのものである。気軽に電話をかけてくるにしてはあまりにも希薄な関係だ。

 

「オシリス・レッドの翔君の事なのだけど、あなたの友達なのよね?」

「あぁ、まぁ。友達というか同志というか……同類?」

 

 主にヘタレ同盟的な意味でね。最もこれは僕が一方的にそう思っているだけなので、向こうがどう思っているかは知らない。

 

「その翔君がちょっとこっちで問題を起こしてね、先生方に連絡すると大変な事になりかねないの。それで解決するために手を貸してくれないかしら? 十代にも連絡したのだけど彼だと更に問題が大きくしそうだし、あなたには悪いんだけどお願いできない?」

 

 声の端々に申し訳なさそうな感情が込められている。先日の不躾な呼び出しメールとは大違いだ。こうしてちゃんと頼まれれば僕だってきちんと考えるよ。翔のために手を貸すのも吝かではないし、女性の頼みを無碍にはできない。

 

「あ~、わかりました。それでどうすればいいんですか?」

 

 

 それから明日香さんに集合場所や、そこへの行き方について教えてもらい通話を終えた。外に出て湯冷めするのは避けたいがそうも言っていられないか。まぁ僕としても単純な好意で人助けしようと思ったわけではない。上手く翔に恩を売れば、今晩の宿のあてができるかもしれないという下心も多分に混じっている。

 

 え? 同じ寮の三沢の部屋に泊めさせてもらえって? おいおい冗談は止してくれよ。あいつの部屋の中を見た上でそんな事言っているのかなキミは……。

 

 実は三沢にはデュエルの戦術構想を練る際、壁とかカードとかの身近なものに無数の数式を書く癖があるようで、先日彼の部屋に入る機会があった時、壁一面に呪詛のように書き込まれているそれらを見て素直にどんびきしたという経緯があるのだ。どこの耳なし芳一だよ、とてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。ある意味狂気すら感じるレベルだ。個人的には僕の部屋の魔界空間とタメ張るくらいのヤバさだと思っている。実際ガイドさんや彼女が呼び出した悪魔達も、三沢の部屋には絶対近づかないしな。あいつの部屋はもはや一種の結界空間として確立されている。

 そのせいかもう一つの隣室である神楽坂君の部屋に悪戯しにいく悪魔が多いようで、彼は金縛りやラップ現象に日々悩まされているらしい。全く三沢め、関係のない神楽坂君にまで迷惑をかけてしょうがない奴だな……(他人事)。

 

 

 

 ――女子寮。

 

 僕は現在、明日香さんとの待ち合わせ場所であるそこまで行くために、船着き場まで向かっている。先ほど電話で聞いた話によると、そこには普段から何艘かの小舟が用意されているらしい。

 

 何故女子寮に向かうためにわざわざ小舟なんぞを使わねばならないのだろうか。皆はそんな疑問を抱くかもしれないが、その答えは簡単。女子寮は夜間の間中、堅牢な要塞の如き正門によって守護されているからだ。入口である門は堅い錠前で封鎖されており、その周りはこれまた城壁のような高い壁が侵入者を阻む。

 小舟なんて漕ぐの面倒すぎるだろjkと思って正面まで回ってきた僕が言うのだから確かな情報だ。そりゃあ明日香さんの忠告通りに行動しなかった僕も悪いけど、正門近くに設置された勝手口を開けるくらいはして欲しかったなと思わなくもない。

 そして通常のルートが使えないとなると、残るは裏から回り込むしか方法がなくなる。つまりは女子寮の側にある小さな湖を突っ切るというコースだ。

 

「や」

「あれ? なんで彰がこんなところにいるんだ?」

 

 無駄な寄り道をしたために、予定より少々時間を消費したが無事船乗り場に到着。そこでは丁度十代が小舟を出そうとしていたところであった。

 

「いや、明日香さんから頼み事を少々。翔がどうのこうのって。目的地は多分同じだから同行していいかな? 二人で漕いだ方が楽でしょ」

「彰も翔の事で呼び出されたのか? それに明日香も関わっているのかよ。一体何がどうなっているんだ?」

 

 それは僕も詳しく聞いていなかったな。どうやら十代も事情は知らないようだし……。現状、全てを把握しているのは恐らく明日香さんしかいないので、彼女に詳しい話を聞くしかないね。十代と二人でえっちらおっちら小船を漕ぎながら、そんな事を考えていた。

 

 

 

「いいから早く鮎川先生に言い付けましょうよ、明日香さん!」

「そうですよ! こんな覗き魔を許すわけにはいけませんわ!」

「だから覗いてないって!」

 

 女子寮に着いたらそこには何故か縄で縛られた翔の姿があった。というか地べたに転がされていた。そしてその翔を囲う様に明日香さんと、名も知らぬオベリスク・ブルーの女生徒二人が立っており、その二人の女生徒が翔と口論を続けている。

 

「翔、お前何やってんだよ……」

「アニキ! それに彰君も! お願いだから助けてよ~!」

 

 僕らの姿を確認すると、翔は半泣きになりながら此方に向かって転がろうとし、それを女生徒二人に踏みつけられて阻止されている。

 

「良かった、来てくれたのね。見ての通り少々厄介な事になっていてね……」

 

 明日香さんは溜息を吐きながら、翔達の方に視線を飛ばす。確かに厄介な事になっているというのは分かるんだけど、一体何がどうなってこうなったんだ……。そんな僕の疑問に答えたのは二人の女生徒だった。

 

「このチビが女子風呂を覗いたのよ!」

「きっと嫌らしい顔をしていたに違いありませんわ!」

 

 ……いや残念だ翔君。キミには妙な親近感を感じていたけど、それはどうやら僕の気のせいであったようだ。悪いけど僕はここで≪手のひら返し≫を発動させてもらう。だって覗きした奴の同志とか同類とか言っていたら、僕まで犯罪者だと思われるじゃないか。まったくキミがそんなエロ河童だとは思わなかったぜ。

 

「だから女子風呂なんて覗いていないって!!」

 

 しかし翔は一貫して覗きを否定している。本人曰く、明日香さんからラブレターが届き、女子寮の裏へ来るよう呼び出されたとのことだ。

 

 マズイな……、翔の奴追い込まれすぎて、自分の中の妄想を現実だと思い込んでいる。そりゃあ健全な青少年なら、誰もが一度は美少女に告白されるなんてハッピーな想像をしてしまうだろう。でもそれを現実と混同しては駄目だよ。ほら、明日香さんもそんなものを出した覚えはないって言っているじゃないか。そろそろ現実をしっかりと受け止めよう。そして罪を贖おうよ。

 

「本当なんだってばぁ~! 僕のポケットにその手紙が入っているから確認してくださいよぉ!」

 

 泣きながら尚も戯言をぬかす翔。これ以上嘘を重ねない方がいいと忠告しようとしたのだが、明日香さんが言われたとおり彼の服ポケットに手を入れると、なんと本当に一通の便箋が出て来た。

 

「確かにそう書いてあるわね……。でもこれは私の字じゃないわ」

 

 疑わしきは罰せず。明日香さんは一応偽ラブレターという物的証拠もあり、翔の事を信じて解放してやってもいいんじゃないかと仰ってくれている。

 

 うん、実は僕も最初からキミは覗きなんてやっていないと信じていたよ翔君。だって僕たち友達だもんね。それによくよく考えれば、ヘタレなキミが覗きなんて大それた事できるわけがない。例え覗くチャンスがあったとしても直前で二の足を踏み、悶々としたまま帰ってくるのが関の山だろう。同じ小心者である彼の心理など手に取るように分かっていたからこそ、僕は彼の無実を確信していたんだ(震え声)。

 

 しかし、いかに明日香さんからの御許しが出ても、二人の女生徒(明日香さんはジュンコとももえと呼んでいた)は納得がいかないようで、頻りに教師陣へ通報しましょうと進言している。それを翔や十代がまた反論、それをまた彼女らが反論の無限ループだ。議論は何時まで経っても平行線を辿っており、全くもって収束する気配がない。この上なく不毛だ。ちょいちょい僕や明日香さんが穏便な方向に話を持っていこうと意見しても、議論がヒートアップした彼らの耳には届いていないので、もはやどうしようもない。

 

「全くこれじゃ埒が明かないわ……。ちょっと皆ストップ! 話を聞いて!」

 

 彼らが飽きるまで放っておこうというスタンスに切り替えた僕を傍目に、明日香さんの方は遂に痺れを切らしたようだ。学級委員長とかに向いていそうな気がする。

 

「いい、ここはデュエル・アカデミアよ。そして私たちはそこへ通う生徒。互いに納得のいかないことがあるならばデュエルで白黒つけましょう」

「お、いいねぇ! 俺はデュエルならいつでも大歓迎だ!」

「ちょっとアニキぃ、僕の退学が懸っているんすよぉ! そんなに簡単に決めないでよ~!」

 

 ……これが噂のデュエル脳というやつか。異世界から来た僕は未だに違和感を覚えるのだけれど、他の皆はそんなことはないようで、疎外感がすごい。もはや犯罪をもデュエルで解決する勢いだ。今度やってみようかな。

 

 まぁ僕としても、それで皆が納得するならば特に反対はしない。というかこの件は完全に他人事視点でものを見ているので、どうぞご勝手にしてくださいというのが偽らざる心情である。翔の運命がどうなるかわからないが、彼がデュエルに勝つにしろ負けるにしろ僕の出番はもうなさそうなので、そろそろ帰らせてもらおう……あ、そういや部屋に帰れなかったんだ……。

 

「丁度此処には男子女子とも三人ずついるのだから、チーム戦にしましょう。先に二勝した方が勝ちということでいいわね」

 

 え?

 

「お、チーム戦か! 俺そういうの初めてやるんだ! くぅ~っ、燃える展開だぜ!!」

「だからアニキ、僕の事情を忘れてないっすか……?」

 

 えぇ~……。

 

 なんかあれよあれよという間に僕も参加する流れになっていて、ここで辞退しようものならば、空気の読めない男としてレッテルを貼られること間違いない。いや、別にデュエル自体が嫌というわけじゃないのだけれど、個人的にはTPOというものを弁えて後日に再戦という形が良かったんだよ。例えるならいくら野球が好きな少年でも、夜に一風呂浴びた後「お~い磯野、野球しようぜ!」と言われたら、どう思うかということだ。

 

「お~しっ! まずは俺から出るぜ!」

「十代……ね。じゃあ此方の先鋒は私が務めさせてもらうわ」

 

 先鋒は早くデュエルがしたくて堪らない十代と発案者である明日香さんで、中堅に翔とももえさん、最後の大将に僕とジュンコさん。僕が最後を務める事になったのはデッキを持ってきていなかったために、一度寮まで取りに帰らなければならないためだ。というか他の皆が何故今ここでデュエルディスクやデッキを所持しているのかが不思議だよ。実技の授業がある日なら分かるんだが、日常を過ごす上で常に携帯しているものじゃないだろう。

 

「んじゃちょっくらデッキ取ってきます。まぁ僕が帰って来る前に終わっているかもしれないけど……ていうか終わっていて欲しいけど」

「えぇ~、そんな~っ!? やっぱり僕じゃなくて彰君が先に出るってことにしようよ~!」

 

 デュエルに自信がない翔は当初、僕と十代を先に出して二勝する腹積もりであったらしく、僕が一度寮へ帰る素振りを見せた途端に泡を食ってしがみ付いて来た。こうなった原因を作ったのは間違いなくキミなのだから、キミは出なきゃマズイでしょ。それに偽ラブレターという物的証拠もあるし、僕たちが負けても退学まではいかないよ、多分。

 この件と関係のない十代や僕にこれ以上迷惑を掛けないよう、さっさと二勝先取のストレートで終わらせてくれ。そうすれば態々労をせずとも、今夜の宿の手配ができるという寸法だ。それで今晩翔の使うベッドがなくなっても大丈夫、僕が三沢に頼んでアイツの部屋に泊らしてやるからさ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「どうしてこうなったノーネ……」

 

 オベリスク・ブルーの寮長であるクロノス・デ・メディチは、女子寮の茂みに隠れながらそう独白した。目の前では遊城十代と天上院明日香が白熱のデュエルをしている。その彼らに見つからないように移動するには水中を伝うしかなく、おかげで彼の身体は水浸しになってしまっている。

 

「それもこれもあの遊城十代のせいなノーネ! オシリス・レッドのドロップアウトボーイが、この私を馬鹿にするとは絶対に許せないノーネ!」

 

 クロノスは今日の授業中に、遊城十代から受けた仕打ちに対して憤っていた。勉強ができず筆記試験もすれすれでパスしたくせに、運よく自分を実技試験で下したことで調子に乗っているオシリス・レッドの落第生。それがクロノスの十代に抱いている印象である。元よりエリート至上主義で頭の悪い生徒が大嫌いな彼にとって、遊城十代という生徒の存在はまさに目の上のタンコブなのだ。

 

「本当なら偽のラブレターを使ってドロップアウトボーイを女子寮に呼び出し、風呂覗きの痴漢ボーイに仕立てあげてやるはずだったのに……」

 

 そう、翔が持っていた明日香の偽ラブレターは本来ならクロノスが十代を退学に追いやるための罠であったのである。しかし、クロノスの手違いによりそれは翔の手に渡り、彼の計画は失敗に終わることになってしまったのだ。

 

「こうなったらまた一から計画を立て直しデスーノ。次こそは覚えているノーネ、ドロップアウトボーイ!」

 

 これ以上この場に居て誰かに発見されることを恐れたクロノスは、泥棒のようにコソコソとその場を去ったのであった。

 

 

 そしてクロノスが立ち去り、二戦目である翔とももえのデュエルが丁度終わった頃、その場に舞い戻った彰は、戻るや否や翔に抱きつかれて大きな溜息を吐いていた。

 

「彰君! 良かった、来てくれて……。僕、ももえさんに負けちゃって、彰君が来なかったら本当にどうしようかと……」

「あぁ……そう……」

 

 翔は彰が乗り気でないことを察しており、デッキを取りに戻ったまま帰って来ないのではないかと危惧していたのだ。実はその懸念は的中しており、彼が道中このまま姿を晦まそうかと幾度も考えていたことを知る者は、当事者である本人以外にいない。彼の自室が悪魔に占拠されていなければその選択もあり得たことを考えると、とある小悪魔の奇行が一人の少年を救ったという非常に稀有な例であると言えよう。

 

 現在の戦績はといえば、十代は明日香に追い込まれながらも、逆境を跳ね返して何とか勝利をするも、事の発端となった翔はももえの戦術に見事に嵌められ、為す術なく敗北してしまったためにイーブンとなっている。

 

「これで負けたら全部僕のせいみたいな空気になるじゃないか……」

 

 現状を聞きボソリと呟いた彰の言葉は誰の耳にも届く事はなく、空気中に溶けていく。

 

「明日香さん見ていてください! あんな奴すぐにコテンパンにしちゃいますよ!」

 

 プレッシャーでげんなりしている彰とは対照的に、ジュンコはやる気満々のようで、尊敬する明日香に良いところを見せるべく、噛み付かんばかりに対戦相手を睨む。

 

「絶対勝てよ! 翔の退学が懸っているんだからな!」

「本当にお願いします彰君! 僕にできることならなんでもするから~!」

 

 外野からの応援に苦笑しながらも曖昧に頷いた彰は、デュエルディスクにデッキをセットし、既に準備万端で待ち構えているジュンコの元へ向かう。彼にも期待されているのならばそれに答えたいという気持ちもあるのだ。

 

 ――まぁ引き受けたからには全力を尽くそう。ないとは思うけどこれで退学とかになったら、翔が可哀想すぎるし。

 

 気を引き締め直したところで、対戦相手であるジュンコと向き合い、互いにデュエルディスクを展開する。

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

ジュンコ LP4000

彰    LP4000

 

 

「僕のター「あたしのターン! ドロー!」………えっ?」

 

 ――えぇ~、嘘だろあの女。僕が先に言ったのに被せてきやがった!

 

 十代が勝ち、次に翔が負け。マッチ戦のルールとして、次は自分が先攻であると思い込んでいた彰は先攻宣言を被らされたジュンコに驚愕を覚えたが、それを口に出せる程勇気のある性格ではない。そして彼が選んだ選択は当然――。

 

「どうぞ……。レディーファーストってやつで……」

 

 ジュンコに先攻を譲る以外に道はなかった。

 

 

 ――フンッ、その余裕がどこまで続くものかしら……。

 

 彰が先攻を取ろうとしていた事に気付かなかったジュンコは、今の彰の発言を自分が舐められていると受け取った。元々彼の事を気に入っていなかったことも、そういった判断をしてしまった要因の一つである。

 

 最近明日香が生徒間で噂になっている遊城十代と一之瀬彰に興味を示している事をジュンコは知っていた。明日香は自分では気付いていないかもしれないが、あの二人と授業で同じクラスになった時や廊下ですれ違った時、彼らの姿を目で追っていることに、いつも一緒にいるジュンコが気付かないはずがなかったのだ。今回の件で翔を教師に突き出さず、直接事件に関係のない彼らをわざわざ呼び出したことも良い証拠である。そしてその興味が恋愛感情のモノではないことも彼女の瞳を見ればすぐに分かったのだが、ジュンコからしてみればそれでも十分憂慮するに値することだった。

 

 もしこれがアカデミアで最強を誇るカイザー亮や、先日の入学試験をトップで通過した三沢大地といった人物なら、素直に明日香の事を応援したことだろう。それが例え唯の友人関係であろうとも、優れた容姿に圧倒的な実力を備えた明日香の隣に立とうものなら、彼女に釣り合うものを持った男でないとオベリスク・ブルーに所属する生徒は認めやしない。彼らにとって天上院明日香という人物はそれほどの存在であるのだ。

 

 それらを考慮すると、遊城十代はオシリス・レッドであるという時点で既に論外だ。落ち着きがなく、小学生のような言動が目立つ彼では「オベリスク・ブルーの女王」の傍に立つには相応しくない。それがジュンコだけでなくオベリスク・ブルーに所属する全生徒の十代への印象である。

 一方で一之瀬彰の方はといえば、成績はラー・イエローに入るだけあって優秀といえるが、性格が内向的であまり他者と関わろうとしない嫌いがある。そして時折、誰もいない虚空に向かって話し掛けている、彼の傍では怪奇現象がよく起きる――という非常に怪しい噂もされている人物だ。実際ジュンコ自身も授業中に彼の奇行をその目で見た事がある。

 

 二人ともタイプとしては大きく違うが、明日香の信奉者としてはどちらも彼女に近づかせたくないという点は共通している。

 

 ――あたしがここでこいつをコテンパンに負かしちゃえば、覗き魔を断罪できるついでに、明日香さんの興味も薄れるっていう、まさに一石二鳥なスンポーってわけよ!

 

 そんな思惑の元、ジュンコは目の前のデュエルに挑む。

 

「まずはこの子からね。あたしは《バード・フェイス》を守備表示で召喚!」

 

 ジュンコの背後の空間より装甲を纏った鳥人が躍り出た。大きな翼で滑空しながらフィールドに降り立ち、己の腕を交差させて防御姿勢に入る。

 

《バード・フェイス》星4 ATK/1600 DEF/1600

 

「場にカードを1枚伏せてターンを終了するわ」

 

 先攻を取ったプレイヤーは攻撃出来ない。故にジュンコは守りを固め、次のターンに備えたのだ。その後のエンドフェイズ宣言によってターンプレイヤーが入れ替わる。

 

 

「僕のターン、ドロー。僕は手札より《ミスティック・パイパー》を通常召喚」

 

 召喚のエフェクトと共に小さな妖精らしき人型のモンスターが出現し、その手に持つ横笛から響く不思議な旋律がフィールドに木霊する。

 

《ミスティック・パイパー》星1 ATK/0 DEF/0

 

「そして《ミスティック・パイパー》の効果を発動。このカードを生贄にすることで、自分のデッキからカードを1枚ドローする。そしてその効果によってドローしたカードをお互いに確認し、それがレベル1モンスターだった場合、デッキからもう1枚カードをドローすることができる。僕が引いたカードは《金華猫(きんかびょう)》。レベル1モンスターをドローしたために、更にカードを1枚ドロー!」

 

 ――初手からモンスターを自ら墓地に送り、手札を増強した……?

 

 明日香は目の前で行われるデュエルを逐一分析していた。実のところ、彼女が今回の事件で態々十代と彰を呼び出したのは、二人のデュエルをもう一度しっかり見られるかもしれないという打算があったのだ。デュエルで決着を付けるという方向に持っていくのに少々手間取ったが、一応は彼女の思惑通りに事は進んでいる。後はデュエルを見届けるだけだ。

 

「魔法・罠ゾーンにリバースカードを1枚セット。これで僕はターンを終了……」

 

 彰の場には彼を守るモンスターはいない。伏せカードが唯の1枚だけ。あまりにも無防備なフィールドに、ジュンコは対戦相手に苦言を呈する。

 

「自分からモンスターを墓地に送るなんてあんた馬鹿? それとも女だからってあたしをなめているのっ!?」

 

 モンスターカードはデュエルモンスターズにおいて攻守の要であり、余程特殊なデッキでないとモンスターなしでは戦えない。いくら攻撃力0の弱小モンスターといっても安易に使い捨てるというのは得策ではないというのが、アカデミアに在籍する一般的なデュエリストとしての考え方である。

 

「や、そういうわけじゃないんだけど……」

「フンッ、すぐにその余裕面を崩してあげるんだからっ! あたしのターン、ドロー! あたしは手札から《ハ―ピィ・レディ》を召喚するわ!」

 

 一陣の風と共に現れたのは、女性の身体に鳥の姿が融合された麗しきモンスターだ。赤い髪と青い羽根を靡かせ、その鋭い鉤爪をギラギラと光らせている。

 

 《ハーピィ・レディ》星4 ATK/1300 DEF/1400

 

「そして手札から《ハ―ピィ・クィーン》を捨てることによって効果を発動! 《ハ―ピィ・クィーン》のモンスター効果によってデッキからフィールド魔法《ハーピィの狩場》を1枚手札に加えることができるわ。そして手札に加えた《ハーピィの狩場》を発動する!」

 

 《ハーピィの狩場》が発動したことにより、フィールド全体に突如として風が吹き荒れ、辺りは鳥獣族が支配する空のテリトリーと化した。

 

「《ハーピィの狩場》の効果はフィールド上に表側表示で存在する鳥獣族モンスターの攻撃力、守備力を200ポイント上昇させるのよ!」

 

《バード・フェイス》星4 ATK/1600 → 1800 DEF/1600 → 1800

《ハ―ピィ・レディ》星4 ATK/1300 → 1500 DEF/1400 → 1600

 

「さらにリバースカードオープン! 魔法カード《万華鏡-華麗なる分身-》!! フィールド上に《ハ―ピィ・レディ》が表側表示で存在する時、あたしは手札かデッキから《ハ―ピィ・レディ》、または《ハ―ピィ・レディ三姉妹》を1体特殊召喚できるわ! 来て、《ハ―ピィ・レディ三姉妹》!!」

 

 フィールドに佇む《ハ―ピィ・レディ》を囲うように幾重の鏡が出現する。そしてそこへ反射した虚像が魔力を帯びて実体化し、鏡面からズルリと飛び出した。勢い良く飛翔したそれらは、空という絶対領域から敵対者に狙いを定め、今にも飛びかからんとしている。

 

《ハ―ピィ・レディ三姉妹》星6 ATK/1950 → 2150 DEF/2100 → 2300

 

「《ハ―ピィ・レディ三姉妹》が特殊召喚に成功したことで、《ハ―ピィの狩場》の第二の効果が発動するわ! このカードが存在する限り《ハ―ピィ・レディ》、または《ハ―ピィ・レディ三姉妹》が召喚、特殊召喚された時、フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する。私は相手の場に存在するリバースカードを破壊するわ! 行きなさい、《ハ―ピィ・レディ三姉妹》! 爪牙砕断(スクラッチ・クラッシュ)!!」

 

 上空に待機していた1体のハーピィが凄まじい勢いで急降下を始め、スピードに乗せた鋭い爪と牙の攻撃によって、彰の場に存在する伏せカードを刹那に粉砕する。

 破壊したカードは《攻撃の無力化》。相手のモンスターの攻撃宣言時、そのモンスター1体の攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させるカウンター罠。

 

 それを見てジュンコは思わずニヤリと笑う。

 

 ――なるほど、アンタの余裕はこのカードが伏せてあったからなのね。でもこれでもう向こうの場はがら空き。高々リバースカード1枚であたしの攻撃を凌ごうなんてずいぶん甘く見られたものね!

 

「おい、まずいぞ! このまま相手の攻撃を全部食らっちまったら彰のライフポイントは0だっ!!」

「えぇ~っ!? そ、そんな~っ!?」

 

 十代と翔が外野で騒ぎ始める。ここで彰が負ければチーム戦は敗北という形で終わり、翔の行く末も最悪の展開になってしまうのだから当然であろう。

 

「フンッ、今更騒いだところでもう遅いわよ! これであたしの勝ちは決まり! 三体のモンスターでプレイヤーにダイレクトアタック! 行くのよ《バード・フェイス》、《ハ―ピィ・レディ》! そして《ハ―ピィ・レディ三姉妹》の攻撃――トライアングル・(エクスタシー)・スパーク!!」

 

 《バード・フェイス》、《ハーピィ・レディ》はフィールドに吹き荒れる風に乗って対戦相手に向かって襲いかかり、《ハーピィ・レディ三姉妹》からはとどめと言わんばかりに三位一体必殺の雷撃が放たれた。

 

「彰っ!!」

「彰君っ!?」

 

 ――こんなものなのかしら。そうだとしたらちょっと期待外れね……。

 

 外から見守っていた十代と翔が思わず叫ぶ一方で、明日香だけは冷徹にこの状況を見ていた。入学試験の時にやってのけたあのデュエルは偶然であったのか。そんな思いを抱きながら彼の方を窺い、そして硬直した。何故ならライフポイントを刈り取ろうとしていた、《ハーピィ・レディ三姉妹》による必殺の電撃が当たるその刹那――彼はこの絶体絶命の状況にもかかわらず、不敵にも笑っていたのだから……。

 

 

「何!? 何なの!?」

 

 最初に異変に気付いたのは、対戦相手であったジュンコだった。

 

「これは、鐘の音……?」

 

 何の前触れもなく辺りに鳴り響く鐘の音に戸惑いを覚えるが、次の瞬間にはフィールドに起きていた事象に目を見開く。そこにはハーピィ達の総攻撃を受けたはずの彰が、未だフィールドに無傷で立っており、傍には振り子の形をしたモンスターが、知らぬ間に浮遊していたのだ。鐘の音はどうやらそのモンスターが発しているらしく、音の波によって空間が歪み、ジュンコの操るモンスター達の攻撃が一切届いていない。

 

「一体……何が起こったというの……?」

 

 明日香もその光景を見て愕然とし、ポツリと言葉を零す。そしてその疑問の答えは、現状を作り出したと思われる男から発せられた。

 

「《バトルフェーダー》は、相手の直接攻撃宣言時にこのカードを手札から特殊召喚し、相手のバトルフェイズを強制終了させる効果を持ったモンスター。そう簡単にライフは削らせないよ」

 

《バトルフェーダー》星1 ATK/0 DEF/0

 

「なっ、ウソッ!? 何よそのカード、卑怯じゃない!!」

 

 決まったと思った勝負を、想定外の方法で躱されたジュンコは、悔しさのあまり大声を上げる。デュエルキングである武藤遊戯も、戦闘ダメージをゼロにする効果を持った《クリボー》を愛用していたとされているが、《クリボー》が防げるのは一度の攻撃のみ。しかし、目の前の男が使用したモンスターは、三体ものモンスターの攻撃を完全に防ぎきったのだ。

 

 その様子を見て彰は内心ほくそ笑む。先程は有耶無耶になってしまったが、彼は先攻を奪われた恨みを忘れていなかったようである。

 

「危っぶねぇ……、もうビックリさせるなよなっ!」

「僕はもうダメだと思ったっすよ。本気で退学を覚悟したっす!」

 

 安堵の息を吐く二人に対し彰はボソリと呟く。

 

「そこまで油断していたわけじゃないよ。後攻で相手のデッキも分かっていたわけだし……」

 

 ――《バード・フェイス》は戦闘で破壊され墓地に送られた時にデッキから《ハ―ピィ・レディ》を手札に加えることができる効果を持ったモンスターだ。つまり《バード・フェイス》が出てきた時点で相手のデッキが【ハーピィ】デッキなのは確定したようなものである。ならば警戒すべきは《ハ―ピィの狩場》による魔法、罠の除去と《万華鏡-華麗なる分身-》や《ヒステリック・パーティ》によるハ―ピィの大量展開。そこまで分かっている者が壁となるモンスターもいない状況において、割られる可能性の高い攻撃反応型罠一枚のみで安心し、相手にターンを受け渡すような真似はしないであろう。

 

「フンッ、でも所詮は時間稼ぎにしかならないわよ! あたしの場には三体のモンスター、あんたの場には攻撃力0のモンスターしかいないんだからっ!」

 

 ジュンコは強気を装ってそう吐き捨てるが、その顔には若干の焦りが滲んでいる。彼女の優位には変りないが、それでも全力の攻撃を防ぎきられたという事実は大きい。

 

 

「僕のターン、ドロー。メインフェイズに入り、手札から《金華猫(きんかびょう)》を召喚!」

 

 場に出現したのは雪のように白い猫。愛くるしい姿をしているが、それは唯の擬態であり、本性は子猫の影から膨れ上がった可愛さの欠片もない漆黒の化け猫だ。

 

《金華猫》星1 ATK/400 DEF/200

 

「そして《金華猫》の効果を発動。このカードが召喚に成功した時、墓地に存在するレベル1のモンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚することができる。僕は《ミスティック・パイパー》を墓地より特殊召喚し、再び効果発動。《ミスティック・パイパー》を生贄に捧げ、カードを1枚ドローする。引いたカードは――残念ながら、儀式魔法カード《イリュージョンの儀式》だ」

 

「《イリュージョンの儀式》……まさか彼のデッキは!?」

 

 そのドローしたカードによって、明日香は彼が何を狙っているのか理解した。儀式魔法カードは、それと対になった儀式モンスターカードと、儀式に必要な生贄モンスターが存在する場合に発動できるカードである。そして《イリュージョンの儀式》と対になる儀式モンスターは、かつてデュエルモンスターズの生みの親――ペガサス・J・クロフォードも使用していたとされる、強力な効果を秘めたモンスター……。

 

「僕は手札から《イリュージョンの儀式》を発動! フィールドに存在するバトルフェーダーを生贄に捧げることで、《サクリファイス》を儀式召喚する!」

 

 ウジャドの刻印がされた禍々しい甕に生贄とされた《バトルフェーダー》の生命が注ぎ込まれ、対の燭台から発生する毒々しい紫炎と紫煙。そしてそれが晴れた時、フィールドに《サクリファイス》は降臨する。

 

《サクリファイス》星1 ATK/0 DEF/0

 

「「いやぁああああああっ!!!」」

 

 《サクリファイス》の出現にジュンコとももえが思わず悲鳴を上げる。しかしそれも無理はない。それ程《サクリファイス》というモンスターの外見は不気味であり、体表面に脈打つ血管と思しき組織や、全てを呑み込まんとする巨大な口に、生理的嫌悪を催す女子は多いだろう。《サクリファイス》を呼び出した主ですら、若干引き気味で己のフィールドに現れたモンスターを見ているのだから……。

 

「更に僕は魔法カード《儀式の準備》を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、その後自分墓地より儀式魔法カードを手札に加える。僕はデッキより《サクリファイス》を手札に加え、墓地より《イリュージョンの儀式》を回収……」

 

「うぇっ!? ちょっとアンタまさか……っ!?」

 

 ジュンコの顔が更に青ざめる。彼が何をしようとしているのか分かってしまったのだ。

 

「手札より《イリュージョンの儀式》を再び発動。フィールドに存在する《金華猫》を生贄に捧げ、二体目の《サクリファイス》を降臨させる!」

 

「嫌ぁああああああっ!! やめてぇええええっ!!」

 

 ジュンコの懇願虚しく、二体目の《サクリファイス》がフィールドに顕現する。そしてその一つ目に捕捉されたモンスター達は、思わずその視線から逃れようと身を捩じらせるが、その眼の呪縛からは逃れ得ない。

 

 ――自分でやっておいて何だけど、並べてみるとこりゃひどい光景だ。僕は後ろ姿を見るだけだからまだマシだけど、相対している方はきついだろうなコレ。

 

 彰は他人事のようにそう思いながらも手を緩めはしない。

 

「《サクリファイス》の効果発動。このカードは1ターンに1度、相手のフィールド上に存在するモンスターを1体選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備することができる。《サクリファイス》の効果によって《ハ―ピィ・レディ三姉妹》及び《バード・フェイス》を吸収。ダーク・ホール!!」

 

 《サクリファイス》の胴部に存在する巨大な口のような器官が更に大きく広がり、その眼の呪縛によって動きを封じたモンスターを、まさにブラックホールの如き吸引力で吸い込み始める。

 

「うわぁ……」

 

 彼の誤算は《サクリファイス》に吸収させたのが人型モンスターだったということである。自身と同じような風貌を持つモンスターが巨大な化け物に食われる光景。視覚的にも聴覚的にも非常にグロテスクなものであったのだ。ソリッドビジョンの高い映像技術がこのような悲劇を生むとは予想できようはずもなかった。

 

「うわぁ……ってこの惨劇を生みだしたのはあんたでしょ! 何自分でやったことに対して引いているのよ!!」

「や、僕もまさかこんな落とし穴があろうとは……」

 

 ――というかコイツら本当に魔法使い族なのか? どっからどう見ても悪魔族だろ。うちの悪魔娘と趣味合いそうだし間違いないよ……。

 

 内心はデュエルと全く関係のない事を考えていた彰だが、すぐに気を取り直してデュエルを続行する。

 

「《サクリファイス》はこの効果で吸収したモンスターの元々の攻撃力、守備力となる」

 

《サクリファイス》星1 ATK/0 → 1950 DEF/0 → 2100

《サクリファイス》星1 ATK/0 → 1600 DEF/0 → 1600

 

「そしてバトルフェイズだ。《バード・フェイス》を吸収した《サクリファイス》で《ハ―ピィ・レディ》に攻撃! 更にもう1体の《サクリファイス》でプレイヤーにダイレクトアタック――幻想(イリュージョン)・トライアングル・(エクスタシー)・スパーク!!」

 

 《サクリファイス》は吸収したモンスターの力を奪い、その力を幻想として完全に再現できるのだ。《ハ―ピィ・レディ三姉妹》の必殺技を己が技のように撃ち出す。

 

「きゃああああっ!!」

 

ジュンコ LP4000 → 1950

 

 二体もの《サクリファイス》の連撃により、《ハーピィ・レディ》は抵抗の間もなく吹き飛ばされ、更にはダイレクトアタックを受けたことで、ジュンコのライフポイントが一気に削られる。

 

 

「くぅっ、負けないんだからぁっ! あたしのターン、ドローカード!」

 

 ワンターンで完全に形勢を逆転されたジュンコは、自分に喝を入れるように声を張り上げる。憧れの明日香が見ているのだ。そう簡単に負けるわけにはいかない。

 

「あたしは《ハンター・アウル》を攻撃表示で召喚! このカードの攻撃力は自分のフィールド上に表側表示で存在する風属性モンスター1体につき、500ポイントアップするわ。《ハンター・アウル》自身も風属性のため攻撃力が500ポイントアップ。さらに《ハ―ピィの狩場》の効果によって攻撃力、守備力が200ポイントずつ上昇!」

 

 鋭利な鎌を持った梟頭の鳥人は自身のモンスター効果と、フィールドに逆巻く風のエネルギーを受け、その力を飛躍的に増大させる。

 

《ハンター・アウル》星4 ATK/1000 → 1700 DEF/900 → 1100

 

「あんたのそのキモイモンスターなんてすぐにやっつけてやるわ! 《ハンター・アウル》で《バート・フェイス》を吸収した方の《サクリファイス》に攻撃よ!」

 

 主からの命を受けた鳥人は携えた鎌を振りかざし、《サクリファイス》に文字通り飛び掛かる。

 

「いけないっ……! ジュンコ、それは駄目よ!」

 

 目の前のモンスターを一刻も早く倒したいと気が逸ったジュンコの取った選択に、《サクリファイス》の効果を知っていた明日香が思わず叫ぶが、当然その攻撃を止めることはできない。

 

「《サクリファイス》のモンスター効果発動。サクリファイス・シールド!」

 

 生贄の盾。その効果名の通り《ハンター・アウル》の攻撃がヒットする直前、《サクリファイス》は吸収した《バード・フェイス》を体表面から浮き出させ、その攻撃の身代わりにしたのだ。

 

「相手モンスターを吸収した《サクリファイス》が戦闘ダメージを受けた際、そのダメージを相手にも反射する。更に吸収したモンスターを身代わりに《サクリファイス》は戦闘破壊を免れる」

「何ですって!?」

 

彰    LP4000 → 3900

ジュンコ LP1950 → 1850

 

《サクリファイス》星1  ATK/1600 → 0 DEF/1600 → 0

 

「も~、何なのよその気持ち悪いモンスターはっ! あたしはカードを2枚セットしてターンエンドするわよ!」

 

 

「僕のターン、ドロー。そしてメインフェイズ。《サクリファイス》は1体のモンスターしか吸収できないけど、前のターンにそれを身代わりとして破壊したため、再度効果が使用可能になる」

 

 主の言を証明するかのように、《バード・フェイス》を身代わりに破壊した《サクリファイス》が新たな供物を求め、その凶悪な口を開く。

 

「待ちなさい! これ以上あたしのモンスターを好き勝手にはさせないわ! リバースカードオープン! 罠カード《ゴッドバードアタック》を発動! このカードは自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体を生贄に捧げることで、フィールド上のカードを2枚まで選択し破壊することができる! あたしが選択するのは当然二体の《サクリファイス》よ!!」

 

鳥獣(イカロス)太陽(アポロン)の業火によって翼を焼かれながらも、己が主の敵対者に特攻し、その身諸共二体の《サクリファイス》を灰塵と化した。

 

「ふふっ、どうよ! アンタのその気持ち悪いモンスターなんてあたしにかかればこんなものなんだからっ!」

 

 《ゴッドバードアタック》の余波により粉塵が舞う中、ジュンコは会心の声をあげる。ようやく彼女のモンスターを好き勝手にしてくれた憎き敵を討ったのだ。嬉しくないはずがない。

 

「むぅ、そんなに甘くはないか……。でもデュエルモンスターズの中には、自軍モンスターの破壊が召喚条件になっているモンスターもいるんだよ」

 

 ジュンコの喜びを無粋にも邪魔するかの様に、未だ視界が晴れないデュエル・フィールドで対戦相手である男の声が響く。

 

「自分フィールド上のモンスターがカードの効果によって破壊され墓地に送られた時、手札の機皇帝ワイゼル(インフィニティ)の効果引鉄(トリガー)が引かれ、フィールド上に特殊召喚できる!」

 

 撒き上がった噴煙の中よりワイゼルT(トップ)、ワイゼルA(アタック)、ワイゼルG(ガード)、ワイゼルC(キャリア)というマシン部品(パーツ)が飛び出し、電磁パルスを発生させながら結合していく。そして完全に煙が晴れた時、そこに姿を現したのは冷たさを感じさせるほどの白き機体の機皇帝。

 

《機皇帝ワイゼル∞》星1 ATK/2500 DEF/2500

 

 

「すっげぇ! 攻撃力2500のモンスターをこうも簡単に呼び出すなんて!」

「アニキ! そんなことよりもあのモンスターめちゃくちゃかっこいいですよ!」

 

 合体ロボというのはどこの世界でも男子に人気があるもので、十代と翔は興奮しながらフィールドに現れたモンスターに興味を示す。そして彰はそんな二人の様子に苦笑しながらもこのデュエルに終局を齎すべく、驚きの余り硬直しているジュンコの方へと顔を向け直す。

 

「バトルフェイズ。これで終わりにするよ、《機皇帝ワイゼル∞》でプレイヤーにダイレクトアタック!」

 

 背中のブラスターを使い急速接近してくる殺戮マシンを前に、ジュンコは歯を食いしばる。このまま《機皇帝ワイゼル∞》のダイレクトアタックを受ければ、彼女のライフポイントは尽きてしまう。

 

「くっ、リバースマジック《収縮》を発動よ! これで相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力をエンドフェイズ時まで半分にするわ!」

 

 《収縮》の魔法カードでは《機皇帝ワイゼル∞》の攻撃を止めることはできないが、攻撃力を半減させればこのターンは凌ぐことができる。目の前のモンスターに対する直接の解決にはならなくとも、次のターンが来なければ温存していても意味がない。

 

 ――しかし。

 

「無駄だよ」

 

 放たれた《収縮》の魔法は対象に届く前に、《機皇帝ワイゼル∞》のコアより放たれた不可視の波動により打ち消される。

 

「――魔法無効化(マジック・キャンセル)。《機皇帝ワイゼル∞》は1ターンに1度、相手の魔法カードの発動を無効にし、破壊する事ができる」

「ちょっ、そんなの聞いてないわよ~っ!?」

「まぁ言ってないし……」

 

 《機皇帝ワイゼル∞》に備わった想定外の効果に、ジュンコは叫ばずにはいられない。

 

「そして《機皇帝ワイゼル∞》の攻撃は続行される。いけっ、ワイズ・スローター・ブレード!!」

 

 ワイゼルA(アタック)にエネルギーが収束していく。研ぎ澄まされたそれはまさに腕そのものが光の剣と化し、立ち塞ぐ万象を一閃の下に切り裂く。

 

「きゃあああああぁっ!!」

 

ジュンコ LP1850 → 0

 

 

 

 

「やったー! これで僕は退学にならずに済むよぉ~! ありがとうアニキ、彰君!」

「良かったな翔!」

「礼はいいから宿をくれ」

 

 退学という最悪の展開を逃れた翔は大喜びで二人に抱きつく。十代は素直に笑みを浮かべ、もう一人はどさくさに紛れて報酬を要求する。

 

「こ、こんなの、グーゼンよ! グーゼン! 調子に乗らないでよねっ!」

「やめなさいジュンコ。負けは負けよ、認めなさい。約束通り今回の件は不問にしてあげるわ」

 

 勝手に盛り上がっている彼らを見てジュンコは悔しさのあまり突っ掛かるが、それを明日香が手で制す。しかし、同じ事を繰り返さないため翔に釘を刺すことは忘れない。

 

「でも今後は疑われるような事はしないように注意しなさいよ。夜間の女子寮に忍び込むなんて、それだけで罰則を与えられても不思議じゃないんだから」

「そうよそうよ!」

「殿方にあるまじき行為は控えるべきですわ!」

「ご、ごめんなさい。今後はちゃんと気を付けるっす……」

 

 ジュンコとももえの苛烈な勢いに委縮しながらも、翔は自分の軽率な行動を反省する。ラブレターを貰って舞い上がっていたとは言え、少し考えれば違和感に気付けたはずなのだ。

 

「ほら、もう遅いし早く帰って寝ようぜ。明日寝坊して遅れたらまたクロノス先生にどやされるぞ」

「ちょっと待ってよアニキ~!」

「どうでもいいけど君らの部屋に泊めてくれ。諸事情があって自室に戻れないんだ」

 

 

 明日香は雑談に興じながら帰り去る彼らの背中を見ながら思考する。

 

 今日は運よく、入学試験の頃から気になっていた二人のデュエルを観察する機会が訪れ、そのうち一人とは自ら相手をすることもできた。まさか彼女も自分が負けるとは思っていなかったのだが……。

 

 ――思った通り……いや、想像以上の結果だったわ。勿論良い意味でだけど。

 

 まずは遊城十代。どんなに追い込まれた状況でも、デュエルを楽しむ気持ちを忘れない彼のデュエルは、人を引き付ける何かを持っている。対戦相手を務めていた明日香でさえ、デュエルの最中に思わず彼に魅せられてしまったのだ。

 ここぞという場面でドローカード1枚から、逆転へと結び付かせる引きの強さは天性のものだろう。そしてそのチャンスをしっかりと掴み、勝利を手繰り寄せるデュエルセンスは恐らくアカデミアでも群を抜いている。

 

 そして一之瀬彰。彼は十代とはある意味対極だ。まるで先の展開を見通しているかのような戦術に、明日香でさえ見たこともないモンスターを操る男。

 ジュンコのデュエルは決して悪いものではなかった。むしろ普段の実力以上のものを出していたとさえ言える。それなのに彼女は終始翻弄され、与えられたダメージは相討ちであった僅か100ポイント――それも相手の計算通りに誘われたダメージであり、彼に一矢報いたとは言い難い。

 

 ――まるで詰将棋を見ているようだったわね……。

 

 初めから動き方を決めており、それに順じて相手のペースを自分の型に嵌めてしまう――明日香は彼のデュエルからそんな印象を受けたのだ。だからこそ入学試験の時も今回のデュエルでも、彼は頻りに手札を増強し、ハンド・アドバンテージを重視しているように感じたのだろう。

 

 ――つまりはその決まった動きを突き崩せればあるいは……。

 

「明日香さ~ん! 早く戻りましょうよ!」

「夜更かしは御肌の天敵ですわよ明日香さん」

「え? あぁ、ごめんなさい。今行くわ」

 

 その場で考え込んでいた明日香は二人の呼び掛けによって我に返り、そそくさと寮への帰路に就いたのであった。

 




本来なら無力化じゃなくデモチェを積みたいところ。
主人公が使うデッキはコロコロ変わります。

ゼミの論文やらを纏めねばならないので更新は遅れがちになります。申し訳ありません。

※感想欄で御指摘頂いたワイゼル召喚の効果処理タイミングに関して修正。12/16


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第7話 試験

原作キャラの使用するカードは基本的にアニメのままにしております。


 試験。

 

 果たしてこのワードを聞いて鬱屈とした心情にならない学生がいるのだろうか。少なくとも僕の場合は、その知らせが来た時点で憂鬱とした気持ちになること請け合いである。そしてテスト一週間前には溜息を吐くことが多くなり、前日にはお腹が痛くなってくるのがお決まりのパターンだ。

 

 ここデュエル・アカデミアでは生徒の学力向上と、実技の経験を積ませるという名目の下、定期的に試験が執り行われる。試験の出来の良し悪しによって所属する寮が変動することもあるため、アカデミアの生徒はその都度必死になって試験勉強に臨む。誰だってオシリス・レッドのような劣悪な環境に移りたくないし、レッド寮の生徒はそこから抜け出すために死に物狂いになるのだ。

 

 本日はその定期試験日。朝からピリピリとした空気が教室内に蔓延っており、普段仲良く騒いでいる者達の口数も異様に少ない。それもそうだろう。例え同じ寮同士の者だとしても、試験においては誰も彼もがライバルなのだ。他者を蹴落とす覚悟がないと、この実力主義が校風のアカデミアでやっていくことなどできやしない。

 

 試験概要について少し話すと、筆記試験は午前に、実技試験は午後に執り行われる予定となっている。あ、ごめん。丁度今筆記試験開始のチャイムが鳴ったから、説明は後に回してテストに取り組ませてくれ。

 

 元の世界では試験前の勉強なんてあまりしない事が多かったけど、此方の世界に来てからというもの、僕の自室はどこかの誰かさんの所為で有り得ないほどの肩身の狭さになっており、それから逃れようと授業終了後も時間潰しのために勉強をしていたせいか、自分でも驚くほどすらすら問題を解く事ができている。結果オーライといえばそれまでだけど、やはりどこか釈然としない。

 

 その後も筆が閊えることなく進み、試験開始から大凡四十分で早くも解答を終え、見直しする段階に至った。とはいってもまだまだ残り時間には余裕があるので、殆ど手持無沙汰な状態だ。解答の手応え的に考えると、先に答案を提出して退室しても大丈夫なくらいである。むしろそうしたい。

 

 それから僕の思考が、目の前の問題から今晩の夕飯のメニューに移り行った頃、背後に位置する扉がガラリと開き、十代がバタバタと試験教室に入ってきた。

 姿が見えないからどうしたのだろうかと心配していたのだが、どうやら単に遅刻していただけのようである。あれ、この心配は以前にもしたような……ってまぁいいか。

 因みに筆記試験の残り時間は十分程度だ。それにも関わらず、十代は焦り一つ見せずに前の席までゆっくりと進み、同室である翔に対して何故朝起こしてくれなかったのかと苦情を申し立てている。

 文句を言っている間にも貴重な時間は過ぎ去っていくのだが、彼の試験は大丈夫なのか? というかそれ以前の問題として試験中なのに普通に会話しているけどいいのだろうか。

 

「煩いぞオシリス・レッドの落ちこぼれが! 試験を受ける気がないならさっさと出ていけ!」

 

 とそこで近くの席にいた万丈目が一喝。

 

「なんだとぉ!? 折角来たんだ、誰が出ていくもんかっ!!」

 

 十代には申し訳ないが、これは万丈目に同意せざるを得ない。普通の試験なら試験開始から二、三十分を過ぎた段階で、入室を拒否されても不思議ではないしね。教室内の生徒大半が、十代に冷たい視線を飛ばしている現状から見ても、これ以上迷惑になる前に席へ着く事をお勧めしたい。

 

「遊城十代く~ん! 早くテスト用紙を取りに来てくださいにゃ~!」

 

 此度の筆記試験監督は、オシリス・レッドの寮長である大徳寺先生だ。普段からファラオという名の猫を抱いてにゃ~にゃ~言っている不思議先生で、錬金術の授業を担当している。一見するとこんなのが先生で大丈夫なのかと不安になるかもしれないが、押さえるところはしっかり押さえてくれる人なので、こういう問題が起きそうな場面では意外と頼りになるとの評判がある。

 

 

 それから数分後。僕のお腹がグーグーと鳴り始めると同時に、教室内に試験の終了を告げるチャイムが鳴り響く。監督員である大徳寺先生自ら席を回って解答用紙を回収した後、午後に行う実技試験に関しての注意事項を軽く述べ、解散の流れとなった。実技試験はお昼休みを挟み、午後の二時からスタートするとのことである。

 

「よし、早く購買部へ行くぞ!」

「あ、待てよ! 俺が先だっ!」

 

 試験が終わるや否や教室の生徒ほぼ全員が一斉に席を立ち、我先にと購買部に向かって走り始めた。その勢いはどこか鬼気迫るモノを感じるほどで、一体何が彼らをそこまで駆り立てるのか不思議でならない。

 

 もしかして購買部で人気のドローパンが狙いなのかな……。あ、ドローパンというのは、買うまで中に入っている具が分からない購買部の名物パンのことね。聞くところによると、ドローパンにはコロッケ、焼きそば、カレーといった一般的な具から、とうがらし、ゴーヤ、ドリアン、くさやといったゲテモノまで混入されているらしい。そしてデュエル・アカデミアに在籍している生徒は、数あるドローパンの中から目当ての具を引き当てることで、その日の引き運を測るのが慣例となっているのだ。

 一番人気かつレアの「黄金のタマゴパン」は、デュエル・アカデミアで飼っている黄金の鶏が一日一つしか産まない黄金のタマゴを具に使ったパンであり、それを引き当てた者は皆の羨望の的となる。

 僕も興味を惹かれて一度だけ購入したことがあるのだけれど、その時は「具なしパン」という何とも反応に困るモノを引き当ててしまい、隣で「黄金のタマゴパン」を見事にドローした十代を傍目に妙な敗北感を味わったものだ。言うなれば御神籤で白紙を引いてしまったような心境に近い。

 因みに噂ではあの明日香さんも「黄金のタマゴパン」のファンであり、購買部では度々近寄りがたい程真剣な表情でドローパンの選別をしている彼女の姿が確認されるそうである。

 

 下らない事を考えている間にガラガラになってしまった教室。そこには現在四人の生徒しか残っていない。つまりは僕、三沢、十代、翔だ。とりあえず三沢と共に試験が終了したことに気付かず、未だ夢の世界に浸っている二人を起こすことにする。

 

「お~い、起きろ~。もう筆記試験は終わったよ」

「全く何故あれだけの実力を備えていながら、こうも不真面目なんだ……」

「んん~? ふぁ~あ……、なんだもう昼飯か?」

「むにゃむにゃ……、もう勉強はしたくないよぉ~」

 

 翔は兎も角、十代は終了間近の時間に入室したというのに寝る余裕などあったのだろうか。いや、恐らく殆ど記入できないまま諦めたのだろうな。そのメンタルの強さは称賛に値するが、もう少し頑張った方がいいと思うよ。

 

「あれ? 他の皆はどこに行ったんだ?」

「え、あ……本当だ!」

 

 漸く意識が覚醒したらしい十代が、この教室の現状を見て僕らに質問をしてくる。残念ながら僕にも事情がよく分からないため、情報通である三沢に回答を任せよう。

 

「購買部さ。何せ昼休みに新しいカードパックが大量入荷することになっているからな」

 

 えぇ~、マジかよ。そんな話聞いてないよ。

 

「えぇ~っ!? そんな話聞いてないよぉ!」

 

 僕の思考とリンクしたのはやはりというべきか翔であった。三沢の話によるとアカデミアのお知らせ掲示板に一週間ほど前から張り出されていたらしい。

 

 なるほど。購買部に走った彼らは実技試験の前に新しいカードを手に入れ、デッキを補強しようと考えているということか。正直に言うと僕も買いに行きたいのだが、あの勢いを見るに今から行ったところで完売してそうだな。

 自分から積極的に情報をチェックしない者の末路がこれだよ。今頃皆パック買って一喜一憂していると思うと羨ましくて仕方がない。でも一つ言わせてもらうと、試験前にいきなりデッキ構築を変えるというのは如何なものかと思うんだ(負け惜しみ)。

 

「新しいカード!? 俺も見たいっ! こうしちゃいられないぜ、早く購買部に行こう!」

「あ、アニキ待ってよぉ!」

 

 返答を待たずして勢い良く購買部へと駆けだした十代。そしてその背を慌てて追う弟分の翔。僕には長い行列に並ばされた挙句、順番が来る前に売り切れなんていう未来しか見えないので、今回はパスしておこう。

 

「三沢は一緒に行かなくていいの?」

「ああ。俺は今のデッキを信頼している。それに下手にデッキ構築を変え、試運転もできないまま試験に臨むのは遠慮したいからな」

 

 ほら、学年主席であらせられる三沢大先生もこう言っている。試験前だからといってデッキを強化しようと焦った行動を取ると、逆に弱体化させる結果に成りかねないということさ。だから僕がパックを買わなかったのは賢明な判断であって、決して情弱の無様を晒したわけではないんだ……。そこんとこ宜しく頼むよ。

 

 

 そのまま教室に留まっていても仕方がないので、三沢と共に食堂へ向かう。ほとんどの生徒がカードを買いに購買部へ行っているのか、この時間帯にしては珍しいくらいに空いている。とりあえず日当たりのよい窓際のテーブルを確保しておこっと。

 

 アカデミアの食堂のメニューは和洋中いずれも充実しており、優柔不断な僕は毎度何を食べようか迷うため、そういう時は本日のお勧めを頼む事に決めている。今日もその取り決めに従った結果、ミートソース・スパゲッティに決定だ。三沢は日替わりランチを頼んだようである。

 

「そういえば実技試験の対戦相手ってどうやって決めるんだろうね」

 

 フォークでスパゲッティをくるくる巻きながら、ふと疑問に思ったことを三沢に尋ねる。流石に籤ではないだろうけど、一人一人組み合わせを考えるのも大変そうだ。

 

「確か互いの実力が拮抗し合うように、同じ寮同士の者が当たるという話だったはずだ。試験で他寮の生徒と対戦が組まれるのは、寮の昇格デュエルの時くらいじゃないかな」

「へぇ、そうなんだ……」

 

 それも知らなかった。ていうか三沢に聞けば大抵の事は分かるから、自分から何か調べようという気にならないんだよね。部屋も隣だから気軽に会いに行けるし、調べ物を頼むと一時間後には大まかな概要を纏めてくれている。

 そのおかげで最近僕の中での三沢は、ド○えもん並みの便利存在としての地位を確立しつつあるよ。君たちも三沢を見掛けたらそれとなく仲良くなっておくといい。一家に一台三沢えもん。ただ幼い女の子がいる家庭は、少々注意する必要があるかもしれないことだけは覚えておいてくれ。

 

「話は変わるが、最近神楽坂が今の部屋を変えて欲しいと寮長に頼み込んでいるらしいな」

「そ、そうなんだ……。まだ入寮して間もないのにどうしたんだろうね……」

 

 なんか彼が部屋を変えようとしている理由が微妙に透けて見える気がするけど、きっとそれは気のせいだ。僕の推測によると日当たりが悪いとか、風水的に良くない方位に位置しているとかそんなところだろう。拘る人は拘るもんね、そういう事。

 

「神楽坂曰くあの部屋にはナニカがいるんだとさ。部屋にはアイツ一人しかいないはずなのに、時折何者かの視線を感じたり、室内の物が勝手に移動したりするらしい」

 

 へ、へぇ~、怖い話もあったものだね。性質の悪いお化けでもいるのだろうか……(棒)。

 

「はは、まぁ似たようなモノさ。神楽坂はあの部屋にデュエルモンスターズの精霊が取り憑いていると考えているようだ。何でも夢の中にデュエルモンスターズが度々出てくるらしい。それも何故か悪魔族のモンスターばかりな」

 

 うん、そうだろうね。もういいよ認めるよ。恐らく事情を最も知っている僕からも、その予想は正しいと太鼓判を押させてもらおうじゃないか!

 

 くそぅ、これから暫く神楽坂君と会う度に罪悪感に囚われることになりそうだ。すまん神楽坂君。でも僕にはどうしようもないんだよ。

 

 というか三沢は見るからに理系人間で、デュエルモンスターズの精霊なんていう非科学的な存在は信じないタイプと思っていたんだけど、神楽坂君の言葉を普通に受け入れているんだね。

 

「三沢からそんな話が出るとは思わなかったな。もしかして精霊とか幽霊とかの存在も信じてたりするの?」

「ん? あぁ、今のところはどちらでもないさ。俺は基本的に自分で見たモノしか信じないタイプだが、かと言って精霊が存在すると主張する者を頭ごなしに否定するわけでもない。存在する証拠がないから存在しないという論理は、存在しない証拠がないから存在するという論理と同種の詭弁だからな」

 

 いわゆる悪魔の証明ってやつだよと言って肩を竦める三沢。悪魔の証明とは、ある事実・現象が存在しないという証明は、その事実・現象が存在するという証明よりも難しいという考え方に、比喩を交えて表した概念である。よって此処で言う悪魔というのは証明困難な物の喩えであって、決して三沢の背後で僕らの議論を嘲笑うかの如く悪魔を呼び出しまくっているガイドさんのことではない。つーかいつから居たんだよお前。

 

 それに今思ったんだけど、僕がこの世界にいるという事実がある意味悪魔がこの世に存在するという証明になっているのではなかろうか。まさかこの身を呈することによって、人類には永久に解けないと思われていた究極の謎の内の一つを明らかにしようとは……。いや、全く嬉しくないんだけどね。

 

「もしそういったモノに出会えたら是非とも調べてみたいな。俺だけじゃ無理でも、人類の叡智を結集すれば科学的に証明できるかもしれない。そうすれば精霊という存在が、唯の一現象として認知される未来も有り得るんだ。そういう風に考えると何だかワクワクしないか?」

 

 あぁ、うん……そんなに会いたいなら後ろを振り向けばいいよ。キミの求めているモノが浮遊しているからさ。あと僕の真横でフルーツサラダの果物だけ盗み食いしている小娘もそれと同種の存在だから、興味があるなら彼女に聞くのが恐らく最も手軽な方法だ。ただ忠告させてもらうと、その悪魔娘を相手に何らかの物事をなそうとするならば、想定以上の苦労を背負い込まなければならなくなるから気を付け給えよ。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「おい、どういうことなんだよ!?」

「ふざけるな! こんなことがあっていいわけがないだろ!」

 

 筆記試験が終了してから数分後の事。デュエル・アカデミアの購買部では多数の生徒が怒号を上げていた。何も事情を知らぬ者がその場を見たら、店員に乱暴な物言いをする生徒達に対して眉を顰めることであろう。しかし、生徒達が怒鳴るのも無理はない。

 

「何でもうカードが売り切れているんだ!?」

「入荷した途端に全部売約済みだなんて有り得ないよ!」

 

 というのも本日発売であるはずのデュエルモンスターズの新カードが、販売する前の段階で一人の男に買い占められてしまっていたのである。此処に集まったのは新規カードでデッキを強化し、午後に行われる実技試験で少しでも良い点を取ろうとしていた者達ばかり。その当てを理不尽な方法で不意にされたのだ。怒りを覚えないはずがない。

 

 生徒達の恨みの視線を一身に受けるのは、汚い手段を用いてカードを独占購入した謎の男。黒いマントと目深の帽子で身を固めているため、一見するだけではその正体を知ることはできないだろう。

 

「それでは私はこれで帰りマスーノ。アッディーオ!」

 

 しかし、去り際に呟いたその特徴的な口調を聞いていれば、それがオベリスク・ブルーの寮長であり、実技の最高担当者であるクロノス・デ・メディチであることに気付く者がいたかもしれない。

 

 

 クロノスは購買部を離れた後、ブルー寮へと続く通路で買い占めたカードを取引材料に、とある生徒に密命を下していた。

 

「クロノス教諭、今何と……?」

 

 そのとある生徒――万丈目準は取り巻き達と寮へ戻る帰路、寮長であるクロノスに突然呼び止められ、そこで告げられた言葉に戸惑いを隠せずにいた。

 

「だから遊城十代のようなドロップアウトボーイには、早いうちにエリートである貴方が叩き潰さなければいけまセーンノ! これはオベリスク・ブルーの寮長としての指令デスーノ。十代と戦いなサーイ!」

「何で俺が十代みたいな雑魚と……。それに実技試験は同じ寮同士の者で行われるんじゃないのか」

 

 正直なところ万丈目は既に遊城十代に対する興味が薄れていた。確かに普段の言動は目障りではあるが、実力が遥かに劣る小物相手にムキになるのも馬鹿馬鹿しいとも思っているのだ。

 

「ノンノンノン! 細かい事は気にしちゃ駄目デスーノ。それにこの話を引き受けたら、先程私が購入したこのレアカードでシニョール万丈目のデッキは更に強力なものになるノーネ!」

 

 クロノスは先程購入したカードの中からとりわけ強力なレアカードを抜き出し、万丈目達によく見えるように翳す。

 

「これは……!」

「すっげぇ! 万丈目さん、いいじゃないですか。これを機にあの生意気なオシリス・レッドの落ちこぼれを叩きのめしてくださいよ!」

「そうですよ。その上カードまで貰えるなんてラッキーじゃないですか!」

 

 財閥の御曹司である万丈目にとっても、新たなレアカードというのは非常に魅力的なものである事には変わりない。それによくよく考えると、運が良かったとはいえクロノス教諭を破った遊城十代を打倒せば、相対的に万丈目の評価も上がるはずだ。労力の割にはおいしい話といえる。

 

 ――前回は勝負の途中で邪魔が入り、決着がつかなかった事もある。ま、アイツを潰すいい機会だと思ってクロノス教諭の思惑に乗るのもありか……。

 

「分かりました。これ以上アイツを調子に乗らせるのも癪ですし完膚なきまで叩きのめしてやりますよ」

「オーウ! それでこそ我がオベリスク・ブルー寮の生徒ナノーネ! それでは実技試験が開始されるまでに、このカードを使ってデッキを強化しておくといいノーネ!」

 

 二人が忍び笑いをしながらカードを受け渡しする様は、時代劇にありがちな、悪徳商人が悪代官に袖の下を渡す遣り取りの際に浮かべる笑みに酷似していた。

 

 

 

「ウシシシシ、これであのドロップアウトボーイも終わりナノーネ。案の定筆記試験も遅刻して駄目駄目だったようデスーシ、これで実技試験も赤点なら奴も終わりデスーノ! 先日の偽ラブレター作戦は失敗に終わりましターガ、今回は既に成功したも同然ナノーネ!」

 

 クロノスはその場から去っていく万丈目の背を見ながら、喜色を抑えきれずに高笑いをする。漸く自身に歯向う生意気な生徒に、目に物を見せる機会が巡って来たのだ。衆人環視の中でエリートとの格差を見せつける事によって、出来の悪いレッド寮の落第生に、自分の立場を明確に分からせてやろうという魂胆なのである。

 

「私の名を騙ってラブレターを出したのはクロノス先生、やっぱり貴方だったんですね」

 

 上機嫌のクロノスに突如背後から掛る声。

 

「へっ?」

 

 驚いたクロノスが振り返ると、そこにはオベリスク・ブルーの青い制服を着た女生徒――天上院明日香が腕を組み、階段の上から彼を見下ろしていた。

 

「シ、シニョーラ明日香! ななな何のことデスーノ?」

「誤魔化さなくても結構です。先程先生が万丈目君達と話しをしているところから聞いていましたので。それにあのラブレターに書かれた字、先生が普段授業で板書なされる字と酷似していましたよ」

 

 一見明日香は淡々と語っているように見えるが、その目は氷のように冷えきっており、本来教師という立場的に上であるはずのクロノスでさえ、その迫力に圧倒される程であった。

 

「い、いや……これには海よりも深~いワケがあるノーネ」

「態々私の名を騙ってラブレターを出すことにどのようなワケがあるんですか?」

「そ、それは……あれナノーネ。かつて私のご先祖様がパッツィ家の陰謀に対処した時の如き機転で……えっと、あの……つまりはその……」

 

 じとりと睨まれたクロノスは背中に嫌な汗を掻きながらも、頭の中で必死に言い訳を考えるが、他人の名を騙ってラブレターを出す行為の意図など早々誤魔化せるはずもない。

 

「はぁ……。もう過ぎたことですし、今後ああいった事をしなければ私もこれ以上は踏み込みません」

 

 時間稼ぎにもならない釈明に気を殺がれた明日香が先に折れ、それによって調子を取り戻したクロノスはここぞとばかりに捲し立てる。

 

「オーソレミーヨ! 当然デスーノ。恐らくそれは私の犯行に見せ掛けた卑劣な悪戯でショウが、これ以上の悪事はこのオベリスク・ブルーの寮長であるこの私が許しまセンーノ!」

 

 ――しかし。

 

「でもそれと今回のカード買い占めの件とは話が別ですよね」

「ぎくぅ……!」

 

 いくらクロノスがアカデミアの実技担当の最高責任者という地位を誇っていても、此度の権力に任せた暴挙に近い行為がバレたら、周りから非難されるであろうことは想像に難くない。特に今回は前の偽ラブレターの件とは違い、普段は味方であるブルー寮の生徒を含めた、アカデミアの全生徒を敵に回してしまっているのだ。多大な責任追及は避けられないだろう。

 遊城十代を何としてでも貶めようと、勢いだけで行動してしまったクロノスはここで漸くその事実に気付き、額から冷や汗がダラダラと流れる。

 

「ところでクロノス先生に折り入ってお願いがあるんですが、聞いて頂けますでしょうか?」

 

 明らかに不自然な話題転換。クロノスが発言者の方に顔を向けると、そこにはにこやかに笑う明日香の姿。その表情は実に朗らかであるが、その話を断ったらどうなるか分かっているだろうなという無言の圧力が発せられている。

 

「も、勿論デスーノ」

 

 そしてクロノスには頷く以外の選択は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 アカデミア・デュエルフィールド

 

 

 実技試験会場であるデュエルフィールドの一画。そこではまだデュエルが始まっていないのにも関わらず騒然としていた。

 

「えぇ~っ!? なんで万丈目と俺がデュエルをするんだ!?」

「ふんっ……。俺も好きで此処にいるわけじゃない」

 

 それはオシリス・レッドの生徒である遊城十代の対戦相手が、オベリスク・ブルーの万丈目準であったからである。通常は同じ寮同士の者たちで行う実技試験が、他寮の者――それも最優秀組であるオベリスク・ブルーと最底辺であるオシリス・レッドの生徒で組まれたのだから、周囲の注目を集めるのは当然だ。

 

 そして十代と同じ心境になった生徒がもう一人。

 

「え……?」

「こんにちは。いいデュエルにしましょうね」

 

 彰が指定されたデュエルフィールドに向かうと、そこには何故かオベリスク・ブルーの女王――天上院明日香が待っていた。

 

「あの、ちょっと……何でブルー寮の明日香さんが僕の対戦相手になっているんですか?」

「ふふっ、クロノス先生にちょっと無理を聞いて貰ってね。貴方とは一度戦ってみたかったのだけど中々機会が来ないから、こうして対戦する場を設けてもらったのよ」

 

 予想外の事態にパニックになっている彰とは対照的に、明日香は得意気に状況を説明する。

 

「はぁ……そうなんですか」

 

 先生を通して決まったことならば、納得できずとも頷くしかない。しかし、いきなりオベリスク・ブルーの女王が対戦相手になった方は、そうそう落ち着いてはいられない。そんな具合に及び腰になっているのが態度に出ていたのか、明日香からは厳しい言葉が飛ぶ。

 

「ほら、男の子ならしゃんとしなさい。試験時間が押しているんだからキビキビ動く!」

「イエス、マム!」

 

 思わず最敬礼を取り、慌てて位置に着く彰。途中段差に蹴躓いて足を痛めようがお構いなしだ。ここでの彼の中の優先事項は、自分の身体の安全より明日香の命令の方が上位に当たるようである。

 

「そこまで脅えられると流石の私も傷つくのだけど……」

 

 そんな女王の呟きは、直立不動で気をつけをしている兵士の耳には届かない。そのまま次の指示を忠犬のように待っているのを見て明日香は溜息を一つ落とすと、どこか諦めた様子で自身もデュエルフィールドの定位置につきデュエルディスクを展開する。

 

「それじゃ始めるわよ」

「は! 宜しくお願いします!」

 

 

「「決闘(デュエル)!!」」

 

 

彰   LP4000

明日香 LP4000

 

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 デュエルディスクによって決められた先攻は彰だ。

 

「僕はモンスターを裏側守備表示でセットし、これでターン終了します」

 

 フィールドに裏模様のカードが横倒しになって現れる。裏側状態でセットされたモンスターは、反転させるまでその正体が分からない。

 

 

「私のターン、ドロー!」

 

 ――相手の場は裏守備のモンスター1体のみ。遠慮なく攻めさせてもらうわ!

 

「私は《荒野の女戦士》を攻撃表示で召喚!」

 

 召喚のエフェクトと共に、カウボーイハットを被ったブロンド髪の美麗な戦士がフィールドに出現し、携えた剣を煌めかせ対戦相手を睨みつける。

 

《荒野の女戦士》星4 ATK/1100 DEF/1200

 

「バトルよ! 私は《荒野の女戦士》で相手フィールドにセットされたモンスターを攻撃!」

 

 明日香の攻撃宣言によって、場の女戦士が美しい金色の髪を煌めかせ、相手モンスターに斬りかかる。優美な剣閃により切り裂かれたカードは、三眼毛むくじゃらの化け物――《クリッター》だ。

 

《クリッター》星3 ATK/1000 DEF/600

 

《クリッター》の守備力では《荒野の女戦士》の攻撃は防ぎきれない。一閃の下に両断され、悲痛な叫びを上げて粉々に砕け散った。

 

「あら……」

 

 自身のモンスターを破壊されたのにも関わらず、彰は顔色を変えることもなく冷静にフィールドを見据える。それも当然、《クリッター》の役割はフィールドから墓地に送られることにあるからだ。

 

「破壊された《クリッター》の効果発動! このカードがフィールド上から墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。僕が加えるのは《レスキューラビット》のモンスターカード」

 

「ならば私は魔法・罠ゾーンにリバースカードを1枚セットして、ターンを終了するわ」

 

 次のターンで相手の場に動きがあることを予見した明日香は、場にリバースカードを伏せ、その事態に備える。

 

 

「僕のターン、ドローカード……。メインフェイズに入り、僕は《クリッター》の効果で手札に加えた《レスキューラビット》を通常召喚する!」

 

 ぴょこぴょこという擬音をたてながら、フィールドに飛び出したのは小さな兎だ。黄色いヘルメットにゴーグル、首からは小さな通信機をぶら提げている小動物の姿に、会場の女生徒からは黄色い声が上がる。

 

《レスキューラビット》星4 ATK/300 DEF/100

 

「そして《レスキューラビット》のモンスター効果。自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードをゲームから除外して発動。自分のデッキからレベル4以下の同名通常モンスター2体を特殊召喚する。僕はデッキより《メルキド四面獣》2体を特殊召喚!」

 

 小さな兎が光子となり、霧散することによって新たな魔物を呼び寄せる。喜怒哀楽――四つの感情を表現した仮面が重なり合い、一体のモンスターとなった。

 

《メルキド四面獣》星4 ATK/1500 DEF/1200 ×2

 

「《レスキューラビット》の効果で特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズ時に破壊されてしまう。しかし、そのターンの間に生贄にしてしまえばそのデメリットは関係ない」

 

 デュエルモンスターズのルールとして、モンスターの召喚権は1ターンに1度のみ。だが、特殊召喚ならばターン辺当たりの回数制限はないのだ。

 

「僕はフィールドの《メルキド四面獣》2体を生贄に捧げ、手札より《仮面魔獣デス・ガーディウス》を特殊召喚する!!」

 

 大地を軋ませ、地獄の底より這い出でしは人を食らう狂気の魔獣。巨大で禍々しい身体には、食われた者の顔が仮面となって纏わり付くとされる。

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》星8 ATK/3300 DEF/2500

 

「このモンスターは……!?」

 

 明日香は僅か1ターンで出現した最上級モンスターに目を見張る。

 

「《仮面魔獣デス・ガーディウス》は《仮面呪術師カースド・キュラ》、《メルキド四面獣》のどちらかを含む生贄2体を捧げる事によって、手札から特殊召喚できるモンスター。その攻撃力はかの青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)すら上回る!」

 

 仮面の化け物は己が主の声に答えるかのように、歪な咆哮を上げる。

 

「バトルフェイズだ! 《仮面魔獣デス・ガーディウス》で《荒野の女戦士》に攻撃! ダーク・デストラクション!!」

 

 《仮面魔獣デス・ガーディウス》はその巨体に似合わぬ俊敏な動きによって目の前の獲物を両の手で掴み上げ、その掌に力と魔力を集中・解放させ、粉々に打ち砕く。

 

「きゃああああっ!」

 

明日香LP4000 → LP1800

 

「くっ……、タダではやられはしないわ! この瞬間《荒野の女戦士》の効果が発動! このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下の戦士族・地属性モンスター1体を自分フィールド上に攻撃表示で特殊召喚することができる。私はデッキより《サイバー・チュチュ》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 クルクルと綺麗なターンをして、デュエルフィールドという名の舞台に降り立ったのは、桃色髪のバレリーナによく似たモンスターだ。

 

《サイバー・チュチュ》星3 ATK/1000 DEF/800

 

「僕はカードを1枚セットし、ターンを終了します」

 

 

「私のターン、ドロー! 」

 

 攻撃力3300の化け物を相手にしても、明日香の目の力は衰えない。力が強いだけのモンスターなど、オベリスク・ブルーの女王にとって恐れるに足りぬものだ。何しろ明日香が普段懇意にしているアカデミア最強の男は、目の前の化け物が赤子に思える程のパワーの僕を使役しているのだから……。

 

「私は手札から《融合賢者》の魔法カードを発動! そのカード効果によって自分のデッキから《融合》の魔法カードを手札に加えるわ」

 

 ――《融合》をサーチ……。となるとここで仕掛けてくるか。

 

 明日香が何かを狙っている事に気付いた彰も身を構える。

 

「そして魔法カード《融合》を発動! 手札の《エトワール・サイバー》と《ブレード・スケーター》を融合。《サイバー・ブレイダー》を融合召喚するわ!」

 

 渦巻く《融合》の波の中より、長く艶やかな黒髪を靡かせ、一体の女性型モンスターが出現する。紅と白とのコントラストが映える色調の衣装を纏い優雅に一礼する様は、まさに一流のフィギュアスケーターだ。

 

《サイバー・ブレイダー》星6 ATK/2100 DEF/800

 

「更に装備魔法《フュージョン・ウェポン》を発動! このカードはレベル6以下の融合モンスターにのみ装備可能。装備モンスターの攻撃力、守備力を1500ポイントアップする!」

 

 装備カードの効果によって《サイバー・ブレイダー》の右腕に、その容姿に似合わぬ無骨な砲撃兵器が装着される。科学の力を持ってして装備モンスターの攻撃力は、《仮面魔獣デス・ガーディウス》の攻撃力の更に上を行く。

 

《サイバー・ブレイダー》星6 ATK/2100 → ATK/3600 DEF/800 → DEF/2300

 

「バトルよ。覚悟なさい! 《サイバー・ブレイダー》で《仮面魔獣デス・ガーディウス》に攻撃! グリッサード・スラッシュ!」

 

 フィールドを恐怖で支配していた仮面の魔獣は《フュージョン・ウェポン》から放たれた破壊の光線に貫かれ、耳障りな断末魔を上げながら爆散する。

 

「うわっ……!」

 

彰LP4000 → 3700

 

「流石……、でもこの瞬間《仮面魔獣デス・ガーディウス》の効果が発動される。このカードがフィールドから墓地に行った時、デッキから《遺言の仮面》1枚をフィールド上のモンスターに装備させる! 対象は《サイバー・ブレイダー》だ!」

 

 《仮面魔獣デス・ガーディウス》の亡骸より飛び出したのは、強烈な怨念と強大な憎悪が込められた血のように赤い不気味な仮面。その仮面が《サイバー・ブレイダー》に襲い掛かり、その顔に取り憑かんとする。

 

「《遺言の仮面》を装備されたモンスターのコントロールは、その時点のコントローラーの対戦相手に移る! 悪いですが《サイバー・ブレイダー》は頂きますよ!」

 

 自身の思惑通りに事が運び、思わずに得意気になる彰。しかし、そんな様子を見て、対戦相手である女王は不敵に笑っていた。

 

 ――甘いわね。私が《仮面魔獣デス・ガーディウス》の効果を知らずに攻撃を仕掛けたとでも思っていたのかしら。

 

「リバースカードオープン、速攻魔法《プリマの光》! このカードは自分フィールドに存在する《サイバー・チュチュ》1体を生贄に捧げることで、《サイバー・プリマ》1体をデッキ、または手札から特殊召喚することができる! 出番よ、《サイバー・プリマ》!!」

 

 逆巻く銀の竜巻の中より飛び出したのは《サイバー・チュチュ》の成長した姿。雪のように白い髪と滑らかな肢体が光を反射し、まるで自身が発光しているかの如き神々しさを醸し出している。

 

《サイバー・プリマ》星6 ATK/2300 DEF/1600

 

「《サイバー・プリマ》の効果発動! このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、フィールド上に表側表示で存在する魔法カードを全て破壊する!」

「ちょ……えっ!?」

 

 純白のバレリーナから放たれた光の波動により、《サイバー・ブレイダー》に取り憑こうとしていた《遺言の仮面》が苦痛の声を上げ浄化されていく。

 

「《サイバー・プリマ》の効果によって《フュージョン・ウェポン》も破壊されてしまうけど、《サイバー・ブレイダー》は返してもらうわよ」

 

 仮面の呪縛から解き放たれた踊り手は、本来の主の元へと戻る。

 

《サイバー・ブレイダー》星6 ATK/3600 → ATK/2100 DEF/2300 → DEF/800

 

「そして私のバトルフェイズはまだ終了していないわ。《サイバー・プリマ》でプレイヤーにダイレクトアタック! 終幕のレヴェランス!!」

 

「ぐぅぅうう……!」

 

彰LP3700 → 1400

 

 上級モンスターの直接攻撃を食らい、彰のライフポイントはごっそりと削られる。もはや下級モンスターの一撃すら致命的になる状況だ。苦悶に彩られた彼の顔をみて、明日香はしてやったりといった表情を浮かべる。

 

「ふふっ、私はカードを1枚セットしてターンを終了するわ」

 

 エンドフェイズ宣言をしながら、明日香は現状に対し思考する。

 

 ――やっぱり初めから計算尽くで策に嵌めようとしてくる者は、総じて予想外の事態に脆いわね。ここから立て直して来るかどうかでその者の真価が問われるけど、貴方はどうかしら。

 

 このまま崩れゆくのか、それとも遊城十代のような輝きを見せてくれるのか。明日香は先の展開に期待を膨らませる。勿論そのどちらになったところで彼女は負けるつもりなど毛頭ないのだが。

 

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 一転して窮地に追い込まれた彰は、この状況を持ち得る手札で打開するため、思考を巡らせる。

 

 ――《サイバー・ブレイダー》が厄介だな……。エクシーズモンスターでも使えたらいくらでも対処法があるけど、ここはこの手で行くしかないか……。

 

「……僕は墓地に存在する悪魔族モンスター3体をゲームから除外し、手札から《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚する!」

 

 墓地の亡者を贄として地獄より来訪するは、頭が割れた人形を抱いたマネキンのような悪魔。その青白い肌は不思議と冷気を感じるほどであり、感情が全く読めない無表情の顔からは呪詛のような言葉をブツブツと吐き出している。

 

《ダーク・ネクロフィア》星8 ATK/2200 DEF/2800

 

「バトルフェイズ! 僕は《ダーク・ネクロフィア》で《サイバー・プリマ》に攻撃する! 念眼殺!!」

「なっ!? 迎え撃ちなさい、終幕のレヴェランス!!」

 

 《ダーク・ネクロフィア》の攻撃力では《サイバー・プリマ》には僅かに及ばない。場のリバースカードにも警戒せずに攻撃を仕掛けられたことで不意を突かれた明日香は、思わず驚きの声を上げるが、すぐに迎撃の指示を下す。

 

 魔眼による呪いは白きバレリーナの光に掻き消され、カウンターのスピンキックによって悪魔の人形は場外まで吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……」

 

彰LP1400 → 1300

 

「メイン2に入り、リバースカードを1枚セット」

 

 自軍のモンスターを無駄死させたのにも関わらず、淡々とデュエルを進める彰に、観戦者達の不審な視線が集まる。《ダーク・ネクロフィア》の守備力ならば、明日香の場のモンスターを全て防ぐことができたという事実も、周りの懸念に拍車を掛けたのだ。

 

 ――なるほど、そういうことね……。

 

 その中で対戦相手である明日香だけは彼の狙いを見抜き、苦い顔をしていた。

 

「そしてエンドフェイズ。《ダーク・ネクロフィア》の効果発動。このカードが相手によって破壊され墓地に送られたターンのエンドフェイズ時、このカードを装備カード扱いとして相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体に装備する」

 

 墓地より悪魔の人形に封印されていた悪霊が蘇り、おぞましい叫び声を上げながら《サイバー・ブレイダー》の体内に潜り込む。怨念の魂に取り憑かれた者は自我を失い、悪霊の意のままに身体を操られる人形と化すのだ。

 

「この効果で《ダーク・ネクロフィア》が装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターのコントロールを奪うことができる」

 

 《サイバー・ブレイダー》は虚ろな表情でその場のフィールドを離れ、本来なら敵である彰を守るように明日香に拳を向ける。

 

 ――やってくれるわね……。

 

 

「私のターン、ドロー!」

 

 ライフポイントは勝っている明日香であるが、相手にエースモンスターを奪われた事で戦局的には流れが変わりつつある。《サイバー・ブレイダー》は明日香の切り札だけあってその効果は強力だ。相手のコントロールするモンスターの数によって効果が変動するという特殊な効果を有し、1体ならば戦闘により破壊されなくなり、2体ならばその攻撃力が倍に、そして3体になると魔法・罠・効果モンスターの効果を封殺する。

 

 ――中途半端にモンスターを展開したところで、《サイバー・ブレイダー》を強化してしまうのが落ち。味方だと頼もしいけど、敵に回すとここまで厄介なんて……。

 

「私は手札から魔法カード《強欲な壺》を発動! デッキから更にカードを2枚ドローするわ!」

 

 明日香は新たにドローしたカードを確認し、対抗策を練り上げる。

 

 ――だけど《サイバー・ブレイダー》の長所も短所も、一番理解しているのは所有者であるこの私なのよ!

 

「私は手札より速攻魔法《融合解除》を発動! フィールド上に表側表示で存在する融合モンスター1体を選択して融合デッキに戻す。さらに融合デッキに戻したそのモンスターの融合召喚に使用した融合素材モンスター一組を、墓地より特殊召喚するわ!」

 

 いくら戦闘破壊耐性があろうとも、《融合解除》は防げない。《サイバー・ブレイダー》を構成する因子が分離し、取り憑いていた《ダーク・ネクロフィア》の怨念が悲鳴を上げ消滅していく。

 

「ちっ……、だけど全部明日香さんの思惑通りにはさせない。僕は罠カード《転生の予言》を発動! お互いの墓地に存在のカードを合計2枚選択し、そのカードを持ち主のデッキに戻す。僕は自分の墓地より《遺言の仮面》と、相手の墓地から《エトワール・サイバー》を選択し、互いのデッキに戻す」

 

 《融合解除》の魔法カードで融合素材モンスターを特殊召喚する場合は必ず一組で特殊召喚する必要がある。故に《転生の予言》によって素材の片方を墓地よりデッキに戻された《サイバー・ブレイダー》の融合を解除したところで、後半の素材モンスター一組の特殊召喚効果は不発に終わってしまうのだ。

 

「やるわね……。でもこれで貴方を守るモンスターはいなくなったわ。このターンの攻撃を防げるのかしら」

 

 彰は辛うじて新たなモンスターを展開されることは防いだが、《融合解除》によってコントロールを奪った《サイバー・ブレイダー》を除去されてしまった事実には変わりない。

 

「バトルフェイズよ。《サイバー・プリマ》でプレイヤーにダイレクトアタック! 終幕のレヴェランス!!」

 

 デュエルフィールドという名の舞台に立つ唯一の役者が、このデュエルに幕を引くべく、華麗なダンスを踊る。しかしそれは対戦相手からすれば、自身のライフを刈り取る暴力の舞いだ。

 

「まだだ! 罠カード、《闇次元の解放》を発動! このカードの効果によってゲームから除外されている自分の闇属性モンスター1体を選択し、フィールド上に特殊召喚する! 次元の狭間より蘇れ、《仮面魔獣デス・ガーディウス》!!」

 

 罠カードの発動後、背後の空間がグニャリと歪む。暗い次元の裂け目からドス黒い瘴気の塊が噴出し、仮面の魔獣が再びフィールドに降り立った。

 

《仮面魔獣デス・ガーディウス》星8 ATK/3300 DEF/2500

 

「なるほど……。さっき《ダーク・ネクロフィア》を特殊召喚する際、このモンスターを墓地から除外していたのね」

 

 彰が《ダーク・ネクロフィア》の特殊召喚時に墓地から除外したのは《仮面魔獣デス・ガーディウス》と《メルキド四面獣》が2体。それを《闇次元の解放》によって除外ゾーンから帰還させたというわけだ。

 

 明日香は《サイバー・プリマ》の攻撃を中断し、再び目の前に立ちはだかった魔獣に対して冷徹に思考を巡らせる。

 

 ――《仮面魔獣デス・ガーディウス》。唯でさえ圧倒的な攻撃力を誇っているのに、墓地に送られることでフィールドに《遺言の仮面》を残していく厄介極まりないモンスター。でもその能力も決して無敵ではない。むしろ欠点の方が多いともいえるわ。

 

 例えば先程明日香が行ったように《遺言の仮面》を破壊さえすれば、モンスターのコントロールを取り戻すことができるし、そもそも《仮面魔獣デス・ガーディウス》の効果は墓地に送られなければ効果が発動しないので、除外やバウンスといった方法を介して除去すれば良い。

 

 ――そしてもう一つ。最も単純な回避方法が残っているわ。

 

「私は手札より魔法カード《痛み分け》を発動! 自分フィールド上に存在するモンスター1体を生贄に捧げることで、相手もモンスター1体を生贄に捧げなければならない」

「これは……!? くっ、そういうことか!」

 

 明日香の行動の意図を見て取った彰は悔しそうに顔を歪める。

 

「《仮面魔獣デス・ガーディウス》と《遺言の仮面》のコンボは私のフィールドにモンスターがいなければ発動できない……。そうよね?」

「……そうですね。全く持ってその通り」

 

 《遺言の仮面》が如何に強力な効果を有していようとも、取り憑く対象がいなければまるで意味がない。今回はモンスターの共倒れを狙うことで、その効果を回避したのだ。

 

 そしてそのままターンの終了宣言をする明日香。彼女の残りライフは1800ポイント――それは下級モンスターの一撃で消し飛びかねない頼りない数値。

 それにも関わらず彼女が自分のモンスターを躊躇いなく生贄にしたのは、何も《仮面魔獣デス・ガーディウス》と《遺言の仮面》のコンボを破る為だけに仕方がなく取った行為ではなく、きちんと次のターンまで繋ぐ自信があるからである。

 前のターンから彼女の場に伏せられているリバースカード。それは相手のモンスターの攻撃宣言時、相手フィールド上に攻撃表示で存在するモンスターを全て破壊する強力無比な罠カード――《聖なるバリア -ミラーフォース-》。例え相手が攻撃を仕掛けてきたとしてもこのカードで迎撃し、次のターンに相手の残りライフ1300ポイントを削りきることができるカードを引けば彼女の勝ちだ。

 

 勝利への道筋が見え、己が伏せたリバースカードを発動するチャンスを窺う。

 

 その瞬間――。

 

「えっ?」

 

 彼女の真横を漆黒の刃が通り抜けた。

 

 続くはナニカが粉々に砕け散る破壊音。それは返しの要であったリバースカード――《聖なるバリア -ミラーフォース-》が真っ二つに両断され、塵芥となっていくエフェクト音であった。

 

 ――いったい何が起きたというの……!?

 

 混乱する状況へ追い打ちをかけるように、相手フィールドから発せられる強烈なプレッシャー。背筋に感じる寒気に気付いていながらも、明日香はその発信源に目を向ける。

 

 ――そこに居たのは一目で闇を連想させる黒き龍。

 

 鉄をも切り裂きそうな鋭利な爪。細身ながらも隆起する程の猛々しい筋肉。両肩には鎌のような刃物が突き出しており、尾の先には凶悪なスパイクが剥き出しになっている。超然と佇む様は畏怖を感じる程であり、それ以上彼の者を言葉で飾り立てる必要はない。その紅い眼光に貫かれた者は唯それだけで、圧倒的な力の差に身体が委縮するのを避けらないのだから。

 

《ダーク・アームド・ドラゴン》星7 ATK/2800 DEF/1000

 

「《ダーク・アームド・ドラゴン》は自分の墓地の闇属性モンスターが3体の場合のみ特殊召喚できる最上級モンスター。僕の墓地には《クリッター》、《ダーク・ネクロフィア》、《仮面魔獣デス・ガーディウス》の丁度3体の闇属性モンスターが存在している」

 

 生贄もなしに特殊召喚される攻撃2800のモンスターというだけでも十分に強力だが、このモンスターの真価はその恐るべき効果にこそ集約される。

 

「このモンスターは、自分の墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外する事で、フィールド上のカード1枚を選択し破壊することができる効果を持つ」

 

 先程明日香の場の伏せカードを破壊したのはこの効果によるもの。いくら強力な罠カードであろうとも、発動前に破壊されれば意味をなさない。

 

「《ダーク・アームド・ドラゴン》の攻撃……!」

 

 ――ここまでね……。

 

 目の前に迫りくる漆黒のドラゴンを前に、明日香は己の敗北を悟り、目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「あ~、きっつ……」

 

 試験デュエルを終えた彰は、デュエルフィールド端の壁に寄りかかり、完全に脱力していた。

 

 ――あぁ、やっぱ明日香さん強いわ。オベリスク・ブルーの女王の名は伊達じゃないってことか。ダムド引いてなかったら普通に押し切られていたよ……。

 

 そんな彼に歩み寄る一つの影。彰が顔を上げると、そこには対戦相手であった天上院明日香が、敗北したのにも関わらずどこか晴れやかな顔で立っていた。

 

「どうやら向こうも決着がついたようね」

 

 その視線の先には十代の操る《E・HERO フェザーマン》が、万丈目のライフポイントを0にする場面。攻撃を受けた万丈目よりも大きな絶叫を上げているクロノスを見て明日香はクスリと笑う。

 

 ――ふふっ、クロノス先生の思惑は見事に外れてしまったようね。最も初めからそう簡単に行くわけがないと思っていたけど……。

 

「あ、あの……明日香さん。対戦ありがとうございました」

「ええ、こちらこそ。とても楽しいデュエルだったわ。負けちゃったのは悔しいけどね」

 

 明日香は片目をパチリと閉じながらそう言って、そのまま彰の隣に座り込む。

 

「え、あの……?」

 

 アカデミア一番の美女を前に、一般的な男子学生に分類される者がまともにコミュニケーションを取れる筈もない。唯その状況に混乱するばかりである。

 

 明日香は暫くの間、子供のようにはしゃぎ回る十代の事を無言で眺めていたが、やがておもむろに口を開く。

 

「ねぇ」

「はい……?」

 

 彰は沈黙が破られた事に若干安堵し、続きの言葉を待つ。

 

「貴方さっきのデュエル本気じゃなかったでしょ?」

「うえぇっ!? いや、決してそんなことは……」

 

 その結果予想外の問いに慌てふためくことになったが、本人としては至極真面目にやっていたつもりなので、すぐさま否定する。

 

「ごめんなさい、言い方が悪かったわ。別に貴方が手を抜いていたなんて言うつもりはないの。ただ時々貴方のプレイングに迷いが生じているように感じたのよ。本来なら迷わず選ぶ最善の一手を取らない――この場合は取れないといった方が正しいのかしら――兎に角何か自分に制限を課し、その中で戦っている。そんな印象を受けたのよね」

「…………………」

 

 しっくりくる言葉が思い当たらないのか、顎に手を当て考え込む明日香。その横でそれとなく空を仰いでいる男は、内心鋭い所を突かれて動揺していた。

 

 ――確かに制限っていえば制限か……。

 

 使えば明らかに異質であると分かるシンクロ召喚・エクシーズ召喚という要素。この二つのファクターは、間違いなく従来のデュエルモンスターズの常識というモノに大きな変革を齎した。彼の元居た世界では今やこれらのどちらかを用いないデッキはないと言っても過言ではない。それ程シンクロやエクシーズは便利なモノであり、汎用性が抜群に高かったのだ。そしてその存在を知っている身の上としては、どうしてもそれを意識してしまうのは当然のことである。例えるならば最新型のスマートフォンを利用していたのに、それが突然数世代前の機種である携帯電話に交換させられた状況を想定すれば分かり易い。人は便利さを知ってしまうと、それがないと不便であると感じるようになってしまうのだ。

 

「私ね、実はアカデミアの受験の時から貴方と十代には目を付けていたの。単純に強いデュエリストと戦ってみたかった事も否定しないけど、本当の理由はとある人と渡り合える実力を持った人物を見つけたかったから……」

「はぁ。とある人……ですか……?」

 

 彰は突然遠くを見つめながら告白し始めた明日香に困惑しながらも、彼女の真剣な顔を見て真面目に話を聞く体勢を取る。

 

「貴方も知っているはずよ。何せアカデミアの頂点に立つ男なのだから」

「あぁ、丸藤先輩ですか」

 

 丸藤亮――「デュエル・アカデミアの皇帝」、「カイザー亮」の異名を持つオベリスク・ブルーの三年生で、その実力はプロデュエリスト顔負けとさえも言われる怪物だ。

 

「亮と同じ土俵に立てるデュエリストなんて、このアカデミアではそれこそ教師陣にも存在しないのよ。兄さ……、かつては亮にも切磋琢磨し合うライバルもいたのだけれど、その人が行方不明になってから亮は孤独にならざるを得なかった……」

 

 天才ゆえの孤独。月並みの言葉であるが、その苦悩は当事者である本人と、その人と同じく天賦の才を持った人間にしか真の意味で理解しえまい。

 

「亮もね。きっと心のどこかで求めていると思うの。自身に比肩し得る好敵手との戦いを……。自分をより高みに引き上げてくれる友を……。悔しいけど今の私じゃ亮の相手は務まらない」

 

 囁くように吐き出したその言葉尻は僅かに震えていた。

 

 ――兄さんが行方不明になってから亮には支えてもらってばかり。亮だって親友だった兄さんがいなくなって辛いはずなのに……。

 

 それは二年も前から行方不明になっている兄の事で心痛めていた自分を支え続けてくれた亮に対し、大して役に立つことができないという無力感から生じたもの。明日香ほどの実力者であろうとも、アカデミアの皇帝との間には尚も分厚い壁が存在しているのだ。

 

「十代もそして貴方も、きっと今のままじゃ亮には届かない」

 

 ――十代の実力は恐らく未だ発展途上の段階。これからの成長で更に強くなることを考えると、きっとその牙は亮にも届き得るモノになるはず……。

 それに対して一之瀬君は私と同じで、既にある程度自分のデュエルスタイルというものを確立しているために、急激な成長を望むのは難しい。だけど、彼も私にはないナニカを持っている――そんな気がするのよね。

 

「だからもし亮とデュエルする機会が巡って来た時は、今日のようにどこか心に迷いがある状態ではなく、貴方の持てる全力で戦って欲しいの。そうすればきっと亮と同じ、他とは一線を画する舞台に上がることができるわ」

「……………………」

 

 自身の思いの丈を打ち明けることに熱中していた明日香は、ここで漸く話し相手が困惑していることに気付いた。

 

「あ、その……ごめんなさい! いきなりこんなこと話されても困るわよね。やだ、私ったら何を言って……」

「いえ、そんなことはないです。何と言うか明日香さんは何でも自分でこなせる完璧超人みたいな印象があったから、こういうことを話されるのが意外で……」

「ふふっ、何よそれ。私だって人間なんだからそういう時もあるわよ」

 

 頭を掻きながらそう言う彰に、明日香は思わずクスリと笑う。

 

「あぁ~っ! 明日香さん、こんなところに居たんですか? 探したんですよ!」

「もう試験は終わりましたし、寮へ戻ってご一緒に御茶でもしませんこと?」

 

 少し離れた観客席より声を掛けてきたのは、明日香の友人である枕田ジュンコと浜口ももえの二人だ。

 

「ちょっと待って! 今からそっちへ行くわ!」

 

 明日香はどこかすっきりとした顔をして立ち上がり、スカートに付いた汚れを払うと、その場から去る前にもう一度彰の方に顔を向ける。

 

「今日は私の勝手な話を聞いてくれてありがとう。できればさっきの話を心のどこかにとどめておいてくれると嬉しいわ」

 

 それじゃあねと言って去っていく明日香。最後の言葉は特に返答を求めていないモノであろう。彰も彼女の雰囲気からそれを読み取っていたが、あえてその背に聞こえるように返事をする。

 

「分かりました。その時は丸藤先輩の胸を借りるつもりで頑張らせてもらいます」

 

 その返答に明日香は一瞬だけその場で制止したが、振り返ることなく手を翳すだけに留め、彼女を待つ友人の元へと帰って行った。

 

 

 

 

「あれ、明日香さん何かいい事でもあったんですか? なんか妙に機嫌が良さそうですけど……」

「そういえばそうですわね。いつもより心なしか楽しそうに見えますわ」

 

 実技試験も終了し女子寮へ帰る道程、ジュンコとももえは崇拝する明日香の様子がいつもと少し違うことに気付いた。

 

「え? 別にいつもと変わりないけど……。貴方達の気のせいじゃない?」

「いや、やっぱりちょっと違いますよ! なんというか「黄金のタマゴパン」をドローした日の明日香さんみたいです!」

「聞くところによるとあのパンはカロリーが物凄く高いらしいですから、明日香様も食べすぎには気を付けてくださいね」

「だから普段と同じだって言っているでしょう。というか子供じゃあるまいし、別に私は「黄金のタマゴパン」を引いたくらいでご機嫌になったりしないわよ!」

 

 そんな平和な言い合いをしながら寮への帰路へ就く明日香の足取りはいつもより少しだけ軽かった。

 

 




(もともとは魔法少女デッキで三沢と戦う話だったなんて言えない……)

OCGでは《サイバー・ブレイダー》は星7で《フュージョン・ウェポン》を装備できず、《サイバー・プリマ》の効果は生贄召喚時のみなので注意。《プリマの光》はアニメのオリカです。

恋愛要素は基本的にない予定。


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