異常者が集うこの学園で、普通であることは異常なのか (のろし)
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普通だと思っていた、異常だと思っていた

――――その学園は、あまりにも奇妙だった――――


 箱庭学園という学校を知っているだろうか?一学年十三クラスというマンモス校だ。一組から四組は普通科、五・七・九組は体育科、六・八組は芸術科というクラス分けに加えて、十組から十二組はそれぞれ特別科というクラスがある。百年の歴史を持つ伝統校で、その伝統に恥じぬだけの部活があり、全国大会の常連を輩出し、卒業後に様々な分野の第一線で活躍する人間も少なくない。

 

 どこの学校でも同じことだとは思うのだが、この学園にも生徒会執行部という組織がある。しかし、ここの特色として生徒の自主性を重んじるという校風があるため、その仕事は多岐に渡り、生徒会長ともなれば学校への時間拘束はかなりの物となる。とは言う物の、決してなり手がいないというわけではなく、毎回の選挙の際には相当な数の立候補者が出て、生徒会というものの人気を窺わせるところではある。

 

 まあ、そんな学校の中で生活する生徒諸君においては、学校の校風もあり、自身の青春時代を自らの打ち込みたいものに全力を注ぐことができると殊更評判なのだが、今まで語らせていただいた私としては非常に気になることがあるのだ。というのも…。

 

―――――なんで生徒の血液型が全員AB型なんだろうか?―――――

 

 そう、周り人の血液型がAB型であることを不審に思い、全校生徒の名簿を先生から見せてもらったところ、全員がAB型なのである。AB型というのは日本人の中でも割合が低いはずなのだが、この学園で調べた限りにおいては、AB型100%である。一体何がどうしてこのような事態になっているのか。まさか何か意図でもあるのか。思わず邪推してしまうほどに、この学校は異常だった。

 

 異常と言えば、この学校のクラスを一つ説明し忘れていた。十三組、このクラスに関しては、謎が多いという言葉では足りないだろう。何せ、学校側から登校免除を言い渡されており、十三組の生徒で学校に来ているのはほんの僅かなのである。この学校の異常性が際立つ一因となっている。

 

 そんな箱庭学園だが、ついこの間生徒会の会長選があった。その一件で、私のこの学校に対する異常性の認識は一際目立ってきたと言っていいだろう。その子は、他の候補者に大差をつけ、というか、ほぼ票を独り占めして、支持率98%という異常な数字で生徒会に当選したのである。その子は未だ一年生であるにも関わらず、だ。別に一年生が生徒会長に当選した程度では驚かないが、支持率の高さとも相まって、私はあの子のことを異常(アブノーマル)な人間だと思ってしまった。そして、あの子の所属組は十三組、あのクラスに対しての私の疑問は、あの子の登場で一気に氷解した。

 

 つまるところ、十三組の人間は……異常なのだ。

 

 

 

 

 

―――――一年一組 教室内―――――

 

「―――ねぇ、聞いた?新しい生徒会長の噂―――」

 

「私達と同じ入学したての一年のくせに」

 

「態度がエルな奴だっていうあれか――?」

 

「ひくほど美人だけどさ、行動の破天荒ぶりで絶対損してるよな――」

 

「あの傍若無人さに先生も手を出せないとか―――」

 

 クラス内の喧騒に耳を傾けつつ、やはり彼女の話題でもちきりなのか、と少し辟易とした感情に包まれる。既に生徒会の就任演説からは少し時間が経過しているにも関わらず、ここ数日は喧騒に耳を傾ければ彼女の話題が聞こえてくる有様だった。

 

「…ありゃあ、人の前に立つことに慣れてんじゃねえよ。人の上に立つことに慣れてるんだ!」

 

「あー、そりゃそうだね。そーでなきゃ、一年で生徒会長になんてなれっこないか」

 

 まるで生徒会長のことを熟知しているかのような発言が、私の席のすぐ後ろから聞こえてくる。後ろの席に座っているのは…。

 

「人吉君か。それに不知火さんも」

 

「ん?どうかした?」

 

「いや、まるで生徒会長のことを熟知しているかのような発言だったからね。少し気になって」

 

 私がそういうと、人吉君はバツが悪そうに目をそらしつつ、アイツとは幼馴染だ、と言ってきた。なるほどね、確かに幼いころから見ているのであれば、分析ができるのも納得だ。…彼女と、幼いころからの付き合いねえ…。

 

「よく耐えられたものだね。かんしんするよ」

 

「おかげでいつも振り回されっぱなしだ!いいか不知火、俺は絶対に!生徒会には入らねえ!」

 

 そう言っている人吉君の後ろで、噂の彼女は人吉君のポーズを真似しているわけなのだけれども。まあ、不知火さんは気付いているのかな。ものすごい良い笑顔だ。

 

「―――まあ、そうつれないことを言うものではないぞ、善吉よ」

 

 噂の種になっている、この箱庭学園生徒会長様であるところの、黒神めだかさんである。彼女は有無を言わさずに、人吉君をどこかへ引きずっていった。

 

 

 

 

「あれ、人吉は?」

 

「や、日向君。人吉はね、さっき怖ーい生徒会長さんに連れてかれちゃったかな?」

 

「ご丁寧に頭を掴まれて引きずられていったよ」

 

「…そーいやなんか選挙活動も手伝ってたね…。人吉と新会長の関係って一体どういう関係なのかね?」

 

「人吉君曰く、幼馴染だってさ」

 

「だけどあたしに言わせりゃ、ただの腐れ縁なんですけどね♪」

 

 そういう不知火さんは、これから起こるであろう騒動に目を輝かせつつ笑顔を浮かべていた。日向君は何か思案しているようで、そこで会話は終了となった。まあ、あんなことを言っていた人吉君だけれど、彼女の押しに負けて生徒会に所属するのは間違いないだろうなと思いつつ、私は下校準備を始める。周りの生徒ももう下校支度を済ませて、それぞれ部活や帰宅の途へ着こうとしていて、既に教室内は人影も疎らになっている。今は部活動もお試し期間であるため、興味のある部活へ仮入部をしているのか、校門前にはまだそれほど生徒もいないようだった。かくいう私も、今日は部活に本格入部をするため、第二音楽室へ向かう予定である。この学園、専門の音楽高校にも劣らないほど優秀なオーケストラ部を持っており、それと隣接する形で、ピアノ同好会というものがあるのだ。とはいうものの、演奏をしたいわけではない。私がやりたい事は、幼いころより父から学んだことを実践したいだけ。ピアノ同好会という名前は残っているものの、去年の三年生が卒業したことで、実質廃部しているも同然であるらしく、これから部員が入ることがほぼないであろう。顧問もオーケストラ部との掛け持ちで、こちらには全く顔を出さないのだとか。そんな好条件が整っている部活に、私は真っ先に飛びついたわけだ。まあ、演奏がしたいわけではないとはいったものの、部活動の本分が演奏にある以上、ある程度の演奏はするつもりだが。そんなことを考えつつ、私は第二音楽室へと向かった。

 

 

 

 

 

―――――第二音楽室―――――

 ポーン、ポーンと教室内に音が響く。若干狂った音が出ているため、人によって不快と感じることもあるだろう。第二音楽室は使用頻度もそれほど高くないため、業者が入ることも少ないようだ。

 

 私が父から教えられ、卒業後は一生の仕事としてやっていくだろうこと、調律。既に学園から許可は貰っているため、このピアノは私が三年かけて調整をしていく。学園内の他のピアノについても、調律が必要なときには私がやることを条件にされたけれど。業者に頼むよりは確かに安く上がるのは間違いないだろう。何せ、無償なのだから。既に父から工具は一通り貰っているためにできない作業はない。弦はまあ、父の工房から貰い受ける形になるだろうか。

 

 これから三年付き合っていくピアノに、私は挨拶代わりにと音出しをし続けた。やがて下校時刻も近くなる。本格的な部活動は明日からだな、と思いつつ、私は音楽室をあとにした。

 

 

 

 

 

―――――帰り道―――――

 

「おやおや、奇遇だね!」

 

「ああ、不知火さんか。こりゃ奇遇」

 

「ねえねえ、もしよかったらさ、近くの喫茶店にでも行かない?オイシイお店知ってるんだけど」

 

「構わないよ。可愛らしい女子に誘われるのなら断る筈はない」

 

「……その辺、直した方がいいかもねー」

 

「?」

 

「ま、それじゃ早速ゴーなのだ!」

 

――――というような経過で、現在私は不知火さんと喫茶店に来ている。というか。

 

「よくそんなに食べられるね。私は見ただけで胸やけをしそうだ」

 

「んー?これくらいは入るよ。燃費めっちゃ悪いし、アタシの体」

 

 チャレンジメニューというものを知っているだろうか?制限時間内におよそ常人には独りで食べるのが難しそうな量の料理を食べきったら賞金がもらえたり、食事が無料になったりするのだが、不知火さんは今、喫茶店自慢の特大マウンテンパフェを凄い勢いで食べている。このメニュー、制限時間は30分であるらしいのだが、まだ10分たっていないにもかかわらず、既に残すところ普通のパフェ一人分程になっていた。あ、今食べきったからクリアかな。

 

「く…、クリアです…!」

 

「意外と量は多くなかったかな?今まで一人も食べきったことないって言ってたし期待したんだけど」

 

「いや、どういう胃袋してるんだ、君は。正直甘い物好きな人でもアレを10分そこらで食べきることなんてほぼ不可能だと思っていたんだが」

 

「えー?燃費悪いし?」

 

「それですまされる問題なのかは分からないけど…まあいいや。で、なんで私を誘ったのかな?私は君と特別親しいわけでもなかった筈だが?」

 

「そりゃー親睦を深めるため…ってわけでもなくて、びっくりしたからかな?」

 

「びっくり?むしろ私は今の光景にびっくりしているわけだけれど」

 

「いやいや、そうじゃなくてね」

 

 そういうと彼女は、少し間をおいて私に言い放ってきた。

 

「……なんで、()()()()がこの学園に入ってるのかってこと」

 

 …どうやらこの学校においてAB型以外の人間が入ることは異常であるらしい。それが気になっていたということか。まあ、気持ちは分からなくもないが、むしろ学校という限られた場とはいえ、数百人以上が集まる学校のメンバーほぼ全員がAB型ということの方が異常だとは思わないのか?

 

「私に聞かれてもね。大体、私の方が気になっていたんだよ。なんでこの学園にはAB型の人間しかいないのかって」

 

「……にはは、それもそうだよね。ごめんごめん。それが普通の反応だよね」

 

「ま、違和感を禁じ得ないのは仕方ないと思う」

 

「そっか。改めて自己紹介するよ♪アタシは不知火半袖。君と同じ一年一組さ」

 

「そうだね。人間関係において、自己紹介は大切だ。私は海路口(うじぐち) 四方寄(よもぎ)。一年一組、B型だよ」

 

――――どうやら、この学校においては私が存在する事こそ異常であるらしい。




はじめまして、既にこの作品を知っている方はお久しぶりでございます。

以前にじファンにて投稿活動をしておりましたEINSこと、のろしでございます。

一時期こういった活動からは離れていたものの、久々に拙作の続きを書きたくなり、こちらにて

投稿させていただく次第でございます。

しばらくの間は今まで投稿していた分の補筆・修正分になるかと思いますが、よろしくお願いいたします。


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異常者との対峙。普通に対処

―――――箱庭学園には様々な部活があり、様々な施設がある。
                  そして様々ないざこざがあるのだ――――


 自己紹介が終わっても、不知火さんが私への興味をなくすことはなかった。まあ、

そもそも自己紹介が終わっただけで興味をなくすはずもないのだが。そんな益体も

ないことを考えていると、彼女は私に声をかけた理由を説明してくれた。

 

「いやね、アタシのおじいちゃんがこの学園の理事長なんだけどさ、おじいちゃんから

 選考のときはAB型の人間以外をとらないようにしている、って聞いてたの。で、

 海路口はB型でしょ?一体どうしてなのかなっておもってさ♪」

 

 学園長のお孫さんだったのか。まあ、実際そう聞かされているのなら、私の血液型を

知って疑問に思うのも無理はないのだろう。

 

「どうしてって言われてもね。私が聞きたいくらいだよ。それこそ選考ミスでも

 したんじゃないの?くらいしか言えないね」

 

「…そりゃそうか~。いやいや、ごめんね?変なこと聞いちゃってさ」

 

「いや、構わない。気になるのは私も同じだからね。今の言葉でようやく得心がいったよ。

 学校の方針だったら当たり前か」

 

「あ、できればこれ、周囲には言わないでね?やっぱマスコミとか煩いみたいで」

 

「勿論だよ。態々自分の所属する学校を貶めるようなこと、馬鹿でもあるまいし

 するわけがない」

 

 それなら良かった、と不知火さんは笑い、店員さんに追加注文を……まだ食べる気か?

恐ろしい胃袋の持ち主である。私は先ほど運ばれてきたコーヒーとトーストのセットを

食べつつ、目の前の小さな健啖家に少し戦慄を覚えた。

 

 

 

 

 

 

―――――箱庭学園廊下―――――

 

「…一体どうしたのさ、人吉君。自分が間違ってるかのような疑念に駆られていた

 ところを暴漢に後ろから殴られたみたいな感じで血を流して倒れているが」

 

「そのものズバリその通りだよ!」

 

 前日、不知火さんとデート(不知火さん曰く)していた頃、どうやら人吉君は

黒神生徒会長と一緒に剣道場に屯していた不良軍団を更生させていたらしいのだが、

翌日(つまり今日)になってそのことが早速生徒会長の武勇伝として噂になってた。

今日も生徒会長から呼び出されて剣道場に行ったはずなのだけれど、それがどうして

こんなところで倒れているのか、と声をかけてみたのだが、どうやら適当な戯言が

当たっていたらしい。意識の混濁や末端のしびれがないことを確認して、応急手当を施す。

その間に、ある程度の事情を聞いてしまった。というか、勝手に語ってくれた。

 

「―――というわけさ。っと、こうしちゃいられねえ。ありがとな、海路口!」

 

「勝手に話すだけ話しておさらばとかいい身分だね。行ってらっしゃい」

 

 軽い皮肉で答えると、人吉君は少しバツが悪そうな顔をして走っていった。廊下は

走っちゃダメだぞ~、などと声をかけると途端に競歩に変わったけれど。その辺少し

変わってる彼である。…にしても、聴けば聴くほど生徒会長の異常性というのが顕わに

なってくるな。そしてそれに一々付き合ってる人吉君って、文字どおりにお人好しだと

思うのだが。

 

「そのあたりどう思うよ、不知火さん」

 

「にははは♪いきなりどう思うなんて言われてもわっかんないよ、海路口♪」

 

「そこは何故か地の文であるにも拘らずに肯定してくれるところだろう?」

 

「まあ、そうかな。実際お人よしだと思うよ、人吉は」

 

 やっぱり分かってたんじゃないか、という突っ込みは、常識人であるところの

私がするには荷が重いので割愛した。にしても、やはり彼はお人好しで間違いないのか。

人吉君の親友と思われる不知火さんが同意してくれたこともあり、確信が持てる。

 

「にしてもさ、処置受けた途端に走り出すってちょっとマゾいんじゃないのかな?」

 

「そう思うのならあとで保健室にでも連れて行ってあげてくれ。私はそろそろ帰るのでね。

 では不知火さん、ごきげんよう」

 

「じゃ~ね~」

 

 

 不知火さんと別れ、音楽室に寄ろうにもこの状況(人吉君への処置で血がべったり)

であるため、今日は大人しく下校することにした。したのだが……。

 

「今度は日向君か。ボロボロだが、誰かと喧嘩でもしたのかな?」

 

「…ッ!ああ、海路口か。いや、ちょっと転んじゃって…」

 

「因みにさっきまでの悪態は全部聞いているわけだが。人吉君と喧嘩かい?全く、

 若いから有り余る欲求不満をぶつけ合うのは良いんだけれど、ちょっとは治療する

 人間の身にもなって欲しいね。私は怪我をしている人間を見ると、どうしても治療

 したくて仕方がなくなる」

 

 私はそう言い放ち、話しの途中で飛びかかってこようとした日向君を抑え、治療に

かかった。とはいうものの、顔面では流石に消毒以上のことはできないので、早急に

済ませ、早々に保健室へいくように指示する。

 

「な…!なんで俺を止められるんだよ!剣道三倍段って知らねえのか!」

 

「いや、剣道三倍段ってさ、竹刀や木刀持ってて初めて通用するもんだろ?それに、

 怪我してる人を止めるくらい、その辺の人なら結構当たり前にできるんじゃない?」

 

 というか、顔面、つまりは頭部に怪我をしておいて、無理に動こうとすることが私には

異常に思えるのだが、などと返答すると、日向君は唖然とした表情で此方を見つめてきた。

いや、早く保健室へ行けって。

 

「チクショウ!人吉善吉の野郎、絶対にこのままじゃおかねえ!いつか俺の手でギッタン

 ギッタンに…」

 

 何故か私の発言をスルーした上に、人吉君へリベンジの宣誓をしている日向君。が、

その後ろで何故か日向君の誓いのポーズを真似ている黒神生徒会長をみて、私は少し

呆れてしまう。その表情を訝しんで、後ろを向く日向君。生徒会長が全く同じポーズを

していることに驚愕する日向君。何やら不穏な応酬の後、先ほど治療した甲斐が全く

なくなるような目に遭わされそうな雰囲気が纏われたところで、私は二人の間に割って入った。

 

「あー、お二方?盛り上がっているところ非常に申し訳ないのだが、一寸待ってくれ。

 まずは日向君、生徒会長が言った言葉がすべて正しいわけではないだろうけれど、実際

 不良なんて後々面倒臭いことがオンパレードなんだ。どうせだからここらで更生すると

 言うのは私からもお奨めするよ」

 

「あ、あぁ…」

 

「それから生徒会長。彼を扱くことで矯正…基、更生を試みるのは別に構わないが、

 今日は勘弁してあげてくれないか?先ほどどうやら君の付き人である人吉君に痛め

 つけられたようでね。怪我をしているときに無理に動かすと、打ち込みたい事にも

 打ち込めなくなるから、今から始めるというのは賛同できない」

 

「ぬ…確かに貴様の言うとおりだな、海路口一年生。では日向、明日から扱いてやる、

 覚悟して待っておけ」

 

 この際頭部の怪我は一日二日で治るものじゃないという突っ込みはしないでおこう。

生徒会長の言葉に絶望感が増したのか、日向君は完全に真っ白になっていた。いや、

比喩的表現でなく真っ白というのは私も始めてみたのだけれど。

 

「それにしても海路口一年生、貴様は何故治療術を心得ておるのだ?特に保健委員会に

 所属しているわけでもなかろうに」

 

「えっと、もしよければ貴様という呼び方はやめてくれないかな?文法上も口語法上も

 間違った表現ではないけれど、正直呼ばれて良い気がしない。あと、治療術なんて

 高尚なものでもないよ。ただの応急処置だ。幼いころから一通りのことは学んでてね」

 

「ふむ、それはすまないな。しかし、これは口癖のようなもので、中々直せるもの

 でもない、不快だというのは分かるのだが、ここは我慢してはくれないだろうか?」

 

「…まあ、それなら仕方がないのかな?けれど、正直不快なのは隠せないから、互いに

 不快感をもたらさないように、私とは距離を置いておくことをお勧めするよ」

 

 そういうと黒神生徒会長は少しさみしそうな顔をしながら、日向君を私に任せ、生徒会室の

ある教室棟へ戻っていった。ああ、やはり不快な思いをさせてしまったかも知れない。

申し訳ないことをしたな、と思いつつ、日向君の手をとる。そのまま肩へ手をやり、

保健室へ連れて行った。

 

 

 

 

 

――――――箱庭学園一年一組――――――

 

「ってことは海路口、お嬢様に啖呵切ったの?」

 

「啖呵って…。ただ単に貴様呼ばわりが好きじゃないだけだよ。それを伝えたって

 いうだけの話だろう?それがどうして啖呵を切ったってなるのさ」

 

「だって、普通はお嬢様目の前にしてそんなこと堂々と言えるわけないじゃない。

 啖呵って言われても仕方ないよ」

 

 不知火さんの言葉に、私はそうなのか…?と疑問を浮かべつつ答える。

 

「だけどね、普通『貴様』と呼ばれて不快な思いをするのはある種当然と言えないか?

 言葉自体の意味は分かっていても用法が今一つネガティブだし」

 

「それはそうだけどさ、あのお嬢様に言ったっていうことがおかしいの。人吉の言葉を

 借りれば、それこそ『人の上に立つことに慣れてる』奴だよ?それに違和感を覚える

 事自体が、いわば『異常』なのさ」

 

 そういうものなのだろうか。だが、人としての礼儀というものは、その人間の優秀さに

関わらず適用されるべきものだとおもう。『先輩だからって敬意を払えない人間には敬語を

使わない』というような人もいるが、それはそれ、これはこれだとおもうのだ。それこそ、

敬語も使えないような人間に、偉そうに高説を述べられたくない。

 

「まあ、不知火さんが言わんとすることも分かるよ。ああ言った言葉遣いに違和感を覚えない

 ような風格がある人っていうのもいるっていうことは、私も理解できる。だけどね、

 彼女がそれに値するとは、私はどうしても思えないんだ」

 

 私が彼女に対してそういう感情を抱くのは、恐らく彼女に偏見を持っているが故だと思う。

どうにも周囲の人の彼女への認識は、完璧超人、或いはそれに準ずるものだ。だが、実際に

対峙した私としては、彼女は『欠落者』である。

 

「とにかく、私はあの呼び方は嫌いだし、あの二人称も不快なんだ。まあ、それこそ彼女と

 今後つながりができるとは思わないから、別に良いのだけれどね」

 

「…ふーん。けどさ、海路口。それはちょっと甘いんじゃないかな?」

 

「はい?どういうことさ」

 

「こういうことだな」

 

 後ろからの声には聞き覚えがある。人吉君が幼馴染と言い、不知火さんがお嬢様と嘯く、

我らが生徒会長様である。

 

「…さて、どんな用かな、黒神生徒会長」

 

「うむ、私の二人称をおかしいといったのは、貴様が初めてだったのでな。興味が湧いた、

 と言えばいいだろうか。善吉は既に入ってくれるそうなのだが…」

 

 嫌な予感しかしない。逃げ出そうにも扉側には黒神生徒会長が陣取っている。

 

「海路口一年生!貴様、生徒会に入れ」

 

「お断りだ」

 

 速攻で断った。即断で断った。即決で断った。いっそ清々しいほどにきっぱりと。

だが、そんな些末事、彼女にはどうでもいいらしい。

 

「勿論同好会との掛け持ちをしてもらって構わんし、正規の役職に入ってもらうというわけ

 でもない。庶務と同等の扱いにはなるが、客員的な位置にポストを用意させてもらった。

 早速なのだが、今日の放課後からよろしく頼む」

 

「厭だと言っている。というか黒神生徒会長、人の話は聞け。人吉君、これはどうにか

 ならないのか?」

 

「…どうにかしてやりたいとは思うんだがな、なにしろめだかちゃんは人の話を

 聞かないもんで」

 

 それは生徒会長としてどうなのか。

 

「なあ、めだかちゃん?海路口も嫌がってるわけだし、そんなに無理強いをすることも

 ないんじゃないのか?」

 

「いや、だがな善吉よ。私が納得しかけるような理路整然とした意見を言ってきた。

 これは中々できるものではないぞ?生徒会の一員として、ふさわしいとは思わんか?」

 

「いや、確かにその話は俺も驚いたけどよ…」

 

 人吉君、そこで納得しないでくれ。私は普通に普通なことを普通の対応として話した

だけなんだ。正直私は長時間彼女と一緒の空間にいる事に耐えられないと思う。

 

「…まあまあ、海路口も諦めた方がいいよ?このお嬢様、かなりの頑固者だからね。

 絶対自分が言いだしたことは曲げないし、意見も聞かない。それこそ犬にでも噛まれた

 …いや、サメにでも喰われたと思って諦めな?」

 

「最高に不穏なセリフを有難う。だが、本人が納得していないのに、ましてや、彼女に

 投票したわけでもない私が、正規ではないとはいえ生徒会に入るなど、あっていいこと

 でもないだろう?そもそも、生徒会役員なんて、せいぜいが内申書に水増しされる程度の

 ことだ。進学先がもう決まってる私にはメリットなんてない」

 

「…ならば、ゲームをして決めようじゃないか」

 

「は、ゲーム?」

 

 発言の意図が分からないために聞き返すと、彼女は何故かルール説明を始めた。

 

「なに、ただのコイントスだ。ここにある百円硬貨の、表が出るか裏が出るかを賭け、勝敗を

 決める。私は絶対にイカサマをしないし、疑うならばコインを貴様が持っている物に変えて、

 トスを第三者に任せても良い」

 

「いや、ゲームの内容に疑問を呈したわけではなく、何故そんなメリットのないゲームを

 しなければならないんだ、という意味で聞き返したんだが。いいか、黒神生徒会長。

 貴女がどれだけ熱心に私を誘っているのかは推察しかできないが、私は嫌だと言ってるんだ。

 何故引き下がらない」

 

「それだけ貴様が欲しい、という理由ではいけないか?」

 

 男前だった。男前だったっ…!

 

「…で、そのコイントスで私が勝てば諦めてくれるのか?」

 

「勿論。厳正なる勝負の結果だ。従うに決まっているだろう」

 

「…分かったよ。乗ろう。それで貴女の気が済むのなら。私は裏だと宣言する」

 

「では、私は表だ。コインは変えなくていいのか?」

 

「貴女はイカサマをしないといった。それなのに疑うのはフェアじゃない」

 

 そういうと、彼女は満足そうに頷き、ならば此方からも勝負に乗ってくれた礼として

善吉にコイントスをさせよう、とコインを人吉君に渡した。人吉君はしばし私達を交互に

みながら、やがて思い切りコインを弾いた。空中でコインがくるくると回り、やがて地に

落ちる。しばらくコインは地面を跳ね、やがてその動きも止まった。

 



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普通に考えてその推理力は異常だと思う。

―――部活動。それは学生が青春の汗と涙を流し、自らの技能をたかめんとする学校内活動――――


 さて、生徒会室の内装について説明しておこうと思う。職員用の会議室として使われても

問題ない程度の広さを誇る割に、置かれている机は生徒会長用の他、庶務、書記、会計、

副会長用のたった五脚。傍から見れば無駄な空間に思える可能性は否めないが、この学園の

規模を考えると、これでもギリギリの大きさであることは間違いない。なにしろ一日に届く

学園側からの資料、書類は数千枚を優に超え、部活動や学外活動を含む生徒からの

意見陳述・要望書を含めれば、やがて一万に届くほど大量の書類が運ばれてくる。その書類を

全て生徒会で処理するわけではなく、一番最初にやるのは『選別』、その書類がどこへ行けば

迅速に対応、処理されるかを確認し、各所へ再配分するのだ。主に再配分されるのは部活動の

要望書や学園運営に関わる書類である。本当ならばもっと再配分される書類が出るのだが、

そこは現生徒会長である黒神めだかの優秀さ…いや、異常性も手伝い、生徒会で処理される

ことが多い。

 

 なぜこんな説明をしているのかといえば、私が生徒会の手伝いになった為である。前回の

コイントスの結果なのだが、()()()()()()不本意な結果が

出たのだ。つまりどういうことかというと…。

 

『………私は表と宣言し、貴様は裏と宣言したな?』

 

『間違いなくそういったね。まあ、今となってはそんな確認は意味を為さないわけだけれども』

 

『この結果は全く想像していなかったぞ。やはり貴様は面白い!』

 

 コインが見せたのは、裏でも表でもなく、()()()立つ様だった。全く想像していない

結果、とは言っているが、その表情に驚きはない。彼女はまるでこの結果を知っていた

かのようにふるまった。所謂引き分け、仕切り直しはしない、という双方の結論により、両者の

希望は半分ずつかなえられることになった。

 

 つまるところ、私は生徒会に所属しないものの、手伝いとして週に数日生徒会室に赴き、

執行部の仕事を行うという、傍から見ればとても歪な関係を築くことに相成ったわけである。

 

「そして、今日が初めて生徒会室に入る日だと、そういうわけなのだが」

 

「うむ、今日からよろしく頼むぞ、海路口同級生」

 

「その呼び方はやめてくれと言っているだろう。というか生徒会に所属しているわけでもない

 のに、なんだって生徒会執行部の制服を支給されるんだ?」

 

「外部からは貴様も立派に生徒会執行部の一員として見られるのでな、そこはけじめを

 きっちりとつけなければならん。まあ、貴様には白よりも黒が似合うしかまわんだろう?」

 

「…そうやって外堀を埋めるつもりだったのか?」

 

「いや、私もこのことは予想外だった。何せ先生方から貴様の制服について苦言を呈されたのだ。

 さしもの私も驚いたぞ」

 

「そうか、貴女の本意でないのであれば、特に文句も言うことはないな。まあ、他の執行部

 役員が揃うまでの代理として頑張らせてもらおう…ところで」

 

「うん?」

 

「そこで鏡を見て微妙な表情を醸し出している人吉君に対して、貴方は何か思うところは

 ないのかな?」

 

 私は非常にうざったく見えるのだが、というと、人吉君は更に顔を歪めつつ、黒が似合わ

ねえんだよ、と言ってきた。そんなこともないとは思うのだが、と私が返答をしようとした

ところ、先に会長様がとんでもない提案をした。曰く、『見てくれが気になるのであれば

内側にジャージでも着ろ』と。そんなアホの様な提案、誰が乗るのだ…と思っていたら、

唯々諾々と従う人吉君。そしてデビルかっけぇ、と叫ぶ人吉君。…私の中で、人吉君は

ファッションセンス皆無だと認定された瞬間である。

 

「目安箱に早速投書があった。明日から目安箱の管理は善吉、貴様の仕事だ。本生徒会の

 最優先事項なのだから、決して手を抜くでないぞ?…ふむ、どうやら今回は、ちゃんと

 記名が為されているようだな」

 

 

 

 

 

 

 さて、本来の業務には目もくれずに、会長様は早速投書主を呼び出し、事情を聴いている。

投書主は陸上部の短距離専門、二年九組の有明先輩だった。大凡の事情はこうだ。

 

―――日ごろの練習の成果から、二年生では珍しく今度の大会の代表に選出された彼女。しかし、

ほぼすべての部活動において伝統校である我が箱庭学園は、レギュラー争いも伝統的に激しく、

選出された途端の無視など当たり前、いわば通過儀礼のような物であるらしい。だが、それに

しても今回は酷いものだった。三日前、陸上部の更衣室で着替えをしようと有明先輩が

ロッカーを開けると、ズタズタに切り裂かれたスパイクと怪文書があったというのだ。

このような状況で練習などできないし、周囲の部活動生が信じられず、不安で夜も眠れない、

前回の剣道場の一件を聞き、藁にも縋る想いで生徒会に相談してきたのだとか。

 

「…なるほど、事情は分かった。安心しろ有明二年生、眠れぬ夜は今夜で終わりだ。

 …この黒神めだかが、今日中に犯人を突き止めてやる!!」

 

 この生徒会長、どうやら大言壮語という四字熟語を知らないらしい。流石に全校生徒から

絞り込む必要はないとはいえ、それでも陸上部の女子は結構な数である。その中から犯人を

突き止めるのは中々に苦労するはずだし、今日中にこの事件を終わらせるなど常人には

不可能だ…。と思ったところで、ああ、この人は常人ではなかったな、と思いなおす。

そんな会話を聞きつつ、私は放置された書類の再配分作業に精を出していた。…と、この

書類は職員室へ差し戻しだな。これは直接顧問の先生行き…。

 

「陸上部の部員が多い?その程度で音を上げるなど、生徒会庶務として情けないとはおもわん

 のか?海路口同級生、貴様はどう思う?」

 

 私に振らないでほしいと思う。

 

「…という冗談は置いておいたとして、会長様のように人並み外れた能力を持っていない私

 からしてみれば、今日中というのは難しいと思うな。まあ、少しなら絞り込みもできるが」

 

「なに?海路口、たったこれだけで推理が出来るっていうのかよ?」

 

「人吉君、むしろこれだけあればある程度の絞り込みはできるんだよ。まあ、流石に一日で

 どうにかできるものではないけれど…」

 

「聞かせてもらおうか、海路口同級生。貴様の推理でどの程度絞り込める?」

 

「だからその呼び方はやめてくれと…まず最初に、同じ陸上部の人間であるのは間違いない。

 この時点で全校生徒から陸上部の生徒に絞り込めるというのは、人吉君も言っていたね」

 

「当然だろ。なんの関係もない人間がやるにしちゃあ、手が込んでる」

 

「更に女子であることは分かる。競技は男女別だから、男子がこんなことをすることはない。

 相手が違うからね」

 

「おう、そこまでは俺も分かってるぜ?」

 

「更に短距離走選手、特に有明先輩が選ばれた競技の選手である可能性は高い。そこで恐らくは

 かなり絞り込めるはずだ。女子で陸上部所属、短距離が専門で有明先輩と同じ競技を得意と

 する生徒なら、そこまで多くもない。更に、たとえ同じ陸上部であったとしても一年生は

 対象にならないね。これは入部してからまだまだ日が浅く、部活の雰囲気に慣れていない

 ことに加え、先輩が代表入りすることに不満を覚える下級生がいる可能性は低いから。

 なので、犯人は二年生以上、特に三年生の可能性は高いといったところかな?」

 

「中々の推理だな。更に細くして、『陸上歴はそれなりに長く』、『左利き』で『有明二年生と

 同種のスパイクを愛用』、『文車新聞の購読者』で、恐らくは『23地区に住んでいる』

 誰か、だ」

 

 陸上歴が長いというのはなんとなく理解できるが、残りは一体どうして分かるのかが

分からない。というか、その推理力は気持ち悪いと称されても仕方ないとおもう。

 

「い…、いやいや、めだかちゃん。なんでそこまで推理できるんだよ?」

 

「まず、このスパイクは鋏で切り裂かれている。靴を鋏で切るというのは中々に重労働なのだが、

 的確に縫い目に沿って切られている。運動に使われる靴は縫い目から傷むことが多いのだが、

 それを理解できるのはそれを熟知できるほど長い期間競技に触れていないと分からん。それに、

 メーカーによって縫い目や縫製も違うからな。同種のスパイクというのはそこが理由だ。

 利き手は切り口を見ればすぐに分かる」

 

「…新聞云々ってのは?大方その切り抜きから推理したんだろうけど、こんなパーツだけで

 なにが解るっていうんだ?」

 

「時間をかければ私達でも分かることだよ、人吉君」

 

「なんだって?海路口は推測が出来るっていうのかよ?」

 

「時間と人を使えば、だけどね。新聞は裏面にも文字が書かれている。切り抜きの裏面に書いて

 ある文字を、実際の新聞と照合すれば、どこの新聞で何版なのかは分かるだろうね。ただ、

 それをするには膨大な人員と、多大な時間が必要だ。それをするくらいなら、私は一人ひとり

 を調べ上げる事に時間を使うよ」

 

「版というのはな、新聞は刷られた時間によって文面が違うことがあるのだ。記事の差し替え

 という奴だな。この文面は14版、配られているブロックは23地区のみ。更に言うなら

 ここ一週間ほどの記事がランダムに使用されている。定期購読をしていなければ、このような

 ことはできん」

 

 うん、人吉君。君のその表情が意味するところは非常によくわかる。分かるから、ぜひとも

その表情はやめてほしい。気持ち悪くて仕方がない。

 

「私は怒っているぞ、善吉!目安箱への投書に基づき、生徒会を執行する!!」

 

 行ってらっしゃい。私はこの書類の整理で忙しいから。あと、振動だけで紅茶を再沸騰させる

とか、貴女もう人間じゃないだろう?

 

「さあ、行くぞ善吉、海路口同級生!」

 

「…私はここの書類整理が仕事だからね。二人で行ってきてくれ」

 

「そうはいくか。目安箱からの問題解決は本生徒会の最優先事項!貴様も一緒に来るのだ!」

 

 会長様はそう言って私の襟首を掴み、そのまま走り出した。首、首が締まる!そもそも新聞

購読云々など、どうやって調べるというのか。私は色々と不安を感じつつ、意識を留める事に

集中した。

 

 

 

 

 

「陸上部所属、三年九組の諫早先輩。有明先輩と同じ短距離専門のアスリートで、利き腕は左。

 同じスパイク履いているのはみてのとーり♪」

 

「ふうん、この人以外に同じ条件の人はいなかったの?」

 

「二人いたけどね。家が23地区で文車新聞を購読しているのは彼女だけだったんだ」

 

 やはり直に捜査できるものではないということが判明し、一旦は地道な事情聴取をしようか、

という話しになりかけたのだが、偶々通りかかった不知火さんが情報を提供してくれた。正直

出来過ぎな気はするものの、直に案件が終われば私も仕事を再開できるため文句は言わない。

 

「…いつも思うんだが不知火、お前、一体どうやってそんな情報調べてるんだ?」

 

「あひゃひゃ、人吉が正義側の人間で居たいならそれは聞かない方がいいね♪因みにあの

 諫早先輩、有明先輩が代表入りしたためレギュラー落ちしてます♪」

 

 その言葉に、人吉君はどうやら彼女が犯人であると確信したらしい。まあ、確かに状況証拠

から彼女であることは間違いないように思えるが、それでもお前が有明先輩のスパイクを

切り裂いたんだろう、と問い詰めるにはいささか無理があるかもしれないな。

 

「しかしな善吉よ、殆どという言葉の意味は絶対ではないのだ。状況証拠だけで悪人と

 決めつけるのはよくないな」

 

 悪人と決めつける云々は置いておいて、確かに絶対というわけではない。だが、可能性が

高いということは否めないのだから、どうにかして物的証拠がとれればいいのだが。

 

「警察でもねーのに、物的証拠なんか集めようがねえだろ。上から目線性善説も良いけどさ、

 俺ら警察じゃないんだから、んなこと言ったらこれ以上どうしようもねえぞ?まさか本人に

 聞くわけにもいかねえし…」

 

「人吉君、それを言った時点で君の負けだ。会長様は既に諫早先輩の後ろに立っている」

 

 …鬼ごっこが始まったようだ。どうやら会長様の意識はあちらへ向かっているようだし、

生徒会室で書類の選別をしていても問題ないだろう。会長様に気付かれる前に帰るが吉だな。

…どうせだからこの際言っておくか。

 

「人吉君、制服の下にジャージって、正直カッコいいとは思えないよ」

 

「今言うことか!?不知火も笑い転げてんじゃねえよ!」

 

 

 ことの顛末。やはり諫早先輩が犯人であったらしいが、会長様は本人のやってない発言を

信じたらしく、犯人不明のまま案件は終了。しかし、諫早先輩はどうやら会長様の『信じる』

発言ならびに自身の頑張りを褒められたことにより、それ以降嫌がらせをすることはなく、

新しいスパイクを自費で購入して匿名ながら謝罪したということらしい。なお、その際になにを

トチ狂ったのかスニーカーを盗んでしまい、またも相談が人吉君に寄せられたらしいのだが、

どちらにしろ謝ってくれて、しかもスパイクまで弁償してくれたということもあり不安は取り

除かれたらしい。こうして目安箱に入れられた二つ目の(生徒会にとっては三つ目の)案件は

無事達成という結果に終わった。

 

「ぬぅ、今度はスニーカーを盗むとは…そしてこの挑発的なメッセージ、益々以て許し難い…!」

 

 まあ、犯人不明(会長様にとって)である以上、まだ事件が続いていると考えるのも

分からなくは…うん、分からない。人吉君には悪いのだが、やはり疑うことを知らないのでは

ないか?会長様がことの真相に気付くまで、それなりの時間を要したとだけ言っておこう。

 

 

 

 今日も生徒会室には大量の書類が来ており、それの再配分と整理に追われている。私の性格

としてあげられる欠点があるのだが、それは『手を抜けない』ことだ。例えば料理。汁物を作る

際に簡易出汁を使うことができず、結果その料理に合う出汁をその場で毎回作ることになる。

例えば知識。一回少しでも手を出した分野は自分が納得できるレベルまで極めてしまわなければ

気が済まない。そして、それはどうやら生徒会の手伝いにも適用されるようだった。

 

「ぬ?今日も来ているのか。約束した日数以上来られると、此方としても申し訳ないと思って

 しまうのだが」

 

「此方としても決められた日数以上来るつもりはなかったのだが。まさかここまで仕事量がある

 とは思わなくてね、自分の性格を恨んでいるところだよ」

 

 結果、全ての部活が終わるまで再配分をして、その後自身の部活動、終了後に帰宅という、

周囲から少し休めと言われるようなハードワークに勤しむ私の姿がよく見られるようになった

という、それだけのはなし。



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異常にほえる犬も、普通に生きているのだよ

 親愛なる読者諸君に質問をしてみようと思う。身近に存在している生物で、諸君がもっとも

恐ろしいと感じるのは一体何であろうか。ライオン?残念ながら身近に存在しているとは

言い難いだろうから却下させてもらう。サメ?陸上にあがってしまえば危険性は皆無ではない

だろうか?病原性細菌やウィルス?確かに恐ろしいが、投薬や手術により治癒する可能性は

十分にあるだろう。勿論そう答えた人の意見を否定するためにこのような質問をしたわけ

ではない。ただ、私の今現在の心境として、人慣れしていない、野生化した大型犬ほど恐ろしい

ものは存在しないのではないか、とふと思った為に、先ほどの質問をしたわけである。

ロシアンウルフハウンド、より分かりやすい名前を挙げるならば、ボルゾイ犬。元々狩猟犬

として品種改良されたこの犬種は、主人に対し従順であることと、攻撃性が強いことが求め

られていたのだが、現代日本において、そのような犬が首輪もされないままに屋外を跋扈

していたら、数分で保健所の職員が駆けつけるだろう。しかもこの犬、私と人吉君の二人で

捕まえる必要があるというのだから、世の不条理というものは計り知れないものだと思う。

 

 

 

 

 

 そもそもの発端は、当たり前のことながら目安箱への投書だった。人吉君が持って来た投書は

三通。バスケ部部室の普請要請、学食の新メニュー開発、そして三つめに出されたのが、

子犬探しである。前者二つは会長様が担当するとのことで、残る一つを人吉君が担当する

事になったのだ。一件なんの問題もないかのように思われるが、これは生徒会執行部にとっては

初めての出来事なのである。今までの案件は、会長様自ら乗り出し解決を図る形で、人吉君は

あくまでもサポートだったのだ。だが、今回初めて人吉君に案件を一任した。まあ、残りの

案件に比べ容易な内容であったことは一因としてあるかもしれないが、それでも初の出来事、

私は勿論、人吉君も意外だと感じたのか、会長様に理由を尋ねた。その返答は、思わず耳を

疑うものであった。

 

「動物が、苦手なんだよ…」

 

 意外にも程があると思い、その場でその言葉の意味を熟考してみる。動物が苦手、という

一つの文の中に含まれた意味は一体何なのか。だが、どうにも頭が働かず、一旦思考を止め、

書類選別の作業を再開した。その後、会長様も自身の案件の為に生徒会室を出ていき、

少したってから書類の選別が終わったため、各所へ書類を届けてから、私は部活動へと向かった。

 

 

 

 

 翌日のことである。傷だらけの人吉君が教室に入って来た。一体どこをどうすれば、と言わん

ばかりに体全体がボロボロだ。それを見て大笑いしている不知火さんを見るに、昨日の案件は

見事失敗に終わったようである。簡単に事情を聞いてみると、どうやら逃げ出してから半年間に

子犬は成犬へと成長していたらしい。だとしても、なんだかんだで武闘派の人吉君がこれだけ

の怪我を負うとは、一体どんな犬なのか。訓練された犬は熊でさえ圧倒すると聞いたことが

あるが、品種改良によって誕生した犬という存在は、そもそも人が訓練・調教をしなければ

その才能を発揮する事はないといわれているはずだ。なのにこの怪我である。流石に独りで

解決するのは難しいんじゃないかと思い、私は助力を申し出た。ついでに会長様へ事態の連絡を

入れてみたところ、『仕方あるまい、私も動く』という心強いような、迷惑なようなお言葉。

話している最中に、どうも不知火さんに対する嫉妬心のようなものがあるように思えたが、

どうやら人吉君は気付いていないらしい。とりあえず昼休みに現場へ向かってみることにした。

そして話は冒頭へ戻る。

 

 

 

 

 

「…なるほど。迷い犬というイメージだけで行動した結果、先入観から対応が遅れたといった

 ところだろうか?」

 

「何言ってんだ、海路口?あんな獣性丸出しの犬、どうやったって怪我をせずに捕獲なんて

 できっこないぜ?」

 

「いや、そうでもない。第一印象こそ野生化した大型犬というイメージだったがね」

 

「うん、その通りだと思うんだがな?」

 

 そう言っていまいちボルゾイとの距離を縮められない人吉君。まあ、実際に襲われればその

反応も仕方あるまい。だが、それが本当に襲われたのかというと、そうでもないと私は考える。

 

「会長様の意見には反するのだが、今現在愛玩動物として飼われている犬種は、元々自然界に

 存在しない。さまざまなイヌ科の生物のなかで、人間が手懐けたモノ同士を交配させて、品種

 改良していったなかで生まれた、いわば人間が創った生き物だ」

 

「お、おう」

 

「つまるところ、人間の都合のいい性格のもの同士を掛け合わせて生まれたのが今の愛玩動物

 としての犬達なのだが、ボルゾイも同じだ。まあ、この犬種の場合、狼猟のために使われて

 いたのは間違いないけれど、それでも都合のいい部分は受け継がれている」

 

 そう言って私はボルゾイに一歩近づく。低いうなり声をあげて威嚇してきてるが気にしない。

 

「そして狩猟犬の場合、飼い主に忠実な犬種が多い。それに加えて、ボルゾイは元々サイト

 ハウンドという、自己判断能力に優れた犬種でね、それが故にしつけをし難い駄犬といわれる

 こともあるが、結局はしつけの仕方が悪いだけなんだよね。それを犬の所為にするのは、

 人間の怠慢だと思うのだが、どうだろう」

 

「いや、どうだろうと言われても、分からないとしか答えられねえよ」

 

 さらに一歩近づく。唸り声は大きくなり、警戒の色が強くなっているようだ。気にしない。

 

「この犬種は元々人間に対して従順だ。当然だろうね。狼猟につかわれるのに、主人の言う

 ことを聞かずに襲って来るのではたまったもんじゃない。攻撃性が高いというのは間違い

 ないのだけれど、それをしつけでコントロールすることで、この犬種は素晴しいパートナーに

 変貌する。さて人吉君。しつけをする上で非常に重要なことはなんだと思う?」

 

「…正しいことをしたら褒めて、間違ったことをしたら叱ることじゃねえのか?」

 

 人吉君の答えは確かに一つの正答ではあるのだが、それは私がこれからすることを終えた段階

での正答だ。

 

「残念。それ以前にしなければならないことがある。それは…われわれ人間が犬より優位である

 ことを認識させることだ」

 

 私は更に近づき、いよいよもってボルゾイは私への警戒感を最大レベルに引き上げて、今まで

出した中で最も大きな唸り声を上げる。更に一歩前へ、といったところで遂にボルゾイは

立ちあがり、私に飛びかかって来た。が、直に跳び退る。その光景に驚いた人吉君がしきりに

何故なのかを聞いて来た。

 

「私と自分、どちらが優位なのかを見極めようとしているんだ。人吉君、昨日君はもしかして、

 この犬の容貌に恐怖を感じていたのではないか?」

 

「あ、ああ。確かにそうだけどよ。それがどうしたんだ?」

 

「犬は言葉が通じないから、雰囲気で相手を判断する。恐怖に呑まれた君は、自分と比べた

 ときに下位の存在だと思ったんだろう。さて、一気に決めるとするか」

 

 私はそのままゆっくりとボルゾイへ近づき、目を合わせる。サイトハウンドというだけあり、

視覚の情報を重要視する犬種であるため、目をそらすなどの行動は禁物だといわれる。そのまま

私とボルゾイの距離は縮み、ついに相手の方から服従の姿勢をとって来た。私はそのまま顎の下

から耳の裏に沿ってなでてやり、前肢に触れた後、準備していた首輪とロープをつないだ。

 

「ぬ?既に終わっていたか。海路口同級生、態々助力をしてくれて、感謝するぞ」

 

 そう言って会長様が着た途端、犬が目に見えておびえ始める。そこで漸く、私が感じていた

あの言葉への違和感の原因が分かった。『動物が、苦手なんだよ』、その言葉を一つの繋がった

文章として認識するわけではなく、動物が、と苦手なんだよ、の、それぞれの文が意味を持って

いたようである。つまり、会長様が動物を苦手というわけではなく、動物が会長様を苦手、

という意味だったのだな。私はボルゾイをよくなでてやり、目の前にいる存在が決して害をなす

存在ではないことを覚えさせた。

 

「…ん?逃げ出さないのか、この犬は?」

 

「私が一時的に主導権をとっているから私が近くにいる限りは逃げ出さない。会長様が害をなす

 存在でないことはある程度伝わったみたいだから、絶対に乱暴にしないという条件なら、

 なでることもできると思う」

 

「…本当か?」

 

「…マジかよ」

 

 私の言葉を信じたのか、会長様は極めてゆっくりと、ボルゾイの顎の下をなでた。ボルゾイも

決して安心してというわけではないが、黙ってなでられている。

 

「………海路口同級生よ、貴様のおかげで、私は初めて動物に触ることが出来た。感謝するぞ」

 

 その後数分にわたって会長様はなで続け、その後私にお礼を言ってきた。ああ、やはり初めて

触ったのか。道理でぎこちない。

 

「礼を言われるほどのことでもない。それに、ウチの犬ならもっとちゃんと触ることもできる

 はずだ。なんなら一度家に来るか?」

 

「本当か!?」

 

「私がこうやって手懐けられたのは、ウチの犬のおかげといっても過言ではない。アイツは私を

 しっかりと主人として認識しているから、会長様の存在感よりも私を優先するはずだ」

 

 そういうと、会長様は満面の笑顔になり、私に抱きついてきた。曰く、『有難う』だそうだ。

私は人吉君のように丈夫ではないのだから、ぜひとも首は極めないで欲しい。そんなことを

考えつつ、ボルゾイをゆっくりとなでてやるのだった。

 

 

 

 

 

 事の顛末。ボルゾイは無事に飼い主のもとへと戻り、以前のやんちゃっぷりは也をひそめて、

非常に落ち着いた正確になったらしい。依頼者である先輩も驚くほどの変化だったらしく、

少々興奮気味に話してくれた。

 

 なお、案件に当たっている最中は一切描写しなかったが、校舎裏に現れた会長様の格好は…

犬の着ぐるみであった。少し呆然としている後ろで、不知火さんと人吉君が

 

『もしかしてお嬢様ってさぁ…』

 

『あ、気付いた?うん、一周回って基本馬鹿だよ』

 

という会話をしていたのが、やけに記憶に残っている。まあ、あんな光景を見た時にそう判断

しない人間の方が少ないだろうから、それは致し方のないことだろう。

 

 それと、案件が終わった後、私は人吉君に何故前肢に触ったのか、という質問を受けた。

その答えだが、犬は肉球を触られることをあまり好まず、自身よりも優位だと認識していない

ものにそれを触らせることはしない。勿論、訓練次第では誰でも触ることができるように

しつけることもできるのだが。結局、私を上位の存在として認識していたかどうかの確認

という意味合いで触れたのだと教えた。

 

「…だがよ、もしそれで上位だと認識していなかったらどうなったんだ?」

 

「勿論手を噛まれた。しかもマジ噛みでね」

 

「おいおい、そりゃあ危ないだろう?」

 

「当然、危ない。だが、もし噛まれたとしても手を引かずに、口の中に押し込めばそれはそれで

 よかったんだ。上位だと思わせる行為になるから、どちらにしろ私の優位性を教えるいい方法

 になる」

 

「へぇ、色々あるんだな、しつけの方法って」

 

「そう、色々あるんだ。優位であることを教える方法が一番いい関係を築けるが、それ以外

 にも条件反射によってしつける方法や、痛覚による支配なんて方法もある」

 

「物騒なのやら簡単なのやら、ホントに多種多様だな」

 

「人吉君も試してみたらどうだ?会長様に」

 

「なっ!?おま、そんなことできるわけないだろ!?」

 

「そうか、残念だ。君が会長様を上手くしつけられれば、私の負担も減ると思ったんだけれどね」

 

 そんな会話を人吉君としながら、案件を解決するために外へ出ている会長様がここへ戻って

くる時間までに作業を終了するべく、今日も私は書類の選別に明け暮れるのであった。

 

 

 なお、最初に人吉君が特攻した際の写真を不知火さんから見せられて、不覚にも大笑いして

しまったことは、人吉君にも悪いためふせておくことにする。



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普通の彼もなかなか異常じゃないか?

 黒神めだかは箱庭学園の第98代生徒会長である。なにをいきなり当たり前のことを、というかもしれないが、まずは私がどうしてそのような分かりきったことを発言したのか説明させてほしい。

 

 黒神めだか、箱庭学園第98代の生徒会長にして、()()十三組に所属している非常に異常な生徒。その才能は多岐にわたり、生徒会長選の際は、なんと支持率98%という圧倒的多数によって当選するという偉業を成し遂げた人物である。と、ここまで語ったところで、既に一部の賢明な読者諸氏は私がなにを言いたいのか理解しているとおもうのだが、つまるところ、会長様は一年生で生徒会長になったのだ。それも、並み居る二、三年生の候補者を抑えて、である。

 

 ここまで語ってしまえば大概の読者には理解できてしまうだろう。その通り、黒神めだかは、自らと争った他の候補者の一部から、恨みを持たれている。更に言えば、2%という、会長様を指示しなかった層がいるということにも注目すべきだと思う。選挙に興味がなく、投票自体しなかった生徒はそもそも数には入っていないが、それでも自らの意思で、指示しなかった人間がいるのだ。かくいう私もその2%に入っているわけだが、そこは別に気にしないでほしい。ただ単に興味がなかったため一番左端の人間に〇をつけただけだなのだから。

 

 話が逸れたが、2%、表記すればたった二文字だが、元々が大きな学校であるため、その数は馬鹿に出来たものではない。会長様曰く、「2%ではなく、人数で話すべき」らしいが、私は一々数えるなんて面倒臭い真似はしたくないため、はっきりと2%と言わせてもらう。その2%の中でも、とりわけ危険な因子が、今回たった一人の男に殲滅されてしまったわけである。その男の名は人吉善吉。本人曰く、「黒神めだかの凶暴な番犬」らしい。私からしてみれば「従順な狂犬ヒトキチ」だと思うのだが。

 

 

 

 

 

 場所は学生食堂、時間帯は昼休み。巨大な学園らしく巨大な食堂の中は、学生でごった返していた。運よく席を確保できた私、不知火さん、人吉君、日向君の四人は、それぞれの昼食をとりつつ談笑に興じていた。

 

「えーっと、昨日ボクシング部に行ったから…格闘技系はこれでコンプリート。じゃあ今度は趣向を変えて格闘球技系に行ってみよっかなー」

 

「お前、どうしてそんなにあちこちで暴れてるんだ?そんなにスポーツ好きだという認識はなかったんだけど」

 

「ん?別に。ただ、俺の中のルールで、一日五リットルの汗をかくって決めてるんだよ」

 

「いや、それは脱水症状で死んでしまうから。ちゃんと水分と塩分補給はした方が身のためだと思う」

 

「あー、分かるわかる。あたしも一日五リットルのラーメンを飲むって決めてるし、似たようなもんだね♪」

 

「不知火、ラーメンはドリンクじゃない」

 

「塩分過多で其方も脱水症状を起こしかねないな。個人の趣向である以上無理は言わないが、体を壊さないようにした方がいい」

 

「シーザーサラダって野菜ジュースだと思うんだよねー♪」

 

「いや、思いっきり固形物だよ」

 

「…ま、それくらいしないとあの黒神(バケモン)には釣り合わないっていうのは分かるけどさ、もうやめた方がいいかもな」

 

「どういうことだ、日向君」

 

「いや、噂になってんだよ。『生徒会の部活荒らし』ってさ」

 

「………」

 

「………」

 

「な、なんだよ」

 

「お前、俺のこと心配してくれんの?」

 

「一度敵対した人間の心配をするとは、君も中々にお人よしだな」

 

「な、別にそんなんじゃねえよ!」

 

「ま、いーんだよ。こちとら最初っから名前売るのが目的でやってんだからさ。……しかし、『部活荒らし』ねえ…。そのニックネームじゃ()()()()な」

 

 というような歓談の最中である。悪人面であるにも拘らず、大胆なまでに小者臭が漂う先輩が人吉君に話しかけてきた。何やら顔を貸せとか言っているけど、尊大な態度のわりに威圧感がないというか、…ああ、会長様で慣れたのか?私がそんな益体もないことを考えている横で、人吉君は導かれるままに彼と共に食堂の外へ出ていった。向かいで不知火さんが人吉君との関係を豪語しているが正直既に知っている事なので興味がわかない。まあ、彼がもし酷い目に遭ったとすれば、その時は応急処置をしてあげるとしよう。

 

 

 

 

 

「黒神めだか襲撃計画?」

 

 生徒会室で書類整理をしていると、会長様がそういう動きがあるらしいので、パーティーの準備をすると言いだした。

 

 ふむ、会長様がやることに一々反応していたら書類の仕事も終えられないので無視して作業を続行させる。その間にも着々とパーティーの準備は整い、最後に垂れ幕が出来上がったようなので、其方へ顔を向けてみる。………こういったモノでも異常性というのは滲み出るものなのだな、と思いつつ、仕事が終わったので、私は部活へ向かうことにした。

 

 

「さて、それでなんで私はとらわれているわけなのかな?」

 

 現在の状況を軽く説明するとしよう。昼間の小者先輩が率いるチンピラ数人に絡まれて、空き教室に縛られた。

 

「おう、そこの人吉君が俺の傘下に入らねえって言わねえように、少し強めに『お願い』するのさ」

 

「そうか。馬鹿らしい」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば、どうせならもう少し賢いやり方を考えることをお勧めする。私をこういう状況にする意味が一切分からない。

 

「な!?どういう状況かわかってんのか!?」

 

「縛られて、身動きが取れない状態だが?」

 

「なら言葉遣いに気をつけろ!痛い目に遭いたいのか!?」

 

「別に遭いたいとも思わないし、貴方達がしてくるはずもないと思っている」

 

「あぁ!?」

 

 さて、どうやら私は人吉君から受けた制裁の恨みを晴らすための人質になる、ということか。いやいやいやいや。

 

「なんで私なのか理解に苦しむな。人吉君と仲のいい子なら他にもたくさんいるし、そもそもこういうことに私を使っても、意味はない」

 

「どういう意味だ!?」

 

「こういう意味だ」

 

 そう言って私は縛られていた縄をほどき、一路部室へと向かった。

 

 

 

 

 

 縄抜けというものは、遁走術の一つとして有名であるが、これは別に特殊な技能であるというわけでもない。必要なのは日ごろから鍛錬された腕である。鍛えられた腕は手首と手を丸めた時の太さがほぼ同じなのだ。軽めに握ればコブシは大きく見え、縛りにそれほど力を入れたりはしない。ましてや私は調律をする人間である。普段から重い物を持ってトレーニングをしているのと同じ状況だ。簡単に腕を抜き、その後ポケットに入っていたカッターで縄を切って脱出、である。さて、今日は何をしようか………。

 

 

 しばらくピアノをいじっていると、先ほどいた教室から悲鳴が上がった。どうやら人吉君が先輩方を制圧したようである。丁度いいところまで出来たし、今日はここで戻るとする。片づけをして音楽室を後にし、悲鳴の上がった教室へ向かう。そこでは案の定人吉君が無双をしており、ノックアウトされた生徒にとりあえずの応急処置を施し、保健室へ向かわせる。人吉君が全てを片付け終わるころ、私も全てを終わらせていた。

 

「…ん?海路口、怪我はないか!?」

 

「そもそもこの場に来たのは君が狂犬モードに入った後だ。おかげで包帯が心もとない数になってしまったな。今日の帰りにでも買って帰ろう」

 

「お…おぅ」

 

「あ、それと人吉君」

 

「な、なんだ!?」

 

「あまり暴力というのは感心しないな。どんな理由であれ、ルールがある以上はそれを守ろうとしなければいけない。正当防衛だろうと、しかけた側がいようと、応じた時点で同じ穴の狢だ。まあ、それでも君の中で結論は出ていると思われるし、私はこれ以上何もいわない。君の信じる道を勝手に突き進んでくれたまえ」

 

「……おぅ」

 

「ああ、後ね」

 

「まだ何かあるのか!?」

 

「啖呵の切り方は格好よかったと思うよ。会長様の番犬は君にこそふさわしいのかもしれないね」

 

 そう言って、私はそのまま帰宅の途につく。あ、人吉君にパーティーの準備が出来てることを伝え忘れてしまったな。まあ、構わないだろう。きっと誰かが行ってくれるだろうから。

 

 

 

 

 

 事の顛末。

 

 あの小者先輩、いや、鹿屋先輩のたくらんでいる事は失敗に終わり、会長様の有り難いお説教もなく、ただ人吉君による粛清という結果で幕を閉じた。

 

 あの先輩、女子生徒にかなり強引に票を入れるよう迫っていたらしく、全ての候補者の中ではダントツに得票率が悪かったらしい。そしてその迫っているところを運悪く会長様に見られたらしく、上から目線性善説に基づき、制裁を加えたという流れらしい。逆恨みも良いところである。

 

 人吉君は前にもまして下僕根j…生徒会の庶務としての自覚が出てきたようで、まるで犬のように従順に会長様の指示に従っている。まあ、実際は従順と言うより、上手い具合にサポートしているので、その辺彼自身の能力もかなり高いんじゃないのかと、日に日に評価が改まっていく。

 

 なお、鹿屋先輩率いるグループは、よく治る代わりにとても痛い治療法を保健室の先生が教えているらしい。これで暴行事件が減れば御の字だ、とは保健委員長の赤先輩の談。

 

 そうやって生徒会は案件解決の合い間に、本来の仕事をしているような状況だ。我々だけでは正直まだ心もとないので、誰かいい人材でも居ないのだろうか。そうすれば晴れてお役御免になるわけだが。

 

 

 

 

 

「結局ウチには来んかったなあ」

 

「ビビったんすよ。ほら俺達一応全国区だしぃ」

 

「だぁほ。そりゃ個人戦での話や。ちゅーかそれ言い出したらあの子はなんのためにあんな部活に喧嘩売るような真似しとったんかいな?」

 

「………黒神めだかの近くにいていいのは俺だけだ、という必死な虫の警告ですよ。そのために、ありもしない強さをひけらかしてる」

 

「………なーんや、阿久根クン、その一年生のことしっとんのかいな?」

 

「ええ。…人吉善吉は小さな害虫(ムシ)です。そして黒神めだかは…俺の花です」

 

 こんな会話が学園内の某道場で行われていたわけだが、それについてはまた次回ということで。

 

 

「…………誰も来ない!」

 

 パーティー準備を整え、私が鍵を生徒会室に返す時間になるまで待っていた会長様をみて、あ、やっぱこの人馬鹿だ。と思ったのは、決して間違いではないのだろう。



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普通や異常の他に特別がある。特別(笑)

 柔道。元の流れは十二世紀以降に興った武家社会における戦場技芸、武芸十八般の中の一つである、柔術の流れを汲み、日本における武道の重要な一角を担う存在だ。元の武術である柔術を、明治以降に嘉納治五郎が編成して、新しい体系として組んだのが現在の柔道となっている。元々は百以上の流派に分かれていたのだが、いま現在主な流派となっているのは日本伝講道館柔道という、前述の嘉納治五郎が開祖の流派である。諸外国においても人気は高く、オリンピックの正式種目として登録される、といった具合に国際的権威も高くなっている。

 

 柔道の技については、主に三種の技に大別される。投技、固技、当身技で、その他寝技と立ち技に分類するなど、細分化すればかなり多くの系統に分かれる。日本では勿論、世界的にも評価の高い競技であるために、経験者はかなりの数にのぼるため、正確な競技人口は測れないといわれるほどに多いらしい。さて、なぜこのような説明をしているかというと(何やらこの入り方にも随分と既視感を覚えるが)、いつもの通り目安箱への投書が原因だ。今回の投書の差出人は柔道部部長、鍋島猫美(なべしまねこみ)先輩。曰く、『自身の引退も近く、後継である部長を選出したいので、その手伝いをして欲しい』とのこと。珍しく会様長自ら投書箱の確認に行った為、まだこの場に人吉君は来ていない。なんでもちょっとしたお悩み相談の為に遅れるんだとか。それを私に伝えてきたため、会長様へ連絡も兼ねて早めに書類整理に来たわけである。ちなみに現在会長様は柔道着に着替えるべく服を脱いでいる。あ、丁度人吉君が来たようだ。

 

「善吉、今日は柔道部に行くぞ」

 

 その言葉を聞き、その恰好を見た途端、人吉君は目にもとまらぬ速さで(実際は私でも目で追うことができるのだが、比喩表現として流してほしい)生徒会室の戸を閉め、鍵をかけ、カーテンで窓から入る日光を遮り、部屋の電気をつけた。

 

「鍵をかけろ!カーテンを閉めろ!人目をはばかれ!何遍言ったら分かるんだ!」

 

「?何遍言われても分からん」

 

「海路口もなんで何も言わないんだよ!」

 

「なんでも何も、私が言って聞くとでも思うのか?どうせ目の保養になるからって放っておいたが」

 

「テメエ!」

 

 どうやらお怒りのご様子である。どうどう。

 

「大体、練り上げられたこの肉体を衆目に晒すことに一体何を躊躇う必要がある!」

 

「むしろ見せたいみたいな事言ってんじゃねえ!あと海路口も拍手するな!」

 

 おだてる事でどこまで馬鹿になるのか見てみたかったのだが。残念だ。

 

「…で、柔道部?なんだってそんなとこから…」

 

「うむ、柔道部部長の鍋島三年生は知っているな?彼女から目安箱に投書があったのだ。なんでも次期部長の選抜を手伝ってほしいとか」

 

「へ?鍋島って、特待生(チームトクタイ)の鍋島猫美さんか?あの有名な。柔道界の反則王(キング)と呼ばれたあの人?いま部長だったのかよ?けど、話し聞く限りあんまり悩むタイプの人とは思えねーぞ?」

 

 一つの会話に一体どれだけの疑問を挟む気なのか。人吉君は人に質問するのが好きで仕方がない人なのではなかろうかと考えてしまう。

 

「まあ、なんにせよ行ってみるとしよう。柔道部といえば、懐かしい顔にも会えると思うしな」

 

 懐かしい顔?一体誰の事だろうか。どことなく嬉しそうな会長様に対して、かなり複雑そうな事情があることを推測できるほどに顔をゆがめた人吉君。この間のリストで、柔道部だけ終了していないにもかかわらず格闘技系はコンプリートしたと言っていたことと、関係があるのだろうか。そして。

 

「いつものように私も連れていかれるわけか。書類整理が残っているわけなんだが」

 

 まるでそれが完全に当然であるかのように、私は会長様に引きずられて、柔道部へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

「やあやあ、ようこそいらっしゃいませ。ウチが差出人、柔道部部長の鍋島猫美です。今日はよろしくしてな?」

 

 柔道部部長で、異名が反則王というから、どのような人物が出てくるかと思えば、出てきたのは非常に可愛らしい女性だった。若干小柄で、猫目が特徴の、名は体を表すという表現がよく似合う。まあ、この可愛らしさはある意味反則と言ってもいいのかもしれないが、そんな理由で異名がつけられるはずもないので、恐らく異名の由来は競技での反則が多いといったところだろう。

 

「生徒会長の黒神めだかだ。今日はできる限りのことをさせてもらうぞ」

 

「うんうん、頼りにしとるで、めだかちゃん。いやー、ウチは部長ゆーても名前だけのようなもんやったし、誰に後継がせればええのか決めきらんでなー!」

 

 そういいながら握手をする二人。いままでにないキャラクターだったことと、異名と実質のギャップもあってか、少し驚いた様子の人吉君。なんといえばいいのか、彼の三白眼は少し怖いため、ぜひとも私の前でその顔にはならないでほしいのだが。

 

「あー、そや。その前に!ジブンに挨拶したいゆー奴おんねん。阿久根!阿久根クン」

 

 鍋島先輩の呼び込みに、奥の更衣室から一人の生徒が現れた。端正な顔立ち(笑)に流れるような金髪(大笑)、緩やかに笑う様子はまるで貴公子(爆笑)のような男子、既に学園でも有名な柔道部期待のホープ、柔道界のプリンス(酸欠)であるところの、阿久根高貴(あくねこうき)、二年十一組に所属する特待生である。

 

「…どうしたんだよ、海路口。腹を抱えながら死にそうな顔して」

 

「い…いや、これは…反則…ククッ…まさか…ホントに…そんな…バカみたいな…」

 

「?」

 

 …失礼、取り乱した。状況説明に戻るが、阿久根先輩は他の部員や人吉君、私には目もくれず、一直線に会長様の方へ向かい、その場で―――傅いた。この人はどうやら、私を笑い死にさせたいらしい。

 

「ご無沙汰しております、めだかさん。生徒会立ち上げの大事な時期にお気を煩わせてはいけないと控えておりましたが、ずっと貴女のお顔を拝見することができる日を心待ちにしておりました」

 

「海路口、突っ伏してどうした!?」

 

「いや…も、だめ…」

 

「………堅苦しい真似はよせ、阿久根二年生。他の者が見ておるぞ。貴様ほどの男がそのように振る舞っては示しがつくまい」

 

「いえ、誇りこそすれ、貴女に傅く姿を恥とは思いません。今の俺があるのは貴女のおかげなのですから」

 

「海路口、なんだか顔面が蒼白になってるぞ!?」

 

「――――――!―――――!」

 

「めだかさんにはいくら感謝してもし足りない―――!?」

 

「私に感謝しているというのならば、頭を下げるな!胸を張れ!!」

 

「は…、はいぃッ!めだかさんのっ、御心のままにッ!」

 

「海路口、保健室へ行こうぜ!?今のお前は絶対に危険な状況だ!」

 

「――――――!!!!」(フルフル)

 

 ………腹筋が痛い。さて、なんとか落ち着いたため、また説明に戻らせてもらうが、いまの会話だけで十分に分かってもらえたかと思う。阿久根先輩は会長様に心酔しているらしく、その様子はさながら臣下のそれである。会長様はそんな態度をとられることが気に入らないようで一喝したものの、余計に心酔する原因になってしまった、といったところだ。

 

「おっと、それはそれとして生徒会を執行せねばな。後継者、つまりは新部長の選定だったか。…とりあえず貴様は特別枠だ、阿久根二年生。善吉と談笑でもしておいてくれ。貴様たちは貴様たちで積もる話もあるだろう」

 

 会長はここに赴いた本来の案件を思いだしたようで、阿久根先輩を人吉君の方へ行くように…つまりこちらに来るようにと言って、自らは試合場の中央に向かった。…阿久根先輩はどこまでも心酔しきっただらしない顔で此方へ向かってくる。

 

「海路口、ホントに大丈夫かよ…?」

 

「すまない、取り乱した。大丈夫だ。…さ、君も阿久根先輩と積もる話もあるだろうから、私は少し席をはずすよ。鍋島先輩とお話しして来る」

 

 そう言って私は人吉君から…というか、阿久根先輩から距離をとった。実際別に鍋島先輩に用事があるわけでもないのだが、言ってしまった手前、其方へと向かう。私がその場を離れた途端、二人は険悪な空気を辺りに撒き散らし、いがみ合うように談笑していた。

 

「えっと、君は…」

 

「はじめまして、鍋島先輩。色々と複雑ながら安易な事情によって生徒会の手伝いをしている、海路口四方寄です」

 

「そーかそーか。君があの『普通の子』か」

 

 一体何だそれは。

 

「たとえめだかちゃんの前でも『普通』に行動できる子やて、一部で噂になっているんよ。君のことは」

 

「なんででしょうね。彼女と一緒にいても平気な人なんて、たくさんいるのに」

 

「いやいや、平気な子はおっても、『普通』な子はおらへん。人吉君には元々かなり興味あってんけど、君も中々興味深いやん。さ、君ももう笑いの波は治まったやろ?人吉君にもちょっと話聞きたいし、あっちへ行こうやないか」

 

 そう言って鍋島先輩は、私の制服の襟を持ち、あちらで未だ険悪な空気を放っている二人のもとへと向かった。

 

 

 

 

 

 途中経過を少しお伝えする事にする。会長様が選別をするにあたって選んだ方法、それは彼女との乱取りであった。『乱取り』。柔道をはじめとして、日本の武道においては一般的な対人修行である。その形態は実際の試合とほぼ同じ形で行われる。つまりは内輪での練習試合のようなものだ。まあ、会長様がやった乱取りは、通常の方法とは随分違うのだが。

 

 まず初めに、現副部長の城南先輩が不純な動機に満ちた理由で先陣を切って勝負に行ったのだが、あっけなく投げられて一本負け。技については詳しくないため、特に描写はしないが、まさに秒殺といった趣であった。

 

 城南先輩が綺麗に投げられた後、会長様は全員に「纏めてかかってこいと言った」と思いきり挑発。柔道部の沽券に関わると思ったのか、自尊心を傷つけられたと考えたのかは知らないが、一気に全員が向かっていく。正直に言って…。

 

「馬鹿だなあ、彼らは」

 

「なんや、海路口君なら勝てると言いたいんか?」

 

「まさか。私は柔道なんてやったことありませんし、やりたいとも思いません。ああ、別に柔道を馬鹿にしているわけではなくて、自分が将来就く職業柄、指や手を怪我する可能性のあるスポーツはやりたくないだけです」

 

「ああ、別に構わへんよ。で、なんでバカやと思ったん?」

 

「一気に掛るというのは、基本一対一を想定した武道において有利とはいえないから。柔道は常に一対一の形をとる武道でしょう?一気にかかっていっても実際に戦えるのは一人だけ。残りの人は動きが止まってしまい、会長様には有利な状況にしかならない」

 

「ほうほう、それでそれで?」

 

「ならばやるべきことは、一対一をずっと続ける事ですね。相手が疲れるまで、延々とやり続ければ、いくらなんでも人間だ。勝機は必ず出てくる」

 

 けれど、と付け加えて、私はさらに続けた。

 

「会長様にそんな手が通用しないのは、間違いないでしょうけれどね」

 

 そんな会話をしつつ、会長様がいっそ清々しいほどにあっさりと全員を投げて落して刈って返して払っていく様を眺める。横でヘブン状態になってる阿久根変態、いや先輩をスルーしつつ、鍋島先輩は今度は人吉君に話しかけていた。

 

「人吉君はどない思う?」

 

「あ?…別に、アイツは中二で赤帯佩くような奴ですからね、今更なにしても驚いたりしませんよ」

 

「…ククク、そーかいそーかい。いや、実はな、ウチも同じ意見なんよ」

 

 そう言って楽しそうに会長様の考察を述べる鍋島先輩。その内容はまあ、此方としても特に反論をすることもないような意見だったため、割愛。

 

「…それに比べたら、凡人のくせに天才(バケモン)に付き従っとうジブンの方が、よっぽど凄いてウチは思うで。なあ、『部活荒らし』の人吉善吉クン?」

 

「………付き従ってるってのは語弊がありますね。俺はアイツに振り回されてというだけで、生徒会だって無理やり入れられたようなもんです」

 

 いや、君の場合は無理やりという言葉こそ語弊があるだろう。

 

「…そうか、無理矢理だとほざくのか」

 

 そう言って、いつの間にやらヘブン状態から復帰した変た…阿久根先輩が、人吉君に険しい顔で喰って掛っている。人吉君も人吉君でそれに面白いほど反応しており、そのまま皮肉と悪口雑言の応酬が始まった。が、鍋島先輩にケンカはよくないと止められ、何故か阿久根先輩と人吉君の交換勝負を持ちかけてきた。曰く、

 

「ウチな、人吉クンみたいな頑張り屋さんが、めっちゃ好きやねん☆」

 

 とのことである。どうやら、ここで人吉君の今後の身の振り方を決める、重要な試合が始まるようだった――――。

 

 

「って、ちょっと待て。それって人吉君が負けたら阿久根先輩が生徒会に入るということなのか!?人吉善吉、絶対に勝て!勝たないと私の命に関わる!!!」

 

「……なんや、君も結構おかしな人やな」



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賭け試合って異常だと思う、普通に考えて。

 柔道において、一番危険なことはなんだろうか、と私は益体もなく考える。熟練者同士で乱取りや試合をする場合、危険はそれほどないため、この場合は除外。となると、熟練者と初心者、もしくは初心者同士の場合になるだろう。

 

 その壱、初心者同士の場合。

 

 この場合の初心者とは、柔道というものを、とりあえず投げたり抑え込んだりすることで対戦者からポイントを奪う、程度に考えている人だと定義付けしておこう。一番危険なのは、その無知さ。無知であるが故に、無理矢理投げたり抑え込んだりして、重大な事故を起こす危険性が高い。他にも、反則という物を理解できないまま当身技を使い、打撲や骨折を負わせてしまう可能性などもあげられるだろう。なんにせよ、まずやることはルールの理解と危険性の理解である。結論、ちゃんとした指導者の下、まずは基礎練習を積むべし。

 

 その弐、熟練者と初心者の場合。

 

 熟練者がいるために、一件危険はないように思えるが、実はこれもかなり危険だと言わざるを得ない。熟練者は熟練者であるが故に、初心者は無知である事を忘れてしまっており、ただ下に見てしまう。初心者は前述の通りに行動するだろう。ましてや、熟練者が相手であるために、初心者同士の場合にあり得る無意識下の手加減すらしない可能性もある。片方は毒蛇を無毒と思いこみ、片方は相手をライオンか何かだと思いこむ。熟練者の認識が崩れた時に起こるのは、思わず加減を忘れてしまう事だ。その結果、初心者は手痛い目に遭う。熟練者と初心者が乱取りや試合をすることは、やめておくべきだろう。結論。粋がって熟練者にケンカを売るのはやめましょう。

 

 やめておくべきなのだ、本来は。だが、なにをトチ狂ったか目の前では、生徒会執行部庶務である人吉君と、柔道界のプリンスである阿久根先輩が、無謀ともいえる熟練者と初心者による試合を始めようとしていた。賭けごととして、である。この時点で勝負無効だと言いたいのだが、本人たちが納得している以上、もはや何も言うまい。

 

「ほんだらルールは柔道部恒例の阿久根方式な!無制限十本勝負対無制限一本勝負。阿久根クンに十本とられるまでに、一本でも取れたらジブンの勝ちや、人吉クン!」

 

「…フン、尻尾を巻いて逃げなかったことだけは褒めてやろう。ああ、でも、しかし、虫に尻尾はなかったか」

 

「…なんですか、逃げるってありだったんですか?早く言って下さいよ、それ」

 

「逃げる?そんなのアリなわけがなかろうが」

 

 後に続く言葉は最早難なく予想がつくようになったあたり、私も生徒会に結構毒されている気がする。

 

「誰からの相談でも誰からの挑戦でも受け付ける!如何なないようでも如何な条件でも!如何な理不尽でも如何な困難でも享受する!それが箱庭学園生徒会執行部だ!!」

 

 ちなみにその中に私は入っているのだろうか?正直そんなものに関わりたく…あ、もう関わってるか…。

 

「人吉善吉、私は貴様に負けるなとは言わん。しかし、逃げることは許さんぞ!」

 

「ククク、厳しい上司やねえ♪」

 

 そう楽しそうに言う鍋島先輩。ああ、もうどうでもいいか。どうせ人吉君も柔道の心得くらいあるのだろうし、負けて問題になることもあるわけではない。阿久根先輩がこっちに来るという事態は確かに問題だが、私はそうなった時点で辞表を会長様に渡す所存だ。

 

 そんなことを言っているうちに、先手必勝が後手必殺だった。分かり難いことこの上ないので、説明させてもらう。先手必勝とばかりに阿久根先輩にかかって行く人吉君。だがしかし、そんなことなど歯牙にもかけず、知らない私が見ても見事な一本。後の先をとるという、武術をする人間にとって境地ともいえる状態だが、その真似ごとで、彼は簡単に人吉君から一本をとった。

 

「あー、さっすが阿久根クン。綺麗綺麗な一本やな。ほんま『天才的でつまらん柔道』や」

 

「天才が余程嫌いなのか?鍋島三年生」

 

「嫌い嫌い、大っ嫌いやで、黒神ちゃんのことも、阿久根クンのこともな」

 

 才能を努力で踏みにじるために柔道やってるんだという、鍋島先輩。まあ、そういう目的でやっても所詮は武道、突き詰めれば人殺しの技術なわけで、私はなんとも思わない。その後も天才は天才同士、凡人は凡人同士でつるもうであるとか、そんな言葉を会長様に投げかけている。が、そんなことなど意にも返さぬようで、会長様は言ってのけた。

 

「ふむ、ならば安心しろ、鍋島三年生。……天才などいない」

 

 その言葉に鍋島先輩が顔を向けたのと同時に、阿久根先輩の九本目が決まる。これで残すところあと一本、形式上であればイーブンに持ち込まれた形になる。そろそろ辞表の文面でも考えようかと思い始めたところで、柔道部の部員各位が人吉君は未だ反則をとられていないことに気付く。反則行為をそもそも知らない私からすれば、どう見ても圧倒的劣勢であるとしか見えないので、態々試合に注目もしていなかった。

 

「…そや、別に海路口、君でもええんやで?君も見たとこ普通やし、天才に汚く勝ってみたいとか思わへん?」

 

「そういう意味では、正直人吉君よりも私の方が向いているでしょうね。先輩は知らなかったんでしょうが、人吉君って、綺麗に勝つんですよ。だから、先輩の流儀とは若干違いがありますね。それに…阿久根先輩になら勝てますから、私」

 

「なんやて?」

 

 ドシン、と音がする。最後の一本が決まったらしく、そこに立っていたのは人吉君だった。どうやら最後の最後で一本をとったらしい。先輩の横で顔がきゃるるんとなっている会長様に関しては、知らない。知らないったら知らないのである。

 

「双手刈り…なんであんなに綺麗に」

 

「綺麗も汚いもないし、天才も凡人もいない。あるのはただ―――懸命な人間だけだ。私も貴様も、なにも変わらんよ」

 

 そう言って鍋島先輩を諭す会長様に、先輩は一つの提案を入れた。その内容は私が思わず辞表をその場で書きあげ、即刻却下されるようなものだった。

 

 

 

 

 

 事の顛末。新柔道部部長は最初に不純な動機で会長様へ一人向かっていった城南先輩に決定し、また、阿久根先輩は一身上の都合により柔道部を退部した。鍋島先輩の人吉君へのラブコールも、一応はなりを潜め、また生徒会に平和が戻って来た(とはいえ大した危機だったわけでもないが)のだが、人吉君はまだ知らないものの、生徒会執行部は少しまた新しくなったのである。

 

 いつもの放課後、いつもの生徒会室。私は今日も書類整理に明け暮れていた。態々扉の近くでパンツ一枚になって着替える阿久根先輩を横目に見ながら。この人といるとどうしても笑いがこみあげてくるなと思いつつ、作業に明け暮れていると、ようやく人吉君が、何故か不知火さんを連れてやって来た。その時の人吉君の表情は、一応写メしておいて、後で不知火さんと二人で大爆笑したが、それはまた別の話。

 

 阿久根先輩に関してだが、部長より強い存在がいては示しがつかないとクビになり、そこで自らの達筆を生かせる、生徒会執行部書記に推薦されたらしい。会長様からは許可を貰い、正式に今日から書記として働くのだそうだ。

 

以下詳細。

 

 新部長に城南が内定した今、それよりも強いお前がいることは、柔道部にいい影響を与えるとは思わない。それに、お前は生徒会長に惚れているんじゃないのか、ならば女一人くらいモノにしてみないか!既に会長様には話をつけているから、生徒会でもどこでも行けばいい。天才ではないというのなら、天才肌なキレー好きなどどぶに捨てろ。お前は約束を守りたいのか、惚れた女を守りたいのか、どっちなのだ!

 

 というような会話(一方的な説教)に目からうろこが落ちた阿久根先輩は、晴れて自身のやりたい事であった会長様のサポートという位置に、つまりは生徒会執行部に所属するという運びになったわけである。なんとも迷惑な話しだ。なお、その話を聞いた人吉君の反応のせいで、ガラスが数枚大破、修繕費用の申請の為に余計な書類が増えたため、自分の業務終了時間が大幅に遅れそうである。

 

 まあ、そんなわけで今日から阿久根先輩が働くようになり、私の仕事量もかなりの部分は副会長、書記と会計の仕事であるため、仕事量は三分の二になる。今の量を考えると、これなら毎日こなくても十分である可能性が出てきたため、私はここで人吉君に別れの挨拶をした。

 

「…だから、私も来る機会は少なくなるだろう。今までありがとう、人吉君」

 

「お、おう。今までありがとな……って、俺一人であの二人をどうにかできるわけがねえだろ!頼むからもう少し一緒にいてくれ!後生だから!」

 

 ということで、人吉君の必死なまでのひきとめ作戦により、私は未だに生徒会の手伝いをしている。

 

 

「で、君はなんで阿久根クンに勝てる言うたんや?」

 

「簡単なことです。まあ、私が戦うわけではなく、あの場限りでということになりますが」

 

「で、どないすんの?」

 

「あの試合、両者失格にします」

 

「な、それは無理やろ。アイツら正々堂々と……」

 

「前条件が間違っていましたね。貴女が賭けごとにして、彼らはそれにのった。それだけで、神聖な柔道の試合を賭けに使うなど言語道断、即失格になると思いますよ?賭け試合で酷い目を見るのは、なにも相撲ばかりではありません」

 

「うわぁ……スポーツマンとして、それは考えられへんかった。君、ウチより性格悪いんちゃうの?」

 

「相手の土俵で戦って勝てないなら、土俵を此方へ持ってくる。普通の人間は、勝ちに貪欲になった時どんな手でも使いますよ。それが普通だ」

 

「…クク、なんや、ウチ、後継者とか関係なく君が欲しくなってもうたわ。ね、頂戴?」

 

「魅力的ですがお断りします。私は私の所有物ですので」

 

「くぅッ!絶対いつかモノにしたるからな、海路口!楽しみにしとりーや!?」

 

 ああ、そういえば今日の星座占いは12位であったなと思いつつ、私はこの変にまとわりついてくる気満々の先輩を上手くあしらっているのであった。



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異常なまでの執着といっても、モノに執着するのは意外と普通だろう?

 生徒会執行部は、庶務・書記・会計・副会長・会長の五人で形成される。箱庭学園生徒会の常識であり、選挙において選出された生徒会長は速やかに残りのメンバーを集める必要がある。これは、生徒会として基盤をしっかり創るために必要であると同時に、円滑に生徒会活動を遂行していくためにも重要な条件であると言える。

 

 なぜ急にこのようなことを言い出したのかといえば(最早これは定型文として定着させてもいいのではないだろうか)、第九十八代生徒会の現状からふと考えたからである、現在の執行部メンバーは三人。手伝いとして私が所属(するつもりはなかったのにいつの間にか教師陣から正式所属にされていた)しているが、それでも副会長と会計が足りていない。選別を終えた後私がやる作業はほぼこの二つの役職の物である。副会長に関してはそれほど量も多いわけではないため比較的短時間で終えることができるのだが、会計の仕事はつまるところ金勘定であり、予算をはじめとした様々な金銭関係の書類が多く、一部生徒によってよく校舎や備品が壊されるため、書類の量も他の書類と比べれば非常に多いのだ。書記の仕事が減ったからまだ余裕もあるが、正直阿久根先輩が生徒会に入ってくれてよかったと唯一思えるものは私の書類仕事が減ったということだろう。つまるところ何がいいたいのかといえば、執行部のメンバーが(会長様除く)限界を迎えたのだ。

 

 さて、そんな会計の仕事なのだが、計算と決済をすればいい書類のほかに面倒臭い書類が混じっている事がある。例えば遠足などの学園行事に不参加だったので、返金を求めるという苦情書など。だが、いま現在、一番多い書類は、部活動からの予算増額の陳述である。この学園、やたらと部活動が多いのはご存知の通りだが、学園側から与えられている予算はそこまで多いわけでもなく、結果、均等に配分すれば備品や設備に金のかかる部活は予算不足に陥ってしまう。だからと言って金のかかる部活に多く予算を配分することで解消できるかといえばそういうわけでもなく、割り当ての少なかった部活動から苦情が出てしまう。それもこれも学園側の予算不足が原因であるにもかかわらず、苦情は執行部に来るのだから、たまったものではない。ただでさえ仕事量の多い執行部の悩みの種である。

 

「とはいえ、これはなんとかならないものか。既に同じ部活から十数回も陳述書が出ているわけだが。なんかの嫌がらせ?」

 

「それだけ逼迫しているということなんじゃないかな?かくいう柔道部も部費不足には泣かされていたし、第一、部費は一円でも多いほうがいいに決まっている」

 

「つっても、無い袖が触れないのも事実ですよ?流石に今回は追加で予算が出ましたけど、それも分配すればスズメの涙だ」

 

「ふむ…別に私が私財を投入してもいいのだが」

 

「どうしてもやめて!!」

 

「何かいい方法はありませんか?阿久根先輩」

 

「そうだね……だったらいっそ増額分を一つの部活が総取りしてしまえばどうだろう?僕が担当している業務の中にリレー大会があるだろう?本来は交流的な意味合いの強いイベントだけれど、あれで優勝した部活が予算増額とか」

 

「…妙案ではあるが、ただのリレーでは陸上部の圧勝になってしまうな。何か遊び心を入れることができれば……」

 

「…だったら丁度いいのがあるぜ?後で話そうと思ってたんだが、目安箱にこんな投書があったんだ」

 

 

 

 

 

 箱庭学園の特色として、充実した設備というのがある。各部活の練習場があるために、部活同士での場所取りなどはないし、必要と判断されれば新設されることも多々ある。そして、意外なことに必要と判断された設備が活用されないことも間々あるのだ。新設された50Mプールもその一つであり、授業では既設の25Mプールで十分であるために、開放されてからもあまり活用されているとは言い難い。それで何か活用できないかと、目安箱へ投書があったのだ。そこで、阿久根先輩の部活動交流行事と、人吉君の目安箱の投書内容、更に部活の予算編成、この三つを合わせて…。

 

『さあ貴様達、戦争の時間だ!働かざる者食うべからずというが、これは真理に反している。私達はむしろこういうべきなのだ。≪働いたものは食ってよい!≫。貴様達、欲しい部費(モノ)は勝って得よ!!これより、部活動対抗水中運動会を開催する!!』

 

 急な掲示であったにもかかわらず、参加したのは十五の部活。勿論総数と比べれば少ないともいえるが、部費増額の陳述書を上げていた部活動が全て参加している。つまり、私の過剰労働の原因共が集結しているわけだ。なんだかうっかり手が滑って、温水プールのボイラーをフル稼働させる事故が怒りそうである。まあ、常識人であるところの私はそんな真似はしないのだけれど。

 

『えー、競技の説明を始めます。参加者の皆さんには、これから四つの種目で競ってもらい、その総得点で優勝チームを決定します。それぞれの競技はおって説明しますが、まず、大まかな枠組みを三つ発表いたします。一つ、代表者三名の参加。皆さんのチームワークを見るため、各部活動三人

で一組の参加とします。二つ、男子生徒へのハンデ加算。各種目は全て男女混合となりますので、男子生徒はハンデとしてヘルパーを装着してもらいます。三つ目なんですが、此方は生徒会長から説明していただきます』

 

『うむ、先ほどは厳しい言葉を述べてしまったが、利を得るのが優勝チームだけでは不満も多かろう。≪参加する事に意義がある≫、私はそんな風にも思ってほしい。貴様達には楽しんでもらいたいのでな。そこで私は、愉快で痛快な楽しいボーナスルールを組み込むことを宣言しよう。…我々生徒会執行部もこの大会に参加し、我々よりも総合点数の高かった部は、その順位に関わらず私が私財を投じ、無条件で予算を三倍とする!』

 

 その言葉に、参加者達は俄かに色めきだった。そうだろう、現在の予算は最も少ない部活動でも五十万を下回る部活はなく、それが三倍ともなれば、部活動の予算は一気に潤うことになる。傍らで人吉君達が膝をついているがそれも仕方ないだろう。私財を投じることは絶対にやめてほしいとお願いしていたにもかかわらずこの暴挙だ。私もこのルールを決定するにあたり、随分と反対したのだけれど。結局個人資産をどう使うかは本人次第だと、折り合いをつけなければいまでもこの水中運動会は開催されなかったかも知れない。

 

『では、最初の競技は玉入れです。なお、生徒会からの参加は、生徒会長の黒神、書記の阿久根、庶務の人吉です。私、海路口は進行として、放送部の阿蘇先輩及び特別解説の不知火さんと共に放送席におりますので、不備等がありましたらお気軽にお申し付けください』

 

 さて、競技の説明を阿蘇先輩がしている間に、放送席へと向かいながら強敵となり得る部活動、競泳部について考えていた。

 

 競泳部、他の学校においては単に水泳部と呼ばれているだろう。名前の通りに競泳種目の上達及び試合での勝利を目指す部活動である。それだけで十分に一般人からすれば脅威であるが、いま現在の部員数は僅か三人。そのすべてが特待生で、水中においては会長様をも凌駕する可能性がある存在だ。不知火さん曰く、『金にうるさい三匹のトビウオ』らしい。その名のとり、噂によれば賞金の出る試合にしか出場しなかったり、裏で八百長をやっているだとか、賭け試合をしているとか、少々物騒な噂で塗り固められている三人組なのだが、実力は折り紙つき。全ての泳法を一定以上のレベルにしている三年、屋久島先輩。男子水泳界事実上の最速スイマー、二年の種子島先輩。そして、その二人が猫可愛がりしていると噂の、一年、喜界島もがなさん。彼女の実力は一年生としては破格で、しかも二人の先輩から直々にトレーニングを受けていることもあって、実質競泳部のエースとして君臨している。通常、特待生同士が手を組むというようなことは、彼らの性格からして珍しいのだが、特待生同士であるが故に、手を組んだ時の実力は相当なものとなっているだろう。三つ目の競技でのポイント如何によっては、生徒会が一番苦しめられる相手になりそうだ。

 

 …まあ、それ以上に柔道部の鍋島先輩が何かやらかしそうな気がするのだけれど。

 

 

 

 

 

 テメエ不知火この野郎。と言いたくなるような、競技中に必勝法を暴露するというミスのおかげで、最初の競技である玉入れは、相当数のチームが最高点である20Pを取得するという結果に終わった。今私は、競技中足を攣ってしまった生徒の応急処置の為、プールサイドに降りてきているのだが、なぜか生徒会と水泳部が不穏な空気を発している。場外乱闘は即失格というルールであるため、確認のために近づいてみた。

 

「…絶息による強制潜水、一歩間違えれば溺死確実の危険な行為だ。貴様達は命がいらんのか!?」

 

 …なんだと?絶息、つまり肺に空気を入れずに潜水?

 

「…俺達は一円に笑って一円に死ぬのさ!」

 

「不穏な空気立ちこめて対立の空気を醸し出してるところ申し訳ないが、ちょっとそこの先輩お二人、失礼しますよ?」

 

「な、なんだお前!」

 

「…生徒会の小間使い君か、なんだ、お前も何か文句でもあるのか?」

 

「いえ、お金は確かに重要であることは分かりますし、それは個人の意思の問題ですから特になにも思いません。が、絶息していたという会話が聞こえてきまして」

 

「なんか文句でもあんのかよ!?」

 

「失礼」

 

「な、なにしやがる!」

 

「………呼吸音、脈拍共に問題なしですね。失礼しました。屋久島先輩も失礼します」

 

「お、おう…」

 

「…次は喜界島さん」

 

「…なによ?」

 

「…此方も問題なし、ありがとうございました。生徒会主催の催し物で死者が出たら示しがつきませんので。貴方達がどこで死のうが知りませんけれど、この場では絶対に死なせません」

 

「な、おい!海路口!!まるで人の死に興味ねえみたいなことを…!」

 

「特にないが?他人が死んでもその事実があるだけだ。勿論悼みはする、だが、自身の選択によって死んでもそれは自業自得だろう?」

 

「……ッ!?」

 

「だが、この場で死ぬことだけは許さない。私が関わっている案件では、死者は絶対に出さないのがモットーだ!」

 

 驚いている人吉君と、顔をしかめている阿久根先輩、会長様をおいて、私は放送室へと戻った。…命より金、ねえ。

 

 

 

 

 

 続いての競技は、水中二人三脚である。言葉通りの競技だが、不知火さん曰く、普通本命は陸上部だろうが、むしろ競泳部と生徒会の走りが気になるらしい。…出ているのは相性最悪な人吉・阿久根ペアですが?

 

『一位のチームには15P、二位14Pと段々点数が下がっていきますから、

なんとしても最下位の0Pだけは避けたいところです!それでは、位置に

ついて、よーい…どんっ!』

 

 よーいドンの合図を何故放送部の阿蘇先輩自らが担当するのか甚だ疑問であるが、そのあたりは言わぬが花というものだろう。出だしから生徒会が一歩抜きん出ているが………。

 

『ああっとぉ!これは生徒会、二人で協力しているというより、二人で競争しています!何やってんだこの二人ぃー!!』

 

 ………生徒会執行部のメンバー、次はもう少しまともな人が欲しいものだと思う。不知火さんが本命に挙げた陸上部は、ペース配分を気にしてか、二位集団前方程度の位置についている。また、注目の競泳部については…。

 

『おや、不知火さん注目の競泳部、随分出遅れているようですが!?』

 

『あ、うん。そりゃ仕方ないよ。25Mが()()()()()()()

 

 その言葉に首を捻っている阿蘇先輩だが、その意味は競泳部が中間に差し掛かったところで明白となった。息をぴったりと合わせて、二人は全力で泳ぎ始めたのだ。どれだけ危険な行為であるのかは、読者諸君にも理解して貰えるとは思う。隣り合って泳ぐだけでも困難なのに、片足をつないだ状態で同時に泳ぐなど、到底自殺行為としか思えない。そのまま前方のチームをごぼう抜きにして、競泳部はこの種目で一位をとった。陸上部は本命らしく二位、生徒会は後半遅れて(中ほどで遂にケンカを始めた)三位となった。

 

 

 

 

 

 今度は足につけたロープで擦過傷を負ったということで、救護に当たっている私だが、競泳部の先輩二人を見つけたので近寄っていく。先ほどの事もあるのか警戒している二人だが、私からしてみればただの診断行為である。別にそれほど警戒しなくても良いじゃないかと、少し落ち込んだ。

 

「…先ほどの競技、見事な泳ぎでした。流石に競泳部だけあって、美しいフォームですね。今後あんなことはしないで、とは言いません。今後あんな馬鹿な競技は中止させますので」

 

「…別にかまわないんだぜ?次にやる時も俺らが勝ってやるからよ!」

 

「…ああ、もっとも、その頃俺はこの学校にいないだろうがな」

 

「馬鹿ですか?貴方達は」

 

「「んなっ!?」」

 

「別にお二人の事を心配しているわけではないです。むしろ怒りを覚えています。あんな方法があると安易に真似をして、死者が出たらどうするって言うんですか。熟練者なら熟練者らしく、初心者にいらぬ誤解を与えるような方法をとらないでください。迷惑です」

 

「てめ、言わせておけば…」

 

「まて、種子島。確かにあの行為が危険な事には変わりない。海路口だったかな?確かにあんな真似はしない方がいい。あとでルールに明文化しておいて欲しい」

 

「分かりました。では、最後まで楽しまれてください」

 

 そう言って、私は二人から離れた。正直な気持ち、別に死人が出てもそれは自業自得なのだが、運営側に問題があると認識されては困る。そのためにも、叱責というのは必要だった。恐らく余程の事情がない限り、次代生徒会もこの催しは踏襲してくるだろうし、今の内にしっかりとルールを明文化しておく必要があるな。

 

 因みに、柔道部は十三位。今の時点では正直相手にもならないのだが、この後の競技で一気に近づいてくるだろう。まあ、それは柔道部には限らないわけではあるのだが。



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異常なく普通に成功する。これが一番良いことだと思う。

 第三競技は鰻のつかみ取りである。元々生徒会の独走態勢を崩すために設けられた競技で、一匹1P。代表者一名が制限時間内に捕まえた数だけポイントになるので、生徒会から出す代表者は最初から会長様になっていたのだが、今の状況を見るに、そこまでする必要もなかったのではないかと思えてくる。競技終了まであと五分、競泳部の喜界島さんは、水着の中にも鰻を入れて、独走態勢を築いていた。しかし。

 

「あの光景、中々にエロティックだと思わないか?」

 

「たしかにねー☆代表じゃない男子生徒は前傾姿勢になってたりしそう♪」

 

「ふ、ふたりとも、まじめに解説をお願いします!」

 

 阿蘇先輩はあまり下ネタがお好きでないらしい。仕方がないので解説をすることにした。

 

「まあ、競技も残り一分を切ったところだし、構わないかな。鰻というのは本来、閉暗所を巣にする魚だ。つまり、光を遮り、体がどこかに密着している状態を好む。一旦捕まえた鰻が逃げ出したりしているのは、閉所、暗所のどちらかの条件が出来ていない事が原因だな。つまり、水着の中に入れるというのは中々に良い作戦ではあるのだ。…まあ、正直良い手だからって使いたい手ではないが」

 

「確かにねー♪それこそ変な所に入ったら競技どころじゃないし☆」

 

「不知火さん!!」

 

「ごめんごめん。…ところでさ、あの鰻どうすんの?」

 

「捌いて鰻重にするつもりだ。競技が終わった後に全員の昼食にするつもりだが?」

 

「あたしも貰っていいの?」

 

「成功報酬として既に別枠で三十尾用意している」

 

「ありがとー!海路口、愛してる!」

 

「私も私を愛している!」

 

「「「「「(気持ち悪いほどの仲の良さが気持ち悪い!)」」」」」

 

 と言っている間に競技も終了、またしても競泳部が一位、13Pという大量得点を叩きだした。ついで二位には柔道部。鍋島先輩が途中から水着を使いだしたために、胸囲、いや、驚異の追い上げを見せた。流石鍋島先輩汚い。なお、生徒会のポイントはあえて語らない。強いて言うなら、会長様は今日も会長様だったというところだろうか?まあ、いずれにしろコレであとは最終競技を待つのみとなった。

 

 

 

 

 

「…え、なに?最後の競技はあたしが決めていいの?」

 

「わたしはあまり詳しくないですから。どういった種目が良いか分からないんです」

 

「ご無理を言ってしまい申し訳ありません、阿蘇先輩」

 

「いえいえ、楽しませてもらってますから♪」

 

 阿蘇先輩が不知火さんに競技の選択権を譲ったことで、不知火さんは随分と張り切った様子で最終競技を何にするか考え始めた。…目を輝かせながら。どうやら碌でもない事を考えているようだ。

 

 プールに残った鰻を回収し(おかげで全身がヌルヌルである)、水を張りなおしている間に、どうやら不知火さんは最後の競技を決めてくれたらしい。曰く、騎馬戦だそうだ。…ところで不思議に思っていたんだが、このプール、さっきから自在に深さが変わっていないか?玉入れのときは水球でもできそうな深さだったのに、二人三脚のときは足が付く程度の深さ、鰻のつかみ取りの際は水をある程度抜いたからまだ分かるが、一体どうして深さが変わるというのか。個人的箱庭学園七不思議に登録しておこう。

 

 さて、水上騎馬戦である。ルールは騎馬戦とほぼ同じ、騎馬が崩れて水中に落ちるか、騎手の頭に巻かれている鉢巻をとられたら失格、下位チーム救済案として、いま現在の順位に応じてポイントが入る形式とし、上位チームの鉢巻ほど高ポイントに設定する。一位16P、二位15Pという具合だ。各チームの結束力と判断力が試される、中々に良いゲーム内容である。

 

 ルール説明をしている最中に、またも生徒会と競泳部が不穏な空気を醸し出したので、スタート前に改めて場外乱闘禁止、とアナウンスし、少しの冷却期間をおいてスタート。この競技、いまは生徒会対競泳部という形を為しているように見えるが、その通りで、一位である競泳部の鉢巻をとれば生徒会は勝利に限りなく近づき、競泳部が生徒会の鉢巻をとっても同じである。何より、どうにも両者が随分と熱くなっているようで、他の部活の様子を見るような余裕はないようである。会長様、ぜひとも周りをよく見てほしい。既に柔道部の鍋島先輩が自身の本領を発揮しているから。だが、私は生徒会所属である。自チームに有利になるような情報は流さない。……あ、現時点でもう柔道部の優勝が決定した。私は阿蘇先輩と不知火さんにその事を伝え、後片付けの準備を始めた。なにしろ、この会場恐ろしく広い。会場内に出されたモニターの撤収や、プールサイド等の清掃、更には掲示されたポスターの撤収など、やることは山積みである。幸い制限時間内まではまだ随分時間もあり、また、ポイントの集計などもあるので、今の内に撤収できるものは撤収してしまいたいのだ。

 

 そういうわけでとりあえずはプールサイドに掲示されていた掲示物をはがしていると、盛大な水音が聞こえた。どうやら生徒会対競泳部の決着がついたらしい。まあ、どっちが勝っても既に柔道部が優勝を決めているため、出ていくのは会長様の私財ばかりなり。…ん?なんだか騒がしいな。状況把握のために人だかりの方へ行ってみれば、どうやら喜界島さんが水を吸い込んでしまい、呼吸が止まっているらしい。人吉君と種子島先輩が水を吐かせようとしているが、それに割って入る。

 

「待った。水を吐かせるな」

 

「何言ってんだ海路口!早くしねえと死んじまうかも…!」

 

「そうだ、いくら敵だからって、ほっとこうとするなんざ…!」

 

「馬鹿ども、少し黙れ。自発的に吐かせようとすると、気道が傷ついてしまったり、余計呼吸が上手く出来なくなる。吸い出すとするなら……!」

 

 そう言って私は喜界島さんの口に自らの口を押し付けた。接吻等といった洒落た真似ではない。純粋な人工呼吸である。まあ、息を吸わせるのではなく、此方が吸い込んで中の水分を吸いだしているわけだが。彼女の口から結構な量の水が出てくる。私はそれを一旦吐きだし、更に吸い出すために口を押し付ける。数回それを続けたところで、彼女は自発呼吸を再開した。さて、淡水溺水は浸透圧の関係などから予後が心配されるのだが、今回は救命措置も早く行われたため、後遺症などはほぼないだろう。とりあえず安心だ。

 

 

 そのまま、会長様と競泳部の応酬を聞いていたのだが、なるほど、会長様はどうやら子ども心に満ち溢れた人であるらしい。そして競泳部の三人も。中々に笑える内容が含まれていた。

 

「ッ……!!ちょ、おま……。…マジか…」

 

「海路口!また顔面蒼白になってるぞ!」

 

「…ああ、失礼。そこの四人に質問したいのだが、良いだろうか?」

 

「「「「なんだ?」」」」

 

「札束のプールって、潜れるのか?泳げるのか?」

 

「「「「……あ」」」」

 

 私はもう駄目だった。

 

 

 

 

 

『さて、集計が終わりましたので優勝チームの発表をさせていただきます!優勝は…鍋島猫美率いる柔道部チーム!おめでとうございます!』

 

「「「「「「は?」」」」」」

 

 どうやら気付いてもいなかったらしい。さっきの話しを聞かせてもらったのだが、この2チーム以外にも多数チームはある事を失念しており、柔道部が暗躍していた事も知らなかったのだとか。

 

『全チーム103Pの鉢巻をゲットし、見事ぶっちぎりのトップになりました!いやあ、集計が楽で助かりましたよ!』

 

((((((え、そんなんアリィ!?))))))

 

「綺麗な相手に汚く勝つ!ウチの信念貫かせてもろうたで、黒神ちゃん!でもまぁ、次は直にやろうや。今回はウチの勝ちや!クビ洗って出直して来いや!」

 

((((((うわぁ、卑怯なのにカッコいい………))))))

 

「アハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

「そしてお前は大笑いしてんじゃねえよ、海路口!」

 

 いや、まさかここまで熱中しているとは思わなくて。正直此方が被害者だろう、と思うのは間違っているのだろうか?だって、気付いてないとか…クク。

 

 とりあえず、第1回水中運動会は成功裏に終わったのであった。

 

 

 

 

 

 事の顛末。

 

 追加の部費総取り及び予算三倍という快挙を成し遂げた鍋島先輩なのだが、こんなに大量にあっても使い道はない、とそれぞれの部活に適当に配分したらしい。勝ちへの執着は有っても、価値への執着はあまりないらしい鍋島先輩であった。完全ではないにしろ、各部活の財政も潤い、陳述書の量はかなり減ったことを書き記しておく。仕事量が減る事は喜ばしいことである。そんなこんなで全体からすれば若干ではあるが、仕事が減って少々余裕のできた生徒会執行部に、更に余裕が増える出来事が起こった。

 

「まあ、今回のイベントで私財を投じてしまった事には流石に先生方からもお叱りを受けたのでな、やはり公私混同はよろしくないだろうということで批判も結構な数受けた。そこで、だ。やはり今後このような事がないようにするためにも、生徒会にお金の専門家を入れることにした」

 

「………」

 

「………」

 

「それは良いな。やはり専門家がいた方が助かるし、何より私の仕事が減ってくれる」

 

「うむ、貴様には苦労をかけたな、海路口よ。これからはもう少し業務の量も減るだろう。さて、紹介しよう。これから生徒会で会計職を任せる喜界島同級生だ。競泳部からのレンタルなので丁重に扱うように!」

 

「…荒稼ぎに来ました。無駄遣いしてたら売り飛ばすからそのつもりで!…あと、君にはこの間のお礼。ありがとう」

 

「いや、構わないよ。アレは私の仕事だったからね」

 

「みんな仲良くしてくれ!因みに、レンタル料は一日320円!」

 

「「驚きのお値段!!?」」

 

「アハハハハハ!」

 

「だからお前は大笑いするなと!」

 

 まあ、そんなわけで、新しいメンバーが入ったわけである。緊張からかしばらくは少し動きがぎこちなかったものの、人吉君と抱擁している事件(ずっと見ていた)を機に、徐々に打ち解けてくれたらしい。今では放課後にデートをする程度の仲である。まあ、競泳部の先輩二人も同伴なのだが。

 

 ――――この事件からしばらくたったころ、私は初めて黒神めだか以外の異常な人間を見る事になるのだが、それはまた別の話。

 

「ところで、日当320円は低すぎるのではないか?労働基準法に違反する可能性が…」

 

「それは、お手伝いしてもらうお小遣いだと思ってくれれば……」

 

「なるほど、納得だ。だが、この生徒会は正直320円では割に合わない。個人的ではあるが、一週間に二回ほど、お礼も兼ねて喫茶店でスイーツでも奢らせてくれ。私も少しあの仕事量は限界だったんだ」

 

「…海路口は良い人だね。うん、良いよ!」

 

(この子結構チョロイぞ、情操教育はどうなってるんだ、九州離れ島トリオ!?)



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普通に考えてその服装は異常だと思う。

 読者諸氏の一部には、高校や中学などに風紀委員会、もしくはそれに類する委員会があったかと思う。この箱庭学園に於いても風紀委員は存在し、生徒会が設備や学生の不安の解消を担っているのに対し、風紀委員は文字通り学園の風紀、つまりは治安の維持を担っている。以前にもお話ししたようにこの学園は生徒の自主性を重んじているためか、その権限は理事会、職員室など、他の組織或いは派閥から影響を受けることも、拘束されることもなく、その存在の意義と良心に基づき権限を行使する、という文言は生徒規約にも乗っている。風紀委員に限らず生徒会以外の委員会は、名義上生徒会の下部組織に分類されているのだが、だからと言って生徒会の権限が強いわけではなく、各委員会と我々生徒会は対等な関係にあると言っていい。『下につけども従わず』、この学園の各委員会が生徒会に対して信条としている文言だ。どこぞの先進国の三権分立的な不安定なものよりも、よっぽど自立していることには尊敬すら覚える。まあ、なにが言いたいかといえば、取り締まりの対象は何も一般生徒に限ったことではなく、我々生徒会にも関係する事なのだ。今回の話はそんな風紀委員と、現生徒会の初めての邂逅から始まる。

 

 

 

 

 

 学園風紀徹底取締週間、言葉通り学園内の校則違反などの取締まりを風紀委員主導で徹底する一週間である。その取締まりの厳しさから学園警察と揶揄される風紀委員が、もっとも活躍する一週間であり、殆どの生徒が目をつけられぬよう大人しくしている一週間でもある。とはいえ、風紀委員は校則違反を犯してない生徒には無害な存在ではあるのだが。

 

「校則違反です!あなたがたの服装には正しい部分が一つもありません!服装の乱れは心の乱れ、あなたがたの心は完全に乱れきっています!この風紀委員会、第三部隊所属の鬼瀬針音、私の目が黒い内はあなたがたのような謎の風体の生徒を校内に足の親指一本も入れさせませんからね!!」

 

 教室棟からでさえよく聞こえる鬼瀬ちゃんの声を聞きながら、私は彼らの服装について考察していた。チェーンネックレス着用に改造制服、更には私服登校といった具合で、確かに学生生活を送る上で正しい服装とは言い難い。短い人生の中でもたった一部の青春時代を楽しく過ごしたいのは分かるが、流石に守るべきルールというのは存在する。ちょっとした違反であれば直に改善もできるだろうが、あのレベルでは流石に今日どうにかなるレベルではないので、鬼瀬ちゃんのお叱りをしっかり受けるほかないだろう。…そう言えば私以外の生徒会の連中も明らかに校則違反の服装だったな。あ、ちょうど通りかかってる。…鬼瀬ちゃんの魂が抜け出ているように見えるのは気のせいだろうか?いずれにせよ、今日の生徒会室には怒号と罵声、暴力の嵐が吹き荒ぶだろうな。書類を避難させるためにも、早めに生徒会室へ向かわねばなるまい。私はそんな益体もないことを考えつつ、不知火さんと談笑に興じていた。

 

「しかし、あの子と海路口が友達とは思わなかった☆海路口の口訊きでお菓子の事とか不問にしてもらえないかにゃ?」

 

「彼女と友達なのはそういった贔屓をして貰いたいからではないからね。ただ、彼女が可愛くて、偶々入学式のときに隣に座っただけだし」

 

「海路口って女好きだよねー♪あたしも口説かれちゃったりして☆」

 

「随分前から口説いているのだが。君の心には届いていないようだが」

 

「ごめんなさい♪」

 

「構わんさ」

 

 

 

 

 

 さて、ちょうど書類を安全な場所(生徒会室にある私のロッカー)に入れて、準備を終えてしまったところで、鬼瀬ちゃんはやってきた。つかつかと会長様の席に向かい、机に手を強く叩きつけた。ああ、鬼瀬ちゃんの罵声開始の合図だ。

 

「一体、なにを考えているのですか生徒会(あなたがた)は!生徒の範であるべきはずの生徒会役員が、一体どんな魂胆で率先して風紀を乱してやがるのですか!?まず人吉善吉君!どうして制服の下にジャージを着ているのですか!まさかオシャレのつもりではないですよね!?」

 

「いや、そろそろ俺に時代が追いついてきたかと…」

 

 そんな時代私が生きている間に来てほしくない。

 

「阿久根高貴さん!たとえあなたがエルヴィス・プレスリーの熱烈なファンだとしても、その大胆さはあり得ません!」

 

「正面から怒られたら流石に返す言葉もないな……」

 

 いくら会長様に心酔しているとはいえ、そこまでやる必要はないだろうという言葉は正論ではなかったのか。

 

「そしてそこで自分は関係ないとばかりにソロバン弾いてる喜界島もがなさん!あなただって十分校則違反です!」

 

「…何が?私は制服改造もしてないし、スカートだって普通の…」

 

「下に水着を着といて何言ってやがるんですか!?」

 

「……っ!?…フッ、今のはお前を試したのだ、よくぞ見抜いたな!」

 

 遥かなる高みから言っているように見えてもそれはただのバカにしか見えないわけであるが。バカな子ほどかわいいというのはこういうことなのだろうか。

 

「…なんかお前の心の声が男女差別に満ちている気がするんだが」

 

「ん?そんなつもりはないが?」

 

 

 さて、その場で三人は着替えを強要され、仕方なく正規の状態へ戻っていたのであるが、一気に作業効率が落ちている。お前らは顔がぬれた餡麺麭の人か?服装ぐらいでそんなに落ち込むとは、一体なんでなのか。

 

「鬼瀬ちゃん、態々仕事に来させてしまって申し訳ないね。だが、どうにも仕事効率が悪くなってしまって仕方がない。生徒会室だけなら他の生徒に見えるわけでもないのだし、ここで好きな恰好をするくらいは大目に見てくれないか。主に私の負担を減らすため」

 

「四方寄……ですが、ここで許せば外でも同じことをするでしょう?生徒の規範になるべき生徒会役員が率先して校則を破っては……」

 

「…まあ、それくらいにしてやってくれ、鬼瀬同級生。みな決して悪気があったわけではないのだからな」

 

「あ、いえ。こちらこそ職務中にお邪魔いたしました。それでは失礼させて頂きます!」

 

「うむ、委員長によろしく頼む」

 

 うん、何故そこまで悠々と接する事が出来るのか。基本真っ直ぐな鬼瀬ちゃんは意外と翻弄されやすいのだが。

 

「って、そんなわけないしょー!!一番問題なのは生徒会長、あなたです!その恥ずかしい制服以上の悪気が、この学園内にありますか!?」

 

 多分悪意なら有ると思う。おもに理事会とかあたりに。恣意的な生徒獲得とか色々。

 

「恥ずかしい?なにを言うか。随分と的外れなことを言うな、鬼瀬同級生。この黒神めだか、己が肉体に恥じる箇所など一つもない!!」

 

 およそ話しが噛み合わない。恥ずかしいのは肉体ではなく服装のことだ。というか、肉体も服装も恥ずかしくないとしてもだ、その考え方は恥ずかしいだろう、常識的に考えて。それを意に介さない会長様は、やはり普通ではない。

 

「だから、服装を恥じてください!そんなに胸元を露出してはしたない!!」

 

「これは胸元を露出しているのではない、胸元以外を隠しているのだ」

 

「「基本全裸なんですか(なのか)!?」」

 

「少しはご自身の影響力という物を考えてください!真似する生徒が出たらどうするんですか!?」

 

「真似?結構なことではないか。むしろ推奨するな。私は任期中に女子の制服をこれで統一しようと思っている」

 

「とんでもねえ事企んでやがります!?」

 

 その通りだ。会長様のように胸に自身のある生徒ばかりではないのだから、流石にそれは遠慮すべきだと思う。まあ、見る分には楽しそうだが。

 

「…流石のめだかちゃんも少し押され気味ですね」

 

「ふっ、虫だな人吉クンは。これはいつものパターンだろう?ここからだよ、今回は一体どんな名台詞が出てくるのだろうか。鬼瀬さんは勿論、俺達も思わず唸らされるような名言は!」

 

「何が何でも着替えてください!それとも何かその服装である合理的な理由でも有るんですか!?」

 

 あったらあったで厭だと思うのは私だけか?

 

「……とにかく嫌だ!」

 

 その言葉に鬼瀬ちゃんは唖然とし、生徒会正役職の三人は壁に手を添えて俯くというポーズをとった。まあ、その後で鬼瀬ちゃんが暴れたのは言うまでもないことなので、詳細は割愛させていただく。…書類を避難させておいてよかった。

 

 

 

 

 

 全ての業務が終わり、鬼瀬ちゃんをメールで呼び出して一緒に喫茶店へ行く。会長様及び生徒会正役職のメンバーには随分と怒りが募ってしまったようで、喫茶店に着くなりずっと愚痴を零し続けていた。その様子も可愛いのであまり気にはしていないが。そのうち私は学園の秩序を守るために身を粉にしていると言うのに、あのような人が支持率98%で此方は嫌われ者なのかだとか、風紀に入ってから友達もいなくなり、最早君しかいない、結婚してくれだとか、喜んでと思うようなことを言ってくれたのだが。急に私へ顔を向け、彼女は良い笑顔で思いついた、と私に言ってきた。

 

「そうです、目安箱を使えばきっと黒神さんの服装を正すことができる!」

 

 御馳走様でした、と彼女は喫茶店を後にした。ああ、支払いは私なんだな、とか、きっと彼女の企みは失敗してしまうのだろうな、とか、そういえばここの新商品はわらびもちスイーツだったから追加しようかな、とか考えつつ、まず…

 

「すいませーん、追加でわらび餅とソフトクリームの黒蜜掛けをください」

 

 スイーツを食べることにした。糖分は脳を円滑に動かすための必需品である。待っている間に、今度は不知火さんが来たため、私は財布の中身を確認し、少しバイトの時間を増やそうかなどと考えたわけである。

 

 

 

 

 

 50Mプールが新設されたということは、既設のプールがあるということだ。屋外に設置されていて、この間の水中運動会が開催される前までは此方で授業や部活動を行っていた。が、屋内プールの使い勝手の良さが解ってから、一気に此方は使われなくなり、水もだいぶ前に抜かれた筈であった。が、この間少し長雨になった時期があり、そこで溜まったのであろう水が腰の高さほどまでになっており、落ち葉なども相まって不気味な様相を呈している。と言えば風情も有るのかもしれないが、実際はただボロく見えるだけだ。生徒会執行部は、今朝鬼瀬ちゃんからここに集まるよう言われており、少しの疑念を(会長様除く)感じつつも、此方へ来たわけである。そこで有ったことは…まあ、鬼瀬ちゃんは女優などの演技力を必要とする職業には向いてないということだった。

 

「さあ、私にできることはここまでです!どうなさいますか、黒神さん!」

 

「…ふむ、よくわからんが、まあよくわかった。では、目安箱への投書に基づき生徒会を執行する!」

 

 恐らく鬼瀬ちゃんの考えとしては、会長様を水着に着替えさせ、その間に更衣室に置かれた会長様の改造制服を通常仕様に変えておくとか、そのような作戦なのだと思う。だが、会長様は鬼瀬ちゃんの予想の斜め上を行った。つまり、制服のまま飛び込んだのである。曰く、「乱れようが汚れようが所詮はただの服」ということらしい。この生徒会仕様の制服、決して一着当たりの値段は安くないと思っていたのだが、金銭感覚も異常な会長様からすれば気にならないらしい。私のような一般学生なら間違いなく着替えるが。そしてそんな制服を貸与でも着たいとは思わないのだが。仕様であるためにしょうがないとは、ダジャレにもならんな。

 

 会長様の行動に驚き、その行為に自身が恥ずかしいとでも思ったのか、彼女もあとを追って飛び込んだ。うん、なんで?

 

「探し物は私の良心、おかげで、もう見つかりました!」

 

「………そうか、水に溶ける前で何よりだったな」

 

 

「えぇっ!?黒神さん、代えの制服七着も持ってるんですか!?」

 

「なんだ鬼瀬同級生、貴様は代えを持っておらんのか?明日からどうやって登校するつもりだったのだ?」

 

 後先考えないと大抵あとでバカを見る。これはある種のお約束であろうな。

 

「……どうしよ」

 

「…安心しろ、鬼瀬同級生。私は困っているものを見捨てたりはせん」

 

「え?」

 

 嫌な予感しかしないとはこのことである。鬼瀬ちゃんはそのまま生徒会室へと誘われた。

 

 

 

 

 

「………」

 

 サイズの合っていない服を着て恥ずかしそうにしている女子、というのは世の男性諸君にとってある種の理想のようなものではないだろうか?私はそのような格好は大好物であると言っておく。まあ、だからといって本当に恥ずかしい服を来ている女子をみて興奮するはずもなく、むしろ可哀想に見えてくるだけであるのは、言うまでもない。

 

「一体どんな悪事を働いたらこんなことになるのか……」

 

「何だ海路口、まるで私の格好が悪事であるかのように」

 

「会長様なら似合っているのだがな、鬼瀬ちゃんにはかなり大きいようだし、それに常人が着れば恥ずかしさのあまり悶絶しかねん服装であることに疑いを持つべきではないと私は思うのだが」

 

「…むう、やはり私の服装に理解を示してくれぬのだな、貴様は」

 

「だから会長様が来ている分には似合っているのだよ。…さて、鬼瀬ちゃん、そんな格好ではいくらなんでも恥ずかしかろう。私の制服なら少々大きいだけであるし、改造も施されていない。確か生徒会用を貰って以来使っていない制服が有ったから、それを貸そうじゃないか」

 

「ホント!?四方寄はやっぱり優しいね!」

 

「褒めても君への愛しか出ないぞ?」

 

「出さなくて結構。同性愛は好きじゃないので。でも親友だ!」

 

 そう言って私に抱きついてくる彼女。ああ、身長が足りていないからきっと袖が長かったりするのだろうな。可愛らしい限りである。

 

「…ふと思ったのだが海路口よ。貴様、私と他の女子で随分と態度が違うんじゃないか?」

 

「可愛い女の子には優しさを、が私のモットーだ。会長様はどちらかというと綺麗系だからな。優しくできん」

 

「…なあ、人吉クン」

 

「何すか、阿久根先輩」

 

「あそこで百合の花が咲いている気がするよ」

 

「そうですね、俺も珍しくアンタと同意見ですよ」

 

 取り合えず恥ずかしい恰好で校門に立つという責苦はなんとか回避したものの、会長様の格好をさせられた恥ずかしさからか、やたらと生徒会正役員を敵視する様になったのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 事の顛末、というか後日談。(某お人好しが出てくる怪奇ハーレム小説風に)その後数日たって、人吉君と鬼瀬ちゃんが手錠のせいで互いに離れることができない状態になるという事件が発生。鍵を持っておけとあれほど言ってたのに携帯してなかったらしく、そのまま風紀委員会室に鍵をとりに行くことになる。が、その途中で会長様が乱入、更に何をトチ狂ったか自らの手にも手錠をはめ、三人で風紀委員室に突入という流れになる。だが更に間が悪く、行く先行く先で会長様がトラブルを解決するために別方向へ行く、というのを繰り返した結果、風紀委員室に向かうのがどんどん遅れる。その中で鬼瀬ちゃんは会長様への認識を若干改め、また、逆恨みされていた木金コンビ(ふざけたネーミングである)を人吉君と会長様が簡単に鎮圧(金属バットをどうやったら折れるというのか)し、そこでその力なら手錠も壊せるだろうと気付いた鬼瀬ちゃんがその旨を伝え、その一件は終了と相成ったらしい。どうせ繋がるなら私が繋がりたかったが、その場にいなかった以上どうしようもない。

 

 なお、若干気になる噂を耳にしたので、特記事項として記しておく。風紀委員の委員長に関する情報なのだが、僅か九才にして高校へ飛び級入学し、その天才具合と異常性も相まって、十三組に所属している生徒であるらしい。現在十才だということなので恐らくは先輩に値するのだろうが、元々風紀取り締まりのためであれば少々強引な手も使う機関だった風紀委員会が、更に過激な集団へと変貌したのはこの人が委員長になってからなのだとか。たとえ仮所属(もはやすでに教師からは本所属扱いになっているが)とはいえ自らの組織と対立しかねない存在であるからして、若干注意が必要だと思われる。噂を聞く限り話し合いに乗ってくれるタイプの人間ではないらしいので、自らの保身と組織の安全を確保するためにももう少し情報を集めようと思う。

 

―――――もっとも、この決意は情報を集めきるには少々遅く、私が彼を脅威だと考えるには十分すぎるほど早かったのだが。



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オリジナルキャラ紹介

主人公プロフィール

 

名前  海路口四方寄(うじぐちよもぎ)

 

所属  私立箱庭学園一年一組

 

血液型 B型

 

異常性 特になし

 

過負荷 同上

 

特技  動物調教、応急処置、書類処理、調律

 

信条  かわいい女の子には優しく、全ての女性に敬意を

 

好物  かわいい女の子、甘味、コーヒー、動物

 

苦手  高圧的な物言い・態度、人間味のない人間

 

一人称 私

 

二人称 貴方(貴女)等

 

役職  生徒会特別庶務

 

信教  自然崇拝

 

口癖  これは私の仕事だ

 

友人  鬼瀬針音、不知火半袖、喜界島もがな等

 

愛読書 ライトノベル・漫画全般、興味のある分野の専門書

 

性別  女

 



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まだまだ異常はいるらしい。普通に恐ろしいわ。

 さて、私も部活で使用する第二音楽室なのだが、実際にはほぼオーケストラ部の部活動に使われていて、私は週に三回使うかどうかであり、更に使う時間帯も殆ど全ての部活動終了後である。

 

 そのために私は今まで第二音楽室がいかに老朽化していたのかを知らずにいたのだが、ある日目安箱にオケ部の音漏れが酷いという内容の投書があり、認識に至ったわけである。まあ、その案件自体は会長様自ら解決に行くということで(ただ単にコスプレがしたいだけと見えた)、残りの生徒会メンバーは他の仕事に精を出すことになった。どの程度の老朽化なのかを見るためにあとで第二音楽室へは向かうつもりなのだが。

 

 

 

 

 

 老朽化。百年以上の歴史を持つ箱庭学園であるがゆえに起こる、設備の寿命超過。

正直に言って、業者に頼めという話なのだが、どうにもここの学生達は生徒会を完璧超人の集まりか何かだと勘違いしているらしい。

 

 まあ、その実不完全超人の会長様はいるか。会長様なら改築は無理でも防音設備の応急処置くらいはできそうだ。いや、あの人なら改築すらやってしまうか…?どちらにしろ、今回は私の仕事ではないので気にしない。

 

 さて、私が頼まれた仕事なのだが、目安箱関係ではない。書類整理の最中に、一枚の要望書が上がっていたのだ。曰く、「第一音楽室におかれているピアノ弦が切れたので、張り替えを頼みたい」とのこと。

 

 場所が高音部だったため、弦の発注は不必要だったが、学校設備は切れる可能性が高いことを認識したことだし、父上の事務所に頼んでメーカーに発注してもらうとするか。調律工具を持って第一音楽室に向かう。そこには音楽の先生と切れた弦、そして少し古いピアノがあった。

 

「君が海路口四方寄か。私が依頼者の赤崎だ。…って、名前から男だと思ってたのに女の子だったのね。ごめんごめん、威圧的になっちゃった」

 

「…いや、構いません。私が海路口です。よろしくお願いします」

 

「こっちこそ。ごめんね、いつもオケ部ばっかり見てたもんだから、そっちの部活に顔を出せなくて」

 

「人数も多いですし、それに掛け持ちは大変でしょうから。今度もし此方に顔出しをしたときには、お茶でもお出しします」

 

「ありがと~。で、これが切れちゃった弦なんだけど…」

 

「ああ、大丈夫ですよ。張るべき弦の太さはピアノに記してありますから」

 

「そうなの?」

 

「ええ。恐らく張弦にはそれほど時間もかかりませんし、お仕事が他にあるようなら其方にかかられて大丈夫ですよ」

 

「ありがと、実はちょっとプリント作らなきゃいけなくて…お願いね?」

 

 了解しました、と私が答えると、先生は直に職員室へ向かったようだった。さて、張弦を始めるとしよう。

 

 張弦の際に必要なものは、当然ながら替えになる弦と弦を巻くためのハンマー、弦をピアノに密着させるための工具など、多岐に渡る。

この作業をこなすのに必要な時間はおよそ10分。まあ、プロならそのくらいでできるのだが、私は生憎まだ修行の途中であるため、少し長めに計算して15分といったところだろう。

 

 ピアノの後方を見て、その音を出すのに必要な弦の太さを見る。その後、弦を適量切り取り、弦を止めていたピンを廻し、弦を巻きつける回数分表面に出す。この辺りの弦は2本張りという方法で張られているため、二つ出さなきゃな。片方のピンに弦を通し、根元を押し付けて弦を引っ張りながらピンを廻し、そのまま1回転。この過程を通らないと、上手く弦を張ることができない。その後、弦を奥のターン部分に引っ掛けて捻り、型をしっかりと作る。もう片方のピンに弦を通して、さっきと同じ要領で巡らせる。ここからは弦をしっかりと張っていき、音を元の高さにする作業を主にやっていく。

 

 とはいえ、これは応急処置だ。ここから1週間で、この音と周りは一気に狂う。これは全体の張力バランスが崩れてしまっていたことと、弦が新しい事が原因だ。どのピアノであろうともでてしまう不具合なので、仕方のないことだろう。とりあえず作業を終了し、工具の片付けに入る。さて、作業も終了したことだし、先生に報告して第二音楽室へ向かうか。

 

 

 

 

 

「…なんでわざわざ来るのさ♪さては海路口、マゾだな?」

 

「四方寄!こっち来ちゃダメ!!」

 

「ん?コイツも生徒会のメンバーか?刺客を使うまでもなくそちらから来てくれるとはありがとさん」

 

「……?ああ、なんだ。鬼瀬ちゃん、喫茶店デートをしたいのならそう言ってくれ。私はいつでも歓迎する。不知火さんも一緒に行く?確か今日から新作の挑戦メニューが出ているはずだ。早速クリアーしてくれ。まあ、この人たちの応急処置と部活動を終えてからになるから、なんだったら今日は一緒に活動していくか?」

 

 第二音楽室の中は凄惨たる状況で、その中には子どもが一匹と、不知火さん、鬼瀬ちゃんがいた。状況から見るに、鬼瀬ちゃんではない。勿論不知火さんでもなく、つまりこの状況は目の前にいる可愛げの全くない子どもが創りだしたものらしい。つまり、部外者が勝手に暴れただけ。ここの凄惨たる状況の収拾は私の仕事ではないと判断し、初対面のオケ部部員を治療することにした。

 

「…あれあれ、オレもしかして無視されちゃってる?いいねぇ、そういう気の強い女は大好きだ。だが、今回は敵同士だからな。しっかり殺してやるよ!」

 

「とは言う物の、今日は中も凄惨たる状況だからな。部活動は諦めて治療を終え次第喫茶店に行こうか」

 

「いや、そんな悠長な話ししてる場合じゃないよ!早く逃げて!?」

 

 鬼瀬ちゃんの言葉を聞き、私はもう一人いる子どもに目を向ける。非常に愉快そうに不機嫌そうな彼を、そう言えば私は見たことがあった。

 

「ああ、申し訳ない。はじめまして、雲仙冥利委員長。現在生徒会の臨時役員として頑張っております、海路口四方寄と申します」

 

「おう、はじめましてだな。そしてさよーならだ」

 

 そう言って雲仙先輩は私に何かを飛ばしてきた。頭に命中し、思わず倒れこむ。

 

「委員長!?一体何を…!」

 

「だからよ、鬼瀬ちゃん。こいつらと俺は敵同士なんだって」

 

「だからって……」

 

「いきなりの仕打ちに私、驚きが隠せないんですけれども。鬼瀬ちゃん、これは風紀委員会の挨拶みたいなものなのかな?」

 

「四方寄!!」

 

「あれ?それを受けて立ちあがるとか、普通(ノーマル)にしちゃ随分強いんじゃねえの、お前」

 

 まあ、普通に痛かったが。昔から頑丈さが取り柄だったのだ。恐らく会長様が本気で殴ってきても耐える自信はある。まあ、痛いのは痛いのだけれども。

 

「これでも結構丈夫なので。…あー、雲仙先輩?誠に申し訳ありませんが、少々お待ちいただいても宜しいですか?この部活動生を保健室へ…」

 

「ああ、もう保健室に連絡してあっからさ、別に気にしなくていいぜ?むしろ応急処置をささっと済ませたアンタの技術がすげえな。ま、どっちにしろ壊すだけだが」

 

「私が何故壊されるのかいまいちよくわかりませんが」

 

「そうだな…黒神のせいだとでも思っておけばいいだろうさ!」

 

 なんとなく納得できるから困る。ところで、この場に会長様がいないのは何故か。確かここの修繕が今回の案件だったはずだが。

 

「黒神なら他の役員の処へ必死こいて行ってる筈だぜ?まあ、どうせ手遅れだろうけどな。お前のところには絶対これねえよ!」

 

「そうですか。ちょっと待ってくださいね?」

 

「んあ?」

 

「…あ、会長様か?私の方へは来なくていいぞ?私?第二音楽室だ。大丈夫だって。こう見えて頑丈さは私の取り柄だ。さっさと正役員の方を助けておけ。なに、もう既に助けただと?それはお疲れ様。ああ、私の方は適当に終わらせておくから。だから、十三組だとかそんなのどうでもいいんだって。残念だが第二音楽室は業者を呼ばなきゃ直らないから、執務室で業者を呼ぶための決済を頼んだぞ?だから大丈夫だといってるだろう?なんならあと十分で其方に帰っていってやるから。ああ、分かった。ではな…お待たせしました。もういいですよ」

 

「……てめえ、まさかオレに十分で勝とうなんて思ってんのか?」

 

「いやいや、まさか。今すぐに……逃げるだけです」

 

 そう言って、私は窓から飛び降りた。校則に扉以外からの出入りを禁ずるという条項等は書いていなかったので、校則違反ではない。そして、そのまま私は執務室へ戻ることにした。

 

「……マジかよ、ここ四階だぜ?普通(ノーマル)が飛び降りて無事な筈…!?」

 

「……えっ、嘘…走ってる……!?」

 

「うわぁ……中々凄いことするねぇ、海路口は♪」

 

「ん?ああ、呼子か。任務の進捗状況はどうなって……失敗?どういうことだ――――」

 

 

 

 

 

「海路口、無事であったか!」

 

 生徒会室に戻り、他のメンバーが無事であったことを確認する。同時に、会長様の現在の服装をみて、着替えを進めることにした。ああ、待て。他の人もいる状況で脱ごうとするんじゃない。とりあえず男子は外に出し、着替えをさせてから改めて風紀委員長との対立についての考察を聞くことにする。

 

「――――そのスーパーボール、もしかしてこれの事か?」

 

「まさか海路口、お前もとったのかよ!?」

 

「耐久力には自信がある。当たったついでに回収した」

 

「カッ、テメエも十分普通じゃねえな!」

 

「なにを言うか。私は十分に普通だぞ?むしろあんな人たちの周りに平然とついてられる人吉の方が」

 

「それ、お前も同類な?」

 

 人吉君の言葉に反論したいが、ここで空気を読まず反論するのもあまりいいことではないな、と考え直し、会長様に続きを促す。

 

「うむ、とは言う物の普通のスーパーボールではない。かなりの反発力、反射力を有しているようで、ほれ」

 

 会長様が指ではじくと、縦横無尽に跳ね続けるスーパーボール。軌道を一瞬で判断したのか、私達に当たることはないが、結構びっくりする。

 

「な?」

 

「な?じゃねえよ!」

 

 その反応には大いに同意するところだが、どうやらそんなことも言ってられないほどに、事態は緊迫していたらしい。

 

「いやー、お見事、お見事!一年ずっとそのネタでやってきたが、見破ったのはお前らが初めてだぜ!」

 

 そう言って拍手をしながら雲仙先輩は入室してきて、鍵を掛けた。あとから思えば、この時点で感じた違和感にしたがっておけばよかったのだろう。残念ながら、後悔先に立たずとはまったくもってその通りだ。

 

「流石に既製品じゃあ攻撃力が足りねえからよ、そこは素材に気を使ったりなんだり、色々改良はしてんだけどさ」

 

 そう言いながらボールを床に撒き散らす雲仙先輩。会長様に仲間だとか鏡映しみたいだとかいいながら、ご丁寧にも窓の鍵まで掛けている。結局相容れないだの何だのと、御託を並べているようだが、正直なにがしたいのか分からない。が、よく省みてみると、不自然なのは別に鍵を掛けたことだけではなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを理解したとき、私は何気なく移動し、雲仙先輩の死角を利用してロッカーの扉を開けた。

 

「貴様達、離れろ!これはスーパーボールではない、火薬玉だ!」

 

「おっと、ばれちまったか。まったくオレってば手品下手すぎ!だがまあ、遅い。細工はギリギリ完成してる!」

 

 阿久根先輩やら喜界島さんやらが、即刻やめるように言っているが、むしろ逆効果だったようで、どこからともなく取り出したマッチに火をつけ、引火させた。瞬間、生徒会室は炎に包まれたわけだ。火傷は上手く処理しないと酷いあとが残ってしまうのだが…。

 

 

 

 

 

「んな!?全員無事だと!?」

 

 雲仙先輩は驚きに満ちた表情で叫んだ。前もってロッカーを開けておいてよかった。なんとか三人を詰め込み、爆風から身を守らせることが出来た。

 

 まあ、当然ながら私と会長様は外から抑えなければならなかったから、思いっきり爆風は被ってしまったわけだが。………って、おい。会長様はこんなに恐ろしい表情をすることがあるのか?

 

「黒神、一体テメエなにをした!」

 

「…簡単なことだ。爆発の恐ろしさは爆熱よりもむしろ爆風の方にある。だから私は四方寄があらかじめ開けておいてくれたロッカーに三人を入れ、扉を閉めた」

 

「まあ、扉は内側からは閉められないので、こうやって私達は外にいたのですが」

 

「なんでテメエも無事なんだよ!普通(ノーマル)!」

 

「言ったでしょう?私は丈夫だ、と。会長様がある程度の下準備をしてくれていたので、かすり傷と少しの火傷ですみました。ついでに、爆風に合わせて外に飛びましたからね」

 

「……ケケケ、いや、ホントすげーわ、会長様の聖者っぷりと、海路口の頑丈さはよ!どうせ黒神は誰も傷つかなかったから一件落着とかいって、海路口は仕事じゃねえと言い張るんだろ!?」

 

「煩い」

 

 会長様はそうつぶやく。その一言だけで十分に威圧感を発揮するあたり、この人やっぱり常人じゃない。その後も上から目線性善説に則り、ご高説をふるっているようだが、それより何より聞きたい事がある。

 

「会長様、いつの間に髪を染めたんだ?」

 

 …あれ?どうしたのさ、みんな一気に脱力してるが。

 

 



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異常がどうした。誰が相手でも私は普通に怒る。

 黒神めだかには『真骨頂』という物がある、と人吉君は語る。曰く、その壱「上から目線性善説」、その弐「ツンデレ」、その参「行きすぎ愛情表現」と、それが真骨頂なのか?と疑いたくなるようなものなのだが、その四を聞いた時、私は「ああ、やっぱコイツ人間じゃねえわ」という結論に至った。黒神めだかの真骨頂その四。それまでの真骨頂はこれを登場させるためのただの数合わせなのではないかと思うほど、人間離れした内容。曰く、「乱神モード」。髪が白くなるのが特徴で、会長様が激昂した時に現れる状態。全ての身体能力が跳ねあがり、怒りにまかせて暴力的になる。また、気休め程度ではあるものの、怪我の治りも早くなるのだとか。

 

「こうなったらもう誰もめだかちゃんを止められねえ。雲仙、お前終わったぜ」

 

 いやいや、終わる終わらないの問題以前に、まずは止める必要があるだろう。というかなんなんだ、私の言葉をガン無視して説明モードに入りやがって。そんなに私の疑問はおかしかったのか?そんなことを考えている間に、喧嘩は激化し、某龍玉集めファンタジー漫画の無印編中盤のような状況になっていた。正直無視して生徒会室の修繕に戻りたいところ……ん?

 

「…なあ、今日処理した書類の類は、既に安全な場所へ保管していたのか?」

 

「んなわけねえだろ。そんなことする暇もなかった……って、おい、海路口!どこ行く気だ!?」

 

「そんなの決まってる。処理がもう少しで済んだ書類全部燃やしやがって……あの餓鬼、一回ぶちのめしてやる」

 

「それはめだかちゃんの役割だか…なんでもない、なんでもないからこっちにその目を向けるな!!」

 

 ふむ、会長様を止めないとアイツをぶちのめすことも、謝罪、後に強制労働させることもできないのだな。よくわかった。

 

「じゃあ、会長様を止めてくる」

 

「はぁ!?一体どうするってんだ、あの状態じゃ俺でも止められねえかも知れねえってのに…」

 

「うん?怒りには甘いものだよ。というわけで、チョコレートでも持っていくか」

 

 バカじゃねえのか!?と言う人吉君の言葉など気にも留めず、私はそのまま校舎に入る。…ぬ?会長様の動きが止まっているようだが…?

 

「その名も『アリアドネ』!この防護服『白虎』を縫製してんのと同じ糸だぜ!」

 

 確かに何やら細い糸のようなものが光っているのが見えた。どうやら先ほどの爆発でむき出しになった鉄骨に引っ掛けているようだ。

 

「これを切るなんてことは不可能だぜ!勝負あったな、黒神!」

 

「おーい、会長様。とりあえず怒っているのだったらチョコでも食べて落ち着け。ほれ、あーん」

 

「もがッ!?」

 

「所詮怒りなんてその場限りの感情なのだから、いつまでも持続させたら糖分が足りなくなるだろう?それに、態々動こうとするんじゃない」

 

「さっきから一体何なんだよ、てめぇは。アリアドネにも引っかかってねえし、一体どういうこった!?」

 

 雲仙先輩が何やらわめいているが、気にしない。会長様に絡まっている糸がどこから伸びているのか確認し、元となっているところへスーパーボールを弾く。うん、命中。

 

「な!?」

 

「会長様、とりあえず怒りは収まったか?人吉君達は無事であるし、貴女にはこの後の書類の再作成に尽力してもらわねばならん。見る限りにおいては擦過傷だけにも思えるが、骨やら内臓にはかなりダメージがあるだろう?ここは私に任せろ。なに、所詮は子どもを躾けるだけだ、そんなに時間はかからん」

 

「…四方寄?」

 

「さて…、どうにもこのチビッ子は選民意識が強いらしい。ただの分別を選別であると勘違いしているなら、十三組(ジュウサン)というモノがどれほどちっぽけなものか、彼曰く普通(ノーマル)な私が見せつけてやるとしよう」

 

 と、口上が終わらないうちに此方へ飛びかかって来た雲仙先輩。どうやらチビッ子発言か選民意識への暴言、十三組をバカにされたことのどれかにキレてしまったらしい。まったくもってお子チャマである。

 

 向かってきた雲仙先輩を右手で掴み、その場に叩きつける。そんなに驚くことでもないだろうに、目を白黒させる会長様と正役員。

 

「私も当然ながら、会長様のような奴が万全な状態のときに殴ろうとは思わない。だがね、最早コレは弱っている。さっき二発も会長様の怒りにまかせた拳を受けてるのだから当然だな。つまり、ノーマルでも状況次第でアブノーマルに勝てるってことだ。そして、今まさにその状況である、というわけ」

 

 あいた口がふさがらない様子の四人と、なにをされたのかいまいちよくわかっていない様子の雲仙先輩。ああ、コレだから理解力の乏しい奴らは困る。

 

「さて、雲仙先輩。いや、冥利君とでも言っておこうか?君が悪戯をした所為で、お姉ちゃんたちは仕事が増えてしまったんだ。それを私はとっても怒っている。別に君が悪戯したこと自体は構わない。けどね、その悪戯の結果、学園の風紀や平穏を脅かす以上、生徒会の臨時役員として見過ごすわけにはいかないし、何より…私の仕事を無駄にしやがって。ぶち殺すぞ、餓鬼」

 

「がッ…!?」

 

「仕事を増やしてんじゃねえよ。テメエが学園の風紀云々言ってる間にな、こちとらその学園を上手く回すために頑張ってんだ。それがなんだ?相容れないからって会長様に挑むならまだしも、私まで巻き添えにしやがって。ピーピーギャーギャーと喧しく邪魔して、なにが風紀委員の委員長様だ、テメエのせいで風紀が乱れてんだよ、そんなふざけた委員長、即刻辞めちまえ。いいか、餓鬼。お前が今すぐできることはな、その場で土下座して謝って、少しでも元の状態に戻すための手伝いだ。それが分かってんのか、あ!?」

 

「ぎぃッ!?」

 

「さっさと謝ればいいんだよ、その場で土下座でもしろってんだ。仮にも組織の長が、その組織の職権濫用してんじゃねえよ。ほら、別に会長様に謝れなんて言わねえよ、私に謝れ」

 

「ごめ…、なさ…」

 

「よし、謝ったならいい。では雲仙先輩、貴方が焼失させた書類の再作成と、決済の手伝いをお願いしますね?」

 

 …ん?どうしたんだみんな、そんなにいきなりずっこけて。

 

 

 

 

 

「…で、この状況は一体どういうことなんだ?」

 

「よくわからないね。海路口さんが一体どうしてそんな状況にあるのか、俺には理解できない」

 

「俺にも無理。多分めだかちゃんでも無理なんじゃねえのか?」

 

「…いいなあ、雲仙先輩」

 

「なあ、四方寄、貴様の膝というのはそんなに気持ちのいいものなのか?できれば私も上に座りたいのだが」

 

 現状。雲仙先輩が私の膝の上で書類仕事をしている、以上。…いや、そういうしかないのだから、疑問は挟まないでほしい。私も十分チンプンカンプンなのだ。

 

「女性組二人の不穏な発言はむしろバッチ来いだとして、そろそろ雲仙先輩は離れてくれませんか?」

 

「えー?いいじゃねえか、ここ気に入ったんだから。柔らけぇし、頭を後ろにやると丁度いいところに丁度いいサイズの胸が…」

 

「餓鬼、さっさと降りろ」

 

「っと、悪ィワリィ。じゃあ、冥利君って言ってくれたら降りてやるよ」

 

「さっさと降りろ、冥利君」

 

「…マジで言っちまった。そんなに俺が座ってんの嫌か…?」

 

いやというか、邪魔である。書類仕事をしてくれているのは良いのだが、私が作業できないだろう。その通りに伝えると、じゃあ終わったらもっかいな!と元気よく私から降りて、別の椅子に座り作業を再開する雲仙先輩。一体何がどうなってこんなに懐かれたのか。それと喜界島さん、会長様。何故にあなた達は私の方へにじり寄ってるのか。

 

「…さっさと仕事を終わらせねばならんのだが?この後鬼瀬ちゃんと不知火さんとで喫茶店デートをする予定なのでな」

 

「わ、わたしも行っていい?」

 

「ぬ?財布と相談してみるから少し待ってくれ…うむ、一緒に行こうか」

 

「な、なあ、四方寄、私も行っても」

 

「会長様、貴女はまだまだ仕事があるのだろう?私と喜界島さんの仕事はあと少しで終わるが、会長様はどうなんだ?」

 

「ぬ…まだ途中だ。仕方あるまい、諦めるか…」

 

「そうか、なら会長様の決済印が必要ない書類をよこせ。その分については手伝ってやる。早く終わらせなければ喫茶店にもいけない」

 

「よ、四方寄……!」

 

「…なあ、人吉クン?」

 

「…何すか?阿久根先輩」

 

「気がつかないうちに女子組がとっても仲良くなってないかな?そして俺達が思いっきり忘れ去られてる気が…」

 

「…気のせい、だといいっすね…」

 

 その後、会長様が怪我をしていたことを思い出し、ダダをこねる会長様を病院に行ってからだ、と押さえつけ、計四人で病院まで連れて行ったわけだが、そんな日常を読者諸氏は期待していないだろうから、割愛させていただく。

 

 

 

 

 

 

「雲仙君がしばらくの間戦線離脱ですか…コレは少し困ったことですねぇ。『十三組の十三人』は一人もかけてはいけないというのに。これでは私の計画が破綻してしまいますよ。ねぇ、どうすればいいと思いますか?袖ちゃん」

 

 

「どうもこうも、別に悩む必要なんかないんだよ、おじいちゃん…いや、箱庭学園理事長、不知火袴総帥!困った時には迷わず選ばず、目安箱に投書すればいいんだよ!」

 

「それもそうですねぇ。でしたら、早速お手紙を書くとしましょうか。…ところで、袖ちゃんと最近とても仲のいい普通(ノーマル)の子がいるそうじゃないですか。しかも、『私ですら気付かずに入れてしまった』B型の子だとか。普通科に所属してこそいますが、もしかしてその子も…」

 

「…コレが善吉の事なら、アイツは普通(ノーマル)だ!っていうかもしれないけどね。四方寄は正直、あたしでも分かんないかな♪もしかしたら、普通でも特別でも異常でも、なんでもないのかも知れないですよ☆」

 

「それはそれは。その人吉君という子にも若干興味が出ましたが、彼女にはそれ以上に、いや、異常なまでに興味をひかれてしまいましたねえ…。さて、それでは彼女にも試してもらうとしましょうか、『サイコロ占い』を!」

 

 

 

「クシュンッ!…なんだろう、誰かが噂でもしているのか?しかも、相当悪質な勧誘を受ける類のいやな予感までするし…」

 

「大丈夫?四方寄。なんなら今日はやめにしても…」

 

「そうだよ、海路口。別に喫茶店は今度でもいけるから…」

 

「いや、言い出したのは私だからな。それに、二人も、いや、この後三人になるか。三人もかわいい女の子を連れてデートが出来るなんて贅沢、体調不良程度でフイにしてたまるか」

 

「「………」」

 

「やーやー、お待たせ☆…って、アレ?どうしたのかな、そんな同性愛者から面と向かって告白されたみたいな顔をして♪」

 

「不知火さん。時間丁度なあたり、君も結構真面目だね。さて、それじゃ行こうか」

 

「「……ハァ」」

 

「~~~♪」



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異常が集まりだした。普通に気味が悪い。

 賽子。起源は定かではないものの、元は占いなどに使われていたという。出鱈目の語源もこの賽子から来ていると言われ、そのランダム性の高さから数々の遊戯や賭けごとで使われる、我々人類に最もなじみのある正六面体だろう。二つ以上の賽子を振り、全て同じ目になる可能性というのは、賽子が増えれば増えるほどに少なくなり、最早八個のそれともなれば、全て同じ目になる可能性は天文学的と言っても過言ではない。ましてやそれが何回やってもとなれば、それこそ宇宙の法則が乱れているのだろう。規格外にも振っただけでタワーになるなんて、物理法則的にどうなのかとすら思う。

 

 なぜこのようなことを話しだしたのかといえば、理事長直々の呼び出しを食らったからである。なんと言えばいいのか、このおじいさん、私への視線に遠慮がない。さっきから私の全身をやたらとじろじろ眺めてきている。正直言って、コレが立場のある人間でなければ露骨に舌打ちでもして御退散願うところなのだが、残念ながら呼びつけられた手前、そうもいかない。

 

「…で、先ほどから私を随分観察されているようですが、一体何の御用なんですか?私は特に呼びつけられるような賞罰は受けていないのですけれど」

 

「ああ、コレは失礼しましたね。いえいえ、特に頭の痛いお話しではないのですよ。まあ、今回の雲仙君の暴走を治めたのが、普通科の貴女だというので、お礼と少しの注意をさせて頂こうかと思いまして」

 

「お礼を言われることでもありませんし、むしろ停学以上の処分は覚悟していたんですが。いや、実際には覚悟なんてできてませんけれども」

 

「ホッホッホ。面白いですねぇ、海路口さんは。我が校の校風は自主性を重んじる、という物ですから、個人同士の喧嘩に一々口など突っ込みませんよ。まあ、流石に今回は若干被害も大きかったですけれど、それは殆ど雲仙君と黒神さんが原因ですし。ただ、校舎から飛び降りるという行為を禁止していなかった此方の不手際ではあるのですが、あのような真似は少々感心できませんので、そこについて注意を。あとは、事態を収拾してくれたお礼ですよ」

 

「…私は最後に会長様…黒神さんの手柄を掻っ攫っただけとも取れますから、お礼など必要とは思えませんが」

 

 というか、何なんだ。この人さっきからやたらと話しをはぐらかしている。さっさと本題を話せと声を高らかに叫びたい。いやまあ、しないのだけれど。

 

「…どうやらずっと本題を話さないことに苛立たれているようですねぇ。ええ、分かりますとも。注意も感謝もついでですからね。本題なのですが、実は…」

 

 説明を大まかに纏めるとこうだ。学園長が個人的に主宰し、進めているプロジェクト、「フラスコ計画」。会長様のような人間の巣窟である十三組から、特にイカれた人間を十三人分別し、被検体として肉体情報を蒐集、DNAをはじめとする様々な情報をもとに、『人工的に天才を作る』。そんな馬鹿げた計画を実施し、そして最終段階に入りつつあるというのだ。正直、この学園の異常性と、目の前の老人から出てくる不思議な威圧感がなければ、呆けた老人の戯言だと一笑に付していただろう。そして、理事長の話はそこで終わらなかった。彼曰く、人間は三種類に分けられるらしい。「普通」と「特別」、そして「異常」だそうだ。コレはそのまま学校のクラス分けに用いられているらしく、普通科と特別科、更に登校義務すらない十三組の三つがそうなのだとか。

 

「ですが、ここにきて貴女という存在が来た。正直に申しますが、我が学園は血液型AB型の人間以外は入学を許しておりません。天才型などと称されるため、この計画のモニターにちょうどいいからですね。ですが、貴女はB型。一体どういう手違いがあって、この学園に入学してきたのか。もしかしたら貴方は普通科に所属しているとはいえ、『普通』ではないのかもしれない、と考えるにいたったわけです」

 

「…ですが、『特別』でも『異常』でもない私は、それこそ『異常』に見えた、ということですか?」

 

「非常に興味を抱くようになったというのは間違いないでしょうね。そこで、貴女に少しやっていただきたい事がある」

 

 そう言って理事長が出してきたのが賽子であった。「それを振れば貴女がなんであるのか分かるかもしれない」等と言ってきているが、なるほど、『確かに分かるだろう』。

 

「……コレは……」

 

「宜しいですか、理事長。私は『異常』ではありません。この結果は少し偏ってこそいても、『普通』の範囲を超えないでしょう?」

 

 私が振った八つの賽子。出た目は一が六つと、三が一つに六が一つ。念のためもう一度振って欲しいと言われたが、その時の賽の目は一が七つに四が一つ。以前会長様に見せてもらったサイコロは、『縦に積みあがっていた』ので、コレを異常とは絶対に『理事長は』言えないはずだ。

 

「…いやいや、確かに貴女は『普通』のようだ。『異常』なら、毎回必ず同じ状態になるはずなのですが…申し訳ありません、態々呼び立ててしまって。ああ、それから今回の件を踏まえて、校則に校舎からの飛び降りを禁ずるという項目を追加させていただきます。今後そのようなことはしないよう頼みますよ」

 

「分かりました。失礼…します」

 

 若干の失望をその瞳に携えながら、あくまでも理事長としての威厳を崩さずに言うおじいさん。そのあたり人の上に立つ人間の本気を見た気もするのだが、どうでもいいので気にしない。むしろ気になるのは、「学園長の後ろにいる人たち」だ。かわいいのが三人いるので非常に素性を教えてもらいたいところだが、あえて今回は無視する事にする。話の内容を考えるに、分かってしまうことも『異常』ととられる可能性があるし。私はできる限り自然に、理事長室を辞した。

 

 

「…ふむ、一瞬B型でも『異常』が発現するのかと思いましたが、若干偏りがあるとはいえ、やはり普通の子でしたか…」

 

「所詮は愚民であるということだな。態々呼び出すこともなかっただろうに」

 

「まーまー、そういうなよ、王土。彼女だって可愛かっただろう?」

 

「どう見ても普通の人間でしたね。まあ、若干殺しにくそうだったけれど」

 

「俺らの事には気づいてたっぽいが、それも違和感程度だったようにおもうな。その程度なら普通だし、別に考えるまでもねえだろ」

 

「ま、ごくごく一般的だったと思うよ?」

 

「………ああ、そうだな。…まだ二回見ただけだ…」

 

「やはり彼女は『ハズレ』でしたか…では、黒神さんの方に重点を置くとしましょう」

 

 

 

 

 

 

 今回の件で漸くはっきりした。私は『異常』よりもある種において『オカシイ』と。これまでに遊びなどで幾度か八つの賽を投げていたが、理事長の説明を聞いて理解した。

 

 今まで投げた回数は十七回。そして、今回で計十九回八つの賽を振った。お察しのとおりである。私の賽子は、『カウント』するのだ。いつもその結果、というのが『異常』だということであれば、私は『異常』ではない。ただ、『規則性』が有るだけなのだから。

 

「だから、私は騙していないというのは、詭弁になるんですかね?名瀬先輩」

 

「…気付いてたとか、やっぱお前も『異常』なんじゃねえかよ。なんだ、理事長の野郎は騙されてたみたいだがな。俺の目はだませねえぜ」

 

「…会長様や貴女達に出会う前でしたら、私もこれを『異常』と捉えていましたよ。けれども」

 

 いつの間にか腕に突き立てられようとしていた注射を、私はなんとかよける。そして、少しの驚きに包まれている彼女に、次の言葉を紡いだ。

 

「こんなのは『異常』ではない。これをもしも貴女達の流儀で名づけるとしたら…差し詰め『規則(レギュラー)』と言ったところでしょうか」

 

「『規則』…?よくわかんねえな。それはお前の『異常性』じゃねえのか?」

 

「あくまでもコレは『異常』なんてモノではありませんよ。そんな馬鹿げたものじゃない」

 

「…馬鹿げた、だと?」

 

「ああ、それに誇りを持ってらっしゃるのですね。でしたら言葉が悪かった。申し訳ありません。つまり、私が言いたいのは、コレは『普通』の延長線上にあるものでしかない、というだけです。『特別』とは少し袂を別つものではあるようですが、基本が『普通』にあるのは間違いない」

 

 そう言って、私は彼女が取り出した注射針を潰す。益々驚きに満ちていく表情、そして焦りが出始める。まさしく『規則的』な反応である。

 

「…一体どういうことだ?」

 

「恐らくはこの後、会長様が先ほどの会話の内容に違和感と嫌悪感を覚え、フラスコ計画の廃絶に動くでしょう。ですから、学園側についていると思われる貴女と、一応生徒会に所属する私は敵同士。大したことはないとは言う物の、戦力を敵に漏らすわけにはいきません。きっと貴女の頭脳は聡明である筈ですから、ご自身で考えてください。では」

 

 そういい残し、私はその場から全力で逃げた。

 

 

 

 

 

 

「おい、そこを走っている女。…おい、偉大なる俺がお前に話しかけてやっているのだ、一寸は話しを聞く様を見せろ。まったく…『跪け』」

 

「悪いがいきなりそんなことを言われても急いでる最中だし、知らない人と仲良くしてはならないと母に教えられている。更に、そんな命令をされても私にM属性はないのでお断りする。では」

 

「…ぬ?おい、偉大なる俺が言っているのだぞ?ちゃんと聞くがよい。それに、聞く時の態度がなっていないな。『平伏せ』!」

 

「断ると言っているだろう。箱庭学園はいつの間にやら魔窟と化してしまったのだ?初対面の人間にそんな横柄な態度をとるとは、人間性を疑う限りだ。急いでいるのだから、ひきとめようとするんじゃない。失礼する」

 

「……偉大なる俺の圧政に刃向かうとは、あの女、やはり只者ではないのか………?」

 

 

「…で、会長様の顔にできている擦過傷と骨折等の重傷に、人吉君の膝の打撲は一体どういうことなんだ?」

 

 生徒会室に向かったものの、誰もいなかったために書類整理をしていたのだが、戻ってきた会長様及び人吉君の怪我を見て、とりあえずロッカーから救急箱をとりだすことにした。そんな中で今回の怪我についての説明を求めたわけだ。

 

「ああ、実はよ……」

 

「ほう、彼はそんな異常があったのか。本当に『異常性』というのは馬鹿げているな。『言葉の重み』ねえ……」

 

 まさか会長様以外に『真骨頂』なんて馬鹿げたモノを並べている人間がいるとは思わなかった。それとも普通なのか?だったら私も真骨頂を考えなければならないのだろうか。まあ、どちらにしろそんな小恥ずかしい事はお断りである。

 

「って、海路口!お前、都城先輩の事知ってるのかよ!?」

 

「知ってるも何も、さっき同じことをされたよ」

 

「はあ!?」

 

「ふむ、非常に興味深いモノではあるが、関わったら碌なことになりそうもない。もしもその計画を断絶するつもりで生徒会を執行するのであれば、私はリタイアさせてもらってもいいか?」

 

 その言葉はどうやら会長様も予想していたようで、仕方ないな、といった表情を醸し出しつつ私に返答する。

 

「仕方あるまい。私もやられてしまったのだ、それこそお前には荷が重かろう。リタイアしたからといって問題はない。むしろ、そこで私も関わると無謀なことを言ってくるようなことがなくて安心した。お前は『仕事なら仕方ない』と付いてきそうだからな」

 

「……ふむ、では、これは生徒会の仕事にしないのだな?」

 

「いや、当然ながらこれは執行部の仕事だ。まあ、今の私では心許ないので、自身のバージョンアップのためにも、兄貴を訪ねる必要があるが――――――」

 

 会長様の言葉を途中で遮り、私は彼女に言い放つ。ああ、もう。だから生徒会に入るのは絶対に嫌だったんだ。私の性格上、こればかりは仕方ないことだからこそである。

 

「残念だな、会長様。これで私はこの仕事に参加しなければならなくなった。会長様の言うとおり、『仕事なんだったら仕方がない』」

 

「な、海路口、オマエ!」

 

「…後悔するぞ?」

 

「仕事に後悔も何も有るか。仕事は仕事だ」

 

「…感謝するぞ、四方寄」

 

 いや、感謝される筋合いはないし、結局仕事という形を辞めないが故の不可抗力なのだが。既に方針が決まってしまった以上、会長様のあとを追わざるを得なくなるな。はあ、自身の性質が恨めしい。

 

 

 

 

 

「やあやあよく来てくれたね、ようこそだ。一年ぶりだぞ、愛しの妹めだかちゃん。勿論妹愛あふれる僕にはお前の用件くらい分かりきっている。直にお兄ちゃんが全盛期に戻してあげるから安心したまえ!」



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異常の兄も普通に異常だった。

 老朽化した設備を改修するのは学園の務めである。が、代替設備が出来てしまったモノについてはその限りではない。以前鬼瀬ちゃんの依頼で訪ねたプール然り、いま目の前にある旧校舎、通称『軍艦塔(ゴーストバベル)』然りである。個人的にはこんな過去の遺物、いや、最早異物と言った方がいいような物はさっさと取り壊してしまえばいいと入学当初から思っていたのだが、私立公立問わず、資金不足というのは共通の悩みの種であるのか、取り壊しなどの情報は一切ない。しかも、この今にも崩壊しそうな校舎、管理人がいるという噂なのだ。一体どんなモノ好きなのだろうと思っていたのだが、どうやら会長様の兄であるらしい。納得した私は悪くないと思う。

 

 

 

 

 

 黒神真黒、元十三組の生徒で、現在この旧校舎の管理人である。私はこの人を一目見て、「ああ、また異常者が出た」と思うに至ったのだが、その理由は察してほしい。いかに自分の妹とはいえ、成長記録をそれこそ毎年数冊以上のレベルで記帳出来る人間、更には部屋の壁一面に妹の写真を並べている人間、さまざまなぬいぐるみやフィギュア(全て会長様がモデル)を部屋のスペースの至るところに配置している人間を、異常者と言わず何だというのか。シスコンを自称する人間でも、この部屋を見たら気持ち悪いというのではないだろうかと思うほどに、ここは妹グッズに溢れていた。そんな人間を見て、異常だと思わない人間がいるのなら見てみたい。ところで、部屋の状況を説明している間に一体なんでこの真黒さんとやらは吹き飛ばされているのだろうか。しかも何やら会長様の解析まで始めているし。内容は変態的なまでに微に入り細に入りって感じだし。もう帰りたい。

 

「―――ま、めだかちゃんはちょっと弱ったくらいが一番かわいいんだけどね~☆……ところで二人とも、僕の知らない人が一人いるんだけれど、彼女を紹介してもらっても良いかな?」

 

「おっと、そうでしたね。コイツは海路口四方寄、現生徒会の臨時役員です」

 

「へぇ……はじめまして、海路口ちゃん。僕はそこにいるめだかちゃんの兄、黒神真黒だ。いつも妹がお世話になっているようだね」

 

「……いえ、私の方こそめだかさんにはいつも助けられてばかりで、本当に素晴らしい妹さんをお持ちでうらやましい限りです。私の弟も彼女のようになって欲しくない!すいません、やはり本音は抑えられませんでした」

 

「…あはは、面白い子だね、僕の妹にならないか?」

 

「全身全霊でお断りします。初対面の方に失礼だということは承知で言わせていただきますが、気持ち悪いので」

 

 後ろで頷いている二人、そんな暇があるのなら私を守ってくれないか、何気に頬を触られているのが気持ち悪くて仕方がないのだが。

 

「………!?」

 

「ん?どうしたんですか、真黒さん」

 

「いや……なんでもないよ。きっと気のせいだ」

 

「「?」」

 

 疑問に満ちた顔をしている二人。然も有りなん。いきなり驚きに満ちた表情をしておいてなんでもないとか、疑ってくれと言ってるようなもんだ。しかも初対面の私に対する反応なのだから、二人が疑問を持つのも間違いないだろうに。

 

「それにしても、めだかちゃんの弱体化と比べると、善吉君は随分鍛えてるみたいだね、触るまでもなく筋肉の質が上がっているのがよくわかる。見違えたよ、よく頑張ってるみたいじゃないか、善吉君」

 

「…仰る通り言葉もありませんよお兄さま。めだかはすっかり鈍ってしまいました。ですからここに来たのです」

 

 そう言って、自分の目的やら信条を吐露している会長様だが、ぜひともその前に私を其方へ回収してほしい。さっき頬を触っていた手が今度は胸と尻に伸び始めているのだが…。

 

「って、何やってるんですか、真黒さん!!」

 

「おっと、全然抵抗しないから、つい」

 

「…抵抗してよかったんですか?」

 

「良いに決まってるだろ!?」

 

「いや、しかしな。会長様の兄上だろう?下手に抵抗して何かされるよりも、やり過ごした方が…」

 

「お前は絶対痴漢に遭っても申告しないタイプだろ!?」

 

 なにを言うか、申告なんてしたら相手を甚振れないだろうが。

 

「…僕はめだかちゃんみたいにスキルがあるわけじゃないからね、抵抗されたら直にやめるつもりだったんだけど」

 

「さっきから話しが進まんな…お兄さま、私を強くしてもらうのも勿論重要な用件だったのですが、もうひとつ有ります。…フラスコ計画について、お兄さまが知っている限りのことを教えて頂きたい」

 

 その後会長様とへんた…真黒さんの会話の応酬と、露出狂が兄妹共々発現しているという事実を身を持って知る事態が有ったのだが、正直どうでもいいので割愛。まあ、流石に全てを割愛をするわけにはいかないので、若干の説明はさせていただくとしよう。

 

 つまるところ、真黒さんはフラスコ計画の元参加者で、他のメンバーと反りが合わなくなったために脱退。だが、その際に支払った代償のため、日常生活を送るのに難儀するからこの軍艦塔の管理人になったのだとか。そして会長様を心配して、フラスコ計画の内情は一切喋らないと断言。が、それ以外の全てを教えてやる、と会長様のレベルアップを快諾してくれた。ついでに人吉君も一緒に鍛えると言っていた。まあ、そこまで来てしまうと私の仕事は生徒会執行中の記録係程度になると思っていたのだが。

 

「で、早速なんだが特訓のコースを選んでくれ。Aコースはありとあらゆる苦痛を全身で経験し、悪魔ですら泣き叫ぶだろうハードトレーニング、しかも効果と命の保証はできない。Bコースは寝て起きたら最強になっている。さて、どっちを選ぶ?」

 

「「…Aコース!!」」

 

「因みにCコースは『お兄ちゃんと』一緒に寝たら最強になってr「「Aコース!!」」…そうかい」

 

「…って、海路口、お前はどうするんだよ?」

 

「あ、善吉君、彼女は別だよ。めだかちゃん達みたいにそんなコース選ぶ段階じゃないから、基礎編をやるんだ」

 

「…え、私もやるのか?」

 

「じゃなきゃどうやってフラスコ計画廃絶に加担するのさ?」

 

「え?ただの記録員のつもりでしたが」

 

「まあ、どちらにしろ、これからも生徒会に在籍するつもりなら、ここで僕の特訓を受けるのは得策だと思うんだけれど」

 

「…仕方ないな。では、その基礎編をお願いします」

 

「基礎編もA・B・Cに分かれるよ?内容もほぼさっきと同じ。Aコースが死の危険無しってくらいかな?」

 

「まだ選択段階でないならあえてCを選びましょう」

 

「………」

 

 真黒さんが倒れた!?この人変態のくせに意外と純情だぞ!?という人吉君の言葉を聞きながら、真黒さんの後ろにある本棚から会長様の観察日誌的なものを取り出す。………なんとも可愛くない子どもだ。これならまだ今の会長様のほうが可愛げがあるな。そんなことを考えていると、真黒さんが立ち直ったのか、会長様達を別室へ連れて行った。しばらくして戻ってきた真黒さんの目は、先ほどまでの軽薄な表情など演技であったかのように、私への疑念と警戒で満ちていた。

 

「さて、改めて自己紹介をしよう。『理詰めの魔術師(チェックメイト・マジシャン)』を自称している、黒神真黒だ。僕の持つ『異常性』は『解析(アナリシス)』。さて、海路口さん。君は一体『何』だ?」

 

「まさか『何』と聞かれるとは思いませんでした。海路口四方寄、一年一組所属の生徒会臨時役員です」

 

「そうじゃない。君は、『普通(ノーマル)』じゃないはずだ。なのに何故普通科にいる?それに、君は僕が今まで見てきたどの『特別(スペシャル)』や『異常(アブノーマル)』とも違う。もう一度聞くよ、君は一体、『何』なんだ?」

 

「…少し前にも聞かれたばかりですよ。その時にはその場で彼女達の流儀に合わせて『規則(レギュラー)』と言いましたが。能力を『異常』だけが持っているとは限らないみたいですね。まあ、私の場合は能力と言うか、半ば反則だとも思いますが」

 

「『規則』?…一体どんなものなのかな?」

 

 どうにも私の異能が気になるらしく、私の言葉を一言も聞き逃すまいと此方を睨みつけるように見ている真黒さん。そこまでされると、正直気持ち悪くて仕方がないのだが。

 

「その場で名乗っただけですし、私以外の人間に私と似たようなのがいなければ、ただの『異常』の一端でしかないかもしれませんけれど。ただ、個人的には『違う』と思っているので」

 

「御託はいい。さっさと話してくれないか?」

 

 あせっているらしい。焦りは正常な思考力を奪うということくらい分かっているだろうに、

 

「せっかちですね。まあ、文字どおりですよ。『異常』が天才・鬼才等と云われるなら、『規則』はあくまでも凡才でしかないでしょう。ですが、凡才だからこそ、鬼才や天才を上回ることが出来る。まあそれはそれとして、どんなものか、ですね。『異常』の彼らは謂わば人外です。通常人間が出来るはずもないことをやってのける。それに対して、『規則』は、『人にできる事しか出来ない』。つまり、『人にできる事』ならやれるんですよ。それこそ、『特別』な事でも、『異常』な事でも」

 

「…それこそ、フラスコ計画の最終到達点じゃないか。君はまるで、めだかちゃんの頑張りも、フラスコ計画に携わっている人間の頑張りも、同時に無意味なものにしてしまうような存在だ」

 

「それこそまさかですよ。私のこれは、『異常』や『特別』、『普通』が居てこそ成り立つ、歪なモノなんですから」

 

「どういう意味だい?そんな完璧な能力のどこに欠陥が…!?」

 

 話しの途中で何かに気付いたかのように驚く真黒さん。まあ、真黒さんに限らず懸命な読者なら理解しているだろうし、説明をしてしまうとしよう。

 

「気付かれましたね。そう、『誰かがやったこと』でない限り、私には出来ないんです。それに、『やろうと思わないこと』も出来ない」

 

「…その欠陥に気付かないまま、もしも君みたいな存在をたくさん作れば、間違いなく…」

 

「人類の進化は止まりますね。私は『なんでもできます』が、『なにもできない』んですよ。まあ、どちらにしろ反則じみてはいますが」

 

「しかし、それなら『規則』なんて名前じゃなく、『異分子(イレギュラー)』とでも名乗ればよかったんじゃないかい?」

 

「それがそうでもないんです。この能力、必ず『ルール』に則って使用しないと意味がないんです」

 

「つまり?」

 

 一拍置いて、私は再度言葉を紡ぐ。出来る限り平易に、出来ないところは難解に。

 

「対象を『見る』、対象を『知る』、対象を『理解する』これを、順番通りにやらないと発現しない、他にも『ルール』は有りますが、大まかにはこんなところです。あとは、日常生活で規則に一番重要性を感じるため、定められた規則は絶対に守らなきゃならないといったところでしょうか」

 

「…そういうことか。あくまでも『規則(ルール)』に則って、出来るようになるから、『規則』ね。でも、ルールにしなかったのは?」

 

「やれることがその人にとって『レギュラー』だからですよ。それに、人間の『規則』を破れないからですかね」

 

「大まかな内容は分かったよ。でも、『本当にそれだけかい』?」

 

 この人の解析能力の高さは空恐ろしいものがあるな。私の能力の副産物にも目がいくあたり、もうこのヒト人間やめてるだろう。

 

「…まあ、もう一つありますね」

 

「聞こうか」

 

「人間的にあり得ない異能は、私に効きません。私は元々『普通』な人間ですから、人間が本来出来ないだろう『異常』な能力は、『あり得ない』ものです。つまり、私には他者に影響を与える『異常』が効かないことになります。例えば、テレパスの類ですね。思考を推測するならともかく、『読みとる』なんて専門の機械を使っても難しいことを、人間が出来るわけがないので、私には通用しない。これは私が知覚している・していないに関わらずオートで発動します」

 

「…それじゃあ、人間を操れる能力はどうかな?科学的にも証明されている、人間が出す電磁波を使う能力だけれど」

 

「…通用しませんね。人間が出す電磁波は周囲の人間に影響を与えられるほど強いものではない。そんな能力は『あり得ない』」

 

「…君は、とことん『異常』にとっては相性が悪いんだろうね」

 

「いや、例えば真黒さんの『解析』は、あり得ないものではないため、通用しますし、人工的な『異常』、例えば人造人間なんかは、人が生み出したものである以上、あり得ないものではないから通用します。他人に影響を与えない『異常』は、例えば身体能力関係ですかね、そういったものは普通に通用します」

 

「…けど、そういう物も覚えてしまうことは出来るんだろう?」

 

「まあ、個体だとはいえ人間が使える能力ですから、使えるようにはなります。ですが、あり得ないタイプのモノは『今の私には』無理でしょうね」

 

「限定されているのが何故かはわからないけれど、確かに無理だろうね。君はその能力を使われても、『見えない』んだから」

 

 基本的に理解力のある人間との会話は楽しいものだと思うのだが、この場合は相手の変態さを先に見ているせいかいまいち楽しいと感じることが出来ない。まあ、それでもそれなりに私の能力を自己分析できたから万事オッケーと言ったところなのだが。

 

「…最後に聞くよ。君は、めだかちゃんの『敵』か、『味方』か?」

 

「最後の最後でバカだった………!」

 

「どういう意味かな?」

 

「…真黒さんはなぜ、二元論で語ろうとしたのですか?人間は多種多様ですから、どっちかに分けるなんて無理ですよ」

 

「…すまないね。質問が大雑把過ぎた。今回の件に関して、君はどっちだい?」

 

「それでも敵味方という分け方ではないかな。私はあくまで、生徒会を執行する立場の人間です。つまり、『仕事だから』ですね」

 

「…あまりにもあまりな返答に、真黒さんは若干びっくりしているよ」

 

 そう言われても。『規則』は日常生活で融通がきかないのだから、仕方がない。

 

「まあ、君の『規則性』を考えれば、君がめだかちゃん、というか生徒会に害を為すことはないかな?…さて、君の特訓に入ろうか」

 

「あ、やっぱりするんですね」

 

「当然だろう?君の身体能力は一般人とほぼ同じだ。少なくとも『特別』レベルにはなってもらわないと」

 

「で、コースはやっぱり」

 

「ABCどれがいい?」

 

「…三択なら、今回はBしか選べませんよ?前に選んだ選択肢はAでしたから」

 

「…難儀だね、君は。分かった。じゃあ、明日まで…お休み」

 

「おやすみなさい」

 

 そして翌日。朝起きると確かに今までと明らかに違う自分になっている事を自覚した。一体何をやってくれたのか非常に気になるところだが、まあいいか。既にボロボロになっている人吉君と会長様をしり目に、普通に朝の身だしなみを整えながら、時計塔の屋上にいく準備を進める私なのだった。…にしても、会長様のその乱れた髪だけは断固許せないな。というわけで、髪だけは整えてあげたのだった。人に会う以上、身だしなみは大切だからな。



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普通に考えて、アイツらの繁殖力は異常だと思う。

 早朝六時。時期を考えると既に日の出の時刻は過ぎているのだが、そんな時間に登校するような生徒は一部の部活動生以外にいるはずもなく、学園内は伽藍としていた。ましてやそれが普段生徒の行き来も少ない時計台ともなれば他者がいるはずもない。まあ、そんなところの、しかも屋上をデートの待ち合わせ場所にした都城先輩とやらの事を私は恋愛経験ゼロの奥手男子だと思っているわけだが。私なら行かずに寝てるな、間違いない。会長様は律儀だなと思いつつ、思わずでてきそうになる欠伸を噛み殺して、我々三人は時計塔の頂上にいるわけだが。

 

「………地球は俺にとって小さ過ぎる。太陽で漸く偉大なる俺に匹敵しよう。だから俺はこうして欠かさず日の出を眺める。立ち上る太陽を見つめることで、都城王土という己の姿を確認するのだ」

 

 地球の全ての土地を踏んでからそういうことを言えと。

 

「愚民どもは毎朝鏡の前で身だしなみを整えるだろう?それと同じだ。太陽は俺にとって鏡なのだよ」

 

 長時間見つめていると視力に多大なる悪影響を及ぼす可能性があります。

 

「待ち合わせにこんな早朝を指定したのはそのためだ、黒神めだか。俺の妻になるものとして、お前に太陽(おれ)の姿をみてほしくてな」

 

既に日の出の時刻は過ぎているとか、まだ一目会っただけで結婚まで考えるとかどれだけ妄想たくましいんだとか、そもそもちっぽけな人間を太陽に例えることがおこがましいとか、色々言いたい事は有るのだが、それをのみこみきれずに出てしまった言葉を、私は決して間違っているとは思いたくない。

 

「……いや、逆光で貴方の姿見えないし」

 

 当然仕切りなおされた。

 

 

 

 

 

「『平伏せ』」

 

「「いやだ!!」」

 

 ……何がしたいのかよく分からない対話を見ながら、私はこの都城王土という存在の『異常性』について考察していた。

 

 会長様達が彼の言葉に抗うかのように体に力を込めていたこと、周囲の空気から静電気のようなものが出ていたこと、更に昨日の真黒さんの発言……なるほど、私を相手取るには一番やりにくいだろう能力だ。自らが放つ強力な電磁波によって相手の身体に発生している電磁波を狂わせ、更にその電磁波に指向性を持たせることであらかじめ決めておいた動作をさせる。電磁波の発信が主な内容のスキルだろうか。さて、既に『見る』、『知る』、『理解する』の条件はクリアしている。しかし、彼のスキルを覚えようとしているにも関わらず、『覚えられない』。何か重要な案件が欠けているのか、それとも順序を間違えたか……いや、見ることから始め、知ることを二つ目へ、そして理解へと向かったのだから、順序が違うわけではなさそうだ。ではやはり、何かが『欠けている』。どうせ彼もフラスコ計画の一員であるのだし、後々改めて考察する事が出来るだろう。二つの『規則』はもうOKなはずだし、『理解』を深めるとするか。

 

「……ところで、都城先輩はどこだ?そしてなぜ会長様は人吉君から少し距離をとっているのだ」

 

「コイツ話しを全然聞いてなかった!?じゃなくて、大丈夫か都城先輩―――!?」

 

「なるほど、良い蹴りだ。避ける気にならなかったよヒトキチ。だが、偉大なる王の身を案じるなど、愚民(ノーマル)としてあるまじき行為だ。無礼であるぞ」

 

「………嘘だろ、まるで()()()()()みたいに……」

 

「偉大なる俺には地球という存在が小さ過ぎるといっただろう?地球の重力程度では偉大なる俺を縛ることなど出来ん」

 

「マジかよ…!?」

 

「というのは無論冗談であり、こんなものは足の握力で壁にしがみつき、腹筋で上体を起こしているだけにすぎない。訓練すれば誰でも出来る」

 

「…それがフラスコ計画の成果か?」

 

「会長様、やめてくれ。フラスコ計画なんて大仰な名前つけといて、出来るようになったことがゴキブリと同レベルとか、私は絶対に思いたくない」

 

「貴様は……ほう、貴様も偉大なる俺の言葉に逆らえるのか。昨日も違和感を感じたが、まさか愚者共(ノーマル)の中に異常(オレタチ)が入っているとは思わなかったぞ?」

 

「何を言っているやら。やはり人の言葉を使うのは難しいのですか?ゴキブリ先輩」

 

「……貴様は命が惜しくないらしい。が、まあ。興が削がれた。せっかく呼びつけたのだからフラスコ計画について簡単に説明してやる」

 

 そう言って都城先輩はフラスコ計画の概要を話しだした。この話を聞くのは二度目だが、まったくもってつまらない。つまらなすぎて関わりたくないくらいのモノだけれど、仕事である以上仕方ない。が、都城先輩の一言で、私は少し気分を害した。

 

「フラスコ計画は、箱庭学園に所属する生徒すべてを犠牲にして完成する!」

 

「待て待て待て待て。それはつまり、ここの生徒のほぼすべてが死滅すると?」

 

「その通りだ愚者の中の俺。俺の計算では98%の生徒は耐えきれず壊れてしまうだろう。だが、数人でも成功すれば、それをもとに100億の天才が生まれる。対して大きな犠牲でもないと思うが?」

 

「………それが学園の中で起きていると?」

 

「現在はまだその段階に至っておらん。何より、数合わせとはいえ、黒神に来てもらう必要もあるのでな。成功した暁には、成功者から4人、偉大なる俺が貰っていいことになっている。そこで偉大なる俺はそいつらを四天王に王道楽土を作る!その初代王妃が黒神めだか、お前だ」

 

 そういいながら踵を返し、時計台の地下がフラスコ計画の研究所だから見に来るがいい、と投げかけつつ、都城先輩は壁を降りて行った。いよいよもってゴキブリじみている。ああいう姿を見ると思わず熱湯をかけたり殺虫剤を撒きたくなるのは私だけなのだろうか。

 

「どう思う、人吉君?」

 

「ああ?最終的にはめだかちゃんが決めることだ。まあ、俺としてはそんな命を大事にしねえ計画なんか最悪だと思うけどさ」

 

「いや、ああいう壁を歩く存在を見たら、殺虫剤とか噴射したくならないか?」

 

「わけがわかんねぇよ!?」

 

「だって、ああいう壁を歩く存在って、ゴキブリとか蜘蛛とかヤモリとかタモリとか気持ち悪いのばかりだろう?」

 

「タモリさんは壁を歩かねえし気持ち悪くもねえよ!」

 

「ああ、そうだな、確かに殺虫剤は効きそうにない」

 

「それ以前の問題だ!?」

 

「何をしておるのだ、善吉、四方寄。生徒会を執行するぞ!」

 

「って、悪い。で、めだかちゃん。どうするつもりだ?」

 

「無論、そのような無謀な計画を完成させるわけにはいかん。私の目の届く範囲で他者が被害に遭うようなことなど、絶対に納得できんからな。今回の生徒会執行内容は、『フラスコ計画を今日中に叩き潰す』だ!」

 

 

 

 

 

 時計塔という存在は以前から生徒にとってこの学園のシンボルの一つであったのだが、内部については業者や許可証を持っている人間でない限り入れないという秘密に溢れた場所でもあった。そんな場所の地下に、フラスコ計画の研究施設は有るという。そんな場所に来ることなど、生徒会に入っていても先ず来ることはなかっただろうに。会長様のトラブルメーカーぶりは人外レベルの異常性だと思うのは、私だけだろうか。

 

「「いらっしゃいませ」」

 

「生徒会執行部の黒神めだかだ。貴様達も『十三組の十三人(サーティン・パーティ)』のメンバーか?」

 

「いやいや、僕らは普通の門番さ」

 

「「至って普通の異端児さ」」

 

「無視して通り過ぎてくれて構わないよ」

 

「「但し勿論、この『拒絶の扉』を通ることが出来たらだけど☆」」

 

 六桁の数字の羅列による暗証番号を用いた電子錠。しかもパスワードは一回ごとに更新され、一回で開けられる確率は百万分の一。『異常』ですらある程度のレベルになっていなければ開くことはできず、十三組の十三人になるための最低条件は、この扉を開けることが出来るかどうかなのだとか。あっさりと開けることが出来た会長様はやはり異常度が高いというわけか。白黒兄弟が何やら説明口調で語っているが、とりあえず残された自分たちをどうするのか考えてみる。まあ、会長様の言葉で予想は出来ているのだが。

 

「「さて、次は君たちの番だ」」

 

「つってもよ……」

 

「人吉君、次は君の番だ。君にとって一番身近な番号と言えばなんだ?」

 

「あ?……誕生日かな…お!?」

 

「会長様のヒント的に間違いないだろう。入力して入ればいいよ」

 

 人吉君クリア。黒白兄弟は何やらわめいているが、なんのことはない。会長様が次に選ぶだろう番号を入力しただけである。さて、次は私の番だな。百万分の一、一度でクリアすることなど出来るはずもない確率だ。だが、手はある。

 

「そこの白黒兄弟。ここの認証は何回やっても良いのだな?」

 

「「勿論さ。気のすむまでやればいい。まあ、一回目で引き当てられないと、まず無理だとは思うけどね」」

 

「いや、逆にそれは有り難い限りだ。私なら、『確実に引き当てられる』」

 

「「…どういう意味だ?」」

 

 一回目、エラー。二回目、エラー。三回目、エラー。四回目、エラー。五回目、エラー。六回目、エラー。七回目、エラー。八回目、エラー。九回目、エラー。十回目、エラー。十一回目、エラー。十二回目、エラー。十三回目、エラー。十四回目、エラー。十五回目、エラー。

 

「フン…、やはり君みたいなノーマルにクリアできる筈はないね。諦めた方がいいんじゃない?」

 

「まあ、続ける根性は認めてあげてもいいけれど、同じ『異常』の僕達でも不可能なんだ。大人しく帰るのが賢い選択じゃないの?」

 

 三十一回目、エラー。三十二回目、エラー。三十三回目、エラー。三十五回目、エラー。

 

「……ムキになっちゃったかな?まあ、気が済むまで試せばいいさ。まあ、無駄だとは思うけれどね」

 

「所詮『普通』にクリア出来るような壁じゃないんだよ、この『拒絶の扉』は」

 

 七十三回目、エラー。七十四回目、エラー。七十六回目、エラー。

 

「………随分集中力が続くものだね。今まで挑戦した『異常者』でもここまでつづけた奴はいないよ」

 

「まあ、『普通』だからこそやれば出来るなんて思っているんだろう。それでも、無理なものは無理さ」

 

「おい、お前ら」

 

「「何かな?」」

 

「お前ら『異常者』に不可能な筈がないだろう。『普通』の人間より、よっぽどクリア率は高いはずだ」

 

 百六十三回目、エラー。百六十四回目、エラー。

 

「お前らにはっきりと言ってやろう。こんなものは不可能なんてものじゃない。ただ、面倒臭いだけだ」

 

「「いや、これは絶対に不可能さ。僕達でも出来ないんだから、君にできるはずはない」」

 

「『異常』だからこそ、そんな考えになるのかもしれんな。『普通』に考えてみろ、数字上百万分の一だからといって、百万回試さねばならない道理がどこにある?会長様は二回連続であてたし、フラスコ計画の参加者も毎朝通っているのだろう?つまり、実際にはそこまで低い確率でもない」

 

「詭弁だね。彼らが『異常』の中の『異常』だということを考えていないだろう?」

 

「その通りだね。毎回変わる暗証番号を引き当てられるはずなんて……」

 

 三百六十七回目、エラー。三百六十八回目……。

 

「ほら、開いた」

 

「「なんだって!?」」

 

「お前達、何か勘違いしていないか?『正解・不正解に関わらず』、『毎回暗証番号が変わり』、『挑戦回数は無制限』、『確率は百万分の一』。なら、同じ数字をずっと打ち続ければ、何回目かでクリア出来るに決まっているじゃないか。とはいえ、ここまで早く出来るとも思わなかったがな」

 

「「………扉が許可した以上、僕達は何も言わないよ。さあ、この先へ沈んでいくがいい」」

 

「うむ、それではまた帰りにでも会おう。喜界島さんと阿久根先輩も、早めに入ってきてくださいね?」

 

 いつの間にか来ていた二人に、私は声をかけつつ扉をくぐる。閉まった扉の先にはまだ会長様と人吉君が待っていた。

 

「てっきり先に行っているものだと思ったが」

 

「揃ってこその生徒会だ。ところで…外が若干騒がしいが、一体なんだ?」

 

「さあ?阿久根先輩と喜界島さんが来ていたが、何か関係でもあるのではないか?」

 

「…カッ!だったらこの扉、もう誰でも入れるようになっちまうな!」

 

 どういう意味だろう、と思っていると、扉がどんどん歪な形になっていく。段々と周囲には罅も入ってきており、今にも壊れそうな勢いだ。数瞬後、扉が開かれ外から燭台を携えた阿久根先輩が現れた。どうやら扉の開閉機能を壊して入ってきたらしい。まあなんとも『特別』らしい入場の仕方である。思わず私は心の声を溢してしまった。

 

「……シャイニングって確かこんな感じのシーンがあったよな……」

 

 当然仕切りなおされた。



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本当はトマトになるわけないが、普通に考えたらならないと異常だものな。

 さて、親愛なる読者諸氏に質問をしてみようと思う。なんのことはない他愛のない質問であるため、気軽に答えて頂いて一向に構わないし、答えないなら答えないでも一切物語の進行に影響はないので安心していただきたい。御託を並べていないでさっさと質問しろと言われるだろうから、質問に入る。条件一、突然現れる。条件二、いつの間にか背後にいて、見つけた者を驚かせる。条件三、体色は黒味がかった茶色、条件四、並はずれた素早さで我々を翻弄する。これに該当する生物は?

 

「またゴキブリか」

 

 当然仕切りなおされた。

 

 

 

 

 

 私は現在、一階のエレベーター前にいる。なぜこのようなところにいるのかといえば、人吉君から「頼むから進行を妨げるような発言をしないでくれ、出来ればどっかで大人しくしておいてくれ」と言われたからである。失礼な。ゴキブリは生命力も強く、数億年という永きにわたって目立った進化を遂げていない、いわばある意味において完成された生物だというのに。それを考えると、フラスコ計画=人類ゴキブリ化の法則が成り立つと思わないか?と返したら、阿久根先輩からここで大人しくしていなさい、とエレベーター前に連れてこられた。なんとなくいらっとするのは私だけだろうか。

 

「…あれ?四方寄ちゃん、一体どうしたんだい?こんなところで不貞腐れて」

 

「ああ、真黒さんですか。いやね、私がやたらと場を乱す発言をしまくると、締め出しを食らいました」

 

「………え?」

 

「黒くてすばやくて突然現れて人の背後にいつの間にやらいるとか、ゴキブリそのものだと思いませんか?」

 

「…高千穂君をそう見る君の感性は十分に異常だと思うよ」

 

 私がおかしいのだろうか。

 

「まあ、いずれにせよそろそろ地下一階も突破している頃でしょうから、あとを追うなら今のうちかもしれませんよ?」

 

「ありがとう。じゃ、()()()()

 

 そう言って真黒さんは地下へ潜っていった。あとで、ねえ。まあ、確かにその通りになるのだろうけれど。

 

「文字数制限なし、漢字かな混じりのパスワード、はたして何回目でひくことが出来るのやら」

 

文字数無制限で毎回変更とか、最早無理ゲーの予感たっぷりである。まあ、それでも挑戦する事にこそ意味があるという先人の偉大な名言を信じて打ち込んでみるのだけれど。まあ、効率はさっきのパスワードよりよっぽどいいし、それだけを心のよりどころにして頑張るとするか。どうせあちらは波乱万丈なのだろうし、一方が地味でも構わないだろう………。

 

一回目、クリア。

 

「………あれ?」

 

 

 

 

 

「………彼女はやはり『異常』なのでしょうか?なんだかんだで『拒絶の扉』も開けましたし、まさかあのエレベーターを一回で……」

 

「んー…ちょっと分かんないな♪それよりむしろ、おじいちゃんホントにゴキブリ化しようなんて思ってないよね?」

 

「そんなわけないでしょう!?いくら袖ちゃんでも怒りますよ!?」

 

「ごめんごめん。ちょっと気になったもんでさ☆」

 

「まったく……」

 

 

 

 

 

 

 

「……ぬ?確か、ウジ虫とかいったか?衆愚の中の異常(オレタチ)よ、このエレベーターを使えるということは、やはりお前も異常者(こちらがわ)ということだな。偉大なる俺は朝の件を水に流し、仲間として迎え入れてやろうと思っておるぞ。寛大な偉大なる俺の心に感謝しつつ、『平伏すがよい』」

 

「悪いが、生徒会の執行内容が『フラスコ計画を潰す』なのでお断りする。そもそも、ゴキブリの仲間になどなりたくない。というか、『偉大なる俺』って何様のつもりなのだ?この国は一応民主主義国家という名目の国家だし、仮にこの国に王権を持つ者がいるとしたら、それは天皇家の現宗主だけだろう?」

 

「減らず口を叩くな、死にたいのか?」

 

「減るも減らぬも元々口は一つだ、という冗談も通じないらしいな。まったく、女の子に暴力を振るおうとするあたり、お前に『王』を名乗る資格なんかないよ」

 

「『圧政(コトバ)』が通じぬなら『暴政(ボウリョク)』を振るうまでだ!そもそも偉大なる俺こそがルールなのだからな!」

 

「いいか、この国の基本的なルールは憲法及び各種法律、民法や条例で、この学園のルールは校則だ。人がルールを作ることはあっても、人がルールになることなどあってはならんのだよ」

 

「………!?」

 

「分かっているのか?都城王土。特殊な能力を持っているからと言って、お前が偉大な理由にはならん。偉大は他称であって自称の為の言葉ではない」

 

「知ったような口を………!!」

 

「そもそも、言葉が通じないから暴力だと?そんな野蛮な国、私は住みたいとも思わん。お前が仮に王になったところで、所詮は愚物と罵られるだけだろうな」

 

「きさまぁ……!!!!」

 

「それと、会長様にも言っているのだが…私に対して貴様などという二人称を使うな、反吐が出る。それでは、おいてきぼりをくらった私は外のメンバーを驚かせるべく上に向かう。せいぜい王様ごっこに興じているがいい。いつか『規則』が邪魔をするだろうけれどな」

 

 

 

 

 

 で、途中チミッ子と談笑しつつ、上に用があるからあとでな、と階段を用いて上にあがってきたのだが………。

 

「なあ、いくら地下だからって本当にアングラみたいなことしなくても良いんじゃないか、阿久根先輩」

 

「…海路口さん!?なんでここに、いや、なんで下から!?」

 

 エレベーターが有ったのに下から来ることを不思議に思うとは、一体どんな神経してるんだろう、この人。

 

「エレベーターで地下十三階まで行って、そこから階段で上がってきたが、何か問題でも?あ、真黒さん、先ほどぶりです」

 

「……さっきぶり。にしても早かったね。きっと十三階についた頃出てくるっていう劇的な再登場だと思ってたのに」

 

 私はそんなどこぞの主人公のような真似は死んでもしたくない。

 

「それよりも海路口さん、まさか君も『異常』なのか?」

 

「人を異常呼ばわりするとは人格を疑いますね。偶々ですよ。きっと次はない。というか、『あ』と打っただけで通れるあたり、実際はそこまでセキュリティ厳しくないんじゃないですか?」

 

 正直、完全にランダムというパスワードは、あまりセキュリティに向かないのでは、というのが私の持論である。

 

「…おいおい、何気に無視してくれちゃってるんじゃねえよ、『規則』ちゃん」

 

「別に無視しているつもりなどないが?男子との会話などさっさと終わらせたかっただけだよ。名瀬ちゃん。それにしても可愛らしい顔だな、不貞腐れた表情も元がいいと絵画にしかならないよ?」

 

「………」

 

 ところで阿久根先輩はいつまでそんなエロティシズムな格好をしているのか。そこの先輩もかなり可愛らしいのだが、一体全体何があったというのだろうか。

 

「いい加減どいてあげてはいかがですか?正直女の子を押し倒して押さえつけるとか、性犯罪者のソレですよ?」

 

「敵対している以上そんなこと言っていられないだろう!?」

 

 ああ、じゃあ彼女も十三組の十三人の一人なわけか。抑え込み技を使っているあたり、燃費が悪いのかな?というか。

 

「真黒さん、そこどいた方がいいですよ?」

 

「どういうこと……げふぅっ!?」

 

「黒神くじらという素敵な名前が聞こえたのは、此処かな?あ、くじ姉だ!」

 

「こういうこと…って、遅かったですかね」

 

 なんでわざわざそこを狙って出てくるのか分からないが、会長様は兄貴レーダーでも搭載しているのか。

 

「ぬ?なぜ四方寄もいるのだ?…まさか」

 

「エレベーターを使わずに階を移動するとしたら、床をぶち抜くか、瞬間移動の能力でも持っていないと不可能だろうな」

 

 なんだってこの人たちは私を異常扱いしたいのだろうか?そんなに私は普通じゃ無く見えるのか?まあ、見えるのだろうけれども。会長様やそこの三人とは違って、私はちゃんと観察すれば規則性が見えてくるはずだと思うのだが。そもそも私が普通科にいる時点で、『異常』な筈がないだろうと言ってやりたい。まあ、『普通』でもないのだけれど。

 

 そんなことを考えている間に、どうやらまた会長様と名瀬さんの応酬は進展していたらしい。少しは生徒会の仕事に力を入れなければならないか?まあ、どうせ会長様が最終的にはどうにかするのだろうけれども。

 

「なるほど、これは確かに、痛い」

 

 そう一言つぶやき倒れる会長様。何やら注射針のようなものが見えたから、毒でも自ら打ったか?全く世話の焼ける会長様だな、などと思いつつ、私は状態を見る。

 

「…毒ではないな。だが、まっとうな薬でもない。こんな副作用の出る薬など、正規品ではあるまいよ」

 

「その通り!ってか、説明聞いてなかったのかよ?異常殺しの特効薬、『ノーマライズ・リキッド』だよ」

 

「主な副作用としては激痛だな。その他に副作用は有るのか?」

 

「特に命に関わるもんじゃねえよ。ま、そいつの『異常』は間違いなく消えちまってるがな」

 

「そんな薬があるのなら、自分に打てばいい物を。ちらっと聞こえたが、貴女は不幸をお望みなのだろう?だというのに『異常』なんて恵まれた能力を持っている時点で、矛盾が発生している。正直、貴女のその矛盾は馬鹿げているとしか思えんな」

 

 そう言っている間に、会長様への鎮痛剤投与が終わる。薬剤は専門家にしか使えないという無粋な突っ込みはしないでくれ。ちゃんと処方された市販の薬で、効果は気休め程度なのだから。

 

「しかし…、会長様の『異常』がないものにされてしまったのは困るな。この先ずっと彼女の力でフラスコ計画を潰す予定だったのだが。というかそれが生徒会の仕事なのだが」

 

「…案ずるな、四方寄。ちゃんと普通に動けるから」

 

「そうか、なら心配しない」

 

 後ろから阿久根先輩が何か喚いているが、気にしない。自己申告は基本的に尊重するのが私の規則だからな。まあ、『普通に』動けるだけというのは少し不味いとは思うが。

 

「お姉さま、どうやら実験は成功のようですよ?」

 

「嘘つけ、普通に動けてんじゃねえか」

 

「ええ、『普通に』なら動けます。そして、それで充分だ」

 

 それこそ嘘だと言ってやろう。『異常』がそんな生易しい物である筈がない。根本的に私達とはかけ離れている存在に、『普通』の会長様が勝てるはずもないのだから。

 

「オーケィ、降参だ。ほれ、解毒剤。この通り二人分やるから、許してね☆」

 

「めだかさん、信じてはいけない!異常(そいつら)は降参なんてしない!十中八九、それは解毒剤ではなく別の毒物です!!」

 

 その言葉を聞く会長様じゃあないだろう。阿久根先輩も結局は会長様の事を理解しているとは言い難いらしい。人吉君なら強制的に止めるのだろうか?まあ、どちらにしろ結果は変わらないだろうけど。ほら、打った。

 

「海路口さんもなんで止めないんだ!?めだかさんがどうなっても……!!」

 

「どうやっても止められないことくらい付き合いの浅い私でも分かりますよ。そして、『異常』がなくなった会長様が勝てるはずがないことも、『彼ら』を少し見ていれば分かります」

 

「ならば尚更……!!」

 

 なるほど、記憶制御薬ねえ。今の科学的には不可能ではない、か?まあ、現実的ではないけれども。正直それ一本作るのにいくらかかっているのか気になる。

 

「あ、負けた」

 

「あっさり言うな!?」

 

「さて、帰りましょうか、阿久根先輩、真黒さん。正直ここから私達だけなんて、荷が重いにもほどがある。降参だ、そこにいる会長様は好きにして良いから、私達は見逃してくれないか?」

 

「………『特別』やらに興味はないが、お前には有るからな、お前も一緒に来るってんなら、そこの二人は逃がしてやっても良いぜ?」

 

 だから阿久根先輩、そこで喚くなというのに。そういうのを決めるのは本人の意思なんだから、他人が首を突っ込むなと。

 

「構わないよ。貴女のように可愛らしい女性からのお誘いなら普通についていくさ。ただ、ちゃんと階段を使ってくれないと、私はそこの怪力が自慢な美少女のように穴を空けて飛び降りたり出来ないからね。下手すればトマトだ」

 

「海路口さん…っ!!!」

 

「四方寄ちゃん……めだかちゃんを頼んだよ」

 

「ここは私に構わずさっさと行け、というべきなのだろうか?どう思う、そこの……古賀さんだったか?」

 

「……うん、まあ、そうなんじゃないかな……」

 

 まだ何か喚こうとしている阿久根先輩を真黒さんが連れていくのを見て、私は素直に彼女たちのあとをついていった。会長様を背負いながら。

 

「ねえ、それこそ怪力持ちの私の仕事じゃない?」

 

「見た目がか弱ければ私にとってか弱い女性だ。たとえ怪力持ちであったとしても、それが頼る理由にはならん」

 

「君って変な子だね」

 

 『異常』な貴女達にだけは言われたくない、とは言わないでおこう。ところで、天井を歩くということはもしかして本当に………。



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普通に考えて異常者が集まりすぎてるこの事態は異常じゃないか?

 親愛なる読者諸氏は、洗脳という言葉についてどのような印象を受けるだろうか?辞書を引く読者もいると思うので、簡単な解説をしようと思う。起源としては共産主義を謳った中華人民共和国において、知識人に対して強制的な思想改造を行ったという一件を欧米が非難して用いた侮蔑的表現、『brainwhasing』が語源とされており、一般的な意味においてはその通り思想改造及び主義主張の強制的改変である。歴史的にもそういった事象が起こっている以上、洗脳という手段自体は私にも有効だ。但し、本来洗脳というのはあくまでも自身の陣営に引き入れるのが主目的だ。だからこそ、自身の陣営へ不信感を与えないために、長い時間をかける必要がある。記憶制御薬を使いそこへ記憶の刷り込みをすれば短時間での洗脳も可能だが、コストパフォーマンスの面であまり得策とは言えない。そして何より、その刷り込みをしようにも、私の体力は十全であるため、抵抗は必至、ぶっちゃけ不可能である。というか、私を連れてきて解剖したところで、『異常者(かれら)』の役には立たないだろうし、正直何がしたいのか分からない。

 

 まあ、なにが言いたいかといえば、結局のところ私はなんの役にも立たなかったし、会長様への洗脳も止められなかったわけだ。

 

 

 

 

 

「で、なんだってここに連れてきたのか」

 

「正直、興味が尽きねえんだよ、俺らとはまた違うお前って存在に」

 

「それなら別に地下十三階なんて辺鄙なところへ連れてくる必要もなかっただろうに。どうせなんだから放課後にお茶でもしに行こうじゃないか」

 

「…残念だけど、名瀬ちゃんはもう私とお茶しに行く約束してるんだから、諦めてよ」

 

「別にかわいい女子二人になっても構わないさ。なんなら私が奢っても良い」

 

「後輩に奢られるなんて正直勘弁したいな。…で、そんな話のはぐらかしはどうでもいいんだ。質問をしていくから、出来る限りこたえてくれ」

 

「いやだと言ってもどうせ聞いてくるんだろう?構わないよ。私は可愛い女の子からの質問には答える主義なんだ」

 

「じゃあ、まず最初に……お前の分類は『規則』でいいとして、お前個人の能力は一体何なんだ?」

 

「名づける必要もなかったから考えてもいなかったな。まず、私の分類である『規則』なんだが、我が家系に必ず発現するものなんだ。規則には絶対服従というのが私達の家系でね、そして、家系としての元々の能力名は…確か曾祖父が名づけたんだったか?『学蒐(ラーニング)』。知識や他人の能力、恐らく人類が持っている全ての物を覚えることが出来るスキルだ」

 

「……とんでもねえ『異常』じゃねえか」

 

「『異常』等というものではないと言ってるだろう?ちゃんと条件がある。『見る』、『知る』、『理解する』。この三つをクリアしないと覚えられないし、そもそも覚えたくないものを覚えることは出来ない。取捨選択は個人の感情にまかされる」

 

「それで?」

 

「覚えた物を発展させることはできない。もしより深く理解する必要があるとしたら、その都度他者から『覚える』必要がある」

 

「俺らの『異常性』は覚えることが出来るのか?」

 

「無論だ。人類の持つ全ての物を覚えると言っただろう?三つの条件さえ整えば、使えるようになる。そこにいる似非王の能力なら、もう少しで再現できるだろうな」

 

「もう少しってのは?」

 

「あと少しだけ『理解』が足りない。恐らくは電磁波を操り、他者へぶつけることで人体操作を出来る能力だと思うんだが……」

 

「あー…ほぼ間違っちゃいねえよ。ただ、それに付け加えて、他者の精神も操作できるってのがある」

 

「……いや、それでも無理なようだ。まだ欠けているようで、覚えられない。本当にそれだけか?」

 

「むしろオレが聞きたいくらいだ。俺が知ってる都城先輩の情報はそこで打ち止めだぜ?」

 

「なら、まだほかにも有るというところだろうな。さて、どうしたものか……『知る』の条件が整っていないことが判明してしまったな。また改めて見直さなければならん」

 

「…めんどくせー能力なのな。で、お前個人の能力ってのは?」

 

「ああ、話していなかったな。私の能力は…」

 

「…マジかよ、そんな反則じみた能力なのか?」

 

「まあ、これでもウチの家系では一番の『規則性』を持ってるのでな。未だ扱い切れているわけではないのだが、それでもどこぞのゲームなら裏ボスレベルの能力だよ。まったくもっていらないものをよこすものだな、ウチの家系は」

 

「…お前にとってそれは恵まれたものじゃないのか?」

 

「私は人生でチートをしたいわけではない。まあ、能力がある以上有効活用してやろうくらいには折り合いも付けてるが、それでも恵まれてるとは思わんな」

 

「………」

 

「ならばその能力、偉大なる俺に使わせてみるがよい!」

 

「…!?」

 

 

 

 

 

 さて、そんなわけで、思いっきり背中に穴が開いた。だが、おかげで『見て』、『知って』、『理解』出来た。まあ、死にかけの身としては正直いらないのだが。

 

「フハハハハ!これで偉大なる俺は完全なる能力を……!」

 

「…んな、わけな…だろ。私のせつめ、…きいてなか…」

 

「………おいおいおいおい、一体何してんだよ都城先輩。俺の大事な実験動物を思いっきり傷つけてくれちゃって……」

 

「ふん、所詮は徴税されるだけの憐れな愚民だと言うだけだ。最早そいつに『異常』等残っておらん。もう捨ておけばよいのだ」

 

 好き勝手言ってくれるじゃないか。とりあえず止血をしつつ……。

 

「さて、黒神めだかの洗脳も終わった。どうやら上にヒトキチとやら一行も来ておるらしいし、早速行くとしようじゃないか。黒神は置いておけ」

 

 正直ここでほっとかれると死ぬ確率がぐぐいとアップしてしまうわけだが。

 

「……先に行っといてくれ。コイツの情報をもうちょっと仕入れなきゃいけないんでね」

 

「ふむ、構わん。さっさと来るのだぞ?」

 

 ああ、どんどん体温が下がっていくわけだが。仕方がないので『使う』事にする。どうやらゴキブリ王先輩も上へ行ったようだし。

 

「……チッ、これじゃどうあがいても……!?」

 

「…死ぬかと思った!!」

 

「な…!?おま、一体どうやって……!?」

 

「『私の規則性』その一、ギャグ漫画では死にかけた人間も一コマで治癒する!」

 

 なんだそれ……とやけに疲れた風に呟いている名瀬先輩と古賀先輩をしり目に、私は本格的な治療を始めた。

 

「なに、その名の通りだ。人の創造物であるところの漫画の規則性だって、立派な規則だろう?それなら『学蒐』することなんか容易い」

 

「で、なのになんで必死に治療してるんだ?」

 

「当然、表面上の止血だけしか終わってないから、他の『異常』を使うっきゃないんだ。かなり疲れるんだがな」

 

 それよりむしろ、いつの間にか会長様がいなくなってることが気がかりだ。

 

 

 

 

 

「――――『黒神めだか(改)』です」

 

 そんな発言の最中に、私は生徒会メンバーのいる場所へ来た。どうやら随分と暴れまわっていたようで、壁も天井もボロボロである。先ほどのチミッ子は大丈夫かと少々気になったためあたりを見回すと、王様型金色ゴキブリの横にいた。手を振ってみると振り返してくれるあたり、付き合いがいい。

 

「「「…って、海路口(さん)!?」」」

 

「やあ、何やら随分と面白い場面じゃないか。というか申し訳なかったね、自分の保身で精一杯だったため、会長様の洗脳は阻止できなかった」

 

「……ほう、貴様、あの怪我でよく立っていられるな」

 

「あんなのギャグ漫画では怪我の内に入らんのだ。私がどんな思いでギャグ路線を突っ走っていたのか分かってるのか?ゴキブリ野郎」

 

 絶対楽しんでただろ、と総突っ込みが入った。うん、正解。

 

「だが、遅かったな。最早お前はただの愚民(ノーマル)、今更なにも出来はせん!」

 

「私は洗脳などされていません、ただ、『目が醒めた』だけです。人吉善吉庶務、阿久根高貴書記、喜界島もがな会計、海路口四方寄臨時執行員、我々生徒会はこれよりフラスコ計画に全面協力します。私は『十三組の十三人(サーティン・パーティ)』に入り、計画の完遂を目指します」

 

 なるほど、洗脳されている。

 

「生徒会をあげてフラスコ計画に加担!?バカも休み休み言えよ、めだかちゃん!」

 

「めだかちゃんではありません、めだかちゃん(改)です」

 

「自分が何を言ってるか分かってるんですか!?フラスコ計画は全校生徒を犠牲にしかねない危険な実験なんですよ!?」

 

「それが何か?箱庭学園生は生徒会長たる私の完成に役立てることを誇りに思うべきです」

 

「………鍋島先輩たちが今どんな気持ちで戦ってると思うのよ!?みんな黒神さんを助けようと頑張って…!!」

 

「他人の気持ちに興味などありません。というかなんですかあなた達は先ほどから文句ばかり。私の思想に賛同できないというのなら、分かりました。人吉善吉庶務、阿久根高貴書記、喜界島もがな会計、あなた達三名を生徒会より解任します!」

 

「「「!?」」」

 

「私の役に立たない人間は、要りませんから」

 

 おう、普段の会長様なら絶対に言わないようなセリフである。一体全体どのような洗脳を施せばそんなことになるのやら。

 

「…そこの海路口四方寄臨時執行員も、私の意見には賛成出来ませんか?」

 

「いや、仕事だからな。そう言われれば『はいはい』と頷くさ。ただ…」

 

「ただ?」

 

「後ろの奴らはその解任には賛同できないそうだ」

 

 口々に変わり果てて欲しかったわけではないとか、なにがあっても生徒会は辞めないとか、その状態の会長様は悲しくて見ていられないとか、そんな善人バリバリの発言をしている三人。まあ、この変わり果てた姿の会長様に、思うところがないとは…言う。が、それ以前の問題だ。

 

「『跪きなさい』」

 

 おう、見事に突っ伏している。ゴキブリ野郎のそれよりも随分と強力に見えるな。さて、判断材料は完全にそろった。では、『規則』に基づいて動くとするか。

 

「『箱庭学園学校則、第四十五条第五項に基づき、黒神めだかを生徒会会長から解任する』」

 

「………なんですって?」

 

「列記とした校則だ。第四十五条は生徒会役員の罷免に関する条項。第五項は特別項だ。『監査役である臨時執行員は、生徒会長が重大な免責事項に抵触した場合に於いて、生徒会長に限り罷免する事が出来る。尚且つ、次期生徒会長の選任まで、臨時で生徒会長職を執行するものとする』この条項、他の生徒会役員の罷免に対する条項に対して最優先になるから、貴女がどうあがいたところで完全に貴女の役職はなくなる」

 

「…私がいつ免責事項に抵触しましたか?」

 

「生徒会会則第一条第一項、『生徒会役員は常に全校生徒の安全と平和な生活の為に全力を尽くし、全校生徒の大多数に悪影響を及ぼすような行為に及んではならない』という条項に、しっかり抵触している。なので、貴女は最早会長様ではない。ただの黒神めだかだ。そして私が代理で会長となる。私の最初の仕事は、役員の選任だな。丁度そこに三人の生徒がいるが、あなた達は生徒会に入り、このフラスコ計画の廃絶に助力してくれるか?」

 

「「「……当然!」」」

 

「そして、副会長不在であるため、臨時の執行員として、黒神真黒氏を選任します」

 

「……分かったよ」

 

「さて、正直に言えば、私にとって障壁となり得る存在は黒神めだか、あなただけだな。なので、とりあえずあなたは……『平伏して動くな』」

 

「!!!???」

 

 うん、使えるようになっている。

 

「どういうことだ!?海路口、お前、『異常』じゃないって……!」

 

「『異常』じゃないさ。『普通』でもないらしいけど。我が家系のスキルは『学蒐』。そして私個人のスキルは…『日条制活(デイリーラーニング)』。どんな能力であるかは、身を持って知ると良い」

 

「……嘗めた口を……!」

 

「あ、でも戦うのは私ではないぞ。それは幼馴染の人吉君が買って出てくれるはずだ」

 

「俺かよ!?……いや、ありがとよ、海路口!」

 

「なに、礼には及ばん。『これが仕事だからな』。それに、私は個人的にこの人類ゴキブリ化計画を阻止したいだけだ!」

 

 …うん?なんだみんな固まって。そんなにこのネーミングがいやなのか?

 

「やめてくれ、海路口……」

 

「ちからがぬける……」

 

「そんな馬鹿げた名前の計画相手に本気になりたくない……」

 

「四方寄ちゃん……そんな計画じゃないんだってば……」

 

「………私が天井を歩けるからなの!?」

 

「落ち着け、古賀ちゃん」

 

「…アハハ、やっぱり彼女は面白いな!」

 

「………無礼であるな。既に俺に能力を盗られた分際で。残り滓だけであろうに」

 

「崇高なる私の完成をゴキブリ呼ばわりとは、断じて許せるものではありません」

 

 なんだか総スカンをくらってしまった。なんだよ、冗談だっていうのに。あ、チミッ子は普通に楽しんでくれてるようだ。ならよし。



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異常の次は過負荷か。普通に生きていたいんだがなぁ。

 条件一、黒神めだかは拘束着に身を包まれている。条件二、人吉善吉の基本的な戦闘スタイルはサバットという喧嘩殺法である。条件三、どうやら黒神めだかは本気を出しきれていない。条件四、途中で何か古い記憶を思い出したらしい黒神めだか。以上の事を踏まえたうえで、この戦闘の決着はどういうものか考えてみよう。私が推測するに、黒神めだかが勝つと思うのだが、賢明なる読者諸氏は一体どう予測する?

 

 

 

 

 

 結果。自分自身を洗脳しなおそうとするも人吉君の説得により何故か人格が元に戻る。……どこぞのラブコメ的な雰囲気は今までの進行を鑑みると些か唐突すぎる気がするが、それもまあ彼らの特性なのだろうと気にしないことにする。というか、よそでやれ、よそで。

 

「…にしても、どうするんだい?四方寄ちゃん。めだかちゃんの人格が戻った以上、君が臨時で会長をやる理由はなくなったんだけど?」

 

「…正直なところ、洗脳が解ける可能性を考慮していなかったので、同一人物の再任を度外視した条項を使ってしまいました。どうしたものやら……」

 

「てことは、もしかして?」

 

「……ちょっと待ってください。何か抜け道がないかを考えます」

 

 さて、考えろ。黒神めだかを会長職へ返り咲かせるための『規則』を。箱庭学園の今までに制定された規則を全て思い起こす。何かいい方法はないか?……まだこの時点で周囲には広まっていない筈だから、いっそその宣言自体をなかったことに……無理だな。さっきから各所に監視カメラの目があるし、それを通じて理事長が見ているのは間違いない。やはりあくまでも正々堂々と卑怯な手を使わねばなるまい。

 

「………ん?」

 

 気が付いたら置いていかれていた。なんだよ、人がせっかく真面目に考えていたというのに。おいていくとは酷いじゃないか。なんとなくやる気がそがれたのでこのまま地上へ出ることにする。もうこうなったら私が次の選挙まで生徒会長をやってやる。などとお茶目な思考を巡らしながら、私は地上へ続く階段を上って行った。

 

 

 

 

 

「『……あれ?君は誰?』」

 

 数名の生徒が壁に貼り付けになっている光景の中、一人無事な彼は私によく分からない問いかけをしてきた。

 

「だれ、と言われると非常に困るのだが。最近は『何』としか聞かれてなかったから少し新鮮だな。私の名前は海路口四方寄、一応この学校の現生徒会長だ」

 

「『…え?』『ここの生徒会長は黒神めだかじゃなかったの?』『ちょっと予想外だなあ』」

 

「ああ…、先ほどまでは確かにそうだったのだけれども。ちょいと手違いがあってね、リコールの結果私が次の会長が決まるまで生徒会長をすることになってる」

 

 変な喋り方をする人だな、と思いつつ、彼の疑問に応えるべく、簡易な説明を行った。

 

「『へえ』『君って結構面白い子だね』『うん、君となら友達になっても良いかもしれない』『ということで、今から一緒に本屋に行かない?エロ本を買いたいんだけど』『付き合ってよ』」

 

「悪いが、これから少し生徒会のメンバー選定が必要なんでな。明日以降なら付き合えないこともないが」

 

「『……あはは、君、頭おかしいだろ?』『僕みたいな人間相手に普通に接する事が出来るとか』『君も『負完全』なのかな?』」

 

「言いたい事がよく分からん。まあ、友人になりたいのであればとりあえず握手からじゃないかと思うからな、ほれ、手を出すがいい」

 

「『………あれ?』」

 

 相手が手を出すのを待っていると、彼はまるで『出るはずの物が出てこなかったかのような』表情をした後、私と握手をした。うん、これで友人である。

 

「『……ま、いっか。僕は球磨川禊っていうんだ、よろしくね、四方寄ちゃん☆』」

 

「ああ、よろしく頼む。ところで、この惨状はお前がやったのか?」

 

「『え?そんなわけないじゃん』『僕が来た時には既にこうなっていた』『だから、僕は悪くない』」

 

「そうか、ならすまないが手伝いをしてくれ。この人たちの応急処置をせねばならん」

 

 そういうと、またも奇妙な物でも見るかのような表情をして、手伝いを始めてくれた。随分と手慣れた様子で螺子を外していく。

 

「随分と慣れているのだな、『まるでいつもやっている事であるかのように』」

 

「『あはは』『そうだね』『これは僕がやりました』『って言ったら君は僕を突き放すかな?』」

 

「やっていないと言ったり、やったと言ったり、随分と『自分がない』奴だとは思うが、それも最近の若者には多いと聞くし、良いんじゃないのか?」

 

 まあ、この学園の外だったら直に警察の御厄介になるからやめておけ、とだけ言い、私は知人数名と、他人数名、元敵対者一人を治療する。異常なスピードで傷口はふさがっているため、恐らくはメンタル面の治療優先だろうと、鎮痛鎮静薬を投与する。

 

「それにしても、随分と綺麗に貫いてあるな。螺子という物はその特性上傷口が非常に歪で、治りにくいのが常であるというのに」

 

「『そりゃあ慣れてるからね』『それに』『そもそも傷なんてなかったんだから、ふさがるのも当然じゃないか』」

 

「…なるほど、お前も黒神めだかやそこのチビッ子と同系統か」

 

「『やだなあ』『めだかちゃんみたいなエリートと一緒にしないでよ』『僕は生まれながらにして勝負に勝ったことなんか一度もないんだぜ』」 

 

「それはある意味素晴しいな。お前と敵対した人間は、必ず勝利できるのか。これほど物語のラスボス的な存在はいないだろう」

 

 そういうと、彼は心底おかしそうに嗤った。

 

「『アハハハハ!』『確かに僕はそうなのかもね』『でもさ』『一回くらいは勝ってみたいんだ』」

 

「ならばそのうち私が相手をしてやろう。ああ、勿論暴力沙汰はやめてくれよ?私みたいな美しい女の子相手に手をあげたりしたら私のファン一億人が黙っていないぜ?」

 

「『それは怖いね』『じゃあ、先にその一億人を潰してしまおうか』」

 

「それは非常にいい手のようで、その実途轍もない悪手だな。なんせ、どこを探してもそんなのはいないんだから」

 

「『…なんだか君と友達になれたのが嬉しくなってきたよ』『そう言えば、ちょっと用事があるんだ』『残念だけど、治療も終わったし、もう行くね?』」

 

「うむ、助かった。では、またそのうちに会おう、球磨川」

 

「『友達なんだから』『禊って呼んでくれよ、四方寄ちゃん』」

 

 そうか、では改めて、禊、また会おうと言うと、彼は満足そうに去っていった。私も彼らの治療は終わっているし、保健室へぶち込んで我が城(生徒会室)へ行くことにした。

 

 

 

 

 

 

「「「生徒会長の再任は不可能!?」」」

 

「…どういうことだ、四方寄」

 

「どういうことも何も、校則、生徒会則、念のため各委員会条規全てを確認したが、この第五項を覆せるものがないんだ。正直な話、私としてもなんとか返上したかったからな、がんばって考えてみたんだがどうにも抜け穴がない」

 

 どうやっても無理だな、という私の言葉に食って掛るかのように、人吉君が詰め寄ってくる。

 

「でもよ!あの時のめだかちゃんは洗脳されてたんだから……」

 

「それを理由にしての再委任も考えたが、この五項、随分と条件が厳しくてな、一度解任された人間が再度返り咲くには、過去の遺物である塾則を適用するしかないんだ」

 

「出来るんだったらそれを使えば……!!」

 

「それが真剣での生死をかけた試合だとしてもか?」

 

「な…!?」

 

「しかも、適用例は過去三回……そのすべてで、塾頭側、解散請求者側のどちらかは死んでいる。私は自分が死ぬことに未だ恐怖を抱いているのでな、流石にこんな命を捨てるようなことはしたくないね」

 

 更に言うなら、これを使うと会長様以外のメンバーは私の側につくことになる、と付け加え、どうしたものかと改めて頭を抱える。

 

「…どうしたもんかなぁ…まさか洗脳を自力で解けるとは思ってなかったし、それこそG計画を潰したところで適当な人間に再委任するつもりだったのだけれど」

 

「そんなことを言っている場合か!?なんとかしてめだかさんを生徒会長に戻さねば……」

 

「まあ、どちらにしろ次の選挙になれば解任された元会長様ももう一度出馬する事は出来るが……何をそんなに急いでいるんですか?」

 

「…君は違う中学だから知らなかっただろうが、今とても危険な人物がこの学園に転入してきている。彼が何をするつもりなのかはわからないが、そんな事態に対処できるのはめだかさんを置いて他にはいない!」

 

 随分と切羽詰まっているらしい。とは言う物の、今すぐ再委任が出来るものではないし……。

 

「…なあ、副会長にめだかちゃんを選任する事は出来ねえのか?」

 

「何を言ってるんだ、人吉君!そんな事……」

 

「元会長様はそれで構わないと思うか?」

 

「…私が会長職をやっているのは、全ての人を幸せにするためだ。そのために必要だから会長になったのだから、それさえ約束できるのなら、役職にこだわることではない」

 

「めだかさん!?」

 

「そうか……出来ないことはない」

 

 結局のところ、問題なのは解任された人間が『生徒会長に』戻ることなのだ。それ以外の条項などないし、『規則』がない以上文句も出ないだろう。

 

「では、今から書類を作る。職員室に届け出た時点で、第九十九代生徒会の発足になるだろう」

 

「そうなると、お前が新しい会長になるのか……」

 

「私は投票で選任された会長ではないのでな、色々と制約はつく」

 

 その制約について、メンバーおよび親愛なる読者諸氏に説明しようと思う。生徒会則別項、『臨時執行員が生徒会長を解任し、臨時生徒会長になった場合の処遇に関する項目。もし学校則第四十五条第五項の適用により、臨時執行員が代理で生徒会長を務めることになった場合、投票によって選任を受けたものでない為、解任した生徒会長以外の会長職経験者を一定期間外部顧問として選任する事。尚、この条項が正当な理由なく履行されない場合、選任した役員共々理事長の決裁により解任されるものとする』

 

「正直なところ、会長職経験者を引っ張り出すことがまず無理難題なんだがな」

 

「元会長……?」

 

「ほら、やっぱりみんな忘れてる。あんな存在感大きい先輩を忘れる辺り、やはり『異常性』というのは人間離れしているよな」

 

「!?」

 

「日之影先輩の処へ行ってくる。私は普通に見えるから、あとは元会長様がついてきてくれれば少しは和やかに話も進められるだろう」

 

 ああ、自分でまいた種とはいえ面倒臭いものだな、と思いつつ、私は元会長様を引き連れ、三年十三組へと向かった。…ところで、名瀬先輩もついてきてるのはどういった理由だ?

 

 

 

 

 

 

 前から三列目、右から三列目、席替えがあろうとも必ずその位置にいる日之影先輩。表記で言うならばセンチではなくメートルを使うべきだとか考えているだろう名瀬先輩を差し置き、私は朗らかに彼へ手を振った。

 

「お!黒神に四方寄じゃねえか!よぉ、久し振りだな」

 

「お久しぶりです、日之影先輩。中々学校でも会えず、申し訳ありません」

 

「なあに、いいってことよ。俺の事を常に覚えててくれるお前の事が大好きだぜ」

 

「ありがとうございます。それでですね、今回は非常に申し訳ないのですが、此方の勝手なお願いに参りました」

 

 私がそういうと、お前の頼みだったら出来る限りは聞いてやるよ、と頼もしい言葉。心苦しいのだが、お願いする他ない以上、此方としても最低限の礼を尽くさねば。

 

「誠にお恥ずかしい話、先輩から再三誘われていた生徒会への勧誘を断り続けていた私が、此方の黒神めだかさんのお願いと、周囲の教師陣の早とちりにより、生徒会の臨時役員として執務に加わったことが、そもそもの発端なのですが…」

 

「……なるほどな、大体分かったぜ。黒神の奴がへまをしちまったから、お前さんがしりぬぐいをした結果、予想以上に黒神が収拾しちまって困ってるってことか…」

 

「そうなりますね。しかも、どうやら元会長様達の知り合いでとんでもないのが転入してきてるらしいんですよ。勿論我が生徒会のメンバーに不備があるとは思えませんが、規定は規定ですし、何より、私は貴方の助力を必要としています。だから、空洞にいさん、手を貸してください!」

 

 私が純粋に頭を下げている事に驚く二人。日之影先輩はゆっくりと席を立ち、私の頭に……手を置いた。

 

「頼んできたのが黒神で、そのよく分からん転校生の為に助力を頼むってんだったら別だがな、ほかならぬ妹分の頼みだ、聞いてやらんわけにはいくまいよ」

 

「……ありがとう、にいさん。…では、これを持って、第九十九代、箱庭学園生徒会の発足とします!今から職員室へ書類を持っていきますので、生徒会室で待ってて下さい!」

 

 思えば、この時に一緒に行ってもらえばにいさんは『過負荷(マイナス)』と最悪な形で出会うことは回避出来ただろうし、私も彼女と…いや、そんなことは言っても詮無きことだな。兎にも角にも私は最高速度で職員室へ向かったのだった。

 



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過負荷だろうが異常だろうが生徒会は普通に対処せねばならん。特別扱いなどもってのほかだ。

 腐敗。俗に腐るともいうが、有機物が腐敗細菌や酵素などの微生物によって分解されることである。中でも人間にとって都合のよいものは発酵という別称があり、特に区別される。また、人間や団体が堕落している様の比喩表現として用いられることもあり、我らが人間社会の中で広く流通している言葉の一つといえるだろう。最近では男性同士の性的交渉や愛情表現を主な内容とした漫画やアニメ、小説などを好む女性の事を腐女子と言ったりもするが、それだけなじみ深い言葉であるという裏付けにもなると思う。とは言う物の、蔑称として使われることの多い言葉ではあるため、使用する場面を間違えると大事になってしまったりもするわけであるが。

 

 

 

 

 

 職員室及び理事長室に届けを出し、晴れて第九十九代生徒会の発足となったわけであるが、職員室からは不評であった。一体何があってあんなに完璧な生徒会長を解任したのか、まさか生徒会を私物化するつもりなのかなど、なんとも誇大妄想甚だしい苦言を頂いたが、私だってなりたくてなっているわけではない。生徒会選挙を早めることが出来るんであれば一刻も早くそうするし、むしろ個人的にはさっさと元会長様を返り咲かせたいところではあるのだが、そうもいかないのだから仕方がない。酷いものではそもそも日之影空洞とは誰か、と問いかけてくるのだから、正直コイツら教師を辞めてしまえばいいと思ったのは内緒である。むしろ理事長の方がさっさと承認してくれたため作業的には楽であった。

 

 生徒会室(臨時)に戻ったところ、瞳先生がいた。やたら久し振りに見たから思わず懐かしくなると同時に、名字が人吉だったことに今更気付く。目を白黒させている人吉君を見るに、どうやら彼の母親であるらしい。

 

「お久しぶりです、瞳先生。まさか善吉君の御母堂だとは思いませんで。今まで御挨拶にも伺えず申し訳ありません」

 

「あ、モギちゃん?久しぶりねぇ。あたしこそこの学園に通ってるなんて全然知らなくて。知ってたら入学祝の一つでも贈ってたんだけど」

 

 知り合いなのかよ!と叫ぶ人吉君は置いておくとして、一体なぜここにいるのかの説明と、先ほどまで理事長室で雑談に興じていた相手である禊の在り方についての説明を受けた。言われてみればあの学ランは水槽学園のそれであった。国内有数の名門進学校であるため、禊も頭がいいのだろうかと考える。ところで。

 

「元会長様は一体何があってちゃんとした制服になってるんだ?」

 

「これだけ説明聞いて疑問持つのはそこなのかよ!?」

 

 いや、だって今までまともな制服を着てなかったんだぞ?それは疑問に思うポイントで間違ってないじゃないか。

 

「そりゃあね、年頃の女の子があんなに露出の多い格好しちゃダメでしょ。あたしがしっかり直してあげたわよ」

 

「なるほど、先生がやったなら別に変でもありませんね。で、禊はそんなに危険人物なのか?話した感じおかしな話し方ではあったが、そんなに危険という感じはしなかったぞ?」

 

 その言葉を出したとたん、全員の目が一斉に此方へ向く。一体なんだってんだ。

 

「四方寄、まさか貴様、球磨川と話したのか?」

 

「海路口、おま、神経はまともなのかよ!?」

 

「海路口さん、変だ変だとは思っていたが、そこまでとは思わなかったぞ!!?」

 

「海路口、あたしはどんなことがあっても味方だからね!!」

 

「モギちゃん、悪いことは言わないからああいうのはあたしに任せておきなさい!!!」

 

 ………。なに、この過保護。男子の罵倒はとりあえずシメても良いっていう合図か?お望み通りに絞め殺してやろうかなどと思いつつ、私は更に続ける。

 

「まあ、先ほど理事長室で転入云々の話をしていたから、あいつもこの学園の生徒になるんだろう。だったら私は生徒会則第一条第一項に基づいて害を為すことは出来ん。それに、既に友誼を結んでいるのでな、今更瞳先生に任せるわけにもいきません。あと、そこの男子二人はあとで私自ら絞め殺してやるから覚悟しとけ!」

 

 更に大声で非難された。流石に人望のない臨時会長である。私すげぇ。

 

「なんにせよ、禊が実際にここの生徒に実害をもたらすと判断すれば、それは窘めねばなるまい。それが『規則』だ」

 

 私はその一言を以って、この会話を終了する事を告げた。『生徒会長としてしなければならない使命に基づいて行動する』、これが第九十九代生徒会執行部の基本理念だからな。

 

 翌日の事である。我が一年一組に転入生がやってきた。人吉瞳四十二歳、人吉善吉の母親である。ていうか、瞳先生である。

 

「……人吉君、心中お察しするよ」

 

「…サンキュー、海路口」

 

 

 

 

 

 

 その日の午後。ゴキブリ王先輩によって負傷した古賀先輩のお見舞いに行くとかで副会長様率いる三名が、母親から逃げるということで人吉君が、それぞれ生徒会室から離れているのである。人望がないのは理解していたが、そこまで別行動が出来るのは元会長様が副会長様として君臨しているからだろうか?書類仕事もそこまで多くはないために、私は校内の清掃チェックに勤しむことにした(驚くべきことにこれも生徒会の業務内容なのだ)。校内は既に見て回り、中庭をはじめとした校舎外を見回っていたのだが………。

 

「いきなり特別教室棟が半壊した。業者を呼ぶ必要性ありと理事会及び職員室へ通達するように書類作成の事」

 

 とりあえず考えついたことを忘れないようにボイスレコーダーにメモしておき、内部の状況把握にかかる。大体の状況が解ったため、書類製作にかかろうと生徒会室へと足を向けたら、女の子が歩いてきた。校舎がどんどん黒ずんでいるのだが、一体何をしているんだ?

 

「そこのセーラー服を着た女生徒。校内での落書きは校則違反なのでな、どういう手を使っているのかは知らんが、即刻やめてもらえないだろうか?」

 

「……あぁ、ごめんなさい。直にやめますねぇ?」

 

「分かってくれたならそれで構わない。どうやら怪我をしているらしいし、手当をするから此方へ来い」

 

「はぁい☆」

 

「……あぁあぁ、せいぜいが打撲ですんでいるようだが、女の子があまり無茶をしてはならん。それに、その両手の切り傷、明らかに鋭利な刃物を誤用した結果だな。それも見てやるから、手を出せ」

 

「……はい♪」

 

 そう言って出してきた彼女の両手の治療に当たる。まったくかわいい女の子がこうやって傷つくなど、断固あってはならんというのに。包帯を使うほどでもないな。消毒だけですました方かいいだろう。…ん?何やらずっとこっちを見ているが、どうしたというのか?

 

「…なんで貴女は腐らないの?私が触ったらなんでも腐敗してしまうのに……」

 

「質問の意図が解らんな。なんでも腐らせるなんて、そんなこと人間には『不可能』に決まっているだろう?そもそも腐敗というのは有機物を微生物が分解する行為だ。人間であるお前に出来ることではない。過去に黴菌だの腐るだのといじめられでもしたのか?だとしたらそいつらは後悔しているだろうな。こんなに可愛い女の子をいじめるなんて、人生の九十八%を損しているぞ?」

 

「………貴女、変わってるって言われない?」

 

「最近はしょっちゅうだ。まったくもって遺憾なのだがな」

 

「………フフフ、貴女、私と友達になってくれる?」

 

「まあ、一度会ったら友達とどこぞの教育番組で過去マスコットキャラクターコーナーの主題歌でも言っていたしな、私は一向に構わんし、こんなに可愛い女子と仲良くなれるなんてむしろご褒美だ。さて、友誼を結ぶ最初の一歩は握手であろう?手を出すと良い」

 

「…私の名前は江迎怒江、一年マイナス十三組に編入してきたの。よろしくね?」

 

「一年マイナス十三組?新設されたんだろうか、知らん名前だな。私は海路口四方寄。この学園の臨時生徒会長だ」

 

「『あれ?』『また四方寄ちゃん』『僕らと友達になったの?』『ホントに変な子だね☆』」

 

 どこから現れたのか的確な説明を求めるぞ、禊。せっかくかわいい女子と友誼を結んでいるんだからちょっと待ってて欲しいのだが。

 

「『そんなツレないこと言わないでよ』『僕と四方寄ちゃんの仲じゃないか』」

 

「すまんな、出会って数日の男子と、初日の女子なら、私は後者を優先するのでな。あとでエロ本を買いに付き合ってやるから、ちょっと待ってろ」

 

「って、球磨川さん、すみません、新教室の取得に失敗したことを報告もせずにこんなところで……」

 

「『いーんだよ』『そんなことはどうでも』」

 

 『失敗は誰にでもある』とか、『素晴しい才能(けってん)の持ち主だ』とか、私を差し置いて怒江を口説いている。コイツ、実は相当のナンパ野郎か?だったら少し付き合い方を変えなければならんのだが。

 

「『四方寄ちゃんもありがとね』『怒江ちゃんの怪我を治してくれて』『っていうか、彼女に触れるとか君』『最早『異常』とか『過負荷』とか関係なく『超越』してるんじゃないの?』」

 

「…なるほど、彼女はそのまま『全てを腐らせる』能力の持ち主だったか。庭いじりに便利そうな能力だな。良いお嫁さんになるだろう。許さないが」

 

「そんな…人吉君のお嫁さんだなんて……」

 

 アイツばかりが何故モテる。

 

「…ああ、すまん。この校舎の改修の申請をするため、生徒会室に戻らねばならん。今日の放課後にでもまた会おう。で、禊は本当にエロ本を買いにつれていく気なのか?」

 

「『まさか』『もう買っちゃったからさ』『放課後に喫茶店にでも行こうよ』『そこで買った奴見せてあげる』『四方寄ちゃんに似てる子がいてさ』『どれくらい似てるか見てもらいたいんだ』」

 

「そうか、案外私かもしれんぞ?だとしたら私は秘密を知ったお前に何をされるのかな?」

 

「『…ホント』『君ってサイコーだぜ!』」

 

「二人ともエッチなこと言わないでください!」

 

 ごめんごめんと謝って、私は生徒会室へと戻った。

 

 

 

 

 

「うん?なんでも腐らせる少女が旧校舎を占拠しようと乗り込んできた?」

 

「そうなんだよ、四方寄ちゃん。状況から見るに球磨川君率いるマイナス十三組が集まりだしたみたいなんだけれど、これでも動かないつもりかい?」

 

 と真黒さんが直談判にきた。とは言われてもなぁ……。なお、今日は日之影先輩は来ていない。なんでも用事があるらしいのだが……。

 

「新教室の選定権は我々にはないですからね。理事会の決定に基づいて動くほかないでしょう。幸い私も先ほど知り合いましたし、禊と怒江にはしっかりと言っておきますよ」

 

「……そんな悠長なことは言ってられない!彼らをほっておいたら、一体どうなることか……!!」

 

「真黒さん、この際ですからはっきり言っておきましょう。私はたとえどんな生徒であれ、差別はしません。前科があるからといって最初から疑ってかかることはしてはならないでしょう?守られてこそいませんが、裁判に於いても『原則無罪』は基本理念ですよ?国が守らないからって私達が守らない理由にはなりません!」

 

「…後悔しても知らないよ?」

 

「ですから動かないとは言っていません。ちゃんと理事会と本人たちには通達と注意をするといっているでしょう?何が不満なんですか」

 

 そういうと真黒さんは、「…そうだね、失礼するよ」と言って生徒会室をあとにした。副会長様をはじめとして生徒会のメンバー(喜界島さん除く)からはバッシングを食らうが、『規則』を犯していない生徒を罰することなど出来るわけがないだろう。まあ、少し問題を起こしている以上叱責は必要かもしれないけれども。

 

「私は確かに禊の過去を知らないが、もし知っていたとしても、それが生徒会の私用につなげる事はない。貴方達はアイツの事を敵と認識しているかもしれないが、だからといって生徒会が私情で動く理由にはならないことをはっきりと理解するべきだ」

 

「だけどよ!!」

 

「反論は受け付けんぞ。たとえ貴方達に正当性があったとしても、だ」

 

「真黒さんの言葉通りだ!後悔しないためには先手を取る必要も……」

 

「だから叱責はすると言っているだろう?繰り返すが、貴方達が言っているのはただの私情による拙速な行動だ。生徒会メンバーであるという自覚を持って欲しい」

 

 これ以上は無駄だと悟ったのか、全員が口を噤む。喜界島さんがおろおろしているが、会長職の地位を確固たるものにする必要がある以上、引くことは出来ない。

 

「今日は書類仕事もないし、投書もない。業務は特にないから、帰って構わないぞ」

 

 その言葉を皮切りに、全員が帰っていく。最後まで残ったのは当然ながら私だ。

 

「…人望がないのは理解している。それに、みんな会長様が会長をするのが良いと思っているのも理解しているんだよ」

 

 僅かに残っていた書類の処理を終えた頃、禊が怒江を連れてやってきた。

 

「『やあ』『もうみんな帰っちゃったのかい?』『随分と人望のない会長様だね☆』」

 

「理解しているよ。どうやらお前が過去に起こしたことで警戒しているらしい。怒江、どうやら旧校舎の占拠をしようとしたらしいが、新教室は理事会の決定を待って欲しい。勝手な行動をするようであれば、口頭での叱責ではすまされなくなってしまうからな。今後はしないように頼むぞ。禊も、そんな指示を出すな」

 

 二人は面食らったような顔をしている。だから、私の常識的な行動はそんなに驚かれるようなものなのかと。

 

「『とはいえさあ』『理事長からなんの指示もなかったんだもん』『僕達は明日からどこに登校すればいいのさ』」

 

「…まあ、確かにそれはそうだな。良し、すまんが今日は喫茶店に付き合えそうにない。というか、お前たちも来てくれ。理事長に直談判する」

 

『「………ゑ?」』

 

 

 

 

 

「新クラスへの転校生については学園側の方針ですから特に何か言おうとは思いませんが、教室も決めないままに生徒だけ調達する事は凡そ教育者としてあり得ません。彼らはなんの指示も受けていないと言っていますが、まさか本当に教室を決めていないわけでもないでしょう?」

 

「……ほっほっほ。確かにこれは失態でしたな。とはいえ、急に新クラスの開設を決めてしまった為、直に専用の教室を作ることもできません。申し訳ないのですが…」

 

 そう言ってのらりくらりとかわそうとする理事長だが、あくまでも生徒の学校生活に関する要件である以上、絶対に引かないのは当然である。

 

「いま現在使われていない教室が、少なくとも三クラスあります。これから編入してくる生徒の数が何人になるのかはわかりませんが、まずこの三クラスは使えると思いますが、いかがですか?」

 

「……そうですね。今後の編入予定については、理事会のマル秘事項なのでお伝えは出来ませんが……。即刻編入してくる生徒は限られていますので、そのクラスの中から一クラスを使用する事にしましょう。球磨川君も江迎さんも、この件については御迷惑をおかけしました」

 

「『…いえ』『別に良いですよ』」

 

「私の方こそ、勝手な真似をして申し訳ありませんでした」

 

 驚くほどにあっさりと許可を出してきたな。一体何が裏にあるのか気にはなるけれど、まずは彼らにちゃんとした教室が与えられたことに安堵する事にしよう。

 

「ありがとうございます。では、失礼致しました」

 

「失礼しました」

 

「『しつれいしました』」

 

「いえいえ、此方こそ」

 

 

「………まさか彼女がここまで『過負荷』に肩入れするとは思えませんでしたが…いや、『規則』に忠実な彼女だからこそなのかもしれませんねぇ」

 

 …日之影先輩が彼らの情報をもとに、『英雄』を執行して、彼らに私達への付け入る隙を与えてしまうまで、そんなに時間はかからなかったわけだけれども。



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普通修行パートは省略されるものだ。異常な扱きなんか見たくないだろう?

 臨時とはいえ生徒会長になってしまった以上、全校生徒を目の前にして就任挨拶をする必要がある。たとえ望まれていなくても、である。学生の本分が勉強にある以上、特別行事に時間を割いてしまうのはあまりいいことではない。まあ、ちょうどいい具合に夏休み前の全校集会を使うことが出来たため実際はただでさえ面倒臭い集会が長引く程度ですんだわけだが。

 

「――と、いうわけで、私が臨時ではあるものの、生徒会長として業務に当たることになった。選任された前会長のように人望があるわけではないが、仕事はこなしていくつもりであるし、生徒諸君等には迷惑をかけないように最大限注意を払うつもりだ。前会長は現在副会長としてなお一層生徒会の業務に励んでもらっているし、ただ少しの失態があっただけなので、ちょっとした反省期間だと思ってほしい。無論前会長の功績である目安箱については今後も設置し続けるので、個人で悩めないレベルの悩みはどんどん相談してきて貰って構わない。私に任せるのが嫌なのであれば副会長を指名してもらっても結構だ。私はあくまでも臨時であるため、前生徒会と在り方は何ら変わらないと思ってくれ。では、本年度一学期終業式を開始する(ふぁいふぃふる)

 

 何しやがるんだ、禊。

 

「『やあやあ、箱庭学園の皆さん、こんにちわ!』『僕の名前は球磨川禊』『そこにいる黒神めだかちゃんの元彼で』『ここの海路口四方寄ちゃんの今彼でっす☆』」

 

 告白されたこともないんだが。

 

「『というのは勿論冗談さ♪』『今信じたバカどれくらいいる?』」

 

 一人でもいたらそいつは私が直々に制裁を加えてやる。

 

「…で、何の用だ?球磨川先輩。いま現在壇上に上がっていいのは生徒会役員だけなのだが」

 

「『ごめんごめん』『別に四方寄ちゃんに恨みがあるわけでも卒倒させたいわけでもないんだ』『ただね、一寸僕からのお願いを聞いて欲しくてさ』」

 

 まあ、生徒会役員である以上、それは当然聞くわけではあるが。

 

「『えっとねぇ』『コレなんだけど』」

 

 そう言って提示された書類に目を通す。……なるほどね。

 

「九十九代生徒会への解職請求か、理由は外部顧問によるマイナス十三組生徒への暴行。日之影先輩がそういうことをした、と?」

 

「『へぇ』『日之影先輩って言うんだ、彼』『ものすごくおっきい先輩にいきなり殴る蹴るの暴行を受けたんだけど』」

 

「役職を知っているのに名前を知らないのか、少しおかしいが、まあ良い。それで、解職請求には特別項でもない限り全校生徒の過半数による署名が必要なんだが、これは全員転校生だな?」

 

「『勿論さ』『みんなちゃんと転校してくるよ』『それとも転校生は差別されるのかな?』」

 

 

「…球磨川、貴様という奴は……!!」

 

「待て、黒神副会長。転校生だとしても差別は許されん。で、私達は即日罷免というわけになるのだが……お前が代理を務めるのか?」

 

「『当然!』『ちゃんとマニフェストも作って来たのさ♪』『更に無能な先代様みたいなことにならないように』『もうメンバーまで揃えてあるんだよ』」

 

 そう言って脇に控えていた数名の生徒の顔をはっきりと認識する。怒江はいるのか。……?なぜ不知火さんがいるのだろう。疑問に思っている間に、禊は全生徒に自らの公約を読みあげていた。不純異性交遊の努力義務化?直立二足歩行の禁止?……これを本気で言っているとしたら、臨時とはいえ生徒会長として看過出来るものではない。

 

「…誠に申し訳ないとは思うのだが、その提案を享受する事は出来ん。仕方あるまい。状況が変わった。黒神副会長、黒箱塾塾則第百五十九項を適用するので、手続きを頼む」

 

「…『塾頭解任請求ニ関スル項目』か!」

 

「あまりやりたいもんではないのだがな。この前言ってた防具なしのチャンバラだ。正気を疑うような規則だが、過去三度の適用実績があるんだ、文句は言えまい?」

 

「『…へぇ、まさかめだかちゃん以外に校則を全て網羅している奴がいるなんてね』『しかもそれが四方寄ちゃんだって言うんだから』」

 

「先に会長として謝っておこう。今回の外部顧問による独断専行は、生徒会の総意では全くない。とはいえ、実際に苦痛を与えてしまったことに、組織の長として謝罪する」

 

「『…え?』『あ、うん』『…だからってこれを撤回なんかしないよ?』」

 

「それは別問題だ。貴方達のマニフェストは大多数の人間が賛同している規則と真っ向から対立する。未だそれは受理されていない状況なら、我々生徒会は断固そんなマニフェストを認めるわけにはいかない」

 

 なので、と私は続けた。

 

「『黒箱塾塾則第百五十九項、塾頭解任請求ニ関スル項目』に基づき、生徒会役員の再選任を行う!ここにいる生徒全てが証人だ。言い逃れはせんし、させん」

 

「『……それは』『僕達と敵対するってこと?』『なんでだよ』『ついこの間友達になったばかりじゃないか』」

 

「友達なら喧嘩もするだろう。それにな、仕事に私情をはさんでこようとするなよ、ひねくれ者」

 

「『―――!!』」

 

 私の凄みが珍しくも仕事をしたらしく、少したじたじとなる禊。その後、流石に内容が銃刀法などの規約に違反するため、現代版にルールを改正する事にしたり、期日を決めるために場所を変え、内容を両代表及び関係者にて詰めたりする。結果。夏休みを使い、五人の代表による役職争奪選挙となった。

 

 

 

 

 

「………で、空洞にいさんが理由もなく生徒に暴行を加えるはずもない。お前たちの差し金だな?」

 

 日之影空洞は英雄である。これは別に比喩的表現でも何でもない。その体躯と強さ、そして正義感あふれる心から、この箱庭学園における『害悪』を実力行使で殲滅してきた存在だ。そして、()()()()()()()、誰も覚えていられないという異常性を持っている。『知られざる英雄(ミスターアンノウン)』とはよくいったもので、彼を覚えていられる存在は限りなく少なく、そしてそこに『居る』ということを認識する事は彼を覚えている者でも難しい、らしい。私がここで読者諸氏に言いたいのは、彼は『英雄』であり、『害悪』を叩き潰していた、ということだ。学園に転校してきたばかりの『中庸』な、自身のよく知らない存在を叩き潰すことはあり得ない。つまり、『誰かからその存在の害悪性を知らされた』としか思えないのだ。そして、彼らが転校してきたことを知っており、尚且つ彼を認識できる存在は…副会長様くらいしかいない。それに引っ張られる形で生徒会のメンバーが認識し、口を揃えて『アイツらは害悪だ』とでも言ったのだろう。まあ、今回の件で害悪になりかねないという不穏分子だということは私にも理解できたが。

 

「……四方寄よ、貴様はアレを知らんから分からぬのだ。私達はアレを知っている。そして、アレを放置する事は絶対にできないことを理解してくれ」

 

「それについては先ほどの対立で理解している。この学園に対し『害悪』となり得る存在だ。だが、『生徒会』として動いてしまったこと自体が、私には許容できるものではない」

 

「…だから!そんな悠長なこと言ってられるような子じゃないの……」

 

「確かに悠長なことも言ってられないでしょう。だが、本当にそれは相手のせいなのか?生徒会役員からの暴行で解任請求をするのは、至極真っ当な要求ではないのか?」

 

「それは…それを笠に着てこの学園をぶち壊そうとしているだけだとしか思えない!」

 

「まあ、その可能性は高いだろう。だが、空洞にいさんが行動した時点で、その兆候は見られたのか?そして、会長である私に許可もとらず独断で行動したことに対する正当な理由はあるのか?」

 

「それはすまないと思っている。だが、一刻を争う様な事態だと考えるには十分な相手なんだよ」

 

「だからといって規範たる」

 

「…まて、四方寄。結局は俺が独断専行した結果だ。あまり黒神たちを責めないでやってくれ」

 

「責める責めないの問題ではないんですよ、にいさん。生徒会という組織に所属している以上、規則には一般生徒以上に厳しくあらねばなりません。生徒の規範として上に立つ以上、それは当然のことです。この人たちはその感覚に乏しい。能力こそあれ、人格が未熟なんですよ。結果的に害悪を見過ごしていた私が言えた義理ではないが、もう少し自身に厳しくあるべきだ」

 

 全員が口を噤む。

 

「…自分が人の上に立つべき存在でないことなど私が一番理解している。だが、それが副会長に盲従して良い理由にはならん。黒神副会長、このような結果になってしまったこと、その責任が貴女にもあることを理解しろ」

 

「…まったくもってその通りだとは思う。だが、あくまでも生徒会役員として、間違ったことをしたとは思わん!」

 

「そうか、結果的に不穏分子を燻りだしてくれたことは間違いないのだから、それについては感謝する。だが、貴女の起こした行動で、学園と生徒会の存亡を脅かしたことだけは深く理解しろ」

 

 役員に対する叱責はこれくらいにして、戦挙の対策へ話しを移行する。

 

「正直なところ、この戦挙は現生徒会役員に随分と不利な条件がそろっている。期間は五週間、つまり夏休み全部を使う。やり方は挑戦者側に選ばせ、総合で引き分けた場合は私達の負けだ」

 

「対峙した時に思ったんだが、ありゃあはっきりと『話にならない』って感じの奴らばっかりだった。生徒会メンバーでアイツらに対抗できるかどうか…そうだな、人吉、不合格、阿久根、不合格、黒神、断トツ不合格、喜界島、不合格、…って、四方寄除けば全員か」

 

「!?」

 

「どういうつもりですか!喜界島さんはともかく、俺たちまで不合格だなんて!しかもめだかさんが断トツ!?」

 

「私も気になります。何故四方寄が合格なのかも含めて、説明していただけませんか?」

 

 空洞にいさんの説明はこうだった。仲間の腕を平気でへし折り、しかも圧し折られた方は礼を言う、そんな『気持ち悪い』奴らと『戦いたくない』。そう思っている時点で『心が折れている』。それは全然弱さでも何でもないし、むしろそんなのをなんとも思わない奴の方がどうかしている、と。

 

「わりと普通に私の悪口言いますね、空洞にいさんは」

 

「ああ、お前は別口だ。そもそもおまえ、やつらを『気持ち悪い』だなんて思ってないだろう?」

 

「何が気持ち悪いのかはよく分かりませんね。『異能』を持っているという一点に於いて、私も彼らも貴方達も変わりませんから」

 

「だからだ。コイツはアイツらさえも『平等に』見ている。その精神力こそが合格の理由だ。まあ、ただ単になんも考えてないだけとも言えるが」

 

 失礼な。

 

「…でもどうするんですか?」

 

「それなんだよ。『凶化合宿』をするって手はあるが、どれだけ短時間でやったとしても二週間はかかる。つまり、どうあがいても庶務戦には絶対間に合わないことになるんだが……」

 

 凶化合宿、それは黒箱塾時代から受け継がれてきた、メンタルトレーニングの事である。元々はフラスコ計画の一環で、その苛酷さから現理事長、つまりあの老人が廃止を決定したという話しだが、やり方を知っているとかにいさんマジ半端ねえ。

 

「まあ、やるって言うんだろうがな、全員」

 

「「「当然!」」」

 

 うん、そういうところの団結力っていうのはホントに高いと思う。その団結力の高さを、ぜひともこの生徒会で発揮してほしいのだが。

 

「私はやらなくても良いでしょうから、とりあえず通常業務と私用をこなしますね。…ところで、人吉君はどうするんだ?副会長様に一番近いといえる彼にも凶化合宿は必要なんじゃないか?と言うか、真黒さんも瞳先生、名瀬先輩に古賀先輩もいるのに彼はいないってどういう事態なんだ?」

 

「人吉君なら、終業式が終わった途端に食堂の方へ行ったよ。まあ。誰に会いに行くつもりなのか分かりきってたから止めるに止められなくてね…」

 

「…そうか、不知火さんがあちらにいたものな。どういうつもりなのか、親友なら気になるのも無理はあるまい」

 

「……ところでよー、お前は体力面を鍛えなくていいのか?会長戦までにちょっとくらいは動けるようになっとかねえと、最終戦までもつれこんだらヤバいぜ?」

 

「なんなら名瀬ちゃんに頼む?特別に、特別に!名瀬ちゃんがコーチしてあげても良いんだよ?」

 

「…そうね、球磨川君に志布志さん、蝶ヶ崎君がいる時点で、ただでさえ三敗は確定してるようなもんだわ。モギちゃんがいかに『過負荷』の影響を受けないとはいえ、ある程度の戦闘技能は必要よ?」

 

 …まったくもっていつからこの学園はバトルに特化した場所になったのだろうか。そもそも関わり合いになってしまったこと自体が間違っていたのか?まあ、とはいえ戦挙、という以上は戦闘技能が必要であろうことくらい分かる。仕方があるまい。

 

「分かりました。なんとか戦闘技能をある程度のレベルまで引き上げましょう。古賀先輩、名瀬先輩、お気持ちはありがたいのですが、私には専属のコーチがいますので」

 

「「専属のコーチ?」」

 

「まあ、気になさらず。その人からの教えが一番私にはわかりやすいから、その人に頼みます。では、今日は解散!」

 

 私の有無を言わせぬ解散宣言に、不承不承といった様子で帰途につく面々。仕方ないだろう。他人に教えたくない人の一人や二人はいるもんだ。私は携帯を取り出し、電話をかけた。

 

「……ああ、母さんか。ちょっと面倒なことになってな――――」

 

 

 

 

 

「―――こうやって指導をするのは久し振りかしら?」

 

「確かに、最後に指導を受けたのは『学蒐』を上手く使えるようになるためだったから…もう六年になるか」

 

「おかげでよっちゃんと久し振りに親子の触れ合いが出来るわ?」

 

「私も中々母さんとふれあえなくてさみしいよ☆」

 

「「………やめよう、キャラじゃない」」

 

「…で、今回は戦闘技能?貴女、前に覚えておけって言った時は突っぱねたじゃない」

 

「仕方なかろう。その時は法治国家で暴力が必要になるなんて思ってなかったんだから」

 

「まあ、それは私も前から思ってたわよ。でもね、ウチは『そうなっちゃう規則』なの」

 

「…では」

 

「「よろしくお願いします!!」」

 

 

――――――あ、当然面倒臭い修行パートは描写しないので、あしからず。

 



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斬子ちゃんの可愛さは異常だろう。普通に考えて

 七月二十五日、1998年にはWindows98が発売され、味の素の特許取得日でもあるのだが、そんなことはどうでもいい。この日は生徒会臨時選挙の庶務戦である。つまるところ我が生徒会唯一の『普通』、人吉君が庶務の座をかけて新生徒会のメンバーと戦うことになるのだが、残念ながらその日は用事があるため、最初から参加する事が出来なかった。つまり、なにが言いたいのかといえば。

 

「…いや、ポールを伝ってハブが上ってくる可能性くらい考えておけよ、長者原融通選管」

 

 当然無かったことにされた。

 

 

 

 

 

 

 ハブ。単にハブといった場合は日本に於いてホンハブの事を示し、その体格の大きさと攻撃性の高さから日本で最も危険な毒蛇として知られている。毒の性質は出血毒であり、元々はハブの体内で生成されている消化酵素なので、患部は激しくはれ上がり、激痛を伴う。消化酵素というだけあって、腫れと激痛の理由はタンパク質の分解が原因で、過去は咬まれたら助からないといわれていた。現在は血清技術も進歩しており、致死率は1%を切るほどに低いのだが、元々の毒の性質上、重大な後遺症が残る可能性はある。長者原選管がトカゲ目といっているが詳しく言えば有鱗目で、ヘビ亜目に属し、クサリヘビ科マムシ亜科となる。選管である以上、血清の類はちゃんと持っているだろうが、それにしてもなんということをしているのか。

 

「ハブは全世界的にも個体数が減少していて、このような乱獲はあまり褒められたことではないのだが?」

 

「ええ、当然ながらこの庶務戦が終了いたしましたら、迅速に生息地へと返す所存でございます」

 

「そもそもなんでわざわざ南西諸島まで行ったのか……まあ確かに、ハブはイメージとして恐ろしいものではあるけれど、それならまだマムシの方が毒性は強いぞ?」

 

「……」

 

 無視は酷いんじゃないのか?

 

「…で、この選挙のルールについてはもう聞いたから良いとして、この量に咬まれるといくら頑丈な奴らでも死んでしまうわけだが。その辺はどうだ?」

 

「当然ながらそうなった場合、我々が全力を挙げて治療にあたります」

 

「危険性はないとでも?」

 

「ないとは言いません」

 

「そうか、正直な人間は非常に好感が持てる。要らぬことを聞いて申し訳なかった」

 

 そんな説明を受けている間に、どうやら人吉君は禊を追い詰めているらしい。…ん?禊?

 

「なあ、禊は生徒会長役じゃなかったのか~?」

 

「『ちょ!』『今そんなこと聞くかな!?』『僕どう考えても今劣勢でしょ!?』」

 

「ああ、すまない。まさか『見てない』人吉君にそこまでみっともなく末代まで恥をさらすような負け方をしているとは思わなくてな。てっきり別の人かと」

 

「『ひどっ!!』」

 

 いや、なんだかんだでコイツはストーリー上のボス的な扱いだと思っていたわけなのだが。だからこういう負け方をしているとちょっと違和感があるというか。まあその辺も『過負荷』だからと片付ければいいのか、それとも全く別の『企み』でもあるのか。

 

「…で、息をひそめたところでどこにいるかなんて丸分かりだぜ、球磨川先輩。降参するなら今の内だ!」

 

「『うん』『そうだね』『参った、僕の負けだよ』『強くなったね、善吉ちゃん』」

 

 企みの方らしい。

 

「『君たちの為に心ならずも悪役を演じてきたけれど』『これならもう真実を隠す必要もないね』『教えてあげよう』『僕がこの箱庭学園に来なければならなかった理由を!』」

 

 どう考えても高校くらいは出ておかなければ就職に差し支えがあるからだろう。今や高校までは義務教育みたいなものだからな。

 

「来なければ…ならなかった理由!?」

 

「バカ者!善吉、球磨川は良い台詞を言ってからが本番だろうが!!」

 

 その言葉を副会長様が紡いだと同時に、人吉君へ三つの螺子が突き刺さる。ああ、今の問いかけのときに思いっきり目を見開いていたけれど、大丈夫なのか?

 

「どう思いますか、名瀬先輩」

 

「どうもこうもいきなりすぎるだろうがよ、ちょっとは説明しやがれってんだ規則子ちゃん」

 

「地の文参照」

 

「なるほど」

 

 分かってくれるあたり大概な人である。が、私へ説明をするわけではなく、人吉君へ助言をしているあたり、私は嫌われてるのか?かわいい女の子から嫌われるのはあまり精神的に宜しくないのだが。あ、助言むなしくやられた。…目が見えない?『大嘘憑き(オールフィクション)』?視力を無かったことに…。全てを虚構にする…ねえ。あ、友達になれないとか言いだした。

 

「……めだかちゃん!楽しい高校生活だったなぁ!」

 

 なんか思い出語りはじめてるし。

 

「色々あったけど、今となってはいい思い出だぜ」

 

「……何を言っておるのだ、善吉。やめろ…そんな今わの際みたいなこと、言うなぁ!!」

 

「好きだぜ、めだかちゃん」

 

 その言葉と同時に、人吉君は禊を再度圧倒した。しかも、震脚、の派生形だろう。フェンスを揺らし、一気に下まで落ちた。おい、まてやこら。

 

「………何やってるんだ、人吉君。無理心中を図るとか、もう君、バカだろう」

 

「なんだと!?四方寄、貴様、もう一度言ってみろ!」

 

「バカだと言ったんだ。ハブの出血毒は効きが遅いとはいえ、あれだけ大量に咬まれれば十分に死に至る。たとえ敵対勢力とはいえ、生徒会メンバーとしてやってはならんことをやるとは…まったくもって愚かしい」

 

「貴様!!」

 

「勘違いするなよ、黒神副会長。既に決着はついていたのだ。どんな理由があれ、相手を害して良いことにはならん。生徒会のメンバーであるならば、尚更だ」

 

 思いっきり私を殴る副会長様。うん、痛い。だがやめない。

 

「私を殴るだけの余裕があるのなら、少しは頭を働かせろ。今我々がやるべきことはなんだ?あの二人をなんとしても死なせないことだろう?」

 

「――――ッ!!!」

 

「まあ、恐らく禊は簡単に生き返るだろうが、それが助けなくて良い理由になんぞならん。生徒会として、会長として、私はアイツらを助ける。『それが仕事だ』」

 

「―――お前は、仕事以外の事に興味はないのか!」

 

「興味がないんじゃない、仕事は仕事だ。その割りきりが出来ないなら、こんな馬鹿げた世の中で生きていけないからな。公私を分けろ。何でもかんでも自分と関連付けて考えるから、バカを見る」

 

 そう言って、梯子を持ってきている選管をしり目に、私は穴へ落ちた。当然ながら私へ向かってハブたちが襲いかかってくるが、一言でカタをつける。

 

「『動くな』」

 

 その瞬間、全てのハブは金縛りにあったかのように動かなくなる。都城王土、大した能力を持っているものだと思う。これは制圧という一点に於いてずば抜けているな。私は体中を咬まれている二人を担ぎ、穴の上へと戻った。

 

「…なんだ?まるで私を化物か何かのように。ゴキブリ先輩の能力くらい、副会長様でも使えるだろう?」

 

「いや…それよりなんでハブがぎっしり詰まった穴の中に入れるんだよ。そっちに驚いてんだ」

 

「仕事だからな。生徒の安全確保は。長者原選管。早く血清を打て。このままでは体組織の分解が進んでしまう」

 

「は、はい!」

 

 正直、咬まれた場所が多すぎて助かるかどうかは五分五分だ。私には処置できないので、血清を持っている選管に任せる。だが……。

 

「これは………無理だな」

 

「何を言っている!四方寄、いくらなんでも言っていいことと悪いことの区別くらい……!!!」

 

「仕方ないだろう、曲がりなりにも治療学を齧った人間だ。治療の効果があるかどうかは分かる。トリアージなら間違いなく黒のタグをつけられるよ、二人とも」

 

「―――ッ!!!!」

 

 だから私を殴るなというのに。ただ、客観的にみた事実を伝えただけだというのに。

 

「ダメだ!心臓が………」

 

「…ちょっとすまないね。血清は?」

 

「あ…う、打っています!」

 

「ハブの毒は確かに強いが効くのは遅い…恐らくは外傷性ショックが原因の心停止だろう。呼吸停止からはまだ一分と経っていないし、直に処置すれば大丈夫だ」

 

「球磨川様も心臓が……!」

 

「おいおい、オンパレードだな。私の体は一つしかないんだぜ?禊は完全に手遅れだ。『大嘘憑き』がどんなスキルかは知らないが、これをどうにかできるんだったら医学に見識のある人間は総じて頭を狂わせるだろう」

 

「『へえ』『じゃあ、君の頭も狂うのかな?』『四方寄ちゃん』」

 

 マジで頭が狂いそうだ。そこまで『規則』を無視するのかよ。まったくもって気持ち悪いな、お前。

 

「…とりあえずは蘇生したようで、おめでとう。若干頭は狂いかけてるが、禊が無事で何よりだ」

 

「『…これで普通に接してくれるとか』『君は絶対『過負荷(ぼくたち)』と相性がいいんだ』」

 

「まあ、そうかもしれんな。だが、今は人吉君だ。…お、心臓は大丈夫だな。呼吸は…」

 

「…がはっ!」

 

「今戻ったな。人吉君、一寸ごめんよ」

 

「…え?…あ、え、海路口…?まぶし…」

 

「…禊の『大嘘憑き』っていうのは一回死んだら解けるのか?」

 

「『―――っ!』『そうか、()()()()()()』」

 

 いきなり怖い顔をするなよ、素早さが下がるじゃないか。

 

「『なるほどね……』『…お帰り、善吉ちゃん』『どうだった?』『久し振りにあった彼女は』」

 

「彼女?なんのこと―――ぎゃあああああ!!??」

 

「善吉、善吉、ぜんきちィ!!!」

 

 一応怪我人を思いっきりハグとか、もう頭おかしいだろ、副会長様。

 

「…あー、怪我人を怪我させるな、副会長様。禊が言いたい事はあるのに言える雰囲気じゃないな、どうしようみたいな顔でこっちを見てるだろうが」

 

「『僕の普段の表情変化を見分けるとか』『どういう認識能力してるんだよ、四方寄ちゃんは』」

 

「で、何か言いたい事でもあるんだろう?正直会長なのに脇役感たっぷりな私が聞いてやる」

 

そういうと、禊は仕方ないなあ、といわんばかりの表情で話し始めた。人吉君に対して庶務戦勝利おめでとうだとか、敗者として讃えるだとか。

 

「『でさ、やっぱりルールのある戦いじゃあ僕達(マイナス)君たち(プラス)に勝てないから、このままだと書記戦でも会計戦でも同じく負けちゃうと思うんだよね』」

 

 つまり何が言いたいのかというと、と禊は一言おいてから、私にとっても到底許容できないことを言い放った。

 

「『だから彼らには、棄権してもらうことにしたよ』『ホント、おもしろいよね、君たちって』『自分たちが強くなるために鍛えているところを見逃してもらえるなんて思ってる』」

 

「………」

 

「『修行かあ。良いよね、週刊少年誌みたいで』『でも現実じゃ』『トレーニング中の事故とかもあり得るから僕は心配だよ』」

 

 残念ながら世界はそんなに甘くないからね、と禊はおどけて言う。

 

「…まさかとは思うが、お前、規則に書かれていないからと…」

 

「『あれ、怒っちゃうの?』『四方寄ちゃんなら許してくれると思ったんだけどなぁ』『だって』『弱い人間が策を弄すのは常識だろう?』」

 

「……なるほどな、私なら怒れないと踏んだか」

 

「『君の人となりは結構分かりやすくてさ』『だからこうやって君からも何も言えない状況にしたんだけれど』」

 

 それはそれは、随分と用意周到なことである。だが、私が『規則しか見ていない』と思ったら大間違いだ。

 

「空洞にいさんも恐らくはやられているだろうな。誠に残念なことだ、まさか我が生徒会のメンバーがそんな窮地に立たされているとは思わなかった。それはそれは仕方がない。代理を立てることもままならん以上、副会長戦以外は…放棄する他ないな」

 

「な!何言ってやがる、海路口!」

 

「そうだぞ、四方寄!こんな奴らに日之影前会長が負けるわけが――――!」

 

「だから、今から私は選挙管理委員会委員長に提示してくるよ。『同一人物の重複出馬を認めるように』ってね」

 

「『!?』『一体どういうことかな!?』」

 

「なに、元々この選挙、本人が出られない場合は代理を立てることが可能だ。謂わば応援演説の代わりだな。だが、惜しむらくは私に人望などなく、代理をやってくれる人間なんか居やしない」

 

 だから、と焦燥感にかられた表情をしている禊に言い放った。

 

「黒神前会長以上のワンマンだ。これから、副会長戦以外は私が出る。必要以上に被害を出したくもないし、本来『生徒会の仕事』である以上、外部の代理なんて立てたくないからな」

 

「『―――そんな横紙破り』『許可されるわけないだろう!?』」

 

「残念ながら、あてはある。委員長とは中学からの知り合いでね。昔の恩もあって私のお願いは最大限聞いてくれる約束なんだ」

 

「『そんな!?』」

 

「私を見くびるなよ、球磨川禊。生まれながらにしてマイナスなお前らも、全てに於いて平等な『(ゼロ)』に勝てやしないことを教え込んでやる」

 

 そう言って、私は選挙管理委員会の委員長、大刀洗斬子に会いに行くべく、踵を返したのだった。…あ、

 

「『あ』」

 

「「「あ」」」

 

踵を返した先って蛇穴だったな。最後の最後でしまらないなあ、私。

 

 

 

 

 

 

「………えー?いくらヨモギちゃんのお願いでも聞けないよー」

 

「そんなことを言うと、キルちゃんが中学二年のときに図書室で――――」

 

「わわわわわ!わかった、分かったから!許可しますからその話は外に出さないで!!」

 

「当然じゃないか。私のかわいいキルちゃんの失敗談は私だけのものなのだからね。で、お願いできるかな?」

 

「うー…ヨモギちゃん嫌い~」

 

「私は大好き―――いや、愛してるぜ☆キルちゃん」



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軽装で寒い冷蔵庫の中に入るという異常事態は普通に不幸だと思わないか?

 零下四十八度、吐く息は凍り、濡れた布地は数秒で鈍器に早変わりするような極寒の世界。志布志飛沫が選んだ『巳』のカード、その内容は『冬眠と脱皮』という、要は相手の衣装を全部剥いだ方の勝ち、という対決だった。何それ、とおもう読者諸氏とは友達になれると思う。何が悲しくて平和と言われ、温帯気候に属する現代日本に於いて凍死の可能性がある賭けなんかしなきゃならないんだ。選管はこの戦いを録画でもして裏で売りさばくつもりではなかろうかなどと、ありもしない可能性を疑わざるを得ない。これで対戦相手が男だったら、一勝のアドバンテージをさっさと捨てる所存だった。

 

「相手が女子で本当によかった……!!」

 

 当然聞かなかったことにされた。

 

 

 

 

 

 書記戦、対戦者からは私の中でも胸囲…いや、脅威だと考えていた志布志さんが出てくることになった。読者諸氏は何故私が彼女を危険視するのか分からないかもしれないが、それは庶務戦が終わってすぐの時計塔地下五階、駐車場での出来事が関係している。その場所で凶化合宿を行っていた空洞にいさん率いる生徒会メンバーが、裂傷・打撲傷をはじめとした多種多様な傷を受けて倒れていた。禊の言葉を受けて副会長様達が急行したときには、そこはまさしく血の海と言わんばかりの場所で、メンバー全員が出血多量による意識不明状態にまでなっていたらしく、急遽名瀬先輩の工房にて応急処置が行われた。選挙管理委員長を説得した後に工房へ向かったが、治療に携わる人間として、まず気になったのはその傷の『特異性』だった。心配するのは副会長様達の仕事で、私の仕事は治療の手伝いである。まあ、とりあえず全身にできている裂傷を止血する事が第一義だと全員の服を脱がせているところで、私は『違和感』に気付いた。

 

「…名瀬先輩、彼らは怪我をした時、裸だったのか?」

 

「ンなわけねえだろ。黒神じゃあるまいし」

 

 その通りだとは思うのだが、それだと説明がつかないのだ。名瀬先輩もそのことには気付いているらしく、自然とその話を続けることになる。副会長様達は一通り心配した後、絶望しきった表情で生徒会室で待っている、と言い残し退室していったため、人間性を疑われることもなく話を続けられるのは気が楽だ。

 

「服に一切傷がない。それなのに中身はこの通りズタズタだ。どんな手段を使ったのかはわからねえが、別段変った傷じゃねえだろうと言い切ることはできねえな」

 

「その通りだと思う。()()()()()()()、だが」

 

「…どういうことだ?」

 

「応急処置をするときにありがちなことなんだが、外傷にばかり目が向き、内部の傷を見落とすことが良くある。まあ。これも外傷の一部といえば一部だが、喜界島さんは肉離れを起こしているし、阿久根先輩は柔道で良く起こる肩関節の脱臼なんかもあるな」

 

「…マジかよ。そっから仮説を立ててくと……」

 

「恐ろしいことだ。マイナス十三組には、過去に受けた傷をそのまま再現できる人間がいる」

 

 その言葉を待っていたかのように、空洞にいさんが意識を取り戻した。

 

「…俺が戦った相手は、志布志飛沫、奇妙なことに、触れられてもいないのに傷が出来てたからおかしいとは思ったんだが……」

 

「正直初見で気付くのなんてカルテを持ってる人間でも難しいですよ。大抵は処置を先に考えて動きますからね。禊の空恐ろしい『過負荷』を目にしてなければ、私も気づきませんよ」

 

 私が理解できたのは二人の経歴を知ってて、尚且つ治療の知識を持っており、既に他の『過負荷』を見ていたからだ。とことん常識の通用しない奴らだと思う。まあ、その辺は生徒会メンバーも似たようなもんなんだが。

 

「…正直、副会長戦に出られたら棄権させますね。知っている限りに於いて、冥利君との戦闘でついた裂傷、人吉君との蹴り合いで出来た打撲、その他にも恐らくG化計画撲滅のときに随分傷ついているでしょうから」

 

「それを認める黒神じゃねえと思うけどな」

 

「…差別だと思うか?私がメンバーを心配する事は」

 

「まあ、決して差別だとは思わねえよ。だが、侮蔑ではあると思うぜ?」

 

「…名瀬先輩、コイツらは…間に合うか?」

 

「無理だな。代理を立てることをお勧めするぜ」

 

「…じゃあ―――」

 

 

 

 

 

「…で、やたらと名瀬先輩から志布志をぶっ飛ばせと言われていたんだが、一体何をやらかしたんだ、貴女は」

 

「知らないです許して下さいごめんなさい。知らねえよ。勝手にあっちが不幸(マイナス)ぶってるだけじゃねえの?」

 

「何かあったらしいな。普段あまり仲良くしてくれないとはいえ、かわいい先輩からのお願いだ。それに……人道という規則に反する行為、反省してもらう必要もあろう」

 

「では、こちらへ―――」

 

「『じゃあめだかちゃん』『もしもこの試合で飛沫ちゃんが四方寄ちゃんに負けたら』『僕はその時点で箱庭学園から手を引くよ』」

 

 勝負前にそういうプレッシャーをかけるようなことを言うなよ。

 

「球磨川先輩…宜しいんですか?選挙管理委員会の前でそんな約束をしてしまえばもう取り消しは…」

 

 何気に初めての発言な気がする蝶ヶ崎君。テーブルクロスとか武器にして戦いそうな顔をしている。

 

「『いいんだよ』『今回ばかりは約束を無かったことにはしないとここに誓う』」

 

「『だから、がんばってね?飛沫ちゃん』『過負荷(ぼくたち)には似合わない言葉かもしれないけど』『絶対に勝って!』」

 

 禊を誑し男と認定する事にした。

 

「…ひひひ、そんなこと言っちゃって。あたしの弱さ知ってるくせに。勝つとか、99%無理に決まってんだろ!」

 

 このルールだと決して無理ともいえないのではないか?

 

「だけど!1%でも可能性があるなら、あたしは諦めない!!」

 

「随分と薄着のまま入るのだな。まあ、今年の夏は暑いからそういう気分になるのも分かるが―――何のつもりだ?」

 

「…あれ、防ぐんだ。身体能力は『普通』だって聞いてたのに」

 

「危機意識が高くてな。飛んでくるカッターくらい避ける」

 

「てか、なんで平気なんだよ!今まで一回も怪我したことねえのか!?」

 

 勝算もなく重複出馬とかするわけないだろう。単純な身体能力のみの勝負にしかならないと踏んだから出てきてるわけだが。

 

「……お前、さっき地の文で脅威とか言ってたじゃねぇか!」

 

「私の周りには地の文を読める奴が多くて困る。当然、脅威だと思っているよ。他人を傷つけることをなんとも思っていなさそうな貴女の神経を、だがな」

 

「んなっ!?」

 

 脅威というと能力と考えるのは、中学校で卒業しておこうか、と笑いながら志布志さんのカッターを全て取り払う。さて、これで彼女の武器は自分の体と隠し持っている可能性のある武器だけなわけだが。

 

「まあ、今回志布志さんがエントリーしてくれて助かった。もしも副会長戦にでもエントリーされてたら、私は絶対に副会長様を棄権させてたからね」

 

 窓の外からそんな話は聞いてないぞ!と声をあげている様子が見える。当然だ、言ってないからな。

 

「それに…少し、『お話し』したいと思っていたんだ」

 

 作品が違うという突っ込みは受け付けていない。

 

 

 

 

 

「貴女は何故、人を傷つける?生徒会のメンバーと真黒さんの傷をみて、なんとも思わないのか?」

 

「何言ってんだ、お前。理由なんて『過負荷(あたしら)』に求めてんじゃないよ。別に、なんとも思わないし」

 

「それは間違いだな。『過負荷(マイナス)』だとか、『普通』だとか、『特別』だとか『異常』だとかで、理由の有無が変わるわけないだろう。というか、理由なくそんなことをやる人間なんか、私はみたことがない」

 

「だったらあたしが初めてなんじゃないの?」

 

「いや、恐らく貴女が履き違えてるだけだな。『理由』がないなんて、あり得ないんだよ。傷つける理由なく、人は他を傷つけない。たとえどんなに些末でも、理由というのはある」

 

「で、それが分かったからってなんになるんだ?」

 

「別に?ただの自己満足だが?」

 

「…そんな理由で聞いてきてんじゃないよ!お前、親からガソリンを飲まされたことあるのか!?変態教師の靴の味は!?同級生から口の中に無理矢理入れられた砂の味、飢えをしのぐために自分から口に入れた新聞紙の味はどうだ!?」

 

「経験したことなんてあるわけないだろう。親からは愛されていたし、変態教師はさっさと辞職させた。同級生からいじめられたことはあるが、そいつらは今少年院に居るよ。飢えたことなんてない」

 

「――――!!」

 

「で、それがどうした?」

 

「あたしらは!そうやってひどいことをされてたんだ!だから、ひどいことして良いに決まってんだろ!?」

 

「まったくもって愚かしい。ひどいことをされたからやり返す?だったらその場でやり返せよ。他人に自分の弱さを押し付けてくるんじゃない」

 

「てめっ……!」

 

「大体、それだけのことをされたんだったら児童相談所なりなんなり、手段はあるだろうが。受けてもらえなかったなんて言うなよ?少なくともそういう病院があったことくらい、私は知ってるぞ?」

 

「所詮『幸せ(プラス)』な奴らの為の病院だろうが!あんなところ!」

 

「幸せだの不幸だの、煩いな」

 

「なんだと!?」

 

「そんなに幸福論を語りたいなら宣教師にでもなればいいだろうが。不幸なんか所詮個人の価値観に基づく不快感の表現でしかない。万物にとって幸福な物などないし、同じく不幸な物もない。そんなことも分からぬまま幸・不幸を騙っているんじゃないよ」

 

「………っ!!」

 

「因みに私はいま途轍もなく不幸だと思っているんだが、理由を教えてやろうか?」

 

「…どうせ生ぬるい理由だろうが」

 

「人間がこういった軽装のまま零下四十八度の巨大冷凍庫にいることは、一般的に見て十分に不幸だと思うがな。名瀬先輩ならともかく、私は対策なんかしていないし」

 

「ほら、やっぱり生ぬるい。この程度、あたしらにとっちゃ不幸でも何でもないよ」

 

「貴方達の物差しが異様に大きいだけだ。素晴しいね。だが、不幸と決めるのは貴方達ではなく、私だ」

 

「何が言いたいんだよ!おめえは!?」

 

「じゃあまとめに入ろうか。…幸せだの不幸だの言ってる暇があるなら、状況を改善する努力くらいしてみろよ、脆弱な『過負荷』が」

 

「…『幸せ』な奴が、『過負荷』をバカにするんじゃねぇ―――!!!」

 

 

 

 

 

「は?もしもの場合に、俺は『過負荷』になれるか、だと?」

 

「そうだ。私の『規則』はそういった他者へ影響を与えるスキルが無効化される。だが、それはあくまで私に向けたスキルのみ。無差別に出されたら、私以外の人間はひとたまりもないよ」

 

「で、それがどうして俺を『過負荷』にすることになる?」

 

「正直に言わせてもらう。恐らく今私の周りにいる人間の中で、最も『過負荷』に近い人間は、名瀬先輩、貴女だ」

 

「まあ、理解できなくはねえな。けどよ、だからって…」

 

「恐らく、ルール無用の『過負荷』に対抗できるのは『過負荷』のみだ。私のスキルは対抗するのではなく無効化するのだからな。いくら人望がないとはいえ、私は会長だ。恐らく私が出ると言っても副会長様達は応援に来るだろう。そして、『過負荷(かれら)』はそこを狙ってくる可能性がある。対抗できる存在を、私は必要としているんだ」

 

「…で、俺か」

 

「そう、名瀬先輩だ」

 

「……どんなスキルがお好みなんだ?」

 

「応急処置が出来るスキル。恐らく『過負荷』としての能力になる以上、それは副次的なものになるだろう。そうだな…過酷な環境は一通り見てきたのか?」

 

「そうだな、ごみ溜めから墓場まで、ある程度は見てきてるぜ?」

 

「一番つらかったのは?」

 

「傷口が直に火傷へ変わる灼熱の砂漠か、傷口が直に凍傷になる極寒の南極だな」

 

「それが答えだ」

 

「……なるほど、規則子ちゃん…いや、四方寄、お前、中々頭が良いな。惚れるぜ」

 

「全力で推奨する。むしろ古賀先輩共々嫁になって欲しい」

 

「…バーカ」

 

 

 

 

 

 こちらの思惑に上手くはまってくれた様子で、志布志さんは飛びかかってきてくれた。さて、身体能力というのは、温度の高低に深くかかわっているらしい。温度が高すぎれば発汗が原因で血液の濃度は高くなり、上手く血が廻らない。逆に、寒いと皮膚表面の血管に血が通わなくなり、体の末端である、手足が上手く動かなくなるのは、統計上確実なのである。つまり、志布志さんも同じ人間である以上、その兆候は現れるということだ。

 

「!?てめ、なにをした!」

 

「私が何かしたとでも言いたいのか?だったら生物の教科書を読むことをお奨めするが」

 

「…まさか」

 

「低体温による身体能力の低下。これは私にも言えることなのかもしれないが、生憎私は既に対処法をコーチから叩きこまれていてね」

 

 動かなくても常に動いているのと同じくらいに筋肉を微妙に動かしていた、というのはどうだ?と聞くと、あり得ねえよ!との突っ込みが入った。

 

「その通り。あり得ないから使っていない。ただ単に、都城王土という男の能力を使っていただけだ。周りの空気に対して、『温まれ』とね」

 

 つまりお前のそばならあったかいんだな!と近づいてくる志布志さん。あまり頭は宜しくないらしい。

 

「…そう言えば、これは服を剥いだ方の勝ちというルールだったな。やれやれ、規則とはいえ女の子の服を脱がすなんて………気乗りしない♪」

 

「「「「「『(ノリノリだー!!?)』」」」」」

 

「………あたしも、あまり気乗りはしないな☆」

 

「「「「「『(お前もかー!!?)』」」」」」

 

――――数分後――――

 

「…さて、これが最後の一枚だな♪」

 

「頼む!最後の一枚くらい自分で脱ぐから、不必要に肌に触れないでください!!」

 

「だが、そうしないと貴女は凍死してしまうぞ♪さあ、最後の一枚を脱がせるがいい」

 

「――――――ッ!!!」

 

 私の最後通告に、志布志さんはどうやらパニックになったらしく、上の窓の向こう側に居る面々が血を噴き出しているのが見えた。まあ、次の瞬間には名瀬先輩によって止血されていたけど。私はさっさと最後の一枚である上着をはぎ取り、志布志さんを文字通り全裸に剥いた。

 

「―――それではこの勝負、海路口様の勝利でございます!」

 

「…さて、志布志さん。最後に一つだけ言っておこう」

 

「…なんだよ」

 

「今まで味方がいなかったと言っていたが、私は常にかわいい女の子の味方だ。つまり、貴女の味方でもあるんだよ」

 

「……ッ!!てめ、なに言って…!!」

 

 おお、恥ずかしがっているのか、怒っているのか、顔が真っ赤である。可愛い可愛い。さて、こんなに可愛い女の子と知り合ってしまったんだ。禊をなんとか説得してここから撤退させないようにしなければな。

 

「………なあ、海路口、だっけ?おまえ、この後暇か?」

 

「…ああ、暇だが?」

 

「…カラオケ、行かねえか?球磨川さんとか、怒江も来るんだけどさ」

 

「可愛い女の子の誘いを断るわけがないだろう。…ああ、たとえどんな理由があるにせよ、他人を傷つけるのは良くない。そんなことになる前に、私に相談すればいいよ。真摯に受け止め、理解する努力をすることを約束しよう」

 

「…おぅ」

 

 

 

 

 

 

「『よし、今日の僕は約束を守――』」「らなくて良い。むしろ、積極的に破ってこい」

 

 いきなりの私の発言に、驚いているのはむしろ生徒会メンバーの方だった。

 

「!?」

 

「海路口、おま、なに言ってやがる!?」

 

「当然だろう。私は今回までの選挙ではっきりと理解したが、副会長様は理解していないのか?人吉君もだとすると、それは若干理解力に乏しいと言わせてもらうぞ」

 

 まさか本当に分かっていないわけでもあるまいに。

 

「何故だ!?このまま返せば、もうこの学園には……!?」

 

 その通りだ。流石は副会長様。理解が早くて助かる限りである。

 

「理解したらしくて大いに有り難い。たとえ友人であるとはいえ、こんな人格面に問題のある人間を野放しになど出来んよ。どんな理由であれ、ここにやってきた生徒を、おいだすなど生徒会として断じて有ってはならない。禊…敢えて球磨川禊よ、我々の至上命題の為に、今しばらく茶番に付き合ってもらうぞ?」

 

 私は禊へ啖呵を切る。ここで乗って来ないようなら、私はもう一つ手を使う用意があるのだが………。

 

「『……仕方ないなぁ』『そこまで『過負荷(ぼくたち)』相手にまじめに頑張ってくれてる君の願いを』『聞かずに去るなんて出来ないじゃないか』」

 

「生徒会として、友人として、当然のことだ。それに、可愛い女の子からの誘いだろう?黙って受けろよ、色男」

 

「『…やっぱ』『君ってサイコーだぜ』『四方寄ちゃん♪』」

 

 こうして、選挙続行が再度告げられた。うん、面倒臭いな。だが、それが良い。

 

 

 

「…しかし、よく間に合ったものだな。流石は名瀬先輩だ」

 

「…ったくよぉ、お前が戦ってるところ見ててようやくだぜ?というか、自分の体を弄るのは凡そ六年ぶりだったからな。流石の俺もちょっとビビったわ」

 

「そんな名瀬先輩には、ご褒美をあげなきゃいけないと思ってるんだが…」

 

「ハグからのマウストゥマウスとかならお断りだぜー?」

 

「古賀先輩がいきたがっていた遊園地のフリーパスペアチケットなんだが…」

 

「やっぱお前は親友だわ、ありがとよ、四方寄ちゃん☆」

 

「…私ごときの為に、本当にありがとうございました。名瀬先輩」

 

「…ま、お前も親友だからな」

 

 



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普通に雑談をしよう。内容は異常かもしれないが。

 江迎怒江。一年マイナス十三組に所属し、その『過負荷』は「荒廃した腐花(ラフラフレシア)」。両手を対象につけることで、腐敗させることが出来る能力だ。書記戦に於いて、最後の最後で志布志さんが出してきた「バズーカ・デッド」に影響されたのか、その能力は飛躍的に上がっており、今や『触れることなく』対象を腐らせることが可能である。生じる結果は違えども、ミダス王もこういった『過負荷』を持たされたのだろうか。

 

 

 

 

 

 八月八日。対戦者は江迎怒江。対戦内容は『火付兎』。対決場所は学園内にある、世界でも有数であろう植物園、「木漏れ日」である。私も普段から暇を見つけては整備と癒しを求めにきているのだが、ラフレシアとミヤマキリシマが同時に咲いているあたり、此処も中々ふざけた環境である。なんでも世界に生息する半分以上の植物を展示しているらしく、これが一般公開をされているようであれば、間違いなく世界中の植物学者にとって聖地となるだろう。

 

「ここの植物の保護は出来ているのか?」

 

「ええ。既に採取の難しい植物に関しては避難を終えております。残っている植物は全て採取が容易なものですので」

 

「…まあ、ここで植物が可哀想などという発言はしないが、それでもあまり気分のいいものではないな。丹精込めて育てていた区画は大丈夫か?」

 

「海路口様が育てられていた区画については、全ての植物を避難させていただいておりますので、ご安心を」

 

「…そうか。決してそれさえ無事ならとは思わんが、ありがとうと言っておこう」

 

 さて、今回の相手は怒江なわけだが、「腐らせる」という能力を相手取るのに、これほど面倒臭い場所もないだろう。何せ、行動範囲に制限のある屋内、周囲には有機物たっぷりで、温度・湿度共に菌類に適した環境が少なくとも数か所は有る。そこを拠点に活動された場合、我々生徒会のメンバーがかなり不利になるのは間違いない。しかも今回はペアでの対決になるという。

 

「では、両陣営の代表者は、ペアとなるサブプレイヤーを選出していただきます。このメンバーに関しては、一度既に選挙に参加された方でも構いません」

 

「『…まあ、僕しかいないでしょ』『一応リーダーだし、仕方ないや』」

 

「誰でもいいといわれてもなぁ……人吉君以外選びようがないじゃないか」

 

「待て!四方寄、球磨川が出るならここは私が……!!」

 

 私の言葉に副会長様が噛みついてくるが、そこは既に決定事項であるため、曲げることはできない。

 

「残念だが、意見は聞かんぞ。私なりにちゃんと考えた結果なのでな」

 

「…では、その考えとやらを聞かせろ!いきなり善吉を出してくるなど、理由が解らん!」

 

 やれやれ、どうにも彼女は身内に甘いところがあるようで困る。

 

「まずは、副会長様がこの後、副会長戦に出る必要があるということ。手の内という物は、あまり対戦前から見せるものではない。人吉君は既に終えているからな、サブプレイヤーという肩書なら、一切問題なく参戦してもらえる」

 

「だが…!」

 

「そして、このメンバーの中で『過負荷(かれら)』相手にまともに戦えるのは、間違いなく人吉君しかいない。ああ、名瀬先輩や瞳先生は本来部外者なので、力を借りるなんて発想は元々ほぼないぞ?この前の一戦だって、本当に申し訳なく思っているのだから」

 

「…結局頼らねえのな」

 

「モギちゃん……」

 

「つまり、この陣営の中で、唯一まともに動けるのは人吉君しかいないし、私は人吉君の事を(服のセンスはともかく)かなり高く評価している。何より、凶化合宿を終えていない副会長様に禊の相手など、不可能だと思うし、させたくない。一応女の子だからな」

 

 名瀬先輩の言葉自体は勿論重く受け止めていますよ、と言いながら、私は改めて副会長様に向き直る。

 

「副会長様、私はあくまでも生徒会長としての立場は崩さん。生徒の安全は常に第一義として考えているし、その中には当然副会長様も入っている。貴女とタッグを組むよりも、人吉君の方が安全なんだ。納得しろとは言わん、理解しろ」

 

「…では、サブプレイヤーのお二人にこのブレスレットを装着していただきます」

 

「…長者原先輩、えらく趣味の悪い腕輪だけど、一体これ、なんなんだ?」

 

「はい――――端的に言いますと、爆弾でございます」

 

 まてやこら、いくらなんでもそこまで直接的な暴力はないだろう。

 

「時限爆弾内蔵式のブレスレット…作動から丁度一時間で起爆する仕組みでございます」

 

「…で、今回のルール説明を頼む。まさか相手の腕輪を起爆させろというわけでもあるまい?」

 

「はい。江迎様には人吉様の、海路口様には球磨川様の腕輪の鍵をそれぞれお渡しします。どのような手段を用いても構いませんので、相手の持つ鍵を奪い、パートナーのブレスレットを外して下さい」

 

 それだと一方は絶対に爆死するだろう!と副会長様が言っているが、それに対し説明を続ける長者原選管。要は、片方の爆弾の解除と同時に会計戦終了、連動してもう片方の爆弾も動作を停止するのだとか。

 

「そうか。ということは、爆発するのはあくまでも引き分けに終わった場合…タイムアップのみ、か」

 

「その通りでございます」

 

「死者が二人に増える分悪質ともいえるだろう!球磨川、いくら貴様だってこのようなルール、受け入れるわけが―――」

 

「『早速始めようじゃないか、長者原くん!』『めだかちゃん、あまりわがままばかり言うものじゃないよ!』『ホントに自分勝手なんだから』『決められたルールは人として!』『最低限守らなきゃいけないんだから』『長者原くんを困らせちゃダメじゃないか!』」

 

 急にやる気が出たことに関しては突っ込まないほうが吉か?副会長様の意見を封殺し、我々四人は植物園の中に入っていったのである。

 

 

 

 

 

「…なあ、海路口」

 

「なんだ、人吉君」

 

「お前さ……めだかちゃんの事、嫌いなのか?」

 

 コイツはいきなり何を聞いてきてるのか。

 

「…質問の意図が解らんな。副会長様はあくまでも副会長様だ、それ以上とも、それ以下とも思ってないぞ?」

 

「いや、そうじゃなくてさ……めだかちゃん個人を、どう思ってる?」

 

「…仕事上の関係でなければ、積極的に関わりたいと思う人間ではないよ。嫌い、というわけではなく、私には少々、眩しすぎる」

 

「……」

 

「私の存在は常に規則と共にあり、規則の中で生きていた。社会的規範に則っていなかった教師は辞職するのが当然だったし、人気のないところで暴行を加えてくる男子生徒は紛れもなく犯罪者だった。結局のところ、私は自分の規則と、社会の規則でしか、物事を測れない人間だ。だから、ああいった人間は眩しいよ。私には絶対辿り着けない場所に居る人間だからな」

 

「…だったらよ、なんであんなにめだかちゃんの意見を聞かねえんだ?苦手だからって聞かなくて良いことにはならねえだろ?」

 

「それは私に対する侮蔑だぞ?私の役職は生徒会長だ。トップに立つ存在が、一方の意見ばかり聞けるわけはないだろう。そもそも、私は意見を聞かないわけじゃない。聞いた意見を判断しているだけだ。まあ、流石に聞くまでもない意見まで聞く必要性は感じないから、聞こうとしていないというわけでないことは分かってくれ」

 

「そうか…。あとさ、俺の事を評価してるって、どういうことだ?」

 

「ああ、確かに私は君に対してバカだとかアホだとか間抜けだとか言っていたな。だが、それとは別の問題だ」

 

「そこまで言われてたのか!?」

 

「聞いてない面もあるだろうな。まあ、とはいえ私は君を高く評価しているさ。副会長様への在り方について、な」

 

「質問の意図が解らねえぜ?」

 

「君は黒神めだかという人間を、どう思う?」

 

「どうって……」

 

「私はな、彼女の正しさが、ひどく危うく思える。正しいということと、平等である事は、共立し得ないからな。それこそ、今回のようなケースに於いて、彼女はあちらの言い分を聞けなかった。そうだろうな。彼女にとって、いや、恐らく大多数の人間にとって、彼らは『正しくない』のだろうから。だが、それは少数を切り捨てることとなんら変わらない」

 

「…おれは、めだかちゃんの事を、正しい人間だと思ってる。ただ、お前が言うように、正しさだけでどうにかなる世界じゃないことも、俺は理解してる。だからこそ、俺はそういう部分を背負いたかった。それこそ、汚れ役だっていいとおもってるよ」

 

「…私はな、その考え方こそを高く評価しているんだ。副会長よりの立場でありながら、そうやって盲従しきることなく考えることのできる存在は、今後の副会長様にとって大きな存在になると思うよ。もし今後、君と彼女の関係が敵対関係になったとしても、心まで敵対しようとは思うな。君に敵対されたとき、彼女は手がつけられなくなる」

 

「…どういうこった?」

 

「さて、もう話している暇はないらしい。流石にこの空間は彼女の独壇場と言っていいところだな。人吉君、いつもは副会長様に使う君の力、今日は私に貸してくれ」

 

「…別にめだかちゃんだけの為に使うわけじゃねえよ!お前も友達だろうが!困ってるんだったら、手伝うに決まってんだろ!」

 

 

 

 

 

「球磨川さん、逃げられちゃったみたいです♪」

 

「『逃がさないよ』『今日ばかりは小細工抜きで』『正々堂々と引き分けに行く』」

 

「やはり引き分け狙いだったか」

 

「『!?』」

 

 そこまで驚く必要もないだろうに。至って普通に登場したつもりだったのだが。

 

「『嘘!?』『善吉ちゃんに僕の気持ち悪さを全身で感じるって言われたから』『気配を無かったことにしたのに!?』」

 

 説明御苦労さま。おかげでなんで目の前に居るのに分かりにくいのかが分かった。

 

「禊、よくもまあこんな選挙ごときで一生付き添っただろう気配をなくせたものだな」

 

「『気配なんてなくても死にはしないからね』『…でも、ホントになんでなのさ!?』『って、なんで善吉ちゃんと離れてるの!?』」

 

 疑問の多い奴である。えいっ。

 

「『!!??』」

 

「そんな引き分け狙いだなんて言われて鍵を奪う気になんかなれるかよ。さっさと鍵を開けてやって終わりだ。お前が鍵を無かったことにする前にな」

 

 そんな手を実行されてはたまったものではない。それくらいなら一勝を献上するくらい、わけもないな。

 

「『……君は』『ホントに僕の邪魔をしてくれるね』」

 

「まあ、正直あまりいい気分じゃないさ。お前と戦おうとしてない気がするんだからな。だが、私は怪我人なんか好んで出したいと思わん」

 

 だから、と私は続ける。

 

「ここからは個人的に、怒江ちゃんとの交流タイムにさせてもらうぞ?どうやら彼女は、唯一幸せになりたいと言った『過負荷』らしいのでな」

 

「『…何を』『する気なのかな?』」

 

「ただ、話すだけだ。幸せになりたいって願望がどこから出てるのか、彼女の根源にあるものは何なのか…まあ、私ではどうにもならん部分はあるから、人吉君にしばらく頑張ってもらうことにした」

 

 私はそう言って、周りにあった植物を保護しつつ、床にブルーシートを敷き、その上に座った。禊に座るよう言葉を向け、私達二人の雑談が始まる。

 

「…さて、あちらの二人は少し置いておこう。私はお前と話がしたいんだ。禊」

 

「『…そんなこと言われたら』『突っぱねるわけになんかいかないじゃないか』」

 

「つまり会話してくれるということだな?ありがとう。どんなことにも会話は大事だ。では、始めるとしよう。あちらはあちらで、きっと上手くいくだろうから」

 

 私が女の子との会話を蹴ってまで来たのだから、ぜひとも有意義な場所にしたいところである。その先に、コイツらの希望が見えているとなお良いだろうな。そんなことを考えながら、私は植物園内のハーブで作ったハーブティーと持ってきていたクッキーを並べ、禊に向き直った。

 

「『…このお茶も』『このクッキーも手作り?』『あまり僕を甘やかすと惚れちゃうぜ?』」

 

「男からの恋愛感情はお断りしているが…お前なら別にいいか、とも思うよ。どうだ、このクッキー。凝った形を作るとお前は破壊しそうだからな。シンプルな形のクッキーだが」

 

「『…オイシイ』『ねえ、このハーブティーはどうやって?』」

 

「うん?ここのハーブは良いものが揃っている。紅茶葉に少しだけ乾燥させたハーブ…カモミールを混ぜたりしたわけだが、気に入ったか?」

 

「『ハーブティーまで自作なんだ…』『凄いね』」

 

 まあ、こういうヌルイ会話も中々好きではあるのだが、今回は此方としても、別に主題がある。私はその、主題を禊に投げかけた。

 

「…なあ、禊よ。お前が『過負荷に(そう)』なったのって、一体何が原因なんだ?」

 

 その言葉に、返答が来るまで五分かかった――――。



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普通に対処しきれない事態もあるさ。異常が集ってるんだもの。

 さて、親愛なる読者諸氏に聞きたい事がある。人生に於いて、一番不幸なことはなんだろうか。きっと答えは千差万別だろう。ある人は『死ぬことこそ不幸だ』というだろうし、また違う人は『生まれたこと自体が不幸だ』というかもしれない。『貧困が一番の不幸』という人もいれば、『飢餓感に苛まれ続けることが不幸』という人も、『そもそも不幸なんて存在しない』という人までいるだろう。それぞれが正解だと思うし、他者の意見を聞いても、否定する事はあまりないだろうと思う。なぜなら、『それがその人の価値観』だからだ。因みに私は、『幸せを求められない事』だと思っているのだが、これは流石に卑怯だろうか。

 

 

 

 

 

「『僕が『過負荷に(こう)』なった理由ね…』『そもそも四歳のときには既にこうだったと思うよ。病院に行ってたから』『その頃の僕は、『人間は無意味に生まれ』『無関係に生き』『無価値に死ぬ』と思ってた』『『世界に目標なんてなく』『人生に目的なんてない』…勿論未だにそう思ってるよ』『きっと生まれた時からそうなんじゃないのかな?』」

 

 禊は話を続ける。

 

「『そんな僕でもね、恋をしたことはあるんだ』『初恋は人吉先生だったかな?』『そして、中学の時に最後の恋をしたんだ。まあ、今のところだけれど』『彼女は僕が会長をやってた頃の副会長、まあ、支持率0%で会長になった僕を、上手くアシストしてくれてたよ』『とにかく魅力的な人でね、人格と心は特に魅力的だった』『僕みたいな『過負荷(マイナス)』だって、彼女といれば真っ当になれるんじゃないかと思ってたよ』」

 

 だけど、と禊は続けた。

 

「『一つだけ問題があった』『それは、彼女がかわいすぎたということだ』『彼女の外見は僕を悩ませたね』『人格や心が好きだと言いつつ』『結局アイドル好きな同級生と同じように、見た目だけが好きなんじゃないかって』『だから僕は試したんだ。『彼女の顔面を剥がした』んだよ』『結果、僕の思いは少しも変わらなかった』『剥がした皮も!残った肉も!同じに見えた!』『僕の恋は本物だったんだ!』」

 

 だけど、と禊は続ける。

 

「『直後にめだかちゃんがマジギレしちゃってね』『学校からは追い出され』『結局彼女とはそれ以来『夢でしか』あってない』『まったくめだかちゃんは空気を読まないよね』『きっと、恋を知らないんだ』『あの子は人間が好きなだけで、人が好きなんじゃないよ』『…まあ、結局そこで終わっちゃったから、僕は未だに『過負荷(ぼく)』のままさ』『僕はずっとこのままだ』『変わるなんてあり得ない』『僕は幸せになりたいとも思ってないからね』『四方寄ちゃんでも、僕を動かすのは無理なんじゃないかなぁ…?』」

 

 これが僕の全てだよ、とまるで本当に人生全てを語ったかのように結んだ禊。私はそんな禊の人生のほんの一部を聞き、納得した。

 

「そもそもを間違えていたんだな。」

 

「『!?』」

 

「『過負荷』を『良くないもの』として考えていたことが、きっと間違いなんだよ」

 

 どういうことかな、と問うてくる禊を抑え、私は続ける。

 

「個性に過ぎなかったんだよ。結局のところ、お前のその『大嘘憑き』という『過負荷』も、その破滅的な性格も、所詮は『個性』で片付けられる話だ。無論、他の『過負荷』や『異常』にも同じことが言えるな。千差万別な人となりではあるが、パターンわけはあるだろう?大雑把だとか、繊細だとか。そんなもんなんだよ。それなら、更生するべきは『過負荷』じゃない。性格はやや難ありだが、それも個性だ。というか、更生という言葉もいまいちしっくりこないな…性格を修正する必要はない。ただ、弁えるべきところを弁えればそれで良いんだよ」

 

「『…僕らの『過負荷』を、ただの個性だって言うのかい?』『しかも、弁えるなんて…そんなこと出来るとでも?』」

 

「逆に聞くが…出来ないとでも?お前らが今出来ていないのは、やってきてないからではないのか?それこそ、『幸せになれやしない』と、諦めてきたからじゃないのか?」

 

 禊の言葉を待たず、私は続ける。

 

「つまりだ。お前はなんだかんだで、不安症なんだろう。『幸せになって大丈夫なんだろうか?』『幸せが終わった時に来る不幸は…』…これじゃあ最初から幸せになれるわけがないよな。なあ、ちょっと変えるだけで良いんだ。不安なら、私が無理矢理引っ張り上げてやろう。その時にどう思うかはお前次第だし、もしそれが大丈夫じゃなかったら…私を責めるがいい。友人からなら責められても、先がある」

 

「『四方寄ちゃん…!』」

 

「さて、休憩も終わりだ。あちらの結果も仕事として見る必要がある」

 

 どうやらあちらも終盤であるらしい。人吉君が怒江の手を握り、何かを伝えている。その両手は腐りだしているが…。

 

 

 

「私がなでると、可愛い犬が腐って死んじゃうの。可愛い猫を抱っこしようとすると、途端に腐り落ちて…死んじゃうの。」

 

―――――私も、死んだ方がいいのかなぁ――――

 

「それを決めるのは我々ではないな」

 

「…四方寄さん!?」

 

「…なあ、怒江。お前は死んだ方が良いのか?いや、違うな。お前は、死んで、無になって、友人とも、恋人とも会えなくなって、お前が不幸なままで良いのか?」

 

「…でも、私…」

 

「江迎、俺達はお前みたいなやつを幸せにするために、生徒会をやっているんだ」

 

「悩み事があるのなら、生徒会へ投書しても良い。無論、友人に相談しても良いんだ。お前みたいな可愛い女の子からの相談なら、私は解決に全力を注ぐ」

 

「…私、幸せになっても良いんですか?」

 

「…『荒廃した腐花』があるからそう思っているなら、禊が素晴しい能力に変化させてくれているだろう?」

 

 全てを腐らせる能力から、腐らせたもので植物を育て、操る能力へ。確かに戦闘に於いて脅威ではあったが、その変化はむしろ我々にとって好ましいものだった。

 

「…俺の家に、ずっと前から植わってた桜の木がある。かあさんが腐心してたけど、結局今は立ち枯れたままだ。お前なら…あの桜をもう一度咲かせてくれそうな気がするんだよ!」

 

「そんな素晴らしい能力なら、私がここで育てている植物の管理を手伝ってもらいたいな。友達と楽しく喋りながら植物の世話をする、中々幸せな風景だと思わないか?」

 

「…四方寄さん、人吉君…ありがとう、私――――!?」

 

「!?」

 

「…説明を求めるぞ、禊?」

 

 急に二人の体に突き刺さった螺子を見て、私は禊へと問いかける。

 

「『……』『善吉ちゃんの両手の腐敗と』『怒江ちゃんの『荒廃した腐花』をなかったことにした』『怒江ちゃんはもう普通の子だから、どうか一組辺りへ引き取ってくれ』『なんで助けたのか、なんて聞かないとは思うけれど…』『僕が人助けをする理由はね、「きにいらないから」だよ。『過負荷』は『過負荷』で簡単に無くせるのさ』『善吉ちゃんの努力なんて意味もないくらいに簡単にね』」

 

 …まあ、人吉君の両手の腐敗はどうしたものかと思っていたから丁度よかったのだが、何か違和感がある。…そう言えば。

 

「禊、お前、どうして腕輪をはめているんだ?」

 

「『…なあに』『簡単なことだよ。腕輪を外されたことをなかったことにした』『ついでに鍵穴もないよ!』『外された事実がないんだから、タイムはすすんでる。もう何一つ術はない!』『…四方寄ちゃん、結局僕はこういう生き方しかできない人間だ!』『それではみなさん、ご唱和ください!』」

 

―――――『It's All Fiction!』―――――

 

 

 

 

 

 腕輪型時限式爆弾。よくもまあ凝った作りをしたものだとは思ったが、構造自体は手榴弾とあまり変わらない。少量の爆薬に引火させ、爆発を起こすことで周囲を覆っていた金属製の入れモノが飛びちり、ダメージを与える。つまり、この爆弾に於いて重大な問題は、爆風でも、爆熱でもなく、飛び散る破片なのだ。逆に言えば、破片さえ飛び散らなければ、脅威でも何でもないのだ。つまり、何かで覆い隠すことで、その被害は最小限に抑えられる。ある程度の吸収性と、耐久性を持ち合わせたもので覆いかぶせれば良いのは分かっているのだが、生憎周りは植物園であり、覆いかぶせるものがない。その場合にとる策は、これくらいしか無かったよな、と思うわけである、つまり。

 

「『う、うわあああぁぁぁぁぁぁ!?』」

 

「……!!なんでだよ…!?なんで…!」

 

「………え………?」

 

「「『四方寄ちゃん』さん!!!」」

 

「海路口!!?」

 

 簡単に経緯を説明させてもらおう。怒江がタイムアップ寸前に、腕輪の施錠部分のみを外し、自らが覆いかぶさろうとした。咄嗟にどう対応すればいいのか分からずに、何も考えず怒江を突き飛ばして自分が覆いかぶさったということだ。流石に短い時間で思考は纏まらない。今ならG先輩の能力で爆弾も止められたろうに、と思わなくもないが、それよりも若干意識がとぎれとぎれになりつつある。

 

「…怪我は、ないか…?」

 

「『なんで!今すぐなかったことに―――!?』」

 

「私の、能力…しって…、だろう?無理、だよ」

 

「海路口!今すぐかあさんと名瀬先輩呼んでくるから、喋るな…いや、喋り続けろ!」

 

「たの、んだ…」

 

「わ、私のせいで…四方寄さんが……!!」

 

「気に、しないで……。可愛い、女の、こに…傷ついて、欲しく…ない、だけだから」

 

 腹部に奔る激痛と、口から垂れてくる血に、内蔵がやられている事を自覚する。心臓はまだ動いているということは、恐らく問題は胃や肺、近くの臓器だろう…。

 

「怒江、お前の…能力、ちゃんと…人の役に…立つじゃない、か……。それなら…きっと幸せに、なれ…るよ」

 

「僕の能力が使えないばかりに……!ここで使えないなんて!こんな能力…!!!」

 

 括弧つけるのを忘れているぞ?禊。

 

「…だいじょ、ぶだ。禊、約束した、だろ?…エロ本、一緒に…買いに行く、って」

 

「今そんなこと言わないでよ!お願いだ、僕が出来ることなら何でもやる!この勝負から手を引いたっていい!だから、…だから…!!」

 

「大じょう、ぶ。お前との勝負は…楽しい。初めて、お前が、勝つときは……私が、相手をしたいな」

 

 意識が朦朧とし始める。出血過多で意識が上手く繋げないのか…。

 

「なあ、怒江…。私と、此処の世話をしよう…。きっと…綺麗な、植物園に…なる」

 

「…はい、はい…!」

 

「…勝負自体は、此方の負けで、決着はついてる……次に我々、が、勝たなかったら…会長戦だな……そう言えば…、まだ、不知火と…しっかり、話した事…ないなぁ」

 

 向こうから瞳先生と名瀬先輩が駆けてくるのが解る。もう少しの辛抱だ…。

 

「禊、こんな私でも…±ゼロだと、思えるんだ……。お前はきっと…人生プラスな、側に…入れるよ。私が、言うんだ…。間違いない…」

 

「四方寄!」

 

「モギちゃん!!」

 

「二、人とも…よろしく…お願いします…多分…肋骨が、肺に…あと、内蔵がいくつか……」

 

「「任せろ(なさい)!」」

 

「…あと、副会長様に…禊を怒るな、と…」

 

「…四方寄ちゃん…!僕のことなんて良い!早くよくなって…先生、名瀬さん…!僕が言えた義理じゃないけど!四方寄ちゃんを助けて……!!」

 

 そんな言葉を聞きながら、私の意識は闇へと堕ちていった。

 

 

 

 

 

 そこにはたくさんのチューブが繋がれ、心電図が傍らに控えている。心臓の動き自体は安定しているが、その隣に表示される血圧、脈拍は少々危険域を超えている。

 

「…本人の体力で、なんとかここまでもってるが…」

 

「…正直、会長戦に間に合うかも、そもそも意識を取り戻すかも……」

 

 四方寄を治療した二人が、揃えて絶望的な言葉を吐く。腹部に集中していたため、四肢の欠損などはないが、その分内蔵やろっ骨への被害は甚大だった。常人であればそのまま死にかねない重傷。それでもなんとか命をつなぎ止めているのは、この二人が優秀である事のあかしだといえよう。

 

「…親友の危機を救えないなんてな…不幸を嫌なもんだと思ったのは初めてだ」

 

「…それにしても」

 

「…そうだな」

 

 生徒会長のダウン。当然ながら生徒会に影響を与えるかというと、そうでもない。というか、副会長である黒神めだかが、陣頭指揮をとっているため、普段よりもスムーズと言っても良いほどだ。ただ、その方向が四方寄が考えている方向と一緒なのかは…分からない。

 

「めだかちゃんは一回も見舞いにこない…」

 

「人吉や喜界島は来るんだがな。あと、日之影先輩も」

 

「禊ちゃんは来てないにしても、怒江さんは毎日来てるのに…」

 

「意識がない状態で…三日か」

 

「…お願い、目を覚ましてよ、モギちゃん…!」

 

 返事はない。…ただ、彼女の指が言葉に反応するように、ピクリと動いた。それを、二人は見逃してしまった。

 

副会長戦まで、あと四日―――――。



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異常な事態や不測の事態の為に何かを常備するのは普通だろう?

 さて、私が覚醒状態にないことは読者諸氏にもよくお分かりであると思う。腕輪型時限式爆弾によって、恐らくは外傷性ショック、詳しく言うと出血性ショック或いは心原性ショックにより、意識レベルの低迷が起こっている…つまり、意識不明の重体といったところだろうが、その状態になっているわけである。ちょっと待て、だったらお前は何故こうやって語りかけているんだ、と疑問に思う読者も多いとは思うのだが、私の方が聞きたいくらいだ。何故かは知らないが、私は今、いつだったか見た覚えのあるような中学校の教室に居る。まったく知らない学校であるのは間違いないが、それでも見た覚えがあるのは何故だろうか。あたかも他人が自分の中に無理矢理入れ込んだ世界を無理矢理見せられているような感覚と、決してそれを初めて見たわけではないという感覚が一緒になっている環境。そんな世界に私はいた。

 

 

 

 

 

「…さて、夢の世界であるにしろ、死後の世界であるにしろ、どうやら私は学校という場所にやたら思い入れでもあるのか?…いや、仏教に於いて死後の世界は来世の事だから、実際には臨死の世界か?」

 

「態々そういう微妙なところを訂正するあたり、きみは結構変わっているといわれるんだろう?」

 

 その声の源を探し、周囲を見回したところ、そこには可愛らしい女の子がいた。セーラー服を身にまとい、長い髪を黄色のリボンで結んでいる。セーラー服にどことなく見覚えがあったので、自らの記憶を思い返してみると、確か真黒さんの棲み家である旧校舎管理人室に飾ってあった写真で、副会長様の着ていた制服だ。写真の下に「めだかちゃん、十四歳」と書いてあったのを思い出し、この子が中学生である事を認識する。或いは懐かしい中学生時代に思いを馳せる高校生かもしれないが、所詮は私が見せている幻なのだろう。

 

「失礼だな、きみは。僕は幻でも夢の住人でもないよ。僕は誰の心の中にでも居る…とはいえ、きみの心の中に居るとはいえないんだけどね。近くに球磨川くんがいたから、順序立ててお邪魔しているだけさ。きみがこの光景に違和感を感じるのも、きみの意識にここが存在しないからだよ」

 

「いまいちよくわからない説明をありがとう。で、貴女は禊の意識下からやってきた御客人という扱いで良いんだな?では、質問をさせてもらうが、良いか?」

 

「どうぞ?」

 

「私の体の現在の状態はどうなっている?骨折や内蔵の損傷、血液量などは?」

 

「…ここはどこだ、という愚かしい質問をしてこないのは凄いね。たとえ説明しても、理解しない子だっているのに。人吉くんみたいに」

 

「質問の答えを貰っても良いか?可愛らしい女の子を目の前にしてこんな対応をするのは申し訳ないが、此方としても選挙の最中だからな。意識を早いところ現実に戻さねばならん」

 

 そんなに褒められると照れちゃうぜ、と目の前の女の子は言う。本当ならこの場で愛でたいところではあるのだが、自重して続きを促す。

 

「…今のきみの状態ねぇ……まあ、一言で言うなら、『死にかけてる』かな。あくまでも死んだわけじゃないけど、未だに快方に向かっているとは言い難い。体のダメージとしては、主に肋骨が肺にささっていたことだね。意外なことに内蔵はそこまで深刻なダメージを受けていない。血液量はなんとか足りているが、出て行ってしまった血の量が多すぎて、意識を取り戻すには至っていない。何より、頭部へ血液がいかなかった時間が三分半……まあ、そんなところかな?」

 

「そうか。で、今は何月何日だ?」

 

「外の時間としては八月十六日。副会長戦の翌日だよ」

 

「…間に合わなかったか……」

 

「因みに出場者は挑戦者側、蝶ヶ崎蛾々丸くん、生徒会側は言うまでもなく黒神めだかちゃんさ。試合形式は『狂犬落とし』、鉄骨の上で戦い、相手を地面に落とした方が勝ち。結果なんだけど……」

 

「いや、大丈夫だ。その組み合わせなんだったら、結果は見えている」

 

「へぇ?どういうことかな」

 

 私は興味津々といった様子で此方を見てくる彼女に、一呼吸置いてから言葉を紡いだ。

 

「―――今の副会長様が、残った『過負荷』側の人間と分かり合えるはずはないのだから」

 

 

 

 

 

「それはなんでか、と聞くよ?」

 

 随分と当たり前のことを聞いてくるなぁと思いつつも、私は答える。

 

「私は少なくとも、三人の『過負荷』と対峙している。江迎怒江、志布志飛沫、球磨川禊の三人だ。みんなそれぞれが違う『過負荷』を持っていて、個性を持っていたが、その中で理解したことがある。彼らの性格と、副会長様の性格は、さながら磁石のN極同士だろうな。同じであるがゆえに、反発しあう。私の中での理解ではあるのだがな」

 

「…で?」

 

「反発しあうのは人間同士だ、仕方ないこともあるだろう。だが、問題は副会長様のスタンスが、天敵ですら好む、という物であるからこそ、反発しつつも諭そうとするだろうということだ。そして、相手の事を呑みこめずにただ諭すだけでは、相手は更生しない」

 

「そんなことはないんじゃない?実際、彼女に諭された人たちは敵でありながらもめだかちゃんの言葉で更生してるんだぜ?」

 

 やはり誰でもそれは勘違いするんだろうな。

 

「個人的には更生自体しなくても良いと思ってるんだが…アレは更生じゃないよ。アレはただの矯正で、強制だ」

 

「………」

 

「それで事案は解決しているし、それ自体に問題があるとは……言わなくても良いだろう。ハッピーエンドであればだれも文句は言わないさ。だが、彼らが相手なら話は別だ」

 

「というと?」

 

「言っただろう?反発しあうって。黒神めだかがいくら諭そうとも、彼らはその言葉を良しとしない。それどころか、どんどん遠ざかるだろう。彼女があのままである限り、彼らがあのままである限り、互いに分かり合うことも、矯正されることもないんだろうさ」

 

「そうだね、その通りさ。結果を一応伝えておこうか。蝶ヶ崎君の『過負荷』は『不慮の事故(エンカウンター)』。自分に与えられたダメージを全てどこかになすりつける能力だ。めだかちゃんはそれを理解した途端、全方位への同時攻撃を行ったんだけれどね。一体どこでそんな技術を身につけたのかと思えば、なんでも日之影空洞とか言う人がこれくらいしか出来ないって教えてあげてたらしい。態々自らの『異常』を変えてまで教えていたその技は、だけれどまったく通用しなかった」

 

「………」

 

「彼はそのダメージをあろうことかその場にいた全員に均等に押し付けてね。めだかちゃんが繰り出したとんでもない威力の拳は、憐れ味方に届いてしまった。めだかちゃんはそこでリタイアだよ。『過負荷』と分かり合えると思っていた彼女にとって、その気持ちすらどこかへ押し付けてしまう蝶ヶ崎君の『過負荷』は、相性が最悪だったようだね。幸い、人数が多かったこともあって、全員の怪我はそれほど酷くもなかったけど」

 

「…ということは、現時点で二勝二敗か。条件はイーブンだな。会長戦の三日前までに意識が戻ればいいが………」

 

 私の不安は、しかし目の前の彼女が解消してくれた。

 

「…それなら大丈夫さ。僕に会っているということは、もうすぐ意識は戻るってことだからね。きっと明日には目が覚めるんじゃないかな?」

 

「…そうか。なら、それまで貴女とゆっくり話でもするとしよう。どうせ時間はあるのだろう?」

 

「それなら、自己紹介でもするとしよう。僕は安心院なじみ、親しみをこめて安心院さんと呼びなさい」

 

「そうか。私は海路口四方寄だ。しばらくの間、相手を頼むぞ、なじみちゃん」

 

「…人の話を聞いてたか?」

 

「勿論。で、なじみちゃん。貴女が私の目の前に現れたことは、何か意味でもあるのか?個人的にはこういう可愛い女の子が目の前に現れると、とりあえず愛でるのが信条なんだが」

 

「………」

 

「とりあえずここは現実の世界ではないわけだから、若干の常識はずれな行動も許されると思うわけだ。というわけで―――覚悟はできているか?」

 

「一体何をするつもりなのさ!!!???」

 

 

 

 

 

 さて、なじみちゃんと(で)遊ぶこと数時間(体感時間であるため、正確ではないかもしれないが)、なじみちゃんのギブアップにより、私はそろそろ意識を覚醒へ持っていくことにした。まあ、その気になるまでそれだけ時間がかかったというだけで、同時に体が覚醒を望める状態になったということでもある(となじみちゃんは言っている)。

 

「中々に有意義な時間だったよ。出来ればまた夢の中ででも会いたいものだな」

 

「絶対にお断りするよ!現実世界で僕に会ったとしても、絶対にあんなことしないでよね!!」

 

「現実世界で出来ないからこそ、夢で逢いたいと言っているのだが……」

 

「きみは性質が悪すぎないかい!?」

 

 失礼な。純粋に女の子を愛でたいという気持ちだけしかないのに、性質が悪いとは……。

 

「その純粋さも性質が悪いよ!なんだってんだ、僕にここまでやれる人間なんか居なかったってのに!」

 

「ほう、つまり私はなじみちゃんの初めての人というわけか……」

 

「そこで顔を赤らめないでくれよ!そしてその言い廻しは非常に誤解を招きやすいからね!……もう」

 

 この子、意外といじめてると楽しいぞ、と思いつつ、いよいよもって意識が覚醒へと向かっているのか、私の足は自然と教室の扉へと向かった。

 

「……最後に一つだけ聞きたいんだけどさ、きみにとって世界ってなんだい?」

 

「…おかしな質問だな。世界ねえ…答えになっているかどうかは分からんが、世界は世界だ。それ以外の何物でもないと私は思うよ」

 

「…ひねくれ者」

 

「どっちが」

 

「「…ハハハハ!」」

 

 その応酬を最後に私は扉を潜り………見覚えのある天井を見ていた。

 

 

 

 

 

「………見知った天井だな。名瀬先輩の研究室か?」

 

「おう、その通りだ。………ちょっと寝坊じゃねえのか、四方寄」

 

「モギちゃん!良かった………!」

 

 傍らには名瀬先輩と瞳先生がいた。周りには生徒会のメンバーもいる。が、全員顔色が良くない。

 

「……今日は何日で、副会長戦は終わったのか、終わったのならその結果を教えてくれ」

 

「………今日は八月十七日、副会長戦は二日前に終わったよ」

 

「結果は……めだかさんの敗北、二勝二敗で追い詰められた形だ」

 

「ごめんね、海路口…会長戦無しで終わらせるつもりだったのに……」

 

「…私が不甲斐ないばかりに…すまないと思っている」

 

 副会長様の言葉を皮切りに、口々にすまないと言ってくるメンバー。しかし、その後に私が紡いだ言葉によって、それは一転した。

 

「まったくもってその通りだ。おかげで私は怪我をしている身体で会長戦に臨まねばならん。まったく、こんなに不甲斐ないと知っていたら黒神めだかを副会長に推したりはしなかったよ」

 

「「「「!?」」」」

 

「本当に追い詰められたな。次に誰が出てこようとも、私が勝てる見込みなど薄い。それもこれも、全ては副会長様が負けたからだ」

 

「おい!海路口さん、そんな言い方は………!!」

 

「黙れ、生徒会選挙自体に出られなかった役立たずはひっこんでいろ」

 

「―――――ッ!!?」

 

「というか、そもそもは副会長様が空洞にいさんを唆して『過負荷』に一方的な暴行を加えたことが原因だったんだよな。その時点で気付いていればよかったんだ。私の責任だな」

 

「…海路口!なんでそんなこと―――!!」

 

「黙れと言ったはずだぞ?役立たず」

 

「おい!」

 

「お前らはもう帰れ。役立たずの顔など見たくもないし、そんな奴の味方をするバカな男の顔も見たくない。会長戦は私一人で臨むから、その日は登校してくるな。役立たずがいたところで、なんの意味もないからな」

 

 私は全員に辛辣な言葉を放ち、さっさとここから出ていくように促す。阿久根先輩は怒りに満ちた表情で、副会長様は驚愕と疑念、喜界島さんは怒りと悲しみの表情で出ていく。人吉君は………。

 

「…お前、なんであんな心にもないこと言えるんだ?」

 

「…既に他のメンバーは聞こえない位置に居るか?」

 

「ちょっと待てよ……おう、もう居ない」

 

 そうか、と私は一息つく。

 

「…すまないが、名瀬先輩も瞳先生も、今から私が言うことは外部に…特に生徒会のメンバーには絶対に漏らさないでいただけるだろうか?」

 

「……分かったわ」

 

「仕方ねえな。俺もお前があそこまで言った理由に興味あるしよ」

 

「ありがとう。………人吉君、頼みがある――――――生徒会選挙が終わり次第、生徒会役員への暴言行為を理由とした、生徒会長への解職請求を出してくれ。この音源を使って、生徒の過半数に署名をしてもらってくれ。私は即日受理する」

 

 

 

 

「『………』『好きなこの前では括弧つけたいとはいえ』『流石にこの状況で出ていくのはちょっとまずいかなぁ………』『というかそのボイスレコーダー』『一体どこから出したのさ』」



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異常な最終戦、普通の会話。

 黒神めだかという人間は、非常に危うさを孕んでいる。敵対者すら愛する、天敵すら愛する。これは本当に立派なことであると同時に、自らの危機管理を投げだしてすらいることに他ならない。疑心を学習せねば、いつかそれが命取りになる。本来ならそれも生徒会をやっていく中で補完され、完成されていくものだったのだろうが、ここで一つ、『異物』が混じり込んだ。海路口四方寄、ほかならぬ私である。私という存在は彼女にとって恐らく異様なものに映るのだろう。例えばその在り様。他者を自発的に助けるわけでもなく、かといって薄情というほどでもない。女子が好きであるということは間違いないが、禊と仲が良い辺り同性愛者であるともいえない。何より、仕事と仕事以外をわけるその厳格性。清濁併せ呑み、なんでも一人で背負う彼女には、私の在り様は理解できないのかもしれない。そもそも、彼女の性質こそが、私と相性が悪いのだろう。全てを理解しようと観察してしまう彼女にとって、その時その時でまったく違う面を出す私、その在り様はまるで、個がないモノとすら思われているのではないだろうか。そして、私がひょんなことから生徒会長の座を奪い、同時に彼女の危うさを危惧するが故に、公平性を高めた結果、成長の場を潰してしまった可能性もある。今更だと思うかもしれないが、私が敢えて見易い敵となることで、彼女の成長をなんとか促進できはしないか考えた。その結果がこのリコールである。

 

 …別に生徒会長職がめんどくさくなったわけじゃないぞ?

 

 

 

 

 

 さて、八月二十二日、会長戦当日である。私の体調、というか怪我の具合であるが、腹部の傷は未だ癒えず、歩行すらままならないということで、車椅子での参戦である。事前にあれだけの暴言を吐いただけ有って、生徒会のメンバーは一切来ていない。名瀬先輩と瞳先生が付き添いとしているだけで、長者原選管は怪訝な顔をしている。

 

「………日陰の身としてあるまじき出しゃばった行為ではありますが、他の生徒会の方はいらっしゃらないのでしょうか?」

 

「残念ながら人望は一切ないのでね。来て欲しいとも思っていないし、不必要だろう?」

 

「…まあ、宜しいでしょう。では、生徒会長戦でございます!代表者は生徒会側、海路口四方寄様。新生徒会側、不知火半袖様です!では、不知火様。札を御引きください」

 

 そう言われ、不知火さんが選んだカードは…『人』だった。その裏には何も書かれておらず、長者原選管曰くジョーカーカードであるらしい。此方…つまりは生徒会側の代表者が自由に試合形式を決め、それに沿って戦うのだとか。コイツ、分かっててやったな?ニヤニヤしてやがる。

 

「…ルールを自由に決めろ、ねぇ…」

 

 暫し考え、私は全員にそのルールを伝える。

 

「まず最初に、これは私と不知火さんの戦いにはしない。同じ陣営だとはいえ、普通科から其方へ移った彼女とはそこまで打ち解けてもいないだろうし、何より禊がリーダーなら、不知火さんが勝ったところで納得しないだろう?なら、この場に居る新生徒会側全員と戦おうじゃないか。これはルールというよりも前提条件だな。試合形式は………そうだな、私に参ったを言わせれば其方の勝ちだ。時間は今日一日。但し、私の体がこんな状況だから絶対に暴力は無し。逆に、私が一度も参ったを言わないか、そっちが全員ギブアップと言えば私の勝ちだ。生徒会の解職請求を取り下げてもらおう」

 

「お待ちください!既に他の代表者の方々とは決着がついております、此処でそのような横紙破りは………!」

 

「横紙破りでも何でもないぞ?不知火さんはカードを選び、そのカードは此方が『自由に』ルールを決めるというものだった。もしもこれを横紙破りだというのなら、それは選挙管理委員会の説明不足と規則設定の曖昧さが原因だ。むしろ不備は其方にあるし、今更そんなことを言う方がおかしいだろうが」

 

「…さっすが~。海路口は分かってるね♪」

 

「『……』『ねえ、四方寄ちゃん、質問しても良いかな?』」

 

「なんだ?禊。また括弧つけてしまったのか?素の口調の方がカッコよかったのに」

 

「『…じゃあ』これでどうだい?でね、質問なんだけど。なんで解職請求の取り下げしか請求してないの?」

 

 おかしなことを聞く奴である。当然だろうに。

 

「なんでも何も、解職請求の取り下げさえ終われば、この件は終了だ。それとも、ここから出て行けとでも言うと思ったか?バカだな。私にそんな権限はないし、何より友人を追い出すわけがないだろう。まあ、蝶ヶ崎君はまだそこまで仲好くないけれど」

 

「「「「「………」」」」」

 

「というわけで、開始するのはこれから二十分後。劇的な展開も盛り上がるような戦闘描写もなく、この生徒会選挙を終わらせようか」

 

「…致し方ありません。ルールは此方も理解いたしました。では、生徒会選挙会長戦、これより二十分後、…午前十時をもって始めさせていただきます!」

 

 長者原選管の言葉を聞き、私は一旦生徒会室へと向かう。私の生徒会長としての最後の仕事だ、別に始まりのときくらいはそこに居ても構わんだろう?

 

 

 

 

 

 午前十時。長者原選管が開始時刻と定めた時間にして、私が生徒会長としての最後の業務を始める時間。その時間を数十秒過ぎて、まずは怒江が入ってきた。

 

「なんだ、一人一人で来るのか?一気に対応できずに参ったという可能性も在るだろうに」

 

「…私達の事を普通の人間として受け止めてくれた四方寄さんに、そんな手はとりたくないって球磨川さんが言うんです。括弧つけずに、真剣な顔で。私も飛沫さんも、同じ思いです。だから…私との勝負、受けてください」

 

「…構わんよ。さあ、一体どんな手を使ってくる?」

 

「私との勝負は…チェスです。待ったは三回、制限時間は特に設けません」

 

 そう言って、彼女はチェス盤を取り出してきた。そうだな、そういうゲームで決めるのも良いだろう。私は瞳先生に駒を代理で動かしてもらいながら、ゲームを始めることにした。

 

 

「…見たところ、チェス自体は本当に素人だな。私もそこまで造詣が深いわけではないが、これが主目的ではあるまい?」

 

「…私ね、『過負荷』のオン・オフがつけられるようになったんです。この間の会計戦で」

 

「それはよかったじゃないか。自分を自在に操れる、それは人間にとって非常に喜ばしいことだ」

 

「直接的には球磨川さんの『大嘘憑き』のおかげですけど…人吉くんと四方寄さんがちゃんと私を見てくれたから…こうやっていま、四方寄さんとチェスが出来るんだと思います」

 

「礼なら禊と人吉君に言いなさい。私は常に可愛い女の子の味方だ。そうするのは当然なんだから」

 

「なら、感謝するのも当然ですよね?ありがとうございます」

 

「…その言葉、受けよう。改めて、私は貴女の友人で在れてよかったと思うよ。怒江、貴女はもう、不幸ではないだろう?」

 

「…はい!」

 

「私が会長であろうが無かろうが、私は貴女と友人になれたと思っている。こうやってチェスをしながら、甘味の話やファッション、好きな人の話が出来ると思うよ………さて、最早動かせる駒は限られている。そろそろ決着をつけにきた方が良いのではないか?」

 

「…じゃあ、これで」

 

「ふむ、此処だな」

 

「…此方へナイトを」

 

「ここにクイーンをおこう」

 

「……ビショップを此方へ……」

 

「ここにルークを置いて、チェックメイトだ」

 

「………ギブアップです。私の負けですね。ものすごく清々しい気分です。ちゃんと勝負をして、負けるって」

 

「良いんじゃないのか?今度はみそ汁の味で勝負しよう。私の自家製味噌で作るみそ汁は上手いぞ?怒江のみそ汁は……ああ、人吉君が予約済みか」

 

「もうっ……!人吉君の次に…飲ませてあげるね?」

 

「楽しみだ。待っているぞ」

 

 怒江はぺこりと頭を下げ、此処に居る三人に別れを告げ帰っていった。瞳先生に感謝の意を伝え、次の相手が来るのを待つ。

 

 

 

 

 

「……ところでよオ、お前のその体、一体何で出来てるんだ?」

 

 名瀬先輩が妙なことを聞いてきた。なんだ、実はサイボーグですとでも言えばいいのだろうか?私はあまり冗談が得意ではないんだけれど。

 

「一般的な人間と同じですよ。まあ、若干の炭素含有量に差はあるかもしれませんが」

 

 そういうと、彼女は一層訝しげな表情で、私を更に問いただしてくる。

 

「…じゃあ、なんでおまえ、あれだけの傷で今ぴんぴんしてんだよ?失血の状況と内臓圧迫による挫傷、骨折多数に大幅な火傷………ぶっちゃけ今でも意識が戻ってるかどうか分からねえよ。近くに俺らもいなかったからさ、マジでこれは手遅れかと思ったね。なんせ自分で手当てしてても失血がどうしようもなく多かった。正直、改造するしかねえとまで思った。だってのに、お前はなんとか持ちこたえるし、車椅子とはいえ思考もはっきりしている」

 

「……まあ、育ってきた環境上、耐久力に自信はありますよ。それだけです」

 

 私の言葉に有無を言わせぬ空気を察したのか、彼女はそこで詮索を打ち切ってくれた。

 

「…じゃあ、もうきかねえよ」

 

 そうしてほしい。過去なんてものを一々思い返すなんて、今この状況でするものじゃないだろうから。

 

 

 

 

 

 次に来たのは、志布志さんだった。少し表情が硬いが、一体どうしたのだろう。

 

「…正直さ、あたしは頭を使ったりするのは苦手なんだよ。それこそアンタが禁止した暴力的な勝負の方が解りやすいんだけど……アンタにそんなことしたくなくってさ」

 

 何この可愛い生物。

 

「…別に勝負なんかするつもりはないよ。たださ…アンタはあたしと、ずっと友達でいてくれるかい?あたしがまた生徒会のメンバーを襲撃したみたいなことがあっても」

 

「何故そんなことを聞く?」

 

「心配なんだよ。何せはじめて出来た、『過負荷(なかま)』でも何でもない、ただの友達なんだから。あたしがまた何かやらかしたときに、アンタはあたしを見限ったりしないのかって…」

 

「そうか…。私には未来の事など分からん。私がもしも心変わりをしたり、誰かから洗脳を受けたりして、貴女と友人関係を続けないという選択肢をとることは、可能性として在るだろう。それを私は否定できないし、安易に大丈夫だなどともいえん」

 

 若干表情を曇らせる志布志さん。人の話は最後まで聞こうか。

 

「…私はそんな無責任なことを言いたいとは思わない。だから、はっきりと約束しよう。私は約束を絶対に守る人間だ。私がもし貴女を見限るようなことがあれば…その時は、貴女の手で私を殺してほしい」

 

「!!?」

 

「私は死という物を未だ恐怖の対象として考えている。恐らくは死ぬまでそうだろう。そんな死を怖がっている私だからこそ、この約束は強い意味を持つ。死にたくないと思っているからこそ、この約束を私は破れない。貴女はそんな束縛をどう思う?」

 

「………サイッコー♡良いよ。あたしの負けだ。参りました」

 

 そういうと彼女はとても良い笑顔で私を抱きしめ、帰っていった。何この役得。後ろに居る二人からジト目で睨まれているけれど、あちらからやってきたことだと言い訳しておこう。

 

 

 

 

 

 

 次の挑戦者を待つ間、今度は瞳先生が聞いてきた。

 

「モギちゃん、善吉くんが署名を集めてきたら、本当に辞めるつもりなの?」

 

「…まあ、正直なところ聞いてこられるだろうなとは思いましたよ。勿論ですよ。先生も分かっているんでしょう?私よりも彼女の方が、現時点でこの学園の生徒会長に()()()()()()()と」

 

「…確かに、この学園の生徒会長として、実務能力はモギちゃんの方が高いのは間違いないわ。夏休みの間見ていただけでも、選挙以外に通常業務、目安箱への投書の解決、全部しっかりとやっていたわ。めだかちゃんは正直、そこまでやれるとは思えない」

 

「そうですね。私が臨時で役員をやっていたころから、そういった印象は受けていました。ただ、それは生徒会発足からの期間が短かったからともいえる。私も発足当時から関わっていますし、客観的にどういう場面でどういう能力が問われるか、それを見る時間は十分にありました。それこそ副会長様が目安箱に投書された問題解決に動いている間も、書類整理をしていたわけですからね。生徒会に必要な能力を覚えるだけの期間は充分に、それこそ副会長様よりも在った。ですが、それが備わった会長様と、私とでは圧倒的に違う物がある」

 

「……それは、人望かしら?」

 

 非常に惜しいのだが、ちょっと違うな。もっと根本的な物である。

 

「そうですね。ですが、もう一歩前の段階ですよ。彼女が人望を集める理由、カリスマ性とでも言えばいいんでしょうか?私にはそんなもの在りません。少なくとも、多数に支持される考えの持ち主でないことは間違いない」

 

「…それで?」

 

「結局のところ、時間がたてばたつほど、彼女は『完成』されていく筈だった。それを、局所的に見てしまった私が邪魔してしまったんですよ」

 

「…どういう意味かしら?」

 

「フラスコ計画のとき、私は彼女を生徒会長にしたまま刃向かうべきだった。過去の事を思い返すのは好きではないが、アレは失敗だと思っています。そのせいで、彼女が本来遂げるはずだった成長を邪魔してしまった」

 

「……めだかちゃんを成長させたいのは分かったわ。でも、今の時点では彼女を生徒会長にするのは得策とは言えないんじゃないの?」

 

「逆なんですよ。今が限界ぎりぎりなんです………ああ、次の挑戦者が来ました。これは終わった後話しましょう」

 

 そう言って私は話を一旦打ち切り、次の挑戦者……蝶ヶ崎蛾々丸君を迎え入れた。



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まったく戦闘色のない最終戦というのもなかなか異常だな。

「さてさて、既に二人が此方へ来て、二人ともギブアップしていったわけだが」

 

「………」

 

「正直私は貴方に対する立ち位置を測りかねている」

 

「………」

 

「貴方の事をあまりにも知らなすぎる以上、どんな言葉も貴方に通用しないだろう」

 

「………」

 

「副会長戦では貴方が黒神めだかに勝ったのだとか。敵対する側の私が言うことではないが、勝利おめでとうと言っておこうか」

 

「………貴女は」

 

「うん?」

 

「私が彼女に勝ったとでもお思いですか?」

 

「結果は勝利だと聞いている。結果だけを見るのであれば、貴方の勝利は間違いないのではないか?」

 

「…違います、違うんですよ。私は理性を失いながら、汚く、醜く、おぞましく相手をねじ伏せただけだ。そして…それは貴女も変わらないのでは?」

 

 

 

 

 

 ふむ、どうやら蝶ヶ崎君は私を論破したいらしい。私が彼の出方を窺っていると、それを何も言えないと誤解したのか、彼は更に言葉を続けてきた。

 

「私が思うに、貴女はどこまでも貪欲だ。『過負荷(われわれ)』と仲良くなろうとしながら、普通科の女の子や十三組の生徒とも仲が良い。特別科にも友人がいる。我々と仲良くしようとする以上、そんな状態が許されるとでも思っているんですか?それともただ単に何も考えていないだけでしょうか」

 

「………」

 

「そもそも『過負荷』という化け物を性格の一種だなんていう貴女は傲慢に過ぎるのではないですか?生まれながらに負けることを定義づけられることを性格、個性だなんて聞いて呆れます。私達の不幸を一笑に付すとはどう云う了見ですか?私達は貴女の想像の及ばないような不幸を経験してきている。それを簡単に切って捨てるなどということは言語道断です。何やら私以外の代表者は貴女に随分と骨抜きにされているようですが、私はそんなことにはなりません。ですから、私は貴女に安易に参ったなどとは言いません」

 

「………」

 

「大体、貴女は臨時の生徒会長なんでしょう?本当なら私達は私が勝った黒神めだかがやっている生徒会を潰す予定だったというのに、貴女の勝手な行動で私達の計画は台無しだ。まったくもって度し難い。貴女みたいに大義名分もない生徒会を潰したところで意味はありませんが、私は個人的に貴女が気に入りません」

 

「………で、言いたい事はそれだけか?どうやら私を論破する事で参ったと言わせたいようだが、生憎それは私の得意分野だ」

 

「そうでなければ意味がない。貴女の得意分野で汚く勝ってこその私です」

 

「残念だが、私を論破する事は不可能だ。なぜなら………」

 

「?」

 

「私は言葉に対して異常なほどの執着がある。別に文法がどうとかいうわけじゃない。口語は曖昧だからこそ美しいと思っているからな。言葉に執着する私を、汚く勝つことしか考えていない貴方が論破できるとでも言いたいのか?」

 

「……所詮は言葉にしか興味がないだけなのでは?」

 

「さて、まずは貴方の意見への反論をするとしよう。いや、肯定かな?…私は貪欲だよ。そして、貴方達と仲良くする事と、他の子たちと仲良くする事、それが許されるなんて…思ってるに決まっているだろう?貴方達がどう思おうが、私の交遊関係は私が決める。貴方達の、いや、貴方の口出しする事ではない。それから、私が傲慢に過ぎるというのであれば、まるで『過負荷』代表とでも言いたいかのように偉そうな口を聞いている貴方は傲慢ではないのかな?私は性格だと判断したが、それを押し付けるつもりなど一切ない。言葉に強く執着してはいても、それを人間関係の上に立たせることはないさ。人間関係を円滑にするための手段という位置づけをはっきり決めているからね。とはいえ、これは勝負だからな。勝ちに行くためには若干強引な手段もとらねばならん。そうそう、勝ちに行くといえば、既に副会長戦の内容は聞き及んでいるし、貴方の能力も知っている。が、私の『日条制活』の前では、貴方の『不慮の事故(エンカウンター)』は意味を為さん。私は対等に戦うと決めた時、出し惜しみはしないのでな。どうせだから教えてやろう。『日条制活』の真骨頂を」

 

「貴女の能力の…真骨頂?」

 

 ようやく聞く耳を持ってくれたらしい。まあ、その時点で貴方の勝ちは最早なくなっているわけだが。

 

「私の『規則性』である『日条制活』は、そもそも私の家系に長く続いた『学蒐』の上位互換版…ではない。いや、だけではないが正しいな。『学蒐』を持っている人間は元々他者の能力に影響を受けないんだが、私の『日条制活』では、もう少し範囲が広いんだ。さっきから貴方も感じてはいるんじゃないか?『私の言葉は貴方の心に残る』と」

 

「!?」

 

「私が『日条制活』を普段使わない理由は、その能力が『常識的』ではないからだ。我が家系ですら異端の、常識的でない能力、そんなものを日常的に使うほど、私は『非常識』ではない」

 

 今度は貴方が押し黙る番のようだな、と言いながら、私は続ける。

 

「『日条制活』、これは私の周り、およそ半径十メートル以内の『常識的でない』能力を無効化する。対象を絞り込むことなく、私の周りで『異常』や『過負荷』を使うことはできない。どうだ?貴方達とは比べ物にならないくらい、私は『化け物』だろう?何せ、『化け物の皮を剥ぐ』化物だ。貴方は最早、ただの『普通な子』でしかない」

 

「……ッ!」

 

「人吉君に聞いた話だと、黒神めだかという化け物の能力を徴税しようとした都城王土は、彼女の化け物ぶりに心が折れたそうだ。さて、正直なところ、彼女以上に『化け物』な私と対峙している貴方は、それもただの『普通な子』の貴方は、一体どうなるのかな――――?」

 

「ひ――――ひいいぃィィッ!!??」

 

「怒江や志布志さんは能力の外で勝負しに来たからな。私も能力は使わず、ただの『私』として応対した」

 

 だが貴方は違うだろう?と私は問いかける。彼は一気に後ずさりし、必死でこの場から逃げようとしている。メタなことを言うのなら書記戦での名瀬先輩と言っておこう。だが、残念ながらそっちじゃない。

 

「『そんなところにドアはないぞ?』」

 

「!!!?」

 

「なぁに、貴方が一言『参りました』というだけで、『ギブアップ』と言うだけでおしまいなんだ。それ以上私は貴方に恐怖を与えない」

 

「参りました!ギブアップです!だから近寄って来ないで下さい!!」

 

 言質はとった。

 

「…さて、貴方が今まで他人に押し付けていた恐怖という感情、理解できたかな?貴方が押し付けたものは、そういうものだ。他人に押し付けることで貴方は楽だったかもしれない。だが、それはそのまま他人が傷ついたということだ。別に恐怖には限らない。痛みも、怒りや悲しみも、全てそうだ。同時に喜びや嬉しさだって、そうなっていたのかもしれないな。幸せになる方向を、エリートの排除に定める前に、まず貴方は他人になすりつけずに自分で全てを受けると良い」

 

 ポカーン、という擬音がこれほど似合う場面もないだろうと思えるほどに、鳩が八十八ミリ砲(アハトアハト)を食らったかのような(瞳先生談)顔をする蝶ヶ崎君。ギャップ萌えは適用されないらしい。残念。

 

「さて、そうは言っても急に変わる必要などはない。ゆっくり時間をかけてやって行け。人間の生は短いなどというが、平均寿命でもあと六十年以上あるんだ、意外と永いものだからな、焦る必要なんかないさ」

 

「…貴女は」

 

「うん?」

 

「貴女は、本当に…狡い。貴女の貪欲さも、恐ろしさも…全て私達には心地良すぎる。貴女になら変えられても良いとさえ思える。…本当に狡いですね」

 

「否定はせんよ。他人の目からどう映るかなんてその人その人で違うんだ。貴方がそう見るのなら、私はそういう人間なんだろう」

 

 どちらにしろ私の負けですから、と彼は生徒会室を出ていった。次の相手は不知火さんか、それとも禊か………。

 

 

 

 

 

「不知火ちゃんでした~☆」

 

「いらっしゃい。お茶とお菓子はそこに用意してあるから、自由に食べてくれ」

 

「うっわー、海路口ってば準備良い~♪って、これ熊本の陣太鼓に長崎のカステラ、福岡のひよこ饅頭に宮崎の日向夏ゼリー、大分のザビエルに鹿児島のしろくまアイス、更には佐賀のまるボーロに小城羊羹だと!?」

 

「何故か知らんが名字に九州の地名が多いのでな、取り寄せてみた」

 

「うわ~♡」

 

「これを食べたければ『ギブアップ』と言う、それだけで「ギブアップ!」早いな、おい」

 

「美味しそう~、これ全部食べていいの!?」

 

「…ああ、構わないよ。で、不知火さんは何か私と勝負する予定はなかったのか?」

 

「ぶっちゃけ適当なところで参ったって言おうと思ってました!多分対等に戦おうとするが故に私とは戦おうとしないと思ったから!」

 

 正解である。何この子怖…いや、やっぱり可愛い。

 

「まあ、一つだけ聞くとしたら……お嬢様の事、どうするつもりなのかな☆ってくらい?」

 

 …それはどうやら後ろの二人も聞きたいらしい。丁度いい、ここで話してしまうか。

 

「既に不知火さんにも連絡は来ていると思うが、私の解職請求を求める署名活動が水面下で起こっている」

 

「きたきた~。確か人吉が廻してるんだよね?あたしに何人分か集めてくれってお願いされたよ」

 

「アレを請求するのは現生徒会側の副会長以下四名による連名だ。今のところ動いてくれているのは人吉君だけだが、そこは上手く焚きつけるつもりだよ」

 

 その手筈ももう考えてある、と言いながら、私は三人の表情を窺う。うん、二人は疑念、一人は理解か。

 

「まあ、なんで今のタイミングなのか、と聞かれたよ。瞳先生にね。今の副会長様を会長にするのは時期尚早じゃないか、とね。だが…」

 

「むしろ今が限界ぎりぎりなんでしょ?」

 

「その通りだ。今を逃してしまうと、恐らく私は生徒に生徒会長として認められてしまう。夏休みの生徒会戦挙を戦い抜き、この学園を守った立役者としてね。だが、この学園に必要な生徒会長になるわけじゃない。この学園で、ただ次の選挙を待つだけの生徒会長になるだろう。私は成長が出来ないからな、それこそ成長株である彼女こそ、この学園に必要な生徒会長だと思うよ」

 

 私とは比べるべくもないだろう?と自嘲気味に語りかける。

 

「…よく見てるよねぇ。それで?態々お嬢様を会長に()()()()()()()()()お膳立てを今までしてたの?」

 

「彼女が知らなかったことを体験させるには、この選挙は都合がよかった。いや、勿論私はしっかりまじめに対応したつもりだが、同時に副会長様を育てるための行動も含まれていたな」

 

「やっぱりね~。日之影先輩を外部顧問にしたり、副会長戦を棄権させなかったり…」

 

「それもあるが、むしろ私自体が彼女の知らないことだっただろう」

 

「「………」」

 

「彼女と分かり合うことのない人間、彼女が理解できない人間、彼女が感心しながらも、影響を受けたいと思わない人間、内部での対立。これだけの条件が揃っていた。フラスコ計画ではないが、私は彼女が生徒会長としても一人の人間としてももう一歩上にあがるためのお膳立てをしていた。まあ、予想外の過程はあったが、最終過程にようやくたどり着いたよ」

 

「…結局、それはモギちゃんの申し訳なさからなのかな?」

 

「…ないとは言わない。が、それ以上に必要とされているのが彼女だと、身をもって知った」

 

「…え?」

 

「職員室でも、教室でも。必ず言葉が聞こえてくる。『黒神会長は――』ってね。彼女は恐らく理屈じゃなく、この学園に必要な存在だ。そして、私を形式的に会長と認める前に、このリコールは完成しなければならない。解職請求者の名義トップは黒神副会長。解職請求をしたら、彼女が会長に元通りだ」

 

「…確かに、今が限界ぎりぎりってのは分かったよ。だが、もう最終過程にたどり着いてるんだろ?だったら―――――」

 

「最終過程、それは私を蹴落とすことだ。私という悪を蹴落とすことで、彼女は晴れて解職された元会長という汚名を返上し、返り咲くことが出来る」

 

 その言葉に、言葉を返すことが出来るものはこの場に居なかった―――――。

 

 

 

 

 

 

「さて、最後の挑戦者はお前だったか、禊」

 

「『そうだね』『僕が最後の挑戦者で、君が生徒会長として対峙する最後の敵だ』」

 

「いつ聞いたのかは敢えて聞かないぞ。その口調は?」

 

「『それなんだけどね、四方寄ちゃん』『僕さぁ…この間最後の恋を中学時代にしたっていったじゃない?』『アレが最後の恋じゃなくなったんだよ』」

 

「ほう?それはそれは。恋愛というのもまた、人生の幸・不幸の一部だろう。で、相手は誰なんだ?」

 

「『………四方寄ちゃん、僕と付き合ってくれない?』『好きな娘の前では、やっぱり括弧つけていたいんだ』」

 

「……私はなんといってもかわいい女の子が大好きなのは知ってるよな?」

 

「『…勿論さ』『断られることだってちゃんと考えてる。その時は良い友達でいて欲しい』」

 

「…いいよ、付き合おう」

 

「『……!?』」

 

「私は可愛い女の子が大好きだが………別に男が嫌いというわけじゃない。それに、お前はなんだか、好ましい」

 

「『…またこんなバカげたことをするかもよ?』」

 

「そしたらまた私が対峙して、退治してやるよ」

 

「『僕って女好きだから、浮気するかもよ?』」

 

「ぜひとも紹介しろ。そして私はその子をお前から奪ってやる」

 

「『君をなんとなく殺すかもしれない』」

 

「残念だが、私を殺して良いのは志布志さんだけだ。全力で抵抗して、説き伏せてやる」

 

「『……ダメだなぁ』『やっぱりこれでも参ったって言ってくれない』」

 

「なんだ、参ったと言わせるための方便だったのか?」

 

「『いや………』『むしろ僕の方が参ったよ』『ねえ、こんな僕でもいいなら、』付き合って下さい」

 

「………喜んで。私が精一杯、幸せにしてやろう。括弧つけないお前の言葉は、私にもちゃんと響く」

 

「………ダメだ!やっぱり今のなしにして!」

 

「どうした?」

 

「今の僕じゃあ絶対に四方寄ちゃんとは釣り合わないや。だから、僕が釣り合うようになるまで、がんばることにする。頑張って頑張って、それで君を堕とすことが出来れば、きっとそれ以上の幸せはないだろう?」

 

「……ハハっ。待っているぞ、球磨川禊。いや、早くせねば可愛い女の子を根こそぎとってしまうかも知れんぞ?だから…」

 

「頑張れ」

 

「頑張る」

 

「『……じゃあ、これで僕らの負けだ』『参りました』」

 

 こうして生徒会戦挙は終わりをつげ、きっちり二十四時間後の八月二十三日、午後一時に、副会長様率いる生徒会メンバーが、私に解職請求を突き付けてきた。



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ネタばらしも普通にやるさ。たとえそのネタが異常であっても。

 読者諸氏にちょっとしたクイズを出そうと思う。ああ、私がそういうことを言い出す碌な事がないとか言ってページを閉じようとしないでほしい。今回は本当に簡単なクイズなんだ。いや、問題の難易度ではなく、本当に答えが単純過ぎて、どこぞのテンプレな某少年誌掲載バトル友情育成恋愛コメディーシリアスものみたいな展開だというだけだが。うん、自分で言っていてそんな漫画があるのか?とか思ってしまったがそれはどうでもいい。前置きが長いとページを閉じそうになっている読者もいるだろうから、そろそろ本題に入ろうと思う。さて、クエスチョンだ。私は一体どこに居て、なにをしているでしょうか――――?

 

 

 

 

 

「答え。何故か知らないが生徒会室にて私を馬鹿げた理由でリコールした役立たずな生徒会諸君に拘束されている」

 

「「「「…………」」」」

 

「で、さっさと用件を話してくれないか?私はもうすでに生徒会長をお役御免になり、生徒会の乗っ取りを謀ろうとするも失敗して三日天下のごとく権威も人望も地の底へ落ちた一般生徒になっているんだが?…ああ、まだ敗戦処理が残っていたか。未だ残っている作業をやらせるつもりだったんだな。それならそうと早く言えば拘束せずとも私は喜んでやるぞ?お前たちと縁を切るためならな」

 

「どれだけ攻撃的に言葉を選べられるんだよ!?」

 

 人吉君の反応はあくまで普通だな。だが、残りの三人は非常に厳しい表情をしている。

 

「で、さっさと用件を話してくれないか?あまりにも馬鹿げた内容なら、私はさっさと部活へ行きたいわけだが」

 

「………まあ、待て。海路口同級生。時間をとらせてすまないとは思うが、この間の戦挙、『過負荷』を下してくれたことに礼を言おうと思う。だが、何故奴らは未だに学校を去らん?」

 

「生徒会選挙に敗北すると退学せねばならないという条項などなかったと記憶しているが?」

 

「そういう事を言いたいのではない!あのように危険な存在を、この学校で野放しにして良いと……!」

 

 ああ、やはり『過負荷』への悪感情は抜けていないのか。当然と言えば当然なのだが。

 

「つまり、『あんな化け物、さっさと私が統治する学園から追い出したい』と言いたいわけだな。じゃあ逆に、私は会長様を筆頭とする十三組生徒全員を 退学処分に処すよう、理事会に嘆願をするが、良いのか?」

 

「な!?」

 

「貴女が言っているのは、つまりはそういうことだ。私と彼らが戦ったのはあくまでも解職請求をされたからであり、生徒会役員の座をかけたものだ。負けた側が学園を去るなどという内容は盛り込まれておらんし、トータルでは勝ったが現役員の中で彼らに勝ったのは人吉君だけだろう?自分が勝ったわけでもない癖に偉そうに負けた側は学校を去れとでも?」

 

「だ、だが……!」

 

「第一、原因を作りだしたのも会長様、貴女の方だろうが。更に言えば、現在の『過負荷』が所属しているマイナス十三組は、既に教室も用意され、尚且つ理事会からの叱責という罰則もちゃんと受けている。これ以上を望むのであれば………私は再度貴女に解職請求を突き付けるぞ?」

 

「まあ、待ってくれよ海路口。めだかちゃんは確かにおかしなことを言ってしまった。それはめだかちゃんに代わって俺が謝罪する」

 

「善吉!?」

 

「人吉クン!?」

 

 …ほう。

 

「めだかちゃんも、言い過ぎだぜ?球磨川達は元々俺らが日之影先輩を焚きつけちまったから動き出したようなもんだ。それに、先代の生徒会で既に決着はついてるし、その生徒会に所属していたのは俺らに他ならないだろう?」

 

「何を言ってるんだ、人吉クン!球磨川さんの恐ろしさを忘れたとは―――!」

 

「言いませんよ。だけど、この間会ったアイツは、どう見ても普通の男子だった。あれも海路口のおかげなんだろ?」

 

「私はそこで『いや、アイツらが頑張ったからだ』なんて事は言わない。私の手柄は私の手柄として評価するからな。結果的には私のおかげだ」

 

((((嫌な奴………))))

 

 この場に居る全員の意見が一致している気がするのは気のせいだろうか。

 

「…もしそうだとしても、彼の能力が脅威である事は間違いない。何らかの措置をとらないと、とてもじゃないが一般生徒に安心しろなんて言えないよ」

 

「だったら、良い方法があるにはある。まあ、禊が了承すればだが」

 

「なに?」

 

「簡単なことだ。つまり――――――」

 

 

 

 

 

「というわけで、四方寄ちゃんのお願いだからと快く了承しました、球磨川禊でっす!」

 

 全員がポカーン、という表情をしている。思わず写メをしてしまったが、あとで不知火さんに見せるとしよう。

 

「で、なんでそんなに驚いてるんだ?会長様は元々敵対関係にある人間にまかせたかったんだろう?それならコイツは適任じゃないのか?」

 

「なんでそれを知っているのかも疑問だが………確かに筋は通っているな」

 

「めだかさん!?」

 

「それに、もし何やら悪事を働こうものなら、基本ぶちのめしてくれて構わん。私がその分優しくするから私の好感度もアップするだろう?」

 

「海路口、お前はそれを言葉にした時点でダメだということくらい分かってるんじゃねえのか?」

 

「当然」

 

 というかなんともダラダラした環境になりつつあるわけだが、一応私は拘束されてたんだよな?

 

「…で、これで私を拘束してまでどうにかしたかった案件も解決できただろう?二学期初日まで仕事はないから、帰れ」

 

「…え、なに?まさか四方寄ちゃんを拘束なんてそんな羨まし…バカな真似をしてたっていうの…?」

 

「落ち着け、禊。本音が漏れつつある」

 

「お前ら結構お似合いなんじゃねぇのか……?」

 

「………ねえ、海路口?」

 

「なんだ、喜界島さん」

 

「………私、役立たずだったから…ごめんね」

 

 …どうしたものか。まあ、目的は達しているわけで、既に書類の受理も終わっているし、何より。

 

「…可愛い女の子が申し訳なさそうにしているのは萌えるが、原因が私なのはいただけないな。良いんだよ。気にしないでほしい」

 

「…え?」

 

「さてさて、既に書類の受理まで終わっている事だし、ネタばらしと行こうか。すまんな、会長様。なりたくてなったわけでもなく、人気もそちらにあるという二重苦は、私には少々退屈に過ぎたんだ。だから、人吉君に頼んで辞められるようにしてもらった」

 

「………それは本気か?」

 

「答えは私の中だけにある。無論、解釈は自由だ」

 

 正直これくらいが外向けの理由には丁度いいだろう。私の株が下がるだとか、そんなことは気にしない。

 

「どちらにせよ、私は二学期初日に正式に失脚する。それまでは造反組の人と仲良くしない方が良いだろう。なので、これからの作業はとりあえず一人でやる。最後の仕事くらい、一人でさせて欲しいんだが…ダメか?」

 

「あ…、ああ。良いだろう。分かった、我々は帰るとしようか」

 

 そう言って、会長様達は帰っていった。………とおもったら、人吉君と喜界島さんが戻ってきた。忘れ物か?

 

「…ねえ、やっぱり変なんだ。黒神さんに会長の座を取り返させたのって…本当に退屈だったから?」

 

「同じ生徒会でも聡さは違うな。阿久根先輩も聡いのは聡いが…それ以上に会長様に依存しきっている」

 

「…まあ、俺が言えた義理じゃねえが、阿久根先輩のそれは最早崇拝レベルだからな」

 

「…まあ、良いだろう。喜界島さん……いや、もがな。これは絶対に会長様には他言無用だ。その約束が守れるかい?」

 

「ッ………は、はいぃッ!」

 

「四方寄ちゃんはホントに女の子が好きだね。嫉妬しても良い?」

 

「その前に私にふさわしい男になるんだろう?」

 

 いろんな花が咲いてるぞ!!?と叫んでいる人吉君を少し放置して、私はもがなに事の顛末を話し始めた。

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ海路口は黒神さんを………!?」

 

「他言は無用だぞ、もがな。ただでさえ新生生徒会で知っていていい人間は人吉君に限るつもりだっんだから」

 

「う、うん………」

 

「さっきの内容だってギリギリ会長様が不快に思うラインを越えさせるのが目的だったんだ、私を敵だと認識してもらうための布石がまだ必要だとは思わなかった」

 

「仕方ねえよ。めだかちゃんは人を信じることを知ってる…いや、疑うことが出来ないって言うのがこの場合は正しいんだろうな。…なあ、海路口」

 

「ダメだ」

 

「やっぱ心苦しいから……って最後まで言わせろよ!?」

 

「どうせ「めだかちゃんをサポートしながら成長を促す形に出来ないか?」って聞きたかったんだろう?ダメに決まっている。彼女が未だ知らないことは人を疑うことだ。人を疑わないのは美徳だが…生徒会長をやる上では弊害でしかない」

 

「……」

 

「禊が入ったのも、コイツは大丈夫なのか?という疑念を持つことを覚えてもらうためでもあるしな」

 

「……でもよぉ、それじゃあまりにも…お前に申し訳ねえっていうか」

 

「私のことは気にしない方が良い。何せ、会長様が負けた相手を屈服させた『化け物』だからな。そう簡単にへこたれやしない。さて、久し振りに喫茶店デートでも行こうか、もがな。なんだったら人吉君も来るか?」

 

「…うん、行く!」

 

「…カッ!今回くらいは俺に奢らせてくれよ?別にお前の為じゃねえ、自己満足の為だからな!」

 

「「ツンデレ乙」」

 

「テメエら!」

 

「良いじゃないか、善吉ちゃん。僕なんか一切会話に加われてないんだよ?」

 

「その分お前は海路口に抱きついてるだろうが!あとお前には絶対おごらねえからな!」

 

 

 

 

 

 というわけで、喫茶店である。いつもここにきている理由は二つほどあり、一つは元々価格設定が高校生には有り難い場所であること、もう一つは…。

 

「おや、今日はシフト入ってなかったと思ったけど?」

 

 私のバイト先だからである。学校からはちゃんと許可をとっているのだから問題はないだろう?

 

「今日はただの客ですよ。この間入荷してたマンデリンの良い奴、飲ませてくれる約束でしたから」

 

「そう言えばそんな約束してたっけね。後ろの子達もだろう?」

 

「それは払いますよ。そこまでしてもらっては悪い」

 

「いやいや、君が来てくれてからお客さんの入りもよくなったからね。それくらいはサービスだよ」

 

 いやいや、いえいえとしばらく応酬をしてみたものの、この店長には必ず押し切られてしまうのでキリのいいところで諦め、四人掛けのテーブルに掛ける。しばらく談笑しているとコーヒーが運ばれてきたので、みんな一息入れた。

 

「……で、別におちゃらけた会話だけで終わるつもりはないぜ。なんで球磨川を生徒会の副会長にしたんだ?」

 

「わ、私も気になる!」

 

「『実は僕も』」

 

「…まあ、一つの理由としては、禊がいることで会長様がより成長しやすい環境を整えたかったからだな。禊という内憂と、私という外患がいることが、会長様の人格面での成長を見込める。もう一つの理由としては…」

 

 そこで一旦言葉を区切り、コーヒーを口に含む。うん、店長の豆選びは毎回失敗しないからすごいと思う。

 

「…禊と会長様の相互理解だな。既に禊は『過負荷』と折り合いをつけている。勿論内憂で在ってくれればとは思うが、それ以上にこの二人には和解が必要だろう」

 

「…まあ、分からないじゃねえけどよ。でも、そう簡単にいくのか?それこそめだかちゃんは…俺たちもだけどさ、球磨川とは浅からぬ因縁がある。今の球磨川が危険じゃねえのは俺も分かってるけどよ、めだかちゃんは…」

 

「…そうだね。私はそんなに球磨川さんとは付き合いも長くないけど…」

 

「むしろ時間はかかってくれたほうがいい。直に和解する事の方が、成長の阻害になるだろうからな…。なんだ、その目は?」

 

「「「………海路口(四方寄ちゃん)ってさ…過保護だろ(でしょ)?」」」

 

 …………はぁ?

 

「何故そうなる」

 

「大体、なんだかんだで黒神さんが良い方へ向かうようにしてるし」

 

「もうおせっかいとかのレベルじゃねえよ」

 

「『ついでに僕にも過保護だろ』『そんなところも大好きだぜ』」

 

「好きな人の前では括弧つけたいからか、それともキャラがそうでもしないと立たないという危機感からかは聞かないでおいてやろう。………まあ、成長する人間というのはどうしても世話を焼きたくなる…私の一族ではそんなものはないからな」

 

「「「………」」」

 

 何も言えなくなっている三人。我が家が異常なことは理解しているが、そこまで黙りこむこともないだろうに………。

 

「まあ、そんなわけで、眩しくもあり、自分が成長できない分他人に注ぎたくなる気分もある。所詮は私の自己満足でしかないんだろうけどな」

 

 そう言って、私はすっかり冷めてしまったコーヒーを啜った。



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普通に最後の仕事を終えたら、さっさと居なくなるべきだ。

 さて、二学期も始まろうかという八月最終週のある日、解任の正式な決定は二学期初日になるため、夏休みの間に出ていた書類を一斉に処理していたのだが、理事長から直接の呼び出しがあった。またあのキチg……偏屈老人の相手をせねばならんのかと思いながら向かってみたところ、夢の国の住人がいた。いや、ネズミもどきとか言うわけではなく、私が死にかけてた時に出会った女の子……安心院なじみちゃんである。まあ、それはそれとして老害…爺…理事長に用件を聞かなければならない。今の私は仕事で来ているわけだからな。そう思いながら、私はなじみちゃんの頭をなでていた。…仕方ないだろう?髪の色は変わっていたが、ものすっごく手触りいいんだよ、この子の髪。

 

 

 

 

 

「……………で、何か申し開きは?」

 

「お前が可愛いからいけないんだ!………とストーカーやら痴漢やらの論理を展開してみようかと思ったが倫理に反するのでやめておく」

 

「きみって本当に………」

 

 いつまでもこうやって戯れていたいのは山々なのだが、そうなるとやはり理事長からの呼び出し、という仕事を果たせないので仕方なく、しかたなくジジ…糞…理事長の話を聞くことにする。

 

「…で、何か御用ですか?それこそ今回は叱責の可能性も考えていますが」

 

「まあ、こう何度も短期間で生徒会執行部の代替わりが続いては流石に叱責の対象にもなりかねませんが……今回は叱責ではありませんよ。自覚しているのなら尚更私が言うようなことでもありませんし」

 

「では、何の御用で?」

 

「…実はですね、此方に居るお二方が、貴女とご同類の可能性があったもので……いえ、むしろ貴女がこのお二方とご同類と言えば宜しいでしょうか」

 

 聞かれても答える術はないのだが。

 

「このお二方なんですが、貴女と同じ立場にあると言っても過言ではないほど貴女と近しい存在なんですよ。貴女と同じく、全てを平等に見ている、そんな存在です。貴女にはぜひともこのお仲間に入っていただきたいと思いまして………」

 

 ……………。

 

「なあ、なじみちゃん。この呆け老人が何を言っているのか理解できるか?もし理解できているようなら私は急に日本語の聞き取り能力に齟齬が生じたというあり得ない事態に対処しなければならないんだが」

 

「…僕は彼側の立場だからね、彼が言っている事は理解できるよ。まあ、きみが理解できるような内容かと言えば、彼の話し方で理解できるとは思っていないけれど」

 

「そうか、つまりはこの糞爺の言語能力の低さが故だな」

 

「…なんで当人がいる前でそこまで罵倒できるのかが気になる」

 

「別に当人に向かって言ってるわけではないし、良いと思わないか?」

 

「ダメだとしか思えないけど?」

 

「………もう少し平易に説明させていただきますので、少々待って頂けますか?少し目から汗が………」

 

 

 

 

 

 耄碌爺(もう訂正するのも面倒くさい)曰くもう少し平易な説明は、今度はなんとか理解できるものだった。曰く、此処に居る二人は共に『悪平等(ノットイコール)』という存在で、『異常』も『過負荷』も『特別』も『普通』も何もかも、全て平等だと考えている…らしい。ああ、未だにもう一人への描写がなかったので、此処で紹介しておくとする。なじみちゃん曰く『ただそこに居るだけの人外』こと不知火半纏君だ。因みになじみちゃんは『平等なだけの人外』であるらしい。なんでも能力もとんでもないんだとか。で、それと私が同類だと。

 

「バカか」

 

「うわ、ついに面と向かって……」

 

「私の能力の根幹は私の家系にこそある。それに、私はただの人間で、人外じゃない」

 

「い、いえ…それは言葉の綾という物でして……」

 

「仲間になれ?私は他者から強制されて人間関係を作るのは大嫌いなんです」

 

「そ、それは……」

 

 なんとも馬鹿げた話を、それも態々呼び出してまでしてくれたものだ。

 

「し、しかしですね、これは黒神さんを成長させることにもつながるわけでして………」

 

「『黙れ』」

 

「―――!?」

 

 必死で言葉を紡ごうとするも、一切声の出せない理事長。ああもう、これだから愚か者は困る。私も決して賢しいとは思っていないが、一緒に居るだけで反吐が出るような愚か者というのは本当に嫌になるな。

 

「理事長先生、はっきり言っておきますが、私はそこまで気が長いわけではない。あまり此方を挑発するような馬鹿げた言動をするようでしたら、私は今時の子供らしく、突拍子もない行動に出かねませんよ?」

 

「―――――!!!」コクコク

 

「………不知火くんにここまでやれたのって、今までそうはいないんだけどね…」

 

「…そうそう、なじみちゃん。別に私は貴女と友達になりたくないわけでも何でもないぞ?ただ単に、強制されるのが大っ嫌いなだけだ。貴女が良いというのなら、私は喜んで友達にもなるし、友達以上の関係でもどんと来いと思っているからな?」

 

「最後の台詞はあまり嬉しくないよ!?」

 

「無論、そちらの…不知火君と呼ぼうか。貴方とも友達になっていいと思っている。未だに声を発するところを聞いていないが、いつか声を聞かせてくれ。では、生徒会の仕事が残っているので失礼します。…ああ、喋れないんでしたっけ。『解除』」

 

「―――ッ!?貴女は!」

 

「理事長先生、貴方が私と話すだけの賢しさを持つまで、私はここに来ることは今後ありませんので」

 

「ま、待ちなさい!まだ話は―――」

 

「終わりですよ。私は今聞く耳を持っていませんからね。では、失礼します」

 

 

「………まさかあそこまで怒らせてしまうとは思わなかったよ、不知火くん、意外とバカなの?」

 

「…まあ、他に方法がないわけではありません。なんといっても私は理事長ですからね、少々無茶をやっても問題視されることはない。彼女も中々に素晴らしい才能を持っているようですが、思い上がってしまっているのはいただけませんな。少し大人からお灸を据えることも必要かと思いますよ。ほっほっほ」

 

「………まあ、僕は何も言わないよ。…どうなっても知らないけど」

 

――――そんな不穏な会話を最後に、長い長い夏休みは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

―――――海路口四方寄 前記の者、二学期初日より新設クラス、一年0組へのクラス変更を命ずる―――――

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「『…………』」

 

「………………なんだ、これ」

 

「四方寄さん…一体何をやらかしたの………?」

 

「…よく分かりませんが……取り合えず命じたのは間違いなく理事長でしょうね」

 

「…なあ、四方寄…顔、偉いことになってるぞ?」

 

「『ねえねえ』『一体何があったのさ?』」

 

「………良いだろう、ならば戦争だ…フフフフフフフフフフ」

 

「ッ…………!」

 

「「怖ッ………」」

 

「『僕らすら怖がるとか』『四方寄ちゃんって最近人間辞めてない?』」

 

「ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ………」

 

「『周りに思いっきり人のいない空間が出来上がってるんだけど……』」

 

 

 

 

 

 さて、戦争だとは言ったものの、私は積極的に理事長室へ向かうつもりは一切ない。その結果黙認は容認だなどと言われてもそれはそれで構わない。私が気にするのはあくまでも「あちらが行動した事実」であり、「あちらが行動した結果」ではないからな。どうせ大人の怖さを教えてやろう的な子供じみた発想なのであろうが、売られた喧嘩は敵対的買収が私のモットーだから思いっきり買い取ってやろうじゃないか。まずは情報の操作から始めるとしようか。影響力の比較的高い生徒で仲の良い人間に理事長の悪評を流してもらい、生徒からの不信を買うところから始めよう。その後に優等生組である特別科の知り合いを通じて教諭陣への悪評の流布だな。

 

「フフ、フフフフフフフフフフフフフフ………」

 

「………きみって結構攻撃的だろう?」

 

「やあ、なじみちゃん。貴女はこのクラスなのか?0組などというバカげたクラスなのだが…ああ、理事長の差し金か。まったくもって子供じみた真似をしてくれるなぁいや此方からしてみれば可愛い女の子と同クラスというのは嬉しい限りではあるのだが理事長の差し金というのは気に入らないなまあ見ていてくれそのうちにあの耄碌爺を辞任に追いやってやるからその後には私ともっと積極的に仲好くなっていこうじゃないか勿論同性である以上身体的接触もある程度はあっても良いと私は思っているわけだがそのあたりなじみちゃんはどう思うっていうかそもそも貴女の髪が綺麗で仕方がないから今すぐにでも触りたいんだか良いかそれと不知火君もおはよう今日も良い天気だと思わないかそれで貴方はあまりしゃべらないようであるが私が一方的に喋るような行為が好ましくないようであれば首を振るなどで構わないので辞めて欲しいという意を示してくれるとありがたい限りであるわけで……」

 

「分かったからとりあえず一気呵成に喋るのを辞めてくれないかな!?きみの背後に鬼気迫るオーラが映っている気がして僕でも怖いと思えるレベルなんだよ!」

 

「……………!」コクコク

 

 …失礼、取り乱したようだ。

 

「…で、とりあえず聞きたい事があるんだが………貴女達は一体何を起こそうとしてここに来た?まあ、この学園で今年の転校生は必ずフラスコ計画関係者なわけだが」

 

「関係者、というかねぇ……」

 

 そうだね、改めて自己紹介をしようか。となじみちゃんは言い、自身の紹介を始めた。

 

「僕は安心院なじみ、平等なだけの人外で、『7932兆1354億4152万3222個の異常性と4925兆9165億2611万643個の過負荷、合わせて1京2858兆519億6763万3865個のスキル』を持っている謂わばチートキャラだ。フラスコ計画並びにこの箱庭学園の創始者だよ。そしてこの子は不知火半纏くん。ただそこに居るだけの人外で、彼は『スキルを作るスキル』の持ち主だ。僕が持っているスキルの内百個くらいは僕が彼にお願いして作ってもらったんだ。大体百五十年くらい前からの付き合いさ」

 

「…そうか。確かに二人とも人外という言葉がしっかりと当て嵌まる存在のようだな。どうやらクラスメート扱いのようだし、改めてよろしく頼む」

 

「ってそれだけ!?もっと気味悪がったりは!?」

 

「それだけ膨大なスキルを人間が処理できるとは思えん。()()()()()()()()()()()()()()。だったら人外という言葉に納得しこそすれ、気味悪がる必要などなかろう?」

 

「………きみの事を本当に平等に見れるのか、僕は若干心配になってきたよ。確かにこれは僕ときみ両方を知っている人間が同類だと思っても仕方がないくらいのレベルだぜ」

 

「私はあくまでも人間だからな。人外ではないと改めて言っておこう」

 

 そういう意味合いじゃないんだけどね………と言いながら、なじみちゃんはケータイをいじり始めた………足で。

 

「両手が動かないから足か。中々によく動くようだが、それでは画面が見にくくないか?」

 

「………実は結構」

 

 

 

 

 

 新生生徒会は会長様率いるフルメンバー五人によって今日から動き出す。今日は形式ばかりとはいえ申し送りの為のセレモニーをやる必要があったため、私は車椅子を押しながら生徒会室へ向かった。いつもより若干時間もかかり、すれ違う生徒すれ違う生徒全てに好奇と侮蔑の入り混じった表情を向けられているあたり、どうやら噂はしっかり機能してくれているらしい。まあ、一部生徒…事情を知っている生徒に近しい生徒は流石に聞いているらしく、むしろ憐憫の視線を送ってくるのだが、むしろそれの方が辛いと感じるのは私だけだろうか。

 

「………前会長、海路口四方寄だ。すまないがドアを開けられないので開けていただけるか?」

 

「お、おう。海路口、待ってたよ」

 

「ふむ、海路口同級生、それでは早速で悪いが、簡略で申し送りのセレモニーを始めよう」

 

 言われなくてもさっさと終わらせるよ、面倒臭い仕事と早く別れるためだからな、と口に出し、若干空気が悪くなる。私は生徒会長用の席に座り、引き出しから鍵束を取り出す。この鍵は書類などを入れておく金庫をはじめとした、生徒会の執行に必要な場所の鍵だ。これを渡すことで、正式に次代の生徒会に権限を移すことになる……まあ、そんなことしなくても普通に前代なわけだし、場所は知ってるんだからやらなくて良い気もするが、それはどうやら様式美とでも言う奴らしい。

 

「……さて、これで貴女達新生生徒会に実権も移った。それでは敗残兵はさっさといなくなるとしよう。今後の貴女達の一層のご活躍を祈念する。せいぜい私を頼って来ないでくれよ?」

 

 その一言をもって、私は生徒会室を後にした。………それとほぼ時を同じくして、なじみちゃんが生徒会室に出没したらしいのだが、まあそれは私の仕事とは関係ないので描写しない。

 

――――と、言うわけで、私は一切その後の事は知らなかったのだが、翌日思いっきり会長様に殴られた。理由は次回にでも語るとしよう。



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普通は異常かもしれないが、彼女がいるかどうかは私にとって重要だ。

 具体的に何が起きたのか、その場で冷静に判断するのは少々難易度が高かったように思う。私は昨日から自身が通う場所となった一年0組の教室を出て、新しいピアノが納入されたということで第二音楽室へ向かったはずだった。まあ、途中で冥利君に付きまとわれたり怒江と挨拶をしたり志布志さんと話していた時に蝶ヶ崎君が来て志布志さんが不機嫌そうになったりと少し時間を食ってしまったのは間違いないのだけれど、目的地として第二音楽室を設定していたのは間違いない。その途中に会長様がいたところで、その目的地は変わらなかったし、適当に挨拶を済ませてさっさと向かうつもり満々だったのだが………。

 

「…何故、いきなり殴って来たのか、説明をしてもらっても良いかな、会長様」

 

 その言葉を放った途端、更にもう一回殴られた。その顔には憤怒と悲嘆が入り混じっているように見えるが、少なくとも昨日までの時点でそんな感情を持たれる覚えなどなかったわけで、つまるところ私は今の時点で殴られる理由に思い当たれるはずもないわけだ。いきなりの状況であるということに、私は若干戸惑いも隠せていないし、何より先ほどから右頬にジンジンとした痛みが続いており、思考も痛覚に邪魔されて上手くまとまらない。というか、髪が白い辺りは乱神モードなのか?そこまで怒りを買うような行動をしていたとは思えず、纏まらないなりに考えた結果、私は一つの結論に至った。

 

「………で、なにがあった」

 

「……貴様はッ!」

 

 これ以上は流石に殴られたくないのだが、悲しいかな車椅子の身である。まあ、一応歩けないこともないのだが、どちらにしろ足元はおぼつかないわけで、私はもう一度振りかぶった彼女の拳を甘んじて受けるしかないか、と諦めようとしたところで、彼女は私の目の前で泣き崩れた。え?何これ怖い。

 

「…貴様は、なんで私達にそこまで甘いのだ……!私はそんなに頼りないのか…?私は…私は……!」

 

「ここで私はキャンディーとかつづけたら流石に立ち直って怒るのか?」

 

 聞かなかったことにされた。

 

「安心院なじみから聞いた…私を成長させるために、態々悪役を演じ、私が返り咲いても反発が出ないようにしていたと…!」

 

 うわぁ………なじみちゃんかよ。なんだ、私は彼女に憾みを買ったことなんか……あるなぁ、思いっきり。

 

「で、それがどうしてこの事態に?」

 

「……どうしても納得がいかない。貴様が…お前が、なんでそこまで悪者になれるのか、どうして私が殴ってきても怒ることなく冷静に対処するのか……!」

 

 ああ、なるほど。つまるところ理解できないと。

 

「というかだな、会長様。それなりに付き合っている期間が長い私の言葉ではなく、なじみちゃんの言葉を信じる辺りどうなんだ?」

 

「安心院なじみだけではない!」

 

 なんだって?

 

「善吉も、喜界島会計も言ってきた!」

 

「………あっちゃー、やっぱ教えるべきじゃなかったかも知れんな。うん、私らしい失敗だ」

 

「お前は……!」

 

「なあ、会長様…。『忘れろ』」

 

「…!?………?おい、海路口同級生、私は一体なんでここに居る?」

 

「さあ?大方校舎内の清掃でもしていたんじゃないか?」

 

 私の言葉にいまひとつ納得が出来ないという表情をしつつも、きっとそうだったのだろうと生徒会の仕事に戻っていった。

 

「………とりあえず、なじみちゃんともがなにはお仕置きだな☆人吉君は……まあ、いいか」

 

 それにしても使い勝手のいい能力だなと思いつつ、私は第二音楽室へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

「…後継者の育成?」

 

「『そうなんだ』『安心院さんがフラスコ計画をめだかちゃんの卒業後に再開させるっていったから』『それに対抗するための計画なんだよ』」

 

 この前会長様に二度殴られてから数日、どうやら会長様達はまた新しい企画を始めたようである。あれ以来一回も此方へ来ていないということは、どうやら記憶の改竄は成功しているらしい。もがなには悪いことをした気もするが、流石にあのタイミングでは和解するには早すぎたし、何よりなじみちゃんの思惑に乗るつもりなどかけらほどもない。

 

「…で、それを何故態々私に?」

 

「『なんかね』『後継者選びの手伝いをして欲しいんだってさ』『なんだかんだで能力は認めてるからって』」

 

「ふーん………」

 

「『………ところでさ』」

 

「なんだ?」

 

「『なんで安心院さんは縛られて』『目隠しされてるのかな?』」

 

「お仕置き中」

 

「一言ですませないで欲しいね!もう三日もこの格好だよ!」

 

 そうか、数日ではなく四日前と言っておこう。

 

「そんなどうでもいいことの訂正してる暇があったらこの縄を解いてくれないか!?なんでか知らないけどまったく解けないんだけど!?」

 

 まあ、解けないように縛ったんだから解けるわけないだろう。それこそ鋏で切るくらいしか私には出来んな。

 

「『…なんだか』『別に四方寄ちゃんがいるだけで十分対抗できる気がしてきたんだけど………』」

 

「対抗云々がそもそもおかしい気もするが、一応クラスメートだぞ?愛でこそすれ、なんで敵対せねばならん」

 

「『…うん、そうだね』『四方寄ちゃんはそういう子だ』『そういうところに惚れたんだし、改めて惚れたぜ☆』」

 

「そんな懐の深さに潜り込んでみたいな」

 

「『僕は四方寄ちゃんに潜り込みたいけど?』」

 

「二人ともそのまま溺れ死んでしまえ!」

 

 だが断る。

 

「…で、何人くらい集まるんだ?」

 

「『さあ?』『でも急な募集だからね』『そんなに人は来ないんじゃないかな?』」

 

 

 

 

 

「――――と、禊は言っていたんだが、会長様の感覚でこれはそこまで人は来ていない、になるのか?」

 

「……いや、多分めだかちゃんもそこまでおかしな思考はしてないはずだぜ?」

 

 更に数日、急遽告知されたにもかかわらず、校庭には数百名の中学生が集まっていた。その光景に違和感を覚えるも、流石にこの大人数である以上、選考は免れないはずだから問題ないか、と考え直し、めぼしい生徒をあらかじめチェックしておく。

 

「あ………おはよう、海路口さん。今日はよろしくね?」

 

「うむ、しばらくではあるがよろしく頼むよ、喜界島さん」

 

「え、えっと……私、まだ人数の確認があるから、またね!」

 

 さっさと逃げていった辺り、どうやらちゃんと私の本意を知らない状態に戻っているらしい。正直申し訳ないことをしているとは思うが、これでいい。

 

「…で、さっきから一切喋ろうとしないこの胸を前面に押し出した露出魔先輩は一体何なんだ?」

 

「ブハッ……!」

 

「き、君ねぇ……!」

 

 ああ、口はちゃんと動くらしい。なら良いや。

 

「口が動くならそれでいい。さて、要らん時間を使っていた間に、どうやら定刻のようだな。カウントした限りに於いては六百名ちょっとといったところかな。よくもまあこんな急な告知で来れたものだ」

 

「全部で六百三十七人、急な告知の事を考えれば、十分すぎるほどに集まってるよ」

 

「…私は一旦席をはずそう。生徒会の邪魔をしては申し訳ないからな」

 

「あっ………」

 

 どうやら始めるようだし、私は若干離れた位置に陣取った。此方を気にする中学生も若干名いたが、どれも男子だったので気に留めない。私がそこに佇んでからしばらく、禊が壇上に上がり、なんとも『残酷な』選別を始めた。モブキャラ扱いは確かにきついだろうな、一応自身の中学では主人公的な立場の人間もいた筈だろうし、そうでない子にはそのものズバリ指摘されたような物なんだからな。

 

「…何やってるんだか、アレはフォローに廻らんぞ、自業自得だよ、禊」

 

「へえ、過保護ってわりには結構厳しいじゃないか」

 

「私の上に乗るのは感心しないな。上に乗るのは私だろう?なじみちゃん」

 

「きみに言われると本気で怖いからやめてくれ!…で、なんだってきみはそうも自身を話しの輪から外そうとするんだい?」

 

「まあ、私は本来全編終了後のおまけ的な扱いだからな、能力的に。それに、村人Aは普通そんなに出張って来ないだろう?『既に村人Aは出しゃばり過ぎている』」

 

 なじみちゃんはしばらく黙り、残っている五人をどう思うか訪ねてきた。

 

「…そうだな、個人的にはヘッドフォンの子とどこからどう見てもアンドロイドの子が好みだ。ちっさいメガネっ子は裏表がありそうだし、眼帯娘はバカっぽい。茶髪の子は……現実味がないな。まるで自分の世界をもう一つ持っているみたいだ」

 

「…きみの観察力には脱帽だぜ」

 

「因みになじみちゃんはここに居る子達の中ではダントツに可愛いと思うわけだが、その辺どう思う?」

 

「僕に聞かないでくれよ。答えがどうであれ自意識過剰みたいになるじゃないか………」

 

「まあ、そういうことが聞きたいわけじゃないんだろう?彼女たちはどう見ても……普通の子だ」

 

 それがどうして禊のアレを切りぬけたのかはわからないが、まあ何らかの理由はあるんだろう。態々聞いてきたあたり、なじみちゃんがらみで。

 

「さて、一次面接は生徒会が全部受け持つんだそうだ。私は二次面接だからな、しばらく時間つぶしに第二音楽室のピアノを整えてくる」

 

 

 

 

 

普通に考えて、生徒会のメンバーが面接を終えた時点で、私が面接をする必要はないんじゃないかと思いながら、私は最初に入ってきたヘッドフォン少女………喜々津嬉々ちゃんに席に着くよう促した。

 

「さて、既に一次面接で生徒会の人とは話したと思うが、もう少し付き合って頂く。ああ、私はこの学園の前生徒会長、海路口四方寄だ。なんで借り出されているのかは生徒会長様にでも聞いてくれ。…さて、早速だがこの輝かしい経歴、まったくもって素晴しいものだな。よっぽど才能に恵まれていたようだ」

 

「ありがとうございまーす。もう一次面接の内容は伝えられているんですかー?」

 

「まあ、なんだかんだでたった五人だからな。何をしたいといったことはなく、ただ難しいゲームにチャレンジしたいという感覚…分からんでもないよ。が、若干思慮に欠ける言葉ではあるな。今回はたかが生徒がやってる安易な面接だが、実際の就職面接や入試の面接ではもう少し自身の功績を前面に押し出したアピールをするといい」

 

「………はーい」

 

「さて、私からの質問はたった一つだ。きみは彼女はいるか?」

 

「………は?」

 

「きみは付き合っている特定の女子はいるのか、と聞いたんだが?」

 

「いや、いるわけないじゃないですか……」

 

「そうか、以上で面接を終わる。今回の育成プログラムで、その才能を大いに発揮してくれ」

 

「………は、はぁ…」

 

 

「次はきみか、鰐塚処理さん。自己紹介は必要かな?」

 

「いえ、自分は特に興味もありませんので。自分が此処に居る理由も知っているのでしょう?」

 

「まあ、あんな変態先輩にあこがれていたとは少しびっくりだが、それも人の好みだからな。さて、まるで人が創った経歴をそのまま書き写しているかのように綺麗な履歴書、見ていて惚れぼれとしたよ。ぜひとも本番の入試や採用試験ではこんな感じの自分の経歴を書いてくれ」

 

「………はあ」

 

「さて、私からの質問は一つ。きみは現在、付き合ってる女子はいるか?」

 

「…………居ないでありますが?」

 

「そうか。では、面接を終える。きみの強さを、このプログラムで大いに発揮してほしい」

 

「…失礼するであります」

 

 

「続いてはきみだな、財部依真さん。私は前会長の海路口だ。では、早速面接に入る。…何故だか知らないがこんな育成プログラムにも成績証明書が必要だというのが面白いな。国語と英語のに教科の成績が特に素晴しい。言葉に深い思い入れでも?」

 

「はい。美しい言葉という物を使える人間になりたくて、出来る限りの語彙を覚えるために読書を小さいころからしていたので」

 

「そうか、例えば美しい日本語、という本があるが、アレは読んだことがあるか?」

 

「ええ。非常に素晴らしい本だと思います」

 

「そうか。私の見解とは違うが、それもまた人の曖昧さの一つだろう。まあ、当然綺麗な言葉ばかりではないが、本を読むことで語彙が増すのは間違いない。今後も続けていくと良い」

 

「ありがとうございます!」

 

「では、最後に一つ質問をしてこの面接を終わろう……きみは今、付き合っている女の子はいるか?」

 

「………いいえ、居ないです」セクハラとかいきなり何考えてんだ、バカかお前は

 

「うむ、そうか。建て前と本音の線引きが出来ているようで何よりだ。このプログラムで、きみが持つ言葉の力を最大限活用してくれ」

 

「はい、ありがとうございました」なにいきなり良い事いったみたいな感じにしてんだよ、死ね呆けが!

 

 

 

「さて、次はきみだな、与次郎次葉さん。ああ、既にこの名前が世を忍ぶ仮の名前だということは聞き及んでいるが、それなら尚更私はこの名前を使わせてもらうよ」

 

「えっと、なんでか訊いても良いですか?」

 

「世を忍んでいるのなら、あまりこういう場でそれを公言してはいけないな。いつ悪の組織に聞かれているかもわからないんだから」

 

「は、はい!確かにそうですね!」

 

「うん、分かってくれて何よりだ。それで与次郎さん、きみに対する質問はたった一つだ。…彼女はいるか?」

 

「…いいえ、魔法少女には友達は居ても、彼女や彼氏はいないです!」

 

「そうか。では、これで面接を終わろう。このプログラムで、きみがさらなる能力を開花させることを期待しているよ」

 

「はい!頑張ります!」

 

 

「…さて、はじめまして、自律式人型アンドロイド二十三番試作機『ホープ』、戸籍名希望が丘水晶さん。一次面接で既に大体のことは聞いているらしいのでな、特に改めて聞く必要もないだろう」

 

「ウィ、箱庭学園前生徒会長、海路口四方寄せんぱい。では、面接はもう終了でしょうか?」

 

「ああ、一つだけ質問をしよう。…彼女はいるか?」

 

「ノン、私は女性体として作られていますので、彼女という存在は作れませんし、同時にアンドロイドであるため、現時点でそういった感情は持ち合わせておりません」

 

「そうか。では、面接を終わる。このカリキュラムを通して、きみが学ぼうとしている心、その一部でも理解できれば御の字だと思っているよ」

 

「………」

 

 

 

「「「「『どうだった?』」」」」

 

「全員彼女なしとか、それなんて私得だろうと思ったが、何か?」

 

「「「「『………………』」」」」

 

「ああ、彼女たちがなじみちゃん率いる『悪平等』かどうかか。…確かに分かりはしたが、それを教える義理はないぞ?私の仕事はあくまでも生徒会のカリキュラムを滞りなく済ませる手伝いだからな。彼女たちの個人情報まで明かそうとは思わん」

 

 後ろから非難の声は聞こえてきたが、私は気にせず所見を提出し、自身の割り当てられた……久し振りの臨時執行役員席に座った。

 



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異常な行動をされれば、それに対処するのは普通だろう。

 私には一つ日課がある。生活習慣的に朝起きるだとか一日一時間勉強するというような生産的なものだとか、そういうわけではないのだが、まあこれも自身に課した規則のようなものだ。正直に言えばそこまで厳密に守る必要もないし、そんなに重視してしまうとおかしな奴と思われたりもするのだけれども、そこはあまり気にしないで欲しい。で、いい加減日課とは何かを話さないと読者諸氏がページを閉じてしまいかねないので、そろそろその日課とは何なのかをお伝えする事にしよう。私の日課とは…、学校内の徘徊である。こらこら、変質者だと通報するのは早いんじゃないのか?徘徊とはいっても、別に見境なく女の子を襲っているわけでもないし、会う人会う人をゾンビにしていくわけでもない。ただ単に校内の清掃を兼ねつつ、何かしらの情報(とくに種類は問わない)を集めるのが目的だ。まあ、大抵は可愛い女の子の発見であったり、最近では私の陰口発見だったりなわけだが。

 

「…会長様はそういった光景は知らないんだろうなぁ。自分が陰口叩かれたりしている事はあると知ってても、敵対者が陰口叩かれるなんて」

 

 いや、意外とそうでもないのか、とか思いつつ今日は校舎内の徘徊に興じることにした。

 

 

 

 

 

 つまるところ徘徊によって得られる情報は多岐にわたるわけだが、一時期とはいえ生徒会長を務めていたことや、応急処置の心得があることもあって、普段から怪我人が多い学園である事も貢献したのか、私のあだ名は二つ出来上がった。一つは『普通の子』。最早普通ではないだろうという突っ込みを受ける可能性は十分にあるんだが、そこら辺は気にしないで欲しい。一応普通の延長線上に居るから。で、もう一つのあだ名なんだが…『徘徊する救命病棟(セーヴィングウォーカー)』。何やらホラーじみたあだ名ではあるが、どこからともなく現れては治していくから、らしい。で、そんなどうでもいい雑談は隅に放っておくとして、私がいま現在最も言いたい事はただ一つだ。

 

「………禊、その状況は一体なんだ?」

 

「『…めだかちゃんとかなら絶対に頼らないんだけど』『四方寄ちゃん、ちょっと手を貸してくれないか?』」

 

 そんなこと聞くまでもないだろう、と手を貸し、応急処置を開始する。随分と手ひどくやられているが、一体誰にやられたのか。

 

「…なあ、禊。頭部にゴム弾のような物が当たった跡がある。背中には刺し傷。この顔面から手にかけて広範囲にわたる熱傷のような物は間違いなく酸度の高い溶液を掛けられたものだし、所々の熱傷は明らかに電撃傷だ。ついでに言うなら爪が剥がれているのは自傷行為によるものではないな。傷の出来方に躊躇いがなさすぎることを考えると他者による拷問が考えられる。打撲傷に関しては落下による衝突と人為的な殴打によるものだな。つまるところ、どう考えても他人から暴力行為を受けたとしか考えられんのだが…誰にやられた?」

 

「『………情けないんだけどね』『候補生のみんなだよ』『まさかあそこまでやられるとは、一体僕が何をしたのか見当もつかないね』」

 

「…なるほど成程。ただ可愛いだけの『悪平等』ではなかったんだな。なあ、禊。お前は責任感の強い男だから、無論自分で何とかしようと思っているんだろう。だが、残念ながら今回はドクターストップだ」

 

「『…なにを言ってるんだ?』『可愛い後輩にちょっと悪戯をされただけだよ』『やり過ぎだからちょっとお説教は必要かもしれないけどね』」

 

 これをただの悪戯で済ませようとしている事にいっそ尊敬の念すら覚えるが、そうは問屋が卸さない。禊もまだまだ私という存在をわかっていないようだが、まあそれも今後の相互理解における課題として歩み寄っていくことにする。

 

「なあ、禊?私はね、自分が大事にしている存在を傷つけられることは普通に大嫌いだし、怪我をさせること、人を傷つけることをなんとも思わないような奴らはたとえ可愛い女の子でも許さないんだ。つまり何が言いたいかというと…私は怒っているんだよ」

 

 そういえば最近は怒ってばかりだななどと独り言をつぶやきながら、私は禊を保健室に送り込み、五人組を探しに出た。

 

 

 

 

 

 彼女たちを見つけるのは左程難しくもなく、廊下を五人そろって歩いているところにものの数分で辿り着いた。どうやら禊を倒した(と思いこんでいる)ことで若干の安心と、多大なる思い上がりをしているようであるが、その余裕は長持ちしないことを、私はよく知っている。気配察知、というか高感度センサー搭載のアンドロイドにばれないよう、それとなく近づきながら話を聞いているが、ホントになんとも思っていないらしいな。まったくもって腹立たしい限りである。気付かれないように近づきはしたが、別にここからは気付かれても問題ないな。私はスタスタと彼女たちに近づいた。

 

「―――私の拷問を受けて立ち直った奴なんて居ないんだし、そもそもあのまま二カ月は病院に拘束されてるわよ」

 

「残念だな。禊は回復力も高いし、何より私の処置は十全だ。あの程度の怪我なら三日もあれば完治するし、あのくらいの拷問で折れるほど軟な奴じゃない」

 

「「「「「!!!?」」」」」

 

「やあ、しばらくぶりだったな、『悪平等』の皆さん。改めて自己紹介をさせてもらおう。箱庭学園前生徒会長にして、球磨川禊の恋人候補である海路口四方寄だ。先程は禊が世話になったようだが、それに対するお礼参りに来たよ」

 

「――!へぇ、意外な情報でした。で、もしかして彼女候補程度の貴女が勝手に復讐しようと?女子中学生のちょっとしたおふざけに本気になりすぎていませんか?」

 

 私の情報を持っていないのか、それともただ単に見縊られているのかは分からないが、財部さんはあくまでも余裕の表情を崩していない。

 

「なにを言ってるんだ?」

 

「え?」

 

「アレを本気でおふざけと思っているんなら、貴女達は私が今からやることもお姉さんのちょっとした冗談として受け止めるに決まっているだろう?そう、()()()()()()()()()()()だ|()

 

「「「「「!!!!????」」」」」

 

 そういうが早いか、私は彼女たちに一気に肉薄した。まずは希望が丘さん…一々名前を呼ぶのも面倒だな。ロボ娘にしよう。ロボ娘を倒しにかかる。

 

「…貴女の情報は既に聞き及んでおります。私を最初にターゲットにしてくることは容易に想像が出来ました。対抗手段は既に講じてあります」

 

「そうか、きっと電磁波の遮断フィールドでも展開したんだろうが、生憎『言葉の重み』は他人の能力でね」

 

 その言葉と同時に、私は彼女の首筋に手を置き、僅かに存在する隆起を押し込んだ。

 

「―――!?………動作ヲ・停止シマス」

 

「私も一応生徒会の手伝いなのでな、既に貴女の仕様は把握している。まさかそんなに分かりやすい場所に電源があるとは思っていなかったよ。製作所に戻ったら場所の移動を検討してもらうと良い…って、もう聞こえていないな」

 

「バカな!?あっさりと……!」

 

「次は貴女だ。鰐塚処理さん」

 

 そういいながら私は彼女に近寄る。当然ながら彼女も迎撃態勢に入っていて、その佇まいにはあまり隙があるようには見えない。

 

「―――だが、甘いなぁ。そんなに甘くては食べきるのにも時間がかかりそうだ」

 

 私の狙いまでは想像できなかったらしい彼女は、その言葉に一瞬体を固くする。それは普通の人間には付け入るほどの隙でもなかっただろうが、生憎私はそんなには『普通』じゃない。

 

「格闘をはじめとするスポーツならあり得ないだろうが、これはあくまでも喧嘩…いや、一方的な暴力行為なんだから、私に規則(ルール)を求めてはいけないなぁ」

 

「ガッ―――!?」

 

 短く悲鳴を上げ、崩れ落ちる鰐塚さん。なんのことはない。彼女が示した構えは、体の中心線ががら空きだった。つまり、人間の急所がほぼがら空きだったのである。私はそこにスーパーボールを弾き飛ばしただけ。まあ、当然ながら普通のそれではなく、冥利君から貰った特別製なのだが。人中・眉間・水月に当てれば、当然ながら激痛に苦しむことになる、ついでに肩と股関節も弾いておいたから、動くことは容易ではないだろう。

 

「次は貴女だ」

 

「にゃー!これは困っちゃうな~」

 

 そう言われても此方は既に怒りのボルテージが上がりきっているわけで、つまりは攻撃力も最高だ。喜々津さんは前の三人に比べそこまで戦闘能力が高いわけでもないようで、あっさりと私の蹴りを正面から受けてくれた。残念ながら手加減も足加減もしていないので、そのまま数メートル吹き飛ぶ彼女。ああ、無駄に威力を殺そうとするからそうなる。

 

「―――ガハッ!ゲエェェ―――!!」

 

「後ろに飛べば威力が弱まるというのは間違いないな。だが、素人考えにそんなことをしては、気絶出来ずに余計苦しむだけだぞ?素直に喰らっておけばいい物を」

 

喜々津(ツッキー)ちゃん!?」

 

「おっと、友人の心配も良いが、自分の心配をしたらいいんじゃないか?与次郎次葉さん」

 

「―――!?」

 

 まあ、そんな暇を与えるほど私は優しくないのだが。慌てて何か液体の入った瓶を取り出そうとしているが、もう遅い。

 

「…それが禊の顔を焼いたものか。濃硫酸だな。そんなものをどこから入手したのかは敢えて聞かないが、そんな物騒な物を使わせるほど優しくもない」

 

「キャッ!?」

 

「ところで電子レンジという物を知っているか?電磁波によって対象物に含まれる水分を振動させて加熱するという原理なのだが…私は電磁波を操る能力が使えてね。さて、それを貴女に使った場合、どうなると思う――――?」

 

「い、イヤアァァァァァ――――!?」

 

 その一言を聞いた途端に気絶するあたり、妄想力逞しい子である。実際にやるわけないだろうが。いくらなんでもお仕置きの度を越しているに決まってるだろうに。

 

「さて、一人勝手に気絶してくれたが、此処で漸く貴方の番だ。今回の首謀者的な存在なんだろう?財部依真さん」

 

「………ッ!」

 

「ここで禊なら『謝ったら許してあげる』なんて甘い事を言ってくるだろうが、残念ながら私はそんなに甘くない。さて、私は治療術を心得ているわけだが、それはつまりある程度人体の構造にも詳しく、逆に人体を壊すことも容易にできるわけだ。ああ、心配しないでくれ。ちゃんと壊したあとは治すからね。まあ、人体は治せても、精神を治せるとは思えないが………体が無事ならそれでいいだろう?」

 

「…良いわけないでしょう!それに、あなたみたいな人に謝る気なんてない!」

 

 それはそれは随分と嫌われたものである。まあ、まだ仲良くなれていない女の子と禊だったら禊をとるけれども。

 

「…そうか。じゃあ、貴女がどこで『殺して下さい』というか予想してみるとしよう。私は恐らく、手足の骨を全て折られて、更に肋骨を三本ほど折ったあたりだと思うがね。じゃあまずは一本目だ」

 

「ひぃッ―――ああアアぁぁァァ――――!」

 

「意外と良い声で啼いてくれるじゃないか。私は可愛い女の子を甚振るのも大好きだからね。せいぜい良い悲鳴を聞かせて―――」

 

「『とりあえずそこまでにしてくれないかな』」

 

 ………どうやらタイムリミットであるらしい。

 

「禊か。まさかここまで早く完治するとは思わなかった。ちょっと待っててくれ。もう少しでこの子の心も折れるだろうから―――」

 

「『もう良いよ』『もう十分だ』『というか、やりすぎだよ、四方寄ちゃん』」

 

「なにがやり過ぎなものか。これくらいではまだ足りないよ。人を傷つけるということがどれほど恐ろしいものなのか……それを分かって貰わないとね」

 

「『…だったら』『もう十分わかったよね?財部さん』」

 

「ッ……はいッ…!もう十分…ッ、分かり、ましたからぁ……!」

 

「しかしなぁ…口だけならなんとでも言えるぞ?それこそこのまま一生暴力を振るえない体にしてしまった方が…」

 

「―――――ッ!!」

 

「『やめろ!』『これ以上は僕が許さない』」

 

「………そうか、分かった。被害者本人である禊に止められた以上、私がやる義理はないか」

 

 私は財部さんから離れ、そのまま禊とすれ違ってその場を後にした。

 

 

 

 

 

「――――で、諸悪の根源、何か反論はあるか?」

 

「いだだだだだだだだ!?僕が、僕が悪かったってばー!もう許してぇ!」

 

「私は未だに怒りが収まってないからな、却下だ」

 

「実は結構本気で怒ってる!?」

 

「大切な人を傷つけられて怒らないような奴は基本的に常識人じゃない」

 

「だったら君は絶対――――痛い!痛いから!」

 

「いっそのこと快楽に溺れさせるのも在りか――――?」

 

「無しだよ!それはダメだから首筋に舌を這わせないでくれ!!」

 

「まったく―――好きな奴に嫌われるのは苦手なんだぞ…?」

 

「あー、痛かった。…って、意外と本気で気に病んでる!?」

 

「禊に嫌われるとか………私は結構メンタル弱いんだからなー?」

 

「嘘つk――――――ごめんなさい!だからその顔はやめて!」

 

「痛たたた…ところでさ、本当に骨を折ったの?」

 

「まさか。言葉のおかげで少し痛みが大げさに感じられただけだよ。他の子も打撲以上の怪我は負わせてない」

 

 

 

 翌日。校門が開いてからしばらく、大体午前七時半くらいに私は登校しているのだが、珍しく禊の方が先に来ていた。

 

「…やあ、禊。やはり昨日の件では甘かったな。そのあたりも嫌いではないが………」

 

「『おはよう』『大丈夫、態々嫌われようとしないでよ』『傷つくなぁ』」

 

「…!ハハっ、やはりお前は好ましいな。で、ちゃんと手順どおりに再起動してくれたのか?」

 

 私が昨日、禊とすれ違って離れた理由。それは当然ながら全員の効率的な治療を教えるためと、希望が丘さんのデータをとりこぼしの無いように再起動させるためだった。

 

「『勿論』『でもさ』『四方寄ちゃんがやってよかったんじゃないの?』」

 

「バカ。私がやってもかえってトラウマを植え付けるだけだろうが。…もったいないが、仕方ないさ」

 

「『…うーん』『そんなことはないと思うんだけど……』『…あ』」

 

「…おはようございます、球磨川せんぱい、海路口せんぱい」

 

「『おはよう』『みんなもおはよう』『今日も朝早いんだね』」

 

「「「「「……すいませんでした!」」」」」

 

「『…なにについてなのかは良く分からないけど』『いいよ、許してあげる』」

 

「………今後あんなことをしないように気をつけてくれ。軽い気持ちで怪我をさせてはならない。自分の人間性を貶める行為はするな。あまり指導はできんが、これだけは私からの指導だと思って受け取ってくれ」

 

 当然ながら嫌われている…もしくは怖がられている…と思うのだが、よくもまあ謝れたものである。その精神力は評価できるんじゃないのかな、と思いつつ、私はその場を離れ……ようとして、禊に捕まった。

 

「『ねえ』『別にこの子たち四方寄ちゃんのこと怖がってるわけじゃないんだから』『あまり空気読んでいなくなろうとしなくて大丈夫だよ』」

 

 ………禊は本当に私と波長が合うらしい。

 

「…しかしなぁ…怒りがあったとはいえ、あんな真似をした以上私も居づらいというか……」

 

「『大丈夫だよね?みんな』」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 …本当に、禊が私に釣り合う良い男になるのも近いんじゃないだろうか。そんなことを思いつつ、今日の午後四時に行われる研修の準備のため、私は今度こそその場を離れたのだった。



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普通に考えてじゃんけんが異常なまでに弱いのは間違いないだろう?

 賢明なる読者諸氏に質問である。いい加減にしろと言われそうだがそれはそれとして、早速質問に移らないと段々質問だと聞いた時点でページを閉じる読者諸氏が増えている気がしてならないわけである。さて、質問の内容なのだが、ちょっと変な質問になってしまうので、メタではあるが、実際に答えを募集する事になる。つまり…。

 

「私も特別企画に参加する事になったんだが、副賞はなにが良いと思う?」

 

 読者諸氏の答えを募集する。その中から一番良い答えを採用させてもらおうと思うので、どんどん応募してほしい。(既にアンケートは〆切っている事をすっかり忘れてたらしい。この文が入っている事を忘れていた作者はいま土下座をしているので、許してやってくれ)

 

 

 

 

 

 箱庭学園生徒会執行部主催、次世代育成プログラムの肝は、参加者が短期間とはいえ『飛び級制度』を使用し、高校一年生として箱庭学園の学び舎で過ごすことだろう。よくもまあ許可を出したものだとは思うが、それのおかげで実際に数年後の光景を思い浮かべつつカリキュラムを受けることができ、参加者のモチベーションを下げずにすむ。参加者は毎日を生徒会の補佐と高校生としての授業に励み、そして―――。

 

「月に一度開催される会長様プレゼンのオリエンテーションが、恐らくは参加者の中弛みを防ぐ企画として機能しているんだろうな」

 

 そして今日は第一回目のオリエンテーション。参加者が入学してから一週間という、ある意味節目になるこの日に行われるこの企画だが、今回は宝探しである。会長様曰く「とても素敵な物」を用意したらしい。まあ、よくありがちなメッセージ性の強い紙切れ一枚だとは思うが、副賞がえらく豪華になってるからそこは良い。あと会長様、この学園の荒れ様の原因の半分は貴女だ。貴女個人が気をつければ済むことだからな?

 

 さて、副賞の内容なのだが、『各自の欲しいもの、もしくはお願いを聞く』という、確かにモチベーションは上がりそうなものだった。で、参加者は生徒会の腕章を欲しがり、それを阻止すべく生徒会メンバー(会長様除く)と何故か私も参加する事になったわけである。私はホントに何故参加するのか分からんが。なお、各人の副賞は次の通りだ。

 

 人吉君、副会長の腕章(実権込み)、喜界島さん、お金…会長様に言うと額がえらいことになりそうだが。阿久根先輩、会長様への挑戦権(鰐塚さんが勝手に決定)、禊、女子の裸エプロン及び、その状態で傅くこと…女好きめ。

 

「…で、海路口同級生、貴様は何か欲しいものはないのか?」

 

「現時点で欲しいものは特にないな。今決めねばならないか?」

 

「いや、別に今でなくても構わない。まあ、せめてこのオリエンテーションが終わるまでには決めておいて欲しいがな」

 

 了解、と言ってその会話を打ち切ると、会長様は第一関門だと言って各自に一枚の紙を渡してきた。片面には学園の見取り図が、もう片面にはおかしな暗号文が書いてある。禊に紙を見せてもらったが、特に個人で差もないようだった。暗号文である以上はこれを解読する事で何らかの目印、ヒントが出てくる仕組みだろう。まあ、パッと見て分かる人は分かる程度のものだな、と思いながら周りを見る。ピンときているのは喜々津さんか。他の人はまったくといったところだな。会長様は五分考えて分からなかったら帰っていいと言っているが、それもヒントか。難易度はBであるらしい。

 

「オッケイ!分~かった!」

 

 ここまでの時間、紙を渡されてからおよそ二分。やはり最初に解いたのは喜々津さんだった。流石にこういう謎ときはお手の物らしい。どうやらこれで中学生組は第一関門突破だな。こらこら人吉君、いちゃもんをつけるのはあまり行儀がよくないぞ?

 

「何やってるんですかー?せんぱいたちも行きますよ~!」

 

 やはりその辺の考え方もゲーム好きならではだろうと思いつつ、私は敢えて残る方を選択した。まあ、既に問題は解けているわけだが、残ったメンバーに人吉君がいる以上、ぶっちゃけキリのいいところで耳を引っ張ってでも連れてく役目が一人は必要だろうし。残ることを選んだもう一人――――阿久根先輩は自力で解けるだろうし。あとなじみちゃんが関西弁使って会長様と話してるし。

 

「…にしても、関西弁も結構似合うな、なじみちゃん」

 

 誰にも聞かれていないことを確認して、私は独り呟いた。

 

 

 

 

 

「…で、いい加減解けたか?」

 

「…もうちょっとだと、思うんだけどよ…」

 

「大体どの辺まで?」

 

「………ごめんなさい、全然です」

 

 あの後十分ほどたって阿久根先輩も目的地へ向かい、更に十分後。残るは私と人吉君だけとなった。それにしてもこの善吉、ダメダメである。

 

「……ハァ」

 

「…別に、先に行ってくれて構わないんだぜ?」

 

「残念だが、わっるいこと考えてる可愛らしい女の子から人吉君を守るのが私の仕事のようでな。いい加減ノーヒントクリアーに拘る必要もないだろう?」

 

「………ヒントだけ、くれ」

 

「生徒会の正規メンバー、会長様を除いて何人?」

 

「…四人」

 

「これで分からなかったらただのバカだ。今ので難易度は一気に下がったぞ?」

 

「………四、よん…し?…!そっか!じゃあここをつなぐと………」

 

「そうそう……」

 

 しばらくの作業の後、人吉君は見事に時計の際に使われるローマ数字の四をだし………。

 

「梯子だな!」

 

「お前はバカだ」

 

見事に理解の仕方を間違えてくれた。……まあ、時計でも使われる機会は最近少なくなって来てるし、仕方がないのか?

 

 

 

 

 

「――――つまり、そのローマ数字が使われるのはここ、で、形がおかしいことからも裏から見ている、つまりは建物の中ということだな」

 

「………お前、ずっとわかってたのかよ」

 

「知識は成長しない私にとって武器だからな。推理力という知識も必要なものだ」

 

「だったら先に行けば………!」

 

「だから言っただろう?人吉君をわっるいこと考えてる可愛い女の子から守るため、と。会長様を狙うときに、絡め手を使うなら一番最初に人吉君を使うことを思いつくのは容易だと思わないか?」

 

「………安心院なじみか?」

 

「ま、その通りだ。なんせ一番口車に乗せられそうで」

 

「うっ!」

 

「更に意地を張りそうで」

 

「なっ!」

 

「ついでに真っ直ぐすぎるバカを使うのは定石だからな」

 

「やめてくれ!俺のライフは既にゼロだ!」

 

 意外と軟だな、と軽口をたたきながら、時計塔の中に入る。そこには見慣れぬ本棚と、漆黒の長髪を靡かせる、可愛いというよりは綺麗という言葉が似合うだろう女子生徒がいた。図書委員の腕章をしているところを見るに、どうやら『移動図書館』こと、十二町矢文先輩のようだ。

 

「これはこれは……どうやら会長様は随分研修生たち……まあ、生徒会のメンバーもか…に目をかけているらしい。まさか委員長様が直々に門番を務められているとは…」

 

「ぅ私以外にも全委員会の委員長が参戦しているわ。『常に最悪の事態を想定しろ、奴は必ずその斜め上を行く――――』(富樫義博『レベルE』)――――というけれど、流石にこの事態は想像できなかったかしら?」

 

「いや、十分だ。それと隣に居るのは…やあ、キルちゃん!今日も可愛らしいパジャマ姿だな!」

 

「ヤホ~~~~」

 

 どうやら本当にこの企画、ゴージャスな仕様であるらしい。まさか学園史上最も働かない委員長が働いているとは。それだけで十分に私は驚きである。

 

 そんな思考を張り巡らせているうちに、十二町先輩のルール説明が終わった。なるほど、読書対決ねぇ。

 

「じゃあ、まずは人吉君、頑張れ。私はちょっとキルちゃんd…キルちゃんと遊んでいるから」

 

「お前の隠しきれていない腹黒さが怖いよ………」

 

 

 

 

 

「なあー、そろそろ諦めて服を返してもらったらどうだー?」

 

「まだまだだってんだよ!最後の一枚まで諦めねえぜ!」

 

「見苦しいからやめろと言っているんだが。……どうやら人吉君のネックはその諦めの悪さと熱血漢なところだな。それはある種美徳でもあるが、付け入る隙にもなる」

 

「だからその俺を微妙に貶めるような発言をやめろ!」

 

 パンツ一丁で凄まれても一切威厳を感じない。

 

「いい加減選手交代だ。どこまでいけるかは別にしても、流石にここで止まっては会長様に申し訳が立たないだろう?まあ、ちゃんと人吉君が頑張れるような場所だってあるさ」

 

「まあ、誰が相手でもぅ私は気にしないのだけれど」

 

「それはありがたいな。たとえ貴女が絶対に負けるとしても気にしないとは、流石委員長、豪胆だ」

「……なんですって?」

 

 私は一旦人吉君を後ろに下げ、改めて十二町先輩と対峙する。

 

「改めて自己紹介をさせてもらおう。一年ゼロ組所属、前生徒会長の海路口四方寄だ」

 

「………二年十組所属、図書委員長の十二町矢文よ」

 

「私が賭けるものは自身の右腕。某錬金術師の漫画ではそれで命が助かってるんだから、十分だろう?貴女が賭けるのは私達二人の通行権だ」

 

「………貴女、正気かしら?」

 

「無論。それに、勝てる勝負だと言ったはずだ。こういう勝負はどれだけ読みこめているかを見るものだが、それこそ私には意味がない」

 

 その言葉に再度顔をしかめる十二町先輩。やはり自分の得意分野であるだけに、負けず嫌いな面も持ち合わせているんだろう。

 

「この場にある本すべての中から、貴女が一番良い本だと思った一冊を出してくれ」

 

「…………………!!!」

 

「…どうした、出来ないのか?」

 

「…無理よ。『一番』なんて選べるわけがないもの」

 

「では、貴女の棄権による此方の勝利だ。さて、パンツ一丁の人吉君と一緒に歩くなんて拷問は受けたくないので、人吉君の衣服と通行権を渡してくれ」

 

「…………仕方ないわね。いいわ、通りなさい」

 

 本は常に同じ内容を見せてくれるが、人は同じ内容と感じない。その時々による感情の変化や体調によっても感じ方は変わるわけだ。つまり、常に最高の一冊なんて本は存在しない。特に彼女のような読書家なら尚更だ。正攻法ではないが、反則に関するルールなんか言われてないし問題ない。

 

「そうそう、ところで先行組はいつごろここを通ったんだ?流石に一時間以上たってると逆転の芽が出そうにもないんだが」

 

「そうねぇ……ぅ私の処を通ったのは四十分くらい前かしら。でも、大刀洗の処を突破したということは、結構先を越されているわよ?」

 

「そうか。ならまだ追いつけるだけの余裕はあるな。さて、いくぞ人吉君」

 

「お、おう……!」

 

さてさて、先には一体どんな試練が待ち構えているのやら。

 

 

 

 

 

「CはチャイルドのCだったか」

 

「いや、クレイジーのCだろ」

 

「四方寄姉ちゃんので合ってるよ!」

 

 冗談のつもりだったのだが、合っていたらしい。で、此処の勝負内容は?

 

「人吉がいるのは気にくわねーけど、姉ちゃんがいるから素通りでいーぜ?」

 

 …それで良く関門の番人が務まるなぁ。あ、鬼瀬ちゃんだ。ヤホ~。

 

「やほー」

 

 …さて、風紀委員特選部隊の別名を思いだした。『雲仙冥利を愛でる会』。………こんな生意気なクソガキを愛でるとか、お前らさては

 

「ショタコンだな?」

 

「「「「「「グハァっ!?」」」」」」

 

 …あ、全員崩れ落ちた。どうやら後ろめたい部分はあったらしい。

 

「………鬼だ、鬼がいる」

 

「何か言ったか?」

 

「言ってません!」

 

「まったく……しかしなぁ、素通りしてくれと言われて後ろからグサッというのも可能性としてはある。やはりそこは簡単な勝負でもしてからにして欲しいんだが」

 

 私の提案に、冥利君は暫し考えを巡らせる様子を見せながら、しかしそれほどの時間もかけずに案を出してきた。

 

「じゃあ、俺とじゃんけんで遊ぼうぜ?一回負けるごとに姉ちゃんは衣服を一枚……「クソガキ、地獄を見る準備は良いか?」…じゃなくて、一回抱っこな?」

 

「…まあ良いだろう。勝つまで何回でも挑戦していいんだな?」

 

「おう!じゃあ始めるぜ?じゃーんけーん……ぽん!」

 

 その掛け声に私はパーを出し、冥利君はチョキを出した。うん、一回目は負けか。仕方なく抱っこをしてやる。数分間抱き上げた後、二回戦を開始した。

 

「じゃーんけーん…ぽん!」

 

 私はグー、冥利君はパー…。先程の繰り返し。

 

 

 

 

 

「お前があそこまでじゃんけんに弱いとは思わなかったよ!」

 

「いやぁ、面目ない」

 

「まさか十回連続で負けるとは……俺が代わってじゃんけんしなかったらまだ長くかかったんじゃねえのか?」

 

「可能性としては否めないなぁ。私は順番通りにしか手を出せないから」

 

「なんで勝負を受けたんだよ!?」

 

「一手で決まる可能性に賭けたんだが…まあ、ああやって純粋に抱っこを求められると断れないだろう?」

 

「カッ!お前の前では雲仙先輩も形無しだな!」

 

「さて、次の関門のようだ。……おや、彼女は………」



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逆にこういうゲームは私の得意なところだ。

「ところで、今までの話の中で会話文から始まったことってあったか?ああ、前後篇は除いてだが」

 

「なにいきなりメタな発言してんだ!?」

 

「いや、ふと気になったんだ。ほら、やっぱり斬新なアイディアを試すのはライトノベルの醍醐味だし」

 

「何を言ってるのか分からねえよ!」

 

「ああでも原作は漫画だから会話文が最初に来るのは当たり前なのかな?」

 

「もうお前が何を言いたいのか俺には全然分からねえ!!」

 

「つまり何が言いたいのかと言えば、こういう斬新な方法でもとらないと読者諸氏は楽しんでくれないんじゃないかという漠然とした不安がだな………」

 

「あーもう本編行くぞ本編!」

 

「最後に一つ言わせてくれ」

 

「なんだよ!?」

 

「コミックスの十三巻、百八箱の表紙絵なんだが、十二巻の最初の分かれ道でそれぞれが選んだコースと左右が逆になってる気がするのは私だけか?」

 

「最後の最後までメタな発言だった!?」

 

 

 

 

 

 さて、冒頭で何やら会話の暴投が在ったような気もするが気にせずに次の関門を説明しようと思う。冥利君の関門を抜けてからしばらく、迷路のような回廊を進むとT字路のように二股の分かれ道があった。一と二という二つの文字がそれぞれ右、左に書かれており、どちらに進むかを暫し二人でディスカッションしたわけだが、結局どっちに進んでもきっと同じ場所につくだろうということで、二人して左に進むことにした。ばらばらに行くという案も出はしたものの、第一関門のような知恵比べだと人吉君が、第二関門のような規則性がマイナス要因にしかならないようなゲームだと私がそれぞれ詰んでしまうということで、最終関門までは協力プレイをしていこうと一緒に進むことを決めたわけである。

 

「で、次の関門なわけだが………第四関門は貴女でしたか、赤さん」

 

「…あら、四方寄さんじゃない♡いつも怪我人の応急処置をしてくれているおかげで私達は助かってるわ?」

 

 保健委員長にして、十一組(チームトクタイ)の赤青黄さんである。おかしな名前だと思った人は挙手。

 

「…なんでいきなり手を挙げてんだ?」

 

「こっちの事情だ、気にしなくていい。で、貴女が出してくる関門は?」

 

「あまりせっつかないでください♡私の主宰する第四関門(2)は痛みの殿堂、完全神経衰弱(パーフェクトメランコリー)。一風変わった神経衰弱です❤」

 

 一風変わった……?と人吉君が呟いている傍で、私は前から赤先輩に感じていた違和感の正体を理解した。なじみちゃんと会った時点で思いついてもよさそうなものだが。

 

「……あー、少し疑問を挟んでいいか?赤先輩」

 

「…ええ、構わないわよ?」

 

「貴女は悪平等(なじみちゃん)ですか?」

 

「………なるほど、安心院さんが警戒するだけのことはあるわね。そう、私はこの学園から死人が出ないように調整する事を安心院さんから任されている悪平等(ぼく)よ?」

 

 なるほど。

 

「余計な手間をとらせて申し訳ない。疑問は解決したので完全神経衰弱とやらのルール説明をお願いしたい」

 

「分かったわ♡」

 

 

 

 

 

「………なあ、人吉君。やっぱり君、バカだろう?」

 

「………面目ねえ……」

 

「イカサマに途中で気付いておきながら注意しかしないって……君のお人好し具合には頭が下がる思いだよ」

 

 人吉君と赤先輩の勝負は赤先輩の圧勝であった。終盤に差し掛かろうかという時点で既に赤先輩は200ポイント以上をとり、ジョーカーを1枚出してフィニッシュ。人吉君は途中でイカサマに気付き注意をしたが、その時点で既に勝負はほぼ決まっていたので意味はない。

 

「大体君は『欲視力』という異能を持っているのになんだって気付くのがあんなに遅れたんだ?しかも異能を使うまでも無いほどに単純なミスディレクションで」

 

「…いや、ホントに不甲斐ないとは…思ってるけどよ……」

 

「その上何故かは知らないがただの夏風邪が運悪く悪化するとか……あまり心配をかけさせるなよ。私の繊細な心は心労で張り裂けそうだ」

 

「…お前がそんなタマじゃないことだけはすっげえ理解してるわ…」

 

 おやおや、看破されていたらしい。四方寄ちゃんショック(棒読み)。

 

 さて、イカサマの仕様についてはよく分かったんだが、人吉君は勝負に負け、赤先輩の保有する(なじみちゃんから借り受けた)『五本の病爪(ファイブフォーカス)』によって夏風邪程度の高熱に苦しんでいる。流石にそれを見て見ぬふりが出来るほど私は冷淡な人間ではないため、当然私も勝負に参加する運びになるわけだ。

 

「私がこの勝負に勝ったら人吉君の夏風邪を治し、二人分の通行権をくれ。私が負けたら鬱病でも癌でも白血病でも好きな病気にしてくれて構わない。二人分の請求だからな」

 

「そんなことを言ってしまって、負けたら貴女、おしまいよ♡」

 

「イカサマなら既に私も対処できるからな、条件は完全にイーブンだ。……そうだな、流石に通行権と治療だけでそんなリスクの高い病気になるのもアレだ、もうひとつ追加しようか」

 

「………なにかしら?」

 

「私の愛妾になってもらう!」

 

「さっきの球磨川せんぱいより酷いじゃない!!なんなのよ貴女!」

 

 ということは禊はこのルートを通ったわけか。意外なところで意外な情報を入手できたな。…え?冗談だろうって?私は冗談を言うのは得意じゃない。

 

「尚更ひどいわよ!…いいわ、私が勝てばいいだけだもの♡」

 

 そう言ってカードを配置し始める赤先輩。殆どの人は勝つために相手が用意したカードを使うなんて暴挙はしないだろう。それこそどんなイカサマが仕込まれているかもわからないのだから。だが、生憎とトランプを二組も持ち合わせているほど私はカードゲームが好きでもないし、そもそも相手のトランプだからこそ、相手に油断が生まれるというものだ。既に彼女は私の術中に嵌まっている。残念だがこのゲーム、もうこの時点で私の勝ちである。

 

 

 

 

 

「貴女、真面目にやってるの?」

 

「これは心外だな。こう見えて私は至極真面目にこのゲームに取り組んでいるよ。まあ、ゲームは楽しむものであるという意見もあるが、この場合は私の命と人吉君の快癒、それから通行権に貴女を愛妾として愛でる権利がかかっているから真剣勝負と言って良いだろうし」

 

「でも、この状態からの逆転は難しいのではないかしら?…ハートの7とスペードの2、はずれだわ♡」

 

 まあ、確かにそういいたくなるのも理解はできる。全52組中(ジョーカーを除く)、赤先輩が引き当てたのは26組、絵札は既にすべてをとっているので、この時点で216点以上は確定している。対する私は……未だ0組。ノーポイントだ。既に数ターン前で決着がついているはずのこのゲームが未だ続いている理由…それは当然ながら、未だにジョーカーが1枚も出ていないからである。

 

「どうやら貴女も球磨川せんぱいと同じようにジョーカー狙いみたいね。だけどそんなにうまくいくかしら?」

 

「そうか、禊もこの手で来たのか。アイツのことだから最初からジョーカーを抜いておくくらいのイカサマはやっていそうだが、私はそういうイカサマに詳しいわけではないのでな。場には普通にジョーカーもあるし、まだ勝負を諦めるほどにゲームも進んでいない」

 

「……今のうちにそうやって強がりを言っておきなさい。次に貴女がめくったカードがジョーカーでなければ、私がジョーカーを一枚引いて終わりよ?」

 

「さて、それはどうかな?」

 

 そう言って私は一旦目を閉じ、熟考に入る………ふりをする。実際こういうのは熟考など意味を為さない。記憶は自然と淘汰されていくものであるし、そもそも一度もめくられていないカードくらいは私でも覚えている、そしてそこからジョーカーを引けるかどうかは()()()()()()()。私は静かに、まるで独り言でも呟くかのように赤先輩へ語りかけた。

 

「………私が『規則』という、少々特殊な異能を持っている事は知っているか?」

 

「…ええ」

 

「私に限らず一族の人間はみんな『規則』という、普遍的なルールに縛られて生きている。それを仕方ないと諦めて流されながら生きる奴もいれば、そんなのは嫌だと某アンパンの人のようなことを言いながら、結局規則に押しつぶされた奴もいる」

 

「……なにが言いたいのかしら?」

 

「私は考えたんだよ。『規則』という物を利用できはしないかと。つまり、全てのものに規則があるのなら、それこそその規則を逆手にとれはしないかと」

 

「………」

 

 未だによく分かっていないようで、不機嫌そうな顔で首を傾げる赤先輩。そんな姿も可愛いのだが、どうせなら絶望に歪む顔を見てみたいと思うのは私がドSだからだろうか。

 

「…さて、こういったゲームには確率という規則性がある。記憶力の他に、一度も出ていないカードがその場で揃う確率という、いわば運もゲームの要素になってるんだ」

 

「………いい加減めくってくれないかしら?貴女の御託なんて聞くほど委員長は暇じゃないの」

 

「どうせ今日は一日此処に拘束されているのだろう?私達が最後の二人だし、この後はいないんだったら十分暇じゃないか?」

 

 私がそう答えると、彼女は露骨に顔をしかめて舌打ちをした。やはり基本的にSな人を苛めるのは楽しい。

 

「私が未だ一組も揃えていないのは、どうしてだと思う?」

 

「運がなかったからじゃないの?……ッ!!?」

 

「残念ながら少し違う。確率という規則性に縛られ、利用していたんだよ。赤先輩は知らないかもしれないが、私は前にもこの手を使ったことがある」

 

「まさか………!?」

 

「流石に100%にするのは不可能だったがな。さて、一枚目をめくろう」

 

 私がめくった一枚目のカードは言うまでもなくジョーカー。さて、読者諸氏は既に理解できていると思うのだが、私は規則に縛られている事を利用して、わざとカードが合わないように調整していたわけだ。当然ながら確率という規則に縛られている以上、二枚のカードが合う確率は上がっていく。更に、カードはだんだん少なくなるわけだから、合致する可能性は飛躍的に上がるというわけだ。それだけではなく、私はもう一つのタネを明かす。

 

「私がひいた二十六回に、違和感はなかったか?」

 

「………嘘……!?」

 

「その通り。すべてのカードが一回ずつ出ている。1から13まで、4色すべてのカードがね。さあ、では二枚目をめくるとしようか?」

 

「球磨川せんぱいよりも性質が悪いじゃない……!ひ、引き分けにしましょう!」

 

「断ろう」

 

「人吉君の治療も、通行権も渡すわ!」

 

「残念だが、勝てば確実に貰えるのでな。むしろもう一つの条件の為に勝利しようと思っている」

 

「貴女は球磨川せんぱいよりも性質が悪いわ!」

 

「最高の褒め言葉だな。好きな男よりもレベルの高いものがあるというのは案外喜ばしい」

 

 狂ってる!と一言叫ぶ赤先輩。そんなことを言っても、二枚目をめくってゲーム終了だ。そしてめくられたカードは………。

 

 

 

 

 

 

「さて、通行権も得たし、人吉君も回復した。次の関門へ行くとしようか?」

 

「………容赦ないな、お前」

 

 当然ながらめくられたカードはジョーカーで、その時点で私の勝ちが確定した。ついでに赤先輩の行く末も、である。残念ながら私は禊のように最後の最後で甘さを出す性格でも、真黒さんのように意外と純粋でもないので完膚なきまでの勝利である。

 

「当然だ。私は名ばかりと言えども敵に容赦などしないからな。まあ既に赤先輩は敵ではなくなってしまったので、思いっきり虐めr……愛でるが」

 

「もういい加減お前の腹黒さにも慣れてきたよ………」

 

「そこまで腹黒いつもりはないけれどな。どちらかというと欲望に正直だと言って欲しいのだが……」

 

「それが褒め言葉だとは思えねえよ!!」

 

 叫びながら階段を上っていく。先程の赤先輩が門番を務めていた第四関門以降、大した障壁があるわけでもなく唯々階段を駆け上がるだけであるため、通常ならそろそろ退屈になってきたりするのだが、そこは何かと人吉君がリアクションや会話で楽しませてくれているので今のところその兆候はない。

 

「…人吉君は誰かの隣というポジションがとてもよく似合う人間のようだな」

 

「何か言ったか?」

 

「いいや、何も。さ、どうやら次の部屋にはちゃんと人がいるらしい。漸く第五関門についたようだよ。…まあ、いくつ関門があるのかは知らないが、此処も既に十一階だ。恐らく十三階か屋上に最終関門がある筈だから、他のルートにも均等に委員長を割り振るとすれば此処は最終関門一歩手前ってところじゃないか?」

 

「お、おう!ようやく終わりが見えてきたな!」

 

 そう言って扉を開ける人吉君。そこには溢れんばかりの食材と、二人の人間がいる空間が広がっていた。

 

 

 

 

 

「……まさか後続組の為にもう一度食材をかき集める羽目になるとは………」

 

「…まあ、お疲れと言っておくよ、ロード」



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料理の作り方くらい弁えてるよ普通に。

 さて、よく『棄てられる食材が可哀想だからちゃんと残さず食べなさい』なんていう教師がいたり、『世の中には食べたくても食べられない子たちだっているのよ!』なんていう教師がいたりするわけだが、私はその意見に違和感を感じている。棄てられるのが可哀想と言われても、そもそも味の好みは個々人で千差万別なわけで、その料理が嫌だ、という子はたくさんいるわけだ。それを我儘だと断じてしまうのは個の否定に通じ、子どもの個性を磨いていくなんて建て前に引っかかる。世の中に食べたくても食べられない人がいることは間違いないだろうが、そんな人たちがちゃんと食べられる世界に居るとしたら?それこそ好き嫌いは普通に出てくるだろう。そもそもの条件が違うものを等しく扱うこと自体がナンセンスだと思うわけだが。更に言うならば家庭での食事や飲食店で食べるときには自身の好きな物を選択してちゃんと残さないようにしているわけで、むしろ給食という画一的に確立された食事法の方がナンセンスであるとも思う。まあつまり何が言いたいのかというと。

 

「食材は唯の食材だし、人はただの人だ。どちらにも敬意を示す気はないし、特別視するつもりもない」

 

「いや、それを食育委員会の長の前で言うのはどうなんだ?」

 

 

 

 

 

 食育委員会。恐らく他の学校にそういった委員会があるところは少ないだろうが、なにをやっている委員会なのかと言えば、良く分からないが答えである。なにせWikiにも乗っていないため、一体何をするのかは謎のままな委員会である。まあ、きっと学食の食事提供なんかが主な内容なんだろうけれども。そういったことは外部委託で良いんじゃないのか?

 

「で、傍に汚れた皿が大量にあるわけだが、まさかこの関門の通過条件は皿洗いじゃないよな?だとしたらこの量を片付けるころには日が暮れていそうなんだが」

 

「流石にそれだったら来た道を戻って別ルートをいこうぜ?別に皿洗いが嫌なわけじゃねえが、時間の問題があるからな」

 

 まったくもってその通りだな、と二人の食育委員長がどんな対応をしてくるのかを待つと、二人は私を若干睨みながら此処の関門の内容について説明をしてきた。

 

 ああ、未だに二人の描写をしていないので此処で簡単に紹介させて頂く。男子生徒の方は飯塚食人。二年十二組所属で、食育委員長。女子生徒の方は米良孤呑。同じく二年十二組所属の食育委員長。一委員会一人が鉄則の委員長なのだが、能力に於いてまったくの互角であるという判断がなされ、異例のダブル委員長になった異色の委員長である。なんだか委員長という言葉がゲシュタルト崩壊を起こしそうであるが、まあ、そんなことはどうでもいい。飯塚先輩は『猟理人』、米良先輩は『超理師』という通り名を持っているのだが、なんともおかしな通り名である。あと、ロードとメアリー(笑)。

 

「というかこの学園、やたら通り名がついている人だらけだな」

 

「いや、お前が言うなよ、お前だって『徘徊する救命病棟』って通り名持ってるじゃん」

 

「全力で返上したいがね。どうせなら『村人A』とでも付けてくれればいい物を」

 

「むしろその通り名の方がどうなんだ……?」

 

 おっと、なんだか話しが逸れて結局課題の説明をしていなかったな。さて、この関門であるが、内容としては料理である。………いや、この一言以外に説明が出来るとは思えないんだが、まあ一応更に詳しく説明をしておこう。曰く、飯塚先輩が狩猟採集してきた食材を、我々が一食ずつ料理して、米良先輩に食べてもらい、『おいしい』と言ってもらう。一人一食で、チームの場合はチームで一食。なお、コース料理は一食に含まれるらしい。料理が出来れば簡単な課題だと思うかもしれないが、残念ながらそれは間違いだ。何せこの米良先輩、三大料理にこそ数えられていないものの、現代ではトルコ料理よりも良いと言われているイタリアで修行経験がある。料理人として問われるのは料理の技量だけではなく、当然ながら味覚が敏感である事も求められる。より平易に言うのであれば、料理人は得てして美食である場合が多い。特に料理人……シェフとして修業を積んだのであれば、当然ながら味覚に関してもプロフェッショナルだろう。それこそ一般生徒が彼女を唸らせることが出来るとは到底思えない。……にしても、飯塚先輩の存在意義が一切ない関門である。食材調達も別に外部委託すれば済む話だと思うのは私だけだろうか……?

 

「とりあえず、我々はチームで挑戦させてもらいたい。共にあまり料理は得手ではないからな」

 

「構わないぞ。だが、不得手な者が二人集まっても良い料理が作れるとは思わんな。まあ、この関門に当たってしまって残念だというところだろうか?」

 

「有り難い。では、早速調理に入る」

 

 そういうと私は、人吉君を食材が並べられた棚の処へ呼び寄せ、相談を開始した。

 

 

 

 

 

「でもよ、実際問題どうなんだ?俺もそんなに料理が出来るわけじゃねえし、突破できる可能性は低い気がするけど」

 

「特に問題はない。私は料理が得手でないだけで、料理が出来ないわけでもないからな」

 

「…どういう意味だ?」

 

「結局、万人においしい料理など作れるわけがないんだ。人の味覚というのは曖昧だからな。同じ人間でもその日の体調や外的要因で味覚は変わってくる。常においしい料理を作るのが難しいだけで、料理自体が出来ないわけじゃない。私が得手だと言えるモノはそういう意味で殆どないな」

 

「……で、具体的に何を作るんだ?」

 

「米良先輩はイタリアで修業をしている。馴染みがある分判断が甘くなってくれればいいが、むしろ慣れた料理だから余計に厳しくなっている可能性もあるから、イタリア料理は選ぶべきではないな。同じ理由で、日本料理の類も出せるものは限られてくる」

 

「……カレーとかは論外ってことだな」

 

「まあ、カレーはそもそも誰にでも作れるが、一定以上に美味く作るのが難しい料理ではあるな。何より時間がかかり過ぎるから、もっと時間のかからない料理が良いだろう」

 

「パンとかをこねるのも時間がかかるから無理か……それこそ焼くか炒めるか、茹でる程度の工程じゃねえといけないってわけか」

 

「まあ、時間を短縮しても味が問題ないくらいの調理は出来るが……それも彼女に通じるレベルにできるかは別問題だ」

 

「…となると作れる料理は…」

 

「ああそう、揚げるという工程も意外と時間はかからないな。下準備の間に油をある程度温めておけばいいし、油を大量に使うから敬遠されるだけだしな」

 

「……で、一体何を作るんだ?」

 

「皿が片付けられていなかったところを見るに、恐らくは前のメンバーが通ってそこまで時間もたっていない。十三階に最終関門があることを考えると、先行組に追いつくため試食までに使える時間は最大四十五分といったところだろうな。そうなってくると作れる料理で、尚且つ先ほど言った条件に合致しない料理は……」

 

 

 

 

 

「実際問題料理の工程を事細かに説明するなんて読者に対する拷問だと思うわけだ。料理漫画は別だけれど」

 

「メタい発言禁止!」

 

「で、此方が完成したものです」

 

「三分クッキングも驚きだな!?」

 

「実質本当にそれくらいしかかかってないからな。それこそなんで態々行間を空けたのかも理解できないくらいだ」

 

「俺が悪かったからメタ発言はやめてくれ!」

 

 我々が作った料理を米良先輩に出す。

 

「………なんだこれは?」

 

「何って、唯のオムレツだが?」

 

「…まあいい、これも立派な料理だろう…さて、試食させてもらおう」

 

 そう言って一口食べる米良先輩。食べている最中に顔は驚きへと変わり、そのままもう一口、更に一口と食べ進め、すべて食べ終わった。

 

「一体どうやって作ったんだ?私が作るものが決して劣っているとは言わないが、それでもこのレベルを得手でないと言ったお前が作れるようには思えない!」

 

「酷い偏見だな。私にとってそのレベルは得手ではない程度のものだ。人によって価値観は違うだろう?それに、まったくできないわけもない」

 

「……まさか卵を割るだけしか俺の仕事がねえとは思わなかったよ」

 

「……合格だ。通っていい」

 

「メラリー!僕は反対だ!食材も料理人も冒涜するような発言をする奴が、ここを通っていいはずがない!」

 

 飯塚先輩が何やら喚いている。どうやら私がこの部屋に入って来たときの発言を言っているようだが。

 

「…まずは人吉君を通してやってくれ。彼は問題発言をしていないんだからな」

 

「オイ、海路口!」

 

「構わないよ!だが、お前のその考え方は俺たち料理人への冒涜だ!僕はお前を通す気なんかないからな!」

 

「なら交渉は成立だ。彼を先に進めさせる。…人吉君、気にするな。どうせすぐに追いつくからな」

 

「…カッ!分かったよ!絶対来いよ?」

 

「勿論だ」

 

 そう言って次の関門へ人吉君を送り出し、私は二人の食育委員長と対峙した。

 

 

 

 

 

「…で、私の発言が気に入らないというだけで通行を許可しなかった狭量な飯塚先輩、私はどうすれば通してもらえるのかな?」

 

「なんでそんなに上から目線な態度を出来るのかな!まあ、発言の撤回と謝罪、それから今後考えを改めて、定期的に僕たちの処で食の教えを受けることに同意すれば通してあげても良いよッ!」

 

「……ロードの発言はともかくとして、私も決してあの言葉は愉快でなかった。発言の撤回は求めたいものだな」

 

「まあ、発言の撤回くらいならいくらでもして良いと思っているのだが。言葉は所詮刹那的だからな。謝罪するのも別にかまわない。だが、貴方達の考えを無理矢理押し付けられるのは気に入らない」

 

「…お前にはわからないのか?『生きることは食べること』だと」

 

「それくらいは分かっているし、そもそも態々言葉にする必要すらないと思っている。そもそも私は食育委員長が二人いること…というか、飯塚先輩が委員長である事は反対なんだ」

 

「なんだって!?もう一度言ってみろ!」

 

「飯塚先輩が食育委員長である事は反対だ。理由はちゃんとある」

 

「…言ってみろ」

 

「予算が飯塚先輩の猟理のせいで歴代最高値を叩きだしているんだよ。厳選するのは構わないが、ちょっとは金勘定のことも考えろ。それこそ採算が取れない」

 

「!?」

 

「食材費が高くついているせいで、部活に回せる予算、学園の維持管理に回せる予算が圧迫されている。実際に部活からは予算不足の陳情が何度も来ていたからな。今でこそ私は生徒会関係者ではないが、それでも前生徒会長だ。必要以上の予算を出すことがどれだけ愚かしいかはわかっている」

 

「最良の食材を旬のタイミングで提供して何が悪い!」

 

「予算をとり過ぎているのが悪い。しかもその日の食材があまったらたとえ消費期限前であっても棄てるだと?ゴミの処理にも金がかかることくらい知っているだろう?おかげで会計の仕事がやたら増えてるんだが?」

 

「…なんだ、結局は『棄てられる食材が可哀想』ってだけかよ!」

 

「人の話を聞いていたか?棄てられる食材が可哀想なのではない。使えるにもかかわらず棄てるのが無駄だと言ってるんだ。貴方の傲慢のせいで無駄に金がかかり、無益に食材が棄てられる。そんな人間が食育を語るんじゃない」

 

「なっ……!?」

 

「第一、結局は食べるんだろうなんて言うわりに貴方の方がえり好みをしているじゃないか。使い回しを許さないのなら、それこそこんな量を用意するな。貴方が委員会に居ることで、無駄が増える」

 

「………予算予算って、お前は守銭奴かよ!」

 

「金銭感覚を持っていないバカに言われる筋合いはない。私は別に食材に感謝を、なんて言う偽善者ではないし、既に食材となった物に命を感じることもない。だがな、必要以上の無駄を許せるような人間でもないんだよ」

 

「………ロード、お前の負けだ。彼女が言っている事は私達と相容れないとしても、間違いなく正論だ」

 

「だけど………!」

 

「海路口、これでもロードのおかげで学食のレベルが保たれているのは間違いないんだ。…といっても、理解しあえることはないのだろうな。通行権は与えるから、さっさと次の関門へ向かってくれ。それが双方にとって最善だと思うが?」

 

「…まあ、そうだな。最後に一つだけ。別に私は貴方達の考えを否定するつもりはない。『生きることは食べること』という言葉は正しいと思うし、料理人である以上旬の食材提供を心掛けるのは正しい。ただ、人生は食べるだけではないし、旬の食材を提供するだけが料理ではないと考えているだけだ。では、失礼する」

 

 

 

 

 

「お、来たか。意外と早かったな」

 

「米良先輩が取り成してくれたのでな。………十三階から結構大きな音がしたな。銃撃音のようだ。十三階の関門は随分と荒っぽいみたいだな」

 

「おいおい、それはさっさと行かなきゃいけねえだろ!銃撃なんて普通の人間なら死んじまうぜ!?」

 

「この学園の関係者…というか生徒会関係者に普通の人間なんかいたかなぁ………?」

 

「それを言っちゃあおしまいだろ!?」

 

 

 

 

 

 前回入れ忘れたというだけの話。

 

「ところで、その陶片追放だったか?」

 

「うん~。それがどしたの~~?」

 

「いや、ものすごく単純な疑問なんだが、高校生組と中学生組で別れられる可能性は考えなかったのか?それこそ相談する必要もないくらいに分かりやすい区分けだと思うんだが」

 

「あ…………てへっ!」

 

「まあ、解決方法を聞くに、そこまでは思い至らなかったんだろう」

 

「そうそう~」

 

「……ところで」

 

「なに~?」

 

「私の膝枕は楽しいか?」

 

「心地良い~~~」

 

「それは重畳」

 

 あと、前回の冒頭で入れ忘れたんだが、十階の扉を開けてなんで十一階につくのかを教えてほしい。



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最終関門を普通に突破できるのは人吉君の異常があるからだな。

 空想上の生き物というのは、中々に興味深いものである。殆どは実在する生物(場合により非生物を含む)を神格化、魔性化した存在であり、その様相は多岐にわたる。龍などはその最たるものだろう。何せ空想上の生物の中では恐らく一番多い。中国の龍だけでも百種以上、日本でも数十種はいるわけで、西洋龍を含めれば千種近く、或いはそれ以上に居るかもしれない。また、神話に置いて神獣、魔獣、魔物、悪魔などとして出てくるものも多く、人がどれほどまでに想像力豊かであるか、また、責任転嫁が得意であったかがよく分かるというものだ。人智の及ばない自然現象や、当時の人間にとっては奇跡としか言えないような現象など、そういったものに名前を与え、畏敬の念を覚えたり、或いは人心掌握に使ったりするためにも必要だったのだろう。そんな空想上の生き物の中でも、やはり有名どころはいる。先ほどあげた龍種の中でも、例えば八岐大蛇などは日本神話に置いて最も有名な龍種であるし、西洋であればジークフリードのドラゴンなどは個体名こそないものの有名である。

 

 さて、そんな有名どころの中でも、最も身近な生物をベースにした存在がいる。ギリシャ神話に於いて冥界の門番を務めており、母には多くの怪物を生み出したエキドナ、父にはゼウスと争い、一時は勝利に限りなく近づいたと言われるテュポーンを持つ三つ首の犬、ケルベロスである。兄弟にも多くの有名どころがいるこの魔犬、現代では攻略不可能と言ってもいいほどに強力なセキュリティの名前にもなっているのだが、それはそもそもこの魔犬の従事した職務に通じる。冥界に入ろうとする生者を尽く跳ね除け、冥界から逃亡しようとする死者を引き裂き食らうという荒技で、その生涯に於いて出し抜かれたことが殆どないと言われるほどに職務に忠実だったという伝承があるほどに、犬の特性をよく反映した存在である。そんなケルベロスの弱点と言えば、甘いものと音楽だろうか。過去にはオルフェウスの竪琴により冥界への侵入を許してしまったり、甘いお菓子(睡眠薬入りの酒とも言われる)を食べている間に侵入されたりという失態もある。まあ、基本的には素晴らしい門番だが、たまには失敗する方が可愛げがあるという物だ。つまり、なにが言いたいかというと。

 

「……与次郎を気絶させた理由を教えてくれ」

 

「敢えて言うならあのモードに付き合える余裕はなかった。更に言えば面倒臭かった。可愛い女の子ならすべて許されると思ったら大間違いだと思う」

 

「お前の基準が中々分からねえよ………」

 

 

 

 

 

 時計塔の最上階は十三階である。どれだけ十三という数字にこだわるのか、と思わなくもないが、それよりもむしろ内部の迷宮具合が気になる。一体何を考えてこんな設計にしたのか。おかげで確かにオリエンテーション、というかレクリエーションにはもってこいの条件ではあるのだが、そこまで頻度が高いわけでもないからやはり無駄な気がする。なんだ、無駄遣いをしたがるのは最早学園の校風なのか?

 

「……どう思う、人吉君」

 

「いや、いきなり言われても分からねえよ!」

 

「ああ、人吉君は地の文が解らない人なんだったな。すまない、高望みをしすぎた」

 

「よく分からねえけど罵倒された!?」

 

 ああ、因みに与次郎さんはおんぶ状態である。成長を始めたばかりの肢体というのは中々に役得であるが、残念ながらそれを楽しんでいるのは私ではない。誠に遺憾だが、私の体調を気にした人吉君が「俺が背負うから」と言ってきたのだ。何このイケメン、惚れない。

 

「で、だ。恐らくはこの扉の先に先行組がいると思われるわけだが。先程喜界島さんの大声も聞こえてきたしな」

 

「本格的に戦闘勝負なのかもしれねえな。オリエンテーションだから奇襲はあんまりねえとは思うけどよ、念のため俺が先にいくぜ?」

 

「…まあ、構わないんじゃないか?………きっと美化委員だとは思うんだが」

 

「何か言ったか?」

 

「いや、なにも」

 

 そうか、と言って扉を開けた人吉君。扉の向こうは普段展望室として一般開放されており、結構広い空間があるのだが、私が最初に見た光景は唖然とする先行組。次に目に入ったのは悔しそうに涙を流す禊、そして最後にジャック・オー・ランタンの現世での入れモノである、パンプキンヘッドを被った、通称『魔女』こと廻栖野うずめ先輩が立っていた。状況から察するにまた負けたようである。

 

「……どうやら若干遅れたとはいえ間に合ったようだな。人吉君、あまり警戒する必要はなさそうだぞ?」

 

「…え?あ、え……?」

 

 いまいち理解していない様子だが、まあ良いだろう。先行組は既に関門の課題に参加していると思われるため、課題の内容について説明を求めてみる。

 

「で、見たところ地面に銃器を一斉射した痕跡に、喜界島さんが出した咆哮と、戦闘的な内容かと思えば、出ているのは廻栖野先輩。戦闘向きな人でもないし一体どういう課題なんだ?」

 

「あ……ああ、実はね」

 

 

 

 

 

 つまりこういうことらしい。カメレオンのように自由に体色を変化できるため透明な(つまるところ存在しない)ケルベロスを召喚した(という設定)から倒せ(論破しろ)。

 

「…では禊はその勝負に負けて泣いた、と」

 

「『………』『普通に傷つくから…』『四方寄ちゃん、慰めてぇ~』」

 

「あーはいはい、残念だったねぇ?」

 

「『愛が!』『愛が感じられない!』」

 

「お前が感知できないほどに溢れ出ているんだろう」

 

 …しかしなぁ、残念ながら今回与次郎さんは力を貸せないんだよな。絶賛気絶中であるわけだし。

 

「で、このルートを通らなければ屋上にいけない以上、私達はこの関門をなんとしても突破しなければならない、と」

 

「だが、非常に難しくてね。与次郎さんを頼りにしていたんだけれど………一体何をしたんだい?」

 

「いやぁ…あのキャラに付き合うのが面倒くさくて、ちょっと首に手刀を………」

 

「手刀って、きみねぇ………」

 

 いや、時間も差し迫っていたからな。一緒に進もうという提案から数分にわたって一般人に手を借りるわけにはいかないとか、貴方達の事はこのワンダーツギハが守るから、とか、ダイヤン…、ああ普通の人には見えないけど、私の相棒にも普通の人に此方の事情を話すのは止められてるの…とか、………いかん、思いだしたらまた不覚にもイライラが………。

 

「時間があれば心を広くして付き合うことも考えたんだが、先行組に追いつくことを考えると、タイムロスはしたくなかったのでな。迅速に合流する事を考えて、ちょっと眠ってもらってる。屋上に出るころには目を覚ますとは思うんだが………」

 

「起きるまで待ってくれるほどやさしい関門じゃねえよな?」

 

「むしろ今すぐにでも襲いかかってくる(設定)可能性もあるな」

 

「しかし、正直対抗策はあるんだが………それをやりきることが俺には出来ないから」

 

「まあ、その対抗策をやりきれるのは与次郎さんくらいしかいないだろうな」

 

 相手の個人的な空想………つまり、相手が勝手に設定を作れる状況に対抗するには、それすらものみこんでしまえるほどの妄想力が必要になる。ごっこ遊びに於いて一番重要な要素だろうな。だが年齢が上がるにつれ、そんなことを大真面目にやれる人間は少なくなってくる。そこがこの関門の難しいところだろう。羞恥心が邪魔をして、相手の土俵に乗ることが出来ず、自分の相撲が取れなくなる。低レベルだがよく考えられた関門だな。

 

「………なあ、海路口さんは何か考えつかないか?」

 

「さて、いきなり言われても………そうだな、ちょっとやってみるとしよう」

 

 私はそういって、一歩前に進み出た。

 

 

 

 

 

「さて、では私が相手になろう。廻栖野先輩」

 

「態々名乗り出てくれてありがとうございま~す。おかげで貴女に狙いをつけることが出来ました。私はケルちゃんに貴女を三方向から食らいつくせ、と指示を出しちゃいましょうか~」

 

「いや、それはおかしいだろう。ケルベロスという存在はかわるがわる三つの首が眠るという。同時に二方向からしか噛みつけないのだから、そんな命令を聞くことはできないな」

 

「………いやいや~。この子は特別なケルベロスだから、眠らないし甘いものにも興味はないんですよ~」

 

「あり得ないな。ケルベロスはギリシャ神話に於いてテュポーンとエキドナの間に生まれた存在で、たった一体しかいない。種族名ではなく個体名だ。だからそんなケルベロスは存在しない」

 

「………いえいえ、この子は私が実際のケルベロスを見て創り上げた魔獣なので~、弱点なんかはもう完全に克服しちゃってま~す」

 

「それは素晴らしいものだな。だが、カメレオンのように変色して透明になれるケルベロスを、貴女は一体どうやって見ることが出来たんだ?」

 

「元々のケルベロスは透明になることはできませんでしたから~?このケルちゃんは私のように特別な目を持っていない限り見ることはできませ~ん」

 

「じゃあ、貴女の目線で見ることが出来れば良いんだな?」

 

「………え?」

 

「私は人吉君を手伝いとして呼ぶよ。彼の『欲視力』は他人の視界を覗けるんだ。つまり貴女の視線も覗けるんだ。さて、人吉君、出番だぞ?」

 

「…おう、仕方ねえから手伝ってやるよ!」

 

「え、え?」

 

「さてさて………、一つ気になることがあるんだが。人吉君、君が見ている彼女の視界に、ケルベロスのケルちゃんは映っているか?」

 

「………いや?さっきから見えている視界には俺と海路口、それに他のメンバーしか映ってねえぜ?」

 

「それはおかしいな。彼女にはケルちゃんが見えると彼女自身が言っていたんだぞ?だというのに彼女の視線を覗いた人吉君には見えない。彼女の視線であるにも関わらず、だ。つまり……ケルベロスのケルちゃんなんか本当はいないんだろう?そうですね、廻栖野先輩?」

 

「え、あ、はい………あ!」

 

「さて、これで終わりだな。人吉君がこの能力を持っている以上、此方の敗北はあり得ないんだよ」

 

「………流石のお手並みだね。まさか倒すのではなくいないことを証明して見せるなんて………まあ、人吉クンもたまには役に立つようじゃないか」

 

「人吉君がいなかったら無理だったろうな。よっぽどのバカが起きない限りは不可能だったよ」

 

「……俺がいなかったら居なかったでなんかの方法を思いついてたんだろ?」

 

「いや、正直与次郎さんに任せるしかなかった。私のような戦法で行くと、どうしても圧倒的に不利だからな。だから、人吉君がいてくれて本当によかったよ」

 

「………カッ!」

 

「『流石だね四方寄ちゃん!』『僕を使ってくれなかったのは残念だけど』『僕の無念を晴らしてくれて本当にうれしいよ!』」

 

「そんなにおだてても何も出ないぞ?……で、これで全員が関門突破ということで良いんだな?廻栖野先輩」

 

「………!」コクコクコクコク

 

「そうか。なら、そのカボチャの仮面を外してくれ。普通に可愛い女の子がその恰好はあまりいいもんじゃない」

 

「………貴女、私のこと可愛いと思うの?」

 

「私はそう思うが。そういう男性が現れる可能性は高いと思うぞ?顔は端正だし、可愛い女の子が自分の為に普段と違う格好をしてくれることにときめく男子も多いはずだ」

 

「あ………」

 

「とりあえずは全員通過だな。与次郎さんが起きるまで…人吉君、おんぶを頼む」

 

「あいよ!」

 

「…では、最終関門、全員クリアーだな」

 

 そういって、我々は最後の扉を開け、屋上に続く梯子がある廊下へ足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 廊下を渡る最中、私は他のメンバーとコースの確認をしていた。どうやら私が通ったコースはほぼ禊と同じコースであったらしく、禊は『運命!?』といって騒ぎ一瞬にして財部さんと人吉君に鎮圧されていた。赤先輩を愛妾にしたところを話すと、全員が呆然と口を開け、疑問と聞きたくないという感情に裏打ちされた表情を浮かべている。

 

「…で、まさか十人全員通過なわけだが」

 

「この事態は考えていなかったね…。まあ、個人的にはもう誰が勝とうが良い気がするんだけれどね」

 

「そうだな。だから禊、変な気を起こさずついてきた方が無難だぞ?」

 

「『ヒドっ!』『まるで僕がここから裏切るみたいに!』」

 

「やるつもりだったろう?」

 

「『まあね』」

 

 うん、これで上に何がいてもいきなり禊が倒されるなんてことはないだろう。誰が一番最初に屋上へ行くのかを議論しながら、私達は廊下を渡っていった。

 

 

 

 

 

 

「ところでだな」

 

「ん?」

 

「私の副賞をまだ考えていないんだが、どうしよう」

 

「おまッ!まだ考えて無かったのかよ!良いから早く考えとけよ?」

 

「あと、会長様がいる可能性がある。出来る限り固まっていくぞ?先に男子、あとから女子だ」

 

「「「「「「「「はい(おう)!」」」」」」」」

 

「『えー』『僕はむしろ最後を………』」

 

「じゃあ私が先頭を行くから後ろに禊が来い」

 

「『四方寄△!』」

 

 

 



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役得。普通はこういう立場になるのって男だとおもうけど。

 さて、世界には常にIFが存在する。何かしらの選択をしたときに、選択しなかったもう一方の世界と分岐していくというのは、SFに限らず多数のジャンルで用いられることが多く、同時に些か繁雑になっている感は否めない。ある種のゲームでエンディングが多数用意されているのも、ある意味選ばなかった未来を形として残していると考えられるだろう。バッドエンドだとか、トゥルーエンドだとか。そして、現実世界でもそういうことは起こり得るというわけだ。たった一つの選択が、その後の進み方を大きく変えてしまう可能性は十分にある。例えば私の場合、会長様とコイントスの勝負をしたとき、もしも私がどちらでもないと選択していたら?私が会長様をリコールせず、唯々諾々とフラスコ計画に加担していたら?会長様が副会長戦で勝っていたら?など、選択肢が存在する場面は多々あるわけだ。そんなことをいちいち言ってしまったらそれこそ私が辿らなかった世界は無限にあると言ってもいい。さて、今日はそんな、本編では辿らなかった世界の一つを紹介しようと思う。今日のIFはごく最近の出来事だ。つまるところ何が言いたいのかというと。

 

「時計塔のルート選択を替えた場合だな」

 

「お前はいきなり何を言ってるんだ?」

 

「気にするな。気にしようがするまいがここでは何の意味もなさないからな」

 

「………お前がどこに向かいたいのか、俺はよく分からねえよ」

 

「分かったら分かったで大変だと思うぞ?人吉君の脆弱な精神で耐えられるかな?」

 

「ナチュラルに罵倒するのはやめてくれ!」

 

 

 

 

 

「それにしても、赤先輩以降まったくと言っていいほど手ごたえのない相手ばかりだな」

 

「お前………それはただ単にほぼ全部俺に押し付けてるからだろうが!?さっきの関門なんてお前殆ど動いてなかっただろ!?」

 

「いやぁ、私が出るまでもなく人吉君がデビルカッコよく蹴散らしてくれることを確信していたからな(笑)」

 

「声が笑ってんだよ!!」

 

 中々に注文の多い男である。そんな狭量だと女の子にもてないぞ?いや、もてないでくれるとかえって有り難いが。

 

「…けどまあ、確かにさっきの赤先輩みたいな難しい関門じゃなくなってるな。俺一人で十分通れるレベルだったし」

 

「まあ、頭を使う関門はそんなになかったし、あってもせいぜいが簡単な記憶力テストだったしなぁ」

 

「実際最初の暗号文で詰まらなければ、それなりにいけたんじゃねえのか、って感じだな」

 

「第二関門の読書対決でほぼ全裸になっておいて何を言う(笑)」

 

「………ごめんなさい」

 

 とはいうものの、実際問題少し難易度の低い関門ばかりでさっさと十二階まで来てしまった。この分だと結構早めに先行組に追いつけるのだろうか、などと思いつつ、扉を開ける。そこで目にしたものは………。

 

「大量の猫でした。気持ち悪い」

 

「お前は猫に恨みでもあるのか………?」

 

 

 

 

 

 十二階の関門を守っていたのは飼育委員長の上無津呂杖先輩だった。彼女のことをあまり知っているわけではないのだが、なんでも会長様と互角に戦える、数少ない人間なのだという噂がある。人吉君がその噂について無言で肯定してきたので、噂は今私の中で事実になったわけだが。そんな彼女が出してきた課題は(彼女自体はまだ現れていないが、動物を介して腹話術のようなもので伝えてきた)『猫追い犬(キャットドッグ)』、上無津呂先輩が腹話術を使っている猫を除き、総勢二十匹の猫がこの部屋にはいるのだが、それを残らず捕まえて中央に鎮座する檻の中に入れろ、ということらしい。

 

「困ったな」

 

「あ?それこそ海路口にとっては得意科目なんじゃねえのか?」

 

「犬の調教ならできるし、他の動物もやりようによっては可能だ。特に檻に入れ、というのは結構初期に覚えさせるものだからな」

 

「じゃあなんで………?」

 

「私は猫が大嫌いなんだ」

 

「ああまあ確かに言葉の端々からそれは分かるよ!」

 

 苦手ではないが、大嫌いなのである。理由は単純明快なのだが、そんなことは恐らく気にする奴もいないので語る気は一切ない。

 

「…で、だったらどうするんだ?」

 

「一瞬で終わらせる方法はある。が、それを使うと人吉君の出番が一切なくなるんだよなぁ…」

 

「はぁ?」

 

「唯でさえ影が薄くなっている人吉君の活躍場面を奪ってしまうと、このまま人吉君という存在がなくなってしまわないかと心配で心配で………」

 

「一応一話から登場してんだよ!いくら影が薄くなっても存在がなかったことにはならねえっての!!」

 

 まあそんなことは置いておくとして、つまるところこの関門、簡単すぎるのだ。某G先輩の能力を使えばその場ですべての猫どもを檻の中に収監する事は容易であるし、力自慢なのであればそれこそ檻を倒して猫が出られない位置に扉を持ってくることも可能だろう。人吉君なら後者でも容易だと思う。人外組に片足突っ込んでるし。

 

「なんか失礼なことを考えられた気がする!?」

 

「勘が鋭い餓鬼は嫌いだよ」

 

「フルメタルなアルケミーネタはいいよ!!」

 

 それはともかくとして、このような終盤の関門で、こんなに簡単な課題を用意してくるだろうか?むしろ他に何かしらの課題があるのではないだろうか、と勘繰ってしまうほどの難易度の低さである。

 

「…とにかくよ、俺らは早いとこ先行組に追いつかなきゃいけないんだぜ?さっさと終わらせなきゃな」

 

「………まあいいか。じゃあ、人吉君は檻の扉を開けてくれ。私はあそこにいる毛の生えた悪魔どもを檻に入れるから」

 

「どんだけ猫が嫌いなんだよ!?」

 

「アイツらを檻の中に入れるために禁忌と言われた能力を使いたくなるくらい?」

 

「猫にどんな恨みが!?」

 

「まあ実際禁忌といわれる能力があるかというと………」

 

「ないのかよ!?」

 

「まあいいじゃないか。さて、『檻に入れ』」

 

 私の、というかG先輩の能力によって檻の中に次々と入る猫畜生………と上無津呂先輩。どこから湧いてでた。

 

「…え?あれ!?」

 

「「…………」」

 

「な、なんで!?」

 

「………なあ、海路口?」

 

「………いや、流石に予想外だ」

 

 完全に予想外な事態に、私は少し混乱を隠せなかった。私が入るように命令したのは猫だったつもりなんだが………。

 

「…まさか」

 

「なんだ?」

 

「私の裏側の願望が発露したとでも言いたいんだろうか?いや、確かに私は常日頃から可愛い女の子を監k………」

 

「言わせねえよ!?」

 

 流石に冗談だって。

 

「冗談だよ。可愛い女の子を愛でるならまだしも、そんな鬼畜な所業は………」

 

「しないんだよな!?別に黙ったことに他意はないんだよな!?」

 

 人吉君は本当に弄ると楽しいなぁ(笑)。まあ、そんな話はとりあえず置いておくとして、である。

 

「………ああ、そうか。猫に限定してなかったからだ」

 

「え?………あぁ、なるほど」

 

「どういうことなのか説明してくれないか!?」

 

 つまるところこういうことである。G先輩の能力を使ったわけだが、条件指定をしなかったために、周囲にいた生物が巻き添えになってしまったわけである。

 

「じゃあなんで人吉君は無事なのさ!?」

 

「恐らくはこの能力を使うことを事前に知っていたことと、元々ある程度の耐性がついていたことが原因だろうな。本気でやったときには無機物すら従うという話は人吉君から聞いていたし、この程度だったら殆ど意識せずに耐えられたんじゃないか?で、貴女の場合は耐性がないことと、いきなりだったから心の準備が出来なかったことが重なったんだろう」

 

「ぬぅ………」

 

 それにしてもである。この状況………。

 

「なあ、これで課題はクリアーしたわけだし、丁度いい具合に私が鍵を持っている。このまま放って次のステージへ行っても問題ないんじゃないか?」

 

「いや、ダメだろ。まあ、さっさと次のステージに行きたいのはそうだけどさ、一応クリアーかどうかの確認はとらなきゃ」

 

 真面目だな、人吉君は。と答えてから、私は檻の中にいる上無津呂先輩にクリアーかどうかの判断を求めた。

 

「で、これでこの関門はクリアーなのか?」

 

「………いや、むしろここからが本来の関門だったんだけどね。『闘犬(ドッグファイト)』、ルールは至極単純で、目の前にいる相手を倒せっていうスポーツ格闘技の課題だったんだけど………って、そんなことはどうでもいいから早く出してくれないか!?」

 

「断る。そんな危なっかしいルールの課題なんかやりたくないからな。貴女を此処に閉じ込めたまま扉を開けて進むよ。どうせ貴女が最初に言った条件はクリアーしてるんだから、問題ない」

 

「問題だらけだ!?」

 

 そうか?と人吉君に聞くと、当たり前だろ、と返答が来た。既に関門の番人を無力化しているわけだからして、関門突破と考えてもいい気がするんだがなぁ。

 

「…だがなぁ、上無津呂先輩。私も人吉君も、スポーツマンシップにのっとったスタイルでの格闘技は本分ではないぞ?人吉君は瞳先生直伝のサバットがスタイルだし、私に至ってはスポーツ格闘技なんて修めていない。相手を無力化することはできてもその過程で怪我人が出ることは必至だ」

 

 つまり、上無津呂先輩が言うようなスポーツ格闘技に則った課題を達成する事は不可能なわけだが、というと、それには人吉君も同意してくれたようだった。

 

「…まあ、確かに明らかに素人なきみにこの課題は厳しいと思っていたところだ。分かったよ。もうちょっと簡単なルールに変更しよう。そうだな………私に一撃有効打撃を与えたら勝ち、っていうのはどうかな?ああ、勿論君たちのスタイルでやってくれて構わないよ。私は一切攻撃をせず、ただ君たちの攻撃を受け流すだけ。制限時間はそれぞれ五分間」

 

 そういって悠然と構える上無津呂先輩。その様子は流石会長様と対等に渡り合える存在と言われるだけのことはあると思う。ただ………。

 

「檻の中で格好をつけても猛獣がポーズをとっているだけのようにしか見えないんだが」

 

「だったら早く出してくれないかな!?」

 

 

 

 

 

 どこぞのジャパニーズソードな物語で守りに全て意識を割くから攻撃と守り両方に意識を割いている主人公が勝てないという存在がいたのだが、どうやらこの課題に於いても似たような状況が生まれるらしい。人吉君が先程から蹴り技を多用して上無津呂先輩に有効打撃を与えようとしているのだが、すべてかわし、いなし、受け止められている。既に試合開始からは二分が経過しており、残り三分の間にいかに有効打撃を加えられるか……というか、無理ゲーな感じがする。

 

「………人吉君はここでリタイアになるのかね。そうなったら私が態々進む意味もなくなるわけだが………」

 

「ほらほら、めだかちゃんと一緒にいる割にきみはあまり強くないみたいだね!そんなのでめだかちゃんの傍にいられるのかい?」

 

「まだまだ!俺は負けちゃいねえ!」

 

 お熱い事である。それにしても私が前に言った忠告は一切効果を為していないようだ。まあ、いきなり気をつけるというのも無理があるんだろうけれど。

 

「………人吉君、彼女は防御しかしないんだぞ?」

 

「ンなことわかって………そうか!」

 

 分かってなかったじゃないか。

 

「………此処だぁッ!!!」

 

「ンなっ………!?」

 

 その瞬間、人吉君は今までと比べ物にならない速さで上無津呂先輩の側頭部に蹴りを放ち、寸止めした。これは誰が見ても間違いなく有効打撃だろう。綺麗な回し蹴りである。………その後見事にこけていたけれど。

 

「つまりは残心の必要がねえわけだから、構えに戻ることは度外視していいわけだ。ちょっとしまらねえが、これで一撃だな」

 

「……いやいや、負けたよ。見事な回し蹴りだった。ちょっと彼女の助言のおかげな感は否めないけれど、それでも一撃は一撃だ。合格。………さて、次はきみだよ、海路口さん」

 

「………はてさて、どうしたものか………」

 

 

 

 

 

「言っておくが、私にはスタイルという物が存在しない。つまり、どういう攻撃であれ有効打撃になるわけだ」

 

「それは構わないよ。素人さんに空手のルールに則った有効打撃を求めるつもりはない」

 

「それは重畳。では、始めるとしよう」

 

 私達は若干の距離をとりつつ対峙する。とはいうものの、私は元々戦闘向きの人間ではないからあまり距離をとる理由もないのだが。相手は防御しかしないというのだから、距離をとるのは別に攻撃を恐れてのことではない。

 

「さて………有効打撃を与えるまでの時間は五分、なら、その間に思いっきり………」

 

「…………?」

 

「愛でることが出来る」

 

「ンなっ?ひゃッ、あぁっ!?」

 

「私はそもそも戦うつもりがないからなぁ、所謂殺気という物を出すことがない。つまり貴女に気配察知するだけの気配を与えることがないわけだ。当然打撃をする際には僅かながら殺気が発生するため、その前に貴女を無力化すると有効打撃も簡単に与えられるのではないかな、などと私は思うわけなんだが」

 

「や、ちょっ、どこ触って………!」

 

「人吉君には前もって『気絶しろ』と言っておいたからなぁ。一時は目を覚ますまい。私は元来可愛い女の子が大好きなわけだが、そこを行くと貴女は充分に条件を満たすわけだ。何やら別世界では私の役得が人吉君に阻まれたようだし、どうせこの時間軸は本編になんにも影響を与えないわけだから何をしたって構わないと思うんだ」

 

「構うッ……し、それに…何メタな……んッ、こと言ってるんだ……!?」

 

「さて、私は女の子を愛でる方法を数十通り持っているわけだが………そのすべてを五分間の間、楽しんでもらおうと思う。………覚悟はいいか?」

 

「い、いやああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

 

 

 

 

 

「………ん?俺は一体………」

 

「やあ、漸く気がついたな、人吉君。さっきは素晴らしかったぞ?着地こそ失敗して気絶してしまったようだが、見事に上無津呂先輩へ有効打撃を与えていた。いやぁ、あの蹴り技には私も感服の限りだ」

 

「…え?あ、そっか。勝てたんだ………あれ、上無津呂先輩は?」

 

「ああ、先ほど私との戦闘を終えてな、最大限時間を使ってしまったが、最後にお情けのようなもので有効打撃を入れさせてもらえてな、ちょっと疲れたからとそこで休んでいるよ?」

 

「………えっと、なんか顔が赤いみたいなんだが………?」

 

「がむしゃらに攻撃を続けていたからなぁ、素人の攻撃は意外と躱したりするのに神経を使うだろう?それでちょっと息が上がったらしい」

 

「……そう、なのか………?」

 

「さて、見事二人とも通行権を得たことだし、先に行こうじゃないか。先行組にも早く追いつかなければならないしな」

 

「あ、………ああ」



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あまりにも異常なまでにうまく行き過ぎたから、現実を疑うのは普通だろう?

 さて、優勝者には副賞が出るということだったが、最終関門を終えて脱落者はゼロ。まさかの全員突破という、かつてない(第一回なのだから当たり前だが)結果となった。ただ、最終関門を突破したところでこの状況というのは若干宜しくないものがある。つまり、誰が優勝するか―――――。此処までチームワークで勝ち残ってきたことで、惰弱な絆、脆弱な信頼関係が築かれたわけであり、此処でそういった仲間割れが起こり得る事象が出てくるというのは強固な不信感と頑固な嫌悪感の火種になりかねないわけである。そんな場面に直面した時こそ真の信頼関係が試されると言うが、こんな短期間で(異常なまでの結束力を持っている中学生組はともかく)中学生と高校生がそんなに強固な信頼関係を築けるとは思えない。………あ、そうか。この学園は普通じゃなかったんだったな。

 

「なんで私、この学校選んだんだろう………」

 

「それを考えるにはちょっと遅すぎるんじゃないか!?」

 

 

 

 

 

 ともあれ、屋上に続く梯子がある廊下を歩いているわけであるが、私は冒頭にあげた疑問がどうにも解決せず、若干悶々としながら生徒会のメンバーと研修生の少し後ろにポジションをとっている。なんと言えばいいのか、やはりあの和気藹々といった空気の中はあまり得意じゃないな。私が得意なのはやはり一対一………。

 

「別世界の私がうらやましすぎるだろう!?」

 

「どうしたいきなり!?」

 

 突如可愛らしい女の子を凌j………愛でているビジョンが脳裏に浮かび、思わず叫び声をあげる私。今の映像は一体何だったのか。叫んだ内容も覚えていないし。

 

「いや、きっとなんでもない。恐らくG先輩とかの能力の副作用だ」

 

「都城先輩の能力に一体どんな副作用があるんだよ!?」

 

「多分壁とか歩き出す」

 

「いや、それは結構できる奴多いぜ、この学園………」

 

 そう言えばそうだった。そう言えばそうだった………ッ!

 

「……ていうかさ、そろそろお前もこっちに混ざれよ。後続っつっても、最終関門はお前のおかげで突破できたわけだしさ」

 

「だから私はそこで謙遜などしないと言っただろうが。思う存分ふんぞり返るぞ?」

 

「…………」

 

「ま、そんな私が輪の中に入るより、みんなで讃えあえる奴らが集まった方がいいさ。人吉君もそう思うだろう?」

 

「俺は………そうだな、俺はそう思う。けどさ、お前がその中に入ってくれた方が俺は嬉しいぜ?」

 

「何このイケメン、萌えない(笑)」

 

「テメっ……もういいよ!」

 

 そういって輪の中に戻る人吉君。そういうところがなんとも正義側な人間だが、生憎私は裏ボスである。人吉君たちを評価こそすれ、残念ながら仲良くなんかできないわけだ。嘘だ。

 

「………だから、成長してる姿は見てて楽しいんだって。輪の中に入ると見えにくくなるだろう?」

 

 まあ、当然ながら聞き返す人はいなかったわけだけれど。

 

 

 

 

 

 屋上で思い出すのは、小学校の給食である。私の数あるトラウマの一つなのだが、天気がいいからと当時の担任が屋上で給食にしようなどと言ってきたのだ。当時小学校の屋上は近隣にビルが建設中で、よく塵芥が飛んで来ていたのである。つまりはそういうことだ。給食用の金属容器に盛られた米飯とプレートに盛られた主菜副菜、その上に降りかかる塵芥………。それ以来私は屋上で昼食を、と教師が言いだす度に仮病を使い保健室でご飯を(これも結構なものではあるが)食べていたのだ。二年で担任が交代していたため、二年の間に腹痛にかかること数十回である。

 

「それ以来屋上というのはあまり好きではない。最近はG先輩のこともあるしな」

 

「『その当時はそれほど気にしてなかったけど』『今思えばおぞましい事をやらされてたよね』『僕も今はご飯に牛乳なんて無理だなぁ』」

 

「俺は世界の料理週間ってやつで出たロシア料理(という名目)のボルシチが苦かったのが………」

 

 給食でちょっとした談議になっているが、この話の本題は屋上、つまり現在の居場所である。とはいえそれほど見るべきものがあるわけでもないのだが。強いてあげるならば目の前でサッカーユニフォームを着ている会長様くらいだろうか?

 

「ちょっと意味が解らないな。確かに今はW杯のアジア最終予選でちょっと熱くなっているが………」

 

「時事ネタを盛り込むな!あとから初めて読む人がなんのことか分からなくなるだろう!?」

 

「どこぞの作家は連載・単行本・文庫で時事ネタを入れ替えているというが………」

 

「此処の作者にそんなことが出来ると思うか!?唯でさえめんどくさがりなあいつが!」

 

「というかそもそも初見の読者の一体何割がここまで来れるのだろうかと考えると………」

 

「言わせねえよ!?」

 

 …ちょっと話が逸れたが、とりあえず理解できたのはどうやらここが所謂ボーナスステージとは名ばかりの、優勝決定戦であるらしいことである。奥からなじみちゃんがサッカーゴールを片手で持ってきたため、人数などから類推するに、PK戦らしきものをするつもりなのだろう。……あ、やっぱりそうらしい。あと、研修生諸君はもう少し違和感のない誤魔化しという物を覚えるべきだと思う。

 

「なじみちゃんの左手に関してはどうせ真面目に主人公サイドが触れるだろうから特に触れない」

 

「もうお前この研修回メタ路線でいくつもりだろ!?」

 

 最早人吉君もメタ発言路線で行くつもりなのではないかと思いつつ、聞くともなしに会長様の説明を聞く。PK勝負…ねえ。

 

 真っ先に挑戦しそうなのは阿久根先輩か?何気に真面目に対立していなかった禊も可能性としてはあるし、人吉君は阿久根先輩と禊への対抗心だけで挑戦しそうだな。恐らくその三人の後に研修生組が挑戦するだろうし、喜界島さんは陸上での競技はあまり得意じゃないから挑戦自体なさそうだ。私もまあ、此処まで来たのだから挑戦くらいはしてもいいかと思うのだが、何せ順番がなぁ。どうせ挑戦するなら勝てるところで勝負をかけたいし………。

 

「…とか考えてるうちに、最初は禊だったか。そういえば未だ和解は為されていないわけだが………」

 

 

 

 

 

「『…さて』『始めようか、めだかちゃん』」

 

「………いきなり貴様とはな。よかろう、かかってくるがいい!」

 

 そういうと、会長様の髪は白く染まった。乱神モードかとも思ったがそれにしては目に理性が感じられる。だからその染髪スキルはどうやって出しているのかと。

 

「『…でね、めだかちゃん』僕の真面目な一発を、できれば正面から受け止めてほしいんだけど?」

 

「……漸く貴様の心に触れた気がするな。今のお前なら好きになれる気がするよ」

 

「残念だけど、僕の心は四方寄ちゃん一筋だからね。じゃ、思いっきり…!」

 

 人のことを好きな会長様にとって、括弧つけない言葉は心に響くんだろうなぁ、と思いながら私はその場の流れを見届ける。禊が蹴ったボールは言葉通り真っ直ぐに会長様へと向かい………見事にキャッチングされた。会長様が少し後ろに下がったのはあれか、流石に本気を出した禊相手に身じろぎもしないほど人間を辞めているわけではないアピールか。

 

「……また勝てなかった。四方寄ちゃんに教えてもらった感覚とはまた違った感覚だな。めだかちゃん、君も君で、好きだぜ?」

 

「まさか後ろにずらされるとは思わなかったよ。…体よりもむしろ、心にキた」

 

 そういう少年誌な展開はやはり本誌でやって欲しいものだと思う。

 

「めだかちゃん、改めて、副会長の立場を全うさせてもらうよ。いつか君の寝首をかくために」

 

「……来るがいい。私はそれをいつでも待っているぞ?」

 

 黒神めだか対球磨川禊、対戦結果………挑戦者球磨川禊、敗北。

 

 

「次は俺がいきます」

 

「ほう、阿久根書記が次の挑戦者か」

 

「黒神めだかに挑戦するには、丁度いい前哨戦だと思いますよ。手加減なんかしないでくださいよ?俺は譲られた勝ちなんかに価値を見いだせない」

 

「バカを言うな。貴様相手に手加減をするほど私は甘くも慢心もしておらん!」

 

 そういって会長様の髪が黒く染まる。正直あまり好きな色ではないな。これならまださっきの白髪の方が綺麗だった。まあ、なじみちゃんにはかなわないのだけれど。

 

 とか言っている間にどうやら勝負は決着していたようだった。人吉君の善意による解説曰く、あの状態は『改神モード』といい、会長様の異常である、『完成(ジ・エンド)』と呼ばれるスキルを完成させるスキルの、その極致であるという。な、なんだってー(棒読み)。

 

「つまり、阿久根先輩はその完成されたモード(笑)の、唯一の弱点である、観察に重きをおいてしまう条件を見出して、魅せつけるシュートを放ったものの、副会長戦の際にはどうしても修得しきれていなかった黒神ファントム(ちゃんとした版)を使われてパンチングで弾かれてしまったと。どんだけ大人げないのかは知らないが、その負けず嫌いさは一体どこからくるものなのだろうな」

 

 会長様のネーミングセンスのなさに、人吉君の影響を感じるのは私だけか?

 

「言葉の端々に棘がある気もするが、一応その通りだよ」

 

 つまるところ、原作どおりなので全面カットだ。

 

「だからメタな発言はやめろと!」

 

 地の文が読めないんじゃなかったのか………?

 

 

 

 続いてはどうやら中学生五人による連携戦であるらしい。省略。

 

「某十万歳の悪魔閣下がセルフカバーした楽曲の冒頭みたいにしてんじゃねえよ!?」

 

 どうやら今回(も)人吉君は突っ込み役に回ってくれるようである。流石にやる気がなさすぎたか、と反省しよう。まあ、簡単に描写させてもらえば、五人によるチームプレーで視線を右左に翻弄させ、シュートを上手く決めようとするも、黒神ファントム(ちゃんとした版)により阻まれ、PK戦ではなくPK勝負である以上阻まれてもインプレーであると主張して(喜々津さん発案)ヘディングシュートを決めようとするも(鰐塚さん)、今度は普通にパンチングで阻まれ終了、という結果だった。

 

 次あたりに出ようかとも思ったが、どうやら喜界島さんが先に蹴るつもりであるらしい。まさかやるつもりになるとは思わなかった。副賞がそれだけ魅力的なんだろうけれども。

 

「だが残念だなぁ。改神モードを使うまでもなく止められてしまったか………」

 

 当然と言えば当然である。喜界島さんの運動能力の真髄は先程解説した通り、水中でこそ発揮される。無論基本的な運動能力がないわけではなく、少し複雑な陸上におけるスポーツ………、例えば球技だな。そういったものが苦手であるだけなんだが。むしろマラソンなんかは得意なはずだ。だが、残念ながら今回のボーナスステージはPK勝負。喜界島さんの最も苦手とするところである。蹴っても上手くボールが飛ばず、会長様の前でワンバウンド、きっちりとキャッチングされてしまった。

 

「………いよいよもって私が出なければならないか……ん?よし、良い事を思いついた」

 

「どうしたんだ海路口、いきなり悪そうな笑みを浮かべたりして」

 

 ………コイツはあとでお仕置きだ。

 

「…まあ、それはいいとして。人吉君、ちょっと頼みがあるんだが………」

 

 

 

 

 さて、私が何を思いついたのかというと、単純な話である。勝率を上げるためには協力プレイが必要不可欠だ、というのは喜々津さんが既に思いつき、実施したわけだが、そこから少し発展させてみた。というか非常に馬鹿げたものではあるのだが。

 

「私と人吉君は同時挑戦にさせてもらってもいいか?」

 

「うん?無論構わんが………随分と仲良くなったようだな」

 

「は?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

………………………………………………………。

 

「さて、それじゃあ人吉君、手筈通り頼んだぞ?」

 

「お、おう」

 

 そういって、私達は中央にボールをおき、そこから左右にそれぞれ分かれる。まったく同じだけ距離をとり、丁度ボールを集中点としたY字になるような感じの立ち位置につく。人吉君と目を合わせ、相手の呼吸を確認する。走り出すタイミングを完全に一致させ、まったく同じスピードを保ち、ボールに集中する。蹴る位置は左右対称に、力の入れ方も全く一緒に。言葉で表すのは簡単だが、実際に行動するのは難しい所業を、しかし私達は完全に遂行した。

 

「なッ!?」

 

 両サイドから同時に蹴ったボールは、生まれるべき回転がなく、所謂ブレ球として会長様の少し右を狙って突き進む。阿久根先輩が魅せた見事なシュートと、どちらが先に蹴るか、或いはどちらがフェイントであるかをミスリードさせるという候補生たちの作戦、その両方を兼ね備えたシュート。観察を主眼に置いた会長様の改神モードにおける弱点を極限までついた一発。ついでに。

 

「ちゃんとした黒神ファントムなんて言うが、質量のある物体が光速で動くなどということは『不可能だ』」

 

 自然界、というか人間の作りだした規則を、G先輩の能力で上乗せした言葉。黒神ファントム(ちゃんとした版)を放とうとした会長様は、しかしそのままその場で動けない。どうやらまだ会長様は人間を辞めていなかったようで何よりである。そのままサッカーボールはゴールネットを揺らした。

 

 

 

 

 

「――――という、夢を見たんだ」

 

「夢でも何でもなく現実だよ!!!?」

 

「じゃあ、幻想」

 

「現実だって!!!」

 

「人吉君、たまにはカッコいいところを見せたいからって、妄想を吐露するのはよくないんじゃないか?」

 

「お前こそ今までちゃんと流れてた話をぶった切って終わろうとしてんじゃねえよ!!?」

 

「まったく人吉君は叫んでばかりだなぁ。そんなことばかりしていると喉を壊すぞ?」

 

「………やっぱり貴様ら、仲がいいんじゃないか?」

 

「「………え?」」

 

「………ん?」



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一応この物語の主人公である以上、普通はこういう葛藤もしなければならないと思うんだ。

「さて、副賞に関してなんだが、以前にじファンで投稿していた際に頂いた意見から採用させていただいた。その際はたくさんの意見を頂き真に感謝している。と、土下座している作者が画面の向こうにいると思ってくれ。気持ち悪いだろう?」

 

「………なあ、一体何の話をしてるんだ?」

 

「メタになるから気にするな」

 

「その発言からしてもうアウトだからな………?」

 

 

 

 

 

「………もう一回だけ言ってみろ」

 

「いい加減覚えてくれないか?私の副賞は、『此処の候補者を含め、学園内の私の知人を、好きなときに、好きに衣装を替え愛でることが出来る権利』だと言っているじゃないか。ああ、一応会長様も入っているからな?」

 

「………よく聞こえなかった、もう一回言ってみてくれ」

 

「『学園内の知人を好きなときに好きな衣装で愛でる権利』が欲しい」

 

「………もう一度言ってくれ」

 

「『学園内の知り合いを、好きなときに好きな衣装で可愛がらせろ』と言っているんだ」

 

「もう一度」

 

「お前は冒険に出たくないひきこもり勇者を強制的に旅に出そうとする国王か?」

 

「…………どうやら夢ではないようだな」

 

 そういって崩れ落ちる会長様。珍しいものが見られたので写メをして不知火さんに転送してみる。しばらくして返信が来た。『何この光景(笑)マジで受けるんですけど♪』とのこと。まあ、私もお願いが通ってしまえばそれはそれで笑えるのだが。

 

 既に人影はない。私の副賞は今この場で言えるものではないから、と先に終礼を済ませ、候補生らを帰宅の途に就かせたのだ。そして、今この場には三人しかいない。一人は私、一人は会長様。

 

「で、どうするんだ?まさか会長様ともあろうものが副賞について異議を出すとも思えんが」

 

「いや……しかしな…」

 

「思いつかずギリギリになってしまったことについては会長様も同意した上のことであるし、今更反故にするのは人の上に立つ人間としてどうかと思うんだが」

 

「………」

 

 ………まったく、意外と遅いな。

 

「仮に反故にするにしろ、決断にこれほど時間をかけるなど、人の上に立つ者の裁量とは思えないぞ?」

 

「いや、だが実際生徒会メンバーだけで済まない事を私の一存で決めるわけには……」

 

「今までそういった場面は結構あったと思うが?フラスコ計画だって本当なら会長様の一存で潰すわけにはいかないものだったわけだが」

 

 と、私が会長様を虐めにかかろうとしたところで、人吉君が止めに入った。…漸くか。そう、三人目は人吉君だったのだ。

 

「なあ、海路口。もし副賞が出ないことに納得いかないんだったら、俺も副賞は辞退するからさ、そもそも副賞がなかったことにできないか?」

 

「……善吉、それはできん。私の不徳によって発生した問題に、貴様を巻き込むわけには…」

 

「けどさ、実際問題としてコイツの知人全員に許可してもらうなんて難しすぎるだろ。鬼瀬だって生徒会とは折り合い悪いし、マイナス十三組に至ってはめだかちゃんに良い感情を持ってるわけじゃない。不知火だって素直に言うことを聞く筈もないぜ?なら、むしろ俺が副賞を貰わないことで、コイツも無理してもらおうなんて思わないんじゃねえのか?」

 

「ぬ………」

 

 なるほど、中々に考えているじゃないか。私がどうすれば黙らざるを得ないか、その一部についてはちゃんとクリアーしている。まあ、及第点くらいは与えてもいいかとも思える。

 

「ふむ、確かに二人の優勝者の内、一方が副賞を貰えて一方が貰えないというのはあまりいいものではないし、そうなったら私は辞退もするだろうな」

 

「しかし、それは私の言葉に責任を持たないことと同義だ。海路口同級生がどういう難問を出してきたとしても、それが私の言葉を覆して良い理由にはならん!」

 

「…めだかちゃん、それはだめだ。それはいけないぜ」

 

 めだかちゃんの言葉にかなり顔を顰める人吉君。前々から言っていたんだが、私は人吉君を評価しているわけだ。そして、その真価が発揮される。

 

「今回無茶な要求をしてきてるのは間違いなく海路口だと俺は思う。球磨川の要求と同じくらいに。そんなむちゃな要求に、めだかちゃんはいま約束だからって理由だけで他人に迷惑を掛けそうになってるんだ。海路口の副賞を実現するために、そんなむちゃな要求を本気で実行しようとして、コイツの知り合い全部回って提案して無理にでもお願いするのか?海路口の願いをかなえるために、めだかちゃんは多数を犠牲にできるのかよ?」

 

「し、しかしな、善吉」

 

「しかしもお菓子もねえんだよ。めだかちゃん、お前はいま、生徒会長なんだぜ?生徒の安全と安心と平和な生活を守る立場の人間なんだぜ?お前が守るべきなのはなんなんだ?無茶な副賞のお願いをかなえるというプライドか?それともコイツらの知人を守って、コイツをなんとか説得するという黒神めだかという人間か?」

 

 ………うむ、やはり間近で人の成長を見るのは楽しいものだ。私には起こり得ない事態をどんどん見せてくれる。

 

「まったくもってその通りだな。人吉君はどうやら非常に成長してくれていたようだ。会長様、私は確かに副賞にとんでもない物を要求している。だが、それは本当に与えるべきものなのか?貴女の立場で、約束だからと許可して良い類のものか?なるほど、確かに約束という物は非常に重いものだと思う。私も自身が守れる約束であれば、全力を賭して守るという人間だ。社会的規範だからな。だが、貴女が受けたそれは、守れる約束で、かなえられる願望なのか?かなえるとして、一体どれだけの人に迷惑をかけるんだ?自分の言葉にとらわれるあまりに、他者をないがしろにする、それは貴女の本意ではないはずだぞ?」

 

 私は此処まで一気呵成に言い、会長様の言葉を待つ。会長様は混乱しつつ、しばらく沈黙を守っており、これはもう一言必要なのだろうか、と思ったところで人吉君が会長様へ語りかけた。

 

「…もし、めだかちゃんがそれでも自分の矜持に固執しているなら、めだかちゃん。お前は間違ってるぜ?ちょっと前までの俺ならこの言葉、直に撤回する事になったかもしれねえが、俺はめだかちゃんに嫌われてもいい。めだかちゃんがそんな人間になり下がるのを阻止するためなら、それくらいは安いと思ってるんだ」

 

「………善吉ぃ…」

 

「…さて、敢えて空気を読まずに言わせてもらうぞ?いつも読んでないだろうなんて言われても答えないからな。黒神生徒会長、私の副賞、受理するか、否か」

 

「……申し訳ないが、私にはそんなことはできん。お前の副賞は、受理しない」

 

「人吉君の副賞も一緒になくなるが?」

 

「…善吉?」

 

「カッ!構わねえよ。俺が原因で女子がコスプレして海路口に愛でられなきゃいけなくなったとか言われたら嫌だしな!」

 

「…そうか。では、今回の優勝者への副賞は無しだ。すまない」

 

「ふむ、わかった。…会長様、いや、黒神めだかさん。会長として、その解答こそがベストだと思うよ。良い決断だ。そして、これで私はちゃんと貴女を生徒会長と認められる」

 

 その言葉に怪訝そうな顔を浮かべる会長様。無理もないだろう。実際もうすでに会長職は彼女の手にあり、私が認める必要もないんだから。

 

「人吉君には無理してお願いしていたんだが………。私のリコールを頼んだときからだから随分ハードにお願いを続けてしまったな。めだかさん、私が会長であったころ、生徒会の機能はどういったものだった?」

 

「事務的な意味ならば、きっと私以上の働きが出来ていたはずだ。そもそも私はリコールをするつもりなどなかったんだから。善吉と周りから説得されたからこそ、立ち場的に一番上に名を連ねただけだしな」

 

「そりゃあ乗り気になるとも思えないよな。実務は私も普通にこなしていたからな。いいか、会長職というのは本来調整役だ。学園内で起こるいろいろな事象をあちらこちらにお伺いを立てて解消していく。実際そんな書類が多かったのは言うまでもないだろう?そして、リーダーシップ。本当なら生徒会の長に必要な能力じゃない。私でも務められたんだからな。だが、リーダーシップは生徒会に必要なのではなく、生徒に必要なんだ。自分たちを守り、引っ張ってくれる存在。それが必要だから、生徒会長にはリーダーシップが求められる」

 

 此処までは分かるよな、と聞くと、会長様は当然だとばかりに頷く。

 

「そう、私に足りないものはリーダーシップだった。残念ながら人望はなくてね。だが、それでもマイナス十三組の暴挙を止めた、というところで一応の評価は受けてしまった。あの時に解職しておかないと、しかも私が解職した貴女が奪還しないと、生徒会は形骸化していっただろう。あの時点では未だに私の方が事務能力も高かったしな。人吉君にお願いして、署名を集めてもらっていた。私のスキャンダルをネタにしてね」

 

「……あれは、貴様の自作自演だったと?」

 

「私には成長がない。貴女には成長しかない。貴女には人望があり、私にはない。高校というちっぽけな箱庭の中で、安心して生きるには心優しいリーダーが必要だ。そのために、私は会長様に育って欲しかった。会長職を通じてね。今回が仕上げだ。これで貴女は、ちゃんとNOが言える存在になった。約束に固執する人間ではなくなった。貴女は………会長として最高の人物になった」

 

「………!」

 

「私に成長を見せてくれて、本当にうれしく思うよ。これで生徒会長になるための成長は完了した。後は……」

 

「…ああ、より良き生徒会長として、成長していくことを約束しよう、四方寄」

 

「ん~…最後の最後で残念だったな」

 

「何がだよ。十分な意気込みがもらえたじゃねえか」

 

「生徒会長も大事だが、それ以上に……貴女という人間として、成長していけ。自分があこがれる自分になるために、努力していけ。人吉君は当然、サポートしてくれるさ。ときに諌め、ときに宥め、ときに共感してくれる、多分最高のパートナーだと思うよ。二人して、頑張っていけ」

 

「「……………ああ、勿論だ!」」

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなわけでオリエンテーションは終わったわけだ。私はどうせだからと後片付けの作業を一人で行い(手伝うと言ってきた奴らは説得して帰らせた)、いまはあらかた作業も終了しているところである。

 

「やあ、四方寄ちゃん。オリエンテーション優勝おめでとう」

 

「ああ、なじみちゃんか。ありがとう。中々に楽しかった」

 

「………きみには本当に驚かされるぜ、まさか人吉君を優勝させちまうなんてね。彼は『僕にとって第一候補だったんだけど』」

 

「………やはり人吉君を狙っていたのだなぁ。私は一番狙いやすい人間に近づいていただけなんだが、その様子だとどうやら本当にそのつもりだったか。会長様達の絆を分裂させ、人吉君を主軸にフラスコ計画を進行するつもりだったんだろう?」

 

「お見通しなんだね、その通りさ。だが、まさかまさかの展開だったよ。君という異分子(イレギュラー)がいたことで、僕の計算はえらく狂ってしまった」

 

「それは申し訳ないな。私にできることであれば出来る限りの詫びをするが?」

 

 そこまで言うと、なじみちゃんはしてやったりといった顔で、私に話しかけてきた。まあ、それもこれも元々は私の行動に繋がる話だったわけだし、今更そんな顔をしたところで最初から顔が割れている黒幕ほど怖くないものもなく、私はその顔をとりあえず左右に引っ張ることにした。

 

「いふぁい、ふぁふぃふんふぉふぁ!?」痛い、なにすんのさ!?

 

「そういう如何にも企んでます、っていう顔を見ると自然とな、なんだか抓って伸ばしたくなるんだ。………で、一体何をたくらんでいるのかな、可愛い可愛い安心院さんは?」

 

「え………?なじみちゃんじゃなくて………ああ、そうだね、たくらみだね。僕の企みに乗る気はないかな?あの二人が成長した今、どうにもアレを切り崩すのは難しそうでね、そこを行くときみは結構簡単に………」

 

「安心院なじみ、一体どれだけ生きているかは知らないけれど、我らの大先輩よ。私の持論なのだが、年寄りはどうにも話が長くて宜しくない。もっと簡潔に話してくれないか?」

 

「………そうだね、きみみたいに相手の裏を簡単に読める人間に言葉を飾っても仕方がないよね。単刀直入に聞こう………」

 

―――――――フラスコ計画に、加担する気はないかな?―――――――

 

 

 

 

 

 

 私は自室のベッドで休んでいる。昼間に言われたことを反芻しながら。それは私にとってある種とても恐ろしい提案で、おぞましい提案で………魅力的な提案だった。

 

「完全な人間なら…成長もできるのだろうか」

 

 私には、私の血統には常について回る、無成長ぶり。私がフラスコ計画の検体になって、完全な人間……というか、成長できる人間になれるのなら………。

 

「あの時に、泣けたのだろうか?…あの時に、怒れたのだろうか……、あの時に………」

 

 自問が頭を駆け巡る。当然だろう、そこまで心を揺さぶられるほどに、魅惑的な提案だったのだから。

 

「……もしかしたら、『アレ』だって解決できるかもしれない。一京のスキルを持つなら………」

 

 私は淡い期待に胸を包まれる。我が家系の祖からの悩みが、解決するかもしれない大事なのだ。

 

「…誰に聞いても、多分答えは同じなんだろうからなぁ」

 

 恐らく親戚は諸手を挙げて賛成するだろうし、両親も反対はしないのだろう。我々がずっと抱えてきた課題の、足がかりをつかめたのだから。

 

「結局………私が決めるしかないんだよな。………返事は明日、か」

 

 そんなことを考えつつ、既に深夜と呼んでもいい時間を迎えた私は、過去に思いを馳せつつ眠りについた。



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過去編につき、読まなくても問題ない。むしろ不快感を示すかもしれないから読まない方が良いかもしれない。

 海路口家。その歴史は古く、未だ世に呪いの類が跋扈していたころからの旧家である。とはいえ、特に何かしら大名の系譜であるとか、または公卿の一角であったとか、そういうわけではなく、かといって豪農であったわけでも、豪商であったわけでもない。唯長く続いている家などどこにでもあるわけで、世間から注目を集めるような家でないことは確かなのだが、この家の少し特殊なところは、一族全てがある程度の地位についていたことである。その分野を問わず、決してトップに立つことはなくとも、一定以上の地位に必ず一人は海路口家がいる……、だからこそ、世間からは注目を集めないものの、社会からは常に注視される立ち場であった。音楽でも、政治でも、医療、教育、スポーツでも……それは偏にこの家の特殊性を物語っている。最早異常、と言ってもいいのではないかと考える人もいるだろう。だが、これは決して異常ではない、と海路口の人間は言う。曰く、「私達は唯『学蒐』してきただけだ」と――――。

 

 

 

 

 

「……そうか、(かなえ)が死んだか」

 

「あれは貪欲でしたから。葬儀は明日の予定のようです。宗主として出ないわけにはいかないかと」

 

「無論、出る。愛しき弟だからな。……貪欲になるなとあれほど注意したというのに……」

 

「一つ、気になることがあるんです。鼎の娘のことなんですが」

 

「四方寄か?あの子がどうした」

 

「少し、私達の家系からすると『変わっている』と言いますか……」

 

「変わっている?」

 

「あの頃の子どもは『学蒐』を上手く使えません。見ても、知っても、理解できないからですが」

 

「それはそうだろう。おかげで我が家系は文字が書けるようになるのが遅い。まあ、できてしまえば直に達筆になるが」

 

「あの子はこの前、文字を普通に書いておりました」

 

「あの子は既に四つ。そろそろ書けるようになってもおかしくはないが……?」

 

「ええ、そろそろだろうと先生として向かったんです。ただ、やることは特にありませんでした」

 

「……なに?」

 

「一度文字を見ただけで、スラスラと書けるようになっていました。ちゃんとした文字を、しかも漢字を含めて、私が持っていったお手本の文章を書いてしまいました」

 

「それは……」

 

「不思議に思い聞いてみたんです。そうしたらあの子、「一回見たから出来た」って」

 

「……これはまずいな。あの子の意思とは関係なく……」

 

「とにかく、早めに対処をしないとと思ったんです」

 

「それで?」

 

「私達が出るまでもなく、和泉が対処してましたよ。『そんなことしちゃつまらないから、やっちゃダメ』って」

 

「はあ!?……まったく、和泉姉さんは」

 

「貴方の従姉としても、海路口の人間としても、変人だとおもいます」

 

「……とにかく、今は様子を見るだけにとどめよう。未だ子供だ。家の特異性はもう少し後になってから教えよう。その方がきっといい」

 

 

 

 

 

 海路口四方寄、四年三組に所属し、クラス内では頼れる姉のような存在。決して自ら主張こそしないが、いじめに発展しそうな場面があったら直に諌めるなど、他者に対しての観察力は小学生離れしている。普段の性格は至って温厚で、若干子供らしくない面はあるものの、教師からの信頼も高い。教師に対して敬意をしっかり払っており、このころの子ども特有の反抗的な態度は見られない。

 

「……この子なら、きっと僕のお願いもちゃんと聞いてくれるよね……?」

 

 すっかり日も暮れ、他に人のいなくなった職員室、そこで一人の若い男が生徒資料を眺めていた。自身の担当するクラスの生徒というわけでもなく、そもそもの担当学年も違うのだが、男は熱心に資料を眺める表情には、愉悦と慾情に染まり、聖職者などと言われる教師の目とは思えない。教職について七年目になるこの男、決して容姿が悪いわけでもなく、職場に限らず女性からはそれなりにアピールを受けているのだが、それらの一切を受け流し、浮ついた噂の一つもない。それもそのはずで、先ほどからこの男が目を通している生徒資料は、どれも女子のものばかりである。つまるところこの男は、所謂ロリコンという存在だった。

 

「見た目もかわいいし、この子だったらきっと僕のコレクションでも一番になれる……!」

 

 どうやらこの男、今までの赴任先でも似たような行為に及んでいるらしく、四方寄以外にも数人の女子生徒の資料を見ながら、いやらしい笑みを浮かべている。

 

「この子は最後にしよう。こんな子は意外と篭絡しにくいから、きっと楽しめる……」

 

 一言また呟き、男は資料を閉じる。そのまま元の場所に戻し、何事もなかったかのように自身の席に戻りながら、もう一度いやらしく笑った。その後、男は自身のパソコンの電源を切り、警備会社に連絡を入れてから帰宅したのであった。

 

 

 

 

 

「で、今回の喧嘩の原因は?」

 

「コイツがいきなり殴って来たんだ!」

 

「ちげえよ!コイツがぶつかったのに謝りもしなかったから!」

 

「互いに相手が悪い、と」

 

「「う……、はい」」

 

「じゃあ、お前ら両方が悪いんだろう。そもそもぶつかったときに謝れば殴られなかったし、殴らずに言葉で謝って、と言えば喧嘩にもならなかったわけだ」

 

「でも!」

 

「だって!」

 

「別にボクは喧嘩をしたことを怒るきはないよ?だが……その喧嘩に巻き込まれて、女の子が一人泣いちゃったんだ。覚悟はいいね?」

 

「「ひいぃぃ!?」」

 

「お互いに謝る前に、まずはその子に謝って来い、バカかお前ら!」

 

「「ご、ごめんなさーい!!」」

 

 まったく、と一つため息をついて四方寄は二人の男子生徒を見送った。四方寄にとって彼らは非常に幼く見える。いや、見えるという表現はおかしいかもしれない。四方寄にとって、彼らに限らず、同級生、いや、恐らくは小学生全体が幼いものであることは、断定してもいいほどに揺らぎない事実であるのだから。小学校に入学してしばらく、自分と他者の思考力に差があることに驚いた。彼らは自分のように合理的な判断が出来ず、思考より先に行動をしてしまう存在なのだ、と。それとほぼ時期を同じくして、伯父から自身の家系、海路口家の特殊性について学んだ。『学蒐』、海路口の家の者なら誰もが持つ、便利で、不便で、有り難く、忌々しい能力。それは四方寄にも例外なく授けられており、その能力の恩恵と呪縛に苛まれている。

 

「しかし、いくらなんでも四年生にもなって取っ組み合いの喧嘩とは」

 

 やはり理解できない、とまたため息をつく。幸せが逃げる、と人は言うのだが、もはや癖になっているらしくこればかりはどうしようもない。その後も僅かな時間で三度ほどため息をつき、次の授業が始まるまでの退屈な(本来小学生に限らず学生にとっては授業こそ退屈なものなのだが)休み時間を無為に過ごしていた。

 

 

 

 

 

「ただいま、おかあさん、母さん」

 

「お帰りなさい」

 

「いつも思っているのだけれど、本当に紛らわしい呼び方をするわね、貴女」

 

「一応区別がつくようにはしているんだけれども。伯母さんと言ったときの母さんの表情といったら……」

 

 まあ分からないでもないのだけれど、と答えるのは四方寄の実母、和泉である。四方寄が成長すればこのような容姿になるだろう、と思えるほどによく似通った顔立ちをしており、また、実年齢よりも若干若く見えるため、和泉と四方寄、伯母である和江が並んだとき、姉妹と母親と間違われることもしばしばある(間違った者は大抵の場合和江によって矯正されるのだが)。

 

 四方寄の父である鼎が亡くなってすぐ、四方寄たちは宗家である(あがた)の家に引き取られた。元々が両親ともに宗家の近縁であったことや、四方寄自身の能力が一族の中でも特異であったことなど、宗家との同居の理由は数えればきりがない(実際には当然あるのだが、敢えてこのような表現を使う)のだが、当時僅か四つの幼子であった四方寄にとって、そういった事情のどれほどが理解できていたかといえば、実際殆ど理解できていなかった。せいぜい理解していたのは、伯父と伯母が追加で両親のような存在になったらしいことであろうか。

 

「ん?帰ってきてたのか、お帰り」

 

「ただいま帰りました、父上。……またピアノですか?」

 

「この間依頼されたお客さんがいただろう?あそこの紹介でフルコンのオーバーホール依頼が来たんだよ。日本メーカーだったりいまでも作ってるメーカーならそっちに回すんだけどね、もう作ってないところだったから俺が引き受けたんだ」

 

「どおりで。また全塗装もするんですか?」

 

「いや、あっちのリクエストがあってね、木肌が見えるような塗装にするんだ」

 

「また見せてください」

 

「勿論。……ああ、そうだ。今日は後で和江の処へ行きなさい。今日あたりが多分丁度いいから」

 

「あら、確かにそうね。じゃあ、後でいらっしゃいな。多分今日あたりで最後になるから」

 

「ああ、もうそんな日だったのね。じゃあ、義姉さん、お願いしますね?」

 

 恐らくこの場に第三者がいたら、会話の意味を一割も理解できなかっただろう。それだけ家の者には語るまでもないほどに明快なものであり、他者には面妖なものだということなのだが。

 

 具体的に何をするのかと言えば、この一族特有の異能、『学蒐』を自身のモノにするための口伝、要するに講義のような物である。海路口の者であればだれもが有している異能だが、ちゃんと活用するにはその本質を理解し、知覚し、経験する事が肝要になってくる。あまりに幼いとそもそも理解が難しい(経験不足による知識量の少なさが原因である)ため、ある程度の年齢になってから教えるのが通常なのだが、四方寄もそれに洩れず、十才という一つの区切りとなる年齢で今回の講義と相成ったわけである。

 

「……しかし、もうそんな年齢になるんだな、俺も老けたわけだ」

 

「黙れ若づくり」

 

「義姉さん、言葉が荒くなってるわよ?」

 

「あら、いけない。でもねぇ、この中で一番年上に見えるのが私というのはどうにも腑に落ちないわ。和泉より二つも年下なのに」

 

「まあ確かに、私が一番年上ですけれど。でも、三十二にもなって高校生と間違われるのも結構屈辱よ?」

 

「とりあえずボクは人並みに成長したいです」

 

 しばしの談笑の後、縣は工房に戻り、和泉と和江は台所で夕飯の支度を始めに戻った。四方寄は縣の工房に運ばれたピアノを眺めるため、今日出された分の宿題をさっさと終わらせるべく自室へ向かった。

 

 

 

 

 

 四方寄が暮らす家、海路口本家はそれなりに広い。親族の集まりなどがある場合を想定しての作りであるらしく、襖さえ取り払えば数十畳ほどになる座敷が庭と隣り合う形であり、そこを中心に茶室や台所、各人の私室など、簡単に表現するなら田舎にある旧家とでも言えばいいだろうか。そんな海路口本家のとある一室、和江の私室として使われている洋室で、四方寄と和江が向かい合って座っていた。

 

「じゃあ、始めるわね」

 

「よろしくお願いします」

 

「まず、私達の家系に伝わる異能、『学蒐』については理解しているかしら?」

 

「対象を『見る』『知る』『理解する』、この三つの工程を終えたとき、その対象を習得できる異能、ですか?」

 

「そうね。まあ、副次的な能力で『常識的でない能力』の無効化なんてのもあるんだけれど。じゃあ、具体的にどうするのかというと……そうね、私が今から簡単な手品をするわ。それを『学蒐』してみなさい」

 

 そういって和江はボウルを取り出し、その上をさっと一振りした。その中にはいつの間にか水が入っている。手品とはいうものの、タネも仕掛けも、言葉通りにないものだった。

 

「……なにもないところから水が出てくる。空気中には無数に水蒸気があるということをボクは知っている、これは空気中の水分を任意の場所に集める『異能』ですね?」

 

「はい、その通り。私の知り合いが持っていたスキル、『生い恣意水(デザートウォーター)』よ。少しだけ間違いを正すとしたら、『知る』ということは異能の名前まで知らなければならないわ。だから、よっちゃんの言葉だけでは使えなかったわね」

 

 そう言いながらボウルに入った水を今度は消してしまう和江。四方寄は自身の解答にまだ間違いがあったのかと一瞬戸惑ってしまう。

 

「ああ、これは別のスキルよ。『化室突(エアコン)』って言うの。湿度を調整できるスキル。よっちゃん、もしも人の持つ能力を『学蒐』したいのなら、推理力と話術を身につけなさい。推理力は異能の推察に、話術は情報の引き出しに有用だわ。ただ……、これだけは覚えておいてね」

 

 そういうと、和江は真剣な口調で四方寄に説明を始めた。

 

「『学蒐』という異能には重大な欠点があるの。非常に便利な能力な気がするし、実際便利ではあるのよ。でもね、私達は非常に強く『規則』に縛られるわ。学習したルールから外れることは非常に難しいの。融通のきかない人、と思われたりもするかもしれないわ。そしてもう一つ。一番重要な欠点はこれね。いくら便利だからって多用しすぎるのはいけないわ。私達は異能を持ってこそいるけれど、唯の人間なの。個人差はあるけれど、得手不得手はあるけれど、『許容量』を超えてしまったが最後、私達の脳は『壊れちゃう』のよ。普段生活する分にはそんなに容量をとられることはないんだけれど、『異能』を学蒐すると非常に容量を食うわ。だから、もしも覚えるとしたら、本当に必要なものだけにしなさい。よっちゃんの資質に沿ったものであれば、たとえ異能でもそこまで容量を食うわけじゃないから。それでも普通の技能に比べればとんでもない量なのだけれど」

 

 そういって一つため息をつく和江。よっちゃんの場合はねぇ……、と一言つぶやき、更に続けた。

 

「もう少し先があるのよね。貴女が小さい頃に見せてくれた、『学蒐』ともいえない異能、『見た』だけで自分のモノにする、そんな異能が」

 

「……確かに、ボクは『知る』『理解する』、この二つの工程をすっ飛ばしちゃうことが出来ます。けど、今まで殆ど使ったことはありません。おかあさんから『つまらないからやめた方が良い』って言われてますから」

 

「そうね。出来る限りそうした方が良いわ。そっちの異能は私にも教えることは不可能だし……まあ、貴女が年を重ねていく中で、自分のモノになりきると思うわよ。そういう意味では、私達にとってちょっとうらやましいわね」

 

「どういうこと?」

 

「私達の家系は代々『成長がない』のよ。他人の能力ありきでしか生きられないし、それを他人のモノ以上にはできない。だけど、貴女はほんのちょっととはいえ、私達の家に成長を呼び込むことになるかもしれないわ。……うらやましいと言ったけれど、同時に心配でもあるわね」

 

 そこで言葉を止め、暫し沈黙が部屋を包む。和江は「まあ、今言っても仕方ないわ。さ、続きを始めましょう?」といつもの少しのんきそうな表情に戻り、四方寄もそれ以上は入り込まないほうが良いと考えたのか、その言葉にうなずいた。

 

 

 

 

 

「……キャパシティーオーバーか。父さんの死因は確か……脳卒中だったかな。……まさかね。あるわけない。そんなこと……あるわけない」



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吐き気を覚えるかもしれないので、読まない方がいいと思うが。

 小学校という場所は、恐らく子どもにとって一番最初に経験する特殊な空間であろう。似たような年齢の存在と共に一日を過ごす、遊戯の時間はあまりなく、授業という学問を修めるための時間が大半を占めることになる。それに、物心ついてからであれば最長の六年間の義務教育期間。その中で集団心理という物に侵され、集団行動という物を刷りこまれ、集団という個を尊重しない状況に疑問を抱くことなく、子どもたちは日本人になっていく。それは殆どの子が特に波乱もなく過ごしていくものであるが、体調やその他外的要因によって、僅か六年間に(十二年間の内六年間と言えば僅かとも思えないが)いくつもの波乱を迎えなければならない子どももいる。そして、どうやら四方寄もそちらの人間であるらしかった。

 

 

 

 

 

 四方寄は自身の所属するクラスに於いて全体を見渡し、教師が出るまでもないようなトラブルの仲裁などに努めるといった立場であった。良く言えば相談役、身も蓋もない言い方をするなら体のいい便利な人間である。おもに教師にとって。つまるところ、教師が頼みごとをしやすい生徒であるため、結構な頻度で何かしらの手伝いを頼まれているわけである。四方寄にとって、その日の手伝いもいつもと同じようなものだと思っていた。

 

「理科準備室にこれを持っていくんですね?」

 

「うん、そうなんだ。僕一人だけだと嵩張っちゃってね。女の子に頼むのもあまりいいとは思えないんだけど、他の子だと途中で遊びだしちゃうから」

 

「まあ、一部男子だと可能性は否めませんね。それにしても、いくら担任の先生が病欠だからって担当学年も違う先生が臨時で来るとは思いませんでした」

 

「うん、まあ、そうなんだけどね。僕は専科担任で、一応六年担当だけど、あまり出番がないから。一番暇なのがバレてるのかもね」

 

 そうなんですか、と気を使わない返答をしながら、二人は連れ立って歩く。理科準備室、というのは専科担任が授業で実験などをする際にある程度の器具や資料を準備するための教室で、普段はあまり使われることはない。各学年ごとに実験の授業があるのは週に一時間程度、しかもその中でも理科室を使う実験は半分程度だ。そのため、使われないときはあまり人も立ち寄らず、常に若干の薄暗さがあり……これは人気がないことも影響しているのだろうが、とにかくなんとなく陰鬱とした雰囲気に包まれている。

 

「いつもあまり人がいないからかな、此処は学校の中でも静かだね」

 

「そうですね、こういうところはちょっと落ち着きます。あの喧騒の中は嫌いじゃないですが、たまに疲れるので」

 

「はは、じゃあ、次の授業はさぼっちゃう?」

 

「先生、なにを言ってるんですか。ボクが居ないと教室が混沌となるのはご存知でしょう?」

 

「だからだよ。いつも頑張ってる海路口さんに、ちょっと先生からご褒美をあげたいんだ」

 

「はあ……?」

 

「先生のお手伝いをしてもらうから、ってもう許可もとってあるから、此処でちょっと僕と遊ばないかい?」

 

 四方寄は実際、子どもの相手というのに若干の疲れを覚えていた時期ではあった。一日に一度は起こる取っ組み合い、昼休みには必ずグラウンドの場所取りで他学年と揉め、その仲裁。夕方にはあの男子に告白したいなどの女子からの相談。私は学校に何しに来ているのか、という疑念を思わず持つほどに、四方寄はクラス内の雑事に忙殺されていた。この男の好意に甘え、若干の休養がとれるのであれば、それもいいかと考える。

 

「わかりました。でも、この時間しかダメですよ?多分一部の男子が暴走しますから」

 

「まさか。四年生にもなってそんな分別のない行動をするとは思えないよ」

 

 教師にとって恐らく四年生というのはそういう存在なんだろう。低学年の生徒に比べ、ある程度集団生活にも違和感を感じなくなり、授業という時間をしっかり認識している時期の存在なのだろう。だが、それは教師の側から見た彼らだ。実質はどうかと言えば、まだ子どもである。更に体力が本格的につき始め、性意識の確立も始まることにより、トラブルはむしろ低学年の頃より増えてくるし、その質も変わってくるのだ。

 

「……さ、此処には僕が常備してるお菓子もあるんだ。みんなには秘密だけど、海路口さんには特別にあげよう。頑張ってるご褒美だからね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 そういってお菓子をいくつか貰いながら、男性教師の淹れたお茶を飲む。午前の授業は次で終了だからゆっくりできることに少しの安心を覚えつつ、四方寄はいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 次に四方寄が目を覚ましたのは、保健室のベッドであった。時計に目を向けてみると、既に午後四時を指している。完全下校の時間まで後しばらくという時間であり、流石に四方寄は驚いた。確か自分は理科準備室で先生と談笑をしていたはずである。ところが気がつくと時間はかなり経過していて、場所も保健室のベッド。事情が把握できない様子の四方寄に、起きたことに気付いたらしい保健医と男性教師が近寄り、話し始めた。

 

「どうやら疲れがたまってたみたいね。先生がお昼休みのときに連れて来てくれたのよ?」

 

「大丈夫かな?急に寝てしまったから、ちょっと床に体を打っちゃっててね、どこか痛いところはない?」

 

「……強いて言うなら少し腰が痛いかもしれません。お尻から落ちちゃったんでしょうか?」

 

「多分ね。歩ける?」

 

「大丈夫だと思います。すいません、ご迷惑をかけちゃいました」

 

 二人は気にしなくていいと返し、大丈夫みたいならもう下校の時間だからかえりなさい、と帰宅を促してきた。確かにいつも帰っている時間から考えれば、少し遅めでもある。家には連絡が言っているだろうけれど、もう帰った方が良いと判断し、四方寄は二人へ礼を言い、下校した。

 

 

「……あれ?こんなところに怪我なんかいつの間にしたんだ?」

 

 帰宅後、夕食を済ませ風呂に入っている四方寄は、自身の手首に青くあざが残っている事に気がついた。普段から男子の喧嘩を仲裁するときに相手の拳が当たったりすることなんかはざらであるため、怪我自体はそこまで不思議でもないのだが、この位置にできるようなことはここ最近していない。覚えがあるとしたら理科準備室で寝てしまったことだが、それにしたってこの位置にあざが出来るとは考えにくい。

 

「そもそも打撲ならこうやって手首全体が青くなるはずなんかないし……」

 

 不思議なこともあるものだ、と呟き、四方寄は肩まで湯船につかった。

 

 

 

 

 

 ある日、いつものように四方寄が教室で教室の様子を眺めていると、教室の扉の外から一人の女の子がじっとこちらを見ている事に気がついた。自身のクラスに居る子ではなく、他クラスの子のようで、特に深いかかわりがある子でもない。四方寄は最初、彼女の視線の延長線上に自分以外の人間がいる可能性を考えた。が、周囲を何気なく見渡しても丁度の位置に居る人間はない。試しに机をたち、黒板の方へ向かってみると(丁度前の時間の授業内容が消されていなかった)、視線は此方を追いかけてくる。黒板を消している間も、ずっと視線は此方へ釘付けだ。有り難いことに十五分休憩だったので、そのままトイレへ向かうふりをして、彼女が追いかけてくるか反応を見ようと思い立つ。何もなければ本当に小用を足しに行けばいいし、もし教室内では何かはばかられるような用事があるのだとしたらあちらにとっても好都合だろう、などと考える。そして、案の定女の子は後ろをついてきた。

 

「……特に何か目をつけられるような覚えはないんだけどなぁ。一体ボクに何のようだ?」

 

「あの、えっと、理科準備室で先生が待ってるからって……」

 

「うん、また何か手伝いをお願いしてきてるのか?だが今日は既に先約があるんだけれど」

 

「海路口さんが行ってくれないと、わたし、先生から、その……」

 

「……何やら事情があるらしいね、わかった。きみはうちの担任にボクが他の先生に急にお願いされて手伝うことになったって伝言しといて?」

 

「……ありがと、ごめんなさい」

 

「女の子は笑ってた方が可愛いんだよ、ボクは違うかもしれないけどね」

 

 少しだけ微笑んで、すぐに伝言を伝えに行った女の子を見送り、四方寄は一体何の用であるのか、と考えながら理科準備室へ向かった。

 

 

「で、これは一体どういう状況なのか教えてもらえますか?」

 

「やっぱり君は良いね。非常に良いよ。僕が今まで見てきた女の子の中で一番良い」

 

「質問に答えないあたり、会話をする気がないんですか?だったらさっさと拘束を解いてください。用事もないのに呼びつけるなんて、不躾にも程がある」

 

「この写真を見てもそんなことがいえるのかな?」

 

 そういって男性教師が取り出したのは、四方寄があられもない姿で拘束されている姿であった。思わず顔をしかめる四方寄。その表情を見て、男性教師……名を芦北(あしきた) 苓北(れいほく)という……は卑猥に顔をゆがめた。

 

「良いねぇ、その表情。それがどんなふうに僕に染まっていくのかが楽しみで仕方がないよ」

 

「道理でこの間のあざに覚えがないわけだ。眠っている間に縛られたのでは記憶があるわけがない。で、そんなものがどうしたと?むしろ芦北先生の首を絞めるだけだと思いますが?」

 

「そうだね、確かにこれは僕の首を絞めることになるかもしれない。でも、君の首も締めちゃうかもしれないよ?それに、()()()()()()()

 

 そういって芦北が取り出したのは、四方寄の知る限りにおいて自身の学年の生徒数名の写真であった。どれも四方寄のモノと同じような状況で、芦北の口ぶりからするに彼女たちも自身と同じ状況にあるらしい、と四方寄は判断する。

 

「……私がこのことを外に漏らせば、彼女たちにも心理的、社会的に傷が残る、と?」

 

「僕に愛でられるんだから、本当はそんなはずないんだけどね。世間はそういう風に判断してくれないらしいんだ。まったくもって理解できないよね?」

 

 理解できないのはお前の頭の方だ、と思わず四方寄は返答しそうになったが、なんとかこらえる。言葉を飲み込もうと苦労した表情が、どうやら芦北にとってはいい表情であったらしく、またいやらしく笑う。

 

「けどこの学校はハズレだったよ。君以外に僕の食指が動く子がいなくてさ、この子たちはただの布石だよ。君を捕らえるためのね。君が大人しく僕の言うことを聞いてくれるなら、彼女たちの写真はその内処分するさ。君が大人しく聞き入れてくれれば、ね?」

 

 どうするべきか、と四方寄は悩む。相手は写真の処分について時期を明確にしていないし、そもそもこうやって見せた以上、何かしらのデータは別に残っているはずだ。それを見つけ出さない以上自分がどんなに手を尽くしても写真の子たちは傷つくことになる。かといってあまり時間をかけてしまうと今度は自身が協力的だったと思われる可能性もある。交渉をするにも自身の置かれた状況は圧倒的不利だ。自身が折れるしかないことは重々承知している。

 

「……わかりましたと、言えると思いますか?先生は写真の処分について一切期限を提示していない。彼女たちに迷惑をかけたくないと思わせたいのなら、期限を明確にしてください。そうでなければ、ボクが大人しく聞き入れることはありません」

 

「流石に頭が回るね。わかった、じゃあ……ひと月だ。ひと月たったら棄ててあげるよ。ちゃんと君がいる目の前でね」

 

「……約束です。もしも破ったら、ボクは先生を警察に突き出します」

 

「勿論さ。約束は約束だからね」

 

 その後、また写真を数枚とられ、今日はもう帰っていいと開放された。四方寄は険しい顔で教室へ戻り、普段通りに授業を受けた。

 

 

 

 

 

 家に帰り、自室に籠った四方寄は、今日のことについて考える。何を為せばどう動けるのか、何を為さないとどう動いてしまうのか。

 

「写真の子は全員、大人しい子ばかりだった。恐らくはそういった子が扱いやすいから狙っているんだろう。ボクとはかなり方向が違うが、アレの言うことを信用するのであればボクが被害届を出さないための布石ということになるな。だとすれば今後あの子たちが何かしらの被害を被る可能性は低いか……ボクが大人しくしていれば、の話だろうけれど」

 

 四方寄は更に考える。あの男は恐らく、自身のような大人びた子どもを征服することで快感を感じるタイプなのだろうから、ある程度反抗的に振る舞いつつ、気分を害さないギリギリのラインを保たねばならない。あの男はひと月で写真を破棄してくれると言ったが、その可能性は低いと思われる。あの男の表情からは余裕と自信が見てとれた。恐らくひと月の間に、自分に惚れないわけがない、と言ったところだろうか。なんとも馬鹿げた自信ではあるが、それだけ入念に準備をされていた可能性もある。だとすれば。

 

「……期限は恐らく十日だな。十日の間に、なんとか写真を処分して、アレを社会的に抹殺しなきゃならん」

 

 だが、それが子どもの自分には荷が重いことであると四方寄は確信していた。そして、受けた辱めを恥じて家族に話せないというほど、四方寄は気が弱くなかったのである。

 

 四方寄は家族に相談した。

 



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ここまでで過去編は終わりだ。まあ、次もやるかは…わからんな。

 そも、何故あの教師は自分を狙ったのか、と四方寄は考える。自分好みの容姿であったのか、生意気なませた子どもを征服したいという下賤な情慾だとかに支配されたのか。確かに一般にはあまり知られていない名字であることは認識しているが、流石にあの教師が知らないというのは解せない。そう思うだけの理由が、四方寄には、いや、海路口にはあった。

 

「……なぁるほどぉ。でぇ、その、芦北とかいう教師だっけぇ。そこだけでそんなにやってるなら前科もありそうだねぇ。四方寄さんには悪いけどぉ、私達が尻尾をつかむまでちょっとだけ我慢しててねぇ?」

 

「別にボク自身は待っても構わないんですけどね。他の女の子がもしも…って思うと」

 

「そうだねぇ。それについては何にも言えないけどぉ、なにせほら、学校って組織は屑だからぁ、あそこのお偉いさん達が何も言えないくらいの証拠を固めたいんだぁ」

 

「……そんなに腐ってるんですか?」

 

「虐めはなかったなんてニュースでも言うだろぉ?記名式のアンケートなんかとっても本当のこと言ってくれるわけないじゃないかぁ。そうまでして対外的には虐めはなかったことにしたいわけよぉ、まったく屑だと思うけどねぇ」

 

「だったらさっさと改革に乗り出して欲しいものなんだがな」

 

「そう言わないでくださいよぉ。教育委員会の長になったって言っても、まだ半年なんですからぁ」

 

「その喋り方もやめてほしいんだけどね、(つむぎ)くん?」

 

「癖なのでぇ。こればかりは縣さんの頼みでも無理ですねぇ。まぁ、でもぉ。あと少しでうるさいジジイどもを片してしまえますからぁ」

 

 そういって四方寄と縣に笑いかけるのは、京町(きょうまち) (つむぎ)、四方寄にとっては従兄叔父、つまり両親の従兄弟に当たる存在である。年齢はまだ四十を超えていないものの、上司の不祥事が相次いでいたために教育委員会の教育長を務めるに至った海路口の者。つまりは他人のとばっちりを受けて出世してしまった海路口であり、そのため不祥事関係は思わず毛が逆立つほどに嫌いであるらしい。笑いかけてはいるものの、その目に温かさは一切なく、今回の一件を利用して一気に膿を出し切るつもりであるらしい。

 

「五人の委員の内お前に協力しているのは何人だい?」

 

「私を入れて三人なんだけどぉ、残りの二人がキナ臭くってねぇ。そのあぶり出しを一緒にやってしまおうかと思ってるんですよぉ」

 

「そうか……ん?ちょっと待ってくれ。……ああ、俺だ。……そうか、……わかった。すまないな」

 

「いいえぇ。どなたからの?」

 

「ハッキングが得意な奴がいただろう?現像に出せるはずもないからデジカメなのは間違いないし、かといってプリントアウトするときにはなんらかのデータがないとだめだからな。調べさせてみたら、なんとも杜撰な奴だったよ。学校のパソコンを使っていたらしい。コピーも同じくだ」

 

 その言葉に唖然としてしまうその場に居る面々。四方寄に使った手段がそれなりに手慣れており、考えられていたから、それなりに頭の回る人間だと思っていたところへ、そんな馬鹿らしい話が舞い込んできては仕方ないだろうが。

 

「……変なところで馬鹿だけど、そういった奴の方がかえってめんどくさいかもねぇ。何考えてるのかわからなくなっちゃうからさぁ」

 

「悠長なことを言ってられないのに、慎重にならざるを得ない状況とはな……」

 

「私は私で証拠をかためておくからぁ、四方寄さんも四方寄さんでお願いねぇ?」

 

「ボクが出来る範囲なら最大限やっておきます。忙しい時期なのに、すいません」

 

「いやいやぁ。むしろ本当なら私達が頑張らなきゃいけないんだけどねぇ」

 

 本当であれば大人が全てやるべき仕事であるのだが、この家系の特殊性が故に、誰もそれを指摘しない。四方寄はその環境が当たり前だと思っているし、むしろここで子供扱いされることの方に疑問を感じるだろう。

 

 海路口の特殊性、ある一定年齢を超えたとき(大体は五歳前後の場合が多いのだが)、思考力、精神が殆ど成人と変わらなくなるのである。どれほど昔からそうであったのかは定かではないものの、恐らく『学蒐』という異能を幼いうちに使い続けてしまい、成人を迎える前に死なないようにするための手段なのであろう。そのために、海路口の家では小学生であっても一人の大人として扱われる。

 

「……とりあえず写真のデータはクラッシュしてもらうように計らっておこう。他の仕事も抱えていると言っていたが……まあ、二日もあれば大丈夫だろう」

 

「じゃあボクは元のカメラとデータメモリを抑えます。ボクに態々見せたっていうことは何かしらのバックアップは持ってる筈ですから」

 

「その仕事が出来るのは現場に居る四方寄だけだからなぁ。すまないが頼むよ」

 

 

 

 

 

 次の日のことである。当然ながら四方寄は芦北に呼び出された。今度は放課後、理科準備室に、と言われたため、先に家族へ連絡を入れ、いつもどおりに授業を受けた。クラスメートの諍いもいつもどおりに治め、教師からの手伝いの依頼も普段通りにこなし、学級委員会が午後のHRにあったがそれも普段通りに進行して、掃除をしない男子を実力行使で参加させて、女子からの恋愛相談を終え、教室に生けてある花の世話を終え、いつもどおりに起こった雑事をすべてこなす。気が付いたら放課後にしたって遅い時間になってしまっていた。仕方がないのでそろそろ行くか、と気乗りしない仕事に向かうサラリーマンのような様相で、四方寄は理科準備室へ向かう。

 

「……何を、しているんですか?」

 

「え、ああ、海路口さんがあまりにも遅いからね、あまりにも暇だったから他の子で楽しんでたんだよ。大丈夫、君を愛するための前座みたいなものだから、僕が愛をそそぐ相手は君しかいないよ」

 

「……芦北先生、約束はどうなりました?」

 

「え?約束を破ったのは君の方じゃないか。僕は大人しく言うことを聞いてくれればって約束したんだよ?それなのに君はこんなに遅刻してきたじゃないか。約束を破ったんだからこっちだってお仕置きはしないとね。多分君はこっちの方が堪えるとおもってさ」

 

「……遅れたのは申し訳ありません。ですが……」

 

「だから、もうちょっとお仕置きしなきゃね。この子の肌に傷が付いたら、君はきっと堪えるでしょう?」

 

「……ヤダ、怖い……たす、けて」

 

 女の子の涙交じりに出す助けを求める声を聞き、四方寄は今までにない感情を持った。今までで一番似通った感情は、女子を虐めていた男子に対して持った感情であろうか?その際は思わずその男子にトラウマを植え付けてしまったが、それについては反省している。だが、今回は。

 

「もう、別にどうでもいいかもしれないな」

 

「何か言ったかい?」

 

「別に。ただ、貴様があまりにも愚かしいと思っただけだ」

 

「……え?」

 

「本当なら数日は我慢して相手をしてやる予定だった。だが、それはもうどうでもいい。他の子の写真を晒す?出来るものならしてみるが良い。その前に貴様を動けなくすればいいだけの話だ。そもそも時間も指定していないにもかかわらず約束を守らなかっただと?ボクは放課後、としか聞いていなかったんだぞ?貴様の不手際を勝手にボクになすりつけて、更には他の女の子に手を出すだと?確かに放課後すぐにこなかったボクの不手際もあるかもしれないがな、貴様の不手際の方がよっぽど大きいだろうが。そんなことも分からないから貴様は愚物だというのだ。ボクに対して動きにくい状況を作り出していたから、ちょっとは頭が回るのかとも思ったが、結局はただのバカだったのだな。そこの子が泣いている理由も分からないんだろう、そんな人間ともいいたくないような存在が僕と一緒の空間に居るかと思うと吐き気がする。一つだけ言っておいてやろう。ボクの家はあまり言いたくはないが結構な家柄だ。親戚には貴様の首が簡単に飛ばせるような存在がいるぞ?京町という名前を知らない筈がないよな、貴様にとっては一番の上司なんだから」

 

「……!?」

 

「悪いが、いや、全然悪くはないが。績さんにはとっくに話をつけている。残念ながら証拠がないというわけにはいかないぞ?この子には悪いが、一応用心のためにボイスレコーダーをここにしまってある」

 

「そ、それを渡しなさい!!」

 

「断る。なんでわざわざそんなことをしなくてはならない?ボクはボク自身とこの学校の生徒を貴様から守りたい。貴様に渡しては守れないだろうが。大体貴様は大人のくせに利益・不利益の考え方が出来ないのか?貴様のような大人がいるからボク達子どもは将来に希望が持てないんだ。そんな大人は可及的速やかにボクの視界から消えて欲しいものだ。ああ、あまりにもボクが貴様をこき下ろしているから呆然としているのか?貴様は馬鹿な上に、人間を見抜く能力も皆無なんだな。この程度の罵倒で呆然とするとは、まったくもって解せん。いや、むしろ下賤とでも言えばいいか?」

 

「な、な、な……!?」

 

「悪いが、もう遅い。ボクは子どもが傷つくのを見てしまった。初めての感情だったから今まで理解できなかったが、コレはきっと「憎悪」だ。ボクは貴様が憎い。ボク一人を手籠めにするならまだしも、そのために他の子を傷つけて、あまつさえ泣かせて……」

 

「そ、それ以上近づくな!『見えざる腕(ドントタッチミー)』!」

 

「……貴様、異能持ちだったのか。残念ながら効かないな。ボクはそういう家系だから。それに……『見えざる腕』か。コレはどうやら相手を動けないようにするスキルらしいな。早速使わせて貰う。『見えざる腕』で貴様は既に動けない」

 

「なっ!?」

 

「……へぇ、この能力、場合によっては人体の内側でも使えるのか……ボクは子どもだからなぁ。気の赴くままに覚えたての能力で思わず心臓を動けないようにしてしまうかもしれないなぁ……」

 

「ひ、ひいいいいぃぃぃぃぃぃぃいいいいぃぃ!!!??」

 

 四方寄のその言葉を最後に、芦北は失禁しながら意識を失った。それを見届けつつ、机の上に置いてあったデジカメで撮影をする四方寄。これくらいのことでは全然気は紛れないが、どうせやるのなら徹底的にやってしまえ、と割り切る。それとほぼ同時に、四方寄は助けを求めた女の子に近寄ろうとする。

 

「ごめんね、ボクが遅く来たばっかりに、こんなことに巻き込んでしまって」

 

「……助けてくれて、ありがとう……。でも……海路口さんのせい……なの?」

 

「ボクがクラスの仕事とかに時間を割いていなければこんなことにはならなかったかもしれない。だから、ボクのせいと言っていいだろう」

 

「海路口さんがちゃんと時間通りに来てたら……、わたし、こんな怖い思いしなくてよかったの……?」

 

「……多分ね」

 

「……う、あぁ……」

 

 恨んでくれていいとも言わない。恨まないでくれとも言わない。四方寄はその両方を逃げだと思っている。だから、自身の責任を客観的に説明する事、それが四方寄の精一杯の贖罪だった。

 

 

 

 

 

 結局あの後、パソコンとカメラ、それからMOディスクにそれぞれデータがあったんですよぉ。即刻懲戒免職にして、更に刑事訴追もしてしまいましたぁ。余罪も大量に出てるんでぇ、多分量刑はかなり重くなるでしょうねぇ。性犯罪者には最近厳しいですからぁ」

 

「……余罪については勿論マスコミには……?」

 

「余罪があったとだけ、出しておきましたぁ。女子生徒の個人情報を保護するため、一切公表はしないし、もし取材でもしたら児童の精神保護の観点から訴追も考えている、と匂わせておきましたよぉ」

 

「そうですか……ありがとうございました」

 

「いやいや、四方寄さんが頑張ってくれたおかげでこんなに早く解決できたんだよぉ。ありがとうねぇ?」

 

「ボク……いや、私は、なにもできてませんでした。甘んじて受けるつもりではいましたが、やっぱり、恨まれるのは……辛いです」

 

「……そうかぁ。多分ね、私達は恨まれやすいよ。規則が一番大事だから、その恩寵を受ける。だけど、規則が一番だから、他人とは相容れないかもしれない。多分恨まれることは、これからたくさん出てくると思うんだ。割り切れとは言わないし、忘れろとも絶対に言わない。ただ、潰れちゃダメだよ?きついことを言うけれど、四方寄さんが潰れたら恨んでる人が矛先をなくすから」

 

「……きつい、ですね。本当に」

 

「うん、だから……今のうちに、泣いておきなさい。いくら大人と精神が変わらないとはいえ、経験だけはどうしようもないからね。経験が浅いうちに、泣いておきなさい。多分、泣けなくなるから、その前に」

 

「……私が、ちゃんと放課後すぐに、いっておけばっ……!あの子があんなに、怖い思い、することなくって……!」

 

「……そうだね」

 

「あの子の目が……!怖くて……!何もできなかった自分が、悔しくて……!」

 

「……そうだね」

 

 四方寄にとって初めての、自身の無力を嘆く行為。自分の恐怖心を克服するための行為。親族であるからこそ許される、好意に甘える行為。それが四方寄の、最も深く残っている子どもとしての記憶だろう。

 

 

 

 

 

 幼い四方寄の、記憶に残る物語。今日はここで終わりにしよう。いつかまた、四方寄の物語を紡ぐため。



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