MOO系短編集 (道造)
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リメンバー×リメンバー

 じりじりじり。

暑い。暑すぎる。

彼がサングラスを通して見る景色は、やや琥珀の色に映る。

しかし、それは何の気休めにもならない。

 

「暑い」

 

実際の風景には、陽炎が立っているだろう。

石造り、おそらくは地下であろう窓一つ無い部屋の中。

お気に入りのサングラスを鼻の上でいじりながら、また呟く。

 

「暑すぎるんだよ、ルーファス君」

「知りませんよ」

 

俺はその台詞に、冷たく返した。

 

「先輩の俺に指図する気か!」

「指図してないでしょう、ただ暑いのは夏だから仕方な……」

「君は何のために宮廷魔術士になったのかね、俺のためではなかったのか!」

「待たんかい」

 

……俺はルーファス・クローウン。

俗に言う、宮廷魔術士だ。

 

「……俺が魔術士になったのは、自分の限界を試したかったからですよ」

 

デイル先輩のためでもなければ

ジョルジュ風関西弁ツッコミを極めるためではない。

……まあ、先輩のように強くなりたい、と思うことはあったが。

 

「うわ、クサ。なんてクサい台詞を吐くんだ、この男は」

 

そうだ、いつか強くなって、この人を殺そう。

俺は心に久しく誓った。

 

「魔術士なんだから、部屋の温度調節ぐらいしろと言ってるんだ」

「今、デイル先輩のせいで忙しいんですよ」

「なんだと?……って、ああ、そういえばお前が解説やるんだったな」

「ええ、嫌々ですけど」

 

俺は右手にペンを、左手で机の羊皮紙を押さえながら言い返す。

そもそも、なんでデイル先輩は城の、それも地下の俺の部屋に侵入出来るんだろうか。

――考えるだけ無駄なので、止めた。

 

「ふん、まあいい。それにしても……あれだねルーファス君。アカデミーの頃が懐かしいね」

「はあ」

 

生渇きの返事を返しながら、俺はペンを滑らせる。

今書いてるのは、ここにいるキチガ○の魔術理論の解説だ。

キチ○イがフィーリングで作った理論なので、ほとんど解説不可能だ。

しかし、キチガ○が作っただけあって、狂気的に魔力の効率・伝導率が良い。

だが、フィーリングだから人に教えられない。

だから俺が解説をしている……が、解説できない、だって理論そのものがキチ○イだから。

何で俺がこんな事しなければならないのだろうか。

果てしなく不毛な行為じゃあないのか。

 

「ルーファス君は、いつも女の尻ばかり追いかけていたねえ」

「過去を捻じ曲げないでください」

 

いつの間にか、羊皮紙には○チガイとの文字が乱筆されていた。

内容もキチ○イへの愚痴で埋められている。

だが、気にすることは無い。

最初から無理なんだから。

これがアカデミーの教科書に導入されることになっても、俺に責任は無い。

 

「まあ……懐かしい、ということに関しては同感ですが」

「だよねえ」

 

曖昧に、言葉を繋ぐ。

俺は解説文の最後を、「要は無理だからあきらめませう」と投げやりな言葉でしたためた。

後はもう知らん、とばかりにペンを横に置く。

 

「よし。今日は、後輩どもをからかいに行くとするか」

 

デイル=マースは一秒で決断した。

 

 

 

 

 

 

 

「き、来たぁぁぁぁぁぁぁあ」

「デイル・マースが来たぞぉぉぉぉぉぉぉおおぉっっ!」

 

ごあっ。

悲鳴や絶叫に一拍子遅れ、爆発音が巻き起こる。

それにより悲鳴は断末魔へと化した。

――それは、学園の僻地の一室にあるウィザーズアカデミーの部室まで届く。

 

「――あ、あの声は、ひょっとして」

「来ましたか……」

 

ソーニャ・エセルバードが、机の上に組んだ手で、口元を隠しつつ吐き捨てる。

チィ、と口端で唾液の泡を潰した。

 

「あの災厄が……また」

 

ばん、と机の上を拳でたたく。

 

「センパイが、どれだけ心を砕いても……結局、デイル先輩は改心しませんでしたね」

 

セシルは少し涙を流しながら、ソーニャに答えた。

 

「で、どうすんだよ。逃げるなら早くしようぜ」

 

チェスターは三秒で撤退を提案した。

 

「臆病者」

「な、なんだとっ!俺は怖くなんかねえぞ」

「じゃあ、なんで机の下におもいっきり隠れてるのよ」

「緊急避難だ」

 

チェスターは無茶苦茶ビビっていた。

 

「災害に対する、当然な対処だろ。ウチの里ではみんなこうして隠れてた」

「災害って何ですか?」

 

セシルに声をかけられ、机の下から突き出た赤髪は答える。

 

「……うっかりエルフの森に火ぃつけちまって、連中に里を襲撃された時とか」

「三族皆殺しになれ」

 

セシルは笑顔で吐き捨てた。

 

「……火の民とエルフの民族紛争はどうでもいいのよ」

 

どん。

ソーニャはため息をつきながら、もう一度机に拳を叩きつける。

自分を鼓舞するようにして。

 

「いや、ウチは炎の民なんだが」

「そんなことより、この三人の戦力でどう立ち向かうか、それが問題ね」

 

チェスターを無視し、対策を提起する。

――他のメンバーはここにいない。

あるいは、部室に向かう途中でデイルにやられたのかもしれない。

 

「た、戦うんですか!」

「ここで戦わなければ、あの生徒会長が難癖つけてくるに決まってるわ!」

「そうか?ルーファスがやめてから、アカデミーには何もしてこないぜ」

 

「何を言ってるの……ルーファス先輩がどんなことをされていたか、貴方も知ってるでしょう」

「そうですよ、チェスターさん」

 

がっ、と二人は握りこぶしをつくりながら、叫ぶ。

 

「私が先輩とペンを探しているとき、何度あの会長が嫌味を言ってきたか」

「ボクが先輩と洋服屋さんで話をしてるとき、何度あの会長が嫌味を言ってきたか」

「……」

 

無茶苦茶私怨じゃないのか。

と、いうよりも、と。

チェスターは鈍い頭を稼動させながら、考え込む。

 

「……たまに思うんだけどさ、会長ってルーファス先輩に」

「何か?」

「いや……」

 

惚れてんじゃないのか。

と、声を出そうとするが。

 

「……ありえんよなあ」

 

あまりにも行動が矛盾し過ぎる。

もし自分が注目して欲しいから――だとすれば、あまりに子供じみていて、かつ哀れだ。

そうチェスターは嘆息づく。

だが、今はそれよりも。

 

「ははははっはははははっはは。みんな燃えたまえ!フィーバーだぞフィーバー!!」

 

ごおおおぅ。

遠くから、業火の音と焼かれるモノの終わりの声が聞こえる。

自分の聖誕祭で燃やされた櫓と同じ音。

それは聞き間違えようの無い音。

彼は生まれて初めて、自分が炎の民であることを呪った。

 

「とにかく、いきますよ!」

「ええ!」

「……わかった。逃げてても、どうせロクな事にならねえし」

 

ウィザーズアカデミーの三人は、矛を手に立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「……全く、歯ごたえの無い」

「デイル先輩に立ち向かえる後輩がいたら、悪夢です」

 

俺は横で一つ呟いて、ため息を吐く。

 

「まあ、アカデミーに行けば歯ごたえのある奴も、多少は……」

「後輩に手を出さないでください!」

 

俺はがし、と先輩の肩をつかむ。

先輩は首だけ振りかえり、言を返す。

 

「あのなー、逆に手を出さない方が酷いこともあるんだぞ」

「はあ?何が」

「お前の事だ。優しくするなら、ちゃんと最後まで手を出せ」

「何の話ですか?」

 

デイル先輩は指でサングラスを僅かにずらしながら、俺の目を見る。

そうした後、何かに諦めたかのような顔でため息を吐く。

 

「……朴念仁が」

「だから、一体何の話ですか」

 

何を言ってるのかが理解できない。

 

「ようするに、たまにはお前も鬼畜になれ、ということだ。具体的にはハーレム物っぽく」

「話が見えませんが」

 

……二人、平行線を辿りながら、歩く。

ふと、何かに気づいたようにデイル先輩が呟き捨てた。

 

「ルーファス、強くなりたいとか言ってたろ」

「え?……ええ。確かに」

「そのためには、鬼畜になる必要がある。例えば」

 

そう言葉を吐いた瞬間――

俺たちの目の前に、見覚えのある三人が現れた。

 

「――」

「あ、ソーニャ達。久しぶりだ……」

 

ソーニャ、セシル、チェスターの三人だ。

向こうから、会いに来てくれたのだろうか。

俺は声をかけようとするが、どうやら俺は視界に入っていないらしい。

……と、いうより死兵のような、鬼気迫る表情でデイル先輩を睨んでいる。

 

「そう、こんな感じだ」

「はい?」

 

一拍子遅れて、デイル先輩が言葉を繋げた。

その瞬間、俺の首根っこがつかまれ、先輩の前へと――

 

「「「光になれーーーーーっ!」」」

 

突き出された瞬間、目前に凄まじい光量の白熱閃が巻き起こる。

――何?

 

「デイル専用、ルーファスシールド!」

 

デイル先輩は俺の後ろにひょい、と完全に隠れこむ。

ああ、そうか。

この膨大な熱量の呪文は、あの三人が放ったものか。

とうとう合体魔法を唱えられるまでに。

先輩は嬉――

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

悲鳴。

 

 

 

 

 

 

絶叫が聞こえた。

彼女は、すぐにそれが愛しい先輩のものだと気づいた。

 

「玄関前、第一陣はすでに崩壊。死者はゼロですが、重傷者が何人かいます」

「……」

 

生徒会室前で、男子後輩から報告が届いた。

もう一度、会えるとは思ってなかった。

彼女の思いはまだ淡く、そして苦しい。

 

「現在、超危険指定人物『デイル』は生贄『ルーファス』とともに、進行中」

「……」

 

分厚い眼鏡の下で、人にはわからぬように敬慕を深める。

そうだ、諦めるには早かったんだ。

あの人は、まだこの街にいるんだから。

 

「せ、生徒会長。またウィザーズアカデミーと衝突しました!早く!」

「わかったから、少し待ってなさい」

 

エリザ・マーガレットは鏡の前で眼鏡を拭きながら、愚痴を吐く。

 

「せめて眼鏡を拭くぐらいは待ちなさいよ……」

 

最低限のお洒落にもならない。

そう自嘲しながら、彼女は思う。

結局、一度も想いを告白することは出来なかったな。

嫌われただけだった、と。

歩いている中、そんな事を考えつつ後輩に声をかける。

 

「で、連中は部室にいるのね」

「はい。今は勢力活動を弱めています」

 

――ウィザーズアカデミーの部室前に立つ。

こほ、と喉を鳴らし、一足踏み入る。

これも、随分久しぶりの事だ。

愛しい人が居た、あの部室に。

久々の世界に、踏み入った。

 

「……で、でいる…まー、す……ころす……」

 

そこには残骸が転がっていた。

ぷすぷすと白煙を体からあげた、愛しき人が地面に倒れこんでいる。

 

「だ、誰か。じ、人工呼吸を……そ、そうね。私がするわ」

「じょ、女性じゃダメですよ。お、男の私がします」

「いや、まだ息止まってないだろ、喋れてるし」

 

ウィザーズアカデミーの鬱陶しい連中が、周りをうろつく中。

息も絶え絶えに、愛しい人は怨嗟の声をあげていた。

 

「でいる、ころす……。力……力が欲し……ち・か・ら・が……」

 

もはや動くとは思えない、その身体から怨嗟の声。

そして、その腕が高く天井へと上げられる。

きゅ。

握られた手から肉と肉のすれる音が鳴り、伸ばしたその手は床に崩れ落ちた。

 

「あ、死んだ」

「センパーイ!」

「ああーーーー!」

 

私が眼前の三人を呆然と見る中、横で後輩が疎ましい声をあげた。

 

「やりましたよ、生徒会長。この失態を元に、アカデミーを潰せば……」

「だまりなさい」

 

私は眼鏡の反射光だけで、後輩を黙らせる。

 

「そんなことより、さっさとデイルを追いなさい!ここにはいない」

 

激を飛ばし、後輩を去らせた後。

ぎりっ、と歯軋りをさせながら、私も部室から出る。

 

「……デイル・マース」

 

がん、と拳を横の壁に叩きつけ

 

「デイル・マースーーっ!ルーファス先輩を苦しめる限り、私は貴方と戦って見せる!」

 

きーっ、と泣き叫びながら、エリザ・マーガレットは叫んだ。

 

 

 

 

 

 

なお、ルーファス・クローウンは翌日には治療を済ませた事を

ここに記しておく。

 

 

 

 

 



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鷸蚌の争い

 小鳥のさえずりが聴こえる。そして、聴こえるものは、それだけ。

ここは小さな宮殿の静かな庭園

――のはずだったが、目の前に座る金髪の少女は心落ち着いた様子もなく、怒鳴り声を俺に散らしていた。

 

「あのね~、もうちょっと優しく教えてよ。これじゃあサッパリわからないじゃない」

「……お前の頭が悪いだけだろう」

 

俺はしかめっ面で冷たく返した。

 

「うるさい、ばかっ!アンタの教え方が悪いのよ!」

 

顔を真っ赤にしながら、レミットは教科書を顔に投げつけてくる。

――痛い。

顔に貼りついた教科書を取り除きながら、今度は俺が溜息をついた。

 

「……だったら親父さんに家庭教師でも雇ってもらえよ。一応お姫様だろう。

この場合は宮廷教師か何かか?まあ、それなら学校に行く意味そのものもなくなるが……。

少なくとも、俺が教える必要はないはずだ」

「そ、それは…」

 

ぶっちゃけ、俺いらない子だよな。

むしろ、この世界の法則や常識に関しては俺の方が勉強中だ。

教科書を綺麗に閉じて机に置く。

今日の宿題はこのへんでオシマイだろう。

学校に行きはじめてから、ますます明るくなったのはいいが

元気すぎるのも困りものだ。

 

「おい、レミット。何で顔を赤くしてるんだ」

 

レミットはさっきよりも顔を赤くして、伏せ目がちになっていた。

手を重ね合わせ、指をもじもじと動かしている。

 

「な、なんでもないわよ」

「……変な奴だな」

「……うっさいわね。それよりさっき、「一応お姫様」とか言わなかった?」

「気のせいだろう」

 

机の教科書やノートを重ね、脇に置く。

 

「……それより、アイリスさんを呼んでお茶でも飲もう。茶は俺が入れるから」

「あら、珍しいわね」

「失敬な。アイリスさん直伝だぞ」

 

ティータイムの邪魔になるであろう本を手に取り、アイリスさんを呼びに立ち上がる。

 

「あいかわらず優しいんですね、主人公さんは」

 

……背後から声が聞こえる。

俺は少し躊躇しながらも、その場で座り直した。

 

「……いつの間にいたんだ、コイツは」

「相手にしちゃ駄目よ。絶対に喜ぶから」

 

俺とレミットは顔を近づけ、小声で会話する。

ポロロン、と響くリュートの音。

――ヤツだ。ヤツが来た

隣の背後にはいつの間にか、ロクサーヌがリュートを携えて立っていた。

 

「いや~、お二人とも久しぶりですね。元気でしたか?私は元気でしたよ?

フィリーは今ちょっと城下町の方で食べ物を買いあさっています。

色気より食い気とか叫んでいましたが、彼女に色気といわれてもね~」

 

ジャカジャン

ロクサーヌは一人上手に喋りながら、リュートをギターのようにかき鳴らした。

いつか怪傑ズバットを歌わせてやる。強制的に

 

「そういや、最近学校の方はどうだレミット?」

「ん~、学校の方はボチボチね。楽しくやってるわよ」

 

俺たちはロクサーヌを無視する方向で行くことに決めた。

コイツにかかわるとロクな目にあわない。

 

「あ、無視ですか。久々に会ったのに、それはつれなくありませんか?

懐かしくありませんか?

お二人が出会うきっかけになったのは私じゃないですか~」

「――っ!」

 

レミットが顔を真っ赤にしている。何故だろう。

そんなにムカついたのだろうか。

それでも会話は続ける。

 

「……また友達でも連れてきたらどうだ?

さすがに王様の宮殿では緊張してたみたいだけど、こっちの宮殿ならそんなに堅苦しくすることもないし……」

「う、う~ん。そのうちね」

 

レミットは生返事を返した。

……こんな状況の時に話すことじゃないか。

 

「はっはっはっ、緊張していたのは主人公さんの前だったからでしょうね。

レミットさんくらいの女の子は、とかく主人公さんくらいの青年に憧れるものですから……。

おそらく、学校で主人公さんの話題が出たのでしょう。連れてこないのはレミットさんのしっ……」

「う、うるさいっ!ばかっ!」

 

レミットは俺の手から教科書を奪い取り、ロクサーヌの顔めがけて投げつける。

ひょい。

そんな擬音とともに、ロクサーヌは首だけを動かし、それを避けた。

 

「おやおや、顔が真っ赤ですよ?それにしても、さっきのレミットさんは可愛かったですね~。まさか、主人公さんに勉強を教えてもらっているのは、ただ二人きりになりた……」

「あ~、うるさいうるさいうるさい!アンタ殺すわよ!」

 

レミットは全身から右手へと、魔力を収束させる。

原始的な魔力の媒体が、瞬時に火の粒子へと転換し――異常な熱気を創りだした。

 

「ヴァニシング・レイ!!」

 

ロクサーヌへと、強力な魔弾が撃ちこまれる。

絶叫に近い轟音を立てながら、ロクサーヌの顔面へと撃ちこまれる。

ひょい。

そんな擬音とともに、ロクサーヌは首だけを動かして避けた。

 

「できるかばかーっ!アンタ本当に何者よ」

「はっはっはっ、吟遊詩人ですから」

 

そういって、ポロンとリュートを一音鳴らす。

確かに、歌作るためだけに、化物見に行ったり秘境に入ったりする点において、

吟遊詩人というのは人間離れしているといえるかもしれない。

頭の中はただのガイキチだと思うが

 

「むっかー!待ちなさい、アンタだけは殺してやるからー!」

「はっはっはっ、明日また来ますね、主人公さん」

 

さっき居た場所から、急速に離れて小さな点になっていくロクサーヌ。

それを追いかけるレミット。

俺一人、ぽつんと椅子に取り残された。

 

「……もう来ないでくれ」

 

俺はズキズキと痛む頭をおさえながら、小さく吐き捨てた。

――それを緩和するかのような、優しい声が後ろから飛ぶ。

 

「あれ、主人公さん。一人だけですか……?」

「……アイリスさん。ええ、レミットならロクサーヌと一緒に出かけましたよ」

 

アイリスさんの声が、宮殿の方からかかった。

俺は出来るだけ緩やかに事実を告げる。

 

「殺してやるからーっ!と姫様の声が聞こえたので、慌てて飛んできたんですが」

「きっと気のせいです」

 

俺は地面に落ちていた教科書を拾い上げる。

アイリスさんは頭にハテナマークを浮かべながら、そんな俺の姿を見つめた。

 

「……何があったんですか?」

「いえ、自分でもよくわかってないんですが」

 

俺は一呼吸おいて、アイリスさんに一言つぶやいた。

 

「――とりあえず、お茶でも飲みませんか?」

「そうですね、たまには二人きりもいいですね……。お茶をとってきますね」

 

アイリスさんは俺に背をむけて、また宮殿へと入っていった。

代わろうと思ったが――結局断られるので口を閉じた。

黙って、教科書についた土を払い落とす。

――全く、今日も平和な一日だ。

俺は嘆息づき、倒れていたテーブルを立て直した。

 

 

――侍女長室

アイリスは、私用のティーカップを二つばかり取り出しながら

 

「姫様ばかりが独占するのもズルイですよ……ね」

 

誰にも聞こえないように、心中の台詞を小さく呟いていた。

 

 

 



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兎と姫の蹴鞠

 大地を蹴る音が聞こえる。靴底と小石のじゃれつく音だ。

ここは小さな宮殿の静かな庭園

――のはずだったが、今のところは二人の少女の叫び声が、その静寂を打ち破っていた。

 

「いっけー!キャラット・宇佐耳63式改・シュート!」

 

ウサ耳をぴょこぴょことさせながら、フォーウッドの少女が叫ぶ。

薄いピンク色の毛皮に覆われたその足は、転がっているボールへと吸い込まれるように差し出される。

ゴムが衝撃で弾けた、重たい音が響く。

――ボールは鋭い勢いで飛び、ゴールのネットへと突き刺さった。

 

「あ、アイリスの、ばかばかばかー!なんであんなヘナチョコシュートを捕れないのよー!」

「す、すいません、姫様。こういうのは苦手でして……」

 

レミットは自軍のゴールキーパーである、アイリスに罵声を飛ばせる。

……といっても、彼女の可愛らしい声では好感さえ抱かせたが

 

「へっへーん。これでボクの六十三連勝だね。もういいかげんに諦めたら?」

「ムキー!勝つまでやめないわよ!次よ!次で勝つわ!」

 

「ひ、姫様。もう諦めましょうよ」

「お姉ちゃん、もう止めようよ」

 

両手を挙げて軽くステップを踏むキャラットに対し、両手を振り回しながら地団駄を踏むレミット

ゴールキーパーになっているセロとアイリスは、ただオロオロとするばかりである。

 

 

 そもそもの始まりは、主人公がサッカーの話をしたことに

そして、セロを連れて遊びに来ていたキャラットが興味を示したことにあった。

 

「へー、主人公さんの世界には面白い競技があるんですね」

「ええ、アイリスさん。ルールさえ細かくしなければ単純なゲームですんで、こっちの世界にもあるとは思いますが……」

 

主人公は正面のアイリスに目線を送りながら、飲み干した紅茶のカップをテーブルに置く。

 

「面白そうだね~。ボクもやってみたいな~」

「ボクも……」

 

主人公の隣で椅子に座っているキャラットと、その膝に乗っているセロ

 

「そうだな……後で皆でやってみようか」

「ふん、早く帰ってきなさいよ」

 

主人公の腕にまとわりつくキャラットを見て、不機嫌そうなレミット

 

「いや、俺が街に行くのはレミットの命令なんだが」

 

主人公は獣のような視線を感じ取り、疲れた表情をした。

 

 

回想終了。

主人公が帰ってくるまでの間、セロやアイリスを巻き込んで試合をすることになったのだが――

 

「姫様、キャラットさんに脚力で勝つのは無理です……諦めましょう」

「このままじゃ終われないわ!勝つまでやめないって言ってるでしょう!」

 

結果は63―0

まるでアメフトの大会である。

レミットチームの大敗北であった。

 

「ボクたち、一応フォーウッドだから……負けるわけにはいかないの」

 

セロは手を擦り合わせてモジモジしながら、そう呟いた。

彼女がキャラットと交代したとしても、相当の得点をあげることが出来るだろう。

 

「むかむかむかー!今までのは本気じゃなかったのよ。もう一戦、最後の一戦よ!」

 

レミットはビシッと指をキャラットの顔につきつける。

キャラットは思わず両耳をピンと立てながら、ちょっと怒った顔をする。

 

「……そ、それじゃ、次は罰ゲーム有りにしようよ。サッカーっていうのは、そもそもそういうルールなんでしょ?

大木をへし折り地面をえぐるシュートを顔面でブロックしたり、せこいプレイをする人は心臓悪くして死にかけたり、鉄球や燃えた木球を蹴飛ばしてたり、負けたら全員足を斬られたりするんだって」

 

主人公の説明は激しい誤解を生んでいた。

 

「いいわよ!後で泣きみるんじゃないわよ!」

「ひ、姫様~」

 

アイリスはすでに泣いていた。

もう負けることは覚悟しているようだ。

 

「……それじゃあ、主人公さんを賭けてもいいかな?」

「ええ、かまわないわ……って、アイツを!」

 

応答した台詞を打ち消すような大声で、レミットが叫ぶ

 

「だ、駄目よ!絶対駄目!だいたいアイツをどうする気なのよ!」

「どうもしないよ。ただ、森に一緒に来てもらって、ちょっと遊びたいなーって思って」

「私も……遊びたい」

 

キャラットから少し離れた後ろで、セロが顔を赤らめて呟く。

キャラットもそれに言葉を続ける。

 

「別にいいでしょ?それともレミットさんも主人公さんの事が好きなの?」

「だ、誰が、あんなヤツの事なんか……いいわよ!勝負しましょう!」

 

レミットはボールを手にとり、フィールドの中央へと戻っていく。

――そして、突如振り向く。

 

「ちょ、ちょっとアンタ!『レミットさんも』ってどういう意味よ!」

 

レミットは目を見開いて、キャラットにつめよる。

 

「えー、そのまんまの意味だよ。ボク、主人公さんのこと好きだもん」

 

あっけらかんと答えるキャラット

「ボクも……」と、誰にも聞き取れない小さな声で呟くセロ

軽く殺意を覚えるレミット

そして――

 

「……姫様、フォワードへのチェンジをお願いします」

 

それ以上に殺意を覚えた女性がそこにいた。

 

 

 

 

 

 日の暮れかけた庭園、橙色に染められる小さな世界

その穏やかな情景とは逆に、風は辺りに吹きすさんでいた。

 

「……アイリス、あの」

「姫様、ご心配なさらず。私があの方を守ってみせます」

 

キャラットはアイリスからただならぬ闘気を感じ取り、小さな顔に大きな汗を浮かべた。

アイリスはクスクスと口を笑わせ、その目は微かに開いている。

サナトリウムでも要注意人物に認定されるクラスだ。

 

「キャ、キャラットおねえちゃん、怖いよう……」

 

セロは小さな身体をビクビクさせながら、恐怖心を必死に押さえ込もうとゴールポストを掴んでいる。

 

「だ、大丈夫……主人公さんのためだもん」

 

キャラットは目を閉じ、決心するように肺を広げ深呼吸をする。

そして目を開いた瞬間、口を目一杯に広げた。

 

「じゃあ、試合開始だよ!」

 

キャラットの叫び声とともに、どこからともなくピーと音が鳴る。

宮殿の塀の上で、リュートを小脇に挟んだ吟遊詩人が笛を吹いているが

――四人は無視することにした。

 

「おやおや、私はのけものですか」

「黙りなさい。女性の身体を持っていることが発覚している以上、貴方も敵です」

 

アイリスは笑顔でロクサーヌに言葉を吐く。

シナリオでは男設定。

原画では女設定。

性同一性障害のようなキャラであった。

 

「……」

 

ポロロン、とロクサーヌはリュートを軽くかき鳴らす。

そして、沈黙する。

かなり怖かったようだ。

 

「ちゃ、ちゃーんす」

 

ロクサーヌに気をとられている隙をついて、キャラットがアイリスの足元のボールへと走りこむ。

 

「……無様ですね」

 

アイリスは口に淫猥な笑みを浮かべ、いきなり足元のボールを蹴る。

その蹴りは力強く、どこぞの機動兵器の名前のようなドム、という音を立てて

――ボールをキャラットのみぞおちへと直行させた。

 

「――っっ!」

 

キャラットの声にならない叫び声があがる。

ボールはキャラットの柔らかいお腹にめりこんだまま、落ちない。

アイリスは素早くダッシュで駆け寄る。

 

「なんで私だけの発生イベントがないんですか!」

 

アイリスは叫びながら、キャラットの腹部――もといボールに何度も何度も蹴りをいれる。

そんなこと言われても……サブキャラだし

とレミットは思ったが、保身の為に言わないことにした。

 

「ウサミミ風情が……メイドに勝てると思ってるんですか!」

 

アイリスはまるで息苦しいかように、途切れ途切れに絶叫する。

侍女じゃなかったの、とレミットは思った。

しかし、やはり自分の保身の為に言わないことにした。

 

「――っ、ボ、ボクは……!!」

 

キャラットは薄れゆく意識のなかで、主人公の顔を思い出す。

 

「キャラット…愛してるよ。俺には君しかいない。

――そう、君のその元気が俺の全てなんだ……

君は俺の無くしたジグソーパズルの欠片の一つなんだ……」

 

そんなあからさまに都合のいい幻聴が聞こえた。

――そして叫んだ。

 

「ボクは、ウサギだけがとりえじゃないもん!」

 

アンタからウサミミとしっぽ取ったら何が残るのよ……

と、レミットは思った。

しかし「ボク娘」が残るなと思い直し、なんだか疲れた気分になった。

 

「チャームポイントは生ニンジンの丸かじり!」

 

キャラットは腹部に力をいれ、トラップの要領でボールを宙に浮かせた後

――ボールには触れず、そのままアイリスに延髄蹴りを見舞う。

ちなみにレミットは、それチャームポイントじゃなくてただのボケの類やん、と思った。

アルザの声のニュアンスで思った。

しかし、この広い世界ではそれがチャームポイントだと言い切る人がいるかもしれない。

そして西洋圏では人参の生かじりは別に珍しいことでは――西洋ってどこだ?

そう思ったので言わないことにした。

 

「ふっ……」

 

アイリスは冷笑する。

その薄く開いた目の前では、延髄蹴りの姿勢のまま右足を掴まれているキャラットの姿があった。

 

「くっ」

 

キャラットはそのまま、地面へと投げ捨てられる。

衝突の苦痛に顔を歪めるキャラットに、アイリスは口撃を続ける。

 

「……勘違いしているようだからいっておきますが、キャラットさんの最大の武器、ウサミミですらこの業界ではネコミミの二番手。

さらに言えば、フォーウッドはライアシンという最終形態へのプロトタイプでしかないはず。

モルモット風情がでしゃばってもらっては困るんですっっ!」

 

そこまで言い切ることはないとレミットは思った。

なんだか疲れてきたので、とりあえず現実逃避気味にお茶の置いてあるテーブルまで戻ることにした。

 

「メイドなんて……メイドなんて!ありふれた既製品に負けるなんて!

ウサミミ代表として、許されるわけがないんだ!」

 

セロは既に序盤から、お姉ちゃんが壊れちゃったと泣き出していた。

ロクサーヌはそれを拾い、レミットのいるテーブルへと連れて行く。

 

「立ってよウサミミ!ボクらウサミミ公国のために!」

 

そんなもの無いよお姉ちゃん……

セロはレミットから紅茶を受け取りながら、そう思った。

彼女は元ネタさえもよくわからなかった。

 

「やりますね。しかし……怨恨のみで戦いを支える者には私は倒せません!

私は義によって立っていますから!」

 

レミットはもうツッコムのを止めた。

セロはただ茫洋に涙を流し続けている。

ロクサーヌはアナベル・ガ○ーはいいですね……と呟いていた。

 

 

 

 

 

結果速報

 

キャラット○――×アイリス 

 

試合終了時間

主人公がおつかいから帰ってくるまで

 

試合内容

「もうキャラットさんには話す舌を持ちません!戦いの意味すら解せぬ輩に!」

という叫びとともに執行されたナガタロックによるアイリスのフォール勝ち

が、気絶したキャラットを主人公が一晩中介抱したため

アイリスの判定負け

 

解説

ロクサーヌ談

「試合に負けて、勝負に勝ったというやつですね…」

 

セロ談

「愛の力…かなあ」

 

レミット談

「なんで私の周りはボケキャラばっかなのよ!」

 

 

 

 

閑話休題

 



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バカイルの存在意義における考察







 

 ここは小さな宮殿の、静かな庭園

そこに設置されている小さなテーブル

無造作に置かれた三つの椅子

そこには椅子の数どおりの人間が座っている。

 

――いや、違う。一人は「魔族」だった。

 

「……と、いうわけでこの魔術理論はデイル・マースが発表した狂気の理論だ。

フィーリングで書かれているため、理解があまりにも難しい。

しかし、これを理解しえた者は幻獣や聖霊にさえ近い魔力の媒体を行使できるようになる、といわれている。

彼の愛弟子にあたるルーファス・クローウンという宮廷魔術師が、出来る限りわかり易く解説しようとしているが……」

 

そんなことを主人公たる俺は考えている。

現実逃避のための行動であった。

――人間は絶望してはいけないと、知っていても

 

ふと、横を見るとレミットが蒼白な顔で前を見つめていた。

彼女は現実逃避すら出来ず、ただ呆然としている。

そのレミットの前にいるのは俺を一方的にライバル視している、魔族

カイル・イシュバーン。通称「バカイル」

……そうだ、その「バカイル」に問題が生じているのだ。

 

「つまりだ、このルーファス・クローウンの解説文の可笑しいところは

結論として『何もわからない。これは頭で理解するものではない。

むしろ出来るかこんちくしょう、この野郎。なんで俺ばっかり』

ということしか書いていないということだ。

ルーファス氏の他の論文を見るに際しては、どれにおいても平易かつ魔術体系に沿った、優れた解説がなされている。

にもかかわらず、このデイル・マースの理論に関しては

――デイル氏に対する辟易とした様子が、ルーファス氏の愚痴や雑多な文章により

読み取れるだけで……」

 

カイルの講義が続いている。

そう、これは講義

魔術理論原論に関するレミットの宿題

しかし、問題はもはやそこではない。

ああ、レミットの表情にはもはや驚愕さえ浮かばないようだ。

瞳が、薄い蒼色が悲しみの色に染まっていく……。

俺は手にもつ紅茶のカップをカタカタと鳴らし、自嘲気味に笑う。

レミットを守るどころか――自分の恐怖をおさえこむことの出来ない無力な人間。

 

「そう、結局のところ、この理論は誰にもわからない。

そもそも、この理論を理解し得た者はデイル・マース本人と、ルーファス・クローウンの二人しかいないのだ。

よって、最初から学習の範疇におかれない場合も多々としてある。

だが、それでも淡い夢のように追い求める輩も少なくないがな」

 

そういって、カイルは口を一度完全に閉じる。

そしてまた開き、頬肉をひきつらせた粗野な顔で笑いかける。

 

「ハッハッハ、まあこんなところだな。

貴様みたいなガキの宿題にしては、十分な講義だったであろう。

さっさとそんなくだらんものを終わらせて、主人公を解放しろ。今日こそは俺が勝つ予定なのだ」

 

――そう、今日も今日とてカイルは俺に勝負を挑みに来ていた。

無論、いつもテキトーに半殺しにして追い返してやってはいる。

この間は体中の骨という骨を念入りに砕いて、

みかん箱(アイリスさん提供)に包装して川に流した。

……なのに、コイツは翌日には復活して帰ってくる。

もはや魔族とかそういうレベルで無いのは気のせいであろうか?

 

「ん、どうした主人公。俺の顔をジロジロと見るとは……闘争意欲が沸いてきたか?」

 

ああ、そうだ。それよりもいわなければならないことがあった……。

今日は、いいかげん疲れたのでレミットの宿題を手伝いつつカイルを無視することにしたのだった。

なのに……コイツは

 

「……バカイル」

 

「ん、どうしたレミット?わからないところがあるなら、このオレになんでも聞け!

人間ごときの知識など、全て看破してくれる!」

 

それまで黙りこくっていたレミットが

――そのカイルの言葉を聞いた瞬間、唇を噛みきるように口をきゅっと結ぶのが見える。

そして、なにかが吹っ切れたかのように叫んだ。

 

「アンタなんか!バカイルじゃない!」

 

レミットは小さな身体が張り裂けるかと、心配な程の声で叫ぶ。

 

「アンタは!バカで、マヌケで、ドジで、女にモテなくて、

むしろ調子に乗ったあげく岩に頭ぶつけて、

しかも後ろから撃たれて死ぬような機動兵器乗りだったのに!アンタなんかバカイルじゃない!」

「よりによってカツ・コバ○シだと!せめて東方不敗にしろ!」

 

いや、それは無茶苦茶ワガママだろうが

そう素直に思う。

 

「主人公!わたしは自分の部屋で宿題してるから、ソイツをなんとかしてよね!」

 

レミットはノートを引っつかみ、自分の部屋の方へと走っていく。

その足元は螺旋を描き、ぐるぐる巻きのように見える。

 

「訂正しろ! せめてバーニー!!」

 

カイルが絶叫する。

だから何でそんなワガママいうんだお前。

 

「クソ!オレが何をしたというのだ主人公!オレがカ○・コバヤシ扱いなどとは納得いかんぞ!」

 

カミーユはともかく、カツ・コバヤシが好きだという人間に出会ったことは、

未だかつて無いよな……と、他人事のように思った。ちなみに俺は両方嫌いだ。

――椅子から立ち上がり、ツカツカと靴音を立てながら歩み寄る。

ゆっくりと、そして唐突に

 

「……お前は、本当にカイル・イシュバーンなのか。マトモに講義できるお前なんか、お前じゃない!」

 

カイル・イシュバーンの顔を力任せに殴りつける。

そう、『修正』した。

自分の手が、血で濡れる感触を味わう。

これはカイルの歯で切れた自分の傷か、それともカイルの口から湧き出た血か。

 

「な……何だと!黙って聞いていればいい気になりやがって!オレは馬鹿じゃない!

お前らが勝手にオレの事を馬鹿馬鹿いってるだけだろうが!」

 

カイルは唇の血を拳でぬぐい、立ち上がる。

だが俺は奴の襟首を掴み、叫ぶ。

 

「うるさい!お前のキャラクターイメージは馬鹿だ。馬鹿以外に認めない!

ちょっと俺より人気があるからっていい気になるなよ!」

 

「オマエは主人公だろうがっ!人気もへったくれもあるか!

髪にかくれて目も見せられないくせに、へらず口を叩くな!」

 

カイルは身分不相応にも、俺の痛いところをついた。

俺はアイツを突き放し、呆然とする。

――いや、まだ負けたわけではない。

脳内記憶媒体であるニューロンの限りをつくして、反論にふさわしい言葉を構築する。

 

「くっ……、だが、俺には個性がある!様々なイベントにおいて義憤に燃える俺がいる!

プレイヤーは感情移入せざる負えなかったはずだ!」

 

俺はカイルを指差し、吼える。

しかし、カイルは冷笑し俺を見下すだけだった。

 

「ふっ……、それは認めよう。我がライバルでもあるオマエだ。

しかし、俺との差は否めんな。いいか?俺は悠久幻想曲のライバルキャラとは違う。

アルベルトとは違うのだよ、アルベルトとは!考えても見ろ、ジオ○はあと十年闘える!」

 

カイルはそう吐き捨て、俺の懐に文字通り「潜り込む」。

はっきりとジ○ンなんて口に出しちゃ駄目だって、と思った隙をつかれた。

 

「おおああああぁぁあぁ!!」

 

絶叫に近い叫び声とともに、カイルの掌に魔力が収束する。

会話している間にも、精神を集中していたのであろう。

カイルは魔力をそのまま火の粒子へと転換し――俺の胸元で強烈な爆発を起こす。

 

「ヴァニシング・レイ!」

「――っっ!」

 

俺の視界が赤の世界に覆われる。

身体が宙に舞い、数秒の低空飛行を味わった後、地面に落ちた。

鼻腔に花火が弾け飛んだような匂いが漂う。

――脳の血管が切れたわけではない、実際に俺の服はプスプスと黒い煙をあげている。

 

「……ふん。思いっきり手加減してやったぞ。早く立て、俺に地獄を見せてみろ」

 

カイルは顔の筋肉をひきつらせながら、憎悪に燃えた目をする。

その赤い目が、血に飢えている野獣を思わせた。

だがその時、奴の心音が聞こえた気がした。

 

「手加減?本当に手加減か?」

「――っっ」

 

俺はゆっくりと立ち上がり、ズボンについた砂を払い落とす。

これから存分に血で汚れるだろうというのに、意味の無い行為であったが

――綺麗に落ちたことに小気味良さを覚えた。

俺は薄く唇をひきつらせ、カイルの目を睨みつける。

 

「違うだろう、カイル。オマエは今、迷っていた。

だから俺が反射的にかわせた。本当はお前にもわかっているはずだぞ。

お前がアルベルトと違う点……それは人間が腐っていないからだ。

個人的感情で人を罰し、人助けを妨害し、自警団の権力を私利私欲のために使う。

さすがにフォローもしかねる悪逆非道の限りをつくしたアルベルトとは違い、お前は結果的に悪いことなど何もしていない。

むしろ、善人だ。しかも愛すべき馬鹿だ。

だから人気があるのだ……いいか、お前から馬鹿をとったら何が残る。

シリアスで格好いいことをしたら

『カイルかっこいいですねー、でもこれカイルじゃないですよね(笑)』

とか感想で書かれているお前に何が残るというのだ、カイル・イシュバーン!」

 

俺は一気に、自分の感情を吐露する。

辺りに残っているヴァニシング・レイの熱量のせいで、唇はカサカサに乾く。

だが、それ以上にカイルの顔は乾燥して見えた。

まるで――そう、まるで枯れる前の花の美しさのように

微笑した。

 

「……わかっている。わかっているが、わからん。わからんから戦う!

確かにキサマの言っている事は正しいのかもしれん。しかし、わからんのだから戦わねばならん!

オレは俺を馬鹿にする全ての人間が憎い!憎い!!憎い!!!

だから粛清しようというのだ!このカイル・イシュバーンが!」

 

絶叫するカイルの口から、犬歯がいつも異常に尖って見えた。

それは槍

口から放たれている言葉を象徴する、狂った信念の槍。

 

「それはエゴだよ……カイル!」

 

俺は、もはやカイルに語る言葉など持ちあわせていなかった。

腰のベルトに隠し持った、護身用の三段式警棒を引き抜く。

 

――勝負は一瞬

朽ちかけた夕日が、俺とカイルの影を伸ばし

木枯らしが、俺とカイルの悲哀じみた闘争を笑う。

沈黙には飽きた、と

それに二人は答えた。

俺とカイルが同時に地を蹴り、天を喰らうかのように空へと舞った

 

――瞬間

 

どこからともなく飛んできた、テーブル(とお茶セット一式)がカイルに命中し、カイルは気絶して地面へと落ちた。

 

「主人公さん、大丈夫ですか!」

 

……アイリスさんが駆け寄ってくる。

さすが力持ち。半端じゃないよ。

メイドだし

 

「侍女です」

「そ、そういう問題じゃねえだろうが……」

 

テーブル(とお茶セット一式)に押しつぶされながら、カイルがうめき声をあげる。

つーか、俺の心読むなよ両方とも

 

「……カイル。一つだけ言っておこう。慰めにもならんだろうが」

「……な、なんだ」

 

俺は少し躊躇しながら、一言投げかけた。

 

「その格好、かなりマヌケだぞ」

「………」

 

――三秒後

テーブルの上からポットがカイルの頭に落ちたことは、彼の名誉の為にいっておく。

馬鹿キャラとしての名誉だが

 

「……一応、みかん箱持ってきましたけど」

 

アイリスさんは猫をつかむように手を丸めて、箱を大事そうに抱えている。

 

「……いつも思うんですが、どっから調達してきてるんですか、これ」

 

俺は箱を受け取り、じっと見つめる。

 

「……えっと、答えてもよろしいのでしょうか」

 

ガサッ、と庭園の茂みから音がした。

 

「…ッス」

 

声もした。

 

「……結構です」

 

宵の明星が見える日没

赤い赤い庭園の中

橙に染められた噴水の水色が、地にぶつかり、壊れて混ざる音。

俺は一人、星が見えるまでここで立っていよう。

そう思った。

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 

 

 



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バンドクエスト

「ははははは! と、いうわけでバンドをやるぞ!!」

「……何が、と、いうわけでなんだ」

 

俺はアイリスさんに入れてもらった紅茶に口内を潤しながら、ゆっくりと胃に流し込む。

――温かい液体が、しゃがれた喉を癒してくれた。

 

「なんだと!貴様、あれだけのパッションをブレイクさせておきながら、オレとバンドが組めんと言うのか!そんな関係だったのか!」

「……何語で、どんな理由で、どんな関係を示唆してるんだよ」

 

とりあえず、気に障った部分を全てツッコんでおく。

……何でこんなことになったんだ。

 

「アンタ、歌上手いのね」

 

レミットがぼーっとした表情で、横で紅茶を飲んでいる。

ここは小さな宮殿の、静かであったはずの庭である。

レミットはさすがにお姫様らしく、テーブルに座っている姿はなかなか優雅だった。

ああ、そうだ。

 

「歌ったのは久しぶりだよな……」

 

空になった紅茶をテーブルの上に置くと、アイリスさんの顔が真正面に映った。

何故か、顔を桜色に染めてぼーっと俺の顔を見ている。

 

「アイリスさん?」

「え、え!? な、なんでしょうか主人公さん」

 

慌てて、手に持つ木色の茶受皿を自分の胸のほうに抱え込む。

いちいち仕草が可愛い人だ。

 

「いや、少しぼうっとしてたので……レミットが無茶させるので疲れてるのかな、と」

「アンタ、さりげなく人の悪口言ってんじゃないわよ!」

 

げしげし、とテーブルの下で俺の膝が蹴られる。

多少痛い。

 

「大丈夫ですよ。ちょっと……見とれてただけですから」

 

アイリスさんはそう答え、手を頬にやる。

 

「何に、ですか?」

 

俺は怪訝な顔で答える。

すると、レミットが姫様らしくない、巨大なため息をついた。

何なんだよ一体。

 

「それはいいから、勉強の続きをするわよ」

 

レミットはバン、と教本をテーブルの上に叩きつけた。

アイリスさんは笑いながら、空になったカップを茶受皿に回収していく。

――相変わらず、平和な光景だ。

こんな日がずっと続けばいいな――

俺はそう嘆息づき、舌の上に残ったわずかばかりの紅茶の香料を楽しんだ。

 

終(「レミット&アイリス」ルート、鬼畜エンド)

 

 

 

 

次回予告

 

カレンのことを年増呼ばわりしたカイルが、何故かロクサーヌとのダブルコンビに襲われる。

彼に生き残る道はあるのか!いや、ない(断定)

これこそ冥府魔道の道行き、暗転入滅

そのとき、彼の体にやられ役の神が宿った!

 

「これが魔族の生き様じゃー!」

「カイル――!!」

 

お楽しみに。

 

 

 

 

 

「じゃ、ねえだろうがーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

カイル=イシュバーンの絶叫が辺りに響いた。

手足を幼児のようにバタバタとさせ、みっともない。

もう終わりたいのだ。

 

「……なんなんだよ。まだ何かあるのか?」

「あるのか?じゃない!オレとバンドを組めと言ってるんだろうが!」

 

……話を最初に戻そう。

 

「ああ、そうか。お前がいきなりギター持って怒鳴り込んできたんだよな」

「そうだ!」

 

 

 

――回想シーン(脳内にて、セピア色の映像に変換しお楽しみ下さい)

 

 

 

「オレの歌を聞けェェェェェェェェぇぇぇぇ!!」

 

ギュイイイイィィィィィ

カイルはギターを手にかけ、アンプに足を置きながら、

イントロを演奏し始めた。大気も震える轟音。

――瞬間、カイルの顔面に椅子がぶつけられた。

げめしゃ、と魔族の肉が潰れたような奇怪音が鳴る。

……事実、そうだったが

 

「うるさいわよ、バカイル!アタシの勉強の邪魔をするんじゃないわよ!」

「なんだとクソガキ!だいたいお前は勉強する気なんぞないだろが!

ただ主人公と一緒に……」

 

 

刹那、プリンセスドレスで何故そこまで動けるのか。

不思議極まりないレミットの強烈なとび蹴りが決まる。

潰れた肉から、血が噴出したような音が鳴った。

実際、その現象は目の前で起こっていたが。

 

「お、おおお……」

「な、なに馬鹿なこといってんのよ!このバカイル!」

 

レミットは顔を真っ赤にして、両手に握りこぶしを作りながら、大声で叫んでいる。

……残念ながら、靴に血がついているので、可愛らしいとは表現しがたいものがあったが

 

「とにかく、歌わせろ。他に歌うところが無いのだ。ギヴミー、コンサートホール。

この宮殿の庭なら誰にも迷惑がかからんだろうに」

 

「すでにアタシに迷惑がかかってるでしょうが!

黒魔族は黒魔族らしく、ゴキブリの住んでる下水道で歌ってなさい」

 

ビシッ、とわけのわからないことを言いながら怒鳴りつけるレミット。

 

「いや、やったけど、音が反響しすぎて良くないのだ」

「やるなよ」

 

あまりといえばあまりの答えに、主人公は思わずツッコミを入れた。

 

「おお、来たか主人公」

「……つうか、この世界にアンプなんぞあったんだな」

 

そう言い捨て、足元の少し奇形なアンプに目をやる。

まあ、カメラもあったしゲームセンターもあったが。

……電力より効果的な消費物も、この世界にはあるだろうしな。

 

「ふむ、貴様も音楽が少しは分かるようだな。ならばオレの歌を聞け!

オレの心は燃え尽きるラブハート!張り裂けるマイラバー!」

「愛が張り裂けたら失恋してるでしょうがー!この、バカイル」

 

強烈なヤクザキック――いや、あえてプリンセスキックと称しておこう。

未だ成熟せぬ鮎のような白足は、肉の弾ける強力な衝撃を、その先端へと収束させる。

それは眼前の魔族に止めを刺した。

 

「……はっ」

 

声にならぬ悲鳴をあげ、カイルは息を吐き、倒れた。

魔族死にが出た。

 

「………」

「さあ、勉強の続きをするわよ」

 

振り向いたレミットは、思わず抱きしめたく程、可愛かった。

しかし、返り血がついているのがマイナスポイント。

 

「……まあ、いつものことだが」

 

気にせず、倒れたカイルの手からギターを収奪する。

軽く、指でなぞるように弦を弾いた。

――懐かしい、硬い感触。

怪訝な表情をするレミットに軽く苦笑して返し、落ちてるピックを拾い上げ、

イントロとともに声帯の準備を整えた。

 

 

――回想シーン終了

 

 

「……ああ、相変わらず復活早いよなお前」

「注目するの、そこかよ」

 

無傷の魔族がツッコミを入れた。

――いや、魔族がコイツのように頑丈だと勘違いするのは可哀想だ。

魔族差別だ。

 

「とにかく、オレとバンドを組め!オレと貴様が手を組めば、世界征服も可能!」

「……関係ないと思いますが」

 

アイリスさんが精一杯のツッコミを入れた。

レミットが「相手にするな」といった感じにジェスチャーを送っている。

 

「まあ、歌うのは嫌いじゃないし、バンド組むのはいいんだけどさ」

「ふっふっふっ、そうか! それでは今日から特訓だぞ!」

 

意外と真面目だった。

まあ、コイツの趣味は作詞作曲だと言ってたので、結構面白いかも知れんな……。

 

「……それにしても、なんでいきなりギターだのバンドだの練習してんだ。何か燃えるもんでもあったか?」

 

結構いい値段しそうなギターをいじりながら、カイルに言葉を投げかける。

投げかける、といったのは、何故かカイルが噴水の上に乗っかっているからだ。

人目は無いが、出来るだけ他人っぽくいきたい。

 

「ふっ……そんなに聞きたいか」

「いや、別にどうでもいいが」

「ならば教えよう」

 

カイルは噴水のてっぺんで、黒マントをばっと広げながら、手を天に突き上げて――叫ぶ。

 

「女にモテるからだ!」

 

絶叫。

そして、静寂。

……それはあまりに哀しく、悲痛な叫びだった。

 

庭の噴水から流れ出る水が、勢いに乗じて

微かに石畳から逃れ、それは土に吸収された。

 

空では、未だ名前も分からぬ異世界の白い鳥が太陽を横切り

掃射される白線の光を、影によって妨げた。

 

陶器に、優しく指が触れる音がした。

アイリスさんは黙って茶受皿を持ち上げて、宮殿の侍女長室へと戻っていく。

レミットは転がっていた――カイルにぶつけた椅子を拾い上げ

庭のテーブルへと戻っていき、教本を開き始めた。

 

「……」

 

俺は一人、頭を掻きながら

絶叫したまま立ち尽くしているカイルの目の前に立ち

 

ふらふら

 

と、優しく手を振ってあげた。

もちろん、一声かけるのも忘れない。

 

「頑張れよ」

 

優しく、声をかけた。

瞳は夢見る中学生を応援するかのように

俺は胸に熱いモノを感じながら

テーブルへと戻っていき、レミットの勉強を手伝い始めた。

 

 

「どういう意味だ貴様らーーー!!!!」

 

カイルは虚しい絶叫をあげた

 

空では、未だ名前も分からぬ異世界の黒い鳥が太陽を横切り

掃射される白線の光を、影によって妨げた。

鳴き声をあげる。

 

「アホーーーー」

 

 

カラスであった。

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 



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小さな胸焼け

 小さな浮雲。

空に浮かぶそれを、ぼーっと眺めながら、私はつぶやいた。

 

「……暇ね、アイリス」

「そうですね、姫様」

 

私は主人公に買わせてきたマグカップをテーブルの上に置き、もう一度呟く。

 

「何か、面白いことないかしら」

「……主人公さんが、今日はおられませんからねえ」

 

……今日、アイツは装備品の買出しに出ていた。

私の警護のために、質のいい物を探しにいきたいんだとか。

下手な騎士より強いくせに、本当に必要あるのかな。

……嬉しかったけど。

 

「そういえば、何読んでるの、アイリス」

「これですか? 遥か異国の、筆頭侍女の書かれた本です。結構勉強になりますよ」

「ふふ、勉強熱心ね」

「姫様の為ですから」

 

美味しいお茶の入れ方でも、書いてあるのかしら。

私はそう思いながら、本の表紙へと目をやる。

タイトルは『国の掌握術』、著:マリス・アマリリス。

 

「……」

 

とりあえず、何も聞かないことにした。

それが姫としてあるべき姿だと思うから。

 

「これは侍女ながら、若くして国の宰相的役割まで上り詰めた女性の著作で」

 

でも、アイリスは真面目に答えるの。

 

「私としても姫様を支え、この国を乗っ取……」

 

それは、時によくないことだと思う。

私は再び、塀の向こう側にある浮雲へと目を向けた。

 

「……?」

 

その塀に、何か赤いものが見えた。

 

「姫様、どうかしましたか?」

「あれ……何かしら」

 

四メートルもある塀の上、よっこらせ、とばかりに上ってきた赤いものが見える。

 

「……あれは」

「ひょっとして……」

 

「おひさしぶりやーーーーー!」

 

赤い髪を揺らしながら手を意気揚々と振る、牙人族の少女。

アルザ=ロウがそこにいた。

 

 

 

 

庭のテーブル。

いつもは主人公が座ってる席に、アルザは腰をかけた。

 

「……では、何を食べますか」

 

宮殿からティーカップを取ってきたアイリスは、ストレートに聞いた。

到底女の子に対する台詞ではないが、アルザ相手じゃ仕方ない。

 

「ん……あ、ええねん。紅茶だけで」

 

アルザは紅茶を受け取りながら、差し出した菓子を遠ざけた。

 

「……」

「……」

 

沈黙する、私とアイリス。

 

「……ひょっとして、死期が近いの?」

「不治の病ですか」

「ちょい待ちいな。ウチ、ちょっとモノ食わんだけで死ぬ生物か」

 

アルザは手をあげながら、言葉を止める。

 

「違うの?」

「違うのですか?」

 

アルザの瞳は悲しい色をしていた。

でも、私達は間違っていないと思う。

 

「……なんか、最近調子がおかしいんや」

 

くい、とあごを横に傾けながら、アルザは悩む仕草をする。

 

「やっぱり死……」

「身体は健康やて」

 

ぐっ、と細腕に力コブをつくりながら、答える。

だがすぐに肩の力を抜き、テーブルに上に身体をもたれされた。

 

「……まあ、病気の可能性もあるかもな。なにかモノ食う気がせんのや」

「……はあ。いつからのことなの」

 

私はやや興味なさげに、仲間にして友人の女の子を見ながら答える。

 

「そうやな……ちょうど、冒険が終わってからやな。そう、主人公と別れてから」

「え?」

「全く食欲がないねん」

 

顎に人差し指を当てながら、アルザらしくもない悩んだ表情を浮かべる。

 

「アイツの事が、全然忘れられへんねん。何かの拍子で一度思い出すと、なかなか頭から離れんし……」

 

ころん。

アイリスのティーカップが倒れ、中の液体がテーブルのシーツを濡らす。

 

「そうなると、食欲ものうなってな」

 

それには全く気づかず、アルザはかしゃかしゃ、と頭をかきむしり。

 

「スッキリさせよう思うて、主人公に相談しにきたんや」

 

……ひとしきり言い終えて、アルザは口を閉ざした。

私はアルザを目の前に居ながら、彼女の目が誰かの姿を思い浮かべていることに気づく。

そうして――二人して沈黙した。

 

「……」

「……」

 

その沈黙に耐えかねたように、アイリスが言葉を発した。

 

「アルザさん、それは……」

 

恋。

なのではないか。

私はアイリスの濁った言を聞きながら、思った。

 

「え、何かわかったん?」

 

アルザはくり、と大きく目を見開きつつ、アイリスに詰め寄る。

アイリスは少し困った様子だ。

……。

言うと、面倒な事になりそうね。

だけど。

 

「そう……ですね、わかりました」

 

アイリスは、頬元まであげていた手を下げ、困った表情を打ち消して――

真顔になって、答えようとする。

 

「……」

 

まあ、仕方ない。

勝負はフェアじゃないと……。

病気の原因を知ったアルザの反応を少しだけ楽しみにしながら、自分の紅茶を飲み干した。

 

「アルザさん……それはですね」

 

一足、アイリスは近づいた。

続き、ぽん、とアルザの肩に手を置いて。

 

「ただの胃もたれですね」

 

いつも通り目を細めた、凄くいい笑顔で答えた。

 

「胃もたれ?」

「胃もたれです」

 

違う。

 

「そっかー、ウチ、胃もたれなんかなったことないからなー」

「ええ、アルザさんにはわかりづらい感覚だったのかもしれませんね」

「……あの、アイリス」

 

私は、弱々しく声をかける。

が。

 

「ああ、以前に冒険途中で出会った名医の、フォインさん辺りに相談してはいかがでしょうか」

「そやなー。ここからやと、二・三ヶ月はかかりそうやけど……」

 

畳み掛けるようにアイリスは言葉を繋ぎ、私の声は黙殺される。

 

「善は急げ、といいます。さあ、主人公さんが帰ってくる前に出発してください!」

「ああ、わかった、今すぐ行ってくるわ」

「あ、アイリース……」

 

笑顔で、手を振るアイリス。

笑顔で、手を振り返しながら走っていくアルザ。

呆然とする私。

 

「それでは、また主人公さんの居ないときにー」

「またなー」

 

ひゅん。

アルザは四メートルもある壁の上を、一足で飛び越えていった。

まるで、悩みが晴れた、といわんばかりに。

 

「……あの、アイリス?」

「何ですか、姫様」

 

笑顔をこちらにむけるアイリス。

その顔の後ろには橙色の夕焼けが差し掛かり、顔の半分を光に。その反対側の半分を闇に染めていた。

 

「……」

 

テーブルの上の紅茶に目をおとした。

アルザに出されたティーカップは、一切口をつけられておらず――

私はそれに手を伸ばしながら、覇気も無くつぶやく。

 

「……主人公、遅いわねえ」

「……遅いですねえ」

 

太陽が浮雲の中に隠れた。

雲は橙色に染まり、日が暮れるまでの時間を予測させる。

主人公が帰ってくるまでの間、二人はただただ、冷めた紅茶を愉しんでいた。

 

 

 

 

 

 

閑話休題

 



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メイドさんロケンロール

 小さな宮殿の、静かな庭園

もはや、そんなものはどこにもない、と

言わんばかりに、辺りを埋め尽くした音楽機材

転がる、アンプ、スピーカー、ギター

 

カイルのポケットマネーと、全く使う機会を得られない

年中無休な奴隷である主人公の給料から、それは用意された。

 

「ち、がーうっ!!」

 

その真ん中の空間で、カイル=イシュバーンは

まるで末期症状の陶芸家か、締め切り寸前の作家のように

絶望した悲鳴をあげたのだった。

 

「何が違うんだよ……」

 

俺は、その横で嘆息をあげる。

ピックをポケットに入れ、一息ついて地面に座り込んだ。

……そもそも、なんで俺こいつとバンドなんか組んでんだか。

 

「貴様は、ロックのソウルというものが何もわかってない。

いや、そもそも、歌というものが理解できていない」

 

「俺、これでも三年はギターいじってたんだが……。

昔は簡単なバンドだってやってたんだぞ」

 

ちなみに、不思議なことに客が女しか来なかった。

なんでだろうな。

年単位の旅に初対面の女性三人を付き合わせるという

難行を簡単に達成した駄目な朴念仁は、そう考えていた。

 

「ロックに経歴などいらない。そんなものは犬に食わせろ」

 

目の前に魔族は、無茶を言う。

俺のジト目を無視し、カイルは手を振りかざして叫ぶ。

 

「いや……何も、技術的に不足があると言っているわけではない!

俺もお前もな。そうではなく、オレたちのバンドに足らないモノがあるといっているのだ」

 

「足らないもの?」

 

「足らないものだ。何か……な。

いままで有象無象のバンドがつくりあげてきたように……

俺たちの作り上げていく、新しい音楽にとってだ」

 

カイルは神妙な面持ちで、そう呟く。

……俺たち以外で、か。

ふむ。

 

「じゃあ、メンバーを増やそう。

レミットでも入れるか。姫様だし、目立つかもしれんぞ」

 

その時、主人公の脳裏に映るシルエット。

きゅるん、としたフレアスカート。

ピンクハウスのオーダーメイド。

脳内で、ふりふり衣装のアイドル姿になったレミットを思い浮かべる。

 

主人公は、脳とセンスが古かった。

かぎりなくローセンスだった。

 

「みんな、ありがとう……わたし……」

「レミットちゃーーん」

 

両手をきゅっ、と胸元に合わせ、マイクを持って

ステージの中央に立つレミット。

それを取り囲む、マリエーナ国を中心とした名も無き群衆達。

 

――そして、レミットは選択した。

 

「普通のお姫様に戻ります!」

「普通じゃねーー!」

 

妄想終わり。

フィリーいわく、ローセンスだったのだ。

 

いろんな意味で。

 

「ふん、そんなアピール、音楽には必要ない。

ビジュアルとパフォーマンスが音楽にとって無意味とはいわん。

むしろ、それこそが大事と言うこともあるだろう。

だが、悪しき要素が多すぎることも否めない。

マトモなスピーカーで音楽を聴いたこともない、そんな輩は相手にせんのだ」

 

カイルは中指をおったてて、不機嫌そうな面で吐き捨てる。

 

「むう……まあな」

 

意外と真面目に思考してるな、コイツ。

しかし、技術でもパフォーマンスでも無ければ、何があるんだ。

 

「俺たちの音楽に、それは必要ない。必要なモノは、もっと別」

「では、なんだ」

 

「……ソウル」

「ソウル……」

 

カイルらしいというか、まあ無い脳みそから出た言葉っぽい。

俺はそう結論づけ、次の言葉を待つ。

 

「――つまり」

 

カッと目を開き、カイルは叫ぶ。

それは驚愕の言葉だった。

 

「つまり、アイリスだ!」

「なんでやねん」

 

俺は上方芸人レベルのツッコミを入れた。

カイルは腕を組み、ふんぞりかえって返す。

 

「ヤツなら、技術的には問題ない。

なあに、メロコアにはハーモニカでもいいさ」

 

「技術的な問題じゃないと、さっき言ったばかりじゃねえか。

レミットだって歌えるぞ、結構」

 

「わかってない、アイリスにはあってレミットにはない。

レミットにはなくてアイリスにはある。

それはビジュアルであって、ビジュアルではない。

それはソウル。That is ロケンロール」

 

コイツはロックンロールを侮辱しているのではなかろうか。

パンクとロックの違いから教えた方が良いのではないか。

苦悩して、ツッコむ。

 

「なんの関係があるんじゃい」

「そう、あえていうなら……」

 

カイルは俺の問いに満足したように、片手を握りこむ。

そして、諸手をふりあげて叫んだ。

 

「メイドさん、ロックンロール」

 

――ロックンロール

 

メイドさん

 

メイドさん、ロックンロール

 

メイドさん、ロケンロール

 

メイド……

 

メイドッ!

 

「そうかっ!」

「そうともよっ!」

 

俺は今気づいた。

そうか、それがソウルだったのか。

 

俺たちは、叫ぶ。

バンドに足りないものは、これだったんだ。

 

――なんて、こと

 

俺たちのパトスはテレパシーとなって

つながって

やがて世界も宇宙までも

この言葉でつながる。

 

「メイド」

 

これだったんだ……

 

カイルがギターをかきならす。

そして全身の力を振り絞り、大地を踏みしめ叫ぶのだ。

 

「メイドッ!」

 

「ロックン,ロール!」

 

「メイドゥ!」

 

「ロケンロールゥ!」

 

叫ぶ。

魂の叫び。

これがロック。

これがロックだったんだ……

 

野望

 

 

希望

 

男のソウルをうたいあげた、それ。

 

「メイド」

 

俺は当然のごとく、ギターを掴んで振り回す。

 

「しかしカイル、アイリスさんは侍女だぞ」

 

キュイイイイイイン

俺はギターを鳴らしまくりながら、叫ぶ

 

「わかっている、だが……」

 

カイルは同じようにベースをかきならし、叫ぶ。

テンポに合わせ、何故かお互い狂うこともない

イカれたビートに合わせ、叫ぶ。

 

「だが、それがいぃい」

 

――だが、それがいい

まるで奇傾者

それこそ芸術家(偏執狂)の言葉

それこそが音楽

 

ロックンロール

 

「メイドッ!」

 

「ロックン,ロール!」

 

「メイドゥ!」

 

「ロケンロールゥ!」

 

叫ぶ。

魂の叫び。

これがロック。

これがロックだったんだ……

 

俺たちの、新しい音楽。

そして、妄想。

 

 

絢爛豪華でいて、質素に整えられたステージ。

スタッフは全員メイド服(当然、女性のみ)

 

そしてメイド(侍女)服を着た、アイリスさんがステージにあがる。

その瞬間――

俺たちは叫ぶのだ。

 

「メイド!」

 

始まりは。

歌。

 

『アイリスさんは侍女』

 

作詞作曲:カイル・イシュバーン

編曲:「魔族」

ボーカル・ベース:カイル・イシュバーン

サブボーカル・ギター:主人公

ハーモニカ:アイリス・ミール

メイド:アイリス・ミール

 

これで……

これでこそ、ソウル。

つまりはロックが完成するのだ。

 

誰にも、文句は言わせない。

 

「あなた達は……」

 

後ろからの、声。

こんなときに必ず現れる、3人目の男。

でも何故か女性版のイラストが確認されている男。

ていうか、もう実質女性。

 

「おお、ロクサーヌ、見ていたか」

「やっと、俺たちに足りないものが見つかった!」

 

俺とカイルは、やたらいい笑顔でロクサーヌに声をかける。

 

相対して――

 

顔をうつむかせ、いつもの笑顔をやめ

俺たちを憎悪の目でにらむロクサーヌ。

 

「……ほう。それがあなた方の言う、新しい音楽ですか」

 

彼は、口を半月形に曲げ、ほほえんだ。

目が、イっていた。

その口から。

 

発声。

 

「おどれら音楽なめとんのかぁ!」

 

何故か関西弁で叫ぶロクサーヌ。

動揺する俺たち。

 

「お、おちつけ。ロクサーヌ。

ちょっとした茶目っ気だ」

 

「う、うむ……これはつまり、男としての夢や希望であって

つまりはソウル=ロックの因果律を一定の分野の人達に置いてのみ

成立させ、つまりはアニメソングの熱き心へのモチーフであり

決定的結論に達すれば、それはつまり音楽とは所詮パフォーマンスであると」

 

カイルがわけのわからないことをいう。

ああ。

ロクサーヌはそんなカイルをにらみ、

何故か灼熱色に光ったリュートを、俺とカイル目がけて振りかざした。

 

 

「死ねーーーーーっ!」

 

 

ぎゃらん

 

リュートが一音鳴った。

銀色の鈍い光をとどろかせる。

 

 

同時に――

宮殿の庭一面を吹き飛ばす、芸術的な爆音が、鳴った。

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 



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