行き場を無くした雷 (四季乃)
しおりを挟む

第一話

始めまして。
今回は久しぶりに書きました。最近は短編を書いては友達の漫画の原案を作ったりしていました。

ここまで来ていただきありがとうございます。ここから先は作者の私でも展開が予想できない物語。読むならば心して…ww




 

「…てね。お…。みん…いを」

 

薄れゆく意識の中で、少女声が繰り返し聞こえた。何を言っていたのか、誰が言ったのか。今となっては分からない。ただ、分かるのはこの言葉は自分に向けられたもので、とても大切な一言で、その少女がこの上なく幸せそうな顔をしていたということだけだ。

 

 

「…!…すか!大丈夫ですか!」

 

なんどその声を聞いただろうか。体が何度も揺すられる感覚と、耳元で聞こえる大きな声で私は暗く、重い夢から脱出した。薄っすらと目を開けてみると、目の前に広がっていたのは、満天の星空ではなく、心配そうに私を見ている二人の少女であった。

 

服装は制服。恐らく中学生か高校生だろう。少しばかり大人びて見える髪の長い少女は恐らく私と同い年ぐらいだろうか。私はまだはっきりしない意識の中、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 

「よかった!黄泉!この人意識が戻ったよ!」

 

「…あなた、今までのこと覚えていますか?」

 

髪の短い少女の嬉しそうな声とは裏腹に、髪の長い少女は静かに、しかしまるで警察署での尋問をされているかのような有無を言わさぬ凄みがあった。

 

「今までの、こと…」

 

そういえば、少しばかり硝煙の様な臭いがする。近くで戦闘でもあったのだろうか。何と?硝煙の臭いが大気中にこれ程漂っているということは、それだけ切迫した戦闘だったということだろうか。

 

辺りを見回せば、誰も通りかからなそうな道路である。こんなところで戦闘があっても周りに被害は出ないだろう。

 

しかし、どうして私はこんなところにいるのだろうか。自分が気を失っていたという記憶はあるが、どうして記憶を失ったのかということは分からない。いや、そもそも…

 

「私は…誰だ?」

 

「「え?」」

 

私の呟きに二人の少女は声を揃えて言った。それもその筈だ。いきなり初対面の人間が自分が誰なのかと聞くのだ。いや、初対面かは実際私には分からない。もしかしたら、過去に会っていたかもしれない。しかしこうなってしまった以上、確認の仕様がないが。

 

私には、どうしてここいるのか。そもそもなぜ私が硝煙の臭いから“戦闘”などという危険な考えに至ったのか。まったく見当がつかなかった。記憶を失う前は、そういうことを行う職業にでも就いていたのだろうか。

 

「もしかして記憶喪失ってやつ?黄泉…」

 

「かもしれないね。…仕方ない。少し私たちと同行して貰えますか?医者も完備してある施設にご案内しますから。身分証明…」

 

困り果てた様に、黄泉と呼ばれた髪の長い少女が言った言葉を半分も私は聞き取ることが出来なかった。

 

「鳴神!」

 

目を覚ました時から微かに気付いていたのだ。空気中を漂うその臭いを、私は無意識のうちに頭の中から除外していた。だが、黄泉というらしい少女の服に付着していた小さな赤い染みを見つけたとき、除外していたものは突如として舞い戻り、私の意識を白く塗りつぶした。

 

なぜこんな過剰反応を起こしたのかは分からない。ただ単に赤い染みに恐怖した訳ではなく、体に染みついた何かが、私の脳に直接警告を鳴らしたようだった。

 

私が叫ぶと、どこからか刀が私の手元に飛んできて、束の部分が自然と手の中に納まった。その事に内心驚きながらも、そのまま『鳴神』の鞘を外し、先ほどの少女達に切っ先を少しもブラさずに向け続けた。

 

刀を握った記憶が無い私が、ここまで完璧に鳴神を構えられたということは、やはり戦闘職種かなにかだったのか。しかし鳴神を抜いた私は、先ほどまで彼女達に抱いていなかった憎しみと警戒がありありと滲み出してた。

 

刀を向けてから始めて、二人が刀を持っていることに気づいたくらいだ。普通なら、こちらを先に見て警戒するのだろうが、私の場合先程の言葉の方が警戒の優先順位は高かったようだ。

 

なぜ、ここまで私が自分自身について客観的になれるかと言えば、記憶が無いためなのかもしれない。体が勝手に動くのに逆らえない為に、思考と行動が分離したためとも言ってもいい。

 

しかしいきなり刀の切っ先を向けられた側としては、警戒心を私以上に抱いていた。それもそのはず。保護しようと思った対象にいきなり警戒心剥き出しで、刀を抜かれたとあらば、そちら側も警戒をせざるを得ない。

 

「!何?どうしたの?」

 

「記憶の混乱かしらね。それとも、身分がバレると不味いことでもあるのか」

 

しかし二人の少女たちは刀を抜こうとはしなかった。

 

「貴様ら、何者だ?名乗らねば、敵と見なし、斬る」

 

自分でも驚くほど低く、冷徹な声だった。依然として、刀をブラさず構え続ける私に対して、何かを感じ取ったらしい、髪の長い少女は隣の髪の短い少女に刀を置くように指示し、自らも足元に刀を置いた。

 

戦闘の意思はない。そういうことだろう。しかし、私は警戒を解くことが出来なかった。もし、私が『鳴神』を下ろした途端に、刀を拾って斬りかかって来たら?そう思うと私は刀を下ろすことはもちろん、微動だにすることも出来なかった。どうして私はここまで頑なに、少女たちに対して敵意を向けるのか。

 

分からないことばかりだ。

 

「名乗らなかったのは、申し訳なかったと思っているわ。私たちは環境省超自然災害対策室。悪霊を狩る専門家よ。私は、退魔師の諌山黄泉。でこっちが退魔師見習いの土宮神楽よ」

 

髪の短い少女が少し怪訝そうなのは“見習い”を退魔師の後ろに着けられたからだろう。しかし、ここで反論しては、緊張が切れて何を仕出かすか分からない、記憶喪失少女がいるために、反論は飲み込んだようだった。

 

「環境省!?…退、魔師…っぐ!」

 

聞いた事柄を整理し、返答しようと思った矢先、激しい痛みが頭を襲い、私はまたあの暗闇の中に引きづりこまれた。だが、“退魔師”その単語を聞いたとき、一瞬安堵のようなものを抱いた様な気がした。

 

 

私、諌山黄泉が自らの素姓を明かした途端、目の前の少女は再び地に伏した。

 

まったく何だというのだ。記憶喪失かと思えば、いきなり刀を構えて敵意をぶつけてくるし。あの殺意は一般市民の出せるものではない。黄泉は直感でそう思った。

 

あれは間違いなく、実戦を経験し、『死』というものを少なくとも、どういうものであるかを知っている目だった。

 

そして叫んだ途端に飛んできた刀。たしか『鳴神』と言っただろうか。少女が叫ぶとどこからともなく飛んできた。あれは恐らく退魔刀だ。あれから流れ出す霊力は途轍もない量だった。刀自体にも霊力は当然あるが、その量は使い手によって左右される。

 

つまり、刀を強くするか弱くするかは、刀鍛冶を離れ、使い手に渡った時点から、常に退魔刀の使い手である退魔師に譲渡されるのである。

 

すなわち、この目の前で気を失っている少女もまた、途轍もない霊力の持ち主ということになる。もしかしたら、私、いや神楽よりも上かもしれない。だとしたら、この少女をこんな、人も通らない場所にほおって置くことなど、到底出来ない。

 

「黄泉、どうする?」

 

神楽が不安そうに聞いてきたが、その答えは既に神楽自身も分かっていることだろう。ただ、一応確認したかったのだろう。

 

「もちろん、連れて帰るわよ。対策室に。こんなところに放置していったら、いつ悪霊が喰らうか分からないし、それに…」

 

黄泉はもう一度、倒れている少女を一瞥して言った。

 

「この人が持っている霊力は半端じゃない。もしかしたら、前室長よりも上かも」

 

「げっ!あの人以上になったら、人間白叡じゃん…でも、霊力の量だけじゃなくて、あの刀も多分そうとうレアものだと思う」

 

しばしの時間二人でこの記憶喪失の筈なのに、色々おかしい部分を持っていて、正直敵なのではないかと思案しかねないこの少女を、どうしようかと散々議論したが、結局は対策室に連れて帰って事情聴取及び、誓約書を書いてもらうという方向で一致した。

 

しかし問題はその連れて帰る方法である。少女一人といえど、先ほどの戦闘でただでさえ消耗している体力で、人を運ぶというのは大変困難だた。

 

「しょうがない、人を呼ぼう。私たちだけじゃ人一人を背負って帰るには、遠いよ。本拠地は。そこからは車で対策室まで運べるけど」

 

「乱紅蓮に乗せて行けば?」

 

神楽は黄泉の獅子王を見ながらそう言ったが、その考えは素早く黄泉によって却下された。

 

「振動が大きいわよ。もし途中で気がついて、さっきみたいに刀向けられたらどうする?今度こそ、 逃げ場無いわよ」

 

「誰かに運んでもらうんだったら、その人も危ないんじゃ…」

 

「うちの対策室メンバーは刀首筋に当てられたぐらいで動揺しないわよ。それにおぶらせるのは、飯綱以外にするから、安全でしょ?」

 

確かに、飯綱にこの少女をまかせるのは、違う意味で危険な気がするが。

 

「ん〜黄泉。それ、少し質問とはずれてるような…」

 

「細かいことは気にしない!ほら、一騎に無線いれて!」

 

その後細かい説明をした後、対策室メンバーの誰が危険人物を運ぶかで、かなり揉めたというのは、余談である。

 

 

 




さて、一話どうでしたでしょうか。
長ったらしくて申し訳ありません(ーー;)修行します

原作のレールを壊さないように、でもしっかりオリキャラには活躍していただこうと思います。オリキャラの名前ですが、次回明らかになりますので、ご容赦ください

では、また次回お会い出来ることを祈って

ご意見、ご感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

 

 

記憶喪失の少女を何とか起こすことなく、対策室まで無事運ぶことが出来た時には、メンバー全員がほっと胸を撫で下ろした。

 

都心に本拠地を構える環境省超自然災害対策室。表向きは、ビルを丸ごと使った環境省の支部の一つである。

 

不景気で膨大な負債を抱える日本が、省庁の中の一支部にビルを一個ずつ買い取るという資金は到底ない。それでも、対策室がこうしてビルを一個持っているということは、それだけ事態が国にとっても重要視されているということだろう。

 

本部はここ東京にあるが支部は全国にあり、その支部毎にプロの退魔師が対処に当たっている。支部間での情報の共有はもちろん、応援要請や、人員育成もこの東京本部が一挙に行っている。

 

その現東京支部の長であり、現環境省超自然災害対策室長であるのが、車椅子に乗った女性、神宮寺菖蒲室長である。掴み所がなく、少々天然素質もあるようだが、作戦の指揮は的確であり、それが神宮寺室長に皆がついていく理由でもあるだろう。

 

その室長が見つめる先には、対策室のエージェント達が、必死になって連れて帰ってきた、記憶喪失の少女がいた。黒く長い髪とは違い、白い肌に、整った顔。同じ女である神宮寺でさえも、見惚れてしまう美しさがあった。

 

だが薄っすらとではあるが、古傷があちこちに見られる。恐らく戦闘による切り傷だろうと、対策室専任医師は診断した。記憶の方は、一部記憶の損失らしいので、数日で戻るだろうということだった。

 

「それで、いきなり刀を向けられたっていうのはなぜ?」

 

報告によると、対策室に動向を願った途端に刀を向けられたという。しかも敵意を持って。

 

我々に対するどこかの組織からの牽制なのかと神宮寺は密かに思っていた。

 

「分かりません。ただ、敵意の他に、私は恐れも混じっていたように感じたのですが…」

 

黄泉自身も困惑しているようで、悔しそうな表情を浮かべた。

 

もう一つ気になるのは、この少女が持っていたという刀。『鳴神』と呼ばれた刀は確かに退魔刀だった。しかも、黄泉の『獅子王』並か、それ以上の霊力が込められている。

 

『獅子王』は平安時代、『鵺』を封印する為に打たれた刀でそれを代々諌山家が継承してきた。だが、そんな獅子王以上に強い霊力を込められる刀鍛冶がいるとすれば、それは恐らく、無名の刀匠か、名のしれた刀鍛冶の秘刀なのかもしれない。

 

もしかしたら、異世界?

 

そんな考えも浮上したが、あまりにもバカバカしいものだったので、神宮寺は一瞬でそれを破棄した。時空をこえるなど、今時小学生でもしない想像である。

 

「だとしたら、刀はこの娘の近くに置いておいてあげなさい。もし刀が近くになくて、またそれを呼んだらそれこそ一大事になるかもしれないわ」

 

「了解した」

 

刀を持っていた、岩端が少女のベッドのすぐ隣に刀を立てかけた。それを確認すると、神宮寺は対策室メンバーに向き直っていった。

 

「お疲れ様、みんな。この娘の対処は上と話し合って決めるわ。取り敢えず、黄泉ちゃんと神楽ちゃんは残ってくれる?」

 

「分かりました」

 

「それ以外は一応、状況終了ってことで帰っていいわよ」

 

「「了解しました」」「「ナブー」」

 

指示を受けた二人以外のメンバーはすぐに医務室を足早に出て行った。命令だということもあるが、帰れるということが彼らにとっては娯楽の始まりといってもいいだろう。

 

命を落とすことが多い退魔師は、休息の時間を物凄く大切にする。楽しめるうちに、楽しんでおく。好きなことをしておく。これが、退魔師たちの暗黙の了解になっている。もし死んでも悔いが残らないように。死んだ退魔師に未練などが残り、カテゴリーDとなってしまった場合、対処に物凄く手がかかるからだ。

 

飯綱と桜庭の場合はダーツ等で賭け事をすることがその一環と言える。

 

今日はどこで何を賭けるんだろう?

 

黄泉はそんなことを考えながら、去って行く飯綱の背中を見送った。

 

「一応、さっきも言ったように上に相談してみるけど、多分うちで預かることになると思うわ。そういうことで、二人にこの娘頼めるかしら?」

 

「ってことは、一緒に戦え…と?」

 

黄泉が神宮寺のまるで近所のスーパーに買い物を頼むように軽く言った言葉を半分流すように、重いトーンで言った。

 

「室長!私たち、一応刀向けられてるんですよ!不味くないですか?」

 

咄嗟に、神楽からフォローをいれてくれる。こういう気が直ぐに聞くようになったとは、成長したなぁと思う。

 

二人に刀を向けられたという事実は、対策室のメンバー全員が知っていることだ。そんな危険人物を組織の中に入れるというのは、メンバーの除霊に対しての士気低下に繋がると黄泉は思っている。

 

第一、黄泉としてもどこまで心を許せるかは分からない。これからどうこの娘が変わっていくかが、一緒に戦うかどうかの観点にはなるだろうが。

 

「まぁ、最終的にはそうなるわね。大丈夫よ。」

 

しかし、黄泉が渋るのも気にせず、最後は室長ならではの天然+能天気さで乗り切られてしまった。

 

「そのときはお願いね」

 

精一杯の室長の笑顔と隣に立っている桐さんの無表情に負けた二人は、仕方なく了承しざるを得なかった。

 

 

「室長、少女の持ち物の検査が全て終了しました」

 

二人を見送った医務室には、神宮寺と桐だけになっていた。

 

「分かったことは?」

 

「はい、持っていた身分証明書を確認しましたところ、名前は白澤秋。年齢は17歳。総務省防霊本部実行部隊。階級は少佐」

 

「総務省除防霊本部?」

 

桐の淡々とした報告に神宮寺は首を傾げた。

 

現在の日本政府には総務省除霊実行本部などという組織は存在しない。

除霊に携わっているのは、うち‘環境省’。あとは‘防衛省’だけの筈だ。しかも、防衛省は思案中で、未だ活動を開始していない。つまり、実質的に活動しているのは、うちだけということになる。

 

しかも、少佐という階級。階級は軍隊にしかないはずだ。もちろん、対策室にもない。あったとしても、室長という最高責任者がいるだけだ。

 

しかもこの組織が今の日本にあったとして、少佐という階級をこの歳で拝命したということは、相当の実力者ということになる。

 

「おかしいわね。何もかも、今の日本にはない組織だわ。偽装とも考えにくいし」

 

「ええ。ですから先程、環境省の方に、今回の概要を記した書類と意見書を提出してきました」

 

無論、事前に神宮寺が作っておいたものだ。元より、記憶喪失の少女『白澤秋』は対策室で預かるつもりでいたからである。

 

あの『白澤秋』が持っていた退魔刀を持っているあたりで、神宮寺は退魔師であると、ある程度予想していた。退魔刀は所有者の霊力にされるものなので、結果的に『白澤秋』もかなりの霊力を持っているということになる。

 

まれに、強い霊力を持った一般人もいるが、もし『白澤秋』がそうだったとしても、強い霊力はそれだけで、悪霊を呼び寄せてしまう。

 

どちらにしても、環境省で『白澤秋』を保護することは、確定していたのである。

 

「上はなんて?」

 

「神宮寺室長に一任すると。ただし、その少女の身元調査も並行して行うこと。ということでした」

 

要は、面倒だから処置はそっちでしろ。ただし警察事にはするな。ということだ。上は一般市民に多数被害が出て、悪霊の存在を知られる事態には非常に積極的に指示を飛ばすが、それ以外の細々としたものは、全て室長に権限を譲渡してくる。

 

忙しいのか、本当に面倒なのかは定かではないが。

 

面倒事を押し付けられた様な形になったが、神宮寺には最高の状態となった。計画していたことがまんまと叶ったということである。

 

「そう。それじゃ、これから忙しくなるわよ。先ずは、この娘の誤解を解かないとね」

 

神宮寺はもう一度少女に向き直ると、優しい笑みを浮かべて今度こそ病室を出て行った。

 

 




やっと二話目で名前が出てきた主人公「秋」ですが、黄泉との険悪なムードを改善出来るのでしょうか…
はっきり言って心配です。作者が。

※更新は一週間ごとになると思います。金曜か土曜にはしていくつもりです

ご意見、ご感想お待ちしております

ではまた次回お会い出来ることを祈って…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

お久しぶりです
今回は少し全体的に暗いお話になるかもしれません…

秋はこの先どうするんでしょうか…


懸命に目を凝らして周りを見回してみても、そこにあるのは途方もない程に澄み切った闇があるだけだった。

 

そこから一生懸命一歩を踏み出そうとしても、何かかがそれをさせてくれない。まるで体がそれを拒むかの様に、意に反して足は地面とも知れぬ暗闇から動こうとはしなかった。

 

ただ単純に恐怖心で足がすくんで動けなかったわけではない。今は消え失せているはずである、過去の記憶がここから動くことを拒んでいるように思えた。

 

だが、その暗闇は突如として終わりを迎えた。

 

私の目の前で、激しい爆音を伴った爆発が熱気を帯びた爆風を巻き起こしながら、炎を纏ってうねりを上げたのだ。爆発の原因は分からない。だが、私はしっかりと炎の中にあるものを視認した。

 

轟々と渦巻く炎とその中で蠢く悪霊と化した人影が、一目散に自分目掛けて走ってくるのである。その人影を見た瞬間、激しい雷が私の頭の中を駆け抜け、消えて真っ白だった私の過去の一部を鮮明に映し出した。なぜならば、その悪霊たちは父、母、仲間の退魔師達。そして一人の少女。その一人一人の肉体はおぞましいまでに腐敗し、骨の見える指が何度も何度も上下している。

 

肉親とそれに等しい間柄の仲間の顔は、思い出せなかっただけで忘れていたわけでは無かったようだ。…ただ一人の例外を除いては。

 

(あの少女は一体…)

 

他の人間のことは瞬時に思い出すことが出来た。否が応でも思い出さされたという方が正しいが。しかし、少女のことは全く思い出せなかった。忘れてはいけない存在であったということしか、自覚することが出来なかった。

 

私は炎の中の人影を凝視し、必死にその分からない人影の正体を思い出そうと努力した。だが、一向に思考は思い通りにはいかず、炎と悪霊と化した嘗ての仲間は、憎しみを持って歩みを止めない。

 

やがて、それらは私の目の前まで迫ってきた。

 

「人に仇名す愚物は全力を持って排除せよ」

 

父に耳が酸っぱくなるまで言われた言葉である。目の前にいるのは、父であるが同時に『愚物』でもある。私は迫り来る焦りと使命感とが混ざり合い、気がつけばいつの間に握っていたのか分からない愛用の退魔刀“鳴神”を構えていた。

 

先程の激しい痛みを伴った雷は、両親たちの顔だけではなく、刀の使用方法までも思い出させた。鳴神はただ抜くだけでは雷は発生しない。霊力を鳴神に流すことで始めて放電する。

 

退魔師と名乗った少女に刀を向けた時とは違い、バチバチと鳴神から発せられる雷の音だけが、無残に響く。悪霊が唸る声すらも耳に入らない程、私は集中して悪霊と化した少女を見ていた。

 

鳴神の放電の音にも全く動じない悪霊たちは、一向に止まる気配を見せない。それどころか、次第に歩みのスピードは確実にあがっている。私はやっとのことで地面を蹴り、後ろへと数メートル飛び炎を纏った悪霊達との間を開ける。

 

だが、そんな私の必死の抵抗も虚しく悪霊たちは徐々にせっかく開けた距離をまた詰める。これでは埒が明かない。そう判断した私は眼前に迫る悪霊たちに鳴神を向けた。

 

悪霊たちは家族とそれ同然の人たちなのに、私は罪悪感というものは感じなかった。退魔師としての自分の信念なのか、それとも慣れてしまっているのか。

 

私は一人、また一人と鳴神の切先を悪霊達に向けた。雷を纏った“鳴神”を目の前の父上(今となっては愚物)に向けて、横に一気にスライドさせる。鳴神はバチバチと放電音を響かせながら、愚物を炎を発生させながら切り裂いて行く。

 

炎を纏っても炎上しない悪霊たちだが、鳴神に切り裂かれた場合、自然の法則に従うしか術はないらしく、耳を塞ぎたくなるような悲鳴を挙げて次々に炎にのまれていく。

 

そんな悲鳴を聞きながらも、私は悲哀感などまったく感じなかった。機械的なその作業が、罪悪感を徹底的に頭の隅から追いやってしまっていたからかもしれない。

 

父、母、仲間と切り倒し、最後に名前を思い出せない少女に切先を向けた時、口をきくことなど出来様もない骨の見える唇がそっと動いた。

 

その唇の動きから、発せられた言葉を読み取ることは私には簡単だった。それはかつて自分に向かって放たれた、もっとも敬愛すべき言葉だった。

 

「あああああああ!!!!」

 

気づけば私は絶叫し、この悪夢から現実世界へと引き戻されていた。

 

 

目を開けるとそこは先程とは打って変わって、優しい光が降り注ぐ部屋だった。ツンと独特の消毒液の匂いがするということは、ここは病院なのだろうか。一面、白い壁に囲まれた部屋にポツンと一つのあるベッド。機械類がないことを確認し、少し安堵する。病院に担ぎ込まれて、治療という名の縄で拘束されてはどうしようもない。

 

一通り状況を確認し、先程の出来事が夢だったということに気づいた時には荒かった呼吸も粗方落ち着き、ほとんど正常通りだった。

 

「落ち着いた?」

 

しかし、未だに速い動悸を繰り返す心臓を落ち着かせるため、ゆっくりと深呼吸を繰り返していると、いきなり横から声が投げられた。さっき部屋を見回した時、どうして気がつかなかったのだろうかと疑問を抱きつつ、私は声がした方を見ると、そこには見覚えのある黒い長髪の少女が座っていた。

 

確か、黄泉さんといいましたか。

 

見覚えがある筈だ。私が混乱していたとはいえ、確実に悪意と敵意を持って刀を向けた相手なのだから。

 

私は小さく一度頷いた。それ以上は後悔の念が強すぎて言葉に出来なかった。

 

「そう、よかった…」

 

だが黄泉はそんな私を責める素振りは全く見せず、本当に安心したようにホッと胸をなでおろして見せた。

 

「申し訳ありません、お世話になってしまいました」

 

「いいのよ、民間人を守るのも私たちの仕事よ」

 

そう言いつつも、私と目を合わせないのは少しばかり気不味いからであろう。

 

私はその雰囲気を身にしかと受け止め、掛けられていた布団をどかしてベッドを降りた。冷んやりとする床の温度を直に足で感じ、軽く身震いしながら病室のドアの方へ向かった。

 

「どこ行く気?」

 

黄泉の声は先ほどと変わらず、静かで穏やかだったが、同時にトゲが混ざっていたのは気のせいではないだろう。

 

「刀を向けてしまった以上、ここにはいられません。ただでさえ迷惑をかけたんです。これ以上迷惑が迷惑を呼ぶわけにもいきませんし」

 

私は黄泉を見ずにそれだけを言うと、“鳴神”と最低限の声量で呟き、後方から無音で飛んでくる刀をつかんだ。私はその間の微妙な空気の重さに耐えきれず、ここを退散しようと足早に病室のドアの取っ手に手をかけようとするが、黄泉の声がそれを抑止する。

 

「ここを出たとして、どうする気?名前も思い出せてないんでしょ?」

 

私を止めようとしているのか、少しばかり早口になった黄泉の問いかけを無下には出来ず、しかし振り向かずに私は答えた。

 

「名前は適当に作ります。それに、不幸中の幸いか、ここは悪霊が多いみたいだから。これを除霊しながら食い扶持くらいは稼げる自身はありますよ」

 

「でもそれは私たち、対策室の仕事よ」

 

「しかし私も退魔師。悪霊たちを除霊することは、多いに越したことはないでしょう?」

 

私はこの状況からはやく逃れるため、少しばかり皮肉を込めて言った。数秒の間が空き、これで諦めてくれたかと思い、ドアに手をかけようとするが、しかし甘かった。

 

「記憶が戻ったの!?」

 

黙っていたのは驚いて思考が停止していたためなのだろう。私はまだ黄泉を振り切れてはいなかったようだ。黄泉の声は先ほどとは違い、ボリュームとトーンがLv5ほど上がったようだった。

 

「思い出したのは、退魔師として必要な情報。あとは父や母、仲間の…」

 

そう言って私はふと夢の中の少女の顔が浮かんできた。

 

(あの少女が言った言葉。確か私がこの少女たちと会う前にも確か…)

 

「仲間?」

 

話の途中でいきなり思考に切り替わってしまった私を、黄泉が心配し聞き返してくるが、私は「なんでもありません」と、その会話を終わらせた。

 

「…じゃあ、戻らなかったら?全ての記憶が完全に戻らなかったら?」

 

「その時はその時。でも戻ります。いえ、戻します。私には取り戻さなければならないものがたくさんある。そんな気がするんです」

 

私は黄泉に言い聞かせるように言った。ふとその瞬間、懐かしいものを私は感じた。何故だろうと考えながらも、今はその疑問を首を振って遠ざけた。今はそれを考える状況ではない。

 

今度こそ黙った黄泉を見て、今度こそ質問攻めから振り切ることが出来たということを確認し、やっと病室のドアに手をかけゆっくりと横にスライドさせた。

 

「じゃあ、少しそのお手伝いをさせてくれない?」

 

やっと開くことが出来たドアの先にあったのは、長い病院の廊下では無く、優しく微笑む車椅子に座った女性と、それを押す無表情の黒スーツの女性だった。

 

 




原作入りは五話目からの予定です。前置きが長くて申し訳ありませんが、どうかお付き合い
ください

ではまた次回お会い出来ることを祈って…

ご意見、ご感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

第三話を色々修正をかけましたので、四話を見る前にもう一度読み返していただけると幸いです。少々、あれ?と思うところがあると思うので…

作者が力不足で、ごめんなさい




 

「お手伝いをさせてくれないかしら?」

 

素晴らしい程の笑みを振りまきながら、やや首を傾げて車椅子に乗った女性はそういうなり、「ちょっと失礼」とだけ言って病院に入ってきた。無論私が病室に戻るという形で。

 

私には意味が分からなかった。記憶喪失の、しかも敵対行動をとった私を置いておいて何になるというのか。むしろ逆効果ではないか。そんな危険因子、早々に厄介払いするのが普通だろう。少なくとも私ならそうする。

 

しかし、そんな私の疑問を他所に、車椅子の女性は私をベッドに誘導し座らせ、黄泉が自分の隣に座ったのを確認すると、またあの優しい笑みを浮かべた。

 

「ごめんね。来るのが少し遅かったわ。黄泉ちゃん、足止めありがとね」

 

足止め。そう言い放った女性は罪悪感を全く感じさせずに言った。

 

しかし足止めですか。なるほど、黄泉があそこまで必死に私を止めようとしていたのは、任務のため。この女性が来るより先に私が目覚め、ここを出ようとしたら、足止めして留まらせろと。なかなかこの女性、策士のようですね、と私は勝手に推測する。

 

「いいえ。本当のことを言っただけです」

 

今度は黄泉が声の感情を殺したような声で言った。今までに聞いたことのない低く冷たい声だった。その黄泉の返答を何事もなかったかのように、今まで通りの明るい声でただ一言「そう」とだけ返した。

 

瞬間的に重くなった空気を戻すかのように、神宮寺室長は手をポンと一度叩いた。まるで小学校の先生が、話を聞かせるために注目を集めるように。

 

「それでは、始めまして。私は環境省超自然災害対策室長、神宮寺菖蒲。そしてこちらが秘書の二階堂桐ちゃん」

 

和かに言う神宮寺室長とは対称に、こちらは可愛らしく名前にちゃん付で紹介をされても照れる様子は一切なく

 

「二階堂です。よろしくお願いします」

 

とだけ短い挨拶をし、一例してまたもとの神宮寺室長の後ろへと戻った。

 

「えと…」

 

自分も自己紹介しようと思ったが、如何せん名前を忘れていることに気づいた。先程黄泉には適当に作るとは言ったが、即興は流石に辛いものがある。どうしようかと、頭を必死で回していると神宮寺室長がクスリと笑った。私が少し怪訝そうな顔をすると、申し訳なさそうに「ごめん」と言うと、桐が一枚の紙を差し出してきた。

 

「彼方が気を失っている時に失礼だとは思いましたが、少し調べさせてもらいました。幸いにも身分証明書が有りましたので、それを確認した後、血液検査等を行い彼方の素性を確認しようと思ったのですが」

 

私は手渡せた書類に目を通した。

 

そこには名前『白澤秋』(おそらく私のでしょうね)あとは生年月日、年齢、血液型、所属場所「総務省防霊本部実行部隊」等が記されていたが、思い出すものは何もなかった。

 

夢で家族や仲間の顔を見た時は瞬時に思い出したというのに、自分のことは何一つ思い出せないとは、どうなのだろうかと、多少自暴自棄になりかけた。しかし、これだけの資料があれば直ぐに私の素性など割り出すことが出来るだろう。

 

ホッとした私を現実へと引き戻したのは、桐だった。

 

「無かったんです」

 

その言葉を聞いて私は半ば愕然とした。これだけの資料があって分からないというのが逆に不自然なのだ。これ程の資料がない殺人犯でさえも、警察の手にかかれば、あっという間に素性は割り出される。今回は環境省と警察のダブルコンビだ。見つけ出せないはずがない。それでも尚見つけることが叶わないということは。

 

「彼方は報告されていない子供。という可能性が浮上したの。でも、実際に彼方は総務省防霊対策本部に籍を置いていた身分証明書があるわ。政府に記録が無いだけで。ということは少なくとも、就職するまでは政府にも記録が残っていたはずなのよ」

 

「だとすると、私は世間的に殺された可能性があると?」

 

私の問いかけに神宮寺室長は少々驚いた表情を浮かべたが、直ぐに真面目な顔に戻った。

 

「ええ。その線も無論考えたわ。でもね、彼方が所属していた総務省に『防霊対策本部』なんて組織も、『実行部隊』も今の…いいえ過去にも日本には存在しないのよ。一応総務省に確認は取ったけどね」

 

存在しない組織。裏世界で暗躍していた部隊だとでもいうのか。それならば公式に記録が残っていなくても不思議ではない。

 

「うちは、超自然災害のエキスパートを集めた場所よ。他の超自然災害に対する部隊を作ろうとしたら、真っ先に私の元に情報が入るのよ。今までに入ったのは検討中の防衛省のみよ。無論裏社会に対しても同じ処置をとっているわ。どう考えても、私の監視を逃れて除霊組織を作ることは出来ないのよ」

 

そこまでいうと、神宮寺室長は後ろに控えている桐の耳元で一言呟くと、桐はまた私に別の書類を手渡してきた。今度は封筒に入っている。しかも環境省超自然災害対策室と名称入りの封筒である。

 

「うちは環境省って言っても、表向きは存在しない組織なの。だからその封筒を使うのは、対策室内での文面のやり取りか、環境省大臣に直接文面を取り次ぐときだけよ。大臣に持って行くときも、上に別の環境省の部署の封筒を上重ねするから、それだけで手渡すのは本当にここだけよ」

 

開けて。と目で神宮寺室長に促され、私は手元の封筒の封を開けた。中に入っていたのは、誓約書だった。聞きすぎた対策室の事情の口外禁止の誓約書だろうか。要項の意図を掴むため、下に目を通す。

 

『白澤秋の環境省超自然災害対策室への入室を許可する。環境省大臣の命により以下の規則を厳守することを誓約する』

 

私が誓約書の内容を理解するのに、数秒かかったのは致し方あるまい。硬直が溶けたあと、神宮寺室長を疑い深い目で見上げると、彼女は変わらぬ笑顔を浮かべていた。

 

「だってそんなに霊力も高いし、元々退魔師だったようだし、いいじゃない。記憶が戻るまでここにいるといいわ。記憶が戻っても、もちろんいていいわよ。何より退魔師は人手不足で困っているから」

 

この人は怖い。私は瞬時に思った。この人は、ただ単に安心を与えるために笑みを浮かべているのではない。笑みを持って、無言の強制をしているのだ。この女性は。この笑みが崩れたときは、どうなるか分かる?といった奴だ。

 

女は怖いと誰かから聞いた覚えがあるが、私に言った奴はきっとこういう女性を指して言っていたのだろう。私も一応は女という区分に入るので、私に向かって言った奴も奴なのだが、思い出せないのが悔しい。

 

「黄泉さんは、不満らしいですが」

 

私は神宮寺室長に逆らう意思は無いということを示しつつ、さっきから斜め前で室長に分からないようなレベルの殺気を放っている黄泉の方を見ながら言った。私の目の前に座った時点でお怒りモードだった。黄泉は最初からこのことを知っていたのだろう。

 

「私は、別に不満じゃない。退魔師が足りないのは本当のことだし。ただ私は、あなたが私たちに刀を向けた理由が知りたい。それだけよ」

 

見るからに不満そうに聞こえるように言っている辺りで、神宮寺室長には私がここで退魔師として活動することを黄泉は望んでいないことなどバレているだろう。

 

だが神宮寺室長は黙って私の顔を見てきた。退魔師にはチームワークが最も要求されるということを、室長という立場上一番よく知っているからだろう。

 

だからこそ何も言わずに私を見てきたのだ。出来ることならば、ここでお互いに誤解を解き、敵対意識など無いということを自覚させるために。

 

私とて、ここまで自分のことを調べ上げられておめおめ帰るつもりはない。資料がないということならば、せめてここで調べ上げられた物を処分していくべきであろう。だとしたら、私はここを追い出される訳にはいかない。ここに来た目的を思い出し、記録を消し去るまで。

 

「あの時、何かと戦闘していませんでした?」

 

「…していたわ。あの時は大量のカテゴリーDが発生して、私たちはその除霊をしにあの場所にいた。そして全て片付け終わった後、彼方を見つけた」

 

「多分その時だと思いますが、返り血が服に着いていました。しっかり見なければ分からない程の大きさでしたが。それを見た瞬間、頭が真っ白になって気が付けば鳴神を呼んでいました」

 

「…無意識だったって言うの?刀を向け続けたのも」

 

黄泉の怒りは自分だけのものではないのだろう。おそらくあの時一緒にいたもう一人の少女。神楽の怒りも一緒に吐き出しているのだろう。

 

「刀を向けるまでは無意識。ですが、私は動かせなかったんです。一瞬でも気を緩めた途端に、あなた達が斬りかかって来ると思うと、私は微動だに出来なかった」

 

「私は、あなたを助けようと!」

 

「分かっています。本当に今では感謝しているんです。あんな場所に置いていかれたままだったら、私は十中八九悪霊のいい餌でした。鳴神の扱い方も忘れていましたし」

 

ですが、と私は続けた。

 

「あの時はそれで手一杯だったんです。混乱していたといえば、言い訳がましく聞こえるかも知れませんが…」

 

私がそう締めくくると、黄泉は少し考え込むように下を向いた。 よく考えれば、本当に失礼なことだと思う。助けてくれようとしたのに、刀を向けられて、その上で一緒に戦えという方が酷な話だろう。

 

そもそも、記録の改ざんや記憶を取り戻すことなど、ここでなくとも出来るではないか。だとしたら、無理に黄泉の誤解を解く必要もない。

 

「神宮寺室長、お言葉はありがたいのですが、事実誤解するなという方が酷な話です。私がここに入るということは、これと同じことを対策室の人間すべてにしなくてはなりません。それを考えたら、私をここに置いておく方がデメリットが多いでしょう」

 

「でもねぇ、あなたの身柄は私たちの元にあるのよ。だから、あらそうですかって、手放せるわけでもないのよ」

 

「なら、書類上で殺してもらって構いません。そうですね、除霊活動中に殉死とでもしてください。そうすれば、私はここにいなければならないという義務は破棄される訳ですし」

 

私は笑って言った言葉に神宮寺室長は何も言わなかった。そうすれば、確かに私にも神宮寺室長にも拘束の義務は消去されるからだ。それに、デメリットが多いということも事実であり、その辺も思案中だったからなのだろう。

 

だが、唯一黄泉だけはその意見に違を唱えた。

 

「あなたは、自分の命を何だと思っているの…?」

 

真っ直ぐに私を見てくる黄泉の顔を、私も負けじと強い意思を持って黄泉の瞳を見返した。その目には怒りはもう映ってはいなかった。

 

「書類上では死ぬかも知れませんが、私自身が死ぬわけじゃありませんし。それに、その方があなたにとっても良いでしょう。私がいなくなれば、今まで通り仕事に取りかかれる」

 

「記憶がないのに、少し掴みかけた手がかりを、自分から投げ出すの?」

 

痛いところを突かれ、私は黄泉に言い返そうと考えていた言葉を腹の内に飲み込んだ。いや、言葉を砕かれたと言った方がいい。私が今まで浮かべていた笑顔は消え、少しだけ目を逸らした。だが、黄泉は気にせず続ける。

 

「あなたに悪意が無くて、記憶の混乱がもとで私たちに刀を向けたというのであれば、私に怒る権利はない。民間人に変な目で見られるのは日常茶飯事だし、壊した物を弁償しろと怒鳴られることもざらだわ」

 

だったら、と今までに聞いたことの無い強い声で黄泉が言った。

 

「私はあなたを受け入れる。ここであなたが記憶を取り戻し、安心して元の家に戻れるようになるまで、私はあなたを死なせはしない。現実でも、書類上でも!」

 

そう言うと、目を逸らしていた私の目の前に白い綺麗な手が差し出された。私がもう一度目を合わせると、先ほどの冷たい表情の黄泉はもうどこにもいなかった。

 

私は差し出された手をしっかりと握りしめ、ゆっくり一度上下に降った。それが私と黄泉との間で無言のうちに交わされた契約であった。

 

私は記憶を必ず取り戻す。黄泉は私の死を許さない。

 

「よろしくね、秋」

 

「よろしくお願いします。黄泉さん」

 

「黄泉でいいわよ」

 

「…ありがとう、黄泉」

 

それが、どんなに阻止不可能であっても…

 




さて、この後ようやく原作介入となります。
次回は少しの触りになると思いますが…

ではまた次回、お会い出来ることを祈って

感想、ご意見お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

もう一ヶ月近くになりますが、ご無沙汰しております
あらためてあけましておめでとうございます

今年はもう少し定期的に投稿していければと思います



「おいおい…マジかよ」

 

岩端は信じられないものを見たかの様な顔をして呟いた。その視線の先にいたのは、先日黄泉達に殺されるかもという脅しをかけられ、ハラハラしながら連れて帰ったあの少女だった。

 

泥だらけだった黒い狩衣は洗濯中なのだろうか。今は白い狩衣で、袖のところをタスキでたくし上げていた。

 

『白澤秋』と名乗った少女は、対策室に連れてこられたときの、血の気がなく、夢にうなされ辛そうにしていた面影は全く無い。それどころか、意思に満ちたしっかりとした眼差しを真っ直ぐ対策室メンバーに向けていた。負い目は感じているようだが、それを感じさせない程の強い眼差しだった。

 

そして秋の右手に握られているのは、見間違えの仕様がない。先日、岩端が眠っている秋のベッドの隣に立てかけた鳴神だった。

 

希薄ではあるが、霊力が上がったような気がする。持ち主の手にかかれば、ここまで変わるか。岩端は素直に驚いていた。事実、岩端が持ったとき、鳴神の重量は相当のものだった。男性で“相当”と感じるのだ。あれが秋の愛刀だとすれば、どれだけの筋力と技術が要求されるのだろうか。いい武器も使いこなせなければ、ただの鉄の塊と変わりない。

 

しかしそれはそれ。これはこれだ。いくら将来有望な退魔師だとしても、あの危険少女を信頼して仲間に出来るかといえば否だ。

 

先日目を覚ましたことは室長から聞いていたが、よもやこの少女が対策室のメンバーとして共に戦うことになろうとは思いもしなかった。

 

室長が天然チックであるのは承知の上だ。今までだって、それで振り回されたのも少々ある。だが、今回のことは許容の範囲外だった。事前に何か通達があればまた変わったかもしれないが、秋が自己紹介するまで何も聞かされていなかったのはやはり辛いものがある。

 

最初から知っていたらしい黄泉や神楽を除いた他のメンバーも、口々に不満を漏らしている。

 

(無理もないか。俺だってお前らの気持ちぐらいは分かるさ)

 

「室長、質問いいか?」

 

対策室メンバーの為、という口実を胸に抱いて、手を軽くあげ、発言の許可をとる。室長は笑顔で一度頷いた。

 

(ああ、この笑顔が怖いんだよな)

 

俺はそんな室長の笑顔を見て見ぬ振りした。

 

「そいつは、一応俺たちに刀を向けた奴だぜ?それを俺たちの仲間に入れて、安全だという確証はあるのか?それに、そいつを入れた場合、俺たちに何かメリットは発生するのか?」

 

そうだ!そうだ!と周りからまるで政治家のような野次が次々と飛ぶ。だが、そんな野次を気にせず、室長はいつも通りの笑顔で答えた。

 

「刀を向けたのは、記憶の混乱が原因よ。メリットなら、あなたが一番理解できるんじゃない?戦力はときに戦術を上回るものよ」

 

「確かにな。だが、暴発する可能性がある戦力は戦力とは言わない。ただ邪魔なだけだ」

 

「暴発する可能性は無いわよ」

 

「その根拠は?」

 

「私が秋は危険でないと判断したわ。実際刀を向けられたのは、私と神楽だけ。その二人が問題無いと判断したのよ?それに私たちの敵は悪霊。敵対する相手がそもそも違うわ」

 

室長を見てられないと言いたげに黄泉が途中から質問をかっさらっていった。最後のは、説得させるための口実のようにも聞こえるが、対策室のエースがそう断言するんだ。多分本当に記憶の混乱だったんだろう。

 

俺はそう解釈することにした。

 

女の子を寄ってたかっていじめるのは、気が進まないしな。うん。断じて室長の目が怖かったからではない。それに、秋の意思の強い眼差しも気になった。

 

しかし、岩端の様に飲み込みのいい連中ばかりが揃っているわけでもない。黄泉が言っても納得のいかないものはいるらしく、ボソボソと文句が聞こえる。

 

(これだから、最近の若いもんは…)

 

岩端は気付かれない様に溜息を吐いた。

 

その溜息が聞こえたわけではないだろうが、秋が自己紹介以来始めて口を開いた。

 

「納得いかないのは最もです。私の行為はそれ程のものです。ですから、私があなた達に敵意を向けた場合、背後から撃っても、斬っていただいても構いません」

 

清々しいまでに凛とした声だった。

 

だが、揺るぎない宣言は、同時に一部の対策室メンバーにとって格好の攻撃の口実である。

 

例え、秋が見方から攻撃を受けても、秋が敵対行為らしき動きをしました。と言えば、秋が殺されても誰も反論出来ない。秋の行為が敵対行動だったという証言者がいれば確実に。

 

つまり秋はこの時点で、見方にも敵を作ったということになる。見方に安心して背を任せられない隊員程、弱く脆い者はいない。同時にとてつもなく恐い行為であることを、元軍人である岩端にはよく分かっていた。

 

(その意思の高さに完敗した。ここは俺が一肌脱ごうじゃないか!)

 

いい男以外で、こんなにも感情を動かされたのは初めてだった。

 

「おい、お前らは寝ぼけて殴っちまった奴を恨むのか!?秋は刀を向けただけだ。攻撃してねぇだろうが。それに記憶が無くて不安な時に、刀持った黄泉がいるんだぞ?刀構えたくもなるだろうよ」

 

どういう意味よ!と横から黄泉の怒りの声が飛んでくるが、この際無視する。黄泉も本気で怒ってはいまい。…多分。

 

メンバーはといえば、満更でもない様子で頷いている者もいる。今度はそっちに黄泉の怒りが飛び火したようだが、元はと言えばお前らが悪い。俺は知らん。

 

「そんな秋をお前らは責めるのか?寄ってたかっていい大人が、高校生いじめんのか?それ以上に情けねぇもんはないと思うがな」

 

そこまで言うと、俺は秋の方に向き直る。黄泉に刀を向けられているメンバーは頭の中から除外した。今そっちを気にしたら、俺にまで火の粉が飛んできそうだ。

 

俺は頭の中で短く念仏を唱え、滅多に見せない笑顔で秋に言った。

 

「ようこそ、環境省超自然災害対策室へ」

 

 

 

岩端さんの笑みは正直言って恐ろしいの一言だった。私は今まであれ以上の恐い笑顔を見たことはない。

 

だが、岩端さんのおかげで助かったのは事実だ。あの言葉で、対策室のメンバーは私のことを一応は認めてくれたらしい。

 

皆口々に、「確かに黄泉はこわいからな」とか、「黄泉にいじめられたらいつでも来なさい」とか、優しい言葉を口々に私にかけて、自分の部署に戻っていった。

 

黄泉さんはそんなに怖いのでしょうか…

 

少し不安になったのは事実である。だが、あの一悶着の後、直ぐに黄泉が走ってきて、

 

「良かった」

 

と呟いたときの笑顔を見れば、そんな少しの恐怖など、どこかに飛んで行ってしまった。

 

 

秋の自己紹介のほとぼりも冷め、メンバーが所定の場所に戻った時に、桐が室長室のドアを思い切り開いた。焦ったわけではないのだろうが、顔色から緊急性だけは読み取れた。

 

「カテゴリーB土蜘蛛出現!」

 

その報告に、退魔師たちは一気に顔を引き締めた。

 

ああ、これがこの人たちの本当の顔なんでしょうね。

 

秋は対策室のメンバーの顔をみてそう思った。と同時に、懐かしく思えたのは偶然ではないだろう。

 

「土蜘蛛たぁ、また面倒なのが来たな」

 

「そう言うなよ、岩端のおっさん。秋の腕試しには丁度いい獲物じゃねぇか」

 

机の上に置いてあったアタッシュケースを担ぎながら短髪の桜庭は、秋を見ながら言った。

 

「…そうかも知れないな。さて、神楽を拾って現場に直行しますか」

 

飯綱がそう言ったのを聞いてから、今まで感じていた違和感の意味をやっと理解した。今日は神楽がいない。

 

「気になってはいたんですが、今日神楽は?」

 

神楽にもさん付で挨拶をしたら、黄泉同様、名前だけで呼んでくれとのことだったので、それに甘えている。敬語もやめてくれと言われたが、こればかりはおこがましいので譲れない。

 

「今日は学校よ。ちなみに私は今日は休校日」

 

少々胡散臭い黄泉がここにいる理由は、申し訳ないがスルーしておく。その方がいいだろう。余計なことには首は突っ込まない。

 

鉄則ですよね?

 

「なるほど。しかし、学校を抜け出してくるのは少々、難しいのでは?」

 

「大丈夫。その辺は抜かり無いわよ」

 

黄泉が意味ありげな笑みを浮かべながら取り出したのは、携帯電話だった。ポチポチと高速で押されていくボタンたちを数秒眺めていると、目の前にスッと画面が差し出された。

 

画面には『お母さんの具合が急変した。急いで来なさい 父』とだけ書いてあった。

 

「これは…神楽のお母さんは入院しているんですか?」

 

「これは私たちが学校を抜けてくる時に使う招集メールよ。それと神楽にお母さんの話は禁句ね」

 

最後に黄泉がなぜ付け加えたかは、分からないが。聞いていけないのであれば、無理をして聞こうとは思わない。そんな悪趣味は私には無い。

 

私が頷いたのを確認し、黄泉は自分の退魔刀『獅子王』を手にとった。私も手近に置いておいた鳴神をつかむ。他のメンバーはもうすでに退室しており、下からは車のエンジン音が聞こえた。

 

「さて、準備出来た見たいだから行こうか」

 

「はい」

 

初任務。私は上手くこなせるのだろうか。私は自信を持たせるように鳴神をしっかりと握った。

 

 

何で私だけ秋の紹介の場面に立ち会えないのだろうか。

 

神楽はイラつきながらも目を閉じていた。確実な睡眠時間を毎日取れるか微妙な退魔師にとって、寝られる時に寝ておくというのは常識中の常識だ。

 

秋が来てから、一度も招集がかかっていないので、ここ二、三日はきちんと睡眠時間を確保出来ているが、寝ておいて損はない。

 

怒りを沈めつつ、もう一度寝ようかとウトウトし始めたところだった。

 

「土宮〜、英語の宿題、見ーせて!」

 

神楽の前の席に腰掛け、懇願してくるのは、同じクラスの柳瀬 千鶴((やなせ ちづる)である。

 

「ごめんね、土宮さん。私もいい?」

 

真鍋 美紅(まなべ みく)もまた申し訳なさそうに、そう言った。必死そうなその表情を見た途端、神楽の眠気は一気に吹っ飛んだ。

 

学生生活を真面に送れない神楽にとって、千鶴と美紅は数少ない友人であり、黄泉の他に唯一心を許せる存在だった。

 

そんな友人の頼みであれば、貸さない道理がどこにある。友人で無くても、頼まれれば貸すのだが。

 

宿題のノートを出そうと、カバンに手をかけたその時、机の上に置いてあった携帯からバイブ音が鳴った。

 

その瞬間、神楽は悟った。そして同時に恨んだ。

 

(どうして、今!)

 

携帯のバイブが鳴れば、普通はメールの確認をするだろう。そして、メールの確認をして、その内容が急な場合は今すぐこの状況を離脱しなければ、むしろ怪しまれる。

 

つまり、神楽は数少ない友人とのこれから始まるであろう楽しい談笑を、パスし、巨大悪霊と戦わねばならないのだ。

 

これ以上に悲しいことはない。だが、これもお勤め。仕方が無い。

 

「ごめん、呼び出し」

 

「土宮ん家って、お母さん入院してるんだっけ?」

 

「やっちん!」

 

千鶴のあだ名を美紅は強く呼ぶ。だが、神楽はその静止を「いいよ」と一言で労い、一度頷いた。

 

「ノートは机の上に置いておいてくれればいいから!」

 

それだけいい、神楽は剣道の竹刀を入れる袋に入っている舞蹴拾壱號を掴んで、勢いよく教室を飛び出した。

 

そこで偶然先生に遭遇し、慣れてしまった事の行き先を説明。涙ぐみながら送り出してくれる先生の顔に、心が痛みながら神楽は学校の前に止めてある、どう考えても普通の自家用車ではない車に飛び乗った。

 




さて、次回からは本当にやっと原作入りとなります
遅いわぁ!←はいすみません。その通りです

少しづつ暗い影が見え始める…かも?

では次回もまたお会い出来ることを祈って…

ご感想、ご意見お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

乗り込んだ車の中はいつもとは少し空気が違っていた。

 

「なぁ、秋の退魔刀って重いんだろ?どうやってそんな重いの使いこなしてんの?」

 

「え、ああ。これ重いですか?」

 

秋は鳴神を見せながら言った。

 

「ちょ、一騎女子にそんな質問ないでしょ」

 

「だって、岩端のおっさんが重いって言ったんだぜ?やっぱ、修行か?修行したのか⁉」

 

「さ、さぁ。その辺は記憶がまだ」

 

「あ、そうか。すまん!」

 

「ほら!言わんこっちゃない」

 

秋に興味津々の一騎を黄泉がストップをかけているこの状況を、神楽は少し驚きながら観察していた。

 

いつもこんな感じで、賑やかではあるのだが、少しばかり男性陣が賑やかな気がする。やはり、秋のおかげだろうか。

 

「おい、桜庭」

 

「何だよ、岩端のおっさん」

 

「お前、俺のことそんなに気にしてくれてたのか…」

 

ぽっと頬を赤らめて岩端は言った。

 

「気にしてない!断じて気にしてない!てかどうしてそうなった!?」

 

桜庭は首をブンブン降り、死にそうな顔の前で手を交際させている。

 

その状況をみて、秋は小さく吹き出した。

 

「秋?」

 

「ごめんなさい。あまりにも楽しそうな会話だったので、つい」

 

神楽が尋ねると、笑いを堪えているような声で、でも楽しそうな声で秋は言った。

 

「楽しくねぇよ!むしろ俺の命が危ねぇ!」

 

桜庭の必死そうな声が、秋を含めた一同の笑いを誘った。

 

 

車の中の楽しい談笑とはうってかわって、現場に着いたときには対策室メンバーの顔は引き締まっていた。

 

現場は肌寒い冷気に包まれ、薄い霧が発生していた。

 

まさに、何か出てきそうな雰囲気。素晴らしい演出です。

 

「紀之、状況は?」

 

秋が自然発生した冷気と霧に無意味な賞賛を送っている時には、黄泉はすでに状況の確認を飯綱から受けていた。

 

「今回はかなりデカブツだ。ここから北北東を悠々と進行中。その1キロ先に県道がある。いつもは交通量なんて無いに等しいが、破壊したら国土交通省がうるさいな」

 

管狐の目を通して飯綱紀之は土蜘蛛の動きと、周りの状況を完結に報告する。一般人がいないことは何よりだが、注意はし過ぎてなんぼだ。それに、他の省庁は何かと理由を付けて文句を言ってくるのだから、始末が悪い。

 

人の仕事は黙って見ていればいいものを。

 

黄泉は毎回思っている。警察や消防が道路や橋を破損させてもうるさく言わない国土交通省は、なぜか環境省には厳しい。

 

確かに破損させている量はうちが一番多いんだけど

 

「分かった。管狐を下げて」

 

黄泉が飯綱に指示を出し、岩端に指示を仰いだ。現場責任者は言わずもがなの岩端だ。岩端は一度考えた様な素振りを見せ、周りを囲んでいる対策室メンバーをぐるりと見回して言った。

 

「今回の獲物はカテゴリーB“土蜘蛛”だ。生半可な攻撃はまず通用しない。だが今回は秋の初陣ということで、秋と黄泉が先行し、その他は後方支援だ」

 

「えー… また後方支援?」

 

岩端の作戦内容を聞いて、神楽が不本意そうに呟いた。

 

神楽としては、そろそろ主役をはらせて欲しいところだが、その辺はまだ黄泉の許可が出ない。剣術にも甘いところがある。それが黄泉の不安を煽り、許可を出し兼ねているのだろう。

 

「まだ早いわよ。舞蹴拾弍號、使いこなせるようになったらね」

 

「使えるもん!」

 

「じゃ、使えるとこ見せて」

 

神楽の抗議を半分流し、黄泉は獅子王を抜刀。霊獣鵺“乱紅蓮”を召喚する。大きさは二メートルはありそうな乱紅蓮は短い咆哮をし、静かに主人である黄泉の命令を待っていた。

 

黄泉は乱紅蓮の肩の辺りを二三回撫でた後、まるで馬に跨がる様に軽々と乱紅蓮に飛び乗った。

 

「秋も乗る?」

 

黄泉は乱紅蓮の上から秋に手を差し伸べている。

 

「いえ、私はこれがありますから」

 

だが秋はその申し出を断った。

 

記憶を取り戻したとはいえ、以前の通りに戦えるか分からない。だとすれば、簡単なものから確認していくしかないだろう。

 

秋は思い出したばかりのタントラを間違えないように唱え、印を組んだ。

 

「オン!」

 

その一言の後に、周囲に風が発生した。木々を揺らしながら突風が吹き抜けていった。その発生源を、対策室メンバーは奇妙そうな顔をして、もしくは、多少の警戒心を抱いて眺めていた。

 

「良かった…成功です」

 

だがその原因たる秋は、ホッとしたようで息を長く吐いていた。

 

「… 秋、何?今の」

 

恐る恐る黄泉は秋に質問を投げかけてから、気づいた。

 

うっすらと霊力が秋の体全体を包み込んでいる。

 

「いわゆる、身体強化です」

 

輝かしい笑みで秋は言った。

 

 

秋の爆発的な霊力の増加に唖然としていた黄泉は、しばらくその状況を飲み込めずにいた。

 

霊力で身体強化など、どれだけの霊力があれば可能なのだろうか。少なくとも今の私では無理だ。

 

黄泉は秋を見ながらそう思った。でも決して、僻んでいるわけではない。ただ、純粋にすごいと思った。これが自ら死を選べるだけの強さの証明なのだろうか。力があるから、死なない。そう自負することが出来るだけの力量。

 

確かに秋にそれは可能なことかもしれない。

 

だが黄泉は浮上してきた考えをすぐに否定した。強いから死なない。それは、常にイコールではない。

 

黄泉は実力のあった退魔師が死ぬ場面を一度見ている。だからこそ分かる。秋は強いのではない。力があるから死なない。そう確信しているから、例え書類上であっても死ぬことを恐怖しない。

 

だからこそ黄泉はあの時、秋を仲間に入れることを拒まなかった。あそこで手を離したら、本当に秋が遠い場所に行ってしまう気がした。

 

いくら身体強化をしても、限界はある。戦闘に使う霊力を温存するのも戦いの内だ。

 

黄泉は一度乱紅蓮から飛び降りて、秋の手を掴んだ。一瞬驚いた顔をした秋を無理やり乱紅蓮に乗せる。

 

「黄泉?私、走りますよ?この乱、紅蓮… でしたか?と同じスピードは出せますし」

 

「いいから、乗ってなさいって。眺め良いわよ、風も気持ちいいし。それに、戦闘に万全の体制で望むのも私たち対策室の退魔師(エージェント)の仕事よ」

 

黄泉は半ば無理やり秋を乱紅蓮に乗せた。

 

そう。うちは秋の前に所属していた組織とは違う。秋を、強いから死なないなんて思わせた連中とは確実に違う。私は、死なせないわよ。秋。

 

黄泉はそう胸に刻み、乱紅蓮を土蜘蛛に向けて疾走させた。

 

「取り敢えず、その身体強化を解いて。霊力消耗するから」

 

「ええっ!?せっかく成功したのに」

 

「それじゃ私が乱紅蓮に秋を乗せた意味が無いでしょ!」

 

半分ボケに突っ込みを入れる漫才の様なスピードで、黄泉は秋に突っ込んだ。

 

 

「今回は秋の腕試しみたいなものだから、やり方は秋に任せる」

 

黄泉は真っ直ぐな眼差しを秋に向けて言った。

 

「任せる、ですか… 」

 

ここは、私の力量を出来るだけはっきりさせておいた方がいいでしょう。私自身、どこまで以前通りに動けるか分からないところでもありますし。

 

一通り覚えている戦術、戦略を洗いざらい検討し、秋は今回のターゲットに見合ったものを導き出す。

 

「では、手始めに対象の足を全て斬り落として動きを止めましょう。その後は私が一人でやらせていただいてもよろしいですか?」

 

「今回は秋の腕試しだから、私に秋の作戦に口を出す権利は無いわ。でも… 」

 

黄泉は一呼吸おいてから、少し強い声で言った。

 

「私が危険だと判断した場合は、問答無用でフォロー入れるからね!」

 

もはや、断る余地すらこの時点で秋には与えられなかった。黄泉の戦闘を見ていないから何も言えないが、これだけ格の高い霊術を使役しているところからみて、霊力は相当だろう。となれば、断る理由は秋には元々ない。

 

「ええ、お願いします」

 

秋は笑顔で黄泉に言った。だが、どうして黄泉がそこまで強い声で言ったのかは秋には分からなかった。

 




ようやく原作らしくなってきた…

ホッとしている作者であります

もう少しすると敵と、秋の目的がはっきりしてくると思います
お付き合い願います

ではまた次回、お会い出来ることを祈って…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

どうもお久しぶりです。
前回から間がだいぶ空いてしまって本当にすみません…

さて、今回は本格的な戦闘となります
秋の戦闘初披露です!


 

 

数分も乱紅蓮の上で風景を楽しんでいると、一気に空気中の瘴気濃度が上がった。ムッとした生暖かい気持ち悪い空気が秋達を包んだ。土蜘蛛が近い証拠なのだろう。ただ、景色を楽しんでいたわけではない。しっかりと監視もしていた。

 

「秋、あそこよ!」

 

先を越されはしましたが。

 

心の中で言い訳がましいことを考えながら、秋は黄泉の指差した方向に目をやる。全長10mはあろうかという巨大土蜘蛛が、優雅に樹木を押し倒しながら全身していた。

 

「いつもよりデカイわね。いけそう?秋」

 

「はい。黄泉は土蜘蛛を引きつけつつ、左をお願いします」

 

「了解!」

 

秋はその返事を背後に聞きながら、乱紅蓮から飛び降りた。途中で身体強化も行う。一度成功したおかげか、不安定さは全くなかった。

 

ホッとしつつ、着地時の衝撃を膝を曲げて緩和する。身体強化のおかげで、相当な高さから飛び降りたが、全く痛みを感じなかった。上では乱紅蓮の咆哮波の炸裂音が響いた。

 

しかし、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。土蜘蛛に気づかれる前に、秋は鳴神を抜刀し、自分の担当である右足目掛けて一気に疾走した。

 

土蜘蛛は黄泉が乱紅蓮で引きつけてくれているので、気づかれる心配はない。

 

秋は走りながら霊力を鳴神に通した。鳴神が淡い光を浴びる。その瞬間、体の中の霊力の流れが変わった。霊力全てを持っていかれそうになるのを、ギリギリで食い止める。バチバチと放電の音が次第に大きくなる。

 

久しぶりに味わうこの緊張感。

 

秋は身震いを止められなかった。秋の霊力を十分に吸った鳴神は、抑えられない雷がバチンと周りの埃と感電して、大きな音を立てて火花を散らす。

 

鳴神が自分の手に吸い付くように軽い。まるで自分の体の一部になったかのようだ。

 

ほんの数メートルを走り抜け、土蜘蛛の腹の下に潜り込んだときに、ちょうどよく頭上で黄泉の声が響いた。

 

「乱紅蓮、咆哮波!」

 

その数秒後、大出力の光と共に土蜘蛛の左足は薙ぎ払われて消える。

 

「ぎゃhskhgおっっっっっーーーーーー!!!」

 

 

わけの分からない悲鳴が辺りに充満する。

 

秋はそれを心地の良いBGMの様に感じながら、十分に放電している鳴神を大きく横に振り切り、目の前の足を薙ぎ払った。秋は土蜘蛛の足の状態を確認せず、すぐに大きく後ろに跳躍し、その場から離脱する。

 

まるで落雷を間近で聞いていたような大音量が、黄泉の耳のすぐ側で響いた。

 

黄泉は真下で起こっている現象を、乱紅蓮の上から落ちないようにギリギリまで首を伸ばして確認する。土蜘蛛の腹の下で起こっている現象を一目で理解した黄泉は、同時に先程の音の原因も悟った。

 

未だにバチバチと放電している土蜘蛛の足。秋が横に振り切ったときに生じた幾多もの雷が、土蜘蛛の足にぶつかり、砕き、違う足にぶつかり、また砕く音だった。

 

その数秒後、周りに少なくない衝撃波を発生させながら、全ての支えを失った土蜘蛛の巨体が沈んだ。それと同時に、鳥たちが一斉に飛び立った。

 

黄泉は秋の隣に乱紅蓮を着地させた。その顔には、少なからず驚愕の色が見て取れた。そして好奇心も。今まで見たこともない方法で土蜘蛛の動きを止めた秋の戦闘方法に、黄泉は強く興味を引かれた。

 

「動きは止めたけど、この後どうするの?」

 

「焼きます」

 

「や、焼く?」

 

「ええ。焼き蜘蛛。…あまり響きはよくありませんね。食べますか?」

 

「食べないわよっ!」

 

黄泉の突っ込みに多少安心したのか、変わらぬ笑みを浮かべて秋は言った。

 

「離れててください、感電しますよ」

 

黄泉は少々納得のいかない(というかなぜ感電するのか理解が出来ないといった)顔をしていたが、秋は黄泉が小さく頷いたのを確認すると、すたすたと地をモゾモゾと這っている土蜘蛛の元へと歩いて行った。

 

秋が近づいて来たのを察知したのか、一層激しくモゾモゾするが、全く何の効果も及ぼさない。今の土蜘蛛には攻撃はおろか、秋を正面に見据えることも出来ない。

 

秋はそんな土蜘蛛の上に軽々と飛び乗った。そのまま土蜘蛛の体の中心に深々と鳴神を突き刺した。

 

「っぎあああああぁぁぁ」

 

またも悲鳴が上がるが、土蜘蛛のスタミナも切れかかっているのか、先程よりは音量が少し小さい。

 

「焼け、火雷」

 

秋は土蜘蛛に突き刺した鳴神の柄を掴み、低い声で言った。その声に呼応するかのように、数本の白い稲妻が5m程上昇したかと思うと、赤い輝きに変わりバチバチと放電した。数本の赤い稲妻は捻れながら一本になり、二メートル程の高さで首をもたげるように、折れ曲がり土蜘蛛を見据えた。刀一本から発生させられたその形は、雷というよりはむしろ…

 

「赤い…大蛇?」

 

目の前で大きな赤い稲妻大蛇が首をもたげている状況に、黄泉はポツリと呟いた。

 

赤い雷大蛇は主である秋の命令のもと、スルスルと土蜘蛛の体へと巻きつき、ギチギチと土蜘蛛を締め上げていく。ついで

 

ーーー ボッ。

 

赤い大蛇が土蜘蛛に巻きついた状態で発火した。すぐに土蜘蛛は炎に包まれ、シュウシュウと有機物が焼ける音と臭いが辺り一面に充満する。土蜘蛛が息絶えたのは火を見るよりも明らかだった。

 

秋もそれを確認したのか、鳴神を土蜘蛛から引き抜いた。すると同時に土蜘蛛を覆っていた真っ赤な炎も何事も無かったかのように一緒に消えた。

 

「結構美味しそうに焼けましたよ」

 

先程の低い声からは想像も出来ない、明るい笑顔で秋は黄泉に土蜘蛛の一片が刺さった鳴神を差し出してきた。

 

まだ煙が出ているが、なるほど良い焼け具合である。

 

「ってだから、食べないわよっっ!!」

 

黄泉は、変わらない秋の声に安堵し、ベシッと鳴神に刺さっている土蜘蛛をはたき落とした。

 

地に着いた途端、土蜘蛛の破片は白い灰になり、風に飛ばされて消えてしまった。見れば、本体も同じように体の端から、ハラハラと風に飛ばされている。

 

しかし、黄泉はふと違和感を感じた。

 

(どうして、秋はあの炎の中にいて平気何だろう?)

 

秋は見たところ、火傷どころか擦り傷一つない。これだけの戦闘で、石の一つや二つが顔に当たって切れていない方が、珍しいのだが…

 

秋は怪訝そうに眺める黄泉の目を気にしないで、鳴神を鞘に収めた。

 

「… 終わり、ましたか?」

 

どう見ても倒したであろう土蜘蛛を眺めながら、秋は眉間に少しだけシワを寄せて言った。

 

「どういうこと?本体は消えかけてるし、大丈夫じゃ…」

 

黄泉がそう言いかけたときだった。もはや原型をほとんど留めていない土蜘蛛の目から、細い何かが飛び出した。細い何かはこちらを気にもせず真っ直ぐ北北東に、つまり国道に向かって飛んでいった。

 

「やっぱり!」

 

秋は閉まったばかりの鳴神を抜刀し、細い何かが飛んでいった同じ方向へと走り出した。黄泉も少し遅れてそれに続く。走りながら黄泉は目の前を飛んでいる何かを凝視した。

 

「あれは、蟲?」

 

「ええ、おそらく寄生型のものだと思いますが。私も実物は初めてです」

 

そう言っている間にも、蟲と秋たちの間は確実に離されている。木の生い茂った森の中で、蟲を遠目で追うのがそろそろ辛い。秋が小さく舌打ちしたのが聞こえた。

 

「乱紅蓮!」

 

黄泉は獅子王を抜刀し、乱紅蓮を召喚する。そのまま乱紅蓮の上に飛び乗り、秋にも手を伸ばす。秋も今度は拒否せず、素直に黄泉の手を握り乱紅蓮に飛び乗った。

 

乱紅蓮は高く飛翔し蟲をしっかりと捉えた。道路との距離はおよそ400m。乱紅蓮は蟲目掛けて真っ直ぐ降下していく。このスピードなら国道に入る前に片付けられる。黄泉はしっかりと乱紅蓮に掴まった。

 

「乱紅蓮、咆哮「待ってください!」…?」

 

乱紅蓮が口を開け、衝撃波を少し作り出したが、黄泉の命令が最後まで言わなかったため、情けない大きさになって消えた。

 

「人がいます。咆哮波は撃たないでください」

 

促されるまま、黄泉は秋が指を指している先を見た。前を飛んでいる蟲の奥に確かに一人、ガードレールの側に立っている。おそらく女性だ。

 

「どうする?あの人気づいてないみたいだし… 見えない人だったら気づかないで取り憑かれるわよ。あの蟲は寄生型だし」

 

「… 私が強化して飛びます。落下の勢いと、稲妻を使かえば何とかいけると思ので」

 

「分かった、でも私も行くわよ。秋ばかりに主役張らせてられないし」

 

秋は無言で頷いた。

 

「乱紅蓮!」

 

黄泉の声と共に乱紅蓮が急速落下を開始する。十分な速度を付け、乱紅蓮から飛び降りた。同時に黄泉は乱紅蓮を消した。

 

秋は落下しながら身体強化を行い、秋の体が白く発行する。秋に手を引かれて、黄泉も一層落下速度を上げる。

 

だが、

 

「マズい!」

 

身体強化され、うっすらと霊力の幕に覆われた秋にやっと気付いたのか、蟲が空中でクルリと向きを変えた。だが、翼の無い二人には落下中の方向転換は不可能だ。

 

それを知ってか知らずか、蟲は二人目掛けて白い糸を吐き出した。秋は放電する鳴神でそれを振り払う。バチバチと燃えて糸は瞬時に燃えて消えたが、落下角度が大幅に反れた。

 

下を見て着地点を予想するに、女性よりも数m左にズレている。

 

蟲は邪魔されないと悟ったのか、真っ直ぐ当初の飛行コースを滑空していく。ガードレール沿いに立つ女性に向かって真っ直ぐ。

 

激しく羽をバタつかせ蟲は、女性に取り憑くために六本の足を正面に構えた。女性はその音が聞こえたのか、ふと顔を上げた。

 

「き、きゃぁぁぁあああ」

 

しかし、この場所からでは到底間に合いそうもない。

 

(っく… 諦めるしかないんですか!)

 

秋はキツく拳を握り、蟲の行動を眺めることしか出来なかった。

 

だが、

 

ーーー タタタッ!

 

取り憑く準備万端の蟲と女性の間に神楽が素早く入り込み、蟲を真っ二つに切り裂いたのと、秋達が着地したのは同時だった。

 

ペタンと女性はその場に座り込んだ。

 

先ほどの悲鳴と、一瞬で顔色が変わったのを見れば、あの女性が“見える側の人間”だということはすぐに分かる。一般人にしてみれば、どれ程の恐怖かは想像に難くない。

 

秋達は神楽と女性の元に駆け寄った。女性の顔色は真っ青を通り越して、真っ白になっている。この分だと腰も抜けているだろう。神楽もホッとしたような表情を浮かべていた。

 

「助かったわ。ナイスフォローよ、神楽」

 

「ええ。本当にありがとうございました。神楽のお陰で一番起きてはならないことを防げました」

 

二人で神楽に感謝の意を伝えると神楽は照れながら、へへっと短く笑った。

 

秋はふと神楽の後ろに座り込む女性のカバンが目に入った。そして、一度短く考えてからそっと黄泉の耳元でそっと呟いた。

 

「黄泉、あの女性のカバンの中。気付いていますか?」

 

「ええ。どうせ誓約書書いてもらうし、ついでに回収するわ」

 

黄泉も真剣な顔で女性を見つめた。

 

「さて、神楽。一般人にお勤めを見られた場合の対処は?」

 

「誓約書でしょ。分かってる」

 

そういうと、神楽は女性に肩を貸す。やはり腰が抜けているのか、歩き方がおぼつかない。フラフラ歩く女性の耳元で、黄泉はそっとカバンの中からビンを取り出す。

 

「これは預かっておくわ。命は大切にして」

 

ジャラジャラと大量の薬が入っているビン。おそらく自殺するつもりだったのだろう。女性は観念したようにガクンと首を垂れた。

 

環境省専用車に乗せられる女性の後ろ姿を見ながら、秋は少しだけやり切れない感じがしていた。

 

「なぜ、人はあんなにも命を軽々しく捨てられるのでしょうか」

 

“命”そう呟いたとき、やけに心に響いたのは気のせいだろうか。自分の中の何かが、その単語に敏感に反応する。

 

「それはその人自身にしか分からないわ。ただ、私たちはそんな人たちでも守る義務がある」

 

「…ええ。そうですね」

 

守る。それは私に出来ることなのでしょうか。

 

 

「へぇ、これはまた懐かしい人がいるじゃないですか」

 

木の上に立っている少年と思われる人影は面白そうに笑った。

 

「今日は偵察だけでしたが、予想外の情報を得られました。これは、大幅な脚本の変更が必要ですね」

 

そう言うと、少年はどこからか飛んできた蟲につかまり、夜の暗闇の中へと消えていった。

 

 




次回は真面目に更新しようと思います
これからも不定期になるかもしれませんが、よろしくお願いします。
見捨てないで… 泣

また次回、皆様と出会えることを祈って…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

どうも、お久しぶりです。
相変わらず不定期な更新で申し訳ありません。
さて、今回はちょっとほのぼのです。


 

Side:秋

 

「あの、これは… 何でしょうか?」

 

「見て分かるでしょ?納豆よ」

 

私は目の前の丼に入れられた大量の納豆を見て、倒れそうになるのを必死で食い止めた。

 

「食べなきゃダメですか?」

 

「もちろん!」

 

「ではまた後でという「ダメ」… はい」

 

ーーーなぜこんな状況になっているかというと、それは数日前まで遡る。

 

 

土蜘蛛の討伐から一週間程立った後、皆でお茶をしている時、黄泉がそういえばと、おもむろに聞いてきた。

 

「秋の住む場所ってどうなってるの?」

 

私はお茶を少し啜ってから、机の上に湯呑みを置いて言った。

 

「ここですよ?」

 

記憶を失っている私がもちろん自分の家など知っている筈がないので、ここ数日は対策室の空き部屋を間借りして、ベッドなどを支給してもらったところを自室としていた。

 

実際昼間は対策室の任務があるし、食事は食堂で済ませられる。シャワールームもビルの中にあるので、自室に戻るのは本当に寝る時だけだ。

 

だからそれなりの家具などはいらないし、それならばここでいい。という話に室長となったのである。室長はワガママを言っていいと言ってくれたが、雇われの身である私がそこまで頼ることも何だかおこがましいような気がした。

 

と、一通りのことを黄泉に説明すると、黄泉は一気に顔面蒼白になった。

 

「ダメよ!ここは男と女の比率がおかしい場所なんだから!いつまかり間違って、変なやつが押し入ってきたらどうするのよ!!」

 

「い、いえ。私、いつ指令が来て出動するか分からないので、熟睡はしていないんです。だから部屋に誰か入って来てもすぐ対処出来ますし…それに鍵もかけられますし」

 

一回寝てしまうと、体を慣らすのに私の場合は最低でも三十分は必要になる。“何時如何なる時も戦闘出来る状態でいる事”これが私の覚えている仕事場の教訓だ。

 

おそらく記憶を失う前の私もこんな感じだったのだろう。熟睡しなくても全く疲れを感じない。慣れというのもあろうが、熟睡出来ないのはあの夢を見たくないと、精神が熟睡を避けているとも思える。

 

「ダメだよ、秋。それじゃ秋の体がもたないって!」

 

しかし、私の気持ちを知ってか知らずか、神楽まで黄泉側に付く始末である。私にとってはかなり不利な状況だ。

 

「だって、熟睡してしまったら体も動かないじゃないですか…」

 

「「熟睡しない方が動かない!」」

 

「ハモらなくても…」

 

まぁ、考え方は人それぞれですが…

 

「よし、そうと決まれば秋の荷物運び出すわよ!」

 

「りょーかい!」

 

私が反論をする暇を与えない為か、猛スピードで対策室を飛び出していった。チラリとではあったが、黄泉の手には私が部屋として使っている会議室のマスターキーらしきものが握られていた。

 

室長もそっち側ですか…

 

なぜ、ここまでしてくれるのでしょうか。私は記憶が無くて、言わば一番危ない存在かもしれなのに。

 

「おい、秋!」

 

一人悩んでいると、机の向かい側に座っていた桜庭一騎さんが、いつのまにか大量の段ボールの空箱を持って私の目の前に立っていた。そして段ボールを私の机に積み上げてから、少し強い口調で言った。

 

「お前、未だに俺たちに申し訳ないとか思ってるんじゃないよな?そう思ってるんなら、違うぞ。黄泉はお前を連れ出す為にあんな茶番をうったんだ」

 

「あの、桜庭さ ーーー」

 

私が言おうとした言葉は、桜庭の首を振る仕草に遮られた。

 

「お前は、まだ俺たちに遠慮してる。でも、お前は俺たちの仲間だ。だったら少しは甘えってもんを見せろ。てかいいんだ、見せて」

 

この時は、桜庭の言葉の意味が分からなかった。

 

「おーい桜庭!段ボールまだか?こっちは粗方済んだからさぁ」

 

開いた扉から飯綱の呼ぶ声が聞こえた。

 

え?まさか…これって…

 

「おい、秋。早くいかないと、黄泉たちにお前の私物全部俺たちの前に曝け出されるぞ」

 

ですよねー!そういう展開ですよねー

 

「ま、待ってくださいー!荷物の整理はせめて本人のいるところで!というより、私はまだ、移動するとは言っていません!!」

 

 

顔面蒼白になって対策室を出て行く秋の背中を、桜庭は微笑ましく眺めていた。

 

もう少し馴染んでくれると、俺としても助かるんだが…

 

何というか、子供の成長を見守る親のような心境である。桜庭は、そう考えて、少し吹き出した。

 

「おい桜庭!段ボール!!」

 

もう一度飯綱の声が聞こえた。もうそろそろ行かないとマズイだろう。秋の私物も片付けられただろうか。少し惜しい気もしたが、桜庭は積み上げた段ボールを再度抱えて、秋の自室に向かった。

 

 

Side:黄泉

 

荷物の整理は極めて簡単だった。元々荷物自体が少ないというのもあるが、秋の性格上整理整頓がされていて、荷物の識別に苦労をしなかったおかげもあるだろう。

 

積み上げられた段ボールは、先ほど全て引っ越し業者に引き取ってもらって運んでもらった。今頃はもう秋用に割り振った部屋に運び込まれている頃だろう。

 

「あの、黄泉。それで私はいったいこれからどこで生活すれば?」

 

秋が私の後を歩きながら、泣きそうな顔で聞いてくる。記憶が無い状態でこのやり方は少し無理矢理過ぎたかと少し反省する。

 

「まぁ、着いてくれば分かるわよ」

 

「もったいぶらずに教えてあげればいいのに」

 

やれやれと神楽が肩を竦めた。

 

秋が対策室のビルの中で暮らしていることを知ったのは、昨日だった。任務が終わり、秋が私たちを見送ってくれた。もう、医務室にいる必要は無いのだから、どこで寝ているのだろうか。少し気になった。

 

私と神楽は帰った振りをして、こっそり秋の後をつけた。秋はビルの中に戻り、元は会議室として使っていた部屋に入っていった。しばらくすると電気は消え、静かな寝息が聞こえた。

 

秋は、ここで一人で寝てるのか…

 

私と神楽は帰ればいつもではないが、一人じゃない。だけど、秋は違う。仕事が終われば、ここで一人で寝るのだ。寒い部屋だろうな。

 

気づいたら、黄泉は家に向かって走っていた。

 

私は帰ってから、お父さんに相談した。友達を居候させて欲しいと。詳しい説明は省いた。それでも、お父さんは快く承諾してくれた。

 

「私とお前だけでは少し寂しいだろう。それに、対策室の子なら、一緒にお勤めも行けるだろう?」

 

私は、この時もう一度、私を拾ってくれたお父さんに泣いて感謝した。

 

しかし、秋の説得方法を考えておくのをすっかり忘れていた。あの硬い性格の秋のことだから、絶対にうんと言わないだろう。だから、こうして強硬手段に及ぶしかなかったのである。

 

「… 悪かったと思ってるわよ。…あのさ、秋。好きなものは?」

 

「え… ト、トマト… ですが」

 

「よし、今日はトマト尽くしでいくわよ!」

 

「ちなみに、秋。嫌いなものは?」

 

「な、納豆です… 」

 

秋の返答を聞き、メモ帳にスラスラと書いていく。

 

明日の朝ごはんは納豆ね。ちらっと考えて、明日の朝ご飯を想像する。

 

きっと秋、顔面蒼白になるだろうな。まぁ、そんな秋を見るのも楽しいからいいか。

 

「あ、あの黄泉?」

 

私が小さく笑うと、そろそろ泣き出すのではないかという表情をして、秋が聞いてくる。

 

「何でもないわ。… ほら、着いたわよ」

 

「久しぶりだねぇ、ここに来るのも」

 

「神楽もご飯食べてくでしょ?」

 

「うん!」

 

状態を飲み込めていない秋だけが、キョトンとした顔で突っ立っている。

 

「ようこそ。諌山家へ。今日からここがあなたの家よ」

 

私は家の前に立って、手を広げて言った。

 

「え?えぇ?」

 

「だから、今日から秋は黄泉の家に居候するんだって」

 

神楽が苦笑しながら、補足した。

 

「ど、どうし「待った」… 」

 

「秋。私たち仲間よね?」

 

「は、はい」

 

「私たち、友達よね?」

 

「… はい」

 

「じゃぁ、いいじゃない」

 

秋の暗い雰囲気を、私はスパッと切り捨てた。 清々しい笑顔と共に。だが、秋は首を振って否定した。

 

「ですから、どうしてそうなるんですか…?私は、これ以上あなた達に甘えることは出来ません。今だって、対策室という居場所をもらっただけでも十分なのに… 」

 

それを聞いた瞬間、私の頭には会議室で寝ている秋がイメージングされていた。

 

あの時の秋は、どんな顔をして寝ているのだろうか。記憶が無くて、目覚めて早々敵を作って。元気そうに、楽しそうに笑っているが、本当は不安でしょうがないのではないのだろうか。不安に押しつぶされそうになるのを、必死に耐えているのではないだろうか。

 

「じゃあ対策室の仕事が終わってからの秋の場所は?寝るまでの居場所は?… あの会議室とは言わせないわよ。あれはただの空間であって、居場所ではないわ」

 

「空間があれば、私は寝られます。それに、対策室という居場所が、どれ程、私にはありがたいか」

 

難しいとは思ってはいたが、ここまで難攻不落な要塞精神だとは思わなかった。もう少し簡単に説得できると高を括っていた私は歯ぎしりをした。

 

「… もう、素直になればいいのに。お互いに」

 

今まで何も言わないで話を聞いていた神楽は、呆れたようにため息を吐いた。

 

「黄泉は秋に、来てほしいって。秋は黄泉に、行きたいって。それだけでいいじゃん。ね?」

 

そういうと神楽は二人の手を取り、握らせた。

 

「わ、私は… 行っていいんでしょうか… ?」

 

「この家の人が言ってるんだから、ダメなわけないでしょ」

 

私は苦笑して言った。

 

「… ありがとう、ございます」

 

「ん。素直でよろしい!」

 

丸く収まった二人を見て、神楽が満足そうに頷いた。

 

 

「君が、秋君か」

 

「は、はい」

 

書斎で椅子にもたれかかっている諌山奈落を前に、秋は少し緊張していた。霊力もさることながら、威圧感というか、存在感というか、取り敢えず、圧倒されていた。

 

「すみません、事前にご挨拶にもあがらず、こうしていきなり来てしまって」

 

だが、奈落はそんな秋の緊張を解す為か、優しい笑みを浮かべて言った。

 

「いや何分、この話を聞いたのが昨日の事だったからね。気に病むことは無いよ」

 

奈落はちらりと黄泉を見て、少し苦笑した。

 

「この家は私と黄泉の二人暮らしでね。神楽ちゃんがいなくなってからは、静かすぎて寂しいくらいだ。これからは、自分の家だと思って生活してくれて構わない」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

秋は奈落の言葉を思い出しながら、妙な心の温かみを感じていた。家族の温かみ。投げかけられる優しい言葉。久しぶりに味わったこの感覚は、一生忘れないだろう。

 

おそらくもう死亡しているであろう家族。もう二度と味わうことの出来ない感覚。

 

無い記憶を辿っても、思い出されるのは生きていた頃の家族の記憶よりも、夢で見た愚物と化した方が鮮明だった。

 

どうしてあんな姿になっていたのか。どうして私を襲ったのか。そして顔の思い出せない少女は誰なのか。そして、私はどうして記憶を失っているのか。

 

分からないことばかりだ。解決策を見出そうにも、手がかりが少なすぎて、どこから手を出していいのかすら、分からない。

 

 

「私は一体これからどうすれば…」

 

 




このほのぼのは次回までで一応終了ですが、ちょくちょくいれていこうかと思っています

相変わらず不定期ですが、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m

ご感想、ご意見等をいただけると、泣いて喜びますし、これからの参考にさせていただこうかと思います。何でもいいので、気づいたことがあればよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話

お久しぶりです。前の投稿からだいぶ日が空いてしまいすみません…
テストやら大会やらに追われて、PCに触る暇もなく…

さて、今回は前回の続きであります。もう少し明るくなれ!秋!


 

 

side 黄泉

 

「秋!ご飯出来たよ」

 

秋の部屋となった一室の扉を開けると、荷物の少ない部屋の中、秋はベットの上で手を組んでいた。考え込んでいるようで、難しい顔をして微動だにしない。

 

私が入って来たのに気づいた秋は少し顔をあげると、笑った。まるで、さっきの考え事を頭の隅に追いやるように。

 

「どうしたの、秋」

 

「い、いえ。なんでもありません」

 

「秋?」

 

私はもう一度秋の名を呼んだ。秋は本当に何でもないですと、首を振って部屋を出て行った。

 

 

 

私が食卓へ戻ると、いつも通りの秋の顔がそこにあった。さっきの面影はどこにもない。私の顔をみると、秋は優しく微笑んだ。神楽はというと、早くしろと目で要求してくる。

 

目の前の食卓に並んでいるのは、秋が好きだと言った、トマトメニューである。トマトのグラタンに、トマトのムース、トマトソースのたっぷりかかったハンバーグに、トマトのスープ。本当にトマト尽くしである。

 

「おお、今日はまた一段と凄いな」

 

振り向くと、お父さんが立っていた。いつからそこにいたのか全く気がつかなかった。こういう所でも関心させられるところは多い。

 

「え、ええ。秋の歓迎会なの。秋がトマト好きだって言ってたから」

 

「そうか。これはうまそうだ」

 

「えぇ。本当に… もう死んでもいいです」

 

うっとりした顔で秋は目の前に並んでいるトマト料理を眺めている。

 

「いや、死なないで!まぁ、いいや。食べよ。いただきます!」

 

「いただきまーす!」「「いただきます」」

 

秋はトマトのムースを一口食べ、泣いた。奈落はスープを含み、微笑みながら頷いている。神楽はというと、もう片っ端から食べている。そのスピードたるや、凄まじいものである。

 

「いいなぁ…秋、今日からこんな美味しいご飯毎日食べられるんだよ」

 

神楽は一息つきながら、言った。

 

「いや、ご飯は当番制だからね!」

 

私の素早い否定に秋は笑った。

 

「分かっていますよ。明日は、私が腕を振るって差し上げましょう。この素晴らしい歓迎会のお礼に」

 

「ほぅ。それは楽しみだ」

 

「ええ。ご期待ください」

 

「えー!私も食べたい」

 

「神楽も来たらいい」

 

「え?来ていいんですか?」

 

「あんた、それを狙ってたでしょ」

 

それからしばらく、楽しい会食は続いた。

 

 

「今日は泊まって行けばいいのに」

 

神楽は夕食の片付けが終わると、帰ると言い出した。確かに、急な引っ越し&歓迎会で泊まる用意はしてきていないようだ。

 

「ううん。お父さん、今日帰るって言ってたから。夕飯用意しとかないと」

 

「そっか」

 

神楽のお父さん。土宮雅楽殿は、神楽のお母さんの敵である悪霊を探す旅をしているため、家にいることがあまりない。帰る時期もバラバラでいつ帰るかはほとんど分からない。だから、会えるときに会っておきたいと思うのは、子として当然のことだろう。

 

幸い、今日は雨が降る気配はない。月も満月に近く、十分に明るい。痴漢等の危険性は心配していない。むしろ神楽を襲った痴漢等を心配しなければなるまい。

 

「じゃあね。黄泉、秋。また明日!」

 

神楽は手を降り、走って帰って行った。走り去る神楽の背を見送りながら、少しだけ私は寂しかった。小さい頃はお姉ちゃんと呼び、どこに行くのも付いてきていた神楽が、少しずつ自分から自立していくことが。

 

欲を言えば、久しぶりに一緒にお風呂入ったりしたかった。

 

「…秋、お風呂入ろ」

 

「はい」

 

秋が一人でお風呂に入らなくて済むってことで、今日は我慢するか。

 

そう思うことにした。

 

 

side 秋

 

黄泉は本当に感情が顔にすぐに出る人です。私は、そういうことに敏感なのかは知りませんが、黄泉を見ていれば何を考えているかは大体想像がつきます。

 

ですから、今の黄泉が考えていることも、ほとんどと言っても過言ではないと言える程、当たっていると思います。

 

おそらく、私とお風呂に入るということ自体が嬉しいのではなく、私が一人で入ることが無くなったという事が嬉しいのでしょう。

 

こう言ってしまうと何だか変ですが、黄泉は優しい人だな。と一人で勝手な解釈をしまいます。でも、私が思っていることですから、問題ないでしょう。

 

黄泉が楽しそうに鼻歌を歌いながら、浴槽に浸かっているところを見て、私はほっこりと顔を緩めた。

 

黄泉にはそれが、風呂に使ってリラックスしていると思えたらしい。

 

「いいでしょ、うちのお風呂。対策室のシャワールームなんかより」

 

黄泉は頭を風呂の淵に頭を乗せながら言った。

 

「そうですね。こうして、足を伸ばして浴槽に浸かれると疲れも幾分かとれるような気がします。シャワールームでは流石に出来ませんからね」

 

私がそういうと、黄泉は満足そうに頷いた。それから、私を見て少し顔をしかめた。

 

「ねぇ、秋。ここは別に銭湯とかじゃないから、別にいいんだけど、タオルは巻かなくてもいいんじゃない?そんなに恥ずかしい?」

 

「あ…すみません。シャワールームでは一人だったもので」

 

「あ、ううん!別に気にしないで!そうだよね。やっぱ慣れてないとさ。日本人なら誰でも大丈夫だと思ってたけど、皆がみんなってわけじゃないものね!」

 

「いえ、違うんですよ。羞恥ではありません。ただ、どうしても憚れるかと思ったからで」

 

「何を憚るの…?」

 

私は立ち上がり、胸に巻いていたタオルを解いた。そこにあったのは、年齢相応のきめ細かい肌などではなく、心臓があるはず場所に痛々しいまでの大きな傷が十字に走っていた。

 

「これ、は…」

 

「私がこれに気づいたのは、ここに来てからです。従ってどうしてこのような傷があるのかは分かりません」

 

これも記憶喪失に関係があるのか。そこまでは分からなかった。ただ、確実に心臓を狙い、抉った傷跡だということは想像に難く無い。

 

私には一応脈はある。それに、対策室で検査をしてもらったにも、心臓はあるべき場所にきちんとあり、機能していた。

 

では、この傷は一体何が原因でついたものなのか。傷を見つけてから、今までずっと考えているが答えは出ていない。ただ、確実なのは、致命傷にならないほどの浅い攻撃では無かったということだ。そうでなければ、傷がここまで深く残ったりはしない。

 

「そう。ごめん」

 

「黄泉が謝ることはありませんよ。別に傷を見られたからと言って、私が死ぬわけでありませんし」

 

私は笑って言った。それに安心したのか、黄泉も笑った。

 

「そうだ黄泉、今日は私が背中を流しますよ!トマト料理のお礼です!!」

 

「へっ!?」

 

黄泉は戸惑ったように、間抜けな声を出した。

 

「私は、今まであんなに美味しいトマトを食べたのは初めてです!今度レシピ教えてください。それで、対策室の皆さんに食べてもらいましょうよ!」

 

私は小さくガッツポーズを作って黄泉に見せた。

 

「ね?」

 

「分かった。じゃあ、明日色々教えてあげる。ムースが出来ればあとは難しくないし」

 

この後結局、二人で洗いっこになったのは、言うまでもない。

 

 

 

Side:秋

 

「ねぇ、秋はさ、両親の記憶ってある?」

 

お風呂から上がり、部屋でゴロゴロしていると、黄泉が枕を抱えて、部屋を訪ねてきた。

 

少し話しない?

 

そう笑って言った黄泉の顔は、修学旅行で寝られない学生のようだった。

 

初めは、対策室メンバーの失敗談や、面白話し。そのうち恋ばなに発展したのは、女子の特徴だろう。今は黄泉は好きな人はいないとか、でも絶対いい人と結婚するんだとか。私は曖昧ではあるが、親しい間柄だった人はいるとか。そんな話で盛り上がった。

 

話も次第に落ち着き、気づけば家族の話になっていたのである。

 

「両親、ですか。私には、両親記憶があるにはあるのですが、人霊、あなた達がカテゴリーDと呼称している物に堕落してしまった、両親の記憶の方が鮮明に思い出せるんですよ。まったく、困ったものです」

 

秋が苦笑気味に言った。しかし、黄泉は何も言わなかった。今まで秋の顔を見ながら話を聞いていた黄泉は、天井に視線を移した。

 

「私は、親を悪霊に喰われたわ。そのときの記憶はほとんどないの。だから秋よりはいいかもしれない。でも、ごく稀に思い出すことがあるのの」

 

黄泉は恐ろしい夢を思い出したように、少しだけ身震いした。吐き出された声は少しだけ震えていた。

 

「悲鳴が聞こえて、真っ暗な空間なのに、赤い血が飛ぶのが見えるのよ。それで眠れない日がある。… 秋もそうなんじゃないの?」

 

天井を見ていた黄泉の視線が再び私へと注がれる。その目は先ほどまでの怯えではなく、ただ単純に友を労わる目だった。

 

「… えぇ。そうかもしれません。熟睡すればあの夢を見てしまう。それが私は怖い」

 

「私たち、似てるわね」

 

クスッと黄泉は小さく笑った。それにつられて私もつい笑みをこぼした。

 

「でも、これからはゆっくり寝られるでしょ?もし、不安ならこうして一緒に寝られる。お互い様よ」

 

「はい。… ありがとうございます」

 

布団の中で差し出された手を、私はしっかりと握り、この世界に来てから初めて深い眠りについた。

 

 

 

Side:秋

 

その日の夢は実に穏やかな、微笑ましい夢だった。内容まではよく覚えてないが、しばらくぶりにホッとする夢だったことは覚えている。それは単に黄泉のおかげと言っても過言ではないだろう。

 

しかし、それと、これとは全く関係ありません!

 

「黄泉、なぜ今朝が納豆なのですか… 」

 

昨日のキラキラしているように見えた食卓は、今の私には黒々としたオーラが霧のように充満しているように見える。

 

「昨日は秋の好きなものだったからね。たまには、こういうのも食べないと、体壊すわよ?」

 

まさに、鬼の形相にしか今の私には見えない!

 

「食べて見ないと分からない!さ、一口」

 

言われるがまま、口に納豆を数粒流し込み、気合と共に流し込んだあと、私は泣きながらお手洗いに直行した。

 

「これだけは、やっぱり無理ですー!!」

 

あぁ、何かとてつもなく不安になってきました。私はここで果たして生きていけるのでしょうか… 少なくとも納豆が毎日続く生活では、私は死んでしまうような気がします。

 

 

 

 




次回からは少しずつ秋の過去にも触れていこうと思います。

亀更新ではありますが、どうかお付き合いください。

ではまた次回、皆様と会えることを祈って…

ご感想、ご意見お待ちしています。いただいたコメントには丁寧に返信いたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話

前回の投稿からだいぶ日が空いてしまい、申し訳ありません。

色々と忙しかったり、ネタに悩んだりしているうちに、気がつけば一年以上が経過しておりました。

書き始めた物語はやはり、完結させねばなりませんね。

亀更新ではありますが、これからはちょこちょこ更新していくつもりでいます。

お付き合い願えれば、幸いです。


Side:秋

 

その日の夢は不思議だった。

 

真っ白な空間に気づけば私は立っていた。上も下も分からなくなりそうな程真っ白な空間。そしてまたふと気づくと、目の前にこの空間と同じ髪の色で、しかし目の色は鮮やかな赤色の少年が立っていた。

 

少年はなぜか悲しそうな顔をしていた。鮮やかな赤い目が少しだけ曇っていた。

 

「よぉ。どうだ?こっちの世界の生活は。少しは慣れたか?」

 

想像していたより、少しだけ低い声で少年は聞いた。

 

「こっちの生活… ?」

 

わけが分からず、私は聞き返した。

 

「あぁ…そっか。お前は知らないんだったな」

 

少年は少し淋しそうに何もない真っ白な空間を見上げた。まるで、遠い過去を思い出すかのように。

 

「貴方は… 一体誰なんですか… ?」

 

私の問いかけに、少年は昔の回想から戻ってきた。そして、優しく言った。

 

「俺は、(りゅう)。もう一人のお前だ」

 

「柳」と名乗った少年はそれだけ言うと、白い空間の霧に紛れるように、消えてしまっていた。

 

 

遠くの方に陸がかろうじて見える。風が水面を揺らし、時たま来る大きな波が乗っている船をも大きく上下にゆらす。光を反射して光る水面はキラキラとして穏やかだった。

 

今、対策室メンバーが待機しているのは日本海沖である。普通の人たちが見れば、ただのお気楽な遊覧船だろう。だが、その船に乗ってるメンバーは片手に刀や、ガトリング砲などを所持してる。近くで見れば、海上保安庁に補導されかねない佇まいをしているのだ。

 

そんな対策室メンバーがなぜこんなところにいるかというと、近頃この海域近辺で多数の難破船や行方不明者が出ている。しかも見つかった死体や、船などの残骸を解析した結果から、悪霊の仕業だと断定され、対策室に除霊命令が下ったのである。

 

しかし、当のメンバーたちはお遊びモード全開である。元々ストッパーになるような性格の真面目なメンバーはいなし、唯一それに当てはまりそうな秋も黄泉他のメンバーに連れられ、あれやこれやと海の中に連れ込まれてしまっている。

 

「秋、神楽、準備いい?」

 

黄泉と神楽、秋はシュノーケルを装着し、手にはモリを構えている。まるでどこかの海女さん現代版のような感じである。

 

「本当にやるの…?」「こんなことしていて、本当にいいんでしょうか… 」

 

黄泉以外はあまり乗り気では無いようだが。

 

(珍しい… 神楽ならノリノリだと思ったのですが)

 

「おーい、お前らの収穫で今日の晩飯が豪華になるかどうかはかかってるんだから、しっかりやれよー!」

 

しかし船の上から、桜庭が追い打ちをかけるので、神楽の憂鬱さも御構い無しといった感じである。これは、秋が一人で止めようとしても無駄である。と早々に察知した秋は、こうして遊びに興じているというわけである。

 

「大丈夫だよ、秋。どうせ奴が出るのは夜。それにその辺に浮いている悪霊狩りながらの食料調達なんだから」

 

ビシッィと親指を立てて神楽は言った。

 

(いや、私の指まで勝手に立てないでください…)

 

黄泉に無理やり立てられた親指を戻しながら、秋は穏やかな海を見渡した。元々死亡事故が多発している場所なので、悪霊が多い。そう、黄泉も言ったように、その辺に腐敗したカテゴリーDがわんさか出没しているのである。

 

「ねぇ、黄泉。やっぱり私夜まで船の中にいる」

 

神楽はそう言うと、船に取り付けられた梯子で海から上がり、そのまま船内に入っていってしまった。

 

「やっぱりダメだったか… 」

 

「やっぱりとは?」

 

秋の問いかけに、黄泉は短いため息を一つ漏らした。

 

「神楽はカテゴリーDがどうしてもダメなのよ。神楽は優しいから。だからそれを慣らす為にもって思ったんだけど、やっぱりダメねってこと」

 

そういえば、顔色があまり優れなかったようにも見えたし、何となく元気がなかったのもそのためかと秋は納得した。

 

(ん?ということは、当初の目的は果たせなかったわけで。すなわち、魚取りは終了?)

 

「まぁ、二人だけでも狩りはするけどね」

 

(ですよねー)

 

その後暗くなり、除霊(黄泉曰く狩り)が出来なくなるまで、秋と黄泉はモリで魚や悪霊を突きまくった。

 

 

「はぁ… なんか、仕事の前にかなり疲れました」

 

空はすっかり真っ暗で、夜空にはロマンチックに星たちが輝いている。昼間除霊したおかげでこの近辺は平和そのものだった。

 

秋は水着からいつもの黒い袴に着替え、船のふちで空を眺めていた。時折頬に当たる潮水とそよ風が気持ちよく、船内の休憩場を抜け出して来ていた。今、対策室メンバーは体力温存のため、船内で爆睡しているはずである。

 

「穏やかな海ですね。こんな日常が続けばいいのに」

 

静かに上下する水面を眺めながら、秋はポツリと呟いた。

 

すると突然頬に冷たいものが触れられた。秋は短く悲鳴をあげた後、腰に携えてあった鳴神を鞘から引き抜き構えつつ、その場から遠ざかった。そして、今いた場所を睨みつけると、

 

呆気に取られた桜庭がいた。

 

「あ、すまん」

 

苦笑ぎみに桜庭は手に持っていたジュースの缶を振って見せた。おそらく頬に触れていた冷たいものの正体はあれだろう。それを察した途端、秋は顔が熱くなった。

 

「あ… あぁあ!す、すみません!私、ビックリして、… あ、刀!」

 

秋はしばらくワタワタした状態で、刀を鞘にしまった。

 

「あの、桜庭さん!私…」

 

正気を取り戻した秋はシュンとした様子で桜庭に言った。

 

「あーいや。さっきのは俺が悪い。気にするな」

 

「でも、刀…また」

 

「いいって!声かけなかった俺が悪いんだから。ほらっ」

 

桜庭は秋にさっきまで持っていた缶を放った。

 

「あ、ありがとうございます」

 

しばしの沈黙が流れた。秋は先ほどのことで緊張して、ガチガチになっていた。ジュースの缶も開けられず、握り締められている。

 

気まずい空気を壊したのは桜庭だった。

 

「寝とかなくて大丈夫か?今日は多分長いぞ?」

 

「あ、大丈夫です。私任務前にはあまり寝ないので」

 

「前にもそんなこと言ってたな。体が起きないとか」

 

「ええ。多分昔からの習慣なんです。睡眠時間は少なくても体を壊すなんてことは無いし、お休みの日は半日寝てたりしてますから」

 

「そうか、まぁあんまり寝溜めは体に悪いらしいから、定期的な睡眠時間は取っとけよ」

 

そういうと、桜庭は後ろ手を降りながら船内に戻っていた。

 

(心配かけましたかね… )

 

秋は桜庭からもらったジュースの缶を開けていないとこに気づいた。ずっと握りしめていたためかすっかり温まってしまっていたが、せっかくなのでいただくことにした。

 

プシュッという音が静かな海に響いた。

 

 

Side:黄泉

 

ドォォオオオン!!!

 

もの凄い音と揺れで目が覚めた。周りを見ると他のメンバーも同じのようだ。私たちは、側に置いておいた自分の愛用の退魔武器を手に取り、デッキへと向かった。

 

昼間は顔色の神楽もすっかり良くなったようである。今回のターゲットがカテゴリーDではないと分かっているのもあるだろう。だが、いつかは克服してもらわなければならない。黄泉は隣を走る神楽の顔を見ながら、そう願った。

 

デッキにはすでに秋と岩端さんがおり、周囲の状況把握を行っていた。

 

「秋!」

 

絶えず大きく揺れる船の上で秋はレーダーを使って周囲の悪霊の数の把握をしていた。私が声をかけると、少し安心したように顔を緩ませ、また厳しい顔つきに戻って言った。

 

「黄泉!急いでください。対象が罠にかかりました。私と桜庭さんは先に陸に行きますから!」

 

それだけを言い残し、秋は私の横を駆け抜け用意されているボートに飛び移った。すぐさま威勢のいいエンジン音が響き、遠ざかっていく。

 

ドォォオオ…

 

今度は船の真下から突き抜けるような振動が伝わってきた。もう、時間が無い。黄泉は直感で悟った。

 

秋が横を駆け抜けていく際に、耳元で囁いていった言葉が黄泉の頭に響いた。

 

『信じています、黄泉。神楽にもよろしく』

 

「分かってるわよ!私たちはこんなのにやられる玉じゃないわ!」

 

黄泉は獅子王を抜刀し、乱紅蓮を召喚する。

 

「黄泉、今日は張り切ってるじゃん」

 

舞蹴拾弍号を構えながら、隣で神楽が笑って言った。

 

「まぁそりゃ信じられてるし?神楽にもよろしくだってさ」

 

「余裕だねぇ、秋は。一番危険なポジションなのに」

 

「そんなポジションだからよ。私たちがどれだけ上手くやれるかによって、秋の危険度も変わってくる。いい?絶対にプラン以上に上手くやるわよ」

 

「もちろん!」

 

黄泉の言葉を分かっているかのように、乱紅蓮も短く()えた。

 

黄泉と神楽は乱紅蓮の背中に飛び乗り、星たちが輝いている空に飛翔した。

 

二人が空に上がったのを確認した岩端が叫んだ

 

「作戦、開始ぃぃ!!」

 

 




では、また次回、お会いいたしましょう。

ご感想、ご意見、お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話

皆さん、明けましておめでとうございます。

昨年はほとんど投稿できなかったので、今年は少しずつ投稿していこうと思います。

こんな四季乃ではありますが、本年もよろしくお願いいたします。


 

Side:黄泉

 

今回のターゲットは『骨鯨』と呼ばれる悪霊だ。カテゴリーはB。ランク付は強敵から、ABCDとされているので、今回はかなりの危険が伴う除霊である。

 

また、戦場が海上ということもあって、足場も悪い。しかもなお面倒なことに、この骨鯨は銃撃や斬撃といった物理的攻撃は通用しないということを、命からがら帰り着いた漁師たちが語っている。一応対策室でも確認したが、過去の資料を確認するところ事実のようで、まさに対策室にとって最悪の相手ということだ。

 

対策室のエージェントの主要攻撃方法は主に銃撃や斬撃である。辛うじて黄泉の乱紅蓮は、唯一骨鯨に有効であろう咆哮波を使うことが出来るが、攻撃時の踏ん張りが船では支えきれないということで、除外された。

 

すると残された方法は黄泉と神楽が扱うことが出来る法術の不動明王火界呪だけだが、なにぶん火力が足らない。

 

今回の相手の全長はおよそ5m。少し小さいジンベイザメ程ある。いささかというより、全く足りないのである。

 

しかしそうなると、一体どうしようか。と対策室での会議が沈黙した時、「あの…」と控えめに秋が手を挙げた。

 

「私なら骨鯨を焼き切れると思います」

 

控えめに手を挙げたくせに、その後の発言はとても堂々としていた。

 

これも実力の成せることかと、黄泉は少しだけ唇を噛んだ。

 

「なぜ、そう思うの?」

 

秋の申し出に神宮寺室長は尋ねた。おそらくその答えを知っている上で。

 

「私の攻撃… 黄泉は見ていたから分かると思いますが、主に高圧の雷を使います。しかも、対象は水に浸かってる訳ですから、電導率もいつも以上でしょう。骨だけの相手なら充分に焼ききれると思います」

 

実に論理的である。しかしこの作戦でいくとなると、いくつかの問題が浮上する。

 

「そんな高圧電流を海上で流した場合、貴女は大丈夫なのかしら?」

 

「問題ありません。私は高圧電流の中にいても感電することはありませんから」

 

「それは私も同意するわ」

 

黄泉は秋の意見に同調し、何点か付け加えた。

 

「確かに土蜘蛛を倒したとき、高圧電流で作った蛇を土蜘蛛に絡ませましたが、秋は土蜘蛛に乗ったままでしたが、その後の任務にも支障はありませんでした」

 

理由は分からない。だが秋も明確に言わない所からして、秋本人もよく分かっていないのだろうと黄泉は思った。ニコリと秋が微笑んだ。それに微笑みを返すと、秋は室長へ向き直った。

 

「ただ、問題は陸地の近くでは電線がショートを起こす心配がありますから、陸地から少し離れなければなりませんが… 」

 

対策室に沈黙が流れた。

 

なぜなら、今回のターゲットは日本海沖に出没する。つまり太平洋のように広い、陸からの距離が充分に取れない場所ということである。韓国や中国との領海問題にも影響が及ぶのはなるべく避けたいと思うのは、必然だろう。

 

だが、そこで手を挙げる者があった。

 

「俺はいけると思うぜ」

 

元軍人。岩端である。

 

「日本海って言ったって、そこまで狭いわけじゃない。高圧電流一発かましたところで陸地一体が停電ってなるわけじゃない。それに、例えそうなったとしても、それしか手段が無いのであれば、やるしかねぇだろ」

 

岩端の意見を受け、一斉に室長に視線が集まる。一拍の間を置いて、神宮寺室長は笑って言った。

 

「… その通りね。一応近くの電力会社には迅速に対応してくれるように通達しておくわ」

 

桐が直ぐに机の上にあった電話のボタンをプッシュし、(おそらく電力会社に)連絡を通達していた。それに従って岩端、桜庭、飯綱、ナブー兄弟は作戦会議をするため、自分の机に座り資料を引っ張り出し始めた。

 

それを見て、室長は未だ動かない秋に向かって穏やかな顔で言った。

 

「秋ちゃん、貴方に今回は大役を任せることになるけど、失敗しても自分を責めないで。貴女は対策室のエージェントの一人なんだから」

 

「はい。最善を尽くします!」

 

過去の癖だろうか。秋の右手は自然と完璧な敬礼の形になっていた。

 

 

 

Side:黄泉

 

乱紅蓮に乗って飛び上がって見ると、そこには大きな骨組だけの鯨がいた。体当たりして船をひっくり返そうとしているらしく、船の斜め下方向から何度も骨の体をぶつけている。骨が砕けないのが不思議なくらいだ。

 

だが、ゆっくりもしていられない。

 

「神楽、火界呪の詠唱行くよ!」「了解!」

 

黄泉の言葉に応呼するように、乱紅蓮が一気に骨鯨に向けて下降した。そのスピードに負けぬよう、高速で詠唱を行う。

 

「ノウマク・サラバ・タタゲティ… 」

 

火界呪の詠唱など、最近は獅子王に頼りきりでほとんどしていない。正直不安だった。神楽一人の火界呪じゃ火力が足らず、隙を作ることすらままならないだろう。

 

だから今は、やるしかない!

 

「「タタラカンマン!!」」

 

二人の声が重なり、それに応じて二本の炎の渦がうねりながら骨鯨へと向かっていった。大きな炎が骨鯨の後頭部を包み込んだ。

 

キェィィィイイエエエ

 

甲高い悲鳴があがる。体を船から離し、大きく仰け反った骨鯨。しかし黄泉達を乗せた乱紅蓮は止まらない。降下の勢いは先ほどの火界呪で多少死んだが、それでも依然として風でバタバタと髪が揺れる。

 

乱紅蓮は燃えていない骨鯨の下方の胴体を足場に、数m後方にいる対策室の船の方に飛び、多少の振動を残して着船した。

 

それを確認した岩端が勢いよくエンジンをふかした。好調なエンジン音に伴い、船体が大きく上下する。骨鯨との間は急速に開いていった。

 

ーーーーーー 。 だが、

 

突如として発生した爆音と、縦長の水飛沫と共に、骨鯨が宙に舞っていた。その大きさたるや、まるで龍のようである。月光に照らされて、剥き出しの骨格がキラリと輝いた。

 

「やっぱり効かないか!」

 

黄泉が短く舌打ちをして、獅子王を鞘に戻す。それに従って乱紅蓮も消えた。この後の作戦は、もうあらかじめ決めていた場所におびき寄せることでしかない。

 

要は、鬼ごっこである。鬼は骨鯨。捕まったら、『死』という面白くも何ともないペナルティを科せられる。

 

「黄泉、これ使え!」

 

猛スピードで船をかっ飛ばしている岩端が、操縦室から数本の瓶を放ってきた。黄泉はそれを、危うくキャッチした。

 

見れば、真っ黒な瓶に『火気厳禁、岩端特製』と書かれてある。

 

「岩端さん、これは?」

 

「俺特製、火炎瓶だ。通常の火炎瓶の三倍の威力で作ってある。いつもは森の中とか、街中とかで使えねぇけど、ここならむしろ好都合だろ!」

 

「ありがと!」

 

前を見ながら、運転し続ける岩端の背に礼をいい、振り返る。

 

そこには、200m程に迫った骨鯨が怒りを露にしながら、迫っていた。

 

「黄泉、俺も加勢する。もう一度二人で火界呪いけるか?」

 

隣を見ると、いつのまにか飯綱が立っていた。背後には数えきれない程の管狐が目をギラギラさせて、骨鯨を睨んでいる。

 

「俺の管狐の狐火でフェイントをかける。その直後に俺と、黄泉と神楽の三人分の火界呪と火炎瓶を投げ込む。いいな?」

 

「ええ!」「うん!」

 

飯綱は二人が頷いたのを確認すると、霊力を一気に管狐たちに集中させる。すると、管狐たちは青白い光を一匹一匹が放ち始めた。次第にその光は強さを増し、ものの数秒で目を細めなければならない程に発光した。

 

「行けっ!!」

 

飯綱の声と共に、眩い狐火が一斉に骨鯨へと向かって行く。それが骨鯨に到達したかを見届けない内に、飯綱は振り返った。そこには火炎瓶を片手に印を組んでいる二人がいる。

 

「詠唱!」

 

その声を合図に、一斉に火界呪の詠唱が始まる。

 

ーーーー。その次の瞬間、暗い夜の海を青白い光が照らした。先ほど飯綱の管狐が放った狐火が、骨鯨に到達したのだ。およそ50メートル程先だろう。そしてその次の瞬間、

 

「「「タタラカンマン!!!」」」

 

揃った声と共に、赤い炎が渦を巻いて青い炎に包まれている骨鯨へと飛んだ。そして看破を入れずに、飯綱が岩端特性の火炎瓶を放った。

 

骨鯨が数種類の色の炎に包まれて、青白い炎が縦に伸びた。そのまま青い炎は骨鯨を焼き切るかのように見えた。

 

だが、現実はそう甘くはなかった。

 

骨鯨は大きく仰け反ると、体を海中に沈めた。大きく水蒸気が上がり、辺り一面真っ白な水蒸気に包まれて、周囲の確認が出来ない。

 

ただ、エンジン音だけは快調に聞こえるので、岩端が頑張って船を進めているのだろう。

 

もう少しで秋が待機しているポイントのはずだ。

 

(結局何もできなかった…)

 

黄泉は唇を噛み締めた。無力さと、悔しさが込み上げてきた。

 

船の甲板を音が出るくらいに握りしめて、水蒸気に覆われた水面を睨みつけた。何か異変はないか。骨鯨がどこにいるのか。それだけを感じ取るために、全神経を集中させて、睨みつけた。

 

しばらく、気味の悪い沈黙が続いた。気がつけば、船は停止していた。

 

「岩端さん!」

 

船が止まった原因を尋ねようと、岩端の名前を呼んだ瞬間だった。

 

ーーーーーー船が大きく、音を立てて、上下に揺れた。

 

そしてようやく水蒸気が切れて、明るい月と一緒に頭上に現れたのは、紛れもない。ーーーあの骨鯨だった。

 

 

 




さて、今回はオリジナルストーリーでお送りいたしました。

あの状況から秋はどのような行動に出るのか。楽しみにしていただければ幸いです。

それでは、また次回お会いしましょう。

感想、ご意見、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話

前回の投稿から、二週間程度が経過してしまいました。
一週間に一話という目標だったのですが…
これからは頑張ります。

さて、今回はアクションが多いです。そして、秋の秘密が少しだけ明らかに!?

黄泉たちが手も足も出ない骨鯨。秋はどう戦うのでしょう?


side:秋

 

もう少しで待ち合わせの時間だった。少し前に爆発音が聞こえたから、戦闘が始まったのだろう。

 

「いよいよですね」

 

「気楽に行けよ。サポートは任せろ!」

 

桜庭はガッツポーズを作りながら、言った。

 

私はそれに笑顔で頷く。

 

黄泉たちが作ってくれた時間で、だいぶ集中出来た。今頃、室長のおかげで日本海沿岸には停電が起こっても大丈夫なように、手を回してくれているはずだ。

 

何も心配することはない。自分が持ち得る最高の雷をお見舞いしてやればいい。未だ思い出せない自分の居場所よりも、今の居場所。この対策室のメンバーとして、最善を尽くそう。

 

前方でさらに大きな爆発音が聞こえた。おそらく黄泉たちだろう。

 

だが、白い煙が見えるだけで、一向に黄泉たちの船が近づいてくる気配がない。作戦としては、時間になっても劣り班が待機ポイントまで後退しなかった場合、秋たちが向かうということになっている。

 

時間はすでに5分を過ぎている。

 

「桜庭さん、行きましょう」

 

私の提案に桜庭は小さく頷き、操縦室へと消えていった。するとすぐにエンジン音が聞こえ、船は白い水蒸気の上がっている場所へと向かう。

 

無事であって欲しい。この業界でそれを望むのはタブーなことだとは知っている。だけどまだ、あの人たちを手放したくはなかった。

 

 

 

水蒸気に包まれた空間は予想以上に視界が悪く、3m先も視認できない状態である。

 

「これじゃ進めないな…」

 

レーダーの反応からこの半径10mの範囲に黄泉たちの船があるのは確かだった。だとすれば、もう強硬手段を持ちいるしかない。

 

「桜庭さん、私がここを離れたら、すぐに離脱してください。電圧は出来るだけ弱めるつもりではいますが、万が一のことがあってはいけないので」

 

「了解だ。しかし、どうやって船まで?」

 

「そんなに長くは持ちませんが、これなら多分もつと思います」

 

「何が…?」

 

秋が桜庭の問に答えることは無かったが、その代わり鳴神を鞘から抜き、バチバチと体から雷が放電を始めた。

 

「舞え、風雷!」

 

秋の声に応呼するように、白い稲妻が秋の両足に纏わりつき、滑車のような形へと変わった。秋は滑車が形作られたのを確認すると、勢いよく飛び上がった。

 

「飛んでる、のか?」

 

「ええ。でもそんなに長くは使えないので、あまり便利とは言えませんが…ともかく、私はこれで黄泉達を探します。桜庭さんは避難を!」

 

桜庭はエンジンをふかして、安全圏まで後退する。それを確認した秋は霧の中をゆっくりと眺めて、さらに上昇した。

 

100mほど上昇し、周辺の様子を伺う。あれだけの爆発があったのだ。爆心地はおそらく爆風で霧は晴れているはず。そう予想して、白い空間を眺めると、一箇所だけ霧が晴れている場所があった。

 

「黄泉!」

 

見ればそこには黄泉達を乗せた船が今まさに骨鯨にひっくり返されそうになっているところだった。

 

秋は上空から一気にその場所目掛けて下降する。潮風のせいで、目が少しだけ痛かった。秋は鳴神を握る手に力を込めた。

 

守ってみせる!絶対に。もう失わないと決めたから!

 

 

side:秋

 

船の上に着地する直前に足に展開していた風雷が消滅した。風雷を展開していた時間は3分程度。よくもったほうだろう。船は骨鯨の体当たりのおかげで30度程傾いていた。

 

「秋!!」

 

私が船に着地すると、黄泉が駆け寄ってきた。少しだけ悔しそうな顔をして。

 

黄泉の考えを把握した私は、少しだけ心が温かくなった。だが、今はそんな感情を抱いていられる程の時間は与えられなかった。船が幾度となく続ける骨鯨の体当たりのせいで、浸水し始めたらしく傾きがひどくなった。

 

「黄泉、神楽たちを連れて、事前に用意したボートで脱出してください。あとは私がやります」

 

「秋はどうするの?」

 

「防水の無線機を持っています。退魔終了後、連絡を入れるので回収をお願いします」

 

今回の私は、自らの命を()してこの作戦を終わらせるつもりはない。必ず成功させて、対策室に戻る。その意気込みは作戦開始前に黄泉に伝えてある。だから、黄泉も分かっているだろう。

 

「了解!0155(マルヒトゴウゴウ)までに連絡が無かった場合には、こちらからこの周辺の海域を探索するわよ!」

 

「大丈夫です。それまでには、必ず終わらせますから」

 

強く頷き、黄泉はボートへと乗り込んでいった。私はそれを見送ると、静かに深呼吸をした。

 

また骨鯨の突進がある。もうこの船はもたないだろう。沈む前に終わらせる。

 

鳴神の刀身からはバチバチと潮風を受けて、放電していた。

 

「舞え、風雷」

 

持って3分の風雷を足に展開して、もう一度船の上空へと戻る。するとそこには骨だけで構成された鯨のような生物がいた。

 

鳴神に握っている右手を通して霊力を流し込む。赤い炎の電蛇が私の体の周りにとぐろを巻いた。

 

「焼け!!火雷!!」

 

土蜘蛛を倒したときの倍ほどの大きさと長さのある赤い大蛇は、骨鯨を一瞬で包み込み、大量の炎をあげた。空を焦がさんとするその勢いはバチン!!という乾いた音と共に次第に収束していった。

 

骨が収縮するときに起こる音とは少しだけ違っていた。

 

「焼ききれなかったということですか・・・?」

 

赤い炎が消えた場所には、所々を黒く焦がした骨鯨が海に横たわっていた。物理的な攻撃は回復出来るようだが、焦げに関しては回復する必要は無いと判断したのだろう。骨鯨は攻撃主である、私の方へと大きく頭をもたげた。

 

今までは海の中に沈んでいたため、全体像を把握することはできなかったが、通常の鯨ならば心臓があるべき場所に、赤い光が点滅しているのが見えた。

 

その瞬間、頭に鋭い痛みが走った。

 

「何・・・これは?・・・っぐ!!」

 

頭痛と共に映像がフラッシュバックした。おそらくは、過去の記憶であろうが、鮮明に思い出すことはできない。そして私の意識はその記憶とともに、白い意識の中へと消え去った。

 

side ???

 

普段俺が、表に出てくることは滅多にない。だが、この間の夢の中では久しぶりに秋と話をすることができた。

 

まぁ、あいつは俺のことなんて忘れているから戸惑っていたが。

 

だが、俺は再びあいつの体を借りねばいけない事態がやってきた。秋の目を通して見た赤い光は、おそらくあれで間違いないだろう。俺はあれを回収せねばならない。

 

秋に説明をしないまま、体を借りるのは申し訳ないが、今回は仕方あるまい。

 

『体を一時的に借りるぞ!秋!!」

 

side out

 

秋が意識を失ったのと同時に足元に展開されていた風雷も消えた。秋の体は重力に従い、真っ逆さまに落下していく。だが、その数秒後、落下は止まり、秋の体は白く発光していた。

 

発光が弱まったそこには、黒髪、黒い瞳を持つ姿の秋ではなく、白い髪をなびかせ、赤い瞳をした姿があった。

 

髪の白い秋は、鳴神を握りなおすとその場から骨鯨目掛けて一気に落下した。そして大量の海水を鳴神で払いあげるのと同時に叫んだ。

 

「水雷!!」

 

爆発と水蒸気が周囲を包んだ。しかし、秋はとまらない。風雷が展開されてもいないのに、海上から骨鯨の心臓付近にまで一気に上昇。胸元にある赤い結晶を抜き取った。

 

赤い結晶を取られた骨鯨は、まるで砂が風に吹かれるように、消えてなくなってしまった。

 

「物理的攻撃が効かなかったのもそのせいだろうな。やはりこの世界にいるか。三途河!!」

 

赤い結晶を睨みつけながら、秋は言った。その赤い結晶を握り締めると、手の中に消えていった。

 

秋は沈みかけている、先程まで骨鯨が体当たりをしていた船へ着地した。もって2分といったところだろう。

 

「こちら秋。目標クリア。回収を願う」

 

無線でそれだけを伝えると、秋は無線の回線を切った。切り際に、黄泉が心配している旨を言っていたが、それを秋は聞かなかった。まるで、それは秋本人が聞くべきことだと判断したように。

 

そして秋は、船のまだ当分は沈まないだろうと思われる場所に、倒れ込んだ。

 

 




はい。ということで、お分かりの人は少しだけ展開が読めてしまったかもしれません。

秋に体を借りた秋ではない誰かが、発したあの名前。

覚えていますか?分からないという方は、『喰霊 零』本編を見ると分かるかもしれません。

それでは、また次話でお会いしましょう。

ご感想、ご意見、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話

お久しぶりです。

今日はバレンタインですね!!

それだけです!w

さて、なぜかとても不思議なところで終わってしまった前回でしたが、あの正体は一体?


side:黄泉

 

無線から聞こえてきた声は、秋のものによく似ていたが、いつもの秋にはないトゲトゲしさがあった。疲れているからなのか、怪我をしているからなのか分からないが、あんな声は最初に会った時にだって聞いたことが無かった。

 

「ねぇ、黄泉。秋は、無線ではちゃんと無事だってことを伝えてきたんでしょ?そんなに心配しなくても」

 

「でも・・・」

 

神楽は私を落ち着かせようとして言ってくれていることは分かる。しかし、そんな神楽の言葉を聞いても、安心をすることはできないでいた。

 

私は船から秋がいるはずである場所をずっと見つめていた。感じているこの胸騒ぎが、気のせいであることを祈って・・・

 

「見えたぞ!あそこだ!!」

 

岩端さんが大声で言ったのを聞き、私は急いで甲板の先端へ向かった。波は穏やかであったので、船の上下もないし、目的物を視認することも容易であった。そして目に入ってきたのは、今にも沈みそうな船の上で倒れている秋の姿だった。

 

「乱紅蓮!!!」

 

私は気づけば抜刀し、召喚した乱紅蓮の背に乗って、秋のもとへ飛んでいた。乱紅蓮は飛行することができないので、船の上に静かに着地させる。その着地で船が少しだけ上下に揺れた。

 

「秋!!」

 

声をかけても反応がない秋を抱き上げて、乱紅蓮の背に戻った。乱紅蓮はそのまま元の船へと戻ってくれている。

 

秋は生きていた。呼吸も正常で、霊力もいつも通りにある。外傷も特には見られなかった。

 

そのことに私は心底安心し、安堵のため息をもらした。

 

皆が乗っている船の着地も秋に負担がかからないように静かに乱紅蓮はやってくれた。船は揺れなかった。

 

獅子王を鞘におさめると、それに従い乱紅蓮も消えた。消える間際に乱紅蓮が微笑んだように見えたのは、多分気のせいだろう。

 

秋を乗せたことを確認した岩端がゆっくりと船を岸の方へ進め始めた。

 

耳に入ってくる音は、さざ波の音と、船のエンジン音だけだった。対策室の誰もが口を開こうとはしなかった。秋の意識が戻るのを、静かに見守った。

 

「よ、み…?」

 

すると程なくして、抱きかかえたままの秋が目を覚ました。何が起こっているのか分からない。そんな顔をしていた。

 

「秋!大丈夫!?無線で秋の様子がおかしかったから、心配したよ!!」

 

「無線・・・あ!骨鯨はどうしました!?」

 

今ある状況を把握しきれていないようで、秋は体を起こしながらそう言った。

 

「骨鯨って・・・秋無線で、『目標クリア』って言ったじゃない。・・・覚えてないの?」

 

私がそう言うと、秋は黙り込んでしまった。

 

秋の無線での態度の違いと、戦闘の内容を覚えていない点。何か関係があるのだろうか。

 

「戦闘中、何があったの?」

 

「戦闘中・・・」

 

記憶をたぐり寄せるように、秋はゆっくりと語り始めた。

 

「私は、骨鯨を焼き切ろうと火雷を発動しましたが、相手は火雷を跳ね返しました」

 

「跳ね返した!?」

 

火雷とは、おそらく土蜘蛛との先頭の際、秋が使った赤い大蛇のことだろう。あの威力は私も間近で見ている。あれを跳ね返すとなれば、カテゴリーBという判断基準を疑わねばならなくなるだろう。

 

「ええ。そして私が反撃をしようとしたとき、骨鯨が大きく首を上にもたげました。私を海に叩きつけようとしたようにも見えましたが、その時に骨鯨の胸に赤い光が見えたのです。それを見た途端、頭が痛くなり、私は気を失ったんだと思います。その後は、黄泉に起こされるまで何があったか、分かりません」

 

しかし、現状骨鯨の姿はない。秋の言っていることが正しければ、秋の気を失っている間に何かがあって、秋以外の人間が私たちに秋の回収を願った。ということであろうか。

 

「すみません、こんな形になってしまって・・・」

 

秋は、落ち込んだ様子でいった。

 

「何言ってるの!!倒したのよ?それでいいじゃない!」

 

秋の様子がおかしかった原因は、おそらく帰ってからの身体検査で何か分かるだろう。取り敢えず今は、無事に秋が帰ってきてくれた。それだけで私は満足だ。

 

「さ、帰ろう。秋、神楽」

 

そう言って私は、二人の手を引いて、岸辺に止まった船から桟橋へと、飛び移った。

 

 

side:黄泉

 

秋はそのまま真っ直ぐ、環境省直轄の病院へ直行し、記憶喪失についての精密検査を受けた。

 

対策室のメンバーは怪我や精神的な苦痛を気づかないうちに受けていることが多いため、定期的にこういった検査を受けることが義務付けられている。

 

最新鋭の機械たちを駆使して、行われた秋の精密検査であったが、秋の記憶喪失の原因は何一つ分からなかった。

 

医師の診断によると、おそらく脳の防衛本能ということだった。

 

まれに脳は、激しいショックで精神が壊れてしまわないように、記憶を一時的に封印してしまうことがあるそうなのだ。秋の記憶喪失もまた、その類であろう。という結果であった。

 

そんなにあの戦闘でショックなことが起こったのだろうか。秋は赤い光を見た直後から記憶がないと言っている。その赤い光に何か理由があるのだろうか。

 

「黄泉、どうかされました?」

 

考え込んでいた私を覗き込むように、秋が顔を出した。

 

今日は私の学校が休みのため、対策室で今までの資料のチェックなどをしていた。私の手が止まっているのを見て、秋が声をかけてきたようだった。

 

「あ、ごめん。何でもない。それより、秋は学校に行かなくてもいいの?私は今日は休みだからいいけど」

 

「あぁ。そのことでしたら、大丈夫ですよ。過去に高校卒業程度の学術は、全て総務省管轄の学校で頭の中に入れさせられましたから」

 

「それは、私が宿題で分からないところがあったら・・・」

 

「無論、教えられますよ。ただし、問題を解くお手伝いをするにとどまりますが」

 

秋は笑いながら言った。

 

よし。これでこれからは、授業に遅れて内容が分からなくなって困ることはない。

 

私は心の中で、少しだけずるいことを考えた。

 

「そう言えば、今日神楽は学校に行っているんでしたね」

 

「えぇ。お勤めのせいであまり友達と遊ぶ機会とかもないだろうから、こういうときに友達と遊んでおかないとね」

 

「・・・、つかぬことをお聞きしますが、黄泉、あなたお友達学校にいますか?」

 

秋は私の心を鋭い刃でえぐるだけでは事足らず、私のか弱い精神にまで刃を突き立てていった。

 

そう、私はお勤めで放課後はおろか、授業中に抜け出すことも多々ある。そのため、友達が一向にできない。

 

友達はいるに越したことはないが、別にいなくても支障はないと思っているので、今の環境にそろそろ自分に暗示をかけているところであったのだ。

 

それなのに・・・

 

「あああ!ごめんなさい、黄泉!別に私、変な意味を持って言ったわけではないのです!大丈夫です。黄泉には

私たちがいますよ!!」

 

慰めのつもりか、必死になってくれている秋の言葉が今だけは、まったく心に響かず、虚しさを呼ぶだけだった。

 

 




話の進むペースが遅くて申し訳ありません・・・
頑張って書きますw

ご感想、ご意見お待ちしています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話

更新の日がだいぶ空いてしまって申し訳ありません。

今回から、原作ルートです。



side:神楽

 

お勤めで夜が遅いため、どうしても昼間に睡魔がやってくる。授業中、まともに授業を聞いたのは、全部合わせて何時間あるだろうか。それくらい授業中は爆睡している。

 

先生も、私が母の病気の件で忙しいと思っているので、おそらくは見逃してくれているのだろう。

 

ちなみに、私が遅刻をしたり、早退をよくするのは、全て『母が病気で入院しているから』ということになっている。ようはカモフラージュだ。

 

環境省の仕事で。とは流石に中学生の私が言うことが出来ないため、特例で認められている。おそらくは上からの圧力もあるとは思うが・・・

 

というわけで、私は今朝も机の上で許されている睡眠を貪っていた。

 

「つーちみや!」「お弁当作ってきたの。一緒に食べよう?」

 

そう話しかけてきたのは、このクラスで唯一会話をかわし、友達と呼べる存在にいる、柳瀬千鶴(やなせちづる)真鍋美紅(まなべみく)であった。

 

「土宮はさ、すごいよね。ちゃんと宿題やってくるしさ!」

 

「普通だよ、ちょっと忙しいだけ」

 

「やっちんは、もう少しちゃんとやろうよ。毎回見せてもらってたら、土宮さんに悪いって」

 

「えーだってさ・・・」

 

普通の、悪霊という存在を知らない少女たちとの会話は私にとって、唯一普通の少女になれる時間でもあった。

 

私も土宮家に生まれていなければ、こんなふうに何にも囚われず、宿題や進路の愚痴をこぼしながら、好きな人の話なんかを、友達と話すことができていたのだろうか。

 

時折、この二人と話すことでそう思ってしまう自分がいる。土宮家に生まれたことを後悔しているのではない。ただ、たまに、普通の女の子として生活してみたい。そう思うことだけなら許されるだろうと、この二人と会話をしている時はそう思えるのである。

 

「お弁当どこで食べる?屋上でもいいかな?」

 

「うん!」

 

「やっちん、あそこ寒いのに好きだよねー」

 

「何を言う!弁当を屋上で食べる。これこそ青春の醍醐味ではないか!!」

 

満足そうに言う千鶴の顔が、どうにも面白くて、私は吹き出してしまった。それにたいして千鶴は不満を漏らしたが、私は笑顔で対応した。

 

私が唯一普通の女の子として生活出来る場所。ここを守るためにも、強くならなくてはならない。

 

そう、決心した。

 

side:秋

 

資料のチェックが終了すると、黄泉に連れられた私は対策室の武器庫へと来ていた。せっかくだから、退魔武器の方も点検してしまおうという、黄泉の考えに基づいてだ。

 

「結構、ガタがきてるわねー」

 

そう言って、黄泉は一本の槍を手にしながら言った。

 

その槍は確かに霊力の衰えが感じられた。使われていないのではないが、こういった非常用の武器というのは、使用者が度々変わる。違う人間の霊力を流すというのは、退魔武器にとって相性の問題もあり、武器が疲弊しやすいのだ。

 

「しかし、おかしくないですか?この退魔武器。アイロンや、チェーンソー、これは・・・ボイラーですか?これ、本当に退魔武器なんですか?」

 

「マイケル師匠が作った武器は、みんな優秀よ。でも、結構点検に出したほうが良さそうね」

 

黄泉の指示で、使えそうな武器と点検に出す武器とを仕分けが始まった。多くの退魔武器が揃っているが、武器と見えるのは数個しかない。それ以外は使い方もよく分からないようなものばかりだった。

 

そういう武器は人気がないのか、変な武器だけが疲弊しておらず、点検に出さなくても良い。という結果になった。

 

やっぱり、この武器誰も使っていないんじゃ・・・

 

「マイケル師匠が今日あたりにこっちに来るっておっしゃってたし、いい機会だったわ」

 

私が心の中で疑惑を持っていると、黄泉がまた知らない名前を出してきた。

 

「黄泉、さっきから気になっているのですが、そのマイケル師匠と言うのは、いったい誰ですか?」

 

「あぁ。説明していなかったわね。マイケル師匠っていう方は・・・」

 

黄泉が説明しようとしたその瞬間、黄泉の携帯が電話の着信を伝えた。

 

side:神楽

 

学校から帰宅したあと、私は大体道場に来ることが多い。稽古の意味合いも込めているが、相棒である退魔武器『舞蹴拾弐号』の点検もかかせない私の週間の一つであった。

 

いつも通りの手順を済ませ、最後に機械用の油をスプレー噴射していたその時であった。

 

「NOー!!刀のお手入れには、椿油を使ってくだサーイ!それこそ、日本人の心ネ!」

 

私の背後に上半身裸、下半身はふんどしだけ。という変人が立っていた。私は思わず、手に持っていた、機械用の油をその変人に、これでもか!という程噴射した。

 

機械油を噴射された変人は、悲鳴とともに目を手で覆っていた。反射でやってしまったからか、後から少し落ち着いて考えてみると、そもそも人に機械用油を噴射するなんて!!と反省と申し訳なさが私を襲った。

 

そんな回想に苛まれていると、背後から「あら」という声が聞こえた。

 

「もういらしていたんですか、マイケル師匠」

 

「彼がマイケル・小原師匠ですか。なるほど、なぜかあの武器を作る意味が分かった気がしますよ」

 

馴染みのある声の方を振り返ると、黄泉と秋が道場の入口に立っていた。

 

side:秋

 

「ふーむ。いい輝きをしてマース。まるで新品同様ですネー」

 

「だって、なかなか使わせてもらえないんだもん」

 

「もう少し経ってからね」

 

変人・・・もとい、退魔武器職人、マイケル小原は神楽の刀を見ながらそう言った。

 

神楽が実戦であの刀を使ったのは、私も数回しか見たことはない。経験もそうだが、技術的にも、神楽はまだ前線を張らせるには少しだけ私も不安があった。

 

「黄泉さん、獅子王を見せてくだサーイ」

 

獅子王を鞘から取り出し、眺めたマイケル師匠は満足そうな笑みを浮かべて言った。

 

「素晴らしい輝きデス。でも少し、霊力が疲れてますネ。研ぎ直したほうが良さそうデス」

 

そう言うと、マイケルは獅子王を鞘にしまい、黄泉に視線を送った。どうしますカ?そういう意味であろう。

 

「お願いします。武器のお手入れは必要ですしね」

 

「分かりましタ。ところで、あなたは誰ですカ?」

 

マイケル師匠は獅子王を自分の手持ちの袋へとしまってから、私の方に視線を向けた。

 

「あぁ、自己紹介が遅くなり申し訳ありません。私は先日対策室に配属されました、白澤秋と申します。以後、お見知りおきを」

 

私が丁寧にお辞儀をすると、彼もまた丁寧に返してくれた。外国人のような風貌の割には、意外と礼儀正しいなと思った。

 

「では、あなたの刀も見せてくだサーイ。場合によっては研ぎ直しますヨ」

 

そう言うと、私が差し出した鳴神をそっと鞘から抜いた。

 

「これは、珍しいデスネ。霊力が疲れるどころか生き生きとしてイマス。使っていないわけではないですよネ?」

 

「えぇ。私の鳴神は私の霊力で刀自体の霊力も構成されているんです。だから、私が常に霊力を送り続けている限り、刀が衰えることはありません」

 

私がそういうと、マイケルはしばらく鳴神を眺めたあと、研究したいので持ち帰ってもいいかと聞いてきたので、丁重にお断りした。

 

マイケルは残念そうに黄泉の獅子王を持って帰っていった。対策室の武器の修理もお願いしたから、明日は対策室の方に来てくれるだろう。

 

しかし、あんな格好であの人は捕まったりしないのだろうか?

 

そんな疑問が心を過ぎったが、すぐに頭から消え去った。

 

「さて、ご飯にしますか!今日は、秋が大いに腕を奮ってくれるわよ!」

 

黄泉がハードルを上げるので、いささか心配ではありますが、今日のご飯は皆さんに喜んでもらえるよう、頑張ろうと思います。

 




マイケル師匠。こんな人がいたら、間違いなく捕まっているだろうな。と確信しています。

さて、原作ルートですので、なんとなく流れがわかる人もいるのではないでしょうか。原作に沿いつつ、秋も頑張りますので、一緒に物語を追って頂ければ幸いです。

それでは、また次回、お会いしましょう。

ご感想、ご意見、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話

大変お久しぶりでございます!!!!

前回の投稿からはてさて何年経ったことやら・・・
あれだけ定期的に更新していくと言っておきながら・・・お前はどんだけ亀更新なんだよ!いや、亀を通り越してアメーバか!?と突っ込みたいところです。はい。

ごめんなさい。

そして、そんな亀より遅いアメーバ更新を待っていてくださった皆様、本当にありがとうございます。気まぐれ更新ですが、お付き合い願えれば、幸いです。


side:秋

 

いつものメンバーが集う対策室の一角で、点検を免れた使われていない退魔武器を神楽が疑いを持った目で眺めていた。私と黄泉がそれに対して、あーでもない、こーでもないと指摘をしていた。

 

「しかし黄泉、獅子王を点検に出してしまって良かったのですか?いくら黄泉でも、実戦で素手は些かキツいでしょう」

 

「ええ。でも秋もいるし、倉庫に残ってる武器もあるから・・・」

 

そういって黄泉は残っている退魔武器を眺めた。そこにあるのは、誰も使っていないだろうアイロンやチェーンソーのような、とても武器に見えないような武器たち。

 

「これ本当に武器なの?」

 

神楽がアイロン型退魔武器を眺めながら言った。

 

私もどのような戦い方をすれば良いか見当もつかない。

 

「あの人、アーティストだから」

 

黄泉は苦笑しながら言った。そして、一つ一つの武器を眺めて、神楽が手にしているアイロン型退魔武器、退魔式鉄拳(たいましきナックル)打杯28號(ダグラス28ごう)』を指差して、これにするわと言った。

 

私としては、チェーンソーの方が破壊力はあると思ったのだが、重量がありそうなので、通常刀一本で戦っている黄泉の判断は的確と言えるだろう。というか、それぐらいしか選択肢がないのだが。

 

「じゃあ、練習しよ!」

 

「そうですね。慣れない武器でいきなりの実践は辛いでしょう」

 

私も神楽の意見に同調した。すると、黄泉は飯綱のことを一瞥した。飯綱は黄泉の婚約者だ。この後、二人でデートとかの予定があっても不思議ではない。

 

そう考えてから、私は先ほどの発言を撤回したくなった。しかし、その思考を飯綱はありがたくも否定してくれた。

 

「悪いな。今日は桜庭と予定があるんだ」

 

そういって、飯綱は桜庭の肩に肘を置いた。桜庭も苦笑していることから、飯綱の主張は正当であることが分かる。

 

「そういうことだ。諫山、飯綱を借りてくぜ」

 

そう言って桜庭は空いている右腕を軽く上げた。それを見た黄泉は少しだけ顔を赤くしてから

 

「何で私にそんなこと言うのよ!勝手に行けば!!」

 

そう言った。

 

照れているのが丸分かりですよ。黄泉。

私はほっこりとした気分になりながら、笑みを黄泉に向けた。

 

この直後、黄泉に脇腹を肘で突かれたのは、言うまででもないでしょうか。

 

 

対策室の室長室では、神宮寺菖蒲と、二階堂桐が今後の方針などを話し合っていた。桐は難しい顔をしているが、

対する神宮寺のほうは、いつもと変わらない笑顔を浮かべて、桐の報告を聞いていた。

 

「諌山黄泉の獅子王が修理に出ているので、戦力的には少々劣ってしまうかと思われますが、どうしますか?」

 

「うーん、秋ちゃんもいるから大丈夫だと思うけど、神楽ちゃんにもそろそろ頑張ってもらわないとねー。乱ちゃんに頼ってばかりでもいけないし・・・」

 

「乱ちゃん?」

 

聞いたことがない名前に、桐は首をかしげた。しかし、すぐにそれが黄泉の獅子王に封印された乱紅蓮であると納得して、短いため息をつく。

 

「では、シフト調整をします」

 

「うん。お願いね」

 

 

小さな公園からは、カーンという金属と金属がぶつかる音が30分ほど続いていた。

 

「はっ!!」

 

黄泉の持つ打杯28號から、アイロンの電気コードに見立てたチェーン型のトリガーが発射され、標的である空き缶を吹っ飛ばした。

 

「どうにか当たるようになったわねー」

 

倒れた缶をゴミ箱に捨てながら、黄泉は言った。

 

最初は狙いが定まらず、その辺りの草むらや木にぶつかっていたが、30分もすると標的にかするようになり、今ではど真ん中を打ち抜くようになっていた。

 

「流石ですね。もう完璧に打ち抜いてるじゃないですか」

 

「うん!こんな使いにくそうな武器なのに、やっぱり黄泉はスゴイね!」

 

「でも、実戦で使えるかしら?これ」

 

打杯を掲げながら黄泉は言った。その問いかけに三人で微妙に首をかしげていたそのとき、三人の携帯が一斉に鳴った。

 

いつも通り、お勤めの通達である。しかも、指示された場所は今私たちがいる場所からほど近いところであった。

 

「それは、実際に試してみるしかないようですね」

 

「そうみたいね」

 

心配そうに黄泉はつぶやいた。黄泉が戦えない今、主戦力は私ということになるだろう。通常戦では黄泉に少し劣る私ですが、そんなことは言っていられる場合ではない。

 

武器が使える神楽と協力して、この場を切り抜けなければならない。

 

「神楽、黄泉があてにならない今日は、あなたが頼りです。よろしくお願いしますね」

 

「うん!」

 

「やっぱり、ダメって思ってたんじゃない!!」

 

黄泉の悲痛な叫び声を華麗に無視して、私たちは指示された場所へと向かった。

 

 

指定されたのは、昔の線路。今は列車の格納庫として使用されている。時折、天井から漏れ出した水が切れた電線に当たって、火花を散らしている。

 

申し訳なさ程度に灯っている電灯は、薄暗い線路を懸命に照らしてはいるが、逆にそれが気味の悪さを引き立てていた。

 

「電線には触らないで!感電して死ぬわよ」

 

サラッと黄泉はそんな怖いことを言ってのける。神楽がそれに臆するとも思えないのでいいのですが、普通の子なら間違いなく怖がるでしょうね。だから黄泉には友達ができないのでしょうか・・・?

 

「秋?」「何でもありません。それより、前方に妖気を感じます」

 

今の考えを黄泉に言ったら間違えなく怒られるので、全力で否定すると、ちょうどよく標的が来てくれたので、気持ちを仕事用にセッティングする。

 

三人は足を止め、薄暗い前方を静かに睨みつける。私は鳴神を抜刀し、霊力を刀身に流した。パチパチと鳴神が意気込んでいるように雷を発生させ、大気中の水蒸気と反応して火花を散らした。

 

止まってから間もなく、カサカサというあまり聞きたくない音ともに大量の悪霊が床や天井、壁をつたってきたのが視認できた。

 

「カテゴリーC『天井嘗(てんじょうなめ)』こんなに大量に出るなんて・・・」

 

黄泉のためらいの声が聞こえたが、すぐに気持ちを切り替えたようで、打杯(ダグラス)の電気コード部分を思いっきり引っ張り出した。

 

「早いとこ片付けて、こんなジメジメしたところから出るわよ!!」

 

「「了解!!」」

 

黄泉の指示に私と神楽は、歯切れの良い返事を返した。

 

それを聞いた黄泉は一度小さく頷くと、打杯の電気コードを天井嘗の群れ目掛けて投擲した。コードは一匹の天井嘗に見事ヒットし、黄泉の手元のスイッチで一気にコードが巻き戻される。突き刺さった一匹の天井嘗もそれに従い、黄泉の手元まで巻き戻され、打杯から発生した蒸気に見立てた聖水によって浄化された。

 

「結構使えるかも。これ」

 

打杯を掲げながら言う黄泉の隣で、神楽は舞蹴拾弐號(マイケル12ごう)を手元のトリガーを使って抜刀する。その威力で数匹の天井嘗が一気に薙ぎ払われる。そのまま、何匹か叩き切った。

 

神楽も結構戦えるではないですか。

 

と、私は神楽の認識を改めた。剣術的には、今の年頃の実力とは思えない。まだまだ荒削りな部分は見受けられるが、素質的には天性とでも言い表すべきだろう。

 

私が神楽の剣さばきに見とれていると、打杯で奮闘している黄泉の背後に回り込んだ天井嘗が飛びかかっているところだった。

 

いけない。私も仕事をしなければ。まぁ、黄泉ですしなんとかするとは思いますが。

 

「黄泉!!」

 

神楽がそう叫んだ時には、黄泉の背後の天井嘗は火を上げて灰と化して消え去った。

 

「火雷、焼き尽くせ」

 

鳴神から発生した数本の赤い蛇は、土蜘蛛や骨鯨を倒した時の様に大きくはないが、その分数は20匹ほどいた。私の命令を聞いた蛇たちは指示された方向に大量にいる天井嘗に襲いかかるや否や、発火した。大量の蛇たちは所々で発火し、炎はやがて結合し、一個の大きな炎と化した。

 

「やっぱ、ダメね。これ」

 

炎が反射して頬を赤く染めた黄泉は、苦笑しながらそうつぶやいた。

 

「ええ。やっぱり黄泉には獅子王と乱紅蓮が一番ですよ」

 

神楽も舞蹴拾弐號を鞘に収めて、一旦状況を確認するために集合する。火雷の発生させた炎のせいで、薄くなった酸素で多少息苦しい。集合と同時に、対策室から持ってきた酸素ボンベで、新鮮な酸素を一人一人補給する。

 

未だ火が燻っている地下線路の向こう側を三人で睨みつける。手前が明るいために、奥の方は真っ暗に見える。

 

その真っ暗な空間で小さい影がチラッと動くのを三人同時に視認した。

 

「まだ、いるわね」「ええ」「うん」

 

三人とも、少しだけ緩んだ気を、戦闘用にもう一度研ぎ澄ませる。それぞれの武器に手をかけ、目標が視認できるのを待った。

 

小さな影がこちらに来るまで、おそらくは数十秒であっただろう。しかしその短い時間が、今は相当長く感じられる。

 

――――そして、影は姿を現した。

 

「あれは・・・」

 

その影は、土蜘蛛のときに助けたあの女性だった。

 

 

 




さて、今回は武器をマイケル師匠に預けた黄泉がダクラスを使って戦うお話でした。

今回からしばらく原作路線ですので、内容を知っている方はこの先の展開をご存知だと思います。

秋が加わるとどう変わるのか。ご期待ください。

それではまた次回、お会いしましょう。

出来るだけ定期的に更新できるように頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話

お久しぶりです!

相変わらずの亀更新に毎回付き合って下さりありがとうございます。

あれ?と思ったらもう一度前のお話を読み返したり、もう最初から読むわ!!ってしていただけると幸いです。


side:秋

 

薄暗く、ジメジメと湿っている、なんとなく気味の悪い場所。そんなところでいつも仕事をしているから、恐怖は感じない。この世界の一般の人々はゾンビ、対策室ではカテゴリーD、私の記憶では人霊と呼称されるものにも、慣れきってしまっている。

 

しかしそれが適応されるのは、私や黄泉などの実戦に慣れている人に限る。あまり見慣れていない人にとって、カテゴリーDが襲いかかってくる情景は、ホラー映画のそれ以上だろう。

 

目の前に広がっている光景というのは、まさしくホラー映画などで主人公がピンチに立たされているシーンと同様だろう。一人の女性の背後には、パッと見では数え切れないくらいのカテゴリーDがひしめいているのが分かる。

 

しかし、私たちは奴らに手出しをできないでいた。その理由は―――。

 

「黄泉、秋!あの女の人は、土蜘蛛のときの人だよね?なんでこんなところに!!」

 

目の前の状況を理解していない訳ではないだろう。賢く、小さき時から除霊に関してご両親から叩き込まれてきた神楽のことだ。あの女性がもうすでに死亡していて、悪霊化していることなど分かりきっているだろう。

 

それでも、それを認めようとしないのは、骨鯨との戦闘の前に海でカテゴリーD狩りをしたときの態度からも容易に想像がつく。

 

優しすぎるのだ。神楽は強い。実力は日に日に目に見えて向上しているのがわかる。先ほどの天井嘗にも好戦してのけたことからも明らかである。しかし、死人にとり憑くカテゴリーDだけは、例え死んでいると分かっていても、元々は人間だったという認識を捨てきれないのだろう。

 

「神楽、彼女はもう死んでる!人の世に死の汚れを撒くものを退治するのが、私たちの仕事でしょ!!斬って!神楽!!」

 

必死な黄泉の声が、暗い通路に響き渡る。その声に反応したかのように、カテゴリーDたちが一斉に私たち目掛けて走り出した。

 

「秋!!」

 

黄泉が必死な顔で私を振り返る。しかし、私は極限まで手出しをするつもりはなかった。慣れは必要である。特にカテゴリーDは苦手意識を持つ退魔師も少なくはない。

 

「だって、元は人間なんでしょ!?」

 

「人間は死んだら物です。それに、あなたがカテゴリーDが呼称するあれらは、除霊しない限りずっとあのままです。けして開放されることはありません。神楽、それでもあなたは斬れませんか?」

 

私は舞蹴拾弐號を固く抱えたまま動こうとしない神楽に優しく問いかけた。しかし同時にこの問いかけは私自信にも向けたものであっただろう。あの夢でみた記憶。悪霊化した両親や仲間たち。

 

私は彼らを解放できたのだろうか。もし、私が上手く除霊できていなければ、彼らの体は未だに悪霊に囚われたままだ。

 

「けして、解放されることはない」

 

「ええ。そうです。私は、そんな彼らが哀れでなりません。無論、彼らに非がないとは言いません。悪霊を集めるような死に方をしてしまったのですから。しかし、その罪も赦されることが必要だと思うのです」

 

私はキリスト教の信仰者ではない。だが、カテゴリーD化してしまった人たちには同情せざるを得ないのだ。

 

「赦し・・・」

 

神楽がそう呟いた瞬間、暗闇の奥から知らない声が響いてきた。

 

「喰霊開放!白叡(びゃくえい)!」

 

その声が響いたと思った瞬間、爆風と何かが叫ぶ音が聞こえた。

 

「白叡、喰らえ」

 

命令の声に従い、カテゴリーDが次々と駆逐されていく。そして、その正体が目の前をかすっていった。

 

大きな犬のような龍、とでも形容しようか。

 

黄泉に聞いていたことがある。神楽の家、土宮家には先祖代々受け継がれている霊獣がいる。その名は『白叡』。悪霊を喰らう呪われた霊獣。それは代々土宮家当主の体内に封印され受け継がれる。体の中に霊獣を封印された当主は霊獣に魂を喰われるため、常に短命であるらしい。

 

私はそんな霊獣、白叡がカテゴリーDを次々と駆逐していく姿をただ呆然と眺めていた。強者が弱者を一方的に駆逐される光景というものは、強者側に立っているとこんなにもスッキリとするものなのだろうか。

 

そんな光景に、私は見とれていたのかもしれない。

 

 

暗い空間にごった返していたカテゴリーDは数分のうちに、すっかり百叡に捕食されてしまった。白叡に喰われた奴らが、除霊されたのかは分からない。だが、悪霊から支配されたのは確かだろう。

 

除霊が完了した私たちは、地下の出口からほど近いところにあった神社にいた。空の中心にあったはずの太陽はもう西に傾き、綺麗なオレンジ色を空一面に映し出している。

 

私たちの前には、土宮家当主の土宮雅楽殿が立っていた。その顔は険しい、という形容意外を許さない顔であった。

 

しばらく神楽の方を見ていたが、ふと視線をずらし私と視線が交差した。

 

「君は、見ない顔だが」

 

まさか自分に話題が振られるとは思っていなかったので、驚きのあまり反射で右手をピシッと伸ばして敬礼をしてしまった。

 

「はっ!ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は白澤秋。先日から対策室でお世話になっています」

 

どうにか自分の名前のあとに階級を入れることを食い止め、ぎこちなく右手を下ろした。

 

突然の敬礼に対してさほどのリアクションも取らずに、土宮雅楽はそうか。とだけ呟いた。しかし私を少しだけ注意深い目でじっと見つめていた。そして私ではなく、私の何かを睨みつけるようにして言った。

 

「封印を外すなよ。外れたときは、白叡で喰わねばならなくなる」

 

「封印・・・?」

 

私は土宮氏の言っている意味が分からなかった。封印とはなんのことだろう。私の記憶の欠落部に関係していることなのだろうか。詳しく聞こうと思ったところで、土宮氏は神楽の方へ向き直ってしまった。

 

「神楽、手を出しなさい」

 

「はい」

 

おもむろに言った土宮氏に従い、神楽は手の甲を差し出した。土宮氏はそんな神楽の両手に、舞蹴を思い切り叩きつけた。

 

「退魔師の家系に生まれた意味とその責任の重さは知っているな」

 

表情を変えないままで、土宮氏は神楽に言った。

 

「はい」

 

「ならば、精進せよ」

 

神楽の返事を聞くと、もう一度舞蹴を神楽の手に叩きつけ、刀を放った。

 

「土宮殿!」

 

その光景に耐えられなくなったのだろう。黄泉が土宮氏に少しばかりの抵抗を試みようとする。しかしその抵抗は虚しくあしらわれ、土宮氏は背中を見せた。

 

「強くなれ」

 

その一言だけを残して。

 

私も過去に父上から同じように叱責を受けたことがある。我々退魔師はいつ何時も負けは許されないのだと。負けは死を意味する。それ同時に退魔師の敗北は、一般の市民を危険にさらすということに直結する。

 

あの叱責は神楽を思ってのことだろう。はたして神楽にその意義は伝わっているのだろうか。

 

後で、お父さんのことについて聞いてみることにしましょうか。

 

しかし、私にとってより気になるのは、土宮氏が言った言葉の方であった。

 

『封印を解くな』

 

その言葉はどのような意味があるのだろうか。そのままの意味ならば、私には何かしらが封印されているのだろう。あの土宮氏が何かを暗示するようなことを言うとは考えにくい。だとすれば文字通りの意味合いと取るべきだろう。

 

私の記憶の欠落と何か関係があるのだろうか。

 

そんな思考を巡らせていたが、今は心の中に閉まっておくことにした。とりあえず、神楽の励まし会と、初フォアード祝賀会をやらねばなるまい。

 

今回、神楽に助けられたのは確かなのだから。

 

「神楽、黄泉。今日はパーティーしましょう」

 

「なんの?」

 

「無論、神楽の初大活躍祝賀会ですよ!今日は、本当に神楽には助けられましたからね」

 

戸惑っている黄泉に対して、満面の笑みで私は答える。

 

「でも、私は・・・」

 

「神楽、誰しも最初から立派にお勤めを遂行できていた訳ではありません。皆挫折や色々な人から叱責を受けて、今の退魔師になっているんです。だから、初めから上手くやろうと思わなくていいんですよ」

 

「そうね。カテゴリーDは誰しも抵抗があるものよ」

 

「秋や黄泉も?」

 

「私は、父上に何度も怒られながら稽古をつみました」

 

「私も、なかなか上手くいかない時期もあったわ」

 

私と黄泉は苦笑混じりに、自分の過去を振り返りながら言った。

 

「だから、今日はお祝いをしましょう。神楽の活躍に」

 

「そうね。今日は私が頑張るわよ!」

 

行きましょう。そう私が手を差し伸べると、神楽は涙まじりの笑顔で、元気よく頷いた。

 

 




皆様からいただける感想やご意見で、私はこの作品をかけていると思います。

事実感想を見ると、モチベーション上がりっぱなしですw

今後共、お付き合いください。

それではまた次話、お会いできることを祈って。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話

お久しぶりです!

さて、今回からオリジナルの少し長編ものが続きます。
といっても四話程なのですがw

気づけば四月・・・ということで、今年度もよろしくお願いします!


side:秋

 

どこを見渡しても白しか存在しない。上下が分からなくなるような真っ白な空間。しかしなんとなく懐かしい空間。気がつけば私はそこに立っていた。

 

あぁ、前にも来た事のある場所だ。

 

そうゆっくりと私は認識する。

 

「よう、久しぶりだな。秋」

 

声のした方へ振り向くと、前と変わらない白髪、赤眼の少年が立っていた。

 

「あなたは、(りゅう)さん、とおっしゃいましたか?」

 

「ああ」

 

柳は静かに頷いた。

 

「あなたは一体何者なんですか?」

 

「詳しくはまだ言えない」

 

私から目をそらしながら辛そうに彼は言った。私は彼が話してくれるまで待とう。そう思った。人には、時に話せない秘密を持っているものだ。それを無理やり聞き出すのは、その人の、そして私の真意ではない。

 

「だが、俺はお前に謝らねばならない」

 

彼は真っ直ぐな視線を向けてそう言った。彼の赤い瞳が私を直視する。

 

「なぜ?」

 

私の問に少しだけ言葉をつまらせた柳は、少しの間をあけてから真っ直ぐ私の目を見た。

 

「俺は、この前の骨鯨戦においてお前の体を少しの間拝借した。お前に許可なく体を使ったことは、本当に申し訳ないと思っている」

 

静かに柳は頭を下げた。

 

「私があの戦闘の後に記憶の欠落があったのは、そのせいですか」

 

「ああ。本当にすまない」

 

再び柳は頭を下げた。

 

なぜだろう。彼が苦しんでいる表情は、私自信の心までキュッと狭めた。

 

「あなたがそうまでして、私の体を使った理由は教えてもらえないのですか?」

 

柳の言葉は裏返せば、私に許可をとってから体を使うということもできたのだろう。それをしなかったということは、今回は緊急を要したということだ。今回のようなことがまた起きないとは限らない。原因が分かれば、私も少しは彼に協力出来るはずである。

 

それに、と私は黒い着流しと白髪が対照的で、何となく自分と似ている彼を見つめて言った。

 

「私は今回、黄泉や神楽に心配をかけてしまいました。ただでさえ、記憶の欠落がある私が、また記憶を失ったとなればそれは必然的な反応でしょう。私は黄泉たちに、また同じような心配をさせたくは、ないです」

 

正直、彼が何者なのか、どうして私の夢の中に出てくるのか。その理由はおそらく彼が教えてくれるまで分からないだろう。だが、黄泉たちを巻き込みたくない。

 

それが私の真意だ。

 

「・・・分かった。詳しくは話せないが、少しだけ俺の行動理由を話そう。これは、許可なく体を借りた対価だと思って欲しい」

 

「ええ、分かりました」

 

彼は一つ短い息を吐いた。これから伝えようとしている言葉を選んでいるのか、それとも話すこと自体を未だ躊躇っているのか。たっぷりと三分間程の静寂の後、彼はポツリポツリと語りだした。

 

「俺は、殺生石を探している。殺生石は悪霊に対して、凄まじい力を与える。またそれだけではなく、周囲の低位悪霊を呼び寄せるという特徴も併せ持つ。退魔師にしてみれば、早いところ封印してしまいたい代物だろう」

 

「えぇ、それだけを聞けばそうですね。今回の骨鯨がその殺生石を持っていた、ということですか?」

 

「あぁ、そういうことだ。お前がみたあの赤い結晶がその殺生石だ。この石は悪霊だけでなく、人間にも平等に力を与える。悪霊化するという対価をもってな」

 

「人間を、悪霊化――――?まさか」

 

一瞬、頭を父上や仕事仲間が悪霊化したことがフラッシュバックした。

 

まさか、父上たちが悪霊化した原因というのは・・・

 

「やめろ、秋」

 

そう考えた瞬間、柳の声に思考を止められた。まるで、心の中を読まれたかのように。

 

「そのことはまだ考えるな。殺生石は、欠片(かけら)となってあちこちに散っている。俺の目的は全ての殺生石を集め、封印することだ。また殺生石に遭遇すれば、俺はお前の体を借りることになる」

 

「それは、私にはできぬことなのですか?」

 

「無理だ。人間のお前には、殺生石の瘴気はあまりにも強すぎる」

 

「人間の私?では、あなたは何なのですか・・・」

 

幾度の問に答えてくれた柳だったが、最後の問いには答えてくれなかった。

 

柳から邪気は感じられない。だが、人間とは違う何かが感じられるのは、うっすらとではあるが、以前から感じていた。

 

「それは、いずれ話そう。とにかく、お前は絶対に殺生石に接触するな。骨鯨のように遭遇した場合は、俺がお前の体を借りる。そこは理解してくれ」

 

頼む、と柳はまた頭を下げた。柳に頭を下げられると、こちらが気まずい気分になる。私の体を使ったとは言え、柳に救われたことは確かなのだから。それに、殺生石を封印したほうがいいというのは、私にも理解できる。

 

「分かりました。しかし、これだけは守ってください。黄泉と神楽には、迷惑をかけないと」

 

「承知した。彼女たちや、お前に負担をかけない方法で殺生石を封印することを誓おう」

 

「もう一つだけ質問をしてもいいですか?」

 

「答えられるものならばな」

 

「あなたは、なぜ私の夢に出てくるのですか?」

 

私の問に彼は少しだけ考えていたようだ。おそらく彼としては、私に謝るということが今回の目的だったのだろう。殺生石のことまで話すことは、考えていなかったのかもしれない。それを話してしまった今となっては、少し考えることがあるのだろう。

 

「俺はお前であり、お前は俺でもある。だから、俺はお前の夢に出てくるとこもできるし、お前の体を借りることもできる。詳しいことは、まだ話せないが」

 

「分かりました。ありがとうございます、柳」

 

正直、今の秋の言葉で今持っている疑問がなくなったかと言われれば、否だ。だが、柳とて今の状況が快いものではないのだろう。それは彼の表情を見ればわかる。

 

それに、彼の苦しい顔を見るのは、なぜかとても辛い。

 

それも含めて、私は今の柳の回答でとりあえずは納得することにした。

 

「いや、こちらこそすまない」

 

柳のその言葉を聞き終わるか否かのところで、私の意識は薄れていった。

 

 

side:黄泉

 

私は、みんなで夕飯を食べたあと、久しぶりにお父さんの書斎に呼び出された。話される内容は何となく分かっていたので、少しだけ緊張してお父さんの書斎の戸をノックして入った。

 

最近の学校の話や、対策室の話、秋や神楽の話など、たわいもない雑談を挟んでから、お父さんは私の近くにある細長い箱を指差し、開けてみなさいと優しい笑みを浮かべて言った。

 

箱をそっと開けると、中には美しい蒼の着物がきれいに畳まれて入っていた。少し袖の部分を手にとって眺めてみても、上等のものであるがよく分かった。

 

「私の妻が着ていたものだが、もう丈も合う頃だろう」

 

「いいんですか!?ありがとうございます!」

 

「あー、それとだ。飯綱君との縁談の話だが、どうだ?本人たちの意見を尊重しないのは、私の本意でもないのでな」

 

お父さんは咳払いをしてから、そう言った。

 

「この縁も、父上が良かれと思ってのこと。快く、お受けさせていただきます。」

 

私は持っていた着物を箱に戻してから、丁寧にお父さんに頭を下げた。

 

 

私が不思議な夢から覚めると、時間は朝の6:30。今日は平日だから、黄泉は学校だろうと寝ぼけながらに考える。黄泉が学校に行っている平日は、私は大体対策室で書類作成をしていることが多い。一応、職員として雇ってもらっているので、平日は桜庭や飯綱たちと同等の扱いなのである。

 

少しだけつまらないな、と思いながら階段を下り、ダイニングの扉を開けようとしたその瞬間、背後に突然重力がかかった。

 

「秋ー!おーはよっ!!」

 

満面の笑みを私の背中の上で浮かべながら、私に飛びついてきた。

 

どうしたのでしょう。朝は不機嫌な黄泉が、今日はとても上機嫌です。

 

「おはようございます、黄泉。何かあったのですか?」

 

「んー?なーんでもなーい」

 

そう言うと、私の背を離れ、朝食の準備をしに台所へと向かった。

 

絶対何かあるでしょう・・・

 

そう思いながらも、私も黄泉の後を追い、台所へと向かった。

 

「今日はどうするの?最近はあんまり仕事してないから、書類もそんなにないでしょ?」

 

「そうですね。今日は図書館に行って調べ物をしようかと思ってます」

 

ここ数日は悪霊の出現率が低く、おかげで対策室は平和そのものである。

 

「そう。私は学校だから、対策室に行くのは4時すぎだと思うわ」

 

「分かりました。それまでには、私も対策室に戻っていると思います」

 

穏やかな朝はこうして過ぎていく。

 

普通は忙しい朝が、諌山家ではとても落ち着いた唯一の時間でもある。

 

いつまで私はこんな穏やかな生活を送ることができるのだろうか。

 

あまりにも幸せすぎて、逆に不安になってくる。記憶が曖昧だからこそ、この平和な時間が、私にとっては違和感を感じせざるを得ない。

 

 

黄泉と途中まで一緒に登校をし、私は対策室直轄の図書館へと向かった。

 

夢の中で柳が言っていた『殺生石』というもの。私が柳に体を渡さなければならないこの石のことについて、少しでも情報を得ておこう。そして、柳という謎の存在について分かれば、私の欠落している記憶も戻るのではないか。そう思ったのである。

 

私は手近にあった、端末を使って殺生石に関する事柄が書かれている本を片っ端から集め始めた。

 

 




柳の正体が少しだけわかってきました!
まだまだ過去がよく分からない秋。早いとこ、知りたいんですけど、秋さん!!
と作者本人も早いとこ彼女の過去を明らかにしたいところでありますw

ではでは、また次回お会いしましょう!

毎回感想をいただき、ありがとうございます。
感想を一ついただく度に、ちゃんとこの話を完結させねば・・・と思わせていただいています。
感想、ご意見お待ちしていますので、今後共よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話

みなさん、お久しぶりです。
前回の投稿から早2年。

これは、作者放り投げたなこの作品。そう思われた方も多かったでしょう。
当時の読者の方ももう離れてしまったかもしれません。

前回のお話から少し練り直しが必要になり、悩みながら私生活を送った結果2年が過ぎてしまいました。

すみません。

これから読み始めていただく方、やっとかこの野郎という方、気長にお付き合いください。よろしくお願いします。


side:秋

 

流石は対策室お抱えの図書館なだけあって、ここは今までに存在が確認されている悪霊や妖怪、霊獣の情報や、法術、剣術、退魔術に特化した蔵書が数多くあった。むしろ、それに関係のない蔵書はここには存在しないのだろう。

 

この図書館は、環境省に所属している者でも特定の人物しか入ることは許されていない。事前に発行されている許可証がなくては、絶対に入ることのできない場所である。

 

その故あってか、この図書館は街から少しだけ離れた森の中にあった。バスとタクシーを乗り継ぎ、ここに着く頃には、東の空にあった太陽は真上近くにまで昇ってしまっていた。

 

早くしないと、黄泉たちが対策室に来るまでに終わらなくなってしまいそうです。

 

私は早速、殺生石にまつわる蔵書を片っ端から集め始めた。

 

 

この図書館の資料と時間を駆使して分かったこととは、九尾の強大な霊力が殺生石となって各地に散らばったこと。殺生石の力は強大で、悪霊の凶暴化はもちろん、低級の悪霊を呼び寄せることも出来るということ。

 

半日を費やして資料を探し続けたが、(りゅう)が言っていた以上の有力な情報を手に入れることは出来なかった。

 

少しだけ落胆しつつ、壁のように積み重ねた資料の一つを手に取りをめくっていると、覚えのある単語を発見した。

 

「殺生石を管理する家系にまつわる資料か」

 

これまでの資料の感じから諦めの気持ちを持ちつつ、その先を読み進めるためにページをめくる。

 

すると、ふと目に留まった単語があった。

 

「管理しているのは代々、三途川(みとがわ)家」

 

三途川?―――――私はこの名前をどこかで

 

ドクンッッッ!!!

 

『三途川』という単語を口にした瞬間、心臓に激痛が走った。あまりの痛みに、痛みの原因の場所をつかみながらその場に膝をついてしまう。まるで、心臓をえぐりだされるような、熱した棒を胸に突き刺されたような。その痛みはしばらくすると収まったが、少しだけ胸に違和感を残していった。

 

記憶が曖昧な私にとって、三途川という人物が私と何か関係があるのかは、正直なところ分からない。だがこの胸の痛みは、無関係だとは思えなかった。

 

その後、三途河家についてもう少し調べてみると、最近ある調査で赴いたバチカンから帰りに飛行機事故に巻き込まれ、一家は幼い息子を含め死亡したとなっていた。

 

三途川に関する情報は、殺生石以外で蟲を使役する家系であるということしか、手に入れることは出来なかった。

 

同じく殺生石についても、この図書館ではもうこれ以上のことを知ることはできないだろう。私はこれ以上の知識を室長が持っていることを願いながら、対策室へ向かうことにした。

 

 

対策室に着く頃には、もうすでに日も傾きかけていた。黄泉や神楽たちも学校を終えて、こっちに顔を出しているような時間帯であろう。

 

さて、今日も何事も起きずに終わってくれればいいのですが・・・

 

扉を開けて室内に入ると、何やらピリピリとした空気が対策室を覆っていた。まるで強敵が出現したときの会議室のような空気の原因は、どうやら飯綱と黄泉から発せられているようだった。

 

「黄泉たち、何か、あったんですか?」

 

近くにいた桜庭にそっと話しかけてみる。桜庭は、ため息交じりで事の発端を語ってくれた。

 

なんでも、珍しく香水をつけてきた黄泉に対して、それに気づけなかった飯綱が

 

「くせぇ。香水のつけ方もしらねぇやつがいるのかよ」

 

と言ってしまったらしいのだ。

 

代々管狐を使役している飯綱家は鼻も利くらしく、それも香水の匂いが鼻についた理由らしい。

 

それにしても、あまりにも飯綱にしては珍しく女性に対して配慮のない発言だったんだろう。桜庭もその点に関しては、飯綱を責めていた。黄泉が香水をつけているということは、それなりに理由があるのだろうと予想ができたからだ。

 

「ま、たまにはこういう喧嘩もいいんじゃね?飯綱のやろうは、ほかの女に対しては上手く立ち回るくせに、なんでだか黄泉には不器用になるからな」

 

今日は、男二人で飲みに行くさ。

 

と、桜庭はポンポンと私の肩を叩いた。

 

黄泉のことは任せた。そういうことだろう。

 

任されました!という意味を込めて私は大きくうなずいた。

 

 

「名づけて!黄泉と(のり)ちゃん、仲直り大作戦!!!!」

 

ホワイトボードを、バンッツ!!と叩きながら、神楽は眼前に並んだ対策室メンバーに言い放った。

 

作戦の内容はこうだ。黄泉を暴漢に扮したメンバーが襲い、それを飯綱が助ける。という内容らしい。

 

そのまんまのネーミングは流石女子中学生というところだろう。

 

あの緊迫した状況後、急遽開かれた二人の仲直り作戦を数分足らずで立案し、ホワイトボード上に図解しながら神楽は私たちに説明してみせた。

 

―――あぁ・・・中学生ですねぇ。その作戦で男女仲が上手くいくなら、世の中離婚騒動なんて起きはしませんよ。

 

そしてそもそも黄泉がうちの男手に負ける状況が考えられません。

 

「ね!秋はどう思う!?」

 

自信満々で自分の作戦の評価を求めてくる神楽に、どう返答したものか。と口ごもっていたときに、隣の岩端が声をあげた。

 

「こういうのは、自分たちで解決するもんだ。外野が色々気をまわすもんじゃねぇよ」

 

「そーだな。あの飯綱のことだ。自分でなんとかするさ」

 

岩端に続いて桜庭も賛同する。ようは、この面倒な作戦に巻き込まれて怪我をするのが、みんな嫌なのだろう。ナブー兄弟もウンウンと続く。

 

過半数以上が神楽の「仲直り大作戦」に反対を示したこの状況。

 

さぁ、神楽どうします?

 

私は、正直神楽の作戦には賛成派だ。仲直りのきっかけなんて、何でもいいのだ。その何か、が起こる必要性は私も感じている。その何かがたとえ仲直りの根拠となりえずとも、それを通して仲直りの筋道を模索すればいいからだ。

 

いつ助け船をだそうか。そう思っていたとき、神楽は次の作戦に出た。

 

「じゃあ・・・みんな二人が今のままでも良いっていうの?あの頑固な二人のことだよ?ほっといたら、ずっとギクシャクして、八つ当たりとか始めて、そのとばっちりが皆にも来るかもしれないのに?」

 

「う・・・」

 

―――――まさかの「脅迫」である。

 

確かに、その可能性は大いにあり得る。むしろ、想像しやすくて八つ当たりされたときの痛みまで想像できるくらいに。

 

「私は、いつまでも二人が喧嘩しているのは嫌なの・・・黄泉には笑ってて欲しいの!!」

 

そして、脅迫にプラスして乙女武器「涙」を交えて。

 

「「神楽・・・」」「「ナブー・・・」」

 

女子中学生の最終兵器に対して、対抗できる精神を持った男どもはうちの対策室にはいなかったらしい。

 

神楽の必死の説得により、明後日「黄泉と(のり)ちゃん、仲直り大作戦!!!!」は決行されることと、相なった!

 

 

「神楽・・・あなた後ろの手の中に隠してあるのは何ですか?」

 

「・・・っへ!?な、何のこと?」

 

黄泉、私たちの妹は強くなっていますよ。

 

聞こえることのない呟きを、私は心の中で黄泉へと送信したのだった。

 

 




最初のシリアス展開は何処へ!?

そして後半部分、原作でもほのぼの回がこのくらいしかないんですよね。この後は真っ暗ゾーンです。

頑張れ秋。

お前にかかっている。

そう作者は思っております。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。