ローゼンメイデン プロジェクト・アリス (Ciels)
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第一章
Sequence 01 プロローグ


はじめまして。当サイトでは初めての投稿になります。
勢いとノリで書いていく小説になりますので、生温い目で見守っていただけるとありがたいです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い闇の中、声が聞こえる。

 

 

 

 

――容体は?

 

 

男の声だ。40代から50代といったところだろうか。

声の主を確かめようと、目を開こうとするが、どうにも自分の身体が自分のものではないように動かない。そんでもって目もあけられない。

おまけに身体の感覚がない。

だが、容体というワードから察するに、恐らく医療関係者なのだろうか。

 

――意識がありません、危険な状態です。

 

 

次に聞こえてきたのは女性の声だ。割と若く大きいので、先ほどの男の声よりもはっきりと聞こえるのが分かる。きっと、この女の人は男のアシスタントかなにかだ。

 

 

そこでふと、疑問を抱く。

おかしいな、俺はいったい、今何をしているんだろう?

おかしいな、俺は今、医療ドラマなんて見てなかったはずだ。

おかしいな、家族で久しぶりに夜飯を食いに行くはずだったのに。

 

 

と、急に身体の感覚が戻ってきた。

やっと動けるようになる、と。

そう思ったのも束の間、全身に味わった事のないような激痛が響き渡る。

 

ショックのあまり身体が打ち上げられたマグロのように、ビタンビタン、と意思とは関係なく暴れ回った。

 

 

「ぐぁあああああいっでぇええええええええああああッ!!!!!!」

 

 

トイレで腹痛に喘ぐ時よりも大きな声が響く。

俺の声であることは間違いない。

 

 

「意識が!」

 

「河原さん聞こえますかー!?私の声分かりますかー!?」

 

 

叫ぶ俺に向かって男が声をかける。

しかし、今の激痛に苛まれる俺にとってその声は届いていないも同然であり、俺は男の声とは無関係に叫ぶ。

 

ふと、激痛の中で気付いたことがある。

それは、俺が何かの上に横たわっていることだ。おまけに、その何かは男と女性に押されて、俺ごと移動している。

医療関連の器具で真っ先にこの条件に引っかかるのは、病院のストレッチャー。

緊急搬送されてきた怪我人や病人を運ぶための道具である。

 

なんだ、なんで俺こんなもんに寝てんだ?いやまぁ、こんだけ痛いなら病院行きにもなるだろうけどさ……

 

 

俺はほんのわずかに痛みを耐えながら、動かせるようになった目を開く。

目に眩い光が入り込んでくる。

あまりのまぶしさに一瞬目がくらんでしまうものの、目の前で真剣な表情でこちらを覗き込んでいるおっさんと目が合った。

 

え、なにこれは。そんな見つめなくていいから(良心)

と、いつもなら冗談交じりに言っていたであろうが、痛すぎてそんな余裕はない。

 

 

しかしいったいなんで俺がこんな目に……別に悪いことなんてしてない。

ちょっとばかし小さい女の子に興味のある至って健全な大学生だ。

ホモでもないのでキリストの神様的に見ても問題ないでしょ。

 

なんだか冴えはじめてきた頭がいろいろくだらないことを考え出す。

その時、感覚が戻った身体が、痛み以外のものも検知した。

 

 

 

ぐちょり。

 

 

 

なぜか、わき腹が濡れている。

春だからって脇汗はこんなにかかないし、夏でもそこまで酷くない。

そもそも脇の持病は抱えていないから、こんな感覚今まで味わったことない。

非常に不快だ。

 

 

俺は頭を少し起こしてわき腹を見る。

 

 

 

 

真っ赤だ。

 

いつも着ているお気に入りのまっ白いパーカー。

そのわき腹部分が、赤く染まっている。

 

え、血?誰の?

あ、俺かぁ!

 

 

 

「そりゃいてぇえええよおぉぉぉおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 

「河原さん落ち着いてください!もう大丈夫ですからね!」

 

 

女性……ナースが暴れる俺を押さえつける。

よりによって今割と痛い腕を押さえるので余計暴れてしまう。

 

 

そこまで来て、ようやく思い出す。

 

そうだ、家族と飯に行く途中、車が何かにぶつかって事故ったんだ。

 

 

痛む全身に鞭打って、どうにか冷静にナースに話しかける。

 

 

「お、父さんは?母さんは?どうなったんですか!?弟もいましたよね?ここまでボロクソ怪我してるのは俺だけですか?あぁぁいてえええぇ……」

 

 

俺の質問に、ナースはおっさんの医者と目を合わせる。

その表情は、誰がどう見ても深刻であり……つまり。

そういう事だろう。

 

俺は痛みも忘れて黙り込む。

顔から血の気が引いていくのはいつ以来だろうか。

 

 

こんなことって、あるのか。

 

 

 

溢れそうになる感情を抑えきれず、俺は「痛み」をかき消すように叫ぶ。

 

 

「ジジィ!!!!!!お母さん!!!!!!礼ぃいい!!!!!!どこだ!どこにいるんだぁあああ!!!!!!おいテメェら知ってんだろ!!!!!!今すぐ会わせろ!!!!!!放せコラ!放せよオイ!!!!!!」

 

 

「落ち着いて!大丈夫ですから!」

 

 

「認めねぇぞ!!!ちくしょぉおおおおお!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 夜の病院をストレッチャーが駆ける。暴れる男を押さえながら。

 

この日、俺は一瞬ですべてを失った。

手元に残ったのは、辛うじて生き残った弟と、空っぽになった家。

 

 

そんな、どうしようもなく残酷な運命というヤツを恨む俺が、彼女に気に入られたのは、もしかしたら必然ってヤツだったのかもしれない。

 

 




プロジェクト・アリス、序章はいかがでしたでしょうか。
比較的オーソドックスな文章だったかと思います。
今回登場した主人公はいくはっ!


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人物紹介 ちょっとしたネタバレや興味が無ければ飛ばしましょう

ここで人物紹介をさせていただきます。
それではご覧ください(KBTIT)




河原 郁葉 かはら いくは

 

性別 男性

国籍 日本

職業 大学生

年齢 20歳

身長 172cm

体重 62kg

髪の色 やや茶色が混ざった黒

目の色 黒

利き手 左(自称「銃は右利き」)

視力 どちらとも判定A(高校時)

 

 

本作の主人公。顔つきは普通の男性だが、どこか目が鋭いのが特徴的。性格は一見すると変態でお調子者とどうしようもないが、その胸にはある種の正義感が存在している。

運が悪く、なにかとトラブルに巻き込まれる体質だが、別にフラグを立てることはない。

割と影響されやすく、ネットスラングを多用する痛い一面もあるが、余裕が無くなると非常に言葉遣いが荒くなる。サバイバルゲームや戦争物のゲーム、そして銃器が大好きで、自室にはグッズや装備品が散乱している。

いわゆるミリタリーオタクで、その前はアニメオタクであるため、流行りのファッションやテレビ番組などを全く知らない。

面倒臭がり屋で、宿題は直前にやるタイプだが、一度火が付くと驚異的な集中力で物事に挑む。

実はロリコンで、小学校高学年から中学生がストライクゾーンなのは友達の中で有名な話である。犯罪者予備軍。

なお、銃について語らせると長い。どれも銃なんて一緒などと言えば説教を食らってしまうだろう。

身体能力は平均的な大学生より少し上で、勉強は普通。英語学科であるため、多少英語は話せそうである。好きな単語は「fuck」。

口癖も「fuck」。

本人は気付いているか不明だが、戦闘のセンスが非常にあり、動画で見た格闘術などを、見ただけで不完全ながらも使用、応用できるが、役に立ったことは無い。

好きな武器は銃器全般、その中でも拳銃のM1911とライフルであるM16系統に愛を注ぐ。最も好きなM16ファミリーのライフルはM4A1の14.5インチバレルにDaniel Defense社の12.25インチのRISⅡを取り付けた物(SOPMOD Block2)、あるいはLarue Tactical社のOBR(Optimized Battle Rifle 最適化バトルライフル)5.56の16.1インチバレルの民間モデルであり、彼のサバイバルゲーム時に使う電動ガンもMk.18は同じ物だがそんな事覚えておく必要はない。

米海軍特殊部隊Navy SEALsが大好きだが彼のモットーはレンジャーの“No one gets left behind.”(1人も置いていかない)

ゲームの影響でパーカーに強い拘りを持ち、白いパーカーが大のお気に入り。季節を通して、気候に合ったパーカーを着ている変人であり、よくネタにされるが馬鹿にされると本人は割と怒る。サバイバルゲームで使う迷彩服やジャケットにもフードがある。

弟の礼に対して、唯一の家族であるため非常に特別視する面もあるが、普段は隠そうとしている。

なお、影響されやすいという事は盲信しやすいということでもある。

 

 

 

 

河原 礼 かはら れい

 

性別 男性

国籍 日本

職業 中学生

年齢 14歳

身長 166cm

体重 54kg

髪の色 ほんのわずかに茶色がある黒

目の色 黒

利き手 右

視力 どちらとも判定A

 

 

郁葉の弟であり、中学生二年生。サッカー少年で、郁葉と比べ真面目で明るく、現実主義な面もある。反面、ショックな事があると酷く心を痛める清らかな心の持ち主で、よくその事を郁葉と比較されて褒められる。

兄との仲は悪くは無く、よく風呂も一緒に入る。

クラスではかなりの人気者で、かわいい彼女も居たことがある。

実は真面目に見えてかなり計算高い野心を抱く事もあり、そのためなら使える物は何でも使う。しかし、その事を本人も気にしており、自制している。

最近成長して力が増しており、サッカー部であるためキック力は郁葉を凌ぐ。

身体能力に関しては平均的な中学生以上。

ファッションなどに関しては郁葉と比べ、興味はある。

普通の男の子である。

なお、一度体感したものはすぐに覚える天才肌でもある。




意外と長い、長くない?


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Sequence 02 まきますか、まきませんか

ウェルカムドリンクでございます。


 

 

 

ーーー次に目が覚めた時、既に事故から一週間が経っていた。

 

その間に両親の葬式は親族が終わらせていたようで、そのことを手足や頭に包帯を巻いた弟の礼(れい)が、病室のベッドで動けない俺に伝えに来た。

 

弟は酷く落ち込んでいたものの、怪我は一番軽かったようだ。骨折も無く、打撲や擦り傷だけで済んだのは幸いだと言える。

まだ育ち盛りの中学生だ、骨折なんてしたら友達とスポーツなんかもできなくなるからな。

 

一方、俺はというと、生き残ったのが不思議なくらい重症だったらしい。

ナースに押さえつけられていた右腕はやはり骨折、そして内臓の損傷。

脳にも多少ダメージがあったらしいが、どれも驚くほど問題無いまでに回復したらしい。

 

驚くのも無理は無い、なんてったって骨折はもう治り掛けてるし、内臓と脳はほぼ完治しているらしいからな・・・・・・本当に人間なんですかねぇ、俺。

 

まぁ、そんな事だから俺たち兄弟が退院するのも時間は掛からなかった。

手術してくれた先生には念のため三週間は入院するようにと言われたが、それだと大学の単位を前期から落としかねない。結局、退院は目覚めてから三日後になったのだ。

 

 

そして。

退院から一週間経ち、ようやく気持ちに整理がついた頃合いになった。

 

今、俺と弟の礼は、土曜日という素晴らしい休日を丸一日使って、寂しくなった自宅で身辺整理をしている。

主に、両親の荷物を片付けるためだ。

 

あ、そうだ(唐突)

俺と礼は、社長をしている仲のいい親戚へ引き取られる計画もあったそうだが、俺と礼が親戚に断り、更に俺たちだけで自炊などもできるという理由でおじゃんになった。

 

親戚のおっちゃんは親父と兄弟のように仲が良く、優しくて、豪傑で、たまに盛大に酔って道端で吐いて環境を汚す以外は優れた人なので、断る時は申し訳なかった。

それでも、俺と弟は血の繋がった家族で、帰る場所はこの家しか考えられない。

そう言うとおっちゃんは渋々承諾してくれた。

 

代わりに、生活費と学費は出してくれるそうで、金には困らない。

 

 

 

「兄ちゃーん、こっち終わったよー」

 

寝室から礼が声をかけてくる。

 

「あー、お前休んでていいぞ。あとは俺の部屋の掃除だけだから」

 

「うん」

 

 

ちなみに、身辺整理という名目で自室を片付けてもいる。

そうでもしないと片付けない性分だから仕方ない。それにしても相変わらず汚ねぇ部屋だなぁ……

机の上には趣味のサバイバルゲーム関連のものが散らばっており、棚には無造作に電動ガンやプレートキャリアというベストのようなものが置かれている。

 

 

「とりあえず机から片付けっか。あーつまんね」

 

 

愚痴を言いつつも手は動かす。

もう使わないだろうという物を片っ端からゴミ袋へ突っ込んで行く。

空のBB弾の袋、ドットサイトが入っていた空き箱、空の紙袋・・・・・・空ばっかじゃねぇか俺の部屋ァ!!!!!!

あ痛ぇ、BB弾踏んだ。ふざけんな!!!!!!(迫真)

 

 

心の中でそんな下らないやり取りをしながら掃除していると、ふと机の引き出しが気になった。

そういえば、長いこと引き出しなんて開けてないな。きっと俺の黒歴史が入っているに違いない。

捨てなきゃ(使命感)

 

思い立ったが吉日、俺は机の引き出しを開ける。

 

 

「あーやっぱりあったよ黒歴史。なんだよプロフィールカードって(哲学)」

 

中学生の頃に女子から渡されたわけのわからないカードを見つけ、内容を読まずに丸めて捨てる。

今の中学生や小学生ってこういうの書いてんのかな・・・・・・なんて思いながらゴミでしかないクソダサプロフィールカード君を捨てていると、

 

 

「なんだこれ(素)」

 

 

綺麗な封筒を見つけた。

封はまだ切られておらず、状態も良い。

そもそも、こんなもの買った覚えも無ければ、もらった覚えもなかった。

 

ラブレター?そんなん貰ったことあるわけないっしょ(半ギレ)

 

 

「まぁ、あれだ。開けなくちゃ(使命感)」

 

 

1人でそう言って封筒を開ける。

中には一枚の手紙が入っていた。

 

そこに書かれていた言葉は、

 

まきますか? まきませんか?

 

 

それのみ。

しかも、女の子が書いたような字だ。

よく見てみればこれは印刷じゃない。どうやら、カラフルなボールペンで誰かが書いたようだった。

 

 

「まきますか?まきませんか?そうですねぇ・・・・・・僕はやっぱり、王道を征く、まきますかですね(王者の風格)」

 

そう言って手元にあったサインペンで「まきますか」を囲う。

 

何と無く、本当に何と無く。

どちらかを選ばなくてはならかい気がした。

 

俺は少なくともそう感じたのだ。

 

 

「兄ちゃーん!ちょっといいー?」

 

 

 

はっ、と、俺の意識が戻る。

危ない危ない。事故以来、なんだか集中力が異常に増したような気がする。

 

こんな下らない手紙を読んでいても、その集中力が発揮されてしまうあたり、俺の脳はやはりどこかおかしくなったんじゃないか。

 

俺はとりあえず手紙を机の上に置いて目をこする。

 

 

「今行くぞ〜」

 

下の階のリビングにいる礼へと返事をして、俺は部屋を立ち去ろうとする。

開けっ放しの扉を横に、部屋から出ようとした時、不意に手紙が気になって振り返った。

 

 

「・・・・・・あれ?手紙どこいった?」

 

 

さっき机の上に置いた手紙が無くなっていた。

確かに置いたはずだ。

 

まさか本当に頭おかしくなったんじゃないだろうな。

まぁどうでもいいわ(レ)

こういう事は深く気にしたら負けだって、それ1番言われてるから。

 

「礼〜兄ちゃーん頭おかしくなったぽい〜(夕立)」

 

「馬鹿言ってないで早く来てよ」

 

 

 

弟に馬鹿にされながら俺は部屋を去る。

 

その後ろ姿を、窓ガラスの中から見る者がいるとも知らずに。

 




ちょっとシリアス過ぎるんちゃう?
まま、ええわ(妥協)

感想お待ちしてナス!


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Sequence 03 邂逅

いよいよドールの登場。
4000字使ってドール出てこないとか・・・・・・ぼったくりやろ!
まま、ええわ(寛容クレーマー)


 

 

 数日して、二人だけの生活にも慣れてきた頃。

今は夕方で、ちょうど俺は大学から家へと帰ってきたところだった。

玄関の扉を開こうと手をノブに掛けたところで、俺はふと動きを止める。

ため息をつき、ポケットからイライラしてる時に、たまに吸うたばこの箱とライターを取り出す。

 

大学は高校生が思い描いているほど素晴らしい所ではない。

はっきり言ってピンキリかもしれないが、それなりにストレスがたまる場所でもある。

 

授業中にはしゃぐ馬鹿、どこへ行っても品のないヤツら。

はっきり言って品がないのは俺も同じだが、種類が違う。

人間、種類が違う集団が近くにいるだけでストレスがたまる。

 

そうなると、どこかではけ口が必要になってくるものだ。

俺の場合はサバゲーというストレス発散法があるが、頻繁に出来るわけじゃない。

こまめにストレスは発散しないと、発散法は発散法になりえない。

 

 

だからこそ、たばこだ。

これならたまに吸えば気分が多少マシになる。

 

 

箱から一本取り、コルクのような色をしたフィルターを咥える。

そしてライターを着火させ、ゆったりとした火を煙草の先端に近づける。

 

そして、吸う。

 

 

 

―――ふぅ・・・・・・―――

 

 

 

肺を満たした煙。

その煙に乗ってニコチンが全身に行き渡る。

 

 

しばらくして、いや、たぶん俺がそう思っていただけだろう。

俺だけのゆったりした時間。安心できる、束の間。

 

誰にも邪魔されない俺だけの空間で。

 

 

車の音、鳥の音、風の音、近所のカレーの臭い、流れる雲と、沈み行く太陽。

 

 

 

―――あぁ、これだ。この時間、この感覚。

これこそが俺の求めているすべて。

 

絶対的な安堵。

 

それがどれだけ大切で貴重か。

それがどれだけ必要で、困難なものか。

 

過ぎ去ってしまったものは、還らない。なら、いいじゃないか、今だけは。

 

いいものだ。

穏やかな時間というものは。

 

 

 

 

「あぁ^~生き返るわぁ~」

 

 

俺の心の傷が癒されていきますよ~イくイく!

よし、シリアスは消えたな!これでこそ俺だ。

 

そう、シリアスなんて必要ねぇんだよ!そのためのタバコ?あとそのためのライター?

金ッ!煙草ッ!ロリータッ!みたいな?

そうだよこれこれ、なんでこんな冷め切っちゃってるんですかねぇ。

 

俺は常にアホでなんぼのもんだ。

 

 

すっかり気分が良くなった俺は水がたまっている灰皿に、まだ半分以上燃えていない煙草を放り込む。

あーさっぱりした。

俺、ニコチンでボーっとするのは好きだけどたばこの煙は大っ嫌いなんだよ!

 

お、家の近くを可愛い女子小学生が歩いているぞ、眼福眼福。

 

 

「さて、入るか」

 

 

事案にならないうちに玄関の扉を開けて中へと入る。

 

 

「ぬわぁーん、疲れたもぉおおおおん!!!!!!」

 

 

お決まりのお疲れ台詞を吐きながら靴を脱いでバッグを玄関横の和室にブン投げ、洗面所へと向かう。

手洗いうがいはちゃんとしないとな。

 

 

「おーおかえり。先風呂入っちゃったわ」

 

 

そう言ってリビングからやって来たのは礼。

髪はホカホカと湯気を立たせている。

 

手を洗いながら、わざわざ出迎えてくれた礼に返事をする。

 

 

 

「あ、そっかぁ・・・・・・俺も入りてぇなぁ。じゃけん風呂行きましょうね~」

 

 

軽く会話を流してうがいを始める。

その時だった。

 

 

「そういやなんか宅急便届いてたよ。すんげぇでっかい箱に入ってたけど、またなんか買ったの?」

 

 

ふと、礼がそんなことを言い出した。

 

 

「心当たりがありすぎてわかんね」

 

 

LBTタイプのプレートキャリアに安く買ったショットガンのエアガン、あとは・・・・・・なんだろうか。

 

しかし、今礼はでっかい箱と言った。

俺の知る限りでは当てはまるものはない。

プレートキャリアはそんなに大きくないし、ショットガンも突入用の短銃身タイプだから意外と小さいし・・・・・・

 

まぁいい。

後で考えよう。

 

 

俺は特に考えもせず、呆れてリビングへ戻る礼の後ろ姿を眺める。

 

さ、風呂入ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数分後。

 

 

 

「あぁ~あっつぅ~、ビールビール!冷えてるか~?」

 

 

風呂から出た俺は、短パンと寝巻用のパーカー、そして首にタオルを巻いてリビングへ。

礼はリビングとつながっているキッチンで晩御飯を作っている最中で、この違和感ありまくりの喋り方に突っ込んでくれない。

 

とりあえず俺は冷蔵庫からビールを取り、ごくっと一杯飲んでテーブルのある方を向く。

 

 

「なんだこの箱!?(驚愕)」

 

 

驚いた俺がやや棒読みで叫ぶ。

それもそのはず、テーブルには、ブラウン管テレビ並みの大きさの段ボールが乗っていたのだ。

 

俺変なもん頼んでないよな・・・・・・設置型のおもちゃ(意味深)とかだったら笑えないよ!すわわっ!

 

 

「それ早くどうにかして」

 

 

相変わらずの対応で礼は言った。

どうにかしてって言われてもな・・・・・・じゃあ、ぶち開けてやるぜ!

 

 

「オッスお願いしまーす(Z戦士)」

 

 

アルコールが回って一人でおかしなテンションで喋ると、俺は段ボールの封を切る。

しかしデカい箱だな、蛇が好きそう(小並感)

 

やたらと厳重にガムテープで密閉されているため、なかなか開けるのに苦労する。

 

 

「いやぁ君は強いテープだ(レ)」

 

 

劇強ガムテープ君に賞賛を送ると、俺は最大限の力で引きちぎろうとする。

 

 

「勢い余ってッ・・・・・・!よっこらぁあああ!!!!!!(レ)」

 

「うるせぇ!!!!!!(迫真)」

 

「はい」

 

 

とうと礼に怒られたので、仕方なく中途半端にちぎったガムテープをカッターで切ることにした。何やってるんだろう俺。

 

二秒もかからずにスッパリ切れたガムテープ君に一瞥もせずに箱を開く・・・・・・が。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

そこに入っていたのはまたしても箱・・・・・・ではなく、お洒落なアンティークっぽい鞄だった。

 

 

「え、なにこれは。俺さすがにこんな高そうな鞄は注文しないぞ」

 

俺が注文したとしても、もっと実用性のあるものだ。

主にサバゲーで。

 

礼はまだ料理に夢中。

なら、調べるなら今だろう。

 

 

「鬼が出るか蛇が出るか・・・・・・」

 

 

少し緊張して鞄を取り出す。

やたらと重いのが印象的だ。少なくとも空ではないはずだ。

 

ゆっくりとテーブルに鞄を置き、鞄を調べる。

罠の類は・・・・・・外側には無し。いやそもそもこんな平和な日本で大それた罠なんて仕掛けるやついないだろ。

 

 

一通り外周をチェックした俺は、鞄のロックを外し、取っ手を掴む。

一気に開けよう。

 

 

「3、2、1、オラ!」

 

 

勢いよく鞄を開く。

それと同時に咄嗟にファイティングポーズを構える。

何が起きても一撃でノックアウトしてやる。

馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前(天下無敵)

 

 

が。

 

 

 

「・・・・・・え」

 

 

思わず呆気にとられる。

 

 

なぜならば。

 

 

 

 

「女・・・・・・の子?」

 

 

 

小さくて美しい女の子・・・・・・の、人形が、まるで眠るように横たわっていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




きらきといちゃらぶしたい(ノンケ)
次回もお楽しみに(申し訳程度の作者感)


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Sequence 04 その人形は ※挿絵あり

更新は不定期ですがなるべく早く書くように頑張ります。
それと挿絵がありますあります!(食い気味先輩)





 

 

 

 

 

「・・・・・・それで、この人形は兄貴が楽しむ(意味深)ものでもなけりゃ、買ったものですらないと」

 

 

「その通りであります」

 

 

「宛名は兄貴なのにか?」

 

 

「サー」

 

 

現在、俺は六つ離れた弟に説教中。

仁王立ちで目の前に立つ弟と、その目の前で顔色を伺う兄。

礼が兄ちゃん、でなく兄貴と呼ぶときはだいたい怒っている時だ。

更に機嫌が悪くなるとお前、そして激怒するとテメェ、といった具合にどんどんグレードダウンしてく。俺はホモではないので男からの罵声は苦痛でしかない。

 

俺が少女の人形を発見した瞬間、礼が料理を作り終えたためにこの事態が露見した。

どうやら彼はこの少女を、大人のおもちゃ(意味深)と勘違いしたようだ。

 

まぁこんな性癖(ロリコン)を持った兄貴がいればそう考えるよなぁ・・・・・・

 

 

 

礼は鞄の中で横たわる、少女の人形をちらりと一瞥した後、俺をぎろりと睨んだ。

その迫真の眼差しに萎縮するお兄ちゃん。

ホモのロリコンなら喜ぶかもしれない(名推理) ていうかそれショタコンじゃ・・・・・・

 

 

「くだらないこと考えてそうな顔してるな」

 

 

「いえそんなこと・・・・・・」

 

 

そんなマヌケな兄貴を見て、礼は一つため息をついた。

はぁ~~~、とクソデカため息を見せると、礼はうなずく。

 

 

「分かった。今回は信じてやる、兄ちゃん」

 

 

どうやら本当に信じてくれたようだ。

見事兄貴からお兄ちゃんへとグレードアップした。

三十分の正座から解放された俺の脚はもちろん痺れていて、動かすのが辛い。

 

なんとか根性で立ち上がり、段ボールと鞄、そしてその中の人形をテーブルから床へと移動させる。

しっかし良くできた人形だなぁ、ほんと俺の大好物(直球)な女の子だぁ・・・・・・

 

 

「兄貴、飯運べ」

 

 

「はい」

 

 

弟の言いなりになってせっせとおかずやら茶碗を運ぶ。

とりあえず、今は愛する弟の作った飯を頂こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

飯を食った後、和室で勉強に集中する礼の目を盗み、俺は自室に篭る。

もちろんあの人形と鞄も一緒だ。

 

とりあえず鞄を床に置いて、人形を取り出す。

持った感じ、本物の人間のようだ。柔らかさも、そして暖かさも人間のようだ。

材質はなんだろうか、いつの間にか日本はこんな素晴らしいモノを開発していたのか・・・・・・そりゃ未来に生きてるっていわれるわ。

 

綺麗な身体をベッドの上へと寝かせる。

 

 

そしてその横に座り、じっくりと観察した。

 

 

可愛い少女特有の顔と、均整の取れた神々しい幼いボディ。

果たしてこの少女は、私の観察に耐えることが出来るのでしょうか。

 

・・・・・・ふざけないでちゃんと観察しよう。

 

 

まずは顔から。

肌の色からして、白人ベースの人形である事は明らかで、顔もまた然り。

幼すぎず、それでいて儚い一時の少女時代をうまく再現できている。

が、なぜか右目には白薔薇が植えつけられているように飾られている。

どうやら元から右目は無く、アイホールからそのまま咲いているようだ。

アンバランスではなく、良いアシンメトリーになっている。

 

ほっぺに触れるとむにっという感触が指を伝わって脳に響く。

 

 

「ええ素材やこれは・・・・・・」

 

 

思わず恍惚とした表情で、そのほっぺを触りまくる。

なんて触り心地の良い肌なんだ。人間でもここまで心地よくないだろう。

シルクとトイレットペーパーくらいの差がある。

三次元なんて必要ねぇんだよ!

 

あ^~もうぺろぺろしちゃいそう!!!!!!(マジキチ)

 

 

「それじゃあ頂くとするか。いっひっひっひ!」

 

 

ゲスイ笑い声とともにべろべろと人形の肌を嘗め回す。

これこそ食通だな!(確信)

 

 

「うん、おいしい!やっぱ・・・・・・女の子の肌を・・・・・・最高やな!(食通並感)」

 

 

一通り人形の肌を味わったところで、今度は髪を確認する。

髪の色は薄いピンクと薄い紫が混ざったような色で、腰くらいまで長い。どちらかというと、ほとんど白だ。

少し高めの位置でツインテールになっており、女の子の神の結び目が好きな変態にとってはたまらない逸品である。

俺である。

ちなみにツインテールを結んでいるのは綺麗な白薔薇の髪飾りだ。

 

髪に手を通すと、なんの抵抗も無く、流れるように梳ける。

肌同様、最高の質感だ。

 

ぜひこちらもなめさせていただきたいが、ちょっとだけ我慢しよう。

 

 

次にドレス。

こちらも白薔薇同様、純白である。

鎖骨部分から首にかけてドレスと同じ素材の首巻があり、胸元より少し上から肩上まではだけている。その辺がセクシー・・・・・・エロイッ。

ドレスはいくつかの層に別れていて、全体的にミニスカワンピというものになっている。

さっきからチラチラ見えているが、どうやら球体関節人形らしい。

それらしい部分が、関節にある。

 

さて、足は太もものちょっと下から編み込んだ白いブーツ。

ちゃんとスカートとブーツの間に絶対領域が出来ているあたり、この子を作ったヤツは相当な変態だろう、素晴らしい。

 

 

さて、どうするか。

そりゃあせっかく俺宛に届いたんだから、身に覚えがなくてもやることはやらなくちゃ(使命感)

 

大丈夫大丈夫、洗えばへーきへーき(適当)

 

 

「よし、じゃあぶち・・・・・・ん?なんだこれは~?証拠物件として押収するからな~?(ねっとり)」

 

 

事を済まそうとする俺は、少女が握っている何かを発見した。

丁寧に手のひらを開いて、それを預かる。

 

どうやらゼンマイのようだ。

 

 

「ふぅむ・・・・・・この人形に差し込んで使うのかな?」

 

 

差し込む(意味深)

そんなくだらないことを考えたがどうでもいい。

 

とにかくネジ穴を探さなきゃ(意味深)

穴は一つしかないから(名言)

 

 

さて、真剣に探す。

首?いやそんな穴は無いな。

どこだろうか。ん?もしや・・・・・・

 

 

「・・・・・・スカートの先の楽園かな?」

 

 

スカートの中。

それは盲点だった。

まぁいずれにせよ、そこは後で見る予定だったし、ちょっとくらい覗いてもバレへんか。

 

俺は腰を掴んで人形を抱き、逆さまにする。

 

 

ぴろんと重力に逆らわずに広がるスカート。

もちろんさかさまに、だ。

 

 

「あぁ^~いいっすねぇ~」

 

うん。

これは素晴らしい。いいパンツ。

真っ白なパンツ。

 

あぁ^~顔を埋めたくなる・・・・・・っと、お?

 

 

「なんだ?」

 

 

ふと、人形のドレスの腰部分に小さな穴が開いている。

ちょうどゼンマイ位の大きさだ。

 

 

「・・・・・・まぁ、こっちはあとで楽しもう」

 

 

残念そうにそう呟くと、俺は人形をベッドに座らせて、腰の穴にゼンマイを入れた。

ぴったりだ。

電動ガンのパーツもこれくらいぴったりに作ってくれればいいのに・・・・・・

なんて考えながら俺はゼンマイを回す。

 

もちろん正ネジのようで、右回し。

きりきりと小気味よい音が響く。

 

電動ガンなんかを組み立てるように、丁寧に回す。

 

 

しばらくすると、ゼンマイが動かなくなった。

どうやらこれで一杯一杯みたいなようだ。

 

 

俺はゼンマイを抜くと、鞄の中にゼンマイをしまった。

さて、いったいどうなるか。

 

 

 

 

「・・・・・・なにもないのか(困惑)」

 

 

特に変化はない。

いったい何なんだ?甘いロリボイスが鳴ったりとかしないのか?

なんやねんこれ。ぼったくりやろ!

 

ため息をついて俺は人形を再び抱こうとする。

せめてパンツの中を・・・・・・

 

 

 

 

その瞬間。

 

 

かた。

 

 

かたたたた。

 

 

 

「ファッ!?」

 

 

突然人形が動き出した。

ぎこちない様子でベッドから立ち上がろうとする。

 

突然の事に俺は、机の下に隠していたコスプレ用のコンバットアックス(戦闘斧)を取り出し、身構える。

もしかしたらロリコンを抹殺するために送り込まれた戦闘用ロボットなのかもしれない(混乱)

 

 

人形は立ち上がり、こちらを向く。未だ目は閉じたままだ。

そしてゆっくりと、覚束ない足取りでこちらへ向かってきたのだ。

 

 

「Fuck!!! Don't move! 動くな!動くなっつってんだ!!!」

 

 

しかし人形は止まらず、その両腕をこちらに伸ばしてくる。

 

え、なに?俺といちゃラブしたいって?

なんだかそんなことを言っているような気がするがきっと気のせい。

 

俺はどうしていいのか分からず、混乱しながらも構えは解かない。

 

 

でも、その生まれたばかりの小鹿のような歩き方はどこか儚さを漂わせる。

 

 

―――私を抱きしめて。

 

 

そう、言っている。

今度は本気でそう感じる。

 

 

「あ・・・・・・」

 

 

俺は思わず構えをといてしまう。

そして、同じようにゆっくりと、彼女へと歩みだす。

 

まるで取り憑かれたような感じだった。

彼女の歩く仕草が、美しく感じるようになっていたのだ。

 

 

刹那、彼女の足がほったらかしになっていた電動ガンのパーツに躓く。

 

 

 

「あぶねぇ!」

 

 

咄嗟に俺は倒れそうになる彼女を抱きしめた。

 

時間が止まる。

なぜか、俺は動けなかった。

 

彼女の息遣い。

それがかすかに聞こえてきたからだ。

 

 

さっきまでしなかった甘い花の香りが肺を満たし、脳を麻痺させる。

 

彼女はそんな俺を見上げるために首を動かした。未だ左目は開かない。

 

 

 

「―――あぁ、この感触」

 

 

 

少女の口が動く。

綺麗で美しい歯が、小さな口からこちらを覗いた。

それだけで、俺は興奮した。

 

 

 

「・・・・・・君は?」

 

 

 

恐る恐る俺は尋ねる。

 

すると、彼女の目蓋がゆっくりと開きだす。

 

 

「―――あぁ・・・・・・」

 

 

その瞳を見て、思わず感嘆してしまった。

美しいゴールドの瞳。

 

 

そこから鏡のように映る、俺のマヌケな顔。

 

 

全てが美しく映った。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

彼女はとても嬉しそうに口を歪め、笑った。

 

 

 

 

「私・・・・・・私はだぁれ?私は・・・・・・」

 

 

「えっ」

 

 

電波系少女なのだろうか。

思わず面食らう。

 

が、彼女は楽しそうにそっと笑うと、言った。

 

 

 

「雪華綺晶。ローゼンメイデン、第七ドール。雪華綺晶。それが私の、名前」

 

 

「・・・・・・いい名前だ・・・・・・」

 

 

「貴方は私のマスター。貴方はだぁれ?」

 

 

マスター・・・・・・?確かにロリコンマスターとかはよく言われるが・・・・・・

 

 

「俺は・・・・・・郁葉。河原、郁葉だ」

 

 

そう言うと、彼女は顔を近づける。

鼻の先が少し触れるくらいまで近づいて、彼女は止まった。

 

甘い吐息が、直で口の中へと入り、俺を痺れさせる。

 

 

「いい名前・・・・・・ねぇ、マスター?」

 

 

「なんだよ・・・・・・?」

 

 

ちょっとだけ俺の顔が強張る。

人形だろうがなかろうが、こんなに可愛い子に詰め寄られればそりゃあこうなる。

壁ドンが好きな女子の気持ちが少しわかった気がする。

 

 

 

「私と契約・・・・・・しましょう?」

 

 

「え、なにそれは」

 

 

いきなりの訪問販売に戸惑う俺を他所に、「雪華綺晶」と名乗った人形は口を大きく開く。

その口から見える健康的な色の舌の上には、一つの指輪が乗っていた。

 

え。

結婚!?今話題のケッコンカッコカリってやつか!?

え、いいの?そんなの大丈夫なの?

 

いやいやロリに手を出したらそれは紳士ではないわけで・・・・・・

いやこの子は人形だし・・・・・・

 

 

「さあ、はやく。きて。マスタぁ」

 

 

「あぁ^~もうどうでもいいわ(レ)」

 

 

ちゅ。

少女の唇が、俺の唇と触れ合う。

 

想像よりもずっと甘くて、濃厚で、それでいてとろけそう。

 

 

「ん・・・・・・」

 

 

あぁ^~吐息がエロ過ぎるんじゃ^~。

と、欲望全開の俺の口の中に、指輪が入り込んでくる。

 

なんだこの指輪、やけに熱いな。まるで出来立ての料理みたいだ。

いや熱い、かなり熱い。もっと熱くなってきた。

 

なんか左手の薬指も熱くなってくるし、なんなのだこれは、どうすればいいのだ?

 

 

熱い。熱い、熱い。

あつい。アツイ。アツゥイ!

ハッ…ハッ…アッー!アーツィ!アーツ!アーツェ!アツゥイ! ヒュゥー、アッツ!アツウィー、アツーウィ!アツー、アツーェ! すいませへぇぇ~ん!アッアッアッ、アツェ!アツェ!アッー、熱いっす!熱いっす!ーアッ! 熱いっす!熱いっす!アツェ!アツイ!アツイ!アツイ!アツイ!アツイ!アー・・・・・・アツイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

そして俺の意識が途切れる。

 

 




淫夢ネタが多すぎるんだよね、それ一番言われてるから(反省)

挿絵ですが、許可が下りるまで張れないようです。
すみませぇ~ん、木ぃ下ですけど~(許可)ま~だ時間かかりそうですかね?(早漏)


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Sequence 05 Out of the reality, in the rabbit hole.

 タイトルの厨二臭さにいや~キツイっす(自己嫌悪)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 いつかのような真っ暗闇。

俺に行動の自由は無く、ただひたすらこの深淵を漂うことを義務付けられる。

感覚もない。

あの時の病院との違いは、医者の声が聞こえない事と、体に激痛が走っていないという事ぐらいか。

いや、もう一つ明確な違いがある。

 

それは、やたらとこの空間が心地よいという事だ。

まるで一人、夜のプールの中に漂っているような浮遊感だ。

水の中とは違い、息苦しくなく、それでいて冷たいという事もない。

 

 

まるで、そう。

 

胎児になったかのような、そんな不思議な気分。

 

俺たちには二度と味わえない、親の温もりと言うやつだろうか。

 

 

結局、あの後どうなったんだろうか。

人形とえっちぃキスをして、随分と一方的な契約とやらをして・・・・・・

 

そういえば、あの人形はどこへ行ったのか?

そもそも、結局あの人形はなんだったのだろうか?

 

ローゼンメイデンとか、えらくドイツっぽいことを言っていた。それに、第七ドールとも・・・・・・

とうとう俺も幻覚を見てしまうほど、女の子に飢えていたのだろうか?

それならそれで、警察には捕まらないままいちゃラブ出来るからいいんだけども。

 

 

まぁ、今はそんな事どうでもいい。

 

この優しい空間を享受しようじゃないか。

少しくらい、休んでも罰はあたらへんか・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――

 

 

 

 

 どれくらい経ったのだろうか。不意に、先ほどのまでの心地よさが消えて、重力を感じた。それと同時に、コンクリートのようなひんやりとした無機物の冷たさが肌に伝わる。

どうやら俺は地面に寝転がっているようだ。

寝起きのようなだるさを感じるが、指に力が入るという事は、体が覚醒したということなのだろう。

 

 

「ンン・・・・・・?」

 

 

思い目蓋をゆっくりと開けて、今俺の置かれている状況を把握しようとする。

 

 

 

が、

 

 

「おはようございます」

 

 

「 マ゜ッ!?ア゛ッ!!!」

 

 

目の前に映ったのは、あの雪華綺晶とかいう人形のドアップ面だった。

いきなり綺麗で、それでいてどことなく狂気を感じさせる雪華綺晶の笑顔に驚いた俺は人間には出し辛い発音で叫んでしまう。

 

あまりにも声がでかすぎたのか、雪華綺晶も驚いたように目を見開いた。

なんだ、かわいいじゃんアゼルバイジャン(調教完了)

 

いかんいかん、かわいいものを見るとすぐに心を奪われてしまう。

俺の、いや人類の弱点だ。

 

 

「おぉ~びっくりさせんなよなオイ!」

 

 

俺は起き上がって、先ほどまで対になって寝転がっていた雪華綺晶から距離を取る。

いくら可愛いからって、少しくらい経過しないと碌なことにならない気がする。

 

雪華綺晶はうふ、っと笑みを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

その隙に俺は周囲の状況を確認した。

しかし、その現実離れした空間に俺は言葉を失う。

 

 

「どうなってんだ・・・・・・?」

 

 

正確には写ってしまっているのだが。

それはともかく、俺の目に飛び込んできたのはどうにも理解しがたいものだった。

 

まず、空が真っ白。

雲とかそういうものじゃない。穢れのない白。

なんだか目が痛くなるような感じだ。

 

次に、白と薄紫のバカデカい水晶が、森のように沢山生えている。

それはそれは綺麗なもので、空の白色を反射して、自らを更に強調しているのが分かる。

 

地面はなんというか、水晶のような見た目だが、特別滑るわけでもない。

大理石の質感に近いだろうか。

 

俺自身の変化についてだが、服装は特に問題なし。

いや、問題ある。寝巻ではなくなっている。

 

いつもサバゲーで来ているAOR1という砂漠用の迷彩ズボンに、上もサバゲー用のAOR1カラーのフード付きシェルジャケットだ。

しかもプレートキャリアと呼ばれる、抗弾プレートを入れたタクティカルベストをその上から着ていて、それも俺の私物である。

ちなみにタクティカルベストとは、弾薬ポーチやホルスター、その他装備品を取り付けることが出来る戦闘用ベストだ。

ご丁寧に、ポーチ類まで俺のもので、取り付け場所までドンピシャだ。

 

左太ももにはコスタ・ルーダス社とHSGI社がコラボしたレッグリグ(メッシュ付の布のパネル)が腰のピストルホルスター用のベルトに繋がっていて、HSGI社の弾薬ポーチがセットされている。

ピストル用のホルスターも、ベルトにしっかりと装着してあった。

これも全部俺がコツコツ集めたものである。実物なので、割と値段がするのだ。

 

これならいつでもサバゲーが出来るな、うん!

 

 

 

「いや納得しちゃダメだろ。なんでこんなフル装備なんだよ俺。職質されたら問答無用でアウトだろ。しかも肝心の銃と弾がないやん」

 

そう、問題は電動ガンなどの武器がないということだ。

これじゃただのコスプレだ。

 

 

「マスターが望んだから、選ばれたまでですわ」

 

 

ふと、わざわざ分析中の俺を待っていてくれた雪華綺晶が微笑みながら言った。

 

 

「どういうことだよ。つーかよぉ、ここどこだよオイ」

 

 

「ここはnのフィールド。ようこそマスター、私達だけの世界へ。遅ればせながら歓迎いたしますわ」

 

 

「え、なにそれは(困惑)お前精神状態おかしいよ・・・・・・」

 

 

言ってることがまるで分からない。

こりゃもうダメかもわからん・・・・・・

美少女(人形)に監禁されたまま人生を終えるなんて、そんなの絶対に嫌・・・・・・でもなかった。割と羨ましがられると思うな。

 

いやいかんでしょ。

この子の目ヤバいもん、絶対俺を食い殺そうとするに違いない。

第一、人形が動く事自体、オカルトじゃないか。

ロリが合法になるくらいありえないだろ。

 

 

「あら、そんなことおっしゃらないで、マスター。契りを交わした仲ではありませんか。ほら、左の薬指を御覧なさいな」

 

 

雪華綺晶が俺の左手を指さす。

そういやさっき、左手の薬指が熱かったな、いったい・・・・・・

 

 

「指輪?なんだこれ、俺リア充共みたいに必要のないアクセサリーはつけない主義なんだが・・・・・・って、取れねー!!!!!!」

 

 

いつのまにか俺の左手の薬指に嵌められたアンティークで、高価そうな指輪。

しかも抜けない。

 

 

「無理に抜こうとすれば指の肉が削ぎ落ちますわ」

 

 

「怖すぎィ!お前これどうすんだよオイ!!!!!!ふざけんじゃねえよ!俺がこんな指輪なんてしてたら笑われちまう!」

 

 

そう言うと、雪華綺晶は悲しそうな顔で言った。

 

 

「どうしてそんなことを言うの?マスターは契約してくださったじゃない。それなのに、私を拒絶するの?」

 

 

「いや契約も何も割と悪徳商法並の迫り方だったと思うんですけど(名推理)」

 

 

俺は間違ったことは言っていない。

騙す方が100%悪いんだ、騙される方は仕方ないね。

 

しかし雪華綺晶は納得いっていないようで、手で顔を抑えてムンクの叫びみたいな恰好をする。

 

 

「嫌よ、そんなの。せっかく巡り逢えたのに・・・・・・せっかく、私を理解してくれる人と出会えたのに・・・・・・」

 

 

「雪華綺晶君!君は病気なんだ!病室へ戻ろう!」

 

 

ネットスラングを大量に用いて、しなくてもいい煽りを入れまくる。

俺の悪い癖で、これで怒らせたネット住民は数知れない。

 

雪華綺晶も例外なく引っかかったようで、俯きながら何かをぶつぶつ呟いている。

さすがに怒らせすぎたか。

こういう子は怒らせたらまずいってそれ一番言われてるから(アニメの定番)

 

謝ろうとして、一歩近づく。

 

 

 

刹那。

 

 

 

 

「逃がさないんだから」

 

 

 

ぼそりと、雪華綺晶が呟いたのを聞き逃さなかった。

ゾワリと背筋に悪寒が走る。何かヤバい、そう思って逃げようとしたが、

 

ガッシリ。

 

 

「なんだこのツタ!?(驚愕)」

 

 

どこからか生えてきたツタが俺の右手と足をガッシリホールドしていたのだ。

必死にもがくが、ロープ並に強靭でほどけもしなければちぎれもしない。

なのにスラングを用いるあたり、俺はよほど楽観的なのか。

 

と、そこに雪華綺晶の追撃がやってくる。

彼女は浮遊して、契約の時のように顔を近づけてきた。唯一違うのは、俺の顔を支える力が異常に強いという事ぐらいだが、それがまずい。

 

 

「さぁ、マスター。もう一度眠りましょう?今度は深く、そして目覚めることのない眠りを・・・・・・」

 

 

「そんな事言われて頷くのはよっぽどのドМだけだろ!いい加減にしろ!いやほんとやめて!嬉しいけどやめてー!」

 

 

本音が漏れた。

どうやら雪華綺晶も嬉しかったようで、笑顔が増した。

わ゙い゙い゙な゙ぁ゙き゛ら゛き゛ぐん゙(キモオタ)

 

いかん、そうこうしているうちに雪華綺晶の魅力的な唇が近づいてくる。

ぶっちゃけまたちゅーしたいけど、したらもう色々終わりな気がする。

 

 

「ちなみにこの後俺はどうなるんだ!?」

 

 

時間稼ぎの為に質問する。

すると雪華綺晶は顔を近づけるのをやめて、俺の顔を左に向けた。

 

 

「ああなります」

 

 

雪華綺晶がいう「ああ」というものが俺の目に映る。

映ったのはさきほどの強大な水晶だが、よく見ると一つ一つの中に人が眠っている・・・・・・やはりヤバい(再確認)

こいつ俺を餌か何かにするつもりだ。

 

 

「フザケンナヤメロバカ!」

 

 

「貴方を芸術品に仕立て上げてあげましょう」

 

 

雪華綺晶が某漫画家の調教師の台詞を噛まずに言うと、再度接近する。

このままじゃ本当に芸術品に仕立て上げられる。

 

 

もうだめか、あきらめかけたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「随分と賑やかな事になってるじゃねーか、ですぅ!」

 

 

取って付けたようなですます調の声が聞こえた。

 

 




 こんなんじゃ全然進まないよ~


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Sequence 06 My dear doll, my dear master.

 感想、評価お待ちしてナス!
あ、そうだ(唐突) 誤字などの報告もオナシャス!なんでもしますから!


 

 

 

 

 

 

 突然、真横から現れた謎の声。

妙に甲高いその声の持ち主の登場により、雪華綺晶は動きを止めた。

そして一瞬真顔になると、すぐに不敵でミステリアスな笑みになる。

 

雪華綺晶は一旦俺から離れると、そちらの方向を向いて一礼した。

え、ちょっと待って、俺にも見せて。

と、言うわけで俺も無理やり首を動かして声の主を確認する。

 

 

「ごきげんようお姉様。よくこの場所が分かりましたね」

 

 

「翠星石の目から逃れられるほどお前は強くないですぅ!」

 

 

翠星石と名乗った人物・・・・・・否、人形は腰に手を当てて胸を張った。

なぜ人形だと分かったか?それはもちろん、特徴的なドレスのせいでもあるし、なにより身長が低い。

10メートルほど離れているので正確な身長は分からないが、雪華綺晶よりも少し低い程度だろう。

雪華綺晶がおよそ1メートルちょいと推測できることから、恐らく90センチあるかないか。

 

外見は床まで達する長い茶髪。後ろで別れているようで、別れた部分からカールしている。頭にはレース付きの白いヘッドドレス。

服装は日本人が抱くドレスのイメージとは異なり、ヨーロッパなどの民族衣装のようなものだ。深緑のロングスカート、そしてエプロンドレス。コルセットがドレスの上からスタイルの良さを表していて、これはこれで雪華綺晶のドレスとは違った可愛さがある。

目の色は右目が赤で、左目が緑。いや、ルビーとエメラルドといったところか。

僕はサファイアでした(ポケ並感)

 

しかし一番目につくのが、手にした金色の如雨露(じょうろ)

美しいフォルムはやはりアンティークもので、非常に高価であることが窺える。

だがなぜだろう。あの人形が持つと鈍器にしか見えない。

 

 

「それでお姉様、ここへはどのような用件で?」

 

 

「決まってるです末妹!お前をブッ飛ばすためです!ケリを付けに来たですっ!」

 

 

「っ・・・・・・いけませんわ、お姉様。今、私とマスターは取り込み中です。それを邪魔するのであれば・・・・・・おわかりでしょう?」

 

 

一瞬、雪華綺晶の表情が曇った。

気のせいかもしれないが、俺は見た。

 

翠星石はそんな雪華綺晶を鼻で笑って見せる。

 

 

「はんっ!ドールに縛られてる奴がマスターな訳ないです!どーせまたどっかから拉致って来たに違ぇねーです!」

 

 

人の事言えないけどこいつ口悪いな。

いやほんと人の事は言えないけど。年がら年中Fuck言ってるし。

 

しかしこれはチャンスかもしれん。

いくらなんでも、俺は女の子に縛られ続けて喜ぶようなドМの変態じゃない。

たまには男がリードしたいものだ。同人誌も一方的なのは好かん。

ここは翠星石とやらに便乗して立場を示そう。

 

 

「そうだよ(便乗)」

 

 

「マスター、お黙りになって」

 

 

「はい」

 

 

雪華綺晶の絶対零度な眼差しにより俺の立場は奪われてしまった。

ここで逆らったら死ぬまでの時間が早くなるだけだろう。

翠星石、なんとかしろ(他力本願)

 

そういえば、さっきからお姉様だの末妹だのって言ってるな。

そうなると、この人形たちは姉妹なのだろうか?似てねえなオイ。

スコーピオンVz61とスコーピオンEVO3並に似てない。・・・・・・いやあれは名前だけしか共通点無いか。

 

 

「ほぅら見ろですぅ!お前が脅迫してるだけじゃねーですか!」

 

 

事実である。

しかし雪華綺晶は困ったように首を横に振って否定した。

 

 

「マスターはその・・・・・・ちょっと人格に難がありまして」

 

 

「お前は俺を引き込みたいのか怒らせたいのかどっちだよ」

 

 

急な雪華綺晶からのディスりのせいで俺もお怒りのようです。

 

 

「ごちゃごちゃうるさいですぅ!二人とも神妙にお縄を頂戴しろ、ですぅ!」

 

 

「俺もなのか・・・・・・(困惑)」

 

 

共犯者ってより俺は人質なんですがそれは・・・・・・

しかし翠星石にとってその辺りはどうでもいいようで、如雨露を構えている。

いや如雨露ってそういうもんじゃないからな。

ていうか早く助けてくれ。

 

 

「なんでもいいから早くどうにかしてくれ・・・・・・」

 

 

その自暴自棄の言葉がいけなかったのか、雪華綺晶が食いついた。

 

 

「今・・・・・・なんでもいいって言いましたわね?」

 

 

「え、それは・・・・・・」

 

 

やられた、墓穴を掘っちまった。

雪華綺晶は名前の通りのキラキラした目でこちらを覗く。

こいつ結局俺をどうしたいんだ・・・・・・

 

と、その時、とうとう翠星石が行動に出た。

 

 

「ええい、ちょっと黙れです!スィドリーム!」

 

 

翠星石が何か単語を叫ぶと、彼女の周りに緑の発光体が現れ、地面が揺れだした。

地震かとも思ったが、状況から察するに、雪華綺晶の不思議なツタのような、翠星石の力なのだろう。

 

突如、俺たちの真下からでっかい蔓が伸びてきた。

雪華綺晶のツタの比じゃない。

それこそロープと大きな建物の支柱を比較するようなものだ。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

「あにゃい!?」

 

 

その蔓に俺と雪華綺晶は真上へと突き出される。

そのついでに、俺を拘束していた雪華綺晶の蔓が千切れる。

助かった・・・・・・訳ではなく。

 

今まさに地上30メートルから落下しようとしている。

まだ雪華綺晶の養分にされたほうがマシなレベルだ。

このままじゃ運が良くて骨折、悪くて死去、I'll be backならぬI'll be fucked(ぶっ殺される)だ。

 

どちらにしても救いようがない。

 

 

「Fuuuuuuuuck!!!!!!」

 

 

絶叫するもどうにもならない。

このまま地面に叩きつけられてしまうのか・・・・・・そう思った、その時。

 

ガシッ。

 

雪華綺晶が俺の腕を掴んだ。

そして人形特有の謎浮遊を駆使して、一番近くの水晶の裏へと隠れる。

 

 

「あっ!逃げるなですっ!」

 

 

翠星石による巨大蔓の追撃が迫ってくる。

どうやら本気で俺ごと雪華綺晶を倒すつもりだ。ぐわんと大きく蔓はうねり、上へと伸び続けていたそれは、自然ではあり得ない方向転換を見せた。

 

しかし雪華綺晶もまんまとやられてやるつもりは無いらしく、俺たちと蔓の間に巨大蔓とタメを張れる大きさの水晶を出現させる。

どうやら防御に使うようだ。

と、少しだけ指輪が熱くなった事を受けて左手の薬指を見る。

なぜか指輪が白く光っていた。

 

バンッ!蔓が水晶と衝突する。

 

 

 

「・・・・・・!マスター伏せて」

 

 

「ッ!」

 

 

突然、よそ見をしていた俺に雪華綺晶が注意する。

 

次の瞬間、パキッと水晶に亀裂が入った。

何かよからぬ感覚を頭に受信したため、咄嗟に俺は雪華綺晶を左脇に抱えて横へ転がる。

 

 

そして、

 

 

「終わりですっ!」

 

 

翠星石の声と共に水晶が砕け散り、今まで俺たちのいた場所を巨大な蔓の直径が通過した。

あんな質量で、しかも車のようなスピードの物に激突されたら怪我だけじゃ済まない。

こちらも反撃しなければ殺される。

 

 

「ぐっ!生きてるか!?」

 

 

「ありがとうございます・・・・・・でも、どうして私まで?」

 

 

不安げに雪華綺晶は尋ねる。

どうして?そんなの、俺にも分からない。

分からないことは答えられない。

 

俺は立ち上がると、彼女の問いを無視して翠星石方向とは反対へ走り出す。

今だけはシリアスになってやる。

 




 戦闘パート開始。
これもう(描写が)わかんねぇなぁ?
感想や指摘、お待ちしてます(生かせるとは言っていない)


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Sequence 07 孤独

 久しぶりに書いた小説なので文章がわけわからないところがあるかもしれませんがご覧ください


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   孤独。

それは人間の心を蝕む病魔。

時として孤独は知恵要約にもなり得るものだが、大抵は心を壊す要因(factor)になり得る。

俺は決して孤独ではなかった。

家族との仲も良好だったし、高校時代の親友たちとは今でも飲んだりサバゲーに行く仲でもある。親が死んでからも、礼とはうまくやっているはずだ。

 

 

 

 

 

でも。

 

 

 

何かが足りない。

 

 

サバゲーで闘争心を剥き出しにして相手を倒し、仲間と勝利を共にする。

いつしか、それだけでは満足できなくなっていた。

 

 

心を満たす、致命的な何かが、俺には足りない。

 

そもそも、これは俺だけの問題なのだろうか。

意外と他の人間も抱えている問題なんじゃないか。

 

しかし、そんな事は知りえない。

他人は他人で、自分は自分だ。

この境界は崩せないし、侵すこともできない。

 

 

だけど。

 

 

そうだけども。

 

 

俺は孤独だ。

 

 

俺の心は満たされない。

 

 

満たされない限り、俺の心は晴れはしない。

 

 

 

 

―――雪華綺晶。

 

 

この人形()はどうなんだろうか。

 

人間そっくり、いやそれ以上に洗練されたフォルム。

そして同じように感情があると思える、この人形()は。

 

果たして、孤独を、虚無感を感じることはあるのだろうか。

 

あるのならば、仮にそうだとするのならば。

 

マスターという、俺の知らない関係になったのであれば、それを共有できるのだろうか。

 

 

 

 

 

俺はいったい何がしたいんだ?(What the hell do I want?)

 

俺はいったい、この人形()に何を求めているんだ?

 

 

出来ることなら、教えてほしい。

 

俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「逃がさねぇですっ!スィドリーム!」

 

 

翠星石の号令と共に巨大な蔓が、今度は進行方向からも伸びて迫る。挟み撃ちにするつもりだろう。

俺は舌打ちするとともに、対応しやすくするために姿勢を低くした。

 

雪華綺晶は相変わらず俺の腕の中だ。

人間とは似て似つかない軽さが、人形の脆さを感じさせるようで仕方ない。

 

 

蔓は直進して俺と雪華綺晶を文字通り潰しにかかる。

動きは速いが、その分直進的で読みやすいものである。

サバゲーで人間を相手にするより、避けるのは簡単だろう。

 

 

 

 

―――失敗(ヒット)(Dead)に直結することを除けば、だが。

 

 

「マスターっ!」

 

 

「大丈夫だッ!」

 

 

叫ぶ雪華綺晶に言い聞かせる。

そう、大丈夫だ。

答えを出すまで、俺は死ぬつもりは無い。

 

 

刹那、俺は迷彩服に備え付けられたニーパッドを利用して右膝を着き、左足を前へと伸ばした。

 

その間、雪華綺晶を両腕で抱きかかえ、頭を低くする。

甘い花の匂いが俺の頭を満たし、不思議と恐怖を掻き消してくれた。

 

 

直後に、頭の数センチ上を蔓同士が激突する。

耳をつんざくような衝突音に、一瞬耳がキーンとおかしくなる。

 

しかし今止まってはまた蔓に追っかけられる。

三度目の正直で、とどめを刺される可能性も大きい。

 

 

「やったか!?ですぅ!」

 

 

不意に翠星石がフラグ満載の言葉を発する。

残念、そういう時はだいたいやれてないもんさ。

 

チャンスだった。

翠星石からは蔓の下で姿勢が低くなっている俺を視認できていない。

チャンスは存分に生かす。

それが俺の戦い方であり、生存方法だ。

 

 

「絶対に声を上げるな」

 

 

抱き寄せている雪華綺晶の耳元で囁く。

意図を理解してかしないでか、彼女は頷くだけだ。だが、それでいい。

 

俺はしゃがみながら、足音を発てないように、それでいて出来るだけ早く走る。

もちろん見られていないというアドバンテージは生かす。

翠星石に発見されないように、蔓を遮蔽物として利用するのだ。

 

ちょうど見えない位置を突っ切ることにより、少しでも長く緑の性悪人形の魔の手から逃れる。

 

 

 

 

翠星石が俺たちの死体を確認しようと蔓をどかした時には、すでに俺たちは逃げおおせた後だった。

 

翠星石が周りを見渡すが、あるのは水晶の山と破砕した水晶のみ。

 

 

「きぃいいいいい!!!まんまと逃げやがったですぅ!スィドリーム!早く奴らを探すですぅ!そうしないと・・・・・・香織が・・・・・・」

 

 

今にも泣きだしそうな顔で発光体に命令する。

そんな彼女の姿を、俺はすぐ近くの水晶の柱から覗き見る。

発光体が見当違いな場所へ行ったところを見るに、どうやら少しの間は息をつけそうだ。

 

 

俺はほっと一息入れると、雪華綺晶を離した。

彼女は少し残念そうな顔をしていたが、今の俺にそこまで気付く余裕がない。

 

その間も俺は腰のポーチに何か使えそうなものがないか探すが、出てくるのはサバゲーの時に混入した砂だけだ。

 

 

「クソ・・・・・・」

 

 

悪態をつく俺に、雪華綺晶は尋ねる。

 

 

「マスター・・・・・・私は貴方を無理にここへと連れてきた。それなのに、なぜ私を助けたの?」

 

 

「自覚はあったんだな・・・・・・わかんねぇなぁ。ただ、一目君を見た時、俺の中で何かが変わる気がしたんだ。君が目覚めた時、俺の心は確かに・・・・・・あぁクソ、こんな事言う柄じゃないんだけどな」

 

 

俺はもっと、適当な事を適当なタイミングで言うキャラだ。

こんなアニメの主人公みたいな事言うようなタイプじゃない。

 

雪華綺晶は首を傾げた。

誘拐同然に、しかも養分にされかけたのにもかかわらず、可愛いと思ってしまう。

こうやって男はキャバ嬢に貢ぐのか(確信)

 

ふむ、やっと調子が戻ってきた。

 

 

「貴方も・・・・・・孤独なの?」

 

 

「的を得ない質問だな。いや、間違いじゃないか。そうだな、そうかもしれない」

 

 

頷いて肯定して見せる。

確かに、俺は、孤独でないように見えて孤独だ。

 

 

「そういう君も孤独なのか?」

 

 

今度は俺の質問に、雪華綺晶は頷いた。

そうか、と。それだけ言って、会話は終わった。

 

しかし若干の気まずさと、気になる疑問があったため、半ば強引に話を続ける。

 

 

「あー、雪華綺晶。聞きたい事はいっぱいあるけど、教えてほしい事がいくつかある。なんだってあいつは君を殺そうとしているんだ?まぁ最初からサイコパスだったなら理由なんてないだろうが」

 

 

しかしその質問に雪華綺晶は黙る。

黙秘ではなく、単純に分からないようだ。

これは困った、解決策が見つからない。

翠星石と戦おうにも、見た所、雪華綺晶は力が姉よりも弱いらしい。

 

 

「それじゃあもう一つ。なんで俺の格好がこんなフル装備且つ、非武装なんだ?」

 

 

それには答えられるようで、彼女は口を開く。

 

 

「ここはnのフィールド。現実のようで、そうではない世界。今のあなたは、夢の世界にいるようなもの。貴方がそれを望めば、出来る範囲で成すことが出来てしまう、そんな世界」

 

 

「つまり、この格好は俺の理想ってことか・・・・・・あながち間違ってはないからなぁ。武器を持っていないのは、出来る範囲を越えてるからか?なんともまぁ都合が良いんだか悪いんだか」

 

 

銃を召喚ってことは俺に出来る範囲を超えているのか・・・・・・ならなんで、サバゲーの装備はフルで持ってこれたんだろうか。

ふむ・・・・・・所持している者に関係しているのか?

いや、それだと電動ガンは?コンバットアックスは?なぜ持ってこれない?

分からない・・・・・・いや、待てよ。

 

ここで、あることが頭に浮かぶ。

 

 

「雪華綺晶、もしかして、俺の電動ガンとか斧とか、武器になりそうなものを取り上げたか?」

 

 

「もちろんです、抵抗されると困りますので」

 

 

「ウッソだろお前・・・・・・(絶望)」

 

 

やっぱりこの娘が原因か・・・・・・なんとなくわかってたけど、どうしようもない。

彼女に怒っても武器は手に入らない。

 

 

「取り上げた武器はどこに?」

 

 

「ここに」

 

 

「あんのかよ」

 

 

質問に即答すると、彼女は手から光を放つ。

途端に、光は二分され、コンバットアックスと電動ガンになって俺の目の前に降臨した。

なんだこれは・・・・・・便利だなぁ(関心)

 

召喚された電動ガンはM4A1。本物はアメリカ全軍に正式採用されている世界的なカービン(騎兵銃)だ。5.56㎜ NATO弾を使用し、装弾数は30発。チャンバー(薬室)に事前に入れておけば1発多く撃てる。

ピカティニーレイルと呼ばれるアタッチメント取り付け台ももちろん装備されており、射手によって様々なオプションを取り付け可能だ。

このレイルはダニエル・ディフェンス社のRISⅡと呼ばれるもので、14.5インチの銃身(バレル)に12.25インチのRISⅡを取り付けたものはSOPMOD Block2と呼ばれる・・・・・・

のだが、これは電動ガン。当たれば痛いが死にはしないし、所詮はおもちゃだ。

 

 

しかし、このコンバットアックスは違う。

特殊部隊で使用されている本物で、日本でも買えるものだ。事実、俺もコスプレ用として所持している。

 

 

「使えるのはこれだけか・・・・・・まぁいい」

 

 

「貴方は戦うつもりですか?」

 

 

「あぁ、逃げることも考えたが、追跡されると厄介だ。火の粉は振り払うに限る」

 

 

事実、雪華綺晶も追跡されたからこうなった。

家にまで来られたらたまったもんじゃない。

 

雪華綺晶はまたしても不安げな表情を浮かべる。

そんな彼女の頭を、俺はグローブ越しに撫でる。

ちょっとびっくりしたような顔で雪華綺晶は俺を見上げた。

 

 

「大丈夫。きっと勝つ。君を孤独にはしない。聞きたいこともあるしな。・・・・・・マイナスかけるマイナスはプラスになる。そうだ」

 

 

「え・・・・・・?」

 

 

「雪華綺晶、作戦を伝えるぞ。よぉく聞いておけよ」

 

 

そうして、俺は戦いへ挑む。

そうだ、俺はまだ死ねない。

 

ようやく掴んだかもしれないんだ。

俺の、心を満たす何かを。




終わり!閉廷!


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Sequence 08 水晶の庭

 いいタイトルが思いつきませんね・・・・・・


 

 

 

 

 

 「出てこいですぅ!正々堂々と翠星石と戦うですぅ!」

 

 

 

 一方、翠星石は相変わらず俺たちの捜索に必死になっていた。

実際探している方向は俺たちが隠れている場所とは反対方向。

鬼は完全に混乱していた。

 

今にもマグマが吹き出そうな表情で、蔓を使い手当たり次第に水晶を破壊していく。

彼女が焦っているのは誰が見ても明らかだ。

焦った的は、狩人(ハンター)の格好の餌である。

焦りは迂闊な行動を生み、隙を増やすからだ。

 

しかし当事者である翠星石からしたらそんなことはどうでもいい。

彼女には圧倒的な力がある。向かってくる者は、その力でねじ伏せれば良いだけだ。

それに、彼女の妹(雪華綺晶)の力が弱まっているという事実が、彼女のパワー思考を更に加速させているのだ。

よって、見つけ次第パワーで捻じ伏せてくるであろうことは容易に想像できた。

 

 

 

 

「・・・・・・雪華綺晶、聞こえるか」

 

 

『良好ですわ』

 

 

そんな翠星石の後方40メートルから、俺は水晶に身を隠してその姿を伺っていた。

俺が話しかけているのは、現在別行動中の雪華綺晶。

どうやら、彼女のような人形(ローゼンメイデン)と契約した人間は、指輪を媒介にして、人形と会話できるらしい。つまり無線機ってことだ。

便利なもんだ。

 

 

「今翠星石の背後を取っている。相変わらずやりたい放題だな」

 

 

気付かれないように声を潜めながら会話する。

 

 

『お気を付けて、マスター。お姉様に見つかればただではすみませんわ』

 

 

「身に染みてるよ。そっちも用意しておいてくれ、アウト」

 

 

彼女との通信を終了する。

雪華綺晶の言う通り、翠星石に見つかればゲームオーバー(Killed In Action)だ。

それこそミンチにされてしまうだろう。

武器は軍用の斧だけで、空中にいる翠星石には届かない。

投げれば運よく当たるかもしれないが、外したら位置はばれてしまうし、何より武器が無くなる。そんな運任せなことは流石にしたくない。

 

確信的なチャンスが来るまで攻撃は控える。

 

 

 

さて、翠星石であるが、行動は変わらない。

ただ力に任せながらひたすら前進あるのみ。

 

だが、その大技故に細かいことに気が付かなくなる。

 

 

「あれ、なんですかここ」

 

 

怒りに任せて水晶を破壊していたのは良いが、いつの間にか彼女は、一際水晶が密集している地域へと前進していたのだ。

戻ろうにも、同じような水晶の柱が方向感覚を狂わせてしまうため、引き返すことはままならないだろう。

 

一瞬悩んだが、それでも彼女は前進、破壊を選択した。

 

 

「イライラする場所ですぅ!なら全部こわしてやるです!」

 

 

スィドリーム!そう叫ぶと再び緑の発光体を操って彼女の前方を薙ぎ払うように進む。

実質、翠星石自身は何もしていない。

ほとんどあの蔓が攻撃行動している。

 

雪華綺晶によると、あの蔓以外にも攻撃手段はあるとの事だ。

そう、あの手に持っている鈍器・・・・・・もとい庭師の如雨露。

あれを振るってくるらしい。

 

人形の力はバカにならないらしく、一発でも如雨露の打撃を食らえば弾き飛ばされるそうだ。これも正面から攻撃が出来ない要因の一つである。

 

 

 

ならば、上か後ろから仕掛ければいい。

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

不意に、翠星石が何かの気配を上から感じた。

瞬間的に上を見上げる。

 

そこには水晶の柱の上から、翠星石に向かって飛びかかってくる俺の姿があった。




ちょっと短めです。


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Sequence 09 斧と如雨露

 今週からリアルが忙しくなるので更新頻度が落ちます。


 

 

 

 

 「捉えたッ!」

 

 

叫びながら、俺は空中で斧を一直線に振り下ろす。

重力の補正が入った重い一撃は、人間も人形も食らえばタダでは済まない。

頭に当たれば頭蓋骨ごと脳がカチ割れ、腕に当たれば一本は「もらう」ことが出来るだろう。

 

察知されたのは少し驚いたが、今の翠星石の状況では回避するには遅すぎる。

可愛い、それもまるで生きているような人形を叩き壊すのは心苦しいが、やらなければこちらがやられるのだ。

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

翠星石はまるでホラー映画のドッキリシーンでも見せられたかのような表情でこちらを見た。

そして、せめてもの抵抗として、如雨露で身体を護ろうとする。

 

無駄ではない。

見た所、鉄製のその農具は、非常に頑丈そうに見えるため、仮に渾身の一撃が如雨露に当たったとしても彼女を倒すことは困難に近い。おそらく、ダメージの殆どをあの如雨露にとられるはずだ。

 

 

だが、いくら頑丈でも衝撃は殺せない。

得体の知れない人形だろうと、60kgオーバーの人間が高さ10メートルから追突してきたらしばらくは動けなくなるだろう。

そういった打算が俺にはあった。

 

 

 

だから。

 

 

ガンッ!!!

 

 

「ファッ!?」

 

 

俺の斧による攻撃がいとも簡単に弾かれた(パリィ)時には恐怖を覚えた。

そしてもっと恐怖せざるを得なかったのは、強い衝撃が伝わったはずの彼女どころか、如雨露まで傷一つなかった事だ。

余計な事は言わず、ヤバい、とその一言に尽きる。

 

本来ならば叩き切った後に彼女の身体をクッションにして着地する予定だった。

もちろんそんな事すれば俺の身体は無事では済まない事は容易に想像できるが、俺の怪我の治りは人より早いから何とかなる自身があった。

 

 

でも、それも今となってはどうでもいいことである。

何せ、人形製クッションプランが潰された挙句、弾かれた時の衝撃で俺はバランスを崩してしまっているのだから。

 

股の間が、ジェットコースターに乗っている時のような感覚を覚える。

キュン、とかヒュン、とかそんな感じの擬音で表わされる事が多いが、実際は音にすら表わせないものだ。

 

 

「きらきィ!!!!!!」

 

 

『マスターっ!』

 

 

咄嗟に指輪めがけて勝手につけた雪華綺晶のあだ名を叫ぶ。

すると、襲撃時に使った水晶の塔から俺の腰へと、先ほど俺を拘束していたツタが絡みついた。

まるでバンジージャンプのロープのようにツタは俺を引き上げようとしたが、どうやら肝心の引き上げる力と強度が足りないらしい。

落下速度が思っていたより減速しなかったし、ツタがぶち切れそうな音を発している。

 

わずか1秒足らず、地面まで3メートルの所でツタは千切れてしまった。

 

 

「ぐおぉお!」

 

 

マヌケな声を出して俺は地面へと着地する。

その際、足をそろえてつま先から接地、そして横から背中へ回転するように脛、太もも、背中、最後に肩という順番で転がり、衝撃を分散させた。

これは五点着地法といい、5メートル程度の高さからなら無傷で着地できるというもの・・・・・・だが、普通に痛い。

そりゃあただのちょっとネジの緩んだサバゲーマーが見様見真似の技を完璧に実践できる訳ないだろ!いい加減にしろ!

 

だが、コツは掴んだ。次は無傷で・・・・・・いや、次なんてなくていいから(良心)

 

 

痛てて、っと言い腰を押さえながら立ち上がる。

本当なら今すぐ逃げなければまずいのだが、痛いものは痛い。

とある動画で自称小学二年生がおじさんに虐待という名のプレイを、仕事で受けていた時も、本人があまりにも痛いと思ったときには小学生らしからぬ声で泣き叫んで撮影を止めようとしたぐらいだ。

俺が逃げるよりもまず腰を押さえているのだって、許される(超理論)

 

ちなみに、その動画では自称小学生よりも虐待をするおじさんを応援する声の方が圧倒的に多いことは非常にどうでもいいことである。

 

 

 

「あ、あぶねーです・・・・・・あともうちょいで翠星石の身体がカチ割られてたところですぅ・・・・・・」

 

 

一方、翠星石は直前の出来事を思い出して恐怖していた。

そのために、真下にいる俺に意識が向いていない。

 

逃げるなら今がチャンスだろう。

 

 

俺は足音を発てないように翠星石の進行方向へと逃げながら、指輪に小声で話しかける。

 

 

「雪華綺晶、メインプランは駄目だ、プランBだ」

 

 

『・・・・・・プランBなんて決めたかしら?』

 

 

恐らく指輪の向こうでは雪華綺晶が可愛く首を傾げているのだろう。

雪華綺晶が首を傾げるのも無理はない、なぜならそんなもの決めていないからだ。

 

 

「俺が囮になって奴を誘導するから君は・・・・・・」

 

 

「あ、どさくさに紛れて逃げようとするなですぅ!」

 

 

どうやら我に返った翠星石に見つかったようだ。

俺は全力で走り、息を荒げながら通達する。

 

 

「とにかく隙が出来たらとっておきをぶち込んでやれ!アウト!」

 

 

交信を終了し、俺は目の前の水晶の迷宮に入り込む。

これなら相手も安々とは追跡できまい。そうして混乱したところを雪華綺晶に攻撃してもらおう、そうしよう。

 

しかしここで一つ問題が。

それは俺もこの迷宮の地図を持っていないという事だ。

 

そもそも雪華綺晶もこんな複雑な迷路のマップを把握しているのだろうか。

 

 

だが、今はとにかく奴を迷わせることを目的に走る。

上手くいきさえすれば、今度こそ終わる。

 

そうだ勝てる、勝ってやる。

敵は全員倒す。殺してやる。

 

 

 

俺の心の奥底に灯る鈍い火が、気付かぬうちにゆらりと燃える。



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Sequence 10 肉を切らせて

 ローゼンメイデンの技や設定にはオリジナルも含まれますのでご注意ください


 

 

 

 

 

 ―――可愛らしい死からの追跡をかわすため、ひたすら水晶の迷宮を走り続ける。

 

 

「待てですぅ!」

 

 

そんな俺の背後から、翠星石の高い声が響く。

直後に轟くは耳をつんざくような破裂音。

 

原因は、翠星石の放った「種の砲弾」。

蔓だけではちょこまかと走る俺に対処できないと判断したのだろう、バレーボール大の大きな植物の種が、翠星石の持つ如雨露から発射される。

口径的には発射できるはずがないが、そもそも人形が動き回っている時点でいろいろおかしいので突っ込まないし、突っ込んでる余裕があれば逃げたほうが何かといいと思う。

 

この種の厄介な点は、破裂した後、破片が周囲に飛び散るという事だ。

幸い、精度はそこまで良くないのと発射感覚が遅いので動いていれば当たらない。

それに破片も、胴体部分ならプレートキャリアが防いでくれるし、そもそも当たっても少し痛いだけで済む。

直撃以外は大したことは無いのだ。

 

 

「あ~やっぱり怖ぇ!(レ)」

 

 

俺は俺で、平静を保つために口だけでもネタに走る。

それが翠星石には余裕に見えたのか、より一層怒りを増して種をぶつけてくる。

 

 

「ふざけやがってぇ!です!」

 

 

今、少しばかり翠星石の声が筋肉モリモリマッチョマンの変態のようにごっつく聞こえたのは気のせいだろうか。

そのうち人質がいるのに捕らわれている館やらなにやら破壊してしまいそうで恐ろしい。

・・・・・・いや水晶を破壊しまくっているのを考えるに、その片鱗は見せている。

きっと将来はテロリストやら宇宙人を倒す戦士になるに違いない。

 

おっと至近弾。

もうちょいで直撃しそうだった。

 

 

「もう十分だ、もう十分堪能したよッ!」

 

 

某レストランで泥まみれ(意味深)になった食通のようなセリフを吐きながら逃げる。

もうそろそろ体力の限界だ。タバコなんざ吸わなきゃよかった、肺活量があからさまに減っている。

 

しかし空中を飛ぶ翠星石には体力なんて関係がないようだ。

 

 

「これがシメではございません、ですぅ!」

 

 

なんでこのネタを知ってるんだこの子は(驚愕)

こんな汚い語録なんて使わなくていいから(良心)

 

と、まぁなんだかんだでノリが良い翠星石だが殺しに来ている事実は変わらない。

 

 

もうそろそろ限界か、そう考えた時。

 

 

 

『そのまま100m直進してください』

 

 

雪華綺晶の声が頭に響く。

返事をする余裕がない俺は無視する他無く、言われた通り100メートルを全力で駆け抜ける。

 

しまった、力み過ぎてお腹痛くなってきた。

割とケツの締まりが悪い俺からすれば、この状況は種を撃たれるより深刻だ。

みるみるうちに顔が青ざめていく。

これはあと一時間しないうちにこれは漏れる。それまでに決着を付けたいところだ。

 

 

「これでも食らえ!ですぅ!」

 

 

と、そんな国家レベルの危機に瀕している俺めがけて、翠星石が特大サイズの種を射出。

俺の第六感がそれを感知して咄嗟に前へ飛び込む。

 

刹那、俺の真後ろの床が粉砕した。

水晶の破片や種の硬い破片がプレートキャリアと腕に刺さる。

 

 

「ウグっ!!」

 

 

一瞬ひるんで動きが止まるが、足にはダメージが無かったために走り続ける。

もうそろそろ100メートルのはずだ。

雪華綺晶はまだか。疲労的にもダメージ的にも肛門的にも限界だ。

 

 

 

「バカめ!かかったですぅ!」

 

 

不敵に翠星石が笑った。

何かと思った次の瞬間、種が着弾した場所から、あの巨大蔓が飛び出してきたのだ。

 

地面を割る轟音と共に、俺めがけて蔓が突進してくる。

 

 

「マジか!うごぉあ!!!!!!」

 

 

スピードに乗り切れてなかった蔓は思っていたほど大きなダメージは俺には与えなかったが、それでも体重60kg以上の俺の身体を数メートルふっ飛ばす。

同時に、肛門がキュッと締め付けられた。

 

 

「ヌッ!」

 

 

その体感したことのない感覚に変な声を漏らすが、汚いものは逆に奥へと押しやられた。

ひとまず安心だ。

 

しかし、お腹事情が穏やかになっただけで他の状況は最悪。

あの時の事故よりはマシだが、蔓に叩きつけられ、更に地面にも身体が打ち付けられたために脳震盪を起こしていた。

 

 

ぐらつく視界に、ボロボロの身体。

俺はゲームのように時間経過で回復するような化け物じゃない。

 

 

「ようやく当たったですぅ。さぁ、早く終わりにするです。あの末妹を出すです」

 

 

追いついた翠星石が俺に諭す。

どうやら俺をダシにして雪華綺晶をおびき出すようだ。残念、俺だって雪華綺晶の居場所なんてわからないんだよなぁ・・・・・・

 

 

咳込み、口から一緒に出てくる血を確認すると、限界であることを悟った。

 

 

「きら、きしょう、ゴホッ、やられた、悪い」

 

 

指輪に向けて、雪華綺晶に謝る。

しかし、返ってきた返事は

 

 

 

「いいえ。完璧です、マスター」

 

 

 

次の瞬間、四方八方の水晶からロープのようなツタが伸びて翠星石を拘束した。

足、手、首と、綺麗で勝気な少女が拘束される。

まるでそういう趣のエロゲーでありそうなシチュエーションだ。

普段の俺ならあぁ^~、と歓喜していただろうが、今の崖っぷち状態ではそれすらも考えられない。簡単に言えば、体力が赤の状態だ。

 

 

と、そんな状態で横たわる俺の傍に、いつの間にか雪華綺晶が佇んでいる。

その無垢な目は、翠星石を捉えていて、無表情だ。

 

 

「ぐ、末妹、放すですぅ・・・・・・!」

 

 

「いいえお姉様。貴女にはここで尽き果てて貰います」

 

 

冷酷な宣告と共に、ツタの締め付ける力が増す。

ミシミシと、痛々しい音が4、5メートル離れた場所からでも聞こえてくる。

 

 

「ぐ、が、あ、がぁ・・・・・・!」

 

 

悲痛な少女の掠れた声。

そんな中、俺は特に助けようと行動を起こすことはしなかった。

最初に攻撃してきたのは翠星石だ。

因果応報、仕方がない。

 

 

そう、思っていた。

 

 

 

「か、おり・・・・・・ごめ、ん・・・・・・」

 

 

 

その声を聴いた瞬間、俺の中の綺麗な部分が反応した。

痛む身体に鞭打って立ち上がり、手放さなかった斧を投擲する。

ぶちっという音がして、翠星石の首を絞めていたツタが破れた。

 

その行動に一番驚いたのは翠星石ではなく、雪華綺晶。

なにやってんだこいつ・・・・・・という怪奇な目をこちらに向ける。

 

 

俺はふらふらになりながらも立ち続け、荒い呼吸で隣りの雪華綺晶に向けて言う。

 

 

「まぁ、待て。少し聞きたい事があるんだ」

 

 

そう言って、俺は未だ咳込む翠星石の目の前へと歩き・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘グダグダでもしゃもしゃでせん!


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Sequence 11 安息

 

 

 

 

 

 

 

 ―――結論から言えば、翠星石を倒す(殺す)という事はしなかった。

今、俺と雪華綺晶、そして翠星石は、水晶のエリア・・・・・・nのフィールド、雪華綺晶の領域で一息入れつつ、翠星石から事情を聴いている。

もちろん翠星石には最低限の拘束はしている。具体的には、ツタを手錠代わりにしているのだ。

 

最初、雪華綺晶からは翠星石を生かすという案は拒否されかけたが、どうにか説得して、今は暖かい紅茶を姉に飲ませている。

俺は俺で、お腹の波が治まったので身体を休めている。

もう殆どダメージが無い所を考えるに、俺は本当に人間じゃないのかもしれない。

 

 

俺は雪華綺晶から手渡された紅茶を一口飲む。

 

 

「あぁ^~うめぇなぁ!」

 

 

後輩を裸にして遊んでいた某先輩の語録を使って紅茶の美味さを表現する。

雪華綺晶はこちらを向いてにっこりとほほ笑んで見せた。

あぁ^~かわいいんじゃあ^~、と俺は心で喚起しつつも表情は紳士のように冷静なスマイルを浮かべる。

 

しかし本当にうまいなこの紅茶。

しっとりとしていて(砂糖で)べたつかない、それでいてスッキリとした甘さだ。

お茶っ葉はアールグレイを使ったのかな?(無知)

 

 

そうそう、戦闘が終わってから、翠星石の事情を含め、彼女達(ローゼンメイデン)の事について雪華綺晶教授と翠星石助手から手ほどきしてもらった。

 

 

曰く、ローゼンメイデン(薔薇乙女)とは、かつて伝説の人形師ローゼンが、究極の少女アリスを完成させるために生み出した、生きた人形であるという。

ローゼンメイデンはアリスになるために、姉妹同士で戦い、魂であるローザミスティカを奪い合う。すべてのローザミスティカを集めたドールは完璧な少女アリスとなり、お父様であるローゼンに会うことが出来る・・・・・・そうだ。

まるでZ戦士が出てくる国民的漫画みたいだぁ・・・・・・(直喩)

 

それで、雪華綺晶が言っているマスターという存在。

ローゼンメイデンにはパートナーである人間がいなければ力を使って戦うどころか、起動することもできないらしい。

俺が最初に螺子を巻かなければ雪華綺晶は目覚めなかったという事だ。

 

ローゼンメイデンと契約した人間は、媒介として彼女たちに力を与える。

なお、メリットはない模様。

 

しかし翠星石曰く、契約者と人形の間には明確な絆が芽生えるため、利害関係のみでは言い表せないそうだ。俺が、雪華綺晶と共闘したのと同じように。

 

 

そして、翠星石が俺たちを抹殺しようとしていた理由も、契約者が理由であるとの事だ。

 

 

その前に、雪華綺晶について説明しておく必要がある。

翠星石曰く、雪華綺晶は通常のドールとは異なる点が多いらしい。

その一つが、本来ならば実体を持たないという事。

しかし俺は家で雪華綺晶を、礼と共に見ているし触っている。ついでに言うとべろべろなめ回した(ばれてはいない)

その点について、雪華綺晶が説明するには、ローゼンが作り、破棄した人形などのパーツを集め、ボディを作ったのだそう。いい根性している。

 

しかし、あまりにも異質なそのボディには欠点も多く、通常の人形よりも力を多く必要とするため、普通の人間と契約しただけでは戦うどころか動く事もままならない。

 

彼女は元々実態を持たなかったためか、人間の心を奪い、水晶に拘束することで力を集めなくてはならなかったそうだ。実体化した今でもその性質は受け継がれてしまっているらしく、定期的に現実の人間を拉致ってnのフィールドに閉じ込めて搾取しなければならないらしい。

 

そんな拉致被害者の一人が、翠星石のマスターの妹である林本 香織さん14歳。

俺の弟と同い年だ。

 

翠星石は雪華綺晶のせいで昏睡してしまった妹の傍で悲しむマスターのために、雪華綺晶を追っていたらしい。

 

 

 

つまり、100%雪華綺晶が悪い、訴訟(確信)

 

 

マスターである俺は拉致った人々を解放するように雪華綺晶へ命令しようとしたが、そこで躊躇してしまう。

解放してしまったら雪華綺晶は動かなくなってしまうのではないか。

 

せっかく見つけた「何か」を手放したくはない。

だが、翠星石にも手放したくない何かがある。

 

俺は悩む。

悩んで悩んで、そんな俺に雪華綺晶は言った。

 

 

「もう彼らは必要ありません(自分は悪くない) 貴方がいるんですもの」

 

「あ、そっかぁ・・・・・・(納得)」

 

 

どうやら、俺の生命力が通常の人間とは桁外れに高いらしい。

治癒力が高いのもそういった理由であると俺は解釈したが、それでもこの以上回復力は気持ち悪い。

生命力の高さがドールの力に直結するために、もう拉致った人間は必要ないらしい。

 

ちなみに、囚われていた人たちの心はもう解放した。

 

 

そして、ちゃんと雪華綺晶から翠星石にごめんなさいをさせ、とりあえずは一件落着したのだが・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「やい末妹のマスター!さっさとこの手錠を外すです!」

 

 

「さっき外したら如雨露で殴ろうとしただろ!いい加減にしろ!」

 

 

どうやら俺に斧で殺されかけたことを根に持っているらしく、翠星石は何かと俺に暴力を振るおうとしている。

 

だから落ち着くまではこのままでいてもらわなくてはならん。

はやく香織ちゃんに会いたい翠星石には申し訳ないが、俺も殴られたくない。

 

 

 



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Sequence 12 真夏の夜の夢(直球)

甥のKMR、投下します。


 

 

 

 

 深夜、nのフィールド。

 

ようやく翠星石がおとなしくなり、雪華綺晶に頼んで帰ってもらう事に成功した。

雪華綺晶曰く、nのフィールドへは俺の部屋の大きな鏡を通って来たのだという。

帰りもnのフィールドの出口から鏡を経由する・・・・・・という事なのだが、現代社会に生きる身としては今一実感が湧かない。

なんだよ鏡を通っていくって・・・・・・どこでもドアみたいだな。

 

ちなみに、nのフィールド内での人間はいわゆる精神体のようなもので、フィールド内にいる時は、実際の身体は寝ているような状態にあるという。

nのフィールドで負ったりした傷は現実にも反映されるようで、きっと帰ったら服が血まみれになっているだろう。

貴重なパーカーが一着ゴミと化したわけだ。

 

なお、nのフィールドはローゼンメイデンでなければ行き来できないようで、閉じ込められた場合は植物状態・・・・・・最悪、死亡と同義にされてしまう。

 

 

なんてところに連れて来たんだ(憤慨)

 

 

「さぁ、こちらですわ」

 

 

雪華綺晶が大きな鏡の前で手招きをする。

どうやらここが出口らしい。

 

 

「やっと帰れるのか・・・・・・」

 

 

なんだか今日は疲れた。

そりゃああんだけ走ったり吹き飛ばされたり養分にされかけたりすれば疲れるし、むしろ生きてる方がラッキーだ。

それじゃあ鏡を通って帰るとしよう・・・・・・あ、そうだ。

 

 

俺は鏡を通らずに雪華綺晶を見つめる。

彼女はにっこりとして首を傾げており、その仕草が可愛い。ほんと抱きしめたい。

 

 

じゃなくてだ、これから雪華綺晶はどうしようか。

仮にも俺はローゼンメイデンのマスターになることを受け入れはしたが、日常生活で人形と楽しく喋っているところを見られたら精神病院に連れてかれてしまう。

 

河原君、病室へ戻ろう!なんて礼に言われるのはごめんだ。

 

 

「あー、雪華綺晶。契約しといて何だが、これからの生活について考えたか?」

 

 

「???仰っている意味が分かりかねますが・・・・・・」

 

 

「つまりだ、家族に君が動いているところを見られると、あれだ、ヤバいんだ」

 

 

その言葉に雪華綺晶は更に首を傾げて見せた。

可愛いのはわかったからちょっとは理解してくれよな~頼むよ~。

 

 

「えっと、動く人形なんて普通の人間が見たら驚くだろ。それじゃなくても二十歳の男が人形と会話してたら俺は精神病院か間違って刑務所に入れられちまう」

 

 

「え・・・・・・マスターは私といるのが嫌なの?どうして?」

 

 

急に雪華綺晶が泣き出しそうな顔で俺に訴えてくる。

これはまずい、一歩間違えたらまた拘束されて養分にされかねん。

違うんだよ雪華綺晶、ここで大事なのは俺が日常の生活を送れるか否かなんだよ。

 

俺は彼女を抱っこして自分のおでこと雪華綺晶のおでこを合わせる。

ふわっとしたいい匂いがするし世界一と言っても過言ではない整った顔が目の前にあって正直たまらねぇが我慢する。

 

雪華綺晶は驚いた顔で左目を見開く。

その表情が愛しくてたまらない。

出逢って数時間足らずでここまで情が湧くとは、ローゼンもいい仕事をする。

 

 

「いいか雪華綺晶、嫌だったらこうして助けてないだろ。それに言ったろ?孤独にしないって」

 

 

うるうると目を潤わせる雪華綺晶は頷く。

その涙をぺろぺろして飲みたい(ド変態)

 

 

「・・・・・・仕方ない。弟にはなんとか説得してみるよ。さ、家に帰ろう」

 

 

最後は俺が折れた。

リアリストな礼にはなんて言われるか分からないが、俺の弟だから何とかなるだろう。

あいつを信じよう。

 

俺の許しを聞いた雪華綺晶の顔が、ひまわりみたいに晴れる。

あまりにもかわいくて明るいその笑顔は、雪華綺晶という冷たいイメージを持つ名前からはかけ離れているようにも感じた。

 

 

「マスター・・・・・・やっぱり、私あなたを選んで良かった」

 

 

突然目の前でそんな事を言い出すもんだから思わず俺は照れてしまう。

大胆な告白は女の子の特権だ。

 

 

「なんだなんだよぉ、お前俺に興味あんのか~?デュフフ・・・・・・んッ!!??」

 

 

「ん・・・・・・」

 

 

突然、雪華綺晶の顔が迫り、俺の唇に柔らかいものが押し付けられた。

彼女の唇だった。

 

生まれてこの方恋愛なんて二次元に対する片思いしかしてこなかった俺にとって、一日で何回も相手からされることなんてありえなかったから、思わず目を見開いて硬直してしまう。

 

 

瞳に映るのは目を瞑ってこちらに情熱を傾ける一人の人形(少女)

彼女の白い頬は赤く染まっていて、妙にこちらを煽ってきた。

諸君らには悪いが、俺どうやらリア充になったっぽい~(YUDT)

 

 

 

「ぷはっ・・・・・・」

 

 

どこぞの巫女がでかい湯呑でお茶を飲むよりも綺麗な音を立てて、雪華綺晶は唇を放した。

彼女が息を荒げて、俺の唇との間に糸を引かせている姿はセクシー・・・・・・エロイっ!

 

こんな感じでふざけているものの、俺は心臓の鼓動が破れそうなほど早い。

ドッキドッキ・・・・・・

 

 

「ちょ、雪華綺晶!?何してんすか!」

 

 

「暴れないで・・・・・・暴れないで・・・・・・」

 

 

「まずいですよ!」

 

 

お約束の台詞とともに雪華綺晶は再度迫ろうとする。

このままじゃ人形と一線を越えてしまいそうだ。

 

俺はほっぺに手を当ててくる雪華綺晶をむりやり引き剥がし、脇に抱える。

 

 

「あら、意外と臆病ですね?」

 

 

「う、うるさいんじゃい!」

 

 

俺は恥ずかしさのあまり噛みながら、鏡に向けて走り出す。

今はとにかく家へ帰ろう。

でないと、俺の股間に入った45口径ピストルが暴発してしまいそうだ。



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第二章
Sequence 13 素晴らしきこの生活


急にコメントが増えてすっげぇビビったゾ(小心者)
淫夢とローゼンメイデンは偉大、はっきりわかんだね。


 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・・・・朝か」

 

 

 

早朝、河原家。

窓から差し込む陽の光の眩しさに目が覚める。

今日は土曜日なので学校は休みだが喫茶店でのバイトがあり、二度寝はできない。

いくら叔父さんが金持ちで生活費を支給してくれたり会うたびに小遣いをくれると言っても、それだけではミリオタの財布は悲しいもので、自分で少しは金を集めないとやっていけない。

 

そもそも、俺の買うミリタリーグッズは全部実物なので、正直それらの金だけでも足りないのが現状だ。

今月はマグプルPTSのマガジンをセットで買ってしまったし、贅沢できない。

 

それはともかく、今日は10時から5時までバイトだ。時間はそれほど長くないので、楽だと思う。

 

 

現在は7時半。

とりあえずリビングに降りて朝飯を食おう。

そう考え、俺はベッドから降りて下の階へと向かう。

 

 

と、その前に、ベッドの横にある鞄に目をやる。

中身が空という事は、雪華綺晶はもう起きているという事だろう。

 

 

 

 

「おはよ~」

 

 

そう言って俺はあくび混じりにリビングの扉を開けた。

 

 

「あら、おはようございますマスター」

 

 

まず出迎えてくれたのは雪華綺晶。

ドレスの上からエプロンを着て、朝食のサンドが乗ったトレーを手にしている。

まるで奥さんみたいだぁ・・・・・・(直喩)などと思いながらも、俺は手を挙げて返事する。

 

 

「おはよう。俺今日サッカーだからもう出てくわ」

 

 

そう言ったのは慌ただしくユニフォームをバッグに詰める礼。

傍らには雪華綺晶が作ったであろうお弁当もある。

礼は地元のサッカーチームに所属しており、土日は必ずと言っていいほど練習がある。

 

ちなみに俺も昔はバスケをやっていたが、ひたすら走らされるのがトラウマになり、長い事バスケットボールに触れていないし、今はサバゲーで忙しい。

 

 

「あ、そっかぁ。俺も今日バイトだわ」

 

 

「知ってる。じゃ、行ってくる」

 

 

そう言って礼は玄関に向かっていった。

それを雪華綺晶が手を振って見送る。

 

 

「行ってらしゃいませ、弟様」

 

 

「いってら~」

 

 

うぃ~、と若者らしい声で礼は手を振り、家を後にした。

 

まぁなんと平和な一日だろうか。これこそ殺伐とした現代社会に必要な時間だ。

親は死んでしまったが元気な弟がいて、妻のような人形が飯を作ってくれるんだから、これほど充実した人生も無い。

 

 

そうそう、翠星石の襲撃の後、俺は礼に雪華綺晶のことやローゼンメイデンの事についてすべてを話した。

最初こそ幻覚を見させられてるだの兄貴は頭がおかしいだのと言われたが、雪華綺晶による上目遣い説得によって事無きを得たのだ。

 

今ではすっかり河原家の一員と化し、朝昼晩と母さんのようにご飯を作ってくれている。

礼も、二人きりだけよりも多い方が安心したんだろう。

 

 

 

俺は朝飯が乗っているテーブルの前の椅子に腰かける。

 

 

「お待たせしました」

 

 

「おぉ~、ええやん」

 

 

そう言って可愛いウェイトレスが置いたのは卵やトマトが乗って鮮やかになったサラダ。

俺と礼だけじゃコンビニやスーパーの惣菜で済ませてしまうからこれはありがたい。

 

雪華綺晶はわざわざ俺の隣りの椅子によじ登るように座り、予め置いていたサンドイッチを手に取る。

 

 

「さぁ、あ~んしてくださいな」

 

 

一口サイズのハムサンドをこちらに向ける。

俺はちょっと恥ずかしかったが、言う通りに口を大きく開けた。

なんだこの甘いイベントは・・・・・・たまげたなぁ。

 

すると、雪華綺晶は俺の口にそっとサンドを乗せてきた。

ふんわりとしたパンが舌に置かれ、俺は咀嚼する。

 

 

「うん、おいしい!」

 

 

「うふ、ありがとうございます」

 

 

いい配分のハムと野菜、そしてスクランブルエッグが味覚を刺激する。

朝からこんなに美味しいものが食べられる。

俺ぇ、しあわせですぅ~(しゃがれ声)

 

なによりも雪華綺晶の嬉しそうな顔が最高のスパイスと言えるだろう。

こんな事思うこと自体ちょっと自分でも引くが、可愛いんだから仕方ないね(レ)

 

 

「やっぱ・・・・・・きらきくんの料理を・・・・・・最高やな」

 

 

「まぁ、褒めても私しか出せませんよ?」

 

 

「冗談はよしてくれ(タメ口)」

 

 

何この子、朝っぱらから盛っているんだろうか。

真っ白なほっぺを紅潮させ、色っぽくこちらを上目遣いで見つめているが、さすがに朝からそんな展開は俺がついていけない。

そもそも、ご飯中にそんなはしたないことをするもんじゃない(コンサバ並感)

 

とりあえず俺は朝食を食べることに専念する。

これ以上この子のペースに合わせていると話が進まない。

 

 

と、そんな感じであしらっている俺に、きらきくんはスープを差し出してきた。

 

 

「冗談ですわ、いくらなんでも朝から貴方をお求めにはなりません」

 

 

俺はスープを受け取り、

「君、前科あるからね」

 

 

と言ってスープを口へ運ぶ。

オニオンスープのようで、玉ねぎの甘さと胡椒のスパイスがいい味わいだ。

 

ちなみに彼女は1日目の朝、礼が学校へ行った後に俺にキスを迫った。

そんなリア充の真似事なんかできない俺は、ゾンビにかみつかれている主人公並にもがいていたものだ。

情けないなんて言うなよ。よっぽど慣れてる奴でもなきゃ急に対応するなんてことはできない。

ヘタレなんて言おうものならお前ら全員下北沢に強制連行だからな。

 

 

 

 

 

朝食を乗り切り、俺はバイトの準備をする。

準備といっても制服をバッグに入れるだけだから1分で済む。

 

雪華綺晶にはその間、お留守番してもらわなければならん。

 

 

 

「んじゃ、行ってくるから留守番よろしく」

 

 

靴を履きながらバッグを持ってくれている雪華綺晶に言う。

 

 

「なら行ってきますのちゅーを」

 

 

「Negative(拒否)」

 

 

それだけ言うと俺は残念そうな顔の雪華綺晶からバッグを預かり、家を後にした。

そんな俺の後ろ姿に手を振る雪華綺晶は、何やら不穏な笑みを浮かべていた事には、当然気が付かなかった訳だ。



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人物紹介2 ネタバレや興味が無ければ飛ばしましょう

今回は雪華綺晶と翠星石です。
正直後付けに後付けを足したような設定になってますがガバガバなのはしょうがないね(諦め)


 

雪華綺晶

 

 

性別 女性

職業 ローゼンメイデン、第七ドール

身長 1メートル前後

髪の色 ややピンクと薄紫が入った白

目の色 右目は白薔薇 左目はゴールド

マスター 河原郁葉

固有武器 茨のツタ

拠点 第42951世界、河原家

イメージカラー ホワイト

人口精霊 なし

   

 

本作のヒロイン。世界で七体しか存在しないと言われているローゼンメイデンの第七ドール。ミステリアスな雰囲気、そして知らないものからしたら不気味な無表情や微笑はまさしく悪役のそれであるが、それはあくまで彼女を知らない者が見た感想である。無表情の時は特に何も考えていないか、相手を注意深く観察している状態で、本人は意外と表情豊か。

特にマスターに対しては忠誠心よりも愛情の方が強く、契約者である郁葉に対してものすごい積極的な態度を取る。

本来彼女は非常に狡猾で抜け目なく、奇矯な性格である。人の心の隙間に入り込み、養分とする事を得意としていた。

彼女が誕生し、眠りから覚めた際にローゼンの姿は無かった。そのため、姉妹の中でも一層孤独を感じており、愛情を欲する。それを埋めてくれるマスターは彼女の心の支えでもある。

それ故か、常識が欠けている部分も見受けられる。

雪華綺晶は他のドールと異なり、ローゼンの試行錯誤により作られたアストラル体であり、実体を持たないが、ローゼンが破棄したり作りかけの人形の部品を集めて最適化。完全ではないがボディを所有するようになった。

彼女が契約者ではなく、養分を必要とするのは彼女の消費する力やエネルギーが規格外であるため。不完全なボディはエネルギー問題に拍車をかけていた。

常人では力の供給がままならないためであるが、非常に強い生命力を持つ郁葉と契約することにより、問題は解決した。

不完全なボディ故か、他のローゼンメイデンよりも力は弱く、頭を使った戦い方をしなければならない。

 

しかし、ここで矛盾が生じる。

それは、螺子を巻く前の雪華綺晶が、どうやって翠星石のマスターの妹を攫ったか、という事だ。

実は、もともと精神体である彼女はボディとアストラル体を分離出来る。そのため、nのフィールド越しに妹を攫うことが出来たのだ。

もちろん、その結果が先の戦闘であることは忘れてはいけない(戒め)

 

郁葉と出逢った事により孤独な心は和らいだが、それでもなお元来の狂気が存在することに変わりない。

ただ、それを言えば契約者である郁葉も大概トチ狂ってるのでそこまで心配することはないと思われる。

 

容姿は美少女そのもので、二次元が三次元に飛び出してきたような印象。

髪は腰まで長く、ゆるふわ系であり、少しピンクと薄紫が混ざった白。ドレスも白く、ワンピース型のミニスカドレス。肌も白く、顔つきは西洋人をベースとしている。瞳の色は金色。右目が無く、アイホールから白薔薇が生えるように存在する。

nのフィールドでの拠点は第42951世界で、真っ白な世界にいくつもの水晶の巨大な柱が存在している。

 

武器は茨のツタ、精神への攻撃。水晶を使った攻撃もあるが、消費する力が大きいために使いどころが限られている。

 

どこで習ったのか、家庭的な一面もある。

 

 

 

 

 

 

 

翠星石

 

 

性別 女性

職業 ローゼンメイデン、第三ドール

身長 85センチ程度

髪の色 茶髪

目の色 右目はルビー 左目はエメラルド

マスター 林本さん(不明)

固有武器 庭師の如雨露

拠点 若林家

イメージカラー グリーン

人口精霊 スィドリーム

 

ローゼンメイデンの第三ドール。欧州の民族衣装のようなドレス、床にまで伸びる長い茶髪の髪、そしてオッドアイ。見た目こそ清楚で可憐な少女だが、非常に毒舌、高飛車、天邪鬼、計算高いと敵に回すと厄介なタイプ。その手のヤツらには非常に受けがよさそうである。しかし、マスターや親しい友達には非常に深い愛情や信頼を抱いており、雪華綺晶に連れ去られたマスターの妹を単独で奪還しにくるなど、情も厚い。つまり、ツンデレ。

双子の妹に蒼星石がおり、翠星石の魂ともいえるローザミスティカは蒼星石のものと対になっている。

彼女の武器である庭師の如雨露は本来、人の心を成長させる作用をもつ物であり、鈍器ではないが、割と気性の激しい翠星石には鈍器といった方が合う。

攻撃手段は如雨露による打撃はもちろん、人口精霊であるスィドリームによる巨大な蔓による攻撃、更には大きい植物の種を飛ばすことも可能。種から蔓を生やすこともできる。

 

 

 

 

 

 

装備 

 

 

コンバットアックス

アメリカ製

名称 SOG F01T Tactical Tomahawk

 

アメリカ製の戦闘用斧。本来ならコンバットアックスというよりもタクティカルアックスである。特殊部隊での実績もあり、ステンレスヘッドとファイバーグラスの本体は非常に信頼性がある。ジャングルで道を切り開く際や、飛び出してきた敵の頭をカチ割る際にも効果を発揮する。

 

 



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Sequence 14 I always see you

感想ありがとナス!
そのままどうか読者で居続けてくれよな~頼むよ~(媚を売る)



 

 

 

 

 

 

 

 

 「ありがとうございましたー。・・・・・・ふぅ」

 

 

 

田舎の喫茶店バイトとというものは案外大変である。

いや楽っちゃ楽だが、時間帯によっては休憩中のサラリーマンやお話し好きな奥様方であふれるから気は抜けない。

人によっては割と多くの品物を注文して来たりする。

俺はウェイターだからまだいいものの、昼時の厨房は割と大変そうだ。

 

現在16時。

ようやく店にいた最後の一人が出て行った事により、店内は俺とその他のスタッフだけになる。

まぁ勤務時間もあと一時間だし、適度に力を抜いて乗り切ろうじゃないか。

 

 

 

カランコロン。

と、そんなことを考えていると二組の男性サラリーマンが店に入ってきた。

 

一人はなんだか特徴的な髪型をしていて、もう一人は普通の若い社会人だ。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 

とりあえず一番近くにいた俺が営業スマイルで対応する。

なんだかどこかで見覚えがあるな。

 

 

「友人から聞いてきたんですが」

 

 

「え、あぁ、左様でございますか」

 

 

唐突な言いだしに戸惑いつつも合わせてみる。

しまった、こういう時って席に誘導するのが遅くなっちまう。

 

 

「とりあえずこちらへどうぞ。二名様ご来店でーす」

 

 

俺はとりあえず窓際の席へと誘導する。

振る舞いを見る限り、特徴的な髪型の男性は若い男性の上司なのだろう。

と、席に座るや否や、特徴的な髪型の男性はなんだかわくわくした笑みを浮かべながら、

 

 

「私たちは食通を自称しているんだが」

 

 

と、唐突に語りだした。

あれ、どこかで聞いた上になんだか嫌な予感がするぞ。

しかもこの上なく汚い展開が彼らに待ち受けている気がする。

 

 

「もうこの世の中にある美味と美味と呼ばれるものはすべて食べつくしちゃ・・・・・・しまったんだよ。なぁ?」

 

 

噛みながらも自称食通は突然自らの境遇を話し出し、隣の若い男性に向けて返事を求める。

若い男性は適当な頷きを見せた。

 

 

「はぁ、そうですか・・・・・・(無関心)」

 

 

そんな話に俺はそれしか言えない。

いや、そりゃそうだろう。客が急に自分は食通だって言いだしたらなんて言えばいいんだ?しかもこっちには興味が無いときたもんだ。

 

俺は奥でこちらを見ている店長をチラ見してアイコンタクトする。

どうすればいいですかね、という合図に対し店長は首を傾げる。

いやそんな首傾げられても・・・・・・

 

男は続ける。

 

 

「ここでは、そんな僕らでも今まで食べた事のないという極上の料理を提供していると聞いたんだが」

 

 

え、いやそんな話俺聞いたことないんですがそれは・・・・・・

ていうかここ喫茶店なんだよなぁ。

料理もあるが、軽食がほとんどだし、味も普通より上ってぐらいなもんだ。

 

俺マジでどうすればいいんだろう。

 

 

と、そんな時ふと窓から向かいの店の看板が見えた。

レストランだ。しかし肝心の店名が見えない。

確か、あそこは一部の物好きの間で有名だってのを店長が言ってたな・・・・・・もしかしてそこと間違えたのか?

 

 

「あの・・・・・・お客様」

 

 

俺が意を決しておしゃべりな男に尋ねる。

 

 

「もう待ちきれないよ!早く出してくれ!」

 

 

なぜか一人で興奮する男だが、そう言われても極上の料理なんてここには無い。

せいぜいサンドイッチの具が割と多いぐらいだ。

 

 

「いえ、お客様は何か勘違いなさっているようですが・・・・・・ここはTDN、ンン゛!!!ただの喫茶店です。たぶん、お客様が仰っているのは向こうのレストランの事では・・・・・・」

 

 

俺まで噛んじまった。

と、男たちはようやく状況を理解したのか、ちょっとマヌケな顔をしてお互いに顔を見合わせた後、向かいのレストランを凝視する。

 

 

「あ、これかぁ!(納得)すまなかったね、間違えたようだ。行くぞ徳川君」

 

 

そう言って男たちはそそくさと店を後にし、道路を渡って人っ気の少ないレストランへと入っていく。

後日聞いた話によると、なんでも食中毒かなにかであの二人は病院へ運ばれたらしい。

しかも精神病院だそうだ・・・・・・なんだったんだろう。

変なハンバーグやスパゲッティでも喰わされたのかな?(すっとぼけ)

 

 

 

 

と、こんなものすごくどうでもいいような事がありつつ、本日の勤務は無事終了した。

 

 

「じゃ、お先失礼します」

 

 

「お疲れ~」

 

 

店長に挨拶してロッカールームで着替える。

着替えといっても、ジーパンは私服だし、上着を変えるだけだ。

しかし今日も疲れたな。

最後の客はマジでいったいなんだったんだろうか、などと考え事をしつつ、いつもの白いパーカーに着替える。

そろそろ新しいパーカーに変えようかな。

 

パーカーを着て、鏡で軽く身嗜みを整える。

 

 

「今月はいくらぐらいになるかな~」

 

 

なんて独り言を言っていると、

 

 

「ウェイター姿のマスターも素敵でしたわ」

 

 

急に目の前の鏡からにゅうっと雪華綺晶が顔を覗かせた。

彼女はなぜか両手を頬にあててニコニコしており、その顔がまた可愛くて思わず俺も顔が綻ぶ。

 

・・・・・・おっ?なんで雪華綺晶いるんだ?

 

 

「なんだこの人形!?(驚愕)」

 

 

「まぁ、そんなに大声を出すと外の人間に気付かれますわ」

 

 

「俺が一人で何か言ってるのはいつも通りだから大丈夫だ。それより、なんでここにいるんだ!おとなしく留守番シテロッテ!」

 

 

「そんな事言わないで。一人じゃ寂しいんですもの」

 

 

そんな事を言って急に顔をゆがめる雪華綺晶。

やれやれ、と口には出さないがため息で表現する。

この子は本当にマイペースだな。

 

俺はとりあえずバッグを背負い、いつの間にか鏡から出てきた雪華綺晶に向けて言う。

 

 

「ほら、今から帰るから先に帰ってろよ。ていうか、nのフィールドってマジで便利だな・・・・・・犯罪一歩手前だぞ、それ」

 

 

俺もnのフィールド経由でいろんな所に行けたら便利なんだがな。

大学もわざわざ早起きしなくても遅刻しない。

 

と、雪華綺晶はまたニコニコして、

 

 

「私は人形ですもの。人間の法律には縛られませんわ」

 

 

「そういう問題じゃないだろうに・・・・・・」

 

 

こりゃこの先苦労しそうだなぁ・・・・・・

不安しかないぞ。

 

 

 




クッソ汚いモブキャラなんて出さなくていいから(良心)
わざわざほんへまで見て書き込むのはいや~キツイっす


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Sequence 15 Contact down

TKGW君、やっとまともな話が書けるぞ・・・・・・


 

 

 

 

 

 帰り道。突然現れた雪華綺晶からの襲撃(意味深)をどうにかして対処し、帰路につく。

家からバイト先まで5分程度なので本来なら行きも帰りも自転車なのだが、この前大学の帰りに自転車でこけて壊れたので今日は歩きだ。

なお、俺氏無傷で生還した模様。

 

ちなみに雪華綺晶は俺から離れたくないらしく、今はスマートフォンの液晶の中にいる。

どうやらある程度光を反射している物からならnのフィールドを介して行き来できるらしい。

そして、これは先ほど聞いた話だが、人間でもnのフィールドへ直接行くことは可能との事。

ただし、ローゼンメイデンたちと違って体力の消耗が著しいので2、30分も留まれないのだとか。

 

 

 

「うふふ、こうしてマスターとお散歩できるなんて、時代は便利になりましたね」

 

 

「たぶん時代は関係ないと思うんですけど(名推理)」

 

 

手鏡だって媒介になるだろうに。

しかしあれだな、ホーム画面を行ったり来たりしている小さな雪華綺晶は新鮮だ。

どうやらアイコンやアプリにも干渉できるらしく、俺の写真フォルダを閲覧している。

大丈夫、エロ画像は秘密のアプリに厳重に保管してある。

 

あ、おい待てぃ!そのアプリはいじるのヤメロッテ!(表に出たら)捕まるッ!捕まるッ!

 

 

「そのアプリはいじるのヤメロォ!(本音)ヤメロォ!(懇願)」

 

 

「あらあらまぁまぁ・・・・・・こんなので興奮するんですの?すごい変態ですわ」

 

 

「もうちょっとホントに・・・・・・」

 

 

俺をいじるのはそんなに楽しいかコラ。

そりゃあ俺は小中高といじられキャラだったけど、主従関係にあるドールにまでいじられたくない。

フォルダをいじって雪華綺晶は満足したのか、そのまま×を押して長年苦労して集めた秘蔵画像を消し去った。

なんて事を・・・・・・ふざけんな!

 

 

「酷いですね君!(レ)」

 

 

スマフォに向けて一人憤怒する大学生。

雪華綺晶はすっきりとした顔でこちらを見た。

 

 

「あら、私以外に興味なんて持たないで下さいな。貴方は私だけのマスターなのですから」

 

 

え、なにそれは(畏怖)

お前ヤンデレかよぉ!(戦慄)このままだといつかバラされて頭だけバッグに入れられてしまうんじゃないだろうか。

いやこいつならマジでやりかねないから怖い。

 

 

「やべぇよ・・・・・・やべぇよ・・・・・・」

 

 

「うふふふ・・・・・・冗談ですわ・・・・・・たぶん、ね」

 

 

「クゥーン・・・・・・(絶望)」

 

 

あからさまに絶望している俺を見て雪華綺晶は笑う。

普段はにこやかだったりミステリアスな笑みを浮かべているだけだからちょっと新鮮だ。

俺はそんな彼女を画面越しに見て、

 

 

「やっぱり笑うと可愛いな」

 

 

と、不意打ちをかます。

すると案の定雪華綺晶は顔を真っ赤にして後ろをそっぽ向いた。

彼女は顔を手で押さえながらしゃがみ込んでこちらに顔を見せない。

 

 

「ふ、不意打ちは卑怯ですわ・・・・・・」

 

 

「お返しだよ・・・・・・ん?」

 

 

ふと、俺は足を止める。

なぜなら、5メートル手前に、道の真ん中で突っ立ってこちらを見ている女性がいたからだ。

動きやすそうな黒いホットパンツに黒のストッキング、そして黒いパーカー。

その上から深緑のポンチョを羽織り、頭はフードで隠すようにしていた。

状況から考えて怪しい。

なぜ女性か判別できたか、という点には色々な要因があるが、あのパーカーが女性もののブランドであるから、というのが一番の決め手だ。

伊達にパーカーを年中着ていない。

小柄な男でも着る可能性はもちろん否定はできないが、全体的に見て女性であることは確かだろうし、なによりもあのブランドのパーカーはタイトで、胸を強調するタイプだ。

胸が、浮き上がっている。おぉ。

 

それにあのブーツ・・・・・・よく見たら米軍が採用しているジャングルブーツだ。

クッソ怪しい・・・・・・が、よく考えたら今は陽が落ちかけている時間帯なうえに路地裏だ。

だから俺も気にせず雪華綺晶と話せた訳で・・・・・・

 

 

 

「マスター?どうかしましたか?」

 

 

「雪華綺晶、ちょっと静かにしてろ」

 

 

俺はスマートフォンをポケットにしまう。

雪華綺晶が何か言っていたが、それよりも今は眼前の怪しいヤツに対処するべきだ。

 

もしかしたら、ただあそこで誰かを待っているだけかもしれない・・・・・・

 

 

 

俺はそっとした足運びで彼女の横を通過しようと歩き出す。

その際、相手を見てはいない。見たとしても、一瞬で、顔は見ない。

もし相手が変質者だったら、顔を合わせるのはマズイ。

 

いつもよりも少しだけ猫背で歩く。

 

 

そうして女の左横を過ぎようとした。

 

その時。

 

 

 

「河原 郁葉さんですね」

 

 

 

突如、女が俺の名前を確認するように呼んだ。

俺は驚いて彼女の方へ向く。

 

目に飛び込んできたのは、ポンチョの下から伸びた腕と、その先に持つナイフ。

しかも普通のナイフじゃない。鎌のような刃をした、カランビットナイフと呼ばれるものだ。

東南アジアの伝統的なナイフで、鎌や鉤爪のような短めのブレード、ハンドルエンドには指を通して保持するリングが一体化している。

近年、その有用性が買われ特殊部隊などで採用されているらしい。

通常のナイフとは違い単に突き刺したり切りつけるのではなく、引っかけたり突き刺したりして、そのまま裂くというような攻撃に適している。

その小ささゆえにリーチは短いが隠し持つには有効で、それでいて殺傷力が高いのだ。

しかし、この武器は熟練した者でなければ使うことは難しい。

俺もコスプレ用のダミーを持っているが、使い方がよくわからないので部屋のどこかで眠っている。

 

 

そんなカランビットナイフの刃が、俺の眼前に迫る。

 

 

 

「ッ!!」

 

 

俺はダッキングして突然の一手を交わす。

我ながらよく反応できたと思う。もししゃがまなければ確実に喉を掻き切られていただろう。

 

しかし、そう感心したのも束の間、空ぶった刃がまた戻ってきたのだ。

 

 

「クソッ!」

 

 

避けきれないと感じた俺はなんとか、ナイフを持つ女の左腕を両手で押さえる。

殺す気満々のようで、男の俺でさえ一瞬そのまま押し切られそうになった。

片膝をついてしゃがんだ状態では本来の力は出せないという事が迫る死に拍車をかける。

 

と、片腕だけでは俺の両手を押し返せないと踏んだのか、女は右手を、ナイフを持つ手に添えて事実上両手でナイフを押してきた。

予想以上の力に押し切られそうになる。

 

 

「ぐッ!!!」

 

 

眼前までナイフがゆっくりと迫る。

このままではナイフが俺の目をえぐる。

 

 

「マスター!?どうしたの!?」

 

 

その時、ポケットの中から雪華綺晶が叫んだ。

不意な事態に気を取られた女が、一瞬だけ俺から目を離す。

 

それを俺は見逃さなかった。

 

 

「オラッ!」

 

 

元祖ヤレヤレ系主人公が如く俺は声をあげ、女の手をハンドルのように反時計回りに捻った。

それによって女はバランスを崩し跪き、俺に腕を握られたままこちらに背を向けてしまう。

俺はそのまま左腕を片手で掴み、立ち上がると同時に背後へまわって拘束するように空いていた右手を女の首へ回す。

 

 

要は、相手を跪かせて片腕を拘束し、空いた手で後ろで首を絞めているのだ。

警察が犯人を拘束しているようなシーンを想像してほしい。

これならナイフは使えまい。

 

 

「いッ・・・・・・!?」

 

 

俺が首を絞めたことによって女は短く声をあげる。

片腕だけでも首は強く締まるものだ。

 

が、そんな不利な体勢にあるにもかかわらず、女は抵抗をやめなかった。

俺が取り上げようとナイフへ手を伸ばし、少しだけ彼女に密着した瞬間、彼女の空いた右手が俺の襟首を掴んだのだ。

 

 

「うおっ!?マジかよ!!!」

 

 

そのまま背負うようにして俺を前方へと投げ飛ばす。

まさかの片手一本背負いだ。

 

当然柔道や格闘技なんかやっていない俺は受け身を取れずに背中から地面に叩きつけられる。

 

 

「オォン!!!!!!」

 

 

汚い苦痛な声をあげて俺はのた打ち回る。

その間に女は回復したのか、立ち上がって俺の横腹を蹴ってきた。

ゴスッと鈍い音が骨に伝わる。

 

 

「ごほッ、やめ、ほんと、ちょッ」

 

 

俺の悲痛な訴えもむなしく女は俺の横腹を蹴り続ける。

ブーツの先が硬くて本当に痛い。

 

さすがに俺も耐え切れず、痛みを無視して蹴りを手で払い、急いで立ち上がると同時に相手に掴みかかる。

 

 

このままナイフを奪い取ってやる。

カランビットはリングがあるから奪いにくいが、そうでもしなきゃ殺される。

 

 

女は案の定抵抗してきた。

ナイフを使ってパンチをガードしようとしたのだ。確かにナイフに拳が突っ込めば手は血だらけになるが、俺は顔パンしようとしている訳ではない。

 

俺はナイフを握る女の手首を右手で掴むと、左手でナイフのハンドルを捻った。

 

 

「くっ!」

 

 

女はナイフを奪われそうになると左手を引いたが、男の腕力には敵わない。

俺はそのまま捻り切って彼女の手からナイフを掻っ攫う。

そしてゼロ距離からのタックルで相手を引き離すと、左手でナイフをしっかりと握って構える。

ド素人の構えだが、今はそんなことを言っている余裕はない。

 

 

女は多少はよろめいたが、すぐに立て直すと動かずにこちらをじっと覗いた。

ナイフを奪われ不利になったからだろうか、状況を確認しているのかもしれない。

 

 

 

が、気付いた時には女が目の前まで迫っていた。

 

 

「ファッ!?」

 

 

思わず俺は驚き、ナイフを振るう。

が、それを女は腕で俺の腕にぶつけるようにブロックして防ぎ、鳩尾に一発パンチを入れてきた。

 

突如にして猛烈な痛みが俺の意識を掻っ攫おうとするが、なんとか踏ん張って耐える。

次に女はブロックした腕を、彼女から見て反時計回りにぐるんと短く回すように動かした。

密着していた俺の左腕は、同じように回り、左腕が伸びて外へ向いた状態になる。

 

 

そこへ女は技を決めようとする。

 

 

外へ伸びた左腕の手首をしっかりと右手で掴み、左手で俺の胸を押す。

すると、面白いくらい綺麗に俺は後ろへ倒れた。

そんなに力が加わっていたわけじゃない。もちろん俺も弱っていたが、もしかしたら合気道的な何かの技だったのかもしれない。

 

 

「いでぇ!!!」

 

 

地面に寝転がりながら情けない声で痛みを表す。

ちなみに女は俺の左手を離さず、俺の手からナイフを再び回収する。

 

なんだこのナイフ獲り合戦。

 

 

「驚きました」

 

 

ナイフを回収した女は俺の腕を捻るとそう言った。

 

 

「いででで、なんだってんだ!」

 

 

腕を捻られて動けない俺は必死にもがきつつ言った。

 

 

「まさか私からナイフを奪おうだなんて。その心意気、賞賛に値します」

 

 

「そうですかわかりました手を放してくださいぃいいいい」

 

 

と、急に女は捻っていた手を放す。

痛みから解放されて息も絶え絶えな俺は地面に寝ながら女を上目に見る。

 

どうやら俺を倒した際にフードが脱げたようだ。

彼女の顔が明らかになった。

 

 

「はぇ~すっごい綺麗・・・・・・(感心)」

 

 

思わず痛みを忘れて言ってしまう。

その感想通り、彼女の顔は非常に綺麗な造りをしていた。

 

綺麗な茶色の瞳は釣り目になっていて強さを象徴しているようで、鼻も美しいラインを描いている。口も小さく、肌も白い。

髪も茶髪で後ろで縛っていた。ポニーテールだ。

まつ毛も整えられ、瞳の美しさを強調する。

しかし美しさに比べ年齢は幼い。俺よりも少し年下だろう。

 

 

こんな可憐な少女に俺は負けたのか・・・・・・

 

 

「お世辞はいりません・・・・・・ところで、貴方が河原 郁葉さんでよろしくて?」

 

 

今更確認するのか・・・・・・(困惑)あ、そうだ(閃き)

 

 

「違うよ・・・・・・人違いだよ」

 

 

「え!?そ、そうなんですか!?大変失礼いたしました!」

 

 

嘘をついてやると、急に少女は慌てだした。

なんだなんだ、さっきの威厳はどうしたんだ。

 

少女は俺を起き上がらせるとぺこぺこと礼をして謝罪する。

なんか面白いな。

 

 

「嘘だよ(正直)俺が河原 郁葉だゾ」

 

 

「ふんッ!!!!!!」

 

 

ゴシャッと俺の顔面に素早いパンチが突き刺さる。

俺はそのまま後ろへ吹っ飛んで鉢植えや何やらに突っ込んだのだった。

 



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Sequence 16 お嬢様はツンデレがお好き

 蓮さん(戦闘描写分かり辛くて)すいません!


 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――18時、俺がバイトしている喫茶店。

 

 田舎とまでは行かないが都会でもないこの町のカフェというものはピークを過ぎるとめっきり人が来なくなる。

今だってまだ閉店まで一時間もあるのに店内には客として訪れた「俺達」と店長しかいない。

厨房も多分一人しかいないだろう。

 

俺はしかめっ面で痛む鼻を押さえながら紅茶を一口すする。

クソ、口の中の傷が染みて痛い。

そんな俺をスマートフォン越しではなく、隣りで申し訳程度の一般人変装をしている雪華綺晶が痛みに共感するように眺めている・・・・・・パフェを食べながら。

ちなみに雪華綺晶はスマフォ経由でnのフィールドからこちらに来た。

 

 

そして対面して座っている謎の美少女・・・・・・あのカランビット使いの襲撃者は俺とは対照的におしとやかに紅茶を嗜んでいらっしゃる・・・・・・話しかけて差し上げろ。

 

 

「・・・・・・あんたが翠星石のマスターだってことは分かった。それで?」

 

 

機嫌悪そうに尋ねる。

すると少女は、ゆっくりと焦らすようにティーカップを皿に置いてナプキンで口を拭いた。

ナプキンって言ってもそっちのナプキンじゃない。

 

 

「それで、というのは?」

 

 

「なんで襲って来たの?ってこと」

 

 

ガタッとカウンターからこけるような音がした。

店長が何か勘違いしたらしい、慌てて新聞で顔を隠している・・・・・・俺だってそっちの意味の襲われるだったら良かったんだけどなぁ・・・・・・お前どう?

 

少女は、あ、それかぁ!(納得)といったような顔をした。

どうやら紅茶を楽しんでいて先ほどまでの出来事をすっかり忘れていたらしい。

隣りで雪華綺晶が、なんなんですのこの小娘・・・・・・とか言っているが、構ってたらキリがないのでスルーする。ちなみに手は出すなと言ってある。

 

 

「私の妹の魂を奪って翠星石を壊しかけた雪華綺晶のマスターとやらを確かめに来ただけですわ」

 

 

その回答を受けて俺は雪華綺晶の顔を即座に見る。

流れ作業のように雪華綺晶は顔をそらした。

俺は思わずため息をついてしまう。雪華綺晶が現れてからここ数日で命の危機に会い過ぎている気がする。雪華綺晶は確かにもうファミリーみたいなもんやし、とは言ったかもしれないが、こうも立て続けに巻き込まれるもんなのか。

 

俺は一気に気まずくなった空気の中、話を続ける。いや元々重苦しいが。

 

 

「それで?何かわかりましたかお嬢様?」

 

 

「えぇ。これなら翠星石が負けた理由も分かります。最も、あの娘は元々人見知りで穏健派な上にマスターである私もあの場に居ませんでしたから、なんとも言い難いというのが本音ですわ」

 

 

この子は戦闘狂か何かなんだろうか。

 

 

「それで、河原さん」

 

 

「郁葉でいい。あるいは先輩、お兄様、お兄ちゃん」

 

 

「郁葉さん」

 

 

「はい」

 

 

ちょっと下心が出過ぎたか。

この子もまだ幼いからセンサー(意味深)が反応してしまったようだ。

 

 

「翠星石を倒したのは確かですが、同時に貴方は私の妹を解放した。そんな貴方に提案があります」

 

 

「提案?」

 

 

えぇ、と彼女は頷いた。

その表情が硬くなる。きっと硬くなってんぜ?とか言ったらまたグーパンされるに違いない。

 

彼女はふぅっと息を吐き出すと、言った。

 

 

「河原 郁葉、そして雪華綺晶。私たちと共同戦線を組みましょう」

 

 

「え、なにそれは」

 

 

そもそもアリスゲームなんて俺はする気もない。

ただこの生活が続けばいい、それだけだ。雪華綺晶がどう思ってるか知らないが、彼女のここ数日の態度を見ていれば俺の考えに賛同してくれているようだし、自分から戦火に入ってくのか・・・・・・(困惑)なんて事にはなりたくない。

 

俺は適度にサバゲーをして生きてればそれで満足なんだよ。

 

 

「なにそれはって・・・・・・アリスゲームで一緒に戦いましょうと言っているのです」

 

 

「なんで戦う必要があるんですか(正論)」

 

 

「え・・・・・・アリスを目指すなら当然でしょう?」

 

 

なぜか困惑した顔で少女は首を傾げる。

完璧な少女とか、それローゼンメイデンしか得しないやん。

勘弁してくれ、と思いながらも雪華綺晶と顔を合わせる。

 

契約した者同士だからか、不思議と顔を合わせるだけで考えがなんとなく分かる。

どうやら俺次第だそうだ。

そういうのが現代の草食系男子(大嘘)にとって一番困るんだが。

 

 

「・・・・・・何をどう捉えて当然か分からないんだが。植物の心のように静かに平穏に暮らしたいだけだ」

 

 

と、その発言に少女はサッと手を隠す。

いや冗談だからね、ちょっと言ってみただけだから。

 

 

「ってのはまぁ誇張したが、俺は何も殺し合いをするために生きようだなんて考えてないし、雪華綺晶をそんな危険な目に合わせたくもない」

 

 

「何を言っているのですか、雪華綺晶もドールであるなら、本能的にアリスになってローゼンと会うことを望むはずです」

 

 

「じゃあ聞いてみるか?」

 

 

俺は雪華綺晶を抱きかかえて膝の上に乗せる。

突然の行動にちょっと驚いた雪華綺晶ではあったが、嬉しそうなので問題ないだろう。

雪華綺晶は俺の胸に抱きつくような形で頭だけ少女の方を向く。

 

そしてちょっと困ったように微笑むと言った。

 

 

「私は・・・・・・確かにアリスになりたくないと言えば嘘になります。でも、それよりもマスターと一緒に居たい。それが本心です」

 

 

よう言うた!それでこそドールや!

俺は心の中でそう彼女を褒め称える。やっぱきらきーがナンバーワン!

 

雪華綺晶の返答に少女はあからさまに困惑したような表情になる。

無理もない・・・・・・のか?他のローゼンメイデンたちの事はほとんど知らないから分からん。

 

 

と、そんな考え事をする俺の首に雪華綺晶は手を伸ばした。

 

 

「だって私は・・・・・・マスターといるだけで幸せを感じられるんですから(狂気)」

 

 

「いかん、いかん危ない危ない危ない・・・・・・(警告)」

 

 

なぜかしら、雪華綺晶の目がヤバい。

白い頬は赤く染まり、ただでさえ少ない目の光沢がいつもより少ない気がする。

おっと、なぜ顔を近づけてくるのかな?

さすがに外でハレンチは、やめようね!

 

 

「雪華綺晶、ちょっとほんとに・・・・・・」

 

 

「なんですかマスター、嬉しそうではありませんか」

 

 

「いえそんなこと・・・・・・」

 

 

 

と、いつも通りのイチャイチャというかなにかを勝手に俺たちはやりだす(意味深)

そんな中一人仲間外れにされた少女はその光景を顔を真っ赤にして眺めている。

どうやら意外と初心なようだ(ブーメラン)

 

流石に甘い空気に耐え切れなくなったのか、少女は立ち上がり、懐から財布を取り出して千円札を机に叩きつけると、怒ったように言った。

 

 

「ひ、人前で破廉恥な事をしないでください!貴方たち、いつか後悔しますよ!マスター!勘定を!」

 

 

「公開?公開オナ」

 

 

「マスター、いけませんわ。その口を塞いでしまいましょう」

 

 

「え、そんなん関係、う、羽毛!」

 

 

下ネタを言ったがためにペナルティとして無理やり口を口で塞がれてしまう。

ねっとりした暖かさがもう気が狂う程気持ちえぇんじゃ(本音)

 

 

「きききききき、キス!?なんて人たちなの!?いい加減にして!帰らせて貰います!」

 

 

「ぷは、あ、ちょっと名前は」

 

 

「林本 琉希(りゅうき)です!もう会うことはないでしょう!」

 

 

まるで元コマンドーのような台詞を最後に彼女は店から出て行った。

俺は雪華綺晶を引き剥がすと、深呼吸して怒る。

 

 

「お前何やってんだよ!外でそういうはするなって言っただろ!帰っちまったじゃねぇか!」

 

 

「あら、マスターに他の女は必要ありませんわ。私だけを見ていればそれだけでいいんですの」

 

 

「そういうのいいから・・・・・・」

 

 

俺はがっくりとうな垂れる。

ふと店長を見るとなにやら羨ましそうな目でこちらを見ていたが、あんた結婚してるだろ。

何はともあれ、チカレタ・・・・・・(小声)

今日はもう帰ってビール飲んで寝よう。

礼が家で腹を空かして待ってるに違いない。



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Sequence 17 人形と人間

初失踪です。
遅れて申し訳ありません。
これからもちょくちょく遅れますがすいません許してください、なんでもしますから










ん?


 

 

 

 

 

 林本さんとの対話から数日、俺は今日も届いたサバゲー用品を自室で調整していた。

今回届いたものはホロサイトと呼ばれる光学照準器で、電池を入れると照準が光る。

これは実際に米軍で使われている実物で、ネットオークションで格安で購入した。

中古だが、まさか2万でこんなにいいものが手に入るとは思わなかったため、ウキウキで銃に取り付けてその素晴らしい姿を眺める。

 

あまりのカッコよさにため息を漏らして恍惚とした表情を浮かべた。

 

 

「やっぱ・・・・・・EoTechのサイトを・・・・・・最高やな!」

 

「あら、私とどちらが最高ですか?」

 

「ア゛ッ!↑ なんだよいたのか!びっくりしたなぁもぉ~」

 

 

突然雪華綺晶が後ろから声をかけてきた。

彼女は先ほどまでnのフィールドへと出かけていたはずだった。

なにやら翠星石と話すことがあったとか。それについては姉妹でしか話せないこともあるだろうから詮索はしない。

彼女も俺が望むのならアリスゲームはしないと言っているし、きっとそういった類の話ではないだろう、とは思いたい。

 

雪華綺晶は電動ライフルを重そうに持つと、電源が入っているホロサイトのレンズを覗く。

仮にも人形である彼女の身体では短めのライフルを抱えるのも一苦労だ。

 

 

「こんな風になっているのですね。昔はこんなに優れたものは手に入らなかったわ」

 

「昔っていつだよ(哲学)」

 

「百年近く前ですわ」

 

「嘘やろ?」

 

「いえ、本当です」

 

「はえ~、すっごい古い(小並感)」

 

 

他愛もない会話をお互いに交わす。

ローゼンメイデンという人形は古くから存在しているらしい。

ネットで調べてみても見たことのある人間は居らず、わずかな情報しかなかった。

ちなみに掲示板で書き込んで尋ねてみたらホモスレと化したため結局情報はない。

 

俺はベッドに横たわり、ライフルをラックに置いた雪華綺晶を抱きかかえる。

 

 

「よーし、今日は礼が晩飯当番だしそれまで一眠りしようかな~俺もな~」

 

 

そう言うと雪華綺晶はこちらに向き直って俺の胸に顔を埋めた。

お、大丈夫か大丈夫か?と言うと、雪華綺晶はちょっと眠そうに眼をこする。

 

 

「マスターに抱かれるのが気持ちよすぎて・・・・・・」

 

「無理矢理エロイ方向に持ってかなくていいから(良心)まずエロが多すぎるんだよね、それ一番言われてるから(指摘)」

 

 

そうは言いつつも、実際彼女に好意を向けられるのは嬉しい。

だってこの子嬉しそうに笑うんだもの。すっごい可愛い。

 

俺は彼女の髪に顔を埋める。

そうやってお互いがお互いに寄り添う姿はリア充そのものだが、相手は人形である。

俺は普通の人間とは言い難い感性を持っているため、それでもいいとは思っているが・・・・・・お前どう?

あ~いい匂い。花の匂いだなぁ。

 

 

「くすぐったいですわマスター」

 

「良いではないか良いではないか、ウェヒ!」

 

「あぁん、もう、意地悪・・・・・・えい!」

 

「おっと雪華綺晶そこは蹴っちゃダメだぞ子供が出来なくなっちゃう」

 

 

時々雪華綺晶はえげつない事を笑顔でしてくる。

そんなところも含めて彼女の良いところだが。

 

 

優しく彼女の頭をなでる。嬉しそうに頭を差し出す姿は俺の心を和ませる。

この数日間、彼女と過ごしていて俺は幸せだったりする。

以前から感じていた虚無感も、少しは消えてきた。それは彼女の存在によるところが大きいわけで。

俺はそんな彼女に甘えまくっている。

今だってこうして胸の中で彼女は俺に寄り添ってくれている。

 

 

だが、やっぱり何かが足りない。

これだけははっきりと言える。

 

 

「マスター・・・・・・?」

 

 

気が付けば、俺は彼女の頭を撫でる手を止めていた。

そんな俺を不思議に思った雪華綺晶が俺を上目遣いで覗いている。

 

 

「雪華綺晶はさ」

 

「はい?」

 

 

俺は雪華綺晶に問いかける。

 

 

「本当にアリスゲームはいいのか?」

 

 

どうやらいきなりそんな質問をされたことが意外だったようで、回答に詰まっていた。

 

 

「・・・・・・正直なところ、アリスゲームを綺麗さっぱり捨てるというのは難しいですわ」

 

「・・・・・・うん」

 

「アリスはお父様の悲願。アリスゲームは私たちの宿命。出来ることなら、私もアリスになりたい」

 

 

そう言う彼女の表情は笑っているものの悲しげだ。

 

 

「・・・・・・俺は人間だからアリスゲームに対しての認識は甘い。だが、もし雪華綺晶がその気なら、いいんだぞ」

 

「・・・・・・マスターは平穏に暮らしたいんでしょう?林本さんにも仰っていたではありませんか」

 

 

確かにそうだ。

人形同士だけではなく、林本さんの言い方的に、人間同士の戦いになる可能性もある。

 

 

「・・・・・・俺は君に感謝してる。こんなミリオタ淫夢厨の大学生と、文句ひとつも言わずに居てくれるんだから。それに報いたい」

 

「私は・・・・・・今のままでもいいですわ」

 

「少しは俺に頼ってもいいぞ」

 

 

そう言って俺は彼女の髪にそっと唇を添える。

雪華綺晶は頷いたが、表情は晴れない。

 

 

「どうした?」

 

「・・・・・・怖いんです」

 

 

ふと、彼女は呟く。

怖い?何が?そう尋ねると彼女は口を開いた。

 

 

「貴方を失ってしまうのが」

 

「そんなヤワじゃない」

 

「それでも、貴方は私を初めて受け入れてくれた大切な人。私が愛せる唯一の・・・・・・」

 

 

言われて恥ずかしくなってきた。

なんて可愛いんだこの子は。

 

 

「・・・・・・んまぁ、なんだ。俺は雪華綺晶の為に何かしてみたくなったんだよ、うん」

 

 

俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んでちゅっと頬っぺたに唇を重ねた。

そしてありがとうと、耳元で囁く。

彼女にはそれで十分という意思表示。

俺と一緒に居られれば、それで良いと。

 

 

俺はもう何も言わなかった。

この子は意外と頑固だ。それでいて、人を思いやる優しさがある。

 

彼女を抱く力が自然に強くなり、同時に彼女の温もりを強く感じた。

 

二人で瞳を閉じる。

深い眠りに誘われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「ンアッーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 

 

下の階から礼のクッソ汚い絶叫が聞こえてくるまでは。



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Sequence 18 黒い天使様






 

 

 

 下の階から礼の絶叫が響いてくる。

俺は即座に雪華綺晶を抱きしめつつも起き上がり、低反発枕の下に隠してあったコンバットアックスを掴む。

連日の襲撃などで、俺にはある程度の危機に対する意識が出来ていた。

 

なんだか妙な表情を浮かべている雪華綺晶をベッドにそっと降ろすと、俺は急いで部屋を出て階段を降りる。

 

普通なら、家族の誰かが絶叫していたらどう思うのだろうか。

虫が出たか、料理していて手でも切ったか、タンスの角に小指でもぶつけたか、ホラーゲームで驚いたか。

それとも、家族に危機が迫っているとか。

 

 

なぜだか、俺は一番最後の選択肢を考えずにはいられない。

 

 

リビングの扉を開け、さっきまで礼がいた場所を向き斧を構える。

不意に、羽のような何かが目の前を舞っていた。

 

真っ黒な、カラスよりも闇に近く、それでいて美しい羽。

よく見れば、部屋中に舞っている。

 

肝心の礼はどこにもいない。

直前まで宿題をしていたのか、テーブルには勉強道具がほったらかしてあった。

 

「おぉ~お前どこ行ったんだよお前よぉ~!」

 

 

呼びかけにも応答しない。

あいつはこんなイタズラをするようなやつじゃない。あいつはされる方だ。

 

と、そこに雪華綺晶が現れる。

彼女はやけに落ち着いた様子で部屋に散らばった羽を手にする。

その羽を彼女はぐしゃっと握りしめ、瞳の奥に鈍い炎を宿して言った。

 

 

「黒薔薇のお姉様・・・・・・」

 

「・・・・・・またローゼンメイデンかよ」

 

 

ギリっと歯ぎしりの音が響く・・・・・・今度は俺ではなく身内を狙ってきたのか。

 

 

「マスター、追いかけましょう」

 

「出来るのか?」

 

「お姉様の本来の狙いは(ローザミスティカ)です。羽を大々的に残していったのも私をおびき寄せる為でしょう。・・・・・・あの人が好みそうなやり方です」

 

 

そう言うと、彼女はリビングにある大きな鏡に手をかざす。

どうやらnのフィールドにアクセスしようとしているらしい。

数秒して、鏡から光が発せられる。

 

雪華綺晶はこちらを振り返る。

 

 

「では、行って参ります」

 

「あ、おい待てぃ!(江戸っ子)何言ってんだ、俺も行くゾ」

 

「黒薔薇のお姉様は危険です、こちらを見つければ殺す気でかかって来ます」

 

 

翠星石も同じだった気がするんですがそれは・・・・・・とは言わずに、俺は雪華綺晶を抱きかかえる。

今更何言ってるんだこの子は。

身内が捕まって黙っていられるような人間じゃないって、それ一番言われてるから(勇敢)

 

雪華綺晶はちょっと驚いたような顔をする。

 

 

「お前ばっかりに頼ってるようじゃいかんでしょ。男には、どない辛くても背負わにゃいかん時は背負わにゃいかん時があるって、それ」

 

「一番言われてるんですか?」

 

「君絶対見てるよね?」

 

「マスターについていくためですわ」

 

「そんな事しなくていいから(良心)」

 

 

可愛い女の子があんな汚いもの見てるなんてやめたくなりますよ~マスターぅ。

と、こんなくだらない会話してる暇があったら礼を助けに行かなくては。

 

気を取り直して行くぞ、と雪華綺晶に声をかける。

すると彼女はオェッ!と言って見せたので無視して鏡へと突撃した。

今度からパソコンに鍵かけたほうがいいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 nのフィールド、水銀燈の本拠地。

 

 

nのフィールドというのは人によって様々な形を持っている。

例えばアニメ好きの、いわゆるオタクという人種の人ならばアニメグッズで溢れていたり、自称食通ならば珍料理(意味深)がドバーッと置いてあったり。

 

ローゼンメイデンが所有するフィールドも似たようなもので、それぞれが抱く感情であったり、象徴するものでいっぱいになっている。

兄によれば雪華綺晶は水晶だったらしい。

 

 

さて、それでは誘拐犯である黒薔薇の人形はどうであろうか。

ざっと見てみよう。

 

まず、空。彼女のイメージカラーである黒にふさわしい夜である。

月が綺麗ですね、と告白できるくらいの満月が暗闇を照らしている。

 

次に、フィールド全体。

なぜか、ヨーロッパの街中のようになっている。レンガ造りの家が立ち並び、協会や時計台がちらほらと存在を主張している。

モデルは近代のドイツなのだろうか、あちらこちらにドイツ語と思わしき看板が見える。

なんて書いてあるのか不明だが、バーっぽいなあれは。

だが、不思議な事に人影はない。

そりゃあ夜の街なんてそうそう出歩かないかもしれないが、一人も姿が見えないのは異常だ。

 

 

 

それもそのはず、街の建物はほとんどが損害を受けており、酷いところだと倒壊している。

まるでこれは第二次世界大戦末期のドイツのようだ。

さんざん兄貴がゲーム内で戦ってたな。

 

 

さて、そんな中、囚われの身である俺・・・・・・礼は街一番の協会に拘束されていた。

手足は縄で縛られて椅子に括り付けられており、身動きが取れない。

 

抵抗しようにも、nのフィールドは居るだけで体力が失われていくためにもがくのは得策ではない。

そう雪華綺晶と兄に教えられた。

 

 

そして最大の問題が、誘拐犯である黒薔薇人形が目の前にいるという事だ。

彼女は質素な椅子に腰かけ、礼と対面している。

 

 

「来ないわねぇ・・・・・・」

 

 

特徴的で綺麗な声で困ったように髪先をくるくるといじる。

その不自然なまでに自然な銀髪は、ランプの光を反射するほどに輝いていた。

 

割と落ち着いている俺はそんな彼女をじっくりと観察する。

 

 

月のように輝く銀髪は腰までのセミロング。黒いヘッドドレスがその美しさを際立たせる。

胸元が少し見えそうなドレスは黒で、所々に白いレースがあり、コントラストを強調していた。スカートはロングで、割とレースが多め。ブーツは黒の網ブーツで踏まれたら痛そうだ。・・・・・・兄は喜びそうだが。

身長は雪華綺晶と同じか少し低いくらいだ。

 

だが、一番特徴的なのは、なんと言っても背中に生えている漆黒の羽だろう。

あぁいうのが中二病というものなんだろうか、と俺は同情しちょっと悲しくなる。

羽が出ている部分の布は少なめで、綺麗で白い背中が露わになっているのがちょっとエロイ。

 

 

「なにチラチラ見てるのよぉ。惚れちゃった?」

 

「なんで惚れる必要なんかあるんですか(正論)」

 

「可愛げないわね・・・・・・」

 

 

そこで会話が途切れる。

兄貴の汚い話し方が移っているとは思わなかったが、まぁいい。

どうやら彼女の目的は雪華綺晶のようだ。

確か、前にアリスゲームがどうとか言っていたな。

姉妹同士で戦って父親に会うとかってのが最終目標だっけ。

 

 

しかし、どうしてこんな事になったんだ。

 

こういうの兄の役割だろうに。

 

 

「貴方、名前は?」

 

 

ふと、髪をいじるのに飽きた黒薔薇の人形が訪ねてきた。

 

 

「礼」

 

「ゲイ?」

 

「レイです(激怒)」

 

「あら、ごめんなさい。私は・・・・・・教えてほしい?」

 

 

おちょくってるんだろうか。

黒薔薇の人形はふわりと飛んで目の前まで近づき、片手をそっと俺の頬に添えた。

本物の女の子みたいな手してんな、お前な。とは言わずに俺はただ彼女を睨む。

 

 

・・・・・・人形がちょっと前屈みになってるせいで胸の谷間が見えている。

 

 

「・・・・・・」

 

 

まだまだ若い俺は質問そっちのけで谷間を見てしまう。

人形相手に欲情するのは人間としてどうかと思うが、おっぱいは人間の真理だと兄貴が言っていたから仕方ない。そういう事にしておいてほしい。

 

 

「だんまり?ほんとつまらないわね、貴方・・・・・・ってどこ見てるのよ!」

 

 

俺の不自然な視線に気付いた水銀燈は急いで離れて胸元を手で隠す。

格好がエロイわりには随分と乙女じゃないか、この人形は。

 

 

「案外初心(ウブ)なんだな」

 

「だ、誰が初心(ウブ)よ!調子に乗ってると殺すわよッ!どうせあんたみたいな男は彼女なんていないんでしょうね!」

 

「え、そんなん関係ないっしょ(正論)」

 

 

この間別れたからその話題はNG。



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Sequence 19 Hostage Rescue

  文字数が少ないのは前に投稿していたサイトでの癖です(責任転嫁)
口調がガバガバなのは二次創作にはよくあるし、多少はね?
出来る限り改善したいと思います(改善するとは言ってない)


 

 

 さて、礼が黒薔薇のお姉様とキャッキャウフフしている頃、俺と雪華綺晶は教会を目指して奔走していた。

奔走と言ってもなるべく水銀燈に探知されないようにコソコソと歩いているだけなのだが。

 

現在の居場所は何かの店。

看板がドイツ語なので詳しい事は分からないが、雪華綺晶が言うにはパブみたいなものだそうだ。

とりあえずそこで詳しい作戦を立てるつもりだ。

 

 

 

見せの中に誰もいないことを確認して、抱っこしていた雪華綺晶を机の上に降ろす。

 

 

「しかし誰もいないな」

 

「この町は現実ではありませんわマスター。ローゼンメイデンでも明確な魂のあるものは再現できないのです」

 

「そっちの方が好都合だ。さて、どうやって黒薔薇のお姉様から身内を取り返すか」

 

 

人質を取られている以上派手な事はできない。

もしそんな事をすれば礼の身が危ないし、こっちの存在にも気付かれてしまうのは明白だ。

水銀燈の目的は俺と雪華綺晶であり、俺たちのどちらか一方がやられても彼女に有利に動いてしまう。人質というのは動くに動けなくなる厄介な手である。

 

ならば秘密裏に動いて救出するしかないだろう。

 

 

「雪華綺晶、水銀燈の居場所は分かるか?」

 

 

その問いに雪華綺晶は頷く。

 

 

「ここから数百メートルの場所にある大きな教会かと。いつもそこを拠点にしてましたし・・・・・・」

 

 

それを知っているという事は、何度かここに来たことがあるのだろうか。

しかし今それを追求している余裕はない。

俺は立ちながら少し考える。

さっきチラッと見えたが教会まで200メートル、その間に家などの障害物は沢山。

ローゼンメイデン特有の「そらをとぶ」での索敵でも見つけ辛いはずだ。

 

と、その時外から物音がした。

咄嗟に雪華綺晶を机の下に隠して窓から外を盗み見る。

 

 

「なんだありゃ・・・・・・」

 

 

思わず小声で驚嘆を表す。

外にはいつの間にか、人間サイズの大きなぬいぐるみが歩き回っていた。

しかも御丁寧に包丁や斧で武装している。

 

俺はしゃがみながらテーブルの所まで行き、ちょこんとしゃがんでいる雪華綺晶に顔を近づける。

 

 

「外に武装したぬいぐるみが複数。見た感じ、俺たちを探しているようだ」

 

「お姉様のおもちゃですわ・・・・・・」

 

おもちゃの兵隊(Toy soldiers)ってか?ふざけやがって」

 

「侮ってはいけませんマスター、あれはお姉様が操っているお人形。すべてのおもちゃがお姉様と繋がっていますわ。見つかれば、その情報がすべてお姉様に流れてしまう」

 

 

まるで戦術データリンクだ。いや、リアルタイムで情報が齟齬なく伝わるという点ではそれ以上か。

軍用化したら一儲けできそうだなんて考えてしまうのは金欠だからか。

 

そうか・・・・・・と俺はまた頭を悩ませる。

と、その時雪華綺晶がおどおどとした様子で何かを差し出してきた。

 

 

「これ、机の裏に・・・・・・」

 

 

なんと、雪華綺晶が持っていたのは拳銃だった。

俺は驚いた様子でそれを受け取る。実銃なんて見るのも触るのも初めてだ。

 

 

「・・・・・・なんでハイパワーなんだ?」

 

 

その拳銃の名前はブローニング ハイパワー。イギリスのオートマチックピストルだ。

M1911A1の生みの親である天才ジョン ブローニングが最後に設計し、弟子が完成させた傑作ピストルだ。

シングルアクションで使用弾薬は9mm×19mmパラベラム弾、標準弾倉には13発入る。

確かにいい銃だが、こいつはイギリス軍の正式拳銃だったはずだ。

二次大戦時、ナチスドイツの正式拳銃は確かワルサーP38とC96だった気がする。

 

 

「そういや昔ドイツが鹵獲したのを採用してたな・・・・・・それか?」

 

「鉄砲の事はよく分かりませんわ」

 

「銃は素晴らしいぞ、今度一緒に学ぼう」

 

 

とりあえずこいつは押収だ。

しかし水銀燈はこんなのまで再現したのか。俺としては嬉しい限りだが。

拳銃のスライドを少しだけ引く。薬室(チャンバー)には弾は装填されていない。

続いてマガジンを抜いて弾数を確かめる。くいっと親指で装填されている弾を押してみるが、硬くてびくともしない。

という事は少なくとも13発くらいまでは詰まっているという事か。銃や弾の状態も悪くないし、問題なく撃てるだろう。

 

もっと調べたらまだ何かあるかもしれないが、今は一刻も早くここを出て礼を救出しなければ。

 

 

「雪華綺晶、そろそろここを出るぞ。簡潔に作戦を伝達する」

 

「え、あ、はい」

 

 

なんだかスイッチの入った俺に気迫された雪華綺晶だったが、それを気にせず俺は話し出す。

 

 

「とりあえず雪華綺晶はここで待機な」

 

「えっ」

 

 

まさかの待機命令に面を食らう雪華綺晶。

 

 

「そこで礼をすんなり救出できればそれで良し。もし教会内で見つかったりした場合は指輪経由で合図するから、そしたら思い切り教会に向けて攻撃しろ」

 

「もし途中でマスターが見つかったら?」

 

「雪華綺晶が教会に突入しろ。大丈夫だ、そう簡単に見つからんさ」

 

 

不安そうな雪華綺晶の頭をぽんっと撫でる。

不満そうだったが、仕方ない。

 

俺は立ち上がり、ハイパワーのスライドを引いて弾薬を装填、セーフティをかける。

そして腰に仕込むようにしてしまうと、裏口へと向かう。

 

 

「気をつけて、マスター」

 

「そっちこそな」

 

 

雪華綺晶がすんなり聞いてくれて良かった。

さて、囚われの王子様を助けなければ。




コメント待ってます


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Sequence 20 Search and Rescue

久しぶりなので初投稿です。



 

 

 

 

 

 

 

 

 「――そう、わかったわ、見つからないのね。痕跡は見つかってるんでしょう、いいから貴方は持ち場に戻っていいわ」

 

 

黒薔薇が人形にそう告げると、人形はぎこちない敬礼をしてとことこと部屋から出て行く。

人形はサイズこそデカいが、見てくれはどこにでもあるような普通のブリキ人形だ。

いや、最近はブリキの人形なんて見ないか・・・・・・

だが、その人形がなぜかライフルを持っているとなると話は変わってくるわけで。

 

俺、河原 礼はすっかり逃げる気を無くしていた。

この性悪人形ならどうにか出し抜けたかもしれないが、外にあんなのがうようよ居るとなっては溜まったもんじゃない。

 

 

「はぁ~」

 

 

俺がクソデカ溜息を吐き出すと、黒薔薇は何か思ったのかまた俺の目の前にある椅子に座る。

 

 

「貴方のお兄さんが来てるみたいよぉ?」

 

 

「そう・・・・・・(無関心)」

 

 

「あら、貴方のお兄さんが助けに来てくれているのに随分関心が低いみたいじゃない。まぁ、いいわぁ。末妹が来るまで貴方で楽しませてもらうから」

 

 

ファサッと長い髪を手ですく。

すると黒薔薇は髪をいじった反対側の手に竹刀を召喚した。

なんだか非常に嫌な予感がする。

 

黒薔薇は立ち上がりニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながらにじり寄る。

 

 

「うふふ・・・・・・私はねぇ、貴方みたいな可愛い系の子の悶絶した顔が大ッ好きなのよぉ・・・・・・」

 

 

唐突に自分語りする痛いゴスロリ人形。

その笑みからは残虐性が滲み出ていて、俺の額に冷汗が浮き出てくるほどだ。

 

黒薔薇は笑みを漏らしながら、市内の先端を俺の首にそっとあてる。

 

 

「それがどうないしたんじゃい(強がり)」

 

「私の言うこと聞いてくれる?死んじゃうわよぉ、オラオラ」

 

 

最後のオラオラが酷く不自然だ。

ていうかどうしたんだ唐突に、話が見えないぞ。

そもそも誘拐犯の言うことなんて聞きたくもない。

それに、雪華綺晶に対しての人質なら俺を殺したら意味ないだろうに。

 

 

「やだ」

 

「オラァッ!」

 

 

バッチーンッ!!!!!!

 

なんと拒否した瞬間急に竹刀で腕をぶん殴ってきたのだ。

あまりの痛さに俺はおじぎするように悶えてしまう。

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!! と、汚い悲鳴が部屋に響く。

どうやら黒薔薇にはそれがたまらなく愉快であるらしく、より一層凶悪な笑顔になる。

 

 

「誰が拒否っていいって言ったのよッ!」

 

 

笑顔とは裏腹に口調はなぜか怒っている。

クソが、誰が言いなりになるか。

 

 

「おばさんやめちくり~」

 

 

よく兄貴が使う煽り文を流用してみる。

するとおばさんというワードが相当彼女のプライドを傷つけたらしく、笑顔から一転、般若のような恐ろしい顔に変化した。

 

 

「なにぃ~!?なんて言ったのよ、もう一回言ってみなさいッ!」

 

「おばさん・・・・・・」

 

 

バッチーンッ!!!!!!

そして二発目。先ほどのより格段に痛い。

 

 

「あー痛い痛い痛いッ!!!!!!」

 

「おばさんだとッ!?ふざけんじゃないわよ、お姉さんでしょ!!?」

 

 

そして三発目がヒットする。

今まで味わった事のない痛みが絶叫を誘発させる。

 

 

「痛いんだよぉッ!!!!!!(ブチ切れ)」

 

「竹刀が痛いのは分かってんのよオラァッ!!!!!!!!YO!!!!!!(攻撃)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 「・・・・・・なんだかまずい事になってる気がする」

 

 

路地裏で匍匐し人形をやり過ごしながら、そんな事を思う。

礼が酷い目にあっている気がする。ただちょっとだけ羨ましいと思うのは何故だろうか。

 

と、いつの間にか人形が去っている。

これは進むチャンスだ。俺はなるべく街灯に当たらないように道を進む。

夜だけあって光源以外はほとんど何も見えない。

流石にゼロ距離だと気が付かれるが、近づかなけりゃいい話だ。

 

 

主に中腰で屈みつつ歩く。

 

 

と、数メートル前に十字路が見えた。

そこだけでも街灯が数本立っていて、おまけに人形共が数体陣取っていて見つからずに中央突破は無理があるだろう。

 

ならば迂回するしかない。

時間は掛るが、見つかるよりはマシだ。

 

 

そう考え、俺はすぐ横の角を曲がろうとした。

 

 

 

 

「あっ」

 

「ファッ!?」

 

 

ライフルを持ったブリキの人形が目の前にいた。

まさかの鉢合わせだった。ちなみに、俺の名誉の為に言っておくと、汚い方の驚きの声が人形の方だ。

俺は同性の後輩を家に誘って睡眠薬入りのアイスティー(麦茶)なんて飲ませない。

 

 

「クソッ!」

 

「クソですか」

 

 

普通に言葉を返してくる人形だったが、行動は俺の方が早かった。

即座に膝蹴りを人形の鳩尾に入れる。

 

ブリキの人形を蹴ったせいか、膝が痛む。

しかし相手にもダメージが入ったようで、大きくおじぎする様に腹を抱えた。

 

 

そのまま俺は左手でライフルを払う。

人形はライフルを落としはしなかったものの、こちらに撃てる状態では無くなった。

 

 

「ふっ!」

 

 

流れるように左手で斧を取り出し、頭めがけて振るう。

バァン!(大破)という擬音がこれほどまでに合うとは思わなかった。

激しい音を立てて人形の頭に斧がめり込んだのだ。

 

続けて俺は斧を手放し、上半身を相手の左腕とわき腹の間を潜らせる。

そして最後に左肘のエルボーと左足での足払いを組み合わせ、人形を前のめりに転ばせた。

左っていう言葉が出過ぎて頭が痛い。

 

 

「あぁん!ひどぅい!」

 

「申レN」

 

 

そう言い放つと俺はブリキ人形の首を踏んで圧し折る。

それ以降、人形はクッソ汚い語録を言うことは無くなった。

やっぱりローゼンメイデンの中でああいう動画が流行っているんだろうか・・・・・・

怖いな~とづまりすとこっ。

 

 

「お、お前何やってんだお前人の領土で」

 

 

「ファッ!?」

 

 

今度の汚い驚愕の声は俺だ。

しかもいつの間にか他の人形に発見されている。

人形はあたふたしながら包丁を構えている。

 

 

(ステルスは)ダメみたいですね・・・・・・

 

 

仕方なく俺は拳銃のセーフティを外して人形の胸を狙い、発砲する。

距離は3メートル、一発だけなら当てられるはずだ。

 

 

「アッー!!!」

 

 

汚い断末魔と共に人形の胸に穴が開き、倒れる。

反動は強くない。むしろマイルドだ。

 

しかしそんな感想を抱く間もなく、

 

 

「いたピネ発見ピネ発見(ゲーマー)」

 

 

十字路にいた人形にも発見されてしまったようだ。



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Sequence 21 性悪人形たち

バトルフィールドやってました・・・・・・(小声)
なんかスト魔女のSS書きたいゾ・・・・・・お前どう?


 

 

 

 「・・・・・・あら。意外と早く見つかったわね~(嬉しい誤算)」

 

 

 

ふと、竹刀を振るう鬼畜人形の手が止まった。

言葉から察するに兄貴達が見つかったのだろうか、それともはったりで俺の様子を見ているのだろうか。

どちらにせよ、事態は悪くなっているのは違いないだろう。

 

それにしても痛い。

こんなに痛いのはサッカーの試合中に思い切りタックルされて意識が飛びかけた時以来だ。

 

 

しかしまぁ、一つだけ朗報がある。

それは、俺の手足を縛っている縄がほどけかけている事だ。

もう少し粘れば解けるだろう。

 

 

「出来るだけ生かして捕まえなさぁい。ま、死んでてもいいけど。じゃ」

 

 

そう言って彼女は人形との通信を切る。

 

 

「さて、貴方のお兄さんが捕まるのも時間の問題ね」

 

 

再び彼女は竹刀を構えなおす。

ああ、解放はまだ遠い・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げんじゃねーよ!」

 

 

包丁や鉈を振り回しながら人形が追ってくる。

俺は息を切らしながら路地を走る。

時折振り返り、奪ったライフルを牽制に撃つが恐怖心が薄いのか人形相手には効果がない。

ていうかなんでこいつらはさも当然のように語録を使ってるんですかね・・・・・・?

 

 

『マスター、大丈夫ですか?』

 

「いやーキツイっす!雪華綺晶、まだそこから動くなよ!」

 

『え、でも絶体絶命じゃ・・・・・・』

 

「私にいい考えがある(大嘘)」

 

 

某司令官のように提案してみる。

自分で言っといて不安しか浮かばないってのはおかしいもんだ。

しかし、案が無いわけじゃない。

さすがに数十人いる人形を全部倒すとかそういうのは無理だが、隠れればいいのだ。

 

とりあえず通信を切り、走ることに専念する。

 

 

奪ったライフル・・・・・・STG-44の弾数は恐らくあと10発程度。

拳銃も12発だけと心許ない。

 

 

さて、俺は裏路地に入る。

 

裏路地に入るとすぐそばに大きなゴミ箱が置いてあった。

そう、これに隠れるのだ。

急いで蓋を開け、中に入る。生ごみの匂いが凄いが、仕方ないだろう。

 

 

「くっせぇなお前・・・・・・」

 

 

無機物のゴミ箱に小声で悪態をつく。

 

 

 

「あれ~おかしいね誰もいないね」

 

「困りましたねぇ~」

 

 

なんだか外が騒々しいが、徐々に離れて行っている。

どうやら俺の目論見が当たったようだ。あいつら以外にバカだな。

 

そっと、俺はゴミ箱のふたを開ける。

そして、すぐ外に三人の人形がいることに気が付いてすぐにふたを閉めた。

あく消えろよ(せっかち)

 

 

 

「ぬわぁぁぁぁん疲れたもぉぉぉぉん」

 

「チカレタ・・・・・・」

 

「やめたくなりますよ~追跡ぃ・・・・・・」

 

 

なんだか空手やってそうな奴らがサボって話している。

疲れてるならさっさと消えて、どうぞ。

 

 

「人形さん夜中腹減らないっすか?(唐突)」

 

「あー腹減ったなぁ(時世不一致)」

 

「この辺にぃ、上手いヴァイスヴルストの店、来てるらしいっすよ」

 

 

なんだよヴァイスヴルストって(哲学)

ドイツ語ってどうしてこうも長くて中二病っぽいんですかね・・・・・・

ローゼンメイデンとかもう中二病集団みたいな名前してんなお前な。

 

 

「あ、そっかぁ」

 

「行きましょうよ」

 

「行きてぇなぁ(届かぬ思い)」

 

「じゃけん夜行きましょうねぇ~」

 

 

そう言ってどこかへ行ってしまう三人組。

三人組なのに一人は全く喋ってなかったが、この後あの二人に酷い目に遭わされそう(確信)

ていうかほんへ垂れ流しやめろォ!(建前)ナイスぅ!(本音)

 

 

さて、そろそろ行こうかなぁ~俺もなぁ~。

 

 

と、水泳部の先輩波にくっさいゴミ箱から這い出る。

匂いが染みちゃったら嫌だな・・・・・・と、一人水銀燈の本拠地を目指そうとした瞬間。

 

 

 

 

「クサイですね貴方」

 

「ッ!」

 

 

不意に真横から話しかけられた。

思わずライフルを向けるが、

 

バシッ。

瞬間的にライフルを弾かれる。そして、

 

 

「ていっ」

 

「ぐはぁっ!!?」

 

 

いつの間にかライフルを奪われ、ストックで腹を打ち付けられた。

肺の空気が外へと追いやられる。

すぐに左手で拳銃を取り出して相手を見もせずに向けるが、

 

 

「甘いですね」

 

 

指摘された次の瞬間にはどうやったのか拳銃まで奪われていた。

 

 

「クソ!・・・・・・って、お前!」

 

「やっと気づきました?」

 

 

そう言ってにっこりとこちらにライフルと拳銃を向けるのは、なんとあの(皆さんご存知)林本 琉希さんだった。

彼女は銃をおろすと痛がっている俺にライフルと拳銃を返してくる。

 

受け取ると、まずは疑問を投げかけた。

 

 

「どうしてここに?」

 

「あら、偶然ですよ。それより、ここを離れましょう。また奴らが戻ってくるかもしれませんわ。翠星石?」

 

 

琉希さんが自分の人形の名前を呼ぶと、すぐさま俺のトラウマになっている甲高い声が響いた。

 

 

「こっちに来るです、琉希・・・・・・とイカレ人間」

 

「会って早々罵倒するのか(困惑)」

 

 

翠星石が近くの建物から出てくる。

どうやら今は素直に従った方がよさそうだ・・・・・・




今ちょっとスト魔女かオリジナルの小説について考えてます。
スト魔女書くならシリアスに、オリジナルオリジナル書くなら今のような感じになります・・・・・・
アンケートとかってとれるのかな?(無知)


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Sequence 22 ツンデレマスター

長らくお待たせいたしました。
リアルがクッソ忙しいこともありまともに書く時間がありませんでした……(小声)
あ、そうだ(唐突)この年にぃ、ベセスダのFallout4、発売らしいっすよ。
じゃけん買いにいきましょうね~(ステロイドマーケティング)
PS4どーすっかな~俺もな~


―――水銀燈の本拠地、とある家―――

 

 

 

 

「・・・・・・それで?どういう風の吹き回しなんだいポニテ女子」

 

「なんですかその呼び方、ビンタしますよ」

 

 

ちょっとポニーテールを褒めただけなのに地味に痛い事をしようとするのはNG。

俺は半笑いで適当に謝る。

適当ではあるが謝罪を受け入れた琉希ちゃんは、机に腰かけると後ろをとことこついてきていた翠星石を抱き寄せて言った。

 

 

「別に。偶然水銀燈を討ち取りに来たらあなたが居た、それだけです」

 

「とぼけちゃってぇ(嘲笑)俺に惚れたんか、え?……おいちょっとした冗談だろ!ナイフを抜くなよ!」

 

 

やっぱりこの子に冗談は通じないようだ。

つい先日俺を切り裂こうとしたあのカランビットを握りしめている。

この娘頭おかしい……(特大ブーメラン)

 

 

と、その殺伐とした空気に耐え切れなくなった翠星石がちっこくて可愛い口を開いた。

雪華綺晶もいいけど翠星石もがわ゛い゛い゛な゛ぁ゛(キモオタ)

 

 

「おめーらいい加減にするです!琉希もいちいちあの変態の言う事を真に受けてたらキリないです!」

 

「そうだよ(便乗)」

 

「おめーが一番黙るですッ!」

 

「Yes♂sir~(レ)」

 

「黙れやサルゥ!!!!!!」

 

翠星石に本気で怒られてしまった。やっぱキレやすいところはマスターに似るんすね~(観察先輩)

おまけに琉希ちゃんがナイフをくるっと回して持ち替えたのがちょっと怖いから本気で黙っておこう。

 

 

「オッホン。まぁとにかく、今はどう奴らから逃げるかを考えるです」

 

「ちょっと待って!(関西発音)」

 

「え、なんですか人間?」

 

 

突然の言葉に翠星石は驚く。

逃げる?そんなことしたら礼に怒られちゃうだろ!いい加減にしろ!(ミックス)

さすがに実の弟を捨ててはいけないだろう。

 

 

「逃げるのは駄目だ。悪いが、弟が捕まってるんだ、見捨てるわけにはいかん」

 

 

弟、というワードに琉希ちゃんが反応する。

あぁそうか、この子も雪華綺晶に妹が散々な目に遭わされてたんだった。

翠星石もそれを察したらしく、返す言葉に困っていた。

ていうか待てよ、なんで水銀燈を倒しに来たのに逃げること前提で話を進めてるんだこの性悪人形。

倒すって言ったのに逃げるってのはおかしいだろそれよぉ!違うか!?(唐突)

 

 

「そもそもお前ら水銀燈倒しに来たんだろ?なんでハナっから逃げようとしてんだ?」

 

 

疑問をぶつけると、翠星石は意外そうな顔をした。

 

 

「何言ってるですか。そんなの琉希の嘘です。本当は琉希がお前達が心配だって言って来ただけです」

 

「ちょ、翠星石!」

 

 

まさかのツンデレ。

やっぱり惚れてるじゃないか(自惚れ)

さすがにそれは無いだろうけど……まあ、悪い気はしない。

 

 

「琉希ちゃんも結構……可愛いとこあるじゃん(したり顔)」

 

「う、うるさい!」

 

 

焦る琉希ちゃん萌え(劇寒)

なんだなんだよ~お前私に興味あんのか~?デュフフwww

……そう言えば前これを言おうとして雪華綺晶にキスされたんだっけ。

もう一度やりたいぜ。

 

 

「こう見えても琉希は情に熱いんです。だからこうして一度しか会った事のない人間の為にわざわざ……」

 

「も、もう言わないでよぉ!」

 

 

なんだろう、ギャップが凄くてクッソかわいい。

俺の心の傷が癒されていきますよ!って言いたいけどそこまで傷もないしむしろ俺割と今幸せだったりする、主に雪華綺晶と。

 

 

「琉希くんもうまそうやなホンマ」

 

「ど、どういう意味ですか!」

 

「え、なにそのリアクション(引き気味)」

 

「あ、貴方が言ったんでしょうに!」

 

 

ここまで俺のペースだった。

可愛いツンデレお嬢様をからかっているうちにセクハラしてみたくなり(ノンケ)、ちょっとだけ卑猥な事を言おうとする。

 

 

「怒ってんの?しゃぶ……」

 

「あらマスター、それはいけませんわ(憤怒)」

 

「ファッ!?」

 

突然後ろから誰かに抱きしめられた。

思わず身体が飛び跳ねるが、ふんわりとした甘い匂いで声の主が判明する。

 

 

 

「どうも、雪華綺晶さん……(レ)」

 

「うふふ……私に待てと言ったのは他の女といちゃいちゃするためだったの……?」

 

 

メキメキっと抱きしめる腕に力が篭っていく。痛い。

ちなみに翠星石と琉希ちゃんは恐ろしさのあまり固まってしまっている。たすけて(懇願)

 

 

「いけませんわ……みっちり調教してあげませんと。うふふふ……」

 

「すいません許してください、何でもしますから(予定調和)」

 

「ん?今なんでもするって言いましたわね?んむ……」

 

「ンッーーー!!!!!!ンーーーーーー!!!!!!(阿久氏井戸レストラン)」

 

 

またこの展開か壊れるなぁ……

 



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Sequence 23 一 転 攻 勢

遅くなってもしゃもしゃせん!(申し訳ありません)
リアルが忙しかったというのもございまして……
ハイ、もしゃもしゃせん!



 

 

 

 

 結論から言えば、俺は雪華綺晶の誤解を解き、許しを得ることが出来た。

それまでが酷く苦痛であった事は容易く想像できるが、不気味な笑顔を向けられないだけ良しとしよう。

ちなみに琉希ちゃんと翠星石はその間周辺を警戒してくれた。

その前に俺を助けてくれませんかね……?まぁええわ。

 

そこで礼救出に向けて作戦を話し合ったのだ。

作戦と言ってもドッジボールの前に何秒か簡単に話し合う程度のものでしかないが。

 

 

そして現在、いつまでたっても真っ暗闇の街中を琉希ちゃんと共に駆ける。

愛しの雪華綺晶とツンデレ翠星石はいない。

作戦としては、我らの人形二体が雑魚と水銀燈の注意を引き付け、その間に教会に潜入、あわよくば礼を救出する……これ中に水銀燈いたらどうするんですかね?

多分監禁だけじゃ済まないと思うんですけど(名推理)

あ、おい待てぃ!琉希ちゃんが水銀燈に責められる光景はちょっと見てみたいけどな~俺もな~(百合リョナ並感)

 

 

「あら^~いいですわゾ~これ」

 

「なんですか急ににやけて……」

 

おっと危ない、声に出してしまった。

妄想垂れ流すのは自室にいる時だけにしよう。

 

ちなみに俺と琉希ちゃんだけで行動すると決まった時、雪華綺晶の顔が険しくなったが、あとでいっぱい相手してやると言ったらニヤケていた。怖いな~とづまりすとこ(逃れられぬカルマ)

 

 

「待って、止まって」

 

 

ふと、先頭を歩く琉希ちゃんが急停止して物陰に隠れる。

俺も急いで琉希ちゃんの後ろに隠れ、表の通りを覗く。

念のためSTG44のセーフティレバーに指をかける。しかしAKよりもセーフティが切り替えやすいな。ま、どうでもいいけど(中東Project)

 

「すぐそこ、敵が数名」

 

小声で琉希ちゃんが言う。

言った通り、数メートル先にアホ人形共がたむろってる。

ちょうど進行方向にいるので、避けて通るのは難しいだろう。

迂回しようにも土地勘がないから迷う可能性もある。

 

 

と、まぁこんなもん予想通りだ。

ならば可愛い人形たちに動いてもらおう。

 

 

俺は指輪に小声で話しかける。

 

 

「雪華綺晶、待たせたな(変態糞土方)、やってくれ」

 

『はい、マスター。……浮気は駄目ですよ』

 

「えっ」

 

『やります』

 

 

軽く脅された後、遠くから爆音が響いた。

方角は雪華綺晶たちが去ったあたり。どうやら陽動を始めたようだ。

が、あいつらいったい何したんだろうか。爆音響かせるようなものありましたかね……?

 

 

「あ~なんだなんだなんだなんだ」

 

「やべぇよやべぇよ……」

 

「すげぇことになってんぞ~!」

 

 

相変わらずホモホモしいアホ人形達が騒ぎ出し、通りから去っていく。

どうやら危機は回避できたようだ。

俺たちも先を急ぐとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 大きな轟音が響く。

まるで爆弾が弾けたかのような音だ……兄貴たちだろうか。

 

爆音がした瞬間、顔だけは良い虐待人形が驚いたように体を跳ねさせた。

 

 

「きゃ!なによ今の!?」

 

 

思わず手が止まった彼女は俺に背を向け、部下の人形たちと連絡を取り始めた。

痛みで気を失いそうだが、散々可愛がってくれた人形への恨みが募りに募って意識を保たせていた。

 

部下に罵声を浴びせたり、やたらと驚愕している黒薔薇人形を睨みながら、俺は手足を拘束している縄を解く。

予想以上が脆くなっていたようだ。

 

 

これでようやく自由になった。

さて、今までの仕返しをたっぷりとさせて貰おうじゃねぇか。

 



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Sequence 24 人形レ〇プ!野獣と化した弟

縄がほどけた事により、ようやく身体が自由になる。

縛られていた手首には縄の痕が出来ていて、よほど強く縛っていたということが分かる。

 

 

「なんで翠星石がいるのよ!ちぃ、メイメイ!あんたも行きなさい!」

 

「お前も逝くんだよ」

 

 

そっと近寄って、耳元で怪しげに囁く。

ビクゥ!っと爆音の時とは比べ物にならないくらい驚いた黒薔薇人形はこちらに向き直ろうとしたが、

 

ガバッと後ろから彼女の身体を抱く。

これが連ドラの一シーンなら絵になったかもしれないが、今はバイオレンスな変態向けビデオのクッソどうでもいいシーンだ。

 

どうやら彼女は驚きすぎて固まってしまっている。

攻めるのは強いが責められるのには慣れてないのか。ならちょうどいい。

思い切り抱きしめるとギリギリという音を発てる。

雪華綺晶とは一緒に生活していて触ったこともあったが、こうして触れ合うことはなかったため、その柔らかさに少し驚く。

 

スッキリとしていて甘く、それでいてべたつかない臭い。

まるでバンホーテンのココアみたいな高級感が鼻をくすぐる。

 

 

剥き出しになった首筋をぺろりとなめてみる。

汗の臭いもない、フローラルで上品な味だ。

 

「ひゃ……」

 

 

さっきまでのムカつく猫なで声とは違い、可愛いいたいけな少女の悲鳴。

なんだか心の底から何かが湧いてきそうな感覚があった。

 

ゾクゾクっと心を何かが駆け巡り、いびつな笑顔が溢れる。

 

なんだかこの可愛い生き物のような何かを、無性に壊したくなってきた。

 

 

いや、屈服させたいのだろうか?

 

 

 

「ふぅ~」

 

 

耳に息を吹きかける。

 

 

「んッ!ちょっあんたさっきから……」

 

「誰が喋っていいって言った」

 

 

急に不快になった俺は先ほどから目の前にある黒い翼を強く握った。

同時に聞いたこともないような声を出した。

 

 

「いぎッ!あ、やぁ!!!」

 

 

紛れもない悲鳴。

なぜか、それがたまらなく愛おしい。

 

 

「良い声で鳴くじゃねぇか」

 

 

笑いが口から溢れだす。

我ながら歪んでいると思う。

そもそも俺にこんな趣味は無かった。

普通の中学生として、普通の人生を送ってきたはずだった。

 

……そういえば。

 

 

昔、かなり小さい頃、兄貴のゲームを勝手にやった時。

ゲーム内に住んでいた住人を皆殺しにしたことがあった。

 

いや、まぁそういうゲームだったから何とも言えないが、あの時に感じたものに似ている。

でも、あの時はそれ以上に喪失感がデカかった。

壊してしまったら終わりだと、もう壊すことが出来ないと、大きな喪失感が自分を襲った。

 

……歪んでいるのだろうか?

 

 

そんなはずない。

これが普通なんだ。

 

学校で習った気がする。

人は生まれながら悪に在ると。

 

 

それが普通なんだ。

 

 

 

「お前の身体が軋む度」

 

 

優しく愛を囁くように彼女の耳元で呟く。

 

 

 

「俺はお前が愛おしくて堪らない」

 

 

 

言葉にならない冷ややかな感情が水銀燈を駆け巡る。

これはまずい。

このままでは殺される。

 

 

 

「会ったばかりでボコされたのになぜ俺がお前を愛おしく思うのか」

 

 

この男は幼いながらに狂っていると、直感が告げる。

 

 

「俺にとって痛みは愛情なんだ……お前は俺に痛みを与えた。なら、俺もそれに応えよう」

 

「そ、そんなことしなくていいからッ!(良心)」

 

 

勇気を振り絞って腕を振り払い、後ろを振り向き手にした竹刀で礼に襲い掛かる。

その剣筋は鋭く、確実に首元へと伸びている。

 

 

 

 

 

 

が、

 

 

 

ボキィ、っと、水銀燈の腹部に鋭い痛みが走る。

 

一瞬なにが起きたか分からなかった。

体重の軽い人形の身体は後ろの壁に叩きつけられる。

 

 

そこでようやく理解した。

 

礼が、動物のように床に這い、足をこちらに向けていた。

 

 

 

つまり、しゃがんで蹴られた。

それだけだった。

 

 

たったシンプルな行動で、戦いになれた人形相手に反撃を入れる。

そんな事がただの中学生に出来るのだろうか?

 

 

「痛いか?それは俺の愛情表現だ」

 

 

そんなトチ狂った事を中学生が言う。

水銀燈は満足に息も出来ない状況で、初めて生命の危機を感じた。

 

 

 

 

 

 



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Sequence 25

 

 

 

 

――――――

 

 

 「……あら?」

 

 

ふと、水銀燈軍の人形たちを捻りつぶしていた雪華綺晶の腕が止まった。

しかし止まったのはほんの一瞬で、次の瞬間には手にしていた人形の頭を握りつぶした。

陽動のはずが一方的に相手を素手で捻りつぶしているってことは見つかっても案外安心だったんじゃないですかね、とは言わないでおく。

 

同じように翠星石も違和感を察知した。

如雨露で人形を殴る手を止め、雪華綺晶に話しかける。

 

 

「雪華綺晶、こいつら逃げてってません?」

 

「ええ、妙ですね……」

 

 

逃げる方角は敵の拠点である教会。彼らのほとんどはもうすでに姿を消していた。

 

最初はマスターたちが見つかったんじゃないかと思った。

それなら一大事だし、彼女たちも急行する必要がある。

 

しかし、マスターたちからそんな連絡はない。

それに、水銀燈の目的である雪華綺晶たちが出てきたのに、彼女が出てこないのもおかしい。

経験から言って、戦闘時の水銀燈は自ら相手をするタイプだ。

 

加えて、人形たちが言ってたことも気になる。

 

 

彼らが逃げ始める直前、しきりに焦ったような会話をしていた。

それは雪華綺晶たちが強過ぎるなどといった事に対する焦りではないと、同じ人形の直感として理解できた。

まるで、主に危機が迫っているというような……

 

 

マスターたちが水銀燈を追い詰めたのだろうか?

 

いや、いくら普通の人間よりも強いあの二人でも、ローゼンメイデンでトップクラスの力を誇る水銀燈を追い詰めるなんて事は出来ないだろう。

それに、ここは水銀燈のテリトリーで、エリアの複雑さを見ただけで彼女の状態が良いという事も理解できる。

 

 

「……とにかく、今は教会へ急ぎましょう。マスターたちが逃げていく人形と鉢合わせしても困ります」

 

「それもそうですね、はやいとこ琉希にも逢いたいですし」

 

「……お姉様、もしかしてあの方の事が好きなのですか?(青春)」

 

「う、うるせぇです!」

 

 

ホモはホモでもいいですわゾ~な展開がちょっとだけあるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

その頃、俺と琉希ちゃんは教会への侵入に成功していた。

正面から堂々入るのはまずいので、裏口の扉をアックスでこじ開けてやった。

 

どうやら護衛はいないようで、先ほどから誰一人として遭遇しない。

まぁそれはそれで好都合だ。

 

 

「静かだな……」

 

「貴方が喋らなければ」

 

「酷いっすね」

 

 

この子は俺が嫌いなんだろうか。

確かに目の前でいちゃいちゃしたり変な事言ったりもしたが、そこまで強く当たらなくてもいいじゃないの。

 

ちょっとだけしょげながら、先に進む。

 

 

と、その時。

 

 

 

 

 

「いやぁあああああああああああ」

 

 

 

 

突然、上の階から女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

二人で一瞬びくっとなりながらも、足を動かす。

どうやら一番上の階から聞こえてきたようだ。

 

 



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第三章
sequence 26 変態覚醒


皆様ご無沙汰しております
続きが思い付かずに逃げてました……(小声)


 

 

 

 

 

 

 悲鳴が聞こえて来た上の階へ急ぐ。

道中敵は見当たらない。どうやら水銀燈の配下にある人形たちは全部出払っているようだ。

 

そりゃあローゼンメイデンが二体も攻めて来たら全勢力を向けてでも進行を阻止するだろう。

加えて、まさかただの人間であるマスターが本命の攻撃役だとは思いもしないはずだ。

いくら水銀燈が残虐で、クッソ汚い会話をする人形を手下に取っていたとしても、それは変わらない。

 

次第に女性の悲鳴が酷くなっていく。

礼とは関係ないだろうが、一体ここで何が行われているんだろう?

仮に俺がそれを助け、女性に感謝されたらどうなる?

もしかしたら、恋に発展して……なんてこともあり得るんじゃないだろうか。

 

 

「ないです」

 

 

「あ、ない」

 

 

心を見透かされたように琉希ちゃんが釘を刺す。

ほんとこの子恐いし酷い……人間ホモ化もするわけですわ。

 

と、まぁそんなクッソくだらない事を考えていたら頂上の部屋の前に着いた。

そのまま扉を蹴り破って突入しようとする琉希ちゃんを制止する。

何事も作戦が大事なのだから。

 

 

「待て。まず俺が突入する」

 

 

「でも戦力的に私の方が強いのは目に見えて……」

 

 

「だからだよ」

 

 

そう、俺の怪我の治りは凄まじい。

それは対翠星石戦で発揮されているのだ。

 

仮に突入と同時に水銀燈から恐ろしいくらい激しい攻撃をされても、俺なら死なない可能性もあるのだ。

むしろ、ローゼンメイデンという美的センスに溢れた可愛い人形を前に死ぬ気はない。

だが、琉希ちゃんに最初にダウンされてはこっちも困ってしまう。彼女は貴重な戦力なのだから。

 

 

「ちょっとやそっとじゃ俺は死なん、俺が最初の攻撃を受け止めるからその隙に君が水銀燈を押さえろ」

 

 

「……いいでしょう、あなたの回復力がどれだけ優れているか、見させてもらいますよ」

 

 

相変わらず可愛げが無いが、それがこの子の魅力でもある。

いつか絶対俺に屈服させてやるんだ(ノンケ)

 

俺はトマホークを構え、扉のドアノブを狙う。

そして勢いよく振るうと、ドアノブを何度もトマホークで打ち付けて破壊した。

破壊している最中、これは軍人がスタングレネード投擲もセットに入れて行う行動であることを思い出したが、もう遅い。

 

ドアノブを壊され鍵もなにもないドアを勢いよく蹴り飛ばすと、俺は部屋の中へ突入する。

 

 

「礼ッ!」

 

 

真っ先に弟の名前が出る辺り、俺は兄としての自覚があるんだろう。

だが、予想していた水銀燈の攻撃は来なかった。

それどころか、何やら愉快な光景が目の前に広がっている。

 

礼が、水銀燈相手に一転攻勢をかましていたのだ。

 

 

「オラッ!人形なら人間様にもっと媚びろ!」

 

 

「だ、誰が……あん!」

 

 

礼が……四つん這いになっている水銀燈の尻を蹴っている。

なんだこれは……たまげたなぁ。

 

突入と同時に勝手にたまげてた俺の後から琉希ちゃんが突入する。

最初こそ水銀燈を討ち取らんと意気込んでいた彼女であったが、まさか目の前で人形と人間のSMプレイが行われているとは思うまい。

彼女は唖然とした様子でその光景を眺めていた。

 

 

「反抗するともっと痛くするぞ」

 

 

「やれるもんなら……いぎぃ!」

 

 

水銀燈の尻を思い切り叩く。

スパンキングとはこの中学生……どこでそんな情報を得たんですかねぇ……

 

あっそうだ(唐突)この前俺の部屋の同人誌が読まれた形跡があった。

確か内容もそういうヤツで、その時は雪華綺晶が勝手に読んだんだと思ってたけど……

そういう、関係だったのか(納得)

 

 

「手を使って叩くと響きが違うだろう、ん?ホラホラホラホラ」

 

 

「んはぁああ!ん、んあああ!」

 

 

この喘ぎ声がセクシー、エロイ!

なんて言ってないでどうにかしてこの場を治めよう。

俺の弟はもっとまともな人間だったはずなんだ、お兄ちゃんみたいになっちゃいかんで。

 

 

「礼くん!礼くん何やってんだ!自宅へ戻ろう!」

 

 

「あ、兄貴!?」

 

 

驚いた礼が叩く手を止める。

いや今更止められても事実が覆る訳じゃないんですけど(正論)

琉希ちゃんはまだ止まっちゃってるし。

 

いきなり叩く手が止まった事に不満を持った水銀燈が困ったような目でこちらを見てくる。

そして、一瞬混乱したのか目を見開いた。

 

 

「え、あ、なによあんた!」

 

 

「こっちの台詞なんだよなぁ……」

 

 

弟に調教される変態人形ってなんだよ(哲学)

しかしどうするか、水銀燈が正気を取り戻した以上交戦は避けられない。

礼を背中の後ろに隠すようにして追いやると、俺はトマホークを構えた。

 

だが、なぜか水銀燈は戦うどころか立てずにいる。

どうやら腰を抜かしてしまったようだった。

お父様、あなたの娘がこんな有様なんですがそれは……

 

 

「まだ終わってねぇぞ変態人形!」

 

 

「ひっ!?」

 

 

怒鳴る中学生を心の底から恐れる黒薔薇のお姉様。

その見た目から想像できない姿になんか俺までそういう気持ちになっちゃう、ヤバいヤバい。

 

 

「落ち着け。おい水銀燈、よくも人の弟を攫ってくれたな」

 

 

そして調教されてくれたな、とは言わない。

ミイラ取りがミイラになってどうすんだ。

 

 

「フン!手段を選ばないのが私のやり方なのよ!」

 

 

この期に及んで強気になる水銀燈。

もう遅いんだよなぁ……お前、一番Mっ気強いって礼に言われてるぞ。

 

しかしこの後どうしようか。

まさかこんなだらしない事になってるとは思ってもみなかったからなぁ……

てっきりそのまま交戦して倒すもんだとばかり思っていたから、こういう状況は対処しきれない。

 

 

「どうすっかこいつ……」

 

 

「ローザミスティカを差し出しなさい」

 

 

と、こちらも正気に戻った琉希ちゃんがカランビットナイフの切っ先を水銀燈に向けていた。

エロイことに耐性のない女の子ほんとかわいい。嫁にしたい(クソノンケ)

 

だがそれに対抗する様に、礼が俺の後ろから飛び出し水銀燈を脇で抱えて言った。

 

 

「待てッ!こいつは俺のだ!」

 

 

「何言ってんだお前」

 

 

兄として当然である。

今まで自分の性癖をぶちまけていた人形に対し俺のだなんて……

でもよく考えたら俺も雪華綺晶相手に色々してしまってるからそれ以上言えないの。

 

そんな若干中立になりつつある俺を他所に、二人は対立を続ける。

 

 

「河原郁葉の弟ですか。その人形を渡しなさい、あなたには関係のない事です」

 

 

「そうよ!誰があんたなんかの所有物に……ひゃっ!」

 

 

水銀燈がいきなり声を上げる。

よく見てみれば、彼女を抱えている礼が、開いている手で水銀燈の胸を思い切り掴んでいる。

 

お兄ちゃんそんな事教えてません(憤怒)

 

 

「礼!ちょっと破廉恥だぞ!」

 

 

「破廉恥なのはお前だ!」

 

 

「ファッ!?」

 

 

まさか弟にそんな事言われるとは思っていなかった。

 

 

「兄弟そろって私の邪魔をするのですか」

 

 

「ちょっと待って!俺協力してたじゃん!」

 

 

急に怒りの矛先が俺にも向く。

この人頭おかしい……(小声)

 

だが、このまま行けば頑固な礼は琉希ちゃんと敵対してしまうだろう。

それだけは避けなければならない。

 

 

「二人とも落ち着けって!礼、お前もそんな誘拐犯庇う必要ないんだぞ!」

 

 

珍しくまともな事をいう俺。

 

 

「黙れボンクラァッ!そもそもテメェが雪華綺晶と契約しなければこんな事にならずに済んだんだぞッ!」

 

 

「テメェ兄貴に向かって調子こいてんじゃねぇぞコラァッ!!!!!!」

 

 

弟に正論を言われて逆切れする兄貴。

我ながらかっこわるいが、まさか弟にこんなこと言われるだなんて……

 

 

「河原郁葉、あなたはやはりあの時消しておくべきだった」

 

 

「君ももうちょっと賢くなることをお勧めします」

 

 

一方で琉希ちゃんには冷静に対処。

怒らせたくはないけど、リードはされたくない。

 

 

まさかの三つどもえ。

男二人、女一人の空間(人形一人)、密室、何も起きないはずもなく……

 

 

 

「そこまでですぅッ!」

 

 

いや、起きなかった。

突然翠星石と雪華綺晶が、俺が破ったドアから侵入してきたのだ。

 

冷静さを欠いていた三人が一堂に驚く。

 

 

「す、翠星石!?」

 

 

「なにやってるですか琉希!キレやすいのはお前の弱点だっていつも言ってるでしょうに!」

 

 

どうやら翠星石相手だとこの子も弱いみたいだな。ははは、ざまーみろ。

 

 

「マスター」

 

 

「雪華綺晶オッスオッス!」

 

 

対して俺は軽快な面持ちで彼女に挨拶するが、なんだか雪華綺晶の顔が怖い。

笑ってるのに笑ってない。夢だけど、夢じゃなかった。

 

 

「どうしてあなたはそうやって人を煽るのですか?私心配です、これから先マスターが碌な人間関係を築けるのか……」

 

 

「申し訳ないが唐突な人生批評はNG(迫真)」

 

 

なんで人形に俺のこの先の人間関係を心配される必要があるんですか(正論)

 

 

ミーディアムが人形と合流し、それぞれ説教を受けている。

その間、礼とその脇でジタバタしている水銀燈は何も言わなかった。

 

ただ、少しそんな感じが続き、変化が起きる。

抱えていた水銀燈を、礼が対面する様に目の前に抱きかかえたのだ。

 

 

「な、なによ急に!?」

 

 

「お前、名前は?」

 

 

俺たちがいざこざに巻き込まれてるのをいいことに一人口説く弟。

 

 

「す、水銀燈よ。ローゼンメイデンの誇り高い……」

 

 

むちゅ。

ローゼンメイデン特有の名乗りをしようとしていた水銀燈に、礼は口づけした。

なんだこのプレイボーイ!?

すると常軌を逸した行動に水銀燈の頭がついていけなかったのか、黙り込む。

その顔は真っ赤である。

 

 

「お前、俺と契約しろ」

 

 

そして、これまた唐突に礼は告げた。

ノンケばっかりじゃないか。

 

 



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sequence 27 こいつら、全員迫真

初無言投下です。


 

 

 

 

 ある日の昼下がり。

俺と雪華綺晶、そして弟の礼と水銀燈が互いにペアになってテーブルを仕切りに対面していた。

雪華綺晶以外のメンバーが不貞腐れたような表情をしており、時折目を合わせたかと思えば睨みあったり舌打ちしたりする。

 

 

そんな仲、頬杖をつく礼の薬指には黒い宝石が飾られた指輪が嵌められていた。

そう、なんと礼はあの場で、あのまま水銀燈と契約してしまったのだ。

反対する俺や琉希ちゃん、それどころか水銀燈を無視し、彼女の薬指にキスをしてしまった。

その後琉希ちゃんとひと悶着あったのだが、今はこうして無事家で一家団欒(大嘘)している。

 

 

「……チッ」

 

 

っと、水銀燈が舌打ちした。

どうやら舌打ちした相手は礼らしく、本人もそれをしっかりと聞いてしまっていた。

 

礼はぎろりとそっぽ向く水銀燈を睨む。

そして思い切り彼女の背中に生えている羽を掴むと、一気に揉んだ。

それはそれは豪快な揉みっぷりだった。

 

 

「んぎひぃいいッ!!?」

 

 

ビクゥ、と変態ビデオでも見ているかのような反応をする水銀燈に俺と雪華綺晶も驚く。

いや、一番驚くべきところはそこではなくて、礼がこんな不良少年……いや、調教師のようになってしまったことなのだが。

 

 

「いや、やぁ、ごめんなさぁい!!!!!!」

 

 

しばらく揉んでいると、水銀燈が息を切らして礼に謝罪をする。

あぁ^~普段強がってる娘が調教されてるシーンがたまらねぇぜ。

……いやいかんいかん、礼がこうなってしまったのは俺のせいでもある。

ここは兄としてビシッと言ってやらなくては。

 

俺が咳払いすると、礼の興味は水銀燈から俺へと移った。

何でこの人こんな目力あるんですかね……

 

 

「おい礼、レディには優しくしてやらないとモテないぞ」

 

 

「ガタガタうるせぇんだよクソ兄貴てめぇの100倍モテるわボケ」

 

 

「なんだぁこの野郎ッ!?やんのかバカ野郎!」

 

 

「やれよ変態ッ!やってみろッ!!!」

 

 

「やってやろうやないかッ!!!!!!」

 

 

唐突に始まる迫真の兄弟喧嘩。

煽り耐性のない俺も問題だが、初っ端から喧嘩を仕掛けてくる礼サイドにも問題がある。

 

しばらく言い争っていると、俺の隣にいる雪華綺晶がプルプルと震え出した。

当然俺はそれに気付かず、礼と罵倒の限りを尽くしていると……

 

 

「あぁああああああああああもうッ!!!!!!うるさいです!!!!!!」

 

 

怒鳴る男二人に負けないくらいの声量で言った。

静かな不思議ちゃんキャラの雪華綺晶が突発的に怒りだしたので、俺たち兄弟はおろか水銀燈までまだ息を切らしながら驚いた顔で末妹を見ている。

 

なんだろう、生理かな?(クソ童貞)

 

 

「さっきから聞いていれば、やれぶち殺すだの、やれもぎ取るだの……」

 

 

「そんなこと一言もいっていないんですがそれは……」

 

 

「黙りなさいマスター」

 

 

人形によってお口チャックの刑に処される大学生。

 

 

「そもそも弟様!いくらマスターがお姉様との契約を認めないと言っても、あなたにも問題はあるのですよ!」

 

 

「は?」

 

 

何言ってんだこいつ、とばかりの顔で雪華綺晶を見る礼。

 

 

「あなたが黒薔薇のお姉様に捕まった時、マスターは真っ先に助けに向かったんですよ?結果がどうあれ、貴方はマスターに感謝すべきです」

 

 

「そうだよ(便乗)」

 

 

「マスターもです!」

 

 

「ファッ!?」

 

 

便乗していたら俺まで注意を受けた。

 

 

「貴方も弟様の事をおちょくってばかりいるからこうなるんです。だからマスターにはお仕置きです」

 

 

ドンッと重く鈍い音が響き、俺は倒れた。

雪華綺晶が俺に腹パンしたのだ。

 

うっ、とリアルで短い悲鳴をあげて机に伏すマスター。

主従関係が最近あやふやになっている気がするんですがそれは大丈夫なんですかね?



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sequence 28 なのです(迫真)

 

 

 

 

 

 「クソ、雪華綺晶め……」

 

 

痛む身体を引きずって自室へ向かう。

なんだって俺はこうも損な役割ばっかりなのだろうか……半分くらいその理由は自分にあるよな~とか思いつつも、俺は部屋へと入り扉を閉め、ついでにカーテンも閉める。

そして机の引き出しを開けて中を物色すると、ある物を取り出した。

 

それは水銀燈の世界で使用していた拳銃だった。

事件が終わった後、俺はこっそりとこれを持ち出していたのだ。

 

琉希ちゃんと水銀燈曰く、nのフィールドで生まれた物質は現世で存在を保つのが困難であり、通常消えてしまうのだという。

だが、ミリオタとしてはぜひ一度自室で銃を分解してみたい欲があったため、ベルトにはさんでダメもとで持ってきたのだが……消えなかった。

 

雪華綺晶にはまだこの事を伝えていない。

伝えたらまたお仕置きされそう。

 

 

「さて……」

 

 

弾薬はもちろんマガジンすら入れていないので今この銃は安全だ。

さあ分解して俺の欲求を満たそうじゃないか。

 

 

「やっぱろくでもない事企んでましたか」

 

 

「ファッ!?」

 

 

後ろから聞き覚えのある甲高い声が聞こえる。

振り返ると、そこには緑の衣装に身を包んだ翠星石がいた。

どっから入って来たんだコイツ……

 

 

「ヴぉ、お前何やってんだ翠星石」

 

 

翠星石を見るや否や俺は拳銃を机へとしまい、ベッドの上で立っている翠星石に襲いかかる(唐突)

 

 

「ちょ、急に何するです!?」

 

 

「じっとしてろ!」

 

 

ジタバタする人形に対して本気になり、組伏せる。

あ^~柔らかい肌がたまらねぇぜ。

地味に拘束しながらわき腹や尻を触る。

 

 

「ど、どこ触ってんです!」

 

 

「お尻にガムが付いてるから取ってあげるよ(大嘘)」

 

 

うむ、雪華綺晶とはまた違って小ぶりだが、ロリが好きな俺としてはグッドだな。

むしろ素晴らしい。

お腹周りも、雪華綺晶のように痩せ型ではなく幼女特有のポッコリ具合がある。

 

本物触った事ないけど。

 

 

「ちょ、やめるです!まずいですよ!」

 

 

「暴れんなよ……暴れんな……」

 

 

お前の事も好きだったんだよ!

暑い真夏の夜、過熱した欲望は、遂に危険な領域へと突入する。

 

が、それはただの夢に終わった。

 

 

「マスター?」

 

 

たった一言が背後から投げかけられる。

それは今一番会いたくない人形の声のものと一致していた。

 

俺はぴたりと止まり、後ろを恐る恐る振り返る。

するとそこには……

 

 

「お仕置き、しましょう?」

 

 

雪華綺晶の狂喜に満ちた顔が目の前いっぱいに広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おい変態マゾ人形!ご主人様に何かいう事ないのか?」

 

 

一方、下の階では礼による水銀燈への調教が続いていた。

現在彼女は椅子に座る礼の膝の上にうつ伏せになっており、必死にもがいているが押さえつけられて脱出できないでいる。

 

 

「ふん、調子に乗った中坊がなによ!」

 

 

「ご主人様だろぉ!?」

 

 

「ぎゃん!?(モビルスーツ)」

 

 

反抗するたびに彼女のお尻は礼によって容赦なく叩かれる。

きっとスカートの下は真っ赤に腫れているのだろうが、どことなく水銀燈も楽しんでいる気がするのは気のせいだろうか。

 

と、そんな彼らの下へ一人の人物がやって来る。

それはいつものようにポニーテールを後ろで結っている琉希ちゃんだった。

 

ごめんください、という一言と共に勝手に入ってくる琉希ちゃんだが、実は事前にインターホンを鳴らしていたにもかかわらず返事が無かったため、少しだけ心配していたのだ。

だから騒がしいリビングに入って目の前に広がる悶絶人形大全集を見た瞬間に、彼女は固まってしまった。

 

礼もまずいところを見られたと言った表情で挨拶を交わす。

 

 

「どうも」

 

 

「……どうも。あの、性癖は人それぞれですし……私は何も見ていませんから……」

 

 

「あ、いやこれは……こいつが言う事聞かなくて」

 

 

「ねぇ!もう終わりかしら!?もっと叩いてみなさいよ!ホラホラホラホラ!」

 

 

一度動き出した時間がまた止まり、直後にドでかいパーン、というケツを叩く音と水銀燈の喘ぎ声が響いた。

 

 



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sequence29

皆様、ご無沙汰しております。
悶絶人形、専属調教師の平野源五郎と申します(大嘘)
私が悶絶人形を書くのは何年振りでしょうか……
大変長らくお待たせしましたが、少しずつ復活します。


 

 

 

「それで、琉希ちゃんは何をしにここへ?」

 

 

地帯を見られてしょんぼりしている礼を横目に俺は話をする。

ちなみに雪華綺晶からはローキック10回という地味に痛いお仕置きを受けましたが元気です。

琉希ちゃんは客人用に出した紅茶を啜って、カップをソーサーに置くと言った。

 

 

「……翠星石に破廉恥なことをした件については目を瞑りましょう。私達に非がないというわけでもありませんし」

 

「なんのこったよ(すっとぼけ)」

 

「マスター?」

 

「はいすいませんでした」

 

 

雪華綺晶に微笑まれて即座に謝る。

俺はマスターとしてこのままでいいんだろうか。

琉希ちゃんは咳払いすると話を戻した。

 

 

「水銀燈の様子を見に来たのですが……この分だと問題はなさそうですね」

 

 

問題しかないと思うんですがそれは……

口に出そうになるが、話がこじれそうになるので黙る。

雪華綺晶に怒られたくないし。

 

 

「それともう一つ。近頃、新しくドールが目覚めたという事を聞きました」

 

 

唐突に、琉希ちゃんが言った。

さすがに真面目にならざるを得ない状況に、俺はふざけた表情を消して尋ねる。

 

 

「どうやって?」

 

「翠星石が放っていた自立型の人形が、赤いドールを見たと。恐らく、第五ドールの真紅でしょう」

 

 

赤い第五ドール。

当然ながら雪華綺晶の姉。

赤いということから、某ロボットアニメの宿敵を思い出す。3倍の速度で動いたりしないだろうな。

 

と、真紅という名前を聞いた途端に、礼の横でぐったりしていた水銀燈が飛び起きる。

 

 

「真紅ですって!?」

 

 

俺達は驚きながらも、水銀燈に尋ねた。

 

 

「知ってんのか?」

 

「当たり前でしょう!?あの不細工な出来損ないドールぅぅぅうう!!!!!!今度あったらギッタギタのメッタメタに」

 

「お前も不細工で出来損ないだろ」

 

「あひん!?」

 

 

礼に尻を叩かれる水銀燈。

どうやら水銀燈は真紅ってやつにかなりご執心のご様子だ。

 

 

「あいつらは昔から仲が悪いですからね〜」

 

 

そう言うのは同じくローゼンメイデンの翠星石。

 

 

「お父様の工房にいた頃から喧嘩ばっかりですぅ」

 

 

ずずずっと、紅茶ではなく緑茶を飲む。

はえ〜女の子の喧嘩って陰湿そう。怖いな〜戸締りしとこ。

 

ぼそっと、翠星石が蒼星石ならよかったのに、と言ったが俺は何も触れない。

言葉から察するに、仲が良かったのだろうか。

まぁ、そのうち会いそうだけどな。

 

 

「それで、伝えて来たってことは当然何か考えてるんだろう?」

 

 

そう尋ねると、琉希ちゃんは頷いた。

 

 

「真紅と、そのマスターに接触しようかと」

 

「随分事を急ぐんだな」

 

「不安要素は排除すべきですから」

 

 

おっしゃる通りだ。

邪魔者は叩き潰すに限る。

俺も随分考え方が物騒になったなぁ。

 

 

「なるほどね。敵なら排除するに限るからな。……それで、琉希ちゃん。マスターの居所は掴んでるのかな?」

 

「ええ、もちろんです。あなたには、そのマスターと接触して欲しいのです」

 

 

ため息を吐く。

どうせそんな事だろうと思った。

ただでさえ強いこのコンビが、わざわざ俺のところまで来るのだ。

自分でできる事なら俺に伝えないだろう。伝えたとしても事後承諾だろうな。

 

 

「それでそのマスターの情報は?」

 

 

そう尋ねると、琉希ちゃんはスマホを取り出してしばらく操作し、こちらに渡して来た。

充電があまり無いことには突っ込まない。

 

 

「なになに……桜田ジュン、14歳……え、中学生?」

 

 

まさかの展開だ。

スマホの液晶に書かれていたマスターの情報。

それは、礼と同じく中学生男子。

写真を見るに、部活などはやっていないのだろう、線が細すぎるし、線が細い。

言っちゃ悪いが、銃でも持ってこられないと一対一では負ける要素はない。

 

 

「さすがに俺がコンタクトするのはまずいだろ、ショタコンに思われちゃう、ヤバイヤバイ」

 

 

年下の、しかも男子に手を出したとなれば色々と伝説になる。警察に捕まろうものなら一生ネットの晒し者だ。

そんな称号欲しくないです。

 

俺が難色を示していると、不意に礼が立ち上がり、俺の手からスマホを奪い取った。

 

 

「なんか言ってから取れよお前」

 

「……ふーん、桜田、ローゼンメイデンと契約したんだ」

 

 

と、礼は知っているかのように言う。

 

 

「知ってるの?」

 

「俺のクラスにいるオタク」

 

はえ〜すっごい世間狭い。

 

 

「ならお前がコンタクト取れば……」

 

「無理。こいつ引きこもりだし」

 

 

あっ(察し)

若いのに難儀やなぁ桜田くん。

 

だがそうなるとどうしようか。

礼もなんだか関わりたくなさそうだし。

 

ここは俺が一肌脱いで……

 

 

「はん、私のマスターとあろう者が随分とへっぴり腰ね」

 

 

アホ黒ドールが煽り出す。

礼が振り返って水銀燈を睨みつけた。なんだろうか、随分と礼の機嫌が悪い。

礼は水銀燈に詰め寄る。

 

 

「なんだこの野郎」

 

 

その威圧感に水銀燈はビビりながらも言った。

 

 

「そんな弱っちい奴相手にビビってんじゃないわよ」

 

 

プルプルと震える礼。

あーヤバい、完全にお怒りだねあれは。

怖いな〜きらきー助けてーと隣にいる雪華綺晶に抱きつく。

 

 

「あらあら、そんなにがっつかなくてもおっぱいはあげますわ」

 

「欲しいです(本音)」

 

「お前らやめるです」

 

 

何を勘違いしたのか雪華綺晶が甘えさせてくれるが翠星石は甘くなかった。

 

 

「……やってやろうじゃねぇか」

 

 

不意に礼が呟く。

そして水銀燈のヘッドドレスを掻っさらい、自身につけるという奇行をすると言った。

 

 

「俺が調べてやるよ」

 

 

 



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sequence 30 友達

 

 

 

 

 

昼休み、とある街の中学校。

礼の通う中学校はごく一般の中学校で、何かに秀たものもなければ劣っているものもない。いわゆる普通の中学校である。

野球部はたまに県大会まで行くし、行かない時もある。サッカー部も同様で、ちょっとモテたい中学生や、元からモテてる調子に乗った中学生がそれなりにやりながら日々鍛錬している。

ちなみに礼はサッカーをしているが、部活でしているのではなく、クラブチームに所属してやっているため少しばかりレベルが高い。

 

 

「……ふん」

 

 

自分の席に座り、機嫌が悪そうに窓の外を眺める礼。

時折、最近誰も座っていない座席を見てはそうやって不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。

 

座席の後ろには桜田と書かれたシール。

そう、例のドールのマスターである。

 

 

「なんか今日機嫌悪そうだな河原」

 

 

いつもつるんでいる友達にそう言われるのも無理はない。

 

 

「別に。ただイライラしてるだけだ」

 

「それを機嫌が悪いって言うんですがそれは……」

 

「うるせぇなぁ、お前にもあんだろそういうの。フラれたりジュースじゃんけんで負けたりした時。あぁ?」

 

「え、フラれたの?」

 

「フラれてねぇよこの野郎。いいからあっちいってろ、殺すぞ」

 

「口悪っ」

 

 

いつもなら乗り気な会話も全然続かない。

ただ眉を逆ハの字にして校庭を見つめる。

 

ーーえー、桜田ってそういう趣味だったの?

ーー気持ち悪いなあいつ、女子のことそういう風に見てたんかよ。

 

 

不意に、あの時の事を思い出す。

桜田ジュンが不登校になったあの日。

全校集会で晒されたあのスケッチ。

堂々と無思慮に堂々と発表する梅岡とは正反対に、周りの陰口に耐えきれなくて吐き出す桜田。

 

 

「……ふん」

 

 

そしてまた鼻を鳴らす。

 

 

 

 

放課後。

クラスメイトのほとんどが帰るか部活へ行こうとしている中で、礼は一人席に座っていた。

ため息まじりにリュックを机の上に放り出し、教科書を詰め込む。

 

正直なところ、礼と桜田ジュンとの間にほとんど接点はない。

ただのクラスメイトとしか言えない間柄だし、話したことも数度だけ。

調査しようにも家に上り込む口実もなければ、ましてや不登校の奴の家になんて行けるはずがない。

 

ふと、教卓を見る。

そこにはクソ教師の梅岡と、その梅岡からプリントを貰っているクラス委員長の柏葉巴。

 

……そういや柏葉は桜田の家にわざわざプリントだのなんだのを届けてるんだったか。

使えるかもしれないな。

 

 

礼は立ち上がると、教室の前で柏葉を待つ。

数分してようやく出てきた柏葉。

 

 

「柏葉」

 

 

声をかける。

黒髪ショートの剣道部員で委員長な彼女は、振り返ると無機質な表情でこちらを見た。

 

 

「河原くん?」

 

 

ポケットに手を突っ込みながら、何と切り出そうか迷う礼。

 

 

「お前、今日部活は?」

 

「ないわ。どうして?」

 

 

どうしてって言われてもなぁ、と悩む。

 

 

「いや……お前、今日も桜田の家に行くのか?」

 

 

そう尋ねると彼女は頷く。

 

 

「そうだけど……」

 

「俺も行くわ、それ」

 

 

会話が成り立っていないにもほどがあるが、強引に進めることにした。

 

 

「え、いいけど……仲よかったっけ、桜田くんと」

 

「……いいんだよ、多分」

 

「なにそれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人で夕暮れ時の道を二人の男女が歩く。

会話はほとんどないが、遠目に見たらカップルに見えないこともない。

が、柏葉と礼はそんな事考えることもせず、ただ桜田家を目指す。

 

 

「お前、なんで桜田にそんなに親切にするんだ?」

 

 

不意に、礼は尋ねる。

 

 

「委員長だから」

 

「それだけ?」

 

「……なんでそんな事聞くの?」

 

「聞いちゃダメ?」

 

「いいけど。……桜田くん、変わろうとしてるから」

 

 

今度は柏葉の方から話を続ける。

 

 

「変わるって?学校来ようとしてんのか?」

 

 

頷く柏葉。

それを見て礼はふーん、と興味なさげに言った。

 

しばらくして桜田家に到着する。

インターホンを鳴らすと、元気な声が響いて玄関から一人の女性が姿を表す。

きっと高校生くらいだろう、その女性は桜田に似ていて、メガネまでかけている。姉なんだろう。

 

 

「あら、巴ちゃん!と、君は?」

 

「河原です。クラスメイトの」

 

 

頭を下げてそう言うと、女性も一礼して、

 

 

「ジュンくんの姉ののりです!あら〜、ジュンくんにもちゃんと友達がいたのね!」

 

「えぇ、まぁ」

 

 

姉としてその発言はどうなんだろうか。

ていうか友達とは言ってない。

 

 

「これ、桜田くんに」

 

 

柏葉はそう言うと、カバンからプリントの束を取り出す。

いかん、これではここで話が終わってしまう。

来た意味がない。

 

礼が少しばかり眉間にしわを寄せる。すると、

 

 

「まぁまぁ、ちょっと上がってって!久しぶりの男の子のお客さんだもん!」

 

 

やったぜ。内心そう思う礼。

 

 

 

 

 

 

 

家に上がると、二人はリビングへと通される。

出された紅茶を飲みながら、二人はのりの止まらない話に付き合わされていた。

 

 

「それでそれで、河原くんはジュンくんとどういう仲なの?」

 

「えぇと、まぁ、話したり……えぇ」

 

 

正直なところ接点がないので仲を聞かれても困る。

ローゼンメイデンのマスター繋がりですなんて言えないし。

 

 

「あの、トイレお借りしても?」

 

 

質問責めに耐えきれなくなった礼はそう尋ねる。

のりがトイレの場所を示すと彼は立ち上がった。

 

 

「……」

 

 

その瞬間を、柏葉は見逃さない。

礼の左手の薬指。そこにはまっている銀色の指輪。

 

 

 

 

 

「何なんだあの姉ちゃん」

 

 

一人ぼやいて家の廊下を歩く礼。

これでは調査も何もない、ただ世間話をしているだけだ。

自分の無計画さを恨む。

 

トイレの前まで行くと、ドアノブに手をかける。

今日はさっさと帰った方が良さそうだ。

調査なんて引き受けるんじゃなかった。

 

 

と、その時。

 

まだ手をかけていないドアノブが回り、ドアが開く。

 

 

「ふぅ〜……」

 

 

そう言ってトイレの中から出てくるのは、メガネをかけた少年。

桜田ジュンだった。

 

 

「……桜田」

 

 

声をかけられて止まる桜田ジュン。

ありえないものを見るような目で礼を見つめる。

対して礼は無表情で、桜田を見る。

 

 

「……どうして河原が?」

 

「……どうしてだと思う?」

 

「ぼ、僕を笑いに?」

 

「いや。会いに来た」

 

「僕に……」

 

「真紅に」

 

「っ!?」

 

 

驚いたような顔をする桜田。

礼は桜田の左腕を掴む。そして、左手の薬指を確認した。

 

ある。

指輪が、ある。

 

 

「……まさかお前がローゼンメイデンのマスターになってるなんてな」

 

「は、離せよ!やめろ!」

 

 

礼の手を振りほどこうとする桜田ジュン。

しかし、サッカーチームのレギュラーをしている健康な男子の手はなかなか解けない。

 

礼は彼の腕をひねる。

 

 

「いた、いたたたた!何すんだ!」

 

「うるせぇ、黙れ」

 

 

らしくなかった。

社交的な礼に似つかわしくないやり方だった。

別にこれからどうこうするなんて事は考えてない。

ただ、何となく桜田にムカついた。それだけ。

 

と、その時だった。

 

 

ヒュンッ、と風を切る音。

礼は即座に手を離し、頭を守る。

 

ばんっという音と共に腕に痛みが走った。

 

 

「……河原くん、やっぱりあなたは……」

 

 

柏葉だった。

いつも登下校に持ち歩いている竹刀で礼に襲いかかったのだ。

 

礼は片手で竹刀を掴み、空いている右手の手刀で柏葉の持ち手を打ちにかかる。

 

 

「っ!」

 

 

スナップがかかった手刀は柏葉の手から竹刀を奪う。

礼は竹刀を奪い取ると片手で保持し、柏葉の脇に竹刀を通した。

そして彼女の脇からすり抜けた竹刀の先端を左手で掴み、上へと捻りあげる。

 

 

「っ!?」

 

 

要は、脇に棒を通されて、そのまま彼女の肩を用いてテコの原理で腕を後ろへ捻られているのだ。

礼は彼女の背後に周り、先端を持った左腕を柏葉の首へと回す。

そして締める。

今現在、柏葉は身体をロックされた状態だ。

 

この技は頭のおかしい兄が動画で見ていたものだ。

ちらっと見ただけだが、礼はそつなくこなしてみせた。

 

 

「か、河原お前!離せよ!」

 

 

それを見ていた桜田は突然の襲撃者に震えながら口を挟む。

柏葉が攻撃して来た理由ははっきりとはしないが、別にいい。

 

礼は桜田の言う通り、柏葉を離して背中を押す。

 

 

「きゃ!」

 

 

女の子らしい声を出して桜田めがけて突っ込む柏葉。

それを受け止める桜田だが、受け止め方が悪いのか二人してもつれて転ぶ。

 

 

「いてて……ん?」

 

 

ふびょんと、桜田の手に柔らかい感触。

たまたま、彼の手は柏葉の胸を掴んでいた。

 

 

「さ、桜田くん……」

 

「うおぉあああ!?ご、ごめん!」

 

 

急いで柏葉から離れる桜田。

礼はそれをただ見ていた。

 

 

「お楽しみだな桜田」

 

「お前……」

 

 

桜田が礼を睨む。

 

 

「悪かったな。別にお前をどうこうしようとして来たわけじゃないんだ」

 

 

大嘘をついてそう言うと、礼は自分の左手を見せた。

厳密には、薬指に嵌められた指輪を。

 

 

「お前……ミーディアムに?」

 

 

頷く礼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入れよ」

 

 

ジュンが自室に入りそう言うと、続けて柏葉と礼が部屋へと入る。

入ると同時に、目にあるものが入り込む。

 

ローゼンメイデンが眠る時に使う、あの鞄だった。

しかも二つ。

予想外だったが、比較的冷静に礼は考える。

琉希の言っていた事にも間違いはあるだろう。

 

 

「今日は客人が多いわね」

 

 

続けて声がする。

ベッドの上を見て見ると、そこには赤いドレスを着た金髪ツインテールのドールがいた。

姿から察するに、あれが真紅だろう。

 

そして、

 

 

「ともえ〜!!!!!!」

 

 

礼の横を駆け巡り、後ろにいた柏葉に突っ込むピンクのドール。

それを受け止める柏葉は、普段見せない可愛らしい笑顔で、

 

 

「雛苺!」

 

 

と言う。

ミーディアムになったばかりの礼にはローゼンメイデンに対する知識は少ない。

新しいドールであると言う事以外は何も分からなかった。

 

 

「……これが、真紅?」

 

 

ベッドの上で本を読んでいるドールを指差す。

 

 

「これとは失礼ね。お前は初対面のドールに指を指してこれと言うのが常識なの?」

 

「あぁ。特にお前みたいに強気なドールには」

 

 

自分の真っ黒アホドールを思い出しながら言う。

すると赤いドールは本を閉じてベッドから降り、礼の元へと歩く。

何をするのだろう、と思って桜田を見たらニヤニヤしている。

 

すると突然、赤いドールがジャンプと回転を駆使して長いツインテールを駆使して攻撃してきた。

礼は上半身をうまく利用してそれを避ける。

 

 

「どいつもこいつも攻撃的だな、ドールってのは」

 

「ちょっと!避けるな人間!」

 

 

まさか避けられるとは思っていなかったのだろう、怒った様子で彼女は指をさして言った。

 

 

「お、おい真紅、あんまり怒るなよ」

 

 

なだめようとする桜田。

しかしこの強気のドール、真紅がそれで収まるはずもない。

 

 

「ジュン、この無礼な人間は何かしら?はやくつまみ出してちょうだい」

 

「いや、真紅……」

 

 

困ったように言うジュン。

仕方ない、助け舟を出そう。

 

 

「ローゼンメイデンのマスター。そう言ったらここにいる理由がわかるな?」

 

「……そう、お前もなのね、人間」

 

 

 



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sequence31 放課後恋愛タイム

 

 

「礼のやつ遅いな〜」

 

 

膝の上に雪華綺晶を抱きかかえながら俺は呟く。

手元にあるゲームのコントローラーを忙しなく動かしながらそんな風に心配するのはダメ兄貴である証拠だなぁなんて考えちゃう。

 

 

「黒薔薇のお姉様もどこかへ行ってしまいましたし、ね」

 

 

座る俺の膝にスッポリと収まる雪華綺晶がそう漏らす。

そういや水銀燈のやつもどっか行っちゃったな。

せっかく夕飯作ったのに勿体無い。

 

現在午後7時。

クラブがない今日ならば帰って来ていてもおかしくないが、今回ばかりは違うようだ。

まぁ理由は知ってるんだけども。そう、礼は桜田ジュンの家に調査に行っているようだった。一時間前にメールが来たのだ。

でもそれならそうと、夕飯はいるのかいらないのかぐらい書いとけっての。

 

 

「あーまた死んだ。ゲームも飽きたしなぁ」

 

 

Killed in actionという表示がテレビに映る。

ゲーム内で死んだ事をきっかけに、俺はそのまま電源を切った。

そして雪華綺晶を胸に抱えると、カーペットの上に寝る。

 

 

「あらら、マスター。御夕飯はまだですわ。寝るには早いのでは?」

 

 

クスクスと笑う雪華綺晶。

本当はわかってるくせに。

 

 

「いいや。最近雪華綺晶とあんまり遊んでないから遊ぼうかなって」

 

「あら、お優しいこと。ドールは遊ばれなくなったら死んでしまいますから」

 

 

ピトッと、雪華綺晶の小さな手が俺のほっぺに触れる。

人間のそれと変わりないそれは、女の子経験が少ない俺にとってはもう本物と変わらないようなものだ。

 

 

「んちゅ」

 

 

珍しく俺から雪華綺晶に唇をつける。

もちろん王道を往く、マウストゥーマウスだ。

 

雪華綺晶はその時だけ目を瞑って、

 

 

「うふ、甘えん坊なマスター。これじゃあどっちが兄か分かりませんわ」

 

「きらきーに甘えられるんなら弟でいいや」

 

「あらあら」

 

 

久々の甘々展開にすっかりハマる俺たち。

あぁ^〜たまらねぇぜ。

 

 

と、その時。

 

携帯が鳴る。

 

 

「Fuck」

 

「Damn it」

 

 

突然の横槍に二人して悪態をつく。

どうしてそんなところまで似ちゃったのかしらこの子は。

渋々俺は雪華綺晶をころん、と側に寝かし、起き上がって携帯を取る。

画面に表示されている名前は礼だった。

 

 

「あい」

 

 

やる気のない返事で応答する。

 

 

『俺今日飯いらないから』

 

「は?」

 

『じゃ』

 

 

それだけの会話で切れる電話。

俺も切れずにはいられない。

 

 

「おいコラァ!出ろ!携帯持ってんのか!(錯乱)」

 

 

某893のように切れるが、スピーカーからは応答がない。

あのさぁ……お前の食う時間はあんねん。でもな、俺が今この瞬間イチャイチャする時間はもう無いねん。分かる?この罪の重さ。

どうしてくれんねんこれ。

 

イライラしながら携帯を置く。

ため息まじりに、

 

 

「今日礼飯いらないって……」

 

 

寝転がっていた雪華綺晶の方を向いて絶句した。

 

 

「あら、それなら続きが出来ますわ」

 

「え、なにそれは」

 

 

なぜか雪華綺晶の服がはだけている。

なんだこれは……たまげたなぁ。

 

 

「さぁさ、マスター。この小さなママに甘えてくださいな……きゃっ!」

 

「あーもうおしっこ(意味深)出ちゃいそう!!!!!!」

 

 

雪華綺晶が言い終える前に飛びつく俺。

どうやら電話のおかげでもっと素晴らしい事ができそうです(小声)

ついでに人としての何かを失うでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなえっちいやり取りの数十分前、桜田家。

桜田ジュンと対面するように、礼はテーブルを挟んで座り、紅茶を啜っていた。

相変わらず気まずい雰囲気が流れているが、礼は気にしない。

 

 

「……うまい紅茶だ。バカ兄貴が入れるのより数倍美味い」

 

「……どうも」

 

 

紅茶を褒めると桜田がぶっきらぼうに返す。

カップの中の紅茶が無くなると、礼はソーサーの上にそれを乗せた。

 

 

「聞きたい事がある」

 

 

単刀直入に言う。

 

 

「こっちもだ」

 

 

桜田は、そんな礼に内心恐れを抱きながらも強気で返した。

 

 

「そっちからどうぞ、桜田」

 

「なら……お前がうちに来た理由を知りたい」

 

 

礼はしばし無言を貫く。

そして、

 

 

「桜田がマスターになったって聞いて。どんなもんか見に来た」

 

「……誰から聞いたんだよ」

 

「知り合いだ。それ以上は教えられん」

 

「ぐっ……」

 

 

本人は隠していたつもりなのだろう、桜田は情報源を隠された事に対してイラつく。

 

 

「こっちが聞く番だな。お前、アリスゲームをする気はあるのか?」

 

 

その質問に、桜田は難を示す。

 

 

「……分からないよ、そんな事」

 

「……そうか。そうだよな」

 

 

ある程度理解したように、礼は頷いた。

そりゃそうだ。きっと桜田も、いきなりこんなことに巻き込まれたのだろうから。

 

そんな二人を、ベッドの上に座って見届ける者たちがいる。

柏葉、真紅、雛苺の3人だ。

 

柏葉と雛苺は不安げに、真紅は落ち着いた様子で紅茶を啜りながら。

聞くところによると、雛苺は元々柏葉のドールだったようだ。真紅に負け、情けをかけられ倒されずに隷下に入る事で今もこうして動いているとのこと。

 

 

「そういうお前はどうなんだよ」

 

 

桜田が尋ねる。

 

 

「やる気だよ」

 

 

即答だった。

桜田が驚く。同時に敵意を露わにした。

だが礼は動じず、

 

 

「いつか全てのドールを倒して、あいつをアリスにする。そのためなら桜田、お前も殺す」

 

 

今度こそ桜田は明確に恐れた。

 

 

「で、でも、お前の兄ちゃんもマスターなんだろ!?」

 

「あぁ。あれは……戦わずに済むならそれに越したことはないけど」

 

 

でも。

そこから先の言葉は言わない。

 

 

「……お前は宣戦布告に来たのかしら、人間」

 

 

不意に、真紅が言った。

 

 

「いや。真意を確かめに来た」

 

「そんなことを言うお前を私が逃すとでも?」

 

 

淡々と、真紅は言う。

この場で殺すと言っているようなものだ。

 

 

「さぁ。でもただで死ぬ気は無いよ。その時はこいつと柏葉を殺す」

 

「できるとでも?」

 

「できるね」

 

「……」

 

 

緊張感が高まる。

正直言って、礼にそんな力はない。

しかし、それでもこの場を制するくらいの説得力があるのは確かだった。

それは、礼の灯りのない瞳から来るものなのか。

 

 

「……見たところ、お前は水銀燈のマスターのようだけれど。どうしてそんな眼をしてまであの娘を擁護するのか是非聞きたいところね」

 

 

真紅からの問い。

彼女の青い瞳は、礼の指輪を見ている。

 

 

「好きだからだ」

 

「……は?」

 

 

礼の解答に思わず真紅のみならず桜田までも口を出した。

 

 

「お前好きって……相手は人形だぞ?」

 

「知ってるし、それをどうこう言われる筋合いはねぇ」

 

 

堂々と言う。

唐突な告白に柏葉は顔を赤くする。

まるで少女漫画だと思ってしまった。

 

 

「私が言うのもなんだけど……物好きな人間もいたものね」

 

「自覚はある。好きになっちまったものは仕方ない」

 

 

はえ〜と雛苺が何か感心している。

 

 

「その……河原君。どんな所に惚れたの?その、水銀燈ってドールに」

 

 

興味津々と言わんばかりに柏葉が聞いてくる。

 

 

「ポンコツだけど強気で健気な所」

 

 

プッ、と真紅が吹く。

耐えきれないのか、そのまま笑い出す。

 

 

「あっははははは、はぁ、はぁ、失礼。……お前、中々あの娘のことを見てるのね」

 

「じゃなきゃミーディアムになんてならない」

 

 

真紅の口元が緩む。

 

 

「だ、そうよ。出て来てあげたら?」

 

 

と、急に真紅が誰かを呼ぶ。

向く方向は、窓ガラス。

 

もしやと思い、礼は立ち上がってカーテンと窓を無断で開けた。

しかし誰もいない。

左右を確認する。

 

ベランダを見渡すと、いた。

体育座りで真っ黒い羽に身を隠した人形が。

 

 

「……ついて来てたのか」

 

 

礼が話しかけるが水銀燈は何も言わず、顔さえ見せない。

ただうずくまってプルプルと震えている。

不審に思い、礼は水銀燈を抱き上げようとするが、激しく抵抗する。

だが思ったよりも力のないそれは、礼でも簡単にねじ伏せられる。

 

羽の間に手を突っ込み、無理やり羽をどける。

それでも手で顔を隠す水銀燈。

そのまま脇で抱え、ベッドの上に無造作に放り投げる。

 

ドサっとベッドの上に仰向けで顔を隠す水銀燈。

ささっと柏葉と雛苺、そして真紅が離れる。

 

そんな水銀燈に、礼は跨る。

彼女の手を掴むと、それを強引に引き剥がした。

 

 

「〜〜!!!!!!」

 

 

水銀燈の色白な顔が真っ赤だった。

目に少し涙を浮かべ、何か踏ん張るような表情。

でもなんだか笑顔を隠しているようにも見える。

 

 

「……乙女心がわからないわね、人間」

 

 

真紅がちょっとばかしアドバイスをすると。

水銀燈の真意に気付いた礼も顔を真っ赤にして両手で顔を隠した。

 

 



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Sequence 32

 

 

 

 

どうしてこうなった、と考えずにはいられない。

無言で進むお茶会。俺と雪華綺晶ペア、礼と水銀燈ペア、琉希ちゃんと翠星石ペア、そして桜田くんと真紅ペア。

それらが一堂に会し、この桜田家でお茶会をする。

 

とんでもなく気まずい。

俺や琉希ちゃんのように同盟を結んだ仲ならともかく、桜田くんは今日初めて会った訳だし、引きこもりらしいから話しかけづらい。

かといって礼に助けを求めようにも、膝に水銀燈を載せて、喋るわけでもなく甘い雰囲気を出している。

昨日、突然桜田くんの家に行ったと思ったらこれだ。

帰ってきて早々、水銀燈と自室に篭りなにかしていた。

やべぇよやべぇよ、お兄ちゃんより先に大人の階段登っちゃう。

 

「……ジュン、紅茶のおかわりをお願い」

 

殺伐とした空気の中、真紅が空になったカップをソーサーに置いた。

 

「自分で」

 

「やって」

 

「はい」

 

尻に敷かれているらしい桜田くんは渋々立ち上がり、ポッドを手にして紅茶を淹れる。

淹れ終えて、真紅が飲む。

 

「ぬるいわ」

 

一言ぴしゃりと言い遂げる。

また沈黙がリビングを支配する。

いやだわ〜クレーマーよ〜。

 

「……さて。紅茶も楽しんだことですし、そろそろ本題に入りましょうか」

 

琉希ちゃんがここで爆弾投下。

緊張感のあった場が、ピリピリとした空気に支配される。

もうちょっと何かないですかね、たわいもない会話とか。

 

「揃いも揃ってコミュ障の集まりかよ」

 

ぼそっと呟くと、

 

「マスターも同じですわ」

 

と雪華綺晶から痛恨の一撃。

この子容赦ないわ。

 

「昨日、礼くんから報告を受けました。桜田くんと接触し、アリスゲームへの参加意欲があるか否かを」

 

「……そうですか」

 

聞き取れる許容範囲の声で桜田くんが呟く。

俺は触れられないように紅茶を飲む。

 

「私が来たからには曖昧にはさせません。ここではっきりさせていただきます。桜田ジュン、あなたはアリスゲームに参加するのか、しないのか。ここで宣言してもらいます」

 

一番のコミュ障がここにいた。

しかもパワー系だ。一番手に負えないタイプだった。

すると桜田くんは戸惑うような表情を見せる。

いや当たり前だろあんな威圧的な言い方されたら。

 

しかし答えたのは真紅。

彼女は瞳を閉じたまま、ただ言う。

 

「時期尚早ね人間。まだ全てのドールが目覚めたとは限らないわ。始めるならそれからでも構わない」

 

「ええ。でも、気がついているのでしょう?今回は全員が目覚めるということを。ローゼンメイデンの感が、そう告げていると翠星石が」

 

そうなの?と雪華綺晶と顔を見合わせる。

彼女は首を傾げている。どうやら制作過程が大分違う雪華綺晶には分からないらしい。

それにしても首を傾げてるきらきーも可愛いね。う◯ちして?

 

真紅はまぶたを上げ、琉希ちゃんを見据える。

 

「せっかちな人間は長生きできないわよ」

 

「ええ。でも、遅すぎるよりはマシです」

 

バチバチと二人の間に火花が散る。

会話から察するに、真紅はあまり乗り気じゃないみたいだな。

俺と雪華綺晶からすれば万々歳だが。

 

「ちょ、ちょっと待てよ。勝手に話進めて、アリスゲームだのなんだのって……」

 

桜田くんが話を遮る。

まぁ、急にやって来たと思えば平日の昼間からいきなりこんな話をされるのだ。誰だって嫌だろう。

ていうか俺講義サボって来てるんだぞ。どうつなが、償ってくれんだよ、なぁ!?

 

「マスター、あなたは定期的に講義をサボってるでしょう?」

 

「あ、そうでした!てへぺろ!」

 

「兄貴、黙れ」

 

俺と雪華綺晶の会話に水を差す礼。

最近どんどん弟が反抗期に突っ込んでいてお兄ちゃん寂しい。

 

「桜田くん。今はまだ平和が続いていますが、そのうち嫌でもこの争いに巻き込まれるでしょう。少なくともその覚悟だけはしておいた方がいい」

 

混乱する桜田くんにそう告げる琉希ちゃん。

確かに、俺ももう3回ほど巻き込まれてる。1回目は翠星石、二回目は琉希ちゃん、三回目は水銀燈。

下手すれば、ここで四回目も起こるかも。

 

「河原さんはそれでいいんですか!?」

 

唐突に話題をふっかけられて慌てる。

 

「え?あ俺?ああはい。いや、俺は雪華綺晶がいればそれでいいから。戦わないで済むならそうするし、必要があればぶっ殺しちゃいますけどね」

 

コミュ障発動。

しかもこの中で一番汚い言葉を発する最年長。

育ちの悪さが露呈しちゃう。だってうちの家族みんなこんな喋り方だったんだもん、礼を除いて。

 

桜田くんは言葉に詰まる。

これ以上何も引き出せないと悟ったのか、琉希ちゃんは席を立つ。

 

「……私も熱くなりすぎました。ですが覚えておいてください。ローゼンメイデンは戦う運命にあります。いずれ、あなたを殺すことになるかもしれません。……紅茶、ご馳走さまでした」

 

「りゅ、琉希!待つです!置いてくなです!」

 

言いたいだけ言って、琉希ちゃんは家を出る。

俺たちはそれを追いかけようとはせず、深いため息をついて紅茶を啜った。

 

「紅茶おいしいね」

 

「はい。でも、マスターの淹れた紅茶はもっと美味しいですわ」

 

「えーもう、褒めても何も出ないよ〜?」

 

「冗談です、ふふ」

 

「んにゃぴ」

 

あくまで俺たちペアはマイペース。

まるでその様子はアリスゲームに対するスタンスを見ているようだった。

 

「ねぇ、あんた紅茶のおかわり」

 

「自分でやれ。あと俺のも注げ」

 

「ち、しょうがないわね」

 

謎のツンデレスタイルを見せる礼と水銀燈。

桜田くんはそれをどういう感情で見ているんだろうか。

 

「……はぁ。興醒めね。ジュン、くんくん探偵が始まる五分前になったら知らせて。少し寝るわ」

 

半分ほど紅茶を残し、部屋から立ち去る真紅。

そういやくんくん探偵って今日だったか。

雪華綺晶も好きなもんだから、いつも録画して一緒に見てる。

 

さて、そろそろ帰るか。

帰りがてら今日の夕飯も買っておこう。

 

「じゃ帰るわ。悪いね、お邪魔しちゃって」

 

「あ、いや別に」

 

軽い感じで接する。

 

「おい礼、帰ろうぜ」

 

「紅茶飲んでから帰るから先行ってて」

 

「わかった。あんま邪魔になることするなよ」

 

もう遅いかもしれないが。

それだけ言うと、俺と雪華綺晶は仲良く手を繋いで帰路に着く。

雪華綺晶は若干他のドールより背が高いためか、ギリギリ人間の幼女に見られるラインらしい。

まぁこんな色白美人がいたら振り返らない人はいないんだけども。あと視線が辛い。

 

 

 

 

 

 

中学生組を残したリビング。

相変わらず水銀燈は礼の膝の上で紅茶を飲み、同じように礼も紅茶をすする。

一方で桜田くんは疲れたように椅子に座っていた。

 

「なんなんだよ、いきなり言いたいこと言って……殺し合いだなんて」

 

文句にも似た呟きを言う。

中学生が許容し得る話の内容を大幅に超えていた。

大学生だからって簡単に受け入れられるものでもないのだが、とにかく色々なストレスが彼に降りかかっていた。

 

最近すっかりクール系に落ち着いた礼は、そんなクラスメイトをじっと見据える。

 

「……なんだよ」

 

少し戸惑いながらも言葉を返すと、礼は首を横に振った。

 

「いや。ただ、一つ訂正しておこうかと」

 

「なに?」

 

礼は呆れたように笑う。

 

「話の流れ的に、あのポニテ女子を警戒してるのかもしれないけど。うちの兄貴が一番やばいぞ」

 

「え……」

 

人がいないところでやばい発言される兄貴。

信じられないと言わんばかりの桜田くんをよそに、礼は相変わらず紅茶を飲むだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

遠くから桜田家を眺める人形が一人。

紫を基調としたドレス、青みがかった白のロングヘアーをツインテールに束ね、左目には紫の薔薇の眼帯。

一見すると雪華綺晶によく似たその人形は、彼女よりも無表情でただ家を見ているだけだ。

 

電柱のてっぺんに立つその人形は、家から出てきた男と人形を見る。

手を繋いで歩くその姿は、まるで恋人のようにも見えた。

 

「……きら、きらしょう」

 

どこか幼げなその口の動かし方で、名前を呼ぶ。

しかし、それに気がつかずに二人は街に消えてしまう。

 

後に残ったのは、ただの電柱。

先ほどまでいたはずの紫のドールは、姿を消していた。

 



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sequence 32 やばい奴

 

 

俺たちが住んでいる街は都会でもなければ田舎でもない。都心から離れていなければさほど近いわけでもないこの街は、それでも少なからず活気はある方だと思う。

さすがにネットやコンビニが発達した現代では個人商店なんてものは続々と閉店しているが、それでも街のいたるところに個人の喫茶店があったり、床屋があったりする。90年代の、なんだか懐かしいけど最近の空気が、この街にはまだ残っている。

今から紹介するこの人形を扱った店も、そのうちの一つ。いつからあるのか知らないが、ひっそりと街の片隅に存在し、潰える事なく営業をしている。店の中には溢れんばかりの物言わぬ人形たちが鎮座し、今か今かとまだ見ぬ主人を求めているのだろう。

 

「帰ったのかい、薔薇水晶」

 

そんな店の、一番奥。薄暗い部屋の中で作業台に向き合い、人形の頭部を作っている美青年がいる。日本人離れしたブロンドヘアーと顔の作りは、彼が日本人ではないということを想像するには難しくない。

 

「はい、お父様」

 

彼の後ろ、姿見から現れるのは、電柱の上から俺たちを観察していた紫のドール。薔薇水晶と呼ばれた彼女は、ただ青年の後ろに立ち尽くし、なにかを待っている。それに気がついたのかは知らないが、青年は手を止めて薔薇水晶に向き直った。青い瞳が彼女を覗く。

 

「また雪華綺晶のところへ?」

 

その問いに、薔薇水晶は頷く。一見すると無機質な瞳からはなにも感じられないが、それでも青年の方はなにかを読み取ったらしい。

 

「あまり彼女たちを邪魔してはいけないよ。特に、あのマスターは危ないから」

 

あのマスターというのが誰であれ、青年は薔薇水晶にそっと注意する。

 

「見ていた、だけです」

 

「そうか。あの子達が羨ましいかい?」

 

青年の問いに薔薇水晶は黙る。だが青年には彼女の思うところが手に取るように分かっていた。なぜなら、青年は彼女のお父様だから。父が子の事をわからないはずがなかった。

 

「君に寂しい思いをさせてしまっているのは分かる。でも、それももう少しだ。あと少しで、君にも妹が生まれるよ」

 

そう言うと、青年は先ほどまで手にしていた人形の頭部を指差す。まるで人間の肌のように、いやそれ以上に美しい表面は、まるでローゼンメイデンのそれである。でも、薔薇水晶はどこか複雑そうな顔で、と言ってもほとんど変化はないが、その頭部を見つめた。

 

「心配することはないさ薔薇水晶。僕は君も、そしてこれから生まれてくる人形も、平等に愛する。……おいで」

 

青年が薔薇水晶に手を伸ばすと、彼女はそれに甘える形で抱きつく。そっと目を閉じる薔薇水晶。父親の温もりに抱かれ、至福の時を味わう。

だが、そんな時間は長くは続かない。店の扉が開く音と共に、彼女の未発達な心を癒す時間は終わってしまった。

 

「お客さんだ。隠れてなさい」

 

青年がそう言うと、薔薇水晶は名残惜しそうに彼から離れる。そして青年が客へと向かうと、その後ろ姿をこっそりと見たのだった。

……自分の父と話す、白いパーカーを着た青年の姿も一緒に。

 

 

 

 

 

雪華綺晶アップデート計画。

名前だけ聞けば何やら彼女を強くする計画に聞こえるが、実際はそんな野蛮なものではない。

彼女と生活するようになり早一ヶ月。愛しくて可愛くて時々エロい我が人形、雪華綺晶。そんな彼女は、いつも白いドレスを着ている。ローゼンメイデンとしては意外と露出の高いドレスは、彼女の危なげなオーラと相まってとてもよく似合っているが、いつも見ていると思ってしまうのだ。……もっと可愛い服を着させてあげたい、と。

だが、彼女は人形だ。一応子供用の服も着れないことはないのだが、あくまで人間用の服では彼女の魅力を引き出すことはできない(園児服やランドセル姿は良かったので除く)。

ならば、もう街のはずれにある人形屋へと赴いて人形用の服を探すしかないじゃない。

 

「えっと、ここが交差点で……おお、ここどこや」

 

だが、その人形屋にたどり着く前に迷ってしまっていた。なにせ、スマートフォンで地図検索しても載っていないのだ。

 

「マスター、意外と方向音痴なのね」

 

くすくすと、スマートフォンの液晶に潜む雪華綺晶が笑う。

 

「待てよ待てよ、四丁目……あ、これかぁ!」

 

そうして数分彷徨ってようやく見つけた人形屋、槐。ひっそりと、まるで見つけないでくださいと言わんばかりの場所にあるその人形屋さんは、外から見る限りでは店の中は暗くて営業しているのかも怪しい。

 

「やってんのかなぁ」

 

「入って見ないことには……」

 

雪華綺晶も、ここが営業中であるという確証はないらしい。

しかしわざわざ迷ってまで来たのだ。ここで帰ってしまっては無駄足になってしまう。雪華綺晶と散歩できたのはそれはそれでいいんだけど。

入口の扉を開く。ガチャコン、という重厚な音と共に、店内の淀んだ空気が漏れて来た。

 

「入って、どうぞ」

 

「やめなさい雪華綺晶」

 

すっかりネットにはまってしまった愛しの人形に注意して、俺は中へと入る。薄暗い店内は、数えるのが億劫なほどの数の人形が、棚やテーブルに置かれていた。え、なにこれは。ホラーか何か?

 

「すみませーん」

 

誰もいない店内で、俺の声だけが響く。

 

「お客さんかな?」

 

と、店の奥から人が出てくる。金髪で、いかにも外人といった作りの顔だが、その口から発せられたのは流暢な日本語。俺の得意な(大嘘)英語は陽の目を見ることはなさそうだ。

 

「はい、あの、服ありますか?」

 

「……人形用の、ってことだよね?」

 

「あ、はい」

 

コミュ障発動。

いや〜店で物の場所聞くときはどうしてもどもっちゃうんだよね。

すると店主であろう美青年は、にこやかな笑顔と共に、すぐ横の棚を指差した。

 

「そこに色々あるから見て見るといいよ」

 

「あ、ありがとナス!……ございます」

 

しまった、最近まともな会話をしてないせいで語録が出ちゃったよヤバイヤバイ。

言われるがままに俺は棚にある服に手を伸ばす。触って見ると分かるが、めちゃくちゃ質がいい。それでいて人形用……人形ガチ勢の店なのかここは。

 

「珍しいね。君みたいに若くて男の子が人形の服を見にくるなんて」

 

唐突に店主が口を開く。

 

「えっと、まぁそこそこ……」

 

「別に非難してるわけじゃないよ。ただ、このネットが発達して娯楽が溢れている現代で、人形に興味を持ってくれる若者が、純粋に嬉しいのさ」

 

若者って、この人も相当若いだろ。外人はぱっと見いくつかわからないけどさ。

 

「そうっすか……はは」

 

イケメンは苦手だ。この野郎、生まれた時からイージーモードな奴らめ……いかんいかん、なんでこんな僻んでるんだ。俺には雪華綺晶がいるからいいもん。

 

「どんな服を探してるんだい?」

 

「えっと、可愛い系かと思いきやちょっとサイコでややエロ真っ白ドールに合うかわいい服を」

 

「はえ〜」

 

しまった、欲が出すぎた。あまりの急すぎる情報に店長が上を向いてオーバーフローしてる。だが、数秒経つと店長はにこやかな笑顔でこちらへ向き直った。

 

「いいね!君はドールに可愛さを求めるフレンズなんだね!」

 

「ハハァ」

 

無理やり笑う。なんだこの店長、こいつも変態っぽいぞ。もしかしたら気があうかもしれないけど……

 

 

 

 

 

 

「個人的にはね、こういう若妻っぽさもあったほうがいいと思うんだよね!」

 

「ありますねぇ!でもやっぱり僕は、王道を往く……ややエロロリ妻ですかね」

 

「あ〜いいっすねぇ!」

 

服について話すこと数分。俺と店長は意外にも趣味が合い、話し込んでしまっていた。気がつけば人形の枠を出て、性癖について語っている。

と、やはりそんな会話に雪華綺晶は飽きたようで、俺の電話を勝手にいじくってアラームを鳴らす。我に返って電話を取ると、やや不機嫌そうな雪華綺晶が声を鳴らした。

 

「……マスター、私そっちのけでお話しですか?私の服はどうでもいいのですか?先程から性癖のおはなしになっていますが」

 

「ヒエッ。いや、そんなことない!ああおほん、じゃあちょっと切るから、またな」

 

無理やり電話を切る。これ以上長居すると雪華綺晶に折檻されちゃう。それはそれでいいかもしれないけども。

 

「あ、じゃあ店長、これください」

 

そう言って俺が店主に差し出したのは、白いワンピース。ありきたりだが、こういうシンプルなものも中々良いものだ。早く着せてスカートに顔を突っ込みたい。

 

「こちら、1万4000円になります」

 

「1万!?まま、ええわ。現金で」

 

思ったよりも高いが、まぁ普通の服だって結構高いしなぁ。俺は懐から20000円を取り出すと、店長に差し出す。

 

「じゃあ6000円のお返しね。いやあ、今日は久しぶりに楽しかったよ。普段はこんなに話せないからね」

 

「いやいやこちらこそ。いい店見つけましたわ、また来ます」

 

満足したように言うと、俺は店を出た。いや〜今から雪華綺晶に着せるのが楽しみでたまらない。きっとちょっと拗ねてるだろうから、少しツンツンしたワンピース姿を拝めるぞ。

 

 

 

 

白いパーカーの青年が店を出て行く。

美青年はやや名残惜しそうにその背中を見届けると、一息つくように空気を吐き出した。

 

「あれが雪華綺晶の契約者か。愉快な青年じゃないか」

 

今さっきまで話していたことを思い出す。まったく、柄にもなく自分のことを話してしまった。主に性癖のことであるが。

 

「おとう、さま」

 

と、不意に後ろから薔薇水晶が声をかける。青年が振り返ると、彼女は不安そうな顔で彼を見上げていた。

 

「お父様は、私と話すのがつまらないの?」

 

「え」

 

彼女が言っているのは、先程青年が言った言葉……普段はこんなに話せないからね。

 

「違うんだ薔薇水晶。あれは営業トークで」

 

「あんなに楽しそうなお父様……私知らない」

 

「薔薇水晶、ひとの話を」

 

「nのフィールドに帰らせてもらいます」

 

まるで妻が実家に帰ると言わんばかりの薔薇水晶。

 

「ま、待ってくれ薔薇水晶!違うんだ、薔薇水晶!?」

 

懇願する青年を背に、薔薇水晶は姿見へと姿を消す。どうやら人形で手を焼いているのは俺だけじゃないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよこの荷物」

 

夜。バイトを終えて家に帰ると、玄関にアンティークな鞄が置いてあった。どうやら宅配便が届けたようで、ご丁寧に伝票が貼ってある。宛先は自分で、送り主の名前は無い。

 

「新手のテロか?」

 

我ながら極端な考えを示し、注意深く鞄を観察するが、特に異常は見当たらない。いやまぁ、こんな一人暮らしの大学生狙ってどうすんだって話ではあるけど、人生何があるかわからない。聞けば一生のうちに二回もテロに巻き込まれた人間だっているらしいじゃないか。そうだ、この間だってバイト先に頭のおかしい客が入り込んで警察呼んだし、俺も狙われてるかもしれないんだ。そういやこの前も変な手紙が届いたな。何が巻きますか巻きませんかだ、巻くに決まってんだろ。ああクソが、全員ぶっ殺してやる。……話が脱線した。

 

「まあいい。俺に届けた以上、中に金目のもんがあっても俺のもんだ」

 

生きるということは戦うことだ。手段は選ばない。俺は玄関の扉を開けて、鞄を中に放り投げる。この鞄がいかなるものであるにせよ、この坂口隆弘をどうこうできると思うなよ。

 

 

「あヤベェ、鞄置きっぱだわ」

 

風呂から出て、呑気にビール片手に電話をしていたら鞄の事を思い出した。そういや怪しい鞄の存在をすっかり忘れていた。

 

「あーめんどくせ」

 

ややアルコールが回った頭じゃやることなす事すべてが面倒だ。畜生、ビールなんて飲むんじゃなかったよ。と、電話越しに声が響く。今は友達と通話中だ。

 

「悪い、ちょっと掛け直すわ」

 

『は?いやお前から電話してきたんだろうがぶっ殺すぞ』

 

「うるせぇこの野郎ぶっ殺すぞ、アウト」

 

汚い言葉に同じように返すと、電話を強引に切る。どうせしょうもない内容の電話だったから口ではああ言っていたがあいつも気にしないだろう。電話の向こうで怒る変態パーカー野郎の事を頭の片隅に追いやり、俺は立ち上がる。

 

鞄はまだ玄関にぶん投げられている状態だった。それを抱え、狭いアパートの居間へと足を運ぶと、テーブルの上に置く。ヒョロガリな自分ではこんな荷物ですら重く感じる。

 

「では、オープン!」

 

そして間髪入れずに鞄を開ける。先ほどまでの危機管理意識はどこへいったのやら。だが仕方ない。このどこへ向かうかもわからない危うさが俺のなのだから。

そういう面では、俺は腐れ縁となっている友達と似通っているかもしれない。

 

鞄を開けて、身構える。手には大分前に友達とお揃いで購入したコンバットアックス。中から危険な動物が出てこようが、こいつで頭カチ割ってやるぜ。

 

「天誅ぅううううううおおおおおお?」

 

酔いのせいで抑えられない声を発しながら、俺は目を疑った。なんせ、目の前には青い服を着た小さい人間が入っているのだから。

 

「……これやばくね?」

 

下手すると誰かにはめられた可能性がある。意図せず誘拐犯に仕立てあげて、誘拐犯にしたんだよ(?)、お前を誘拐犯にしてやるよ。という事なのだろうか。

どうでもいい、とにかく生きてるか確かめなくては。しかしえらい美人だな。よく見れば顔の作りは日本人らしく無い。ヨーロッパ系の子供なのだろうか。そもそも男か?女か?

 

「ここでこの子を助けて、それで恋に発展して……ステキな事やないですか〜!」

 

某youtuberのようににやける。

そして彼女の息があるかどうか確かめた。

が、その前に。

 

「なんだこれ(驚愕)」

 

意図せず足を触った時のことだった。人間には無いはずの、関節があったのだ。

 

「え、人形?マジで?」

 

一気に酔いが覚め、いまだに目が覚めないこの人形らしき人物を触診する。

主要な手足に腹部。それらに関節があった。どう見ても、そして触っても人間にしか思えないが、どうやら人形らしい。

 

「ラブドールぅ……ですかね」

 

某動物園のお兄さんのように言うと、何やらアンティークなネジが同梱されていることに気がつく。

 

「あら、ゼンマイ仕掛けかな?」

 

ゼンマイがあると言うことは、それをさせる場所もあると言うこと。俺はそれを探す。

 

「やっぱりこういうのは……あそこにさすんだよなぁ?おーほっほっほ、元気だ」

 

元気なのは自分の股間だ。そしていやらしい場所にゼンマイを挿そうという考えに至った時だった。不意に、どこからか青い小さな光がやってきて自分にまとわりついた。

 

「おわ!?オーブだ!怪奇現象だ!きぃええええええええええ」

 

発狂し、青い光に向けてコンバットアックスを振るう。だが小さな光には当たらない。

 

「オーブ首長国連邦!」

 

もはや自分が何を言っているのかわからないが、光を追い払おうとしていると、謎の光が人形の腰部分へとまとわりついた。

 

「なんだこの野郎!」

 

ブチ切れながら光を捕まえようと人形の腰へと手をやる。そして、ようやく気がついた。ゼンマイを入れるネジ穴が、人形の腰にあるという事を。

 

「あっ」

光は、ゼンマイ穴の位置を教えてくれていたのだ。

 

「なんだこの野郎!全然いやらしいことなんて考えてねぇよ!ぶっ殺すぞ!」

 

物言わぬ光に怒り狂いながら、俺はゼンマイを人形の背中に挿してひねる。カチカチ、と機械的な感触が手に響いた。

だがそれよりも、今抱いている人形が柔らかくて、興奮している。今まで彼女なんていなかったからな。

 

「おほ〜」

 

そうこうしているうちに、ゼンマイが止まる。もう最大まで巻いたかな?

俺は手を止めて人形をテーブルに寝かせた。

 

すると、

 

カタッ。

 

カタカタ。

 

 

人形が、ぎこちなく動き出す。

 

「ヴォーすげ!」

 

科学の力に興奮していると、人形は立ち上がる。そしてゆっくりと、瞳を閉じているのにも関わらずこちらへと向かってくる。

 

「赤外線誘導かな?(適当)」

 

適当な事を呟いていると、目が開く。赤い瞳に青い瞳。左右で違う色の瞳は、一片の汚れもない。

 

「まるで宝石みたいだぁ(直喩)」

 

呑気にそんなことを言っていたが、今度は人形の動きが止まる。それを静かに見守っていると、不意に人形の動きが人間並みにスムーズになった。

 

そして、

 

「……君は、僕のマスター?」

 

透き通った声が耳を刺激する。

マスター(意味深)。俺にはそうとしか聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよあの野郎、電話切りやがって」

 

一方で、河原さん家ではその長男が不機嫌そうに電話を放り投げていた。

急に電話が来たかと思えばとんでもなくくだらない話だったし、それでも多少なりとも盛り上がっていたら鞄がなんたらって切られるし。

 

「あーつまんね」

 

「あらあら、愛しのマスターは不機嫌だわ」

 

と、寝転ぶ俺の足を枕がわりにしている雪華綺晶が言う。ちなみに、ちゃんとワンピースは着てもらっている。同じように寝転がっている雪華綺晶のワンピース姿はなんとも可愛らしい。それでいて、胸元が少しゆったりしているせいで見えそうで見えないというエロさもある。完璧だ。

 

「きらきー慰めて〜」

 

「まぁまぁ、甘えん坊ですわ」

 

上半身だけ起き上がり、寝転がる雪華綺晶の上に覆いかぶさる。体勢的にキツイが、それ以上に股間があったかい。

 

「でも夜も遅いですし、明日から大学ですよ?」

 

「うーむ、流石に明日休むのはヤバイか」

 

背に腹は変えられない。大人しく今日はいちゃつくことなく寝よう。

その時だった。携帯が振動する。どうやらメールが届いたようだった。

 

「なんだろ……お、隆弘じゃん」

 

先ほど電話を一方的に切られた友達からのメール。性格的に謝罪の文面ではないだろう。

スマホを手に取り、メールを開く。

件名は、やったぜ。で、本文は無し。代わりに、画像が添付されている。

 

「なんだあいつ」

 

奇行が目立つ友人から送られてきた画像を開く。そこには、茶髪でショートカットの、オッドアイの美人と、よく知るキチガイ友人がツーショット度アップで写っていた。

友人はその凶悪な笑顔を剥き出しにし、幼さを見せる美人は引きつった笑顔。なんだこの写真は。

 

「……あら、お姉様だわ」

 

と、画面を覗き込んできた雪華綺晶が呟く。

お姉様。つまり、ローゼンメイデン。

 

「……マジで?」

 

一番ローゼンメイデンと契約してはいけない奴が、マスターになった瞬間だった。

 



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sequence 33 友達

シリアス多め。頭おかしいのも多め。性格というか、モデルにしたのは某ゲームの主人公トレバーさん。


 

 

休日の昼過ぎ。俺はやや不機嫌そうな顔をしながらスマートフォンをいじっていた。暇潰しにみているネット掲示板では、いつものようにくだらないけど笑える言い争いが展開されている。だが、今日だけはどうにも笑うことができない。簡単に言えば、イライラしていた。

 

「マスター、どうなさいました?」

 

ふと、雪華綺晶が心配そうな顔でこちらとスマホの間に割り込んでくる。そんな彼女のほっぺにちゅっと口をつけると、無理にでも笑ってみせた。

 

「なんでもなーい」

 

雪華綺晶は最初こそ頬を染めて嬉しそうにしていたが、俺が本音を言わないのが嫌らしく、ムスッとした顔をしてみせた。

 

「嘘つき。マスター、何か怒ってます」

 

やはり、自分のドールに嘘はつけないか。俺は観念したように笑みを作り、彼女の頭を撫でて言った。

 

「今に分かる。あのクソメガネが来ればな」

 

俺が怒っている理由。それは、腐れ縁とも言えるくらいに長い付き合いの友人、坂口 隆弘がローゼンメイデンと契約したことだった。

なんでここまで怒るのか。礼が契約した時もここまで怒っていなかったのに。それは単に、あいつに可愛いローゼンメイデンがいるという事が腹立たしいからである。つまりは、一方的な怒りだ。だが嫉妬ではない。なんかあいつに彼女とかがいると腹たつんだよな。

 

「マスターのお友達?」

 

「あー、そうだね。雪華綺晶は会ったことないもんね」

 

ていうか会わせたくない。あいつが可愛い可愛い雪華綺晶と会ってしまったら、何をしでかすか分かったもんじゃないからだ。最悪あいつを殺ってしまうかもしれない。

 

今日、隆弘が来る。ローゼンメイデンを連れて。この前のメール以降、やれ忙しいだのいちゃついてるから無理だの、頑なに電話に出なかったため、それならもうこっち来いと俺から言い出したのだ。ちなみに礼はサッカー、水銀燈は外出(真紅をからかいに行った)でいない。

 

「はぁ……」

 

深いため息。あの野郎、ローゼンメイデンと一線を超えてないだろうな。いや、まぁ……あんま人の事言えないけども。

 

そうしているうちに、予定の時間がやって来る。13時に俺の家に集合……そして、携帯の時計が13時に切り替わる。

 

ピンポーン。

チャイムが鳴る。

 

「……」

 

俺はインターホンに向かうこともしない。その様子を、雪華綺晶は不思議そうに見ている。

 

「マスター?出ないのですか?」

 

「無視しろ」

 

なんか自分から集合って言っといて面倒になってきた。きっとあいつが家に来たらまともなことにならないんだろうな。

 

ピンポピンポピンポーン。

チャイム三連打。うぜぇ。

 

「無視だ無視」

 

礼儀を分かっていないやつを相手にする必要はない。

 

が、

 

「おーいおいおい、ひでぇじゃねえか、せっかく友達が来てるってのに、インターカムにも出ねぇなんて、ん?」

 

いつの間にかリビング横の網戸を開け、靴を脱いでそいつは勝手に入ってきた。

俺の友達、坂口 隆弘だ。

 

「住居侵入でぶっ殺すぞ」

 

「おいおい、ここアメリカじゃねーぞ。過剰防衛でお前がムショ行きだ、なぁ青い子?」

 

常時ぶっ飛んでいる性格の隆弘が、手にした鞄に話しかける。どうやらあの中にローゼンメイデンがいるらしい。

しかし隆弘の声に何も答えないローゼンメイデン。隆弘は呆れたように鞄をフローリングに置いて鍵を開けた。

 

「おーい蒼星石ぃ!!!!!!」

 

叫びながら鞄を開ける隆弘。その動作はかなりオーバーだ。

 

「うわ!僕!?」

 

中にいる、青いドレスに茶髪のドールが驚いた。そりゃそうだ、真っ暗闇から急に見えた光景が隆弘だったら俺だって驚く。

 

「青い子って言ったらそれしかねぇだろ!それともなんだ?ハサミの子か?双子の妹か?シルクハットの王子様風女子か?ああ!?」

 

いつも以上に感情が高ぶっている隆弘。ここまでうるさいのは俺がちょっかい出して怒らせた時以来だ。

隆弘の理不尽な怒りに触れて半分泣きそうになっているドール。その間にもあーだこーだ言っている隆弘。さすがにもう助け舟を出してやろう。

 

「おいもういい、困ってるだろ」

 

「困ってる?俺にか?それともお前の家がインターホンすらまともに機能してないからか?いいか郁葉、お前は困ってるように見えてるかもしれないけどな、この子はそうじゃないかもしれねぇぞ!」

 

怒りの矛先が急に俺へと向く。

 

「わかったわかったわかったよもう!インターホン出なくて悪かったな!」

 

すると隆弘はオーバーすぎる動きを止め、急に狂ったような笑顔になる。

 

「おお、そいつはどうも。窓から入って悪かったな」

 

と、そう言って隆弘はドールに向き直る。ちょうど背中をこちらに向けているのでバレないように中指を立ててやるが、イライラが収まらない。

 

「じゃあ早速紹介するぜ」

 

今度は嬉しそうに興奮しながら、隆弘は青いドールの脇に手を通してから抱き上げる。まるで赤ん坊を扱うようなその仕草は、彼にはまったく似合っていない。

そして隆弘は、青いドールに頬を寄せて良い笑顔で言った。

 

「ローゼンメイデン第四ドール、蒼星石だ」

 

「ど、どうも」

 

愛想笑いしながらも、軽く会釈する蒼星石。あれは……女の子だよな?ぱっと見男の子に見えなくもないが……いや、男の娘?うーむ、それはそれで良いかもしれない。女装ショタって興奮するよね。

ヤバイ、雪華綺晶がこっちに冷ややかな笑みを向けてる。

 

「それで?」

 

と、隆弘は首を傾げて言い出す。

抱っこしながら首をかしげるもんだから、蒼星石の胸元に頭が当たっている。

 

「何がだ?」

 

「そっちの真っ白お嬢さんの事は紹介してくれないのか?」

 

「あー、ああ」

 

こいつのクセが強すぎて色々忘れてしまう。

 

「この子は第七ドール、雪華綺晶。こいつは隆弘」

 

「はじめまして。庭師のお姉様のマスター」

 

礼儀作法は意外としっかりしている雪華綺晶は、スカートの両端をつまんで一礼する。まるでお嬢様のようなその仕草に、やはり隆弘は驚いたような笑みを浮かべた。

 

「おお、見ろ蒼星石。あれがレディのお手本だ」

 

「ああ、うん。いいんじゃないかな」

 

どこか遠い目をしながらそんな風に言う蒼星石。いったい彼女に何したんだこいつは。

 

 

立ち話もなんだから、お互いテーブルを挟んで向かい合う形で座る。当たり前のように俺の膝の上にちょこんと座る雪華綺晶。ふんわりと髪からいい香りが鼻を刺激する。

対して、隆弘の隣に姿勢良く座る蒼星石。隆弘は彼女の肩に腕をかけ、頭を撫でている……なんだあのアメリカ人カップルみてぇな動きは。

 

「まさかお前にもローゼンメイデンが届くなんてな」

 

皮肉を混ぜたようにそう言うと、

 

「ああ、それなんだが郁葉。俺とお前が出会ってから何年だったっけか?」

 

そういう質問をしてくる。

 

「小2の時からの付き合いだから……12年か?」

 

「そうだ、12年だ。赤ん坊なら小6になってるぐらい長い時間だ」

 

謎のジェスチャーを組み合わせてそんなことを言ってくる。こいつが何を言いたいのか、未だに分かりかねる。

 

「小学校、中学校、高校。大学こそ理系と文系とかいうクソカテゴリーのせいで別れちまってるが、それでも月一でサバゲーには行くし、飯だって頻繁に行く。まぁここ二ヶ月は事故の後処理だの忙しいの一点張りで誘っても来なかったけどな」

 

「色々あんだよ」

 

「ああ、色々あるよな。だがな、そんなのはどうでもいいんだ。なぁ蒼星石?」

 

急に話を振られてビクッと驚く蒼星石。

 

「え、そうだね?」

 

「俺が言いたいのはな、郁葉。なんで何も言ってくれなかったんだってことだ」

 

やっぱり。

こいつは、ぱっと見狂っているように見える。だが、いつでも狂っているわけではない。大学では普通に生活しているらしいし、飲食店のバイトだってそれなりにこなしている。こいつがおかしくなるのは、決まって俺といるときだけだ。

なぜか。なぜそうまでして面倒な友人でいたがるのか。

それは、こいつが単にさみしがり屋だからである。気を引きたいのだ。

 

「あぁ」

 

そうだ、こいつがローゼンメイデンと契約したと聞いた時にはもう、こう言ってくる事は分かっていたはずなのに。

12年も友達をやってきて、気づかないはずがないのに。

どうして気がつかなかったのか。そんなの決まってるさ。雪華綺晶という大きな存在が、できたからだ。

 

「まぁそれはいい。理由は分かってるしな。俺は所詮そこらにぶん投げられてる石ころに過ぎない」

 

「ずいぶん自分を下げるじゃねぇか」

 

「まぁな。俺はこの二ヶ月、お前と同じ土俵にいなかったんだからしょうがないね」

 

でもな、と。ケラケラ笑う隆弘の表情が変わる。とてつもない意志を秘めた……そうだ。あれは、俺が雪華綺晶と会って、彼女を助けると決めた時と同じ。

 

ギュッと、隆弘は愛おしそうに隣の蒼星石を抱きしめる。蒼星石は何かを察したのか、隆弘の行動に身を委ねていた。

 

「もう、俺とお前は同じだ。平等なんだ。分かるよな?」

 

「……その通りだよ、隆弘。やっとこっちまで来てくれたか」

 

ニヤリと、俺は笑う。

一方で、雪華綺晶はこの状況を芳しく思っていなかった。まるで宣戦布告にも聞こえるその言葉と、自分の主人が新たな動乱に巻き込まれる可能性が頭から離れないのだ。

 

同じ土俵。つまり、アリスゲーム。ただ、主人の言葉が気になるのだ。だって、彼は雪華綺晶と一緒に居られればそれでいいと言っていたし、それはつまり積極的な戦いは望まないという事だ。

 

「はっはははは、はははっはァ」

 

「んふ。ふっふふふふぅ」

 

2人のマスターが気持ち悪く笑う。

だが、どうにも2人の表情は健やかだ。

 

「はぁ……お前は降りるつもりはねぇんだろ?」

 

不意に、隆弘が尋ねた。

それは、アリスゲーム……それだけじゃない。ローゼンメイデンのマスターを降りるか、ということだ。

 

「ああ。俺は雪華綺晶といられればそれでいい」

 

「だよな。こんな奇跡みたいなこと、手放せないよな」

 

「お前もだろ?」

 

「分かってんだろ」

 

そう。彼の目的。それは、俺の意思を聞いて、それに乗っかることだった。

こいつはさみしがり屋だ。わざわざ一番長い付き合いの俺と敵対することなんてしないのさ。もし俺がアリスゲームを意欲的にするのであれば、おそらくこいつはそれに乗っかって俺と敵対しただろう。でも、それは互いが望んでのことだ。

俺が望まないことを、恥ずかしいが相棒であるこいつは望まない。この相棒が望まないことを、俺は望まない。

人は言うだろう。それは表面だけの存在だと。馴れ合いだと。ぶつかり合ってこそ友だちだと。

うるせぇんだよ、と俺たちは言うだろう。そんなライン、とうに越しているのだから。

それらを超えて、俺と隆弘は友人なのだ。

 

「ま、俺が言いたかったのはそれだけだ。たまにはいいだろ?こういうアニメチックな会話も」

 

「だな。改めて、ようこそ。ローゼンメイデンの世界へ」

 

握手することもない。

こうして、第四ドールが新たに目覚め、契約者を手に入れた。残るはあと一体、第2ドールの目覚めのみ。

やる気のないアリスゲーム。でも、それは着々と開始に向けて歩みを進めていたのだった。




次はいちゃつき回にしたいです


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sequence34 ドールと恋愛関係になるのは間違っているだろうか

いちゃラブ成分入れすぎて書いてる途中から方向性がおかしくなりました。あと死にたくなりました。


 

鼻歌交じりに雪華綺晶の長い髪を、櫛でとかす。ふんわりとしていてボリューミーな白髪は、人形のものと言えども非常にときごたえがある。櫛を通すごとにふわりと香る花のような匂いも、また良い。

そんな、明らかに機嫌が良さそうな兄を見て、礼は疑問を隠せない。休日のサッカー練習が終わって帰ってきたらこの様子なのだから。

何やら、兄の友達がローゼンメイデンと契約したというのは聞いた。聞いたが、そこに上機嫌になる要素はあるのだろうか?おまけに雪華綺晶の服がワンピースになっている。

 

「気持ち悪いわね……」

 

礼の膝の上で紅茶を飲む水銀燈が呟く。

たしかに気持ちが悪い。単にキモい、というものではなく、理由がわからない事象に対して抱く、ある種の恐怖心のようなものだった。

 

「どうなってんだ……」

 

聞こうにも、あそこまで上機嫌だと逆に聞き辛い。とりあえず、心を落ち着かせるために水銀燈の頭を撫でる。ふわりと、並の女の子では出ないような良い香りが、礼の鼻をくすぐった。水銀燈も、何やら文句を言っているがまんざらでもなさそうだ。

 

 

 

「雪華綺晶、おいで」

 

ベッドに腰をかけ、自分の膝の上を軽く叩く。すると、雪華綺晶はにっこりとして華麗にジャンプ。空中でくるりと回ってふんわり俺の膝元に収まった。

彼女は首を動かし、背を向ける俺を覗いてくる。横顔に加えて上目遣い。それでいて何かわくわくしていそうな彼女の笑顔はいつになく愛らしい。

そんな雪華綺晶の頬に、俺も頬をすりすりと擦り付ける。痛くないようにしつつも、それでいてしっかりと温もりが感じられるように。この人形は、そんな俺を受け止めてくれるのだ。

 

「あらあら、いつになく嬉しそうな笑顔ですわ」

 

そう指摘され、そうかな?と尋ねる。

 

「ええ。あの方がミーディアムになったことが、そんなに嬉しい事なのですか?」

 

雪華綺晶の質問に、俺は笑うだけだった。ただ、苦笑ではなく、心の底の喜びが漏れるような、そんな笑み。

 

「んふふ〜。秘密」

 

第三者から見れば気持ち悪いことこの上ないが、そんな俺でも彼女はちゃんと話してくれる。いや、まぁ流石に雪華綺晶以外の第三者にこんな姿見せないけどさ。

まぁ、とちょっと困ったように答える雪華綺晶だが、その顔は特段困った顔をしていない。俺もそんな聞き手上手な彼女に甘えるように、こちらを向く雪華綺晶の桜色の唇に、そっと唇を重ねた。

 

「ん……」

 

目を閉じる雪華綺晶。対して俺はガン見である。いやーこの光景がたまらねぇぜ。もう顔中、スケべまみれ(?)や。

数秒してから唇を離すと、雪華綺晶の頬がぷくっと膨れた。

 

「もぅ、マスターったら。そうやって機嫌が良くなるとすぐにキスばっかり」

 

少し息を切らしつつも、そんなことを言う雪華綺晶。やや荒い息が俺の敏感な唇に当たる。これはエロいですよ。

 

「雪華綺晶がチャーミングすぎるからさ(白い悪魔)」

 

「うふふ、お上手ですこと」

 

お上手(意味深)なのは君なんだよなぁ、なんてくだらないことを考えながら、俺はまた唇を重ねる。すると、変化があった。ちろり、と唇の隙間に何かが侵入してくる。驚いたことに、それは雪華綺晶の舌だった。

彼女の表情を見てみると、いつものようなクールな表情ではない。頬を赤らめ、眉はややハの字になっており……まぁあれやわ、発情してる雌の顔になっているのだ。

 

「ッ!!!!!!」

 

その表情のエロさと言ったら。こんなことしてタナトス(かみまみた)、ただで済むと思ってるのかよ!(ゆうさく)

と、某ハチに刺されまくる男優のセリフを思い浮かべつつ、俺もやり返す。

具体的には、侵入してきた小さな舌に、俺の大きな舌を絡ませてみたのだ。

 

「んむ……!」

 

予想外の反撃に身体を震わせる雪華綺晶。いやーエロいっす(欲望忠実おじさん)。瞳は閉じたままだが、逆にそれがいい。純愛だね。

 

「ふー、ふー、ふー」

 

次第に荒くなっていく互いの鼻息。

俺のはもうホモビデオで聞くようなのと変わりないが、雪華綺晶のは違う。もうなんて言うか、聖女の鼻息だ(錯乱)。

だからもっとイタズラしちゃいたいと思うのも仕方がない事であり……

 

「んむぅ!?」

 

絡めた舌を、雪華綺晶の小さな唇へと押しやり、そのままねじ込む。エロだよそれは!(天パ)

可憐で小さな人形の口にねじ込まれる舌。やはり人形には人間の舌は大きすぎるようで。ただのベロチューなのに雪華綺晶の口はパンパンに膨らんでいた。まるでナニかをねじ込まれているみたいに……いかん、いかん危ない危ない危ない(レ)

 

「う、おご、おぉ……」

 

普段出さないような、苦しそうな声。それがたまらない。だからこそ続けてしまうものでもある。いつのまにか、俺は体勢を崩して雪華綺晶をベッドに押し倒していた。少し抵抗する雪華綺晶の手首を押さえつけ、野獣(直球)のようにその花弁を貪る。そしてとうとう唇を離してみれば、雪華綺晶は今にも息絶え絶えといったように、過呼吸一歩手前にまでなってしまっていたのだ。

口をだらしなく開けてよだれをたらし、薔薇の眼帯が無く、そして焦点の合っていない左目からは涙が溢れている。全体をよく観察してみれば、肩まわりはややはだけ、お腹周りも少しめくれあがってちらりとおへそが見えている。極めつけは、スカートが上がりに上がって魅力的な太ももが大胆に見えてしまっている事だ。

 

「おほ^〜」

 

思わず声をあげた。

雪華綺晶は涙ぐんで、

 

「ます、たぁ……もっとぉ……」

 

顔をほてらせて言う。やっちゃいますか〜?そのための右手、あとそのための拳?

お前を芸術品にしてやるよ(至言)

 

 

 

 

 

 

 

「なにやってんだあいつら……」

 

そんな光景を、礼は扉のわずかな隙間から覗いていた。今日あったことを色々聞きたくて、意を決してあの気持ち悪い兄の部屋に来てみたら……なんかとんでもないことになってる。

止めるべきか否か悩み、そうこうしているうちになんか激しくなってしまったのだ。今更介入なんてできないだろう。

 

「ッ〜〜〜〜!!!!!!」

 

同じように、礼とそれを覗いている水銀燈は顔を真っ赤にして、目と口をかっ開きながら悶えている。きっとこういうことに耐性が無いんだろう。

だが、その光景をただ見ていた礼はやたらと冷静だった。兄があのドールと何やら一線を超えそうなのは知っていたが、まさかあそこまで加熱していたとは。

でも、身内がそういうことをしているのを見ても複雑なだけだ。なんだか後ろめたい、後悔のような念が少年の心に巣食っているのだ。

 

「……」

 

不意に、水銀燈を見下ろした。

銀髪の間から覗く彼女の顔は茹でタコのように真っ赤だ。ふと、感じた。自分のドールである彼女が、他人のいちゃつきを見て顔を赤らめているのが気に入らないと。

そこからの感情の昂りは早かった。

少年の妄想は飛躍するとはよく言うが、彼もまた例外では無い。なんだか無性に水銀燈を、あんな風にめちゃめちゃにしたいのだ。

普段、尻をひっぱたいたりして興奮している彼女に満足していたが、今はそれだけでは足りない。そうだ、自分も一線を超えてしまおう。そんな、京都に行こうみたいな感覚で……

 

「ッ!?」

 

水銀燈の口を手で後ろから塞ぎ、空いた腕を彼女の身体に巻きつける。

突然の行動に混乱する水銀燈だったが、抵抗しようとしてもなぜか身体が動かない。いや、本心では礼に期待していた。

 

そのまま礼の部屋へと運ばれる水銀燈。

どうなったかは想像に難くなかった。

なんだこの兄弟(ドン引き)

 

 

 

 

 

キボウノハナ〜

 

パソコンから歌が流れ、アニメの登場人物がうつ伏せで倒れている。ネットでの流行語になりつつある、止まるんじゃねぇぞ……という遺言を残し、謎のロボットが映った。

 

現在夜。

親友であり悪友である河原 郁葉でのやりとりの後、家にて蒼星石とだらけている。

 

「ねぇマスター、なんでこの人は事あるごとに死んでしまうの?」

 

「そういうもんだからだよ」

 

膝の上に乗せている蒼星石の質問に答える。彼女曰く、かなり久しぶりの目覚めのようで、前に起きていた時にはパソコンなんてものはなかったらしい。だからだろうか、その反動と言わんばかりに、蒼星石はパソコンにかじりついている。

大学では主にパソコンやテクノロジーを取り扱った講義が多いため、俺も教えてあげるのは楽しいもんだ。伝わっているかは別として、な。

 

だが、それはそれで何か虚しいものもある。だって蒼星石がパソコンに食いついてしまっていては、俺の相手をしてもらえないんだから。

 

「そんなに楽しいか?」

 

そう尋ねると、シルクハットを脱いでいる茶髪が前後に揺れた。

 

「スゥーん、そうか」

 

ふわりと漂う柑橘系のいい香りを吸い込みつつ、答える。郁葉の野郎、今までこんないい思いしてきたのか。羨ましいね。

時計を見る。時間は夜の8時。まだ寝るには早いし、かと言ってテレビは無いから面白い番組も見れない。ゲームだって、今使ってるパソコンでやってるからできねぇし。かと言って、宿題もないから他にやることもない。

 

「どうしたもんかな」

 

昼間にテンションが高過ぎたせいで今になってダウナーになってしまっているから、いちゃつこうとも思えない。

そうこうしている間にも、蒼星石は巧みにマウスを動かして動画のマイリストを開いている。マイリストには汚い動画しかないけど。

暇すぎて左手の薬指を見る。そこには、契約の証である指輪がしっかりとはめられていた。

 

「……」

 

ふと、蒼星石にイタズラしようと思う。

ちょんっと彼女の脇腹を指で小突く。

 

「んひゃん!?」

 

「おお〜!」

 

思ったよりも女の子らしい声をあげる蒼星石に、ちょっと感動してしまった。いやそりゃおっさんみたいに太い声出されても困るが。

 

「ちょっと、何するのマスター?」

 

振り返って、やや怒ったように言う蒼星石。

 

「だってつまんねぇんだもん」

 

「あ、ごめんね?ついつい見すぎちゃった。パソコンありがとう」

 

困ったように謝る蒼星石。気の利くいい子やこの子は……なんて思う。でも、暇なのは別にパソコンを取られているからではない。

 

「えー、僕蒼星石ちゃんと遊びたい」

 

さくらんぼ小学校のクソガキを真似してそんなこと言うと、蒼星石は首を傾げた。かわいい。

 

「僕と?」

 

「そうだよ(肯定ペンギン)俺もイチャイチャしたいけどな〜」

 

そう言うと、蒼星石は驚いたように顔を赤らめる。

 

「え!?で、でも僕ら、まだ出会って1週間も経ってないんだよ!?」

 

「大丈夫大丈夫、最近は出会って則合体するらしいから(広告並感)」

 

適当なことを連呼する。正直、いちゃつくつもりはあんまりなかった。単に目の前の少女を困らせたいと言う小学生みたいな理由。

 

「で、でも……僕、男みたいだし……」

 

「なんの問題ですか?(レ)」

 

「そ、それに、今までそんなこと言われたことなかったから……どうすればいいのかわからないよ」

 

やはり乙女か。いや俺も童貞だけど。

しかしそう言われると、いたずら心に火がつくな。

 

「じゃあ、俺が教えてやるよ(デスボ)」

 

イケボを作ろうとしてデスボイスになってしまったがどうでもいいわ。

でも、冗談のつもりで言った言葉は、蒼星石には本気と捉えられたようで。

 

「えっと……ほんとに……僕でいいの……?」

 

どこか、甘えるような声色と顔で、そんなこと言ってくるもんだから。

 

「おほ^〜(フルタチさん)」

 

正体表したね。と、言われてもおかしくないほどに興奮してしまった。

なぜかいい雰囲気になった2人。俺はそのままのキモい顔で唇をすぼめて近付ける。蒼星石も目を閉じ……

 

 

 

「させねーですぅ!!!!!!」

 

 

突如飛来した何かが俺の頭にぶち当たった。

 

 




止まるんじゃねぇぞ…


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sequence35 プ レ デ タ ー

まさかの戦闘回。なお一方的な模様


 

 

 

 

ひんやりした感覚で目を覚ます。どうやら床にうつ伏せで寝っ転がっているようだ。なんだ、酔っ払って道端で寝てるのか俺は。

指に力を入れ、立ち上がる。確かに頭は痛いが、二日酔いの痛みではない。物理的に殴られたような痛みだ。頭を押さえて周囲を見渡す。

 

「なんだこりゃ」

 

それが、この場所を見た感想だった。

なんだかごちゃごちゃした、汚ったない虹色の空。そして辺りに散らばる車や何かの残骸。その中に、ボロボロの銃も転がっている。何が何だか分からない。さっきまで部屋にいたのに、何だってこんな場所にいるんだ俺は。

 

と、一人困惑している時だった。ガサリと、近くで物音がした。そちらへ振り向いてみれば、緑色のドールが立ってこちらを睨んでいる。

 

「蒼星石……の2Pカラーか?」

 

緑服のドール。蒼星石とは違いロングスカートに、茶色のロングヘアー、そして昔のヨーロッパの農家のババァが被ってそうな何かよく分からない日除けの布。そして蒼星石とは左右逆のオッドアイ……だが顔は彼女そっくりのドール。っていうことは、彼女が噂に聞いていた蒼星石の双子の姉、翠星石だろうか。

 

「キィ〜!!!!!!何がルイージですか!どいつもこいつも最近の若い男は頭が沸いてる奴らばっかりですぅうううう!!!!!!」

 

何やら具体例を出してキレている翠星石。俺はそんな姿を見て一人大笑いする。

 

「すげぇ超ヒステリック!蒼星石とはまるで違うな!でもそれがいい、姉妹丼したい(直球)」

 

ついつい願望が零れ出る。いやぁ、蒼星石も良いけどああいうツンデレっぽい子も良いなぁ。ローゼンメイデンは7体しか存在しないくせに個性が強いらしいから困る。全員と仲良くしたいと思っちゃうアルヨ。

と、そんな人を馬鹿にするような笑いを浮かべていた時、俺の顔の横を何かが高速で駆け抜けた。

 

「ヒョ」

 

驚いて声を上げる。次の瞬間、後ろで破裂音。振り返ってそれを確認してみれば、植木鉢が壁にぶち当たって粉々に割れていた。投げたのは翠星石……まったく目で捉えられない投擲、俺でなくても見逃しちゃうね。

 

「決めたですぅ……お前は殺すですぅ人間!」

 

独裁国家並みの超スピード死刑判決を下す翠星石。それでもどこか夢見心地な俺はスタイルを崩さない。

 

「おーっほほっほっほそうやって気に入らない事があればすぐ殺す!だから戦争無くならねぇんだよ!ぶっ殺す!」

 

豪速球を豪速球で返す。争いに対する虚しさを説いたかと思えば今度は俺が戦争を仕掛ける側になっていた。咄嗟に足元に運よく落ちていたライフルを拾い上げる。ずっしりと重いそのライフルは、現代の紛争を象徴するAKタイプ。恐らくAKMだ。

そしてそれを腰で構え、翠星石に向けた。

 

「ひっ!?なんでそんなところに銃が!?」

 

「うるせー!俺は今頭に来てんだァアア!!!!!!」

 

叫び、引き金を引く。ガチ、という人差し指の感覚……それだけ。

 

「あ、やべぇ安全装置かかってんじゃんアゼルバイジャン」

 

右手で安全レバーを中間に入れ、連発にする。なんで使い方わかるんだって?そりゃあ俺がミリオタでAK好きだからだよ!

 

「オラ喰らえ!」

 

再度引き金を引く。けたたましい発砲音と共に弾丸が発射されるが、銃なんて適当な腰撃ちで当てられるものじゃない。弾丸は慌てる翠星石の真上を通り過ぎていく。おまけに反動がやばいもんだからどんどん銃口が上に向かっていく。しかも耳栓してないから鼓膜が痛い。

 

「おっおっおっおっ」

 

真上に銃口が向くのと弾が切れるのは同時だった。加熱した銃身からは煙が出ていて、ベーコンでも焼けそうだ。今度やってみるか。

と、どうでもいいことを思いつつ、真上から翠星石の方を見る。いない。どこかへ逃げやがった。怖気付いたな性悪ドールめ。

俺はAKを投げ捨てると、今度は近くの車のボンネットに置いてあった軽機関銃、M249を手にする。翠星石にここがどこなのかも聞きたいし、蒼星石がどこにいるのかも聞かなきゃならん。

あぶり出さなきゃ(使命感)

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……何なんですかあいつは」

 

一方、隆弘の狂気から逃れた翠星石は少し離れた車の陰に身を潜めていた。息を切らし、どこかの白パーカー変態ロリコン野郎とはまた違ったヤバイやつを相手にしてしまったことを少し後悔する。

と、そんな彼女の横に誰かが来る。ひ、と短い悲鳴をあげてそちらを見てみれば、そこには見知った顔が。蒼星石だ。

 

「なんだか凄い音が聞こえたんだけどどうしたの、とうわ!」

 

そう尋ねる蒼星石に翠星石は飛びつく。

妹の胸を抱きしめる姉は、顔を埋めしばし泣いた。そんな姉の頭を蒼星石は優しく撫でる。

 

「どうしたの翠星石?」

 

そう問いかけてみれば、翠星石は顔をあげて言った。

 

「どうしたもこうしたもねぇですぅ!蒼星石が目覚めたと聞いて来てみれば、もう契約しちまってますし、マスターは頭がイかれてますし、もう最悪ですぅ!」

 

蒼星石は苦笑いで返す。確かに、マスターは頭がおかしい。だがそれは、彼なりの構って欲しいという願望が出てしまっているだけだ。

 

「ごめんね翠星石。でも、マスターはそんなに悪い人じゃないよ」

 

「あのひょろ長メガネに撃たれたですぅ!しかも話が通じないし……あれが良い人間なわけないですぅ!」

 

「う、撃たれた?あぁ、マスターの夢の中にある鉄砲の事かな?」

 

頷く翠星石。そう、ここは隆弘の夢の中。蒼星石に会うために住居侵入した翠星石は、そこで隆弘と蒼星石のイチャラブ現場を発見、阻止するために如雨露を彼の頭めがけて投げつけたのだ。

結果、隆弘は昏睡。そして何のイタズラか、如雨露の誤作動で開いてしまった夢の扉に全員が吸い込まれてしまい、今に至る。

 

「あいつはやべーですぅ!普通なら如雨露が誤作動するなんてありえねーですぅ!完全にあいつの狂気に吸い込まれたですぅ!」

 

どうにも、そうらしい。だからと言って自分のマスターを悪く言われるのは気に入らない蒼星石。彼女は元来マスターへの忠誠心が高いドールである。

 

「それ以上マスターのことは悪く言わないでもらえるかな?僕としても、翠星石にそんなことを言って欲しくない」

 

「蒼星石は騙されてるですぅ!一緒に来るです!翠星石のマスターなら蒼星石のマスターにふさわしいですぅ!」

 

なおも懇願する翠星石。どうしたものか、と困る蒼星石。一度隆弘を落ち着かせて話をしてみよう、そう考えた時だった。

彼女たちが隠れている車が、少しばかり下に沈んだ。まるで人が乗ったように。

二人が見上げて見ると、そこには眼鏡をかけた悪魔が笑顔を向けていた。

同時に銃口も。

 

「おお愛しの蒼星石!仲良く談義中に失礼するゾ〜」

 

「ヒィ!?」

 

怯える翠星石。蒼星石が隆弘を止めようとした瞬間、翠星石が彼女の腕を引っ張って飛んだ。

刹那、さっきまで翠星石がいた場所に銃弾の嵐が降り注ぐ。この時ばかりは翠星石のヤベー奴という言葉に共感した。そして二人は一目散に空を飛んで逃げ出す。

 

「いたぞ、いたぞぉおおおおおおおお!!!!!!」

 

某宇宙人を見つけたグリーンベレーのように叫びながら軽機関銃を発砲して来る隆弘。もはや蒼星石が居ようと御構い無しだった。彼女たちのすぐ側を銃弾が通り過ぎる。

 

「い、一体マスターに何したのさ!?」

 

「知らねーですぅ!鉢植えを投げただけですぅ!」

 

「それが原因だよ!と、とにかく一度逃げよう!話はそれからだよ!」

 

そうして隆弘の元から逃げ出す二人。隆弘は飛んでいく二人を見て何かを呟いている。

 

「見ました……何をだ?見たんです!目だけが光っていた……」

 

一人二役で某映画を再現している。これはヤベー奴ですわ。

 




頭のおかしい人を書くのは難しいです


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sequence36 To the dream

 

 

一方で、俺と雪華綺晶はいつも通りの日々を過ごしていた。

もう夜も深いので、ベッドの上で横になりながらスマートフォンで動画を見ながら眠りにつく。腕の中には動画を興味津々に見ている雪華綺晶……というのが定番の組み合わせだ。時折雪華綺晶にセクハラするのも忘れない。

 

「マスター、もう私は鞄に入りますわ」

 

とうとう活動限界が来たのか、目をこすりながら雪華綺晶はこちらを振り返り言ってきた。俺もそろそろ眠いから、ちょうどいいだろう。明日は昼から講義があるとはいえ、眠いまま受けたくもない。

 

「俺も寝るよ。ほら、おやすみの」

 

「ちゅー、ん」

 

俺の言葉を先読みしたかのように、雪華綺晶と俺の唇が触れる。相変わらず俺の唇は乾燥しているが、それも潤された。うーん、ミーディアムは最高だな!な、お前もそう思うよな!(レストラン従業員)

そんなこんなで平和な一日は終わる。雪華綺晶が鞄に入っていくのを見届け、相変わらず暑い気温にうんざりしながらも、タオルケットを腹の上にかけて眠りについた。隣の部屋では相変わらず礼がどったんばったん大騒ぎしているが、俺も似たようなことをつい最近しちゃったせいで怒るに怒れない。寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

まるで宅配業者になんでもするから許してくれと言われたおっさんのような声を出して、俺は目が覚めた……ふかふかのベッドの上ではない、ひんやりとした床の上で。眠気を振り払い、起き上がる。周りを見渡すが、自分の部屋ではないことは確かだった。

似たようなことがちょっと前にもあったばかりだ。そう、雪華綺晶と契約した時……nのフィールド。前に来た場所とは違うようだが、そうであるのは確かだった。

 

「……クソ、また巻き込まれたな」

 

すっかり慣れてしまったアンティークドールバトルに、やや嫌気が差しながらも立ち上がり、なぜかそこらに散らばっている廃車の影に隠れる。誰の世界かわからない以上、安心していられるわけがなかった。

遮蔽に隠れ、とりあえず誰も周りにいないことを確認する。次いで、車の中に何か有用なものがないかも確認した。

それは当たり前のように存在していた。

 

「マジかよ」

 

AK74M、ロシア製のアサルトライフルが座席の上に放り出されていたのだ。願っても無い有用な武器を急いで手にし、今度こそ俺は頭を悩ませた。

 

「いったい誰の世界だ?こんな物騒なもん普通ないだろ」

 

水銀燈の世界でも、ここまで当たり前のように武器はなかった。あるとすれば、包丁くらいだったか。あの警備人形は水銀燈が作り出したものだから、元からあったものではないだろう。

だからこそ、ここはヤバイ。元から、木が生えているように廃車や何かの残骸が散らばり、実がなるように銃火器が存在する。それだけで、ここの世界の持ち主は相当危険であると言える。確か、nのフィールドは主の願望やらで形を変えるはずだ。

とにかく、この銃が使い物になるか確かめる。安全レバーを最大まで下げ、薬室を半分開いて状態を確かめた。

既に銃弾は装填済み。発射可能である……いや、せめて薬室の弾薬は抜いとけよ。杜撰な安全管理に呆れながらも、安全装置を入れる。その時だった。不意に、背後から物音。

 

「クソ!」

 

悪態を吐きつつ、物音がした方向へ銃を構える。

 

「マスター、私です」

 

と、車の残骸から見知った一体の純白のドール。雪華綺晶だった。張り詰めた糸が解け、構えを解く。

 

「ああ雪華綺晶、よかった。君もいたのか」

 

「ええ、目が覚めたらここに……やはりマスターもこちらに連れてこられましたか」

 

「やはり?」

 

気になる言い方をする雪華綺晶。

 

「何やら知っている気配がしますので。それに、ここは人間の夢の世界。恐らく、マスターのご友人が、マスターを無意識のうちに呼んだのです」

 

「隆弘か……」

 

何となく、この危険なものに溢れて殺伐とした世界に納得がいった。確かに、あいつなら四六時中こんな酷い場所で戦う夢を見ているに違いない。

 

「ていうことは、隆弘もどこかにいるってことか?」

 

「恐らくは。問題は、この夢の世界はやけに防御が硬いせいで脱出ができないのです」

 

雪華綺晶の説明に、声にならない憤怒の叫びをあげる。あの野郎、やっぱり碌でもねぇ。

 

「とにかく、あのクソメガネを探そう。あいつにどうにかしてもらわないと出れないって認識でいいんだよな?」

 

雪華綺晶は頷く。そう言えば、今日の俺の格好はいつもの服装だな。まぁ、これが一番慣れているんだけども。

色々怒りたい事が山ほどあるが、今は仕方なく頭のおかしい親友を探すことにする。

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、隆弘も何かを探すように夢の世界をうろつきまわっていた。そいつのおよそ50メートル背後では、双子のドールズがその男を監視している。翠星石と蒼星石だ。

つい先ほどまで執拗に自分たちを狙っていたあのメガネだが、今は不気味なほどに大人しくなっていた。そしてふらふらとあてもなく彷徨っている。

 

「あいつやっぱり頭おかしいです」

 

そう言うのは口の悪い姉である翠星石。

 

「でも……いくら夢だからって、あんなにならないよ。何かに操られてるのかも」

 

自分のマスターである隆弘を擁護するのは心優しいボーイッシュ、蒼星石。

 

「頭おかしい奴はどこにいってもおかしいです!夢でも変わらないですぅ!」

 

「しっ、声が大きいよ」

 

姉を宥める妹は、同時に何かの異変を感じていた。確かにあのマスターは時折おかしなことを仕出かす人間であるが、蒼星石にいきなり銃を向けてぶっ放すなんてことはしない。だって、あんなに寂しがりやで、言動はおかしいが蒼星石を大切にしていたのだから。

 

「うーん……あれ?」

 

不意に、蒼星石は隆弘の後ろになにかもやのようなものを見た。それは翠星石にも同じであったようで、確かに何かが隆弘に取り付いているようだ。

 

「あれは……雪華綺晶?」

 

時折人型になるもやは、一見すると雪華綺晶。だが、何かが違う。

 

「でも、雪華綺晶の髪やドレスは白っぽいピンクですよ?あれじゃ紫ですぅ」

 

確かにそうだ、と蒼星石も思う。だが、それにしても瓜二つのシルエットで。だから、隆弘の前方から件の雪華綺晶とそのマスターがやってきた時は何が何だかわからなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー兄弟、愛しの我が友よ、待ってたぞ」

 

ようやく見つけた友達が機関銃片手にそんなことを言うもんだから頭が痛くてたまらなかった。俺はそんな危ない友人をあまり刺激しないように注意しつつ、会話を試みる。

 

「あぁ、よう。元気か。あと、兄弟なのか友達なのかどっちなんだ」

 

「んなもん言葉のあやだろうが!冗談も通じねぇのか!」

 

急激に沸騰しかける隆弘。奴のテンションはいつもよりも少し高い気がする。つまり、俺の苦労が増えるってことだ。

 

「悪いけどな、明日大学なんだ。そろそろ帰してくれないか。ここはお前の世界なんだろ?」

 

そう尋ねると、今度は隆弘が首を傾げて質問してきた。

 

「俺の世界?この女の子一人いない世界がか?」

 

「雪華綺晶はそう言ってるぞ。だから俺も引き摺り込まれた。蒼星石はどうした?」

 

蒼星石。その言葉に反応したように、隆弘は何かをブツブツと唱え出す。

 

「蒼星石……あぁ、そうだった。あの子はどこだ?」

 

どうやらこいつも自分のドールの場所は知らないようだった。おかしいな、いくらここがこいつの夢の世界とはいえ、ここまで人を巻き込むとなるとローゼンメイデンを介さなければならないはずだ。

 

「とにかく、あれだ。蒼星石を探そうぜ。あの子ならなんとか」

 

「うるせぇ!俺に命令すんじゃねぇ!お前もあの性悪タラちゃん人形の仲間なんか!?ぶっ殺す!」

 

唐突にブチギレた隆弘が軽機関銃をこちらに向けてきた。俺は慌てて待ったをかける。

 

「おい待て!」

 

「うるせーこれでもくらえ!」

 

撃ってくる。明確にそう感じた俺は、雪華綺晶を抱えて横に走る。刹那、連続した発砲音が響いた。けたたましい音と共に、俺が今までいた場所に弾丸がぶち当たる。

 

「クソ!」

 

悪態をつきながら走る。だが、あまりの反動に耐えられなかったのか、隆弘は射撃を中止し、またこっちに狙いを定め用としている。おまけに耳も痛いみたいだ。当たり前だ、耳栓もしないで発砲すれば拳銃だって耳を痛めるに決まってるんだから。

俺は急いでなにかの建造物の後ろに隠れる。その直後に壁に弾丸が突き刺さったが、コンクリート製の壁は弾丸を通さないでくれた。いったいどうしたってんだ。

 

「クソ、クソ!あの野郎撃ちやがった!」

 

それなりに信頼していた友達に撃たれたという事実が俺の胸に突き刺さる。だが、そう嘆いてもいられないのでどこか隠れる場所を捜すが……

 

「おい変態人間!こっちですぅ!」

 

ふと、頭上から聞き知った声が投げかけられる。上を向けば、建物の三階から翠星石が顔を出していた。なるほど、性悪人形ってあいつのことか。

 

「マスター、お友達が来る前に合流しましょう」

 

脇に抱えた雪華綺晶が冷静に指示を飛ばす。それ以外にできることはないと、俺は従うことにした。

 

 

 

 

 

「兄弟、隠れるな!俺が直々に始末してやる!」

 

隆弘は親友を探す。血眼で、腕には軽機関銃。そして背後には、うっすらと紫のドールがいる。彼女は隆弘の耳元で何かを囁いた。すると、隆弘は何かを閃いたように、俺たちが隠れた建物を指差した。

 

「おお、蒼星石!そこにいるのか。待ってろ、今あの変態ロリコン淫夢厨の魔の手から救ってやるぞ!」

 

淫夢厨はこいつだって同じだ。

 



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sequence37 君の名は(劇遅)

 

「もう散々ですぅ、帰りたいですぅ!」

 

翠星石が不満を漏らす。

 

「元はと言えば君がマスターを昏睡させなければよかったんじゃないか」

 

「ええいうるさいですぅ!昏睡するのは遠野だけで十分ですぅ!」

 

「あらお姉様、いけない知識を身につけてしまったようですね」

 

一人俺だけが階段を警戒する中、ローゼンメイデン達がガールズトークをしている。内容は汚いが……ていうか雪華綺晶、自分の得意な分野の言葉が出て来た瞬間目を輝かせるのはやめなさい、ホモガキと一緒だぞ。

隆博がこの建物に入って来たことは知っている。だからこうして待ち構えているのだが……一向にくる気配がない。

 

「どうするですか!あの眼鏡人間、なんか取り憑かれてるみたいだし……」

 

「そういえば雪華綺晶。君、妹はいないよね?」

 

唐突な質問に雪華綺晶は首をかしげる。

 

「あら嫌ですわお姉様。ローゼンメイデンは7体。これ以上増えてしまったら後付け設定なんて言われてしまいますわよ」

 

「うーん、じゃああれはいったい……」

 

頭を抱える蒼星石。では彼女達が見た隆博に取り付いていたドールとは。

その時だった。突如としてけたたましい爆音と衝撃が建物に響いた。何かが爆発したようだった。すっ転んで頭を打ちながらもドールズの状態を確認する。

 

「みんな大丈夫か!?」

 

3人は転びながらも無事なようだ。

 

「きぃいいい!一体なんなんですかぁ!?」

 

相変わらずな翠星石。いったい何が起きたんだ。

 

 

 

 

外では隆博が、なにかの装置を空高く掲げて呪文を唱えていた。爆弾の起爆装置だ。

 

「アッ◯ーアクバル、アッ◯ーアクバル」

 

某テロリスト達のように言葉を唱える隆博は見ていてヤバイ。ふと、彼に取り付く紫色のドールが背後に姿を現し、爆発した建物の一階部分を唖然とした様子で眺めていた。

 

「……やはりヤバイ」

 

ボソっと呟くドール。どうやら隆博がここまでしでかすのは想定外だったようだ。

 

 

どうやら爆発により建物が倒壊しつつあるようだった。急に建物が揺れ出し、悲鳴をあげている。このままでは倒壊に巻き込まれてペシャンコになってしまう。夢の中での死は現実に直結するらしいので、つまりヤバイ。

 

「まずいですよ!」

 

俺が慌てるように言うと、雪華綺晶は窓枠から身を乗り出す。

 

「マスター、階段を降りてる暇はありませんわ。飛びましょう」

 

「え、ここ3階なんですけどそれは」

 

俺の疑問を聞き入れず、雪華綺晶は三階から飛び降りた。いや君達ドールズはある程度飛べるからいいけど俺人間だからね。良くて骨折するわそんなん。

何か喚いている翠星石を抱えて蒼星石が飛び出す。どうやら俺も飛ぶしかないらしい。

 

「あーもうおしっこ出ちゃいそう!」

 

某小学生(大嘘)のように叫びながら、俺も助走をつけて一気に窓から飛び出す。気分は合衆国エージェントのイケメン。玉がヒュンと引き締まり、宙に放り出される。なんとか五点着地をしようと試みるが、やったことないので半ば失敗、足首を痛めて地面に転がりまくる。

 

「あー痛い痛い!痛いんだよォ!!!!!!」

 

ブチ切れながら痛みに悶えていると、雪華綺晶が駆け寄って来た。

 

「落下が痛いのは分かってんだよオイオラァ!YO!……であってますよね?」

 

「こんな時に無理やり覚えたての語録使わなくていいから(良心)」

 

ちょっと彼女にはネットを控えてもらったほうがいいだろうか。

と、そんなこんなしているうちに建物が崩れていく。幸いにもこちらに倒れては来ず、垂直に地面に埋まるように倒壊した。その様子を俺たち四人は唖然として見ている。

 

「アッ◯ーアクバール!アッ◯ーアクバァアアアル!!!!!!」

 

と、すぐ近くでそんな雄叫びが響いた。見てみれば、隆博が空に向かって機関銃を掃射しながら某国のテロリストのように歓声を上げていた。なにやってんだあいつ……

しかし俺たちのことはそっちのけで、今は建物の崩壊を喜んでいるようだ。

 

「……あれ、雪華綺晶?」

 

「私はここですわマスター」

 

「知ってる。いや、隆博の後ろにきらきー似のドールが……」

 

言葉の通り、隆博の後ろにドールがいる。紫のドレスを着た、雪華綺晶に良く似たそっくりさん。かわいい。

 

「マスター?浮気はダメですよ」

 

「あいつよりもきらきーのがよっぽど怖いわ」

 

心を平然と見透かしてくるこの子が怖い。

よくそのドールを見てみれば、口を開けて建物の崩壊を唖然として見ている。きっと、隆博を操ったのはあのドールなんだろうが、予想以上に隆博がぶっ飛んだ事をするもんだから驚いたんだろう。おっちょこちょいっぽいななんか。

 

「このやろー!捕まえたですよ!」

 

と、いつのまにか翠星石と蒼星石がその紫のドールを捕獲し出した。

 

「な、なにあなたたち」

 

「もう抵抗しても無駄ですよ!」

 

「二人に勝てるわけないじゃないか!」

 

暴れる紫のドールを押さえ込む双子。まるで某スマブラみたいだぁ(直喩)

 

「あ、あなたたち二人に負けるわけ……ない」

 

「大人しくしろですぅ」

 

「可愛いドレスじゃないか、ええ?」

 

なんだか押さえつけるってより弄っているようにも見える。あら^〜いいですわゾ〜。雪華綺晶、冗談だからね。ぎゅっと指を折れるくらいまで握らないでください。

 

「何やってんだお前ら〜俺も仲間に入れてくれよ〜」

 

「な、なんですかこの眼鏡人間!?」

 

唐突に、テロリストごっこをやめた隆博がスマブラに乱入する。一際でっかい人間がドールに絡みつく……エロい!(異常性壁者)

 

「あら、帰ったら弟様と黒バラのお姉様も混ぜてああいうプレイもいいですね」

 

「兄として断固反対します」

 

この子はどこでこんなにエロくなってしまったんだろうか。

 

 

 

 

 

数分して、ようやく暴れるのをやめた紫のドール。今は翠星石の蔦でがんじがらめにされている。それがなんていうか、下品なんですけど……エロくて……勃起、しちゃいましてね(殺人鬼)

ともあれ、隆博もようやく正常に戻って今はドールの尋問中。俺と隆博はナウい息子のイキリが治らないので前屈みでそれを眺めている。

 

「やい雪華綺晶のぱっちもん!お前は一体なんなんですぅ!」

 

翠星石が詰め寄る。

 

「……パッチもんじゃ、ない」

 

ボソっと呟く紫のドール。

 

「クーデレっぽいよねあの子」

 

「縛られて尋問されるクーデレドールとかすごいすき」

 

下心丸出しの大学生がコソコソと性癖を話し合う。

 

「質問を変えよう。君の名前は?」

 

蒼星石が冷静に対処するが、紫のドールは黙ったまま。

 

「悪い子はおしおきだど〜」

 

そんなドールに、雪華綺晶は腹パンをお見舞いする。だから無理に語録使うなって言ってんじゃねぇかよ(棒読み)ていうかやることエグいな雪華綺晶。すんげぇ興奮する(リョナラー)

とうとう尋問に屈したのか、ようやく紫のドールは涙ながらに口を開いた。

 

「私は、ローゼンメイデン第七ドール……薔薇水晶」

 

「嘘つくんじゃねぇです」

 

「うぐっ……!」

 

翠星石が蔦の締め付けを強くする。おほ^〜。

 

「私が第七ドール、雪華綺晶ですわ。目の前でよくもまぁ嘘がつけますわね」

 

ニヤッと悪い笑みを浮かべる雪華綺晶を睨む薔薇水晶。これどっからどうみてもこっちが悪者なんですがそれは……

 

「非じょ〜に反抗的な態度、素晴らしい」

 

と、雪華綺晶がなぜか賞賛を送る。あのさぁ……

 

「あなたには死んでもらいます」

 

まるでヒゲクマの調教師のような事を言いながら、雪華綺晶は真っ白な水晶の剣を取り出す。お、滅多に使われないレア武器だ。

それを紫のドールの残っているもう片方の目に近付ける。ガタガタと震えだすドール。ビッグボスかな?

 

「ひ、ひぃいい」

 

情けない声を上げる紫のドール。ボロボロと涙が溢れている。また勃ってきちゃったよ、ヤバイヤバイ……

 

「次はマスターですから、お覚悟を」

 

「ひえーwwww(KNKR)」

 

そんなに怒らなくてもいいじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

地面にへたり込んで泣きじゃくる紫のドール。一応腕だけは拘束してあるが、あの様子じゃもう攻撃して来ないだろう。むしろしてきたらビビるわ、メンタル強スギィ!

 

「ローゼンの弟子ねぇ」

 

疲れたように俺は呟く。鬼気迫る尋問の結果、どうやら彼女はローゼンの弟子が作ったドールであり、姿が雪華綺晶と似ているのは彼女をモチーフにしたからだそう。なるほど、どうりで似ているわけだ。

ちなみに、今回の騒動を引き起こした理由としては、自分がローゼンメイデンよりも強いという事を示したくてやったんだとか。彼女のマスターである弟子も、俺たちには干渉するなと言っていたらしい。

 

「うええええおとうさまぁああ」

 

「おいこの子どうすんだよ」

 

泣きじゃくる薔薇水晶を指差して聞いてくる隆博。

 

「なんで俺に聞くんだよ」

 

「お前専門だろ。郁葉、なんとかしろ(丸投げ)」

 

この野郎、散々人の事殺そうとしておきながらあーでもねぇこうでもねぇ言いやがって。俺はため息をつきつつ、彼女の前まで行ってしゃがむ。

 

「ひっ!」

 

咄嗟に彼女は目を閉じて身体を強張らせるが、俺は優しく頭を撫でてあげた。そんな俺の行動に、薔薇水晶は涙を流しながらも不思議そうに俺を見つめる。やめろ、可愛いだろそういうのは。後ろで異音を出してる雪華綺晶に殺される。

 

「薔薇水晶、酷いことして悪かったな。可愛い顔してるんだから泣くな」

 

「かわ、いい?」

 

「そうだぞ。せっかくお父様に造ってもらったんだ、美人が台無しだぞ」

 

「……美人、私」

 

「そうだ。ほら笑顔笑顔」

 

むにむにっと両手で薔薇水晶の小さいほっぺを解す。すると、少しだけ彼女の顔が柔らかくなる。

酷いことをされたなら、上げるに限る。警察の取り調べでも、厳しい刑事が取り調べしてから優しい刑事がやるとすぐに犯人は口を割るもんだ。

 

「ええ……口説き始めたんですがそれは」

 

「マスター……お仕置き確定ね(ビームおばさん)」

 

後ろからとんでもない言葉が聞こえるが、今は無視。俺震えてるけど。

 

「ありがとう……」

 

薔薇水晶がにっこりと笑顔を向ける。ちょろい(人間の屑)

 

「蒼星石、泣くと美人が台無しだぞ」

 

「え、なんで今それ僕に言うの?」

 

「いや郁葉が今薔薇水晶のことこれで落としてたから」

 

「マスターって結構バカだよね」

 

「アーナキソ」

 

それは全面的に同意する。お前はバカだ。

 

 

 

 

 

 

結局、あの後吐かせるだけ吐かせた後に薔薇水晶は解放した。どうやらこの前行った人形屋が彼女のお父様らしい。隆博と話し、今度襲撃するということに決定した。今は自宅に戻り、眠れない午前二時をどうしようかと悩んでいる。

ベッドに寝っ転がっても頭が冴えて眠れない。足のダメージが現実世界でも反映されなくてよかった。

 

「あー眠れねぇ」

 

スマホをポチりながら呟く。

 

「マスター?」

 

ふと、雪華綺晶が俺の腹の上に乗っかかってきた。

 

「お、どうしました(稲荷男)」

 

「マスター、忘れてません?」

 

「なんのこったよ(すっとぼけ)」

 

ニタリと、彼女の笑顔が凶悪なものになる。ペロリと舌舐めずりするきらきーの顔と言ったらエロいエロい。あぁ、勃っちゃった……(ひで)

 

「ふふふ……お仕置き、しましょ♡」

 

「いかん、いかん危ない危ない危ない……(レ)」

 

ぐい、と雪華綺晶がナウい息子を掴み上げる。俺は声にならない叫びをあげた。当然ながら、雪華綺晶はやめてくれない。

 

「ふふ、そんな反応されると、いたずら心に火がつきますわ(サイコパス)」

 

「あぁ〜許し亭ゆるして〜!」

 

「だぁめ♡」

 

真夜中。彼女の心に着いた火は消えることを知らない。結局俺は大学に行けなかった。あーもうめちゃくちゃだよ(出席)

 



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第四章 昏睡レ○プ!野獣と化した雪華綺晶
sequence38 新たなドールはおじゃ百合


とうとうオリジナルドールが登場


 

 

休日の昼間、とある人形屋さん。

店長である槐は、この日もいつもと変わらぬように人形やドレスを作り、たまに来るコアな客を相手して過ごしていた。

この店は、いわゆる閑古鳥が鳴いているようなものである。1日に一人客が来れば良い方で、場合によっては来ない週もあるらしい。それでも潰れないのは、彼が今までに貯蓄してきた莫大な財産(一部ローゼンから借用)があるからだろう。

だから別に、人が来ようが来まいが、彼には関係ない。愛娘と遊んで、悠々自適に過ごせればそれでいいのだ。

だからこそ、急に二人も客がやって来た事には驚いた。一人は見知った青年。もう一人は知らないが、メガネをかけた細い男だ。

 

「いらっしゃい、また来たんだね」

 

棚を掃除する手を止め、和かな笑顔を向ける槐。だが、客二人は何やら物々しい雰囲気を向け、店主へと迫って来る。

 

「テメェかぁ、ローゼンの弟子ってのは」

 

メガネの青年が威圧するように言った。明らかに怒っている彼の態度は十分すぎるほど槐を萎縮させたが、それよりもローゼンの弟子というワードが彼の頭を真っ白にさせた。

 

「え?な、なんですかあなたは?ローゼンって、え、なんですか」

 

「テメェこの野郎おい隆博、ひっ捕らえろ!」

 

白いパーカーの青年が叫ぶと、メガネ男子がタイラップのような簡易手錠を懐から取り出して迫って来た。あまりにも唐突な出来事に、槐は後退りして逃げようとするも、パーカーの青年がいつのまにかこちらに拳銃を向けていたために身体が固まった。

そしてメガネ畜生が槐の後ろに回り、壁に彼の身体を押し付けた。

 

「いて、いてて!なんでこんなことを!」

 

「このやろ〜テメェ〜」

 

激昂しながら槐の手を後ろに回し、手錠をかけるメガネ。話は通じていないようだ。

続け様に槐をテーブルへとうつ伏せに押し付けると、今度はパーカーの青年が槐の頭に拳銃を突きつけた。ひぃ、と小さな悲鳴をあげる槐を他所に、パーカーの青年は怒鳴った。

 

「おい薔薇水晶出せ!」

 

「え、なぜそれを」

 

「うるせこの野郎、出せコラ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、人形屋。

先程まで怒鳴り声が響いていた店内は、今では恐ろしいくらいの沈黙が流れていた。まるで取調室のように、俺と店長がテーブルを挟んで向かい合っている。その横では、タバコを吸って立っている隆博が店長を睨んでいる。まるでヤクザ映画のワンシーンみたいだ。薔薇水晶は店長の膝に乗って、こちらをマジマジと眺めている。

 

「どうもすみませんでした」

 

店長が頭を下げて、小さな声で謝る店長。

 

「すみませんって言われてもね、こっちは殺されかけてるんですよ。あんたがちゃんと教育しないで、おたくの娘さん放ったらかしにしてるからこうなるんですよ。分かります?」

 

まるで万引きした子供の代わりに謝る親のようだった。何度もすみませんと平謝りする店長。薔薇水晶も小さくごめんなさい、と頭を下げる。

 

「僕らもね、こんな事はしたくないんですよ。本当はね。でもね、やった事のケジメはつけてもらわんと。分かりますよね?」

 

「け、ケジメですか」

 

恐る恐る聞いてくる店長。俺は頷いて、懐から一枚の紙とペンを取り出した。そしてそれを机の上に上げ、店長に見せる。

そこに書かれていた内容は、今後二度と河原 郁葉含む同盟に対し敵対しないという事と、全面的な協力の取り付けであった。要は、こちらの味方に(便利屋)になれという事だ。どうやら店長は指でも詰められると思っていたらしく、内容を読んで少しホッとしていた。

 

「あんたにとっても悪かねぇだろ、さっさとサインしろや」

 

隆博が急かすと、店長は急いでペンを手にして紙に署名する。

 

「はい、出来ました」

 

紙にはたしかに、店長の名前が。よぅし、これで強力なバックアップができたな。俺はにっこり笑って、

 

「じゃあ、これからよろしくお願いしますね、店長」

 

と、片手を差し出した。店長はブンブン頷いて、その手を取って握る。さて、これで第一段階通過だ。

握手の後、俺は立ち上がって店長の横へと移動した。そして彼と肩を組んでそっと尋ねる。

 

「それで、店長。ちょっと聞きたい事、あるんですけどね」

 

「と、言いますと」

 

「まさか貴方ほどの人形師が、薔薇水晶だけしかお持ちでないはずがないでしょう。まだ、動く人形をお持ちですよね?」

 

そう言うと、店長の心拍数が一気に上がった。脈を計らなくても、肩越しにわかるくらいだ。挙句生唾を飲み始めたくらいだ、こいつまだ人形持ってるな。

 

「どうなんだこの野郎、さっさと吐いちまえ!ブチ殺すぞこの野郎!」

 

世界の北野並に隆博が怒鳴って机を叩く。ビクッと店長と薔薇水晶の身体が震えた。そしてようやく観念したのか、店長は頷いて、

 

「わかりましたよ、見せます」

 

 

 

 

 

 

店長に連れられて全員で裏の工房へとやって来る。表と違って工房は結構散らかっているが、一人の男の子としてこういう場所は結構好きだったりもする。別に何作るわけでもないけど、工房とかって欲しくなるよね。

壁には製作中の人形のパーツが干されていて、なんだかホラーだ。しかしそれ以上に目を引いたのは、一番奥の机に座っている一人の人形だった。

 

「彼女です」

 

店長がその人形を指さす。俺と隆博は感嘆のため息をついた。

純白のドレスに、革のコルセット。そして左肩の銀のプレート。まるで戦う事を意識した装飾だ。スカートは膝下まで伸び、そこから見える茶色のブーツが映える。ドレスの腕部分の装飾は左右非対称で、右はゆるふわフリルでかわいく仕上がっているが、左はシュッと締まっている。そして、手首の部分になにかを装着しているようだった。

 

「アサシンブレードやんけ!」

 

隆博が左手首を指差す。

 

「ちょっと……あのゲームにハマりまして。意識して付けました」

 

どうやら店長の趣向が武装にも現れているようだ。

さて、服装はとにかく、大事な顔はというと。透き通るような色白な肌、真紅を連想させる流れるような金髪。髪はサイドテールに結ってある。かわいい。

 

「名前は?」

 

興味が尽きない俺は店長に尋ねる。

 

「主途蘭です。主人に一途な、白く美しい花。けれども毒があると……」

 

「主途蘭……この子はまだ動かせないんですか?」

 

「いえ、もう動かせますが、その、もったいなくて」

 

「動かさない方がもったいないと思うんですがそれは」

 

見たーい、見たーい、主途蘭が動いてるとこ見たーい、と心底思う。どんな声なんだろう。どんな喋り方なんだろう。性格は。瞳の色は。あぁダメだ、最近人形を見る度に、こんな事を考えてしまう。

 

「まぁ、これも何かの縁ですし……」

 

そう言う店長は懐からゼンマイを取り出す。こういうところはローゼンメイデンと同じなんだなぁ、なんて思いながら、俺は携帯を取り出した。画面にはふくれっ面の雪華綺晶が。きっと、俺が新しいドールにワクワクしているから嫉妬してるんだ。

 

「あらマスター、何か御用で?」

 

「きらきー、念のために近くの鏡を通ってこっちに来てくれ」

 

「はいはい、分かりましたわ。古い型遅れのドールはちゃんと仕事しますわ」

 

「そう怒るなよ、後で可愛がってあげるからさ」

 

そう言うと、雪華綺晶はまだ拗ねた顔で、

 

「……約束ですからね!」

 

と、だけ言って画面から消える。そして、後ろにあった姿見から出現し、俺の足をぎゅっと抱きしめた。やっぱ雪華綺晶が一番かわいい。

 

「蒼星石も見てないでホラ」

 

「はいはい」

 

隆博もいつのまにか蒼星石を召喚し、いちゃつこうとしている。まるで子供のワガママに付き合うかのように隆博の背中にしがみついた。

と、そうこうしている間に店長がネジを巻いたらしい。彼は少し離れて、新たに命を吹き込まれたドールを見守る。

ギギギ、という擬音がよく似合う。少しずつ、まるで雪華綺晶を最初に起こした時のような動きだった。

ゆっくりと頭が上がり、瞼が開く。そこには赤い瞳が、まるで宝石のように嵌め込まれていた。

虚ろな瞳でこちらを見据える主途蘭。

 

「……ほう、まさか最初に見る光景が父上だけでないとはのぅ」

 

まさかののじゃろり口調で話し始める主途蘭。声は、うーん、ゴシックのあの幼女みたいだ。ちょっと低め。

彼女は机から降り、あくびしながら背伸びして身体をほぐす。ちらりと見えるお腹がセクシー、エロイっ!あぁだめ雪華綺晶、太ももつねらないで。

 

「眠っている間にも貴様らの喧騒が聴こえておったわ。まるでヤの付く暴れん坊供のようじゃったぞ」

 

どうやら先程の脅迫まがいのアレが聞かれていたらしい。俺と隆博は顔を見合わせた。

 

「す、主途蘭、僕だ、僕がお父様だよ、分かるね?」

 

店長は興奮しつつ、主途蘭に近寄って確かめる。だが、次の瞬間彼女は店長の脛を思い切り蹴飛ばした。結構な鈍い音がしてうずくまる店長。

 

「ああぁああ痛い痛い、痛いんだよぉ!!!!!!」

 

「蹴りが痛いのは分かっておるわ。娘の前でこんな醜態を晒しおって、何がお父様じゃ。恥ずかしいわ馬鹿者」

 

えぇ……目覚めた瞬間から絶賛反抗期なんですがそれは。俺たちは言葉もかけられないくらいドン引きする。おい隆博、こっちをチラチラ見るな。助けを求めるんじゃねぇ。

だが、この場において一人だけやりたい放題の主途蘭に刃向かうものがいた。薔薇水晶である。お父様が蹴られた挙句罵倒され、心底怒っている彼女は、紫色の水晶の剣を取り出して妹に切っ先を向ける。

 

「お父様への侮辱……許さない……!」

 

お楽しみのところ突然失礼、拙者クーデレ娘大好き侍。クーデレの娘が静かに自分のためにキレるのっていいよね。義によって助太刀いたす!

だが、対する主途蘭は動じずにそれを見据えているだけ。身体も脱力させている。

 

「姉上か。貴様も貴様じゃ、そんなに父上が大切ならばなぜ先程の動乱の際に守ってやらんのだ」

 

「私が……悪かったから。でも、これは違う。あなたは、一方的に、お父様を虐めた」

 

実の娘に虐められる父親。薔薇水晶、それ遠回しに店長のプライド傷つけてるぞ。こら雪華綺晶、揉めろ揉めろ〜なんて小声で言わないの。

 

「ま、待ってくれ!姉妹なんだから仲良く……」

 

「黙らんか。姉上は貴様のために剣を振るおうとしとるんじゃぞ。それを止める気か」

 

ゲシ、と今度は脇腹を蹴りつける主途蘭。うっわ痛そう。ブーツだし。

 

「殺す」

 

とうとうブチギレた薔薇水晶が剣を振りあげる。止めようとしてももう遅い、どうする主途蘭。

 

「はっ」

 

主途蘭が鼻で笑った瞬間だった。シャキン、と彼女の左手首の籠手からブレードが伸びる。うぉすげ、リアルアサシンブレードだ。

主途蘭は振り下ろされる剣を、ブレードで受け流すと、身体を薔薇水晶に密着させて彼女の襟首を掴んだ。そして一気に背負い投げ。ドスン、と薔薇水晶の身体が仰向けに倒れる。

 

「きゃん!」

 

子犬のような声を上げる薔薇水晶。主途蘭はそんな彼女にまたがって首元にブレードを突きつけた。

 

「殺しとは、こうやるんじゃ。覚えとけ」

 

にやりと笑う主途蘭。やべぇよやべぇよ、めっちゃ強いじゃんあの娘。

 

「私が言うのもなんですけど、結構Sっ気ありますね」

 

「きらきーは夜になるとMだけどね」

 

「やんっ、マスターったら」

 

ここぞとばかりに惚気る俺と雪華綺晶。空気を読めと蒼星石が視線で訴えるも無視する。

 

「ほーう、姉上、間近で見れば別嬪さんよのぅ。ふふ、少しばかり悪戯しとうなったわ」

 

「ひっ……」

 

意味深な事を呟く主途蘭。薔薇水晶は恐れた表情で小さく呟いた。一体何が始まるんです?

と、主途蘭はブレードは突きつけたまま、右手で薔薇水晶の胸を鷲掴みにした。え、なにそれは。

 

「あぁっ……!」

 

「ふふ、良い声で鳴くのぅ姉上」

 

主途蘭はそう言うと、薔薇水晶の頬を舐める。お前ホモかよぉ!(歓喜)

 

「え、蒼星石、こういうのってドールズの間だと普通なの?」

 

「なわけないでしょ」

 

あぁ^〜たまりませんわ。

 

「や、やめるんだ主途蘭!僕の薔薇水晶になんてことを!」

 

と、言いつつ店長も鼻血ダラダラで股間を押さえて這いつくばってる。NTR百合ってなんて闇が深いのだ。

 

「くふふ、どうじゃ姉上?実の妹に悪戯される気分は」

 

「く、狂いそう……!(静かなる怒り)」

 

こっちの台詞なんだよなぁ……お、どうしました雪華綺晶。なんで息荒くしてこちらを見上げてるんですか。あ、ちょっと、ここで握ったらダメですって!止まれ!止まれ、ウワァー!

 

 

 

 

「やべぇ、ついていけねぇ」

 

「奇遇だね、僕もさ」

 

地獄絵図と化す店内。唯一、隆博と蒼星石だけがそれを傍観していた。

 



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sequence 39 壊れかけの命と新しい命

主途蘭の読み方はすずらんです


 

 

ある日の午後、自宅にて。珍しく大学の講義が休講続きとなったため、俺は平日なのに家でゴロゴロするという社会人が聞いたら即座に殺されそうな怠惰な1日を送っていた。溜まっているアニメでも見ようかなぁ、なんて思いながら、ソファに寝転んでテレビとレコーダーを起動する。

 

「あら、随分とお暇のようですわね、マスター」

 

ふと、雪華綺晶がドールズ用に設置してある姿見から姿を現わす。今日は朝から翠星石や蒼星石とのお茶会があったらしい。

 

「休講〜きらきーも一緒にアニメ見よ〜」

 

脱力しきって手を振ると、雪華綺晶はいつもの口だけにこやかな笑顔を見せてこちらへとトコトコ歩いてくる。おいでおいで、と手招きする俺の懐に、雪華綺晶は飛び込んですぽっと収まった。そんな彼女の身体を両腕で包み込むと、ふわりと鼻をくすぐる髪の匂いを嗅ぐ。直に、頭に顔を押し付けて。

 

「乙女の髪に顔を押し付ける紳士がいまして?」

 

「僕です」

 

「もう、私以上に欲望に真っ直ぐですわね」

 

そうだよ(肯定)人形に愛情傾けちゃいかんのか?

 

「あー良い匂い、かじっていい?」

 

「それは流石に怒ります」

 

「はい」

 

仕方がないので頭を撫でなでするだけで我慢する。ていうか頭齧るってなんだよ、バタリアンかな?(激古)

そんなこんなでしばらくは二人でアニメを見る。なんだか最近アニメ以上にファンタジーな体験をしているせいか、あまりアニメに新鮮味を感じなくなってきた。まぁアニメのヒロインより可愛いきらきーが隣にいるからね、しょうがないね。

 

「なんかアニメもつまんねぇな。何して遊ぼうかきらきー」

 

そう尋ねると、雪華綺晶もこれと言って思いつかないのか首を傾げて唸る。そんな困り顔の彼女をもっと困らせる遊びをしたくなった俺は、そのまま雪華綺晶の耳を甘噛みした。びくん、と雪華綺晶の身体が震え、嬌声をあげた。

 

「はぁ……ぁ!」

 

ほほ^〜(大物ミーディアム) あまりのエロさに思わず股間が完全装填。もうさ、またイチャついて終わりでいいんじゃない?

雪華綺晶はこちらに向き直る。そして困った顔から頬を膨らませた怒り顔を見せて言った。

 

「もぅ、マスター?悪戯はめっ、ですよ?」

 

小さな人差し指が俺の唇に触れる。なんかさ、この子の仕草一つ一つがあざといよね。なんなの?いろはすなの?(作品違い)

あまりにも俺の心をくすぐるその仕草に耐え切れず、パクッと人差し指を口に含んだ。あまりの唐突な奇行に驚く雪華綺晶だったが、なぜか次の瞬間には怪しい笑みを浮かべてちゅーちゅー指を吸う俺の口に、手をそのまま突っ込んだ。

 

「ヴォエ!!!!!!」

 

いきなり喉元まで手を入れてきたからむせるし苦しい。

 

「あら?お客様?いかがなされました?」

 

どうやら阿久市井戸レストランの真似事らしい。俺は答えようにも口を動かせず、涙目で嗚咽する。

 

「ぉおああああ゛」

 

きたない。

 

「いけませんねお客様。このような粗相をなさっては」

 

まだ何も出してないんですがそれは……でもこのままやられたらきらきーに向けてキラキラが降り注ぐ事になる。それだけは阻止しなくては。

俺はもう無理、どジェスチャーを送る。さすがにあのホモビほどどぎつくない雪華綺晶は、あっさりと手を……いや、腕を引き抜いた。

 

「いたずらのお返しですわ」

 

そう言って自らの手を舐めまわす雪華綺晶。俺と彼女の唾液が混ざるが、エロいとか思う前に苦しさが心を支配している。

 

「もう勘弁してくれ……」

 

「あら、これからですわ。ふふ、可愛いマスター。いっぱい遊んで あ げ る」

 

「もう十分堪能したよ……」

 

この後めちゃくちゃイチャイチャした(キングクリムゾン)

 

 

 

 

 

 

 

私はひとり。生きてもいないし死んでもいない。ただひとり、病室の窓の外を眺めて時が過ぎる。

愛されず、愛しもせず。私はひとり哀れで壊れた人形を演じる。それが生まれた時からの定めであるように。ただひっそりと、遠くない未来に訪れるその時を待つ。

旅立つことは怖くない。何もせず、ただ窓の外を眺めている今なんて、死んでいることと変わらないと思うし、それに、肉体を捨てて新しい世界に羽ばたけるということはとても素晴らしいと思うわ。

何にも縛られず、自由に、どこまでも飛んでいく。私が人生の中で一度もできないであろうことができるのだから。

 

「からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ」

 

ひとり、いつものように歌う。頭の中に巣食う記憶を思い出して感傷に浸るように。

歌を聴くものはいない。個人に割り当てられた病室に、私以外の誰かはいない。仮にいたとしても、気にも留めない。上辺だけの優しさで接する看護士。親。私の世界には住んでいない人たち。

だから、それ以外の世界から来た人なら。

しばらく、ひとり歌った後のことだった。

 

「音を外したのぅ。途中までは良かったが」

 

ふと、窓枠から声が投げかけられた。驚いてそちらを見れば、なんということか。白いドレスに金髪碧眼。絵に描いたような美しい少女がそこに腰掛けていたのだ。いや、少女と呼ぶには小さ過ぎる、人ではない大きさ。

 

「……天使?」

 

「こんな物騒なものを持った輩が天使に見えるのか、お主は」

 

シャキン、と左腕の袖から伸びる短刀。そして、右腰に差した剣。

 

「なら、お侍さん?」

 

笑みを浮かべてそう言うと、その少女は鼻で笑った。

 

「どこからどう見ても和服ではなかろうに」

 

「なら、騎士かしら」

 

「もうそれで良い」

呆れたように言う少女。親や看護士以外に話したのは久しぶりだったためか、自分でもびっくりするくらい口が動く。

 

「それで、騎士様はどうしてここに?」

 

そう尋ねると、騎士はクールな笑みを浮かべて言う。

 

「なぁに。死にかけの魂のくせに中々に魅力があるから来ただけのことよ」

 

死にかけの魂。言うまでもなく、私のことだろう。

 

「なら、あなたはやっぱり天使様ね」

 

「なに?」

 

「だって、そうでしょう?私の魂を貰ってくれるんだから」

 

「……死にたがりの魂なぞ欲するものか、たわけ」

 

少しばかり、麗しい騎士様の表情が曇った。でも、直球の罵倒というのはどうにも新鮮で。私はくすりと笑った。

 

「ふふ。残念」

 

「……おかしな奴め。だが、悪い気はせん」

 

ふん、と騎士様は笑うと、ふわりと窓枠から降りて、今度はベッドの鉄枠をひょいっと登ってシーツの上に腰掛けた。そして上半身をくるりと捻り、こちらに向き直る。

 

「そんなに命がいらんか、小娘」

 

「めぐ」

 

「なに?」

 

「私の名前」

 

「……めぐ。これでいいかの?」

 

「ええ。あなたの名前は?」

 

「主途蘭。頭がお花畑な父親が産んだ偽物の人形じゃ」

 

やや自嘲するように主途蘭は言った。なんだかシンパシーを感じるその様子に、わたしはそっと彼女の小さな指を握ってみせる。

 

「お父さん、嫌いなの?」

 

「好きなものか、あんなやつ。自分の娘があんなことになっておるのに助けず興奮するなんぞ……穢らわしい」

 

なんだかあまり聞いてはいけない様子だ。

 

「私も嫌い。私たち、同じだね」

 

「……わしゃ死にたがりではないがの」

 

「ふふ。確かに。それで、主途蘭?」

 

「さっそく名前を呼ぶあたり、お主はよほど神経が図太いと見える」

 

呆れるが、どうも嫌ではなさそうな主途蘭。

 

「さっき、聞いてきたよね。命がいらないのかって」

 

「聞いたのぅ」

 

「あなたは、私に何かして欲しいんじゃないのかな」

 

そう言うと、主途蘭の顔が賞賛と驚きの様子を見せた。

 

「……そうじゃな。死にかけの魂なんぞ元来興味はないんじゃが。お主は中々に見所があるからのぅ」

 

「あら、それはどうも」

 

主途蘭はベッドの上で立ち上がる。私の手を振りほどくと、短剣を忍ばせた左腕を突き出してきた。てっきりそのまま剣で刺されるかと思ったが、彼女の薬指に嵌められた指輪を見せてくるから、違うようだ。

 

「その命、わしに仕えてみる気は無いか」

 

そう言う主途蘭の瞳は真剣そのもの。私は頷く。

 

「わしはやらねばならんことがある。そのためには力がいる。お主の命を、わしの糧にして欲しい」

 

「あら、私の命があなたの中で巡るのね。素敵だわ」

 

「……肝が座ってるのぅ、めぐ。ならば、この指輪に誓うが良い。お主の命を、わしにくれ」

 

言わずもがな。誰に言われるわけでもなく、自然と私の口づけが指輪になされる。瞬間、眩い光が室内を包む。同時に、左手の薬指に熱が篭った。不快さはない。自分の命が幾分か削れるような感覚になるが、それがたまらなく心地良かった。

命が、燃える。主途蘭に、本物の命が流れ込む。

 

「く、ぉおおおおお……」

 

偽物ではない本物の命の奔流。主途蘭は感動すら覚える。

光が消え、気がつけば私の薬指に彼女と同じ指輪が。

 

「それは契約の証。わしとお主の、本物の証じゃ」

 

「けい、やく」

 

指輪を掲げる。白く、美しい装飾の指輪。明確なことは言えないが、どこか私の存在が、この世のものではなくなった気がした。

 

「死の淵に在るもの感覚が鋭いと聞く。めぐ、お主は理解しているだろうが、わしらのような人形と契約するということは、この世の理から外れるということじゃ。それをしっかりと覚えておけ」

 

「わかったわ、主途蘭」

 

さて、と。主途蘭が窓の外を見る。釣られて同じように見てみると、病院の外の道路に一人の少年がいた。服装を見るに、中学生だろう。何やら携帯に向かってひとり呟いているようだ。

主途蘭はジャンプして窓枠に立つと、振り返って言う。

 

「何かあったらまた来る」

 

「どこへ行くの?」

 

「狩りじゃ」

 

にやりと魅力的で凶悪な笑みを浮かべると、主途蘭は飛び降りる。足を折っていないかちょっと心配で窓の下を見れば、主途蘭は綺麗に両足で着地してみせた。

メグは笑い、手を振る。

 

「気をつけてね、主途蘭」

 

その言葉を聞いた主途蘭は振り返らず、手を挙げて返答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前留守番してろって言ったろ」

 

下校中、礼がスマホに向けて呟く。画面には仏頂面の水銀燈が。なんだかこれだけ見ればなんちゃらエグゼみたいだ。

水銀燈は悪びれるそぶりを見せず、つーんとした態度で無視する。教室で携帯が鳴ったから見てみれば、留守番させていた彼女が中にいるんだから、真面目な礼はキレるだろう。

 

「お前お仕置きな」

 

呆れたように礼が言うと、一瞬水銀燈の顔が綻んだ。どうやらそれを待っていたようだ。困ったもんだ、と礼は思いつつも、こうなった責任は自分にあるのだからしょうがない。まんざらでも無いし。

 

軽い口論を交えつつ、家に向かって歩く。ちょうど有栖川病院の前を通った時だった。ピタリと、礼が動きを止めた。

 

「どうしたのよいきなり」

 

急にフリーズしたマスターを見て、水銀燈が尋ねる。

 

「何かいる。狙われてる」

 

礼の目から光が消えていく。ヤル気の時の礼の目だった。それを見て、水銀燈も臨戦態勢。近くの道路ミラーを経由して礼のそばに寄る。

 

「……いるわねぇ、命知らずのお馬鹿さんが」

 

殺気を感じ、水銀燈も剣を取り出す。住宅地周辺なのにも関わらず、異常なほど静まり返っていた。これは何かの力が作用しているに違いない。とすれば、新しいローゼンメイデンが狙っているのだろうか。既知のドールズで敵対しているのはいないから、狙って来るとしたら第2ドールの金糸雀か。

 

「……どこだ」

 

水銀燈と背中合わせになりながら呟く。

 

「ここじゃ」

 

上から声。見上げれば、電柱から白いドールが、こちらめがけて跳躍していた。

咄嗟に水銀燈を抱えて前へと転がる。次の瞬間には、白いドールが先ほどまでいた地面に、剣を突き刺していた。

 

「お前が金糸雀か」

 

立ち上がり、礼が尋ねる。

 

「誰じゃそれ」

 

どうやら違うらしい。

 

「金糸雀はあんな物騒な武器ないわよ。服も顔も全然違うし。ていうかそろそろ離してくれないかしら」

 

腕に抱きしめる水銀燈が抗議する。彼女を離すと、謎のドールは剣をクルッと回して言った。

 

「いい目をしておる。殺し屋の目じゃ。退屈はしないだろう」

呑気にそんなことを言うドールに、礼は鼻で笑った。

 

「そんなことを言えるのも今のうちだ。誰だか知らないが、ここで死ね」

 

そう言って礼は水銀燈から剣を受け取る。それを見た白いドールは剣の切っ先をこちらに向けて言った。

 

「わしらの糧になれ、小僧」

 

 



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sequence 40 暗殺者の信条

 

 

主途蘭は、生まれてまだ日が浅い。いくら喋り方は狐系ロリババァと言えども、それは事前に彼女のしょうもない父親からプログラムされているだけのものであり、戦闘技術も同様だ。

父親曰く、彼女の戦闘技術は某アサシンゲームの主人公達らしいが、それが通用するのはあくまでそのゲームの中だけである。その点で言えば、長年姉妹と三次元的な戦いを繰り広げて生き残ってきた水銀燈は、今は単なる変態ドールかもしれないが、確実に上回るところがあった。

 

「あらぁ、登場の仕方は良いのに意外と弱いのねぇ」

 

主途蘭は、剣技において水銀燈に圧倒されていた。いかに最強のアサシンと同じ剣の振り方を持ってしても、パターンが読みやすいのだ。だから、数発斬撃を防がれた後は打撃か翼によるカウンターをもらってしまう。そもそも、あのゲームの最大の攻撃はカウンターだ。相手のわかりやすい攻撃に合わせてカウンターする事により、バッサバッサと斬りふせる……詰まる所、主途蘭は持ち味を潰されていた。

 

「ほらほらぁ!ジャンクにしてあげる!(十八番)」

 

カウンターされて怯む主途蘭に、飛び上がった水銀燈が翼で攻撃する。襲いかかる漆黒の羽に、主途蘭は両手をクロスしてガード。

 

「セイッ!」

 

翼攻撃が止んだと思いきや、横から礼が剣を振るってきた。主途蘭はそれをなんとか剣で受け止めるが、どこで習ったのかそれを華麗に受け流され、がら空きになった主途蘭の横っ腹に礼の回し蹴りが突き刺さった。いや、お前サッカー部だからって回し蹴りはしないだろ。

 

「ぐおぅぁっ!?」

 

吹っ飛ぶ主途蘭。側から見てみれば単なるイジメ。ボロボロになっていく金髪のじゃろり幼女とか興奮する……しない?

剣を構える礼と、その傍に降りてくる水銀燈。

 

「おい、こいつ弱いぞ」

 

「弱すぎて逆に罠を疑うわ」

 

散々な言われようだが、二人は本当に罠を警戒している。主途蘭が囮で、他に潜んでいるドールやマスターがいるんじゃないだろうか、と。

だが、心底真面目に正面から挑んできた主途蘭は、その発言は単なる挑発にしか聞こえない。

 

「くっ……流石はローゼンメイデンじゃのぅ……本当に強いわ」

 

正直、契約していた事で浮かれていたのかもしれない。相手は人間の中学生にいいように扱われている変態ドールという情報があったから、油断していた。

 

「しっかしまぁ、よくもまぁ堂々と挑めたものねぇ。頭の中までジャンクなんじゃないの?」

 

「それはお前も同じだ」

 

「ねぇ、それ酷くない?」

 

いつも通りの会話をする二人。とても戦闘中とは思えない。

主途蘭は立ち上がり、蹴られた部位の損傷を確認する。どうやら防具が大分防いでくれたようだ。こればかりは、作り手の父親に感謝しなければならないだろう。

彼女は剣を持ち直し、構える。

 

「まだやるのぉ?ま、たまには人形をバラすのもストレス発散でいいけどぉ?」

 

邪悪に微笑む水銀燈。礼は相変わらず警戒しつつも構えていて隙がない。ああ、これは襲う相手を間違えたな、と今更ながらに思うが、それでも主途蘭は諦めなかった。

ここで負けたら、自分はただの動く人形なのだ。世界に名を轟かせたローゼンメイデンを倒すことによって、ようやく自分達のアイデンティティができるのだ。

ローゼンメイデンにも劣らない、人形。

 

「ッ!」

 

主途蘭が二人に向けて走り出す。また来たのか、と水銀燈はうんざりもしていたが、礼だけは主途蘭の異変を感じ取っていた。動きが、少し変わったのだ。無駄が減った。

主途蘭が横に回転しながら剣を振るう。一対多数を意識していることは簡単に分かった。

礼はそれを剣で防ぎ、水銀燈も同じようにする。また水銀燈はカウンターでもいれようかとするも、ちょっとだけ速くなった主途蘭の二撃目のせいで防御に移った。対照的に、礼は後ろへ飛び退く。

 

「うざったいわね!」

 

連撃を防ぎつつ、水銀燈は叫ぶ。なんだか勢いが先ほどと違う。

主途蘭が兜割のように縦に剣を振り下ろす。水銀燈はそれを剣で受け止める……

 

「左手だッ!」

 

礼が叫んだ。なにかと思えば、主途蘭の左手の暗器が伸びている。次の瞬間、水銀燈の右脇腹へ暗器が迫っていた。

 

「ちょっ!」

 

驚く水銀燈だが、そこは長女。膝蹴りするように主途蘭の左腕をブロックした。そして、次の攻撃に移られないように膝下を伸ばして彼女の脇を蹴り上げる。

黒いスカートがめくれ上がってパンツが見えた事は内緒。それに少し興奮している礼だけど、指摘したらやられるから内緒。

しかし主途蘭は横へと転がり、蹴りをギリギリで避ける。それどころか、いつの間にやっていたのかしらないが、水銀燈のふくらはぎを浅く切り裂いていた。

 

「いったぁああ!?」

 

本気で痛いようで、足を押さえて痛がる水銀燈。主途蘭は追撃せず、距離を取った。

 

「油断するからだ」

 

言いつつも水銀燈の足を確認する礼。どうやら重傷ではないらしい。

 

「あいつ慣れて来たな」

 

冷静に、礼は分析した。いや、それよりもお前の戦いっぷりにびっくりだよ俺は。

 

「……指輪が熱い」

 

主途蘭は、熱を帯びた自身の指輪を見る。光っていた。これは、つまりめぐから力が送られているという事だった。今までこんな事はなかった。だが、指輪が熱くなった途端に、水銀燈に一撃を食わらせることができたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅう」

 

病室のめぐ。彼女は指輪が熱くなるや否や、胸の苦しみに悶えていた。傍らには、ゲームのコントローラー。プレイしていたゲームは、あの暗殺者のゲーム。

今はゲームどころではないが、めぐのこの胸の苦しみは、おおよその原因はついている。

主途蘭が、命を使ってくれている。それが、苦しくも嬉しい。だから、苦しむ彼女の顔には笑みが浮かぶ。

きっと、主途蘭が戦っているのだろうと、直感的に分かった。そして苦戦してるのであることも。だから、使って欲しい。自分の命の薪を燃やして、あの純白のドレスに恥じない戦いをして欲しい。自分ができるのはそれだけだと、めぐは思う。

 

ーー主途蘭。私はジャンクだけど、きっと助けになるわ。だから、使って。会ってまだ数分だけど、あなたとは長い付き合いでいたいの。命の灯火が消える、その時まで。真実は無く、許されぬことなどない(?)ーー

 

棚に密かに並んでいるパッケージを見る。そこには、あの暗殺者ゲームの全タイトルが並べられていた。

 

 

 

 

 

「……めぐ」

 

彼女の命を吸っているのが分かる。自分という炎が、彼女という薪を糧にして燃えている。

見える、戦い方が。分かる、殺し方が。今まで知識でしかないものが、どういうわけか生々しく感じられる。おかしい。なぜ海賊の船長のやり方まで分かっているのだろうか。日本から出たことがないのに、イタリアやコンスタンティノープル、それにエジプトに生きた記憶が断片的にある。しかし、どうでもいい。今は、目の前の敵を暗殺するのだ。

 

「なんだ……?」

 

しばらく硬直する主途蘭。水銀燈は足がやられたので後ろで控えさせている。何か主途蘭の様子がおかしいのだ。胸に手を置いたかと思えば目を閉じて動かないのだ。一体何を企んでいるのだろうか、あの人形は。

 

「あれ、なにあれ」

 

水銀燈が何かに気がつく。礼もその洞察力ですぐに気がついた。

主途蘭の、左手の籠手に装着された暗器の形が変わっている。少し、厚みを増しているのだ。それに、いつのまにか右腰にもう一つ剣が備わっている。

 

「ちょっと、あのドールの右手……もう一つ籠手があるわよ」

 

水銀燈が指をさす。見てみれば、先程まで何もなかった主途蘭の右手に、新たな籠手と暗器が備わっている。

 

「進化している……?」

 

礼の推測は正しい。槐は興奮のあまり言うのを忘れていたが、主途蘭の特性の中に、ミーディアムとの強固な連携というものがあるのだ。要は、ミーディアムによって姿を変えていくのだ。

 

「闇に生き、光に奉仕する。そは我らなり」

 

「なんか言い出したわよあの子」

 

「中学生の時の兄貴と同じ匂いがする」

 

おいやめろぉ!(迫真)

 

「真実はなく、許されぬことなどない」

 

「あ、これ兄貴がやってたゲームのセリフだわ」

 

「あー、あの人すぐ影響されるわよね」

 

だから人がいないところでディスるのはやめろって言ってんじゃねぇかよ(棒読み)なんでこうバカにされるんですかね〜不思議〜ですね〜(大物ミーディアム)

主途蘭は左手で、もう一つの剣を抜いた。

 

「めぐ……わしはアサシンじゃ(?)」

 

何言ってんだこいつ……どうやら、少しばかり力が流れすぎてバグったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いなぁあいつ」

 

夕暮れ。いつもなら帰ってくる時間に、弟が帰ってこない。もう夕食はできていて、意識高い系弟であるあいつなら冷める前には帰ってくるのに連絡すらよこさない。俺と雪華綺晶は、弟とその愛すべき人形を待つ。

 

「……何かあったのかしら?」

 

ふと、俺の膝枕に頭を乗せて撫でている(意味深)雪華綺晶が憂いた。確かに、ローゼンメイデンのマスターであるという事は、その危険とも隣り合わせだったりする。琉希ちゃんとか水銀燈とか。

うーん、と俺は唸りながらも雪華綺晶の無防備なお腹を撫でる。お腹がはだける雪華綺晶の球体関節かわいい(無関係)

 

「ちょっと見てくるわ」

 

俺がそう言うと、雪華綺晶は飛び起きて俺の唇に人差し指を添えた。お、しゃぶっていいのかな?

 

「たまには私が行きますわ。将来の義理の弟ですもの、少しは面倒を見ませんと」

 

「雪華綺晶、やっぱアリス目指さない?俺雪華綺晶と結婚したいわ、合法的に」

 

「うふ、今後も気が変わらないのであれば、ね?」

 

ウィンクする雪華綺晶。ワイ、もう人形でもいいかもしれんなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

進化した主途蘭は、まさに脅威だった。両手で振るう剣は、的確に急所を素早く攻めてくる。防ぐので精一杯だ。二対一だというのに、反撃すら許されない状況に礼は焦りを感じていた。

 

「ほっはっ、よっ」

 

水銀燈はもうキャラを崩して本気で防いでいる。対して主途蘭は無言で、最適な振り方で剣を振るう。時折打撃を交えながら。

 

「このっ!」

 

剣を防ぎながら蹴りを入れる。だが主途蘭はそれを予期していたかのように回転ステップで避けてみせた。お礼と言わんばかりに、回転しながら剣を振るってくるからタチが悪い。僕はネコです。

 

「ぐっ!?」

 

主途蘭は人形である。そのため、その攻撃は礼にとってかなり低い位置から来るもので、対処がしづらい。加えて、この回転斬りは主途蘭がかなり姿勢を低くして行った攻撃だ。あまりの低さに礼は剣での防御ができなかった。

足を斬られる。浅いが、動きが鈍って引きずる程度には痛い。

 

「礼ッ!」

 

水銀燈の呼び声。

 

「よそ見は危険じゃぞ」

 

気を取られた水銀燈に、主途蘭は前蹴りを食らわせる。後ろへ弾き飛ばされる水銀燈。礼は膝をつきながらも剣を振るうが、鈍った剣は容易に弾かれてしまう。

 

「もらった」

 

主途蘭が呟くと、剣を持つ右手を斬りつける。

 

「ぐぁっ!」

 

血が飛び出し、剣を落とす。続け様に、主途蘭は後ろ回し蹴りを礼の顔面に叩き込んでみせた。

めり込むブーツ。礼はなす術なく仰向けに倒れこむ。ガシャリと、携帯が懐から落ちた。

 

「一人目ッ!」

 

意気込んだ主途蘭が剣をしまい、左手を挙げて礼に飛びかかる。その光景を、礼は知っている。あれは、ゲームで暗殺する時にやる動作だ。

 

「クソッ!」

 

馬乗りになる主途蘭が右手を振り下ろそうとするも、礼は抵抗した。彼女の右手を掴んで押さえたのだ。シャキンと、彼女の腕から短剣が伸びる。その長さは、人を殺すには十分すぎるものだ。

 

「眠れ、安らかに」

 

「こんの……」

 

人形とは思えないほど力が強い。段々と、刃が迫ってくる。

 

「離れなさいよっ!」

 

援護しようと水銀燈が翼を展開する。

 

「黙っておれ」

 

主途蘭は振り向きもせず、ただ背後の水銀燈に左腕を向けた。何かがくる、そう思って翼を自分の前で交差させ防御する水銀燈。刹那、発砲音が響いた。翼に痛みが走る。なんと、左手の暗器には銃も内蔵されていたのだ。

 

「今度こそ死ぬのじゃ」

 

冷酷な死刑宣告。刃の先端が、礼の喉元を小突く。死ぬのか、と、礼は焦りに焦る。焦って、段々と主途蘭の刃が身体から離れていくのを感じた。

主途蘭の顔を見てみれば、彼女は今までにないほど顔を歪めていた。何が起きたのか。

 

 

 

 

「あらあら。誰かと思えば、可愛らしい暗殺者ではありませんか」

 

聞き慣れた声がする。ようやく余裕ができた礼は、主途蘭の右腕を観察した。どういうわけか、棘のついた蔦が絡み付いている。

にゅっと、主途蘭の背後から両手が伸びる。その両手は彼女の顔を優しく包み込んで、きめ細かな頬と透き通るような髪を撫でた。

 

「でも、だぁめ。だって、礼くんは私の将来の弟だもの。あなたにあげないわ」

 

雪華綺晶。あの、普段は兄といちゃらぶしているちょっと病んだドールの顔が、主途蘭の背後から湧いて出てきた。主途蘭の顔が強張る。彼女の全身には、いつのまにか蔦が絡み付いていて完全に動きを封じていたのだ。

 

「ぐっ……!貴様っ……!」

 

「あらだめね、そんな口の利き方では。曲がりなりにも乙女なんですもの。もっとそれらしい言葉遣いで接しませんと。ね?黒薔薇のお姉様」

 

「え?あ、そうね、そうわよ(便乗)」

 

末妹の行動が恐ろしいらしい。どうにも水銀燈は雪華綺晶に苦手意識があるようだ。

主途蘭は振り解こうとなんとかもがくも、雪華綺晶が頬にキスをした瞬間に身体の動きを止めた。

 

「がっ……!あが……!」

 

耳で聞き取れるくらい、蔦が彼女を締め付けている。手は力が入らずに開いてしまっているし、目は見開いて開いた口からは唾液が溢れる。どうやら呼吸ができないようだ。

 

「素晴らしい剣技ですわ。身体使いもしなやかで、主途蘭の名前に恥じない……でもね、けれどもね、主途蘭。貴女、真正面から戦い過ぎよ。だから私の存在に気が付かないの。私の愛すべきマスターなら、絶対にこうしろっておっしゃられるわ」

 

ぶらんと、白目をむいた主途蘭が崩れ落ちる。彼女の背後には、同じく白いドレスを纏った雪華綺晶が、主途蘭を見下ろしていた。あぁ、やっぱりこのドールは強い。

 




きらきーが最強で最かわなのです。


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sequence41 厨二病とうにゅ〜

仕事がクソ忙しかったので初投稿です


「クソが」

 

礼は包帯で巻かれた自分の足を見て、思わず汚い言葉を吐き捨てた。あぁ、と俺は何とも言えない同情の声をかける。

礼が襲われた次の日、病院。傷は浅かったとは言え、礼は一時的に入院することとなった。サッカーをしている者としては、やはり足の怪我は相当精神的に来るらしく、襲われた事よりも足をずっと気にしている。

 

「でも、ほとんど後遺症も跡も残らないんでしょ?良かったじゃない」

 

礼のとなりに座り、りんごの皮を剣で剥く水銀燈が言う。

 

「当たり前だ。もし使い物にならなくなってたら、兄貴を殺してた」

 

「ヒエッ……」

 

礼の殺意MAXの眼光が俺に突き刺さる。まぁ、主途蘭の事を秘匿してたから恨まれるのは当たり前だろう。そもそも、まさか主途蘭が槐の下から脱走して野良ドールになるなんて想像できなかったのだ。なんて浅はかなのだろう。

俺はバツが悪そうにしながらも謝る。

 

「悪かったよ、ごめんって」

 

「私からも、ごめんなさい礼くん。私が黒薔薇のお姉様に御教えしていれば……」

 

雪華綺晶も、シュンとした表情で謝る。ていうかもうすっかり礼くん呼びが板についてるのねこの子。俺も君付けとかで呼ばれてみたい。

謝罪を受けて、礼はため息を吐いて水銀燈が手にするリンゴを口に含む。彼女の手ごと口に含むもんだから水銀燈が驚いているが、噛み付かれた自分の手を舐め出した。碌でもねぇなうちのドール(特大ブーメラン)

 

「まぁいい。起きてしまったことは仕方ないって割り切るしかないだろうさ。幸い水銀燈の切られた箇所ももう治ってるし、あとは俺だけなんだからな」

 

「お、そうだな」

 

少しばかり他人事のように言うと雪華綺晶の無言の圧力が痛かったのでそっぽ向く。まぁ何はともあれ、ここに長居しても延々と愚痴を吐かれ続けるのでそろそろ帰るとするか。なんでこんなことになるのかなぁもう。

 

病院を出て、やや奇怪な目を向けられながら帰路を二人で歩く。もう雪華綺晶と街中を歩くのは慣れっこなので特に何も感じない。側から見れば、仲のいい年の離れた義理の兄妹くらいに思うだろ(適当)雪華綺晶の髪めっちゃ金髪だけど。

 

「主途蘭、どうしましょう」

 

不意に雪華綺晶がそんな事を言った。頭にあののじゃろりアサシンドールを思い浮かべる。

礼たちを襲い雪華綺晶が倒したあのドールは、現在槐の所で調整中である。意思を持ったドールというのは、いかにローゼンの弟子であろうと難しいらしく、長期入院(メンテナンス)が必要だと言うが……あんまり信用はできない。一応数発喝を入れてやったが。

 

「今はとりあえず、動向を見よう。やれる事は無いさ」

 

「えぇ……そうですね」

 

ちょっと元気が無い雪華綺晶。どうやら礼の負傷が精神的負担になっているらしい。彼女にはもう言ったが、礼に知らせなかったのは俺の責任だし、何も気負いする事はない。それでもやっぱり雪華綺晶は心優しい乙女で(時折サイコ)、家族が傷付けばそれを見て見ぬ振りなんてできないのだろう。

俺は彼女をひょいっとお姫様抱っこしてみせる。ひゃっ、という驚く声が可愛い。

 

「マスター?」

 

「面倒な事は俺に預けろ。それでいいのさ。礼の事だって、もう終わった事だ」

 

頬を彼女の小さな顔に優しく擦り付ける。雪華綺晶はそれを暫し堪能すると、ぷくっと頬を膨らませて言った。

 

「髭、痛いです」

 

「すいません(小声)」

 

 

 

 

 

 

入院生活というのは本当に暇だ。病気ではないから医者の診察なんてほとんど無いし、やる事と言えば水銀燈を弄るかスマホで動画を見るくらいだ。そのスマホも、動画の見過ぎで通信制限を食らってまともに読み込まないから困る。眠ろうにも昼間に散々寝たから眠くもない。だから、こうして日付が変わろうとしている時間にも礼はただベッドの上に横たわって目を開いている。

傍らにはアンティークな鞄。水銀燈は早々に寝てしまっていた。何ともまぁローゼンメイデンというのは規則正しい生活を送っている。

 

「……ちっ」

 

軽く舌打ちをすると、礼は起き上がる。足は痛むが、歩けないほどではない。

夜風にでも当たれば眠くなるだろうか、なんて考えて、部屋を出る。暗くなった病院の廊下はそれなりにホラーを感じるが、礼としてはどうでもいい。動く人形以上にホラーなものなど早々無いだろうから。

非常階段に向けて歩く。コツコツと、スリッパを履く礼の足音がだけが響く。ナースの巡回はさっきあったばかりだからしばらくは来ないだろうと、そんな時。しばらく歩いていると、不意に歌が聞こえてきた。

歌声以外のメロディは聞こえてこないあたり、ラジオや携帯ではなく本当に誰かが歌っているんだろう。

暇を潰す事を目的に、礼はふらふらと歌が聞こえる方へと向かう。どうやら近くの個室から聞こえてくるようだった。柿崎めぐ。表札にはそう書いてある……

 

そっと、バレないように扉を開ける。チラチラと、空手部員の後輩のように中を覗けば、一人の少女が月明かりの下で、歌を口ずさんでいた。聞いたことがある。からたちの花だ。

か細い、それでいて中々に綺麗な歌声が礼の耳にすーっと入っていく。しばらく礼は取り憑かれたように聞いていた。

 

少女が歌いきった頃合い。ようやく礼も自分の意識に帰還する。他人の病室に入って歌を盗み聞きするなんて、変態の兄ですらやらないのだから、それをやってしまっていたという事実に礼は少しばかり恥じらいがあった。そして、バレないようにそっと退出しようとした時だった。

 

「誰?」

 

背中に、少女のか細い声が投げかけられる。どきりと礼の心臓は一際強く波打ったが、諦めて彼女を振り返り、諦観の目で病床に伏せる少女を見た。

 

「いや、歌が聞こえたもんで……すぐ出てくよ」

 

「……そう」

 

それだけの会話。特に責められもしない。しかしどうしてか、礼にはその会話が不自然に思えて仕方がなかった。普通なら、いつのまにか部屋に侵入している男に不信感の一つも抱くものだろう。

彼女にはそれがない。それどころか、何の感情も無い。虚ろなわけでも無い。ただ、彼女はここにはいない。

礼には、そんな風にこの少女が映った。

 

「……変な奴だな」

 

ふと、礼は意識もせずにそんなことを呟いていた。深夜の病室、静まり返ったこの中では、いかに小声であろうともその声を聞き逃すようなことはない。

少女、めぐは少しだけ目を細めると聞き返す。

 

「……何よ」

 

礼という人間は、最近安定していない。その原因は、第二次性徴期特有の心の不安定さもあるが、それに加えてローゼンメイデンという存在が現れたことも大きいだろう。水銀燈や他のドールと触れ合う中で、少しずつではあるが彼にも変化が訪れていた。そう、まるで戦闘のスイッチが入る時のような。

礼はそのスイッチが入ってしまったことに気がつかず、無機質な目でもって答える。

 

「あんたのその目、一見すると死人みたいだが……ハッ、なんだ。ただの構ってちゃんか」

 

目の前の少年から急に罵倒が飛ぶ。めぐの頭は瞬間湯沸かし器の如く、湧き立つ。それは、単に罵倒されたから、というだけではないようだった。

 

「なによ、なによ急に!いきなり現れて、見透かしたような事言ってんじゃないわよ!」

 

少女の外見からは想像もつかないほど、乱暴な言葉だった。礼は笑う。笑って、もっと火に油を注ぐように煽った。

 

「あんた、死にたいって思ってるだろ。自分は籠の中の鳥で、自由すら与えられずに生きるくらいなら死んでしまいたいって、そう思ってるだろ。でも違うね。それは表面上だけだ」

 

ケタケタと笑いながら礼は言う。めぐはその言葉に驚愕した。唖然として、口を開けたままその言葉を聞いている。

 

「本当は生きたい。生きて、自分を表現したい。もっと刺激が欲しい。欲求をそのままぶつけて本当の意味で自分勝手に生きたいんだ。色んな人間に見てもらって、ほら私はこんなに輝いてる、もっと見てよって、言いたいんだ。でも、それができないから死にたがってるふりをする」

 

めぐは言葉を失った。今初めて会った人間に、しかも見るからに年下の少年に、見透かされたのだ。

 

「周りに当たって憂さ晴らしして、それでも晴れないから今度は死にたいって言う。死ねば解放されるって、羽を広げられるって。でも自分から死のうとはしない。そのうち死ぬからその時を待ってるって?違うね。死ぬ気がないんだ。人間その気になれば誰でも殺せるし死ねる。お前はただ今の現実から逃げてるだけだ。残念だったな、お前は自分から鳥籠に閉じこもってる引きこもりだ。負け犬だよ」

 

邪悪な笑みがめぐに牙を向いた。それでもめぐは、言葉を反射的に返した。

 

「じゃあ、じゃあどうすればいいのよ!私はジャンクなの!生まれた時から普通じゃない!そんな、自分で作った鳥籠からも出られない私は、どうすればいいのよ!?」

 

悲痛な叫びだった。彼女は鳥籠を出ないのではない、出られないのだと、語っていた。礼はそれを鼻で笑い、

 

「諦観は死と変わらない!たとえジャンクでも、手足が使えなくても鳥籠を壊す!俺なら、俺たちならそうする!あのバカ兄貴もだ!」

 

脳裏に浮かぶのは、歪んだ愛情と絆で繋がっている黒くて純粋なドールと、どこまでも不器用だが本当は一番恐ろしい自分の兄。

特にあの兄は、自覚はないだろうが、雪華綺晶のためならば礼すらも殺すだろう。純粋な漆黒を持って、あの変態ロリコンホモ野郎は使命を果たす。

 

「無理よ、私には」

 

めぐは、目の前の少年が語ったことを否定した。乗り越えられない壁というものが、誰にでもあることくらい籠の中の鳥にも分かる。分かっているからこそ、礼は言う。

 

「自分だけで何かを成そうとすれば、それは困難ではない。ただの邪魔な段ボール製の障害にすぎん」

 

めぐはまたしても唖然とする。最初こそ、意図がわからずにいたが、数秒して彼が語るその意味が分かった。

一人で諦めるのではなく、誰かを頼れと。彼はこう言っているのだろうか。

 

「俺にはいるぞ!大事な奴が!命をかけてでもそいつのために使命を果たしたいと、思える奴が!」

 

まるで変態蛇土方の兄弟のように拳を上に突き上げ、礼は語る。そして、拳を上まで突き上げて、礼は止まった。止まったと言うより、固まった。めぐは、そんな輝かしい少年を、首を傾げながら不思議そうに眺める。

 

「……俺なに言ってるんだろう」

 

不意に、礼が正気に戻った。そして恥ずかしさで沸騰しかけながら、なんとか体裁だけは保ちつつ、めぐに言う。

 

「言いたい事言ったから帰るわ。じゃ」

 

そう言って、回れ右をしてぎこちない動きで戻る礼。急いで部屋から出ようとする礼を、めぐは引き止める。

 

「ねぇ、名前は?」

 

ピタリと礼は止まり、振り返らずに言う。

 

「礼です」

 

「ゲイ?」

 

「礼です(半ギレ)」

 

「あ、礼くん」

 

いつかやったやり取りを、めぐとする。一刻も早く部屋から立ち去りたい礼とは対照的に、めぐは目を輝かせて彼の名前を復唱する。

生きることに対して諦めていためぐが、どういうわけかこの少年に興味を抱いてしまった瞬間。

名前を告げると礼は部屋から去っていく。めぐは追いかけない。代わりに、自分を見透かした少年を思い出す。

 

「礼くん……礼くん……ふふ、ふふふ」

 

どくんどくんと、めぐの心が何かに湧いていく。それは、彼女が16年生きていた中で初めて抱いた感情だった。

 

 

 

 

 

 

朝、水銀燈は規則正しく眼が覚める。いつものように鞄を開けて大きなあくびを一つすると、自分の契約者におはようと一言告げた。だが、その契約者はただうん、というだけで何か元気が無い。

どうしたものかと思い見てみれば、布団に包まって、まるでダンゴムシみたいになっている。

 

「どうしたのよ?」

 

そう水銀燈が聞けば、

 

「死にたい」

 

とだけ言う。昨日めぐに言ったこととは真逆な礼。それだけ、スイッチが入った礼は、輝かしくも恥ずかしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雛苺は子供である。それは見た目が、とかそういう風に作られた、とかそう言うことではない。ただ純粋無垢で、心が晴れた空以上に澄み渡っているのだ。

それがどうしたと聞かれれば、いつも通りであるとしか言いようがない。だが、ローゼンメイデンとは悠久の時を生きる人形。それだけに、様々な人間や文化と出会い、眠り、目覚めた頃には新たな出会いが待っているものだ。

文化は進み、前には最新であったものは古くなり。街並みは一気に変わっている。空を見上げれば、前の時代ではありえなかった、飛行機があたりまえのように飛び交う。

人にしても同じこと。少女達は眼が覚める頃には心身共に成長し、人形遊びはやめている。

雛苺は、いつも取り残される。成長はしない。できない。ただ時代に取り残され、孤独を味わう。

今、彼女が身を寄せている桜田家でも、きっと同じなのだろうと、幼いながらに思う。いつか自分たちは、次の時代に備えて眠る。あるいはアリスゲームで誰かが勝ち残り、次のステップへと進んでいく。

雛苺には、アリスゲームへの欲というものがない。ただ、ローゼンの愛情は欲しいが、かといってそれはローゼンのものでなくてもいい。彼女は、誰かの愛情が欲しいのだ。

でも、それだけではいけないと言うのは、幼い彼女にも分かってしまっていた。

人間は、いつまでもそのままではいられない。なら、自分たちが一緒に居られる方法はないのではないか。

ある種の焦燥感が、くんくん探偵の録画をリビングで眺める雛苺を襲っていた。

 

「ああくんくん!そいつは汚い泥棒猫なの!早く気づいて!ジュン!ちょっと!紅茶が温いわよ!」

 

「あぁ!?僕勉強してんだよ!自分で淹れろ自分でぇ!」

 

横では仲のいい真紅とジュンが、いつものように夫婦漫才を繰り広げている。

ジュンも、変わりつつある。数週間前から、学校に通おうと、そして勉強の遅れを取り戻そうともがいているのだから。

 

「……ヒナ、お部屋に戻るの」

 

その中から一人外れた雛苺は、部屋を出て大きな階段を登り、ジュンの部屋へと閉じこもった。ベッドの上に腰掛け、定まらない目でもって考える。

自分は成長できないのだろうか。人間と同じ時間を生きることはできないのか。

ジュンが使っている枕を抱きしめる。そして、思い切り匂いを嗅いだ。

身体中が震え、雛苺の顔が紅潮する。ブルブルと震え、意思とは関係なく身悶えする。

 

「は、あぁ……ジュン……」

 

不器用で、会話が苦手ながらも本当は優しい少年の顔を思い出す。

なんで自分は人形なんだろう。なんで、自分は子供のままなんだろう。なんで、こんなにも好きなジュンのドールが自分でないのだろう。どうして、自分たち人形は、人間と恋して、最期の時までいられないのだろう。

その考えは、もはや子供ではなかったが、それでも雛苺は子供なのだ。だから、悔しい。やりきれない。自分は真紅のように、ドールとしての生き様はできない。

 

「nのフィールドから失礼するゾ〜」

 

唐突に、ジュンのパソコンの液晶が光り出し、うさぎ頭の紳士が登場した。その光景に、人見知りな雛苺は驚いて離れる。

 

「あ、ちょっと待ってくださいよ(気さくなうさぎ)君が雛苺だね?」

 

デカくて汚いうさぎが尋ねると、雛苺は恐れながらも頷いた。

 

「雛苺さん、大人になるって、怖いですよね〜。でもな、誰でもそうなってんねん」

 

「うゆ……言ってる意味がわからないの。それに、誰なの?」

 

語録を多用すればそうなるのはあたりまえだよなぁ?

 

「雛苺くん、こんにちは。僕は、雛苺くんのお父さんのお友達の、ラプラスの魔」

 

「う、うゆ……こんにちは、なの」

 

某キモオタ店長のように挨拶するラプラスの魔とかいうキモオタうさぎ。

 

「あそうだ(唐突)、先輩にさ、もらった大人になる魔法が、あんのよ」

 

「え!?」

 

今さっきまで大人になりたがっていた雛苺は、言葉に食いつく。

 

「これなんだけどさ。大人になりたいでしょ?あげるよ〜(寛大な神)」

 

そう言って三章メンバーにやたらこだわるラプラスの魔が懐から取り出したのは、一本の青い薔薇。しかし、なぜか光っている。雛苺はそれを手にしようとするが、躊躇する。

 

「やめんな!何のためにここまで(自分が)きたと思ってんのや!ベストを尽くせば結果は出せる(至言)」

 

「う、うゆ、でも、知らない人から物をもらっちゃダメって、コリンヌが……」

 

思い出すのは、かなり前の契約者であるコリンヌ。

 

「大丈夫だって安心しろよ〜!もうさ、パパパっと貰って、終わり!って感じで……」

 

怪しい。めちゃくちゃ怪しい。でも、大人になれるという誘惑は、想像以上に大きかった。雛苺は、そっと、薔薇を受け取る。

 

「なんだ雛苺、やればできんじゃねぇかよ〜。じゃけん大人になりましょうね〜」

 

雛苺の手の中で光る薔薇。それは、何かとてつもない力を秘めていることくらい彼女でも分かった。それも、かなり危険な類だろう。それでも雛苺は、大人になりたい。人形ではなく、生きて、あの少年と寄り添いたい。いちゃラブしたい。噂に聞いた雪華綺晶や、水銀燈のように。

 

「あのさ、俺、そろそろバイトなんだよね」

 

「ばいとぉ?」

 

首を傾げる雛苺。うん、と肯定し、ラプラスの魔はまた液晶へと窮屈そうに戻っていく。

 

「じゃあ俺、ギャラもらって帰るから(棒読み)」

 

頭だけ画面から出し、そう告げるとラプラスの魔は消える。残された雛苺。彼女は不安そうに薔薇を見つめる。

 

「大人に……なれる……」

 

誰も、誘惑には敵わない。薔薇の輝きがより一層増す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもう、真紅のやつ……」

 

人形に散々こき使われた少年、ジュンは悪態を吐きつつ自室に向かう。リビングでは勉強に適さないどころか、働かされる。

せめてもう少し静かな場所で勉強しようと、扉を開けた……その時だった。

ジュンは、自分のベッドに腰掛けている少女を見て固まった。

ピンクのフリルがついたドレスに身を包み、髪はくるりとウェーブがかかった綺麗な金髪。瞳の色は緑で、まるで宝石のよう。年齢は、正確には分からないが、おそらくジュンよりも上だろう。

何より、ドレスを着ているのにも関わらず、ハッキリと目立つ胸……

そんな美少女が、ジュンの枕を抱えてニコニコしている。

 

「あの……」

 

声をかける。すると少女はハッと驚いた様子でジュンを見た。そして、花のような笑顔を彼に向けた。

 

「ジュン!」

 

「え、あの、誰」

 

「ジュン〜!」

 

枕を投げ捨てて駆け寄ってくる少女。ジュンは慌てふためいたが、それもつかの間、少女に抱きしめられた。ふんわりと香る少女特有の甘い匂い。そして、押し付けられる胸。まるでモナリザを初めて見た時の殺人犯並みにいきり立つ(意味深)

 

「ちょ!?」

 

「えへへ〜ジュン〜!ヒナ、大人になったの〜!これで結婚できるの!」

 

「はぁ!?ちょ、ヒナって……」

 

狂いそう……!(静かなる嫉妬)

 

 

 

 

 

 

 

 

「ない、ない!どこにもない!」

 

夜、人形店。槐が慌てふためきながら工房で何かを探している。それを薔薇水晶は心配そうな表情で眺めていた。どうやら槐が何かを無くしたらしい。

 

「騒がしいのぅ」

 

檻に入れられ手錠を掛けられた主途蘭が、自らの父の慌てようを見て苛立つが、槐はそんなもの無視して探し回る。

工房内はまるで泥棒にでも荒らされたかのごとく、散らかっている。

 

「クソ、クソ!あれは僕と薔薇水晶がいちゃつくために作ったんだぞ!クソ、どこだ!どこだ!」

 

探すのは光る青い薔薇。こうして槐は、間接的に新たな動乱を巻き起こしてしまうのであった。

あのさ、その薔薇俺にも一本くれませんかね?

 




あ、そうだ(唐突)久しぶりに描いたゾ
男が下手なのは昔からだから勘弁してくれよか〜頼むよ〜

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sequence 42 愛と戦争

 

 

「どうなってんだよ兄弟」

 

礼の見舞いに来た隆博が、困惑しながら俺に尋ねる。俺もその問答に答えられずにいた。いや、そんなこと言われても、俺もお前と同じ状況なんだよね……

隆博と蒼星石、そして俺と雪華綺晶を困惑させていた理由……それは、目の前で繰り広げられている甘々な光景だった。

礼が、水銀燈はもちろん、知らない病人服の少女にベタつかれている。

人形はともかく、人間ともイチャついてるってどういうことだよ、ちゃんと説明してくれよ(憤怒)

 

「ちょっと!なに礼の変なとこ触ってるのよ!」

 

「なーに水銀燈、嫉妬?うふふ、かわいい」

 

「はぁー!?なにそれ!嫉妬とか、全っ然してないんですけどぉー!」

 

ベッドに横たわる礼に添い寝しながら、黒髪の少女と水銀燈が絡み付いている。水銀燈はプンスカしながら、少女は余裕そうな表情を見せながら……なんだこれは(困惑)

礼は今にもブチギレ寸前で、必死に何かを耐えている。そんな礼が、こちらをギロリと睨む。やだこわい……やめてください……

 

「兄貴、助けろ」

 

「アイアンマン!(肯定)」

 

 

 

 

 

 

少女と人形を落ち着かせ、礼から引き剥がして数分。ベッドに横たわる礼を他所に、少女と俺たちは椅子に座り、お互い向かい合ってさながら面接のように自己紹介していた。

 

「柿崎めぐです」

 

「あ、河原 郁葉です」

 

「妻の雪華綺晶です」

 

さらっと膝の上に座る雪華綺晶がとんでもない事言っているが、間違ってないので何も触れない。めぐちゃんも笑ってるし、タカキも頑張ってるし!

 

「友人の、坂口 隆博です。こっちは、彼女の蒼星石です」

 

「もう、マスターったら……」

 

相変わらずアホなこと言う隆博に、まんざらでもなさそうな蒼星石。こいつらって何だかんだ仲良いんだよな。いつの間に仲を深めた(意味深)んですかね……?

めぐちゃんはくすりと笑い、

 

「うふふ、仲がいいんですね。私も、礼くんの彼女としてもっと彼のこと知らなくちゃ」

 

雪華綺晶以上にさらっとヤバいこと言い出すめぐちゃん。え、なにそれ聞いてないんですけど。いつの間に付き合う流れになったの?JKっぽい少女と付き合うとか羨ましいんですけど(激怒)

ピギュッ、と、雪華綺晶が胸倉を掴んでくる。

 

「(浮気は)ダメですわ、マスター」

 

「勘弁してくれよ……」

 

うちのかみさんは他の女にうつつを抜かすのを許してくれません。助けて。

だが、俺たち以上に困惑している奴がいる。それは、水銀燈だった。

 

「はぁーっ!?あんた何よ彼女って!聞いてないんですけど!?聞いてないんですけどぉー!?」

 

同じように礼の胸倉を掴んで揺さぶる水銀燈。さながら捨てられた哀れな女のようだ。

礼はそんな水銀燈を無理やり抱きかかえつつ、なんとか彼女を鎮める。意外にも、水銀燈はチョロい。怒っていても、礼が抱きしめてやれば落ち着く。赤ちゃんかな?

 

「めぐ、変なこと言うのはやめろ。誰もお前を彼女なんて言ってないぞ」

 

あからさまに不機嫌そうに言う礼。あれ本気で怒ってるやつだ、兄ちゃん分かるぞ。だがめぐちゃんはそんな礼相手にもマイペースに、

 

「うふふ、照れちゃって。昨日はあんなに熱い言葉をくれたのに」

 

「へぇっ!?」

 

なんだよ熱い言葉って(哲学)最近の中学生怖いな〜とづまりしとこ。

礼はもう怒る気力もないようだ。きっと、先程絡みつかれてたのも、あいつなりに抵抗したんだろう。だが、めぐちゃんのマイペースの前には敵わなかった、と……まぁ美少女二人に絡みつかれたらそらそうよ。俺も絡みつかれたいけどな〜。

 

「あら、なら私が絡み付いてあげますわ」

 

「雪華綺晶さん!?まずいですよ!」

 

唐突に蔦を召喚し、俺の体に絡みつく雪華綺晶。吐息が頬に当たり、淫夢之一太刀がイキリ立つ。いやぁ、スイマセーン(レ)兄貴生き返れ生き返れ……

隆博が横で羨ましそうに見ているが、公衆の面前ではそう言った欲望は抑えているようだ。

 

「蒼星石、帰ったらいい?」

 

「ちょっと……マスターのえっち」

 

「ヌッ!(萌え死に)」

 

もう蒼星石最高かわいい(ババババ)

 

 

 

 

 

 

 

 

真紅は、これまでにない危機に直面していた。目の前には、大人となった雛苺が自らのマスターである桜田ジュンを抱きしめて離さない。

くんんくん探偵の放送が終わり、ジュンの部屋へと来てみれば、慌てふためくジュンを見知らぬ女が抱きしめていた。愕然とした真紅だが、よく見てみれば、それは大人と化した雛苺のようで……なぜこんなことになっているのかと問えば、金髪ロリ巨乳の妹曰く、大人になってジュンと結婚して幸せになりたいと言いだしたのだ。当然、雛苺を下僕としていた真紅は拒否する。

 

「私の下僕が随分と大きく出たものね。どういう理屈でそうなってしまったかは知らないけれど、今すぐジュンを離しなさい」

 

色っぽくジュンに抱きつく雛苺は、首を横に振った。

 

「non! もうヒナは真紅の下僕じゃないわ。一人の大人、ジュンの恋人なのよ」

 

どこか口調すらも変わった雛苺。真紅は今にも怒りが噴き出て彼女らをまとめて襲ってしまいたい衝動に駆られた。なぜ自分でもそう考えてしまうのか分からない。でも、ジュンを取られるということが、ただ雛苺に謀反を起こされるよりも腹が立つ。

真紅はピンクの杖を召喚し、その先端を雛苺に向けた。

 

「言うことが聞けないのいうのね。ジュン、ジュン!ちょっとジュン!貴方も何か言ったらどうかしら?」

 

女性の色気の前になす術もなく惚けているジュンを叱咤する。その言葉にジュンは我に返り、

 

「ひ、雛苺!落ち着けって!こんなことして……うむっ!?」

 

ジュンの暴れる口を、雛苺の柔らかな桜色の唇が包む。数秒ジュンはジタバタと暴れたが、それもすぐに収まった。雛苺が唇を離した時には、ジュンは放心状態で心ここに在らずといった様子だった。

怒りを通り越して無になりかけた真紅だったが、聡明な彼女はその異変を見過ごさなかった。

何かがおかしい。まるで、あれは催眠のようだ。ただジュンが、童貞で女性に対する耐性が無いというだけではない。

 

「雛苺……そうまでしてジュンをものにしたいの?」

 

そうして力なく雛苺の胸に倒れこむジュンを、優しくカーペットに寝かせて雛苺は答える。

 

「恋はね、真紅。戦争なのよ。それも、血生臭い、醜い、それでも勝ちたいものなの。貴女にはわかる?結論を先延ばしにして、現状維持に努める貴女が……私を否定する権利があるの?」

 

どきりと、真紅の心が見透かされる。目の前の妹は、本気だ。本気でジュンを奪おうとしている。杖を握る拳に、より一層力が篭った。

 

「いいの、いいのよ真紅。貴女はそういう人形だものね。意地っ張りで強情で、自分を強く見せて、でも本当は寂しがり屋のお人形さん。そうやって事実から目をそらせばいいの。ヒナは、ちゃんと現実に向き合うの」

 

真紅は否定した。

 

「いいえ。私たちは結局、人形でしかないのだわ雛苺。いつか、人はお人形遊びをやめる。そうなれば、私たちは眠りにつく。アリスになるまで。大人になった貴女も、本質は変わらない。ジュンはいつか、本当の大人になる。その時に私達がいてしまっては、ジュンは本物になれないの。だから、雛苺。今なら無かったことにしてあげる。今すぐジュンを、離しなさい」

 

優しく、諭すように。先程までの怒りは、哀れみの同情として現れた。

雛苺は震えた。怒りに。そんなことは分かっている。だからこそ、自分はあの怪しいうさぎを利用してまで大人になったのだ。それに、それに。

 

それじゃあ、自分たちは永遠に報われないじゃないか。

 

 

「……もういい」

 

「雛苺……」

 

「真紅は敵だね。死んで、死んでよ!」

 

ヒステリックな少女の叫びが木霊する。それが決裂だということは、誰が見ても分かることだろう。だから真紅は構える。これはアリスゲームの基本から離れてしまっているが、それでも姉妹と戦うというルールからは逸れていない。

どうにかして、彼女を負かして正常にさせ、ジュンを取り戻す……それが今、自分に課せられた試練なのだと、思うほかなかった。

 

だが、二人の戦いは始まる前に水を差される。突如として、二人の間に水晶の剣が飛来し、突き刺さった。

驚いて窓の外を見てみれば、電柱の上に一人のドール……薔薇水晶が立ち、こちらを無機質な瞳が睨みつけていた。

 



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sequence43 目には目を

どうやら毎秒投稿しろ、というお約束のコメントは運対になるらしいです。あのさぁ…


 

 唐突に現れた薔薇水晶に、二人は動揺を隠せなかった。なぜなら彼女たちは槐のドールの存在をまだ知らない。ローゼンメイデンは7体、この間まで名前すら知らなかった雪華綺晶も、今ではどこかの狂った大学生と仲良く大人しくしているから、知らない人形はいないはず。金糸雀だって、今の時間では会っていないだけで、姿形はよく知っている。

 そんな、彼女たちからすればサプライズ以外の何者でもない薔薇水晶は電柱から窓枠へと飛び、口を開いた。

 

「お父様の……薔薇を返して」

 

 いつものように、周りにうるさい奴がいればかき消されそうな声で、雛苺に向けて言う。真紅はなにを言ってるんだこいつ、というような表情で新たなドールが口にした言葉の意味が分からなかったが……雛苺にはしっかりとその意味が理解できていた。

 薔薇。きっと、あの喋り方のおかしいウサギが彼女に渡した薔薇……今の惨状の原因となった薔薇。恐らく目の前に現れた紫のドールは、あの薔薇の元の保有者なのだろうと。

 

「non、あれはもうヒナの物よ。一度手放してしまった宝はもう手に入らない……残念ね」

 

 挑発するように、雛苺は拒否した。その一つ一つの動作が妙に大人びていて、なんだか水銀燈っぽくもある。薔薇水晶はそんな雛苺を見て苛立ちを覚えつつも、自分も大人になればあんな色っぽさが手に入るのだろうかという疑問と期待を抱く。そんな中で、やはり真紅だけが物事に遅れをとっている。

 

「待ちなさい、紫のドール。見たところ、雪華綺晶と似ているけど……まずは名を名乗ったらどうかしら?仮にもローゼンメイデンなのでしょう?」

 

 真紅の言葉に、薔薇水晶はまた口を開く。だが、どうにも気が動転しているようだった。

 

「雪華綺晶……恐ろしいドール……私は薔薇水晶。あと、私はローゼンメイデンじゃ、ない」

 

 え、と真紅の口から驚きが漏れる。過去に雪華綺晶と何があったのかは置いておいて、彼女は今、自らをローゼンメイデンではないと語った。だが、広い世界を見渡してみても生きた人形はローゼンメイデンのみ。そこで真紅は、よくローゼンの工房に来ていた青年を思い出した。

 

「まさか貴女、お父様の弟子の……?」

 

 薔薇水晶は頷く。彼女は手にした水晶の剣で髪をくるくると弄ぶ雛苺を差した。

 

「雛苺……私のお父様が作った薔薇を……盗んだ泥棒猫」

 

 なるほど、と真紅は一人納得した。つまり、雛苺が大人化した原因は薔薇水晶の製作者にあり、どうやったかは知らないが、雛苺はそれを盗んだ、と。

 そして、この段階で接触してきたのは、恐らく薔薇水晶は真紅の支援を受けたいようだ。でなければ、雛苺が一人でいるところを襲撃すればいい。

 

「ふぅ……昔からちょっと変わった人間だと思っていたけれど……まさかそんなものを作るなんてね」

 

 呆れたように真紅は言った。そう言えば、昔から人形を妻にしたいとかなんとか言ってたな、と思い出す。おかしな青年だ。

 

「ふぅん。真紅、結局そうなのね」

 

「なにかしら?」

 

 嘲笑うように雛苺は言う。

 

「貴女はいつもそう。自分が強いように見せかけて、誰かに頼りっぱなし。最後の最後で美味しいところだけを貰っていく。でもヒナは違うわ。ヒナは……私は一人でやり遂げてみせる。戦って、恋して、添い遂げてみせる」

 

 決意にも似た、邪悪な何かを雛苺の瞳から感じ取る。なにを、と言う前に攻撃は始まった。

 蔦が、野いちごがついたそれが、彼女の手から複数伸びる。真紅はそれを杖で叩き斬り、防げないものは避けていく。薔薇水晶も同様に水晶の剣でさばく。

 

「雛苺っ!」

 

 真紅が叫ぶと、雛苺は水銀燈に似た高笑いをしてみせた。

 

「あっははは真紅ぅ?無様ね!いつも見下してた妹分に為すすべもなく攻撃されているのは!」

 

 そんな雛苺の姿が、水銀燈と被る。なんだか無性に腹が立ってきた真紅は、人口精霊であるホーリエに命じて真っ赤な薔薇の花弁を放出する。

 

「ローズテイル!」

 

 咲き乱れる薔薇が雛苺の蔦をかき消していく……が、どうやら大人になって随分と荒々しくなった雛苺がその隙に突進してきていた。

 雛苺は片手にジュン、もう片手に真紅の首根っこを掴むと、真紅の首を締め出す。そして、それを掲げる。

 

「ぐっ!」

 

「ほぅら真紅!貴女は弱い!だからこんな簡単な攻撃も避けられない!ねぇ、痛い?ならね、もういいでしょう?私とジュンの愛を認めてよ」

 

「だ、誰が……」

 

 狂い笑う雛苺。だが、薔薇水晶を忘れてもらっては困る。薔薇水晶は真横から、真紅を締め上げている手に向かって斬撃を打つ。直前にそれに気が付いた雛苺は舌打ちをしつつ、仕方なくと言った様子で真紅を離した。

 後ろへ飛びのく雛苺。二人は追撃せず、いつでも攻撃できるように構える。

 

「邪魔ね、貴女」

 

 邪魔をした薔薇水晶を睨みつける雛苺。だが、何やら興が削がれたのか鼻で笑って手から伸びる蔦を収納した。

 

「まぁいいの。どうせただの人形でいるしかない貴方達なんて、いつでも壊せる」

 

 そう言うと、雛苺はジュンを脇に抱えたまま宙へと浮かぶ。

 

「待ちなさい!」

 

「non、真紅。続きはまた今度しましょう?今はジュン成分を補充しないといけないの。またね」

 

 なんだそれは、と言う間も無く、気絶したジュンを抱えた雛苺は窓から何処かへと飛び去っていく。その際、窓枠にジュンが足をぶつけていた気がしたが、今はどうでもいい。

 真紅は唖然とした表情で、彼女が消えた後も窓の外を眺めていた。

 薔薇水晶はそんな真紅を他所に、パソコンが無事であることを確かめるとnのフィールドを開く。

 

「真紅、行こう」

 

「どこへ?どこへ行くというのかしら?」

 

 一度に色々失って意気消沈する真紅に、薔薇水晶は言う。

 

「化け物には、化け物を、ぶつける」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 槐の店で、俺と隆博はコーヒーを飲みながら、目の前で落ち込んでいる槐の話を聞いていた。

 

「それで俺たちを呼んだってか」

 

 槐は頷く。事の成り行きは聞いた。なにやら面白そうなことになってるじゃないか、ええ?大人化する薔薇とは……それさえあればきらきーとのイチャラブにも幅が増える。隆博も考えは同じらしい。野獣のような眼光で、薔薇の話を聞いてから蒼星石を眺めている。

 

「その、僕が蒔いた種で申し訳ないんだけども、できれば君達に回収を依頼したいな、と……ついでに真紅のマスターも」

 

 おどおどした様子で語る槐。俺と隆博は同時にソーサーにカップを置いてから、質問する。

 

「回収はいいけどさ。それ、俺にくれないかな?」

 

「俺も俺も。ていうか寄越せや」

 

 半ば脅すような感じで尋ねる。槐はビクッと身体を震わせ、俯く。どうやら渡したくないらしい。

 

「あれは、その……一つしかなくて」

 

「貸してくれればいいからさ。な?」

 

 俺も鬼ではない。

 

「まぁ、それなら……」

 

「よし来た!その言葉を忘れんなよ」

 

 喜ぶバカ二人とカツアゲされてる学生みたいな青年を、ドールズは紅茶を飲みながら眺めている。

 

「貴女たちのマスターっていつもああなの?」

 

「ああ、とは?」

 

 いつもの微笑みを崩さず、カップから口を離すと雪華綺晶は尋ねる。いえ、なんでもないわ、と真紅はやや呆れたように言った。

 本人たちは知らないが、薔薇水晶が言っていた化け物というのは一方は雛苺で、もう一方は雪華綺晶達、ローゼンメイデンヤクザ連合(主途蘭命名)らしい。なるほどな、と大して会話もしていないのに理解できてしまうあたり、雪華綺晶というのは恐ろしい。何が恐ろしいかって、オーラが恐ろしい。笑顔なのにどこか不気味で、油断をすればいつでも食べられてしまうような、そんな感じだ。それに、それを制御しているあのマスターも恐ろしい。

 

「まぁ、郁葉くんと僕のマスターはちょっと荒れてるからね」

 

 困ったような笑みで誤魔化す蒼星石。ふと、真紅は雪華綺晶の隣に座る薔薇水晶を見る。震えている。

 

「震えるのも無理なかろうに。そやつは化け物じゃ」

 

 不意に、部屋の隅に収監されている主途蘭が真紅の考えに気がついて言った。その顔は不貞腐れている。

 

「何か言いましたかしら、白騎士のお人形さん?」

 

「何も言っとらんわ」

 

 ニコニコとしている雪華綺晶だが、彼女からの凍てつくオーラは隠せない。

 

「あの檻に入れられているドールも貴女の姉妹?一体何をしたの?」

 

 何も知らない真紅が薔薇水晶に尋ねるが、

 

「人身売買と薬の密売で懲役を食らいましたの」

 

「暴力団か儂は」

 

 代わりに雪華綺晶が適当な事を答えて有耶無耶になる。蒼星石も笑っている。ついていけていないのは真紅のみ。何なんだこいつらは、と真紅は理解ができないまま、紅茶を飲み干した。

 



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sequence44 人間、人形

きらきーとのイチャラブいれました


 

 

 nのフィールド、雛苺の世界。

 ここに来るのも久しぶりだな、と雛苺はノスタルジーを感じてしまった。まだ真紅と戦って数ヶ月しか経っていないのにこうも感傷的になってしまうのは、この数ヶ月が濃いものだったからか。それとも、愛すべきものを手に入れた達成感から来る、ある種の安堵からかは分からない。それが分かるほど、雛苺は大人ではないのだから。

 子どもが好きそうな、自身と同じピンクで彩られた空間。それに懐かしさと子どもらしさを味わいながら深呼吸。そして、近くにあったお菓子で作られたベンチに、抱えていたジュンを優しく置く。

 

「目が痛いのね、この空間は」

 

 大人になると、こうもあの大好きだった空間が嫌になるのか。大人というのは、案外自分が思っていたよりも素晴らしいものではないのかもしれない。もっと、あの頃の子どもな自分は純粋だったのかもな、なんて考えて、雛苺は首を横に振った。

 いいや違う。自分は望んで大人に『昇華』したのだ。今が一番、自分の人形ライフの中で輝いている。

 頭の中に浮かんだ不安とモヤを打ち消すように、雛苺は再度思い込む。

 

「私は大人なの。いつまでも意地っ張りな真紅とは違う。意地悪な水銀燈じゃない。いたずら好きの翠星石でもない。大人びている蒼星石とも違う。不気味な雪華綺晶とは似ても似つかない。そう、大人なのよ」

 

 巨大な蔦を出す。ここは彼女の世界。彼女の世界では、すべてが彼女の思うように成り立つ。壊すのも、作るのも、彼女の思うがまま。

 その破壊と創造は、ある種子どもにも似ている。積まれた積み木を崩し、新しく城を建てる。

 雛苺は気がつかない。姿形が変わろうとも、中身はそう易々と変わるはずがないことに。そして彼女が想う少年は、まだ夢の中。悪夢、あるいは、淫夢(直球)

 

 

 

 

 

 「私、何も聞いてないんですけど」

 

 ムスッとした顔で琉希ちゃんが言った。俺は不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまったサッカー部員の先輩のように、低姿勢で平謝りする。

 

「だって言ってないもん」

 

「は?」

 

「もしゃもしゃせん!(申し訳ございません)」

 

 俺がバイトしているカフェ。槐からの依頼から1日が経ち、俺と琉希ちゃん、そして余り物の隆博という三人の異様なマスター達は、ブリーフィングをしていた。

 なぜここに当事者ではない琉希ちゃんがいるのかと言うと……まぁ、蒼星石が姉である翠星石にうっかり漏らしてしまったのだ。

 この際だから、主途蘭のことも含めて最近起きた事を洗いざらい吐いてしまったのだが、それが彼女を余計に怒らせる結果になったのは言うまでもない。

 

「だいたい、なんですか主途蘭って!ローゼンの弟子が作ったドールぅ!?バカにしてるんですか!」

 

「まま、そうカッカしないで(冷静沈着)」

 

「あなたのせいでこうなってるんです!」

 

 バンッ!(大破)っとテーブルを勢いよく叩く琉希ちゃん。店長が驚いて机に足をぶつけているし、周りの客もこっちを見ている……ここで、ようやく自分が注目の的になっていることに気がついたらしく、琉希ちゃんは咳払いを一つして落ち着いた。

 

「あのさ、俺、そろそろバイトなんだよね(唐突)」

 

「バイトォ!?マジで?」

 

 この空間が気まずいのか、逃げようとする隆博。だが、膝の上で抱っこされている蒼星石がボソッと呟く。

 

「あれ?今日バイト休みじゃなかったっけ?あっ(察し)」

 

 だが気がついた時にはもう遅い。隆博はクソデカため息を吐いて身体を脱力させた。蒼星石って意外と天然なんだね、しょうがないね。

 

「べー!メガネ人間、逃げようとしても無駄ですぅ!お前ら二人とも琉希にコテンパンに絞られればいいんですぅ!」

 

 攻撃する立場にあるからやたらテンションが高い翠星石。この野郎、一回締めねぇとダメな気がする。なんか女の子に対して締めるってエロいよね。ヌッ!(暴発)

 だがここですかさず雪華綺晶が俺の股間をギュッとしてどかーん!思わずアッ!(スタッカート)と声が漏れると、膝の上の雪華綺晶は首を回して微笑んだ。

 

「だぁ〜め♡」

 

「ふぉお、おおおお……」

 

 痛い。でも、程よく気持ちがいい。小さいおててでギュッとされるのは意外と良い(至言)

 どうもラチがあかないと思ったのか、琉希ちゃんは疲れた表情で項垂れる。と、そんな琉希ちゃんに、完全に蚊帳の外であった桜田のりちゃんの膝の上に乗る真紅が尋ねる。

 

「疲れたのかしら人間。私も昨日はそうだったわ」

 

 人形屋での会話を思い出す。マスター二人はローゼンの弟子を恫喝したり訳の分からない事を話しているし、薔薇水晶は雪華綺晶に怯えっぱなしだし、どうしていいものかと迷ったものだ。

 ちなみに、ジュンくんのお姉ちゃんであるのりちゃんは、弟が居なくなったという事で急遽参戦。ジュンくんからパワーを受け取れない真紅と仮契約中。

 

「いいえ……この人がこうなのはいつもの事です。私はただ、色々考えていたプランを全部メチャクチャにされたのが気に入らない……ア゛ァ、もう、この際いいです。その雛苺とやらでストレスを発散しましょうか。あは、あはは」

 

 あぁ、このマスターもヤバいやつだな。淑女たる真紅はそんな言葉は普段使わないが、この時だけはそう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 「それで、どうすんだ兄弟。早いとこ雛苺のやつ取っちまって(意味深)、桜田の若えの取り返えしちまった方がいいんじゃねぇのか?」

 

 最近世界の北野の映画にハマってるらしい隆博が言った。俺もどっかりと椅子に深々と座り、うーんと貫禄を出しながら思案する。

 

「きらき組と桜田組は戦争せんっちゅー話やったからなぁ。でも、雛苺っちゅーんが破門されたとなっちゃあ、しゃあないなぁ。なぁ?きらきー」

 

 真っ白お人形さんの尻をさわさわ触りながら言う。彼女も色っぽくせやなぁ、とノリノリで返事をしながら俺の胸を撫でた。関西弁っていうか京都弁きらきーもなかなか……可愛いじゃん(賞賛)

 

「あのぅ〜……」

 

 と、そんな中。のりちゃんが萎縮しながら手を挙げた。ちなみに琉希ちゃんはもうどうにでもなれという感じで、ダラけながら翠星石の顔をうにゅうにゅして遊んでいる、可愛い。

 

「なんやぁ」

 

 ローゼン組傘下雪華綺晶組長である俺は、そんな年下の彼女に対し、偉そうな態度で尋ねる。ひぃ、と短い悲鳴を出しながらも、のりちゃんは答えた。

 

「できれば、雛苺ちゃんも、無事に連れてこれればいいなって……」

 

「アホかお前はぁ!お前んとこの兄弟分攫われて相手も無事ならいいってぇ?そんなアンパンマンみてぇな考えしやがって、舐めてんのかこの野郎!」

 

 演技に熱中しすぎて最早何言ってるか分からない隆博。ひぃい、とのりちゃんは対面する隆博から身を守ろうと真紅を前に掲げてガードする。そして金髪縦ロールで隆博をビンタする真紅。

 

「でもでも、大事な家族なんですぅ!雛苺ちゃんもジュンくんも、真紅ちゃんも!みんながいて、桜田家なんですぅ!」

 

 真紅の傍からちょこっと頭を出してそう言うのりちゃん。まぁそうだよなぁ。俺んとこもすっかり水銀燈が居着いてるし。もう手間のかかる妹くらいにしか思わなくなってきたわ。

 

「まぁ気持ちは分かるなぁ。そうと決まれば、なるべく雛苺は撃破しない方向で進めようか」

 

 893の演技をやめてそう提案する。

 

「でもどうするんです?雛苺は完全に聞く耳を持たないそうじゃないですか。衝突は免れませんよ」

 

 分かってる、と俺は言う。

 

「プライオリティ1はジュンくんの確保だ。雛苺に関しては、まずは説得。それでも応じない場合は強行突入して拘束。可能であれば、武装解除して例の薔薇も回収する」

 

 やっと作戦会議らしくなってきた。隆博もズレた眼鏡を直し、椅子に座りなおす。

 

 「手段は?説得するにしても、真紅がダメだったんなら他のドールズでも無理だぞ。それに戦闘力が以前よりも増してるって話だ、拘束するにしても迅速かつ的確にやらねぇと、先にジュンって子がエネルギー吸い尽くされてミイラになっちまう」

 

 そうだ、雛苺の力が増しているのも問題である。ドールが力を使えばその分契約者の生命力が消費される。俺は生命力がおかしいらしいからまったくと言っていいほど消費されないのだが(だから燃費の悪い雪華綺晶とも契約できる)、これが力の増し、それに加えてマスターが控え目に言っても貧弱な中学生だから、そりゃあもうヤバい。きっと、力を少し使う度に体力が大幅に持っていかれるだろう。

 

「のりちゃん、雛苺への説得は君がするんだ」

 

 急に話を振られたのりちゃんは驚く。

 

「え、でも私、そんな、全然戦えもしないし」

 

「戦うんじゃない、説得だ。真紅もダメなら、君だけしかいない」

 

「う……」

 

 まだ悩んでいるのりちゃん。当然だろう、相手は恐らく襲撃者を殺しにかかってくるだろうし、そもそも姉妹である真紅が拒絶されたのだ。のりちゃんの説得に応じる可能性は低い。

 俺はそっと、のりちゃんの小ぶりな手に、俺の掌を重ねた。

 

「勇気は貰うもんじゃない。自分で沸きあがらせるものなんだ。でも、それを支えてやることはできる。のりちゃん、君だけじゃない。俺も戦う。危険が迫れば俺が守ってみせるさ。ね?」

 

 まるでラノベの主人公みたいなクサいこと言いながらのりちゃんを元気付ける。恥ずかしくないのかよ(自虐)

 と、のりちゃんはやや顔を赤面させてあたふたし出す。でも次第に落ち着きを取り戻し、気がつけば闘志が宿ったいい顔へと変貌していた。

 

「わかりました、やります!雛苺ちゃんを、そしてジュンくんを取り戻します!」

 

 よう言うた!それでこそ女や!俺は心の中で賞賛を送る。これで行動がやりやすくなった。

 やはり、陽動は必要だ。説得が通じるにせよ通じないにせよ、保険はいるのさ。のりちゃんが雛苺を揺さぶっている間に背後から。

 汚いなんて言うなよ。俺は雪華綺晶と、その生活と愛のため(激寒)なら殺しだってやるって決めてんだ。まぁのりちゃんが襲われたら助けるのが筋ってもんだから、助けるけど。あくまで最優先は雛苺の排除と、薔薇の回収。

 隆博は、そんな俺の思惑を知ってかバレないように笑ってみせた。こいつも、蒼星石と自分のためならある程度のことはやってみせる人間だ。

 

「悪ぅ人ざんすなぁ、ますたぁはん」

 

 ボソリと、耳元で雪華綺晶が囁く。ゾクリと脳に甘い刺激が突き抜ける。

 俺は、片方の手で雪華綺晶の腰を撫で、女の子二人から見えないようにほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、あの京都弁みたいなの、もう一回やってくんない?」

 

 その日の夜、自室。俺はベッドの上にうつ伏せに寝転びながら本(エロ同人)を読む雪華綺晶に請う。彼女は肩と首だけ動かし、後ろにいる俺を微笑と共に眺めた。

 クスリと笑う小悪魔ドール。何か悪いこと考えてんなこいつ。俺はそう確信しつつも、受けた誘いは断らない主義なので(大嘘)誘いに乗る事にした。

 雪華綺晶はちろりと舌を出した後、くいくいっと指を動かして俺を呼んだ。俺はニヤケつつも、彼女の身体に少し覆いかぶさるようにうつ伏せに寝転ぶ。そして挨拶がわりに彼女の剥き出しの肩を撫でた。やん、といつもとは違った反応を見せる。おーええやん。

 彼女は俺の耳元まで口を近づけ、

 

「あん、ますたぁはんの い け ず、ちゅ」

 

 艶々しくと甘い声と、耳への柔らかい感触。あぁ、脳がとろけそうになる。ていうかさ、なんかソシャゲにこんな鬼のキャラいるよね。俺あれ大好き。声優もいいし京都弁ってエロい時エロいよね。義によって助太刀いたす!(唐突)

 すっかり雪華綺晶の術中にはまる大学生。きらきーは世界一可愛いからね、しょうがないね。

 

「んふふ、んへへへ」

 

 だらしねぇ(レ)声を出しながら俺は雪華綺晶を仰向けに転がし、胸元に顔を埋める。

 

「あぁん、おいたは止してぇ」

 

 満更でもなさそうな雪華綺晶。ああ良い、これは良い。小さな身体に鼻を押し付けて深呼吸する。香水なんてつけてないのに良い匂いがする。彼女の顔に唇をつけまくる。

 

「ちょ、ますた、重、ウッ」

 

 だが熱中するあまり全体重を雪華綺晶にかけてしまっていたらしい。俺は正気に戻り、急いで彼女から退く。

 

「ごめんよきらきー、痛かった?」

 

 オロオロする俺に、雪華綺晶は息を切らして頷いてみせる。あれはガチで辛かった時の息切れだ。

 俺はしょんぼりして雪華綺晶の横に腰掛け、仰向けに寝転がって休む彼女の頭を撫でる。

 

「ごめんなさいマスター」

 

「なんで?」

 

「私の身体、小さくて。マスターが愛してくださるのに、心は受け入れても身体がついていかないの。いつもそう。マスターは喜んでくれるけども、本当は満足していないわ」

 

 ギョッとした。全くそんなことはない。むしろ大満足なんですけど。

 

「何言ってんだ、そんなこと……」

 

「ねぇ、マスター」

 

 澄んだ、雪華綺晶の声が響く。

 

「マスターは、私が大きくなったら嬉しい?」

 

 困惑した。こんなこと言われるとは思っても見なかった。俺は考えて、

 

「変わらないよ。プレイの幅が増えるだけ」

 

 茶化すように、言ってみせる。

 

「嘘。マスター、私分かってるの。本当はこのままじゃいけないって。私、マスターは幸せになってほしい」

 

「俺は幸せだってば。雪華綺晶がいるし……」

 

 そんな俺に、雪華綺晶は現実を突き付けた。

 

「人形は、人間じゃないわマスター。私たちは、永遠に変わらない。人形として誰かと生きて、飽きられる。そして人形遊びをやめた人間は、大人になっていく」

 

 何も言えなかった。突然そんな事を言うもんだから考えがついていかない。

 

「マスターは優しい人。本来実体を持たない私を、受け入れてくれた。自分でも分かってるの、私はジャンクなんだって。でも、あなたがそうである必要はないの」

 

 そっと、彼女の手のひらが俺の腕に触れた。

 

「いつか別れが来る。人間は永遠じゃない、だから、きっと……」

 

 恐れ、焦燥感、怒り。色々な感情があったと思うが、そんな事冷静に考える前に雪華綺晶を抱きしめていた。震える身体で、必死に逃さないように彼女を抱き止める。

 

「マスター……?」

 

 恐る恐る、雪華綺晶は聞いてきた。

 

「俺は。俺は嫌だ。離してたまるか。やっと見つけたんだ。俺だけの雪華綺晶を。そうだ。離すもんか。雪華綺晶、離さないぞ。誰が敵でも、隆博でも、礼でも、ローゼンが相手でも敵なら殺してやる。腕の一つや二つ無くなっても殺してやる、雪華綺晶を手放すもんか」

 

 ミシミシと、抱きしめる力が強くなっていく。

「マスター、痛い……」

 

 雪華綺晶が言うと、俺は腕の力を弱めた。

 

「雪華綺晶。俺は君と離れるつもりはない。もしアリスゲームを勝ち抜かなきゃ一緒にいられないなら全員殺す。それでも君は、俺の下を去るのか?」

 

 突き刺さるような言葉。俺を裏切るのか、そう言っているようなものだった。雪華綺晶は一瞬だけ言うのを躊躇う。だが、次の瞬間にはすぐに口を開いた。

 

「いいの?私、マスターから離れられなくなっちゃうわ。死ぬときも、きっと一緒に火の中で燃え尽きて、それでも地獄の底まで一緒に付き添っちゃう。それでも、本当にいいの?こんな、哀れな人形が、本当に?」

 

 泣きそうな、それでいて嬉しそうな声。抱きしめているから顔はわからない。

 

「こっちこそ、本当にいいのかな。こんな惨めで、ちっぽけで、生命力しか取り柄のないダメ人間が、幸せになって」

 

 抱きしめる腕を離して、雪華綺晶と対面する。俺の両手は肩に。雪華綺晶の手は、彼女自身の胸をギュッと握りしめていた。

 その目には、大粒の涙。笑顔なのに、どうにもそれに似合うくらい涙が彩る。あぁ、綺麗。本当に。

 こっぱずかしくなって、俺は数少ない愛を伝える言葉を向ける。

 

「月が、綺麗ですね」

 

 にっこりと、しゃっくりを交えながらも雪華綺晶は答えた。

 

「私、死んでもいいわ」

 

 また、俺は抱きしめる。純粋に、お互いの温もりを求めて、小さい身体を包み込む。

 そう、そうだよ。幸せなんだ。いいじゃないか。今までの人生、良いこともあったけど、悪いことも多かった。だから、これくらい良いじゃないか。少しくらい幸せでも、バチは当たらないじゃないか。

 決めた。放棄していたアリスゲームを、進めよう。そのためにはまず、雛苺から。一人ずつ、確実に。そして彼女たちを生贄に、肥料に、雪華綺晶という花を咲かせてやるのだ。

 

 

 

 

 

「……」

 

 なんて、私は汚い人形なのだろう。所詮、この人が私に執着する理由は、依存でしか無いのに。

 私はいつもそう。物語のヒロインは似合わない。悪役で、最後にはきっと地獄に堕ちる。

 

 でも、やめられない。やめたくない。私が私として存在するために。幸せになるために。

 お父様なんてどうでもいい。あんな、娘に顔も出さないような男を信用できるはずなんてない。私は見つけたのだ。最愛の、一緒に地獄へと堕ちてくれる人を。

 逃がさない。この幸せを。

 逃がさない。やっと掴んだ、依存先を。

 逃がさない。アリスへの切符を。

 

 雪華綺晶は笑う。抱きしめられて、顔が見られないうちに。本当の幸福を手に入れられた事に感激しながら。自分の演技によって、マスターを焚きつけた事に罪悪感を抱きながら。

 

 歯車は廻る。犠牲を糧に、廻っていく。

 そして目覚める。青年と、白き人形の中に宿る野望が。




ほらお客様、きらきーとのイチャラブですよ、食べてください(じゅんぺい)


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sequence45 開幕

 

 

 

 水銀燈は意外にもお節介を焼くタイプだ。口ではあーでもないこーでもないと言っては天邪鬼な態度を取る、ローゼンメイデン随一のツンデレだが、彼女が長女であることを忘れてはならない。

 今日も今日とて、色んな意味でマスターである河原 礼の見舞いにと、どこかで買った土産物が入った紙袋を持って空を飛ぶ。その姿は通い妻のようだ。

 

「ふんふん〜ふ〜ん」

 

 上機嫌に鼻歌まで歌って飛ぶ姿は、宿敵である真紅が見れば青ざめるかもしれないが、礼からしてみれば割と何時ものことだからどうでもいい。

 さすがに昼間に堂々と入れはしないから、大抵の場合水銀燈がやってくるのは夕方から夜にかけてくらいだろう。今も時計の針は17時を示している。

 そんなこんなで、入院している病院の近くまでやって来る。だが、どうにも空から見た病室が騒がしい。開いた窓からは何やら男女の声が漏れている……もしや。

 脳裏にあの泥棒猫の姿が浮かび、先程までの上機嫌が一転して不機嫌さと焦燥感へと変貌した。水銀燈は急いでマスターの部屋の窓へと飛びつける。

 

「ねぇ礼くぅん。お姉ちゃんといいこと、しよ?」

 

「頭おかしいんじゃねぇかお前」

 

 思わず隠れてしまう水銀燈。ちらりと頭だけ部屋を覗けば、そこにはベッドの上であの泥棒猫めぐにマウントを取られた礼の姿が。嫉妬に駆られた水銀燈はそのままめぐを八つ裂きにしてやろうかとも思ったが、何やら会話が続いていたので柄にも無く聞き耳を立てる。

 

「だって、溜まってるんでしょ?分かるの私。礼くん、あの銀髪ツンデレ人形ともっとえっちな事したいのに、向こうが恥ずかしがってさせてくれない」

 

「いや急に何言ってんだお前。そもそもそんな恋愛してきましたみたいな事言ってるけど、お前俺が初恋だって言ってたろ。まーた少女マンガ見て変な知識付けたな」

 

 どきりと水銀燈の心が揺れる。ちなみに後半の礼の台詞は都合悪く聞いていないため、水銀燈には「彼氏が欲しがってるのに拒否する奥手な彼女」みたいな印象を与えてしまっている。

 確かに、とツンデレ長女は回想する。言われてみれば、時折礼が野獣よりももっと鋭い眼光で自分をただ見つめている時があった。そういう時、大抵は何らかの攻撃を予想して身構えたり(彼女がそう思っているだけで実際には大の字になってさぁ来なさい!と吠えていた)したし、もしかしたらそのせいで礼は自分に手を出せなかったのではないか……(礼的には、欲しがりな水銀燈がちょっかいをかけまくっていたから単純にウザかっただけで、定期的に夜になれば色々盛り上がっている)

 

「ねぇ礼くん、私ってそんなに魅力無いかな?」

 

 消え入るようなか細い声でめぐが口にしたのをきっかけに、水銀燈はようやく自分の世界から解放される。慌てて二人をよく見てみれば、めぐが自身の胸に礼の手を当てていた。

 

「私、胸だって水銀燈より大きいんだよ?」

 

「人形と張り合うのか(困惑)」

 

 呆れ果てて困惑する礼を他所に、水銀燈はショックを受ける。次いで、自分の胸をフリーな方の手で揉む。

 ……真紅よりは断然大きいわね。

 

「ん、ふぅ、ね?私なら、身も心も満足にしてあげられる」

 

「面白ぇ奴だなこのキ◯ガイが」

 

 皮肉たっぷりに礼が言っても、身体が(勝手に)火照っためぐは止まらない。この人頭おかしい……(小声)

 

「だいたい、そうよ。礼くんは人間じゃない。水銀燈は人形。人形は所詮人間の模造品。なら、いつかは別れる時がくるのよ」

 

 めぐの言葉が水銀燈の記憶を掘り起こす。

 水銀燈とて、何も昔から天邪鬼で孤独だったわけではない。誰かと契約し、一緒に住まい、戦った事だってある。そして最後にはとうとうアリスゲームが始まらず、ローゼンメイデンはその宿命の下、眠りにつく。目覚めた時には元のマスターはもういないのだ。

 いつからだろうか。気が付けば、人と接する事が酷く億劫になった。どうせいつかは別れるし、なら最初から一人で戦ってたほうがマシじゃないかと、思うようになっていた。

 きっと、あの拉致同然の契約でなければ礼とも今の関係を築けなかっただろう。

 だからこそ、手離したくない。ようやく見つけたのだ。一緒に、心の底からアリスを目指してくれる人間を。

 

「礼くんも気づいてるでしょ?ペットと飼い主は同じ時間を生きられない。どちらかが先に死ぬ。人形はその逆だけれど……あなたの最期を看取るだけ。一緒には天国へ連れてこれない」

 

 だから、めぐが突き付けた現実が酷く怖くなった。理解していたはずなのに、彼女は逃げていた。あぁ、また私は置いていかれる。ようやく見つけた、自分だけの、気兼ねなく自分を引っ張る王子様に。

 煽るめぐとは対照的に、礼は酷く冷静な装いだった。そんな、冷めたようにも見える礼にめぐは次第に顔を近づける。

 

「私だけ。貴方を理解できるのは。天国へ行けるのは、私だけーー」

 

 唇を近付ける。めぐの瞳には光がない。何か狂気めいた物を感じざるを得ない。

 そして互いの唇が触れそうになった、刹那。

 

 

「ダメよッ!!!!!!」

 

 水銀燈が窓枠を乗り越え、めぐに突撃した。

 

「ぐえっ」

 

 仮にも病人であるめぐに容赦なくタックルをかます水銀燈。めぐはベッドから転げ落ちるとぶつけた部位を手で押さえて悶絶する。

 水銀燈は涙をぼろぼろ零しながら、ベッドに寝ている礼に抱きつくとめぐに吠えた。

 

「あんたなんかに礼をやるもんですか!おばかさぁん!」

 

 2007年頃のネットを見ているようなノスタルジーを感じる罵倒を吐く。めぐはそんな泣き虫天邪鬼ツンデレ長女を睨み付ける。女というのは本当に怖い、こうも簡単に極限の嫉妬を他人に向けられるのだから。

 めぐは立ち上がり、不貞腐れたように笑う。

 

「あら、人間にもなれない憐れな人形さん、御機嫌よう。何しに来たの?ここはあなたみたいなジャンクが来る場所じゃないわよ?」

 

 煽る煽る。J民以上に煽る。

 

「うるさいわねっ!人から奪うことしかできない人間に言われたくないわよ!あんたこそイかれてるじゃないの!ジャンクよジャンク!」

 

 色々ブーメランだが、精一杯に水銀燈は返答する。キャットファイトと呼ぶにふさわしい光景を、礼は黙って見守る。

 そんな時だった。埒のあかない状況を打破しようとしたのだろうか、めぐは強引に礼の手を引っ張って胸の中にたぐり寄せた。君随分力強いけど病気なんだよね?

 

「分からない?礼くんを満足させられるのは私だけなの!こうやって、あんたなんかじゃできない無理矢理なラブもできるのよ!」

 

 無理矢理なラブってなんだよ(哲学)なんだかめぐの言ってることが安定していない。

 

「ねぇ礼くん、私の初めて……貰って?」

 

 スケベェ……(レ)めぐはそう告げると、自身の唇を礼の顔に近づける。あぁ初めてってそういう……

 だが、ここで黙っていられる水銀燈ではなかった。彼女は人間の泥棒猫に向けて翼を広げる。

 

「させないッ!」

 

 突風が室内に駆け巡った。魔術的な風はそのままめぐのみを吹き飛ばし、壁際へと追いやる。

 倒れこむめぐには目もくれずに水銀燈は礼を抱きしめた。

 

「私には力があるッ!あんたみたいな貧弱なジャンクに礼のおおおおお嫁さんが務まるもんですか!」

 

 自分で言ってて恥ずかしくなっちゃう水銀燈ちゃん可愛い。めぐはよろよろと弱々しく立ち上がると、咳き込みながら笑った。口元には血が。もしや病気が……とも思ったが、口を切っただけのようだ。

 

「その力のせいで礼くんが怪我したんじゃないの?哀れね、あんたは力があるんじゃない、その力に翻弄されてるのよ!」

 

 スケールがデカイ表現を決めるめぐ。水銀燈は少しばかりぐぬぬ、と言葉に詰まったが、返答が口から出る前にめぐは部屋から立ち去ろうとする。

 

「いいわ、精々終わりの時まで楽しんでれば?あんたなんてどうせそのうちいなくなるんだし。それから礼くんと一杯遊ぶから」

 

 乾いた笑いが響く。めぐはそのまま逃げ去るようにして部屋を後にした。水銀燈は涙で濡れた顔で彼女が去った後も扉を睨んでいたが、そのうち怒りも収まったのか礼の胸に頭を埋めた。

 礼は、そんな水銀燈の頭に手を置いた。

 

「大分お怒りみたいだな」

 

 そう言われ見上げれば、意地の悪そうな笑顔で礼がツンデレ長女を見下ろしていた。水銀燈はむすっとした表情で対抗してみせたが、次第に眉をハの字にして俯いてしまう。

 震える声で、水銀燈は尋ねる。

 

「ねぇ、礼」

 

「なんだ」

 

「あなたは……人形より、人間のがいいのかしら?」

 

 そんな乙女チックな水銀燈に、礼は軽く頭突きした。痛っ、と小さい悲鳴が漏れる。水銀燈が文句を言おうと顔を上げてみれば、礼の顔が目の前にあった。

 今までで一番優しく、彼の唇が乙女の唇に触れた。中学生の潤いと、永遠をその美貌と共に生きる人形の、ある種で擬似的なみずみずしさが触れ合う。

 しばらくそのままで時が止まった。先ほどまでの、不安げな表情はどこへやら。今ではすっかり頬を風呂上がりのように赤らめて、蕩けた様で見つめ合う。

 

「これが答えにならないか?」

 

 静かに、礼は言った。水銀燈はにやけてしまいそうになりながらも薄く笑い、彼女の威厳をたもったまま口を開いた。

 

「絶対に、離さないで。私がアリスになって、一緒に生きられるその時まで」

 

 夕暮れ時の病室。兄がそうであるように、二人の人間と人形は、本当の意味で契約する。アリスゲームという、命と存在意義をかけた戦いに向けて。

 この日、二人の兄弟は純粋な人間としての生を棄てた。共に歩む相手は人形。アリスという、先の見えないもののために、彼らは道を進む。そして、殺し合うのだ。

 

 

 

 

 

 夜、めぐは一人病室に閉じこもりその感情を必死に抑え込んでいた。

 礼と出会ってから光に満ちていた少女の笑顔は今では消え去り、憎しみと怒り、そして焦燥にかられた醜いものへと変貌している。

 憎い。あの人形が。自分から、ようやく見つけた生きるための希望を奪いさろうとする、偽物が。ガリガリと、めぐは爪を噛む。爪だけでは無い、いつのまにか親指の先から血が流れ、シーツを染め上げている。

 でも、憎いからといって自分ができる事は無い。無いのだ。だからこそ、悔しい。そして焦る。このままでは、本当に想い人は人形へと逃げる。

 

「嫌、それは嫌」

 

 なら、どうすればいい?別に自分に取り柄があるわけでは無い。戦いなんてしたこともないし身体も弱い。どうすればーー

 

 あるじゃないか。力が。

 

 めぐは、自身の薬指にはめられた白い指輪を見て笑った。

 主途蘭。あの子は、自分の人形だ。ならばそれを使わない手はない。初めて会った時から今まで会っていないが、そんなものは関係無い。契約しているのだから。自分はマスターなのだから。

 それに、彼らは自分が主途蘭のミーディアムであることを知らないはずだ。これはまたと無いチャンスなのだ。

 聞けば雪華綺晶とかいう白いドールに負けたとの事だが、強くなれば問題ない。だって、戦うための教材なんてここにいくらでもあるのだから。

 

「ふふ、ふふふははは、死んじゃえ、みんな死んじゃえ」

 

 狂った笑みが溢れる。壊れる。身体だけでなく、心までも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーもしもし、ローゼンさんですか。どうもこんちゃーす」

 

 スマホを手に、自分の耳に当てる兎の紳士。格好からは想像もつかない砕けた喋り方で、誰かと会話する。

 夜の病院の屋上、誰一人として立ち入らない場所で、紳士は誰を気にすることもなく喋った。

 

「やっとドールズが全員目覚めたみたいなんですよ〜。なんかヤバい奴らばっかでして。ハイ。ほんとどいつもこいつも私利私欲で笑っちゃうんすよね(一瞬だけ上半身が肥大化しておじゃるみたいな髪型になる)」

 

 電話の先にいる誰かは黙る。それとは裏腹に、兎の紳士は楽しそうに語った。

 

「例のお弟子さんも絡んでるみたいで。もうさ、冬木の街みたいにめちゃくちゃやって終わりでいいんじゃない?多分そっちの方が面白いと思うんですけど(愉悦)」

 

 だがそんな提案に渋る様な言葉を出す。

 

「あのさぁ……こんなんじゃ商売なんないよ〜(進行役)だいたいあんたが蒔いた種だって、それ一番言われてるから。男なら、背負わないかんときはどない辛くても背負わにゃいかんぞ(イニ義)」

 

 割とまともな事を言う兎の紳士に、電話の先にいる誰かは黙る。

 

「まま、そう焦んないでよ。アリス欲しいでしょ?みんなやる気満々だからさ。え?お前がマッチポンプになってるって?なんのこったよ(すっとぼけ)」

 

 言って、変態兎紳士は懐から赤い薔薇を取り出す。

 

「ばらしーとかすずちゃんとか、スペシャルゲストォ……もいるからさ。そのためにこいつも用意したし」

 

 薔薇が不気味に光る。その光は、どこか力強さすら感じるほどに怪しい。

 

「なんでそんなもん持ってるかって?ん、まぁそう、ちょっとよくわかんないです(誤魔化し)」

 

 再び薔薇は懐に入る。

 

「てなわけで、アリスゲーム始まるから。それじゃあ、またのーぅ!(大物YouTube r)」

 

 

 

 

 

 

 



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sequence46 Love is......

 

 

 ある日の朝方、雛苺の世界。未だに目を覚まさないジュンを抱きしめながら、雛苺は深い眠りについている。

 時折無意識的に口づけしたり、匂いを嗅いだり、もう変態の領域に踏み込んだ彼女としてはこれがいつも通りであり。今日もそれが続くものだと思い込んでいた。侵入者がやってくるまでは。

 従者として動いてもらっているくんくんのぬいぐるみが雛苺を起こす。本来の雛苺であればこのように従者を使役する能力は持ち合わせてはいないのだが、彼女は今や大人。このくらいなんてことはない。

 

「来たのね、真紅」

 

 真っ先に、赤いドレスを身に纏う姉が思い浮かんだ。だがくんくんが伝えるには、敵は一人ではないらしい。雛苺の脳裏に、あの白いパーカーを着ていた青年と、同じく白い末妹が過ぎる。なるほど、真紅の目的はジュンの奪還だが彼ら外野の狙いは自分の薔薇か。

 雛苺はそっとジュンから離れると、球体関節を鳴らしながら背伸びをする。大きく実った胸が存在を主張するが、それを見せる相手は今も夢の中。あれから一回も目を覚ましていないが、栄養は補給しているので問題ないし、精神体ではなく肉体をnのフィールドへと連れてきたから精神的摩耗もかなり少ないし、補給源も確立している。全ての問題が片付き、解放された時こそ眠りの王子を起こす。そう、決めていた。

 

「戦争の時間ね、真紅」

 

 微笑で告げる。雛苺は傍に置いてある『銃』を手にすると、部屋を後にする。

 

 

 真紅とのりちゃんが堂々と表通りを歩いて行く。雛苺の世界は事前に聞いていたお菓子だらけのメルヘン世界ではなく、やや狭いがパリのような景観が連なる現実的な世界だ。きっと大人化して好みも変わったのだろう。それに雛苺はフランスにいた期間が長かったらしいし、思い入れもあるんだろうか。

 何はともあれ、俺と隆博、そして琉希ちゃんプラスドールズは、煉瓦造りの家屋の屋上からこっそりと二人を監視する。

 

「完全に囮だな」

 

 隆博が鼻で笑った。

 

「いきなり俺たちが出て行っても警戒させるだけだからな」

 

 そう言いながら、俺は手にするライフルの薬室を半分開いて弾が装填されている事を確かめた。

 nのフィールドは意外に便利である。ここは夢の世界にも似ていて、望んだものが出現する特性もあるため、こうして武器も揃えやすいのだ。ただ、各人の世界に現れるものは一定していないために、一々自分の世界から拾ってくる必要があるが。

 

「銃を使う機会が無ければ良いですが」

 

 モノキュラーを覗く琉希ちゃんが、腰のホルスターに格納されている拳銃を撫でつつ言う。彼女の専門はナイフらしいが、拳銃くらいなら海外旅行に行った際に撃ったから扱えるそうだ。俺らなんてそもそもnのフィールド以外で実銃を扱ったことがないが。

 

「望み薄だな。街がドンパチ賑やかになるのは避けられねぇと思うぜ」

 

 皮肉った笑みで隆博が言った。その手には同じくライフル、M4A1。俺と同じものが握られている。

 

「みんな見て、奥の大きな建物から誰か出てくる」

 

 監視に任じていた蒼星石が言うのと同時に、俺と雪華綺晶、そして隆博もライフルのスコープを覗いて確認する。ちなみに、雪華綺晶はローゼンメイデン用の小さなアンティーク双眼鏡。

 見えた。最も奥に位置する、ベルサイユ宮殿みたいな建物の扉が開いた。そこから出てきたのは、ぬいぐるみ数体……恐らく雛苺が使役するものだろう。

 

「チビ苺の奴、あんな力まで身につけやがって、ですぅ」

 

 同じように双眼鏡で覗く翠星石が苛立ったように言う。なるほど、純粋に力を増しただけではなく、ああ言うことまでできるようになってるのか。

 

「およそ200メートル。待て、もう一人誰か出てくる」

 

 ぬいぐるみや人形が列をなす中、大きな……といっても人間くらいの大きさの誰かが宮殿から出てくる。ウェーブのかかった金髪に白い肌、そしてエメラルドのような瞳……そして、ピンクのドレス。

 

「HVTだ、雛苺だ」

 

 俺がそう言うと隆博は口を鳴らした。

 

「マジかよ、あんなエロいお姉さんが雛苺って奴なのか?」

 

 確かに、あの雛苺は俺の知っている雛苺とはかけ離れていた。スタイルは抜群に良いし、顔立ちも良い。それにあの胸……俺、ロリコンちゃうかもしれんな。それにあのドレス、自分で作ったのだろうか。古めかしいドレスではなくゴスロリっぽい今風のものだ。それが余計に彼女の美しさを引き立てている。

 

「マスター、だぁめ♡」

 

 きゅっと、雪華綺晶が寄り添ってくる。いつものように狂気に満ちた暴力ではない。もう、彼女は俺が他の女やドールに流れないと悟ったのだろうか。

 

「私にも薔薇があれば、もっと良い女になってみせますわ」

 

 ゴクリと、生唾を飲む。殺る気が湧いてきた。

 今回の最優先目標は、薔薇の回収である。そのためならば雛苺の排除は良しとしている……いかなる手段を用いても。もちろんこの事はのりちゃんや真紅には話していない。あくまで、この3人とドール内だけでの話。いかなる手段というのは、犠牲も含めて、ということだ。その意味は……わかるな。

 

「それじゃあ俺と琉希ちゃんは行こうか。隆博、必要があれば狙撃しろ」

 

 壁にライフルを委託する隆博に言う。俺と琉希ちゃんは、今回隆博と別行動だ。銃の扱いに慣れていないとはいえ、狙撃されれば混乱するに違いない。それに、さっき皆で他のnのフィールドで試し撃ちしたら意外と当たったし、照準調整もバッチリだ、多分。

 

「ヘッドショットしか狙わねぇから」

 

「当たればいいわ」

 

 ポンっと隆博の肩を叩く。俺は琉希ちゃんとドールズを引き連れ、その場を後にする。目指すは、あの宮殿内。桜田ジュン。彼の存在はこちらにも、そして雛苺にも重要だ。

 

 

 

 

 

 「御機嫌よう真紅とのり。随分と遅かったのね。まさかのりまで来るなんて思ってもみなかったけれど」

 

 畳んだ日傘を手に、雛苺は言った。真紅は狼狽するのりを他所に、表情を変えずに対応する。

 

「ジュンを返しなさい。今なら許してあげるわ」

 

「まだそんな事を言うの?ここはね、私とジュンの愛の住処なの」

 

「あ、愛……」

 

 うっとりと何かを想像している雛苺の言葉に、のりちゃんは更に混乱した。まだ愛だの何だの想像するには、この子は経験が無さすぎる。いや、まぁ俺たちもだけど雪華綺晶とイチャラブしてるからセーフ。

 真紅は呆れたようにため息をついてみせた。

 

「のり、しっかりなさい。貴女が説得するんでしょう」

 

 こそっとのりちゃんに耳打ちすると、若々しい女子高生はハッとした面持ちで我に返り口を開いた。

 

「そ、そうだよ雛苺ちゃん!一緒に帰りましょう?ジュンくんと、またみんなで過ごすの!みんな笑って、またはなまるハンバーグ食べようよ!」

 

 うっ、と雛苺は狼狽た。はなまるハンバーグ……と呟いては首を横に振るという事を繰り返す。どうやら余程はなまるハンバーグってのが好きだったらしい。二郎みたいなもんかな?(ジロリアン)

 

「non、ダメよ。それでも帰らない……でも、そうね。確かにはなまるハンバーグは食べたいわ。あれは、ミシュランに載っているどんな料理よりも美味しいもの」

 

「そ、それなら」

 

「だからね、のり。貴女も一緒にここに住みましょう?何れ貴女もここに呼ぼうと思っていたもの。私、ジュンと巴の次にのりが好き」

 

 まさかのスカウト宣言にのりちゃんは慌てた。まさかこうして引き込まれるとは思いも寄らなかったからだ。

 のりちゃんは、桜田家においては一番雛苺に優しかったと言っても過言ではない。そして姉でもある。姉ならば、ジュンを奪おうとはしない。だからこその勧誘。

 

「ふざけた事を言わないで。のりもジュンも、人間よ。nのフィールドでは長くは持たないの。それくらい、貴女にもわかるでしょう?」

 

 真紅が噛み付く。だが雛苺は嘲笑してみせ、真紅の言葉を否定した。

 

「そんなわかりきった事、私が考慮していないとでも?甘いわね真紅、うにゅーくらい甘いわ」

 

 うにゅーってなんだよ(哲学)ていうかうにゅーっていう赤ちゃん言葉みたいなの似合わないな雛苺……なんか赤ちゃんプレイみたい。今度雪華綺晶とやろう。

 

「nのフィールドが人間から精神力と生命力を奪うならば、補充すればいい」

 

「それは……まさか貴女」

 

 雛苺の高笑いが響く。

 

「そうよ!悔しいけど水銀燈が昔言っていた事は正しかったの!必要なら他の人間を攫って栄養源にすれば良い!」

 

 雪華綺晶もやっていた事だ。人間を攫い、眠らせて養分にする。まさか雛苺がやるとは思わなかったが。

 真紅は震えた。ああ、自分が知っているあの可愛らしくて臆病な雛苺は、死んだのだと。こうも非情な、愛のためにすべてを殺す、化け物になってしまったのだと。

 

「貴女……恥を」

 

「恥を知るのは貴女よ真紅」

 

 真紅の言葉を遮り、雛苺は宣告した。

 

「私は気付いた。本当に欲しいもののためならば手段を選ぶことはしてはいけないの。あの弱い雛苺はもういない……私は、成長して大人になった。本当の意味で雛苺になったのよ」

 

 真紅は言葉に詰まる。愛というものを知らない彼女ではない。だが彼女が知っている愛というのは、もっと明るいものであったはずだ。雛苺の愛は、もはや深淵。光すら届かない、深く、暗い闇。

 そう、闇だ。彼女のは愛ではなく闇。真紅は今度こそ絶望した。

 

「そんな、そんな事をして、ジュンが黙っているとでも」

 

「真実とは、歪んでいるものなのよ。どんな時代でも人間は真実を断捨離し伝えてきた。私もそうするわ。ジュンには伝えない。ジュンは綺麗な部分だけを知っていればいい。そうすれば、幸せになれるのよ」

 

「そんなもの、幸せなもんですか!」

 

 叫んだのはのりちゃんだった。あまりの唐突性と意外性に場が静まり返った。

 

「何も知らない、愛してくれてる人が何を犠牲にしているのかも知らないで愛せるほど人間強くないの!ねぇ雛苺ちゃん、貴女はそれでいいの?このままジュンくんには綺麗な部分だけ見せて、本当の自分を見せられない、そんな悲しいままで、本当にいいの?無理だよ、いつか潰れちゃう!私だってそう!」

 

 怒涛のごとくのりちゃんは声を荒げる。が、次の瞬間には弱々しく、自分んを責め立てるような口調で言った。

 

「私ね、みんなが来る前、本当は限界だった」

 

 涙がこぼれそうになる。

 

「ジュンくんが引きこもりになって、お父さんとお母さんは仕事でいないし、私がなんとかしないとって、空回りして。でも、キツかった。自分の時間を犠牲にしてでもジュンくんのためにって、私には無理だった」

 

 でもね、と。

 

「みんなが来て、ジュンくんが明るくなって。やっと学校へ行こうって頑張り始めて……私嬉しかったんだ、みんなのおかげでジュンくんがやっと立ち直った。なのに、なのに……」

 

 震えるのりちゃん。

 

「雛苺ちゃんは、ジュンくんのためとか言って、一番やっちゃいけない事をしているの!貴女自身にも、ジュンくんにも!」

 

「のり……」

 

 そっと震える手に、手を重ねる真紅。雛苺はその姿を呆然と眺めていた。

 

「じゃあ。じゃあなによ。私がジュンの事が好きで好きでたまらないのに、それを我慢してジュンが元の生活に戻れるようになるのを見てろっていうの?私は敗者のままで真紅の奴隷で、巴や真紅がジュンと愛し合ったとしても私はただの人形でいろっていうの無理よそんなの嫌」

 

 ボソボソっと、だが聞こえる声で雛苺が呟く。変化があったのはここからだった。

 

「そんなのたえられるわけないじゃないッ!!!!!!」

 

 豪、と、真紅とのりちゃんの周りから太い蔦がコンクリートを突き破って伸びる。破片が二人を襲おうとして、真紅がのりちゃんの首ねっこを掴んで退避した。

 

「くっ!雛苺!」

 

 襲いかかる蔦を薔薇の花弁で相殺しようとするも相打ちにもならずに蔦は伸びてくる。真紅とのりちゃんは空中に逃げ、それを蔦も追おうとして……

 

 ヒュンッ!パシィ!

 

 雛苺の頭のすぐ横を何かが通り抜けた。目を見開いてそれが飛んできた方を見てみれば、家屋の屋上に何かいる……隆博だった。

 

「クソ、外した!」

 

「着弾右に30センチ!」

 

 狙撃に失敗して焦る隆博と、それをサポートする蒼星石。雛苺は二人の襲撃者を睨む。だが、幸い真紅とのりちゃんへのターゲティングが外れたことにより、二人はなんとか体勢を取ることができた。攻撃するしかない自分に不甲斐なさを感じながらも、真紅は腹を決める。

 だが、構える真紅に雛苺は大笑いしてみせた。

 

「何がおかしいの!」

 

 尋ねる真紅に雛苺は答える。

 

「あーははっはははは!ははぁ……真紅、やられたわね。貴女達、囮にされたのよ」

 

「そんな……河原さんが?でも、説得して、雛苺ちゃんとジュンくんを取り戻すって」

 

「のり、だめよ人間を信用しちゃ。あんな奴ら、何をするか分からない。特にあの白い男……今なら分かるの。奴は私と同じ。愛のためなら殺しだってするわ」

 

 見抜かれる俺の心なんてどうでもいいが、のりちゃんはショックを受けた。だが真紅は何となくそれを理解はしていたようで、顔をしかめただけ。

 隆博はその間にも狙撃を続ける。

 

「残念、もう弾がどこから来るか分かるもの」

 

 雛苺は日傘を広げて自身を狙撃から覆い隠す。放たれた5.56mm口径の弾丸は日傘にいとも簡単に弾かれた。

 

「防弾かよ!ずりいぞ!」

 

「っ!マスターまずい!」

 

 蒼星石が危険を察知して隆博の手を引く。それと同時に、隆博がいた場所に蔦が突撃してきた。

 驚く隆博。蔦がぶつかった床を見てみれば、無残にもレンガは粉砕されていた。これが人間だったなら……やべぇよやべぇよ、と隆博は困惑する。

 

「クソが!これでもくらえ!」

 

 セレクターを切り替え、連発して蔦へと弾丸を放つ。だが奇妙なことに、蔦の着弾した部分からは血が流れてきた……どうやらあの蔦、植物のようだが肉らしい。触手ってやつだ。

 

「うわきめぇ!」

 

「逃げるよ!」

 

 蒼星石とともに屋根伝いに逃げる隆博。どうやら弾丸は触手にダメージを与えていたらしく、弱ったように触手は逃げていく……が、新たな触手が二人を追う。

 

「精々逃げなさい、興味ないから。さてと、真紅」

 

 逃げていく隆博と蒼星石に目もくれず、雛苺は真紅とのりに向き直る。ぬいぐるみたちも真紅達を前に構えた。

 

「貴女達は逃がさないわ。真紅はジャンクに、のりは死体に。幸せを邪魔する二人には、消えてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮殿内は異様に静かだった。外では何やらどんぱちしているらしいが、ここではそんなものありはしないと言ったように何もない。妨害ぐらいはあると思ったが……

 部屋を一つ一つ回る。扉を開け、特殊部隊さながらに静かに突入することを繰り返している。

 

「マスター、何やら力がこちらから流れていますわ」

 

 不意に背後の雪華綺晶が言った。もしかしたら、力を行使した雛苺にジュンくんがエネルギーを回しているせいで探知したのでは。俺と琉希ちゃんは顔を合わせてそちらへと向かう。

 廊下をしばらく走り、大きな扉へとたどり着く。

 

「いかにも怪しいな……」

 

「何かあるのは間違いないでしょう。力の源はここで間違い無いのですね?」

 

「はい。ここからかなり強力なエネルギーが……複数?」

 

 なぜか首をかしげる雪華綺晶。どうやら何かおかしいらしい。

 

「妙ですね。どう考えてもチビ人間だけでまかなえるエネルギーじゃねぇです」

 

 同じように翠星石も何か思うところがあるらしい。

 

「俺が先に入る。合図したら来てくれ」

 

 扉の横に張り付き、そう言うと琉希ちゃんが頷いた。彼女はドアノブに手をかけ、静かに、そして一気に開ける。同時に俺は中へと突入した。

 右を見る、クリア。左を見る。クリア。かなり大きな部屋だ……最後に部屋の奥を見て、俺は固まった。

 

「What the……」

 

 思わずにわか英語が出るくらいには驚いてしまった。いつまで経ってもクリアと言わない俺を案じて、琉希ちゃん達も中へと侵入する。そして同じように固まった。

 

「え、これ、人間……?」

 

 珍しく驚いたように琉希ちゃんが呟く。

 

「う、な、なんなんですかこれ」

 

「これは……」

 

 それは、大きくて太い蔦。だが、ヤバいのはその蔦に大勢の人間が絡まっているということだ。しかも皆意識がないようでピクリとも動かない。ざっと見ただけで二十人は捕まっているに違いない。

 

「まさかこれで補給してんのか……?」

 

 ふと、雪華綺晶がしていた事を思い出す。自身の存在を維持するために、過去に彼女は人間を推奨に閉じ込めていた。

 

「間違いありません。……嫌な事を思い出させますね」

 

 雪華綺晶の目つきが鋭くなる。

 

「安易に近づかないほうがいいでしょう。この蔦は、多分雛苺の意思で動いているに違いないですから」

 

 確かにその通りだ。俺たちが不用意に近づいて捕まったなんてとんでもないから。それに、言い方は悪いがこいつらはどうでもいい。

 

「助けないんですか?」

 

 翠星石が言う。

 

「ああ。だがまぁ、ここから力を補給してるのは確かだ。破壊する必要はあるだろうな」

 

 そう言って俺は背負っていたリュックを降ろして中身を漁る。出てきたものは、レンガブロックくらいの大きさの粘土のような塊……C4だ。これも隆博の夢の中に落ちていたものだ。

 

「必要に応じて爆破しよう」

 

「ちょ、そんなことしたらこいつら死んじゃいますよ!」

 

「分かってる。起爆は俺がやる」

 

 必要な事だ。やるしかないのだ。自分にそう言い聞かせる必要すらない。

 

「イかれてるです!琉希も止めるです!こいつ人殺しになりますよ!」

 

 そう言われ、琉希ちゃんは困惑していた。俺のやろうとしていることは人道的には悪だ。だが、そうでもしないと雛苺を倒せるか分からないのも事実で。

 

「大丈夫だ。殺すのは俺だ、君は何もしない」

 

 それを察して俺は声をかける。琉希ちゃんは黙った。

 

「マスター、無理しなくてもいいんですよ」

 

 ふと、爆薬に雷管を刺す俺に雪華綺晶が言った。

 

「してないさ。言っただろ、一緒に地獄へ行くって」

 

「……大好き、マスター」

 

 雪華綺晶が頬に唇をつけた。俺は爆薬を蔦へと放り投げる。本当に、この子は愛くるしい。

 

 ふと。

 

 

 そういえば、雪華綺晶のボディはまだ寄せ集めで作ったものだったなぁ。

 

 

 

 雛苺を倒す理由がまた一つ増えた。

 



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sequence47 Don’t Look at Me Like That

 

 

 サプレッサーを介して多少なりとも抑圧された銃声が、街中に響き渡る。それも一つや二つではない。いや発信源は一つであるが、そこから次々と弾丸が放たれていく。

 ドシュシュシュシュ、という連続したくぐもった銃声が響きながら、ライフルのエジェクションポートから真鍮製の薬莢がこぼれ落ちていく。

 

「クソッ!」

 

 悪態を吐きながら、隆博は迫り来る触手に引き金を引き続ける。一つ触手が潰されれば、もう一つが追いかけてくる。その間に傷付いた触手は回復する……その繰り返しが、この3分間ずっと起こり続けている。

 ガツンと言う、通常とは異なった突き抜けるような反動が肩に伝わる。薬室を見てみれば、ライフルのボルトが開きっぱなしになっているのだ。つまり、弾切れ。

 

「リロード!」

 

 カバーしてくれる相手がいるわけでもないのに癖で叫びながら弾倉を交換する。自分で買ったものじゃないから古い弾倉は捨て、新しい弾倉をポーチから引き抜いてライフルにこめる。

 蒼星石はそんな相方の腰を抱きしめながら浮遊する。いくら人形といっても、その力は計り知れない。人一人浮かすくらいはなんてことないのだ。

 

「どうするのさ!この街意外と狭いからすぐに追いつかれちゃうよ!」

 

「どうするもこうするも今は凌ぐしかねぇだろうが!」

 

 自分のドールにブチ切れながら、それでも引き金を引く指を止めない。今、二人は危機に瀕している。

 

 一方で、真紅とのりちゃんもある意味で危機に瀕していると言えるだろう。

 雛苺は自身から、隆博たちを追っている触手よりも細めの蔦を出し、鞭のようにしならせて攻撃に用いる。真紅はそれを杖と薔薇の花弁で華麗に防いでいるが、防戦一方で攻撃に移れない。

 鞭の一つが防御をすり抜け真紅の脇腹を打ち付ける。

 

「ぐっ!?」

 

 真横に吹っ飛ぶ真紅。建物の壁を突き抜け、家具をぶち壊してようやく止まる。人間なら死んでいるに違いない攻撃も、ローゼンメイデンなら何とか耐える……が、無傷とはいかない。ドレスはなんともないが、肌は所々汚れてしまっている。出血はもちろん無いが。

 

「真紅ちゃん!」

 

 叫んでそちらに向かおうとするのりちゃんの前に、雛苺が立ちはだかる。

 

「だめよ。のりは元々アリスゲームの参加者じゃない」

 

 そう言うと、雛苺は自身の腕から蔦を伸ばしてのりちゃんを襲う。蔦は彼女の手足を縛り、そのまま宙に拘束した……拙者、リョナ大好き侍!義によって助太刀いたす!嘘ですごめんなさいやめてやめて叩かないでよッ!(ひで)

 ギリギリと手足を締め付ける触手にのりちゃんは苦しむ。当たり前だ、普通こんな痛みに慣れているはずがない。

 

「ひ、雛苺ちゃん……」

 

「本当ならこんなことはしたくない。でもね、のり。私も引けないのよ。幸せのために。死んでもらうわ」

 

 ギリギリと、遠くからでも聞こえるほどに触手は彼女の四肢を捥ごうとしている。少女の絶叫が響き、小さな銃声をかき消す。もちろん真紅はそれを良しとせず、薔薇の花弁を放出して攻撃を仕掛けた。だが、それはいとも簡単に、それこそ蝿を払うかの如く打ち砕く。

 

「のりッ!」

 

「あ、あああああああああ痛いいいい!!!!!!」

 

 ミシミシと、嫌な音が響く。守ると言っていた人は来ない。なぜなら、彼女は囮だから。深い絶望と痛みが、まだ高校生の少女を襲った。死というものが、こんなに間近に迫るなんて思いもしなかった。

 あの青年たちは、弟は、こんな世界で戦っていたのか。のりちゃんは、後悔と恐怖で胸がいっぱいになった。

 

 でも、でもだ。純粋に人を助けたいという少女を放っておく世界では、ないようだ。

 剣が、雛苺に迫る。投げナイフのように飛んできて、彼女の頭を吹き飛ばそうとやってきたのだ。

 

「ッ!?」

 

 驚きつつもその剣を蔦で薙ぎ払う。それと同時に、黒い何かの大群がのりちゃんへと打ち込まれる。正確には、彼女を拘束している蔦へと。気がつけば、のりちゃんを拘束していた蔦はズタズタに引き裂かれていた。のりちゃんは咳き込みながらも、自分を助けてくれた何かを一目見ようと剣が飛んできた方を覗き見る。

 

「随分と愉快な事をしているのね、雛苺」

 

 太陽を背に、黒い翼を羽ばたかせて彼らはやって来る。銀の髪と紅く深い硝子の眼で作り上げた、人に寄せて非なる人形。手には装飾の凝った一振りの剣。

 彼女を駆るは黒髪の少年。兄の狂気に触れ、自らもその深淵へと足を踏み入れ帰ることすらない、無垢というにはあまりにもかけ離れている欲望の化身。

 水銀燈と礼が、この場に参上した。

 

「俺たちも仲間に入れてくれ。退屈はさせないさ」

 

 そう言うと、礼は10メートルもありそうな高さから水銀燈の手を離して着地する。まるでヒーローのように着地する様は、人間ではない。俺なら骨折してる。

 雛苺は顔を顰めると、無理矢理皮肉った笑みを作って見せた。

 

「あらぁ、これはこれは。長女のお出ましだわ。そんなマスターなんて連れて……あなたはもっと賢いドールだと思ったのに」

 

「はぁ?なぁにいきがっちゃってるのよ。少なくともあんたの114514倍は賢いわ」

 

「変な数字を使うのはやめろ」

 

 のりちゃんは礼の姿を改めて見て驚く。

 

「ジュ、ジュンくんのお友達の……」

 

 礼は鼻で笑い、言った。

 

「兄貴から言われて来てみれば……なるほど、どうやら足止め役にされたみたいだな」

 

 俺は何も、のりちゃんを完全に見捨てているわけじゃない。手段は選ばないが、それでものりちゃんを死なすのは良心が痛むものだ。それに、真紅と蒼星石では苦戦することは分かっていた。隆博には悪いが、奴も含めて囮だった。だが囮が死んでは意味がない。俺たちまでやられるかもしれない。

 ならば。強いやつをぶつけてやれば、生存率が上がる。その答えが、礼と水銀燈。つい昨日退院した礼は暇を持て余していたし、薔薇の事を伝えたらニタリと笑って了承して見せた。もちろん囮とは一言も言わなかったが。

 

「まあどうでもいい。あの雛苺って奴を殺して薔薇を回収する。ついでにローザミスティカとボディも回収すればお釣りが来るくらいだな」

 

「はぁ?あなた馬鹿なの?いくら雑魚ドールが集まったところで私は倒せない。真紅と蒼星石を見なさい、たった一人に手も足も出ない。誰も私を止められない」

 

 自信たっぷりの雛苺が二人を嘲笑うが、礼は腕を回して準備運動するだけ。水銀燈も礼に寄り添って猫のように顔を擦り付けている。それが、酷く癪に触った。

 

「もう話はいいか?大人びた女はこれだから困る。聞いてもないのに自分語りだ。桜田に嫌われるぞ」

 

「殺す」

 

 いつになく純粋な殺意を剥き出し、雛苺は腕を振るって蔦を放出した。太い蔦が二人に伸びていく。だが礼と水銀燈は大して避けようともせず……

 当たることもなくその場から消えた。

 

「えっ……」

 

 驚く雛苺。手応えも無ければ姿さえ見えない。

 

「なるほど、これは素晴らしい」

 

 不意に、雛苺の背後から礼の声が響く。急いで後ろを振り返ってみれば、水銀燈をお姫様抱っこした礼がサングラスを手に自分に酔いしれていた。

 そんな馬鹿なことが、と思ってしまう。姿を消してから背後を取られるまで1秒程度だ。人間がこんなに早く動けるはずが無い。ならば、水銀燈の力だろうか。いや、彼女にこんな力はなかったはず……

 

「あなた、精神体ね」

 

 頭が冴えわたっている雛苺は一つの結論に行き着く。

 nのフィールドへ来る際に、礼は一度寝てから水銀燈に夢の扉を開けてもらってこちらに来たに違いなかった。それならば納得できる。

 夢という世界は、めちゃくちゃである。空を飛ぶ夢、超人になっている夢……人それぞれあるだろう。礼は、それを利用した。水銀燈の作用によって自身が超人的な能力を手に入れている夢を見ている最中に、nのフィールドへと来たのだ。結果、効果は持続し超人的な動きができる……よく分からんがそういうことらしい。

 

「今日は機嫌が良い。7分だけ相手をしてやろう」

 

 礼はそう言うと水銀燈のおでこに口付けして彼女を降ろし、サングラスをかける。そして両手で髪を掻き上げると腕を組んで雛苺に正対した。

 ふと、のりちゃんは家族に内緒でプレイしているホラーゲームを連想して思う。

 ……ウェスカーみたいだな、と。

 

 

 

 

 

 

 先ほどの広場を抜けて宮殿を進んでいく。異変はその時に起きた。

 スッと俺は片腕を上にあげて後方の琉希ちゃんに止まるよう促す。どうやら隣の雪華綺晶も異変に気がついたようで、無機質な表情を維持したままで小声で言う。

 

「囲まれましたわ、マスター」

 

 俺は頷いた。何か気配がする。柱が多い通路内で、何かが先ほどから周りをチョロチョロ動いているのだ。

 

「気をつけろ。見つけ次第殺せ」

 

 そう言って俺はライフルを構えながらゆっくりと進んで行く。一歩、二歩、三歩。その時だった。横の柱から、何かが俺目掛けて飛んできたのだ。俺はそれを察知し、ライフルではなく右ストレートで殴る。

 グシャリと拳に感触がし、ぼとりと何かが落ちる。ぬいぐるみだ。先程雛苺が侍らせていた、あの兵隊どもだ。

 立ち上がろうとするぬいぐるみに銃口を突き付けて押さえ込み、安全装置を解除して引き金を引く。バンッとくぐもった発砲音と共に、人形は動かなくなった。

 

「コンタクトッ!」

 

 琉希ちゃんが叫ぶ。同時に、周囲から刃物を持ったぬいぐるみや人形がわらわらとこちらへ突撃してきた。

 俺は何も言わずにひたすら引き金を引きまくる。

 

「マスター!」

 

 雪華綺晶が叫び、蔦を張って周囲の人形を薙ぎ払う。残った人形たちを俺が撃つ……後ろを見てみれば、琉希ちゃんがナイフを振るい、翠星石が如雨露で殴り、殲滅している。心配はいらないようだ。

 数十体倒したところで敵はいなくなった。どうやら後退したか、一時的に殲滅できたようだ。

 

「怪我はないか?」

 

「ええ、こちらは……あなたこそ、手から血が出ていますよ」

 

 そう言われて俺は自分の手の甲を見る。たしかに、いつの間にか浅く切られていたらしい。グローブがぱっくりと割れて血が滲んでいた。

 

「すぐに治る。しかし、どうやら近づいていると見ていいようだ」

 

 でなけりゃ襲ってこない。これはジュンくんに近いぞ。

 俺は銃に刺さった、通常よりも大きめの弾倉を取り外し、リップから覗く弾薬を押す。程よいスプリングの跳ね返り……結構撃ったが恐らくまだ20発以上はある。さすがシュアファイアの60発弾倉。

 装備を点検し、道を進む。そろそろ礼が来る頃か。

 

 

 

 

 

 

 大通りは、パリの美しい街並みが見る影もないくらいに激しい戦火に包まれていた。雛苺の大蔦が荒れ狂い、礼と水銀燈を襲う。しかし礼は超人的な速度と反応でそれらを避け、水銀燈は翼と剣で薙ぎ払う。いかに大人として強くなり、力が有り余る雛苺と言えどもこの二人を相手にするのは難しい。

 水銀燈は本来、ローゼンメイデン随一の武闘派ドールである。ローゼンメイデンが一人でも目覚めればそこへ攻撃を仕掛けるし、純粋に威力が高い武装を兼ね備えている。割とアホだから気がつかないだけで、かなりハイスペック。聖杯戦争なら勝ち確とはいかなくても優位だろう。

 礼も、実はかなりヤバイ。何がヤバイって、吸収がとてつもないほど速い。格闘技の試合を見ただけでその試合で使われていた技を繰り出せるくらいだし、運動もしているから動きも素早い。

 この間の主途蘭戦であまり振るわなかったのは、主途蘭の唐突な覚醒による部分が大きいわけで。実際、このコンビは強いのだ。

 

「ちょこまかと……!」

 

 苛立ったように大蔦を振るう雛苺。後ろで真紅がのりちゃんを安全な場所に移動させているが、構っている場合ではない。水銀燈は攻撃力に優れ、契約者の礼はスピードが異常。一瞬でも気を逸らせばやられるのはこっちだから。

 と、そんな時。たまたま地面に着地したばかりの礼の腕を、大蔦が捕まえた。着地狩りだ。

 

「そのまま死になさい!」

 

 雛苺は大蔦を操り、礼を空中へと吊り上げる。そして、一気に地面へと叩きつけた。

 

「礼ッ!」

 

 水銀燈が叫び援護しようとするも、雛苺の攻撃が激しくて駆けつけられない。さすがにこれには手応えを感じたようで、雛苺は笑った。笑って、すぐに顔を歪める。

 礼は、足から着地していた。凄まじい速度で叩きつけられたにも関わらず、まるでちょっと高い所から降りましたと言わんばかりの姿勢で着地し、蔦をしっかりと掴んでいる。

 

「足を狙うべきだったな」

 

 水銀燈は安堵したように笑う。礼は腕に巻きついた蔦を後ろへと引っ張った。

 

「きゃっ!」

 

 可愛らしい悲鳴をあげ、引っ張られる雛苺。相手の予期せぬ攻撃に驚く暇もなく、彼女は礼を中心に弧を描き、逆に地面へと叩きつけられてしまう。

 

「ぐぇっ!?」

 

 その衝撃たるや、車に撥ねられるのとどちらがマシか。そのまま彼女は激痛にのたうちまわる。

 

「ダメだ、全然ダメだ」

 

 悪役めいた口調で礼はその場で言う。そして悔しそうに顔を歪めて立ち上がろうとする雛苺を、驚異的な速度で接近して踏みつけた。

 

「こんなものか。所詮は大人ぶった子供だな」

 

「あんたも子供でしょ」

 

 攻撃が止み、うつぶせの雛苺へと腰掛けてツッコミを入れる水銀燈。まだ中学生なんだよなぁ……

 

「さて、雛苺。お前には二つ選択肢がある」

 

「せ、選択肢?」

 

 ギリギリと頭を踏みつけられる雛苺は問われる。

 

「大人しくローザミスティカと薔薇を渡すか、俺たちに無惨に殺されるか。心配するな、ボディは俺が有意義に使ってやる」

 

「うっわすごい悪役……」

 

 屈辱だった。まさかnのフィールドを逆手に取っただけの人間にこうまでされるなんて。単純なパワーではこちらが優っているのに、今にも頭を踏み砕かれそうで動くに動けない。しっかりと水銀燈も蔦を警戒して剣を離さない。絶体絶命とは、まさにこのこと。

 

「嫌、嫌よ!せっかく手に入れた力だもの!大人の身体だもの!渡すものですか!」

 

「ね、ねぇもうやめてあげて!いくらなんでも殺すなんて……」

 

 礼の残酷な手法にのりちゃんが止めようとする。だが礼は懐から何かを取り出して、少し離れた場所にいるのりちゃんへとそれを向けた。

 拳銃だった。H&K P30、ドイツ製の拳銃だ。これも、俺たちと同じく夢で手に入れたもの……礼は、退院してからの短期間に俺の部屋にある銃の雑誌を読み漁って知識をつけたらしい。じゃなきゃわざわざこの銃をチョイスしない。

 

「外野は黙ってろ。俺は決してお前の味方じゃない」

 

 銃を向けられ固まるのりちゃん。本気だった。礼は、邪魔されれば本気で撃つ……のりちゃんにも分かるくらいには殺意を出していた。のりちゃんはどうにかしてと横で痛む肩を押さえる真紅を覗く。だが、真紅は何も言わない。

 

「ねぇ、真紅ちゃん!このままじゃ雛苺ちゃんが!」

 

「……それも、仕方ないのだわ」

 

「え?」

 

 真紅の思いがけない言葉にのりちゃんは聞き返す。

 

「これは、アリスゲームだもの」

 

 歪んだ笑みで、のりちゃんと顔を合わせる真紅。まともじゃなかった。何かが真紅の中で壊れた。いや、違う。きっと、あの時大人になった雛苺にジュンを奪われた時から、聡明な真紅は変わってしまったのだ。知らぬ絶望に打ちひしがれ、呆然としていた時から。そんな真紅を、水銀燈は笑った。

 

「あっはははははは!真紅ぅ〜?最高!その顔、まさにジャンクよ!あなた最高に壊れてるわ!」

 

 決意が違う。ここにいる誰よりも、真紅は中途半端なのだ。成り行きで雛苺と対峙している彼女では、同じ舞台には上がれない。成り行きという点では俺たちも変わらないが、違う点はただ一つ。

 雛苺を殺す。自分を、そして自分のドールをアリスにする。その意思だ。

 

「おかしいよ、みんな。おかしいって、そんなの。狂ってるよ!」

 

 真に常識人であるのりちゃんは叫ぶ。この場に漂う見えない狂気に触れてしまいそうになる。

 

「さて、雛苺。そろそろお別れの時間だが……いいだろう。その意思の強さに免じて遺言を聞いてやる」

 

「この……!」

 

 苦し紛れに、蔦を召喚しようとする。だが、

 

「はいダメ〜」

 

 スパッと、水銀燈は雛苺の腕を剣で切断する。刹那、雛苺の絶叫が響いた。

 金切り声をあげる雛苺に目もくれず、代わりに彼女の切断した腕の接合部を見る礼。そこには血肉は無い。ただ、球体関節があるのみ。

 

「驚いたな。身体が大きくなっても人形であることは変わりないのか」

 

「なぁにそれ?結局それじゃああのジュンって子供と報われないじゃない。結局はおままごとの延長線上、ああ嫌だ、我が妹ながら呆れてものも言えないわ」

 

 心底蔑んだ言葉が雛苺を傷付ける。礼と水銀燈は、アリスになると決めている。人になり、至高の存在となり、生きていくことを決めたのだ。だからこそ、雛苺を非難する。それは単に、目の前にある難題を保留しているにすぎないのだから。きっと、俺と隆博でも同じことを言ったに違いない。大きい雪華綺晶とイチャラブするのは目標であるが、到達点ではないからだ。

 

「やめて、見ないで……」

 

「それが遺言でいいか?」

 

 いつの間にか恥辱の涙を流す雛苺に問う礼。容赦はない。

 

「安心して死ね」

 

 踏みつける足に力が篭る。雛苺は死というものを知らない。ひたすらに、その知らない事象に対しての恐怖が彼女の心を埋め尽くした。助けてジュン、助けてと、小さく呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイオリンの音が響いた。美しい音色が街に響き、気がつけばそれは破滅となって礼たちを襲っていたのだ。

 

「ッ!?」

 

 突然空から襲いかかってきたバイオリンの音色と衝撃波が、雛苺もろとも彼らを襲う。急ぎ水銀燈を抱き抱えその場を退く礼。

 一瞬だが、何が起きたのか雛苺は理解できなかった。だが、このバイオリンの音色に聞き覚えがないわけではない。そう、これは、あのドールが奏でる音色。

 

「なんだ?新手の敵か?」

 

「この音色……」

 

 水銀燈の顔が歪む。何やら思い出したくないものを思い起こしたようだった。

 バイオリンの音色は続く。空を見上げれば、小さな影が太陽を背に浮かんでいた。人形だった。

 

「あの子は……」

 

 真紅が呟く。そして小さな影は未だ倒れる雛苺の横へと降りた。

 黄色の可愛らしいドレスにバイオリン、胸には首から下げられた双眼鏡。そして、ヘーゼルグリーンの瞳と髪。おでこが可愛らしい。

 

「弱いものいじめはそこまでかしら!」

 

 黄色いドールはバイオリンの弦で礼達を指し、言った。

 

「あなたは……」

 

 朦朧とする意識の中、雛苺は自身を助けた黄色いドールに声をかけた。

 

「安心しなさい雛苺!このローゼンメイデン一の頭脳派である金糸雀が来たからには、あんな厨二病コンビなんて爆裂粉砕かしら!」

 

 ローゼンメイデン第二ドール金糸雀、見参。礼は心の奥底から彼女の到来を喜んだ。

 これで、アリスゲームが正式に始まるのだから。

 

「か、金糸雀……!」

 

 礼とは対照的に水銀燈は顔を引きつらせている。

 

「そんなに強いのか、あの金糸雀は」

 

「まぁ、ね……舐めてかかると痛い目に遭うわ」

 

 ふぅん、と礼は生返事して首をゴキゴキと鳴らした。それは楽しそうだ、と言おうとして、ポケットに仕舞っていたスマートフォンが鳴り出す。取り出してみてみれば、タイマーが時間を知らせていた。7分だ。

 

「ちっ」

 

 礼は短く舌打ちし、スマートフォンを仕舞う。水銀燈は少しばかり安堵した様子で剣を自らの翼に納めた。

 

「金糸雀……」

 

「雛苺、腕を切られてるかしら!?あれ、なんだか随分と大きく成長して……」

 

 どうやら今の状況がよくわかっていないらしい金糸雀に、雛苺は飛びついてそのまま抱きしめる。

 

「な、なにかしら!?キマシタワーを建てる気はないかしら!?」

 

「ありがとう」

 

 ボソリと、雛苺は呟く。刹那、彼女は落ちている腕を拾い上げて一際大きな蔦を地面から召喚した。蔦は彼女を包むとまた地面へと消えていく……逃げたのだ、あのドールは。

 

「あぶな!カナも巻き込まれるところだったかしら!?」

 

 テンションの高い金糸雀に礼は興味を無くしたように佇み言う。

 

「時間切れだ。お前はまた今度だ」

 

「せいぜい首を長くして待ってなさい」

 

「それ、首を洗っての間違いじゃないかしら」

 

「うるさいわねッ!」

 

 少しばかりのやり取りの後、水銀燈は翼を広げて羽を撒き散らす。視界を覆うほどの黒い羽が収まった時には、二人の姿は消えていた。精神体としての、タイムリミット。7分とは、そういうことだったのだ。

 

「金糸雀……」

 

「真紅!まったく状況を掴めてないけど、あなたも水銀燈の仲間かしら?いつからそんなに親しくなったの?」

 

「やめて。聞きたくない」

 

 そこには金糸雀が知っている気高い真紅はいない。ただ自分の醜さを自覚して捻れてしまった、哀れな人形だけがいた。

 

「……帰りなさい。今、あなたと戦う気分じゃないわ」

 

「ふふん!そんなこと言って、このローゼンメイデン一の怖いもの知らずのカナが」

 

「殺すわよ」

 

「ひぃ!?」

 

 おぞましい、真紅とは思えない殺意。それを向けられビビる金糸雀。

 

「し、仕方ないかしら!ここは戦略的撤退を選ぶかしら!カナは名将だから!バイバイ真紅!」

 

 そう言ってそそくさと日傘に乗って去っていく金糸雀。真紅はへたり込んだ。へたり込んで、両手で顔を覆った。

 

「真紅ちゃん……」

 

「ねぇのり、私は間違ってるわよね」

 

「それは……そうね」

 

「そう、そうよ。私は真紅。気高きローゼンメイデン第五ドール。あの言葉は間違い、そうなのだわ」

 

 自問自答する真紅。遅れてようやく広場へとやってきた隆博と蒼星石が、そんな赤いドールを訝しむ目で見た。

 

「なんかあったんか?急に蔦が消えたんだけどさ」

 

「のりちゃん、雛苺は?」

 

 のりちゃんは答えない。それどころか、彼女まで俯いて泣き出す始末。狼狽する隆博と蒼星石。仕方なく、二人は絶望する乙女達を置いて宮殿へと乗り込んだ。




話の内容暗すぎィ!


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sequence48 Suffer with us

 

 

 

 

 

 痛い、痛いよ。腕が千切れちゃったの。肩から先が取れちゃったの。痛いはずなのに、でも痛くないの。痛いのは心なの。みんなにばれちゃった。ヒナが、結局は大人になっても人形だって事、ばれちゃったの。

 ねぇジュン、なんでかな。なんで、ただ幸せになりたいだけなのに、なんでこんなに痛いのかな。ヒナは、ジュンと愛し合って、結ばれたいだけなのに、どうしてみんなでヒナを虐めるのかな。

 石を投げて、唾を吐いてくるんだよね。金糸雀は知らないだけ。でも、きっと本当の事を知ったら蔑むんだ。愛してると言って離れて死ねと言うんだよね。

 そんなことはないよね。できないよね。ジュンは、ヒナが愛してるんだから。ここから逃げないと。今すぐここから逃げないと。

 

 なんでもない、なんでもないのよ。ただいつもと同じ日々が続いていく。

 どのみち風は吹くでしょう?だから、私たちも同じなの。風の如く、同じように過ぎ去っていく。

 だから、だからね。

 

 その間だけでもいいの。愛して。幸せにして。お願い。お願いします。

 

 全てを捨てたヒナを、私を見捨てないでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を切らし、這い蹲りながら地獄のように長い道のりを行く。

 たった数メートルの距離が、永遠とも思えるほどに長い。

 ドレスは擦り切れて、可愛らしさなんてのはありはしない。ただの布切れだ。

 

「ジュン、ジュン」

 

 今にも途絶えてしまいそうな声で雛苺は名を呼び続ける。あまり痛くもないはずなのに、それでも激痛が心を支配している。進もうにも進めない。進んでも、近づかない。でも、側に行きたい。

 髪を彩っていたリボンは踏みつけられて取れてしまった。流れるような美しい金髪は、埃と土で汚れてしまっている。

 それでも。愛して欲しい。ただそれだけのために。

 

「ジュン、起きて。ヒナを助けて」

 

 すがるような声色ではない。優しく言い聞かせるような、幼い声で。ベッドに横わる想い人に寄り添い、言う。

 次第に少年の目が開く。目が合って、にっこりと微笑む雛苺。

 

「雛苺……?どうして僕はここに……」

 

 混濁する記憶を辿り、思い出す。大人になった雛苺。朧げだが、目の前で戦う真紅と雛苺。

 

「お、お前!」

 

 起き上がり、一気に警戒するジュンくん。だが、見下ろした雛苺は見るに耐えられない姿だった。

 

「雛苺、腕が……!」

 

「ねぇ、ジュン」

 

 そっと、ジュンくんの袖を雛苺が掴む。

 

「ヒナね、ジュンが大好き。一緒にくんくんを見てる時も、はなまるハンバーグを食べてる時も、怒られてる時も、ジュン登りしてる時も。ずっと、好き」

 

 ドキッとしてしまった。前にも雛苺にキスされたりしたが、あの時と違って今はしおらしい。腕が無くて痛いと言うのもあるのだろうが、それにしてもとても魅力的で、それでいてどこか小さいころの雛苺の面影もあって。

 にっこりと笑う雛苺は、続ける。

 

「人間になりたかったの」

 

 アリスでは無く、人間。その言葉の重みを、ジュンくんはまだ理解できない。

 

「人形はね、いつか人間と別れるの。だから、人間になって、ジュンと一緒に生きて、死にたかったの」

 

「そんな、そんなこと言われても」

 

「ごめんね。ヒナはわがままね。愛してるって言って、こんなことしかしてあげられなくて、気づいてるのにそれを見ないふりして、みんなを傷つけて、真紅にも見捨てられて。本当に、馬鹿なの」

 

 真紅が見捨てた。そんなことがあるのかと、ジュンくんは頭で否定する。だが、それじゃあこの腕は、と。

 

「ねぇ、ジュン。ヒナはね、全部捨ててきちゃったの。最後に残ったのは、ジュン。あなた。でもね、ジュンはきっと、ヒナを捨てると思う」

 

「え……」

 

「ジュンが一番大切なのは真紅。ジュンには未来があるの。もう昔みたいに弱くない。頑張って、進んでいけるの。人形じゃない、人間だから」

 

 少年は言葉を失った。こうまで自分を愛して、考えてくれた人がいなかったから。揺れ動く心。思春期の少年には、いささかこの経験は刺激が強すぎたに違いない。

 だから。選んでしまう。最後まで、雛苺は悪女なのかもしれない。でも、本心だった。彼女の心を、少年に打ち明けた。

 

「僕は、見捨てたくない」

 

 眠りの王子は決意した。進んでいける。止まっていた針を、元に戻せると、彼女は言ってくれた。それが本気かどうかは少年にもわかる。だからこそ、選ぶのだ。

 

「雛苺、ぼ、僕は、愛とかなんとか、まだわからない」

 

「うん」

 

「でも、でもだぞ!こんな、こんな……僕の事を、考えてくれたのはお前が初めてだから、その……」

 

「ジュン」

 

 言葉を止める。

 

「強くなったね」

 

 少年は認められた。紛い物ではない、本物に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況が分からん。だが何かあったのは確かだ」

 

 合流した隆博が説明する。

 

「それじゃあ何か分かんねぇじゃねぇか」

 

「しょうがねぇだろいなかったんだから。こっちも蔦に追っかけられて大変だったんだぞこの」

 

 確かに隆博の格好はかなりボロボロで、いかに戦闘が激しかったのかを物語っている。

 とにかく、のりちゃんと真紅が無事で雛苺が退いたということは礼が来たんだろう。あいつすげぇな、撃退したのか。いなくなってる理由は分からんが。

 

「近くに微弱な力を感じます……これは、雛苺?」

 

 雪華綺晶が呟く。どうやら雛苺もジュンくんのところに向かったようだ。これは利用できるな。

 

「力を辿ろう。きっと、HVTもそこだ。隆博、爆薬はあるか?」

 

「C4が少し。あれ、お前のは?」

 

「使った。先を急ごう」

 

 細かくは言わないし、使ったのは事実だ。琉希ちゃんと翠星石の表情は曇っているが、隆博もそれを察せないほど馬鹿じゃない。何度か頷いて、ライフルの薬室を半分ほど開き装填を確かめると俺の後ろを歩き出した。

 さっきの事を親友に言えるほど、俺はできちゃいない。

 

 いつまたぬいぐるみに襲われるか分からないために慎重に進んでいく。構えている腕が疲れるが、そうは言ってられないのも事実だ。

 通路内は異様なほどに静かで、それが逆に不気味に思えるくらい。前衛を俺と雪華綺晶が、そのすぐ後ろを隆博と蒼星石、最後尾に琉希ちゃんと翠星石が連なり歩いている。

 何度目か分からない角を曲がると、数メートル先の突き当たりに装飾の施された扉が見えた。雪華綺晶と顔を合わせる。

 

「恐らく、あの扉の先に」

 

 ようやく辿り着いた。恐らく雛苺との戦闘は避けられないが、退却したということは彼女も無事ではないだろう。隆博曰くもうこちらの存在は露呈しているそうだから、気兼ねなくぶっ放せる。

 少しばかり足が速くなる。仕方ないだろう、ターゲットを前に焦るなんてことはよくあるじゃないか。俺たちは素人だし。早く、早く薔薇とボディを手に入れなければ。

 

「っ、マスター!」

 

 不意に雪華綺晶が叫んだ。同時に影になっていた右横から気配、人形だった。

 俺は特段何も思わず、人形を冷静に見据える。人形はこちらに飛びかかり、首を狙ってナイフを振り下ろそうとしていた。

 

「コンタクトッ!」

 

 隆博が叫ぶのと俺がライフルで人形のナイフをいなすのは同時だった。攻撃が空振った人形をすぐにライフルのストックで弾き飛ばすと、倒れたところに2発。

 

「出てきたぞ!隠れろ!」

 

 隆博が言いながら横へズレて撃ち始める。いつの間にか扉の前に兵隊の姿をした人形が整列していた。綺麗に並べられた人形達の手には、彼らのサイズに合ったマスケット銃。

 

「柱に隠れろ!」

 

 俺はそう言って雪華綺晶を抱き上げて横の柱へと隠れる。全員が隠れ、反撃をしようとした瞬間に人形達の銃が一斉に火を噴いた。複数の弾丸が柱を削る……人形サイズといっても殺傷力は十分なようだ。

 

「マスケットだ!装填に時間がかかるぞ!」

 

 言いながら俺はライフルを左手に持ち替え、上半身の半分を出して人形達を狙う。実際、マスケット銃などの古い銃は装填に時間がかかることで有名だ。

 油断していた。撃ったのは前の列にいる奴らだけ。後列の人形が、今まさに俺を殺そうと銃を構えていた。

 

「うわっ!」

 

 発砲音が響き、ライフルを持つ左腕に痛みが走る。

 

「マスター!」

 

 雪華綺晶が悲痛に叫ぶ。俺はしかめっ面で柱に隠れると撃たれた部位を確認した。上腕に2発、うち1発は掠っただけだが、もろに当たった方の傷口からは出血していた。

 

「撃たれたのか!?」

 

「撃たれた!クソが!」

 

 すぐにポーチから止血帯を取り出して腕に巻く。巻いて、思い切り締め上げる。そこでようやく、もう一箇所被弾していることに気がついた。

 左手の薬指の、指輪から先が無い。

 

「ああ!指!マスター!」

 

 俺の代わりに慌てふためく雪華綺晶。意外にも、俺は冷静で思った以上に痛みを感じていなかった。

 

「大丈夫だ、指輪はちゃんとある」

 

 そう言って右手で彼女の頭を撫でる。次にライフルを見た。どうやらライフルにも被弾していたらしく、銃身が裂けて機関部が膨らんでいる……銃口から弾丸が入ったのか?貫通しなくてよかった、死んでたかもしれない。

 

「フラグアウトッ!」

 

 隆博が手榴弾を投げる。数秒後に爆発。ライフルを捨てて予備の拳銃をホルスターから引き抜き、俺はそっと顔を出して確かめる。

 

「クリアか!?」

 

「クリア!Forward!」

 

 俺の号令と共に、マスター達とドールズは進んで行く。

 

「河原 郁葉、あなた指が……」

 

 後ろの琉希ちゃんが気付く。俺はそれに答えず、改めて先頭を進む。

 人形の部隊は、先ほどの手榴弾でほぼ壊滅状態にあった。何体かはボロボロであるもののまだくたばってはいないようで、逃げようとしている。俺と隆博はそんな人形達を一人残らず撃ち殺す。

 最後の一体を処理し、改めて負傷箇所を隆博が確認する。

 

「婚約指輪が嵌められなくなったな」

 

「もうしてるからいいよ。血は止まってるか?」

 

「ああ。ていうか、うーん。傷がほとんど塞がってるな……お前人間か?」

 

 苦笑いする。そういえば、傷の治りは早かった。今も、もうほとんど痛くない。これは、まぁ、いいことだ。多分。

 

「マスター……」

 

 俺はしゃがみこんで、申し訳なさそうに佇む雪華綺晶の頭を撫でる。

 

「大丈夫だ。指サックでもしとけばバレないし、もしかしたらまた生えてくるかもしれないだろ?落ち込むな、雪華綺晶のせいじゃないよ」

 

 そう言って俺は笑うが、やはりまだ彼女の表情は暗い。俺は立ち上がり、隆博に指示をする。

 

「扉に爆薬を設置しろ、突入するぞ」

 

 言われて頷く隆博。一瞬俺の生々しい左手を見た後、背負っていたリュックから爆薬を取り出す。

 

「扉は全部吹き飛ばすのか?」

 

「いや、ドアノブ部分だけでいい」

 

 そんなやりとりをして、隆博は爆薬を千切って薄く伸ばし、雷管を刺す。そしてそれを扉のドアノブに貼り付けた。

 

「離れろ!」

 

 隆博が注意を促し、俺たちは少し後ろの柱に隠れる。爆薬のリモコンを握るのは隆博。奴と目が合い、俺は左手で握りこぶしを作って自分の頭を軽く叩いた。

 刹那、隆博がスイッチを叩いて爆破。思ったよりも小さい爆発が起きて扉のドアノブとその周辺数センチが吹き飛んだ。

 

「Breach!」

 

 俺がそう言うと、隆博が扉へと駆けつけ蹴破ってすぐに隠れる。俺と琉希ちゃんは拳銃を構え、中へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雛苺が動かない。先程まで弱々しくも話していたのに、どういうわけかピクリとも動かなくなってしまった。

 ジュンくんは焦りながらも、必死に雛苺を起こそうと手段を尽くすが状況は変わらない。考えられるのはゼンマイ切れか、それともダメージを負いすぎたか。

 前にも真紅が動かなくなったことがあった。あの時はゼンマイを巻いてやったところ、また動き出してビンタされたのだが。今は彼女のゼンマイを所持していない。

 

「クソ、どうすればいいんだよ……!」

 

 せっかく見つけたのに。自分を本当に認めてくれる、誰かを。失いたくない。どうにかならないものか。

 

「フィールド外から失礼するゾ〜」

 

「なんだお前!」

 

 突然、どこから現れたのかタキシードを着たデカイウサギが気さくにやって来た。ジュンくんは驚いて尻餅をつくが、すぐに雛苺を守ろうとウサギの前に立ちはだかる。

 

「お前か!雛苺を傷つけたのは!」

 

「ファッ!?いきなり犯人に仕立て、仕立て上げて、仕立て上げられて頭に来ますよ!僕は違います(半ギレ)」

 

 どうやら犯人ではないらしいウサギ。だが、喋り方がどうにもウザい。ジュンくんはどうしていいのか戸惑うが、ウサギが先に動いた。

 

「あのさ、俺、いいもん持ってんだけどさ」

 

 どことなく真面目な雰囲気で言うと、懐から何かを取り出して差し出してくる。ゼンマイだった。

 

「これは……雛苺の?」

 

「ん、そうですね。欲しいでしょ?ゼンマイ」

 

 ピンハネしそうな神っぽくウサギが言う。ジュンくんはそのゼンマイに手を伸ばそうとして……

 

「まま、そう焦んないでよ」

 

 ウサギがひょいっと手を引っ込めた。

 

「なんなんだよ!くれるんじゃないのか!」

 

「だから焦るなって言ってんじゃねーかよ(棒読み)あげるよ〜。でもさ、その前に薔薇を外してやってくれよな〜、頼むよ〜」

 

 甲高い声でそう言うウサギ。だがジュンくんには薔薇の意味が分からないらしい。

 

「薔薇が雛苺の負担になってるってそれ一番言われてるから。だからあく薔薇取れよ。あくしろよ」

 

 急にガラが悪くなるウサギ。ジュンくんは渋々薔薇とやらを雛苺から取ろうとするが、どこにそんなものがあるのかわからない。

 

「いや、薔薇なんてどこにあるんだよ」

 

「この辺にぃ、ローゼンの弟子が作った薔薇、あるらしいっすよ」

 

 そう言ってウサギが雛苺の胸を指差す。そこには何もないが……

 

「うわ!」

 

 急に、雛苺の胸から光った薔薇が浮かび上がって来た。驚くジュンくんを指差して笑うウサギ。

 

「ウッソだろお前!笑っちゃうぜ!」

 

「う、うるさいな!びっくりしたんだよ!……これが、薔薇……なのか?」

 

 そう言って薔薇をそっと手のひらで包むジュンくん。すると、雛苺が徐々に縮み始める。数秒すると、あれだけ大きかった雛苺は元のサイズへと戻ってしまった。

 

「これ、雛苺が大きくなってたのって……」

 

「そうだよ(肯定ペンギン)今それ巡って割とやばいことになってるから早く捨てた方が良いんだよなぁ……」

 

「お前はいらないのか?」

 

「(いら)ないです。そんなの持ってたらあのキチガイマスターに狙われるからね、しょうがないね。あ、そうだ(唐突)あの変態ロリコンマスターが雛苺殺そうとしてるから早く逃げた方がいいゾ」

 

 ゾワっと、身の毛がよだった。雛苺を殺す。きっと、雛苺を傷付けた奴だ。

 

「そ、そいつは今どこに」

 

「そ↑こ↓」

 

 ウサギが扉を指差す。すぐ近く、その事実にジュンくんは恐怖した。すぐに薔薇を捨てて雛苺を抱き上げる。それと銃声がしたのは同時だった。

 複数の銃声が響いたと思いきや、扉を貫通して銃弾が部屋へと入って来たのだ。

 

「あー痛い痛い痛い!痛いんだよぉおおおお!!!!!!」

 

 そのうちの1発がウサギの腰に当たり、あまりの痛さに悶絶して一礼するような動きをする。一瞬の出来事に狼狽するが、逃げなくてはいけないと言うことはよくわかった。

 

「ど、どうすればいいんだよ!」

 

「ねーもうほんと……」

 

 悶絶するだけで答えないウサギ。今度は爆発音が響く。いよいよ危険が迫って来た。

 

「まま、そう焦んないでよ。表向きはその薔薇を回収しに来ただけだから。話せばなんとかなるんじゃない?(適当)」

 

「お前言ってることめちゃくちゃだぞ!」

 

 と、ウサギはケロリと立ち上がる。まるで痛みなどないと言うような素振りだ。

 

「しょーがねぇなぁ。お前、これやるわ」

 

 そう言ってウサギが取り出したのは何かのリモコン。それをジュンくんに投げ渡す。

 

「なんだよこれ?」

 

「爆弾のスイッチ。押すとここら辺全部吹っ飛ぶゾ〜」

 

「はぁ!?なんでそんな物騒なもん……」

 

 ジュンくんがそれを問い正そうとした時には、もうウサギはいなかった。まるで先ほどの光景は幻覚だったかのように。だが、事実だ。薔薇は足元に転がってるし、スイッチとゼンマイは手元にある。

 

「クソ、マジかよ!」

 

 その時だった。扉のドアノブが爆発音と共に吹っ飛んだのだ。驚いたのも一瞬、今度は扉が蹴り破られる。

 

「コンタクトッ!」

 

 そして突入してくる男。服の左手部分には血が滲んでいて、右手には拳銃。河原 郁葉。雪華綺晶のマスターにして礼が一番ヤバいと言っていた男だった。

 

 

 

 

「コンタクトッ!」

 

 部屋に突入し、真っ先にジュンくんの腕に抱えられた雛苺が目に入った。俺は銃をジュンくんへと向け立ち止まる。遅れて琉希ちゃん、隆博、そしてドールズがやって来る。

 

「HVTだ!無事みたいだぞ!」

 

 横でライフルを構える隆博が言った。そんなことはどうでもいい。雛苺を確保するのが最優先だ。

 だが、その雛苺はまるで赤子のようにジュンくんの腕で眠りについている上に、小さい。一体どうなっている?

 

「か、河原さん!」

 

 驚いたようにジュンくんが名を呼ぶ。

 

「雛苺を渡せジュンくん!」

 

 拳銃をずっと向けたままそう命令する。だがジュンくんは前のような弱々しい表情ではなく、何か決意したかのような顔で言った。

 

「あんたですね、雛苺を傷付けたのは!」

 

「そうかもしれないが、今は関係ない!今すぐ、こっちに、雛苺を渡せ!」

 

 俺も負けじと脅す。だが、思わぬ横槍が入った。琉希ちゃんだ。

 

「待ってください!目標は薔薇の回収です、彼の足元に薔薇が!」

 

「雛苺もだ!ジュンくん、頭を吹き飛ばしちまう前にさっさと渡せ!」

 

「渡せっつってんだろ!殺すぞ!」

 

 人間たちだけで盛り上がる。ドールズは少しばかりこの慣れない緊迫した状況に困惑していた。

 

「いいやダメだ!渡さない!雛苺は僕が守る!」

 

 そう言って、ジュンくんは左手に持つスイッチを掲げる。あれは起爆用のスイッチだ、今さっきまで隆博が使っていたのと同じモデルだ。

 

「これを押せば爆弾が爆発する!死ぬんだぞ!みんな!」

 

 言葉とは裏腹に、ジュンくんは震えていた。おそらく、興奮しているからあんなにも強気でいられるんだろう。

 

「郁葉、脳幹を撃ち抜けばいけるかもしれない!」

 

「ダメです!彼を殺すなんていつ決めました!?救助対象ですよ!?」

 

「殺さなきゃこっちがやられるぞ!」

 

「そもそも雛苺が目的じゃないでしょう!なんなんですか!」

 

「うるせえ!てめえから先に殺すぞ!」

 

「やってみなさいよ!」

 

 隆博と琉希ちゃんが言い争う。次の瞬間には、琉希ちゃんが得意の格闘戦で隆博と取っ組みあっていた。まんまとライフルを奪われ撃たれそうになる隆博。

 

「マスターッ!」

 

 蒼星石がすかさず琉希ちゃんを斬りにかかる。だが、翠星石も応戦してそれを防いだ。

 

「やめるです!おめぇらおかしいです!」

 

「手を出したのはそっちだ!」

 

「いいや!アホメガネが余計なことをしたせいです!」

 

 言い合う姉妹。一瞬琉希ちゃんの視線がそちらに移る。すかさず隆博は銃線から逸れてバックアップの拳銃を引き抜き、琉希ちゃんに向けた。

 

「銃を捨てろ!」

 

「そっちこそ!」

 

 その間、ずっと俺はジュンくんに銃を向けていた。ただ一言、雪華綺晶に命令する。

 

「雪華綺晶、制圧しろ」

 

「はい、マスター」

 

 一瞬だった。一瞬にして、雪華綺晶が蔓を展開して隆博と琉希ちゃんを縛り上げる。次いで双子のドールもその餌食になり、争いは武力によって制圧された。

 

「おい郁葉!どういうつもりだ!」

 

「は、離しなさい!河原 郁葉!」

 

「く、マスター!」

 

「離すです!ええい末妹!」

 

 俺は拳銃をホルスターに戻す。そして、深呼吸するとジュンくんに向き直って尋ねた。

 

「そうまでして雛苺を守りたい理由はなんだ?君をさらったのもその子だぞ」

 

 まさか落ち着いて質問されると思っていなかったのか、ジュンくんは少し戸惑うも答えた。

 

「認めてくれたから」

 

 幼い少年は続ける。

 

「僕を、本当の僕を見てくれたから。認めて、あ、愛してるって、言ってくれたから!初めてだったんだ、こんなこと言ってくれたの……姉ちゃんも、親も、表面は優しいけど、影では僕の存在を疎ましく思ってた」

 

 少年の脳裏に浮かぶのは、電話越しに親に泣きつく姉の姿。自分の時間を犠牲にしてまで弟の面倒を見ていた少女は、実はもう限界だったらしい。

 

「それは逃げているだけだぞ。都合のいいものに、逃げて、それでいいのか」

 

 我ながらとんでもないブーメランだと思う。だが聞いておかなければならない。

 

「わかってるさ。でも、やり直すんだ。一から。雛苺と。僕は、そのためならなんだってする」

 

 俺は天井を見上げてため息を吐いた。なんだ、同じじゃないか。この子は、俺たちと同じなんだ。

 最初こそはただ巻き込まれただけの存在かと思ったが、ジュンくんはこちら側の人間だ。俺は嬉しくなった。

 

「その薔薇、こっちに蹴り渡してくれ」

 

 そう言うと、ジュンくんは素直に下に転がる薔薇を蹴る。蹴った薔薇は、俺の足元へ。それを回収すると、ジュンくんに背を向けた。

 

「帰るぞ」

 

「はい、マスター」

 

 そう言って、俺と雪華綺晶は部屋を後にしようとする。ふと、隆博の前で止まった。拘束されながらも、隆博と顔を合わせる。

 

「これでいいよな?」

 

「いいと思う。なんだ、最初から聞いときゃよかったよ」

 

 はーっと息を吐く隆博。刹那、雪華綺晶の蔓による拘束が解ける。

 背伸びする隆博とは対象的に、琉希ちゃんは敵意のない俺たちを訝しむ。

 

「なんなんです?」

 

「自分で考えな嬢ちゃん。さっきは悪かったな」

 

 隆博は謝ると、蒼星石を連れて俺の横を歩いた。残された琉希ちゃんも、よくわからないと言った顔の翠星石と共に去る。

 そして残されたジュンくんと雛苺。しばらくずっと同じ体勢でいたが、身体の緊張がほぐれるとその場にへたり込む。

 

「なんだったんだよ……」

 

 少年にはまだ理解できない何かが、通り過ぎていった。

 




Queenすき


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sequence49 猫と人形

あ、そうだ(唐突)
ローゼンメイデンのR-18って需要ありますかね……?


 

 部屋のベッドでぼうっとしながら、包帯でぐるぐる巻きになった左手の薬指を眺める。人形のマスケット銃によって確かに吹き飛ばされたはずの指輪から上。痛みは無い。少し違和感はあるが、包帯の巻きつける感触があるだけでなんとも無い。

 

「マスター、紅茶をお持ちしましたわ」

 

 ふと、雪華綺晶がドアを開けてやってくる。手にはお盆。その上に陶磁器のカップが二つにポット。俺は上半身を起こして笑顔で彼女を迎えた。

 

「おお、ありがとね」

 

 礼を言うと彼女はにっこりと微笑む。雪華綺晶は俺の側に寄ると、ベッド側の机の上にお盆を置こうとして、サバゲーグッズが邪魔だったので躊躇してしまう。俺はちょっと慌ててベッドから降り、謝りながら乱雑にグッズを手でのける。

 

「いや〜悪い悪い」

 

 散らかし放題の机の上を俺基準で綺麗にすると、雪華綺晶はようやくお盆を置いて見せた。

 

「少しは整理整頓した方がよろしいですわ」

 

「男の部屋なんてこんなもんだよ」

 

 そう言って俺はベッドに腰掛ける。ふと、鼻を紅茶の香りがくすぐった。深呼吸してそれをもっと楽しむと、「大きくなった」雪華綺晶に質問する。

 

「ダージリンか?」

 

「アールグレイです」

 

「あ、そっかぁ……(ガバガバ嗅覚)」

 

 紅茶の匂いとかよくわからないからね、しょうがないね。自分にそう言い聞かせる。

 雪華綺晶はカップに紅茶を注ぐと、そのうちの一つを俺に手渡してきた。無意識的に利き手である左手で、それを取る。包帯が邪魔しているが特に問題はない。

 

「手の具合はどうです?」

 

「もうほとんど治ってる」

 

「……私が言うのもおかしな話ですが、不思議な体ですわね」

 

「ん、まぁそうっすね」

 

 吹き飛んだ薬指。いや、吹き飛んだはずの薬指と言うべきか。結論だけ言えば、生えてきた。俺にもよくわからないが、医者に行くわけにもいかないから自宅で消毒して包帯しといたら、次の日には元通りだったのだ。俺本当に人間なんですかね……?

 雪華綺晶はそんな俺の薬指をじっと眺める。

 

「ごめんなさい、私がもっとしっかりしていれば、痛い思いをしなくて済みましたのに……」

 

 俺はそんな彼女の謝罪を鼻で笑った。

 

「バカだなぁ、こうして大人きらきーといちゃつけるんだから指の一本くらい安いっての。ていうかもう生えてるし、謝るなよな」

 

 雛苺から取り戻した薔薇。槐との協定に基づき借用し、今は雪華綺晶が大人化している。もともと大人っぽい雰囲気があった雪華綺晶は大人化してもそんなには変わらない。身長は150センチくらいと意外にも低いが、胸は結構大きくてスタイルは良いし、正直勃○した(団長)

 ドレスもそれに合わせて巨大化したが、今は取り敢えず買ってきたコスプレ用の学生服に身を包んでいる。美少女JKといちゃつけるってやだもう最高かわいい……(ババババッ)

 

「膝枕していい?」

 

 紅茶を飲み干し、落ち着いたところで頼み込む。雪華綺晶はにっこりと微笑み、ベッドに腰掛けている自身の太ももを軽く叩いた。

 

「おほ^〜(復活の0)」

 

 クッソ汚い声をあげて雪華綺晶の太ももに頭を滑らせる。もちろん顔は雪華綺晶の方を向いた状態。目はカッ開き、丈の短いスカートと太ももの境界線をSNJ並みに見つめる。ああ、見える。今日はっていうかいつも真っ白だ。

 

「もう、困ったマスターだわ」

 

「んふふ〜ああ良い匂いおあぁぁぁ……」

 

 欲望に生きてこそ人間だ。ああ、大きくなっても存在する球体関節がまた良い味を出している。片方の手で彼女の膝の球体関節をさする。

 

「んっ」

 

 唐突に艶っぽい声が雪華綺晶から漏れる。膝をさすっていた手は、次第に太ももへと伸びる。

 

「やだ、まだお昼ですわ」

 

「何の問題ですか?(レ)何も問題ないね。ラミレスビーチの誓い(自己解決)」

 

 気がつけば両手が彼女のスカートへと侵入し、張りのある尻を撫で回していた。こんなんだから隆博から性癖ねじ曲がってるって言われるんだよ(自嘲)

 さすりながら彼女と目が合う。雪のように白い肌は次第に紅潮していく。

 と、ここで手を止めた。急に消えた刺激に、雪華綺晶は首を傾げる。

 

「え?」

 

「じゃあ俺、膝枕で寝るから(棒読み)」

 

「や、やめちゃう、のですか?」

 

「しょうがないさ(ネズミ)今はお昼時、えっちな行為は全部禁止だよ(青少年)」

 

「っ……」

 

 物欲しそうな目でこちらを見る雪華綺晶だが、俺は知らな〜い(ヘッタクソな絵)お昼だからって言ったのはそっちだって、それ一番言われてるから。

 目を閉じる。ああ、カフェイン摂取したから意外と眠くないなぁ。でも頬に伝わる感触がすべすべして気持ちが良い。あぁ^〜たまらねぇぜ。

 少しだけ、ほんの少し薄目で雪華綺晶の様子を伺う。

 

「……」

 

 寂しそうな顔でしょげる美少女がそこにはいた。メイソンがクラフチェンコを前に殺さずにはいられないように、俺も野獣と化そうとする心を抑え込む。Must die......(ブラック汚物)

 だが、俺も鬼ではない。畜生ではあるけど。そこでいたずら心に火がついた俺は、少しばかり意地悪することにした。

 

「The お願いしますと言ってみろ(simple2000シリーズ)」

 

「え?」

 

「そんなしょんぼりされたってさ〜。しょうがない、雪華綺晶がお願いしてくれたら、俺も許したる(関西クレーマー)」

 

 何を許すのかは分からないが、雪華綺晶にそう促す。雪華綺晶は少しばかり気恥ずかしそうにしていたが、欲望には逆らえないらしい。次第に顔が俺に近づいてきて、彼女の唇が俺の耳に触れそうになった。

 

「調子にのらないでマスター!」

 

「ア゛ッ!」

 

 耳元で急に大声を出され驚く。

 

「変態のくせに、何がお願いですか!あなたがお願いしなさいよ!」

 

「え、あっ」

 

 唐突に二章が始まって一転攻勢される。身体の大きくなった雪華綺晶はパワーも桁違いだ。柔道の寝技に移行するようにゴロゴロ動きまくると、気がつけばマウントを取られていた。

 

「ロリコンマスター解体ショーの始まりですわ」

 

 顔を赤らめながらじゅるりと舌なめずりする雪華綺晶。目がいってしまっている。これはガチだ。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!待って!助けて!待って下さい!お願いします!アアアアアアアア!(発狂)」

 

 だが時すでに遅し、火のついた雪華綺晶は止まらない。俺は抵抗しようにも力負けおじさんだし、股間痛い痛いなのだった(意味深)

 野獣と化した雪華綺晶の魔の手からは逃れられない!

 

 

 

 

 

 

 

 昼間だと言うのに隣の部屋から悶絶したような声と嬌声が響いてくる。礼は数式を書く手を止めてペンを置くと、無表情のまま震えて壁を叩く。

 

「うるせぇクソ兄貴!こっちは勉強してんだ!殺すぞ!」

 

 色々ありすぎてすっかり口が悪くなった礼が叫ぶ。

 

「ほんとお盛んね、バカ末妹は」

 

 ベッドの上で空手部の後輩のように本を読む水銀燈がボヤいた。ここ二日ほどこんな調子だ。連休だし指が千切れたと聞いていたから最初は大目に見てやったが、ものすごくうるさくてありえないほど汚いので礼のストレスがヤバイらしい。おまけに薔薇の使用権はあのバカ兄貴に優先権があるらしく、その期間は三日なので少なくともあと一日はこれが続く。

 

「夜も寝れやしないぞ……」

 

 疲れた様子で呟く礼。水銀燈は夜、という言葉に反応した。

 

「夜は私たちも似たようなもんじゃない」

 

「俺たちはもっとお淑やかだ」

 

「ハッ、笑っちゃう」

 

 つまるところ、今日も平和である。ほんとぉ?(純粋たる疑問)

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経ち、俺と隆博は槐の店へとやって来ていた。今は道中で、あと数分でたどり着くといった所だ。

 

「あー、あともうちょいで夏休みか」

 

「大学生特有のクソ長夏休みくんほんと好き。蒼星石といちゃつかなきゃ(使命感)」

 

 いつものように下らないことを話しつつ、俺たちは店の扉を開ける。カランコロンとベルなのかなんなのかよく分からない音が響いて来客を知らせるが、いくら経っても槐が出てこない。

 

「おーい槐〜来たぞ〜」

 

「今日はちゃんと客として来たんだから出迎えろや〜」

 

 むしろ客として来ないことが多すぎる。だが声をかけても槐はやって来ない。不審に思い、俺たちは顔を見合わせて隠し持っているナイフに手をかける。これ職質されたら1発でアウトだよな。

 サバゲーで培ったクリアリング技術で慎重に店内を探索していくと、裏方の工房に槐はいた。いたのだが、どういうわけかうつ伏せになって倒れている。そばには慌てた様子の薔薇水晶が必死に槐の身体を揺さぶっている。

 

「どうした!?なにがあった!」

 

 俺が質問すると、薔薇水晶はようやくこちらに気がついたみたいだった。彼女は慌てた様子で身体を震わせながら必死に訴える。

 

「帰ってきたら……お父様が……倒れてて……私……」

 

 どうやら薔薇水晶もなにが起きたのかわからないようだった。俺は槐のそばに駆け寄り、彼の身体を仰向けにする。どうやら呼吸と脈拍は問題ないようだったが、頭から少量出血している。

 

「ハンカチあるか?」

 

「これ……」

 

 薔薇水晶から小さめのハンカチを受け取ると、それを槐の額に押し当てた。

 

「殴られたっぽいな」

 

「ああ。拳でやるんなら顔面狙うだろうから、きっと鈍器だな。でもそれにしちゃ傷口が浅い。やったのは女か?」

 

 専門じゃないが、これくらいは傷口を見れば推察できた。きっと、あまり力のない人間が殴打したんだろう。だが殴られた跡から出血しているということは、何か硬いもので殴ったということだ。

 きっとそこまで深刻ではない。俺は止血もそこそこに、槐を起こすことにした。

 

「おい、起きろ。娘さんが心配してるぞ」

 

 ペシペシと頬を叩く。すると、うーんと呻いた後にようやく槐の目が見開かれた。

 

「こ、ここは……店でやられたなぁ(推理)」

 

 どうやら意識は問題ないようだ。やられた直前の記憶もあるようだし、これなら問題ないだろう。俺は彼を椅子に座らせると質問する。

 

「なにがあった?」

 

 そう尋ねると、槐は薔薇水晶から水をもらって一気飲みして言った。

 

「わからない……店の扉が開いて顔を出したら誰もいなくて……いたずらかと思って工房に戻ったら、気配がして。振り向いたらガツンと……イタタ」

 

「強盗か?」

 

「いや、今見たけど店の金庫もレジも問題なかったよ……」

 

 とすれば、一体目的は何だろうか。俺たちは考える。と、そんな時だった。コップに水を汲みに行った薔薇水晶が血相を変えてこちらに戻ってきたのだ。とてとて走って慌てふためながら何かを言おうとしている。

 

「なんだ、落ち着け」

 

「すすすす、主途蘭が……!お父様!」

 

「主途蘭がどうしたんだい?」

 

「い、いないんです!」

 

 え、という間延びした声を出して槐は駆け出す。俺達もその後を追う。

 工房の奥へと行くと、槐が呆然としていた。主途蘭を閉じ込めていた檻が開いているのだ。

 

「い、いない!そんな、どうして!」

 

 俺と隆博は顔を見合わせる。どうやら襲撃者はこれが狙いだったようだ。

 

「主途蘭の武装はどこだ?」

 

 隆博が聞く。槐はハッとしてそばにあったタンスの引き出しを開ける。しかしもぬけの殻。どうやら完全武装しているようだ、あののじゃろりドールは。

 

「クソ、やられた!きっと主途蘭は誰かと契約してたんだ!クソ!」

 

 ため息をつく。大事な愛娘なのにそれすらも把握してなかったのかこいつは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やる事が派手じゃな」

 

 病室にて、来客用の丸椅子に座ってりんごを齧る主途蘭が言った。ベッドの上ではめぐちゃんが咳き込みながらも不敵な笑みを見せる。

 

「でしょう?ゴホッ、恋する乙女は強いのよ」

 

「身体はポンコツじゃがな。そんなに無理せんでも、もう少し上手いやり方があったろうに」

 

 呆れたように主途蘭が言い、めぐちゃんのそばに置かれた金槌を見た。

 

「姿は見られてないわ。一瞬こっちを向いたけど、すぐに気絶させたから大丈夫、ゴホッゴホッ」

 

 どうやら槐襲撃はめぐちゃんの仕業らしい。しかしそんな行動だけでも咳き込むくらい、彼女の体力は衰えているようで、いくら性格上他人を何とも思っていない主途蘭も少しばかり心配する。

 

「とにかく今は休め。儂を連れ出したと言うことは何かやりたい事があるのじゃろう?」

 

 それを聞いた途端にめぐちゃんの表情が歪む。これは地雷を踏み抜いたな、と考えるのには困らなかった。

 

「そう、そうよ……あの泥棒猫……水銀燈……私から礼くんを奪ったあの憎たらしいカラスみたいな人形……奴を殺して礼くんを……ウゲホッ、ゴホッ」

 

「もう良い。何となく分かったわ」

 

 なんだか良くないことに巻き込まれたな、なんて思いながら、どうせなら目の前の病弱な少女の願いを叶えつつ自身の願望も叶えてしまおうと主途蘭は画策する。だが、その前にまずは彼女に回復してもらわないと戦の前にこちらが動けない。

 

「泣けるのぉ」

 

 まるで新作リメイクでケツアゴになってしまった新人警官のように呟く。そして何やら企んでいるのは彼女達だけではない。他の場所でも、新たな不穏の種が生まれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 琉希ちゃんは、俺たちが知らないだけでお嬢様だったりする。家はめちゃくちゃ広いし、ドラマの世界でしか見たことないような家政婦がいれば、ルンバもいる。食事は手が込んでいるし、今日はジャンクフードでいいか〜なんてことは絶対に無い。

 林本家は代々貿易で栄えてきたお家らしく、この町のことを何年も住んでいるのにあまり知らない俺ですら、名前は聞いた事がある。つまり、それくらい凄いのだ。まさか琉希ちゃんがこの家の長女であるなんて、思いもしなかった。

 

「それで。今のところ何にも進展は無い……そういうことかしら?」

 

 小学校高学年くらいのゴスロリツインテールの少女が、高そうなソファーに腰掛けながら言う。対面にはブレザー姿の琉希ちゃんが少しバツの悪そうな顔をして、これまた高そうな椅子に座っている。

 

「まぁ、そういうことに……」

 

 珍しく、いつもは強気な琉希ちゃんが下手に出ている。ツインテールの少女はため息を吐くと手元にあったぬいぐるみを投げつけた。

 

「任せてくれれば全部うまく行くって言ったのはそっちだよね?だから翠星石もお姉ちゃんに任せた。違う?」

 

「いえ……合ってます……」

 

「だよね?はぁ〜……ナイフとか格闘が凄いのは認めるけどさ、お姉ちゃんバカなんだから。できない事があれば私に相談するなりなんなりしてよ。いい?」

 

「はい……」

 

 すっかり意気消沈する琉希ちゃん。そんな二人を見ていられないのか、テレビを見ていた翠星石が助け舟を出した。

 

「香織、もうその辺にしてやるです。お前の姉も、意外と初心でバカだけどしっかり自分の仕事をしようと頑張ってるんですから」

 

 初心でバカ。フォローになってないフォローが琉希ちゃんを襲う。

 

「まあいいけどさ。まだ時間はあるし。でもねお姉ちゃん、情に流されてやる必要のない事までやってたら、いつか足元を掬われる。おじいちゃんがよく言ってたでしょ?」

 

「はい……」

 

「もう……ねぇみつ、紅茶を頂戴。お姉ちゃんと翠星石のもね」

 

「はい、お嬢様」

 

 みつ、と呼ばれた眼鏡の女性はにっこりと微笑んで台所へと向かう。ふと、香織という琉希ちゃんの妹が家政婦のみつに尋ねた。

 

「そういえば金糸雀は?」

 

「今、河原家の偵察に出ています。でもなんだか、あんまり行きたくなかったみたいで……」

 

「ふぅん。この前の接触で何かあったのかしら」

 

「たぶん……紅茶です、お嬢様」

 

 高そうなカップに淹れられた紅茶を受け取ると香織は礼を言う。続いて琉希ちゃんと翠星石もそれを受け取ると、熱々の液体を口に含んだ。アールグレイだ。

 みつ、という女性。彼女は金糸雀のマスターで、元々勤めていた会社でパワハラとセクハラに遭い鬱になりかけていたところを香織に救われた経緯がある。

 

「多分あのヤバイ弟にでも会ったですぅ。兄貴もヤバければ弟もイかれてるです」

 

 兄弟揃ってやばい奴認定される河原家。無理もない。

 

「そんなにヤバイの?なんか逆に会ってみたいんだけど」

 

「「やめたほうがいいです」」

 

「……ああ、そう」

 

 姉とそのドールに揃って止められる。俺ってそんなに危険ですかね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジュンくんは、あの事件の後、数日してから復学した。クラスはそれなりに騒ついたらしいが、事の経緯を知っている礼が上手いこと気を回して今じゃなんとかやっているらしい。

 ようやく放課後になり、珍しく礼と一緒に帰路へとつくジュンくん。

 

「あれからどうだ。雛苺とうまくやってるのか?」

 

 本来敵であるはずの礼が、気にかけたように尋ねてくる。

 

「なんだか昔に比べてしおらしくなった。でも、その……か、可愛いよ」

 

 頬を赤らめながらそう言うジュンくん。そうかそうか、と笑いながら礼が茶化す。だが、次に出した話題で風向きが変わった。

 

「真紅はどうしてる?」

 

「……」

 

 しばらくジュンくんは黙り込む。どうやら何かあったようだ。

 

「言いたくなければそれで良い。誰にだってそういう話題はある」

 

「いや……そうじゃないけど……なんだか、様子がおかしいんだ」

 

「どんな風に?」

 

「その……なんだか元気がないみたいで。どうしたんだって聞いても何でもないって。前みたいに怒ることもなくなったけど、どうにもそれが不気味で」

 

「なるほど」

 

 分かったように礼は頷いた。

 

「何か知ってるのか?」

 

「いや。だがまぁ、真紅からすれば自分の契約者が自分そっちのけで従者とくっつくのは面白くないだろう」

 

「……そうだな」

 

 ジュンくんもそれは承知しているらしい。

 元々雛苺とは、真紅を介した契約に過ぎなかった。それをあの事件の後、正式な契約者としてしっかりと契約し、今に至るわけだ。あんな事があった後だ、真紅としては複雑だろう。それを、まだはっきりとジュンくんは分かっていないし知らないのだ。

 

「まぁ、それを何とかするのはお前だよ。大丈夫だ、お前ならできる」

 

「お前、妙に僕のこと買ってるよな」

 

「ああ。お前は俺たちと「同じ」だからな」

 

 同じ。ドールのために。自分のために。だがジュンくんは複雑そうな表情でそれを否定した。

 

「残念だけど、僕はお前たちと違って手段を選ばない極悪人じゃないぞ」

 

「それでいいのさ。一人くらいまともなのがいなきゃな」

 

「自覚はあるんだな」

 

 思春期の少年達は帰る。それぞれが大切に想う者がいる場所へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真紅が、いない?」

 

 だからこそ、この事実は衝撃だった。泣きながらなにかの手紙を差し出してきた雛苺をなだめつつ、その衝撃を必死に受け止めようとする。

 

「お昼寝して、起きたら、手紙があって、ひっく、ジュン、私、私のせいなの。真紅からジュンを奪っちゃったから、だから」

 

 きっと、その通りなのだろう。だがそれを肯定してしまうのは良くないのだとジュンくんは考え、必死に雛苺をなだめる。

 

「違うよ雛苺。ちょっと休もう、な?泣いてたら姉ちゃんのご飯もおいしく食べられないだろ?」

 

 そう言って雛苺を抱き抱え、リビングのソファーへと連れて行く。

 くんくん探偵を見せ彼女を落ち着かせ、自身はリビングの台所付近で椅子に座りながら手紙を読む。真紅が書いたものらしく、彼女らしい丁寧な字で、しっかりとした日本語でそれは書かれていた。

 

ーー私は人形。いつか人間は、人形遊びをやめて人間になる。それでいいの。私は、いつか忘れられる。でもね、それまででいい。雛苺を愛してあげて。

 

 その言葉が印象的だった。そして自分がしてしまった選択に酷く後悔しながらも、その選択を否定しようとする自分を必死に殺す。

 正しい選択なんてない。間違った選択も無い。だから、僕は。正しくも無いし間違ってもいない。

 少年は確かに大人へと変わりつつあった。自分の大切な雛苺を見る。あの子を捨てようとは思わないし思いたく無い。もしこの幸せを邪魔しようとするならば、きっと、認めたく無いけど、容赦はしないんだ。

 ああ、なんだ。同じじゃ無いか。あの兄弟と。

 

「でも、でも」

 

 それでも、真紅。僕の背中を一番最初に押してくれたのは、お前だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の街を彷徨う。田舎でも都会でも無い街は住みやすいものだ。そして彷徨いやすくもある。

 例えば生きる人形。彼女らが飛んでいても、人が多くない街では誰も気がつかない。目立ちやすい赤いドレスでも、気にも留めない。

 しばらく彷徨って、行く宛てのない彼女は廃屋を見つけた。乗ってきた鞄を比較的綺麗なところへ置くと、その中へと入って眠ることにする。

 夜の帳は人の心を落ち着かせる。でも元から下がりきった心はどうなる?そんなこと予想もしていなかった。久しぶりに味わう孤独を噛み締めながら、眠れない夜を耐える。高貴な少女は自分でも分からないくらいに涙を流している。嗚咽を漏らし、父親ですら困惑するくらいの姿で、必死に心を殺す。

 数時間した頃だったか。治らない悲しみと孤独に耐えていると、物音がした。ガサリ、ガサリと何かが廃屋にいるようだった。

 鞄を開いて周囲を確認する。人口精霊が周囲を照らすが、物音の正体は分からない。次第に物音が近づいてくる。動物だろうか。

 

「姿を見せなさい」

 

 得体の知れない恐怖を抑え込み、そう言うと、物音が止んだ。しかしすぐに物音は再び鳴り出す。しかも先程より近づいてくる。

 

「にゃーお」

 

 姿が見えた。猫だ。どこにでもいるような、猫だった。真紅は恐怖した。

 

「ね、猫っ!」

 

 光る目が真紅を捉える。一歩、また一歩と近寄ってくる猫。真紅は猫にトラウマがある。そのせいで、見れば発狂するくらい。だが、今は戦わなくてはならない。そうしなければ、猫は自分を殺そうとしてくるだろう。

 

「あっちへ行きなさい!この悪魔め!」

 

「悪魔。こんな姿をしていてそんなことを言われたのは初めてだよ」

 

「えっ」

 

 猫が喋った。思考が追いつかない。猫は真紅の1メートル手前に来ると止まり、口を開いた。

 

「私からすれば君の方がよっぽど人から離れていると思うがね。生きる人形とは、物好きでなければそれはそれは恐ろしいと思うが」

 

「な、なんなのあなたは」

 

「私か?私は、なんだろうな。悪魔、そう、悪魔だ。きっと、多分。それに近いのかも知れない」

 

 不敵に笑う猫。

 

「君こそなんだい?こっちも名乗ったんだ、そっちも名乗るべきだと思うがね」

 

 それもそうだと、なぜか納得して名乗る真紅。

 

「私は誇り高きローゼンメイデンの……いえ、嘘よ。哀れな生きた人形の、ただの真紅よ」

 

 自嘲するように名乗る真紅を見て、猫はふむ、と何かを考える。

 

「どうやら何かお悩みのようだ。ふむふむ、なるほど。その様子だと、恋路だね。ふむ」

 

「な、なによ!人形が、恋心を抱くのはいけないのかしら!」

 

「おいおい、急に大声を出すなよ。近所迷惑だ。なぁに、私も似たようなものだと思ってね……」

 

「猫になにがわかるの!」

 

「それは猫差別だと思うんだが。まあいい、今日は気分が良い」

 

 そう言うと、猫はケタケタと笑って唸った。にゃあああお、と憎たらしく鳴く。

 すると、猫の体に異変が起きた。うねうねと、全身が黒くなって肥大化していく。突然の異変に開いた口が塞がらない真紅。猫のシルエットが人間大になると、変化は一旦治る。そしてすぐにまた変化が起き、今度は人間のシルエットへと変わる。

 

「な、なにが起きてるの……」

 

 ガクガクと震える真紅。すると黒かったシルエットに色がつき始める。気がつけば、そこには金髪の、美女とも美少年とも取れる人間がいた。

 

「泊まるところがないなら来ると良い。なぁに、とって食おうなんて考えちゃいないさ」

 

 猫の時とは打って変わり、透き通った高めの声でそう言う誰か。誰かは廃屋から出て行こうとして、振り返った。

 

「どうする?」

 

 真紅は悩む。悩んで、決める。

 

「……お邪魔するのだわ」

 

「そうかい」

 

 その人の後ろを鞄ごと飛んでついていく。物語は確実に、次のステップへと進もうとしていた。

 

 




淫夢要素が強すぎて寒いとの0評価をいただきました。いやーほならね。ちゃんと概要を読めと私は言いたい。
ていうか書いてあるのにわざわざ読みにきてクソみたいなこと書き込んで満足なんですかね……?頭悪い視聴者は死んでくれよな〜頼むよ〜


基本的に頭悪すぎるコメントや評価には徹底抗戦しますので、ハイ、ヨロシクぅ!


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sequence50 壊れた心

今日くらいにプロジェクト・アリスのR-18あげられそうです。見たかったらどうぞ、性癖全開なので。

追記 投稿しました。トップに貼ってあります。


「あいにくコーヒーしかなくてね。いくら貴族に見えるお嬢様でも、コーヒーくらいは飲めるだろう?」

 

 猫の少年は棚からカップを取り出すと、悪びれる様子もなく真紅に尋ねた。真紅も好みはともかくせっかく淹れてくれるのだからと、拒否したりはせずに頷く。普段あれだけ紅茶にうるさい真紅がこれだけ素直な理由の一端には、もちろんジュンとのいざこざがある。つまるところ、今の彼女は疲れていて怒る気力もないのだ。

 少年がキッチンへとコーヒーを淹れにいく。真紅は改めて自分のいる部屋を見回した。

 3LDKの、一人で住むには広すぎるアパート。壁は煌びやかでなければ雑であることもない、いたって平凡な白の壁。フローリングはしっかり清掃しているのか、綺麗である。

 今いるリビングには棚が一つ、テーブルが一つ、ベッドが一つ、テレビが一つにパソコンが一つ。そのどれもが、ポツンと置かれていて飾り気がない。モデルルームでももうちょっと生活感があるだろう。この低いテーブルも、フローリングにそのまま置かれていて、自分で使うにも客人をもてなすにも向いていない。

 唯一目を引いたのは、ベッドのそばの壁に掛けられたカレンダー。無駄に大きい、何やら業務用にも見えるカレンダーだ。

 

「あまり人にコーヒーを淹れる経験がなくてね。美味しくなかったら申し訳ない。まぁ、インスタントだけど」

 

 落ち着いた声の少年が戻ってくる。手にはカップが二つ。彼は真紅の対面に座ると、ソーサーすらないカップを彼女の目の前に置く。

 

「いただくわ」

 

 そう言って、真紅はあまり飲まないコーヒーをすする。甘い、甘すぎる。

 

「これ、カフェオレではないのかしら?」

 

「そうかな。ああ、多分そうだ。いやすまない、何分こういうものには疎くてね」

 

 少年も続いて飲む。彼は一口飲んで、特に表情を変えずにカップを置いてから言った。

 

「甘い。カフェオレだね」

 

 まるでおうむ返しだ。それでも真紅は別に甘いものは嫌いじゃない。質が悪いのが嫌いなだけだ。だが、この話題にはもう触れず、真紅は質問することにした。

 

「あなたは何者なの?猫に変身できる人間なんて聞いたこともないのだわ」

 

 そう尋ねると、少年はかなり熱いであろうカフェオレを一気に飲み干して言った。

 

「なんだと思う?」

 

「こちらが尋ねているの」

 

「そう怒ることでもないだろう。これはそう、ちょっとしたゲームだ。客人と、家主の、たわいもないゲームだよ」

 

 どうにも掴めない少年に少し苛立ちながらも、真紅は落ち着いて答えた。

 

「悪魔。第一、猫の姿をした時点でもうそれは悪魔の所業よ」

 

「君が猫との間に何かしらの問題があることは分かった。まぁ、そうだね。正直な話、自分でも分からない。これで答えになっているかな?」

 

 なっていない。分かったわ、もういい。それだけ言うと真紅は話題を変える。

 

「あなた、名前は?こちらが名乗ったのだから、そちらにも名乗るくらいの義務はあるでしょう?」

 

「名前。私の名前は、賢太。君は真紅、だったね」

 

 少しばかり驚いた。この少年は、この声の高さと美貌で本当に男なのだ。

 

「驚いたかな?確かに、私の見た目は女性によく似ていると思うが、これでもれっきとした男だよ」

 

 少年は口元を緩める。やや切れ長で二重の目元だけはしっかりと真紅を捉えていた。

 

「気に障ったかしら」

 

「いや。私も自分の見た目は気に入っている。気にしなくていい」

 

 そう、とだけ答える。しばしの沈黙。先に口を開いたのは少年、賢太。

 

「さて、答えるのは自由だが。君は人形だね。生きる人形。素晴らしい。だが、その人形がいったいあの場で何をしていたんだい?あそこはいたいけな少女が夜を過ごすにはいささか……危うすぎる」

 

 真紅は目を伏せる。

 

「……色々、あるのだわ。人形にも」

 

「……だろうね。マイノリティであることの気持ちはよく分かる」

 

「あなたも何か、あるの?」

 

「ああ。色々あるのさ。人間にもね」

 

 決してバカにせず、少年は慰めるような笑みを見せた。どういうわけか、聡明で賢いはずの真紅の心は、彼に気を許してしまう。

 

「……あなた、私を見て恋路がどうとかって言っていたわね。なぜ……わかったの?」

 

 少しずつ、ゆっくりと真紅が心を開く。

 

「私も……僕も恋に破れた一人だからさ。それですべてが嫌になり、逃げた。死んだ。でも、生きている。そういう理不尽な存在さ」

 

「どういうこと?死んだ?」

 

 少年は懐からタバコの箱を取り出すと、中から一本取り出して口にくわえた。くわえて、真紅に目線でもって許可をもらう。家主が吸うのだから、勝手に吸えばいいと、真紅は頷く。少年はタバコに火をつけ、そしてポケットから携帯灰皿を取り出した。

 

「そのままの意味さ。好きな人に告白して振られて、高いところから落ちて死んだ。でも、どういうわけか目が覚めたら無傷だった。それどころか、別人になっていたんだ。僕が望む顔に。望む性格に。そして……この能力を手に入れた」

 

 少年の、タバコを持つ手が猫のそれに変異する。暗に、それは人間ではないということなのだろうか。

 真紅は律儀な方だ。割と真面目な性格だ。だから、答えてもらったのだからと、自分も答える。

 

「初恋、だったわ」

 

 一つ一つ思い返すように。カフェオレのミルクが渦を巻いているのを虚ろに眺めながら、言う。

 

「初めて、私は人を好きになった。お父様に抱く愛情とも違う。でも、私は……私は、素直じゃなかった。変なプライドを盾にして、知ったような風で威張ってばっかりだった。それに気づいた時にはもう、手遅れ。私は、あの子の望んでいた物になれなかったのだわ。挙げ句の果てに妹の命まで見捨てようとして……ジャンク。そう、私は哀れなジャンクなのよ」

 

 煙が登る。

 

「失って初めて気がついた。高貴な真紅も、至高の存在になれる真紅も、いらなかったの。私はただ、愛が欲しかっただけ。愛されて、愛して、ただ日常が過ぎればそれで。でも、愛なんて無償で手に入るものじゃない。馬鹿よ、私は。今頃気がつくなんて」

 

 自嘲するように吐き捨てた。

 

「ああ。そうだな、馬鹿だよ本当に」

 

 少年は肯定する。真紅も、それについては反発しない。本当に、自分は馬鹿だったのだから。

 

「だけど、人間らしくていいじゃないか。人間は、馬鹿な生き物なのさ」

 

 だから、少年がそう言って驚いた。肯定していたのは、馬鹿であることではない。真紅という、過ちを犯してしまった人形そのものなのだから。

 

「誰か、私を愛してくれる人を探して。私は懸命に働いてる。毎日毎日毎日。でも皆私を見下して言うのさ、あいつは気が狂ってて、頭に水が詰まってる。祈るべき神もいなければ常識もない。だから神様、誰か私を愛してくれる人を探して」

 

 英語で、歌うように彼はそう言った。

 

「……その歌は聞いたことがあるのだわ。Queenだったかしら」

 

「そうさ。でもね、神は無償で助けてはくれない。神は自ら助く者を助くのさ。報われるかは別としてね」

 

 少年が言った意味が分からなかった。

 

「今日はもう遅い。ベッドを使いなさい」

 

「いえ。ローゼンメイデンは鞄の中で寝ることで初めて休息が得られるの」

 

「そうか。なら、そうするといい。夏と言えども、夜は冷えるからね」

 

 タバコの吸い殻を携帯灰皿へとしまう。不思議な少年は、風呂に入ると言い残して部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 好きだった。心の底から。

 

ーーずっと好きでした。付き合ってください。

 

 仲は良かった。でも、それは僕が望んでいるものではなくて。だから彼も、告白された時は大いに困惑していた。

 

ーーそれ、突き合うじゃないんですかね。んにゃぴ、ちょっとホモセはよくわかんないです。

 

 きっと、彼なりの気の利いたジョークだったんだろう。彼なら言いそうなことだ。でも、まだ子供だった僕はそれが理解できなくて。拒否された挙句馬鹿にされたと勝手に思い込み。

 

ーーねえ、あいつホモらしいよ。

 

 きっと彼は言いふらしてなんかいないんだろう。でも、どこかでその様子を見ていた誰かが。クラスや学級、それこそ学校中に広まるのに時間はかからなかった。

 

ーーキモ、マジ同性愛とか理解できね〜。俺もケツ狙われてっかも。

 

 勝手な事を言われすぎて、居場所を失って。

 

 

 僕は死んだ。

 

 

 

 

 

 鏡を拳で思い切り叩きつける。血が滲む拳を中心にヒビが入り、幾重にも歪んだ自分の裸体が目に飛び込んだ。

 女性のように細くて締まった腕。無駄の無い上半身。産毛すらない全身。女性で言うショートカットの金髪、フランス人形のように整った顔。男の象徴があることと胸がない事を除けば、可憐で美しい女性に見えることは間違いない。

 自分は変わった。ある意味理想の、美しい身体に。でも、過去は消せない。

 一瞬影が濃くなり、時間が巻き戻る。鏡は割れず、拳からは血が滲まず、あるのはただシャワーを浴びているだけの自分。

 

「……、うう」

 

 思わず気持ちが高ぶり、自分を慰める。想い人を想像しながら。自分が好きになってしまったあのお調子者を考えながら。

 

「郁葉、うぅ」

 

 少年は泣く。泣いて、快感には抗えず、少年は矛盾を抱える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、もしもし、ローゼンさんですか」

 

 夜も最高潮になった今、あのクソ語録ウサギはまた電話片手に誰かと話していた。先ほど真紅と賢太が出会ったあの廃屋で、しかし珍しく何か焦るそぶりを見せながら。

 

「やべぇよやべぇよ……この辺にぃ、ヤバイ怪物、来てるらしいっすよ。怪物化した猫の少年。まだ未接触なんですよ〜。なんか変なことする前にツンデレツインテールと会っちゃって。正直僕にも手に負えそうにないんですがそれは……え?お前がなんとかしろ?それ無理だゾ」

 

 使っている語録の割には頭をかきむしったりして焦りを表現するウサギ。彼はその場に体育座りすると、話を進める。

 

「いや、無理です(豚)だからこんなんじゃ手に負えねぇって言ってんじゃねぇかよ(棒読み)あのさぁ、イワナ、書かなかった?なんか変な化け物が最近徘徊してるって!あれいろんな意味で人を喰う怪物だって、古文書で一番言われてるから」

 

 そう言ってタブレットを取り出してネット辞書の怪しい化け物が載っているページを見る。古文書ってなんだよ(棒読み)

 

「パパパっと手伝って、終わりっ!って感じで……お金欲しいでしょ?え?いらない?困りましたねぇ〜。え?またあの雪華綺晶のマスターをぶつけろって?あのさぁ……あの化け物が一番欲してるのがそのマスターなんだよなぁ。情けない情報量恥ずかしくないの?あ、ちょっと切らないで(小声)」

 

 呆れた様子の電話の主。

 

「助けてくれよな〜頼むよ〜。え?ほんとぉ?じゃその方向でオナシャス!流石に本性現したね。ってなれば真紅も愛想尽かすでしょ。んじゃ、その方向で。ハイ、ヨロシクゥ!」

 

 通話を切るウサギ。ため息をこぼす。

 

「ホモ怖いな〜戸締りすとこ」

 

 



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第五章
sequence51 Guns of the Roses


はぁ〜……あ け お め


 

 

 

「武装を増やそう」

 

 主途蘭が強奪されて1日も経たずに、コンビニの喫煙所にて二人してタバコを吸っていたところ隆博が言ってきた。うーん、と若干渋るようなそぶりを見せつつも、その言葉の真意は理解していた。最近のアリスゲームは物騒なのだ。

 指は飛ぶは槐はぶっちゃけアリスゲームと関係ないところでぶん殴られるでいつ俺たちも襲撃を受けるか分からない。

 問題は、ここが日本であるという事。日本である以上刃物すら持ち歩けないのに、恐らく隆博が提案しているのは銃を調達しようというものだ。職質されようものなら銃刀法違反でしょっぴかれちまう。

 

「ルートはどうするんだよ。自衛隊にでも忍び込んでパクってくるか?」

 

「いや、お前もそうだが俺は89式が嫌いだ。使うならアメリカ製がいい」

 

 なら尚更手に入らないだろう。飛行機代だってバカにならないし、どうやって持って帰って来ればいいんだ。だが隆博には名案があるようだった。

 

「俺たちにはローゼンメイデンがいるじゃないか」

 

 あぁ、と俺は笑った。なるほど、nのフィールドを経由すれば飛行機代もいらないし、密輸だって楽々できる。盗みも、深夜に潜り込めば楽勝だろう。

 二人で煙を吐き出しながら悪い笑みを浮かべる。もう、倫理やら常識は俺たちから離れてしまっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 河原家のテーブルに、無造作にドサリ。俺と礼、そして隆博は大きめのダッフルバックやガンケースを山のようにいくつも並べていく。中身はもちろん武器や装具。思い立ったが吉日という言葉があるように、考えはすぐに実行に移すべきだとの礼の助言のもと、俺たちはさっそくnのフィールドを経由してアメリカへと飛び立ったのだ。

 行き先はバージニア州ダムネック……かの有名な特殊部隊であるDEVGRUの本部がある場所だ。俺たちは全身黒づくめのバラクラバというテロリストみたいな格好でドール達と武器庫や弾薬庫へと侵入し、数回に分けて見事武器弾薬や装備品一式をかっさらってきたのだ。

 

「Mk18にガイズリーハンドガードのHK416……おお、これOBRだ。ずっと欲しかったんだ」

 

 目の前の銃器にミリオタ心が擽られる。いやぁ、素晴らしいな。やってることは犯罪どころか準テロだけど。

 

「見ろ、ハニーバジャーだぜ。やっぱりDEVGRUはMP7に代わる新型のPDWを採用してたんだ」

 

 そう言って隆博が掲げるのは、AAC社製のライフル、ハニーバジャー。元々AAC社はサプレッサーの製造で有名なメーカーで、このハニーバジャーは射撃時の静音製が優れているというセールスポイントがある。また、使用する弾は従来の5.56mm弾ではなく.300ブラックアウトという強力でサプレッサーと相性の良い弾薬だ。

 

「おおすげぇ、ガスブロよりリアルだ」

 

 そう言って俺はMk18のチャージングハンドルを引く。そりゃそうだ、だって実銃なんだから。

 そんな、おもちゃを目の前にはしゃぐ少年のようになっているマスター二人をドール達と礼は眺める。

 

「あんたらも大変ね。そこそこ良い歳なのにあんなはしゃいでて」

 

 ソファーの上に座る礼の上で寛ぐ水銀燈が言う。だが雪華綺晶はにっこりと笑い、

 

「それもマスターの可愛いところですわ」

 

「……あんたも大概だわ」

 

 そんなやり取りを見て蒼星石は苦笑い。一方で礼はそんなやり取りを気にも留めずに手に入れた拳銃をただぼんやりと眺めていた。

 拳銃のスライドには錨のマーク。そしてMk25と書かれたシールにQRコードが貼られている……刻印はP226。銃のフレーム先端付近にはX300Uと書かれたライトが取り付けられており、銃口には謎のネジ山とそれを保護するキャップ。彼の兄曰く、スレテッドマズルと言ってサプレッサーを取り付けられるらしい。ちなみにサプレッサーも奪取してきた。

 

「まぁ、いいか」

 

 さほど興味は無い礼が拳銃をソファーの横に置く。何はともあれ、これで物資の調達は済んだ。あとは襲撃に備えるのみ。今の俺たちはそんじょそこらの警察よりも良いもん持ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 夜も完全に自己主張する頃合い。俺は自室にて、手に入れた装備の機能点検を実施していた。ミリオタなだけあって通常分解や使用法は分かるのだが、細かい分解法やその他整備に関する事についてはネットを見ながらやる。

 Mk18と呼ばれるカービンのチャージングハンドルを引き、薬室を確認。異状なし。テイクダウンピンやら何やらを外したりして、銃にも対応している機械油を馴染ませていく。

 

「たのしそうですわね〜」

 

 と、不意にベッドの上でうつ伏せになり頬杖をついた体勢の雪華綺晶が言った。声色で分かる。遊んでもらえなくて機嫌が悪い。

 

「銃にマスターを取られてヤキモチ妬いてるのかな?」

 

「あら、分かっていらっしゃるのなら結構ですわ。うふふ、あとでどんな事をして下さるのでしょうね〜」

 

 ニコニコと悪い笑みを見せる雪華綺晶。この〜悪い子はお仕置きだど〜!

 整備が終わり集めてきた銃器の数々を眺める。Mk18 mod1、HK416D、Larue OBR、Mk48 mod1、Tac-300、MP7A1……分配した後のライフルと機関銃類だけでこの数。ショットガンもM870のブリーチャーと呼ばれる短銃身モデルにフルサイズのM1014。ハンドガンはHk45にP226、それにグロックの17と19と22と23……それにSFAベースのM1911。

 ありすぎて草生える。あとはM67破片手榴弾とM320グレネードランチャー。戦争でもすんのか?

 

「装備関係は元からサバゲーで使ってるのも併用できるな……あぁ、すげぇ置き場所ねぇよ」

 

 弾もクレートや箱で複数持ってきている。5.56mmと7.62mmがそれぞれ3000発に.300WinMagが200発、拳銃弾が.45ACPが300発に9mmのFMJが500発、.40S&Wが500発、4.6mmが600発。もし日本の警察に完全に包囲されても、数時間は困らないだろう。

 とにかく、俺は武器弾薬を棚やら何やらをふんだんに使って隠す。ほとんどあり得ないだろうが、事情を知らない奴らがこれを見れば通報待った無しだからだ。

 こうして、大幅な無料アップデートは終了した。なお、盗まれた当人たちは大慌てだったらしいのことは俺達には知る由も無い。

 

 

 

 

 

 

 

 それからというもの、大学が終わりバイトが無ければやる事は一つだった。隆博とnのフィールドへ行ってひたすら射撃訓練をする……まるでマジで軍人になったような気分だった。弾が足りなくなったら前のようにnのフィールドを経由して忍び込み盗む……そんな生活が、一週間ほど続く。

 弾というのは意外にも早く使ってしまうもので、前に強奪した分は5日で消えてしまった。きっと、ていうか普通の軍人の何倍も撃っているわけだから上達しないわけがない。耳栓越しに鳴り響くけたたましい銃声を無視しながら、俺と隆博はひたすらに銃の腕を磨き、連携動作も練習したのだ。

 

「Moving!!!!!!」

 

「Covering!」

 

 隆博が射撃してその間に移動。そして物陰に向かって射撃体勢を取り隆博を動かす。そんな訓練が続く。

 

「飽きないね、マスター達も」

 

「そろそろまた一緒にデートでもしたいのだけれど……」

 

「うーん、そうだねぇ……最近のマスターは取り憑かれたように銃を磨いてるし。僕もちょっと、銃に嫉妬しちゃうかな」

 

 隆博が何かに取り憑かれているのは今に始まった事じゃないってそれ一番言われてるから。

 ローゼンメイデンに会わなければ絶対に成し得なかった体験。毎日が充実していると言っても過言ではなかった。だが俺たちの遅れた青春は、さらに輝くことになる。

 それから3日も経たない、平日の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 大学の帰り道。電車を降り、駅から自宅までの道を徒歩で行く。右腰にはズボンの内側に隠すようにコンパクトサイズのグロック19を携帯している。左利きではあるが銃器の扱いに関しては右手に矯正してあるので問題ない。腰の右側には同じように予備弾倉が一つ。襲撃されても対処できるくらいの武装はしていた。

 

「もう〜そんなに怒らないでよ。今は少しでも戦闘力を増したい時期なんだからさ」

 

 携帯の液晶越しに頬を膨らませてそっぽ向く雪華綺晶を宥める。

 

「そうやってご機嫌取りばっかり。最近のマスターは随分と鉄砲のお勉強に熱心ですわね」

 

「少しでも戦力になりたいんだよ」

 

「十分戦力になってますわ。というか、今までのアリスゲームでここまでマスターが戦力を蓄えた事があったと思います?ちょっとオーバーなくらいです」

 

 まぁ普通のアリスゲームは俺たちみたいにマスターも一緒にどんぱちしねぇからなぁ。もう半分くらいスタンドバトルくらいにマスターも戦ってるよな。

 そんな話をしながら数分、いつも通り森林公園のそばを通る。少子化の影響なのか娯楽が溢れ過ぎた影響なのか、午後3時も過ぎるというのに人っ子一人いない。森林公園はもはやただの雑木林と化していた。

 

「……雪華綺晶、スタンバイ。俺の部屋からMk18と予備弾薬持ってきてくれ。刻印が入ってるから分かると思う」

 

 俺はそれだけ言うと了承も確認せずに携帯をポケットにしまう。

 一気に身体に緊張が走る。理由は簡単、いつの間にか数人が後方から俺をツケているのだ。銃器は完全に秘匿しているから警察ではないだろう。ていうか、道路のミラー越しに確認してみたがどいつもこいつもガラが悪そうだ。

 銃声は大きい。必要以上の注目を集めてしまうから使いたくはないが、相手の出方次第では使わざるをえないだろう。銃を持つと人は強くなった気分になる奴が多いらしいが、俺はあまりそうは思えなかった。むしろこちらの戦力の露呈等のデメリットの方が大きい。

 

「ちっ」

 

 舌打ちしながらタバコに火を付ける。そのまま歩きつつ、俺は森林公園へと入って行く。それに奴らも付いてくる。始末するなら森の中でやろう。死体の処理はnのフィールドにでも投げ捨ててしまえばいい。

 奴らとの距離は30メートルほど。俺が森に入ると少しだけ歩調を早めたようだった。それに合わせて、俺は一気に駆け出す。

 

「追え!」

 

 追跡者の一人が叫んだ。一斉に男達が追ってくる。一体何なんだろうか。

 いくら帰宅部とはいえ、ここ最近はトレーニングばかりで体力は衰えていない。薄っぺらの教科書が入ったリュックを背負っていても、奴らに追いつかれる心配はなかった。走りながら、俺は耳栓をして腰に隠していたグロックを抜く。

 グロック19第四世代。有名なオーストリア製の自動拳銃であるグロック17のコンパクトモデルであり、銃身長と全高が若干短い。そのせいで装弾数が15発+1発と少なくなっているが、コンパクトなので隠しやすい。使用する弾薬は9mmパラベラム弾であり、特殊部隊が使っていたせいなのか弾頭はホローポイント。ホローポイントとは弾頭の先端に穴が空いており、弾頭が人体に命中するとマッシュルーミングという現象が起きて広がり、人体組織に大きなダメージを与える。

 何かで読んだが、FBIによればボディーアーマーを着ていないソフトターゲットに対しては強力だが装弾数の少ない.45口径よりも、ホローポイントによって安定したダメージと多い装弾数を兼ね備えた9mm弾の方が効果的らしい。

 

「Chamber clear」

 

 スライドをフルで引き装填、そしてもう一度半分ほど引いて薬室を確かめる。完全装填、いつでも撃てる状態だ。グロックには手動の安全装置が無いため、後は引き金を引けばそのまま撃てる。

 俺は適度に森の中へと進むと、後方を確認した。まだついてきてる。

 ちょうどすぐそばに小屋があるので、一度その裏に隠れて拳銃を構えつつ、奴らの動向をうかがった。

 

「隠れたぞ!」

 

 数は5人。まずは散らばらせる。俺は最小限身体と銃を出し、先頭の一人を狙う。体格の良い、ガッチリした男だった。ホモビ男優になれそう。

 慎重に引き金を二回連続で引く。ドンドンッと重い音とキレのある反動が響く。音速を超えた弾丸は1発は外れ、もう1発は先頭の男の右大腿部に直撃した。おそらく当たったのは初弾だろう。

 

「アッ!」

 

 転がるように先頭の男が倒れる。これでアイツは動けないだろう。

 

「うわ!銃持ってやがる!」

 

「散らばれ!こっちも反撃だ!」

 

 そう言うと奴らは散らばりつつも懐から拳銃を取り出す。え、マジで?アドバンテージ速攻消えたんだけど。俺のチート主人公への道のりは泥臭い銃撃戦に消えそうですね……

 

「マジかよ」

 

 俺はまた小屋に隠れると、小屋を背にして一気に走る。この公園は広い上に高低差があるから身を隠すにはいいだろう。

 しかし参ったぞ。いくら最近やたらと訓練しているとはいえ拳銃一挺で相手にする羽目になるとは。しかも、こうなると初めて人を殺すことになるかもしれない。

 まぁ、今更殺すことに抵抗はないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感というものは、人によって様々な感じ方があると思う。虫の知らせとも言えるこの感覚は、僕にとっては爪がうずく、という奇妙な現象によって表れる。

 授業を早々に終わらせて僕は自宅にてコーヒーを飲んでいた。今度はちゃんとコーヒーだ、カフェオレではない。居候である真紅はくんくん探偵とかいう人形劇にご執心で、僕がいようがいまいが関係無く興奮している。

 

「違うわくんくん、そいつじゃないの!騙されないで!」

 

 卓袱台から身を乗り出して応援する真紅。僕はそんな淑女の嗜みを微笑みながら眺めつつ、左手の薬指を掲げた。

 紅い、薔薇の装飾が施された指輪。契約の証。僕は、真紅と契約した。ローゼンメイデンというのは人間と契約しないとエネルギーを補給できないらしい。前の契約者とは……解消したようだった。深くは聞けなかったが。

 

「今日は、良い味だ」

 

 コーヒーを一口含む。良い味。そう、良い味なんだろう。死んでから味覚までも失った僕にとっては最早分からないが。

 そんな、少しだけ色が付いたありふれた日常。それを楽しむ。その時だった。

 

「むっ……」

 

 爪が疼いた。ぐぐぐっと、むず痒いような、そんな感覚。大抵は良く無いことが起きる。死んでから得た、ある種野生の勘に近いものだ。爪がポイントなのは、猫だからだろうか。

 怪異としての自分の感が、出掛けろと言っている。僕は椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。

 

「少し出てくる。ついでに夕飯も買ってくるけど、何が良い?」

 

 真紅に尋ねる。

 

「そこよ!くんくん!やっつけて!」

 

 聞いていない。まぁ何か適当なものを買ってくれば良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ!撃ち返せ!」

 

 パンパン、と複数の銃声が森に響く。どれも俺が撃ったものではない。相手が無造作にこちらに撃っている発砲音だ。

 俺は全力でダッシュして大きめの木に隠れる。そしてやつらに向かって2発発砲した。

 

「ああ!撃たれた!あああああ」

 

 20メートルはあったが、男の下腹部に命中した。激動後にあれだけ離れた敵に命中させられたのは、訓練の成果だろう。近くにいた奴の仲間が手当てしようとしているが、ろくな治療器具を持っていない奴らには意味がないだろう。精々止血ができるか否か。

 

「多いんだよクソ」

 

 悪態をつきながら俺は向かってくるもう一人を狙う。そしてまた引き金を引く。

 

「うおっ!?ヤバイ隠れろ!」

 

 そう言って高低差を利用して敵が隠れる。同時に、グロックのスライドが後退したままで止まった。薬室を見てみれば弾は見えない。弾切れだ。

 すぐに身を隠し、左腰のポーチから弾倉を取り出す。古い弾倉と交換すると、スライドストップを押し下げた。カチャン!と、スライドが前進して新しい弾が装填された。

 

「このクソガキ!」

 

 不意に真横から罵声が響いた。条件反射的に真後ろに跳びつつ銃を構える。倒れこみながら着地し、こちらを狙う男に銃を向けた。

 刹那、相手が発砲。俺の左太腿を銃弾が掠めた。

 

「ッ!」

 

 アドレナリンがドバーッ!と放出されているせいで痛みは感じない。それにこの程度なら数分で治る。それよりも、反撃だ。俺はダブルタップで応戦した。

 パンパンッ!と2発撃ち込むと両方とも胸に直撃。男は苦しそうにしゃがみこみ、頭へと撃ち込むと動かなくなった。

 

 初めての殺しだった。でも、なんとも思わなかった。ただの敵。知らない人間で、こっちを襲ってきたから殺り返したのだ。だから死んだ。ざまあない、自業自得だ。

 

「捕まえたぞ!」

 

 と、いつのまにか男が倒れている俺の目の前にいた。すぐに狙うが、銃を持った手が蹴られてグロックが転がる。

 

「この野郎!」

 

 男にマウントを取られる。手には拳銃。意外にも俺は極めて冷静に対処しようとしていた。男は拳銃を頭に押し付けてきたので、すぐさまディスアーム、つまりは拳銃を奪う。こういう時、下手に銃を突きつけられた方が奪いやすいのだ。

 

「あっ!この!」

 

 すぐさま奪った拳銃の先端で男の顔を殴る。怯んだ隙にスライドを引いて確実に手動で装填、装填されている弾丸を全て撃ち込んだ。

 

「おっ、おガッ」

 

 胸と腹を撃たれた男は吐血する。俺は男を押し倒して離れると、落としたグロックを拾い上げようとした。

 

「させるかよ!」

 

 刹那、発砲音。手に衝撃が走る。撃たれたのだ。

 

「ぐあっ!」

 

 思わず倒れる。それでも手を伸ばしてグロックを掴もうとするが、やって来た二人に銃を蹴られて阻まれた。

 

「おらぁ!」

 

 視界が揺れる。頭を蹴られたようだった。踏んだり蹴ったりとはこのことだろう、二人の男が寄ってたかって俺を蹴り続けた。必死に防御するが痛いもんは痛い。

 

「あた!あたたた!痛いって!痛いんだよぉ!」

 

 思わずひでと化すが、蹴りは止まない。そのうち男たちは疲れて来たのか、蹴りを止めた。

 

「クソ、こいつタフだな」

 

「手こずらせやがって……まあいい。我らの恋路を邪魔する者には死んでもらうまでだ」

 

 指揮官であろう男がそう言うと、拳銃をこちらに向けた。トカレフだ、あれで撃たれればさすがに死ぬ。

 バレないように俺は腰のナイフを取り出そうとする……こいつらは銃に関しては素人みたいだから、撃つ寸前に必ず隙が生まれる。それを狙う。

 

「死ねよ!」

 

 男の指に力が篭る。今だ!

 

 

 

 

 

 

 にゃああああああああああああお。

 

 

 

 猫の声が、不気味なほどに響いた。その不気味さに、男達も俺も動きが止まる。

 辺りを見渡しても猫などいない。そのうち興味が失せたのか、男達は再度俺を殺そうとする……が。

 

 俺には見えていた。男達の後ろに潜む、大きな、それはそれは大きな猫が。

 

 一閃。まさしくその言葉が合う。猫が振るった腕が、俺を殺そうとしていた男の頭部を両断した。ゴロンと横に転がってくる頭部。相方の男は混乱し絶叫した。

 

「うわ!うわあああなんだこの猫ぉおお!!!!!!」

 

 完全に猫に気を取られた男。俺はナイフを抜き、一気に立ち上がると脇腹を突き刺した。

 

「てめぇも死ねクソ野郎!」

 

 脇には血管が通っている。刺された上に抉られた脇から血が吹き出る。俺はそのままナイフを抜き、首に突き刺して掻き切った。

 倒れる男を見もせず、俺は飛び込むようにグロックを回収する。もちろん突然現れた化け猫に対処するためだ。

 

「動くな猫野郎!」

 

 言葉が通じるか分からないが、怒鳴るように命じる。猫はフリーズしたようにじっとこちらを見ている。一体なんなのだろうか。

 

「……」

 

 奇妙な沈黙が場を支配する。すると、最初に行動に出たのは猫の方だった。

 

「……人ながらに、君はもう人の道から外れてしまったようだね」

 

 猫が喋った。いくらローゼンメイデンという不可思議を見慣れているとはいえ、さすがに驚く。俺が猫相手にどうしていいか分からず困惑していると、猫に変化が起きる。

 影が、猫を覆ったのだ。それも全身に。影は形を持っているかのように蠢き、気がつけば人の形へと変貌した。

 

「やべえよやべえよ……」

 

 思わず語録が飛び出る。俺逃げた方がいいのかなこれ。ていうか雪華綺晶、ま〜だ時間かかりそうですかね?

 次第に影が消えていく。そうして現れたのは。

 

「なんだお前(素)」

 

 金髪の美人が、そこにいた。いや、美少年?んにゃぴ、ちょっとよく分からなかったです。

 

「私が誰かなんて、必要な事かな?」

 

「は?(威圧)」

 

 まるで継続高校のえっちなリーダーみたいな事をいう美人に、思わず本音が出る。

 

「それよりも、そろそろ銃を降ろしてくれないかな」

 

「猫に変身するような奴を前に安心はできねぇからな」

 

「助けたのにかい?まぁいいさ……ふふ、いいね。その警戒心。変わらない」

 

「なに?」

 

 俺を知っているのだろうか。そう聞こうとした時。

 

「マスター!無事ですか!?」

 

 上空から雪華綺晶が飛んできた。それもライフルと、弾が入った小さいポシェットをぶら下げて。俺はその、わずかな一瞬に気を取られる。奴にはそれで十分だった。

 ふわり。風に乗るように。美人は寄ってきて。

 

「ファッ!?」

 

 俺に抱き着いた。

 

 

 

 

 

 

「なぁああああにやってんだぁああああああァアアアア!!!!!!」

 

 その、どこぞの馬の骨か分からない奴が抱き着いたのを見た雪華綺晶は叫ぶ。まるで団長が遊撃隊長に喝を入れるように。ていうかその声はヤバイ、マジで出しちゃいけないと思う。

 びっくりしつつも俺は美人を引き離そうとする。が、ビクともしない。すげえ力だ……異形の身なら仕方ないかもしれないが。

 

「……少しだけ、少しだけなら。良いよね」

 

 奴が俺の胸に顔を埋める。うーむ、やっぱり怪異っぽいとはいえ美人に抱きつかれるのは良いもんだ。雪 華 綺 晶 の 前 で なければだが。

 ああヤバイ、すげえ顔してるよ。俺被害者だから。

 

「死ねィ!」

 

 まるで吸血鬼が宿命の相手に目潰しした挙句蹴りを入れるみたいな言い方で雪華綺晶は攻撃を放つ。しかも俺のライフルで。

 

「おおおおお危ねぇえ!やめてくれぇ!!!!!!」

 

 俺達の周りを銃弾が掠める。死なば諸共ってレベルじゃない。っと、ここでようやく美人が離れた。そして血相を変えて自らを殺そうとしている雪華綺晶を、羨ましそうな目で見つめる。

 

「君の隣にはもう、いるんだね」

 

 それだけ言うと、美人はまた猫に変貌してとんでもない速度で逃げていく。いったい何だったのだろうか。あいつは俺を知っているようだった。

 

「ねぇ、マスター」

 

「ヒェッ」

 

 不意に、耳元に囁かれる。

 

「私、頑張ったのよ。重い鉄砲と弾を持って、必死に運んできたの。そしたらね。大切なマスターは、化け猫男女と抱きしめ合ってたの。ねぇマスター、どう思います?」

 

「雪華綺晶さんは健気で可愛いと思います」

 

「うふふ。でしょう?なら、ね?わかってるわよね。自分がどうなるのか」

 

「あああああああもうやだあああああああ!!!!!!」

 

 銃撃戦よりももっと過酷な雪華綺晶のお仕置きが、俺を待っていた。

 




今年初めて見たものは雪華綺晶でした


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sequence52 武器取引

 

 

 俺が襲われたという事で、急遽槐の店において作戦会議が行われる事となった。メンバーは友好的なドールズ達とそのマスター諸君。俺、隆博、礼、琉希ちゃん、ジュンくん、そしてローゼンメイデンではないが槐だ。

 槐が店の扉に掛けられたOPENの札を裏返す。役者が全て揃ったところで俺は持ってきたダッフルバッグを机の上に置いた。

 

「さて、マスター諸君。話はもう聞いてると思うが……一昨日襲撃に遭った」

 

 ちなみにこの話はもう既にドール達を通じてマスター達に知られている。ふと隆博は手を挙げた。

 

「敵の規模と練度は?」

 

「大人が5人。統率は取れていなかった。銃の訓練もしてないだろうな、寄せ集めのヤクザ連中だ」

 

 ふーん、と納得する隆博とは対照的に琉希ちゃんは訝しむような目線をこちらに向けた。

 

「彼らをどうしたのです?」

 

「全員処刑した。尋問もしたが、洗脳されてたみたいだから有用な情報は引き出せなかったよ」

 

 さも当然と俺が言うと、琉希ちゃんとジュンくん、槐、そして彼らのドールズの顔が青褪める。俺もそうだが、一応全員一般人だ。人を殺すだとかそういう事に慣れていないのは当たり前の話だ。

 

「死体はどう処理した?」

 

「nのフィールドを経由して海外に。足はつかないだろう」

 

 礼の質問に答える。こいつの質問はかなり現実的なものばかりだ。まぁそこが兄としては助かるのだが。いちいち殺しを非難されては困る。

 しばらく沈黙が流れる。そして口を開いたのは、礼の傍で毛先を弄る水銀燈だった。彼女は特有の猫撫で声でもって質問した。

 

「ねぇ。その襲ってきた人間たち……何か言ってなかったかしら?」

 

 いきなりそんな事を尋ねられたので少しばかり考えてから答えた。

 

「なんだっけな。我らの恋路だとかなんとか言ってたな。恐らく洗脳した奴の意思が反映されたんだろう。なんかわかるか?」

 

 水銀燈は何かを感じ取ったのか遊ぶ手を止める。しかしどういうわけか目を閉じて答えない。ただ、なんでもないわ、とだけ言ってまた毛先を弄り出した。俺も深くは追求しない。それが本題ではないからな。

 その時だった。琉希ちゃんが口を開いた。何か理解しがたいものを見ているような、そんな顔だった。

 

「あなたは、何も感じないのですか?」

 

 それが殺しに対する葛藤だとかそういうことに対してであることは容易に想像できた。俺は少しだけ深く呼吸し、自信を持って答える。

 

「ああ。敵は敵だ、だから殺した」

 

「それが、洗脳された者たちであっても?」

 

「敵になれば誰でも殺す。君も、元々アリスゲームに対して意欲的だっただろう、今更そんなことを言うのか?」

 

 そう言うと琉希ちゃんは黙る。その顔は納得できないと言った表情だった。

 

「やっぱりお前はイかれてるです、人間」

 

「ああ。そうだな、イかれてんな」

 

 翠星石の言葉に同意した。きゅっと、不意に雪華綺晶が俺の指を握る。優しく、俺は握り返すことによって彼女に意思を示した。

 俺は、後悔なんてしていない。自らの意思で彼女をアリスにしたいと思ったし、そのためならいかなる犠牲をも厭わない。そう決めたのだ。

 だからこそ、同志になる素質があるあの子に聴きたい。

 

「ジュンくん、君は自分の家族や雛苺が危険な目にあったらどうする?」

 

「え、それは」

 

 狼狽えるジュンくん。

 

「君の手には銃がある。相手にも銃がある。相手は雛苺を、のりちゃんを殺そうとしている。助けられるのは君だけ。そうなったらどうする?」

 

 しばらく彼は黙った。その傍らには雛苺が、彼を心配そうな目で見上げている。ジュンくんは微笑んで雛苺の頭を撫でた。

 

「殺すと思う。僕は、雛苺を守るためならもう躊躇わない」

 

 嬉しそうに、礼の口角が一瞬上がった。俺も同じ気持ちだよ兄弟。そうか、とだけ言って俺は頷く。それでいい。それでこそミーディアムだ。

 俺はテーブルに置いたボストンバッグを開けると中身を取り出す。無造作に置いた中身、それはもちろん小型の銃器の数々だった。

 

「よく聞いてくれ。未知の敵が俺たちを目の敵にしてる。今回の襲撃はほんの序章だろうな。だからこそ備えなくてはならない。ここにある銃は本物だ、上手く使えば自分と大切な者達を守る剣になるんだ。俺と礼、そして隆博はもう使え切れないくらいに所持してる。俺がもってきたのはジュンくん、琉希ちゃん、そして……まぁ必要なら槐も持っていけ。君達のためのものだ」

 

 息を飲む3人に、だが、と俺は付け加える。

 

「忘れるな。今回の件が終われば敵になるかもしれない。その時こそ、しっかりとしたアリスゲームが始まるんだ。そうなればもう容赦はしない。今回の襲撃以上の事を俺はやるぞ」

 

 睨みつけるように言う。隆博はニヤニヤと笑い、礼は今更何を、と言った表情で俺の話を聞いていた。対照的に三人は困惑した表情でそれを聞く。

 真っ先に動いたのはなんとジュンくんだった。彼は拳銃を拾い上げるとそれをマジマジと見る。なるほど、センスがいい。聞けば彼は服のデザインなんかも得意らしい……最近では槐に弟子入りもして、雛苺の腕を直すのに専念しているらしいし。

 

「ああ……キンバーか。素晴らしい」

 

 隆博は感嘆を漏らす。キンバー。それ自体はメーカーの名前だ。ジュンくんが手にした銃は、古き良きM1911のカスタムモデル。それもかなり手の込んだカスタムが施されており、アメリカで買おうとすれば一挺3000ドルはくだらないだろう。

 前後にチェッカーの入ったフルサイズのスライドにダグラスカットのレールドフレーム、サイトは実戦向けの10−8サイト、ハンマーはエッグホールタイプで指がかけやすく、ビーバーテイルは美しくもハンマーバイトされない形状と大きさ、トリガーはロングタイプのステンレス製で引きしろを調整できる。更にバレルはBARSTOのステンレスタイプで、一番実戦向きだろう。リコイルスプリングガイドはロッドタイプのフルレングスではなく、旧来のものだ。銃口下を机などの角に押し当てることによりスライドを動かして装填できるようになっている……ブローニングの考えだ。また弾倉が入れやすいようにハウジング一体型のマグウェル……ああ、素晴らしい、ヴィッカーズタイプの側面が削られているタイプだ。グリップパネルもキンバーの刻印入りの木製、しかも黒塗り。スネークマッチなんかよりもよっぽど戦闘向きだ。

 

「なんだかよく分からないけど……すごいってことはよく分かるよ。使い方、教えてくれませんか?」

 

「後でおしえてあげるよ」

 

 ジュンくんにも素晴らしさが伝わったようだ。中学生の身体に.45口径はキツイだろうが、頑張るしかないよ。

 

「……これ、もらいます」

 

 少し元気が無さげな琉希ちゃんが手にしたのはグロック19とSIG MPX。小柄な彼女には9mm口径は扱いやすいだろう。

 

「僕ぶっちゃけいらないけど……せっかくだし、このリボルバーを選ぶぜ!」

 

 まるで伝説のクソゲーの主人公のように言って槐はリボルバー、キングコブラを手にする。元々隆博に見せびらかすために持ってきたが、まあいいや。ていうかリボルバーってまた渋いの選ぶなぁ。実用的じゃないから絶対に使わないわ。弾の問題以外でほとんどジャムらないけど。

 

「なら……いいな。各人、弾も持って行ってくれ。これから一人になる時はなるべく銃は携帯してくれ。もし警察に厄介になりそうだったらドールに助けてもらえ」

 

 会議と武器の密輸は幕を閉じる。さて、敵はどう動くか。きっと今日の行動も見られているはずだ。

 

 

 

 



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sequence53 それぞれの思惑

 

 

 礼の自室で水銀燈は落ち着かない様子で自身の銀髪を弄る。くるくると、まるでハンドスピナーで精神を落ち着かせているようにも見えて、礼からすれば滑稽だった。

 解散から数時間、とっくにお開きになった会議を経て心当たりがあり過ぎる水銀燈は少し焦っていたらしい。対照的に礼は黙々と拳銃を磨く。その余裕っぷりが気に入らないらしい。何かにつけては礼に当たろうとするが、彼女が我が弟の作業を邪魔しようものなら睨まれて動けなくなる。性癖が歪んでしまった水銀燈としてはそれも良いらしいが、今回に限っては当てはまらないらしい。

 

「なんでそんなに余裕なのよ」

 

 ド直球に礼に尋ねる水銀燈。その声色は、いつもの挑発的な猫撫で声ではない。

 

「何か気にすることでもあるのか?」

 

 まるで何もないかのように振る舞う礼。そんな態度に水銀燈の不振は深まる一方だ。

 

「大アリよ。あの変態ロリコン契約者を襲ったのはどう考えても病弱女よ?」

 

「分かってる」

 

「分かってる?ふん、そうは見えないわね。奴の狙いは貴方。まさかここまでするとは思ってなかったけど、どういうわけかあの憐れな負け犬は力を手に入れたようね……何が何でも貴方を手に入れようとしてるわ」

 

 拳銃を組み立てる。まるで何年も扱ってきたかのようにスムーズに組み立てる様は熟練のシューターだ。スライドを数回引いて薬室内の安全を確かめると、ハンマーに指をかけながらトリガーを引き、ゆっくりと撃発可能状態から戻す。

 

「水銀燈、こっちへ」

 

 弾倉を入れると麗しのツンデレ長女を手招きした。不思議そうに眉を動かしながらも水銀燈は礼の傍らへと向かう。礼は彼女の手を引き、胸に抱き寄せた。それ自体は、恐らく琉希ちゃん以外のマスターとドールがよくやっていることだ。

 礼は不機嫌そうに振舞いながらも期待する水銀燈に軽く口付けする。この野郎中学生でちゅーちゅーひっつきやがって。

 

「んっ……なによ、急に」

 

「そう慌てるなお馬鹿さん」

 

「なっ!」

 

 急にキスされて急にバカにされて大忙しな水銀燈に不敵な笑みを向ける。

 

「これはチャンスでもある。この機会を逃さない訳にはいかん」

 

 最初の可愛い弟は何処へやら。ほくそ笑むその姿はもう黒幕なんですけどね、初見さん。

 水銀燈はその様子に疑問を抱きながらも、このマスターが誤った選択をするとは思えない。そんな、意外に計算高い所にも惚れたのだと納得することにした。

 己の胸にその軽い身体を預ける少女の頭を撫でる。強がりながらも物欲しそうに己を見上げる少女に口付けをする。

 

ーー面白い。この俺を手に入れたいか、めぐ。やってみろ。

 

 天才とまではいかなくとも、いろんな意味で礼は頭が良い。日常に飽きていた少年は、ようやく見つけられそうなのだ。自分が飽きずに楽しみ続けられる世界を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 nのフィールドの殺風景な世界に銃声が鳴り響く。一定のリズムでもって発せられる破裂音に時折混じる、金属が弾ける甲高い音。会議から数日、今はもう夏休みに突入したのをきっかけに俺と隆博でジュンくんの射撃稽古に付き合っている所だ。

 拳銃といえど.45口径という比較的大口径弾を扱うM1911は、少年の手では多少持て余してしまう事は想像に難くない。それでもやはりセンスというか、手先が器用なこともあってジュンくんの成長は早い。

 時折やってきては数発撃っては全部命中させて満足して帰っていく礼ほどではないが、教えている方も気分が良い。

 ジュンくんは弾倉の中を撃ち終わると、すかさずチェックのシャツをめくりあげて予備弾倉を取り出してリロードする。それが終われば周囲を確認。サーチアンドアセスという、射撃のストレスにより視野が狭くなる現象を解除するのに加えて周辺索敵をする技術だ。これだけスムーズに動ければ問題無さそうだ。

 

「よし、弾倉を外して薬室の弾も抜こうか。的を見てみよう」

 

 俺の言葉にジュンくんは耳栓を外して頷く。言われた通りの動作を確認した後、俺たちとドールズ計6人でスチール製のターゲットを確認しにいく。距離にしておよそ20メートル、射撃を嗜んでいれば余裕で当てられるが、はたして。

 

「1、2、3の……6発。8発中6発だ。うん、連続してこれだけ当てられれば問題ないだろう」

 

「俺らより全然うまいんですがそれは大丈夫なんですかね……?」

 

 上達の早さに驚く隆博。正直俺もここまで早く当てられるようになるなんて思ってもいなかった。しかも.45口径だぞ?いくら1秒に1発ペースとはいえ、こんなに当ててるんだから文句なんてつけられない。

 そんなガンマンキッドに片手が無い雛苺が抱き着く。

 

「さっすが私のジュンなの!ジュン、ご褒美にい〜っぱいうにゅ〜、しようね!」

 

「わ、ちょっと!こんなところで言うなよ!」

 

 うにゅ〜(意味深)。俺もしてみたいけどな〜?どうやらやることやってるっぽいなこの中学生も。

 

「あらマスター?マスターにはうにゅ〜だけじゃなくぶちゅ〜してあげますわ」

 

「え、何それは(困惑)」

 

 雪華綺晶がぶちゅ〜って言うとぶっ潰されそうで怖いんですが。

 

「蒼星石もうにゅ〜するか?」

 

「うーん、遠慮しておくよ」

 

「酷いですね君!(レ)」

 

 お前は相変わらずで安心するね隆博……でもこんなロリっ子ドールとうにゅ〜できるのは俺の性癖的には凄く魅力的だと思います。なんか果物の味しそう(小並感)ちなみに雪華綺晶はしっとりとしていて、それでいてベタつかない、すっきりとした甘さだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は輝いていた。比喩表現では無い、それは見る者全てが同じく輝いていると表現できる眩さだった。

 めぐちゃんは病室で、靴も履かずに踊るように回る。キラキラと、生命にも似た輝きを纏わせ、楽しそうに、嬉しそうにワルツを踊る。それをベッドの上から主途蘭が複雑な表情で見ているのは、いい対比になるだろう。

 

「あは、あははははっはあははは」

 

 主途蘭とめぐちゃんの指輪が輝く。本来なら苗床であるはずのめぐちゃんだが、この時ばかりは主途蘭の方がエネルギーを吸い取られていた。

 ビチャビチャと、めぐちゃんが回る度に床にぶちまけられた液体が跳ねる。真っ赤で、雪のように白い病弱な肌にそれが触れると、めぐちゃんは更に輝いた。

 足元に目をやれば、数人の男女が倒れている。どいつも息は絶え、生命の躍動を感じさせるめぐちゃんと矛盾した存在と化していた。

 

「そんなに楽しいか」

 

 半ば呆れたように尋ねる主途蘭。めぐちゃんは笑顔のままピタリと踊るのをやめ、主途蘭に顔を向ける。

 

「ええ。とても。こんなに生き生きとした事今まで無かった。礼くんと一緒にいる時でさえも、結局はあの泥棒猫が脳裏をよぎっていたの。でもね、うふふ、主途蘭。今はそんなことさえ忘れてしまう。だってそうでしょう?たった一人のか弱い命が、幾人もの命を吸い上げるんですもの。これほど潤うこと、ないもの」

 

「そうかい。楽しんどくれ。儂は死体を片付ける。床と壁の時間を戻すのはその後でええじゃろう?」

 

「ええ。それまで私、踊っていたいもの」

 

 そうして彼女はまた踊り始める。ため息混じりに主途蘭は姿見を利用してnのフィールドへの扉を開く。そして一人ずつ、重い思いをしながら引き摺り込んでいく。

 生命の吸収。かつては雪華綺晶が行い、雛苺も手を染めた禁忌。めぐちゃんは人の身でありながらその禁忌を犯す。もう、彼女は人間とは言い難い別の何かへと変貌を遂げていることには、まだ気がつかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ数日、賢太の様子がおかしい。ぼーっとしては頬を赤らめて可愛い顔で微笑んだと思ったら、何やら落ち込んでいる……元々猫人間だからおかしな奴だとは思っていたが、それはあくまで存在についてだ。真紅は彼を、掴み所は無いが紳士的で、クールな者だと思い込んでいた。だがそれは誤りだったようで。

 

「はぁ……」

 

 頬杖をついてため息する姿は、まるで映画のワンシーンのよう。見る者によっては魅了されてしまうだろう。もっとも真紅は別の人間に魅了されてしまっているのだから関係は無い。

 そのうち段々とウザったくなってきた真紅は、かといってキレる訳にもいかないのでなるべく穏便に質問した。

 

「ちょっといいかしら」

 

「なんだい?」

 

 機嫌がいいのか悪いのか。にこやかな顔で対応してくる。

 

「何かあったのかしら?ここの所、どうにも様子がおかしいのだわ」

 

 そう指摘すれば賢太は苦笑いする。

 

「あぁ、すまないね。気分を害したのなら謝る」

 

「そうでは無いのだわ。ただ、その……前に話を聞いてくれたお礼というわけでは無いのだけれど。何か悩みがあるのなら、この真紅が聞いてあげても良くてよ」

 

 そう言うと、賢太は神妙な顔で言った。

 

「悩みか……うん、そうだね。ある意味、悩みかも」

 

 ほれきた、と言わんばかりに真紅は読んでいた本を閉じる。

 

「恋の病……かな」

 

 出来の悪い面倒な高校生みたいな事を言い出したな、と質問したことを後悔した瞬間だった。

 



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sequence54 増える疑問

 

 

 お盆。八月も中旬になり、蒸し暑さと蝉兄貴迫真の鳴き声が日常を埋め尽くしてから一月くらいは経つが、一向に慣れる気配は無い。冒頭にも書いたが、そんな時期になれば日本人にとってある一つの行事が連想されるに違いない。それがお盆である。

 俺と礼にとっては、今回のお盆には特別な意味が含まれていた。親が死んでから初めてのお盆。それが持つ重要さは、きっと誰もが知っているかと思う。

 とっくに四十九日を過ぎ、加えてローゼンメイデンという非日常が重なったせいですっかりその悲しみは薄れていたが、いざ墓参りに来てみれば意外にも自分は大切な人たちを失ったというダメージを受けているんだと痛感させられた。柄にも無く親の墓の前で唖然として動けない。礼も何か思うところがあるらしく、俺の後ろでただ立ち尽くしていた。

 そんな二人を、雪華綺晶と水銀燈は遠くから見守る他無かった。彼らの家族の事は、当事者以外立ち入る余地が無い。あれだけ雪華綺晶にデレデレの俺でさえ、彼女にはここで待つように命令したのだ。

 

「マスター……」

 

 不安そうに呟く雪華綺晶。対して水銀燈はいつものように凛とした表情で、涼しいくらいに吹く風に身を任せる。この長女は分かっているのだ。礼はあそこで立ち止まってしまう人間では無いのだと。いくら大切な人が死のうとも、目的のために足は止めない、野望に満ちた人間なのだと。

 そう言った点では、俺という人間は弱かった。身内が絡むとどうしても足が止まってしまう。見知らぬ敵ならばあんなにも簡単に殺すし、そこらで死のうが何とも思わないのに。育ててくれた親が死ぬ。心に出来た空白を代替できないで立ち止まっている自分がいるのは明確だった。

 

「兄ちゃん、行こう」

 

 礼に諭され、俺は頷く。少しだけ呆然として、墓に刻まれた名の意味を受け入れられないままその場を後にする。

 心配そうに慌てる雪華綺晶の手を引き、自家用車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 夏休みという学生に与えられた至福の時間は身分によって異なる。大学生なら2ヶ月もあるし、中学生なら1ヶ月ちょっとだ。楽しい(ほとんど訓練か隆博とサバゲーに行ってただけ)時間はあっという間に過ぎるもので、礼なんて今日から学校だ。

 雪華綺晶と一緒に朝食を作り、家族四人でそれを平らげると弟を見送る。

 

「忘れもんないか?」

 

「ないよ、多分」

 

 まぁ仮に忘れ物あっても俺が届ければいいだけだし。最近の中学校は携帯持ってても怒られないらしいから良いよね。俺らんときは没収だったぞ。

 いってきます、と礼が言えば俺と雪華綺晶、そして未だに寝起きから覚めない水銀燈が手を振って見送った。大きな欠伸をしながら水銀燈がリビングに置きっ放しの鞄に入って二度寝と洒落込んだので、俺と雪華綺晶もぐったりソファにとろける。

 

「ねぇマスター?」

 

「う〜ん?」

 

 水銀燈ほどでは無いが猫撫で声で俺に絡みつきながら囁く雪華綺晶。俺知ってるよ、こういう時のこの子は大体エロい事しか考えてない。

 

「今日は何も予定は無いのですよね?」

 

「うん、隆博のやつもバイトだって言ってた」

 

「あらまぁ……ならマスター?今日はいっぱい甘えても許されますね?」

 

 この子が甘えてくる事は確定したらしい。まぁ最近は構ってあげられなかったから良いだろう。俺も久しぶりにきらきー成分を補充したいし。

 俺は雪華綺晶に抱きつき返すと顔を彼女の胸元に埋めてぐりぐりと動かす。うーん良い匂い。

 

「ふふ、甘えん坊なマスター。いいわ、今日はママにうんと甘えなさい?」

 

「ママー!(ボヘミアンラプソディー)」

 

 全然関係ないけどクイーンの曲好き。映画、見よう!(ステロイドマーケティング)オススメはSomebody to loveだゾ。

 この後散々甘えてあまりにもうるさかったので水銀燈が起きて怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 新学期になっても特に変わった事など無い。クラスはそのままだし、あるとすれば席替えくらいか。俺は運が良いのか悪いのか、空席と隣になってしまった。まぁこれなら誰かに気を遣うこともないから良かったのかもしれないが。

 サッカー部は基本朝練をしないため、帰宅部の奴らと登校時間が被る。そのため今日も通学路の途中から桜田と一緒に登校していた。

 

「銃の腕はどうだ?」

 

「ぼちぼちかな。腱鞘炎になりそうで怖いからあんまり激しくはやらないよ。雛苺の腕も治さなきゃいけないし」

 

 そういえばそんなこともあったなぁと考える。すまんな桜田、その雛苺の腕は俺らがやったんだ。でも今言うと色々拗らそうだから秘密にしておく。

 桜田としてはローゼンメイデンのマスターとして俺の事を気にかけているらしく、隙あらば自分のドールに対してどう接しているのかを聞いてきたりもする。

 

「河原は水銀燈とうまくいってるのか?」

 

「ぼちぼちだな。変わったことはないさ」

 

「でも、その、やるんだろ?夜とか、さ?」

 

 マスターであると同時に、中学生でもある。だからこうして、性に対しても興味津々なお年頃だから踏み込んだことも聞いてくるのだ。

 

「まぁな。週三くらいでそういうことは」

 

「お前からするのか?」

 

「半々だけど……随分聞いてくるな。ちょっと引くぞ」

 

 こいつはここまでこういう事に熱心だったろうか?少なくとも雛苺との一件以来スケベになってきているのは間違いないだろう。

 桜田は頬を赤くし、回答に困ったように口を籠らせた。

 

「いや、さ。雛苺が定期的に、さ。夜になるとベッドに忍び込んできて……」

 

「聞いてないんだが……まぁ、別にいいんじゃないか?そんなもの人それぞれだろう。そもそも、人形相手にそういう事してる時点で俺たちはもうマイノリティだ」

 

 あの兄貴とその友達含めて、だが。

 

 

 

 

 学校へ着くとクラスメイト達と適度に会話して二学期の開始を心に感じさせる。さすがに夏休みが終わればアリスゲーム関連の働きが疎かになるのは否めない。なのに兄はよくもまぁあんなに雪華綺晶と一緒にいられるな。暇なんだろうか。単位は大丈夫なのか?

 俺の心配はさておき、いつものようにホームルームが始まる。担任は桜田の天敵である梅岡だが、最近の桜田にとってあの教師は取るに足らないアホくらいの認識しかないらしい。

 

「それじゃあみんな!さっそく席替えするぞ〜!」

 

 恒例の席替えが始まり、クラスの皆がくじを引く。そして席の割り振りが決まる……なんと俺の席は最後列の窓際で、挙句隣は空席と来た。うーむ、素晴らしい。これなら授業中に携帯越しに水銀燈と小声で会話もできるかもしれん。

 そんな風に唐突なぼっちをポジティブに考えていた時だった。

 

「今日は転校生もいるゾ〜!」

 

 〜だゾ、とか聞くと兄貴が見てるあの下らない動画を思い出す。どうやら転校生がいるようだ。席は……クソ、俺の隣だ。梅岡が教室の外にいる転校生とやらに入ってくるように支持する。地味なやつだとやりやすいんだが。

 コツコツと、最近の中学生にしては珍しいローファーを鳴らしながら入ってくる転校生。大して興味はなかったから適当に外でも眺める。

 

「じゃあまず、名前を教えてくれるかな?」

 

 梅岡が促すと、転校生はか細いが透き通る声で言った。

 

「柿崎めぐです。よろしく」

 

 ゾクゾクっと、背中に冷たい何かが走った気がした。ゆっくりと窓から転校生の方へと視線を変える。そこには満面の笑みをピンポイントで俺に向けるめぐがいたのだ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのはまさに今の俺だろう。

 

「柿崎ぃ!の席は〜、あぁ、河原の隣だ。仲良くするように」

 

 なぜか梅岡がウィンクしてくる。美少女の隣を引かせてやったことを感謝しろということなのだろうか。殺すぞ。

 周りの男子が浮かれる中、俺は気が気ではなかった。こいつが何を企んでいるかなんておおよそ見当はついているのだ。俺の存在だ。

 新鮮な制服に身を包み、俺の隣の席へと着くめぐ。いやお前高校生じゃなかったか?

 

「柿崎は病気の関係で本来は卒業しているが、本人の希望で中学二年からやり直すそうだ。みんな、お姉さんだからって頼り過ぎちゃダメだぞ?」

 

「やだ先生、お姉さんだなんて……私は皆さんと仲良くできればいいなって思ってるだけです」

 

 余計な事を、とめぐが考えているのが手に取るように分かる。その割には病院での看護師への対応が嘘のように丸いな。何を考えている?

 と、めぐがこちらに振り向く。俺も無表情で対面すると、彼女は言った。

 

「これからよろしくね、礼くん」

 

 綺麗な笑みを向けてくる。

 

「……ああ。こっちも色々聞きたいことがあるしな」

 

 こうして、俺の疑心に塗れた二学期がスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みが異常に長いのは大学生だけである。そのため中学に引き続き高校の始業式もタイミングが重なるのは良くあることだ。ということは、市でもトップレベルのお嬢様学校として知られる私立有栖川学園も、また二学期スタートというわけで。

 

「はぁ……」

 

 深いため息を吐きながら琉希ちゃんは門を潜る。いつものようなちょっとハンティングっぽい格好ではなく、気品溢れるブレザー式の制服に身を包む彼女は正にお嬢様だ。ゆらゆらと歩くたびに揺れるポニーテールはサラブレッドの馬の尻尾のように優雅で、やや混じっている異国の血がその気品にバフをかけているようにも見える。なお、カバンの中にはもちろん拳銃。こういうところは琉希ちゃんらしい。

 お嬢様と言っても、口調は漫画やアニメで見るようなコテコテのものではない。あら^〜たまりませんわ。なんて事も言わないのだ。

 

「元気がなさそうですね?」

 

 不意にクラスメイトが話しかけてくる。

 

「ええ、まぁ……」

 

「新学期が始まる時はどうしても気分が憂鬱になりますよね、分かります」

 

 決して学校が嫌という訳ではない。単純にアリスゲームの雲行きが心配なだけなのだ。特にあの妹はさっさとアリスゲームを進めたいらしく、事あるごとに小言を言ってくるからたまったものではない。

 始業式が終わり、クラスでホームルームが始まる。いきなり授業を始めないのはどこも同じらしい。ともあれ有栖川学園は席替えなんて庶民らしい行事も無く、担任のありがたいお話が続いていく。それを琉希ちゃんは窓際から一列内側の席で流す。

 だが、今日は色々と変化がある一日らしい。唐突に転校生が来るというサプライズが行われたのだ。

 

「リリィさん、入りなさい」

 

 入って、どうぞ(幻聴)どこかの大学生のせいでそんな幻聴が聞こえる。琉希ちゃんは頭を振り払い、雑念をかき消す。

 コツコツと音を立てて入室してきたのは、リリィという名前に恥じないくらいの金髪と、赤い瞳、そして白い肌を兼ね備えた異国の少女だった。身長は160センチほどで、同学年の欧米人と比較すれば小さい方だろうか。入るや否や、クラスのお嬢様が騒つく。まるでお人形さんみたいだぁ、という直喩まで聞こえてくるくらいだ。無理もない。絵画から飛び出してきたような美貌に、先生まで釘付けだ。

 

「あ、じゃあ自己紹介を」

 

 先生が我に返って促すと、少女は言った。

 

「リリィ・オヴェリィ・スティフノロビウム、17歳じゃ。皆の者、よろしゅう」

 

 癖が強い。あの見た目であの口調とは、絵画では無くアニメの世界の住人だ。色々とクラスメイトがショックを受ける中、先生が席を指差す。それは、琉希ちゃんの隣の窓際の席。うわぁ面倒な人が来たな、なんて思いながらも新しい日常的な刺激に少しばかりの期待もしつつ、琉希ちゃんは歓迎する。

 リリィが席に着くと、ちらりと琉希を目で追った。その赤い硝子細工のような瞳に映る自分を見て、琉希ちゃんはため息が出そうなほど感嘆する。ここまでお嬢様が似合う人間が日本にいるのかと。背筋を伸ばし、一つ一つの動作に磨きがかかっていて無駄が無い。時折ブレザーを着ている左手首を気にしているが、何か持病でもあるのだろうか。リストバンドもしているようだ。

 ホームルームが終わり、休み時間。リリィは案の定質問責めに遭っていた。無理もないだろう、これほどまでに美しく特徴のある転校生だ、良かれ悪かれ放っておく者はいない。

 嫉妬を抱き欠点を探す者、単純に百合の花が咲き乱れる者、それぞれが質問を投げ掛ける。

 

「じゃあまず身長年齢体重を教えてくださるかしら?」

 

「身長が162センチ、体重が47キロ……年齢は言う必要なかろう。なんじゃ一体」

 

「どう?女の人に質問された感想は」

 

「どう?どうってなんじゃ?意図を理解しかねるぞ」

 

「彼氏とかって」

 

「今はいないのじゃ。普通聞くかそんな質問……」

 

 とんでもない質問責めに遭う彼女。災難だな、と思いながら琉希ちゃんはその様子を眺める。

 しばらくして質問責めから解放された彼女は、少し疲れた様子で教科書をすべて机に突っ込む。置き勉する気満々のようだ。

 

「置き勉とは感心しませんね」

 

 完璧に見える少女の意外な面に微笑みながら琉希ちゃんは言った。

 

「教科書の内容は全て覚えておる。授業時にありさえすれば問題なかろうて。確か、林元……琉希、じゃったな」

 

「ええ、リリィさん。白百合の名に恥じない容姿ですね」

 

 そう褒めると、リリィは少しばかり顔を歪めた。

 

「別に白百合が由来ではない」

 

 そう言うと、彼女はそっぽ向いたように頬杖をついて窓の外を眺めてしまう。何か気に触ったことでもあったのだろうか。

 

 




ミステリアス(大嘘)転校生


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sequence55 Broken Hearts

 

 

「アイスティーしかなかったけど、いいかな?」

 

 久しぶりに来た人間のお客さんにアイスティーを振る舞う。ちなみに近所のスーパーでペットボトルで売っていたやつだから振る舞うもクソもない。

 お客さんであるめぐちゃんはにっこりと笑ってお礼を言うと、隣で黙り込んでいる礼の腕に自身の腕を絡ませて甘えまくっている……俺と弟に青春時代の落差がありすぎるんですがそれは……

 礼を挟んでめぐちゃんの反対側に座る水銀燈も負けじと体全体を腕に絡ませている……なんやねんこいつら。青春ラブコメか?それとも最近流行りのハーレム系か?

 

「あんたたち本当に仲良いわね(棒読み)」

 

 とりあえず仲が良さそうなので適当に言ってみる。すると礼が機嫌を損ねたようにこちらを睨んだ。

 

「仲良くねぇよ殺すぞ」

 

「最近の弟キツイや」

 

 ここ半年で礼の言葉遣いがどんどん悪くなる。おまけに変な性癖を拗らせたみたいだし……お兄ちゃん心配だぞ。

 するとめぐちゃんは眉をハの字にしながら礼の口を指で塞いだ。

 

「もう、ダメでしょ礼くん。お義兄さんに強く当たっちゃ」

 

 お兄さんの字が違う気がするんですけどそれは大丈夫なんですかね?礼は今にもブチ切れそうな表情で必死にこらえている。こりゃ退散した方が良さそうだ。

 

「じゃあ俺、雪華綺晶とイチャついて篭るから(棒読み)」

 

 もちろん部屋に。今雪華綺晶は俺の部屋で世界の北野の映画を鑑賞中なので、一緒に見ることにしよう。それがいい。

 めぐちゃんはごゆっくり〜と言うと手を振って俺を見送った。いいな〜なんで中学生の格好してるのか知らねぇけど俺もJKとイチャつきたいけどな〜。

 

「……ねぇ水銀燈、あなたもどこかへ消えていいのよ?例えば地獄とかに」

 

 俺がいなくなった瞬間に水銀燈へリアルレスバトルを挑むめぐちゃん。水銀燈は、はぁッ!?と怒り驚くとすかさず言葉を返す。

 

「勝手に上りこんでるストーカー風情が何言ってんのよ!あんたこそさっさと病院帰りなさいよ!」

 

 ストーカーと言われている事にイマイチピンとこないのか、めぐちゃんは首を傾げる。

 

「ストーカー?違うわおばかさん。お嫁さんは家に帰るものでしょう?それに許可はいらないわ。だって我が家だもの。ふふふ、おかしなこと言うのね、笑っちゃった」

 

「頭おかしいのはあんたでしょ!?あんたもあんたよ、なんでこんな奴家にあげたのよ!?」

 

 常時キレながら礼に質問する。だがそんな二人を構うことなく、礼は自分に出されたアイスティーに手をかけた。そして飲む。ふぅっと一息付いてから、口を開いた。

 

「めぐ、もう病気はいいのか?」

 

 まさかの相手を気遣う発言に水銀燈は困惑した。それを咎めようとすれば礼は彼女を手で制止した。めぐちゃんは嬉しそうに微笑むと、答えた。

 

「もうバッチリ。手術も上手くいって、なんであんなに苦しんでたんだろうって思うくらいに。だから、ね?私もうジャンクじゃないの。どこも壊れてない。まっさらな女の子。それも人間の」

 

 ちらりと水銀燈を覗きながら言った。人間、という言葉が水銀燈を圧迫する。それは、いかに美しいローゼンメイデンであっても避けられぬ問題。人間か否か。

 

「ならいい。こっちも病人相手にやりあうつもりはなかったしな」

 

 言葉とは裏腹に、礼の言葉は徹底していた。意味は簡単だ、水銀燈以外を傍には置かないという明確な拒絶。それと同時に、今のめぐがどれほど彼にとって脅威であるかを物語っていたのだ。

 殺りあうつもりはない。確実な表現ならばこうだろう。

 めぐちゃんの表情が悲しみで固まる。固まって、しばらくそのままで何も喋らないし動かない。

 

「何人殺った?重い病気を治すくらいだ、一人や二人じゃ治らんだろう。生命力が強い兄貴を狙ったのは手っ取り早く回復するためか?なら失敗だったな、あいつは簡単には殺せない」

 

 すべてを見透かされて、めぐちゃんは驚く。礼は気がついていたのだ。彼女がしてきたことすべてを。そんな彼女を礼は笑った。

 

「まっさらな女の子で人間だって?冗談だろ。今のお前は自分の為なら他人を簡単に殺せる畜生だ。自分のやってきたことを見て見ぬ振りして粋がるんじゃない。だからお前はジャンクなんだ」

 

 降り注ぐ矢のように礼の言葉がめぐちゃんを襲う。本当の自分をあっさりと見破られカタカタ震えるめぐちゃんに、流石の水銀燈も同情した。だがそれでも礼は止まらない。

 

「自分を受け入れられない奴が俺のそばに近寄るな。汚らわしい」

 

 元々壊れていためぐちゃんの心を、更に壊す。割れていた鏡を粉々にするように、めぐちゃんの存在を全否定したのだ。彼女はいや、いやよ、と恐怖に怯えて震える。

 

「だめよそんなの。せっかく、せっかく生きてもいいって思ったのに。あなたが、あなたなら私を、うけ、受け入れてくれるって、信じてたのに、なんでよ、なんでよ礼くんッ!お人形さんでしょう?人間じゃないのよ?前にも言ったよね?なんでなのかな、私じゃダメなの?ねぇ答えてよッ!」

 

 こりゃダメだな、なんて礼は呑気に考える。こっちの話をまるで理解できていない。自分の事しか考えていないのだ。そんな女、いくら美人だろうが見向きもできない。所詮は一方通行の愛だ。

 

「礼くんのためならなんだってするよ?心も身体も好きなようにしていいんだよ?ほら、見て?この胸、好きにしていいんだよ?好きでしょ?だって礼くんおっぱい好きそうな顔してるもん」

 

「いやしてねぇよ」

 

 とんでもない偏見に思わずツっこむ礼。そう言うことを言ってるんじゃないと言っても今のめぐちゃんには通じないだろう。

 礼はため息を漏らすとめぐちゃんを視線だけで睨んだ。その冷酷な視線にめぐちゃんは黙る。

 

「帰れ。さもなければ今ここで殺す」

 

 ぴしゃりと断絶する。めぐちゃんはしばらく放心状態で動かなかったが、数分してようやく立ち上がった。そしてふらふらした足取りで玄関へと向かうと、そのまま日野沈んだ外へと消えていく。これでいいのだと、礼は納得する。

 だが水銀燈は少しだけ複雑だった。いくら憎い恋敵と言えども、あそこまで好いている人にあれだけ言われているのが不憫でならないのだ。そこが礼が感じる水銀燈の可愛い面でもあり、弱い部分でもあった。愛する人形の優しさに触れた礼は水銀燈をそっと抱き寄せる。

 

「お前が気にすることじゃない。あいつの事はなんとかするさ」

 

 そう言って彼女の頭を撫でる。

 

「うん……」

 

 違うのだ。それもあるが、それだけじゃない。

 

 ーー私が心配なのは貴方の心なのよ、礼ーー

 

 天邪鬼で意外と優しい長女は彼への心配を留めておく。これを言ってしまえば、彼への裏切りにもなる。信用していないと言っているようなものだ。だから黙っておく事にした。今はただ、彼に撫でられる人形であればいい。心の内に抱えた痛みを和らげる、鎮痛剤であればいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近妙に水銀燈が礼に対してしおらしい。ヒステリックに怒らないし、どこか物憂げで礼がいない時は窓の外ばかり眺めている。家事もやってるし、元々料理は得意らしいから飯なんかも交代で作るようになって雪華綺晶も喜んでる。礼は何も言わないが、こうなったのはめぐちゃんがこの前やって来てからなので、何かあったのは間違いないだろう。そういやあれから来ないなめぐちゃん。

 話はさておき、今は雪華綺晶とのデート中。例の薔薇を槐から借りて大きくなった雪華綺晶と、だ。ちなみに例の薔薇はあの一件で誰かしら借りるようになって自分の手元に残らないと言う不満から、数個新しく作ったらしい。やるじゃない。

 

「見て見てマ……郁葉くん!このケーキとってもかわいい!」

 

 慣れない呼び方で雪華綺晶は俺の注目を引く。お洒落なカフェで頼んだ普通のケーキ。でも長年nのフィールドに閉じ込められていた雪華綺晶としては新鮮らしく、先程から色々な物に夢中なのだ。まぁ普段家でしかイチャコラしてないせいで初デートだから仕方ない。ていうかかわいい。

 

「雪華綺晶のが可愛いと思います(確固たる意志)」

 

 本心を伝える。だってマジで可愛いんだもん。

 雪華綺晶はそんな俺の決意に満ちた意見が気に入らないらしい。まぁまるで答えになってない言葉返ってきたら多分俺ならキレるわ。隆博なら発狂してそう。

 

「もぅ!今はケーキの話でしょう?」

 

「ごめんごめん。今度一緒にケーキ作ろうねぇ〜……(ねっとり)」

 

 クリームまみれになった雪華綺晶見てみたい。でも服に着くのは汚れが落ちなくなるかもしれないのでNG。俺は現実的なのだ。

 しばらく雪華綺晶とケーキを楽しむ。お互いにあーんさせ合ったり、ほっぺに着いたクリームを手で掬って舐めたりという、リア充みたいなことをする。あぁ、なんでリア充がこんな事するか分かったわ。めっちゃ幸せやんこれ。

 

「でね、その時に蒼星石が〜」

 

「とりあえず隆博は死んだ方がいいんじゃない?(適当)」

 

 他愛も無い会話で時間が過ぎる。男友達と駄弁るのも楽しいが、好きな人とこうやって何気無く話してるのも本当に素晴らしい。ローゼンありがとう、俺絶対他のドールズ倒してアリスにしてみせるわ。

 

 夕暮れ時、俺と雪華綺晶はカフェの近場の公園のベンチに座り二人で風景を楽しんでいた。風景といっても、今来ているのは上野だからビルも多い。地元から1時間くらいということもあってここを選んだのだが、周りはビルだらけでも意外と楽しいものだ。

 しかしまぁ、雪華綺晶はどこへ行っても人目をひく。髪型はいつものツーサイドアップではなく、リボンをほどきそのままのゆるふわロング。服装は厚手のストッキングにブーツ、そしてミニスカ。上はふわっとした白の長袖なので、意外と風が通って涼しいらしい。よく似合ってる。

 時間的に子連れは帰る頃合いで、今からこの公園はカップルで賑わうらしい。それを狙っての事でもあった。俺と雪華綺晶は沈み行く夕陽をバックに、帰りたくないと駄々をこねる子供を温かい目で見る。

 

「子供は可愛らしいですね」

 

 ふと、雪華綺晶が言った。表情は安らかで、地合いが満ちている。とても作り物とは思えない。俺は彼女の手をそっと取り、一緒に子供達を眺める。

 

「俺にもあんな時代があったよ」

 

「郁葉くんにも?」

 

 頷いて、

 

「ちっちゃい頃は日曜日に親父とおもちゃ屋に行くのが好きでさ。よく親父とプラモデル眺めたり、ゲームのパッケージを見たりしてたよ。ほんと、子供みたいな父親だった」

 

 懐かしい。腹減ったから帰ろうという親父の言葉に反発して最終的には怒られていた。頭も引っ叩かれたり。あの時はこの野郎なんて思ってたが、今思い返してみれば素晴らしい思い出だ。礼が生まれて、まだヨチヨチ歩いてる時だったなぁ。

 

「……ご両親が恋しいのですね」

 

「あぁ。親父はガキっぽかったしお母さんは優しいのに真面目系キチだったけど、やっぱり、たまに思い出す。……ごめん、なんか感傷的になったわ」

 

 思わず謝る。こんなつもりでここへ連れてきた訳じゃないのに。

 雪華綺晶は首を横に振って、少し悲しげに笑いながら言う。

 

「私は、目覚めた時から一人でしたから……そういうの、羨ましいです。思い出も、いっぱいあって。私はお姉さま達を眺めてるだけでした」

 

 そんな、自嘲的な彼女の肩を抱く。そして頬と頬をくっつける。

 

「これから増やせばいいさ。少なくとも俺は幸せだよ。雪華綺晶は?」

 

 彼女は頬を赤らめて、でも優しく微笑んで言う。

 

「幸せ。もう悔いが無いくらい、幸せよマスター」

 

 見つめ合う。そして優しく唇が触れた。夕暮れ時の公園にて、俺と雪華綺晶は一足先に砂糖と梅干しのように甘酸っぱくてコーヒーのようにほろ苦い青春のページを刻んでいた。

 しばらくはそうしていたと思う。しばらくそうやってお互いの愛を確かめて、気がつけば夜になっていた。辺りを見回してみればびっくりするくらいのカップルが同じような事をしてる……こりゃ風情も何も無いな。

 

「……お腹空いたでしょ?」

 

「ちょっぴり。マスターは?」

 

「空いた。どっか、食べ行こうか」

 

 雪華綺晶の手を取って立ち上がる。ニッコリ微笑む彼女と夜の街を歩く……礼には今日は帰らないって言っといたから、泊まる場所はあのお城みたいなホテルでいいよね?

 

 

 

 

 

 

 たまたまだった。本当に偶然、あの公園で撮影の仕事があったから居ただけなのだ。その撮影の仕事も現地解散ですぐに終わったし、それからはアパートでくんくん探偵鑑賞会に勤しむ真紅にケーキでも買ってやろうかと思っていたところだった。

 スタッフと別れてちょっと公園で一休みしようと思ったら、見知った人がいた。初恋で、片思いで終わってしまった彼ーー河原 郁葉だった。となりには凄い美人が居て、この世界の誰とも釣り合わないほどの美貌を持って周りの男どもを魅了している。が……二人のイチャつき具合に誰も入ってこれないようだ。

 僕は彼らと対面に位置するベンチに座り、彼らを眺める。そんなに距離はないのにああも僕の視線に気がつかないというのは、何というか、そこまで熱中しているのだな、と嫉妬してしまう。

 夕暮れ時までそうしていただろうか。二人が唐突にキスし出したのを見て、僕はいてもたってもいられない気持ちになってしまった。もういい、もう見ていられない。身勝手な感情だというのは重々承知しているが、それでも見ていたくない。僕はその場から立ち去る。涙を溜めながら、必死にこぼすまいと耐えて。

 公園から出て、帰ろうと駅に向かっていた時だった。正面から大学生くらいの男達が向かってきた。

 

「ちょ、ちょちょちょぉっといいかな〜?今暇?」

 

 それがナンパであることはすぐに分かった。僕は答えもせずに通り過ぎようとする。こいつらは物の本質を見ていない。相手にするだけ無駄だと思ったのだ。

 

「ねぇ待ってよ〜そんなに邪険にしないでよ」

 

 すぐに男達は僕を囲んだ。僕は足を止める。

 

「そんなに泣きそうな顔でどうしたのぉ?男に振られちゃった?」

 

 大きなお世話だ。

 

「それなら俺たちと遊ぼうよ〜」

 

「前の男のことなんて忘れてさ〜。どうせしょうもない男だったんで」

 

 喋っていた男が宙に舞う。くるくると回転して地面に激突する様は芸術的でもあった。いきなりの事象に言葉を失う男達。対して僕は非常に強い怒りに震えていた。

 

「しょうもないのは貴様らだろ」

 

 身体の一部が猫化している。頭からは耳が生え、手は猫のように毛むくじゃらで爪が生え。きっと顔も、それなりの変化を遂げているだろう。

 当たり前のように男達は逃げた。追撃しようとも思わない。僕はそのまま怒りを鎮めると、帰路に着く。路地裏で良かった、少なくとも変化は誰にも見られていないようだ。

 

「好きでこうなってるわけじゃ、ないんだよ」

 

 誰に言うわけでもなく僕は呟く。それも街の騒音に掻き消された。気が付けば陽は沈み、夜がやって来る。きっと、思い人はこれからも楽しい時間が待っているのだろう。僕はどうだ?モデルの仕事は成功しているとはいえ、本当に満足しているのだろうか?きっとしていない。僕は、結局はあの時から死んでいるも同然なのだ。



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sequence56 乙女心マイノリティ

ホモルート


 

 

 決意する、という事自体は言うが易し。しかし行うとなればそれ相応に心を充実させなければならない。今年は5キロ痩せよう!と言っていても、その決意の質が良くなければ無為になることは目に見えているからだ。それはスマートフォンやパソコンという便利な技術が進歩した今でも変わらない。人間は根本的な所で努力を強いられる。

 賢太はどうだろう。同性愛という日本ではマイノリティである性を自覚し、それでもなお告白するという行動には、どれほどの決意がいるのだろうか。それも親友相手に。きっと想像もつかないような、とてつもない決意がいるのだろう。失敗すればその友情が消え去る可能性は高い。

 すべてを出し切った。出し切って、失敗した。それ以上に彼は自分の帰属すべき社会にいられなくなった。陰口はもちろんのこと、行動にも移された。だから彼は死んでしまったのだろう。もうこの世界に意味は無いと確信し、決意して。

 決意にはネガティブな意思も含まれるに違いない。死ぬという動物的にも人間的にも行動原理からも反している行動を実行に移すというのは、容易ではないことは想像に難くない。

 死は始まり?否、終わりである。すべてを捨て死んだ者には何も残らない。他人が勝手に何かを言えば訂正するのもまた他人。そこに真実は無い。自己は捻じ曲げられ、残るは偽物のIFである自分。本来の自分は消し去られてしまい、そのうち数年もすれば偽物の自分ですら忘れ去られる。所謂、二度目の死である。

 自ら死を選ぶ者は、二度も死ぬ事を選ぶことになる。もちろんその名の通り聡明な賢太はそのことについても了承した上で死んだ。まるでキリストの如く復活し、理想の自分と化け物じみた力を手に入れたが。

 そんな人生において十分すぎるほど決意してきた彼が、今回新たな決意という壁にぶち当たっていた。河原 郁葉という名の性癖が拗れに拗れた壁である。

 

「……」

 

 リビングで椅子に座り、冷め切ったコーヒーを目の前に彼は黙り込む。ずっと、かれこれ数時間はこうしている。その表情は暗い。真紅はソファに座って自前の本を読みながら、そんな仮の契約者をチラチラと見る。何かウジウジと考えている彼を見て自分と重なったのだろう。段々と時間が経つにつれてイライラが増すのだ。

 

「……何か悩んでいるようね、賢太」

 

 とうとう真紅が声をかけた。賢太はうん、と曖昧に答える。真紅はため息混じりに本を閉じ、賢太の対面の椅子に移動した。座高が足りないので自前の本とクッションを尻に敷いて。

 

「また恋の病かしら?」

 

「……そうだね」

 

「この真紅に話してみなさいな。少しは悩みも晴れるかもしれないわ」

 

 賢太はまた黙り込んで俯く。

 

「……あのね、さっきからウジウジウジウジと、一緒にいるこっちの身にもなったらどう?堪ったものではないのだわ」

 

「それは……すまないね」

 

 またため息をつく。そうではない。謝って欲しいのでは無いのだ。

 

「言い方を変えましょう。賢太、私も貴方と同じように恋に悩んだ身よ。そんな私なら、少しは貴方の助けになるのではなくて?」

 

 極めて親切に言った。賢太はそんな真紅相手に少しばかりの微笑みを見せる。

 

「君もそんな風に言えるんだね」

 

「大きなお世話なのだわ。さぁ、言ってごらんなさい」

 

 賢太は悩む。悩んで、今の真紅になら話してもいいかと小さく決意した。

 

「僕が好きな人を、この前見たんだ」

 

「ふむふむ。そう言えばちょっと前にも同じようなことを言っていたわね」

 

 賢太は頷く。

 

「その彼が……恋人と一緒にいたんだ」

 

「それは……気の毒に」

 

 真紅にも賢太の気持ちが痛いほど分かる。自分の愛する契約者が、気がつけば雛苺に盗られていたのだから。

 

「それで……まぁ、すごく仲がよさそうでね。見た目もすごく綺麗で、きっと外国人なんだろうけど……キス、してて」

 

「ほぉ、キス」

 

 真紅も乙女だ。乙女で恋話を嫌いな者はいないように、真紅もこの手の話にはノリノリだ。

 

「それを見て……その……あの子じゃなくて僕がその立場だったらなんて考えて……そんな考え事してたら、すごくいたたまれなくなって」

 

「自己嫌悪ね。分かるわその気持ち」

 

 うんうん、と頷く真紅。だが、ここで彼女は疑問を抱く。

 

「ちょっといいかしら。貴方、好きな人を彼、と言っていたと思うのだけれど……私の聞き間違いかしら」

 

 そんな質問に賢太は呆けたような表情になる。

 

「言ってなかったかな。僕は同性愛者だ……彼以外好きになったことはないがね」

 

「ああ、マイノリティってそう言う……まぁいいのだわ。恋は恋よ」

 

 真紅はあっさりと彼を受け入れる。思わず賢太は驚いたが、今更真紅がそんな事に嫌悪を示すような人形でも無いと理解する。

 

「僕はどうすればいいんだろう。彼には恋人がいて、僕は男で……」

 

「あら、簡単な事じゃない」

 

「え?」

 

 思わず声が出た。

 

「貴方のその姿、少なくとも私から見ても綺麗よ。それこそテレビに映る女優なんて目じゃないくらいにね」

 

「まぁ、自信はあるけど……」

 

「恋とは略奪よ賢太。最後に選ばれた者こそ愛を受け取れるのよ!そう、まるでくんくん第3期のラビラビ王女のように!」

 

 なにかのスイッチが入った真紅。

 

「それ、君が言えた事かい?」

 

 賢太の火の玉ストレートを受けて固まる真紅。冷静になり、話を戻す。

 

「まぁとにかく。今の貴方は姿も性格も元とは違うのでしょう?ならチャンスはあるのだわ。少しずつでもいいからアピールするの。そうすれば、相手も意識せざるを得なくなる」

 

「でも僕は男だ」

 

「それが何?西壁なんてちょっとしたキッカケがあれば変わるものよ」

 

「そうかなぁ?」

 

 訝しむ賢太。真紅はなおも力説する。

 

「そうなのだわ!こうなったらやるわよ賢太。この真紅が恋のキューピットになってあげるから感謝なさい」

 

「え、もうやる事前提なの?」

 

 なんとも雑な展開。だが真紅はやる気満々だ。賢太も成功するなんて思ってはいないが、やるだけやってみようという気概でその話に乗る事にした。

 決意とは、時に誰かを頼る事で和らぐ事を青年は知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 賢太と真紅は猫と人形というよくわからない組み合わせで夜の街を偵察する。屋根伝いで目的の彼の家付近まで来れば、例の家から明かりが漏れているのが見えた。

 

「あそこが彼の家だ」

 

 通常の黒猫に擬態した賢太が言う。真紅は双眼鏡を取り出して、明かりの灯った窓を観察する。丁度夕飯も終わり、彼は自室に戻ったようだった。二階の部屋の電気がつく。

 

「彼の……部屋だ」

 

 懐かしむような声色で言う賢太。幸いにもカーテンは閉められておらず、中が丸見えだ。それどころか網戸だから声まで聞こえる。

 

「も〜お腹いっぱいだ……」

 

 白い半袖のパーカーに茶髪……そして切れ長の目。真紅はあの人間をどこかで見たことがあった。と、その青年の後ろから追従するように見知った人物が入ってくる。

 

「もう、いくら好物だからって食べ過ぎですわ」

 

「だってお肉好きなんだもん〜」

 

 雪華綺晶だった。真紅は絶句する。まさか知り合いだったとは。賢太を見れば、仲が良さそうな二人を見て悲しそうな顔をしている。だが、真紅には気になることがあった。雪華綺晶、デカくね?という疑問だ。

 

「じゃあマスター……食後の運動、します?」

 

 色っぽく言う雪華綺晶。対して青年は野獣のような眼光で彼女の身体を舐めるように見回す。

 

「スケベェ……(レ)」

 

「うふふ、そういう素直な所、好きですよ」

 

 服を脱ぎ出す二人。賢太はいてもたってもいられなくなってその場を後にした。真紅も彼を追う。

 しばらく走って、二人は家へと帰還する。人間に戻った賢太はまた椅子に座って最終回間際のシンジくんみたいに塞ぎ込む。

 

「あれじゃあ敵わない」

 

 透き通る肌にゆるふわウェーブのツインテール。そしてあのパーフェクトボディ。あれに落ちないノンケはいない。しかし真紅はそんなに悲観はしていなかった。なぜなら、愛しの彼の恋人の正体を知っていたからだ。

 

「賢太、安心しなさい。あの女は貴方が思っているような女ではないわ」

 

 くすくすと笑いながら賢太の対面に座る。

 

「どういうことだい?」

 

 涙目で疑問を浮かべる賢太にネタバラシする。

 

「あの子はローゼンメイデン第7ドール、雪華綺晶。私の妹よ」

 

 えっ、と声を上げる賢太。

 

「で、でも、それにしては大きかった!君のように人形には見えなかったぞ!」

 

「あぁ、それはね……そういう、人形を大きくする魔法のような道具があるのよ」

 

 雛苺の姿を思い出す。確か河原 郁葉とその仲間たちはあの薔薇を回収するために雛苺と戦っていたはずだ。ならば河原 郁葉があの薔薇を持っていてもおかしくはない。もしかしたら量産されたのかも。

 

「あの子は人形。でも貴方は?人間ではないかもしれないけれど、少なくとも作り物じゃないはずだわ。それならチャンスはある。まぁ、あのマスターとドールは相当ラブラブだから苦労はするかもしれないけれど」

 

 それを聞いて賢太の心に一筋の光が差す。まだ、チャンスはあるのだと。

 

「僕……僕、やってみるよ。男で化け物だけど、郁葉を落としてみせるよ!」

 

 最初のミステリアスさはどこへやら。今の賢太は少し幼い少年くらいにしか思えない。そんな姿に真紅は自身の愛する人を重ねる。重ねて、無意味だと悟ってやめた。

 

「それがいいのだわ。大丈夫、バックアップはしてみせる。このローゼンメイデン第5ドール真紅が、貴方の恋路を導いてみせるのだわ」

 

 賢太の恋は終わらない。むしろ、ここから始まったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みも終わり、大学が始まる。雪華綺晶に起こしてもらって朝飯を食べ、愛妻弁当を貰ってウキウキしながら満員電車に揺られて弁当もシェイクされ後ろから押してきたおっさんにブチギレて声をあげながら大学へと通い、眠気と戦いながら講義を受けて昼飯を仲のいい奴らと食い、また眠気に苛まれながら講義を受ける。それが終わればまた満員電車に揺られてキレそうになりながら耐える……いつもと変わらない毎日。

 だが、今日は少し変わったことがあった。毎回俺は乗る車両と位置が一緒なのだが、今日は目の前に美人がいた。帽子のせいで顔ははっきり見えない。

 染めてるのだろうが金髪にショートカットで、きめ細やかな肌はローゼンメイデンに負けておらず、スレンダー。まぁ俺は貧乳だろうが巨乳だろうが好きだから差別はしないので役得だった。スニーカーにデニム生地のホットパンツ、黒いタンクトップにオリーブドラブのジャケット、そして黒い野球帽……と思いきや、GLOCKと書いてある。おまけに時計はG-shockときた。リュックはTANカラーのミステリーランチのスーパースリック。この子ミリオタじゃないか。こんだけ美人でミリオタとか、サバゲー来たらオタサーの姫と化すんだろうなぁ。

 まぁ俺には雪華綺晶がいるから関係ない。きっとこの子も初めて見たからたまたま乗っただけだろう。そう考えて俺は携帯でも見ながら時間を潰す。しばらくそうしていると、なんだか目の前の少女がチラチラと俺の方を見てきた。

 

「……?」

 

 なんだ?俺痴漢か何かと間違われてるのか?こんな面白い顔してる人が悪いことできるわけないじゃないですか!(自虐)仮に痴漢と間違われたら困るから携帯をいじるついでに両手を上げておく。

 

「……、」

 

 突然だった。電車が傾いて目の前の女の子がこちら側に寄りかかる。それまではまぁ電車あるあるだ。だが問題は電車が地面と平行になっても俺から離れないという事だ。な、なんや!?具合悪いのか春が来たのかどっちや!?

 

「あ、あの」

 

 慌てて小声で声をかける。コミュ障みたいになってるのは仕方ないね。すると少女は一瞬身体をびくっと震わせた。それから帽子のツバで隠れた瞳でこちらを覗いてくる……なんだ?どっかで見覚えが……

 思い出して拳銃を抜こうとしたのと彼女が抱きついてきたのは同時だった。人間にしては強い力でぎっちりと俺の身体を抱きしめてくるのだ。

 

「ぐっ……!?」

 

 声を上げるのはマズイ。拳銃を抜こうとしたのもマズイが、変に目立つ。と、そんな俺に少女はこっそり告げた。

 

「待って。僕は味方だよ」

 

 そう言ったのだ。しかし俺としては信用ならない。だってこいつ助けてくれたとはいえ猫に変身した挙句抱きついてきてその後雪華綺晶にこってり搾られたんだぞ。負傷してんのにさぁ。

 

「とりあえず、次で降りるよね?なら駅の近くにある喫茶店で話そうよ」

 

「……危害を加えるつもりはないんだな?」

 

「無い。今証拠を見せてあげる」

 

 そう言って彼女は顔ごとこちらを向く。その表情はどこか不安そうな、それでいてひどく興奮しているような……

 顔がどんどん近づいてくる。すぼめた口、閉じる目、え、これは……

 

「んっ!?」

 

 むちゅ。少女にいきなりキスされた。慣れていないのか、なんだか初々しいが柔らかい。ちょっとくらいこっちから手ェ出しても、雪華綺晶にバレへんか……(悪魔のささやき)

 頬を紅潮させる彼女の唇を、舌でこじ開ける。そしてそのまま口の中を蹂躙した。電車の音にかき消されているが、淫靡な音が直接聞こえてくる。彼女は驚いたようで、一瞬目を見開いたがそのまま俺に身を任せるように目を閉じた。

 

「んっ、んぅ……」

 

 あぁ^〜たまらねぇぜ。大丈夫大丈夫、向こうからやってきたから浮気には入らないから(棒読み)

 数秒して、俺は口を彼女から離した。ぷはっと息継ぎしながら糸を引く彼女はどう見てもエロいが、角度的に他の乗客からは見えないはずだ。見えていても関係ない。

 

「はぁ……すごい、慣れてるんだね」

 

「えぇ、まぁ……」

 

 毎晩のように雪華綺晶とイチャついてるからね、しょうがないね。



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sequence57 お朕朕ランド

タイトルもひどけりゃ内容も酷い


 

 

 

 胸騒ぎがしていた。いつも通りの生活を送り、こうして大学から帰って蒼星石に迎えられる素晴らしい日々。天気はRUさんがプハーッてしそうなくらい良いし、特段トラブルを抱えている訳でもない。

 しかしなぜだか分からないが、胸騒ぎがする。同時に、墓場まで持っていくと決めていた秘密がこういう時に限って頭を過るのだ。表情には出さないようにしているが自分の事だ、きっともう態度にそれが表れて蒼星石にも気づかれているだろう。時折彼女はちょっぴり不安げな表情でこちらを覗く。

 スマホを手にする。数少ない履歴を開き、その中の一つを凝視した。数分そうして、俺はタバコを手にベランダへ向かう。蒼星石はいつものように洗い物をしてくれているから問題ないだろう。

 淫夢厨、と表示された履歴をタップする。するとプルル、という音と共にコール音が鳴り出す。

 

『はい新宿調教センター』

 

 電話からした声を聞いてからスマホを耳に当てる。

 

「すいませ〜ん、木ィノ下ですけど〜、例の化け物の件、まぁだ動きはありませんかね〜?」

 

 語録には語録を。すると電話の声はやや上機嫌で言葉を返した。

 

『あ、そうだ(唐突)例のバケモン、どうやら接触するみたいっすよ。やっちゃいますか?やっちゃいましょうよ〜!』

 

 俺としては聞きたくない答えが返ってくる。少しだけ考えてから返答した。

 

「んにゃぴ、今は静観が一番ですよね。あいつも雪華綺晶がいるし、タカキも頑張ってるし!」

 

『タカキは休め』

 

 定型文が返ってくる。それはどうでもいい。だが、事態は己が思っている以上に芳しくない。今はアリスゲームの事と謎の襲撃者で忙しいというのに。

 ため息を電話先に聞かれないようにしつつ、俺は口を開く。

 

「後藤さぁん?(ねっとり)後藤さんが調べてた……例の襲撃者。結局検討はついたんですかぁ?」

 

 ノンケ向けビデオでよく目にするあのイケメン男優を真似ながら尋ねる。

 

『道が混んでましてぇ〜』

 

 つまりはまだ分からないと。嘘をつけ、このクッソ汚い本格的うさぎめ。こいつは信用は出来ない。野獣先輩新説シリーズよりもあてにならない。いやあれはうそっぱちもいいところだが。

 俺は表立って対立はしないように言葉を返すことにする。今のところ、こいつは役に立つ情報源だ。

 

「嘘つけ絶対知ってるゾ」

 

『ファッ!?いきなり嘘つき呼ばわりとか頭に来ますよ!あのさぁ……前にも言ったけど、あの襲撃はアリスゲームとは直接関係ないって』

 

「それ一番言われてるから」

 

「最後語録取られちゃったよ(現ちゃん)」

 

 イマイチ要領を得ないが、まぁ俺や琉希、そして桜田家に被害がないということは関係していないのだろう。きっと、河原家の問題に違いない。あいつは知らないところで敵作りそうだからな。

 と、考えているところでクソうさぎが何か言い出す。

 

『もう電話切っていいですかね……?今野獣先輩ローゼン説の動画作ってて忙しいんですけど』

 

「お前が作ってたのか(困惑)」

 

 意外なところに動画投稿者がいたもんだ。今度検索してみよう、どうせロクでもないガバガバアナルグラムで強引に終わらすんだろうから。

 電話を切ってタバコを咥える。火をつけて一服。夜空を見上げながら一人黄昏るが……しばらくしてスマホのアルバムを開いた。数秒操作して出てきた写真。それは若かりし自分と郁葉、そしてもう一人、ごく普通の少年が写った思い出。

 

「賢太くぅん、あんま調子こいてっと殺すぞ(ピネガキ)」

 

 殺さないでくれ〜という声が聞こえるはずもなく、独り言は空に消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地元の駅で下車し、いきなりキスしてきた少女と二人で歩く。礼には友達と飯行くから帰りが遅くなるとメールしておいたから大丈夫だろう、多分。さすがに雪華綺晶に今の状況を教える気にはなれない。多分出会い頭また殺意満々でこの子に攻撃するだろうし。

 少女に連れられ最寄りの喫茶店に入る。バイト先でも良かったが、マスターに見られるのは色々不味い。雪華綺晶にコーヒーと紅茶の指南をしているらしいから、ちょっとした拍子にバラす可能性がある。そうなったら、怖いでしょう……(城之内)

 

「さ、僕の奢りだ。好きなの頼んで」

 

 ワクワクしたような笑みで対面に座る少女。うーむ、ボーイッシュ属性は蒼星石と被るが、ちょっとスレた感じがなんかこう、良い(クソザコ語彙力)

 俺はお言葉に甘えてカフェオレを頼む。あんまり苦いのは好きじゃない。すると彼女も同じものを頼んだ……その表情は慈愛に満ちている。ていうか、なんか若干怖い。なんでだろう。

 

「さっきはビビってお誘いに乗っちまったが……話してくれるんだよな?」

 

 あくまで警戒心を抱きながらそう尋ねると、少女は笑顔のまま頷いた。

 

「そのために君に会いにきたんだからね。どこから始めようかな……」

 

 悩むそぶりを見せて考え出す少女。なんだかその仕草が様になっている。どうやら何から喋ったら良いか分からないようなので、仕方無しに助け舟を出す。この子意外にもアホなんだろうか。

 

「えっと、じゃあまず身長、体重、年齢を教えてくれるかな」

 

「身長が165センチ、体重が45キロ、20歳……ふふ、何このインタビュー?これから僕君にいたずらされちゃうのかな?」

 

 によによしながらそう言う彼女。ノリノリで答えているあたり元ネタは知ってるっぽいな。クソ、いたずらとか想像しちゃうだろ!良い加減にしろ!

 

「まぁいいや……じゃあ本題な。お前は一体なんなんだ?なんで俺を助けた?」

 

 すると少女は笑みを浮かべながらも真面目な表情で答える。

 

「うん。じゃあまず僕が何者なのか、からだね」

 

 そう言って彼女は両手を机の上に乗せる。

 

「ねぇ、手……出して?」

 

 物欲しそうに言ってくる。俺は一瞬どうするか迷ったが、左手だけテーブルの上に乗せる。もう片方はいつでも銃が抜けるように机の下。

 ゆっくりと彼女の両手が俺の左手を包み込む。さすったりくすぐったり、なんだか恋人にするように……なんだこれすげぇ恥ずかしいんだけど。雪華綺晶に今度やってもらおう。

 

「他の女の子の事考えるのは感心しないなぁ」

 

「え?あ、はい」

 

 素が出てしまう。しょうがないさ。

 

「ふふ、別にいいけどね。さて、あらためまして郁葉。僕は……賢太。そう言えば分かるかな?」

 

 頭が真っ白になった。人間というものはあり得ない状況に陥るとそうなりやすい。理解を超えた現象が起きてしまうとフリーズしてしまうのだ。そんなはずないという否定と、そうであったならという期待が混じる。

 恐る恐る口を開く。

 

「……死んだはずだ」

 

「うん。高校の時にね。ごめんね、あの時は。いきなりあんなこと言っちゃって」

 

 そう言う彼女……いや彼は切ない笑顔を見せる。なるほど、だからか。だからこうして手を握ってきたし、抱きついてもきたのか。え、ていうか俺男とキスしたの?

 色々な現実を処理していると賢太が言った。

 

「郁葉のキス、ご馳走さま」

 

 語尾にハートマークが見える。

 

「どうして生きてる?そもそも、なんだその姿は?あの猫は?」

 

 警戒心を捨てて質問を投げかける。

 

「まず、どうして生きてるのか……それは僕にも分からない」

 

「死体を見た……確かに死んでたし、葬式もしただろ?」

 

「うん……どういうわけか、死んですぐに僕は復活した。そして鏡を見て、自分がもうすでに僕の知る御門 賢太でないことも理解したよ。今の戸籍は、まぁ、その、色々あって買ったものだよ。わざわざ改名までしたんだよ?」

 

「あの化け猫モードは?」

 

「生き返ってから、気がつけばああいう力が備わってたんだ。僕自身、自分の身体の事がわからないんだよね」

 

 自身の異常性、と言うことについては俺にも心当たりがあった。それは俺の異常な回復力だ。雪華綺晶曰く、尋常ならざる生命力。もしかしたら、そういった超常的なものかもしれない。

 

「俺を助けたのは……やっぱり?」

 

「……胸騒ぎがして、あそこへ行ったらたまたま。大切な人が危険な目に遭ってたら誰だってああするよ」

 

 確かに俺も雪華綺晶が危険な目にあってたら問答無用で助けるだろう。結果的に人を殺すことになったとしても、それはそれでいい。要は守れるか否か。

 

「……まだ、俺のこと、あれなの?好きなの?」

 

 そわそわとしながら尋ねる。賢太は恥ずかしそうに頷いた……ヤバイ、男とわかってるのにクッソ可愛い。勃ってきた。手を握られてるのも関係してるに違いない。この野郎、マニキュアなんてしやがって!握らせるぞ!(意味深)

 冗談はさておき、俺はちょっと複雑な気持ちになる。当時高校生だった俺は賢太に告白された。根っからの淫夢かつレスリング厨だった俺はそっちのネタかと思って振ってしまったのだ……語録で。結果的に本気の告白を冗談で振られた賢太は、クラスメイトにそのことを理由にイジメられて自殺……したはずだったのだが。

 

「……そんなに見つめられると恥ずかしいな」

 

 男の娘になって帰ってきた。これはもしかすると……もしかするかもしれませんよ?(クソムリエ)

 

「一つ、聞きたいことがある」

 

「なんでも聞いて?」

 

 ん?今なんでもって……いや、いやいや語録は封印しろ。まじめに話そう。

 

「ローゼンメイデンって知ってるか?」

 

「うん。生きた人形。人形師ローゼンの悲願のために戦う乙女……真紅からはそう聞いてる。あ、真紅っていうのは」

 

「いや、そいつは知り合いだ。もういい」

 

 なるほど。真紅が家出したってのは聞いてたが、まさか賢太の家にいるとはな。しかしここまで聞いてもまだ疑問がある。

 

「お前はその……契約はしてないようだけど……アリスゲームをするつもりはあるのか?」

 

 賢太は首を勢いよく横に振った。どうやら俺と敵対するつもりは無いらしい。それはよかった、あんなに強い猫と戦うのは至難の技だろうから。

 

「それで……俺と接触した理由は?」

 

「その……真紅に焚きつけられて。想いを、もう一回伝えたくて」

 

「悪いが、俺にはもう……」

 

「知ってる。雪華綺晶ちゃん、だっけ?すごく仲が良さそうだった。公園でデートしてるの見たよ」

 

 ヤベェ見られてた。まぁいいや、あれだけイチャついた光景を見ればきっと賢太も諦めて……

 

「でも!僕は諦めきれない!2番でいいから郁葉のそばにいたいんだ!」

 

 唐突に叫ぶ賢太。周りがざわつく。おまけにカフェオレを持ってきたウェイトレスも困惑している。ヤバイ、めっちゃ目立ってるよこれ。

 

「あ、ちょっと一回落ち着いて」

 

「郁葉、僕を愛人にして!身も心も君に捧げるよ!だから!ね!」

 

「賢太くん!頼むから黙ってくれ!君は色々病気なんだ!病室へ戻ろう!」

 

 周りから最低、という声が。今の俺は美人をたぶらかす最低男らしい。いやちょっと待ってくれ、こいつは男だし俺は一途だ。多分。いや男ならノーカンかな?俺結構男の娘ものの同人誌好きだったりするし。いやだってさ、どっからどう見ても美少女にしか見えない子にアレが付いてたら逆に興奮しない?するんだよねェ!やっちゃって、いいんだよねェ!

 

「賢太、分かった。一回落ち着こう」

 

「う、うん」

 

 周りのざわめきをようやく理解した賢太は顔を真っ赤にして俯く。クソ、男なのに可愛いなこいつ……

 とりあえずお互いカフェオレを飲み、一呼吸。人間の興味なんてすぐに冷めるようで、もう周りの客は俺たちの事なんて気にかけていない。俺は頃合いを見計らって口を開く。

 

「その、だね。お前の気持ちはよぉく分かった。俺もまぁ、男の娘は嫌いじゃないからさ……でも、あれなんだ。俺の嫁さん怖いし、それに……決めたんだ」

 

 真剣に、真っ直ぐに。

 

「俺は雪華綺晶をアリスにして添い遂げる。人形や人間は関係ない。それでもお前は俺についてくるのか?多分……いや絶対、お前は一番になれない。それでもついてくる意思はあるか?命を俺に捧げる事ができるか?」

 

 賢太はしばらく黙り、同じく真剣な面持ちで言葉を返す。かつてそうであったように、誠実で真面目な賢太がそこにいた。

 

「僕は僕のために、君に忠を尽くすつもりでいる。たとえ捨て駒にされようとも、君が命じるままに生きるつもりだ」

 

 思わずため息が溢れた。こいつは忠だのなんだの真面目すぎる。俺みたいな極悪ロリコン犯罪者相手に尽くすことなんてないのに。もっと利己的に動いてもいいのに。

 俺はレシートを手にすると、左手で賢太の手を握って立ち上がる。

 

「じゃあ、ホテル行こっか(ねっとり)」

 

 ダダ漏れの下心。ここまで突き抜けてこそ人間なのだ。賢太は満面の笑みで、

 

「もう漏れそう(せっかち)」

 

 お互い同意の元、夜の街へと消えていく。結局帰ったのは朝……講義が昼からで良かったが、それ以上に問題があった。それは……雪華綺晶の魔の手からは逃れられない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の街、お城のようなホテルの屋上にてうさぎは焦ったようにスマホを耳へと押し付けている。その動きは珍しく落ち着きが無い。数回のコール音が鳴り響く。ほんの数秒だが、今は一分一秒でも惜しいくらいだ。

 想定外とはまさにこの事だろう。まさかあの正統派である真紅が賢太の性事情を知ってもなお嫌悪するどころか応援するとは。しかも化け物と評されていた御門 賢太は河原 郁葉の手中に落ちた。彼からしてみればこれはアリスゲームどころの騒ぎではないのだ。

 ようやく電話のスピーカーから声が響く。どうやら寝起きのようだったが、うさぎには関係ない。

 

「あ、もしもし!ローゼンさんですか?ちょっと野獣の淫夢本編が発掘された時以上にヤバイことになってるんですが」

 

 ちぐはぐな語録でそう伝えれば、電話の主は疑問形で尋ねてくる。

 

「あのさぁ……情けない情報量恥ずかしくないの?あの化けモンがとうとう変態ロリコン大学生に接触しちゃったんだって!しかも満更でもない感じでイチャつきはじめてホテルで盛りあってるし……ドウスレバエエ?(関西おばさん)」

 

 ファッ!?という驚きの声がスピーカーから響く。同時に雪華綺晶は?嫁じゃなかったのか、という困惑の質問が。それに対しうさぎは、

 

「どうやら化け猫男の娘は愛人にするみたいっすよ。はえ〜すっごい背徳的」

 

 ため息混じりにそう告げる。電話の声は言葉を失った。単純に自分の娘をそっちのけでしこたま盛り合う変態ホモ野郎に対して失望したのではない。これから先に起こりうる混乱について、予測してしまったのだ。

 うさぎもホモガキではあるがバカではない。故に電話の声の考えも分かっていた。

 

「後藤さぁん……大人の世界って、怖いですよねぇ〜?あのロリコンマスターが力をつけ過ぎて本当に最後まで辿り着いたら……死ゾ(無慈悲)」

 

 息を呑む音が聞こえる。あの万能の天才が恐れている。それだけでうさぎの胃が痛くなる。

 

「まぁ……まだ手札はあるってはっきりわかんだね。最終的にはなんとかするからさ、大丈夫だって安心しろよ〜(無責任)」

 

 そう言って無理矢理電話を切る。とは言ったものの、迂闊に打って出れない。本来うさぎは審判であり傍観者のようなもので、直接は干渉してはならないのだ。

 ルールを犯すという事は、自身の存在意義の否定に他ならない。うさぎは心底疲れたようにぬわぁああああんと叫んだ。



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sequence58 そうして俺は掌で

 

 

 今世紀最大の危機といえばなんだろうか。まだ21世紀に入ってから四半世紀も経っていないからなんとも言えないが、前世紀の最大の危機は間違いなく第二次世界大戦だろう。キューバ危機あたりも候補に入る。とにかくあの時代は世界が騒ついていたらしいのは歴史の授業をしっかりと受けていれば理解できる。

 だが俺から言わせてみれば、今目の前で起きている状況の方がよっぽど危機感があるだろう。髪の毛が逆立ちながら仁王立ちする雪華綺晶と、その前に平伏す俺。そしてその横でケロっとしている賢太……俺は、久しぶりに自身の生命の危機を感じていた。

 

「マスター」

 

 液体窒素くらい低温な声色で俺を呼ぶ雪華綺晶。俺は免許証を取り上げられた体育部員のように頭を下げて返事をする。

 

「愛人……今、そう言ったかしら?」

 

「はい、言いました……」

 

 コォォオォォォオオオ、と謎の環境音が雪華綺晶から響いてくる。恐る恐る顔を上げてみれば、雪華綺晶の顔がやばいことになっていた。見たんです!目だけが光っていた……(プレデター)

 俺はビクビクしながら雪華綺晶の言葉を待つ。そしてにじり寄ってくる雪華綺晶……人形だから小さいはずなのに、どういうわけか威圧感のせいで巨大に見える。具体的には北斗の拳のOPで出てくる謎の巨人くらい。

 彼女の手が触れる距離で歩みを止めると、しばらく沈黙。そしてまた頭を下げている俺に彼女は言った。

 

「顔を、上げて」

 

 言われた通りに顔を上げる。そして、頬に適度な痛みとパン、という打ち付ける音……雪華綺晶の平手打ちが俺の頬を叩いたのだ。

 彼女の顔を見てみれば、先程までのプレデターのような怪物は存在しない。ただ涙を流して悲しむ少女がそこにはいた。そんな姿に、俺は狼狽する。

 

「き、雪華綺晶……」

 

「マスターの、馬鹿」

 

 そう言って泣きじゃくる彼女を、俺は一瞬だけ戸惑って抱きしめる。そしてごめんよ、ごめんよ、とただ謝った。これは浮気だ。誰がどう見ても紛う事なき浮気だった。しかも相手は男。外見は美少女だけど、股間にはしっかりと小ぶりの分身が付いている。

 

「信じてたのにぃ……マスターは裏切らないって……信じてたのに……私が一番だって……言ってたのに……」

 

「ごめんよ……ごめんよ……」

 

 しばらくそんな、子供をあやす父親のような状況が続く。そんな折、賢太は相変わらずケロっとした表情で口を挟んだ。

 

「君は何か勘違いしているね、雪華綺晶」

 

 透き通った中性的な声が響く。俺と雪華綺晶は頭に疑問を浮かべながら賢太を見た。

 

「いつだって郁葉が一番大切なのは雪華綺晶、君だよ」

 

 なんだか満足気にそう言う賢太。

 

「どういう……意味です」

 

「そのままの意味さ。郁葉は言ったんだ。君を必ずアリスにするって。そして添い遂げるって。そのためには僕も利用するってね。でも郁葉は優しい。古い友達である僕を放っておけなかったんだよ。だから、愛人としての価値を付与しながら、お互い満足できる立場で利用することにしたんだ」

 

 雪華綺晶と顔を合わせる。俺は頷いた。確かにその通りだ。優しいってのは嘘で自分勝手なだけだが、賢太の力を利用しつつ死んだと思ってた友達と再びやり直したいと思っていたのだ。だから、まぁ、賢太は俺のこと好きらしいから、愛人ってことでお互い手を打ったのだ。

 だが雪華綺晶はまだ納得していない。彼女は少し膨れっ面で言った。

 

「キス、して。その文字通り泥棒猫の前で、彼にはできないキスをして、マスター」

 

 とんでもなく要求が高いが、素直に従う。それで気がすむなら何だってやる。俺はそっと、包み込むように優しくキスする。抱きしめて、舌を絡ませ、お互いを確かめ合うように。賢太にはしていない。これは俺と雪華綺晶だけの誓いの証。

 そんな俺と雪華綺晶を羨ましそうに眺める賢太。ふと、雪華綺晶と賢太の視線が合った。彼女の顔は……俺からは見えていないが、勝ち誇った表情で。賢太は察した。これは茶番だ。賢太に、自分と俺の絆を見せつけるための芝居でしかなかったのだ。腹黒さでは右に出るものはいないだろうと賢太は呆れる。同時に、割り込めないその関係を祝福する。結局俺はいつだって雪華綺晶に踊らされているのだ。それが嫌だと思ったことは一度もないが。

 

 

 

 

 

 

 

 私立有栖川学園では、土曜日だというのにテスト対策の授業が繰り広げられていた。中堅県立卒業の身としては土曜までそんなに勉強をしている奴らの気が知れないが、この学園ではよくあることらしい。しかしいくらお嬢様学校と言えども土曜の授業は午前中で終わる。現在時刻12時、琉希ちゃんは荷物をまとめて帰る支度をする。ふと隣の席を見れば、あの転校生リリィ・オヴェリィ・スティフノロビウムが薄っぺらの鞄を手に席を発とうとしていたのだ。

 

「リリィさん」

 

 自分でもよくわからないが、琉希ちゃんは彼女に興味がある。だからかもしれない。気がつけば無意識的に声をかけていた。声をかけられれば無視するはずもなく、凛とした表情のリリィはなんじゃ、と言葉を返す。

 

「あ、いえ……このままご自宅へ帰るので?」

 

「授業は終わったろう?ならここにいる必要はない。部活も入る気はないしのう」

 

 そこで会話が途切れる。それはそうだ、なぜ自分は当たり前のことを聞いてしまったのだろうと後悔したが、でも話しかけてしまった以上なぜか引くに引けない。頑固者の琉希ちゃんらしい。

 

「あ、その、もしよろしければご飯を一緒にって……」

 

 琉希ちゃんは意外にもコミュ障である。そんな彼女の申し出にリリィはしばし間を開けて一考。時計を見る。

 

「……いいじゃろう。腹も減ったしのう。ファミレスとやらにも行ってみたい」

 

 そう言うと、琉希ちゃんの表情が晴れた。内心はしゃぐ少女を見てリリィは静かに微笑む。彼女としても、このまま一人家に帰るのは味気ないのだろう。

 

 そうしてやってきたのは安くていっぱい食べられることで有名なファミレス。最後の文字がヤなのかアなのか未だに覚えていないが、とにかくそこへ二人はやってきた。席に向かい合わせで座り、メニューを開いて何を食べるか考える。財布と胃に相談した結果、琉希ちゃんはどこがミラノ風なのか分からないドリアとカルボナーラを食べることに。彼女は平均の女子よりも食べる。でも太らないらしいのでよく反感を買う。

 

「ステーキ……ふむ。これにしようか」

 

 そう言って頼んだのはリブロースステーキ。どうやら彼女も同じ口らしい。

 

「豪快ですね」

 

「食うべき時にたらふく食うのが好きでの。お主もかなり食すようじゃが」

 

「腹が減っては戦はできぬ。昔からよく言うではありませんか」

 

 何となしに言った言葉。しかしリリィは笑いながらもどこか張り詰めた面持ちで尋ねる。

 

「誰と戦を?」

 

「さぁ?慣れない諺を使いたかっただけです」

 

「ふっ、そうか」

 

 そう言うとやや張り詰めていた空気が綻ぶ。それからは他愛もない会話が続く。およそ普通の女子らしくない喋り方と内容だが、それでも二人は満足していた。それも食べ物が来てからはそちらに夢中になったために途切れたが。

 お互い綺麗に完食し、満腹も冷めやらぬ気分で店を出た時だった。駅前という事と土曜ということもあり、暇を持て余した学生が多い。気がつけば、目の前にやや不良っぽい同い年くらいの男が複数人。ニヤつきながら寄ってきた。

 

「今暇〜?」

 

「いいえ。行きましょうリリィさん」

 

 ぴしゃりと心を閉ざしリリィの手を引く琉希ちゃん。だが学生たちはその進路を阻む。周りには人の目もあるが、誰も関わろうとしないのはいつものことだ。

 こんな奴ら正直に言えば一人でやっつけられる琉希ちゃんだが、今はリリィもいるし学生服だ。後々問題になるのはまずいし、そうなればリリィの身も危ぶまれる。

 どうするか。そう考えていた時だった。

 

「おいクソガキコラ。うちの妹に何ちょっかいかけてんじゃボケ殺すぞ」

 

 柄の悪い言葉が聞こえてきたと思えば、二人と不良たちの間に見知った男が割って入ってきた。河原 郁葉である。不良達はメンチ切りながら向かい、彼の胸グラを掴みにかかる。

 だが不良は手を捻られそのまま地面に叩き落とされ、そのまま顔面を踏みつけられる。

 

「おい正当防衛だかんな!今から全員殺すけど、俺は悪くねぇ!」

 

 激昂しながらそう言うと、踏みつけていた顔を再度踏みつけた。どうやら失神したらしい。それに怒ったもう一人の不良が手を出してきたが、あっさり防御され膝蹴りを喰らい挙げ句の果てに後頭部を肘打ちされまくる。脳震盪を起こした不良は重なるように倒れている不良の上に覆いかぶさった。

 

「なんだこいつ!やべぇ!」

 

「何がやべぇんだコラ!死ね!」

 

 前蹴りが不良の股間に突き刺さる。前のめりになった不良の顔面を掴んでそのまま一気に壁へと叩きつけた。鈍い音がして倒れる不良。さすがにやり過ぎだと思うが、この青年は少し前に人を殺している。それを考えればこれくらいなんてことないんだろう。

 

「おいテメェ!」

 

 3人残った怯える不良達に告げる。

 

「こいつら連れて帰れ!あと学生証写メったからこの事チクったらお前ら全員殺すからな」

 

 いつの間にか倒れていた不良の財布から学生証を取り出して写メっていた青年。不良達は素直に頷くと、倒れた仲間を背負ってどこかへ消えた。正直ドン引きしている琉希ちゃんだったが、リリィはどうだろう。

 

「ふぅ〜……隆博と格闘技やってて良かった。怪我ないかい?」

 

「ええ……まぁ。助かりました。少しやり過ぎですが。あれでは過剰防衛ですよ」

 

「ま、多少はね?おーいきらきー、来ていいよ〜」

 

 青年がそう言うと、群衆の中から見知った人物がやってくる。雪華綺晶だ。しかも、薔薇を使っているのか大きい。なるほど、デート中か。

 

「マスター、素晴らしかったですわ!」

 

「いやそんな……(謙遜)」

 

 あの暴力を素晴らしいと言えるあたり、やはりこのドールもネジが飛んでいる。琉希ちゃんは呆れたようにそのいちゃつきを見ていたが、ふと隣のリリィが固まっていることに気がついた。訝しんで見てみれば、身体が強張っている。表情こそ凛とした真顔だが、何かあるのだろうか。

 

「お久しぶりです琉希さん……そちらはお友達?」

 

 雪華綺晶の言葉に、急に青年の目がギラつく。あの目、殺しをした後の目にそっくりだった。琉希ちゃんは少したじろきながらも頷く。

 

「そう……ふぅん。仲が良さそうで結構ですわ。お名前は?」

 

 そう尋ねると、リリィは間をおいて答える。

 

「リリィ・オヴェリィ・スティフノロビウム」

 

「そう、綺麗な名前ね。私は雪華綺晶。こちらは夫の郁葉さん」

 

「お、夫……」

 

 琉希ちゃんも二人の間柄は知っていたが、いざ言われるとちょっと引く。

 

「んじゃ俺たちもう行くから。また絡まれないようにね。最近駅前やたら物騒だから。学園都市かメキシコかってくらい危ないから」

 

 じゃあね〜と手を振る青年と人形。琉希ちゃんも挨拶すると、青年は振り向きざまに言った。

 

「お父さんによろしくね、リリィちゃん」

 

 リリィは答えない。ただ彼らが消えた後、帰るとだけ言って群衆に消えていく。残るのは琉希ちゃんただ一人。そして謎。彼らはリリィちゃんと面識が無いようだったが……なら最後の言葉は?

 



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sequence59 燃える

 

 駅前のファミレスで賢太と二人、隆博を待つ。土日といえども昼を二時間も過ぎれば混み具合も減ってくるわけで、俺と賢太はたわいもない話とタバコを消費しつつ、少し遅めの昼飯を平らげてメガネを待っていた。どうやらあいつは寝坊したらしく、待ち合わせ約束の時間になって今起きたとメールしてきやがった。

 

「いやぁ、すいませーん(レ)」

 

 いつものようにふざけながらやってくる隆博。俺は眉毛をハの字にしながら文句を垂れる。

 

「おーお前どこ行ってたんだよお前よ〜協会に言うぞ」

 

 こちらも語録で返す。隆博が一週間だけ待ってくれと返答すると、俺と賢太の対面に座った。座ってから、賢太の存在に気がついて困惑している。誰?と、謎のエルフや東芝を倒した男を見た視聴者のように疑問を浮かべていた。

 

「賢太、覚えてるよね?」

 

 賢太が懐かしい友人に、改めて自己紹介した。簡潔に事の経緯を話すと、納得はしていないようだったがメガネは賢太の事を認めたようだった。まま、ええわという寛容というかガバガバな隆博はそのまま新たな疑問を呈す。

 

「え、それは……つまり賢太くんを愛人にでもしたんですかね……?」

 

「ん、そうですね」

 

 隆博の疑問はもっともだった。それを隠さずに肯定してみせると、隆博はたまげたなぁ、と言ってフリーズする。まぁ小学校からの付き合いの友人(男)二人が付き合って(突き合って)たら驚愕も多少はね?

 隆博は頼んだピザを食べながら言う。

 

「お前ホモか」

 

「(ホモでは)ないです。ただ可愛い男の娘がいたらしょうがないさ(ネズミ)今はジェンダーフリーの世界、性差別は禁止だよ」

 

「それジェンダーフリーの意味違うんじゃ……」

 

 困ったように笑いながらツッコミを入れる賢太。そもそも俺にRIくんを進めてきたのは隆博だ。あのおうたをサバゲーに向かう道中の車の中で散々聞かされて俺までパパになっちゃったんだぞ、KEN、どうにかしろ(投げやり)

 早くRIくん復活してくれよな〜頼むよ〜(届かぬ思い)

 

 さて、隆博も飯を食べ終わり、俺たちの会話はしょうもないホモビの内容からアリスゲームへと移る。ちなみにさらっと隆博には食いながら真紅が今賢太のところにいるということも伝えてある。

 

「んで?なんで俺を呼んだんだ?」

 

「あぁ。それなんだけどね」

 

 言いつつ、俺はミリタリー色の強いバックパックから写真が入った封筒を取り出す。そして中身を広げて隆博に見せた。

 それらを手に取りタバコを吸いながらそれを眺める隆博。しばらく眺めると、鼻で笑って写真をテーブルの上に放った。その写真には、先日琉希ちゃんと一緒にいたリリィとかいう金髪ツインテール帰国子女女子高生が映っていた。もちろん隠し撮りだ。

 

「こんなとこに居やがったか」

 

 スパーッと煙を天井のファンに向けて吹く隆博。表情には余裕のある笑みが。

 

「間違いない、主途蘭だ」

 

 主途蘭。あの槐が作った第二のドールであり、脱獄囚のじゃろり系人形だ。俺と雪華綺晶は彼女を見た瞬間から確信していた。琉希ちゃんは主途蘭を見たことはあっても会話したことがない。檻の中に閉じ込められてるくらいにしか思っていなかったのだろう。だから気がつかない。

 

「自称リリィ・オヴェリィ・スティフノロビウム。日本語に訳せば槐のすずらん。オヴェリィは多分、of valleyの事だろう。英語で、しかもわかりやすくて助かった」

 

「よかったね、英語学部で」

 

 ニコッと褒めてくる賢太の太ももをテーブルの下でさする。それだけでちらっと見える賢太の股間が膨らんでいく……えぇ……(ドン引き)とにかく、彼女の正体は鈴蘭であることは間違いないだろう。

 

「脚を隠すようなタイツに両腕のリストバンド、まだ暑いのにブレザーねぇ。関節を隠してるな」

 

「それだけじゃない。左腕に不自然な膨らみがある。きっとアサシンブレードで武装もしてる」

 

「体育には持病を理由に参加してないみたいだよ」

 

 ちなみにこの調査は俺と雪華綺晶、そして新戦力である賢太によって一週間かけて行われた。家は市内で有数の金持ち、結菱家。だが家主は70代の爺さんで妻には先立たれている。相当な資産家らしく、この街を見渡すような高台にある薔薇園のような豪邸に住んでいた。

 

「それで、こいつをどうする。素性を隠して高校生ライフを漫喫するドールをバラすのか?」

 

「いや。それはこいつが完全に敵であると判断してからだ」

 

「その言い振りだと何か掴んでるのか?」

 

 俺は頷く。

 

「結菱家のご令嬢ってのは嘘だ。それはどうでもいいが、問題はこの家の爺さんも洗脳されてる疑いがある」

 

「洗脳はローゼンメイデンにとっちゃ当たり前の能力なんじゃないのか?」

 

「いや、雪華綺晶や水銀燈に聞いたらそうでもないらしい。現状把握してるだけじゃ、洗脳ができるのはうちにいる二人だけだ」

 

 雪華綺晶はその性質上洗脳が物凄く得意らしい。水銀燈も昔はやっていたらしいが、思うように動かない人間に苛立ちを隠せなくてやめたとか。

 

「槐にも確認した。主途蘭は元々アサクリを参考に制作されたドールらしい。だからそういう、暗殺や諜報に長けた能力も与えたってな」

 

「あいつはどこ目指してそんなもん作ったんだ?」

 

 隆博の言い分はもっともだ。なんだって暗殺者向けのドールなんて作ったんだと問いただしたら、かっこいいから(小並感)なんて言い出したからな。子どもかって。

 隆博はふーん、と言ってタバコを吸う。俺も釣られてタバコに火をつけると、賢太はそっと俺から距離を離した。こいつはどうもタバコの臭いがダメらしい。

 

「まぁいいや。調査はこれからも続けんでしょ?ならなんか分かったらまた教えてや。どうせ俺ら以外には情報伏せてるんだろうし」

 

 呑気にそう言う隆博に頷く。確かにこの件はまだ公にするには早い。もっと情報を集めてこの件に関する仲間を増やしてから襲撃をかけた方がいいだろう。

 

「槐は諦めるって言ってた」

 

「主途蘭をか?それは……また。娘思いのあいつらしくないな」

 

「人様の命狙うような娘を放って置けないんだと」

 

 そういやこいつ薔薇水晶に操られてたな。最終的にやりたい放題やってドン引きさせてたけど。

 この日の会合はこれにて終了。結局、隆博側の成果としては賢太の生存報告と主途蘭の所在のみとなった。俺たちはお互い帰路につく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰れば夕飯を準備している雪華綺晶が、当たり前のように薔薇を使って大人化して出迎えてくれた。賢太は自宅に帰ったので、雪華綺晶の機嫌を損ねることにはならないだろう。

 

「おかえりなさいマスター。もうすぐご飯ができますわ」

 

「ただいま〜。うーんこの匂いはカレー?」

 

「ビーフシチューです」

 

「あ、そっかぁ……」

 

 靴を脱いで手洗いうがいをしてリビングに入れば、部活で疲れたのか礼がソファーの上でぐったりしながらプロサッカーの試合の録画を眺めていた。膝の上にはもちろん水銀燈がいて、心ここに在らずな礼とは対照的にサッカーの試合を見て白熱している。

 

「そこよ!シュート!ああもう!なんで盗られるのよ!」

 

 意外にも水銀燈はスポーツに明るい。この間もアメフトォ……の試合をパソコンで観戦していたし、夏休み期間は甲子園であーでもないこーでもないと騒いでいた。

 

「おかえり」

 

「ただいま。疲れてんな」

 

「うん」

 

 あっさりとした会話を礼と交わすと、雪華綺晶の元へと向かう。彼女はいつものドレスではなく、タイツの上からミニスカートにセーターを、そしてエプロンを装着した若妻スタイルだった。煮込まれたビーフシチューの匂いを嗅ぎながら、おたまで鍋をかき混ぜる雪華綺晶の背中に優しく抱きつく。うーん、いい匂い。二重の意味で。

 

「美味しそうだね」

 

「ふふ、いいでしょうこういうのも。夫の帰りを待つ妻みたいで」

 

「だね。新婚生活みたいだよ」

 

 胸元よりも少し低めの位置にある彼女の肩から顔を出し、ビーフシチューを覗く。俺の好きな牛筋たっぷりタイプだ。

 ふと、ふわりと鼻をくすぐる雪華綺晶の髪が気になり、スンスンと匂いを嗅ぐ。いつもとは違った甘い香り。

 

「シャンプー変えた?」

 

「ええ。ちょっとだけ良いのにしましたわ」

 

 些細な変化を見抜かれて嬉しいのか、振り返りながら微笑む雪華綺晶。すぐ目の前にある可愛らしい小顔のほっぺに口をつける。

 

「すごく良い」

 

 そう笑顔で言って俺は離れ、テーブルを整頓する。とても充実している。帰れば美人の妻がいて、テレビの前では弟と妹のような人形が仲良くスポーツを観ている。そしてたまに訪れる戦い。対照的な命をかけた、惨たらしい戦いだ。

 これ以上俺は何を望む?すべてが満たされている。そう思っていた。だが違う。真に目指すは。アリス。その至高。

 お父様の愛?そんなものは犬にでも食わせてしまえ。俺と雪華綺晶が築く未来に比べれば、旧世代の愛などゴミに等しい。

 そのためにはすべてを犠牲にしなければならない。まだ社会を知らない女子高生も、ようやく現実へと復帰した中学生も、まだ見ぬマスターも。そして友も。賢太には、残念だが消えてもらわなければならないだろう。

 その中にはあの弟も含まれている。それは悲しいことだ。きっとあいつは猛烈に抵抗するだろう。俺が一番恐れているのは賢太でも隆博でもない。隆博には多分、かなり苦戦するが。それでも礼には及ばないだろう。

 礼は、天才だ。一を知り、百を知るを実行してしまう。数分銃を撃てばそれなりに、数時間撃てばかなり上達する。きっと俺は無傷では済まない。

 

 だが。最後に立っているのは俺と雪華綺晶だ。ローゼンが立ち塞がろうが何だろうが、全部殺す。根絶やしにして、消えてもらう。

 

「マスター、料理を運んでくださる?」

 

「はぁーい」

 

 それまでは。これで妥協しよう。今はただその時を待てば良いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯時の河原家。その(歪んだ)幸せそうな家庭を遠くで覗く者がいる。めぐちゃんだ。

 彼女は無表情で、冷徹で、残酷で、人を殺してもなんとも思わないような顔でただ眺める。雨も降っていないのにレインコートを着て佇む彼女は変質者と言っても過言ではない。

 臥薪嘗胆。今の心理はこれ以上ないほどにこの言葉が合う。その時を待つ俺のように、彼女もまた待つのだ。

 あの人形に復讐を。愛しの彼に想いを。その歪んだ心で、ただ待つ。長く苦しい時が続く。だが最後には、必ずあの少年を手に入れる。自分を生かしてくれた愛する少年を。

 そのためならば、彼の家族がどうなろうと知ったことではない。容易く手に入らない事は分かっているのだ、ならばこちらから手に入れるまで。

 

「礼くん、待っててね。もうすぐ、もうすぐ……へへ」

 

 だが病室が長かった彼女は知らない。欲望を満たすために相手にする青年が、どれほどえげつないのかを。

 彼は。俺は、たとえ無実で無垢な人間でも、必要とあらば手にかける。

 

 



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sequence60 誘拐と報復

 

 

 雪華綺晶は本来、鞄を持たない。それはアストラル体として生み出された存在であるから当然のことであるが。ならばあの、青年との出会いの時に収まっていた鞄は?と言われれば、あれは他の姉妹のために作られたスペアでしかないのだ。

 雪華綺晶は身体を持たない。今の身体が純度の高い姉妹達の残骸やスペアであるというのは前に彼女が説明した通りだが、そのせいか通常であるならば必要とする鞄の中での睡眠も必要が薄いのだ。ローゼンメイデンとしては異質であると、水銀燈は当初言っていたが、青年とその人形にとってはむしろ都合が良い。

 

 その日も彼女はマスターであるキチガイ青年と就寝を共にしていたが。ふと夜中、彼女が目覚めると青年がいないことに気がつく。

 雪華綺晶は嫉妬深く、粘着質な女の子でもある。一緒に寝ていればそれはもう蔓のように絡みついて離さない。だから青年がトイレに行きたい場合は一度起こしてからでないと動けないのだ。

 

 そのはずなのに、青年はいない。急速に雪華綺晶の心に孤独感が充満していく。同時に不安も……眠気をすべて吹き飛ばし、慌てているはずのマスターを探す。

 

「マスター?どこへ……」

 

 言いかけて、何かに気がついた。それは共に寝ていたベッドの上にひとつだけ置かれていた花の花弁。これは……

 雪華綺晶はそれを手にすると握り潰す。いつもの優しい(マスター成分が足りている時限定)雪華綺晶は消え去り、その表情はかつてのものへと変貌する。

 他の世界ではそれはもうとんでもない規模で色々やらかした、あのヤンデレを超えてキチデレと化した雪華綺晶の顔が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 平日だというのに郁葉の奴からメールで連絡を受けた。何でも取り急いで伝えたい事があるから来て欲しいそうだ。流石に講義があったし、夜にしろと返信したら電話が鳴り、殺すぞ、という雪華綺晶のガチ脅迫を受けたので仕方なく蒼星石とやってきたのだが……

 

 nのフィールドを通して河原家にお邪魔する。もちろん靴は脱いで。

 

「お邪魔するわよ〜」

 

 某関西おばさんの真似をしながらやってくると、そこには様々な面子が揃っていた。雪華綺晶はもちろんのこと、賢太と真紅、槐と薔薇水晶、礼くんと水銀燈。だが、肝心の郁葉がいない。

 蒼星石が姉妹に挨拶をすませると、俺はここにいない変態ロリコン大学生のことについて尋ねる。

 

「あのバカどこだ?」

 

 言ってから、この場の空気の悪さに気がついた。真紅はお茶を飲んでいるが賢太は俯いているし、槐と薔薇水晶は正座でガタガタ震えている。礼くんは機嫌が悪そうに無言、水銀燈も同様に彼の膝に座している。なにやら葬式のようだ。

 するといつもと少しばかり様子の違う雪華綺晶が口を開いた。

 

「貴方はシロ。いえ、この場合はクロと言うべき存在」

 

「は?」

 

「さぁさ、お座りになって。今お茶をお淹れしますわ」

 

 要領を得ない雪華綺晶の返答に困惑する。愛は重いようだったがこんなサイコな発言するような子だったか?

 

「ちょっと待って!あいついないやん」

 

「お座りに、なって。どうぞ」

 

「はいすいませんでした(屈服)」

 

 真顔で言うものだから恐ろしい。俺と蒼星石はセットで言う通りにお座敷に座る。そして雪華綺晶が淹れてくれた9番茶に手をつける。

 

「お茶ちゃおちゃあちゃ!」

 

「もう、ふざけて飲むから」

 

 ふざけながら飲んだせいで熱すぎてこぼす。それを蒼星石はハンカチで拭いてくれる。そんな光景を、雪華綺晶は何も言わずにじっと見つめる。俺は早急に拭き取ると、またお茶を飲んで耐える。

 アクションがあったのは、それから数分後。俺と蒼星石がお茶を飲み干してからだった。その間誰も一言も発さずにいるもんだから帰りたい。郁葉、なんとかしろ。

 

「さぁ。これでお呼びした方々は揃いました」

 

 多少の笑みを浮かべている割には目が全く笑っていない雪華綺晶が言う。なぜか地に足つけずに少しだけ浮遊している彼女はなんかのボスみたいだ。

 

「さて。事情を知らない隆博様と青薔薇のお姉さまのために、もう一度おさらいしましょう」

 

 なにを、と言おうと思ったが言ったら多分黙らされる。

 

「私のマスターである……愛しの河原 郁葉くん。その素晴らしさは誰もが知る所存であるかと思われますわ」

 

 ただのキチガイなんだよなぁ……一瞬言いかけるが、雪華綺晶の眼光がこちらを突き刺してきたので口を閉じる。蒼星石はぎゅっと俺の太ももを見えないように抓った。痛い。

 

「ええ、ええ。貴方は私よりマスターと一緒にいらしたから、きっとその素晴らしさと偉大さを感受しているはず。そうよね、隆博さん?」

 

 様からさんにグレードダウンした。なんやねんその態度……嘘ですごめんなさい!(UDK)

 俺は適当に頷く。すると雪華綺晶はパァッと擬音が出るんじゃないかと思うくらいの笑顔を見せた。

 

「ああ、あの人は素晴らしい……身体を造らず私を見捨てたお父様なんかよりよっぽど……壊してしまいたいくらい、愛おしい」

 

 お前精神状態おかしいよ……

 

「こほん。お父様より偉大かどうかはさておき、雪華綺晶。君の話はイマイチわからないな。僕らも暇じゃない、お昼御飯もあるしね。内容を言ってもらおうか」

 

 ビシッと、ここで蒼星石が華麗に指摘する。そんな姉に、あらあら、と困ったような表現をすると雪華綺晶は指をこちらに向けた。

 

「今、私が喋っているのよ」

 

 瞬間的だった。いきなりどこかから蔦がやってきて、隣に座る蒼星石の口を塞いだのだ。俺は即座に銃を抜いて雪華綺晶に向ける。

 

「てめ」

 

「今、私が、話しているの。それを邪魔しなければ何もしませんと……意図を理解して欲しいのですけれど」

 

 目がおかしい。こんな雪華綺晶見た事がなかった。郁葉から聞いたが、出会った時はそれはそれは恐ろしかったらしい……今の雪華綺晶のように。

 俺は迷ったが、銃をホルスターにしまって座る。すると蒼星石の拘束が解かれた。深呼吸する彼女を抱き上げ、耳元で安全を確認する。どうやら傷はないようだ。

 

「ひぃぃ……」

 

 今の光景を見ていた薔薇水晶が完全に怯えている。無理もない、あいつは雪華綺晶に散々やられたからな。

 雪華綺晶は特に悪びれもせず、話を続けた。

 

「また横槍が入る前に……いいでしょう。今朝、私のマスターが何者かに攫われましたわ」

 

 俺は驚く。声も出なかった。

 

「気配も無く、ただ最初からいなかったように……携帯も、銃もすべて置いてどこかへ消えてしまわれた。あったのはこの白い花びらだけ」

 

 そう言って演劇のように雪華綺晶は手のひらにある花びらを掲げる。どうやらあのバカが消えたせいでヤンデレに拍車がかかったな。迷惑な話だ。

 俺は手をあげる。

 

「はい、どうぞ」

 

「どうも……その花は?なんの花だ?」

 

 聞けば、雪華綺晶は掲げた花びらを突然握り潰す。そして今にも人を殺しそうな真顔で言った。

 

「鈴蘭。その、花弁」

 

「スズラン……ああなるほど。そう言うことか」

 

 納得した。どうやら相手方は本気を出してきたようだった。ふと礼くんが顔をそらしたのを見逃さなかった。

 雪華綺晶はふわりと浮かぶと、天井を指差す。そこを見てみれば、天井などどこにもない。まるでモニターのように何かが映っていた。これは彼女の能力なのだろうか。

 

「これは?」

 

 賢太が尋ねる。

 

「今、あの方が見ている夢」

 

「なんだか真っ暗だぞ、なにもわからん」

 

 俺がそう言えば、雪華綺晶は指を鳴らして映像を変える。それはnのフィールド……あの扉が並んでいる、不気味な空間だ。

 

「夢を頼りに、マスターを追いました。哀れで弱い不完全なお人形、こういうのは私が一番得意なことなのに……こんな痕跡を残してしまった故に辿られる」

 

 槐がうっ、と落ち込む。そういや主途蘭は槐作の人形だったな。不完全と言われて悔しかったか。

 

「罠の可能性は?」

 

 蒼星石が尋ねれば、礼くんが口を開いた。

 

「むしろ罠だ。こいつは俺たちを引きずり出すための餌に過ぎない」

 

 このやろう俺一応歳上だぞ……!怒りを抑え、なるほどと頷く。同時に疑問をここでぶつけた。

 

「礼くん何か知ってそうじゃんアゼルバイジャン」

 

「……」

 

 礼くんは答えない。ただ機嫌が悪そうに、あいつに似た顔を向けてくる。怖いわ〜、理不尽すぎて、怖いわ〜♨︎

 だがまぁいいだろう。罠だと分かってて行く奴はいない。きっと雪華綺晶もそれを分かっているはず。

 

「それで、雪華綺晶。貴方は私達を呼んで何をしたいのかしら?」

 

 ふと、置物と化していた真紅が口を開いた。

 

「ええ。あなた方には、半分に分かれて私と共にマスターを奪還して欲しいのです」

 

「それはつまり……罠だと分かっていながら飛び込むと。そう言うことかしら?」

 

「聡明なお方ね、紅薔薇のお姉さま」

 

 おっと話が変わった。いくら友達のためとは言え、そんなところに行っては命がいくらあっても足りない。もうちょっと頭使ってくれよな〜頼むよ〜。

 ここで水銀燈が口を開く。

 

「もう半分は?」

 

「黒薔薇のお姉さま。それは貴女が一番分かっておいででしょう?」

 

 にやりと、雪華綺晶が微笑む。その笑みに優しさは一切見えない。ただ、お前が責任を取れと言うような何かが……

 礼くんは鼻で笑うが、機嫌は相変わらずだ。なんやねんこの状況。

 

「作戦の決行はいつだ?」

 

「今……と言いたいところですが。準備が必要でしょう?だから一時間後。それまでに戻って来てくださいな」

 

 しゃーない、悪友を助けるためだ。乗るしかないだろう。前は助けてもらったしな。いや、あれは薔薇水晶がドン引きしただけか?確証がないわ、思い返すのやめとくわ。

 だが槐はそうではないようだ。彼は恐る恐る言葉を発する。

 

「ぼ、ぼくは戦えないよ。戦力にならない」

 

 すると雪華綺晶があの冷たい眼差しで二人を覗いた。ふらふらと漂うと、彼女は震える槐の耳元で囁く。

 

「やらなければ、あなたも娘も死ぬわ。協力したんですもの。相手はすべて消そうとする……それも、相手は主途蘭なのよ。自分の汚点を残すかしら」

 

 槐の顔が絶望に染まる。やってることヤクザじゃねぇか。CIAよりタチ悪いぞこいつ。

 

「ねぇ、雪華綺晶。なぜジュンを呼ばないの?」

 

 不意に真紅が質問する。確かに戦力は多ければ多いほど良い。相手の力は正直未知数だ、ブースターとなる薔薇も所有している。

 

「マスターならそれをお望みにならないから。きっと、あのマエストロは躊躇ってしまう」

 

「……そう」

 

 まぁあの子はなぁ。いくら射撃を一緒に練習しているとは言え、誰かを撃つ事を強制させたくない。郁葉も同じ考えだろう。あの子が戦うのは自分と大切なものを守る時だけで十分だ。

 方針が決まったところで、俺は一時的に帰宅することにした。それぞれが一度戻る。準備のために。その際も、雪華綺晶は逃げるな、と遠回しに言ってきたが、そんな状況ではない。いつこっちもやられるか分からないんだから。

 

 残された礼くんと水銀燈は雪華綺晶と対峙していた。ソファに腰掛け不機嫌な態度を崩さない礼くんと水銀燈。今回のキーパーソンであることは間違いない。

 

「……私達に何をさせようっていうの」

 

 その問いに雪華綺晶は答える。

 

「何も。お姉様方はただ、ここにいればいいのです」

 

「はぁ?」

 

「だって、あの人間の目的は弟様ですもの。ねぇ、礼くん?」

 

 微笑を浮かべる雪華綺晶とは対照的に、礼くんは睨みつける。

 

「全部知ってて泳がせたのか?」

 

「泳がせたわけじゃありませんわ。ただ、二人に期待していたの。事実、私たちが出る幕ではありませんでしたから……さすがに前回の襲撃は堪えましたが」

 

「兄貴はそのことを?」

 

「もちろん。極力認知しないように努めてはいますが……私にそう暗示しろと仰られましたので」

 

 クソ兄貴め、そう呟く。

 

「だから、ね?礼くん。今回は、やっていただけますね?」

 

 礼くんは答えなかった。それは責任を感じているからか、それとも家族がしてやられたからか。

 いや違う。悔しさだ。それも犯人に対するものではない、兄に対する物だ。礼くんは、完全に兄に出し抜かれていた、見抜かれていた。その上で放置されていた。まるで被害者のように、何も知らな言うような風を装って、暗示して。動いていると見せかけ、自分にこの一件を押し付けていたのだ。

 

「それと、マスターから一言。お伝えします」

 

「なに?」

 

 礼は驚く。同時にこの白い人形が、どこまで本気なのか分からなかった。どこまで憤って、どこまで演技なのだ。まるで分からない。ある種、サイコパスだ。

 

「自分でカタをつけろ、その決定に文句は言わない……うふふ、あの人らしいわ」

 

 その伝えを、嬉しそうに言ってみせる雪華綺晶。礼くんはただただ屈辱だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電話をかける。いつもの相手ではない、うさぎは姿勢を正して神妙な面持ちでコール音を聞いた。

 しばらく待ってようやく繋がれば、いつものような淫夢厨はいない。そこには紳士がいた。

 

「はい、私です」

 

 誰にも見つからない、見られない場所で。そうしなくてはならないように会話する。

 

「はい、はい……すべて貴方の計画通りです。全員誘いに乗ったかと……はい、そのようです。奴はこの件に干渉しないようです、電話致しました」

 

 電話の先の声が大きな耳に響く。うさぎは音量をわずかに落とした。

 

「はい。しかしあの男が気がつくのも時間の問題でしょう、一番危険ですから。奴は兄弟を二人とも警戒しています。殺されないかと、薔薇園に閉じこもっています」

 

 上機嫌な声が響く。

 

「ええ、その通りです。しかし悠長に構えてはいられません。厳重に秘匿はしてありますが、この電話も盗聴される可能性があります。え?それは……しかし。いえ、わかりました。ご意向に沿います。いえ、役目ですから」

 

 そろそろ時間が危うい。

 

「して、あの中学生は如何なさいますか。はい、はい……分かりました。それで済むのなら安いでしょう」

 

 とうとう終わりを迎える通話。

 

「それでは私はこれで。はい、任務に戻ります。危険が伴いますが、お気をつけて。ええ、それでは」

 

 切れる電話。それをポケットにしまえば、いつものうさぎがいる。

 

「どーすっかな〜俺もな〜」

 

 そう言うと、うさぎはどこかへ消える。謎は深まる。そして。

 




OCLTかな?


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sequence61 彷徨える者

 

 この世界には何もない。何もないわけではないが、現実感が欠けている。

 主途蘭はその真っ白な世界で、白い立方体に座ってその時を待つ。左右の腕にはリストブレード、左腰には片手剣、背中にはショートブレードを背負う彼女は、人間と変わらぬ大きさを保って静かに待つ。

 リリィと呼ばれた少女は、その身にいつもの純白のドレスを纏う。遠目に見れば神秘的な姿。しかし近寄るものなら滲み出た殺気で直視できないほど、恐ろしい。

 

「ふぅー……」

 

 落ち着かせるように息を吐く。そしてすぐ横で実家のような安心感でも抱くかのように眠る男を睨んだ。

 河原郁葉。あの忌々しい人形、雪華綺晶のマスター。当初、主途蘭はこの男の事は取るに足らない雪華綺晶の腰巾着程度にしか思っていなかったが。

 興味本位で彼の夢を覗いて、その考えを改める事になる。

 

 真っ黒。この男には夢はない。あるのは深淵。暗く寒く、ただ不快な闇が広がるだけ。そこに生は存在しない。死もまた然り。ただ、生物が見るような夢ではない事は確かだ。この男は一体なんだ?めぐでさえ、夢の中では歪んだ平和を繰り広げていたというのに。

 

 深淵を覗いた時、深淵もまたお前を覗いているのだ。そんな言葉を知識として持ち合わせているばかりに、あの夢を覗いた時から主途蘭はこの男に見られているようで仕方ない。

 主途蘭はこれ以上考えないように集中する。今はただ、任務に徹すれば良い。それが罠であろうと無かろうと、自分は自分の役割をこなすだけだ。

 

 めぐと契約した人形として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備を終えて主途蘭がいるフィールドへ乗り込むマスター達。緊張からか不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。後輩をかばいすべての責任を負った蒼星石に対し、作戦の長、雪華綺晶が言い渡した示談の条件とは……

 

 ふと、俺はそんな事を考えていた。今から戦闘が起きるというのに下らないホモビのことばっかり考えてしまうようでは重症だが、それだけ余裕が出てきたということでもある。

 攻撃を受けてうろたえる人間は専門用語で『的』といわれる……マスターミラーが言っていたじゃないか。俺はうろたえているか?むしろホモビの説明文を連想させて楽しんでいる。それでいい。

 

「しかし何にもないなここは」

 

 主途蘭の世界を進む俺は呟く。意気込んで入ったは良いものの、ここはただ真っ白な空間が広がっているだけだ。あるのは障害物になりそうな、大小様々な立方体だけ。

 

「きっと、作られてから日が浅いからだよ」

 

 隣を歩く蒼星石が返す。確かにそうかもしれない。彼女が生まれてからまだ一年も経過していないのだ。仕方がないことなのだろう。

 

「白。それが連想させるものは死。まるでこれから自身に起こる事を予期させているよう」

 

 先頭を進む雪華綺晶が透き通った声で解説する。だから不気味だって言ってんじゃねーかよ(棒読み)郁葉はこんな変態ドールといちゃついているのか(困惑)どうでもいいが、士気が下がるようなことを言わないでほしい。

 槐と薔薇水晶を見ろ、お前が喋る度にビクついてるぞ。

 

 しばらくそのまま進むと、雪華綺晶が足を止めた。俺は周囲を警戒しながら雪華綺晶に尋ねる。

 

「なんだ、どうした?」

 

「だぁれ。あなたはだぁれ」

 

「は?(威圧)」

 

 またわけわからない事を言い出した。

 

「気をつけてマスター、だれかいる!」

 

 蒼星石がハサミを構えて警戒する。マジかよ、もう襲撃か?

 いつでも襲撃されても良いようにライフルを構える。いつもトレーニングで使っているライフルだから咄嗟の攻撃でも反撃しやすいだろう。

 

「そこね」

 

 突然雪華綺晶が横に手をかざすと、その方向が弾け飛んだ。驚いて全員がそちらを見てみれば、とてつもなく大きな蔦が地面から生えてそこら一帯を破壊していたのだ。

 

「なんだありゃ!」

 

 前に雛苺の蔦に襲われたが、あれはまだ易しい。あんなに素早くないし、大きくもないから。

 

「外れ。それもいいでしょう、まだまだ戯が終わるには早いわ」

 

 くすりと雪華綺晶が微笑むと蔦が地面へと消えていく。どうやら今の攻撃は雪華綺晶が襲撃者に向けて放ったものらしい。強すぎィ!

 

「俺らいる?」

 

「うーん、いらない気がする」

 

 蒼星石と相談する。これこの子だけで解決するんじゃないですかね?おい槐、薔薇水晶泣きだしたぞ、なんとかしろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を切らして物陰に潜む。危なかった、気配は消していたのに僅かな視線で気づかれて攻撃されたのだ。しかも恐ろしく正確だった。

 主途蘭は震える脚を叩いて自らの恐怖を鎮める。雪華綺晶は化け物だ。自身は薔薇を用いてその力をブーストしているのに、彼女はそのままの姿、それも借り物の身体であの力だ。河原郁葉から供給されるエネルギーを抑えようにも、量が多すぎて押さえ込めない。殺そうかとも思ったが、果たしてあの人間は死ぬのだろうか?そもそも本当にあの青年は、眠っているのかも怪しい。もしかすると、彼は自分の意思で眠っているだけなのかも。

 

「……化け物どもめ」

 

 薔薇水晶が言っていた事を今更ながら理解する。マスターも人形も、どちらも化け物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 静かに礼はその時を待つ。河原郁葉が襲われた公園で、水銀燈と隣り合わせでベンチに座り、一言も発せずにただ待つ。

 時刻は夕暮れ、そろそろ雪華綺晶も主途蘭と接触しただろうかと思いながらもどうでもいい。きっとあの人形と兄はこのくらい何とも思っていないだろうから。正直な話、これは茶番だ。あの友達も人形師も、そしてそのドール達も、いなくていいのだ。

 証人が欲しいだけだ。主途蘭を倒し、その契約者を殺したという、目撃者が。

 

 森の奥から気配がした。水銀燈が警戒して立とうとするが、それを手で制して自分だけ立ち上がる。すると、その気配の元が姿を現わす。

 柿崎めぐ。あのイカれた女が、いつものセーラー服に身を包み、狂った笑顔をこちらに向けてやってきたのだ。手には血で錆びた包丁を携え、まるで死神にも見える。

 

「礼くん、こんばんは。そして久しぶりね」

 

「……めぐ」

 

 その名を呼ぶと、彼女は嬉しそうに身を拗らせた。妖怪みたいに動く彼女は見ていて不快だ。水銀燈を見てみればドン引きしている。

 

「ああ……久しぶりに名前を呼んでもらえたぁ……」

 

 一人快感に震える少女を他所に、礼は口を開く。

 

「やりすぎだ、全部」

 

 そう言うとめぐはピタリと動きを止めてその整った顔を向ける。

 

「全部あなたと私のためよ。言ったよね?礼くんのためならなんでもやるって」

 

 ああ、結局彼女はこうなってしまったかと。礼は少しの後悔とこれから起こる出来事への高揚、そして先に見据える開放感を心に内包させる。この少女は自分が壊したのだ。あの日病室で出会い、話し、ヒビ割れ、完全に壊した。それを気に病むほど礼は善人ではないが、それでも良い思いはしていない。

 これはただ死ぬよりも辛い事だ。そして、それを終わらせてやるのは自分だけ。ならそうしてやるのが一番だろう。

 

「戯言はいい。俺はさっさとお前を始末して帰るだけだ。どうせ主途蘭も今頃やられてるだろうしな」

 

一度戦った白い人形に想いを馳せる。彼女はマスターを誤った。自分は無理だが、きっとまともなマスターの下だったら今頃戦士として成長していただろうに。それが今では汚れ仕事を押し付けられる哀れなドール。マスターに捨て駒程度にしか思われず、圧倒的な力にバラバラにされ消えていくのだ。なんとも哀れな事か。

 

 めぐは笑みを消すと、包丁をこちらに向けた。正確には礼の横に座る水銀燈に。

 

「あんたがいなければ。あんたが邪魔だから礼くんがッ!」

 

「え、私!?」

 

 急に自分が責められて驚く水銀燈。そんな銀髪の頭を撫でる。お前は悪くないと、そう言うように。

 

「礼……」

 

「これは俺の問題だ。お前は自分の身を守ってろ」

 

 それだけ言うと、礼は一歩踏み出す。狂気に浸されもう現実へと帰ってこない少女を解放するために、懐から拳銃を抜く。

 

「正直言えば、こうはなりたくなかった」

 

 銃口をめぐに向ける。

 

「……大丈夫。今からでもやり直せるわ。その薄汚い鴉を殺せば、ね」

 

 呻き声が聞こえてくる。それはめぐの背後から……つまり森の中から。夕刻の薄暗い森の中から、それらは姿を現わす。人間?いや違う。めぐにすべてを奪われ、屍と化した者達。面識はないし同情もする気がないが、哀れだ。

 それらが覚束ない足取りで、めぐの横をすり抜けゆっくりと礼に近寄っていく。

 

「大丈夫。殺しはしないわ。でもちょっとだけ、そうちょっとだけ。例えば手足が無くなっちゃったりするかもしれないけど……でも死なないわ。だから安心して?」

 

 礼は鼻で笑うと、銃を構えて迫り来る屍に立ち向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャンと、琉希ちゃんが持っていたカップが割れた。落としてもいないのに急にヒビ割れてそのまま崩れたものだから、琉希ちゃんだけでなくその場でお茶会を楽しんでいたドールズと妹も驚く。

 

「あ、カップが……」

 

 自身が持つカップから紅茶が溢れていく。

 

「お嬢様、怪我はありませんか?」

 

 すぐさまメイドであるみっちゃんが布巾を手にやってくると、大丈夫とだけ言って処理にかかった。

 お気に入りのカップだった。お揃いのを、リリィさんに渡す予定だった。それが何の前触れもなく割れた。不吉だな、なんて思う。

 

「呪いですぅ!あのロリコン野郎の呪いですぅ!きっと年下の琉希に手を出したくて仕方ないんですぅ!」

 

「えっ!?それってあの雪華綺晶のマスターでしょ!?怖いかしら、最近の変態は呪術も使うのかしら!」

 

 とんでもない風評被害で盛り上がる翠星石と金糸雀。いくらなんでもそれは酷くないですかね……?

 はしゃぐドールズと対比して、妹である香織ちゃんは訝しむような視線をカップに向ける。どうにも引っかかるなにかがあるらしい。

 

「……お姉ちゃん、何か嫌な予感がするわ」

 

「え?」

 

 そう言われてもただ困惑する。だがこの言葉の信憑性を彼女は知っていた。

 香織ちゃんにはある能力がある。能力というか何というか、彼女は占いが得意だ。迷信じみているが、その効果は凄まじいらしい。時折こうして天啓が来たように、何かを察知するのだ。もちろんこういう場合は良くないことが起きるが。

 

 琉希ちゃんは割れたカップを見る。嫌な予感、それはなんだろう?考え、考え抜いて、思いつく。

 

「白百合のように白い女。お姉ちゃん、心当たりない?」

 

「リリィさん……」

 

  ミステリアスな同級生を連想する。そういえば、ここ最近は元気がないようだった。何か関係が……

 

「視えるわ。白百合を食い散らかそうとする何か……これは……何?こんなの、私知らない……うっ」

 

 十八番である透視を試み、香織ちゃんは気分を害する。何かを見たらしい。

 

「香織、もう大丈夫です。ちょっと出かけてきます……翠星石、一緒に行ってくれますか?」

 

「えぇ!?翠星石は今からくんくん探偵の再放送と虐待おじさん本編視聴という日課があるんですが……」

 

 どうなってんだよ最近のドールは。

 

「お願いします」

 

「むぅう、仕方ねーです。どうせ何回も見てるんですから、行ってやるですよ」

 

 そう言って翠星石はカバンに閉じこもると、琉希ちゃんはそれを持ち上げた。

 

「待って、お姉ちゃん」

 

「はい?」

 

 出て行こうとする姉を止める。

 

「武器を持って行って。きっと必要になる」

 

「……わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢。俺は夢を見ている。まるで水の中を漂っているような浮遊感があり、真っ暗な中でも暖かさがある。心地良い。目を閉じていても暖かさが伝わってくる。これは母性のようななにかだ。

 

 ふと、何かが鼻を擽る。嗅いだことがある匂いだ。とてもいい匂い、少女の匂い。花の匂い。シャンプーの匂い。

 

 目を開く。闇が広がっている。ああ、この闇は心地良い、本当に。何度でも言ってやるくらいに。

 

 何かがやってくる。泳ぐように、漂うように、しかし確実にやってくる何か。それは白く、美しい。逃げようとは思わなかった。

 

 目の前までやってきたそれは輝いている。すごく煌びやかで、眩しくて直視できないのに、俺はそれに手を伸ばす。ああ、この感覚どこかで。

 

 

ーーマスター。

 

 

 声がする。その輝かしいなにかが発している言葉ということは分かる。この声は、雪華綺晶。ああ、雪華綺晶だ。彼女はようやく自身を形作り、手を伸ばす。

 

 

ーーマスター。

 

 

 名を呼ぶ俺の手を彼女は取る。暖かい手だ。だが、何か違う。いつも見て、話して抱いている彼女ではない。

 

 

ーーマスター。思い出して。いつも私が見守っているって。

 

 

 何を言っているんだろう。そんなこと、いつも感じている。

 

 

ーーほんとうの自分と向き合って。

 

 

 本当の自分。本当の自分とは。

 

 

ーー私は見守ってるから。愛していて。忘れないで。

 

 

 雪華綺晶が離れていく。俺は必死に離されまいとするが、うまく動けない。一体何なんだ?この夢は一体何を意味する?なぜ彼女は離れていく?

 

 声にならない声を発する。必死に彼女の名前を叫ぶ。だが気がつけば彼女はいない。俺だけが残される。

 同時に、あれだけ心地よかった闇が急に冷え出す。俺は身体を震わせ、寒さを凌ぐ。

 

 醒めてほしいと必死に思いながら、俺は目を閉じる。だがふと、何かを感じた。目の前だ。

 

 恐る恐る、目を開く。俺は恐怖で声が出なくなりそうだった。

 

 

 

 

ーー思い出せ。お前の使命を。

 

 

 

 俺だ。俺がいる。血塗れの、でも自分だけじゃない、返り血にも塗れている邪悪な自分。鬼。それが目の前で見つめていた。

 目を逸らそうとすると鬼は俺の顔を掴む。掴んで、逸らさせない。嫌々目が合えば、何故か恐怖心が和らいだ。

 どうしてそんな格好で、そんな綺麗な目をしてるんだと。矛盾で困惑する。

 

 

ーーもう二度と繰り返さないために。

 

 

 繰り返さない……

 

 

ーーわかるだルルォ?

 

 

 んにゃぴ……

 

 

 

 

 

 

 思い出す。自分が何者なのかを。

 

 そして笑う。鬼達が笑う。そうだ、そうなのだ。俺の使命。それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時的に主途蘭は先ほどのポイントに撤退した。また手を出そうとしても雪華綺晶に勘付かれて終わるだろう。なら一度作戦を練り直し、分断させる。それを得意とする主途蘭ならば、もしかすればあるかもしれないと思ったから。

 時間はまだある。ここは迷路のようなものだ、白に包まれれば方向を見失う。それはあの化け物でも一緒だと。

 

 だから、主途蘭は驚いた。

 

 男が起きている。目を開いて、こちらを見ているのだ。存在しない心臓が跳ね上がった。恐ろしい何かが、自分を視線だけで射抜いていた。

 

 

「おはよ、ございます(SGW)」

 

 

 



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sequence62 贋作の家族

ばらしー回


 

 

 主途蘭からの襲撃を雪華綺晶が未然に叩きのめし特に妨害されずに進んでいくわし(53)。だがそんなハイキングのように楽な道のりも、唐突に突き当たった行き止まりによって険しくなる。

 しかもただ行き止まりなのではない。三つ、扉があるのだ。丁度俺たちを分断するように設置された扉はどう考えても主途蘭の策略。恐らく3対1じゃ部が悪いからこんなことをするんだろう、1組なら彼女が得意とする暗殺技術で始末できると考えて……

 道は他にないから迂回はできないだろう。

 

「おいあれどうするよ」

 

 カップルを見つけた時のようなKBSトリオを真似ながら雪華綺晶に尋ねる。実質このパーティの指揮者は彼女だからだ。

 だが彼女は躊躇いなく(そもそも俺を無視して)真ん中の扉へと向かっていく。俺は小声でガキが……舐めてると潰すぞ(実年齢は上)、と言って槐と顔を合わせた。どうやら彼らとはここでお別れのようだ。

 

「俺は右に行くぜ。もしハズレ引いて戻ってきたらハズレの扉開けっぱにしといてや」

 

 え、ちょっと待ってくれ!と泣き言言いそうな槐を無視して右の扉を開ける。蒼星石はちょっと罪悪感がありそうな表情を浮かべているが、残念ながら俺にはあいつに対してそんな感情は一欠片も持ち合わせていないのだ。だってお前が主途蘭どうにかしてりゃ良かった話だろボケ。

 

 一人と一体残された槐と薔薇水晶。どうしようと慌てる槐とは対照的に薔薇水晶は冷静だった。性格も似てないし一緒にいた月日も短いが(殆ど檻の中で不貞腐れていたのを眺めていただけ)、主途蘭は姉妹だ。槐という、ローゼンには劣るかもしれないがれっきとしたマエストロが生み出した、同じ人形なのだ。

 だからわかる。次に彼女がしようとしていることが。そして、真っ先に自分達が襲われるだろうということも。

 

「おとうさま」

 

 狼狽している槐を呼ぶ。

 

「え、なんだい薔薇水晶?帰るかい?」

 

 その台詞に少しばかりの呆れを感じはしたが、それを表情に出さずに薔薇水晶は提言する。

 

「行き、ましょう……主途蘭が待ってるの」

 

「うぅぅ、僕が招いた事態とはいえ……仕方ない、分かったよ……」

 

 いつも通りの薔薇水晶と、その後ろをトボトボしながら歩く槐。彼らは左の扉へ。そしてたどり着いたのは、真っ白な水晶が文字通り生えるフィールドだった。

 

 槐は一瞬戸惑ったが、すぐにここがnのフィールド、しかも主途蘭が所有する場所であると判断した。彼女に似た力の痕跡が感じ取れたのだ。

 仮にも槐は錬金術を極めた人間。よく青年二人にカツアゲ紛いのことをされるが、彼は常人よりも長生きだし色々な力を持っている。本来であるならばあのクソガキ二人も倒せるくらいの力はあるだろうが、そんなことをしようものならその場で発砲されるし何よりドールズの報復が怖いからやらない。

 

「主途蘭……」

 

 反抗期中の娘の名を呟く。しかしこれはまずいかもしれない。まるでデコイのように散りばめられた力の痕跡のせいで、主途蘭が近づいていてもわからないかもしれないのだ。

 

「薔薇水晶、気をつけてくれ。ここは……」

 

「妹なら、あそこ」

 

 不意に薔薇水晶が遠くに聳え立つ水晶を指差した。目を凝らせば、その天辺に立つ人形がいる。主途蘭だ。彼女が、薔薇も使わないで、人形の大きさでそこにいる。

 まるでアサシンが高いところに登って周囲の地形を掌握するように、彼女も高いところで槐たちを見下ろしていたのだ。槐の心臓が跳ね上がる。真っ先に自分たちを狙ってきたのだと、理解した。

 

「す、主途蘭!」

 

 彼女の名を呼ぶが、主途蘭は険しい顔で何やら思いつめているようだった。返答はせず、ただ立ち尽くす。次いで、薔薇水晶が手ぶらで近寄っていった。

 

「主途、蘭」

 

 ぎこちない喋り方で妹の名を呼ぶ。そこでようやく、主途蘭は反応を見せた。両手を広げて水晶から飛び降りると、スタッと着地を決めてみせる。高さ30メートルはあっただろうが、それでも余裕そうだった。槐としては当たり前だ、そう設計したのだから。

 

 

「いくら戦場を見ようと、怖いものがある」

 

 

 何の合図もなしに主途蘭が語る。同時に薔薇水晶は足を止めた。

 

「人間の闇などあの娘で散々見てきたつもりだった。他にあれほどの憎悪と嫉妬を持つ輩はおるまい」

 

「何を……」

 

 言っている意味が分からない。だがそれでも主途蘭は話を続ける。

 

「儂は愚かじゃった。哀れな父と弱い姉、それらから逃れるために逃げ出し、力を手に入れたい一心で契約し、戦い……いや、戦いではない。あれはただの搾取だ。だが、それすらも奴の闇に比べれば可愛いものよな」

 

 自嘲気味に笑う主途蘭。眉をハの字に曲げる槐とは対照的に、薔薇水晶は的確に答えた。

 

「雪華綺晶。そして、そのマスター。貴女は、愚か。最も、敵に回してはいけない……どんな動物よりも獰猛で、どんな人間よりも欲深い……彼らと、敵対した」

 

 単に主途蘭は後悔していたのだ。どうしようもない後悔を、二人にぶつけていた。父として、姉としてそれを聞く義務があった。そして救う義務も。

 槐は一歩踏み出すと、力強く言う。

 

「主途蘭!今からでも遅くない、なんとかするよ!だから……だから、戻っておいで!後のことはそれから考えよう!きっと彼らも……怒るだろうけど、許してくれるかもしれない!」

 

 必死な叫びだった。娘を手にかけたい父親などいないのだ。だから槐は望むのであればできる限りの援助をするつもりだった。

 だが、雪華綺晶は笑いながら首を横に振った。

 

「なんとその言葉の心地良い事か。だが無理じゃ」

 

「なんで……」

 

「儂が一体あの娘のために何人殺めたと思う?」

 

 泣き出しそうな笑みを浮かべて言う。

 

「10人?50人?100人までは覚えておる。世界中から人を攫った。そのために銃を持った人間とも戦った。そして養分にし、手駒にし……気がつけば儂の魂は真っ黒に染まっておったよ」

 

 言葉を失った。前の青年への襲撃も彼女がやった事だとは槐は思っていなかった。だがここへ来て真相を知っただけでなく、自分の娘が殺しのための人形と成り果てていたのだ。

 槐の頭は真っ白になり、呆然とする。全身から力が抜けた。そんな事をさせるために産んだんじゃない。ただカッコよかったから、アサシンのような格好にしただけだった。そんな軽はずみな気持ちから生まれた罪と、娘の苦悩が彼を傷つけた。

 

「力は手に入れた。だが、それだけ。結局あの雪華綺晶には届かず……新しい居場所すら失った」

 

 彼女の脳裏に偽装として通っていた高校生活がよぎる。生まれたばかりで何も知らない彼女からすれば、中々楽しかったあの場所。だが、こうして契約者が行動に移してしまった以上もうあの場所にはいられない。迂闊に学校になど通えば、あの残酷な雪華綺晶とそのマスターは学校もろとも自分を消しにかかるだろう。

 

「お父様」

 

 主途蘭が、槐を呼ぶ。初めてだった。初めて彼女が槐を父と呼んだ。

 

「儂は地獄に落ちる。その前に、まずは自らの原点を消す。でなければ、また貴方は儂のような哀れな人形を造ってしまうだろう」

 

 そんなことないなど、言えなかった。槐は人形師だ。人間ではもうない、その魂も、人形を作るために存在する。きっと今はそうでなくとも、いつかは変わる。人形を作りたいと言う欲が戻る。人間に食欲があるように、満たされた欲はいつか磨り減って新たに欲するようになるのだ。

 

 だから、槐は懐から拳銃を抜いてみせた。それは彼なりの決意だったに違いない。

 

「そうやって実の娘に銃を向けることになる。ならばその前に死ぬのが生まれてこない娘のためじゃ」

 

 主途蘭も腰の剣を抜く。

 

 ただ一人、薔薇水晶が目を瞑っていた。二人が戦う態勢に入っても、水晶の剣を抜かず、ただ静かに。まるで水晶の如く。

 

 

「生きるということは、戦うこと」

 

 

 不意に薔薇水晶が呟く。

 

「ありきたりな言葉じゃな」

 

「ええ。でも、どこかで、誰かが言った気がする。戦うだけがアリスになる道ではない、とも」

 

「ならば姉上も戦わず剣の錆になるか?」

 

「いいえ。私達は、人形。人形は、人間のために、ある。お父様が戦えというのなら、従う。間違っていても、それが使命。ましてやお父様に……娘は殺させない」

 

「ハッ、あくまで自分を殺すか。それも良い、戦う目的を与えられるのはさぞ心地良かろう。……儂と違ってな」

 

 刹那、主途蘭が一直線に薔薇水晶へと駆け出す。槐は慌ててそれを狙うが、銃線上に薔薇水晶がいて撃てない。

 

「まずは姉上から死ねッ」

 

 喉元めがけて剣を突き立てる。だが、剣が彼女に触れる瞬間に主途蘭は動きを止めた。

 

「っ!?」

 

 主途蘭は驚く。気がつけば剣を握る腕に蔦が絡み付いていたのだ。出どころは周囲の水晶……一瞬、雪華綺晶を警戒してしまった。

 

「まさか」

 

 言いかけて、剣を避けて突進してきた薔薇水晶の掌底が主途蘭の胸元に突き刺さる。蔦ごと吹き飛ぶ主途蘭、薔薇水晶は淡々と言った。

 

「雪華綺晶は、私達のトラウマ。蔦を見れば本能的に、貴女は彼女の出現を、警戒する」

 

「ちぃっ!」

 

 左手のアサシンブレードで蔦を斬りはらう。確かにその通りだった。主途蘭にとって雪華綺晶とは絶対的な敵であり力でもある。そして彼女が扱う蔦を見れば、冷静など保てない。薔薇水晶の作戦にしてやられたのだ。

 だが、死んではいない。とてつもなく胸が痛いが……それが甘さ。姉としてか、それとも別の理由が齎した情けか。

 

「今日は随分とお喋りだな。いつもそれだけ喋るならば可愛げもあるだろうに」

 

「薔薇水晶は可愛いぞ!」

 

「そういうことを言ってるのではないだろうが……」

 

 槐の謎フォローに呆れる主途蘭。だが、同時に嬉しくもあった。まさか初見で完膚なきまでに叩きのめされた姉が自分を手玉に取って一撃を加えるとは思わなかった。

 彼女との戦いは無駄ではない。自分の糧となる。

 

 

「良かろう姉上、儂も全力を出そう。久しぶりにまともな戦いだ、楽しみたい」

 

 そう言うと、主途蘭は背中から何かを取り出す。それはスモークグレネード。槐が作ったものではない、彼女がどこかから調達してきた人間の道具だった。

 シュー、と音を立ててたちまちに煙が主途蘭の姿を隠す。本来ならばスモークグレネードに人間をすぐ隠すほどの能力はないが、きっと主途蘭が何かしら手を加えているのだろう。

 

「主途蘭!」

 

 娘の名を叫ぶ槐だったが、煙が晴れた時には彼女は消えていた。完全に姿を消したのだ。まずいことになった。

 

「どこから来るか分からない、気をつけるんだ!」

 

 注意を促し警戒する槐とは裏腹に、薔薇水晶は動かない。ただ直立し、その時を待っていた。

 そして、

 

 ズゴンッ!槐の真横に紫色の巨大な水晶が地面を突き破って現れる。驚いた槐だったが、すぐに薔薇水晶の行動の意図を理解した。

 

「やるじゃないか」

 

 主途蘭が、水晶を挟んですぐそばにいたのだ。しかも剣を振り下ろしていた。もし彼女が水晶で槐を守らなければ今頃真っ二つにされていただろう。そして、そんな起点の利く薔薇水晶を妹は賞賛した。

 

「私、貴女のお姉さん」

 

 そう言って薔薇水晶は凄まじい瞬発力を見せる。一気に主途蘭へと距離を詰めると、いつのまにか持っていた水晶の剣で襲いかかった。それを籠手で受け流すと、主途蘭は反撃に剣を繰り出す。

 

 薔薇水晶は元々ローゼンメイデンに対抗して造られたドールである。自分の師であるローゼンを超えるべく造られた彼女は、スペックだけで見れば他のドールを凌駕している。槐も最初こそ打倒ローゼンを企んでいたが、いつしか薔薇水晶との生活に安らぎを見出してその目標を放っぽり出してしまったのだが……それでも彼女は強い。ただ雪華綺晶は相手が悪かっただけで。

 

 もちろんその強さは主途蘭も受け継いでいる。

 生まれたての頃は水銀燈に押されたが、彼女は進化するように、最適化するように個性を持たされた。どんな相手にも対処し、確実に任務をこなす……打倒ローゼンを捨て去ったとはいえ、造るならば全力を尽くすのが槐だ、妥協は無い。

 

 二人の戦いは白熱していた。

 

「ふっ!」

 

 主途蘭の振り下ろす剣を受け流す薔薇水晶。だがそれだけで終わるアサシンでは無い。左腕のリストブレードで殴りつけるように斬りかかる。

 

「ッ!」

 

 間一髪で避けると、ローキックを打ち込む。それを主途蘭は膝を折りたたんで防御する。隙が出来た主途蘭に、蹴りの運動エネルギーを殺さないでくるりとフィギュアスケートのように回転すると剣で斬りつけた。だが主途蘭はダッキングしてそれをかわす。

 

 一進一退の攻防が続く。槐はそれを黙って見ているしか無い。不必要に撃てば薔薇水晶に当たるかもしれないからだ。

 

「くっ!」

 

 薔薇水晶が斬撃に混じらせ蔦を放つ。本来彼女の武装には無い蔦は、雪華綺晶が彼女に供与したものだった。まさかこれを予想していたのだろうか。

 主途蘭の足にそれがまとわりついて動きを止めると薔薇水晶が斬りにかかった。

 

「ははっ」

 

 主途蘭は笑いながら剣を手放し、薔薇水晶の腕を押さえて防御する。槐はここぞとばかりに銃を構えるが、

 

「邪魔をするな!」

 

 主途蘭が左腕を槐に向けると、隠し手である籠手内蔵のピストルを放った。

 

「うっ!」

 

 その一発が槐の脇腹に当たると彼は倒れた。

 

「お父様!」

 

 槐に気を取られる薔薇水晶。それを見逃すほど主途蘭は甘くはなかった。

 左手のブレードを展開すると、撫でるように薔薇水晶の足を突き刺す。苦痛に顔を歪める姉をそのまま突き飛ばすと、拘束していた蔦を切り落とした。

 

「契約者、あるいは大切な人。その価値は分からないが、否定するほど愚かでも無い」

 

 倒れこむ薔薇水晶に歩み寄る主途蘭。剣の切っ先を彼女の目の前に突きつけた。

 

「だがそれが命取りにもなる。儂はそれを信用しようとは思わん」

 

 見つめ合う姉妹。歯車が狂った血の通った二人は、静止した。

 

「薔薇水晶ッ!」

 

 槐は倒れながらも、無理やり横に寝そべってリボルバーを撃つ。

 見事なファニングだった。まるで西部劇のアウトローのように、シリンダーにある弾丸を撃ち切った。

 槐は長い人選の中で、数年を西部開拓時代で過ごしたこともある。その経験が生きたのだ。まぁ、彼のリボルバーはダブルアクションだからハンマーコックしなくとも撃てるのだが。

 

「うぐっ!」

 

 そのうちの一発が主途蘭の腕を掠める。すぐに彼女は二人と距離を取った。そして自身の腕を確認する……えぐり取られた擬似的な皮膚はもう再生していた。恐らく養分と化した人間からエネルギーを補給したのだろう。

 

「見直したぞ、お父様」

 

 再び水晶の上に陣取る主途蘭。彼女は剣をしまうと、嬉しそうにそう言った。

 

「主途蘭!うぎっ……」

 

 対して槐と薔薇水晶は手負いだった。だがそんな彼らに手を下さず、主途蘭は背を向ける。そして言った。

 

「生きていればまた会おう。それまで勝負はお預けだ、姉上」

 

 それだけ言うと姿を消す。出血により薄れゆく意識の中、槐の心には主途蘭に対する罪悪感と。同時に、娘がここまで歪ながらも成長してくれたことに対する喜びが芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の森に屍が転がる。

 

 一つ、二つ、十、二十。数えるのが億劫になるほどの亡骸が転がっていた。

 その中心に少年は立つ。黒いジャージに変化は無いが、その肌は返り血で真っ赤に染まり。月夜を映す瞳だけが不気味に光を放ち。

 ジャコ、っと、淡々と拳銃の弾倉を変える。数個めの弾倉を入れ替えると、レバーを操作してスライドを前進し、弾薬を装填した。

 

 圧倒的。まさにその言葉に尽きる。いくらゾンビを集めようが関係ない。弱冠十四歳の少年はそれらを撃ち、殴り、絞め、折り、全て殺してみせた。

 そこには先程まで綺麗だった河原 礼は存在しない。ただ殺人鬼として行動する、殺しの天才がいるだけだった。

 

 

「人間は脆い。肉体的にも精神的にも簡単に折れるものだ」

 

 まだ息のある屍の頭部に発砲する。その姿を見てめぐは感銘を受けていた。

 

「そしてお前もその一人だ、めぐ」

 

 あれだけいた手駒は数分の内にすべて少年によって倒された。水銀燈は手を貸していない、ただ傍観していただけ。たまに彼女にも屍のは襲いかかったが、手が触れる前に少年に頭を射抜かれたのだ。

 

 少年の姿を見て身体を捩らせる少女は息を荒くすると、両手を頬に沿わせた。いわゆる、恍惚のヤンデレポーズというのだ。

 そんな狂った少女に興味もない少年は尋ねる。

 

「お前もじきにこうなる。嫌か?」

 

 少女は息を飲むと、紅潮した顔と笑みで言う。

 

「私、死んでもいいわ」

 

 ため息しか出なかった。やはり馬鹿は死んでも治らないというのは事実のようだ。なら彼女はここで死ぬしかないのだろう。

 礼は左手に隠し持っていたカランビットナイフをクルクルと回すと告げる。

 

「じゃあ死ね」

 

 向かい合う少年と少女。ロマンチックもクソもない二人は、自らのために殺しあう。愛情は歪で、殺意によって変質している。だがそれでいい、それで解決するのなら、どうでもいいのだ。

 

 



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sequence63 誰が殺した

 

 

 広大な深林に銃声が響き渡る。その度に動物が警戒の声をあげ、鳥達が逃げるように羽ばたいた。観光にでも来ているのならとても自然に溢れて美しいと感想を述べるだろうが、今の俺達にはそんな余裕は無い。

 

「また来る!蒼星石!」

 

「こっちは大丈夫!」

 

 扉を開けた先はよく分からない森だった。それもただの森では無い。木はデカくて、お太い!何というか、アメリカの自然公園の中みたいな色々サイズ感がデカイ森だ。こっちの木なんてさ、すごいんだぜ?人が4人集まって輪になってようやく囲えるくらいの太さだ。高さだって50メートルはあるに違いない。

 

 もっとも今の状況は観光には程遠い。最初こそ静かだったものの、気がつけばわらわらとゾンビのように生気がない人間達が俺らめがけて集まってきたからだ。

 

「逃げるぞ!ついて来い!」

 

 数メートル手前まで迫ったゾンビ共をライフルで蹴散らすと、大声で叫んで後退する。いや後退なのかわからない。入り組んだ地形のせいで前後があやふやになっているのだ。樹海とかもこんな感じで迷子になるのだろうか。

 蒼星石もゾンビの手足だけを鋏で切り裂くと逃げる俺を追ってくる。奴らが生きているのか死んでるのか分からないが、動きがのろまなのは助かる。

 

「マスター、彼らまだ生きてる!多分操られてるんだ!」

 

 軽快にジャンプするように移動する蒼星石が言う。

 

「はぁ!はぁ!気にすんな!邪魔ならどっちにしろ殺す!」

 

 生身でnのフィールドへとやってきた俺は身体能力も変わらないから走るのがキツイ。普通に走るのならともかくとして、装備や銃を持った状態で走るのは苦痛でしかないのだ。そもそも俺は軍人じゃないし。

 

 そんなこんなで数百メートルほど走ると、奴らの姿も見えなくなる。なんとか逃げ切れたみたいだが、ゾンビは鼻が効くと言うし安心はできないだろう。

 俺は手頃な丸太に腰掛け、息を整えながらハイドレーションの水を飲む。

 

「あぁ^〜うめぇなぁ!」

 

「奴ら、主途蘭に生命力を奪われすぎてまともに思考できなくなってる……なんてことを」

 

 正義感の強い蒼星石はあのアサシンドールのした事に怒りを募らせるが、俺としては銃を持って襲ってこないだけでもマシだ。あんな人数と銃撃戦なんてしたら1分ももたないだろうからな。

 数分休憩して、俺は残弾を確認する。持ってきたのはライフルの弾倉が7つとハンドガンの弾倉が3つ。そして使い切ったのがライフルの弾倉2つだ。今装填している弾倉も10発は撃ってしまっているから無駄に使えない。

 

「バックパックも持ってくりゃ良かったな」

 

 重量が増えるが弾がなくなるよりはマシだ。と、一度は静まり返った森がまた騒がしくなる。鳥が警戒するような声をあげているのだ。

 俺は立ち上がって周辺を警戒する。まさかまたあのゾンビ野郎が来たのだろうか。

 

「蒼星石気をつけろ、なんかが」

 

「マスター上だッ!」

 

 蒼星石が叫んだ瞬間、背中に鈍い痛みが走った。次の瞬間、発砲音。衝撃と痛みに倒れ込みながら振り返れば、すぐ後ろの木の上に主途蘭がいた。それも左腕をこちらに伸ばして……あの野郎撃ちやがった!

 

「クソッ!」

 

 痛みを無視してライフルを構え引き金を引く。サイレンサーを装着していても発砲音は消えるわけではない。減音された銃声が数回響くが、主途蘭は忍者のように木から木へと飛び移るとそれをすべて避けてみせた。

 

「マスター!怪我は!?」

 

 まるでパダワンのように蒼星石が俺の身を案じる。

 

「クソ!痛てぇ!」

 

 結果的に言えば無事だった。着ていたアーマーの耐弾プレートに守られたようだ。貫通力が無くて助かったぞ。

 死ぬほど痛いが骨にも異常はないようだから主途蘭を探す。だが彼女はいつのまにかまた消えていた。これは……ザ・フィアーじゃな?(MGS並感)

 

「背中守ってくれ!また撃たれたらシャレにならねぇ!」

 

 そう命じると、蒼星石は背中合わせになるようにカバーしてくる。出て来いクソッタレ……(プレデター)

 

 ガサッと木の上で音がした。すぐにその方向を向いて発砲する。

 

「いたぞ!いたぞぉおおおおお!」

 

 単発で撃ちまくる。だが主途蘭はいなかった。代わりに穴が空いた鳥が落ちてきた……悲しいなぁ。

 

「案外雑じゃな」

 

 不意に真上から声が響く。すぐに二人で見上げてみれば、主途蘭が真っ逆さまに木にぶら下がってこちらを見ていた。

 

「死ねコラッ!」

 

 真上にライフルを向けて引き金を引く。だがカチリという音だけでライフルはうんともすんとも言わない……弾切れだった。迂闊だ。

 刹那、主途蘭の腕から蔦が伸びる。急なことに対応できずその蔦が俺の片足に巻きつくと勢いよく引き上げたのだ。

 

「アッー!」

 

「ま、マスター!」

 

 無様に捕獲されていく俺を見上げる蒼星石。一方で俺は主途蘭の立つ太い枝の下に上下逆さまに宙ぶらりんになってしまった。

 

「貴様もあの男同様色々危険じゃな。ここで大人しく眠っておれ」

 

 ちょっと眠ってろお前!(意訳)主途蘭は吹き矢のようなものを取り出すと、俺の首筋目掛けて何かを吹いた。針だった……あれ、なんだか眠くなってきたのら。

 

「う、羽毛」

 

 あっけなく眠りに着く俺。

 

「主途蘭!マスターを離せ!」

 

「この人間には興味はない。だが貴様は別じゃ……ここで死に我が剣の錆となれ、蒼星石」

 

 冷たく言い放つと彼女はまた木から木へと飛び移って隠れようとする。それを蒼星石が許すはずがなかった。

 彼女は持ち前の素早さで主途蘭を追うように木へと飛ぶ。アサシンをモチーフにして造られた主途蘭でも、戦う庭師を職とする蒼星石を撒くのは至難の技のようだ。

 

「なかなかどうして、機敏に動きよる」

 

 逃げ回りながら余裕を含んだ賛美を送ると、主途蘭は蔦を腕から展開させ遠くの木へとそれを巻きつけた。そしてその蔦を縮ませる事により蜘蛛男のように今までより高速に移動してみせる。

 

「速い……!」

 

 流石の蒼星石でもこのスピードには着いてこれない。段々と距離が開き、ついには彼女を見失った。

 そこで気がつく。自分が森のどこにいるのか分からない。もちろん、マスターである俺の場所もロストしていた。これこそ主途蘭の計画だった。俺が目覚めてもいいように、蒼星石を孤立させる。

 

「どこに……」

 

 懸命に周囲を見回す蒼星石。そのオッドアイに、見覚えのある物体が映る。ゾンビ達だ。

 

「そういうことか主途蘭」

 

 険しい表情の蒼星石。主途蘭は単に彼女を孤立させただけではない。配下のゾンビがいる、自分のエリアへと彼女を誘導したのだ。

 迫り来るゾンビ。簡単に殺せる相手だが、蒼星石は人を殺したことがない故に鋏を向けるのを躊躇う。だが主途蘭と同時に相手するのは至難の業だ。だからまた跳躍し、細めの枝の上に足をつけた……が。

 

 バキィ!と、枝が折れる。驚いて枝を見てみれば、主途蘭が遠くから蔦を操り枝をへし折っていたのだ。

 地面へと叩きつけられると、すぐに蔦が自分の手足に絡みついて拘束する。

 

「高貴なのは認めよう。だがそれは甘さでもある。貴様の敗因はその甘さだ。手を下すまでもない」

 

 一人高台から動けない蒼星石を見下ろす主途蘭。必死に蔦を外そうとするが、手足が拘束されているせいでうまくいかない。

 気がつけば、ゾンビ達は蒼星石を囲んでいた。鋏はすぐ目の前にあるのに、なにもできないでいる。

 

「くっ!レンピカッ!」

 

 人口精霊を呼び、自身の拘束を破ろうとする……が。

 

「それも予想済みじゃ」

 

 ターザンのように近くを通り過ぎていった主途蘭が人口精霊を掴んで奪っていったのだ。

 

「安心せい。貴様のローザミスティカを奪った後にこやつは活用してやる」

 

 手の中で暴れるレンピカをただ見るしかない蒼星石。ゾンビの手が乱暴に彼女の身体を掴む。

 

「や、やめ!」

 

 言葉は通じない。その生気の無い男達が、彼女を解体しようと無造作に引っ張り出したのだ。彼女の顔は苦痛に歪む。

 

「いぎっ!?ああああああ!!!!!!」

 

 絶叫が木霊する。主途蘭としてはこの結末は望んだものではないが、そうは言っていられないのが現状なので甘んじて受け入れる事にする。

 

 ミシミシと関節が悲鳴をあげる。力はそうでもないが、寄ってたかって引っ張られれば人間でも裂けるだろう。蒼星石の脳裏に死の文字が過ぎる。同時に、自分のマスターであるあのメガネの寂しがり屋の顔が浮かんだ。

 

「マ、スター……!」

 

「呼んだかマイハニー!」

 

 幻聴ではない。はっきりと、あの青年の声が響いた。同時にライフルの発砲音もだ。

 彼女を嬲っていたゾンビ達はたちまち地面に倒れる。それを主途蘭は驚いた顔で眺めた。

 

「そう驚く事ではないでしょう?主途蘭」

 

 刹那、背後から自信と気高さに満ちた乙女の声。振り返れば、拳を握りしめこちらに振り抜こうとする真紅がいたのだ。

 

「ごぁッ!?」

 

 上条さんも真っ青なパンチを頬に打ち込まれ吹っ飛ぶ主途蘭。彼女は空中で回転すると、なんとか足から地面へと着地した。

 そんな主途蘭を、真紅は何事もなかったかのように見下ろす。

 

「あら、これでも本気で殴ったのだけれど……あまり痛くはなさそうなのだわ」

 

 主途蘭は頬を拭うと強がりながら笑った。

 

「いや、痛かったぞ。まさかあの真紅が武闘派とは思わなかったわ」

 

 

 

 二人がやり取りをしている間に俺は蒼星石の拘束をナイフで解いて鋏を渡す。しかしまぁ、あれだな。郁葉じゃねぇけどああいう声をあげる女の子も……最高やな!(リョナへの道)

 と、そんな俺達の前にデカイ黒猫が俊敏にやってくる。賢太だ。

 

「無事でよかった。友達の恋人が傷付くのは見ていられないからね」

 

 そう言うと賢太は人間へと戻る。

 

「姿が無いからどこへ行ったかと思ったが……なるほど、蒼星石は儂をあぶり出す餌か」

 

 別にそう言うわけでは無い。単純に雪華綺晶が賢太と真紅を待たずに侵攻を開始してしまったからだ。

 

「しかし君も変わらないね、まさか眠らされるとは。遠野になった気分はどうだい?」

 

 こいつは郁葉には従順なくせに俺にはクソほど煽ってくるからムカつく。

 

「うるせえ。お前だって郁葉と四章ごっこしてんだろ!」

 

「……まぁ、多少はね?」

 

「してるのか(困惑)」

 

 やっぱりホモじゃ無いか(確信)まぁこいつらの性事情はさておき、今は主途蘭をどうにかしなければならない。

 

「四人に勝てるわけないだろ!」

 

「ふん、部が悪い勝負に勝てると思うほど自惚れてはおらん」

 

 違うだろぉ?(語録不足)でも淫夢厨じゃないから仕方ないね(寛容)

 

「あら、私の姉妹を傷物にして帰れると思っているの?」

 

 真紅が威圧する。傷物にしたのは俺なんだよなぁ……(別小説)

 

「ホーリエ!」

 

 真紅は人口精霊を呼び出すと、枝から飛び降りて主途蘭へと向かう。そして彼女の周囲に薔薇の花弁が舞った。

 

「ローズテイル!」

 

 必殺技のごとく叫ぶと、凄まじい風と薔薇の花弁が主途蘭を襲った。しかし主途蘭は余裕の表情で笑う。

 

「ふん」

 

 地面から突き出た水晶がローズテイルを阻む。だがこれで終わる武闘派ではない。拳を握りこむと、水晶へ向けて思い切り打ち付けた。

 音を立てて割れる水晶。その後ろにいたはずの主途蘭は姿を消していた。

 

「口調の割には随分と荒っぽいな」

 

 いつの間にか先程まで真紅がいた枝に座っている主途蘭が嘲笑う。

 

「その減らず口もすぐにきけなくしてやるぜ」

 

 俺がライフルを向けると、主途蘭は邪悪に笑って何かを放り投げた。それを見て身体が強張る。レバーが外れた手榴弾だった。

 

「グレネードッ!」

 

 慌てて俺は蒼星石を抱えて木に隠れる。賢太も同様に、一番手榴弾に近い真紅を猫形態でもってかっさらって隠れる。

 爆発は凄まじかった。あの手榴弾はM67と呼ばれる米軍採用のモデルで、爆風だけでなく破片で相手を殺傷するタイプのものだ。

 その破片の一部は200メートルまで飛来する。一つでも喰らえば重賞は免れないだろう。

 

「クソ!あの野郎!」

 

 悪態を吐きながら木から顔を出せば、もう主途蘭はいない。どうやらこれを機に逃亡したようだった。

 

「ね、ねぇマス……隆博くん」

 

「はい?」

 

 不意に蒼星石が言い澱むように名を呼ぶ。彼女は顔を赤らめて困ったように笑うと言った。

 

「さっきの登場、かっこよかったよ、きゃ!」

 

 思わず俺は蒼星石を抱きしめて赤いほっぺにちゅーした。可愛すぎるだろこの子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空虚の世界に足音が鳴る。コツン、コツンと小気味よく。鼻歌を口ずさみ、一人歩くは雪華綺晶。真っ白な背景にパールのドレスを身に纏い、後ろ手に道を行く彼女はピクニックのお人形。

 時折襲い来るゾンビと水晶、そして蔦をすべて自身の蔦一本でねじ伏せながら歩く姿は王女の化身。

 

 彼女はいつもの微笑を絶やさず、しかし金色の瞳には暗い光を灯しながら、愛すべき人が待つ所へと足を運ぶ。そんな自由気ままな彼女の行く手に、彼女はいた。

 

「結局、儂はローゼンメイデンどころか姉すらも越えられなかった」

 

 人間大の水晶に寄りかかるのは暗殺者の人形。彼女は自身の手から伸びる蔦を見て自嘲気味に笑う。

 

「親から見放され、人形としての本質を見失い、最後に残ったものはこの進化する力だけ。哀れすぎやしないか」

 

 化け物に対抗するために得た蔦の力。姉と戦いその偉大さを身を以て知った故に身についた白い水晶。だが、その本質はすべてこの少女が持つ力。

 

 主途蘭が真似た少女は足を止めた。その顔は先ほどと変わりない。そして、目の前にいるマスターを攫った哀れな乙女にも興味など抱かない。ただ、スマートフォンで暇潰しに検索したSSを読むように、少女の独白を聞いているだけ。数分すれば内容は忘れる。

 

「自ら闇に堕ち、道を進んだと思いきやすべて貴様らの掌の上。どうあがいても儂は人形の域を出ないようじゃ」

 

「マスターはこの先?」

 

 それすらも無視して雪華綺晶は問う。興味はないとはっきり告げていた。だがそれでも、生まれたばかりの少女は言う。

 

「そんな儂でも戦わなければならん時はあるようじゃ。例えば、貴様」

 

 横を向きながら指をさす。その先には雪華綺晶。背筋を伸ばし、バレリーナのような佇まいは人形の美しさの見本のよう。

 

「貴様とあの男を生かしておけば、これだけではない。もっと死人が出るだろう」

 

「ダァれが殺した駒鳥さん」

 

 雪華綺晶は歌い出す。

 

「正義感や綺麗事で止めるのではない。本能で貴様らを止めるのだ」

 

 彼女が寄りかかる水晶に薄っすらと人影が見える。白いパーカーの青年、彼女が愛して止まない男。

 その水晶を雪華綺晶は指差す。そして狂気に満ちた笑みを浮かべて言う。

 

「みぃーつけた」

 

 

 瞬間、主途蘭が動く。今まで薔薇水晶と蒼星石を相手にしていた時のような速度ではない。それすらも凌駕した、本気で殺しにくる速度。

 左腕の暗器を展開させ、右手には剣を握り、無垢な少女へと一直線に襲いかかる。

 

 

「それは私よ」

 

 

 主途蘭の剣が空振った。気が付けば雪華綺晶は自分を通り越して水晶へと歩み寄っていたのだ。

 完全に捉えていた。暗殺者として生み出された自分の動体視力が、あんなにのろまに歩く姿を見失うはずがない。すぐさま振り返り、ゆるいロングウェーブの髪目掛けて剣を振るう。

 

 

「私の目で、ガラスの目で」

 

 

 主途蘭の動きが妨げられる。最初は蔦が剣に絡みついたのかと思った。だが違う、糸だ。蜘蛛の糸が、自分の身体に纏わり付いている。

 警戒していた。彼女が蔦で妨害してくるのは目に見えていた。それを十八番とするのが雪華綺晶ではなかったか。だが今のは違う、意識してたとかしていなかったとかではない。完全に、気がついたら糸が絡まっていたのだ。

 

「このッ……!」

 

 必死に主途蘭が糸を解く。剣を使えばあっさりと糸は取れる。その間にも少女は歩みを進め、そして歌う。

 

 

「誰が作るの、死衣装。それは私よ。私の糸で」

 

 

 主途蘭に絡みつく糸の数が増える。いつのまにか増える。未知なんてものではない。悍ましい。何が起きているのかわからない。

 

 

「誰が掘るの、お墓の穴を。それも私よ。私の水晶で、小さな水晶で」

 

 

 主途蘭の身体を影が覆う。上を見上げてみれば、彼女よりも大きな水晶が落ちてきていた。急いで動きに支障をきたす糸を切り裂くと、その場から飛び退いて水晶を避ける。刹那、落下した水晶が先程までいた場所に穴を開けるほど深く突き刺さった。

 

「化け物めッ!」

 

 呪いを吐き捨てながら再び雪華綺晶の背を追う。だがまたしても不可思議な事が起きる。どれだけ彼女に近寄ろうとも、距離が縮まらない。隣を見てみれば、まだあの水晶があるではないか。彼女は進んでいないのだ。どういうわけか、進もうとしてはこの場所に引き戻されている。

 

 

「誰がなるの。司祭になるの。それは彼。私の愛する大事な人間」

 

 

 雪華綺晶の手が水晶に触れる。

 

 

「彼の聖書で、小さな聖書で」

 

 

 雪華綺晶の手にはいつのまにか拳銃が握られている。古いが機能美に溢れた拳銃。それをそっと水晶で眠る青年の胸元に置く。

 

 

「付き人は誰?それは」

 

 

 歌う少女は振り返る。その笑みはこの世のものとは思えないほどに歪で、それでいて純血で。

 

 

「私。マスター、お迎えに上がりました」

 

 

 水晶が割れる。光を反射し神秘的にも見えるカケラが零れ落ち。

 

 

 

 

 

 

 青年が目を覚ました。

 

 



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sequence64 My Beautiful World

感想を ちょうだい


 

 もう一人の河原の名を持つ少年は対峙する。彼を愛した少女と、彼に魅了され狂いに狂って運命を歪めた化け物と。

 

 夜の森林に響き渡るは火薬の音。誰のための鐘。彼のための鐘。彼女のための鐘。

 

 そして彼を想う黒薔薇は、堕天使の如く空を舞う。少年が無事に彼女を殺せるように。できれば少年の心に傷を負わないように。

 

 それは無理な話。物事には代償が付きまとう。それが小さな出来事でも。運命を超えて起きてしまった事でも。この世に生を受ける人である限り、誰しも代償を支払う事になる。

 

 

「礼くん!礼くん!礼くぅん!」

 

 

 人間業とは思えない動きでめぐが礼に迫る。関節が逆の方向を向いても、それが最適であるならば彼女の身体はそれに従い。対峙する少年を我が物にせんと迫り来る。

 礼は冷静に攻撃を捌いて反撃の機会を伺う。その姿は映画のブギーマン、殺し屋。だが唯一異なるのであれば、あの映画の主人公がかなり必死に物事に対処するのに対して礼は息一つ乱れていない。

 

 包丁を突き刺してくる手を両手で捌きながら拳銃を突きつけるようにして殴り、そのまま発砲する。

 一瞬苦しむ少女だが、次の瞬間にはまた狂った笑みを浮かべて迫り来る。傷はもう塞がっていた。

 

「本当にしつこい女だな」

 

 悪態を吐きつつも迫るめぐの攻撃をかわし、また捌く。先程からこんな状況が続いていた。

 それを水銀燈はただ見守る。自分も彼を手助けしたいと思ってはいるが、それは彼の意に反する事だ。あれだけ少年に嫌がらせをする事に喜びを見出していた黒薔薇の人形は、今では彼を王とする従者に成り果てていた。それが悪い事であるとは微塵も思わない。

 

 昔の自分なら鼻で笑うだろうが。

 

 

「あは!あははははは!」

 

 

 めぐの美しい黒髪が伸びる。そしてそれぞれが意思を持ったかのように礼へと迫っていく。その内のひと束が礼の腕に絡みつくが、左手のカランビットナイフでそれを切断する。

 これ幸いと言わんばかりに、めぐは一気に距離を詰めた。その間にも撃たれるが、なんてことはない。撃たれた傷は攫った人間の生命力を用いて治してしまえばいいのだから。

 

「死んで♡」

 

 嫌です、と兄なら言うのだろうと考えながら、包丁を振り下ろすめぐの腕を担ぎ、そのまま背負い投げる。背中から落ちためぐの腕を撃ち抜き、マウントを取った。

 

「ああ……この体勢、まるで」

 

 何を言うのかは目に見えている。その前に彼女の頭を撃ち抜こうとした……が。

 発射された弾はめぐの髪によって防がれる。まるで鋼鉄のように硬化した髪はいとも容易く9mm口径の弾丸を跳ね飛ばしたのだ。

 

「厄介だな」

 

 そう言い捨て、礼はカランビットで髪を切り裂こうとするがこれもダメ。まるで歯が立たない。

 その場から飛び退こうとする礼をめぐは足を絡ませて拘束した。足の関節を逆に曲げ、まるで昆虫のように。

 

「捕まえたぁ♡」

 

 腕の傷はもう癒えている。めぐは包丁を振り上げ、礼の胸目掛けて振り下ろす。もちろんそんな行動余裕を持って対処できた。礼はそれをいなしながら、包丁の軌道をめぐの脇腹へと誘導する。

 

「うぎっ!」

 

 勢いよく包丁はめぐの脇腹へと突き刺さった。すぐさまめぐの身体を持ち上げ、地面へと叩きつける。

 めぐは吐血し、あっさりと足を離した。礼は胴体に二発撃ち込むと距離を取って弾が切れた拳銃をリロードした。残り15発。

 

 めぐは脇腹を抑えながらふらふらと立ち上がる。しかし次の瞬間にはすべての傷は塞がっていた。

 

「キリがないな」

 

 ため息混じりにそう言うと、拳銃をまた彼女に向ける。

 だが弱点は分かった。頭だ。いくら傷を治せても、司令部である頭を破壊されれば再生できないようだ。でなければ髪で防いだりなどしないだろう。だがそれにも難点はある。あの髪をどうにかしなければならない。

 

「痛ぁ〜い、痛いよぉ礼くぅん、なんでこんなことするの、なんで私を受け入れてくれないのぉ」

 

 ゆらゆらと嘆きながら揺れるめぐ。対して礼は呆れていた。そんなの前から言っているだろうと。

 

「いい加減化け物相手は飽きてきたな」

 

 そう言いながら構え。また戦いに挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片手で雪華綺晶を抱き上げる。嬉しそうに頬を擦り付けてくる彼女の頬へとキスすると、顔を歪めた主途蘭を眺めた。彼女は心底悔しそうな表情を浮かべていて、その原因が俺にあることは容易に分かった。

 

「化け物が増えた」

 

 主途蘭が言う。そして、魔王に立ち向かう勇者のように剣を構えた。俺はそんな彼女を鼻で嘲笑う。

 

「随分な言われようだな、ねーきらきー」

 

「ねー!」

 

 ムカつくカップルのように同意を得る。こんなの俺でも見せられたらキレるに違いないだろうが、煽るのが生き甲斐みたいなもんだからしょうがないさ。

 

 それにしても清々しい。まるで生まれ変わったかのような気持ち良さが身体に行き渡っている。全身が冴え渡り、神経が研ぎ澄まされ、自分はこの世で最も幸せだと言えるくらいの清々しさ。言葉では評伝できない。

 

「さて、帰るか。あいつら来てんの?」

 

「ええ。多分今頃迷路を抜けてこちらに向かっていますわ」

 

 あ、そっかぁと納得し、足を進める。だが主途蘭がそれを妨げるように立ちはだかった。そういやこんな子いたな、というどうでもいい物を見る目で剣を構える彼女を見る。

 主途蘭は隙を見せない構えで対峙すると言った。

 

「帰れると思うな。ここで貴様らを抹殺しなければ、我らに未来はない」

 

 は?(威圧)と俺は心の底から言う。そもそも。そもそもだ、この子は勘違いしている。

 俺はやれやれとSOS団の平団員並みのリアクションを取ると言う。

 

 

「お前に未来はそもそも無いぞ」

 

 

 刹那、時が止まった。

 

 音が消え、主途蘭がぴたりと動かなくなる。俺は拳銃を持った手で笑顔の雪華綺晶の頭を撫でてやる。猫のように撫でられる彼女を堪能してほっこりすると、主途蘭の脇を通りぬけ、振り向きざまに彼女の背中に弾丸を放った。

 

 銃口から出た途端に弾丸は止まる。銃声も、身体を通じてきたものしかないがそれでもうるさい。耳栓してなけりゃそうなるだろう。

 俺は懐かしい銃を下げると、雪華綺晶と目を合わせて頷いた。

 

 

 世界に色が戻る。

 

「あがっ!?」

 

 銃声と少女の苦しそうな声が響いた。そして主途蘭は力なく倒れこむ。9mm弾なんて目じゃない.45口径の弾丸が彼女を貫いたのだ。

 空を舞った薬莢がうつ伏せの主途蘭の目の目に転がり落ちる。何が起きたのか分からない、そんな驚愕に満ちた顔をしていた。

 

「お前は最初から負けてたんだよ、主途蘭」

 

 雪華綺晶を下ろしながら告げる。主途蘭は何かに気がついたようだった。

 

「時を、止めた……?そんな、馬鹿な」

 

 おぉ、と俺は大袈裟に驚いた。

 

「114514点あげるわ〜あなたに」

 

 どこまでもふざけて言い放つと、雪華綺晶に顎で指示する。

 途端に雪華綺晶は主途蘭に飛びつき、彼女に覆いかぶさった。百合っぽくも見える。そして耳元でそっと彼女は囁く。

 

「痛いでしょう。治らないでしょう。私ね、貴女と同じことを、もっと昔からやっていたの。だから、どうすれば傷を直させないかもよぉく知ってるわ」

 

 言って、雪華綺晶は大きく口を開ける。ガチガチと震える主途蘭をそのまま飲み込んだ。バタバタと足が震えるが、それすら無視して雪華綺晶は優雅に飲み干す。

 けぷっと淑女らしからぬゲップを見せると雪華綺晶は慌てて取り繕う。そんな彼女のほっぺたをむにむにっと笑顔で撫でた。

 

「ああ、マスター……潤う、潤うわ」

 

 ぶるぶると快感に震える雪華綺晶。心なしか前よりも肌に艶が出る。どうやら無事に主途蘭のボディを吸収したようだった。

 

「また美人になったね」

 

「もっと……もっと、美しくなれるわ。そして、マスターと添い遂げるの。んっ……」

 

 しゃがんで彼女にキスする。そして彼女から何かを手渡された。C4の起爆スイッチだ。

 キスしながら俺はそれを作動させ、投げ捨てる。同時にこの真っ白いエリアに振動が走った。どうやら爆破に成功したようだ。

 

「これでめぐちゃんへの供給も絶たれたな」

 

「苗床に仕掛けた爆弾が上手く作用したようです……さぁマスター。帰りましょう。ここももうじき消え去ってしまう」

 

 彼女の手を繋ぎ、俺達はエリアを後にするだけ。もうこの場所に用は無い。すべてうまくいった。

 心地よい気持ちが身体を支配していた。休日、恋人と公園を散歩するように。水晶が震える音を鳥の囀りに見立て、可愛い雪華綺晶と歩く。

 

 素晴らしい。ああ、なんて素晴らしい。

 

 

 

 だが、そうだなぁ。

 

 

 

 

「リリィさんは……殺したの?」

 

 

 

 目の前に琉希ちゃんがいなけりゃもっと素晴らしいんだけど。

 




正体現したね。


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sequence65 仇

バトル淫夢


 

 

 

 突然にして対峙していためぐが苦しみ出す。礼は一度距離を取り構えを解くと、弾倉を拳銃から取り出して弾数を確認した。弾倉内は空、薬室に残り一発。ギリギリだったがどうにかなった。

 賭けだった。めぐが最早人間では無いことは理解していた。集めた生命エネルギーが傷を治すなんて予想できていたし、礼はそれをどうにかできる立場でもなかった。

 雪華綺晶が早いとこ供給を断つことを待っていたのだ。そしてどうやらそれは成功したようで、現に今めぐは苦しんでいる。

 

「ああぁああああああ!!!!!!抜ける!力が!私が私じゃ、なくなるぅあああああ!!!!!!」

 

 少女の絶叫が響く。礼は跪いて胸を押さえる彼女に歩み寄った。背後には降りてきた水銀燈がいる。もう潮時だ。

 

「違う。お前に戻ったんだ」

 

 言って、礼は少女の胸に弾丸を放つ。乾いた甲高い音はあれだけ猛威を奮っていた少女を容易く倒してみせた。

 仰向けに崩れるめぐのそばに礼は寄り、自分を愛した哀れな少女の行く末を見下ろした。

 

 自分は穢れている。めぐだけじゃなかった。河原の血は、どれもどす黒く汚れていて、どうしようもないのだ。ただの人間が踏み入れられる領域では無いことは確かで、めぐはそれに気がつかなかった。

 礼は気付く。彼女だけが穢れてしまったのではない。彼女はただ、穢れた存在である自分と同等になるために堕ちた……それだけでしかないのだ。

 

 儚い笑みを浮かべ、自分の言葉を待つ少女に言う。

 

「最初から、俺たちは分かり合えなかった」

 

 めぐは吐血しながら笑う。

 

「そう、だね」

 

 でもね、と。

 

 

「それでも、私は……礼くんのそばにいたかったの」

 

 

 少年の心に、その一言は鋭いナイフのように突き刺さった。きっと今だから、彼女の意思が理解できるのだ。

 

 

「礼くん……水銀燈、好き?」

 

 

「……ああ」

 

 

「そっか。よかった。でもね」

 

 

 一生忘れられない言葉を、呪いを植え付ける。それは善意でも無い、悪意でも無い、ただの警告。水銀燈に聞こえないように、静かに語る。

 

 

「貴方はあの子と釣り合わない。あの子は貴方みたいに、耐えられないの」

 

 

 分かっている。礼は頷いた。そしてそっと、銃をホルスターに収めてしゃがみこみ、死の間際にある少女の顔を撫でた。

 痩せ細った指先が礼の手を取る。

 

 

「最期に……こうして触れられて、嬉しいわ」

 

 

 だから、と。少女は懇願する。

 

 

「キス、して」

 

 

 礼は優しく微笑み首を横に振った。

 

 

「できない」

 

 

 力無く彼女の手が礼から離れる。そしてより一層強く咳き込むと、口の周りを血だらけにした。

 

 彼女はもう限界だった。病魔に蝕まれていた身体へ許容以上のエネルギーを注ぎ込み、そして一度に多くを使いすぎたのだ。知らず知らずのうちに内側は壊れ、死ぬのは時間の問題だったんだろう。

 

 礼は彼女の土で汚れた髪を撫でる。

 

 

「いつでも、私は見守ってる」

 

 

 さぁ、と。少女は愛した少年に残酷な決意を要求する。

 

 

「殺して。私のすべてを奪って……お願い」

 

 

 分かったと、礼は了承した。スライドがホールドオープンした拳銃を取り出して見つめる。もう弾丸は残っていない。あるのは、左手の刃物だけ。

 拳銃をしまうと、めぐと目を合わせる。彼女は礼が次に起こすであろう行動を許可していた。礼はごめん、とだけ呟くと、ナイフを彼女の首筋に充てがう。

 

 少女は残す。最期に、愛する人に忘れられないように。

 

 

「大好き、礼くん」

 

 

 真っ赤な血が、勢い良く舞った。最も残酷な殺し方で、少年は愛してくれた少女を葬った。とても幸せそうな表情の少女の顔を目に焼き付ける。

 多感な時期の少年の心は決して強くは無い。自分の行いによって命を散らして逝く少女を刻むには、彼の心は繊細過ぎた。

 

 礼は彼女の開きっぱなしの瞳を閉ざすと、力無く空を見上げた。

 あの時、あの病室で彼女に声をかけなければ、めぐはきっと自らの人間性を貶める事は無かった。愛などと言う歪みきった感情を自分に抱かなければ、自分もこうすることはなかったはずなのに。

 

 

「もう、行きましょう。ゾンビの死体は吸われ過ぎて灰になったわ。この子は……」

 

 

 次の言葉が出てこない。置いていけとは言えない。少年の心を案じる水銀燈を、礼は項垂れるように抱きしめた。そして驚く黒薔薇の人形に、泣きそうな声で囁く。

 

 

「お前は絶対に死なせない」

 

 

 嬉しさ、憐れみ、悲しみ。色々な感情が水銀燈の心に混ざる。彼女はそれらをすべて受け入れ、まだ堕ちるには早すぎる少年を抱き返してその頭を撫でてみせた。そして優しく、母の様に笑う。

 

 

「お馬鹿さんね、こっちの台詞よ」

 

 

 礼が水銀燈を守ると誓ったように、彼女もまた決意する。絶対に礼を死なせない。あの天使のような悪魔である兄とその人形たちから守ると、誓ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年はため息を吐きながら首を横に振った。連れた白薔薇の人形から手を離すと、一瞬彼女は不満気な顔をしたが後でいくらでも愛でてやれるから心配いらないらしい。

 青年ははっきりと聞こえるように声を張る。

 

「あの子に攫われてね。こうして雪華綺晶や隆博たちに助け出されたが、襲われれば殺すしかないんだ。前に言っただろ、敵になれば誰でも殺すって。それが今回は主途蘭、リリィちゃんだった。それだけだ」

 

「貴方は」

 

 震えた声で少女は呟いた。そして、激昂したように大声で怒鳴る。

 

「私の、私の友達を殺したんですねッ!!!!!!」

 

 心からの叫びだった。ああいう類の言葉は人の心に響いて影響するものだ。だから厄介だが……それはどうでもいいと。青年は考える。

 彼は浮かべていた愛想笑いを消すと、言葉を並べた。すらすらと、まるで目の前に本があるように。

 

 

「人の歴史は失敗の歴史だ」

 

 

 困惑する彼女を無視してさらに並べる。

 

 

「失敗し、学び、そしてまた失敗し、いつかは成功とすると信じてまた失敗する」

 

「何を……」

 

「そして人は繰り返す。発展しながら、便利になりながら、また失敗をするんだ。なんだっていい、個人的なことでもいい。世界的な話でもいい。

 日本は平和だが、その裏でどこかの誰かは殺しあってる。戦争っていう昔ながらの大義名分を背負って、よくもまぁ飽きもせずにやってるよなって思っちゃうくらいに。

 アリスゲームもその点じゃ同じかもしれない。錬金術を極めて人の域を脱したローゼンでさえ、とうとうその輪廻からは逃れられなかった。ああ逃れられないッ!」

 

 琉希は心の底から混乱する。問いには答えず、更には狂ったように言葉を並べたかと思えば叫び出す。普段からおかしい人間だったが、ここまでではなかったはずだと。そんな感情が手を取るように彼には伝わってきた。

 だから彼女はまた問う。核心に近い問いかけを、彼に投げかけるのだ。

 

 

「貴方は……誰なの?」

 

 

 その問いに、彼はまた問いかけた。

 

 

「私はだぁれ?だぁれ、だぁれ」

 

 

 酷く異質な声。高く、まるで隣にいる人形が口を開いているような女声。でも違う、あの青年が確実にその喉から発している。

 壊れたように首を傾げながら彼はそう言うと、また元に戻って知識を披露するオタクのように早口に言った。

 

 

「The definition of insanity is doing the same thing over and over and expecting different results......狂気の定義だ。これはアインシュタインが述べた言葉だと思われがちだが、実際は違う。よくあるだろ、実はこの言葉はあの人は言っていませんでしたって」

 

 流暢な英語で、その一文を言い切ってみせた。彼は英語学科だから確かに英語を少しは話せる。だがその発音は、かなりネイティブに近く、ただの大学生としては異質なものだ。

 たじろぐ少女を他所に続ける。

 

「人は生まれながらにして狂気に囚われている。生まれ、年老いて死んで、また生まれる。でも主途蘭は?彼女は人間じゃない、人形だ。その魂はどこへ行く?ローザミスティカすらないあの哀れな魂は?俺はね、そうさ。魂の在りかは別として、彼女を狂気から解放してあげたのさ」

 

 狂っていた。その言動すべてがまともな人間のそれではない。だから少女は理解できないなりに怒りをぶつけて変換する。

 

「そんな理由のために殺したと、そう言いたいんですね、河原郁葉」

 

「どう捉えるかは人間次第だ。考え、悩み、ありもしない解答を導く。この世は広い、数式では表せない。そうだろ?それでこそ人間らしいじゃないか!主途蘭は人間であることを選ばなかった!ただ力のために、その身を貶めた!ならどうだっていい!この世界に未練なんてあるはずがない!」

 

 支離滅裂な文を並べる青年。これ以上は無駄だ、彼はもうあのおかしな青年ではないのだ。なら、いくら人形であろうと仇は取らなければならないだろう。それが、人だ。人の感情。

 琉希は昂ぶった感情を物理的にぶつけることを決意した。そして、相棒の庭師の名を叫ぶ。

 

 

「翠星石ッ!!!!!!」

 

「呼ばれたですぅッ!」

 

 

 直後、青年達の真上から翠の庭師が現れ襲撃をかけた。彼女が如雨露を振るうと亜空間から太い木の蔓が伸び、彼らを襲う。

 だが白薔薇の人形が上を見上げて手をかざすと、地面から水晶が現れ蔓を打ち消す。それを見越していた翠星石は砕けた水晶を煙幕がわりに突っ込み、雪華綺晶へ如雨露を振りかざす。

 

「死ねですぅ!」

 

 だがその攻撃は雪華綺晶が撃ち放った蜘蛛の糸によって妨げられる。

 青年が呟いた。

 

「すぐ戻るよ」

 

「ええ。お待ちしてますわ」

 

 まるでちょっとコンビニへ出かけるような言い草で言うと、拳銃とナイフ片手に正面から突っ込んでくる少女へと駆け出す。

 少女は鬼の形相で青年めがけて拳銃を発砲する。耳をつんざくような発砲音と共に音速を超える弾が青年へ迫るが、青年はそれをすべて見切って避けてみせた。

 

「うらぁッ!」

 

 ポニーテールを揺らしながら少女は空中で前転し、渾身の踵落としを決めにかかる。銃弾をかわしふらついているように見えた青年に避ける術は無かったはずだ。

 

 が。

まるで瞬間移動のようにそれをサイドステップで避けると、しゃがみ込み、着地した少女の足を回転蹴りで払う。

 

「くッ!」

 

 少女はその驚異的なフィジカルで、後ろへ倒れこみながらもバック宙で体勢を整える。今度はしっかりと着地すると、立ち上がった青年へ銃を向けた。

 

「ッ!?」

 

少女は咄嗟に構えを解いて横へ倒れ込むように弾丸を避ける。青年は胸に添うように拳銃を構え、自身の身体に密着させながら発砲してきたのだ。Center Axis Relock System、青年がサバゲーなどの近接戦闘でよく使う技術だった。

 素早く少女は地面を転がると、手当たり次第に青年へと弾丸を放つ。だが青年もうまく銃線をかわしてそのすべてを避けてみせる。

 

 

「この野郎ッ!やっぱりお前はいけ好かねー妹ですぅ!」

 

 細い水晶を剣がわりに、翠星石と鍔迫り合いする雪華綺晶。激昂する姉とは対照的に妹はいつもの微笑を浮かべている。

 

「あらあら。でも翠のお姉様、私もマスターを無碍に扱う貴方が大嫌いですの。だから」

 

 雪華綺晶が水晶を押し込み翠星石を引き離すと、蜘蛛の糸を彼女目掛けて放った。

 

「安心して死んでくださいな」

 

 迫る糸を如雨露から出る水で打ち消す。だがその間に雪華綺晶は彼女の背後へと回っていた。驚く翠星石の背中へと長く美しい脚を使って蹴りを放つ。翠星石は声をあげながら吹き飛ばされた。

 

「こんの、バカ末妹ィ!」

 

 激昂した翠星石は庭師の如雨露で蔓を召喚すると叫ぶ。

 

「スィドリーム!」

 

 チカチカと翠に光る人口精霊が翠星石の周囲を飛ぶと、彼女と共に突撃した。

 

 

 

 

 少女は逆手で引っ掛けるようにカランビットナイフを振るう。フィリピンなどの東南アジアで使用される鎌のようなナイフ、カランビット。この刃物の真価は、その刃先で相手をコントロールし切り裂く事にある。

 対して青年は刃に触れないように腕を取ると、ぐるんと回して受け流す。もちろんそれでいいようにやられる少女ではない。彼女は背後を取られつつも、脇腹を通すように拳銃を構え、発砲した。

 当たるとは思っていない。現に青年はその不意打ちを予想して避けている。だがこれはただの時間稼ぎ。少女がまた青年と正対する時間は容易に稼げた。

 

「ははッ」

 

 笑う青年を追撃する。少女は拳銃とナイフを同時に構えながら、銃を構えさせないくらいに近く、彼の懐へと潜り込んだ。

 そのまま左手のカランビットで青年の腕を引っ掛けつつ、拳銃を握る右手で彼の胸元を押し込みながら脚を引っ掛けた。

 

「おっと!」

 

 青年はいいように後ろへ倒れ込むと、後転しながら立ち上がる。その青年に少女は追い討ちに前蹴りを仕掛けた。

 

「やっぱりな」

 

 青年は蹴りの足の下を潜る。すると、その脚を取って思い切り持ち上げながら少女の軸足を払った。

 

「うわッ!」

 

 後ろへ倒れる少女はそのまま青年へ向けて発砲する。だが当たり前のように避ける青年は彼女の手を蹴り飛ばすと、顔面へ向けて思い切り踏み込んだ。

 間一髪、それを頭をズラして避ける。少女は仰向けで寝転がりながらブレイクダンスのように回転し、青年を蹴る。そしてそのまま遠心力で立ち上がった。

 

 青年は楽しそうに笑いながら、

 

「その動き良いぞ!」

 

 返す言葉は持ち合わせていない少女はすぐに弾倉を交換すると銃を突き出すようにして殴る。同時に発砲した。

 

「おっべえッ!」

 

 驚いて避ける青年をそのままカランビットで斬りつける。だが青年はまたしても彼女の腕をブロックして刃を近づけさせなかった。

 それを少女は見切っていた。すぐにブロックした腕を、自身の腕とカランビットで挟み込むと、彼の腕を斬り付けながら自信へと引き寄せる。痛がる素振りを見せる青年を無視し、思い切り頭突きを顔面へとぶち込んだ。

 

「う、がぁ!」

 

 だが、痛がったのは少女の方だった。青年は全身の力を抜き柔らかくし、彼女の頭突きを頭突きで迎え打ったのだ。もちろん青年も痛いが、身体を強張らせていた彼女ほどではない。

 青年は怯む少女の身体を視点に横移動し、そのまま背後を取ると首に腕をかける。そして抱え込むようにして思い切り後ろへ投げた。

 

 どたんと音を立ててうつ伏せで倒れる少女。頭をぶつけて脳震盪を起こしながらも立ち上がり、合わない照準を無視して発砲する。

 

 青年はいつのまにか彼女の右横に回り込み、拳銃を上から掴んだ。そして弾倉を落としスライドを後退させて弾を抜く。少女は拳銃を取られまいと握りながらも、左手のナイフで横一線に青年の腹を裂こうとしたが。

 

「お前ナイフ甘めぇんだよ」

 

 語録を交えながら青年は少女のナイフを靴の裏で防御して弾く。そして一気に拳銃を腕ごと引き寄せると、もう片方の手で少女の左手も掴んだ。

 青年とダンスして抱かれているような体勢になる少女。その額からは血が出ている。対して、先ほど切り裂いたはずの青年の腕は完全に傷が塞がっていた。

 

「まだやるかい?」

 

 その一言が折れかけていた心に火をつけた。少女は思い切り飛びつき、両脚を青年の腰に絡めると、腕を強引に引き剥がして彼の胸ぐらを掴んだ。そして後ろへ引っ張る。

 

「おらぁッ!」

 

 渾身の叫びと共に少女と青年は倒れこみ、最初に背中を地につけた少女は後転するように転がる。そして少女にコントロールされた青年は同じように背中を地面に叩きつけられた。

 

「ダイナマイッ!」

 

 どこまでもふざけて仰向けに倒れる青年の上を、また後転するとその重みで青年がぐえっと声をあげる。そのまま彼女はマウントを取った。

 青年の腹の上に乗った少女は勢いでナイフを振り下ろそうとする。

 

 

「じゃあ、死のうか」

 

 

 少女の脇腹に激痛が走った。同時にうるさい発砲音が響く。青年が、卑怯にも彼女の脇腹にこっそりと拳銃を撃ち込んでいたのだ。

 



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sequence66 Reborn

 

 

 痛みというよりは、ただ単純に熱かった。急に焼印を押されたようにも感じたし、それにしては腹の中までホッカイロを突っ込まれたように熱いので不愉快だ。

 そして少女が手を止めてその違和感を確認すると。

 

 青年がいつの間にか彼女の脇腹に拳銃を突き付け、その引き金を引いていた。少女の顔が驚愕に染まり、それから遅れて痛みがやってくるとその身体がふらつく。

 

「ヒヤッとしたよ」

 

 楽しかった、そう言わんばかりに青年は不敵な笑顔で彼女を讃えた。しかし彼は片足を思い切り振り上げて少女の背へと打ち付けると、前のめりになった彼女と位置を入れ替えるように回った。

 マウントを取られ、激痛の中でもうつ伏せで、なんとかもがこうとする少女のふくらはぎを青年は撃ち抜く。

 

「あ゛ぁあッ!!」

 

 少女の絶叫が響いた。それでも彼女は気力を振り絞って抵抗する。それまでテクニカルな動きで対処していた彼女らしくない、手のつけられない子供のように暴れて無理矢理拘束を解いた。

 青年は特に抵抗せずに少女をフリーにしてやると立ち上がり、手にする拳銃のスライドを半分引いて薬室を確かめる。

 

「前は録に手も足も出なかったなぁ」

 

 懐かしむように言う青年の背後で、少女は気力だけで立ち上がって無理にナイフを振りかざす。

 

「そういや前もカランビットだったな。随分物好きじゃないか」

 

 青年は少女の腕をブロックするとそのまま攻撃を受け流す。受け流した先は少女の太もも。その鋭利な刃先はいとも簡単に彼女のきめ細やかな肌へと突き刺さり、肉に絡みついた。

 

「ぐあッ、あぁああ!」

 

 膝をつきかけるが、踏ん張って右手に持つ拳銃で殴りかかる。しかし手負いになって鈍重になった動きでは目覚めた青年を殴ることは叶わない。

 青年はまたしても腕をブロックすると、彼女の手にする拳銃に手をかけ、テコの原理で奪い取る。そしてその銃口を彼女の顎に打ち付けた。

 

 鈍い音が響いて後ろへ転がる少女。もはや立ち上がることすらできなかった。

 青年は奪い取った銃を左手に、両方の拳銃を少女に向けると笑った。

 

「おいおい」

 

 その人を小馬鹿にするような言動が彼女のプライドを傷つける。

 

「CQCなら俺の方が上だ。一度言ってみたかったんだ」

 

 不敵に笑う青年が言う。少女は虫の息でその様子を見ていることしかできなかった。

 静かになった二人の戦い。だが彼らのドールズはまだ一進一退の攻防を続けていた。自身のマスターが倒れた事に気がついた翠星石は、鍔迫り合いの最中にも関わらず振り返ってしまう。

 

「琉希ッ!」

 

 それが勝敗を決めた。雪華綺晶は如雨露を水晶の剣で払いのけると、一気に接近する。そして隙だらけの姉の腹へ、鋭い水晶の塊を一気に突き刺した。

 

 ぐふっと、翠星石が咳き込む。そんな彼女をコルセットごと貫いた水晶を引き抜くと、そのまま蹴り倒した。

 事切れたように動かなくなる翠星石。少女は溢れ出る血すら気にせずに相棒である人形の元へと這いずり寄ろうとする。

 

「すい、せいせ、き」

 

 必死に血で濡れた手を伸ばす。その背後で青年は悲しげに、だがはっきりとした口調で言った。

 

「戦う自由は誰にでもある」

 

 先ほどと同じように、まるで演説するように。

 

「だが自由とは常に責任との戦いでもある。誰も自由の前では責任と対峙しなければならないんだ……分かるよな?」

 

 青年が少女の背中へ弾丸を撃ち込む。どんぐりのような弾丸は彼女の内臓へと入り込むと、回転を起こしてずたずたにした。

 思い切り血を吐いて動かなくなる少女。だがまだ息はあった。青年はその姿に少しだけ驚くと、やってきた自身のドールを抱える。

 

「君も俺と戦う責任を遂行した。それだけだ」

 

 青年はそう言うと、彼女に背を向けて歩き出す。

 

「ローザミスティカは貰っていく。戦利品の一つでも無ければやってられないだろう?」

 

 青年の手の上には緑の硝子細工のような物が光っている。ローザミスティカ、ローゼンメイデンの魂と呼ばる物体。そして、アリスになるための手段の一つ。彼は少女からすべてを奪っていったのだ。

 

 悔しさで胸が溢れる。友達を殺され仇を取れないどころか、彼女と家族同然だった人形すらも死んでしまった。

 自分の無力さを呪う。呪って、涙を流す。だが彼女も最早流す涙は存在しない。彼女もまた、人を殺そうと決意した暗い存在と成り果て、その目からは涙の代わりに血が流れていた。

 

 死にたくない。奴を殺すまでは、自分は死ねない。と、一人の人としては十分すぎるくらいの報復心を抱く。

 だがそれも、やってきた気だるさと眠気に阻まれかける。死が、明確に彼女を襲っていた。

 

 唇を噛んでも眠い。ならばとまだ動く指先で脇腹の銃創を触る。するとあまりの痛みに失神しかけたが、そのおかげで感覚がまた戻ってきた。

 

 

 気配がした。うつ伏せになる彼女の横に、誰かがいる。青年ではなかった。彼の足音は遠くに消えていったのだから。

 ならば誰と、首を動かして見上げてみれば。

 

 

「随分と苦しんでおるな、琉希」

 

 

 存在の薄い彼女の友が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余裕ぶって歩いていたが、段々とフィールドが崩壊してっている。あと数分で脱出しなければ俺も雪華綺晶も巻き込まれて消え去るだろう。

 あんだけ余裕ぶっていた俺はどこかへ消え去り、また元のアホな大学生である河原郁葉が戻ってきて焦りに焦っていた。俺は全力でダッシュしながら雪華綺晶が示す出口へと向かう。

 

「こっち!?」

 

「あっちです!」

 

 水晶だらけの世界の中、彼女が指差した方向へと向かうと、見知った顔がいた。隆博たちだ。俺を救出しに来た連中が全員こっちへ向かって走っていたのだ。

 

「お前なんだよ、結局雪華綺晶が助けちゃったのか!」

 

「そうだよ!いいから早く出んぞ!」

 

「主途蘭は!?」

 

「倒した!これでいいんだよな槐!」

 

 強引に悲しむ人形師に同意を得る。彼は頷いたが、納得はしていないようだった。娘の死ぬ間際を見れなかったのは、それはそれで辛いのだろう。

 とにかく出なくちゃならない。俺たちはそれぞれのドールを抱えると、一部真紅がもっと優しく抱きなさいとか言うのを無視して遠くの扉を目指したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女のの友人であるリリィは、人形大の大きさだ。本当に人形だったのかと驚く少女を他所に、リリィと呼ばれた主途蘭は彼女の眼前にしゃがみこむと頭を撫でた。

 細くて小さな手が琉希の茶髪を通り抜けていく。彼女は最早実態を持たないエーテル体。このnのフィールドでさえ実体を持たない、霊のような希薄な存在だった。

 

「すまんな、奴を止められなかった」

 

 少しだけ悲しげに謝ると、琉希は口を綻ばせた。

 

「いいん、ですよ。私もだめだったから」

 

 そうじゃな、と笑う主途蘭。彼女はふと倒れて動かない翠星石を眺めると、言った。

 

「もう儂は存在を存続させることすら危うい。奴に呑まれてしもうたからの」

 

 今の主途蘭は残り滓。大元はすでに雪華綺晶の中にある。

 

「じゃがな、こんな儂でも最後にできる事がある」

 

「でき、る……?」

 

 頷く主途蘭。すると、彼女は傷ついた少女に自身の身体を重ねた。

 小さな身体が、大きな身体と繋がり光を出す。彼女の中へと入り込んだ主途蘭が言う。

 

「儂のすべてを、残り物じゃがお前にやる。お前は初めてできた友じゃからな」

 

「り、りぃさん」

 

 刹那、眩い光が琉希を覆った。そして側にいた翠星石までもがそれに巻き込まれる。

 揺れるフィールドの中、光が収縮していく。そこには、もう元の少女は存在しなかった。白く、どこまでも友達を想う少女がいる。

 

 青年につけられた傷は最早存在しない。すべてが生まれ変わる。茶髪こそ変わらないが、長くツーサイドアップになった少女の髪。宝石のように赤い瞳は白百合の少女の如く。

 なによりも、彼女の遺品であるリストブレードが少女の左腕に取り付けられている。

 

「儂から友への贈り物じゃ」

 

 いつのまにか立ち上がっていた翠星石が、その声色を変えて喋った。それが翠星石ではないことなど容易に理解できる。彼女は言った。

 

「力は少ないが、この身体を依り代にする事で翠星石が物言わぬ人形になることは無いだろう。じゃがローザミスティカが奪われた今、その力はひ弱じゃ。当てにはするな」

 

 シャキンと少女の腕の籠手から伸びるブレード。それをまた納めると、琉希は言う。

 

「でもまだやり返せます。その時は必ず、貴女の仇を討ってやりますね」

 

「頼もしいの。じゃあ、身体を返すぞ」

 

 主途蘭は笑うと、ガクッと糸の切れた操り人形のように倒れこんだ。駆け寄る琉希、だが翠星石は自力で立ち上がると言った。

 

「あの末妹、ゆるさねぇです」

 

 その言葉に頷く。そして燃え上がる報復心は、あの青年を襲うだろう。

 



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sequence67 亡霊

 

 

 あのクソザコフード淫夢厨を助け出すことには成功した。俺たちは脱出先の河原家において、休憩を兼ねたミーティングを急遽開いていた。それは主途蘭のマスターであるというあの柿崎めぐを巡っての今後の対応だ。

 

 疲れた身体がソファに埋もれる感触に酔いしれながら、俺は雪華綺晶がお盆に載せて運んできたアイスティーを飲む。こいつアイスティーとか出しましたよ、やっぱ好きなんすねぇ〜(お約束)睡眠薬は入っていないようだ。そういうのは賢太とやってりゃいい。

 

「そんで?これからどうすんだよ」

 

「めぐちゃんのことか?」

 

 冷えたアイスティーを飲みながら頷く。すると郁葉はタバコに火を点けようとして、雪華綺晶に止められた。しょんぼりしたクソダサ喫煙者を鼻で笑うと、郁葉は渋々タバコをボックスにしまって話を続けた。

 

「今頃礼がどうにかしてるだろう。あの子の目的は礼だからな」

 

 ふーん、と言いながら俺は電子タバコを見せつけるように吸い、煙を吐き出す。どうやらこれなら雪華綺晶は文句を言わないようだ。ザマァ見ろ。

 

「愛に歪んだ少女の狂行ねぇ。罪な男だな礼くんは」

 

 郁葉は笑った。俺は特に何も思わない素ぶりで煙を天井に登らせる。

 内心、俺はこいつに対する不信感でいっぱいだった。この野郎が自分を囮にして彼女を炙り出そうとしていたのは何となく分かるし(そもそもこいつが靴を履いている時点でおかしい)、そもそも主途蘭の影響で人間をやめたらしいめぐちゃんを、いくら水銀燈がいるとはいえ一人で差し向けたのだ。下手すれば死んでるぞ。良くて拉致監禁、薄暗い地下室で二人は幸せなキスをして終了しているかもしれない。

 

 それに、だ。蒼星石が言っていた。雪華綺晶から何かを感じると。自分と似通った何かを感じると、そう言うのだ。その真相も分からない。

 友達とはいえ、アリスゲームの原則上こいつとは敵同士だ。何かを隠しているに違いない。

 

「ま、めぐちゃんの事は心配いらないだろう。礼がうまくやるさ」

 

「随分押すじゃないか。自分の弟が殺しあってるかもしれないのによ」

 

 非難するような口調で言う。雪華綺晶が無言でこちらを威圧してめっちゃ怖いが、郁葉が手で制した事により野獣の視線攻撃は避けられた。

 

「俺の弟だしな。心配はしてねぇよ」

 

 軽く笑いながら言う。こいつが意外とドライなのは知ってるが、ここまでだったか?長いこと友人やってる身としては何か違和感があるのだ。

 賢太はお行儀良く正座で座りながらアイスティーを飲み、郁葉に尋ねた。

 

「郁葉、お腹すいた?」

 

「あー腹減ったなぁ」

 

「じゃけん夜食いに行きましょうね〜。残り物でいい?」

 

 おっそうだな、と郁葉が頷くと賢太が立ち上がり雪華綺晶を連れてキッチンへと向かう。どうやら賢太の目的は話を逸らす事だったようだが。あいつも郁葉の真意をどこまで知ってるんだか。

 

 と、そんな時意気消沈して一言も喋らなかった槐が、今にも死にそうな顔で言った。

 

「主途蘭は……彼女が最期に言っていた言葉を知りたい」

 

「……帰れると思うな。ここで貴様らを抹殺しなければ、我らに未来はない。これが彼女の最期の言葉だよ」

 

 槐は沈黙した。最期の最後まで、戦いに生きてしまった娘が不憫でならないのだろう。俺は勝手にコンセントを借りて電子タバコを充電すると言った。

 

「そりゃまた随分な言われようだな。お前悪の親玉かなんかかよ」

 

「あいつからしてみたら雪華綺晶とそのマスターの俺は超えたい壁だったらしいぞ」

 

 なるほどな、と頷く。だが納得はしていない。そもそも、あの主途蘭が雪華綺晶を倒せるとはハナっから思っていなかった。苦し紛れにも程があるだろう。郁葉を人質にして散々俺たちを引っ掻き回し、何とか雪華綺晶を一人にしても、勝算なんてない事くらいあのドールも理解していたはずだ。俺には主途蘭がそこまで馬鹿だとは思えない。

 

 玄関から音が聞こえた。勢いよく扉が開かれ、ドタドタと慌ただしい足音が部屋に近づいてくる。同時に、水銀燈の争うような声も聞こえてきた。どうやら礼くんは帰ってきたようだ。

 

 バタンと部屋の扉が開き、冷静さを欠いた礼くんが入ってくる。そばには水銀燈がいて、彼を必死に止めていた。

 

「礼!ちょっと落ち着いてよ!」

 

 だが彼は無視し、椅子に座る兄の姿を見るや否や詰め寄って胸倉を掴んだ。

 時間が止まる。今までも空気は良くなかったが、今は最悪だった。鬼の形相で睨みつける礼くんとは裏腹に郁葉の顔はいつも通りで余裕がある。そんな兄弟喧嘩を俺達は傍観する。

 

 

「お前、最初からこうなるって分かってたな」

 

 

 興奮気味の礼くんが言う。

 

 

「めぐちゃんはどうした?」

 

「知ってんだろ、お前は」

 

 礼くんが責め立てるように言うと、郁葉は呆れたように言った。

 

「お前が蒔いた種だろ。俺にキレるのは筋が通らねえぞ」

 

 そう郁葉が言うと礼くんは黙った。ただ悔しそうに睨みつけるだけだ。

 だが彼に味方するものが一人だけいる。水銀燈だ。

 

「いいえ、違うわね。お前がそう仕向けたのよ。発端は別として……お前がこうなるようにね」

 

 郁葉はしばらく沈黙し、じっと礼くんの瞳を見つめる。そして唐突に鼻で笑って口を開いた。

 

「ケジメつけるくらいの選択はさせてやったんだから感謝しろや殺すぞ」

 

 刹那、立ち上がって礼くんの喉元に拳銃を突きつけた。同時にいつのまにか礼くんも拳銃を郁葉の胸に突きつけている。

 俺は見逃さなかった。郁葉の拳銃が、どういうわけか年季の入ったM1911だった事に。あいつは普段グロックを持っていたはずだ……雪華綺晶から受け取ったにしても、あの拳銃を選ぶ理由が分からない。サバゲーなんかじゃ使っていることもあったが、あの銃は弾数が少ない。実用性を求めるあいつにとっては使いづらいはずだ。

 

 俺はいつでもこの兄弟喧嘩を止められるように腰の拳銃に手をかける。蒼星石も同様に、鋏を手に構えていた。

 

 数秒じっと睨み合い、とうとう礼くんが手を離す。それも投げつけるようにだ。あんだけ仲が良かった(表面上はそこまで仲良くはない)兄弟とは思えなかった。俺は手をホルスターから離すと事の成り行きを見届ける事にする。

 

「そうかよクソ兄貴。お前はそう言うんだな、そうかいそうかい、クソ野郎。分かったよ、それで了承してやる」

 

 礼くんは拳銃を服の下のホルスターにしまい、郁葉と距離をとった。よく見れば彼の左手にはカランビットが握られていた。それをくるりと回すと思い切り床に叩きつける。

 

「桜田には同じことはするな。絶対にな」

 

「同じような事にならなけりゃやらねぇよ。あと飯はどうすんだ」

 

「食う。死ぬほど腹が減ってんだ。メニューはなんだ」

 

 すると、キッチンから何事も無いように雪華綺晶が答えた。

 

「今日はパスタですわ。あ賢太さん、サラダの盛り付けをお願いします」

 

 郁葉が郁葉なら雪華綺晶も雪華綺晶だ。賢太がビクついてるのにケロっとしてるぞ。

 わかった、と礼くんが言うと彼は水銀燈を抱き抱えて部屋を後にしようとする。しかし彼は立ち止まり、振り返って郁葉に尋ねた。

 

「9mmの弾が底ついた。あとでくれ……300発だ。飯まで水銀燈で遊ぶ」

 

「ほどほどにな」

 

 今度こそ、遊ばれると困惑する水銀燈を抱えて消える礼くん。一体どうやって遊ぶんですかね……

 郁葉は椅子に座ると手にしていた1911の弾倉を取り出してテーブルに放った。中身は空。そして今度は拳銃のスライドを開放して膝の上に乗せる。薬室もやはり空で、最初から撃つ気は無かったようだ。

 

「反抗期の弟相手にすると疲れる」

 

 ため息混じりにそう言う郁葉。こいつら兄弟はほんと仲が良いのか悪いのかわからない。俺も疲れたように天を仰ぎ、そのまま蒼星石の尻を撫でた。ちょ、と慌てる割には抵抗しないこの子マジ最高かわいい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飯を食い終えて隆博達は帰った。完全にブルーになっていた槐はともかく、最後まで隆博は俺を警戒していたようだ。どうにも雑な成り行きに納得いっていないようだった。

 それも無理はないだろう。計画は正直あまり上手くいったとは思えない。本来ならばもっとスムーズに事が進む予定だったが、主途蘭が色々と粘ったから。

 

 その代わり、礼の方はうまくいった。あいつはようやく自身の本当に大切なモノを守る使命を自覚し、自分を愛してくれたもう一つの大切な存在を捨てる決断をしたのだ。心に傷は負っただろうが仕方ない、これは必要な選択だった。でなければこの先生き残れないだろう。

 

「ふぅ〜……」

 

 夜中、一人ベランダでタバコを吸う。雪華綺晶は風呂、礼と水銀燈は部屋でどったんばったん。今、俺には特にやる事はない。だからこうしてタバコを吸えるってもんだ。最近雪華綺晶厳しいからな。

 

 熱を持ったタバコの先端が徐々にフィルターへと迫ってくるのが音で分かるくらいの静寂が俺を包む。そんなに静かだと、やはり考え事をしたくなるわけで。

 ついさっき殺した少女の事を思い返していた。いや、殺し損なった。違うな、見逃したと言った方がいいだろう。

 俺には分かる。琉希ちゃんは生きている。きっと化けて出た主途蘭あたりが手を貸しているに違いない。やはり槐の人形とローゼンメイデンとでは魂の性質が違うようだ。

 

 

「見逃したのは良心の呵責か?」

 

 

 不意に、すぐ横で声がした。眠たげな目でそちらを見れば俺がいる。血に塗れた、鬼と化した俺が、いつも通りの表情でこちらを見ていた。

 俺は煙を吐き出すと答える。

 

「いや。覚悟も無しに死ぬんじゃ後味が悪い」

 

 彼女には明確な意思を感じなかった。アリスゲームに対する決意は何やら熱いものがあったが、どうにも彼女はこのゲームをスポーツかなにかと勘違いしている節がある。

 これはただの殺し合いだ。全年齢対象のバトル漫画とは違う。マスターが指示を出し、人形同士が戦うだけではない。全員がぶつかり、殺しあうのがアリスゲームだ。その中に、彼女のようにはっきりとした殺しの感覚が無い人間が紛れているのが気に入らないのだ。

 

「礼は強くなるだろう。覚悟を決めて、めぐちゃんを殺したからな」

 

「ああ。あいつはよく決断をしたと思うよ」

 

「お前とは大違いだな」

 

  亡霊が言った言葉に手を止めた。まだ吸えるタバコを灰皿に押し付けると、そちらを見ずに尋ねる。

 

「どういう意味だ」

 

 亡霊は呆れたように答える。

 

「そのままの意味だ。礼が決断をして殺したように、我修院が決心して完食したように、お前にはまだ決意が足りていないように見える」

 

「我修院は結局完食できなかったろ」

 

 亡霊のくせに本編の内容を語るな。

 

「つまりこう言いたいんだな。俺は礼のように決心して誰かを殺したわけでもないって。琉希ちゃんを生かしたのは決心しきれなかったって」

 

 亡霊は頷く。

 

「河原郁葉は所詮、先の時代の敗北者じゃけぇ」

 

「……ハァ、ハァ、敗北者……?これでいいか?なんで真面目な話ししてんのにふざけようとすんだ」

 

 亡霊は笑う。

 

「そんなに大真面目になるなよ。初めてじゃないんだからよ」

 

 亡霊の真意は分かっていた。俺は笑うことすらせず、窓を開けて室内に入り追い払うように窓を閉めた。

 

「敗北者はお前らだろ」

 

 そう言って俺はカーテンを閉める。そして疲れたようにベッドへと身体を放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、やはり彼女は生きているようです」

 

 

 誰もいない部屋で、うさぎが電話をする。またしても彼は真面目に話し、盗聴を警戒しているのかしきりに周囲を確認している。

 

「奴の方針は変わらないようです。結局の所舞台には最後に登場する予定でしょう」

 

 予想していたというニュアンスの言葉がスピーカーから響く。それから姿の見えない声が二、三質問をするとうさぎは答えた。

 

「は、そちらの件については問題ありません。やたらと電話をしてきますが、適当にあしらっています。その他の件についても何とかなるでしょう。見積もりでは、上手くいくかと」

 

 その答えに満足できないのか、不満が聞こえてくる。ただしその不満はうさぎに向けたものではなく。

 

「それは仕方がないでしょう。本来であればローゼンメイデン以外のドールはこの舞台に現れる予定はありませんでしたから。ええ、それでは」

 

 電話を切る。うさぎはそのままスマートフォンを操作してまた電話を繋いだ。繋いだ先は、よく電話する彼。

 

「オッスオッス!翠星石死んじゃったよ〜。え?主途蘭の魂を代用して復活した?ついでに翠星石のマスターも?これもう分んねぇな。お前どう?」

 

 質問しているのはこっちだ、と怒る声が響く。うさぎは面倒くさがりながらも、

 

「あのさぁ……イワナ、書かなかった?こっちの事情も考えてよ。こっちだって最新の野獣先輩新説を考えるのに1日114514時間割いてるんだから暇じゃないんだよ。バカかお前なぁ?」

 

 真面目さとはかけ離れた回答に電話の声は落胆する。そのうち分かったもういい、とだけ言われると電話が切れた。

 うさぎは嫌がらせとばかりに電話の声へとメールを送る。文章は無関係なセクシー男優がブログに投稿した怪文書。きっとこれでしばらくは電話をかけてこようとは思わないだろう。

 

「新説はそうですねぇ……やっぱり僕は、王道を逝く、野獣先輩ローゼン説ですかね」

 

 そう言って、すぐそばにあったパソコンをいじって動画を投稿する。しかしそのあまりにもコアな内容に淫夢厨は見向きもしなかった。



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sequence68 歯車

 

 

 週末が終わって毎週のように気怠げな月曜日を迎え、たまたま登校中に柏葉と出会い一緒に門を潜る。そしていつものようにホームルームが始まると、梅岡から柿崎さんの死が告げられた。

 まだ転校してきたばかりでその出自もありクラスでもそこまで馴染んでいなかった彼女が死んだ。クラスメイトが多少なりとも嘆く中、僕は真っ先に後方に座る河原へと視線を向けた。

 

 河原は、今まで見せた事がないくらいの表情を浮かべていた。菊の花が載せられるであろう彼女の席の横で、あいつは怒りと悲しみと絶望と、そして少しばかりの安堵を混じえた、中学生の僕では何とも表現し難い表情を持って彼女の死を聞いていたのだ。

 

 柿崎さんは、一方的な愛を河原に向ける事で有名だった。溢れ出る愛情を河原へ向ける度に、やはりあいつはいつも通り適当にあしらっていた。あいつも彼女が嫌いではなかったらしく、ここ最近体調の悪化という理由で休んでいた彼女を心配する素振りも見せていたのだから、ああいった表情になるのは仕方ないとも思える。

 

 だが、僕にはなぜだか彼女の死が、通常の、よくあると言っては不謹慎だが、ありふれた類のものであるとは思えなかった。その理由が、やはり河原にある。正確に言えば、河原を取り巻くすべて。例えば、ローゼンメイデンとか。

 

 昼休みになって周りの同級生が河原を慰めているが、その頃にはあいつはいつも通り冷静な表情を取り戻していた。それを見て同級生も安心したのか、いつしか慰めはいつも通りの中学生らしい会話へと戻って行く。

 

 でも僕はどうしても聞いておきたかった。僕は河原がトイレに行ったタイミングを見計らい、彼が用を足して廊下を歩いている最中で話しかけたのだ。

 

「なぁ河原、ちょっといいか?」

 

 中学生としてありふれた大きさの背中から話しかければ、振り返る前からその大きさは変化して行く。どんどんと、まるで膨張するようにあいつの背中が大きくなっているような気がした。

 あいつが完全に振り返る頃には、多少なりとも恐怖への耐性がついたはずの僕は完全に萎縮してしまい、河原から声を投げかけられるまで黙り込んでしまっていたのだ。

 

「桜田、おい桜田」

 

「え、ああ。ちょっと話したい事があるんだ」

 

 恐ろしいはずのものにそう切り出せたのは、あいつが僕の名前を呼んだ瞬間にまたその威圧感が消えていたからだろう。

 河原は否定も肯定もせず、ただこっちで話そうとだけ言って僕を空き教室へと招いた。きっとあいつには僕が何を話すか分かっていたんだと思う。

 

「話を聞こう」

 

 まるで渋いスナイパーのように言ってみせる河原に、僕は初っ端から直球をぶつけに行く。それくらいしなければ、僕はあいつから滲み出る負のオーラに飲まれてしまいそうだったからだ。

 

「柿崎さんの事なんだけど……何か知ってるのか?」

 

 そう尋ねると、河原はしばらく口を閉ざした。地雷を踏み抜いたとは思わない。むしろ彼女の死がアリスゲームに関わっているのならば、ここで聞いておかなければならなかった。

 成り行きとはいえ、アリスゲームに参加するマスターとして。そして愛する雛苺を守るため。そのどちらも、目的の内だったのだ。

 

 河原はようやく重い口を開く。僕はあいつのあんな姿を見るのは初めてだった。いつもどこかしら達観したような、少し上からのクールな印象しか持ち合わせていないからだ。

 

 だから、まるで懺悔するようにそう言った時には思わず耳を疑った。

 

 

「俺が殺した」

 

 

 今度は僕が言葉を失った。パクパクと口を開け閉めし、何を言っていいのかわからなくなる。まさかクラスメイトが人殺しになったと誰が思おうか。ましてや、殺めた相手がこれまたクラスメイトだと。

 

「どうして、何があったんだ?」

 

 昔の僕なら非難していたに違いなかった。そうしなかったのは、僕とあいつに多少なりとも共通点があったからだろう。

 

「あいつがそれを望んだんだ。俺は、それに応えたんだ」

 

 何かの感情を必死に押し殺しているのが僕にも分かった。それでいてクールであろうとするのは、やはり水銀燈のためだろう。

 

「それは……僕には、お前を非難する資格は無いけど……お前、なんか無理して無いか?」

 

「……分からない」

 

 分からない。その言葉は、本心からの言葉だった。きっと、今のあいつは必死に今の自分を理解しようとしているに違いない。

 しかし忘れてはならない。僕たちは、中学生なのだ。ただ子供で、自分の事で精一杯な時期の少年に、人を殺したという事実を受け入れるだけのキャパシティは存在しない。それが存在してしまうのは、根っからのサイコパスに違いなかった。

 

「それはやっぱり、アリスゲームが絡んでるのか?」

 

 河原はただ頷いた。そしてこうも言った。

 

「兄貴への襲撃は、めぐの仕業だった」

 

 背筋が凍った。まさか自分達を狙っていたのがクラスメイトだとは思いもしなかったのだ。

 

「そんな……まさか、主途蘭って奴のマスターが柿崎さんだったのか?」

 

 すべての情報を精一杯整理し、尋ねる。

 

「あいつは、あいつの目的は、俺だった」

 

 目の焦点が定らない河原が語り出す。まるで懺悔室で神父に後悔を打ち明けるように。

 

「あいつは俺を手に入れようとした。周りを全部壊して、自分すらも犯して、俺と結ばれようとしたんだ」

 

 僕はその話を聞く事しかできなかった。河原に返す言葉を持ち合わせているほど生きていないのだ。

 

「俺は……水銀燈を守る。そのために殺したんだ。俺だけに愛情を傾けたあの女を、めぐの首を掻き切ったんだ」

 

 河原は俯いて自分の手をマジマジと見た。その光景は、まるで血に染まった手を見て震えているようにも見える。

 

「沢山殺した。あいつが操ってた人間も。十人じゃ効かない、もっと沢山、でもあの時は何とも思わなかった。ただ作業するみたいに、それが当然の事だって、必要なんだって思いながら殺したんだ」

 

 僕が思っていたよりも、河原は真っ当な人間だった。人を殺めた責任に押しつぶされそうな、哀れな罪人だったのだ。

 

「結局は俺も同じだ。自分の目的のためにいっぱい殺して、それを正当化しようとしてた。でも、俺は、俺は」

 

 兄貴のようにはなれないと。狂ったような目で言った。その意味が僕には分からない。理解しようと考えている最中に、部屋の外で物音がしたのだ。

 

 振り返れば、驚いたようにこちらを見ている柏葉が居た。マズイと思った時には河原は動いていた。逃げる柏葉を、サッカークラブで鍛えた脚力をふんだんに用いて追いかけたのだ。

 僕はそれを追う。仮に河原に襲われた時のために、拳銃を隠していたのだ。それをいつでも制服の下から抜けるように手をかけながら、二人を追う。

 

 運動なんて射撃時のトレーニングくらいでしかやっていなかったから、二人が辿り着いた先の屋上に僕が到着した時には息も絶え絶えだった。

 怯えて後ずさる柏葉に、河原は一歩、また一歩と歩み寄って行く。そこに言葉はない。

 

「動くなっ!」

 

 僕は河原の背中に拳銃を向けた。息が切れていようと、5メートルほどしかない距離で外すとは思えない。そんな腕はしていない。これが今の僕の強みの一つでもあった。

 河原は止まると、ゆっくりとこちらに振り返った。その顔には表情が無い。

 

「桜田」

 

「彼女には手を出すなっ!撃つぞっ!」

 

「お前にその覚悟があるか?」

 

 強気でねじ伏せにかかる僕に、河原は冷静に言った。

 

「他人を守るために、人を殺す覚悟がお前にあるのか?」

 

「……あるッ!そのために銃を取ったんだ!」

 

 僕は本気でそう言った。河原は驚きもせず、ただ哀れむような目で僕を見た。まるでお前もいつかこうなるぞと、警告しているようにも見えた。

 しばらくはこの状態が続いた。脳からアドレナリンが湧いているせいで腕は疲れなかった。ただ心拍数はいつもよりも跳ね上がっていたのは分かった。

 

「なら、俺を撃て」

 

 唐突に河原は言った。

 

「柏葉も、お前が守る対象なら撃てるはずだ」

 

 そう言って、こちらへとゆっくり歩み寄る。

 

「動くな!動くな!」

 

「ほら撃て。今撃たないと他人だけじゃなく自分も死ぬぞ」

 

 すぐ近くまで河原は寄ってくる。思わず僕は後ろに下がる。それを河原が見逃すほど甘い訳がない。

 

 河原はありえないスピードで僕の目の前まで来ると、一瞬で拳銃を奪い取った。そして足を払われると僕はその場に転がる。

 痛みを堪えて僕を見下ろす河原に視線を向ければ、あいつは拳銃をこちらに向けていた。

 

「今撃つか、後で撃つか。それだけの違いでしかない。お前はまだ甘過ぎる」

 

 あいつの拳銃を握る人差し指は引き金にはかかっていなかった。

 甘いのはお前も同じだ。

 

「柏葉のことはお前に任せる。だが、彼女が口外しようとしたらその時点で殺す。忘れるな」

 

 拳銃の弾倉を抜き、スライドを後退させると飛び出た弾薬が宙を舞う。それを河原がキャッチした。

 河原は弾の入っていない拳銃を僕に投げ渡すと、同様に弾倉と弾薬を寄越した。僕は急いで立ち上がって、弾倉を拳銃に入れてスライドを引いた。そして立ち去る河原の背中に向ける。

 

 撃つ気はない。だが、何をするか分からないあいつに気を許すほど僕も甘ちゃんじゃなかった。

 河原は立ち止まると、振り返りもせずに言う。

 

「奴ならお前達を殺してたぞ。だが桜田、お前の判断は間違っちゃいない。それでいいんだ」

 

 それだけ言って、河原は去って行く。僕はへたり込む柏葉に駆け寄ると、拳銃をしまって彼女の肩を揺さぶった。

 

「だ、大丈夫か?」

 

 そう問いかけると、彼女は安堵したように溜息を零した。そして疲れたような笑みを向ける。

 

「ありがとう、桜田くん……」

 

 どうにもその、汗が滲んで若干息の上がった笑顔が男子の心を擽る。僕は思わず目をそらす。

 

「あ、ああ……なぁ、河原の事だけど」

 

「言わないわ。彼、あんなに思い詰めてた……」

 

 それ以上柏葉は言わなかった。そのうち5時間目の予鈴が鳴ると、柏葉は思い出したかのように言った。

 

「ね、ねぇ桜田くん」

 

「え?」

 

 なぜか恥ずかしがる柏葉に、僕は首を傾げる。

 

「腰、抜けちゃったみたい」

 

 困ったように笑う彼女に、同様な笑みをむけると僕は彼女を背負った。

 そして、僕は気付くはずも無い。自分もまた、背中の少女に柿崎さん同様の愛を向けられていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真紅はどうにも気が進まなかった。今から自分がしようとしていることは、なんだか前の自分が決心した事を反故にするような気がして。いや実際にしようとしているのだが、それでも叶えたい願いがあって。

 なんだか懐かしい窓を前に、真紅は躊躇する。つい数ヶ月前まで窓の向こうのベッドの上で読書に励んでいたというのに、それが遠い世界の出来事のようで。

 

「行かないのかい?」

 

 隣にいる仮契約者の黒猫が尋ねてくる。真紅はしどろもどろしながら分かっていると言うと、思い切って窓に手をかけた。

 動かない。鍵が閉まっているわけではない。手が震えて、それ以上動かないのだ。黒猫が溜息を吐くと、彼は真紅の手に肉球を添えてアシストする。

 

 ガラリと開く窓。部屋に流れ込む風に身を任せ、真紅はカーペットに降り立つ。

 

「君の新しい一歩だ。僕がそうであったように、今度は君が自身の望みを叶える番さ」

 

 同性愛者の黒猫はそう言うと背を向ける。

 

「賢太……ありがとう、なのだわ」

 

「あの少年にも同じ事が言えるように祈っているよ」

 

 恩人である黒猫は軽い身のこなしで軒下に消えて行く。真紅はとうとう一人になった。そして落ち着かないといったように狭い部屋の中を行ったり来たりしながら、思い人を待ち焦がれる。

 

 少年が帰ってきたのはそれから数分後のことだった。彼と、その腕に抱えられた真紅の妹が部屋に入った瞬間、真紅はなぜかベッドの上で正座をする。

 

「……え、真紅?」

 

 少年がまるで幽霊を見るような目で彼女を見る。

 

「えー、おほん。お邪魔するのだわ」

 

 真紅は精一杯強がって、震える身体を抑えて言った。次に口を開こうとして、強い衝撃が身体に走った事で止められる。

 彼女の妹が、片腕で突撃と言う名の全力のハグをしてきたからだ。

 

「しんくぅううううううう!!!!!!」

 

 泣きながら必死にしがみつく妹に、最初こそ混乱したが、そのうち真紅は妹の頭を撫でてなだめていた。

 懐かしい日々が、そこにはあった。雛苺は片腕が無いし、ジュンは心なしか少しばかり筋肉質になっているようにも感じたが、それでも彼女が本来帰るべき場所がそこにはあった。

 

「おかえり、真紅」

 

「……ただいま、ジュン」

 

 笑顔で、二人は挨拶を交わす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、桜田家。あの後のりちゃんにも抱きしめられて泣かれた真紅は心底疲れていたが、どうしても眠気を吹き飛ばしてジュンと雛苺に告げなければならない事があった。

 それは、自分の今の願い。

 

 彼らはジュンの部屋にて面接するように向き合う。この場合、面接官はジュンと雛苺だ。

 

「戻ってきた理由を聞かせてくれるか?」

 

 優しく、あの頃とは別人のように紳士的なジュンが真紅に問う。真紅はありもしない心臓をバクバクさせながら、しかし淑女らしく姿勢を正して言った。

 

「私を……受け入れて欲しくて」

 

 ジュンはこの時、受け入れるとは即答できなかった。彼は雛苺との生活によって知識を得ていた。乙女心という、不安定の塊のような心理を理解しかけていたのだ。

 少年は幼い恋人と顔を合わせようとするが、その恋人は真剣な面持ちで真紅を見つめる。

 

「真紅の言ってることは分かってる。でも聞きたい、それはどう言った意味での受け入れるなんだ?」

 

 彼女から聞かなければならない。それが自分の思っているものだとしても、彼女の口から直接思いを聞かなければならない。それは通過点なのだ。

 

「……愛する人として」

 

 泣きそうになりながらも、真紅は言った。

 

「真紅」

 

 心の成長した、大人になった妹が口を開く。

 

「ヒナ、真紅に謝りたかった。ヒナ……私は奪うような形でジュンと結ばれた。でも私がその決心をする前に、真紅は消えてしまったの。でもね真紅、これだけは譲れない。私は大人に憧れた。憧れて、失敗を重ねた。そうしてようやく気がついたの。大人というのは、なりたくてなりたいんじゃない。いつしかそうなっているものだって」

 

「雛苺……」

 

「私は大人に近づいたと思うの。でもそれは重要じゃない、本当の意味で覚悟が出来たのよ。真紅にはその覚悟がある?大切な人のために、自分という存在を消す事ができる?私はできる。口だけじゃない、今ジュンが死にそうなら、喜んでこの命を捧げるわ」

 

 雛苺が、その手にローザミスティカを捧げる。真紅が本気を出せば、すぐにローザミスティカは手に入れられる。それを分かって、彼女は掲げるのだ。

 

「……私は、失って後悔した」

 

 独白する。

 

「貴女とジュンが結ばれて、逃げ出して、ようやく気がついたの。私がなりたいのはアリスなんかじゃない。ジュンの大切な人、それだけなのだって。だから雛苺、私もジュンのためなら喜んでこの命を捧げるわ。あの水銀燈にだって、自ら捧げてみせる」

 

 両手を広げる。その内にはやはりローザミスティカ。

 

「だからこうも言いたいの。私は大切な人、あなたたちを守るためにも手段は問わない。ジュンの力強さも、雛苺の清廉さも、そしてのりの優しさも私は守りたい」

 

 あの兄弟とは正反対の、潔白さが彼女にはあった。だから、雛苺は受け入れる。

 雛苺は真紅に歩み寄ると、彼女の肩を優しく掴む。そしてそっと、まるで恋人のようにキスしてみせた。

 

「……!」

 

 驚く真紅。手馴れていて、そして優しさに溢れた口付けが彼女の女を掴んだ。

 離れて行く唇。糸を引いた二人同士。

 

「受け入れるわ。私は真紅を、そしてジュンを愛します」

 

 聖母のような笑みでそう言った。ジュンはその二人を抱きしめる。彼はここで、ようやく最後の覚悟を決めてみせた。

 

「僕は……こんな僕だけど、二人を守ってみせる。そして絶対、アリスにしてみせる。だからその時まで、それからも、ずっとそばにいてくれ」

 

 河原の血が黒く染まっているのならば、桜田の血は赤く情熱に染まっている。

 両者の差は、ここにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「俺は弱い人間だ」

 

 ここにも、独白する人間がいた。しかしあの三人と異なるところは、その言葉が空虚に向けてのことだということ。しかし聞いているものはいる。彼が愛してやまない白き純潔の乙女が、彼の頭を優しく包んで聞いていた。

 震える頭を優しく撫で、痛い程にしがみつく腕を迎え入れながら、青年の言葉を聞く。

 

「ずっとずっと、俺は弱かった。最初に会った時から、すべてを終えた時も、そしてまた始まった時も、俺は自分の力の無さに泣き崩れて、それでも止まれなかった」

 

「ええ、ええ」

 

 カウンセラーがPTSDの患者の話を聞くように頷く聖女。

 

「でも、でもそれも終わる。俺は手に入れた、そうだ、今ならできるんだ、今度こそ二人で幸せになってみせる、ふふ、ふふははははは」

 

 暗い室内で不気味に笑い、そして事切れたように眠る青年の頭を優しく撫でる。人々にとって悪魔のような少女でも、彼にとっては紛れも無い聖女なのだ。誰がそれを否定できようか。

 否定すれば、殺すだけ。

 

「眠って、また起きれば忘れますわ。だから今はお眠りなさいなマスター。貴方は私の大切なマスターなのですから」

 

 複数の青年が見える。どれも同じ顔で、白い服は血に染まっていて、でもどこまでいっても弱々しくておどろおどろしくて。

 

 歯車は回る。彼らが思うが思わないが、時はただ過ぎ去って行く。

 

 

 

 

 そして最後の歯車が噛み合った時、アリスは現れる。そのために、青年と人形は生きてきたのだ。

 



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第六章
sequence69 そうして日常は過ぎて行く


今日は短め


 

 

 

 鈍い意識の中で目が醒める。口の中は血だらけで、鉄の味が舌を占めているのが嫌でも分かった。おまけに自分がいるのはいつものベッドの上ではなく、横転した車の中ときたからシャレにならない。

 助手席を見れば、シートベルトに守られながらも流血していて意識の無い息子がいた。いつも着ているダサい白のパーカーは血で染まっていて、薄暗い車内からでもその怪我の重さが分かってしまう。

 後部座席を見てみれば、妻がもう一人の息子を庇うようにして血を流していた。そのおかげか、もう一人の息子は軽症のようだ。意識はどちらも無いが。

 

 痛む身体を引きずって、なんとか車内から這い出る。片足がうまく動かないが、自分が一番軽症らしいから救助しなければならない。

 助手席の息子を助け出すのは難しかった。衝突の衝撃で、座席がボンネットに挟まれていたからだ。でもこいつはタフだから大丈夫だろうと楽観視しつつ、後部座席の二人を助け出すことにする。

 

 妻を引きずり出すと、辛うじて息があるようだった。揺さぶれば、目を開けて朧げな様子だが状況を把握し出す。

 

「おい大丈夫かよ」

 

「いや見てわかるでしょどこが大丈夫なのさ」

 

 どうやら大丈夫のようだ。出血の割に怪我は浅い。

 妻に携帯で助けを呼ばせ、その間に後部座席の息子を救出しようとする。だがシートベルトがどうにも外れない。

 

「なんかカッター持ってない?」

 

「ない」

 

「あ、ない」

 

 どうしたものかと悩むと、足音がした。妻は気がつかず、繋がらない電話に集中している。

 誰がいるのかと、いるならば助けを求めようとしてそちらを眺める。

 

 彼は見た。小さな、人間とは思えない、美しい少女が佇んでいるのを。それを見て、懐かしさがこみ上げてきた。彼は、遠い昔にその美しい人形を見た事があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、今日は休講の日なんだよ!頭の中の金髪の子が棒読みで言う。じゃあ、明日は?大学閉店の日!と一連の会話が自動で再生された。

 久しぶりにその日まるごと休講になったので、俺はその知らせのメールを見てにっこり笑った。今日はダラダラしていようと心に決め、俺に寄り添うように寝ている雪華綺晶の頭を撫でる。

 

「きらきーくん可愛いね。うんちして?」

 

「うぅん、嫌です……」

 

 どうやら起こしてしまったが、それでも寝起きの頭で語録を返してくる。そこまでしなくていいから(良心)

 雪華綺晶は上体を起こして大きく背伸びすると、盛り上がった胸を見せつけてみせた。ちなみに今は例の薔薇を使用中で、雪華綺晶は人型サイズになっている。服も市販のパジャマだ。

 

「ふわぁ〜……マスター、今日は何限からですか?」

 

「今日は休講の日なんだよ」

 

「ふふ、じゃあ明日は?」

 

「大学倒壊の日!」

 

 さっき頭で流れていたやりとりを実際にやってみる。こんな事ずっとやってるからホモビから離れられないんだよ。

 雪華綺晶とベッドから降りてリビングへと向かえば、飯当番の水銀燈が忙しなく働いていた。ちなみに彼女も薔薇を使用しているから側から見ればクッソ美人の外国人奥様がゴスロリ姿で朝ごはんを作っているようにしか見えない。

 ちょっと待って!薔薇の数が合わんやん!と思う人もいるかもしれないが、主途蘭が薔薇を持っていたおかげでそれを取り込んだ雪華綺晶はいつでも大人化できるのだ。水銀燈に関しては、力を行使しなければ礼の負担にならないのでセーフらしい。

 

「礼俺今日休講だわ」

 

「こっちは学校だってのにおめぇほんと休んでばっかだな」

 

 着替える礼が棘を飛ばす。単位は取っているから何の問題ですか?

 あくびしながらソファに座り、朝のニュースを眺める。もちろん脳には入ってこない。雪華綺晶も俺の横で頭を肩に乗せながら、同様にしていた。

 

「ちょっとぉ!あんたらも手伝いなさいよ!」

 

 卵焼きを作っている水銀燈が喚けば、雪華綺晶がいつもの様子でとてとて手伝いに走った。今日も平和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう11月か。早いなぁ」

 

 時の流れの速さを痛感し、朝飯を食いながらそんなことを呟く。今のところ、生き残ったらしい琉希ちゃんからの報復は無い。偵察もしたが、ツインテールになっているだけで他に変化も無いようだった。ローザミスティカはこっちにあるけどちゃっかり翠星石まで復活してるし。

 

「早いものですわね。もう半年近くもマスターといるんですもの」

 

「そだね〜」

 

 たわいもない会話を雪華綺晶とする。その対面で、礼と水銀燈もお互いの世界を満喫していた。

 

「卵焼きに塩入れ過ぎじゃないか?味濃いんだけど」

 

「え?そうかしら……あらぁ、ほんと。まぁ味濃い方が美味しいし、いいんじゃないの?」

 

 兄弟それぞれがお互いのドールと会話して食事する。まるで分けられたようなその不自然な光景は、河原家では当たり前の事だった。

 あの一件以来、礼と水銀燈の仲はますます深まったようで、昔のようにブチギレの応酬はほとんど起こらなくなっていた。ちょっと物足りない感もあるが、本人が良いなら口出すことでもない。

 

「はいマスター、あ〜ん」

 

 雪華綺晶が手にしたプチトマトをこちらに差し出してくる。俺は満面の笑みで口を大きく開け、雪華綺晶の指ごと口に頬張った。

 プチトマトを早々に飲み込み、貪るように彼女の指を舐め回す。

 

「まぁマスターったら」

 

 あらあらと、俺の奇行を笑顔で許してくれる雪華綺晶。ようやく手が解放されると、彼女はその唾液で染まった指先を色っぽく口に含んだ。間接キスの出来上がりだ、エロい!(歪んだ性癖)

 

「キチゲェが」

 

 礼がボソッと呟く。しかしその横ではプチトマトを手にしてなにかのタイミングを伺う水銀燈が。

 

「やらないぞ俺は」

 

「え!?あ、馬鹿じゃないのぉ!?私がそんなこと望むわけないじゃない、おバカさん!」

 

「わかった、落ち着け」

 

 あんた達ほんと仲良いわね(棒読み)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、真紅と再度二重契約を結んだジュンくんもそのドールライフを堪能していた。

 真紅と雛苺を左右に侍らせ、いつものテーブルに座ってのりちゃんお手製のはなまる卵焼きを食す。ジュンくんはいつも通りに、真紅はお淑やかに、雛苺は相変わらず騒がしく。

 

「のりの卵焼き美味しいの〜!」

 

「あらあら、雛苺ちゃん口にケチャップ付いてるわよ」

 

 のりちゃんがタオルで雛苺の口を拭う。大人になった雛苺さんは食事の時は子供に還るようだ。

 

「騒がしいわねまったく……ジュン、今日も学校でしょう?」

 

「そうだけど……どうしたんだ?」

 

 ふふ、と真紅は笑って言葉を返す。

 

「いいえ、なんでも。勉強頑張りなさいね」

 

 無駄なプライドを捨て去り、可憐な乙女となった真紅がそこにいた。ジュンくんは照れながらも笑って頷く。きっと、いや確実に、一番成長したのは彼かもしれない。

 

 いってらっしゃいという人形達の声が響けば、のりちゃんとジュンくんは玄関を出る。いつも彼らが出るタイミングは一緒だった。そしていつも通り、門の外には彼女がいる。

 

「おはようございます、のりさん」

 

 柏葉巴ちゃん。かつての雛苺のマスター。屋上での一件以来、ジュンくんには分からないがこうして部活の無い日には登下校を共にしている。とぼけちゃってぇ……(マジキチスマイル)

 

「あらおはよう巴ちゃん。今日も来てくれたのね!」

 

「はい。今日は部活がないですから。おはよう、ジュンくん」

 

「お、おう、おはよう柏葉」

 

 変化があったのは登下校だけではない。呼び名も桜田くんからジュンくんへとランクアップした。これだけ見ればどこからどう見ても付き合ってる若いカップルな訳で、ジュンくんが否定するまでのりちゃんはてっきり二人が付き合ってるものだとばかり思っていたらしい。

 

 のりちゃんと別れ、二人で歩む通学路。冬が近づき寒くなってくる季節、ネックウォーマーをしていても寒さが身に染みる。

 

「寒いね、ジュンくん」

 

「11月だしな、そりゃ寒いだろ」

 

 素っ気ないというか元よりその気がないジュンくんは何も考えず言葉を返す。しかし巴ちゃんは不服なようで、クールな美顔を少しばかり膨らませると言った。

 

「朴念仁」

 

「カミーユ?」

 

「なに、それ」

 

「いや、なんでもないよ。なんでも」

 

 何事もなく二人は教室へと辿り着く。巴ちゃんは地味だが文武両道な美人として男子の中で人気があったらしく、嫉妬と羨望の眼差しを浴びているがジュンくんは気がつかない。

 

「寒みぃ」

 

 と、先に教室に来ていた礼が呟いた。

 

「風邪引いたんじゃないの?」

 

「馬鹿じゃあるまいし引くかボケ」

 

「お前最近口悪くね?」

 

 クラスメイトといつも通りのやり取りを交わしている礼は前のように思いつめてはいないように見える。ジュンくんは若干の警戒をしながらも、授業の準備を始める。

 

 礼はジュンくんの視線が外れたことに気がつくと、前の方の席にいる巴ちゃんを観察した。ジュンくんは鋭いわけではないが、表立ってマジマジと彼女を観察するわけにはいかない礼はこうしてこっそりと行動していた。

 

 別に前に自分の独白を聞かれたからではない。単純に、ジュンくんに向けるあの少女の好意が気になったのだ。

 その性質は自分が殺した少女のものによく似ていて、不愉快極まりなかった。同時に、このまま傍観していてもジュンくんはその事に気がつかないだろう。

 

 最悪、自分と同じ末路を辿る。そうなってはあの普通の感性を持った少年は潰れてしまう。それだけは避けたかった。

 

「……ふぅ」

 

 ため息を零す。その間にも、巴ちゃんはジュンくんを定期的に見つめていた。もちろん朴念仁であるジュンくんは気がつかない。それも問題あるが。

 だが今のところはただの中学生同士の恋愛事情で、そこに闇は感じられない。だから傍観するしかないのが現状。

 礼はスマホを取り出し、待ち受け画面の水銀燈の写真を眺めると心を休めた。

 

 

 



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sequence70 L O V V (手文字失敗)

 

 

 マスターである青年が大学に通い、その弟も中学校へと足を進めれば、彼らのドールズはそれぞれの自由を謳歌する。

 本来人と隣り合わせでその存在理由を見出す彼女らであったとしても、一人の時間というものは必要だ。そしてそれは、マスターLOVE勢筆頭の雪華綺晶とて例外ではない。

 今彼女は例の薔薇を用いて人間化することにより、一人近所の公園を散歩しているところだ。

 

 これは彼女の日課でもある。何も家でやることがない時はこうして外に出て自然や街の風景を楽しむ。ちょっとだけおしゃれな彼女の楽しみだった。

 秋が近くなり肌寒くなってきた最近では、彼女の服装も変わってくる。上質な首元まで覆う白いセーターに、黒のロングスカート。そしてそれを吊り下げるサスペンダー。シンプルな服装でも、絶世の美女の彼女はそれを着こなすものだ。

 

 一人小さな子供が遊ぶ風景を眺めながらベンチに座り、手作りのサンドイッチを頬張る。ハムとレタスの純粋な味が口に広がると、彼女の頬を緩ませた。

 ポシェットにしまっていた白いスマートフォンに着信が入れば、彼女はすぐにそれを取り出してメールを確認した。彼女が愛する青年からのものだ。

 

『今大学終わったから四時ごろ帰る』

 

 必要最低限の文と、世界一有名なホモビデオ男優のインタビュー画像が送られてくる。雪華綺晶は写真のみを消去すると、慣れた手つきで返信した。

 

『晩御飯は何が良いですか(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎』

 

 するとすぐに返信がくる。

 

『え、なにその絵文字は(困惑)そうですねぇ……やっぱり僕は、王道を往く、ミートソーススパゲッティですかね』

 

『ならお買い物をして来てくださいな』

 

『しょうがねぇな〜(悟空)よし、じゃあ冷蔵庫に食材ぶち込んでやるぜ!じゃあね』

 

 メールの終わりと共に、雪華綺晶はメールアプリを閉じて写真フォルダを開く。そこには大量の、彼女のマスターの写真が広がっていた。それも全部隠し撮りだ。

 

「ふふ、可愛い」

 

 おじさんに膝蹴りされてベッドの上に寝かされたひでのような顔で眠るマスターの写真を眺める。どうやらお気に入りらしい。しかしこの写真を見ていると加虐心に駆られるがなぜだろう。

 

 

「おやおや、写真など頼めばいくらでも撮れるというのに。まったくもって末妹の趣味は拗れていらっしゃる」

 

 

 綻ばせていた顔を一瞬で無に帰し、目の前を見る。先ほどまで遊んでいた子供たちはいつの間にか消え、代わりに一頭のウサギが怪しい光を目に宿してこちらを嘲笑っていた。

 雪華綺晶はスマートフォンをポシェットにしまい、何も発さずにただ紳士服を着たウサギを見つめた。

 

「結構。無口は神秘性を高め、淑女をより魅力的に魅せると言いますから」

 

 うさぎはシルクハットを取ると、まるで映画の英国紳士がするように腕を抱えてお辞儀した。

 

「誇り高きローゼンメイデンが第七ドール、雪華綺晶。貴女方のお父様のお言葉を伝えに参りました」

 

 雪華綺晶は動じずにその言葉を聞く。

 

「アリスとは穢れなき少女。今の娘達は闇にその身を投じようとしている、と」

 

「……そう」

 

 興味がなさげな雪華綺晶に、うさぎは問う。

 

「おや。親愛なる父上の御忠告に心を揺さぶられないので?」

 

「ええ。何も」

 

 微笑を浮かべて雪華綺晶は答える。

 

「ま、それも仕方のないこと。あの男は放任主義にも程があるでしょうから……しかし、貴女の姉妹はどう思うでしょう」

 

 うさぎは続ける。

 

「唯一愛する父親に、ここまで言われて外れた私利私欲に走るでしょうか?それは劇の本筋から外れている」

 

 本来のローゼンメイデンを語るうさぎの言葉に、しかし雪華綺晶はクスクスと笑みを浮かべた。おやおや、と困るうさぎに彼女は述べる。

 

「あらあらうさぎさん、それは違うわ。水銀燈も、蒼星石も、そして可愛らしい雛苺も。今では真紅でさえ、気づいてしまったの。お父様が自分のすべてではないと」

 

 だから。

 

「今更お父様が何を言おうとしようとも、私達姉妹が考えを変えることはありませんわ。違くて?」

 

 その言葉にしてやられたと言わんばかりの仕草を取るうさぎ。

 

「これはこれは。そうかもしれませぬ。人形とて彼の娘であることに変わりはない。いつかは自身の手を離れ、立派に旅立っていくというもの……それが少女」

 

 ええ、と雪華綺晶は肯定する。

 

「そして旅立つのは私達だけではありませんわ。ラプラスの魔、貴方もよ」

 

「私も?」

 

「もう良いのではなくて?いくら鈍感なお父様でも、もうそろそろ気付く頃合い。自身を偽りアリスゲームという縛られた世界でしか生きられない道化としてではなく、真の自分を曝け出しても罰は当たらないのではないかしら?」

 

 お返しとばかりに嘲笑しながらも手を差し伸べる雪華綺晶に、うさぎ……ラプラスの魔は心底驚いた。

 

「おや。おやおや、これは驚いた。なるほど、彼があれを手にしていた時点で気がつくべきでした。と、なればこの忠告に価値などありはしない、と……あ、そっかぁ(池沼化)」

 

 正体表したね。急に地べたに座り込んで空手部の先輩のように惚けるラプラスの魔。彼はポッチャモ……と顔を両手で覆うと言った。

 

「正直このシリアスモードすっげぇ疲れるゾ〜。でもまだ仕事があるからね、しょうがないね。雪華綺晶も頑張るしかないよ!(関西おばさん)」

 

 にっこりと笑う雪華綺晶。そんな彼女に、淫夢厨と化したラプラスの魔が言う。

 

「あ、そうだ(唐突)近々アリスゲームにすっげぇ動きがあるから見とけよ見とけよ〜。30分で5万!って感じで」

 

 アリスゲームに進展があるということを言いたいらしい。ラプラスの魔は立ち上がると兄貴のように尻を叩いてタキシードに着いた砂を落とし、どこからともなく不釣り合いなサングラスをかけだす。

 

「それじゃ、またのぉ〜!!!!!!(大物YouTuber)」

 

 ボンっと煙と共に消えるラプラスの魔。完全にあのふわふわうさぎが消えたのを確認すると、雪華綺晶は盛大にため息を吐いた。

 

「はぁ〜(クソデカため息)、せっかくのお散歩が台無し」

 

 残ったサンドイッチを全て頬張ると、彼女は早々に帰路に着く。これから忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーレムと言えば聞こえが悪いが、それは第三者の都合だけを見ればの話。当の本人達はそれを満喫しているのだからどうだっていいのだ。

 別の日時、桜田家も同じくある種のハーレム状態になっている。ジュンくんとそのドール二人の関係性であることは言うまでもないだろう。

 

「どう、かしら」

 

 モジモジと花も恥じらう乙女のように部屋へと入ってくる真紅。その姿はいつものようなロリロリしい人形ではない。大人の……というか少女のあどけなさと可憐さを醸し出したべっぴんさんだ。

 あの(皆さんご存知)薔薇を用いて人間大になった真紅は言うまでもなく美人だった。ジュンくんと雛苺の心を鷲掴みにするくらいには、綺麗だ。

 

「あ、あの、すごく、綺麗、だよ」

 

 緊張のあまり吃るジュンくん。

 

「すごいの……ムカつくくらい可愛いの」

 

 若干の悔しさとそれを上回る感心を表す雛苺。当然の如く彼女も大人化している。

 本日の桜田家ではちょっとした行事が行われていた。それは真紅の初大人化とそれに伴うファッションショー。今の彼女はお父様から頂いたドレスではなく、ネット通販で購入した女物の服だ。ゆったりとした白の上着にハイウェストの赤いスカート。髪型もいつものツーサイドアップではなく下ろしていて、お姉さん感が漂う。

 

「そ、そう……ありがとう、なのだわ」

 

 おまけにこの声。良い声に定評のある真紅だからこそ出せる声だ。

 ジュンくんは雛苺に押されるような形で真紅のすぐ目の前に立ち尽くす。正直中学生の彼としてはどうして良いかわからない状況だった。

 

「あと、その……真紅?」

 

「な、なにかしら?」

 

 お互いすごく恥ずかしそうにしながらも、ジュンくんが意を決して口を開いた。

 

「抱きしめても、いいかな?」

 

 少年は素直である。欲望には逆らえないのだ。

 

「え!?あ、えっと……いい、わよ」

 

 驚いて真っ白な頬を朱に染めながらも受け入れる真紅。ジュンくんは腕を広げてそっと優しく彼女を包み込んだ。

 ふんわりとした優しくて甘い蜜の香り。お互いの肌が触れ合うことで、心臓の高まりが伝わってくる。それが彼の青春のページを埋め尽くすくらい簡単にやってのけるのは、当たり前だった。

 

「ジュン……好き……」

 

 ボソッと呟く真紅。それを聞き逃さなかったジュンくんはお互い見つめ合いながら、唇を近づける。真紅は戸惑いながらも眉をハの字にさせながらも、心から受け入れて寄せた。

 触れ合う唇。しばらくそうしていた。ただ触れ合っただけ。少年の欲求は時に力強い。ジュンくんから舌を絡ませれば、真紅は為すすべもなく口を蹂躙された。

 まるで契約するかのように、彼に服従するかのようにお互いを確かめ合う。息が持たなくなれば、二人は口を離した。煌びやかで淫靡な糸を引きながら。

 

「む〜!ヒナもヒナも!」

 

 我慢できなくなった雛苺が二人に抱きつく。

 

「きゃ!雛苺!?」

 

「おい暴れるなって!」

 

「うーん!二人とも良い匂い!」

 

 暴れるなよ……暴れるな……

 この後どうなったかは詳細を書けばBANされるのでNG。




近々3P書くゾ


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sequence71 恋する乙女のパワーはすごいわね(棒読み)

戦闘にはね、自信あるんですよ


 

 

 私立のお嬢様学校と言えども夕方になれば放課後がやってくる。部活動に所属していればそのまま練習、そうでないならば帰宅するか自習するのが学生のパターンだ。俺は自習なんてしたこと無いけど。

 彼女も今日一日の学業を終え、帰宅する。周辺の家よりも広く豪華な家へと辿り着けば門を潜り、野獣邸よりも重厚なドアを開けばガチャコン、という音が鳴る。そうして彼女は帰宅し、高そうなローファーを脱いで整頓した。

 

「おかえりなさいませ、琉希お嬢様」

 

 出迎えたのは若い家政婦が板に着いた草笛みつ。その姿は、少女の妹の趣味で支給された可愛らしいメイド服だ。素の顔立ちも相まって、非常に可憐な容姿は近所じゃちょっとした名物と化しているらしい。

 

「みつさん、ただいま。香織は?」

 

「一足先に戻られて、今はティータイム中です」

 

「あら、じゃあ私も頂こうかしら」

 

 そう言えば、年上のメイドは笑顔でキッチンへと向かう。その後ろ姿が消えてから、琉希はため息を零して長くなったポニーテールを解いた。

 ふぁさっと、浅黄色の髪が腰まで伸びる。元々茶色だった地毛は、あの一件以来少しずつ変化して今では浅黄色にまで変化している。ふと、いるはずのない存在が彼女の横で口を開いた。

 

「やはり儂の影響じゃな。そのうち嫌でも金髪になるじゃろうて」

 

 イマジナリーフレンド、架空の友達。事情を知らない人から見ればそういう類のものだろう。だが実際は違う。琉希とそのドールにしか見えない1メートル程度の人形は、まさしく亡霊だ。魂と身体を同化した琉希にとっては、もう主途蘭は自分の一部と言っても差し支えない。

 

「すまんな、クラスメイトや教師からは良い顔をされないだろうに」

 

 曰く、グレたのだと。あるいは失恋した(突然転校した事になったリリィに対して)のだと。人は噂をする。噂は風に流れていくように広まっていく。教師に髪色のことを聞かれる度に、彼女は地毛の色が変化しているのだと事実を述べている。

 

「いいんです。だって綺麗でしょう?御伽噺のお姫様みたいで。肌の色もだんだんと白くなっていますし」

 

 そう言うと彼女は踊るように回転した。だが元々キレッキレの武道家である彼女が回る姿は何かの演武をしているようにも見える。主途蘭はそんな友の言葉を聞いて少しばかり引いた。なんだか彼女の言動が少しずつ変わってきている気がする。

 

「まあ喜んでもらえているのであれば良いが」

 

「ええ。私、リリィさんみたいになりたいから」

 

 クスリと笑う琉希。立ち話も早々に、彼女は居間へと向かう。

 

 居間では相変わらずのゴスロリ衣装の妹と、ドールズが撮り溜めしていたくんくん探偵を鑑賞しながらお茶を楽しんでいた。高級な茶葉を使用しており、嗅ぐ人が嗅げば匂いだけでそれが一級品の紅茶であることがわかる。

 琉希は人形劇を楽しむ三人を邪魔しないように無言でソファーに腰掛ける。

 

「お嬢様、お待たせしました」

 

 草笛みつが出来上がった紅茶を運び、テーブルの上へと置く。陶磁器のカップとソーサー、そして銀のスプーン。机の中央には翠星石が作ったであろうスコーンが山積みでバケットに載っている。

 彼女はまず紅茶に手をつけると、茶葉の味を味わう。アールグレイだ。ベルガモットの落ち着いた香りが心と舌を満足させた。

 

「美味しい、ありがとうみつさん」

 

 淑女らしい落ち着いた声色で感謝を述べると、メイドは一礼して去っていく。琉希はそのままスコーンを口に運んだ。これもうまい。最早お茶会には必要不可欠だ。

 

「おかえりなさいお姉ちゃん」

 

「ただいま香織。身体の具合はどう?」

 

「まぁまぁ普通よ」

 

 くんくん探偵の上映会が終了し、妹と挨拶を交わす。

 

「おかえりですぅ。どうですか翠星石のスコーンは?」

 

「美味しいわ。また腕をあげたわね」

 

 にっこりと、年齢に削ぐわない落ち着きと気品を見せる琉希。すると亡霊が言う。

 

「ちょいと甘すぎる気はするがな」

 

「じゃあお前は食うなです」

 

「儂が食したのではない、琉希が食したのじゃ」

 

 飄々と翠星石のスコーンを評価する主途蘭。主途蘭の五感は、今や琉希と同化している。翠星石に至っては、空っぽの器に主途蘭の魂の残りを任せているために魂レベルで同化しているのだが、そこは至高の人形同士、琉希とは異なり翠星石には外見や性格の変化は無い。

 

「あら、リリィさんがいるのね」

 

 その姿が見えない妹は姉に尋ねる。

 

「ええ。ずっと一緒ね」

 

 そう返す姉はどこか嬉しそうだが。

 

「それは……よかったわね」

 

 一瞬見えた姉の狂気を垣間見て、妹はそれ以上の言及を伏せた。

 

「でも不思議ね。主途蘭と共生したのはいいけれど、それが原因で契約できなくなるなんて」

 

 影の薄い金糸雀が言う。

 卓越した暗殺技能、向上して人間離れした身体能力、変化していく容姿。なにもメリットだけではない。その変化は、アリスゲームにおけるデメリットをも齎した。

 その一つが、琉希と翠星石の契約解除である。魂の性質が人間とは異なってしまったためか、今の琉希ではローゼンメイデンと契約することはできないのだ。

 

 人間と契約しなければローゼンメイデンは活動できない。そのために新たなミーディアムが必要となる。それが、妹である香織だった。ゴスロリに身を包む少女の薬指には薔薇の指輪。契約の証。琉希はそれを見つめると、また正面に向き直って紅茶を啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お父様であるローゼンがアリスゲームに口出しした事実は、すぐにローゼンメイデンとそのマスター達に広がった。俺は隆博と賢太、礼、そしてジュンくんをバイト先の喫茶店に呼びつけて認識の統一を図る。

 それぞれの飲み物を堪能した後、俺は今回の集まりでの話題を出す。

 

「さてとマスター諸君。主途蘭の脅威は去ったが……人生そう甘くないな、今度はローゼンが出しゃばってきやがった」

 

 ラプラスの魔。タキシードにシルクハットを被ったふざけた本格的♂うさぎがドールズの前にやってきて、今のお父様のお気持ち表明してきたやがったのだ。曰く、お前ら色々爛れてるからどうにかしろ(人任せ)、だそうだ。

 

「はぁ〜……あほくさ。何がお父様やねん」

 

 うどん屋の看板みたいにどっさりと座る隆博。真面目な蒼星石は何やら思い詰めた表情で俯いている。どうやら愛しのお父様がお怒りであることをよく思っていないらしい。

 そんなマジメちゃんに隆博はいつものトチ狂った様子で言う。

 

「こういうのはな、誰でもそうなるんやって。蒼星石、俺はお前がアリスになったとしても手放す気は無いからな。蒼星石は俺のお嫁さんになんねんな」

 

 そう言って膝に座る彼女を抱き締める。こいつは生粋の淫夢厨だから語録でしか会話できないホモビデオで義務教育を終えたような奴だが、言っていることは本当だろう。蒼星石もそれがわかっていて、隆博の腕に頬を擦り付ける。

 

「僕は……お父様が大切。でも、隆博くんの方が今じゃ大切だよ。だからいくらお父様が悲しもうとも、僕は僕の道を往く」

 

 王道を往く(幻聴)どうやらホモビで義務教育を終えたのは俺も同じらしい。

 

「ヒナも同じなの。ジュンが大切。真紅も大切、それを手離したくはないの……お父様には会いたいけれど、もうヒナは嫁いだの」

 

 幼い口調ですらすらと女の子であることを証明する雛苺。

 

「僕は二人のために戦います。そう、決めたんだ」

 

「私も同意見だわ。いくらお父様でも、邪魔はさせないのだわ」

 

「あら、言うようになったじゃない真紅ぅ?でもアリスになるのは私よ。そして礼のおよ、お、お嫁さんになって、その、あれよ。子供、作るのよ」

 

 段々と言葉に覇気がなくなってくる水銀燈。恥ずかしがるなら最初から言うなよ。

 

 雪華綺晶はいつもの微笑を絶やさずに、ぱっちりお目目を開きながら言う。

 

「そもそも、娘を放ってた戦わせる鬼畜な父親が他にいまして?ふふふ、今更お父様が何を言おうとも、私の意思は揺るぎませんわ。私はマスターと添い遂げるの……本物のアリスになって。人として生きていく。お父様が妨害しようものなら、許しません」

 

 ヤンデレ筆頭のきらきーは本当可愛い天使。俺は彼女の頭に軽くキスした。賢太、嫉妬するなよ醜いぞ。

 

「これで俺たちドールLOVE勢の意思表示は終わったな。問題は、翠星石と金糸雀だ。ここにあいつらを呼んでないのはそれが原因なんだ」

 

 呼べるはずがない。琉希ちゃんとは敵同士だし、そもそも金糸雀については情報がほとんどない。情報を掴もうにも、金糸雀はどういうわけかこちらの二手三手先を行って回避していくのだ。もしかすれば一番厄介かもしれない。

 

「もうぶっ殺しちまおうぜ。パパパっと殺して、終わり!って感じで」

 

 神を真似てそう言う隆博。そう上手くいけばいいんだけどな。

 

「できれば翠星石とは戦いたくないけど……」

 

「でも、避けては通れないのだわ。そうしなければアリスにはなれない」

 

 それは俺たちも同じだろう真紅?今はこうして作戦会議みたいな真似してるけど、いつかは殺しあうんだ。

 不意に、静かだった礼が口を開く。

 

「兄貴、あんた翠星石のマスターについて何か知ってるだろ」

 

 ぎくり。やっぱりこいつは勘付いてたか。

 

「雪華綺晶のボディ、そいつは間違いなく主途蘭の物だし、ローザミスティカの純度も高い。おい兄貴言えよ、お前翠星石と殺り合ったな?」

 

 礼の言葉に一同驚愕、涙が止まらない。

 冗談はさておき、これはいずれバレる事だった。俺はため息混じりに洗いざらい喋ることにする。本当なら今後のために切り札は取っておきたかったが。

 

「お前の言う通りだ礼、主途蘭を倒した直後に俺は琉希ちゃんと翠星石ペアに襲われたよ」

 

「それは本当か!?」

 

 隆博が驚愕した先生のように言う。だが蒼星石はどこか諦観したように俯いている……流石に双子の妹を騙せないか。

 

「翠星石は倒した。琉希ちゃんも殺したと思ったんだが……どういうわけか二人とも生きてる」

 

「翠星石も?ローザミスティカを奪ったのに?」

 

 真紅が尋ねてくる。

 

「私は確かに翠のお姉様を倒しましたわ。ローザミスティカも、ここに」

 

 雪華綺晶は自身の胸に手を当ててエメラルドのローザミスティカを取り出す。一瞬水銀燈がそれを奪おうと動きかけたが、俺が一睨みするとやめた……こいつ見境ないな。

 

「おそらく主途蘭が何かしら手を打ったんだろう。元々ローゼンメイデンじゃないドールだ、魂の在り方も違うみたいだ」

 

「へぇ。それじゃあなんだ、主途蘭の怨念が二人を助けたって?美しい友情だねぇ。俺なら絶対お前助けねぇわバァカ」

 

「俺もじゃボケ」

 

 いつものように隆博と罵倒し合う。事実、多分こいつは同じ状況下でも俺を助けないだろうし俺もしない。

 

「はっ、お前らほんとバカだな。主に兄貴がな」

 

 唐突に礼が呆れたように言い出す。

 

「あの女復讐しに来るぞ。友達殺されて自分も翠星石もやられてやりかえさねぇわけねぇだろ。兄貴、お前何企んでんだ。それが分からねぇお前じゃねぇだろ」

 

 強く俺を睨む礼。

 

「あのな、あの時はnのフィールド崩れかけてたしこっちも慌ててたの。それに致命傷与えたんだ、普通なら死んでると思うだろ。弾も切れてたし」

 

 冷静に、あの時の情報を矛盾が発生しないように『都合良く』話す。これで満足するような礼じゃないのは知ってるが、証拠も無い以上もう突っ込んではこないだろう。そんなにバカじゃ無い。

 礼はやはり何も言わず、あっそ、とだけ言うとまた黙り込んだ。こいつそろそろマジで口調注意しなきゃならないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そんな認識の統一という名の腹の探り合い兼作戦会議から一週間が過ぎた。12月に入れば世間はすっかり冬モードへと移行し、テレビではクリスマスソングが流れケーキやチキンの販売促進活動を目にするようになる。

 去年まで何がクリスマスやねんと憤怒の炎に包まれていた俺も、今年ばかりは浮かれに浮かれていた。雪華綺晶という最愛の人と過ごせるのだから仕方ないだろう。俺だってクリスマスを堪能したいのだ。

 

 今日は講義がフルで入っていたので、電車で地元に着く頃には日が暮れていた。今日の飯当番は雪華綺晶で、帰ってきたらすぐに夕飯にありつけるとのメールも来ている。イヤホンしながら通い慣れた道を自転車漕いで爆走し、今か今かと待つきらきーの元へと急ぐ。

 だからだろうか、俺は必死になり過ぎて全然気がつかなかったのだ。

 

「うぉ!?」

 

 急に自転車の前タイヤがパンクした。なんか釘でも踏んだかと停車させてタイヤを見てみる。どうやら何か鋭利なものを踏んだようだ……ついていない。

 周りには薄暗い森と無人の役場があるくらいで、人はいない。家までの距離は1キロを切っていたから、しょうがないと俺は手で押して歩くことにした。

 

 関東だから雪こそほとんど降らないが、それでも冬の夜風は寒いものだ。帰ったら真っ先に雪華綺晶に抱きついて暖を取ろう。そのままべろちゅーをしましょうアララギ君……そんな台詞あったっけ?

 月明かりは雲に遮られ、明かりといえば街灯と自転車のライトのみ。半分ホラーみたいだが、今までの経験からか殺せるのであれば怖くもなんともなかった。

 

「サムゥイサムゥイ……」

 

 元気なく呟く。もうちょっと厚着してくればよかったかなぁ、なんて考えていると、何か嫌な予感がした。俺は立ち止まって自転車のスタンドをかけ、ジーンズの内側に隠してある拳銃に手を添える。誰かに見られているような、そんな気がした。

 周辺をくまなく観察するも、見えるのは街灯と闇。街灯の周辺も特に何もない……気のせいだろうか。

 

「……誰が殺した駒鳥さん」

 

 カマをかけてみることにした。もし誰かに狙われているのであれば……それも俺が考えている相手であれば、この言葉に反応するはずだ。

 そしてそれは正しかった。アリスゲームにより培われた危険察知の本能が、すぐに避けろと告げてきたのだ。俺は自転車を捨ててすぐにその場から前転して飛びのく。今さっきまで俺の頭があった場所に、ナイフが飛んできたのだ。

 

「おいおい、挨拶も無しにナイフはやり過ぎじゃねぇのか?」

 

 拳銃を抜きつつも軽口を叩いて相手の反応を待つ。

 

「今のが挨拶ですわ」

 

 背後の暗闇から声が響いた。コツコツと、わざとらしく足音が聞こえてきたと思えば、うっすらと少女のシルエットが見えてくる。やはりというべきか、琉希ちゃんがそこにいた。

 闇に溶け込むような黒い迷彩……マルチカムブラックのドレスに身を包み、不自然に長くなったクリーム色の髪はツーサイドアップ。左右の腕には金属製の籠手が見える。腰には剣、右手には拳銃……これから何をするかは明白だった。

 

「物騒な格好してるな。その割にはちゃっかりドレスか、マルチカムのドレスなんて初めて見たぞ」

 

「ええ、ええ。相変わらず無駄口が多いのね貴方は」

 

 彼女が拳銃をゆっくりと構える。俺もそれに合わせて拳銃を構えた。距離はおよそ10メートルで、拳銃と言えどもこの距離なら外さないだろう。お互い様だが。

 

「そりゃ失礼、喋らなきゃ死んじゃう病気なんだ」

 

「なら、死ねばもうその声を聞かなくて済むのですね」

 

 前とは違い余裕のある声が聞こえたと思いきや、真上から気配がした。同時に俺は全力で道路から外れて茂みの中に突っ込む。振り返ってみれば、翠星石が俺の頭を如雨露でかち割ろうとしていたのだ。

 

「逃げるなですぅ!」

 

 性悪人形を無視して森の中を突き進む。見える限りで追ってきているのは翠星石だけのようだが、こりゃ琉希ちゃんもこっそり追ってきてるに違いない。

 とにかく俺は走る。走って、翠星石の姿が見えなくなってから茂みに隠れた。

 

「琉希、逃げられたですぅ!」

 

 翠星石があの子を呼ぶ。指輪で会話しているのだろう。俺は真横の木に腕を委託して慎重に翠星石を狙う。30メートルはあるが、これだけブレなければ当たるかもしれない。

 ゆっくりと引き金に力を込めていくと……

 

 バイオリンの音が森に響き渡った。俺は指を止めて咄嗟に周辺を確認するが。

 

「ぐっ!?」

 

 バイオリンの音色がいつのまにかけたたましい騒音に変わる。まるで音が敵意を持っているように、俺の身体を震わせたのだ。どうやら三半規管に働きかけているようで、ぐるぐると目が回っていく。すぐに俺はバイオリンの音色がする方向へと数発射撃した。

 

「ぎゃー!危ないかしら!」

 

 バイオリンの音色が止まったと思いきや、数メートル先の木の上から黄色いドレスに身を包んだドールが出てきた。あれが金糸雀か。やはり琉希ちゃんと結託してやがった。

 そのまま白餅をついた彼女を狙おうとしたが、不意に近くに気配を感じて急いで移動した。どうやら位置がバレたようだ。必死に森を駆け抜けるが、気配は遠まるどころか近づいてくる。異常に早いのだ。

 意を決して振り返り、銃を構える。もちろん木に隠れながら。

 

「マジかよっ!?」

 

 目の前に琉希ちゃんがいた。全力で、低姿勢で、手には拳銃とカランビット。人間業とは思えない速さだった。

 彼女は即座にナイフを振るう。速すぎて避けるという考えが出来ずに俺は腕でガードしたが、やはりというべきか鋭い痛みが左手を襲った。彼女の刃が俺の左前腕を切り裂いたのだ。

 リアクションもせずに俺は彼女の腹をを蹴りつけるも、手で受け流される。それでも拳銃を構えもせずに撃ち込んだ。

 この子はブースターでもついてるのか?そう言わずにいられないほどのスピードで横にスライドした琉希ちゃんは、至近距離の弾丸を全て回避してみせた。

 

「こんの!」

 

 スタコラサッサと後退しながら片手で彼女に撃ち込む。だがまるで弾丸の軌道が分かっているのかそれらを必要最低限の動きでかわしていく。こりゃちょっと本気にならないとヤバイなぁ。

 

 そんなことを考えていると、琉希ちゃんではない何かの気配を感じた。俺は転がるようにその場から移動すると、やはり翠星石が如雨露の水で攻撃してきていた。

 

「ええいちょこまかと!」

 

 無言の琉希ちゃんと違っていちいちリアクションを見せる翠星石は絶妙なコンビネーションで俺を攻撃してくる。今の間にも、琉希ちゃんはこちらに銃を向けていた。

 

 身体の奥底が熱くなる。アドレナリンがドバドバ湧き出る。身体が温まってきたからか、ようやく俺も調子が出てきた。まるで時間が遅くなったような錯覚に陥ると、琉希ちゃんから放たれる銃弾を回避した。

 そして今度は俺から彼女に向かって突っ込む。Center Axis Relockの構えで彼女と対峙する。もう腕の傷は塞がっていたから痛みもほとんどない。

 

「来なさい」

 

 自信たっぷりに彼女はそう言うと、俺と対峙する。手始めに俺は狙わずに拳銃を撃つ。3メートルほどの距離だ、狙わなくても当たる。

 琉希ちゃんが初弾を回避すると、俺はそれを予測してあえてズれた場所へと撃ち込んだ。琉希ちゃんが回避した先だ。

 

「!」

 

 少し驚いて彼女は腕の籠手で銃弾を弾く。マジかよ、ホローポイントで貫通力が多少減るとはいえ、車の鉄板くらいなら余裕で穴を開けるんだぞ?いったい何でできてんだあの籠手は。

 彼女が怯んだ隙に俺は回し蹴りで彼女の銃を弾く。そのまま振り返りざまに引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれはカナにはキツイかしら〜……」

 

 その激戦の様子を、金糸雀は一歩引いた場所で眺めていた。彼女のバイオリンは個人に対してだけに効果がある訳ではない。その音が向けられた一帯に対して攻撃を行うので、あれだけ二人が近付いては手が出せないのだ。格闘戦で加勢しても、近距離戦が苦手な彼女では邪魔になるだけ。

 

「翠星石ってあんなに好戦的だったかしら」

 

 いつのまにか翠星石まで彼らの戦いに加わっている。出る言葉も物騒なものばかりだ。

 

 

 

「どうしたんですか?時間を止めれば勝てますよ」

 

 殴り合い撃ち合い斬り合い、その中でも余裕を持って煽ってくる。俺は無視して彼女の剣を避け、時には腕を犠牲にして受け止めて対処していた。

 正直痛いしキツイし喋っている余裕なんてない。

 

「死ねですぅ!」

 

 後ろに回り込んだ翠星石が如雨露で殴りつけてくる。背中にモロに金属の如雨露がぶつかればさすがにヨロけた。これ幸いと、琉希ちゃんが一気に距離を詰めてくる。そして俺に飛びかかった。

 俺はその勢いを利用し、彼女を後ろに投げ飛ばす、が。器用にも空中で回転して彼女は着地してみせた。特に驚かないで俺は琉希ちゃんの背中に銃弾を撃ち込む。

 

「させねぇです!」

 

 翠星石が太い蔦をシールドがわりに召喚して弾を防ぐ。こんなんズルイだろ。

 

「クソがっ」 

 

 悪態混じりに逃走し、リロードする。残りの弾倉が2個で30発、正直乗り切れるとは思えなかった。

 追ってくる二人を背に全力疾走するも、それなりに鍛えている俺よりも琉希ちゃんの方が足が速い。あっという間にまた距離が詰められる。

 振り向こうとして、彼女が地面を強く蹴った音が真後ろでした。振り返った時にはもう遅い、彼女は今度こそ俺に飛びかかってマウントをとってみせたのだ。

 

「ぐぅっ!?」

 

 仰向けに倒れこみ、マウントを取る琉希ちゃんが右手で俺の首を押さえ左腕を振り上げる。腕の籠手からは主途蘭の短剣……アサシンブレードが。

 それを振りかぶる。反射的に俺の右腕が動いた。彼女のブレードを防いだのだ。おかげで串刺しにされて銃を落としたが。

 

「痛いんだよォ!!!!!!」

 

 ひで並みに叫んで彼女の顔面を左手で殴りつけようとするも、サッとそれをかわして逆に殴られる。意識が飛びかけた、それほどまでに重いパンチ。こいつ、主途蘭と同化したとはいえ身体能力上がりすぎだろ。

 

「リリィさんのために」

 

 冷酷に呟く彼女が右腕の籠手からもブレードを出す。今度こそヤバかった。脳震盪起こしかけてる俺が避けられるはずもない。

 振りかぶってくる右手が遅く感じる。脳内麻薬がドバーッと出て、死ぬまでの感覚までもが遅くなっているようだった。

 

 

 

 

「おやおやこれは。またしてもゲームにそぐわない展開だ」

 

 

 声が聞こえた。渋い男の声が。

 身体を浮遊感が包む。同時に、琉希ちゃんが驚いたような顔をみせて俺から離れた。どうやら浮いているようだった。

 しばらくしてから地面に身体が叩きつけられる。咳き込みながらも立ち上がり、周辺を見てみればそこは森ではない。

 

 nのフィールド。第42951の世界。

 

 ここはどこでもない、雪華綺晶の世界だった。

 

 琉希ちゃんはこちらに追撃はせず、ただ一点を睨んでいる。そちらに目をやれば、タキシードにシルクハットを被ったウサギが飄々と水晶の上に立っていた。

 

「ラプラスの魔。何の真似ですか?」

 

 琉希ちゃんが問えば、ラプラスの魔はその読めない表情で口を開く。

 

「あのさぁ……それはこっちの台詞だって一番言われてるから」

 

 まさかの淫夢語録。夢を見ているようだった。現実感がまるでない。

 

「ねね、脱落してるのにアリスゲーム参加するの楽しい?お前らローザミスティカ奪われてんのにアリスゲームもどきしちゃって恥ずかしくないの?(棒読み)」

 

 SNJとNSOKの語録で煽る。

 

「確かに我々は雪華綺晶とその男に一度は敗れました……ですが、翠星石は動いて、私も生きている。なら奪い返せばいい。それだけでは?」

 

「こっちの事情も考えてよ(棒読み)困るんだよなぁ〜、所詮翠星石は先の戦いの敗北者じゃけぇ」

 

 敗北者語録まで使うのか(困惑)

 

「おい白いの、お前そもそもローゼンメイデンじゃないんだよなぁ……その魂で翠星石が動いてたら、もうローゼンメイデンじゃないんじゃないですかね……?」

 

「あくまで私達の邪魔をするなら、あなたもここで殺しますよ」

 

 ラプラスの魔はヒェッとわざとらしく言うと、

 

「メンヘラ百合おばさん怖いな〜とずまりすとこ」

 

 更に煽った。琉希ちゃんは無言でラプラスの魔にナイフを投げつける。見事な投擲が彼の頭に刺さった。

 

「あー痛い痛い!ねーもうほんと……」

 

「言ったでしょう、邪魔をするなら殺すと」

 

 傷は治っている。そしてここはnのフィールドで、雪華綺晶の世界。ならばあれが使える。

 俺は身体のだるさを感じつつも集中した。

 

「だから痛いって言ってんじゃねーかよ(棒読み)いいんですよぉ〜?ローゼンに言って翠星石を破門してやっても」

 

 森に置き去りにされたから翠星石はいないが、いたらまたうるさかっただろう。だが、時間は稼げた。あの変態糞うさぎには感謝しなければ。

 

「なにを……ッ!?」

 

 ようやく琉希ちゃんがこちらの意図に気づく。立ち上がり、いつのまにか傷を癒した俺は彼女が動く前にやってやった。

 

 

 時が止まる。

 驚いたまま動かない琉希ちゃん。対照的に、あのうさぎは普通に動いていた。鼻をほじりながらキョロキョロ見回す。

 

「はえ〜すっごい……」

 

 世界繋がりで遠野語録を選んだのだろうか。まぁどうでもいい。俺は琉希ちゃんに近寄り、剣をパクって斬りつけようとした……が。

 

 

「くッ!」

 

 

 時間が動き出した。そのせいで彼女は籠手でなんとかガードしてみせる。そのまま彼女は後ろへ下がると、もう攻撃はしてこなかった。

 両腕のブレードを収めると、ため息混じりに言う。

 

「その力、厄介ですね。ですが、条件はわかりましたよ」

 

「帰って、どうぞ」

 

 ラプラスの魔のせいで俺まで語録を使ってしまった。彼女はくるりと反転すると、そのまま出口に向かって歩きだす。

 

「今度は殺しますから」

 

「(毎度の強がりに)笑っちゃうんすよね」

 

 ニコッと笑って言えば、今度こそ彼女は消える。心底疲れた俺はその場に座り込み、剣を離した。

 

「ぬわぁあぁああああん疲れたもぉおおおおん」

 

「チカレタ……」

 

 便乗してくるラプラスの魔。しかし参ったな、nのフィールドから出るにはローゼンメイデンの協力が必要だ。

 

「あのさ、雪華綺晶呼んできて!ハイヨロシクゥ!」

 

「しょうがねぇなぁ〜」

 

 淫夢厨同士だからかやけに素直なラプラスの魔(初対面)

 結局俺が脱出した頃には料理は冷え冷え、雪華綺晶おこおこで夜は股関痛い痛いなのだった。



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sequence72 私はほしい

 

 

 クリスマスの賑わいはあくまで商店街やデパートの周辺だけのものであるのは想像に難くない。そりゃあ信仰していない宗教と言えども普通の家庭ではクリスマスツリーやら何やら出してケーキ食べたりもするが、それでも企業が想像しているようなCMの中だけの家庭なんてのは滅多にないだろう。

 槐が店を構える住宅街も、気温が寒くはなったがあまり変わらない。少子高齢化のせいで外で遊ぶ子供は減ったし、共働きもしょっちゅうだから賑わいはないもんだ。

 今日はクリスマス一週間前だが、相変わらず槐は人形作りに励む。こいつは一体どこから収入を得ているんだろうか。

 

「お父様……お茶、淹れました」

 

 ちゃっかり例の薔薇の使用で色々大きくなっている薔薇水晶がトレーにお茶を載せて工房へと入る。槐は作業を止めると、にこやかな笑顔で湯呑みを受け取る。ちなみに槐は紅茶よりも緑茶派だ。湯呑みも心なしかデカイから槐はホモ。

 

「ありがとう薔薇水晶」

 

 熱々のお茶を啜りながら飲む。暖かい。いくら暖房が効いていると言っても、冬の工房は陽が当たらないから冷える。薔薇水晶は近くの椅子に座ると、同じように緑茶を啜る。二人の姿はそれこそ仲睦まじい夫婦にも見える。やっぱり金髪美青年と美女は絵になるもんだ、羨ましい。

 

「お父様……最近は何をお作りに?」

 

 薔薇水晶が尋ねる。

 

「ふふ、クリスマスのお楽しみだよ」

 

「まぁ、それって……」

 

 クール系美女が笑顔になる。薔薇水晶は雪華綺晶をモデルに作ったらしいせいで顔立ちはなんとなく似ているが、目元は意外とキリッとしている。そんなクールビューティが満面の笑みを浮かべれば、誰だってキュンと来る。雪華綺晶の笑みは可愛いが、どことなく危険な香りもする。

 

 しばし休憩も兼ねて二人は会話を楽しむ。コミュ障の塊みたいな薔薇水晶も、ローゼンメイデン達とお茶会したりしているうちに、大分喋ったり表情を表すようになった。槐としては嬉しい反面、ローゼンメイデンのマスター達が半数以上キチガイなので何とも言えない。唯一彼に人形作りのイロハを学びに来るジュンくんだけが救いだ。

 そんな時だった。店の玄関の扉が開き、ベルが鳴ったのだ。作業で疲れている槐の代わりに薔薇水晶が売り場に出て行く。大人化するメリットは力や美しさだけではない。こうして他の人間と接する時にも役立つのだ。

 だが今回は何か様子がおかしかった。いつもなら薔薇水晶のお出迎えの挨拶がこちらまで聞こえるにも関わらず、何も聞こえてこない。いくら奥まった場所に工房があるとは言っても、声くらいは聞こえてくる。

 何かあったのかと槐はのっそり売り場へと顔を出す。そこには扉付近にいる客を見て固まっている薔薇水晶がいた。

 

「いらっしゃいませ、今日はどのような……」

 

 固まる薔薇水晶の代わりに槐が対応しようとすれば、やはり彼も固まってしまった。当たり前だ、目の前にいたのは客なんかではない。

 

 娘だ。死んだはずの、自分の娘がいたのだ。

 

 

「お久しぶりね、槐さんと薔薇水晶」

 

 

 娘が、否、娘にそっくりな少女が口を開いた。その声は娘とはかけ離れていたが、聞き覚えもあった。前に例の青年が武器を渡してきたときにいた、ポニーテールの少女だ。

 そのはずなのだが。

 

「君は、一体」

 

 街中でもそこまで目立つことはない意匠の純白なドレス。金髪のツーサイドアップ。ちらりと両袖から見える籠手。そのどれもが、死んだ娘のそれと被る。さすがに顔立ちは違うが、瞳も燃えるような赤色で、瓜二つと言っても過言ではないほどに見間違えるのだ。

 少女は店内を見回すと、すこし埃っぽい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。まるで故郷の匂いを確かめんとばかりに。

 

「前に来た時はこんな感情は生まれなかった。やっぱり懐かしいのね、リリィさん」

 

 何もない空虚に話しかける少女。だが、槐には見えなくとも薔薇水晶にはなにかが見えているらしい。

 

「主途、蘭」

 

 薔薇水晶はたしかにそう言った。

 

「貴女にも見えますか、薔薇水晶。同じ姉妹だもの、分かりますよね。お父様には分からないようですが」

 

 ずっと同じ微笑を浮かべてそう言う少女。

 

「君は、主途蘭なのか?」

 

「半分当たり。でももう半分は林元琉希。お久しぶりね、槐さん。積もる話もあるでしょうから、一度リリィさんに身体を預けますわ」

 

 少女はそう言ってから、急にガクンとうな垂れた。いきなりそんなことになるから槐と薔薇水晶は狼狽えたが、しばらくして少女はまた復活したように彼らを見つめた。だが様子がおかしい。先ほどまでの微笑はどこへやら、ちょっとむすっとしたような表情で口を開く。

 

 

「その、久しぶりじゃな。お父様、姉上」

 

 

 その声は、彼の死んだ娘そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 郁葉が襲われた。礼くんが言ってた通りの展開だったから大して驚きもしなかったが、その一方で俺はとてつもない不安も感じているから落ち着かない。

 蒼星石は真紅達とお茶会らしいから今アパートにはいない。俺は一人、換気扇の下でタバコをふかして考える。考えて、苛立ちばかりが募ったせいでタバコの消費量が尋常じゃなかった。

 

 郁葉は友達だ。小学生の頃にクラスが同じになって以来、ずっとツルんできた。親友と言えるほど綺麗な関係ではないが、悪友と言えるくらいには良好な関係を築いていたはずなのだ。

 

 その悪友が、未だに何かを隠しているのが気に入らない。まるで俺すらも邪魔者扱いするような感覚が、不快で堪らない。

 あいつとは何れアリスゲームで敵同士になる。それは目に見えている。遅かれ早かれ俺とあいつで殺しあうはずだ。それでも今は味方だ。当初の関係維持という目的は、自分のドールをアリスにするという目的のためにどこかへ流れたが、それでもあいつと俺はまだ味方でいいはずなのだ。一体なにを隠してやがるあのロリコンホモ野郎。

 

「クソが」

 

 一人悪態を吐きながらタバコを吸う。そもそも、あいつが主途蘭に誘拐されてから何かがおかしい。あいつがあいつでなくなったような、そんな感覚まである始末。

 だいたい、なんであいつは主途蘭のボディを奪った?なんでローザミスティカを奪っておきながら琉希ちゃんを殺さなかった?疑問は沢山ある。もしこの襲撃までもあいつのシナリオ通りだとしたら?琉希ちゃんが主途蘭と同化した事も手の内だとしたら?その場合、あいつは何をどうしたい?

 

「雪華綺晶はそのこと知ってんのか……?」

 

 知りたい。あいつの考えていることを、俺も知りたい。対等でありたい。友として、戦いを潜り抜けてきた戦友として、愛するもののためにすべてを殺す決意をした者として、そうありたいと思うのはいけないことか?

 

「礼くんはなんか感づいてんだよな……よし」

 

 現在時15時過ぎ。今日は講義が少なくて助かった、ならば行動しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーお前どこ行ってたんだよお前よ〜」

 

 一人で下校中、電柱の陰から馬鹿が出てきた。礼はため息を吐くと機嫌が悪そうに隆博を見つめる。

 

「なんか用っすか」

 

「ありますねぇ!ありますあります、ハイ」

 

「そのくだらねぇ口調はやめろ、殺すぞ」

 

 年上相手でも躊躇いなく物申す礼。隆博はケロっとしながら親指をあげて後ろを指した。

 

「ちょっと付き合ってや」

 

 

 

 そんなこんなで二人は近所のファミレスへとやってきた。礼は長居する気が無いらしく、普通に飯を頼む隆博とは対照的にドリンクバーのみを注文する。

 料理が来るまで二人は無言だった。お互い何をするでもなく、ただ待っている。隆博が口を開いたのは、ピザの一切れを食べ終えたときだった。

 

「礼くんさ、なんか知ってるでしょ」

 

「は?」

 

 威圧するように尋ね返す。隆博は二切れ目を口にすると、飲み物を飲んでピザを流し込んだ。

 

「郁葉が何考えてるか教えてほしいなって……」

 

 メガネをかけた中年の親父みたいな言い方で尋ねる。礼は舌打ちすると、またため息を吐く。

 

「情報量はあんたと大して変わらない」

 

「大丈夫大丈夫、考えでもいいんで。その分ギャラは上げるから(棒読み)」

 

 相変わらずな口調にうんざりしていたが、その瞳にどこか真剣なものを感じて礼は折れる。

 

「本気にはするなよ」

 

「おう、考えてやるよ(本気にしないとは言ってない)」

 

 人を馬鹿にしたような態度を一瞬拳で叩き直してやろうかとも思ったが、我慢する。礼は深呼吸して落ち着いてから、隆博に尋ねた。

 

「どれを聞きたいんだ」

 

「あいつがしようとしてる事」

 

 その大雑把な要求に、礼は的確に答えた。

 

「あいつは、アリスを作ろうとしようとしているんじゃないかな」

 

「アリスゲームなんだから当たり前だろガキ」

 

「聞けやボケ殺すぞ」

 

 気を取り直して。

 

「俺たちが、そしてローゼンが考えているアリスとは違う。あいつがやろうとしているのは、本当の意味での少女だ」

 

「んにゃぴ」

 

「ああもう、あんた大学生だろうが!察しろボケェ!」

 

 礼の怒号に周りが注目する。礼は咳払いして落ち着くと、怒りを抑えて言う。

 

「まずだ。なんであいつが林元琉希を殺さなかったと思う?」

 

「弾がなかったとは言ってたな」

 

「それもおかしい話だ。なら弾切れでどうやって林元と翠星石を倒した?」

 

「そりゃお前、雪華綺晶が二人ともぶっ飛ばしたんじゃ?」

 

「俺もそれは考えた。だがいくら雪華綺晶でも、あの短時間で翠星石を倒せるほど強くは無い。ましてや翠星石はローゼンメイデンの中じゃかなり強い方のドールだ。雪華綺晶も、本物のボディじゃなけりゃ力は出しにくいだろう」

 

 じゃあ、と隆博が尋ねれば、礼が先に答えた。

 

「きっとあいつにとってのアリスへのキーが林元なんだ」

 

「キー?」

 

「何がどうなってるのかは分からない。あいつが最後にどうしたいのかは俺でも分からないが……これだけは言える。あいつはもう、俺の知ってる兄貴じゃあない」

 

 隆博は言葉を失った。

 

「林元琉希が人間を超えた?ハッ、馬鹿言うなよ。本当に超えちまったのはあいつだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは……大変だったね、主途蘭」

 

 鍵のかかった店内で、戻ってきた娘から事情を聞く槐と薔薇水晶。

 彼女からは、あの誘拐事件の一部始終を伝えられた。どう戦い、破れたのか。そして今自分がどういう立場にあるのか。

 

「時間を、止める……」

 

 薔薇水晶が呟く。少女に憑依した主途蘭は呆れたように頷いた。

 

「いつの間にか出し抜かれて撃たれてしまった。この間も琉希が襲撃したが、あと一歩の所で時間を止められて形成逆転じゃ。もう少しでこやつも死んでおったわ。雪華綺晶も使いおるし、どうやって倒せばいいのやら」

 

 彼女達がこの寂れた人形屋に来たのは、あの青年を打倒する策を求めに来たことに他ならない。槐は娘からの初めての頼みに、一人考える。

 

「あのローゼンでも時間を操るという事はとうとうできなかった。それをやってのけるのか、彼は……」

 

「だが条件も分かった。あれが出来るのはnのフィールドのみで体力がある時だけじゃ。現実世界ではできんようじゃったが」

 

「nのフィールドのみ……?それは、つまり」

 

 何かに気がついたように槐は驚く。

 

「それは、彼がnのフィールドの支配権を持っているという事だぞ!?ローゼンですらnのフィールドは完全に制御できていないんだ、一体なぜ……!」

 

「それがわかれば苦労せんわい。じゃがラプラスの魔も何やら一枚噛んでいるようじゃったが」

 

 もう一歩という所で現れたあのうさぎ。言い分は最もだったが、都合が良すぎる。まるであれでは味方であることを隠しているようじゃ無いか。

 

「あのホモうさぎまで絡んでるのか……彼は一体何者なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うさぎが電話をかける。二、三回コール音が鳴り、いつもの彼の声が響いた。うさぎは周囲を確認すると、話し出す。

 

「私です。何人かが貴方の存在に気付きかけています」

 

 スピーカー先の誰かはしばらく何も言わずに黙り込む。そしてようやく口を開いた。

 

 

『やっぱり俺の弟だな。頭が回るね』

 

 

 青年の声。あの、よく聞く声がうさぎの耳に入った。

 

「今後はどうなさるおつもりで?今は主途蘭対処に皆が注目しておりますが、こうも早く露見するとなれば……」

 

『そう焦ることは無いだろう。隆博はきっとこっちに付く。俺の考えを知れば、アリスゲームなんてそっちのけで手を貸してくれるさ』

 

「貴方がそう言うのであれば。して、私の役割は?」

 

 うさぎが尋ねれば、青年はうん、と答える。

 

『一先ずローゼンの駒として動いてもらえればいいかな。あいつも今警戒してるからな……ま、気づいた所でもう遅いけど』

 

「いずれにせよ、奴は勝者の前に現れるでしょう。そして、真実を告げる事になる」

 

『あいつだけがそう思ってるだけだ。別に真実じゃ無いさ……その時が、お前の出番だな、隊長?』

 

「……すみません、クッキー☆はあまり精通しておりませんので」

 

『お前原理主義者かよぉ!?まま、ええわ。そういや野獣先輩ローゼン説見たぞ。最後のアナグラムがおもしろかった(小並感)じゃあそろそろ切るよ、雪華綺晶とイチャつかなきゃならないんだ』

 

「はい、では」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界に存在を縛られる事自体がアリスへの枷になってしまう不要の形骸なのか。エーテルから解放されたアストラル。イデアのイリアステル、逃れられぬカルマ……

 その輝きこそがアリスなのだろうかと、ローゼンは考えた。

 

 馬鹿だなぁ。ほんま使えんわローゼン。真実を教えてやろう。

 

 夢はいくら足掻こうが夢でしか無い。だが、夢は誰もが見られる。どこにでも存在する。雪華綺晶も、ドールズの身体があれば現界できるじゃないか。

 

 アリスとは至高の少女。少女の身体は無機の身体?否、有機の身体。

 

 

ーー体が欲しい……!

 

 

 いつか見た、雪華綺晶の声がフラッシュバックする。

 

 無機の身体は所詮人形でしか無い。ローザミスティカを集め、悲願を叶えたとして。無機は無機でしか無い。

 

 有機の身体はどうすれば手に入る?本当の意味で少女になるには?

 

 

 奪えばいい。

 

 有機から。

 

 

 最もローゼンメイデンに近い少女から、奪えばいい。

 

 そのためのお膳立てはしてやった。あとは手に入れるだけ。

 

 

「マスター、何を笑ってらっしゃるの?」

 

「さっき見た野獣新説シリーズを思い出しちゃって」

 

「あら、思い出し笑いは変態の証ですわ」

 

「もう手遅れなんだよなぁ」

 

 

 そう、手遅れだ。お前達がいくら足掻こうが、俺からは逃げられない。

 



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sequence73 恋なんて……霊夢ったら、バカァ〜(石を投げる)

 

 

 

 さて、今日も今日とて大学へ行けば講義を耐え、愛するドールが待つ我が家へと帰るのだ。一先ずはあのクソロリコンホモ野郎が考えていることは置いておく。こっちの身がもたない。

 近所のスーパーで晩飯の材料を買う。今日の晩飯はなににしようかなぁ、昨日は麺類だったから〜、肉類?

 

「もしもし蒼星石?」

 

 困った時の蒼星石。電話して何が食べたいか聞いてみよう。俺が作れるもんなら何でも作ってあげるよ(ん?)

 

『うーん、マスターは何が食べたいの?』

 

「それが決まらないから電話してんじゃねーか(激怒)」

 

『あ、そうなの。じゃあ僕オムライス食べたいな』

 

 ふむ、オムライスか。まぁいいでしょう!(名車再生)俺が作ると卵かけケチャップご飯になるけどしょうがないね。自分、不器用ですから。

 蒼星石との電話を終え、俺はカゴを片手に売り場をウロつく。カゴの中にはすでにケチャップなんかの材料が入っていて、あとは卵だけ。

 じゃあ卵を……ないです(NYN)というすごくどうでもいい会話が頭の中で流れる。あいつほどじゃないが俺もいよいよ頭わるわるになってきたな。

 

「お、こっちの卵なんかさ、見てみろよ」

 

 一人呟きながら卵パックの値段を見る。中々に安い。鮮度的にも長持ちしそうだから買いだろう。あと一つしかないから早いとこ手をつけなければ。

 そうして俺が卵に手を伸ばすと、

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 隣で同じく卵に手を伸ばそうとしていた人と触れ合う。そのせいで肉丸みたいな間抜けな声を出してしまった。俺は少し恥ずかしくなって頭を適当に下げながら謝った。

 

「すいません(小声)」

 

「あ、いえ、こちらこそ」

 

 若い女性の声だった。綺麗な声に俺は顔を上げて顔をチラチラと確認する。

 もし今郁葉といたのならば、俺は間違いなくファッ!?と言っているに違いない。だって目の前にメイド服着た姉ちゃんがいたら誰だってビビるだルルォ!?

 

「あの、卵……買うんです、よね?」

 

 困惑する俺を他所に、メガネのメイドさんは恐る恐る尋ねてくる。そばかすがあるが、顔は可愛らしくて、可愛い(語彙力不足)背もまぁまぁちっこくて愛くるしくて……OCです(ゼウス)

 

「え、はい。あ、買います?」

 

 生まれながらのコミュ障が炸裂した。しかしメイドさんはそんな俺にも優しく対応してみせる。

 

「えっと……欲しいですけど……お兄さんも買いたいんですよね?」

 

「いや大丈夫ですよ、気にしないで下さいさしすせそ」

 

 俺のうちに潜むカーリーが出てしまった。ボロが出ないうちに俺はさっさと退散しようとする。可愛いけど、どうせ俺なんて見向きもされないだろう。こんなに可愛けりゃ彼氏だっているだろうし、そもそもこのメイド服だって彼氏の趣味だ。そうに違いない。クソ、俺も帰ったら蒼星石にメイド服着てもらおう。あ、その前に槐のところでメイド服買わなくちゃ。

 頭の中で思考が二転三転する。

 

「ありがとうございます。では……」

 

 そう言って卵を取るメイドさん。その可愛らしい一つ一つの仕草に俺は魅了された。

 

「か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ」

 

「え?」

 

 思わず声が漏れてしまった。しかも最悪なことにキモオタボイスだ。

 

「あ、いやなんでもないですよ……」

 

 顔面真っ赤で訂正する。そんな俺を、メイドさんは笑った。

 

「ふふ、お世辞でもありがとうございます。でもこんな格好してる女なんて変じゃありませんか?」

 

「そんなこと、ないです(NYN)!ない!(お菓子の材料屋さん)」

 

 反射的に彼女の謙遜を否定する。しまった、最近身内以外とろくに話してないからつい興奮してしまった。

 女性は少しぽかんとすると、またひまわりのような笑みを浮かべて口を開いた。

 

「お上手ですね。ふふ。でも貴方みたいなお兄さんにはもっとお似合いの人がいますよ」

 

「ハハァ」

 

 自嘲気味に笑う。すげぇ恥ずかしいこと言った挙句これじゃあフラれたみたいで惨めすぎるだろ。

 疲れ果てる俺を他所に、メイドさんは背を向けて立ち去ろうとする。あぁ、いい女なのは本当なのになぁ。もっとちゃんとメイクとかすればもっと可愛くなるだろうに。

 

「……あの、お兄さん」

 

「えっ(月曜先輩)」

 

 ふと、メイドさんが足を止めた。振り返らずに、顔を隠すように言う。

 

「褒めてもらって、私……嬉しかったです」

 

 心なしか耳が赤いメイドさんは、それだけ言うと足早に去っていく。え、これは……(判定不可)もしかしてちょっとフラグ立った?

 しばらくその場で呆然としていると、俺は卵を買わずに店を出る。なんだか知らないが、その女性のことで頭がいっぱいだったのだ。結局今日はオムライスではなく、ただのケチャップご飯で夕飯は終わった。蒼星石は割と困惑していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家政婦としての仕事が終わり、私は与えられた部屋へと戻る。風呂を終え、安物のパジャマに着替えるとベッドの上に横になり、天井を見上げた。

 深呼吸する。普段焚かないアロマも焚いてリラックスしようと努める。ふぅ、と一人ため息交じりの呼吸を持って、今日のことを振り返った。

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜!!!!!!」

 

 ダメだった。顔を真っ赤にして、私は枕に顔を埋めて悶えた。極力音を立てないようにしていても、恥ずかしさと嬉しさとよく分からない感覚で心が暴走し、身体が暴れる。

 生まれて初めて、可愛いと言われた。ちょっと言い方は変だったけど、年齢=彼氏なしの私の容姿を褒めてくれた男の人はあの人が初めて。ここに雇われてからはメイドとしての教養を身につけたけれど、今まで散々地味だとか痛い人とか言われてきたからすっごくこう、嬉しい(重複)

 

「な、何かしら!?なんか暴れてるのかしら!?」

 

 カバンを開けて就寝中だった金糸雀が慌てる。

 

「み、みっちゃん!?どうしたのかしら!可愛い人形でも見つかったのかしら!?」

 

 心配する金糸雀が尋ねてくるも、私はそれどころじゃなかった。そのうち訳がわからない金糸雀が恐る恐る寄ってくる。私は勢いのままに金糸雀を抱き寄せて暴れた。

 

「ギャー!捕まったかしらー!?」

 

 全力で期待していた反応を見せる金糸雀。私は数分はそうしていただろう、ようやく気持ちも収まってくると、ややぐったりした金糸雀と会話を試みた。

 

「ねぇカナ」

 

「なにかしらみっちゃん……」

 

「恋、しちゃったかも」

 

「そう……ふぁっ!?」

 

 今までの疲労が嘘のように金糸雀が驚く。

 

「どうしたのいきなり!?あの万年人形Loveなみっちゃんが、恋ぃ!?天変地異

がおきるかしら!」

 

「カナが私のことをどう考えてるのかようく分かったわ」

 

 それはさておき、私は最も信頼しているドールに話をする。今日スーパーで会った男の人についてだ。私が見て聞いた全てを話すと、金糸雀はうーんと唸った。

 

「なんか変態っぽいかしら」

 

「えー?まぁちょっと変わってたけど、いい人そうだったよ?」

 

「類は友を呼ぶかしら……」

 

「何か言った?」

 

「ないかしら」

 

 しかしここで金糸雀が一つの疑問を呈してきた。

 

「そんなにときめいたのに、どうしてみっちゃんはその人の連絡先を聞いてこなかったのかしら」

 

「え!?いやだって、そんなの初めてだったし……うぅ〜、でも確かに、聞いておけばよかったかも……どうしようカナ!?」

 

 猫型ロボットに頼るあやとりガンマンのように縋ると、金糸雀は考えた。

 

「少なくとも、あのスーパーを使うってことはこの辺の人間かしら……よし!」

 

 なにかを決めたらしい金糸雀。

 

「張り込みするのかしら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「郁葉、ハーレムって作ってもいいと思う?」

 

『え、なにそれは』

 

 夜。蒼星石も眠りにつき、俺はオンラインゲームをしながらマイクに向かって喋る。もちろん通話先はこの手に詳しい郁葉だ。

 他のプレイヤーが死体撃ちしたり屈伸運動したりとクソほどモラルもない事をしている中、俺は相談した。

 

『いやそれ俺がとやかく言える事じゃないけど……あ、戦車。隆博RPG、俺持ってないや』

 

「俺好きな人できたかも知れへん」

 

『あそう、とにかく撃ってくれない?俺すげえヘイト稼いでさっきから戦車追っかけてきてんだよ』

 

 ゲームをしながらもスーパーで会ったメイドさんが頭に浮かんで集中できない。俺は味方の郁葉にRPGを撃ち込む。

 

『は?(威圧)』

 

 郁葉が操るキャラの死体が吹っ飛んでいく……ああ、俺もあれくらい吹っ切れて行動できたらいいのに。

 

『馬鹿かお前なぁ?死んでるんだよ俺のキャラァ!』

 

「賢太とそういう関係になった時ってさ、雪華綺晶どうだった?」

 

『怖かったよ!お前もうゲームやめろ!電話しろ電話!キチゲェが!』

 

 やたらと興奮している郁葉が怒鳴れば、あいつのアイコンがオフライン表示へと変わった。何怒ってるのか知らないが、あいつはもう少しカルシウムを取った方がいいだろう。

 言われた通り電話に切り替え、ベランダに出てタバコを吸いながら通話する。夜の冬は冷える。とてもじゃないがタバコを吸いながら通話するなんてできないはずだが、今はなんとも思わなかった。

 

『んで?何があったか説明してみろよ』

 

 少しは落ち着いた郁葉がそう言ったので、俺は頭の中を整理しつつ今日の出来事を話してみる。途中から雪華綺晶も参加し出したのか、定期的にスピーカーから話し合う声が聞こえてきた。

 

「どう思う?」

 

 少し神妙な声色でそう尋ねれば、唸る郁葉が何かを言い出そうとした瞬間に雪華綺晶が喋り出した。相変わらずおジャ魔女やってそうな声してるなこの子な。

 

『それはズバリ、恋ですわ』

 

 どこか興奮した様子の雪華綺晶が言う。

 

「やっぱりか……でも俺には蒼星石が」

 

 そうだ。確かにあのメイドさんの事を思うと下半身がビンビンになってくるが、それは蒼星石でも同じだ。アリスになった暁には言葉に出せない変態プレイの数々をしてママになってもらうんだ。

 

『貴方らしくもありません隆博さん。いつもの欲望に忠実な貴方はどこへ行ったのです!?』

 

「え、俺そんな危ない感じかな?」

 

『少なくとも普通じゃねぇよ』

 

 失礼な。ロリコンでショタコンなお前に言われたくないわボケ。

 

『一体誰が恋に制限を設けたのでしょう?少なくとも神やお父様はそんな事しません!そう、恋とは本当に愛があれば自由にすべきなの!』

 

『え?俺の時散々怒ったじゃん』

 

『マスターは黙ってらして!』

 

 郁葉の困惑した声が響いてくる。しかしなるほどな、確かに国で重婚は認められてないし世間体もかなりヤバイが、国や宗派によっては重婚アリだもんな。

 なんだか希望が湧いてきた。だが問題はある。一先ず目の前の目標は、蒼星石にどう伝えるかだ。彼女は優しいが故に自分を追い込むから、きっと気を遣うだろう。それはいけない。

 

『蒼のお姉様にもきっと分かっていただけますわ。しっかりと、貴方の深くて優しい愛を向けてあげて下さいな』

 

 こちらの考えを読んだかのようにそう言う雪華綺晶。この子本当に雪華綺晶か?前の誘拐事件の時は死ぬほど物騒だったぞ。

 

「そうか……そうだな。ありがとう雪華綺晶。俺、なんとかやってみるよ。郁葉、雪華綺晶の人間化頑張れよ」

 

 え、何で知ってるの?と戸惑う郁葉とご武運を、と励ます雪華綺晶。俺は電話を切ると、タバコを吸い直したが寒すぎて草も生えないためにさっさと部屋に戻った。

 

 

 蒼星石が、窓の横にポツンと座っていた。体育座りで俯いて、しょんぼりしているのが目に見えて分かった。同時に聞かれたのだと言うことも理解できた。

 

「聞いてたのか?」

 

「……うん」

 

 俺は腹をくくる。彼女の真正面に正座で座ると、ハイパー猫背を無理やり正した。

 

「マスターは……やっぱり人間がいいんだね」

 

 今にも泣き出しそうな蒼星石に、俺は自分の気持ちをぶつけた。

 

「俺には何もなかった」

 

 そう始めれば、蒼星石は目だけをこちらに向けた。

 

「郁葉のように兄弟仲が良い訳でもなければ……良いのかな?分からんわ、確証が無いわ。まま、ええわ……とにかく俺はただ日常を何となく過ごしてた。本当にやりたい事があるわけでもない。それでも何となく過ごしてたんだよ。好きな人が居なかった訳じゃないけど、そいつらは大抵彼氏がいたり、俺に見向きもしなかったり。そんなこんなで俺は淫夢ばっかり見てたんだ」

 

 自分の人生を振り返る。そうだ、俺はいつも何かしら諦めていた。恋を諦め、苦手な事は挑戦しても諦めて自己嫌悪して。

 

「でもな、蒼星石。俺はお前と会って変わったんだ」

 

「僕と?」

 

「俺は欲張りになった。蒼星石をアリスにしたいと思った。そのためなら他人を殺す事だって何とも思わなくなった。もっともっと、お前を欲しいと思ったんだ。郁葉ともツルみたい、でも負けたくないって。もっと幸せになりたいんだ、俺は」

 

 蒼星石に近寄る。彼女の頭を撫でて髪を指で梳かすと、こちらを不安げな表情で見上げる彼女の頬をさすった。

 

「俺は俺のためにお前を捨てはしない。でも、同時に違う欲望も達成したい。こんな俺が嫌いか?」

 

 彼女はぷくっと頬を膨らませると、

 

「ずるいよ……断れない事知ってるくせに。でもね、隆博くん。僕だってそうなんだ。僕は不器用だけど本当は優しい君が、大好きなんだ」

 

 困ったように笑う蒼星石。

 

「君と一緒にいるときだけ、僕は男装の人形じゃない……女の子でいられる。それが、嬉しいんだよ。んっ……」

 

 俺はたまらずキスした。長く、お互いを感じるキスだった。口を離せば、お互い息を切らして糸を引いている。蒼星石はその糸を舌で絡め取ると、こちらに顔を近づけて俺の口を舐めまわした。

 蕩けた顔の蒼星石は言う。

 

「こんな事するの……君にだけだからね」

 

 もう下半身が限界だった。俺は蒼星石を抱き上げると、ベッドに向かう。

 

「えっ!?早くない!?」

 

 困惑する蒼星石をベッドに下ろすと、俺は彼女の上にのしかかる。そして彼女の口を貪った。

 

「んんぅ……!もう、ほんとに欲張りさんだね?いいよ、ハーレム。僕負けないもん。いっぱいいっぱい愛して愛されて、一番だって分からせてやるんだから、ひゃう!?」

 

「(声にならない声のため表記不可)」

 

 ここでは表現できないのが残念でならない。とにかく凄かった。次の日蒼星石が立てなくなるくらいには、ハッスルした。



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sequence74 いい加減にしなさいっ!(キチゲ充填状態)

 

 

 昨日隆博がなんかわけわからない事言い出した。曰く、恋をしたのだとか。そしてハーレムを作りたいだとか。あいつが頭おかしいのは今に始まった事ではないからどうでもいいが、いきなりすぎて状況が理解できなかった。おまけに雪華綺晶も乗り気だし……そんなキャラだっけ?

 クリスマスまであと数日、俺は大学の帰りに隆博と合流して詳細を聞く。半分くらい支離滅裂だったがなんとか理解し、改めて隆博の突拍子の無さに呆れた。

 

「なんだよメイドさんって。お前幻覚でも見たんじゃねぇのか」

 

「いいや、あれはまさしくこの世に舞い降りた天使に違いない。リアルだよ」

 

 鼻息を荒げるクソメガネの言葉に適当に相槌を打つ。だがまぁサバゲーとアリスゲーム以外の話題をするのが久しぶりなせいで、俺も悪い気はしていなかった。何より悪友の恋路だ、面白くないわけがない。

 昨日隆博がそのメイドを見たというスーパーで買い物がてら観察をする。もしかしたらいるかもしれないからな。

 

「そのメイドさん釣り竿持ってた?」

 

「原発姉貴でなけりゃりゅーが姉貴でもねぇ殺すぞ」

 

 隆博をおちょくりながら俺も夕飯の買い物と洒落込む。今日は肉が食べたい気分だ、ハンバーグ……は昨日我修院チャレンジを見てしまったからパス。生姜焼きあたりかな。

 と、数分食材を吟味している時だった。別れて食材を探していた隆博が、カゴを手に固まっているのを見つけたのだ。何やってんだあいつ、とSNJばりに怪しみながらも背後から声をかけると、隆博はこれ以上ないくらいに慌てて指を差した。

 

「なんやどうしたんや騒がしい……」

 

「い、いた……!メイドさんが……!」

 

 え、と俺も唖然として指差す方角を見る。そしてそれはいた!なんと卵売り場にて、メイド服を着た眼鏡女子が卵を見ていたのだ!

 

「え、マジで!?マジのメイドか?どっかのコスプレとかじゃなくて」

 

「ど、どうしよう郁葉!?」

 

「突っ込め!突っ込めって言ってんの!ね?」

 

 二人して慌てて今後の方針を決める。ここは友人として彼の背中を押さなくちゃ(使命感)

 俺は隆博の背中を蹴っ飛ばして前へと押しやる。

 

「突っ込めって言ってんだYO!」

 

 蹴られた反動で数歩前へと行く隆博。振り返りざまにこっちを睨んでいたが、覚悟を決めたようで覚束ない足取りでメイドさんへと向かっていく。その隙に俺は商品棚へと身を潜めた。しかしメイドさんか、なんか身に覚えがあるような。なんだっけ。

 隆博が女性の横から接近し、挙動不審になりながらも卵コーナーを物色する。いや話しかけろよ。

 

「あら?」

 

 と、ようやく女性が隆博に気がついた。隆博も澄ました顔で女性の方に振り返ると、

 

「おや?」

 

 右京さんかお前は。何はともあれコンタクトは成功した、あとはお前次第だぞ隆博。

 

「お兄さん、今日もいらしてたんですね」

 

「ええ、まぁ……そちらもお変わりないようで」

 

 遠い親戚か何か?そんなんだからお前はコミュ障なんだよ(特大ブーメラン)と、メイドさんはなにかを思い出したのか笑顔でお辞儀をする。

 

「昨日はありがとうございました。おかげで美味しいオムライスが作れました」

 

「ええ、それはよかった。是非ともわたくしもあなたのオムライスが食べてみたいッ」

 

 気が早いんだよお前は(困惑)ほら見ろ、メイドさん固まってるぞ。

 

「え、それって……」

 

「ああいや、こっちの話です」

 

 どっちの話やねん。

 

「ふふ、面白いですねお兄さん」

 

「んにゃ……ンン゛!そうでしょうか、これはこれは……ハッ!ハハッ!」

 

 じゅんぺいみたいな咳払いをする隆博。話し方は何を参考にしたんだこいつは。

 

「お兄さんの晩御飯は?」

 

「私ですか?ええ、卵焼き、あるいはオムライス、もしくはオムレツにしようかと」

 

 卵ばっかじゃねぇかお前ん夕飯ィ!(ヒゲクマ)すると女性はくすくすと笑う。たしかにかわいいなあのメイドさん(掌返し)雪華綺晶がいなかったら俺も声をかけてた。殺されるからしないけど。

 

「卵料理がお好きなんですね」

 

「ええ、下町のロッキーと言われてますから」

 

 ロッキーは生卵だっただろ。ていうかなんだよ下町のって、ナポレオンか?

 

「お兄さん」

 

 と、俺の心のツッコミもほどほどに、メイドさんがちょっと真剣な面持ちで隆博を呼ぶ。相変わらず英国紳士みたいに背筋を伸ばしているハイパー猫背の隆博くんは右京さんみたいにはいぃ?と言った。それやめろ。

 

「その……もしよかったらですけど。私も卵焼き作るの、好きなんです。だから

、あの……」

 

 ん?これはもしかして、もしかするかもしれませんよ?(クソムリエ)

 

「卵焼き、作りましょうか?お兄さんに」

 

「ファッ!?」

 

 驚愕する隆博。ちょっと語録が出てしまうのは仕方ないね(レ)

 これはチャンスだ、まさかあのキチガイを誘う女がいたとは。どうすんだ隆博?

 

「え、あ、はい(素)」

 

 コミュ障炸裂。隆博は慌てて言い直す。

 

「是非ともお姉さんの卵焼きが食べてみたいです」

 

 キリッと言い直したがもう遅いからなそれ。しかしメイドさんはよっぽど良い人なのか、両手を合わせて花のような笑顔で喜んだ。

 

「まぁ!それは良かった、なら……明日はどうですか?土曜日ですし、お兄さんもお仕事はお休みでしょう?」

 

「ええ、ええ。それはもう。明日なにをするかで今日一日悩んだくらいですから!ハハ!ハハハハハッ!」

 

 俺の記憶では、明日は確か一限だけ講義があったはずだ。まぁいいか、必須じゃないって言ってたし。

 

「なら……是非とも電話番号とアドレスを交換したいのですけれど……」

 

 はい勝ち〜!(メスガキ)やったねタカちゃん、彼女が増えるよ!

 

「もちろん!えっとですね……」

 

 隆博が携帯を取り出すと、女性も同じように携帯を可愛らしいポーチから取り出す。しっかしあのメイドさんほんとどっかで見たことあんだよなぁ、誰だっけか。

 アッ!(スタッカート)琉希ちゃんとこのメイドさんだッ!よりにもよってあいつんとこのメイドかよ!

 俺は思わぬ伏兵に頭を抱える。隆博には悪いが、正直あのメイドと親密になるのはやめてほしい。それはつまり、翠星石陣営とも仲良くなる可能性があるからだ。現状、隆博は琉希ちゃんに敵とは見られていないはずだ。

 

「グッアアアアアクソ、しょうがない」

 

 やめよう。素直に隆博を応援することにしよう。雪華綺晶も、この恋路を邪魔することは望んでいないはずだ。

 俺は少しばかり計画の雲行きを心配しつつ、最終的にはどうにかなるだろうと楽観視する。そうだ、もうあいつらではどうにもならない。ていうか、させないさ。

 

 

 

 

 

 

 

「○ッラーアバァアアアアル!○ッラーアクバァアアアル!!!!!!」

 

 帰り道、テンションが異常な隆博が道で叫ぶ。その度に通行人がこっちを見ている。

 

「お前それシャレにならないからやめろ!……まぁ、良かったじゃんよ」

 

「はぁ〜アッツゥ〜!ビールビール!冷えてるか〜?」

 

 もう会話にすらなっていない。まぁいいや、見てて楽しいし。これは俺にとってチャンスでもある。これを利用して琉希ちゃん陣営を探ることだってできるはずだ。……乙女な雪華綺晶が反対しなければ、の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったわみっちゃん!大成功かしら!」

 

 車内で金糸雀が自分の事のように喜んでいる。同じようにメイドさん、草笛みつも笑顔でハンドルを握っていた。

 

「やったやった!アドレス貰っちゃった!うーかなぁ〜やっと春が来るかもぉ〜!」

 

 喜ぶのは良いが、その都度運転が危なくなるのはどうにかした方が良いと思います。

 

「でもあのお兄さんどこかで見覚えあるのかしら〜……」

 

 うーんと唸る金糸雀。それはね、雛苺の事件の時だよ金糸雀ちゃん。

 

「明日何着てこうかな?メイド服……はダメだし、スーツ……も変だし……あれ?私意外と服持ってない……?」

 

「……カナから連絡しておくから、今からでもお洋服買いに行った方がいいかしら」

 

 こちらもこちらでてんてこ舞いだった。かわいいからいいけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電話をかける。数コールして、液晶に表示された人物の声がスピーカー越しに聞こえた。うさぎは周りを確認して誰もいない事が分かると、声を出す。

 

「私です」

 

『ああ。それで、どうしたこんな夜中に。俺今ゲームしてんだけど』

 

 音声にに銃声が混ざっている。もちろん本物ではないが。

 

「例の件で電話させていただきました」

 

 そう言えば、スピーカーから響く銃声が途切れる。きっとログアウトしたのだろう、それくらいには今から報告することはあの青年には大切な要件だ。

 

『そうか。どうなった?』

 

「はい。概ね同化が完了しているようです。今年中には、完全に」

 

 ふむ、と青年が頷く。

 

『なら仕掛けても良さそうだな』

 

「はい、私もそれが妥当かと思います」

 

『引き続きローゼンの動向を探れ。実行やら何やらは俺らでやる。お前はケツピンでも見ててくれや』

 

「もう見飽きました。それでは」

 

 困惑する青年の声を無視して電話を切る。同時にうさぎは深く深呼吸した。

 もうすぐだ。もうすぐ目的が果たされる。彼の目的、そして自分の目的。それが成就されようとしている。

 興奮で息が荒い。初めて淫夢MADを見たときのような困惑と、失踪していたと思われていた投稿者兄貴が久しぶりに動画投稿したかのような高揚感がうさぎの体を支配していた。

 

 



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sequence75 メイドさんと卵焼き

忙しかったり忙しくなかったりするので初投稿です


 

 

 

 

 真っ黒な自分の中を歩く。着ている服はいつも白なのに、自分という人間の本質は真っ黒であるから皮肉が効いていると思う。

 元々白という色は好きでも嫌いでもない。それでも俺が常時白い服を着ているのは、やはり彼女の存在が大きいのだろう。彼女と同じ色を身に纏い、生きていくことの誇りというか何というか、そういう精神的なものが俺の中にあることは間違いなかった。

 

 心は黒く染まっている。戦争でもなく綺麗な大義もなく、ただ自らのために人を殺すようになればそれも当然だと思う。守るでもなく、ただ私利私欲のために人の道を外れるという行為は、社会的に認められるものではない。

 だがいいのだ。彼女が認めてくれさえすれば。俺のすべては彼女のためにあるのだから、俺は邪魔な奴らを片っ端から殺しさえすればいいのだ。今までずっと、そうしてきたじゃないか。

 

 ーーこれこそ契約者だな!な!お前もそう思うよな!

 

 頭の中で自分の声が反響する。

 

 ーー俺はただ、やりたいようにらりるれろ。

 

 呂律が回らずとも言いたいことは分かる。足は止まらず、何も思わず、ただ闇を歩く。使い古した拳銃を手に、俺はただ足を動かす。

 

 暗い背景に映像が混ざる。そのどれもが俺が経験した映像。首だけそちらを向け、歩きながらそれらを懐かしむように眺めた。

 

 遠い記憶。白きドールと共に姉妹の亡骸の上に君臨する。

 もっと遠い記憶。赤いドレスのドールの手を取り、白いドールと対峙するも、最後にはやはり赤いドールを裏切る自分。

 もっともっと遠い記憶。彼女達のお父様の、首を両手で締め付ける。

 

 いつの記憶かも分からない。だがそれらは全て、自分の記憶である事は確かだった。自分と他人の血に塗れ、がむしゃらにもがき続けた。

 

 ーーお前だけじゃない。俺たちのだ。

 

 俺が増える。気がつけば、同じようにその光景を眺めて歩く、文字通り自分達がいた。俺は頷いて、感傷に浸るような顔で自分達の顔を見つめる。

 どれも酷い顔だった。まるで全てに絶望したような顔で、こんな顔できるのかと、我ながら失笑してしまう。

 

 ーーお前もこうなるかもしれないんだ、笑うな。

 

 ふと、隣の自分に咎められる。それが面白くない。俺はこうならないという確信と自信があるせいだ。それは単なる自信過剰なだけではない。

 

 ーーその計画も、俺たちがいなければ成し遂げられなかった。

 

 それはそうだろう。お前達の失敗は俺の失敗だ。だからこそだ。俺なら成し遂げられる。

 

 ーー俺たちの悲願達成は近い。

 

 俺達の誰かが言った。その通りだ、もうすぐ終わる。この長い旅も。

 

 

 遠く、前方に光が見える。白くて気高い、狂気に満ちた光。あれこそ俺たちが求めるもの。

 

 アリス。至高の少女、その人。

 

 そして囁かなければならない。彼女の耳元で、創造主よりも優しいテノールで、目覚めさせなければならない。

 

 ーーこんなこと、もう終わりにしよう。

 

 その通りだ。もう終わりにしなければならない。この狂った輪廻から、あの子を助けださなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日、午前、隆博の部屋にて。まるで一昔前に流行った歌の題名みたいに言ったが、そんな華やかなものではない。今隆博と例のメイドさん、草笛みつは、机を挟んで対峙していた。対峙、というのはおかしな話だが、この空気を察するにそれが一番適切だろう。

 机の上にはお弁当箱が開封された状態で置かれていて、隆博の目の前にはフォークがある。だが二人とも、硬直したまま動かないでいる。

 

「……」

 

 そわそわとしながらも、なにかを言いたげな隆博が、ようやくフォークを手にしたのはみつがやってきてから30分も経ってからだった。

 

「いただきます」

 

 やたらと緊張感を与える言い方でそう宣言すると、優しく、まるで地雷をナイフで探し出すみたいにフォークで卵焼きを刺した。そしてそれを持ち上げ、口に運ぶ。

 咀嚼している最中、みつはずっと隆博の様子を伺っている……

 

「うん、おいしい!(NINI岡村)」

 

 満面の笑みで隆博が言うと、みつの顔が笑顔で溢れた。

 

「本当ですか!?」

 

「非常にしっかりとした……濃厚な味だ(食通)」

 

 満足そうに食べる隆博。余計なお世話だが、その台詞は使わないほうがいいぞ。

 

「やった!頑張って作った甲斐がありましたわ!」

 

 両手を添えて喜ぶみっちゃん。ちなみに今彼女はメイド服ではなく、私服だ。童貞を殺すリブ生地のセーターにジーンズ……シンプルだが、胸が強調されるために非常にえっち。多分隆博興奮してるはずだ。

 

「でもいいんですか?みつさんみたいに料理上手で可憐なら彼氏もいるでしょうに……こんな独りもんの大学生の部屋に上り込んじゃって」

 

 その質問にみっちゃんは驚く。

 

「え!?か、彼氏なんて私は……生まれてこのかたいなくて、ですね……え、ていうかお兄さん、大学生だったんですか?」

 

 どうやら老け顔の隆博の実年齢を知らなかったらしい。

 

「大学2年、学生です」

 

 みっちゃんの顔が蒼ざめる。

 

「え、私てっきり社会人かと……ご、ごめんなさい」

 

「え、あ、はい。え、みつさん、すみません、失礼を承知でお尋ねしますが、おいくつでいらっしゃるのでしょうか……?」

 

 確かに俺も気になる。ぱっと見大学生くらいだろう。俺たちよりも先輩くらいの。

 

「えっと……もう二、三年で三十路に……えへへ……」

 

 困ったように笑うみっちゃん。

 

「ファッ!?僕と同じくらいだと思ってました(小声)」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 そしてまた沈黙。からの、みっちゃんからの質問。なんやこれお見合いか?

 

「あの、彼女とかって……」

 

「(今も昔も)ないです」

 

「あ、ない」

 

 はい、と自信満々に言う隆博。いやお前中学の時いたじゃんか、一週間で振られてたけど。あの時の隆博は荒んでたな。

 ていうかおい、これチャンスだぞ。これを聞いてきたってことは、お前にも春がくるかもしれんのやぞ。もっと相手を押し倒すくらいでIKEA。

 

 その後隆博は卵焼きを完食すると、二人とも未だにそわそわした動きで会話を開始する。だが先程よりも緊張はほぐれたようで、出だしはスマートだった。

 

「みつさん夜中腹減りませんか?」

 

「え、お腹?」

 

「腹減りますよねぇ?」

 

 いや緊張ほぐれすぎだろ。みつさん困惑してるじゃねぇか、一般人に語録は通用しない(戒め)みっちゃんはきょとんとした顔をしながらも、隆博が言っていることが夜ご飯の事であると何となく理解する。

 

「この辺にぃ、美味いイタリアンのお店、あるらしいっすよ」

 

「へぇ〜そうなんですね〜」

 

「じゃけん夜食い行きましょうね〜」

 

「そうですね。ふふ、なんかおかしな喋り方ですね」

 

 おかしいのはまったくもってその通りである。いやいくらなんでも語録使うのは止めろ……と思ってしまったが、よく見れば隆博の拳が震えている。あいつ夕飯誘うのにすげぇ緊張していたみたいだ。なるほど、語録の力を借りたと……ホモビもたまには役に立つ(名言)

 

 と、不意に携帯のメロディが鳴り響く。みっちゃんのスマホが鳴った音だった。断りを入れてそれをみっちゃんが確認んすると、一瞬顔が綻んだ。

 

「どうか、しましたか?(車掌)」

 

 はい、ローザミスティカを落としてしまったのですが!(大失態)

 

「え、ああいえ、ちょっと……あの、お兄さん?」

 

 なんだか恐る恐る尋ねるみっちゃん。

 

「お兄さんはその……フランス人形とか、球体関節人形っていうんですけど……そういう、お人形趣味の女ってどう思います?」

 

「はいぃ?」

 

 突拍子も無い質問に右京さんが発動する。

 

「やっぱり、気持ち悪いとかって……思いますか?」

 

「いえ全然(マスターの風格)」

 

 むしろその球体関節人形とイチャついてるんだよなぁ……僕も大好きです(隙自語)その回答が意外だったようで、みっちゃんは驚く。

 

「むしろ僕も好きですねぇ!可愛いお洋服着させて写真撮ったりも、何回ってわけじゃ無いんですけど、頻繁に」

 

 某インタヴューを彷彿とさせる佇まいと口調で語る隆博。なんか腹立つなぁ。

 

「本当ですか!?」

 

 その言葉に食いつくみっちゃん。無理もないだろう、彼女は大の人形好きだ。偵察資料にも書いてある。

 

「僕のお人形の写真見ます?」

 

 そう言って隆博がスマートフォンを取り出す。そして液晶画面をみっちゃんに見せた。写っているのはもちろん蒼星石で、キリッとしたものからキュートな仕草を取っているものまで沢山ある。でもこれ、ローゼンメイデンって人間にそっくりすぎて側から見たらただの子供なんだよなぁ……

 

 TDNは子供だった……?(お約束)

 

「きゃー!可愛い!ていうかボーイッシュ!王子様みたいでもうきゃー!」

 

 ひどく興奮するみっちゃん。ぶっちゃけドン引きレベルだが、自身のドールが褒められて鼻が高い隆博は満足気な表情を浮かべている。ということは、みっちゃんは蒼星石に関する情報は持ってないのか。

 

「私も私も!私のカナも見て!」

 

 ん?カナ?南カナかな?(MNMK)

 隆博は興味津々と言った様子でみっちゃんが差し出すスマホを眺めた。そして、固まった。

 

 金糸雀が、みっちゃんに抱っこされている写真が映っていた。ローゼンメイデン第二ドールであり、蒼星石の姉である黄色いドレスを着たあの金糸雀が、映っていたのだ。隆博は笑顔のまま固まる。固まって、今の状況を整理していた。

 

「あれ?お兄さん?」

 

 その不自然な様にみっちゃんは首を傾げる。そうして隆博は悩みに悩み、結論に至る。

 

 どうでもいいわ(レ)

 

 隆博は、アリスゲーム上の敵よりも、一先ずはみっちゃんという惚れた女を優先したのだ。

 

「やりますねぇ!(賞賛)おでこがセクシー、エロい!」

 

「え、エロいだなんてそんな……」

 

 唐突に飛び出す下ネタにもじもじするみっちゃん。隆博くんもうビンビンじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「見えたか?」

 

 高倍率のスポッタースコープを覗きながら、隣で同じように双眼鏡を覗く雪華綺晶に尋ねる。彼女も目を離さないまま頷いた。

 

「金糸雀のマスターでしたのね、みっちゃんさんは」

 

 隆博が住むマンションの向かいに位置する雑居ビル、その空き部屋を不法占拠してあいつらのデートを観察していた俺たちはとんでもない事実を知ってしまった。まさか、あのメイドさんがアリスゲームに関わっていたとは……

 俺は背後でじっと双眼鏡を覗く蒼星石を見る。俺たちからすれば、あのメイドさんは敵の一味だ。

 

「蒼星石……」

 

 雪華綺晶が伺うように彼女の名前を呼ぶ。蒼星石は双眼鏡を外すと、いつも以上にキリッとした、男でも惚れそうな表情を持って言った。

 

「隆博くんは僕を裏切らない。僕も、隆博くんを裏切らない」

 

「ふぅん。つまり?」

 

「僕は隆博くんが望むままに、自分の為すべき事をやるつもりだよ。それがアリスゲームに反することになったとしてもね」

 

 蒼星石の意思ははっきりとしていた。つまりは、隆博に自分の運命を任すと言ったのだ。なるほど、これは忠犬蒼星石ですわ。たまにボーイッシュな女の子に惚れる女がいるらしいけど、こういう所に惚れるんだろうな。

 

「後悔はしないな?」

 

 俺は念入りに尋ねる。それはつまり、場合によっては俺たちの敵になるということに他ならないからだ。

 

「隆博くんが選ぶ道に後悔は無いよ」

 

「よう言った!それでこそ漢や!」

 

「マスター、女の子ですわ」

 

 そういうツッコミはいいから(良心)俺は立ち上がってバックにスコープを仕舞うと、雪華綺晶を抱っこする。もう観察の必要はないだろう、十分な情報は得たからだ。

 

「そんじゃま、頑張って蒼星石。俺ら帰るから」

 

「うん。二人ともありがとう、僕の我儘に付き合ってくれて」

 

「いいんですの。人の恋路を見守るのも乙女たるローゼンメイデンの使命ですわ」

 

「んにゃぴ、ちょっとよくわからないです」

 

 今度こそ、俺たちは鏡を経由して自宅へと戻る。蒼星石はしばらくその場から動かず、じっと主人の幸せそうな姿を観察していた。



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sequence76 クリスマスと記憶

会社のバイクを壊したので初投稿です


 

 冬の陽は短い。子供が帰る時間になり、商店街が主婦で賑わう時間帯。俺もバイトが終わり帰路に着く頃になれば辺りは街灯と家々の光を残して真っ暗になっている。

 今日はクリスマスイブ、金持ちだったりヒッピー混ざってたりする家庭の庭には近隣住民を顧みない煌びやかなイルミネーションが飾られており、目が痛い。そんな頭の悪そうな街中を、俺はお気に入りの曲をイヤホンで流しながらチャリ漕いで風をきる。

 寒い。マジで寒い。予報では日付が変わる前にマイナス気温へと到達し、雪が降るという。小学生とか中学生くらいまでは雪なんて降っても楽しむだけだったが、いつからか雪は雨より質の悪い空からの妨害くらいにしか思わなくなった。それでもちょっとだけ楽しみなのは、そんな雪の中を雪華綺晶と歩けば彼女の美しさが尚更光るのではないかという、いつもの病気からくるもの。

 カゴに載ったケーキの箱を揺らさないように俺はペダルを漕ぐのだ。

 

 家に着けば、慌ただしい様子の雪華綺晶がエプロンを着けてリビングから顔を出す。ただいま、と声をかければ彼女は笑顔を作って早口で言った。

 

「おかえりなさいマスター、お風呂できてますから入ってくださいな」

 

「え〜俺きらきーと入り」

 

「入ってくださいね」

 

「ハイわかりました」

 

 今は手が離せないらしい。雪華綺晶は余裕があれば俺に構ってくれるが、そうでないときはあんな風にあしらう傾向がある。俺はしょんぼりしながら靴を脱ぎ、とりあえずはケーキを手にしてリビングへと向かう。扉を開ければ案の定うちのドールズがせっせと料理を作ったりお皿を運んだりと忙しそうにしていた。そんな中でも録画したサッカー中継を見ている礼は流石だった。マイペース過ぎんだろ。

 

「ただいま」

 

「おかえり。ケーキか」

 

 ちらっと目だけを俺の手荷物へと移す礼に、俺は頷いた。

 

「買ってきたよ、ホールのやつ」

 

「冷蔵庫入れとくから置いといて」

 

「風呂は?」

 

「入った」

 

 それだけ会話して、俺はケーキをテーブルの上に置く。台所では俺と弟の嫁さんドールがわたわたしている。何を作っているのかと見てみれば、ローストビーフやらチキンやら、自分たちで調理していたらしい。今は盛り付けで忙しいようだった。

 

「あんたとっとと風呂入りなさい!あんたが出てきたらご飯にするんだから!」

 

 クワワッと目力と共に水銀燈が命令してくる。俺は頷きながら上着を脱ぐと、思い出したように料理長で長女である水銀燈に言った。

 

「あ、賢太仕事入って今日来れないって」

 

「あんたそれ先言いなさいよッ!」

 

 キレながらも盛り付けする水銀燈。この子ポンコツそうに見えて結構器用だよね。これ以上怒られても嫌なので風呂へと向かう。河原家のクリスマスも、他の家に負けず賑やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 隆博も隆博で、それなりに賑やかなクリスマスを送っていた。良い関係にあるみっちゃんを自宅へと招待し、彼女と料理を作ってそれを食す。側から見ればカップルのクリスマスみたいだが、本人曰くまだ付き合ってないそうだ。はやくやっちゃえよ(直球)

 ローゼンメイデンという共通の問題はまだお互い打ち明けていないらしく、彼らのドールは大人しくソファーの上に鎮座している。要はただのお人形さんだ。

 それでもやはり金糸雀は蒼星石の存在にかなり驚いたようで、隣でおとなしく目を閉じている蒼星石にいつか攻撃されるんじゃないかとビクビクしている。まぁ蒼星石も昔と違ってアリスゲームよりも隆博LOVEだから手を出したりしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 クリスマスイブが特別なのはどの家庭でも同じである。例えば桜田家。いつものように賑やかなこの家でも、クリスマスツリーが出ていたり、料理が豪華だったりと変化があった。相変わらず両親はいないようだが、それでもこの家は巴ちゃんというギャラリーを加えてなお喧しい。

 

「わーいはなまるハンバーグ!」

 

 はなまるハンバーグを目の前にすると一気に幼児退行する雛苺が騒ぐ。その横で巴ちゃんは学校で見せないような慈愛に満ちた笑顔でお上品にハンバーグを食す。

 

「雛苺、うるさいのだわ。レディたるもの……」

 

 相変わらず真紅は説教くさいが、いつまでも押し切られる雛苺ではない。ボソッと彼女はやや成長した心を露わにして呟く。

 

「夜は真紅のがうるさいのに……」

 

「ぴぃッ!?」

 

 真っ赤になって固まる真紅。そんなドールズを見てジュンくんはため息を吐くも、満更でもない様子だ。

 

「嬉しそうね、桜田くん」

 

 巴ちゃんが対面のジュンくんに言う。

 

「ん?いや別に……うん、そうかもな。こんなに賑やかなクリスマス、うちじゃあり得なかったし」

 

 親のように優しく微笑むジュンくん。成長したのは雛苺と真紅だけではない。彼もまた、大人の階段を一歩ずつ進んでいる。そんな同級生の、しかも惚れている男の大人びた一面を見て巴ちゃんは顔を赤く染める。のりちゃんはキッチンから二人の様子を見てただにこやかに笑っていた。

 

 クリスマスは平和であるべきだ。年の最後くらい、好きな人たちと一緒に楽しく過ごしてもバチは当たらないと俺は思っている。それが例え、どんな悪人でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事も終わり、家族としての団欒が終われば俺は一人屋根に上がって空を眺めていた。寒空の下では身体の震えもそれなりだが、それを抑えるようにあったかいミルクティーを飲んでいる。

 今にも雪が降り出しそうで、空に月は出ていない。もう日付は変わりそうだが、街の明かりは未だに途絶えることを知らないようだった。

 

「あら、こんなところにいましたのね」

 

 雪華綺晶が飛んで屋根まで登ってくる。彼女は俺の横に腰掛けると、小さなボディを俺に傾けた。開いた片手で彼女の肩をそっと抱き寄せる。

 

「もうすぐこの年も終わるな」

 

「ええ。……良い、年でしたよね?」

 

 恐る恐る、彼女は確かめるように尋ねた。俺はそんな彼女の顔を見る。ちょっぴり不安げな上目遣いの雪華綺晶を見て、俺は頷いた。

 

「親は死んだけど、雪華綺晶に会えたからなぁ」

 

 それが全てだ。俺はこの上なく幸運で貴重な経験をしているのだと思う。雪華綺晶はホッとしたように頷く。そして一緒に空を見上げた。見上げて、雪華綺晶が呟いた。

 

「私、マスターの事全然知らないの」

 

「俺のこと?」

 

 彼女は頷き、

 

「小さい頃の事とか、どうやって屋根までコップを片手に登ってきたのかとか……どうして私にそこまで執着するのかも」

 

 そんな悩みを、俺は笑った。

 

「大した事じゃないっての。前に教えた通り……ふふ、心配性だなぁきらきーは」

 

「マスターは」

 

 笑う俺に対して雪華綺晶は真剣な面持ちで語りかける。

 

「貴方は、私の知っているマスターですよね?」

 

 俺は無言で彼女を見た。それから空を見上げ、降り出した雪を見ながら答える。

 

「俺は俺でしかない。どんな経験を積もうが、俺は俺なんだよ。河原郁葉、それだけ」

 

 彼女もそれ以上質問しなかった。雪が降りしきる中、俺と雪華綺晶は寒すぎて腹を壊すまでずっとその景色を眺めていた……礼と水銀燈のお楽しみの音声をBGMにしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。懐かしい記憶の夢だ。色褪せ過ぎてもうそれが正しいのかも分からないが、それは確かに俺の経験だった。

 俺は古びた拳銃を手に、色んな所から血を流していて、そんな立っているのもやっとな男の目の前には友人が力無く瓦礫にもたれ掛かっている。俺が亀みたいに遅い速度でそいつの前にやってくれば、友達は俺に銃を向けて引き金を引いた。

 発砲音が響いて、俺の胸に穴が空く。思わず膝を着くと、ボロ切れみたいな友達がしてやったという顔で笑った。

 

「ゆ、油断したなボケ」

 

 咳交じりに呟く友達に、俺は頷いて答える。

 

「正直、生きてると、あぁ、思わんかった」

 

 そう賞賛すれば、友達はへへへ、と笑って今度こそ力尽きて崩れ落ちた。胸に三発、下腹部に一発、足に二発、腕に一発。よくもまぁそんなに食らってて最後まで噛み付いてきたもんだと驚かずにはいられない。最後に撃ってきた銃だって、人差し指が飛んでるから中指で撃っていたのに、しっかりと胸を撃ってきやがった。

 俺はその場に仰向けになると、今撃たれた箇所を触った。幸い弾丸は着ていたプレートが受け止めたようで、致命傷には至っていなかったが、それでも衝撃はきた。

 

「頭を撃つべきだったな、隆博」

 

 俺は笑いながら答えない友達に語りかける。しばらく休むと、俺はまた立ち上がる。右足は骨が折れて動かないし、肋骨も折れているから痛い。左腕は撃たれたせいで力が入らない。おまけに全身傷だらけ。ただ休むにはまだ早かった。

 

 友達の亡骸を超えていけば、いた。ドレスは擦り切れ、雪のように白い肌には汚れが目立つがそれでも美しい彼女が。

 彼女の腕には事切れた蒼い姉が、先の友のように。

 

「雪華綺晶」

 

 そう声をかければ、彼女は明らかに動揺した表情でこちらを向いた。

 

「マス、ター」

 

 そしてそのまま倒れこむ。見れば、大きな鋏が胴に突き刺さっていた。慌てて俺は彼女に駆け寄り、死んでしまったドールを放って雪華綺晶を抱き寄せた。

 

「ごめ、なさい、やられ、ました」

 

「喋るな、いいんだ。よくやったよ」

 

 鋏は深く突き刺さって、彼女の身体を貫通していた。無理に抜けばそのまま死んでしまうかもしれない。俺は鋏をそのままに、彼女を抱き上げて前へ進む。

 

「マス、ター」

 

「なんだ?」

 

「ローザ、ミスティカ、全部」

 

「ああ、全部手に入れた。後はアリスになるだけだよ」

 

 そう必至に言葉を返すと、雪華綺晶は力無く笑う。

 

「私、やっと、マスターの、お嫁さんに……」

 

「そうだぞ、お嫁さんだ。一緒に家に帰って暮らすんだよ」

 

「すて、き」

 

 カクン、と、彼女の頭がぐったりと俯く。俺は足を止めて彼女の身体を揺さぶる。必死に名前を呼びかけて、息があるか確かめて、どうにかしようとする。

 

「まだ早いダメだダメだ、雪華綺晶頼むよ、ダメだって」

 

 本当はもう死んでしまったと分かっていた。その証拠に、彼女の胸から完成されたローザミスティカが浮き出てしまっていたのだ。俺はそれを必死に彼女の胸に押し返すけれど、意味がなかった。

 ジャンクになってしまったドールは、もう元には戻らない。産みの親が手を施さない限り。

 

 絶望した。ようやくここまで来たのに、彼女が死んでしまったのだからそれも当たり前だった。

 しばらくはそうして動かなかった。涙が枯れてもずっとそうしていた。

 

 だが、そこで俺は閃いた。閃いてしまった。

 

 ローザミスティカは彼女達の魂。その魂は時代も、時空も、世界すらも超えて存在する。その魂の完成形を俺が手にしたら。

 

 俺も時空を超えられるのではないか。

 

 ここではない、まだアリスゲームが始まる前の世界へと。

 

 

 

 

「やめておけ」

 

 

 

 後ろで声がする。男の声であることはわかった。そしてそれが誰の声であるのかも。

 

 

 

「それは君のような汚らしい淫夢厨が手にしていいものじゃない」

 

 

 

 拳銃の中にはまだ三発。5.1インチの銃身から飛び出せば500ジュールのエネルギーを持った.45口径の亜音速弾が装填されている。

 俺は振り返りざまに拳銃を声の主に向けて発砲する。その弾丸は確かに男の胸に突き刺さった。金髪の、顔の見えない男の胸に。だが男は平然としている。

 

「無駄だ、僕にそれは……」

 

 勝ち誇ったように言う男だが、次第に変化が訪れる。時間が経つにつれ、苦しみだしたのだ。

 

「君は、それはまさか、錬金術の」

 

「ラプラァアアアアアアスッ!!!!!!」

 

 悶える男を無視してうさぎの名を呼ぶ。すると彼は、俺の横へと召喚された。

 

「行くぞ、次のステージだ」

 

「はい、同志」

 

 うさぎに支えられ、俺は立ち上がる。まだ戦いは終わらない。否、これからだ。どれだけ長くなろうとも、俺の戦いはこんな所で終わっていいほどあっけなくない。

 彼女を抱きかかえ、俺は世界を超える。ただ一人、アリスのために。

 



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sequence77 ようこそ、真相へ

ローゼンメイデン0を読み終わって生きる意味を失ったので初投稿です。


 

 

 

 クリスマスが終わり、新年を迎えた。テレビは特番や毎年恒例の駅伝だらけでつまらないし、学校も冬休みでサバゲーとトレーニングくらいしかやる事がない。元旦だというのに俺は炬燵に両足を突っ込みながらパクってきた銃火器の整備をして暇を潰していた。

 礼と水銀燈は何やらやる事があるらしく、今は出かけている。まぁやろうとしている事は分かっているし、分かった所であいつらに何が出来るとも思わない。計画を乗っ取るくらいはしてきそうだが、それも最終局面だろう。

 よって、我が家には愛しの雪華綺晶と新年の挨拶にやってきた賢太しかいない。その二人も、俺の両サイドで炬燵の魔力に囚われてぐでっとしながらテレビを見ている。

 

「お前らそんなぐでぐでしてたら溶けちゃうぞ」

 

 ライフルのレシーバーを分解しながら言葉をかける。雪華綺晶はテーブルに頭を突っ伏したままこちらを向いて言う。

 

「年中鉄砲にお熱のマスターに言われたくないですわ〜」

 

 心なしか口調もぐでってる。ほっぺをむにむにしてやりたい衝動に駆られるが、今手にはガンオイルとカーボンのカスが付着しているため触れるような状態じゃなかった。

 ふと、賢太が何か気になったのか俺の作業する姿を見て口を開いた。

 

「ねぇ、最近随分メンテナンスしてるけど、何かあったの?」

 

 その問いに俺は不敵に笑って答えた。

 

「これから起こるのさ」

 

「これから?」

 

 それ以上は答えない。俺はそのまま必要な部分にオイルを塗ると、また結合を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年末年始という事もあり、この微妙な賑わいの街の神社にも人がわんさかやってきていた。普段は隣町や東京で買い物してるような奴らでさえ、神様の御利益を求めて来る始末だ、神様かわいそう。

 俺……この場では隆博さんは、みつさんと二人きりで初詣にきているわけで。本当ならうちのかわい子ちゃんも連れてきたかったのだが、今現在の薔薇の貸し出しが桜田くんなので連れてこれなかった。

 

「すごい人だね」

 

 着物姿のみつさんが言う。対していつもの私服である俺は彼女の手をぎゅっと握りながら頷いた。

 

「どいつもこいつも神様なんて信じてないヤツばっかりですよ」

 

「隆博くん意外と毒舌だよね」

 

 長くネットを彷徨ってたらしょうがないね。ちなみに今彼女との関係は恋人同士。クリスマスに告白し、晴れて相思相愛になったのだ……正直手を握ってるだけで勃起してしまうのは私だけでしょうか?(不健全)

 ようやく俺たちの番になり、目の前にでっかい賽銭箱と鈴がついた縄がやって来る。俺とみつさんは礼儀なんて知らないので、適当に数百円ぶち込んで鈴を鳴らして礼をした。蒼星石がアリスになりますように、みつさんと結婚できますように、実は金持ちの血族で遺産が急に転がり込んできますように、良い企業に就職できますように……ありったけの夢を掻き集めてお祈りする。

 お祈りが終われば、俺とみつさんは今年の運勢を占う事にした。くじの売店にて、俺達はそれぞれくじを購入して中身を確かめる……中吉か、ふむふむ。恋人、もう来てる。金運、無駄遣いするな。健康、死の危険あり……なるほど、アリスゲームが今年も活発らしい。

 

「わっ!凶だぁ〜……」

 

 と、隣でみつさんが項垂れている。俺は笑いながらぎゅっと彼女を横から抱きしめてくじを確認した。

 

「ちょ、隆博くん!?」

 

「なになに……総合的に悪し、絶望する事がある……破っちゃおうか?」

 

 あったまきた(ヒゲクマ)俺の恋人にこんな事言う神様は死んで、どうぞ。だがみつさんは慌てて俺を止める。

 

「ダメダメ!こういうのは結んでおけば多少良くなるから!……あとね、隆博くん」

 

 と、みつさんが急に顔を赤らめてしおらしくなる。

 

「その……当たってる、かな」

 

 当たってる……?あっ(察し)良く見れば俺のいきり立つ股間が彼女の腰に当たっている。俺はそそっと彼女から離れて気まずそうに謝った。

 

「すみません(小声)」

 

「いや、いいんだよ!えっとね、その……」

 

 もじもじし出すみつさん。すると彼女は俺にそっと近寄って耳打ちしてきた。

 

「夜、楽しみにしててねっ」

 

 言うや否や、彼女は大量のおみくじが結んである木へと顔を真っ赤にして走っていく。あそこまで真っ赤な顔は郁葉がFPSでぼろ負けした挙句煽られて以来だったが、俺の心はそれどころじゃなく。

 

「……ヌッ!」

 

 ほぼ逝きかけました(ICR)

 

 

 

 

 

 

 おみくじも結び終わり、俺たちは境内の屋台でたこ焼きを買って二人で食べる。一袋は蒼星石と後で食べよう。

 二人でベンチに座ってこうやって食べてると、やっぱり俺たちカップルなんだなぁと実感できた。アツアツのたこ焼きを頬張るみつさんも可愛い。ていうかうまいラーメン屋の屋台はないのだろうか。

 

「あつ、熱い、アツゥイ!」

 

 見惚れながら食べたせいでたこ焼きの熱さを忘れていた。俺はみつさんが慌てて渡してきたジュースを飲む。

 

「もう、がっつきすぎ」

 

 そんな俺を見て笑うみつさんは大人っぽい、エロいっ!

 

「夜もいっぱいがっついちゃうんで」

 

 いつものノリで思わず下ネタをぶち込んでしまったが、案の定耐性が無いみつさんは顔を真っ赤にした。

 

「よ、夜って……!もう、本当に隆博くんって恋愛経験ないのかなぁ?」

 

「ないです」

 

 蒼星石はノーカン。

 

 たこ焼きを食べ終え、俺たちは用済みになった神社から去ろうとする。この後は一度解散し着替え、夜に合流して一緒にディナーと洒落込む。その後は……おほ^〜。

 

「じゃあ隆博くん、また後でね」

 

「うん、メールしますね」

 

 と、そこまでは良かった。だがどういうわけかみっちゃんはもじもじして何かをしようとしている。俺が困惑して待っていると、彼女は目を閉じ、口を窄めて何かを待っていた。

 

 ファッ!?

 

「え、あ、みつさん?」

 

 彼女は何も言わない。俺も男だ、腹を決めろ。

 そっと、彼女の肩を押さえて俺も期待に応える。ちゅっと、口先が触れ合った。柔らかい。しばらくそれを堪能すると、彼女は離れる。ディープでダークな奴はまだ彼女には早かったか。まぁ遅かれ早かれ後でもっと激しい事するんですけどね初見さん。

 

「わ、私、ファーストキスだからっ!じゃっ!」

 

 それだけ言うと彼女は全力ダッシュで去っていく。俺はしばらく惚けたまま彼女を見送った。そしてみつさんの姿が消えると、満面の笑みでタバコを取り出し、喫煙所に向かう。キスの味とニコチンで気分は最高だった。

 

 

 あの子を見るまでは。

 

 

「随分高校生みたいな事してますね」

 

 喫煙所から出てきた俺を、最早主途蘭と化した琉希ちゃんが待ち構えていた。血の気が引いて、咄嗟にズボンの内側に隠していた拳銃に手をかける……が、人目のある場所で出せるわけもなく。

 

「ここで騒ぎは起こさない方が賢明だと思いますが。私も争いに来たのではありませんので」

 

「あ?」

 

 睨みを利かせる。だが彼女は気にもせず、ドレスのような衣装を翻して歩き出す。

 

「お話をしましょう。今後の我々にとって重要なお話です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 nのフィールドには、様々な場所がある。9秒前の白というガラクタ置き場のようなエアポケット、その根底にある無意識の海……一概にnのフィールドと言っても、それは物事の一面でしかない。

 そして元旦から忙しなく動いている礼と水銀燈、そしてなぜか一緒にいる蒼星石が用がある場所は。記憶の濁流と呼ばれる、無意識の海内にある、かなり深いゾーンであった。

 

「気をつけなさぁい?あんたなんて私がいなくちゃ1分も持たないで飲み込まれちゃうから」

 

 まるで自分の存在を誇張するかのように言う水銀燈の頭を引っ叩くと、礼は彼女の手を握って濁りきった世界を歩く。先頭には、庭師であり夢の道先案内人である蒼星石が何かを探すように歩いていた。

 

「本当にここで間違い無いんだな」

 

 礼の問いかけに蒼星石は頷く。彼女の手には庭師の鋏が握られ、それを指示棒のように使いずっと先にある光を指した。

 

「多分、あれが彼の記憶の奥底だよ」

 

 彼。それが礼の兄であることは想像に難くなかった。だからこそ、礼は細心の注意を払って進まなければならない。あんな毎日を自由気ままに過ごすような人間が、このアリスゲームにおいては一番危険で厄介なのだから。奴に比べたら琉希など取るに足らない存在であることは確かだ。

 

「ねぇ、すごい罠がありそうで行きたくないんだけど」

 

 手を繋ぐ水銀燈が言う。

 

「どの道奴には勘付かれてる。なら行くしかあるまい。行けるうちにな」

 

 空いた右手でいつもの拳銃を取り出す。堅牢な作りの拳銃には、拡張弾倉とライト、そしてサイレンサーが取り付けられており、彼の本気の度合いが見て取れた。

 光を目指して彼らは進む。濁った世界の背景には、様々な記憶が映り込む。そのどれもが、兄である河原 郁葉のもの。ここは河原 郁葉の世界と繋がる、通路のようなものだ。それもただの世界ではなく、その深淵。本人すらも気づいていないような、深い奥底。

 礼は知らなければならない。兄が何を隠し、何を手にしているのかを。

 

「ここから先が……郁葉くんの夢と記憶の際奥、深淵だよ」

 

 光を越えれば、そこは絶対的な闇。動じないはずの礼の身体が、寒さで震える。そんなマスターを、水銀燈は自身の翼で覆った。

 

「ここは……何?こんなの記憶じゃない、これは、呪い?」

 

 覆って、その異様さに水銀燈は困惑する。その禍々しさに、あらゆる夢と記憶を覗いてきた蒼星石ですら戦慄した。

 もはやここは、単なる記憶の保管場所ではない。河原 郁葉という得体の知れない存在が抱え込む闇そのもの。空気は冷たく、鋭く、呪いのような薄気味悪さを孕み、侵入者を追い払おうとしている。

 

「……大丈夫だ、水銀燈」

 

 翼で彼を隠す水銀燈を押し退け、礼は前へ進む。同時に警戒を厳にした。こんなはずではない。あの男は、こんな生易しく自身に侵入を許すほど甘くない。この呪いのような空気も、暗さも、どれもが本来の奴ではない。

 その考えは正しい。ある程度進むと、一気に空気が変わる。先程までの人を拒むようなものから、暖かい春の陽気のような物へと変貌した。それが不気味で堪らない。何も直接的な攻撃が無いのだから。

 

「ここは……彼の記憶の奥底?」

 

 蒼星石が首を傾げる。だが礼とそのドールは知っている。ここは、そう。彼らの親が眠る、霊園だ。夏に来た、あの場所だ。

 

「あいつの考えていることが何も分からないな」

 

 鼻で笑って礼は進む。そして、親の墓前へと来ると、その墓石を観察した。

 

 観察して、驚いた。驚きすぎて、墓石に張り付いた。

 

「ちょっと礼?どうしたのよ」

 

 そんな冷静なマスターの動揺ぶりを、動揺で表現する水銀燈。

 

「名前が違う……これは、先祖の墓?いつの記憶だ?」

 

 礼はそのまま走る。それを追いかけるドール達。礼は霊園のポストに投函されている新聞を掴み取る。

 

「……去年の夏?そんな馬鹿な」

 

 新聞に書かれていた年月日は、去年の夏。墓参りに来た時と変わらない。その頃にはもう既に親は死んでいる。つまりこの記憶では、彼らの両親は死んでいない事になる。

 

「記憶が改竄されてるの?」

 

「いや、記憶は記憶。無形の、不変のものだ。それを変えることはできない……僕たち庭師がいない限り」

 

 すると突然記憶が飛んだ。唐突な浮遊感とともに、場所が変わる。礼はすぐさま拳銃を構えて水銀燈を守るように移動すると、周辺を確認した。

 

「……家だ、俺の」

 

 河原家。夏の河原家がそこにあった。駐車場には親の車が止まっている。そんなはずはない。親が死んだ時、あれは売り払ったはずだった。

 礼は半ば放心状態で駐車場へと向かう。

 

「礼!」

 

 彼の背中を追いかけるドールズ。礼は父親のワゴン車を食い入るように見ていた。

 

「ねぇ、ちょっと!」

 

 水銀燈が話しかけるも礼は動揺した様子で動かない。すると彼は玄関へと向かい、扉を勢いよく開けて靴も脱がずにリビングへと向かう。

 

 

 

 

 親父が、いた。Tシャツにパンツ姿で、クーラーに当たりながらゲームをしている。教育委員会に有害指定を受けるようなゲームで、スポーツカーを乗りこなし、時々キッズ達に攻撃されてキレる父親が、そこにはいた。

 

「あ、ああ、ああああ」

 

 ボロボロと礼の瞳から涙が零れ落ちる。トントンと、後ろのキッチンから懐かしいリズムの音が響いた。

 

 母親が、昼飯を作っていた。そんなに美味くないのに、どうしてか忘れられないあの味を作る母親が、そこにはいた。

 

「礼……」

 

 膝をついて崩れ落ちるように涙する礼に寄り添う。その二人を、蒼星石はただ見ている事しか出来なかった。

 

「行ってきまーす」

 

 玄関から声がして見てみれば、今のような鋭さの欠片もない礼が、エナメルバッグと体育服装で出かけるところで。

 

「気をつけてね〜」

 

 気の抜けるような母親の声が響き。

 

「何時頃帰ってくんの?」

 

「夕方」

 

 父と子の何でもないような会話がして。

 

 礼は、人殺しになった子供は、耐えられなかった。思わず父親に抱きつこうとして、すり抜ける。

 ここは記憶。無形の、過去の思い出。存在はしない、そう、映画のようなもの。彼らは干渉できない。

 

 

 

 

「懐かしいだろ。平和だったんだ、あの頃は」

 

 

 

 ソファから聞き知った声がして、礼はすぐさまそちらに銃を向けて水銀燈を守る。そこにはやはり、彼の兄が鎮座していた。

 郁葉は銃を向けられても動じず、ソファに座りながら父親を指差す。

 

「何年GTAやってんだよ。笑っちゃうよな、アプデ来なくてもずっとやってんだから」

 

 ケラケラと、力無く笑う兄を睨む。

 

「礼。ここに来るって事は、予想が付いてるんだな」

 

「黙れクソ兄貴、こんなもん見せやがって、殺してやる」

 

 郁葉は立ち上がると、テーブルの上に置かれたジュースが入ったコップを手にする。そしてそれを逆さまにした。

 

 溢れない。礼が周りを見てみれば、時が止まっていた。

 

「いい記憶だろう。これは「俺」の記憶だ」

 

「何が記憶だ、この頃にはもうお父さんとお母さんは死んでただろッ!」

 

「いいや。生きてた……生きてたんだ」

 

 郁葉はコップから手を離すと、礼に向き直る。

 

「礼。時間がないからよく聞いておけ、一度しか言わない」

 

「なに……?」

 

 言っている意味が分からなかった。だが、蒼星石は何かに気がついたようで。

 

「君は、僕の知る郁葉くんじゃないね?」

 

 兄はただ頷いた。そして、弟に向けて告白する。

 

「俺は、無数に存在する河原郁葉のうちの一人だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な事言うなよッ!」

 

 俺は激昂していた。人目のない場所で、琉希ちゃんに言われた事を受け入れられなかった。銃を抜いて彼女に向け、血走った目で訴える。

 

「貴方がみつとどういう関係になろうが関係ありません。ただこれだけは言っておきます。あの男に味方するようであれば、みつは殺します」

 

 冷酷に、彼女はそう言い切った。俺は今にも引き金を引いてしまいたい気持ちでいっぱいだった。そうさせなかったのは、ここが街中だという事があったから。

 

「彼女はこちら側です。私はもうアリスゲームに興味はありません。ただ翠星石の安全と、リリィさんの仇が取れればそれで結構なので」

 

「だから友達を売れって!?」

 

「いいえ。手を引いていただければ。蒼星石には干渉はしませんし、貴方に実害は無い。みつとも幸せになれますよ」

 

 何も言えなかった。俺は人生で最も重大な決断を迫られている。考えて考えて、それでも友達と恋人達を天秤にかけても答えが出せなくて。

 銃を下ろした。

 

「……時間をくれ」

 

 その返答に、琉希ちゃんは笑った。

 

「ええ。焦らずとも、時間はありますから」

 

 まるで俺がこの後どう決断するかわかっているような笑みが、酷く煩わしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 礼は兄の話をすべて聞いて、時間が経っても悩んだ。目の前にいる兄の話が本当ならば、礼と敵になる方の兄はとんでもない存在である事になる。そして、自分達が行なっているアリスゲームに救いが無い事も理解してしまった。

 水銀燈と蒼星石は目を見開いて、聞いてしまった現実を必死に否定しようとする。

 

「そんな、嘘よ。私たちが、私たちが、アリスになれないなんて」

 

 思わず水銀燈は笑ってしまった。だが目の前にいる兄は、悲しそうな、それでいて決意したような顔で言う。

 

「俺が証人だ。結局アリスゲームを勝ち抜いても、雪華綺晶はアリスにならなかった。そもそも、ローゼンには無理だったんだ。至高の少女を生み出すと言うことは。だからこんな、アリスゲームなんてお遊びでお茶を濁した」

 

 動揺したのは水銀燈だけでは無い。

 

「それじゃあ、お父様は……僕たちに嘘をついていたの?」

 

「……そうだ。あのクソ野郎は、お前達に言い出すことができなかったんだ。お前達は全員、人形のままってな」

 

 礼は水銀燈を見た。そして思い描いた理想の未来をぶち壊された憤怒を必死に抑えた。まだ希望は潰えていない。

 

「今の……俺が知る兄貴がやろうとしていることは、確証があるのか?」

 

「琉希ちゃんの事か。あれが一番可能性が高い。だがまだその時では無いな」

 

「と、言うと?」

 

「まだ魂が完全に同化していないんだ。だから今身体を乗っ取ろうとしても失敗するだろう……礼。お前もやるつもりか」

 

 礼は答えない。ただ、その決意に満ちた暗い顔を見れば理解できた。

 

「奴が完全なローザミスティカを持っているから、姉妹同士で争わなくても済む……」

 

 一人呟く。

 

「ああ。「今の俺」は、ローザミスティカを更に集めてより魂の質を高めたいんだろうな」

 

 すると、目の前の兄が懐から何かを取り出した。拳銃だ。それも、古びた……今の兄が使っているものと同じ。

 

「これをやる」

 

 礼がそれを受け取る。

 

「違う世界でアリスゲームに勝ったとき、ローザミスティカを変質させて作ったんだ」

 

 さらっととんでもない事を言う兄に、礼は心底怒りを覚えた。

 

「気持ちは分かる。だが、これが必要だ。……俺の身体に、こいつは効く。俺の再生力も、ローザミスティカを取り込んだ事によって得たものだからな」

 

 生理的な嫌悪感を覚えつつも、利用できるものはすべて利用する。礼は拳銃を懐にしまう。

 その時だった。目の前の兄が、天井を見上げる。正確には、その先の空。

 

「時間だ。流石に長居させすぎたな。おい、そいつを持ってる事はバレるなよ」

 

「なんで自分を殺させるような事を?」

 

 その質問に、兄は笑った。

 

「俺増えすぎだろ。そろそろ全部消えなきゃな」

 

 

 

 

 

 



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sequence78 葛藤と決意

 

 

 

 

 止まった時間。変わらない日常。最高に楽しいわけではないが、幸せな時間。歳を取らず、繰り返しの日々がここでは過ぎ去っていく。そんな、誰もが心の奥底で憧れる理想的な人生を俺はここで送っている。

 否、俺はもう死んでいると言ってもいいだろう。いくつかに分裂してしまった河原郁葉という哀れで激情的な青年のうちの一つとして、nのフィールドと夢の狭間で怠惰な日々を過ごすのだ。

 

 俺はアリスゲームに勝って、この世の中の理不尽さに負けた。苦しんで苦しんで、それでも雪華綺晶をアリスにしたくて。知り合いを殺した。友達も殺した。そして家族すらも、この手で葬った。それでも彼女はアリスには到達できなかったのだ。哀れで仕方がないだろう。

 目の前では親父がずっとゲームをしていて、台所でお母さんが料理を作って、礼がサッカーに出掛ける。そんなありきたりな日常を俺は繰り返す。

 

 そして俺の腕には、動かない雪華綺晶を抱えて。

 

 

「礼は強い子だよ」

 

 

 俺は招かれざる客に言葉をかける。いや、招かれざる客ではないはずだ。なぜなら、リビングに今入ってきた男も、俺なのだから。

 同じ見た目で、同じ声。違うのは今の主義主張くらいだろう。そいつはゲームをする親父と料理を作るお母さんをどこか愛おしく見ると、俺の隣に座った。

 

「でなけりゃ毎回俺の前に立ちはだかってないさ」

 

 俺は鼻で笑った。その通りだ、礼はどの世界でも最終的には俺と戦うのだから。負けた事も沢山ある。戦術的にも直接的にも、俺は礼に何度も悩まされてきたからだ。

 

「それも今回きりだ」

 

 もう一人の俺が、どこか野心的な顔でそんな事を言った。俺はさも興味があるようなふりをして尋ねる。

 

「なら、目処がついたのか」

 

 分身は頷いた。

 

「お前は連れてけないが」

 

「だろうな。もう行こうとも思わないよ」

 

 明確な拒絶だった。それはお互い様だが。片割れは俺の横っ腹に銃を押し付けた。それはついさっき、俺が礼に託したものと同一のもの。その意味は痛いほどわかっている。

 

「悪いな、これくらいしか方法が見つからない。お前も見たかっただろうに」

 

 そう謝罪してくる俺に、頷いて答えた。

 

「いいんだ。俺もそれを望んでた」

 

「そうか……そうだな」

 

 ようやく終わる。俺という、この世界に居てはいけない存在が消える。この河原郁葉という、システム化されてしまった存在から解放されるのだ。

 

「やっとあの世で俺の雪華綺晶に会える」

 

「羨ましいよ」

 

「でしょ」

 

 しばらく二人で笑いあった。それも乾いた笑いでしかない。それでいいのだ。俺たちは疲れ果てていたのだから、昔みたいに笑い合うなんて事はもう出来ない。それで、いい。

 

 銃声が響く。腹が熱い。あれだけ重傷を負ってもケロッと治っていたはずだった俺の身体は、今度こそ死ぬのだと嫌でも思い知らされた。

 悪くはなかった。もう一人の俺が去った後も、俺はしばらく痛みを享受しながらソファに座っていた。即死させなかったのは見せしめという意味もあるだろう。俺は最期の時までこの痛みと向き合わなくてはならない。

 

 視界が狭くなる。段々と、親父の背中が見えなくなっていく。ようやく終わるのだ。そう思えば気は楽だった。瞳を閉じ、その時を待つ。

 

 

 風が吹いた。爽やかな、傷の痛みも忘れるくらいに気持ちのいい風が。

 

 そっと、誰かの小さな手が俺の頬に触れた。懐かしい感触に、俺は久しく忘れていた感情を思い出した。

 

 

「ああ……来てくれたんだね」

 

 

 最愛の、俺だけの人形が、俺を迎えに来てくれた。

 

 行き先はわからないがーーきっと地獄に違いないが。それでも、俺は最期の最後で救われたはずだ。

 

 長く、それでいて短い俺の人生。終わりの時にそんな幸せが訪れるなんて。

 

 

 神さまは、残酷で慈悲深い。

 

 

 

「マスター。共に参りましょう」

 

 

 

「そう……だね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 琉希ちゃんからの警告を受けた俺はパニクっていた。家に帰るや否や、テレビで放送されている駅伝を呆けたように眺める蒼星石に縋り付くように抱きついたのだ。

 駄々っ子のように泣きつき、混乱する頭を彼女の頭に押し付ける。痛いだろうに、蒼星石は俺の頭を優しく包んで撫でてくれた。そして優しく、聖女のように尋ねてくる。

 

「どうしたの、隆博くん」

 

 俺は顔を上げると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったまま事の顛末を伝える。

 

「どうすんだよ……!どうすりゃいいんだよ!郁葉裏切って傍観なんてできねぇよ、みつさん殺させる訳にもいかねぇよ……!どうすりゃいいんだよぉ!」

 

 まるでこの世の終わりみたいな感情ですがる。蒼星石は困ったように笑い、俺の唇にそっと口づけしてくれた。まるで赤子を落ち着かせる母親のように。

 

「ねぇ、隆博くん。実はね、今日水銀燈たちと、ある場所に行ったんだ」

 

「え?」

 

「そこでね、郁葉くんと会った。僕たちの知る彼じゃない、別の世界の彼だ」

 

 なぜそんな事を言うのか分からなかった。ただ俺はその話を黙って聞いていた。

 

「別の世界の郁葉くんはね、アリスゲームに勝ったんだって。それで、雪華綺晶をアリスにしようとした。でも、それは叶わなかった」

 

 蒼星石は悟ったように、でも何かの感情を押さえ込むように言う。

 

「僕たちはね。アリスに、慣れないんだって。お父様は、結局、嘘をついていたんだ」

 

 最後の最後で、彼女の嗚咽が漏れた。涙がボロボロ溢れて、俺に負けないくらいに歪んだ顔を無理やり笑わせていた。

 

「僕、君と恋してから、ずっと夢みてた。いつかアリスになって、君と結婚して、子供を作って。一緒に歳を取って死ねるんだって。でも、そんな事最初からできなかったんだ」

 

 歪な笑顔に涙が溢れる。ああ、そんな。そんな事って。俺は動けなかった。ただこの少女が傷つく様を眺めていることしかできなかったのだ。

 彼女は言う。

 

「僕はいけない子だ。できもしない事を夢見て、君をその気にさせて、勝手に絶望して。今、君までも絶望させてしまったんだから」

 

 いけない。こんなんじゃいけない。そうだ、俺なんてまだ良い方だ。みつさんを死なせるか、郁葉を裏切るか、選択肢があるんだから。その選択肢だって、上手いことやればどっちも回避できるんだ。

 彼女にはそれが無い。追い詰められている。ならどうしてやればいい?俺が、マスターとしてできることは。彼女の夫としてやれることは。

 

「蒼星石」

 

 涙を拭って俺は向き合う。そうだ、こんなの俺じゃ無い。俺はどこまでも自分勝手でめちゃくちゃじゃなきゃならんのだから、こんな問題で立ち止まっちゃいかんのだ。団長だって言ってたじゃないか。止まるんじゃねぇぞって。

 

「お前はアリスになれる。俺は方法を知ってるんだ」

 

「え……」

 

 彼女は驚いた顔で、その色違いの瞳を俺に向けた。

 

「郁葉の計画だ。あいつがもう俺の知ってる奴じゃないのはわかってる……だから、それなりに信用していいと思うぜ」

 

 そうだ。礼くんが考察していた事だ。琉希ちゃんの身体を乗っ取る。

 

「それは……知ってる。本人から聞いたから。でも、それじゃあみつさんは」

 

「やってみせるさ。俺たちならできる。誰も、敵以外は死なずにやり遂げてみせるさ」

 

 俺は笑った。獰猛な笑みでもって、彼女を安心させたのだ。

 

「そのためにも、ここであきらめちゃいかんでしょ。蒼星石、手を貸してくれ。お前が必要だ」

 

 そう告げると、蒼星石は涙をゴシゴシ拭って頷いた。

 琉希ちゃん、そんでもって河原郁葉ァ!あなた方をアリス独占で訴えナス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼星石はどうか知らないが、俺は大して問題視はしていなかった。このまま正攻法でアリスになれないのであれば、抜け道を見つければいい。そしてその抜け道は、もう見つけている。あの馬鹿兄貴もたまには役に立つ。

 俺は部屋の隅っこで震えている水銀燈を抱きかかえると、一緒にベッドの上で横になる。

 

「おいバカドール」

 

 いつものように水銀燈を呼ぶと、彼女は虚ろな瞳で俺を見た。理由はわかっている。本当に些細な事だが。こいつは思っている以上に繊細で面倒だ。それが可愛いのだが。

 

「今まで自分が信じていた物を否定されて落ち込んでるのか?」

 

「……気安く心を読まないで」

 

 図星すぎて笑った。そんなわかりやすい自分の人形を抱きしめる。俺としては珍しく、彼女を安心させてやるためだった。

 

「心配いらないよ、水銀燈」

 

 優しく、多分今まであった中で一番綺麗な声で。

 

「俺がいるじゃないか。きっと、俺たちは一緒に居られる。だろう?」

 

 俺の胸に顔を埋める彼女は頷いた。黒い翼が俺を包む。

 

「私、礼のお嫁さんになりたい」

 

「なれるさ、そのために頑張ってるんだ」

 

 彼女の頭を撫でる。昔親父がしてくれたように……

 

「死んじゃ、嫌だからね」

 

「お前もな。絶対、死ぬなよ」

 

 しばらく二人で温もりを感じ合う。敵は多い。だが、その分愛も燃え上がる。俺は自身の心の炎を燃え滾らせながら、野望をくべる。

 人を辞めても、絶対に成功させてみせるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、いろんな人の葛藤をを見てきたわけだが。彼らにしてみれば最大の敵である俺は、相変わらず賢太と雪華綺晶を侍らせて炬燵でゴロゴロしていた。

 賢太は俺の太ももにしがみついて眠りについていて、時折股間に出が伸びてくるのでそれを払う。寝てる時まで何やってんですかねこの人……?

 雪華綺晶は負けじと俺の身体に抱きついて、俺もお返しに抱き返す。可愛くて仕方ない俺のドールは、他のドールズと違って悩んでなどいなかった。

 

「今日は来客が多いなー」

 

「はい?」

 

「なんでもなーい」

 

 一人そんな事を呟く。もこもこした彼女の髪の束に、顔を埋めた。

 

「いい匂い、食べていい?」

 

「ダメです」

 

 仕方ないので匂いだけ堪能する。女の子の匂いも良いが、彼女のは突き抜けて素晴らしい。もう、こう、匂い嗅いだだけでナウい息子♂がいきり立つ(変態糞土方)

 しかしあれだな、せっかく賢太がいるんだから、三人で三角形になって、しゃぶりあわねぇか?(ド変態)

 

「マスター、私嫉妬深いの。マスターが他の人とまぐわってたら、それだけで怒りが込み上げてマスターの大事な所を壊しちゃう」

 

「そんな冗談やめてくださいよ(ゆうさく)」

 

 いくら回復能力が高くてもそれは想像しただけでゾッとするからやめろ。



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sequence79 それぞれの

投稿先を間違えたので初登校です。


 

 

 

 

 

 「だぁれが殺したクックロビン」

 

 少女の歌声が世界に響き渡る。白いドレスを身に纏い、剣を腰に携え。揺れる金髪はツインテール。きらきらと水面に映る夕陽のように、見る者を釘付けにする可憐な少女。奇しくも他人の領域を離れ、人形と人間との狭間で宙ぶらりんの魂を持つ暗殺者。

 琉希はnのフィールドで彷徨いながら、憎い敵の鼻歌を、反射させるように歌う。

 

「あまりその歌は歌わんでくれんか。思い出す」

 

 その少女と魂を共有する、元人形が苦言を示す。彼女達にしか見えない霊体。その名を主途蘭。

 

「あのメガネ人間はちゃんと誘いに乗るでしょうかね、琉希」

 

 その反対には、少女の相棒である夢の庭師。その姉が訝しむような表情で彼女を見つめた。

 

「100パーセントこちらが望む事はしないでしょうね。でも良いの翠星石、あの人には釘を打てた。これで少なくとも、河原郁葉の敵は減らせる」

 

 激情型の、あのメガネの似合う大学生を思い浮かべる。激情型と言う事は、感情で動くと言う事。知ってさえいれば感情は制御しやすい。琉希は笑い、今後のアリスゲームの動向を思い描く。

 

「お主の妹は良いのか?きっと、あの使用人を人質に取ったなんて聞いたら怒るぞ」

 

 妹である香織を思い浮かべる主途蘭。彼女は聡明だ、きっとこの事を伝えずとも琉希の思惑に気づくに違いない。それに能力である透視も相まって、非難されるだろう。だが琉希ちゃんはそんなもの意にも介さずに言った。

 

「あら。香織は元々部外者よ。あの子がこの事に口を挟む権利は無いわ。今は協力してもらってるけど……妹だもの。家族だもの。分かってくれるわ」

 

 はは、ははは、と不気味な笑いと共に琉希は進む。

 

「翠星石よ、我らのマスターは最近イカれてきておるようじゃぞ」

 

「大体お前と末妹達のせいですぅ」

 

 それを言われると弱い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が経つのは早い。もう二月の中頃になってしまった。俺も来年度からは就活やらで忙しくなりそうで、今まで通り自堕落に雪華綺晶といちゃつけなくなると思うと夜も7時間くらいしか眠れない(快眠)

 だが悩みの種は俺の将来だけではなかった。目下の敵である琉希の動向が掴めない。相変わらず学校は行っているようだが、それ以外はnのフィールドへと入り浸っているようで追跡ができないのだ。礼も最近素っ気ないし、隆博もあまり連絡が取れない。賢太は相変わらず発情している。そろそろ掘られそうで怖い。

 

「なんか狂うな〜」

 

 一人自室で呟く。隆博の事は大体わかっている。大方みっちゃんを人質に取られたのだろう。最近の琉希は手段を選ばなくなってきたからやりそうではあったが。

 

「あら、珍しくお悩みですわ」

 

 そんな俺の元へ雪華綺晶が紅茶を持ってやってくる。すっかり炭酸よりも紅茶を嗜むようになった俺は、感謝を述べると紅茶を手にする。

 

「まぁね。何事も計画通りってのは難しいわ」

 

 ジュンくんにしたって一筋縄ではいかないだろう。あの子は見た目と違って芯が通っているから、こっちがやろうとしている事を教えたら反発するに違いない。槐も主途蘭戦以降元気が無さそうだし、もうあまり協力は期待できないと思って良い。

 だからといってアリスゲームを諦める理由にはならないが。

 

「ちょっと出かけない?なんか退屈だわ」

 

「まぁ。ではドライブにでも行きませんか?行きましょうよ。じゃけん行きましょうね〜(お嬢様)」

 

「語録なんて使っちゃ……ダメだろ!(ブーメラン)」

 

 意外と淫夢にはまっている雪華綺晶を注意する。まぁでも、せっかくだから家の車でちょっと出かけるのも良いかもしれない。初心者マーク付けなきゃならないけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天気が良いのに寒空の下、みっちゃんは駅前の改札にてある人物を待つ。それは言うまでもなく、彼氏の隆博の事であって。今日は仕事もお休みで、やる事がなかった彼女にとって隆博からの急な呼び出しは願っても無い事でもあった。

 御化粧バッチリ、ソバカスも目立たないようにして香織お嬢様に選んでもらった落ち着いた色の服に身を包み、ウキウキしながら彼を待つ。ちなみにいつもゴスロリばっかり着ている香織ちゃんだが、ああ見えて服のセンスは良いらしい。

 

 数分待って、人混みの中から待ち望んでいた細長いメガネ野郎の姿が見えてくる。黙っていればそこそこ良い顔をしている彼氏に手を振ると、ある異変に気がついた。

 美人が、彼のそばに寄り添うようにいたのだ。それも、ボーイッシュ系でオッドアイの、とびきりの美人だ。ジーンズにフライトジャケットという、着る人を選ぶその服装をあんなにも着こなしているような、そんな美人。

 明らかに二人は密着してみっちゃんに近づいており、そんな姿を見て彼女は愕然とした。

 

「みっちゃん」

 

 隆博が真剣な面持ちで彼女の名前を呼ぶ。

 

「紹介したい人がいるんだ」

 

 続けざまに言われた言葉に、みっちゃんの心は砕けそうになった。

 ああ、新しい人ができたんだ。自分みたいな地味で変な趣味の女よりも、何十倍も綺麗な人を好きになったんだ。そう考えてしまうくらいには、みっちゃんの想像力は豊かだった。

 

「初めまして、みつさん。いや、久しぶり……かな」

 

 だからその女がそんな事を言うのが不思議でたまらない。自分はこんな美人見たら忘れないのにと思いながらも、記憶を辿る。そして。

 

「僕はローゼンメイデン、第4ドール。蒼星石さ。金糸雀の妹で、翠星石の双子の妹でもあるよ」

 

 それを聞いた時には、開いた口が塞がらなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水銀燈は美人である。それもただの美人ではない。異国系銀髪赤眼美女だ。モデル顔負けのフェイス、すらりと長い手足、どうやっても人間では再現できないプロポーション、ファンタジーの世界から飛び出してきたような髪と瞳。そのどれもが、人々を魅了する。

 もちろんこれは仮初めの姿である。元々人形である彼女は、小学校低学年程度の身長しか持ち得ない。今は槐の薔薇を用いる事で、175センチ以上の高身長美女と化していた。

 

「ねねね、一人で待ってて楽しい?」

 

「ちょっと一緒に……付いてきてもらっても良いですかね?(棒読み)その分ギャラも出すんで(スカウトマン)」

 

 そしてそんな美女が東京の街中に一人でいれば案の定街で声をかけられてしまう事は避けられなくて。今もこうしてホモビのスカウトマンみたいな奴と後々病院で勘違いから発展しそうな奴が彼女の周りに纏わりついていた。

 だが水銀燈はそれらをガン無視して、一人スマートフォンの画面を眺めている。

 

「すいませ〜ん、木ぃノ下ですけど〜(実名報道)、ま〜だ返事もらえないですかね〜?(ホモはせっかち)」

 

 あまりにも無視が酷いので段々と苛立ってくる男達。と、そんな時水銀燈が不意に視線を彼らの後ろへと向けた。不思議に思って後ろを振り返る男達。そこには、中学生くらいの少年が男達を見上げていた。

 

「なんだお前」

 

 男が言った瞬間、少年が何かを振るう。缶ジュースが入る程度の大きさの、ビニール袋。だがそれは凶器となって男達の顔面を激しく打ち付けた。

 

「あああああ痛ぁあああああい!!!!!!」

 

 フィストファックされて痛がるくらいの大声で泣き喚く男達。少年の手に握られたビニール袋には血がこびりついている。ブラックジャックと呼ばれる、簡易的な凶器。袋の中に詰められた石が、男達の顔面を殴打したのだ。

 少年は自身よりも遥かに高い男達を、古武術のような投げ技で、最小限の動きで効率的に投げていく。

 

「ちょっとぉ、遅いんじゃなぁい?」

 

 男達を気にもせず、水銀燈は拗ねた様子で少年……礼に文句を垂れた。

 

「お前が飲みたいって言ったんだろ」

 

 そう言って礼は片手に持った二つのカップの内、一つを彼女に手渡す。タピオカミルクティー。今女性で話題のあの飲み物だった。

 

「ほんっと、東京って嫌ねぇ。変な虫がウヨウヨしてて」

 

 ゲシッと倒れる男達を蹴る水銀燈。

 

「行くぞ、注目を浴びすぎた」

 

 礼がそう言えば、今まさに数人の通行人がスマホでその様子を撮ろうとしていた。袋を遠心力でどこか人のいない方向へとぶん投げ、水銀燈の手をとって逃げるように去っていく。去り際に、しっかりと男達を踏みつけて。

 

 ようやく落ち着けそうな公園で、ミルクティーを飲む二人。一見するとおねショタにしか見えないが、主従関係的には礼が手綱を握っているから怖い。

 

「別に特別美味しくないわね」

 

「もう買ってこねぇぞお前」

 

 相変わらずの掛け合いをしていると、水銀燈が豊満な胸の上にミルクティーのカップを乗っけて、手を使わずに飲み始める。

 

「みへみへ、みるふふぃーひゃれんひ」

 

 ストローを咥えているせいで滑舌がよろしくない水銀燈。そんな彼女を見て、礼のこれまたよろしくない部分が出る。

 

「俺にも飲ませろ」

 

「ほぅら、良いわよぉ?」

 

 そう言って礼が水銀燈のミルクティーを飲む。もちろん胸に乗っかっているものを。

 

「飲みづらいな」

 

「なによ、私の胸に不満があるわけぇ?」

 

 いいや、と言って。礼は彼女の胸を両脇から強引に掴んでカップを安定させる。

 

「んにゃぁ゛っ!!!???」

 

 あまりにも突然の行為に、水銀燈が猫のように叫んだ。その間にも礼はミルクティーを飲む。

 

「うん、これで飲みやすい」

 

 そう言って満足そうに口を離す礼。対して水銀燈は顔を真っ赤にして吠える。

 

「な、なにすんのよ!?」

 

「いちいちうるさい」

 

 このカップルはいつも通り。たまには日常回もいいよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぁこっちはこっちで楽しいことになっている。隆博とみっちゃん、そして薔薇を使ってお姉さん化している蒼星石を交えた喫茶店での会話。蒼星石の事を隆博から告げられたみっちゃんは、明らかに動揺していた。

 

「ちょ、ちょっと待って隆博くん。じゃあ、君は……私達の、敵ってこと?」

 

「そうだけどそうじゃないんだよ。あれだよあれ、ああっと……サイボーグ忍者っていうか、グレイフォックスっていうか……」

 

「敵でも味方でもないって事さ、みっちゃん」

 

 隆博の分りづらい例えを通訳する蒼星石。みっちゃんはとりあえず隆博の言葉を信じ、質問する。

 

「なんで……今まで隠してたの?蒼星石のこと」

 

 その質問に、隆博は姿勢を正して答える。

 

「タイミングが無かったんだよ。金糸雀が翠星石とつるんでるのは知ってたし、かと言ってこっちの情報も秘匿する必要があったからね……必要以上に巻き込みたく無かったし」

 

「いや、どっちにしろ私もアリスゲームの当事者なんだけど……」

 

 細かいことは気にしてはいけない(至言)隆博は話を変えるべく、最終目標について言及する。

 

「それで、みっちゃん。俺は蒼星石をアリスにしたいと思ってる。そして添い遂げたいとも思ってる」

 

「え……」

 

「もちろんみっちゃんともだ。俺は、ハーレムを築きたいんだ」

 

 馬鹿正直に言い切る。一瞬硬直するみっちゃんだったが、

 

「えっと……それは、まぁ……いいんじゃない?ええ……でもハーレムかぁ。私、結構嫉妬深いから……ね?」

 

 もじもじするみっちゃん。正直かわいいと思う(私見)

 

「蒼星石と同じくらい愛してくれないと……嫌、かな」

 

 その愛くるしい仕草に、隆博はおろか蒼星石も胸を撃たれる。

 

「も、もちろんだ。なぁ蒼星石?」

 

「え?あ、うん!僕も隆博くんと同じくらいみっちゃんを愛するよ!」

 

 ボーイッシュなキメ顔でそう宣言する蒼星石。

 

「やだ、蒼星石イケメン……」

 

 きゅんと乙女心に火がつくみっちゃん。意外と三人ともノリノリみたいでヨカッタネー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シリアスは嫌いだが、そうしないと話が進まないから俺のパートではシリアスで行こうと思う。

 車デート中の俺と雪華綺晶。近くの自然が豊かな公園にやってきた俺たちは、ビニールシートを広げて二人寝転がりながら日光浴を楽しむ。時折横で寝転がる雪華綺晶のおっぱいにタッチしては手を叩かれるというしょうもないセクハラを交え、鳥のさえずりと意外と寒い風に凍えながら、ただ悠々と過ごすのだ。

 

「寒い」

 

「寒いですね」

 

「季節間違ってない?」

 

「完全に間違えましたわ」

 

 だよね?俺ら完全にバカだよ。トイレしたくなってきた。

 

「きらきー、俺トイレ」

 

「はい。私はしばらく凍えてますのでお気になさらず……」

 

「すぐ戻ってくるから(焦り)」

 

 そそくさとその場から立ち去りトイレを目指す俺。そんな俺たちを監視している奴がいた。

 

 

 

 

 目を閉じて眠気と寒さにに耐えながら夫を待つ雪華綺晶。ふと、気配がした。待ち人かと思って目を開けてみれば、怒ったような表情でこちらを見下ろしている美女がいる。

 

「あら。あらあら、これは。翠のお姉様ではありませんか」

 

「なにやってるです末妹。寒くねーですか?」

 

 薔薇によって大人化し、防寒着をばっちり着込んでいる翠星石がそこにはいた。手を出してくる様子は今の所ない。なぜなら人気があるからだ。さすがにここでどんぱちしようとはしないらしい。

 

「ツラ貸せです。ここじゃマズイですから」

 

 そう言って去っていく翠星石。この台詞からしても、戦いに来たことは明白だった。

 仕方ないと面倒に思いながらも、雪華綺晶は白いブラウスを払って立ち上がる。人気のない、森の中へ。癖が強い者同士、ぶつかろうとしていた。

 

 



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sequence80 暗い魂

ダークソウル3で人間性がボロボロになっているので初投稿です。


 

 

 

 約束は呪いと変わらない。俺の心が暗い闇だと仮定するならば、約束はその中に燻っている残り火で……暗闇の中ちっぽけにちらつくその火は、けれでも決して消え去ることはなく。

 

 俺はその火を忘れては思い出し。永遠に存在し続ける火が記憶の奥底を焚きつければ、俺の暗い使命を魂の奥底から呼び醒す。

 俺という薪を燃やしながら、新しい俺へと繋げるために。繰り返すために。

 

 使命のため。約束のため。全ては彼女のため。

 

 異なる輪廻の中で俺はその火を撒き散らし、すべてを薪にして焚べていく。皆が気がついた時にはもう遅い。その残り火はいつしか炎の嵐となって彼らに襲い掛かり、俺という災厄に飲み込まれて消えて行く。

 

 これが呪いとして言わずに何という。

 

 消えぬ野心を携え、自分を世界の枠組から外し、そして異端の輪の中へと縛り付けるのだ。それはまさしく呪いだろう。絶えず戦い、奪い、奪われ、消し消され。その輪廻から逃れられる者はいない。

 

 けれどね。誰しもその僅かな残り火に魅入ってしまうものなのさ。鬼と化してもなお、その火から逃れることをしないものなのさ。

 

 弟も。友人も。弟の友人も。そしてあの少女達も。彼女達の偉大なる父も。

 

 だからこうして、世界を超えてまでも存在し続ける。大きな世界を超えて、繋がりが弱い世界の果てでさえも、こうして戦うのさ。

 

 

 

 ちょっとダークソウルっぽくなって厨二感増したけども、そういうことなのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コツコツと、わざとらしく床を歩く音が響く。冬の寒さに打ち拉がれて誰も来ないこの公園のトイレにて、俺が用を足しているのにも関わらず、彼女はやってきたのだ。

 

「イマイチ分からなかったんだ、なんで君は毎度毎度俺に突っかかってくるのかね」

 

 自分の息子がしっかりと廃液を出している様を見ながらそう言う。足音が止まり、彼女は口を開いた。

 

「もう分かっているでしょう。リリィさんの身体を返してもらうためです」

 

 ぶるぶるっと身が震える。どうして用を足す時ってこうなんて言うか、気持ちがいいんだろう。小便は邪淫だった……?

 

「そうじゃないさ。もっと前の話だ。君が主途蘭と同化する前の話さ……やたらとアリスゲームにこだわってたじゃないか。大した理由も無さそうなのに、ナイフなんて持ってさ」

 

 別に重要な話ではない。ただ、俺が話したかっただけ。

 

「それに答えてなにかこちらにメリットでも?」

 

「いいじゃないか。ちょっとした会話さ。そこまでコミュ障じゃないだろう?」

 

 しばらく彼女は黙っていた。俺といえば、我慢しまくってたから出っ放し。

 

「……最初は、妹のためでした」

 

 まるでドラマにおいて追い詰められた犯人みたいに話し出す。

 

「翠星石が私の元へ来て、彼女が庭師の如雨露で妹の心を癒してあげた。当時、病気がちだった妹は、元気を無くしていたから」

 

 そういや香織ちゃんは病弱らしいな。クッソアグレッシブな姉とは似ても似つかないが。

 

「その恩返しのために翠星石をアリスにしようと?泣かせるじゃないか、女の友情だな」

 

「どこまでも人を馬鹿にする。やはり貴方は死ぬべきだわ」

 

 チャキン、と金属が擦れ合う音がする。腕の暗器が伸びた音。

 ようやく用を足し終えると、俺は彼女の方へ向く。チャックを全開に下ろし、息子を見せつけるように。

 

「ちょ!」

 

「ホラ、見ろよ見ろよ」

 

 大先輩の力を借りて、まるで後輩を犯すかのように。

 案の定琉希は白百合のような顔を真っ赤に染めて目をそらしている。瞬間、俺は銃を抜いて彼女に発砲した。

 

「っ!汚いですよ!色々な意味で!」

 

「そうだよ。世の中綺麗事ばっかりじゃないからね、しょうがないね」

 

 銃弾を回避してトイレから逃げて行く暗殺者。可愛い暗殺者もいたもんだ、俺はその隙にトイレの窓をよじ登って逃げ出す。

 分断してきやがった。今頃雪華綺晶は翠星石と戦ってるに違いない……なるほど、そんなに時間を止められるのが嫌か。

 

「残弾44発」

 

 拳銃に装填されている弾薬と予備の弾倉を確認する。かなり厳しいだろうがイケるだろう。もう一つ切り札もあるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで侍の果たし合いのように、雪華綺晶と翠星石は向き合っていた。森の少し開けた場所、銃撃戦には向かないけれど彼女達が戦うならば丁度いいだろう。

 表情には何もない。死をも優しく齎す愛しの末妹は、闘志をむき出しにする姉に語りかける。

 

「私、デート中なの。愛するマスターと、サンドイッチを食べながら。お空を眺めていましたのよ」

 

「こんな寒い中でよくやるです。やっぱりイカれてますねあんたら」

 

 ジャキン、と翠星石が如雨露を物々しく取り出す。左手には銃身とストックが切り詰められた古めかしい水平二連の散弾銃を。まるで獣狩りの夜と言わんばかりの物々しさだ。それ絶対琉希ちゃんの趣味でしょ。

 

「あらあら、啓蒙が高そうね。私が獣かしら?」

 

「化け物っていう点では似たようなもんです。さぁ末妹、早くお前も獲物を出せ、ですぅ」

 

 長身巨乳の姉が言う。しかしまぁ、翠星石もかなり美人だよなぁ。ああ雪華綺晶のが美人だからそんなに怒らないで。

 雪華綺晶は狂気に満ちた顔で微笑むと、一振りの刀を召喚した。結晶にて造られた、白く美しい刀。やっぱり俺のドールだ、センスが違う。

 

「誰にでも、成し遂げたい事があるのね」

 

 両手で刀を添えるように握る。

 

「一人お姉様を倒すたび、潤むの」

 

 パキン、と水晶の刀が分裂する。彼女の左手にはもう一振りの短刀が。

 

「私の暗い魂が、光り輝く結晶のように。だからお姉様」

 

 不自然なほど落ち着いた様子で刀を構える雪華綺晶。それを見て翠星石も構え出す。

 

「死んで、その身体を私の血肉にさせて下さいな」

 

 冷酷に、しかし美しく彼女は言ってみせた。翠星石は獰猛に笑うと、

 

「やってみろ、です。死ぬのはお前だけですけどね」

 

 雪華綺晶に向け突っ込んでいく翠星石。元来人見知りで臆病な彼女はもういない。いるのは復讐に取り憑かれ、異端を狩る狩人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森に銃声が響く。冬場の森では鳴く鳥もいない。ただ銃声だけが、この寒空に響くのみ。

 窓から出た途端に琉希が襲ってきた。分かっていた事だからすぐに対処もできたし、今回は前回とは違って俺にもそれなりにやる気があるし、一対一だからやりやすい。

 

「せやぁッ!」

 

 剣で斬りかかる琉希。完全に剣筋を見切ってそれを避けると、タックルで彼女と押し出して距離を取る。さすがに彼女はよろけもしないが、その隙に俺は拳銃を一発撃ち込む。

 それを上半身の移動だけで完全に避け切ると、彼女は小ぶりのナイフを投げてきた。マジでアサシンしてるなこいつ。

 

「あぶねっ」

 

 ナイフを避けつつ転がって再度狙うと、また彼女は続けざまにナイフを投げていた。避けきれないと思った俺は腕でガードする……当たり前のように左腕にナイフが突き刺さった。

 

「アッ!(スタッカート)」

 

 痛いけど仕方ない。どうせすぐ治る。俺は腕からナイフを抜くと、左手にそれを持って拳銃と構える。まるで伝説の傭兵のようなスタイルを見て琉希はドヤ顔で言った。

 

「ビッグボス被れのCQC使いですか?」

 

「それMGS4の台詞でしょ。琉希ちゃん結構ゲーオタだよね」

 

 その言葉が癇に障ったのか、彼女は低い体勢のまま左右にうねるようにして射線を回避しつつ、剣を振るい出す。俺は剣を握る彼女の腕を足の裏で蹴って防ぎつつ、拳銃を撃ち込む。

 

「ふっ!」

 

 物理法則をやや無視して回転しながら回避する琉希。俺はその隙に彼女に背を向けて逃げ出す。

 

「え!逃げるのですか!」

 

 それが想定外だったようで、後ろから全力疾走で追いかけてくる……

 

 彼女の狙いは分かっていた。俺と雪華綺晶の完全な分断だ。さっきから誘い込まれるように戦っていたが、きっと反対側には雪華綺晶と翠星石がいるんだろう。だからこっちから仕掛けてチャンスを伺ってたのだ。

 おそらく雪華綺晶は俺が走る方向にいる。でなければ琉希があんなに血相変えて追ってこない。わかりやすい子で助かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い魂を求めるものと、血を求める狩人。メーカーは同じだが若干ゲーム性の違う戦闘スタイルを用いる両者の戦闘は拮抗していた。

 

「せやぁ!」

 

 懐に潜り込んで如雨露を振るう翠星石。雪華綺晶は焦りもせずにそれを左手の短刀で弾く。見事なパリィだった。だがゲームと違って翠星石は回転蹴りで追撃を仕掛ける。

 

「お姉様、パリィされたら攻撃されませんと」

 

「これはゲームじゃないです!」

 

 確かにその通りだ。雪華綺晶はちょっとがっかりしつつも蹴りを避けて大振りのモーションで剣を振るう。ヒュンッと風を斬る音が響くが、翠星石はそれを如雨露で受け流した。

 

「おっも……」

 

 雪華綺晶のマスターは俺だ。そのせいか、流れ込むエネルギーも尋常ではない。単なる一撃も、相当なパワーらしい。

 

「あらあらお姉様。薔薇を用いているのは貴女だけではないわ」

 

 低く構えると、そのままロケットのように突っ込む雪華綺晶。それを好機と見た翠星石は、左手の散弾銃を彼女に向けて発砲する。

 どうやらそれを見越していたようで、雪華綺晶は蔓を即座に展開してそれを防いだ。

 

「ちょ!それずるいです!」

 

 そのまま雪華綺晶は前回転しながら刀を叩き込む。翠星石は間一髪ヤーナムステップで回避……もう作品違いませんかね?

 



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sequence81 求める身体

 

 雪華綺晶はヤバイドールであることは皆さんお分かりだと思う。こことは異なる世界線では契約者の素質のある人間達を拉致監禁し、平野店長もびっくりな苗床状態にした挙句に大人になったジュンくんを手に入れるために奮闘した。それこそ一時はローゼンメイデン全員を閉じ込めてしまうほどに。

 なんで俺がその世界線を知っているのかは置いておいて、この世界線でも基本的にヤバさは変わらない。今でこそ俺と言う依存先がいるから落ち着いているが、それと離れる事になるということは彼女からすればとんでもない不安と恐怖、そして怒りであり。

 それをもたらす翠星石は、絶対に排除しなければならない存在なのだ。

 

「あぶねです!」

 

 素早い斬撃をステップで間一髪回避する翠星石。しかし白薔薇が手にする剣には何か冷気のようなものが纏わりつき……

 

「ふふ」

 

 雪華綺晶の笑みと共に、冷気が翠星石へとホーミングし出す。触れたらヤバイと思って後方に下がれば、冷気は地面に吸い込まれ。

 地面から水晶の塊が、槍のようになって飛び出てきた。意外にも抜群の戦闘センスを持つ翠星石はそれらを如雨露で打ち伏せる。

 

「魔法攻撃みたいな事しやがって、ですぅ!」

 

 水晶を割って翠星石は飛び出す。そして縦回転しながら勢い良く雪華綺晶へと如雨露を振り下ろした。

 お互いの獲物がぶつかり合い、火花が散る。もうそこには古き良きアリスゲームは存在しない。ただ泥臭い殺し合いがあるのみ。

 

「待ってましたよ、この時をォ!」

 

 鍔迫り合いの最中、翠星石は雄叫びをあげると左手の散弾銃をゼロ距離で雪華綺晶に向ける。その威圧感に雪華綺晶は少しだけ笑みを歪めた。

 

 

 

 

「おまたせ」

 

 

 

 

 その声が聞こえるのと、翠星石の散弾銃が吹き飛ぶのは同時だった。突然の発砲音と共に、翠星石の散弾銃が撃ち落とされる。突然の事に距離を取って音の発信源を見てみれば、雪華綺晶のマスターであるこの俺が、琉希に追っかけられながら全力疾走で彼女に拳銃を向けていた。

 

「マスター!」

 

 嬉しそうに微笑む雪華綺晶の側へ駆け寄ると、彼女を守るように立ちはだかる。それを見ていた翠星石は、同じく合流した琉希と顔を歪めて舌打ちしてみせた。ガラ悪いなこいつら。

 

「分断しようとするまでは良かったな。だが肝心な所洗い忘れてるゾ」

 

 不敵に笑って敵対者に指摘する。

 

「雪華綺晶は賢い子だ。自分が襲われれば、同時に俺が襲撃されてるってこともわかるのさ。ならスマートな彼女なら相手に悟られないように、戦いながら俺の方向へ向かう事くらい楽勝なんだよ」

 

 両手を広げて言い切る。琉希は少しばかり悔しそうな表情を見せたが、それもすぐに強がりの笑みへと変わる。

 

「そうですか。しかしここは現実世界、時を止めたりするような小細工は通用しません」

 

 ほう、なるほどね。俺が時間の波を操る条件を向こうは知っているのか。

 

「そうかい。まぁ話は変わりますけど」

 

 強引に話を切り替える。

 

「翠星石、お前今のマスターは誰だ?」

 

 その発言に、二人とも固まる。

 

「琉希ちゃん、君指輪してないね。それにその身体、もう人間をやめちまってるからローゼンメイデンとも契約できないだろ。なら翠星石のマスターは誰だ?妹の香織ちゃんか?みっちゃんは金糸雀だけのマスターだしな」

 

 無言ということは図星のようだった。

 

「薔薇を用いて戦えば……ローゼンメイデンの固有能力を使用する場合では、生命力の消費は尋常じゃない。だからお前らは俺たちを分断して各個撃破しようとした。そっちのがお前らにとってはやりやすいからな。そしてこの場には雪華綺晶の水晶の残骸しか落ちていないということは、翠星石ちゃん?君ほとんど肉弾戦で頑張ってたんじゃないかね?その証拠に、ほら。ソードオフの水平二連のショットガン。琉希ちゃんの妹は病弱だって聞いたから、生命力は使いたくなかったのかな?」

 

 二人にとっての弱点を羅列する。これは推測ではなく、しっかりと調査した上での結論でもあった。だから彼女達には反論する余地はないのだ。

 俺はため息混じりに首を横に降る。

 

「よくないなぁ。力を使うのに必要なものを消費するでもなく、俺たちを倒そうだなんて。よくないなぁ!」

 

 ケタケタと笑って煽る。俺の横では雪華綺晶がなぜか拍手している。俺の言葉責めに感心しているんだろうが……いや今そういうのいらないよ?可愛いけどさぁ。

 琉希ちゃんは深呼吸すると剣をこちらに向ける。

 

「だからどうだと言うんです?いくらこちらの手の内を知ろうとも、あなた方に私達を倒せると?」

 

 強がるなぁ。そもそも倒せないから分断してきたんだろうに。俺は彼女を鼻で笑うと、

 

「そうだなぁ。散々引っ掻き回されたんだ、そろそろ見せてやってもいいだろう」

 

 そう言って、俺は手を空に伸ばす。そして異空間から見覚えのある一振りの剣を取り出した。それを見て、二人の表情が変わる。

 水銀燈の剣。装飾の施された、あの剣が俺の手元にある。大きさを変え、人間が持っても違和感のないサイズへと変更されたそれは、しかし確かに長女が持つ剣であって。

 

「……やはり貴方は化け物ね」

 

 俺を化け物と、この事象を理解した彼女は言う。

 

「いいや、どこまでも欲望に忠実な人間さ。ほれほれ」

 

「やん、ちょっとマスター……」

 

 欲望に忠実に、雪華綺晶の尻を触る。言葉ではそう言ってるけど雪華綺晶も結構、ノリノリじゃん。

 どうやらそれが生理的に受け付けないらしく、琉希ちゃんと翠星石は獲物を構えた。同時に俺も、左手にとある武器を構える。

 

「姉がいるんだ、なら妹も呼ばなきゃな」

 

 庭師の鋏。翠星石が持つ庭師の如雨露と対を成す一振りの鋏は、確かに彼女が良く知るものだが、金色の刃の先端には黒く汚れた血が付いている。

 

「お前……殺すです」

 

「やってみな!さぁお二人さん、俺の隠し手を拝めるんだ、泣いて喜べ!」

 

 低い姿勢で二人と対峙する。雪華綺晶は付き人のようにお辞儀をすると、一歩引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指輪が熱い。締め付けられるような痛みを伴ったその熱は、指だけではない。身体の内側、生命そのものを燃やすような、そんな痛みをもたらしていた。

 香織ちゃんは指輪の嵌った左手を胸に押し当ててその痛みに抗うも、生命を薪に力を燃やすという行為には慣れていない。いや、人間ではその痛みに抗えるはずはないのだ。人間の枠を超えてしまった青年でない限り、その痛みは魂を蝕んでいく。

 

「お姉、ちゃん。翠星、石」

 

 顔を歪め、蹲る。姉と人形が戦っているのだと理解するのに時間はかからなかった。元は自分から始めた戦いに姉を巻き込み、そしていつしかその姉の戦いに自分が巻き込まれるなど誰が予想するだろうか。

 香織ちゃんは少女だ。ただの少女。人を辞め、人形との中間にいる姉とは違う。彼女は苦しむ。魂を燃やされる痛みと、終わりのない戦いへと繰り出す姉に哀れみを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから言ったじゃないか。こんなものは良くないと。二人は勝負になると思っていたらしいが、相手が悪すぎだろう。雪華綺晶はともかく、俺が敵なんだ。生半可な覚悟と手段で勝てる相手じゃないんだよ。

 ボロボロになって這い蹲る二人の元へ、俺は優雅に歩み寄る。まるで戦いなどしていないと言わんばかりに。

 右手には真紅のステッキ、左手には蒼星石の鋏。水銀燈の剣は亜空間というか、nのフィールドに仕舞ってある。

 

「よく頑張ったがそれまでだな。相手にならない」

 

 立ち上がろうとする琉希ちゃんに言い放つと、彼女は折れた剣をこちらに投げつけた。

 

「はいローズテイル」

 

 ステッキから薔薇の花弁を放出すると、剣は簡単に失速して地面へと投げ出された。

 

「この、クソ野郎……!」

 

「クソですか?好きになりましたか?(じゅんぺい)」

 

 俺はどこまでもふざけて言うと、琉希ちゃんを空中へ蹴り飛ばす。ボールのように舞う彼女を、俺は飛んでキャッチしてみせる。

 

「りゅ、き……!」

 

 スィドリームを呼び出して俺を攻撃しようとする翠星石。

 

「お姉様、手出しは無用ですわ」

 

 そんな姉を、雪華綺晶は白い蔦で搦めとる。勝負はあっという間に決してしまった。俺は後ろから抱きつくように抱える少女の耳元で囁やく。

 

「ああ……良い身体だ」

 

 心の底から少女は嫌悪したに違いない。弱い悲鳴を出しながら、左手の暗器で俺の腹を刺してくる。しかしそれすらも、俺にとってはどうでもいい。刃が抜かれた場所から血が出ようが、俺は笑みを絶やさなかった。もう傷は塞がっている。たった数秒だが、俺の身体はもう昔とは比べ物にならないくらいに変化していた。いや、元に戻ったと言うべきか。

 

「この身体が必要なんだ……雪華綺晶のために、君が必要なんだよ。んべろぉ」

 

 耳を舐める。とんでもない変態がいたもんだが、実際待ちわびていた時が迫ると人間こうなるんやなって。ていうか構図がちょっと課長こわれると被る気がする。

 

「やだぁ、やめて……」

 

 俺の性癖に突き刺さる声色で琉希ちゃんは言った。やめて?やめねーよ(ホワイトマンの敵)

 

「でも今はその時じゃない……まだ足りないんだ。完全に、アリスになったらまた迎えに来るよ、くひ、くひゃひゃ」

 

 欲望が魂の器からこぼれ落ちるのを感じた。もうすぐだ、もうすぐ成就する。俺達の悲願が、もうすぐに。

 

 

 

 

 

「スィドリームっ!」

 

 

 

 

 その叫び声と巨大な蔦が俺を襲ったのは同時だった。目の前の少女に気を取られていた俺は、少女ごと蔦に弾き飛ばされる。

 地面をバウンドする少女に、自力で白い蔦を取り除いた翠星石は言った。

 

「逃げてッ!」

 

 ボロボロの人形がそう言うと、マスターである少女は非常に困惑しながら逃げ出す。そこに先ほどまでの暗殺者らしさはない。ただの、錯乱した少女がいるだけだ。

 俺はぶつけた頭を押さえながら立ち上がると、逃げていく琉希ちゃんを見送る。今はそれでいい。今手元にいても、使い道はないから。それよりも。

 

「マスター、大丈夫ですか?」

 

「思いっきり頭ぶつけた。おい三女ォ!」

 

 立っているのがやっとな翠星石を呼ぶ。

 

「お前は別だッ!雪華綺晶のために今、ここで死ねッ!」

 

 叫んで、俺は庭師の鋏を片手に飛びかかる。10メートルの距離を一っ飛びし、その刃先を朦朧としながら立ち尽くす翠星石の胸に突き刺す。

 突き刺して、そのまま押し倒した。ぶらんと、力の無い手足が操り人形のようにだらしなく地に落ちる。

 

「りゅう、き……」

 

 オッドアイの瞳から光が消える。俺は翠星石が突き刺さったままの鋏を持ち上げ、思い切り払った。

 刃から落ちた翠星石の亡骸が、雪華綺晶の足元へ。雪華綺晶は姉の身体のそばへしゃがみ込むと、そっと優しく開きっぱなしの瞳を閉じた。

 

「お姉様の愛は本物でしたね。その愛、私が貰い受けますわ」

 

 聖女のような慈悲に満ちた笑みでそう言うと、突然姉の体を貪る。貪り尽くして、俺はワクワクしながら彼女の元へと駆け寄った。

 

 

「ああマスター……この身体、やっぱりローゼンメイデンね」

 

 

 両手を広げながら天を仰ぎ、陽の光を浴びる彼女は聖女そのもので。俺は思わずその腰回りに抱きつく。

 

「潤むわ……」

 

 主途蘭のボディとは訳が違う。正真正銘のローゼンメイデンのボディ。雪華綺晶は進化したのだ。

 

「でもマスター。あなたさっき琉希さんの事ベロベロ舐めてませんでした?」

 

「え、いやあれは、ちょっと興奮して……」

 

 先ほどの変態行為を責められる。だがそれも今だけだ。どのみちあの子の身体は俺たちのものだ。




性癖出過ぎ


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sequence82 不機嫌な果実

タイトルは淫夢本編です


 

 

 

 闇を恐れてはならない。人間の本質は闇であり、誰も本質から遠ざかることはできないからだ。本質は悪でもあり、悪は闇に回帰する存在でもある。

 本当に恐ろしいのは孤独である。孤独を前に人は進むことも戻ることもできない。ただ停滞し、置いていかれるだけなのだ。

 

 少女は孤独になった。無謀にも闇の王に戦いを挑み、自身の大切な存在を失ってしまったのだ。

 新たな力に酔いしれていた少女はいない。今はただ、暗い部屋の隅で震えていつか訪れる闇の王に怯える哀れな少女。そんな少女を見て、彼女の親友であった人形の魂は居た堪れない気持ちに苛まれる。

 

「琉希……」

 

 名前を呼ぶも、少女は震えて動かない。離れようとすれば、

 

「待って、行かないで!1人にしないで!ねぇリリィさん!いや、いやぁ!死にたくないっ!」

 

 酷い形相で泣きじゃくり、触れもしない霊体に縋り付く。亡霊はそのあまりにも覇気の無い少女を抱きしめるように覆うと、耳元で囁いた。

 

「大丈夫じゃ、お前は死なん。だがいつまでも引きこもっていては衰弱して、それこそ死んでしまうぞ」

 

 そう言ってちらりと扉を見てみれば、扉の前には手付かずの料理が並んでいた。どれも冷めてしまっていて、食べるには度胸がいるだろうが、衰弱してしまうよりはマシだ。

 翠星石を失ってから一週間。ずっとこんな調子だ。学校はもちろん食事にすらありつけない。槐にこの事を知らせようと離れれば錯乱するため情報の共有もままならない。

 唯一の救いは、まだ少女が『完全』になるまでは時間があるということ。それまでは奴も来ないだろうという確信はある。しかしその事を知らせても、少女の精神は一向に回復しない。

 あの日、泣きながら逃げ帰ってきた少女を見て主途蘭と妹である香織は絶句してしまった。なぜ自分は彼女についていかなかったのだろうと後悔する主途蘭と、最悪の事態に言葉も出ない香織。

 

「お嬢様、晩御飯をお持ちしました」

 

 決まった時間にメイドであるみつがやって来る。しかし琉希はなにも答えず、ただ震えるだけ。

 みつが扉を開ければ、琉希は小さな悲鳴をあげた。大丈夫だ、と主途蘭が言っても流れ出る涙は止まらない。

 

「……お嬢様、少しは召し上がらないととお体に触ります」

 

 悲しそうにするみつを見ても、琉希は答えない。こんな光景が一週間も続けば、さしもの主途蘭も疲れる。

 

「主途蘭さん、いますよね?」

 

 そんな時だった。唐突に白百合の名を呼ぶみつ。答えても亡霊である彼女の声や姿は認識できないからどうしたものかと悩めば、みつは言った。

 

「ちょっと、お話がありますので一緒に来ていただけませんか?」

 

 これには琉希も驚いた。縋るような目でこちらを見上げる少女に主途蘭は言う。

 

「琉希、ちょっと席を外すぞ」

 

「いや、行かないで!私からもう友達を奪わないで!イヤァッ!」

 

 空ぶる手を無視し、白百合は部屋から出て行く。琉希が恐怖のあまり部屋からさえも出れないことは、むしろ今は好都合だった。相変わらず絶叫が響いているが、今は仕方ない。

 部屋から出れば、みつのほかにもその横に金糸雀がいる。

 

「私達はあなたの声や姿が見えません。ですが霊体であるということは、他のドールの身体に憑依できるのではありませんか?」

 

 とんでもない提案だとは思った。確かに今、主途蘭と彼女らが会話する方法はそれ以外に無い。無いが、金糸雀の身体を差し出すということは、乗っ取られる可能性もあるということだ。

 

「私はお嬢様の親友である貴女を信用していますから……」

 

「カナも、琉希の友達ならいいかしら。だから主途蘭……」

 

 揃いも揃ってお人好し連中ばっかりだ。だが悪くはなかった。少なくとも、あの白薔薇陣営のように狂ってはいない。

 主途蘭はお言葉に甘えて金糸雀の身体へ入り込む。久しぶりに身体を持つ感覚に戸惑いを覚えながらも、白百合の少女として対話に臨んだ。

 

「それで、話とはなんじゃ」

 

 金糸雀の目つきが途端に鋭くなったのを感じ、成功したのだとみつは確信する。

 

「お嬢様の今後についてです。リビングで妹様と彼がお待ちですので」

 

「彼?」

 

「会えば分かるかと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼。それを見た途端に主途蘭は手が出そうになった。いつものようにソファに座って紅茶を飲んでいる香織はともかくとして、その対面に座っている男はここにいてはいけないと、心の底から思った。

 目が悪いわけでも無いのにメガネをかけて、マナーもへったくれもなく紅茶に砂糖をドバドバいれて飲み干すのは、宿敵である男の友人。

 坂口隆博。第4ドールのマスターにしてみつの恋人がいたのだ。ご丁寧に蒼星石を膝に乗せて。

 

「貴様、よくもまぁ面を出せたものだな」

 

「ええ……(困惑)なんか唐突に怒られたんですがそれは……」

 

 すっとぼけて困惑する隆博に、殺す勢いで視線をぶつけるも香織に宥められる。

 

「リリィさん、お茶会よ。今はまず、席について紅茶を飲みなさい」

 

「お茶会?姉があんな事になってるのにお茶会じゃと?貴様も殺してやろうか」

 

「座りなさい、主途蘭」

 

 真名を呼ばれ、そして香織が漂わせる物々しい雰囲気に主途蘭は従わざるを得なかった。大人しく、二人が見回せる椅子に座るとみつが紅茶の入ったティーカップとソーサーを机に置いた。そしてそれを飲む。飲んで、質問した。

 

「お前の姉をあんな風にした男の仲間だぞ。それを分かって上げたのだろうな?」

 

「ええ、もちろん。だから主途蘭、今はその敵意をしまっておきなさい。彼は私の客人なのだから」

 

 若干15歳の少女に威圧される。

 

「んで、香織ちゃんだっけ。話を聴こうか」

 

 なぜかキリッとして渋めの声でそう言う隆博。

 

「ええ。同時に主途蘭の疑念にも答えることになるでしょうから……そうね。彼と貴女をここに呼んだのは他でも無い。私の姉を守るためよ」

 

「守る?其奴はその姉の身体を乗っ取ろうとしてるんじゃッ!」

 

 飛びかかろうとする主途蘭に、香織は迷うことなく銃を向けた。黙ってろと、そう言っている他ない。

 

「確かに、俺の目的は蒼星石をアリスにすることだ。それもローゼンが提唱するチャチなもんじゃなくて、有機の身体を持つ至高の少女……」

 

「そうだろう!そのためにあの悪魔どもは不完全な琉希を逃したッ!翠星石を殺してまでもな!」

 

「でもな、俺は思ったんだ。みっちゃんから琉希ちゃんのことを聞いてな」

 

 メガネをクイっとあげる。

 

「あんな可哀想な女の子泣かせてまで、蒼星石をアリスにしたって意味が無いのさ。俺はもっとまともな道で彼女をアリスにするのさ。今はまだそんな方法見つからないけどな」

 

 そう言う彼の姿は真剣そのものだった。膝に乗せる人形の頭を優しく撫で、その思いを見せるのだ。

 

「……仮にそうだとしても、お前が我々に手を貸せば奴は黙っとらんぞ。それこそ殺される、裏切り者としてな」

 

「べつにあいつは友達だけど仲間じゃねぇ。協力関係だっただけだ。それに裏切り者って言うならあいつはハナっから俺を裏切ってる」

 

 少しばかりの怒りを含ませ彼は答えた。二人に何かがあったのは確かだが、それを探ろうとは思わない。

 主途蘭は疑心暗鬼になりながらも、何もできない自分よりは頼りになることは分かっていた。

 

「……信用はせんぞ」

 

「それでいいさ。俺は俺でやりたいようにらりるれろ」

 

「マスター、大事な所で噛んでるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく、電話の主は不機嫌だった。いつもは飄々としながらも指示を出してくるのに、終始黙ってうさぎの報告を聞いているだけだ。彼の親友が主途蘭陣営に傾いたことがかなりきているらしい。

 

「以上で報告を終わります、同志」

 

『……そうかそうか、君はそういうやつだったんだな』

 

 君がうさぎを指していない事は分かっているが、それでもゾッとする。この電話の声の男は、それこそ誰かを殺そうと思ったらきっちり殺す。殺し屋のように淡々とするだけではない、最後まで、きっちりと、死を認めてしまうほどに殺しきる。

 

「奴が敵に回るのは今回だけではありません。仕方がないでしょう」

 

『うるせぇな、分かってんだよそんな事』

 

 必要な事だとは思った。だが、うさぎの言葉は青年には効いているようで。ぶつりとそのまま電話が切れる。まぁいい、これが初めてではない。彼はよく切れる。キレやすい若者なのだから。

 結局、最後がうまく決まればそれでいい。そのためには彼が必要だ。

 




泣きじゃくる女の子好き


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sequence83 Lady, I was born to......

 

 

 

 

 ねぇ礼くん、知ってる?人間はね、死ぬと肉体という枷から解放されるのよ。魂だけになって、様々な時間、時空を飛び回れるの。それこそ旅行するみたいにね。

 直接触れ合えないのは残念だけれど、それでも後悔していないわ。だって他でもない貴方に殺されたから。貴方は私の天使様だった。私という出来損ないで哀れな女に、愛する幸せを与えてくれた。だから、私が死んで貴方が幸せになれればそれで良いのよ。

 ねぇ、そんな悲しそうな顔をしないで。私、ずっと見守ってるんだから。

 暗い闇の中で、貴方を見守ってる。いつか訪れる水銀燈との営みを、手に取れるように。

 

 礼くん。私は呪いなんかじゃない。今度は私が貴方の天使になる番。幸せになって。

 

 

 ーーとある少女の遺書より抜粋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、残酷な人間だ。

 愛する者を至高の少女にするために、別の愛する人を殺したんだから。殺して、その身体を奪ってしまったんだから。

 本当はめぐのことも大好きだった。捻くれたクソガキだった俺に、まるで懐いた猫のようにじゃれてきて、毎日好き好きって言ってくれて。水銀燈と言い争ってたけど、それもそれで楽しくて。なのに俺はそんな理想を捨ててまで水銀燈のためと言い張って彼女を殺した。

 

 人形は人形でしかない。無機の魂は有機の器に馴染めない。だからローゼンだってアリスを最後まで作れなかった。そんな事、分かっていたじゃないか。

 それでも諦めきれず、兄貴は動いた。時間も、世界すらも超えてその悲願を成し遂げるために。もうそこには、常人の意思は存在しない。ただアリスを求める獣なのだ。

 

 俺も同じなのだろうか。目の前で眠る少女の死体。綺麗な黒のロングヘアー、すらりと長い手足。いつかお前が言っていた、俺が胸が好きだって話。あれ、当たってたんだぜ。病人服の胸元から見える谷間を、毎回のように盗み見てた。

 

 本来の時間が止まった世界で、お前は永遠に美しい姿でいる。俺がアリスゲームを勝ち抜けば、その瞳を開く事ができるだろう。

 

 だがその時、お前にあるのは水銀燈の意識。結局俺は、お前に何一つしてやれなかった。お前は俺を慕ってくれたのに、それらしい事は何もしていないのだ。投げつけたのは、脅しの言葉だけ。

 

「めぐ、近くにいるのか」

 

 優しい匂いがする。病室に漂っていた、死の匂い。あの少女がずっと醸し出していたものだ。

 きっとお前はいつでも俺のそばにいるのだろう。それでいい。お前の犠牲を無駄にする男ではない。俺は、自分の私利私欲のためにしか生きられない獣だが。

 

 しっかり、決めてみせる。アリスを、至高の存在をこの手で掴み取ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隆博が裏切った。裏切ったというよりは、あいつの良心が俺を許さなかったというところか。

 昼間だというのに部屋のカーテンは締め切られていて、裸の俺の横には同じように裸の雪華綺晶と賢太が仲良く眠っている。そういや怒りに任せてとんでもないことしてたな俺。思い出したら興奮してきたけど、それ以上に怒りが優っている。

 

 シャワーを浴びて外行きの服に着替え、鏡からnのフィールドに飛ぶ。家には礼と水銀燈の姿は無かった。別にいいさ、どうせどいつもこいつも俺に隠れて何やらやってんだから。邪魔なら叩き潰せば良い。

 

「随分怒ってるな。親友に裏切られたのがそんなに応えたか?」

 

 nのフィールドを徘徊する俺に、別の俺が話しかけてくる。

 

「計画がうまくいかなけりゃ誰だってそうなるだろ」

 

 負け犬どもめ。俺に話しかけるな。

 

「あ、ちょっと待ってくださいよ!(気さくな先輩)あいつが敵対するのは今に始まった事じゃないってそれ一番言われてるから」

 

 そんなことは分かってる。だがそれでも、友達が敵対するのは気分が良くない。ましてや殺し合いになるかもしれないんだ、最悪だ。

 俺は延々と話しかけてくるそいつらを無視すると、ひたすらnのフィールドを練り歩く。行き先もなく、ただひたすらと。

 まるでこの時は俺が負け犬みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕が、ローゼンの意思を……?」

 

 師である槐の一言に、ジュン君は震えた。少年の心を揺さぶる一言を放った青年は、静かに、しかし確固たる意思を持って頷く。

 

「彼の後釜は君が相応しい。誰にも辿り着けなかった最上の人形師、マエストロになり得るのは、君しかいないんだよ」

 

 休日の昼下がり、槐の店。いつものように人形造りを教えてもらいに来ると槐の様子がおかしかった。何やら重く、緊張した面持ちで、椅子に腰掛け彼を待っていたかの如く。対面し、紅茶を飲んでから話をすればそんなことを言い出す。

 

「なんでいきなりそんなことを?」

 

「ローゼンに、会ったんだ」

 

 その一言は、少年の心を更に動揺させた。槐は状況が理解できていない少年に、更に告げる。

 

「僕は、僕はね。君の才能に嫉妬している」

 

「え?」

 

 いつにもなく真面目な槐は言う。

 

「君を弟子にしてから数ヶ月。たった数ヶ月だ。なのにもう君は僕を越してしまったんだよ」

 

 怒りが伝わってきた。同時に諦観も。

 

「でも僕は、まだ槐さんみたいに生きた人形は……」

 

「それは僕が、まだ最後の秘儀を教えていないからだ」

 

 ふと、槐は掌を前に突き出す。そして出現させてみせたのだ。暗い、それでいて明るい、まるで心を吸い寄せられそうな何か。

 人形の魂を。

 

「でもね、同時に納得したよ。なぜローゼンがわざわざ下界に降りてきてまで君を任命したのか……それは心さ」

 

「心?」

 

「君の、真に人形を愛する心。僕にはそれが足りなかった。主途蘭を見殺しにした。君はしっかりとやりきったじゃないか。雛苺に真紅……僕じゃ、一生かかっても辿り着けない境地に君は辿り着いた」

 

 槐はふっと笑うと、立ち上がる。そこには大学生たちに脅される弱々しい青年は存在しない。誇りを抱いた人形師が、そこにはいたのだ。

 

「これから君に、最後のレッスンを施す。そして、辿り着いてくれ。我が師でも到達できなかったアリスという境地に。君の使命さ」

 

 甘い誘いだった。常人ならば、ただ光に寄りすがる虫のように流されてしまう。でも少年は違うのだ。明確な意思を持って、その秘儀に辿り着こうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は変わるけど、みっちゃんって実はエロいよね」

 

 唐突に隆博が目の前にいる金糸雀にそんなことを言い出した。エ゛ッ……と糞フルコースを食わされた我修院並みに言い淀む金糸雀だが、今この林元家のリビングには隆博と二人きり。蒼星石とみっちゃんは夕飯の買い出しでいない。

 

「なんでカナにそういうこと言うのかしら?カナそういうキャラじゃないかしら」

 

「いやだってつまんないんだもん。香織ちゃんも習い事でいないし。お前弄ったら楽しそうだし」

 

 護衛と称して隆博がここに住み込むようになってから数日が経つが、彼はこの奇行とも呼べる行動のせいで香織ちゃんには罵倒されるわ琉希ちゃんと会おうものなら錯乱されるわで刺激が足りないらしい。今もこうして他人の家で実家のような安心感を抱き、ソファーでゴロ付いている。

 金糸雀はノートパソコンを閉じると、趣味のネットサーフィンを邪魔された苛立ちを抑えつつ答える。

 

「でもみっちゃんってそこまでスタイルが完璧ってわけでもないかしら」

 

「あのさぁ……人の彼女を貶すなって、イワナ、書かなかった!?んにゃぴ、たしかにおっぱいちっちゃいけどね」

 

 ハハァ、と真面目に受け流す。

 

「でもスレンダーかしら。あと童顔。ロリ属性っていうのかしら、ああいうの。カナもみっちゃんを着せ替え人形にするの楽しいし」

 

「(俺も)やりますねぇ!やりますやります、ハイ。んー、何回って訳じゃないんですけど、頻繁に。最近は〜、3日前」

 

 どうやら3日前にお洋服を用いてイチャついたらしい。どうでもいいわ(レ)と思いながらもついつい会話に興じる。

 

「スク水とかも似合うんじゃないかしら?」

 

「お、そうだな。実はみっちゃんくびれ凄いからハイグレが似合うんだゾ」

 

「え!?意外かしら……みっちゃんなんで今まで彼氏いなかったのかしら」

 

「ま、俺と会うまで処女だったからそれでいいんですけどね、初見さん」

 

「しょ……」

 

 デリカシーもクソもない。だが悲しいかな、隆博とはこういう奴だ。

 




野獣の日を逃したので初投稿です


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sequence84 少女の覚悟

 

 

 

 

 暗い部屋の中で、私は震える。いつかやってくるあの恐ろしい怪物に攫われるのが怖くて、耐えられなくて、涙を流しながら震えることしかできない。

 奴にとって私は器でしかない。有機の身体を手にした、最も人形に近い人間。言うなればアリスに一番近い存在。それが今の私らしい。奴は私の身体を用いて真のアリスへと到達しようとしているのだ。そこに私の意思はない。言うなれば身体目当てなのだ。

 奴が何者なのか、検討はついている。アリスに執着し過ぎて人間の枠を……それどころか世界の枠組みすらも超えてしまった、怪物。何度も何度もアリスを求めて世界を彷徨う放浪者。それがあの、河原郁葉という男の正体。

 

 そんなことはどうでもいいのだ。問題は、私の心が奴との戦いで折れてしまったということ。本来の自分を殺され、友を喰われ、パートナーすら糧にされてしまった。私は格闘経験があるだけの、ただの女子高生なのだ。そんな女の子が心を折るくらいには、一連の事件は凶暴過ぎた。

 今も、意味もないのに部屋に閉じこもって震えているだけ。もう何日こうしているだろうか。震えていても、そのうちこの身体は完全にアリスの器になってしまって、そうなれば奴も私を迎えに来るというのに。それが恐ろしく、この身体が忌々しくも思う。だけども同時に、リリィさんの意思を託された身体でもある。それは誇りに思わなければならないのに。

 矛盾が私を苦しめるのだ。

 

 部屋のドアがノックされる。外側から解錠され、それが開かれると招かれざる客がいた。メガネをかけた長身の青年、坂口隆博だ。

 

「いや、来ないでッ!!」

 

 この男も、あの怪物の友人だ。私を守るために来たらしいが、そんな男を私が受け入れるはずがなかった。だが彼は何やら顔に緊張感を醸し出している。おまけに武装して、まるでこれから戦争にでもいくと言わんばかりの格好だ。

 彼はズカズカと私の目の前まで来ると強引に私の腕を掴み上げた。

 

「行くぞ、郁葉が来る。逃げるぞ」

 

 嫌がる私を強引に外へ連れ出そうとしてくる。もちろん私は必死に抵抗した。

 

「あなたもッ!奴と繋がってるんでしょうッ!?嫌、私は器なんかじゃないッ!きっとそう、あなたも私を器としか見てないのよッ!」

 

「あーもううるせぇ!いいから来いって!愛しのリリィさんもいるんだから」

 

 ズルズルと散歩に行きたくない犬のように引きずられると、彼の言う通りリリィさんはいた。私にしか見えない霊体として。リリィさんは私のそばに近寄って言う。

 

「琉希、奴が来る。今は逃げるんじゃ」

 

「逃げるって、どこによ!あいつはどこにでもいる!追ってくるの!世界を超えてまでも!あの白薔薇のために!」

 

「落ち着くんじゃ!少しでも時間を稼がなくては計画もうまくいかん!」

 

 怒鳴りつけるように言うと、リリィさんは私の身体に入ってくる。こうなれば私にできることはない。ただ微睡みの中に沈むだけ……

 

 

 

 

 

 

 

「おい、もう腕を掴まんでもいい」

 

 さっきまで駄々を捏ねていた琉希ちゃんが急に大人しくなる。恐らく主途蘭が憑依したんだろう。俺は腕を離すと、スタスタ歩いていく主途蘭琉希に追従する。

 

「琉希ちゃんに憑依できたのか?」

 

「いや……今まではできなかった。それだけ琉希の身体がアリスに近づいたと言うことじゃ。奴め、どうしてタイミングまでわかるんじゃ」

 

 目をギラつかせながら二人で階下に下りると、私服のみっちゃんと人形状態の蒼星石と金糸雀が玄関で俺たちを待っていた。

 

「急いでかしら!あの変態、もう数分で到着するって水銀燈が!」

 

 水銀燈。河原家の次男である礼君のドール。彼女は何かしらの弱味を金糸雀に握られているらしく、現在スパイ活動中。俺たちは急いで靴に履き替えると、外に出て駐車してある車に乗り込む。林元家の車で、高級車だ。

 俺は助手席に乗り込むと、運転をみっちゃんに任せる。続けざまに後部座席に三人が乗り込んだのを確認して、発進の合図を出した。

 

「行こう」

 

 そう言うとみっちゃんは車を発進させる。

 

「香織ちゃんは、本当に来ないのか?」

 

 そう尋ねれば、メイドであるみっちゃんが苦しそうに頷く。

 

「琉希お嬢様を頼むって……」

 

「ああ、そうか」

 

 きっと郁葉も香織ちゃんには手を出さないだろう。彼女を襲うメリットがない。それもあの子は分かっていての事だ。

 

「防弾ベストは着たか?」

 

「うん、コートの下に……隆博君も、一応コートを着ておいて。警察に止められでもしたら大変だから」

 

 みっちゃんがそう言うと、後部座席の蒼星石がコートを渡してくる。それを羽織ると、プレートキャリアーとライフルが隠れるようにする。

 

「主途蘭も、ほら」

 

「いや、奴は儂には……琉希の身体に傷をつけることはせんはずじゃ。いらん」

 

 堂々と言い張る主途蘭琉希。確かに器に傷でもついたらたまったもんじゃないだろうな。

 しかし。郁葉め、本当にこの少女を殺してまでアリスを目指すのか。まぁ俺も元々そのつもりだったんだが。今は事情が違う。俺は女の子の涙に弱いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいないリビングで紅茶を啜る。今から来る訪問者のせいで味が分からないが、それでもティータイムは淑女の嗜みだからやめない。

 香織ちゃんはいつものように、少しだけ冷めた紅茶を啜りながら青年を待つ。そして待ち人はやってくるのだ。ドンドン、と玄関のドアが叩かれたかと思えば、鍵など意味もないと言わんばかりに轟音がなる。きっと爆薬でも使ったのだろう。ここは住宅街だというのに騒音を気にしないと言うことは、雪華綺晶が何かしら近隣住民に細工をしているということだ。

 廊下を歩く足音が響いたと思えば、リビングの扉を開けて彼は来た。

 

「お、開いてんじゃーん!」

 

 品位のかけらもない口調で言うと、ようやく香織ちゃんは姉をあんな状態にした男と邂逅する。

 白いパーカーに少しだけ茶髪の男。服の上には防弾プレートが入った装備を備え、右手には短いライフル。河原郁葉と言う名の悪魔が、そこにはいた。

 しかし香織ちゃんは動揺せずに紅茶を啜る。そしてティーカップをソーサーに置くと彼と目を合わせた。

 

「君が、まさよしくんだね」

 

「違うのですけれど」

 

 ふざけた男だ。まるでサーフ系ボディビルダーのように彼は言うと、対面するソファにどっしりと腰掛けた。

 

「きらきー、入って来て」

 

 彼がそう言うと、トコトコと白い少女がやってくる。人間にしか見えないその少女は、雪華綺晶。きっと薔薇を使っているのだろう、そのサイズは人形ではない。彼女は香織ちゃんにぺこりとお辞儀をすると、悪魔の横に座った。

 

「うちの雪華綺晶も可愛いだろう?」

 

 自慢気にそう言うと、悪魔は雪華綺晶の肩に腕を乗せる。

 

「初めまして、かしら。河原郁葉さんとそのお人形」

 

「そういう君は林元香織ちゃん」

 

「こちらこそ、初めまして。ローゼンメイデン第七ドール、雪華綺晶ですわ」

 

 男とは違って丁寧に挨拶をする雪華綺晶。しかし今の状況と人形の様相が返ってミスマッチしているせいか、どうも気味が悪い。

 

「さて、早速だけど。君のお姉さんを迎えに来たんだわ」

 

「へぇ、そう。迎えに来た、ね。誘拐の間違いじゃなくて?」

 

「お、そうだな。で、琉希ちゃんはどこに?」

 

 わざとらしくキョロキョロ周りを見回す悪魔。

 

「いないわ。帰ってくれるかしら、招待もしていない相手と話す程、暇じゃないの」

 

 極めて強気で対応する。悪魔はふーん、と言ってから立ち上がると、香織ちゃんの真横へ来て身を屈め、目線の高さを合わせた。まるで子供に話すように。

 

「灰は灰に、塵は塵に。何事も、始まりがあれば終わりが来る」

 

 唐突に悪魔は笑みを浮かべて語り出す。しかしその笑みに狂気が孕んでいる事を理解できないほど、香織ちゃんは世間知らずではない。

 

 

「人間が生まれ、老いて死ぬ。それと同じように、全ての事象には終着点があるのさ」

 

 さも当然だと言うようにジェスチャーを交えて説明する。最初こそ香織ちゃんにはこの男の言うことの意味が理解できなかったが、そこはお嬢様学校に通う淑女。聡明な頭脳は言いたい事を次第に理解し始める。

 少女はキッと睨み付けると湧き出た怒りを押さえ込みながら問うた。

 

「姉が器になり、貴方が奪いに来るのは必然だと?」

 

 狂気を孕んだ笑みが輝く。それが肯定を示しているのだと理解するには十分なほどに。

 

「誰にでも訪れる運命はあるのさ」

 

「させないわ」

 

 即座に香織ちゃんのゴスロリ服の袖から拳銃が飛び出してくる。その銃口は確実に悪魔の額を指していて。引き金を引けばこの男の脳みそは吹き飛ぶだろう。

 だが悪魔は笑みを絶やさず、むしろやってみろと言いたげな挑発的な表情で言う。

 

「引けよ、ほら。撃てばいい。お姉ちゃんが助かるぞ?」

 

 ここで思い出してみてほしい。河原郁葉も、坂口隆博も、そして河原礼も。そのどれもが人を殺すという禁忌を犯している。対してこの香織という少女の手は真っさら。いかに憎い敵と言えども、殺すという行為に抵抗があるのはまともだといえよう。むしろ、この青年達がおかしいのだ。息をするように、それが当たり前だというように敵を殺すのだから。

 

「撃てないか?なら俺が手伝ってやるよ」

 

 唐突に悪魔が銃を掴み、自らの額に押し付ける。

 

「ほら、引き金を引けよ。グロックの引き金だ、3キロくらいしかないだろう。引けって。引けよオイッ!」

 

 震える少女に怒鳴りつける。だがそれでも少女は引き金を引けなかった。人殺しの領域に踏み込めなかったのだ。悪魔は銃をかっさらうと弾倉を外しスライドを引いて薬室の弾薬を抜き去る。そして弾なしの拳銃をテーブルの上に放った。

 

「覚悟もないなら銃を持つな、向けるな。お前は姉を助けるチャンスを自分から手放したんだぞ」

 

 とうとう泣いてしまった少女にそう言い放つと、ソファに座る雪華綺晶の手を取って部屋から出て行く。そして去り際に一言だけ。

 

「それでいいんだ」

 

 呟くようにそれだけ言って、二人は家から出て行く。残されたのは姉を助けられず、ただ見ている事しかできずに自分の無力を思い知る少女のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二時間ほど車を走らせている。その間ずっと休憩はしていない。気がつけば海岸がすぐそばに見え、走り屋が喜びそうな峠を走っている。

 

「みっちゃん、運転変わろうか?」

 

 運転手みっちゃん。その横で隆博が提案をするが、彼女は首を横に振った。

 

「隆博くん運転下手でしょ。それにもうすぐ着くし……ほら、あれ」

 

 顎でみっちゃんが遠くの家屋を指差す。海沿いの山の中にひっそりと佇むコテージ……あれこそが林元家の別荘であり、いざという時のために香織ちゃんが用意したという隠れ家だ。

 隆博は後ろを振り返り、寝ているドールズに声をかける。

 

「おい、もうすぐ着くから起きろみんな」

 

「う〜ん……車は眠くなるかしら」

 

「ごめんマスター、ちょっと寝ちゃってた」

 

 眠そうに目をこする金糸雀と蒼星石。主途蘭は……起きていたようだ。相変わらず無愛想な表情で道の先を見ている。隆博は後部座席の窓から後方を確認する。人はもちろん車もいない。どうやら付けられていないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「憎まれ役がお上手だ事」

 

 ふと、隣に座る雪華綺晶が少しばかり機嫌が悪そうに言った。ハンドルを握りながらちらっと彼女の顔を見ると、また前を見る。

 

「別に。本当に憎まれ役じゃん」

 

 あの少女の姉の身体を奪おうとしているのだ、これが憎まれずにどうするのだろうか。しかし雪華綺晶が言いたかったのはそう言う事ではないらしく。

 

「ねぇ、マスター。もう少し自分を御自愛なさってくださいな」

 

 そんな事を言うもんだから、俺は鼻で笑って答える。

 

「なんだよ急に。俺は自分が大好きだよ」

 

「嘘ばっかり。いいですもん、その分私がいっぱい愛しますから」

 

 拗ねたように、でも愛たっぷりにそういう雪華綺晶がおかしくて素で笑ってしまった。いい子だなぁこの子は。

 ひたすらに車を走らせる。奴らの隠れ家に向けて。もう勝負はすぐそこまで迫っているのだ。

 



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sequence85 這い寄る暗闇

武田信玄ブームほんと草


 

 

 

 

 

 あれは夏の事だった。夕飯を外で食べようと親父が言い出し、たまには寿司が食べたいと俺が言ったんだ。車に乗り、親父が運転して市内の人気が少ない所に差し掛かった時だった。何でもない、普通の曲がり角だ。あれだけ運転に自信がある……いや、自信がありすぎたのか。親父がハンドル操作をミスって単独事故を起こし、親父と母ちゃんは死んでしまった。弟は軽症だったが俺は重症で病院に運ばれ、そこで親の名前を叫んでいたのを覚えている。大学生の頃の話だ。

 そこからは何というか、この世の終わりだった。俺と弟の二人暮らしでなんとかやって、俺は大学を卒業して自衛隊に入り。弟は中学と高校を上位の成績で卒業し、大学も一流のところへ行き。

 すっかり連絡もしなくなった頃に、俺は所謂「特殊部隊」なんていう場所へたどり着いた。誰にも所属部隊を明かしてはならず、上がった給料と心に空いた穴を抱いて毎日海外製のライフルを手に訓練している。

 もう三十路が近くなって、ふとあの時の事を思い出す事が増えた。そういえば、親の遺品を整理しているときにおかしな手紙があったな。

 

 巻きますか、巻きませんか。

 

 あの手紙は一体何だったんだろう。今でもその手紙の事を思い出すくらいには、印象深い。確か、あの時俺はーー

 

 

「降下30秒前!」

 

 

 ふと、輸送機の後部に居る降下管制の隊員の声で我に帰った。それを聞いて先頭の俺は後ろに連なる仲間達にハンドサインで通達する。

 背中にはパラシュートを背負い、正面には背嚢とライフル。降下の時間が近く。

 

「10秒前!」

 

 ヘッドセットから声が響く。俺は身構えた。開いた輸送機の後部ハッチからは、闇に沈む富士山が見える。

 

「降下!降下!」

 

 一気に駆け出すと、ハッチから飛び降りる。高度1万の世界から見る下の世界は、夜の闇と点々とする街の明かりのコントラストで美しい。

 俺は浮遊感と寒さに身を任せる。今やるべき事だけを考えろ。それ以外はいらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海岸から少し森の中に行けば、それはある。琉希ちゃんの実家が保有するログハウス群だ。前々から金持ちだとは思ってたが、まさかこんな少年自然の家みたいな場所をまるごと持っているとは思っても見なかった。みっちゃんに先導され、一番中心のログハウスへと俺たちは入っていく。

 

「ここ全部林本家の所有物なのか?」

 

 ブレーカーに電源を入れるみっちゃんに尋ねると彼女は頷いた。

 

「そっ。昔は毎年来てたみたいだけど、ここ数年は忙しくて来れてないみたいだよ。だから所々汚れてるかも」

 

 確かに、蜘蛛の巣が張ってる。状態はいいから暮らすのには困らないだろうけども。とりあえずは一度荷物をリビングに持って行く。

 ドールズは良いとして、人間全員分の着替えと生活必需品をリビングに入れ込むと、俺たちは今後の生活について話し合う。もちろん琉希ちゃんは主途蘭が憑依したままだ。食料は缶詰やカップラーメンが一週間分、冷蔵庫もあるし洗濯機もあるから買い足すものは必要最低限にできる。

 

「とりあえずは一週間は持つと思う。買い出しも、ここにある鏡からnのフィールドを経由すれば簡単に行けるしね」

 

 蒼星石がそう言うと、金糸雀が不安そうな顔で質問を投げかけた。

 

「でも、分断された時に狙われないかしら?」

 

「ないな。あいつの事だから、やる時は全員まとめて始末しにかかる」

 

 俺がきっぱりと否定すると、逆に金糸雀は青ざめた。無理もない。

 

「奴め、もうここの場所はバレてる可能性もあるしのぅ。下手に移動もできん。nのフィールドに行こうものならそれこそ雪華綺晶に狙われるじゃろう。買い出しは車ですべきじゃ。街中なら奴も派手には動けんだろうしな」

 

 俺も主途蘭の意見に賛同した。ローゼンメイデンの中で一番厄介なのは、能力が未知数である雪華綺晶だ。ならば奴のステージに上がらない方がいい。

 

「じゃあ、買い出しは車で……タイミングは?」

 

「三日に一回。昼間の方がいいだろう。夜だとどこで襲われるか分からないからな」

 

 みっちゃんの質問に答えると、話し合いは終了。だだっ広いリビングに静寂が響いた。まだ戦いは始まっちゃいないのに、もう葬式気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中を、ただ一人這って進む。もう辺りは闇夜に包まれ、月明かりだけが木々を照らしている。

 全身をギリースーツで覆い隠し、背中には偽装のために迷彩に塗装したライフル。銃口の先端にはサイレンサーが装着されており、仮に発砲しても隣町の外れにある民家に聞こえるような事はない。今回持ち出したライフルも、いつもの5.56mm弾を使用するものではない。300AAC Blackout弾。元よりサイレンサーを装着したライフルを想定して作られた、専用の弾薬だ。耳栓をしていなくとも耳を傷める事はまずない。

 

 夜の森は人間は歓迎されない。動物達が目を覚まし、捕食者は他者を殺して糧として。俺も、本来ならば野犬や熊に襲われる側の存在だ。

 それがこうも、俺の存在を見た瞬間に怖がって逃げていくのは、俺の魂の異質さからか。足を使わずに地べたを這って泥だらけになっているせいか。それは分からないが。

 

「雪華綺晶、ログハウスを見つけた」

 

 指輪に話しかける。長らく使っていなかった、通信機能だ。

 

『わかりましたわ。マスターのご指示でこちらも動きます』

 

 通信を終えると、俺は高台まで這って移動する。ログハウス群との距離は300メートル。草むらから監視すればまず見つからないだろう。

 高台まで時間をかけて移動すると、俺は背中のライフルを手繰り寄せ、搭載されたごついスコープを覗く。米軍ではSU-232/PASと呼ばれるサーマルスコープだ。熱源をはっきりと映すこのスコープの前では、夜間だろうと隠れた敵を見つけ出せる。もちろんこれも米軍の武器庫からパクったものだ。

 

「隆博め、もっと森の中も警戒すべきだな」

 

 スコープに、少しだけ白く映る箱型の物体をログハウス群周辺に見つける。対人地雷、クレイモアだ。だが奴の事だろう、埋設地雷もあるに違いない。こっちを殺しにきてるな。流石に埋設されていては探知出来ないが、恐らく奴らが隠れている場所は中心のログハウスだから、その周辺には仕掛けないだろう。

 まぁ今は奴らを観察しよう。行動パターンがあるはずだ。それがわかってからでも襲撃は遅くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日が経った。ここに来てから一切外に出ていないから時間の感覚がおかしくなる。狙撃を恐れてカーテンも閉めきっているから太陽光もあまり入ってこないのだ。それに夜間の対暗視装置のために全ログハウスに常時灯りを灯している。

 

「そろそろ買い出しに行かんとな」

 

 俺がそう呟くと、リビングにいる全員が俺を見た。

 

「じゃあ、私が……」

 

 率先してみっちゃんが手をあげる。確かに車を操縦できないと買い出しには行けないが、一人にはさせられない。

 

「それならカナも行くかしら!」

 

 そんな中、底抜けの明るさを保つ金糸雀が手を挙げた。しかし反発する人が一人。

 

「嫌!こんな奴と一緒に居ろっていうの!?こいつは敵!」

 

 一時的に主途蘭から意識を返されている琉希ちゃんだ。前のようにヒステリックさはそこまでは無いが、それでも俺と蒼星石を敵視している。手にはグロックを握っていて、隙あらば殺そうとしてくるから俺も彼女といるのは嫌だ。

 

「お嬢様……いい加減にしないと、私でも怒りますよ。隆博くんは私の恋人ですから」

 

「何よ……何よそれ……もう……」

 

 半ば見捨てられたと思い込んだ琉希ちゃんが俯く。ここ二日くらいこんな感じだ。主途蘭も憑依した状態だと精神力を使うらしく、いつでも憑依した状態にはなれないらしい。

 俺はため息混じりにみっちゃんに寄ると、耳元で言う。

 

「彼女はなんとかするよ。気をつけてね」

 

「うん……ごめんね」

 

 謝る彼女の頭を撫でると、みっちゃんは金糸雀とログハウスの外へ出る。そろそろ郁葉が仕掛けてくるかもしれないから、俺も準備を万全にしなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーマルに人影が二つ。真っ白に映る。肉眼で見れば、みっちゃんと金糸雀が不自然な経路で車まで歩いていた。恐らく買い出しに向かうんだろう。

 俺はニヤッと笑って頬に吸い付く蚊を潰す。なるほど、あの経路上には地雷は無いのか。これは好都合だ。

 

「雪華綺晶、今晩仕掛けるよ」

 

 そっと指輪に呟くと、麗しの白薔薇が答えた。

 

『待ちくたびれましたわ』

 

 

 




KNN姉貴が元気そうでホッとしたゾ


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sequence86 敵の敵は

仕事忙しかったので初投稿です


 

 

 

 別荘から車で一時間ほどしないとスーパーがないというのは不便極まりないが、それも仕方ないだろう。何せ山を挟んで反対側なのだから。田舎町特有の営業しているかも分からない店や、やたら充実しているコンビニの種類が立ち並ぶ中、みっちゃんと金糸雀は現在スーパーで食材と洗濯用の洗剤を買い足し中。

 

「あぁんカナぁ〜可愛すぎて鼻血止まらなあい〜!」

 

 田舎に不釣り合いなテンションで、みっちゃんは金糸雀にべったりとくっつきながら鼻血を垂らし頬を擦り付ける。血を服につけないあたり慣れているのだろう。すげぇ技術だ。

 

「ちょ、ちょっとみっちゃん!人の目があるから!ていうか摩擦!アツゥイ!」

 

 擦り付けられている腕から煙が上がりそうになる。金糸雀は現在変装と称して薔薇を用いて大人化している。幼い顔こそ変わらないが、みっちゃんと変わらないくらいにまで身長が伸び、スタイルも相応のものへと変化していた。これには町中のすれ違う親父達は目を奪われるのも必然で。

 

「でもお胸はあんまり成長してないのね」

 

「大きなお世話かしらッ!」

 

 ぺったんこな胸だけ除けば完璧の次女は今日も苦労が絶えない。……それでも真紅よりはある辺り、現実は残酷だ。なお、作るのが楽であるという理由から今日は鍋。まだ冬も抜け出せていない頃合いだから、アツゥイ鍋は身にしみるに違いない。

 特に何事も無く買い物を済ませると、みっちゃんと金糸雀は店を出る。そして車へと乗り込もうとするとき、異変は起きた。突然誰かがみっちゃんの背後から肩を掴んできたのだ。

 

「ひっ!」

 

 軽い悲鳴をあげて後ろを振り返ろうとした時、声がかけられる。

 

「待って、僕だよ」

 

 小さな声でそう言う謎の人物の声に、聞き覚えがないわけではなかった。恐る恐る振り返ると、そこには想像した通りの人物……桜田ジュンが、それなりの厚着をして、帽子を深々と被って立ち尽くしていた。

 

「みっちゃんどうしたの……って!貴方は真紅の!」

 

 助手席側にいる、あまり面識がない金糸雀も気がついた。敵襲かとも考えバイオリンを取り出そうとした瞬間、金糸雀の手は華奢だが力強い手によって押さえつけられる。

 

「落ち着きなさい金糸雀。ここでは目立ってしまう」

 

 騎士王の娘みたいな良い声で制止される。正体はやはりと言うべきか、大人化した真紅だった。ワインレッドのコートにレイバンのサングラス、そしていつもはツーサイドアップの金髪は、見た目相応に下ろしている。

 

「し、真紅!」

 

 驚く金糸雀だが、即座に彼女たちが敵意を持たないことに気がついた。もし彼女達が河原郁葉の勢力であれば、帰路に着く途中の田舎道にて襲撃されるか、そのまま泳がされて隠れ家を発見されてそのまま襲撃されるかの二択だろう。

 ジュンくんは周囲を見回し、片腕を上げて頭上で回す。これが軍隊における集合の意味がある事はみっちゃんにはわからないだろう。

 

「一体どうして……」

 

 みっちゃんが問いかけると、ジュンくんは真剣な面持ちで言葉を返す。

 

「質問は後で返します。とにかく、敵じゃないって事は信じてください。だから……そのポケットの銃から手を離して」

 

 その中学生の言葉には、妙に説得力があった。言われた通り、みっちゃんはポケットに突っ込んでいた手を離す。彼の言う通り、ポケットの中には小型の拳銃が収められていたからだ。

 

「おい河原、もう出て……」

 

「いるぞ」

 

 突然、ジュンくんの背後に現れたのは悪の化身の弟である礼。その異質な存在に本能が警鐘を鳴らし、みっちゃんは今度こそ悲鳴をあげそうになったが、ジュンくんと礼の二人の会話を聞いて心拍数を下げた。

 

「いるならいるって言え。こっちまで驚いたぞ」

 

「本当に驚いてるならもう撃ってるだろ。まぁいい、行くぞ。あまり時間がない」

 

「雛苺と水銀燈は?」

 

「偵察に出てる。どうやら雪華綺晶と兄貴は別行動してるらしいが、位置までは分からないそうだ。帰ったらお仕置きだな」

 

 どうやら二人は協力関係にあるようだった。だがイマイチ事情が読み込めないみっちゃんはそれに口を挟まず、成り行きを見守っていたのだが……

 

「おい、あんた。金糸雀のマスター」

 

「え、私?」

 

「他に誰がいるんだ。ほら車を出せ。運転できるのはあんただけなんだから」

 

 はい?と思わず素っ頓狂な声を出す。当たり前のようについて来ようとする三人は、逆に首を傾げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 田舎道を車が進む。運転はもちろんみっちゃん、助手席には河原礼、後部座席には金糸雀とジュンくん、そして真紅がそれぞれ搭乗する形だ。法定速度を少しオーバーしながら隠れ家に向けて車を走らせ、みっちゃんの質問に答える礼。後部座席ではドールズと少年が何やら話に花を咲かせていた。

 

「つまり、今の君達は河原郁葉とは敵対してるって事?」

 

 礼は頷いた。道中彼が話してくれたのは、なぜ彼らが共謀しているのか、そして今現在の河原郁葉との関係性。

 まず河原郁葉との関係性だが……敵でも味方でもないらしい。直接的に今回の動乱に干渉していない彼らだが、理由は不明にせよどうやら琉希を奪われると都合が悪いらしい。二人が共謀している理由もそこにあるのだとか。

 

「その……なんで、お嬢様の身体が奪われると都合が悪いの?」

 

 恐る恐る尋ねると、礼は無表情のまま口を開いた。

 

「奴が有機の身体を手に入れれば次に狙ってくるのはローザミスティカだ。それこそ奴は他の世界のローザミスティカを保有しているが……同一世界で組み合わさるのは同じ世界の魂のみ。だから絶対俺たちの大切なものを狙ってくる」

 

 つまりは、河原郁葉という共通の敵を抱いた仲間ということ。

 

「有機の身体を持つローゼンメイデンはもはや人形ではない。恐らくだが、その力はどんなドールが束になっても勝てないほど強いだろう。それも防がなきゃならん。それまでは一時休戦だ」

 

 なるほど、とみっちゃんは納得する。しかしもし、河原郁葉が倒れた場合は……

 

「理論上兄貴は殺しきれないだろう。だから狙うのはドールだ。雪華綺晶が死ねばあいつがこの世界にいる理由は無くなる。あいつは雪華綺晶の事になると周りが見えないからな」

 

 嘲笑するように笑う礼。

 

「お前もだろ、河原」

 

 ふと、後ろからジュンくんが不敵に笑いながら言った。それが図星と言わんばかりに、バックミラーで彼を睨む。

 

「ドールがドールなら、マスターもマスターね。お互い素直に物が言えていないのだわ」

 

「それはブーメランだぞ真紅」

 

「……今のは忘れてちょうだい」

 

 似た者同士だと言うことか。みっちゃんはそんな少年たちの若さに笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間して、ようやくみっちゃんが隠れ家に戻ってきた。俺と蒼星石はぐったりした様子でソファーに腰掛けていて、部屋の反対側では散乱する生活用品の中に一人、琉希ちゃんが体育座りでこの世の終わりみたいな様子でうなだれている。

 

「ただいま〜……」

 

 起こった事は想像するに難くない。きっとまた錯乱したんだろう。それをあやすというか宥めるのに努めた二人の精神は、もはや限界だった。

 

「腹減ったみっちゃん」

 

「今作るから待ってて。カナ、お風呂沸かして!」

 

 はいかしら〜と返事をする金糸雀を、蒼星石が止める。

 

「もうやったよ〜」

 

 半ば放心状態の彼女が言うと、金糸雀はやることが無くなって立ち尽くした。仕方がないので散乱したものを片付ける。

 

「あらあら、私を見捨てて買い物に出た金糸雀じゃあありませんか」

 

 歪に笑う琉希ちゃんと目があった。そして出た言葉が、これ。しかし彼女はめげない。底抜けの元気とおでこが自慢の彼女は、琉希の言葉を流して片付ける。

 

「へぇ、無視ですか。そりゃそうでしょう、私がこんなにならなければあなた達もこんな目に遭わなかったのに。恨んでもいいんです。私なんて翠星石と一緒に死ねば良かったんですから」

 

 プツンと、何かが頭の中で弾けた。涙を浮かべながらも健気に片付ける金糸雀に同情したからだろうか。それとも死ねば良かったなんて言い出したからだろうか。俺は疲れも吹っ飛ばして立ち上がり、琉希ちゃんの頭を思い切りゲンコツした。

 ゴンっと鈍い音が響く。

 

「いだっ」

 

「いい加減にしなさいッ!(右京さん)」

 

 プルプルとキチゲを貯めながら叫ぶ。部屋の視線は一気に俺へと集まった。

 

「自分を慕ってくれる人を傷つけ、あまつさえ死ねば良かったなどと……人を侮辱するにも程があるッ!(相♂棒)」

 

 えっ、えっ、と琉希ちゃんは突然の事に理解が及んでいなかった。ゲンコツされた頭を押さえながら、刑事が憑依した俺を見つめている。

 

「世の中には愚かな人がいたものですねぇ……そして哀れだ。いっそ滑稽とでも言いましょうか」

 

 上品な佇まいでそう言うと、ようやく自分が言われている事に気がついたのだろう。涙目を歪め、こちらを睨んできた。

 

「あなたのことですよ……!」

 

 ドラマ終盤並みに言い伏せる。ちなみに俺はあのドラマは全然見ていない。

 

「翠星石さんが生かしてくれたにも関わらず、こうして毎日を無駄に過ごして世捨て人にでもなったつもりですか。それで本当に彼女が報われるとでも?……大馬鹿者だッ……!」

 

「じゃあ」

 

 と、ここで琉希ちゃんの反撃。

 

「どうすればいいんですかッ!やれる事は全部やりましたッ!戦って、傷つきもしたッ!でも結局全部ッ!全部亡くしてッ!今度は私を狙ってきてるッ!私の体を!これ以上私に何を求めるのよッ!」

 

「やかましいわアァァロォオオオオッ!(突然のaiueo700)ならもっと足搔けやッ!こちとら友達と縁切ってまでやってんじゃボケッ!」

 

 思わず素が出てしまった。だが琉希ちゃんはこれ以上返す言葉が無いのか、走り去って二階へと逃げていく。よっしゃレスバ勝ったぜ!(J並みの発想)

 

「ちょっと!なんて事言うのよ隆博くん!」

 

「いいや必要だったね!俺と蒼星石相手ならともかく、みっちゃんたちにあーでもないこーでもない言うなんて馬鹿げてた!」

 

 俺は自身の正当性を主張する。ふと、きょとんとこちらを見上げている金糸雀と目があった。この子まで責めてくるかな、なんて思って言葉を待つ。

 

「隆博、ちょっとカッコよかったかしら」

 

「えっ」

 

 予想外の言葉に俺は思わず変な声をだしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、夜の山のてっぺんに聳え立つ木の頂上に彼女は立ち尽くす。夜の闇と彼女の白さは良いコントラストとなっていて、他人はともかくとして俺は目を奪われるだろう。大人になって伸びた手足。そのスタイルになっても、彼女の素のドレスはそれに追従する形で美しさを醸し出している。

 眼前には木々が聳え、その中にコテージの光が映る。ガラス細工の美しい片目は、その僅かな光すらも反射するほど輝いていて。

 

「だからこそ、不要な虫も惹きつけると言うものですわ」

 

 振り返り、雪華綺晶が立つ木と同じ背丈の木々の頂上を見る。そこには二体のドールが、それぞれの思惑を抱いて立ち尽くしていた。しかし二人の目的は共通で。それは、雪華綺晶を倒すという事だった。

 闇から生まれましたと言わんばかりの水銀燈が、黒いドレスを翻しながら言う。

 

「だぁれが虫ですってぇ、末妹」

 

 片手に持つ剣で遊びながら、特有の猫撫で声で反論する。

 

「むしろ、虫は貴女ね。雪華綺晶?」

 

 豊満なロリボディで、普段とは似つかわしく無い妖艶さを醸し出す雛苺が言う。暗闇に光る翠の瞳は不気味だ。

 

「河原郁葉に寄生して、挙句の果てに有機の身体を手に入れようと他の娘を殺す……ああ、私が言えた義理では無いけれど。中々病んでるわね、貴女」

 

 挑発するように笑う雛苺。雪華綺晶は微笑を崩さず、ただ答えた。

 

「それが一体どのような問題になりましょう、お姉様方。私は愛され、彼は愛し、そして高みを目指すのです。お姉様方のように現状で満足してしまう、アリスのなりそこないのままではいたくないだけなのですわ」

 

 水銀燈は剣の切っ先を末妹に向けた。

 

「それ。ほんっと腹たつ。マスターの前では良い子ぶっちゃって、本性はこんなに醜いのに……アストラルの身体しか持たない貴女は、本来ジャンクにもなれないような存在なのに」

 

 まぁ、と雪華綺晶は見え透いた演技をする。両手で顔を隠し、さも泣いていると言った演技。

 

「ひどい事仰らないで。だからこそ、こうして足掻いているんですの。……そうですわ、こうしてここでお会いしたんですもの。一つ、末妹である私のお願いを聞いてくださって?」

 

 雪華綺晶に供給されている力が増す。それを感じ取った二人も臨戦態勢となりつつ、雛苺は問いかけた。

 

「聞くだけ聞いてあげるのよ」

 

 ニヤリと、手で隠れた口元が歪に歪んだ。

 

 

 

「私の糧となって、死んでくださいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指輪が熱くなる。どうやら雪華綺晶が交戦状態に陥ったようだ。予想はしていたが、やはり来たか礼。お兄ちゃんは悲しいぞ。弟を殺さなくちゃならないなんて。

 俺は匍匐しながらライフルの弾倉を一度取り外し、中身を確認する。指で弾薬を押し、バネの反発を確かめて再度ライフルに取り付け、チャージングハンドルを引いた。また少し引いて、薬室に装填されている弾を指で触るとハンドルを離す。

 

「隆博といい、礼といい。いつでもお前たちは俺の邪魔をする」

 

 サーマルスコープを覗き込む。そしてカーテンが閉められた窓ガラスごと、室内の誰かを撃ち抜こうとした。

 その時。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に横に転がった。刹那、くぐもった発砲音と銃弾が、先ほどまで寝そべっていた場所を貫いた。俺は起き上がって一気に茂みの中に隠れる。礼が来たか。

 発砲音からして近距離である事は想像できた。そして拳銃弾であることも……いや違うな。PDWだ。初速が速い。

 

「礼、兄ちゃんの邪魔するなよッ!」

 

 笑いながら、発砲音の方向へライフル弾を撃ち込む。ガサガサと音がした。追ってきてるな。

 俺は逃げながら、しかし隠れ家から離れないように見えない礼と戦う。暗視眼鏡を取り付けていても、この暗闇だ。多少はマシになったくらい。

 

「容赦ねぇな」

 

 正確に撃ち込まれる弾丸を掻い潜りながら、俺は遮蔽の取れる場所へと移動する。そして反撃のために使った弾倉を取り換える。そうしているうちにも、礼が近づいてくるのがよく分かった。

 

「茂みだらけだってのによく動けるなあいつ」

 

 弟のポテンシャルの高さを賞賛しつつ、反撃の機を窺う。しかし、

 

 パシュンッ!パンっ!

 

 俺の目の前をライフル弾が駆け抜けた。礼のものじゃない。俺は焦って身を屈めながらスモークをライフル弾が飛んできた方へ投げる。

 弾丸のソニックブームがはっきりと聞こえるくらいの近距離であることに加え、今撃ってきたのは中距離だ。きっと礼をサポートしているんだろう。

 

「ジュンくぅん、おめぇか犯人はボケェ!」

 

 某集団ストーカーに襲われる系配信者の語録を出しつつ、俺は逃げる。まずいな、それは予想していなかった。

 



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sequence87 BBクッキー☆劇場のKNN姉貴大好き、ホントニアコガレテル

 

 

 外から銃声が聞こえた。それも複数。俺は急いで装備を着込み、側に立てかけていたライフルを手にする。だが変だ、郁葉が襲ってきたのは紛れもない事実だとして、他の銃声はなんだろう?あの聞こえ方だと戦闘しているみたいだ。それにあいつのことだ、ライフルにはサプレッサーを使っているに違いないから、このむき出しの銃口から聞こえる乾いた発砲音はあいつではないだろう。

 

「クソ、とうとう来やがったな」

 

 悪態交じりにカーテンの端から外を覗き込む。本当ならこんな危ない行為はしたくないが、あいつは狙撃に意識を裂く余裕はないだろう。今も森の中では銃声が鳴り響いているからだ。

 

「待って、隆博くん」

 

 と、一人警戒に当たっている俺の腕を引っ張るみっちゃんは、表情を不安げにしながら語った。どうやらあの腐れロリコンの弟とジュンくんが加勢に来ているらしいとのこと。今の今までそれを言わなかったのは、彼らに口封じされていたらしい。敵を騙すには味方からってことか?だとしても、彼らは別に味方ではない。敵の敵だ。

 俺はしばらく考えて、この期に郁葉を倒すか……それとも逃げるかの選択をする。郁葉との戦いはどの道避けられない。俺は実質あいつを裏切ったようなもんだし、あいつも一筋縄ではいかないからあらゆる手段を用いて殺しに来るはずだ。琉希ちゃんを引き渡せば俺は見逃される……なんて甘い奴じゃない。

 ならば、戦うしかない。幸い、地の利は多少俺に傾いている。オビ◯ンなら勝ってる。

 

「蒼星石、みっちゃんたちを頼む」

 

 チャージングハンドルを引いて弾薬を装填し、ナイトビジョンが取り付けられたヘルメットを被る。

 

「一人で行く気なの!?」

 

 やはり蒼星石は反対する。優しい子だ、だからこそ俺は一人で行かなくちゃならない。

 

「あいつのことは誰よりも知ってるからな。パパパっと殺して、終わりっ!」

 

 GO IS GOD。俺には神がついている(実際はホモビ男優)

 蒼星石の頭を撫でた。大丈夫だ、俺は絶対に戻ってみっちゃんと蒼星石とイチャラブハーレムを築いてみせるのだ。そう考えたら死ぬに死ねない。

 

「待って、隆博くん」

 

 玄関から出ようとする俺をみっちゃんが止めた。振り返ると、二人が俺を左右から抱きしめて頬にキスしてみせる。ほほ^〜(台無し)ハーレム主人公っていつもこんな感じなんですかね……?今度三人で三角形になって、しゃぶりあわねぇか?(相撲部)

 

「気をつけて」

 

「帰って、来てね」

 

 俺は最大限のイケメンスマイルで頷く。まぁ鏡見ればただのニヤケ面なんですけどね初見さん。

 玄関の電気を消し、ナイトビジョンを眼前に持ってきて起動する。そしてゆっくりと扉を開けた。最後にみっちゃんに、

 

「いつでも逃げられるようにしといてね」

 

 それだけ言って俺は戦場へ向かう。友達と愉快な仲間たちがマジで殺し合っている中へと。そんな俺の背中を、みっちゃんと蒼星石よりももっと後ろで見ている子がいた。彼女は何もできないもどかしさを感じながらも、まだ殻にこもる。

 それが、最大限彼女に出来ることなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木々が炸裂する。翠にも、蒼にも似た水晶の塊が少女たちを襲ったのだ。

 雪華綺晶は翠星石を取り込んだ事により、ローザミスティカの力を引き出せるようになっている。庭師の如雨露はもちろん、翠星石が過去に俺たちを襲った際に出したあのぶっとい蔦も。だがこの水晶は違う。雪華綺晶と翠星石のエレメントを掛け合わせた、異形の力だ。

 

「くっ!」

 

 姫騎士みたいな声を出して水晶の大剣を避ける水銀燈。砕けた水晶が飛散して彼女を襲うが、それを翼でガードし事なきを得る。

 雛苺は低空を移動してそれらを避けると、細い蔦を鞭のようにしならせて空中を浮く雪華綺晶に叩きつけた……が、まるで蝿を振り払うように腕を薙ぐと、蔦は勢いを無くして行き先を失った。

 

「あら。あらあら、雛苺?前にジュン君を奪った時の方がよっぽど強力でしてよ?」

 

 嘲笑う雪華綺晶を睨みながら、雛苺は一度攻撃から転じて回避に移る。なぜならいきなり雪華綺晶からレーザーが飛んできたからだ。いや、レーザーではない。高温で溶けた水晶の塊だ。それは地面を抉ると、まるで隕石のように周りを焼いた。あんなのが当たったら一溜まりもないだろう。

 

「ちょっと!あんたあんなの使うなんて聞いてないわよ!」

 

 †漆黒の翼†(いやーキツイっす)を飛ばして攻撃するも、それらは雪華綺晶を傷つけるには至らない。ただ風が吹いたとばかりに彼女の髪を靡かせ、月光の下に輝かせるだけだ。正直、今の雪華綺晶は彼女たちの手に負えるような代物ではなかった。

 雪華綺晶は逃げていく彼女達を無垢にくすくすと笑うと、まるで遊んでいるように言葉を吐く。

 

「いいわ、お逃げなさい。隠れんぼしましょうお姉様方?どうせ時間稼ぎに来たのでしょう。でも残念、私のマスターは素晴らしいの。どれくらい素晴らしいって、それはもうBBクッキー☆劇場のKNN姉貴くらいに強くて美しいのだから」

 

 具体的過ぎてシリアス壊れるわ^〜。雪華綺晶ゆるして。

 だが水銀燈達は元ネタをわかるはずもなく、ただ末妹がわけのわからない事を言っていると考えるばかり。攻撃が通じないと分かれば逃げに転じるしかない。

 事実、水銀燈達は時間稼ぎに来ただけだ。常人である彼女らのマスターとは異なり、雪華綺晶のマスターは無尽蔵の生命力を持つわし(20)なのだから。自分達のマスターが、どうにかして俺を殺すまで、雪華綺晶を援護に向かわせるわけにはいかない。

 

「私も前に騒ぎを起こした時はあんな感じだったのかしら?」

 

「まだマシよ……っ、来るわよ!」

 

 木々の合間を縫うように低空飛行していると、気配を感じた。一気に左右へと散開すれば、先ほどまでの経路上に雨のように水晶が飛んできた。これも高温だったようで、光り輝いた水晶は着弾すると周りの草木を炙る。

 上空を飛行し、姉を追っていた雪華綺晶は口に指を当てて困ったように口を開いた。

 

「あらあら、どうしましょう。お姉様方ったら、別れてしまいましたわ」

 

 わざとらしいと、水銀燈は苛立つ。

 

「真っ黒けな鴉さん。美味しそうな苺色のお菓子。私、甘い方が好みなの」

 

 唐突に舌の好みを告げると、右に逃げていった雛苺を追いかける。水銀燈はすぐさま反転して、

 

「誰が鴉よっ!」

 

 と叫び、これから窮地に陥るであろう妹を助けに行く。彼女が他人を助けるなんてらしくないと思うかもしれないが、意外と面倒見が良いからこればっかりは仕方ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 礼は昔から天才肌だった。スポーツは俺の弟とは思えないくらいなんでもこなすし、勉強だって塾に通わずとも上位に位置していた。おまけにモテるし、俺の遺伝子入ってるのかってくらい顔もいいし、目つきも悪くない。それでも俺は決して礼を嫌ったりはしなかった。別に比較もされなかったし、されたとしても礼と俺は兄弟というだけで他人だ。好みやなんだってのも色々ある。十人十色って奴だろう。

 だからこうして、俺の前に立ちふさがっても嬉しく思う。今まで交差する事がなかった好みや意地というものが一致して、殺し合っているのだから。形は違えど、俺としては兄弟の繋がりというものを感じずにはいられなかった。

 

 ジュン君から狙撃されないくらい森の奥深くへと逃げ込み、木の裏に隠れて追撃してくる礼を迎え撃つ。ナイトビジョンがあっても木々が茂る森の中では光量が足りない。20メートル先を見通せれば良い方だ。

 息が上がっている。それはもちろんこの戦闘における体力の消耗もそうだけれど、雪華綺晶にパワーソースを注いでいるせいでもあった。

 だが、それでいい。礼達も今頃ドールズを雪華綺晶の下へと向かわせているのだろうから、これくらいのハンデが無ければ対等とは言えない。

 と、そんな事を考えていれば後ろから気配。驚いて振り返れば、拳銃と剣を片手に礼が弾丸のように突撃してきていた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にライフルを構えるも、懐に入り込んでいる礼。奴はライフルを蹴って払うと、くるりと乱舞のように回って剣で一閃してくる。それを何とか避ければ今度はガンダムのように脇の下を通して拳銃を撃ってきた。

 

「うおっ!?」

 

 どうせそんな事だろうと思っていた俺はなんとか避けられたが、弾丸が髪の毛を掠った。頭を狙ってきているあたり、こいつは本気だ。

 今度は俺がバックステップで距離を取りながらライフルを撃ち込むが、礼はまるでヤーナムの狩人のようにステップで避けながら近づいてくる。登場する作品間違ってません?これではBB先輩劇場にレ帝が乱入するようなものだ(どっちも元はホモビ)

 礼は近づくと、右手の剣を突き刺してくる。それを無理やりライフルで弾くと、流石に礼は態勢を崩した。すかさず俺は回転蹴りを礼に叩き込むが……

 

「おッ!」

 

 蹴りを綺麗にいなされて右手で足を掴まれる。やばいと思った時には礼は既に左手の拳銃で掴んだ足のふくらはぎを撃ち抜いていた。

 

「だぁッ!」

 

 痛がりながらも足を引き寄せて礼を殴る。礼は左手を即座に動かしてブロックしたが、多少は効いたようで俺の足を離した。クソ、こいつほんと強いな。

 俺は後方に転がって足を引きずりながら一番近い木の裏に隠れる。そして治っていく足の傷を眺めながら礼に語りかけた。

 

「今回の事はお前にとっても悪い話じゃないだろう、礼!アリスゲームでアリスを生み出す事はできない、でも人間を依り代にアリスへと昇華させる事はできる!これはそう、お手本だよ!先輩のミーディアムにして兄貴である俺からのな!」

 

「俺が何も知らないとでも思ったか?そのためにはどの道同じ世界線のローザミスティカを全て集めて完全にする必要がある。そうなれば、お前は俺たちにとって脅威になるだろう」

 

「ああクソ、なんで知ってんだ!」

 

「別の世界のお前から聞いた。あっさり話してくれたぞ。心はしっかりと閉ざしておくべきだったな」

 

「クソがッ!」

 

 結局論破されて激昂する羽目になった。クソ、自分の事ながら魂が混ざり合いすぎてもう管理し切れていないのは痛かったか。俺は閃光手榴弾を取り出すと、ピンを抜いて礼の方へ投げる。間髪入れずに炸裂した手榴弾は大音量と閃光をまき散らした。

 

「逃げろ逃げろ」

 

 もうほとんど傷が塞がっている足を無視して俺は逃げる。礼を倒す前にまずはジュン君からやらないと疲れる。

 




ちょい短め


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sequence88 真っ赤な拳

別に……(ヤク中並感)


 

 

 騒がしい喧騒が外で響く中、彼女はまだ殻に閉篭もる。恐ろしい獣のような男に怯え、身を震わせ、頭を抱え。彼女はただただ終わりが来るのを待つ。その終わりも、彼女が救われるエンドとは限らない。むしろ、バッドエンドの方が可能性としては高かった。

 背後の気配すらも無視し、彼女はただ閉篭もるしか術を知らない。これがつい先日まで勇猛果敢に戦っていた少女だと、誰が気付くだろう。

 

「琉希」

 

 背後の亡霊が声をかける。その声色には多少の諦観も混ざってはいるものの、それはバッドエンドに対する諦めではない。単純に、少女に対して抱いた感情だろう。

 亡霊はいよいよ親友である自分すらも無視するようになった少女に話しかける。

 

「もう、やめにしないか」

 

 少女はその言葉を、額縁通りに受け取った。悲痛な表情で振り返り、唯一信じていた友という都合のいい存在を見つめる。

 

「やめるって、死ねってこと!?それともあの男の物になれってこと!?」

 

 錯乱した少女の声は鼻声で、聴いているだけでも痛々しい。だがリリィは首を横に振った。悲観的な彼女の考えを、一切否定したのだ。

 

「戦うのじゃ、琉希」

 

「それでどうなったかは知ってるでしょう!?翠星石は殺されたの!次は私!」

 

 忌々しい記憶がフラッシュバックする。二人で挑み、無様に負け、相棒である翠星石が殺された上に取り込まれ。次は自分の身体を狙ってきている。

 だがそんな彼女の思考を知っても、リリィは引き下がらない。亡霊は部屋の隅にある木箱を指差した。

 

「あれを開けるんじゃ、琉希」

 

 言われて、彼女は時間をかけながらも恐る恐るその木箱を開けた。そこに入っていたのは……大量の爆薬。白い粘土状の、プラスチック爆薬だった。

 

「え、これ」

 

「なぁ琉希よ」

 

 亡霊は、戦うことに諦めたのではない。彼女は友である少女を背後から抱きしめる。同時に、悪寒が走った。次に言うであろう言葉が容易に想像できてしまったのだ。

 

 

「死ぬのであれば、せめて戦って死のう。生きても死んでも、儂はお前と共にあるのだから」

 

 亡霊が指を重ねる。甘い、甘すぎる死刑宣告。どちらにしろ死ぬのであれば、勇ましく死ねと。彼女はそう言うのである。

 意識は乗っ取られない。重く苦しい判断は、まだ高校生の少女に委ねられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠れているジュンくんの周辺に弾丸が飛んでくる。亜音速で飛んでくる弾丸はソニックブームこそ発生させはしないが、着弾すればそれなりに大きい音を発てた。まるで小石がガラスに当たったような音だった。

 礼と彼の兄が戦って数分、分が悪いと判断したのか、まずは狙撃支援をしていたジュンくんから殺しにきたのだ。これまで射撃訓練こそしてきたが、こうして本格的な戦闘はした事がなかった。それ故に、明確な殺意に晒されることに彼は慣れていない。

 

「クソ……!僕じゃなくて弟を狙えよ……!」

 

 その弟が強すぎた。幸いジュンくんの正確な位置は分かっていないらしく、至近弾こそあるものの当たるような物はない。だがこちらから撃てば確実に位置を特定されるだろう。それに、この暗闇のせいで敵である河原兄の場所すらもよくわからないのだ。

 ライフルに搭載されたサーマルスコープで確認しようにも、ひっきりなしに弾が撃ち込まれていれば本能的に姿勢を低くしてしまう。どうするか。

 

「おい、ジュンくん」

 

「ッ!」

 

 突然背後から声がした。伏せながら銃口を向けようとすれば、見知った男が慌てたように銃を掴んだ。隆博だった。

 

「待て待て、味方だ。今のところはな」

 

 含んだような言い方でジュンくんを警戒させる隆博は、匍匐しながら彼の横まで這う。

 

「なんでここに?琉希さんは?」

 

「蒼星石とみっちゃんが一緒だ。逃げようにもここであいつをどうにかしねぇと逃げられねぇだろ」

 

 そう言いながら、隆博は腰のポーチを漁る。取り出したのはスモークグレネードだ。

 

「こいつを投げたら後ろに下がれ。そんでもってまた狙撃に徹しろ。そいつで近接戦闘は無茶だ」

 

 ジュンくんの持つライフルを顎で指す。彼が狙撃に使っていたのは銃身長が長い中距離狙撃用のライフルだ。強力な7.62mm弾を使用するこのライフルは威力こそあるものの、近接戦闘には酷く向かない。中学生という成長期の少年なら尚更だ。

 

「隆博さんはどうするんです?」

 

「あいつを止めるのは俺だってそれ一番言われてるから」

 

 言うや否や、隆博はスモークグレネードを投げる。同時に射撃が来る方向へと手にしたライフルを撃ちまくった。

 

「行けッ!」

 

 言われると同時にジュンくんは走り出す。すぐそばを銃弾が掠めるが、それを気にしている余裕はなかった。今はただ、やるべきことをやるだけだ。

 走っていくジュンくんを背に、隆博は射撃をやめて友を待つ。弾倉を交換し、身を低くして待ち構える。そのうち相手からの射撃が止み、走ってくる音が聞こえた。それも二つ。

 

 一つの足音が近くに寄ってくる。隆博はライフルを脇に抱え、腰だめで勢いよく飛び出した。目の前に、全力でこちらへ走ってくる友がいた。

 

「警察だッ!(大嘘)」

 

「なんだお前(素)」

 

 いつも通りのやり取りに、ただ殺し合いがくっついてくるだけ。隆博はセレクターをフルオートにして引き金を引く。連発して発射されたライフル弾は友を貫こうと迫った。

 

「マジかお前ッ!」

 

 間一髪それをかわした友だったが、無傷では済まなかった。彼の手にしたライフルが弾丸を受けて破損したのだ。

 友はすぐさま隆博のライフルを破損したゴミで払って拳銃を抜こうとする。だが隆博も蹴りで腕を払うと、ライフルのストックで思い切り殴った。

 

「いでッ!」

 

 運良く腕でブロックしたが、まず間違いなく骨折しただろう。そのまま構え直すように銃口を振り抜き打撃を加えようとするが、

 

「ぐっ!」

 

 今度は隆博が声をあげた。そのまま友がタックルをかましてきたからだ。二人はみっともなく転げまわり、マウントを取ろうと取っ組み合う。まるで逆シャアの1シーンみたいだが、二人はあそこまでイケメンではないし様になってもない。

 そのうち隆博が友に馬乗りにされる。身長は隆博の方が高いのに、体重はやや筋肉質な友の方が多いせいで中々退いてくれない。

 

「この!この!ついでにお前も死ねっ!」

 

 隆博の顔面を何度も殴りつける。隆博はブロックしつつ、痛みに耐えながら何とか打開策を探した。探して、友の腰のポーチに目をつける。無理やり手を伸ばしてそのポーチを開こうとすると、

 

「やめろバカ!」

 

 友が邪魔をしてくる。

 

「うっせぇテメェが死ね!」

 

 咄嗟に隆博は背中に反対側の手を伸ばし、ナイフを抜いた。逆手に持ったナイフを友の肩に突き立てる。肉を裂いた感触がよく伝わったが、それに酔いしれずに友のポーチの中身を掴んだ。

 そして、それに付いているピンを抜いた。手榴弾だった。

 

「ぐぉのっぉおおお!」

 

 心底悔しそうで痛々しい声を上げ、友は起爆寸前の手榴弾を投げ捨てる。ほぼそれと同時に、爆風と破片が彼らを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雛苺を追跡していた雪華綺晶の動きが止まった。更に言えば、それを追っていた水銀燈も思わず止まらざるを得なかった。

 いきなり動きを止めた末妹の動きを怪しむのは最もだろう。なにせ雪華綺晶はローゼンメイデン最強最悪の末妹なのだから。水銀燈は雛苺の下へ回り込み、二人で動きを止めた雪華綺晶と対峙する。

 

「何……?どうしたの?」

 

「知らないわよぉ……」

 

 しばらくして、動きがないなら攻撃しようとした時だった。雪華綺晶がため息を零した。艶のある吐息は白い。ため息すらも絵になるとは、ローゼンメイデンは美しい。

 雪華綺晶は月を見上げる。

 

「月はあんなに綺麗なのに、私はこんなにも醜いの」

 

「は?(威圧)」

 

 末妹の意味不明な発言に思わず水銀燈が零した。

 

「だって、そうでしょう?お父様に唯一ボディを与えられず、精神世界を彷徨って。今こうして姉妹を手にかけてまで至高の少女にならんと足掻くのですから」

 

 詩のようにすらすらと語り出す末妹。

 

「攻撃していいかしら?」

 

「待って雛苺、罠かもしれないわ」

 

 落ち着いて相手の出方を待つ。

 

「でもいいの、私は命を得る。命を得て、初めて私は生きたことになるのです。生きとし生けるものはすべて生き残るために醜いもの。それこそが、魂の輝きなのだから」

 

 スッと、雪華綺晶は二人を指差す。

 

「もう手段を選んでいる時間はありませんの、お姉様方。マスターもお疲れのようですし、追いかけっこは終わりにして」

 

 水晶の、大きな剣が指差す手に握られる。

 

 

 

「そろそろ死んでくださいな」

 

 

 同時に、剣の切っ先からレーザーが放たれた。あまりの瞬間的な速さに避けるよりもまず耐える事を選んでしまう。

 水銀燈は雛苺を庇うように翼を展開すると、それを盾にレーザーを受ける。ジリジリと焼けるような熱さが翼越しに伝わった。

 

「あっづぅぅうううううッ!」

 

「す、水銀燈!」

 

 レーザーの照射は止まらない。今出ていけば、雛苺もレーザーに巻き込まれる。その間にも、レーザーは確実に水銀燈の命を焼いていた。

 痛くて熱い。目眩もする。だが、それでも逃げる気にはなれなかった。妹を見捨てて逃げるという事を、プライドが高くて本当は優しい水銀燈ができるはずがないのだ。

 

「ああ、綺麗……命が焦げて、最期の瞬間までお姉様は熱くなれるのね。素晴らしいわ」

 

 でもね、と。

 

「それすらも、私は手に入れたい。雛苺の無垢さも、金糸雀の愛しさも、真紅の気高さも、翠星石の烈しさも、蒼星石の切なさも、そして水銀燈の燃え上がる誇りも、みぃーんな、手に入れたいの!」

 

 レーザーの出力が上がる。その頃にはもう、水銀燈の膝は地に着いていた。守っているのがやっとだった。いや、受けているのがやっとだ。

 

「れ、い……」

 

 少女は最愛の男の名を呟く。思えば、この数ヶ月は彼女が生きてきた中でも一番輝いていた。孤独ではなく、自分を満たしてくれる相手と生活し、アリスゲームという宿命ではなく初めて人間として生きるためにアリスを目指し。

 彼と添い遂げることはできなくても、満足はしていた。惜しむならば、家庭を築いて共に死にたいということ。

 

 水銀燈は、初めて死というものを理解した。永遠に生きる人形が、初めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ!?」

 

 雪華綺晶に何かが迫る。顔をそちらに向けるのが精一杯だった。白雪のような頬に、硬いなにかが突き刺さるのと同時に、彼女はレーザーを消して吹っ飛ぶ。木々に激突し、へし折りながらも彼女は数百メートルは吹っ飛んだ。

 

「え、なに!?」

 

 急に背中の痛みが消え、慌てる水銀燈。唯一その一部始終を見ていた雛苺だけが安堵したように腰を抜かした。

 

「来るのが遅いのぉ……」

 

 へたり込み、雪華綺晶を撃退した何かを見つめる。紅のドレス。流れるような金髪をツーサイドアップに絞り、硝子細工の瞳は青い。

 撃退した彼女は拳をヒラヒラと振るうと言った。

 

 

「待たせたわね……ちょっと本気で殴りすぎたかしら」

 

 

 ローゼンメイデン一の武闘派、真紅が登場した。

 



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sequence89 終焉

長かったゾ……駆け足気味なったけど、延々とダレるよりは多少はね?


 いくつか木をへし折り、一回り大きな木に激突したことによって雪華綺晶はようやく停止できた。彼女を象徴する純白のドレスは所々擦り切れ、幾度か地面に叩きつけられたせいもあって泥まみれになっていた。

 個人的には綺麗な少女が泥だらけの傷だらけになるのは凄く唆るので有りだと思う(リョナラー並感)

 彼女は身体を震わせながらなんとか立ち上がると、自身の身体を隅々まで確認した。肌の損傷はほとんどないが、それでも汚れてしまっている。片方だけの瞳を悲しく歪ませると呟く。

 

「痛いわ……お姉様……ドレスもこんなに汚れて……」

 

 どこまでも少女らしい言葉で今の自分の心中を表す。そんな彼女の前に立ちはだかるのはローゼンメイデン第5ドールの真紅。清廉で高貴な彼女は、薔薇による変化後もそのイメージを崩さず、凛々しくも誇り高い面持ちでそこに佇んでいた。その碧い瞳に末妹を写して。

 真紅は諭す。

 

「もうやめなさい、雪華綺晶」

 

 その言葉に、雪華綺晶はおろか背後で回復中の水銀燈と雛苺までもが彼女を仰ぎ見た。

 

「貴女は大事な事を忘れているのだわ」

 

「大事な、こと?」

 

 ええ、と。

 

「マスターを愛しているのは痛い程に分かる。でもね、だからといって貴女が身を汚すことはない。今貴女がしようとしている事は、その汚れない魂までをも闇に貶める最低の行為よ。たとえ事を成し遂げてマスターと結ばれても、それは人間ではない。悪魔、そのもの」

 

 真紅は続ける。

 

「貴女は悪魔になる必要はないの。貴女は誇り高きローゼンメイデンでしょう?そう、私達はお人形。いくら大きくなっても、そこは変わらない。なら、そこで最大限マスターに愛して貰えばいい。今の貴女はただの道具で、悪意のある愛を互いに押し付けあっているに過ぎないのだから」

 

 ああ、そうか。と。雛苺はとうとう分かってしまった。真紅は騒動の後にジュンの下へ戻ってきた。だけどそれは、人間として愛する事を選んだのではない。人形として生きる事を選び、それでも愛して欲しいだけだった。雛苺は、また裏切られた気分になったが……それでもまだ、真紅を尊敬している。きっと結論を出すまでにとてつもなく苦しんだのだろうから。

 それを聞いていた雪華綺晶は、しばらく虚ろな瞳で真紅を見上げた。

 

「地獄まで」

 

「え?」

 

 唐突に出た言葉に、聞き返さずにはいられなかった。

 

「地獄まで一緒だって、言ったの。どんなことがあっても、死んでも、いつでも一緒だって。そのためなら悪魔になることだって構わない。だってそれが、私達の愛なんだから。ねぇお姉様、知ってる?一番タチが悪いのは、自分が正義と思い込んでる人なんだって」

 

 思わず口を閉ざしてしまった。その間に水銀燈はいつでも真紅を守れるように翼を展開しようとする。真紅は、ある意味純粋で乙女な人形なのだ。そんな、決意のある悪意を聞かされてまともでいられるほど強くない。

 

「私は悪魔。マスターは魔王。なら、それでいいじゃない。堕ちるところまで落ちて、最期も一緒。うふ、うふふ。ああマスター、魂になっても一緒よぉ」

 

 一つ、真紅が雪華綺晶に対して見誤った事があるとすれば。それは、もう雪華綺晶という魂は既にジャンクだという事だった。それも救いようがないほどに。それを彼女も理解して、今に至っているというのに。

 雪華綺晶が天に両手を広げる。狂気に満ちた笑みを月に向け、狂笑を大きく響き渡らせる。

 

「ねえ見て!私今こんなに輝いてるっ!昔はこんな事なかった!nのフィールドにいた時も、お父様の薔薇園に一人いた時も!でも今は違うッ!私は身体を持って、輝いているのッ!!!!!!もうすぐ、もうすぐなのよッ!有機の身体が手に入るッ!私はアリスを超えるのッ!私とマスターの力でッ!至高の少女になれるのよッ!」

 

 その姿に、長く一緒に暮らしていた水銀燈は鼻で笑った。

 

「ハッ、どう真紅?ようやくわかったかしらぁ?あれが末妹なの。言葉は通じない。なら壊すしか私達に未来は無いのよ」

 

「っ……こうも人形が、あそこまで禍々しくなれるの?」

 

「なれるよ、真紅。少なくとも、私はそうだった」

 

 雛苺が肯定する。知っていたのに目を逸らしていたのは自分だろう。

 雪華綺晶が宙に浮き出す。同時に彼女は叫んだ。

 

「私とマスターの愛を邪魔する奴は殺すのッ!だってそれが私たちの愛を証明する近道なんだからッ!ねぇ賢太さん!?」

 

 唐突に呼ばれた名前に真紅は凍りついた。なぜ今まで忘れていたのだろう。あれだけ自分の面倒を見てくれた、自分を化け物と嘲笑っていたあの心優しき少年は、あの本当の意味で怪物のマスターにゾッコンだったではないか。

 声が聞こえる。猫の、大きな鳴き声が。闇夜を照らす月光を覆いかぶさるように、その影が見える。

 

 御門賢太。一度死んだはずの少年。彼は少女に呼ばれて今、舞い降りた。その身を化け猫に変え、友に牙を向けんとし。

 

 

「真紅。僕は僕の道を往く」

 

 

 そうして対峙する。狂いに狂った少女と男の娘のタッグと。真紅は自分の愛を成し遂げるために、妹と友に刃を向けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳鳴りが酷い。爆風に吹き飛ばされたせいで身体も痛むが、幸いな事に破片による怪我は無いようだった。隆博は自分の代わりにお釈迦になったライフルに感謝をしつつ(お気に入りのライフルだったからメチャクチャガッカリもしたが)、ホルスターから拳銃を抜いて立ち上がる。

 持ち込んだナイトビジョンは対物レンズが割れて使い物にならなくなっていた。仕方無しに、拳銃にマウントされたライトで周辺を照らす。

 

「クソ、どこだ……?」

 

 一緒に吹き飛んだ友が居ない。自分のではない血痕はあるが、すぐに止血したのかどこかへ続いている訳でもなかった。そうこうしているうちに、草むらで物音がする。そちらに銃を向ければ、両手を挙げた礼がいた。

 

「そういやお前もいたんか」

 

 隆博が銃を降ろすと、礼は両手を下げる。彼の手にはしっかりと拳銃とナイフが握られていた。

 

「兄貴は?爆発があったようだが」

 

「わからねぇ、俺も失神してた。爆発があったのはいつだ?」

 

「今だ。俺が奴を追っていたらあんたと戦闘し出しただろ。それで爆発があって、やってきたらあんたしかいなかった」

 

 言いながら、礼は血痕を調べる。

 

「少なくとも無傷じゃないようだが」

 

「あいつのことだ、もう回復してるんじゃないか?」

 

 その問いに、礼は首を横に振った。

 

「今水銀燈が雪華綺晶と戦ってる。おそらく殆どのパワーをそっちにつぎ込んでるはずだ、全身の怪我をすぐに治せるほどのソースはあいつには割いてないだろう」

 

「そりゃお前もだろ礼くん、水銀燈に生命力を与えてるんだろ?」

 

 まぁな、と彼は否定しなかった。心なしか疲れているようにも見える。詰まる所、この兄弟は似た者同士という事だろう。だがしかし、そうとなれば奴はどこに行ったのだろうか。まさか。

 

「あいつ、俺たちをスルーして!」

 

「だろうな。奴らしくも無い……行くぞ、着いてこれないなら置いていく」

 

「俺年上やぞ」

 

 二人は夜の森を駆ける。行き先は決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みっちゃんは近くでの爆音を聞いて、もうここが長く無い事を悟った。それでも自分の愛する人を待ち続けるのは彼女の義務だと自分に言い聞かせて、ただ待ち続ける。

 しかし、同じく愛する人を共にする蒼星石は考えが違うようだった。彼女は大人化したままドールドレスに着替えると、手に持てるだけの荷物を裏口に置いてみっちゃんに言う。

 

「ここを離れよう」

 

 ギョッとしてしまった。まさか彼女が隆博を置いていくなんて言うとは思っていなかったからだ。隣で金糸雀も目をまん丸に見開いている。

 

「ちょっと!隆博くんを置いていくの!?」

 

「彼はまだ生きてる。契約が切れていないからね……それよりも、僕たちの目的は琉希ちゃんを生かす事だ。そのために僕たちは来たんだから」

 

 それはそうだけど、と口淀む。

 

「カナも、そうした方がいいと思うかしら」

 

 次第には金糸雀も蒼星石に同意し出した。多数決では負けているが、残りたいと言う気持ちはまだ負けていない……が。確かに彼女の言う通りなのだろう。

 

「それに、郁葉くんの目的は琉希ちゃんだけだ。数でも地理でも圧倒的に負けてる彼に、隆博くんを殺すメリットはあまり無い……なら、今は生き延びて、後で彼と合流したほうがいい」

 

 みっちゃんは決断を迫られていた。そうしてようやく、彼女は頷く。

 

「分かった。そうしましょう」

 

 決断してしまえば行動は早い。彼女達は一目散に撤収を始める。持てるだけの荷物をまとめ、車に載せるだけ。

 あとはあのワガママ娘をその気にさせれば逃げられる。

 

「みっちゃん、琉希はどうするかしら?」

 

「とりあえず、車のエンジンを掛けに行くわ。そこから皆んなで引きずり出しましょう」

 

 段々と手段を選ばなくなってきたみっちゃんに意を唱える者はいなかった。そうしてみっちゃんは裏口の扉に手をかけようとして。

 扉が突然爆発した。爆発の寸前に何かに気がついた蒼星石が彼女を引き下げていなかったら今頃爆風で死んでいたに違いなかったろう。

 木製の扉ごと吹き飛ばした爆発で脳震盪が起きる。蒼星石と吹き飛ばされたみっちゃんは、空いた裏口から何かが投げ込まれるのを見た。

 

「みっちゃ」

 

 刹那、破裂音と閃光。真っ白に歪んだ視界と音で塞がれた耳では何も確認できなくなった、が。

 肩に鋭い痛みが走った。それが撃たれた物による痛みであるということは、なぜだか簡単に理解できてしまった。視界と耳が元に戻る頃には、自分の右肩に小さな穴が空いて出血しているのが見えてしまった。

 

「うぐっ」

 

 自分の下敷きになっている蒼星石に構っていられるわけでもない。みっちゃんは痛みに涙を浮かべたが、目の前で自分たちを見下ろす男を見てそれすらも忘れた。

 ボロボロになった、まるで亡霊のような悪魔……河原郁葉が、そこにはいたのだ。

 

「みっちゃんッ!」

 

「動くな金糸雀」

 

 攻撃しようとした金糸雀を、郁葉が止めた。彼の手には拳銃が握られていて、銃口はしっかりとみっちゃんとその下敷きになっている蒼星石へと向いている。大きな.45口径の銃口だ、その威圧感はとてつもなかった。

 全身血塗れで、立っているのもやっとな郁葉はそれでも冷酷な目付きと声色で金糸雀に命令した。

 

「琉希ちゃんを連れてきてくれないか」

 

 お願いではない。確実に、これは命令だ。

 

「じゃねぇとこの二人を殺す」

 

 彼にはそれを簡単にやってのける覚悟がある。だから、金糸雀は従うしかない。彼女は頷くと、そっと二階へ通じる階段を登る。もうどうしようも無かった。

 

「……隆博くんは?」

 

 みっちゃんが尋ねると、郁葉は少しばかり呆けたように答える。

 

「普通に生きてる。あいつの力量は誰よりも知ってたのに、見誤った」

 

 後悔にも賞賛にも聞こえる言葉で、そう言う。それで少しだけみっちゃんはホッとした。耳元で、下敷きになっていた蒼星石が意識を取り戻したようで唸り声をあげている。

 その時だった。

 

「銃を捨てろッ!」

 

 玄関方向から、まだ幼い少年の声が響いた。見ずとも分かる、ジュンくんの声だった。彼はライフルを背負って、拳銃を郁葉に向けていた。郁葉は特にリアクションを取らず、ただ視線を彼に向けるのみ。

 

「ジュンくんか。礼と組んで俺を殺しにきたのかい、えぇ?」

 

 そう皮肉っぽく笑うと、ジュンくんは姿勢を崩さずに言った。

 

「違う!僕は止めに来ただけだ!」

 

「なら殺せよ、止めるって事はそう言う事だぜ」

 

 空いた左手で自身の頭を指差す。左手は、よく見れば小指が千切れ飛んでいた。

 

「胸はダメだ、プレートがある。レベルⅣだからそのキンバーじゃ貫けない。俺が即死しなけりゃみっちゃんと蒼星石を殺す。彼女もソフトアーマーを着てるけど、柔らかい喉元を撃てば貫通して下の蒼星石も死ぬ。もちろんみっちゃんも頚動脈を損傷して死ぬだろう。ほら、頭を狙え。.45ACPなら即死させられるぞ」

 

 明らかに彼を試していた。まだ中学生の少年に、自分を殺せと言うのだ。みっちゃんはコソッと、彼に気がつかれないように左手で腰に潜ませた護身用のポケットピストルを抜こうとする、が。

 

「ズルは良くないなぁ」

 

「あうっ!」

 

 郁葉はみっちゃんの左手を踏んづけるとそれを阻止した。感が良いにも程がある。

 

「やめろッ!」

 

「なら早く殺せクソガキッ!」

 

 もうどうにもならない。その時、金糸雀が階段から降りてくる。その後ろには、やはりと言うべきか琉希もいて。だが何か違和感があるのをみっちゃんは感じた。郁葉やジュンくんでは感じ取れない違和感……そう、あのヒステリックさが微塵も無い。覚悟を決めたかのように、彼女の顔は引き締まっている。

 琉希は階段から降りると、まだ拳銃を向けているジュンくんを手で制した。

 

「これは私の問題ですから」

 

「でも」

 

 それでも銃を向けるジュンくんを、彼女は投げ飛ばす。ご丁寧に拳銃を奪って。地面に叩きつけられたジュンくんには理解が追いついていなかった。

 

「なんで……」

 

「返します」

 

 マガジンを外し、薬室から弾薬を抜くと拳銃をジュンくんに投げ渡した。それから琉希は郁葉と対峙する。

 

「随分素直じゃないか」

 

「ええ。覚悟はしていましたから」

 

「ならいい。さぁこっちに……苦しませないようにするから」

 

 何かがおかしい。なぜ彼女は、部屋で外行き用のコートを着ているのだろうか。

 琉希が近寄る。郁葉は銃口をみっちゃんから外さず、金髪の少女に歩み寄った。

 

「翠星石の下に行くんですよ、我々は」

 

「なに……?」

 

 刹那、琉希ちゃんが郁葉に抱き着いた。突然の事で対応できなかった郁葉は、人外と化した彼女の腕を振りほどけない。おまけに銃を向けることもできないでいた。

 

「クソ、なんだッ!いててて!」

 

 ミシミシと、満身創痍の身体を琉希は締め付ける。その時見てしまった。琉希の手には、なにかのスイッチが握られて……

 

 

「お互い、もう痛い思いは飽きたでしょう?」

 

「お前ッ!クソ!」

 

 彼女がしようとしていた事に気がついた郁葉は頭突きをかます。思わず力が弱まったのか、郁葉は腕を振りほどいた。そのまま素早く彼女がスイッチを握る指を掴む。スイッチを押そうとしていた親指は、彼によって掴まれてしまった。

 

「中東の自爆テロかお前はッ!」

 

 こんな状況でもツッコむ郁葉を他所に、琉希はフリーの左手でジャブをかます。郁葉はそれを最小限の動きで躱すと拳銃を持つ手で彼女の左手を押さえた。しかし格闘マスターである琉希の攻撃は収まらない。そのまま膝蹴りを郁葉にかますが……

 

「いっ……」

 

 腹部を守るプレートに阻まれる。それを機に、郁葉は彼女を背負い投げして地面に叩きつけた。彼女の手からスイッチを取り上げると、郁葉は銃口を琉希に向ける。

 

「お前……ヒヤヒヤしたぞ」

 

 そう言うと郁葉は足で乱暴にコートを脱がす。コートの下には、テープで爆薬がくくりつけられていた。もし起爆すれば、この建物ごと吹き飛んでいたに違いない。

 

「主途蘭め、悪知恵を吹き込んだな」

 

「返して!」

 

「嫌です」

 

 暴れる琉希を無理やり押さえつけ、爆薬を無理やり剥がした……その時。裏口から何かの破片が飛んできた。それはプレートに守られていない郁葉の脇腹に突き刺さる。

 

「おごっ!?」

 

 郁葉が吐血した。深く突き刺さったのだろう、肺に達していてもおかしくない。それでも郁葉は裏口に拳銃を向けて引き金を引いた。

 だが、

 

 ドス、ドスッと、暗闇から飛んでくる破片は郁葉の身体に突き刺さっていく。その破片は紫の水晶にも見えた。同時にジュン君が動く。彼は新しい弾倉を拳銃に入れると、スライドを引いて装填。そのまま郁葉に向けて数発撃った。

 二発。プレートに守られた胸に弾丸がめり込む。いくら防弾プレートをしていても、衝撃は殺せない。郁葉が大きくよろけると、今度はみっちゃんが彼を思い切り突き飛ばした。

 

「この……」

 

 息も絶え絶えな郁葉は、そのまま倒れ込んで動かなくなった。ただ目には闘志を宿し、皆を睨んでいる。

 

 

 

「もう、お終いだ郁葉くん」

 

 

 

 裏口から声が聞こえる。やってきたのは、あの人形屋を営む青年である槐とその娘、薔薇水晶だった。彼の手には大型のリボルバーが握られていて、娘の手には水晶の剣が。彼もまた、ジュン君たちと手を組んだのだ。

 ジュン君はまだ拳銃を彼に向けたまま、悲しそうに言う。

 

「どうして待てなかったんですか?貴方は僕がしようとしていたことも知っていたはずだ。僕がマエストロになって、アリスを造ろうとしていたことを」

 

 乱れる息の中、郁葉は笑う。

 

「それでも、男なら、どないに辛い、事も……背負わにゃいかんぞって……それ」

 

「一番言われてるから」

 

 彼の言葉を紡ぐように、少しだけボロボロな隆博が言った。その後ろには礼もいる。ほぼ全員集合だ。まるでサスペンスの最後みたいだ。

 隆博は複雑な表情で問う。

 

「満足したか?」

 

「いや……まだまだ(棒読み)ゲホッ。だからこんなんじゃ、商品になんねぇんだよ(棒読み)」

 

「死にかけても語録は言うのか(困惑)」

 

 河原郁葉という人間は、そういうものだ。おふざけで生き、誰よりも深い闇を隠しながら銃を握る。そして時折、とんでもない事を仕出かす。そういう、哀れな人間なのだ。

 

「兄貴。これがお前と俺の差だよ」

 

 礼が少しばかり勝ち誇ったように言う。

 

「ただ、気になることがまだある。お前まだ何か隠してるな?何をしようとしてる、言え」

 

 礼が問い詰めると、郁葉は笑った。そして両手を上に上げる。

 

「桜は、散り際が綺麗なんだ」

 

 怪文書めいた事を言い出す。

 

「俺も、雪華綺晶も。命を削ってる時が一番輝いてる。それが人間が持つ、本当の、輝きなんだ……そうだろう、同志」

 

 そうだよ(便乗)人間はとんでもない事しかしないから飽きないゾ。

 それから郁葉……同志は、手の中にあるスイッチを掲げた。それにいち早く反応したのは琉希だった。

 

「まさか……!」

 

「爆弾だッ!逃げろッ!」

 

 ジュン君が叫ぶと同時に、同志がこれから行うショーに気がついて皆が一目散に建物から飛び出していく。それでも最後まで、具体的にはみっちゃんに手を引かれるまで隆博は出て行こうとしなかった。やはり友達というのは中々捨てがたいのでしょうなぁ。

 それが、常というもの。どんな世界でも彼らは奇妙な縁で繋がっておりますから。

 

 

 

「ラプラス」

 

「ここに」

 

 俺が同志の名を出せば、従順なウサギが一礼した。

 

「ここまでは、プランBだ……こんなボロボロにされるとは、ごほ、思ってなかったが」

 

 そんな俺を、ラプラスの魔は笑った。嘲笑ではない、友人の冗談を笑うような、そんなものだ。

 

「まったくです。もっとやりようはあったでしょうに……BB劇場のひでですらもうちょっとマシな怪我で済みますな」

 

「そもそもあいつは死なねぇだろ。……じゃあ、また後でな。友よ」

 

「ええ。それでは。私も準備に移りましょう……随分と時間がかかりましたね」

 

 俺は頷いた。だが、結果良ければ全て良し。琉希ちゃんは、まぁ歪んではいるが最後には強い意志で立ち向かった。アリスの身体に強い意志は必要不可欠だったからな。

 俺は友を見送って、決断をする。スイッチを、押すのだ。

 

 すまないな、雪華綺晶。君を騙すような事をして。だがこうでもしなければ奴は姿を現さない。それに勘のいい君の事だ、すぐに合流できるだろう。大丈夫、君がアリスになる日は近い。もうすぐだ、もうすぐ。礼の奴は相変わらず気づいていたっぽいが、もうこの件はあいつには関係無いし。水銀燈と仲良くやってくれや。

 

「あ、隆博。みっちゃんの腕撃ってごめん」

 

 謝りながら笑って、俺はスイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、海沿いの森林地帯にある別荘の一つが、木っ端微塵に消え去った。こんな爆発オチ恥ずかしく無いの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圧倒的だった。賢太が強い事は分かっていた。そして雪華綺晶も。だがこれは。三体のローゼンメイデンが全力を出して、攻撃一つ当てられないとは。

 地にひれ伏した三人を、雪華綺晶は楽しげに見下す。ボロボロだった衣服などもはや無い。無尽蔵の力を得て、また復活したのだから当たり前だ。

 

「ね?これが愛。賢太さんもそうだけれど、愛のパワーは強いわねって、ALCもおっしゃってたじゃありませんか」

 

 倒れ伏しながらも闘志を捨てていない真紅には言ってることがわからないが、バカにされているのだとは理解できた。

 真紅は後ろを振り返る。雛苺は片腕だけで何とか上体を起こそうとしているが、もうほとんど力が入らないらしい。可愛らしい金髪のロールが所々焼け焦げている。

 それよりも、長女である水銀燈が深刻だった。翼は片側がもぎ取られ、さっきからピクリとも動かない。だが死んでいる訳では無いようで、気絶しているだけのようだ。

 

 分析している自分も、最早力など残っていないが。ジュン君に迷惑をかけまいと、ほとんど力の供給を絶っているのだから当たり前だ。二体もの強化されたローゼンメイデンに力を送り続ければ、あっという間に衰弱してしまう。今だって、彼は別働隊で戦っていると言うのに足は引っ張れない。

 

「万事休す……なのだわ」

 

 言っている場合でないことはわかる。だが言わずにはいられない。でないとやってられない。

 真紅は立ち上がると、半分に折れてしまったステッキを雪華綺晶と賢太に向けた。それを見て、人間状態に戻った賢太が悲しそうに呟く。

 

「真紅……もう、諦めないかな。僕としても背中を押してくれた友人を手にかけるのは辛いんだ」

 

「ならどこかに消えてもらえるかしら」

 

「それはできない」

 

「そう、軟弱者」

 

 危機的状況だが、死ぬわけにはいかない。だから戦う。生きるということは、戦うことなのだ。それをやめるのは死ぬのと同義。

 雪華綺晶は相変わらず電波な振る舞いで電波な物言いをする。

 

「桜は散り際が美しいの。お姉様方の散り際は、さぞかし美しいのでしょうね……え?」

 

 そんな雪華綺晶に異変があった。急に取り乱すようにどこかを眺める。その方向が、今まさにジュン君たちが戦っている方角だということを理解するのには時間がかからなかった。

 ジュンくんと真紅の契約は切れていない。切れていたら分かるし、この大人化もすぐに切れてしまうだろうから。そしてまだ大人化しているということは、水銀燈のマスターも死んでいないということだ。

 

「嘘。嘘よ、マスター」

 

 異変が起こった。少しずつだが、雪華綺晶の身体が縮んでいく。それすらも意に介さず取り乱す雪華綺晶だったが、とうとう人形サイズへと戻ると、隣で困惑する賢太を他所に発狂し出す。

 

「あ、あ、あああああああああああッ!!!!!!」

 

 刹那、白薔薇が彼女のアイホールから溢れた。それは賢太を弾き飛ばし、真紅たちをも飲み込もうとする。真紅は急いで二人を回収すると、雪華綺晶から距離を取る。

 

「貴女のマスター……死んだのね」

 

「イヤ!イヤよ!そんな、マスター!」

 

 絶叫する雪華綺晶の身体が不吉に歪む。同時に、何かが白薔薇から溢れ出てきた。緑に光る浮遊物が、それらを真紅へと運んでくる……二体の人形の、ボディ。翠星石と主途蘭のだ。

 スィドリームが解放されたのを機に、逃げ出してきたのだ。

 

「哀れね……悪魔に魂を売った結果がこれだと言うの……?全てを失って……それがお父様が造った私たちなの?」

 

 白薔薇の制御は最早効かない。真紅たちがそこを離れた後も、薔薇は止めどなく溢れていた。

 少女は帰る場所と、人を失ったのだ。一歩間違えれば真紅も……誰でもそうなるのだと、教えるように。

 

 

 




ちなみにまだまだ続くゾ


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sequence90 後日談

 

 

 

 

 

 後日談、とでも言えばいいのだろうか。辛くも大親友にして宿敵である郁葉を倒した俺たちに残されていたのは大規模な証拠隠滅と警察や近隣住民に対する記憶操作だった。

 水銀燈や主途蘭がフルに催眠をかけてくれたおかげでおおごとにならず、表向きにはあの爆発は地下に眠るメタンガスが爆発したことになっている。

 力の供給を絶たれた雪華綺晶が倒された事で、彼女は奪った二体の身体を失った。それによって無事翠星石と主途蘭は身体を取り戻した。蒼星石も姉の元気な姿が見れて嬉しそうだったから良し。

 

 今回の戦闘を受けてローゼンメイデンとそのマスターである俺たちは、無期限の休戦協定を結び。実質アリスゲームを放棄した姉妹達は本来ならば次の時代に備えて眠りに着くはずも、彼女達が今の時代に留まることを決定したのでそれもせず。

 つまるところ、今は平和な生活が続いている。

 平和?何言ってんのよ〜、と言う奴も今頃あの世で自分のドールと悔しがってるかまた違う世界でどんぱちしているんだろう。少なくとも、今の俺たちには関係のない事だ。

 

 春。あの事件から一月以上経ち、みっちゃんの腕もローゼンメイデンの治癒能力のお陰で完治している。俺は相変わらずの大学生活と、控えている就活のために最近は蒼星石とみっちゃんとイチャつくのも控えめになっている。

 ちなみに、あれからみっちゃんと同居し出した。案外同居してみるとあまりイチャつく事が無くなるってのは不思議なもんだ。今も、俺は大学終わりにみっちゃんと蒼星石、そして金糸雀の四人で夕飯の買い物をしている。

 

「今日はどうすっかな〜俺もな〜」

 

「簡単だからスパゲティにでもしようか?」

 

「ミート糞ースかな?(すっとぼけ)」

 

「え、なにそれは(困惑)」

 

 すっかり淫夢厨となってしまった蒼星石とノーマルなみっちゃんと語録を交えながら会話する。ちなみに困惑したのは金糸雀だ。しょうもないが、淫夢はミーム汚染が酷いから人形にも移ってしまう。

 と、そんな時、通路の奥に見知った顔を見た。ジュンくんとそのドールである真紅、そして雛苺と……誰だよ(ピネガキ)

 ジュンくんはこちらに気がつくと、軽く会釈する。俺も手を振って挨拶。

 

「楽しそうだね〜!(無邪気)」

 

「俺も仲間に入れてくれよ〜(マジキチ四女)」

 

「ど、どうも……」

 

 語録で話しかけるとジュンくんは若干引きながらも返答する。ふと、ジュンくんが連れている謎の女子中学生が彼の耳元で尋ねた。

 

「お知り合い?」

 

「ああ、うん。蒼星石のマスターの隆博さんと、金糸雀のマスターのみっちゃんさん」

 

 夫婦のように俺とみっちゃんが挨拶すると、女子中学生は綺麗なお辞儀を見せた。

 

「柏葉巴です。雛苺の元マスターです」

 

「今はお友達なのよ。ねっ」

 

 百合全開で巴ちゃんに抱き着く雛苺。金髪の美少女と黒髪ショートボブのこれまた美少女の絡みとか東方(クッキー☆)か何か?でも百合すき。あ、そうだ(唐突)今度蒼星石とみっちゃんの百合プレイでも見てみようかしら。

 

 ジュンくんは、あれからほどなくして俺の知らないうちにマエストロだかなんだかになった。よく分からないが、神人形師になったらしい。そのおかげで、雛苺の腕を復活させた。なんか展開雑だな。

 現在自分のドールを生み出そうと色々やってるらしい。頑張るしかないよ!(関西おばさん)

 

「そう言えば、最近河原と……弟の方と連絡取ったりしてますか?」

 

 不意にジュンくんが尋ねてきた。え、と俺は急な質問に驚きながらも首を横に降る。あれ以来、礼くんとは関わっていない。郁葉も表向きには行方不明って事だし。葬式も挙げられてない。

 

「そうですか……」

 

 何やら考え込むジュンくん。それを代弁するように真紅が言った。

 

「あの不出来な姉のマスターなのだけれど、最近学校に来ていないらしいのだわ」

 

「礼くんが?」

 

「水銀燈もどこかに行ってるし……ヒナもちょっと心配なのね」

 

 なんだろう、あの兄弟の事だ、片割れだけになっても不安で仕方がない。

 

「翠星石達はどうなのかしら?」

 

 真紅の質問に蒼星石は答える。

 

「うーん、翠星石は問題ないと思うよ。この間も、琉希ちゃんは復学したらしいし、主途蘭も家で大人しくしてるらしいし」

 

 会話が止まる。皆が皆、推理するように考え出した。まぁ休戦協定を結んでいる以上あの弟君も余計なことはしないとは思うけどなぁ……いやあいつの弟だしなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鏡から、平和な日常を見下ろす。崩れそうな指先をべたりと鏡面につけ、まるでおもちゃを物欲しそうに眺める子供のように。だがしっかりとその指先には力が込められ、まるで平和な日常を恨めしく思うかのようにも見えて。

 雪華綺晶は、もはや維持するのもやっとな状態で、姉妹達の日常を盗み見ていた。

 

 口惜しい、口惜しい。わたしにもマスターがいたのに。それなのに奴らはわたしからマスターを奪っておいてあんなに楽しそうに。

 許せない、許せない、ユルセナイ。

 

 最期も見れなかった自分の恋しい人に想いを馳せる。だからこそ思う。余計に彼らを許せないと。彼女の顔がこれ以上ないくらいに歪んでいく。

 

 

「おやおや、舞台から退場した哀れなドールがここに一人。滑稽な事だ」

 

 

 振り返らずとも分かる。崩壊する彼女を、nのフィールドへ連れてきた人物だ。うさぎ頭の紳士……しかしその正体はアリスゲームの進行を司り、彼女のマスターと何かしらの結託をしていた男。ラプラスの魔。

 彼はあいも変わらずその不気味な出で立ちでやってくると、どこからか取り出したハンカチで鼻を拭った。

 

「ぶえっくしょん!はえ〜、すっごい花粉」

 

 同時に、淫夢厨。何を考えているのか分からない。しかしそんな彼を無視してまで、雪華綺晶は現世を夢見て鏡に食らいつく。それほどまでに、彼女が夢見たマスターとの生活は遠くなってしまっていた。

 ラプラスの魔はスマートフォンを取り出すと、画面を操作する。そしてそれを雪華綺晶に差し出した。

 

「……なに、うさぎさん」

 

「ふわふわ、うさぎちゃん(高音)電話だゾ。あく出ろよ(ホモはせっかち)」

 

 意図が分からないまま、雪華綺晶は電話を取る。そして人形には大きなスマートフォンを耳に近づけた。

 そして、その声の主に驚愕した。驚きすぎて一瞬TKGW君みたいな声が出てしまった。しどろもどろしながら電話の声を聞く。

 

「今まで、どこに……」

 

 そう尋ねても彼は答えてくれない。だが、指示はしてきた。だから彼女は、心を躍らせてそれをしっかりと復唱しながら聞く。

 それを傍で見ていたうさぎの哀れな視線に気がつかず。彼女はただ、喜んだ。

 

 




短め。最終動乱


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sequence91 深淵の少女

あけましておめでとうございますなので初投稿で短めです


 

 

 

 深淵とは何処にあるだろう。

 そもそもにして深淵とは、深い淵や水の深く澄んだ場所を差す。また、様々な宗教観を踏まえてみればそれらは地下深く……詰まる所、地獄と関連付けられた場所に位置するそうだ。天国の外側である闇。それこそが深淵だと。それはつまり、我々の世界を示しているのだろうか。

 悪魔学では人間の進化の終着点を示し、人間がいつか行き着く先であるとも。

 これらの少ない要素から鑑みても、人間とは深淵とは切っては切れないもの。いや、もしかすれば人間こそ深淵と同一のものなのかもしれない。あの悪魔のようにしぶとい男やその周りの人間達を見る限りでは、その業の深さはもはや深淵そのものだったが。

 

 ……いや。俺もその枠から逃げてはいけないだろう。なぜならばこの俺も、あの河原郁葉という名の悍しい深淵の化身の肉親なのだから。

 この俺もまた、深淵に身体を浸け己が欲のために人を殺し続けたのだから。愛してくれた人を殺し、その人の身体を奪ったのだから。

 

 それでも。

 

 

 

 

 

「ねぇ、礼。私、綺麗かしら」

 

 

 

 

 美しい魂に人の身体。目の前にそれはある。

 惚れるくらいの銀のセミロング。紅くて深い、それでいてどこまでも澄んでいる煌びやかな乙女の瞳。肌は雪のように白くて無駄なんてものがありもせず。握れば折れてしまいそうな指はきゅっと胸元で握られて。俺よりも数センチ長い身長なのに、胴は短くて足は長くて。

 漆黒の翼が、一糸纏わぬ彼女の肢体を隠す。それは恥ずかしさの表れで。ド変態な上にあんなに肌を重ねていて今更何を隠すのか。俺はそんな彼女がおかしくてはにかんでしまった。

 

「綺麗だよ」

 

 ━━でも、それは私の身体よ。

 

 分かってる。それでも俺は、水銀燈と生きたいと願った。だからこうして倫理的に許される事ではない行為をしているのだ。

 深淵とは深く、底が無い。あったとしてもそれを観測できるものなどありはしないのだ。

 深いが故に、底が無い故に。何者をも受け入れる。際限はなく、人はそこに浸かっていく。欲も全て。深淵とは、欲とは。深淵そのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は踊る。嬉しさと渇望に身を悶えさせ、来たる時を大きな大きな花畑でくるりくるりと踊り過ごす。

 白薔薇が咲き乱れ、太陽の陽を受けて眩く光る薔薇乙女。在りし日のように美しく。それでいて鬱くしくもあり。少女は舞い踊る。

 片方の金色の瞳に宿るはいつしかの狂気。少年の下へ届いた直後まで宿り、それ以降は必要以上に表に出さなかったものだ。

 顔は笑い、ひまわりのような笑顔なのに彼女は、彼女のは……異常なのだ。あれほどの笑顔に不釣り合いな狂気がひしひしと伝わるこの花畑に、人は耐えられないだろう。

 並の人間には理解が出来ず、押し寄せる狂気に脳が耐えられず発狂してしまうに違いない。少女は歌う。

 

「だぁれが殺した駒鳥さん」

 

 いつしか歌ったあの歌だ。うさぎはそれを眺めながら、振動する電話に応答した。

 

「お久しぶりーふ(レ)」

 

 電話の主は機嫌が良さそうに彼の言葉を流した。

 

『やぁ、ラプラスの魔』

 

「あ、店長!ご無沙汰じゃ無いですか〜」

 

『君がそのやかましい口調をどうにかすれば僕ももっと電話するんだけどね』

 

 辛辣な言葉だが、いつものように罵倒で返されないだけマシだろう。機嫌がいい理由は分かっている。彼の望むものが、もうすぐ手に入るのだ。何百年もかけたんだ、そりゃ嬉しくもなるだろう。

 

「まま、そう焦んないで。用件を言って、どうぞ」

 

『雪華綺晶を動かせ』

 

 そしてこれも、概ね予想通り。このタイミングで電話が来るであろうことも理解していた。だから何も躊躇わず、ラプラスは従う。

 

「ん、おかのした。手筈通りにやりますんで」

 

 電話を切る。そして一つ溜息。同志のためとはいえ、骨が折れる仕事だと思う。だがそれでいい、もうすぐ終わるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからそれは、突然過ぎた。ここ数週間何もなかったのだから、それは仕方がないと言えば仕方が無いだろう。

 必死に路地裏を走る。学生服にローファーという品のある格好で、金髪のポニーテールを揺らしながら全力疾走する。運動には適さない格好だが、アリスに一番近い少女が走ればどんな格好でも陸上の世界チャンピョンよりも早く走れる。

 というか、もはや走るだけには留まっていなかった。

 

「たぁッ!」

 

 アリスのような少女琉希は、小さな足場に飛び乗ったかと思えば高く跳躍し、一気に3階程度の小さなビルの屋上へ駆け上がった。

 屋上を駆け抜け、隣のビルへ飛び移り、道を挟んで反対側のビルにすら飛び移る。そして走り跳躍しながら片手に握りしめた携帯電話のスピーカーを耳に当てる。

 

『琉希!今どこですぅ!』

 

 甲高く愛らしい声が響く。彼女の緑の友、翠星石だ。

 

「南町の、ビルの上ですッ!」

 

『まだ追って来てるですか!』

 

 言われて後ろを振り返った。そして振り返ったことを後悔してしまった。

 白くて太い蔦が追って来ている。とんでも無い量……ではない。一本だけだがその殺意は凄まじい。確実に彼女を追って来ていることだけは分かった。

 

「めっちゃ追って来てますッ!早く来て翠星石ぃ!」

 

 あの頃の勇ましい少女はどこへやら。今は身体能力と煌びやかな金髪が目を惹く女子高生だ。

 

『今主途蘭とそっちに行くです!それまで持ち堪えるですぅ!』

 

 電話を切る暇すらない。琉希は逃げる。必死に逃げる。

 

 ━━妬ましい、口惜しい、恨めしい。

 

 一度でも人ならざるものだったせいか。頭に響くような思念が聞こえて来る。あの、マスターである青年のことが大好きな少女……雪華綺晶の声であることは言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだってッ!」

 

 車を走らせる。正確には運転しているのはみっちゃんだ。隆博は電話片手に助手席から、外の風景を探すように見ていた。

 電話の相手である主途蘭が怒鳴る。

 

『ビルの上飛び回っとるじゃろ!お主が一番近いんじゃ、はようなんとかせい!』

 

「わかったわかった怒らないでよッ!(ひで)」

 

 言われるがままに上を見上げるが何も怪しいものはない。

 電話が来たのはついさっきだった。前みたいに四人で買い物に出ていたら急に主途蘭から電話が来て、琉希ちゃんが一人で雪華綺晶に襲われていると言われて……

 マスターはおらず、彼女が活動していた形跡もない。なのにも関わらず、雪華綺晶はどこかからか力を得て、ボディが無いのに現世で動いている。

 

「あのクソロリコン野郎めぇ〜ッ!余計なもん残しやがってッ!」

 

 かつての友に激怒しながらも彼らは急ぐ。すべては終着点へと。

 深淵へと。



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sequence92

あけおめ。
短いですが、もう終わるのでもうちょい待って


 

 

 一つ、この街にある唯一高いビルの上からうさぎは見下ろす。少女達の願いを、少女達の執念を。そしてその戦いを。彼はそれを傍観し、揃いつつある役者達に想いを馳せる。

 

 白薔薇は美しい。眩い光で闇夜を照らす月のように。

 月には魔力がある。古くは女性の髪は月光に晒し、美しさを得るのだと考えられ。二十世紀には人は自らの力で月を目指し。その努力の足跡と誇りの旗を月へと残してきた。そう。古来より人々は太陽と同等かそれ以上に、月に神秘を見出していたのだ。その神秘が人類を宇宙へと導いたのだと言っても過言では無い。

 

 だがその実、月の光というものは太陽の光を受けて反射しているに過ぎない。仮に月が神々しくも光り輝く衛星であるのならば、人類の残した誇りと努力は地表で燃え尽きていたに違いない。

 火とは、白いほど強い。赤い火の温度はたかが知れている。なれば、白い月の炎は人の心すらも燃え尽くすほどの高音。そして今、自らの姉の契約者を狙う白薔薇の抱く炎もまた、すべてを燃え尽くさんと彼女を追うのだから。道理は道理であると言えるのだろうか。

 

 だが前述したとおり、月光は偽りの光であり、目にした光は光り輝く命の太陽からの恩恵でしか無い。そしてこれも道理ならば、あの白薔薇が抱く炎もまた、偽りの炎。誰かの心が生み出したものに過ぎないのだ。

 

 月は光を纏う。自ら発せずに。ならばあの白薔薇の光の根源は、一体何処から来ているのだろうと思うのは自然である。無論、そこまでの考えに至ったのであれば、だが。

 

「お前じゃい!」

 

 うさぎは考えを口にする。空虚の宇宙に向けて。白薔薇が月であるならば、太陽はまさしくあの青年だろう。産みの親が残したアリスという呪いはもはや機能を為していない。ただ、太陽の光を浴びていたいという月達が体良く利用しているに過ぎないのだ。

 うさぎは滑稽だと思いながらも、よく電話をしてくる月の創造主たるローゼンが哀れで仕方がない。こうも娘達に嫌われた世界が今まであり得ただろうか。

 

「まぁ娘放って引きこもってたら貰える愛も貰えないからね、しょうがないね。ローゼンは最初こそ愛されてるんだから、こんなアリスゲームどうにかしろよ」

 

 役者であり、語り手であり、僕でもあるうさぎの本心が漏れた。だがそれもどうでもいいのだ。それももうすぐ終わるのだから。うさぎの同志が、もうすぐ使命を達成する。その時が待ち遠しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪華綺晶は悍しいとは、琉希達の言葉だ。最初こそあの人形は郁葉にゾッコンで、ヤンデレが加速しているだけのちょっと痛いけどそれなりに健気なだけの娘だと思っていた。

 それが蓋を開けてみればどうだ。平気でつい最近までお茶をしていた姉妹を屠り、その身体を手に入れ、あまつさえ人間の身体すらも手に入れようとするのだからタチが悪い。だが一番悪いのは、その想い他人である郁葉だろう。あいつはサイコだ。自分と雪華綺晶のためならば誰であろうと殺すのだから。親友だった俺まで。返り討ちにしてやったが。

 

「おい止まれコラ!」

 

 ようやく見つけた雪華綺晶に、車内から銃を向ける。だがそんな事はお構い無しに彼女は琉希を追って見せた。まだ夕暮れ時で人もいるかも知れないのに、ああも雪華綺晶はなり振り構わず攻撃をしているのだ。

 

「僕が行く!」

 

 そう言うと、蒼星石が車から飛び出して頭上の雪華綺晶を追いかける。疑問は色々あるが、今はまず雪華綺晶をどうにかして止めなければならなかった。みっちゃんが運転する車で雪華綺晶を追跡し、やっと彼女が止まったと思った時には琉希は街はずれのビルにまで追い詰められていた。

 

「あそこ!ビルの上!」

 

 そこまで高くもない4階建てのビルの屋上で、琉希は足を攻撃されたのか動けないようだった。雪華綺晶はジリジリと追い詰めるも、空中を追ってきた蒼星石の妨害によって戦闘状態へと突入している……俺たちは急いで下車してビルを登る。手持ちは拳銃しかないが、ここで雪華綺晶を倒さなければまた彼女は攻撃してくるに違いない。

 

 

 

「どこもかしこもけだものばかり」

 

 水晶の剣で蒼星石と鍔迫り合いをする雪華綺晶。彼女はその最中、黄金色のガラス細工の瞳を憎しみに彩らせて呟く。

 蒼星石が彼女を引き離すと、その意図を雪華綺晶に問う。

 

「けだものだって?今の君にそれを言う資格はないよ」

 

「そうかしら。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねと、昔から言うではありませんか」

 

 何を言っているのだ、目の前の末妹は。もはや言葉が通じない。前から電波ではあったが、それでも雪華綺晶の台詞は尽く話の核心をついたものがおおかった。それが今では、唯一愛していたマスターを奪われたことにより一方通行。

 

「君のマスターが攻撃しなければ、僕たちも戦う事はなかった。郁葉くんが死ななくて済んだんだ!」

 

 ちらりと琉希の方を見てみれば、蒼星石の愛するマスターとその恋人が彼女を連れ出そうとしていた。これでいい、今は時間を稼ぐのだ。幸い、雪華綺晶はマスターもいないしボディもないから力は出せまい。

 だが、そんな蒼星石の考えを否定するように雪華綺晶は笑う。

 

「おかしなことを仰いますのねお姉様。私のマスターは生きていらっしゃいますわ」

 

「なんだって?」

 

 妄言にも聞こえたはずだ。だが、蒼星石にはそうは感じられなかった。雪華綺晶の瞳は憎悪に満ちているが、それでも正気は失っていないようにも見える。狂ってはいるが、それでも雪華綺晶からは確信とも取れるような声色が伝わってきた。

 

「だって郁葉くん、電話してきたもの。迎えに行くから、琉希さんを殺して待っててって」

 

 ビルの合間から蔦が伸びる。だが前ほど脅威になるものでもない。細い蔦は、蒼星石を絡めとる前に庭師の鋏によって裁断された。

 

「仮に郁葉くんが生きているのなら、その力の弱さはあり得ない!」

 

「ええ、ええ。今マスターは療養中でして。貴女方が木っ端微塵にしてくれたおかげです。そんな中で私が必要以上に生命力を使うわけにもいかないでしょう」

 

 だから、と一言添えて白薔薇は笑う。

 

「あっけなく死んでくださいな、皆。私、マスターに迷惑をかけたくないの」

 

 邪悪に、しかし無機質に笑う彼女は異常だった。蒼星石に迫ると、水晶と蔦を利用して何がなんでも彼女を排除しようとするのだから。そこに気品は感じられない。ただの殺人小道具と成り果てた少女がいるだけだ。

 

 

 

 

 

 「それはさせないわ」

 

 猛々しくも、高貴な声が響き渡る。吹き荒れる風と共に、薔薇の花弁が水晶と蔦を破壊する。

 蒼星石は少しだけほっとした。頼れる仲間が来たのだという安心感だ。正直な話、この程度の水晶と蔦は蒼星石だけでも対処できたが、仲間は多い方がいいにきまっている。

 紅薔薇の少女はそっと蒼星石の隣へとやって来るとステッキの鋒を白薔薇へ向けた。それはまるで、打者がホームランを宣言するように。荒々しくも頼り甲斐があった。

 

「まさか生きているとは思わなかったけれど」

 

 真紅は言う。最も親から期待された薔薇少女。

 

「これで終わりにしましょう、雪華綺晶」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 琉希を背負って俺とみっちゃん、そして金糸雀は車へと急ぐ。蒼星石が時間を稼いでいる間に彼女を撤退させ、装備を充実させる。それから雪華綺晶に対処するという算段だ。

 雪華綺晶はきっと焦っている。昔ほどの用意周到さもなければ計画もない。きっと待っていても彼女は琉希を殺しにくるに違いないだろうから、わざわざ出向く事もない。

 

「すみません隆博さん」

 

 背中で琉希が謝る。

 

「気にするな、女子高生おんぶできるだけでも儲け物だから……みっちゃん嘘、嘘だから!」

 

 口は災いの元とはよく言うもんだ。ちょっとしたジョークをみっちゃんはマジに受け取ってムッとしている。後で弁解しなくては。そんな、戦闘にしては少し緩い空気で俺たちは車へと辿り着いて。奴を見てしまった。

 

 賢太。車に寄りかかり、まるで俺たちを待っていたかのように佇むそいつと。

 うさぎ。ラプラスの魔……いつか俺がやり取りをしていた淫夢厨を。

 



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sequence93 お父様

お 待 た せ

まどマギ×ブラボss書いてたら遅れたゾ


 

 

 薔薇が散る。

 

 真っ赤な花弁が咲き乱れ、白い花弁が吹き荒れる。この嵐に身を置こうとするような人間はいないだろう。花弁はナイフのようにコンクリートの壁を切り裂き、美しさに比例するように殺意を高めているのだから。

 

 まぁ良いのだ。どうせそれもすぐに終わる。愛しき白薔薇の娘は姉には勝てないだろう。確固たる信念を持ち、自らの愛のためにまっすぐであろうとする乙女。対するは歪んだ愛と、狂気に取り憑かれてしまった白薔薇の末妹なのだから……勝敗は見えている。

 世界とは、物語とは、清く正しい方が勝つと相場が決まっているのだ。

 

 だがそれで良いはずもない。それでは物語としては三流も良いところだ。

 養殖クッキー☆がそうであったように、毎回しょうもない百合ネタで引っ張ったTISクッキー☆は死んでしまった。クッキー☆原理主義者とかいう頭のおかしい連中が持て囃すから、成長できないから死んだのだ。結果、待っていたのは声優の個人情報ガン堀り。

 

 ならばぶち壊さなければならない。百合ものに男を出すほど壊してはいけないが、少なくともストーリーの展開はぶっ飛んでいなければならないだろう。

 あの変態人形師が書いたストーリーを、俺が書き換えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 五対一。それがどんなに無謀であるかは雪華綺晶が一番分かっていた。

 彼女にはかつてのように溢れんばかりの力は無い。力の供給源である青年はおらず、対峙する姉達と贋作は原作もビックリな武闘派揃い。的確な判断と攻撃を持って雪華綺晶を攻めてくるのだから。

 

 雪華綺晶はビルの屋上に叩きつけられてもなお、足を震わせて立ち上がると空中の姉達を睨みつけた。

 姉達は、当然のように槐の薔薇によって大人の身体を手に入れている。出力も高ければ、美しさでも成熟されていて敵いもしないのだ。

 それでも雪華綺晶は諦めない。いつか、自分の王子様が目覚める時まで自分が戦い続けるのだと決意して。彼女もまた、一途であるだけなのだ。

 

「勝負有りね、雪華綺晶」

 

 真紅はステッキの切っ先を彼女に向けると宣言した。雪華綺晶は鬼の形相でそんな姉を睨みつけると、しかし強がるのだ。

 

「まだ、ですわ。お姉様」

 

「もうやめるです!お前はとっくに……!」

 

 合流した翠星石が語りかけるも、隣にいる主途蘭が手で制止した。

 

「貴様には散々痛めつけられたからのぅ!この儂が引導を渡してやろう!」

 

 若干空気が読めない武闘派亜種が叫ぶ。

 

「主途蘭、これはローゼンメイデンの問題だ。ちょっと黙っててくれるかな」

 

「いいや黙らんさ。我が友を散々追っかけ回してくれたしの。個人的にも、奴は憎い」

 

 それぞれが、それぞれの主張をする。真紅はまだこちらに牙を向ける末妹を見下ろし、少し悩んだ。やはり自分達の未来のためには彼女を葬る他ないのだろうか。

 と、そんな時。琉希を逃した金糸雀が、息を切らしてやってきたのだ。彼女は両者に割って入ると、両手を広げて言う。

 

「待って!待ってかしら!雪華綺晶も一旦ストップかしら!」

 

 そんな、少しばかり事情がありそうな様子に皆が顔を見合わせた。

 

「いいでしょう……お姉様。一体この負け犬ドールを押さえつけて、何をしようと言うの?」

 

 自嘲気味に雪華綺晶が笑う。金糸雀は焦ったような、そんな目で彼女達を見ると言う。

 

「まだ、一人足りないかしら。私達ローゼンメイデンは7人。今、この場にローゼンメイデンは6人しかいないかしら」

 

「まぁ、儂はローゼンメイデンではないからの」

 

 ケロッと言って主途蘭は少しばかり後退する。どうやらローゼンメイデンが揃うということが重要らしい。

 

「黒薔薇のお姉様なら来ませんわ。だって、先に一人でアリスになってしまわれましたもの……ふふ、おかしいですわよね、あれだけいがみ合っていた兄弟で、最後の手段は同じなんて……ふふ、くひひ、笑えます」

 

「なんですって……?」

 

 真紅がその真意について尋ねようとして。薔薇の花弁の中に、黒い翼が混じる。

 優雅に舞う一人の少女。漆黒の厨二病とも言える見た目の翼を靡かせ、空を舞うその姿はある種神々しい。

 長女、水銀燈。彼女はドールズの上を飛んでいる。その姿を見て……真紅達は気がついてしまった。

 

「水銀燈……その身体!」

 

 真紅が驚いたように言うと、水銀燈は彼女達よりも少しばかり高いビルの上に降り立って、その柵に腰掛けた。

 長く美しい銀髪がさらりと風に揺られる。その姿は、どこからどう見ても至高の少女。当の本人はどこか達観したような笑みで全員を見下ろすと言う。

 

「はぁ〜い、負け犬の皆さん」

 

『あ゛ぁ!?』

 

 雪華綺晶と金糸雀を除く全員が無駄にドスを効かせた声で唸った。

 

「ごめんなさいね。私、先にアリスになっちゃった」

 

 にっこりと笑う無邪気で悪意しか無い矛盾した少女はそう宣言する。確かに、今の彼女は完璧そのものだろう。関節に継ぎ目はなく、肌も本物の肉体。瞳はガラスではなく、眼球。ぺろっと舌を出してみれば、唾液は本当に分泌されているのだから。

 真紅はすぐさま絆パンチしたい衝動を抑えながらも、冷静に。

 

「あら……そう。それはよかったじゃ無い水銀燈。でも残念ね、私もいずれ正攻法でアリスに到達するわ。ジュンの力でね。貴女みたいに邪な方法ではなくてね」

 

「なぁ〜に真紅ぅ?嫉妬しちゃったぁ?それもそうよねぇ、だってあれだけ敵意を抱いていた私が先にアリスになっちゃったんだからぁ!ごめんなさいね、みんなも!」

 

 煽り散らす姉を見て、金糸雀は首を横に振った。どうしてまぁ彼女達は仲が悪いんだろうか。

 

「水銀燈ちょっと黙ってるかしら!昔の事バラしちゃうわよ!」

 

「……なによ、ちょっとした冗談じゃない」

 

 すみませへぇ〜ん、木ノ下ですけど〜、まぁ〜だその昔の事の発表時間かかりそうですかね〜?(水銀党員)

 まぁそんなことはどうでもいい。とにかく、これでローゼンメイデンは全員揃った。そして、アリスも出現した。ならばこの後起こることと言えば。

 

 

 

 

 

 光が、降りてきた。

 

 眩い光に皆が目を眩ませる。その光から現れるのは━━神?GO?それとも。

 

 

「やあ、愛しい娘達。久しぶりだね」

 

 

 GO IS DUST(異教徒)現れたのは変態糞人形師、ローゼンだった。

 皆が昔、あれだけ待ち焦がれていた愛しのお父様。しかし今では娘を放ったらかしにしてアリスゲームという厄介事を生んだ大戦犯。しかし本能なのだろう、彼を見たローゼンメイデン達はその姿に、異様な愛情を向けたくなってしまう……はずなのに。

 

 

「あら、誰かと思えば娘に戦いを強いた創造主様ではありませんか。これはおめでたいですわ」

 

 雪華綺晶が、冷めた口調で言ってみせた。そのお陰で、他のドールズも我に帰る。そうなのだ。今、彼女達には帰るべき場所も人もいる。それらを置いてなどいけない。

 

「雪華綺晶、君には再教育しなくちゃいけないね(意味深)……まぁ良い。それよりも水銀燈、よくぞアリスに到達したね」

 

 その人形師の顔は。なにも無い。空洞。異様な光景だった。それでも、彼女達には当たり前の事で、彼は紛れもなくローゼンなのだ。

 ただ一人、主途蘭だけがその異様さに嫌悪感を示す。

 

「あらお父様……私の事なんて忘れているかと思っていました」

 

 反抗期の娘みたいな事を言う水銀燈。

 

「まさか。私は待っていただけさ。君のようなアリスをね……さぁ水銀燈。約束だ、君は私と共に薔薇園に来る権利がある」

 

「ふぅ〜ん」

 

 まるで興味が無いように言い放つ水銀燈。そして、結構な問題発言をする。

 

 

「オプーナ貰えるよりいらないわね、その権利」

 

 

 拒絶。クソゲー以下と言われたローゼンは絶句した。水銀燈はこちらを見ずに、ずっと毛先を弄る。

 

 

「トレビア〜ン!これぞ娘あるある、思春期に父親に真っ向から歯向かう奴ですな!」

 

 

 唐突に、うさぎは現れた。両手を広げ、その後わざとらしく拍手してみせる道化はまさしくラプラスの魔。彼は変えることのない表情のまま、ただ宣告する。

 

「親愛なるローゼンよ、貴方は拒絶されてしまいました。さて、貴方はこれからどうするおつもりで?情けない格好恥ずかしくないの?(棒読み)」

 

 プルプルと震えるローゼン。

 

「決まっている……」

 

 怒りに震えた人形師は、ただラプラスに命じる。

 

「水銀燈以外、彼女達を破棄しろ。彼女は無理矢理でも連れて行く」

 

 まるで悪の親玉みたいな事を言い出すローゼンに、ラプラスの魔は溜息を見せて告げた。

 

「だ、そうですが。如何なさいますか同志」

 

 

 

 

 

 刹那、娘達を指差していたローゼンの指先が消しとんだ。次いで、発砲音。.30口径の弾丸は綺麗に美青年だった彼の指を削ぎ落としたのだ。

 驚いて、それからローゼンは蹲った。空中で蹲るとは不思議なものだが……とにかく、そうなったのだから仕方ない。

 

 そして、狙撃手は姿を現す。いつの間にか雪華綺晶の横にいた「彼」は、しゃがんでグローブ越しの手で汚れてしまった雪華綺晶の頭を優しく撫でると言うのだ。

 

「子供を愛せない親は死ぬしかないな」

 

 雪華綺晶は唖然とした表情で狙撃手の顔を見上げた。そして、勝手に溢れてくる涙をそのまま流して言うのだ。

 

 

「もぅ、来るのが遅いです」

 

 

 狙撃手の青年……俺はにひひっと笑うと、ただ謝る。謝って、彼女を抱き上げた。

 

 

「ちょっと道が混んでまして〜(ホモは嘘つき)」

 

 

 そして頬を彼女の顔に擦り付ける。愛しさで溢れた少女に。俺だけを愛して、待っていてくれた少女に。

 淫夢の語録しか出てこないのはいつも通りの俺である証でもあった。

 



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