私の脳内選択肢が、織斑一夏への制裁を全力で邪魔している (シモネタスキー)
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その日、彼女は最悪の災厄に出会う

この物語は大量の下ネタとほどほどの勘違いとラウラちゃんの奮闘によって構成されています。


 人生とは選択の連続であると、よく言われる。

 生きていく中で、人間はいくつもの分岐点に遭遇する。その度に進む道を選び、結果としてそれが未来そのものを左右することになる、らしい。

 実際、その通りなのだろう。

 私も、これまでの人生で様々な選択を行ってきた。結果を残せと命じられればトップを目指すことを選び、挫折を味わえば這い上がることを選んだ。

 今の私の存在を形作ったのは、紛れもない私自身の選択によるものなのだ。

 そんな自負があった。プライドがあった。

 

 ――だが、当時の私はまだ理解していなかった。

 選択という言葉が持つ、本当の重みを。

 それを知ることになるのは、異国の地、日本にて。

 すべては、あの瞬間から始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 IS学園1年1組の教室。その教壇で、私は自らの名を名乗っていた。

 日本に存在するこの学園は、国籍を問わずIS関連の職業に就く人間を養成する機関である。年度開始は4月だが、私も6月初め、つまり今日から在籍することになっている。

 

「………」

 

 席に着いている連中からの視線が集中しているが、これ以上語ることなど何もない。私の隣にいるもうひとりの転入生は耳触りのよさそうな自己紹介をしていたが、私に同じことを期待しても無駄だというものだ。

 馴れ合いなど、もとより必要ない。

 

「以上だ」

 

 教室中をぐるりと見渡す。

 少し離れたところに、無言で私を見つめる教官――織斑千冬教諭の姿がある。この場で唯一尊敬できる人物、私の憧れだ。

 私の隣には、フランス出身の転入生が苦笑を浮かべて立っている。同時に転入する人間がいるとは聞いていたが、男だとは予想外だった。ただ、私にはさして関係のないことだ。

 私が探しているのは、こいつではないもうひとりの男。教室内のどこかの席にいるはずなのだが――

 

「っ!」

 

 見つけた。中央の最前列、教卓に最も近い席。近すぎて今まで視界に入っていなかったが、そいつは間の抜けた顔でこちらに視線をやっていた。

 目標が確認できれば、次の行動はすでに決まっている。

 教壇から降りた私は、奴――織斑一夏の目の前まで移動した。

 

「?」

 

 私の行動が理解できないのか、織斑一夏は困惑した表情を浮かべる。

 貴様が私のことを知らなくても、私は貴様のことをよく知っている。

 教官の輝かしい経歴に泥を塗った、忌むべき存在。奴があの人の弟だなどと、私は決して認めない。

 その意思表示として、まずは一発平手打ちでも。

 

 ――そう考えた、直後のことだった。

 

【選べ】

 

 どこからか、高圧的な男の声が聞こえた。

 

「………?」

「あの、俺に何か用?」

 

 違う、織斑の声ではない。もっと低く、有無を言わさぬ奇妙な力強さを持った声だった。

 

【選べ】

 

 また聞こえた。思わず周囲を見るも、誰ひとりとして特殊な反応をしている者はいない。

 この脳に直接響いてくるような声は、私にしか聞こえないというのか。

 突然の事態に冷静さを失いそうになった矢先、今度は声が文字という形を作って脳内に浮かんできた。

 

【選べ ①私のおっぱい揉んでくれおっぱい ②お前のおっぱい揉ませてくれおっぱい】

 

「なっ……」

 

 な ん だ こ れ は。

 いったい何がどうなっているのか理解不能だが、こんな2択をはいそうですかと選べるわけがないだろう!

 あまりに馬鹿げた文字の羅列に、私は無視を決め込もうと――

 

「つっ……!?」

 

 突如として襲いかかる激しい頭痛。あまりの痛みによろめきそうになってしまった。

 

【選べ】

 

 気づけば、黒板に書かれた文字もふざけた2択に変わっている。

 

【選べ】

 

 掲示板に貼られた紙に書かれた文字も、織斑の机の上に置かれた教科書に載っている文字も。

 ありとあらゆる文字がすべて、同じ文章に置き換わってしまっていた。

 

「く……何が、起きて」

「お、おい大丈夫か?」

「っ! ち、近寄るな!」

 

 織斑の声をはねのける。誰が貴様の助けなど受けるものか。

 しかし、頭痛は全く収まる気配を見せない。それどころか、時間が経つとともに痛みが増している始末。

 ……まるで、私に選択しろと強要しているかのように。

 

【選べ ①私のおっぱい揉んでくれおっぱい ②お前のおっぱい揉ませてくれおっぱい】

 

 選べと言うのか、この頭の悪いこと極まりない言葉のどちらかを。

 

「………」

 

 だが、他に頭痛を止める方法が思いつかない。痛みで思考能力が低下していることは自覚しているが、だからといってどうにかできるわけでもないのだ。

 ……いいではないか。言葉を口にするだけでこの苦しみから解放されるなら。

 

「お」

「お?」

「お、お前のおっぱい揉ませてくれ、おっぱい……」

 

 藁にもすがる思いで、セリフを口からひねり出した。

 その瞬間、今までの激痛が嘘のように消え去った。私の推測は正しかったのだ。

 

「ふう……」

 

 肩の力が抜ける。これほどの解放感を味わったのは、正直初めてかもしれん。

 意図せずに、安堵のため息をこぼしてしまうほどだ。

 ただ。

 

「え、あの……はい? お、俺の?」

「おっぱいって……えぇ……?」

「開口一番すごいのが来たね~」

 

 当惑する織斑。ざわめく他の生徒達。

 今この時をもって、私のクラスにおける評判がおそらく間違った形で固定されてしまった。

 ……まあ、他人の評価など気にしないから、どうでもいいといえばいいのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 授業終わりの休み時間。

 1年1組の生徒達は、大きく2つの集団に分かれていた。

 片方は、彗星のように現れたブロンドの貴公子、シャルル・デュノアに興味津々なグループ。織斑一夏に続く、世界で2番目のISを動かせる希少な男子なのだから、注目を集めるのは当然と言える。

 ところが今回、クラスの半分はもうひとつの勢力――ラウラ・ボーデヴィッヒが気になる組に属している。ここがIS学園である以上、通常ならば女子の転校生より男子の転校生の方が人気になるはずにもかかわらずだ。

 

「ねえねえ、さっきからずっと思い詰めた表情で腕組んでるんだけど」

「何考えてるのかな」

「ギャップが大きすぎてキャラがつかめないよねー」

 

 理由はもちろん、彼女が自己紹介の際にぶちかました例のセリフにある。いったい何をどう思って男の一夏の胸を揉もうとしたのか。

 

「すぐに『今の言葉は忘れろ』って言ってたし、やっぱり冗談? ウィットに富んだジョークだったのかな」

「でも、冗談にしてはすっごい迫真の表情だったよ?」

「転入早々披露したジョークだったとしても、そんなことする人が今現在近寄るなオーラを出してるのも変な話ね」

 

 先ほどの言動と、今のラウラの態度が、どうにもかみ合わない。

 そのことが不思議で不気味なために、彼女達はこうして集まって話し合っているのである。

 

「というわけでセシリア、行っておいで!」

「ふえっ? ど、どうしてわたくしですの?」

「だってセシリア代表候補生だし」

「私達の代表として話しかけてきてよ」

 

 女生徒の固まりから押し出されそうになっているのは、金髪ゆるふわロールが特徴的な少女、セシリア・オルコットである。

 

「代表候補生であることは関係ないでしょう。代表ならそれこそ、委員長の鷹月さんにでも」

「でもセシリアはほら、貴族でしょ?」

「貴族ならいろんな人とコミュニケーションとれるようにならないと。上に立つ者として」

「……それは確かにそうかもしれませんけれど」

「大丈夫、君ならできる。なぜなら高貴な貴族のお嬢様だから!」

「そ、そうでしょうか……そこまで言われては、仕方ありませんわね」

 

 ちなみに彼女、意外とちょろい部分があると評判である。今回もクラスメイト達にいい感じにヨイショされた結果、結構乗り気でラウラのもとへ向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 他人とのコミュニケーションを取るに足らないものだと考える私といえど、教室中から向けられる好奇の視線にはさすがに辟易気味だった。

 これが私自身の意思から生まれた行動の結果であれば、どれだけ非難されようが気にしないのだが……わけのわからない選択肢に強要された行為が原因というのが、どうにも腑に落ちない。

 

「こほん。ごきげんよう、ボーデヴィッヒさん」

「……なんの用だ」

 

 そんな折、着席していた私に声をかけてくる女がひとり。どこぞの貴族のような雰囲気を纏った西洋人である。

 

「はじめまして。わたくし、セシリア・オルコットと申しますの。イギリスの代表候補生ですわ」

「……それで? 用件は自己紹介だけか」

「それでって……自分で言うのもなんですが、代表候補生ですのよ? もう少し何か反応があっても」

「反応? なんだ、欲しいのは称賛か、それとも羨望の眼差しか? 残念ながら私に期待しても無駄だ。貴様と同じ代表候補生である以上、羨む要素などひとつもありはしない」

 

 私は基本的に他人との会話は最小限に収めるのだが、朝からの出来事でイライラしていたからか、今は若干饒舌な返しを行っていた。

 こいつを言い負かしてでもやれば、少しはこの陰鬱な気分も晴れるかもしれない。

 

「あなたもそうだったのですか。自己紹介は名前だけでしたが、響きから言って出身はドイツあたりですわよね」

「そうだな。私はドイツの出身だ」

「代表候補生同士、お役に立てることもあると思いますの。よろしければ、今後も仲良くしていただけませんこと?」

 

 ふん、仲良くときたか。……くだらない。

 

「断る。私は異国の人間と馴れ合うためにここに来たのではない。そこをはき違えてもらっては困る」

 

 悪意をこめて発した言葉に、オルコットの顔がわずかに歪む。私が挑発していることに気づいたのだろう。それでいい、私の嗜虐心を満たすための手伝いをしてもらうことにしよう。

 

「では、あなたはいったいなんのためにここにいらしたのでしょうか」

「ククッ。なんのため、だと? 私は――」

 

【選べ ①皆様の愛玩道具になりに来たのです、と言いながらおもむろに脱衣 ②セシリア・オルコットの頬にそっと触れ、君達を一人残らず私の虜にしに来たのだよ、と悩殺ボイス】

 

 おい、またか……!

 人が大事な話をしようとしたところで、なぜ脳内にこんな選択肢が出てくるのだ。しかもさっきより内容が長いうえにふざけているではないかっ。

 

「ボーデヴィッヒさん? どうかしましたの?」

「いや、なんでも……っ!?」

 

 ぐっ……やはり選ばなければ収まることのない頭痛が襲ってくるのも同じか。

 理由は不明だが、今はこの状況を受け入れるほかない。

 ではどちらを選ぶかというと、①はない。急場しのぎの策とはいえ、自らを愛玩道具などと呼ぶのは私のプライドが許さないからだ。

 悩殺ボイスとやらをどう出せばいいのかわからんが、試すなら②だ。

 

「すごい汗ですわよ。具合が悪いのなら保健室に」

 

 顔を近づけてきたオルコットに対し、私は立ち上がると同時に奴の頬に左手を当てた。

 そして、できる限り、女を口説くような調子の声を出してみる。

 

「私は、君達をひとり残らず私の虜にしに来たのだよ?」

 

 最後が微妙に疑問形になってしまったが、それを言い切ると再び頭痛は跡形もなく消え去った。ここまで来れば、選択肢と頭痛が連動していることを否定する必要はないだろう。

 

「は、はぇっ!? と、ととりこ? わたくし、その……ごめんなさいですわー!」

 

 赤面したオルコットは、頭を下げるやいなや全速力で私のもとを離れていった。完全に真に受けてしまったらしい。

 

「い、一気に学園全体にターゲットが広がったよ!?」

「標的は織斑くんだけじゃなかったんだ。性別関係なくイケるクチなんでしょ」

「やばいよやばいよ。なんか目つきが必死だったし、冗談に見えないわよ? 私もやられちゃうの?」

 

 そして、有象無象からの好奇の視線はさらに強さを増してしまった。

 ……憂鬱だ。これほど深いため息をつくなど、いつ以来だろうか。

 今頭が痛いのは、選択肢のせいではないのだろうな……。

 

 

 

 

 

 

「なぜこんなことに……」

 

 昼休憩に入るも、気が滅入って食欲が出ない。なので資料室のパソコンで軽く検索をかけてみた。

 が、当然ながら脳内に選択肢が現れるなどという奇妙な症状について述べているサイトなど見当たるはずもない。結局収穫のないまま資料室を出て、現在は教室に戻る途中である。

 

「ボーデヴィッヒ」

 

 廊下で名を呼ばれ、私は足を止める。他の者に声をかけられたのなら無視するつもりだったのだが、この人に関しては別だ。

 

「教官」

「教官ではなく織斑先生だ。朝も言っただろう」

「失礼しました、織斑先生」

 

 気持ちのこもった敬礼で応える。

 教官と会うのは1年ぶりだが、以前と変わらぬ凛々しさに見惚れてしまいそうになる。やはりこの人は、私が理想とする、目標とすべき方に違いない。

 

「時間があるなら職員室まで来い。少し話がある」

「はい」

 

 断る理由はないので、教官の後に続いて職員室に足を踏み入れる。

 自らの席に腰を下ろした教官は、私に向かってやや真剣な面持ちでこう尋ねてこられた。

 

「何かあったのか」

「何か、とおっしゃいますと」

「私の知るラウラ・ボーデヴィッヒは、転入初日から過激なジョークを飛ばすタイプの人間ではない。加えて、どこか無理をしている様子もある」

 

 一緒に過ごした時間が長い教官には、さすがに異常を勘付かれてしまったか。普段の私を見たことのある人間ならば、違和感を感じて当然だからな。

 

「いえ、その……」

 

 だが、こんなわけのわからない症状について素直に説明したところで、果たして信じてもらえるのだろうか。からかっているように聞こえて、怒りを買ってしまうことも十分ありうる。

 だからどうしても、話すことをためらってしまう。

 

「これでもお前とは長い付き合いだからな。心配なんだ」

 

 私の様子を見かねたのか、教官が優しさを含んだ声で語りかけてくる。

 ああ……そんな風に言われてしまうと、甘えてしまわざるをえなくなるではないですか。

 

「実は」

 

 教官に頼ることを決めた私は、朝から今までに体験したことをひとつ残らず語ろうと――

 

「………っ!?」

 

 瞬間、例の激しい頭痛が予兆なく襲いかかってくる。しかもどういうわけか、口がうまく動かないというおまけまで付いて来た。

 まさか、私が選択肢について語るのを禁ずるつもりなのか……?

 

「どうした」

「……いえ。なんでも、ありません」

 

 白状する意思をなくした途端、ふっと痛みが消え去る。規制がかけられているのは間違いないらしい。

 

「その、ですね。今日は久しぶりに教官、いえ織斑先生にお会いできたことで舞い上がってしまいまして。妙な言動をしたのは、それが原因です」

「………」

 

 苦し紛れの言い訳に、教官は疑いの眼差しを向ける。生半可な嘘では通用しないことは十分承知しているのだが、形だけでも何か言っておく必要があると判断した。

 

「私はただ……」

 

【選べ ①先生を見ていると、お股がジンジンするんです ②先生を見ていると、股間がじゅんじゅんするんです】

 

「ほぼ同じではないか!?」

「な、なんだ突然叫び出して」

「あ、いえ、申し訳ありません」

 

 待て、やめろ。

 他の連中に対してならともかく、教官に対してだけは絶対に言いたくない。私の大切な物がいろいろと崩れ落ちてしまうという確信がある!

 

「あづっ……!」

 

 逃れられない頭痛。なんとか耐えて見せようとするも、私が抗う姿勢を見せるにつれて痛みも強くなってくる。

 だが、これは私の矜持の問題だ。必ず耐えてみせる。

 

「おい、本当に大丈夫か。体調が悪いのか、それとも他に何かあったのか」

 

 私の様子を見た教官は、非常に珍しいことに感情を乱しているようだった。私のような者を、心から気にかけてくれている。

 

「ああ……」

 

 ……駄目だ。私が苦しむだけなら一向にかまわないが、これ以上この人にこんな顔をさせるわけにはいかない。

 ならば、どうするべきか。

 息を吸って、覚悟を決める。

 

「せ、先生を見ていると……股間がじゅんじゅんするんです!」

 

 決意のもとに言葉をくり出したせいか、思った以上に大きな声を出してしまった。

 目の前の教官だけでなく、職員室にいる教員全員が一斉に硬直する。

 

「なっ……!?」

「し、失礼します!」

 

 驚愕に目を見開く教官の視線に耐えられなくなり、私は一言残して速やかに退室したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ラウラと入れ違いになる形で職員室に入った山田真耶は、部屋中の空気がどこかおかしなことに気づいた。

 

「織斑先生、何かあったんですか?」

「……山田先生。ひとつ、聞きたいことがあるのだが」

「はい?」

「教え子から情熱的な告白を受けた場合、先生はどうすればいい?」

「……はい?」

 

 呆然とした表情で尋ねてくる千冬の姿に、真耶は混乱するばかりであった。

 

 

 

 

 

 

「はあ……」

 

 夕刻。

 与えられた寮の部屋に戻った私は、深く深く、かつ大きなため息をついた。あまりにも精神的な疲労が蓄積したために、ため息のひとつでもつかなければやってられなかったのである。

 

「精神病にでもかかったとでもいうのか、私は」

 

 ベッドの上に寝転がり、浮かんできた考えをひとりつぶやく。

 ありえないと否定したくなるが、幻覚が見えたり幻聴が聞こえたり、決まったタイミングで頭痛が襲いかかってくる以上、その可能性を頭ごなしに排除することはできない。

 軍人として多少の人体改造を受けている私は、身体的な病にはかなり強いはず。しかし、心の問題となれば話は別、なのだろうか。

 

「それにしても、唐突すぎる」

 

 最近ストレスが溜まるような出来事を経験した覚えはない。幻覚や幻聴の類も、記憶の中には一切ない。

 だというのに、今日あの瞬間、突然強烈な症状が現れた。

 

「わからん」

 

 考えれば考えるほど、理解不能。

 いったい私の身に、何か起きたのか――答えの見えない問いに、迷い込みそうになった時のことだった。

 

「……電話か」

 

 充電器に差していた、飾り気のない携帯電話が震えている。こちらは私用で使う代物なので、部下からの連絡といった類のものではないはずだ。

 ゆえに、この携帯が着信を告げる機会は非常に少ない。何度も言うようだが、私は他人との無駄なコミュニケーションを好まないからだ。

 さて、誰からの電話なのか。

 

「………」

 

 画面を確認した私は、そのまましばらく硬直してしまっていた。

 登録した覚えのない名が、通知に示されている。

 しかも、その名前が。

 

「……神、だと?」

 

 いい加減、混乱続きで頭がどうかしてしまいそうだ。

 




プロットはあるけれど、細かい部分はほとんど勢いとノリだけで書いています。R-15は不安なのでとりあえずつけておきました。
多分そんなに長く続きませんが、よろしくお願いします。


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ノロイノロノロ

『どもどもー、こちらラウラ・ボーデヴィッヒちゃんの番号で間違いないかなー?』

「……何者だ、貴様」

『何者って、通知にちゃんと載ってたでしょ。神だって』

 

 通話ボタンを押すと、なんともふざけた調子で話す男の声が聞こえてきた。

 とてもじゃないが、『神』などという称号が似合うとは思えない。

 だが、今気にするべき点はそこではないだろう。

 

「それで? その神とやらが、私になんの用だ」

『用があるのは君の方じゃないの? 今すっげー気になってることあるでしょ』

「っ! 貴様、何を知っている」

『そうがっつかなくても教えてあげるってー』

 

 正直うさんくさいことこの上ないが、今は藁でも積極的につかむしかない状況だ。

 とりあえず、男の話に耳を傾けることにする。

 

『君は今、呪いにかかっているんだ』

「呪い、だと?」

『そそ。ランダムなタイミングで脳内に選択肢が出てきて、どちらか選ばなければ激しい頭痛に襲われる呪い』

「頭痛にかまわず、選ばないことを続ければどうなる」

『しまいには体と心が壊れちゃうだろうねえ』

 

 つまり、頭痛がやむことは永遠にないということか。

 どれだけ理不尽な内容でも、何かひとつ選択することを強要させられる呪い。

 ……さしづめ、『絶対選択肢』といったところか。

 

「なぜ私は呪いにかかった。どうすれば解くことができる」

 

 重要なのはここだ。一刻も早く呪いを解除しなければ、間違いなく生きていくうえでの障害になる。

 今日だって、邪魔を入れられたせいで織斑一夏とのファーストコンタクトを誤ってしまったのだから。

 

『ええっとね……この呪いを解くためには、いくつかあるミッション? みたいなやつをクリアしていけばいいらしいよ』

「ミッション?」

『あー、うん。で、そのミッションの内容は……なんか、そのうち送られてくるらしいよ。メールかなんかで』

「……待て。さっきからなぜ語尾が推測なのだ」

『いやそれがね、前任者から仕事押しつけられたばっかりで、呪いのシステムについてよく知らないんだよね。ハハ、マジウケる』

「なっ……」

『だから解除方法の詳しいところとか、なんで君に呪いがかけられたのかとか、そーいうところは一切わかりません。ああでも、ミッションを一度でも失敗すると二度と呪いは解けないってのは聞いてるよ』

 

 ……開いた口が塞がらないとは、このことだろうか。

 希望の光を見せられて、すぐさま取り上げられた気分だった。

 

「その前任者とやらに事情を尋ねればよいのではないのか」

『あー無理無理。今諸々の理由で引きこもっちゃっててさ、誰が行っても出てきてくれないわけよ。本当はサポートのために神の(しもべ)とかも送らなきゃいけないのに、それも手続きが難航してて』

「貴様、それでも神か」

『神っていっても唯一神的な存在じゃないし? たくさんいる神の中のひとりってだけだし?』

「……大体、神ならそんな馬鹿のような話し方をするものか」

 

 イライラしてきたので、最初から気に障っていた自称神の口調に文句をつけてやった。

 

『あれ、ひょっとして神の存在を疑ってる?』

「神が実在するかどうかは知らんが、貴様がそうだとは信じがたいな。私を陥れようとしている愉快犯だと言われた方がまだ納得がいく」

『へえー、そういうこと言っちゃう? ならこっちとしても証明せざるをえないなあ。そんじゃ、こんなんどうでしょう』

 

 相変わらず軽い調子で、奴がそう言うと。

 

「……む?」

 

 尻と頭に、何やらむずむずとした感覚が。

 これは……何かが、生えてきている?

 

「………」

 

 頭を触ってみる。毛並みの良い突起物がふたつ、自己主張をしていた。

 すぐさま部屋にある姿見の前まで移動した私は、呆然とそれを眺める。

 頭部に生えた黒い耳。尻から生えた細長い尾。

 意識するとピコピコ動くあたり、間違いなく神経が通っている。

 

「にゃ、にゃんだこれは!?」

『猫娘でーす。平行世界にはそんな人種もいるらしいよ?』

「ふざけるにゃっ! さっさと元に戻せ!」

 

 ああくそ、呂律がうまくまわらん!

 

『えー? でも結構便利だよ? 鳴き声上げるとそこらじゅうの猫を呼び寄せられるんだってさ。あとネコジャラシだけで何時間も夢中になれるから暇つぶしに困ることなし』

「そんな能力必要にゃい!」

『しょうがないなー』

 

 残念そうな声が聞こえたと思うと、私の体はすぐに元通りになった。ペタペタと全身を触り、ほっと安堵の息をつく。

 

『これで信じてもらえたと思うから、あとは頑張ってねー』

「まあ、超常的な力があることは信じるが……ちょっと待て、まだ話は」

 

 ブツッ。

 私の引き止めを無視して、神とやらは通話を切ってしまった。

 履歴からかけ直してみるも、まったくつながる気配がない。どうやらこちらから連絡することはできないようだ。

 

「舐められているな……」

 

 あれが本当に神なのだとしたら、当然の話ではあるが。

 とりあえず今は、与えられた情報を整理してみるしかないか。

 そう考えていると、今度は携帯電話がメールの着信を知らせてきた。

 

「これは」

 

 メールの差出人、不明。題名は……『ミッション』。

 先ほど奴が言っていた、呪いを解くための鍵となるもの。

 中身を確認すると、そこにはこう書かれていた。

 

『篠ノ之箒。セシリア・オルコット。凰鈴音。シャルル・デュノア。3日後の午後6時までに、この4人にラウラ・ボーデヴィッヒのことが好きだと言わせろ』

 

 好きだと、言わせる? この4人から……この、4人。

 

「……誰だ?」

 

 2人は、今日の内に聞いた名前であると記憶している。だが、特に深い交流があったわけでもない。

 残りの2人――篠ノ之と凰については、顔すら知らない状態だ。

 こいつらを、3日で懐柔しろと言うのか。この私に?

 ……厳しいな。

 

「実力行使……は、最終手段だな」

 

 対象を力で脅して、しくじった場合を考える。

 脅迫が明るみに出れば、担任教師である教官の不興を買うのは間違いないだろうし、対象が私に心を開くこともなくなるだろう。

 そうなればミッションは失敗。私は一生、絶対選択肢と付き合っていかなければならなくなる。

 確実に成功する算段が立たない限りは、この方法は控えるべきだ。

 ……では、どう動くのが正解か。

 

「あ……」

「む?」

 

 部屋の扉が開いて、ひとりの女が入って来た。私を見て一瞬硬直していたが、何かを思い出したかのような顔をすると、おずおずと口を開いた。

 

「あなたが……今日からルームメイトになる、転入生?」

「そうだが、お前は」

「私は……1年4組の、更識簪。この部屋の住人」

 

 なるほど。相部屋になると聞いていたが、この女が私の相方か。

 青い髪は長すぎない程度に伸びており、眼鏡の奥の瞳は気弱そうな光を宿している。

 一見すると、強い人間ではなさそうだ。

 

「あなたの名前は……えっと」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。先に言っておくが、部屋が同じだからと言って仲良しごっこに興じるつもりはない」

「……それは、好都合。私も、必要以上に話すつもりはないから」

 

 ふむ……無用な会話を要求してくるタイプでないことは、まあありがたいか。

 だが、今は少しこいつに聞かなければならないことがある。

 

「ひとつ教えろ」

 

 メールの文面にあった4つの名について、知っていることを尋ねてみる。

 

「篠ノ之箒は……篠ノ之束博士の妹。残りの3人は、代表候補生……」

 

 篠ノ之束といえば、ISを開発した稀代の天才と呼ばれる科学者か。

 

「凰鈴音以外は、1組だから……あなたの方が、詳しくなるはず」

「その凰はどこのクラスだ」

「2組。でも、どんな人かは知らない……もういい?」

 

 少々面倒くさそうに答える更識。会話を好まないと言っただけあって、こういった行為も苦手なようだ。

 

「ああ、話は終わりだ」

「そう……」

 

 ある程度役に立つ情報を手に入れることができた。これで明日から、何かしらの行動を起こすことが可能だろう。

 ……礼くらいは、言うべきか。

 

「助かっ――」

 

【選べ ①ありがとうんちっち!と言った瞬間に極限まで便意が高められる(出すことで消滅) ②ありがとおっぱいぱい!と言った瞬間に更識簪のおっぱいを絶頂に達するまで揉み続ける】

 

 このタイミングで来たか、絶対選択肢。

 さっさとどちらか選ばなければ、またあの耐えがたい頭痛に苛まれることになる。

 

「くっ……」

 

 ②は、いくら同性といえど普通に通報される危険性がある。絶頂に達するまでとあるが、いつまで揉めばいいのかはっきりしない。

 と、なると。

 

「………?」

 

 急に黙り込んだ私を不審に思ったのか、こちらの表情を覗き込む更識。

 はっきり言って、屈辱だ。だが軍人は時として、恥を背負わなければならないこともあるのだ。

 私は覚悟を決め、更識の顔に向けてやけくそ気味に言葉をぶつけた。

 

「あ、ありがとうんちっち! ……うぐぶっ」

 

 その瞬間、生涯で経験したことがないほどの便意に襲われる。

 こ、これは……想定以上にきつい!

 しかも個室にトイレがない以上、この状態で部屋を出て移動する必要があるのだ。

 

「はあ、はあ」

 

 戸惑う更識を残して、廊下へ。

 学生寮のトイレは、各フロアの両端に存在する。また都合の悪いことに、私の部屋は1階のほぼ中央に位置している。

 

「んぐぅ……!」

 

 意図せず情けない声が漏れてしまうが、止めようがない。とにかく今は、早くこの地獄から解放されるために歩かなければ……。

 

「ねえあれ、噂の転校生じゃない?」

「なんかものすごい表情でうなってるんだけど……」

「相当変わり者っぽいっていう話は、本当みたいね」

「というかあの顔、女の子としてどうなのかな……」

 

 周囲の人間が私を見て何か話しているが、かまうものか。

 今の私には、トイレ以外を気にする余裕などないと言っていい。誇ることではないが。

 

「っ!?」

 

 馬鹿な……ここに来て、さらに便意が増しただと!?

 

「わ、私は……負けるわけには」

 

 こんなところで、こんなくだらない呪いに。

 それは、私のプライドが許さん。屈辱は受けようとも、最後の一線、守り通さねばならない矜持がある。

 もう少し、もう少しで、ゴールにたどり着くのだ。

 

「く、くくくっ」

 

 そしてついに、漏らすことなくトイレに足を踏み入れることに成功した。

 個室に駆け込み便座に座った瞬間など、笑いが止まらなかった。

 

「ふふ、ははは」

 

 見たか。私はこんな呪いになど決して屈したりしないのだ!

 必ず、必ず解呪してみせる!

 

「ハーッハッハ!! ……ふう」

 

 それにしても、ここまでトイレが恋しいと感じる機会が来るとはな。

 たどり着いた今となっては、この真っ白な便器が愛らしいと思えるくらい……はっ。

 

「いかん、これでは本当に変態ではないかっ」

 

 どうやら、極限の戦いにより精神が疲労しているらしい。

 とにかく、私は絶対に毒されたりはしない。

 呪いに宣戦布告するかのように、心の中で叫んでおいた。

 




友達いないラウラちゃん。はたしてミッションの行方やいかに。


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ミッション開始!

 呪いを解くための第一歩として、私に与えられたミッション――それは、この学園に在籍する4人の生徒から、好きだと言ってもらうという内容のものだった。

 明らかに私にとって不得手な分野ではあるが、最初から諦めるという選択はとれない。

 ミッションに挑むことを決意した私は、まず対象となる人間に関する情報を集めることにした。

 軍隊にいた頃と同じだ。戦いは情報を制する者が圧倒的優位に立つ。戦場が変わろうとも、この鉄則は揺らぐまい。

 

「……ふむ」

 

 寮の食堂での会話などを盗み聞きした結果、ある有用な情報を手に入れることに成功した。

 篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音。この3人は、どうやら織斑一夏に恋慕の情を抱いてるらしい。

 3人ともうまい具合に事を運べておらず、互いが互いを牽制し合っている状態。私が少し手を貸してやれば、奴らに感謝され好意を持たれる可能性はいくらかあると見える。

 私自身は恋愛などといったくだらんものに興味はないのだが、ターゲットにつけ入る隙が存在するのは喜ばしいことだ。

 

「とりあえず、当たり障りのないところから始めてみるか」

 

 行動開始は翌日、火曜日の朝。タイムリミットは木曜日の午後6時。

 時間制限はなかなか厳しいが、焦りは禁物だ。戦場では冷静な判断を失った者から脱落していくのだから。

 まずは、さりげなく恋愛のサポートを行う姿勢を見せるところからだ。

 

 

 

 

 

 

「わたくし、あなたのことを誤解していたようですわ。好きになれそうです」

 

 そして、私の予想をはるかに超えるスピードで一人目が陥落した。

 

「好きになれそう……それは、はっきり言うと好きだということだな?」

「はい? ええ、まあ……好きです」

「ならいい」

 

 今朝のホームルーム前、私は織斑とオルコットに声をかけた。転入したての身でわからないことがあるから教えてほしい、といった感じで適当な質問を数個続け、その後場を離れて奴らを2人きりにしてやったのである。去り際にオルコットにだけ聞こえるよう『喜べ。織斑と1対1だ』とつぶやき、恩を売ることも忘れなかった。

 ……しかし、これだけのことで好きになってもらえるとは思っていなかった。この女、少々簡単になびきすぎではないか? それとも、学園における友人関係というのはこの程度の軽いものだということなのか。

 

「なんにせよ、私にとっては好都合か」

「? 何かおっしゃいましたか?」

「なんでもない」

「あ、ちょっとラウラさん?」

 

 携帯を開くと、『ミッション一人目クリア!』という通知が表示されていた。ならばもうオルコットに用はない。引き止める声を無視して、私は教室を出る。

 

「あと3人か」

 

 現在時刻は午後0時55分。初日の昼までに一人片付いたのは大きい。

 残りもこの調子でさっさと終わらせることができればいいのだが……昼休憩だし、リフレッシュがてら腹ごしらえを行うとしよう。

 

「む? あれは……」

 

 次の作戦を考えながら食堂に足を踏み入れると、前方に見覚えのある人影を発見した。

 ターゲットのひとり、シャルル・デュノア。私と同じく転入生であり、当然ながら織斑に惚れてはいない。奴は男だからな。

 ゆえに、奴に関してはいまだアプローチの仕方を決められずにいる。ここは少しでも会話を重ねて、敵を知るところから始めるべきか。

 

「デュノア」

「ああ、ボーデヴィッヒさん。君も学食に来たんだ」

「私と一緒に昼食をとれ。いいな」

「……えっ? い、いいけど……」

 

 一瞬面食らった顔を見せたが、デュノアは私の誘いを受け入れた。よし、まずは第一段階成功だ。

 2人で券売機に並び、日替わり定食の食券を買って待機列へ。職員から券と引き換えで定食の乗ったトレーを受け取り、空いている席へ向かいになって座る。

 

「………」

「………」

 

 この間、一切の会話がなかった。これでは情報を引き出すも何もあったものではない。

 向こうから話しかけてくる気配がないので、やむを得ずこちらが話題を提供することにする。この手のコミュニケーションにはまったく自信がないが、今はやるしかない。

 

「……お前、何をされれば喜ぶ?」

「えっと……いきなりどうしたのかな」

「他意はない」

「そうなんだ。……と言われても、なかなか思いつかないかな。ごめんね」

 

 私から視線を逸らして苦笑いをするデュノア。

 明らかに不審がられているが、まあ当然か。昨日からの奇行の数々を考えれば、警戒されてしかるべき。私が奴の立場でもそうするだろう。

 たまたまオルコットがうまくいっただけで、やはりこのミッションとやらの難易度は高いのだ。

 舌打ちしそうになるのをなんとかこらえて、次の言葉を探そうとしていたその時。

 

【選べ】

 

 今日はおとなしいと思っていたが、やはり来たか。絶対選択肢。

 今回はどんな無茶を言ってくるのか。確認する前から頭が痛くなってくる。

 

「……なに?」

 

 しかし、いざ選択肢の内容を見た瞬間。

私は、今までとは違う意味での驚きを感じた。

 

【選べ ①シャルル・デュノアの秘密(実は女の子)を突き付けて脅す ②好きだと言わなければ全裸でお前を抱えて校内1周してやると脅す】

 

「ボーデヴィッヒさん? どうかしたの」

「……お前、女なのか」

 

 反射的に口を突いて出た問いに、デュノアの表情が一瞬だけ強張った。

 

「あはは。確かに男らしくない見た目だけど、ちゃんと性別上は男だよ」

 

 すぐに取り繕うが、私の目はごまかされない。今の焦りようは尋常なものではなかった。

 軍隊での訓練の一環として、私は以前から尋問をする、あるいはされる際のマニュアルについてある程度学んでいる。だからこそ、こういうケースにおける相手の感情の揺れは敏感に察知できる。

 

「ククッ」

 

 口元が歪むのを我慢できない。

 これはいい情報を手に入れた。ふざけた選択肢ばかりかと思っていたが、たまには役に立つではないか。

 

「知っているか? 私は教官、織斑千冬先生と以前からの付き合いがある。私から頼めば、担任教師によるお前の身体のチェックが行われる可能性は高いだろうな」

「……何が言いたいのかな」

「場所を変えるぞ。貴様も他人に話を聞かれたくはないはずだ」

 

 唇を噛むデュノアを威圧するように笑い、私は残りわずかとなっていた昼食を平らげる。

 奴がうなずくのを確認してから、席を立ち食堂をあとにした。

 

 

「ここならかまわないか」

 

 周囲に人気のない空き教室を見つけ、中に入る。当然、デュノアもあとに続いてきた。

 

「シャルル・デュノア。私はお前が性別を偽っているという証拠をつかんでいる。言い逃れができるとは思うな」

「………」

 

 私の言葉に無言を貫くデュノア。絶対選択肢を証拠と呼べるかどうかは不明だが、わざわざそれをこいつに伝える義理はない。

 転がりこんできた絶好のチャンスだ。ものにしない手はないだろう。

 

「だが、これをすぐに公表しようという気はない。お前がある条件を呑めば、秘密にしておいてやる」

「条件……何が望み?」

 

 鋭い目つきでこちらを睨んでくる。威勢だけは買ってやってもいいが、私の優位は変わらない。さあ、あと一押しだ。

 

「私のことを好きだと言え」

「……え?」

 

 私の要求に面食らったのか、間抜けな声が返ってきた。まあ確かに、奴が想定していたような内容の条件ではなかったであろうことは容易に想像できる。

 

「早くしろ。録音する気もないから警戒するな」

「あ、はい……ボーデヴィッヒさんのこと、好きです」

「……よし」

 

 ほどなくして、ポケットの中の携帯が震えだす。

 取り出して確認すると、2人目をクリアしたという通知が届いていた。

 いい調子だ。少し気が楽になった。

 

「ではな」

「え……えっ? もう終わりなの? これだけ?」

「ああ。心配せずとも秘密は守ってやる。私にとって公表するメリットもさしてないからな」

 

 そのまま教室を出ようとすると、背後からデュノアが声をかけてきた。

 振り返ると、いまだに呆然とした顔で私を見つめている。

 

「本当にいいの? 男装していた理由とか、聞かなくて」

「ふん、何かと思えばそんなことか。お前が男であろうが女であろうが、私にとってはどうでもいいことだ」

「どうでも、いい?」

「お前はお前だからな」

 

 この男、いや女がミッション対象者である限り、性別など問題ではない。事実、ミッションの一部達成には成功している。

 

「気にせず甘い学園生活を送ればいい。理由を語る時間などもったいない」

 

 そんなことを聞いている暇があるなら、残りのミッションの対処に取りかかる方がずっと有意義だ。

 シャルル・デュノア。せいぜいこのぬるま湯な学園に溺れているがいい。

 

「私は戻るぞ」

 

 今度こそ教室を出る。引き止める声はなかった。

 

 

 

 

 

 

 男装しているという秘密をラウラに暴かれた瞬間、シャルロット・デュノアは心臓が止まる思いだった。

これからいったい何を言われ、自分はどういう状況に置かれるのか――悩むうちに、どうでもいいという気さえ起きていた。もともといろんなことに諦めかけているような状態だったのだ。今さら何を気にしようというのか。

 

 ところが、ふたを開ければあっけない結末が待っていた。なんとラウラは、とても重要だとは思えないセリフを彼女に言わせるだけで満足してしまったのだ。

 正直、まったく意図がつかめない。だからシャルロットは彼女の背中に問いかけた。何も聞かなくていいのか、と。

 

「僕は僕、か……」

 

 性別の違いなど、まったくもってどうでもいい――心からそう思っているような顔で、彼女はシャルロットの問いに答えた。そして、話が終わるやいなや廊下へ出ていったのだった。

 

「ああもはっきり言われちゃうと、本当にそんな気がしてくるよ」

 

 もしかすると、先ほどのおかしな要求にはこれといった意味はなかったのかもしれない。

 ラウラはただ事実を確かめたかっただけで、それがわかればあとはどうでもよかった。そう考えると、好きだと言えと強要してきたのはただの冗談だったのではないだろうか。

 

「……考え過ぎかな」

 

 真実はラウラ本人にしかわからない。だから、これ以上思考をめぐらせるのは無駄だとシャルロットは判断する。

 ただ。もしかすると彼女はいい人なのかもしれないと、そんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 午後の授業が終わり、放課後。

 次の策をどうするか考えながら荷物を片付けていると、織斑一夏が女生徒数人と仲良さそうに会話している光景が目に入った。

 ……軟弱な。世間話に興じる暇があるなら、訓練に打ちこめばいいだろう。

 

「おい」

 

 腹が立ってきたので、寮に戻る前に一言釘をさすことにした。本来なら転入初日に行っているはずだったのに、絶対選択肢が原因で結局今まで何も言えていないのだ。

 

「あ、ボーデヴィッヒさん」

「ふん」

 

 織斑に声をかけても、選択肢は姿を見せない。

 よし、今がチャンスだ。言えるだけのことを言って――

 

「そういえば、ボーデヴィッヒさんの制服ってスカートじゃないんだな」

「む」

 

 口を開きかけたタイミングで、織斑が私の下半身に目をやりながらそう言った。

 奴の言うように、私はスカートではなくズボン型の制服を使用している。

 

「みんなスカートだから、ちょっと新鮮だ」

「そんなことはどうでもいい。それより貴様」

 

【選べ ①生脚が見たいの? ちょっとだけよ~んと言いながらズボン半脱ぎ ②す、素肌を見られるの、恥ずかしくて……でも、お前になら見せても……と意味深に語る】

 

 おい……!

 なんなのだ。わざとタイミングを図って選択肢を出しているのか。いつもいつも肝心な時に邪魔ばかり!

 

「うぐっ!」

 

 文句をつけているうちに、例の頭痛が襲ってきてしまう。くそ、なんでもいいから早くどちらか選ばなければ。

 

「す、素肌を見られるの、恥ずかしくて……でも、お前になら見せても……」

「え? い、いや、別に無理して見たいわけじゃなくてさ」

 

 意味深というのがよくわからなかったが、とりあえずセリフを言い切ると頭痛が消えた。

 私の発言に顔を赤らめてあたふたと両手を振る織斑と、なにやらぼそぼそつぶやいている取り巻きの女達。

 ……疲れた。今日は一言だけで終わりにしておいてやろう。

 

「私は認めない。軽々しく女をはべらしているだけの貴様のような男は、絶対に認めない」

 

 そうはっきりと言い残して、私はそのまま教室を出ていった。

 

「認めないって……今のどういう意味なのかしら」

「女をどうこうって言っていたことと、さっきの素肌を晒してもいいという言葉から考えると……もしかしてボーデヴィッヒさん、織斑くんのこと」

 

 なにやら背後で外野が騒がしかったが、疲労感でいっぱいの私はさして気にも留めなかったのだった。

 




一日にして4人中2人クリア。さすがはラウラちゃんだ!



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