イエロー・フラッグの血まみれ妖精 (うみ)
しおりを挟む

新顔来たる

就活のストレス発散で書いたネタ。続き求める人がいて、かつ時間ができるかストレスが限界に達したら続き書くと思われ。→続いた。
H×Hと違って能力の仕組みとかハンター協会とか考えなくていいからすごい楽に書けた。やはり筆者には中二設定ものは向いていないのかもしれん


 ラグーン商会に不思議な日本人が加わる数か月前のことである。

 タイの港町ロアナプラの一角、「イエローフラッグ」で、ちょっとした騒ぎが起こっていた。

 ラグーン商会の面々がそれを目撃したのは、仕事も終わり、夜になったので一杯ひっかけようと来店した直後だった。まず感じたのは妙にざわつく空気だ。酔っ払いが拳を交し合う喧噪でなく、銃弾飛び交う狂騒でもなく、「どう反応していいのかわからない」戸惑いがちな空気。

 しかし、店内には特に異常は見当たらない。硝煙の臭いもしない。バオがいつも通り――いや、珍しくご機嫌な様子でグラスを磨いているくらいだ。

否、酒場として異常がないこの状況が、イエローフラッグにおいては異常だと言える。

 まず声を上げたのは、ラグーン商会が誇るガンマン、“二挺拳銃(トゥーハンド)”レヴィだった。

 

「なんだァこいつら、ガラでもねえ空気出してやがるぜ。我らが救い主(イェス・キリスト)が復活でもしたか? だとしたらエダの死体をまず探さなくっちゃァならねえな」

 

 手慰みにカトラスを撫でるレヴィの言葉を受けて、フロリダ出身の敏腕エンジニア、ベニーと、ラグーン商会のボス、ダッチは顔を見合わせた。

 

「この悪徳の都と暴力教会を見るに見かねて降臨されたってわけだ。実に英断ではあるだろうが、僕としてはもう少し現実的な推測を求めたいね」

「まさか、イエローフラッグが静寂に包まれる日が来るとはな。静粛を乱す不届き者は遊撃隊(ヴィソトニキ)にタマを吹っ飛ばされるってルールでも加わったのか?」

「ヘッ。張の旦那がダジャレ大会でも始めたんなら、この空気だって納得さ」

 

 下らない軽口を叩きながらカウンターに近づく一行に、バオが目をやる。一瞬「げっ」という顔をしたものの、しかし、相変わらずご機嫌な様子である。

 ますます妙だ、ラグーン一行は同時に思った。自分たちを見て、バオの眉間に皺の寄らない日が、はたしてあったろうか? いや、ない!

 三人は視線を交わし、それぞれに心当たりがないか目で問う。レヴィは鼻を鳴らし、ベニーは肩をすくめ、ダッチは黙って首を振った。

 三人がカウンター席につくと、バオはグラスを置いて手を拭いた。

 

「よう、ご一行。なんにする?」

「ヘイ、ヘイ、バオ。随分とご機嫌じゃねえか。賭けに大勝ちでもしたか?」

「いいや違う。だがなレヴィ、聞いて驚け、腰は抜かすなよ。ついに俺は……」

 

 バオが言い終える前に、ラグーン一行の目は一点に注がれた。異常な光景が目についたのである。

 バオの隣にいつの間にか少年が立っていた。ごく普通にバーカウンターの中に入り、バオの隣まで歩いてきただけなのだが、完全にレヴィたちの意識の外だったのだ。

 まず目につくのはプラチナブロンドの短髪だ。バオと同じくワックスでしっかり固めてある。目鼻立ちは恐ろしく整っていて、顔立ちから察するにヨーロッパ系であることはわかる。しかもなぜか、恐ろしいほど色香を漂わせていた。僅かな動作の端々に、それらしく意識させるような仕草や角度が混じっているのだ

 それだけならまだ良い。男娼が休日を飲んで過ごしていただけなら。

 問題は、その少年がバオと全く同じ服装をしていたことだった。

 

 ――これまで、バオが自分以外の店員を雇ったことがあったか?――

 

 一行はこの異常な空気の原因をはっきりと理解した。

 

「バオ、そいつ誰だ?」

 

 そう聞くレヴィの口は大きく開きっぱなしだった。驚きのあまり閉まらないのだ。ダッチもベニーも似たり寄ったりの反応だった。

 バオは得意げに鼻を鳴らした。

 

「紹介しとくぜ。こいつの名前はミハイル、新しいバーテンだ」

「よろしくお願いします」

 

 頭を下げるミハイルの声は変声期を迎える前の高さにしか思えないものだった。

 完全に固まった一行を尻目に、バオはますます上機嫌な語り口だ。

 

「最近になって雇ったんだが、こいつがまあカクテルも作れるし酒も詳しいし日曜大工までできるっていうんでな。いいバイト雇ったもんだ」

「またまた、そんなに褒めてもなにも出ませんよ! あ、なにかご注文はありますか? 最近仕入れたオススメですと、ラガヴーリンのダブルマチュアードが……あの、どうかなさいま」

「「「何ィィイイィィイィィ!?」」」

 

 三人の叫びが、イエローフラッグ中に響き渡った。

 

 

 

 

 

「よくやるぜ」

 

 バカルディを飲みつつレヴィが半眼で呟いた。

 

「こんな地の果てでよ、しかも火薬庫の隣で営業してる花火屋みてえな酒場に好き好んで雇われるたぁ……」

「しかしバオ。どういう風の吹きまわしだ? お前さん、自分ひとりで店を切り盛りして随分になるだろう」

 

 ダッチはアーリータイムスを一息で飲み干すと、ミハイルとバオを見比べて訝しむ。

 

「そこは色々あったんだよ。実際、ここも俺一人で回すのは骨だったからな。渡りに船ってやつだ」

「それにしたって、こういう場所には無縁のように見える子だけどね。しかも随分と若い。今、いくつだい?」

「十五です。今年で十六になります」

 

 ベニーが注文したロングカクテルをステアしながら、ミハイルはさらりと答えた。バオが別の客を応対している間、ラグーンへの対応の一切を任されていたのだ。

 雇って間もないというが、どれほどの信頼度なのかは聞くまでもないことだった。それだけにダッチやベニー、そしてレヴィの中にも疑念が生まれる。なぜこれほどまでにバオの信頼を得ているのか? ラグーン商会という特大TNTのようなグループへの応対を他人に任せるなど、バオが宇宙人に連れ去られて中身だけ入れ替わっていると言われるほうが納得できるというものだ。

 三人は顔を寄せ合ってヒソヒソ話し合う。

 

「妙なことになってるぜダッチ、ありゃバオに化けたどっかの馬鹿じゃねェか?」

「イエローフラッグの借金を苦にして首つり自殺を図るも失敗、それで頭がおかしくなったとかは……」

「ベニーボーイ、そりゃいくらなんでも都合が良すぎる。だが妙なことになっちまってるのは確かだな。こいつが「サタデー・ナイト・ライブ」の収録だってんなら、俺の胸のつかえも取れるってもんだが」

「残念ながら、NBCのカメラはどこにも見当たらないね。こんな町の現状をお茶の間に流すクルーがいるとも思えない」

「ンなことしてみろ、ロアナプラ入りした日の晩には「ホテル・モスクワ」あたりにケツをぶっ飛ばされてマンハッタン式ウェルダン・ステーキの出来上がりだ」

「ああ、バラライカのことだ、ケツの穴からはらわたの底まで真っ黒に焦がされちまうだろうな」

「あの、すいません」

 

 ミハイルの声は、即座に一行の意識を引き戻した。

 銀髪の美少年は困った顔でロングカクテルをベニーの前に差し出していた。

 

「カクテルができましたよ。ミスター……ええと」

「ベニーでいいよ。ロアナプラに来てこっち、「ミスタ」なんて気の利いた言葉を付けられるとむずがゆくなるんだ。もっと気楽にしてくれ」

 

 ミハイルはますます困った顔になってしまった。バオを見て助けを求めたが、コロンビア系のマフィアらしき人物と談笑しており、ミハイルには気付かない。

 結局、困ったまま笑顔になって頷くしかなかった。

 

「えー、じゃあ、ベニー。どうぞ」

「いただくよ……ああ、こいつは美味い。ありがとう」

 

 ミハイルの困り顔が照れ臭そうなものに変わる

 そのやり取りを見て、レヴィが呆れた笑いをこぼした。

 

「おいおいベニー、お前ゲイか? 次はHere's looking at you, kid(君の瞳に乾杯)なんて言い出すんだろ。そういうやり取りはブロードウェイでやってくれ、胸やけしちまう」

「落ち着けよ、レヴィ。僕は純然たる女性とPCの愛好家さ」

「けっ」

 

 そっぽを向いたレヴィを、ミハイルはおろおろしながら見ていたが、ダッチが軽く手を振ったのでそちらに注意を向けた。

 

「バオが雇ったのも驚きだが、まともな人間ならまずここで働こうとは思わん。どこの出だ?」

「ルーマニアです。子供たちと一緒に流れてきて、バオさんに拾っていただきました。一応、所属はブレンさんのところに」

 

 刹那で空気が張りつめた。レヴィの顔から緩みが消え、ベニーは驚きで目を見開く。

 

「ブレン“ザ・ブラックデス”の傘下だと? お前さんが殺し屋を?」

「はい。ダッチさん……というかラグーン商会のお話も少々伺っています。なにかお仕事をお願いすることがあれば、よろしくお願いします」

「……ああ、そうだな。金さえ払うならなんでも運ぶのが俺たちだ」

 

 話の間中、ダッチとベニーはレヴィから目を離さなかった。レヴィの目が細まり、剣呑な顔になったのを見逃さなかったのだ。

 ダッチは、まさかこの場でしかけることもないだろうと踏んではいたが、レヴィという女は行動の全てを制御できるほど大人しい気性でないことを重々承知してもいた。

 ミハイルは不意に重くなった空気に首をかしげ、レヴィをちらりと見た。彼女の獣のような目つきは、一体なにを考えているのかが一目でわかるほどの凶暴さを見せていた。

 

「……レヴェッカさん。僕はロアナプラの内では仕事をしません。ブレンさんの方針でもあり、イエローフラッグで働く上での必要条件でもあるからです。唯一、暴力の行使が認められるのは……」

 

 ミハイルの目が、ホルスターにおさまったカトラスに留まる。

 

「店内で銃を抜いた愚か者の首を、店の表に並べる時だけです」

「……そうかよ」

 

 レヴィの瞳が壮絶な闘争心で満ちた。獣としての本能が、目の前の少年の戦闘能力を値踏みしようとしているのだ。

 ミハイルもまた、その表情を一変させた。柔らかな笑顔がゆっくりと鋭くなり、まるで深淵を覗き込んでいるかのような不気味さを備えていた。

 両者のにらみ合いにバオや他の客たちも気づくが、下手に横入りして撃たれる未来を想像して誰も動けない。

 一触即発の空気は粘度と重量を増して全員にのしかかり、もはや戦闘は避けられなかった。

 ――誰もがそう思った瞬間、二階から巨大な女が突進してこなければ。

 

「ちょっとミハイル! あの子たちが泣き出しちゃったのよ、早く行ってあげてちょうだい!」

 

 猛烈な速度でミハイルに抱き着き頬ずりする巨体の持ち主は、イエローフラッグ二階の娼館「スローピー・スウィング」の経営者、マダム・フローラだった。

 セクシーなドレスから溢れんばかりの乳房と、それに見合いすぎている全身の脂肪は、ミハイルの体の半分以上が埋もれて見えなくなるほどの大きさである。

 

「ちょ、フローラ、苦し」

「あーらごめんなさい! ほら、早く行って行って! バオ、この子ちょっともらっていくわよォ!」

「お、おう。そりゃ構わねェが」

「流石バオだわン! ほら、行くわよミハイル! レヴェッカちゃんもダッチもベニーも、よかったらまた遊びに来てちょうだいネ!」

 

 フローラに抱えられたミハイルは二階まで持ち去られ、後には呆気に取られるレヴィたちと安堵して胸をなでおろすバオだけが残された。

 レヴィは珍しく、限りなく反応に困る中途半端な、やりきれない顔をする。

 

「……なんだったンだ、あいつ」

 

 その言葉はバオ以外の全員が同調せざるをえないものだった。

 

 

 

 

 

 ミハイルと子供たちは、スローピー・スウィングの空き部屋を借りて暮らしていた。元は満室の時のための空き部屋だったのだが、ミハイルを雇用する上でイエローフラッグに近い場所にいてもらうほうが互いに都合が良かったのだ。

 その部屋で、ミハイルは腕を組んで冷たい目をしていた。

 

「……で、結論するとだ。ティナがおねしょをしてしまって、泣き出したのをどうにか止めようとしたニコが「なぜか」ティナと喧嘩になってしまって。客から苦情がきたフローラが見るに見かねて僕を呼んだってことなんだね」

 

 ミハイルの目の前には、ふたりの少年少女が体育座りで俯いていた。

 少年は肩に届かない程度の短髪、少女は腰のあたりまで伸ばした長髪ではあったが、天使のように可憐な顔立ち、流れる銀髪、白い肌まで全く瓜二つだった。誰が見ようと、一目で一卵性双生児であることがわかるだろう。

 ミハイルの怒りの視線を受けて、少年が拗ねた口調で言い訳を始めた。

 

「で、でもね父様。僕はティナがおねしょしたのを慰めてあげただけだよ。それなのにティナが僕のことぶったから」

「なんですって!」

 

 ティナが激昂して立ち上がった。

 

「私はおねしょなんかしてないっていうのに、ニコがしつこくおねしょおねしょって言ってくるから頭に来たんじゃない! 私が悪いみたいに言わないでよね! それで父様と同じ男の子だなんて信じられないわ!」

「な、もういっぺん言ってみろッ! おねしょの片づけまで手伝ってあげたのに、この嘘つき! おねしょティナ!」

「なーんですって! そっちこそ私をいじめたいからってそんなこと」

 

 不毛な言い争いは即座に止まった。ミハイルが二人の頭を鷲掴みにしたのである。

 

「……どっちが原因でもいい。この話は僕の仕事が終わってからだ。とにかく、これ以上フローラを困らせたらご飯の後のテレビはなしにしてもらうからな」

「「えーッ!」」

 

 そこからの二人は、喧嘩していたのが嘘のように一致団結した。テレビを見せないなんてひどい、スター・トレックを見れなかったらピカード艦長が死んじゃう、その他数々の抗議はミハイルの一言で粉砕された。

 

「おやつも抜きにしようかな」

 

 ピタリと沈黙してボソボソと謝罪した二人の頭を撫で、ミハイルは優しく囁いた。

 

「もう二時間くらいでお仕事は終わるから、マリアやアンナとお話ししておいで」

「はーい」

「ごめんなさい父様、私、良い子にするわ」

「あッ、ズルい! 一人だけ謝るなんて!」

 

 先んじて謝ったティナを、ニコが恨めし気に見つめた。

 ティナもムッとして睨み返したが、ミハイルの視線を受けて二人とも即座に目を離した。

 

「ニコ、ティナ。フローラに謝っておきなさい。いいね?」

「……うん。僕も良い子にします」

「ええ、父様。お仕事頑張ってね」

「うん、頼んだよ」

 

 最後に二人の頭をゆっくり撫で回し、ミハイルは部屋を出た。

 一息ついた彼の前、扉のすぐ傍に金髪の女性が立っていて、ミハイルにウィンクを飛ばす。

 

「ハイ、ミハイル。どんな感じかしら?」

「やあ、マリア。ちょっと遊んであげてくれないかな。僕は戻らないといけないから」

 

 マリアは笑顔で頷いて、ミハイルと入れ替わりになる形で部屋の中に入っていった。

 彼女の目の前には、目をキラキラさせている子供たちがふたり。

 

「さ、二人とも。ミハイルが思わずよだれ垂らしてシミ作っちゃうようなテクの続き、教えてあげるからね」

「うん、お願いマリア。僕だって父様に「ごほーし」してあげたいよ」

「私だってそうよ。父様の奥さんになって「よくぼーのかぎり」を受け止めてあげたいの」

「んー、なんてケナゲなのかしら。たしかこの前は手の動かし方をレクチャーしたわよね。じゃあ今度は口の使い方を――」

 

 仕事に戻るべく急いで階下に戻ったミハイルに、室内の会話が聞こえなかったことが、不幸中の幸いと呼べるのかどうかは誰にもわからなかった。

 




なんとなく用語解説&グダグダ喋り。蛇足かと思ったけど一応。


NBC
=サタデー・ナイト・ライブを作ってる会社。本社がマンハッタンにあるので「マンハッタン式ウェルダン・ステーキ」とかレヴィにコメントさせていたり。

ラガヴーリンのダブルマチュアード
=スコッチのシングルモルト。1995年にあったかどうかは知らないが、アードベッグプロヴナンスがあったんなら多分あるだろう(投げやり)。ちなみに筆者はどっちも飲んだことない。飲みたいけど学生には高いんだよこんちくせう。

アーリータイムス
=バーボン。第一巻でダッチが飲んでた。

ロングカクテル
=モヒートとかジントニックとか、普通のグラスに入ってる感じのやつ。詳しくは画像検索して、どうぞ。ちなみに筆者はギムレットとパパ・ダイキリ頼んでハードボイルド&文豪気分に浸りつつ最終電車逃す系人間です。

Here's looking at you, kid(君の瞳に乾杯)
=「風と共に去りぬ」のセリフだと思ってたら「カサブランカ」のセリフだったでござる。ミハイルがまだガキンチョなのでなんとなく引用。

ニコとティナ
=お察しの通り。ほんの少し、誰かが優しくしてあげた世界線。二人では持ちきれない闇も、三人で分け合えばロアナプラの常識レベル程度の正気は保っていられる。
つまりエアロスミス聞いている以外の共通項は全くないイカレポンチ。ミハイルと血のつながりはない。

スタートレック
=言わずと知れた人気シリーズ。劇中は1995年なので「ディープ・スペース・ナイン」の時代。でもロアナプラってすごい遅れて放送してそうなので、そのひとつ前の「ニュージェネレーション」を見てるという設定。ちなみに筆者はスターウォーズの方が好きです。The Old Republicの映画化はよ(バンバン)

マリア
=第一巻のイエローフラッグ初登場時に出てきた娼婦さんイメージ。客がない時はニコとティナによからぬテクばかり教え込んでいるが双方合意の上で教えているので問題などなかった。





双子を救済したい→お父さんかお母さんがいれば→女視点わからん、父様にしよう→ミハイル爆誕
                                       ↑
バオ一人で回すには黄旗は広すぎじゃね?→強い女は飽和状態だしバーテンのほうがカッコいい

個人的にはファビオラたち健常者組と絡ませる時が楽しみで仕方ない。あと二巻の部分は改変して作るけどそこも楽しみで仕方ない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

疫病神が通る

続いた。なぜ人生の瀬戸際に限って筆が進むのか神様に問い詰めたい。
ちなみに双子とのR18不可避な絡みも用意はしているが投稿するかは様子を見てからにする。
子供たちに迫られる父様ポジションってエロいよね


 つい二か月ほどから、イエロー・フラッグは少し様変わりしていた。

 より具体的には、カウンターの内側に限って多大な変化が起こっていたのだ。

 今では物珍しい視線が向けられることも少なくなったカウンターの内側に、ふたりの男が立っていた。

 一人はアジア系の中年バーテンダー、バオ。イエロー・フラッグの創設者であり、オーナー兼店長である。度重なる店の半壊及び全壊、逃亡兵仲間の離散などにもめげず店を運営する姿は、この地獄の釜の底に住まう荒くれ共をして、哀れを誘わずにはいられない。だからといって自重するような人間は存在しない。安定と安心のロアナプラクオリティ、とどこかの日本人に呼ばれている原因だ。

 もうひとりはヨーロッパ、より正確にはヴラフ人の少年バーテンダー、ミハイル。つい最近雇われた新人であり、接客、調理、修理、電話応対までなんでもござれの万能バーテンでもある。幸いというべきか、ミハイルがこの店に収まって以来、イエロー・フラッグ内で銃を抜くような事件は未だに起こっていないため、用心棒が務まるかどうかは不明のままである。

 しかしながらブレン“ザ・ブラックデス”の傘下の殺し屋であるという噂はしっかりと広まっており、どことなく騒ぎを自重するかのような風潮ができてはいた。もちろん、気休め程度であるが。

 尤も、ここロアナプラの理性的人間というやつは、なにかしら考えがある場合は他人のことなど配慮せず躊躇いなく抜く(・・)連中しかいない。よって厳しく締め付けすぎると上位組織に羽虫よろしく潰される恐れがあり、その境目を見極めねばならなかった。さらに言うならば、阿呆が激発しないように適度に緩めるという意味でも、過度な秩序維持は望ましくないというのがバオとミハイルの共通見解だった。

 なにはともあれ、今日も今日とてミハイルは労働に勤しんでいた。奥のこじんまりとした厨房で、注文のあったソーセージを焼きながら、バオに話しかける。

 

「……バオさん。なんですかね、あれ」

「わからねェよ。俺に聞くんじゃねえ」

 

 話題の中心にいたのは、たった今入店してきたラグーン商会の面々である。普段と違うところは人数だ。明らかに堅気らしい、それもホワイトカラーらしきアジア系の男が混じっていたのだ。

 明らかに憔悴しきっているところを、ダッチとレヴィに挟まれて連れてこられている。ミハイルの目には死刑台に護送される死刑囚のようにしか見えなかった。大方レヴィのカトラスに命を刈り取られかけたとかそんなだろうな、と予想もできる。

 その内にラグーン商会+謎の男グループはカウンター席を四つ占拠した。

 

「ラグーンのやつらが八九年のサンデーサイレンスよろしく俺に幸せを運んできたことなんざ一回もねェが、どこぞの会計士を逃がしてるってわけでもなさそうだ。ありゃどう見てもカタギだ」

 

 ミハイルは小さく吹き出してしまった。ケンタッキーダービーの優勝馬に比べれば、ラグーン商会でなくとも見劣りするに決まっている。

 バオから咎めるような目を向けられて、逃げるようにソーセージを弄繰り回した。

 

「ロアナプラの青い鳥はまだ影も見えませんよ。とりあえず、手が離せないんでお願いします」

「けっ」

 

 しかめ面のバオが応対している間に、ソーセージを焼き上げ、ケチャップとマスタードをつけてテーブルまで運ぶ。注文したのは地元のチンピラたちで、喧嘩を見物しながらどちらが勝つか賭けていた。

 ミハイルはひとつ頷いて笑顔になった。うん、今日も平和な日常だ。

 カウンターに戻ると、ラグーン一行とアジア系の男には飲み物が配り終えられていた。男はダッチのアーリータイムスを飲んでいる。バオに、こいつなにか注文しましたか、と目で問うとシン・ハーの空き缶を指した。

 どうもこの場違いなアジア人とダッチは親しみだしたらしく、自己紹介をしていた。

 

「ロクロウ・オカジマ? 変な名前だ」

 

 ダッチはくつくつと笑う。サングラスとアメリカン・スピリットを手放さない知識的変人は、オカジマとかいう日本人の名前にどのようなユーモアを見出したのかはラグーン商会の仲間たちですらわからない。

 

「気にしてるんだ。放っといてくれよ」

 

 オカジマは疲れたジト目を向けて言い返した。

 バオもミハイルも少しばかり驚いてオカジマを見た。この華奢なビジネスマンが、絵に描いたような「タフでムキムキな黒人の悪党」であるダッチになにか言い返せるとは思ってもいなかったのだ。ひょっとすると裏の人間なのかもしれない、という考えが頭の端を掠める。

 ダッチは特に気分を害したようでもなく、軽い調子でグラスを上げる。

 

「おっとすまねえ。口さがねえのが性分でな」

「いや、いいさ。……しかし……」

 

 なにかを躊躇った様子のオカジマは、ダッチが続きを促すと意を決したのか、再び口を開く。

 

「この酒場はひどい。地の果てだ」

 

 あ、こいつカタギだ。ミハイルは僅かに生まれていた疑念を雲散霧消させ、元通り仕事に戻った。

 ダッチは今の比喩にセンスを感じたらしく、愉快気に口の端を持ち上げる。

 

「うまい喩えだ。ここはもともと南ベトナムの敗残兵が始めた店だが――」バオをチラリと見て、話は続く。「逃亡兵なんぞを匿ったりしてるうち、気が付きゃ悪の吹き溜まりだ。娼婦(フッカー)ヤク中(ジャンキー)傭兵(マーシー)殺し屋(ジョブキラー)。どうしようもねえ、無法者ばっかりさ」

 

 バオが鼻を鳴らして新聞を広げた。抗議のつもりだろう。ミハイルはオカジマの反応が面白くて彼ばかり見ていた。

 ダッチもカタギの反応が楽しいらしい。ずっと愉快そうにしている。サングラスが蛍光灯の明かりを受けて奇妙に光った。

 

「嫌いかね、ロック?」

「居酒屋が一番いいや。だいたい、俺、争いごとには向いてないんだよ」

 

 オカジマもとい、ダッチ命名のロック氏はグラスの中のバーボンを見つめて物憂げに答える。骨の髄まで平和な男らしい。

 ――もし自分たちが、この男のような場所で生まれていたなら。

そんな羨望の念を抱いている自分にふと気づいて、ミハイルの胸の奥から重い息が出た。

 思考の隙間を縫うようにしてイエロー・フラッグの電話が鳴った。動きかけたバオを手で制し、ミハイルが受話器を取る。

 

「はい、こちらイエロー・フラッグ」

『ブレンだ』

 

 ミハイルの背筋に冷たいものが走った。名乗りがなくともすぐわかったはずだ。

 ロアナプラに割拠する悪党共の中でも一際大きい畏怖を持って呼ばれるビッグネームの一角、ブレン“ザ・ブラックデス”。

 ロアナプラ市内では一切仕事をしないにも関わらず、その悪名が轟いているところからも脅威のほどが知れるというものだった。

 仕事、召集。そんな言葉が頭をよぎるが、すぐに気を取り直す。殺しの要件ならわざわざ店の電話にかける必要はないし――ミハイルの部屋には専用の電話がある――ブレンが殺しの依頼をしてくる際には、決まって使いの者がやってくるのだ。

 第一、ブレンは味方の側だ。なにを恐れることがあるのか。ミハイルは自分に言い聞かせた。少なくとも、今のところはね――そう囁くもうひとりの自分は叩き潰して脳髄の奥にしまいこむ。

 声が震えないように心掛け、ひとつ深呼吸してから言葉を紡いだ。

 

「こんばんは。こちらにお電話をくださるなんて珍しいですね。もしかして飲みにいらっしゃるんですか?」

『違う。今日はお前の日頃のに教えとくほうが良いことがあったんで電話した。俺がわざわざすることでもねェんだが、暇だったんでな』

 

 酒でも飲みながら片手間に電話しているようで、氷がグラスにぶつかる音やテレビの音声が漏れ聞こえる。暇だったという言葉に一切の気遣いは含まれていないらしかった。

 人が忙しく仕事をしているときにこういう形で寛がれると不快に思う人間だったらしい、とミハイルは初めて自覚した。

 

「それはますます珍しい。それで、どういうことをご教授してくださるんでしょうか? ご存じないかもしれませんが、夜の九時というのは営業時間内なんですよ、ブレンさん。神様の直通電話もお断りしたいくらいには忙しい」

『まあ急くな。読み上げるぞ、一度しか言わねェからしっかり聞いとけ』

 

 ブレンは皮肉をそよ風ほどにも感じていないようで、構わず紙をめくる音が聞こえる。

 

『今日の午後十二時四十分頃、傭兵派遣会社エクストラオーダー、通称E.O社の一部隊がヘリと船の補給作業を終え、タイのどっかの港を出港した。そしてついさっき、港のレンタカー屋でいくつかワゴン車を借りた迷彩服姿の連中がいたらしい』

 

 今度冷えたのは背中でなく脳髄だった。

 レヴィとロックがバカルディの飲み比べ対決を始めている。周囲の飛ばす野次がうるさいほどだ。現実感に欠けた、やけに遠くの喧噪のように感じる。

もうひとつ紙のこすれる音が響く。

 

『で、そいつらを尾行させたんだが……イエロー・フラッグにまっすぐ向かっているようだ。E.O社が重武装の傭兵共に慰安旅行を手配するわけもねェ。奴ら本腰入れてきてるってことだよ、ミハイル。ついでに言っとくが、奴らロアナプラ処女ではあるが、戦争屋としての実績は確かなクソ共だ。俺からの親切は以上、精々用心するこった』

 

 言葉の終わりまで聞き取ったミハイルが一呼吸もしない内に、かかってきたのと同じように唐突に通話は切断された。

 その事実を脳が認識してすぐ、迷わずミハイルは二階に走った。バオがなにか言っているが後回しだ、レヴィたちも驚いているが知ったことじゃない。瞬きをする度に双子の姿が映りこむ。

 猛烈な勢いで階段を上りきった先では、接客スマイルを浮かべたフローラがお決まりの台詞を口にするところだった。

 

「いらっしゃいませェ……ってなに、ミハイルじゃないの」

 

 フローラは首を傾げていた。ミハイルが血相を変えて仕事を放棄することなど今までになかったし、階下でなにか騒ぎが――いつもと違う騒ぎが、という意味で――起こった様子もなかったからだ。

 ミハイルは逸る心を落ち着けてフローラの手を取る。

 

「フローラ。ここに銃を持った戦争屋共が来る。一階にはラグーン商会の人たちもいるから撃退できるのは間違いないだろうけど、みんなが下りてこないように気を付けて」

 

 いきなりまくし立てられたフローラは瞬きするばかりだったが、すぐに持ち直して両頬に両手を当てた。

 

「なんですってェ!? わかったわミハイル、とりあえず女の子たちはみんなセーフルームに集めましょ。お客もいないことだしネ。ティナとニコも連れておいでなさい!」

「僕は階下で防衛線になるよ。バオさんひとりも可哀想だ」

 

 首を振ったミハイルに対して、フローラはなにかを言おうとした。

 しかしそれが言葉になる前に、複数のブレーキ音が窓の外から聞こえる。

 フローラとミハイルは示し合わせたように窓に駆け寄った。まさに、狙い澄ましたかのようなタイミングだが、迷彩服を着た男たちがライフルを手に降車していた。

 ミハイルは舌打ちして背を向けた。武器はカウンターの中に置いてきてしまっている。

 

「フローラ、ふたりを頼んだ」

「あッ、待ちなさい!」

「あいつらは待ってくれない!」

 

 制止を振り切って階下へと急ぐ。

 数段飛ばしで駆け戻った一階では、カウンターの飲み比べを取り囲むように客が集まっていた。集まるのも無理はなかった。ラグーン商会の女ガンマンが、ボンクラの日本人にデカい面されていきり立っているというのは中々に珍しいイベントだ。

 レヴィが切れて発砲しやしないかと不安げなバオは、ミハイルを見るなり声を上げる。

 

「おい、どうしたってんだミハイル! 急に二階に上がっちまって!」

 

 バオの怒鳴り声が野次をかき分けて届いた。野次馬も何人かが顔を巡らすが、ミハイルは気にも留めない。

 ミハイルはカウンターに飛び込み、ショットガンと自分の得物を手に取る。ショットガンをバオに押し付け、自分は得物の感触を確かめるように何度か握り直す。心が落ち着くのがわかった。殺しの脳に切り替わればなにと言うほどの苦難でもない。

 脳裏に、囁き声が聞こえた。

 そうさ、いつものように――血と糞尿の詰まった、肉の袋にしてやろう。

 

「……そうだね。なあに、慣れたもんさ(・・・・・・)

 

 ミハイルが呟くと、クスクスと笑ったきり囁き声は聞こえなくなった。

 そうだ。その通りだ。いつものように、今までやってきたように、歩く死体を歩かない死体に変えてやろう。

 ミハイル自身も、いつしか小さく笑っていた。

 そうして、手に馴染んだのか手が馴染んだのかわからないくらい使い込んだ木製の柄と、腕と一体になっているようにすら思えるほどに慣れ親しんだ重さを確認してから、ミハイルはあっさりと答えた。

 

「フン族の大侵攻ですよ」

 

 バオがその意味を聞き返す暇はなかった。イエロー・フラッグの扉が勢いよく開かれ、噂の傭兵たちがライフルと手榴弾を伴って入場する。

 呆気に取られた客たち、カウンターの後ろ側に飛び込もうと身構えるレヴィやベニー、もはや熟練と言って差し支えない速度で頭を下げるバオ。沈黙しつつある酒場で、隊長格と思しき中央の男が笑顔で高らかに吠えた。

 

「イェア! 楽しく飲んでるかクソ共? 俺からのうォッ!?」

 

 皆まで言わせず、ミハイルは食用ナイフを投げつけた。男が大きくのけぞって回避したが、ナイフは鈍い銀色の光を放って飛来し、その後ろにいた不幸な隊員の喉仏を容赦なく食い破る。

 部下の鮮血を背中から浴びた隊長とその取り巻きは剣呑な目をミハイルに向けた。

 ミハイルは振り切った右手を再び構え、第二射の姿勢を取る。その手にあるのはアイスピックだ。

 右腕が鞭のようにしなり、再び必殺の矢が飛ぶ。

 男も只者ではない。左手に持った手榴弾を手放し、肩からかけているライフルの銃身をアイスピックの軌道上に置いて弾き飛ばした。

 

「やるな男娼(ボーイ)! 楽しくなってきやがったぜ!」

 

 哄笑する男が右手の手榴弾のピンを抜いて投げつけ、即座にライフルを構えた。周囲の隊員たちもそれに倣う。

 一拍も置かず、海の底よりなお黒々とした銃口から鉛の雨が放たれ、爆炎がそれを彩った。

 

「ここはARVN(ベトナム共和国陸軍)のたまり場だ! 死にかけ野郎にタマを齧り取られたくなけりゃ、かっちり殺した死体以外は残すんじゃねェぞ!」

「間違っちゃいねェな」

 

 いち早くカウンター内に飛び込んだレヴィがグラスのバカルディを飲み干して呟く。その隣にはどうにか這いずって付いてきたロックの姿もあった。

 バオの額に青筋が走る。

 

「ンな呑気なこと言ってねえで応対しやがれ! どうせ手前ェらの客だろうが、余所でやれ余所で!」

 

 レヴィはどこ吹く風でロックを指した。

 

「知らねェよボケ。あたしらだって迷惑してんだ、なあ日本人」

「誰のせいだ、誰のッ!」

 

 怒れるロックが姿勢を高くした瞬間、その頭の直上数センチにフルメタルジャケット弾が着弾した。ロックは悲鳴を上げてまた蹲る。

 ミハイルもバオもレヴィもそんな間抜けな失敗はしないが、頭を上げさせない制圧射撃には閉口しきっていた。

 

「モンティ・パイソンを見たいわけじゃないんですよ、レヴェッカさん。せめて頭数減らしてもらえませんか? どうせそこの日本人つながりでしょうし!」

「いくらあたしでも、この中を飛び出すのはお断りだ」

 

 確かにこの弾雨の中を無理押しするのは、流石の“二挺拳銃(トゥーハンド)”といえども困難だろう。しかしミハイルとしては、悠々とカトラスに弾丸を装填するレヴィに苛立つのを抑え切れる自信がなかった。

 レヴィは委細構わず、のんびりと弾丸を弾倉に装填し、カトラスに埋め込む。

 

「バオ、ここの防弾性能は?」

「50キャリバーまでは問題ねェよ、特注品に変えたからな。だが俺の店が花火会場になってる現状は、お前らが今すぐ裏口から出ていけば解決するはずじゃねェか?」

「その内タイミングが来るだろうさ」

「その内? その内(・・・・)だと!? 信じられねェこのアマ!」

「レヴィ!」

 

 今この(・・)時がまさにその(・・)タイミングだった。外で電話をしていたダッチが店内に戻り、リボルバーを脇から連射したのだ。

 レヴィもダッチの呼びかけに素早く反応し、カウンターから飛び出す。

 ミハイルも機に乗じるべく、愛用の得物を握りしめて走り出した。

 

「なんッ、だ、あれ……!?」

 

 誰かが絞り出した疑問は誰もが抱くに違いないものだった。

 ミハイルの得物は大ナタだ。通常のものより少し幅が広く、そして遥かに分厚い。刃渡りは一メートルに少し足りない程度だが、峰の部分の厚みは四、五センチほどもあり、フルメタルジャケットの猛威もこれを突破するには不足だろう。

 そんな時代錯誤な代物を手にするミハイルは愚直なまでにまっすぐ進み、流れるような動作で、最も近くにいた不幸な傭兵の腹筋を横一文字に抉り取った。

 傭兵たちの注意がダッチに逸れていたこと、レヴィと同じタイミングで飛び出したためにさらに警戒が分散されたことを差し引いても、それはあまりに素早く滑らかな動作だった。

 さらに切り口から臓物を垂れ流す男を容赦なく踏みつけて跳躍、テーブルの上に着地する。

 

Open Sesami(開けゴマ)!」

 

 ミハイルの殺傷圏内にいたのがその男の不幸だった。

 大上段から落下エネルギーも加えて振り下ろしたナタは、その場にいた金髪の傭兵の頭を首元までかち割ってようやく止まる。

 

「くそッ、撃て、撃てッ!」

 

 そこでようやく傭兵たちが反応した。ミハイルは体を伏せて軽々と射線から退き、食い込んでいた鉈を無理に抜き取って振り向き様に背後の男の首を刎ね飛ばす。

 宙に舞う首に視線が集まった刹那、回転斬りの勢いを利用して転がり、すぐ隣の倒れていたテーブルの影に逃げ込んだ。

 そのテーブルを盾にしていたダッチが、口元を引きつらせながら呟いた。

 

「虫も殺さねえ面してるのになんて野郎だ、ジェイソンだってあそこまではやらん」

 

 もちろんミハイルは黙殺した。

 ダッチも口を動かすばかりではない。レヴィがカウンターに引っ込むタイミングで目くら撃ちを繰り返し、的確に援護する。

 もちろん、ライフルのフルオート射撃ならば、テーブルを木屑に変えてふたりに風穴を開けても釣りがきただろう。しかしミハイルの殺しに目を奪われてしまった傭兵たちはレヴィに対して無防備な姿を晒すこととなり、結果的にカトラスによる血の洗礼を受けていた。

 ダッチがローダーで弾薬を補充する。その顔には余裕こそないものの、焦燥もまたない。この程度の騒動、ロアナプラでは入門編に過ぎないとでも言うように。

 

「この調子ならここで倒しきれるかもしれんな」

「迷惑なんで一刻も早く出て行ってください!」

「まあそう言うなよ、俺たちだってこうなるとは思っちゃいなかったんだぜ……ん?」

 

 ダッチが怪訝な顔をした理由は見なくてもわかった。銃撃がやんだのだ。

 直後、野球のボールを投げ込んだような音がいくつもするに至って、ダッチとミハイルは顔面蒼白になった。

 

「ダッチ! グレネードだ!」

 

 レヴィに言われるまでもなく、二人はカウンター目がけて駆け出す。

 間もなく弾けたグレネードの爆風が背中を撫でたが手傷には至らず、どうにかカウンターの中にたどり着いた。

 再びグレネードが投げ込まれ、僅かに残っていた無事なテーブル、床板、ついでに客の命を燃やし尽くす。

 バオはショットガンを再装填し、汗を拭いてミハイルの鉈を見つめた。血がしたたる大鉈はロアナプラのベテランであるバオにも少なからず威圧感を与えているらしく、自分から近寄ろうとはしない。

 

「驚いたぜ、ミハイル。お前がそんな危ねェ殺し屋だとは思わなかった」

 

 ミハイルは気まずくなって、鉈の血を予備のトイレットペーパーで軽く拭き取り始める。

 

「隠してるつもりはなかったんですけどね」

「別に責めてるわけじゃねェよ。だが、なんで知ってたんだ?」

 

 なにを指しているのかは聞かずともわかった。ミハイルが鉈を拭く手を休め、ブレンからの電話のことを話すと、バオは怪訝な顔をする。

 

「ブレンについてはお前のほうが詳しいだろうが、俺から見ても無償の愛を分けるようなやつだとは思えねェな。……おい、ダッチ! 手前ェ、弁償しなきゃ店には入れねえからな!」

 

 バオがミハイルの肩越しに怒鳴りたてた。ミハイルが振り返った時には、一行の姿は消えていた。

 ラグーン商会とロックは裏口から逃げ出したようで、まばらな銃声が聞こえたかと思うとエンジン音が響いた。外の傭兵部隊もそれに気づいて店の裏手に走っていく。狙いはやはりラグーン商会だったか。ミハイルとバオは座り込んだまま安堵の息を漏らした。

 

「……やっと行ったか」

「ええ、やっと終わりです」

 

 そう言い合い、一服しようとバオがタバコに火を点けた直後だった。一際巨大な爆発が店全体を揺らし、上から零れ落ちてきた酒がふたりに降り注いだ。タバコは一息も吸われることなく消えてしまった。

 バオは呆然としていたが、やがて自分の顔から滴る酒を認識してようやく感情が追いついた。手に持っていたライターをあらん限りの力で地面に投げつけ、叫ぶ。

 

「こ、ン、の、ドチクショウがァァァアアアアアアッ!!」

 

 バオの怒りが遂に頂点に達した。ショットガンを握ったまま小刻みに震え、目の前の棚を二、三度蹴飛ばし、ベトナム語で悪態をひとしきり叫ぶ。

 そして叫ぶだけ叫んだ後に、植物のように萎びてしまった。

 

「修理費は合計で五万ドルと少し、それに服のクリーニング代ってとこか……」

 

 俯いた顔から洩れる声はどこまでも哀れを誘うものであり。

 ミハイルは、バオの肩をそっと叩いた。

 




いつもの。解説の皮を被った謎コーナー。


安定と安心のロアナプラクオリティ
=CNNのイヴニング・ニュースに出てなくても2chには出てそう。テンプレもあるだろうなぁ。

ヴラフ人
=ルーマニア人はここに分類される。スラヴ人だとか思っててごめんなさい。

八九年のサンデーサイレンス
=文字通り、89年のケンタッキーダービー優勝馬。バオは競馬好きそうだなーと思って。バオはこのレースで当たりを引いて大喜びした(という創作エピソード)。

シン・ハー
=タイのビール。飲んだことないので味は不明。知りたい人はググって、どうぞ

フン族の大侵攻
=ユーラシア大陸史上最強最悪の呼び声も高い蛮族。今の民族分布は大体こいつらのせい。

フルメタルジャケット弾
=貫通力が高いけど殺傷力は弱い弾。詳しくはwikipedia先生に。

ARVN
=少年兵が問題になった軍、とだけ言えば十分かな。詳しくはwikipe(以下略)。


モンティ・パイソン
=超高学歴のコメディアン集団。イギリスに隠れ住むナチの話が好き。

50キャリバー
=弾の種類。これに耐えられる防壁を破りたいなら、携行火器に限定すればアンチマテリアルライフル持ってくるしかないだろう。

大鉈
=ジェイソンのより少し短いイメージ。最初はひぐらしイメージだったが武器としてあまりに貧弱な気がした。

Open Sesami
=日本における英語版はアーカードの旦那のほうが有名になってしまった気がする。ひらけゴマ、なら本来の意味で通じるだろう。

修理費は合計で五万ドルと少し
=アニメを参照。もっといってそうな気もするけどバオが可哀想なのでこのへんで。





なんか話の区切りをどう終わらせるか悩まされた。
ミハイルはブレンからの依頼でもない限りイエロー・フラッグから離れないわけで、そういう意味で原作エピソードの途中から途中までしか存在できない。よって切り方に悩む。
あと双子出せなかった。誠に申し訳ございません。(ここ最重要)

とりあえずバオに肩ポンは定番になる予感。

感想によっては話の切り方を変えるかもしれないので遠慮なくどうぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐が店

サブタイに深い意味はない。
ちょっと性描写入るのでアウトだったら書き直します。
なぁに心配いらないさ! ハハッ!




 何気ない、日常の、ありふれた不幸な話をしよう。

 彼らが生まれたのは、アパラチアの山の中。

 いつも曇って、寒くて、とてもとても寂しい場所だ。

 

「く、あっ、ひっ」

 

 ――酷く、苦しい。息も絶え絶えに喘ぐ自分の身体が、別物のように感じられる。

 

 彼にとっての家族とは、今も一緒にいる双子の兄妹だけ。

 双子の兄妹は、彼と同じ、捨てられた子供だった。

 ヘンゼルとグレーテルのように、そして彼と同じように、迷っていた。

 

「うあ、あっ、ああっ!」

 

 ――とても、気持ち悪い。なにかが歪んでしまっていて、そのおぞましさが消えない。

 

 路上に置き去りにされた子供らが出会い、手を取り合うのは必然だった。

 彼は生きる目的が、孤独を掃う仲間が欲しかった。

 双子は縋る誰かが、守ってくれる親が欲しかった。

 

「んうっ! くぅっ!」

 

 ――それなのに熱くて。身体が燃え上がってしまいそうで。頭がぐちゃぐちゃになって。

 

 暫くして、男たちが子供らを捕まえた。

 連れて行かれた先には、血と闇だけがあった。

 故に、彼は選んだ。選ばねばならなかった。

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 

 ――後ろから聴こえる息が煩い。思ってすぐに、絶え間なく責め立てる刺激にかき消される。

 

 彼は、大切な息子と娘を守りたかった。

 血と闇の沼に、二人を沈めたくなかった。

 たとえ、自分の身体が二人の重みで、より深く沈んでしまうのだとしても。

 自分が本当に欲しかったのは守るべき子供ではなく、傍に寄り添ってくれる相手だったとしても。

 

「あ、うあっ!」

 

 軽い衝撃と、電撃のような痺れが、頭と心をかき回す。彼の脳内をカギのついた針がかきまわし、全くの別物に変えてしまう。

 そうして積み重なった快楽の果てに、いつもの終わりが近付いていた。

 それは恐ろしく、何度そうなっても慣れることはなく――だというのに、それを求めてしまう。

 心も、身体も、動かない。与えられ続ける望まない快楽を、とうに擦り切れたはずの羞恥心と、涙が出るくらいの自己嫌悪と一緒に受け取る。

 

「あっ!」

 

 なにかが弾けて、彼と、彼を抱いていた男の全身から力が抜けた。

 同時に、下腹の辺りが、かっと熱くなる。

 臀部の辺りに触れているものが、二、三度、身震いして、離れた。

 

「ふぅ……ミーシャ?」

 

 下卑た男の声が、彼を呼んだ。それを呼んでいいのはこの世で二人だけで、そのふたりも呼ぶことがなくなった今では誰にも呼ばせたくないものだ。その愛称で僕を呼ぶな、そう叫ぶ気力も、体力も、彼には残されていなかった。そして、男が求めていることも十二分にわかっていた。

 心の中に嫌悪が溜まって膿んでいくのを感じながら、彼は脱力した身体に鞭打って起き上がり、後ろを向いて、つい先ほどまで自分を責め立てていたものに顔を近付ける。

 それを見た男は、考えうる限り最も醜悪な、下卑た笑顔を浮かべた。

 

 これが、撮影の手順。

 彼の日常だった。

 

 

 

 

 

「……うげ」

 

 飛び起きたミハイルの額を、生暖かく不快な汗が伝っていた。

 目を覚ましたにも関わらず、とびっきりの悪夢が瞼の裏に焼き付いて離れないことを面倒に思う。久しく見ていない夢だったが、見る時は見てしまうものらしかった。

 あるいは、久しぶりに浴びた血のせいか。ミハイルは昨晩に斬り殺した傭兵たちのことを思い出す。時計を見ると午前の十一時を回っていた。つまりE.O社とラグーン商会の争いに不幸にも巻き込まれてから、まだ十四時間ほどしか経過していなかった。

 しばらく見なかったのに。毒づきそうになるのを抑える。この部屋で眠っているのは自分だけではないのだ。無用の心配をかけるわけにはいかない。幸いにも今日は汚れ仕事がないし、開店準備も手伝わなくて良い――というより準備すべき店が今はない。

 傍らに眠る双子の髪を手櫛ですくと、むずがゆそうに身じろぎする。ミハイルは自分の頬がだらしなく緩むのを抑えきれなかった。悪夢の余韻があっという間に吹き飛び、胸の奥に暖かかな力が湧いてくる。自分の命よりも大切なものが存在すること以上の幸せがこの世にあるだろうか、とミハイルは常に思うのだ。

 

 しかし――どういうことだろう?

 

 心中の疑問は、自分の一物を意識して首をかしげた時に生まれたものだった。毎日毎朝、規則正しく直立していたはずのバベルの塔が今日に限って大人しいのだ。

 ミハイルがロアナプラに越してきて早三か月が経過しようとしているが、以来、朝に直立していなかった日は数えるほどしかない。寝泊りしている部屋が娼館の一室であることも一因だが、双子と寝泊りしているせいで自己処理の時間が取りにくいのも原因のひとつだ。

 何度か自己処理を試みようとしたこともあるが、見透かしているのように双子が突入してくるため、いずれも未遂に終わっている。そういった事情もあり、肉体的にはかなりの欲求不満に陥っていたのだが。

 まさか――嫌な予想が頭をよぎり即座に下着の中をチェックするが、異臭も異物もなかった。トラウマ物の夢を見た挙句、それで発散するという事態にはならずに済んだとあって、思わず安堵の溜息を吐く。

 

「まあ、こういうこともあるか」

 

 呟いて、ミハイルは考えるのをやめた。夢のせいでパンツを汚すという一生の恥をかいてしまったわけでもないのだし、生殖能力が失われたからと言って困ることもない。

 とりあえず、双子の昼食をフローラに頼んでから下に降りよう。行動を決めてからは早かった。双子を起こさないよう慎重にベッドを抜け出し、クローゼットからシャツとジーンズを取り出して身に着ける。

 そんな些細な行為にすら、ミハイルはどこか感じるものがあった。

この幸せが、ずっと続きますように――そう思わずにはいられなかった。

 かつての双子たちなら、ベッドの僅かな軋みから些細な衣擦れまで聞き逃さなかったはずだ。家畜小屋で暮らしていた頃はそうだった。ズボンを下ろす音、なにかが風を切る音、録画停止のボタンを押す音、それら全てを察知し、最も男たちの暴力が控えめになりそうなポイントで行動する。それが生き延びるために必要だった。

 その積み重ねの果てに脊髄反射の域にまで達した過剰な警戒心を退化させ、こうして安穏と眠りについていられるようになるまで、ミハイルと双子は多大な時間と安眠できる場所を要した。

 厳密にいうとミハイルは未だに“警報装置”を切るには至っていないのだが、それでいいとも思っている。眠りの享受とは心の贅肉である。双子に迫る全ての危険を排除する、そう誓っているミハイルにとって、そのような贅沢は死んでから満喫するものだ。

 とはいえ、ミハイルの過剰な警戒心も程よく緩和されてはいた。ルーマニア脱出以前や直後は、互いの寝息に反応して眠れないほどだったが、今では双子は普通に眠れるし、ミハイルも双子の寝相で飛び起きることはなくなった。ロアナプラに来てからは特に改善されている。

 張りつめた弦は適度に緩めねばならない。その意味で、現在の状況は最適であると言えた。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 手際よく着替えを済ませ、双子を起こさない声量で囁く。

 そしてふたりの頬に軽くキスを落とし、部屋を出て、扉に鍵をかけてから数十秒後。

 

「……行ったね、ティナ」

「……そうね、ニコ」

 

 穏やかな寝息を立てていた双子が目を開いた。

 ミハイルの勘はロアナプラの住人の基準で見ても頭二つ抜けていると言っていいものだが、こと双子に関しては働きを鈍らせる傾向にある。これが他人であれば狸寝入りだけでなく、夜中に行われていたことについても見過ごさなかっただろう。

 なにはともあれ、双子は手をつないで忍び笑いを漏らす。

 

「父様ってば、うんうん唸って可愛かったね。よっぽど良かった(・・・・)のかな」

 

 ニコが残る片手を口元に運び、小さな舌が指先に残っていた白い固形物を舐めとる。その顔は、幼子のものというにはあまりにも淫らな緩み方をしていた。

 ティナも口の端に残っていた液体を舐めとり、生まれながらに淫蕩であるかのような歪んだ表情を浮かべた。

 鏡合わせのようなふたりは、少しずつ体を密着させていく。

 

「きっとそうね。私もすごくぞくぞく(・・・・)しちゃった。でも、途中で起きちゃうかと思ったわ。見つかったら怒られちゃうかしら」

「平気さ。父様は優しいもの。それに……またしたいでしょ?」

「ええ、もっともーっとしたいわ。またマリアに教えてもらいましょう……ああ、バレないようにショーツを取り換えておかなくっちゃ。湿って気持ちが悪いわ」

「僕もだよ、ティナ。父様は行ってしまったし、しばらく二人で遊んでから着替えようか」

「そうね、そう、しましょう」

 

 視線と視線、手と手、足と足を絡ませた双子が、その唇を重ねるまで然程の時間は要さなかった。

 

 

 

 

 

 バオが手配したのか、一階では大工たちが忙しそうに出入りしていた。焦げた床板を引っぺがし、壊れた窓を取り外し、弾痕にセメントを流し込んで埋めている。流石はこの町の大工というべきか、その手際の良さには目を見張るものがあった。実際、壊れた椅子とテーブルは既に軒並み撤去されており、割れた酒瓶と汚れたカウンターも綺麗に片付いていた。おそらくは今朝から作業を開始したのだろうと考えれば驚くべき速さだ。

 しかしそれでも足りない。E.O社とラグーン商会が勝手な事情で衝突し、理不尽にもたらした被害の傷跡は、今もなお褪せずに残っていた。不幸にもパーティー会場として選ばれたイエロー・フラッグは見るも無残な半壊状態から、当然ながら、まだ幾らも回復してはいなかったのだ。整理は済んだが修理がまだ、といったところか。

 大工たちは作業に専念していたが、ふとミハイルを視界に入れた瞬間、例外なく固まってしまっていた。一部からは明らかに情欲の混じった視線が発せられている。

 ミハイルとて慣れたもので、それらを横目に構わず店の外に出る。すぐそこにいたのはバオと恰幅の良い大工だ。大工のほうは頭らしく、作業の音が止まったのを察して大声で檄を飛ばしている。男はミハイルを見て静まり返った原因を察したらしく、笑顔でバオの肩を叩くと入れ違う形で店内に入って行った。

 バオはとびきり不機嫌そうな顔でなにかの紙面を見つめていて、ミハイルに気づくと無言でその紙を差し出した。なにも口にはせずとも表情は十二分に語っていた――畜生め、と。

 受け取ったミハイルは一瞬だけ閉口した。英語の書類だったのだ。義務教育などというものを受けたことがないミハイルにとって、英語の読み書きは苦手なことだった。日々の暮らしで自然と磨かれる英会話と比べて学ぶ機会が少なかったためだ。

 しかし落ち着いて読んでみれば解読可能なものであり、ほっとした。タイトルは“工事見積書”だ。内容も数字が主であり、項目ごとにまとめて羅列されていたので文法知識は不要だった。末尾の文章は簡潔で、「全作業の終了までに三日を要する」と記載されている。

 

「壁と壁紙、照明、床板、バーカウンター、ドア、窓、総額で二万ドルと少しですか。思ったよりは安く済んでますね」

 

 バオは舌打ちして、随分と風通しが良くなった自分の城を半眼で睨みつけた。

 

「半壊含めこれで十七回目、今や馴染みの大工だ。お得意様割引きは当然だぜ。だが加えて酒と椅子とテーブル、それに調度品を揃えて表のネオンを直すとなると……ラグーンに出させるしかねェな」

 

 バオとてラグーン商会がどの程度稼いでいるのかを明確に知っているわけではないが、数万ドル程度なら出せるだろうという考えはある。ミハイルも同意して頷いた。

 

「はい。でも……生きてると思います?」

 

 ミハイルの心配はそこだった。たしかにレヴィは恐ろしいまでの凄腕ガンマンだったし、ダッチも数々の修羅場をくぐってきた侮れない人物だ。ベニーとロックという足手まといを連れていたとしても切り抜けられる公算が高い。まして彼らには魚雷艇という反則物の移動手段まであるのだ。

 ただし、ブレンの情報によれば傭兵たちは戦闘ヘリを持ち出す準備がある。いかに“二挺拳銃(トゥーハンド)”といえども、ミサイルと機銃を装備した空の覇者に敵う道理はない。人の命など9mm口径の弾丸ひとつでも消し飛ぶ。戦闘ヘリの火力ともなれば言うに及ばない。

 しかし、バオは首を振る。

 

「あのガチョウ共に喰われるような連中なら、俺の懐には今頃、低く見積もっても十万ドルの貯金ができてたはずだ。親ガチョウの野郎がマイク・ホアー並みの凄腕なら期待できるけどよ、あの分じゃ望み薄だな」

「焼き鳥にされてお仕舞、ですか」

 

 三人組の被害者の最たる男は、黙って頷いた。

 ミハイルは憐みの念を抑えきれず、そっと背中を叩く。

 

「……建て直しにはもう少しかかりそうですね」

「お前ェのおかげだが、娼館の方に被害がなかっただけマシだな。あいつら毎度毎度うちの店で暴れやがって、俺がフォーブスの長者番付に載ってるように見えんのか?」

「哀れなアジア人と幼気なルーマニア人にしか見えませんよ、保障します」

 

 バオは白けきった顔を向けるが、素知らぬ顔をする。ミハイルは自分の容姿が他人からどう映るか自覚しているし、幼気な少年を演出することも容易いことだった。

 

「鉈なんぞ使うやつが良く言うぜ。B級ホラー見すぎたのかよ」

「使い慣れてるだけですよ。銃もグレネードも、その場にあれば使います。こだわりがあるわけでもなし……まあ、そういうことです」

 

 曖昧に答えて、掌を見る。バオに言ったのは嘘ではない。銃が役立つ場面は鉈のそれより多いに決まっているし、そうなれば躊躇いなく使うだろう。ある程度のレベルでなら使いこなせる自信もある。

 しかし、ミハイルのこの手に馴染む得物はあの大鉈を置いて他にないのも事実だ。

 

「銃を使わねえ殺し屋なんて、ロアナプラでもなかなか見ねェぞ。なんで鉈なんぞ使いだしたんだ?」

「なぜ……ですか」

 

 答えに窮した。馬鹿正直に答えることもできるが、答えてなんになるのか。

 ポルノ撮影で初めて握った武器だから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)? それが愉快痛快な笑い話になるとは思えない。

 

「……まァ、色々あったんですよ。色々ね」

 

 またもぼやかしてから、ミハイルは改めて不思議に思った。鉈にこだわる理由が、はたしてあるのだろうか。

 バオの言うように、他の武器に切り替える機会はいくらでもあった。それこそ拳銃なら子供でも扱えるし、大鉈だって同じものを使い続ける理由はない。しかし現実にはどうかというと、わざわざ研ぎに出してまで使い続けている。その理由とはなんぞや。

 実用的な理由はある。半端な熟練度である銃器を使うより鉈を用いる方が有効であるケースは多いのだ。

 際物揃いのロアナプラでは近接武器しか使わない風変わりな殺し屋も多くいるが、そのほとんどは呆気なく撃たれて死ぬ。生き残っている連中は例外なくなにかしらの技術を持ち、しかもその技量が卓越しているプロフェッショナルだ。

 その領域まで踏み込んだ者にとって、リーチの差はハンデとならない。

 有名どころではククリ刀の使い手“(グイ)仙鶴(シェンホア)、誰も素顔を見たことがないというチェーンソー使い“掃除屋”ソーヤー、その戦いぶりを知る者は残らず一目置く三合会(トライアド)の元構成員“Mr.食いしん坊(ピッグ)”ゴローなどが挙げられる。ミハイルもロアナプラに流れてくる前は大層な二つ名を付けられたりしたものだ。

 しかし、これは決定打とはならない。シェンホアは損耗した刃を次々に取り換えて用いている。つい最近では、ソーヤーがチェーンソーを最新型に買い替えてご機嫌になっていた、という笑い話が持ち上がったりする。ミハイルのように特定の大鉈に固執してはいない。

 では内面的、情緒的な理由はどうか。

 考え出せば様々なエピソード記憶が溢れた。思えば柔らかな肉を切り裂く感触や鼻孔をくすぐる血の芳香、重く圧し掛かる吐き気まで、なにもかもあの大鉈と共にあったのだ。その記憶のひとつひとつを大事に――肯定的な意味かどうかはともかく――しているからこそ、同じ大鉈をずっと使い続けているのだろう。ミハイルはそう結論付けた。

 しかしそんな唯一無二の相棒であるはずの大鉈に、ミハイルは決して名前を付けようと思わない。あれはあくまで無銘の凶器であるべきだ。人殺しの道具というものは、須らく名もなき鉄塊として、芥同然の塵として扱われるべきだ。

 ミハイルの哲学は、死を重んじこそしても殺しには一切の価値を認めない。死という結果から目を背けることは許されないが、そこに至るまでの過程に一欠片の神聖さも美学もあってはならない。理不尽に殺し、冷酷に遂行し、そして無機質にあればこそ、殺人を作業化(・・・・・・)できる。

 この世のなによりも下に置いている武器を、鉄火場に持ち込み続ける矛盾。それこそがミハイルの根幹なのだ。

 でなければ、耐えられなかったろう。あの大鉈で初めて人の――■■■の胸を貫いた、あの時に、きっと――

 

「おい、どうしたよミハイル。気分でも悪いか?」

 

 心配げな声は冷水よりも効き目があった。暗い白昼夢は雲散霧消し、ミハイルの世界にロアナプラが戻ってくる。

 ミハイルは頭をかいて俯く。

 

「……いえ、大丈夫ですよ。ちょっとお昼に行ってきます」

 

 じっとしていると余計なことを考えそうだ――ミハイルは首を振った。一刻も早くなにかに意識を集中させたかった。

 

「待てよ。渡しとかなきゃならねェもんがある」

 

 その背中を呼び止め、バオが差し出したのは一枚のメモ用紙だった。港沿いのどこかの会社の住所と、酒のリストが記載されている。

 ミハイルはメモ用紙をシャツの胸ポケットに仕舞い込んで頷いた。

 

「今から注文しねえと開店がますます遅れちまう。頼んだぜ。……ああ、あと持ち運び溶接機買ってこい。ウドム坊やの店なら安く買えるはずだ」

「えーと……溶接機、ですか? なぜ?」

 

 バオはすぐには答えない。煙草を咥え、火を点けて二、三度吸う。

それから、至って真面目な顔で、欠片も冗談の風を込めずに吐き捨てた。

 

「ラグーンのやつらが店に来た時に金持ってなかったら、ケツの穴溶接して頭に代わりの穴を開けてやらなくちゃならねェからな」

 




リクエストあったら十八禁の部分をR-18の別小説で投稿する。
この話でいうと、ミハイル撮影会、父様へのご奉仕、双子イチャイチャする、のあたり。まあ全部書くかというとめんどいので書かない気もするがそこらへんは気分で。


以下、いつもの。

バベルの塔
=聖書に出てくる塔。なんか詳しい説明も無粋なので調べてみることをオススメ。

ショーツ
=ドロワーズにするか本気で悩んだが原作はそうじゃなさそうだったので。

ガチョウ
=有名な傭兵映画「ワイルドギース」から。

マイク・ホアー
=有名な傭兵。実在の人物であり上記「ワイルドギース」の主人公のモデル。

フォーブスの長者番付
=世界金持ちランキング。見てみるとこれが案外面白い。



今回はいつもより短め。まあ人殺しもバーテン業務もしてない日なので。
双子のエロシーンを仄めかすというノルマを達成するためだけに書いたような話の気がするが後悔はしていない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

海賊酒場の夕暮れ

就活をやり、授業を休み、取るべき単位も、納めるべき論文も、卒業まで危うくしてもまだ足りぬ。俺もお前らも全く以って、度し難い就職難(アイスエイジ)だな同志。




どうにかなったからこうして舞い戻って来たんですけどね。
ただいま、読者(はくしゃく)


ちょっとエロス重点で書き足した(2/2 1:25)
誤字の修正と後書き追加(2/2 21:30)


 ロックを含むラグーン商会の一行がイエロー・フラッグに乗り込んだのは、利権を求めて暴走した間抜けの陳と、まんまと乗せられた挙句に地獄への直行便に乗り込む羽目になったルアクの襲撃を退けた、その日の暮れも間近な時だった。

 ダッチ曰く「雇用主として娯楽提供の義務を果たす」ものであるらしい。ロックはともかく、レヴィは水を得た魚のようだった。ダッチから「朝までコース(ティル・ドーン)」の約束を取り付けてからは特にそうで、上機嫌に鼻歌を歌っていたほどだ。

 新米の荒くれとはいえ、ロックも奢り酒に喜ばない理由がない。

 ないのだが、喜べない理由が他にあった。

 

「……はあ」

 

 哀れな男は、自分の奇天烈な服装を思って、ロードランナーの車内で溜息をついた。

 ピンクの生地に、青と緑のコントラストのアロハシャツ。レヴィが余計な気を回して買ってよこした、露天の安売り商品だ。悪趣味とまでは言えないが、進んで着るものでもない。ロックの若さで着るのは、なにかファッションを勘違いしているかのような印象が否めない。もっと年配の、服装へのこだわりが一週まわって薄くなったような男が着ていればそれらしくも見えるのだろう。

 少なくとも、日本の一流商社でサラリーマンをしていた岡島緑郎のファッションセンスは、こう叫んでいたのだ。「成程、いかにもだ。タンクトップとホットパンツにトライバルタトゥーを合わせて着こなし、おまけに拳銃までブッ放す女の選んだアロハとしちゃピッタリだ。でもダッサイね」

 これさえなけりゃあ。ロックは、口の端から零れ落ちそうになった文句をすんでのところで抑え込む。レヴィに聞かれればなにをされるかわかったものではない。

 しかし、無意識の内にこぼれた溜息を聞く者が隣にいた。

 

「あァ? おいロック、なにシケた面してやがンだ」

 

 レヴィがロックの肩に手を回し、訝しむ。

 ロックはそっと目を逸らし、窓の外にある明後日を見つめる。

 

「……別に」

「なんだなんだ、女みてェな野郎だな」

「こんなダサいアロハ着て来ちまったからに決まってるだろ」

「ンだと手前ェ! 喧嘩売ってんなら買うぞ!」

「なんだよ!」

 

 反射的に本音をぶちまけたロックと、その言葉に脊髄反射で喧嘩を売るレヴィの組み合わせは、いつも通りの平常運航である。額がぶつかりかけるほど顔を近づけ、互いにガンを飛ばすのも、前部座席に座る二人にとっては見慣れた光景だ。

 運転席のダッチは吸い終わりの煙草を窓から放り捨て、鼻を鳴らした。助手席のベニーも我関せずの姿勢を崩さず、車載ラジオの番組を好みのものに変える。

 

「飲む前から喧嘩っ早いとは、まったく」

「二日酔いの神様がブラッディ・マリーのついでで作った街には相応しいんじゃないかい、ボス」

 

 ベニーの軽妙な相の手を受けて、ダッチは悦に入る。

 

「ハ。そりゃ道理だ――おいレヴィ!」

「ンだよ」

 

 ミラー越しに見えるレヴィは、ロックと睨み合ったまま答える。

 喧嘩するほど仲が良い――新入りに対して妙に気が合っているとしか思えないその姿に、ダッチは口の中で笑った。笑って、アメリカン・スピリットを吹かしながら、後部座席の二人をからかう。

 

「今からボスの奢りで飲み潰れようってやつが、アロハシャツなんぞでもめるのはおかしいだろうよ。新婚夫婦じゃあるめえし、素面でやり合うにゃあ、馬鹿馬鹿しい話題ってもんだ。お互い言いたいことがあるんなら、酒入れてから存分にやりな」

「やけに気ィ回すじゃねえか、ボス。新入りだからって贔屓しようってか?」

「妬くなよレヴィ、ジェラシーは女を下げるぜ。雇用主が新入社員に気を使ってやるのは当然の義務だろう?」

「……けっ」

 

 レヴィは特大の苦虫を噛み潰して、舌打ちしながらも黙って自分のシートに収まった。ロックもレヴィが引いたことで大人しくなるが、肝心のアロハは解決していないことに気付いて目が虚ろだ。

 ふと前を見ると、バックミラー越しにダッチと目が――サングラスなので、視線の向きはよくわからないのだが――合った。

 

「ロック。俺に言わせりゃ、服なんてもんは着てるやつの気合が重要ってもんだぜ。そういうシケたツラしてるから見るに堪えねえのさ」

 

 人生の年長者による有難い忠告に対し、ロックはぐうの音も出せなかった。

 

 そんなこんなで、ロックとしても趣味の悪いアロハシャツを着るようレヴィに強制されたこと以外は文句などなく、かくしてラグーン一行は勢揃いでイエロー・フラッグに向かうこととなった。

 到着するやいなや、レヴィがすこぶる楽しげに扉を開ける。

 

「バオ! 元気してっか?」

 

 いつも通りの喧噪の先、カウンターの中に立っていたのはふたりだ。ひとりは営業スマイルだが、もうひとりはあからさまに眉をひそめた。

 

「ラグーン商会のご一行で。ようこそお越しくださいました」

「また手前ェらか。今度はレンジャー部隊でも引きつれてきたのか?」

 

 挨拶もまた対照的だ。ロックは苦い笑みを浮かべた。

 特に目を引くのは、礼儀正しく頭を下げている少年、ミハイルである。ロックより少しだけロアナプラの先輩であるらしい彼は、この町でも異彩を放っていた。それも、まだまだ日ノ本の常識人であるロックからすればなおさらだ。サラリーマン時代に上司との付き合いで飲みに行くことが多かったロックには、彼の立ち居振る舞いが手慣れたバーテンダーとそん色ないものだとわかるからだ。

 その彼は、やはり手慣れた様子でシェイカーを振っている。滑らかな二段振りを何度か繰り返し、そっとグラスに注ぐ姿はそれらしく見える。

 

「見ての通り、テーブルはほとんど埋まっちまってる」

「なに、遅すぎるってこたないだろうよ」

 

バオがカウンターを軽く叩いたのに応え、ダッチが真っ先にカウンター席に着く。

 残る三人もそれに倣い、かくして宴が始まった。

 

「さて諸君、楽しもうぜ」

「よっしゃあ!」

 

 真っ先にグラスを空けたのはやはりレヴィだ。バカルディを勢いよく注ぎ、ぐっと飲み干して、ロックを見るや否や失笑した。シン・ハーをわざわざグラスに注いでちびちび飲む姿は、ラムを嗜む海賊女からすれば、いかにもなよっちい飲み物と飲み方だ。

 

「ロォォォック、まだそんなもん飲んでンのか? こないだ、ちっとは骨があるとこを見せたってのにさ」

「……朝まであるんだぞ、最初からそんなに飛ばしてどうする」

「へッ。これだから制服さんはつまんねえ。ここはどこだ? トーキョーか? オーサカか? 違うぜベイビー、ここはロアナプラだ(・・・・・・・・)!」

 

 快哉を挙げたレヴィは一息でラムを飲み干し、ご機嫌な笑い声を響かせる。

 俯いたロックの頭が、アルコールの助けを借りずして痛みを覚えた。恐怖と心労によってだ。たかだか一か月ほどの付き合いではあるが、レヴィが上機嫌になるタイミング程度は既に心得ている。この女はつくづく救えない人種で、彼女の心を真に満たす偉大なる音楽は、この世にたった二つっきりなのだ。9mm弾の指揮による銃撃多重奏は言うまでもない。残る一つは、アルコールの天使たちが吹き鳴らすラッパだ。運が悪ければ、二曲同時に聞きたいという気分になるかもしれない。そしてルアク一行の血の味を思い出したレヴィがそうならない保証もない――ダッチ曰く、イカれちゃいるが分別はある女、だそうだが、ロックはその言葉を少しも信用するつもりはなかった。

 とにかく、そうなれば、やるべきことはそう多くない。テーブルの下に隠れ、レヴィが仲間の顔を見間違えない程度の酩酊状態でいてくれることを神に祈るのだ。ロアナプラが神の実在を疑うほど穢れている現状についてはともあれ、少なくとも、動く的のひとつとして背中を撃たれるよりは、遮蔽物の影でじっとしているほうがいくらかマシというものである。

 ――尤も、肝心の神の家がどんな有様なのかロックはまだ知らないのだが、それはかえって幸せなことだったと後に気付くことになる。祈りの家の惨状をまだ知らないからこそ、祈る気にもなろうというものだ。

 

「自由なる人間よ、君は常に海を愛するだろう。……どうぞベニー、ミントジュレップです」

 

 涼やかに言い放ったのはミハイルだ。詩に特有な独特の言い回しだったが、ロックの脳内書庫に合致する文言は存在しない。資材調達部のしがないサラリーマンには外国の詩を学ぶ必要などなかったのだから、当然と言えば当然だが。

 

「それは……」

「『悪の華』か」

 

 割り込んだのはダッチだ。ひどく楽しげにふたりのやり取りを見ている。

 ミハイルも視線に気づき、軽く頭を下げた。

 

「ご明察です。博識でいらっしゃいますね」

「俺は知識人を自称してるんでな。坊主こそ大したオツムだ」

「少々齧っただけですよ。以前の雇用主が気取った方でしたので」

 

 ロアナプラで交わされているとは思えない高レベルな会話に、ロックは目を白黒させた。まさか一流企業出の自分が、ヤクザと少年バーテンダーの会話に、しかもよりによってまともな話題に付いていけないとは思わなかったのだ。はっきり言って、こと教養という点についてはそれなりの自負が、あくまで周りの荒くれ者と比べてだが、あった。

 故に、興味がわいた。

 

「随分と詳しいんだね。かなり若く見えるけど、幾つだい?」

 

 ロックはそれなりに社交的だ。しかし、これまで幾度かイエロー・フラッグに来た時は、ラグーン商会内部での親交を深めること――あるいは、レヴィと意地を張り合うこと――が主目的であったので、ミハイルと顔を突き合わせて話したことはない。

 だからミハイルも、自分について問われるとは思っていなかったのだろう。少し戸惑って、ゆっくりと答える。

 

「十五です。今年で十六になります」

「若いな。それに、かなりバーテンをし慣れてる」

「バーマンとして修業を積み始めたのは十二の頃でしたから。少々、マフィアの方々とご縁がありまして」

「へえ。詳しく聞かせてもらって」

 

 唇が閉ざされる。

 ロックの唇が、次の音を紡ぐべく閉ざされた瞬間、ミハイルの人差し指がそっと乗せられたのだ。水を扱う仕事のはずだが、伝わる感触からすると乾いても傷ついてもいないようだった。

 呑気に考えたのは、思考が停止したことの表れだ。この時、ロックは思わず固まっていた。いつの間に指が接近したのかわからなかったからだ。気づけば唇に指が添えられていた。

 レヴィのような「速さ」でなく、西部劇のガンマンのような「疾さ」でもなく、むしろ意識の陥穽を突く「早さ」。圧倒的な初動の差を生む、純然たる技術だ。

 無論、ロックの理解はそこまで及ばない。ただし隣席のレヴィは、その技術がどれほど殺しに類するものであるかを認識する。肉食獣を思わせる敏感さで、その動きを追尾していた。

 ミハイルはレヴィに視線をやり、手を引っ込める。

 

「申し訳ありません」

 

 にこやかな対応に対し、ロックは頷いて沈黙するしかなかった。

 ミハイルは両手を組み、十五歳という年齢に似つかわしくない穏やかな声を紡ぐ。

 

「ミスター・ロック。貴方はこの町に……いえ、この世界(・・・・・)にまだ不慣れでいらっしゃるご様子。そのことについて僕から、ひとつだけ忠告をさせていただいてもよろしいでしょうか」

 

 させていただいてもよろしいでしょうか、という言葉とは裏腹に、ミハイルの目は「聞かないわけがありませんよね、死にたくないなら」と語っている。ロックは否応なく頷いた。ミハイルの指も取り去られる。

 常の笑顔が、いつもより少し冷たく見えたのは気のせいか。

 

「安易に他人の懐に手を突っ込む人間は、長生きできません」

「え? それってどう、いう……」

 

 ロックの言葉を断絶させたのは、レヴィの瞳だ。どんよりと濁り、まるで死人のような腐った色合いを帯びた目。そんな目で睨まれたせいで、ロックの舌は完全に凍り付いた。

 レヴィは瞬きの間にいつもの色を取り戻す。が、発する空気はドブ溜めのそれだ。

 

「前にも言った通りさ。詮索屋は嫌われる。手前ェ、小便小僧(ジュリアン坊や)が相手じゃなきゃ、鉛玉で体の嵩を増やすことになってたっておかしかねェんだぜ」

 

 ロックは唾を飲みこむ。尤も、自分の体重を増やしに来る相手と言われて想像できたのは、笑顔で銃を向けてくるレヴィの姿だけだった。だからこそ恐怖もひとしおだ。なにせ、初対面の時は勝手に攫われて勝手に殺されかけたのだから。

 焦るロックを見かねたのか、ミハイルがそっと水入りのコップを差し出した。小便小僧呼ばわりされたことを気にする様子は全くなく、ただ困ったような配慮の色がある。紛れもなく、ロックに対するものだ。

 

「僕は構いません。ですが、ロックさんは貴重な善人のようですから。そこらのチンピラの手で死なせるには忍びありません」

 

 ホワイトカラーばりのスーツを着てはいても、ミハイルの親切らしきものを感じ取れる程度には、ロアナプラに馴染んでいる。素直に頷いてコップを受けとった。

 

「ご忠告、感謝するよ。でも」

「ロック! その脳みそはクソと鉛玉を入れるためにこさえたわけじゃあねェだろう?」

 

 うんざりだ! 今度はレヴィが頭を押さえた。実際、近しい思考を辿っていたことは疑いなかった。

 もしレヴィがミハイルの立場であれば、この世の掃き溜めに相応しい罵詈雑言とソード・カトラスによる示威行為がロックを襲ったことは間違いない。それはロックにもわかっていた。

 ロアナプラにおいてはレヴィ側が多数派であり、ひょっとすると示威では済まないものがより多数を占めるかもしれない、ということも。

 

「ミスター。平和な地で育った貴方には、命の危険という実感はないのかもしれませんが……ここで素性や由来を聞くというのは、「お前、オナニーのオカズはなんだよ」と聞くくらい不作法で不快なことなんですよ」

「お……じ、自慰?」

 

 俗な淫語だが、ミハイルが口にすると妙にエロスがある。彼の放つ、熟練の男娼に勝るとも劣らない艶がそう感じさせるのか。あるいは、単純に彼の体に魅力を感じたのか。場違いとは承知しながらも、ロックの胸は一瞬跳ねた。

 そう意識してしまうと、自然と視線は随所に向いた。まず引き締まりつつも女体を思わせる肩から腰にかけてのライン。次に、中性的な神秘性と、少年の無垢さと、そして色を知悉した者に特有の淫らな柔らかさを兼ね備えた紅顔。そこから、水仕事で傷つきながらも白さと細さを失わない指先に至って目が釘付けになる。その指先が唇に添えられたことを思い出し、危うくその指がナニかする場面を連装しかけたのだ。

 慌てて妄想を振り払い、俺はホモじゃない、と自分に言い聞かせるが、我ながら説得力は皆無である。

 ミハイルが赤い顔のロックに怪訝そうな顔をしたのは一瞬で、追撃はすぐだった。

 

「それを知らないままこの街で過ごすおつもりなら、僕が賭けるとすれば一週間以上には賭けません。ミス・レヴェッカだって常に子守をしている余裕はお持ちになられていないでしょうし」

「おい、子供扱いはよしてくれ。君の方が年下だろう――でっ!」

 

 プライドを傷つけられたロックの反撃に割り込むように、レヴィがグラスの底でロックの頭を小突く。

 

「あんまり笑かすなよ、ホワイトカラー」

 

 ロックは骨髄から震えが走るのを感じていた。レヴィはとうとう我慢の限界に達したようで、その眼は完全に殺気立っていた。駄々をこねる子供を、最初は優しく宥めていたのが、苛立ちのあまり怒り始めたのと同じだ。

 レヴィからすれば、ロックが未だに日本の常識に従って振舞おうとしている姿は非常に腹立たしいに決まっている。彼女の立場は非常に面倒で、彼がなにかもめ事や問題を起こした場合、それを仲裁し、あるいはロックを守ってやらねばならないのだ。それが、ロックをラグーン商会に勧誘した者として、またラグーン商会のガンマンとしての義務だからだ。ゆえに、ロックの物わかりの悪さを目の当たりにして苛立たないわけがなかった。

 そして、それはロックにもわかっていた。だからこそ言い返さず、口をつぐむ。

 

「今のお前ェがガキじゃなきゃなんだ。アジア観光に来た大学生? それとも呆けたジジイか?」

「なんだって?」

 

 しかし聞き逃せないこともある。

レヴィの言葉はいちいちロックの戦意を煽った。しかも男の沽券に係わるタイプの罵詈雑言は、撤回されるか空気に流されて霧消するまで心に食い込むものである。そんなものを抱えたまま楽しめるほど、ロックは飼いならされていなかった。

 剣呑な目つきになった男を前にして、ロアナプラ指折りの女ガンマンは動じない。自分より弱く、無知な者の怒りを恐れる理由はどこにもない。喧嘩を売られるなら割高でも買ってやろう、それがロアナプラの心意気だ。怒れる女豹は、ロックのプライドに配慮してやる必要性を全く感じなかった。

 

「大変失礼いたしましたお大臣。安心しな、ドル建てで気前よく払うんなら、汚れたパンツの面倒まで見てやるよ」

「おい、俺のことバカだと思ってるだろ、バカ」

「あ? なんだやっか?」

「やるさ!」

「上等だ!」

 

 ヒートアップして睨み合う二人の前に、バオが無言でバカルディと替えのグラスを置いた。目に浮かんでいるのは明らかな諦観の色だ。

 レヴィとロックは、息をするようにそれぞれ自分のグラスを取り、なみなみとラムを注ぐ。

 交差する視線、散る火花、取り囲む野次馬たち。

 見つめ合う二人が、宣戦布告を交わす。

 

「調子乗んな、モヤシ野郎!」

「そっちこそ、暴力女!」

 

 かくしてグラスとラムが打ち鳴らされ、ラグーン商会の内紛が再び始まった。

 

 

 

 

 

 いつものように始まった、ラグーン商会の内紛ショーはイエロー・フラッグの喧騒をより酷いものにしていた。騒乱にかこつけて、殴り合いが始まるほどだ。

 ミハイルはこの喧しさが嫌いではない。ないが、店の治安が著しく乱れるというデメリットを考えると頭が痛むのも事実だった。人の命に十ドルの価値もつかない町であまりバカ騒ぎを繰り返されては、調子に乗って一線を越える輩も出てくることが容易に想像できるからだ。

 ミハイルの物言いたげな空気を感じたのか、仏頂面でグラスを洗うバオと目が合う。

 

「いいんですか、バオさん?」

「じゃあてめェはどうすんだ。こいつら相手に「喧嘩はやめて!」ッてか? ほっとくしかねえんだよ」

 

 道理である。内輪の飲み比べで済んでいるからまだいいが、店にイチャモンをつけられてはたまらない。銃を抜かない内に酔いつぶれてくたばってくれることを期待するべきだ。

 尤も、鉄の肝臓を持つと噂の二挺拳銃が前後不覚になるまで飲むところなど、ミハイルはこの半年で一度も見ていないのだが。

 

「やってらんねえ。俺もよ、地下酒場でギムレットでも飲みながら安楽椅子探偵になりてえやな」

「ホームズとマーロウの良いとこどりはやめましょうよ。大体バオさん、あなたマーロウよりは金持ちやってるでしょ。人間所与って言葉があるんですよ」

「ンだ、そりゃあ」

「人にはそれぞれ与えられたものがあるから、その中で頑張りなさいってことです」

「けッ。今度のスポーツくじに期待するか」

 

 どれほど高配当で当たったとしても店の修繕費で全額が吹き飛ぶ未来が見えたが、ミハイルはあえて言わなかった。お互いがわかりきっていることを言葉にするのは、時間と口の無駄遣いというものだ。

 会話を聞いていたのか、カウンターの端に座る客からギムレットの注文があり、くだらない会話は終わった。ミハイルは粛々と道具を用意する。

 

 カクテルとは難儀なものだ。ミハイルは常にそう考えているし、一度たりともこの飲み物を片手間に作ったことがない。

 たとえばショートカクテルの話をしよう。シェイクの力が弱ければ、中身がしっかり冷えないし、混ざらない。それに、細かな空気を含んだカクテルにならないので柔らかさが失われる。しかし、強すぎれば氷が砕けて味が薄まるし、混ぜすぎれば味が平凡になって飲む価値が消える。

 

 ミハイルは、こういった技術面に関してはそれなり以下でしかない。十代になる前の彼には、セルビア・マフィアの地下酒場と、そこで働く借金漬けのバーテンダーによる教練しか与えられなかったからだ。

 ロックの目――然程、肥えているわけでもないのだが――から見ても一流のバーテンダーと遜色ないのは、そういった経験を、鍛えられた肉体がしっかり支えている結果だ。

 

 幸いだったのは、ここロアナプラでそんなものを本当に気にする連中は、わざわざイエロー・フラッグになぞ来ないということだ。サンカン・パレス・ホテルのメインバーや、お抱えのバーを贔屓にするようなお偉い方々(・・・・・)が来ない以上、ミハイルの腕の稚拙さを嘲笑うような輩は存在しないも同じである。

 おかげで、こうして日々の糧を得ている。

 

 ミハイルは考える。

 未熟な自分の未熟なカクテルを心底嬉しそうに飲んでくれるベニーや、ビールがあればゴキゲンで乱痴気騒ぎを起こす人間が溢れるこの職場は、なんと居心地が良いのだろうと。過去の人生を基準とするならば、ここに辿りつけたことは、ナショナル・ロトに当たったような幸運だ。

 人にはそれぞれ、あるべきところがあるということなのかもしれない。自分にとっては、イエロー・フラッグがそれなのだ。今まで不幸と辛酸を舐めつくした分の幸せを、この穢れた街の片隅で手に入れていくのだ。

 

 きっと、それは美しく正当な主張で、そして、なかなかに気分が良くなる考えだった。

 不幸と幸福の量は等分であるという絵空事を遊ばせて、ミハイルは静かに微笑んだ。

 穏やかに、慈愛を込めて。どうか今日のような平和が、いつまでも続きますように、と。

 今まさにジョッキを相手の頭頂部に叩きつけたり、マウントを取って鼻の骨を殴り砕いたりする男たちを見ながら、彼は心底、そう祈るのだった。




 今回の更新は自信ないんじゃ。なぜなら、筆が進まないのを酒とジャズで勢いつけて書いたから。後日、加筆しないとは言い切れない。
 今日の後書きも控えめなんじゃ。なぜなら酒が入ってるから。
 これ教えて! とか、これ書いて! とか感想やらメッセやらで言ってくれれば、そこは加筆する。
 R18版の第一話はあらかたできてるけど、もっとできるだけねっとり濃厚に書くべきか、まあまああっさりめでいくか悩んでるから、そこの路線が決まったら手直しして投稿しますぞい。ぞいぞい!



以下、いつもの

ブラッディ・マリー
=トマトジュースとタバスコという謎カクテル。筆者は苦手。酔いに効くトマトと刺激のあるタバスコの組み合わせなので、酔い覚ましに飲む人もいる。筆者は苦手(大事なことなのでry)

ホームズとマーロウ
=ホームズはイギリスの高等遊民で、クトゥルフでいうならディレッタントが趣味で私立探偵をしている、いわゆる安楽椅子探偵の代名詞。たまにヤクもキメている。比べると、マーロウは生活のために探偵をやる貧乏人で、しかし自分の信念と男の生き様を貫く、市民的ハードボイルド探偵。まさにイギリスとアメリカの縮図、というのは言い過ぎか。
 ちなみに「ギムレットには早すぎる」だけでなく、「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ」とかもマーロウのセリフ。


人間所与
=知り合いの牧師さんが言ってた造語。人にはそれぞれ所与がある、みたいに使ってた。それを自分なりに解釈した。所与って言葉を調べてみると理解しやすいと思われる。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロアナプラは今日も平和です

復ッ活ッ

無職駄文書き復活ッッ
無職駄文書き復活ッッ
無職駄文書き復活ッッ
無職駄文書き復活ッッ
無職駄文書き復活ッッ

してェ…




就労してェ~~~~~~~~~~~~…


 ミハイルの朝は、早くも遅くもなる。

 より具体的には、双子がスター・トレックやなんやらの深夜番組を視聴しているかどうかで変わる。双子が早寝した日であれば朝早くから自然と起こされ、遅くまでテレビに夢中であれば三人揃って昼前まで惰眠を貪っているからだ。

 

 ――早寝早起きの日は、不思議と朝の海綿体膨張もとい生理現象が起きないので、医者にかかってみるべきかと真剣に悩んでいるのはミハイルだけの秘密だ――

 

 早起きした日であれば、昼ごろまでは双子の遊び相手を務める。

 遊びの内容は大抵同じだ。2年ほど前まで、つまり九歳までは、おままごとやかくれんぼが主だった。だが、双子が十代になってからは知的遊戯に興味を示しだしたようで、たとえば昨日は謎かけだ。それも子供らしからぬ、少しひねりの入ったものが好きらしかった。

 

「お父様、なぞなぞよ! 入る時は固くて乾いてるの。でも出る時は柔らかくて濡れてるの! なにかしら? ちなみに。私もニコも、これが大好きよ!」

「ヒントはね、僕たちは最低でも、週に一度は口にしてるものさ」

「うーん、そうだなあ。チューインガムかな?」

 

 両腕でペケ印が帰ってきた。ミハイルは結局、最後まで答えられなかった。双子も答えを教えてはくれなかった。

 二人でチェスをしているシーンもよく見かけた。ミハイルは二人の勝負をゆっくり眺めるのが好きだった。対局中の会話から、なにかを賭けて勝負しているのはわかったが、軽く聞いても教えてくれなかった。ミハイルも別段、無理に聞こうとは思わない。少しの秘密と、子供のしたことは許されるべきだ。子供の秘密となれば尚のことそうだ。

 

 昼になってからは、バオの開店作業や仕入れの手伝いである。ミハイルが仕事をしている間の双子は、日中であればマダム・フローラや教養ある娼婦、そしてバオから勉学の手ほどきを受けている。

 ロアナプラにも一応、学校というものは存在する。が、地域的な治安の悪さとミハイルの立場の微妙さを考え、双子は通わせていない。ミハイルからすれば、初めてロアナプラに到着した当日の夜の内に、双子が強姦されかねなかった――地場のギャング崩れの犯行で、もちろん皆殺しにしたが――という事実を考えれば、考慮することすら馬鹿馬鹿しかった。

 また、英語の読み書きや算数の基礎ならば娼婦たちでも教えられるだけでなく、店を経営するフローラとバオならば実用的な数学まで身に着けているので、どうしても通わなければならないものでもなかったのだ。

 フローラなどは、双子の情操教育や社会勉強のためにも、きちんとした教育機関に通わせることを強く勧めたのだが、安全を優先したいというミハイルの言葉には流石に反論できなかった。彼女自身、このロアナプラで一方ならぬ辛酸を舐めてきた女性だ。千に一つ、万が一、なにかが起ころうものなら――そう思ってしまうのは無理からぬことだと納得するのは当然とも言える。

 ちなみに。

 

「おい、なんでこの俺がガキの面倒なんか……」

「バオ……アタシからもお願いするワ。ネ?」

「ああああわかった、わかったから抱きつくな唇を近づけるんじゃ――ギャーッ!?」

 

 バオに対し、暇な時で良いので双子の教師をやってほしいと頼んだ時の一幕である。

 当初はこのように、嫌々ながらも片手間に教えていたバオだが――

 

「おじさま! いつもお勉強教えてくれてありがとう!」

「ニコと二人でケーキを焼いたのよ! どうぞ食べて!」

「おう、ありがとよ。そこにマンゴージュースあるから、遠慮なく飲みな」

「……怪しい」

 

 ロアナプラではダイヤよりも希少な、純粋無垢な信頼に心打たれたのか。現在では、ミハイルから疑惑の目を向けられることもあるほどの父性を発揮しつつあった。別に性的暴行を云々の心配はなくとも、双子が自分以外の人間を父のように慕うのは、なんとなくミハイルにとって面白くないことだ。

 それを横目に見て、バオがニヤリと笑うのもなんだか気に入らなかった。

 閑話休題。

 

 昼に買い出しに出たミハイルが行く店と、やることは、大抵同じである。

 行きつけの酒屋を三軒ほど周って、それぞれを比較しつつできるだけ安く酒を注文し、荒くれが壊した備品を買い足す。日によっては、自分を路地裏に連れ込み身ぐるみはいで犯そうとしたホモセクシャルを神の御許に送り込んで終わりだ。それも開店準備が遅れないよう、可及的速やかに。

 

「クソッ、おかしいだろうがよ! なんで当たらねえんだよぉッ!」

「喚くンじゃねえ、撃て、撃ちまくれ! 早く殺さなきゃ俺たちも゛ッ!?」

 

 下から弧を描くように掬い上げられた鉈が、味方を鼓舞している最前列の男の下顎を骨ごと砕き断つ。

 仲間の骨と血からなる噴水を浴び、残りの二人は悲鳴を上げて逃げ出した。その内一人の背中は寸暇も空かず切り裂かれ、一人だけが遠く逃亡を成功させんとする。

 ミハイルの腕が柳の枝の如くしなり、彼の膝裏にナイフを投げつけなければそうなっていたことだろう。だが狙い違わず、右膝裏の筋と軟骨を刃で貫かれ、最後の男が成す術もなく倒れる。

 哀れっぽく涙を流す命乞いは無駄に過ぎず、死に際の世迷言なぞ聞いている暇はない。引き絞った弦から放たれた矢のように、鉈の切っ先を眉間に突き立てる。アイスピックで氷を割るように、幾度か頭骨と大脳を鉈でミックスすると、男はびくりと震えてズボンを濡らした。僅かにアンモニア臭が立ち込めて、ミハイルは思わず顔をしかめた。

 血や脳漿が跳ねないようゆっくりと鉈を引き抜き、汚れて少し重たくなった刃を、ちょうど都合よく目の前にある死人のシャツで拭う。

 幾度このやりとりを繰り返したのか。結構な頻度で絡まれることを思うと、いい加減うんざりしていた。顔が良くとも、良いことばかり起きるとは限らない好例である。中性的な顔立ちのミハイルは、なぜかその戦闘能力までか弱い女性並みに見られることが多かった。勿論、その勘違いのつけは悪漢自身の血と臓物によって購わせている。

 いっそマッ○マックスのモヒカン面に生まれていればよかったと思ったことも一度や二度ではない。なんなら髪型だけでもスキンなりモヒカンなりにするか悩んだこともあるが、それは双子が泣きながら止めるので断念した。

 

「お父様がつるつるになっちゃったら、僕たちだってそうしてやるんだ!」

「お父様がモヒカンになったら、私たちだってハンコウキよ!」

 

 こんな涙あり、怒りあり、妥協ありの家族会議の果てにミハイル髪型ワイルド化計画は頓挫したわけである。

 今さらそれを蒸し返して、第二回家族会議を開くつもりはない。ないのだが――こうも絡まれると、やはり肩が重くなるというものであった。

 

 男たちの死体に囲まれるミハイルの耳に、悲鳴が届き始める。

 ロアナプラは決して野蛮な土地ではない。秩序ある悪法によって統治されるサタンの王国だ。一般市民に死体が見られようものなら通報されることは間違いないし、警察も体面上、警官を差し向けねばならなくなる。

 となれば逃げるに越したことはない。三十六計を知らずとも、最適解を選ぶことは簡単なものだ。ミハイルは大鉈を大きな買い物袋の内側にしまい込み、足早に立ち去った。

 その直後、頭蓋を割られた男の脳が路上に零れ落ちて、より大きな悲鳴が上がったが、気にも留めなかった。

 

 さて、夕方、開店時刻の直前になると本格的に忙しくなる。

 ロクデナシが、その日の儲けやなけなしの金、そして銃器を手に来店し始めると、酒場の店員としても用心棒としても仕事が増えるものだ。腕相撲で負けた腹いせに拳銃を抜くバカだって中にはいるものである。

 ロアナプラのバカをただのバカと同じにするなかれ。人生を投げているという一点において、彼らはアメリカのチンピラ風情とはレベルが違う。後先考えない無鉄砲ぶり、まさに歩く死人の面目躍如である。

 そんなバカしかいない街で、わざわざ酒場と売春宿を開いている。これでトラブルの起きないはずがない。ミハイルとて殺しはしないが、関節を捻り上げて客を叩き出したのは一度や二度ではない。

 

「……ミハイル」

「はーい」

 

 今も然り。バオが渋面を向けているのは店内で喧嘩を始めた男たちだ。タイマンを張って決着したのは良いが、どうも勝者がヒートアップしすぎている様子だった。倒れ伏した相手の後頭部をスタンプし続けている。あそこまでやると、殺しに発展しかねない。

 殺すなとは言わないが、やるのなら店の外に連れ出して、人目のないところでやるべきなのだ。店の中で死体をこしらえられては売上にも響く。そもそも、誰がその死体の始末をするのかという話である。掃除屋は意外と金がかかるサービスなのだし。

 やれやれ、と肩を回したミハイルは、キッチンナイフを袖口に忍ばせカウンターを出る。カウンター席にいるダッチが酒の肴を見る目を向けてきたことには気づかないフリをした。

 喧嘩を見物していた立ち見客たちが、ミハイルの接近に気付くとモーセの逸話よろしく道を空ける。おっかない見張り番がイエロー・フラッグに就職したことが周知のことになった証と言えよう。抑止としての職責を全うできていることを確認して、ミハイルはひとつ頷く。

 さて、見物客はみな遠巻きになったが、当事者たちはミハイルに気付く様子がない。踏む側は頭に血が上って周囲が目に入っていないようだ。踏まれる側は顔面が床と融合しかかっているので、そもそも気付けるはずもない。

 仕事に忠実なバーマン兼バウンサーは、加害者の身体一つ分背後に立ち――漂ってきたヤクの煙の残り香でなんとなく察した。こいつは話が通じない。

 もはや脅しつけるのも面倒になり、ナイフの柄で後頭部を思い切り殴りつける。声も上げずに気を失った後は、足を引きずって店の外の裏路地にデリバリーした。踏みつけられていた男も店の邪魔なのでセットで放り出しておく。

 カウンターに戻ると、愉快そうな表情のダッチが拍手で出迎えた。

 

「見事な手並みだな。ギムレットを頼む」

「銘柄にご希望は?」

「なんだって構わんさ」

 

 ミハイルにしてみれば、自分の不幸を肴にされたことがどうにも気にくわず、ゴードンジンを手に取って眉根を寄せた。

 

「――お褒めに預かったところになんですけど、別にやりたくてやってるわけじゃないですよ。バカとキチガイがもう少し減ってくれれば仕事が楽なんですけどね」

「それもお前ェの給料の内だ」

 

 バオにまでばっさりと切って捨てられ、ダッチからは笑われ、どうも腑に落ちない。たしかに用心棒も兼任しているのだから給料の内ではあるのだが、それはそれとして文句くらい自由に言わせて欲しいものである。

 ロアナプラという街は、悪徳が幅を利かせるだけあってなかなかに栄えた都市なのだが、店への礼儀を弁えた紳士というものにはとんと縁がない。ミハイルの憂鬱と同様、これまた致し方ないことである。そもそも紳士が来るイエロー・フラッグは、ロアナプラのイエロー・フラッグと呼んでいいものか悩ましくもある。

 

 ――否、一人だけいる。

 

 ミハイルは、完成したギムレットを提供しながら、以前バオから聞いた話を思い出していた。

 曰く、ロクでもない客の中にもたまには偉いさんが紛れてるもんだ。あの食いしん坊もその内の一人でなァ……。

 

「邪魔するよ」

 

 声がする。顔を上げると、思考の空白に忍び寄るように、男が出現していた。

 青いスーツにパリっとしたシャツ、しっかりと結ばれた赤ネクタイ、黒の革靴。髪型までワックスで完璧にセットされている。ロック以上にこの町に似つかわしくない服装だ。

 しかし、その格好に文句をつける人間は誰一人としていない。この有名すぎる人物に対し、酒の勢いで絡むのはモグリのチンピラくらいのものだ。

 ミハイルはおしぼりを用意して、すっと頭を下げた。

 

「こんばんは。お元気ですか?」

「どうにかやれてるよ」

 

 男は曖昧に笑って、まっすぐカウンターまで歩み寄る。背筋に鉄の芯棒が通っているかのような美しい歩法は、武術を修めた者に特有のそれだ。

 選んだのはダッチの隣だった。男の存在に気づいていたダッチに、彼は礼儀として声をかける。

 

「ここ、いいか?」

「ああ、構わんさ。あんたみたいな有名人と飲むのも、たまには悪かねえ」

「どうも」

 

 すっと席についた男は、バオに軽く手を振った。バオもグラス磨きの手を休め、右手を上げて返答する。

 

「よう、旦那。メシでいいよな」

「うん……飲み物はミネラルウォーター。で、ネムザン(揚げ春巻き)一人前、チャーカーラボン(ライギョの炒め揚げ)とブン(ビーフン)のセット、食後には……バインフラン(カスタードプリン)とコーヒーを。甘くないやつで」

「あいよ。ミハイル、ここは任せたぜ」

 

 注文をさっと書き取って、バオは奥の部屋の厨房に入っていった。

 ダッチが口笛を吹いて男に笑いかける。

 

「この店には珍しい客だな。あんた、いつもこんな調子なのか?」

「そうでもないさ」

 

 短く答えて、男は内ポケットからパーラメントを取り出した。吸うか悩んでいるのか、指先で弄んでフラフラさせる。が、しばらく悩んだ末に、また箱の中に戻した。

 ミハイルは、このたった二十秒ほどの間に、期せずして噂の幾つかが本当らしいと知ることになった。武術の心得がある、タバコは食後に吸う、人付き合いはそれなり程度で済ませる。

 

 ゴロー・イノカシラ。ロアナプラ有数の使い手にして、穏やかな個人輸入商。そして指折りの食欲の持ち主だ。

“Mr.食いしん坊(ピッグ)”、“暗がりの凶手(ナイトストーカー)”、“ジャップ・ザ・ターミネーター”など、二つ名には事欠かない男でもある。

 眼前に座すその人は、三合会の幹部にしてロアナプラ支部の頭目たる(チャン) 維新(ウァイサン)とも昵懇の仲であり、共に鉄火場を潜り抜けてきたプロフェッショナル。いわばロアナプラ草創期の英傑にして大悪党の一人。

 今は殺し屋稼業を引退し、三合会とも距離を置いて、たんまり作った貯金で個人輸入商をやりながら趣味のグルメを満喫しているらしい。張の要請に応じて凶刃を振るうことは何度かあるが、四巨頭間のもめ事には首を突っ込まないと明言しているため、他勢力から睨まれることもほとんどない。

 そして、何をトチ狂ったのか、バオの料理に惚れ込んで、酒も飲めない癖に酒場に通ってきている物好きらしい。酒も飲まねェ儲からん客だよ、とバオにはしかめ面をされているが、なにせ食いしん坊のことである。気にも留めずに通ってくるのだ。相手が相手、バオも「酒も頼めバカ」とは言いにくいとのことであった。尤も、最近はご無沙汰だったらしく、ミハイルも見たことはなかった。

 それはさておき、ゴローは背広を脱いで背もたれにかける。白シャツにネクタイを締めた姿はただの日系ビジネスマンといった風だが、不思議な威圧感を放っている。すぐそこにいるミハイルには、イエロー・フラッグの喧騒がどこか遠くに感じられた。ゴローの存在感がカクテルパーティ効果を生み出し、自然とゴローに注意が向いてしまうのだ。当の本人は何をするでもなく、手帳を見ながら何かを書き込んでいる。

 イエロー・フラッグには似つかわしくない風体の男が、似つかわしくないことをすること五分ほど。ゴローがダッチに話しかけたのは唐突だった。

 

「ところでラグーン。また明日にでも電話しようと思ってたんだけど、ちょっとした仕事を頼みたいんだ」

「ほう? なんだねそいつは」

「往復で雇いたい。往路は俺、復路は俺と商品。依頼内容は運送、および現地の海賊を皆殺しにする助っ人として二挺拳銃(トゥーハンド)のレンタルになる」

 

 サングラス越しでもはっきりとわかるほどに、ダッチの目が大きく見開かれた。ミハイルも一瞬グラスを磨く手が止まる。すぐにまた手を動かすが、耳はしっかりと二人の会話に向いていた。

 

「ふむ……」

 

 ダッチは小さく唸って残るギムレットを一息に飲み干すと、自前の禿頭を撫でる。

 ゴローは焦らず、ダッチの返事を待っているようだった。沈黙はそう長くは続かず、ダッチの身体がゴローを向く。

 

「たしかに、うちは金と契約書さえあれば、荷も仕事も引き受けちゃいるがな……剣呑な話なら事前説明はしてもらうぜ」

 

 当然だ、とゴローも応じて、ネクタイを緩めた。

 

「うちはベネチアングラスやら高級食器やら、色々扱ってるんだが、会員制のショールームを作る話が持ち上がった。ありがたいことにサンカン・パレスあたりから要望があったんだ。ちょうど三合会から良い空き店舗も買えたところだったんで、これを機に商品をロアナプラに集めるべく船便を手配した。レムチャバン港で荷を下ろし、三合会の品と積み合わせて陸路でロアナプラへ……ところが」

 

 そこでゴローの眉間に皺がよった。気を紛らわすように水を一口、ため息をついて話が続く。

 

「ところが、レムチャバンに着くはずの船から連絡があった。スールー海を通過中、海賊に襲われて荷物を全部取られました、だとさ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そいつはお気の毒に。で?」

「積み荷をやられたのが二日前。調べてみると、パラワンを拠点にしてるチンケな海賊の仕業だった。しかも買い手がつかないんで倉庫で腐らせてる。薬や銃ならすぐ売られて消えたろうが、うちの商品は値を付ける富裕層がいなきゃ二束三文なのが幸いした。未だ海賊の倉庫というわけだ」

 

 ゴローは傍らの鞄から書類を取り出し、ダッチに手渡す。ミハイルの目にもチラと見えたのは、アジア人らしき男の写真だ。いかにも海賊らしく、よく日に焼けた色黒の顔が映っている。ダッチは内容に軽く目を通し、悩むように顎を掻いた。

 

「二十人規模の小型高速艇集団、とはいえチンピラの徒党の域か。で、俺たちはあんたをパラワンまで運び、レヴィとあんたが首尾よく荒事を済ませた後に商品を積み込んでロアナプラに戻ると」

「そうなる。返事は明日中に――」

 

 ゴローの言葉は、勢いよく扉を蹴り開ける音で遮られた。バオが厨房から戻った音だ。両手で持つトレーの上には料理がずらりと並んでいる。

 

「きたきた。じゃあそういうことで頼んだよ、ダッチ」

「あいよ。また電話する」

 

 そういうと、ダッチは代金を置いて店を出た。

 かたやゴロー、もうダッチのことなど眼中にないという風で、夢中になって夕飯を口にしている。よほど腹が空いていたのか、箸が止まらない。しかしながら、その食事姿がまた実に上品なのだ。ロアナプラのチンピラは大抵が汚い食べ方で、例えるなら「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」という具合なのだが、ゴローの所作は落ち着いている。一口一口、きちんと味わっているというか。

 噂通りの食へのこだわりを目の当たりにしたミハイルは、なにやら可笑しくなってきた。闇の世界で恐れられる殺し屋が、春巻きの皮をこぼさないように食べるなんて。物を噛む時はちゃんと口を閉じて噛むなんて! なるほど、このギャップが“Mr.食いしん坊(ピッグ)”なる異名の由来なのだろう。

 ミハイルは、手を洗うバオにひそひそ声で話しかける。

 

「良い食べ方ですね。礼儀正しいというか、落ち着いてるというか……」

「へッ。酒飲まねえから払いは悪いし、メシ作らされるから時間はかかる。立場を考えりゃ文句も言えねェ。厄介な客だぜ、ったくよ……」

 

 ならなんで笑ってるんですか、と聞かないだけの分別はミハイルにもあった。

そう、ボソボソと愚痴るバオだが、よく見れば笑顔が口の端に乗っているのだ。自分が作ったものを、あんなにも美味そうに食われると悪い気はしないのだろう。ゴローのことを、金を落とさないだの手間がかかるだの愚痴りつつも、決して無下にしない理由は、立場や力関係だけではなくて――ミハイルは、それがなんとなく分かった気がした。

 

 陰謀、暴力、流血、冒涜、あらゆる汚濁の渦巻くロアナプラ。その中にあって、メシを食う日本人と、それを笑んで見守るバーテンダーというのは、どこか場違いなほどに穏やかに映る。バンコクの屋台で、馴染みの客と店主が過ごす光景となんら変わらない。

 

「神は天にいまし、世は事もなし。そういうことかな」

 

 ふと呟いた一言は、ロアナプラにはおよそ似合わぬ言葉だが――今、この場にだけは使っても良い。そんな気がした。




2年ぶり。自分の文体を思い出せないレベルのブランクである。
なお超遅筆の理由ですが、仕事を辞める予定が決まったら急に書けるようになったので完全に心因性です。人間は就労と趣味を同時にはできない証明をしてしまった。QED
ぼちぼち無職やりつつ良い働き口を探す日々になります。小説もぼちぼちやるんでよろしくお願いします。

それと挿絵の地図についてですが、Craft Map様から拝借してます。黒矢印は元の予定ルート、赤い×が襲撃された場所です。
地名いくつか出してますが詳しい位置はGoogle Maps見てください。(そこまで書くのめんどい)


ではいつもの解説コーナー


入る時は固くて乾いてるの。でも出る時は柔らかくて濡れてるの!
=米国の友人から聞いたジョークです。答えはマジでチューインガム。双子は何を言わせたかったんだろうね。わからないね。えっちなのはいけないと思います。
 ナチュラルボーン凌辱されマンな生活を送っていたミハイルには下ネタがすごく通じにくいので、やらしい方の意図に気付くこともなかった。残念でした。

ゴロー・イノカシラ
=孤独のグルメ in Thailand。絶対面白いからやってほしい。でも松重さんの落ち着いたイメージはバンコクの屋台にはちょっと違う気もする。
 Mr.ピッグはベイブと対になる感じで考えました。あとは、食いしん坊を英語にすると"horse"か"pig"が主なんだけど、ロアナプラ民は絶対にpig使うよなってことで。
 他作品からの特別出演だけど、今後も普通に出していくキャラになると思う。好きだし。

神は天にいまし、世は事もなし
=原作でもよく出る一節。原典はロバート・ブラウニングの『ピッパが通る』という作品の"God's in his heaven. All's right with the world"。神様が天にいて見守ってくださっている、世界は今日も平和だなあ的な意味。ロアナプラで使うと実に皮肉である。
 今回の執筆にあたって調べてみたら、エヴァのネルフのマークにも書いてあるとかなんとか。僕はエヴァ見たことないんで皆さん見る機会があれば気にしてみてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。