ログ・ホライズン~マイハマの英雄(ぼっち)~ (万年床)
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第一章 そして、“彼”と“彼女”は再び出会う。
第一話 こうして、比企谷八幡は〈大災害〉に巻き込まれる。


なんか思いっきりミスって削除してしまったので再投稿いたします。

この第一話は数カ月前に手慰みで書いた物をそのまま投稿しておりますので、お暇でしたらご一読ください。


 頬をなでる風に、比企谷八幡(ひきがやはちまん)は目を開いた。

 途端に入ってきた目を刺す「何か」。それは先程までカーテンを閉め切ってパソコンに向き合っていたはずの自分とは無縁だったはずの光、太陽の光であった。

 

「ここは……どこだ?」

 

 ようやく眩しさに慣れてきた目で周囲を見回した八幡の目に写ったのは、アスファルトから伸びるツタに絡みつかれたビル群、そして狼狽した人々の姿だった。

 

「なんだよ、なんなんだよコレはっ!?」

「私、さっきまで部屋にいたはずなのに!?」

「う、運営はどこだよ?なんかのイベントだよな、これ!?」

 

 彼らが口にしているのは、まさにこの瞬間に八幡の頭にも浮かんでいた疑問ではあるが、人々の姿は逆に八幡を冷静にさせた。

 八幡は目立つことが嫌いだったし、それ以上に大騒ぎする人々は格好悪く見えた。別に格好つけたいわけでもないけれども……。

 ぼっちとしてのなけなしのプライドを総動員した八幡は、動揺する心を押さえつけ現状の把握に努めることにする。

 

(俺の名前は比企谷八幡、総武高校2年生で奉仕部に所属。少しばかり濁った目がチャームポイントの小町の兄だ。ちなみに友達はいない。……いや、出来ないんじゃない、作らないだけだから。友達を作ると人間強度が下がるって偉い人も言ってたから!)

 

 自分の簡単なパーソナルデータを心の中で確認した八幡は、目を閉じ、とりあえず今日の一日を思い返してみる。

 

(まず起床。その後小町の激ウマの朝食を食べたあと、小町に頼まれお使いという名のパシリに出された。まあ、受験生だしね?妹のお願いを素直に聞いてあげる俺、マジいい兄貴!!で、出かけた先で偶然にも由比ヶ浜(ゆいがはま)と雪ノ下に遭遇。出会って早々に雪ノ下から「あら目付きの悪い不審者が居ると思ったら、比企谷くんじゃないの」と罵倒を頂戴した後、そのまま少し会話をし、由比ヶ浜から「ヒッキーも一緒に遊ぼうよ!」と誘われたものの……)

 

(今日は〈エルダー・テイル〉に新拡張パッケージ、〈ノウアスフィアの開墾(かいこん)〉が当たる日だ。一刻も早く体験したい俺にはこの誘いを受けるという選択肢はなく、用事があるの一言で断ったのだが。……なんなんだよ、俺に用事があるのに心底驚いたような由比ヶ浜と雪ノ下の顔は!まあ、用事の中身を伝えた後の、納得したような可哀想なものを見るような目の方が余程ムカついたけどな!!『絶対に許さないリスト』がまた厚くなるな……。)

 

(二人と別れた俺は小町から頼まれたブツを手に入れ、いそいそと帰宅した。なにせもう5年は続けているゲームのアップデートだ。帰宅後すぐにログインし、その瞬間を今か今かと待っていたはずなんだが……)

 

(目の前に広がる風景、騒いでいる人間、今の俺の格好、そして直前まで俺が一体『何を』やっていたか。ここから導き出される結論は……)

 

「……ここは〈エルダー・テイル〉の中で、見えているのは〈アキバの街〉ってことだよな」

 

 八幡が呟いた言葉は、彼以外の誰の耳にも届くことなく拡散していった。

 

 〈エルダー・テイル〉とは、「剣と魔法の世界」をモチーフとした、世界中で2千万人の愛好者を持つ20年の歴史を持つオンラインゲームである。八幡はそんな〈エルダー・テイル〉を5年ほどプレイしている、ベテランプレイヤーの一人なのだ。

 

 実際はエルダー・テイルに似て見えるだけの全く別の世界かもしれない。もう一度周りの風景を確認しようと、八幡は閉じていた目を開いた。その途端に視界に広がったのは見慣れない、いや、モニター越しに何度も見たことのある物だった。

 

「これは……、〈エルダー・テイル〉のメニュー画面か?」

 

 自分のプレイヤーネームである〈八幡(はちまん)〉、そして職業欄に記載されるのは〈暗殺者(アサシン)〉の文字。さらにはHPバーやMPバー・装備スロットなど、この数年間、ほぼ毎日見続けてきたものだった。

 

(くそっ、ここが〈エルダー・テイル〉の中だってのはほぼ確定か!?これがラノベや漫画の中の話だったら、よくある設定だなって笑い飛ばすところなんだが、いざ自分がその状況に置かれると全く笑えんな。……今度材木座の奴に会ったら謝ろう)

 

(とりあえず今必要なのは、じっくりと考えることが出来る場所に移動することだ。現状ではあまりにも分からないことが多すぎる)

 

 一度そこで思考を打ち切った八幡は、静かな場所へと移動するべく走りだした。モニター越しでしか知らないとはいえ、ここは〈アキバの街〉だ。〈ヤマトサーバー〉最大のプレイヤータウンであるこの街のマップは、八幡の頭の中に完全な形で入っていた。

 移動を開始してすぐに気付いたのは、自身の身体能力の高さだ。八幡は現実世界でもそこそこに運動神経は良い方ではあるが、はっきり言って今のこの移動スピードは異常だ。

 

(冒険者としてのステータスまで反映されているってことか。しかしこの速さだったら、それこそ壁走りでも出来そうだな。んっ!?)

 

 前方から自分の居る方へと向かってくる気配を感じ、八幡はとっさに廃ビルの影に隠れる。さらにメニュー画面を開き、特技の欄から〈ハイディングエントリー〉を選択する。

 

(さて、特技は果たして効果があるものか……。ふむ、どうやら効果があるようだな)

 

〈ハイディングエントリー〉の効果により透明化する自身の姿を確認した八幡は、身を潜めたまま、前方から迫ってくる気配を(うかが)う。

 

(数は……3人か?とりあえずこのままやり過ごすか)

 

 八幡は走ってくる3人の姿を視認した。しかし3人の声が耳に届きだし顔を確認できるまで近づいてきた所で、八幡は危うく声を上げそうになった。

 

「でも、カワラがこの辺の敵相手にピンチになるかな?」

 

 少し気の強そうな少女の声と

 

「こんな時ですから、なにかトラブルがあったのかも」

 

 優しげな少年(何故か壁を走っている)の声と

 

「なんつー所走ってんだよ!」

 

 若干気怠げな女性の声。

 

(イサミとセタ、それにナズナさん!?)

 

 『剣聖(けんせい)』ソウジロウ=セタ。戦闘系ギルド〈西風(にしかぜ)旅団(りょだん)〉を率いる若きギルドマスター。そして〈西風の旅団〉のメンバーであるイサミとナズナ。八幡の〈エルダー・テイル〉内での数少ない知り合いである。しかし……

 

(隠れて正解だったな。危うく鉢合わせするところだった)

 

 現実となってしまったこの世界では、もっとも顔を合わせたくない人物たちでもあった。

 三人は潜んでいる八幡に気づくこともなく、そのままアキバの街の外へと向かっていく。

 




削除前の作品に今までいただいた感想は、全て目を通させていただいておりました。感想いただいていた方、うっかりの削除、本当に申し訳ないです。


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第二話 覚悟する間もなく、イサミの戦いは始まる。

続いて第二話投下。

この作品は、このような形でサブタイトルの人物視点の三人称でお話を進めていきます。


「はーっ!!」

 

 目の前のゴブリンを斬り裂こうと、イサミは〈武士〉の特技の一つ、〈兜割(かぶとわ)り〉を発動させる。しかし震える手で発動させたソレは、手で触れられるような位置にいるゴブリンから逸れ、足元の土を抉るだけの結果となった。

 地面にめり込んだ刀と、その衝撃に痺れた腕に呆然とするイサミに向かって、ゴブリンの手に握られた手斧が振るわれる。刃の所々が欠けたその手斧を大きく飛び退ってかわし、イサミはどうにか刀を構え直す。

 

(怖い怖い怖い。やっぱりゲームとは全然違う!?)

 

 自分の思い通りに体が動かない。戦闘に置いてこれほど不利な事はないだろう。急激に上がった身体能力に脳が、心が対応できていない。平静であろうとすればするほど、恐怖に捕らわれた心は焦りを増していく。

 

(どうしてこんなことになったの?うちはただゲームをしていただけのはずなのに……)

 

 イサミは、〈エルダー・テイル〉に新拡張パッケージ、〈ノウアスフィアの開墾〉が当たる今日という日を心待ちにしていた。大好きな局長であるソウジロウ・セタ、そして気心のしれた〈西風の旅団〉の面々と目一杯楽しもうと、何時間も前からログインして待ち構えていたのだ。

 

 それがどうしてこんなことになったのだろう。

 

 あるいはソウジロウの様に、こんな事態をただ無邪気に喜べる人間人間であれば良かったのだろうが、〈エルダー・テイル〉が現実になった?自分の肉体が〈冒険者〉になった?そんな現実は容易に受け止められる物ではない。

 それでも、いつもどおりの様子のソウジロウやナズナと会話を交わすことにより平常心が帰ってきた。その後にソウジロウにかかってきたカワラからの念話。その救援要請に答える為に現場へと向かっている間は全く問題がなかった。しかし……、初心者の〈冒険者〉を庇いながらすでに戦っているカワラ、迷わず助けに入るソウジロウ。二人に続いて戦闘に入ろうとしたその瞬間、無骨な武器を構えたゴブリン達の姿を見た時から、保たれていたはずの平常心は決壊した。

 

「イサミっ!!」

 

 森に響いたナズナの焦ったような声。そして自分へと迫る欠けた刃。

 一瞬の油断。考え事をしながら戦っていた事と、敵の攻撃を避けた先に樹の根が広がっているのに気付かなかった事。それによりイサミはよろけ、その隙を逃さずに振るわれたゴブリンの一撃が足へとヒットする。

 

「キャアァッ!!」

 

 イサミの足に命中した攻撃は、バランスを崩していたイサミにとっては駄目押しと言える物だった。地面へと顔から倒れこんだイサミは、思わず大きな声を上げる。

 

「イサミさん!!」

 

 転倒した拍子に上がったイサミの悲鳴に、イサミの近くで鬼神の様に愛刀を振るっていたソウジロウが振り返る。

 イサミに追撃をかけようと手斧を振りかぶるゴブリンを目にした彼は、自分の目の前の敵を一刀で斬り捨てると、地面を蹴り、イサミの居る所へと向かって跳躍した。

 ソウジロウからかけられた声に振り向いたイサミが見たのは、自分に向かって手斧を振り下ろそうとしているゴブリン、必死の表情で自分の所へと駆け寄るソウジロウ。そして…………。

 

 

 ソウジロウの後ろから飛んでくる一本の矢だった。

 

 

「き、局長!!」

 

 イサミが上げた悲鳴のようなその声に、ソウジロウは咄嗟に首を捻る。

 凄まじい速度と威力のソレは、横を向いたソウジロウの視線の先すれすれを通り過ぎ、今まさにイサミを攻撃せんとしていたゴブリンを一撃で吹き飛ばし、ゴブリンを捕らえたそのままにイサミの頭上を飛び越え、10メートルほど先の樹の幹にゴブリンを縫い止めてようやく静止した。

 イサミが知っているゲーム時代の〈エルダー・テイル〉、その記憶の中から呼び出された技の名前が思わず口から溢れる。

 

「〈アサシネイト〉?」

 

 "暗殺者の一撃"とも呼ばれる、〈暗殺者〉の基幹スキルにして切り札。以前〈西風の旅団〉に所属していた"彼"が好んでよく使用していた、武器攻撃職で最大の瞬間攻撃力を誇る特技である。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 一瞬の自失から立ち直ったソウジロウが駆け寄ってくる姿を視界に収めながらも、イサミの心の中を占めていたのは全く別の人物だった。

 

「もしかして…………」

 

 

 

「副長なの?」

 

 

 

〈西風の旅団〉。かつてヤマトサーバーに存在した伝説の集団〈放蕩者の茶会(デボーチェリ・ティー パーティー)〉の一員であったソウジロウ・セタが、茶会の解散後に設立した戦闘系ギルド。茶会の流れを汲んだそのギルドには、放蕩者たちが数名参加した。

 腕利きの〈神祇官(カンナギ)〉であるナズナやチビロリ〈ドワーフ〉の〈施療神官(クレリック)〉の沙姫、〈召喚術師(サモナー)〉で〈死霊使い〉 の詠など、多くはソウジロウLOVEを理由に加入したが、その中でただ一人、男性でありながら参加したメンバーがいたのだ。

 茶会に於いてはその"特殊なビルド"により時に前衛、時に後衛と便利屋的な活躍をし、茶会のおぱんつ戦士・直継をして「もしかするとシロより黒いかもしれない……」と言わしめる黒さで参謀陣の一角を占めた。

 〈西風の旅団〉ではサブギルドマスターを務め、一年前に起こった"ある出来事"でギルドを去るまでの一年間で、女性ばかりの集団をヤマトサーバー内有数の戦闘系ギルドまで育て上げた。腐った目と捻くれた言動、後ろ向きな心を持った"彼"は、様々な〈大規模戦闘(レイド)〉を経験し、見てきたイサミの目から見ても、圧倒的な上手さを持つ〈暗殺者〉だった。

 

 イサミが副長と呼び、もしかするとソウジロウ以上に慕っていたかもしれない〈暗殺者〉。"彼"のプレイヤーネームは八幡(はちまん)と言った。




まだまだ文字数が少ないですが、この後徐々に増えてまいります。とりあえずはそのまま投稿しなおしておりますが、後々加筆修正するかもしれません。


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第三話 おもわず、比企谷八幡はその手に武器を取る。

どんどん投稿第三話。

今回は、前回のお話を八幡視点で描いたものとなります。戦闘シーン難しいですw


 〈西風の旅団〉の三人を見かけた後、八幡は動揺する心を強引に押さえつけていた。

 

(落ち着け、KOOLになるんだ比企谷八幡。……いや、ちょっと待て。これは駄目なフラグだった)

 

 思わず心の中で、某ゲームの口先の魔術師の口調を真似てしまった八幡だったが、それによっていけない何かが立った事を察し、若干顔を青褪(あおざ)めさせる。おのれ魔術師!!※作品違いです。

 自らの心の内で展開された謎の寸劇によって、平静を取り戻した八幡は思考を開始する。

 先ほど見かけた三人、ソウジロウ・セタ、ナズナ、そしてイサミ。〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団(こっけんきしだん)〉、〈シルバーソード〉など、ヤマトサーバーで名高い戦闘系ギルドと〈大規模戦闘〉で先陣争いの一翼を担うギルド〈西風の旅団〉、その中核メンバーである三人だ。なお、そんな〈西風の旅団〉であるが、その実態がハーレムマスター・ソウジロウのファンクラブであることは衆目の一致するところである。

 本来ならば、八幡にとっては爆発するべきリア充集団である〈西風の旅団〉だが……

 

(つまり以前に所属していた俺がリア充である可能性が微粒子レベルで存在する?……ないな)

 

 またも明後日の方向に逸れ始めた思考に即座に否定を入れ、八幡はあらためて考えこむ。

 

(まずは状況を整理しろ。こんな事態だ。あいつらだってそりゃ慌てるだろう。しかしカワラがピンチだとか言ってたな。カワラって俺がギルドを辞める何ヶ月か前にソウジロウに決闘を挑んできた奴だったよな?なんか代わりに俺が立ち合う羽目になったけど……)

 

 そんなカワラであったが、八幡にあっさりと敗北した後にそのまま〈西風の旅団〉に入った。そして人懐っこいその性格で八幡にやたらと絡む様になるのだが、とりあえずの所は余談である。

 

(あいつがピンチね~。あの性格から考えて、ゲームが現実になったってなると嬉々としていそうだがな。それで喜び勇んでアキバの外に出て敵を倒しにでも行ったのか?いや、あいつだってレベル90だし装備も高レベルの物が揃っている。アキバ周辺のモンスター相手じゃ早々ピンチなんぞに陥らんはずなんだが……)

 

 〈アキバの街〉の周辺に、高レベルモンスターが全く存在しないわけでもない。しかしいくらカワラという少女に無鉄砲の嫌いがあるとはいえ、まさかそんなゾーンにソロでは突っ込むまい。無鉄砲な分やたらと野生の勘の様なものが発達しており、危険には敏感なのだ。

 

(となってくると考えられる可能性は限られてくる。1.カワラ一人ではなく、かつその同行者が弱い。2.PK、プレイヤーキラーに遭遇した。3.〈ノウアスフィアの開墾〉の導入による未知のモンスターって所か。それ以外の可能性もあるかもしれないが、ぱっと思い付く限りではこんなもんか)

 

(思い付いた可能性の中でもおそらく2は除外していいだろう。未だプレイヤーの多くは大混乱中だ。そんな中で、PKをやろうなんてすぐに考える奴がプレイヤー、特に日本人のプレイヤーの中なんぞにいるとは思えん)

 

 ちなみに八幡が除外したこの可能性だが、後日あまりにも甘いモノであった事が判明する。混乱した人間というのは、逆にどんなことでもやりかねないものなのだ。もっとも、〈大災害〉後初のPK被害者である双子のプレイヤーと八幡が邂逅するのは数日後であり、現時点の八幡はその事を知る由もなかった。

 

(1と3についてはどちらも可能性は除外できない。しかもどちらも危険度が高い。1については相手モンスターの数によっては一人ではどうしようもないし、3に至ってはどんな事態にでも成り得る)

 

 そして八幡は決断する。

 

(追いかけよう。……ただし気付かれないように。だって顔合わせるの超気まずいし。それどころか「誰?」なんて言われたら悲しみで目が腐るまである。あ、元々だったわサーセン)

 

 

 

 

(勇んでアキバを飛び出したはいいモノの、完全に見失ったでござるorz)

 

 ソウジロウたちを追いかけて森へと入った八幡だったが、長々と余計なことを考えていたせいで、三人の姿を見つけることが出来ないでいた。

 

(おそらく森に入ってすぐの辺りだろうと思っていたんだが、どっちだ?)

 

 どうにかソウジロウたちを見つけようと、八幡は左へ右へと視線を巡らせるが、ここは森の中。目に映るのは当然の様に生い茂る樹木であった。

 

(とりあえずもう少し視界を確保しないとどうしようもないな。となるとあの木の上あたりか?ついでに身体能力の確認も兼ねて……)

 

 近くにある中で一番大きな木を見やった八幡は、地面を強く蹴る。そしてそのまま目標の木まで接近すると、一気に一番上まで駆け上がった。

 

(……やはりとんでもない身体能力だな、こりゃ。しかもまだかなり余裕がある)

 

 自らの身体能力にちょっとした感動を覚えつつも、八幡はすぐに目的を思い出して森の中を見渡す。しかしその視界に浮かぶのは緑一色である。

 

(ちっ!これでも厳しいか。……いや、アレは!?)

 

 その時見えたのは果たしてソウジロウとイサミ、どちらの刀が反射した物だったのか。キラリと光ったその煌めきを、八幡の腐った目は見逃さなかった。

 

(あそこか!……さらっと流されてるけど腐った目関係なくね?)

 

 ようやく真っ赤な影、幻想級(ファンタズマル) 装備〈新皇(しんのう)武者鎧(むしゃよろい)〉を身に纏ったソウジロウを視界に収めた八幡は、一気に跳躍した。手近な木の枝に片足で着地し、その勢いを殺さずさらに着地した枝を蹴る。

 〈ハイディングエントリー〉で透明化していなければ、尋常ではない速度で移動するその姿は一筋の矢の様に見えたことであろう。あっという間にゴブリンと戦うソウジロウとカワラ、そしてイサミの姿を視認した八幡だったが、次の瞬間には背中に下げていた弓へと手を伸ばしていた。

 

(くそっ!)

 

 八幡の目に映ったのは

 

(間に合えっ!!)

 

 ゴブリンの振り上げた手斧を避けた先で、木の根に足を取られ、ゴブリンの攻撃を受けて倒れるイサミ

 

(構えてっ!)

 

 そしてイサミに向かって追撃の手斧を振り上げるゴブリン

 

(狙えっ!!)

 

 慌てたようにイサミへと駆け寄るソウジロウの赤い背中

 

 

 

「〈アサシネイト〉!!」

 

 

 

 八幡の右手から放たれた矢は、空気を切り裂き唸りを上げ、まっすぐに飛んで行く。思わず振り向いたソウジロウの鼻先を掠めて通り過ぎたソレは、今まさにイサミに手斧を振り下ろさんとしていたゴブリンに着弾。しかし目標を捉えても勢いを失わずにさらに飛び続け、10メートルほど先の樹の幹にゴブリンを磔にした所でようやく止まった。

 技後硬直が解け、ほぅっと息を付いた八幡は、イサミが無事なのを確認した所でようやく今の状況に気が付く。

 

(あっ、やべぇ!!)

 

 そう、このまま突っ立ていると自分の姿が見つかってしまうということに。慌てて木の影に隠れようとする八幡だったが、その目は、呆然とした様子で矢の飛んできた方角を見つめるイサミの口元を捉えていた。

 

「副長なの?」

 

 口から溢れだしたその声が聴こえる様な距離ではない。が、思わず読み取ってしまったイサミの唇の動きに、八幡は一瞬体が硬直するのを感じた。

 

「くっ!」

 

 しかし心に過ぎった感情をねじ伏せた八幡は、そのまま木の影に身を潜め、さらに次の瞬間には木の天辺まで駆け上がっていた。幸いにしてか不幸にしてか、その姿はイサミには見つけられておらず、誰にも気付かれることなく森の中へと消えていった。

 

 

 

 

「何だったんでしょうね、あの矢?」

 

 ソウジロウの口からポツリと漏れる言葉。その場に居合わせた冒険者達は、初心者にしろベテランにしろ、先程の光景に一様に驚愕していたが、

 

(え?なんなの今の?俺、いつの間にかタタリ神にでも呪われてたの?)

 

……もっとも驚愕していたのはその一撃を放った当の本人であったりする。




まだまだ短い第三話。これも今後加筆するかもですが、まあ現在のところ不明ですw


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第四話 あらためて、ソウジロウ・セタは誓いを立てる。(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その1)

過去話混じりの第四話。

今回のように過去のお話がメインになっている回は、サブタイトルに(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている その○)という文言が入っております。


「八幡、〈放蕩者の茶会〉が解散することになりました……」

 

 ようやくログインしてきた八幡に、ソウジロウは先程シロエから聞かされた話を告げる。

 

「ああ、俺も昨日シロエさんから聞いたよ」

 

 それに答える八幡の声も、普段に比べるとどこか沈んでいるように聞こえた。

 

「ボクはもっとみんなと色々冒険をしたかったのに……」

 

 ソウジロウは25人いる茶会のメンバーの中でも、入ってからの日が浅いメンバーであった。それでも、茶会の仲間達との日々は楽しかった。

 猪突猛進なムードメーカ兼リーダーのカナミ、自分の面倒をよく見てくれたシロエやカズ彦、落ち着いた立ち居振る舞いで皆を見守るにゃん太、やたらと話しかけてくるナズナ・沙姫・詠の三人、そして自分と一番歳が近い捻くれ者の八幡。

 みんなで行った様々な冒険は、ソウジロウにとっては何事にも代えがたい、最高の時間だったのだ。

 

「俺だって楽しくなかったとは言わないし、残念な気持ちがないわけでもない。だがな、その感情は茶会の『みんな』がいたから生まれた感情だ。『みんな』じゃなくなったのに続けても、それは『本物』じゃないだろ?」

 

 八幡の言葉を聞いたソウジロウは、もしかすると目の前の友人は、自分以上に茶会の解散を残念に思っているのかもしれないと感じた。それほどに八幡らしくなく、そして八幡らしい言葉だったからだ。

 

「……そうですね。確かにみんながいたから楽しかったんですよね。なのにメンバーが減ったからって人を入れたり、残ったメンバーだけで何かをやるっていうのは間違っているのかもしれないですね」

 

 ソウジロウの言葉にいつもの調子が戻ってくる。元々前向きで明るい、茶会のムードメーカーの一人でもある少年なのだ。

 

「決めました!」

 

 キッと八幡を見据えて、ソウジロウは語り始める。

 

「八幡、ボクは自分のギルドを立ち上げます!!」

 

「茶会のように、みんながみんなを思いやって明るく楽しく過ごせる、そんな最高で最強のギルドを目指します!!」

 

 そんなソウジロウの宣言を聞いた八幡は

 

「……そうか。頑張れよ」

 

 立ち直った様子のソウジロウに、エールを送る。

 

「だから、八幡。ボクが作るギルドの最初のメンバーになってください」

 

「はぁっ!?」

 

 自分の言葉に対して驚いている様子の八幡に、ソウジロウは畳み掛けるように話を続ける。

 

「ボクはご存知のように前衛バカです。シロエ先輩や八幡の様に色々考えたりすることが出来ません。そんなボクでは解決できない問題が立ち上がった時、きっと八幡の力が必要になります。それに……」

 

 一旦言葉を区切ったソウジロウは、八幡の腐った目を見つめる。

 

「ボクが八幡と一緒にやりたいんです!お願いします!!」

 

 未だ困惑した様子の八幡に、ソウジロウは深々と頭を下げる。ソウジロウが頭を下げたくらいで、この友人がその孤独体質を捨ててくれるかは分からない。ただ、ソウジロウが想像する最高のギルドには、絶対に八幡の存在が必要なのだ。

 

「…………」

 

「……………………」

 

「……………………はあっ、分かったよ。お前がギルドを立ち上げるのに協力してやる。だからさっさと頭を上げろ」

 

 いかにも渋々といった様子で同意を告げる八幡に、ソウジロウは頭を上げて目を輝かせる。

 

「ありがとうございます、八ま「ただしいくつか条件がある」

 

「……なんでしょうか?」

 

 お礼を言おうとしたところを遮られたソウジロウは、八幡の言葉に問い返す。

 

「まず一つ。俺が辞めたいと思った時には好きに辞めさせてくれる事」

 

「それは当然です。八幡が嫌なのに引き止めるような真似は絶対にしません」

 

 八幡が出した最初の条件に、ソウジロウは即答する。嫌がるメンバーを無理やり引き止める、それは〈放蕩者の茶会〉の流儀でもなければ、ソウジロウの目指す最高のギルドの流儀でもない。

 ソウジロウが頷くのを確認した八幡は、さらに話を続ける。

 

「そしてもう一つ、ギルドの運営なんかは俺が手伝ってやるし、メンバーの訓練なんかには協力してやる。だが、何か有った時に先頭に立つのはお前の仕事だ。お前がギルドマスターとして、メンバーを鼓舞して、守ってやれ。……例え誰が敵であったとしてもな」

 

「…………分かりました。どんなことがあっても誰が敵があっても、ギルドのメンバーの事は見捨てません。必ず守ってみせます!この刀に誓って!」

 

 ソウジロウは誓った。この刀に賭けて、そして八幡との友情に賭けて。

 

「……ああ、分かったよ。よろしくな、ギルドマスター?」

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。サブギルドマスター?」

 

「えっ!?それとこれとは話が違うくね?俺、そんな面倒な立場嫌なんだけど。……おい、ちょっと待て!お前本当に俺にサブマスやらせる気か?俺がぼっちでコミュ障なの知ってんだろ?おい、ちょっと何優しげな微笑みなんぞ浮かべちゃってんの?いや、引き受けないからな!いいか、絶対だぞ!!」

 

 何か喚き始める八幡を尻目に、ソウジロウは微笑む。自分と八幡が居れば、最高のギルドが出来るだろう。〈放蕩者の茶会〉の面々にも負けない最高のメンバーを集め、共に〈大規模戦闘〉を戦いぬく、そんな最高のギルドが。

 

 戦闘系ギルド〈西風の旅団〉。その産声は今、高らかに上がった。それは〈アキバの街〉に、そして〈ヤマトサーバー〉にその名を轟かせる、『最高の』ギルドの結成の瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

「この度はボクが不甲斐ないばかりみなさんに怖い思いをさせてしまって」

 

 地面に膝をつき、深々と頭を下げるソウジロウ。

 

「本当にごめんなさい!!」

 

 見紛うことなき“DOGEZA”である。

 

「ボクがギルマスとしてもう少し考えてから行動すればよかったのに……」

 

 あの日、八幡に誓ったというのに、自分はこの自体にただ喜ぶだけだった。守るべき、守らなければならないギルドメンバーの気持ちを慮ることなく、現実になった〈エルダー・テイル〉の世界を歓迎していた。ここが、ただ楽しいだけの世界ではなくなった事も考えずに。

 

「や……やめてよ、局長!」

 

 そんなソウジロウに対して慌てるイサミだったが

 

「何でお師匠あやまってんの?」

 

 脳天気なカワラは、先程まで自分が守っていた初心者プレイヤーに尋ねていた。まあ、今日初めてログインした彼女たちには分かるわけもないのだが。

 

「今はまだ、元の世界に戻れるかは分かりません。でも、きっといつか戻れるはずです!……多分」

 

「いやそれは言わなくていいだろ」

 

 ソウジロウの言葉に思わずツッコミを入れるナズナ。ゲームだった頃の“いつもの”光景に、イサミはようやく笑顔を浮かべる。そのイサミの表情を見たソウジロウは

 

(いつになったら元の世界に戻れるのかは分からない。でも、戻れるその時までは、ボクたちはここで生きていかなきゃいけない。だから)

 

 改めて心の中で誓う。

 

(ボクはその日まで全力で皆を守ろう。皆が笑顔でいられるように。だってここは、ボクと八幡が大好きな)

 

(〈エルダー・テイル〉の世界なんだから!)

 

 自分の腰に差している刀を見つめ、ソウジロウは笑顔になる。やるべき事は多い。もしかすると自分だけでは対処出来ない事があるかもしれない。でも、自分には最高の仲間達がいる。みんなとだったらきっとどんな事態も乗り越えられるから。

 

(本当だったらここに八幡がいると、もっと最高だったんだろうけど……。んっ!?)

 

「きゃっ!?」

 

 カワラが守っていた初心者プレイヤーから聞こえた悲鳴に、ソウジロウは現実に引き戻される。ソウジロウが向けた視線の先に居たのは、ガラの悪そうな金髪の男性〈冒険者〉。そして

 

「お取り込み中失礼させてもらうよ」

 

 〈ヤマトサーバー〉最大の戦闘系ギルド〈D.D.D〉のメンバー達と、彼らを率いる“狂戦士”クラスティの姿だった。 




徐々に文字数が増えてきた第四話。ただ、ここまでは後々改稿するつもりの対象に入っております。なお、この切り方ですが、クラスティさんの出番は一回お休みですw


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第五話 ようやく、比企谷八幡は色々考え始める。

八幡視点な第五話。ギャグに四苦八苦する毎日ですが、私は元気です!w


「さって、ここいらまで来ればさすがに大丈夫だろ……」

 

 ぼっち特有の独り言を呟きながら、八幡は念の為にと周囲の様子を伺い、ようやく足を止めた。先程ソウジロウ達の戦闘に介入した後の5分ほどの間、急いでその場を離れようとずっと動き続けていたのだ。

 

(これでようやくゆっくりと考えられるな)

 

 〈アキバの街〉でソウジロウ達を見つけて以降、深く思考する間もなく動いていた為、本来もっと早くに行っておくべきだった事、この世界についての考察が先送りになっていた。

 

(まず確実なのは、この世界が今日の朝まで俺がいた世界とは違う世界である事。しかも〈エルダー・テイル〉によく似た世界だって事だ)

 

(周りの風景、自分や他の人間の服装、メニューバーやステータスバー。それに加えて、現実ではセタ以外に会ったことがないのに存在していた〈西風の旅団〉のメンバー。例えば単なる夢だって可能性がゼロな訳じゃないが、あまりにもディテールが細かすぎる。……まあ、俺の妄想力が天元突破した可能性も否定できんが)

 

 ぼっちの固有スキルである〈妄想〉の可能性は消しきれなかったものの、八幡はあらためてこの世界が(少なくとも現実世界ではないという意味の)異世界であるという認識を固める。

 

(問題はここが一体どれだけ〈エルダー・テイル〉に近い世界かということだ。少なくとも〈アキバの街〉の構造はそのままだったし、俺のステータスや所持アイテムもゲーム時代の記憶との差異は感じられない。……後、相変わらずフレンドリストの登録人数は少ない。異世界でも俺、マジぼっち!!)

 

 それでも、現実世界における八幡のスマートフォンの電話帳の登録件数よりはずっと多いのだが。なお八幡自身は知らないものの、逆に八幡をフレンド登録しているプレイヤーは何気にかなり多い。居場所を尋ねると「えっ?誰それ?」と聞き返される現実世界とは違い、〈エルダー・テイル〉における八幡はそこそこに有名なプレイヤーなのである。

 

(逆にゲーム時代と違っている所。まずは当然、俺達プレイヤーはモニター外から操作しているのではなく、現実に意識を持った〈冒険者〉として活動しているという事。また、体力は大幅に増えているのは間違いないが、肉体や精神には疲労が溜まるらしい。それならおそらく、食欲や睡眠欲という物も存在するだろう。というかすでにちょっと喉が乾いてるし)

 

 喉に乾きを覚えた八幡は、いつもの癖でズボンのポケットに手をやり、周辺をキョロキョロと見回した所で衝撃の事実に気付いた。そう、この世界には自動販売機などという気の利いた機械はなく

 

「MAXコーヒーが飲めない……だと!?」

 

 思わず自分の口から飛び出た衝撃的な事実を前に、八幡はその場に膝から崩れ落ちる。千葉県民のソウルドリンクであるあのMAXコーヒーが飲めないなど、八幡にはとてもではないが耐えられない事であった。さらに言うなら

 

「小町のメシも食えない……だと!?」

 

 当然この世界には彼の妹である比企谷小町も常備されていない。千葉の兄妹の兄の方である彼にとって、愛する妹に会えない事と、その妹が作る料理を食べる事が出来ないというのは、世界が崩壊したのと同義である。

 膝立ちの姿勢すらも支えられなくなった八幡は、地面に両腕を突いて項垂れる。……〈冒険者〉の肉体になっても、どうやら精神力は強化されないらしい。

 

 

 

「ふぅ……、ぼっちじゃなかったら即死だったな」

 

 10分後、八幡の意識がようやく再ログインに成功した。そう、あの雪ノ下陽乃をして"理性の化け物"と言わしめた八幡だからこその、10分での復活。リア充なら人格崩壊を起こすまである程の出来事であった。

 

(しかし、MAXコーヒーや小町のメシが食えないのは、この際仕方がないとして。……いや、全然我慢ならない事なんだけどね)

 

(実際問題この世界では、おそらく食事が必要だ。現在の俺は明らかに空腹を感じているし、ついでに言うとまあちょっと御手水に行きたい気がしなくもないので、おそらく出るもんも出るんだろう。はいそこっ!下品だとか言わない!生理現象は生きていれば誰にでもあるんだから、誰に恥じることもない事だからね!!……だけど、お食事中の人はほんとごめんなさい)

 

 食事の事についての考えから、トイレというものの必要性にまで辿り着いた八幡。しかしトイレが必要だということは

 

(まさかそこら中で立ち○ョンするわけにもいかんし、この世界では衣食住の全てが必要になるという事だ。しかもそれらを手に入れるには、金を稼がないといけない。現状俺はそこそこに金を持ってはいる。しかしこのワケの分からん事態がいつまで続くのか、今の段階では不明。また、いつどういった事で金が必要になるかも分からん。出来る限り、手持ちの金には手を付けない方が無難だろう。つまり)

 

 八幡は空を仰いで、そこに居るかもしれない誰か、この事態を引き起こした誰かに向かって怨嗟の視線を向ける。

 

(つまり、この『本物』になった世界で、モンスターと、俺達を殺そうと狙ってくる異形の生物達と戦わないといけないって事だ。自らの肉体と、この手に握る武器で……)

 

 この世界は、平和を唯々諾々と享受してきた日本人にとっては、過酷で苛烈な世界になるだろう。

 初めの内はゲーム感覚で過ごせるかもしれない。戦うのに慣れてくれば戦うのが、敵を殺すのが当たり前の様になるかもしれない。しかし、ゲーム感覚にもなれず、戦うのに慣れる事も出来ない人はどうすればいいのだろうか。

 もちろん協調性の高い日本人の事だ。困っている人間が居れば誰かが助けてくれるかもしれない。食事を恵んでくれるかもしれないし、もしかするとお金すら与えてくれるかもしれない。しかし

 

(……俺は養われる気はあるが、施しを受ける気はない!よく分からないプライドだと言われようが、そんな事は断じて我慢ならない!専業主夫志望の名に賭けて!!)

 

 八幡は決意する。この世界は元いた世界とは違うかもしれない。学生という立場もなければ、両親や教師による庇護もないかもしれない。それでも

 

(戦う事が必要だというなら、俺は戦おう。ただ自分の為だけに)

 

 それでも、元の世界に帰るためには生きていかなければならないのだから。

 

(マイエンジェル小町や雪ノ下、由比ヶ浜。平塚先生やマイエンジェル戸塚や、一色。それに川、川島?と後ついでに材木座。あいつらは俺の友達じゃなかったが、突然俺がいなくなったら心配くらいはしてくれてるだろうし、ちゃんと無事に帰らないとな。……心配してるよね?頑張って帰ったのに、「あれ、あなた誰だったかしら?失踪谷くん、それとも蒸発谷くんだったかしら?」なんて言われた日には、泣きながら夕日に向かって走っちゃうよ?)

 

 自分の頭の中で想像(妄想)した氷の女王の姿に、先程までの決意が少し鈍る八幡であった。それにしてもこの男、自分の思考の中だけでどれだけダメージを受けるのであろうか。

 

 

 

「……大丈夫だ、問題ない」

 

 再び10分後、何かいけないフラグを立てつつも、八幡は再度復活を果たす。神は言っている、ここで死ぬ運命ではないと。

 

(ひとまずこれからどうするかだな。最優先事項は衣食住の確保、これは変わらん。まあ、衣についてはどうでもいいしどうにかなりそうだからいい。問題は食事と住居だな。〈アキバの街〉は〈ヤマトサーバー〉最大のプレイヤータウンだ。つまり人が多すぎる。……多すぎてぼっちが人当たりで死んじゃうまである)

 

 それだけではなく、人が多い場所というのはその分トラブルも増えるのだ。うっかり巻き込まれる可能性は十分にある。

 

(しかし情報を手に入れるには、やはり近くにプレイヤーが多い方がいいだろう。ということはアキバから離れすぎるのも駄目。少なくともすぐにアキバまで戻ってこられるところってことになるな)

 

 人が少ないがアキバから近く、そして寝床が確保できる場所。八幡には一つ心当たりが存在した。

 

(となると選択肢は一つだけだな。ゲーム時代から俺がホームタウンにしてた〈マイハマの都〉。あそこならメシ屋もあって宿もあるし、ゲーム内での土地勘はもちろん、リアルでの土地勘もある。そもそも〈ハーフガイア・プロジェクト〉で2分の1の距離になった地球が再現されているんだから、あそこ実質千葉だし。つうかあそこの城、どう考えてもディスティニーランドの城をパクってるよな。怒られちゃうよ?天下のディス○ィニーだよ?……なんでだろう。伏せ字にした方がむしろ危険に近づいた気がする不思議!!)

 

 大変不穏な思考を続ける八幡だったが、ようやくに腰を上げ、行動を起こす。

 

(早目に移動を開始しよう。道中は出来る限り徒歩で行動しながらモンスターとの戦闘を行って、少しでもこの世界の戦闘に慣れるべきだろうな。幸い〈マイハマの都〉までは、少し遠回りさえすれば低レベルのゾーンだけを通っていける。もしもの時の回復薬なんかもかなりストックがある。……まあ普段から回復してくれる人なんかいなかったし。ぼっちだから)

 

 八幡は地面を蹴り、その足を前へと進めた。向かうは東、目標は〈マイハマの都〉。

 道中に現れたモンスターを屠りながら、八幡は目的地に向かってひたすらに突き進む。ゲームだった時の〈エルダー・テイル〉で自分が〈マイハマの英雄〉と呼ばれるきっかけとなった、因縁の街へと。




八幡を三人称視点で描くという無謀な挑戦。難しすぎてワロタw

次回はナズナ視点のお話ですが、長くなったので分割して前後編となっております。


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第六話 やはり、ナズナは〈西風の旅団〉のオカンである。 前編(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その2)

過去編第二弾はナズナ視点。いまいちナズナのキャラが掴めていなかったのが心残り。


八幡(はちまん)!アンタ、サブギルドマスターの件まだ承諾してないの?」

 

 ギルドの設立から一週間、〈西風の旅団〉には、ソウジロウのファンを主とした新メンバーが続々と増えている。ナズナたち創設メンバーは、加入希望者の入団手続きや、すでに加入した者に対するギルドの決まりの説明など、次々と湧いてくる仕事をこなしていた。

 そんな中で空いたちょっとした時間。真新しいギルドホールで(くつろ)いでいたナズナだったが、同じく休憩をとホールへと帰ってきた八幡を見つけ、気になっていたことを尋ねる。

 

「いや、なんで俺が引き受けることが前提になってるんですか。サブギルドマスターなんて面倒な仕事、引き受けたら専業主夫志望の名が泣いちゃいますよ」

 

 心底嫌そうな声を出す八幡に、ナズナは内心少し困っていた。サブギルドマスターというのは、空席のままにしておくには重要すぎるポジションなのだ。

 

「でもソウジロウから頼まれてるんだろ?しかも毎日の様に」

 

 ナズナの言葉を聞いた八幡だったが、何かを考えるように少し間を取り、返事を返してきた。

 

「……ほんと、セタの奴少ししつこすぎませんか?そもそも俺にサブマスなんて務まるわけないじゃないですか。学校でも、スクールカースト最下位どころかカースト外のぼっちですよ、俺は」

 

 〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティー パーティー)時代からの仲間であるこの少年のことを、ナズナは未だに完全には把握しきれずにいた。

 

 茶会のメンバーの中ではソウジロウと並んで最年少。面倒くさがりな性分と捻くれた言動、ついでに腐った目。変人揃いの茶会のメンツの中でも埋もれない程の個性の持ち主であったが、それでいて茶会に対する貢献度という点では、おそらく上位十傑には入っていただろう。

 〈放蕩者の茶会〉という集団が他者の口で語られる場合、まずその口の端に上がるのが彼らの〈大規模戦闘(レイド)〉における活躍である。茶会というのは決して噂の語り部達が語るように、〈大規模戦闘〉の為だけに存在していた訳ではないが、それでも茶会の面々にとって、〈大規模戦闘〉攻略が目的の一つであったのもまた事実であった。

 

 〈大規模戦闘〉というのは、6人組×4パーティー=24人という構成で行われるその名の通りの大規模な戦闘のことである。〈エルダー・テイル〉の中でも最高峰の難易度を誇るレイドダンジョンに挑むそのコンテンツは、多くのプレイヤーにとっての憧れなのだ。

 そしてかつて〈放蕩者の茶会〉に所属していたメンバーは最大時で28名。つまり〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉を始めとする大手ギルドが用意している様な予備人員が、彼らにはほぼ存在していなかったということだ。

 一口に〈大規模戦闘〉、レイドダンジョンと言っても、そのギミックや出現する敵、難易度はそれぞれに異なる。当然、前衛職が有利な場面もあれば後衛職が有利な場面もあるわけであり、大手ギルドがメンバーの入れ替えで対処していたソレに、茶会は同一メンバー内での調整で対応しなければならなかった。

 

 その『対応』を主に行っていたのが八幡であった。〈暗殺者(アサシン)〉というクラスは、武器攻撃系職業(クラス)3種・魔法攻撃系職業(クラス)3種を合わせた全6種の武器攻撃職の中でも、トップクラスの攻撃力を誇り、加えて白兵戦用の武器と射撃戦用の武器のほとんど全てを扱うことが可能なクラスなのだ。つまりその高い攻撃力をそのままに、前衛と後衛を切り替えることが可能なクラスでもある。

 が、これは言葉で言う程に簡単なことではない。

 

 まず当然ながら武器が違う。〈エルダー・テイル〉のアイテムにはランクが存在し、下から順に〈通常品〉(ノーマルアイテム)〈製作級〉(クリエイトアイテム)〈魔法級〉(マジックアイテム)〈秘宝級〉(アーティファクト)〈幻想級〉(ファンタズマル)となり、入手難易度もそれに準ずる。そして〈大規模戦闘〉に参加しようとするならば、最低限〈秘宝級〉(アーティファクト)の武器が、白兵戦用(主に剣や刀・槍など)・射撃戦用(主に弓や投擲(とうてき)武器)のどちらも必要となるのだ。

 次に特技。〈暗殺者〉の特技には、〈アサシネイト〉の様に剣でも槍でも弓でも使える特技も存在する。しかし大多数の特技は、白兵戦用と射撃戦用とに分かれており、それぞれ別々に習熟ポイントを貯めなければいけない。また、特技にも階級が存在し、「会得(習得しただけ)→初伝→中伝→奥伝→秘伝」という順で強くなっていく。さらに、中伝以上の階級に上げるには、その度に専用の巻物が必要となり、当然ながら上の階級に上がれば上がるほど巻物の入手も困難となる。ちなみに〈大規模戦闘〉において使用するには、奥伝以上が望ましいとされている。

 そしてもっとも困難なのが、白兵戦と射撃戦、そのどちらにも習熟すること、ようはプレイヤースキルの向上だ。前衛における立ち回りと後衛に立ち回りは全く違う。特に〈暗殺者〉というのは、突出した攻撃力によるヘイト管理が難しい。白兵戦と射撃戦とで異なる特技の威力や再使用規制時間(リキャストタイム)、それぞれを完璧に把握し、場面ごとに最適な選択をしなければならないのだ。

 

 そんな難事を飄々(ひょうひょう)とこなしていた八幡、彼のことを評価していない者など、〈放蕩者の茶会〉にはいなかっただろう。……ただ一人、八幡本人を除いては。

 ナズナの考えるこの少年の問題点はそこだ。普段は自分が大好きだと公言するのに、実のところ自己評価が異常に低い。本質的には自分を信じておらず、自分のことを嫌っているのだ。そしてそれこそが、ナズナが八幡という存在を理解しきれない原因でもある。

 

「それはアンタがサブマスを"やれない"理由だよね?じゃあ"やりたくない"理由はなんなのさ?」

 

 だからこそ、ナズナはこの少年を理解するための努力をする。言葉だけでは駄目なことも多いが、言葉を尽くすことで解決することも多いのだから。

 

「……単純に面倒だからですよ。それ以上の理由はありませんね」

 

 強い感情がこもっているわけでもないその声色であったが、ナズナは最初に空いた一瞬の間を見逃さなかった。

 

「それも理由の一つなんだろうけど、それだけじゃないだろ?どうせ……」

 

 おそらく八幡に口を割らせるには、それこそ事実を突きつけるしかないのだろう。彼が実際に思い浮かべているであろう、その理由を。

 

「俺みたいな奴がサブマスなんて相応しくない、いつかギルドの顔に泥を塗ることになる。そんなことを考えてるんだろ?」

 

「…………」

 

「さらにアタシや紗姫、詠に対する気兼ねもあるんだろうね。まあアタシらの方が年上だしね~、アンタなんだかんだで年上に対してはある程度礼儀を(わきま)えた上で接するし、やりにくいのも分かるんだけど」

 

 八幡が自分の言葉に黙り込んだのを確認したナズナは、更に言葉を重ねる。

 

「ソウジロウがアンタにやって欲しいと願った。それだけでアンタがどんな性格だろうとどんな人間だろうと、もうアタシら三人には反対する理由はな~んにもないんだよね~。ついでに付け加えると……、八幡はアタシらがソウジロウのことをどう思っているかなんて、当然気付いてんだよね?」

 

「ま、まあその一応は……」

 

 滅多に聞けない様な八幡の声色に、ナズナはニヤリと笑みを浮かべる。普段は異常なほどに大人びた言動を見せるこの少年にも、年相応な、純情な男の子面もあるのだ。あらためてそれを確認したナズナは、そのことがなんだか少し嬉しかった。ソウジロウは、八幡のこういった一面にも惹かれたのかもしれない。人懐っこいソウジロウではあるが、ああ見えて敵味方の判断や好悪の感情に容赦がないのだ。

 

「ちょっとした話をしようじゃないか。あるところに、一人の男の子と、その男の子を好きな女の子が三人おりました。三人は男の子を巡って争いを繰り広げながらも、男の子を中心に何だかんだで仲良くやっていました。そんなある日、突然男の子が言いました。『自分は会社を作ります。だから誰か副社長になってください』と。さて質問です。三人の内誰か一人が副社長になったとして、男の子を含めた四人は果たしてそのままの関係を維持できるでしょうか?」

 

「…………」

 

「何でアタシたちが八幡にサブマスを引き受けて欲しいか、その理由が分かったかい?」

 

 再び黙り込んだ八幡に、ナズナは伝える。自分たちは今の関係を壊したくないのだと。そしてそのためには、自分たち三人以外にサブマスになってもらうしかないのだと。そして同時に、心の内では若干の自己嫌悪も覚えていた。それは目の前の少年に、自分たちの事情を押し付けていることに対する後ろめたさなのだろう。

 しかし、これがきっかけになることにも期待していた。八幡が、自分の本当の実力を、自分の本当の価値を見つめ直す、そんなきっかけになることを。

 

「ああ~、もう!分かりましたよ。引き受けりゃいいんでしょ。どうせここで断っても、この後沙姫さんや詠さんにも同じようなことを言われるんだろうし、そんなことになったら俺の繊細な胃袋に穴が空いちゃいますからね」

 

 捻デレ。八幡が話すのを聞いたナズナの脳裏に、唐突にそんな不思議な単語が浮かんだ。

 

「あっはっは、よっく分かってんじゃないの。それでこそアタシらのサブギルドマスターだよ」

 

 ようやく八幡という存在を理解できるきっかけを掴んだナズナは、笑う。大きな声で、ギルドホールに響くような大音量で。

 ソウジロウの隣にいられる、それだけで参加した〈西風の旅団〉だったが、このギルドは想像していた以上に楽しくなるだろう。大好きなソウジロウがいて、ライバルの沙姫と詠がいて、そしてこの八幡という捻デレな少年がいる。

 

「……あ~、やっぱり面倒くさいな~。俺のバッカ、なんで勢いで引き受けちゃったかね。いや、セタには伝えてないわけだし、まだなかったことに出来るんじゃね?……ちょっ、怖い怖いやめてくださいお願いします。じ、冗談ですよ冗談。……えっ?これからセタの所に連れて行く?いやいやいや、大丈夫ですって。俺も子供じゃないんだから一人で行けますから。N○K教育の番組でも言ってたじゃないですか。ひとりでできるもん!って。……ある意味俺は子供よりも信用ならない?フヒヒ、サーセン。……あ、冗談ですって。ちょっとしたお茶目じゃないですかお願い殴らないで!…………アッーーーーーー!!!!」

 

 八幡に制裁を加えながらナズナは思う。誰もが羨む『最高の』ギルド。ソウジロウが目指すそれは、いつか実現できるだろうと。そしてその隣にはきっとこの八幡という、捻デレの〈暗殺者〉がいるのだろうと。

 

「あ、そういやさっきの例え話ですけど、流石にナズナさんたちが女の子ってのは年齢的に無理がある気が。…………あ、これ俺死んだわ」

 

 

 

 

 

 

 

……その時まで八幡が生きていればではあるが。




ギャグも含めて今まででは一番満足出来る仕上がりとなったお話。ただ、長くて前後編になりましたがw

次話にあたる第七話は、3月24日に大きく改稿したバージョンとなります。改稿前にご覧になられていた方は、よろしければご拝読ください。


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第七話 やはり、ナズナは〈西風の旅団〉のオカンである。 後編

出来に納得出来なくて、3月24日に大幅改稿した第七話。それ以前にご覧になられていた方は、よろしければご再読くださいませ~。

前回とは違ってほぼ現在視点オンリーでございます。


「……ズナ、ナズナ、大丈夫ですか?」

 

 誰かに肩を揺すられ、ナズナははっと我に返った。

 

「なんだ、ソウジか~。びっくりさせんなよ」

 

 肩に置かれた手の先を追うと、暖かなその手の持ち主はソウジロウだった。もっとも元々暖かく感じていたのか、ソウジロウだと分かったから暖かく感じたのか、今となってはどちらか判断することは出来ないが。

 

「いや、それはこっちのセリフでしょ。みんなで話してたのにいきなりぼーっと、何の反応も見せなくなるんだもの」

 

 怒ったようなイサミの物言いに、ナズナは苦笑を浮かべる。

 

「あ~、悪い悪い。ちょっと昔のことを思い出してたもんでね」

 

 〈西風の旅団〉を結成したばかりのあの頃。祭りは準備期間が一番楽しいというが、もしかすると、自分たちもあの頃が一番楽しかったのではないだろうか。もっともそれは、今が楽しくないという意味には決してならないが。

 

「昔のこと?」

 

 オウム返しの様に返ってきたイサミの質問を聞いたナズナは、誰にも気付かれない程度に一瞬思案した後に答える。 

 

「いや、ホントに大したことじゃないから気にしなくっていいってば。二日酔いがまだ残っててぼーっとしてたトコもあるし」

 

 まさかこの侍少女の前で言えるわけがない。〈西風の旅団〉の元サブギルドマスターである腐った目の少年、八幡のことを思い出していた……などと。

 先程の戦闘だけでも、イサミという少女にはかなりの負担だったはずだ。そんな生真面目で優しい少女に"あの出来事"を思い出させるなど、現在の状況を加味した上ではとても出来たものではない。

 

「まあなんともないなら良かったです。突然こんな世界に飛ばされて来ちゃったわけですから、体に何らかの異常が起きても不思議じゃありませんからね」

 

 安心した様子のソウジロウが浮かべる微笑みに、ナズナとイサミの二人は心を射抜かれる。

 

(異世界ヤバい、異世界超ヤバい。何がヤバいってソウジロウが実体化してるのがまずヤバいし、それ以上にソウジロウが天使すぎてマジでヤバい)

 

……腐った目の副長のDNAは、あのナズナにでさえ受け継がれていたらしい。比企谷菌の前では〈神祇官〉(カンナギ)の〈(みそぎ)障壁(しょうへき)〉ですら無力!残念でした~!比企谷菌にはバリアは効きませ~ん!!

 

「あ~、で、何の話だったっけ?」

 

 もっとも、そんな感情を表に出さない点は流石ではあるが。

 

「もう!さっきも言ったのに。だから、森の中でクラスティさんに言われたことについて考えようって話してたんでしょ!!」

 

 むくれた様子で答えるイサミの姿にナズナは、ソウジロウに対するのとは違うベクトルの愛おしさが湧き上がるのを感じる。

 この少女は生真面目で、いい加減なことを嫌う傾向にある。そういう意味では、本来ナズナとの愛称は最悪であるはずなのだが、不思議と今まで大きな喧嘩に発展したことはない。これがイサミの優しさ故なのか、ナズナの鷹揚さに起因するのかは不明だが。

 

「おおー、そうだったそうだった。あのインテリ眼鏡の話だったね」

 

 

 

 

 

 カワラからのSOSに応じて救援に(おもむ)いた森の中。

 カワラと彼女が守る初心者二人を救出した直後のナズナたちの前に現れたのは、"狂戦士"クラスティと彼が率いるギルド、アキバ最大の戦闘系ギルドである〈D.D.D〉のメンバーたちであった。

 彼らが〈西風の旅団〉の前に現れた理由は二つ。

 まず一つ目は、〈D.D.D〉のメンバーの現実世界での友人である初心者プレイヤー救出すること。これはソウジロウやイサミ、カワラの奮戦により、心配された事態には至らずに解決した。

 そしてもう一点。

 

『魔物』(モンスター)以外の敵が出てくるという可能性、それも頭に入れておくといい」

 

 ソウジロウやナズナたちに、警告と忠告を与えるため。

 

 ソウジロウたち〈西風の旅団〉と、クラスティの〈D.D.D〉。〈大規模戦闘〉(レイド)争いを繰り広げるライバル同士ではあるが、二つのギルドの仲は、決して悪くない。

 それにはギルドマスターであるソウジロウのキャラクター性というのも大いに影響しているが、一番大きいのは〈レギオンレイド〉を一緒に戦ったことがあるという点だろう。〈レギオンレイド〉というのは、フルレイド4パーティーが集まった戦闘単位・〈軍団〉(レギオン)にて行われる、〈大規模戦闘〉(レイド)でも最大規模を誇るコンテンツである。

 本来アキバ最大の戦闘系ギルドである〈D.D.D〉は、単独でも〈レギオンレイド〉を踏破することが可能だ。それどころか複数の〈軍団〉による師団すら存在している。

 が、その時の〈レギオンレイド〉の〈軍団〉は、〈西風の旅団〉から24人、〈D.D.D〉から24人、〈黒剣騎士団〉から24人、〈ホネスティ〉から24人という、いわば〈アキバの街〉のオールスターにより構成されていた。

 そして特殊な事情により結成されたその96人の〈軍団〉は、一人の"英雄"を生み出して活動を終えた。

 アキバを代表する4つの戦闘系ギルドは、戦場の絆による繋がりを今でも保っているのだ。

 

「ソウジロウくん。君も一つのギルドを預かるギルドマスターだ。現実になったこの世界で、君はどのように仲間を導いていく?」

 

 ソウジロウに忠告を与えるクラスティの姿は、ナズナの目から見ても真剣であり真摯(しんし)であった。

 

「……なにか『事』が起こってから後悔する前に、"彼"を呼び戻しておいた方がいい。こんな世界でも、いや、むしろこんな世界だからこそ"彼"の力が必要になる時が来るだろう」

 

 ソウジロウに耳打ちをして去っていくクラスティ。偶然にナズナの耳にも届いたその言葉は、ソウジロウの顔を悲しげに歪めさせ、そしてそれを見つめるナズナの表情にも幾許かの影響を与えていった。

 

 

 

 

 

 ナズナたちは、〈アキバの街〉へと戻ってギルドホールへ向かう道すがら、この世界のこと、先程の戦闘について、そしてクラスティからもたらされた忠告について話し合っていた。

 最後にクラスティが告げていったあの言葉は、幸いにもイサミには全く聞こえていなかったらしい。インテリ眼鏡の相変わらずのソツのなさに、ナズナはこの時ばかりは感謝の念を覚えた。

 そして話を進めている内に、ナズナの脳裏に再び浮かんだ疑問。イサミの窮地を救った一本の矢、あれは一体何であったのかと。

 脳裏をよぎったのは、去り際のクラスティの言葉。

 "彼"。〈ソロプレイヤー〉(ぼっち)〈遠近自在〉(オールレンジ)、腐った目の〈暗殺者〉(アサシン)、元〈西風の旅団〉のサブギルドマスター。そして……〈マイハマの英雄〉。

 

 慌ててフレンドリストで八幡の現在位置を確認したナズナは、彼の名前の横に〈カンダ用水路〉近辺のエリアが表示されているのを見つけて、他の二人には聞こえない程度に舌打ちする。先程戦闘になった森の、すぐ近くのエリアであったからだ。

 

(あいつ……アタシたちを見つけて、あまつさえ勝手に援護までしておいて声も掛けないなんて。……次に会ったらあの時以上に締めあげてやるからね!)

 

 先程ソウジロウから肩を揺すられたのは、ナズナの想像の中で108個の拷問に八幡が絶叫を上げている、そんな時だった。

 

『魔物』(モンスター)以外の敵、か。やっぱりあれってPK、プレイヤーキラーの存在を指してるんだろうね~」

 

 ゲームであった〈エルダー・テイル〉において、PKというのは非常に成功率が低い行為であった。そのもっとも大きな理由がミニマップの存在だ。周辺の地形や地名に加え、プレイヤーやモンスターの所在地までもが表示されるミニマップの前では、そう簡単に不意打ちなどすることは出来ない。

 それに加え、PK行為に対するリスクとリターンの存在も大きい。確かにプレイヤーキルに成功した際のリターンにはそれなりのものがある。なにせ倒したプレイヤーがその時所持している現金全てと、アイテムのおおよそ半分を奪い取ることが出来るのだから。が、逆に言えば返り討ちにあえば立場が全く逆になるということだし、そもそもPKという行為自体が大半の良識的なプレイヤーに毛嫌いされる行為だ。あまりに悪質なプレイヤーは運営による処罰の対象となるし、そうでなくてもユーザー交流用の掲示板や攻略サイトなど、オンライン上の様々な場所における"晒し"行為に遭う可能性が大いに有り得る。ゆえにゲーム時代にはPKという行為は、ほとんど行われなくなっていたのだが……

 

「まあ、現実問題……現実じゃないけどそれは置いておいて。PKする奴は出てくるだろうね~。流石にすぐに出るかは分かんないけど、将来的には確実だと思う、多分だけど」

 

 ナズナは言葉を濁しながらではあるものの、クラスティの懸念を肯定する。ゲーム時代との違い、それはミニマップの存在。ゲーム時代にはプレイヤーの存在を伝えてくれていた便利な機能は、どうやらこの世界には存在していないようなのだ。付け加えるならば、この世界には当然ネットというのも存在しない。つまり"晒される"ことを恐れる必要もない。

 人の敵はいつでも人、などと格好をつけるつもりは毛頭ないが、悪意を持つ人間というのはどこにでも潜んでいるものだ。

 

「あんまり考えたくはないですけどねぇ……。みんなが大変な時にPKをする人がいるなんてこと」

 

 悲しげな表情のソウジロウに何か声を掛けようとしたナズナだったが

 

「あ、局長!ウチのギルドホールが見えてきたよ!!」

 

 遠くに見えて来た自分たちのギルドホールの姿に、その機会は永遠に失われる。

 

「さて、皆さんはもう揃ってますかね。これからは忙しくなりそうですし、何よりも早く皆さんの顔を見て安心したいです!」

 

(まあ、とりあえずはいっか。せっかくソウジロウに笑顔が戻ったことだし)

 

 ギルドホールを発見した後のソウジロウの表情。それを見たナズナは、発しようとした言葉を口中に留める。

 だが少し後、〈アキバの街〉の衛兵と相対したその時に、ナズナは後悔することになる。人の悪意、その存在についてもっとよく話し合うべきであったと。悪意は潜んでいるだけには留まらず、溢れだす時を待っているのだから。

 

 

 

「良かった。皆さん無事で……、って無事っていうのも何か変ですね」

 

 ようやく辿り着いた〈西風の旅団〉のギルドホール。そこにはすでに

 

「ソウ様ぁぁぁんっ?」

 

 弾丸の様な勢いでソウジロウに抱きつくフレグラント・オリーブと

 

「ちょっとオリーブちゃん、それぐらいにしておかないとソウちゃんが困ってるわよ!!」

 

 オリーブを止める(たくま)しき漢女(おとめ)ドルチェ。そして、キョウコやひさこ、チカやサンディら、幾人ものメンバーが揃っていた。

 

「全くオリーブちゃんったら。ごめんなさいねソウちゃん。でも、許してあげて。みんな不安だったの、突然こんなことになっちゃったわけだし。だからみんな嬉しいのよ。ようやくあなたの顔を見れてね」

 

 とりなすようなドルチェの声に、ナズナはそちらへと顔を向ける。こんな事態でも、ドルチェは落ち着いている。若い女の子ばかりのこのギルドにおいて、(かのじょ)の存在は貴重なものとなるだろう。

 

「ボクも皆さんの顔が見れてうれしいですっ!」

 

……まあソウジロウの言葉と笑顔だけでどうにかなりそうな気がしないでもないけれど。

 

 

 

「で、これからどうするよ?」

 

 旅団のみんなとの再会?を喜んだナズナとソウジロウだったが、その喜びも束の間、すぐにソウジロウの部屋へと引っ込んで話し合いを始める。

 

「そうですね。今はまだギルドホールに集まれた安心感で大丈夫ですが、皆さん、表には出していませんけど、内心では不安を感じてるでしょうし。これから問題も増えていくでしょう。皆さんに不安を与えないためにも、早く方針を決めないと」

 

 やることがない、何をすればいいのか分からない。たったそれだけのことでも、人は不安を覚える。

 

「それにしても、紗姫や詠の奴がログインしてなかったのは痛いね~」 

 

 ナズナとソウジロウ、現実となったこの世界で実質二人になってしまった〈西風の旅団〉の首脳たちは、すぐに今後の方針を打ち出す必要に駆られていた。

 

「そうかもしれませんね。でも二人に会えないのは確かに寂しいですし、二人の知恵を借りられないのは残念ですが、それ以上に二人がこの事態に巻き込まれなかったことを喜ぶべきかもしれません」

 

 こんな世界に来ても、相変わらず女の子に優しいソウジロウ。そんな彼のセリフに、ナズナは思わず笑みを浮かべる。

 

「ん~、それもそうかね。……アタシにとっちゃ、ライバルが減ったってのも喜ばしいし」

 

 まあ、笑顔に少し黒さが混じっているのはご愛嬌。

 

「何か言いましたか、ナズナ?」

 

 絶妙に音量調整されていたその言葉は、当然ソウジロウの耳に届いておらず、ナズナは更にほくそ笑む。とはいっても、あまりに抜け駆けし過ぎると現実世界に帰ったときが怖いので、ほどほどにしようかな~とは思ってはいるのだが。

 

「いや~、なんでもないなんでもない。二人がいないのがアタシたちにとって痛手であることは確かなんだけど……」

 

 紗姫や詠がいないのは確かに痛手だ。ライバルが減って嬉しい半面、ナズナはそれ以上に二人の友人の存在が悲しかった。ライバルであり親友。恋敵であり悪友。ある意味でソウジロウ以上に深く理解していた二人が、この場にはいない。

 

「まあでも」

 

 だが、ナズナは全く心配していなかった。

 

「何があってもソウジが守ってくれるんだろ?」

 

 きっと目の前のこの少年が、ナズナの、みんなの笑顔を守ってくれるから。

 

「もちろんです!全身全霊を賭けて!!……ただ」

 

 だから自分はそれを全力で支えよう。

 

「ただ?」

 

 二人の分までソウジロウを助けていく。それこそが、二人に対する最大限の友情となるだろうから。

 この〈西風の旅団〉というギルドは

 

「いえ、ここに八幡も居てくれたらな~とですね」

 

 いつも笑顔のソウジロウと

 

「……全くだよ。こんな事態なのにあの捻デレ、一体どこをほっつき歩いてるんだか」

 

 自らの笑顔を捨てた八幡。その二人によって守られてきたギルドなのだから。

 八幡が帰ってくるその日まで、ナズナから"実質"サブギルドマスターという称号が外れることはないだろう。

 

「こんなときシロ先輩なら、八幡ならどうしたかな……」

 

 ソウジロウには自分を含めてたくさんの"仲間"がいるが、彼に本当の意味で意見することが出来る"相棒"は、八幡ただ一人なのだから……。

 

(それまでアタシはソウジロウと一緒に、ギルドのみんなを守っていくよ!だからさっさと帰ってきな!

 

「そう言えば、むかし八幡が言ってたんですよ。ナズナさんってオカンみたいな人だよなって。そのときは、そんなことないですよ!!って言ったんですけど、この世界に来てからのナズナは、確かにお母さんみたいな雰囲気がありますよね。なんか僕や皆さんに向ける眼差しが優しげというか……。だから頼りにしてますよ!」

 

 

……今ならソウジに免じて、108つの拷問は大サービスで100個に負けてやるから)

 

 

 

 

 

……なお、帰ってきた場合の命は保証されん模様。




改稿したことにより結構満足な出来となりましたが、改稿前は本当にひどかったと思います。そちらをご覧になられていた方には、本当に申し訳ない。

次回の八幡視点は再びの前後編wただ、いい加減話は加速させたい所であります。


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第八話 しぶしぶながら、比企谷八幡はお金を稼ぐ。 前編

ようやく削除前まで戻ってこれた第八話。今後はこのようなミスがないように気を付けますorz

ぼちぼち設定が怪しくなり始めておりますが、た、多分矛盾はまだないんじゃないかな、うん。


(なんだか今、唐突に悪寒が……。風邪、風邪なの?この世界では〈冒険者〉も風邪を引いちゃうの?まあ、俺ってば国語学年三位のお利口さんだし、バカじゃないからね。仕方ないね。……え、数学?9点ですが何か?)

 

 アキバから発されたナズナの思念は、いくつものゾーンを超え、〈マイハマの都〉に今まさに入らんとしていた八幡を捉えることに成功していた。しかもぼっちである八幡は、人から思念を向けられることなどは皆無であったため、その効果は絶大だった。

 

(ふぅ、とりあえず収まったものの今のは何だったのかね?まあこんな事態なんだし、千葉育ちのシティボーイな俺が風邪くらい引いてもおかしかないか。いや、今の事態は大概おかしいんだけど)

 

 ちなみに、本当のシティボーイは自分のことをシティボーイとは言わない。これ豆な。

 

(しかし多少遠回りしたはずなのに、アキバからマイハマまで1時間くらいで到着するとは……。たしかに距離自体は結構短い。確か現実世界での秋葉原からディステニーランドまでの距離が15、6キロだったか。遠回り分を含めてもまあ25キロってくらいだから、この世界ではその半分の12.5キロが実際の移動距離ってところか)

 

 〈ハーフガイア・プロジェクト〉。ゲームの中で1/2サイズの地球を再現しようと、〈エルダー・テイル〉内で試みられていたプロジェクトである。しかしその計画はまだ途上であり、中東やアフリカ、中央アジアなど、〈エルダー・テイル〉プレイヤーの少ない地域の再現はろくに進んでいないのが現状である。

 もっとも、世界でもプレイヤー人口の多い日本、〈弧状列島ヤマト〉は1/2サイズの日本列島がほぼ完全に再現されており、長さ自体もきっちりと半分になっている。つまり移動距離も半分になっているということだ。

 

(〈冒険者〉の体でなくても、1時間で12.5キロってのは十分に現実的な数字だ。ただしそれは、ちゃんとした道を走り、道中何も起こらなかった場合の話でしかない。俺が走ってきたのは、ほとんどが舗装もされていないような森の中や草原。しかも、進みながらかなりの数の魔物(モンスター)を倒してきた。ちょっと尋常なスピードじゃないな。……そういや俺の中学時代のあだ名の一つがなぜかスピードマンだったな。スピードマン、途中でパシリ1号に改名させられてたけど。……俺にぴったりのあだ名だったわ)

 

 マイハマを目指して移動を始めた当初は弓を主武装にして戦っていた八幡だったが、しばらく進んだところで武器を刀に切り替えていた。低レベルモンスター相手に弓を使うと、接近する前、まともな戦いになる前に倒してしまうためだ。これでは『戦闘に慣れる』という当初の目的を果たせない、それが白兵戦用の武器である刀を選んだ理由だった。……まあそれでもほとんどの敵は一撃だったのだが。

 

(しっかしとりあえずアキバを飛び出してマイハマを目指したはいいものの、よく考えなくても危険な真似をしたもんだな。この現実になったゲーム世界で、果たして大神殿での復活があるかどうかも確認してなかった。……やっぱり俺ってばバカだったかもしれんね。まあ、結果オーライか。恐怖を感じる前に多少なりとも戦闘に慣れることが出来たし)

 

 実際のところ、八幡がその可能性、死んでも大神殿で生き返ることが出来ない可能性に早々に気づいていた場合、おそらく〈アキバの街〉から一歩も出ることはなかったであろう。数学は苦手なくせに、リスクリターンの計算には敏い男なのだ。

 

(とにかく〈マイハマの都〉には到着した。後はゲーム時代とどれくらい勝手が変わっているかが問題だな。店や宿屋がちゃんと機能しているのか、まずはそこからだな。……ただ、やっぱりあの城はどう見てもディスティニーランドの城の丸パクリだよな)

 

 〈マイハマの都〉。プレイヤータウンである〈アキバの街〉などとは異なり、大神殿やギルド会館を持たないが、この〈ヤマト・サーバー〉における最大規模の街である。とはいっても商業施設やクエストがかなり充実しているため、ゲーム時代には立ち寄るプレイヤーが後を絶たなかった。

 そしてその中心に(そび)え立つのが〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)。〈ヤマト・サーバー〉で最も美しいと云われる白亜の宮殿だ。……もっともディスティニーランドの城に似ているというのも大きくは否定出来ないところではあるが。

 八幡がマイハマを目指した理由はまさにそこ、商業施設やクエストが充実しているという点だ。商業施設が多ければ衣食住が容易に確保できるし、クエストが多ければ商業施設で使うお金を稼ぐことが出来る。当面の間この世界で暮らしていかないといけない可能性がある以上、しばらくは生活していかないといけないのだ。

 

(まあ、このマイハマなら他のプレイヤーもほとんどいないから、俺の精神が乱されることもないだろ。しかも元々ゲーム時代は勝手にホームタウンにしてたぐらいだ。ここで発行されるクエストの種類やクリア条件は熟知している。やっぱり楽して儲けるのは基本だよね!……よっし、とりあえず軽く情報収集を済ませて、その後は宿屋を探して拠点を確保、んでクエストだなクエスト)

 

 長々と続いた思考を終え、ようやく〈マイハマの都〉に足を踏み入れた八幡だったが、彼の目の前に広がっていたのは予想外の光景であった。

 

(あるぇ~?なんかめっちゃ人多くない、ここ)

 

 都の西門を潜った先、八幡の前方に伸びている大通りは、たくさんの人々と活気で溢れていたのだ。

 

(おかしい。いくらなんでもプレイヤーがマイハマにこんなにいるはずがない。つまりこいつらはNPC、ノンプレイヤーキャラクターのはずなんだが……)

 

 ゲームであった時代の〈エルダー・テイル〉には、プレイヤーが操作する〈冒険者〉以外にも、たくさんのキャラクターが存在した。それがNPC、いわゆる〈大地人〉である。〈大地人〉は〈エルダー・テイル〉中に多数存在し、ショップを経営していたりクエストを発行してくれたり、はたまた「ここは〈マイハマの都〉だよ」と壊れたステレオの様に繰り返したりだとか、それこそ様々なタイプがいた。しかし

 

(いくらマイハマがでかい街だって言っても、NPCなんてせいぜい100人から200人くらいしかいなかったはずだ。が、どう見ても俺の前に見えるのは200人どころじゃない。確かに現実にこの規模の街が存在したとして、その人口はおそらく最低でも数千人、それどころか数万人規模になるんだろうが……)

 

 人の多さを避けて〈アキバの街〉を離れた八幡だったが、どうやらその計画は初っ端から(つまず)いたようだ。というかこの街、アキバより人が多いまである。

 

(しかしこれは、この世界が現実となったことの証明の一つになるのか?つまり支配者階級や庶民階級が存在し生産者と消費者が存在する、完全なる人間社会が形成されているということなのかもしれん。……そういやこの世界にもぼっちっているのかね?いるよね?俺が世界で唯一の(ぼっち)だったりしないよね?シロエさんもぼっちを装ってた癖して、フレンドがたくさんいたしな。いやまあ俺も一応フレンド登録してるんだけど)

 

 八幡は、唐突に知り合いの"腹黒メガネ"のことを思い出して、はたと気付く。

 

(そういや茶会の連中は何人くらいこの事態に巻き込まれてるんだ?あの人達ならすぐに状況に適応して、何かしら動き出し始めてるかもしれんな。落ち着いたら連絡を入れてみるのもアリかもな)

 

 〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティー パーティー)。ギルドの繋がりで集まったのではない、ただみんながそこに居たいと思ったから成立していたあの集団なら、こんな事態でも"彼女"の号令の下、冒険に飛び出していたかもしれない。

 そんな茶会に所属していた放蕩者たちが、今の状況でただ呆然と時を過ごしているだろうか。巻き込まれているとすれば、シロエやカズ彦、インティクスあたりは動き出していそうだし、ソウジロウはすでに動き出しているのを確認している。

 

(まあ基本お祭りごとが好きな連中だったし、アップデートに合わせてインしてた人もそれなりにいそうだよな。つうかシロエさんとか俺が普段インしてる時、ほぼいっつもいたんだけど?あの人〈エルダー・テイル〉のこと大好き過ぎでしょ……)

 

 シロエというのは八幡の茶会時代の先輩プレイヤーの名前である。プレイ歴も八幡のほとんど倍の9年ほどであり、凝り性な性分のためかやたらと知識が豊富だった。基本的にはイイ人であるのだが、こと戦闘になると妙に腹黒く悪辣な作戦を考えつくため、周囲からは腹黒メガネと呼ばれていた。

 なおそのシロエの策略は、八幡の手で現実世界に転用され、八幡はめでたく"学校一の嫌われ者"の名前を頂戴するに至ったのだが、これはまた別のお話である。

 

(とりあえずこっちもある程度は情報を集めてからだな。情報交換って形だったら連絡もしやすいし。つうかいい加減道の真ん中から動かんと、さっきからNPCのみなさんが、俺のことを邪魔なモノを見る目で睨みながら通り過ぎて行くんですけど?……ん?いつもどおりか?まあ最近は元通り"学校一の認知されてない男"にクラスチェンジしたから違うか)

 

 ようやくに八幡は、情報を集めようと動き出した。

 

(情報集めっていったらやっぱり基本は酒場だよな。なんなら仲間集めまで出来ちゃう素敵なスポットだし。違うゲームだけど。……っと酒場酒場)

 

 大きな街の大通りでキョロキョロしながら何かを探している、目の腐った〈冒険者〉。(はた)から見ると完全なる不審者であるが、残念ながらというべきか幸運ながらというべきか、酒場探しに集中していた八幡は、周囲の視線に気付くことはなかった。……もしかすると、普段から不審者を見る目で見られるのに慣れきってしまっているのが原因かも知れないが。

 

(おっ、あったあった酒場酒場。この西部の荒野が似合いそうな(たたず)まい、これぞTHE酒場!!どうせこんな世界なんだし、荒野の風来坊を装って入っちゃうか、俺?オラ、ワクワクすっぞ!!)

 

 八幡は見つけた酒場の前でしばし感慨に耽った後、高鳴る鼓動を抑えつつも酒場の扉に手をかけるのであった。

 

 

 

~1時間後~

 

 

 

(NPC相手だから話しかけるのなんて余裕!……そう思っていた時期が私にもありました)

 

 結局誰にも話しかけることが出来ないまま、八幡は酒場を退散し、さっさと宿屋に引っ込んでいた。

 

(ちょっと!ゲーム時代と違って、NPCの皆さんがすごく人間っぽいんだけど?ぼっちに対してハードルが高すぎやしませんかねぇ?)

 

 モニター越しに見ていたのとは違う、リアルになった〈マイハマの都〉の酒場は、大通りと同じく人と活気に溢れていた。陽気に笑いながら大声で喋る親父、黙々と料理をお腹に詰め込む兵士風の男、自分が働く店の店主の愚痴で盛り上がる若い女性。そしてそこに紛れ込んだ異物(ぼっち)が一名。というか八幡だった。

 八幡は、同じ高校生相手ならどうにかコミュニケーションを取れる。が、基本的にはぼっちでコミュ障であり、つまるところ今回の酒場訪問は

 

(あんな大人ばっかの空間で、そしてあの雰囲気で、俺が人に話しかけられるわけないだろ!!)

 

 酒場での情報収集が不可能だという、悲しい情報を入手しただけに終わった。

 

(方針変更だ。宿はこのままここに取ることにするが、情報収集やクエストはこの街以外で行おう。さしあたってはここで受けられるクエストで、クエストの開始場所が街の外の物を重点的に受注する。んでその周辺の村やら町で情報を集めるって感じで行こう。……金と情報がどちらもそなわり最強に見える)

 

 ゲームの設定上、この〈弧状列島ヤマト〉は現実世界の日本には遠く及ばない人口しか存在しない。おおよそ100分の1の100万人強ほど、それが設定上の人口となる。とはいってもそもそも町や村の数、それどころか人が住んでいる地域の数すら現実の日本よりも圧倒的に少ない。

 この〈マイハマの都〉の周辺には〈ツクバの街〉や〈チョウシの町〉など、大小様々な集落が存在するが、それらの人口の全てを合わせても、現実の地方都市の人口にすら遠く及ばないのだ。

 それでも、情報収集するには十分な数が揃ってはいるので、すぐに情報に困ることはないだろうが。

 

(ま、今日はとりあえず寝るかね。流石に精神的に疲れた。この世界のこと、元の世界への帰還方法、茶会のメンバーのこと。……それに〈西風の旅団〉のこと。明日以降にも色々考えて、そして色々やらなければならないことは多い。休める時に休まないとな)

 

 騒がしい教室の中であれ電車の中であれ、ぼっちというのはどこでもすぐに眠れる特技を有しているものである。その特技はこの異世界でも有効のようだ。

 

(……あれっ?よく考えたらなんか俺、昼から働くことばっかり考えてね?俺ってば専業主夫志望の、家庭を守るタイプの男だったはずなんだけど?俺がお金を稼ぐ?パードゥン?お金を稼ぐのは俺の奥さんの仕事のはずなんだけど?……まあ奥さんどころか彼女もいないし、なんなら女友達すらいないけど)

 

 ベッドに入った八幡は、急速に迫りつつある睡魔に襲われながらも、連々(つらつら)と考える。

 

(……働きたくないでござる)

 

 完全に意識が落ちる瞬間、彼の脳裏に浮かんだのはその一言だけだった。

 




後半へ続く。な第八話。これにてようやく〈大災害〉一日目が終了でございます。長かったw

後編は申し訳程度の戦闘シーン、そして〈大地人〉少女とのお話。なお、削除前に投稿した時点の予定では、〈大地人〉少女の姿は欠片も存在しませんでしたwどういうことなの……。


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第九話 しぶしぶながら、比企谷八幡はお金を稼ぐ。 後編

ここからは再投稿版最新話となります。

戦闘回!と前回のあとがきで宣っていた訳ですが。うん、僕の筆力だと無理な気がするw

長さも何故か過去最長の7500文字超になっちゃったんですが、その理由はあとがきにて!!

ちなみに誤って削除してしまったのは、この疲れが原因の可能性が濃厚w

また、今回から改行を少し増やしてみたので、多少画面が真っ黒じゃなくなったと思うんですがどうでしょうか?

最後に設定の若干の変更について。原作最新9巻により、〈放蕩者の茶会〉のメンバーの名前と人数が27人で確定したため、6話で記載していた茶会の人数を25人→28人(27人+八幡)に変更させていただきます。設定ミス、誠に申し訳ないです。


 翌日、八幡は戦闘経験とお金を同時に稼ぐため、いくつかのクエストを受注して〈マイハマの都〉を離れた。

 

(いや、別に人が多いところから一刻も早く離れようとしてるわけじゃないからね?ほら、時は金なりって偉い人も言ってたし。……前から思ってたけど、この格言おかしくね?金よりもよっぽど時間の方が貴重だと思うんだけど?)

 

 移動時間を無駄にしないよう、八幡は移動中も積極的にモンスターに戦闘を仕掛けていた。

 時に遠間から弓で敵を射倒し、時に間合いを詰めて刀で斬り倒す。昨日の戦闘経験を受け、八幡の戦闘はすでに手慣れた物となりつつあった。

 

(どうにか低レベル帯のモンスター相手なら、楽に戦えるようになってきたな。俺よりでかいのが大量にいるせいで、未だにちょっとビビるけど)

 

 現実世界における比企谷八幡は、慎重な少年であり、同時に大胆な少年でもあった。

 

 あの完璧超人の姉の方こと、雪ノ下陽乃をして"理性の化け物"と言わせしめ、奉仕部の顧問である平塚静にリスクリターンの計算に関しては信用できると揶揄(やゆ)されたこともある。

 普通なら調子に乗るような場面でも冷静に。しかし、リスクがリターンに見合えば時に自分すら平気でBETする。

 

 二人の女性に指摘されたその傾向は、この世界においてはより顕著(けんちょ)であるのかもしれない。

 

 敵の動きを冷静に観察し、間合いを取るべき所では間合いを取り、距離を詰める時は大胆に詰める。一般的な日本人と同じく、戦闘というものには全く無縁であったはずの少年は、急速に世界に順応しつつあった。

 

(う~ん、やっぱり難しいな……。動き自体は勝手に頭に浮かんでくるし、特技を出すのも普通に出来るようになってはきたが、自分が思ってるような戦い方が、なんかこう出来てないんだよな~)

 

 もっとも本人はそんなことには気付いておらず、頭の中で、実際の戦闘でと試行錯誤を繰り返していた。

 その到達目標は、ゲーム時代の自分の動き。

 強さよりも巧さ、力よりも速度、一撃よりも手数。王道ではなく邪道、勇敢ではなく卑怯、正面からではなく(から)め手。

 それが"八幡"という〈暗殺者(アサシン)〉の流儀(スタイル)なのだ。

 

(お、あれがクエストの討伐対象のゴブリンの群れか。ひいふうみい……7匹か。う~ん、レベルが30前後の奴らばっかりとはいえ、ちょっとソロだと面倒かもしれんな。……つうかリアルゴブリン超グロい。肌とか超緑色だし、あいつらピッコロさんの親戚か何かなの?)

 

 しかし、この世界はすでにゲームではない。

 ゲーム時代は有効であった手が使えなくなっている可能性があるし、逆にゲーム時代は有効ではなかった手が使えるようになっている可能性もある。

 

(さって今回はどう攻めてみるか。単なる白兵戦も射撃戦も慣れてきた。だったら次にやってみるべきなのは、セオリー外の動きってところだな……)

 

 八幡は背中に装備していた弓を手元に構え、更に矢筒から矢を数本取り出し、あらためて敵の立ち位置を確認する。そしてその直後

 

「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」

 

 瞬きすらも許されないような一瞬で、八幡の姿はゴブリン集団の中央にあった。

 〈ガストステップ〉。短い距離を瞬間移動に近い高速ダッシュで移動するその特技で、完全に敵の意表を付くことに成功した八幡は、すかさず弓を構える。

 

(……距離は至近、細かく狙いを定める必要もないな)

 

 避けようもないほどの近距離で放たれた〈ラピッドショット〉による弓の連射は、狙い違わず7体のゴブリンへと突き刺さり、クリティカルヒットした2体をポリゴンの光へと変えた。

 

(残り5体!)

 

 戦闘におけるゲーム時との違い。

 視覚的な恐怖や視界の(せば)まりなど、様々な面でプレイヤーに違和感と不自由さを感じさせているソレは、敵であるゴブリン側にも大きな違いを与えているようだ。

 

(いくら不意を突かれたとはいえ、全員が混乱して統率を失っている。ゲーム時代だったら一気に臨戦態勢になって、プレイヤーに襲いかかってきていたはずだ)

 

 さらに攻撃を喰らった際の、明らかな(ひる)みが感じられる点。

 言うならば、プレイヤーにしろモンスターにしろ、総じて臆病になっているのだ。

 

(混乱から立ち直らせる前にもう1体仕留める!)

 

 矢筒から矢を補充した八幡は、敵が仰け反り(ノックバック)を起こしている間にさらに1体を射倒したが、次の瞬間には大きく横にステップしていた。

 

(あぶねぇっ!もう回復してきやがったのか……。が、(かわ)してしまえばむしろ隙でしかないな)

 

 最前まで自分がいた空間に振り下ろされた斧に、八幡は肝を冷やす。しかし一瞬で頭を切り替えると、地面にめり込んだ斧を抜こうと必死になっているゴブリンの背後に回りこみ、〈ステルスブレイド〉を発動。

 敵の背後を取ることで威力が大きく増すその一撃は、4体目のゴブリンを光の粒子へと変換した。

 

(残りは3体!……ちっ!)

 

 直後に振り下ろされた3つの武器を、八幡は後ろに大きく飛び退ることで回避。着地と同時に再度後方へと跳躍し、ゴブリンたちと間合いを取る。

 

(……残りは10秒か。それなら!)

 

 メニュー画面を確認した八幡は、特技を使用せずただ単に矢を放った。

 敵を倒すのが目的ではない、単なる牽制射撃。あるいは時間稼ぎ。

 こちらに向かって飛びかかろうとしていたゴブリンの足元に突き刺さった3本の矢は、その目的を違わず相手の動きを止める効果を発揮し、八幡に決定的な時間を与えてくれた。

 

(戦闘終了っと。……ふむ、ソロプレイで弓での接近戦なんてのは〈エルダー・テイル〉時代なら愚策も愚策だったが、こっちでならそれなりに有効なのかもしれんな。まあ、敵が自分よりも弱い時限定だろうが)

 

 再使用規制時間(リキャストタイム)の明けた〈ラピッドショット〉で残りの敵を一掃し、八幡は弓を背中へと収める。

 

 プレイヤーとモンスター、双方がゲームとは違う動きになっているのであれば、これまでの最適解がこれからの最適解であるとは限らない。

 これまで出来ていたことが出来なくなっているかもしれないし、逆にこれまで出来なかったことが出来るようになっているかもしれない。しばらくは〈冒険者〉たちの間で試行錯誤が続くことだろう。

 

(いや~、それにしても魔物(モンスター)相手だったら普通に正面から向き合えるんだけどな~。もしかして俺、こいつらとだったら友達になれるんじゃね?ほら、殴り合ったら友情が深まった!!ってのは漫画の中じゃ定番だし、ゲームの中でもそうな可能性が無きにしも……いや、やっぱないな。友達の顔を見たら殺そうとしてくるなんて、それどう考えても友達じゃないし)

 

 残念なことを考えながらも、八幡はその後もゴブリンの集団を倒し続け、気付いた時には受注したクエストを全て消化し終えていた。

 

 

 

 クエストを全て達成した〈マイハマの都〉への帰り道、八幡はその途中にある〈チョウシの町〉へと立ち寄っていた。目的の一つである情報収集を行うためだ。

 〈チョウシの町〉は現実世界でいうところの房総半島のあたりに存在する、〈大地人〉の町である。〈ザントリーフ大河〉の河口に位置し、漁業が主な産業となっている。まあぶっちゃけると千葉の銚子だ。

 規模としてはそれなりの大きさを誇る〈チョウシの町〉だが、自給自足が当たり前となっているからか、商店などの数は〈アキバの街〉や〈マイハマの都〉とは比べるべくもない。町全体で10軒あるかないかというところか。

 つまりそれがどういうことかというと……

 

(これだ、これだよ!俺が探し求めていたのは!人混みが少なくて、喧騒もひどくない。この適度に閑散とした感じ、まさに千葉だわコレ!!)

 

 ぼっちに(比較的)優しい町だということだ。少なくともこの町であれば、八幡が人の多さに酔うこともなければ騒がしさに顔をしかめることもないだろう。

 しかし結局のところ、自分よりも年上に見えたら例えNPCであろうと話しかけられないという、決定的な欠点は解消されていないはずなのだが、八幡には一つ考えがあった。

 

(我に秘策あり!大人に気軽に話しかけられない?だったら子供に話しかければいいじゃない!!……ただ気を付けないと"事案"になっちゃうからね、その点だけは要注意でいかないとアカンね)

 

 ただ問題点が一つ。

 基本的にゲーム時代の容姿そのままなこの世界の〈冒険者〉たちであったが、何故か顔の雰囲気、特に目元が現実世界のそれに近いということだ。

 

(姉さん、事件です。腐った目の〈冒険者〉が、町の子供たちに片っ端から声をかけています。ってなる可能性が微粒子レベルどころか目に見えるレベルで存在するからね。ホント誰だよ、この世界に俺を連れてきた奴。なんでゲーム世界の素敵なお目々を採用してくれなかったんですかねぇ?……なお、ゲームの時も性格は腐っていた模様)

 

 とりあえず方針を固めた八幡は、あたりをキョロキョロと見回しながら町の通りを進む。しかし〈冒険者〉が怖いのか、もしくは八幡が不審なのか、通りを歩くNPCは八幡を大きく避けるように動いていた。……実際のところどうなのかは、調べない方が八幡にとって幸せであるだろう。

 NPCから向けられる視線に若干心を折られながらも、八幡は鋼のような精神力を発し、どこかに子供がいないかと探し続ける。

 

(あれ?俺ってば何か本当にもう不審者じゃね?俺もこんな奴が町中を歩いていたら絶対避けるし。なんならその後通報するまである。……ん?あの子は何だ?)

 

 八幡が見つけたのは、通りから少し離れた場所で今にも泣き出しそうな様子の子供。オロオロとしたその様子に妹である小町を思い出した八幡は、思わずその女の子に声をかけていた。

 

「どうかしたのか?」

 

 急に声をかけられたことに驚いたのか、少女はびくりとすると声の主である八幡に向かって振り向いた。

 

「っ!?……小町?」

 

 近づいたところに向けられたその顔に、八幡は大きく動揺した。雰囲気だけではなく、顔まで小町に似ていたからだ。

 

「……コマチって誰ですか?」

 

 恐る恐る言葉を返してくる少女の様子に、八幡ははっと我に返る。

 

(落ち着け、俺。我が家にあるパソコンは家族共用の物が一台と、俺の部屋の一台、合わせて二台だけだ。そしてリビングにあるパソコンに〈エルダー・テイル〉はインストールされていないし、俺がこの世界に放り込まれた時には、小町は家にいたはずだ。だからこの目の前の子供は小町じゃない。小町はこんな妙な事態には巻き込まれていないはずなんだ)

 

 見知らぬ〈冒険者〉である八幡のことを怖がっているのか、いまだに少女の顔には警戒している様子が伺える。

 

「あ~、すまん。お前の顔が妹に似てたモンだからついな。俺の名前は八幡、〈冒険者〉だ。」

 

 人は相手の名前を知ると少し警戒感が薄れるものである。妹に似ている気安さからか、八幡にしては珍しくスラスラと自己紹介を行う。というかそもそも自己紹介をする機会自体が(まれ)だったのだが。

 

「ハチマンさん……」

 

 たった今聞いた名前を口の中で繰り返す少女の様子に、八幡は表情を緩める。

 

「で、だ。聞いていいのか分からんが、なんでお前は泣いてたんだ?」

 

 八幡は若干警戒を弱めてくれた様子の少女に再度尋ねる。

 

「な、泣いてない!……ちょっと困ってただけだから」

 

 先程まで泣き出しそうだった少女の言葉に、八幡は苦笑を浮かべ、懐に手を入れた後に少女に向かって手を伸ばす。

 

「だったらこれはなんだよ」

 

 少女の目尻に溜まっていた涙を持っていたハンカチ代わりの布で拭った八幡は、少女の顔を見つめながら言葉を重ねる。

 

「こう見えても俺は、リアル|職業〈ジョブ〉はお兄ちゃんなんだ。まあ実際の兄妹じゃあないが、話しくらいなら聞いてやるし、俺で出来ることなら手伝ってやってもいい」

 

 顔に似合わず優しげな八幡の声色に、少女は驚いたように目を見開く。今まで生きてきた数年間、〈冒険者〉にこのような声をかけられたことなどなかったからだ。

 

「……ホントに聞いてくれるの?」

 

 問い返してくる少女に、八幡は首を縦に振ることで返事をする。

 

「あのね、わたしのお父さん、この町で漁師をやってるの。それで毎朝お魚を採って、近くの町まで売りに行ってるんだけど……」

 

 

 

 それは今朝の話だったらしい。

 まず最初に〈マイハマの都〉に魚を届けた少女の父親は、その足で〈アキバの街〉へと向かっていた。〈ヤマト・サーバー〉最大のプレイヤータウンであるアキバは、この近辺ではマイハマに続いて人口の多い街だからだ。

 人が多ければそれだけ需要は大きく、つまり多く魚が売れる。

 少女の父親にとっては、マイハマからアキバというそのルートを回るのは毎日の日課であり、特にいつもと変わらない、日常のワンシーンのはずであった。……あくまでも彼にとっては。

 少女の父親の向かった先、〈アキバの街〉は残念ながら通常の状態ではなかったのだ。

 

 突如現実になった世界に対する絶望や怒り、怨嗟の声に溢れていたアキバは、同時に加速度的な治安の悪化を迎えていた。

 そんなところにやって来た、NPCの漁師の男。悪意の矛先が彼に向いたのは不幸な偶然の産物であったが、一種の必然でもあったのかもしれない。

 幸いなことに、少女の父親は命を奪われることはなかった。しかし彼に襲いかかった〈冒険者〉のパーティーは、積み荷であった魚を全て奪い、抵抗した少女の父親に大怪我を負わせていた。

 命からがら逃げてきた少女の父親は、今は少女の自宅で大怪我の痛みにうなされながら眠っているとのことだ。

 少女はそんな父親のために薬を買いに来て、店員から聞いた値段の高さに驚いて店を飛び出して来ていたのだ。

 

 

 

 

 少女から話を聞き終えた八幡は無表情だった。

 何も感じなかったわけではない。むしろその逆。怒りや憤り、心の中ではこの二つの感情が渦巻いていた。表情に出さなかったのは、ただ目の前の少女を怖がらせないようにと、理性が働いた結果でしかない。

 

「……悪かったな。こんなツラい話をさせちまって」

 

 渦巻く感情を抑え、八幡は少女に対して謝罪する。

 話していて、決して快いものではなかっただろう。何せ聞いていただけの八幡ですら、ただただ不快だったのだから。

 

「……大丈夫」

 

 そう言って首を横に振る少女の目には、再び涙が浮かんでいた。

 それを見た八幡は、自分の持つ〈ダザネッグの魔法鞄(マジック・バック)〉に手を入れると、一つの瓶を取り出した。

 

「……良ければコイツをお前の親父に飲ませてやってくれ。おそらく怪我はすぐに治るはずだ」

 

 八幡が少女に手渡したのは〈アクア・ヴィテ〉。サブ職業が〈調剤師〉であるものにしか作製できない、高レベル〈製作級〉(クリエイトアイテム)の回復薬である。

 

「こ、こんな高価なもの、もらえないよ」

 

 驚いた様子の少女は八幡に対してそのまま瓶を押し戻そうとするが、八幡は半ば無理矢理に少女に押し返す。

 

「別に構わん。まだ魔法鞄(マジック・バック)の中には何十本も残ってるからな。……まさかソロプレイヤー(ぼっち)なことが、こんなところで役に立つとは思わんかったが」

 

 少女はさらに(しばら)くの間葛藤していたようだが、八幡の真剣な目を見てようやく諦める。

 

「……ありがとう」

 

 泣きそうなか細い声でお礼を言う少女の姿に、八幡は思わず笑顔を浮かべて、少女の頭に手を伸ばした。

 

「よしっ!」

 

 小町にやっていたように少女の頭をなでる八幡だったが、この時心の中ではある決意を固めていた。

 

「さあ、とりあえずさっさとお前の親父に飲ませてこいよ。元気な姿、見たいだろ?」

 

 少し気持ちよさそうに頭を撫でられていた少女は、八幡の言葉に(うなず)くと、若干名残惜しそうにしながらも踵を返した。

 しかし数歩も行かない内に八幡の方へと振り向き、叫んだ。

 

「ベル!!」

 

「はっ!?」

 

 意味の分からない単語に、八幡はこちらも大声で聞き返す。

 

「わたしの名前!お前じゃなくてベルって呼んで!!」

 

 どうやら最初にした自己紹介に対する返事をしていなかったことを、今更ながらに思い出したらしい。

 

「お、おう。分かった!じゃあな、ベル!!」

 

 そんな少女に、八幡は笑顔で言葉を返す。

 

「ありがとう、八幡!またね!!」

 

 笑顔で別れの挨拶を告げて走り去っていくベルの背中が見えなくなるまで、八幡は手を振り続けていた。

 

(俺はついさっきまで、この世界にいる〈大地人〉のことを単なるNPCだと思っていた。だが、もしかするとそれは間違っていたのかもしれん。あの少女、ベルは確かに〈大地人〉だったが、父親のことを思って流す涙、そして最後のあの笑顔。あれは紛れもない"本物"だった)

 

 八幡はあらためて先程の決意を固める。

 

(どこのバカがやったのかは知らんが、ベルの涙の責任はきっちり取らせてやる。正義の味方なんぞを気取るつもりはないが、人に危害を加えてのうのうと過ごしている奴をそのまま見逃してやるほど、俺は人間が出来てないからな)

 

 もちろん現実世界ではそんなことは出来なかった。下手なことをすれば国家権力であるところの警察に捕まってしまうし、それ以前に八幡自身にそんなことを実行できるだけの力がなかった。

 しかし今は違う。

 

(現実となったこの〈エルダー・テイル〉、いや、ベルたち〈大地人〉にとっては元々この世界が現実か。この世界でなら、俺はベテランプレイヤーだ。おイタをする跳ねっ返り共にはお仕置きをしてやらないとな……)

 

 この感情すらも、現実世界の八幡には浮かんでくることはなかったかもしれない。

 だが、八幡は自分のこの感情を肯定する。この世界はゲームとは違うかもしれないが、自分の大好きだった〈エルダー・テイル〉によく似た世界だ。

 そこで起こる"格好悪い"出来事を見逃すのは、〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティー パーティー)のメンバーとしても〈西風の旅団〉の元サブギルドマスターとしてもありえない。

 カナミに知られれば頬を張られるかもしれないし、シロエにバレればあの三白眼で睨まれるかもしれない。ソウジロウに知られれば悲しい顔をされるだろうし、ナズナに知られればやっぱり頬を張られるかもしれない。

 

(とりあえずはアキバの辺りまで戻ってからか。マイハマからアキバまでの道のりっていうとルートは限られる。(くだん)の連中、もしかすると今日ベルの親父を襲った辺りにまだいるかもしれん。となると……)

 

 八幡は再び〈ダザネッグの魔法鞄(マジック・バック)〉に手を入れると、一つの笛を取り出した。

 〈鷲獅子(グリフォン)の笛〉。数ある茶会の生んだ伝説、そんな一つである戦いにより入手した〈翼持つ者たちの王〉(シームルグ)からの友情の証。空を飛べる幻獣・グリフォンを召喚し、乗り物と出来るこの笛は、多くのプレイヤーの憧れである。

 空高く響いたその音色に呼ばれてきたグリフォンに(またが)ると、八幡はグリフォンの首筋を軽く叩いた。

 

 一瞬の浮遊感、次の瞬間には強烈な空気の壁。風を突き破りながら空を進み、八幡を乗せたグリフォンはさらに速度を上げる。

 目指すは〈アキバの街〉。〈ヤマト・サーバー〉最大のプレイヤータウン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その地で訪れる自らの運命を、八幡はまだ知る由もなかった。




まず初めに謝らせていただきますが、この第九話を書き始めるまでの僕の頭の中にはベルという〈大地人〉少女の存在はなかったし、なんならオリキャラを登場させるつもりがなかったまである。

筆が勝手に動く。そんなホラーな初体験でしたw

しかし出来自体は(前半の戦闘シーンを除けば)悪くなかった感触。ただ、八幡は何企谷何幡状態な気がしないでもないし、加えてオリキャラ嫌いな方には本当に申し訳ないです。ちなみにベルと言う名前の由来は、まんま小町(美人)の英訳ですw

さてここからは次話以降の予定について。
第十話~第十二話までの三話は、どうもイサミ視点となりそうです。第十話は過去編、第十一話は日常話、第十二話はコミック版西風の旅団一巻の最後、あのエピソードへと入っていく予定です。
ここにはかなり話数を多めにかける予定なので、おそらくイサミ→ソウジロウ→ナズナ→八幡って感じになるかと思われます。
この作品にとっての最初の大きな山場となりますので、乞うご期待!?

しかし今までお気に入り登録していただいていた方と、評価をいただいていた方には本当に申し訳ありませんでした。今後はこのようなミスがないように気を付けていきます。


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第十話 こうやって、イサミと“彼”は出会った。 前編(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その3)

ちょっと予定変更でイサミ過去編を前後編に。今後の予定はあとがきに記載しております。

記念すべき十話は、説明とキャラ紹介がメインという残念仕様に。しかも本来一話にまとめるはずの話を分割したので区切りも悪いです。この作品の読者の方って、おそらく両方既読>俺ガイルのみ既読>ログホラのみ既読って感じだと思うので、ログホラ関係の説明は多めにしておかないと、多分意味不明になる方が多数出ると思うんですよね。そんなん知っとるわ!!って方は生暖かい目で流し読んでいただけると助かります。

さて、アニメのログ・ホライズンが最終回を迎えたわけですが、カナミ関連でなんか飛んでもない爆弾が降ってきたんですがwまあこの作品ではまだカナミのカの字も出てなかったので、設定変更がまだまだ余裕で出来るのが幸いではありますw


 イサミにとって八幡という〈暗殺者〉(アサシン)は、単なる自分のギルドのサブギルドマスターであるに過ぎなかった。

 それは〈西風の旅団〉に所属する大抵のメンバーとっても同様であり、彼女たちにとってはギルドマスターであるソウジロウ以外は、添え物のポテト並みの意味しか持っていなかったのだ。

 もっとも、自分たちの想い人であるソウジロウと(ソウジロウからの一方通行に見えるが)かなり仲が良さそうであったし、八幡への接し方のせいでソウジロウに嫌われてはたまらない。

 そのため、八幡とイサミを含めたメンバーたちは、可もなく不可もなくな状態が続いていた。

 

 そんなある日……

 

「「「〈大規模戦闘〉(レイド)!?」」」

 

 ギルドマスターのソウジロウの口から、新メンバーたちを引き連れての〈西風の旅団〉初の〈大規模戦闘〉(レイド)が通達された。

 

「ええ、そうです。ボクたちもそろそろ動き始めたいと思います!やるのならいつも『最高』を目指さないと!!」

 

 ソウジロウからの訓示はメンバー全員(-八幡)の士気を大いに高め、レイドは即日決行されることとなった。

 

 パーティーの振り分けは事前に決められていたらしく、イサミが配属されたのは三番隊。サブギルドマスターの八幡が指揮する部隊だった。

 イサミとしては当然ソウジロウと同じ隊が良かったのだが、ある意味これは仕方がないことと言えた。なにせイサミとソウジロウ、二人の〈職業〉(クラス)は同じ〈武士〉(サムライ)であったからだ。

 

「え、え~とじゃあ、今からレイドに行くわけですが、みんなで一度、警戒隊列(パトロールファイル)戦闘陣形(フォーメーション)について確認をしておきたいと思います」

 

 自分の班員に声をかける八幡だったが、人前に立つのに慣れていないのか若干どもりながら喋るその姿は、イサミの目から見ると頼りなさげに見えた。

 ただし、イサミの目から見ても自分の隊員たち、〈西風の旅団〉三番隊のメンバーは一癖も二癖もありそうな人物揃いであり、正直彼女たちを指揮しないといけない立場である八幡に若干の同情を覚えないでもなかったが。

 

 まず、三番隊の隊長はサブギルドマスターの八幡。〈暗殺者〉(アサシン)だ。基本的にはぼっちなのを除けば何気に高スペックなのだが、本人を含めてそのことをしっかりと認識しているものは少ない。

 

 続いて班のトップツーである副隊長に指名されたのは、筋骨隆々の漢女(おとめ)〈吟遊詩人〉(バード)のドルチェ。ちょっと性癖に難がある以外は常識人であり、落ち着いた雰囲気のプレイヤーである。三番隊唯一?の男である八幡のサポート役として、メンバーとの橋渡しを期待されての人選だと思われる。

 

 戦闘の要、メインタンクを務めるのは、〈武士〉(サムライ)少女イサミ。新選組マニアなこと以外は常識人であったがゆえにこの班で苦労することになる、若干幸の薄い少女だ。若干後退したおでこは苦労人の証か。

 

 〈回復役〉(ヒーラー)として配置されたのは、〈施療神官〉(クレリック)のくりのん。変態である。

 

 そして〈召喚術師〉(サモナー)のひさこ。基本的には優しく寡黙なのだが、たまに腹黒い言動が見え隠れする少女だ。〈召喚術師〉(サモナー)の本来の役割はアタッカーなのだが、状況に応じて〈従者召喚〉によってユニコーンやカーバンクルを召喚することで、ヒーラーが一人のパーティーでサブヒーラー的な役割も兼任する。

 

 最後の一人は〈妖術師〉(ソーサラー)のフレグランス・オリーブ。変態である。

 

(……あれ?この隊のメンバーって、ウチ以外なんか変な人ばっかりじゃない!?というか3分の1変態なんですけど!?)

 

 ちゃっかり自分を変人の枠から外したイサミだったが、その考えは概ね間違っていなかった。……まあそもそもソウジロウLOVEを理由に入ってきたメンバーが大半なのに、そこに良識を求めるのが間違っているかもしれないが。

 

「え~と、じゃあまずメインタンクはイサミさん。基本的には彼女を先頭に進みます。前衛はイサミさんに加えて俺、中衛はドルチェさんとひさこさん、後衛はくりのんさんとオリーブさん。周辺警戒は、俺が前方でオリーブさんが後方。ドルチェさんは中衛から全方位への警戒をお願いします」

 

 イサミが考えごとをしているうちに話し合いは終了し、八幡の手により戦闘陣形(フォーメーション)が確定されていく。その差配は実に妥当なものであり、イサミの中での八幡の株が少しだけ上がる。

 

(少なくとも普通に指揮は出来る人なのかな?まあ局長の友達みたいだし、やっぱり上手いのかな?)

 

 少し八幡というプレイヤーに興味の湧いてきたイサミだったが、壇上に立ったソウジロウの姿にその関心を奪われる。

 

「はい、では皆さん、自分の部隊内での役割は理解出来ましたか?今から挑むレイドダンジョン、〈七つ滝城塞〉(セブンスフォール)の難易度は、決して高くありません。皆さん一人ひとりが全力で挑めば、きっとクリアできます。皆さんのことは僕が守りますので、絶対に勝ちましょう!!」

 

 ソウジロウの言葉、特に最後の台詞に団員たちは大いに盛り上がる。士気は最高潮、あとは出発を待つばかりかと思われたが……

 

「ちょいと待った!最後にレイドパーティー内での指揮系統の確認をするよ」

 

 すっとソウジロウの横に進み出てきてナズナが、連携についての確認を始める。

 

(こんなの、本来なら各部隊内での話し合いの前にするべきことじゃないのかな?何でこのタイミングなんだろ?)

 

 通常ならば指揮系統というのは上から順番に決まっていくものである。軍隊組織で言うとまずは将軍、次に師団長、その次に連隊長というように決められていく。レイドパーティーであればまずはレイドリーダー、次にパーティーリーダー、サブリーターといった順で決めるのが普通だ。

 当然レイド経験のある数人のプレイヤーはそのことに気付いていたが、すでに各隊の隊長たちにより取り決められているのだろうと、特に気にしていなかったのだ。

 思わず自分以外の三番隊員の顔を見回したイサミは、頭に疑問符を浮かべる隊長の八幡と、どこか納得ずくのような副隊長のドルチェ、それぞれの顔を見てさらに混乱する。

 

(え?やっぱり本当に何も決まってなかったの?でもドルチェさんはしたり顔だし……)

 

 イサミ以外にも頭に疑問符を浮かべている団員は多数居た。

 しかしナズナはそんなことを気にしている様子も見せずに話を進めていく。

 

「まず一番隊、これはソウジが指揮する。基本的に敵のターゲットはこの隊で持ってくれ。続いて二番隊の指揮は不肖このアタシ、ナズナが取るよ!一番隊に何かあった時は、この隊がターゲットを持つからね。お次は三番隊、ここの指揮は副隊長のドルチェに任せる。戦況を見つつ自由に動いてOKだから。最後に四番隊だけど、ここの指揮は(よみ)にやってもらう。後方からの火力支援をよろしく。……え?引っ込み思案な自分には無理だって?いや、アンタもウチの幹部なんだから、いい加減に隊の指揮の一つくらい取れっての」

 

 やはり話が通っていなかったのか、ナズナと詠の間でちょっとした口論が発生していたが、イサミにとっての問題はそこではない。

 

(ん~??)

 

 なぜか自分たちの部隊は副隊長が指揮を取るらしい。

 再び八幡の方を振り返ると、こちらもさらに疑問が深まったようで、人目も気にすることなく首を捻っていた。

 

「で、だ。肝心の総指揮官なんだが……」

 

 再び響いた声に視線を戻すと、ようやく詠との口論が終わったナズナが話を再開していた。

 

「普通だったらギルマスであるソウジが指揮するべきところなんだが、今回はソウジ本人の希望もあって別の奴に指揮を取ってもらうことになってる」

 

 そう告げるナズナの首はなぜかイサミたち三番隊のいる方角を向いており、その目は三番隊の隊長の顔を捉えていた。

 この後の展開を悟ったのか、いきなり八幡はイサミの目の前で〈ハイディングエントリー〉を発動させる。どうやら逃走を図ろうとしているようだ。しかし……

 

「よろしくお願いしますね、八幡」

 

 そこには、いつの間に移動していたものやら、がっちりと八幡の肩を掴むソウジロウの姿があった。はちまんはにげだした。しかしまわりこまれてしまった!

 

「くっそ、図りやがったなセタ!ナズナさん!!俺がバックレないように、わざわざ発表を後にしやがって!!」

 

 ソウジロウの手から抜け出そうと、八幡はしばらく必死にもがいていたが、

 

「あ~八幡。別に逃げたければ逃げてもいいんだけど……コノアイダトオナジオシオキガマッテルヨ?」

 

 近づいてきたナズナに何かを囁かれた瞬間、背筋を伸ばしてビシッと音のしそうな敬礼をする。

 

「…………謹んでお受けいたします」

 

 まっすぐ前を向いた八幡の顔、特にその目は、イサミには負のオーラを漂わせているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 〈西風の旅団〉初となる〈大規模戦闘〉(レイド)は、オウウ地方の〈七つ滝城塞〉(セブンスフォール)にて開始された。

 このレイドダンジョンは関連クエストさえしっかりとこなしておけば難易度がかなり下がる。今回のレイドを見据えて、〈西風の旅団〉では、初心者の訓練も兼ねてかなりの数の関連クエストを達成していたのだ。

 とは言ってもメンバーの中にはレイド初体験の者も多く、レイドにおいて重要なチームワークもまだ醸成されるには至っていない。そして総指揮官はあのサブギルドマスター。クリアできないことはないまでも多少の苦戦を予想していたイサミだったが

 

「一番隊はそのままボスのタゲを保持、二番隊はそのフォローを。三番隊は雑魚の掃除を担当しつつ、適宜ボスに攻撃しろ!……四番隊は少し火力を抑えろ!このままだと途中でMPが切れる!!」

 

 八幡に率いられた〈西風の旅団〉のレイドパーティーは、一度も全滅することなく城塞最深部までの突入に成功していた。ほとんど死者も出しておらず、初めてレイドに挑むパーティーとしては驚異的な進行速度である。

 レイドパーティー全体の壁役を務めるソウジロウ、そのソウジロウの回復を受け持つ紗姫(さき)、敵の大きな攻撃の前にメンバーに的確に障壁を貼っていくナズナ、そして詠の指揮する四番隊の強力な火力。この快挙の功績の何割かは彼ら〈西風の旅団〉幹部たちにあるだろう。

 

「二番隊、一番隊からボスのタゲをスイッチ!一番隊は後方に下がって回復だ!三番隊は二番隊をフォローしつつ、雑魚もカバーしろ!四番隊は火力全開!一番隊が戻るまでボスを火力で抑えこめ!」

 

 しかし最大の功績は総指揮官である八幡にある。イサミを初め、多くの〈西風の旅団〉のメンバーはそう感じていた。

 

 まずは指揮能力。敵の動きと味方の動きの双方をしっかりと把握し、押すタイミングや引くタイミング、火力を上げるタイミングや火力を下げるタイミング。どこの隊に一番敵の圧力が行っているか、どこの隊なら援護が可能か。瞬間瞬間における指示が的確で、間違いがほとんどない。

 戦場に響くその声は、いつしか部隊に落ち着きを与える物となっていた。

 

 その上に凄まじいのがその攻撃力。レイドパーティーの指揮を取りながら、パーティー内でもトップクラスの1秒辺りのダメージ(DPS)を叩き出していた。イサミの隣で刀を振るうその姿は、敵を翻弄して味方を助けてと、常に動き続けている。

 

「ボスのHPが1割を切ったぞ!全隊、火力を集中しろ!一気に仕留めるぞ!!」

 

 ついにボスの残りHPが残り僅かとなり、八幡の号令の元、部隊の全員がボスである〈ゴブリン王〉へと火力を集中させる。

 ソウジロウが先陣を切って突撃し、〈ゴブリン王〉の攻撃を掻い潜りながら刀の斬撃を浴びせる。

 (よみ)はその圧倒的な火力で撃ち続け、その麾下(きか)の四番隊もMPが切れんばかりの強烈な射撃ぶりだ。

 誰かがダメージを負いそうになればすかさずナズナの障壁が飛び、誰かが手痛い一撃をもらえば紗姫(さき)が回復する。

 イサミもボスとの間合いを詰めて、残っている特技をありったけ叩き込む。

 

「〈火車の太刀〉!!」

 

 イサミが最後に放った斬撃は、ボスのHPを数ドットだけ残したが

 

「〈アサシネイト〉!!」

 

 直後に放たれた八幡の攻撃がその残りHPを吹き飛ばし、辺り一面に光の粒子を撒き散らした。




出来に大いに不満が残る第十話。レイドの部分は詳細が不明すぎて強引に省略せざるを得なかったし、そもそも区切りが悪い。あと、八幡がちょっとチートっぽい感じになってしまったwただ、何回か書き直しを試みてのこの状態なので、ちょっとこれ以上の物はひねり出せそうにもない感じです。

さて、当初予定ではイサミ視点の前・中・後編で一気に話を進めるつもりだったのですが、本来前編一話で済むはずだった過去話の文字数が伸びに伸び、あまりに長くて大変なことになったので潔く予定を変更。過去編を前(十話)・後(十一話)編として投稿し、間に別のキャラ視点の話をもう一話(十二話)、そして本来の中・後編を前(十三話)・後(十四話)編にして投稿しようと思います。流石に一話で一万文字超えは多すぎるやろ……。

後編にあたる第十一話は半分以上完成しているので、仕事から帰って残りを書き上げて0時回ったくらいには投稿できるかと思います。すごく半端な所で切って申し訳ないですが、少々お待ちくださいませ。


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第十一話 こうやって、イサミと“彼”は出会った。 後編(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その4)

強引に分割されたイサミ過去話の後編。こちらは珍しく会話が多めです。八幡が一級フラグ建築士の本性を露わにしますwちなみに分割しなかった場合、前後編で1万文字を越えていた模様。

さて、コミック「西風の旅団」の5巻が発売されたわけですが、カワラが可愛すぎてワロタwウェブ連載版もちゃんと読んでましたが、やっぱりコミックでまとめて読むと感じが変わってきますね。

なおこの作品はいまだ西風1巻の途中ですwなにせ八幡側のエピソードはほぼ完全にオリジナルですし、過去話もまるっとオリジナル。原作を参考に書いてる部分って全体の4分の1もないんじゃあ……。ま、まあ原作に追いついてもアレだし多少はね?


(挙動不審で頼りなさげな姿と、レイドで大活躍する姿、どっちがあの人の本当の姿なんだろう……)

 

 イサミは、ギルドホールのソファーに横になり、一本の刀を眺めていた。刀の銘は〈会津兼定〉(あいづかねさだ)。今回のレイドで〈ゴブリン王〉がドロップした〈幻想級〉(ファンタズマル)アイテムだ。

 

 レイドにおいてドロップするアイテムを誰に割り振るかを決めるのは、基本的にレイドリーダーの仕事である。今回その役目を担ったのは総指揮官の八幡であった。

 面倒くさそうにアイテムのステータスを眺めてはさっさと団員たちに振り分けていた八幡だったが、一番最後に残った刀、今イサミの手元にある〈会津兼定〉を手に取ったその時だけ一瞬考えこむような素振りを見せた。

 ただそのことに気付いたのはイサミを含めたほんの数人だけであり、軽く首を一振りしたのち、イサミへとその刀を手渡してきたのだった。

 

(〈会津兼定〉。新選組副長の土方歳三の愛刀の製作者として知られる刀工の名前。……そしてウチの初めての〈幻想級〉武器)

 

 イサミは自分の頬が緩んでくるのを感じた。そのプレイヤーネームからも(うかが)える通り、イサミは新選組が好きなのだ。

 父親の本棚にあった『燃えよ剣』を読んだのが最初だった。そこからは新選組関連の小説や歴史本を読みあさり、気付いた時には一端の新選組オタクとなっていたのだ。

 この〈会津兼定〉は、イサミにとってはただの〈幻想級〉武器であるに留まらず、まさしく憧れの品であった。

 

(でもどうしてあの人はこれをウチにくれたんだろう。今回のレイド、ウチは大した活躍もしてないのに……)

 

 もらえたのは嬉しい。すごく嬉しいのだが、イサミにはこの〈会津兼定〉をもらうような働きをした覚えはない。

 そもそも、タンクの役目はレイド全体を通してほとんどソウジロウが担っていたし、カバーが必要な場面では二番隊のキョウコという守護戦士(ガーディアン)が援護に入っていた。

 イサミがやっていたことと言えば、ボス戦で湧いた雑魚のタゲを固定していたことくらいだろう。それも八幡のあの援護付きでである。

 

(いくら考えても分からなくてモヤモヤする。……ああーっ、もう!」

 

「お、おう。ど、どうしたんだ。イサミさん?」

 

 モヤモヤを振り払おうと上げたイサミの声。思わず言葉が飛び出したその瞬間にギルドホールに戻ってきたのは、まさかの八幡(悩みの種)であった。

 

「えっ?は、八幡さん!?あわわ、す、すみません。大声出しちゃって!」

 

 あまりにもなタイミングでの八幡の登場に慌てたイサミは大いに動揺し、上手く回らない舌を必死に回転させる。

 

「あ、いや。別に大丈夫だ。こっちも驚かせたようですまん」

 

 女性を驚かせてしまったことにバツの悪さでも感じたのか、八幡の方も慌てた様子を見せる。

 

(恥ずかしい……)

 

 最初の動揺が影響し、イサミは会話を再開させるきっかけを掴めずにいた。

 

「……………………」

 

 もっともそれは八幡も同様と見え、何かイサミに話しかけようとしてはやめてというのを繰り返している様子が見える。

 

「……あのっ!八幡さんに一つ聞きたいことがあるんですけど!」

 

 このまま続くかと思われた沈黙は、しかし意を決したイサミによって破られた。このあたりは八幡とイサミの間にある、圧倒的なコミュ力の差によるものだろうか。

 

「な、にゃんでしょう?……なんでしょう?」

 

 しかし全く心の準備が出来てなかったのか盛大に噛んだ八幡の答えに、〈武士〉の情けでイサミは必死で笑いを(こら)える。

 

(あ~、もう!変に緊張してたのがバカみたい。あんなにすごい指揮が出来て、すごい戦闘が出来ても、この人はウチとそんなに変わらないくらいの歳なんだ。だったら聞くのを躊躇(ためら)う必要はないよね!)

 

 恥ずかしがっている様子の八幡の姿に、イサミは自分の緊張がほぐれているのを感じる。だから

 

「八幡さん、何でウチにこの〈会津兼定〉をくれたんですか?そんなに目立つ活躍もしていないと思うんですけど」

 

 今度は聞きたいことをしっかりと尋ねる。先程感じた疑問をストレートに、目の前の少年へと。

 

「え~と」

 

 八幡は聞かれたことが意外だったのか、考え事をするように間を取った。

 

「…………まず大きな理由は、その武器が刀であったこと。〈西風の旅団〉には刀を使うプレイヤーは何人かいるが、そのうちセタとナズナさんはすでに〈幻想級〉(ファンタズマル)の武器を持ってる。だと次に優先するべきなのは戦士職の誰かだ」

 

 戦士職というのは敵の攻撃を一心に受ける役割(ロール)である。そのためには敵の〈憎悪値〉(ヘイト)を可能な限り集めなければならないが、根本的な攻撃力で戦士職は武器攻撃職や魔法攻撃職には敵わない。

 その差を補うため各戦士職には敵のヘイトを集める専用技が存在するが、それだけでは敵のターゲットを維持するのは難しく、それに加えて通常の攻撃でもヘイトを稼ぐ必要があるのだ。

 戦士職がヘイトを集められなければ、敵の攻撃がヒーラーや攻撃職に行ってしまう。特にヒーラーが戦闘不能に陥ってしまうと、そのまま全滅ルートまっしぐらである。

 (ゆえ)に戦士職にはいい武器が必要。八幡が告げる、これがひとつ目の理由。

 

「でも〈武士〉はウチ以外にもいますよね?なんでウチだったんですか?」

 

 今回のレイドパーティーには、一~四番隊で合わせて4人の〈武士〉が参加していた。うち1人はソウジロウであるため、それを除いた3人がこの刀を手にする理由があったということだ。

 

「その理由は簡単だ。単純に3人の中で、一番イサミさんが上手かった。ただそれだけでしかない」

 

 ふたつ目の理由。プレイヤースキル。

 

「え?でもウチなんてボス戦の雑魚のタゲを取ってただけで、全然大したことしてないんだけど……」

 

 しかしイサミは、八幡に告げられた理由に納得がいかなかった。むしろ他の2人の方が自分よりも多くのモンスターを倒していたからだ。

 

「さっきも言ったように戦士職で一番重要なのは、仲間を守る盾となること。あの2人はそれをしっかりと理解せずに、攻撃職のように動いていた。イサミさんは状況を的確に見て、必要な動きをしていた。それは十分に大したことなんだよ」

 

 敵を倒せるのが上手いプレイヤーなのではない。自分の仕事をしっかりこなす、MMORPGにおいてもっとも重要なのはそれだ。

 イサミは雑魚のタゲを固定した上で、さらに攻撃力を上げようと努力と工夫をしていた。ただ数字だけを見ると他の二人に遅れを取っているように見えるかもしれないが、パーティーに対する貢献度で言えばイサミの方が圧倒的に上。

 八幡にしてみればただそれだけのことであった。

 

 この八幡の言葉を聞いたイサミは、モニターの前で自分の頬が赤くなるのを感じた。

 ベテランプレイヤーとまでは言えないが、中堅プレイヤーと名乗ってもよいくらいには、この〈エルダー・テイル〉をプレイしてきたつもりだ。 しかしこれまでの数年間のプレイで、こんなにはっきりとプレイヤースキルを褒められたことはない。

 リアルでは成績は平凡で運動神経は並以下。褒められるようなところが少ない自分を褒めてくれる人がいる。ゲームとはいえ、そのことが嬉しかったのだ。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 何か言わないといけないとは思うものの、赤面したイサミには何も思いつかずただお礼を言うことにした。先程の八幡ではないが、これ以上話すと盛大に舌を噛みそうな予感がしたのもあった。

 

「で、だ。一応最後にもう一つ理由があってだな」

 

 続きを告げる八幡の言葉に、イサミは耳を傾ける。

 

「新選組、好きなんだろうな~と思ってな」

 

「へ?」

 

 イサミは、モニターの前でポカンとする。

 新選組が好きそうだったから。〈幻想級〉(ファンタズマル)の武器をそんな理由でもらったプレイヤーなんて、もしかすると自分が世界初なのではないだろうか。

 

「いや、まずイサミさんってプレイヤーネームが局長の近藤勇の名前からなんだろうし、格好も新選組の陣羽織がモデルの装備みたいだし。しかも職業が〈武士〉だろ?」

 

 確かにイサミは新選組が好きだ。というかマニアやオタクの域に達していると言っていいだろう。

 

「ま、まあそうですけど……。やっぱり変ですか?女なのに新選組が大好きって」

 

 しかしその趣味は、女友達の誰にも理解されたことがなかった。彼女たちにとっては、新選組の強面な侍たちよりドラマに出ているイケメン俳優やアイドルたちの方がはるかに重要だったし、血生臭い幕末日本よりも綺羅びやかな中世ヨーロッパの方がよほど憧れの対象だった。

 

「いいや、全然。俺も新選組好きだしな。特に土方歳三、あの生き様は超ヤバイ。男じゃなかったら恋しちゃってるまである。正直この武器がドロップしたとき、自分の物にするか一瞬迷ったんだよな~。まあでも俺はこいつよりステータスの高い刀持ってるし、流石に貰えんわな」

 

 でもこの人の前でだったら、友だちの前で見せるような姿は必要ないかもしれない。新選組の特集が組まれた歴○人を諦め、女子○生の最先端ファッションの特集が組まれたセ○ンティーンを買う。そんな下らない見栄を張らなくていいかもしれない。

 

「だよね!土方歳三すごいかっこいいよね!!ウチ、燃えよ剣から新選組が好きになったから思い入れが強いの!!」

 

 だったら、思い切って踏み込んでみようと思った。取り繕わずに、まっすぐに。好きな物を好きとはっきりと言えるように。

 

「お、おう。いきなりテンション上がったな。つうかさっきまでと口調とキャラが変わってね?俺って一応サブギルドマスターのはずなんだけど……」

 

 京都時代は冷酷な鬼の副長と呼ばれた土方歳三。一方で箱館戦争時代には「温和で母のように慕われていた」土方歳三。そのどちらもが歴史上に残る『本当』の姿である。

 

「いや~、今まで新選組の話が出来る人が父親以外にいなかったから嬉しくってつい。……ダメ?」

 

 だから、挙動不審で頼りなさげな姿と、レイドで大活躍する姿。公平な評価でイサミに武器を渡す姿と、新選組が好きそうだからという理由でイサミに武器を渡す姿。そのどれもが八幡の『本当』の姿なんだろう。

 

「……ああー、もう。分かった、分かったから。だからそんな声を出すのやめてくれませんかねぇ?うっかり惚れちゃうだろ!」

 

 八幡の照れ隠しの台詞を聞いたイサミの頭に、ちょっとしたイタズラが思い浮かぶ。

 

「はいはい、分かりましたよ、副長(・・)♪」

 

 土方歳三と同じ、副長。この呼び方に、この少年はどのような反応を見せるだろうか。同じように照れるだろうか、そんな呼び方するなと怒るだろうか。それとも……

 

「え?なんで俺の脳内設定知っちゃってるの?サブマス任されてからこっち、実は心の中ではウキウキ副長気分だったのバレちゃってたわけ?銀河の歴史じゃなくて俺の黒歴史がまた1ページ開いちゃうんだけど?……え?冗談で呼んでみただけだったのに?こやつめ、ハハハ。……ごめんなさい。他のメンバーには出来れば言わないでいただけるとありがたいかな~と。……え?必死過ぎてキモい?いや、流石にこうもうちょっと言葉をオブラートに包んでですね。……え?これからも副長って呼んでいいかだと?いや、俺みんなの前でそんな呼ばれ方したら恥ずかしくて死んじゃうんだけど?というかこのやり取りですでにいっぱいいっぱいなんでマジで勘弁して下さい。……分かった、分かったから。副長って呼んでいいから俺の黒歴史をみんなにバラすのだけはやめて!土下座か?土下座すればいいんだな!?……くっそこうなったらセタの奴も巻き込んで局長って呼ばせてやるからな!」

 

 地面に頭を擦り付けながら悪態をつく八幡の姿を見ながら、イサミは思う。

 ソウジロウが目的で入ったこの〈西風の旅団〉だったけど、思っていたよりもずっと楽しくなりそうだと。

 ソウジロウがよく口にする『最高』という言葉。彼の言う『最高』には、きっとこの副長の姿が含まれている。自分もいつかその『最高』に含まれるようになることが出来るだろうか?

 未来はまだ分からないけれど、副長にもらったこの〈会津兼定〉。この土方歳三と同じ刀で、斬り開いていこう。自分の未来を、ギルドの未来を。

 

 

 

 

 

 数々の〈大規模戦闘〉(レイド)で輝かしい功績を残した〈西風の旅団〉。その中でもっとも強いのはソウジロウが率いる一番隊だと言われている。

 しかし劣勢や苦境に立たされた時、最後まで生き残り戦線を支え続けたのは別の隊。

 目の腐った〈暗殺者〉(アサシン)が前線で指揮を取り、〈会津兼定〉を手にした〈武士〉(サムライ)少女が前線を支える。漢女(おとめ)〈吟遊詩人〉(バード)が全力でサポートし、ちょい黒〈召喚術師〉(サモナー)の少女は攻撃のみならず回復もこなした。後の二人、〈施療神官〉(クレリック)〈妖術師〉(ソーサラー)も変態だが腕は確かだった。

 八幡が〈西風の旅団〉を去るまでの数ヶ月間、彼らは『奇跡の三番隊』と呼ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや副長。なんで副長なのに、率いる隊は三番隊なの?」

 

「……笑わないか?」

 

「笑わない笑わない。……多分」

 

「おい!いま多分って言っただろ!……はあ、分かった言うから」

 

「よろしい!」

 

「なんで上から目線なんですかねぇ……?まあぶっちゃけて言うと」

 

「言うと?」

 

「る○剣好きなんだよ、る○剣。あれの斉藤一、ヤバすぎでしょ?牙突零式なんてリアルで何度も練習しちゃったからね?まあ、うっかり妹に見られてゴミを見るような目で見られたけど。……あ、多分その目だわ。モニター越しにお前が今してるその目だよ!!約束通り笑ってはないけど、世の中むしろ笑ってくれた方がいいこともあるんだからな!?」




……あれ?なんか若干燃えよ剣のステマになってね?な第十一話。ここからイサミさんが徐々にヒロイン化する……といいなあw本編内にフォロー入れられなかったのでここで語りますが、オチに使った斎藤一は史実の新選組では三番隊組長(隊長)を務めていました。

ちなみに八幡の口調ですが、前編が丁寧語で後編がタメ口なのは仕様です。前編時は明らかに八幡より年上なドルチェやオリーブがいたので、多分八幡ならちゃんとした話し方をするかな~とあんな感じに。いっそ後編も丁寧語にするかと思ったんですが、違和感しかござらん状態だったのでタメ口仕様に戻しましたwちなみにイサミの新選組うんぬんの辺りは公式では明言されていないオリジナル設定ですが、まあどう考えても新選組は好きだと思うので嘘設定にはならんと思われ。

十話について、八幡のレイド指揮はシロエから習ったものになるのか?というご質問をいただきました。これに関しては一部はイエスという回答になります。八幡の指揮はシロエを参考にしたものですが、シロエの〈全力管制戦闘〉(フルコントロールエンカウント)とは違うものです。細かく明かすのはまだ先になるので、とりあえず八幡はレイドの指揮が出来るということを認識していただいていればOKです。

それに付随して。レイド指揮をソウジロウではなく八幡が取った理由は、この時点のソウジロウはレイド指揮が出来ない(というこの作品の設定)からです。なにせ茶会時代は前線バカだったはずなのでw

さてここからは次回以降の予定を。第十二話はおそらく4月2日の投稿となります。ただ急遽加わった話のため、現在誰の視点かも決まってない状態ですwお待ちいただければ幸いです。こ、今度はちゃんと一話で収まるよね?(フラグ)



……しかし今回あとがき長いな。


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第十二話 ある日、サラは〈大災害〉を目の当たりにする。

今回のお話はコミック版西風読者はみんな大好き!〈大地人〉少女のサラが主役でございます。そして八幡さんが再び一級フラグ建築士していますwついでにさらっと八幡のサブ職業が明かされております。

なお、今回は物語の描写上あえて原作設定の一つ、〈エルダー・テイル〉の1日は現実世界の2時間であるという設定を無視しております。ご了承くださいませ。

設定に関してもう一つ。感想欄にて、ゲーム時代の〈エルダー・テイル〉は単なるMMOなので腐った目という表現があるのはおかしい、というご指摘をいただきました。自分でも気を付けて神視点以外では描写しないようにしていたつもりですが、どうも漏れが大量にあったようです。誠に申し訳ありません。修正をかけようかとも思ったのですが、茶会時代に八幡が「腐った目の〈暗殺者〉」(※文言は若干変更の可能性あり)と呼ばれるようになる(主にカナミのせい)設定を捏造もとい加えることで対応することにいたします。なので元茶会メンバー視点では今後もガンガン「腐った目」という表現を使用させていただきます。……人、これを開き直りという!このエピソードはその内どこかで描写する予定です。


 サラという〈大地人〉の少女にとって、その日はいつもと何も変わらない一日となるはずだった。

 日の出とともに起床。いつもと同じ味のない朝食を取り、支度を整えて家を出る。

 向かうのは自分を雇ってくれている〈冒険者〉のギルド、〈西風の旅団〉のギルドホールだ。〈アキバの街〉の一等地に建つそのビルがサラの職場となる。

 

「さあ、今日も一日頑張ろう!」

 

 サラは自らの仕事着である割烹着(かっぽうぎ)を身に着けると、はたきを手に取った。彼女は〈西風の旅団〉のギルドホールの清掃用に雇われている〈大地人〉なのだ。

 まずは棚の上のほこりを払い、そこから下へ向かって順番に掃除していく。基本に忠実に、そして丁寧に。

 雇い主の〈冒険者〉から褒められたりすることはほとんどないけれど、それでもサラは毎日きっちりと仕事をこなしていた。〈冒険者〉が払ってくれる給金というのは、一般的な〈大地人〉の給金に比べてかなり多いのだ。

 

 しかしほんの1年ほど前までは、そんなサラに声をかけ、あまつさえ仕事まで手伝ってくれる〈冒険者〉がいた。なぜだかサラの方から声をかけてもほとんど反応がなかったけれど。

 "彼"の掃除の腕前は素晴らしいもので、サラが真面目にやって4時間ほどかかる場所の掃除を1時間足らずで片付けたり、サラが動かせないような家具を楽々動かしてその下まで掃除していた。

 本人が語るところによると、"彼"のサブ職業(サラにはよく分からなかったが冒険者にはメイン職業とサブ職業というものがあるらしい)は〈専業主夫〉というもので、家事全般をそこそこの高レベルでこなせるとのことだ。

 毎日のように"彼"がサラに話してくれたのは、"彼"はリアル(サラには何のことだかよく分からなかった)ではぼっち?という孤高の存在であるという話だったり、今日の"彼"らの大冒険譚だったり、はたまたギルドマスターがモテモテでムカつくので爆発しないかなという愚痴だったりと、様々な内容だった。

 そんな"彼"の話は、平凡な〈大地人〉であるサラには、興味深くて、面白くて、笑えて、わくわくして、ハラハラして、ドキドキして。そして時々意味が分からなかった。

 

(そういえば、あの方とはしばらくお会いしてないなぁ~)

 

 そんな"彼"を、この〈西風の旅団〉のギルドホールで見かけなくなったのはほぼ1年前。

 "彼"を見かけなくなる少し前から、なんだかここにいる〈冒険者〉たちの仲がギスギスしていたように感じていた。

 どうもサラの直接の雇い主であるギルドマスターに関して何かを争っていたらしく、少しずつ貯めこまれていたモノがついに爆発した、とそういうことだったらしい。

 しかしある日を境にギルドの雰囲気は元へと戻り、同時に"彼"を見かけることがなくなった。

 最後に会った時の"彼"は、いつもと同じようにサラの掃除を手伝い、"彼"が今まで仕事に使っていた部屋を綺麗に片付けて出て行った。サラに「今まで独り言を聞いてくれてありがとう」と言い残して。

 

(いつかまたあの方に会うことができるのでしょうか……)

 

 連々(つらつら)と考え事をしている内に粗方はたきをかけ終わり、サラは窓でも拭こうとバケツに水を汲んでくる。

 バケツの水に雑巾をひたし、力強く絞る。そして窓を拭く。いつも行っている、いつもどおりの光景。

 しかし突然……

 

(いつもより、視界が透き通ったような感覚があった気がします)

 

 少しぼやけているようだった目の前の世界がクリアになり

 

(いつもより少しだけ、空気が重みを増したような気がしました)

 

 何の重さもなかったような空気の密度が、少し上がったような、そんな気がした。

 そしていつもともっとも違うのは街の様子。窓の向こう側、〈アキバの街〉の様子が先程までと一変(・・)した。

 

「あれは……〈冒険者〉が街に戻るときに使う魔法……かな?」

 

 突然現れたのは〈冒険者〉。それも〈アキバの街〉の通りを埋め尽くすような大勢の〈冒険者〉たちであった。

 

「みなさん倒れてるけど……大丈夫なのかな……?」

 

 現れた〈冒険者〉たちは、皆が一様に気絶したように道路に伏せていた。

 やっぱり冒険者って分からない。そう思ったサラは深く考えることなく、汚れた水を組み直そうとバケツを持ち上げる。しかし

 

「なんだよ、なんなんだよコレはっ!?」

 

「私、さっきまで部屋にいたはずなのに!?」

 

「う、運営はどこだよ?なんかのイベントだよな、これ!?」

 

 直後に響いた大きな声にバケツを取り落とし

 

「何なの~、もう!」

 

 盛大に水をぶち撒けた。

 

(言ってることも理解できないことが多いし、いつの間にかどこかに消えてしまって帰ってこないし、ほんと、〈冒険者〉ってよく分かりません……)

 

 床に広がる水たまりに一瞬呆然としたサラだったが、すぐに気を取り直して床を拭き始める。通りで騒いでいる〈冒険者〉と、帰ってこない"彼"に心の中でちょっぴり文句を言いながら。

 

 

 

 

 不思議な光景からしばらく後、この〈西風の旅団〉のギルドホールに集まってきたのは、いつもここに集まっていた〈冒険者〉たちだった。彼女たちは一様に深刻そうな表情で、そこかしこで話し合いを始めていた。

 いつもと違う雰囲気にとまどい、物陰に隠れて様子をうかがっていたサラだったが、その会話に出てきたのは、ゲームの中?リアルに帰りたい?キャラクターになってる?モニターがない?パッチのせい?〈ノウアスフィアの開墾〉?ただの〈大地人〉であるサラには全く分からない、聞いたこともないような単語の羅列だった。

 しかし、そんな彼女たちの様子も、サラの雇い主でもあるこの館の主、ギルドマスターのソウジロウが帰ってきたことで一変する。

 あれほど深刻そうで暗かった表情が、明るく華やかな笑顔に変わった。小さな声で内緒話でもしているようだった会話も、大きく(かしま)しい賑やかなおしゃべりに変わった。

 このソウジロウというサラの主人は、よほどみんなから人望を集めているのだろう。

 明るくなった場の雰囲気に若干の油断が生じたのか、サラは思わず隠れていた柱から身を乗り出してしまっていた。サラが気付いた時には、柱に隠れているのはもはや片足ばかりという状態。

 当然のように集まっている〈冒険者〉の一人に見つかり、その〈冒険者〉、青い陣羽織を羽織った少女に声をかけられる。

 

「だ……誰!?」

 

 ギルドホールに広がったその声に、集まった人々の視線が一斉にサラへと向かう。

 

(ど、どうしよう……。見つかってしまいました!)

 

 逃げようかどうしようか、そんなことを考えながらアワアワしている内に、サラはいつの間にか柱の影から連れ出されていた。

 

(ど、どうして?この間まではあの方以外には話しかけられたことなんてなかったのに!?)

 

 混乱していまだアワアワとしているサラだったが

 

「え~と、どなたでしたっけ?」

 

 自分に掛けられた優しそうな声に、どうにか気を取り直す。相手は全く知らない人ではなく、自分の雇い主なのだ。

 

「サ、サラでございます」

 

 しかし意を決して発したサラの言葉は、目の前の少年の頭の上に大きな疑問符を浮かべる結果となったようだ。

 

(私ってそんなに影が薄かったでしょうか……?まあ、言ってしまえば単なる雇われ人ですし、仕方がないといえば仕方がないのかもしれませんが)

 

 困ったような顔で後ろの仲間と何かを話し合い始めた雇い主。その姿に疑問を感じたサラだったが、とりあえず強引に自分を納得させることにする。

 そもそも相手は〈冒険者〉である。“彼”はあくまで特殊な存在だったのであって、今まで“彼”以外の〈冒険者〉に話しかけられたことなどなかったのだから。

 どうにか心を落ち着けることに成功したサラだったが、その落ち着きは

 

「〈大地人〉て……。〈エルダー・テイル〉の世界の住人って設定の、要はNPC(ノンプレイヤーキャラクター)だろ!?」

 

 直後にホールに響いた声によってすぐに破られた。

 

(NPCってなんでしょう……??)

 

 全く意味の分からない単語に、サラは首をかしげる。しかしサラにとっては聞いたこともないその単語は、目の前の〈冒険者〉たちにはかなりの驚きを与える物であったらしい。

 興奮した様子の彼女たちに少し怖さを感じたサラはじりじりと後ずさる。だが、目の前の少女たちはそんなサラの様子など意に介さず、(せき)を切ったよう一斉にサラへと話しかけてきた。

 

「普段どんなことしてるの?」

 

(このギルドホールの掃除をしています)

 

「ご飯て食べるの?」

 

(今朝もしっかり食べてきました)

 

「名前ってゲームの時からあったっけ?」

 

(ゲーム?ってなんでしょう)

 

「何歳?スリーサイズは?」

 

(恥ずかしい……)

 

 寄ってたかって質問攻めにされたサラは、矢継ぎ早の質問に頭は追いついても口が追いつかず、全く返事をすることが出来なかった。

 

「カレシいる?」

 

 そして最後の質問。

 

「あう~」

 

 なぜか思い浮かんだ"彼"の姿にサラは赤面し、気付いた時には頭に上った血のせいで目を回してしまっていた。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!!」

 

 床に崩れ落ちるサラの瞳に映ったのは、慌てたようにこちらに駆け寄ってくる青い影、先程自分を見つけた〈武士〉(サムライ)少女の姿だった。

 

 

 

 

 

「う~ん…………」

 

「だ、大丈夫?」

 

 目を覚ましたサラに声を掛けてきたのは、気を失う前に見た少女だった。

 

「ごめんね。皆がよってたかって質問するから……。あ、ウチの名前はイサミっていうの」

 

目の前の少女、イサミはどうやらサラのそばについていてくれたらしく、心配そうな顔で調子を尋ねてきた。

 

「い、いえ。もう大丈夫です。先ほど気を失ったのはちょっと別の理由でしたので……」

 

 質問が原因ではあったものの、気を失ったのはよってたかって質問されたからではない。自分で口にした事実に、サラはまた少し顔が赤くなったのを自覚する。

 

「まあ、大丈夫ならいいけど……」

 

 どうやら、イサミはサラの顔色の変化に気付かなかったらしい。

 サラはそのことに若干の安堵を覚えるが、それと同時に先程の疑問がまた浮かんできた。どうして〈冒険者〉たちは突然自分に話しかけてくるようになったのだろう、と。

 

「あ、あの……」

 

 さっきは慌てるだけで何も言えなかったけれど、この優しそうな少女に聞いてみたいと思った。

 

「……なんで突然、みなさんは私に話しかけるようになったんですか?」

 

「えっ!?」

 

 サラのその質問に、イサミの顔が引きつったように変化する。

 答えにくいのか、なんと答えたらいいのか迷っているのか。悩んでいるようにも見えるその表情に、サラは話を続ける。

 

「1年ほど前までは、お一人だけですが私に話しかけてくれる方がいました。その方は私の仕事を手伝いながら、色々なことを話してくれました」

 

 サラの話に何か、もしくは誰かを思い浮かべたのか、イサミの表情に少量の驚きが交じる。

 

「よく意味の分からないお話も多かったけど、楽しかったんです。私には一生体験できない、そんな素敵なお話を聞くことが出来て」

 

 そう、楽しかったのだ。掃除をしながら話される様々なお話、興味深くて、面白くて、笑えて、わくわくして、ハラハラして、ドキドキして。そして時々意味が分からなかった。だけどその全てが楽しかった。

 

「だから今日みなさんから話しかけられて、少し期待してしまったんです。みなさんと仲良くなったり、おしゃべりしたり。あの方がいなくなってから聞けなくなった、物語の続きが聞けるんじゃないかって」

 

 だから、サラは知りたいと思ったのだ。なぜ〈冒険者〉は自分に話しかけてくるようになったのかを。 

 

「……ごめん。ウチも今の自分たちの状況をよく理解できてなくて、正直なんて言ったらいいのか分からないの」

 

 イサミから返ってきた返事に、サラは一瞬がっかりする。しかし、こちらに向けられたイサミの顔には笑顔が浮かんでいた。

 

「でもね、友達にはなれるよ。副長みたいな意味のよく分からない変な話は出来ないけど、一緒におしゃべりしたり笑い合ったり」

 

 友達……。“彼”は自分には友達がいないとよく言っていた。けれど、本当は友達が欲しかったんだと思う。“彼”がどこか寂しそうに語る姿を見て、サラはそう感じていた。

 サラはそんな“彼”の友達になりたいと思っていたが、ついぞ“彼”から友達になろうなどと誘われることはなかった。

 しかし今、自分と友達になろうと言ってくれる少女がいる。

 そのことがとても嬉しかった。だから、手を伸ばしてみようと思った。そして、いつかまた“彼”に会えたら自慢してやるのだ。あなたより先に、私に友達が出来ましたよ、と。

 だからサラはもう一度口を開いた。思いを言葉にのせて伝えるために。

 

「あらためてもう一度。わたしの名前はサラと申します。イサミさん、わたしと友達になってください」

 

「じゃあウチももう一度だね。ウチの名前はイサミ。よろしくね!」

 

 〈大地人〉と〈冒険者〉。後に親友となる二人、サラとイサミはこうして出会った。のちにこの出会いは、とあるぼっちの〈暗殺者〉(アサシン)にも大きな影響を与えることとなるのだが、それはしばらく先のお話である。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

(しっかしサラが言ってたのって、多分副長のことなんだろうけど)

 

 言葉にしないと伝わらない思いもある。言葉にしても伝わらない思いもある。そして

 

(副長、ただNPC相手に独り言をつぶやいてただけのつもりなんだろうな~)

 

 言葉にしない方が良い言葉もある。今回はそういうお話でもある。

 




オチで台無しな第十二話でございました。な~んか文章が壊れ気味な気がするのですが(特に後半)、眠くて頭が回らない……。とりあえず投稿しましたが、起きた後に確認してひどければ後ほど修正をかけるかもしれません。急遽決めたサラ視点なので、色々と詰めが甘い所が多かったのが原因かも。

ちなみに八幡がサラに話しかけているシーンは、FF11やFF14のsayチャット(PTを組んでいなくても近くの人とチャットできる機能)のボイスチャット版の様な機能を使っている、と設定しております。原作の〈エルダー・テイル〉にこんな機能があるかは不明ですがw

さてここからは次回以降の予定について。このサラ回にて、本来イサミ視点で語るつもりだった部分をかなり消化できたので、次回のイサミ視点の話は、13・14話の前後編でしっかりと収まりそうです。13話は日常話の予定ですが、14話から数話はかなりシリアスになる予定。ただ、僕にシリアスが書けるかはかなり謎w期待せずにお待ちいただけますと幸いです。投稿予定は遅くとも4月5日を予定しております。



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第十三話 だから、ひさこは“黒さ”に目覚めた。 前編(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その5)

祝1万UA&お気に入り件数300突破な第十三話。これについてはあとがきにて。

そして前回のあとがきで嘘つきましたw今回は本来イサミ回の予定で、イサミ視点で料理うんぬんの話をやるつもりだったんですが、全く筆が進まないという事態に陥りました。なので急遽変更しひさこ視点に切り替えることにいたしました。が、そのせいでひさこ過去編の執筆が大幅に前倒し。さらに今回は料理の話にも辿り着かず前後編化。しかも7500文字超えの謎の大ボリュームになっております。

今回の過去編の主眼はパーティー戦闘。初めて複数人数を戦闘で動かしているので、読みにくい文章となっているかもしれませんがご容赦くださいませ。


 引っ込み思案の気があるひさこにとって、〈西風の旅団〉というギルドに入るというのはいわば一大決心であった。

 なにせ、あの女性プレイヤーに大人気のソウジロウ・セタの作ったギルドだ。(かしま)しい女の子が多数集まるのは必然であり、引っ込み思案にとってはなかなかにハードな事態が予想された。

 それでもひさこが〈西風の旅団〉に入団しようと思ったのは、ソウジロウ・セタの存在に加えてもう一つ、あの〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)に所属していた〈召喚術師〉(サモナー)が一人、〈西風の旅団〉に所属していると聞いたからだ。

 噂によると(よみ)と言うそのプレイヤーは、ひさこと同じく引っ込み思案でありながら、茶会の〈大規模戦闘〉(レイド)パーティーでも重要な役割を占めていたらしい。

 もしかするとプレイやリアルの参考になるかもしれない。そう思ったひさこは〈西風の旅団〉の門を叩いたのだ。

 そうして入った〈西風の旅団〉で、彼女はとあるぼっちの少年と邂逅することとなるのだった。

 

 

 

 

 

 〈西風の旅団〉最初の〈大規模戦闘〉(レイド)が終わって数日が経過していた。

 何だかんだですんなりクリア出来たこともあって、ギルド内では今後に対する楽観論も出始めていた。ひさこもソウジロウや詠の隊に配属されなかったのが不満ではあったものの、概ね満足の行くレイドだったと思っていた。

 しかしソウジロウたち幹部陣の考えはそうではなかったらしく、ここ数日は前回の反省を踏まえた上での訓練が行われていた。なにせソウジロウやナズナ、詠たちの基準はあの(・・)〈放蕩者の茶会〉だ。先日のレイドの出来にも相当の不満点があったのだろう。

 

「面倒だから嫌だ!働きたくないでござる!」

 

 というサブギルドマスターの魂の叫びは数の暴力の前に黙殺され、ひさこの所属する三番隊もパーティー内での連携を高めるための訓練に赴いていた。

 今回の訓練場所に選ばれたのは〈フジ樹海〉。〈霊峰フジ〉の北側、現実世界でいうところの青木ヶ原樹海の位置にある、凶悪な高レベルモンスターが闊歩する巨大フィールドだ。モンスターはそのほとんどがレベル85を超え、高レベル〈冒険者〉のレベリング・訓練に用いられることも多い。

 とはいっても本来、(レベルに余裕さえあれば)ソロでも活動可能な場所だ。全員レベル90で構成された三番隊にとってはなんてことのない訓練となるはずだった。

 

「ッ!?総員、後方からの敵集団に備えろ!!」

 

 しかし現在、ひさこたち三番隊は激戦の中に身を置いていた。

 まず最初の(つまず)きは、ひさこの召喚していたサラマンダーがモンスターを八体ほど引っ掛けてしまったことだ。

 〈召喚術師〉に召喚された従者は、その名の通りに主に付き従う。しかし、その動きは召喚主の通った道をなぞるのではなく、最短距離を直線的に動こうとする傾向にあるため、〈召喚術師〉はその動きに細心の注意を払う必要がある。

 ただ、この〈フジ樹海〉というフィールドは視界がかなり悪いのだ。一面が樹木に覆われているせいで陽の光が差し込まない上に、足元にも樹の根が張り巡らされているため、暗い中を足元を注視しながら進まねばならないのだ。

 ひさこがモンスターを引っ掛けてしまったのは、油断がないとは言えないが不運であったとは言えなくもない。そんな出来事であった。

 それだけのことであれば十分に対処できる事態でしかなかったし、事実八幡を始めとする三番隊メンバーはすぐに武器を構えていた。しかしそれ以上に不運だったのが、臨戦態勢の三番隊の後背に、突如大量のモンスターが出現したことだ。

 どうやらどこかの〈冒険者〉パーティーが、うっかり自分たちの手に余る数のモンスターを引っ掛けてしまったらしく、不幸にも三番隊は逃げる〈冒険者〉パーティーとモンスターの群れの間に入り込んでしまっていたのだ。

 意図しない"モンスターを使ったプレイヤーキル(MPK)"。咄嗟に八幡が警告を発したものの、後ろから最後衛のオリーブに襲いかかった大量のモンスター群は、イサミが割って入るまでの一瞬でオリーブを戦闘不能寸前まで追いやっていた。

 

「くそっ!くりのんはオリーブさんの回復(ヒール)を。前方の八体は俺が抑えるから、他のメンバーは後方の敵に集中しろ!」

 

 咄嗟に飛んで来た八幡の指示に、ひさこたちは後方の敵へと向き直る。確かにこの数をどうにかしなければ、いくら戦士職のイサミでもそうそうにHPが尽きてしまうだろう。だが、前方の敵も紙装甲である〈暗殺者〉(アサシン)が長時間抑えるには数が多すぎる。可能な限り早く殲滅して、八幡の援護をする必要があった。

 

(出し惜しみ……してる暇はない……)

 

 自分たちが現在置かれている状況を確認したひさこは、自身が召喚できる最強の従者を召喚することを決めた。

 

「従者召喚:〈不死鳥〉(フェニックス)……!」

 

 〈不死鳥〉(フェニックス)。炎の属性をもつ、レベル86以上の高レベル〈召喚術師〉のみが使役できる上位精霊。輝くオレンジと深紅の炎をまき散らすその巨鳥は、敵を範囲殲滅するのにはうってつけの存在だ。

 ひさこに召喚された〈不死鳥〉の撒き散らした炎は、モンスターに襲いかかるとその幾体かをポリゴンの粒子に変え、その数倍のモンスターに深手を負わせることに成功していた。

 ただし、強力な従者である〈不死鳥〉にも大きな欠点が存在する。

 

「範囲攻撃が再使用可能になるまで残り300秒です……」

 

 ……特技の再使用規制時間(リキャストタイム)の長さ、連発が効かないことである。つまりその間は、他の従者や特技で乗り切らなければならないのだ。

 こうなってくると、〈妖術師〉(ソーサーラ)のオリーブが一時的な戦線離脱を強いられているのが痛い。範囲火力という点では、〈妖術師〉はこのゲームでは頭一つ抜けている。だが、だからこそ逆にモンスターの敵視(ヘイト)を奪いかねないこの状況では攻撃させられない。紙装甲の〈妖術師〉がHPが一割を切っている状態で敵に一撃をもらえば、その時点で戦闘不能である。

 さらに、三番隊で最強の攻撃力の持ち主(ダメージディーラー)である八幡は、一人で前方の敵と相対している。

 他のメンバーは戦士職である〈武士〉(サムライ)のイサミ、武器攻撃職の〈吟遊詩人〉(バード)だがどちらかというと援護歌特化ビルドであるドルチェ。そして回復職(ヒーラー)のくりのんである。攻撃力という点ではあまり期待はできない。

 つまりこのパーティーで現状もっとも自由に動けて、なおかつ攻撃力を持っているのはひさこだということ。

 

(なんとかしないと……。効率良く、殲滅速度重視で!だったら……)

 

「戦技召喚:〈ソードプリンセス〉……!」

 

 続けてひさこが召喚したのは〈ソードプリンセス〉。こちらは従者召喚と違い一瞬だけの召喚でしかないが、その分一回の威力は高めに設定されている。先ほど〈不死鳥〉が削った敵のHPをその流麗な剣さばきで斬り飛ばした剣の乙女は、役目を終えて溶けるように消滅した。

 

(これでどうにか5分の1くらい倒した……?)

 

 しかし戦況はいまだ好転していない。敵の集中攻撃を受けているイサミのHPは現在進行形で削られ続け、そのイサミをHPをカバーしながら合間にオリーブの回復も行っているくりのんのMPの減り方も激しい。

 ドルチェも二人を助けようと、HP回復効果のある歌である〈慈母のアンセム〉、MP回復効果のある〈瞑想のノクターン〉の二つの援護歌をセットしているようだが、焼け石に水よりは多少マシだと言えるくらいの状態であった。

 

「ひさこさん。〈ユニコーン〉を召喚してくりのんの回復(ヒール)を援護!逆にくりのんは少し抑えろ。このままだとMPが切れるぞ!」

 

 ジリジリと減り続ける二人のHPとMP。そこに八幡からの指示が飛ぶ。

 

(一人で何体も敵を抑えているのに……サブマスはパーティメンバーのステータス画面まで把握しているの……?)

 

 八幡の指示に従い〈ユニコーン〉を召喚しながら、ひさこは驚いていた。後衛で魔法を撃っているだけの自分は目の前のことに必死だというのに、流石というべきか隊長である八幡は戦況の確認を怠っていなかったのだ。

 

(これが茶会の元メンバーの実力なの……?)

 

 召喚された〈ユニコーン〉は、イサミに対して〈ファンタズマルヒール〉を投射し、くりのんの回復行動(ヒールワーク)を援護し始めた。それにより回復の厚みが増し、イサミのHPとくりのんのMPの減少に一定の歯止めがかかる。

 

「やっと攻撃できるわ。〈ラミネーションシンタックス〉!〈ライトニングチャンバー〉!!」

 

 そこへ、ようやく戦線に復帰したオリーブの攻撃魔法が加わる。

 補助魔法である〈ラミネーションシンタックス〉により範囲攻撃へと拡大された電光の五芒星は、本来単体しか捉えられないはずの敵を多数閉じ込め、さらに捉えた敵へと幾重にも分散した電撃を浴びせた。〈妖術師)の中でもトップクラスのダメージ誇るその電撃魔法は、敵集団の残り半分を一気に葬り去ることに成功する。

 そこから先の戦況は、一気にひさこたちへと傾いた。そもそもが高レベルとはいえただの〈ノーマル〉ランクモンスターだ。数さえ減らすことが出来れば、後はどうにでも出来る。

 

「やーーーっ!!」

 

 ひさこたちはそのまま敵を倒し続け、ついにイサミが最後の一体を斬り倒す。

 

「みんな!早くハチくんの援護よ!!」

 

 ドルチェの一言に、ようやく八幡の援護が出来る、と振り返った5人だったが

 

「ん?そっちも終わったん?」

 

 その視線の先にいたのは、刀を鞘に納める八幡のみであった。

 

 

 

 

 

 長くて疲れる訓練も終わり、〈西風の旅団〉の一行は〈アキバの街〉への帰路に着いていた。

 

「今日は疲れたね~」

 

 疲労感が混じりながらも明るい声を上げたのはイサミ。ちょっと引っ込み思案のひさこ相手でも普通に接してくれる、三番隊のムードメーカーだ。

 

「そうね。流石に今日はちょっと疲れたわね」

 

 イサミに同意を示したのは副隊長のドルチェだった。隊長を始め比較的若いメンバーで構成されたこの隊において、万事に落ち着いた(かのじょ)の存在は大変に貴重だ。

 

「今日はすみませんでした……最初に私がモンスターを引っ掛けちゃったせいで……」

 

 その二人に対して、ひさこは先ほどは口に出来なかった謝罪の言葉を伝える。

 現在、サブギルドマスター兼三番隊隊長の八幡は、ソウジロウたちと今回の訓練についての話し合いを行っている。オリーブは、少しでもソウ様の側にいたいから!と八幡に付いていき、くりのんは他の女性メンバーにちょっかいを出しに行っていた。

 そのため、現在この場にいるのはひさこ、イサミ、ドルチェの三人だけなのだ。

 

「いや~、あんなのは不幸な事故でしょ。問題はどこの誰だか分からないMPK集団よ!!」

 

「そうよね~。別にひさこちゃんが連れて来ちゃった数くらいだったら、簡単に片付いてたんだし」

 

 ひさこの謝罪に対して返ってきた二人の言葉には、ひさこを責めるような調子が一切混じっていなかった。そもそも、ああいったハプニングを事前に体験するのも訓練の目的の一つだ。そんなことをわざわざ責めるようなプレイヤーは、この場には存在していなかった。

 

「でも……」

 

 だけどひさこはそうは思えなかった。自分があそこで敵を引っ掛けなければ、八幡が最初からあの大集団との戦闘に加われていたのだ。そうすれば、あんなに苦戦することもなかっただろう。

 

「ん~、まあひさこが気にしちゃうのも仕方がないかもしれないけど、一応誰も戦闘不能にもならずに勝てたじゃない」

 

「そうよ~、ひさこちゃん。あのおかげでアタシたちの連携のレベルもだいぶ高くなったわ。結果的にはあれで良かったのよ」

 

 イサミとドルチェの言葉に納得がいかずひさこはまた二人に謝ろうとするが、その挙句にひさこをなだめようとするイサミとドルチェの二人と口論になりかける。

 

「ん~、どうしたんですか。ドルチェさん?」

 

 大きな口論に発展しそうになっていた三人の話し合いは、戻ってきた八幡により中断を余儀なくされる。

 

「ん、なんでもないわよ、ハチくん。それよりソウちゃんたちとの話し合いはどうだったの?

 

 ヒートアップしかけていた話し合いの中で、最後まで冷静さを保っていたように見えたドルチェ。

 八幡がそんな(かのじょ)に声をかけたのは偶然であったのか。八幡とドルチェの会話だけで、先ほどまでの雰囲気が一瞬で消え去り、ひさこはそのことに驚いた。

 

「いや、まあ大したことじゃないですよ。各隊の連携の状態の確認だとかそんなもんです。まあ、この隊はとりあえず問題ないでしょ」

 

 そのまま八幡とドルチェは隊の運営についての話し合いを始めるが

 

「あの……サブマス……」

 

 ひさこは思わず八幡に声をかける。

 

「今日の戦闘なんですが……」

 

「今日の戦闘?」

 

 おずおずと話すひさこに、八幡はドルチェの方へと一瞬視線を向ける。その八幡に対してドルチェが小さく頷くが、少し緊張していたひさこはそれに気付かなかった。

 

「私……あの……」

 

 まずは謝ろう。そう思ったひさこは謝ろうとしたが

 

「……あー、今日の戦闘か。いや、すごくいい動きだった。範囲攻撃が必要なことを理解して自主的に動いてたし、周りのフォローも出来てた。敢えて言うなら、ユニコーンはもうちょい早目に召喚してても良かったけど、そもそも攻撃職だからな。ヒーラーの真似事させようっていうこっちがおかしいんだよ。しかもその後のヒールワークは完璧だったし」

 

 その前に告げられた八幡の言葉に、謝罪の言葉が喉の奥へと引っ込んでしまう。

 どうやら自分は褒められているらしい。そう感じたひさこは完全に言葉を失った。

 

「っと、そういやまだセタに話すことがあるの忘れてたわ。……ドルチェさん、あとお願いします」

 

 そう告げると八幡はすぐにまた去っていった。ひさこに謝罪もお礼も言わせることなく。

 

「……あのね、副長が言ってたのは嘘じゃないよ。多分だけど、副長はそういうことでは嘘は言わないと思う」

 

 足早にその場を離れる八幡の背中を視線で追いながら、イサミが告げる。

 

「…………」

 

「この間の〈大規模戦闘〉(レイド)の時、副長がウチに言ってくれたんだ。状況を的確に見て、必要な動きをしていた。それは十分に大したことだって」

 

 ひさこの目から見て、今日もイサミは素晴らしい動きをしていたと思う。咄嗟に後方の敵へと突撃した判断力は、今の自分にはないものだ。

 

「だったら今日のひさこちゃんは合格よ。アタシたちの中でもかなり冷静な方だったわ」

 

 おそらくドルチェは本当にそう思っているのだろう。そう感じたひさこは

 

「……分かりました。とりあえず今日はそれで納得します……」

 

 だから反論をやめ、とりあえずはその言葉を受け入れることにする。いつか本当にすればいいのだ。自分が納得できるように。

 

 

 

 

 

 

「でも、今日の戦闘で一番問題だったのはアレだよね……」

 

 その後も今日のことについて話し合っていた三人だったが、イサミが思い出したようにしゃべりだす。

 

「ええ、アレね」

 

 それはドルチェにはピンと来たようで、すぐにイサミへの同意の言葉が発せられる。

 

「アレ……?」

 

 ただ一人理解できなかったひさこは、思わず二人に聞き返していた。

 

「副長だよ、副長。なんでウチたちが五人がかりでモンスターを倒してたのと同じ時間で、一人で八体も倒せるの?そっちの方がよっぽど問題だと思うんだけど」

 

 そういえば疲労で忘却していたが、ひさこにはあの光景がなんだったのかはいまだに分からないままだった。

 

「しかもアタシたちに指示を出しながら、ね」

 

 隊の指揮を取りながら、あの速さで八体ものモンスターを一人で倒す。加えておそらく回復(ヒール)もろくに飛んでいないはずだ。本当にどうやったんだろう……。

 

「というよりもアレね。多分ハチくんは、ソロで戦うのに慣れてるのよ。なにせ西風に入る前は一度もギルドに所属したことがなかったみたいだし」

 

 ドルチェの言葉に、ひさこは自分が八幡の昔のことをほとんど知らないことに気付いた。分かっているのはあの茶会出身であることと、ソウジロウがやたらと懐いているということくらいだ。

 

「あ~、その話だったらウチも副長から前に聞いた」

 

 そういえば、最近八幡とイサミの二人は、ちょこちょこと話をしているようだ。以前ひさこが通りかかった時に、二人で新選組の話で盛り上がっていたのを見かけたことがある。その時にでも本人から聞いたのか、イサミも八幡が〈西風の旅団〉に来る前の話を聞いたことがあるらしい。

 

「そうなの?アタシはこの隊の副隊長を引き受けるときにソウちゃんからちらっと聞いただけで、詳しいことは知らないから、ハチくん本人がなんて言ってたのかは気になるわね」

 

 ただ情報としてしか八幡の過去を知らなかったドルチェは、イサミの話に興味を引かれたようだ。当然ひさこも興味津々で、イサミが続きを話すのを待ち構えていた。

 

「え~とね。ごほん。

 

『あ、ギルド?俺みたいな彷徨える孤高の魂は拠り所を必要としねぇんだよ。そもそも〈専業主婦〉のサブ職業のおかげで家事も一人でこなせるし仲間なんていらなくね?……それは俺に友だちがいないからだと?はいはい、そうですよ。たしかに友だちはいませんがなにか?狩りやクエストなんてソロで余裕だしな。……茶会?ああ、あそこはギルドじゃないしな。なんていうかこう……ワガママお嬢様に(かしず)く暇人と廃人と変態とストーカーとバスガイドと雑用係の集まりみたいな感じだな。……俺?雑用係ですがなにか?……よっし表出ろ!雑用係の強さ、思い知らせてやんよ!……あ、お前。それはズルいだろ。この間のはもう誰にも言わないって約束しましたよね?……はいはい分かりました。土下座しますよ、させていただきます!』

 

って言ってた」

 

「「…………」」

 

 思わず黙りこんでしまった二人だったが、イサミは全く気にした様子を見せずに話を続ける。八幡の土下座姿について面白可笑しそうに語るイサミの話を聞きながら、ひさこは別のことを考えていた。

 確かに自分は引っ込み思案でコミュ障だ。この性格が直れば、もっとこの〈エルダー・テイル〉を楽しめるのではないかと思っていた。

 なのにあの凄腕の〈暗殺者〉(アサシン)は、友だちなど必要ないという。そんな彼を観察していれば、いつか自分のこの性格を好きになることが出来るかもしれない。

 そして今日の戦闘での出来事はやっぱり誰がなんと言おうと失敗だった。でも、仲間がいたからフォローしてもらえた。助けてもらえた。

 いつか自分も、仲間たちを助けられるような存在になりたい。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 この数カ月後、〈西風の旅団〉に所属する一人の〈召喚術師〉(サモナー)にひとつの通り名が付けられた。“ちょい黒〈召喚術師〉(サモナー)”というその通り名の原因となったのが、とあるぼっちの〈暗殺者〉(アサシン)を観察し続けたことであるというのは、本人と八幡以外の三番隊隊員たちの見解の一致するところである。




なぜ料理話をひさこ視点にするためだけに、しかもその前置きの為だけにこんな長文を書いたのか。もう自分でも分からんでござるw今回オチがかなり弱いので、なんか良さげな文章思いついたらこそっと差し替えるかもしれません。なお、作中のフェニックスのリキャストタイムに関する部分はオリジナル設定となります。ただ、アニメでのあの威力から考えると実際に連発は出来ないと思うのですよ。

さて去る4月3日のことですが、この作品が日間ランキングの50位に入っていたようです。普段お読みいただいている方、お気に入り登録頂いている方、評価を付けて頂いている方の全てに感謝を!……ただ、突然お気に入り件数が倍近くになってプレッシャーがハンパないですw今後も生暖かい目で見守って頂けると幸いです。

さて次回以降について。今回がひさこ話の前編だったので、次回は当然後編となります。料理についてのあれやこれになるのは確定している上に、イサミ視点で一度書いている(ボツ原稿)ので、多少は早目に書けるかな~と思わなくもないのですが、残念ながら今日から三日間あまり執筆時間が取れません。更新は4月9日が濃厚です。つうか早く話進めないと、主人公が全然出ないw


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第十四話 だから、ひさこは“黒さ”に目覚めた。 後編

今回もお待たせしました、そしてひさこファンの皆さんはマジでごめんなさいな第十四話。ちょっと物語の展開上必要だったとはいえ、キャラが黒くなりすぎたかも……。まあ言っても相手はくりのんだし、多少はね?

はい、というわけで変態(くりのん)が十四話にしてようやく本格的に物語に加わります。実はこの作品におけるかなりの主要人物になる予定ですwそもそもコメディーパートを回せる貴重な存在なので、今後は出番も多めになるかと思われます。

今回も6000文字を軽くオーバーしたのでちょいと長め。しかも半分コメディーパートです。ただ、ちょっと面白く書けてるかは自信なしですので、笑いの沸点を下げてご覧頂けるとありがたいかな~と思います、はいw


 〈大地人〉少女のサラが倒れたあと。緊急会議を開いているソウジロウとナズナ、サラを看病しているイサミ以外の〈西風の旅団〉の面々は、とりあえずギルドホールの確認を始めていた。

 ゲームだった世界と何が同じで何が違うのか。生活の拠点であるこのギルドホールが一体いまどうなっているのか。サラ一人を取っても以前と全く異なっているのだから、その変化は多数に上ることが予想された。

 

 

 

 

 

(これ……食べられるのかな……?)

 

 話し合いの結果、ひさこの担当はギルドホールの一室である工房となった。

 〈エルダー・テイル〉のサブ職業には、生産系・ロール系・称号系の大きく三つに分けられる。さらに生産系サブ職業には〈鍛冶職人〉や〈裁縫師〉、〈料理人〉など、様々な種類が存在し、それぞれの職業に応じたアイテムを作成することが出来る。

 それなりの規模を誇る〈西風の旅団〉には、やはりそれなりの数の生産系サブ職業の持ち主が存在する。工房とは、そんなサブ職業が生産系のメンバーのために用意されている部屋なのだ。

 そんな工房に残る様々なアイテムの確認を行っていたひさこだったが、発見したあるアイテムについて考えていた。

 それは現実となってしまった〈エルダー・テイル〉の世界でおそらくもっとも重要なモノ。そして人間が生きるのに絶対に必要なモノ。つまりは食料アイテムだった。

 

(う~ん……一番手っ取り早いのは自分で食べてみることだけど流石になぁ……)

 

 食べられるのか食べられないのか、その一番簡単な確認方法は一つだけ。実際に食べてみることである。

 しかしそれはなかなかに勇気を要するチャレンジだ。なにせ元はゲーム世界のシロモノ、一体なにで出来ているかなどと考えると、それは一種のホラーだった。

 自分では食べたくない。でも確認はしないといけないない。この問題を解決する策は一つ。

 

実験台(いけにえ)……!)

 

 正直こういう時こそ、八幡にいて欲しかったとひさこは思う。なにせ何だかんだで自己犠牲精神の塊である。文句を言いながらも潔く食し、そして散ってくれそうな気がする。……いや、散ることが前提なのはおかしいけども。

 

(しかしサブマスがいない現状……こんなのを頼める人は……)

 

 自分で食べるべきか否か。しばらく食料アイテムを前に考え込んでいたひさこだったが

 

「ん~?どったの、ひさこちゃん?」

 

 工房に入ってきた女性を見たことで、その思考を中断させる。

 

「くりのんさん……いえ、ちょっとですね……」

 

 入ってきたのは現実になってしまったこの世界では、もしかすると一番危険かもしれない人物。〈施療神官〉(クレリック)のくりのんだったのだ。

 ひさこと同じ三番隊に所属するくりのんは、隊の回復役(ヒーラー)を担うプレイヤーである。死戦に巻き込まれることに定評のある三番隊、その回復行動(ヒールワーク)をほとんど一人で行っているくりのんは、八幡とはまた違った方向で凄腕だと言えた。

 ただし性格に大きな問題が一つ。

 

「なんか悩み事だったらおっ○い揉んだげようか?頭の回転が良くなるらしいよ~?」

 

 いい笑顔でそんなことを(のたま)うこの女、どうしようもないほどの変態(HENTAI)なのだ。

 身の危険を感じたひさこは逃走を図ろうとするが、入り口は完全にくりのんに塞がれていた。この世界に来て早々に、まさかの貞操の危機の到来である。

 

(はわわ……どうしよう……)

 

 思わぬ事態に心の中であわあわし始めるひさこに対して、くりのんはじりじりと距離を縮めてくる。

 

(誰かを呼ぶ……?いや、このままじゃ呼んだ人が到着する前にオオカミさんの餌食に……というか下手すればヒツジさんが増えるだけ……)

 

 追い詰められたひさこは、脳みそをフル回転させ始める。

 

(逃げる?……いや、いまこの人に背中を見せるのはそれはそれで危険過ぎる……あっ!)

 

 そしてちょい黒な頭脳はひさこに一つの解決策をもたらし、本人も意識しないままに頬を持ち上げさせていた。

 

(ふふふ……見せてあげますよ……一石二鳥というやつを……)

 

 その笑顔は子どもが見たら泣き出しかねないほどのものであったが、幸いにもこの場にいるのはくりのん(変態)が一名のみ。ひさこの胸にロックオンされたくりのん(変態)の視線は、不幸なことに(ひさこにとっては幸運なことに)その黒く染まる薄笑いを捉えることはなかった。

 

「さ~て、では失礼してまずは右のおっ○いから揉んじゃおうかな~と♪」

 

 自分が危険な捕食者(プレデター)から哀れな実験台(生贄の羊)にジョブチェンジしようといることも知らず、くりのんはひさこに飛びかかろうとするが

 

「あの……くりのんさん……私の作ったこの料理、食べてみてもらえませんか……?」

 

 ひさこの放った一言に、その動きをピタリと止める。

 

「え?ひさこちゃんの作った料理?食べる食べる~!もう可愛い女の子の手料理だったらいつだって大歓迎だよ~!!」

 

 くりのんという生き物は、基本的にはトンデモナイ変態だ。しかし同時に生粋のフェミニストでもある。女の子から何かを頼まれた場合、そちらを優先する傾向にあるのだ。……まあ例外は多々あるが。

 

「ありがとうございます、くりのんさん……」

 

 今回は幸運にも頼みを聞いてくれるようであり、ひさこは内心でガッツポーズを決める。が、その感情は笑顔の奥深くに隠しきり、表面上はただニコニコしている風を装っていた。

 ちなみに当然ながら料理はひさこが作ったものではないが、気付かれなければ問題はない。

 

「じゃあ、あ~ん♪」

 

 笑顔のひさこに気を良くしたのか、くりのんが平然とあ~んを要求してくる。くりのんの図々しさにひさこは自分の頬が引きつるのを感じるが、むしろこの方が好都合かと気を取り直し、テーブルの上にあったおにぎりを手に取った。

 

「はい……あ~ん……」

 

 ただしテンションの低さは如何ともしがたく、その口調が若干投げやり気味になったのは否めない。

 

「あ~ん♪」

 

 もっともそんなことを気にするようなくりのんではなく、ひさこの差し出したおにぎりに勢い良くかぶりつく。が、

 

「うっわ何これ、まっず」

 

 よほど衝撃的な味だったのか、おにぎりを一口食べたくりのんの顔から笑顔が消える。

 

「そ、そんなにおいしくないですか……?」

 

 胸の内でくりのんの反応をメモしながら、ひさこは(表面上は)おずおずとくりのんに味の確認を取る。

 

「い、いや。ひさこちゃんが作った料理がおいしくないわけないじゃん!ただちょ~っと味が全くなくて食感がモサモサしてるかな~って」

 

 くりのんは必死にフォローをいれようとしているようだが、言っていることを要約すればつまりマズイのだろう。

 でも味が全くない?モサモサ?とはどういうことなのだろうか。くりのんに先ほど食べさせたのはおにぎりだ。たとえ塩味がなくても少なくとも米の味はするだろうし、おにぎりの食感はどう転んでもモサモサなどにはならないだろう。

 分からないことがある以上は実験は続行。そう結論を下したひさこは、新たにハンバーガーを手に取る。

 

「なるほど……ではこっちも食べてみてもらってもいいですか……?」

 

 笑顔で差し出された実験材料(ハンバーガー)に、くりのんは一瞬躊躇(ちゅうちょ)した様子を見せるが

 

「はい……あ~ん……」

 

「あ~ん♪♪」

 

 可愛い女の子が手ずから食べさせてくれるという誘惑にあっさりと陥落し、目の前のハンバーガーを一口かじる。

 

「うっわ、これもおんなじ味じゃん。パンの味は?あふれる肉汁は?シャキシャキのレタスの食感はどこに消えちゃったわけ?」

 

 二度目ともなると、口にされる文句がさらに具体的なものとなるようだ。実験台の貴重な感想を脳内メモしながら、ひさこは次の実験材料(サンドイッチ)をくりのんの口元へと動かしていた。

 

「え?いや、流石にもうちょっとお腹がいっぱいかな~なんて」

 

「あ~ん……」

 

「あ~ん♪……だから何でこれも同じ味なの?パンとパンの間に挟まれてるふわふわの卵は?マヨネーズの味もしないんですけど?」

 

「ふむふむ……ではこちらもお願いします」

 

「え、まだ続けるの?……あ~ん♪」

 

 その後もくりのんを毒味役にして実験を進めたひさこは、結果を頭の中でまとめる。

 

(ギルマスに急いで報告しないと……でもその前に……)

 

 ひさこは魔法薬を保管している棚に歩み寄ると一つ一つ瓶を取り上げ、ラベル表示とステータスを確認する。

 

(あった……)

 

 ひさこの頬が一瞬つり上がるが、目的の魔法薬の瓶を手に取りくりのんの方へと振り返った時には元の表情へと戻っていた。そしてそのまま食べ過ぎで苦しんでいるくりのんの元へと歩み寄ると、くりのんに魔法薬の瓶を差し出す。

 

「あの、くりのんさん……これ、胃薬なので良かったら飲んでください……」

 

「ううっ、ありがとうひさこちゃん。ありがたくいただくね~」

 

 ひさこの優しさに感動したのか、くりのんは差し出された魔法薬をラベルを確認することもなく一気に煽る。そして

 

(あれ?そういえば〈エルダー・テイル〉に胃薬なんてアイテムあったかな~)

 

 などと考えながら、くりのんは床に崩れ落ちる。意識を失う一瞬にくりのんが見たのは、今自分が飲んだ薬の瓶に書かれている〈スノー・ホワイトの眠り薬〉という文字であった。

 そして薬を盛ったひさこ(犯人)はというと

 

(ふむふむ……この世界でも魔法薬は効果を発揮するみたいですね……)

 

 しっかりと実験結果を確認しており

 

(あとはギルマスにどういう風に報告しようか……)

 

 いかにくりのん(実験台)の存在を省略しつつソウジロウに報告するかを悩んでいた。

 

 

 

 

 

「ですので……『調理したもの』は食べ物としてちょっとどうかと思うので……。生野菜の素材の味をお楽しみいただくということで……」

 

 ひさこが告げた報告に、集まったメンバーは浮かない顔をする。現在この工房にいるのはひさこに加えて、ソウジロウ、ナズナ、イサミ、ドルチェ、オリーブ、カワラ、キョウコの七人。

 あの後、ひさこは自分でも行った実験で判明した事実も合わせて、ソウジロウへといくつかの報告を行ったが、その報告内容はソウジロウと居合わせた他のメンバーに衝撃をもって迎えられた。

 この世界でもお腹は空くし、何か食べるとお腹もふくれる。ここまではいい。が、味がなく、ただモサモサとした濡れ煎餅のような食感だけがするという料理。これは豊食時代の日本に生まれた〈西風の旅団〉のメンバーにとっては、なかなかに許容しがたいことだ。

 街を歩けばレストランや食堂がそこら中に軒を連ね、スーパーには野菜や肉に飲み物があふれ、家に帰ればお湯を注ぐだけのカップ麺やレンジでチンするだけの冷凍食品がある。言ってしまえば、今までの人生で食べ物に困ったことなど一度もないのだ。

 唯一の救いは、なぜか調理アイテムの材料として使用する前の素材アイテム、つまりはただのキュウリやトマトには味があるということだ。しかし、これも手を加えようとするとたちまちゲル状の謎物質へと生まれ変わり、許されるのは塩をかけたり砂糖をかけたりだのといった、ごくごく簡単なことに限られていた。

 ちなみに魔法薬には実際に効果があるらしいという報告も併せて行われたが、料理についての衝撃の事実を前にそのことはサラッと流されていた。

 

「マズい……」

 

 全員が生の野菜をかじっているという不思議な光景を眺めていたソウジロウが、突然声を上げる。

 

「ど、どした?ソウジ、野菜嫌いだったっけ?」

 

 その声に驚いたナズナは、思わずソウジロウに問いかける。

 

「いえ、もしかするとこれはマズい事態かもしれません」

 

 常にないソウジロウの深刻な様子に、メンバーの緊張が高まるが

 

「マズい食べ物だけに?」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 空気を読まずに繰り出されたイサミの言葉に、一瞬でその空気は霧散した。もっともイサミ本人は思いついたことをそのまま口に出しただけの様子だったが。

 

「うまいこと言いますねぇ」

 

 本当に感心した様子でイサミを褒めるソウジロウ。

 

「えへへへへ」

 

 褒められたことに照れた様子のイサミ。

 

「ソウジはやさしいねぇ……」

 

 むしろソウジロウの優しさに感心した様子のナズナ。ゲーム時代もたまに見られたこの光景に、なんとなく心が和むのを感じたひさこだったが、それよりもソウジロウの言う『マズい事態』の方が気になった。

 

「で、ギルマス……。結局なにがマズいんですか……?」

 

 ひさこはどうにか話を元に戻そうと、ソウジロウに向かって先ほどの続きを促す。

 

「しまった。皆さん、手分けして急いでマーケットのチェックを!!」

 

 その言葉に我に返ったのか、ソウジロウはすぐさまその場のメンバーへと指示を飛ばすのであった。

 

 

 

 

 

―翌日―

 

「それじゃボクらは街の外へと出てくるので、あとのことはナズナにお任せしますね」

 

 あの後ソウジロウの指示の下で行われたマーケットのチェックは、調理系の素材アイテムが全てなくなっているという事実を判明させるだけに終わった。おそらく〈西風の旅団〉よりも先に気付いた大手ギルドが、大規模な買い占めを行ったのだろう。

 しかもそれに加えて、マーケットから品物を引き上げた出品者も多数いることが予想された。この世界では一体なにが貴重な品となるかが分からない。そんな状況でマーケットに商品を出品したままなどというのは、なかなかにリスキーなことだからだ。

 マーケットの在庫を確認したソウジロウは、ギルドメンバーに対してフィールドでの調理系素材アイテムの採取を提案した。即時に承認されたその作戦は翌日の朝イチに決行される運びとなり、ソウジロウをリーダーとした採取部隊はナズナ以下〈西風の旅団〉の面々に見送られながら、自分たちのギルドホールを後にする。

 

「へーい魔物(モンスター)に気をつけてなー。おっかないからなー」

 

 見送るナズナはお気楽そうな声を出しているが、内心では不安もあるのだろう。声とは裏腹に、その表情はどこか心配そうでもあった。

 

「〈冒険者〉の皆さんでも、魔物(モンスター)が怖いんですか?」

 

 その表情の変化に気付いたのか、一緒に見送りに来ていたサラがナズナに質問をする。

 

「そりゃあ怖いさ。だってあれだぞ、魔物だぞ。襲われたらそりゃ怖いさ」

 

 聞かれたナズナの答えに、ひさこは内心で頷く。ソウジロウやナズナ、イサミやカワラは、すでに昨日の内に魔物との戦闘を経験したらしい。その場に居合わせなかったひさこが、話を聞いただけでも恐怖を感じるほどなのだ。実際に遭遇したナズナやイサミの恐怖は、どれほどのものであっただろうか。

 

「そうなんですか?でも皆さんお強いですし、何より……」

 

 それに対して返ってきたサラの言葉は、ひさこにとっては脳天気なものに聞こえた。だが、この世界の英雄である〈冒険者〉とただの〈大地人〉であるサラとでは、戦闘面では実力に大きな隔たりがあるのも事実だ。それに加えて

 

「〈冒険者〉は死んでも生き返るじゃないですか」

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 〈エルダー・テイル〉の世界では〈冒険者〉は死んでも生き返る。

 

「えっ?あれ?」

 

 慌てた様子のサラを見ながら、ひさこは考える。

 〈エルダー・テイル〉の世界では〈冒険者〉は死んでも生き返る。

 これはゲーム時代では当たり前のことであり、不変のルールであった。

 しかしこの現実となってしまった世界ではどうなのであろうか。死んだら今までと同じ様に大神殿で生き返るのだろうか?もしかするとそもそも死なないのだろうか?それとも……。

 ここまで考えたひさこは、自分の考えに身を震わせる。食べ物がおいしいかおいしくないかなんて、実はちっとも重要なことではなかったのではないか。そんなことは誰かが食べてみれば分かるし、もし食べられなくてもその場に吐き出せばいいし、飲み込んでしまっても最悪お腹を壊すくらいで済むだろう。

 だけど……死んでも生き返ることが出来るかなんてことは試せない。自分で試すことも出来ないし、他人に試してもらうことも出来ない。もし生き返ることが出来なかったとしたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それはつまり本当に死ぬということなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういやひさこ。昨日からくりのんの奴がずっと工房の床で眠りっぱなしなんだけど、なんか知らん?」

 

「さ、さあ……?昨日私が工房に行ったときにはすでにおやすみでしたから……」

 

「そうなん?まあアイツは寝ててくれたほうが平和でいいんだろうけど」

 

 くりのんが起きたら、少しは優しく接しよう。ナズナからの問いかけに、今更ながらにくりのんを実験台にしたことを反省するひさこであった。




なんかオチの部分いらなかったんじゃね?な第十四話でした。……思いついたから思わず入れた。今は反省している。なおひさこが黒いのはこの作品の仕様です。ただし黒いのは敵と八幡とくりのんに対してのみに限られる模様。げ、原作ではとってもいい子なんですよ?

この十四話内に登場している〈スノー・ホワイトの眠り薬〉は今作のオリジナルアイテムです。まあ効果はそのままストレートに睡眠薬ですがwなんかもっとオシャレなアイテム名が思いついたらこそっと差し替える可能性が微レ存。

さて次回以降について。食事についての話を回収し終わったことにより、第十五話はようやくイサミ回。おそらくこれが前後編になります。その後は一度、八幡視点の話を入れようかな~と思っております。その八幡回後半からその後の4~5話ほどはずっとシリアスになる予定です。ただ戦闘描写をかなりしっかりとやらないといけないので、その間の投稿ペースは落ちることが予想されます。気長にお待ち頂けると幸いであります。十五話の投稿は最速で11日、遅くても15日を予定しております。


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第十五話 覚悟を決め、イサミは刀を抜く。 前編

意外と早く仕上がった第十五話。そして、こちらの執筆速度以上の恐怖のペースでお気に入りが500件を突破しました。これについてはあとがきにて。

さて次はイサミ回次はイサミ回と言い続けてきましたが、今回は本当にイサミ回ですwただ、コミックの〈西風の旅団〉とは結構展開を変えています。ちょっとペース早めないと全く話が進まない……。あと前回のあとがきで書いておこうと思って忘れていたのですが、八幡側は第八話、西風側は前回の第十四話で〈大災害〉初日が終了となっております。時系列が分かりにくくて申し訳ないです。

今回も6000文字オーバーですが、もうこれくらいがこの作品の一話あたりの長さだと思ってくださいwお話としては前半はコミカルより、後半はシリアスよりの話となっております。


 ソウジロウやドルチェは採取部隊を率いてギルドホールを出発したが、ナズナやイサミ、ひさこたちは、ギルドホール内の調査の続きを行うために居残っていた。この事態にいまだに戸惑っているメンバーも多く、そういった仲間に対するフォローが必要だったこともある。

 もっとも、調査とは言っても昨日の内に全ての部屋のチェックは済んでいた。今日行う必要があったのは調査に漏れがないかの確認と、昨日の内に判明していることに対する再確認である。

 

「うちのギルドってあんまり生産系のサブ職業いないはずなのに、意外と調理系の素材アイテムの備蓄があるよね?作製された食材アイテムも結構多いし……」

 

 昨日はサラの看病もあって調査を手伝えなかったイサミだったが、今日はひさこを手伝って工房の再チェックを行っていた。ギルドホールの清掃を終えたサラもイサミに付いてきており、いま三人が行っているのは食材アイテムの整理だ。

 しかし、イサミが事前に考えていたよりも、食材アイテムの数はかなり多かった。たしか〈西風の旅団〉には、サブ職業が〈調理師〉のメンバーは一人か二人しかいなかったはずであり、イサミにはなぜこんなに量があるのか皆目見当もつかなかった。

 

「ああ、それは……サブマスが〈専業主夫〉スキルを上げる時に色々作っていたものの残りだと……」

 

 自分の問いかけに返ってきたひさこの言葉に、イサミは頬が強張るのを感じる。

 

「……副長が?あ、ホントだ。このオムライス、製作者の名前が"八幡"ってなってる」

 

 固くなった表情をサラやひさこに悟られまいと、イサミは頭を一振りしてからひさこの方に向き直った。

 あらためて自分の手元にある食材アイテムを確認してみると、確かに製作者の名前はほとんどが八幡の名前になっている。ということはおそらく素材アイテムを大量に集めていたのも八幡なのだろう。

 もちろん八幡はこういった事態を予想していたわけではないだろうし、数日分ではあるとはいえすぐさま食べるものに困ることがなくなったのは偶然の産物だ。

 

(でも、副長ならもしかするとって思っちゃうところもあるんだけどね……)

 

 イサミには八幡の考えていることが分からない。

 ソウジロウたち元茶会メンバーを除けば、おそらく〈西風の旅団〉内で一番八幡と話していたのは自分だと、イサミは思う。少なくとも八幡と新選組談義なんてしていたのはイサミだけだ。

 それでも、イサミには八幡の考えていることが分からなかった。今も、そして"あの時"も……。

 ギルドが空中分解寸前になりかかっていたあの時、なぜ八幡はあんなことをしたのか。いや、なぜそうしようと思ったのかという動機は分かっている。結果的にギルドは再び結束し、今では〈アキバの街〉の五大戦闘系ギルドとまで呼ばれてるまでになっているのだから。

 分からないのはそれに用いた手法。

 

「あれが一番効率のいいやり方だった、ただそれだけだ」

 

 そう言い残して八幡は去っていった。〈西風の旅団〉から、そしてイサミから。

 あの時の自分は、八幡に頼るだけでなにも出来なかった。だからいつか八幡に会って謝りたいと一年間を過ごしてきたが、フレンドリストの八幡の表示はいつも暗くなったままだった。

 もしかすると八幡は〈エルダー・テイル〉をやめてしまったのかもしれない、そう思っていた。しかし昨日の戦闘、自分がゴブリンに攻撃されそうになった時に飛んで来た一本の矢。あれを見た瞬間、イサミの頭に浮かんだのはとある〈暗殺者〉(アサシン)の姿だった。

 

「はぁ~」

 

 確認したアイテムのステータス欄に毎回のように浮かぶ八幡の名前に、イサミは思わず大きなため息をつく。

 

「どうされました、イサミ様?どこかお体の調子でも?」

 

 そんなイサミの様子に、一緒に作業をしていたサラから心配そうな声がかけられる。我に返ったイサミが声の方へと顔を向けると、そこにあったのはサラの心配顔とひさこの不思議そうな表情であった。

 

「ああーいや、なんでもないなんでもない。ちょっと考え事してただけだから!あ、あとサラ。友達なんだからウチのことはイサミでいいって昨日も言ったよね?」

 

 慌てたイサミは、その場を誤魔化そうと必死に言葉を紡ぐ。心配してもらえるというのはいいことかもしれないが、考えていたことが考えていたことだけに、人に気軽に話すことも出来ない。

 

「うっ……。でもイサミ様は〈冒険者〉ですし私なんかが呼び捨てなんてするわけには……」

 

 しかしイサミが苦し紛れに発した言葉はサラを大いに悩ませ始めており、その姿にイサミは再び慌てる。

 

「ああ、ごめんごめん。サラの好きに呼んでくれてくれていいから!」

 

 イサミのフォローにもサラはしばらく悩み続け、しばらくしてようやく結論が出たのか、イサミの方へと顔を向けてきた。

 

「分かりました。では、イサミ"様"ではなくイサミ"さん"とお呼びしてもよろしいでしょうか。え~とイサミさん?」

 

 その顔に浮かんでいたのは気恥ずかしげな笑顔。それを正面からまともに見てしまったイサミは、思わずサラから目を逸らしてしまった。

 

(守りたい!この笑顔!!……って、え?なにあれ?天使なの?ハンドソニック使っちゃうの?激辛マーボー大好きっ子なの?……あ、それは天使ちゃんだったか)

 

 どこかの副長の影響で、新選組オタクに加えてアニメにも染まりつつあるイサミだったが、それは心の奥深くに沈め、とりあえずはサラに赤くなった顔を見られまいと、心を落ち着けようとする。

 

「あ、うん。じゃあそれで!これからもよろしくね!」

 

 幸いにもサラに悟られることはなく、どうにか落ち着きを取り戻したイサミは同意の返事を返す。ただしその様子はひさこにバッチリ目撃されており、サラの向こう側からイイ笑顔でグッと親指を持ち上げてきた。

 

(くっ、不覚!ひさこって基本的にいい子なんだけど、たまにこういうネタでからかってくるんだよな~。そんなんだからちょい黒なんて言われるんだと思うんだけど、その名前で呼ばれるとちょっと不機嫌そうになるからな~)

 

 などと考えていたイサミだったが

 

「ここはもう私一人で大丈夫なので……お二人はデート、もとい情報収集がてら街をおさんぽでもしてきたらどうですか……?」

 

 その考えは、からかうような響きのひさこの言葉によってすぐに肯定される。

 若干イラッときたイサミだったが、その提案自体は意外と悪くないように思えた。ずっと作業をしていて疲れもあるし、天気もいい。ただの散歩とはいえ、新しく出来た友達と出かけるというのはなんとも心惹かれるイベントだ。

 

(ちょっと街の雰囲気は悪いみたいだけど、ウチだってレベル90だし、第一何かあっても衛兵がいるから大丈夫かな?)

 

 衛兵というのは〈エルダー・テイル〉にいくつもあったプレイヤータウンで、街の治安を維持する役割を担っていたNPCである。プレイヤータウンで禁止されている行為、主に戦闘行為を行ったプレイヤーを罰するための存在であり、当然ながらその実力は〈冒険者〉よりも高く設定されている。

 まだこんな事態になってからは目撃していないが、昨夜サラと話したところによるとこの世界にも存在しているらしかった。だから最低限の治安は維持されていることだろう。

 

「じゃあそうしようかな?サラ、悪いんだけど付き合ってもらってもいい?」

 

 イサミはひさこの言葉に甘えることにして、サラに確認を取る。情報収集という点においても、〈冒険者〉(イサミたち)とは違う〈大地人〉(サラ)の目線は貴重なものとなるだろう。

 

「分かりました!お供いたします!」

 

 笑顔でうなずくサラと二人、外出を告げようとナズナを探して歩くイサミの頭からは、先ほど八幡のことを考えていた時に浮かんだ憂鬱は吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

 留守を預かる立場のナズナにはあまりいい顔をされなかったものの、情報収集の重要性を力説したおかげか、イサミはどうにか外出の許可を得ることに成功した。もっとも、なにか危険な事態に陥ったらすぐに連絡するようにとしっかり言い含められた上ではあるが。

 

「う~ん、やっぱり街の雰囲気が悪いかな~」

 

 気分転換にとギルドホールを出てきたものの、〈アキバの街〉の雰囲気はかなり悪かった。

 無気力にうなだれている〈冒険者〉や周囲に当たり散らす〈冒険者〉。あちらこちらで(いさか)いが起こっており、気の弱そうな〈冒険者〉や数少ない〈大地人〉は非常に肩身が狭そうな面持ちである。

 

(サラを連れてきたのは失敗だったかな~)

 

 とイサミは若干の後悔を覚えるが、イサミの横を歩く当のサラは、いつもと違うアキバの様子にキョロキョロと興味深そうな視線を巡らせている。

 

(まあ、サラが楽しそうならいっか!ただ、なにか遭った時はウチが守らないと……) 

 

 そんなサラの様子を見てイサミは安堵したものの、同時に腰に()いた刀、その柄に置く手に力を込める。

 そのままイサミとサラは、街にいる〈大地人〉に話を聞いたり、知り合いの〈冒険者〉と情報交換をしたりと歩き続けるが、特に目ぼしい情報を得ることは出来なかった。

 もっともそれは仕方がないことでもある。イサミがそうであるように、大多数の〈冒険者〉にとってこの事態は全く意味不明なことなのだ。昨日の今日というのもあり、現在のところ、この状況に対する何かしらの回答は誰も得られていない。

 また、サラと同じように、〈大地人〉からしてみても今の〈冒険者〉たちの様子は理解不能であった。一昨日までは自分たちに話しかけることもなかった〈冒険者〉が突然話しかけてくるようになり、あまつさえ、ここはどこなのか?どうやったら帰れるんだ?と言った質問をしてくるのだ。自分たちよりも圧倒的に強い存在である〈冒険者〉のその姿は、一般的な〈大地人〉にとっては恐怖の対象でしかなかった。

 

「これ以上回っても一緒だろうし、そろそろギルドホールに帰ろうか?」

 

 自分たちは何のために街に出てきたのだろうか。徒労感を覚えながらも、イサミはサラに戻ることを提案する。

 

「はい、イサミさん。今日はありがとうございました。街の様子はすこし怖かったですけど、イサミさんと一緒におさんぽ出来て、とっても楽しかったです!」

 

 無駄足だったけど、サラと街を歩けたのは確かに楽しかった。サラの笑顔を見て軽くなった足取りのまま、イサミは引き返そうとするが

 

『リンリンリンリン……』

 

 その瞬間、頭の中で鈴の音のようなモノが響く。ゲーム時代には聞き慣れていた音、それは念話の着信音だった。

 

「念話?局長から?」

 

 念話というのは、〈エルダー・テイル〉でよく使われていたプレイヤー同士の連絡手段の一つで、フレンドリストに登録しているプレイヤーにチャットをつなぐことが出来るという機能のことである。ゲーム時代はボイスチャットと文字チャットの二通りの方法があったが、キーボードのないこの世界ではボイスチャットのみしか使用することが出来ないようだ。

 

『もしもし、局長?』

 

 隣にいるサラに断りを入れ、イサミはソウジロウからの念話を取る。

 

『あ、イサミさんですか?ソウジロウです。食料集めから今戻りましたので、一度ホールに帰ってきてもらってもいいですか?今後の方針などの話し合いも行いたいので』

 

 どうやらソウジロウたち採取部隊が外から戻ってきたらしい。早く帰ってホールで迎えるべきだったな~と、イサミは若干顔をしかめる。

 

『うん、分かった!ちょうどそのつもりだったから、すぐに戻るね!』

 

 念話は、最後に「気を付けて帰ってきてくださいね」というソウジロウの言葉を伝えて切られた。まあもう帰ってきてしまっているなら仕方がない。

 とりあえずさっさと戻ろうと〈西風の旅団〉のギルドホールへと足を向けたイサミだったが、振り向いたその視線の先で5人ばかりの〈冒険者〉がなにかもめているのを発見する。

 

「どうしたんでしょうね、あれ……?」

 

 どうも初心者っぽい子供の〈冒険者〉に、三人の〈冒険者〉がからんでいるようだ。

 

「なんだか急に〈冒険者〉同士のもめごとが増えましたよね。からまれてるほうなんてまだ子供じゃないですか……」

 

 目の前の光景は、〈大地人〉であるサラにもそのように見えたらしく、イサミは止めようともめている現場へと歩み寄る。

 

「やめなよ。いやがってるじゃん!」

 

 三人組の方は明らかにイサミよりも年上に見えた。割って入るのは非常に勇気のいる行動だったが、それでもイサミは躊躇(ためら)うことなく声をかけた。ソウジロウと八幡、イサミがよく知る二人ならこの状況を黙って看過しないだろうと思ったからだ。……まあ、八幡はもしかすると見なかったふりをするかもしれないが。

 

「あぁ!?んだよオメェはよぉ!!」

 

 イサミの声に、三人の内の一人、背の高い黒髪の男性冒険者が怒鳴り声を上げる。こちらを睨みつけてくるその様子に、イサミは思わず腰に差している刀の柄を握るが

 

「あーもうっ!やめなってば。そういう態度だから悪い方に誤解されるんだって!!」

 

 横合いから割って入った、眼鏡をかけた長髪の〈冒険者〉の声に手を下ろす。

 

「お、おう。ワリィ……」

 

 その言葉に冷静さを取り戻したのか、イサミを怒鳴りつけた男は口ごもる。

 

「ごめんね。あいつも悪気があった訳じゃないんだ。どうしたってストレス感じちゃう状況だからついね……」

 

 この眼鏡の男性の方は冷静なようだ。本人に変わってイサミに謝ってくる姿は、非常に落ち着いていた。

 

「拡張パックが導入された日にこんな事態になっただろ?そのタイミングで〈エルダー・テイル〉を始めた人って結構多いんだよ」

 

 そういえば昨日カワラが助けた女の子二人も、拡張パック導入を期に始めたと言っていた。始めたばかりでなんの知識もないのに、ゲームの世界に閉じ込められる。それは、なんだかんだで仲間たちと一緒に過ごすことの出来ている自分、比較的恵まれた環境のイサミの想像をはるかに超えた恐怖だろう。

 

「だからゲームの知識もないしお金もない初心者プレイヤーを、出来るだけ助けたいなって声をかけてただけなんだ」

 

 この目の前の三人は、こんな世界になっても誰かを助けようとしている。それに比べて自分は、昨日の初心者二人を見てもそんなことは全く考えなかった。そんな自分が正義面して割り込んでしまったのだ。彼らが怒るのは当然だろう。

 

「そう……なんだ……。ごめんなさい、ウチってばとんだ早とちりで……」

 

 イサミは深々と頭を下げて謝罪する。まさか穴があったら入りたいという気持ちを、こんな世界に来て初体験することになるとは思わなかった。

 

「いや、今のはこっちも悪かったから、そんなに謝らなくても大丈夫だよ。……君らも行くアテがないんだったら僕達のギルドで話だけでも聞いてみないかい?」

 

 イサミに頭を上げるように伝えた男性は、そこで当初の目的に立ち返り、〈武士〉(サムライ)男の子と〈神祇官〉(カンナギ)の女の子に声をかける。

 とりあえず話を聞かせてもらう、ということで話がまとまったらしく、五人は連れ立って彼らのギルドホールがあるのであろう方向へと去っていった。別れ際、〈神祇官〉(カンナギ)の女の子がイサミに向かってちょこんと頭を下げてくれた。

 

「はぁ……なにやってるんだろう、ウチ……」

 

 女の子に手を振りながら、イサミは昨日からもう何度目になるかもわからない、深い深いため息をつくのであった。




流石にここにオチぶっ込むわけにはいかないので、今回はオチ無し!……べ、別に思いつかなかったわけじゃないんだからね!!

内容については、当初予定ではもうちょっとほのぼの路線だったんですが、書いている内になぜか状況がシリアスに進み始めました。というかいっつもそんな感じになるので、これは僕の書き方の癖みたいなモノかもしれませんがw

さてまえがきで書きましたとおり、お気に入り件数がついに500件を超えました。明らかに好き嫌いの分かれそうな作風の当作品を、わざわざお気に入り登録してくださいました全ての方に感謝を!また、日間ランキングでも28位に入ることが出来ました。この作品の全ての読者様に感謝申し上げます!!なおプレッシャーはさらに増大しましたw

ではここからは次回以降について。次回はイサミ視点の後編となります。ここから5~6話ほどが、今作品の最初の山場となります。賛否両論あるかと思いますが、ご一読いただけると幸いです。第十六話は15日か17日の投稿を予定しております。


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第十六話 覚悟を決め、イサミは刀を抜く。 後編(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その6)

自分にどシリアスは向かないと悟った第十六話。あまりの筆の進まなさに驚愕しましたw

さて今回はイサミ回後編です。構成としてはシリアス(過去)→シリアス(現在)→コミカルの皮を被ったシリアス(過去)。もう(シリアスしか)ないじゃん……。実験的な構成なのでかなり読みにくいかと思いますが、よろしければご一読くださいませ。

ここからは、業務連絡と言いますか、主にハーメルンで俺ガイルクロス作品を書いていて、かつ原作名を「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」以外にされている方へのお知らせです。気付いていらっしゃる方も多いと思いますが、現在原作タグ以外の「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」タグが正常に機能しておらず、検索に引っかからないことがあるようです。当作品も同様の状態であったため運営様に確認しました所、すでに不具合として近日中に修正予定があるとのことです。修正を待てないという方は、現在の当作品のように「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」のタグを、通常タグの一番後ろに持ってくることで回避できるようです。よろしければお試しくださいませ。この文章じゃあ意味分かんねぇ!!って方は活動報告にも同様の記事を載せておりますので、よろしければそちらでご質問ください。……まあこのメッセージの最大の問題点は、この作品見てる俺ガイルクロスの作者様が一体どれだけいらっしゃるのかってことなんですけどねw


 きっかけは極々小さなことであった。今でもイサミはそう思っている。

 ソウジロウと一緒におしゃべりしたい。ソウジロウと一緒に出かけたい。恋する乙女たちにとっては、当たり前で、些細な願い。

 問題なのはそんな願いを持った乙女の数が、とても多かったということ。

 ギルドという枠組みが出来てしまったがために一所(ひとところ)に集まってしまった彼女たちは、協調という箱のなかに押し込められ、団結という型にはめられ、仲間という網に囚われてしまったのだ。

 ソウジロウと二人っきりでおしゃべりしたい。ソウジロウと二人っきりで出かけたい。でも、それは協調という、団結という、仲間という言葉の壁に阻まれ、決して実現することはなかった。

 そんなぬるま湯のような関係に変化が生じたのは、〈西風の旅団〉として初めての〈大規模戦闘〉(レイド)が行われたあの日からだったのだろう。

 元々戦闘系ギルドという触れ込みでの団員募集であったし、それに応じたプレイヤーたちもいくつかある入団条件をクリアしてきた者たちであった。それ故にやる気もあったし、実力もあった。

 しかし初レイドが行われたその日、彼女たちの前に現れたのはフルレイドパーティー(24人の人数制限)という大きな壁だったのだ。

 選ばれた24名と選ばれなかったその他大勢。その二者の間で格差が生まれるのは必然だったと言える。

 これがまだ、単純に戦闘系ギルドとして集まった集団だったら大きな問題にはならなかっただだろう。自分の実力が足りなかった。特技の階級をもっと上げよう。いい装備を手に入れなければ。そうして次回以降への目標とすればいいのだから。

 しかし〈西風の旅団〉(自分たち)は違う。確かにお題目としては戦闘系ギルドとしての募集だった。しかし実際にそこに集まったのは、大半がソウジロウ目的のプレイヤーばかりで、さらに言うなら、厳しい入団条件をクリアしてきたそれなり以上に自分の腕に自信を持ったプレイヤーだったのだから。

 一度(ひとたび)レイドとなれば、ソウジロウとおしゃべりする時間は奪われ、ソウジロウと出かける機会は失われ、自分はサポートメンバーという名の居残り組でしかないという事実にプライドを傷付けられる。

 そうして少しずつ少しずつ、密かに積もっていったとある感情。

 ソウジロウは親戚の不幸で。ナズナは歯科助手の仕事が忙しくて。紗姫(さき)は旅行で。(よみ)はパソコンの不調で。

 〈西風の旅団〉のまとめ役である四人が同時に、そして数日間ログインできなかったのは単なる偶然だった。しかし、そのタイミングで溜まっていた感情が爆発したのは、あるいは必然だったのかもしれない。

 イサミやドルチェが事態に気づいた時には、レイドメンバーとレイドメンバー以外の者、二者の亀裂はすでに決定的なものになっており、もはや二人の手に負えない状態へと陥っていた。

 それでも両者を仲裁する努力はしたのだ。しかし話し合いというのは、双方が冷静でかつ聞く耳を持っていることが前提である。

 ほんの少しの話し合いで、イサミとドルチェは自分たちには解決不可能だと理解することとなった。そして、ソウジロウたちが不在のこの状況における最高責任者、サブギルドマスターの八幡へと相談を持ちかけたのだった。

 

 

 

 

 

「イサミさん、大丈夫ですかっ!?いきなり飛び出していかれたので、私、ハラハラしました……」

 

 自分の間抜けぶりに、再び一年前の"あの時"を思い出していたイサミは、サラの声に我に返った。

 

「うん……ごめん……」

 

 ナズナに無理を言って外に出てきておきながら大して情報も集められず、善意の〈冒険者〉には勘違いでつっかかり、こうして今もサラに心配をかけている。

 自分たちは何のために街に出てきたのだろうか。先ほども思ったことではあるが、今回イサミが感じたのは、徒労感ではなく自分に対する失望感だった。

 

「と、とりあえずギルドホールに戻りませんか?御主人様がお待ちなんですよね?」

 

 落ち込んだ雰囲気が伝わったのか、サラがイサミへと声をかけてくる。その声音は気遣わしげで、優しさに満ちていた。

 

(あ~もう!ダメだダメだ。このままじゃまたサラに心配されちゃう)

 

「そうだね。急いで帰らないとだから、こっちの路地から行こっか?」

 

 イサミは気合を入れ直すと、サラへと近道を提案する。多少薄暗い場所だが、ギルドホールへの距離がかなり短くなる上に、〈冒険者〉の数も少ない。さっきのようにトラブルに巻き込まれることも少ないだろう。

 特に深く考えたわけではなかった。しかし、それは決して合理性を欠いたものではなく、イサミの判断は決して間違っているとは言えなかった。唯一つ、人の悪意というものを測り間違えていたこと以外は。

 

「え!?」

 

 ドンッという衝撃を感じたイサミは、よろめいてそのまま地面へと両手を着く。

 

(誰かに押された!?でも誰に!?)

 

 突然の出来事に驚いたイサミは一瞬混乱したものの、すぐに気を取り直して後ろを振り向いた。

 

「アンタ……さっきの……!!」

 

 そこにいたのは先ほどの三人組の内の二人、背の高い黒髪の男性冒険者と、ほとんど喋ることのなかった金髪の男性冒険者だった。

 

「やっぱ俺、正義面して俺らの邪魔するような奴が、オメェみたいなのが一番むかつくわ」

 

 そしてその顔に浮かんでいたのは、強烈な敵意。それは殺意というほど強烈なものではなかった。しかし身の危険を感じたイサミはとっさに刀の柄へと手を置き、相手のステータスを確認する。

 

(二人ともレベルは90。名前は、黒髪がパッシータで金髪がコーザか。職業は……)

 

 モンスター相手にしろプレイヤー相手にしろ、まずは敵の情報確認が第一。八幡に叩きこまれた戦闘の基本の一つである。

 

「はっ、お前のこと知ってるぜ。〈西風の旅団〉のメンバーだよな?ちょっとくらい強いからって調子に乗って、ゲーム時代から(かん)にさわる奴らだったぜ」

 

 パッシータの言葉にむっとしたイサミだったが、そんなことはゲーム時代から言われ慣れている。さらに言うなら八幡の方がよほど口が悪かったというのもあり、冷静さを失うほどのことではなかった。しかし

 

「あとなんだったっけか?あの〈マイハマの英雄〉とかいう恥ずかしい呼ばれ方されてた奴。お前らが追い出したんだってな?ギルマスとキャッキャウフフすんのに邪魔になったとかで」

 

 その冷静さも、パッシータの口から八幡のことが出てくるまでであった。

 

「アンタらなんかになにが分かるのよ!局長が、副長が、ウチが、あのことでどれだけ悩んだと思ってるの!!」

 

 激高したイサミは思わず刀を抜きそうになるが、そこにサラが割って入る。

 

「イサミさん!?落ち着いてください!!」

 

「サラッ!?」

 

 自分とパッシータの間に立つサラの姿に、イサミは半分ほどまで抜きかけていた刀を鞘に納める。とうの昔に割り切ったつもりだったのに、どうやら未だに自分は八幡のことを割り切れていなかったらしい。

 

「はっ!その女のおかげで助かったな。そいつも旅団のメンバーなのか?」

 

 パッシータからの(あざけ)りに、イサミはハッとする。もし抑えきれずにあのまま目の前の男を攻撃していたら、自分は衛兵の処罰対象となっていただろう。

 

「サラはウチらとは違うの。その子は〈大地人〉なのよ!だから手は出さないで!!」

 

 サラを巻き込みたくない。そう思って発したイサミの言葉は

 

「〈大地人〉……?へぇ……その女、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)かよ。おもしれぇ……コーザァ!!」

 

 しかしむしろ状況を悪化させる結果となる。

 

「きゃあっ!!」

 

「うひょー、すげぇ!かーちゃん以外の生の裸とか初めて見るぜー!!」

 

 金髪の男性冒険者・コーザが、突然サラに襲い掛かった。服を脱がそうと伸びてくる腕を必死に振り払おうとするサラだったが、〈冒険者〉と〈大地人〉では、そもそものステータスからして全く違う。サラの抵抗など、コーザにとっては何の痛痒も与えていないだろう。

 

「やめろ!サラから手を離せ!!」

 

 もうこれ以上我慢は出来ない。イサミは〈会津兼定〉を抜こうと、刀の柄に置いた手に力を込める。

 

「その刀でどうする気だよ?俺やあいつを攻撃したら、お前、衛兵に殺されるぜ!?」

 

「くっ……!」

 

 イサミは居合いの構えのままで歯噛みする。衛兵に殺されてしまうのは当然怖い。もしかしたらそのまま死ぬかもしれないのだ。たとえ生き返ることが出来るとしても、イサミが大神殿からこの場に戻るまでの間、一体誰がサラを守るというのだろうか。

 そこまで考えたところで、イサミの頭に疑問が浮かぶ。

 

(なんでコイツらには衛兵が来ないの?サラに手を出してるのに……)

 

 〈アキバの街〉の衛兵。暴力行為を行った〈冒険者〉に死の制裁を与えるはずの法の番人は、なぜここに現れないのだろうか。

 そんな思いが表情に出ていたのか、パッシータがイサミに対して馬鹿にした表情を浮かべた。

 

「ああ、俺らに衛兵が攻撃して来ないのはなんでかって顔だな。単純な話だ。これは攻撃じゃねぇ、愛情表現だ!こういう行為で衛兵が来ないなんてのは、すでに実験ずみなんだよ!!」

 

「そんな……」

 

 衛兵が助けに来ないということは、イサミが自分の力でサラを助けないといけないということだ。しかし、こちらから手を出すと衛兵が来てイサミを殺すだろう。だからといってこのままでは、サラがどうなってしまうか分からない。

 どうすればいいのか。どうしたらいいのか。冷静さを欠いたイサミの頭には、全く解決策が思い浮かばない。

 

(局長なら……副長なら……)

 

 ソウジロウなら迷わず目の前の男たちに斬りかかるだろう。自分のことなど(かえり)みず、女性を救うために全力で。

 八幡ならどうするだろうか。ソウジロウと同じように斬りかかるか、イサミには思いつかないような方法を考え付くのか。しかし、ただ一つ間違いなく言えるのは、八幡はこの事態を静観することはないだろうということ。

 面倒くさがりで、口が悪くて、辛辣で。

 働く気がなくて、やる気がなくて、友達がいなくて。

 怒られようが、罵られようが、蔑まれようが。

 それでも八幡は、〈西風の旅団〉(なかま)を守るために、自分すら犠牲にして見せたのだから。

 

「はなせ……!」

 

 イサミの口から出たのは決意の言葉。

 

「あぁっ!?」

 

 胸に浮かぶのはあの日の誓い。 

 

「サラから……ウチの友達から……」

 

 そして〈会津兼定〉に込められたのは

 

「手をどけろ!!」

 

 友達を守るという決意(かくご)と未来を斬り開くという誓い(かくご)

 二つの覚悟を込めて引き抜かれた刀は、迷うことなく振り抜かれた。

 

 

 

 

 

「イサミさんっ!!」

 

 戻りの遅いイサミとサラを心配して、迎えに出たソウジロウとドルチェ。

 二人が駆けつけた場所で見たものは

 

 必死にイサミの名前を叫ぶサラ。驚愕の表情で固まる金髪の男性冒険者と、右腕を斬り飛ばされて尻餅をついている黒髪の男性冒険者。なぜか出現しているアキバの法の番人(衛兵)。そして

 

 

 

 

 

 根元から折られた〈会津兼定〉、その砕け散る刀身を見つめて呆然としているイサミの姿だった。

 

 

 

 

 

「おい、イサミ。本当に良かったのか?今回の〈大規模戦闘〉(レイド)のドロップアイテム、他の奴に譲っちまって?」

 

 初レイドから半年、〈西風の旅団〉の名声は徐々に高まっていた。

 いまだに〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉、〈ホネスティ〉のトップギルドには及ばない。しかし彼らは、〈シルバーソード〉と並んでアキバの新進気鋭の有力ギルドとしての立場を固めつつあった。

 

「良いの良いの。だってあの子、まだ〈幻想級〉(ファンタズマル)武器持ってなかったでしょ?」

 

 今回〈西風の旅団〉が挑戦したのは〈ヘイロースの九大監獄〉。九つの監獄(ダンジョン)で構成される、〈ヤマトサーバー〉内でも屈指のテクニカルさと難易度を誇るレイドダンジョンである。

 当然ドロップするアイテムも〈七つ滝城塞〉(セブンスフォール)に比べて格段に強いものである。そして最終ダンジョンたる第九監獄のボス・〈九なる監獄のウル〉 が今回ドロップしたのは、〈幻想級〉の刀。イサミが持つ〈会津兼定〉よりも強力な刀だったのだ。

 

「つってもなぁ~。お前は大丈夫なの?」

 

 ドロップアイテムを確認した八幡は、当初はその刀をイサミに渡すつもりだった。

 それは八幡とイサミの所属する三番隊が、非常にヘイト管理の難しいパーティーだからだ。

 なにせ、単体火力でギルド一を誇る〈暗殺者〉(アサシン)の八幡に、強力な範囲攻撃を得意とする〈妖術師〉(ソーサラー)のオリーブ、そして激戦に身を置くパーティーメンバーの回復を一手に担う〈施療神官〉(クレリック)のくりのんと、ヘイトを集めやすいプレイヤーが揃っており、イサミは常に難しいヘイト管理を強いられている。

 だからこそ、八幡はイサミに新しい刀をと提案してくれたのだが、イサミは八幡の申し出をその場で断ったのだ。

 

「ウチは大丈夫。絶対に副長たちにはタゲが飛ばないようにするから!」

 

 正直に言って、新しい武器に心惹かれなかったと言えば嘘になる。

 

「この刀を、〈会津兼定〉を出来るだけ使いたいの!だから……」

 

 それでも、これだけは譲れなかった。誓いと想いを込めたこの刀を、これから先も使い続けたいから。

 

「……ああー、もう。分かった、分かったから。ってか、うっかり惚れちゃいそうだからそんな声出さないでくれって前も言ったと思うんですけど?」

 

 今回のレイドでもいつものように活躍を見せていた八幡、そんな彼の照れているような声音に、イサミは自分の頬が緩むのを感じた。

 

「副長ったらな~に慌ててんの?もしかして本当にウチのこと好きになっちゃったとか?」

 

 もっとその声が聞きたくて、イサミは八幡をからかうように喋りかける。もっとも、モニターの前の自分の顔も、真っ赤にしながらではあるが。

 

「ば、ばっか。俺が誰かを好きになったりするわけないだろ?その道はもう一年前に通り過ぎたからな!」

 

 結果、八幡を動揺させることには成功したものの、その口から飛び出た爆弾発言にイサミも大いに動揺させられる。

 

「ふ、副長って好きな人いたの!?」

 

 考えてみれば、現実の八幡は自分と同じ中学三年生なのだ。同じ中学校に想い人の一人や二人いたところで、決しておかしなことではない。

 

(でも……なんかやだな)

 

 イサミは、何故だかは分からないが八幡の話を聞いた途端に、先ほどまでの興奮が冷めるのを感じたが

 

「あ、違う違う。今のは俺の友達の友達の話だから。ヒキタニくんって人の話」

 

 続く八幡のあまりに下手な嘘に、思わず笑わされてしまう。

 

「ぷぷっ……。もう副長ったら、付くならもうちょっとマシな嘘を付いてよね。そもそも副長に友達なんていないでしょ!?……あ」

 

 思わず口を衝いて出た言葉は、どうも八幡の黒歴史(トラウマ)を深く抉ったようだ。

 

「ああ、ごめんごめん副長。今のは冗談だから。……え?冗談が冗談になってないって?いや、ホントに悪気があったわけじゃないんだってば!……悪気があったらシロエさんの代わりにお前を腹黒って呼んでやる?局長もたまに名前出すけど、シロエって誰なの?……茶会のバスガイドにして影の魔王様?ウチってそんな人と同列なの?……副長の馬鹿!!そんなんだから友達いないんじゃないの!?……あ」

 

 それは少し昔の、なんでもない風景。いつか八幡に友達と呼ばれるようになりたいと、そして友達を守れるようになりたいと、イサミが刀に新たに誓った日。そんな些細な、とある日常の一ページであった。




オチはあるけど、素直に笑えない。そんな構成にしてみた第十六話でございました。ただ、猛烈に滑ってる気がしてならない……。

今回は予定通りにひたすらシリアス。基本ここから数話はシリアス一辺倒となるかと思います。読者様減るんじゃないかと心配しておりますが、ここをしっかりやらないとこれ以降の内容に進めないというジレンマ。

さらに西風のコミックをお読みの方はお気づきでしょうが、原作とは展開をちょいちょい変えています。特にパッシータとコーザの下りは、文章で書いてると胸糞悪くなるレベルだったので、結構削減しています。描写が分かりにくくなっているかもしれませんがご容赦を。ちなみに二人のレベルを90としているのは、便宜上設定した今作のオリジナル設定です。原作では現状不明のはず。

さてここからは次回以降について。実は次回の視点を誰にするかを少し迷っておりまして、現状の予定ではソウジロウか八幡のどちらかになる予定です。投稿日は出来れば今週中と行きたいところですが、最悪21日頃になる可能性があります。お待ちいただけると幸いです。



……なんか今回いつにもまして言い訳書きまくってる気がする。


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第十七話 誓いを胸に、ソウジロウ・セタは衛兵と相対す。(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その7)

マジでお待たせしましたな第十七話。戦闘シーンがマジで書けなくって四苦八苦しておりました。

今回は四話以来のソウジロウ回。構成としては過去→現代。ただ前回よりはシリアス分は薄いはず。また、構成の都合上いくつかのシーンがカットされております。そのため若干ぶつ切り感があるかもですがご容赦を。

ちなみに色々カットしておきながら文字数は過去最高の7800字w……まあ、時間がかかった原因の一つなんですがね。


 イサミとドルチェが八幡に相談した翌日、〈ヤマトサーバー〉の掲示板に一つのスレッドが出現していた。

 

【ソウジロウ・セタファンクラブ、メンバー募集中】

 

 条件不問、ソウジロウとのお散歩などの定期イベントあり、その他規約などが羅列されたスレッドは、初めは単なる釣りだと警戒されてほとんど書き込みがされることはなかった。

 しかし、その一時間後。〈西風の旅団〉が運営するギルドのホームページにも同様の文言が掲載されたことにより、そのスレッドは一気に信用度を増し、多くの女性プレイヤーが殺到することになる。

 なにせ〈アキバの街〉でも人気・実力ともトップクラスのプレイヤーだ。加えて、いつでも女の子に優しいその言動は、知らぬ間に多くのソウジロウファンを獲得していた。

 ファンの一部はすでに〈西風の旅団〉のメンバーとなり、すでに同じギルドで活躍していた。しかしその入団条件の厳しさゆえ、大多数のソウジロウファンは〈西風の旅団〉に入ることが出来ず、ソウジロウとろくに接することが出来ない現状をただただ嘆いているだけだった。

 そんなところに投げ込まれた、ファンクラブという大きな餌。恋に飢えていた女性プレイヤーが殺到したのは、ある意味必然だったのかもしれない。

 多くの情報ツールで拡散された情報を受け、ソウジロウ・セタファンクラブへの加入希望者は、募集開始から半日で三ケタに、三日後には三百人に迫りつつあった。

 これだけの事態である。〈西風の旅団〉内でも、ここ数日はその話題で持ちきりだった。

 自分たちもこのファンクラブに入るべきなのか。これのせいでソウジロウとの時間が更に奪われるのではないか。そもそもこれは一体誰が募集しているのか。

 先日までの不和が嘘だったかのように、〈西風の旅団〉のメンバーたちは一丸となり対策を練っていた。なにせ、このままだとライバル(ソウジロウのファン)が大きく増えてしまうのだ。

 内輪揉めを続けている場合じゃない。まとまらなかったはずのメンバー同士の意思は、その一点において統一される。

 彼女たちがまず行ったのは、自分たちもファンクラブへと参加すること。本当に設立されるかはともかくとして、もし実際にファンクラブが誕生してしまった場合、所属していなくては何が起こっても介入することもままならないだろうからだ。

 そして次に行うべきなのはこのファンクラブの発起人を探し出すことだった。

 ギルドのホームページすら使って募集している以上、これは少なくとも〈西風の旅団〉内部の人間のしわざであるということだ。しかも、ホームページに手を加えられる者はごく一部のメンバーに限られている。

 動機。手法。技術。権限。性格。

 恋する乙女たちが行った、あらゆる角度からの検証で浮かんできたのは

 

 

 

 

 

 〈西風の旅団〉サブギルドマスター・八幡の名前であった。

 

 

 

 

 

 アキバを出たソウジロウたち採取部隊の二パーティー十二人は、〈スモールストーンの薬草園〉へと足を運んでいた。

 〈スモールストーンの薬草園〉は、かつてのヤマトの盟主であった〈ウェストランデ皇王朝〉の皇王の一人により作られた薬草園である。賢王として名高い彼は、疫病に苦しむ民のために自らの所有する別荘の庭園で薬草の栽培を行い、多くの領民の命を救ったのだ。

 もっとも〈ウェストランデ皇王朝〉が滅んで久しい今ではかなり荒廃が進んでおり、植物系モンスターが多数徘徊するゾーンとなっている。

 その成り立ちから、この〈スモールストーンの薬草園〉は薬草系の素材アイテムが豊富である。それに加えて、疫病対策と並行して行われた飢饉対策の田畑も併設されており、食材系の素材アイテムを多く採取できるゾーンでもあるのだ。

 無害な植物を装ったモンスターなどもおり決して油断していい場所ではないものの、レベル帯は決して高くはない。そのためソウジロウたちにとっては、比較的安全に食料集めを行えるゾーンでもあったのだが……

 

「いくよ~お師匠!!」

 

「むむっ!やりますね、カワラさん!!」

 

 食料もぼちぼち集まり、ソウジロウはドルチェからアキバへの帰還を提案されていた。しかし、まだこの世界での体の動かし方に慣れないというカワラの言葉に、しばし考え込む。

 昨日の内に戦闘は経験していた。しかし今日の戦闘では、昨日のゴブリンと比べてモンスターのレベルが高かったこともあり、多少の戦いにくさを感じた。

 早急にこの世界での戦闘に慣れなければならない。そう判断したソウジロウは、食料採取の延長を決めた。ただし主目的は戦いに慣れることであり、前衛後衛の連携を含めた集団としての戦い方を確認することだ。

 ソウジロウ率いる二パーティーは、それぞれソウジロウとカワラを壁役として戦域に展開。冷静な判断力を持つドルチェが両パーティーのメンバーをサポートすることにより、パーティー間の連携も同時に確認していく。

 しかし戦闘に慣れてくるにつれ、いつのまにかその訓練はソウジロウとカワラの勝負へと変わっており、どちらがより多くモンスターを倒せるかを競い合っていた。

 

「おっ!セタの坊主じゃねぇか。お前らも食料集めか?」

 

 二人の競争は、突然掛けられた声によってようやく中断される。

 

「ウッドストックさんじゃないですか!はい、ということはそちらも?」

 

 声の聞こえる方へと振り向いたソウジロウの視線の先にいたのは、ひげ面のドワーフ。アキバの中堅ギルド〈グランデール〉のギルドマスターであるウッドストックであった。

 初心者やギルド未所属のプレイヤーに対して色々とケアを行っていた彼は、ギルドの規模に比して知名度の高い、アキバの有名プレイヤーの一人だ。また、その知名度の高さゆえに顔も広く、特に中堅クラスのギルドとは強いネットワークを持っている人物でもある。

 〈アキバの街〉の五大戦闘ギルドと呼ばれる〈西風の旅団〉だったが、その構成人数は百人にも満たない中堅ギルドだ。それゆえにウッドストックとは、ゲーム時代からちょくちょくと話すことが多かったのだ。

 

「ああ、まあな。うちみたいな何でも屋ギルドは、あんまり食料アイテムを持ってないんでな。ギルマスとして、仲間たちの食料を確保しにきたってわけよ」

 

 ゲーム時代から変わらないウッドストックの世話好き加減に、ソウジロウは苦笑する。ウッドストックがあの〈黒剣騎士団〉を脱退したのも、エリート主義ゆえに低レベルプレイヤーを疎んじるギルドの姿勢を嫌ってのことだったはずだ。

 

「坊主。そっちはどうだよ?お前んところは女ばっかだし、この状況じゃ大変だろ?」

 

 本当に世話好きである。こんな状況下で、自分のギルドだけではなくよそのギルドまで心配するその様子に、ソウジロウは尊敬の念すら感じた。

 初心者プレイヤーを助けるためにと、あの混乱の中を迷わず森へと繰り出したクラスティ。仲間の食料を得るためにモンスターと戦い、他人すらも心配するウッドストック。

 こんな事態の中なのにも関わらず、ソウジロウの知り合いの大人たちは、誰かのために動いている。ゲームの世界に入れたことをただ喜んでいた自分と比べて、なんという違いだろうか。

 

「そうですね。今のところは大きな問題は起きてないですけど、こんな状況ですし、なにが起きてもすぐに対応できるようにしておかないといけませんね」

 

 ウッドストックに答えながら、自分がアキバを離れたのは軽率だったのではないかという懸念が、ソウジロウの脳裏を()ぎる。ナズナに後事を託してきたとはいえ、この場所はギルドホールから、守るべき仲間から離れ過ぎている。

 ソウジロウは、いくつかの情報交換を済ませてウッドストックと別れた。ただ、ウッドストックに別れ際に言われた一言。

 

「八幡のやつはまだ戻ってきてないのか?」

 

 という、クラスティと同じような台詞には閉口したが。

 

(そういえばウッドストックさんは、あの時のPvP大会の〈暗殺者〉(アサシン)部門の準々決勝で、八幡と戦ったんでしたね……)

 

 ギルドを去った友人のことを思い出しながら、ソウジロウは〈アキバの街〉への帰路に着くのであった。

 

 

 

 

 

 ギルドホールへと帰り着いたソウジロウは、今後の話し合いを行おうとギルドのメンバーを招集した。ウッドストックから得たものも合わせて、早急に情報を共有しておいた方がいいと考えたからだ。

 しかし折り悪くイサミがサラを伴って外出していたため、ソウジロウはイサミへと念話を送った。

 すぐに戻るという返事を受け、ソウジロウたちはイサミの帰りを待っていたのだが、二人は一向に戻ってこない。少し心配になってきたソウジロウは、ドルチェをと一緒にイサミを探しに出かけることにした。

 このときドルチェが同行人であったことには特別深い意味はなかった。あえていうならば、フィールドから帰ったばかりで外出する準備ができているという、ただそれだけの理由からである。

 そして、イサミたちを探し歩いて辿り着いた街の路地裏。

 

「イサミさんっ!!」

 

  二人が駆けつけたその場所で見たものは、必死にイサミの名前を叫ぶサラ。驚愕の表情で固まる金髪の男性冒険者と、右腕を斬り飛ばされて尻餅をついている黒髪の男性冒険者。自らの武器である大剣を振りかぶっているアキバの衛兵。

 そしてその剣の振り下ろされる先には、折れた〈会津兼定〉の柄を握り締め、呆然としているイサミの姿があった。

 

〈一騎駆け〉(いっきが)!!」

 

 その姿を見た瞬間、ソウジロウは矢のような勢いで飛び出した。

 

(イサミさんの〈会津兼定〉が砕けるほどの一撃、正面から受けるわけにはいかない!)

 

 〈一騎駆け〉により大幅に引き上げられたその移動速度により、間一髪でソウジロウはイサミと衛兵の間へと割り込む。レベル90の〈冒険者〉を一撃で瀕死にする斬撃を、ソウジロウは衝撃を斜めに逃がすことで受け流す。

 

(くっ、なんて威力だ!完璧に受け流したはずなのに!?)

 

 しかしソウジロウとイサミを逸れたその一撃は、地面を大きく抉り、受けたソウジロウの腕を痺れさせていた。

 

(勝てない……)

 

 たった一撃。実際にダメージを受けたわけではないその一撃で、ソウジロウはこの戦闘の結末を悟ってしまう。

 プレイヤータウンの守護神たる衛兵は、〈冒険者〉を罰するという仕事の性質上、全ての〈冒険者〉よりも強く設定されていた。残念なことに、現実となったこの世界でも、その設定は有効のようだ。

 

「ドルチェ!!イサミさんとサラさんを連れて、急いでギルドホールへ!おそらくホールまで逃げ切れば、衛兵は追ってこられません!」

 

 であれば今できることは一つだけ。この場からイサミを逃がすことだけだ。

 

「で、でもソウちゃん。それじゃあアナタが……「いいから早くっ!!」

 

 続けざまに振るわれた衛兵の一撃。なんとか受け流しはしたものの、背後にイサミをかばいながらでは限界がある。

 いつもの丁寧なしゃべり方すらかなぐり捨てたソウジロウの叫びに、ドルチェはそれ以上なにも言い返さなかった。無言でイサミとサラに駆け寄り、二人を脇に抱えるとギルドホールへ向けて走り出す。

 ドルチェが走り去る足音を聞いたソウジロウは、ほっとしながら再び愛刀を構え直した。

 

「はっ、ははは。無駄だよ無駄。衛兵は一度対象にしたプレイヤーを追いかけ続けるんだ。俺の手を斬り落としたあの女をな!!」

 

 自分を斬った人間がこの場から去ったためか、自失から立ち直ったパッシータが、ソウジロウをあざ笑うように声を掛けてくる。だが、パッシータはすぐにその代償を支払うこととなった。左腕(残りのもう片方)という代償を。

 

「ぐわぁーーっ!!!てめえ正気かよ!何の躊躇(ためら)いもなくやりやがって!!もうゲームじゃねぇんだぞ!?」

 

 しかし両腕を失った哀れな男の叫びは、ソウジロウの怒りに油を注ぐだけでしかなかった。

 

「そうですよ……この世界はもうゲームじゃない……」

 

 どうやら衛兵は、戦闘行為禁止区域で他の〈冒険者〉に攻撃したソウジロウを、攻撃対象としたようだ。

 これですぐにイサミの元へと向かうことはない。懸案事項減ったものの、ソウジロウの怒りはまだ収まっていなかった。

 

「あなたたちがボクの仲間にしたことも現実だ……!」

 

 サラを泣かせた。イサミに至っては命の危機に晒された。

 そんなことを許してしまったのは、ソウジロウにとっては我慢できないことだった。

 

(八幡は、自分を犠牲にしてギルドを守ってくれたのに……それなのに、僕は……)

 

 たとえ誰が敵であっても仲間を守る。そう誓ったからこそ、"あの時"にソウジロウ自ら八幡を除名した(・・・・・・・)というのに……。

 いまこうしているのも、言ってしまえば八つ当たりのようなものだ。自分への怒りの捌け口でしかない。

 ソウジロウは、パッシータの頭を掴んで無理やり立ち上がらせる。そして、自分へ剣を振り下ろそうとしていた衛兵の、その振るった剣先へと差し出した。 

 

「二度と、ボクの仲間に近づかないでください」

 

 攻撃対象ではないものに攻撃が当たりそうになったことにより、衛兵は慌てたように大剣を引き戻そうとする。

 しかし、勢いのついた大剣をすぐには止めることが出来ず、パッシータの鼻先すれすれのところでようやく停止した。

 

「ひぃっ!」

 

 イサミに右腕を、ソウジロウに左腕を。そして衛兵には殺されかけ、パッシータは完全に心が折れてしまったようだ。

 必死で逃げ出そうと走り出すが、両腕を失ったことで平衡感覚にも支障を来たしており、思うように動くことが出来ていない。

 

「パ、パッシータ!!」

 

 そんな相棒の様子を見たコーザは、慌ててパッシータの元へと駆け寄り、そのままパッシータを抱えるようにして逃げていった。

 

「さぁて、これで残りはあなただけですね」

 

 邪魔者(パッシータとコーザ)がいなくなり、これでようやく衛兵()に集中することが出来る。

 

(相手は圧倒的に格上。そしてヒーラーもいない。この状況でイサミさんがホールに逃げ切れるまでの時間を稼ぐには……)

 

 ソウジロウは、両手で持っていた愛刀・〈神刀・孤鴉丸〉(しんとう・こがらすまる)を右手一本に持ち替え、左手でもう一本の刀を抜き放つ。

 二刀持ちとなったソウジロウは、力強く地面を蹴った。

 間合いを取っても、衛兵は自由にワープすることができる。つまり間合いを取ることにはあまり意味がない。そして間合いを取れないということは、常に衛兵の大剣の攻撃範囲にいるのと同義である。

 

(だったら!!)

 

 だからソウジロウが選択したのは接近戦。それも大剣の利点を殺しつつ戦うことの出来る、超々近距離戦であった。

 衛兵も黙ってソウジロウを近寄らせはしない。迫るソウジロウ(標的)を両断せんと、真っ向から大剣を振り下ろしてくる。

 

(避けられない!?だったら!!)

 

 自らを完全に捉えていたその攻撃を、ソウジロウは左手に持つ刀で迎撃した。正面からでなく、その側面を殴りつけることによって。

 突如加わった横からの衝撃に、衛兵の振るった大剣はソウジロウを大きく逸れ、地面に着弾する。

 慌てて武器を引き戻そうとする衛兵だったが、その巨体はすでにソウジロウの間合いの内であった。

 

〈兜割り〉(かぶとわ)! 」

 

 衛兵が体勢を立て直す前、大剣を構えなおす直前に、まずはソウジロウが一撃を当てることに成功する。

 もっともダメージは微々たる物であり、その衝撃自体も衛兵の(まと)〈動力甲冑〉(ムーバブルアーマー)によって完全に吸収されていた。

 一瞬で体勢を整えた衛兵は、今度は横薙ぎに大剣を振るった。その一撃はソウジロウの技後硬直の瞬間を捉えていたが、しかしソウジロウはギリギリで両手を動かし、二刀を使って大剣を跳ね上げる。

 

 避ける。逸らす。受ける。そして攻撃する。

 

 ソウジロウによる二刀の防御術は、衛兵の攻撃を防ぎ続けていた。敵が大剣を振り下ろせば横へと避ける。避けられない攻撃は受け流して逸らす。逸らせない攻撃は二本の刀で受ける。そして隙があればこちらから攻撃する。

 本来であれば衛兵というのは圧倒的に格上の存在だ。レベルが違うしステータスが違う。攻撃力が違うし防御力が違う。

 そんな相手に対して、ソウジロウはひたすらに刀を振るい続けた。

 傍から見たら、その光景はさぞかし異常だったことだろう。なにせソウジロウは、かろうじて見えるか見えないか、そんな速度の攻撃を防ぎ続けていたのだから。

 

(不思議な感覚だ……。衛兵が振るう大剣。その辿る軌跡を、なんとなくだけど感じる……)

 

 今まで感じたことのない感覚。単なる錯覚なのか、高まった集中力の賜物なのか、極限の状態が生み出した奇跡なのか。

 ソウジロウはひたすらにその感覚を信じて動き続ける。

 しかし永遠に続くかと思われたその死の舞踏は

 

(しまった!!)

 

 ソウジロウの左手に握られた刀が砕けたことによって終わりを迎える。強烈な斬撃の連続に、ついに耐久値が限界を超えたのだ。

 とっさに飛び退り間合いを取ろうとしたソウジロウだったが、一瞬の動揺は避けられなかった。ほんの僅かに遅れた回避動作。些細だが致命的なその隙を、衛兵は見逃さなかった。

 

「くっ!!」

 

 振り下ろされたその一撃は、完全にソウジロウを捉えていた。体勢は崩れており回避は不可能。迎撃も間に合わない。

 

(かわせない!?喰らう!?)

 

 それでも目を逸らさずに、ソウジロウは自分を殺すであろうその大剣を睨み続けていた。

 

(イサミさんたちは逃げられたかな……)

 

 自分の命が失われようとしている状況でなお、仲間のことを心配するソウジロウ。その眼前に迫る死の(あぎと)

 

「〈ステルスブレイド〉!」

 

 突如現れた〈冒険者〉によって強引に閉じられる。

 完全に不意を打ったその一撃は衛兵を吹き飛ばし、建物の壁へと打ちつけられたその巨躯は、周囲に大量の粉塵を撒き散らした。

 

「仲間を守って死に掛けるなんて、相変わらずの正義の味方ぶりだな。セタ」

 

 立ち込める土煙の中から聞こえるのは懐かしい声。

 

「はははっ、何を言ってるんですか。そちらの登場の仕方の方が、よっぽど正義の味方みたいじゃないですか」

 

 ほんの一年前までは毎日のように聞いていた、ソウジロウが親友だとすら思っている少年の声。その声を聞いた途端に、ソウジロウの顔に笑みが浮かんだ。

 

「はっ。こんな正義の味方がいてたまるかよ。女に泣いて頼まれたから断れなかったなんていう、情けないヒーローがよ」

 

 薄れてきた土煙の中に最初に浮かんだのは、特徴的なその両目。〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)の二年間の活動期間。その間に一度だけ開かれた、メンバー全員集合のオフ会。そこで初めて見た、腐った瞳。

 

「こんな世界に来ても目は腐ったままなんですね」

 

 自己紹介では盛大に噛み、目はずっと泳いだまま。ゲームの中とは全く違うその様子に、カナミを始めとした茶会メンバーは大笑いしたものだ。

 

「ばっか。俺のチャームポイントが異世界に飛ばされたくらいでなくなってたまるかよ」

 

 その時は、自分とは全く違うタイプの人間だと思った。しかし、茶会時代の二年間と〈西風の旅団〉での最初の一年間、あわせて三年ほどを共に過ごして得た印象はその真逆。

 必要とあらば己すら切り捨てるその姿は、ある意味ではソウジロウの目指す姿のさらに先を行っていた。

 

「久しぶりですね。八幡」

 

 ソウジロウの目の前。完全に土煙の晴れたそこに立っていたのは

 

「俺は出来れば久しいままでよかったんだけどな」

 

 〈西風の旅団〉元サブギルドマスター、八幡の姿だった。




やっと主人公が合流しましたな第十七話でした。これマジで戦闘描写アカン気がする。というか冒頭のシーンもこれ大丈夫なんだろうか……。

さらに、本来原作ではこのシーンにサラの見せ場があったのですがあえてのカット。後の話で同じようなシーンを用意する予定です。ついでにソウジロウも若干チート気味になってますが、そもそもこの作品では一部旅団メンバーを結構強化しております。これも八幡が加わったことによる変化の一端ですね。ちなみに西風の旅団のホームページ云々の下りはオリジナル設定でございます。まあ一応あってもおかしくはないと思うんですよ。

さて次回以降について。第十八話は満を持しての八幡回となります。ただ、ちょっと難しい描写が多くなる予定なので、投稿が遅くなるとかもしれません。奇跡的に筆が進めば22~23日位、遅くとも26日には投稿するつもりにしております。


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第十八話 それでも、ナズナは〈西風の旅団〉のオカンである。(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのはまちがっている。 その8)

仕事から帰って推敲してから投稿するつもりだったんですが、急きょ入った飲み会のためにろくに推敲もせずに投下。いつにもまして駄文かもしれませんが、ご勘弁を。

さて前回のあとがきでは八幡回!だとか堂々と宣言しておりましたが、すみません。構成の都合で今回はナズナ回となりました。八幡回は次回から二話連続となる予定です。

今回の構成は過去→現在。基本シリアスですがとある人物を放り込んだことで多少のコメディ色もありです。まあ本当に多少ですがw


 本来その仕事を受け持つべき者が、不幸にもその場にいなかった。この一週間、ナズナが〈エルダー・テイル〉にログインできなかった理由がそれだった。

 自分でも比較的仕事が出来る方だとは思っている。とはいってもナズナは現実世界では20歳をいくつか過ぎた程度の年齢でしかないし、雇われの歯科助手でしかない。

 一方でそれは、仕事において大した責任を負う必要がないということでもあった。……ただし上に責任を持つ者がいればという話ではあるが。

 同僚の一人が仕事中にぎっくり腰になった。

 言葉にすればただそれだけのことではあるのだが、問題はその同僚が院長を除いて一番の古株だったということ。ナズナの先輩に当たるその同僚が、医院の事務仕事や新人研修を一手に担っていたこと。そして、ナズナが職場で二番目の古株だったということだろう。

 歯科助手の仕事というのは、比較的人員の入れ替わりが多い職業だ。女性が多い職場特有の問題、セクハラや人間関係など、辞める理由に事欠かないのが原因だと言われている。

 もっともナズナが務める歯科医院は院長がなかなかの人格者であり、そういった問題は少なかった。ただここ一年、寿退職や家の都合で、ナズナよりも長く務めていた歯科助手が軒並み退職してしまったのだ。そのため今回、ナズナへと仕事お鉢が回って来たのだった。

 (はた)から見ている限りでは簡単そうな仕事でも、いざ自分がやってみるとそうではないらしい。溢れかえった仕事を片付けながらナズナが得た、いくつかの教訓の一つだ。

 どうにか溜まった仕事を片付け、入院していた先輩が退院して来たのは一週間後。ナズナは喜び勇んで〈エルダー・テイル〉にログインしたのだが、そこには職場以上の修羅場が待っていた。

 

 その時ナズナは、同じく一週間ぶりにログインしたソウジロウと、近況報告を兼ねたおしゃべりをしていた。

 まず最初にやって来たのはオリーブだった。なんでもソウジロウファンクラブというものがいつのまにか設立され、どうやら八幡がそれに関わっているらしいという。八幡への確認を頼まれたナズナとソウジロウは、状況が飲み込めないながらもとりあえず承諾した。

 次に来たのは、最近〈西風の旅団〉に入ってきた数名の女性プレイヤー。サブギルドマスターの訓練があまりにも厳しすぎるという話を聞かされた二人は、こちらも八幡へと確認をすることを約束する。

 その後も来客は続き、そのほとんどが八幡に対する不平やら不満だった。事ここに至り、ナズナとソウジロウは自分たちが留守の間になにか大変なことが起こっているのを認識する。

 二人がようやく細かな事情を把握できたのは、最後にやってきたドルチェとイサミの話を聞いてからだった。そして茶会時代からの付き合いであるナズナは、その話だけで八幡の考えを悟ってしまった。同時に、この問題の解決方法がもはや一つしか残されていないことを。

 

 ソウジロウとナズナ。そして八幡。三人の話し合いは長時間に及んだ。

 なぜ。どうして。問い続けるソウジロウに対し、八幡が答えを返すことは(つい)ぞなかった。

 だが、おそらくソウジロウとて理解していたはずなのだ。八幡のことは、ソウジロウの方がナズナ以上に詳しいはずなのだから。

 議論は延々と平行線を辿った。たとえそれが結論の出ている無意味な議論であっても、ソウジロウは決して諦めない。

 決して諦めないその姿勢が、〈西風の旅団〉というギルドをここまで躍進させてきたのだ。八幡の貢献も決して小さくなかったが、どこまでいっても〈西風の旅団〉はソウジロウのギルドであり、ソウジロウが柱だったのだから。

 ソウジロウの絶対に諦めないという姿勢。結局のところ、あれは一種の逃避だったのだろうとナズナは思う。結末が決まった物語を受け容れまいとする、駄々っ子なこども。友達と別れたくないという、単なるワガママ。

 だから、ソウジロウには結論は変えられなかった。

 本来その仕事を受け持つべき者が、不幸にもその場にいなかった。仕方がなかったとはいえ、ソウジロウとナズナはその場にいなかったのだ。自分たちが見過ごしてきた不和の欠片が大きくなり、抱えきれないほどの大きさになって破裂した、その時に。

 最終的に八幡が持ち出したのは、ギルド結成を決めた時の約束だった。

 自分が辞めたいと思ったときは好きに辞めさせること。そして、例え誰が敵であったとしても(・・・・・・・・・・・・・)仲間を守ること。

 

 

 

 

 

……ソウジロウの口から〈西風の旅団〉のメンバーへと八幡を除名することが告げられたのは、その日の内のことであった。

 

 

 

 

 

 八幡がギルドから抜けてからの数週間は、混乱も大きかった。

 (はた)から見ている限りでは簡単そうな仕事でも、いざ自分がやってみるとそうではない。ナズナたちが思っている以上に、八幡は色々と雑務をこなしてくれていたのだ。

 仕事であれ遊びであれ、人が多く集まると色々と面倒事が増える。歯科助手の仕事にしろギルドの運営にしろ、手間がかかることには変わりがない。ナズナやソウジロウは、しばらくの間ゲームの中でも必死に働いていた。

 そんな忙しさの中、ナズナはとある友人に連絡を取ろうとしていた。

 ほんの一年ほど前までは簡単に連絡をすることが出来たのだ。〈エルダー・テイル〉の念話(という名のボイスチャット)機能を使って。

 しかし、ナズナが連絡を取ろうとしているその友人が今いるのはヨーロッパ。〈ヤマトサーバー〉から遠く離れた〈西欧サーバー〉の管轄地へと引っ越した、いつも全力な茶会の人間台風。

 もしかすると八幡がこのまま〈エルダー・テイル〉を辞めてしまうかもしれない。そう考えた時に浮かんだのが、彼女の名前だったからだ。

 茶会時代の仲間たちにひたすら聞き込み、ようやくにして手に入れたメールアドレスに、ナズナは一本の電子メールを送った。

 長い長いそのメールにナズナが書いたのは、彼女がいなくなってからの〈エルダー・テイル〉のこと。自分たちが作ったギルド、〈西風の旅団〉のこと。……そして八幡のこと。

 メールを送信してから5分。返信が来るまでにかかった時間である。

 速すぎる返信スピードに苦笑したナズナだったが、その表情は受信したメールを確認したことで爆笑へと変わった。

 

I got it!!(私に任せて!!)  KANAMI』

 

 たったの一言。遠くヨーロッパへと行っても彼女、カナミは全く変わっていなかった。

 カナミなら、きっと八幡のことをなんとかしてくれるだろう。それまでに自分は、八幡が戻ってこられる環境をもう一度作らなければならない。

 手始めに行うべきは、メンバーの八幡に対する誤解を少しずつ解いていくこと。ただし八幡のように劇薬を使うのではなく、ゆっくりと話し合うことで。

 そのためには、八幡が残していったソウジロウのファンクラブ。この枠組みは大いに役立つだろう。

 たしかに肝心な時にはその場にいられなかったかもしれない。それでも今、ナズナは八幡の思惑を超えて動き出した。

 ナズナのその行動が実を結ぶのは、それから一年以上も先のこと。〈エルダー・テイル〉の世界が現実となったあの日よりも、さらに先のことだった。

 

 

 

 

 

(え~と、これは一体どういう状況なわけさ?)

 

 念話によるドルチェからの急報を受け、ナズナはギルドホールから飛び出した。

 今ここでソウジロウを死なせるわけにはいかない。もしもこの世界では死からの復活がなかったとしたら、ソウジロウ失った〈西風の旅団〉は今度こそ本当に消滅してしまうだろう。

 しかもこんな訳の分からない状況で、こんな訳の分からない世界でだ。

 ソウジロウにはまだ報告していないが、〈アキバの街〉ではすでに自殺未遂者すら出ているらしい。ソウジロウがいなくなったらと考えると、それは〈西風の旅団〉やソウジロウのファンクラブ、〈そうきゅんファンクラブ〉にとっても他人事ではなくなる可能性がある。

 

(もしもの時はアタシが身代わりになってでも……)

 

 悲壮な決意を固めてひた走るナズナは、ようやくソウジロウの元へと辿り着く。だがそこに広がっていたのは、ナズナが予想だにしていなかった光景だった。

 相対するソウジロウと衛兵。これはいい。予想通りの光景だ。

 問題なのは二つ。

 ソウジロウの(かたわ)らに見える、この世界に来てから見た覚えはないがゲーム時代にはものすごく見覚えのある後姿。そして、ソウジロウたちと少し離れた場所から嫌そうな顔で回復呪文を飛ばしている、変態(くりのん)の姿だった。

 

「……え~と、くりのん。アンタさっきまでホールの工房で寝てたよね?なんでここにいんの?」

 

 とりあえずナズナはくりのんに話しかける。距離的に一番近かったこともあるし、戦闘中のソウジロウと八幡に声を掛けるのはためらわれたのもある。

 

「あ、ナズナちゃんじゃん。なんか悩み事?おっぱい揉んだげようか?というか揉んでいい?」

 

「アンタは異世界に来ても平常運転だねぇ……」

 

 相変わらずのくりのんに、ナズナは頭を抱える。というか手をワキワキさせながら近づいてくるのは本当に勘弁して欲しい。

 一発ぶん殴ってやろうかと思ったものの、そんなことをしたら今度はナズナが衛兵の攻撃対象である。おそらくだが、くりのんもそのことに気付いている。下手をすれば貞操の危機であるが

 

「〈(みそ)ぎの障壁〉!」

 

 とっさの思いつきで使用した障壁魔法が、ナズナを窮地から救い出した。

 〈神祇官〉(カンナギ)〈神祇官〉(カンナギ)足らしめている魔法、それがダメージを遮断する障壁を展開する魔法だ。

 なかでもこの〈(みそ)ぎの障壁〉は〈神祇官〉の基本となる回復魔法で、対象者に一定の耐久力を持つ水色の鏡のような障壁を張ることが出来る。

 

「あれ?ちょっとナズナちゃん!なんかこれ以上近づけないんだけど!?」

 

 ゲーム時代は単なるエフェクトで表現されていたこの障壁だが、現実となったこの世界では実際に(魔法の産物ではあるものの)物理的な壁として展開されるようだ。

 

(とりあえずは助かったか……。しかし物理的な壁……ね)

 

 このときに得た着想は、後にナズナがとある技を修得するきっかけとなったのだが、それはまだしばらく先のお話である。

 

「で?結局アンタはなんでここにいんの?」

 

 危険が去って落ち着きを取り戻したナズナは、もう一度くりのんへと問いかける。

 そもそもこの女好きがソウジロウの回復を行っている光景など、〈大規模戦闘〉(レイド)の時ですら見たことがない。

 

「あ~その~。なんていうか……八幡の野郎に頼まれて?」

 

「なんで疑問系なのさ……」

 

 八幡に頼まれて。くりのんはそう言った。

 しかしナズナが知っている限り、くりのんと八幡は頼みごとをしたりされたりするような仲ではなかったはずだ。

 くりのんは八幡に、というより男性プレイヤー全般に興味がなかった。そして八幡は、自分に関わってこない人間に興味がなかった。

 お互いに無関心で共通点もほとんどない、単なる同じギルドの同じパーティーのメンバー。それが二人のお互いの認識だったはずなのだ。

 

(なにかあったとすれば、八幡が出て行った時の直前かもしくは出て行った後か。……まあ今考えても仕方がないね)

 

 くりのんの方にも細かな事情を話すつもりはないらしく、いまだどうにか障壁を突破しようともがいている。

 ただし、ナズナの胸を揉もうと迫ってきていた間も、障壁に行く手を阻まれている今も、ソウジロウと八幡への回復(ヒール)は怠っていない。 危険な変態でありながら、回復職(ヒーラー)としては一流。そして戦闘系ギルドを標榜する〈西風の旅団〉に必要なのは、優秀なプレイヤー。

 数々の問題行動を起こしているくりのんを、いまだに除名もせずに仲間に加えているのは、それが理由の一つだ。

 とりあえずくりのんについて考えるのを諦め、ナズナはソウジロウと八幡へと視線を転じる。

 なぜこの場に八幡がいるのかは分からない。どうしてソウジロウの横で、衛兵と戦っているのかも分からない。あんなことがあったのに。こんな事態なのに。それでも

 

(すごい……)

 

 二人のコンビネーションは全く衰えていなかった。

 〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)でもっとも強いプレイヤーは誰か。享楽主義者の〈召喚術師〉(サモナー)KRや、火力馬鹿の〈施療神官〉(クレリック)ぎんがみ達が、好んでしていた話題だ。

 良く話題にのぼっていたということは、つまり結論がなかなか出ない話題だったということであり、茶会が解散するまでにその結論が出ることはなかった。

 たまにその議論に加わっていたナズナにしても、あのくせ者ぞろいの面子の中で果たして誰が一番強いのかと問われる困ってしまう。

 人間台風ことリーダーのカナミを始めとして、前線組のまとめ役立ったカズ彦、ご意見番のにゃん太など、茶会には〈ヤマトサーバー〉でもトップクラスの腕を持つプレイヤーが幾人もいたからだ。

 ただしそれはあくまでもソロプレイとして考えた場合の話だ。これが最強のプレイヤーではなく、最強のコンビは?という質問だった場合、ナズナは迷うことなく即答しただろう。

 

 

 

……ソウジロウと八幡の二人だと。

 

 

 

 ナズナが見つめる先では、いまだに戦闘が続いていた。

 自分に向かって振り下ろされた一撃を、ソウジロウは身を捻るだけで避ける。そこへ、体勢が崩れるのを待っていた八幡が攻撃を加え、衛兵のHPを僅かながらも削った。

 しかし加えられた攻撃に敵意を覚えたのか、衛兵は今度は八幡へと攻撃の矛先を向けたようだ。振り下ろした状態の大剣を、衛兵は強引に横薙ぎに振るう。

 直撃すれば紙装甲の〈暗殺者〉である八幡のHPなど一瞬で吹き飛ばすであろうその攻撃は、しかし強引に割って入ったソウジロウにより受け止められる。

 そして次の瞬間には、八幡はすでに相手の背後を取っていた。ソウジロウが敵の攻撃を止めるのをあらかじめ知っていたかのような、捨て身での突撃。

 敵の死角から放たれた一撃は、衛兵を大きく仰け反らせることに成功する。そしてソウジロウはその隙を見逃さなかった。

 

「〈一刀両断〉!!」

 

 〈武士〉の特技の中で最強の攻撃力を持つ斬撃は、狙いを違わず衛兵の身体へと吸い込まれる。クリーンヒットしたその一撃は衛兵を容赦なく吹き飛ばし、ふたたび壁へと打ちつけた。

 

(衛兵を圧倒してる!?)

 

 本来、衛兵と〈冒険者〉との間には、明確な力の差が存在する。それこそゲームだった頃の〈エルダー・テイル〉では、衛兵に勝ったプレイヤーなど一人もいなかっただろう。

 そもそも衛兵に挑もうなどと考えるトッププレイヤーがいなかったし、加えてゲームシステムに(のっと)った上で衛兵に勝つなどおよそ可能なことではなかった。

 それだけの圧倒的な隔たりがあるはずの衛兵を、ソウジロウと八幡、そしてくりのんの三人は逆に追い詰めているのだ。

 これには、ソウジロウの前線維持能力、八幡の瞬間攻撃力、くりのんの〈回復行動〉(ヒールワーク)といった様々な要因が存在するのだろう。しかしそのなかでも特筆すべきは、ソウジロウと八幡、二人の回避能力だった。

 衛兵の攻撃が、全く当たらないのだ。少なくとも、ナズナがこの場に来てからは一回の直撃も許していない。

 おそらくこれこそがゲーム時代との大きな違いだ。ゲームでは少なからずシステム上の確率処理(アルゴリズム)で発生していた"回避"だが、この世界では実際に身体を動かして"回避"しなければならない場面が多い。

 おそらくパーティー全体に対する攻撃などには、ステータス的な回避率というものが存在するのだろうが、少なくとも敵による通常攻撃に関しては、〈冒険者〉自身が回避行動をとらなければならない。

 つまり逆に言うならば、本来ゲーム時代であれば当たっていた攻撃も、この世界であれば〈冒険者〉自身の力量によって避けられるということだ。

 相手の衛兵のHPは徐々にではあるが減少している。一方、くりのんの回復(ヒール)もあって、こちらのHPはほとんど全快状態に近い。

 このまま進めば、もしかすると衛兵に勝てるのではないか。そうナズナが考え始めたところに、ドルチェから念話が届く。

 

『どしたん、ドルチェ?』

 

『あ、ナズナちゃん。今、イサミちゃんとサラちゃんをギルドホールまで連れて帰ったわ』

 

 ドルチェからの念話は、イサミとサラが無事に逃げ切ったという報告だった。危険が一つ去ったことに、ナズナはほっとする。安堵もあって、ドルチェに答える声も少し大きくなった。

 あとは目の前のこの状況をどうにかするだけ……そう思った瞬間、ナズナの脳裏に何かが()ぎった。重要な、考慮しなければならない何かを忘れているような、失念しているような感覚が。

 

(今のは一体……。何かを忘れている?一体何を?)

 

 イサミとサラはギルドホールにいる。つまり安全だ。

 ソウジロウと八幡。今のところは大丈夫そうだ。

 自分とくりのん。回復だけしかしていないので、衛兵から攻撃されそうな様子はない。

 であれば一体、何を忘れているというのか。

 

(衛兵が倒せそうだと考えているところにかかってきたドルチェからの念話。おそらくこれがきっかけだ)

 

 衛兵、イサミ、サラ、ゲーム、現実。

 

「え?」

 

 ナズナが自分の脳裏を過ぎった何か、その答えを得た瞬間。

 

「〈パラライジング・ブロウ〉!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……八幡の攻撃が、ソウジロウへと(・・・・・・・)直撃した。




ちょっと衝撃の展開というのを狙ってみた第十九話でした。とはいっても一応初期の構想通りではあるんですがねw

そして今回投入された爆弾・カナミについては後ほどオリジナルエピソードで語る予定になっております。お待ちいただければ幸いです。

さてここからは次回以降について。次回第十九話は4月30日の投稿予定となっております。今度は本当に八幡回ですw……多分。


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第十九話 どこまでも、比企谷八幡は変われない。 前編

毎度言ってる気がしますが、遅くなりましたな第十九話。四月はなんか仕事の休みが少なかったのが敗因と思われ。

そして前回、3万UA&お気に入り600突破についてのお礼をいうのを忘れてたな~とか思ってたんですが、なぜか今回4万UA&お気に入り800突破しておりますwこれについてはあとがきにて。

さてさてようやく主人公であるはずの八幡回。九話以来だからぴったり十話ぶりですね。時系列的にはそのまま九話直後となります。ただし導入部分はイサミ視点となっております。本来一話で終わらせたかったんですが、ちょっと長くなったので今回は前編です。まあ自分が余計なエピソード放り込んだからなんですけどねwいや、そのままだとシリアスしかなかったんでつい出来心で……。


 八幡が〈西風の旅団〉から出て行ったのは自分のせいだと、イサミはずっと思っていた。

 あの時自分がみんなを説得できていれば、自分が八幡に相談しなければ。イサミの心の中では、今でも後悔が渦巻いている。

 実は八幡が色々なことをやってくれていたということが分かったのも、八幡が出て行った後のことだった。

 しばらくはソウジロウやナズナが中心となって回していたものの、最終的にはナズナの下に生活・遠征・事務の三つの班が作られ、ひさこ・キョウコ・ドルチェがそれぞれの班の班長となった。

 もっとも、ひさことドルチェの二人は前から八幡の仕事を手伝っていたし、遠征班にはソウジロウが同行することも多い。三人に大きな負担をかけることもなく、新体制への移行は比較的スムーズに行われた。

 ただ……とイサミ思う。八幡がひさことドルチェに仕事を手伝ってもらっていたのは、いつかああいった事態になることを予想していたからではないのか、と。

 いつか何かが起きたときに、自分が〈西風の旅団〉を出て行かなければならない。そんな事態になることを。

 だからこそ、あの時八幡に相談するべきではなかったのだ。八幡は、いつでも自分が一番後回しだったのだから。

 〈会津兼定〉がドロップしたときも、自分も欲しかったにも関わらずイサミへと渡してくれた。〈フジ樹海〉で魔物(モンスター)の大群に囲まれた時も、一人で八体の魔物(モンスター)へと向かっていた。

 イサミにしろソウジロウにしろナズナにしろ。〈西風の旅団〉のメンバーは、少なからず八幡に甘えていたのだ。

 しかし、今後はもう八幡に甘えることも頼ることも出来ない。だから次に何かあっても自分の力で解決できるようになろうと、そう誓ったのに。

 サラと共にドルチェに引きずられるようにして逃げ帰るイサミは、気が付けばフレンドリストに載っているはずの八幡の名前を探していた。

 八幡なら何とかしてくれるという期待と、まるで成長していない自分への落胆とを覚えながら。

 

 

 

 

 

 〈チョウシの町〉でベルと別れて八幡は、グリフォンを駆ってアキバ近郊の森へと降り立った。

 

(さて、ベルが親父から聞いた場所ってのはここのあたりのはずなんだが……)

 

 八幡はしばらく周辺を捜索したが、すでに夜が迫りつつある時間だ。朝方にベルの父親を襲ったという〈冒険者〉の姿は、なかなか見つからなかった。

 会いたい人物に会えないというのは現実でもよくある話である。そして、会いたくない人物に会ってしまうというのも現実ではよくある話である。

 前方から迫る集団の気配に、八幡は手近の木の上へと駆け上り、〈ハイディングエントリー〉を発動させた。

 

(くっそ。俺が珍しく真面目に働いてるのに邪魔しやがって。えっとあの集団の先頭にいるのは……マサチューセッツか。ってことはあのご一行様は〈シルバーソード〉の奴らってことだな)

 

 戦闘系ギルド〈シルバーソード〉。"ミスリル・アイズ"の異名を持つ野戦司令官(ギルドマスター)・ウィリアム=マサチューセッツが率いる、アキバの五大戦闘系ギルドの一つだ。

 ゲーム時代は、〈西風の旅団〉と設立時期が近いこともあってか、アキバの新進気鋭の戦闘系ギルドとして一括りに扱われることも多かった。

 そんな経緯もあってかギルマスのウィリアムは、〈西風の旅団〉、ひいては同じ〈暗殺者〉(アサシン)の八幡をライバル視していた節がある。

 どちらも有名な戦闘系ギルドであったが故に顔を突き合わせる機会も多く、なぜか八幡はその度によく突っかかられていた。

 

(そういやPvP大会の時に、勝ったらなんでも言うこと聞いてやるぜ!!とか言ってたのになんもしてもらってねえわ)

 

 八幡が〈西風の旅団〉を脱退する少し前、アキバ近くの〈ミドラウント馬術庭園〉を舞台に、〈ヤマトサーバー〉の運営会社であるF.O.E(フシミオンラインエンタテインメント)主催のPvP大会が開催された。

 その大会には〈ヤマトサーバー〉のプレイヤーのみならず、〈中国サーバー〉や〈韓国サーバー〉、はては〈北米サーバー〉のプレイヤーまで、暇を持て余した猛者たちが集結したのだ。

 当然ながら出る気などなかった八幡だったが、〈西風の旅団〉の名を上げるのにちょうどいいと、ナズナによって強制的に出場させられてしまった。大会は職業(クラス)ごとの開催となっており、嬉々としてエントリーしたソウジロウと戦わなくてすんだのは幸いである。

 負けたらお仕置きだというナズナの一言にビビり上がった八幡は、予選を順調に勝ち上がる。そして迎えた本選でも二回戦で〈グランデール〉のウッドストック、準々決勝ではわざわざ〈北米サーバー〉から来たらしい奇妙なカエル男、準決勝では(放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)の先輩であったカズ彦と、強豪を立て続けに破ってついに決勝まで駒を進めた。

 そして決勝戦。〈西風の旅団〉のサブギルドマスターと〈シルバーソード〉のギルドマスターという組み合わせは、観衆を大いに盛り上げた。

 どちらも現在絶好調の戦闘系ギルドであり、ライバルと見られているギルド同士であったこと。これも確かに大きかったが、それ以上に場を盛り上げたのはその試合内容。

 双方が弓を主武器(メインウェポン)とした壮絶な射撃戦は、人気のビルドだけど安全な場所でボタンをポチポチを押してるだけのお手軽職、とどこか低く見られがちであった弓アサシンの地位を大いに引き上げ、それまで以上に弓アサシンの人口を増やす結果となった。

 

(まあ今顔を合わせても面倒なだけだから、このままやり過ごすけどな。つうかゲームの時ならともかく、実際に顔を突き合わせてしゃべるなんてマジ勘弁。あいつ怖いんだよな~。なんかこう〈エルダー・テイル〉に全力な感じっていうの?今もめっちゃ眉間に(しわ)が寄ってるし。……なにあいつ世紀末覇王なの?立ったまま大往生しちゃうの?っっ!?)

 

 一瞬、ウィリアムと目が逢った気がしたの八幡は、思わず木の陰へと身を隠した。

 現在の八幡は、〈ハイディングエントリー〉で他者からは完全に見えなくなっているはずだ。他人から見えることはないはずなのだが……。

 

(ぐ、偶然だよな?俺の考えたことに反応したわけじゃないよな?それともあれか。あいつもリアルじゃぼっちで、他人の視線に敏感とか?……いや、ねえな。あの規模のギルドのトップやってるくらいだ。リアルでもさぞかしイケメンで人気者の、葉山みたいな野郎に決まってる。……ああ~リア充爆発しねぇかな~)

 

 実のところ最初の想像はかなり正確に的を射ていたのだが、現時点での八幡には知る由もなかった。

 

「どうした。ウィリアム?」

 

「いや、なんでもねえよ。なんか俺のことをぼっちだとか考えてそうな、失礼な視線を感じた気がしただけだ」

 

「……やけに具体的な視線だな」

 

「と、とりあえずもう少し探索を続けるぞ。動かなければなにも分からん!!」

 

 遠ざかっていくウィリアムたちの声を聞きながら、八幡は考える。

 

(あいつがこの辺を動き回っているんだったら、おそらくベルの父親を襲った奴らはもうこの辺りにはいないだろうな。あいつ、多分そんな奴ら見つけたら締め上げるし)

 

 会う度に突っかかられたし、それなりに話す機会を多かった。だから、八幡はウィリアムの性格をそれなりには把握している。

 戦闘にしか興味がない、仲間だけいればいいなどと公言しているが、ウィリアムは弱い者いじめの(たぐい)が大っ嫌いのはずなのだ。自ら積極的に動くことはなくても、偶然遭遇すれば迷わず助けに入ることだろう。

 

(はぁ~。勢い込んで来たものの、こりゃ今日はマイハマに戻るかな。流石に全く場所の見当が付かないんじゃ探しようがないし)

 

 若干ではあるが日も陰り始めている。ゲーム時代ならばいざ知らず、現実の森の中で活動するには光源が心許ない。自分で何か灯りを用意すれば良いのかもしれないが、そんなことをすれば周囲に自分の居場所を喧伝する結果となるだけだ。

 今日のところは〈マイハマの都〉に引き上げる。そう結論を出した八幡は、魔法鞄(マジック・バック)から〈鷲獅子(グリフォン)の笛〉を取り出した。

 今日はまだマイハマからアキバの短い距離しか使用していないし、落ち始めているとはいえまだ日も出ている。すぐに〈マイハマの都〉へと戻れるだろう。

 そう考えながら八幡がグリフォンを呼び出そうと笛を口元へと宛がったその時。

 

『リンリンリンリン……』

 

 八幡の頭の中で、鈴の音が響いた。ゲーム時代にはよく、いや、まれに聞いていた音だ。

 

(これは……念話か?この世界でも使えるのか。久しぶりにこの音聞いたから一瞬なんだか分からんかったが。……うん。まあフレンドの人しかかけてこないから?俺をフレンド登録してくれてる奇特な方なんてほとんどいらっしゃいませんし?一応フレンド登録しておきます!!って言われたことは何度かあるけど、その人たちから念話かかってきたことなんてほとんどないし)

 

 ちなみに現実世界での八幡の携帯電話の着信履歴の最新十件は、全て比企ヶ谷小町(ひきがやこまち)の名前で埋め尽くされている。昨日〈エルダー・テイル〉へログインする前に気付いたその事実に、八幡は妹さえいればいい!という思いを新たにしたのだった。

 

(あれ?この世界に小町いなくねえ?妹さえいればいいって思ったのに、妹すらいないんだけど?……いかんいかん。んでこの念話はどんな暇人からかかってきてるんだ?)

 

 今日も今日とて自分の思考で精神にダメージを負った八幡だったが、誰かから念話がかかってきているという状況のおかげで昨日のようにはならなかった。もっともそれは

 

(え~となになに。っ!?…………イサミ、か)

 

 念話を掛けてきた相手の名前を確認するまでの、ほんの僅かな間でしかなかったが。

 イサミ。それは〈西風の旅団〉で八幡の指揮する三番隊に所属していた、〈武士〉(サムライ)少女の名前だった。

 彼女とは色々なことを話した気がする。〈西風の旅団〉のこと。〈放蕩者の茶会〉のこと。新選組のこと。八幡が好きなアニメのこと。イサミが好きな小説のこと。おそらくイサミは、奉仕部に入る前の八幡が、妹の小町を除いてもっともよくしゃべった女の子だった。

 だからイサミとドルチェに相談を持ち掛けられたあの時、八幡は迷うことなく動いた。イサミがどれだけ〈西風の旅団〉というギルドを大切に思っているかを知っていたから。こうすれば誰も傷付かずにすむ。そう思っていたから。

 しかし、あの時のやり方はきっと間違っていたのだろう。奉仕部に所属し色々なことに関わってきたこの一年足らず、そこで得た経験が八幡へと告げる。

 八幡がやったのは一時しのぎでしかなく、その後も〈西風の旅団〉が存続し続けられているのは、残ったメンバーたちの努力の結果でしかない。

 つまり八幡のしたことは責任の放棄をしただけで、八幡が辞めたことの責任をイサミに背負わせただけなのではないだろうか。いつでも前向きに〈エルダー・テイル〉を楽しんでいた彼女に、本来必要のない罪悪感を感じさせただけなのではないだろうか。

 だからこの世界でイサミたちを見かけたあの時、八幡はとっさに隠れたのだ。合わせる顔などあるわけがない。ギルドをかき回すだけかき回して全てを放り出してしまった自分が、一体どの面下げてあの三人の前に出られるというのか。

 八幡に出来たのは、こそこそと隠れて遠くから弓を放つだけ。他のプレイヤーから馬鹿にされている、弓アサシンのまさにそれだ。

 今かかってきているこの念話にも、一体どの面下げて出られるというのだろうか。この一年間、〈西風の旅団〉の連中に関わりたくないというだけの理由で、海外サーバーで活動していた自分に(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 それでも、八幡には念話に出るという選択肢しか残されていなかった。

 

『副長……』

 

 念話に出た八幡が初めに聞いたのは、今にも泣きだしそうなイサミの声。そう、この状況下で送られてくる念話が、単なる世間話であろうはずがないのだ。

 

『……どうした?』

 

 イサミへと問い返しながら、八幡は考える。イサミはなぜ自分に念話を掛けてきたのかと。

 先の読めない状況では、常に最悪を想定すること。茶会で〈大規模戦闘〉(レイド)に臨む際、シロエがよく口にしていた言葉だ。そして、八幡の頭の中にはすでにその状況が想定されていた。

 

『お願い!局長を、局長を助けて!!』

 

 この状況における最悪の事態、それは誰かが生命の危機に陥っていること。

 大神殿で復活することが出来るかどうか分からないこの世界で、誰かが死に掛けているかもしれない。そして、自分に念話を送ってきたのは、ソウジロウではなくイサミ。

 旅団のメンバーが、女が死に掛けるなどということを、あのソウジロウが許すはずがない。つまり誰かが死に掛けているとしたら、それは〈西風の旅団〉ギルドマスター、ソウジロウ・セタでしかありえない。

 イサミは語り始めた。この世界に来てからのことを。

 気が付いたら突然この世界にいたこと。ゴブリンと戦ったこと。〈西風の旅団〉のみんなと再会できたこと。〈大地人〉の少女と友達になったこと。その少女と二人で出掛けたこと。

 急いで伝えようと省略され、早口で告げられるそれは、時に理解できないことも含まれていたが、八幡はじっと黙って聞いていた。おそらく状況は切迫しているはずだ。もしかするとこの話を聞いている時間すら惜しいと思えるほどに。

 しかし、おそらくイサミにとってこれは必要なことなのだ。

 

『それで、ウチの〈会津兼定〉が壊れたところで局長が助けに来てくれて……』

 

 自分の責任でソウジロウが死に掛けているという、その事実をはっきりと伝えるために。

 確かに彼女はギルドホールへと逃げているのかもしれない。それでも、責任からは逃げたくないという意志。イサミの話から八幡が汲み取ったのは、一年前の自分が忘れていた、知らなかった感情だった。

 

『……どのあたりだ?セタが衛兵と戦ってるのは』

 

 あの時に自分が放棄した責任と、他人に背負わせた責任。自分の責任で生み出された仕事であるならば、放棄することは許されない。一年前にはなかった奉仕部員としての誇り。ここでその誇りすら捨てたら、もし元の世界に戻れたとしても雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)由比ヶ浜結衣(ゆいがはまゆい)、あの二人の前に堂々と立つことは出来ない。

 

『……副長。ごめんね。あの時も今日も、副長にばっかり色々押し付けて』

 

『……別に押し付けられているつもりなんかねえよ。俺は俺がそうしたいからやってるだけだ』

 

『でも……』

 

 そしてそれ以上に、イサミをこれ以上泣かせるわけにはいかない。

 一年前のあの時、自分が〈西風の旅団〉から抜けるのを、彼女は泣いてまで引き留めてくれた。たかが、自分ごときのことであれだったのだ。ソウジロウが死んでしまったら、彼女の悲しみはあんなものではすまないだろう。

 誰が悪かったのかなんてのは決めるのはあとだ。自分が逃げさえしなければ、これから先も話し合う機会は絶対にあるのだから。

 イサミからソウジロウの居場所を聞き出し、八幡は念話を切った。そして開いたのは、ほんのわずかな人数しか載っていない、自分のフレンドリスト。

 フレンドリストを開いて数秒で、八幡は目的の人物を見つけ出した。リストの名前が明るく光っていることを確認した八幡は、すぐにその人物へと念話を送る。

 長いコールの末に帰ってきたのは、眠そうな声。ゲームでは何度も聞いたことがある声だったが、親しく話したことなど一度もない。

 それでも、あの時と同じで、こいつならきっと乗ってくるだろう。そう思った八幡は、その眠そうな声の持ち主へと話しかけた。

 

『くりのん、お前に頼みがあるんだが……』

 

 

 

 

 

 どうにかくりのんの了承を得て、八幡は急いで帰還呪文(コール・オブ・ホーム)の詠唱を始める。

 詠唱に数分かかる、24時間に一回しか使用できない、となにかと制約の多いこの呪文だが、ここから〈アキバの街〉へと向かうよりははるかに速い。

 アキバの地図を頭に思い浮かべながら、八幡は詠唱の完了を待った。

 もしソウジロウが本当に死んでしまったら、今度こそ〈西風の旅団〉というギルドは終わってしまうだろう。だから、たとえどんな手を使ってもソウジロウを生き残らせる。そんな決意を固めながら、八幡は詠唱を続ける。

 そしてようやく長い詠唱が終わり、八幡の体は〈アキバの街〉へと転送された。

 

(しかし、くりのんの奴。寝ぼけてるにしても妙な感じだったな。ひさこがどうの睡眠薬がどうのとか……。あ、そういや昔ロデリックさんからもらった、レベル90モンスターでも眠らせるって睡眠薬、工房に置きっぱなしにしてたわ。……まあ、くりのんの話には関係ないだろうが)

 

 薬を置きっぱなしにしていた八幡が悪いのか、ひさこを襲おうとしたくりのんが悪かったのか。くりのんに薬を盛ったひさこが悪いのか、ひさこにアレな影響を与えてしまった八幡が悪いのか。

 このことについての話し合いが行われることは、(つい)ぞなかった。




というわけでツンデレエルフ登場&八幡とイサミの会話回……になるはずだったんですが、会話部分がめっさ短い件。これは、この状況で長々と会話させてるのはなんかアレだな~と思ってのものであって、決して会話が書けなかったからではありません。ワタシウソツカナイ(棒)

そして毎度おなじみ。雰囲気を台無しにするオチをぶっこんでみましたw反省する時期などとっくの昔に過ぎ去った。

まえがきにも記載しておりましたとおり、今回4万UA&お気に入り800突破しております。どうも三日間ほど日間ランキングに入ったり外れたりしていたようで、最高で16位に入っていたようです。読んでくださっている方全てに感謝を申し上げます。……ただ、バブル経済並のアレな気がしてなりませんがw

さて次回以降について。第二十話は早ければ5月3日、遅くて5月5日の投稿を予定しております。過去編・現代編で、八幡がなぜあんな行動をしたのか、その解答編となります。もっとも、過去編は俺ガイルを読んでいる方、現代編はログホラを読んでる方にはモロバレだとは思いますがwま、まあまだ第一章に爆弾は残ってるし(震え声)


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第二十話 どこまでも、比企谷八幡は変われない。 中編(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その9)

色々ごめんなさいな第二十話。本来後編のはずが、過去編があまりに長くなったため強引に分割。しかもこの第二十話だけで、なぜか文字数が一万文字を超えましたw……4000文字くらいで終わると思ってた過去の自分をぶん殴ってやりたい。

内容としましては、過去編オンリー。その解答編となっております。ほぼシリアスオンリー。説明くさい文章が多いので読みにくい可能性大ですが、ご容赦くださいませ。ついでにいうと、果たしてこの解決方法が八幡っぽいのかと、実際にやるとしてどうなのかは疑問の残るところ。

さて、どこまで語ったものなのか迷いますが、前回の描写についての捕捉などを。PvP大会のくだりにおいて、八幡強すぎじゃね?と思われた方は多いかと思います。ただ、これだけは宣言しておきますが、この作品は主人公最強系ではありません。そしてあの部分は、色々な話への伏線となっております。いつか伏線が回収されるその日まで、お待ちいただけますと幸いです。


 イサミから持ち込まれた相談に、八幡は頭を悩ませていた。

 女性同士のイザコザ、しかも恋愛がらみとなると、完全に自分の専門外の問題だからだ。

 しかし、イサミとドルチェに解決できないとなると、ソウジロウやナズナたちが復帰してくるまでに問題が解決することはないだろう。

 八幡が聞いた限りでも、問題は非常に逼迫(ひっぱく)している。感情論というのは、いつどこでどういう風に転がり始めるのか分からない。待つという選択肢は、八幡には非常にリスキーだと思えた。

 

(しかしどうする……。ギルドという箱にはもう穴が空いてしまっている。そして、それを修復する(すべ)を俺は知らない)

 

 伊達に生まれてこの方ぼっちだったわけではないのだ。ほとんどグループに所属したことのなかった八幡には、経験もなければ知識もなかった。

 持っているのは趣味の読書による知識と〈エルダー・テイル〉の知識。ぼっちとしての経験と〈エルダー・テイル〉の経験。それだけだ。その全てを動員しても、女性同士の不和を解決することは不可能だろう。

 関係の修復を図るには、基本的には話し合うという手段しか存在しない。殴り合うことで心が通じ合うなんていうのは一部の脳筋にのみ許されることであって、まさか女性ばかりの〈西風の旅団〉で試してみるわけにもいかない。

 そして、すでに話し合いで解決できる段階は過ぎ去っている。話し合いというのは、つまりは妥協点の探り合いだ。擦り合わせられる部分を探し、互いに納得のいく解答を導き出すというものでしかない。

 あらためて考えてみると一目瞭然だ。今回のこの問題には、妥協点が存在しない。

 レイドチームとそれ以外のメンバーとの間の、ソウジロウとの接触時間の格差。これを無くすには、レイドチームを定期的に入れ替えるか、レイドチーム以外のメンバーに対してソウジロウとの時間を別に与えるかの二択だ。

 そしてそれは、レイドチームから見れば一方的な譲歩であり、自らの実力で勝ち取った立場を捨てることでしかない。少なくとも、納得など出来ようはずがない。

 

(それにしてもマズったな。セタの奴から受けた相談にかまけてたせいで、気付かないうちにこんな状況にしちまった。……あれ?俺ってばこれ、ナズナさんがインしたら殺されるんじゃないの?)

 

 ソウジロウやナズナがこの場にいれば問題はなかったのだ。あの二人ならば、実際の立場としても精神的な立場としても、明確にその他のメンバーの上にいる。全員を強引にでも納得させることは可能だっただろう。

 (ひるがえ)って八幡はどうか。サブギルドマスターという立場は確かにある。しかし八幡には、メンバーたちとの信頼関係がほとんど存在しないのだ。

 レイドチームの面々はまだいい。〈大規模戦闘〉(レイド)の際には少なからず話しているし、半年ほど前までは自分が指揮を執っていたのだから。

 問題はレイドチーム以外のメンバーだ。彼女たちから見た八幡の立場はサブギルドマスターとしてのものでしかなく、しかもそれはソウジロウと知り合いだという理由から与えられたと思われている。

 訓練などには付き合っていたとはいえ、八幡からも特に積極的な働きかけをしてこなかった。つまり何の手も打てないこの状況は、八幡の不手際が一因であると言えなくもないのだ。

 

(とりあえずはセタの相談は置いておくとしてもどうしようもないな。……んっ?セタの相談!?)

 

 八幡がギルドの状態に全く気付かなかった理由。他のメンバーに対する興味が薄かったというのは確かにある。しかしそれ以上に大きかったのは、ソウジロウから持ち掛けられていたとある相談だった。

 

 

 

 

 

 〈西風の旅団〉のメンバーを見るだけでも明らかではあるが、ソウジロウ・セタには女性プレイヤーのファンが非常に多い。〈アキバの街〉を歩いている時に声を掛けられるなど日常茶飯事で、どこかに一緒に出掛けようと誘われることすら毎度のことである。

 その日もソウジロウはアキバを散策していた。ただしいつもと違ったのは、同行者が八幡だけだったという点だ。

 いつもギルドの女の子に取り囲まれているイメージしかないソウジロウだが、たまに八幡だけを誘って出掛けることがあった。八幡としては特に一緒に出掛けたいとも思わないし、更に言うなら八幡と二人で出掛けると告げられた時のメンバーたちの殺気の(こも)った視線が怖いので誘わないで欲しいまであるのだが、なぜか茶会時代からソウジロウの頼みを断れた試しがなかった。

 そんなわけでギルドの運営についてしゃべりながら《アキバの街》をそぞろ歩いていた二人だったが、そこへ八幡の全く知らない女性プレイヤーが話しかけてきたのだ。

 ソウジロウとへ女性プレイヤーが話しかけるのをぼけっとして聞いていた八幡だったが、要約すれば〈西風の旅団〉に入ってソウジロウと一緒にゲームをプレイしたいが、入団条件が厳しすぎて入れないのでなんとかしてくれないか?ということらしい。

 その場は笑顔で別れたのだが、再び歩き出したソウジロウからは明らかな困惑が感じられた。

 全ての女性に優しいというソウジロウの性質は、何か理由があってのものではない。それはソウジロウの在り方であり、ただ単にそういうモノだというだけだ。

 だからソウジロウは女性からの頼みを断ることが出来ない。そこに真剣さが感じられたのであれば特にだ。

 そして先ほどの女性プレイヤー、彼女は真剣であった。本当にソウジロウと一緒に〈エルダー・テイル〉を楽しみたいという意志が感じられたのだ。

 しかし、彼女の願いをそのまま聞き入れることはできない。どこまでいっても〈西風の旅団〉というギルドは戦闘系ギルドであり、その目標は〈大規模戦闘〉のクリアだ。

 世間一般に厳しいと言われる入団条件はそのために設定したものであり、そこは簡単に譲っていいものではない。

 少し前、入団条件を満たしていないカワラを〈西風の旅団〉に入団させた時も、内外から少なからず反発があった。幸いにもカワラの人柄もあってか今では受け入られているものの、八幡やナズナは安易な勧誘は控えるようにとソウジロウへと苦言を呈したものだ。

 それゆえソウジロウは困っているのだろう。女性のお願いは聞かなければならない。しかしそのお願いを聞くわけにはいかない。

 そして困ったソウジロウが相談するのは決まって八幡かナズナのどちらかであり、この場にいるのは八幡だけだ。八幡へとそのお鉢が回ってきたのは必然と言えた。付け加えて、八幡はソウジロウの頼みを断れない。八幡の仕事が増えるのは、この時点で確定していた。

 数日ほど考えた結果、ソウジロウから持ち掛けられた相談に対して八幡が出したのは、ソウジロウのファンクラブのような枠組みを作るということだった。

 流石にソウジロウのファンを無制限に〈西風の旅団〉へと入団させるわけにはいかないが、それとは別枠の組織を設立してしまえばどうであろうか。なにかしら定期的なイベントを行うことにより、彼女たちの不満は多少なりとも抑えられるかもしれない。

 しかしこの方法には大きな問題点がある。確実に上がるであろう、〈西風の旅団〉のメンバーからの不満の声だ。

 そのため大枠だけを考えてしまった後で、ナズナや沙姫(さき)(よみ)の三人に(はか)ろうと思っていた八幡だったが、その矢先にソウジロウを含めた四人がログインすることが出来なくなり、気付いた時には今回の状況へと陥ってしまっていたのだった。

 

 

 

 

 

 八幡は、先程までこの二つの問題(パズル)を完全に分けて考えていたが、しかしそれは間違いだったのだ。二つの問題(パズル)を混ぜ合わせて考えたとき、八幡は頭の中で無数のピースが組み合わさっていくのを感じた。

 

(この策にも問題点は多い。俺一人で行うには、時間も労働力も足りない。そして最後の部分。ここが一番難しい。その二つが最大の問題点だな)

 

 まず最初に解決すべきなのは人手の問題だ。策を実行するにあたり、最低もう一人は必要だろう。だが、一体誰を巻き込むか。

 真っ先に〈西風の旅団〉のメンバーは除外される。

 彼女たちにとってこの策は、あまりにもメリットがないからだ。苦労した挙句にもたらされるのは、ソウジロウと接する時間の減少である。おそらくイサミやドルチェであれば頼めば協力してくれるだろうが、他のメンバーの怒りを買う可能性があることを考えれば頼むわけにはいかないだろう。

 ではギルド外のプレイヤーはどうだろうか。一瞬考えたものの、八幡はすぐにそれをを却下する。

 ギルド外のプレイヤーに協力を頼むというのは、つまり今の〈西風の旅団〉の状況を、外部のプレイヤーに漏らすことに他ならない。有名ギルドである〈西風の旅団〉のこんなゴシップを、まさか広めるわけにはいかないだろう。……まあ最大の理由は、八幡にはギルド外の知り合いがほとんどいないという点ではあるのだが。

 

(あれ?早速手詰まりなんだけど?ぼっちは攻守最強だと思っていたんだが、まさか違ったの?……いやいやいや、今回の問題には偶然不向きだっただけだから!)

 

 全く候補者を思いつかないことにより八幡は自分の生き様にすら疑問を感じ始めていたが、ふとそこに一人のプレイヤーの名前が浮かんできた。

 ほとんどがソウジロウ目当てで集まっている〈西風の旅団〉のメンバーで、八幡を除いてほぼ唯一ソウジロウが目当てではない人物。彼女なら、もしかすると利害が一致するのではないだろうか。

 ほとんどの旅団メンバーをフレンドリストに登録していない八幡だったが、幸いなことに同じ三番隊に所属している彼女の名前は登録されていた。その名前がログインしているのを示して白く光っているのを確認した八幡は、滅多に使うことのない念話機能を久しぶりに使用して彼女を呼び出すのだった。

 

 

 

 

 

 八幡が念話を送った三十分後、彼女はようやく八幡が使うサブギルドマスターの部屋へとやって来た。

 

「んで?なんの用だよ、ヒキ野郎」

 

 彼女から発せられたのは質問と罵声。男に呼び出されたという事実が(しゃく)に障るのか、機嫌はかなり悪いようだ。

 

「お、おう。なんで本名も知らないはずなのに、俺の中学でのあだ名の一つを知ってるんだよ……。ま、まあいい。ちょっとお前に頼みたいことがあるんだよ、くりのん」

 

 呼び出しただけで特大のダメージを受けた八幡だったが、どうにか気を取り直してくりのんへと話しかける。……リアルに少し涙目になってはいたが。

 

「面倒くさいから断る。じゃあな、こっちは女の子と遊ぶのに忙しいから行くぞ」

 

 しかし勇気を振り絞っての八幡の言葉に、くりのんは一切の考慮をすることもなく背を向ける。そしてそのまま部屋を出ていこうとするが

 

「待て!これはお前の損になる話じゃないはずだ。むしろプラスになると思うんだが……」

 

 その背中に掛けられた八幡の言葉は、くりのんにとって考慮するに値したらしい。くりのんは歩みを止め、八幡の方へと向き直った。

 

「……少しの時間だったら聞いてやってもいいぞ。ただし、本当に私の利益になる話だったらな」

 

 予想通りの反応に、八幡はモニターの前でほくそ笑む。

 普段から見せているように、良くも悪くもくりのんというプレイヤーは欲望に忠実なのだ。女の子へのセクハラに消費されているそのエネルギーを、目の前の問題へと振り向けられたら。八幡の策の成功率は跳ね上がるだろう。

 

「分かってる。じゃあお前も気付いていると思うが、今のギルドの状況から説明するぞ」

 

 八幡はくりのんへと語り始めた。〈西風の旅団〉が現在置かれている状況、それに対する自分の分析。そして、自分が考えた作戦について。

 初めは面倒くさそうに聞いていたくりのんだったが、話が進むうちに真剣な様子へと変わり、不明点や疑問点には質問さえ差し挟んでくるようになった。

 

(これは……。くりのんの奴、思ってたよりもずっと頭がいいな。ヒーラーとしての腕は一級品だし、プレイヤーとしては優秀だとは思っていたが、こいつに話を持ち掛けたのは大正解だったかもしれんな)

 

 八幡の頭の中で、くりのんの評価が変態→優秀な変態ヒーラーへとランクアップした。

 ようやく策を最後まで語り終えた八幡に、すかさずくりのんからの質問が飛んでくる。

 

「その策自体は問題なさそうだし私の利益にもなりそうだけど、最後に一つだけ質問があるんだが……」

 

 くりのんのその質問は、先程まで八幡が悩んでいた部分だった。しかし

 

「それについては俺に考えがある。任せておいてくれ」

 

 すでに八幡には一つの案が浮かんでいた。後は八幡自身にその覚悟があるかどうか、それだけが問題なのだ。

 

「ふん。まあそう言うんだったら、アンタに任せた。じゃあ急いだ方がいいみたいだし、私は今から作業に移るぞ。……あっと、さっき最後の質問だって言っちまったが、やっぱりもう一つだけ質問いいか?」

 

 明確な承諾の返事はなかったものの、どうやらくりのんは手伝ってくれる気になったようだ。すぐにでも作業に移ろうとしていたようだが、思い出したように八幡へと最後の質問をしてくる。

 

「なんだよ?」

 

 自分の作戦に対する疑問かもしれないのだ。八幡には、その質問を断るという選択肢は存在しなかった。

 

「……アンタ、本当に中学生か?とてもじゃないがそうは思えないんだけど」

 

 しかし飛んできたのは、作戦にはまるで関係ない質問。八幡は一瞬なんと答えたものか悩んだが、特に隠すことでもないと素直に答える。

 

「……いや、今は高校一年生だ。今年の四月からだから、もう何か月も経ってる」

 

 八幡の返したその言葉は、なぜかくりのんの笑いのツボを刺激したらしい。ヘッドホンを通じて響き渡る爆笑に八幡は苦い顔をするが、くりのんはしばらくの間笑い続けた。

 ひとしきり笑ったことで満足したのか、ようやく笑うのをやめたくりのんは、去り際に八幡へと一つの言葉を残していった。お前みたいな高校生がいてたまるか、と。

 

 

 

 

 

 そこからは時間との戦いだった。〈西風の旅団〉が分解してしまうその前に、いつ訪れるか分からないその時に対して先回りするために、八幡とくりのんは必死で作業を進めた。

 幸いだったのは、ファンクラブを設立するというその作業が、八幡の手により事前に進められていた点だ。八幡とくりのんの二人の間で更に調整を行った結果、奇跡的なことに翌日には準備が整っていた。

 ついに作戦は決行された。

 F.O.E(フシミオンラインエンタテインメント)が運営する〈ヤマトサーバー〉の掲示板に

 

【ソウジロウ・セタファンクラブ、メンバー募集中】

 

 というスレッドが立ったのを確認した八幡は、自分の行っている作業を一気に進めた。そしてスレッドが立ってから一時間後に、八幡の手によって〈西風の旅団〉のホームページへと同様の内容が掲載される。

 この時間差での公開も、八幡の作戦の一つである。

 最初に真偽不明のスレッドを立ち上げることにより悪い方向でもいいので話題を呼び、その後から〈西風の旅団〉のホームページという、これ以上ないほど信頼度の高い媒体でも情報を公開する。これにより怪しげなスレッドも一気に信用できるものへと早変わりだ。

 一気に反転したソレは、同時に公開していた場合に得られていたであろう評価を飛び越え、掲示板内で一種のブームを巻き起こす。そしてその情報は掲示板を利用しているプレイヤーだけに留まらず、あらゆる情報ツールにより拡散された。

 その動きに合わせてソウジロウ・セタファンクラブへの加入希望者は加速度的に増え、募集開始から半日で三ケタに、三日後には三百人に迫りつつあった。

 そんなファンクラブへの加入希望者への対応をくりのんに任せ、八幡は作戦を次の段階へと移行させる。

 ソウジロウたちが戻ってきたときに、全員の成長した姿を見せる。八幡が打ち出したそんなお題目の元、数日の間、〈西風の旅団〉ではかなり過密な訓練を行っていた。

 しかしその本当の目的は二つ。一つは、ギルドメンバーたちの時間を奪うことで、ファンクラブ設立への対応を遅らせること。そして二つ目は……

 

「違う!そこは引くところだろうが!!……下手くそ!避けられる攻撃はちゃんと避けろ!無駄にヒーラーへの負担を増やすんじゃない!!」

 

 メンバーのヘイトを自分へと集めること。これにも更に二つの意味がある。一時的に八幡がヘイトを集めることにより、メンバー間の衝突を少しでも減らすこと。そして……。

 とりあえずは作戦が功を奏しているらしいのは、毎日のように八幡の元へと報告にくるイサミのおかげで把握できていた。メンバー同士での喧嘩は減り、今は八幡への悪口合戦で盛り上がっているらしい。

 大丈夫なのかと心配してくるイサミをなだめ、八幡は作戦を最終段階に移行させる。なにせそのために、調べれば八幡が犯人だと分かるよう(・・・・・・・・・・・・)に立ち回ったのだ。

 一週間ぶりにソウジロウとナズナがログインしたときには、すでに全ては終わっていたと言ってよかった。

 二人からの呼び出しを予期していた八幡は、すぐにギルドマスターの部屋を訪れた。そこから始まったのは、八幡の、〈西風の旅団〉のサブギルドマスターとしての最後の仕事。ソウジロウとナズナからの質問に全て答え、そして説き伏せるという、大仕事だった。

 とは言ってもそれはもうすでに決着の見えている口論だった。

 ソウジロウとナズナはその場にいなかった自分たちに責任があると考えているようだが、その場に居なかったために防げなかった者と、その場に居合わせたのに防げなかった者では、圧倒的に後者の責任の方が重いだろう。そして八幡により導かれ、すでに問題の解は出てしまっている。

 あとは八幡がソウジロウの頼みを跳ね除けられるか、問題はそれだけだ。

 八幡とソウジロウの話し合いは長時間に及んだが、ソウジロウの隣でその様子を眺めているナズナは、すでにどこか諦めたような雰囲気を出していた。流石に茶会時代からの付き合いだけであって、八幡の考えを把握しているらしい。そして、その決意が変わらないということも。

 最終的にソウジロウを黙り込ませたのは、ギルド結成時に二人が交わした約束だった。

 自分が辞めたいと思ったときは好きに辞めさせること。そして、例え誰が敵であったとしても(・・・・・・・・・・・・・)仲間を守ること。

 いつかこういう日が訪れるかもしれないと思っていた。だから、最初に約束した時から敵として想定していたのは八幡自身のことだった。ただ、それが訪れたのは八幡が思っていたよりも早かったのか遅かったのか、八幡にもすでに分からなくなっていた。そして、ぼっち(ソロ)に戻れることが、嬉しいのか悲しいのかも。

 とりあえず言えるのは、その日、〈西風の旅団〉からサブギルドマスターの肩書を持つ〈暗殺者〉(アサシン)が消えたという、ただそれだけのことだった。

 

 

 

 

 

「よしっ!」

 

 ようやく自分が使っていた部屋を片付け終わり、八幡は一息を()いた。サブ職業である〈専業主婦〉のスキルのおかげもあり、部屋にはもう何も残っていない。

 たったの一年間であったが、この部屋では色々なことがあった気がする。イサミと新選組談義をしたり、ドルチェと料理についての豆知識を教えてもらったり、ひさこの黒さにドン引いたり、カワラに決闘を挑まれたり。

 騒がしい、煩わしいと感じることも多かったが、八幡にとってその日々は悪くはなかった……と思う。今まで友達などいなかったけれど、もしいたらこんな風だったのかもしれないと感じる程度には。

 その時、扉からノックの音が響いた。物は片付いたとはいえ、いまだシステム的には八幡の部屋である。どうやら誰かがこの部屋への入室許可を求めているらしい。

 

「どうぞ!」

 

 ソウジロウかナズナかイサミか。そんなメンツを想像していた八幡は、入ってきたプレイヤーを見て驚いた。

 

「よう」

 

 どういう風の吹き回しなのか、そこに立っていたのがくりのんだったからだ。

 

「どうしたんだ?お前、俺がギルドを辞めるからって挨拶にくるようなキャラじゃないだろ」

 

 そう。今回くりのんに協力を持ち掛けたのは、あくまでも利害が一致したからというだけだ。少なくとも、挨拶を交わすような間柄にはなっていないはずだった。

 

「いや、大したことじゃねえよ。ちょっとアンタに伝えておきたいことがあってな」

 

 そう答えるくりのんの声はいつになく真面目な調子であり、八幡はくりのんへ続きを促した。

 

「まずは今回のアンタの策についてだ。ギルドという箱が壊れてしまった。そして短期間での修復は不可能。そう判断したアンタは、ギルドという箱をファンクラブというより大きな箱で覆うことにした。私に話を持ち掛けたのは、ファンクラブが設立されればあのウジ野郎の周りに女の子が増えるから。つまりアイツの周りに集まる女の子目当ての私にとって、それは大きなメリットとなるからだ。ここまではアンタ自身が私に話したことだ。間違いないな?」

 

「……ああ」

 

 相当に要約されているものの、間違っている部分は存在しない。八幡は、くりのんに肯定の返事を返した。

 

「しかし、一度不和になってしまったメンバーをどうやって再結束させるのか。そして、ファンクラブのメンバーとして入ってきた女の子への敵意を、どうやって逸らすのか。その疑問に、アンタははっきり答えなかった。私はどうするのかと不思議に思っていたが、アンタは自信満々の様子だったから任せることにした」

 

 やはりくりのんというプレイヤーは、八幡が思っていた以上に優秀なようだ。こちらが進んでほしくない方向へ、理路整然と話を進めていってくれる。

 ついに無言になった八幡をよそに、くりのんは話を続ける。

 

「アンタが話さなかった最後の策はこうだ。メンバー同士に向いていた敵意を、自分だけに集中させること。訓練に出かけた先では下手だ糞だと仲間を(ののし)り、ファンクラブ設立の仕掛け人は自分だと分かるようにわざと証拠を残す。『民衆を纏め上げる最高の指導者、それは敵である』だっけか?しかも相手はあの〈西風の旅団〉のサブギルドマスター。肩書だけだけ見れば大物だ。……まあ実態はコミュ障なヒキ野郎だけどな」

 

 ほっとけ!と心の中で毒づきながらも、八幡は自分が追いつめられているのを感じていた。話はまだ終わりそうにない。つまりは最後の部分まで見抜かれているということだ。

 

「ただ、それだけなら他に敵を設定してもなんとかなったはずだ。とりあえずの時間さえ稼げば、ウジ野郎とナズナちゃんたちがログインしてくる可能性が高かったわけだしな」

 

 くりのんの言う通り、何も八幡自身を敵として設定する必要はなかった。……ただし、その場を治めるだけで良ければの話ではあるが。

 

「じゃあなぜそうしなかったのか。それは、ウジ野郎とナズナちゃん、沙姫(さき)ちゃん、(よみ)ちゃんを守るためだ。あんなことがあった時にその場にいなかった。その事実は、責任を押し付けるには十分な理由になるからな。だから、アンタは自分自身を敵として設定したんだ。サブギルドマスターという立場を利用してギルドをかき回した、裏切り者としてな」

 

 たしかに、今回の一件で真実に一番近い位置にいたのはくりのんだっただろう。しかし、まさかここまで完全に自分の思考が読まれるとは、八幡は考えていなかった。無駄な抵抗と分かっていながらも、八幡は最後の抵抗を試みる。

 

「……単に、俺がこれを理由にギルドを抜けたかっただけかもしれないだろ」

 

 しかしなんとか絞り出したその言葉は

 

「それはない。本当にそれが理由だったら、私に隠す必要がなかったはずだからな。ついでにいうと、私に加入者への対応を全て押し付けてたのも、出来るだけ私をゲームから遠ざけて、真相を悟られないようにするためだろ?」

 

 くりのんによってあっさりと粉砕された。ようやく観念した八幡は、頭の中で白旗を上げる。

 

「……はあ。他の奴らには言うなよ。特にイサミあたりにはな」

 

 八幡が出来ることは、もう口止めしか残っていなかった。こんなことを、イサミみたいな真面目っ娘が聞けばどういう反応を示すか。あまり想像したくない未来だった。

 

「はっ!言うわけないだろ。アンタは、サブギルドマスターという立場を使って、サブギルドマスターのするべき仕事をしたんだからな。仲間を守るという、一番大切な仕事をな。それを台無しにするようなことは、絶対にしない」

 

 誰も八幡を肯定してくれなかった。ソウジロウは八幡のやり方を否定したし、ナズナは単に諦めていただけだ。

 そんな中で、自分のやったことを理解してくれている人間がいるというのは、八幡にとっては嬉しかった。八幡はこのとき初めて、くりのんともっと話しておくべきだったと思った。

 ただ変態だからと遠巻きにするのではなく仲間として接していれば、きっと彼女は〈西風の旅団〉というギルドにとって大きな存在となっていただろう。……まあ変態行為は勘弁して欲しいところではあるが。

 

「だから今回のこの件は借りだ。私が所属している、女の子にチョメチョメ出来る大切なギルドを守ってくれた、アンタに対しての大きな借りだ。いつか返してやるから、何かあったら私に行ってこいや。大体のことは聞いてやるから」

 

 ちょっと自分がいなくなった後が心配になるセリフが混ざっていたものの、八幡はくりのんへとお礼を告げて別れた。

 それからの一年間、高校と〈エルダー・テイル〉の双方で色々なことがあったものの、八幡はこの時のことを忘れることはなかった。

 だから、イサミに助けを求められた時に真っ先に浮かんだのはくりのんの名前。

 ソウジロウの元へと向かう道中で合流した二人は、言葉を交わす暇も惜しんでひた走った。〈西風の旅団〉というギルドを守るためには、ここでソウジロウを死なせるわけにはいかない。

 そしてたどり着いたその先で、衛兵に斬り倒されそうなソウジロウを見つけた八幡は

 

「〈ステルスブレイド〉!」

 

 迷うことなく衛兵の背中へと刀を振り下ろした。




なぜかくりのんが格好良くなってしまった第二十話でした。……というか男に対するくりのんの口調ってこんなんで良いのでしょうか?ソウジロウと喋ってるシーンしかなくてよくわからないwいつの日か人知れず修正される可能性が微レ存です。

今回の解決方法ですが、強引な部分もありますがこれが今の僕の限界一杯です。八幡っぽくはなってるつもりですが、これどうなんだろう。しかしもうこれ以上何も出てこない……。

さて、ここからは次回以降の予定について。第二十一話となります後編は、おそらく5月9日の投稿となります。ちょっとゴールデンウィークで帰省しないとなので、しばらくネットから隔離されるんですwお待ちいただけますと幸いです。


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第二十一話 どこまでも、比企谷八幡は変われない。 後編

なんとか書き上がった第二十一話。ようやくこの話を思いついた時に、一番最初に浮かんだシーンまでたどり着きました。

そしてお気に入りが900を突破いたしました。まだまだ書き進めていくつもりですので、これからもよろしくお願いいたします。

今回も基本は八幡視点。最後の部分だけ他者視点が入ります。時系列としては、第十七話と第十八話の続きとなります。ちなみに戦闘シーン多めですが、上手く書けている気はしないw文字数は7500文字ほどなので、ちょっと多いくらいに収まっております。


「さって、どうするよ?セタ」

 

 いまだ立ち上がってこない衛兵を見やりながら、八幡はソウジロウへと声をかける。

 ソウジロウと直に顔を合わせたのは茶会のオフ会以来、つまりは二年以上ぶりだ。……もっともその時は現実世界だったわけで、生来のコミュ障も手伝ってあまりしゃべることが出来なかったのだが。

 

「いつもどおりで行きましょう」

 

 しかしソウジロウから返って来たのは、その二年間と〈西風の旅団〉を脱退してからの一年間、どちらも全く感じさせないものだった。

 いつもどおりに、ソウジロウが防いで八幡が攻める。戦士職と武器攻撃職という、それぞれの役割(ロール)に忠実な役割分担。ナズナをして茶会最強と言わしめたコンビネーションプレイ。

 それは空白の期間など関係ないという、ソウジロウの宣言でもあった。

 

「……了解」

 

 だから八幡は、ただソウジロウへと承諾の返事を返し、その手に刀を握った。

 たしかにあの時の自分は逃げたかもしれない。しかしそんなことは、ソウジロウにとっては関係ないのだろう。であるならば、今の自分に出来るのは目の前の衛兵()を倒すだけだ。

 

「……HPの管理は私がどうにかしてやる。後は八幡とウジ野郎、お前ら二人がどうにかしやがれ」

 

 そこへ声を掛けてきたのはくりのんだった。面倒くさそうな表情と口調ながらも、彼女もすでに準備は完了しているようだ。

 

「……くりのんさんって、八幡と仲良かったんでしたっけ?」

 

 くりのんの姿にソウジロウは驚いているようだが、無理もない。くりのんが八幡やソウジロウに回復を行うなど、ほとんど記憶にないことだ。

 

「はっ、ちょっとこいつには借りがあってな。そんだけだ。……来るぞ!!」

 

 話を強引に打ち切ったくりのんは、後ろへと飛び退(すさ)って距離を取る。その視線の先には、大剣を構えなおした衛兵(死神)の姿があった。

 

「んじゃまあちょっくらやるか」

 

 しかしその姿を認めてなお、八幡の心は落ち着いていた。

 ゲーム時代の常識で考えれば勝てるわけがない。それどころか自分たちは、この世界の生身での戦闘にすらまだ習熟していない。それでも

 

「ええ。行きましょうか。……〈西風の旅団〉ギルドマスター、ソウジロウ・セタ。推して参ります!!」

 

 ソウジロウとの二人なら、どんな敵にも負けない。そんな気がしたから。

 先手を取って仕掛けてきたのは衛兵側からだった。

 なにせこちらは、イサミたちが逃げ切るまでの時間稼ぎが目的だ。積極的に攻勢に出る必要がない。

 自らへと真っ向から振り下ろされた大剣を、ソウジロウは軽く身を捻るだけで回避する。衛兵が態勢を整えなおす間もなく、次の瞬間には八幡の〈アクセルファング〉が衛兵へと直撃していた。

 軽くよろめく衛兵だったが、すぐに大剣を構えなおす。向けられた視線から、八幡は自分にも衛兵の敵意が向いたのを感じた。

 

(さって。これで逃げるって選択肢もなくなったか)

 

 だが、それは狙い通りでもある。もしソウジロウがやられてしまってもすぐにイサミへと衛兵の手が及ばないように、八幡はイサミ以上に衛兵のヘイトを稼がなければならないのだから。

 

(それに……。ちっ!)

 

 八幡の思考は、横薙ぎに飛んできた衛兵の攻撃に中断を余儀なくされる。

 八幡とソウジロウの双方を巻き込むように振るわれたその一撃を、八幡は後ろへと大きく跳ぶことで回避した。

 より近い位置にいたソウジロウはとっさにしゃがみ込むことで避けたようだが、態勢を崩されてしまっている。その隙を見逃さずにソウジロウへ向かって叩き付けられた一撃に、八幡はとっさに飛び込み、大剣を横から刀で殴りつけることによって強引に逸らす。

 

「すみません!」

 

「いい。それより集中しろ!」

 

 ふざけた強さだ。自分の腕に強烈な痺れを感じながら、八幡は心の中で毒づく。同時に、これを先程まで一人で避け続けていたというソウジロウにも驚愕する。

 たった今攻撃をもらいそうになったのは、八幡が合流したことによる一瞬の気のゆるみ、それに加えて八幡をカバーしなければならないという思いのせいだろう。

 ソウジロウの表情が引き締まるのを見て、八幡は自分も気合を入れ直す。

 次の斬撃は斜め上からだった。しかしその斬撃をソウジロウはあらかじめ予測していたかのような動きでかわし、その流れのままに衛兵へと斬撃を加えた。さらにそこへ、八幡が投擲したナイフが襲い掛かる。

 

「〈アトルフィブレイク〉!」

 

 相手の神経節を狙い打ちにするこの特技は、数秒間の麻痺と移動速度を低下させる追加効果の二つを併せ持つ。本来遠距離タイプの〈暗殺者〉(アサシン)が相手との距離を保つのに利用する特技だが、近接戦においても一瞬の動きの遅れを生み出すことが出来る。紙一重の攻防が続くこの状況では効果的だろう。

 そこからの戦況はは戦前の予想に反し、八幡たちの方へと傾いていった。

 先程よりも鈍くなった衛兵の攻撃を、完全に見切ってかわすソウジロウ。ソウジロウが作り出した隙に、的確に攻撃を叩き込む八幡。まれにかすめた攻撃で減ったHPは、くりのんの施した(反応起動回復〉(リアクティブヒール)で瞬時に回復する。

 衛兵の突出した攻撃力も、当たらなければ意味を持たない。

 三人の〈冒険者〉の前に、無敵かと思われた衛兵は苦境に立たされ、無限かと思われたそのHPは徐々に減少し始めていた。

 

(((勝てる!)))

 

 誰も声には出さなかったが、三人の間にその確信が広がる。しかしそれと同時に、八幡は何かが心に引っ掛かるのを感じていた。

 

(……なんだ?俺は何かを忘れている?)

 

 思考が逸れたせいで、八幡の思考が一瞬鈍る。そして押されているとはいえ、衛兵はそんな隙を見逃すほどには甘くはなかった。

 

(しまった!?)

 

 気付いた時には八幡の眼前に衛兵の大剣が迫っており、すでにそれは回避不可能であった。

 

「八幡!!」

 

 だがその攻撃は、済んでのところで割り込んだソウジロウによって受け止められ、八幡の鼻先で停止する。目の前でギリギリと音と火花を飛ばす刀と大剣に我に返った八幡は、あわてて衛兵へと一撃を見舞った。

 

「すまん!」

 

 衛兵から距離を取りながら、八幡はソウジロウへ謝罪する。今の一撃、ソウジロウが割って入らなければ、もしかすると八幡は死んでいたかもしれない。先程自分が集中しろと言ったはずなのに、なんという体たらくだろう。

 

「いえ。それよりこのまま押し切りますよ、八幡!」

 

 そのソウジロウの一言を聞き、八幡は開き直った。衛兵の攻撃はソウジロウが何とかしてくれる。自分は自分の役目を、敵を倒すという〈暗殺者〉の本分を果たそうと。

 ここから戦況はさらに大きく傾いた。自分へ向かってくる攻撃を一切気にせず攻め続ける八幡と、自分への攻撃と八幡への攻撃を的確に捌いていくソウジロウのコンビネーション。

 時にソウジロウのヘイト値を抜きかねないほどの勢いで繰り出される八幡の攻撃に、先程までの倍近いペースで衛兵のHPが減り始めていた。

 それに加えて、衛兵からの攻撃もほとんど当たらない。避けて、逸らして、受け止める。敵の行動を先読みでもしているかのようなソウジロウの動きは、衛兵を完全に凌駕していた。

 

「〈(みそ)ぎの障壁〉!」

 

 さらにそこへ、ナズナが合流したようだ。自らの周りに展開された水色の障壁で、八幡はそのことに気付く。

 ちらりと視線を送ってみたものの、何かくりのんと揉めているようだ。……まあ、くりのんが女性プレイヤーと揉めるのなど、元〈西風の旅団〉の身としてはよくある事でしかないが。

 

「〈一刀両断〉!!」

 

 八幡の攻撃で出来た隙に叩き込まれるソウジロウの一撃。〈武士〉(サムライ)の特技の中でも最高の攻撃力を誇るそれは、再び衛兵を壁へと叩き付けた。

 

「ナズナさんが来てくれたみたいだな」

 

「ええ。おそらくドルチェが呼んでくれたんでしょう」

 

 わずかに出来た時間に、八幡とソウジロウは一息つく。

 

(ドルチェさん、あいかわらずそつがないな。イサミを連れ帰ってるみたいだが、もうそろそろギルドホールに着いたころか?)

 

 衛兵への警戒はそのままに、八幡は軽く状況を再確認する。

 このままのペースで進めば、おそらくあと数分で衛兵を倒すことが出来るだろう。くりのんの〈反応起動回復〉にナズナの〈禊の障壁〉が加わった現状、多少の被弾すら許容範囲となった。加えてHP・MPともに残量は十分だ。つまり状況がこのまま推移すれば、自分たちの勝利は確実。

 そのはずなのに、八幡の頭には先程から何かが引っ掛かっていた。絶対に見逃してはいけないはずの、重要な何かを忘れているような感覚が。

 

「どしたん、ドルチェ?」

 

 そこに響いてきたのは、能天気なナズナの声。どうやらドルチェからの念話のようだ。

 イサミとサラを無事ギルドホールへと連れ帰ったというその内容に、念話を受けていたナズナとその横にいたくりのん、そしてソウジロウがほっと息をつくのが見えた。

 

(これでイサミの奴は大丈夫だな。……しかしサラってのは誰だっけか?)

 

 八幡もイサミの無事に安堵を覚えるが、もう一方の名前はピンと来なかった。

 

(いや、さっきイサミが言ってたホール掃除の〈大地人〉の名前か。あれ?俺ってばゲーム時代にあの娘に散々愚痴を聞かせちゃったけど、まさか覚えてないよね?……ん?〈大地人〉?)

 

 その時八幡の頭の中で、欠けていたパズルのピースが集まった。

 ゲームではなくなったこの世界。現実になった〈冒険者〉(自分たち)の肉体。〈チョウシの街〉で出会った〈大地人〉の少女・ベル。死んだらそのままかもしれないという状況。目の前の衛兵。その衛兵を倒さんとする自分たち。

 

(…………目の前のこの衛兵。倒してしまったら、殺してしまったらどうなる(・・・・・・・・・・・・)?俺たち〈冒険者〉にはまだ大神殿で復活できる可能性がある。確実ではないが、その可能性が。でも衛兵には、〈大地人〉にはそんな可能性があるのか!?)

 

 組み上げられたその事実に、八幡は愕然とする。

 ゲーム気分などとっくに捨てたつもりだった。もうこの世界は現実だと、ちゃんと認識していたつもりだったのだ。

 

(そのはずが、今の状況は何だ?勝てる?倒せるだと!?目の前のコイツは、ただ自分の職務を忠実に守ろうとしているだけなのに。もしかするとベルの親父みたいに、誰かの父親かもしれないのに。今の俺たちは、そんなことを一切考慮せずにコイツを殺そうとしていた……)

 

 自衛のためだと言い張ることは出来る。一時的に自分の心を納得させることは出来るだろう。しかし、殺した相手の家族から向けられる敵意に、果たして自分たちは耐えられるだろうか。

 自分やソウジロウ、ナズナにくりのんは割り切れるだろう。自分のため、ギルドのため、仲間のためと、己の感情に蓋をして過ごしていくことも不可能ではない。

 だが、あの優しい少女が、イサミがその事実に気付いた時、彼女はその事実に耐えられえるだろうか?自分が原因で起こった争いで、誰かを、誰かの家族を死なせてしまったという事実に。

 

(だったらどうする?俺はどうすればいい?)

 

 目の前では、ゆっくりとではあるが衛兵が起き上がりつつある。何か手を打つのであれば、今しかないだろう。

 何を優先して何を後回しにするか。何を守って何を捨てるか。

 

(はっ!こんな世界に来ても、結局俺に思いつくのなんてこんな方法だけか……)

 

 そうして最後に残った考えに、八幡は自嘲の笑みを浮かべる。奉仕部員として過ごした一年間で、自分は確かに変われたと思っていた。ただ自分を犠牲にするのではなく、他者に助けを求めることも出来るようになったと。

 八幡は静かに武器を構える。

 

(結局俺は、あの時から全く変われていないんだな……)

 

 そして悔恨と覚悟の二つが込められた一撃は

 

「〈パラライジング・ブロウ〉!」

 

 無防備なソウジロウの背中へと振り下ろされた。

 

「な、なぜ……八幡……?」

 

 麻痺効果のある攻撃を喰らいその場に崩れ落ちるソウジロウを尻目に、八幡は返す刀で衛兵へと〈アサシネイト〉を放つ。立ち上がったばかりのところに振るわれたその一撃は、三度衛兵を吹き飛ばし、壁へと叩き付けた。

 

「ナズナさん!!」

 

 そして八幡は、少し離れた位置にいるナズナへと声を掛けた。

 

「八幡……アンタ……」

 

 もっともナズナはそれを察していたらしく、すでにソウジロウの近くまでやってきていた。

 

「セタの奴をたのんます。……ギルドホールに戻るまでの時間くらいだったら、俺がなんとかしますから」

 

「……わかったよ」

 

 八幡の言葉に、ナズナは何も言い返すことなく頷いた。

 

「ダ、ダメです……八幡……」

 

 しかし事情を全く把握できていないソウジロウは、当然納得できるはずもない。麻痺した体を必死に動かそうとしている。

 〈パラライジング・ブロウ〉による麻痺効果は、ナズナがソウジロウをギルドホールまで連れ帰るまではおそらくもたないだろう。いっそ縛り上げるかとも考えた八幡だったが

 

「もう面倒くさいから、ウジ野郎。お前はこれでも飲みやがれ!!」

 

 ナズナと一緒に寄って来ていたくりのんが、魔法鞄(マジックバック)から取り出したビンの飲み口をソウジロウの口へと捻じ込んだ。

 しばらく抵抗するように手足を動かしていたソウジロウだったが、ほんの数秒で完全に脱力し、寝息すら立てはじめた。

 

「……おい、くりのん。今セタの奴に飲ませたの、何?」

 

 あまりの効き目にドン引きした八幡は、思わず状況を忘れてくりのんに質問する。さらに言うなら、くりのんの持っているビンになんとなく見覚えがあるような気もしていた。

 

「ん~、これ?〈スノー・ホワイトの眠り薬〉とかっていう奴。なんかひさこちゃんにもらったんだよね~」

 

 実のところもらったどころか盛られたのだが、八幡はそんなことを知る由もなかった。それよりも重要なのは……

 

(やっぱりこの薬、昔俺がロデリックさんにもらった奴じゃねぇか!あの人、こんな危険なブツを平然と渡しやがって!!)

 

 ゲーム時代であれば睡眠のバッドステータスを与えるだけだったアイテムも、この世界では危険な睡眠薬へと早変わりである。願わくばこれが犯罪的な行為に使われないようにと、八幡は祈るばかりであった。

 

「っと。流石にもう起き上がって来たか。……じゃあ、ナズナさん。あとはよろしく」

 

 〈アサシネイト〉(とっておきの一撃)がクリティカルヒットしたはずなのに、やはり衛兵の耐久力は並ではないようだ。すでに自らが埋もれていた瓦礫からは抜け出し、立ち上がろうとしていた。

 

「……八幡。死ぬんじゃないよ!」

 

 ナズナは自分の持つあらゆる防御魔法を八幡へと投射しつつ、ソウジロウを背負った。

 

「……それはちょっと無理ゲーじゃないですかね?」

 

 そう答えながら八幡は、刀を構える。

 先程まではほとんどソウジロウが受けていた攻撃を、今度は自分一人でどうにかしなければならない。やれるのは、結末(・・)をどれだけ先延ばしに出来るか、ただそれだけだ。

 

「またね」

 

 最後にそう言い残すと、ナズナは自らに〈天足法の秘儀〉を使用し、加速したその脚でギルドホール目指して走り出した。振り返らずに、ただひたすらに。

 

「……んで?お前は逃げなくて良かったのか、くりのん?」

 

「はっ。お前一人だけだと、ナズナちゃんがホールに戻るまで時間稼ぎ出来ないかもしれないからな。もうちょっとだけ付き合ってやるよ」

 

 一人残ったくりのんに八幡は声を掛けたが、どうやら彼女はもう少しだけ付き合ってくれるつもりらしい。

 

(まあ回復(ヒール)しかしてもらってないし、俺が死んでもくりのんに攻撃がいくことはないか)

 

「さって。じゃあいっちょ頑張りますかね。……結末は決まってるかもしれんが、こう見えても俺はゴキブリ並にはしぶといぞ」

 

 刀を正眼に構え、八幡は見得を切るが

 

「潰されたら死ぬなんて、大層な耐久力だな」

 

 そこへすかさずくりのんが茶々を入れる。

 

「くりのんお前、空気読めないってよく言われない!?……いくぞ!!」

 

 どこまでも締まらないが、それが自分らしいのかもしれない。地面を蹴りながら、八幡は思う。

 ただイサミに頼まれたから。それだけの理由でここへと来たはずなのに、気が付いたらなぜかくりのんと二人で衛兵と戦っている。

 しかも負け戦は確実で、やっているのは単なる時間稼ぎ。自分に迫ってくる大剣は怖いし、かすっただけでも激痛だ。

 

(ああ~マジで逃げたいわ。まあ今更逃げても逃げられないわけだが)

 

 なぜソウジロウを置いて逃げなかったのかと問われれば、それはただそちらの方が各方面への被害が少なかったからとしか言えなかった。

 片や有名ギルドのギルドマスター、片やぼっちなソロプレイヤーである。もし本当に死んでしまった場合に悲しむ人の数など、比べるべくもないだろう。

 それに加えて……。

 

「くっ!?」

 

 避け損ねた一撃に、左腕が持っていかれる。

 そもそも今の自分は弱い。一年前ならいざ知らず、〈西風の旅団〉脱退後はほとんど更新していないこの装備は、今でも最前線で戦っているソウジロウと比べると旧式のものでしかない。

 それどころかこの一年間、こちらのアカウント(・・・・・・・・・)でログインすることもほとんどなかった。昨日と今日でかなり慣らしたとはいえ、未だにそこかしこに齟齬(そご)を感じている。

 

「ちっ!!」

 

 右腕一本に持ち替えた刀が、目の前で砕け散る。耐久力が限界を迎えたようだ。

 もう出来るのは、ひたすらに避け続けることだけ。敵の動きを見て、敵の動きを予測する。

 

(あとは死んでも生き返ることが出来るを祈るのみ、か)

 

 そしてその死の舞踏は、八幡の体を大剣が貫いたことにより終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

「処刑対象二名……ロスト」

 

 役目を果たし、衛兵が戻っていくようだ。

 

(セタとナズナさんはどうにか逃げ切れたみたいだな……。んっ!?)

 

 薄れゆく意識の中、八幡は後頭部に柔らかい感触を感じた。

 

「八幡。お前、弱くなったんじゃねえの?」

 

 そして頭の上から響いてきたのはくりのんの声。八幡は何か言い返そうと口を開くが、もう言葉を発することが出来なかった。

 

「とりあえず大神殿には迎えに行ってやるから、さっさと生き返って来いよ!」

 

(美人の膝枕で死ぬってのも、なんだか悪くないかもな。……まあ相手はあのくりのんなんだけど)

 

 自分の体が光の粒子になっていくのを見ながら、八幡は思った。

 とりあえず今回のことで得た教訓で重要なのは一つだけ。たとえ異世界だろうが、死ぬときは痛い。それだけだ。

 

 

 

 

 

 ソウジロウとナズナがギルドホールへと転がり込んだその時。歓喜の声が沸き上がる中、イサミがみんなの無事を確認するために開いていたフレンドリスト、その八幡の欄から光が失われた。

 直後に響いた悲痛な叫びに対して、ナズナとドルチェは何も言うことが出来ず、ただただ己の無力を嘆くばかりであった。

 




ついに八幡死亡の第二十一話でした。こうなることはかなりの方が予想されていたとは思いますが、細部の展開などは読まれていなかったと思いたい……。

しかし今回もやたらと際立つくりのんの存在。シリアスクラッシュを簡単に出来るキャラなので、ついつい使っちゃうジレンマ。まあ元々好きなキャラではあるんですがねw

さて次回以降について。次回第二十二話は五月十二日の投稿を予定しております。現在構想段階ですが、おそらく〈ログ・ホライズン〉要素がかなり薄い話になる予定となっております。お待ちいただけますと幸いです。


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第二十二話 そして、“彼”と“彼女”は再び出会う。 前編

苦闘の連続だった第二十二話。そして第一章最大の爆弾が投下されます。……これまたお気に入りの数減りそうな気がする。※最近ちょくちょく減ってる

こちらは減ることのないUAは、ついに5万の大台に乗りました。皆様に感謝を!!出来るだけこの勢いのまま突っ走ります。

さて今回はかなり実験的な試み。前半部分は、比企谷八幡視点の一人称となっております。俺ガイル未読の方には意味不明な部分もあるかもしれませんがご容赦を。まあ一人称で書くの自体がほぼ初めてなので、出来についてはお察しでお願いしますwただ、雰囲気だけは出せてるんじゃないかな~とは思っております。

文字数はかなり長めの9000文字超え。ただ、一人称にした結果増えたギャグやらなんやらの影響なので、内容自体はそんなに大したことありませんw

なお、この物語は「ログ・ホライズン~マイハマの英雄(ぼっち)~」で間違いありません。……多分。


「……ッキー。ねえ!ヒッキーってば!!」

 

 ここ数か月で聞き慣れた声と呼び方に、俺の意識は現実世界へ引き戻された。

 目の前に広がっているのは、いつもの奉仕部の部室。どうやら部活動という名の読書に勤しんでいる内に、居眠りをしてしまっていたようだ。

 

「ああ、すまん。昨日寝たのが遅くてな。で、なんの話だ?由比ヶ浜(ゆいがはま)の料理がどうすればいいのかって話だったら、俺としてはレンジでチンがおすすめだが……」

 

「それ料理じゃなくて、冷凍食品温めてるだけだし……。ってそうじゃなくて!!」

 

 どうやら俺の華麗なる推理(という名の当てずっぽう)は外れていたらしい。……関係ないけど、名探偵コナンファンの間での西の高校生探偵の扱いの悪さは異常。初登場時の推理は盛大に空振ったけど、あとはほとんど新一さんと互角ですやん。最初の印象って超大事。つまり、高一の春に自己紹介で噛むどころか自己紹介の機会すら奪われた俺がぼっち街道を歩むのは仕方がない。

 

「……今私たちが話していたのは、放課後の過ごし方についてよ。もっともあなたの場合は聞くまでもなかったかしら。えっと、ヒキオタくん?」

 

「お前もうそれ俺を罵倒したいだけだろ……。あと、夜更かししただけでオタク扱いってのは単なる偏見だろ!夜中まで勉強を頑張ってる全国の受験生の皆さんに謝れよ!」

 

 というか、中学時代の同級生ですらここまで悪辣な呼び方しなかったぞ。雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)、許すまじ!

 

「それは誤解ね。私は比企谷君が(・・・・・)夜更かしをしていたというからそう思っただけよ」

 

 どうやら俺の人格コミでの罵倒だったらしい。というかそれもう夜更かし関係なく、俺=オタクの図式が見え隠れしてるんですが……。

 とりあえず言われてばかりも癪なので、ここらで俺も反撃することにするか。

 

「そういうお前らは、普段家で何やってるんだよ?雪ノ下はどうせあれだろ?ほとんど勉強たまに家事。んでちょっと息抜きにパンさんのDVDやら猫の動画を見てるとかそんなんだろ?」

 

 今度こそ俺の名推理が火を噴いたらしく、雪ノ下は俺からすっと目を逸らした。……いや、名推理も何も自明だったわこれ。多分由比ヶ浜でも分かるやつ。

 

「それで由比ヶ浜はそうだな……帰ってからしばらくは飼い犬と、サブレだっけか?と遊んで、その後は母親の料理を手伝おうとして止められる。寝る前は三浦や海老名さんとメールや電話したりってところだな」

 

「なんかヒッキーに行動を読まれるのってムカつく……というかキモッ!なんで女の子の行動がそんなに読めるわけ?」

 

 うん。流石にこれは言われるかなと思ってた。妄想シミュレートなぞ、108あるぼっちの特技の一つに過ぎないんだけどな。

 ただあえて言わせてもらえるならば、こいつらの行動が読みやす過ぎるのが悪い。特に雪ノ下。こいつ一般的な女子高生からかけ離れているくせして、行動がワンパターンすぎるでしょ……。

 

「で、比企ヶ谷君。あなたはどんな放課後を過ごしているのかしら?どうせ一人で本を読んだり、一人でアニメを見たり、一人でゲームをしたりしているだけなのだろうけれど」

 

 珍しくやり込めたかと思ったが、こんなことでは雪ノ下雪乃を屈服させるには至らなかったらしい。再度飛んできた言葉の矢に対し、俺は反論の弁を持たなかった。……だって本当のことだし。

 しかしあっさりとそれを認めてやるのも癪である。どうにか誤魔化してやろうと俺は口を開いたのだが

 

「入るぞ」

 

 突如現れた平塚先生(乱入者)によって遮られる。

 

「平塚先生。入るときはノックをと……」

 

 おかげで雪ノ下の意識もそちらへと向いたようだ。平塚先生、マジGJ(グッジョブ)。……ちなみに俺はGJ部では紫音(しおん)さん派だ。天才なのに時々垣間見えるポンコツっぷり、どストライクです!

 

「しかし君はノックをしても返事を……ってこのやり取りももう飽きたな」

 

 さらっと平塚先生が話すが、ちょっと待って欲しい。飽きたって、やっぱりこの人わざとノックしてなかったのかよ……。

 雪ノ下も同様の結論に達したのか、こめかみを手で押さえている。ホントこの先生はちょいちょい子どもじみたことをしてくるよな。多分精神年齢は若いんだろう。あくまでも精神年齢は。

 そこまで考えたところで、平塚先生の首がこちらを向いた。

 

「……比企谷。今何か失礼なことを考えなかったか?」

 

 平塚先生のドスの効いた声に、俺の喉は発声能力を失ってしまったようだ。回らぬ舌を動かそうと努力はしたものの、結局はあきらめて必死に首を横に振ることで否定する。というか否定しないと必死まである。

 

「そうか。もしかすると抹殺のラストブリットまで喰らいたいのかと思ったが、私の気のせいか。……次はないぞ」

 

 そう言うと平塚先生は、上げかけていた右腕を下して力を抜いた。……怖すぎて小便ちびったらどうしてくれますのん?というか雪ノ下にしろ平塚先生にしろ、なんでナチュラルに俺の思考を読んでくるの?

 

「それで、平塚先生。何か私たちに用があったのでは?」

 

 俺たちのコント(※命がけ)が終わったのを確認し、雪ノ下が平塚先生へと用件を問う。ちなみに平塚先生が持ち込んでくる案件は、ほぼ例外なく厄介事だ。

 

「あっと。俺今日、妹がアレでアレなんで帰らないといけないんだった。つうわけでお先!!」

 

 厄介事なんぞには付き合っていられない。俺は自宅(約束された勝利の地)へと、逃げるもとい戦略的撤退を図った。

 しかし回り込まれてしまった。

 

「まあ待ちたまえ。今日は君たちに仕事を持ってきたわけではないんだ。ただ、たまたまこの部室の前を通りかかったら彼がだな……」

 

「「「彼?」」」

 

 平塚先生の言葉に、俺たちは三人そろって首を捻る。口にしたのが平塚先生である以上、"彼"というのは彼氏的な意味合いではなく三人称的な意味での"彼"であろう。間違いない。……ゲフッ!?

 

「……比企谷。次はないと言ったぞ」

 

 腹を押さえてその場にうずくまる俺に、平塚先生が声を掛けてくる。先生の右腕は限界まで振りぬかれており、そして振りぬかれたことにより最大限の威力を発揮した拳は、俺のみぞおちでその力を解放していた。……いや、マジで一瞬貫通したんじゃないかと錯覚したね。車に轢かれた時よりもよほど死を覚悟したわ。

 

「平塚せんせー。結局"彼"って誰のことですかー?」

 

 苦しむ俺をよそに、由比ヶ浜がのほほんとした声で質問する。お前は死にそうになってるクラスメイトを、もう少し心配しろ!

 

「ああ、すまん。雑事で話題が逸れてしまったな。入りたまえ!」

 

 生徒が一人死にかけてるのは雑事ですかそうですか。若干やさぐれる俺をよそに、部室の扉が開かれる。

 

「は、八幡……」

 

 平塚先生が招き入れたのは、白い髪、暑苦しいコート、黒の指ぬきグローブという、中二患者御用達のフルセットを身にまとった太目な男子高校生。というか材木座(ざいもくざ)だった。

 

「なんだ中二か……」

 

 一瞬で興味を失った由比ヶ浜が、手元のスマートフォンへと目を落とす。ちょっと由比ヶ浜さん?あなた材木座くんに厳しすぎません?まあぶっちゃけ俺も興味ありませんけど。

 雪ノ下も俺たちとご同様に興味がないらしく、こちらも再び読んでいた文庫本へと視線を向けていた。……俺も昨日買った小説の続きでも読むかね。

 

「き、君たちはこういう時だけは統率が取れているな……」

 

 そんな俺たちの様子に平塚先生がちょっと引き気味だが、それは大いなる勘違いだ。俺も雪ノ下も由比ヶ浜も、面倒事(材木座義輝という男)に巻き込まれたくないという、生物ならば誰もが持っているいわば生存本能に従っているだけなのだから。

 俺たちにガン無視される結果となった材木座と言えば、なぜかうつむいてプルプルと震えていらっしゃる。お腹でも痛いのかしら?

 

「……はぁ。で、材木座?何の用だ?」

 

 とは言ってもブチ切れて暴走でもされたら面倒だ。ここはかつて(俺に)八幡大菩薩の化身と呼ばれていた心優しい俺が、話だけでも聞いてやろう。

 

「うおーん!ハチえもーん!」

 

「……前にも言ったが、その呼び方やめろ」

 

「ハチえもん、聞いてよ!あいつらひどいんだよ!」

 

 なぜ俺は毎度毎度学習できないのだろうか。少し甘い顔を見せた途端に、材木座がすごい勢いで泣きついてきた。ええい寄るな触るな、暑苦しい鬱陶しい。

 つうかこのやりとり、すっごい既視感(デジャブ)なんだが?

 

「ヒッキーって、なんだかんだで中二に優しいよね」

 

「おそらく同類として何か感じるものがあるのでしょうね」

 

 はいそこの外野二人は黙って。そして雪ノ下、さらっと俺とコイツを同類にするんじゃない。

 

「……それで?今度はどこの遊戯部さんにバカにされたんだよ?」

 

「なぜ我がバカにされたと、バカにしたのが遊戯部の連中だと分かった!?」

 

 材木座は驚いているようだが、そんなのは考えるまでもないことだ。

 まず、目の前にいるコイツには友達がいない。そもそも話しかけてくるような奇特な人間も、同級生にはほぼ皆無だ。そして基本人見知りのコイツに、上級生や下級生に知り合いがいる可能性も以下同文。となると、この間揉めた遊戯部の二人と何かあったのかと考えるのが、まあ可能性として一番高かったというだけだ。……うん。結局考えちゃってるね、俺。

 面倒なので無言で続きを促すと、材木座はやっとのことで事情を語りだした。

 

「今日のことだが例の二人と廊下で偶然相見(あいまみ)えてな、まあ当然というか必然と言うべきか、ゲームの話となったわけだ」

 

 とつとつとしゃべり始める材木座。というかいつのまにあいつらとお話するような仲になったの……。

 

「それでゲームにおける最高のジャンルは何か!という話題になったのだが……」

 

 そこから先がしゃべりにくいのか、材木座は言いよどんだ。まあゲームのジャンルなんて色々あるし、好みなんて千差万別だ。そもそもジャンルどころか各ハード間でも日々熾烈な争いが……いや、なんでもない。

 つまり何が言いたいのかというと、どのジャンルが最高かなんてのは、ケンカのタネにしかならないということである。

 

「連中はFPSこそが至高だと主張しよったのだ。た~しかに!FPSは面白い。銃を好きなだけ撃てるなど、現代日本ではまかり間違っても体験できぬからな。対人戦における駆け引きもまた楽しい。相手がどう動くのか、それを予測しながら自分は更にその上を行く。作戦が見事に(はま)った時など、確かに最高に楽しいと言えるかもしれぬ。……ただ芋スナ野郎だけは絶対に許さん」

 

「もうお前もFPS大好きってことでいいじゃん……」

 

 あと、スナイパーになんの恨みがあるのか知らんが素に戻ってんぞ。

 そういやこの話題って雪ノ下や由比ヶ浜には伝わってるのかしらん?っと俺は二人の方へと首を巡らせたが、案の定全く理解できていないらしく、由比ヶ浜はほへぇーっとアホの子丸出しな表情だし、雪ノ下に至っては多分これ聞いてない。

 なお平塚先生は普通に理解しているようで、うんうんと頷いている。……FPSに詳しい女性って、女子力的にどうなん?

 

「それでは材木座。君はどのジャンルが最高だと主張したのかね?」

 

 ここで平塚先生が話に加わって来る。同じゲーマーとして、何か通じるものを感じたのかもしれない。まあ一人でゲーセン行ったりする人だしね。

 

「うむ。平塚教諭、よくぞ聞いてくれた!我が彼奴(きゃつ)らに対して挙げたのは、MMORPGよ!!」

 

 材木座渾身の主張は、超ウザいドヤ顔で行われた。これが漫画の世界であれば、今の材木座の後ろには集中線が描かれていることだろう。つまりマジでウザい。

 MMORPGというのは、マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームの略であり、大規模多人数同時参加型オンラインRPGというのが、ウィキペディア先生にも載っている一般的な和訳である。

 その名の通り、ネットワークを介して多くの人々が集まり、一緒に冒険したり話したりするRPGのことであり、日本においては、少し古いがファイナルファンタジーXIやファイナルファンタジーXIVが著名な作品だろう。

 

「しかし、一口にMMORPGといっても色々あるんじゃないか?基本無料だったり月額課金制だったり。たしかにゲームジャンルの一つと言えばそうだが、アレは各々(おのおの)で全く違ったゲームになっていると思うのだが……」

 

 平塚先生の言う通り、一口にMMORPGと言っても様々な種類がある。例えばスマートフォンで気軽に出来る基本無料のものであったり、月々の利用料金が発生するガッツリ系のものであったりと、料金体系からまず色々だ。

 操作方法も千差万別だ。アクション性の高いものや一般的なRPGチックなもの、そのどちらも存在するし、キーボード操作のみのものやゲームパッドで操作するもの、スマートフォンでタッチ操作するものなど、操作に使う道具すらそれぞれに異なる。

 まあつまり、MMORPGというのはゲームごとで全く違うものなのだ。

 

「いかにも。なので我は一例としてとあるゲームの名を出したのだ。そう、あの世界的に大人気のMMORPG、〈エルダー・テイル〉の名をな!!……それなのに奴らときたら、もう20年も前のゲームだとかおっさんしかやらないだとか言いたい放題しおって!」

 

 それで結局言い負かされて、俺たち(というか俺)に泣きついてきたと。

 いつもの俺だったら材木座の泣き言など歯牙にもかけないのだが、残念ながら今回はそうはいかないようだ。……あのガキ共、材木座だけならまだしも、よりにもよって〈エルダー・テイル〉をバカにしやがっただと!?

 

「その、えるだーている?って有名なの?」

 

 俺と材木座、平塚先生の会話が止まったのを察したのか、由比ヶ浜が声を掛けてくる。こいつ、こういった空気の読み方は本当に一流だよな。

 しかし〈エルダー・テイル〉ってやっぱり一般人には無名なのか……と、俺がちょっとショックを受けていると、なぜか代わりに雪ノ下雪乃が口を開いた。

 

「〈エルダー・テイル〉というのはアメリカのアタルヴァ社が運営する、MMORPGのことよ。いわゆる剣と魔法のファンタジー世界を舞台に、〈冒険者〉と呼ばれるプレイヤーがモンスターを倒したり商売をしたりする、といったところかしら。たしかもう20年くらいの歴史を誇っていたはずよ」

 

 え?これが少し前に、テレビゲームのことをピコピコって言ってた奴のセリフなの?それとも、ユキペディアさんにはそんな常識通用しないの?

 

「雪ノ下。お前、〈エルダー・テイル〉をプレイしたことがあんのか?」

 

 どうしても気になった俺は、雪ノ下へと直接質問することにした。このことをうっかり寝る前にでも思い出したら、不眠症になっちまうからな。

 

「いえ。以前姉さんから勧められたことがあっただけよ。ソフト自体もその時にもらったけれど、結局パソコンにインストールすらしていないわ。今の説明も、その時に少し調べたから知っていただけよ」

 

 俺の質問に対して、あっさりと答える雪ノ下。まあ雪ノ下がゲームなんて非生産的なことをするわけがないか。こいつがゲームを始めるとしたら、それこそパンさん関連かよほどの事情がある時だけだろう。

 

「ああ~〈エルダー・テイル〉か~。私も陽乃(はるの)の奴にすすめられて一時期やってたな~。とはいっても陽乃がまだ総武高にいた時だから、もう二年くらい前の話だが」

 

 平塚先生の方は、プレイ経験があるようだ。この人だったらそもそもネトゲをやってても違和感がないし、雪ノ下さんならかなり強引に始めさせそうではある。

 二年前というと、まだ茶会が解散する前の話か。もしかすると〈アキバの街〉やフィールドで、すれ違うくらいはしてたかもしらんな。

 

「ん?そういえば八幡。貴様も〈エルダー・テイル〉をやっていたのではなかったか?」

 

 唐突に思い出したように、材木座が俺へと話を振ってくる。なんでコイツ、俺が〈エルダー・テイル〉をやってるの知ってるわけ?話した覚えなんてないんだが、と記憶を(さかのぼ)っていくと…………あっ。

 思い出したくもないのに思い出されるのは、俺と材木座との初邂逅の時の記憶。

 やたらと話しかけてくる材木座から、好きなゲームを聞かれたときに適当な感じで答えた気がする。……妙に食いつきが良いと思ったら、自分もプレイしてやがったからなのか。もしかするとその時にも言われてたのかもしれんが、興味なさ過ぎて完全に忘却してたぜ。

 

「ああ、一応もう5年くらいはプレイしてるが……」

 

 敢えて言おうとも思わなかったが、逆に敢えて隠す必要も感じない。俺は、おとなしく材木座からの質問を肯定する。

 

「5年!?」

 

 だがプレイ期間まで告げたのは、失敗だったかもしれない。由比ヶ浜の叫びに、俺は少し後悔を覚えた。

 

「ほむぅ。5年となると我よりもプレイ歴が長いな。我は剣豪将軍義輝の名で冒険しておるが、八幡。貴様のプレイヤーネームはなんというのだ?」

 

 この質問に正直に答えるのは簡単だ。しかし俺には、材木座のプレイヤーネームを聞いた時から嫌な予感がしていた。

 

「その前に材木座、一つ聞きたいことがあるんだが。……お前、ソウジロウ・セタってプレイヤーを知ってるか?」

 

 〈エルダー・テイル〉での、俺の数少ない知り合いであるソウジロウ・セタ。同じギルドに所属していたこともある奴なのだが、ほんの半年ほど前にあったPvP大会。その一回戦でセタと当ったのが、たしか剣豪将軍義輝って名前だった気がする。まあセタの奴に瞬殺されてはいたが。

 

「ほほう。流石はベテランプレイヤーだけのことはあるな。我が終生のライバルの名前を知っておるとは!しかしあの憎むべきハーレム男が、この話に一体なんの関係があるというのだ?」

 

 セタよ。お前、知らない間に変人からライバル扱いされてんぞ。……というかこいつ、どんだけ厚かましいんだよ。たしかに優勝プレイヤーと一回戦で当たったのは不幸な出来事だったかもしれんが、あんな惨敗っぷりでライバル認定とか。

 しかしこうなってくると、正直に俺のプレイヤーネームを告げるのは危険だ。

 なにせセタを知っているってことは、〈西風の旅団〉のことまで知っている可能性大であり、もしかすると〈エルダー・テイル〉における俺のお茶目な悪行の数々まで聞き及んでいるかもしれない。

 触らぬ神にたたりなしとも言うし、ここは全力で話題を逸らすとしよう。

 

「そんなことよりも材木座!俺たちが今やらなければならないのは、憎き遊戯部の連中、あいつらを締め上げることだろうが!!」

 

 俺はそう告げるとともに立ち上がり、遊戯部の部室がある特別棟の二階を指し示した。どのみちあのガキ共が〈エルダー・テイル〉をバカにしたことに対しては、制裁を加えてやらなければならない。話を逸らすネタにも使えて一石二鳥だ。

 

「そうであった!貴様のプレイヤーネームなど、大事の前の小事!とりあえずは奴らを屈服させねばな!……八幡が」

 

「……おいっ!」

 

 付け加えられた材木座の一言にツッコミながら、俺たち二人は奉仕部の部室を飛び出した。目指すは一乗寺下り松(いちじょうさがりまつ)、じゃなかった特別棟二階・遊戯部室。

 なんとか誤魔化せたことに安堵しつつ、俺は材木座と共に廊下を疾駆した。……なお、当然ながらこの姿は平塚先生に目撃されており、あとで拳とお説教を頂戴したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そういえばあの遊戯部の二人、なんて名前だったっけかな……)

 

 急速に浮上してきた意識の中で、八幡はその名を思い出そうと試みる。しかしその試みは、思い出せそうで思い出せないという、単なる徒労に終わった。

 八幡は諦めて目を開くが、しかしそこに広がっていたのは、見慣れた自分の部屋でもなければ奉仕部の部室でもなく、ここ二日で何度も見た〈アキバの街〉でもなかった。

 見渡す限りに広がる、広大な白い砂浜。驚きよろめいた八幡の足元で、砂の粒子がさらりと音を立てる。

 なぜか服は死ぬ寸前まで来ていた物ではなく、現実世界で散々に着慣れた、総武高校の制服であった。

 

(これが噂に聞く死後の世界って奴か?つっても地球で死ぬのと〈エルダー・テイル〉の世界で死んだ場合とじゃあ、おそらく違う場所になるんだろうが)

 

 本当に死後の世界だとすれば、あの世界では死んでも生き返ることが出来なかったということだ。そうでないならば、ここは生き返るまでの準備待ちの待合室のようなモノにでもなるのだろうか?

 分からないことだらけの頭の中をまとめようと、八幡は思考を続ける。

 少なくとも夢の中ではないだろう。なぜなら、八幡の生きた十七年間で、こんな風景は一度も見たことがないからだ。となるとやはり死後の世界か、と八幡は辺りを見回してみても、やはり白い砂浜が広がるばかりである。

 そして、こいつはどうしたもんかと見上げた空。先程から辺り一面を照らしている青白い光源を目にし、八幡は驚いた。

 そこに浮かんでいたのは、青い星。自分たち人間が暮らしているはずの、地球という惑星だったからだ。

 しばらくの間、八幡はアホの子のように地球を見上げていたが、空に見える地球、そして広がる白い砂浜、その二つの条件を満たす場所へと唐突に思い至った。

 

(月……なのか?)

 

 ようやく掴んだ答えらしきものに、八幡はハッとしてメニュー画面を開こうとする。

 

(メニュー画面が開けた!?ってことはやはりここは、まだあの世界の中なのか。現在地は……〈Mare Tranquillitatis〉!)

 

 〈Mare Tranquillitatis(静かの海)〉。月に広がるいくつかの海、その内の一つの名前である。そして同時にそれは、〈エルダー・テイル〉のテストサーバーの名前でもあった。

 〈エルダー・テイル〉の開発元である〈アタルヴァ社〉が運営する、全世界共通コンテンツの開発や、システムのアップデートについての研究を行うための場、それがこのテストサーバーの役割なのだ。

 場所が分かったのであれば、動き回るのをためらう必要もない。元の世界かあの世界へ戻るヒント、そのどちらかがどこかに転がっていないかを探そうと、空へと向けていた顔を下ろし、八幡は歩き出そうとする。

 しかしそこで八幡は、すぐ近くから自分を見つめている視線を感じた。ぼっちは視線に敏感なのだ。

 どうせ隠れるところもないのだ。こちらの顔を見られたついでに、相手の顔も見てやろうと思った八幡は、ぐるりと首を回した。

 

「あら。こんなところで奇遇ね」

 

 しかしそこにいたのは、すれ違った者の十人が十人振り返るであろう端正な顔立ち。背中まで流れる艶やかな黒髪。そして見慣れた総武高校の制服。

 

「比企谷君、あなたこんな世界に来ても目が腐っているのね」

 

 奉仕部部長・雪ノ下雪乃であった。




というわけで俺ガイル本編のメインヒロインの一人、雪ノ下雪乃参戦の第二十二話でした。一応前から考えていた展開なので、決して唐突な思い付きではありません。不快に思われた方は申し訳ないです。ちなみに雪ノ下の最後のセリフが書きたかったのが、大きな理由の一つでもありますw

今回一番苦労したのは、やはり八幡による一人語り。他の投稿者の皆様は、なんで涼しい顔でこんな難解なシロモノが扱えるのかが分かりませんw読者の皆様が読める程度に書けているといいんですが、どうでしょうか?とりあえず言えるのは一つ。……渡航、マジすげえ。

さて次回以降について。おそらく次回第二十二話で第一章完結となります。文章量によってはもう一話増えるかもしれませんがw投稿日は14日か15日くらいが濃厚です。お待ちいただけますと幸いです。


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第二十三話 そして、“彼”と“彼女”は再び出会う。 中編

案の定中編に変更となりましたな第二十三話。なんで以前の自分は、この前中後編が一話で収まると思っていたのか……。まあそんなこと言ったら、そもそも十二話くらいで第一章終わると思ってたんですがねw

さて今回は、雪ノ下回。とは言っても前半は八幡視点ですがw三人称が雪ノ下→雪乃となったところからが、雪ノ下視点となっております。ただし、全体的にちょっと説明が多めです。……ちなみに自分、爆弾は小出しにするスタイルでござる。

文字数は8000文字くらいですから、まあ最近の平均的な文字数ですかね?……一話~三話の辺りまでは一話3000文字なかったことを考えると、最近の投稿ペースが落ち気味な理由がよく分かるってもんだ(遠い目)


 雪ノ下雪乃。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。その上、父親は建設会社を経営し、県議会議員にも就いている。あくまでも表面的なものに過ぎないが、これだけ完璧な人間も稀だろう。

 実際のところは、犬が苦手だったり方向音痴だったり体力がなかったりと、それなりの欠点も持ち合わせているのだが、とりあえず言えるのは一つ。

 この雪ノ下雪乃という少女は、まかり間違ってもMMORPGを、〈エルダー・テイル〉なんぞをやるような人種ではないということだ。

 辺り一面に広がる白い砂浜を雪ノ下と二人だけで歩きながら、八幡はなぜ彼女がここにいるのかを考えていた。

 なぜ彼女が〈エルダー・テイル〉をプレイしているのか。そして、なぜ彼女はこの場所に、死者が運ばれるらしきこの空間にいるのかを。

 

「比企谷君。ここにいるということは……あなたもあの世界で死んだということかしら?」

 

 だから八幡は、突然掛けられた声に驚いた。雪ノ下の質問は、今まさに自分がしようとしていた質問だったからだ。

 

「あの世界というのが、〈エルダー・テイル〉が現実になったようなあのトンチキな世界のことなんだったら、答えはイエスだ」

 

 雪ノ下の言葉にうなずき、八幡は自身も質問を投げかける。

 

「『あなたも』ってことは、雪ノ下。お前も死んだのか?」

 

 無駄な質問だったかもしれない、と八幡は口にした後に気付いた。そんなことは聞くまでもないことだ。

 そもそも目の前に広がる風景は、死後の世界と言われれば納得してしまいかねないほどの殺風景ぶりである。

 

「そうなるわね」

 

 だからなのか、雪ノ下から返って来た答えは、実にシンプルなものだった。

 返事の言葉とともに立ち止まった雪ノ下は、水平線ではなくもっと遠くを、宇宙(そら)に浮かぶ青い星を見つめているように感じられた。

 その青い光を受ける雪ノ下の横顔が、なんだか無性に綺麗に見え、八幡は慌てて目を逸らす。

 動揺する心を半ば無理矢理に押し殺した八幡は、自身も地球を見つめ、自分の死の瞬間へと思考を巡らせた。

 衛兵と相対したあの時。行った選択に後悔はない。もっと前の段階であれば他の選択肢も存在したのかもしれないが、あの時、あの場所での選択としては間違いではないはずだ。

 それでも後悔することがあるとすれば、ソウジロウやナズナ、イサミに、また責任だけを残してしまったということだろう。

 もう一度あの青い星へと戻れるのか、それは現状では分からない。

 しかし、もし戻れるならば。

 あの三人とはもう一度話さなければならない。雪ノ下や由比ヶ浜に『本物』を求めた時のように。今度こそしっかりと、自分の言葉で。

 

「……お前も〈エルダー・テイル〉をプレイしてたんだな」

 

 長い沈黙の末に八幡の口から零れたのは、一番最初に感じていた疑問だった。

 あのクソまじめな優等生たる雪ノ下雪乃がゲームに、しかも月額課金制のMMORPGなどというジャンルになぜ手を出しているのか。

 あんなに広いマンションで一人暮らしをしているくらいだから、たしかに金銭的には問題はないのかもしれない。ソフト自体も、雪ノ下陽乃に渡されて持っていたかもしれない。

 だとしても、雪ノ下が今この場にいる理由は、そもそもなぜ〈エルダー・テイル〉を始めたのかは、さっぱり分からなかった。

 

「前から少し興味はあったのよ。ゲームもそうだし、このMMORPGという物にもね」

 

 雪ノ下の答えは、至極平凡なものであった。

 たしかに一度もゲームをしたことがない、というのは昨今の女子高生としては希少な部類に入る。多少は興味があってもおかしくはないのだが……。

 

「……それに、あなたもプレイしているということだったし」

 

(なんでそこで頬を赤く染めちゃうんだよ……。勘違いしちゃうだろ!!)

 

 最後に付け加えられた理由に、八幡は自分の顔も赤くなるのを感じた。

 

「そ、そうか……」

 

 八幡は、火照る頬を意識しないようにしながら、どうにか言葉を返す。

 

「……それで。聞いていいことなのか分からないのだけれど、あなたはなぜ死んだの?」

 

 再び場を沈黙が占めそうになるが、今度の静寂は雪ノ下によってすぐに破られた。

 しかしその問いに、八幡は迷いを覚えた。一体どこから話したものやら、とっさに判断がつかなかったからだ。

 

「……長くなるぞ」

 

 しばし考えた結果八幡が出した結論は、包み隠さずに全てを話すということだった。

 もし生き返れなかったとしたら、時間はいくらでもあるのだ。暇つぶしがてらに語るのも悪くないだろう。

 とある目の腐った〈暗殺者〉(アサシン)の、どうしようもないほどに救いようのない、バカなお話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう。実にあなたらしい結末ね」

 

 八幡の長い語りを聞き終え、雪乃の口から出てきたのは、呆れたようでもあり、納得したようでもある声だった。

 本当に、実に八幡らしい話だ。

 半ば無理矢理に入れられたギルドで、文句を言いながらも真面目に働き、そして最後は自分を犠牲にしてギルドを救う。それは紛れもなく、雪乃のよく知る、比企谷八幡という男だった。

 もっとも八幡本人に言わせれば、それは自己犠牲などではなく、単に一番効率が良かったからだと答えるのだろうが。

 

「はっ。まあぼっちがぼっちに戻っただけのことだからな。たしかに、いつもどおりの話だろうぜ」

 

 しかし、八幡には違う意味に取られたらしく、いつものように卑屈なセリフを返してきた。

 現実世界にしろ、ゲーム内にしろ、あの世界にしろ、根本的なところで八幡の自己評価は低い。しかし、現実世界については言うまでもないが、本人から聞いただけに過ぎないゲーム内ですら、彼を高く評価している人間はいるようだ。

 八幡をギルドに誘ったという人物に、八幡を副長と呼んでいるという少女。おそらくそれ以外にもいるのだろう。

 ただ、ここでそのことを告げたところで、八幡が信じないこともまた分かっている。

 

「それにしても、文化祭の時も体育祭の時も、妙に雑務処理に慣れているとは思っていたけれど、まさかゲーム内に下地があっただなんて」

 

 普段あれだけぼっちだなんだと言っておきながら、八幡の雑務処理はなかなか見事なものであった。

 本来経験がものを言う作業であるはずなのに、どこで経験を積んだのか。〈エルダー・テイル〉の中にその秘密が隠れていたなど、こんな事態にでもならなければ、もしかすると一生知ることはなかったかもしれない。

 

「ああ~。まあ、な。なにせ俺がいたギルド、そういう仕事を出来る奴が少なくてな。幹部連中のほとんどは社会人だから暇がないし、ギルマスは俺たちと同じ学生だけど脳筋だから、そもそもそういった作業に向いてなかったしな」

 

 雪乃に対してそう告げる八幡の表情には、特に自分の功を誇るような様子も見られなかった。本当に、単に雑務を片付けだけだと考えているのだろう。

 実のところ八幡のそういった様子が、〈西風の旅団〉の時にしても、文化祭や体育祭の時にしても、次々に仕事を押し付けられる原因となっているのだが、どうやら本人にその自覚はないようだ。

 

「でも、だとするとそのギルド、あなたが抜けた後は大丈夫だったのかしら?」

 

 考えている内にふと浮かんだ疑問を、雪乃はそのまま口にした。

 一人でほとんどの仕事を処理していたものが、突然いなくなる。一日だけとはいえ、文化祭実行委員会の副委員長を務めた時に、自身もしでかしてしまったことだ。

 

「俺がほとんどやってたって言っても、手伝ってくれる奴もいたしな。そもそも文化祭の時みたいに、状況が差し迫ってたわけでもないんだ。まあ、なんとかなってんじゃねえの?」

 

 言外の意味も汲み取ったらしく、八幡も文化祭の際のことに言及してくる。それにあの時だって、結局はみんなのフォローでどうにかなったのだ。所詮人が一人で出来ることなど、たかが知れているということだろう。

 個々の人間を、円滑かつ有機的に動かすこと。本来、組織の指揮を執るものは、それに長けていなければならない。

 雪乃と八幡、二人に決定的に欠けているのはこの能力だ。なまじ自分で出来る分、一人で片付けようとしてしまう。

 今にしてもそうだ。自分一人でも行けると〈ミナミの街(・・・・・)〉を飛び出した結果、今ここでこうしているのだから。

 

「……比企谷君。あなたは今、〈アキバの街〉にいるんだったわね?だったら一つ、お願いがあるのだけれど」

 

 だから今回は、今度こそ誰かに頼らなければならない。ここで八幡に会えたのは、ある意味では幸いであったと言える。

 

「なんだよ、急に改まって。それにアキバにいるって言ったって、こうして死んでるわけだしな。生き返れるかも分からんし」

 

 雪ノ下の言葉に、八幡は驚いたような顔で答える。

 

(そういえば、誰かにここまではっきりと頼みごとをするなんて、久しぶりね……)

 

 一年前の自分が、今の自分を見たらどう思うだろうか。弱くなったと嘆くのか、強くなったと誇るのか。おそらく前者だろうと考えながらも、雪乃は話を続ける。

 

「……もし生き返られたらでいいの。そもそもあなただって、おそらく死からの復活があると思ったから、簡単に自分を犠牲にしたのでしょう?」

 

 いくら自分を犠牲にすることに慣れているとはいえ、目の前のこの少年が、大きすぎるリスクを背負うとは思えない。何かしらの成算があってのものだと思った雪乃は、その部分を突いてみる。

 

「……前日に倒したモンスターが、次の日にはリポップしていたからな。少なくとも、ゲームシステムのそういった部分は、そのままだと思っただけだ」

 

「なるほど……ね」

 

 思っていたよりも弱い根拠ではあったものの、雪乃は八幡の言葉にそれなりの説得力を感じた。

 色々なものが変わったとはいえ、確かにシステム的な面では、ゲーム時代からの変更は少ない。メニュー画面やステータス、特技の効果などもほとんどそのままだ。

 

「……それで?頼みってのは何だ?」

 

 肝心の頼みというのをなかなか話さない雪乃に焦れたのか、八幡が続きを促してきた。

 この先を話すのは、自分の愚かな失敗を話すことでもある。促されてなお、しばしの躊躇(ちゅうちょ)を覚えたものの、雪乃は覚悟を決めて口を開いた。

 

由比ヶ浜(ゆいがはま)さんを……助けてあげてほしいの」

 

 雪乃が口にしたのは、親友を助けてほしいという願い。こんな事態に自分が引きずり込んでしまった、大切な友達のことだった。

 

「はぁっ!?由比ヶ浜だと!?まさかあいつもこっちの世界にいるのか!?」

 

 八幡が驚いて大きな声を上げているが、無理もない。まさか奉仕部の全員が巻き込まれていようなど、想像のはるか外側だろう。

 

「……昨日。駅前であなたと会ったわよね。あの時、私と由比ヶ浜さんは、〈エルダー・テイル〉のソフトを買いに行っていたの。由比ヶ浜さんが新しく始めるために、ね」

 

 おそらくは結衣(ゆい)も、以前部室で〈エルダー・テイル〉の話題になった時に、興味を惹かれていたのだろう。

 雪乃と結衣、二人でおしゃべりしている時に、ぽろりと雪乃の口から零れた言葉。自分も〈エルダー・テイル〉をプレイしているという話に、彼女は自分もやってみたいと答えたのだ。

 

「二人でゲームショップに行って、その後は喫茶店でお茶しながら、インストールやプレイ方法を説明してから別れたのだけれど……」

 

「それだったらあいつ、まだログインとかしてなかったんじゃないか?」

 

 どこか願望が含まれているような八幡の言葉を、雪乃は直後に否定する。

 

「いえ、準備が終わったから今からログインするという電話が、由比ヶ浜さんからあったわ。……こちらに飛ばされる一時間ほど前にね」

 

 つまり結衣が巻き込まれたのは、〈エルダー・テイル〉のチュートリアル中。そして、〈ヤマトサーバー〉でプレイを始めた〈冒険者〉が最初に降り立つのは、ヤマト最大のプレイヤータウンである〈アキバの街〉である。

 結衣がチュートリアルを終えたら、電話をもらえることになっていた。なにせまだその時は、ゲームでしかなかったのだ。電話さえあればプレイ中でも気軽に連絡できるので、なんの問題もなかった。

 

「だから私は、〈ミナミの街〉を飛び出したの。〈アキバの街〉を目指して……ね」

 

 そして道半ばで殺された。ゲーム時代なら簡単に勝つことの出来た、魔物(モンスター)の群れによって。

 

「冷静さを失うなんて、雪ノ下。お前らしくもないな。……ん?そういえば、〈トランスポート・ゲート〉はどうした?あれを使えば、アキバまでなんて一瞬じゃないか」

 

 〈トランスポート・ゲート〉とは、〈ヤマトサーバー〉にある五つの冒険者タウンを繋ぐ、大型の特殊なワープ装置のことである。ゲーム時代の〈冒険者〉たちは、これを使って〈弧状列島ヤマト〉内を頻繁に行き来していたのだ。

 なぜこれを使わなかったのかという八幡の指摘は、実に真っ当なものであった。……肝心のゲートが、動いてさえいればではあるが。

 

「現在〈トランスポート・ゲート〉は、少なくともミナミのものは機能を停止しているわ。つまり五つの都市間の移動は、ほぼ完全に分断されているわ。陸路を除いて、ね」

 

 雪乃が〈ミナミの街〉を一人で出た、それが理由だった。しかし〈エルダー・テイル〉初心者である由比ヶ浜を助けるための無謀な旅は、ミナミを出発して一日もしないうちに終焉を迎えた。

 そもそもその先には、〈霊峰フジ〉とその(ふもと)に広がる〈フジ樹海〉があったのだ。とても一人で踏破出来る道のりではなかっただろう。

 

「はぁ……。それで、由比ヶ浜のプレイヤーネームは何ていうんだ?」

 

 ようやく現状を完全に認識した八幡は、深いため息を()きながら尋ねる。しかし

 

「……ごめんなさい。分からないの。合流するときに、電話で確認する手筈になっていたから」

 

 雪乃が返せるのは、分からないという返事だけ。プレイヤーネームも、種族も、職業も。〈エルダー・テイル〉における由比ヶ浜結衣(ゆいがはまゆい)の情報を、雪乃はほとんど持ち合わせていないのだ。

 それを聞いた八幡は、何かを考えるように目を閉じる。

 再び訪れた沈黙の間に雪乃が出来たのは、八幡の考えがまとまるのをただただ待つことだけであった。

 

「……分かった。俺が何とかする。だから雪ノ下。お前は、これ以上無茶をするな。もし生き返れるんだとしても、ここはもうゲームじゃないんだ。全てがゲームの時と同じだとは限らないし、第一死ぬのは痛いからな」

 

 そういって笑う八幡の顔は、目が腐っていることを差し引いても、どこか頼もしげだった。

 一人の男子高校生としての力しか持たない現実では、自分を犠牲にする以外の方法を取れなかったかもしれない。しかし、ここなら。現実よりもはるかに強い力を持っているこの世界なら、八幡がいつか全てを救ってくれる。

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(頼んだわよ。比企谷君)

 

 深いところから、ゆっくりと意識が戻ってくる。背中に寝台の固い感触を覚えながら、雪乃は目を開いた。

 身を起こして周囲へと視線を向けると、自分が寝ていたのと同じ、大理石の寝台がいくつも置かれている。

 

(ここは……大神殿……?)

 

 八幡の予想していた通り、どうやら〈エルダー・テイル〉のシステムはそのまま引き継がれているようだ。光の粒子となって消えたはずの肉体や装備が元通りになっているのを確認し、雪乃は安堵の吐息(といき)を漏らした。

 どことなく倦怠感(けんたいかん)があるのは、臨死体験をしたせいなのか、もしくは死亡によって起こる経験点ロストによる影響か。

 このままここにいても仕方がない。雪乃は寝台を降り、改めて周りを確認する。

 周囲にいくつもある寝台は、おそらく自分のように、この世界で死亡したものが生き返るための場所なのだろう。当然ながら、現在の利用者は雪乃だけだ。

 壁には、華美になり過ぎないように、それでいて凝った意匠の彫刻が施されている。芸術に対して、それなりに肥えた眼を持っていると自負している雪乃から見ても、その彫刻はなかなかに素晴らしいものだと思えた。

 回廊から見える空は暗い。雪乃がフィールドで死んだのは夕刻であったはずだから、少なくとも数時間は経過しているようだ。

 

(とりあえず、外に出ないと……)

 

 さっさとここから出なければ、状況の確認すら覚束(おぼつか)ない。

 雪乃は礼拝堂を抜け、大神殿の扉に手を掛けた。扉の上に嵌まっているのは、ステンドグラスか?色とりどりのガラスたちは、この時間帯には輝きを失っていた。

 

(太陽の光があれば、あのステンドグラスはさぞかし美しく輝いていたのでしょうね……)

 

 死んだことで、自分は少し感傷的になっているのかもしれない。もしくは彼に会えたからか。

 自嘲するように笑みを浮かべながら、雪乃は大神殿から出て、〈ミナミの街〉へと足を踏み入れた。

 

「やはり一人では無理だったか」

 

 しかし、その瞬間に掛けられた声に、雪乃は足を止める。声には聞き覚えがあった。冷静さを失いミナミを飛び出そうとした自分を、どうにか止めようとしてくれた男の声だ。

 

「カズ彦さん……。ええ、仰られていた通り、やはり死んでしまいました」

 

 雪乃と声を掛けてきた男、カズ彦が知り合ったのは、この世界に来てからのことだ。

 〈ミナミの街〉の出口へと向かう雪乃に、カズ彦が声を掛けた。言葉にすればそれだけではあるが、今思えばその時の自分は、よほど切羽詰った表情をしていたのだろう。だから、この面倒見のよさそうな男性は、自分へと声を掛けてきたのだ。

 黙って雪乃の話を聞いてくれたカズ彦だったが、この状況で街の外に出るのには反対した。しかしその忠告を振り払って、雪乃は〈アキバの街〉へと向かったのだ。そして、結局はこのザマである。

 それでも結果的には、ミナミを出たのは正解だったのかもしれない。そのおかげで、八幡に出会えたのだから。

 

「お前……。さっきまでとは表情が変わったな。なんというか、憑き物が落ちたみたいだぜ」

 

 八幡のことを思い出し、知らずに笑みを浮かべていたらしい。カズ彦からの指摘に、雪乃は慌てて頬を引き締める。

 

「……死んで向かった先。月で、現実世界の知り合いと会ったんです。その彼に、全て託してきました」

 

 雪乃にとって八幡は、おそらくこの世界でもっとも信用の置ける人物だ。

 

(だから、由比ヶ浜さんのことはもう心配する必要はない)

 

 少なくともこの世界においては、八幡は雪乃よりも有能である。経験しかり装備しかり、そして人脈しかり。

 冷静さを失って無謀な旅を敢行した自分よりも、八幡の方がよほど上手くやってくれるだろう。そもそも奉仕部に持ち込まれた依頼に関しても、ほとんどの場合で雪乃よりも先んじていたのだから。

 

「よっぽどソイツのことを信用しているんだな。全てを託せる相手なんて、そうそういるもんじゃないぞ。家族だったり親友だったり……まあ後は恋人だったりってところか」

 

 カズ彦が最後に付け加えた言葉に、雪乃は自分の頬が赤くなるのを感じた。

 だが、雪乃自身にも、自分と八幡の関係をどのように説明すればいいのかが分からない。雪乃はとりあえずその場を誤魔化そうと、カズ彦に背を向けて歩き出す。

 結衣のことは八幡に託したとはいえ、それで元の世界に戻れるというわけではない。

 元の世界へ帰る方法を探すために、出来るだけ自分でも動いていこう。いつか三人であの暖かな空間へ、奉仕部の部室へ帰りたいから。

 だから今は、自分に出来ることに全力で取り組もう。八幡と結衣、二人と再会したときに、奉仕部の部長として胸を張っていられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!そっちは大神殿だぞ。なにか忘れ物でもしたのか?」 

 

 差し当たっては、迷子にならないようになりたい。異世界に来ても治らない悪癖(方向音痴)に、雪乃は再度頬を赤く染めるのだった。




というわけで由比ヶ浜参戦が確定しました第二十三話でした。なんかこの手のクロスってガハマさんがハブられ気味ですが、本作では奉仕部全員を登場させてみました。ヒロイン過多気味と感じられる方も多いでしょうが、一応一章ごとにヒロイン一人~二人に焦点を当てる形で進めるつもりにしております。なので描写が極端に薄くなったりはしないはず……多分。

今回は八幡のキャラの掘り下げに主眼を置いたつもりですが、なんかちょっと微妙な気が……。オチに関しては、まあ毎度のごとくの雰囲気クラッシャーですwちなみに雪ノ下に関しては、あえてプレイヤーネームを明記しておりません。『雪ノ下』や『雪乃』というのは、あくまでも今回の話においての三人称表記です。

さて次回について。今度こそ第一章最終話となる(はずの)第二十四話は、出来れば18日には投稿したいと思っています。ただ、次回は執筆と推敲の両方にいつもより時間を掛けたいので、もしかすると20日くらいまでずれ込むかもしれません。お待ちいただけますと幸いです。


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第二十四話 そして、“彼”と“彼女”は再び出会う。 後編(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その10)

大変お待たせしましたな第二十四話。今度こそ『ログ・ホライズン~マイハマの英雄(ぼっち)~』、第一章完結でございます。

本編に入る前に一つ捕捉を。感想欄にて、死後の世界の記憶ってなくなるのでは?という質問をいただきました。原作でははっきりと明示されていないため、今作では、一部は覚えている、という設定にしております。ご理解いただけますとありがたいです。

今回の視点は八幡(現在)→イサミ(過去)→イサミ(現在)。文字数も11000文字越えと、過去最長になっております。……まあ、これでも描写不足な気もするんですけどね。


 長い夢を見ていた気がした。

 奉仕部の部室で、いつものように雪ノ下や由比ヶ浜と過ごし、いつものように平塚先生が厄介事を運んでくる。そして材木座は相変わらずウザかった。

 それは、つい一日前までの当たり前の日常。本当の気持ちを押し殺してまで、本当の気持ちをさらけ出してまで守ったはずの、そんな日々。

 しかしこの世界にあの空間は、奉仕部の部室は存在しない。

 最初は嫌々ながら通っていた、気が付いた時には普通に通うようになっていた、あの場所が。

 だからあの二人も、雪ノ下と由比ヶ浜の二人も、この世界にはいないはずだった。

 

「雪ノ下……由比ヶ浜……」

 

 ゆっくりと意識が戻ってくる。

 夢から覚めた時のような、記憶が零れ落ちていくような感覚。しかし八幡は、サラサラと砂のように流れ落ちるソレの一部を、逃がすまいと強引に掴み取った。

 逃がすわけにはいかない。あの不思議な場所で雪ノ下に託された、彼女の願いを。

 それだけで、比企谷八幡が動く理由には十分だ。

 

(なにせ俺は、総武高校奉仕部の部員その一だからな)

 

 とはいっても今回は、魚を与えるのではなく魚の取り方を教える、という本来の奉仕部の行動理念で動くわけにはいかないだろうが。

 現在の由比ヶ浜の、種族や職業や外見、それどころかプレイヤーネームすら分からない。

 この事態に巻き込まれている〈冒険者〉の人数は一体何人なのか、それすら不明の現状で、一人の人間を探し出す。不可能に近いかもしれない。だが、それは決して不可能ではないのだ。

 0%と0.0000001%の間には、圧倒的な差がある。ゼロでない限り、常に可能性はあるのだから。

 なんにせよ、動いてみなければ始まらない。八幡は、ゆっくりと目を開けた。

 

「知らない天井だ……」

 

 開いたその目に映ったのは、高くて暗い天井。石で出来ていると思われるソレからは、どこか寒々しく、それでいて(おごそ)かな雰囲気が感じられた。

 どこか気怠さの残る体を起こし、八幡は自分の周囲をあらためて確認する。

 最初に目に入ったのは、たくさんの寝台だった。そもそも八幡が今いるのも、その寝台群の中の一つのようだ。

 壁の方へと目をやると、こちらもやはり石造り。何か彫られているようだが、残念ながら八幡の目には地味な彫刻にしか見えなかった。

 

「ここは……大神殿……?」

 

 この世界に飛ばされてからは当然初めてだが、ゲーム時代はよくお世話になっていた施設である。……下手人はほぼソウジロウとナズナの二択だったが。

 

(つうことは、今感じているこの気怠さは、死亡した際の経験値減少によるものか。……良かった。どうやら、この世界でも死からの復活はあるみたいだな)

 

 どうやら『大神殿での蘇生』というシステムは、ゲーム時代から引き続いて残されているようだ。

 その可能性は高いと思ってはいたが、こればかりは誰かが実際に死んでみなければ分からなかった。本物の死を迎えずに済んだことに、八幡は安堵のため息を漏らす。

 死からの復活があるというこの事実は、〈アキバの街〉を大きく変えるだろう。

 今までは、気軽に街の外に出ることは出来なかった。しかし今後は、直にモンスターと向き合って戦わなければならないということを許容できれば、死への恐怖を感じることなくフィールドゾーンへとでることが可能になるのだ。

 多くの〈冒険者〉が街中で項垂(うなだ)れている、今の腐ったような状況も、少しは改善されるかもしれない。……もっとも八幡には、それが良い影響だけをもたらすとは思えなかったが。 八幡がそこまで考えた時、扉の開く音が、大神殿内に響いた。

 先程見回した時に見つけた扉は、一つだけ。おそらく大神殿から〈アキバの街〉へとつながってるのであろう、正面入り口だけだった。

 いまだ怠さの抜けない首をどうにか動かし、八幡は大神殿の扉の方へと視線を向ける。

 

「副長……」

 

 それと同時に響いてきたのは、一年前までは毎日のように聞いていた声。先程自分に助けを求めてきた、とある少女の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「副長。入ってもいい?」

 

 八幡の部屋から出てきたくりのんが立ち去るのを確認し、イサミは室内の八幡へと声を掛ける。

 本来、イサミは八幡の部屋への入室許可を必要としない。毎日のように訪れるイサミに対していちいち入室許可を出すのが面倒だと、八幡が出入り自由の権限を与えてくれているからだ。

 自分以外にこの権限を持っているのが、ギルドマスターであるソウジロウだけである事を考えると、これは中々に破格の待遇だろう。

 けれども今回、無許可で立ち入ることにイサミはためらいを覚えた。いまだ八幡に何を言ったらいいのかも分からないし、そもそも自分が何かを言っていい立場なのかも怪しいところである。

 そんな後ろ向きな感情が、イサミに八幡の部屋への入室を躊躇(ちゅうちょ)させたのだ。

 

「……イサミか?入っていいぞ」

 

 イサミが入室許可を求めたことに驚いたのか、八幡からの返事からは若干の困惑が感じられる。

 意を決して部屋の中へと入ったイサミは、中の様子に驚いた。色々なものが置かれていたはずの部屋が、すっかり空っぽになっていたからだ。

 八幡が仕事をするのに利用していた執務机も片付けられ、イサミがこの部屋に訪れるたびに座っていたソファーもなくなっている。

 なくなったといっても、あくまでもゲーム内の家具アイテムでしかない。単なるデータに過ぎないはずだったのに。

 この言いようのない喪失感はなんだろうか。イサミは自分の心の動きに戸惑いを覚える。

 

「副長。本当に〈西風の旅団〉をやめるの……?」

 

 動揺したイサミの口から零れたのは、とても自分のものとは思えないような掠れた声だった。

 

「ああ」

 

 それに対して八幡から返ってきたのは、たったの一言。その口調からは、撤回するつもりはないという、確かな意思が感じられた。

 

「……やっぱりこの間の騒動が原因なの?」

 

 ここで何も話せなくなってしまったら、自分はここに何をしに来たのかが分からない。イサミは、動揺する心を何とか押さえつけ、八幡への質問を重ねる。

 

「そうなるな」

 

 再び八幡から返って来た言葉は、やはり冷たい。

 この少年の意志の強さは、イサミもよく知っている。言葉一つでは曲げられないであろうこともまた、重々承知していた。

 

「……副長、お願い。やめないで」

 

 それでも。イサミには八幡がやめることなど耐えられなかった。

 あの騒動の時、イサミにはどうにも出来なかったと言えばその通りだ。八幡を頼るという選択肢も、決して間違っていたとは思わない。八幡があんな解決方法を実行するなど、まるで考え付かなかった。

 だが、それが理由になるだろうか。これは、自分が八幡に頼ってしまった結果だ。八幡ならなんとかしてくれるだろうと安易に甘えた、自分の浅はかさが招いた結末。

 そもそも自分は、騒動になる前に気付かなければならなかったのだ。

 ほとんど女性ばかりのギルドの中の、ただ二人だけの男性プレイヤー。目が行き届かないことなど当然だ。

 メンバーのほとんどは、ソウジロウに対して本性をさらけ出してはいない。そして八幡とは、ほとんど話すこともない。ナズナや紗姫(さき)(よみ)の三人に対しても、幾許(いくばく)かの遠慮が存在する。

 そうであるならば、そのどちらとも普通にしゃべることのできるイサミのようなプレイヤーが、積極的に動かなければならなかったのだ。

 八幡から散々に聞かされた、〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)のお話。

 彼らが数々の伝説を残せた理由は、個々の実力ではなくそのチームワーク。ギルドでも何でもないはずの集団が、お互いに居心地のよい場所にしようと気遣い合った結果生まれた、本当の絆の力だった。

 なんだかんだであまり自慢話めいたことをしないはずの八幡が、どこか誇らしげに話すさまを見て、イサミは強い憧憬を覚えたものだ。

 つまり自分には、〈西風の旅団〉には、お互いに対する気遣いが足りなかったのだろう。

 レイドチームは、ソウジロウを独占できるという立場を死守しようとした。それ以外のメンバーは、どうにかソウジロウと話す機会を増やしたいと、その立場に異を唱えた。

 それのどこに気遣いがあるというのか。イサミにしても、三番隊のメインタンクという地位を手放すつもりなど一切なかった。彼女たちがレイドチームに入れないのは努力が足りていないせいだと思っていたし、そこに一切の優越感が含まれていなかったと言うと嘘になるだろう。

 

「みんなは、ウチが絶対に説得する。だからお願い!」

 

 ここで八幡に全てを押し付けてしまったら、自分たちは変わるための機会を失うかもしれない。今自分たちに必要なのは、話し合うことだ。

 言いたいことを言い合って、全員が納得するまで議論する。そうすることでしか、最高のチームには近づけない。八幡やソウジロウの語る、〈放蕩者の茶会〉(伝説の集団)には。

 たとえその結果

 

「その結果、ギルドが解散になっても仕方がない……か?」

 

 自分の考えを読まれたイサミは、驚いて言葉を失った。そこまで考えた上で、八幡は行動していたのだ。

 一人が全てを被ることによって、それ以外の全てを救う。

 結局のところ、八幡だけが〈西風の旅団〉のために行動したのだろう。茶会の元メンバーとして、みんなの居場所を守ろうとしたのだ。

 

「それでも!副長だけが犠牲になる、こんなやり方じゃなくても!!」

 

 もっと他のやり方はなかったのだろうか。なぜ彼だけが全てを背負わなければならないのか。

 やりきれない思いを感じ、イサミは叫んだ。

 

「……これが一番効率が良かった。ただそれだけだ。そもそも俺は、自分が犠牲になったなんて思っちゃいない。元々、セタの奴に強引に誘われたから入っただけのギルドだしな。ぼっちが元通りにぼっちに戻るだけの、誰も傷付かない、素晴らしい世界の完成じゃないか」 

 

 淡々と語る口調からは、八幡が本当にそう思っているのが感じられた。しかしどこか悲しみも込められているように感じられるのは、イサミの思い違いだろうか。

 〈エルダー・テイル〉は、所詮はゲームでしかない。イサミは、直接顔を見て話せないことをもどかしく感じた。

 マイクとイヤホン越しではなく、実際に顔を合わせて話すことが出来たら、八幡のことをもっと理解できたのではないか。

 

「副長は……本当にそれでいいの?」

 

 イサミの声が、湿り気を帯び始める。最後まで冷静に話そうと思っていたのに、イサミには溢れる涙を抑えることが出来なかった。

 八幡が〈西風の旅団〉を出ていく。その未来は、もう変わらないと悟ってしまったから。

 

「…………ああ」

 

 八幡は、イサミの質問にうなずく。

 これでもう何も言えることはなくなった。それでも、何かを言わなければ、伝えなければならない。

 しかし、イサミの口からはもう何も出てこなかった。

 

「……じゃあ俺、行くわ。他の奴らにはよろしく言っといてくれ」

 

 黙り込んだイサミに声を掛け、八幡は去っていく。

 あとに残されたのは、その後ろ姿を呆然と眺める、一人の少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あの時にも散々後悔したはずだったのにな……)

 

 イサミは大神殿へと急ぎながら、八幡が〈西風の旅団〉を抜けた日のことを思い出していた。

 八幡とは、あの日以来一度も話すこともなければ会うこともなかった。そもそも、八幡がログインしていることすら、ほぼなかったのだ。

 もしかすると、あれがきっかけで〈エルダー・テイル〉を辞めてしまったのかもしれない。そう思っていたイサミは、この世界に来て開いたフレンドリストで、八幡の項目が光っているのを確認して驚いた。

 八幡もこの事態に巻き込まれている。イサミはその事実を残念に思うのと同時に、八幡がまだ〈エルダー・テイル〉をプレイしていたことを喜んだ。

 この状況が少しでも落ち着いたら、八幡に会いに行こう。そう考えていたはずなのに、実際は状況がもっとも混乱している時に連絡をし、結果八幡を死なせてしまった。

 結局のところ、あれから一年もたっているのに、自分は八幡に頼る癖が抜けていなかったのだ。そして、死んだらどうなるかも分からない世界で、自分には無理だからと責任を押し付けてしまった。

 

(副長……)

 

 もし八幡が生き返らなかったら。大神殿を目指しながらも、イサミの焦慮は募るばかりだ。

 そのまま走り続けて数分後、イサミの眼にようやく大神殿の姿が映った。しかしその扉の前、イサミの目指す先に誰かがいるようだ。

 

(あれは……!?)

 

「おっ、イサミちゃんじゃん!」

 

 猛スピードで接近するイサミに気付いたくりのんが、声を掛けてくる。ギルドホールにいないと思ったら、こんなところにいたらしい。

 

「……くりのん。アンタ、ここで何してんの?」

 

 同じ三番隊所属ではあるものの、イサミはこのくりのんという〈冒険者〉がなんとなく苦手であった。隙あらば女の子にセクハラをしようとするところもそうだが、それ以上に、今一つ何を考えているのかが読めないのだ。

 〈大規模戦闘〉(レイド)の動きを見る限り、腕はトップクラスだ。作戦への理解度も、正直イサミ以上だとも思う。単純にレイドでの貢献度で考えれば、おそらくイサミよりも上だろう。

 ただ、なんとなく引っ掛かるのだ。女の子へのセクハラは確実に本気でやっているのだが、普段の行動に何か裏が隠されているような、そんな小さな棘のようなものが。

 

「私がここにいるのは、イサミちゃんと同じ用件だよ。……まあ、理由はだいぶ違うと思うけど」

 

 イサミと同じ用件、つまりは八幡を迎えに来たということだろう。八幡とくりのんの接点など、同じギルドの同じパーティーに所属していたということぐらいだと思ったが、もしかすると他にも何かつながりがあったのだろうか。

 

(そういえば、副長が辞めた日。くりのんが副長の部屋から出てくるのを見たんだっけ……)

 

 あの時も少し不思議に思ったものだが、その後の出来事で記憶から吹き飛んでしまっていた。

 あらためてくりのんを見てみると、かなりの美人だと思う。少なくとも自分と比べて、出るところも出ている。

 

(くっ!……いや、ウチだって成長すれば!……そういえばこの世界って、身長や体重が変わったりするのかな?)

 

 八幡だって、自分みたいなちんちくりんよりも、くりのんのようなタイプの方が好みかもしれない。イサミは、見下ろせば足元までがしっかり見えてしまう自分の体形を、心から呪った。

 

(……って違う違う!そもそも副長の好みなんて、ウチにはどうでもいいから!!)

 

 頭の中に浮かんだ考えを、イサミは全力で否定する。

 もっとも、実際に首まで振って否定しているところが、彼女の余裕のなさを表しているが。

 

「あー、イサミちゃん?青くなったり赤くなったりで忙しいのは分かるんだけど……」

 

「あ、赤くなんてなってないわよ!!」

 

 心の内を見透かしたようなくりのんの言葉に、イサミは思わず噛みついた。

 

「おっ、おう。いや、そんなに熱くならなくても……。それよりも大神殿の方、ちょっと見てみ」

 

 くりのんは、そんなイサミの様子に苦笑しながら、大神殿を指さす。

 

「なによ!って……あの光、なに?」

 

 くりのんの一言に、勢いよく首を振り向けたイサミだったが、大神殿の扉から漏れ出る光に戸惑う。どうしようかとイサミが逡巡する内に、光は徐々に薄くなり、しばらくすると扉の向こうは再び暗くなった。

 

「八幡の奴、帰って来られたみたいだな」

 

 イサミは、くりのんの言葉にはっとする。

 大神殿の中で起きた、謎の発光現象。大神殿という施設が、一体なんのために存在するのか。合わせて考えると、答えは一つであるように思えた。

 無言で走り出したイサミに、くりのんが道を開ける。イサミはそのままくりのんの横をすり抜け、大神殿の扉へと手を掛けた。

 

「イサミちゃん」

 

 イサミの背中に、くりのんから声が掛かる。その真剣な声に、何事かと振り返ったイサミは驚いた。

 〈大規模戦闘〉の時。例えピンチの時でもくりのんには常に余裕があったし、特に女性プレイヤーには常にどこかおちゃらけた感じで接していた。

 そのくりのんが、真剣な表情でこちらを見ている。イサミは思わず立ち止まり、くりのんの言葉を待った。

 

「八幡のことを頼んだよ。アイツは捻くれてるし本人は絶対に認めないだろうけど、良い奴だ。正直な気持ちを正面から伝える事。それさえ出来れば、多分大丈夫」

 

「……そんなこと、知ってるわよ」

 

 くりのんに聞こえるか聞こえないか。ささやくような大きさで、イサミはつぶやいた。

 なんだかんだと文句を言いながらも、自分のおしゃべりに付き合ってくれた八幡。褒められた手法ではないものの、ギルドの崩壊を防いでくれた八幡。

 八幡が、本当は優しくて良い人なことなど、イサミが一番よく知っている。

 あの時に伝えられなかったことを、今日こそ伝えなければならない。今度は後悔しないで済むように。

 イサミは、再び大神殿の扉に手を掛けた。重厚な作りのソレは確かな重みを返してきたが、イサミはそのまま力をこめて押し開き、歩を進める。

 バタン、という音を立て扉が閉まると、大神殿の中は暗闇に包まれた。光源はガラス窓の向こうで輝く月と星、そして……。

 

(奥の方、何か光ってる?)

 

 大神殿の祭壇の下に、いくつもの寝台が見える。一見シュールな光景ではあるが、イサミの視線は、その中央で淡く光る人影へと向けられていた。

 実際に会うのは初めてだ。仲が良かったとは言っても、それはあくまで画面越しのマイク越しの話で、一体どういう顔や背格好なのかなど、一切知らない。

 それでも一目見た瞬間、イサミはこの人が副長だと、八幡だと思った。

 闇に紛れる、群青色のコート。全身はほぼ同じ色で統一されており、服の間から見える肌と腰から下げられた刀の柄だけが、他と違う色をしていた。

 ゲーム時代によく見た、八幡の装備だ。

 

「副長……」

 

 イサミのつぶやきは、静かな大聖堂の中で大きく反響した。

 イサミはその響き方に驚いたが、それ以上に視線の先の人物も驚いたようだ。こちらに振り向きながら、その影がピクリと揺れる。

 

「……イサミか」

 

 イサミに向けられた声は、一年前までは毎日のように聞いていた声。そして、イサミに向けられた眼は、腐ったように濁っていた。

 掛けられた声につられるように、そのまま八幡の近くまで歩み寄ったはいいものの、なんと声を掛けたものかと、イサミは逡巡する。それは八幡の方も同様なのか、頭を掻きながら視線を右往左往させていた。

 二人の間に、気まずい沈黙が流れる。

 ぼっちを自称する八幡は仕方がないにしても、本来イサミは社交的な性格だ。しかし、どういう風に謝ったらいいのか。そればかりを考えているイサミの口からは、上手い言葉が出てこなかった。

 その時イサミの脳裏に、先程のくりのんとのやりとりが蘇る。

 

(自分の正直な気持ちを、正面から伝える……か)

 

 八幡が出ていった時も、そして今も、イサミは八幡に謝ることばかり考えていた。しかしそれは、本当に自分が言いたいことなのだろうか。そもそも八幡の性格を考えれば、謝罪を素直に受け取るわけがない。

 自分の本当に伝えたいこと。初めてそれを考えたイサミの口から、自然に言葉が零れる。

 

「あのね、副長……ありがとう」

 

 自分の口から出た言葉に、イサミ自身が一番驚いていた。そして同時に、胸の中で何かがストンと落ちるのを感じる。

 

(そうか。ウチは副長に謝りたいんじゃなくて、お礼を言いたかったんだ。〈会津兼定〉をくれて。ウチの愚痴を聞いてくれて。ギルドの危機を救ってくれて、ありがとうって……)

 

 イサミの考えていた『謝罪』には、自分を許して欲しいという気持ちが、どこかに込められていた。自分の罪悪感を少しでも軽くしようという、エゴの(かたまり)が。

 そんな言葉で、相手が、それ以上に自分自身が納得できるわけがなかったのだ。

 

「……ああ」

 

 八幡が、照れくさそうに眼を逸らす。あの時と同じ、短い言葉。しかしその言葉には、あの時にはなかった感情が込められていた。

 本質的に優しい彼は、相手の本当に本気の言葉を否定できない。おそらくくりのんは、このことを言っていたのだろう。

 

「ウチね、この世界に来てすぐは怖かったの。突然〈エルダー・テイル〉の世界に放り出されて、どうしたらいいのか分からなくって。でもね……」

 

 八幡は、イサミの話を黙って聞いてくれているようだ。八幡の眼を見つめ返しながら、イサミは話を続ける。

 

「友達が出来たの。その子、サラっていうんだけどね、なんと〈大地人〉なの。ほら、副長も知ってるでしょ?ゲームの時にホールの清掃に雇ってたNPCの女の子」

 

 そこまで話したところで、なんだか八幡の顔が青くなったような気がした。はて、と小首を傾げながらも、イサミは話を進める。

 

「サラと話しているウチに思ったんだ。この世界はゲームなんかじゃなくて、本物の世界なんだなって。笑えば笑顔になるし、悲しければ涙が出る。動けば疲れるし、時間がたつとお腹がすく。この世界は、現実と変わらない。ううん。今のウチには、この世界が現実なんだって、そう思ったの」

 

 確かに〈エルダー・テイル〉によく似てはいる。それでも、この世界と〈エルダー・テイル〉とは、完全に同じものではない。

 そしてここにいるのは、モニター越しに遊んでいた女子高生ではなく、イサミという一人の〈冒険者〉なのだ。

 

「だから、衛兵と戦って〈会津兼定〉が壊れたとき、思ったの。この世界で死んだら、本当に死んじゃうのかなって。でも、局長が助けに来てくれて……」

 

 イサミにとって一番怖かったのは、自分のせいで誰かが死んでしまうということだった。

 自分の軽率な行動が、ソウジロウを死なせてしまう。イサミは、その事実に耐えられなかった。

 だからイサミは、八幡に助けを求めたのだ。八幡ならなんとかしてくれると、そう思ったから。

 

「……イサミ。お前の判断は間違っちゃいない。例えばあの時助けに来たのが俺じゃなく、〈西風の旅団〉の誰かだったら、セタやナズナさんは絶対に逃げなかった」

 

 イサミの言葉を受け、八幡が口を開いた。イサミの行動は間違いではなかったと告げるその姿には、イサミを責める様子など微塵もない。

 

「別にお前がそんなことを計算してたとは思わんが、結果的に死んだのは俺だけで済んだんだ。流石に生き返れなかったらアレだったが、幸い生き返ったしな。……それに、おかげで知り合いにも会えたし」

 

「知り合い?〈エルダー・テイル〉でのってこと?」

 

 ぼっちだなんだと言う割に、〈エルダー・テイル〉内での八幡の交友は、昔から広かった。

 そもそものプレイ歴の長さに加え、あの〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)に所属していたという来歴。そして、〈西風の旅団〉のサブギルドマスターだという事実。

 八幡と一緒に行動していると、色々なプレイヤーから話しかけられたものだ。

 大手の戦闘系ギルドのギルドマスターとは大体知り合いだったし、特に〈シルバーソード〉のウィリアム・マサチューセッツには良く絡まれていた。

 だから八幡の言う知り合いも、その内の誰かだと思ったのだが……。

 

「いや。同じ高校の、同じ部活の奴。こんなゲームするような奴じゃなかったはずなんだけど、なぜかこの事態に巻き込まれていやがったんだよ」

 

 そう話す八幡の表情は苦々しげだったが、口調にはそれほどの暗さがなかった。

 

「副長が部活に入ってるっていうのがイマイチ想像できないんだけど、なんていう部活なの?」

 

 目の前の少年は、少なくとも自分から部活に入るようなタイプではない。不思議に思ったイサミは、八幡へと尋ねる。

 

「あ~、ちょっと色々あって無理矢理入れられたところでな。奉仕部って言うんだけど、まあなんていうか人助けみたいなことをする部活だよ。んで、知り合いってのはそこの部長だ」

 

 無理矢理入れられたという割には、八幡の顔はどこか誇らしげに見えた。

 

(奉仕部ね~。副長には似合ってるような似合ってないような……)

 

 とりあえず八幡の表情からうかがえるのは、彼がその奉仕部を、少なくとも嫌ってはいないということだ。イサミはなんとなく嫌な予感を覚え、八幡へと再び質問する。

 

「……その知り合いって、もしかして女の人?」

 

 知らずに語調が刺々しくなっていたかもしれない。自分の口から出た低い声に、イサミは驚いた。

 

「ん?そうだけど、よく分かったな。というかそれがどうかしたのか?」

 

 不思議そうな様子の八幡が、逆に質問を返してくる。しかし肝心のイサミにも、なぜ自分の口からそんな質問が飛び出たのかが分からなかった。

 どうしてかと考えたイサミは、浮かんできたある感情に、頬が赤くなるのを感じた。

 

「な、なんでもないから!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように、イサミは叫ぶ。

 本当は、とっくの昔に気付いていたのかもしれない。

 確かに〈西風の旅団〉に入った理由の一つは、ソウジロウだった。しかし気付けばいつも八幡とばかり話していた気がする。

 八幡の部屋に入り浸っての、毎日のようにしたおしゃべり。イサミが〈エルダー・テイル〉で一番楽しんだのは、そのひと時だった。

 八幡が去っていくときに感じたあの気持ち。そして今回。イサミが最初に助けを求めたのは誰だったのか。

 赤くなった頬は、まだ元通りの色には戻っていないが、イサミは八幡の眼を見つめる。

 

「ど、どうしたんだ?急に叫んだと思ったら、今度は笑い出して」

 

 動揺したその眼は、逃げ場を探すように右往左往していた。

 

「だからなんでもないって!……それにしても、局長やナズナに聞いてはいたけど、本当に副長の目って腐ってるんだね」

 

 八幡の反対により、〈西風の旅団〉では結局行われなかったオフ会。

 まあ考えてみれば、何十人も女性がいる中で、男性は二人だけだ。ゲームならばともかく、リアルでそれというのは、思春期男子にはハードルが高かっただろう。

 それでも、ずっと八幡には会ってみたかった。実際に会ったことのあるソウジロウやナズナのことが羨ましかった。

 そして今日。初めて見たその眼は、噂通りに腐っている。

 

「ほっとけ。世の中には、曇りなき(まなこ)でしか見えないものもあれば、腐りきった(まなこ)だから見えるものもあるんだよ」

 

 八幡らしい物言いに、イサミは笑い声を上げる。

 

 

 

 

 

 八幡とイサミ。二人が初めて(再び)出会ったのは、遠い異世界。二人が知り合うきっかけとなった、〈エルダー・テイル〉の世界によく似た世界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ~て、お二人さん。ラブコメってるところ悪いんだけど、散々心配かけたことに対するお仕置きの時間だよ!!」

 

 入口のあたりから掛かった聞き覚えのある声に、二人は慌てて振り向く。

 そこにいたのは、ソウジロウにくりのん、ドルチェとひさこ。それに加えて……。

 

「ナ、ナズナ!?いつから聞いてたの!?」

 

 黒い笑顔を浮かべるナズナに、イサミは動揺する。

 

(あんな恥ずかしい会話、まさか聞かれてないよね……?)

 

 八幡との会話に集中していたせいで、全く気付かなかった。ようやく落ち着き始めていたイサミの頬が、再び赤く染まる。

 願わくば、少しだけ聞かれただけで済んでいますように。そう願ったイサミだったが

 

「ん~?副長……ありがとう。ってあたりからだけど?」

 

「ほとんど全部じゃないのそれ!!」

 

 現実は非情であった。思わず叫んだイサミは、助けを求めようと八幡の方へと振り向いた。

 

「ちょっと副長!副長も何か言って……っていない!?」

 

 しかし隣にいたはずの八幡の姿は、すでに掻き消えていた。慌てて大神殿内を見回したイサミの眼は、窓に取り付いている八幡を発見する。

 

「悪いイサミ。話の続きはまた今度な!」

 

「え!?ちょっと待ってよ!置いていかないでってば!!」

 

 八幡は窓ガラスを突き破り、外へと飛び出していく。潔いまでの逃げっぷりに意表を突かれ、イサミでだけでなく、ソウジロウやナズナですら呆然としている。

 まだ話すことがあったのにだとか、自分も連れて行って欲しかっただとか、イサミには言いたいことがいくつもあったのだが、とりあえず今言えるのは一つだけ。置いて行かれたイサミは、ナズナのお仕置きを一人で受けなければならないということだ。

 

「副長の……バカーーーー!!」

 

 イサミの叫びは深夜のアキバに響き渡り、その声に驚いたとある〈暗殺者〉(アサシン)は、逃走経路の屋根の上で足を滑らせるのだった。




というわけで第二十四話、『そして、比企谷八幡とイサミは初めて(再び)出会う 後編』でした。タイトル自体は3月にはもう考えてたはずなのに、現在5月下旬。どういうことなの……。←※どう考えてもしっかりとプロット書いてないのが原因

内容に関しては、あまりにシリアスよりだったのを、わりと無理矢理ラブコメ風に改稿しました。そのため、多少展開が強引かもですが、個人的にはこちらの展開の方が気に入っています。……人それを結果オーライと呼ぶ。

まえがきにも書きました通り、今回の第二十四話でようやく第一章完結です。後半に関してはシリアス全開だったこともあり、作者自身もグダったな~と思っていますが、まあ書きたかった部分は書けたかな~とも思っております。そういった点も踏まえた上で、よろしければ感想や評価などをいただけるとありがたいです。特に不明点・疑問点に関しての質問は、自分の文章の分かりにくさなどが見えるので、かなり参考にさせていただいています。

さて、次回以降について。次回第二十五話は、登場人物紹介にしようかと考えています。ただこれだけでは、規約違反の一つである『小説以外の投稿』に当たるかもしれないので、第二章のプロローグ的なものをつけるつもりです。投稿は可能な限り今週中を目指しますが、おそらく週明け25日になるかと思います。お待ちいただけますと幸いです。

なお、第二章開始の際に、タイトルの『再投稿』の部分は外すつもりにしています。


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間章1 それぞれの場所で、彼ら彼女らの戦いが始まる。
第二十五話 とある昼下がり、イサミは“剣豪将軍”と出会う。+第二章開始時点登場人物紹介@俺ガイルサイド


ついに開始の第二章。第一章ほどシリアスにはならない予定ですが、基本筆の赴くままに書いているので、実際にどうなるのかは神のみぞ知る。←×登場人物紹介編は、間章に差し替えました。第二章は第二十八話からとなります。

さて。ついにお気に入りが1000件を突破し、さらに1100件をも突破いたしました。合わせてUAも70000越えと、読者の皆様には感謝の言葉しかございません。これからもこの作品を、どうぞよろしくお願いいたします!!

今回は登場人物紹介……のはずだったんですが、おまけで付けるはずの第二章プロローグが、明らかにおまけの分量をオーバーし、なぜか登場人物紹介が二話に分割されることになりましたwこの第二十五話は、俺ガイルサイドの登場人物の紹介を行い、次回第二十六話で、ログ・ホライズン側の登場人物紹介を行いたいと思います。

前半はギルド〈ログ・ホライズン〉メンバー初登場なミノリ視点、後半はおなじみのイサミ視点となっております。脳内予定ではミノリの出番はまだ先だったはずなのに、どういうことなの……。小説部分は5500文字ほど、登場人物紹介が3500文字ほどの大体9000文字ほどの長さですが、正直なところ登場人物紹介は、結構なやっつけ仕事ですw設定を間違って書いている可能性もありますので、見つけられた方は遠慮なくご指摘ください。


 ミノリとトウヤは、メガネの男に連れられて、〈ハーメルン〉のギルドホールへと来ていた。

 遅い時間の到着だったこともあり、二人はすぐに寝床に案内される。

 案内された場所には、自分たちと似た境遇の初心者プレイヤーがたくさんおり、どうやら今夜はここで雑魚寝して過ごすことになるようだ。

 どこか空いていないかと部屋を見回すミノリだったが、姉弟二人で並んで寝られそうな場所は見当たらない。

 

(とりあえず今日は、分かれて寝るしかないか)

 

 他の人も疲れているだろうし、わざわざ場所を開けてもらうのは忍びない。そう考えたミノリは、トウヤへと目配せしたのだが……

 

「おーい、そこの二人!こっちこっち」

 

 そこへ、部屋の隅の方から声が掛かる。驚いて振り向いたミノリの眼に、自分へと手を振る一人の少女の姿が映った。

 

「ここなら、二人で並んで横になれるよー!!」

 

 満面の笑みを浮かべた少女は、中学生であるミノリたちよりもいくつか年上に見える。ミノリはトウヤと一緒に、少女の元へと歩み寄った。

 

「ありがとうございます。私はミノリって言います。この子は弟のトウヤです」

 

 ミノリは、お礼を告げながらも、目の前の少女をしっかりと観察する。

 あらためて見てみると、やはりミノリたちよりも年上のようだ。おそらく高校生くらいだろう。

 顔立ちは綺麗というよりも、可愛いという感じで、お団子に結った髪が特徴的だ。

 

(大きい……)

 

 同じ女性であるミノリから見ても魅力的な少女であるが、何よりも目を引いたのが胸元。ミノリには縁遠い、その大きな胸である。

 

「あたしの名前は由比ヶ浜(ゆいがはま)……じゃなかった。ユイだよ。よろしくね、ミノリちゃんとトウヤくん!」

 

 少し騒がしいが、このユイという少女は良い人のようだ。底抜けに明るいユイの笑顔に、ミノリは心が温まるのを感じる。

 

(もし私たちにお姉ちゃんがいたら、こんな感じの人だったのかな……)

 

 弟のトウヤが事故に遭って以来、ミノリは常に気を張って生きてきた。

 サッカー好きで活発な少年だったトウヤが、車いすでの生活を余儀なくされている。そんなトウヤを置いて、一人だけ遊びに行くわけにはいかない。

 そう思った日から、ミノリの生活はトウヤを中心に回り始めた。学校や病院など、トウヤが外出する際には付き添う毎日。 

 その日々を嫌だと思ったことは一度もないが、もし自分たちにこんな姉がいたら。自分たちの日常は、もっと明るくて楽しいものになっていただろう。

 

「ユイ姉ちゃんは〈エルダー・テイル〉を初めてどれぐらいなんだ?」

 

 ユイの空けてくれたスペースに腰を下ろしながら、トウヤが質問する。

 ユイの装備は、少し前の自分たちと同じもの。全て〈冒険者〉の初期装備だ。ミノリと同じように、トウヤもそのことに気付いたのだろう。

 

「え~とね。……実は今日が初めてだったんだ。前からこのゲームをプレイしている友達がいて、今日はその子に案内してもらいながら遊ぶつもりだったんだけど……」

 

 どうやらこのユイという少女は、チュートリアルが終わったところでこの事態に巻き込まれてしまったようだ。

 チュートリアルは、〈エルダー・テイル〉における一番最初のクエストである。駆け出しの〈冒険者〉たちは、「カーネル少佐の戦闘訓練場」で行われる特訓で、基本的なゲーム操作を学ばなければならない。

 白髭の温厚な紳士という、どこぞのフライドチキン屋さんの創業者のような見た目のカーネル少佐だが、一旦切れると何をしでかすかわからないと云う困った設定が存在する。

 カーネル少佐の、時に優しく時に厳しい特訓に耐え抜いた初心者たちは、レベル4の〈冒険者〉として〈アキバの街〉へと降り立つのだ。

 

「……なるほど。それでこの世界に一人で放り出されてしまったと」

 

 ユイによれば、チュートリアル終了後に友人に連絡をし、そのあとに合流する予定だったらしい。しかし〈アキバの街〉に降り立った、そのタイミングが最悪だった。

 少しの間〈アキバの街〉を見回していたら、突如として世界が暗転。気が付けば、ユイの世界は激変していた。

 とりあえずはと友人を捜し歩いたものの、結局見つけることは出来ず、道端で休んでいたところに〈ハーメルン〉のメンバーから声を掛けられたらしい。

 

「まあでも、良い人たちに出会えて良かったよ。おかげでミノリちゃんたちにも会えたしね」

 

 そういってニコニコ笑っているユイは、こんな事態にも全くめげていないようだ。弟のトウヤも前向きな少年だが、ユイはそれ以上に前向きかもしれない。

 その明るさが、ミノリには羨ましかった。

 そのまましばらくおしゃべりに興じていた三人だったが、気付けばトウヤの体が舟を漕ぎ始めていた。ミノリよりも先にそのことに気付き、ユイは笑顔でトウヤを指さす。

 確かに今日は色々あった。というかあり過ぎた。話は尽きないが、そろそろ体を休めるべきだろう。

 

「ミノリちゃん、トウヤくん。おやすみ~」

 

「ユイさん。おやすみなさい」

 

 ユイへと挨拶を返し、ミノリは毛布に潜り込む。

 本当に今日は色々あった。突然異世界に放り出され、シロエともはぐれてしまった。そして……。

 襲いくる睡魔に、ミノリの意識が呑み込まれる。完全に意識が落ちる直前、ミノリの頭に浮かんだ願い。

 

(こんな世界だけど、明日からはユイさんみたいに明るく過ごしたいな……)

 

 しかしその願いは踏みにじられ、ミノリとトウヤ、そしてユイの苦しい日々はここから始まる。

 三人に明るい日々が戻るのは、しばらく先。腹黒メガネと腐った眼、二人の〈冒険者〉が再び表舞台に上がる、一か月後のとある会議の日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八幡を取り逃がした翌日。

 すでに陽も高くなった〈アキバの街〉を、一人の少年と少女が歩いていた。ソウジロウとイサミである。

 現在彼らが目指しているのは、アキバ最大のギルド〈海洋機構〉のギルドホームだ。

 昨日のナズナのお仕置きのせいで、いまだ全身が痛い。しかし、壊された〈会津兼定〉をこのままにしておく方が、イサミにはよほど我慢ならなかったのだ。

 

(それにしてもナズナの奴……。確かに昨日のはウチが悪かったけど、いくらなんでもアレはやり過ぎでしょ!いつの中世よ!!)

 

 思い出したくもないので詳細は省くが、とりあえずナズナはドSだ。間違いない。

 歩くたびに響く鈍痛は、いつも明るいイサミの表情を、不機嫌そうなしかめっ面に変えていた。

 

「イサミさん。本当に大丈夫ですか?」

 

 隣を歩くソウジロウから、本日通算十回目となる言葉が掛かる。

 正直なところ全然大丈夫ではないし、なんならベッドに潜って一日中休んでいたいまである。

 しかし、だ。もしソウジロウ相手にそんなことを告げれば、確実におんぶかだっこコースだ。そしてそんな光景を他の団員に見られでもしたら……。

 自分の想像の中の惨劇に、イサミは身を震わせる。

 

「わっ!?」

 

「うぬっ!?」

 

 変な想像をしながら歩いていたのが原因か、角を曲がったところで、イサミは反対側から歩いてきた人物とぶつかってしまった。

 現実世界のイサミであれば盛大に転んでいただろうが、そこは〈冒険者〉の体。数歩ほどたたらを踏んだだけで、なんとかイサミは態勢を立て直した。

 

「ご、ごめんなさい!ウチったら考え事しながら歩いてたから……」

 

 とにかく悪いのはこちらだ。イサミは、慌てて頭を下げる。

 

「ゴラムゴラム。なんの、こちらこそ不注意であった。人を探しながら歩いておったものでな。女子(おなご)よ、怪我はないか?」

 

 ぶつかった相手は、幸いにしていい人だったようである。鷹揚にイサミの謝罪を受け入れ、さらにイサミのことを気遣ってきた。

 

(ちょっと変わった人みたいだけど、そもそも〈エルダー・テイル〉ってこの手のロールプレイしてる人多かったしね)

 

 イサミは、頭を上げながら相手を観察する。

 とりあえず大きい。特に横に。

 古めかしい大鎧に兜という格好を見るに、どうやらイサミやソウジロウと同じ〈武士〉(サムライ)のようで、腰には一振りの刀を()いている。

 ただ、兜の隙間から覗いている髪の毛は、なぜか真っ白だった。

 

(変な恰好……。ん?そういえばこんな格好でこんなしゃべり方の人、前に見たことがある気が……)

 

 はて誰だったか。悩むイサミを尻目に、横合いからソウジロウが進み出る。

 

「僕のギルドのメンバーが失礼しました。そちらにお怪我はありませんでしたか?」

 

 ソウジロウという少年は、脳筋ではあるものの、礼儀知らずというわけではない。目の前の〈冒険者〉に、ギルドマスターとして謝罪する。

 

「先程も言ったが、構わぬよ。ただでさえこのような事態なのだ。〈冒険者〉同士で揉めている時ではないからな。……ん?貴様は!!」

 

 掛けられた声に返事をしながら視線を移した男の表情が、ソウジロウの顔を見た瞬間に豹変した。

 

「我が終生のライバル、セタ何某(なにがし)ではないか!!」

 

 イサミとソウジロウは、男の上げた突然の叫びに固まる。

 イサミの知っている限り、ソウジロウのライバルと言えるのは、副長こと八幡だけだ。そして、八幡はこんなにずんぐりむっくりな体型でもなければ、こんな妙な口調でもない。……まあ、変な人、という意味では同類かもしれないが。

 

(まあ、確かに見覚えはあるんだけど……。局長なら覚えてるかな?ライバルなんて言われてるぐらいだし)

 

 イサミは、そう思って隣を見るが

 

(あっ。これ完全に忘れてる顔だ)

 

 肝心のソウジロウは、不思議そうな顔で首を捻っていた。目の前の男に、イサミは心の中で合掌する。

 

「……まさか貴様、忘れているのではあるまいな?あの大会で死合(しあ)った、この我を!!」

 

 吠えるような男の言葉、その中の『大会』という部分が、イサミの海馬を刺激した。

 ソウジロウと八幡が、それぞれ〈武士〉(サムライ)部門と〈暗殺者〉(アサシン)部門で優勝した、あのPvP大会。強敵とばかり当たって大苦戦だった八幡を尻目に、ソウジロウは予選を軽々と突破して本選に臨んだ。

 その一回戦で当たった相手が、目の前のこの男ではなかったか。確か名前は……

 

「ああー!!思い出した。局長。確かこの人、文豪少年義昭(ぶんごうしょうねんよしあき)とかって人だよ!!」

 

「ちがーーーう!!我の名前は、剣豪将軍義輝(けんごうしょうぐんよしてる)だ!!」

 

 絶妙に微妙なイサミの間違い方に、義輝が叫ぶ。どうやら異世界に来ても、彼の名前はなかなか覚えてもらえないらしい。

 

「ああ、やっと思い出しました。PvP大会の一回戦で戦った方ですね」

 

 ソウジロウがぽんっと手をたたく。名前を聞いたところで、ようやく思い出したのだろう。

 まあ、ソウジロウが忘れていたのも無理はない。なにせ、ソウジロウと義輝との間で行われたその試合は、あまりにもあっさりと終わってしまったからだ。

 そもそも義輝の剣技は、ソウジロウとの相性が悪すぎた。義輝の一撃に重きを置くスタイルは、時にレイドボスの攻撃すら回避するソウジロウの見切りの前には、圧倒的に不利だったのだ。

 結果、義輝の攻撃はほとんど封殺され、ソウジロウにろくにダメージを与えられぬままに敗れたのである。

 義輝のことをイサミがなんとなく記憶していたのは、敗北後の義輝の姿があまりにも哀愁を誘うものであったのと、去り際に一方的なライバル宣言を残していくという残念さとが心に引っ掛かっていたからだ。……ついでに言うと、どことなく八幡の同類のような雰囲気を感じたのも、理由の一つだが。

 

「そうそう。局長があっさり倒しちゃった人……あっ!」

 

 ソウジロウの言葉に同意を示すだけのつもりが、無意識のうちに余計なことまで口にしてしまった。

 イサミは、恐る恐る義輝の様子を(うかが)うが、案の定と言うべきか、地面に腕をついて盛大に落ち込んでいる。大会の時も思ったが、この男、どうもメンタル面に難があるようだ。

 

「わー!!ごめんなさいごめんなさい」

 

 それから5分ほど。イサミとソウジロウは、義輝をなだめすかしておだて上げ、どうにか立ち直らせることに成功する。

 その後は軽い情報交換などをしつつ、なぜか意気投合したソウジロウと義輝は、互いにフレンド登録をし合っていた。

 

「それでは、我は()くぞ!この異世界のどこかで、友が待っておるのでな!!」

 

 気が付けば結構な時間が経っていた。日が暮れぬうちにと、義輝が別れを切り出す。

 

「いえ。ご友人に会えるといいですね」

 

 そんな義輝に、ソウジロウもにこやかに別れの言葉を告げる。

 

「今日は本当にごめんなさい。……そうだ!その友達の名前って何ていうの?お詫びも兼ねて、ウチらが見つけたら連絡するよ?」

 

 若干の名残惜しさを感じたイサミは、義輝に協力を申し出る。協力と言っても、見かけたら念話を送るだけだ。大した手間になることもないだろう。

 

「ふむぅ。それは助かるのだが……。残念ながら、我は其奴(そやつ)のプレイヤーネームを知らぬのだ。リアルでの知り合い故な」

 

 イサミの申し出に、義輝は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 その友達、もしかして始めたばかりのタイミングで巻き込まれでもしたのだろうか。義輝からの返答に、イサミは心配顔になる。

 

「あいや。心配は無用だ。なにせ其奴(そやつ)は、我よりもプレイ歴が長いはずだからな。機会を逸したせいで、名前を聞きそびれただけよ!一応本名の方だけ伝えておく」

 

 義輝は、イサミの杞憂を払うように言葉を返す。

 

其奴(そやつ)の名前は、比企谷八幡(ひきがやはちまん)だ。すまぬが、もし見つかるようなことがあれば念話を送ってくれ」

 

 義輝はそう告げると、一切振り返ることなく去って行った。

 その背中を見送りながら、イサミはソウジロウへと声を掛ける。

 

「副長と同じ名前だけど、偶然だよね?……どしたの、局長?」

 

 義輝の去り際の台詞以降、なぜかソウジロウの動きが止まっていた。不思議に思ったイサミは、ソウジロウに再度問い掛ける。

 

「今の名前」

 

「え?」

 

 ようやく凍結が解除されたのか、ソウジロウがぽつりとつぶやく。

 

「今の名前……確か八幡のリアルネームです……」

 

「…………え?」

 

 類は友を呼び、変人は変人を呼ぶ。今回イサミが得たのは、そんな教訓だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介@sideやはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

 

 

 

名前:比企谷八幡(ひきがやはちまん)/八幡(はちまん) レベル:90 種族:ヒューマン 職業:暗殺者(アサシン)/専業主夫(せんぎょうしゅふ) 年齢:17歳

 

サブ職業:専業主夫

家事全般に関するスキルを、まんべんなくかつある程度の高レベルでこなすことが出来るスキル。料理・裁縫・掃除など合わせて10種類以上の作業を行うことが出来るため、ソロプレイヤーや小規模ギルド所属のプレイヤーにはそこそこ人気がある。

ただし、当然ながら専門職の高レベルプレイヤーには遠く及ばないため、職人プレイヤーや大規模ギルド所属のプレイヤーでこのサブ職業を持つ者はほぼ皆無である。

実装当初は専業主婦で統一されていたが、一部プレイヤーの熱い抗議運動により、プレイヤーキャラの性別で末尾の文字が『婦』か『夫』に変わるように設定変更がなされている。なおその抗議運動の参謀役は、〈ヤマトサーバー〉のとある有名ギルドのサブギルドマスターだったと言われているが、真相は謎に包まれている。

 

ビルド:遠近自在(オールレンジ)

予備人員がほとんどいない〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)において、遠近どちらも(にな)えるようにと考え出された、八幡独自のビルド。

基本的には、非戦闘中にシャドウブレイドとスナイパー、もしくはソードダンサーとスナイパーのビルド(および装備)を任意に切り替えるというものである。仕組みとしては非常に単純であるものの、それを〈大規模戦闘〉(レイド)レベルにまで修めるのは極めて困難であり、武器・防具・特技など、様々な面でかなりの手間と時間とお金が必要となる。

ただし、その苦労を見かねた茶会メンバーが優先的に装備を回してくれたこともあり、八幡自身の装備は二年前時点ではほぼ最高性能と呼べるものが揃っていた。逆に〈西風の旅団〉時代は、他のメンバーの強化を優先したため、ほとんど装備の強化は行われていない。

 

人物:「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」&本作の主人公。千葉県にある進学校・総武高校の普通科二年生で奉仕部所属。生まれてから17年間、絶えずぼっち街道を歩み続けてきたぼっちエリート。成績は、国語学年3位と文系科目は優秀。なお、数学は学年最下位(9点)。運動神経も決して悪くはない。

リア充への爆破予告をしたためた作文を、現国教師の平塚静に見咎(みとが)められ、懲罰兼更生のために奉仕部へと強制入部させられる。その後の活躍は原作参照。

好きなものは、千葉とラーメンと甘いもの(特にMAXコーヒー)、あと小町と戸塚。苦手なものは、数学とリア充とトマト。座右の銘は「押してだめなら諦めろ」

 

本作においては、〈エルダー・テイル〉プレイ歴5年というベテランプレイヤーで、〈放蕩者の茶会〉の元メンバー。そして〈西風の旅団〉の元サブギルドマスターでもある。現在は安定のソロ(ぼっち)

〈アキバの街〉に、死からの復活を広めるきっかけとなった(一番最初に死んだわけではない)人物でもある。

現在地は〈アキバの街〉。

プレイヤーネームの由来は、本名である。これは、〈エルダー・テイル〉プレイ開始時の彼は、自分のことを八幡太郎義家の生まれ変わりだと信じており、自分の名前をかなり気に入っていたからである。現在の八幡は、当時の自分をぶん殴ってやりたいと思っている。

 

 

 

 

 

名前:雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)/??? レベル:90 種族:ハーフアルヴ 職業:???/??? 年齢:17歳

 

人物:「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」&本作のヒロインの一人。八幡・結衣と同じく総武高校の奉仕部所属で部長を務める。ただし、普通科ではなく国際教養科の二年生。

成績優秀・眉目秀麗(びもくしゅうれい)な上に運動神経も抜群な優等生。なお、体力には自信がなく、方向音痴にも定評がある。貧乳。

自身のキツイ性格と物言い、加えて近寄りがたい雰囲気のため、友達はいなかった。小学生時代はそれが原因でいじめを受けていたようではあるが、詳細は不明。もっとも、現在は同じ部活に所属する由比ヶ浜結衣と親友となっている。

原作開始時にはすでに奉仕部に所属しており、平塚静(ひらつかしずか)より、八幡の更生を依頼される。

好きなものは、パンダのパンさんと猫。苦手なものは、三歳年上の実姉・雪ノ下陽乃(ゆきのしたはるの)と犬。座右の銘は「目には目を、歯には歯を」

 

本作においては、八幡が〈エルダー・テイル〉をプレイしていると聞いたことをきっかけに、自身もプレイを始めていた。半年ほどの間、そこそこの時間を注ぎ込んだ結果、レベルは90に達している。

今回の〈大災害〉には、親友である由比ヶ浜結衣も巻き込まれており、八幡に結衣を助けてくれるように託した。

現在地は〈ミナミの街〉。また、ミナミで最初に死からの復活を証明した人物でもある。

プレイヤーネームは不明。

 

 

 

 

 

名前:由比ヶ浜結衣(ゆいがはまゆい)/ユイ レベル:4 種族:狼牙族(ろうがぞく)  職業:〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)/??? 年齢:17歳

 

人物:「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」&本作のヒロインの一人。八幡・雪乃と同じく総武高校の奉仕部所属の二年生。八幡とは同じクラスである。

作中屈指のアホの子であるが、周りの空気に合わせることに長けている性格とその見た目で、総武高校のトップカーストグループに所属している。

なお、料理は壊滅的に下手であり、クッキーの材料から木炭のようなものを生成する腕前(ワザマエ)。巨乳。数学は12点。

八幡と雪乃の二人と違い、誰とでも仲良くなれるタイプのため、友達は多数いる。雪ノ下雪乃とは親友同士であり、八幡からは百合ではないかと疑われるほどの仲の良さ。

平塚静に紹介された奉仕部へと依頼を持ち込み、後に自身も所属することとなる。

好きなものは、スイーツと犬。苦手なものは、勉強と料理。座右の銘は「命短し恋せよ乙女」

 

本作においては、〈ノウアスフィアの開墾〉に合わせて始めた〈エルダー・テイル〉で、〈大災害〉に巻き込まれる。

チュートリアルを終えたばかりの完全なる初心者であり、〈アキバの街〉を右往左往していたところに、〈ハーメルン〉のメンバーから声を掛けられる。

現在地は〈アキバの街〉。

プレイヤーネームの由来は本名であるが、これは特に何も考えていなかった結果である。まあ、☆★ゆい★☆よりはマシ。

 

 

 

 

 

名前:材木座義輝(ざいもくざよしてる)/剣豪将軍義輝(けんごうしょうぐんよしてる) レベル:90 種族:ヒューマン 職業:〈武士〉(サムライ)/??? 年齢:17歳

 

人物:総武高校二年生。八幡や結衣、雪乃とは違うクラスの所属である。

太った体型とメガネというオタクツーセットに加え、季節を問わずにロングコートと指ぬきグローブを愛用する、重度の中二病患者。

その痛々しい人物性から友達は皆無であり、体育の授業において余り者同士でペアにされた八幡に、やたらと懐いている。コミュ障気味なため、女子とはまともに会話できない。

将来の夢は、ライトノベル作家になって声優さんと結婚することであるが、そっちの方が稼げるからという理由で、ゲームのシナリオライターに転向しようとしたこともある。なお、材木座の書く小説は、だいたいなにかのパクリ。

奉仕部に自身の原稿を読んでもらおうと持ち込み、結果雪乃や八幡にぼろ糞に(けな)された。なお、それ以降もめげずに原稿を持ち込んで、そのたびにぼろ糞に言われている。

好きなものは、アニメ・ゲーム・マンガのオタク三種の神器。苦手なものは、同世代の女性とリア充。座右の銘は「大事なのはイラスト」

 

本作においては、プレイ歴3年の中堅プレイヤー。ギルド未所属ながら、野良パーティーでの〈大規模戦闘〉のクリア経験が数度あり、〈幻想級〉(ファンタズマル)アイテムも複数個所持している。

PvP大会では、予選は難なく勝ち上がったものの、不運にも本選一回戦でソウジロウと当たり惨敗した。

当然のように〈大災害〉時もログインしていたため、この事態に巻き込まれる。現実世界ではコミュ障な材木座だが、ロールプレイに慣れたおかげで、こちらの世界ではある程度まともに女性とも話すことが出来る。

現在地は〈アキバの街〉。

プレイヤーネームの由来は、本名と室町幕府13代将軍・足利義輝より。材木座曰く、魂の名前である。足利義輝の最後については諸説あるが、少なくとも彼が剣術の達人であったことは間違いない。




というわけで、由比ヶ浜&材木座登場の第二十五話でした。材木座という、ギャグ要員界のエースがようやく参戦。これでコミカルな描写を増やせる……はず?

登場人物紹介については、かなりざっくりとしか書いていません。可能な限り本編内で描写したいと思い、この形に。まあ、俺ガイル読者の人には不要な気がしますがw

さて次回以降について。次回第二十六話は、ログ・ホライズン側の登場人物紹介+αとなります。投稿日は最速で26日、遅くとも29日を予定しております。お待ちいただけますと幸いです。



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第二十六話 突然に、カワラは〈西風の旅団〉の前に現れる。+第二章開始時点登場人物紹介@西風の旅団サイド(やはり俺が〈西風の旅団〉の副長なのは間違っている。 その11)

今回は珍しく早い第二十六話。が、しかし!〈西風の旅団〉の登場人物紹介がかなり削ったつもりなのにやたら長くなり、結果その他ログ・ホライズンメンバーの紹介が、次回に移りましたw流石にアレなので、この登場人物紹介の三話分は、間章1として第二章とは別枠とします。

感想欄で一つご意見をいただいております。由比ヶ浜のキャラクターネームについて、本名そのままの「ユイ」というのはあまり良くないのではないかというものです。一応先の物語展開に使うつもりでのネーミングではあるんですが、一理どころか百理まであるご意見ですので、ちょっと迷い中です。由比ヶ浜が再登場するのは少し先ですので、それまでに結論を出します。

さて、今回は〈西風の旅団〉の人物紹介となります。前半はカワラ過去編、後半はオリーブ視点のお話です。カワラ過去編は、実はかなり前に書いていた分の再構成(リビルド)でして、そのおかげで早めに投稿できました。文字数は小説部分4600文字、登場人物紹介4000文字の、合わせて8600文字くらいなので、ちょい長めとなっております。



……五飛、教えてくれ。俺はあと、何回予告詐欺をすればいい?


 カワラにとって、八幡というプレイヤーはよく分からない存在だった。

 カワラと八幡が出会ったのは、〈エルダー・テイル〉がまだゲームだった時代。カワラが道場破りよろしく、有名プレイヤーに喧嘩をふっかけて回っていた頃の、まだレベルが90にもなっていない頃のお話である。

 

 

 

 

 

 その日。カワラは、〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉など、有名なギルドに決闘を申し込んで回っていた。残念がらというべきか当然というべきか、カワラの申し込みは歯牙にも掛けられず、冷たくあしらわれるだけだった。

 普通であれば、不貞腐(ふてくさ)れて諦めそうなものである。しかし残念なことに、カワラという少女の辞書は、『諦め』だとか『我慢』だとかの言葉が載っておらず、『全力全開』や『猪突猛進』という言葉が極太文字で書かれている欠陥品なのだ。

 そして、しつこく獲物を探し求めて徘徊していた所に遭遇したのが、〈西風の旅団〉の旅団の面々。

 ハーレムマスター・ソウジロウ、気怠げな〈神祇官〉のナズナ、おでこ少女のイサミに、たくさんの少女たち。

 そしてそんな集団の最後方をとある〈暗殺者〉(アサシン)が歩いていたのだが、双方にとって悲しいことに、カワラはまだその存在に気付いていなかった。

 

「アタシの名前はカワラ。セタ・ソウジロウ!いざ尋常に勝負だ!!」

 

 偶然見つけた有名プレイヤーに勝負を挑まんと、カワラは喜び勇んで集団の前へと立ち塞がった。

 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)である自分に、ソウジロウたちは呆気にとられているようだが、カワラにはそんなことは関係ない。

 気にせずに殴りかかったカワラだったが

 

「おい、どうした?……ちっ!?」

 

 突然割って入ってきたプレイヤーに、攻撃を受け止められた。隊列の進みが止まったことを不審に思い、後方にいたこのプレイヤーは様子を見に来たのだろう。

 しかし問題はそこではない。一番の問題は、カワラの渾身の一撃が、名前も知らないようなプレイヤーにあっさりと止められたことだ。

 カワラはとっさに飛び退(すさ)り、その〈暗殺者〉から距離を取る。

 

「道場破りのノリなのかもしれないけど、ウチはそういうのはお断りしてるんだけど……」

 

 しばらく様子を(うかが)っていたカワラに、横合いから声がかかる。

 このプレイヤーの名前は知っている。〈西風の旅団〉のメインヒーラーで元茶会の一員、ナズナという名の〈神祇官〉(カンナギ)だ。その声にはいつも以上の気だるさがこもっていたのだが、当然カワラはそんなことには気付かない。

 

「まあまあ、ナズナ。いいじゃないですか。せっかくわざわざ僕を探して挑みに来てくれたわけですし」

 

 そこに響いた脳天気そうな声は、カワラのターゲットであるソウジロウが発したもの。

 女性に対するソウジロウの甘さ。断られた場合にどうするかなど考えていなかったカワラにとって、これは僥倖(ぎょうこう)と言えた。

 しかし世の中そうは甘くないもので

 

「でも局長。いくらなんでも局長が(じか)に立ち合うっていうのは……」

 

「そうですわ、ソウ様!こんな狂犬の様な女なんて、わざわざソウ様が相手してあげなくても!!」

 

「ソウちゃん。あなたはギルドマスターなんだから、もうちょっとどっしりと構えておくくらいでいいのよ」

 

 ソウジロウの甘い態度が、他の団員のカワラへの心証を悪化させたようだ。轟々(ごうごう)と響く非難の声に、カワラは身をすくませる。

 ふと思い立ち、その集団の中で唯一無言であるプレイヤー、先程自分の攻撃を受け止めた八幡という〈暗殺者〉へと視線を送ってみると、完全に我関せずといった様子だ。

 

「とは言っても僕をご指名での挑戦なわけですから、ここは背を向けるわけにはいけませんよ!」

 

 そう言い放ち、ソウジロウが前へと進み出てきた。

 ソウジロウ・セタは、フェミニストな面が強調されている事が多い少年だが、ある種の戦闘狂であるという側面を持ち合わせている。それは団員たちにはある程度知れ渡っていることであり、そこもソウジロウの愛嬌の一つとして捉えられていた。

 つまり何が言いたいのかというと、戦う気になっているソウジロウを止めるのは結構大変なのだ。

 

「アンタはどうしてソウジロウと戦いたいんだい?ここには他にも強い奴が何人もいるよ?」

 

 (らち)が明かないと考えたのか、ナズナはカワラへと矛先を変えてきた。

 そこにはある思惑が込められていたのだが、当然ながらカワラはそんな思惑には気付かない。

 

「アタシは一番強い奴と戦いたいんだ!!」

 

 だから、カワラは思っていたことを正直に叫んだ。

 その答えに、ナズナを初めとした旅団の一部メンバーがニヤリとする。

 

「あっ。だったら、戦う相手は僕じゃなくてこっちの人ですね!」

 

 カワラの言葉を聞いたソウジロウから、唐突に戦意が失われた。

 そうして指さしたのは、〈西風の旅団〉のもう一人の男性メンバー。先程カワラの攻撃を止めた、八幡というプレイヤーだった。

 

「んっ!?」

 

 突然指さされたことに驚いたのか、八幡が思わず声を上げる。 

 

「んん~?」

 

 そしてその指を避けようと体を左右に倒すが、ソウジロウの指は八幡の動きに合わせて右左と追いかけてきた。

 

「…………え?俺がやんの?」

 

 八幡は実に嫌そうな様子で問い掛けるが、ソウジロウがうんうんと頷いているのを確認した瞬間、即座に背を向けて逃走を図る。……しかし回りこまれてしまった。

 

「ああ、八幡だったら問題ないね!何せウチのサブギルドマスターなんだし!!……逃げたらコロス」

 

「まあ八幡さんだったら、百歩譲ればソウ様と同格の強さだと言えないことはないかと!……逃げたら酷い目に合わせますわ」

 

「実際の所、局長と副長ってどっちが強いの?ウチはどっちも無茶苦茶強いってことしか知らないんだけど」

 

 余程ソウジロウとカワラを戦わせたくなかったのか、ソウジロウの言葉にナズナとオリーブが即座に乗っかり、無邪気なイサミの声が八幡を更に追い込む。

 一瞬にして形成された(物理的にも精神的にも強力な)包囲網は、完全に八幡の逃げ場所を奪っていた。というか、横で聞いているだけのカワラですら、なんだか恐怖を感じた。

 

「お前、俺なんかと戦いたいか?ほら、アレだ。ぼっちが伝染るかもしれないぞ?というか面倒なんでマジで勘弁して下さい」

 

 恥も外聞もない見事な土下座に、イサミを始めとしたメンバーはドン引きしていたが、そんなことは当然カワラには通用するわけもなく

 

「大丈夫!本当に強いんなら問題ないよ!!」

 

 即答であった。しかも、元気なサムズアップ付きだった。

 

「……はぁ~。んで、どうすりゃいいんだ?なんかルールだとかあるんだったら聞くが?」

 

 ようやく観念したのか、八幡が渋々といった様子で確認をしてくる。

 

「え~!ルールなんて面倒だから、単純にHPがゼロになるかまいったするかでいいんじゃないの?」

 

 カワラからしてみれば、ルールなどというのは面倒なだけだ。

 単純に、純粋に殴り合う。ケンカというのは、それだけで十分なのだから。

 

「……分かった。それでいい」

 

「よーしっ!!」

 

 八幡の同意を得たことで、カワラは自らの拳を打ち合わせて気合を入れ直す。

 強い〈冒険者〉と戦える。この〈エルダー・テイル〉において、強者との戦いほど心踊るものはない。

 

「では立会人は僕、〈西風の旅団〉のギルドマスターであるソウジロウ・セタが務めます。八幡とカワラさん以外は、場所を空けてください」

 

 おもむろに前に進み出たソウジロウが、勝負の審判に名乗りを上げ、とりあえずはと場所の確保を行う。ソウジロウの言葉を受けたナズナ以下〈西風の旅団〉の女性メンバーたちは、すぐさま散らばり、周辺をぐるりと囲うことで即席の試合場を形成する。

 

「はい、八幡とカワラさん、お二人は適当に距離を空けてください。……では、構えて!」

 

 宣言と共に、ソウジロウは腕を上へと上げる。

 その様子を横目に、カワラは拳を構えた。一方の八幡は、武器に手を掛けもせず、腕をダラリと垂らしたままである。

 舐めているのかとむっとしたカワラだったが、ソウジロウの腕が振り下ろされる直前。八幡の方から声が掛けられた。

 

「一応名乗っておく。〈西風の旅団〉のサブギルドマスター、八幡だ。……恨むなよ」

 

「えっ?」

 

「はじめ!!」

 

 始まった勝負が決着するのには、10秒もかからなかった。

 

 

 

 

 

「瞬殺だぁっーー!?」

 

 静かだった大神殿に、カワラの叫びが響き渡る。あまりの速さに、自分が一体何をされているのかもよく分からなかった。

 かろうじて認識できたのは、開始直後に後ろを取られたこと。切れ間のない、高速の連撃を喰らったこと。そして、最後に放たれた〈アサシネイト〉であった。

 今まで戦ったプレイヤーの中でも、圧倒的に強い。〈西風の旅団〉に入れば、あのプレイヤーともう一度戦えるかもしれない。

 そう思ったカワラは大神殿を飛び出し、先程自分が倒された場所へと、一目散に走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソウジロウとイサミが刀の修理に出掛けてから、かれこれ4時間ほどが経過した。今日は預けてくるだけだからすぐに帰ります、と言い残していったのに、ソウジロウは一向に帰って来ない。

 退屈そうな顔をしているカワラを眺めながら、オリーブ自身も暇を持て余していた。

 やることがないわけではないのだ。ただ、良くも悪くも〈西風の旅団〉というギルドは、ソウジロウのギルドであり、そのソウジロウがいないとみんなのやる気が出ない。

 最初は全員まじめに作業していたのだが、気付けば休憩時間が5分、10分と延び、すでに1時間以上の停滞が発生している。

 

「お師匠がいないと退屈だ~」

 

 足をぱたぱたさせながらのカワラの台詞に対して、普段の自分なら注意をするところだ。しかし、正直なところオリーブもそう考えており、カワラとの違いは口にするかしないかでしかない。

 そういえば、とオリーブは昔のことを思い返す。

 カワラが〈西風の旅団〉に入ったのも、退屈して行っていた道場破りじみた決闘が原因だったはずだ。偶然見かけたソウジロウに決闘を挑み、そして……。

 脳裏に(よぎ)ったとある〈暗殺者〉(アサシン)の姿を、オリーブは首を振ってどこかへ追いやる。

 

「教授も戻ってこないかな~」

 

 しかし追いやったはずのその姿は、カワラの漏らした一言に、一瞬でオリーブの元へ戻ってきた。

 教授というのは、カワラが八幡のことを呼ぶ時の名前である。タンクとしての戦い方を教えてくれるソウジロウはお師匠、自分と戦う度にネチネチと欠点を(あげつら)う八幡は教授。

 教授という職業に対しての偏見に満ち満ちているが、アホの子のカワラを理詰めで追いつめていくその姿は、いわゆるイジワルな教授のイメージ通りだった。

 思い出したその名前のせいで、オリーブの眉間に(しわ)が寄る。

 〈西風の旅団〉の屋台骨に亀裂が走ったあの時。八幡がなぜあのような行動に出たのかを、オリーブはほぼ正確に洞察していた。そして怒りを覚えていた。

 他に方法があったかと問われれば、答えを返すことは出来ない。

 誰にも気づかれないように動き出し、誰にも気づかれないうちに行動を終える。作戦行動としては、理想的なものであるのかもしれない。

 しかし、八幡のあの行動は、自分たちをまるで信用していないものだった。

 最初は、ソウジロウに付いてきた、単なる添え物のポテトだと思っていた。それでも同じ三番隊で行動するうちに、いつしか八幡に対する仲間意識を感じていたのに。

 

「仲間……か」

 

 彼は自分たちを仲間として認めていなかった。それこそが、オリーブが今怒っている最大の原因だ。

 

「はい。休憩終わり!カワラ、仕事を再開するわよ!!」

 

 もしこの世界で、八幡と再び会うことがあったら。その時は、今の〈西風の旅団〉の姿を見せて、辞めたことを後悔させてやる。

 そう決意したオリーブは、停滞を打ち破るために声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介@side西風の旅団※参考資料:ログ・ホライズン資料集&loghorizon @ ウィキ

 

 

 

名前:ソウジロウ・セタ レベル:90 種族:ヒューマン 職業:武士(サムライ)/剣聖

 

〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)の元メンバーで、ギルド〈西風の旅団〉の創設者&ギルドマスター。

基本的には純粋で穏やかな性格なのだが、身内(特に女性)に手を出す者には容赦せず、その姿は時に冷酷にすら見えることもある。

〈西風の旅団〉での戦闘時には第一前衛(メインタンク)を務め、敵の攻撃を(かわ)すか受け流した上で攻撃を叩き込む、カウンター型のスタイルである。

優しい性格ゆえか、女の子にやたらとモテる生粋(きっすい)のハーレム体質であり、ゲーム時代はいつも女の子に囲まれていた。

現実世界での職業は不明。

 

本作においては、レイドチーム&一番隊の第一前衛(メインタンク)。主人公である八幡の親友(自称)であり、PvP大会〈武士〉部門優勝者でもある。

それ以外は基本原作通りだが、八幡の介入により、「死からの復活」を〈アキバの街〉に広めてしまった人物が、ソウジロウ→八幡へと変更されている。

 

 

 

 

 

名前:ナズナ レベル:90 種族:狐尾族(こびぞく) 職業:神祇官(カンナギ)/賭博師

 

〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)の元メンバーで、ギルド〈西風の旅団〉の創設メンバー。現在は実質的にサブギルドマスターの役割もこなしている。

ソウジロウの保護者的な立ち位置であり、ソウジロウに対して正面から意見できる数少ないメンバー。なお、普段は割とだらけている。

戦闘時には、自称くの一の名に恥じない高速の一撃離脱戦法を得意としており、回復と攻撃の両方を器用にこなす。

〈西風の旅団〉のナズナとそうきゅんファンクラブ(SFC)トップの狐姉さん(匿名)は別人。

現実世界では20代であり、歯科医助手の仕事に就いている。

 

本作においては、二番隊隊長→一番隊のメインヒーラー。基本的には原作通りではあるが、説教しなければならない相手が約一名増えており、気苦労が絶えない。

なお、その際に合わせて行われるお仕置きは、暴力的表現でR18指定のため、作品内で描写されることはない……はず。

 

 

 

 

 

名前:イサミ レベル:90 職業:武士(サムライ)/会計士

 

ソウジロウ好きが高じた変態がばかりの〈西風の旅団〉の中で、数少ない常識人の一人。一人称はウチ。※原作では「ウチ」「うち」で表記ゆれあり。本作では「ウチ」で統一

そのまともさゆえ変態たちに振り回されることも多いが、その性格のせいで逆に騒動の原因になることもある。

ログ・ホライズン本編での描写はほとんど存在しなかったが、原作最新エピソード(web版)にて〈呼び声の砦〉のレイドチームに参戦中。

現実世界では女子高生。

 

本作においては、ヒロインの一人であり、第一章のメインヒロイン。八幡のことを副長と呼んでいる。三番隊の第一前衛(メインタンク)

八幡に散々にこき使われていたため、多少なりとも衛兵と斬り合えたりと、実力は原作よりも強化されている。

〈大地人〉であるサラとは、八幡のことをきっかけに原作以上のスピードで仲良くなっている模様。

使用する武器は〈幻想級〉(ファンタズマル)の打刀・〈会津兼定〉(あいづかねさだ)。攻略難易度の低いレイドダンジョンでのドロップアイテムのため、最近では性能不足を感じているが、思い出の品なのでそのまま使い続けている。現在修理中。

 

 

 

 

 

名前:くりのん レベル:90 職業:施療神官(クレリック)

 

変態ぞろいの〈西風の旅団〉の中でも、頭一つ抜けたレベルの変態。よく寝ている。

他の変態たちがソウジロウ狙いなのに対し、くりのんの狙いはソウジロウ狙いの女の子であり、平然とセクハラ行為を繰り返している。

ログ・ホライズン本編での描写はほとんど存在しなかったが、原作最新エピソード(web版)にて〈呼び声の砦〉のレイドチームに参戦中。

現実世界の職業は不明だが、きっと変態。

 

本作においては、〈西風の旅団〉における八幡の数少ない理解者の一人。三番隊のメインヒーラー。

なぜかいつも死闘に巻き込まれる三番隊唯一の回復役(ヒーラー)であり、その活躍がなければ確実に旅団を追い出されているレベルのセクハラ魔神。

原作でも時折見せる頭の切れは、本作ではさらに強化されており、気付いたらなぜか探偵役になっていた。

第二章でもがっつり出番がある模様。

 

 

 

 

 

名前:ひさこ レベル:90 職業:召喚術師(サモナー)/裁縫師

 

〈西風の旅団〉に所属する、常識人少女その二。というか、イサミとひさこ以外はだいたいまともじゃない。

旅団の生活班の班長であり、工房と倉庫の管理は彼女の仕事。主に備蓄食料の在庫を管理している。

基本的に優しい性格なのだが、戦闘時にはたまに黒さを垣間見せることも。

現実世界では女子高生と思われる。

 

本作においては、〈西風の旅団〉における八幡の数少ない理解者の一人。現在は三番隊の副隊長でもある。

三番隊が回復役(ヒーラー)一人という構成のため、攻撃役と同時に、召喚生物の切り替えでサブヒーラー的な役回りもこなしている。

興味本位で八幡のことを観察している内に、若干その黒さを受け継いでしまっており、原作以上に腹黒くなってしまった。通称ちょい黒サモナー。

なお、主な被害者はくりのんである。

 

 

 

 

 

名前:ドルチェ レベル:90 職業:吟遊詩人(バード)

 

現在〈西風の旅団〉に所属するメンバーで、ソウジロウを除いて唯一の男性プレイヤー。学生ぐらいの年齢が多い旅団メンバーの中で、おそらく最年長。

基本的には落ち着いた人格者なのだが、屈強な体格でオネエ言葉を操る生粋の漢女(おとめ)。事務班の班長を務めている。

リアルでは料理が得意なのだが、今のところこの世界では役に立たないという不遇の立場。

現実世界での職業は不明。

 

本作においては、〈西風の旅団〉における八幡の数少ない理解者の一人。現在は三番隊の隊長でもある。

三番隊は、6人パーティーに攻撃職が4人という脳筋構成のため、主に歌による援護を行っていた。

 

 

 

 

 

名前:カワラ レベル:90 職業:武闘家(モンク)

 

〈西風の旅団〉に所属する、天真爛漫な少女。いわゆるアホの子である。

明るく優しい性格だが、トラブルにも遠慮なく突っ込んでいくため、彼女の周りには騒動が絶えない。

その反面で寂しがり屋でもあり、〈大災害〉後はやたらとソウジロウにくっついている。

〈西風の旅団〉のカワラとそうきゅんファンクラブ(SFC)星組の師匠応援隊長(匿名)は別人。

現実世界での職業は不明だが、おそらく女子高生~女子大生だと思われる。

 

本作においては、八幡が抜けた後の三番隊に補充メンバーとして加わっている。

イサミがヘイトを固定、くりのんが回復し、ドルチェとひさこが援護するという三番隊において、自由自在縦横無尽に戦場を駆け回っている。

入団時の決闘相手がソウジロウ→八幡に変更となっているが、その後の訓練はソウジロウが見ていたため、ソウジロウへのお師匠呼びはそのまま。

八幡在籍時には彼にもよく決闘を挑んでおり、決闘後によく説教をしてくる彼のことを、教授と呼び(した)っていた。

 

 

 

 

 

 

名前:フレグラント・オリーブ レベル:90 種族:エルフ 職業:妖術師(ソーサラー)

 

〈西風の旅団〉に所属する、ソウジロウへの尋常ではない愛情を持つ女性。ソウジロウとそれ以外の人物とで、接し方がまるで違う。

普段はわりとまともで気の付く人物なのだが、ことソウジロウが関わるとよく暴走する。妄想しながら鼻血を噴くのは、もはやお約束。

そんな性格ではあるが、それなりに人望はある模様。

〈西風の旅団〉のオリーブとそうきゅんファンクラブ(SFC)花組の回転鼻血(匿名)は別人。

ログ・ホライズン本編での描写はほとんど存在しなかったが、原作最新エピソード(web版)にて〈呼び声の砦〉のレイドチームに参戦中。

現実世界での職業は不明。

 

本作においては、三番隊所属。

八幡の在籍時には、単体攻撃の八幡、範囲攻撃のオリーブとして、三番隊の鬼火力の片翼を(にな)っていた。

ソウジロウの友達ということもあり、八幡にも丁寧に接していたが、〈西風の旅団〉離脱時の八幡のやり口にはいまだに怒っている。

第二章においては、それなりに重要な人物になる……はず。

 

 

 

 

 

名前:キョウコ/恭子 レベル:90 職業:守護戦士(ガーディアン)

 

〈西風の旅団〉に所属する、ソウジロウLOVEな体育会系元気娘。

ソウジロウへの愛は大きく、ナズナにすらドン引きされるほどの変態的言動をすることがある。

一方で、二番隊の隊長と遠征班の班長を兼務するなど、リーダーシップもあるようだ。

ログ・ホライズン本編では、第六巻にて大きな出番があるが、あまりおいしい役どころではない(笑)

現実世界での職業は女子高生。

 

本作においては、二番隊の隊長職をナズナから引き継いでおり、遠征班の班長もそのまま務めている。

レイドチームにおいては第二前衛(サブタンク)を務め、一時的にボスのヘイトを取ることもある。

〈西風の旅団〉離脱時の八幡のやり口には、いまだに怒っている。

 

 

 

 

 

名前:サラ レベル:?? 職業:エルダー家政婦

 

ゲーム時代から〈西風の旅団〉のギルドホールの清掃係として雇われていた、〈大地人〉の少女。左目下にある泣きぼくろがチャームポイント。

突然変わった〈冒険者〉たちの態度に困惑していたものの、ソウジロウやイサミと接するうちに、徐々に打ち解けていく。

ソウジロウのことはご主人様、それ以外のメンバーも基本的に様付けで呼んでいる。

ソウジロウたちに、この世界はゲームではないということを、強く意識させた人物でもある。

 

本作においては、ヒロインの一人。ゲーム時代の八幡の愚痴に付き合わされていたことをきっかけに、なんとなく八幡のことが気になっている模様。

また、〈専業主夫〉としての家事スキルにも憧れており、いつかそのことについても話してみたいと思っている。

〈冒険者〉であるイサミとは、八幡のことをきっかけに原作よりも早く仲良くなっている。




というわけで、カワラとオリーブの二人が本格的に物語に加わりましたな第二十六話でした。特にオリーブに関しては、第二章では結構出番がある予定となっております。

登場人物紹介については、前話以上にざっくりです。これは、本編内でかなりの部分を描写しているのが理由となっております。また執筆にあたり、loghorizon @ ウィキさんを大いに参考にさせていただきました。有志のみなさまに感謝を。※notコピペ

さて、次回以降について。次回第二十七話、登場人物紹介@ログ・ホライズン編は、今週中の投稿を目指します。いくらなんでも登場人物紹介に二週間かけるわけにもいきませんしね……。現在ログ・ホライズン本編より、とある人物をゲスト参戦させようと画策しておりますので、お待ちいただけますと幸いです。


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第二十七話 暗い森の中で、アカツキは“目の腐った〈暗殺者〉”に遭遇する。+第二章開始時点登場人物紹介@sideログ・ホライズン

意地で今週中に仕上げた第二十七話。今回は〈西風の旅団〉メンバーを除いたログ・ホライズン側の登場人物紹介となります。なお、かなりざっくりです。

第二十六話投稿後、「ログ・ホライズン~マイハマの英雄(ぼっち)~」とかいう作品が、日間ランキングの12~18位ぐらいに三日間ほど居座っていたようです。その結果、お気に入り件数の増加と共に、作者へのプレッシャーが増大しましたw今後も頑張ります。

今回のお話は、タイトルで分かるようにアカツキ視点です。まあ完全なるゲスト出演ですがねwそして最後に少しだけ、誰も得しないであろうコーウェン公爵視点のお話がくっついております。実は、作品的にはこっちの方が重要な場面だったり。今回は、小説部分が8000文字、登場人物紹介が4000文字という謎の大ボリュームです。というかこれ過去最長……。


『主君。今のところ、周辺に異常は見られない』

 

『分かった。僕と直継もこのまま進むから、アカツキさんは引き続き周辺警戒をよろしく』

 

『……わたしのことはアカツキと呼び捨てにしてほしいと、何度も言っている』

 

『……そ、そのうちね』

 

 暗い森の中。シロエとの念話を終え、アカツキは深いため息をつく。大恩人たるシロエを主君と仰ぎ始めて数日、いまだにシロエはアカツキのことを"さん"付けで呼んでくるのだ。

 それでは上下の別がつかない、と何度もアカツキは抗議しているのだが、シロエは(かたく)なに呼び捨てを(こば)んでいた。

 シロエの性格、と言えばそれまでなのだろうが、アカツキにはそれが少し不満だった。もっとも、最近ではアカツキからの"主君"呼びを受け入れてくれたようなので、そこには満足しているが。

 

(それにしても、今日の森はなんだか雰囲気が悪いな。なんとなくヒリついた感じがする)

 

 アカツキは、枝から枝へと飛び移りながら移動していた。

 アカツキがシロエたちのパーティーに加わって数日。最近〈アキバの街〉周辺でのPK(プレイヤーキル)行為が増えてきたこともあり、アカツキは先行偵察を買って出ていた。

 今のところシロエたちは、幸いにしてPK(プレイヤーキラー)には遭遇していないが、それはアカツキのこの先行偵察に()るところが大きい。

 数日の間で研ぎ澄まされた感覚。今の森の雰囲気は、アカツキのその感覚に警戒を訴えていた。

 

(んっ!?あれは……?)

 

 視界の端で、何かがちらりと動いた気がした。とっさに木の幹に身を潜め、アカツキはその方向へと目を凝らす。

 

(いた!人数は……4人か)

 

 アカツキが見つけたのは、4人の〈冒険者〉たち。構成は、〈守護戦士〉(ガーディアン)が1人。〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)が1人。〈妖術師〉(ソーサラー)が1人。〈森呪遣い〉(ドルイド)が1人。

 非常にバランスがいいパーティーだ。 伏兵がいるかもしれないので、現在のところ4人パーティーとは断言できないが。

 問題は、彼らが敵なのか敵ではないのかである。

 

(あの連中、何かを待っているようだけど……一体何を待っているんだ?)

 

 前方の4人組は、明らかに周囲の様子を(うかが)っている。しかも、潜んでいるのは街道沿いの森の中のようだ。

 自分では判断が付かない。そう思ったアカツキは、シロエの判断を仰ごうとメニュー画面を開いた。

 

『主君』

 

『どうしたの?アカツキさん?』

 

 相変わらずの"さん"付けに、アカツキは軽く頬を膨らませるが、今は文句など付けている場合ではない。

 アカツキは、把握しているだけの情報を手早く伝え、シロエからの返答を待った。

 

『……なるほど。可能性としてはPKが一番高そうだけど、もう一つだけ可能性があるね』

 

『可能性?』

 

 シロエからの返答は、アカツキの考えを肯定するものであったが、どうやらそれ以外の可能性を思いついたようだ。

 やはり主君と自分とでは頭の出来が違う。そう考えながら、アカツキはシロエの言葉の続きを待った。

 

『アカツキさんの話を聞く限り、彼らが誰か、もしくは何かを待ち伏せしているのは、多分間違いない』

 

 無言で聞くアカツキに、シロエは言葉を続ける。

 

『ただし。アカツキさんからの情報では、ターゲットが〈冒険者〉だとは断言できない。モンスターかもしれないし、もしかすると……』

 

 言いにくい内容なのか、シロエは言葉を濁した。

 しかし、アカツキだとて別にバカというわけではない。濁した言葉のその先を洞察したアカツキは、シロエの考えに若干の恐怖を覚えた。

 

(……つまり主君は、〈大地人〉がターゲットになる可能性があると言っているのか)

 

 正直なところ、アカツキの頭の中には全くなかった可能性だった。

 〈大地人〉とは、つまりはゲーム時代のNPCのことである。NPCに攻撃してやろうなどという発想など、そうそう浮かぶものではない。

 しかし、現実となってしまったこの世界ではどうであろうか。

 基本的に〈大地人〉は、〈冒険者〉やモンスターよりも弱い存在だ。例外なのは、エリアス=ハックブレードやイズモ騎士団に代表される〈古来種〉(こらいしゅ)、そして一部の〈大地人〉兵士くらいだろう。

 つまり〈大地人〉とは、〈冒険者〉やモンスターよりも倒すのが容易な相手なのだ。……〈大地人〉は死んだら生き返らない、という事実に目を(つむ)ればであるが。

 

『……主君。そのもう一つの可能性、どれくらいの確率だと思う?』

 

『そんなに高くないとは思う。でも、起きないと断言できないくらいには可能性がある……かな?』

 

 アカツキの言葉は、自分では気づかないうちに真剣味を帯びていた。それを受けて、シロエの声も自然と低くなる。

 そして、その言葉に含まれたシロエの感情は、アカツキを黙り込ませるのには十分だった。

 シロエとアカツキ。両者が黙り込んだことで、アカツキの周辺から一時的に音が失われる。静かになった森の中で、アカツキの耳が異音を捉えた。

 

(……この音は?)

 

 アカツキの後方から聞こえてきたのは、重たい車輪の音。その音は、東側から〈アキバの街〉へと迫って来ていた。

 思わずそちらへ視線を向けたアカツキが見つけたのは、何台もの馬車。どこか遠くの地方からアキバへとやって来たのだろう、〈大地人〉の隊商(キャラバン)だった。

 しかし、モンスター対策には十分なその護衛たちも、〈冒険者〉が相手となると十分とは言えないだろう。

 

(レベル22、レベル24、レベル19。レベル25。これでは……)

 

 自分の潜む横を通り過ぎて行った隊商の傭兵たち。そのレベルを確認し、アカツキは舌打ちした。

 先程見つけた〈冒険者〉たちが、もし〈大地人〉狙いの夜盗もどきであった場合、この隊商は確実に全滅する。そして、運んでいる荷物を全て奪われるだろう。

 視線を動かして〈冒険者〉パーティーの様子を確認すると、あちらも馬車の立てる音に気付いたようで、なにやら慌ただしく動き始めている。シロエが告げた最悪の可能性、それが(にわ)かに現実味を帯び始めていた。

 慌ててシロエへ報告しようとしたアカツキの視線の先で、

 

「えっ!?」

 

 〈冒険者〉パーティーの一人である〈森呪遣い〉(ドルイド)に、幾本もの矢が突き立った。

 その異様な光景に、思わず声を漏らしたアカツキだったが、〈冒険者〉パーティーの驚きはその比ではない。意表を突かれたことで、全員が完全に動きを止めていた。

 その混乱に乗じるように、さらにもう一本の矢が飛来する。とどめとばかりに放たれたその一撃は、パーティー唯一の回復役(ヒーラー)をポリゴン片へと変換し、大神殿へと強制送還した。

 慌てた様子の〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)が、アカツキが潜んでいたのとは反対側の森を指さしている。最後の一本で、ようやく相手の居場所を掴んだらしい。

 

『主君、緊急事態だ』

 

 一方アカツキは、すでに動き始めている。

 大体の位置は、最初の攻撃ですでに割り出していた。木の葉や枝で身を隠しながら、相手に気付かれないように接近する。

 念話が、声に出さずとも行えるのは幸いであった。シロエに状況を伝えながら、アカツキはそのことに感謝する。……まあ、誰にというわけでもないが。

 

(いた!……なっ!?)

 

 アカツキが見つけたのは、弓を構える黒い人影。しかし視界に入れた途端、その影がこちらの方へと頭を向けた。次の枝へと飛び移ろうとしていた体を抑え込み、アカツキはとっさに身を縮める。

 

 これでもアカツキは、己の"忍び"としてのスキルに自信を持っていた。

 〈暗殺者〉の特技には、敵から身を隠すためのものが多数存在する。それに加えて、サブ職業である〈追跡者〉の特技、気配を消す〈隠行術〉(スニーク)〈無音移動〉(サイレントムーブ)も使用可能であること。さらには遺憾ながら小さな己の体躯(たいく)

 こと忍び寄ることに関しては、自分は誰にも負けない。そう思っていた。

 そのはずだったのにだ。ようやく視界に捉えただけ、しかも相手の性別すら分からないような遠間(とおま)から気配を察知されるなど、アカツキにとっては屈辱でしかなかった。

 まさかアカツキも、ぼっちだから視線に敏感だった、などというアホな理由には思い至らなかったのだ。

 

 しかし忍びとは、耐え忍ぶ者である。あの〈暗殺者〉が敵か味方も分からない現状で、まさか私怨(しえん)に駆られて斬りかかるわけにもいかない。

 幸いにして、相手からは発見されなかったこともあり、アカツキはその場で身を潜めて待機する。

 

「こいつ!待ちやがれ!!」

 

 どうにか心を落ち着けたアカツキは、意外と近い位置から響いた声にぎょっとする。どうやら先程の〈冒険者〉パーティーのメンバーが、(くだん)の〈暗殺者〉へと接近してきているようだ。

 アカツキがそちらへと視線をやると、なぜかそこにいたのは本来後衛であるはずの〈妖術師〉(ソーサラー)一人だけであった。

 彼らのパーティーの残りメンバーは3人。装備が重く動きが鈍重な〈守護戦士〉が遅れているのは仕方がない。〈妖術師〉というのは、軽装で防御力が皆無な代わりに、意外に動きが素早いのだ。

 しかし、もう一人のメンバー。〈盗剣士〉の動きは、〈妖術師〉よりも速いはずだ。どうしたのかと様子を窺えば、〈盗剣士〉がいたのは〈妖術師〉のはるか後方。おそらくは、なんらかの行動阻害系の状態異常(バッドステータス)をもらったのだろう。

 

(この〈暗殺者〉……恐ろしい手練(てだ)れだ!)

 

 〈暗殺者〉が最初に〈森呪遣い〉を狙った理由は三点。

 まず一つ目は、相手の回復手段を奪うこと。これ自体は誰もが行う、いわゆるセオリーどおりの行動だ。一対多数の状況で相手にヒーラーが入れば、いつかジリ貧な状況に追い込まれて敗北してしまう。対集団戦における基本と言える。

 そしてもう一つ。二つ目の狙いは、ヒーラーを倒すことによって、状態異常(バッドステータス)の解呪を不可能にすることだ。足の速い〈盗剣士〉の動きを封じることにより、混乱した相手の分断を誘う。

 

 本来であれば、熟練の〈冒険者〉相手にこんな手段は通用しない。しかしそれは、この世界がゲームであればの話だ。

 現実の肉体を使っての戦闘というのは、冷静に行うのが極めて難しい。アカツキたちにしろ、ここ数日間の訓練により、ようやく慣れてきたところなのだ。

 これがあの〈暗殺者〉の三つめの狙い。文字通りに生命線を断つことによって、相手の冷静さを失わせることだ。

 

「くそっ!この人殺し野郎が!!」

 

 アカツキの一瞬の思考の間に、〈妖術師〉のHPはゼロになっていた。単体攻撃力最高を誇る〈暗殺者〉の攻撃に、〈妖術師〉の紙装甲では、数秒しか耐えられなかったのだ。

 回復職と遠隔攻撃職、パーティー戦闘の要となる二人を失ったこの時点で、すでに勝敗は決していた。

 

 仲間を失い逆上した二人は、仇である〈暗殺者〉を執拗(しつよう)に追いかけた。しかし〈暗殺者〉の方は、二人の攻撃を巧みにいなしながら距離を取り、弓での攻撃で確実に相手のHPを削っていく。

 そして10分後には〈盗剣士〉が、その2分後には〈守護戦士〉が光の粒子となって散っていた。辺りに響いた怨嗟(えんさ)の声は闇夜へと飲み込まれ、後に残ったのは、死亡した〈冒険者〉たちのドロップアイテムのみであった。

 1人対4人で始まった奇襲戦は、数が多い方が勝つという戦闘のセオリーを簡単に(くつがえ)し、1人側の圧勝に終わったようだ。

 

 その光景をもっとも近くで見ていた〈冒険者〉、アカツキは戦慄していた。

 確かに〈冒険者〉パーティーの連携は、お世辞にも上手いと言えるものではなかったかもしれない。しかし、自分はあの状況で勝ちを拾えるかと問われれば、アカツキとしては素直にノーと言わざるを得ない。

 油断しているところへの奇襲、相手の心理を突いた作戦、間合いの取り方を初めとする巧みな戦闘技術。

 アカツキに出来るのは、その中でも辛うじて奇襲だけといったところであり、それもあのレベルで行えるかと言われればどうであろうか。

 話したこともない人物に、自分は何度鼻っ柱を折られればいいのか。そう考えていたところに、頭の中で声が響く。

 

『アカツキさん!大丈夫なの!?』

 

 そういえば、シロエとの念話を繋ぎっぱなしだった。かれこれ15分はそのままだったはずなのに、目の前の光景に集中していたアカツキは、シロエの声に生返事しかしていなかった。

 

『すまない主君。今、戦闘が終わった。これからそちらに合流を……』

 

 シロエに謝罪の言葉を告げ、合流場所を打ち合わせようとしたアカツキだったが、首筋に走ったヒヤリとした感覚に思わず身を固くする。

 冷たい感触のソレをチラリと流し見ると、月光に照らされた刀身が、青白く光っている。刀だ。しかも一目で分かるほどの、相当の業物(わざもの)である。

 

『アカツキさん!アカツキ!!どうしたの!!……直継(なおつぐ)!!』

 

 急に黙ったアカツキを心配して、念話の先でシロエが叫んでいた。しかしアカツキの現状は、シロエに返事をすることを許さない。

 接近に全く気付かなかった。警戒を緩めたつもりはなかったのに、シロエとの念話で生まれた若干の隙を突かれたのだ。

 完全に後ろを取られ、しかもおそらく相手は先程の〈暗殺者〉だろう。この状態での抵抗は無意味。そう判断したアカツキは、体から力を抜いた。

 

「……一つだけ聞く。お前、あいつらの仲間か?」

 

 アカツキに抵抗の意思がないのを察したのか、ようやく〈暗殺者〉が口を開く。

 男だろうというのは、体格から察してはいた。しかしその声は意外なほどに若く、おそらくはアカツキよりもいくつか年下、高校生くらいに聞こえた。

 

「違う。私は、偶然この場に居合わせただけだ」

 

 相手にどう受け取られるかは分からないが、アカツキからしてみればまぎれもない事実である。一切の後ろめたさも含まれていないその声は、周囲に凛として響いた。

 

「……そうか。悪かったな」

 

 幸運と言うべきか、相手もそれほどにはアカツキのことを疑っていなかったようだ。アカツキの返答を聞き、男は刀を納める。

 あれほどの戦闘の後だ。念の為、という意味合いが強かったのだろう。

 ようやく緊張状態から解放され、アカツキは深く息を吸う。気付かないうちに、呼吸を止めてしまっていたのだ。

 

「いや、こちらも隠れて様子を窺っていたんだ。そちらが疑うのも無理はないだろう」

 

 なにせこの状況下なのだ。男の警戒心は当然と言えた。そう答えながら、アカツキは男の方へと振り返る。

 そこにいたのは、やはり先程の〈暗殺者〉だった。

 プレイヤーネームは八幡。闇に紛れて良く見えなかった服は、深い青色のようだ。腰に()いた刀は、自分に突き付けられていた物だろう。

 八幡が身に着けている装備、そのどれもが強い魔力を感じさせる。少なくとも〈秘宝級〉(アーティファクト)以上、おそらくは〈幻想級〉(ファンタズマル)だ。

 強力な装備も目を引くが、それ以上に目立つがその瞳。八幡の眼は、死んだ魚のように腐っていた。

 

「あの……」

 

 その眼に見つめられると、なんとなく居心地が悪い。とりあえずは何か話かけようとアカツキが開けた口は、何を話したものかと考えた瞬間に、そのままの形で停止した。

 元来、アカツキという少女は口下手なのだ。間をもたせるための会話など、もっとも不得意とするところと言える。

 

「アカツキ!どこなの!!」

 

 近くからシロエの声が聞こえた。その声に安堵(あんど)を覚えたアカツキとは逆に、大きな声に驚いたのか、八幡がびくりと身を震わせる。この暗さではよく分からないが、心なしか顔色も悪くなったように見えた。

 

「じゃ、じゃあ俺行くわ。あんまり子どもは、夜遅くに外に出るもんじゃないぞ」

 

 慌てた様子の八幡は、アカツキに別れを告げ、何かに追われるかのようにその場から離れていく。

 

「私は子どもではないんだが……」

 

 アカツキの訂正の言葉は、そのあまりの速さに置いて行かれ、八幡の背中に届くことはなかった。

 

「アカツキさん!良かった、無事だったんだね。……ってどうしたの、その顔?」

 

 ようやく合流したシロエが、アカツキの顔を見て問い掛ける。時に中学生に間違われることもあるその顔が、フグのように大きく膨らんでいたからだ。

 

「……何でもない」

 

 事情を話してしまえば、シロエはともかく直継は確実に爆笑するだろう。愚痴ってすっきりするという選択肢は、シロエと共に直継が現れた時点で消滅した。

 それに今のアカツキには、それ以上に重要なことがあるのだ。

 

「主君。私のことは、先程までのようにアカツキと呼んでほしい」

 

 アカツキを心配して叫んでいたシロエ。その口から発せられていたのは、他人行儀な"アカツキさん"ではなく、"アカツキ"という呼び捨てのものだった。

 しっかりと聞いていたアカツキは、ここぞとばかりにシロエへと要求する。

 

「ぜ、善処します」

 

 シロエの答えは相変わらず煮え切らないが、今日のこれは大きな前進だろう。

 

(私を子ども扱いしたこと、許してやってもいいかな。……いや、やっぱり許せないけど)

 

 困り顔のシロエを眺めながら、アカツキは心の中で"目の腐った〈暗殺者〉"へと感謝の念を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーウェン様。これが行商人たちから上がってきた嘆願書(たんがんしょ)です」

 

 〈マイハマの都〉領主・セルジアッド=アインアルド=コーウェン公爵は、灰姫城(キャッスルシンデレラ)内の執務室で、数枚の書類を受け取った。

 そこに記されていたのは、ここ数日の〈冒険者〉の動向、その一端だ。

 以前とは明らかに様子の異なる〈冒険者〉。大多数の〈大地人〉をはるかに上回る力を持つ彼らの豹変は、〈大地人〉社会にとって、大変な危険を孕んでいる。

 そこへ来て、今回のこの嘆願書。〈アキバの街〉へと商品を納めに行った商人たちからの、兵士による警護の要請である。

 

「〈アキバの街〉周辺の治安は、これほどまでに悪化しているのか……」

 

 幸いなことに、現在のところ死者は出ていない。しかしすでに何人もの怪我人が出ており、傭兵が護衛についていた者ですら、荷を奪われるといった被害が出ていた。

 商人たちに対して、〈アキバの街〉には近づかないようにというお()れを出すのは簡単だ。しかし、彼らにだって生活がある。

 

 では、兵士を護衛に付けるか。実際問題として、これも難しい。

 兵士の仕事は、商人を守る事ではない!などというほど、このセルジアッド=コーウェンという男は冷たい領主ではない。問題は、兵士と〈冒険者〉二者の間に存在する、数によっても埋められない、圧倒的な実力の差だ。

 

 有り体に言ってしまえば、兵士を護衛につけたところで、怪我人が増えるだけの結果に終わる。そのことを承知している身として、商人たちからの嘆願を受け入れることは出来なかった。

 

(そういえば、少し前に〈チョウシの町〉の町長から来ていた報告書に……)

 

 どうしたものかと頭を悩ませていたコーウェン公爵だったが、ふと数日前に読んだ報告書の存在を思い出す。

 その報告書も、商人の被害についてのものだった。しかし、一点だけ他の報告書とは違う、特異な点があったのだ。

 

「〈冒険者〉に与えられた薬で、怪我が完治した……か」

 

 引き出しの中に仕舞っていたその書類を取り出し、コーウェン公爵はつぶやいた。

 それは怪我をした商人の娘が出会った、とある〈冒険者〉の話だった。〈チョウシの町〉を訪れていたその〈冒険者〉は、娘から事情を聞くと、高価な魔法薬を無償で渡したらしい。

 長く生きてきた人生の中で、そんな話は聞いたことがなかった。

 

 コーウェン公爵は、〈冒険者〉とはクエストによってしか動かないものだと認識している。だがこの〈冒険者〉は、クエストを受けたわけでもなく、何の見返りもなしに薬を与えている。

 だからこそこの報告書の存在は、コーウェン公爵の頭の中に残っていたのだ。

 

「名前は……八幡か」

 

 突如として行方が分からなくなった〈イズモ騎士団〉、彼らを頼ることが出来ない以上、〈冒険者〉に対抗できるのは〈冒険者〉だけである。だが、信頼できる〈冒険者〉など、〈自由都市同盟イースタル〉の筆頭領主である彼にしても、心当たりがない。

 もしかするとこの男ならば。そう思ったコーウェン公爵は、側近たちの意見を聞くべく、会議を招集するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登場人物紹介@sideログ・ホライズン※参考資料:ログ・ホライズン資料集&loghorizon @ ウィキ

 

 

 

名前:シロエ レベル:90 種族:ハーフアルヴ 職業:付与術師(エンチャンター)/筆写師(ひっしゃし)

 

ご存じ原作主人公で、誰が読んだか通称"腹ぐろメガネ"。〈エルダー・テイル〉プレイ歴8年を数える大ベテランプレイヤーで、〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)の元メンバー。現在ギルドには所属していない。

茶会のバスガイドの異名を持つほどの名参謀で、リーダーであるカナミのわがままに付き合わされ、いつも無茶な作戦を立てさせられていた。ただし、本人もその立場を気に入っていたようで、〈放蕩者の茶会〉は彼にとって良き思い出の場所である。

バスガイドの異名に恥じない、数多いプレイヤーの中でも屈指の知識量を誇る。しかし、それが原因で便利屋的に扱われることも多く、長年ソロプレイヤーなのも、そのことに嫌気がさしたからである。

同じ茶会出身の直継とは親友同士。〈大災害〉直後の直継からの念話の呼びかけに、すぐに合流を決意した。

現実世界では、東京近郊在住の大学院(工学部)生で23歳。本名は城鐘恵(しろがねけい)

 

本作においては、基本原作通りではあるが、当然ながら八幡とは知り合い。ぼっち、腹ぐろ、目つきの悪さなど、様々な共通点を持つ八幡には、少なからずシンパシーを感じている。それと同時に、自分よりも年下であるはずの八幡が自分と同じくらいに捻くれていることを、心配してもいるようだ。

第三章である『円卓会議結成編』ではかなりの出番がある予定だが、悲しいかな第二章ではほぼ出番なし。

 

 

 

 

 

名前:直継 レベル:90 種族:ヒューマン 職業:守護戦士(ガーディアン)/辺境巡視(へんきょうじゅんし)

 

誰が読んだか通称"おぱんつ戦士"。〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)の元メンバー。

茶会の第一前衛(メインタンク)を務めたほどの凄腕であり、鉄壁の防御力と前線構築能力を誇った。下ネタばかり言っている直継であるが、茶会メンバーの中では比較的常識人であるらしい。

就職をきっかけに〈エルダー・テイル〉から離れていたが、仕事が落ち着いたことで久しぶりに復帰。しかし、それはよりにもよって〈大災害〉当日であり、この事態に巻き込まれることとなる。

同じ茶会出身のシロエとは親友同士。〈大災害〉直後に、シロエへと念話を送った。

現実世界では、東京近郊在住の(おそらく)会社員で25歳。本名は葉瀬川直継(はせがわなおつぐ)

 

本作においては、基本原作通りではあるが、当然ながら八幡とは知り合い。どことなくシロエに似ているため、八幡のことを結構気にかけていた。ただ、たまにシロエを上回る黒さを感じることもあり、八幡の将来をわりと真剣に案じてもいる。

第三章である『円卓会議結成編』ではかなりの出番がある予定だが、悲しいかな第二章ではほぼ出番なし。

 

 

 

 

 

名前:アカツキ レベル:90 種族:ヒューマン 職業:暗殺者(アサシン)/追跡者(ついせきしゃ)

 

誰が読んだか通称"ちみっこ忍者"。ゲーム時代はソロプレイヤーであり、シロエとはその頃からの知り合いである。

無口な長身忍者というロールプレイを行っていたが、これは現実世界での小さくて童顔というコンプレックスが原因。腕前はシロエが認めるほどであり、特に忍者的な動きは職人芸である。

現実と異世界との間の身長の違いに苦しんでいるところを、シロエから譲ってもらった〈外観再決定ポーション〉に救われ、以降はシロエのことを主君と呼んでいる。

現実世界では、東京近郊在住の動物看護系の大学に通っており、20歳。

 

本作においては、基本原作通りであるが、八幡との出会いで多少の影響を受ける予定。ただし、ヒロイン化することは100%ないので、アカツキ派の方は悪しからず。……流石に、原作メインヒロインを()(さら)う度胸は、作者には存在しないのである。

 

 

 

 

 

名前:クラスティ レベル:90 職業:守護戦士(ガーディアン)/狂戦士(バーサーカー)

 

誰が呼んだが通称"インテリメガネ"。アキバ最大の戦闘系ギルド〈D.D.D〉のギルドマスター。

防御に比重が置かれた職業である〈守護戦士〉でありながら、盾を使わずに両手斧を使用するという攻撃的なスタイル。これは彼の所持する武器、幻想級両手斧〈鮮血の魔人斧(デモンアックス)〉の威力とHP吸収能力に()るところが大きく、戦闘中の姿は〈狂戦士〉に例えられるほど。

指揮能力も一流であり、〈ヤマトサーバー〉全体でも数名しか存在しない、レギオン(96人パーティー)レイドの指揮経験者でもある。

現実世界では、イェール大卒という超高学歴。本名は鴻池晴秋(こうのいけはるあき)

 

本作においては、基本原作通りではあるが、八幡とは知り合い。一年前の"とある"レイドの際に〈西風の旅団〉と共闘し、八幡とソウジロウの実力を高く評価している。他の皆様と同じく、第二章ではほとんど出番がない。

 

 

 

 

 

名前:ウィリアム・マサチューセッツ レベル:90 種族:エルフ 職業:暗殺者(アサシン)/|狩人

 

"ミスリルアイズ"の二つ名を持つ狙撃手(スナイパー)で、戦闘系ギルド〈シルバーソード〉の若き野戦司令官(ギルドマスター)

遠距離からの射撃戦を得意としており、〈大規模戦闘〉(レイド)では幻想級素材製の矢を惜しげもなく使用する。指揮官としても一流であり、一癖も二癖もある〈シルバーソード〉のメンバーをまとめ上げ、様々な〈大規模戦闘〉を踏破している。

現実世界では、友達の少ないいわゆるぼっちな高校生。その〈エルダー・テイル〉への情熱は、周囲の人間をドン引きさせるほどであり、プレイ歴2年ちょっとでアキバのトッププレイヤーの一人となっている。

 

本作においては、おそらく原作との乖離(かいり)がかなり出る予定の人物。八幡とは知り合いであり、ともに新進気鋭のギルドに所属していることもあり、強くライバル視している(ふし)がある。

PvP大会では決勝まで勝ち上がったものの、八幡との壮絶な射撃戦の末に敗退・準優勝。ただし、この時点のウィリアムはプレイ開始1年ほどであり、八幡とは経験と装備に大きな差があった。現在は、少なくとも装備については逆転している。第二章では、多少の出番がある予定。

 

 

 

 

 

名前:ウッドストック レベル90 種族:ドワーフ 職業暗殺者(アサシン)/調教師

 

〈アキバの街〉の中規模ギルド〈グランデール〉を率いる人物。"キャノンボール"の二つ名を持ち、〈鋼尾翼竜〉(ワイヴァーン)を相棒として空を飛び回っている。

元〈黒剣騎士団〉所属であるが、そのエリート主義に嫌気が差して脱退。〈グランデール〉を設立した。

中小ギルドの中ではちょっとした顔であり、横方向に広いネットワークを持っている。また、初心者やギルド未所属者へのサポートを行うなど、知名度は意外に高い。

 

本作においては、基本原作通りであるが、八幡とは知り合い。規模的には中小ギルドに属する〈西風の旅団〉とも、それなりに親交がある。

PvP大会では、一回戦で八幡と対戦。装備の差は如何(いかん)ともし(がた)く、一回戦で敗退となる。他の皆様と同じく、第二章ではほとんど出番がない。

 

 

 

 

 

 

 

名前:カズ彦 レベル:90 種族:ヒューマン 職業:暗殺者(アサシン)/|騎士

 

〈放蕩者の茶会〉の元メンバー。ソウジロウに本当の意味での影響を与えられるのは、シロエとこのカズ彦の二人だけだと言われている。

茶会時代は、前衛部隊の攻撃指揮を務めていた。シロエと同じく、カナミにはかなり振り回されている。

現実世界での職業などは不明。年齢は30代前半であるらしい。

 

本作においては、原作であまり設定が出てきてないこともあり、かなり設定をねつ造もとい盛る予定の人物。八幡の近接戦闘の師匠でもあり、おそらく作中最強クラス。

PvP大会では準決勝で八幡と対戦。八幡が準決勝まで温存していた、ある"奥の手"の前に敗れベスト4。内心では結構口惜しがっており、密かにリベンジの機会を(うかが)っていたりする。

現在は〈ミナミの街〉におり、雪ノ下雪乃と行動を共にしている。

 

 

 

 

 

名前:KANAMI(カナミ) レベル:90 職業:武闘家(モンク)/料理人

 

〈放蕩者の茶会〉の元リーダーで、率いるというよりも散々に引っ掻き回していた女性。

ある理由で〈エルダー・テイル〉を離れていたが、〈西欧サーバー〉にて新キャラを作成して復帰。茶会時代は〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)だった。

どんなことにも全力全開であり、周囲の人間が気付いた時にはすでに巻き込まれている。曲者ぞろいの茶会の中でも一際(ひときわ)異彩を放つ、いわゆるカリスマ的リーダーでもある。

現実世界では、ゲフンゲフン。※アニメ二期未視聴の方のために検閲されました

 

本作においては、八幡についての相談をナズナからの受けたことで、〈エルダー・テイル〉に復帰。〈西風の旅団〉脱退後の八幡に、大きな影響を与えている。このあたりは、海外編(notゴー・イースト編)としていつか描写する……予定。とりあえず言えるのは、八幡もシロエばりに振り回されたということである。

現在地は〈西欧サーバー〉。

 

 

 

 

 

名前:セルジアッド=アインアルド=コーウェン公爵 職業:貴族

 

〈自由都市同盟イースタル〉の筆頭領主で、〈マイハマの都〉の領主でもある。ちなみに現在のヤマトで公爵位を持つ家は、コーウェン家を含めても2つのみである。

若かりし頃は、亜人討伐で名を馳せた武人だった。剣を置いた現在は、〈マイハマの都〉を一大海運都市へと発展させるなど、政治・行政面で活躍中。

亡き妻に面影が似ている孫娘を溺愛(できあい)している。

 

本作においては、ある日を境に豹変した〈冒険者〉たちを、かなり強く警戒している。ただし、〈冒険者〉に対抗できるのは〈冒険者〉だけであることも認識しており、現在対応を模索中である。




というわけで、見える伏線な第二十七話でした。なお、アカツキサイドの話は、そんなに重要ではなかった模様。アカツキが書けるとテンション上がった結果が、この過去最長の文字数となりましたwちなみに、アカツキが先行偵察に出るようになる時期を、原作よりも少し早めております。ご了承くださいませ。

今回の登場人物紹介も、かなりざっくりです。執筆にあたり、前回と同じくloghorizon @ ウィキさんを大いに参考にさせていただきました。有志のみなさまに深い感謝を。※notコピペ

そして、現在活動報告にてアンケートを行っております。由比ヶ浜のキャラクターネームや、ヒロインの人数などについてご意見を募集しておりますので、お暇でしたらご覧くださいませ。

さて、次回について。申し訳ありませんが、ここら辺で1、2、3話を改定したいと思いますので、次回の投稿は6月7日あたりになるかと思います。そして、次回第二十八話は、登場人物紹介と改定前の1、2、3話をまとめたおまけ仕様。その日の内に、第二章開始となる第二十九話も投稿する予定です。

活動報告にて、進捗状況などはご報告させていただくつもりですので、お待ちいただけますと幸いです。


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第二章
第二十八話 突然の呼び出しに、比企谷八幡は逡巡する。 前編


大変お待たせしましたな第二十八話。第一話~第三話の改定作業が思うように進まず、とりあえずは第二部開始の話を先に投稿することにしました。今後は合間を見て作業を進めるので、投稿は通常通りのペースで行います。登場人物紹介のまとめなども、同じく後日に回します。

さて今回は導入部分ということもあり、ちょっとコメディに挑戦してみました。が、出来は正直もう一つかも……。前半は八幡視点、後半はログ・ホライズン本編より登場のあの人の視点です。説明部分も多いので、今回はちょっと長めの8500字となっております。


 どんな人間でも、守りたい存在、守るべき存在の一つや二つは存在するものだ。自分よりも弱い奴だったり、放っておくとどうなるか分からない奴だったり。

 俺という社会的弱者にとって、そんな存在は決して多くはない。現実においては、基本的には妹の小町くらいのものだろう。俺とは違って出来のいい奴だが、いくつになっても世界一かわいい自慢の妹である。

 最近ではその庇護(ひご)対象の枠に、一色(いっしき)いろはというあざとすぎる後輩が割り込んでこようとしている気がするが、気のせい、気の迷いだと信じたいところだ。

 そういやイベントの手伝いを頼まれてたが、こんな事態では断りの電話一つすることも出来ない。……まあそもそも、一色の連絡先なんて知らないんですけどね。

 

 では〈エルダー・テイル〉においてはどうだろうか。

 基本的にソロプレイヤーだった俺にとって、そもそも守るべき相手というのは存在しなかった。〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)においても、最年少メンバーである俺はどちらかと言えば守られる側であり、なんだかんだ甘やかされていた気がする。

 そんな守られる側の立場が守る側に変わったのは、セタの奴に誘われて〈西風の旅団〉に所属したときからだ。

 自分を上回るプレイ歴の人間もほとんどおらず、そもそも同い年や年下のプレイヤーも数名いた。まさかそんな中で、守られる側に甘んじるわけにはいかない。

 というわけで、散々に働かされた俺だったが……今になって思い返すと、すごく便利にこき使われているだけのような気がしないでもない。これも気のせいだと信じたいところである。……気のせいだよね?

 

 〈西風の旅団〉脱退後の一年間は、正直〈西欧サーバー〉に作成したサブキャラで、カナミさんに振り回されていたイメージしかない。天真爛漫で無邪気。ブレーキのないジェットコースター。あの茶会の人間台風の面倒を、なぜか俺が見る羽目になったのだ。

 まあそもそもの話として、茶会という存在自体がある意味カナミさんの保護者の集団だとも言えた。一緒になって騒いでいたKRみたいな奴らは別として、当時のシロエさんやカズ彦さんの苦労がしのばれる。

 そういや俺がやらかした〈西風の旅団〉でのお茶目、なんでカナミさんが知ってたのん?まあ、犯人だいたい分かってるんだけど。……おのれ狐姉さん(匿名)!!

 ちなみに海外サーバーにいたはずの俺が、なぜ今ここにいるのか。それにもカナミさんが大きく関わっている。

 

 世界で一番早く〈ノウアスフィアの開墾〉が導入されるのは、時差の関係で〈ヤマトサーバー〉だった。それを聞いたカナミさんから、最新現地レポートを行うに言われた俺は、だから久しぶりに"八幡"として、〈エルダー・テイル〉の大地を踏んだのだ。……まさかそれが、実際に踏みしめる一歩となるとは思わずに、ではあるが。

 

 つまりは何が言いたいのかというと、ぼっちを極めたと言っても過言ではない俺にすら、保護する対象がほとんど絶えず存在していたということだ。例外と言えるのは、小町が生まれるまでの二年間くらいのものだろう。

 ゆえに俺にとって、守るべき対象は絶対に必要なのだ。であるならば、俺はどうするべきか。

 結論を言おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈大地人〉の女の子、マジ最高!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡。そろそろ頭から手を放してほしいんだけど?」

 

 頭をなでながらの八幡の語りに、目の前の少女、〈大地人〉少女のベルがドン引きしていた。

 まあたしかに、そろそろベルの頭をなで始めてから30分は経っている。名残惜しいが、手を離さなければならないだろう。

 

「ちょっと待って!あと5分だけでいいから!!」

 

 しかし(自分に)正直で通ってきた八幡の口は、至福の時間を少しでも伸ばそうと、気付いたときには浅ましくも力強いお言葉を吐き出していた。小町と会えない日々は、八幡の精神を少しずつ(むしば)んでいたのだ。

 現実世界であれば通報間違いなしの光景だが、幸いにしてここは異世界。通報するための電話もないし、逮捕しにくるおまわりさんも存在しない。

 そもそも、別にこれは無理やりやっているわけではないのだ。

 

 ベルの父親を怪我させた犯人たち。〈守護戦士〉(ガーディアン)〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)〈妖術師〉(ソーサラー)〈森呪遣い〉(ドルイド)の4人パーティーを締め上げた八幡は、そのことをベルに報告するため、〈チョウシの町〉へとやって来ていた。

 しかし、ベルを訪ねてきたはいいものの、よく考えてみれば家の場所を聞いていない。どうしたものかと、八幡は不審者よろしくキョロキョロしていた。

 死んだような目の〈冒険者〉が、不審な動きを繰り返している。その噂を耳にしたベルが八幡を探しに来なければ、今頃は〈マイハマの都〉あたりに派兵要請が飛んでいたかもしれない。

 ともあれ無事に笑顔の再会を果たした2人だったが、問題はそのあと。薬を譲ってくれただけでなく、かたき討ちまでしてくれた八幡に対し、ベルが何かお礼をしたいと言い出したのだ。

 八幡にしてみれば、別に見返りが欲しくてやったわけではない。ただ、小町に似た顔の少女が泣いているのが許せなかった。それだけのことだ。

 一方で、ただ施しを受けるだけというのが嫌なのも分かる。八幡だとて、誰かに養われる気はあっても、施しを受けるだけなのはごめんだ。

 であるならば、お金がかからず、この場ですぐに済むようなものがいい。だから八幡は、ベルにこう頼んだのだ。

 お前の頭をなでさせてくれ、と。

 

「八幡ってさ……小さい子が好きなの?」

 

 いまだに頭をなで続ける八幡に、あきらめた様子のベルが問い掛ける。

 小町と会えない日々が続き、八幡のイモウトニウムはすでに底をつきかけていた。フル充電にはまだ時間がかかりそうだ。

 

「あ~。前にも言ったが、俺には妹がいるんだよ。訳あって今は会えないんだけどな。ソイツの小さいころと今のベルがよく似てるんで、ちょっと懐かしくなったというかなんというか」

 

 自分のセリフに、八幡は顔が赤くなるのを感じた。

 小町よりも年下の少女に、自分は何を言っているのだろうか。むしろ、小町に似たその容姿に、思わず口を滑らせてしまったと言えなくもないが。

 

(小町の奴、どうしてるかな?)

 

 妹のことを思い出した八幡は、少しノスタルジックな気分になる。

 そういえば、この世界に飛ばされた人間は、元の世界ではどのような扱いを受けているのだろうか。同じゲームをプレイしていた人間が一斉に失踪したなど、大事件どころの騒ぎではない。

 そもそも今ここにいる"八幡"は、本物の比企谷八幡なのか。今の自分は単なるコピーで、本物の自分は現実世界で雪ノ下や由比ヶ浜たちと、あの部室にいるのではないか。

 そこまで考えたところで、八幡は小さく首を振る。こんなことは、考えたところで意味のない問いだ。

 この世界で生きていきながら、いつか元の世界に戻るための方法を探し続ける。今の自分に出来るのは、そんなことぐらいだろう。

 そんなことを考えていた八幡は、いつのまにかベルの表情が不機嫌なものに変わっていることに気付かなかった。

 

「……いつまで触ってるのよ!」

 

「いてえっ!?」

 

 突然走った激痛に、八幡は思わず声を上げる。痛みの元はなんぞやとそちらを見やると、ベルの頭をなでていた右手、その甲が力一杯つねられていた。

 現実世界の肉体と比べて、〈冒険者〉のソレはかなり痛みに耐性がある。こちらの世界で実際に死んだ感想を言うと、高校の入学式でリムジンに()かれたときと同等くらいの痛さには抑えられていた。……つまり結局はめっちゃ痛いのだ。

 八幡はベルをにらみつけようとするが、逆に自分をにらみつけていたベルの目に驚いた。

 

(こええー!なんなの、この人を殺せそうな目力?直視の魔眼なんて目じゃないんだけど?)

 

 少女ににらみつけられるなど、一部の業界ではご褒美かもしれないが、残念ながら八幡は(多分)ノーマル属性だ。その視線に恐怖を感じることはあっても、快感を感じることは(おそらく)ない。

 現実世界にしろこの世界にしろ、八幡には女性が何を考えているかがさっぱりだ。雪ノ下しかりイサミしかり、そしてベルもしかり。

 そして、こんなときの対応方法は、一つだけ。

 

「すんませんでしたー!」

 

 とりあえず謝ることだ。しかし、理由も分からない状態で土下座までするのは危険。とっさに逃げるには不向きな姿勢なだけではなく、必要以上に相手を調子に乗らせる可能性がある。

 ゆえに今の八幡の姿勢は、前に向かってきっちり45度の最敬礼。背筋を伸ばして腰から上体を深く折り曲げ、真下よりやや前方に視線を落とすのがポイントだ。意外ときれいにするのは難しい所作だが、普段からやりなれている八幡にとっては造作もないことである。

 

「…………はぁ。もういいわよ。別にそんなに怒ってたわけじゃないし」

 

 深々と下げた頭の上から、ベルのため息が聞こえる。八幡は恐る恐るベルの様子を(うかが)うが、どうやら怒りの感情は抑えてくれたようだ。

 

「そ、それなら良かったです」

 

 先程の恐怖の目つきが忘れられなかった八幡は、ベルの言葉に思わず敬語で答えてしまった。雪ノ下の氷の視線に慣れていなければ、トイレに駆け込んで泣き崩れるまであったかもしれない。

 

「あ、そうだ。本当に悪いと思ってるんだったら、八幡にひとつお願いしたいことがあるんだけど」

 

 いま思いついたというようなベルの言葉に、八幡の警戒レベルがMAXに跳ね上がる。

 小町や一色の“お願い”とやらに、散々振り回されてきた経験。その経験が、八幡の中で警鐘を鳴らし始めたのだ。

 

「お、俺に出来ることなら……」

 

 しかし残念なことに、八幡はNOと言えないことに定評のある日本人である。というか八幡の周りの人間は、NOと言っても誰も聞いてくれない。

 あとはベルのお願いが、無茶なものではないことを祈るだけだ。神など信じていない八幡は、代わりに大天使たる戸塚へと祈りを捧げた。

 

「あのね、八幡のこと……お兄ちゃんって呼んでもいい?」

 

 千葉だけではなく、この世界にも天使はいたらしい。その破壊力は、理性の化け物たる八幡の精神障壁をあっさりと突破してくる。

 思わずにやけるその顔は、比企谷八幡史上最高に気持ちの悪いものだった。自分の言葉を恥ずかしがったベルが顔を伏せていたのは、幸いであったと言える。

 しかし世の中には、当然ながら八幡とベル以外の人間も存在するわけで

 

「……すまん。もう三回ほど、お兄ちゃんって呼んでもらってもいいか?」

 

 残念なことに、調子に乗った八幡は、近くに自分たちを見ている人間がいることに気付いていなかった。

 

「あ~、お取込み中すみませんが〈冒険者〉さん。今よろしいでしょうか?」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 突然掛けられた声に、八幡の動きが停止する。ゆっくりと声の主へと顔を向けると、そこにいたのは軍装に身を包んだ男性であった。

 年端もいかない少女に、お兄ちゃん呼びを要求する男。客観的に見れば完全なる犯罪者(ロリコン)であり、男はどう考えても八幡を捕まえるためにやって来た兵士である。

 男がセルジアッド=アインアルド=コーウェン公爵の使者だと名乗るまでの十数秒間は、今までの人生でもっとも長く感じた。

 のちに八幡はそう述懐している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠い……」

 

 ベルと別れ、八幡は〈マイハマの都〉への帰路についていた。夜通しで動いたことに加えて、自分が乗っているグリフォンの心地良い揺れ。八幡の意識は、マイハマを目前に朦朧(もうろう)としていた。

 〈冒険者〉がこの世界に飛ばされて数日。〈冒険者〉たちの間では、この不思議な事態は〈大災害〉(だいさいがい)と呼ばれ始めていた。

 いまだ自分たち〈冒険者〉が置かれている状況は不明瞭だ。しかし、死からの復活があると分かったあの日を境に、徐々に動き出す者も増え始めていた。

 

(まあ、事態の解決のために動き出してくれる分には構わなかったんだがな……)

 

 さすがは日本人というべきか、少なくとも〈アキバの街〉では暴動じみたことが起こる様子は見受けられない。

 そもそも大手ギルドのギルドマスターには、比較的まともな人間が多かった。喧嘩っ早い脳筋もいるにはいるが、その男にしても基本的に悪い人間ではない。

 それに加えて、大手ギルドは運営の都合上で、上下の指揮系統がはっきりしているところが多い。戦闘系ギルド最大手の〈D.D.D〉しかり、生産系ギルド最大手の〈海洋機構〉しかり。そして、〈西風の旅団〉もしかりだ。

 つまり、上がまともな人間であれば、大手ギルドというのはほとんど問題を起こさないのだ。

 

 問題は大手ギルドの所属ではない、一部の中小ギルドのメンバー。中小ギルドというのは、現実の知り合い同士で組んだものや、ゲーム内で仲良くなったメンバー同士で組んだものが多い。

 ゆえに指揮系統が明確ではないギルドが多い上に、一人ではないという心強さも合わさり、変に暴走するメンバーが出てくることがある。

 先日ベルの父親を襲ったのは、そんな中小ギルドのメンバーたちだった。NPC(大地人)というこの世界における弱者をいたぶることで、知らない世界に来てしまったという不安を誤魔化そうとしたのだ。

 隠れて彼らの様子を(うかが)っていた八幡は、そんな話をしている彼らの姿に、苛立(いらだ)ちを覚えた。

 

(別に弱いことが悪いとは言わない。それでも、"弱さ"を言い訳にするのは間違っている。少なくとも、自分たちよりも弱い相手に危害を加える理由にはならないはずだ)

 

 夜の森の中でようやく見つけた彼らは、あまりにも弱かった。パーティーの平均レベルや装備の質など見ただけで分かる弱さもあったが、それ以上に問題だったのが連携の練度と精神面の(もろ)さだ。

 そもそもの話として、彼らにはやる覚悟はあってもやられる覚悟が存在していなかった。だから、突然の奇襲にあれだけ取り乱していたのだろう。

 〈森呪遣い〉(ドルイド)が攻撃を喰らったならば、〈守護戦士〉(ガーディアン)はすぐにカバーしなければならない。逆に〈森呪遣い〉は、〈守護戦士〉が防ぎやすい位置に移動しなければならない。

 〈森呪遣い〉がやられた後にしてもそうだ。本来ならば、ヒーラーがやられた時点で彼らは逃げるべきだったし、そうでないならば残りの3人で固まって動くべきだった。

 一対多数の戦闘において重要なのは、可能な限り一対一に近い状況を作り出すことだ。一対四の戦闘を一回するよりも、一対一の戦闘を四回繰り返す方が圧倒的に難易度が低い。

 結果的に、八幡は大して苦戦することもなく、4人の〈冒険者〉を各個撃破することが出来た。

 

(あいつらのギルド、〈ハーメルン〉とか言ったな。イサミたちに絡んできたってのも、たしか〈ハーメルン〉の奴らだったはずだ。……警戒だけはしておくか)

 

 アキバ周辺の治安が、ここ数日で徐々に悪化し始めた理由。その理由の一端は、間違いなく八幡にもある。

 おそらくではあるが、死からの復活というものが証明されていなければ、PKをするような連中はここまで大きく動かなかっただろう。なにせ返り討ちにされたら、そのまま死んでしまう可能性があるのだ。

 あの手の連中は、自己の快楽のためにPKをすることが多い。逆に言うと、自分が第一の自己中プレイヤーが多いわけで、つまり自らの身の安全には敏感だ。

 図らずも八幡が死からの復活を証明してしまったことで、PK行為や大地人への襲撃が蔓延(まんえん)し始めてしまっていた。自分に責任の一端がある以上、なにかしらの対策を練るべきだろう。

 いまだ行方の知れない由比ヶ浜の捜索と合わせて、今の八幡にとっては頭の痛い問題だ。

 

(それに加えて、マイハマの領主・コーウェン公爵からの呼び出し……か)

 

 先程の男、八幡とベルとの会話に割って入ってきた軍装の男は、〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)からの使者だった。

 

 現実世界の日本と同じ場所に浮かぶ島、〈弧状列島ヤマト〉には、五つの文化圏が存在する。

 現実世界における北海道の位置には〈エッゾ帝国〉。本州の東半分には〈自由都市同盟イースタル〉。そして西半分は〈神聖皇国ウェストランデ〉。九州のあたりは〈ナインテイル自治領〉。そして四国の場所には〈フォーランド公爵領〉 がある。

 もっとも、〈フォーランド公爵領〉の領主であったフォーランド公爵家は、300年前の騒乱によって滅んだとされており、現在彼の地には支配者が存在しない。それゆえに荒廃が進んでおり、活動する〈冒険者〉も極めて少ない。

 

 八幡の記憶に間違いがなければ、セルジアッド=アインアルド=コーウェン公爵という人物は、その内の一つである〈自由都市同盟イースタル〉 の筆頭領主のはずだ。

 〈自由都市同盟イースタル〉に所属するのは、24の都市国家と24の領主。普段の彼らは、各々(おのおの)で自らの領地を経営している。しかし時に、一都市国家の力では解決できない問題も存在するのだ。

 彼らが年に数回開く〈自由都市領主会議〉において話し合われるのは、そのような案件ばかりであり、その領主会議の議長を務めるのが、筆頭領主たるコーウェン公爵その人なのである。

 つまり八幡を呼び出した人物は、〈アキバの街〉や〈チョウシの町〉も属する文化圏、その〈大地人〉の中でも、最上級の大物だと言えた。

 

(出来れば行きたくないんだが、そういうわけにもいかんだろうな。……そもそも俺が今住んでるの、〈マイハマの都〉だし)

 

 別に他の町に移住するという選択肢もないではない。しかし、八幡としては出来るだけ千葉の地から離れたくないし、それに加えて宿代もすでにまとめて1か月分ほどを支払ってしまっていた。

 千葉育ちゆえのあふれんばかりの千葉愛と、専業主夫としてのMOTTAINAI(もったいない)精神。その二つのせいで、八幡には移住という選択肢を選ぶことが出来ないのだ。

 使者によれば、コーウェン公爵との会談は、明日の昼過ぎに〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)で行われるらしい。

 外観があれだけきれいなのだから、さぞかし内観もすごいのだろう。避けることの出来ない厄介事を前に、八幡はなかばヤケクソ気味に考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫。姫。……レイネシア姫?」

 

 心地良い微睡(まどろ)みを邪魔され、レイネシア=エルアルテ=コーウェンは目を覚ました。

 淑女としての礼儀作法を叩き込まれる日々の、ほんのささやかな憩いのひととき。コーウェン家の娘である自分には、そんなことも許されないらしい。

 自分の昼寝を妨げた無粋な(やから)の顔を確認しようと、レイネシアは声の聞こえた方角へと顔を向けた。その視線の先にいたのは、見慣れた顔。レイネシアの筆頭侍女であり親友でもある、エリッサだった。

 

「……姫。寝ているところを起こされて不機嫌なのは分かりますが、公爵様がお呼びです。早く身だしなみを整えられますように。まさか寝癖のついたその髪で、おじい様にお会いするわけにはいかないでしょう?」

 

 向けられた恨みがましい視線など意に介さず、エリッサはレイネシアに用件を伝える。

 

「おじい様がお呼び?一体どんな御用かしら……?」

 

 この〈マイハマの都〉の領主である祖父、コーウェン公爵からの呼び出し。

 正直なところ眠くてたまらないので、ご遠慮願いたいところではある。とはいえまさか祖父からの呼び出しに、面倒だから行きません、などと返事をするわけにはいかない。

 レイネシアは無駄に広い(と自分では思っている)寝台から這い出し、エリッサへと尋ねる。

 

「はっきりとした用件は伺っていませんが、おそらくは明日この城にやってくるという〈冒険者〉についでではないかと」

 

「冒険者?なぜ冒険者がこの城に?」

 

「さあ?それについては、私には分かりかねます」

 

 レイネシアという少女の本質は、社交的という言葉からかけ離れている。

 外見だけを見れば、長い銀髪とほっそりとした体の線が特徴的な、どこか(はかな)げに見える美少女だ。祖父であるコーウェン公爵からも、会う度に褒められている。

 しかしその性格はというと、後ろ向きで面倒くさがり。人見知りもするし、臆病だ。庭に出て草花を愛でるよりも、ベッドに入ってごろごろしている方がよほど楽しいと思う。

 つまるところ、典型的なダメ人間である。公爵家に生まれるという幸運に恵まれなければ、今頃どこかで野垂れ死にでもしていたかもしれない。

 

 そんなレイネシアにとって、〈冒険者〉というのは理解しがたい生き物だった。

 自分たち〈大地人〉が発行するクエストを嬉々として受け、毎日のように凶悪なモンスターたちと戦う。レアアイテムのためならば、どんな危険なダンジョンにでも平気で突撃する。

 豪快で前向き。誰とでも仲良くなるし、危険な場所に飛び込める勇気も持っている。レイネシアの考える〈冒険者〉とは、自分とは真逆の存在なのだ。

 

 そう、この時のレイネシアは知らなかった。

 この城に呼ばれているという〈冒険者〉が、後ろ向きで面倒くさがりな上に友達のいない、レイネシアの同類であることを。

 世界が大きく変わってからおおよそ一週間。

 “イースタルの冬バラ”と“目の腐った〈暗殺者〉”。似た者同士の2人の出会いは、すぐそこまで迫っていた。




というわけで、第二章開始&レイネシア姫登場の第二十八話でした。ご覧のように本作の第二章はオリジナル展開、『大地人護衛編』となります。とはいっても最終的には〈西風の旅団〉側とも絡んでいきますので、原作沿いの話もある程度描写していく予定にしております。

さて次回以降の予定について。次回第二十九話の投稿は、おそらく6月12日となります。並行して第一話~第三話の改定もしていきますので、お待ちいただけますと幸いです。


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第二十九話 突然の呼び出しに、比企谷八幡は逡巡する。 中編

ギリギリセーフな第二十九話。ちょっと仕事以外で色々ありまして、こんな時間になってしまいました。申し訳ないです。

さて、この作品のUAがついに10万を超えました。お気に入り1000件と合わせて大きな目標だったので、達成できて喜んでおります。今後も本作品をよろしくお願いいたします。

今回の話は、案の定の中編です。前回に引き続きコメディよりですが、まあ前の話よりは多少はマシ……なようなそうでないような。第二章からは視点の切り替えを少し多くしようと思っていまして、今回の視点は八幡→エリッサ→材木座となっております。文字数はおよそ8000文字です。

なお第二十九話・三十話には女装ネタが入ります。苦手な方には申し訳ありませんが、今後の展開上に必要となる描写なのでご容赦いただけますと幸いです。


「あらためて近くで見るとでけぇな……」

 

 翌日の朝。コーウェン公爵の呼び出しに応じた八幡は、〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)を見上げていた。さすがは〈自由都市同盟イースタル〉の盟主の居城というべきか、堂々たる偉容である。

 見た目の迫力もあるが、人の出入りの多さも凄まじい。城の使用人。警護の兵士。出入りの商人。他国からの使者。城門前で立ち尽くす八幡の横を、幾人もの〈大地人〉が通り過ぎていく。

 現実世界でディスティニーランドの混雑を体験していたことが功を奏したのか、人混みに酔うことがなかったのは幸いであった。……というか休日のディスティニーランドは、人が多すぎて死にそうになる。

 

(ただ、めっちゃじろじろ見られてんだよな~)

 

 現実世界とは違うのは、〈冒険者〉という存在がここでは非常に目立つということだ。総武高校においては学校一目立たない生徒を自認している八幡だが、こちらの世界の八幡は〈冒険者〉である。城の前に立ち尽くす〈冒険者〉というのは、〈大地人〉側から見れば完全な異物でしかない。まあ、異物扱いなのはどちらの世界でも変わらないが。

 長々とここで立ち止まっていたら、時間の無駄どころかSAN値が下がってしまう。そう考えた八幡は、とりあえずはと門番へと話しかけようとしたのだが……。

 

(さてここで問題です。〈自由都市同盟イースタル〉の盟主の居城の門番というのは、一体どんな人物が選ばれるでしょうか?正解は……強面(こわもて)のおじさま方でした!!)

 

 門の前で武器を構えているのは、筋骨隆々な男たちであった。この〈灰姫城〉に不届き者が侵入しないように、その(いか)めしい顔をさらに鋭くし、城門を出入りする人々に目を光らせている。

 

(あ、これ無理だわ。この人たちに話しかけるくらいなら、城壁を飛び越えて不法侵入かました方がマシまである)

 

 実際に戦えば確実に自分が勝つだろうが、見た目の強さではこちらの圧敗だ。たまに向けられる不審の眼差しだけで、基本ビビリな八幡の心はいっぱいいっぱいである。

 とりあえずは、門番から見えない位置に移動しよう。そう考えた八幡が、城門へと背を向けて歩き出したその瞬間だった。

 

「お待ちしておりました。〈冒険者〉の八幡様でよろしいでしょうか?」

 

 凛と響いたその声に、八幡は思わず肩をびくりと震わせる。明らかに女性と思われるその声は、八幡の背後、城門の側から聞こえた。

 

「メイドさん……?」

 

 振り向いた八幡の視線の先にいた女性が着ていたのは、黒いワンピースに、白のフリル付エプロンが一体となった服。そして胸元にはリボンがあしらわれている。

 そこにいたのは、(まが)う方なきメイドさん。しかも、古式ゆかしいヴィクトリアンメイドであった。

 さすがは異世界というべきか、逆に異世界なのにというべきか。メイドなどという職業が実際に存在していることに、八幡は大いに動揺した。

 

(どうせだったら、この世界にMMM(もっともっとメイドさん)が実在してたらおもしろ……いや、あんな武装メイド集団が実在したら怖すぎるな……)

 

 驚きで固まった八幡は、まともに動かない頭の中で、あまりまともではないことを考える。というかこのネタ、おそらく材木座くらいにしか伝わらない。

 

「あの、八幡様……大丈夫ですか?」

 

 反応が返って来ないのを(いぶか)しく思ったのか、近寄ってきたメイドさんが声を掛けてくる。ただ、その距離があまりにも近すぎた。

 

「ひ、ひゃい。だ、大丈夫れす」

 

 顔を(のぞ)きこむような姿勢から発された、自分の身を案じる質問。ふわりと鼻をくすぐる香りに緊張した八幡は、慌てて返事をしようして、盛大に舌を噛んでしまった。

 何度も言うようだが、たとえ〈冒険者〉の体でも痛いものは痛いのである。あまりの激痛に、八幡は口を押さえてうずくまってしまう。

 

「ぷっ……、し、失礼いたしました」

 

 思わずといった風に笑い出したメイドさんに、八幡は恨みがましげな視線を向けた。その結果、とりあえず謝罪はいただいたものの、どう見ても顔がまだ笑っている。

 

「ご、ごほん。それでは八幡様。ご案内させていただきます」

 

 メイドさんはそう告げると、笑っているその顔を隠すように後ろを向いた。どうやら付いてこいということらしいが、一つ重要なことを聞いていない。

 

「あ、あの、一つだけ聞きたいことがあるんですけど……あなたの名前を聞いても?」

 

 八幡の質問に、メイドさんは足を止める。そして綺麗に半回転して振り返ると、八幡に向かって優雅に頭を下げた。

 

「これは大変な失礼を。……わたくしの名前は、エリッサと申します。以後お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 エリッサに連れられた八幡は、城門のほど近くにある、門番の詰所へとやって来ていた。てっきり中に誰かいるものかと思ったが、詰所の中をもぬけの(から)である。

 

(ここで誰かに案内を引き継ぐんだと思ったんだが……そうじゃないなら、俺は一体なんでここに連れてこられたんだ?)

 

 人ではないのであれば、なにか特別な物でも置いてあるのだろうか。そう考えた八幡は詰所の中を見回す。

 休憩用だと思われる木のテーブルに、それを囲むように置かれた4つのイス。食器棚に収納されているのも、見る限りではコップと数枚のお皿くらいだ。

 扉は三つだけ。まずは外への出入り口。そのすぐ近くにある扉は、どうやらトイレのようだ。奥の扉は、おそらく仮眠室といったところだろう。

 つまり率直に言うと、何の変哲もない普通の小屋である。

 

「どうぞ。こちらです」

 

 疑問に思った八幡は、エリッサへと視線を向ける。しかしそのエリッサはというと、八幡に一声掛けると、そのまま奥の扉の中へ入っていく。

 慌てて八幡もついていくが、予想通りに部屋の中には3つばかりのベッドが並んでいた。他にあるのは、タンスが1つだけ。わずかに開いた隙間から見えているのは、門番の制服のようだ。

 

「では八幡様。脱いでください」

 

「は、はい……ん?」

 

 後ろ手に扉を閉めながらのエリッサの言葉に、八幡の思考が停止する。

 はて、ヌイデクダサイとはどういう意味であろうか。もしかすると自分が知らないだけで、この世界の〈大地人〉の言葉では、何か別の意味があるのかもしれない。

 目の前にあるのは、いわゆる1つのベッドという奴である。そしてここにいるのは、男が1人に女が1人。

 

Pardon?(もう一度お願いしても?)

 

 思わずフランス語で返事してしまった自分を、一体誰が責められるというのだろうか。

 

Enlevez des vetements(服を脱いでください)

 

 そして同時に、平然とフランス語で返事をするこのエリッサという女性、一体何者なのだろうか。服をひん剥かれながら、八幡は思うのだった。

 

 

 

 

 

―10分後―

 

 

 

 

 

(うん。知ってた。きっとこうなるだろうな~って)

 

 門番の詰所、その仮眠室で行われたのは、単なるお着替えであった。

 八幡を呼び出したコーウェン公爵。エリッサが言うところによると、彼は八幡との一対一での会談を希望していたらしい。しかし、何かあったらどうするのかという、家臣団の猛反対の前にその願いは打ち砕かれた。

 何せ相手は、得体のしれない〈冒険者〉である。その得体のしれない〈冒険者〉たる八幡の目から見ても、家臣団の判断は妥当なものだと思えた。

 通常の領主ならば、そこで家臣団や護衛を交えての会談としよう、となるところだ。しかしマイハマ領主・セルジアッド=アインアルド=コーウェンは、一般的な領主とは一線を画していた。

 合法的な手段での一対一の会談が実現できないのなら、非合法的な手段で実現させようと考えたのである。つまりは八幡を、客人としてではなく、使用人として城へと入れようと考えたのだ。

 

(まあ、方法としては悪くないとは思う。今日見ただけでも、あれだけの人が出入りしているんだ。紛れ込むのは簡単だろう。だけどな……)

 

 ここまでは特におかしなところはない。しかし、問題となるのはどんな使用人に変装するかだ。

 料理人。庭師。清掃人。その他にも、色々な選択肢が存在している。その中で選ばれたのは……

 

(だけどな……なんで、なんで俺がメイドさんにならないといけないんだよ!!バカなの?死ぬの?というか恥ずかしくて俺が死にそうなんですけど!?)

 

 黒いワンピースに、白のフリル付エプロン。そして胸元にはリボンがあしらわれている。そう、(まが)う方なきメイドさん(本日二回目)であった。ちなみに(よど)んだ目元を隠すためのメガネに加え、顔にはメイクが施されていたりする。

 腐った目を除けば、元々の素材自体は悪くないのだ。よほど近づいて注視されでもしない限り、今の八幡は、どこからどう見てもメガネっ子メイドさん状態である。

 

(このあたりに知り合いがいなくてよかったわ……。雪ノ下に見られたら通報確実だし、ナズナさんやくりのんに見られたら大爆笑確実だぞコレ……)

 

 幸いというべきか、現在の〈マイハマの都〉にはほぼ〈冒険者〉が存在しない。この格好を知り合いに見られることは、まずないと言っていいだろう。まあ幸いは幸いでも、あくまで不幸中の幸いではあるのだが。 

 

「八幡様には、レイネシア姫付きのメイド見習いとして入城していただきます。理由は二点ありますが、まず一点目。レイネシア姫の身の回りのお世話は、基本的にほとんど私が仕切っていること。二点目は、レイネシア姫の部屋であれば、公爵様が訪れてもそこまで不思議ではないこと。なにせあの方は、姫様を溺愛されていらっしゃいますので。……構いすぎたせいで、この間は姫様がつむじを曲げてしまいましたが」

 

 

 どうやらこのエリッサというメイドさん、コーウェン公爵からの信頼が厚いようだ。いわば機密に属するであろうこの仕事に(たずさ)わり、公爵の孫娘の世話係にも任じられている。

 とはいっても、必ずしもエリッサでなくても良かったはずだ。なんといっても公爵様なのだから、他にも色々と信用できる人物がいるだろう。

 ではコーウェン公爵は、なぜエリッサに頼んだのか。

 

「……つまり俺がこんな格好をする羽目になったのは、公爵が孫と仲直りする口実に使うためだと?」

 

「……否定は致しません」

 

「「…………」」

 

 場に長い沈黙が下りる。

 八幡にしてみれば、逃げる選択肢を選びたいところである。というか、普段であればそれ一択だ。

 ただしそれは、相手に対して何の負い目もない場合の話である。そう、今の八幡には負い目があるのだ。〈大地人〉への襲撃が増えるきっかけを作ってしまったという、大きな負い目が。

 もしこの呼び出しがそのことに関するものだとしたら、逃げ出すわけにもいかない。

 

「……はぁ。エリッサさん。案内してもらっても?」

 

「本当に申し訳ありません……」

 

 結局のところは、動かなければ始まらない。そう考えた八幡は、エリッサに引き連れられて、〈灰姫城〉へと入っていく。

 八幡の心の中にある、絶対に許さないリスト。そのページに、セルジアッド=アインアルド=コーウェンの名を記しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コーウェン公爵の孫娘であるレイネシアには、エリッサも合わせて5人ほどのメイドが仕えている。普段はエリッサを筆頭としたその5人で、レイネシアの身の回りのお世話の行っているのだ。

 しかし本日。公爵の秘密のゲストである八幡を呼び寄せるにあたり、エリッサ以外の4人には休暇が与えられていた。4人とも気立てが良く、レイネシアにも忠実ではあるが、可能な限り情報が漏れるのを避けるための措置だ。

 仕方がないことではある反面、それは同時に普段5人でやっている仕事を、エリッサ1人で片付けなければならないということでもある。

 

 毎日のように様々な習い事をさせられていたレイネシアだが、社交界へのお披露目が迫る昨今は、特にダンスの指導が厳しく行われているようだ。

 そして、習い事でレイネシアが部屋を留守にしている日中。その間に彼女の部屋の掃除を済ませてしまうのも、エリッサたちの重要な仕事の一つである。

 なにせ公爵家の孫娘の居室だ。正直な話、不必要なレベルの広さがある。普段は5人がかりで1時間以上かかる掃除も、今日は当然エリッサ1人の仕事となるわけで、腕まくりをして気合を入れていたのだが……

 

(は、速い……)

 

 見かねた八幡が半ば無理矢理に手伝った結果、いつもの半分以下の時間で片付いてしまっていた。

 エリッサとてレイネシアに仕えるメイドたちの長だ。自分のメイドとしての実力には、少なからず自信を持っている。

 しかしこの八幡という〈冒険者〉。彼のスキルは、そんなエリッサをはるかに凌駕していた。

 ほんの数分で棚の上などを拭き上げ、窓や壁も一瞬でピカピカに磨き上げる。極めつけは床掃除だった。目にも止まらないようなスピードでゴミを掃き集めた後で、ゴミ一つ落ちていない床を一瞬で拭き上げたのだ。

 本来であればまだ掃除をしていたはずの時間なのに、気が付けば八幡と2人で優雅にティータイム中である。

 現在エリッサの前に広がっているのは、未だかつてないほどに光り輝く主の部屋。棚や壁に見受けられる細かな傷を除けば、この部屋が作られた当初とほとんど変わらないのではないかと思わせるほどの状態だ。

 

「エリッサさん。公爵とはあとどれくらいで会えるんですか?」

 

 ティーカップを口元に運びながら、八幡が声を掛けてくる。あれだけ動いたはずなのに、目の前の少年は息一つ乱していないようだ。

 自分たち〈大地人〉と、八幡たち〈冒険者〉。八幡にとっては造作もないことかもしれないが、エリッサからしてみればとても真似できないレベルの動きだ。両者の間にある能力の違いをまざまざと見せつけられ、エリッサはあらためて驚嘆する。

 

「え、ええ。午前の執務を終えてからということでしたので、もうそろそろお越しになるかと……」

 

 メイドの格好をさせている上に掃除まで手伝ってもらってしまったが、本来八幡は客人だ。客人を待たせるというのは礼を失した行為ではあるものの、セルジアッド=コーウェンという人物は、とにかく忙しい。

 娘婿でありレイネシアの父親でもあるフェーネルが色々とサポートしてはいるのだが、もともとは財務関係の文官であった彼は、軍事方面にはあまり明るくないのだ。また、領主であるコーウェン自身が決済しなければならない事柄も多い。

 フェーネルがコーウェン家の血を引いていればまた違ったのだろうが、結局のところ彼は婿養子でしかないのだ。

 

 そこに最近加わった問題が、〈冒険者〉による〈大地人〉への襲撃である。領民の安全が脅かされているというのは、領主にとって最大級の重大事だ。

 フィールドゾーンが危険であれば、交易商人は都市間を行き来できない。そうなれば商品の流通が滞り、徐々に経済が回らなくなるだろう。

 さらに農民の多くは、〈マイハマの都〉の外に畑を持っている。商品の流通が滞った上に農家が食料を収穫出来なくなれば、待っているのは飢饉とそれによって起きる暴動だ。

 コーウェン公爵は普段の仕事にプラスして、〈公爵領騎士団〉(グラス・グリーヴス)の指揮官と領民の警護計画の打ち合わせをし、訪れる他都市の使者たちと会談を行っている。60歳を越えた彼にとっては、明らかなオーバーワークと言えた。

 

「そうですか。じゃあ……んっ?」

 

 八幡が何かを告げようとした瞬間、部屋の扉がノックされる。

 エリッサはすぐに立ち上がろうとするが、なにせこの広い部屋の掃除をたった2人で行ったのだ。大半を八幡がやってくれたとはいえ、エリッサと八幡では元々の体力が違う。

 疲労から反応が遅れたエリッサを手で制し、代わりに八幡が椅子から立ち上がった。

 

「俺の方が近いですから。そもそも、メイド長を差し置いて新人メイドが休んでるわけにもいかんでしょ。……どちら様ですか?」

 

 そう言うと八幡は扉へと歩み寄り、部屋の外へと声を掛ける。その裏声は少し気持ち悪かったが、賢明なるエリッサは無表情を貫いた。

 

「失礼いたします。こちらに〈冒険者〉の八幡様はいらっしゃいますか?」

 

「え~と、俺ですけど……あなたは?」

 

「わたくし、セルジアッド様の執事を務めている者です。あるじより言伝を預かってまいりました」

 

 外から聞こえてきた言葉に、エリッサは驚いた。自分以外にも八幡を招いたことを知っている人物がいたこともそうだが、なにより、その人物の声に全く聞き覚えがなかったからだ。

 こんな重大事を話すほどの人物だ。しかもコーウェン公爵付きの執事であれば、エリッサは全員を見知っている。

 であるならば、扉のところで八幡と話している人物、彼はいったい何者なのだろうか。

 

「どうぞ」

 

 エリッサが考えごとをしている間に、話が付いたようだ。八幡の招きに応じ、(くだん)の人物が部屋の中へと入ってくる。

 その視線は、部屋の中を見回し、最後にエリッサの顔を認めて止まった。悪戯っぽい表情を浮かべた顔を確認したエリッサは、驚きのあまりに声を上げそうになる。

 声に聞き覚えがないのも道理である。なにせエリッサは、この人物が誰かに丁寧な口調で話す場面になど、一度も出くわしたことがないのだから。

 

「エリッサ。わしの無茶な願い、よくぞ聞き届けてくれた」

 

 そう。レイネシアの部屋に入ってきたのは、完璧に執事服を着こなした老人。この〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)の主である、セルジアッド=アインアルド=コーウェン公爵その人だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。ここが八幡という〈暗殺者〉(アサシン)の宿か」

 

 材木座義輝、この世界では剣豪将軍義輝を名乗る少年がこの異世界に囚われてから、数日が経過していた。

 異世界に召喚された、もしくはゲームの中に入り込んだという状況に、最初は義輝も興奮していた。自分が大好きなマンガやライトノベル、それが現実化したようなものだからだ。

 だが何日かをこの世界で過ごすうちに、急に不安を覚えた。リアルでの知り合いが一人もおらず、アニメを観ることも出来なければライトノベルを読むことも出来ないこの世界。

 もし一生異世界暮らしとなってしまったら、自分は耐えられるのだろうか……と。

 

 そう考えたときに、ふと思い出したのだ。義輝の現実世界での唯一の友人が、〈エルダー・テイル〉をプレイしていると語っていたことを。

 率直に言って、その友人はひどい奴だ。こちらから声を掛けても普通に無視してくるし、時には平然と罵倒までしてくる。

 でもその友人は、ライトノベル作家になりたいという自分の夢を、一度も笑わなかったのだ。

 作品を読んでくれるように頼んだときもそうだ。最初は文句を言いまくっていたし、読み終わった後も散々に作品を(けな)してきた。それでも、いつだって最後まで作品を読んでくれる。

 友達の少ない自分にとって、彼はいつだって最初の読者で相棒なのだ。

 

 だから、その友人を探さなければならないと思った。自分と同じでぼっちなソイツのことだから、同じように困っているに違いない。そう思った義輝は、〈アキバの街〉で聞いたとある噂に食いついた。

 数日前に衛兵に殺されたという〈冒険者〉。死からの復活を証明したその人物の名前が、友人の名前と同じだったからだ。

 どうせ他に情報もないのだ。義輝は、その〈冒険者〉を探してみようと動き出した。

 

 アキバで聞き込みを行い、ときにソウジロウやイサミといった友人を増やしつつ、ついに義輝はその八幡という〈冒険者〉の居場所を突き止めることに成功する。

 その場所とは、アキバからほど近い〈大地人〉の町。この地方最大の町である、〈マイハマの都〉であった。

 

(さすがは八幡というべきか。よもや異世界でも千葉の地に居を構えようとは……歪みのない千葉愛よ!)

 

 実のところ八幡がマイハマで暮らしているのは、〈西風の旅団〉のメンバーから逃げるためというのが大きいのだが、残念ながら義輝はそのことを知らない。もっとも、千葉愛ゆえというのも否定は出来ないところではあるが。

 

「早く宿から出てくるがいい八幡!貴様の相棒である、剣豪将軍義輝はここにいるぞ!!」

 

 宿の前で高らかに叫ぶ義輝だが、彼が八幡と再会を果たすのはまだ少し先のお話。八幡がコーウェン公爵との会談を終えて戻ってくる、およそ半日後のことである。

 それまでの間、散々に不審者扱いされて涙目になる己の運命を、このときの義輝は知る由もなかった。

 




というわけで、なぜかメイド&執事な第二十九話でした。最初は兵士の格好で城に入るはずだったのに、どうしてこうなったんや……まあ結果的に〈専業主夫〉話を入れられたのでいいかな?

まえがきにも書きました通り、第二章以降は視点の切り替えを少し増やすつもりにしています。無理に視点を固定しなければ、第一章後半みたいにダレないと思いますので、しばらくこの形で言ってみたいと思います。

さて次回以降について。次回第三十話は最速で6月16日、遅くても18日くらいの投稿を予定しております。ただ、まえがきにも書いた仕事以外のあれこれによっては、もうちょっと遅れるかもしれません。お待ちいただけますと幸いです。

二話前でお願いしましたアンケートにご回答いただきました皆様、本当にありがとうございました。アンケート自体はまだまだ絶賛募集中です。よろしければ活動報告よりご回答をお願いいたします。


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第三十話 突然の呼び出しに、比企谷八幡は逡巡する。 後編

今回も遅くなりましたな第三十話。というか前回、話数を間違って三十話にしてましたw……いや、マジでごめんなさい。

前回の八幡の女装ネタですが、こちらの配慮不足もあって、不快に思われた方が多々おられたようです。申し訳ありませんでした。しかし、前話の書き直しなども含めて色々検討しましたが、すみませんがこのまま進めさせていただきたいと思います。いつか、展開上に必要だったと思っていただけるように頑張りますので、よろしければ今後もお読みいただけますと幸いです。とりあえず今回までは女装ネタがありますが、これ以降はしばらくありません。

さて今回は説明&説明な説明回。……なんでこんなオリジナル展開にしているのかの言い訳タイムとも言いますが。ちなみに、話している相手が相手なので、八幡の口調に違和感を感じると思いますがご容赦を。流石に平塚先生と話すような感じってわけにはいかないですし。視点は八幡→レイネシア。文字数はおよそ8600文字となっております。


「では始めようかの」

 

 そう切り出したコーウェン公爵の顔は、真剣だった。どうやら〈大地人〉が置かれている状況というのは、八幡が考えているよりも深刻なようだ。

 となればこちらも真剣に話を聞かないといけないのだが……

 

(執事とメイド(♂)が向き合ってるシュールな絵面で、集中なんて出来るわけないんですが?)

 

 状況があまりにも妙であったため、八幡の集中力は完全に切れていた。というか、なぜコーウェン公爵が平気な顔をしているのかが謎だ。

 ちなみに公爵の後ろに立つエリッサは、必死で笑いを堪えているようで、真っ赤な顔で時折肩を震わせていた。気配を察した公爵が振り向くとすぐに無表情に戻るところは、さすがだとしか言いようがない。

 色々とツッコミどころはある。しかし、まさか公爵にツッコミを入れるわけにもいかない。八幡はもやもやする心を押さえつけ、どうにか真面目な表情を形成した。

 

「それで?俺をわざわざ(・・・・)呼び出した用件を聞いてもいいですか?」

 

 わざわざ女装させやがってという棘を含ませつつ、八幡は問いかける。

 小市民ゆえ直接的なことは言えないが、逆に遠回しな皮肉は慣れたものだ。遠回しすぎて、たまに由比ヶ浜に伝わらないのはご愛嬌である。

 

「ふむ。高名な〈冒険者〉にメイド服を着せるのも一興かと思っての。……冗談じゃよ。そんな目で(にら)むでない」

 

 こちらが言外に込めたモノは、しっかりと把握されていたようだ。もっとも、睨みはしたものの、そんな目(・・・・)なのは元からだ。公爵の言葉に二重の不満を覚えた八幡は、無言で話の続きを促した。

 

「では本題に入るかの。……率直に言おう。ここ数日の〈冒険者〉たちの変化、その理由が知りたい。可能であればその対応策も」

 

 場の雰囲気が、一瞬にして重くなった。

 威厳のある声に、鋭い眼光。先程真剣と評した表情ですら仮面に過ぎなかったと思わせるほどのソレに、八幡の姿勢が自然に正される。

 イースタルの〈大地人〉の中でも最上位の権力を持ち、また卓越した政治的手腕をも併せ持つ為政者。現実世界ではただの高校生でしかない八幡は、目の前の男に圧倒されていた。

 

(くっ!?これは口先でどうにか出来るような相手じゃなさそうだな。発されている威圧感、その質がケタ違いだ。今まで感じた中では、雪ノ下の母ちゃんに一番近い……か?)

 

 コーウェン公爵の発する威圧感に比べれば、あの雪ノ下陽乃(ゆきのしたはるの)すら所詮は大学生に過ぎないのだと思わされる。単なる高校生に過ぎない自分では、まともに渡り合うことは不可能だろう。

 

 あるいはここにいるのがシロエであれば、もう少し何とかなるのかもしれない。世間では散々に腹ぐろ呼ばわりされていたシロエだが、実際はバランスの取れた思考の持ち主だ。

 必要とあれば平然と黒くなれるし、自分を犠牲にすることにも躊躇(ちゅうちょ)がない。ゆえにシロエと八幡が考える作戦というのは、どこか似通っていることが多かった。

 しかしそれは茶会、というよりもカナミのわがままに付き合わされた結果であり、本来は可能であれば正攻法を好む人物。それが、八幡の考えるシロエという男だ。

 この場にいるのが、自分ではなくシロエであれば。邪道しか知らない自分とは違い、王道も知るシロエであれば。

 

 そこまで考えたところで、八幡は小さく首を振った。

 ないものねだりをしても仕方がないし、そもそも今この場にこうしているのは、八幡自身の選択の結果だ。自分自身で、目の前の男と向き合うしかない。

 とりあえずは何を明かして、何を隠すか。そう考えながら、八幡はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これが〈アキバの街〉の〈冒険者〉たちの現状です」

 

「なるほどのう。〈大災害〉……か」

 

 自分たち〈冒険者〉は、この世界によく似た世界観を持つ〈エルダー・テイル〉というゲームのプレイヤーであり、ある日気付いたらこの世界に存在していた。

 八幡の告げた荒唐無稽(こうとうむけい)な話を、コーウェン公爵がどの程度信じたのかは分からない。現に公爵の後ろに立つエリッサは、こちらへ懐疑的な視線を向けている。

 

「こんなアホな話を信じるってのは難しいとは思いますけど、俺の話を信用してもらうのがこの話し合いにおける絶対条件です。一部を伏せることはあっても、嘘はつきません」

 

 しかし正直なところ、前提条件となるこの部分だけは絶対に信じてもらわなくてはならない。なにかしらの対策を立てるには、正確な情報の把握が必要だからだ。

 そして百戦錬磨のコーウェン公爵相手では、嘘をついてもバレる可能性があり、バレたときのリスクも高い。であるならば腹芸は使わず、自分しか持たない情報を武器にして、正面から話し合う。

 奉仕部での日々があったからこそ浮かんだソレが、八幡の選択だった。

 

「……いや、それならば今の状況にも納得がいく。つまり今の〈冒険者〉は、違う世界に放り出されて浮足立っているということじゃな」

 

 八幡は、自分の告げた情報が端的にまとめられた一言に、コーウェン公爵の理解力の高さを感じた。

 そう。現在の〈冒険者〉たちは、異世界に飛ばされたという現実を、いまだに受け入れられていないのだ。

 我慢していればいつか元の世界に戻れると殻にこもり、どうせゲームだと〈冒険者〉(プレイヤー)〈大地人〉(NPC)を攻撃したり。多くの〈冒険者〉にとって、この世界は虚構でしかないのだ。

 八幡がこの世界を異世界だと認識しているのは、ベルに出会ったことと『死』を経験したこと。この二つがあったからに過ぎない。

 

「〈冒険者〉のほとんどは、元は普通の人間、この世界で言うところの平民に過ぎません。率直に言うと、精神的にはそんなに強くないんですよ」

 

 この状況での最大の問題点は、この世界の〈冒険者〉には、統治機関や司法機関が存在しないということだ。

 現代社会において、自ら能動的に動けるものというのは意外に少ない。

 生まれてしばらくは親の庇護のもとで育ち、その後は小学校、中学校、高校、大学と教師や教授の指導の下で成長していく。社会に出ても大多数の人間は会社に属し、上司の指示で動くことがほとんどだ。

 それこそ部下を持つ身分まで成長すれば違ってくるのかもしれないが、〈エルダー・テイル〉のプレイヤーの平均年齢を考えれば、そんな人間は極少数だろう。

 そして、監督者と行動の指針の両方を失った人間がどうなるか。罰せられることがないのなら、何をしてもいいんだと考える人間が現れるのは、自明の理である。

 

「なるほど。納得は出来んが理解はした。全く知らない場所に放り出されれば、わしだとて慌てふためくだろうからの。……もっとも、そのせいで領民が傷つけられるというのは、とても許容出来んが」

 

 結局のところ、問題はそこである。コーウェン公爵の言葉に、八幡はうなずいた。

 すでに怪我人が数名出ているこの状況で、もし死人が出てしまったら。〈冒険者〉と〈大地人〉との間で、もっと大きな(いさか)いが生じるかもしれない。

 

「今のアキバの周辺は、はっきり言って危険です。可能であれば、アキバ方面への行商を制限した方が安全だと思いますが?」

 

 今のところ八幡の頭の中には、これといった対応策は思い浮かばない。とりあえず提案できるのはこれくらいである。もっとも、目の前の男性がこんなことを検討してないとも思えなかったが。

 

「短期的には可能だが、長期的には難しいのじゃよ。マイハマには、アキバに商品を売りに行くことで生計を立てている者も多い」

 

 コーウェン公爵が八幡に語ったのは、それこそ為政者だからこその視点からの話であった。

 領主というのは、領民に対する責任がある。領内の生活や安全を保障する代わりに、税金を徴収しているのだ。領民の行動を制限するのは、あくまで最終手段としなければならないのだ。

 

「まあこれは正直どうにかなるじゃろう。しばらくは城で買い取ることも出来るし、他の町に売りに行くという選択肢もないではない。……問題は〈アキバの街〉に住んでいる〈大地人〉じゃな」

 

 続いたコーウェン公爵の言葉に、八幡は虚を突かれた。

 決して失念していたわけではないが、目の前の人物は〈マイハマの都〉の領主であるだけでなく、〈自由都市同盟イースタル〉の筆頭領主でもある。イースタルに住む〈大地人〉、その全てに対して相応の責任があるのだ。

 

「それはやはり安全面……?」

 

 イサミから聞いた、サラという少女の話。〈冒険者〉に襲われそうになった彼女のような例が、それ以外にも起こらないとは言い切れない。もしかすると、明るみになっていないだけですでに起こっているかもしれない。

 しかし八幡が発した質問に、コーウェン公爵は首を振った。

 

「たしかにそれもあるんじゃが、それ以上に重要なことがある」

 

「重要なこと?」

 

「アキバへ商品を売りに行く者がいるといったが……彼らが売りに行っている商品、一体誰が買うんだと思うかね?」

 

 誰が彼らの商品を買っているのか。コーウェン公爵からの問いに、八幡は思考を巡らせる。

 〈ヤマトサーバー〉で〈エルダー・テイル〉を始めた場合、プレイヤーのスタート地点は、例外なく〈アキバの街〉である。そのため、ゲーム時代の〈アキバの街〉のNPCショップは、初心者向け、低レベルプレイヤー向けがほとんどだった。

 結果的にそれはマーケットの隆盛につながり、〈海洋機構〉や〈ロデリック商会〉といった生産系ギルドが勢力を拡大するきっかけともなったのだ。

 しかしそれは同時に、〈アキバの街〉の〈冒険者〉は、NPCショップであまりアイテムを購入しないということでもある。なにせ〈冒険者〉のおよそ半分はレベル90であり、低レベルプレイヤーというのは、ごく一部に過ぎないのだから。つまり……

 

「つまり〈マイハマの都〉の商人が運んでいるのは、〈アキバの街〉に住む〈大地人〉向けの商品がほとんどであり、それが運ばれてこなくなれば彼らが困窮する……ということですか?」

 

 八幡の答えに、コーウェン公爵は深くうなずいた。

 NPCショップに商品が入らず、マーケットの品物は〈大地人〉にとっては高すぎる。そして今の〈アキバの街〉とその周辺は、〈大地人〉にとっては危険地帯だ。

 食料を始めとした生活必需品が入手出来なければ、その先に待っているのは"死"である。

 

「商人たちの出入りが(とどこお)れば……おそらくはひと月もたんじゃろうな」

 

 コーウェン公爵の口から告げられたのは、なかなかに悲観的な試算だった。

 八幡の目から見て、今の混乱が一か月で治まるかはかなり怪しい。どうにかして物資を運び込むか、治安だけでも先に回復させなければならないということだ。

 

「さて。ここまでくれば、君をここに呼んだ理由は分かってもらえたと思う。……八幡くん。君には商人たちの護衛をお願いしたい」

 

 おもむろに下げられた頭に、八幡は困惑した。先程から静かに話を聞いているエリッサを見やると、そちらも驚き顔をしている。

 途中からなんとなく用件には察しがついてはいたが、まさかヤマト東部最大の実力者が、ここまで深く頭を下げるとは思ってもいなかったからだ。

 

「一つ聞きたいんですが……なんで俺なんですか?」

 

 しかしだからと言って、気軽に受けられるような話でもない。明らかに八幡1人の手には余る仕事な上に、そもそもなぜ自分にこんな仕事を頼んできているのかが分からない。

 そのことを疑問に思った八幡は、コーウェン伯爵に向かって問い掛けた。

 

「先日のことだ。〈チョウシの町〉の町長より、ある報告書が届いた。そこに書かれていた、ベルという少女の父親を助けた〈冒険者〉の話。その報告書を読んだときに確信したのじゃ。この八幡という〈冒険者〉は、ノブレス・オブリージュの精神を持っている……とな。ただ、商人たちの護衛任務に就いてもらう前に、一つお願いしたいことがあるのじゃが……」

 

 とんでもなく過大で、信じられないほどに愚かな評価。コーウェン公爵の言葉への感想は、この一言に尽きた。高貴なるものの義務(ノブレス・オブリージュ)などというのは、八幡とは真反対のものだからだ。

 現実世界の八幡は、奉仕部員として色々なことを解決してきた。しかしそれは、八幡が何も持っていない(・・・・・・・・)ぼっちだったからこそ出来たことだ。

 ベルの父親の件にしてもそうだ。ベルに薬を渡したのは、別に義務感からではない。ただ、八幡がそうしたいからしたというだけの話だ。

 八幡はどう答えたものかと逡巡するが、とりあえず今できるのは、誤解を解くことと仕事の内容を聞くことだろう。そう思った八幡が口を開いたその瞬間

 

「ただいま戻りました。……聞き覚えのある声だとは思いましたが、やはりおじいさまでしたか。それで、そちらの方はどちら様でしょう?」

 

 外側から開かれた扉の向こうから、美しい声が響いた。

 部屋に入ってきたのは、長い銀髪とほっそりとした体の線が特徴的な、どこか(はかな)げに見える美少女。八幡の目から見て、その美しさはあの雪ノ下姉妹と同等かそれ以上に感じられた。

 コーウェン公爵に声を掛けた少女は、その向かいに腰掛ける八幡にも視線を向けてくる。

 重なり合う視線と視線。少女の、どこか気だるげな瞳を見た瞬間に八幡が感じたのは

 

(ああ、この少女は養われ願望の持ち主(俺のご同類)だな)

 

 という、ある種の共感(シンパシー)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……憂鬱ですわ……」

 

 3か月後にせまった、自分の社交界デビューの日。自分のモラトリアムな日々の終わりが、刻一刻と近づいてきている。それが最近のレイネシアの悩みのタネだった。

 〈エターナルアイスの古宮廷〉で開かれる舞踏会へと向けたダンスの猛特訓は、日々苛烈を極め、運動不足のこの身を苦しめている。自分はただベッドでごろごろしていたいだけなのに、世の中はままならないものである。

 先日もそのことについて、祖父であるセルジアッド公爵よりお小言を頂戴してしまった。

 体が痛くて練習は無理だと駄々をこねたのは、確かに悪かったとは思う。しかしそれを注意するのに、セルジアッドが直接乗り出してくるのは反則だ。

 そのことにつむじを曲げたレイネシアは、現在、祖父に対する返事を2秒遅らせるという地味な反抗を行っていた。

 

(今更思い返すまでもなく、本当に地味な反抗ですね……)

 

 昨日の夜にセルジアッドから呼び出された際も、その小さな抵抗は継続中であり、そのことにセルジアッドとエリッサの2人は苦笑いを浮かべていた。

 

(エリッサを今日一日貸してほしいとのことでしたが、この城に冒険者を呼んでいるという話と、何か関係があるのでしょうか?)

 

 その席上で告げられたのは、レイネシアのメイドであるエリッサに、ある仕事を頼みたいということだった。

 レイネシア付きとはいえ、実際にエリッサを雇っているのはセルジアッドである。不満がなかったとは言えないが、そもそもレイネシアは異議を唱える権限を持たなかった。

 結局その仕事の内容も聞けず、今になってももやもやを抱えたままだ。

 

 〈アキバの街〉の〈冒険者〉、ここ最近彼らの様子がおかしいという話は、レイネシアも聞き及んでいる。そして、〈自由都市同盟イースタル〉の筆頭領主であるセルジアッドが、最近そのことについて頭を悩ませているのも知っていた。

 いつもだらけているとはいえ、レイネシアだとてコーウェン家の娘である。自分のこの自堕落な生活が、領民たちによって支えられていることは自覚していた。

 ゆえに、セルジアッド同様、レイネシアもそのことに少なからず心を痛めているのだが……

 

(まあ明日のツクバ行きがなくなりそうなのは、そのせいというかおかげなのでしょうけど)

 

 治安の悪化が原因というのはアレだが、明日の外出の予定がなくなりそうなことは、正直なところ嬉しかった。

 〈魔法都市ツクバ〉。キリヴァ侯爵が治める彼の地は、ヤマトでも有数の学術都市としても知られる。その教育レベルはこの〈マイハマの都〉すらも上回り、知識を修めるために留学してくる貴族の子弟も数多い。

 それはコーウェン公爵家でも同様であり、レイネシアの母であるサラリアも、かつてはツクバの学院を学び舎としていた。彼女が10代の頃からすでに、セルジアッドの政務を手伝えるほどになっていたと言えば、その教育レベルの高さが分かろうというものだ。

 

 ただ、レイネシアにとって幸いだったことに、祖父であるセルジアッドは孫娘に対して非常に過保護だった。レイネシアが自分の手元から離れるのを嫌がった彼は、月に一度だけ、孫娘をツクバの学院に通わせることにしたのだ。

 普段はコーウェン家に雇われた家庭教師が教え、月に一度はツクバの高い水準の教育に触れる。それが現在のコーウェン家の教育方針だ。

 月に一度のこととはいえ、怠けることを旨としているレイネシアにしてみれば面倒な用事でしかなく、毎月その日が近づくたびに憂鬱になっていた。

 

(ツクバ行きがなくなれば、明日は1日ベッドでごろごろ出来ますね……)

 

 元々はツクバ行くはずだったので、当然ダンスの練習を始めとした各種習いごとは、明日は予定されていない。つまり今日から明日までの1日半のあいだは、だらけ放題ということである。

 素晴らしきかなモラトリアムな日々。残り少なくなった時間を楽しもうと、レイネシアは足取りも軽く自室へ向かって歩いていた。

 

(この話し声はおじいさまと……どなたでしょうか?全く聞き覚えがありませんね)

 

 ようやくたどり着いた自室の扉。その向こうから響いてくるのは、幼いころから聞いている威厳のある声と、全く聞いたことのない少年の声だった。

 忙しいはずの祖父が、なぜ自分の部屋にいるのかも不思議だが、それ以上に不思議なのはもう片方の存在だ。

 まず、使用人の誰かである可能性は排除される。レイネシアの部屋に男の使用人が立ち入ることは、中にいるセルジアッド自身が禁じているからだ。

 ではどこかの街からの使者なのかというと、それもまた首を捻らざるを得ない。使者に会うための場所として、謁見の間や会議室といった部屋が存在しているのだから。

 

(となるとおじいさまと話しているこの方は、一体何者なのでしょうか……?)

 

 レイネシアは、基本的に人見知りである。知らない人とはろくに目を合わせられないし、しゃべろうとすればよく舌を噛んでしまう。いくら自室とはいえ、見知らぬ人間がいるのが確実な場所へ踏み込むには、若干の勇気が必要だ。

 引くべきか引かざるべきか。それが問題である。

 とはいっても、ダンスのステップを詰め込まれたこの身は、すでに疲労の極致にある。ふかふかのベッドに包まれて、一刻も早く休みたいところだ。

 結局思考開始5秒で入室を選択したレイネシアは、自室の扉に手を掛けた。

 

「ただいま戻りました」

 

 レイネシアは扉を開けながら、中にいるであろうエリッサへと帰室を告げる。

 数時間ぶりに戻った自分の部屋。見回した視線の先にいたのは、予想通りのエリッサとセルジアッド。そしてもう1人

 

(あの方は……新しいメイドでしょうか?しかし、室内におじいさまがいるのに椅子に座っていますね。……あれ?そういえば聞こえていたのは男性の声だったような)

 

 謎のメイドさん(仮)が、セルジアッドの対面に腰掛けていた。応接用の机と椅子。その位置の関係上、レイネシアから見えるのは、そのメイドさんの横向きの姿だけだった。

 使用人というのは、基本的に雇い主の前では立ったままでいるのが基本である。そもそも、セルジアッド=アインアルド=コーウェンを前に座っていられる人間など、イースタルの貴族の中でも数えるほどだろう。

 しかし、考えたところで、自分の頭では分かるまい。メイドの姿をした人物の正体について、レイネシアは早々に白旗を上げた。

 

「……聞き覚えのある声だとは思いましたが、やはりおじいさまでしたか。それで、そちらの方はどちら様でしょうか?」

 

 分からないのであれば聞けばいい。そう思ったレイネシアは、セルジアッドに声を掛け、その流れに乗って質問する。

 しかし、人というのは自分のことが話に上ると、反射的にそちらを向いてしまう生き物である。セルジアッドからの答えが返ってくる前に、(くだん)のメイド自身が、レイネシアの方へと振り向いた。

 髪色は真っ黒。耳の形状その他を見る限り、自分と同じ人間(ヒューマン)のようだ。服装はコーウェン家のメイドのソレであるが、女性としては大きな体格であるせいか、幾分窮屈そうに見える。

 しかし、もっとも特徴的だったのは、顔に掛けられているメガネのその奥。重なり合う視線と視線。どこか気だるげに(よど)んだその瞳を見た瞬間、レイネシアが感じたのは

 

(ああ、この人は引きこもり願望の持ち主(私のご同類)なのでしょうね)

 

 という、ある種の共感(シンパシー)であった。

 しばしそのまま無言で見つめ合っていた2人だったが、しかしその直後のセルジアッドの一言により、一気に現実に引き戻されることとなる。

 

「おお、レイネシア。ようやく戻ったか。この者はな……お前の明日のツクバ行き、その護衛の〈冒険者〉じゃ」

 

「「………えっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分のモラトリアムな日々が崩壊を告げたのは、あの"目の腐った〈暗殺者〉"と目を合わせてしまった、この日この時からだった。

 それは、長く苦しい旅の始まりだったかもしれないが、同時に素晴らしい日々の始まりを告げる出来事でもあった。

 これから何年何十年と時が過ぎようと、自分は忘れないだろう。たくさんの友人たちとの絆を与えてくれた、この日の出会いを。

 

 〈新生ヤマト共和国〉初代議長・レイネシア=エルアルテ=コーウェンの日記より




というわけで最後の一文が思わせぶりな第三十話でした。というかこれ、自分のログホラ原作の展開の予想というか願望?みたいなものですね。そのせいでこの作品のレイネシアは、原作よりも多分ハードモードになります。

本来この話の最後で材木座との再会シーンを入れるはずだったんですが、長くなり過ぎたので後に回します。材木座ファンの方、ごめんなさい。……まあ材木座ファンなんて奇特な人物がいるのかは知りませんが。

さて次回以降について。次回第三十一話は、〈西風の旅団〉視点のお話となります。こちらはある程度原作沿いですが、当然色々変化が生じていますのでお楽しみに。ただ、前話のあとがきにも書きましたあれこれが現在進行形でして、投稿は少し遅れるかもしれません。遅くとも23日には投稿する予定ですので、お待ちいただけますと幸いです。


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第三十一話 図らずも、ソウジロウは3人のギルドリーダーたちに遭遇する。

どうにかギリギリ間に合った第三十一話。お気に入りも1500件を超え、皆様には感謝の言葉しかございません。今後もよろしくお願いいたします。

前回と前々回の話についていくつかご指摘をいただきまして、自分で見直してみてもちょっとご都合主義気味ではないかと思われる部分がいくつかありました。とりあえず軽く修正してフォローを入れてみましたが、どれほどの効果があるのかは大変微妙。普通にどこが変わったのか分からないレベルの修正なので、読み返していただく必要は特にないです。

さて今回は久しぶりのソウジロウ視点。多分17話以来ですね。ソウジロウ・クラスティ・アイザック・ミチタカの原作コミックス通りの豪華メンバーに、なぜかイサミが紛れ込んでいます。ガチガチの導入回なので、話自体はあまり進んでおりません。視点はソウジロウ→名も無き冒険者(仮)→マグス→ソウジロウ。文字数はおよそ8600文字です。


 預けていた刀の修理が終わった。〈海洋機構〉のギルドマスター(総支配人)であるミチタカより連絡を受けたソウジロウとイサミは、連れ立って〈海洋機構〉のギルドホールへとやって来ていた。

 ヤマトサーバートップの所属人数を誇るだけあり、そのギルドホールは巨大だ。しかもギルドホールはこの一棟だけではなく、周辺のビルのほとんどが〈海洋機構〉の持ちビルである。

 

「ご連絡ありがとうございます……って、クラスティさんとアイザックさんじゃないですか!?」

 

 しかし、ミチタカに招き入れられたその先にいたのは、〈D.D.D〉のギルドマスター・〈狂戦士〉クラスティと〈黒剣騎士団〉のギルドマスター・〈黒剣〉のアイザック。アキバ最強と目されている2人の〈守護戦士〉(ガーディアン)だった。

 〈D.D.D〉と〈黒剣騎士団〉と言えば、アインスの率いる〈ホネスティ〉と並んで、アキバの三強と呼ばれる戦闘系ギルドである。そこに〈西風の旅団〉と〈シルバーソード〉を加えて、アキバの五大戦闘系ギルドと言われることも多い。

 ちなみに〈黒剣騎士団〉の黒剣という言葉は、アイザックが持つ〈幻想級〉(ファンタズマル)武器、〈苦鳴を紡ぐもの〉(ソード・オブ・ペインブラック)に由来している。

 

「よう。ちょうどおめぇらんとこのサブマスの話をしてたところだよ。……っとわりぃ。元サブマスだったな」

 

 悪びれない風のアイザックの謝罪に、ソウジロウは笑顔を返す。

 ここにいるアイザックとクラスティも、〈西風の旅団〉を抜けたあとの八幡を自分のギルドに誘っていたはずだ。八幡が〈西風の旅団〉を抜けたことなど当然承知しており、今のはアイザックなりのジョークでしかない。

 

「アイザックさん!副長がウチのギルドから出て行ってるのなんて知って……ちょっと局長!邪魔しないでよ!!」

 

 ジョークでしかないのだが、運悪くというべきか、この場にはイサミもいた。アイザックと接することなどほとんどなかった上に、八幡のことには人一倍敏感なイサミである。

 一瞬でヒートアップしてアイザックに噛みついたイサミを止めるべく、ソウジロウは駆け寄った。

 

「イサミさん、落ち着いてください。今のは単なる冗談ですよ。……ちょっと悪趣味でしたけど」

 

「おいっ!!」

 

 レベルが同じ90である以上、イサミの力もソウジロウとはそんなには違わない。必死でイサミを押しとどめながらの言葉だったが、その言葉に、今度はアイザックがソウジロウに詰め寄った。

 

「ふふっ。やはり君たちを見ていると面白いですね。この場に八幡くんがいないのが残念です」

 

「面白いのは同意だが、出来ればうちの工房じゃないところでやってもらいたいんだがなぁ」

 

「のほほんと会話してないで、この2人をどうにかしてくださいよ~」

 

 他人事のように会話をするクラスティとミチタカに、ソウジロウは救いを求めるが、2人にしてみれば実際に他人事である。この場所が戦闘禁止区域に設定されていたのは、ソウジロウにとっては幸いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、結局なんでこんな豪華メンバーがそろってるんですか?」

 

 イサミとアイザックの興奮をどうにか治め、ソウジロウは聞きたかったことを口にした。

 ここにいるメンバーは、ソウジロウも含めて〈ヤマトサーバー〉でも有数の有名人ばかりである。このメンバーが一堂に会したのは、おそらく一年前のマイハマのとき以来だろう。

 

「先程アイザックが言ったように、八幡くんの話ですよ。彼が死からの復活を証明してくれたおかげで、我々も気兼ねなく外に出られるようになりましたからね」

 

「んでオレらはちょっくら装備の修理に来たわけよ。死んでも大丈夫とはいえ、万全にしておくに越したこたぁないからな」

 

 クラスティとアイザックの答えに、ソウジロウは複雑な気持ちになる。もしあそこで八幡が来なければ、死を証明していたのは自分であったはずなのだ。

 

「だからと言ってお前ら、2人同時に来るんじゃない。こっちにも予定ってものがあるんだぞ。そもそも脳筋集団の黒剣はともかく、〈D.D.D〉には修理できる奴なんていくらでもいるだろうに」

 

 預かっていた〈会津兼定〉をイサミに返しながら、ミチタカが2人に文句をつける。

 言われてみれば不思議である。1名をのぞいて戦闘狂しかいない〈黒剣騎士団〉は仕方がないにしても、〈D.D.D〉は後方支援用の部隊も充実しているはずだ。

 なのになぜギルドマスターであるクラスティが、わざわざよそのギルドに修理を頼みに来ているのだろうか。不思議に思ったソウジロウは、クラスティへと視線を向ける。

 

「私のギルドは人数が多くてね。手持ちに余裕のあるメンバーは他のギルドで、という話になったので、私が率先して実行しているというわけですよ」

 

 肩をすくめながらのクラスティの言葉に、一同はあ~っと納得顔を浮かべる。

 大方高山三佐(たかやまみさ)あたりの発案だろう、とソウジロウは考えた。見た目は麗しい女性だが、鋭い目つきや自分と他人の両方に厳しい性格など、高山三佐(たかやまみさ)はそこら辺の男よりもよほど男らしい人物なのだ。

 そんな三佐ならば、クラスティを外に出させるくらい平気でやりそうではある。

 

てめぇ(クラスティ)んとこの事情は理解したが……ミチタカさんよぉ。俺のギルドが脳筋ってのは聞き捨てならねぇなぁ」

 

「……合ってるじゃないの」

 

「ああん!?デコ女、なんか言いやがったか?」

 

「だからうちの工房の中でケンカすんなって言ってんだろ!」

 

 再びにらみ合いを始めたイサミとアイザックに対して、ミチタカが強引に止めに入る。割り込んだミチタカの巨体により、双方の視界から相手が遮断されたのが功を奏したのか、その場はなんとか治まった。

 普段は常識人なのに、八幡のことが絡むとたまに暴走気味になる。イサミのこういった様子はゲーム時代にも見られたが、〈大災害〉以降はそれがより顕著だ。

 

(やっぱり、この間八幡を取り逃がしたのは失敗でしたね~)

 

 なにせゲーム時代とは違って、ログアウトでの逃走の心配がない。とりあえず捕まえて簀巻(すま)きにでもしておけば、この世界では簡単には逃げられないのだ。

 そして〈西風の旅団〉のメンバーは、変態(くりのん)の存在のおかげで、人を拘束する技術に習熟しつつあった。放っておけばなにを仕出かすか分からない変態(くりのん)も、動けないようにしてしまえばどうということはない。

 次に八幡と会ったときは、確実に捕まえて簀巻きにしよう。イサミの抑え役確保のためにも、ソウジロウは心の中で決意を新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待てよセタ。てめえが今日ここに来たのは、本当にちょうど良かったぜ。話があったんだ」

 

 クラスティもすでに自分のギルドへと戻ったし、自分もイサミも刀は受け取った。自分もいつまでもギルドを留守にしているわけにはいかないと、ソウジロウはミチタカとアイザックへと別れを告げ、イサミと一緒に出口へ向かって歩き出す。

 しかし後ろから追いかけてきたアイザックに声を掛けられ、その場で立ち止まった。

 

「珍しいですね、アイザックさんが話があるだなんて。僕はてっきり決闘でも申し込まれるのかと……」

 

 お互いに戦闘狂のきらいがある2人は、ゲーム時代にもたまに決闘を行っていた。もっとも、大っぴらにやるにはどちらも有名プレイヤー過ぎたため、双方のギルドメンバーや他のプレイヤーにバレないように、ごくまれに、そして隠れてではあるが。

 ソウジロウの知る限りでそのことを知っているのは、ナズナと紗姫(さき)(うた)、そしてよく巻き込まれていた八幡くらいのものだ。〈黒剣騎士団〉のメンバーの何人かもおそらく知っているのだろうが、それはソウジロウには分からない。

 

「まあそいつも悪かねえが、もうちょっと状況が落ち着いてからだな。それで、肝心の用件だが……セタ。おめぇ、うちのギルドに入る気はねぇか?」

 

 アイザックの言葉に、ソウジロウは驚いた。横に立つイサミも同様のようで、こちらは驚きに固まってしまっている。

 このまま放置すれば、再びアイザックとイサミの戦争が起こるのは確実だ。機先を制すべく、ソウジロウは急いでアイザックに返事をすることにした。

 

「それは……僕が欲しいということでしょうか?」

 

「…………間違っちゃいねぇが、なんかその言い方だと気色わりいな」

 

 慌てて返事をしたはいいものの、言われてみれば若干ホ○っぽい気がしないでもない。

 

「あはは。えーとつまり〈黒剣騎士団〉に〈西風の旅団〉を吸収合併したい……ということでしょうか?」

 

 とりあえず笑顔で誤魔化しつつ、ソウジロウはもう一度質問を重ねる。

 その言葉に我に返ったのか、何か言おうと口を開いたイサミを、ソウジロウは手の動きだけで制した。これは、ソウジロウ自身が聞いて、ソウジロウ自身が答えなければならないことだからだ。

 

「悪い話じゃねえと思うぞ。少数ギルド同士で手を組むってのはよ。実力だったら〈D.D.D〉や〈ホネスティ〉にも負けねえ自信はあるが、それでも人数が多いに越したこたぁねえからな」

 

 アイザックからの答えは明快であった。〈黒剣騎士団〉と〈西風の旅団〉。どちらのギルドも入団条件が厳しく、所属しているメンバーは、知名度に対して意外に少ない。

 加えて〈西風の旅団〉は、女性メンバーばかりという点が大きく足を引っ張っており、五大戦闘系ギルドでも最小の人数である。〈黒剣騎士団〉にしても、レベル85以上という入団条件がある以上、今後の勢力の拡大は容易ではないだろう。

 

「勢力の拡大……本当に必要ですかねぇ?」

 

 しかしギルドの統合となれば一大事だ。ソウジロウは安易に返事をせずに、アイザックへ確認する。

 

「……セタ、お前今の状況で仲間以外の人間を信用できるか?俺らがこの世界で不安なく過ごすにはな、自分たちの手ではばを効かせなきゃならねえんだよっ!」

 

 現実になってしまったこの世界で、はたしてどこまで他人を信用できるのか。

 〈アキバの街〉の治安が悪くなっているのは知っている。つい先日の衛兵との一件でも、他者からの悪意にさらされたばかりだ。それに加えて最近のPKの増加。

 ギルドメンバーの安全を最優先にするならば、アイザックからの提案は飲むべき……だと思う。だとは思うのだが

 

「たしかにこんな状況ですから、色々な問題が起こるでしょう。それでも僕は……」

 

 〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)で教えられたこと。

 どんなところでも、どんなときでも楽しいことは見つけられる。そのことを他の人にも伝えたくて、ソウジロウは〈西風の旅団〉を作ったのだ。

 八幡(最高の相棒)と共に、最高のギルドを作るために。

 

「それでも僕は、〈エルダー・テイル〉がそんな世界だとは思いません。だからすみません。そのお誘いには答えられません」

 

 他人が聞けば批判されるかもしれない。

 ギルドの仲間よりも、自分の願望を優先したと。くだらないプライドのために、みんなを危険にさらしたと。

 

(だったら、僕が死んでもみなさんを守ります。……八幡がそうしたように)

 

 死からの復活は証明されたが、斬られたり殴られたりすれば当然痛みはあるし、恐怖が消えてなくなるわけではない。しかしそんなことは、仲間を助けるためならば些細なことだ。

 死んだらどうなるかすら分からない状況で、八幡はソウジロウを助けるために動いた。八幡の最高の相棒であろうとするならば、自分の仲間を全員守ってみせるくらいのことは、やれて当たり前でなければならない。

 

「……そうかよ。そんじゃこっから先は、オメェも俺たちの敵だってことだな」

 

 交渉の決裂を悟り、訣別の言葉を告げるアイザックだったが、ソウジロウには、彼にまだ言わなければならないことがあった。

 

「アイザックさん!確かにこの世界はゲームではなくなったかもしれません。僕の選択は、甘いと言われるかもしれません。それでも僕は……いや、僕たちはこの世界を楽しみます。1人1人が少しずつ気遣いし合って、1人1人がこの世界を楽しめるようになれば。この世界に争いの必要なんてなくなるはずですから!!」

 

 ソウジロウの言葉を聞き、アイザックは立ち止まる。そしてしばしの逡巡ののち、結局はなにも言わずにそのまま歩き去って行った。

 

「……局長」

 

 ソウジロウに言われて静かにしていたイサミが、おずおずと声を掛けてくる。その表情に、さきほどまでアイザックといがみ合っていたときの強さはなく、どこか不安げですらあった。

 

「……イサミさん、大丈夫ですよ。アイザックさんだって、僕たちと同じように〈エルダー・テイル〉が大好きですから」

 

 イサミを安心させるために、ソウジロウは言葉を紡いだ。

 

「アイザックさんが言っていたような世界なんて、それこそ本人ですら望んでいないはずです」

 

 アイザックが正しいのか、ソウジロウが正しいのか。今の時点ではそんなことは分からない。しかし分からないのであれば、自分が望んでいるような世界になる可能性も、ゼロというわけではないのだ。

 簡単にあきらめるようでは、元茶会の一員として胸を張ることが出来なくなってしまう。なにせ〈放蕩者の茶会〉というのは、リーダーのカナミや参謀役のシロエを始め、あきらめの悪さに定評のあるメンバーばかりだったのだから。

 

「……戻りましょうか。僕たちの仲間が待っている、ギルドホールへ」

 

「うん!」

 

 そして〈西風の旅団〉のメンバーたち。今の自分の仲間たちも、最高にあきらめの悪い人間ばかりだ。

 この仲間たちと一緒なら、どんな事態にも、どんな悪意にも立ち向かっていける。ソウジロウはそう考えながら、イサミと共にギルドホール(自分たちの家)を目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈エルダー・テイル〉のアップデートが行われたあの日。全てがおかしくなった〈大災害〉の日から、数日が経過した。当初の混乱も徐々に治まり始めており、それに合わせて、フィールドゾーンへと出る〈冒険者〉も少しずつ増え始めている。

 それは男の所属するギルドも例外ではなく、最初はこの事態に戸惑っていたメンバーも、死からの復活が分かったことを契機にフィールドゾーンでの狩りを行うようになっていた。

 最初はみんな怖がっていたものの、数日も続ければ慣れてくるものである。気心の知れた仲間と一緒だということも、非常に心強かった。

 

「よっしゃ!ぼちぼちアキバに戻るぞ!!」

 

 リーダーである〈妖術師〉(ソーサラー)が街への帰還を宣言したのは、太陽が沈み始めてしばらくしてからのことだった。

 〈アキバの街〉周辺のおいしい狩場は、すでに大手ギルドによって占拠されつつある。そのため男たちは、〈アキバの街〉から少し離れたフィールドゾーンまで足を運んでいた。

 電気を使った明かりが存在しないこの世界。月や星の明かりが差し込まない森は、日が落ちてしまえば真っ暗になってしまう。

 本来であればもう少し早く帰る予定だったのだが、今日はノルマの達成に時間がかかってしまった。自分たちと同じように狩りにやって来たギルドと、狩場がかち合ってしまったためだ。

 別に(いさか)いになることはなかったが、同じ狩場に複数のギルドがいれば、必然狩りの効率は下がってしまう。結果として、いつもの帰還時刻より1時間ほど遅れてしまったというわけだ。

 

「遅くなっちまったな。出来れば暗くなる前にアキバに帰り着きたかったんだが……」

 

 暗い森の怖さというのは、モンスターと戦うのとはまた別種の怖さがある。いくらこの世界に慣れてきたとはいえ、あまり好き好んで踏み込みたいとは思わない。

 暗闇に感じる、根源的な恐怖。それを誤魔化すために、男たちは大きな声でしゃべりながら歩いていた。

 そして、〈アキバの街〉までもう少しとなり、男たちの気が少し緩んだ瞬間。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 リーダーの体に、数十本の矢が突き立った。先程までは全快だったリーダーのHPが恐ろしいほどの勢いで減りはじめ、そのまま一気にゼロとなる。

 状況を理解できずに立ちすくむ男と仲間たち。しかしその一瞬の自失によって、彼らの運命は決してしまった。気付いたときには武装した〈冒険者〉たちに包囲され、完全に逃げ場を失っていたのだ。

 

「な、何なんだよお前たちは!!」

 

 思わず叫んだ仲間に、その〈冒険者〉たちが殺到する。そして一瞬で大神殿送りにしてしまうと、そのまま残った仲間たちへと襲い掛かってきた。

 目の前の連中がPK(プレイヤーキラー)だと気付いたときには、すでに手遅れだった。1人、また1人と斬り倒され、射倒され、殴り倒され。5分もしないうちに、生き残りは男1人だけとなってしまう。

 

 ゲーム時代の男たちは、決して腕の悪いプレイヤーではなかった。さすがに〈大規模戦闘〉(レイド)のクリア経験こそなかったが、高難易度のダンジョンはいくつかクリアしているし、〈秘宝級〉(アーティファクト)アイテムも複数所持している。

 

 だがそんなことは、何の意味も持たなかった。現実となったこの世界で、まさか他人を襲う人間がいるなど、自分たちには想像も付かない。

 これほどの悪意にさらされたことなど、ゲーム時代には一度もなかったし、そもそもPK行為自体がそうそう行われるものではなかった。悪質なPKはネット上でさらされることもあった上に、最悪アカウント停止措置すら取られることがあったからだ。

 結局のところ、自分たちは舐めていたのだろう。ゲームが現実となるというのがどういうことか、深く考えもせず油断していたのだ。

 

「くそっ!こんな奴らに……PKなんかに、何も出来ないまま殺されてたまるか!!」

 

 数の暴力の前に意味をはなさなかったとはいえ、少なくとも装備では負けていないのだ。

 敵の1人や2人くらいは巻き添えにしてやる。そう考えた男は、言葉と共に自分の愛剣を抜き放つと、目の前の敵へと飛び掛かる。

 そしてそのまま敵の1人を斬り倒そうとするが

 

「くっ……!?」

 

 その敵が浮かべた恐怖の表所に、思わず動きを止めてしまった。

 

「……貴様、躊躇(ためら)ったな」

 

「あ……が……」

 

 わずかな躊躇(ためら)いが、男から復讐の機会を奪った。己の胸から突き出ている刃を見た男は、ようやく自分たちと敵との、本当の違いを悟る。

 覚悟。自分たちには、それが圧倒的に足りていなかった。自分たちが生き残るためならばなんでもするという、必死さが足りなかったのだ。

 敵の顔を見て攻撃を止めるなど愚の骨頂。情けなど一切不要。ただ目の前の敵を斬り伏せる。そんな覚悟が足りなかった。

 

(今回は俺たちの負けだ。だけど……次に会ったときは絶対に……てめえら全員、皆殺しにしてやる……)

 

 次の瞬間。ふたたび降り注いだ矢弾の雨が、男の残りHPをすべて吹き飛ばす。

 その死の瞬間に男の顔に浮かんでいたのは、後悔の表情でも悲しみの表情でもない、あまりにも凄惨な笑顔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははは。いいぞ最高だ。やっぱりあいつらは最高の火付け役だよ……」

 

 男に何本もの矢が突き立った瞬間。その様子を遠くから眺める、マグスという名の〈冒険者〉がいた。

 メガネを掛けた黒髪の〈冒険者〉。もしその姿をイサミが見たら、驚きで声を上げていただろう。なにせ彼は、〈アキバの街〉でイサミとサラを襲った2人、パッシータとコーザと一緒にいた人物だったからだ。

 

「力をぶつけ合う〈冒険者〉。凶悪な魔物(モンスター)。鍛えぬいた装備品。己の魔法と特技。これで、キミの求めていた世界がやってくるよ……ソウジロウくん」

 

 〈大災害〉から数日。〈アキバの街〉を覆い始めた狂気が、ふたたび〈西風の旅団〉の元へと迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあソウジ。戻って来てからイサミの様子がおかしいんだけど、なんか理由知らん?」

 

 〈海洋機構〉のギルドホールから戻ってしばらくして。溜まっていた仕事を片付けるべく部屋にこもっていたソウジロウだが、そこへナズナが訪ねてきた。

 

「様子が変と言われても……どんな感じなんですか?」

 

 ナズナからの質問に、ソウジロウは首を捻る。

 帰り道のイサミの態度からは、特におかしな感じはしなかった。いつもとおなじように、他愛もない話をしながら帰ってきたはずだ。

 

「え~となんつうか……突然赤くなって不機嫌になったり、突然青くなって震えだしたりって感じ?」

 

「……あ~」

 

 イサミの様子を聞いたソウジロウは、思わず手をポンッと叩いた。

 帰り道ではなくその前、〈海洋機構〉のギルドホールで、ちょっとした(いさか)いがあったことを思い出したからだ

 

「ん?やっぱりなにか知ってんの?」

 

「いえ、ちょっと〈海洋機構〉のギルドホールで……いや、やっぱりなんでもありません。とりあえずしばらく放っておいてあげれば、イサミさんは大丈夫です。というかむしろ放っておいてあげてください」

 

 ソウジロウは、思いついた理由をナズナに伝えようとしたが、直前で考えを改めた。

 

「言いかけて途中でやめんなよ。気になるだろうが!」

 

 お預けを喰らった形のナズナが詰め寄ってくるが、こればかりはイサミの名誉のためにも教えるわけにはいかない。

 

 八幡のことで腹を立てて、〈ヤマトサーバー〉最強クラスの〈守護戦士〉(ガーディアン)にケンカを売ってしまったことに対して、アホなことをしてしまったと今更になって後悔しているのだろうなどということを。

 

 八幡式〈大規模戦闘〉(レイド)の極意その1。

 どんなときでも冷静に。後悔するぞ黒歴史。

 あとでイサミに伝えるのは、差し当たってはこの言葉だけで十分だろう。そう考えたソウジロウは、とりあえずはしばらく放っておこうと、ふたたび作業に戻るのだった。




というわけで〈西風の旅団〉PK編の敵役(かたきやく)・マグスさんが本格的に登場の第三十一話でした。本当ならラストの部分は、24話か間章のあたりに入れてないといけなかったんですが、完全に忘れていたのでこんな形に。ちなみに、ようやくこれでコミックス西風の旅団1巻の話を全消化しました。……あまりのペースの遅さに、自分でも愕然としております。第二章は五十話くらいには終わらせたいんですが……いけるのか?

今回4人の話し合いにイサミを混ぜてみた結果、なぜかアイザックにケンカを売り始めました。元々原作よりは多少強気にしてたんですが、これはどうなんだろう……。ただ、個人的には結構気に入っております。

さて次回以降について。次回第三十二話は、引き続き〈西風の旅団〉視点になる予定です。ただ、話の前後を迷っている部分があるので、もしかすると八幡視点やレイネシア視点になる可能性があります。投稿予定は、とりあえず今週中とさせていただきます。……今週は角川文庫・集英社文庫・新潮社文庫の夏のフェアを出すという、書店員としての激務があるので、死んでて更新が遅れたらマジですみません。


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第三十二話 訓練に訪れたフィールドで、イサミはPK現場に行き当たる。  

遅れてごめんなさいな第三十二話。先週中の投稿のはずが、1日遅れてしまいました。本当に申し訳ありません。11巻を読む時間を計算に入れていなかったのが最大の敗因。

さて去る6月23日13~21時の間のことですが、なんとこの作品が日間ランキング1位にいたようです。正直仕事上がりにランキングを見たときは、どんな冗談だと思いました。この作品を読んでいただいている全ての方に感謝を!!今後も出来るかぎり頑張りたいと思います。

そして今回はイサミ回。出来るだけコメディに寄せようと粘ったのが、今回の敗因その二。ふたたびイサミのキャラが崩壊気味です。視点はほぼイサミ、最後にちょろっとだけ八幡視点があります。文字数はおよそ8800文字となります。文章がうまくまとまらなかった+推敲不足なので、本日夜に軽く修正する予定です。


 ミチタカに頼んでいた修理も無事に終わり、イサミの愛刀である〈会津兼定〉はようやく手元に戻ってきた。衛兵によって砕かれたはずの刀身は、新品同様の状態にまで復元されており、むしろ砕かれる前よりもきれいかもしれない。

 こういうところはゲームだな~とは思うものの、これに関して言えば、当然イサミには何の不満もない。輝きを放つ刀身を眺めながら、イサミは満足げな表情を浮かべていた。

 

「イサミー、訓練に行くよ~」

 

「はいはーい!今行くー」

 

 折角だからもう一度磨いておこう。イサミがそう考えていたところに、ナズナから声が掛かる。自分が思っている以上に時間が経っていたことに気付き、〈会津兼定〉を鞘に納めたイサミは、急いで立ち上がった。

 

 イサミとソウジロウが死に掛けた先日の衛兵との一件は、多くのメンバーに不安を抱かせた。もし再びなにかが起こったら、そのとき自分たちはしっかりと対応できるのだろうか。そう考えたナズナの発案で、〈西風の旅団〉を挙げての戦闘訓練が、本日行われる運びとなっていた。

 〈西風の旅団〉のメンバーは、大半がレベル90に達している。加えて、〈大規模戦闘〉(レイド)産の装備を持つ者も多く、質に関しても最高水準に近い。

 しかし今の〈エルダー・テイル〉は、ゲームではなく現実だ。男勝りのメンバーも多いとはいえ、〈西風の旅団〉は基本的にほとんどが女性である。例外はソウジロウとドルチェくらいのものだ。

 そのため戦闘を怖がるものが多いこと、戦闘に習熟するにも多くの時間がかかること、その2点が予想された。

 

 加えて重要なのが、このギルドに集まっているメンバーの大半が、ソウジロウを好きだということだ。

 ソウジロウに守ってもらうのもいいが、それ以上にソウジロウの力になりたい。そう考えた恋する乙女たちは、ナズナの提案に一切の意義を唱えなかった。

 イサミにしても、衛兵との一件で自分の力のなさを実感したばかりだ。訓練に賛成するい理由こそあれ、反対する理由などなにもなかった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、アキバ近くのフィールドゾーンへと出向いた〈西風の旅団〉の面々は、訓練の内容の確認を行った。

 最初は低レベルモンスターから、そして慣れてきたら徐々に高レベルモンスターを。方針の共有も終わり、早々に訓練を開始した〈西風の旅団〉の面々だったが

 

「ぎゃああ――!でっかいイノシシが突っ込んでくる――!!」

 

「落ち着いてキョウコちゃん。これだけレベル差があるんだから、喰らってもダメージなんてほとんどないわよ」

 

 生身で行う初めての戦闘。モンスターと相対しなければならないという恐怖に、一部のメンバーが恐慌を(きた)していた。

 現実世界で見るイノシシですら、はっきり言うと相当に怖い。そしてこの世界のモンスターであるイノシシブタのサイズは、現実のイノシシの優に1.5倍はある。いくら低レベルだとはいえ、現実世界ではイサミと同じ高校生であるキョウコが怖がるのも当然だと言えた。

 

「イサミちゃ~ん。そっちに行ったわよ~」

 

 キョウコをなだめていたドルチェから、今度はイサミへと指示が飛んでくる。キョウコを突破したイノシシブタは、どうやらこちらへと猛突進してきているようだ。

 

(猪突猛進!イノシシだけに!!)

 

 頭に浮かんだ冗談に笑いを(こら)えながら、イサミは刀を上段に構える。迫ってくるイノシシブタの姿はたしかに怖いが、それでも衛兵の剣の一振りに比べれば何程のこともない。

 

「ちぇすとーー!!」

 

 ドルチェが言うように、イサミとイノシシブタではかなりのレベル差があるのだ。イサミは慌てることもなく刀を振り下ろし、一刀の元にイノシシブタを斬り捨てた。

 

(ああ……ごめんね~)

 

 もっとも、慌てることはないとは言っても、モンスターとはいえ生き物を倒すことにはいまだに抵抗を覚える。唯一の救いと言えるのは、倒したモンスターは死体とはならず、ポリゴン粒子となって散るだけということだろうか。

 

「ごめんイサミ!ありがとっ!」

 

「どんまいどんまい。次はいけるよ!」

 

 こちらに謝ってくるキョウコに、イサミは励ましの言葉を返す。

 たしかに失敗かもしれないが、キョウコは最前線で敵の突撃を受け止めているのだ。逃げ出さずに踏みとどまっているだけでも、女子高生としては破格の勇気だと言えた。

 

(ウチも〈大災害〉初日は、局長やカワラに大迷惑かけちゃったからな~)

 

 全てが変わってしまったあの日。〈大災害〉から経過したのは、いまだほんの数日に過ぎない。そうであるはずなのに、あの日のことはもう遠い過去のように感じられた。

 ゴブリンを怖がってろくに刀を振るえず、それどころか戦闘中に転んだりもした。そんな自分が、今は慌てることなく冷静にモンスターを仕留めている。

 それが良い影響なのかは断言できないが、この世界での密度の濃い日々は、確実にイサミに変化を与えていた。

 

「みなさん。調子はどうですか?」

 

「お疲れーソウジ。慣れないなりにみんな頑張ってるよ。そっちの用事はどうだったん?」

 

 イサミたちはそのまましばらく訓練を続けていたが、なにせ今までに経験のない、生身を使っての戦闘だ。2時間ほどで精神力の限界を迎えたメンバーたちは現在、思い思いの場所で休憩を取っている。

 所用で遅れていたソウジロウが合流したのは、ぼちぼち休憩も終わろうかというそんな時間だった。少し離れたところから聞こえるソウジロウとナズナの話し声に、イサミはそちらを振り向いた。

 

「知り合いに何人か当たったんですが、〈第8商店街〉のカラシンさんから、ちょっと有力な情報がもらえました」

 

「へぇ~さすがは若旦那。単なるナンパ野郎じゃないね」

 

 ソウジロウとナズナの会話に上っている人物、〈第8商店街〉のカラシンと言えば、イサミでも知っているアキバの有名人だ。

 第1位の〈海洋機構〉、第2位の〈ロデリック商会〉。そしてそれに次ぐアキバ第3位の生産系ギルドが、カラシンの率いる〈第8商店街〉である。人数面では上の2ギルドに水を空けられているものの、それでも〈西風の旅団〉とは比べ物にならないほどの規模を誇るギルドだ。

 また、他の生産系ギルドと比べて多くの商人プレイヤーを抱えており、生産系ギルドの中ではもっとも販売に力を入れているギルドでもある。

 そんな〈第8商店街〉だが、実のところ最初は生産系ギルドとして設立されたわけではない。チャット(おしゃべり)好きなメンバーが、カラシンを中心に集まって設立したチャッター(おしゃべり)ギルド。それが本来の〈第8商店街〉なのだ。

 それゆえにギルドマスターである若旦那・カラシンの顔は非常に広く、本人曰くフレンドリストはほぼ上限に達しているらしい。

 

「ええ。それで八幡のことなんですが……」

 

 ソウジロウの口からその名前(・・・・)が出た瞬間。イサミは、無意識に〈一騎駆け〉を発動させていた。

 

「局長!その話!ウチにも詳しく!!」

 

「うわっ!?ってイサミか。……アンタどんだけ必死なのよ」

 

 ソウジロウとナズナがのほほんと会話していたところに割って入ったイサミは、その勢いのままにソウジロウの胸ぐらを掴み上げる。驚いたナズナが抗議の声を上げるが、正直今のイサミには、そんなことに構っている余裕はない。

 助けるだけ助けておいて、そのまま思いっきり逃げてくれたのだ。今度こそ八幡を捕まえて、もう一度文句とお礼を言ってやらなければならない。

 

「は、はいっ!数日前に八幡から念話があったそうで、カラシンさんになにか依頼をしたみたいなんですよ」

 

「用件は!」

 

 イサミの剣呑(けんのん)な目付きに、あのソウジロウが若干の恐怖を感じていた。そしてその迫力の余波を受けたせいで、ナズナですら若干腰が引き気味だ。

 衛兵よりもよっぽど怖い。2人にそう思われているなどとは露とも知らず、イサミは更にソウジロウを問い詰めた。

 

「それは流石に教えてくれなかったんですけど……いや、大丈夫ですって!居場所について情報は、ちゃんと聞いてますから」

 

「どこ!」

 

 八幡が今どこにいるのかは、イサミの情報収集能力ではさっぱり分からなかった。ソウジロウの襟首を掴むイサミの手に、思わず力が込められる。

 

「それで……八幡が今いるのは、〈マイハマの都〉らしいんですよ」

 

「マイハマ?なんでそんなところに……?」

 

 ソウジロウの答えに、イサミは困惑する。

 〈マイハマの都〉と言えば、ヤマトでも最大級の規模を誇る一大都市である。アキバからもほど近いその都市は、それこそグリフォンを使えば数十分でたどり着くことも可能だ。

 しかし、このイースタル地方最大の街とはいえ、〈マイハマの都〉にはギルドホールや大神殿が存在しない。〈冒険者〉がこの世界で生きるのに必須である2つの施設を欠いた〈マイハマの都〉は、拠点として使用するには色々と不便の多い場所だ。

 

(なんで副長は、わざわざマイハマに?……あ。そういえば、マイハマって現実世界では千葉なんだっけ)

 

 理由を考えていたイサミの頭に、ようやくそれらしい答えが浮かんできた。はっきりと本人から聞いたわけではないが、おそらく八幡が住んでいるのは千葉のはずだ。

 ネトゲで個人を特定されるようなことを言うなというのが本人の弁だったのだが、なにせ会話の端々に千葉の話が登場する。伊勢海老の生産量の1位が千葉であるなどと言われても、イサミからしてみれば、そういえば銚子港って千葉だったな~と思い出す程度のことでしかない。……そもそもプレイヤーネームが本名な時点で、個人を特定する情報もなにもないのだが。

 少なくとも、あの千葉好きぶりを(かんが)みるに、八幡がマイハマにいるというのはなかなかにあり得る話だと思われた。

 

「局長!ちょっとウチ、マイハマに行ってくるね!」

 

 情報を得たのなら、次にすべきなのは行動である。掴んでいたソウジロウの襟を離すし、イサミが〈鷲獅子(グリフォン)の笛〉を取り出した。

 

「えっ!?」

 

 しかし、今まさに笛を吹き鳴らさんとした瞬間に、背後から伸びてきた手がイサミの頭を鷲掴みにした。なお、別に鷲獅子(グリフォン)にひっかけたジョークではない。

 

「イ~サ~ミ~!あなたソウ様になんてことをーー!!」

 

「オ、オリーブ!?って痛い痛い!」

 

 イサミの頭を締め付けるている手の持ち主は、同じ三番隊の所属であるフレグラント・オリーブだった。ソウジロウに対するイサミの態度を見て、かなり起こっているようだ。

 しかしイサミの記憶がおかしくなったのでなければ、オリーブの職業(クラス)〈妖術師〉(ソーサラー)、つまり魔法攻撃職のはずである。戦士職(サムライ)であるイサミの防御力を、そうやすやすと突破できるものではない。

 ソウジロウへの愛ゆとでもいうのか、武器攻撃職もかくやというほどの力で頭を締め上げられたイサミは、あまりの痛さに苦悶の表情を浮かべた。

 孫悟空の緊箍児(きんこじ)って、きっとこんな痛さなんだろうな。薄れゆく意識の中でイサミはそんなことを考えていたが

 

「イサミ」

 

 ぽんっと肩を叩かれた感触で、ふたたび意識と痛みが戻ってくる。

 

「キョウコ?助けに来てくれた……わけないか」

 

 振り向いたイサミの視線の先にいたのは、先程イノシシブタに苦戦していた〈守護戦士〉(ガーディアン)のキョウコであった。

 イサミにとってキョウコは仲の良い友人だし、キョウコから見たイサミも同様だとは思う。だが悲しいかな、キョウコの優先順位はソウジロウ>イサミなのだ。

 

「ソウ様になにしてくれとんじゃーい!…………あと訓練サボるな」

 

 キョウコが掴んだのは、頭ではなくその反対側。イサミの両膝をがっちりホールドしたキョウコは、その場でそのまま回転を始める。

 

「きゃああーーー!!」

 

 大回転中に突然足を離され、イサミは悲鳴と共に空を舞っていた。キョウコによる、全力のジャイアントスイングだ。

 〈守護戦士〉の攻撃力は、〈暗殺者〉(アサシン)〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)などの武器攻撃職には遠く及ばない。しかし単純なパワーであれば、最重量装備が可能な〈守護戦士〉は全12職中でもトップクラスである。

 その〈守護戦士〉の腕力によって天高くぶん投げられたイサミは

 

「ギャフン!」 

 

 ギャグマンガのような声と共に、その勢いのまま、近くの小高い丘に不時着した。

 イサミにとって幸いだったことに、〈武士〉(サムライ)は全職中でも〈守護戦士〉に次いで2番目の防御力を誇っている。痛みはあるものの、目立った怪我はないようだ。

 

「う~……うへあ?」

 

 イサミは痛む頬をさすりながら立ち上がるが、その視線の先に尋常ならざる光景を見つけ、思わず声を上げた。

 震えている女性冒険者と、それをかばうように立っている男性冒険者。その2人を、6人の〈冒険者〉が取り囲んでいる。

 

(もしかしてこれ……PK?)

 

 目の前に広がる光景に、イサミは動揺した。

 アキバの治安が悪化し始めているというのは、イサミの耳にも入っている。突然異世界へと飛ばされてしまったことへの不安。元の世界へと戻れない苛立ち。味のない食べ物に対する不満。

 積もり積もったそれらの感情のせいか、最近のアキバでは〈冒険者〉同士のケンカが絶えない。そしてケンカ以上に問題となっているのがPK(プレイヤーキル)。〈冒険者〉による、他の〈冒険者〉への殺人行為である。

 

「イサミさーん!大丈夫ですかー?」

 

「お~いイサミー。生きてるかー?」

 

 立ち上がった姿勢のまま動かないイサミに、ソウジロウとナズナから心配そうな声が掛かる。しかし今はそれに返事をしている場合ではない。

 

「局長!みんな!援護してっ!!」

 

 まだはっきりとPKだとはっきりとしたわけではないが、もし本当にPKだとしたら。今にも攻撃を仕掛けようとしている6人組を見るに、すでに状況は差し迫っている。

 とりあえずは割って入って、勘違いだったら謝ればいい。そう考えたイサミはソウジロウたちに声を掛けると、〈会津兼定〉を抜き放って駆け出した。

 

〈百舌の速贄〉(ラニアス・キャプチャー)!」

 

 PK集団(仮)の1人、呪文詠唱中の〈妖術師〉(ソーサラー)に対して、イサミは通り過ぎざまに〈百舌の速贄〉(ラニアス・キャプチャー)を放つ。喉元に叩き込まれた神速の突きは、〈妖術師〉の詠唱を強引にキャンセルし、さらに一定時間の沈黙効果を付与した。

 〈妖術師〉の詠唱を止めることに成功したイサミだったが、PK(プレイヤーキラー)(と目される集団)はいまだに5人も残っている。そのまま勢いを止めずに突っ込んだイサミは、今まさに男性冒険者に切り刻まんとしていた2つの刃を、片方は〈会津兼定〉で、そしてもう片方は〈会津兼定〉の鞘で受け止めた。

 

「戦闘訓練なんて感じには見えないけど……。アンタたち、やっぱりPKが目的なの?」

 

 紙一重のタイミングであったが、どうにか間に合ったらしい。相手の武器を受け止めたその体勢のままで、イサミは目の前の集団をにらみつける。

 周辺に満ちる濃密な悪意と、〈冒険者〉たちの殺意に染まった表情。目の前の連中がPK集団だと確信するには、それだけで十分だった。

 

(目が腐っているって点では、こいつらは副長と同じかもしれない。だけど副長の性根は、こいつらと違って腐ってない…………はず)

 

 卑怯な手段は平気で使うし面倒だと思えば全力で逃げるが、少なくとも八幡は、PKなんて真似は絶対にしない。そして〈西風の旅団〉のメンバーにも、PK行為を良しとする者など1人もいないだろう。

 

「貴様、〈西風の旅団〉のメンバーか?」

 

「そうだけど、それがどうかしたの?」

 

 所属ギルドなどこちらのステータスを見ればすぐに分かることだし、そもそも隠す必要もない。これで退いてくれれば儲けもの。そう考えたイサミは、正面に立つ〈暗殺者〉からの問いに首肯した。

 そのイサミの答えに、男たちは顔を見合わせる。

 多数の〈幻想級〉(ファンタズマル)装備に加えて、2人の攻撃を同時に(さば)く身のこなし。目の前の連中程度では、イサミ1人にすら苦戦するだろう。

 そしてさらに問題なのは、イサミが所属するギルドだ。アキバの5大戦闘系ギルドの一角である〈西風の旅団〉。そんなギルドを相手取る覚悟は、今の彼らには存在していないのだろう。

 

「イサミさん!大丈夫ですか!」

 

「イサミ!アンタ1人で先走るんじゃないよ!」

 

「イサミあなた、またソウ様に心配を掛けて!」

 

「はぁ……。イサミちゃんたら、似なくていいところばっかりハチくんに似ちゃって……」

 

 そのタイミングで、追い討ちをかけるようにソウジロウたちが合流する。先程まで訓練を行っていたこともあり、各々(おのおの)の手にはしっかりと武器が握られているし、休憩を取ったばかりで体のキレも悪くないように見える。

 援護を求めた自分の声は、ちゃんと聞き届けられていたようだ。頼もしい仲間たちに、イサミは心の中で感謝の言葉を送った。……もっとも、八幡に似ているというドルチェの言葉だけは心外であったが。

 

「"剣聖"ソウジロウ・セタ。それに〈西風の旅団〉の主力か。……分が悪いな。お前ら、ずらかるぞ」

 

 イサミ1人相手でも攻めあぐねていたのだ。他のメンバーまで合流してしまっては是非もない。6人の〈冒険者〉たちは、あっさりと撤退を選択した。

 

「ま、待ちなさい!」

 

「イサミさん!深追いはダメです!!」

 

 ソウジロウの鋭い一言に、イサミは足を止める。

 PKの阻止という当初の目的は達している以上、あえて追いかけるメリットは特にない。そして追いついたとしても、一体どうするというのか。PKを止めるためにPKをする覚悟など、今の自分にはまだないのだ。

 なんとか気持ちを落ち着けたイサミは、右手に握る〈会津兼定〉を鞘に納めようとする。

 

(あれ……?)

 

 しかし納刀しようとしても、なぜかしっかりと納まらない。不思議に思ったイサミは、自分の腰に差している鞘を確認する。

 修理が終わり、ようやく自分の手元に戻ってきた〈会津兼定〉。しかし今度は、その愛刀を納めるべき鞘に大きなヒビが走り、それどころか微妙に変形しているようだ。

 ギルドホールを出発する前は、刀身と同様に、新品のような輝きを放っていたはずだ。一体いつのまにこんな傷がついたのだろうか。

 

「あっ!?」

 

 そこまで考えたイサミは、思わず大きな声を上げた。思い返してみれば先程戦闘に割り込んだとき、とっさに鞘で攻撃を防いだ気がする。

 せっかく戻ってきた愛刀だったが、どうやらまた修理に出さなければならないらしい。判明した悲しき事実に、イサミはがっくりとうなだれた。

 

「あの……」

 

 こんなことなら、あの連中を捕まえて修理代を巻き上げるんだった。そんなことを考えたイサミだったが、すでに連中の姿は影も形もない。修理代は自腹で払わなければならないだろう。自分のお財布の中身を思い出し、イサミの気持ちは更に落ち込んだ。

 

「あのっ!!」

 

「ふぇっ!?」

 

 予想される修理代の額に恐れ(おのの)いていたイサミは、突然掛けられた声に驚いた。

 思わずそちらを振り向いたイサミが見つけたのは、男性と女性の2人組。イサミが助けた〈冒険者〉たちだった。

 

「助けていただいてありがとうございました。彼と2人で狩りをしていたら、突然囲まれてしまって……」

 

「あなたが助けに来てくれて、本当に助かりました。僕1人では彼女を守れませんでしたから」

 

 2人の〈冒険者〉は、しっかりとイサミの目を見てお礼を告げてくる。

 ここまで真正面からお礼を言われた経験など、たかだか十数年のイサミの人生にはほぼ存在しない。

 

「え、え~と。ウチは別にそんな大したことをしたわけじゃあ……」

 

 最前までの落ち込みようはどこへやら。盛大に照れたイサミは、頬を赤くする。

 

「PK被害が増えてきているって話は本当だったんですね。……お二人は僕たちが責任をもって〈アキバの街〉までお送りします。道中の安全は保証しますよ」

 

「……すみませんが、よろしくお願いします」

 

 自分たちを心配してのソウジロウの提案に、2人の〈冒険者〉はうなずく。

 イサミの活躍もあって、とりあえずのところは撃退に成功した。しかし、いまだ連中が近くにいないとも限らないし、そもそもPK集団が彼らだけとは限らない。

 アキバに名高い〈西風の旅団〉が護衛してくれるのであれば、これ以上に安心なことはないだろう。

 

「それにしても……」

 

 ソウジロウと男性冒険者が道中の打ち合わせを始めるなか、女性冒険者からぽつりとつぶやきが漏れる。

 

「八幡っていう〈冒険者〉が死からの復活を証明したりしなければ、私たちはこんな目に合わなかったのに……」

 

 そのかすかな声は、偶然近くにいたイサミの耳にだけ届き、そしてそれ以外の誰にも届くことはなく消えていった。

 

 八幡が死からの復活を証明したことは、アキバに多くの良い影響を与えていた。今まで出ることの出来なかった街の外に繰り出して、訓練をしたり狩りをしたり。この世界に順応する〈冒険者〉を、すこしずつ増やしている。

 しかしその一方で、死からの復活が証明は、一部のプレイヤーに与えてしまったのだ。やはりこの世界はゲームなんだ、生き返るのなら殺してもいいんだという、おぞましい免罪符を。

 

(副長は、今どうしてるのかな……)

 

 そのことに責任を感じているであろう少年のことを思い、イサミの心は再び沈んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拝啓小町様。

 

「おい材木座。お前ちょっとあいつら引きずり回(カイティング)してこい」

 

「残念ながら八幡、それは出来ん!そんなことをすれば、我が死んでしまうからな!!」

 

 俺と材木座とレイネシア姫は現在 

 

「大丈夫大丈夫。死んでも生き返るから。……死ぬほど痛いけど」

 

「痛いのはいやじゃーー!!」

 

「お二人とも!くだらない口論をしている暇があるなら、もっと早く走ってください!!」

 

「お前も暴れんなって!うっかり落としちゃうだろうが!!」

 

 魔物の大群に追いかけられています。

 

「「「いやぁっ――――!死ぬっ――――!!」」」

 

……モンスターの生息域をいじりやがった奴が独身男性だったら、とりあえず平塚先生でも送り付けておいてください。敬具




というわけで、PK集団と初遭遇な第三十二話でした。そしてラストは暗い感じで終わらせたくなかったので、次回以降の予告的なものを放り込んでみました。

さてようやく俺ガイル11巻が発売されたわけですが、それに合わせてアニメ二期のBDも発売されておりまして、僕も特典小説にホイホイされて買ってしまいましたwとりあえずこの特典小説1巻、折本好きは必見だとだけお伝えしておきましょう。……ステマ?いいえダイレクトマーケティングです!

では次回以降について。執筆時間の減少と執筆速度の低下により、最近の投稿が少し遅れ気味となっております。目標としては7月2日なのですが、今のペースだと最悪7月4日ごろにずれこむかもしれません。可能な限り急ぐつもりですので、お待ちいただけますと幸いです。


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第三十三話 この世界でも、比企谷八幡は逃げられない。

※現在この第三十三話は大幅に修正中です。

毎度言ってますがお待たせしましたな第三十三話。今回はついにあの男が合流します。しばらくは八幡と一緒に行動することになるので、結構出番は多めです。

今回の視点は八幡→エリッサ。エリッサ視点の部分が予想以上に長くなったため、文字数はかなり多めのおよそ11000文字なっております。かなり説明が多い上に、なんか理屈が怪しげなので、読みにくい可能性大です。


(面倒な仕事を押し付けられちまったな……)

 

 コーウェン公爵との会談を終えた八幡は、宿への帰路についていた。

 〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)に入ったのは午前中であったはずなのに、現在の時刻は深夜に近い。朝には賑わいを見せていた大通りからも、すでに喧騒は去っていた。

 八幡が宿泊している宿の受付もとうに終了している時刻だが、こんなこともあろうかと、すでに宿代は1か月分を前払いしている。貸し出されている宿の裏口の鍵を(もてあそ)びながら、八幡は〈マイハマの都〉をのんびりと歩いていた。

 

 コーウェン公爵から出された、最初の依頼(クエスト)。それは彼の孫娘であるレイネシア=エルアルテ=コーウェンを、〈魔法都市ツクバ〉まで護衛して欲しいというものであった。

 最高の学府で、最高の教育を。正直なところ、その気持ちは理解できないでもない。八幡だとて、小町には総武高校(最高の学校)で、勉学に励んでほしいと思っているのだから。……何が良いって、優秀な兄が在籍してるってところがポイント高い。

 

 ただ、この状況下でもそのことにこだわる理由には、いまひとつ納得がいかなかった。勉強なんてものは、命を危険にさらしてまでやらなければならないことではないはずだ。

 貴族社会というのは、自分たちが思っている以上に複雑なのかもしれない。そう考えたところで、八幡はそのことについての思考を打ち切った。

 

(まあ基本的な護衛は、マイハマ騎士団(グラス・グリーヴス)の奴らがやってくれるらしいしな。あくまでも俺は、何かあったときのための保険みたいなものだと思っていればいいだろ)

 

 護衛が八幡1人だったら、はっきりと断っていただろう。出来る自信がないことを出来るというのは、あまり八幡の好みではない。締切のある仕事だって、受けたときは間に合うと思っていたから引き受けてしまうのだ。……もっとも、出来ないと言っても押し付けられる仕事というのも、世の中には多々存在するのだが。

 

 しかしながら、自分とは別に護衛が居るとなると話は別だ。周辺警戒や雑魚モンスターの排除は、マイハマの騎士団である〈グラス・グリーヴス〉の団員たちが行ってくれるらしい。

 つまり八幡の役割は、言ってしまえば最終防衛線のようなものだ。これは中々に悪くない条件だ。全責任を押し付けられることがないというのが、特に素晴らしい。

 しかも〈魔法都市ツクバ〉へは、ルート選択さえ間違えなければ、低レベルフィールドだけを通って行くことが可能だったはずだ。上手くいけば、何もしないでもクエストが達成できるかもしれない。そう考えた八幡は、意外にこのクエストに乗り気であった。……もっとも、この考えには大きな穴が存在しているのだが、そんなことは今の八幡には知る(よし)もない。

 

 問題なのは、遅々として進んでいない、由比ヶ浜の捜索の件だ。なにせプレイヤーネームすら分からないのだ。情報が皆無である以上、足を使って由比ヶ浜を探すしかないのだが、下手に〈アキバの街〉に踏み込めば、イサミやナズナあたりに捕捉されてしまう可能性がある。

 この状況で、明日のレイネシア姫の護衛と、その後の〈大地人〉商人の護衛、そのどちらともを引き受けてしまえば、ただでさえ少なくなっている由比ヶ浜を探す時間が、さらに削られてしまうだろう。

 雪ノ下と約束した手前もあるし、八幡自身も心配していないわけではない。しっかりしているところもないではないが、基本的に由比ヶ浜結衣という少女はアホの娘なのだ。

 

(さてどうするか。実際のところ、今の俺にはコーウェン公爵の依頼を断ることは出来ない。姫の護衛はともかくとして、アキバの治安の悪化の原因は、間違いなく俺にもあるからだ)

 

 他の選択肢が思いつかなかったとはいえ、街中で死んでしまったのは非常にまずかった。

 なにせあの騒動だ。路地裏であったとはいえ、何人かの〈冒険者〉に目撃されることは、避けようのないことだった。

 八幡が証明しなくとも、遠からず死からの復活は証明されていたとは思うし、それは必要なことであったとも思う。しかし、話の広がりが予想以上に早すぎた。

 この世界が何なのか。何も分からない状況で〈冒険者〉たちの中に放り込まれた、死んでも生き返ることが出来るという情報。それは〈冒険者〉たちの多くに、やはりこの世界はゲームなんだという認識を与えるに十分なものであった。

 最近増加しているPK行為と、コーウェン公爵が話してくれた〈大地人〉への襲撃事件。その原因の少なくない部分を八幡が占めているのは、疑いようのないことだ。

 

(由比ヶ浜の捜索、PK行為の阻止、〈大地人〉の護衛。やらなければならないことは多いが、俺の体は1つしかいない。優先順位を決める必要があるな)

 

 八幡1人では明らかに人手が足りていない。そもそもの話、1つ1つの案件自体も、本来であれば複数人で解決に当たるべき問題だ。

 由比ヶ浜の捜索については言わずもがなだし、PK行為の阻止に至っては、正直なところ抜本的な対策が思い浮かばない。自分に出来ることと優先すべきことを考慮して、確実に1つずつ潰していくのが、現状では最善であるように思えた。

 

 心情的なことを考えれば、優先順位の最上位は由比ヶ浜の捜索だ。いつもの調子でなにかやらかしていないか、こうしている今もドキドキものである。

 実際的なことを考えた場合の優先順位は、〈大地人〉の護衛になるだろう。殺されても大神殿で生き返る〈冒険者〉と、殺されたら本当に死んでしまう〈大地人〉。どちらを重視するべきかは、言うまでもないことだ。

 加えて〈冒険者〉には、自衛手段が十分に存在する。

 なにせ〈アキバの街〉から外に出なければ、他の〈冒険者〉に襲われることもないのだ。食料アイテムや宿の料金などは大した額ではないし、とりあえずのところはアキバに引きこもっていればどうにかなる。

 

(ここは〈大地人〉の護衛を優先するべき……か?死人が出たりすれば、それこそどうなるかが分からん。となると由比ヶ浜は……アウトソーシングするしかないかね)

 

 すでに引き受けてしまっていることもあり、優先すべきはコーウェン公爵からの依頼だろう。八幡を指名しての依頼である以上、下手に代理を立てるわけにもいかない。

 一方で由比ヶ浜の捜索については、他の〈冒険者〉、例えば大手ギルドに頼むことも不可能ではない。由比ヶ浜結衣を知っているという点では、八幡以上の適任者は存在しないが、それは数の力でカバーすることも可能なはずだ。

 そして幸いなことに、あまり多くない八幡の人脈(フレンドリスト)の中に、そういったことを頼むのにうってつけの人物が存在している。八幡はメニューからフレンドリストを開くと、その中の1人、若旦那ことカラシンの名前をタッチした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なるほど。まあ八幡くんには借りもありますしね~。……その依頼、このカラシンと〈第8商店街〉が、責任をもってお受けする』

 

 カラシンからの返事に、八幡はほっと息をつく。

 普段は軽い言動が目立つカラシンだが、1度引き受けた仕事は絶対にやり遂げてくれる。カラシンという人物には、なんとなくそんな印象があった。

 本来であれば接点を持つこともなかったであろう相手だが、〈西風の旅団〉に在籍していたときに起きたとある騒動で知り合って以来だから、かれこれ2年以上の付き合いになる。ある程度は信用できる人物だ。

 

『それで報酬なんですけど、どれくらい払えばいいっすかね?』

 

 順番があべこべになってしまったが、引き受けてくれるというならば、報酬についても取り決めておかなければならない。こういったことの相場というものが分からない八幡は、カラシンに直接質問することにした。

 八幡の所持金は、個人としてはかなり多い方だ。現在の装備のほとんどは茶会時代のレイドで手に入れたものだし、小遣い稼ぎも定期的に行っていた。よほど高額でなければ、十分に払えるだろう。

 

『いや、今回は実費だけでいいですよ。可愛い女の子を探すような仕事なら、いつでも大歓迎ですから。……まあどうしてもって言うんだったら、八幡くんがうちのギルドに入るってのもいいですよ?』

 

 軽い調子で告げられたのは、ギルドへのお誘いの言葉だった。

 思わぬところで受けた勧誘に、八幡は閉口する。コミュ障の自分と、おしゃべり大好きギルドの〈第8商店街〉。はっきり言って、相性は最悪だ。

 

『タダで引き受けてもらえるのはありがたいんですが。いいんですか、そんなことを言って?うっかりマリエールさんにしゃべっちゃいますよ?』

 

 なのでここは全力で誤魔化す。そう考えた八幡は、マリエールの話を持ち出すことにした。

 "アキバのひまわり"マリエール。中小ギルドの1つ、〈三日月同盟〉(みかづきどうめい)のギルドマスターだ。その美貌と屈託のない性格には多数のファンがおり、アキバの有名プレイヤーの1人でもあった。

 そんなマリエールにカラシンが思いを寄せているというのは、2人とそれなりに付き合いのある〈冒険者〉にとっては周知の事実でもある。……もっとも、当のマリエールは全く気付いていないのだが。

 

『……べ、別にマリエとは〈エルダー・テイル〉を始めた時期が同じなんで、昔から付き合いがあるってだけですよ?』

 

『なんで疑問系なんですか……』

 

 軽く茶化すだけのつもりが、思っていた以上の動揺ぶりであった。

 特技はナンパと広言するわりに、カラシンの対女性スキルはあまり高くない。そもそもの話として、女性にもてる人間はナンパが特技などとは言わないし、ナンパする必要も少ないはずだ。

 自分とカラシンの思わぬ共通点に、八幡の目頭が熱くなる。もっとも、対人スキルを始めとしたコミュニケーション能力では、八幡の完敗であるが。

 

 その後に行ったのは、双方の情報交換だ。八幡は〈マイハマの都〉の情報を、カラシンは〈アキバの街〉の情報をそれぞれ伝え合い、長い念話を終えた。

 いくつか得られた情報の中で特に有益だったのは、〈ハーメルン〉というギルドの話だ。

 先日〈大地人〉への襲撃を行っていた〈ハーメルン〉だが、どうやらPK行為にも手を染めているらしい。それに加えて、新人冒険者を監禁しているという噂もあり、今後も動向に注意する必要があるだろう。

 

 当面はコーウェン公爵の依頼をこなしつつ、カラシンからの情報を待つ。今後の方針を確認した八幡は、大きく伸びをした。朝から色々あったこともあり、頑丈な〈冒険者〉の体にも疲労が溜まっているようだ。

 幸いなことに、八幡が泊まっている宿屋まではもう遠くない。帰ったらすぐにベッドに潜り込もう。そう考えた八幡は、足取りも軽く大通りを歩いていた。

 

(おっ。やっと宿が見えてきたな。さっさと部屋に入って……って、あれは誰だよ?というか何なの?)

 

 しかし、ようやくたどり着いた自分の宿屋(約束された勝利の地)。その扉の前に、丸くて大きい何かがうずくまっている。

 プレイヤータウンと違い衛兵は存在しないが、それでもここは東部最大の街であり、しっかりと警備の兵が配置されているはずだ。モンスターの類である可能性はかなり低い。となると人間ということになるのだが、なにせ深夜の暗さである。表情をうかがうどころか、どんな格好なのかすらしっかりとは確認できない。

 通りがかりの〈大地人〉たちも警戒をあらわにしており、周囲は軽い喧騒に包まれている。念のため腰の刀へと手をやり、八幡は恐る恐る物体Xへと近づいた。

 

「おい」

 

 これが何かは分からないが、このままでは宿に入ることすらままならない。嫌々ではあるが、八幡は声を掛けることを選択した。

 その声が耳に届いたのだろう。目の前の塊は、もぞもぞと動き始めたかと思うと、ぬっとその場に立ち上がった。

 縦にも大きいが、横にはもっと大きい体躯。すごく見覚えのあるメガネに、すごく見覚えていたくなかった白髪。

 

「待ちかねたぞっ!八幡っ!!」

 

「なんでお前がここにいんだよ……」

 

 というか材木座だった。

 あまりにも現実世界どおりのその容姿に、最初は別人かもしれないとも考えた。しかし、このレベルのうざさを発揮する人間が、材木座義輝以外にいるというのも逆に現実味が薄いし考えたくもない。

 受け入れたくなくても受け入れなければならないことが、世の中にはなんと多いのだろうか。突然現れた材木座を前に、八幡は世の理不尽を嘆いた。

 

「……八幡。貴様、何か失礼なことを考えておらぬか?」

 

「……き、気のせいじゃないか?」

 

 八幡は、いつになく鋭い材木座に対して、全力で首を振る。

 ともあれ、〈Mare Tranquillitatis(静かの海)〉で雪ノ下に遭遇したことを例外とすれば、実際にリアルの知り合いと出会ったのはこの世界に来て初めてだ。相手が材木座とはいえ、多少の心強さや懐かしさを感じなくもない。

 

「それで、材木座。結局お前、なんで俺の宿の前にいるわけ?あまりの不審物ぶりに、あやうく〈アサシネイト〉ぶち込むところだったぞ」

 

 とりあえず事情だけでも聞いてやるかと考えた八幡は、材木座へと質問する。

 

「ケプコンケプコン。違うな八幡、間違っているぞ。この世界での我の真名(まな)は、剣豪将軍義輝という。今後はその名で呼んでもらおう」

 

「……じゃあな材木座。この世界では強く生きてくれよ。俺に関わりのないところでな」

 

 あまりのうざさに、八幡の中から心強さや懐かしさが吹き飛び、同時に寛容な心も消え去った。

 疲れた身で材木座(このアホ)と会話をすると、疲労が倍プッシュである。さっさと部屋に入って鍵を掛けてしまおうと、八幡は己の部屋を目指して駈け出した。

 

「ま、待つのだ八幡」

 

 リアルの材木座相手であれば、余裕で振り切れただろう。しかしこの世界の材木座は、八幡にとっては不幸なことにレベル90の〈冒険者〉だ。両者の運動能力は、現実世界よりもかなり近づいている。結果としてタッチの差で肩を掴まれ、八幡の逃走劇はあっさりと失敗した。

 単純な腕力では、〈暗殺者〉(アサシン)よりも〈武士〉(サムライ)の方が上である。ふかふかのベッドとの早期再会をあきらめた八幡は、己の肩に置かれた汗でぬめる手を跳ね除ける。

 

「……なんだよ」

 

 うんざりとした顔を材木座へ向けながら、八幡は仕方なしに質問した。面倒ではあるが、さっさと用件を聞いてしまった方が結果的には早くなる。そう判断したからだ。

 

「このまま外に放置されたのでは、我が死ぬ。……いや、もう本当に勘弁してください」

 

 材木座の素の言葉に、八幡は慌てて周りを見る。

 材木座の周りを囲んでいた〈大地人〉たちは、いまだその場に残っていた。それどころか、今や八幡にも警戒の目を向けているように見える。

 話しかけただけの自分がこうなのだ。当の本人は、どれほどの奇異の視線にさらされたのだろうか。

 

「材木座。お前、一体どんだけここにいたわけ……?」

 

「むっ?ざっと半日ほどだが、それがどうかしたのか?」

 

「…………」

 

 ここまでくると一種のストーカーである。八幡は、材木座の返事にドン引きした。

 熊のような体格の〈冒険者〉が、奇声を上げながら一所(ひとところ)に留まっている。リアルであれば確実に通報案件だ。〈大地人〉たちが警戒するのも無理はない。

 そしてこのままでは、自分も同類扱いされる可能性がある。

 

「材木座、ちょっとこっちへ来い」

 

「だから我の名前は剣豪将軍義輝だと……って痛い痛い!引き摺ってる!引き摺ってるってば!!……はちま~ん。我の声聞こえてる?あれって階段だよね?そのまま進むと確実に頭を打つんですが?…………アッ―――――!!」

 

 世間様の目を避けるためには、とりあえず逃げるしかない。そう考えた八幡は、材木座を己の宿泊している部屋へと蹴り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「公爵様。失礼いたします」

 

 城のほとんどが寝静まった深夜。エリッサは昨夜ぶりに、セルジアッド=コーウェンの部屋を訪れていた。本日エリッサが城に案内した〈冒険者〉、八幡のことについて、あらためて報告を行うためだ。

 

「おお、エリッサ。今日はご苦労であったな。レイネシアはもう寝たのかな?」

 

 他の者たちが眠りにつく時刻になっても、コーウェン家の惣領の仕事はいまだ終わっていないようだ。部屋の中へ招き入れられたエリッサが見たのは、ロウソクの明かりを頼りに書類を読んでいる、セルジアッドの姿であった。

 

「ええ。先程まではウダウダと不平を漏らされていましたが、今はもうぐっすりとお休みです」

 

 レイネシアの様子を伝えるエリッサの顔には、苦笑が浮かんでいた。

 なくなると思っていたツクバ行きがなくなるどころか、護衛の〈冒険者〉を同行させた上で決行されることになってしまったのだ。面倒くさがりで人見知りなレイネシアにとっては、大いに不満だっただろう。

 もっとも、その不満を祖父に伝えるなど出来るわけもなく、結果エリッサが愚痴を聞かされることとなったわけだ。

 

「あの()は昔から変わらんな。ワシには文句ひとつ言わんが、エリッサには色々と話しておるようじゃ」

 

 ほほ笑みながらのセルジアッドの言葉には、その表情とは裏腹の、一抹の寂しさが混じっているように感じられた。

 エリッサの目から見て、祖父(セルジアッド)孫娘(レイネシア)、2人の関係はちぐはぐだ。

 レイネシアはセルジアッドを尊敬してはいるが、あまりに偉大過ぎるがゆえに、祖父との距離感を測り損ねている。一方のセルジアッドも、レイネシアを可愛がってはいるのだが、貴族としては異質の性格の孫娘に対して、接し方を迷っているようにも見える。

 

「……尊敬している方には話しにくいことでも、目下の者には簡単に話せることもございます。レイネシア様にとってのそれが、今回は(わたくし)だった。それだけのことでございます」

 

 非常に聡い自分の主君であれば、言外の意味を読み取ってくれる。そう思いながら、エリッサは言葉を紡いだ。

 その人物を尊敬しているというのは、イコール理解しているとはならない。レイネシアにとってのセルジアッドは、絶対に正しく絶対に間違えない、そういった人物なのだ。セルジアッドに文句を言うなど、今のレイネシアには思いもよらないことだろう。

 レイネシアに対して、己の悪いところや弱いところを晒しているか。エリッサとセルジアッドの差は、(ひとえ)にそこだ。

 

「……なるほどのう」

 

 うなずくその顔からは、エリッサの思いがどれほど伝わったのかは分からない。それでも、何事かを考え込むセルジアッドの姿からは、レイネシアへの愛情が感じられた。

 この2人が分かり合える日はきっと来る。その確信を得たエリッサは、自分でも気づかないうちに笑顔を浮かべていた。

 

「……ではそろそろ本題に入ろうかのう。……エリッサ。おぬしの目には、あの八幡という〈冒険者〉はどう映った?」

 

 その一言とともにセルジアッドは、孫のことを思う祖父からマイハマの領主へと、表情を一変させた。昼に八幡を驚愕させた圧力が自分へと向かってきたのを感じ、エリッサは緩んでいた頬を引き締める。

 エリッサに与えられていた任務は、大きく分けて2つ存在した。1つは、八幡を〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)の中へ案内すること。そしてもう1つは、八幡の人となりを観察することだ。

 レイネシアの護衛を依頼するかもしれない相手を、直接自分の目で確認できるのだ。エリッサにしてみれば、断るどころかむしろこちらからお願いしたいほどの仕事だった。

 

「正直に言ってしまうと、意外と申せばいいのか驚いたと申せばいいのか……。少し前までの冒険者は、何を考えているのかも分かりませんでしたのに、八幡様からは、(わたくし)たち大地人との違いがほとんど感じられませんでした」

 

 今日初めて会った〈冒険者〉のことを思い出しながら、エリッサは話し始める。

 数日前までの〈冒険者〉は、こちらのクエストを受けるだけの便利屋、そんなイメージしかなかった。しかし八幡という少年との出会いは、そのイメージを根本から覆してしまった。

 最初に声を掛けたときに、慌てて舌を噛んでいたこと。メイド服を着せられたときの、恨みがましい目。そして、エリッサが疲れていることを察して、レイネシアの部屋の掃除を手伝ってくれたこと。

 そんな八幡の様子は、自分が仕えているお姫様にどこか似ていた。……もっとも、レイネシアの目はあんな風に腐ってはいないが。

 

「少なくとも彼なら、八幡様なら信用できる。なんとなくではありますが、そう思いました」

 

 完全に本質を探るほどの時間が与えられなかった以上、最終的に頼りになるのは己の勘。今までの人生で(つちか)ってきた、知識や経験から得られる直感である。

 そしてその直感が、この少年は信用に値すると判断した。エリッサの発言の根拠はそれだけだ。

 

「ふむ。おぬしの勘は当たるからのう……」

 

 最近めっきり白くなった顎鬚(あごひげ)をさすりながら、セルジアッドがつぶやいた。

 エリッサは、没落した下級貴族の出身だ。平民のように日々の食にも困る生活を送ったし、酒場の雇われ店員をしていたことすらある。

 セルジアッドにその才を見出され、レイネシア付きのメイドとして雇われるまでに過ごした、短くない年月。その日々で鍛えられた彼女の直感は、不思議に外れることが少なかった。そもそも、殿上人(てんじょうびと)であるはずのセルジアッドとエリッサが出会ったのも、その直感がきっかけとなったのだから。

 

「……公爵様自身は、どう思われたのですか?執務に穴を空けてまで(・・・・・・・・・・)時間を作られたのは、ご自身の目でお確かめになるためでしょう?」

 

 エリッサが入室したときにセルジアッドが読んでいたのは、官僚たちから回されてきた決済待ちの書類だった。普段のセルジアッドなら、すぐに終わらせてしまっているはずの仕事だ。なぜこんな時間になってもその仕事を行っているのかと言えば、八幡との面会時間を強引に捻出した結果に他ならない。

 

「相変わらず手厳しいのう……」

 

 エリッサが言外に込めた皮肉を察し、セルジアッドは苦笑いを浮かべる。

 なにせ今の情勢だ。領主が普段と違う行動を取れば、それだけで家臣に不安を与えかねない。エリッサは遠回しにそれを非難したのだ。もっとも、八幡との会談の重要性も理解しているため、あくまでも皮肉という形を取ったのだが。

 

「まあ正直なところ、わしの意見もエリッサとはそれほどには変わらん。……じゃが、大地人と違わないというのは正確ではない。少なくともあの八幡という少年は、あの年齢で相当の教養を身に着けておる」

 

 セルジアッドの言葉を聞いたエリッサは、あらためて2人の会話を思い出す。

 セルジアッドの話は、それほどに難しいものではなかった。ただしそれは、エリッサが貴族として、そしてメイドとして得た教養があったからだ。

 〈大地人〉の平民があの話を聞いたところで、一体どれだけの者が理解できるだろうか。しかも八幡は、話を理解した上でいくつかの意見すら述べていた。つまり八幡の教養は、少なくとも〈大地人〉貴族並、もしかするとそれ以上だということだ。

 

 それが全ての〈冒険者〉に共通することなのか、もしくは八幡が特別なのか、今のところは分からない。しかしもし前者であった場合、〈冒険者〉の脅威度は跳ね上がるだろう。

 〈大地人〉が束になっても敵わない戦闘力を有し、知識においても多くの〈大地人〉を上回る。そんな存在が、〈アキバの街〉だけでも万単位でいるのだ。

 もし彼らが〈マイハマの都〉に襲い掛かったらどうなるか。空恐ろしい想像に、エリッサは背筋を震わせた。

 

「…………だから頭を下げられたのですか?セルジアッド=コーウェンともあろう方が」

 

 〈冒険者〉に依頼をするのに、セルジアッド=コーウェンが頭を下げた。その光景は、エリッサの目からみても衝撃的だった。

 八幡にわざわざ女装させたのが、ある種の挑発だったというのは理解している。依頼をするにあたって、八幡の性格を探ろうとしたのだ。

 それで怒る程度の相手であれば、おそらくセルジアッドはあの場に現れなかっただろう。幾許(いくばく)かの謝礼と謝罪を誰かに行わせ、また別の方法を練ったはずだ。しかし八幡はそのことにほとんど文句を言わず、それどころかエリッサの仕事を手伝いすらした。

 

 レイネシアの部屋に訪れた時点で、すでにセルジアッドは査定を済ませていたのだろう。この少年は信用に足るという評価を。

 それに加えてのあの会話だ。八幡という〈冒険者〉を、可能な限り味方に付けておきたいと考えるのは、為政者として妥当な判断と言えた。そしてセルジアッドは、マイハマのために必要とあらば、頭を下げることすら(いと)わない。

 

「仕方がなかろう。あの少年、わしが思っていたよりもずっと厄介そうじゃったからな。試しにおだてもしてみたが、全く手ごたえがなかったしのう」

 

 八幡のことを語りながら、セルジアッドは愉快そうに笑っている。

 今でこそ政治能力の高さを(たた)えられているセルジアッドだが、若いころは自ら先頭に立って亜人討伐を行うほど血気盛んだったのだ。久しぶりに歯ごたえのある相手が現れたことを、喜んでいるのかもしれない。

 

「公爵様がご納得されているのであれば、(わたくし)はもう何も申しません。ただ……」

 

 こんなに楽しそうな姿を見るのは、一体何年振りであろうか。セルジアッドへと返事をしながら、エリッサは考える。

 妻を喪って以降のセルジアッドは、今まで以上に政務に打ち込んでいた。彼に伍する者はこのイースタルには存在せず、楽しみと言えばレイネシアとイセルス、2人の幼い孫の成長を見守ることぐらいになっていた。

 そんなところへ降って湧いた今回の騒動。頭の痛い問題ではあるが、これほど為政者として取り組み甲斐があることもないだろう。あまりに様子がおかしければ、娘であるサラリアや、彼女の夫であるフェーネルが止めるはずだ。

 しばらくは様子を見ることに決めたエリッサだったが、その前に1つだけ、どうしてもセルジアッドに伝えなけらばならないことがあった。八幡を護衛として雇うには、大きな問題点が1つあるのだ。

 

「ただ……レイネシア様との相性がどうかというのが問題ではないかと」

 

 エリッサは、最大の懸念を口にした。なにせ相手はあのぐうたら姫だ。ツクバ行きの原因の1つである八幡に、筋違いな恨みを抱いている可能性がある。

 

「……そ、そこは何とかなるじゃろ。……多分。まあもし反りが合わなくても、どうせツクバに行って帰ってくるだけのことじゃ。ほんの1日2日なら、アレも我慢するじゃろうて」

 

「そうだと良いのですが……」

 

 エリッサとセルジアッドの心に暗雲を残したまま、深夜の話し合いは続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば公爵様。1つだけお聞きしたいのですが」

 

「ふむ。なんじゃ?」

 

「八幡様に着せた服、なぜあえてメイド服だったのでしょうか?」

 

「知れたこと。わしの趣味じゃよ」

 

「…………」

 

「エリッサ?なぜ黙り込むんじゃ?ジョークじゃよジョーク。……相変わらず手厳しいのう」

 

 エリッサが真剣に職替えを検討したのは、この日の夜が初めてだった。




というわけで材木座が合流な第三十三話でした。材木座がすさまじく動かしにくかったというのが、今回遅くなった最大の理由です(笑)エリッサと公爵の話はすらすら書けたんですけどね~。

今回でようやく導入部分を完全消化したので、これからは本格的に物語が進み始めます。メインの話自体はそこまで長くならないはずなので、今後はもうちょい話のテンポが良くなる……と思います。

次回以降についてですが、申し訳ありませんがしばらく少し投稿ペースを落とします。最近あまり納得できる文章が書けておらず、それでも投稿予告日に合わせて無理矢理に書き上げているような状態です。なので今後は、クオリティを重視しつつ、徐々に早く書き上げられるように努力していきたいと思います。とはいっても、少なくとも週1以上のペースは守りますし、納得のいく仕上がりであればどんどん投稿はしていく予定です。

次回三十四話は、レイネシア視点か八幡視点を予定しております。1週間以内という予告をしておりましたが、現在第三十三話の大幅修正のため遅れております。今しばらくお待ちいただけますと幸いです。


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