岡崎朋也の迷推理!? (てのひら)
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岡崎朋也の迷推理!?

 岡崎朋也:3-Dの生徒。
 春原陽平:3-Dの生徒。キューティクルフェイスのイケメン。
 藤林椋 :3-Dの生徒。クラス委員長を務めている。
 藤林杏 :3-Eの生徒。メインウェポンは辞典。絵に描いたような凶暴な性格で、生徒からは恐怖と畏怖をもって藤林恐と呼ばれ――ひぃっ!
(何かが潰れるような音)



 夏の始め、ある日の放課後。

 購買で買ったパックジュースを片手に、俺――岡崎朋也は一人廊下を歩いていた。

 ジュース一本を賭けたじゃんけん対決は、春原へと軍配が上がっていた。そういう訳で、もう片方の手にはホットお汁粉が握られている。季節にまるで似合わないそれは、無論、春原のものだ。

 

「この蒸し暑い日にお汁粉飲む奴の気が知れないな…………」

 

 白々しく呟きながら、教室のドアを開ける。

 

「せっかく買って来たんだ、残さず――」

 

 ――飲めよ、そう続けようとして、俺は息を呑んだ。お汁粉が、手から滑り落ちる。

 目の前の光景に、俺は呆然とした。

 放課後の教室。生徒が皆下校してがらんとした室内には、ただ一人の人物、春原陽平が――。

 

 ――床に転がり、動かなくなっていた。

 

 /

 

 開いていた窓と、閉まっていた教室のドア。乱雑に倒れている、春原の机と椅子。遠くに放られているのは、分厚さからして何かの辞典か。

 目の前の惨状を見て、思考を巡らせていた俺は、ふとあることに気が付いた。

 

「――はっ、生徒が下校してから随分立つ教室に人の気配が残っている……これは……」

 

 考え、そして気付く。

 

「いや、そりゃそうか。だって春原、ここにいるし」

 

 白目を剥いている春原を足でつつく。

 ……しかし、気になるのは春原の倒れ方だ。春原は、窓側からドアの方へ向かうように倒れ込んでいる。確か俺は、教室を出たときドアは開けたままにしていたはず。それが閉まっているということは、犯人は窓からなどではなく、確実にドアから教室に入ってきたはずなのだ。

 詰まる所、犯人は教室のドアから入ってきて、わざわざ窓の方へ回り込んでから春原に暴行を加えたのだ。なぜそんな、回りくどいことを? 状況的にはありえるのかもしれないが、春原のこの芸術的なまでの白目だ。恐らく一撃でやられたのだろうから、揉み合いみたいな状況になった可能性は低い。

 割と真剣に推理をしていると、ふと、倒れ込む春原の先に辞典らしきものが落ちていたことを思い出す。何かの参考にはなるかもしれない……そう思い拾い上げてみると、何か細いものがひらりと落ちる。

 

「こ、これは……!」

 

 金髪――そう、床に落ちたのは、春原の特徴的は髪の毛だった。

 これが示唆するのは、もはや一つだけ。重厚な表紙の上に彫られた『英和辞典』の文字。

 

「春原は、こいつにやられたのか……」

 

 凶器は辞典。その衝撃的な事実に、俺は思うのだった。

 

「あいつ、辞書の類に祟られてたりするのか……?」

 

 世にも奇怪な祟りである。

 取り敢えず、今の所の状況をまとめてみると、まず犯人は教室のドアから入ってきた。そして窓側へ回り込むと、英和辞典を用いて春原に暴行を加えた。いや、辞典が落ちていた位置からして、犯人は恐らく辞典を投擲したのだろう。犯行を終えた犯人は、教室のドアを閉めて去っていった……。

 疑問なのは、わざわざ窓側へ回り込んだことと、辞典を投擲したことだ。教室に入ってから一直線に春原の元へ向かい、手に持った辞典で暴行を加えて逃走すれば、効率的な上に物的証拠を残すこともなかったはずだ。

 ……いや、ちょっと待てよ?

 ここで俺は、根本的で、簡単で、それでいて重大な疑問を抱く。

 

「そもそも何で、犯人は春原を狙うことが出来たんだ……?」

 

 そういえば、そうだ。これではまるで、俺がジュースを買いに出た隙を見計らったようではないか。俺がいない間を、丁度、狙い澄ましたようなピンポイントで。それは……そう、何というか、都合が良くないか……?

 言い様のない違和感。それは、唐突に氷解した。

 

「犯人は、俺たちを見張っていた……?」

 

 そう考えれば、辻褄が合う。そして、そんなことが出来るのは、俺たちが放課後に残ることを知っていた人物だけ……詰まり、この教室の誰かだ。

 俺は、絡まっていたコードが次々と解けていくような感覚を覚えた。複雑に交差しているであろう謎が一つ紐解ける度、真実が少しずつ見えてくる。

 一番怪しいのは、この教室で、誰よりも俺たちの情報を知りやすい位置にいた人物。それは、恐らく、最後まで俺たちと一緒にいた……彼女。

 

「……藤林椋」

 

 そうだ、彼女が犯人だとすれば、全ての謎が解ける。

 彼女の席があるのは窓際。そして、彼女の姉は――辞典を投げることに関してはスペシャリストなのだ。

 詰まりは……こういうことだ。彼女は俺たちが学校に残ることを把握すると、教室の近くに潜伏する。俺が出てきた所で何食わぬ顔で教室に戻ると、自分の机に仕舞ってあった英和辞典を取り出し、姉から学んだ投擲技術で春原を一撃のもとに沈める。そして、俺が戻る前に、倒れる春原を背に去っていく……。

 残る疑問に、なぜ、わざわざドアを閉めていったのかとか、辞典を机に仕舞ってあったのかとか、投擲した辞典を回収しなかったのかとか色々あるが、その辺りはきっと色々な事情が複雑に絡み合っているに違いない。俺の頭では到底及びもつかないのである。

 犯人は藤林。そう、目星はついた。後、考えるべきことは一つだけ。

 ――そう、犯行の動機だ。

 

「いや、春原のことだからいくらでもあるな」

 

 終了。

 温くなったお汁粉を片手で弄びながら、それでも適当に考えを巡らせていると、一番分かりやすい、いわば全国動機率ナンバーワンというべき動機に辿り着く。

 

「金か?」

 

 金銭目的の犯行。動機としては筋が通っているし、確認もしやすい。俺は春原の尻ポケットから財布を抜き取ると、中身を確認する。

 

「……」

 

 いや、そんなまさか。

 

「札が……ない?」

 

 そう、春原の財布には諭吉(一万円札)はおろか、英世(千円札)すら存在していなかったのだ。これは……犯人の仕業か。まさか、本当に金が目当てだったとは……。月の始め、春原の仕送りを見越した非道な犯行である。哀れ春原、どこまでも不幸な男よ。

 

(来世では、BIGになれるといいな……)

 

 辞典にやられた上、その目的が金というあんまりな結末を迎えた友人に一人黙祷を捧げていると、ふと、春原が微かに身動ぎする。

 

「春原……まさかまだ息があるのか⁉︎」

 

 思いっきり蹴っ飛ばす。

 

「ぐぇっ!」

「ちっ、討ち損じてやがる」

「あんたどっちの味方なんですかねぇ⁉︎」

 

 少し前まで白目を剥いていたとは思えない程俊敏な動作で立ち上がると、春原は顔をくわっとさせて俺に突っ込みをいれる。そんな彼に、俺は小銭ばかりの財布をぷらぷらとさせて言った。

 

「おい、札、すられてるぞ」

「元々だよっ、悪かったな!」

 

 それはそれで哀れだ。

 しかし、春原が起きたとなればわざわざ考えることもない。正直推理にはまるで自信がなかったので、俺は春原に正直に尋ねた。

 

「で、何で倒れてたんだ?」

「ん、ああ……お前が出てった後、委員長が忘れものを取りにきたとかで戻ってきたんだ。それで、二人で話してたら、何か、急に窓の外から……」

 

 ああ……なるほどな。

 慣れというものは恐ろしく、俺はそれだけで大体の予想がついた。首を捻る春原に、俺は呆れたように言う。

 

「お前のその『話していた』を『ちょっかいを出していた』に直した方が良いと思うぞ」

 

 そもそも考えてみれば、犯行に使われたのは英和辞典だが、うちのクラスに今日英語はない。授業がない日に、英和辞典を持ってきているのもおかしな話だ。

 隣のクラス――きっと杏の所は、英語があったのだろう。詰まりは、そういうことだ。

 全貌が分かってすっきりとした俺は、鞄を持ち上げると、律儀に机を直す春原に言った。

 

「そろそろ帰ろうぜ」

「おうっ、て岡崎、そういや頼んだジュースは?」

「ああ、そういえば」

 

 もはや手に馴染むくらいにまで温度を落としたお汁粉を、春原に投げて寄越す。

 

「って、真夏にお汁粉かよ⁉︎ てか何で売ってんだよ!」

 

 言いながら、それでも喉が渇いていたのか一気に呷る。

 

「ぬるッ‼︎」



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