不器用な彼の物語 (ふぁっと)
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IF
番外編 なのはの誕生日


 

 

星の下で結ばれた

 

 

彼と彼女の新たな物語

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

「ふぅ………」

 

 私は夜の寒さに震えながら、1人で待っていた。暦の上では春になっているとは言え、夜になるとやはり寒い。自分のサイドポニーの髪をいじりながら待っているが、寒いものに変化はなし。

 

「はぁ………来ないなー」

 

 もうかれこれ何時間もここで待っている。途中、自販機で温かい飲み物を買って飲んでいるが、それだけでは体は暖かくならない。

 

「あ」

 

 ふと時計を見れば、日付がもう少しで変わってしまうところだった。ケータイを開くが、待ち人からの連絡でも入ってるかと思えば、そうでもなく。こちらから連絡を取ろうにも、今どこにいるのか電波が届かぬ場所にいるそうで。

 

「はぁ………寒いなぁ」

 

 このため息も何度目か忘れてしまったくらいにしている。とっとと帰ればいいのに、私はまだここで待っている。

 諦めたくないという気持ちと、諦められないという気持ち。待ち人は絶対に来るという気持ちと、暖かい場所に戻りたいという気持ち。様々な気持ちが私の中で複雑に渦を巻いて暴れている。

 その結果として、この場所から動けずにいるのだから我ながら大したものだ。

 

「………あー、私の休日。終わっちゃった」

 

 視線の向こうには私の職場である機動六課が見えた。私は普段はそこで働き、待ち人である彼は別の場所―――それこそ世界を違えた場所で働いている。時折、連絡を交わすがお互いに忙しい身である。

 

「今日………終わっちゃった」

 

 既に日付は16日になってしまったが、3月15日は私の誕生日………だったのだ。

 

「―――休日も終わっちゃったし、帰ろうかな」

 

 結局、私の久しぶりの休日は待ち人を待っているだけで終わってしまったようだ。

 

 その時だった。

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? まだか!? まだですかぁ!?」

 

 俺は今、次元航行船に乗り場にいる。船が動いているならばとっとと船に乗っているが、動いている訳ではない。話を聞けば、小さな次元震動が起こっているようで、船が出せないでいるらしい。

 時間が迫っているというのに、動けないでいる現状。これが俺の世界の電車が動かないということなら、代わりにバスに乗るなど出来るのだが………世界を超える次元航行船となると、代わりになるモノがない。

 船員さんによれば、小さなモノだからすぐに納まるという話らしい。

 

「だからあれほど時間には気をつけてって言ったじゃん!」

 

 隣では10年以上の付き合いになる相棒が怒っていた。その怒りはごもっともだが、今は船を動かして欲しい。

 

「諏訪子! 今こそ神であるお前の力が必要な時だ!」

「そんな都合の良い神がいるかー!」

 

 こういう時には頼れる紫さんもまだ冬眠から目覚めていないようで、暖かい布団の中だとか。紫さんがいるであろうマヨヒガまで飛んでくれた諏訪子が、期待していない言葉と共に戻ってきてくれたのだ。

 

「藍さんじゃ世界を超えることはできないし、霊夢さんも無理だし」

 

 霊夢さんの場合、仮に出来たとしても巨額な金を請求されそうで恐い。

 

「しかも、こういう時に限ってケータイを忘れる始末! ちくしょう! 全、俺が泣いた!」

 

 仕事で遅れるというメールはしたと思う………あれ? したっけ? 諏訪子にどなられて、送ったような記憶はある。ケータイが手元にないから履歴も見れない。たぶん、したと思う。だが、それでも遅れに遅れている。今も待ち合わせ場所で待っているかもしれないと思うと、早く駆けつけたい。

 だが、船は動かない。頼れる人たちは誰もいない。

 

「困った時のスカさーん!」

 

 小学生の時からしている通信用の腕輪を起動させて、頼れるマッドサイエンティストを呼んだ。

 

『おや、裕也くんかい?』

「ヘイ、スカさん。次元航行船が動かないんだ! どうにかしてくれ!」

『やれやれ。だからあれほど“今日は休みにした方が良かったのではないかね?”と言ったのだよ』

「マジすいません! お説教は後ほどで何か策は無いでしょうか!?」

『ふむ。次元航行船ということは、君はまだ地球にいるのかい?』

「いや、今は35管理世界にいます!」

『なるほど………では、1つ。授けてあげようではないか』

「おぉ!?」

 

 隣で諏訪子が“借りを作っちゃったね………”とか呟いているが、大丈夫。俺はスカさんを信じてる! 信じてるんだ!

 

 

 

 

 スカさんの言葉を信じて、案内された場所は人気もないような山奥の倉庫だった。

 

「ホントにここ? 裕也」

「地図が間違ってない限り、ここだと思う」

 

 夜も間近の時間帯だと、山奥では既に暗くなっていて足下が危ない。周囲を注意深く見ながら、俺たちは前へと進んだ。

 

「お、来たな。久しぶりだな、裕也」

「おぉ、チンク! 久しぶり!」

 

 最後に会ったのは去年だったか。久しぶりに銀髪のちびっ子を見た。相も変わらず、背格好は小さいままだ。諏訪子も昔から背格好は変わらず、なのはやフェイトたちは彼女たちを複雑な目でよく見ていた。

 お肌がどうとか、手入れがどうとか。たぶん、女にしか分からないことなのだろう。

 

「―――じゃなくてだ! 話はスカさんから聞いてるのか?」

「あぁ。約束をすっぽかしそうになっている裕也を助けるのだろう?」

「うぐぅ………だが、その通りです」

「骨の1本や2本くらいは覚悟してる」

「なのはがその程度で済ませると?」

「―――骨の5本や6本くらいは覚悟してる」

「ずいぶんと多いな………と、これだ」

 

 チンクから手渡されたのは、地球で言うところの宇宙服のような分厚い服だった。顔の部分はヘルメットみたいになっているようで、中からでも周囲が確認できる。

 

「なにこれ?」

「次元空間内を移動するための防護服だ」

「パードゥン?」

「裕也はこれを着て次元空間を直接渡るのだ。大丈夫だ。ミッドならすぐそこだ。たぶん」

 

 例えるならば、宇宙空間を宇宙服を着て泳ぎきれと言われたような感じか。ところで、諏訪子くん。何故、俺の方を見て拝んでるのかい?

 

「裕也のご冥福をお祈りします」

「いや待て! まだ死ぬと決まった訳ではない!」

 

 大丈夫なんだよな? こんな無理無茶無謀なことをしでかしても大丈夫なんだよな? 大丈夫と言ってくれ!

 

「たぶん、としか言えないな。前人未到のチャレンジだから何とも言えん」

「そりゃあねー、こんなバカげたことしでかすのは裕也しかいないでしょ」

 

 2人の幼女が他人事だと思って軽く笑ってやがる。ちくしょう、どこかの世界の変態紳士に崇められてしまえがいいのに!

 

「まぁいい。前人未到ならば、俺が最初の一歩を刻んでやろうではないか!」

 

 背に腹はかえられぬ。時間も迫っているし、俺に退くという言葉は無い。次元航行船もまだ動いていない様子だし。

 腹を括るしかない。

 

「というか、裕也の他に誰もやらないと思うよ」

 

 諏訪子の言葉は聞こえないようにシャットダウン。

 

「よし! やったるでー!」

「説明するから、それ着てこっちこい」

 

 Yes, BOSS!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で俺は今宇宙空間ならぬ次元空間内にいる。諏訪子はさすがにここまでは付いてきたくなかったようで、チンクと現地で待っている。

 

『体に何か違和感はありますか?』

 

 サポートに付いてくれたウーノさんからの声。恐怖こそあるものの、体に異常はない。

 

『そうですか。では、このまま案内しますね』

「よろしくです」

 

 ふぅ。何故俺はこんなところにいるのだろうか。何をしたというのだろうか。一体、何がいけなかったのだろうか………。

 

『そりゃ、時間に遅れたことだろう?』

 

 ごもっとも。正論で返されて耳が痛いです。

 

『では、ウーノ。彼をサポートしてミッドチルダまで導いてやってくれ』

『了解です』

 

 ご迷惑かけます。

 

『いやしかし。言っておいてなんだが、君も無茶するねぇ』

「こうでもしなきゃ、間に合わないしな!」

 

 ケータイ=時計だった身なので、時間は分からない。しかし、相当に待ち合わせ時間からは過ぎているのは理解している。

 なのはは今も待っているだろうか。それとも諦めて帰ってしまっただろうか。

 

(いや、今は集中しよう)

 

 なにせ、今の俺は危険な場所に身を置いているのだ。油断1つで帰らぬ人になるような場所だ。

 

『では、がんばりたまえ。こっちで待ってるよ』

「おぅ!」

 

 ウーノさんの声に従い、次元震動で乱れた空間内を泳ぐという無茶な行動を俺は開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

『Sorry. Master(すみません。マスター)』

「―――レイジングハート?」

『Although I say non-tea by consent, doesn't it wait only for a few any longer?(無茶を承知で申し上げますが、もう少しだけ待ってみませんか?)』

 

 声をかけてきたのは、私の胸にぶらさがっているレイジングハート。私のデバイスからだった。

 

「……………」

 

 寒さに耐えた、というよりは体が冷え切ってしまって寒さを感じなくなった体は、そろそろ暖かい場所に戻りたいと訴えている。だが、レイジングハートの言うように、もう少しだけ待ってみたいという意思も残っていた。

 これだけ長い間待っていたというのに、私はまだ待っていようと思っているみたいだ。

 

『It is OK. He comes.(大丈夫です。彼は来ますよ)』

「ふふ、そうだね。ここまで待ってたんだもの。もう少しだけ待っててもいいよね?」

『Yes. If he wears, let's complain with great force.(えぇ。彼が着たらうんと文句を言ってあげましょう)』

「えぇー、それだけ? レイジングハート優しすぎない?」

『Shall I carry out some present demands?(では、何かプレゼント要求しましょうか)』

「あはは。裕也くん、泣いちゃうかもしれないね」

 

 私は再び待ち合わせの場所に戻ると、未だ来ない彼のことを待った。

 

「わぁ………きれい」

 

 手持ち無沙汰で見上げた空は綺麗な星空だった。今日は晴れ渡り、済んだ空気だったのだろう。どこまで広がる星の絨毯が目に入ってきた。

 

「掴めそうだな………」

 

 手を伸ばしてみる。当たり前だが、星を掴むには長さが足りない。それでも、夜空に浮かぶ星を掴みたいと手を伸ばしてしまうのは仕方が無い。

 

「って、うわっ!?」

 

 星空に夢中になり、体勢が崩れてしまったのだろう。

 

 

 

「っしょい!」

 

 

 

 後ろに倒れそうになった私を支えてくれたのは、ずっと待っていた彼だった。

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか無事にミッドチルダにたどり着けた。

 

「すまん! 紫さん! 助かった!」

「いいわよ~、お礼は後でせびるから~♪」

 

 やはり無理無茶無謀だったようで、ウーノさんの指示も虚しく俺は次元空間に消えそうになった。そこに現れたのは、冬眠から起きたての紫さんだった。

 

「マジでありがとう!」

 

 紫さんの力で窮地を助けてもらっただけではなく、こうして無事にミッドチルダまで送ってもらえた。後でせびられる“お礼”がかなり恐いところだが、仕方があるまい。

 今の俺にできるのは精々手加減してもらえるように祈るばかりである。諏訪子や神奈子さんというリアル神様と知り合いな所為か、神に祈るというのは何だか微妙な感じだ。この場合は何に祈ればいいんだ?

 

「裕也! 裕也! 忘れ物!」

 

 向こうで待ってた諏訪子も運んでくれたようで、俺の後ろから慌てて飛び出してきた。諏訪子が手に持ってるものを見つけ、大切な物を忘れてたことに気付いた。

 

「あぶなっ! サンキュ、諏訪子!」

「ほら、行ってきな!」

 

 大事な物を受け取ると、文字通りに諏訪子に蹴り飛ばされた。背中を押してくれたんだと思うが、せめて手でやってくれ。

 

「青春ね~」

「んじゃ、私たちも行く?」

「そうね。お酒の肴にはいいかもしれないわね」

 

 2人の言葉は既に俺の耳には届かなかった。悲鳴をあげる体に鞭を打ちまくって猛ダッシュで待ち合わせ場所まで走っていたからだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 ついに見えてきた待ち合わせ場所と同時に、なのはの姿も見つけた。ずっと待っていてくれたのかと思うと、嬉しさと申し訳なさがこみ上げてくる。

 

 が、

 

 上を見上げた体勢のまま、ふらふらと危なっかしく立っている。あれではすぐに倒れてしまうだろう。そう思っていたら、本当になのはの体勢が崩れてしまった。

 

「―――っ!」

 

 俺は更にスピードを上げてなのはの元へと走る。倒れたところで、周囲に危険な物はない。運が悪ければ捻挫などをしてしまうかもしれないが、命にかかわるような危険な物はない。

 

「だからといって、無視出来るかぁ!!」

 

 走る。走る。走る。

 風を切り裂くように走り、ギリギリでなのはを抱きかかえることに成功した。

 

「おいおい! ふらふらと危なっかしいぞ!」

「…………………」

「ん?」

 

 抱きかかえたなのはと視線が合うが、なのはは無言だ。怒っているのだろうか………いや、当然か。どれくらい遅れたかは知らないが、遅刻も遅刻。大遅刻をしたのだ。

 

「―――時間」

「………すまん。かなりというか何と言うか、大遅刻した。申し訳ない」

 

 握ったなのはの手は冷たくなっていた。ずっと外で、寒空の下で待っていたのだろう。手だけではなく、体全体が冷え切っていた。

 

「本当にすまん。何かあったかいものでも買ってくる!」

 

 なのはに着ていた上着を着せて、俺は近くの自販機に飛び出そうとした。が、その腕をなのはに引き止められた。

 

「裕也くん。あったかい」

「―――違う。なのはが冷たいんだよ」

「ずっと、待ってた」

「あぁ。すまない。ずっと待たせてしまったな」

「寒かった」

「……………」

 

 ぎゅっとなのはを抱きしめる。少しでも、なのはの寒さが和らぐように、と。

 

「もう、日付も変わってるんだよ?」

「げっ!? マジで!?」

「連絡しても出ないし………」

「すいません。家に忘れてきたんです。マジすいません」

「もぅ」

 

 なのはを抱きしめてほっこりとしていたが、大事なことを忘れていた。

 

「なのは」

「―――なに?」

 

 一旦離れて、なのはの前に立つ。ポケットから昨日買っておいた物を取り出す。

 

「盛大に遅れたけど、これ」

「これって………」

「誕生日プレゼント」

 

 渡したのはイヤリングだ。レイジングハートと同じ色をしたイヤリングを見つけたので、買っておいたのだ。

 

「綺麗………」

 

 さっそくなのはは耳に付けてくれた。

 

「どう、かな?」

「あぁ。似合うよ」

「えへへ、ありがとう。待ってた甲斐があったよ」

 

 こんな小さな物で、ここまで喜んでくれるなのはに嬉しさがない訳ではない。

 

「だが、俺のターンはまだ終わってない」

 

 次に取り出したのは小さな箱。白い箱をなのはの前に差し出し、

 

「え?」

 

 ぱかりっと開く。中から見えるのは、銀色に輝く指輪だ。特にこれといった物はついていないシンプルな指輪である。

 

「これって、もしかして………」

「あぁ。俺と、結婚してくれないか?」

 

 俗に言う“結婚指輪”である。既になのはの両親には伝えており―――というより、その両親からさっさと結婚しろよと背中を押されていたのだ。付き合い始めてもうすぐ10年になるかどうかという頃合だ。我ながら長かったな。

 

「私で、いいの?」

「あぁ。お前じゃないと、俺が困る」

 

 はにかみながら、なのはは笑い―――

 

 

「うん。喜んで」

 

 指輪を受け取ってくれた。

 

 

「「「おめでと~!」」」

 

 

 盛大な音をひっさげて、俺たちの周囲にクラッカーの音が鳴り響いた。

 

「いや~、いいもん見させてもらったわ!」

「うふふふふ」

 

 そこにいたのは俺のことを手伝ってくれた面々だった。諏訪子に紫さん、チンクにウーノさん、スカさんといる。更にはどこからやってきたのか………いや、紫さんしかいないが、レミリアさんやパチュリーさんたちなどまでいた。

 

「な、な、な、」

「あぁ、あたしらのことは気にしないでいいわよ?」

「ところで、裕也。キスはまだなの?」

 

 全員が全員、酒を片手に既にできあがっていた。

 

「へ?」

「はい、キース! キース!」

「「キース! キース!」」

「「「キース! キース!」」」

 

 酔っ払いどもが、キスを連呼して盛り上がる。何が楽しいのか分からないが、これが酔っ払いどものノリなのだろう。やられる側としてはたまったものではないが。

 

「「…………………」」

「おらぁ! キスはまだかー! こっちは酒を待ってるんだぞぉ!」

「ちょっと待て! そういったのに大事な雰囲気とかがぶち壊されているんだが!?」

「裕ちゃん、裕ちゃん」

「って、母さんまでいるし!?」

 

 周囲の空気に全然気付かなかったが、いつの間にか母さんまでいた。というか、増えてきている。知り合いがどんどんと増えてきている!

 

「がんばって♪」

「「…………………」」

 

 サムズアップされたが、指が違う。何故、親指が人差し指と中指の間を突き刺しているのか分からない。

 

「―――なのは」

「ふぇ!? こ、ここでやるの!?」

「紫さんが順調に知り合いを増やしている今、さっさとやってしまった方が見物客は少ない! つまり、ダメージは小さい!」

「そ、そうかもしれないけど………」

 

 恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながら目を逸らすなのは。俺も似たような状況になっているだろう。

 

「いざ、ゆかん!」

「――――っ」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」

 

 俺たちを囲むように酔っ払いどもががやがやとうるさい。雰囲気も何もあったものではないが、その瞬間だけは俺となのはだけしかいなかった。

 

「……………」

「……………」

「さ! 酒を飲んで騒ぐぞ~! 鬼の酒が飲みたい奴はいるかぁ!」

「うむ。貰おうか」

 

 萃香や親父までもやってきていた。

 

「今日飲む酒は格段と美味いな」

「ドクター、飲みすぎはダメですからね」

「分かっているさ」

 

 スカさんチームは姉妹も全員揃って、周囲といっしょに酒を静かに楽しんで飲んでいた。

 

「なのちゃんの顔、真っ赤だわ~♪」

「可愛いわね~」

 

 年長者というか、紫さんや母さんたちは、こっちを肴にして酒を飲んでいた。

 

 

 

 

「おめでと、2人とも」

「ありがとな、諏訪子」

「ありがとう。諏訪子ちゃん」

 

 俺たち2人分のコップと酒ビンを片手に諏訪子がやってきた。メンバーが集まりきる前から飲んでいたから、かなり飲んでいたはず。だが、諏訪子の顔は変わっていない。

 以前聞いたところ、随分と酒には強いと言っていたな。

 

「はい、乾杯」

「「乾杯」」

 

 ぐいっと飲み干すが、喉が焼けるように痛くなった。

 

「ぐっ!? なんだ、この酒は………」

「萃香が持ってきた鬼の酒だよ。だいぶ、薄めたけど」

「強すぎね?」

 

 と、隣を見た。

 

「ぷはー! おいしいね!」

 

 隣のなのはは普通に飲み干していた。あれ?

 

「お、なのはもかなり酒に強いね」

「そうなのかな?」

「うんうん。なら、あそこの席でも酒に潰れることなく飲めると思うよ」

 

 諏訪子が指差したのは萃香が暴れている箇所だった。俺が知るだけでも酒に強いメンバーが揃ってる一角だ。

 

「じゃあ、行こうか。裕也くん」

「お、おぅ………」

 

 そういえば、なのはさん。あなたは明日は休日なのですか?

 

「ん~、違うけど。明日には残さないようにするよ」

「程ほどにな」

「でも、私よりもはやてちゃんの方が心配かな」

「なして?」

「ほら」

 

 と彼女が指差す方向には見慣れた狸がいた。

 

「うははははははっ!」

 

 酒ビン片手に暴れる狸こと、八神はやて。確か、かなり偉い立場にいたような記憶があるが………。

 

「私の上司だよ?」

「………いいのか? ここにいて」

「いいんじゃない?」

「ほらほら2人とも。酒の席に暗い話は厳禁だよ」

 

 諏訪子に注意されて、俺たちはその話を止めた。現実逃避したとも言うが、まぁなんとかなるだろう。今までもそうだったし、そうしてきたし。

 

「じゃ、改めて」

「うん」

「「乾杯」」

 

 

 

 




おっくれたぁぁぁぁぁぁ!!
なのはの誕生日に遅れてしまったよ! 3時間は大丈夫な範囲だよね?

慌てて書いて投稿したので、ところどころおかしいかもしれないです。見直してもいないので、誤字とか話の流れがおかしなところがあるかもしれないです。

とりあえず、誕生日おめでとう! なのはさん!

3/16 3:23




追記。

色々書き足した。 3/16 10時現在。


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番外編 もしもなのはたちが………

 

 

不意に人は境を越えてしまう

 

 

そこは、どこかが違う世界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。いつものように学校へと向かうと、そこで異変が起こっていた。

 

「おはようございます。今日は遅かったですね」

 

 アリサとすずかと一緒にいたのはなのはではなく、なのはにそっくりな人(・・・・・・・・・・)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、おはよう?」

「どうかしましたか?」

「ん。いや………」

 

 なのはにそっくりではあるが、髪は短く、瞳の色も青色と違う。首からぶらさげているレイジングハートの代わりに紫のデバイスと思われる宝石があった。

 なのはを白と例えるならば、こちらは黒だろうか。

 

「あ、裕也。今日はシュテルんとこに集まる予定だけど、当然来るわよね?」

 

 シュテル………なのはじゃなくて、“シュテル”というのか。まったくの別人………ではないな。まるで姉妹の誰かに入れ替わったかのような違和感を覚えているのは、俺だけのようである。アリサもすずかもシュテルがここにいて当然と思い、違和感など感じていない。

 

「裕也?」

「ん? あぁ。ちょっとボーッとしてた」

「大丈夫?」

「ユウヤ。昨日はちゃんと寝ましたか?」

「お、おぅ」

 

 なんだろ。物凄く丁寧ななのはとか違和感バリバリなのだが………。

 

「そういえば―――」

 

 フェイトとアリシアがいないな、と呟こうとしたら教室のドアが勢い良く開いた。

 

「おっはよーーー!」

 

 そこにいたのはなのはと同じく、フェイトそっくりの誰かさんだった。

 髪は金から水色に変わり、先端部分は更に色が濃くなっている。瞳もより赤みが増して、どこかツリ目気味だ。リボンの色など細かいところが微妙に違う。更に違和感を推しているのが、彼女から漂うアホの子の雰囲気だろう。

 

「レヴィ。もうちょっと早く来れないのですか?」

「そうよ。いっつも時間ギリギリじゃない」

 

 彼女の名前は“レヴィ”というらしい。やはり、別人だ。それにしても彼女1人で、姉の姿が見えない。なのは、フェイトとそっくりさんがここまで揃ったのだから、アリシアのそっくりさんもいても良いような気がするが………。

 

 結局、教室に入ってきたのはレヴィが最後だった。見渡せば、アリシアの席はなく―――誰もそのことに気付いていなかった。

 

(アリシアが………いない?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違和感を抱いたままの体育の時間。

 

「………………………………」

 

 俺は再び異変にぶつかった。

 

「今日は様子がおかしいですね。本当に体調は大丈夫ですか?」

「ゆーや。体悪いのか?」

「いや、大丈夫だ………」

 

 俺は校庭に集まっているクラスメイトたちを見て、周りにいるシュテルたちに気付かれないようにため息をついた。

 

(なんで霊夢たちがいるんだよ!?)

 

 そこにいたのは多種多様なクラスメイトたちだ。俺やシュテルたちは体操着に着替えているのに、何故か一部の人間は巫女服だったりドレスだったりとフリーダムな衣装を身に纏っている。それでいて誰も突っ込まないのだから気がおかしくなりそうである。

 明らかに小学生じゃないだろうという人たちが混ざってることや、角やら尻尾やらと人間には無いものが付いていることも、俺の胃をキリキリと締め上げている要因だ。

 

「………俺、今日にでも死ぬかもしれない」

 

 たぶん、ストレス過多とかで。

 

「しゅ、シュテるーん! ゆーやが今日死んじゃうってー!」

「馬鹿なこと言っていないで、体調が悪いならば保健室に行きなさい」

 

 大丈夫。まだ大丈夫。むしろ、体育で暴れないと午後は死ぬと思う。なので、出させてください。

 そう心で呟くと、シュテルたちを置いて俺は他のクラスメイトたちのところに突っ込んだ。

 

「おーっす、裕也。今日はサッカーだってよ」

「俺よ、必殺シュートを編み出したんだ。効果は相手が死ぬ」

「まさに必殺!」

 

 何も変わってないお前たちの傍にいると、落ち着くな。普段ならばうるさい黙れと言ってるところだが、今は何だか嬉しい気分である。

 俺が友人たち(バカども)の周りにいて癒されるなんてことは今日が最初で最後ではなかろうか。

 

「始めるぞー!」

 

 教師の声に自由に行動していた生徒(?)たちが集まり出した。

 

 

 

 

 

 

「いきなりかー」

「強敵だな」

 

 クラスメイトを4つに分けての総当たり戦で進めていく。試合時間は休憩なしの15分で、試合をしないチームメンバーは自由行動が許されていた。

 端で練習するも良し。試合中のチームを応援するも良し。ただし、校庭からは出ないように、と言われた。

 

「さて、どうやって攻めるか」

「試合時間は短いからな。最初っから飛ばしていこう」

 

 俺は初っ端から試合するチーム。相手は今日初めてみるクラスメイトを含めたチームである。赤い巫女服の霊夢を筆頭に、魔女服の魔理沙、日傘を差した人が2人いて、緑髪の方が幽香で、金髪の方が八雲の紫である。更には酒を飲んでいる萃香もいた。さすがに萃香の飲酒は止めてもいいと思うが、教師は動かない。誰がどうみてもあれ、酔ってるぞ。

 残りのメンバーは知ってる人だったが、大半が初対面である。チームメンバーの話を信じるならば、彼女たちは強敵らしい。

 

「何も考えるな何も考えるな何も考えるな」

「どうした? 裕也」

「ちょっと自己暗示してる」

「………そうか」

 

 霊夢も魔理沙も幽香もいないと思い込む。彼女たちは見知ったクラスメイトであり、ちょっとだけ霊夢たちに似ているだけだと信じ込む。角とか尻尾とかそんなモノはないんだ。ないんだ!

 

「……………よし」

 

 閉じてた目を開き、俺の日常を思い描いた―――が、それも儚く砕け散った。ゴールキーパーの紫さんが、なんか光り輝く結界みたいなものをゴールに張っていたからだ。

 

「おいぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 あれはズルではないのか!? 結界っぽいモノ………って、結界だよな!? あれじゃゴールできないんじゃね!?

 

「さっそく、結界を張ってきたな………」

「あぁ。あいつの結界は強力だからな………俺たちも本気でかからないとゴールできないぜ」

 

 何故だかチームメンバーたちは納得の様子。ズルではないのか? というかあの光り輝く壁を見て結界と言ってたこともそうだけど、あの不可思議な現象を引き起こした紫さんに思うとこはないのだろうか。超能力とかでは片付けられないよな?

 

 あと本気でかかればお前たちは紫さんの結界を抜けられるのか? これは本気(マジ)で聞きたい。

 

 

―――ピィィィィィィィィィィィッ!

 

 

 審判役のクラスメイトが試合開始のホイッスルを鳴らす。バカなことをしてるだけで時間が過ぎてしまった。作戦も何も決めてないぞ!

 

「おっしゃ! 開幕マスタースパークだぜ!」

 

 

――恋符「マスタースパーク」

 

 

 こちらの気持ちなど知らぬとばかりに、始まった瞬間に魔理沙から金色の砲撃がボールを持つチームメンバーに向かって飛んだ。

 

「何してんの!?」

 

「甘いぜ! マスパ返し!!」

 

「そして、何平然と返してるの!?」

 

 金色の砲撃に向かってボールを蹴り上げるチームメンバー。宣言通りにマスタースパークを放った魔理沙へと返した。どういった原理になってるんだろうか。

 

「行くぞ! 裕也! サッカーでは負けられねぇぞ!」

「お、おぅ………」

 

 呆然としていたが、それは許されないようである。確かにサッカーをしている者として、ここは勝っておきたいところである。

 

 

――幻想「花鳥風月、嘯風弄月」

 

 

 魔理沙とは違う全包囲に向けての砲撃と弾幕が放たれた。それこそ敵味方問わずの攻撃である。

 

「「うおぉぉぉぉぉっ!!」」

 

 大小様々な黄色い弾が流れ、巨大な赤い華が咲き乱れる。俺たちの進む先を邪魔し、スピードを殺してくる。今のところ当たった者はいないが、当たれば当然………

 

「おばあっ!?」

 

 あぁなって吹き飛ぶ。

 

「………ちっ」

 

 なんか俺に恨みでもあるのだろうか。幽香さんが俺を見ながら舌打ちをしていたぞ。

 

「裕也!」

「うおっ!?」

 

 余所見していたらチームメンバーからボールが回ってきた。仕方が無い、今は試合にしゅう………ちゅう………。

 

(ん? ボールが俺のところ?)

 

 やべぇ。ボールが俺に回ってきた。

 

 狙 わ れ る !

 

「と思ってたらきたよ!?」

「にゃははは。行かせないよ」

 

 酒を飲んでいたはずの萃香が両手を横に広げながらピコピコと走ってきた。ふざけた走り方の癖に本気で走ってる俺よりも速いのだから納得いかない。

 

 

――酔神「鬼縛りの術」

 

 

 さっくりと追い抜かして、反転。鎖を振り回して、投げ飛ばしてきた。初撃は右へ躱したが、生きてる蛇のように蠢いてしつこく追ってきた。

 

「させるかっ!」

 

 後ろから追ってきたチームメンバーが鎖を踏むという高等テクニックを用いて、自ら萃香の鎖に絡まってくれた。おかげで、俺はフリーに動くことが出来る。

 

「行けっ! 裕也!」

「おぅ!」

「きっこーしばり~」

「って、そこはらめぇぇぇ!!」

 

 振り向きたかったが、男の亀甲縛りなど見たくはなかったので、振り返らずに返事をした。どんな状態になってるのかは分からないが、萃香に捕まらなくて本当に良かった。

 

「あとは、霊夢ひとっとぉっ!?」

 

 突然横の空間から沸いて出てきたのはその霊夢だった。危うくボールが奪われるところだったがセーフ。

 

「ちっ、相変わらず面倒なヤツね」

 

 亜空穴で瞬間移動のようにテレポートしてくるヤツには言われたくはない。それを言ったら紫さんも同じだがな。

 

「でも残念ね」

「え?」

 

 

――夢符「封魔陣」

 

 

 霊夢も抜き、残るは紫さんの結界をぶち破るだけ―――その瞬間に足下にあった地面の感覚が消えた。

 

「はい、確保っと」

「おぉぉぉっ!?」

 

 俺を中心に四方には青く光る壁があった。紫さんの結界と同じようなものだろう。つまり、霊夢の結界に閉じ込められた?

 ご丁寧にボールだけ外にあるのがまたいやらしい。

 

「これはアリなんですかぶはっ!?」

 

 霊夢に抗議をしようと思って叫んだら、激しく吹っ飛んだ。霊夢が怒ったのだろうか………だとしたら、理不尽過ぎる!?

 

「シュテル………私の結界をたやすく吹き飛ばすなんて、さすが力だけ(・・・)は一丁前ね」

 

 だが、どうやら違っていた。俺を吹き飛ばしてくれたのは、フィールドの外からレイジングハート………のそっくりなデバイスを掲げるシュテルだった。

 

「レイム。前にも言ったはずですよ? ユウヤを拘束していいのは私だけです」

「それはちょっとおかしくね!?」

「えぇその通り。彼を拘束する権利は私たちにもありますわ」

「ねぇよ! 何言ってるの!? 紫さん!」

「良いでしょう。ここで誰が彼を拘束するのが相応しいか決めましょうか」

「いや待てよ! 落ち着けよ! なんで拘束することが前提なんだよ!?」

 

 霊夢の横に立つ紫さんと対峙するようにデバイスを構えるシュテル。味方として隣にいたレヴィを強制参加させて、これで2対2である。

 そして、両者の間に俺の意思がまったく無いことが問題だ。

 

「そうよね。おかしいわよね?」

「あぁ、そう思ってくれる………」

 

 そっと背後から優しく声をかけられた誰かに同意する。どうやら俺と同じ考えの人がいてくれたようである。

 

「……………幽香さん」

 

 振り向いた先にいたのは綺麗な笑顔を浮かべた幽香さんだった。

 

「じゃ、戦いましょうか」

「それもおかしくね?」

 

 肩におかれた手が逃がさないとばかりに自己主張する。痛い痛い痛い!

 

 あぁ、ここに………この世界に俺の日常はないんだな………。

 

「きっとこれは夢だな。さっさと起きよう………」

 

 俺の目の前―――俺と幽香さんの間から金色の光が溢れ出す。そう、魔理沙のマスタースパークに似た光である。

 

「零距離かー痛そうだなー」

 

 それが、俺の最期の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 飛び起きる。周囲を確認すると、そこは俺の部屋だった。外はまだ暗く、早朝と言うにしては早過ぎる時間だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁぁぁぁ………夢か」

 

 まだ夏にもなっていないのに、寝巻きは汗にびっしょりと濡れていた。リアル過ぎる鮮明な夢を思い出して、また身震いする。

 

「いやぁ、夢で良かった………」

 

 ほっと一息。

 

「………ぬぅ。うるさい」

 

 もぞもぞと動く周囲の布団。そこで俺はここで1人で寝ていないことに気付いた。

 

「わりぃ。ちょっと夢見が……わる、く……て………」

「まったく貴様は………まだ、夜ではないか。我を起こした罪は重いぞ」

 

 もぞもぞと起き出した姿ははやてではなく、はやてにそっくりな人物だった。髪は銀。瞳は緑でトレードマークの×印の髪飾りの色も違っていた。

 

「なんだ? 我の顔に何かついておるか?」

「いや………髪飾り、寝る時は外した方がよくないか?」

「む? ぬぅ、付けたままだったか………礼を言うぞ」

 

「どうかしたんですかぁ………でぃあーちぇ……」

 

 もぞもぞともう1つの布団が蠢き出した。中から顔出したのは諏訪子かと思ったが、違う人物だった。

 

「むっ。気にするな、ユーリ。裕也の馬鹿が騒いでただけだ」

「そうなんですかぁ」

 

 諏訪子よりも長い金の髪の少女。先ほどのはやてそっくりなのは“ディアーチェ”で、こっちの半分寝ているかのような少女が“ユーリ”と。

 あれ? 諏訪子はどこにいった?

 

「くかー」

「諏訪子の奴は起きてないのか………図太い奴だ」

 

 ディアーチェたちとは反対側にもう1つ、布団の山があった。そこには見覚えのある顔が転がっていた。

 

「あふ、我は寝るぞ」

「お、おぅ………すまんな」

 

 俺ももう1度布団に入った。汗に濡れた寝巻きなど気にせず、次に起きた時には日常に………いつもの日々に戻ってることを祈って―――

 

 

 

 

 

 

 

「くすくす」

 

 

 

 

 

 

 

 眠りに落ちる前に、どこかで聞いたような誰かの声を聞こえた気がした。

 

 

 




エイプリルフールという訳で嘘予告的なモノをやろうかなぁと思ったら、IF話っぽくなってしまった。
というか、IF話ですね。

まぁほらエイプリルフールだしね。うん。


許して!


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プロローグ
第00話 終わり、そして「始まり」


 

 

 

 転生。憑依。生まれ変わり。

 

 二次創作の世界ではほぼ当たり前と言ってもいいだろう。

 

 

 空想の現象かと思っていたが、まさか自分が体験することになるとは………。あぁ、そういえば誰かが言ってたな。

 

 

 

 “人が考えうる空想の全ては、現実に起こりうる可能性がある”

 

 

 

 とはいうが、俺の場合はどうなんだろうか………よく分からないなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どこにいきたい?」

 

 のっけから意味が分からないことをのたまう人こそ、人生の転生屋に勤務する天使だ。白い翼にムキムキマッチョな体。鉄仮面に傍らには何故か棍棒。違うと思いつつ、最初は神かと尋ねたら、

 

「あ? あんなうさんくさい爺といっしょにするな!」

 

 と怒られた始末。

 だって、テンプレだったらここで神様登場じゃん? こんな神がいても困るが。いや、天使でも困るよ。世紀末でヒャッハーしてても違和感がない人である。

 

 まぁそれはともかく。

 一部の人間はここで次の転生先を決めることが出来る仕様になっているらしいが、最近は転生できるだけの素質や素養などを持つ者が少なくなってきているという。

 

 要するに、誰も来なくて暇だったそうだ。

 

 まぁそのおかげで3日ほど、話し相手をさせられた。見た目はこんなんでも、趣味に関してはほぼ似たりよったりの部分があったので話が弾んでしまったのが原因。

 

「転生ね……。俺が持ってる知識でもいいのか?」

「地上の知識など、ここに全て入っているわ」

 

 と、自分の頭を叩く自称天使。昨日あたりに部屋の奥を見せてもらったが、出てくるわ出てくるマンガやゲーム。外国のものもあったが、ほとんどが日本のものだった。

 地上の知識を全て詰め込んだというが、かなり偏った知識なのは聞くまでもない。

 

「やっぱ、剣や魔法でどんぱちするのは憧れるけどなー」

「まぁ男には昔から戦闘に関する欲があるからな。今となっては幻想の産物だ」

 

 マンガやゲームなどでみかける剣や魔法などのファンタジーな世界。確かに憧れはする。するが・・・。

 

「やっぱ、死にたくないしな」

 

 それに尽きる。

 剣を持っても才能がなければ活躍することはおろか、生き残ることも出来ない。

 

「だったら、剣の才能を望めばいいんじゃねぇか」

「う~ん。しかし、ポイントが……」

 

 ここで教えられた“転生”について、少し語る。

 ポイント―――なんと、転生はポイント制だったのだ。

 これまでの行い―――先祖やら何やらの全ての行いを元に計算されて、ポイントが与えられる。その上限は決まっておらず、先祖が偉大であれば現在の者がクズでもポイントは高い。

 そして、そのポイントを使って、転生先や自分の才能、能力などを決めていく。もちろん、取得しているポイント数は教えられないし、どの能力がどれだけポイントを使用するかも教えられない。

 ある程度の助言はされるが、そこから自分で見極めなければならない。

 

 そして次に罰則。

 仮に高望みしすぎてポイント総数を超えて転生すると、全てがランダムで最悪なおまけ付きで転生させられるという。

 かなり前に、特定の世界にいわゆる最強系チートキャラに自分を仕立てあげて転生を望んだ者は、余裕でポイント総数を超えてしまった。

 結果、望んでいたポジションではなく、主人公たちの敵で雑魚というポジション。おまけに不幸体質で転生させられたという。

 欲も控えめに、ということだ。

 

「とりあえず、世界はファンタジーか?」

「あー、なのはの世界に行きたいかも」

「なのは? あー、あの萌えじゃなくて燃えな展開のな」

 

 やはり知っていたか。

 

「そうそう。熱血少女バトルもの」

「大きいお兄ちゃんは大好きだよな」

 

 目の前の大きなお兄ちゃんが言った。

 

・世界 ファンタジー:リリカルなのは

 

「時期的にはいつにする? 無印か?」

「お任せで」

 

 ポイントを使えば、転生時期も決められるが、ここで使いすぎるのもアレだろう。なのはの世界にさえ行ければ主人公たちと会うことも出来る………よな?

 出会うことがなかったらなかったで諦めて第二の人生を横臥するか。

 

・世界 ファンタジー:リリカルなのは(時期はランダム)

 

「あの世界に行くなら、やっぱり魔導師か?」

「あー」

 

 確かに原作キャラとの絡みを持ちたいなら、魔導師………つまるところ、管理局勤務になれる方が良い。しかし、管理局にはあまり良いイメージがあるとは言えないしな。嫌いって訳ではない。クロノさんとか好きなキャラだよ? 俺。

 

「そこもランダムで」

「ほぅ?」

「もし魔導師になれる素質があったらなるし、なかったらならない。それでいく」

「運に任せるか。それもいいな」

「天使の前で言うことじゃないが、神頼みという奴だな」

「神に頼んで願いが叶うなら今頃世界は混沌と化してるな。実際、過去にあったし」

 

 おぅ……なんという、聞きたくない事実。

 

「能力は何かないか?」

「能力ねぇ……クリエイターの才能が欲しい」

「くりえいたー?」

「そ。何かの物作りの才能があれば、とりあえず職には困らんだろうし」

「お前はあの世界に何しに行くんだ?」

「や、ガキの頃は主人公たちに会っていやっほぉい! でもいいかもしれないが、大人になったら就職して金を稼がんとならんのだよ。趣味のために」

「そこは未来の妻子のためにと言えよ」

「や。結婚とか人生の墓場じゃん」

「お前はホントに何しに行くんだ?」

 

 そりゃねー、俺もなのはやフェイトのことは好きだよ。大好きだよ。でも、結婚したいかと言われれば………うーん。

 夢や憧れはあるが、それだけじゃないというのを知ってしまったからかねぇ。現状はフィルター越しにしか知ってないからってのもあるが。

 

・能力 クリエイター系

 

「ま、何になるかは楽しみにしておくんだな。覚えてはないだろうが」

「おぅ、楽しみにしてる。覚えてはないだろうが」

 

 ここでの出来事は当たり前だが、転生したら忘れる。たまに前世の記憶やら何やらを思い出す人もいるらしいが、大抵の人は忘れたままのようである。

 

「聞き忘れてたが、性別は?」

「野郎。オス。男」

 

・性別 男

 

「そういや、種族がなかったけど、人間だよな?」

 

 ここまでやっておいて人外とかになってたら笑うしかない。猫とか犬とかね。あぁ、アリサとかすずかに飼われるようになるのかね。

 

「基本な。たまに別種族になりたい奴もいるから、個別に対応している。何も希望がなければ生前と同じ種族を引き継ぎだ」

「把握」

「それで、能力はもういらんのか? 大抵の奴は2~3個選んでいくが」

「例えば?」

「例えば、カリスマだとか、何かを操る力だとか。よくあるだろ? 主人公だけが持つ特殊な力。そういったものだな」

「ん~……」

 

 ぶっちゃけなー、平和に暮らせればそれでいいしな。でも、一応自分の身を守れるくらいの力は欲しいかな。

 しかし、こうゆうのって、護衛のはずの力が逆に目立って争いに巻き込まれるとかってパターンじゃね?

 素直に言えば、ハーレム作って原作崩壊余裕でチートわはは! はしたいけど、あんまやる気はしないしなー。

 

「くくく、お前の欲が見える。見えるぞ~」

「黙ってろよ、不良天使」

 

 なんか他に面白そうな能力で、かつ俺に危険が降りかからなさそうなものはないか。そういえば、一つ気になるのが。

 

「なぁ、ポイントって余ったらどうなるんだ?」

「ん? 余ったポイントはこれになる」

 

 と、指先で丸を作って俺に見せる。俗に言う“金”のマークだ。

 

「ちなみに俺のだ」

「だと思った」

 

 つまり余ったポイントは目の前の不良天使の懐に入る訳だ。ポイントが金というのもよく分からないが、どっかで変換できるのかね。まぁいいや。

 ならば、超えることは持っての他だが、余らせることはできるだけしたくない。

 それに、さっき大抵の奴は2~3個の能力を選んでいっていると言った。つまり、平々凡々な俺でも2~3個は可能なはずだ。

 

「……良縁だ!」

「ふむ・・・カリスマってことか?」

「いや、良縁。縁が良いってだけで、相手を支配とか魅了とかそういったものは全部排除してくれていい」

「つまり、合コンに誘う友人みたいなものか? 場所は作ってやったから、後は自分でやれ、と」

「例えがアレだが、そんな感じだ」

 

 この不良天使。このままだと、更に悪く進化するんじゃね? まぁいいけどさ。

 

「で、もう一個が成長力」

「ふむ………」

「ステータスで言うと、普通の人が1上がるところを俺は5上がる的なものが欲しい」

「楽して強くなりたいと」

「成長するための努力は必須だから、楽ではないと思うが………まぁ多少楽にはしてるが」

 

・能力 良縁・成長力アップ

 

「あとは能力とかじゃないんだが……欲しいものがある」

「ん?」

「闇の書もとい、夜天の魔導書の元々のプログラムが欲しい」

「ふむ?」

 

 行き先をランダムにした以上、必要がないかもしれない。更に言えば、魔導師になるかどうかも未定の身。関わらない可能性だって低くはない。

 だが、それでも可能性があるならばそれに賭けてみたい。救えるならば、救ってあげたい。

 

 物語は皆が笑えるハッピーエンドが俺は見たい。

 

「ま、言わなくても分かってるとは思うが、可能か不可能かで言えば、可能だ。もちろん―――」

「ポイントは使う、だろ? 構わない」

「なら、転生先に送っておこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、これで決定だな」

「おぅ」

「いや~、久しぶりに地上の人間と話せて楽しかったわ」

「まさかここまでに1週間もかかるとは思わなかったけどね。楽しかったよ」

 

 そう、文面だけではほんの数分かもしれないが、実はここまでに4日かかっている。なんせ、無駄話が長い長い。

 既に死んでる身だから、睡眠も食事も必要ないってのはいいけど、よくまぁ付き合ったものだ。俺も。

 最初の意気投合から無駄話で3日。これまでの転生先を決めるのに4日。計、1週間もここにいたのだ。太陽とかないから体感時間でなんとなく計算だが。

 

「さて、これで目出度くお前の転生が決まった訳だが、残りのポイントが俺の懐に入る」

「やっぱ、余ったか」

「うむ。しかも、ありがたいことにかなりたくさんに」

「なん………だと………」

「残念ながらもうダイムオーバーだ」

「くそー!」

 

 こちらとは裏腹にポイントの使用量は少なかったのか、それとも元々の総数が高かったのか。ならば、もっと欲を出せば良かった!

 

「ぐっ、手に入らないと分かると欲しくなる……」

「それが人間というものだ。ま、行ってこい」

 

―――パチンッ

 

 その音を聞いて、俺の意識は暗転した―――

 

 

「ま、新たな人生を歩みな。今度くるときはゆっくりでいいぞ?」

 

 

 

 



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無印前
第01話 メイドと「魔王」さま


 

 

 

生まれた先は地球の海鳴

 

のはず

 

 

ちょっと分からなくなってきた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺に自意識というのが芽生え始めてからしばらく、ようやく落ち着いて物事が考えられるようになった。

 そこで初めて俺は周りを見渡して気づくことがあった。

 

「あらあら、どうしたの? 裕也」

 

 裕也こと俺―――影月裕也を抱えるマイマザー“影月澪”。黒に近い茶の髪を下ろしている美人さん。なんかふわふわとした性格で、とても危なっかしい。抱きかかえてもらっているが、いつ落とされるか気が気でない。

 子供ながら、親が心配です。

 

 そして一番重要なことが、

 

(これが転生って奴か?)

 

 前世と思われる“俺”の生きた思い出を俺は覚えている。それと“転生してきた”こと、“この世界”のことなどを覚えている。ところどころに霞がかかったかのようなあやふやな部分はあるが、まだ大部分は覚えている。

 

(―――まぁいいか)

 

 持って来てしまったものはしょうがない。いずれ忘れるだろうし、今は気にしないことにしよう。

 

 

「今帰ったぞぉい!」

 

 

(あ、親父が帰って来た)

 

 俺の父親である“影月寛治”が仕事から帰って来たようだ。何の仕事をしているのかは分からないが、夢を追う仕事だとか。ホントによく分からない。

 

「あら、あなた。今度は何を手に入れてきたの?」

「うむ! 家内安全の仮面を貰ってきた」

 

 1~2日空けたと思ったら変なモノを貰って帰ってくるのが親父の習性だ。今日も家内安全の仮面とか言っているが、どう見ても呪いの仮面にしか見えない仮面を嬉しそうに掲げてくる。

 

「あら、それは素敵ね」

「さて、さっそく入れてくるか」

 

 置物から壁掛けから、よく分からないオーパーツまでをどこから手に入れてくるのか分からないけど、それらを一箇所に集めている部屋がある。

 周辺に置いておくこともできず、一部屋にまとめて置いておけばいいかという考えの下に実行された。結果、その部屋が大変なことになってしまったのはご愛嬌。

 

「そいや!」

 

 通称カオス部屋と呼ばれるようになったその部屋に親父はお土産と呼んでいた呪いの仮面を放り投げた。

 仮にも家内安全の仮面なのに、壁にかけるとかそういったことはせずに、部屋の中に放り投げる。こんなんでホントに家内安全の効果はあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな生活がさらにしばらく。

 

 俺もついに幼稚園へと進む時期がきたようだ。ついこないだまで気にすることを忘れていた(主に家族のことで)が、ついに分かった。

 

 俺がいる時間軸について。

 

 幼少期だからといって少しぼけっとし過ごしていたかもしれない。場合によっては、俺はガキで、相手は大人という場合や、逆に俺が大人になってから主人公組みが産まれるという可能性もあった。

 幸いというかなんというか、ここらの危惧も解決したのだが……。

 

「なのは~いっしょに遊ぼうぜ~」

 

 未来の魔王こと、原作主人公の“高町なのは”がいました。ついでにおまけも。

 

(転生者、だよな?)

 

 銀髪に翠と赤のオッドアイ。まだ子供だというのに、明らかに分かるイケメン。それと女子が奴の笑顔だけで惚れるという状況。実際に惚れているかどうかは分からないが、顔を赤らめてもじもじしていたら、なぁ?

 

(これが噂のニコポ、か?)

 

 付け加えて、魔力………だろうか。奴から溢れでる蒼黒い光のようなものが視える(・・・)。感じるのではなく、視えるのだ。

 ちょっと意識して視ようとすれば、オーラのような光が家族に視えた。気になったので、あれから練習を繰り返していたが、恐らくこれが魔力と視て間違いないと思う。

 高町と、銀髪の転生者―――“霧谷巧”の両者から視える。高町からはちょろっとした感じだが、圧力というか威圧というか、なんか凄いってのはよく分かる。色は明るい桃―――桜色。確か魔力には色があって、それは個人で違っていたはず。

 変わって、霧谷からはばんばん溢れ出てるんだが………高町ほど威圧感がある訳でもない。例えるなら、壊れた蛇口から水が溢れでてる感じ、だろうか。

 

(まぁ転生者ってことを考えれば、魔導師で魔力はオーバーSとかやってそうだな)

 

 ただ一つ分かることは―――奴は、“原作介入”をするつもりだ。でなければ、あんなに積極的に向かわないだろう。

 

「「霧谷くん! いっしょにあそぼ!」」

「っと、おいおい俺はなのh」

 

 高町と接触しようとしたが、それを遮るように女子たちが霧谷に群がった。どうも、奴が高町に近づこうとすると決まって邪魔が入ったりする。さっきみたいに他の女子が群がってきたり、先生たちに呼び止められたり。

 なんか、見てて視えない力に邪魔をされているかのような徹底振り。そして、そんなのにめげない霧谷もまた凄いと思う。

 

「私、あっち行くね」

 

 賑やかなのは苦手なのか、高町は静かに別の場所に移動すると、霧谷は諦めて集まってきた女子たちと遊ぶことにしたようだ。

 

(しかし、あっさり諦めたな………)

 

 ほぼ確定しているが、霧谷が転生者とするならば、奴は高町と接触したかったはずだ。主人公と今のうちから仲良くなっていれば、原作に関わることが必然的になってくるから、だろう。

 

(まだ焦るほどではないと考えたか、何か策があるのか………)

 

 明らかに子供が浮かべる目ではないのは、観察していた俺から見て分かった。見る者が見れば、嫌悪感を抱くには十分なほどの目だった。それでも女子に人気だったのは恋は盲目という奴なのだろうか。

 

「………まぁいいか」

 

 奴にこちらが転生者だとバレていないのは、今後何かしらのアドバンテージになるかもしれない。それに、今のところ俺は積極的に原作に関わることは考えていない。

 今後の流れ次第では、関わるかもしれないが………今のところは傍観に徹するだけだ。俺以外の転生者がいたのだ。もしかしたら、まだいるかもしれないし、中には殺すことを躊躇しない奴もいないとは限らない。よくSSとかでは書かれてたしな。

 

「さて、高町は部屋の中か………俺は、寝るかな」

 

 中身が大人なせいか、どうも輪の中に入り込めない。その所為か、自然と村八分的な感じにはなっている。別に嫌われている訳ではないし、こちらから輪に入ろうとすれば受け入れてくれる。しかし、こちらから行かなければ誘われることはない。遠からず近からず、不思議な場所にいることは知っている。

 こんなはずではなかったのになー、とは思うところがある訳でもない。かといって、幼稚園児に混ざって泥遊びとかはさすがに無理だ。

 

「寝るか」

 

 他の子供たちが元気に遊んでいる中、俺は部屋の中で寝ることにした。見た目は子供だし、寝る子は育つと言うし。幼稚園なので、基本は放置でありがたい。先生たちも外で遊ぶやんちゃな子たちに囚われてるみたいだし。

 

 さて、寝るかー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――カチャカチャ

 

「………ん?」

 

 物音に気づき、ふと目を移すと―――

 

「………高町、か? 何してるんだ?」

「あ、ごめんなさい。起こしちゃった?」

「うんにゃ、構わんが………カメラ?」

 

 高町が子供に似合わない工具箱を用いて、カメラと思われる物を弄りまわしている。

 何をしているのかと問えば、

 

「この子を直しているの」

「へぇ」

 

 子供が持つスキルではないと思うが、その手先に迷いはなく、工具を持ち替えては部品を付けたり外したりしている。時折、何かを確かめるように持ち上げたりして、カメラを弄っている。まるで熟練の職人のようである。しかし、誰が見ても子供がするようなことではないと思う。

 それを繰り返しているうちに直ったようである。

 

「直ったの!」

「うおっ! まぶしっ!?」

 

 パシャッとフラッシュがたかれる。しかし、フィルムは入ってないようで写真は取られなかったが。聞けば、壊れたカメラがゴミ捨て場においてあったので、許可を貰って直していたそうだ。

 元々の形は知らないが、かなり壊れていたそうだ。それをここまで直すのは素直にすごいと思う。

 

「ほ~、すげぇな」

「………おかしいって思わないの?」

「ん~、すげぇ技術じゃないか。将来はこういったものを修理するのになるのか?」

「まだ分からないかな~」

 

 ですよねー。

 まだ幼稚園児だしね。今から将来を考えていたら、すごいどころか怖いよな。

 親からはもっと子供っぽいことをしてほしいとか言われているそうだが、運動は苦手らしく外で遊ぶのはちょっと………。かといって、お人形さんでおままごとってのも興味がないのだとか。

 つくづく子供っぽくはないな。俺もそうだが。

 

「あ、そういや名前言ってねぇな。俺、影月裕也」

「私は高町なのは。よろしくね」

「よろしくな、高町」

「………な・の・は」

「は?」

「なのはって呼んで。私も裕也くんって呼ぶから」

「あぁ、分かった。よろしくな、高町」

 

 ぷくーと頬を膨らませて、再度自分の名を連呼する高町こと、なのは。

 からかい甲斐があるなぁ。

 

「くくく、よろしくな、なのは」

「うん!」

 

 霧谷には悪いが、出会いは上々だったと思う。

 その後も、なのはとは遊ぶ機会が多かった。お互いに精神年齢が幼稚園児から離れている所為か、いっしょにいて不快になることはなかった。

 たまに壊れた機器を見つけてくると、喜々として修理に向かう姿が見える。どうやらAV機器が好きなようである。

 専門用語と思われる単語を詳細に教えてくれるのはありがたいが、将来使うかどうかは微妙だ。CV-2000がうんたらかんたら。スキャンレコーダーがどうしたこうした。よーわからん。

 

 

 

 

 

 

 

 なのはとの出会いから家に帰ると、もう一つの出会いがあった。

 

「あら、裕ちゃん。おかえり。こちら、メイドの咲ちゃんよ」

「初めまして、裕也様。私、今日からこの家でのメイドを務めさせてもらいます“十六夜咲夜”と申します。以後、お見知りおきを」

「……………どうもです」

 

 銀髪蒼眼のメイドさんが家にいた。名前からして分かるように、某瀟洒なメイドさんだ。

 なんでここにいるのとかそっくりさんなのかなとか色々と疑問はあるけど、とりあえず咲夜さんは今日からこの家に住むらしい。彼女の部屋ももうあるそうだ。

 というか何でいきなりメイドさんが来ている事態なのかが分からない。

 母さんに事情を説明してもらおうと思ったけど、母さんだしなぁ。

 

「ん? どうしたの?」

 

 ちゃんとした答えが返ってくるとは思えない。どうせ聞いても、俺の理解できない答えが返ってくることだろう。

 まだ出会っていないが、アリサやすずかといった豪邸にはメイドさんが普通にいる訳だし、いても問題はない、か?

 

(いいや。深く考えるのは止めよう。母さんだし、これでいいや。理由は)

 

「ん? 咲夜さんって料理出来る人?」

「はい。一通りの家事スキルはあります」

「やった! これで母さんの料理地獄から解放される!!」

「はい?」

 

 母さんはぽわぽわしてるように見えて、意外と家事は得意な方だ。料理以外は、と付くが。

 何をしたら紫色の味噌汁とか蠢くコロッケが出来るのだろうか。それを普通に食べる親父とかいう存在もいたが、厳しいものがある。

 とはいえ、食べない訳にもいかないし。当たり外れはあるが、味が問題ないものもある。まさかコロッケに「俺を食え」と言われて食べたらおいしかった時は困った。口の中で悲鳴をあげながら「芋の味を噛み締めろぉぉぉ!」とか叫ばれるんだもん。

 軽くトラウマになるレベル。

 

(幼稚園は弁当制じゃなくて給食制だったのは嬉しかった)

 

 人生の中で初めてまともに食べた食事が幼稚園の給食とはこれいかに。

 しかし、それも今日でおさらば。

 

「咲夜さん! 絶対に母さんに料理はさせないで!」

「は、はぁ………」

 

 そっくりさんでも何でもいいよ。母さんの料理を食べなくてもいいならば、咲夜さんが何者でも構わない。

 

「咲ちゃんの料理おいしいもんね~、でもたまには母さんも作ってあげるから安心してね」

 

 安心できる余地がないよ、母さん。

 

「あぁ、それとね。裕ちゃんのお迎えを咲ちゃんにしt」

「それは大丈夫だから! だから本来の仕事を優先させて!」

 

 主に料理とか料理とか。

 

「でも、裕ちゃんはしっかりしてるけど、やっぱりお迎えはひt」

「大丈夫だから! 今まで大丈夫だったしこれからも大丈夫だから!」

 

 中身はアレだけど、外見は幼稚園児。普通は親御さんが迎えに来て一緒に帰るってのが一般的だが、うちの母親は極度の方向音痴なのだ。一度だけ頼んだことはあるけど、警察の人と夜遅くまで捜索したのは良い思い出。

 あれ以来頼むことはもうしないと心に決めた。

 

「だから料理は! 料理だけは!」

「う、承りました………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく―――

 

 なのはとはほぼいっしょに行動するようになった。時々、霧谷が邪魔をしにくるが、大抵はいしょだ。距離が近くなったからか、なのはは極端に良い子を演じようとしてる節が見られた。

 既に何が良くて何が悪いか、相手が何を求めて何をしたら喜ぶか、それらを悟っているようで、相手の顔色を見ながら自分を演じているというのに気づいた。

 

 まぁ、一喝してやりましたがね。

 

 子供は我がままを言うのは当たり前。知らないのだから失敗するのは当たり前。親に迷惑をかけるのは当たり前。

 そんな当たり前を変に頭が冴えているから出来ないでいたなのは。

 

「悪い子になれとは言わないが、お前は良い子過ぎる。もうちょっと我がままを言っとけ」

 

 それではダメだ、と。私は良い子でいなければならない、と。頑固に主張するなのは。もちろん、家の事情は聞いた。なのはの父親である士郎さんも入院していて大変な時期だ。子供らしからぬ冴えているなのははすぐに理解しただろう。

 

 だが俺も頑固としてなのはの主張を否定した。

 

 どんなに頭が冴えていようが、俺たちは子供なのだ。子供には子供のやるべきことがある。ただなのはの心を折るにはある程度の妥協が必要と判断したので、

 

「俺に甘えろ。俺にわがままを言え。俺が支えてやる」

 

 俺が代わりになると申し出た。いつの日か、なのはの家族が元通りになる時まで。すると、今度は俺に迷惑がとかなんとか言い始めて、そこでもうひとバトルあったが割合とする。

 正直苦労したが、ここではこれが正解だろう。終わった後でやっちまったって思ったけど、後悔はしていない。しばらく傍観するぜって決めながら、さっそく破ったけど。

 

(あれだ。エロい人は言った。約束とは、破るものである、と)

 

「いいの、かな………ぐすっ………わたしも……………我がまま、いっても」

「当たり前だろ?」

 

 なのはの顔が歪み、瞳からは涙が溢れる。俺の胸に顔を押し付けて、声を殺して泣いていた。俺は何をするでもなく、なのはの頭を撫でていた。

 昔、母親にされていたように―――

 

(何故か知らないけど、頭を撫でられると落ち着くんだよな………)

 

 背中を優しく叩きながら、泣き止むまで好きなようにさせておいた。

 思いっきり泣いたなのはは、次には笑っていた。初めて、心からの笑顔を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

「ごめんね………」

「気にするな。すっきりしたか?」

 

 泣いていたのは少しだけ。服が濡れたが、まぁ気にしない。なのはが笑うようになったならば良い代償だ。

 

「うん………」

 

 改めてなのはの実家の実情を聞いたが、喫茶店『翠屋』は開店したばかりなのだ。母親は当然ながら兄弟も皆忙しく走り回っているとのこと。そんな中、一家の大黒柱でもある父親が仕事の事故で入院中で未だに意識不明、と。

 もし、開店の前に事故が起こっていれば、もし店を開こうと考えなければ、もし―――全てはifの話だ。

 なのに、

 

「私は小さすぎて、何もできない―――」

 

 “私は、いらない子かな”って思うときがあるという。

 

 どうやら“何もできない”→“いてもいなくても構わない”→“必要ない”と思考が流れているようである。というか、兄弟や親とは生きてきた時間が違うのだから、これは仕方が無いことだろう。

 生まれて誰しもが完璧に出来る訳ではない。誰もが未熟な赤ん坊から始まったのだ。

 

(ふむ。なんというか、精神がホントに子供じゃないな………これで、素か?)

 

 独りになる時間が多かった所為か、物事を考える時間が多かった。それが、精神が発達した原因なのかもしれない。

 それはともかく、

 

(この年代の時に独りか………食事時も独りというのは何とかしないとあかんかもなー)

 

 さて、今更なんだが………これをなんとかしてしまって良いのだろうか。

 この時期にどう過ごしたかとかまわりの環境で人の精神構造が作られたはず。つまるところ、ここでなのはの環境を変えてしまえば、それは俺の知っているなのはとは違ってくるかもしれない、ということだ。

 簡単に言ってしまえば、原作ブレイク、だな。原作介入前にブレイクである。

 

(というか、既に俺や霧谷がいる時点で……もう変わってるのか)

 

 なら………深く考えなくても、いいか?

 

「まぁ要するに、寂しいということだな」

「うん」

 

 大分素直になった。と思わなくも無い。以前までなら、そんなことないよーとかって笑って否定しそうだが。

 

(これからのことはともかく、少なくとも今は魔法使いではないのだしなー)

 

 怪我をあっという間に治すなどはできない。士郎さんの入院がどれくらいだったかは知らないが、少し時間がかかるだろう。その間、耐えろとか言う訳にもいかず、ほっとくなら最初から関わってない。

 気が紛れるように、千羽鶴のことを教えてあげた。確か病気が治るような祈願だったと思うが、病気が治るのも怪我が治るのも同じだろう、ということで。さすがに一人で千羽は辛いものがあるので、手伝ってあげることにしたが。

 折鶴を作る時に「どうして人間の手って小さいのかな」とか齢数年にして人生を悟ったかのような質問には正直何て答えればいいのか困ったが、俺なりの答えを伝えておいた。正直、恥ずかしいので割合。

 最後に家で独りということだが、これについては考えがある。

 

 なのはの話を聞き、俺ができることと言えば“共に在る”ことだけ―――そう言ったのだから。

 

 それだけなのだから。

 

「じゃあ、しばらく家にくればいいんじゃね?」

 

 問題は俺が今思いついたことで、なのはの家族と俺の家族に何も言っていないことかな。まぁたぶん了承されると思うが。

 

「でも………」

「まぁうちに来るのが無理でも、遊びに来ればいいんじゃね? 夜になったら送ってくし」

 

 母さんが………いや、だめだ。逆に危険だ。一緒に迷子になる未来しか見えない。俺が行く………は、許してくれなさそうだから、咲夜さんかなぁ。

 ほんとに咲夜さんが来てくれて大助かりだ。

 

「な?」

「………うん」

「ふむ。やっぱり、なのはは笑ってる方が可愛いぞ」

「ふぇ?」

 

 とりあえず、今日はこのままうちに来ることにした。なのはの家族への連絡は母さんに頼めばいいだろう。

 

 

 

 

 

 

「――――というわけなんだ」

「こ、こんにちは………」

「あらあら~、裕ちゃんも男の子ねぇ」

 

 今は家。母さんを前に、なのはを連れてきたことを説明した。しかし、何故か母さんの機嫌が良いが………そういや、そろそろ父さんが家に帰ってくるような時期か。

 時々存在を忘れることがあるが、我が家の父親は冒険者として世界中を飛び回っている(らしい)。本当かどうかはともかく、世界を渡り歩いているのは事実である。

 たまに帰ってきては、訳の分からない土産を置いていくのも困りものだが、既に諦めている。カオス部屋はカオスと化したからな。

 

「私は構わないけど、なのちゃんのお母さんには伝えないとね? 向こうの了承が得られてからにしましょうか」

 

 というわけで行ってくるわ、と母さんは出かけてしまった。場所は「翠屋」と言ったら、“あぁあそこね”と呟いてさっさと行ってしまった。

 言葉を信じるなら母さんは翠屋に行ったことがあるみたいだが、俺は翠屋の菓子を食べたことないぞ? 市販の菓子しか出てこないし………1人で食べてた? いやまさかな………。

 

(ん? というか、1人で出かけた?)

 

「ちょっと、母さん!? って、いないし!! なんで!?」

「ど、どうしたの? 裕也くん」

 

 慌てて玄関から外に飛びだしたが、既に母さんの姿は見えない。何故いない。早すぎる。まだ1分も経ってないと思うぞ。

 

「うちの母さん………極度の方向音痴なんだ。まず、1人じゃ目的地に辿り着けない」

「えっと、それは………うん」

「というか何故出て行った? 電話でいいじゃん。文明の利器で」

「あ、あはは………」

 

 さて、どうしよう。追いかけるのは無理だな。母さんの行動概念が分からないから、二重迷子になる可能性が高い。極度に方向音痴だが極限に運が良いから無事だとは思うが………。

 過去に父さんと紛争地帯に行って当然の如く迷子になって、その後辿り着いた銃弾飛び交う戦場を日傘差して歩いて怪談になったくらいに運が良い。ちなみに無傷だ。

 そもそもの話、何故紛争地帯にいたのかは謎である。ちなみに、たまにドキュンメタリーで当時のことが写真付きで放映されたりするから笑えない。

 

「………………」

「………………」

「とりあえず、鶴作るか?」

「………あの、いいの?」

「大丈夫だ。母さんは運が良いから」

 

 運が良くても目的地に辿り着けないけど。

 

――ガチャッ

 

「ただいま戻りました」

「おかえり、咲夜さん」

「おや、裕也様。お友達ですか?」

「友達のなのはだよ」

「た、高町なのはです。よろしくお願いします」

「どうも初めまして。影月家でメイドをさせてもらっています――“十六夜咲夜”と申します。以後、お見知りおきを」

 

 子供相手だというのに、実に見事なあいさつだ。スカートをくいっと優雅に持ち上げて綺麗にお辞儀する。瀟洒だ。ただのそっくりさんだと思うけど、瀟洒だ。

 ただ、ちらっと見えたナイフホルダーは恐怖の対象なので、お隠し下さい。

 銃刀法違反? この人たち相手に細かいことは気にしないのが長生きのコツって俺は学んだよ。

 

「そういえば、澪様は?」

「あぁそうだ。母さんが1人で出かけちゃったんで―――」

 

 

――トゥルルルルル

 

 

「お―――」

「私が出ます―――はい、影月です。澪様? どうしましたか?」

 

 あぁ―――どうやら迷子になったようだ。

 

「―――分かりました。すぐに向かいます」

 

 電話を下ろすと、咲夜さんは買い物してきた荷物をささっと仕舞うとすぐに出かけるらしく、玄関へと再び現れた。

 

「いつもすいません。よろしくお願いします」

「えぇ了解しています。今は海鳴公園にいますので、迎えに行って来ます。では」

「いってらっしゃい」

 

 よし。咲夜さんが行ったことだし、問題はないか。

 

「ほわぁ………メイドさん、初めてみた」

 

 なのはは驚いている。だが、俺は咲夜さんを初めて見た時はもっと別のことで驚いた。今はもう慣れたけど。というか、よくメイドなんて単語知ってたね。

 

「ちょっと前にお兄ちゃんの本に出てたの」

「そうなのか」

「皆何故か裸だったけどね」

「ソウナノカ」

 

 それは俗に言うエr………いや、何も言うまい。お兄さんも男なのだしな。うん。俺も将来、お世話になると思うしね。

 

「んじゃ、やるかね」

 

 Let’s 折鶴。

 まぁ一日で子供二人ががんばっても、千羽には届かない。更にいえば、家にそこまで折り紙がなかったのも問題ではあった。

 さすがに広告とかで作るとありがたみがなぁ………。

 

「折り紙たくさん買わないとね」

「そうだな………」

 

 2人で財布の中身を広げて、お金を数える。

 

「千枚、買えるかなぁ」

「うーん」

 

 幼稚園児の貰える小遣いなんて、こんなもんだよなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜のこと。

 

 なのはがうちに泊まり始めて一日目。結局、なのははしばらくうちで預かることになったようだ。

 そして。お風呂の時間である。

 

「さて、入りましょうか。裕也様。なのは様」

「さすがに三人は狭いのではないかと私は申し上げるのですが、そこのところはどうでしょうか?」

「却下です」

 

 まだこの身は子供。故に、大人と入るのは分かる。が、何故その相手が咲夜さんなのだろうか。なのははまだ咲夜さんでもいいけど、俺は色々と困る。せめて、男とにして欲しい。

 

(親父いないしな………)

 

 かと言って母さんと入ったら、危険なことになるのは目に見えている。俺が溺死するか、俺が溺死するか。母さん? 超幸運体質なんだから、死ぬのは俺一人だよ。

 

「どうしたの? 裕也くん」

「あぁ………」

 

 既になのは服を脱いで臨戦態勢だ。まぁ子供の体に欲情などせぬが。

 

「裕也様はお風呂があまり好きではないようでして。入れるのも一苦労ですよ」

「だめだよ。裕也くん。ちゃんとお風呂には入って、体を綺麗にしないと」

「そうね」

 

 風呂が嫌いな訳ではない。中身が大人な身としては、咲夜さんと入るのがアレなのである。子供相手だからか、咲夜さん隠さないしな………。

 

「………ぅん?」

 

 さすがになのはのマッパには何も思わないが、咲夜さんは問題だろう。幸いなのは、まだ俺の体は反応を示さないことだろうか。将来のために、今のうちに心に刻んでおけという天の声が聞こえたような気がしたが、お断りです。

 

「さ、入りますよ」

 

 おぅ、のぅ。

 

 



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第02話 刻まれない者との「邂逅」

 

 

 

 

やがて始まる物語

 

それはかつての軌跡とは違く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日のことだった。

 

「おい、てめぇ………ちょっと面貸せ」

「は?」

 

 日本人離れの格好した転生者と思われる日本語ペラペラな銀髪オッドアイな霧谷にいきなりそう言われた。てか、子供が面貸せとか言われても理解できないだろうに。

 

「いいから、こっちこい!」

「へぇへぇ」

 

 そういってついて行った先は幼稚園の裏庭だった。定期的に芝刈りでもされているのか、広くはないが子供たち数人が遊ぶには適度な大きさの平らな場所だった。

 

「…………」

「ん?」

 

――キンッ

 

 衝撃波、とは違う。何か得体の知れないエネルギーのようなものが体を突き抜けていった。ふと、見上げた空はマーブルのような不思議な色をしていた。

 

「結界を張った。これで邪魔者はいねぇな」

「……………」

 

 魔法は秘匿するもの………は、別世界だったか? だがまぁ、あまり大っぴらにしすぎじゃないだろうか。

 一応、俺は一般人だというのに。

 

「なんだこれ? 結界とかって、お前マンガの見すぎじゃね?」

「は、これだからモブは………まぁ一々説明するのは面倒だからしねぇが」

 

 しないのか。

 お前バカだなーとか目で言われても、俺からしたらお前の方が頭可哀想だなぁとしか思えん。絶対、将来注意されるぞ。

 

「まぁいい。おまえ、俺のなのはに近づきすぎだぞ!」

「は?」

「今は何もしない。だが、これ以上近づくというなら………殺すぞ?」

 

 俺の胸倉をつかみ上げ、叩きつけるように言う。しかし、殺気の篭ってない目で言われたところで恐怖など何も無い。むしろ、疑問しかわかないが………。

 

「何で、なのはが“お前の”なんだよ?」

「はっ、俺がオリ主だからに決まってるだろ?」

 

 おりしゅ……オリシュ……あぁ、オリジナル主人公のことか。

 

(あぁ、やはり――――)

 

 こいつも“転生者”だったか。

 とりあえず、今はとぼけておこう。

 

「おりしゅ? なんだそれ?」

「ふんっ、モブ野郎には関係ねぇことだ。いいか、俺のなのはに近づくな!」

 

 ドンッと押されて尻餅をつく。その間に、霧谷はズンズンと歩き出して行ってしまった。

 

「………わざわざ、あれを言うためだけに結界を張ったのか?」

 

 最初は、こちらが転生者というのがバレて結界を張ったのかと思ったが、どうやら違ったようだ。もしくは、先のやり取りで転生者ではないと思ったのか………。

 どちらにしろ、ご苦労なことだ。

 

 

「裕也くん!」

 

 

 どこかに隠れていたのか、慌てたなのはがやってきた。

 

「よぉ」

「大丈夫!? 怪我とかしてない!?」

「大丈夫だ」

 

 奴には単に押されただけだし、斬った張ったの喧嘩をした訳でもない。

 

「それで、どうしたんだ?」

「……えっと、裕也くんが裏に連れてかれて、それで………心配になって………」

 

 項垂れるなのはの頭に犬耳としょんぼりした尾が視えた―――気がした。とはいえ、やはりなのはには魔導師としての才能があるようだ。

 奴の張った結界を素通りしてきたようだし。

 

「ふむ」

「にゃ?」

 

 犬かと思いきや、鳴き声は猫という。これいかに。

 まぁそれはともかく、俺はなのはの頭を撫で続ける。

 

「はぅぅ………」

「わざわざ、ありがとな」

 

 奴に言われたからといって、なのはから離れるとかはしない。ここまで関わっておいて今更離れるとかありえない。このまま原作自体にも関わっていくかどうかはまだ分からないが、今日分かったことがある。

 

(俺にはまだ力が足りない………)

 

 魔力を視ることができるので、鏡で自分を視て見たが、俺にもオーラは見えた。霧谷に似た蒼く、それでいて白いような光が。これが俺の魔力光だろう。

 蒼白。なんか、しょぼそうだ。

 しかし魔力があったところで、行使するための技術もデバイスも無い。

 

(奴が敵に回った時、俺には対抗するだけの力がない)

 

 これは早急になんとかしたいが、現状では何もできないだろう。

 

 

「………やくん!」

 

 

「裕也くん!」

「おぅ!?」

「大丈夫?」

「あぁ、ちょっと考え事してた。そういや、千羽鶴はどうだった?」

「あ、あのね! この前、お父さんが起きたの! 千羽鶴のおかげかもね!」

「ほぅ! やったじゃないか」

 

 数日かけて作った千羽鶴を士郎さんの病室にかざったのがこの前。その翌日には意識が戻ったという。奇跡だとか医者も驚いていた。

 今では話をする程度は問題ないが、退院にはまだもう少し時間がかかるという。

 

「もう少しの辛抱だな」

「………うん。もう少しで、終わっちゃうんだね」

 

 なのはがうちに泊まるのも終わりが見えてきた。

 

(ま、こればっかりはしょうがないか。誰だって、家族と一緒の方がいい)

 

 士郎さんが退院すれば、余裕のなかったなのはの家族たちにも余裕が生まれるだろう。そうすれば、なのはも寂しい思いはしないはずだ。

 

――むに~っ

 

「ひゃ、ひゃいふうお?」

「お前に泣き顔は似合わんぞ。別にもう会えなくなる訳じゃないんだし、な」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に時は過ぎ―――

 

 士郎さんは無事に退院。意識が戻ってからは順調に順調で、あっという間の出来事だった。なのはのうちへのお泊りはこれにて終了となった。

 なのはのお母さん―――桃子さんとはこの時会い、“これからもなのはと遊んで欲しい”と頼まれた。まぁ、俺でなくても憂いがなくなったなのはは明るくなったし、壁っぽいものも作らなくなった。友達も増えていくだろう。この時期に作っておけば、小学校で独りになるとかもないだろうし。

 

 そして、俺は少しずつ前と同じポジションへと戻った。

 

 なのははなんだかんだと言いながらも、外で友達と遊ぶのは好きなようだ。精神が成熟していると思いきや、子供らしいところもちゃんとあった。

 だからか、俺はなのはたちとあまり遊ばなくなった。

 精神が成熟し過ぎてしまった弊害―――答えを知ってしまったゲームには面白みを感じなくなってしまっているし、何よりバランスを崩してしまうのが申し訳なかった。かといって子供のフリをしたりするのも疲れる。よくあの名探偵できたよな………。

 もちろん、呼ばれれば行くが………それくらいだ。自分から進んで行くことはしなくなった。俺が行かなくても、なのはには友達が増えたからだ。

 

「………………」

 

 この頃から、曖昧だが、女子と男子は別れて行動するようになってきた。お互いを異性と感じ始めたのか………それにしては早いような気がするが。

 もちろん、完全に別行動ではない。霧谷はもちろん、女子のグループに混ざる男子がいれば、男子に混ざる女子もいる。だが、総合的に見れば、分かれてきているのだろう。

 

「―――まぁ、なのはにも笑顔は増えたし、もう寂しい思いもしないだろう」

 

 幼稚園自体はこれにて終了。次は小学一年生―――

 

 原作開始まで、あと二年である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――歳月は流れ

 

 

 私がまだ小さい頃―――本当に私の手がまだ小さい頃。

 

「――たら、―――に――――んじゃね?」

 

 私に手を差し伸べてくれた男の子がいた………ような気がした。ずっと、私といっしょに居てくれた、優しい人だった。

 姿を見ようにも、霞がかかったように私には見えない。ただ、男の子だというのは分かる。お母さんとは違う、優しい女の人もいたことも知っている。

 

「―――――――――――――」

 

 あぁ、もう、声も聞こえない。

 

(もうすぐ、覚めてしまう………)

 

 夢の中だったらいつも会えるのに、起きてしまったら忘れてしまう。

 

「ごめん………なさい………」

 

 毎朝、私は泣きながら起きる。

 とても悲しくて、苦しくて、何とかしたいけれど、何もできない自分が更に嫌で―――

 

 

 あなたのことを忘れて、ごめんなさい―――

 

 大好きなあなたのことを、忘れて―――

 

 

 どうか、また手を差し伸べてください。

 

 私が、あなたのことを思い出しますように―――

 

 

Side Out

 

 



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第03話 お隣の「混沌」さん

 

 

古今東西の神秘

 

 

総じて眠りし墓所

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと考えたことがある。

 

 ここ―――第97管理外世界には魔法が無い。しかし、歴史を紐解けば、過去には魔女や魔法使いと言った単語が出ているのが分かる。

 歴史書が必ずしも正しいとは言わないが、ほとんどの者はただの詐欺師と言うだろう。オカルトだ、非現実的だと言うだろう。しかし、こことは違う世界には普通に魔法があり、普及している。

 

 もしかしたら、過去にいた魔法使いたちは、異世界の者と関わり、その技術を教えてもらった人たちなのかもしれない。

 

 この世界には魔法がない―――ならば、ここと次元世界―――魔法がある世界の違いとはなんだろうか。

 人種の違い? 見た目もほぼ違いは見られない。言葉も通じるのは………魔法の力か? 便利だな。魔法の力。

 

(確か、この世界では魔法使いの才能を持つ者は稀少だったはず………)

 

 魔法技術の代わりに科学技術が発達したこの世界では、魔法はもはや過去の産物。古の技術であり、仮想の能力なのだ。

 

(なのに、この世界で在りながら、なのはやはやては魔導師となった)

 

 才能があったから魔導師になれた。では、他の者たちはなかったのだろうか。可能性はないのだろうか。

 

 

―――否。

 

 

 才能の可否はともかく、可能性はあると思われる。それは俺のみが視ることのできるオーラだ。なのはなど体から溢れるほどの魔力のオーラを纏う者は限りなく少ない。今のところ、霧谷を除けばなのはしか俺は知らない。

 だが、量を見なければ皆が皆持っているのだ。注視し、眼を凝らさなければ分からない程に薄く、小さいモノだが………。

 そして、魔法を使うための魔力素もこの世界には満ちているはずなのだ。

 炎や雷などを発生させるだけならば世界に魔力素がなくても可能だろう。現象を起こすことだけに魔力を使えばいいのだから。だが、例えば原作の魔法―――シューターなどの魔力その物を塊にして飛ばす場合はどうだろうか。指向性を持たせるなどはまだ魔力で説明ができるとして、飛んでいる間の形状維持はやはり無理だろう。

 魔力素がない世界とは、つまるところ魔法行使が何もできない世界ということだから。

 

(次元世界から見れば、この世界の魔力素は薄いかもしれないが、魔法が使えないほどのレベルではないはずだ)

 

 それでも、魔法技術が廃れてしまった。御伽話へと消えてしまったのは、過去に世界レベルでの魔法大戦でもあったのだろうか。もしくは、予想以上に科学技術が発展していったのか。

 でなければ、ここまで多くの人が可能性を有しているのに、それを掴みとっていないのが気になることである。

 

 

―――話を戻そう。

 

 詰まるところ、この世界の人間たちは皆、魔導師になれる可能性がある。あくまでも、きっかけだ。

 

「そう、きっかけ―――デバイス、か」

 

 なのはがレイジングハートと出会ったように。はやてがリインフォースと出会ったように。

 魔導師のためのデバイスと出会ったから、彼女たちは可能性を掴みあげることができ、魔法の才能が開花し、魔導師となった。

 

 魔法使いの才能があったからデバイスと出会ったのではなく―――デバイスと出会ったから魔法使いの才能が開花したのだ。

 

 ならば、ユーノの念話はどう説明するか。これはオーラの強さだろう。オーラが濃ければ、多ければ多いほど、才能があり、素質が高いのだろう。

 なのは並………とはいかないまでも、ある程度の魔力のオーラがなければ念話は受け取ることができなかった。

 

(言わば、これが最初の篩いか………)

 

 魔法を知らなくても、存在を知っていれば強化することはできる。俺みたいに。

 当然、魔力放出などやり方も知らないから、マンガや胡散臭い過去の歴史書などで調べて模索しながら、だ。それでも頑張れば、意外となんとかなるものである。もっと方法があるかもしれないが、努力が実を結んでいるので今のところはこの方法を続けている。

 

「あとはデバイスか………」

 

 魔導師になるために必要不可欠な存在―――デバイス。恐らく、それと出会えれば、俺も魔導師として動くことができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、結局はデバイスかー」

 

 考えをまとめるため、ノートに考察を交えながら色々と書いてみた。あくまでも俺の推測と予想のため、必ずしも当たっているとは限らない。が、良いところをいってるのではないだろうか。

 

「しかし、この世界にデバイスがあるとは思えないしなー」

 

 ジュエルシードが降ってくるまでは、管理局も来ないだろうし………異世界からの侵略者がデバイスを持ってやってこないだろうか。ま、その場合は地球オワタになるが。

 

「あと可能性があるとすれば…………」

 

 俺の隣の部屋である。

 通称『カオス部屋』。自称“冒険者”の親父が世界中のあちこちから変な物をお土産と称して家においていくために出来た部屋である。

 たまに“本物”が混じってたのか、気付けば空間が歪んでしまったのはご愛嬌。おかげでお土産がどんどん吸い込まれていくので我が家としては放置している。

 

「もっかい入ってみるかね………」

 

 念のために水や保存食などを確保。懐中電灯などはいらないかもしれないが、我が家に常備されているサバイバルリュックを背負って、いざカオス部屋へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――カオス部屋。

 

 

「ギャアァッ! ギャアァッ!」

 

 

「ふむ。もはや、天井が見えないこととか、鳥のようなこうもりのような変な生き物にも驚かないレベル」

 

 慣れって恐ろしいものだ。

 見上げた先にあるのは天井ではなく、何故か青空。太陽はない。視線を落とせば、今までの見覚えあるようなお土産が所狭しと乱立している。

 勝手に歩き出す人形や、しゃべりだすお面。不気味な生き物に、空飛ぶ円盤。目玉の見える空間がたまに見えたりするが、全て見慣れたものだ。

 

「ウゴアァァァァァァッ!!」

「あ、わりぃね。今、ちょっと探し物してるんだ」

 

 近くを通ったら棺が跳ね飛び、中からミイラが起きてきたので軽くあいさつをしておく。ミイラは軽く会釈して、どことなく去っていった。

 

「さて、手当たり次第探すか………」

 

 空間が歪んでいる所為か、まっすぐ歩いていても気づけばぐるりと回っていたり、同じ場所を探していたり、いつの間にか壁を歩いていたりするから困る。それでも帰ろうと思えば、すんなり帰れるあたりが不思議である。

 

「とはいえ、俺ってデバイスがどういうものか知らないんだよな………」

 

 レイジングハートは宝石。バルディッシュはペンダントで、闇の書は本であるし、リインフォースは小さい人だ。もしかしたら、そこらの物がデバイスの可能性も無きにしもあらずだが、起動のさせ方も分からない。

 それに、

 

「ここにあるものは普通に危ないものだからな………下手に起動させて死んじゃいました、じゃ洒落にならん」

 

 普通の本かと思ったら、牙を出して噛み付いてきたりするものもあるから困る。

 

「あるといいながある~………さて、探すか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、分かってたけどね」

 

 結局、あれから疲れるまでカオス部屋を歩き回り探してみたが、見つからなかった。

 途中、ミイラがミイラを片付けていたが、なんだったのだろうか。うちに侵入しようとした泥棒がカオス部屋に入ってしまい、出られなくなってミイラになったとかってオチだろうか。

 

「いやまさかね」

 

 そういえば、デバイスではないが黒い大きな棺があった。開けてみたら、羽を生やした少女がすやすやと寝ていたので、そっと戻しておいた。羽があったし、人間ではないだろう。恐らく、吸血鬼かな? いるかどうかは知らないが………。

 

「って、月村の一族って吸血鬼だったっけ?」

 

 しかし、何故この部屋で寝ているのかが分からない。まぁ、今のところ害はなさそうだし、別にいいか。あとは、気のせいかもしれないが、やたらと本が多くなっていた。こんなにお土産に本があったっけ?

 

「あとは階段だね。絶対、下のリビングではなくて、別の異世界に通じてるであろう階段。あそこは降りるべきだろうか」

 

 先は気になるが、今はやめておいた。今度、時間と余裕があるときにでも行こう。そのときには、また更にカオスになっている可能性があるが。

 

「さて、帰るか」

 

 俺がそう思えば、目の前に見慣れたドアがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

「―――ふぅ、行ったのね」

 

―――バサリッ

 

 一冊の本が勝手にめくれ、やがて膨れ上がり、一人の少女の形を取る。

 

「まだ会う訳には、と思ったけど………別に気にしなくても良かったかしらね」

 

 少年が言っていた“カオス部屋”。なるほど得てして納得。ここは、正にカオスがふさわしい空間だ。

 古今東西の魔法具や英雄と呼ばれた者たちが使っていた武具など、どこを探して集めてきたのか知らない不可思議なものまで数ある。強力な個が一箇所に集められたことにより、空間は歪み、本来とは違う広さにまで膨れ上がった。

 これを中から調整・安定化させているのが彼女―――パチュリー・ノーレッジであり、外からは―――

 

「紅茶をお持ちしました。パチュリー様」

 

 咲夜の仕事であった。

 

「あら、ありがとう。ちょうど、欲しかったところなのよ」

「裕也様はお帰りになりましたか?」

「えぇ、先ほどね。何かを探していたみたいだけど、見つからなかったみたいね」

「ここにお探しになるとは、よほど手に入るのが難しいものなのですかね?」

「さぁ、私は見ていただけだから分からないわ。それにしてもたいぶ増えたわね………」

「寛治様から送られてくる物以外にも、世界の壁を超えて集まってきてしまいますから」

 

 裕也の父親が旅帰りにお土産をこの部屋に放り込んでいくが、それ以外にも雑多な物がある日突然出現するのだ。空から降ってくるのも見慣れた光景である。

 

「もう少し拡げる必要があるかもしれないわ」

「畏まりました」

 

 カオス部屋の空間を操り拡大化させているのは咲夜の仕事で、それを調整・安定化させているのが中にいる少女―――パチュリーである。

 

「そちらの生活はどう?」

「中々に楽しいものですよ。特に裕也様は反応が一々可愛くて困りものです」

「ふふ、楽しんでいるようね。上々」

 

 そこにぺたぺたと足音が響く。先ほどの羽の生やした少女が目を擦りながら、二人のところへと歩いてきた。

 

「ふわぁぁぁ………あら、おはよう。咲夜」

「お嬢様。おはようございます。今日はお早いですね? まだ夕方ですよ」

「そうね。一度蓋を開けられたからかしら? なんか眼が覚めちゃったわ」

「あぁ、そういえばあの子。レミィの棺、開けてたわね」

「普通はあぁいったものは避けると思うけど、まさか開けられるとは思わなかったわ」

「もう慣れたのよ。歩くミイラとかに普通にあいさつしていたわよ」

「人間はたくましいなぁ………」

 

 レミィ―――羽の生やした少女がパチュリーの隣に座る。彼女の名は、レミリア・スカーレット。見て分かる通りの吸血鬼である。

 

「お嬢様、紅茶です」

「あら、ありがとう。こちらはもういいわよ。向こうの生活があるのでしょ?」

「はい。では、お先に失礼致します」

 

 綺麗にお辞儀して、咲夜はその場を後にした。裕也同様、帰ろうと思えば入り口が目の前が現れる。これもパチュリーのおかげである。

 

――パタンッ

 

「―――それで、あとどれくらいでここから出られそうなの?」

「まだ分からないわ。広すぎるのと、手が足りないのとで時間が足りないわ」

「そう。焦ることでもないし、ゆっくりでいいわよ。この生活も中々楽しいものだしね」

「そうさせてもらうわ」

 

 お互いに適当なところに腰掛け、咲夜の淹れてくれた紅茶を飲む。もちろん、テーブルも椅子も何もない。適当に棚のような置物に座っている。

 

「しかし、危なかったわ」

「危なかったって?」

「あの子、妹様の部屋に行こうとしてたわよ。直前で止めたけど」

「命知らずね………って言っても分からないか」

「遊び道具が多いおかげで癇癪は起こってないけど、まだ会うには早いわね。殺されるだけよ」

「そうね………あちっ」

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて―――ッ!?」

「どこに行くんですか? 裕也様」

 

 サバイバルリュックを元の場所に戻して、部屋に戻ろうとしたら咲夜さんが目の前にいた。気配とか全然感じなかったけど、いつからいたのだろうか。

 

「サバイバルリュックを持って、もしかしてまたあの部屋に入ったのでしょうか?」

「いやいやまさか。そんなやくそくごとをやぶるわけがないじゃないですか」

「こちらを見て言って下さい。裕也様」

「あーおれしゅくだいしないといけないんだったー」

 

 この場に留まっては危険だと本能が告げるので、俺はそそくさと逃げ出した。

 

「その前に、私とお話をしましょう」

「わぁい」

 

 が、回り込まれてしまった。

 脳内では「知らないのか? 魔王からは逃げられない」と誰かの声がした。

 

 

―――カオス部屋。

 

―――色々と危険なため、俺は出入り禁止にされている部屋。

 

 

「ていうか、いつ帰って来たの? 全然気づかなかったんだけど」

 

(あの部屋では誰かが玄関に入ってきたら、警報がなるはずなんだが………)

 

(パチュリー様に警報は切ってもらいましたから鳴りませんでしたしね。あの部屋に入っていれば気づかないのも無理はないでしょう)

 

「裕也様があの部屋に入られてる間にですよ」

「確信してましたか」

「えぇ」

 

(私もその場にいましたから)

 

 

 



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第04話 原作開始「準備」

 

 

 

 

歯車が揃い

 

回り始めた

 

 

もう止めることはできない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に時間が経過した。

 

 中身がそこそこの年齢なだけに、小学生レベルの問題は簡単だった。まぁ目立たない程度に適度に手を抜きながらこなしている。目標は中の中。テストで取る点は平均点を目指す。

 さて、現在の様子だが、なのはたちとは運がいいのか悪いのか、小学生に入ってから同じクラスになりっぱなしである。どうも関係はよく分からなくなってきているが。

 向こうから話しかけることはないが、気づけばちらちらと見られてたり。かといってこちらから話そうとすれば、逃げられる。嫌われてるとは思わないが、避けられてるのは事実。最近はこれの繰り返し。

 

 今は小学三年生―――

 

 原作開始までもう間近である。

 

 そんな関係な所為でなのはたちと接触する機会がなかったおかげか、霧谷には絡まれなくなった。そういや、一時期長期間休んでいた時があったなぁ………インフルエンザだかにかかったとかで、我らの担任様である“斎条冷姫”様が皆に注意を呼びかけていた。

 ちなみに担任様は通称で“姫様”と呼ばれる恐ろしい方である。名前に姫があるからそう呼ばれる。様を付けるのは恐怖の対象だからだろうな。特技はアイアンクローとチョークレーザー。どちらも相手を一発で気絶させる程の威力を持つ。

 一度だけ姫様の授業中に居眠りをして、チョークレーザーを喰らった覚えがある。その時に「お前は頑丈だな」と呟かれた言葉を俺は忘れない。続いて「本気でやってもいいか?」などという言葉も忘れない。

 

 話がずれた。

 

 あ、そういえばなのはと言えば、月村やバニングスたちと原作通りに喧嘩をして、仲良くなっていた。

 ただまぁ、仲良しになるきっかけなんだが、今回は霧谷というイレギュラーが原因となっていた。謎である。

 噂話を聞けば、霧谷が月村とバニングスの二人を鉢合わせ、お互いを喧嘩するように仕向けて、そこになのはが通って原作通り―――が、終わった後、落ち着いて話したら、霧谷が原因ということが分かり、三人娘VS霧谷という喧嘩が起こった。

 ま、結果は言うまでもなく、三人娘の勝ちである。バニングスはまだ分かる。月村も………性格は大人しいが、あれは一度火が付けば激しく燃えるタイプだな。怒らせたら怖い人だ。そしてなのは。運動音痴さんは後ろで可愛らしく睨んでいただけだったよ

 騒ぎになっていたので、たまたま廊下から一部始終を見ることができた。ま、俺が言えることはただ一つ。

 

(霧谷wwwざまぁwwww)

 

 これで懲りるとは思わないが、少しは彼女たちの迷惑になっていることを自覚してほしい。いや、無理か。

 少し溜飲が下がった。

 

 

 今までなのはのことや霧谷のことを見てきたが、どうも霧谷は三人娘たちからは嫌われている節がある。というのも、三人娘VS霧谷の時には、溜めに溜まった不満が爆発した、という感じに見られたからだ。

 まぁどうでもいいことだな。その後、バニングスに攻められたことを除けば。

 たまたま通りかかった俺に対して、見てたなら助けろとかってのは少々厳しいものがあると思うのだがね。

 

 

 

≪―――誰か!≫

 

 

 

 瞬間、声が聞こえた。

 

(今のは………念話か?)

 

 今までする機会がなかったので初体験だが、今届いたのが念話で間違いない………だろう。頭の裏側から直接響くような不思議な感じ。エコーをかけながら囁かれたような感じがするが、何と言っているかはクリアに聞こえた。

 

(時期的に相手はユーノだろうな。ということは、原作が始まるのか………)

 

 まだ随所は覚えているが、細かな部分は忘れてきている。が、原作では念話があったのは放課後ではなかっただろうか。今はまだ学校の時間内である。休み時間ではあるが、放課後はまだ遠い。

 ふと見れば、なのはが不思議そうに辺りを見渡している姿が見られた。あとは難しそうな顔をしている霧谷がいるが、あいつも聞こえたのだろう。

 

(まぁいいや。今の俺では向かったところで邪魔にしかならないし、なのはは向かうとして、霧谷も行くんだろうな………)

 

 奴とはまだ会いたくなかったし、俺が転生者であることをバラすには早すぎる。そもそも、俺の問題がまだ解決していない。

 

「はーい、みんな席についてねー!」

 

 担当の教師がきたので、集まっていた人垣が散り散りになっていく。俺も目立ちたくはなかったので、大人しく席に着く。

 ついに原作だ。俺はどう動くべきかな………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(原作開始か………)

 

 まだ俺はデバイスを手に入れていない。そうそう見つからないとは思っていたが、まさか見つかる前に原作が始まるとは思ってもなかった。

 

(いや、そもそも地球上に存在していない以上、原作が始まってミッドガルドだかミッドチルドだかの世界の人が来ないと………あれ? ミッドチルダだっけ?)

 

 ともかく、異世界の人たちが来てくれない限りデバイス入手は難しいのでは?

 

(だが、ユーノというケースがある。デバイスといっしょに誰かがいてもおかしくはない)

 

 おかしくはないが、その人が素直にデバイスを渡してくれるかはまた別な話。話を総合すると、希望はなかったようである。

 

(むぅ、毎日とはいかないがカオス部屋に入って咲夜さんに怒られた俺の犠牲はいったい)

 

 デバイスとは関係ない話だが、カオス部屋に誰かが住んでいるのはないかという形跡が見られた。まぁ、ミイラ男とか空飛ぶ珍獣とかはアウトの方向で。

 明らかに人間ではない何かがここにいました的な跡をたまたま見つけた。

 

 それは紅茶のカップ。

 

 小さい女の子用の紅茶のカップが何故そこにあったのかは知らないが………って、

 

(そういえば、小さい女の子いたな………棺の中に)

 

 あの子のものだろうか。というか、紅茶とかあの部屋にあったのだろうか。水とか紅茶の葉とかはどうしているんだろう………野生、のもの?

 確かに生えていてもおかしくはないが………ないが。大丈夫なのか?

 

「影月くん」

「ん?」

「これ向こうから」

「サンクス」

 

 隣の席から渡された紙クズ。視線の先を変えれば、友人がこちらに向けてサムズアップしていた。

 開いて中を見れば、

 

『放課後、いつもの場所で練習な!』

 

 なるほど。

 これ程度なら別に今じゃなくても良かったよね? あとケータイという便利なものを持っていたよな? まぁ授業中だけど。

 

――グッ

 

 とりあえず、友人に了承の意味を込めて合図する。

 

 

 部活とかには興味がなかったのだが、ひょんなことから俺はサッカーが得意と友人に知られてしまい………実際には違うんだが、毎日鍛えていたため、周りよりは体力があることが勘違いに繋がったのだと思う。

 そんな訳で、半強制的にサッカーチームに入れられてしまった。まぁ、学校外の活動だからいいかな? と思って了承してしまったのだが、まさかねぇ。

 

―――翠屋JFC。

 

 まさか、なのはの父親の“士郎さん”がオーナー兼コーチのチームに誘われるとは思ってなかったよ。

 士郎さんには喫茶店の経営があるため、あまりこっちの練習には来られない。姿を見たことはあるのだが、話をしたことは数度しかない。仕事が忙しい中の時間を見て来てくれるおかげか、すぐに消えてしまうからだ。

 的確な指示をしてくれるので、少しの時間とはいえ居てくれるのはとてもありがたいことではあるが。

 

(しかし、試合か………)

 

 俺がこのチームに入ってから初めての試合である。前々からいるメンバーたちにとっては因縁深い相手とも言える強豪チームと試合があるらしい。

 

 

――キーンコーンカーンコーン

 

 

「さて、授業終わりっと」

「よっしゃ! 裕也! 行こうぜ!」

「落ち着け、アホ共。まだ担任がいるぞ」

「その通りだ。影月の言うように、まだHRが残っているから座れバカ」

 

 我らが担任の姫様のご登場だ。

 

「えぇ!? 姫様! それはないでs」

 

――ゴキンッ

 

「「イエス、マム」」

 

 何も言わず、片手をあげて音を鳴らす。それだけの行為にすごい圧力を感じる。きっとあのまま立っていたら問答無用でアイアンクローでもしていたのだろう………いや、していたはずだ。絶対。

 

「さて、連絡事項だが特にない。あまり寄り道せずに帰るものは帰れよ」

「「「はーい」」」

「それから道端に落ちてるものを拾ったり食ったりするなよ。特にそこのバカども」

「「「はーい」」」

「では、委員長」

「きりーつ! れーい!」

「「「おつかれさまでしたー!」」」

 

 普通、こういったところでは「さようなら」が一般的ではなかろうか。何故かこのクラスでは姫様に向かって「お疲れ様でした」になっているが。

 どこの会社だ、と突っ込んではいけないのだろう。

 

「それを疑問に思っていないクラスメイトもクラスメイトだが………」

「よーし、今度こそ終わったな! いくぜ、裕也!」

「おー」

 

 さて、練習するか。やり始めたからには、ハッピーエンドは迎えたいしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 友人に連れられてやってきたのは河原近くにあるサッカーコート。ここで翠屋JFCは練習している。俺のポジションは何故かFWでストライカーを与えられている。

 

「とりあえず、前へ行け。前へ行ったらシュートしろ。シュートしたら点を入れろ」

「おk把握」

 

 前半二つはともかく、最後の一つは中々難しいものだと思うのだが、俺だけだろうか。シュートしたらかといって必ず点が入る訳ではあるまいに。

 

「まぁそれはともかく、相手チームの特徴は?」

 

 今までは個人練習を重点的に置いてきたが、今日からはチーム全体での練習に重点を置く。試合が近いから、個々人の連携をあげておきたい。

 そしてこれも何故かは知らないが、俺が指揮官も勤めている。本来の指揮官が匙を投げたというか、面倒だと逃げたからだ。

 

「あまり攻撃性はなかったはず」

「相手のストライカーは一人だったな。目立ちたがり屋かどうかは知らないが、必ず決まった奴が最後にはいる」

「何番?」

「10番だ」

「なら10番に圧力をかけつつ、まずは様子見をするか」

「様子見?」

「あぁ、10番のみってのがこっちにバレてるなら、何かしらの手は考えてるはずだろ? 向こうも」

「考えてなかったら?」

「そのまま10番を封じつつ、残ったメンバーで攻める」

 

 大まかな流れを決めつつ、それに沿った形で練習再開。あくまでもこの身は代役なので、最終的なことは喫茶店にいるコーチに任せる。

 今はいないけど、きっと士郎さんならなんとかしてくれる。俺はそう信じている。メイビー。

 

「今日は15人か、7:7で分かれてやるかー」

「「「おー!」」」

 

 

 

 しばらく練習に明け暮れていたら、再び念話が聞こえた。

 

≪誰か! 助けて!≫

 

(念話、ユーノか。どうやら、もうすぐなのはたちと出会うところかな)

 

 最初の念話とは比べてずいぶんと切羽詰まった空気を感じる。

 

(あれ? ジュエルシードと戦うのって夜じゃなかったっけ? 放課後は違うよな)

 

≪誰か! クッ!≫

 

 とかなんとか考えている間に念話が途中で途切れた。よほど、状況が慌しいのか。まぁ、霧谷がいる以上原作通りに進むとは思えんが、奴は奴で原作通りに進ませようとしているはず。

 その一点に関しては信用している。

 

(問題はないだろう………命に関しては)

 

「裕也―!」

「―――っ!」

 

 気が散っていた間に目の前にボールが送られた。

 

「ボーっとしてるなよー!」

「おーわりぃわりぃ」

 

 考えるのは後だ。今はユーノの無事と、魔法少女の誕生を願っていよう。

 

「いっくぞー!」

「「おっしゃー!」」

 

 次の日から、なのはの様子がまた少し変わることになった。

 

 

 

 

 



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無印
第05話 「融合」デバイス


 

 

 

もう

 

なにも

 

 

つっこまない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、そこの君」

「はい?」

 

 ある日のこと。部活は当然入ってなく、サッカーの練習もない日。今日は久しぶりに早く帰れるかなぁと思っていたらのことだった。

 

「――――へ?」

 

 眼前には黒い空間が広がってた。というか、これはふk―――

 

 

『って、何してるのよーーーー!!?』

『いやなに、管理外世界とは言え往来で話すことではないと思ってね。スワコくん。君も隠れていなさい』

『あんたが変な行動とるかつい出てきちゃったじゃない! というか、何でいきなり拉致する必要が!?』

『その方が手っ取り早いからさ。ウーノ、問題はないかね?』

『イエス、ドクター。多少暴れていますが、問題はありません』

 

 いったい何が起こってるのかわからないが、どうやら俺は拉致されるらしい。あと、何の袋か知らないけど、猿轡するならしてから袋で包んで欲しい。

 

「ンンーーーーーッ!?(なんか変な匂いするんですがーーー!)」

『大人しくしていてください。危害は加えません』

「ンン…………(うぅむ、確かに大人しくしておくか)」

 

 ウーノ、ドクター………これらの単語で思い浮かべるのはStSの敵キャラだが………。本人たちだろうか。何故、このタイミングに地球にいるのだろうか。

 そして何故俺を拉致するのだろうか。裕福とは思えない家だが………メイドさんはいるけど。

 

 

 

 

 

―第104管理外世界―

 

「やぁ、気分はどうだい?」

「拉致してきた奴が拉致った奴に言う台詞か?」

「クックック、それもそうだね。さて、時間もあまりないので、さっそく本題に入ろうか」

 

 目の前にいるのは紫の髪に白衣をきた男―――分かりやすく言えば、StSの敵役。もっと言えば、ジェイル・スカリエッティだった。この格好で海鳴を歩いていたのか甚だ疑問である。

 

「どうぞ」

「あ、どうも」

 

 隣に立ってお茶を淹れてくれたのが、これまた紫のロングヘアーの美人さん―――ウーノさんだった。

 そして、俺の知らない………人? か人形か分からないのが一つ、いや一人?

 

「―――なに?」

「いや、うん………なんだろうかなぁ、と思って」

 

 うん。目の前で浮いている小人さんが、どことなく某巫女さんが出てくるシューティングゲームのボスに似ているんだ。

 目玉のついた麦わらにカエルの絵がプリントされた服。金の髪に赤い紐。あなたは祟り神ですか? と聞いてもいいかな? まぁいいか。

 

「―――で、ここはどこでお宅は誰で俺の人生はどうしてこうなったのか」

「何を考えていたのかは知らないが、今思考放棄をしなかったかい? それと質問ならば疑問形で答えるものだよ」

 

 気のせいだ。

 それよりも、質問に答えをプリーズ。

 

「ふむ。まぁそれもそうだね。影月裕也くん。私の名はジェイル・スカリエッティ。言っても分からないと思うが、次元犯罪者というものだ」

「よく分からないけど、自分で犯罪者とかって言うのはどうなの?」

「クックック、犯罪者を目の前にしてやけに落ち着いているね」

「日々の賜物です」

 

 カオス部屋に入り浸っていれば、多少のことに動揺しなくなるね。これは経験談。知っている顔が目の前に出てきたけど、驚きはおくびにも出さなかったし。さすが俺。毎日咲夜さんに怒られた甲斐があったものだ。

 咲夜さん途中で諦めてナイフを取り出した時はホンキで考えたけど、動体視力とか運動神経を鍛えるのにがんばったよ。回避的な意味で。今のところ回避率は0だ。咲夜さんは必中の能力持ちに違いない。

 

「で、君の横に立っているのがウーノ。私の秘書だ。そしてこちらが―――」

「諏訪子だよ。そこの変態に拉致されて魔改造された元神様」

 

 ん? 今なんか変な単語が入らなかったか?

 

「いやはや、私は神というものを信じていなかったのだがね。まさか、こうして目にする機会があるとは思ってもいなかったよ」

「私もまさか拉致されたあげく、デバイスとかいう訳の分からないものに改造されるとは思ってもなかったよ。てか、神様なめてない? 分神体とはいえ神だよ? 分神体だけど祟るよ?」

 

 なんか小さい人から黒いモヤっぽいものがちょろっと出ているのが視える。おぞましい感じがするが、少ししか出ていないためかあまり恐怖は感じない。

 ウーノさんが怒る小人を宥めつつ、話を聞く。

 まず、この小人ことデバイスこと諏訪子と名乗った小人さんは、俺の世界の神様だという。デバイスに改造される前は一柱の神の分け身だったとか。

 

「ちなみに諏訪子さんって洩矢神様?」

「おー、そうだよ。やっぱり同じ世界の出身者だからかねぇ」

「ふむ、よく分かったね。君。有名なのかね?」

「まー有名と言えば有名かなぁ。でも、私の正体を一発で見極めたのはキミが初めてだよ」

 

 ちなみに、もう神ではないから“様”をつける必要はないよ、って言われたけどねぇ。洩矢神様って祟り神でしょ? あれ? 祟り神の統括神だから祟り神ではないのか? どちらでもいいか。超上の存在であるのは違いないし。変なこと言って祟られても困るしね。さっきも祟るとか何とか呟いていたのを俺は聞いている。

 とか考えているのがバレバレだったようで、

 

「様付けたら祟るよ?」

「おkボス」

 

 祟るのは卑怯だと思う。

 

「はぁ、今となっては………なんだっけ? 魔導端末? とかって、訳の分からないモノになっちゃったし………もぅ、神を改造とか前代未聞だよー!」

「クックック、私もだよ。中々に良い勉強をさせてもらったよ。礼を言おう」

「そんなんいらなーい! あんたのおかげで本体との繋がりも切れちゃったんだからねー!?」

 

 スカリエッティさんのおかげで諏訪子の分神体は神の本体との繋がりを切られ、元に戻ることはもう不可能なのだとか。目の前の諏訪子は既にデバイスという一個の存在に成り果ててしまった結果だという。

 

「なるほど。よくわかりました。で、それで何故に俺の拉致に?」

「ふむ。諏訪子くんをデバイスとしたはいいのだが、「よくなーい!」少々特殊な形になってしまったので、適合者がいなかったのだよ」

「特殊な?」

 

 その前に、デバイスとは何なのか。というのを説明してもらった。一応、前世の知識はあるけど管理外世界出身なので、デバイスとかは分からない人なのです。はい。

 

「それで、諏訪子さんは形としては融合型のデバイスという形になります」

 

 俺が記憶している融合型はどれもこれもが古代ベルカ時代から現存するものである。ミッドチルダ式のは確認されてなかった………はずだ。

 StSではやてが闇の書をパワーアップさせていたが、元は闇の書でこれは古代ベルカのデバイスだったはず。

 なので、古代ベルカという時代背景がない融合型デバイスはこれが初めての存在ではなかろうか。

 

「基本的な部分は後で説明します。諏訪子さんの特徴としてですが………」

 

 ウーノさんの分かりやすい説明が続く。

 まず、諏訪子は燃費が非常に悪い。他のデバイスと比べると数倍の魔力を必要とするらしい。これは純粋なデバイスでないのが原因らしく、取り除くことはほぼ不可能という。

 次に攻撃方法が幾つもあるということだ。融合した状態で指定のカードを宣言することで、そのカードに記された武器や術などを具現化することができるという。

 

「諏訪子くんを改造中にデータを見つけてね。残りは話を聞きながら創ったものだよ」

 

 元々本体が使っていた武器などのデータは分神体のこっちにも情報という形で残っていたそうで、それをスカリエッティさんが見つけ、攻撃の手段として創ったという。

 分神体であるが故に、目の前の諏訪子は使えなかったが、融合デバイスとなった今は限定的にだが使えるようになった。

 

「元々情報収集用の端末だからねー私は。攻撃手段とかはいらなかったのよ」

「そのおかげであっさりと捕獲できたのは嬉しい誤算だね」

「今はすごく後悔してるけど」

「…………だろうね」

 

 ご愁傷様としか言い様がない。

 

「話を続けます。整備のことなんですが、普通のデバイスマイスターでは整備ができないことでしょうか」

「神を改造できる人間がそこらにいてたまるもんですか!」

 

 それには概ね同意。

 

「とまぁ、そんなわけで諏訪子くんは普通のデバイスとは違いがあってね。使用者を限りなく制限するのだよ」

「そこで、俺が?」

「その通りだ! デバイスとして何かを感じ取ったのだろうかね? 君は選ばれたのだよ!」

「ごめんね。なんか、この子とならいけるって言ったら、」

「俺に声かけてこうなった、と」

「うん」「はい」「その通りだ」

 

 頭痛い。

 とはいえ、これで念願のデバイスが手に入ったと考えるならプラスか? いや、スカリエッティさんのことはどうなんだろうか。仲間になれとか言われたらどうしようか。

 

「でもホントに適合するの?」

「あぁ、確かに。それは俺も気になる」

 

 拉致されてからここまで、特に何かを調べられた記憶はないが。

 

「まぁそれは実際にやってみなければわからないね」

「もし適合できなかったら」

「普通は問題ない。弾かれるか、性能を発揮できないだけで問題はないよ。融合事故とかはたまにあるが」

「うん。問題しかないね」

「まぁ君の心配も分かる。というわけで、やってみようか?」

 

 物は試し。実際に融合をやってみようということになった。

 

 

 

 

 

「で、融合ってどうやるの?」

 

 結局、拉致された挙句、今いる場所は地球ではないのだから俺に拒否権はおろか、逃げ道はなかった。

 

「彼に全力で突っ込んでいけばいい。手を抜いてはいけない。突撃の威力が小さければ事故の可能性が高まるからね」

「―――よし」

「ちょっとまって諏訪子さん。何故に更に離れて勢いをつけようとしてるの? おかしくね? これおかしくね? そしてウーノさん。何故に俺を縛るのか!?」

 

 青紫の光が俺を縛って動けなくする。融合はこんなんではない、はず。はやてとリィンはこんなことをしていなかった、はず!

 

「死にはしません。恐らくですが」

「や、やめろ! 離せー!」

「いっくよーーーーー!」

 

 

――ドンッ!

 

 

 結果は言わずもがな。諏訪子はただ単に俺を突き飛ばしただけで、融合などできなかった。

 

「まさか信じるとは思わなかったよ! ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

 

 あの高笑いがムカツク。そしてウーノさん。忍び笑いをする前に解いてください。

 

「スカリエッティィィィィィィィイイイイイイ!?」

「ハッハッハッハがふぉっ!?」

 

 そして怒り狂う小人な幼女。俺に突撃したのと同じようにスカリエッティを突き飛ばした。あの小さな体にどこにあれだけの力があるのか不思議である。

 

「おかしいなぁ………俺、いつの間にカオス部屋に入ったんだろう」

 

 確か、拉致されてきたはずだよな………俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、久しぶりにあんなに笑わさせてもらったよ」

「体を張ったギャグとかきついんですがね」

 

 諏訪子はウーノといっしょに何かを話している。ちなみに、諏訪子には突撃をもらった後に謝られた。彼女も被害者なのだから、お互い様だ。

 

「まぁ融合に関しては今ウーノから説明されている頃だろうから、心配しなくてもいい」

「何故にウーノさんから?」

「私はもう信用してくれないらしいのでな」

 

 自業自得だ。

 

「そんな訳だ。融合に関しては後日、君たちで確認したまえ。その際のレポート報告はよろしく頼むよ」

「はい?」

「おや? 君は諏訪子くんという特殊なデバイスを整備できるのかね? デバイスというのはそこそこの間隔で整備・調整をしておかないとすぐに駄目になるものだよ」

「ぬぅ」

「少々特殊なデバイス故に特に必要だろうがね」

「ぐぬぬ………」

 

 そして渡されたのは銀色の指輪だった。というか、結局融合できるのだろうか。てか、俺が諏訪子を………貰う? でいいのか? こっちとしては嬉しいけど。

 

「どうしたんだい?」

「いや………ところで、これ何?」

「私が作った通信端末だ。これを付けて手をかざしてみるといい」

 

 言われた通りに左手に指輪をつけて、壁に手をあてるようにかざしてみる。

 

――ブォンッ

 

「おぉぉ」

 

 ちょうど顔の位置に何かの画面が浮かび上がる。まるでオンラインゲームのウインドウのような仕様だ。

 

「録音録画再生に時間、簡易メモなど、一通りの機能は揃っているよ」

 

 言語切り替えも揃っている。日本語と………読めないが、恐らくミッドチルダ語か? 見たこともないような文字で書かれた言語が幾つかあった。

 

「すげぇ」

「試しに動かしてみるといい」

 

 まるで未来の携帯のようだ。スカリエッティさんの指示通りにコマンドを進めていくと、やがて彼の名が見える場所に辿り着いた。

 

「そこで相手の名前を選択すると連絡が取れるようになる」

 

 試しにスカリエッティの名を触る。すると、目の前のスカリエッティの眼前に俺と同じように画面が浮かんだ。

 

「そしてこうなるわけだよ」

「なるほど」

 

 俺の眼前の画面にはスカリエッティの顔。スカリエッティの眼前には俺の顔が映し出されていた。

 相手の顔を見ながら話ができるテレビ電話みたいなものか。どうやって顔を映しているのかは甚だ謎だが。

 

「やっほー」

「ただいま戻りました。それとドクターのお耳にいれてほしいことが」

 

 諏訪子たちが戻ってきた。だが、ウーノさんの顔色はあまりよろしくないようだ。

 

「ふむ? その反応から察するに、彼らに見つかったのかね?」

「はい。早急に準備を始めなければなりません」

「分かった。ではウーノは準備を」

「畏まりました」

 

 話についていけず、俺と諏訪子は揃ってポカーンとしていた。そうこうしている間にウーノさんはそそくさと部屋を出ては戻ってきたりと、身辺整理に勤しんでいる。

 

「さて、裕也くん。どうやらこの秘密基地が管理局にバレてしまったようでね。私たちはこれから別の場所に移動しなければならなくなった」

「はぁ………で、俺たちは?」

「もちろん、元の世界に戻すさ。ただ、送り届けることができなくなったということさ」

「なるほど、把握。戻れるなら別にいいや」

「理解が早くて助かるね。ウーノ転移装置の準備も」

「畏まりました」

 

 スカリエッティさんとウーノさんとはそこで一時的に別れた。先も言ったように、諏訪子というデバイスの調整には必要なのだから、嫌でも会うことになる。

 どういう形で会うことになるかはその時になってみないと分からないが………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉー! 地球だー! 海鳴だー!」

 

 場所は高台。太陽が沈んでしまって夜というのは分かるが、時間的に何時頃なのかが分からない。転移する際に、誤差はそこまでないはずというのは聞いていたので、まだ“今日”は終わってないはずだが………。

 

「それよりマスター? 家に帰らなくても大丈夫なの?」

「おっと、やばい。急いで戻らないと。世界を超えた所為か時計が指す時刻も信用できないしな」

 

 諏訪子とはまだ契約というのは結んでいないので、まだマスターではない。まぁ、最終的には契約して俺のデバイスになってもらうのだが。融合も結局試してないので分からじまいだが、問題はないだろうとの言葉も貰ったし。

 

「無理してマスターとか呼ばなくてもいいぞ?」

「あーうー、じゃあ裕也って呼ぶね」

「あいあい」

 

 人形だけど、見た目は幼女にマスターとかって呼ばれると、何か不思議な感じがするね。不思議な高揚感が沸き出てくる。

 大丈夫。俺はノーマルだ。

 

「そういや諏訪子は魔法に関してはある程度の知識はあるん?」

「一応ウーノから教わったのはあるけど、あまり威力はないみたい。適合性が低いから、元から使えたものとかそっちの方を使った方がいいかもねって」

「元から?」

「元神の私には人が奇跡とか神秘と呼んだ術式があるのだよ? 人間」

「元神とか言ってて悲しくない?」

「……………………ちょっとだけ」

「今は泣け。うん。泣いてもいいんだよ」

 

 とりあえず、諏訪子の知ってる神の奇跡とかは今は置いておくことにした。何事にもまずは順序があるのだ。使えるかどうかはともかく、それらはいずれ教えてもらうとして、まずは簡単なものからお願いした。

 

(いやはや。しかしこれで、俺も魔法を使えるようになるな………)

 

 まさか原作開始してから、主人公に次いで俺もデバイスをゲットできるとは思ってもいなかった。

 これからは魔法を勉強する時間も作らないとな。

 

(俺の魔力量はどれくらいなのか。スカリエ………長い。スカさんでいいや)

 

 自分の魔力量など俺では分からない。スカさんに聞いておけばよかった。通信端末はもらったので、連絡は取れるが………。

 

(どこかで練習できる場所があればいいんだが………)

 

 融合くらいなら家の部屋でもいいが、誰にも見つからず、かつ結界がなくても良いような場所なんてあったっけ? 魔法も使う予定なので、頑丈さも求められる。

 そんな場所が………

 

「あ、カオス部屋か」

 

 あの部屋ならば、誰にも見つからず、かつ結界を張る必要が無い。中で魔法を使ったことはないが、問題はないだろう。たぶん。

 

 

 

 

 

――追伸。

 

 家に辿り着いた時間は夜の10時で、咲夜さんに怒られました。まる。母さん? 母さんが怒ったところって俺見たことないよ。

 

 

――追々伸。

 

 諏訪子は普通の人間並みの大きさに変身してもらい、家無き子なので拾ってきたということで我が家の家族として受け入れることになった。

 

 

 



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第06話 原作「開始」

 

 

 

 

始まった物語

 

刻まれぬ者たち

 

 

皆が笑えるように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜―――

 

 皆が寝静まった時間、それは届いた。

 

 

≪僕の声が、聞こえますか――?≫

≪僕に少しだけ、力を貸してください。時間が―――!?≫

 

 

「ぬ?」

 

 念話だ。ユーノからの広域念話。

 

「ゆうやぁ………誰かからかは知らないけど、広域念話だよ」

 

 もぞもぞと布団から顔を出して諏訪子が答える。部屋は用意できなかったので同じ部屋内である。精神年齢はともかくお互い見た目は小さいのでこのまま同じ部屋になりそうだ。まぁ別に問題はないが。

 ちなみに諏訪子に関してなんだが、俺の魔力量が問題ないようなのでこのまま人間と同じサイズで過ごすようだ。魔力消費が普通よりも激しいと聞いたが、それは戦闘の話だという。事実、俺にも異常は出ていないことだし、日常面は無問題として片付けた。

 

「そうか。じゃあ寝るか」

「そうかって……助けに行かないの?」

「知らない人からの電話は出ないようにしてるんでな。今日は色々あって疲れたんだよ。あと眠い」

「けっこう、切羽詰まってたよ?」

「そうか」

「…………………」

「…………………」

 

 どうせ霧谷がいることだし、なのはも向かってることだろうし、問題はないと思うぞ。あと眠いし。

 というのに、諏訪子はどうも念話の送信者が気になるようである。

 

「行きたいの?」

「何で行きたくないの?」

「面倒だし。あと眠い」

「じゃあ、ジャンケンで勝った方の言うことを聞くで」

「………エー」

「じゃーんけーん」

「………ネミー」

 

 結果、俺が負けました。

 

 

 

 

 

 

 

「眠いなぁ………」

 

 外に出る格好にして、窓を開けて外に出る。玄関から出ると、母さんや咲夜さんにバレる可能性が高いからだ。特に咲夜さんは危険だ。あの人はいつの間にか俺の背後に立っていたりするから困る。そして光るナイフ。

 

「じゃあ、初めてのユニゾンだね!」

「………もしかして、これがしたいがために?」

「そんなことないよ。さ、行くよ!」

 

 家に帰ってから親………というか、咲夜さんに怒られた後に、俺と諏訪子は契約を結んだ。といっても俺は諏訪子に言われた通りに動いただけで、何がどうなったのかはさっぱり分からない。

 契約の証拠か心の奥底で諏訪子と繋がったような気がして、なんとなく―――ホントになんとなくだが諏訪子の居場所や何を考えているんだろうなーとか、そういったことが分かるようになった。ホントになんとなくだが。

 逆に諏訪子は俺の居場所とかはっきり分かるとのこと。なんでや。

 

「準備はいい?」

「あいあい」

「「ユニゾン・イン」」

 

 実際にどうなっているのかは分からないが、俺の目を眩い光が襲った。いきなりのことで耐えられずに目を瞑る。次に開けた時には、俺は魔導師となっていた。

 シャツもジーンズも全身真っ黒。黒のコートの背中には白の逆十字。肩と腕周りには羽のようなひらひらがついている。まるで、どこかの悪役のようだ。逆に髪はやや茶が強くなったかな?

 

『やっぱり適正が高かったね………』

「お? 諏訪子の声が聞こえる………やっぱりってのは?」

『ん~、ユニゾンした際に格好がデバイス………私に近いと適正が低い。術者、マスターに近いと適正が高いっていうのが一般的な見解らしいよ』

「なるほど。どこからどう見ても諏訪子には近くないよな」

『だねぇ。そんな真っ黒じゃないもん。私』

 

 腹の中は真っ黒そうだがな。

 

「あ、そうだ」

 

 変身魔法が使えないかどうかを聞いてみた。さすがにこのまま「私、魔導師です」という格好で行くのはマズいと思う。霧谷的な意味で。

 なので、出来るならば変身魔法を使ってから行きたい。

 

『出来るか出来ないかで言えば出来るけど、何に変身するの?』

「俺だというのが分からなければいいけど、そうだな………」

 

 茶髪だから、銀に。子供から大人に。バリアジャケットは………そのままでいいや。あとは顔が分からないように、仮面とかを所望する。

 

『一応聞くけど、なんで?』

「あとで答える。今はそれで頼む」

『分かった』

 

 諏訪子からの答えを聞き、すぐに視界が変わる。

 

「どんな感じだ?」

『祐也の中にあったイメージ通りにしたよ』

 

 目の前に鏡を持ち眺める。髪は元通りの黒に戻り、白の仮面の右目のところには黒の雷のマーク。仮面は能面のような不気味なものだ。そして何故か黒の手袋。これはまるで………。

 

「よし、今の俺は【黒の死神】だ。これでいこう」

『その歳で厨二病?』

「なんとでもいえ」

 

 俺の注文通りに変身したのではなく、俺の頭の中にあったイメージをそのまま持ってきたらしい。仮面で黒のイメージが強かったから、出てきちゃったんだな………この人が。この世界にもあるかなぁ………このマンガ、またみたいなぁ。

 

『………………』

「………………」

『で、行かないの?』

「その前に、どうやって飛ぶの?」

『………あーうー』

 

 まずは飛翔魔法だ。てか、忘れてないかね? 私はまだ魔法初心者なのだよ。

 

(諏訪子から魔法を教えてもらってるうちに、終わるんじゃね?)

 

 無情にも時間は過ぎ去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、とある場所。

 無事に諏訪子から飛翔魔法を教えてもらい、なんとか現場へとやってくることができた。

 

 そこに二人の少女と少年がいた。なのはと―――

 

「やはりいたか、霧谷―――」

 

 “転生者”霧谷巧がいた。

 

 

 

『ねぇ、裕也。どうゆう状況かな? これ』

『俺も知りたい。が、概ね理解した』

 

 なのはの近くにいる小さな物体がユーノだろう。ここからでは遠いがいたちのような小さい生物が見える。

 そして、ロリコンな奴らは裸足で逃げ出すような黒い塊―――

 

(ベアードさま、か。これは強そうだ)

 

 別に俺はロリコンではないので、逃げ出すことはないが。若干、後ろ足をひいているが逃げ足ではないしな。何故かは知らないが土下座したくなったが、俺はロリコンではない。もう一度言うが、俺はロリコンではない。

 

「ただ可愛いモノが好きなんだ」

『突然何をカミングアウトしてるのかな?』

 

 おっと、意識がおかしくなっていたようだ。正常に戻さなければ。

 

 

―――グゥゥォォオオオオオオ!!

 

「なのは! 俺が食い止めるから、封印を!」

「―――っ! う、うん!」

 

 

『あそこのちいさな生物が広域念話の送信者だな。魔法生物か何かは知らないが、ただの動物じゃないだろう』

『よく分かるね』

『あぁ、言ってなかったっけ? 俺には魔力の在る無しとか色が視えるんだよ』

『あぁ、だから』

 

 原理は俺も分からないけどな。ちょっと意識を強めて視ようとすれば視えたりする。ただ、ものすごく疲れるからあまり多様はしないがな。

 

『で、なのはが―――あぁ、女の子の方な。が、魔導師として目覚めた。そこに男の奴が乱入してきたってところじゃないか』

『まるで、見てきたかのように詳しいね』

『あくまでも現場から推測したに過ぎんがな。なのはの方はまだ動きがぎこちない………つまり、魔法戦に慣れていない。対して、男の方は手馴れた動作であの黒い塊と戦ってるからな』

『なるほど』

 

「おっらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 霧谷は金色に光り輝く剣を創っては、大きく振りかざす。振りかざして生まれたのは破壊の光。一直線に伸びた光はベアードさまではなく、マンションや民家を壊しつくしていく。

 

「ちっ! 上手く避けたか! 次!」

 

 剣は放り投げられると地面に落ちてガラスのように粉々に砕け散った。仮にも伝説の武器だろうに、粗雑な扱い方である。

 

「これは避けれないだろう! 一撃必中の弓! フェイルノートだ!」

 

 今度は黒塗りの大きな弓を創り、ベアードさまに向けて放つ。

 が、

 

「ちっ! 外したか!」

 

『あいつ、今必中って言ったよな?』

『言ってたね』

 

 あらぬ方向に打った矢だが、不可思議な力が働いて軌道を曲げて飛んでいった。これは当たるかと思ったが、これも外れた。必中、どこいった?

 最初に使われた剣といい、先ほどの弓といい、もしかして霧谷は武器の力を正確に使えないのか? それとも霧谷とは別のナニカの力が働いているのか?

 

『ものすごい勢いで周りが壊れていくね』

『そうだな………』

 

 主に霧谷がぶっ壊している。奴の魔法は派手というか豪快というか、一々周りを壊していく。なのはもその有様を青い顔で見ている。

 

『あの男。足止めするとか言ってるけど、出来てるのかな?』

『素人目で客観的に見ても、出来てないな』

 

 霧谷がやっているのは環境破壊、それに尽きる。ベアードさまには俺が来てからは一度も攻撃があたっていない。が、ベアードさまの周りで環境破壊をしているため、結果的にベアードさまは動けないでいる。

 しかし、これを足止めと言っていいのか………?

 

『………あの男が使ってるのも魔法なのか?』

『そうだと思うよ。でも、戦闘経験はないね』

『まぁ、そうだろうねぇ』

『戦闘経験者だったらここまで周りを破壊しないし』

 

 霧谷が使っている武器は、剣だったり弓だったりと多種多様だ。しかも、そのどれもが破壊力が高い代物。

 そんなに武器をどこに持っているのか、といえば、奴は何も無い場所から創っているのだ。

 俺から見たら、それはとても分かりやすい。

 

(確か、Fateのキャラの能力―――投影だったか?)

 

 詳細は忘れたが、魔力でもって武器を作る能力だったはず。ならば、この世界的には“魔力物質化”という形なのだろう。

 諏訪子曰く、魔力で武器を作っているのはわかるけど、あそこまで威力が強いものが創れるのか分からない、という。

 たしかに剣や斧をあんなでたらめに振って衝撃波やビームなどがでるものが普通な訳がない。何かしらの秘密―――宝具と呼ばれる神話の時代の武具を扱っているから、だろう。

 ただ、あんなに次から次へとぽんぽんと造れるものなのだろうか。何かしらのデメリットがあるとは思うが、

 

(何はともあれ―――奴の能力の一つが割れたのは、来た甲斐があったな)

 

 対処が取れるかどうかは分からないが―――いや、そもそも敵対する理由はないのだ。向こう側が積極的に敵対してきそうだから意味が無いかもしれないけど。

 まぁ要警戒ということだな。

 

『知り合いなら助けた方がいいんじゃないの?』

『あれを見て必要と思うか?』

『戦力的には必要ないと思うけど、町がねぇ………』

 

 それは俺も分かるけど、霧谷はウザいからなぁ………。

 

『あ、終わるぞ』

 

「リリカルマジカル! ジュエルシード、封印!」

 

 おぉ、すげぇ。リアルでリリカルでマジカルだ。くるくる回りながらでよく目標を外さないなー。やっべ、可愛いとか思っちゃった。いや、やばくないか。可愛いもんな。なのはは可愛いもんな。

 おっと落ち着け。俺の思考も一瞬リリカルでマジカルったな。恐ろしい。これがリリカルでマジカルか。

 自分でも何を言ってるのか分からないが、結論としてなのはは可愛かった。これでいいや。

 

「やった、のかな?」

 

 レイジングハートから桜色の帯状の光が幾つも飛び、ベアードさまを捕らえて包む。断末魔と思われる雄叫びを上げて、ベアードさまが一つの石になった。

 

(あれが………ジュエルシード…………)

 

『ん? 魔力の篭った石?』

『あれが原因だったっぽいな』

 

 ジュエルシードをレイジングハートが吸い込むと、惨劇の後がみるみる内に元に戻っていった。どうやら、霧谷の奴が結界を張っていたようだ。結界内で壊された物でも、結界を解けば元通り。

 

(便利だなぁ………)

 

『あ、二人とも帰るみたいよ?』

『じゃ、俺たちも帰るか』

『私たち何しに来たんだろうねー』

『融合と魔法のテスト』

 

 原作通りなら、なのはたちのいた通りは戦闘の傷跡が残っていたはずだが、それも霧谷という介入者のおかげでない。今後も奴は関わっていくことになるだろうが、果たして俺はどうするべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 霧谷と別れた後、なのはが突然頭を抑えて蹲ってしまった。

 

「………っ!」

「どうしたの? なのは?」

 

 こちらの声が聞こえていないのか、なのはから返事は無い。

 

「あたまが………いた、い……」

 

 脂汗を浮かべてなのははそう呟く。痛みを抑えているのか、力強く自分の頭を抑えている。と、すると、

 

「これは…………」

 

 蒼黒い蛇のようなモノがなのはの周りをぐねぐねと蠢いているのが視え始めた。

 

「これは………なんだ? でもなんで、なのはに……いや、今はそんなことはどうでもいい!」

 

 強い魔力の篭もったナニカが視えていた。

 

『Master』

「レイジングハート!?」

『Now, the power near a curse is applied to you(今、呪いのような力がかけられています)』

 

 なのはの首からかけられたレイジングハートが的確になのはの状態を示して伝えた。

 

「なのは! 今なのはは呪われている! その頭痛はなのはが抵抗しているからだ!」

「どう………すれ、ば……」

「僕では呪いを解くことはできない! だから、なのはが自力で打ち破って! 僕も手を貸す!」

「わか………たの……」

「集中して! 結界は張っておくから全力で、自分の中の異物を押し出して!」

「……………っ!」

 

 回復魔法と同時に結界を展開。今回は広域ではなく、なのはとユーノの二人分なので小さくて済む。その分のリソースを回復と少しでも呪いの除去に手助けになるようにとそちら側に行使する。

 

「こ………のっ!!」

「―――つっ!?」

 

―――バキンッ

 

「はぁ………はぁ………はぁ………」

「なのは! 大丈夫!?」

「う、うん………ありが、とう……ユーノ、くん」

「今回復魔法を使ってるから、もう少ししたら動けるようになるよ」

 

 本来ながら正しい手順で解除するものだが、ここには専門の者も誰もいない。この世界の唯一の魔導師であろう霧谷も詳しいという訳ではないようだし、もちろん、ユーノも詳しくない。

 それに推測が正しければ彼が………。

 だから、自力で解除という荒々しい手順だった。一歩間違えれば命を落としかねないことだったことを、ユーノはまず詫びた。

 

「ううん。あのままだったら私も………もしかしたら、死んでたかもしれない。でも、ユーノくんは危険かもしれないけど助かる道を示してくれた。だから、ありがとう、だよ。ユーノくん」

「なのは………」

 

 そして疑問なのだが、あの呪いである。

 強力な呪いだったが、粗雑なモノだったのだ。普通、呪いというのは誰がかけたのか分からないように徹底的に己を隠すものだ。おかげで素人のなのはでも自力で解くことができたのだが………。

 

「あれは、間違いなく……………さっきの魔導師、霧谷がかけたものだった」

「………そぅ」

「なのは?」

「ううん、大丈夫。思い出してきたよ」

 

 呪いが解かれてから、思い出してきた―――霞に消えた日々のこと。

 

 

「やっと、やっと―――会えたよ。裕也くん」

 

 ポツリと零した言葉は本人にも聞こえないような小さい呟きだった。

 

Side Out

 

 

 



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幕間01 日常の「裏側」

 

 

 

 

闇から影

 

犬と狼

 

 

飼われているのはどちらか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がこの世界で目覚めた時―――それは、なのはと出会った時だ。

 

 

―――高町なのは

 

 

 あいつの名を聞いた時、あいつに出会った時、俺はこの世界に“転生”してきたということを思い出した。

 それまではただただ現実に絶望し、“普通”である他を憎んでいた。だが、それも終わった。

 

「俺には、力がある!」

 

 そう、俺は“転生”してきた。ならば、定番とも言っていい力が俺には備わっているはずだ。

 なので、まずはそれらを確かめることにした。

 

「そうと分かればさっそくだ!」

 

 俺はさっさと詰まらない“ここ”から抜け出すと、自宅へと戻った。家ならば何をしても問題ないだろうしな。

 

 

 

 

 

 

 まずは相手を魅了するニコポ。定番の能力だな。色々試してみたが、相手の目と目を合わせなければきちんと効果は発揮しないようだ。だが、効果は思った以上に大きい。

 

「巧様。お食事の用意を致します」

 

 あれだけ俺のことを罵っていた母親が、今では従順な人形に成り果てている。飯はもちろん、何から何まで俺の言うことを聞かなければ動かない。裸で外に立ってろと命じれば異議を唱えることなく実行するし、飯を食えと言わなければいくら腹が減っていようが食べようとしない。

 自然と口が釣り上がる。

 

「麗奈」

「はい、巧様」

 

 俺のすぐ傍に跪く女―――麗奈。こいつは隣の家に住んでいた奴だ。娘共々今は俺の家に住んで、身の回りを任せている。父親? あーなんか遺体で見つかったみたいだってな。犯人はまったく関係ない女だったてよ。恐いねぇ。

 

「昨日はすまなかったな。今日は共に寝ようぜ」

「はい!」

 

 こいつでナデポの効果は実証済み。どうやら、これら2つは重複ができないみたいだな。この魅了状態で俺の母親に行ってみたが、さしたる効果はみられなかった。

 まぁ2つとも相手を魅了するという点では同じだからな。唯一の問題点をあげるとしたら、それは同姓―――男には効かないということだろうか。

 

「さて、次は攻撃か………」

 

 ま、試すのにちょうど良い奴がいるしな。問題はどこでやるか。

 

「ふん。適当な場所でいいか。見つかったら―――他の奴に罪を被ってもらおう」

 

 今の俺には力がある。無力なあの頃とは違う。他者を自由に出来る力が―――ある!

 

「というわけだ、くそ親父。楽しいドライブに行こうぜ!」

 

 隔離させた部屋の一室。そこに転がってるのは縛られた俺の父親。しばらく飯を与えてなかったからか、ずいぶんと細くなったな。

 俺が声をかけたというのに、反応しないのは気に食わないが………意識がないのかね?

 

「嬉しいだろ? 久しぶりの外だぜ!」

 

 近づいた気配で起きたのか、父親の目が開いた。まだ生きてたようだ。数人の女たちを使い、父親をデカいバッグに詰めて車に乗せる。周囲の家の女どもは既に魅了済みだが、どこに目があるかは分からないからな。

 

「巧様。どこに向かわれますか?」

 

 今は夕方。ちょっと遠めの場所に向かえばちょうど良い時間になりそうだな。

 

「適当に人気の無い場所………そうだな。山がいい」

「畏まりました」

 

 

 

 

 

―――その後

 

 とある山中で火元不明の山火事があったとニュースで流れた。大規模な山火事と共に、隕石でも降ってきたかのような抉られた跡が見つかった。

 警察も火元を捜したが、空から降ってきた隕石が原因では、と片付けたようだ。

 

「残念だったなぁ、くそ親父。あんたのことは載ってないみたいだぜ?」

 

 ニュースで語られるのは山火事のことばかり。あの場所で死んだ男のことについては語られることはなかった。

 

「まぁ粉微塵になっちゃ、分からんよなぁ!」

 

 あの場所で試したのは残りの能力。

 まずは投影。俺が知っている宝具はあらかた創ることはできたが、若干能力がおかしい。

 こんなものか、というような低いものばかりだった。俺の記憶も曖昧だからな、それが原因かもしれないな。

 次に固有結界。無限の剣製をそのまま作り出すことが出来たが、魔力の消費が激しい。おまけに囲える範囲はかなり小さい。

 これは俺がまだ未熟だからだろう、と判断。まだこの身はガキだしな。

 最後に直死の魔眼。これはもう切り札だな。どうやら遠野志貴の魔眼を持ってきたようで、使うと頭痛がする。だが、効果はばっちりだ。人間にしか試してないが、問題ない。

 ただ、これは本当に最後の切り札だ。頭痛はもちろん、使用した後の疲労感がヤバい。戦闘で使えるかも怪しい。

 

「魔眼と固有結界は少し残念だが、投影が使えるだけでも問題はないな!」

 

 さぁ早くこい! 管理局。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――時は過ぎ

 

 時期は小学三年。ついに原作が始まる。

 既になのはとは接触し、俺の傍に置いている。一時は変な男にうろちょろされてたみたいだが、それももうない。

 できれば、なのはも俺の家に住まわせたかったが、さすがにそれは止めておけと協力者に忠告を受けた。

 

「霧谷」

「お前か」

 

 クラスメイトであり、かつ俺の協力者。それでいて俺のデバイスでもある。

 自ら転生者であると名乗り、俺に接触してきた男。俺的には、自分以外の転生者は邪魔な存在だ。奴らは奴らで動くから、原作の動きが乱されて困る。

 さっさと殺してしまおうかと思ったが、自分は静かに過ごしたいだけだと言ってきた。なので、少しだけ話を聞くことにしたのがきっかけだ。

 

「で、何か情報でも手に入れたのか?」

「あぁ、隣のクラスにいる―――」

 

 こいつには能力が2つある。まずは“人の姿を取れる”能力。そして“相手が転生者か否か分かる”能力だ。

 転生してきたはいいが、この能力を持ってると他の転生者にバレてしまい、度々狙われたそうだ。

 確かに他の転生者を見つけられる能力は使いようによっては便利で、脅威でもある。だから、こいつは俺に協力を申し出てきた。

 こいつは静かに暮らすために、俺はハーレムのために。他の転生者を全て排除しないとならないからな。

 利害は一致してるので、こうやって協力してやっている。

 

 こいつが転生者を見つけ、俺が捕まえる。

 

 ただ殺すのではなく、転生者であるこいつらには有用な使い方があるという。それが何かは知らないが、こいつのことだ。最終的に命を奪うことなのだろう。

 目は口ほどに物を言うとは言ったものだ。

 

「あぁ、分かった。いつも通りにやっておこう」

「頼む」

 

 今はこれでもいい。

 だが、最後に死ぬのはお前だ。お前も転生者である以上―――俺の敵なのだからな。

 

(精々、今は俺のために動いておけ)

 

 

「たくみく~ん」

 

 

 教室の外から俺を呼ぶ声が聞こえた。誰かなんて言わなくても分かる。

 

「おぉ、なのは」

 

 隣のクラスのなのはだ。

 

「ではな」

 

 奴は一言呟いて早々に立ち去った。

 ふむ、物分りの良い奴だから生かしておいてやってもいいか? ま、本体はデバイスという変わった奴だし。

 ただ、少しでも俺のなのはに近づくものなら………どうなるかは分かってるよな?

 

「で、どうした?」

「あのね、今日のことなんだけど」

 

 なのはを利用してアリサとすずかも落としてやろうかと思ったんだが、中々機会が得られない。

 お嬢様だからか幼稚園は違かったし、小学校も送迎の車だ。クラスもここ3年違うし、会いに行こうと思えど会えることはなかった。何度かチャンスはあったんだが上手くいかず、こうして三年まで来てしまった。

 まぁ、まだ小学三年だ。他の転生者が消えれば、チャンスはいくらでもある。

 

(そろそろはやてを探すかね………)

 

 今のうちにはやてを探して落としておけば、勝手に守護騎士という戦力が増えるおまけ付きだ。問題は闇の書だが………まぁ、リィンフォースも分かってくれるだろう。

 まだ見ぬリィンフォースよ。俺のはやてのために死んでくれ。

 

 

 



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第07話 鍛錬する「魔法少女」

 

 

 

 

強くなる

 

あの人を守るために

 

 

今度は私の番だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 眠い目を擦りながら学校に行ったら、休み時間になのはに呼び出された。

 

「裕也くん。お話があるから屋上にきてね」

 

 と。

 “お話”であることを切に願う。“O・HA・NA・SI”ではないよな? というか、まだ魔王に目覚めては………いない、はず。

 勢いに押されて頷いてしまったので行かないとならんが………何故なのはは先に行ったのだろうか。同じクラスなんだから、いっしょに行けばいいのに。

 

「…………………………」

 

 不安で心が潰れそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、屋上。

 この学校は規律が緩くて、授業の合間の短い休み時間でも屋上に出られたりする。当然、柵などで落下対策などはしている。

 私立校だからというのもあるが、それでも自由に出入り出来るのは生徒からすればありがたいと思うし、学校側もよく許してると思う。

 

(鬼が出るか蛇が出るk………あ、魔王か)

 

 扉の先に待ってるのが鬼や蛇の方がどれだけ嬉しかったことか。とはいえ、逃げることは許されぬ。いやそもそも逃げられる訳がない。

 

 

― 地の果てまでも追いかけて、○すよ? ―

 

 

 何故か血塗れのなのはがレイジングハートを片手に待ち構えている姿を幻視した。それでレイジングハートが「death or die?」って聞いてくるのを幻聴した。

 好きな方を選べって、どちらも同じじゃないですかー!

 

「おk。落ち着いた。逝こう」

 

 扉を開けた先、目の前に未来の魔王様が―――まるでこれから戦場に向かうかのような顔でいらっしゃいました。

 一瞬の邂逅で、俺の脳裏に人生の再放送が始まる。

 

――ビュワッ

 

「白か」

 

 しかし、いたずら好きな風さんがちょっと通ったらそれも終了した。素敵な白があいさつをしてくれたので、思わず心のアルバムに保存してしまった俺は悪くない。男の悲しい性やな。

 打って変わって、目の前の魔王様は顔を赤くしてスカートを抑えていた。

 

「…………………みた?」

「見てない」

「……………何色だった?」

「白」

 

 やっぱりみてたのーーー! と怒られた。HAHAHA、ポカポカ殴られたけど微笑ましいね。あぁ、そういえば昔もこうやってたかなぁ。懐かしいなぁ。いつ以来だ? なのはがこうして甘えて(?)くるのは………。

 

 

 

 

「で、落ち着いたか?」

「うん。ごめんね」

「ん~、気にするなよ」

 

 休み時間は短い。そろそろ戻らないとチャイムが鳴ってしまうだろうが、どうも立ち上がれる雰囲気ではない。空気は読みますよ、俺。“からき”って読むんですね、分かってます。

 

「あー………」

「………久しぶり、だね。こうやって裕也くんと話すの」

「そうだなー。なんだかんだで学校では顔を合わせてたけど、話すことはなかったな」

「…………」

「…………」

 

 なんだろう。微妙な雰囲気の沈黙が間に流れている。

 確かに、一つ屋根の下に暮らしていた時が終わってから、なのはと話すことはなかった。なんか、こう、距離が出来たというか、壁ではなく離れていったというか………。

 なのはとの距離感がつかめなくなって、どう接したらいいか分からなくなった。だから、受け身の体勢でいたんだな。それで、気づいたら何故か避けられる現状になっていた。

 

(本来なら俺から動かないとならないのに、なのはに動かせてしまったな………)

 

 別に避けられていても問題はなかった。なのはがいじめられているとか、そういった背景はなかったし、特にこれといった問題はなかったから。友人たちの関係も良好のようだし、大人になれば消えてしまう友人の一人だったんだな、と考えていた。

 もしくは、これが世界の修正力か、と。何が原因だったかは知らないが、俺は原作に関わるなということではないか、と考えていた。

 

「…………なさい」

「ん?」

「ごめん………なさい………」

 

 何故かなのはが泣きながら謝ってきた。

 

「え? ちょ、おぉ!? 落ち着け!?」

「ごめん、なさい」

 

 どうすることもできず、俺にしがみついて泣くなのは。どうにもできなかったので、なのはの頭を撫でた。あぁ、昔もこうやって撫でた記憶があるなぁ。

 自然と笑みが零れてきた。

 そしてなのはは泣きながら零してくれた。

 

―――今まで忘れていてごめん、と。

 

 このままだと埒が明かないので、なのはを落ち着かせて話を聞くことにした。同時にチャイムが鳴ったが、全てを諦めた。

 だって、ここでチャイムが鳴ったから続きは後でね! とか言えない。言える雰囲気ではないよ。そんなことをしたら魔王の砲撃が俺を貫くだろう。何故か先が視えた。

 ピンクが、ピンクが俺を貫く!

 

「………ぐすっ」

「いい加減に泣き止みなさい。お兄さんは、なのはの笑顔が好きよ」

 

 まだ目に涙は浮かんでいるが、なのははポツポツと話してくれた。

 何故かは知らないが、昨日までなのはは俺のことを忘れていたという。忘れていたというより、他人と思っていたというのだ。

 過去に自分の家ではないどこかで暮らしていた記憶はあるが、霞がかかったように曖昧で思い出すことができなかった。夢の中ではいつも会えたらしく、母親に部屋に篭って寝ていたいとかってニート宣言もしてたとか言うし。

 

「そんなこと言ったのか………怒られただろ?」

「………うん」

 

 桃子さんがそんなことを許すとは思えないしな。その分、多く寝ようとして休日はほとんど部屋に篭っていたとかいうと笑えない。

 

(なるほど。道理で休日に公園とかにいないわけだな)

 

「てかまぁ、忘れてたのを思い出したからって泣きながら謝らなくても………」

「だ、だってぇ」

「あ~ほらほら。泣かない泣かない」

 

 まぁよくは分からないが、“O・HA・NA・SI”でなくて良かった。ビクビクしながら屋上まで来てたけど、俺の考えすぎだったんだな。

 良かった良かった。魔王はまだ顕現していないようだ。

 

「だから、ごめんなさい。それと、また一緒に遊んでくれる?」

「あぁ、いいぞ」

「それとね! 私、魔法少女になったんだよ!」

「ふ~ん」

 

 これで元通り、と。

 ん? 何か、今変なこと言わなかったか?

 

「あ、信じてないね。レイジングハート」

『Hello、YUYA』

 

 胸元から赤い宝石を取り出して、綺麗な笑顔で俺に見せる。うん、確かにレイジングハートさんだね。しゃべったし。それと、男の前で胸元を開けるのはどうかと思うよ。まだ子供だけど。ぺったんこだけど。ぺったんこだけど。

 

「あ、驚いてる! すごいでしょ~、私、魔法少女なんだよ」

「………あ、あぁ、そうね。すごいね………魔砲少女か」

 

 誤字ではあらず。

 しかしまさか、ここでカミングアウトされるとは予想外だったよ。あなた、確か親友たちにも話さなかったよね?

 

「おk。宝石が「レイジングハートだよ」………レイジングハートがしゃべったのは良しとしよう。お前が魔砲少女というのも半分は信じた」

「半分だけ~?」

 

 実際、昨日こっそり見に行ったのでその瞬間にはかち合ってたりする。もちろん、信じてはいるが………常識的に考えて口では否定をしておく。

 

「だってなぁ………いきなり、“私、魔砲少女です”って言われてまるまる信じる奴はいるか?」

「むー、それとなんか字が違うような気がする。魔法少女だよ?」

「あぁ、魔砲少女だろ?」

「むー」

 

 小動物みたいに頬膨らませて可愛いねぇ。

 

「ぽひゅ」

 

 膨らませた頬を押しつぶしたら、変な声をあげたなのは。思いっきり笑ったら、殴られた。てか、的確に急所を突いてきて地味に痛い。

 あっれぇ? なのはさんってこんな戦闘力高かったっけ?

 原作では運動音痴さんではなかったか? 足捌きとか腕の突きとか、さっきのは運動音痴のレベルではなく、達人の一撃だったぞ。最初のぽかぽかと全然レベルが違う。

 てか、すごく痛い。

 

「………なんか、こぶしが、するどくね?」

「あ、私もね! お兄ちゃんたちに混ざってお父さんに体術を教えてもらってるの」

 

 なん………だと………。

 剣術を教えてもらうつもりだったらしいが、まずは基礎からということで、簡単な護身術を教えてもらっているらしい。戦闘民族高町の血を受け継いでいるのは確かなようで、才能はあると言われたとか。

 なんでそんなことをやり始めたのかと聞いたが、教えてはくれなかった。小学校にあがってから続けているようで、もうかれこれ2年以上は続いているのか。

 

(えぇ~………これヤバくね?)

 

 将来的な意味で。魔王化的な意味で。

 ちょっとしつこく理由を尋ねたが、秘密と答えは変わらぬまま。片目瞑って口元に指とか、ちくしょう。どうあっても俺には教えないつもりのようだ。

 これから戦うであろうフェイトやヴィータの無事を祈る。死なないでくれ。いやまじで。

 

「でだ。話を戻そう」

「うん」

 

 この話は俺の肉体的にも精神的にもよろしくないのでな。現実逃避かもしれないが、喜々として説明するなのはの言葉を聞く勇気は無い。

 

「魔砲少女になったとか言うが、普通は言っちゃダメなんじゃない?」

「やっぱり、そうなのかな?」

「だと思うけどな」

「でも、裕也くんだから大丈夫だよ」

「………………」

「……………?」

 

 んー、おや? 大丈夫と言われたけど、大丈夫な要素が見当たらないな。

 

「その心は?」

「だって、裕也くんだもん」

 

 意味が分からない。俺だから?

 俺が魔導師になったのを知ってる―――訳はないよな?

 

「ちなみにこのこと知ってるのは?」

「裕也くんだけだよ?」

 

 じゃあ、まぁいいか? とりあえず、他言無用というのを押しておく。

 

「そういや、魔砲少女になったなら―――こう、使い魔的な小動物はいないのか?」

「あ、いるよ! ユーノくんって言ってね………」

 

 既になのはの中ではユーノは使い魔(ペット)になってるようだ。まぁ言われりゃそうだよな。この段階では、まだユーノが人間ってことを知らないし。

 

(まだ見ぬユーノよ………ペットとして逞しく生きてくれ)

 

 やっぱり使い魔(ペット)は必要だよね、とか同意を求められた。ごめんな、ユーノ。俺はお前のことを知らないことになっているから、頷くことしかできないんだ。

 事細かにその時の説明をしてくれるんだが………あんまり他人には言うなよ?

 

「帰りにフェレットの飼い方の本借りていかないと………」

「うん。がんばれ」

「うん!」

 

 そろそろ授業が終わるので、俺たちは休み時間になったら戻ることにした。その前に俺は職員室に寄って、保健室で倒れて寝ていたことを報告した。もちろん、嘘だ。ちなみに、なのはは俺の看病でつきっきりだったと言った。もちろん嘘だ。

 

「ジュエルシードか………」

 

 帰り際にジュエルシードの実物を見せてもらい、これは危ないものだから見つけても近づかないようにと言われた。もし見つけたら連絡をくれとも言われ、ケータイの番号を交換した。

 

「なのはの嫁も来てるのかなぁ………」

 

 ふと窓から見た空は清々しく澄んでいた。

 ちなみにデバイスの諏訪子さんは家で留守番だ。姿を隠すことができないから持ち歩くことはできず、まぁ危険もないだろうということで納得してもらった。

 

「ん? そういえば、ユーノは出てきたけど、霧谷のことは出てこなかったな」

 

 話的に出てきても良かったと思ったが、霧谷の“き”の字も出てこなかったな………これは、黙って察するべきか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「放課後である」

 

 なのはと一緒に前の時間をぶっちしたおかげで、クラスの連中からからかわれたが軽く流しておいた。

 なのはの方はというと、アリサとすずかの二人に詰め寄られていた。苦笑いを浮かべながら後ずさり、やがて教室の隅へと追いやられていた。その後のことは知らない。猫のような鳴き声が聞こえたような気もしたが、俺は知らない。

 

「そんなこともあったが、今は放課後である」

 

 納得のいっていないアリサもすずかもなのはも皆が帰った教室。校庭では元気な奴らがまだ遊んでいる。なのに、何故俺はここにいるかって?

 

「担任の姫様から授業をぶっちした罰を喰らってるのさ!」

 

 授業をサボったのがバレたのはまぁいいとして。何故俺だけが喰らっているのかを知りたい。なのはは? 奴も同罪じゃないの? 女尊男卑ってヒドくね? 異議を申し立てる前にチョークレーザーが俺の額を貫いたことをここに記す。

 

『いったい、誰に向かって言ってるのだい?』

 

 ついでにスカさんにも報告をしている。昨日初めてユニゾンしたけど、その結果報告をまだしてなかったからね。ちょうど人もいないので、これ幸いにとスカさんと連絡をしている。

 

『まぁ現状は分かったよ。今度は戦闘でもやってみてくれたまえ』

「機会があったらね」

『クックック、ジュエルシードがバラまかれたのなら嫌でも起こるさ』

「嫌だなぁ」

『クックック』

 

 何故そんなことを知っているのかって言われたので、霧谷の名を出しておいた。適当に濁してもスカさんのことだから、絶対真実を突き止めるだろうなぁと思ったので、なのはから聞いた言葉を曲解させて霧谷に置き換えて説明した。

 霧谷よ………悪いとは思った。少しだけな。ついでに霧谷のことを調べてもらえたらなーと思って伝えておいた。

 

『あぁ、もしジュエルシードを手に入れることが出来たら私のところに持ってきてくれたまえ』

「メンドイなー、なんで?」

『諏訪子くんのパワーアップに使えるかもしれない。あれはあのままでは危険な代物だが、篭った魔力だけならば無害だからね。それにロストロギアには相応の使い方があるのだよ』

「ふむ。それはそれで興味がある。機会があれば手に入れておくよ」

『頼んだよ』

 

 次に来る時は翠屋でケーキを買ってくるように言われた。そういえば、俺が拉致されたときも食っていましたね。あなた。何気に常連になっていることに驚いたよ。

 

 

「ゆうや~」

 

 

 ふと見れば、窓の外から見慣れた姿が―――

 

「諏訪子?」

「やっほーい。ここが裕也の学校?」

「おいおい、なんでここにいるんだ? 誰にも見られて………てか、空飛んでた?」

「飛んでたよ。私を誰だと思っているの?」

 

 魔改造された元神様―――とは言えず。

 

「―――優秀なデバイス一歩手前」

「なんか微妙なこと言われた!」

 

 ここまで自由に動くデバイスも珍しいことだろうな、と諏訪子を見て思った。

 空を飛んでたけど問題ないというのは、どうやら諏訪子単体ならば存在力を意識して下げることが出来るという。元神故の力だとか。

 存在力を下げれば、普通の人間には知覚されることはなく、こうして空を飛ぶ幼女がいたとしても気付かれないという結果だ。

 

「なるほど。で、どうした?」

「例の石………ジュエルシードだっけ? その反応があったよ」

 

 諏訪子と俺は昨日の段階で既にジュエルシードの本物を見てる。その波長というか反応を諏訪子には覚えておいてもらい、似たような反応があった場合知らせてくれるよう頼んでおいた。

 まさか昨日の今日で起こるとは思ってなかったが。

 

「ふむ」

 

 場所は? と聞くと、あっちと答えてくれた。その方角には何があったか―――と考えて、すぐに思い出した。

 

(神社……………あぁ、なんかあったなぁ)

 

 初めて現世生物を取り込んだとか何とかじゃなかっただろうか。

 

―――タタッタッタタッタッタン♪

 

 配管工のおじさんががんばるゲームのBGMが鳴り響く。俺の携帯だった。

 

「おっと、なのはからだ。なになに………」

 

 

『神社にジュエルシードがあるみたいだから、近づかないでね!』

 

 

「―――どうやら、なのはが向かってるみたいだな」

 

 とすると、必然的に霧谷もいるだろう。戦力的には問題ないだろうし、なのはの経験にもなる。こっちは放っておいても問題ないな。

 

「なのはって昨日の子?」

「あぁ」

「ふ~ん………あ、じゃあさ、向こう側の奴はどうする?」

「向こう側?」

 

 神社とは反対側をまた指差す諏訪子。どうやら二箇所で発生しているらしい。

 なのは………は気づいていないだろう。気づいていたら、先ほどのメールで伝えてくるはず。霧谷と別行動………な訳がないよな。あの霧谷だ。

 

「反応を感じ取れるってことは、活性化してるってことだよな」

「たぶんね~」

「………戦いたい?」

「元軍神の血が騒ぐぜ~」

 

 神って血が流れてるのか? あ、でも怪我とかしてたら流血の描写はあるよな。ただ目の前のデバイスはどうなのだろうか。リィンフォースも流血とかしてたっけ?

 

「元祟り神じゃなかったか?」

「戦も好きだよ~」

「結界の準備は?」

「ウーノに用意してもらった!」

 

 今後のためにも、戦闘には慣れておかないとな。いっちょ、おっぱじめるか!

 

 



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07話時点のキャラ説明

 

 

 

 

名前   :影月裕也(かげつきゆうや)

魔力ランク:C+

魔力光  :蒼白

 

咲夜からの説明:

 

影月家の一人息子であられます。初めてお会いしました時から子供とは思えない行動や言動を取ることが多くありました。元々1人でおられることが多かったのですが、なのは様を家に連れてきたときは驚きました。

なのは様が影月家で暮らすようになりましてからは、裕也様にも子供っぽい顔が増えました。

最近のことですが、私に内緒で影月家の物置部屋―――裕也様が“カオス部屋”と呼ぶ部屋に忍び込むことが多くて困っています。あそこは危険が多いので入らないようにと言ってますのに。何度注意しても言うことを聞いてくれません。これは少々、痛いおしおきが必要でしょうか………。

あぁ、それと諏訪子様が影月家に引き取られてからでしょうか。夜中に抜け出すことがあるようです。

何かを隠しているようですが、どうしましょうか? 聞き出すべきか、言い出すのを待つべきか。一介のメイドには手が余ります。

 

タグ:

【鈍感】【子供じゃない子供】【クールを装ってるだけ】【何気に周囲に女性が多い】【ドM?】【恥ずかしがりや】【お人よし】【←でもそこがいい】【テストでは平均点を狙ってる】

 

 

 

 

 

 

 

名前   :洩矢諏訪子(もりやすわこ)

魔力ランク:不明

魔力光  :不明

 

裕也からの説明:

 

スカさんによって魔改造された可哀想な神様の分神。目玉のついた麦わらにカエルの絵がプリントされた服がチャームポイントだとか。

洩矢神の分神体で、祟りという力が使える。自由奔放で勝手気ままなデバイスだけど、頼りになる相棒と思っている。

スカさんの作ったシステムがまんま俺の知ってるシステムだったので、スペルカードシステムと命名したのは俺。諏訪子は何故か知ってたっぽいけど、何故だろか?

基本は手のひらに乗るくらいの小人サイズだけど、子供サイズでいることが多いので時々デバイスということを忘れる。

 

タグ:

【ケロちゃん】【ケロケロ】【神様】【でも今はデバイス】【スカリエッティは絶対に許さないと豪語】【ウーノはお菓子くれるから許す】

 

 

 

 

 

 

 

名前   :霧谷巧(きりたにたくみ)

魔力ランク:SS

魔力光  :蒼黒

 

裕也からの説明:

 

もう1人の転生者。銀髪で翠と赤のオッドアイとテンプレ的な日本人離れした日本人。一度だけ見たことあるけど、黒髪の両親からどうやったらあんな色の髪を持つ子供が生まれるのだろうか。

魔力量もさることながら、かなりチートな能力を持っている。確認しただけでも、投影を真似た“魔力物質化”と相手を惚れさせるニコポ(?)を持ってる。これは“強制催眠”的な能力かな?

ただチート能力を持つものの、上手く扱えていない模様。

分かりやすいくらいに原作組みに関わろうとしているのが目に見えている。が、その度に(本人からしたら)不幸な出来事が続いている。

 

タグ:

【全男子の敵】【女性には優しい】【けど男はダメだ】【ファンクラブ持ち】【←ただしアンチ】【裏で色々やってそう】【でも失敗に終わりそう】

 

 

 

 

 

 

 

名前   :高町なのは(たかまちなのは)

魔力ランク:AAA+

魔力光  :桃

 

諏訪子からの説明:

 

裕也と同じ魔導師になった女の子。才能があったらしく、レベルは高い方。砲撃を好んで撃ち込むけど近接にも強く、ナックルを撃ち込む姿が戦闘では見れるよ。裕也曰く、「チートが更にチートになった」って。

隠してるのかまだ本人も気付いていないのか知らないけど、裕也のことが好きみたい。可愛いねぇ。必死にアピールしてるけど、裕也は気付いてないみたい。あの鈍感め!

なのはの母の桃子が作るお菓子は絶品。あのケーキはおいしい。将来、なのはもお菓子を作るようになるのかな? それとも、裕也のお嫁さんが将来の夢かな?

楽しみだなぁ。あーうー。

 

タグ:

【聖祥小学校のアイドル】【三女神の一人】【俺の股間がディバインバスター】【俺がバスターしたい】【じゃあ俺はブレイカーしたい】【prprしたい】【←おまわりさんこいつらです】

 

 

 

 

 

 

 

名前   :十六夜咲夜(いざよいさくや)

魔力ランク:不明

魔力光  :不明

 

なのはからの説明:

 

裕也くんの家のメイドさん。アリサちゃんやすずかちゃんの家にもメイドさんはいるけど、咲夜さんはとてもすごい人なの。

細かいところや部屋の隅まで行き届いた掃除をしたり、おいしいご飯を作ってくれたり、昔はいっしょにお風呂にも入ってたりして、とても忙しいはずなのに、それをおくびにも出さずにいつもにこにこ笑顔のメイドさん。

裕也くんが言うには、怒る時には怒る人だって言うけど、私は見たことないなぁ、咲夜さんが怒ってるところ。何をしたのかな?

咲夜さんは、お菓子の腕はお母さんの方が上って言ってるけど、咲夜さんのお菓子も十分においしい。

包丁捌きがとても上手くて、お母さんの次に憧れの人。

 

タグ:

【メイド】【完全で瀟洒な従者】【ナイフの達人】【影月家の救世主】【基本的に温厚】【怒ると凶行】【天然さん】【微エロ】【町内会の隠れた人気者】【おばちゃんたちと話してても違和感が】【あるよ】

 

 

 

 

 

 

 

名前   :影月澪(かげつきみお)

魔力ランク:不明

魔力光  :不明

 

咲夜からの説明:

 

裕也様の母君様。裕也様の父君様の寛治様があまり家におっしゃらないため、実質上彼女が私の上司とも言えます。

性格は裕也様とは似てなく、大らかでほがらかです。例えるなら、花畑………いえ、太陽のようなお方でしょうか。

とてもよく食べるお方で、作る方としても腕のふるいがいがあります。

時々テレビ映像で澪様をお見かけします。どうやら、昔に撮られた映像のようです。テレビでの説明では“銃弾飛び交う紛争地帯の女神”と言われてます。よく分かりませんでしたが、すごいことなのでしょうね。

 

タグ:

【ぽやぽや】【大食漢】【超幸運体質】【極度の方向音痴】【紛争地帯での伝説持ち】【幼稚園お迎え事件の被害者?】【←町民総出で捜索しました】【←うちの母が迷惑かけました】【←いえいえこちらこそ】

 

 

 

 

 

 

 

名前   :ジェイル・スカリエッティ

魔力ランク:不明

魔力光  :不明

 

諏訪子からの説明:

 

変態。いつか必ず殺す。

 

タグ:

【自称天才】【自称犯罪者】【困った時のスカえもん】【変態に技術を与えた結果がこれだよ】【天才な変態】【一応医者】【セクハラ神】

 

 

 

 

 

 

 

名前   :ウーノ

魔力ランク:不明

魔力光  :不明

 

裕也からの説明:

 

スカさんのところの秘書的存在。長髪の美人OLという感じがするね。

家事は出来るのかは分からないが、そもそもあの場所で家事は必要なのだろうか。スカさんのことだから、そういったのは適当なロボ作って任せていそうだ。

転送装置の準備やら何やらと機械関係には強いものかと。魔法の説明なども分かりやすく、収集した情報の整理をしていることからか知識もかなり高いと思われる。

 

タグ:

【紫の美人さん】【戦闘は苦手】【でも情報収集なら任せろ(バリバリ】【←ヤメテ】【自称天才の秘書】【振り回される役】

 

 

 



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第08話 鮮血に舞え、花の「女王」

 

 

 

嗤い

 

狂い

 

踊る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諏訪子とユニゾンし、変身魔法を使ってから町の上空を飛ぶ。夜ではなくまだ夕方で、太陽は顔を出している。買い物に向かう主婦や早いところでは仕事帰りの人たちが道路をまだ歩いている時間だ。

 飛び上がる瞬間も念入りに周囲を確認してから猛ダッシュで飛び上がった。だが、高すぎると今度は人工衛星から見られる可能性がある。いや、さすがにそれはないか?

 

(ありえない、とは言い切れない)

 

 豆粒のような一つの点を拡大してみたら、空飛ぶ人間でした、なんてことも起こりえるかもしれない程に科学は進歩してきたのだ。注意して損はない。

 

『諏訪子。場所は?』

『もうちょい先。そろそろ下降始めてもいいかも』

 

 幸いに今日は雲が多い日だ。雲の中を飛びながら、目的地へと向かう。近い場所なら走ってむかうのだが、中々に距離がある場所だったのでこうゆう手法を取ったが、

 

(降りる場合は難しいなぁ………上昇するよりも)

 

 早めに認識阻害の魔法を覚えようと決意した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

『ここだね! 真下から反応あり!』

『ここか………今回は結界展開できてラッキーだな』

 

 ウーノさんから渡された使い捨ての簡易結界を雲の中から周囲に展開しつつ、地上へと降りる。

 降りた先は、赤や黄などの色とりどりの花が舞う一面の花畑だった。

 

『こんな場所に、こんな花畑なんてあったっけ?』

 

 離れているとはいえ、同じ市内に鮮やかな花々があったら噂くらいにはなるものだろう。しかし、そのような話は聞いたことがない。

 

『ん~………』

『どうした?諏訪子』

『いやぁ、この花から魔力を感じるんだよね。たぶん、これ魔法か何かで咲かした花だと思うよ?』

 

 よく見れば、秋に咲く花も春に咲く花も季節に関係なく咲いている。鮮やかな綺麗さにばかり目が奪われていたが、言われてみればおかしい。

 

『ジュエルシードは歪んで願いを叶える石だという。ということは、これも誰かの願いなのか?』

『じゃないかなぁ………ん?』

『どした?』

 

 

――ジャリッ

 

 

『うん。私の知ってる妖怪に、似たようなことができる奴がいるんだよね~。ずっと昔に一回会っただけだから、あんま分からないけど』

『ほぅ。妖怪とな。まぁ神様もいることだし、妖怪もいても不思議ではないが………そいつって緑の髪だったりする?』

『するね~』

『赤いスカートと白いシャツに赤いブラウスとか?』

『SかMかで言えば、ドドSだね。もう、全身から溢れんばかりのオーラでそれを語ってるよ』

 

――ジャリッ

 

『あんな感じ?』

『そうそう』

 

 女性が1人―――

 日傘を差して歩いてきたのは緑の髪の女性。赤いスカートに赤いブラウス。吸血鬼のような獰猛な紅い瞳。一見すれば、惚れそうになる眩しい笑みだが、その裏に隠れている狂気が溢れんばかりに漏れていた。

 

「………あー、この花はお宅が咲かせたもの?」

「………………」

『あなたの知り合いは無口な人? もしくはしゃべれない人?」

『そんなことはなかったけど』

 

 現れた女性は―――“風見幽香”と呼ばれる女性だった。俺がいた世界では、諏訪子と共に幻想郷に住まうはずの女性だ。

 

(諏訪子がここにいたんだ。幽香がいてもおかしくはない、が………)

 

 俺の記憶でも風見幽香という存在がいつ幻想郷に入ったのか、また最初から幻想郷に存在していたのかは不明だ。だから、彼女がここにいてもおかしくはない。

 

『裕也。たぶん、そいつ本物じゃない』

 

 止まりかけた思考が諏訪子の言葉で再び動き始める。

 

(しっかりしろ、俺。思考を止めるな。死ぬぞ)

 

 心の中で感謝し、諏訪子に尋ねる。

 

『―――偽者、と?』

『うん。たぶんね。【本物】はもっと凄いよ?』

 

 諏訪子曰く、【本物】はもっと強い威圧感があったとのこと。確かに、目の前の“幽香”からはそういった感じの恐ろしさは感じない。

 なによりも、よく観察すれば違和感があった。幽香の体から靄のようなモノが出てその近くが薄れてたりする。つまるところ、実体を持つ存在ではなく、幻影もしくは思念体などの形無き存在が実体を持った可能性が高い。

 

『本物じゃないとはいえ………』

 

 初回の戦闘がまさか自称最強のこのお方とは………偽とはいえ、少々厳しいものがある。

 

『勝てそう?』

『目の前のあいつがどこまで【本物】になってるか、によるね。【本物】に近い場合、今の私たちなら死ねる』

『なるほd』

 

 こちらの会話が終わる前に、幽香は傘を閉じて攻撃してきた。

 

―――速いっ!

 

 が、避けられないスピードではない。

 諏訪子のサポートも合って、正面からの突然の攻撃はなんとか避けることができた。一度大きく跳躍して距離を取る。

 

「結界は問題ないよな!? こっちも反撃にでるぞ!」

『初めての戦闘だね! よ~し、やるぞー!』

 

 相方が諏訪子で、戦闘開始。ならば―――

 

「まずはこれだろう!」

 

 諏訪子とスカさんが作った諏訪子というデバイスの戦闘システム―――【スペルカードシステム】、略して【スペカ】を使う。

 単純に言ってしまえば、取り出したカードを宣言することで効果を発揮するという代物だ。これは諏訪子が本来持つ神の力を具現化・縮小化したものだ。普通のデバイスと違って、様々な効果が発揮できるのが強みだろうか。代わりに、宣言から発動までに若干のタイムラグがあるのは問題点。

 

――カシュッ

 

 引き出したカードを手に取り、宣言する。

 

 

――開宴「二拝二拍一拝」

 

 

 幽香の両脇から巨大な岩の手が出てきて、幽香を挟み潰す。しかし、咄嗟に傘を捨てて両手を突き出した幽香に止められてしまった。かなり勢いがあり、大きさも相まって大人でも潰れそうなのだが、

 

「あの細腕のどこにあんな力があるんだ?」

 

 見た目は普通の女性なのに、やはり妖怪―――いや、思念体か? どちらでもいいや!

 

『んー、あの妖怪に教えられたスペルカードルールとは違うっぽいけど、これはこれで。まぁいいんじゃない?』

「飛翔と身体強化と変装しか使えないからな! 諏訪子が持ってた力の方を使わせてもらうぞ!」

 

 できれば、どのカードがどういった効果を生み出すのかというのを知ってから戦いに挑みたかった。欲を言えば、リリカル的な魔法をもう少し覚えてから。

 無理だとは思うが、俺も砲撃とか撃ってみたい。無理だとは思うが。

 

『さぁ! 神遊びと洒落こもうか!』

「そんな余裕ねぇぇぇぇえええええ!!」

 

 ただでさえ相手が幽香でプレッシャーがパナいのに!

 っと、次のカードを選択しないと!

 

 

――古代翡翠

 

 

「飛べ!」

 

 カードを持った手にカードとは違うモノを握っている感触がある。振り回せば、手から翡翠の勾玉が飛んでいった。

 

「おぉ、すげぇ」

 

 ダメージ効果はあまりなかったが、不意をつかれた幽香を後退させることはできた。

 

『気持ちいいね! 偽者とはいえ、幽香が私から逃げるなんて! あっはっは!』

 

 相方は過去に思うことがあったのか、目の前の幽香の姿にご満悦である。

 

(さて、どうしようか)

 

 後退はしてくれたが、退いてくれた訳ではない。体の輪郭を時折歪めながらも、幽香は笑みを崩さずに執拗に攻撃を繰り返す。身体強化と単調な攻撃なおかげで、今のところ致命傷は無い。

 

「とはいえ、こちとら戦闘素人。単調な攻撃にもカスってきた。いや、グレイズか?」

『まだまだ余裕そうだねぇ』

「そう見えるなら、お前は眼科に行くことをオススメする。もしくは脳外科に」

『スカリエッティみたいな変態がいそうだから拒否する』

 

―――ズルッ

 

 花を踏んづけてしまい、体が大きく傾く。普通の運動靴というのもあるだろうが、このタイミングでこれはないだろうに!

 

「―――ッ!!」

 

 幽香の目の色が変わる。心の奥底から震え上がるような冷気が体を包む。それが―――殺気だというのに気付くのに時間はかからなかった。

 

(―――ヤバイッ!)

 

 体を捻り、足に力を篭めて―――なるべく後ろへと下がろうとする。それでも攻撃を避けることは出来ないだろうが。

 

 

―――怒牙(どが)ッ!

 

 

「―――ガッ!?」

 

 サッカーボールよろしく、思いっきり蹴り上げられる。そして、続く第二撃目―――

 

『裕也っ!』

「させっか!」

 

 

――土着神「洩矢神」

 

 

 接近してきたところに、次のスペカをぶつける。全身から赤いオーラを出し、幽香を吹き飛ばすことに成功した。今のうちに起き上がり、距離を取る。

 

「はぁっ、はぁっ」

『裕也! 平気!? お腹に穴開いてない!?』

『大丈夫、だ。腹も穴開いてない、が、疲れてきた』

 

 のっそりと圧し掛かってくるような疲労感が襲ってくる。体がダルくて仕方が無い。

 

『もしかして魔力切れが近いのかな?』

『あー、そうか』

 

 後先考えずにバカスカと魔力を使っていたのが原因か。そういえば、スカさんも魔力の燃費がすこぶる悪いとか言ってたな。

 

『どんな感じ?』

『軽い疲労感。まだ戦えるが、長期戦は厳しいな』

 

 魔力的な意味ではまだ大丈夫だろう。精神的な意味では限界が近い。果たして、魔力が尽きるのが先か、精神が狂うのが先か。

 

「早々――」

 

 休ませてはくれないか!

 

 一瞬の隙を衝かれて、幽香が接近する。なんの変哲もない細腕が振り上げられる。ただの女性なら受け止めるという選択肢もあるが、目の前の女性―――幽香はその細腕で地面や壁を抉ってきたのだ。先ほども俺の体などボールのように簡単に蹴り上げて見せた。

 受け止めるべきではない。

 

『右っ!』

 

 諏訪子の声に咄嗟に右に転がり避ける。

 魔力もそうだが、体力も無限ではない。疲労は蓄積され、どうやら反射神経も鈍ってきたとみえる。今の単純な攻撃も避けれなくなってきた。

 

『裕也! 武器を! 鉄の輪を出して!』

「――ッ!」

 

――神具「洩矢の

 

 続けて2枚目のスペカを―――と、ここで不意に違和感を感じた。数瞬の違和感は痛みとなり腕を通って脳へと至った。

 まるでこのスペカを今使うのを拒否するように―――

 

「―――っ!」

 

 が、しかし―――

 

(チャンスは捨てん!)

 

 

――神具「洩矢の鉄の輪」

 

 

 無理やり腕を動かして、振り上げる。いつの間にか、振り上げた右手には太陽に輝く輪が握られていた。

 それはかつての大戦で振られた神の武器。

 

『投げつけて!』

「おりゃあああああああああっ!!」

 

 手が動かない。ならば腕で。腕が動かない。ならば肩で。半身で。全身で思いっきり投げた。鉄の輪はまっすぐに幽香へと飛び、その体を三つに分けた。

 

「一つ、外した、か」

 

 投げた輪は三つ。きちんと投げれた、とは思わないが、意外にも鉄の輪はきっちりと目標へと到達した。まぁ、そのうち一つは弾かれて外してしまったが。

 

 

「―――はぁ」

 

 

 ここで初めて幽香が―――理解できる言葉を口にした。

 

「偽りの体で弱体化してるとはいえ、まさか人間に―――それも子供に負けるとはね」

「な―――え?」

 

 分断された体はいつの間にか元通りの位置に戻り、くっついて1つになっていた。が、色味は少しずつとなくなり、体は薄れていった。空気の中に溶けるように、静かにゆっくりと霧散していく。

 

「あなた、名前は?」

「裕也―――影月、裕也」

「そ。覚えておくわ。次に会う時は覚悟しておきなさい」

 

 最後に、見慣れた殺気溢れる笑みではなく、本当に綺麗な笑みを残して、消えた。残された言葉は反対に物騒なものであったが。

 幽香の姿が完全に消えた後、思い出したかのように蒼い石がポトリッと落ちた。それに伴い、周りの花も姿を薄くし、消えていく。やはり、ここの花畑は幽香が作ったもので、幽香が消えた以上存在できなくなったのだろう。

 

「つっ!」

『裕也?』

 

 腕の痛みは少しずつと薄れてきている。折れた訳でもなく、感覚もきちんとある。握って開いてを繰り返し、問題ないことを再確認する。

 

『どうしたの?』

「いや、さっき………」

 

 諏訪子に先ほどの違和感を伝えた。諏訪子自身には特に感じなかったそうで、痛みはどうやら俺のみが味わったようである。

 既に痛みはなく、もう一度確認してみるが、違和感はもうない。念のためにスペカを適当に使ってみるが、こちらも問題ない。

 

「まぁいいや。後でスカさんに聞いておくか」

『あ~う~』

「気持ちは分かるが、それ以外に解決策がないしな。まぁ安心しろよ。変なことはさせないから」

『その言葉、信じるよ?』

「おぅ」

 

 蒼い石―――ジュエルシードを拾い、封印しようと思ったが………。

 

『封印ってどうやるの?』

「え?」

『え?』

 

 そういえば封印なんて機能、諏訪子にはついていなかったことを改めて思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、手に入れたよ。ジュエルシード。持ってるの怖いから、早くきてくれ」

『君は仕事が早いねぇ。ついさっき頼んだばかりじゃないか』

「俺だってしたくてした訳じゃないし」

 

 最近ちょっと良いことが連続して起こってたから、帳尻合わせでも起こったのかね。あぁ、ついでに先ほどの痛みだがスカさんに聞いてみた。

 

『戦闘に関しては、その“痛み”以外は特に問題はなかったかい?』

「強いて言うなら、スペカシステムのタイムラグ」

『そればっかりは仕方がないね。今後の調整で潰していくしかあるまい』

 

 このスペカシステム。地球にいる時にみたテレビでやっていた番組「仮面○イダー」が元ネタだという。

 なんでも、主人公の○イダーがコインをとっかえひっかえして戦っている姿から持ってきたという。

 

(そういえば、そんな○イダーもいたなぁ………)

 

 当初は諏訪子がベルトに変身して、それを魔導師が付けて決めポーズと共に決め台詞を言うことでユニゾンできる仕様を考えたが、色々面倒な上に不効率だったために諦めたとか。

 その後、「仮面○イダー」の後に始まった番組「ドラゴン○―ル」で、主人公たちが必殺技を叫びながら撃っていたとこから持ってきて、今の声紋認証システムを導入した。

 この時点でカードのある意味が失われているのだが、今後にもしかしたら使うかもしれないということで形だけだが残してあるのだという。

 技データとかは諏訪子自身が己の身に入っているので、そこから引っ張ってくればあとは魔導師に伝えるだけで済むらしい。マジでカードである意味が必要がない。

 

『諏訪子くんに関しては、私もまだ知らない未知の部分もある』

 

 つまり、ブラックボックス的なものが多く、スカさんとて全てを知ってる訳ではない。何らかかのセーフ機能的なものが働いたのか、単なるバグか。

 

『もしくは、魔力の使いすぎ、か』

「ふむ?」

『一度に使える量をオーバーしたのではないかね?』

「そんなのありえるの?」

『ありえない、なんてことはありえない。君の言葉ではなかったかな?』

「むぅ」

 

 そういえばそんなことも言ったな。俺。よく覚えているものだ。

 

『もう少しデータが集まれば、なんとかなると思うよ』

「なるほど」

 

 スカさんは最後に「君はまだ魔導師になったばかりだしね」と締めくくった。その言葉で、あぁそういえばと思い出す。濃い一日を送っている所為か、とても長く感じた。

 

『ジュエルシードに関しては後でウーノを遣そう。彼女に渡してくれ。数日あればジュエルシードを何らかの形で利用できるようにしよう、その時にまた連絡するよ』

「分かった」

 

 スカさんとの連絡を終え、ふぅと息をつく。気づけば日は沈み、辺りには街灯もなく世界を暗く落とす。

 時計は見なくても門限は過ぎていることは既に分かっている。2日連続で咲夜さんのお説教とか胸が熱くなるな。

 そういえば昨日「痛みで教えなければ分かりませんか……」とか呟いていた気がする。ナイフはマジ勘弁です。

 死にたくない死にたくない死にたくない。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「初めての戦闘はどうだった?」

 

 ユニゾンを解き、目の前に浮かぶ諏訪子に問われる。訪れる未来のことは忘れて、過去のことを振り返る。

 

「どうだった、か。怖かった」

 

 プレッシャーというか殺意というか、恐怖を感じたのは事実だ。明確な殺意というのを初めて味わった。前世と合わせてもまだ30ちょいしか生きてきてない。

 

「不謹慎かもしれないが、楽しかったとも言える」

 

 不思議な高揚感があった。次に感じたのはそれだ。相手の攻撃を避けた時、こちらの攻撃が当たった時、刻一刻と変化する戦場というものを感じたとき、胸が高鳴ったのを覚えている。ゲームでコンボが決まった時に感じる高揚感以上に感じた。そして、それが怖いとも思った。

 

「悲しいと思った」

 

 何に悲しいと思ったのかは自分でも分からない。ただ、最後の彼女の姿を見てそう思った。その思いが溢れた。

 独善か、偽善か、ただのエゴか。俺は彼女のことをよく知らない。こういった思いを抱くことさえ失礼なのかもしれないが。

 

「―――それくらいかなぁ」

 

 あともう一つあるとすれば、後悔だろうか。幽香の思念体を切り裂いた時、あれがもし本物だとしたら―――と。

 諏訪子にももちろん非殺傷設定というのはついている。これは、物理的なダメージを無くし、純粋な魔力攻撃のみを通すようにする設定だ。なのはの砲撃などが良い例だろう。あれだけ派手にかましたとしても、相手へ伝わるダメージは魔力ダメージのみ。肉体的な負傷は少ない。

 ただし、俺の場合は少し変わってくる。

 使うのが鉄の輪や翡翠の勾玉など、実体を持つ存在を使っての攻撃だ。ダメージを無くすのではなく、軽減させることが精一杯だ。

 故に―――

 

(後悔じゃない―――これは、恐怖か)

 

 恐怖を抱いた。

 

(―――やめよう)

 

 魔導師になったんだと浮かれていた心に、まるで冷たい水をぶっかけられたかのように冷えていた。

 

(だけど、おかげで覚悟は決まった)

 

 誰かに向けて攻撃した、というのは初めてではない。多少なりとも喧嘩などは経験してきた。それがおままごとのように思えるほどに、戦場というのは、戦闘というのは、生残だった。

 だからこそ、“戦う”ということを、“攻撃する”ということを改めて覚悟した。

 

「裕也」

「ん?」

「ある程度は、割り切って考えないと………自分の背負ってるものに押し潰されちゃうよ?」

「…………そうだな」

 

 程なくしてウーノさんが登場。拾ったジュエルシードを渡して、俺たちは帰路についた。時間も時間で夜ということもあり、俺たちは再びユニゾンして飛んで帰った。

 玄関を開けた先には咲夜さんが笑顔で待っていた。威圧感が強すぎて足が動かない。しかし、幽香という強敵と戦った今の俺には咲夜さんの威圧感などあばばばばばひぎぃ。

 ごめんなさいもうしません。

 

「はぁ、裕也様。その言葉、何度言いましたか覚えていますか?」

「ふむ。あなたは今までに食べたパンの枚数を―――」

「―――裕也様。今後のことについて、少々“お話”しましょうか?」

「ごめんなさい。それと、お話にナイフは必要ないと思います」

 

 そんなペロリッとナイフを官能的に舐められても許可は下ろせない。だって、痛い思いするのに変わりはないじゃん。

 

「大丈夫です。優しくしますから」

「あれ? 言葉が通じてない?」

「えぇ、ではいきましょうか」

「いや~~~~~!!」

 

 何故か“お話”は俺一人だけ。咲夜さんの部屋でナイフと舞うダンスパーティはタノシカッタデス。すいませんごめんなさいもうしません。

 

「本日二度目ですね。その言葉を聞きますのは」

「それでも手を抜かない咲夜さんに惚れそうです」

「ありがとうございます」

「おぅふ」

 

 

 

 

 

 後になって思い出したのだが、あそこにいた幽香は思念体である可能性が高い。実体を持つ存在ならば、体が薄れたりブレたりなどはしない。

 ここで少し“思念体”という存在について考えてみる。

 思念体というのは、思念が固まり形となったもの。この存在は、周囲にある思念を吸収し、複合した結果ではないのだろうか。

 例えに最初のジュエルシード暴走で発生した思念体もとい、ベアードさまを挙げてみる。

 あれは、形というのがほぼなかった。辛うじて目というものがあったくらいで、体の輪郭は陽炎のようにブレて揺れていた。様々な思念が織り交ざった結果、体を保つことが困難だったのではないだろうか。

 共通する部分はあるが、違う部分もある。何故、あの時は“風見幽香”という形を保つことが出来たのか。

 後日、改めて向かったところ、人の気配などしないただの広場だった。思念というのは、生物がいて初めて発生する。人はおろか、生物の息吹すら感じない寂しい広場では難しいだろう。

 

 もしもの話だ。

 

 もし、この場所に1人でいて、“風見幽香”を思念したとしたら―――

 

「―――と、思ったけど」

 

 特におかしなところはない。まぁあれから時間が経ってる。仮に誰かいたとしても立ち去っているだろう。ゲームみたく、フラグが立ってないから動いていない、などは無い。

 “何も無かった”というのが分かったところで、このことは日々の忙しさに忘れていくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

「ただいま戻りました」

「おかえり、ウーノ。それがジュエルシードかい?」

「はい、そのようです」

 

 彼女の手には蒼く輝く石―――ジュエルシードが握られていた。既に封印済みで、危険性は無い。それでも細心の注意を払って彼女はスカリエッティに手渡した。

 

「それと、ドクターの言う通りに死体が一つありました」

「ほほぅ、やはりか。彼の口からそういった言葉がなかったから、もしかしたら違う原因かと思ったが………それで?」

「はい、原型をギリギリ留めていた程度でしたので、そのまま片付けてきました」

 

 一応サンプルはありますが、と小さな筒状のものを取り出す。

 

「あぁ、別に興味はないから必要ない」

「では処分いたします」

「そうしてくれ」

 

 スカリエッティの視線は既にジュエルシードに注がれ、ウーノが取り出した筒には目もくれなかった。

 まるで新しい玩具を手に入れた子供のように、今のスカリエッティはジュエルシードに夢中だった。

 

「あぁそうだ。ウーノ、ミッドチルダから連絡がきてたと思うからまとめておいてくれ」

「畏まりました」

 

 今この場にいるのはウーノとスカリエッティの二人だけだ。まだ同胞というか仲間はいるが、別次元の世界―――ミッドチルダにいる。

 予定では既にミッドチルダに戻っているのだが、途中で出会った神という存在。そして、裕也という少年。この二つがスカリエッティをこの場にまだ留めていた。

 

「ふむ―――」

「どうしました? ドクター」

「ウーノ。私は決めた」

「はい」

「地球に―――第97管理外世界に行こうと思う」

「―――はい?」

 

 常々、何を考えているのか分からないスカリエッティのことだが、今回は更に突拍子もないことを言った。

 と、後にウーノは語った。

 

Side Out

 

 



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第09話 「平和」な一日

 

 

 

 

始めたからには目指す

 

ただただ昇る

 

 

―――頂へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついにやってきてしまった今日。

 

 今日は、サッカーチーム“翠屋JFC”の試合日であった。

 

「きたぜきたぜきたぜきたぜええええええええええええええええええ!!!」

「ヒャッハー! MI・NA・GO・RO・死・DA-!!!!」

 

 若干名、テンションがおかしいのも試合日だからだ。そう考えることにした。いつもおかしかったが、今日はそれ以上におかしいのも、今日が試合日だからだ。

 

「すいません。試合開始前はだいたいこんな感じなんです」

 

 手馴れたマネージャーさんがそこにいた。彼女曰く、相手が前回の試合で大敗を記したチームだから、というのもあるらしい。

 それも踏まえても………。

 

「「「「「ヒャッハー!!」」」」」

 

 おかしすぎるだろ。

 こいつらは一体どこの世紀末に出てくる奴らだ?

 

「エース! ここで気合の入る言葉を一つ!」

「「「おねっしゃす!!」」」

「はぁ………」

 

 ジュエルシードの反応がないときなど、時間が空いた時は積極的に練習には出ていた。不本意ながら背負ってしまった【エース】の名に負けないように、と。

 

「あー、バカどもよ。やる気は十分のようだから、ただ一つだけ――――勝ちにいくぞ」

「「「「「よっしゃあああああああああ!!!」」」」」

 

 試合場所はいつもの河原近くのグラウンド。参加者、見学者など続々と人が集まりつつあるその場所は、いつも見慣れたはずの風景を一変させていた。

 そして、その風景の中に見慣れた顔が幾つか。

 

「裕也く~ん」

 

 ぶんぶんっと観客席からではなく、何故かチームのベンチから手を振る姿があった。言わずもがな、なのはとその親友たちだ。幸いというか、霧谷の姿は見えず、他にはおかしなところはないな………と思ったが、もう一つあった。

 

「……………」

「やっほーい」

 

 何故かその中に咲夜さんの姿も見えた。その隣には諏訪子までいるし。

 

「あっれぇ~? おっかしいなー」

 

 咲夜さんにはおろか、家族にも言ってない。今日が試合だということは。サッカーチームに入ってることは伝えているが………。

 

「なんでいるんだろう?」

 

 メイド姿で浮いてるはずなのに、アリサやすずかの近くにいる所為か違和感が激しくない。違和感仕事しろ。

 まぁあの人に関しては色々と不思議があるから、今更一つくらいの不思議が増えたところで問題は………ないのか?

 隣の幼女はどこにいても違和感はないから知らん。

 

「裕也」

「おぅ」

 

 まぁ、今は試合に集中だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ピィィィィィィィィ!!

 

 

 試合開始のホイッスルが鳴る。

 まずはこちらが攻撃側。とりあえず、すべきことは攻撃だ。攻撃こそが最大の防御なり、というしな。

 

「一に攻撃、二に攻撃、三四も攻撃で、五に攻撃」

「攻撃しかねぇぞ」

「友達はボールと言うしな! とりあえず蹴ればいい!」

「逆だよ、それ」

「そうだぞ、相手はボールの間違いだ。蹴り倒せ。ボールを間に挟めば問題ない」

「問題あるよ」

 

 殺意がギラギラと見え隠れ………隠れてねぇや。そんなチームメンバーに突っ込みが追いつかない。突っ込み役が圧倒的に足りていない。

 

「とりあえず、ボール持ったら前に突き進むでいいんじゃね?」

「「「それだ!!」」」

「てめぇら、試合中だぞ!」

 

 前の二人からパスがこちらに届く。それを受け取り、ドリブルとパスで繋いでいく。先に進むは二人。相手側のコートなので敵側は総勢で防ごうと迫ってくる。

 強豪チームというだけあって、その守備力は高いのが目に見えて分かる。各々が自分のすべきことを忠実に守り、こちらの攻撃を防ぎ、あわよくば攻守の逆転を狙っているのが見える。

 

「ま、俺たちがそこらの普通の奴ならば、ここで終わってただろう」

「しかし、俺たちは違う」

「見せてやるぜ! 翠屋JFCをな!」

 

 ちょっとした悪ふざけから生まれた俺のアイデアと熟練の技術を持つ士郎さんの的確なアドバイスから誕生した“技”とも言うべきモノが幾つかあった。

 

「捕えられるか! この俺を!」

 

 ある者は跳躍で人を飛び越え、またある者は反復横跳びを高速で行い、まるで4人いるかのように見せている。またある者は強力なシュートで人を吹き飛ばしていく。

 俺も最初は無理だと思った。だけど何故か士郎さんはノリノリだった。そして冗談を実現させたメンバーに唖然とした。

 自分で案を出しておいてなんだが、途中で何度も俺はサッカーをやってるのか格闘技をやってるのか分からなくなったのは内緒だ。

 

「ぬっ」

 

 パスを繋いで、相手側のコートの半分を過ぎたところで快調だった足が鈍ってきた。相手側に人が増えたというのもあるが、

 

「どっせい!」

「ぐはっ!?」

 

 並大抵の攻撃では吹き飛ばないチームメンバーが吹き飛んだ。

 

「させん!」

 

 奪われたボールを即座に奪い返す。ここまで好調だった足が、完全に止まってしまった。相手は例の10番だ。

 

(ちっ、こいつ―――うまい!)

 

 なんとかボールを奪われないようにとしているが、中々先へと進ませてはくれない。狙うべきゴールから離れる一方でこのままだと外に押し出されてしまうだろう。

 どうやら俺らと同じく少々人というカテゴリーから外れてしまった者が多少なりともいるようである。

 

(ここらが潮時か―――)

 

 アイコンタクトで仲間に合図を送る。このまま時間を潰すよりかは、入らなくてもシュートを決めてしまった方がいいだろう。

 

「しっ!」

 

 体を斜めにして、相手に邪魔されないように自分の裏からボールを蹴る。一旦、仲間へとパスして敵側の視線を集める。すぐにボールを蹴り戻してもらい、その隙に俺に付きまとっていた相手から逃れ、即座にとシュートを放つ。

 距離的には厳しいし、キーパーは真正面だ。防がれるのは当たり前だ。入ったなら儲け物。

 

「いっけええええ!」

 

 それらすら捻じ伏せるように、全力でシュートを蹴る。伊達に毎日鍛えている訳ではない。

 

 

――ドゴォッ!

 

 

 ややカーブを描きながら、まっすぐにゴールへと向かい―――

 

「っ! のっ!」

 

 ゴールキーパーがバレーボールのように場外へと弾き飛ばした。もし、受け止めようとしていたならキーパーごとゴールの中へと吹き飛ばしていただろう。それだけの威力で蹴ったつもりだ。

 

「惜しかったな」

「あぁ、キーパーごと吹き飛ばす勢いだったんだが、上手い具合に弾かれた」

「いまので警戒して攻撃の手が緩めばいいがな」

 

 だが、それはないだろう。相手チームの目からは戦意が消えていない。予想していた通りだが、この勝負。かなりの激戦になりそうだ。

 

「ところで、10番以外に警戒が必要な相手はいたか?」

「2~3人いた。だが、やはり10番が突出してるチームだな」

 

 確かに相手は強い。強豪チームと呼ばれるだけはあるが、一番強い10番が一人で活躍しているだけのようなもの。もちろん、他のヤツラとて使えない訳ではない。これはサッカーなのだから。一人が引っ張ったところで、チームには勝てないだろう。

 

「なら、当初の案通りに行くか」

「「了解」」

 

 さて、様子見はおしまいだ。本領発揮といこうか。

 

「攻撃こそが最大の防御なり―――見せてやろうぜ、俺たちの力を」

 

 攻撃と防御、二つに力を裂くから中途半端になる。ならば、いっそのこと防御は捨てる。全ての力を攻撃に傾けるというのが作戦だ。

 1点取られたら2点取る。5点取られたら10点取る。より多く点を取ればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

「わぁ、すごい………」

「あの7番、すごいね」

「ね!」

 

 7番の背番号を背負って動いているのは、影月裕也くん。お父さんが言うには、指示することがないくらいにとても上手い選手と。

 ここからでは何を言っているのかは聞こえないけど、皆に色々と指示を出している姿が見えます。

 

≪ねぇ、なのは。これってこっちの世界のスポーツなんだよね≫

≪そうだよ。サッカーって言うんだ≫

 

 

――ドゴッ!

――ドガッ!

――ドンッ!

 

 

 瞬きのような一瞬、その一瞬の間に相手選手から強いシュートが蹴られ、それを裕也くんが即座に蹴り返した。蹴り返されたボールを相手選手は上空に蹴り上げ―――

 

「「おおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」

 

 裕也くんと相手選手がボールが落ちてくる前に上空で蹴り合う。一瞬の均衡の後、裕也くんが勝って、ボールが地面に叩き落されたの。

 

≪なんか………激しいスポーツだね≫

≪にゃはは………これは特別だと思うの≫

 

 普通に蹴ったボールが地面につかずに浮いたまま数十メートルも跳ぶのもすごいけど、それを平然と返しているみんながすごい。

 

「裕也! パスパース!」

 

―――ドゴォッ!

 

 裕也くんが仲間の1人にパスを送るけど、送る際に蹴った音がおかしい。あ、巻き込まれた人が撥ねられたの。それでもボールはブレずにきちんと仲間に届いた。

 

≪ねぇねぇ、なのは。この人たちさ、身体強化とかしてないよね?≫

≪う、うん。してない………はず≫

 

「おらぁっ!」

 

――ドゴッ!

 

「甘いっ!」

 

――ドゴッ!

 

「てめぇがな!」

 

――ドンッ!

 

 シュートが放たれ、それを相手チームが蹴り返して、更に追いついた裕也くんが割り込んで蹴り返したの。その間、ボールは地面に付いていない………と、思う。

 

≪あ、跳んだ≫

 

 ゴールキーパーが裕也くんのシュートに弾かれて、上に跳んだ。でも、くるりと曲芸師みたいに上手く地面に着地できるから問題は………ないのかな?

 点が入ったので忙しく動いていたフィールドの人たちも動きが止まる。

 

「よっしゃあああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 裕也くんの声にチームメンバーたちが歓声を上げる。

 

「ふぅ」

 

 息することを思い出したように息を吐いた。大きく深呼吸して呼吸を整える。

 

「はぁ………なんか、見てる方も疲れる試合ね」

「ねぇ。でも、これで1点入ったね!」

 

 どうやらアリサちゃんやすずかちゃんも私と同じような状態だったみたい。確かに、息をすることも忘れるほどに忙しい試合なの。

 

(人が跳ぶところ、見慣れちゃったなぁ………)

 

 試合中、度々人が跳ぶ場面が多かった。感覚がマヒしてきたみたいで、今はなんとも思えない自分がいた。

 

 

―――ピィィィィィィィィ!!

 

 

 試合が再開―――と同時にボールの姿が消えたの。

 

「止められるかぁぁ!?」

 

 今日の数あるシュートの中でも一番強烈な一撃が蹴られた。これを1人であいてするのは難しそう。

 

「「「もちろんだぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

 チームメンバーが出した答えは3人で相手することだった。1本の矢は簡単に折れても、3本集まれば折れ難いという話の通り、3人同時に蹴るみたい。

 

「「「わぁ」」」

 

 私たちの言葉も重なる。よくあの小さいボールを3人同時に蹴れるなぁ。

 

「あ」

 

 再びボールが人に当たり、空中に投げ出された。それに追いついて跳びあがったのは、裕也くんと、裕也くんをマークしてた相手の10番。

 

「吹き!」

「飛べ!」

 

 

――ドガァッ!!

 

 

 空中でボールを挟んで裕也くんと相手選手が再びぶつかり合う。

 

≪なんかこんなの、なのはの部屋のマンガで見たような記憶があるよ≫

≪わたしも………あれって、現実でも出来るんだね≫

 

 そのうち燃えるシュートとかやりそうで怖い。またできても不思議に思えないから更に怖い。

 

(アリサちゃんもすずかちゃんも最初は驚いてたけど、もう慣れたみたいなの)

 

「あぁ!?」

「抜かれた!」

 

 今度は裕也くんが相手に競り負け、相手選手がそのままボールを持って進んでいくのが見えた。このままじゃ………。

 

「あれ?」

「あぁ! 誰か止めてー!」

 

 裕也くんも含めて三人の選手が前へと進んでいきます。ボールからどんどん離れていってしまうけど………裕也くんは振り返らずにどんどん進んでいきます。でも、裕也くんは楽しそうに笑ってるのが見えました。

 チームメンバーの人たちも邪魔をするだけで、積極的にボールを奪おうとしている訳ではないみたい。

 

「「あぁ!?」」

 

 ついにシュートが蹴られ、自陣のゴールへとボールが飛びます。でも、

 

「キーパーすごい!」

「やったー!」

 

 裕也くんのチームのキーパーがちゃんとボールを止めました。相手チームのキーパーみたいに弾くのではなく、きちんと受け止めて、

 

「裕也ぁぁぁぁっ!!」

 

 間髪いれずに思いっきりボールを蹴り上げました。なるほど、裕也くんはキーパーがちゃんとボールを止めてくれるって信じてたから………。

 

(なんか、いいなぁ………)

 

 言葉にしなくてもお互いが分かり合えている。その絆が、とても羨ましい………。

 

「かっこいいなぁ………」

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ピィィィィィィィィィィィ!!

 

 

 試合終了のホイッスルが鳴り響く、得点ボードを見れば、

 

(2対1か………)

 

 試合結果は2点取得でこっちが勝利。相手に得点を許さず、圧勝するつもりだったが、残念ながら1点許してしまった。

 こちらが攻撃特化に動いたと分かれば、向こうも攻撃に全てを割いて動いてきたのだ。状況を見て柔軟に動けるのがこのチームの強みなのだろう。さすがは、強豪と言われるだけはあるチームだった。

 

「2対1で、翠屋JFCの勝利―!」

「「「「ありがとうございましたー!!」」」」

 

 試合が終わった後は礼。そして、お互いに笑い合う。次は負けないぞ、いつでも相手になる、そういって笑いあう。

 自然と笑みが零れてくる。無理やり引っ張られた時はすぐ止めようかと思ったけど………。

 

「………………」

 

 悪くないな。

 そう思えるものが目の前にあった。

 

 

 

「皆! 今日はよくできたぞ! 練習通りに動けたな! すごかったぞ!」

 

 士郎さんからもお褒めの言葉をもらう。子供のように、まるで自分のことのように喜んでいる姿に、不思議と俺たちも嬉しくなる。

 ただこれがホントにサッカーに分類していいものかどうかの疑問はあるが、今は勝利の美酒に酔いしれようか。

 

「よし! じゃあ、勝ったお祝いに飯でも食うかー!」

「「「おーーー!」」」

 

 他の仲間に聞いたところ、どうやら試合の後に翠屋に行くのはいつものことらしい。ま、ただ飯は美味いよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、裕也」

「ぅん?」

 

 飯を食っていると、チームのキーパーが話しかけてきた。

 

「お疲れ。最後のシュート、よく止めたな」

「お疲れさん。1点許しちゃったけどね。10番はやっぱり強かったね」

 

 時間ギリギリの最後。なんとか延長戦に持ち込ませようと一点集中の攻撃をしてきた。あそこで点を奪われたら、延長戦になり、スタミナでうちらは負けてたかもしれない。

 最後の方は疲労困憊で皆が皆、気力だけで動いていたようなものだったし。

 

「で、どした?」

「うん。ちょっと相談があるんだけど………」

「ふむ」

 

 精神年齢が成熟しているせいか、よく同級生たちからは相談事を持ちかけられる。なので、今回のこれも珍しいことではない。

 それとなく頷いて、了承の意を伝えた。

 

「実は、女の子に贈り物をしたいんだけど………こうゆうのって喜ばれるかな?」

 

 そっとポケットから取り出したのは蒼い石―――ジュエルシードだった。

 小三なのにませてるなぁとか思っていたらのまさかである。お茶を噴いてしまった俺は悪くない。

 

「げほっげほっ! すまん―――で、それは拾いもんか?」

「ん。やっぱり、分かる?」

「まぁな。贈り物ね―――あいつか?」

 

 視線を向けた先にはこのチームの唯一の女性であるマネージャーがいた。

 

「う、うん………」

「ふむ。綺麗とはいえ拾った石よりも、きちんとした物の方がいいと思うぞ。俺は」

「きちんとした物か………」

 

 大人ならすぐにあれやこれやと幾つか思いつくものだろうが、小三だと金銭面で色々と制限が生まれてしまう。

 

「女性が好きそうで欲しがるものといえば………例えば、花とか人形とか、な」

「う~ん」

「今だったら高台はどうだ? あそこは女性に人気スポットらしいからな。金もかからんから、お手軽だし」

「そうゆうのでも、いいのかな?」

「物をあげる必要は無い。こうゆうのは気持ちだろ? 綺麗な花が咲いている場所に案内する、それだけでもいいんだよ。気持ちが篭ってれば」

「気持ちか………」

 

 それっぽいことを言って、相手の思考を誘導する。そこ、あくどいとか言わない。ジュエルシードを持っているよりかはいいだろ?

 

「分かった。ありがとう。考えてみるよ」

「おぅ」

 

 その後、石はもういらないらしく外に出て捨ててきたようだ。すぐに戻ってきたことから、近くだと判断する。

 

「……………………さて、こんなところで手に入ったっけか? ジュエルシード」

 

 とりあえずは、なのはにメールだな。動けるならそのまま回収してもらい、無理ならなんとか俺が抜け出して回収しよう。早くしなければ、猫や犬に持っていかれる可能性もないとは言えない。

 

『翠屋の近くにジュエルシードが!?』

 

 送信。

 

『え? なに?』

 

 着信。

 これじゃ伝わらなかったか。

 

『実はかくかくしかじかで翠屋の近くにポイしてきたんだ』

 

 送信。

 

『まるまるうまうまなんだね。なるほど、よく分からないの』

 

 着信。

 ボケの返しとしてはいいが、伝わらなかったか。仕方が無い。俺が回収するか。

 

「よーし、じゃあそろそろお開きかな?」

 

 どうやって店から出ようか考えていたところで士郎さんの声が響く。どうやら解散のようで、皆が立ち上がる。ちょうどいいな。これに乗じて回収して、ついでになのはと合流しよう。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、皆。今日はしっかり休むように! お疲れ!」

「「「ありがとうございましたー!」」」

 

 店の前にいったん集まり、締めのあいさつ。士郎さんは店に戻り、皆は解散。さて―――

 

「裕也くん」

「ん?」

 

 物陰からこっそりと顔を出して手招きするなのはの姿がいた。その肩にはユーノがきっちりと居座り、手にはジュエルシードを握っていた。

 

「何をしているんだ?」

「うっ。だって、お父さんの前でジュエルシードのこととか言えないもん」

「普通はただの石に見えるから問題ないと思うがな」

 

 既に見つけてたなら話は早い。俺はもう用済みだな。

 

「えっと、封印を………」

「おいおい、ここでするつもりか?」

 

 とはいえ、結界を張れば問題ないのか?

 

「あ、そうか。えっと、どうしようか」

 

――キュッ

 

 フェレットが一鳴き。

 

「なるほど。じゃあ、裕也くんも来て」

「はい?」

 

 ユーノと念話で何かを話したのは分かったが、何を話したのかはさっぱり。最初の時みたいに広域念話だったら俺にも聞こえただろうが、私情の会話をそんな広域にだだ漏れはさせないよな、普通。

 

「あ、えっとね。私の部屋でジュエルシードを封印するの」

「ふんふん。そこに俺の必要性は?」

「ないよ」

「なんで俺が行くの?」

「来たくないの………?」

 

 質問に答えが返ってこない上に、そこで泣き顔ってずるくね? ほら、フェレットという名のユーノも呆れたような顔してるぜ?

 表情の区別なんかつかないけど。

 

「……………」

 

 ぎゅって掴まれたら、もう、逃げられない。

 

 

 

 

 

 

 特に意味もなく、なのはの部屋にお邪魔をし、ジュエルシードを封印した。俺がいる意味はない。封印だけなら変身する必要はなく、レイジングハートを杖にして行っていた。俺がいる意味はホントにない。目の前でくるくる回りながらリリカルマジカルは感動ものだったが、俺がここに存在する意味はない。ちなみに結界は張っていた。ホントに俺がここにいる意味がない。

 ところで、ユーノ。肩から降りてたユーノくん。お前の位置からだったら、なのはのスカートの下、見えてたんじゃね? まぁ不問にしておくか。

 封印した後はゲームで遊んで―――全敗を記録した。格ゲーでは開始と同時にコンボを決められ、俺のキャラが地面に落ちてきたときには“K.O”の文字が画面に表れた。落ちものパズルでは、隣でものすごい勢いでパズルが落ちていくのを見ていた。んで、ものすごい勢いで消えて、俺のところに増えていく。他にもアクションとかパーティゲームとか、全てのジャンルにおいて、なのはに負けたことを記す。

 全力全壊で相手するよってなのはの言葉通りに、俺は全壊だ。手加減? この悪魔がそんなことする訳ないだろ?

 

「あかん。泣きそう」

「にゃはは」

「殴りたい、その笑顔」

「えぇー!?」

 

 人を散々フルボッコにしおって………。くそっ、悔しいなぁ。俺が弱いのか、なのはが強いのか………。くそぉ。

 

「あ、それとね。今日、裕也くんちに泊まってもいいかな?」

「んあ~、母さんに聞かないとならんが、たぶん問題ないぞ」

 

 記憶が戻ってから、というのもおかしな話だが、あれからちょくちょくとなのはは泊まりにくることがある。もちろん、両方の家族に許可を求めてからだ。たまに俺が(強制的に)なのはの家に泊まり(という名の拉致監禁)する時があるが。それはまた別の話。その際、恭也さんと士郎さんの顔は笑顔だけど笑顔ではない。

 母さんも母さんで昔みたいで嬉しいわぁと言ってるし。桃子さんも桃子さんで感謝していたみたいだし。

 問題はデバイスの諏訪子だったが、正規のデバイスでないおかげかなのは―――特にレイジングハートにバレることがなかったのは嬉しい誤算だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ。裕也様。なのは様」

「おかえり~」

「お邪魔します」

「ただいま………って、なんじゃこりゃ!?」

 

 家に帰れば、皆がリビングに集まっていた。そこではテレビに映る俺の姿があった。

 

「何って今日の試合映像です」

「いつ撮ってたの!?」

「私がんばった!」

「わ~………」

 

 腕をあげる諏訪子。ドヤ顔を殴り倒したい。

 時々画像が変わるのは、どうやら咲夜さんと諏訪子の二人で撮っていたためのようだ。映像編集までしているとは………瀟洒すぎる!

 原作ではカメラに写真撮られると魂が取られるとか思ってたはずなのに。

 

「もう~教えてくれれば母さんも応援に行ったのよ?」

「咲夜さんにも言ってないはずだけどね………俺」

「情報源は私である!」

「お前か諏訪子!」

 

 だが待って欲しい。俺は諏訪子にも言っていないぞ。

 

「この前おつかいに行った時におばちゃんから聞いた」

「おばちゃんェ………」

「で。行こうとしたら咲夜に見つかってね」

「問い質しましたら素直に答えてくれましたので」

「まぁいいけどね」

 

 なのはも混ざってリビングで鑑賞会が始まった。俺はそんなもの見たくなかったので、部屋に閉じこもっていた。

 ちなみに母さんは試合の時は知り合いの家に遊びに行っていなかったそうだ。

 

 そして、当たり前のように俺の部屋に置いてあるなのはが使うであろう布団一式。狭いとはあ思わないが、小学生が三人寝るには少々厳しい部屋。

 

「まぁいいか」

 

 たまにはこういった日があってもいいよな。

 

 



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第10話 「運命」の名を冠する者 前

 

 

 

星と雷

 

二人の少女が出会う

 

 

語られぬ者は退出を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日、もう一人の主人公―――フェイトが現れる。

 

 

 

 

『諏訪子―――準備はいいか?』

『ばっちしだよ!』

『じゃあ、行くか―――』

 

 誰が張ったのかは分からないが、既に辺りは広域結界に包まれている。俺はバリアジャケットを纏って仮面をつける。視線が切り替わり、一軒の屋敷が見える。

 先ほどジュエルシードの反応があったことを諏訪子から聞いた。

 

 ならば、そこにいるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――数時間前。

 

 

「………なんだって?」

『もぅ~、だから、今日すずかちゃんの家に遊びに行くんだけど、裕也くんも来ない?』

 

 電話の先のなのはは俺が話をきちんと聞いていなかったからかご立腹である。今日は休日なのだから、昼過ぎまで寝る予定だったところを叩き起こされたのだ。まだ頭は起きていない。

 しかし、それもなのはの言葉で急激に醒めた。

 

『どうする?』

「ん~、悪いがパスするわ.また誘ってくれ」

『そう………分かったの。じゃあ、また学校で』

 

――プツンッ

 

「……………………そうか、今日か」

 

 曖昧になってきた原作の記憶だが、今日の日は覚えている。なのはとフェイトが出会う日だ。

 

「―――何もなければいいが」

 

 なのはから今日のことを聞き、フェイトのことを思い出してから―――頭の中で警鐘がなる。

 

(嫌な予感がするな………)

 

 何があっても動けるようにとなのはに付き添うのではなく、影から見守る形を取った。自由に動き、あらゆることに対応するために。

 自分でも色々と矛盾があるのは理解している。深く関わるつもりはないと言いつつ、正体を隠して関わり、あまつさえなのはには接近し過ぎている節もある。

 原作の流れを重視しつつも、自分でその流れを壊してきているのも事実。

 

(何がしたいのかなぁ………俺)

 

 自分でも良く分かっていない。だが、なのはの無事を願っているのは事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ところかわって、カオス部屋。

 

 部屋の中に一人でいると、どうにも嫌な予感が拭えない。なので、魔法の練習―――は、後日として、何か武器になるものや戦いになった場合の対処法などが載った本などはないかと、探しにきた。

 こんな場所を咲夜さんに見つかったらまたお説教だろうな。

 

「っと、おや? ここらへんはカオスじゃないな」

「そうね~きちんと整頓されてるなんて、この部屋からしたら異常じゃない?」

 

 本ばかりが集まった一角。そういえば、前に来たときもやたらと本が集まってる場所があったが………ここはそことは比較にならない程に本があった。

 また、本たちが本棚ではなく色々なモノ―――それこそ箱や物置のような場所に整頓されて置かれていた。カオス部屋にふさわしくない光景である。

 

「あら、最近はよく来るわね」

「ぬわぁ! ごめんなさい!?」

 

 背後からの声に咲夜さんかと思いきや、そこにいたのは小柄な少女だった。いや、シャボン玉のような大きな水玉に腰掛けて浮いている―――少女? だった。

 遠い異世界ではZUN帽とも呼ばれる独特の形をした帽子を被り、紫の長い髪をリボンで束ねた姿。白を基調とした長いスカートに、病的なまでに白い肌。

 

「…………知り合い?」

「知らないよ」

「どちらさま?」

 

 その姿に、知っている名を思い出すが、慌てて隠して名を尋ねる。

 

「初めまして。私はパチュリー・ノーレッジ。この空間を安定化させている者よ」

「………はい?」

 

 前半は予想通り。だが、後半は予想外の言葉だった。空間を安定化?

 

「そして後ろの咲夜がこの空間を拡大化しているのよ」

「へ?」

「はい、その通りです」

 

 ニコリッと綺麗な笑顔。

 

 オレ、\(^o^)/オワタ。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。つまり、出られないと」

「まぁ端的に言えばそうね」

 

 咲夜さんに簀巻きにされて、逆さまにぶら下げられている。ナイフを使われなかっただけマシなのだろうか………ポジティブに考えよう。うん。

 指でパチンッと短い動作で俺の目の前に彼女と同じシャボン玉を作り出した。その間、一秒未満。

 

「「おぉ」」

 

 諏訪子も驚く速さであった。

 ちなみにシャボン玉と思って突っ込むと、意外と弾力があって「あぁぁぁうぅぅぅぅ」弾かれる。もう一度指を弾いてパチュリーさんはシャボン玉を消した。

 

「はい。紅茶が入りました」

 

 咲夜さんが淹れてくれた紅茶(ただし俺と諏訪子はオレンジジュース)をそれぞれの人の前に置く。瀟洒だな。

 ところで、俺はまだ簀巻きのままなのだが………このまま飲めと申すのだろうか。よし、がんばってみるか。ぽじてぃぶぽじてぃぶ。

 

「しかし、封印と、いわれて、もなぁ」

「ま、あてにはしてないわ。こっちも気長にやってることだし」

「ずずっ………基本、親父が持ってくるもので構成されてるからなーここは」

 

 パチュリーさんたちはこの部屋に閉じ込められているのだという。【幻想郷】という場所に転移しようとしたところ、何故かこの部屋に辿り着いてしまった。おまけに人外を外に出さない結界付きというから始末におけない。

 【幻想郷】にいる妖怪賢者となんとか連絡を取り、協力を仰いでみたけど徒労に終わった。彼女の手を使ってもこの部屋の結界は抜けられなかった。

 

(幻想郷の賢者ってあのスキマかなぁ………そういえば、いつかのカオス部屋にいたようないなかったような)

 

「てか、咲夜さんもそっち側というか、パチュリーさん側の人だったんだね」

「えぇ、どういう訳か私は素通りできましたので。出た先が影月家だったのは驚きましたけど」

 

 でしょうね。よく分からない空間に転移して、外に出たと思ったら家の中の一室だったとかね。その後普通に影月家でメイドとして過ごすのもすごいが、それを許す母さんもすごいなと思う。

 そろそろ俺の中の常識が大変なことになってきているのだが、誰か助けて欲しい。そう思ったら、何故か頭の中に緑髪の巫女さんが出てきて「常識にとらわれてはいけない!」って言ってきた。

 

「てかそもそもこの部屋が結界とかで覆われてるなら、何故出入りできるんだ?」

 

 普通、結界ってのは出入りを禁止するために設けるものだと思うのだが………人外な人たちはきちんと結界に反応して閉じ込められているから間違いではないのか?

 というか、諏訪子は問題ないよな? 入ったはいいけど出られませんでしたとかは無しだぜ?

 

「知らないわ。むしろ、私が教えて欲しいわ」

 

 目下、調べ中ということだった。

 

「そうそう、覚えているかどうかは知らないけど、以前あなたが行こうとした地下室は覚えてる?」

「地下室?…………あぁ」

「思い出したみたいね。あそこにはレミィの妹がいるから気を付けなさい」

「妹………」

 

(ってことは、フランドールだっけか? あぶねー。俺死ぬところだったじゃん)

 

「お? 妹ってことは姉もいるのか?」

「ぅん? あら、一度会ってたはずよ」

「え?」

「覚えてないかしら? 棺で寝てたところを起こされたって言ってたけど」

「棺………………あぁ!」

 

 そういえば、そんなものを開けたような気がする。

 

「いたなー………そうか、あれが姉かぁ」

「あれが姉よ」

 

 レミリア………だったよな? 言われればそうっぽいような気がしなくもないが………ふむ、なるほど。

 

「はぁ~………って、どうした?諏訪子」

「ん~、幻想郷か………本体はもう行ったのかなぁって」

「なんだ? お前も幻想郷に行く予定だったのか?」

 

 知ってたけど。

 

「そうなの?」

「そうだよ」

 

 諏訪子はまだこちらの世界にいるつもりだったが、相方の神が幻想郷に行くことを決意。今は、その準備をしているとのこと。その最中に分神体である目の前の諏訪子は、新たな存在に生まれ変わってしまったが。

 

(しかし、時期的にパチュリーたち紅魔組みがこれから幻想入りなら諏訪子たちはまだのはず)

 

 場所は長野だと思うが、守矢神社はあっただろうか。洩矢神社ならあるだろうが。行こうと思えば行ける、と思う。諏訪子の言う相手の神―――“八坂神奈子”もいる………と思う。

 というか、諏訪子なら単体でも飛んでいけるのでは、という疑問が浮かぶ。それを行わないということは、何かしらの問題があるか、会えない理由があるか。それとも、距離的な制限でもあるのだろうか。

 

(あれ? いつのまにリリカルから妖怪退治の世界に切り替わったんだ?)

 

 色々おかしく感じるところはあるが、気にしないでおく。

 

「“洩矢諏訪子”ね。向こうにあなたの本体がいたら伝えておいてあげるわ」

「お、優しいねぇ魔女さん」

「魔女の気まぐれよ」

 

 それで、今日はどうしたの? と魔女は続けた。すっかり忘れていたが、今日きた目的は別にあったのだ。

 

「それと、そろそろ下ろしてくれませんか?」

「ダメです」

 

 お仕置きはまだ終わりそうになかった。

 

 

 

 それからしばらくして、冒頭へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこか!」

 

 でかい屋敷―――すずか邸の近くの森。そこから頭を突き出した猫がいた。隣の屋敷が猫の家に見えるくらいにでかい猫が。

 

 

 そして、猫に迫る黄色い弾丸―――

 

 

 その先に一人の少女が見えた。

 

 

 

――バチッ

 

 

 

 弾丸は猫に当たることはなく、蒼黒いシールドが防いだ。そこにいたのは、

 

「ふはははははは!」

 

 バリアジャケットを着て高笑いする霧谷と、

 

「……………」

 

 俺でも分かるくらいの物凄い嫌な顔をしたなのはがいた。

 

 

 

 

 

『諏訪子。変身はばっちりか?』

『ばっちりだよ』

『最悪、介入する。その時は戦闘になるから頼むぞ』

『おっけ~』

 

 なのはのためにも、フェイトのためにも、変な行動するようなら邪魔をさせてもらうぞ! 霧谷!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔導師………二人………」

 

 無表情になのはたちを見下ろす金色の少女―――フェイト。対して、見上げるなのはの視線は、かなり鋭く視線だけで人が殺せるのではという程に憎悪に満ちた目で見ていた―――霧谷を。

 

「な、なのは……落ち着いて。ね?」

「だいじょうぶだよ………ゆーのくん。なのは、おちついてるよぉ」

「なんか黒いの出てるから!? 変なエコーもかかってるから!」

 

 黒い笑みで突然現れたフェイトではなく、霧谷を睨みつけるなのは。出来るならば、この場から今すぐ消えたいと思っているユーノと共にこれから始まるであろう戦闘の準備を始めた。

 

「うふふ………どうしようかなぁ」

「やめて! なのは! その笑顔ヤメテ!」

 

 自分の後ろでそんなことが起こってるのは露知らず。

 

「ぬるいなぁ………そんなもんか? お前の実力は!」

 

 二人の間を邪魔するように霧谷はその場にいた。フェイトを正面から捉え、己のデバイスである大剣でフェイトに突きつける。

 

「……………」

「はっ!」

 

 霧谷の挑発など無視してフェイトが先に動き、少し遅れてから霧谷も動く。こと、速さに関してはフェイトが上である。

 

 

―――ブォンッ!

 

 

 デバイス―――ではなく、逆の手に握られた武器から破壊の光が空を焦がす。

 

「さすがに速いな!」

 

 だが、その光はフェイトを捕えることは出来ずに、ただ虚空を貫いた。

 フェイトは先ほどの一撃から霧谷の攻撃力を危険域まであげ、警戒を強める。

 

(速さでは上。でも、一撃の威力は向こうが上!)

 

 先ほど見せた一撃でも分かるように、攻撃力の一点は霧谷が勝っている。フェイトは己の得意とする速さで持って相手を翻弄し、攻撃を躱し、隙を見つけては攻撃するヒットアンドアウェイの態勢を取った。

 

「はああああああああああああっ!!」

 

 デバイスのバルディッシュを鎌状にして振り上げ、己は回転しながら接近し、衝撃の威力を上げる。

 

「ぬるいぜ!」

 

 が、それも全方位に展開したバリアーで防がれる―――瞬間に高速移動の魔法をかけて反対側に駆け抜ける。

 得てして、目の届かぬところは障壁というのは弱くなってしまうもの。それを考えての行動だが―――

 

「はっはっは!」

 

 どうやら自分の莫大な魔力を良いことに、かなり厚いバリアーを作ったようである。背後に側面にと一撃を喰らわせるものの無駄に終わっていた。

 

「最強の俺には無意味だ!」

「くっ!」

 

 霧谷が反撃を行わずに、ただただ攻撃を受け続けているのは余裕からくるものか、それとも何かしらの作戦があるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう………」

 

 どこからか突然現れた霧谷のおかげで、フェイトは霧谷と一騎討ちを始めてしまった。心情的になのははフェイト側について、霧谷を撃ち落としたいところだが。

 

「なのは。気持ちは分かるけど、一応味方みたいだし」

「ユーノくん。ダメなの。あいつは許せないの」

「なのは。気持ちは分かるから、落ち着いて! なんか、さっきから黒いオーラが出てるから!? 怖いよ!!」

 

 一度は引っ込んだはずの黒いオーラが再び表れる。にっこり笑ってるはずなのに、妙な威圧感がユーノを襲う。何故か脳裏に大魔王という言葉が浮かんだが、懸命に飲みこんだ。

 今、その言葉を発したら自分はとてつもなく後悔することになるだろう、と本能的に察した。

 

(とはいえ、なのはの気持ちも分かるしな………)

 

 ユーノも霧谷には良いイメージを持っていなかった。初見でいきなり淫獣呼ばわりして殺そうとしてきたのだから、当然ではある。あの場になのはがいなければユーノの冒険はここで終わっていたことだろう。

 更に言えば、なのはに対して呪いに近い何かの術を行使したことだ。異世界の術故に解呪など出来ず、なのは自身に自力で頼むことくらいしか出来なかったのだ。あの時のことを思うと、今でも悔やまれる。

 下手したら廃人になっていたかもしれない術を平気で行使したのだ。

 

(ただ、彼のあの力! とてもレアスキルという言葉だけでは説明がつかない)

 

 初めて会った時には既に魔導師でいた霧谷という男。魔力物質化というレアスキルを持ちながら、ランクはSSとかなりの規格外。

 とても魔法を知らない世界の住人とは思えない。

 

(いや、そもそも何故彼は“この世界”で“魔導師”になれたのだ?)

 

 ミッドチルダはおろか、近くの管理世界も干渉できない管理外世界だ。魔導師どころか魔法という言葉さえ無いこの世界で、何故彼は魔導師としていられたのか。

 

(少し、彼について調べる必要があるかもしれない………!)

 

 大きすぎる力は頼もしい限りだが、時としてそれは危険なモノとなる。

 

「ユーノくん?」

「え? あぁ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「もう」

 

 

 そんな2人の上空でフェイトと霧谷はバトルを続けていた。誰がどうみても劣勢はフェイトの方だった。

 黙って攻撃を受け続けていた霧谷はついに攻勢に出たのだ。霧谷のバリアーを崩すことができないフェイトは圧倒的な物量で攻める霧谷に少しずつと機動力を削られ、ついには周囲を剣で囲まれるようになってしまった。

 まだそれなりの広さは確保できているので、飛んでくる剣を避けることは出来る。だが、それもどれだけ持つことか。

 

「どうする? 少しずつと範囲が狭くなっていくぞ? ここらで降参した方がいいんじゃねぇか?」

「……………」

 

 じわじわと嬲るように周囲に展開している剣を一本ずつ投擲する霧谷。ついでに少しずつとフェイトが動ける空間を削り取っていく。

 

 

 

「私はあの子の手伝いならするけど、あいつの手伝いは絶対にしない」

「なのは………」

「それより、今のうちにジュエルシードを封印するの」

「あ。そ、それもそうだね」

「ユーノくん。忘れちゃダメだよ。最優先事項でしょ?」

 

 忘れる原因となったのが隣の魔法少女だとは言わないでおくユーノであった。

 

 2人は上空のことは一旦忘れて、元凶となったジュエルシードの封印作業に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方のその頃、

 

「霧谷ェ………」

『どうするの? 裕也』

『………出るぞ』

 

 高笑いしながらフェイトと争う霧谷。魔力物質化で宝具と思われる武器を投影し、フェイトに向けて放っている。

 

(直撃させていないのは殺してしまう可能性があるからなんだろうな)

 

 と思っていたが、高笑いと聞こえるセリフから、ただ単に嫌みったらしく嬲ってるだけではないかと思えてきた。

 周囲を囲まれて機動力を削られたフェイトでは、あれらを一斉に放たれれば一たまりもないだろう。フェイトとてそれを理解している―――と思われる。

 彼女の動きは素人の動きではなく、玄人の動きだったからだ。

 だからこそ、頓着状態に持ち込んだ霧谷の考えが読めないでいるだろう。何故、一気に攻めてこないのか。何故投擲する武器は1個ずつなのか。

 

(しかし、あれで好かれようと思ってるのか? それとも別の思惑が?)

 

 霧谷はチート能力を持つ典型的な転生者。主人公組みに積極的に接触して、自分を好かれさせようとしている、と思っていたが………意図が読めない。

 俺も霧谷のことを言えないが、意味が分からな過ぎる。

 

「ほら、後ろを爆発させるぞ」

 

 

――ドォンッ!

 

 

 過去の時代、または未来の時代において数多の伝説を残したであろう武器たちが、霧谷の指一つで爆発霧散させられていく。あれらは魔力で作った偽者とは言え、あまり良い気はしないな。

 

「くぁっ!?」

「くくく! そろそろ限界が近いか? 今なら優しく抱きしめてやるぞ?」

「………誰が!」

 

 シールドなどで防ごうにも一面しか守れないのでは意味がないし、シールドでも軽減くらいしか出来ていないみたいだ。なら、全面を守れるバリアを張ればいい。とはいえ、魔力も無限ではない。我慢比べではフェイトが先に負けるだろう。

 

(しかし、奴のあの武器は質量兵器に入らないのだろうか……まぁいい)

 

『あの男の邪魔をするぞ』

『戦じゃ~!』

 

 なるべく干渉しないようにと考えていたが、もうこれ以上は我慢できない。原作通りに動いて欲しいと思ったが、もう無理だ。

 このままではなのはとフェイトが出会う前に終わってしまうだろう。この後も出会うことはあるだろうが、今後も俺の予想通りに動くとは限らない。

 この世界には霧谷がいるのだから。

 

(それに―――)

 

 女が傷つけられてるのを黙って見てるほど男を止めてないしな!

 

(2人のためにもこの場を潰させる訳にはいかない!)

 

 さぁ、物語に介入だ!

 

 



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第11話 「運命」の名を冠する者 中

 

 

 

 

闇よりいでし

 

暗躍する陰

 

 

我は黒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした? 抵抗はもう終わりか? 諦めて俺に身を委ねな!」

「………下衆が」

 

 霧谷が投影した弓から武器が飛来し、フェイトの横へと飛ぶ。当たりはしないが、避けなければあの武器の爆発に巻き込まれ、避ければ周囲の武器の爆発に巻き込まれる。

 

「―――くっ!」

 

 

 

―――ジャラララララッ!

 

 

 

――ドゴンッ!

――ドゴンッ!

 

 

「なんだ!?」

 

 しかし、霧谷の予想した場所とは違う場所で爆発が起きた。何かに接触したら爆発するように作ってあったため、後方から飛来したナニカにぶつかり連鎖で爆発したようである。

 

 

―――捕具『絡み合う鉄の輪』

 

 

 後方から伸びた鉄の輪がチェーン状に連なりフェイトへと伸びる。本来は相手へと投げつける輪で攻撃するためのものだが、これをパチュリーさんと諏訪子で共に改良を加えたまったく別の鉄の輪―――捕縛用の輪だ。

 

「―――っ!?」

 

 欠点をあげるならば、先頭の輪に相手を収めなければならないことか。手錠みたいに開いたりはしないので、上からすっぽりとはめなければならない。ある程度の収縮は可能なので、輪の中に収めてしまえば、

 

『ゲット!』

『後は引っ張るだけ』

「きゃっ!?」

 

 フェイトを後方へと引っ張りあげる。鉄の輪をフェイトに向けて放った際に、フェイトの後方に配置していた武器を弾き飛ばしていたので道は作ってある。弾き飛ばされた武器は爆発し、周囲の武器たちが誘発されて更に道を空けるという結果に繋がった。

 

 と、同時に影が一つ。

 

 遥か上空からものすごい勢いで落ちてきた。

 

 

 

「こんの、」

「ぅん?」

 

 空気を切り裂きながら、稲妻よりも白く輝く剣でもって、

 

「下衆野郎がぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」

「どぉわぁぁぁぁ!?」

 

 霧谷へと強襲した。

 

「なんだ?」

 

 落ちてきたのは少女だった。金色の髪を一まとめにした少女。白金に輝く大剣を持ち、黒いバリアジャケットを纏う姿は―――どこかで見たことあるような、

 

『そっくりだねぇ、この2人』

 

 そうだ。空から落ちてきた少女と俺の腕の中にいるフェイト。2人はそっくりというレベルを超えて似ていた。

 

「貴様は、」

 

 もう1人のフェイトは直進し、霧谷を真正面から一閃―――しかし、バリアーで防ぎつつ距離を取って霧谷は無事―――を許すほど、彼女は甘くなかった。

 即座に追撃し、今度は背後から一撃をきちんと与えていた。

 

「ぐがっ!?」

「死にさらせぇぇぇぇええええええええ!!」

 

 フェイトの攻撃は通じなかったのに、突然現れた“もう1人のフェイト”の攻撃は通っていた。ただ、2度につき1度、となるが。

 

「………………」

「……………?」

 

 自分の腕の中に収まったフェイトと目が合う。と言っても、こちらは仮面をしているので分かりにくいだろうが。 霧谷に攻撃を加えた“もう1人のフェイト”を見る。腕の中のフェイトを見る。違いを見つけようと思ったが、精々髪のまとめ方くらいだろうか。

 フェイトは左右にツインで、もう1人は後ろにまとめている。

 

「――ぁ、姉さん!」

「ねえさん!?」

 

 フェイトの姉ってことは―――アリシア、だよな? なんで生きて………ってか、え? 姉で、あれ? ジュエルシードが? おや? どうした? 何が起こってるの?

 アリシア生存しててフェイトがどうしてここに? んー、今は落ち着け。KOOLになれ。あれ? でもKOOLって暴走してる状態じゃなかったっけ?

 

「誰d「フェイトを放せぇぇぇぇぇぇえええええ!?」」

「今度は俺か! 分かったから落ち着け!!」

「姉さん落ち着いて!? 私もいるの!!」

「誰だっt「死にさらせぇぇぇぇぇえええ!!」聞けy「止まってぇぇぇぇえええええ!!」」

 

 フェイトを抱えていた所為か、アリシア(?)が大剣を構えて襲い掛かってきた。

 てか、フェイトごと斬る気か!? 構わずに全力で振りかぶってきたが、俺が避けなかったら俺たち二人は仲良く真っ二つだったぞ。

 

「だ、大丈夫だから! えっと、この人(?)は助けて……くれたの、かな?」

「ま、まぁ………一応、そのつもりだったんだが」

「そうなの?」

 

 1撃目は躱せても2撃目は無理だった。ご丁寧に首筋に大剣が置かれている。フェイトと同じく雷の資質があるみたいで、バチバチと微妙に痛い。

 その間にフェイトがアリシア(?)に説明し、ようやく剣を下ろしてくれた。

 

「俺を無視するなぁ! お前誰だ!? てか、お前はアリシアなのか?」

「―――名乗った覚えはないけど、何で私の名前を知っているのかしら?」

 

 やはり、彼女はアリシアだったか。

 もしかして、ここは“リリカルなのはの世界によく似た世界”なのか? アリシアが生きてることとか、完全にifの話ではないか。

 

「なんで、生きてるんだ?」

「はぁ? 勝手に人を殺さないでくれる? 下衆が。ゴミが。クズが。この早○が。×××が×××の××野郎が」

 

 妹が攻撃されていたからかアリシアはすごい毒舌である。一部、女の子が口にしていいものではない放送禁止用語が混ざってたが、俺は聞かないフリをした。

 魔力光ではない黒いオーラのようなものが視える。が、錯覚だと思いたい。なのはといい、アリシアといい、魔力光とは違うオーラを纏わないでもらいたい。

 しかし、良く似た姉妹である。生まれは原作通りなのかは知らないが。二人が同じ格好でぐるぐる回って「「さぁフェイトはどっち?」」とか言われたら絶対に分からない。

 

『で、いつまで抱いてるの? その子』

「おっと、大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です」

「すまない。回復魔法は使えないので、自力で回復してもらうしか………」

「あ、いえ。さすがにそこまでしてもらうには………傷も大丈夫です」

 

 大丈夫、というが痛々しい傷である。どこかで落ち着いて回復魔法をかけられる場所に行った方がいいだろうに。

 回復魔法が使えるのってユーノとかアルフくらいしか思い浮かばないんだが、彼らはいるのだろうか。ユーノはいるだろうが。

 

『良い案求む』

『ん~、私も自己回復能力の向上くらいしか使えないからねー。他人には効かないし。これ』

 

 壊れ物を扱うかのように丁寧に腕などの傷を見てみる。せっかくの綺麗な肌なのにもったいない」

 

「…………」

 

 見れば、フェイトは顔が真っ赤で俯いてしまった。

 

『恥ずかしい台詞をよく口に出せるね』

『え? なにが?』

 

 よく分からない。あ、勝手に肌に触れたのが原因か?

 

「アリシア、と言ったか?」

「えぇ、そうよ。妹を助けてもらってありがと」

「その妹だが、傷が少々ひどい。早々に退いた方がいいと思うが?」

「そうしたのは山々だけど………フェイト?」

「大丈夫。姉さん、私はまだ戦える」

 

 フェイトはフェイトで戦うつもりのようだし、アリシアもそれが分かっているのか特に何も言わない。どうやら、退くつもりはないようだ。

 

「やれやれ。退くつもりはないようだな」

「ごめんなさいね。あの男をちょっと、プチッとしないと………私、今日は寝れないみたい」

 

 そのプチッが命を潰す音じゃないことを願う。いかに霧谷とはいえね、目の前で死なれては目覚めが悪い。いや、目の前じゃなければいいのかといわれると、うーん。

 

「なら、付き合おうか」

「え? でも―――」

「2人でやるより3人でやれば、多少は早く終わるだろう? 早々に終わらせて傷の手当をしてやれ」

「あら、優しいのね」

「せっかくの綺麗な肌を持っているんだ。疎かにするな、と言いたいだけだ」

 

 時の流れは残酷だからね。若いうちにしっかりと丁寧に手入れをしておくことを勧める。歳取ってからでは遅いのだよ。

 かくゆう俺も気を使っていたりする。

 

「ぁ………ぅ……」

「…………」

 

『これが! 天然か!』

『なんだよ、いったい。とりあえず、そろそろ暴れたいだろ?』

『もち!』

 

「コホン―――えぇ、お願いするわ。フェイトはジュエルシードを。あなたは―――「クロだ」クロさんは、私とあの男をこr―――抑えるのを手伝ってくれるかしら?」

 

 今何て言おうとしたか。深く考えないことにする。

 

「分かった」

「任せろ」

 

 宝具を投影できる霧谷を相手にどれほど戦えるか。1対1ではないが、まぁ負けることはないだろう。勝てるかどうかは分からないが。

 確実性を求めるならここでフェイトにも手伝って欲しいところだが………。

 

(そうもいかない訳だ)

 

 遠くで手の空いているなのはがジュエルシードを封印しようとしている。このまま霧谷の相手をし続ける訳にはいかなかったのだ。

 ジュエルシードを封印することは大事だし、俺的には誰が封印したって構わない。ただ、ここでなのはとフェイトには戦って欲しい。

 2人は将来親友になるほどの仲になる。相性は合うはず。こんな人もいるのだと、知って欲しいのだ。

 フェイトやアリシアからすれば、どこの誰とも分からない魔導師に奪われるかもと思ってるのだろう。なのはの人となりを知れば、その危惧もなくなるだろうが今は仕方が無い。

 

「話は終わったか?」

「あぁ、待たせたな」

 

 先ほどとは打って変わっての変貌ぶり。これが、素の霧谷だろうか。

 

「アリシアもそうだが、そっちの男。俺が知らない奴。それにその仮面は“黒(ヘイ)”のものだな?」

 

(当たり)

 

「貴様も“転生者”か?」

「ヘイ? テンセイシャ?」

「………何を言っている?」

「違う? まぁ、どちらでもいい。アリシアは生かしてやるが、てめぇはダメだ。俺のハーレムを邪魔する者は全員殺す」

「……………」

「へぇ―――私を、生かして“やる”?―――面白いことを言うわね、三下が」

 

 黒化とも名づけようか。再び、アリシアから黒いオーラが出ているような気がする。

 おかしい。真冬に戻ったのか寒気がする。あ、風邪でもひいたのかな? ふふふ、震えまで出てきたぜ………これはちょっとやばいな。

 何がやばいって? 隣に立つアリシアの空気かな? うん。ごめん。直視できない。

 

『裕也。現実を見ようね』

『現実は恐い』

 

 しかし、隣から聞こえてくる呪詛は聞きたくない。

 てか、お前はいつも通りだな。

 

『仮にも神だよ。それも祟り神。嫉妬とか憎悪とか飽きるほど見てきたよ』

 

 なるほど。さすがは神だ。元が付くけど。

 

(さて、と)

 

 気持ちを入れ替えよう。

 確かに霧谷は魔力は高く、攻撃も殺傷力の高いモノが多い。だが、かつて諏訪子が言ったように奴には戦闘経験はほぼ無く、これまでの戦いも圧倒的な物量で押し潰してきたようなものだ。

 

(力は奴が上だが、技術はこちらが上なはず)

 

 ここに来るまでにパチュリーさんやスカさんから色々と学んできたのだ。何より、あの幽香との初戦闘から心を入れ替えて鍛錬してきた。

 そして何よりも、俺の隣にはアリシアがいるのだ。大邪神と化したアリシアが。負ける気がしない。否、負けることは許されない。

 

(負けたら死ぬ! 俺が!)

 

『裕也』

『ん?』

『覚悟は出来た?』

『何のだ?』

『あいつの死体を見る覚悟、かな?』

『それは出来てない―――が、戦う覚悟は出来た。神遊び、始めようか?』

『ふふ、裕也も分かってきたねぇ』

 

 

 さぁ、始めよう忘れられた神遊びを―――

 

 

 

――開宴「二拝二拍一拝」

 

 

 

 普段ならば地面から巨大な岩の手が出現するスペカ。だが、今の場所は空中。例え、地面から出現したとしても届かない。

 

 ならば、何をしたか。

 

 空気の圧を利用し、見えない手を作ったのだ。

 

 

―――ボゴォッ!!

 

 

「ぐっ!?」

 

 これもパチュリーさんと共に改良した付け焼刃の一枚。大した威力は出なかったが、空気なだけあって相手を吹き飛ばすことは出来た。おまけに見えない。体勢を崩された霧谷はその場で一回転し、己の敵―――俺へと目を向けた。

 また、周囲に展開されつつあった武器たちも今の一撃で散り散りに飛んでいくなり、爆散するなりした。あれらの武器は空間に固定されている訳ではなく、浮いているだけなので当然の結果だった。

 

「へぇ、面白いわね」

「くそっ! なんだ、今のは!?」

 

 

――ポワッ

 

 

「………なに?」

「コンデンスドバブル」

 

 霧谷が体勢を整えている間に、すでに次の手がめくられていた。いつの間にか、霧谷の周囲には大小様々な泡が設置されていた。その数は今もなお、少しずつと増えていく。

 

「こんなこけおどしが―――っ!?」

 

 剣を投影し、目の前の泡から切り裂く。その瞬間、

 

 

――ドォンッ!!

 

 

 予想に反して激しい爆発音が霧谷を襲う。原因となった泡は周囲に散乱し、連鎖的に爆発が響く。小さいものから大きいものまで、10を軽く超える数があった泡たちはすべて爆発した。

 

「これで終わり………ではないよな」

「でしょうね」

 

 それに付け焼刃の一枚は、見た目に反して威力はやはり小さい。

 

『だねぇ』

『まぁ今日作った即行スペカにしてはいい方ではないか?』

『っと、魔力反応かな? 気配はまだあるよ』

「よし、一気に叩き込もう。反撃されると厄介だ。アリシアもそれでいいか?」

「えぇ」

『りょ~か~い』

 

 さて、チート能力を持つ霧谷を相手に、どこまで戦えるか。今後のためにも、計らせてもらうぞ。

 

 

 

 



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第12話 「運命」の名を冠する者 後

不器用な転生者

第十二話 「運命」の名を冠する者 後編

 

筆者 Fat

 

 

 

飲み込む破壊の光

 

切り裂く破壊の光

 

 

全てを祟る闇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――土着神「宝永四年の赤蛙」

 

 

 赤いオーラが溢れ、それらが左右で形を作る。薄くぼやけ、ところどころに歪みが見えたりするが、それらは確かに俺と同じ姿を取っていた。

 俺がまず先に動き出すと、後ろの2体の裕也も追随するように動き出す。

 

 

「くっそがぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 見慣れた剣―――Fateのアーチャーが使っていた白黒で対となってる剣を霧谷は両手に持ち、突進してくる。

 

≪私は右から行くわ≫

≪了解した≫

 

 フェイトの時みたいに周囲に武器を展開されては困るので、先にこちらから奴に接近した。そのおかげか、奴は判断を変えたようだ。

 対して俺は鉄の輪を作り、両手に持つ。遅れて追随する裕也も赤い鉄の輪を作り、同じように構えている。

 

 

「約束された勝利の剣(エクスカリバー)ーーー!!!」

 

 

 生まれながらにして強大な力を持つ霧谷のことだ。特訓や鍛錬などしてこなかったのだろう。自分の強大な力と物量で押し潰すようなことをするのも、それしか出来ないからだろう。

 それだけでも問題はなかった。ジュエルシードの暴走体はもちろん、対人戦でも1対1ならば、ほぼ負けることはないだろう。

 だが、それも敵が変われば変わる。

 例えば、1人から2人になったら? 例えば、そのうち1人が戦闘に慣れた熟練ならば?

 

『裕也!』

『大丈夫だ。視えて(・・・)いる』

 

 破壊の光が目の前に展開されても、俺にはよく視えていた。恐怖を感じるかと思ったが、不思議と何も感じない。幽香との戦いではただの拳でさえ恐怖したというのに。

 

 

――あぁ、誰かが言ってたなぁ。

 

 

 紙一重で躱すと余波で吹き飛ばされる可能性もあったので、少しだけ距離を取って避ける。

 横を通り過ぎる際に鉄の輪で切り刻む。バリアジャケットに防がれてしまったが、攻撃は一度ではない。タイミングをずらして、他の裕也がまったく同じ箇所を攻撃していた。

 同じ箇所に何度も何度も攻撃を行えば届く攻撃になる。塵も積もれば何とやらだ。

 

「ぐっ!?」

「お前は武器は怖いが、使い手がこうでは恐怖も感じんな」

「な、んだとぉぉぉぉぉ!?」

 

 霧谷から距離を取り、上から見下ろす。

 

「モブの癖に! 俺を見下すなぁぁぁああ!!!」

 

 怒鳴りながら飛び掛ろうとする霧谷。しかし、誰か1人を忘れていないか?

 

「敵は俺だけではないぞ?」

「約束された(エクス)―――っ!?」

 

 今まさに攻撃しようとした霧谷の背後に舞い降りる影―――

 

 

「がら空きよ!」

 

 

 それはアリシア。正規の訓練かどうかは知らないが、戦闘訓練は受けていたのだろう。俺たちとは違って動きに無駄がないのが見える。

 死角から急接近。一閃。そして流れるように移動して、また一閃。今度は防がれてしまったが、この一連の動作が1枚の絵画のように綺麗だった。

 

「がっ! くっそ!!」

 

 だが霧谷はあくまでも標的は俺だと言わんばかりに、その視線は俺を睨んでいた。自分のすぐ近くにいるアリシアよりも、距離の離れた俺へと向けて攻撃を放ってきた。

 

「―――勝利の剣(カリバー)ァァァァァ!!」

 

 再びの破壊の光。

 

「たやすい」

 

 それはただ虚空を切り裂くのみに終わった。

 

「くっそ! ちょこまかと!」

 

 パチュリーさんたちに言われた通り、俺は徹底して回避を選択している。大した訓練もしていない人間なのだから、あれもこれもと考えて動くことは出来ない。

 

 

―――だから、あなたはまず回避することを考えなさい。

 

 

 回避しながら攻撃でもなく、防御しながら回避でもなく、ただただ回避する。避けて躱して動き回る。相手も素人なのだから、隙を探すのは攻撃を回避してからでも遅くないと言われた。

 

 

―――避けてればいつかは攻撃のチャンスも来るわ

 

 

 相手の攻撃を回避する。どんな強力な一撃でも当たらなければ恐くはない。そして生まれた隙を付き、確実に相手の体力を減らしていく。

 長期戦になりそうなので、心配なのは俺の魔力だが―――

 

「氷・龍・一・滅!」

 

 そこは奇妙な言葉を発しながら切り刻むアリシアがカバーしてくれる。あとは、俺が潰れる前に終わることを祈るのみ。

 

「―――双牙!」

 

 アリシアの大剣が振り下ろされたと思ったら、すぐに振り上げられて2度目の斬撃を行った。

 後日に聞いたことだが、ミッドにいた時から地球の―――というか、日本のマンガやゲームに出会い、激しく感化されたという。読めなかった漢字などを調べるうちに好きになり、自分の扱う技にまであてはめちゃう好きっぷり。

 デバイスの応答にも徹底させている程だ

 

 試しにどの漢字が好きか聞いてみた。

 

「靁。フェイトみたいじゃん」

 

 それを聞いたフェイトは大変驚いたそうだ。

 

 

 

―閑話休題―

 

 

 

『俺の攻撃は全くと言っていいほど、通っていないなぁ』

『ヒットはしてるんだけどねー、純粋に攻撃力が足りてないみたい』

 

 俺の攻撃力がどこまであるのかは分からないが、霧谷の防御力が高くて通らない。バリアーやシールドなど張られたら完全に無効化される。

 精々が、アリシアの援護として霧谷の邪魔をする程度だ。必要以上に霧谷はこっちを敵視してくれてるので、それも楽に行える。

 

『呪え、祟れ、厄と成せ』

 

 

――土着神の祟り

 

 

 赤い分身を破裂させ、溢れ出した黒い霧を霧谷へと押し付ける。

 

「なんだ!? これは!?」

「なに?」

 

 アリシアも攻撃の手を引いて一歩退く。

 2つの黒い霧は霧谷に取り付くと、合体し大きくなった。霧谷の体を覆うほどになり、常に付き纏う。しかし、霧谷自身には何の変哲もないように見えるが………。

 

『どんな感じ?』

『祟り神の呪いだよ。何の効果が出てるかは知らないけど、バッドステータスは確実』

 

 しかし予想に反して効果が薄いという。分神体ということと、デバイス化の所為かもと本人談。何の効果かは分からないが、バッドステータスならチャンスであるのは確実。

 

≪アリシア! 黒い霧は気にするな! お前には害はない≫

『だよな?』

『そうだよ。あれはあいつにしか効果はないよ。そうゆう風にしたし』

≪ふふ、面白い戦い方ね。分かったわ≫

 

 念話でアリシアに害はないことを伝える。諏訪子に確認も取ったし、問題はないだろう。

 

 

――古の鉄輪

 

 

 俺は再び両手に武器―――鉄の輪を持ち、霧谷へと接近する。その場に止まっていれば、周囲に武器を設置されてしまうからだ。かといって距離を取れば、宝具の雨が炸裂する。

 なので近距離から中距離を行ったり来たりしながら相手の判断を鈍らせる。

 

「くそっ! って、なんだ!? 投影ができない!?」

 

 黒い霧に纏わりつかれている霧谷。応戦しようとしたみたいだが、どうやらうまく武器を投影することができないようだ。

 魔法が使えないのかと思ったが、現に今も空を飛んでいる。飛翔魔法は行えているから、単に投影―――魔力物質化のみ出来ないだけかもしれない。

 

『よく分からんが、今がチャンスだな!』

 

 

――源符「諏訪清水」

 

 

 突き出した手から水が勢いよく噴出する。反動で若干後ろに押されたが、構わず進攻する。

 

「ぷわっ!?」

 

 水の攻撃が終わると同時に霧谷へと攻撃を仕掛ける。チャクラムよろしく、鉄の輪を片手でぐるぐると回して、連続して相手に攻撃する。最後に脚で蹴るものの、やはり霧谷の防御は強固である。

 

「五月雨・斬刃っ!!」

「ぐぅっ!!?」

 

 対してアリシアの攻撃はよく通っている。それだけ攻撃力が高いのか、上手い具合に隙を付いているのか。

 男として少々思うところが無い訳でもないが、こればかりは仕方があるまい。

 それとは別に、アリシアも霧谷も技名を発しないと攻撃できないのだろうか? いやそういえば、なのはも叫んでたような気がする。フェイトは………どうだったかなぁ。

 俺はシステム的に言葉にしないとならんけど。

 

(さて、向こうはどうなってるか)

 

 視線の向こう―――なのはとフェイトたちの戦闘はどうなっているかと見れば………フェイトが、負けてる!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の勝ち………なの!」

「はぁ………はぁ………」

 

 惨劇の後のような幾つものクレーターの中央に、フェイトとなのはの2人はいた。

 互いにボロボロの体を杖で支え、なんとか立っているなのはと座り込んでしまっているフェイト。ジュエルシードはなのはの手にあることから、2人の勝負はなのはの勝ちだったのだろう。

 しかし何をやればここまでの惨劇が生み出されるのだろうか。

 

「みゃあっ」

「きゅ、キューッ!?」

 

 肝心の猫はというと、何が起こったのか分からず元気に飛び回っていた。ユーノを銜えて。まるで玩具を手に入れた子供のようだ。食われないかが心配である。

 望む結果としては違ってしまったが、俺の目的は達成された。

 

(猫も無事で、なのはもフェイトも一応は無事―――なら、次は逃がさないとな)

 

 満身創痍の今のフェイトでは、いかにアリシアと言えどなのはと霧谷から逃げるのは厳しいことだろう。

 今のフェイトたちとなのはなら話し合えば、お互いに理解が得られると思う―――が、今は退いておく。霧谷が何を言ってくるか分からんしな。

 

 

――コンデンスドバブル

 

 

 なのはとフェイトを囲むように無数の泡を作る。

 最近分かったことだが、スペカを短時間で何枚も使うことはできない。同時使用はもちろん、1枚使ったら2~5秒以上は空けないと次のは使えない。スペカによって空ける時間は違うみたいだが、これを破ると痛みとして警告が走るという仕組みらしい。

 スカさん曰く、

 

「天才の私でも分からないことはある」

 

 とのこと。使えない。

 

 

――スタティックグリーン

 

 

 念のため10秒は時間を置き、2枚目を行使。電気の球を作って二人の間―――先ほど作った泡へと接触させる。

 

「邪魔するなぁぁぁ!! アリシアァァァァァ!!!」

「フェイトを傷つけたんだから、死んで償え!! この下衆が!!」

『うるさい奴だね。裕也!』

『あぁ』

 

 だけど、パチュリーに教わったスペカと諏訪子が元から持っていたスペカ。これらは重複可能なようである。

 

 

――土着神「手長足長さま」

 

 

 俺の四方から七色の光線が出現し、霧谷へと飛ぶ。しかも、この光線。諏訪子の意思である程度の操作ができるようなのだ。あくまでも、“ある程度”なのだが。

 

「くそっ!」

「アズラエル! モード:鎌、変更!」

『承知』

 

 アリシアは大剣から形を変えて、フェイトと同じくデバイスを鎌の形状に変えた。フェイトの方はスマートに収めて機能を重視させた感じだが、アリシアのは見た目はごつくて扱いずらそうだ。

 

≪トドメは私が貰うわよ!≫

≪お好きに≫

 

 光線の合間を縫ってアリシアが攻撃する。出会って数分だが、俺たちは中々良いコンビネーションではないだろうか。と言っても、向こうがこちらに合わせているだけだろうっぽいが。

 

 

「䨮・封・鳴・血!」

 

 

「―――3回、か?」

 

 一度の攻撃で見えた斬撃はおよそ3回。間違ってなければ、首と胸と腹へと三段攻撃だ。非殺傷設定とはいえ、殺しに来ているぞ。

 

「がぐっ!?」

 

 霧谷がアリシアに翻弄、もとい殲滅されている間に電気の球は泡へと到達。科学反応を起こし、泡を霧へと変化させた。

 

「にゃっ!?」

「うっ!」

 

 2人の姿をかき消し、霧が充満する。近くに火種でもあったら大変なことになるが、それらしい気配はない。そもそも、魔力で作り出したものが果たして科学と同じ結果を齎すかは不明だが。

 まぁ魔力で作った火があったら起こると思うが。

 

≪アリシア!≫

 

 霧谷の横目に霧の中へと飛ぶ。アリシアも意図が分かったのか続いてくるのを気配で悟る。幸いにも俺には相手の魔力をオーラとして視れる眼がある。普通ならば何も見えない霧の中でも、俺には二人の位置が手に取るように分かるのだ。

 魔力で作った水で霧にした所為か、少々見難いがな!

 

≪アリシア! 掴まれ!≫

≪え? うん!≫

 

 霧の中では俺はともかく、アリシアは見えないだろうから片腕で引っ張る。そのままフェイト―――と思われる1人を掻っ攫う。

 

「きゃっ!?」

 

(ビンゴ!)

 

 これで間違ってたらどうしようかと思ったが、そんなことはなかった。

 

≪離れるぞ。転移の準備をしろ≫

≪あ、はい!≫

 

「え? あ、待って!」

 

 2人を連れてある程度距離を取る。何かを言いかけるなのはの姿があったが、その言葉は届く前に転移が行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ありがとうございます」

「気にするな。こちらにも理由があったからな」

「理由?」

 

 無事に転移が行え、転移した先は生活感溢れる部屋だった。まさかとは思ったが、どうやらフェイトたちの部屋に転移してきたようである。

 

「とりあえず、見ず知らずの男をいきなり部屋にあげるのはどうかと思うぞ」

「う。あ、あの時は……その………切羽詰ってしまいまして………」

「切羽詰ってたからって、部屋の中ってのは………」

 

 3人とも先ほどまで外にいたのだ。もちろん、靴は履いたままだ。フローリングの床だから雑巾などで拭けば大丈夫だろう。

 

「そのうっかりは直した方がいいぞ」

「…………はい」

 

 姉と俺に言われてしょぼんとするフェイト。心なしかツインテールもしょんぼりとしている気がする。

 

「さて」

 

 回復魔法なぞ使えないのでフェイトは休ませておき、怪我の治療は俺がやることにした。ここまで来たなら最後まで面倒みていけ、と姉の言葉。大邪神には逆らえぬ。

 当の本人は「報告が~」とか何とか言って部屋の奥へと消えてしまった。何をしてるかは知らないが、出てこようともしない。

 仮にも妹を見ず知らずの男に任せるのはどうなのだろうか。それを黙って受け入れてる妹もどうなのだろうか。黙々と受け入れてる俺もどうなんだ?

 

『役得?』

『知らねぇよ』

 

 俺はまだ霧谷を殺そうとしたアリシアを忘れていない。下手をすれば、あれがこちらに向けられる可能性もあるのだ。

 

(死にたくないでござる)

 

 関わらないのが1番だが、大邪神に逆らっても結果は同じ。何この詰みゲー。

 

「……………っ」

 

 治療されてるフェイトは人形のように黙ってはいるが、そわそわとしながら姉の消えた先を見たり俺を見たと思ったらぐるんと別の方を見たりと、忙しない。

 

「見ず知らずの男に触れられてるので落ち着かないだろうが、そろそろ落ち着け」

「あっと………うぅ、その………はい」

 

 何回も爆発に巻き込まれていたせいか、ほぼ全身を火傷していた。切り傷も見えるが、そこまでひどくないのがせめてもの救いか。ぶつくさ言ってたところで事態は進行しないので、治療を始める。

 

「――治療の道具が少ないな」

「すいません………」

 

 魔法文化の無い世界だ。自分と同じ魔導師がいるとは思わず、すぐにジュエルシードも集められると思っていたという。

 しかし、蓋を開けてみれば自分と同じ魔導師は2人―――俺も混ぜれば3人もいた。そのうち1人は見たこともない武器を爆発させるというおかしな戦法を取ってきて、完全に支配権を握られてしまった。

 

「しかし、次は負けません」

 

 俺もそう思う。霧谷の攻撃は言わば、初見殺し。技術や速さなどは上のフェイトに同じ手は使えないだろう。

 

(やはり、問題はなのはか………)

 

 霧谷との戦闘で手傷を負っていたとはいえ、まさかなのはに負けるとは思ってもいなかった。アリシアしか見ていないが、フェイトも同じく戦闘訓練は受けていたのだろう。

 対して、なのははほぼ素人だ。最近になって実家の道場で鍛錬をしているようだが………。

 ので、そこを本人に聞いてみることにした。

 

「あの白い魔導師―――彼女とはどうだった?」

「―――強かったです」

 

 油断はなかった。初手は遠距離からの砲撃で、しばらくはそれが続いた。悔しいことに遠距離戦では相手が上で、遠距離戦を得意とする魔導師と判断し、近接距離に移動―――したら、今度は近接戦ではほぼ互角な上に、相手のデバイスを使わない格闘に翻弄され、気付いたら蓄積されたダメージが―――

 

「そして落とされた、と」

「…………はい」

 

 接近すれば体術で。離れれば一撃必殺の砲撃。ただ、霧谷の時と同じく戦闘経験は少なく感じ、回避と攻撃を繰り返して場を繋いでいた。なのはもまた攻撃と回避を繰り返して応戦していた。が、フェイトの見立てでは防御も堅牢なものだったという。今はまだフェイトでもぶち抜けるが、今後はどうなることか、と末恐ろしいことを呟いていた。

 

(攻撃・防御・回避。全てが完璧に揃った魔王が生まれるのか………オワタ)

 

 どこで選択肢を間違えたのだろうか。うろ覚えだが、原作ではもう少し控えめというか、攻撃には消極的だったような気もするが………そうでないかもしれない。原作も結構、攻撃に攻撃を重ねていたかも。

 しかし、フェイトを黙らせるほどの体術の使い手か………本格的になのはが戦闘民族に目覚め始めている。此度の魔王はどこまで強くなるというのか。

 

『あの娘、強いんだね』

『俺も驚きだ。というか、今砲撃って言ったよな?』

『言ってたねぇ』

 

 なんだかんだでなのはとは一緒にジュエルシードを集めている。が、戦ってるところを見たことがない。正確には砲撃を撃つところを、だ。砲撃を使い始めたのはもう少し後だったような気がしたのだが………。もう使い始めているとは。

 というか、砲撃でもないとあの惨状は生み出せないか。

 

「あ、名前………まだ、でしたよね? 私はフェイト・テスタロッサです」

「俺は―――クロだ」

「クロ、さん?」

 

 アリシアに名乗ったクロという偽名。咄嗟に思いつかなかったので、自分の服の色を言っただけだが………まぁ問題はあるまい。

 

『黒の死神ってどこいったの?』

『時空の彼方。もしくは次元世界の狭間に吸い込まれた』

 

 以前考えたものなど、痛すぎて言うことすら出来なかったよ。あの頃の俺は若かったのだ。精神的に。

 

「とりあえずは怪我の治療だな。ここにある道具では今の君の怪我を治すには不十分だ」

 

 死ぬことはないと思う。フェイトの母親―――プレシアにしても今彼女が死んでは困るはずだ。というか、アリシアが生存しているならプレシアの性格も原作とは違う可能性が高い。

 

(なら、時の庭園だったっけ? 戻っても問題はなくね?)

 

「………今更だが、親とかはいないのか?」

「うっ。母さんはちょっと………」

「“今は”いないわ」

 

 戻ってきたアリシアが言う。“今は”ということは、いはするのだが会えないということだろうか。

 

「………とはいえ、この怪我を放っておくのはどうかと思うぞ? どこか治療できる場所や道具の入手など目処はあるのか?」

「うぅ………」

「あー……」

「………………」

 

 ないのかよ。何で戻らないの? てか、戻れないの?

 理由は分からないが、2人とも今は退けないらしい。とはいえ、この怪我を放っておくわけにはいくまい。火傷の放置は意外と怖いのだ。

 

「最悪、この世界の医療機関に頼るのも手だが」

「あっと、ね」

「その………まだ、戸籍が……ないから、実質、私たちはここにはいないことになってたりするの」

 

 なん………だと………。

 戸籍がないということは、病院とか無理じゃね?

 

「こ、ここの部屋は母さんがちゃんと戸籍作って借りてるところだから問題ないの! だけど」

「私とフェイトの分はまだ。それと、長期間いるつもりはなかったからね」

 

 まぁ確かに。フェイトたちからすれば、ここは魔法が無い管理外世界。長居する理由はあまりないか。

 とはいえなー。

 

 このまま、はいじゃあさようなら。残念だったねぇ。

 

 はないしなー。

 

「………ふぅ。仕方が無い」

 

 となるととれる選択肢は1つだけ。

 俺は紙とペンを借り、住所と名前を書く。この世界の地理を知っているかは怪しいところだが、まぁ同じ市内だ。辿り着くことは可能だろう。

 

「ここに行け」

「………? ここは?」

「俺と同じ魔導師が住んでいる場所だ。彼に治療の道具を借りろ。俺の名を出せば問題ない」

「あなたは何者なの?」

「それは今必要なことか?」

「―――――」

「―――俺はある理由でこの世界に来ている魔導師だ」

「ある理由………」

「ジュエルシードだったか? それではない。俺が探しているのは―――“闇の書”だ」

 

 なんか変な警戒を与えてしまったみたいだが、仕方あるまい。咄嗟の誤魔化しなど俺にはできん。

 

『なに? 闇の書って?』

『今考えた』

 

 今考えたというより、思いついたのがそれだった。今から数ヵ月後に出現―――は、もうしてるのかな? 呪いを付加されてしまった魔導書。

 理由を不透明にするより、はっきりとさせておいた方が疑われることはないだろう。と思っての行動だったがどうだろうか。余計に警戒を強めてしまったか?

 

「闇の書………あんな危険なもの、探してどうするの?」

「ううん。それよりも、この町にあるの?」

「………………」

 

『裕也、裕也。なんか存在するみたいな返しだよ?』

『だだ、だいじょうぶだ。も、もんだいない』

 

(まだ封印状態だから、見つけようとしても見つからないはず)

 

 とりあえず、沈黙はマズいと判断して理由を適当に考える。

 

「―――危険は承知。だが、そろそろ負の連鎖は終わらせないと、な」

「………あなた一人じゃ無理よ。あれは、魔導師1人でどうにかできる代物じゃないわ」

 

 知っている。むしろ、あれに1人で立ち向かうとかどうあっても思えない。そう考えると、クロノの父さんはすげぇな。尊敬するよ。会ったことはないけど。

 

「ふむ。古来より、能力を上げる方法は2つある。1つは千日の鍛と万日の錬を積むこと。もう1つは、代償を捧げ対価として力を求めること。例えば、神や悪魔などと呼ばれる超上の存在と契約すればいい」

「………?」

「分からんか? 命を対価として捧げれば魔導師1人であろうと闇の書を上回る力は得られるだろう?」

 

 ただその割にはメガ○テとか威力が低かったりするのあるよな。ある意味命をかけてる技なんだから、もうちょっと威力高くてもいいんじゃね?

 ゲームの話だろって言われたらそれまでだけどさー。

 

『嘘も方便とは昔の偉い人はよく言ったな』

『意味合いは違うと思うけどねー』

 

「な! 死ぬつもりなの!? そこまでして闇の書を滅ぼしたいの!?」

「滅ぼす? 何か勘違いしていないか? 俺は“負の連鎖を断ち切る”と言った。闇の書を滅ぼす訳ではない」

 

 正確には闇の書のバグを取り除くが正しい。まぁその方法なんて皆目見当もついていないんだがな。見切り発車もいいところである。

 

『ぶふっ』

『笑うなよ』

「………あなた、長生きしないわよ」

「だろうな」

「えっと、その、ごめんなさい。なんか、聞いちゃいけないことを聞いたみたいで」

「気にするな」

 

 全てでたらめ………ではないが、半分以上は嘘と思っていて欲しい。望む未来ではあるが、その未来への行き方が分からないのが現状だ。

 なんとかしたいと思ってるが、一歩も進めてない状態でタイムリミットは迫ってきている。

 

『裕也は100%ノリでできてるよね』

『うっせ』

 

「あの………私たちのすること、ジュエルシードを集めることが終わったら、手伝ってもいいですか?」

 

 今回のお礼もしたいし、とか小さく呟いているが………うーん、どうしたものか。

 別に俺に付き合わなくても、話的に関わってくると思うしな。

 

「そうね。1人でやるより3人で探した方が早く見つかるわよ?」

「却下だ。自分たちで言っていただろ? 危険な代物だと」

 

 ここは話通りに動いてもらうことにしよう。つまり、なのはたちと行動してくれ、だ。

 

『裕也のでたらめがホントになったら、私は思いっきり笑ってあげるよ』

 

 いらんお世話だ、とは言えないな。数ヵ月後を待っててくれ。そして、笑わば笑え。このダメカエルが。

 

「でも………」

「今回はたまたま近くにいたから駆けつけただけだ。俺は俺のやるべきことを。お前たちは自分たちのやるべきことをやっておけ。それが終わったら―――」

 

 “早々に親の元へ帰れ”

 

 と言いたいけど、できれば残ってなのはと友達になってやって欲しい。出会った以上、俺が干渉しなくても友達になるとは思うけど。

 

(なのはのことをどうしようか。2人と合わせたいが………今は無理かなー)

 

 とりあえず、今日は帰って情報整理だな。色々と予想外のことが起こっていて頭が混乱している。沸騰しそうだ。

 

「ではな。治療はしっかりしておけ」

「あ、この住所の人って?」

「そこに住んでる奴は巻き込まれて魔導師になったこの世界の住人だ。信用できる人間だ」

 

 自分で言うのもなんだが。

 

「今はこれで納得しておけ」

「…………むぅ」

「影月………裕也…………」

 

 書いたのはもちろん俺の住所と俺の本当の名前だ。アリシアに説明した理由も事実であるし。

 

『こうして関わるなら最初から変装なんてする必要なかったんじゃない?』

『俺もこうして関わるとか予想すらしてなかったよ』

 

 それに今のフェイトをほっとけるほど人間ができていない。仕方が無いことだ。甘いなら甘いと笑えばいい。

 なのはの時も似たような展開じゃなかったかな? あれ? もしかして成長してない?

 

『あはははははははははははは』

『ぬっころす!』

「でも………」

「でもも案山子もない。その怪我では次も白い魔導師には勝てないぞ」

「うっ」

「それに火傷を放置するとぶくぶくに醜く膨れ上がってだな………」

「いや、聞きたくない!」

「でも、迷惑じゃないかしら………」

「そこは………気にするな」

 

 渋々とだが、二人は頷いてくれた。

 

「ではな」

 

 フェイトの部屋から出ると、既に外は夕方から夜へと変わる時間。少し離れたところで変装を解き、クロから裕也へと戻る。

 

「はぁぁぁぁぁぁああああああああ………」

「疲れてるねぇ」

「まったくだ………てか、あー。フェイトたちに頼むこと忘れてた」

「頼むこと?」

「んー、何故ジュエルシードを集めているか。俺の勘では、後ろに誰かいるのではないかと思ってな。会わせてもらえないかなぁと」

 

 恐らく、というか原作通りに姿を見せていないプレシアがバックにいるはずだ。何故表に出れず、何故2人は戻れないのかは知らないが。

 頭が混乱してて、下手なことを言うまえにさっさと退散したかったって気持ちが強くて忘れていた。まぁ、次に会った時でいいか。

 

「どした?」

「ん~、あの娘たちのこと。気に入ったのかなぁと。やけに気にしてるし」

「ほっとけ」

 

 気にならないとは言わないけど、諏訪子が思っているようなことではないからな。

 

「とりあえず、帰るか」

「そうね」

 

 諏訪子とともに、俺は帰路を急いだ。霧谷との戦闘やら何だかんだで体が疲れていた。俺も自分の傷の手当をせにゃならん。

 てか、もう原作ってなんだっけ? だよ。自業自得ではあるけどさー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

「なのは! 無事k………って、いねぇ」

 

 霧が晴れた頃には既になのはの姿は消えていた。

 

「まったく、恥ずかしがりやなんだから。まぁいい。次に学校で会った時にでも感謝されるだろうしな」

 

 少し離れた物陰でなのはは隠れて霧谷が消えるのを待っていた。

 

「早く消えてほしいの。なんでいつまでもいるのかな?」

「なのは………別に隠れる必要h」

「なんならユーノくんを送り込もうか? 転送魔法で一発なの」

「ごめんなさい」

 

 その後も一人で笑ったり唸ったりして満足したのか、霧谷はどこかへと行ってしまった。

 

「ふぅ………あ、早くすずかちゃんたちのところに戻らないと」

 

 元凶となった猫をかかえ、なのははユーノと共に戻っていった。

 

Side Out

 

 

 



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幕間02 運命と出会った「裏側」

 

 

 

手の上で踊る道化師(ピエロ)

 

手を差し出す操り人形(マリオネット)

 

 

どちらが愚者か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジュエルシードの反応を感じたので、急いで向かってみればそこにはなのはとフェイトの姿があった。

 そう、今日はなのはとフェイトが初めて会うシーンだった。

 

 が、2人とも俺の嫁候補だ。2人の戦闘シーンは個人的には見てみたいところだが、まずは俺のものにするのが先決だ。

 

 

「ふはははははは!」

 

 

 なのはは動物好きだからな。猫へと向かった攻撃を守る。フェイトの攻撃力は知らんが、最強の俺のシールドの前には無駄だったな。

 ふふふ、背後からなのはの視線を感じる。振り向きたいが、ここは振り向かないのが男だ。

 

(男は背で語る。安心しろ、なのは。明日になったら、たっぷり甘やかしてやるからよ)

 

 今はフェイトだ。

 協力者が言うように、俺のニコポ・ナデポの魅了系は魔導師には効きにくいようだ。フェイトに試してみても他の女のように変わったところは見られない。

 

『万全の状態だから効かないだけで、ダメージを与えれば効くかもしれんな』

『なるほどな』

 

 心苦しいが、フェイトには少し傷ついてもらうか。

 

 

―――くくっ

 

 

 自然と口が釣り上がる。

 どうやら俺は嗜虐趣味もあるようだ。目の前であのフェイトが傷つく姿を見れると思うと、興奮してくる。

 だが安心しろ。殺す気などさらさらない。後で俺が優しく介抱してやるさ。身も心も全て俺に委ねるようにしてやるさ。

 

 

「はっ!!」

 

 

 目の前からフェイトが消える。さすがに疾い。俺の目では追いつくことはできない―――が、攻撃してくるのは分かってる。

 ならば話は簡単だ。

 

『全方位バリアーだ』

『了解』

 

 一点でも一面でもなく、全方位に障壁を張ってしまえば、俺に攻撃は届かなくなる。

 おっと、横から音がしたぞ? 次は背後か。速いなフェイト。だが無駄だ。

 

「最強の俺には無意味だ!」

 

 いいねぇ、その瞳。まだ諦めていない眼。フェイトはまだ戦うようだ。その眼が、いつ曇るのか楽しみでしょうがいないぜ。

 

 

 

 だが、それもここまでだった。

 

 

 

 無粋な乱入者が現れたのだ。

 

 1人はアリシア。何故生きているのかは分からんが、生きているならば好都合。お前もついでに俺の嫁にしてやろう。

 そしてもう1人は男の魔導師―――姿格好は俺の前世のマンガのキャラにそっくりだった。だが、本人は全く知らないという素振り。

 

『おい、あいつは転生者か?』

『…………いや、違う』

『違う、だと? あの格好してるのにか?』

『あぁ、恐ろしいまでの偶然だな』

『ちっ』

 

 今まで協力者は的確に転生者を見つけてきた、そいつが言うのだから、本当なのだろうが………納得がいかん。

 まぁ転生者だろうが違かろうが問題ない。

 

『―――どちらにしろ、殺すだけだ。問題ない』

 

 アリシアは生かしておいてやる。だが、男はダメだ。男はいらない。転生者でないなら、今ここで殺したとしても問題はないだろう?

 

『今は退くことを考えた方がいいと思う』

『あん? 俺があんな奴に負けると思ってるのか?』

『デバイスも持ってない相手だ。どんな攻撃してくるか分からないのだぞ?』

『はん! 関係ないな! 全て捻じ伏せる! 俺は最強だ!』

 

 だが悔しいことに、協力者の言葉は正しかった。

 頭の中でなのはたちと同じ魔力攻撃が来ると思っていた。思い込んでいた。奴が取ったのは他の手段。

 

(カードでの宣言と攻撃―――これは、“東方”か!)

 

 ホントにあいつは転生者でないのか疑わしくなった。しかし、協力者の声は否を唱える。

 

(まぁいい。今考えることではないな)

 

 全方位シールドを張れば攻撃は届かないが、俺も攻撃できなくなってしまう。しかも、アリシアにはシールドを破って攻撃してくるから、デメリットの方がデカい。

 ならば、攻撃だ。圧倒的な力を見せ付けて、全てを飲み込むだけだ。

 

 

 

 だというのに、どういうことだ。

 

 俺の攻撃が当たらない。全てが避けられる。剣も技も何もかもが。アリシアは無視して、男だけは執拗に追いかける。まずはあいつだ。あいつを倒す。あいつを殺す。

 

「ぐっ!」

 

 俺よりも高い場所に奴がいる。俺を見下ろしている。それが―――

 

「モブの癖に! 俺を見下すなぁぁぁああ!!!」

 

 俺が最強だ。俺が一番だ。俺がトップだ。全ては俺に跪くんだ。

 

「邪魔をするなぁぁぁぁ!! アリシアぁぁぁぁぁ!!」

「お断りよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、その時の勝敗は俺の勝ちだ。奴は逃げていった。だが、試合では勝ったが、勝負では負けたようなものだ。

 

「くそが………」

 

 俺が最強だ。俺が一番だ。

 これはあってはならないことだ。

 

「―――今は、なのはのところに行くか」

 

 この荒んだ心をなのはに癒してもらおうと思い、なのはがいる場所へと向かった。しかし、考える時間が多かった所為か、なのははすずかの家の中に戻ってしまったようだ。

 

「ちっ、遅かったか」

 

 もう会えない訳ではない。

 明日もまた学校では会えるだろうから、今は大人しく退いておくか。

 

「仕方が無い。他の女どもで我慢するか」

 

 フェイトの傷つく姿をみたおかげか、ひどく興奮している。このままではゆっくり眠ることもできないな。

 適当に女どもを虐めてみるか。

 

 

 

 



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第13話 天才と「天災」

不器用な転生者

第十三話 天才と「天災」

 

筆者 Fat

 

 

 

新たな力

 

新たな出会い

 

 

波乱の予感

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、現在の我が家。時刻は夜になるかどうかの頃。俺の部屋には2人の客人がきていた。

 言わずもがな、フェイトとアリシアであった。

 

「ご、ごめんね。ホントは明日来るつもりだったんだけど………」

「痛い痛いって言ってたじゃん」

「それは姉さんが触るから………」

 

 同じ顔が横に並んでお互いを非難する。ツインテールとポニーテールで判断しているので、2人が髪を下ろしたら分からなくなりそうだ。

 しかし、中身はまったく持って違うので少し会話すれば看破はできそうだ。

 

「まぁ、気にしてないよ」

 

 夕方から夜になる時間帯は、咲夜さんは大抵いない。何故かは知らないがいない。ちょうど俺が帰って来た瞬間で、咲夜さんがいない時間帯で、その間に訪れてくれて本当に良かったと思う。

 母さんにはバレないように家にあげて、部屋の中へと連行した。

 

「ただ、来るのはいいが、あの格好はどうかと思うぞ」

「あ………おかしい、かな?」

「あんたらの世界ではどうかは知らんが、この世界ではな」

「ほら、やっぱり」

 

 フェイトの今の格好は黒のワンピース。アリシアは白とこちらは正反対の色。だが、生地が薄く夜の今では少々寒い。だからといってバリアジャケットの格好で来たというのだから困りものだ。

 確かに普通の服とは違うが、よく恥ずかしくないものだ。

 

「突然きてなんだけど、準備がいいわね」

「あぁ、クロから話は聞いてたからな。あと、俺が魔導師なのは秘密で頼むぞ」

「うん。分かった」

 

 まるで一人芝居である。

 ここにいない諏訪子は念のために下に行ってもらっている。主に母さんの足止めだ。あの母さんが上に来ることは早々ないが、予測できない行動を取るが故に誰かがついていないと危険なのだ。

 

「何をしてたらこんな全身に火傷を負うんだ?」

「えっと…………」

「喧嘩、かな?」

 

 知ってるけど尋ねる。

 ただ、子供の喧嘩で全身火傷って通報レベルじゃね? 魔導師とはいえ、子供なんだから。

 

「まぁいいが。ある程度の治療道具は揃えておけよ。それか回復魔法が使える奴を」

「う、うん………」

 

 少なめだが医薬品を渡す。お金が~とか受け取れないとか言い出したので、アリシアの方に渡すことにした。こちらは素直に受け取った。

 

「ごめんね。助かるわ」

「何してるかは知らんが、無茶はするなよ」

「私もそうして欲しいんだけどね………」

「う………ごめんなさい、姉さん」

「突撃癖というか突貫癖というか、もう少し落ち着いてくれればねぇ」

 

(あー………確かに、そんな空気はあったなぁ)

 

 当の本人であるフェイトは、顔を赤くしながら縮こまっている。可愛いのぅ。

 

「とりあえず、俺がやったのはあくまでも応急処置だ。幸い、軽いものだったけどなるべく早いうちに病院で診てもらった方がいいぞ」

「うん」

「分かったわ」

 

 氷で冷やして………は遅いかもしれないけど、火傷用に冷やすシートを張ったり、薬を塗ったりとした程度。なるべくならちゃんとした病院できちんと診察を受けて欲しいが………。

 

「次はないとは思うが、来る時は格好に気をつけてな」

「うん。ありがとう。じゃあ、バイバイ」

「じゃあね」

 

 咲夜さんが帰ってきているかを確認し、まだ帰ってきていなかったのでその間にそそくさと2人を帰した。

 

「……………はぁ~」

 

 ずるずるとその場に崩れ落ちる。

 先ほどの戦闘で若干残った体力が全てなくなったようだ。

 

「あ、終わった?」

「なんとかな」

 

 変な一人芝居をしていたみたいで、妙に気恥ずかしい。顔赤くないよな?

 

「もう決めたんだから。最後まで関わってやるさ………物語はハッピーエンドがいいしな」

 

 しかし、フェイトはともかくとして、アリシアはもっと警戒してくるもんだと思った。そこまで信頼されるようなことはしていないと思う。裕也としては初対面だし。

 警戒されるもんだと思っていたが、本人は終始こちらの世界のマンガが気になっていたようで、あまり俺たちを意識はしていなかったように見える。

 

「まぁ、警戒されるよりかは信頼される方がいいよな」

「どうしたの?」

「いや、なんでも」

「ところで、体の方はどう?」

「ギリギリセーフ的な感じ」

 

 今回の戦闘も後半は魔力切れを起こしかけていた。なんとかフェイトたちと別れるまでは持たせることが出来たが………。

 

「まともに戦闘を続けられないのが辛いところだなー」

 

 短期決戦に持ち込んで速攻で終わらせないと魔力切れで倒れてしまう。敵の増援や、長期戦などになったらピンチだ。

 早々に魔力量についてなんとかしないとマズい。

 

「はぁ、もう今日は飯食って早々に寝たい。今日は何かって聞いてる?」

「チャーハンだって」

「へぇ、中華鍋とかないけど、咲夜さんどう作るんだろ? 以前も出たような気がするけど」

「澪、張り切ってたよ」

 

 その言葉に思考停止した。

 誰が張り切ってるって?

 

「裕也の母親だよ」

「止めろ。今すぐにだ」

 

 諏訪子が来る前に咲夜さんが来たおかげで、諏訪子はまだ母さんの料理を味わっていない。なので危機意識が低いのは分かるが、あれはマジで影月家が崩壊するレベルのものだ。

 通常の具材から未知の物を作り出す錬金術師だぞ!?

 

「貴様はしゃべるコロッケとかを食いたいのか!?」

「は? え?」

「くそっ! 咲夜さんはまだ戻らないのか!?」

「どしたの?」

「死者が出るぞ! 俺はまだ死にたくなーい!」

 

 

 

 

 

 幸いにも料理は始めたばかりで、被害は少なかった。

 チャーハンを作ると聞いてたけど、何故か用意されていた湯銭鍋には紫色の湯気をあげる謎の液体が入っていた。まな板の上を見る限り、使われている材料は普通の一般家庭のものだった。ただし、チャーハンに使われるような材料ではなかったが。

 

―――ジャボボボボボボッ

 

「ねぇ、裕也。チャーハン作るって言ってたけど………」

「これが母さんクオリティだ」

 

 てか、目に滲みるなぁ。涙が出てきたよ。

 

―――ジャボボボボッ

 

「これ、流していいの?」

「―――原材料は問題ない」

 

 

「シャギィィィ!!」

 

 

―――ジャボンッ!

 

「……………」

「……………」

 

―――ジャボボボッ

 

「ねぇ、裕也。今………」

「言うな。俺は何も見てない」

 

 地球上に存在しないような生物が鍋から排水溝へと落ちていったなど、俺には見えなかった。

 捨ててからこれらは本当に捨てて良かったのだろうか。と思案したが、元は普通の食材だったので問題ないと判断。

 

 

 

 

 

 後日、スカさんにそのことを話したら

 

『ぜひとも研究材料として欲しかったね』

 

 影月家が滅ぶ可能性があるので、次はないと思う。思いたい。

 

『あぁ、それとだがね………』

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌日の放課後

 

 緊急ニュースで“下水道で新種の生物が見つかった”という報道がされたが、うちは関係ないと思う。そんな午後の一時、俺と諏訪子はとある家の前にきていた。

 

「………………………」

「………………………」

 

 スカさんに言われた場所に来てみれば、表札には何故か【ジェイル】と書いてあった。しかもうちの近くだ。

 何をしているんだ、あの次元犯罪者。管理外世界とはいえ、自由過ぎないか?

 

「なぁ、諏訪子。俺は疲れてるのかなぁ?」

「そうかもしれないね」

「帰ってゲームでもするか?」

「ぷ○ぷよでもやる?」

『いいからとっとと入ってきなさい。2人とも』

 

 インターホンからスカさんの声が聞こえてきた。しぶしぶと俺と諏訪子はスカさん宅へとお邪魔することにした。

 

 

 

 

 

 

「クックック、どうだい? 我が研究所は」

「てか、何してるんですか? あ、これお土産です」

「ドクターの考えることは私には分かりかねます。あ、これはご丁寧にどうも。後で持って行きますね」

「ウーノも大変だねぇ」

「おやおや、私は無視かい? 寂しいねぇ」

 

 影を背負いながら「クックック」と怪しく笑う物体は放置して、家の中を見渡す。見た目は普通の家なのだが、中は超ハイテクだった。いつかの研究所よろしく、何に使うのか分からないポッドなども多数置かれている。あと地下室もあるみたいだが、勝手に作ってはダメだろうに。

 ことハイテク技術に関しては最早“スカさんだから”で納得できる領域に達しているので、疑問に思うが疑問に感じない。とりあえず、今は別なことを尋ねる。

 

「この家を作った意味は?」

「強いて言うならば、君の近くにいた方が面白そうだからかな」

「人を争いの元凶みたいに言わないで欲しいです」

「でも、この短い期間で色々起きてるよね」

「うぐぅ」

 

 幽香との出会い。フェイトとの邂逅。霧谷との戦闘。その他にもジュエルシード3つを手に入れることがあったりした。

 合計4つだが、スカさんに渡してあるのは2つだけだ。残りの2つはフェイトに頼みごとをする時に渡す用だ。それも必要なさそうな雰囲気だが、念のため。

 スカさんに頼んでジュエルシード自体は封印済みなので俺が持っていても問題はない。

 

「そういえば、プレシアとは出会えそうかい?」

 

 ウーノさんに渡した翠屋のケーキが運ばれてきたところで、スカさんから話を切り出してきた。何故、プレシアさんの話かというと、フェイトが現れたと話したら、スカさんがプレシアさんのことを教えてくれたのだ。2人の後ろにいるのはプレシアさんで間違いない、と。

 なんでも、2人は研究者仲間で知り合い同士だったとか。

 

「どうだろうね………フェイトたちには会えたけど、まだ伝えてはないし。スカさんの方は?」

「ダメだね。前の連絡アドレスは既に破棄されたようで繋がらなかったよ」

「ま、地道になんとかするよ」

「何かをする前には連絡を頼むよ。君が動くと面白いことになりそうだから、ぜひとも近くで観察させてくれ」

「………善処はする」

 

 以前渡したジュエルシードに関しては、まだ時間がかかるという。かなり無茶をすれば抽出することも可能だろうが、その場合海鳴が地図から消える可能性もあるという。

 現状、武器が鉄の輪しかないので、スカさんには新たな武器をお願いしている。わざわざジュエルシードじゃなくてもいいのだが、管理外世界故に武器となりうる材料が手に入りにくいのだ。加えて目の前の研究者は次元犯罪者で、気安く材料を手に入れることができない存在だ。

 まぁ攻撃手段は多々あるので必ずしも必要という訳ではないが、あるとないとでは結構違う。

 

「武器とは関係ないが………」

「?」

「高台だったかな? あそこで見かける【白蛇伝説】は知ってるかい?」

「あぁ、地元の人なら皆知ってると思うぞ」

 

 高台の奥に迷い込むと、小さな白蛇が出迎えてくれる。その白蛇は人語を話し、善き者には幸福を、悪しき者には災いを齎すという伝説。

 目立たない奥の場所に小さな社があり、何の神を祭っていたのかは地元の人ですら知られていない。もしかしたら、そこで白蛇が祭られていたのかもしれない、という話だ。

 

「限られた者しか見つけられないとか、白蛇じゃなくて蛙だったとか、逸話はそこそこあるみたい」

「ふむ。そうなのか。神とかは信じてなかったけど、諏訪子くんのケースがあるからねぇ」

「うん。俺もあまり信じてはなかったけど、諏訪子がねぇ」

 

 今回の件が落ち着いたら見てみようかね。

 昔から聞いてた御伽噺のようなもので、あまり信じては無かったが、ちょっとばかり興味が沸いた。暇な時に足を向けてみてもいいかもしれないな。

 

「そういえば、君。今は“クロ”と名乗ってるのだっけ?」

「ブーーー!!」

 

 突然言われた偽名の名に思わず吹いた。いつも思うが、情報が早い。まぁ、“クロ”の存在に関しては、戦い方からしてバレバレだっただろう。

 

 

 

 

 

―閑話休題―

 

 

 

 

 

「話は変わるが、近々私の娘が来る」

「スカさんの娘?」

「あぁ、チンクとセインというのだがね。その時にはよろしく頼むよ」

「何をよろしく頼まれるのか知らないけど、分かった」

 

 どうやら霧谷やなのはの存在があるため、戦闘に特化した者を呼んだそうだ。ウーノさんもスカさんも戦闘に関してはあまり得意ではないらしいので。

 それにジュエルシードの件もあるし、プレシアも関わっているのなら近いうちに管理局が関わってくるはず。それに対しての戦力も増やしておきたいとか。

 

「今度は逃げるんじゃなくて、迎え撃つのか?」

「まぁこちらにも事情があるのだよ。ぶっちゃけて言えば、私も管理局に属していることになるしね」

「ぶっちゃけ過ぎ。深くは聞かないけど、ここでぶっちゃけることではなかったと思うぞ」

「ハッハッハッハ!」

 

 まぁ原作知識がある手前、驚きはしたけど納得はしている。だがやはり、ここで言うべきことではないと思う。

 このスカさんもややブレイク気味だよなー。

 

「2人が来たらまた連絡をするよ」

「あいあい」

 

 結局、武器に関しては目ぼしい物はなかった。時間をかければ手に入るかもしれないが、確実ではない。何か武器を探さないとなー。

 

 

 



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第14話 「辛」と幸

 

 

 

 

似ているだろ?

 

辛と幸の文字は

 

 

つまり、そうゆうことだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市から外れた場所に超巨大なプールが出来たという。流れるプールから室内の温水プール。深さも様々あり、大小様々なプールがある。更には温泉やら休憩室やらと他にも色々な施設が十分ある場所だった。

 いつか行って見たいなぁとは思っていたが、施設が色々と詰まってるだけに中々高い。一般庶民ではちょっと手が出せないくらいに。

 なので、諦めていたのだが………。

 

「………何故、俺はここにいるのか」

 

 俺は今その噂の巨大なプールに来ていた。ポツンッと独り、他のメンバーを待っているが、来る気配がない。

 

「女性陣は遅いなぁ、ユーノ」

 

 小さくキュッと鳴くユーノ。俺とユーノを除いて唯一の男であった恭也さんは、ここのプールでバイトをしているそうだ。途中までは一緒だったが、今はバイトの仕事中だ。

 しかしここまで遅いと不安になってくる。

 

「女性陣が遅いのか、俺が待ち合わせ場所を間違えたのか。むぅ」

 

 独りってのは寂しいなぁ。相棒の諏訪子もいないし、なのはも元凶のアリサもまだいない。

 

「ユーノ。俺が寂しくて死んだらなのはたちには、俺は星になってお前たちを見守ってるよって伝えておいてくれ」

 

 立ちっぱなしは疲れたので、座る。座ったら横になりたくなったので、そのまま転がる。何故か慌てるユーノの姿があったが、

 

(あ、やべ、ねむい)

 

 まだ春の季節だが、今日は夏のような暑さになる予定だとか。まだ時間帯は早いためか、今はちょうど良い気温。寝るには最高だな。

 こんな日にプールとはなんとも都合が良い。

 あー、ねむい。

 

 

「ゆ、ゆうやくん!」

 

 

「んあ?」

 

 うとうとしてたところでなのはが慌ててやってきた。白っぽいピンクの水着で………って、なのははホントにピンク好きだなぁ。

 

『コラー。そこー。プールサイドは走らない』

「にゃぁぁぁぁ!! ごめんなさい!」

 

 プールの監視員をしている恭也さんからの注意が入った。まぁ確かに、プール入る前で体は濡れてないとはいえ、走るのは危ない。

 

「裕也くん! 大丈夫!? 何もない!?」

「なにがなにがなにがなにが」

 

 俺の首をがくんがくんとさせながら大丈夫かと聞いてくるが、今のこの状況が大丈夫じゃない。

 

「なのは、落ち着きなさい。裕也の首が取れるわよ」

「にゃああ! ご、ごめんね!」

 

 慌ててパッと離れるなのは。アリサたちも少し遅れながらやっと来た。

 

「お待たせ~」

「やっほーい」

「おせーぞ。待ち合わせ場所間違えてたのかと思ってたぞ」

「ぬっふっふ、その前に言うことがあるんじゃない? 裕也」

 

 うふーんとか言いながらポージングをする諏訪子。家で見せに来た時はどこで手に入れたのか胸のところに「すわこ」と書かれたスクール水着だった。しかも旧型。

 体型が体型なだけに、スク水でも違和感がない辺り、諏訪子は幼女であった。が、今はスク水ではなく、なのはたちと同じ普通の蒼いワンピースの水着だった。

 この幼女。当初は幼女の癖に布地の少ないスリングショットの水着を買おうとしていたのだ。幼女の癖に。さすがに止めたというか、合うサイズがなかったので止めていた。

 

「どう?」

「おー、似合ってる似合ってる」

「心が篭ってなーい!」

 

 貴様にはこの程度で十分だ。

 

「ねぇねぇ、私はー?」

「白か薄いピンクか、しかし好きだなぁピンク……(いつかの色も白だったし)よく似合ってるぞ」

「えへへ」

 

 ただし、こっそりと耳元で“今、変なこと考えなかった?”って囁くのは止めて欲しい。心臓に悪いから。ほら、ユーノも怯えているじゃないか。

 少しずつと魔王化が進んできているような気がする。

 

「あら、私たちには何もない?」

「ゆ、裕也くん………」

「アリサもすずかも似合ってるぞ」

 

 アリサは赤。すずかは薄い紫と。こちらはツーピースタイプだ。

 

「水着って本人の色が出るよなぁ」

 

 美由希さんと俺は黒。すずかのお姉さんも紫系で、すずかの家のメイドさんは白である。確か恭也さんも黒だったような気がする。

 こんな人数いるのに、誰も柄物がいないというのもある意味凄いと思う。

 

「しかし、だ」

 

 9人もいるのに男が俺だけというハーレム。まぁ半数が子供だからそこまで視線は多くないかなぁと思ったけど、それほどでもない。

 

「どしたの?」

「なんか、むっちゃくちゃ視線が突き刺さる」

 

 周囲の視線を独り占め。やったね!

 できれば俺もそっちでパルパルしていたかった。今からでも間に合うかな? え? だめ?

 (´・ω・`)

 

「腕とか組んでそこらへん歩いてくる?」

 

 すすっと諏訪子が腕を組んでくる。子供2人が腕組んで歩いていたところで、微笑ましいものにしか見えないだろうが。それで嫉妬を飛ばしてくる奴がいたら、まずは通報しろ。それかベアードさまを呼べ。

 

「誰が1人と言った?」

「あーーーーーーー!!」

 

 後方からの大声。振り向けば、なのはがこちらを指差して固まっていた。

 

「諏訪子ちゃんずるいの!」

「反対側が空いてるよ?」

「あ、じゃあこっち側私のー」

「なんでや」

 

 今のこの場に恭也さんがいなくて良かった。きっといたら、シスコンパワーが有頂天になって、俺は死んでいただろう。絶対。

 左に諏訪子。右になのはに引っ付かれている状態。ふと目に入ったアリサはにんまりとすごい笑みを浮かべていた。あれは俺にとってプラスにならない笑みだ。

 

「おやおや、モテモテだねぇ裕也くんは」

「助けてください美由希さん」

「え? これで前後をアリサちゃんとすずかちゃんに抱きつかれたら、だって?」

「言ってないし! そんなこと言ってないし!」

 

 右側の腕につねられたような痛みが―――って、抓られてる。

 

「なのはさん?」

「むぅ~………」

「あらあら、お困りのようね? 裕也」

「おいばか近づくな。死ぬぞ。俺が」

 

 こうゆうのは恥ずかしがって自ら動かないすずかも、今はメイドさんに捕まって俺の後ろから接近中だ。アリサはアリサで俺が辿る未来が皆間見えたのか、笑みを深めて接近中。そしてなのはが祟り神化しつつあり、全ての元凶の諏訪子はゲラゲラ笑っていた。

 振りほどこうにも両腕はしっかりホールドされ、接近する敵性生命体を退かせる方法が見当たらない。

 

「もしアリサちゃんたちに抱きつかれたら、“お話”しようね?」

 

 魔王が俺の隣で監視しておる。逃げようにも両側の二人は動こうとしない。俺にどうしろと言うのだろうか。

 

(このままだと、死ぬ!?)

 

 走馬灯が流れ、思い出の中のどこかの爺さんが“グッドエッチ”とサムズアップしていたのを見た。それを言うならば、グッドラックでは? どうでもいいことだ。もっとためになることをくれ。

 

(目を、背けるな!)

 

 頼れるのは自分だけだ!

 どうしたらいいものかと考えたところで、目の前にプールが映った。これしかない!

 

「緊急回避ぃぃぃ!!」

「にゃあ!?」

「わっ!」

 

 2人を剥がせないなら、そのまま引っ張ってプールに飛び込んだ。後ろから恭也さんの注意する声が聞こえたが、バレてはいないようだ。

 

 まぁ、とりあえず。泳ぎますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と諏訪子、なのはとすずかの4人は流れるプールをぐるぐると回っていた。泳げないアリサはメイドさんの1人“ファリン”さんに教わりながら、練習中。そろそろ休憩に入ると思うから戻るつもりだ。

 

「あー、暑い日にプールは最高だなー」

「だね~」

 

 さすがに諏訪子は泳ぎが得意というか水が得意というか、本気を出せばこの中の誰よりも速いのではないかと思うくらいに上手かった。

 そして、それに普通に付いて行くすずかも上手かった。

 

「でも、あまり人がいないね」

「そうだね。これならイルカの浮き輪は持って来ても良かったかもね」

 

 人が多そうだからといって置いてきたイルカの浮き輪。しかし、来てみればそこまで混んでいなかった。というか、施設がデカいので、人が多少きても混雑しないというつくりだ。

 ちらほらと動物型の浮き輪を使ってる人はいる。あれを見ると乗りたくなるよなー。

 

「…………」

「……なに? どうかしたの?」

「いや………」

 

 ふと疑問に思ったので聞いてみる。

 

「なのはって運動全般苦手だったよな? でも、泳げるんだな」

「ふふん。それは昔の私。今の私は違うんだよ」

「なのはちゃん、最近は運動得意になってきたよね」

 

 まぁ護身術だか護衛術だか分からないけど、家の道場でがんばってるもんな。運動音痴も治るわな。そりゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリサたちと合流。ファリンさん曰く、飲み込みが早くて大分泳げるようになったそうだ。

 

「じゃあ午後はいっしょに遊べるね! アリサちゃん」

「そうね。まだ浮き輪は必要かもしれないけど」

 

 まぁそれはさておき。

 昼飯を食べる前に、やることがあった。

 

 

 

「裕也。約束は覚えてる?」

「あぁ、もちろんだ」

 

 場所は簡易レース場。ここでは複数の人たちで50mのレースが行える場所だ。俺と諏訪子はそこに並び、賭けを行っている。ちなみにその横ではすずかと美由希さんが並んでいる。

 事の発端は諏訪子。一度思いっきり泳ぎたいと言い出して、レースできる場所があるよと美由希さん。じゃあ、勝負するかと諏訪子の言葉についつい乗ってしまった。

 その言葉になのはが反応したが、レース場が他の人たちで埋まってしまったので諦めたようだ。

 

 ちなみに、だ。

 

「負けた方が1つなんでも言うことを聞く、だろ」

「にひひ」

 

 諏訪子は泳ぎが上手い。それはもちろん承知の上。最初はハンデが必要じゃない? とか言われたが当然断った。

 男、裕也。幼女にナメられてたまるものか! 別にハンデもらって負けたら俺の心が折れそうとか思った訳ではない!

 それに、“上手い”というだけでレースが勝てるとは思ってない。

 

「ふっふっふ」

 

 よほど自信があるのか諏訪子は先ほどから笑みを浮かべている。更にその隣では静かにすずかと美由希さんが燃えていた。

 残りのファリンさんやなのはたちは応援中だ。

 

「位置について、よ~い」

 

 俺と諏訪子。美由希さんとすずか、その他の参加者がスタートの合図を待つ。

 レース場に静寂が降り―――

 

「ドンッ!」

 

 

――ジャボンッ

 

 

 スタートはほぼ同時。

 

(さて、ここからだ)

 

 泳法で一番速いモノといえば、やはりクロールだろう。そして、クロールと一言に言っても、泳ぎ方は様々だ。手の動かし方、足の動かし方。腕の引き方、足の向き。実はこっそりと調べていたりする。

 

(夏にいつかプールに行くと思って研究していたが、まさかこんなにも早くお披露目するとは)

 

 諏訪子のことは考えず、とりあえず俺は最速のペースでゴールを目指す。無茶は無しと言ったが、諏訪子のことだ。負けたら何をしでかすか分からない。

 

(この勝負、負けられない!)

 

 

 

 

 

 と、意気込みは良かったのだが、

 

「さ~て、どうしようかなぁ」

「ぐぬぬ………」

 

 結果は俺の負け。ギリギリの僅差勝ちとかじゃなくて、圧倒的な差を見せ付けられて負けた。ゴールしたと思ったら幼女が上から見下ろしてやがった。ちくせう。

 ぐぅの根も出ない程に完敗だ。最近忘れがちだけど、目の前の幼女は神なんだよな。元がつくけど。改めて知った。ちくせう。

 

「諏訪子ちゃん、速いね~」

「あはははは!」

「笑いすぎだよぉ、アリサちゃん」

「ははは、まぁがんばれ」

 

 昼飯の最中もアリサにはレースのことで笑われた。罰ゲームもとい、言うことを聞く件だが、

 

 

 

 

「歌ね~」

 

 何故かプールにくっついてるお立ち台もといステージ。カラオケ店と同じく自分で選んだ歌をあそこで歌うことが出来るらしい。しかも無料だ。

 さらにスポットライトやら何やらと豪華かつ、爆音で流せるというプールに必要はない装備付き。

 ここ、プールだよな?

 

「おぉ、スモークまでたけるってよ」

「はぅぅ」

「あ、歌ってる最中はバックスクリーンに映るみたいだな。あれか。でけぇ」

「はぅぅ」

「………あうあう?」

「はぅぅ」

 

 隣に立つ相方へと会話のボールを投げてるけど、中々返ってこない。というか、向こうは受け取ってないみたい。キャッチボールやろうぜ。

 

「はぁ」

 

 隣にいるのはすずか。耳まで赤く、恥ずかしがっているのは誰の目にも見えて分かる。だが、彼女もあそこに立つことになってるのだ。

 美由希さんとの勝負に負け、アリサが「敗者は黙って言うことを聞く!」と強権を発動。勝者は美由希さんであってアリサではないのだが、誰も突っ込まないのでそのままにしておいた。これがカリスマの成せる技か。

 まぁつまるところ、俺とすずかが仲良くあそこに立つことが罰ゲームなのだ。

 

「さて、何を歌う? 特に指定は無いから好きなのを歌って良いみたいだが」

「うぅぅ~」

 

 まだステージにも立ってないのに、すずかの顔は真っ赤である。この調子でステージに立ったら倒れるのではないだろうか。

 

「………緊張するには早くないかね」

「すずか。そんなんでステージに立てるの?」

「立たなきゃいけないの?」

「当たり前でしょ!」

「………でも、いいなぁ」

 

 1人だけ不満そうな顔をしていたので、代わりにステージに立つかを聞いたが「そうじゃないのぉ」とか言われて断られた。

 うむ、女心は分からんな。

 

「鈍いな~裕也は」

「何がだ?」

「なんもー。あ、それと私の罰ゲームはこれとは別だからね」

「――――ホワイ?」

「だってぇ、裕也があそこで歌ったところで私には何の得もないじゃない」

「あれ? じゃあ俺は別に立たなくてもいい?」

「何を言ってるの? あんたは」

 

 ですよねー。

 アリサという暴君の前では何もかもが平伏す。最早、勝ちとか負けとかではない。アリサが決めたのなら、それが全てとなってしまうのだ。

 

「ま、こっちは期待しておいて」

 

 ここで文句を言ったところで口では勝てないことは経験上知っている。なので、俺が取る選択肢は肯定してスルー。口喧嘩………というか、変に突っかかって更に条件を悪くされても困るし。

 なにより、時間稼ぎしても突破口が見えない。

 

「お二人さん、登録してきたよ~」

「うわぁ、美由希さんがこうゆうときだけ行動早い」

「失敬な!」

 

 本人が行っていないのに登録されてるとかどうなのだろうか。まぁ、カラオケみたいに歌うだけだからそこまで厳しくはないのか。

 

「んじゃ、まぁ、行きますか」

「う、うん。よ、よろしくお願いします」

「落ち着けすずか」

「はぅぅ」

 

 

 

 

 



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第15話 「ユーノ」がもう一人?

 

 

 

ちょっとしたハプニング

 

 

修羅とのダンス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………もう、追手は、いないか?」

 

 広いプールの中を俺は隠れて忍びながら歩いていた。時には物陰に、時にはプールの中を潜水で泳ぎ、迫り来る追手から逃げていた。

 

「とはいえ、やってることは問題の先送りなんだがな………」

 

 どうせ終わる頃にはアリサの車に乗らなければならない。つまり、必然的に追手には遭遇することになる。

 

「そうだね。先送りはよくないね」

「ぬごぶぁっ!?」

 

 物陰から通路を確認していたら、背後から追手の声。突然の出来事に大声をあげるところだったが、追手の手により強制的に停止させられた。口を塞ぐとかそういったことではなく、ボディに一撃を入れて肺の中の空気を押し出すという力技。

 

「げほっげほっ! ぐおっ!?」

 

 追手―――なのはが俺の上に馬乗りになる。残念なことに、場所は俺が隠れていた物陰。なのはに見つからないようにと隠れていたのが仇になったか。

 

「悪い子にはおしおきをしないとねー」

 

 ジャキンッとレイジングハートが俺に向けられる。物陰とはいえ、ここまで堂々と武器を掲げていいものか。

 

『Sorry, YUYA』

 

 ソーリー言うなら、止めてくれ。お前のご主人だろ?

 

『My wish is the same as a wish of a Master(私の願いはマスターと同じ願いです)』

 

 ちょっと、忠誠心に溢れ過ぎじゃね? てか、俺に味方はいないのか!?

 

「ふふ、ありがとう。レイジングハート」

「ぐっ! 何故俺の場所が分かったし」

 

 けっこうあちらこちらを行ったり来たりとしてきた。サーチャーだか何だか忘れたが、魔法で監視することが出来ると聞いたことがあったので、それを警戒しての行動だったのだが。

 

「にひ」

 

 なのはの影から姿を現したのは諏訪子。俺の相棒だった。

 

「諏訪子ぉぉぉぉ!!」

 

 そうか、貴様がなのはをここまで案内したのか!

 そういえば以前に諏訪子は俺の居場所が分かるとかなんとか言ってた記憶がある。しかし、それで俺を追い詰めるとはこれいかに。

 

「裕也って分かりやすいよねー。じゃ、私は泳いでくるね」

「ちょ、ちょっと待て! ここで放置とかってなくね? 俺の現状を見ろよ!」

「あと5年くらいして同じことしてたら夜のプロレスごっこに発展してたかもね」

 

 しねぇよ。5年後って中二じゃな………厨二でもねぇよ。

 

「ユーノくん?」

「き、キュ!」

 

 諏訪子が本当に俺を見捨ててから、なのはの肩に乗ってたユーノが震えながら降りた。

 

「ユーノくん」

「キュ!」

 

 少しの間があってから、ユーノは震えながら結界を張った。恐らく、先ほどの間に念話でなのはを止めようとしたのだろう。たぶん。

 だが、無理だったと。

 

(そんな憐れみの目でみないでくれ)

 

「じゃ、“お話”しようか? 裕也くん」

「お、」

「お?」

「俺が何をしたあああああああああ!!」

 

『A crime does not understand it(それを理解していないのが罪です)』

 

 ピンクの光の球が幾つも生まれては俺を貫いた。やっぱり、分からんな。ただ、人助けをしただけじゃないかな………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

「あれ? 諏訪子。なのはは?」

「あっちで裕也と“お話”中―」

「裕也くん、無事かなぁ」

 

 諏訪子は一泳ぎしてからアリサたちのところに戻ってきた。

 

(ま、裕也が悪いんじゃないことはなのはも知ってるとは思うけど、感情と理性は別だしね)

 

 ステージで裕也とすずかが歌った後、司会役の女性が足を滑らせてしまう場面があった。咄嗟に動いた裕也が女性を助けた。そこで終わればよかったのだが、その際に女性の象徴とも言うべき部分がダイレクトに当たったのを見過ごすなのはではなかった。

 諏訪子の横で祟り神化するなのは。ステージの上で何かを察知したのか震える裕也。そんなことは露知らず、裕也にキスする司会のお姉さん。

 

「ま、仕方がないね。もうすぐ戻ってくるんじゃない?」

 

 苛烈に無情にぶつかりにいくなのはだが、何だかんだで裕也には甘いところがあるのを諏訪子は知っていた。

 だから、“お話”が行われようとも、早々大したことにはならないと―――

 

(独占欲が強いというか依存しているというか、まぁ面白そうだから別にいいけどね)

 

 実は諏訪子。裕也と出会う前に、なのはのことを知っていた。一方的に、と付くが。

 祟りに近く、呪いではないナニカ。それがなのはに纏わりついているのを諏訪子は見かけた。それがどういったものかは分からなかったが、祟りに近い性質ならば自分が吸収できる。

 邪魔なものだろうと吸収しようと思ったけど、精々が半減する程度しかできなかった。小さい体故に、許容量が少なかったのだ。

 

(ま、わざわざ教えなくてもいいよねー)

 

 と勝手に判断して裕也には秘密にしてある。

 裕也の性格からして、復讐してやる! とかは考えなさそうだが、世の中には知らなくてもいい真実もあるものだ。

 

「ふぅん。けど、なんで裕也は逃げたのかしらね?」

「さぁ………」

「なんでだろうねー」

 

 ほどなくして、諏訪子の言う通りに2人は戻ってきた。

 満面の笑みを浮かべるなのはと、複雑な表情の裕也という対照的な2人だったが。

 

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで諏訪子くん」

「何かな裕也くん」

「きみ、レイジングハートに何を吹き込んだ?」

「いや、ちょっと昼のドラマで得た知識とか私の体験談とか色々とね~」

 

 なるほどなるほど。

 

「とりあえず、殴っていい?」

「え、やだ」

「だが断る! ちょっとここらで更正させる必要があると判断した!」

「あははは! 裕也は見た目は子供なのに中身は成熟しきってるんだから。ま、微妙に子供っぽいけど」

 

 くそっ、ムカツク顔だが見た目が幼女なだけに暴力を奮いにくい。しかも、相手がそれを理解しているのが更にイラッとくるぜ。

 

「で、何されたの? 彼女には色々仕込んだけどさ」

「ノーコメントで」

 

 あれらはスキマ送りになりました。

 

 

 

 それからしばらく、アリサも混ぜて適当にプールを流れていたら、

 

 

「きゃーーー!」

「何するのよ!」

 

 

 といった悲鳴が聞こえてきた。それも複数で、あちこちから。

 

「ん?」

「なにかしら?」

 

 気になった俺たちは一番近い現場に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 現場と思われる場所では女性が多くいた。被害者と思われる人は係員のパーカーを着て、蹲っていた。

 

「何があったんです?」

「あぁ、なんでもイタチのような生き物が水着を取っていったんだって」

 

 イタチねー。イタチが水着を? エロいな。

 エロイタチと単語を繋げたら、何故かユーノが思い浮かんだ。イタチとフェレットって似てるよなー。

 

「イタチ?」

「ユーノのことかな?」

「………ユーノくんじゃないよ!」

「だよねぇ」

 

 ちょっと間があったのは、念話で確認したのだろう。ユーノじゃないとしたら、本物のイタチか?

 しかし何故水着を………。それも女性ばっかりから。

 

「ま、係員も総出で探してるそうだし、すぐ見つかるんじゃね?」

 

 被害にあった人には悪いが、あまり大きなものでなくて良かった。

 なので、俺たちは再び遊ぶことを開始した。

 

「でも、なんで水着を………ふぇ?」

「どうしたの? なのは」

「うん………裕也くん、今、お尻触った?」

「なんでや!? 触ってないよ!」

「裕也………」

「否定したでしょ!?」

「裕也くん………」

「すずかも!?」

 

 ちくしょう! なんて信用度だ! 諏訪子は諏訪子で笑ってるしな!

 所詮、男なんてこんなものなのか!?

 

「きゃっ!?」

「なぁっ!?」

 

 憤ってるうちに、すずかとアリサの横を黒い影が通り過ぎた。その際、二人の水着をかっさらっていった。

 

「「きゃああああああ!!」」

 

 胸を隠してプールの中に隠れる二人。悲鳴を聞いたのか、ファリンさんたちが駆けつけてきてくれた。

 

「今のが、噂のイタチ?」

「よく見えなかったが、イタチと言われればそうっぽい」

 

 それにしては泳ぐスピードが魚並に速かったが、イタチって泳ぎ上手いっけ?

 

「裕也くん。ジュエルシードの気配を感じた」

「さっきの奴からか?」

「うん。ちょっと追いかけてみる」

「1人じゃ危険だろ。俺も行こう」

 

 アリサたちをファリンさんたちに任せて、俺となのははジュエルシードを追いかけた。諏訪子にはこっそりと伝えて、念のために追いかけてくるように伝えておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュ」

「ユーノくん」

 

 途中でユーノと合流。ジュエルシードの気配は素早く、あちこちに移動しているらしいが、必ずある場所に戻ってきているそうだ。

 この少ない時間でよくそこまで割り出せたなぁとなのはに感心。

 

 で、今はその場所に向かっている。

 

「それが、ここか?」

「うん」

 

 目の前には関係者以外立ち入り禁止の扉。大きさと場所的に倉庫が妥当だろうか。幸いというべきか、周囲に係員と思われる人はいない。皆、エロイタチの捜索に駆り出されているのだろう。

 

「でもどうやって入る?」

「う、うーん………」

 

 当然ながら扉には鍵がかかっている。

 どうしたものかと考えていたら、なのはがレイジングハートに触ろうとしたのが見えた。なので、俺が慌てて先に提案を出すことにする。砲撃でぶち空けますとか言われたら止められない。

 まぁ結界張っておけば元に戻るとはいえね。何でもかんでも力押しで解決はよくないよ。

 

「針金かなんか持ってないか?」

「針金?」

「キュ」

「あ、ユーノくんが持ってるみたい」

 

 どこから引っ張ってきたのか、ちょうどいい長さの針金をユーノは銜えていた。それを受け取り、両端を使って、

 

「裕也くん、泥棒さんみたいだよ」

「これ以外に方法はないだろ?」

「私がほうg」

「ないんだ(断言)」

 

 俺の中ではこれ以外に方法はないんだ。

 鍵穴に針金を突っ込み、いじること少し。ついに鍵が開いた。

 

「よし、新記録!」

「えっと………」

 

 複雑な顔で俺を見つめるなのは。別に将来、犯罪をやるつもりはないぞ?

 男の子はこうゆうのに憧れを抱いている生物なんだから、そういった生き物として受け入れなさい。

 

「私、どんな裕也くんでも受け止めるから!」

「待て。お前は何を考えている?」

「大丈夫だよ!」

「………とりあえず、行こか」

「う、うん」

 

 

―――ギィィィィ

 

 

 あまり人が通らないのか、埃臭い匂いがした。電灯も切れてるみたいで、明かりは無い。窓から差し込む太陽光がせめての光源だ。

 

「あまり開けてると怪しまれて人がくるかもしれないな」

「うん。ちょっと暗いけど閉めておこ」

 

―――バタンッ

 

「暗いから気をつけろよ」

「うん」

 

 ジュエルシードの反応は今はない、とのこと。どうやら水着集めに勤しんでいるようだ。

 

「なんで女性の水着を集めているのかな?」

「さぁな」

「………裕也くんもおっぱいは大きい方がいいの?」

「ぶふっ!?」

 

 

―――ゴガンッ

 

 

「ゆ、裕也くん!?」

 

 足を踏み外して、思いっきりこけてしまった。

 

「お前は一体何を………と、これは?」

「水着?」

 

 何故水着を集めているのかは分からないが、ここを根城にしているのは当たりのようだ。奪われた水着が山とあった。

 しかも、女性の水着の胸の部分ばかりだ。

 

「あー、なるほど」

 

 男性の水着はパンツ1個だ。さすがにこれを盗むのは難しいだろう。対して、女性はなのはみたいなワンピースタイプの水着もあれば、アリサたちみたいなツータイプの水着も着ている。

 そして、集められた水着はツータイプの胸の部分のもの、のみ。それしか取れるものがなかったからだろう。

 

「どうしたの?」

「いや、狙いは分かったんだが………やはり、なんで集めているのかが分からんな」

 

 水着はツータイプの一部くらいしか共通部分がなく、それ以外は素材も何もかもバラバラだ。

 

「ふーむ………」

「裕也くん………そうしてると、何か危ない人みたい」

「ぶふっ!」

 

 ま、まぁ、確かに女性の水着を触りながら唸る男には近づきたくないかもな。今回は俺が悪かった。

 だから、距離を取るのは止めないか? 俺のナイーブな心が傷つくよ?

 

「で、だ。どうする? 罠でも張るか?」

「―――ううん。もう、来る!」

 

 

 

―――がさがさがさっ

 

 

 

 静かな空間に俺たち以外の音以外が木霊する。

 

「裕也くん! 下がって! ユーノくん!」

「キュ!」

 

 小規模な結界が展開される。敵を逃がさないように、他の人に迷惑をかけないように、と。

 今の俺は魔法の存在を知ってるだけの一般人という設定なのだ。下手に行動できない。

 

『諏訪子! 今、どこだ?』

『そっちの近くにて潜水中。どう? ジュエルシードが中に入ってったみたいだけど』

『エンゲージしました。ただ姿は見えない』

 

 諏訪子も近くにて待機しているようだ。これで、いざという時は手助けできる。その際、正体がバレる可能性は高いだろう。

 まぁそれはそれで諦めよう。諏訪子にも言われたが、今更だ。

 

「キュ!」

「イタチ? いや、ハムスター?」

「原生生物を取り込んだ影響かも!」

 

 ふと意識を逸らした一瞬になのはは魔法少女に着替えていた。何故か知らないが、ちょっと残念である。いや、別に変身シーンを見たかった訳ではないが。

 ゴホン、姿を現した問題の敵は、ハムスターとイタチを合わせたような生物。それに魚のヒレのようなものを付けている。大きさとしてはバスケットボール並みだ。

 

「速い!」

 

 ブレたと思ったら、縦横無尽に敵は走り始めた。俺でようやく追える程度。これに当てろと言われても中々に難しい。狭い空間だから、数を撃てば当たるかもしれないが、それでも時間はかかるだろう。

 

「でも、あの娘よりは遅い!」

 

 だというのに、目の前で光球を作ってズガンッと一発で当ててしまったなのはに口が塞がらない。

 

「え?」

「リリカルマジカル、福音たる輝き、この手に来たれ。導きの元、鳴り響け! ディバインシューター」

 

 なのはの周りに桃色の光球が生まれる。追加された数は6。

 

「シュート!」

 

 狭い空間内を光球が確かな軌道を持って敵へと向かう。例え、外れたとしてもそこでブレーキして再び追いかける。

 きちんと制御されているよ。

 

「すげー」

「追い詰めた! アクセル!」

 

 その言葉に光球が加速して敵へと向かう。

 

 

≪なのは! まだだ!≫

 

 

「え?」

 

 誰か―――ユーノの念話の通りに、敵は生意気にもシールドを張ってなのはの攻撃を防いでいた。

 そして、終わったと思っていたなのは油断し―――

 

「ッ!?」

 

 ユーノの念話のおかげで事前に察知して動くことが出来た。なのはを抱きかかえるように後ろから飛びつき、そのまま転がるように逃げる。

 

「無事か?」

「う、うん」

「キュ!」

 

 

―――バチッ

 

 

 翠色のシールドがなのはの前に展開され、敵の体当たりを防ぐ。弾かれた敵は再び縦横無尽に走り出した。

 

「裕也くんはそのまま動かないで!」

「このままで!?」

 

 抱きかかえて転がったので、今はなのはを後ろから抱きしめているような感じだ。

 

「ディバインシューター!」

 

 動くなと言われた手前、動く気はない。おまけに、空気がそんな甘ったれたものではないことも知っている。

 俺は石像のように固まって行く末を見守ることにしよう。

 

『裕也、そっちはどう?』

『たぶん、問題ないと思われ』

『そー、私はどうする?』

『暇ならいてくれると嬉しい。問題ないとは思うが、一応な』

『心配症だねぇ』

『なんとでもいえ』

 

 最初こそ油断したものの、それで痛い目をみたのだ。もう油断などしていなかった。攻撃が防がれようが当たろうが警戒は怠らず、魔力集束をはじめ―――

 

 おや? 魔力集束?

 

「キュ、キュキュー!?」

 

 おっと、ユーノも気付いたようで慌てて止めている。

 

「え? あ、そっか」

 

 なのはが集めていた魔力を霧散させる。こんな狭い空間で砲撃とか勘弁してください。

 

「なら、こっちなの! シュート!」

 

 倍の光球を出して、相手の速度を殺して移動を制限。一瞬の隙をついて、バインドで固定。

 

「アクセル!」

 

 そこを集中砲火でトドメ、である。えげつない。

 

「わーぉ」

「キュ!」

「うん、封印だね」

 

 俺の知ってるイタチに戻り、そこからジュエルシードが出現した。

 

「リリカルマジカル、ジュエルシード、封印」

 

 レイジングハートを封印用のモードに変えて、宙に浮かぶジュエルシードを封印した。

 

「ふぅ」

「お疲れ」

「うん、さっきはありがとう」

「どういたしまして」

 

 気絶したイタチを捕まえ、関係者以外は入れないはずの扉は最初から開いていたことにして、係員に後は任せた。

 奪われたと思われる大量の水着も見つかり、事なきを得た。巣作りをしていたのでは、という見解だが真相ははてさて。

 

 と、終われば良かったのだがな。

 

「なるほど。それはお手柄だったな。だが、何故キミはなのはと2人だけでいるんだ?」

 

 呼ばれてきた係員が恭也さんでなければ。

 密室でなのはと俺の2人だけ。別にやましいことをしていた訳ではないので、問題はない、はず。だがおかしなことに、恭也さんのシスコンパワーが上がっていくよ。2000、5000、10000! バカな、まだ上がるだと!?

 

「えへへ、抱きしめられちゃった」

 

 当のなのははユーノと何か話してるらしく、こっちはおろか恭也さんにも気付いていない。

 

「ダキシメ?」

「何かカタコトになってる上に、目がヤバいですよ!?」

「ちょっと、キミとは殺し合い(話し合い)が必要なようだ」

「ぜってぇ、今殺し合いって言った!?」

 

 なんとかその場は振りきり、アリサたちの下へと辿りついた。色々あったが、たっぷりと遊んだことだし、恭也さんのバイトが終わるのを待ってそのまま帰宅。

 終始、恭也さんがこちらを見ていたような気がしたが、俺は寝てるフリをして過ごした。

 

 

 

 



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第16話 欲望の「温泉」

 

 

悪を裁く

 

男の温泉

 

 

ユックリシテイッテネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月の連休―――世間一般では連休ではないが、聖祥小学校の創立記念日故に俺たちは連休となっている。土日と合わせて三連休である。

 宿題がいっぱい出されたが、俺には薄い壁。小さい障害だ。今夜にでも宿題を終わらせて、休みを満喫する。

 

(最近は色々あったからなぁ………休むんだ。精神的にも)

 

「―――以上だ。少し休みが長くなるが、だらけないようにな」

「「「「おつかれさまでしたーーー!」」」」

 

 姫様のHRも終わり、俺は颯爽と教室を後にした。下手にちんたらとしてると大魔王なのはやバーニング・アリサなどに捕まる可能性があるからだ。

 なんだか目を輝かせていたしな………。触らぬ神に祟りなし、だ。

 

「あ、裕「おーい、なのはー!」」

 

 案の定、俺に声をかけようとしたなのは。だが、一歩遅く霧谷が間に入る。今だけはお前に感謝する。

 そのまま俺は廊下を走―――ると姫様からアイアンクローをもらうので、競歩程度に急ぎながら歩く。下駄箱まで無事に辿り着き、校庭を横断して校門をくぐる。

 ここまでくれば週末の連休は安寧だ。ケータイ? 大丈夫だ。電源を切っておけば問題ない。

 

「金よーし! 予約券よーし! 諏訪子の分もよーし!」

 

 今日は新作のゲームの発売日。P○Pならぬ、PFPというハードが存在して、そのソフトだ。

 本当は諏訪子に頼もうと思ってたんだが、あの幼女。見たいドラマがあるからといって、プールでの一件で俺が取得した罰ゲームをここで使いやがった。

 

「まぁいい、早く帰ってやらなければな! 七龍伝説!」

 

 ネットでの評価も他と大差を付けて圧倒的に高い。

 舞台は近未来の東京で、異世界からやってきた7頭の龍を退治するストーリーだ。主人公たちは異能に目覚めた男女で、自分の好きなようにカスタマイズできるのが特徴だ。

 1人でも遊べるが、数人で協力して遊ぶことも出来る。

 

「よっしゃー!」

 

 いつもなら中古で買えるまで待てば………というスタンスだったが、こればっかりは無理だった。一目見た瞬間に買わなければ、と思った程だ。

 子供の身にゲームソフトというのは中々大きい買い物だ。小遣いをこつこつ貯めるという苦行もこれでようやく終わる。

 

 

 

 

 

 

 諏訪子の分もいっしょに買い、スキップしながら家に帰れば咲夜さんと母さん、ついでに諏訪子が荷造りをしていた。

 

 夜逃げの準備?

 

「違いますよ。明日からの温泉旅行の準備です」

「あぁ、温泉旅行か。行ってらっしゃい」

「何を言っているんです?」

「え?」

「裕也様も行くのですよ」

 

 4月。連休。温泉………ジュエルシード?

 

「パスで」

「ないです。第一、家に1人で残っていてどうするんですか? 食事とかもありますし」

「最近はコンビニでも十分なものが………」

「ダメです。私がいるうちは偏った食事はさせません」

「えー」

「それに、今の裕也様にはお金がないのではありませんか?」

 

 うぐぅ。確かにゲームソフトを買ってしまったから、財布のHPは残り少ない。

 1食くらいなら大丈夫だとは思うが………もやしでも買って繋げばいけるか? 買い置きのカップ麺も確か数個あったはず。いざとなれば、サバイバルリュックの非常食を食えば………。

 あれ? 大丈夫じゃね?

 

「裕也様。買い置きのカップ麺は諏訪子様が食べました。サバイバルリュックの非常食もこの前、勝手に裕也様が食べましたよね?」

 

 まぁでも、ジュエルシードが必ず発動するって決まった訳じゃないし。なのはたちもいないなら、のんびりできる、か?

 ひとりでおるすばんできるかな? は却下されてしまったので、仕方なく付いていくことにした。

 さーて、七龍やるぞー。非常食? 覚えてないけどアレはマズかった。覚えてないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――と思ってた俺を殴ってやりたい」

 

 あながち予想通りで泣けてくるよ。

 

「どうしたの? 裕也くん」

 

 うちには車がない。バスとか電車で行くのかなっと思っていたら、うちの目の前に止まった車が3台。中から顔を出したのは、なのはやアリサたちだった。

 どうやら高町家は全員。それにアリサとすずか。すずかの姉とメイド2人と、原作通りの人たちが集まっていた。そこに俺と母さんと諏訪子、そして珍しく咲夜さんが混ざることになった。

 

「うんにゃ。突然のことで理解が追いついていないだけだ」

「だらしないわねー」

「うっせ」

 

 諏訪子を除いた俺たち子供組みは士郎さんが運転する車に。すずかの姉“忍”さんが運転する車には恭也さんとファリンさん。ノエルさんが運転する車には、母さんと諏訪子と咲夜さんが乗っている。俺がいる車には人が多いので、荷物は他の2台に分けて乗せている。

 

「というか暇でござる。1人でPFPやってていい? おれTUEEEE! していい?」

「あ、じゃあトランプやらない? 私、持ってきたんだ」

 

 すずかが取り出したトランプ。それを使って何をするかで大貧民をすることにした。と、ここでメールが。諏訪子?

 

『わたし、TUEEEEEEEE!!』

 

 と、共に添付された画像にはボスと思われる龍が倒れているゲーム画面の絵。昨日買った七龍のゲームだ。

 

「………………」

「どうしたのよ? あんた」

「いや、ちょっと、どう表現したらいいのか分からなくてな………まぁいい」

 

『ハッ! バカめ! 俺はこっちで仲良くトランプだ! そっちは1人で無双して宿に着いたら手伝ってください!』

 

 送信。

 着信。

 

『その時の気分による。あ、ネタバレするt』

 

――パタンッ

 

 メールを全文みないでケータイを閉じた。俺が進んでいないからってネタバレ文を送ってくるとは………。卑劣な奴だ。俺から楽しみを奪うことを許さん!

 

「じゃ、始めるわよ」

 

 とか何とかやってるうちにカードが配られていた。

 今更だが、こいつらは車酔いとか大丈夫なのか? 俺は酔い止めを事前に飲んでるから大丈夫だが。

 

「カード交換はあり?」

「もちろんよ」

「イレブンバックはありなの?」

「いれぶんばっくってなに?」

「すずかは知らないのね。じゃあ、無しで」

「おk。8流しでジョーカーに勝てるのはハートの3?」

「スペードでしょ?」

「あれ? クローバーじゃなかったっけ?」

 

 地方によってローカルルールがあったりするけど、同じ市内でここまでルールがバラバラというのも珍しい。

 細かなルールを統一させて、いざ勝負!

 

 

 

― 時間経過 ―

 

 

 

「バカな………」

 

 4人なので、ランクは平民を抜いた大富豪からの4ランク。そして、俺は大貧民。つまり、最下位である。

 

「お前ら結託して俺をいじめてね?」

 

 俺ほとんどパスしか言ってなかったよ。余裕で勝てるとか考えて最初にあまりカードを出さなかった所為かもしれないが。後半は本気で何もできなかった。

 

「アリサはともかく、のほほんしてるすずかやぽわぽわななのはにまで負けるとは………」

「失礼なの!」

「私、のほほんしてるかなぁ」

 

 大富豪のアリサとカードを交換し、2回戦目。大貧民から勝ち上がるのは厳しいが、ここは一気に革命を起こして勝ちを引き摺り下ろしてやる。

 

「下克上ルールは?」

「ありよ」

 

 ふははは。すぐにその玉座から引き摺り下ろしてやるぞ! アリサ!

 さぁ、成り上がってやろうじゃないか!

 

 

 

― 時間経過 ―

 

 

 

「あんた……弱いわね」

「うぐぅ」

 

 大貧民からババ抜きやポーカーなど、ゲームを変えて挑戦したが、何故か俺はいつもビリだった。おかしい。やっぱ、お前ら結託してるだろ。実は裏で繋がってねぇか?

 と、またメールだ。

 

『裕也、YOEEEEEEEEEE!!』

 

「おい、誰だ? 諏訪子のバカに伝えやがったの」

「あたしよ」

「てめぇか! アリサァァ!」

「だってねぇ?」

 

 メールに返信を打ってたら、また届いた。

 

『m9(^Д ^)プギャー』

 

「うぜぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぐあーーーーーー!!」

 

 車から降りて伸びをする。バキバキと体の節々が音を鳴らす。

 結構、長い時間車の中にいたのは確かなようで、都会から離れた田舎にやってきました。緑が豊かというか………緑しかねぇ。豊かすぎる。

 

「さ、荷物持って! 皆、行くよ!」

 

 さて、部屋割りは家族ごとかなーと思っていたが、そうではないらしい。

 まず、小部屋組みが恭也さんと忍さん。高町夫妻。中部屋が母さんと咲夜さんとノエルさんとファリンさん。そして余った子供たちは全員でもう1つの中部屋。

 

 ふむ、何かおかしくないかな?

 

 誰も何も疑問に思わないけど、俺くらいの年頃の場合って気にするのがおかしいのかな? でもさ、女子4人に対して男1人ってないと思うんだがなー。

 士郎さんや恭也さんの方をちらっと見るが、特に変わりはない。いいのですか? あなたの娘さんと一緒の部屋に男がいるのですが。子供ですけど。

 

「じゃ、さっそく温泉に行くわよー!」

「「「おー!」」」

 

 アリサの声に、なのはたちが答える。元気だなぁ。

 

「およ? どうしたの? 裕也」

「諏訪子………俺、もう、疲れてきた」

「じゃあ、温泉だね。心の洗濯をしたら疲れも吹っ飛ぶよ」

「そうね………吹っ飛びたいね」

 

 現実吹っ飛ばして、夢の世界に逝きたいわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ところかわって男湯

 

「おぉ、ぉぉぉ…………」

「温泉はいいねぇ」

 

 士郎さん、恭也さんと一緒に今は男湯だ。ユーノも救出して男湯に放り込んである。たぶん、俺が連れ出さなければ女湯に連れてかれたことだろう。

 ホッとした顔をしてるフェレットを俺は忘れない。

 

 しかし、温泉はいいねぇ。同じ風呂なのに、家で入る風呂とは桁違いだ。

 お、向こうは露天ですかー。露天もいいですねー。

 

 

「HA-HA-HA-!」

「ヌゥン!!」

 

 

 当然ながら、俺たち以外にも客はいる。今だと外人のマッチョたちが数人入っている。軍人なのかは知らないが、全身傷だらけのマッチョマンたちだ。

 寂れた―――という訳ではないが、山奥にあるこの温泉宿では珍しいのではないかな。もっと有名な観光地とかならまだ分かるが………どちらにしても珍しいな。

 しかし、すげー筋肉だ。筋肉わっしょい! 筋肉わっしょい!

 

「un? ドウシター? ジャパニーズボーイ!」

 

 じっと見てたらこっちに気づいたようで、話しかけてきた。カタコトながら日本語がしゃべれるのか。ゆっくりしゃべれば通じるかな?

 

「いやー、良い体ですなー」

「HAHAHA! サンキュー、ボーイもグッドボディ!」

 

 ヌゥンッと自分の筋肉をアピールするポーズをする外人さん。それを俺にもやれと言ってくる。子供の体でやってもなぁ………まぁ同年代の奴らよりかは多少鍛えているが、それだけだし。

 

「ぬぅん!」

「「オー! ブラボー!」」

 

 だがこのノリに乗らなければならない!

 

「はははっ、これは俺たちもやらないとな、恭也」

「はぁ………」

 

 俺と外人さんの不思議空間に自ら飛び込んできた士郎さんと恭也さん。2人ともムキムキという訳ではないが、引き締まった立派な体をしている。ついでに下の息子もご立派です。

 俺もあと数年したら立派になるかなぁ………。

 

「オー、グッドボディ……アンド、ナイスマグナム、デスネー」

「はははっ、さんきゅー」

 

 気づけば男湯は地獄と―――ムキムキマッチョが揃うむさ苦しい風呂場と化していた。しかも、全員が温泉に入らずにマッパでポージングをしているという悪夢。

 どうしてこうなったし。

 

 ところで士郎さん。念入りにポージングを教えてもらってますが、何のために?

 

 

「BOSS」

 

 

 と、どこからか全身泡だらけの外人が入ってきた。どんだけ念入りに洗えばいいんだってくらいに泡だらけだ。

 

「The criminal had a motion(犯人に動きあり)!」

「――OK」

 

 なんだ、あの泡だらけの外人さんが入ってきてから、空気が変わったぞ?

 士郎さんたちも空気が変わったのを感じたらしく、彼らに聞いてみることにした。

 

 

 

 

「なるほど、盗撮と覗きか」

 

 洗い場の端の方に2人の男がいる。目立たないように縮こまり、何かをしているが体を洗ってるようには見えない。

 そこで怪しいと思い、外国人の1人が偵察したところ、機械を使って何かの作業をしているのが見えたという。

 それと同時に今この場にいないメンバーから、怪しい動きをした連中が温泉の裏に回るのを見たとの報告もあったそうだ。

 

「ここらへんって何かありましたっけ?」

「いや、何もないよ。あるのは山と川くらいかな」

 

 外人さんのメンバーが怪しい連中を尾行している。十中八九、覗きの実行犯と考えて問題ないだろう。

 

「裏に回ってるってことは、露天風呂を標的としてるのかもしれんな」

「確か、露天風呂の先は崖じゃなかったか?」

 

 そういえば、ここの宿に来るまでにけっこう山を登ってましたね。

 

「そうだが………崖を登るんじゃないかな?」

 

 泡だらけの外人さんに温泉の裏へと回った連中について聞く。というか、まだ流してなかったのね。

 で、怪しげな連中について。人数は3人。全員ともリュックを背負ってはいるが、到底、山登りをするような格好ではなかったと。というか山登るなら別な場所登れよな、って話か。

 

「ふむ………怪しいですな」

「だね」

「だが、どうする? 力づくで抑えたところで効果はあるのか?」

 

 確かに恭也さんの言う通り、こういったことをする奴らは口が上手い。さすがに覗き班は言い訳はできないと思うが、盗撮班は逃げられる可能性がある。

 

 

―――ヒュッ

 

 

「ん? ボール?」

 

 空いてた窓から黒いボールが入ってきた。真っ黒のボールなんて誰が?

 

「ドーヤラ、外ノ連中ハ、黒ダ」

 

 外人さんがこれは暗号だと教えてくれた。

 黒いボール。クロ―――外の怪しい連中は覗き犯である可能性が高い、と。

 なるほど、外で尾行してたグループからの伝言か。

 

「となると、現行犯で捕まえるくらいしかないかー」

 

 何度もここに来たことがあるという士郎さんからだいたいの配置を聞いて頭に入れる。盗撮犯と覗き犯を捕まえるために二手に分かれて行動だ。

 

 

「BOSS」

 

 

 すると、脱衣所からまた別の外人が入ってきた。手にはビデオカメラと何かのコード。もしかして、あそこの2人組の荷物ですか?

 動くのが早いな。ホントにどっかの軍人さんかなぁ。

 

「The criminal's personal belongings were got. This is a thing for a sneak photo.(犯人のブツをゲット。盗撮用の物だった)」

 

 どうやって探し当てたのかは不明だが、やはりあの2人組の荷物らしい。そしたら出てくるわ出てくるわ、動かぬ証拠。いいのかな? これ。まぁいいか。悪いのはあいつらです。

 

「これで奴らは完全に黒になった。憂いはないな」

「あぁ。これで現行犯で捕まえることができる」

「では行きますか。すべては温泉のためにぃ!」

「「「「オンセンノタメニーーーー!」」」」

 

 最初から騒いでいたためか、今の叫び声にも端の男たちは見向きもしなかった。

 

「ノリの良い人たちだなぁ」

「君もだよ」

 

 そんな士郎さんの声は聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして何故か俺は外にいる。

 

「そろそろ崖に出る。注意してくれ」

「「「イエッサー」」」

 

 うん。覗き犯を捕まえるためのチームにいるんだ。何故か。俺も。

 露天風呂の柵を乗り越えて、鬱蒼と生い茂る森林を踏みしめているところだ。先頭を往くのは恭也さん。そして外人さんと俺が続いている感じ。

 士郎さんとボスと呼ばれてた外人さんは中で盗撮犯を捕まえるグループだ。

 ちなみに全員腰にタオルを巻いているだけの姿である。一部の外人さんはタオルが小さくて巻けなかったからといって、首に巻いている。首に巻いたタオルに何の意味があるのかは分からない。彼の息子はぶーらぶら。

 覗きに行く訳ではないが、ある意味で女湯側に行くのだ。こんな格好でよいのか? 下手に見つかったら死ぬんじゃね?

 今女湯に入ってるメンバーは皆、揃いも揃って戦闘能力高い人ですよ?

 

「っと、崖に出たな」

 

 男湯と女湯を仕切る柵というか壁は崖のところまで続いている。なので、向こう側にいくにはこの崖をなんとかしてクリアしないとならない。壁を登るなんてしたら女性陣に見つかるのは間違いない。そして見つかった瞬間=死だ。

 

「ヘイ、キョーヤ」

 

 恭也さんが外人さんと話している間に、もう一度崖を見る。

 崖はけっこう高い。土砂崩れだか何か起きたのか、抉り取られたかのように突然地面がなくなっている。

 

(ロープか何かあれば、一応降りれる、か?)

 

 タオルくらいしか身につけてない俺たちにそんなものがある訳ない。かといって壁を登るなんて論外だしな。

 どうやって行くのか………。

 

「よし。では、いくぞ」

 

 

 とか考えてたら、身投げみたいに恭也さんが飛び降りた。

 

 

「うぇぇ!?」

 

 俺の下で崖から生えてる木などを上手く使って颯爽と跳び降りてく恭也さんが見えた。時には木を、時には壁を蹴って、物凄い勢いで降りていく。

 そして迷うことなく恭也さんに続く外人さん。それで何故問題なく降りれるんだろうか。ここ、斜面じゃなくて崖だよ?

 なんだろ、その身体スペックの高さは明らかに人としておかしくないかな?

 

 あ、俺? 親切な外人さんといっしょに降りたよ。俺は一般人だからな。あんな芸当できん。

 

 

 

 

 

「―――よし、これで全員だな」

 

 中腹当たりで集まっていた外人さんの残りのメンバーと合流。ようやく、作戦が始まるそうだが………このメンバーで逃げられる犯人とかは考えたくない。

 

「犯人たちは今もなお崖を登っている。彼がいうにはその中の1人が妙に手練との報告を受けた」

 

 薄暗い森の中、タオル1枚の男たちが揃って真剣な顔で話し合いをしている。俺の中の常識がガラガラと崩れていく。おかしいはずなのにおかしいと思えない不思議。

 ところで、恭也さんが完全に外人さんたちのリーダーになっています。ホント、なのはが絡むと恭也さんは何でもやるよね。

 

「それは俺が相手するので、皆には残りの奴らの捕獲と証拠の物を押さえて欲しい」

「「「「「イエッサー!」」」」」

 

 戦闘狂の血でも騒いだのか、恭也さんの顔に怒りとも狂気とも取れるような表情が見えた。刀も何も、タオル1枚しか身につけてない状況だけど。

 

「では、行くぞ!」

 

 細かい動き方をやチーム編成などを取り決めて、いざ出陣。

 

「全ては温泉のために!」

「「「「「スベテハオンセンノタメニィ!」」」」」

 

 何だかんだ言って、恭也さんも好きなようだ。ノリノリじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

 盗撮犯を捕まえるグループにまた1つのボールが届いた。色は赤。

 

「それは?」

「彼ラガ、作戦ヲ始メタヨウダ」

「なるほど。では、こちらも動きますか」

「Yes」

 

 ちなみに、このボール。裕也がいる場所から遠投されているのである。その場にいた彼が驚きの声をあげたとしても不思議ではない。

 

「αハ、ゲートカラ。βハ、グシャヲ、抑エル!」

「「「「イエッサー!」」」」

 

 αは逃げられないようにゲート―――つまり出入り口側から向かって追い出すチーム。βは露天風呂で待ち伏せし、のこのことやってきた奴らを捕えるチーム。

 人数は少ないとはいえ、彼らには慣れない浴場という場所だ。足下にも注意しなければならないし、いつもの頼れる防具もない状況だ。

 とはいえ、素人程度に負けるとは思っていない。

 

「ヘイ、シロー」

「行きましょう」

 

 

 

 

 

 

―――バシャッ

 

 宙を舞った桶が弧を描き、例の2人組みへと落ちた。

 

「「つめてぇっ!?」」

「オー、ソーリー」

 

 そこに息子をぶら下げたままの外人が謝りながら近づく。さり気なく出口を塞いで、仮に逃げられたとしても奥の露天風呂へと続く道しか空いてないようにしている。

 

「ソーリーじゃねぇよ! てめぇ!」

「ホワッツ?」

「あぁん!?」

 

 そこに唯一の日本人である士郎が前に出た。

 

「彼は聞きたいことがあるそうだ」

「あんだよ?」

「君が持っているソレ。ここに必要なものかい?」

「な、あ………」

 

 そこで男も気付いた。自分が、今まで何をしていたのか。そして、今もなお手に持っているものが何かを。

 

「Yes、教エテ、クレマセンカ?」

 

 バキバキと指を鳴らして、外人ズが立ち塞がる。

 

「なんだよ………」

「く、くそっ!」

 

 男は言い訳を考えていたが、良いのが思い浮かばなかったのだろう。おもむろに石鹸を取り出すと、それを外人ズに向けて投げた。

 

「Oh, No!」

 

 床を滑る石鹸たちを避けた外人ズ。だが、石鹸が通った道は滑りやすく、彼らはその場で転倒してしまった。

 

「おい!?」

 

 男はタオルは持たず、持っていたビデオカメラ。そして何かの機材が入ったと思われる浴室用品を入れるカバンを持って逃走。連れの男も相棒が逃げたと知って、すぐに追いかけていった。

 

「大丈夫かい?」

「No Problem(問題ない)」

 

 予想外の反撃を受けたものの、概ね作戦通りだ。男たちは露天風呂へと続く道を逃げていった。

 その先に待ち受けているものがいることを知らずに。

 

「では、私たちも行こうか」

「Yes」

 

 どこからともなく、男の醜い悲鳴が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだ。

 

「Now, I will begin a festival!(さぁ、祭りを始めようか!)」

 

 だって、地獄はこれから始まるのだから―――

 

 

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「The target was discovered(目標、発見!)」

 

 順調に崖登りをするマッパの男たち。外人さんの1人がライフルのスコープで標的を発見したと報告した。どうやら、大分近くまで来たようである。

 

「中々進軍速度が速いな」

 

 奴らは既に崖を登りきるかどうかというところまで上がっている。俺もスコープを借りて見させてもらったが、向こうはちゃんとした山登りの装備で登っていた。格好こそアレだが、一応装備は整えていたみたい。

 こっちは装備も格好も整ってないがな。

 

「なのはが入ってるのに、覗かせん! もう少し速度をあげる! ついて来れる奴だけついてこい!」

「「「イエッサー!!」」」

 

 え? まだ速度上がるんですか? とか思ってたら恭也さんが物凄い勢いで山を蹴り登っていく。そして数人の外人さんも続いていく。

 ところで俺の中の常識が息をしていないんだが、どうしたらいい? 蘇生させるべきか?

 

「ヘイ、ユーヤ」

「おk、おk」

 

 俺を運んでくれている外人さんも人外スペックを持つ1人だったようだ。大丈夫、覚悟はした。問題ないよ。

 

「GO! GO! GO!」

 

 ムキムキマッチョが走る。恭也さんに続いて崖を蹴り登っていく。重力を背中に感じるとか滅多に感じられない体験をしつつ、俺たちは崖を登りきった。

 地面に立って重力を感じられる。素晴らしい。

 

「なんだ? って、うわっ!? へ、変態だー!!」

「うぉぉぉっ!!?」

 

 ちょうど向こうが登りきったと同時に俺たちも辿りついた。まぁ確かに田舎で回りに何もないとはいえ、タオル1枚で………そのタオルすら付けてない外人もいるけど、タオル1枚の男たちだ。変態と言われても過言ではない。

 しかし、だ。

 

「お前たちには言われたくないぞ」

 

 覗きをしようとしている連中には言われたくないな。

 

「さて」

「あ、おい!」

 

 目の前の1人から背負ってるリュックを奪い、逆さにして中身を出す。そしたら出てくるわビデオカメラやら電池ならスコープやらと。

 

「覚悟は出来たか?」

 

 そこに割り込むように立つ男が1人。

 

「覚悟、ね。お前たちを全員ここで倒せば問題ないだろう?」

「ほぅ」

 

 背負ってたリュックを放り投げ、身を軽くして構える。彼が例の手練の男と思われる。構え方からして素人ではない。

 

「お前がそうか………果たして、そう上手くいくかな?」

 

 恭也さんは例の男とバトル。あの男の人も中々の手練のようだが、恭也さんには敵わない。

 だから、こっちは問題ない。

 

「「「Yeah!! Let’s Party!!!」」」

 

 外人ズは残りの男たちを捕えるために駆けだした。外人さんたちに囲まれていた俺は、彼らの息子が揺れるのを見ていた。見たくて見ていたのではない。大人と子供の体格差故に、どうしても視界に入ってしまうのだ。

 

「Oh……Let’s Party……」

 

 男たちが逃げる。外人ズが追いかける。息子は揺れる。

 そんなわけで、俺の周りから外人さんはいなくなった。近くで恭也さんが人外バトルを繰り広げているが、俺の目には映らない。

 

「ふぅ、俺は証拠の物でも回収しておくか」

 

 外人ズに囲まれていた所為か、先ほどまでは熱かった。それもなくなると、今はやや寒い。かといって、近くの温泉は女湯だ。向かった瞬間に恭也さんが殺しにくる。

 

「くしゅんっ」

 

 更に着るものもなし。退路は崖で俺の力で降りることはほぼ不可能。

 飛翔魔法は使えるから方法はあると言えばあるが、ここにいるのは俺だけではないのだ。

 

「ふはははは! 中々やるようだな! 変態!」

「貴様こそな! 変態にしておくには惜しいな!」

 

 彼らの放り投げたリュックは回収した。ざっと見たが、証拠の物としては問題ないはずだ。これで俺のやることはなくなった。

 仕方ないので、変態と変態の人外バトルでも観察してようか。

 

「HA-HA-HA-! ミ・ナ・ゴ・ロ・シ・ダー!」

「イッテヨーシ!!」

 

 遠方から奇怪な言葉と男たちの悲鳴が聞こえてくる。

 

「あー、平和だなー」

 

 俺は現実逃避をした。

 

 

 

 

 

 

 ほどなくして人外バトルは恭也さんの勝利終わった。外人ズも逃げた2人を捕えたようで戻ってきた。何故か2人は裸にされてぐったりとしていたが、俺は見ないフリをした。数人の外人さんがすごい肌ツヤ良かったけど、俺は気づかないフリをした。

 

「父さんたちと合流するか」

「OK」

 

 無事に犯人も捕まえたことだし、ここに長居はしたくない。色々な意味で危険だ。

 

 

「ねぇ、何か声聞こえない?」

 

 

 おっと、これはなのはの声か?

 恭也さんにも聞こえたようで、早々に撤退を開始する。どこから帰るって? そりゃもちろん来た道からに決まっている。

 

「おい、おい! バカヤメロ! そっちは崖だぞ!?」

「HAHAHA!」

 

 恭也さんを筆頭に、外人ズが飛び降りていく。俺はもう慣れたが、外人ズに捕まった男たちは慣れていない。

 

 

「「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」」

 

 

 哀れな男たちの悲鳴が辺りに木霊する。

 

 

 

 

 

「悲鳴?」

「どうしたの? なのは」

「うーん、誰かいたような気がしたんだけど………」

「覗き?」

「ううん、誰もいないみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、士郎さんたちと合流。向こうは早々に決着がついたそうだ。こっちは人外バトルが勃発していたというのに。なんという格差。

 そして傍らで粉々になったビデオカメラのことを聞くと、

 

「シローノ、娘ガ、イタヨウダ」

 

 なるほど。それならば仕方が無いね。

 そして、あれは何をやってるんだ?

 

「そうそう。筋がいいね、キミは」

「HA!」

 

 士郎さんを囲むように数人の外人さんが、水切り? みたいに手を思いっきり振っている。それらを繰り返す際に触れていない水面が割れてるように見えるのは、俺の目がおかしくなったのかな。

 

「あれ、何してるんです?」

 

 近くにいた恭也さんに聞いてみると、手刀と貫手の練習をしているそうだ。恐らく、この粉々になったビデオカメラが原因だな。

 だって外人ズが士郎さんのこと「ジャパニーズニンジャー」とか言ってるもの。

 

「ヘイ、シロー。ミテクレ」

 

 1人の外人さんが木の棒を放り投げる。棒と言っても、外人さんの二の腕くらい太い奴だ。

 

「HA!」

 

―――ズンッ

 

「大したものだ。すごいぞ」

 

 真っ直ぐに伸ばした手で一直線に棒を貫く。無駄な破壊はせず、必要最小限の範囲だけに集中して貫く手法―――貫手だ。

 将来、あれと同じことをなのはがするようになったら、恐怖そのものだ。

 

 

 

 

『裕也くん。これでもう逃げられないね』

 

 貫手で俺の足に穴をあけるなのは。ぺろりと手についた血を舐めて近づいてくる。

 

『さぁ、“お話”しよう』

『や、やめろ! こっちに来るなぁ!!』

 

―――ズンッ

 

 自分の体の中になのはの手が突っ込まれた。

 それが俺が最後に聞いた音。そして、目の前に見える極上の笑みを浮かべたなのはの顔が、最後に見た映像だった。

 

 

 

 

「うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「うぉっ!? どうしたんだ?」

「あぁ、いえ、ちょっと未来を考えたら恐怖が………」

 

 あの未来は来させてはいけない。恭也さんになのはにはあれらを教えないでくれっと伝えておいた。

 手刀はまだいい。だが、貫手はマズ―――

 

「ヘイ、シロー! 切レタヨ!」

「オーケー」

 

 いや、だめだ。手刀もマズい。

 なんで、手でぶっとい棒が綺麗に切れるんだ? おかしいだろ。

 

「何を言いたいのかは知らんが、なのははどちらも使えるぞ?」

 

 ( ゚ω゚ )

 

 



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第17話 事の「真相」

 

 

 

 

どんな勝負にも

 

真正面からぶつかりにいく

 

 

それが私の正義(ジャスティス)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覗き犯や盗撮犯の連中を警察に引き渡す。どうやら地元の人たちだったようだ。久しく訪れた宿の客が美人揃いだったために、ちょっと欲望に走ってしまったという。

 今は反省している………というか怯えていた。何があったんだろうねー。ぼくわからなーい。

 ちなみに覗き犯と盗撮犯グループは関係なかった。たまたま居合わせただけだとか。

 

「Good bye」

 

 風呂から上がり外人ズと別れる。彼らは1泊するのではなく、日帰りで来たのでもう帰るらしい。名残惜しいモノはあるが、こればかりは仕方が無い。

 

「グッバーイ」

 

 士郎さんたちはそのまま部屋に。女子勢はまだ風呂から出てきてないようで、誰もいなかった。フェレットは士郎さんに捕まって一緒に連れてかれた。

 さて、1人になってしまったな。宿でも探索するか?

 

(確か、アルフがいたと思うんだが………この世界にはいないのか?)

 

 1人でぶらぶらと探索している。もしかしたらアルフがいるかなぁと思ってたんだが、それらしい姿は見受けられない。

 本来ならアルフのポジションには何故か生存しているアリシアがいたことだし、もしかしたらこの世界に来ていない………か、存在していないか。

 

(存在はしているが、来ていないというのが一番確立的には高いかもな)

 

 隅々までではないが、さくっと宿内を見て回った。残念ながら、その中にアルフらしい人影は見つからなかった。

 ぬぅ、わしゃわしゃと撫で倒したかったのに。もちろん犬の姿のだよ? あ、狼か。

 

「残念なり」

 

 

「あ、裕也くん。みっけ」

 

 

 ちょうどなのはたちが風呂から出てきたようで、ばったりと出くわした。

 

「私たち、これから卓球するんだけど、一緒にやらない?」

「ほー」

「ま、旅行で温泉ときたら、卓球よね」

「だねー」

 

 ずいぶんと庶民じみたお嬢様たちだ。が、それには頷ける。

 

「いいぜ」

 

 その足で卓球がある娯楽室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてやってきた卓球台。台はあってもラケットが1セット分しかなかったので、順番で遊ぶことにした。

 まずはジャンケンで決めて、初戦はなのはとすずかの勝負だ。

 

 

―――シュバッ

 

―――ズカンッ

 

 

「すげーな。卓球って」

「すずかもすごいけど、それに付いていけるなのはもすごいわね」

 

 予想に反して物凄いラリーが続いている。

 カンコンとかそういった軽い音ではない。シュバッとかラケットが風切る音とか、スマッシュとか打つとズガンッとか音してる。

 何よりもすごいのはラケットとかボールが壊れないってところだ。2人がそれすら考えて叩いてるのか、それとも単純にラケットたちが頑丈なのか。俺の予想としては前者だな。

 

 

「ぬわっ!?」

 

 

 すずかが取れなかった球が俺の方に飛んできた。豪速球である。

 

「ごめーん。大丈夫?」

「あ、あぁ………」

 

 壁に半分ほどめりこんで、ポロッと落ちた。

 なるほど、後者だったか。壁よりも頑丈ならなのはたちのラリーにも耐えられるわな。

 

「………もうちょっと、離れてようか」

「それがいいみたいね」

 

 俺たち見物人は距離をもう少し取って、2人の戦いを見守ることにした。

 

 

 

 

「やるね、なのはちゃん。ここまで本気出したのに、しがみつくのがやっとだよ」

「えへへ、すずかちゃんもね。少しでも気を抜いたら負けちゃいそうだよ」

 

 今は僅差でなのはが勝っている。しかし、なのは自身が言うようにそれは気を抜いた瞬間に逆転されるような薄いものだ。

 

「いくよ!」

 

 ボールを軽く上に投げる。さすがにサーブ時まで豪速球ではない。ボールがラケットに当たった瞬間―――それは始まる。

 重力とか慣性とかどうなってるのかな? と思うような軌道を描いてボールが飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。

 

「あっ!」

 

 なのはがボールを取り零した。これで同点だ。

 

「―――あの時だけ、逆回転にさせたんだね?」

「ふふ、さすがだね。なのはちゃん」

 

 どこかで見たような既視感を覚えたが………そうだ。熱血マンガだ

 

「―――俺たち、卓球で遊んでるんだよな?」

「えぇ、そうよ………そのはずよ」

 

 そして再び始まる豪速球のラリー。風を切る音が充満し、時々破砕音に似た音が響く。しばらくは途切れなさそうだ。

 

「卓球ってすごいねぇ」

 

 そんな諏訪子の言葉に頷くが、これは特別だと思う。これがデフォルトではない、はず。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな名勝負だったが、決着がようやくついた。接戦に次ぐ接戦だったが、集中力が切れたのか一瞬の隙をついて、すずかが勝利を収めた。

 

「私の勝ち、だね」

「………うん、私の負け、だね」

 

 握手を交わす2人。どうやら、友情が深まったらしい。すごいな卓球。常人では真似できないよ卓球。

 

「はい、次は裕也くんたちの番だよ」

「はい、アリサちゃん」

 

 一応、順番では次は俺とアリサの勝負の番だけど………。

 

「「……………」」

 

 お互い見つめる。恐らく、心は同じだ。

 

「「パスで」」

「「え?」」

 

 もう見てるだけで疲れたよ。だから、部屋に戻って休もうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名勝負と言うか迷勝負と言うべきか―――そんな卓球勝負を見て疲れた俺たちは、さっさと自分たちの部屋に戻った。既に部屋には布団が敷かれていたが………ちょっと、早くね?

 まだ夕飯も食ってないよ。

 

「私はここよ」

「じゃあ、私はアリサちゃんの隣」

 

 さっと動いてアリサが自分の寝る場所を決める。布団は2つと3つ並んだ2列にあり、アリサは2つ並んだ場所の右。それに続いてすずかが左を取った。

 

「じゃあ、私端っこー」

「こっち側が私なのー」

 

 諏訪子となのはが続いて3つ並んだ列の両端を取る。

 必然的に俺が真ん中になり―――

 

「端っこがいいんでありんす」

「却下。遅いあんたが悪いのよ」

「素直な話、俺寝相悪いよ?」

「いっつもベッドから落ちてるよねー裕也」

「ベッドから落ちるって………」

 

 自分のベッドで寝てたはずなのに、朝気づいたら諏訪子をホールドしていたとかよくある話です。

 などと色々言ったのだが、許可が下りることはなかった。まぁ困るのは俺ではないからいいや。謝るのは俺だが。

 

「さて、伝説をやらなければな」

 

 布団に入り、おもむろに荷物からPFPを取り出す。もちろん、七龍伝説だ。

 

「あ、もしかして七龍伝説?」

「おぅよ。諏訪子とプレイ中」

「だよ~」

「私たちも混ざって良い?」

「なぬ?」

 

 どうやらなのはたちも七龍伝説もとい、PFPを持って来ていた。なのはは分かるが、アリサやすずかまで持っているとは………ちょっと驚いた。

 というのも、ゲーマーなのはが2人に薦めたらしい。興味が沸いたのかソフトと同時に本体もまとめて買うとは………やっぱこいつらは金持ちだねぇ。

 

「今何話?」

「こっちは3話ー裕也くんたちは?」

「マジで? 早くね? 俺たちまだ2話のラスト」

「残念だったね! 裕也! 私は既に4話まで進めたよ!」

「ひでぇ!? てかはえぇ!!」

 

 基本的には1人プレイだが、仲間を呼んで協力プレイもできる。その場合は、パーティゲームみたいにストーリーとは関係なく遊ぶか、自分のストーリーに相手を召喚して手伝ってもらうかのどちらかを選択できる。

 今回は、一番ストーリーが進んでない俺を手伝ってもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

【YOUちゃん】しょーかーん!

 

 俺はサムライという前衛型。攻守共にバランスが良く、対象は自分のみだが回復などのスキルもある。一人プレイ時には強いが、仲間との協力だと少々考えさせる。

 ちなみに名前は諏訪子につけられ、グラフィックも俺に近いものが選択されている。

 

【スズカ】やっほー

 

 すずかはハッカーで後方型。完全な支援タイプだ。状態異常、回復、蘇生など色々できる反面、攻撃力が心許ない。

 

【アリサ】YOUちゃんって、あんた……

【YOUちゃん】うっせ

 

 アリサはデストロイヤーで俺と同じ前衛型。アリサらしく、攻撃力が高いキャラを選んだようだ。こと、攻撃力の一点に関してはサムライよりもデストロイヤーの方が高い。成長すれば尚更その差が分かる。

 

【ナノハ】YOUちゃん、可愛いの

 

 なのははサイキッカーで遠距離型。ハッカーと似て色々と出来るが、こちらはどちらかというと攻撃寄りになっている。ハッカーには負けるものの、支援もできる。

 この3人はよくグラフィックをいじってある。小さい自分といったところか。

 

【スワちゃん】ハロハロ~

 

 諏訪子はトリックスターで後方型。攻撃と支援と両立が難しいキャラだが、支援をメインに育て、余力があったら火力もあげていく方面らしい。

 

【ナノハ】スワちゃん、レベルたかーい

【スワちゃん】私、がんばった!

【アリサ】で、どこにいけばいいの?

【YOUちゃん】とりま、ボス倒して次に進むべ

 

 現在地はボス戦前のセーブポイント。この扉の先に進めば、後はボスとバトルが待っている。

 

【YOUちゃん】準備はいいかー?

【アリサ】問題ないわよ!

【スワちゃん】いざとなったら私が倒すし

 

 1人プレイと違って、協力プレイだと協力している人数によって敵のレベルもあがってくる。最大で5人参加が出来、今が最高難易度だ。諏訪子1人では、たぶん無理じゃないかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 案の定、苦戦を強いられている。

 

【YOUちゃん】やっべ、ボスつえー!

【スワちゃん】YOUちゃんが弱いだけだからwww

【アリサ】ちょっと、裕也! あんたも攻撃に参加しなさいよ!

【YOUちゃん】今の私はYOUちゃんであって、裕也ではないのだー

【アリサ】だったらYOUちゃんって学校でも呼ぶわよ!

【YOUちゃん】マジすいませんでした。でも、私のHPも見てくだしあ

 

 5人中、俺だけHPバーが赤い。まぁつまり、ギリギリ生き残ってるというところだ。

 

【スズカ】YOUちゃん、回復するから下がって

【スワちゃん】一人だけHP赤いwwwプゲラwww

 

 一番レベルが低い俺はすぐにHPがピンチになる。支援で防御力を最高までブーストしてこれである。ブーストがなかったら即死だ。

 

【スワちゃん】ぬぅ、私の攻撃じゃ全然ダメージが通らない

【ナノハ】スワちゃん、支援に力入れすぎだよ

 

 諏訪子は支援に力いれつつ、アイテムの物量でボスを倒してきたようで、アイテムがなくなれば弱体化してしまうのは仕方が無い。

 ただ、弱体化した諏訪子にもブースト最高の俺は負けるレベルで弱い。運がよければ、ギリギリ勝てるかもしれないが………レベル差が違いすぎる。

 

【スズカ】はい、YOUちゃん。回復したよ

【YOUちゃん】サンクス、スズカ。今いくぞ、アリサ

【アリサ】遅いわよ!

【YOUちゃん】私は帰ってきたぞー!

【スワちゃん】でもすぐに後ろに戻るんですね。分かりますw

【スズカ】あ、回復の用意する?

【YOUちゃん】スワちゃんもヒドいが、スズカもひでぇ!

 

 でもたぶんお世話になると思います。その時はよろしくお願いします。

 

【ナノハ】私も攻撃に加わるね!

【YOUちゃん】おk。じゃあ、俺が真ん中に入るから、アリサとナノハは左右から叩いてくれ

【ナノ】分かったの

【アリサ】スワちゃん、YOUちゃんのお守り任せるわよ

【スワちゃん】任された。生かさず殺さずを保つね

 

 保つなよ。なんだその生き地獄は。

 

【YOUちゃん】俺をいじめて楽しいかー!?

【アリサ】楽しい

【スワちゃん】楽しい

【YOUちゃん】ヌッコロス! いつか!

 

 すずかと諏訪子の支援を受けながら、なのはとアリサと協力してなんとかボス龍を倒すことができた。2話のボスにしてはかなり強すぎね? これも協力プレイの弊害か。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「みなさん、お夕飯の時間ですよ」

 

 咲夜さんが襖を開けてやってきた。咲夜さんは家ではいつもメイド服姿だからか、浴衣姿はとても珍しく見える。

 

「「「「はーい」」」」

「あーい」

 

 ちょうどボスを倒してタイミングが良かったので、そこでセーブして終了。家に帰ったらこっそり進めてようかな、なのはに負けてるのはちょっぴり悔しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――深夜。

 

 

 ジュエルシードが動き出したようだ。

 

 

「――――」

 

 隣でなのはが起きる気配がする。と同時に、いつの間にか諏訪子の布団にもぐりこんでいたようで、すぐ近くに諏訪子の顔があった。

 

(うにゅ、ゆうや。けはい)

(やはりか……起きてる?)

 

 なのはやフェイトはジュエルシードの気配を感じられるみたいだが、俺には分からない。なので、こうして諏訪子が教えてくれないと知ることができない。

 

 

「――――いいなぁ」

 

 

 ボソッと呟いてからなのはは静かに部屋を後にした。

 

(んじゃ、俺らも行きますかね)

(あふ、今回も戦になるかなー)

(私的には無い方がいいがな)

 

 少し間を置いてから俺たちを部屋を後にした。廊下は静まり、皆寝ているようである。宿の人たちは数人起きて仕事をしてるみたいだが、問題ない。

 

『ジュエルシードの気配は?』

『外の森だね。たぶん、フェイトたちかな? が、いるよ』

『なるほど』

 

 周囲を確認、誰もいない。

 

『へ~んしん!』

 

 裕也からクロへと変わり、外へと出る。

 

 

 

 

 

 

「えっと………」

「その………」

 

 俺が現場に着いた時には、既になのはとフェイト、そしてアリシアが3人揃っていた。だが、戦闘になった様子はない。かといって仲良く話し込んでいるという訳でもない。

 

『なぁ、諏訪子。アレ、何してると思う?』

『お互いにどう切り出すか迷って呆然と立ってるように見える』

『なるほど』

 

 いつまでも立っている訳にもいかないだろう。アリシアなら当たって砕けろ精神持ちっぽいので、こういった場合は率先していくと思ったが………当の本人は何かを警戒しているように周囲に注意を注いでいる。

 

『仕方が無い』

 

「―――何をしているんだ?」

「「あ………」」

「クロさん? どうしてここに?」

「魔力反応があったのでな。もしやと思って来てみたのだが………外れだったようだな」

 

 フェイトが持つジュエルシードを見て、おもむろに肩を落とす。もちろん演技だ。最近、こういった技術が磨かれてきてるような気がする。

 将来はハリウッドでも行くか?

 

「あ、その………すいません」

「君が謝ることではない。それで、君たちは何をしている? 子供は寝る時間だぞ」

「「あぅ」」

 

 

― 閑話休題 ―

 

 

 話を聞けば、お互いにどう話しかけていいか迷っていたらしい。初めて会った時は成り行きとはいえ、敵同士だったためにかける言葉が見つからなかったそうだ。

 アリシアはアリシアで霧谷を警戒して、それどころではなかった。ユーノはユーノで警戒しているアリシアを見て、そっちを警戒して動けなかったと。

 

「なんだ、それは…………」

「「うぅ………」」

「あぁ、じゃあ来てないのね? あのクズは」

「うん。来てないよ。誘ってないもん。誘いたくないし」

 

 霧谷がいないというのが分かったようで、アリシアも警戒を解いた。よほど嫌いなご様子で。気持ちは分かるけど、もう少しオブラートに包んでね。女の子なんだから。

 

「あなたとは良い関係でいられそうね」

「同感なの」

 

 がしっと握手するなのはとアリシア。仲いいな。黒いオーラさえ見えなければ、微笑ましいものに見えたのに。

 これが後に言われる、魔王と阿修羅の邂逅である………いやいやまさかごじょうだんです。

 

「えっと、フェイトちゃん………で、いいのかな?」

「うん………君は?」

「私はなのは。高町なのは。よろしくね!」

「うん」

「じゃあ、私たちはこれで友達だね♪」

「とも………だち?」

「そぅ。名前を呼んで。それだけでいいの。初めはそれだけで」

「なの、は……?」

「うん!」

「なのは………」

「フェイトちゃん!」

 

 フェイトの手を握りながら、なのはが笑顔で答える。なんだか分からないけど、暖かい気持ちだ。どっかで見たことあるような気がするけど、はて?

 あ、やべ。涙腺が。

 

「なのは、ね。私はアリシア。フェイトの姉よ。よろしくね」

「アリシア……ちゃん、でいいのかな? 同い年?」

「同い年よ。私たち、双子だもの」

 

 ほぅ、双子だったのか。ということは、フェイトはクローンとかではなく、プレシアの実子ってことか? やはり原作とは違うようだな。

 アリシアの次はユーノがフェイトたちに自己紹介していた。その際に、ジュエルシードのことも話したようで、フェイトたちの顔色が変わった。

 

「ジュエルシード………君、えっと、ユーノが?」

「うん。僕が発掘したものなんだ………」

 

 その後、ちょっと待って欲しいとアリシアがどこかに消えて、残ったフェイトも一転して落ち込んだように黙ってしまった。

 なのはもユーノも理由が分からず、フェイトも姉さんが来るまで待って欲しいの一言でだんまり。

 

「………………」

「………………」

 

 そして何故かこっちを見つめる2つの目。

 なにさ? 俺に何を求めている? この空気を払拭しろってのはかなり無理があるぞ。

 

「―――なんだ?」

「えっと、名前を教えてほしいなぁって」

「―――あぁ、そうか。クロだ」

「よろしく、クロさん。それで、フェイトちゃんのことは………」

「分からん。まぁ待って欲しいと言ってたのだから、待ってればいいだろう?」

 

『戦はなさそうだね~』

『眠いのか?』

『うん。なんか、気が抜けちゃって………あふぅ』

『もう少しだけ耐えてくれ』

 

 この状態で眠られても困る。

 

「お待たせ」

 

 程なくしてアリシアが戻ってきた。

 

「ユーノだったっけ? ちょっと話があるんだけど……」

「僕に?」

「えぇ、母さんから」

 

 

――ブンッ

 

 

 突如として何もない空間にディスプレイが浮かび上がった。スカさんにもらった通信機みたいに画面が浮かんだと思ったら、そこに一人の女性が現れた。

 

『あなたが、ユーノさんかしら?』

「あ、はい。そうです。あなたは……?」

『初めまして。私はフェイトとアリシアの母親のプレシア・テスタロッサです』

 

 わーぉ。ラスボスが現れたよ。ただ、やはりというか本来の優しい性格のようである。

 

 

 

 

 謝罪から始まったプレシアさんの話は、まとめるとこうである。ついでになのは。お前理解できてないだろうから、3行にまとめてやる。

 

・使えない上司の所為で事故勃発。責任が自分にあるというが、裁判にて勝訴。

・管理局なんか辞めてやる! 現在は辺境で静かに暮らしてるよ。

・家族旅行中に次元跳躍魔法キター! 防いだら近くの輸送艦が巻き添えに!

・母さんは魔法使ったバカをヌッコロスから、フェイトたちは散らばったジュエルシードの回収をお願い。

 

「4行になってしまったな」

「なるほどなの」

『言い方はあれだけど、まぁだいたい合ってるわ。それで………あなたがクロさんかしら?』

「あぁ、あいさつが遅れて申し訳ない。俺がクロだ」

『そう。確か、“闇の書”を探しているのよね?』

「――――あぁ」

 

 ちょっと話が大きくなりすぎてきたような………。どうするか? 修正するにしてもどう修正するか。いや、このまま突っ走るのも手、か。

 

「―――あんたの娘にも言ったが、これに関しては俺がすべきことだ」

『………危険性を考えた上で、言ってるのかしら?』

「無論。むしろ、危険ならばあんたの娘を巻き込むことの方が重大だろう」

 

 起こったら最終的に関わってしまうとは思いますがね。話的な意味で。

 

「じゃあ――」

「お前も除外だ」

 

 嬉しそうな顔してレイジングハートを握り締めるなのは。確かに言ってはなかったが、除外は当然だろうに。

 とはいえ、あなたも関わってきますがね。主人公的な意味で。

 

「俺の手伝いをする前に、おたくらはジュエルシードを集める方が重要じゃないのか?」

『そうね―――』

 

 今なのはが7個。フェイトが2個で、俺が内緒で4つか。合計で13個か。

 

『残り12個ね………多いわね』

 

 俺が持ってる4個は伝えてないので、なのはたちは合計が9個となる。

 

「ごめんなさい。母さん」

『気にしていないわ。むしろ、私がいけなくてごめんなさいね』

 

 プレシアさんは今裁判やら何やらでバカと闘ってる最中のため、こちらに来ることが出来ない。なので、フェイトたちだけ先に来させてジュエルシードを集めるように指示したのだ。

 ちなみにアルフとリニスと思われる女性が見えた。2人はプレシアさんのサポートをしているんだろう。一瞬だが、見えた。

 

『管理外世界とはいえ、他にも魔導師がいるかもしれないわ。気をつけてね』

「はい、母さんも気をつけて」

「こっちは任せてよ!」

 

 事故を知った管理局が近々こちらに来るそうだ。ジュエルシード探索も引き継いで行うらしいが、さすがは足の遅いというか腰の重い管理局。管理外世界へ赴くには色々と手続きが必要らしく時間がかかるとか。

 それまでは現在この世界にいる魔導師たちで捜索して欲しいとのこと。つまり、フェイトたちのすることはしばらく変わらないということだ。

 軽く近況を話して、プレシアさんとの通信は終了。なのはとフェイトたちは協力するにしても、今後どう動いていくかを話し合っている。

 

 さて、俺はどうするか。

 

『やっぱ、ジュエルシードは渡した方がいいよな?』

『まーねー。私たちが持っててもあまり意味はないような気がするし』

 

 ただ、2つは既にスカさんのところだ。なので、今渡せるのは2つだけ。それでもないよりかはマシだろう。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

 ひょいっとフェイトたちに投げ渡す。

 

「これは………」

「ジュエルシード? でも、なぜあなたが………」

「何かに使えると思って持っていた。必要ないと感じたので渡した。それだけだ」

 

 向こうの話も終わりそうだし、何かを言われる前にさっさと戻ることにした。なのはたちよりも早く部屋に戻らなければならないのが辛いところ。

 

 

 

 

 

『てか、俺来る意味なくね?』

『なかったねー』

 

 何しにきたのか………。まぁプレシアさんと会えたことや、予想外の裏情報が聞けて損はなかったが。

 

 

 



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第18話 もうひとりの「諏訪子」

 

 

 

忘れられた神

 

ただ、ただ、

 

 

見守るだけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 

 昨日の夜は意味もなく夜更かししていて非常に眠い。なのはも同じようで目を擦っている。俺と同じで眠気は完全にとれていないみたいだ。

 今日もう1泊して、明日には帰ることになるんだが………はふぅ。

 

「なのはちゃんも眠そうだけど、裕也くんも眠そうね」

「なのはは大体分かるけど、あんたは夜に何かしてたの?」

 

 アリサたちが眠気の取れてない俺たちに向かって聞いてくるが、答えることはできないので沈黙を貫く。

 

「ま、十中八九。なのははあんたの所為でしょ?」

「あー………」

「………」

 

 部屋に戻った時にはちゃんと自分の布団に入っていた、はず。既に眠くておぼろげだが、ちゃんと真ん中の布団を使ったはずだ。だがしかし、朝起きたらなのはと同じ布団で寝ていた。だから端っこにして欲しいと言ったのだがなぁ。

 あ、もちろん土下座しました。何故かアリサに足蹴りされましたが。

 

 予想通り、俺の朝は謝罪から始まった。

 

 

 

「みなさ~ん、起きてますか~?」

 

 間延びした声でメイドのファリンさんが襖を開けてくる。

 

「あ、皆さん起きてますね。朝食のご用意ができましたのでどうぞ来てください」

「「「はーい」」」

「あい。ほら、諏訪子。起きろー」

「うぅ……ねむい」

 

 諏訪子を何とか起こして朝食が待っている食堂へと行く。食事時は家族全員揃って食べるそうだ。それが高町家の習わし。

 

 

 

 

 

 

「ふぇ、フェイト・テスタロッサ……です。よ、よろしく………」

「アリシア・テスタロッサよ。よろしくね」

 

 食事後、フェイトたちから念話が届いたようで、こうして合流した。

 旅館には変身魔法で大人になったアリシアとフェイトで姉妹という形で入ってきた。この世界のお金はどうしたのかと聞いたら、この世界に来る前にプレシアさんから貰ったとか。

 管理世界なら分かるけど、ここは管理外世界。どうやって日本のお金を手に入れたのだろうか。聞くのが怖いので俺は気づかなかったことにしよう。

 

(そういえば、スカさんも………)

 

 考えるのをよそう。世の中には開いてはいけないパンドラの箱がいくつもあるのだ。

 

 

― 閑話休題 ―

 

 

 各々自己紹介したところで、再び俺たちは子供部屋に移動した。アリシアは咲夜さんやファリンさんたちと行動を共にするようで、ここにはいない。

 変身しているとはいえ、今は大人の姿だからね。

 

「―――さて、どうしようか」

「う~ん、温泉に入りにきてるんだし、温泉に入る?」

「それでもいいけど、夜にも入るんでしょ?」

「俺は一考に構わん。むしろドンとこい」

 

 温泉はいいよ。温泉は癒しだね。ただ昨日みたいな外人マッチョとは入りたくない。いや、嫌いな訳ではない。ただ連続して会いたくないだけなんだ。もう帰ったので会うことはないと思うが、あのノリは好きだよ。

 

「今できるとしたら、温泉とPFPとトランプとUNOぐらいかー」

「あとお話!」

「それでもいいが、だったら俺は端っこでPFPしてるよ」

 

 度々思うが、女子はよく何時間も話してられるよね。飽きないのかなぁ。

 

「近辺や宿の探索は昨日しちゃったしね………」

 

 山の中だけに街灯もない。故に、少しでも太陽が沈み始めると山と森に囲まれたこの場所は本当に暗くなる。近辺の探索は宿の近くくらいしか歩いていないが、自然が豊富以外に見つけるものがないってのが分かった。

 宿の女将さんの話では、近くに川があるみたい。だが、水着もない上に水遊びするには少々時期的に早いので断念。

 宿内の探索は俺1人でもやったし、なのはたちともやった。娯楽の少ない宿ってのが分かった。

 

「PFPだとフェイトが持ってないし」

「お話だと裕也くん参加しないし」

「オフコース」

「トランプとUNO?」

「も、ねぇ………」

 

 結局、温泉に入りにきたことだし、温泉に入るかーということになった。いえーい、心の洗濯―。

 男は俺1人なので、もしかしたら貸切状態かね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なん………だと………」

 

 だが、それもすぐに終了した。

 

「これじゃあ、仕方がないわね」

「そうだね~」

 

 なんと、男湯が使えないという事態。

 どうやら奥の配水管が故障したらしく、現状使用停止。ただ故障自体は軽微なもので、しばらくすれば使えるようになるとのこと。しばらくと言っても、夕飯後くらいまではかかるようだ。

 それに使えないのを良いことに、今男湯を清掃している様子。無情にも“清掃中”の看板が俺を遮る。

 

「―――じゃあ、俺は後で入ろう」

「え? いっしょに入ろうよ」

「え? パス」

 

 確かに子供のこの身なら女湯に入ったところで問題はないが、俺に問題がある。いや、R18的な意味ではないよ。士郎さんとか恭也さんとかの意味で。

 死ぬよ? 俺が。

 

「すずか。なのは。諏訪子」

「「「らじゃー」」」

「やめろー! はなせー!! 俺は自由になるんだー! うぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 ま、逃げられるはずはなかったんですがね。

 

 

「とりあえず、離せー! ここまで来たんだから、自由にしろよ!」

「あんたの場合、ここまで来ても逃げる気がするからダメよ」

「その信頼が痛い!」

「どうせだから洗ってあげようよ」

「賛成―!」

「やめろ! てか、ほらフェイトが困ってるぞ!」

「え?」

 

 全然困ってなかった。むしろ、なのはたちに次いでやる気満々だった。

 

「面白そうなことしてるわね。私も協力するわよ」

 

 スパーンの良い音立てて裸のアリシアが乱入してきた。なんだ? 念話でフェイトが呼んだのか?

 てか、お前は隠せや。前を。

 

「やるき満々かー! なんでいるんだー!」

「いやぁ、なんか面白そうな空気を感じてね」

「なんとなく………やらないといけない気がして……」

 

 アッーーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――とまぁ、あったわけ」

『なるほどね。ここは男として“爆死しろ”と言うべきかね?』

「それを言うなら“もげろ”じゃないかな………」

 

 温泉から帰って来た次の日。自宅からスカさんにいつもの連絡をしていた。

 本拠地が歩いて数分のところにあるので直接行っても良かったのだが、疲れを癒す温泉で疲れてきたので部屋から連絡である。

 ついでにプレシアさんのことについても話しておいた。といっても、聞いた話をそのまま話した程度で、新情報は何もない。

 

「あー、お土産買ってきたから後で持ってくー」

『おぉ、それは嬉しいね。ありがたく貰うとするよ』

「で、管理局についてはどうするの?」

『どうする、とは?』

 

 知っているかもしれないが、近々管理局がこの世界に来ることを伝えた。

 だんだん忘れ始めているが、目の前の男は次元犯罪者なのである。追われる身であり、管理局は追う側の人間だ。

 ウーノさんとか普通に商店街で買い物しているけど、スカさんとかゲートボールしてたりサッカーのコーチとかしてたりするけど、追われる身なのだ。この前士郎さんといっしょにサッカーの戦術について論議してたけど、追われる身なのだ。ここ重要。

 

「時々スカさんたちが犯罪者ってのを忘れるよ」

『奇遇だね。私たちもだよ』

 

 あんたらは忘れちゃダメだろ。

 

『まぁ管理局よりも、吉野さんにどう勝つかを考える方が大事だと思うのだがね』

 

 吉野さんは確か老人会のゲートボールの達人だったはず。この前も大会だか何だかで優勝したとか聞いたな。

 

「なんでか知らないけど、この市内の人たちは皆おかしい人たちだからなー」

 

 武術の達人とか吸血鬼みたいな一族とか空飛んじゃう人とか普通にいるからね。あ、市内だけじゃねぇな。この前の外人ズとかも人外スペック持ちだ。

 あれ? ここ現代日本だよな?

 

『いやー、まさかアレをあそこで防がれるとはね………計算には自身があったのだが、さすがに蛇のように動く魔球は計算外だったよ』

「ゲートボールだよね? スカさんたちがやってるの」

 

 蛇のように動く魔球ってなんだ? 野球じゃないよな?

 

 

 余談だが、なのはは正式にフェイトたちと協力して動くことにしたようだ。プレシアさんとももう一度きちんと話して“プレシアさんが現地にいた魔導師に協力を要請した”という形にしたらしい。

 その方が後々面倒なことにならないから、と言われたようで、なのはもこれも呑んだ。ただ現地にいた魔導師がベテランじゃなくて、成り立ての魔導師なんだが………や、実力はベテラン以上です。はい。

 どちらも私情で集めていた訳ではなく、片方は危険なものだから被害が出る前に回収しないとという使命感から、片方は故意ではないとはいえ家族が原因とも言えなくないこと故に。

 

「明らかに攻撃してきた奴が悪いと思うんだが………」

 

 攻撃を防いだら近くの輸送艦に当たってしまった。かといって防いでいなかったら、今頃プレシアさんたちはこの世から消えていた可能性もある。

 

(だからといってまったく関係ない世界の人たちに被害でるのを防ぎたいという)

 

 立派だねぇ。とても原作では娘に鞭振るってた人と同じとは思えない。何が彼女をあそこまで変えてしまったのか。

 

 

 ちなみに何故そんなことを知っているのかと言うと、なのはが逐一教えてくれているからだ。完全に言うタイミングを逃してしまっているが、なのはにはまだ俺が魔導師というのを言っていない。

 代わりにフェイトには伝えてある。口止めはしているけど、危険な綱渡りやってない? 俺。

 とはいえ、どのタイミングで伝えれば一番被害が少ないか。

 

(ふむ………)

 

 1.今すぐ伝えてみる。

 

『へぇ、なんで教えてくれなかったの? 私、そんなに信用できない?』

『ち、違う! 言うタイミングが………』

『私、何度も魔法のこと伝えたよね? タイミングあったよね?』

『や、やめろ………! 死にたくなーい!』

 

(DEAD END………)

 

 2.フェイトから伝えてもらう

 

『ねぇ、なんで直接言ってくれないのかな? 私、そんなn(ry』

『や、やめろ………! 死にたk(ry』

 

(DEAD END………)

 

 3.次になのはが魔法のことを言ってきたら伝えてみる

 

『ねぇ、なんで今まで黙ってたの? わたs(ry』

『や、やm(ry』

 

(DEAD END………)

 

 あれ? 死ぬEDしか視えないぞ。

 

(ま、なんとかなるか)

 

 当のなのはだが、なんとデバイスのモードが原作より増えていた。

 デバイスについて説明してもらったけど、展開時の基本モード“デバイスモード”に砲撃などに使う“シューティングモード”、封印などに使う“シーリングモード”。この3つに“スタンバイモード”を加えた計4つだったのだが、最近新しいモードを作ったそうで。

 

「ナックルモードってのを作ったんだよ!」

 

 とまぁ、嬉しそうに報告された。

 “ナックルモード” ―――デバイスを両の拳に装着して相手に殴りにかかる近接格闘形態。この場合レイジングハートはなのはの胸のところに移動する。

 

(体術がすごいんだっけかなぁ……俺は見たことないけど)

 

 フェイトと戦っていた時は、俺はアリシアと共闘して霧谷と戦ってたから見ていない。温泉回では戦う前に話し合いで決着が着いていたし。

 いつか見てみたい気もするが………見るのが恐ろしくもある。

 

「さて、そろそろ出るかな」

『おや、今からどこかに行くのかい?』

「あぁ、この前言ってた【白蛇伝説】のところにね」

 

 学校からまっすぐ帰ってきたため時間はまだ夕方ではない。疲れも癒えたことだし、高台まで行って帰ってくるだけなら門限までには間に合うだろう。

 

『レポートをよろしく頼むよ』

「今日は何もしないけどなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――高台

 

「さて、確か奥の目立たない場所って聞いたが……」

 

 明確な場所は分からない。社があるって話も見つけたって人がいれば、何もなかったって人もいる。なので、限られた者しか見つけられないって話が付いたのだろう。

 道っぽいものはあるので、地道に探すしかない。諏訪子がいれば話は別だったかもしれないが、

 

「今日は見たいドラマがあるからパス!」

 

 と、母さんと一緒にリビングでテレビにかじりついている。自由なデバイスである。

 

「場所だけでも分かればいいんだが………」

 

 道なりに進んでかなり奥の方まで入り込んできたが、中々そういった場所は見つからない。やがて道は少しずつと狭くなり、獣道となり―――気がつけば雑草を踏みしめて歩いていた。

 最早、歩いているのは道なのかどうかも不明だ。

 

「むぅ、そろそろ戻った方がいいかもな」

 

 だが振り返るも道が見当たらない。不思議だ。

 木々の隙間から見える空はまだオレンジの色を残しているが、そろそろ闇に包まれる頃合だ。門限の時間が近い。

 

 

 

 

――瞬間、世界が反転した。

 

 

 

 

 白は黒に。善は悪に。光は闇に。

 

「な―――」

 

 気づけば、開けた場所に佇んでおり、空は墨汁で染められたかのように闇色に染まっていた。

 そして、いつからそこにあったのかは不明だが、古い―――小さな社が目の前にひっそりとあった。

 長年、掃除がされていないのか見て分かるようにボロボロであったが、奇妙な圧迫感というか平伏さなければならないような不思議な感覚が襲った。

 

 

 

『―――そのままでよいぞ』

 

 

 

 自然と頭を垂れようとしていたが、聞こえた言葉がそれを遮る。

 

「――っ!?」

 

 やはり、気付いた時には既にそこにいたように―――大きな白蛇が社の上に存在していた。常識を疑うような巨大な蛇だ。軽く人間の大人以上の大きさはあるだろう。

 

「あ、あなたは―――」

 

 何者か―――

 その言葉を紡ぐ前に、白蛇が応えた。

 

『分からぬか? 我が分霊を纏う者よ』

 

 なんとなく諏訪子を思い出す。確か、諏訪子は自分のことを大本から分けられた分神体と言った。ならば―――

 

『こうすれば、分かるか?』

 

 ぐにゃりっと歪んだ白蛇の姿。次には見慣れた諏訪子の姿がそこにあった。ただ、なんというか存在感というか威圧感は俺の知ってる諏訪子とは桁違いである。

 

『ふむ―――今の汝ではまだ無理か』

「え?」

 

 心の奥底まで視るかのような深い瞳で見られる。目の前の諏訪子は、ふと目を閉じて呟いた。

 

『次に来る時には我が身を連れてくるがよい』

 

 

 

――ゴゥ!!

 

 

 

「づっ!?」

 

 そして、次の瞬間には吹き飛ばされた。突然の突風により、雑草の上を転がる。

 慌てて飛び起きれば、そこは高台の開けた場所。林の外まで転がってきた―――とは思えないが、現実に俺がいる場所は林の外だ。

 塗りつぶされたような空も色を取り戻し、周囲は何事もなかったかのように“いつも通り”だった。

 

「………諏訪子の本体、か?」

 

 最後に諏訪子の姿を取った巨大な蛇。それが、恐らく諏訪子の本体。そして、神。

 

「………今日は、帰るか」

 

 次に来る時は我が身をつれて来いと言った。我が身―――つまり、俺の知ってる諏訪子だ。もう一度、諏訪子といっしょに来いということだろう。

 

 

 

「―――てか、全然違うな」

 

 本体と分神という話だが、ここまで変わるものなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道。

 一度家に帰ってから土産を持ってスカさん宅に向かった。今日のことを話しておきたかったし、土産も忘れそうだったからだ。

 家の近くということで、門限の超過を許可してもらえたので諏訪子を連れて向かった。嬉し恥ずかしのメンテの時間でもある。

 

「やぁ、いらっしゃい」

「どもス」

「うーす」

 

 いつもならウーノさんが出てくるところを珍しくスカさんに案内されて、俺たちは中へと入った。

 

「ほら、2人が来ましたよ。あいさつしなさい」

「う、うぅ……は、初めまして! チンクだ」

 

 中に入ればウーノさんが銀髪幼女を連れてきた。幼女はカッと目を見開くと、丁寧にあいさつを叫んだ。

 いきなりで驚いたが、彼女はスカさんに前言われていた娘さんの1人だろう。何故か眼帯をつけている。

 しかし、娘………?

 

「おぅ、私は諏訪子だ!」

「そして俺が裕也だ!」

「最後に私が父親のジェイル・スカリエッティだ!」

 

 とりあえず、このビッグウェーブには乗らないといけないな。うん。しかし、ノリノリだな。この親父。

 

 

 

 

 

 温泉の土産を渡して一息。ウーノさんはスカさんを怒った後、チンクを引っ張ってどこかへと消えてしまったが、まぁ些細なことだな。どこからともなく幼女の悲鳴のようなものが聞こえたかもしれないが、きっと気のせいだ。

 

「なるほど。もう1人の諏訪子くんか……」

「私の本体がそんなとこにいるとは思えないけど………あ、社があったら移動できるかな?」

 

 ウーノさんに殴られた箇所を冷やしながらスカさんが、もむもむと菓子を食べながら諏訪子がのたまう。

 絵にならない2人である。

 

「恐らくね。我が身をとかなんとか言ってたし、諏訪子の姿も取ってたし」

「何で私を連れてかなかったの?」

「お前がドラマに夢中だったからだよ!」

 

 近々もう一度行くことを伝えておく。

 

「呼ばれたことだしね」

「んー、会いたいような会いたくないような」

「どうしたんだい?」

「いやー、私は本体からの分霊の1つでしか無い訳で。今の私でも本体に吸収される可能性はある訳でしてね」

「ふむ。キミの存在はかなり違ってきていると思っているが?」

「どっかの誰かさんのおかげでね!」

 

 ただ、それでも本体の前では小さな1つの存在でしかない。本来ならば、そのまま融合するのだが、今の諏訪子は存在がかなり違ってきてしまっている。本体との融合はできない。

 なので、吸収という形で自分を取り入れる可能性があるという。吸収と融合、似てはいるが意味合いは違う。

 もしそうなった場合は、俺の知ってる諏訪子という存在は完全に消えることになる。

 

「元々、私は情報収集用の端末だからねー」

「まぁ、そうなるとは決まった訳ではないが………」

「そもそもあの場所にいたのが本体じゃない可能性もあるんだろ?」

「そーなんだけどねー」

 

 珍しく意気消沈している諏訪子だったが、次の瞬間にはいつも通りの元気いっぱいに戻った。ただ、

 

(無理してるなぁ)

 

 そう思った。

 

「何にせよ、次に赴く時はある程度の準備はしておくことだね」

 

 敵対しないことはもちろんだが、何が起こるかは分からない。神とはそういった存在である。

 そんな神相手に改造とかしちゃうスカさんは最早変態というレベルではないだろう。

 

「変態の上はキ○ガイだね。キ○ガイ」

 

 それでいいのか?

 

「はっはっは、褒め言葉として受け取っておこう」

 

 受け取っちゃダメじゃないかなー、とは言わないでおく。

 

 それはともかく。

 

 チンクが来たことで、多少の戦闘なら問題がなくなった。無いなら無いで越したことはないが、もしもの場合が起こった場合はチンクが援軍として駆けつけてくれる場合もある。

 ちなみに彼女。ちょうど小学生くらいだろうか。なのはたちと並ぶときっと違和感がないことを告げておく。

 

 

 

 

 

 



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第19話 「車椅子」の少女

夜の闇の少女

 

歯車は回る

 

 

されど、目醒めはならず

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2日後。

 

「やってきました高台!」

「やってきましたね高台!」

 

 諏訪子と2人、俺たちは高台に来ていた。

 

「で、裕也くん。ここはどこかね?」

「高台だ!」

「高台のどこかね?」

「林の中だ!」

「もっと詳細を」

「林の中のどっかだ!」

「つまり、迷子ってことでよろしいかね?」

「うむ」

 

 まぁそういうことだ。

 

「一度行ったんでしょ!? 何で迷ってるのよ!」

「いや~」

「褒めてない!」

 

 こっちの方が近道じゃね? って進んだ道がまさかハズレだったとはね。俺の勘も鈍ったかな?

 

「まさかの孔明もびっくりだ」

「こーめーもよーめーもどうでもいいよ。どうするの?」

 

 どうするも何も前に進むしかない。だって、帰り道も分からないし。まぁ、そこまで大きな場所ではないから、適当にまっすぐ進んでいけば帰れるとは思う。まっすぐ歩ければな。

 

「とりあえず、お前の力で何とかならない? 元は一緒だろ? なんかこう引っ張り合う的な力はないのか?」

「そんなご都合主義なものある訳ないじゃん」

「まぁ物は試しでやってみようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ご都合主義」」

 

 諏訪子の勘に従い、右へ左へと進んだところ、例の社に着いた。着くことができた。ご都合主義の力はすごかった。

 

「まだ残ってたんだ………」

「え?」

「ここは分社。なるほど、確かにここならば出現できるね」

 

 ここは建御名方神―――八坂神奈子と戦う前に建てられた分社。諏訪子の本体ではなく、分神が崇められていた場所だという。

 今ではこうして忘れ去られてしまったが

 

 

―――反転。

 

 

「おっと、お出ましかしら? ()

『久方ぶり―――というのもおかしな話か? ()よ』

 

 目の前に現れたのは巨大な白蛇―――ではなく、最初から諏訪子と同じ姿だった。やはり、威圧感は圧倒的に違う。

 

「むっ、私と違う………あんたは白蛇(その姿)のままなのね」

 

 だが、諏訪子には違いが分かったようだ。

 

『然り。我は全盛期の頃の分霊故にな』

 

 どういうことかと話を聞けば、諏訪子は例の神戦で負けて蛙の姿を押し付けられた神だという。対して、カリスマ諏訪子は全盛期の頃に分けられたので、その姿はかつてのまま―――

 

『ま、それ故か―――本体からも忘れ去られているようだがな』

 

 どちらにしろ哀れな神であるのは間違いなさそうだ。

 

「で、私に会いたかったみたいだけど、何か用?」

『ふむ―――』

 

 それを最後に2人は黙ってしまった。俺の知ってる諏訪子もカリスマ諏訪子も虚空を見ているかのように微動だにしない。

 いたずらとかしようかと思ったが、相手は神様。しかも祟り神だ。仕返しにどんなことをされるか………で、済めばいいか。となれば、静かに待つしかない。

 無力な一般人である俺はただ静かに待つことしかできないのだ。

 

「持って来て良かったPFP。俺は伝説を始めるぜ」

 

 さぁ、始めよう伝説を。龍討伐開始だ。

 

 

 

 

 

 

―――しばらくして

 

 

「―――むぅ」

「お?」

 

 体を薄くさせて消えていくカリスマ諏訪子。こちらの諏訪子は不機嫌な顔でそれを見送ってる。よくは分からないが、話は終わったようである。

 

『話は以上だ』

「………」

『裕也よ』

 

 不意にカリスマ諏訪子がこちらを向く。既に下半身は失われ、その存在感を消失させているのに威厳はそこにまだ残っているのが分かった。

 

『覚えておけ―――彼らの力を使うならば、死を覚悟せよ』

「死?」

『然り。努々、忘れるな』

「そんなことは―――」

『来る。決断を迫られる時が来る。確実だ』

 

 ―― 何を生かし、何を殺すか ――

 

『覚悟せよ』

 

 よくは分からないが、彼らの力を使う時がいつか来て、その力を使ったら死ぬかもしれないよってことか。

 諏訪子なら彼女って言うだろうし、または我の力とか。彼ら………彼ら? “ら”ってことは複数形?

 

「ま、分かった。覚えておく」

『あぁ………これで、ようやく―――――』

 

 

―― 我も眠ることができる ――

 

 

 そして静かに消えた。気付けば、辺りの風景もいつも通りに戻っていた。目の前には社。ただその社からは、見た目通りのボロさしか伝わってこなかった。

 住んでいた神が消えたから、なのだろう。

 

(神のいなくなった社………)

 

 今の世の中、目の前の社みたいなのはどれほどの数存在することか。少し、寂しく感じた。

 

「―――して、どうなったん?」

「うん。ちょっと融合―――というか、吸収した」

「ほう」

「で、新しい力が手に入った………というより、元々あった力に戻ったって感じ」

「ほうほう」

「でも、その力使ったら裕也がヤバいことになる」

「ほうほ―――ダメじゃん!」

「でもね、適量範囲内ならば問題はないよ」

「適量って?」

「使っていくうちに分かるよ」

「やっぱダメじゃん!」

 

 貰った力というのが“祟り”の強化だ。

 万物を呪うこの力、今までは敵対する相手にのみ効果を及ぼしてきた―――というのは、ただ単に力が弱かっただけ。それが元通り、とまでは言わないが、それなりに強化された。

 強力になった祟りは周囲はもちろん、使用者である“人間”にも影響を及ぼすことにもなってしまった。だがまぁ、諏訪子のおかげで最小限に抑えることは可能である。ただし、ゼロにはならないとのこと。

 つまり、祟り系のスペカを使いまくると、自滅するということだ。で、どれくらいならば問題ない範囲ってのが分からない。

 少しばかり俺は無茶をしなけりゃならんことだが………寿命が減るとかってのはないよな? うん。肯定する場合はこっち向けよ、諏訪子。

 

「あ、それと、私の魔力消費が若干緩くなったから多少は長く戦えると思うよ」

「お、それは嬉しいね」

 

 分神体からちょっとパワーアップしたおかげで、存在維持に回す魔力が若干少なくなった。その分、戦闘に回せるので長く戦うことができる。

 より長く戦いたい訳ではないが、長く戦えるのと戦えないのではけっこう違う。選択肢があるかないかは大きい差だ。

 デメリットは少々あったが、全体的に考えればメリットの方が大きいと思う………そう考えさせてください。

 

「そういえば、ふと気になったんだけど」

「ん?」

「あれが全盛期の諏訪子なんだよね?」

「………まぁ、過去の私ではあるよ」

 

 記憶の中のカリスマ諏訪子と目の前の諏訪子を見比べる。体に精神が引っ張られたとでも言うのだろうか。

 

「どうしてこんなになるまで………」

「うっさいな! 私にも色々あったの! ほっといてよ!」

 

 やっぱ例の神戦が原因なのかねー。一人称が変わるほどな出来事だったのだろうか。

 

「元は同じなのに」

「………祟るよ?」

「おkボス」

 

 人の過去に歴史あり。ま、カリスマ諏訪子みたいに固っ苦しいと確かに肩が凝りそうだ。今のかりちゅま諏訪子で良かった。

 

「ふんっ!」

「あいたっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 男がゆったりと歩いていた。黒いきっちりとしたスーツに中折れハットを深めに被った姿。手荷物は少なく、会社から帰ってきた父親を思わせる。しかし、今の時刻は昼。会社帰りには早いし、向かうには遅すぎる。

 そんな男が向かう先に1人の少女の姿が見えた。

 

「ん………しょ! ダメやー、動かへんわ」

 

 車椅子に乗った少女は懸命に車椅子を動かそうとするがびくともしない。道路の溝に嵌まったようで、それをなんとかしようとたった1人で頑張っていた。しかし、押そうにも引こうにも少女の腕力では動かすことは出来なかった。

 いざとなったら車椅子から降りて自分で押せばいいかもと思ったが、それも容易にはできない。何故ならここは緩やかな登り坂。自分という支えがなくなったら車椅子は後ろ向きに快走して、曲がり角で粉微塵にならないかと心配している。

 

「ほえ?」

 

 がこんっと溝から車椅子が外れ、自由に動かすことが出来た。だが、それは少女の力で動いた訳でもなく、超上的な存在が願いを叶えてくれた訳でもない。

 

「これでよろしいかな? お嬢さん」

「あ、ありがとうございます」

 

 少女の車椅子を後ろから男が押して、溝から外したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、寛治さんは冒険者なんやー」

 

 男の名は“影月寛治”。世界を駆け抜ける冒険者と名乗った。怪しいというレベルではないにも関わらず、少女は男の言葉を真っ直ぐに捉えてそれを信じた。

 

「うむ。はやてくんは素直な良い子だね」

 

 少女の名は“八神はやて”。海鳴に住むごく普通の少女だ。車椅子に乗っていることから分かるように、彼女は足が不自由であった。だが、それをおくびに出さずに元気に真っ直ぐに育っているのが寛治からも窺えた。

 

「じゃあ、冒険者のお仕事が終わったから戻ってきたん?」

「うむ。悪者も退治したことだし、無事に仕事も終わったのでな。久しぶりに我が家に帰ってきたのだよ」

 

 どこかの小説やゲームにでも出てきそうな話のようなことを語りながら、寛治ははやての乗る車椅子を押し続けた。

 最初こそ断っていたはやてだったが、ここであったのも何かの縁と言って強引に寛治は押し進めたのだ。適当に押し進めたものだから、途中で折れたはやてが正しい道を指し示した。

 途中ではやてが折れたからいいものの、折れなかったらどこに連れていこうとしたのか。それとも折れるまで適当にぶらぶらするつもりだったのかと問えば、

 

「何、その時は我が家にご招待したまでさ」

 

 と曇りの無い笑みで応えてくれた。何とも食えない人である、とはやては思った。

 

 

 

 

 

 

「時にはやてくん。君は何故1人で出歩いていたのだい?」

「あっ、と、うちは1人やねん」

「ふむ?」

「両親はうちがちっちゃい時に死んじゃったみたいでな。兄弟もいないねん」

「ふむ………これは知らないとは言え、すまなかった。では、君は今1人なのかい?」

「そやで」

 

 気にしないでくれ、と笑うはやて。もう慣れた、と。その姿に寛治は足を止め、くるりと回転する。車椅子ごと。

 

「ひゃわっ!?」

 

 体が浮いたことで慌ててはやては車椅子にしがみ付く。もちろん、寛治とてはやてを振り下ろそうとは考えてなく、むしろ体は浮いたものの落ちないように調整していた。

 

「それはいかんな。うむ。いかん」

「え?」

「しっかり捕まっていたまえ」

 

 寛治は言い終わらないうちに走っていた。

 

 

「ひゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 激しく揺れる車椅子に必死でしがみつきながら、はやてたちは元来た道を戻っていった。静かな住宅街に少女の悲鳴が響いて―――消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今帰ったぞぉい!」

 

 ドパンッとドアを蹴破って寛治が家の中に飛び込んだ。

 

「あら、おかえりなさいませ」

 

 出迎えてくれたのはこの家のメイドである“十六夜咲夜”であった。彼女も慣れたもので、寛治の奇行にも一々反応しなくなった。

 

「あら、おかえり~♪ あなた」

「ただいま、おまえ」

 

 もう1人の出迎えてくれた女性“影月澪”―――寛治の妻は語るまでもなく。即座に自分たちの世界を築きあげて、周囲をピンク色に染め上げていた。

 それらを華麗にスルーして咲夜は寛治に聞いた。

 

「それで、こちらの目を回している方はどちら様です?」

「きゅぅ~………」

 

 寛治がお土産と称して意味不明なモノを持って帰ってくるのはよくあること。だが、少女を拾ってきたのは初めてのことだ。

 

「遺跡の中で見つけたのかしら?」

「ありえ―――ないとは言い切れませんね。寛治様の場合」

 

 連れてこられた少女は現代の車椅子に乗り、現代の服を着ているという点に気付いたであろう彼の子供たちは今はいない。

 故に、咲夜と澪の2人の少々ずれた言葉に突っ込みを入れる者はいなかった。

 

「うむ。彼女は―――――」

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校から帰ってきたら親父が帰ってきてた。それはいい。同時に、家族が増えていた。妹でも弟でもないし、生き別れの兄弟とかでもない。まして、親父のことでもない。

 

「よろしゅうな」

「あ、ども」

 

 まったく知らない………という訳でもないけど、他人である少女がいた。名を“八神はやて”。後に夜天の王と呼ばれる魔導師(予定)の少女だ。

 

 

 

 

「―――で、もっかい説明してくれ。親父」

「うむ。お前は白痴にでもなったのか?」

 

 はやてを含めた俺たち家族はお茶の間に集まっている。だが、この中に咲夜さんはいない。彼女は今、カオス部屋の向こうで中華鍋を振るっている最中だろう。

 今夜は中華にしようと言って買ってきた中華鍋。しかし、家の台所で使うには火力はもちろんスペース的に厳しい。かといって庭でやれば、ご近所さんから通報物だ。だからといって諦めるのではなく、カオス部屋に持ち込んで料理を作って持ってくるという風に考えるのだから流石である。瀟洒なメイドはやることが違った。考えることもズレていた。

 話が逸れた。

 

「はやてくんはこの歳で1人暮らしをしている。だから連れて来た」

「うん。1つ言っていいか?」

「なんだ?」

 

 親父の後ろに移動して、手には諏訪子から渡されたハリセン。

 

「だからといって、勝手に連れてきちゃダメだろがー!」

 

 親父の後頭部目掛けて一閃。小気味良い音が響いた。

 

「んでもってさりげなくハリセン渡すなー!」

「わひゃっ!?」

 

 返しの一撃で諏訪子にも一閃。なんでハリセンだよ!? なんで持ってるんだよ!? ついつい使っちゃったじゃんか!

 

「今のはナイスアシストって褒めるところでしょ!? 何で私叩かれたの!?」

「うっさい! このダメダメ幼女が!」

「ふむ。兄妹喧嘩よさんか。しかし、もう1人くらい欲しいところだな」

「「兄妹じゃない!」」

 

 俺と諏訪子が言い争いをしていると親父が今度は妹が欲しいとか呟いた。頑張るのはいいが、俺たちのいないところで頑張ってくれよ。精神的に悪いから。

 

「えっと………やっぱり、うちは迷惑やないんか?」

「そうね。はやてちゃんは2階への移動は厳しそうだから、1階の私と同じ部屋でいい?」

「へ?」

「ごめんなさいね。後は裕ちゃんと諏訪ちゃんの部屋か、咲ちゃんの部屋になっちゃうの」

「いやいや、そうやなくて………」

「そうよね。やっぱり、同じ年頃の子と同じ部屋がいいわよね………あの部屋に3人も入るかしら?」

「か、会話が成立してへん! だ、誰かー!」

 

 むっ、はやてがSOSを出している。母さんを相手にまともに会話しようとしても素人では難しいからな。仕方があるまい。

 

「ヘイ、母さん。はやてが困ってるみたいだが、何をした?」

「あら、裕ちゃん。はやちゃんを裕ちゃんたちの部屋に入れたいのだけど、大丈夫かしら?」

「んー、ベッドを取っ払えば3人で雑魚寝って感じでスペースは大丈夫かと。私物が増えたら分からん」

 

 俺も諏訪子も私物と言えるものは少ない。精々が服とか机とかそういった物だろうか。マンガとかは親父の書室で、ゲーム機などは居間に置いてあるので部屋にはない。時々泊まりに来るなのはも俺の部屋だし、寝る分には問題ないが………。

 

「ただ2階だよ?」

 

 はやては車椅子で移動していたし、自己紹介の時にも足が動かない旨を聞いた。うちは階段しかないので、2階への移動は足が不自由だと厳しいのではないだろうか。

 

「移動の時は裕ちゃんが抱っこすればいいのよ」

「………」

「………」

「ね♪」

 

 サムズアップして笑みを浮かべる我が母。ダメだ。母さんの中では既に決定事項として組み込まれている。これを覆すのは容易ではないぞ。

 

「でm「あなた~」いd「任せろぉ!」むr………って、行動早いな! ちくしょう!」

 

 親父が神速で2階に駆けて行った。行き先は聞かずとも分かる。俺の部屋だろう。さっき、自分で言ったしな。

 

 ベッドを取っ払えば………と。

 

 そして直後に聞こえる何かの破砕音。続く高笑い。

 

「あー、これはやっちゃったね」

「やっちゃったなー」

「え? 何? 何が起こったんや?」

 

 笑みを浮かべる母。聞こえる親父の高笑い。全てを諦めた俺と含み笑いをしつつ俺を慰める諏訪子。はやては訳が分からず、答えを求めて周囲をひっきりなしに確認していた。しかし、彼女に答える者はいなかった。

 

「晩御飯が出来ましたよ―――どうしました? 裕也様」

「………うん。後片付けが大変だなーと」

 

 どうせ親父が後のことなんか考えずにベッドを粉砕したのだろう。せめてベッドの上の布団一式を外してから粉砕して欲しかった。木屑とかを取り除くの面倒だなー。

 

 そんなこんなで微妙な空気になってしまったが、八神はやての歓迎会は無事に開始された。

 

 



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幕間03 「ワンニャンバトル」

 

 

 

偽りを纏う猫

 

夜を狩る犬

 

 

銀と光が舞う夜の幕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜―――

 

 影月家を見下ろす影が在った。

 

 

 夜の闇の中でも目立つような白い服。仮面を被った男と思われる影たちは、ただ静かにそこにいた。

 深夜と言えど、人の存在さえ感じられぬ周囲。さほど気にしたような素振りも見せず、2つの影は動き―――

 

 

 

「何か御用ですか?」

 

 

 

 背後からの声に足を止められた。

 

「「―――っ!」」

 

 続けられた銀閃に銀閃が重ねられて甲高い音が響く。彼らの背後にいたのは影月家のメイドである“十六夜咲夜”であった。

 

「もう一度お聞きしますが、影月家に何か御用でしょうか?」

 

 再度咲夜が尋ねるが返答は無く、仮面を被った2人は返事とばかりに光球をナイフ状に変化させて―――撃ち放った。

 

「………ふぅ」

 

 咲夜に向けられた光のナイフ。

 

 

――時符「プライベートスクウェア」

 

 

 気付いた時には咲夜の姿は無く、光球のナイフはその場にあったトランプのカードを突き刺した。

 

「そういったお話でしたら他を当たって欲しいのですが、仕方ありませんね。お相手―――致しましょう」

 

 いつの間にか彼らの背後に回っていた咲夜は、お返しとばかりにナイフを投げる。片方の影が動き、ナイフを弾きながら前進。今度は己の拳を振り上げてきた。

 それに対して驚くこともなく、咲夜は冷静に蹴りで吹き飛ばした。

 

「紅魔館、そして影月家のメイドを甘くみないで頂戴」

 

 いついかなる時でも瀟洒である影月家の最強メイドが夜に舞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。向こうは咲夜くんに任せて大丈夫だろうね」

 

 玄関から出て家の前。ふと見上げれば、咲夜と2人の男がお隣さんの屋根の上にいた。町中だというのに激しい戦いを繰り広げながら移動していくのを見送り、男―――“影月寛治”は煙草を口に咥え―――妻の言葉を思い出して、元に戻した。

 

「今日も良い月夜だ」

 

 更に見上げた空にはマーブル色のような模様が浮かび上がり、その向こうに霞むように月が見えていた。とてもではないが、これでは良い月夜には見えない。

 

「うむ。こんな日は宝石を使う魔法使いの爺さんを思い出すね。あの時も、今のような月だった」

 

 寛治は家の前から動かずに、虚空に向けて独白を続ける。まるで、誰かに聞かせるかのように語り続ける。

 一通りしゃべった後に沈黙し、それでも周囲に変化がないことにため息が零れた。

 

「ふむ。そろそろ語るのは疲れてしまったのだが、いい加減に出てきてくれないかね?」

 

 月を見上げていた視線を下ろし、少し離れた街角を見つめる。しばらくその箇所を見つめていたのが功を奏したのか、相手が観念したのか、1人の男が姿を現した。

 

「――――――」

「久しいな、グレアムくん」

 

 現れたのは白が混じり始めた灰―――いや、銀の髪を持つ老紳士。寛治と同じようにスーツを身に纏う真面目そうな………悪く言えば、堅苦しそうな男だった。

 彼の名は“ギル・グレアム” ―――イギリスにいるはずの、寛治の友であった。

 

「我が家に何か御用かな? あぁ、君の猫くんはうちの咲夜くんが相手しているよ」

「猫? キミは何を言っているんだい?」

「ふむ………まぁ、それもいいさ」

 

 寛治とグレアムの距離はわずか数メートル。前線を退いたとはいえグレアムも一流と呼ばれた魔導師。対して寛治は魔導師ではない。が、一流の冒険者である。魔導師ほどではないが、数多の死線を潜り抜けてきた歴戦の戦士と言えるだろう。

 両者にとって数メートルという距離は一瞬で詰められる些細な距離なのだ。

 

「……………」

「こうして沈黙を続けていてもいいが、君の方は大丈夫かね?」

「……………」

 

 グレアムは沈黙を続けるだけで、そこから動こうとはしなかった。時間稼ぎがしたいのか、それとも本当に言うべき言葉がないのか―――寛治の冒険者としての勘は後者を指した。

 彼の考えが合っているのならば、グレアムはむしろ時間がないはずである。だというのに、グレアムは先に進むことをしない。

 

(ふむ。老いによる焦りか? 昔とは変わったなぁ)

 

「うむ。ならば、当ててみせようか」

 

 煙草を咥えて火を付ける。しまったという顔を一瞬したが、火を付けてしまったのだから仕方ないと考えて、寛治は煙草を吸うことにした。後でこっそりリセッシュでもしておけば匂いは残らないだろう、と考えて。

 

「ふぅー。君の狙いは“八神はやて”だろう?」

 

 寛治も含め、意外とだが影月家には命を狙われる………と言えば大袈裟になってしまうが、それなりの理由はある。

 寛治は冒険者として世界中を渡り歩くことからも、色々な連中や組織などに喧嘩を売ったり協力したりと、むしろ狙われない方がおかしいと言ったところだ。妻の“澪”に関しても過去の経験から似たような理由が挙げられる。詳細は聞いていないが、咲夜も同じだと勘が囁く。

 息子の裕也は白だと思ったが、諏訪子が来てからはそうとも言えなくなった。

 全員が全員、真っ白とは言えないのだ。

 

「最初は私の子供たちかと思ったが、私の情報網が正しければ2人は君の組織とは接触していない」

 

 なので、裕也と諏訪子は白。

 一瞬だけだが、グレアムの鉄の仮面が歪んだ。瞬きして確認すれば、変わらない仮面を纏っていたが………。

 

(突くならば、ここか)

 

 自分か、とも考えたが記憶を掘り起こしても覚えはない。仮に出てきたとしても、彼以上の重役が出てくることになるはずだ。なので、グレアムが出てきた時点で寛治は候補から外れていた。

 澪に関してはそもそもグレアムが出てきた時点で白となっている。

 

「そうなると、残るのがはやてくんになる訳だ」

 

 今度はグレアムの仮面が歪むことはなかった。突くべき点を間違えたかと思ったが、否。恐らく、これは想定内だったのだろう。

 

「―――――」

「沈黙は肯定と取ろう。そして次に疑問なんだが―――」

 

 何故、グレアムがはやてを捜し求めているのかは分からない。もしかしたら、彼女があの歳で1人暮らしをしていることを調べれば分かるかもしれない。

 

「君がいる組織―――“管理局”が、“管理外世界”の少女を狙うのは何故かね?」

「っ!?」

 

 グレアムの仮面が再度歪み、

 

「管r「管理局。魔導師。ミッドチルダ。他にも挙げた方がいいかい?」………いや、いい」

 

 今度こそグレアムの仮面は崩れた。

 

「……………」

「……………」

 

 グレアムは寛治の顔を見て、だけど紡ぐべき言葉が見つからずに沈黙を続ける。

 

「言葉が出てこないなら私が紡いであげよう。“何故、管理局の名を知っているのか?”だろ?」

 

 2本目を煙草を吸いながら、寛治は笑って答えた。やっと友人の仮面を壊すことが出来たのだから。

 

「あの時に異世界の存在を語ったのは君じゃないか。君には言ってなかったかね? 私の友人たちを」

 

 世界の境界線を指先1つで超えることが出来る友人がいる。魔法という技術ではなく力で持ってこじ開ける友人がいる。人ではなくなったが故に力を得た友人がいる。

 世界は広いねぇなどとのたまう寛治を前に、グレアムはため息を吐くことしかできなかった。

 

「まさか、キミが………いや、キミならばいつか成し遂げると思ってはいたよ」

「ふむ。それはありがとう。でも、まだ私は彼らみたいに簡単に世界は超えられないぞ」

 

 それは、逆を言えば難しいが世界移動をすることができるということだ。

 

(いや、ミッドチルダや管理局のことを知っているのならば………)

 

 それが答えなのだろう。

 

「相変わらず常識に捕らわれない男だ」

「うむ。褒め言葉として受け取っておこう」

 

 目の前の男は単独で―――それも、管理局が知らない方法で異なる世界へと移動することができる、というのだ。

 恐れるのは、それを可能とする存在がこの世界にいることだろうか。それとも、それらを身に付けてしまった彼のことだろうか。

 

「それで、どうするかい? 生憎と家族を狙われたのだ。穏便には行かないぞ?」

 

 ネクタイを緩めて正面からグレアムの顔を見る。寛治がネクタイを緩めるのは本気を出すという合図でもある。

 それなりの付き合いでありながら、両者はまだまともに戦ったことはない。寛治はグレアムの実力を計れていないし、グレアムもまた然り。だが、寛治のことだ。それなりに見極めているのかもしれない。

 

「家族、か―――」

「うむ。はやてくんにどのような過去があるかは知らないし、彼女がどのような運命を背負ってるのかも私は知らない。だが、我が家に受け入れた以上―――彼女は私の家族だ」

 

 そして、家族を狙う者には容赦がないのが彼―――寛治である。

 

「―――彼女が、八神くんが背負っているのが破滅の運命だったとしても、同じことが言えるのかい?」

「もちろん」

 

 即答。どこからその自信が溢れてくるのか、寛治は迷わずに頷いた。

 さすがにそれは想定していなかったのか、グレアムの目が見開かれる。

 

「ふ、ふふ。そうか」

「それに私が動かなくても、私の息子が何とかしてくれるさ」

「信頼、しているのだな」

「うむ。私の息子だぞ?」

 

 裕也は隠れてやっているみたいだが、残念ながら寛治には筒抜けであった。恐らく………いや、絶対に裕也ははやてを救う、と。

 

「おや、帰るのかい?」

「あぁ。前線を退いた老兵にはキミの相手は荷が重いよ」

「本当にかい?」

 

 戦う気はないとばかりに、グレアムは背中を見せて去ることにしたようだ。寛治はグレアムを呼び止めると、あるモノをその背中に向けて投げた。

 

「―――っと」

「手ぶらで帰るのもあれだろ? それはプレゼントだよ」

 

 寛治が渡したのはフロッピーディスクのような記録媒体。表に書かれた文字は、

 

「“闇の書のプログラム”だと?」

「では、またどこかで会おう!」

「待て! 寛治! キミはどこでこれを!?」

「誰もいないとはいえ、夜は静かにするものだよ。グレアムくん」

 

 寛治はグレアムの質問に答えることなく、さっさと家の中に戻っていった。グレアムは渡された記録媒体―――闇の書のプログラムを再度確認し、今度こそ退いた。

 

「まったく………。キミという男は、いつも私を振り回すのだからな」

 

 どこか嬉しそうな、そして疲れたような独白が零れた。

 

 

 

 

「どこで手に入れた? 残念ながらそれは私にも分からないよ」

 

 玄関を閉めて、寛治は1人呟く。

 “闇の書のプログラム”と書かれた記録媒体はごく自然に彼の書室にあったのだ。どこかの遺跡から持ち帰ったにしては新しすぎるし、この世界にあるパソコンなどの機械では決して読み取ることの出来ないモノ。

 ふと立ち寄った管理世界で初めて中身を見ることができたのだ。そこに書かれていたのは“闇の書”というデバイスのプログラム。

 

「デバイスは管理世界にある魔導師の杖………ならば、何故“闇の書”のプログラムはこの世界の言語(・・・・・・・)で書かれていたのだろうか」

 

 数は少ないとはいえ、デバイスというものを寛治は知っていた。そして、その中身―――プログラムも見たことはあるが、彼が見た物はどれもこれもミッドチルダの言語で書かれていた。

 

「闇の書はこの世界で作られたデバイス? 確かに魔法や魔術といった存在はあるが、デバイスはない、はず」

 

 そしてもう1つ気になるのが、プログラムの中にあった“夜天の魔導書”という言葉だ。

 闇の書という言葉は管理世界で調べればすぐに分かったが、夜天の魔導書という単語は中々見つからなかった。

 

「闇の書………そして、夜天の魔導書………」

 

 いつから在ったのか、何故ここに在ったのか、誰か持ち込んだのか。その一切が謎に包まれていた。

 

「ふむ。よく分からないものだから押し付けたのだが、まぁいいか」

「それよりも、あなた。煙草の匂いがするのだけど、気のせいかしら?」

 

 どこからともなく聞こえてきた声に、寛治の顔は凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょこまかと逃げるのは一級品ですわね」

 

 咲夜と2人の男は今もなお、激しい攻防戦を続けていた。

 

「ちっ!」

 

 舞台は相変わらず屋根の上だが、2人は咲夜に押されて影月家からはかなり離されていた。

 

 

――幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」

 

 

 無数のナイフが何かに引っ張られるように咲夜の周りに浮かぶ。

 

「GO」

 

 咲夜の合図に合わせて、ナイフが標的とした2人の男たちに飛び向かう。

 

「くっ!」

 

 2人は時には躱し、時には打ち落として移動する。これまでの攻防から止まっていればあっという間にやられるからだ。

 

 

――幻符「殺人ドール」

 

 

 周囲に散らばってたナイフが咲夜の声を合図にひとりでに浮き上がり、狙いを定めて飛び向かった。

 

「っ! 糸とかではない。この世界の魔法と考えた方がいいかもしれない」

「あぁ」

 

 2人の男は咲夜が糸などでナイフを操っていると思っていた。そして咲夜もまた相手がそう思い込むように無意味に手を動かしたりと大袈裟なアピールをしていたのだ。

 そのため咲夜の思惑通りに見極めようとして2人の男は観察と防御を中心に行っていた。

 

「そろそろ退いてくれませんか? お嬢様に紅茶を持っていかなければならないのですが」

「貴様が何もしなければ手早く終わるのだがな」

「はぁ」

 

 話は平行線である。

 

「さて、どうしましょうか。あまり長居はできませんし」

 

 傍から見れば上手い具合に拮抗しているように見えるが、それはお互いに手を抜いているからそう見えるのだ。

 咲夜もそうだが、2人の男たちも何か奥の手を隠していると思われる。

 

「少しばかり本気でお相手しましょうか」

「―――っ」

 

 元々咲夜は戦闘技術が高かった。というより、そういった職業に就いていた、というのが正しい。だがそれも彼女の主であるレミリアに会うまでのこと。

 レミリアに仕えてからは戦闘技術は錆び付き、代わりに時間を止めるという元からあった力と、新たに導入されたスペルカードという魅せる技を磨いていた。

 なので、本来ならば2人の男を相手にして手加減をする余裕などはなかった。

 だが、咲夜を変える出来事があった。

 

 それが“裕也が魔法と接触した”ことだ。

 

 パチュリーに教えを請うこともあると聞き、咲夜は錆び付いた戦闘技術を磨くようになった。

 何が彼女の琴線に触れたのかは分からない。仮とは言え、主の子供を守るために力を欲したのか。それとも、純粋に力を求める裕也の姿に過去の自分を思い出したのか。

 どちらにしろ、咲夜は己の力を再び高めることにしたのだ。

 

「例えるなら、二つ名を持つ吸血鬼を相手に勝てるくらいの力です。あなたたちは、どれほど耐えられますかね」

「もう勝ったつもりか?」

「本気を出せないのか出さないのか分かりませんが、そこが限界ならば瞬殺します」

 

 

――タイムパラドックス

 

 

 咲夜が2人に接近し、目前まで迫った時だ。

 

「「!?」」

 

 咲夜が2人に分かれて、2人の男たち両方にナイフによる斬撃を繰り広げたのだ。

 

「「よく防ぎます。では、もう少し加速します」」

 

 同じ声で同じ言葉が左右から紡がれ、ナイフの斬撃が加速する。

 

「ちっ! 一旦離れ―――」

「逃がしませんよ」

 

 男たちの背後に回り、ナイフを投擲。男たちは左右に分かれることで回避する。

 咲夜から放たれたナイフがもう1人の咲夜へと投擲されたが、それを軽く片手で受け取る。

 

「危ないわよ。私」

「ごめんなさいね。まさか避けられるとは思ってなかったわ。私」

 

 仕切り直しとばかりにナイフを構えて咲夜たちは男たちを囲む。

 

「―――父様から」

「―――分かったわ」

 

 しかし、相手は二言三言呟くと戦闘体勢を解いた。2人は咲夜を一瞥した後、夜の向こうへと消えていった。

 

「―――ふぅ。一体、何者かしらね?」

「さぁ? 私は帰るわね」

 

 もう1人の咲夜も消え、咲夜も戦闘体勢を解いた。咲夜たちを囲んでいた結界も消え、静かな夜の中に人の温もりが戻ってきつつあった。

 

「あ。新しい紅茶を思いついたわ。お嬢様もきっと喜んでくれるわね」

 

 散らばってたナイフも回収し終わり、帰宅する咲夜。屋根から屋根へと飛び、一直線に影月家へと戻った。

 その後、ネット上に“空駆けるメイド”の話が語られたが、信じる者は少なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様。お待たせしました」

 

 何事もなかったかのようにカオス部屋へと戻ってきた咲夜。銀のお盆を片手に敬愛する主―――“レミリア・スカーレット”の前に紅茶を置く。

 

「あら、遅かったじゃない」

「申し訳ありません。賊の相手に手間取りました」

「ふふ、外の世界も物騒ねぇ………で、咲夜」

「はい」

「これは、何かしら?」

 

 彼女が指したのは今手に持っている紅茶である。見た目的には普通の紅茶に見えるが、レミリアの勘が異常を告げていた。

 

「紅茶です」

「何の紅茶?」

「トマト………の紅茶でしょうか」

「ねぇ、その間は何? すごく不安になるんだけど!?」

 

 中々飲もうとしないレミリアに咲夜は突然語り出した。

 曰く、きっかけは裕也の言葉だった。

 

「裕也様が“マンガでは吸血鬼は血の代わりにトマトケチャップを代用して衝動を我慢してたけど、それは本当にできるのか?”と申しておりまして」

「衝動………吸血衝動のことかしら? それで?」

「トマトケチャップをそのまま渡されてもお嬢様も困ると思いましたので、紅茶にしてみました」

「うわぁ………」

 

 つまり、この目の前の紅茶はトマトケチャップの紅茶というのだ。

 

「大丈夫です、お嬢様。トマトの紅茶が世の中にはあります」

「何が大丈夫なのよ!? トマトとトマトケチャップは違うでしょ!?」

「元は同じです」

「元は、ね!」

 

 そして紅茶を置くレミリア。しかし、咲夜はそれを片付けようとはしなかった。

 

「え? これを飲めと言うの?」

「えぇ、お嬢様のことを思いまして作りましたので。是非とも今後の創作紅茶のためにも、と」

「お願いだから普通の紅茶にして! 普通のに!」

「とりあえず、どうぞ」

「くっ………! まぁこれだけなら………」

 

 恐る恐ると口に近づけ、少量だけ飲む。

 

「ぐっ!? けほっ! けほっ!?」

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「けほっ! えぇ………なんとかね。でも、もうこの紅茶はいらないわ」

「衝動は消えました?」

「元々スカーレット家はそこまで吸血衝動は高くないのよ!」

 

 吸血鬼にも家名があるように数多に分かれていて、その特徴は細かい点が違ってたりする。

 例えば、吸血衝動が高い一族がいれば、スカーレット家のように低い一族もいる。流水を苦手とする一族がいれば、流水が効かない一族もいる。中には、吸血鬼の敵である太陽を克服した吸血鬼もいたりするのだ。

 その点で考えれば、スカーレット家は吸血鬼らしくない吸血鬼である。吸血衝動は小さく、直射日光さえ防げば日中も活動は可能。流水も痛みが走る程度でダメージにはならない上に、十字架やにんにくなどは効果なし、である。

 

「だから、この紅茶だけで分かるほど吸血衝動が下がったかなんて分からないわよ」

「そうなのですか」

「というか、そもそも! 血の代わりにトマトケチャップでなんて無理に決まってるでしょ!?」

「そうなのですか」

「そうよ!」

 

 実験もとい、新しい紅茶はお気に召さなかったようで咲夜はトマトケチャップの紅茶を引き下げた。

 

「では、お口直しにこちらをどうぞ」

 

 そして別の紅茶をレミリアの前に置いた。

 

「……………………咲夜」

「はい」

「1つ聞きたいのだけど、良いかしら?」

「なんなりと」

「なんでこの紅茶………光ってるのかしら? それも七色に」

「それは私にも分かりません。元々七色に光っているジャムを使いましたから」

 

 口直しにと渡された次の紅茶はなんと七色に光っていた。先ほどのトマトケチャップの紅茶が霞んで見えるかのような異常過ぎる紅茶である。

 

「ところで七色に光ってますが、これも“紅”茶でよろしいのでしょうか?」

 

 色が緑だから緑茶。紅いから紅茶。ならば、七色のこれはなんと言えばいいのだろうか。

 

「知らないわよ! とにかく、これはダメ! これは絶対にダメよ!」

「何でも主婦が趣味で作ったジャムだそうで。処分に………ではなく、ぜひとも使って欲しいと無料で貰いました」

「これ人間が作ったの!? この禍々しい紅茶………というか、ジャムを!? てか処分とか言わなかった!?」

「言ってません」

「う………神々しく輝く紅茶なんて、早々お目にかかれないわよ」

 

 人間が、それも主婦が作ったのならば使用された食材は普通の物だろう。一体、どうすればこんなものが作れるのだろうか。

 

「実はその主婦、錬金術師だったりしない?」

「普通の主婦だそうです。それに、似たようなことなら澪様も可能ですよ」

 

 以前、裕也の母親である澪が作った蠢くコロッケやしゃべる焼き蕎麦などのことを告げた。興味に負けて裕也が止めるのも聞かずに作らせてしまったことを今でも反省している。ただ、見た目が異常なだけで実際味は問題ないのだから、よく分からない。

 

「にんげんこわいにんげんこわいにんげんこわい」

「ささ、どうぞ」

「咲夜! あんたは私を殺す気!?」

「大丈夫です。裕也様は死にませんでした」

「え゛?」

「裕也様に飲ませましたところ、気を失っただけでしたので。お嬢様ならば大丈夫でしょう」

 

 

 

 

 少し時間を遡る。それははやての歓迎会のことだった。

 

「ちょっ!? 咲夜さん!? 何そのレインボーな飲み物は!?」

「ちょっと作ってみました。誰か飲んでみてください」

 

 終盤に咲夜が持っていたのは七色に光る紅茶だった。残念ながら一杯分しかなかったので、飲めるのは1人だけである。しかし、当たり前だが誰も自分から飲もうとはしない。

 そんな怪しすぎる紅茶を飲みたくないのだ。

 

「……………」

「……………」

 

 だが、誰かに飲ませるまでこのメイドは退くことはないだろう。

 

「ここは裕也に飲んでもらおうか」

「そやね。ここは裕也くんに飲んでもらおうか」

「ちょ! お前ら俺を生贄にするつもりか!?」

 

 裕也は立ち上がって咲夜から距離を取る。テーブルを挟んで諏訪子が対面する。

 

「その通り! 私たちはまだ死にたくないの!」

「俺だって死にたくないわ!」

 

 諏訪子が右に移動すれば、裕也も右に。テーブルを挟んで2人は一進一退の攻防を続けていた。

 

「あ! 咲夜さんが裕也くんに!?」

「何っ!?」

 

 はやての言葉に慌てて周囲を確認する裕也。だが、近くに咲夜の姿はない。

 

「おりゃあ!」

「しまっ! ぐふっ!?」

 

 テーブルを飛び越えて裕也に諏訪子が飛びついて腰にしがみつき、裕也は尻餅をついた。慌てて諏訪子を引き剥がそうとするが、それよりも早くに今度こそ咲夜が動いた。

 

「では、後ろから失礼します」

「ぐむっ!?」

 

 動きの止まったところに後ろから羽交い絞めにして拘束。片手で頭を固定し、口に紅茶を持っていく。だが、裕也としても命が失われるかどうかの瀬戸際。口を閉じて絶対に飲まないと覚悟を決める。

 そこにはやてが遅れて参戦して鼻を塞がれてしまえば、

 

「ぷはっ! がぼあっ!?」

 

 呼吸するために開かれた口に七色の紅茶が流し込まれ、

 

「げぶはっ!?」

 

 裕也は倒れた。

 

「うわ、裕也くん。痙攣してるで?」

「ケラケラケラケラケラ!」

 

 

 

 

「というわけです。どうですか?」

「何が“どうですか?”よ! 全然大丈夫な要素がないじゃない!」

「人間である裕也様が気絶で済みました。お嬢様ならば普通に飲めるのではないかと思いまして」

「無理よ! 絶対に無理! これはもう吸血鬼とか人間とかそんなの関係なく無理よ!」

「飲まず嫌いでは大きくなれませんよ?」

「そんなん飲むくらいなら小さいままでいいわよ!」

 

 頑固としてレミリアは拒否した。短い付き合いではないので、これならば押せば飲んでくるやこれはどうあっても飲んでくれない、などが咲夜には分かった。そして、今は後者の状態である。

 

「では仕方ありませんね。パチュリー様」

「えぇ、分かったわ」

「パチェ!?」

 

 そこに割り込んで現れたのはレミリアの親友である“パチュリー・ノーレッジ”だった。

 

「マジックバインド」

「い゛っ!?」

 

 レミリアの四肢に紫のリングが浮かんだ。どうゆう原理か、レミリアはそれだけで動きを封じられてしまった。

 

「な、なにこれ!?」

「バインドという相手の動きを封じる魔法らしいわ。裕也たちの話を聞いて私なりに再現してみたの」

 

 以前、裕也はパチュリーにバインドをスペルカードで再現できないか、と相談していた。既存のバインドを使えないが故に、相手の動きを封じる系の魔法が欲しかったのだ。

 

「ごめんなさいね、レミィ。私も死にたくはないの」

「貴様もかぁーーー!!」

 

 目を逸らしながらパチュリーが呟く。裕也に対しての諏訪子と同じように、我が身可愛さにレミリアを売ったのだろう。

 

「こんのっ! 吸血鬼をな・め・る・ん・じゃ・なーーーい!!」

 

 パチュリーのバインドはまだ制作途中だからか、レミリアが力を放出したらそれだけで皹が入った。

 

「レミィ相手だからか、あまり長続きはしなさそうね。改良はまだまだ必要だわ」

「では今のうちに………」

 

 咲夜は紅茶を手に持つと、レミリアの背後に回った。

 

「ちょっ! 咲夜! 止めなさい!」

「お嬢様。お覚悟を」

「なんで紅茶を飲むのに覚悟が必要なのよ! 私はあんたの主でしょ!? 言うことを聞きなさいよ!」

 

 だがそれでも咲夜は止まらずに、七色の紅茶はレミリアの口元へと移動―――少しずつと傾けられ、

 

「パチェーーーーー!! 今すぐこれを解けーーーーーーー!」

「レミィ。あんたと過ごした日々、楽しかったわ」

「なんで今生の別れみたいになってるのよぉ!!」

「てい」

「ぐむっ! がぶはっ!?」

 

 一瞬の隙をついて流し込まれた七色の紅茶。裕也の時と同じく、レミリアは紅茶を吐き出しながら倒れてしまった。

 どうやら人間より強力な体を持つ吸血鬼であっても、七色の紅茶には敵わなかったようである。

 

「………痙攣してるわね」

「裕也様と同じ症状ですね」

「じゃあ、このまま棺桶にしまっておこうかしら」

「お願いします」

 

 咲夜は食器を片付け、パチュリーは魔法でレミリアを浮かして運んでいった。

 

「まだ残ってるのですが………どうしましょう?」

 

 咲夜の質問に答える者はいなかった。

 

 



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第20話 「鬼」

 

 

 

砕かれた月

 

萃まる夢

 

 

そして、百鬼夜行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はやてがうちに来て数日が経過した。

 

 必要な荷物などを運び、関係各所への連絡は親父に任せた。ちょいと狭くなったが、まぁなんとかスペースを確保した。

 それと車椅子をもう1個買った。今まで使っていたのは外用として、新しくコンパクトサイズの物を家用に買ったのだ。丈夫さや使いやすさは二の次にしてしまったためか、はやて本人は微妙な顔をしていた。

 

「ま、使ってるうちに慣れるやろ」

「ふむ」

 

 しばらく使っても違和感が拭えないようなら、別なのを買うことも検討する旨を伝えた。体に合わない物を無理に使い続けるのはよろしくないのでね。

 

 

 あ、そうそう。

 

 

「私、高町なのは。よろしくね」

「うちは八神はやて言うねん。よろしゅうな」

 

 はやての歓迎会の翌日にはなのはがやってきて、ついに無印とA’sのヒロインが邂逅することになった。

 誰も理解してはくれないが、何か感慨深いモノがあるよな? な?

 

「そうだね………」

「おいこら幼女。人を可愛そうなモノを見るような目で見るんじゃねぇよ」

 

 その後は恒例のゲーム大会。なのはが賭けないかって言ってきたので、俺は自重して辞退した。どうせ負けるのは分かってるからな、勝てない勝負はしないのだ。

 そしたら不戦敗扱いになって、賭け事が成立している不思議。どうしてこうなった。

 安定の土下座戦法で勝負に出て、この日はなのはを抱きかかえて家まで送ることを条件になかったことにしてもらった。

 

 ところで、どうして俺は勝負をしていないのにも関わらず敗北者扱いで、更に許しを請わなければならないのだろうか。

 

「理不尽すぎる!」

「何か言った?」

「何も言ってません」

 

 終始笑顔だったので良しとしよう。

 いつの世も、泣くのは男なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでしばらくは何も起こらない平和な日々が続いた。今日もそんな1日で終わると思っていたが、今日は違った。

 

「そうか。今日か」

 

 届いたのはなのはからのメール。

 中々見つからないジュエルシードにしびれを切らしたアリシアが提案した作戦。町内全体に魔力を流してジュエルシードを強制発動させるのが、今日―――決行される。

 ユーノやプレシアさんなど、その道の専門職に相談した上での作戦だ。

 これから一騒ぎ起こすけど、危険なことが起きないようにしているから安心してくれ、と。でも、一応気をつけてくれと追伸で書いてあった。

 

『何かあったら電話してね!』

 

 と最後に締めくくられてメールは終了。

 電話したら文字通り飛んできそうだ。なのはにユーノ、フェイトにアリシアとどこから嗅ぎ付けてきたかは知らないけど、霧谷がいる。

 霧谷がいる時点で不安が押し寄せてくるが、大丈夫だろう。

 

「分かった。気をつけてな。明日の学校で寝るなよ、と」

 

 なのはにはそう返信し、続いてフェイトにも返信を送る。霧谷のことはなのはのメールではなく、フェイトのメールを見て分かったことだ。ただ“霧谷”が“斬りたい”に誤変換されてたけどな。わざとじゃないと思う。うん。

 

『大丈夫だとは思うけど、何かあったら助けに行くから連絡してね』

 

 やはりこの2人は似たもの同士なのだなぁとメールを見て1人笑っていた。

 

「油断はするなよ。手伝いにはいけないが、無事に帰ってこい、と」

 

 ジュエルシードもそうだが、霧谷も油断してはいけない。

 転生者が皆、原作の話を知ってるとは限らないが、奴のなのはたちへの執着度から考えると明らかに原作の流れなどは知っているはずだ。更に、分からないのが幼少時はしつこいくらいに付きまとってたのに、今ではそれも回数が少なくなってきたという。なのはやアリサが露骨に嫌がってるのが効果を成したのだろうか。

 何故フェイトを襲ったのか。何故今はなのはたちに昔ほど付きまとわないのか。何故?

 

(改心した………のか? ふーむ)

 

 奴が何を考えているのか全く分からん。

 

「どったの? 裕也」

 

 パジャマ姿で麦わら帽を脱いだ諏訪子が目の前にいた。

 

「なのはたちがこれからジュエルシードを強制発動するようだ。何もないとは思うが気をつけろってな」

「へぇ~………今回は行かないの?」

「今回は、な」

 

 既に流れは原作とは外れてきている。これからどう動くかは分からないが、良い方向に動いているのは分かる。

 懸念は俺と同じ転生者である霧谷だが、なのははもちろんのこと、アリシアやフェイトたちが警戒している今、動いたとしても大したことはできないはず。それこそ原作ブレイク並みに行動すれば別だが、奴からは世界観を壊そうとした意思は見られなかった。そこだけは信頼できる。

 奴は自分の思い通りに舞台を動かさないと気が済まない性質だ。だからこそ、予想外の出演者である俺のことを嫌っている。アリシアは予想外と言えば予想外だが、想定内と言えば想定内でもあるのだろう。

 

(と、俺は考えているが………あながち、外れてもないだろう)

 

 こればかりは俺ではどうしようもない。相手が心変わりして受け入れてくれるまで待つしかないが………果たして、そんな日は来るのだろうか。

 

「ゆうやーーん!」

「はやてが呼んでるよ?」

 

 階下からはやての呼ぶ声が響く。本当に俺がはやてを運ぶ係りになってしまったから笑えない。諏訪子は見た目幼女だし、力も幼女。母さんは逆に不安。親父はもういないし、咲夜さんはやってくれるとは思うけど、家事とか色々やってもらってるから逆に申し訳ない。

 そうして残ってるのが俺しかいないという。

 

「はいはいっと」

 

 

 

 

「諏訪子ー開けてくれー」

「あーい」

 

 はやてを抱き上げて自室へと到着。布団の上にはやてをゆっくり置いて、俺も自分の布団に移動。

 

「2人して何話してたん?」

「ん? 裕也が夜寂しいから一緒に寝てくれって懇願してきてね」

「ちょっと待てよコラ」

「なんや、裕やんは寂しがり屋やなー」

「おいコラ。人を勝手に寂しい人にするなよ」

 

 くそ、諏訪子もはやてもニヤニヤ笑ってるだけでうっとおしい。

 

「しゃーないから、うちも一緒に寝てあげるで」

「狭いから来るな」

「お、照れてるの? 裕也く~ん」

「うっせ」

 

 

 

 

 

 

 とある場所の魔法少女たち。

 

「「なんか今、イラッてした」」

「なのはにフェイトも………どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

 結局、3人でくっついで寝ることになった。

 

「………く~」

「はやてって寝付くの早いよね」

「あぁ、電気消して数分も経たないで熟睡とか………未来からロボットが助けに来てくれたあの小学生を超えたな」

「あっち。確か秒タイムで寝れたはず」

「………はやてよ。お前も数秒で寝れるように頑張るのだぞ」

 

 頭を撫でながらそんなことを呟く。ふと気付けば、はやての口が動いてたような気もするが、寝言だろうか。よく聞こえなかった。

 

「んで、向こうはどうするの?」

 

 諏訪子の言う向こう、とはなのはたちのことだろう。

 

「どうするも何も、寝る。なのはたちは大丈夫だろう? 早々変なことは起きないさ」

 

 はやても寝たことだし、小声で諏訪子と話す。

 ふむ、そうこうしているうちに眠気が襲ってきた。実を言えば多少の不安はあるが、無事に今日も終わるだろう。

 なのはにはフェイトもアリシアもユーノもついているんだから。

 

「ねぇ? 知ってる裕也」

「―――ぅん?」

「そうゆうのってフラグって言うんだよ」

 

 襲ってきた眠気が去っていった。待って、行かないで。どうして手を振って俺から去っていくの?

 これじゃあまるで、俺がこれから夜中に町中に行くみたいではないか。

 

「あーぁ、裕也の所為でフラグがたっちゃったー、なのはたちがたいへんだー(棒)」

「……………」

「もしかしたら例の男があばれちゃってるかもなー(棒)」

「……………」

「あーぁ、裕也がフラグ立てるからー(棒)」

「……………」

「ニヤニヤニヤ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

一方、その頃。

 

≪フェイトちゃん、そっちはどう?≫

≪ダメ。やっぱり、見つけられない≫

 

 夜を駆ける少女たちは、それぞれバラバラに行動してジュエルシードを探していたが、発動していない小さな石を人ごみ溢れる街中から探すのはやはり一苦労であった。

 

≪やっぱり、アリシアちゃんが言った方法をやるしかないかな?≫

≪うーん………≫

 

 アリシアが示したのは、ジュエルシードが強制発動するように町全体に魔力を流す方法だ。危険は伴うが、準備の出来ていない時に突然発動するより、人も準備も出来ている今起こしてしまった方が圧倒的に危険は少ない。

 

≪ユーノくんはどう思う?≫

≪僕は………やっぱり、危険だから、としか………でも、アリシアが言ったように、突然起きるよりかは今起こしてしまった方が危険は少ないと思うよ≫

 

 発動さえしていればその反応を追うだけで簡単に見つけられるが、発動していなければただの綺麗な石だ。それを人ごみ溢れる町の中から見つけるのは中々に厳しい。

 連日連夜、こうして探してはいるが、見つかる気配ない。

 

 というわけで、

 

 アリシア発案“動いてないなら動かしてしまえジュエルシード”作戦が動こうとしている。

 

≪それにあまり遅くなると、なのはが困るでしょ? やるならやっちゃおうよ≫

≪………そうだね≫

 

 ユーノとアリシアで広域結界を張り、フェイトで全方位に魔力を流し、なのはが封印に動くための魔法を放つというものだ。

 霧谷にも連絡はユーノが一応行ったのだが、相手側から切られてしまったので要件は伝えずじまい。満場一致で放置ということが決まった。

 

(あ、その前に裕也くんに教えておこう)

 

 なのはが裕也に連絡する頃、同じように思ったのかフェイトもまた連絡していた。

 

(関係ないとは言ってたけど、やっぱり、ね……)

 

 寝てるかなと思ったが、少ししてから返信が来て確認する。

 

(無事に帰ってこいよ、か………ふふ)

 

 買ったばかりの携帯を仕舞う。登録者はまだなのはやアリシア、そして裕也くらいと数は少ない。

 

「フェイトちゃん、なんか嬉しそうだね?」

「そうかな? そうゆうなのはも嬉しそうだね」

「にゃはは、ちょっとね。明日の学校で寝ないように気をつけないとねー」

「学校か………行ったことないから分からないな。どんなところなのかな?」

 

 フェイトもアリシアも家庭教師や通信学校で今まで勉強してきた。なので、学校という施設には通ったことがない。

 というのも、当時は色々と敵が多かったプレシアが溺愛する娘たちを想って行かせなかったのだ。

 

「そうなの? 楽しいところだよ。ジュエルシードが集め終わったらプレシアさんに頼んでみたらどうかな?」

「そうだね………うん。ちょっと頼んでみる」

「あ、でも。その場合ってフェイトちゃんたちは元の世界に戻っちゃうのかな?」

「それはまだ分からない。母さんはもう戻りたくないって言って辺境の場所に住んでたくらいだし」

 

 2人の会話に入るように、ユーノとアリシアから連絡がきた。

 

≪ほらほら2人とも≫

≪広域結界終わったよ≫

 

≪≪了解≫≫

 

 

「はぁぁぁぁぁあああああああっ!!」

 

 

 フェイトが連絡を受けてから儀式魔法を展開する。

 

「儀式魔法かぁ………これが攻撃に使えたら面白いと思うの」

 

 なのはが何か物騒なことを呟いているが、フェイトは儀式の行使に集中して魔力を練っているために聞き取ることはできなかった。

 

「………バルエル・サルエル・ブラウゼル。撃つは雷、響くは轟雷」

 

 空を雷雲が覆い、ゴロゴロと雷が鳴り響く。やがてそれらは範囲を拡大し、

 

「サンダーフォール!!」

 

 落雷と成った。

 あちこちに落ちた雷だが、ある一箇所に落ちたところで魔力の奔流と共に光が地上から天へと昇った。

 

「なのは!」

「うん!」

 

 それを確認したなのはが真っ先に飛び向かう。

 モードは既に封印に使うシーリングモード。

 

「リリカル! マジカル! ジュエルード、封印!」

 

 光の帯が伸び、ジュエルシードが包まれる。やがて、光は収縮し―――消えた。そこに残っていたのは、封印が完了したジュエルシードのみだった。

 どうやら、今回はなのはたちの作戦が勝ったようである。

 

「やっ―――」

 

 

 

 

 

―――ドォンッ!!

 

 

 

 

 

 なのはの言葉を遮るように、近くの場所で再び光の柱があがった。

 

「――っ!?」

「ジュエルシードがもう1個!?」

 

 各々が反応したようにジュエルシードがもう1つ近場にあったようである。雷が落ちたのが微妙に遠かったのか、同時に発生しなかったのは幸か不幸か。

 

「ぐぉぉぉっ!?」

 

 その一瞬後、飛び出してきた小さい影に何故か近くにいた霧谷が捕まれ―――

 

 

 

 

 

――萃鬼「天手力男投げ」

 

 

 

 

 

 振り回した。

 

 ぐるんぐるんと霧谷が回る。周り霧谷に吸い寄せられるように、岩盤があちこちからくっついてくる。やがて、大きな岩の塊りとなり―――放り投げた。

 

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 

 岩の塊もビルにぶつかったら砕けて消えた。どうやら魔力で作られた岩盤のようである。

 

「あれは………?」

 

≪なのは! フェイト! 気をつけて! ジュエルシードの思念体だ!≫

 

 慌てたような声が2人に目の前の存在を確定させた。

 

「思念体!? あれが!」

 

 そこに浮かんでいたのは、茶髪の小柄な少女。頭の左右から角のようなものが生えていて、手には千切れた鎖が繋がっている。紫の大きな瓢箪にはお札が貼ってあり、少女が目の前で中を飲み干す。漂ってくる酒気から中身を酒だと判断する。

 とろんとした眼で少女は次の敵―――なのはとフェイトの方を向いた。

 

「くる!」

 

 

――萃符「戸隠山投げ」

 

 

 ぐるんぐるんと回した腕に再び岩盤が集まりだす。やがて巨大な塊となったソレをなのはたちに投げつけた。

 

「レイジングハート! 練習中のアレやってみよう!」

『all right』

 

 モードはナックルモード。両の手にデバイスを装着し、拳を握る。父から教えを受け、裕也から教えられたマンガの中にあった一つの技―――

 マンガの中の世界なだけに、少々無茶なことが描かれてもいたが、そこは自分流にレイジングハートと改良を加えていた。

 

「いくよ!」

『Devine Blow』

 

 構えから放たれた小さな拳が大きな轟音と共に岩盤を抉り砕いた。目の前には少女へと通ずる道。塊は砕け、幻となって消えていく。

 そのまま速度を殺さずに岩盤の中を突き進み、少女へと到達する。

 

 が、

 

 

――風羽(ふわ)

 

 

「え、消えたっ!?」

 

 なのはが近づく前に、少女は自ら霧になって消え―――なのはの後ろに再び出現した。岩はないが、既に拳は振り上げた状態。いつでも放たれる姿勢だ。

 その小さい拳にどれほどの威力が詰まっているかは分からないが、

 

(あれは―――危険!)

 

 なのはの本能が、防御ではなく回避することを選択させる。そして頼れる愛機であるレイジングハートもその意思を組まなく受け取り、シールドなどは張らずに全力での回避を選択した。

 

「―――させないっ!」

 

 更にフェイトが少女の後ろから得意の速さで回り込み、バルディッシュを振り上げ、下ろした。

 

 

「……………」

 

 

 少女はそれを避けるでもなく躱すでもなく―――その身で受け止めてみせた。フェイトの雷の刃を―――その腕で。

 魔力の刃を素手で受け止めても傷1つ付かないどころか、雷を浴びても眉1つ変えなかった。

 

「今度こそ!」

 

 なのはが追いつくと同時にフェイトが離れる。今度こそとなのはが拳を突き出して少女に攻撃を加えるものの、やはり防がれた。

 しかし、そこで終わるなのはではなかった。

 

『Double Break』

 

 

 

―――牙厳(がごん)っ!

 

 

 

 防がれ密着している状態からそのままの体勢で相手を吹き飛ばした。予想外の攻撃に能面のような少女の顔は驚きの表情で飛んでいった。

 

「なのは………今のは?」

「にゃはは。零距離から相手に接触した状態で穿つ技。成功してよかったの」

 

 ダブル・ブレイクと名付けた拳技。

 初撃は拳を握らずに放ち、相手に密着した状態で次に拳を握り、その時の衝撃と軽い腕の動作で相手を吹き飛ばしたという。

 

「………す、すごいね」

「がんばったの!」

 

 ぐっと笑顔でサムズアップするなのは。もし、ここに裕也がいたら頭を抱えていたかもしれないが、今はいないので割合する。

 

「でも、まだ終わりじゃないみたい………」

「だね………ちょっとやりにくいしね」

 

 見た目もなのはたちとあんまり変わらないのもやり難さの1つ。全力を出しているつもりではある。人間ではないのも分かってはいる。だがやはり、どうしても腕や体が鈍ってしまうような感じがしていた。

 対する少女はふわりふわりと落ち着き無く揺れていた。時々、思い出したように酒を飲んでは幸せそうに顔を歪める。

 

「くっそっ! さすがの萃香ってとこか!?」

 

 ビルの一部から飛び出してきた霧谷がそう吐き捨てる。手にはお馴染みの白黒の二対の剣が握られている。

 

「すいか?」

「………………」

「こんの、やろおおおおおおおお!!」

 

 思念体の少女にやられたのが余程頭にきたのか、霧谷が愚直に特攻する。対して少女はため息を吐いたかと思うと、詰まらないものを見るかのように霧谷を見下した。

 

 

「―――“伊吹萃香”。それが彼女の名だ」

 

 

「あ―――」

「クロさん」

 

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ドォンッ!!

 

 

 諏訪子に言われ、妙な不安感に囚われた俺はやはりというか現場に来ていた。行くことを決意した際に諏訪子に笑われたのは割合する。もう慣れた。

 俺が来た時にちょうど始まったのか、ジュエルシード発動と思われる光の柱があがっていた。

 

『あそこだな』

『だねぇ。誰か戦ってるのか、戦の気配がするよ』

『―――そろそろスカさんに連絡をいれておくか』

 

 更に近づいた時、霧谷が吹き飛ばされるのが見えた。そして、その先に佇む少女の姿も。

 

(幽香の次は萃香か………なんで、こうも東方のキャラが現れるんだ?)

 

 恐らくだが、彼女も以前に出会った幽香と同じく思念体のはず。何故東方のキャラが思念体として出てくるのかは不明だが。

 

『やぁ、今はクロなのかい?』

「あぁ、今ジュエルシードが発動していてな。あいつらが先に行っていると思うが、例の思念体が見える」

『なるほど。強敵という訳か』

「戦力的には十分だからすぐ終わると思うが……」

『了解した。ウーノとチンクも近くに向かわせておこう。何もないならそれはそれでキミの観察に努めさせてもらうよ』

「りょーかい」

 

 スカさんと連絡を終えたら、向こう側にも動きが見えた。

 

『お、動いた』

 

 まず先に動いたのは萃香だった。ぐるんぐるんと腕を振り回して周囲から岩盤を萃めてくる。近くになのはとフェイトが見えることから、敵と見定めたのは彼女たち2人のようだ。

 

『なのはが動いた』

『レイジングハートは持ってない? いや、違うのか』

 

 ここからでは遠いが、拳に纏っているのがデバイスの一部だろう。ならば、あれが噂のナックルモードか?

 

 

―――ゴォンッ!

 

 

 おぉ、岩の塊が砕けましたよ。奥さん。あんな小さい子供が自分よりも大きな塊を砕きましたよ。すごいですねー、恐いですねー。

 そしてそのまま接近するものの、萃香は霧状になることで追撃を避けた。その先で待っていたフェイトの攻撃も防ぎ、

 

『おっ。なのはの攻撃かな?』

 

 再びなのはが攻める。これも空いてる腕で防ぎ―――

 

 

――ガゴンッ!

 

 

 なのはが萃香を吹き飛ばした。

 

『今―――何をした?』

『ん~、こっからだと分からないね。特に動いた形跡はなかったけど』

 

 何か似たようなことをマンガで見たような気がするが、きっと気のせいだろう。うん。冗談でなのはに読ませたけど、いやいやまさかそんなばかな。

 だってアレは人間辞めちゃった人たちが……………あー。

 

『な、何はともあれ、今が近づくチャンスだな』

『だね~』

『さて、諏訪子。お前のお望みの戦闘だ。準備は万端か?』

『もちのろんだよ! さぁ行くよ! 裕也! パワーアップした私を見せてあげるよ! 死なないでね(笑)』

『………善処はする』

『もし死んだら墓にポッキー立ててあげるから、安心してね』

『分かった。絶対死なない』

 

 諏訪子のやる気も十分なようなので、俺は2人に近づいて飛んだ。

 

 

「くっそっ! さすがの萃香ってとこか!?」

 

 

 途中、ビルの一角から飛び出した霧谷がそう吐き捨てるのを聞いた。やはり、知っていたか。

 

「すいか?」

「………………」

「こんの、やろおおおおおおおお!!」

 

 特攻した霧谷に代わり、なのはたちには俺が答えてやるとするか。

 

「―――“伊吹萃香”。それが彼女の名だ」

 

「あ―――」

「クロさん」

「ジュエルシードの思念体か」

 

 2人の後ろに降り立つ。視線の先では霧谷と萃香が激しい戦闘を繰り広げているが、萃香の方が優勢であった。力は強くとも技術を置き忘れている霧谷では荷が重いようだ。それでも現状は拮抗に持ち込めているあたりは、強いのだろう。

 だが、当たれば必殺の一撃でも当たらなければ恐くはない。

 

「知ってるんですか?」

「知ってると言えば知ってるが、知らないと言えば知らない」

 

 まさかゲームのキャラですとは言えない。諏訪子も咲夜さんも存在していることだし、萃香ももしかしたら存在しているかm………いや、幻想郷があるんだからいそうだよな。

 というより、俺も詳しくは知らないからなぁ………。何故東方のキャラなのか。何故思念体という形なのか。謎は深まるばかりだ。

 そろそろじっちゃんの名をかける探偵とか出てきませんかね? この謎を解決してくれ。

 

「クロさん、よくあの子が思念体って分かりましたね?」

「あぁ、以前に似たようなことに出会ったからな。あの時もあぁして現れていた」

「その時はどうしたんですか?」

「倒したら大人しくなった」

 

 消える最後の瞬間に恐ろしい宣戦布告をされたけどね。まぁ、会うことはない―――

 

 

 

 

 

『――――――ニィ』

 

 

 

 

 

「―――っ!?」

 

 あれ!? なんかすげー悪寒がしたぞ!?

 

『よく分からないけど、裕也にフラグが立った気がした』

 

 黙ってなさいダメカエル。

 

「クロさんってすごいんですね………」

「ほえー………」

 

 すごく驚かれている。この前渡したジュエルシードがこの前のだ、と言ったら更に驚かれた。まぁ、目の前の萃香ほど強くは無かったってのもあるので、そこまで尊敬される云われはない。

 

 

――四天王奥義「三歩壊廃」

 

 

 萃香のスペカが発動したのを見送る。

 霧谷の全ての攻撃を霧化することで無効化し、自身は巨大化しながら接近する。一歩、踏み出すごとに巨大化し、拳を穿つ。それが三度、行われた。

 

「―――ただのパンチに見えたが、中々に速いな」

「ですね」

 

 トドメの最後の拳を叩きつけられた霧谷は、再びビルへと墜落した。

 

「なのは! フェイト! っと、クロさん?」

「アリシアか。ちょうどいい。どうやら次の敵は俺たちのようだぞ」

「え?」

 

 霧谷を倒したからか、萃香がこちらを見る。いつかの幽香とは違い、その眼に宿るのは空虚な闇ではなかった。

 

(―――?)

 

 確かにその瞳には光があった。理性の光があったが―――

 

(なんだ?)

 

「姉さん! くる!」

「修行の成果をみせるの!」

「ちょっとまって! 私に状況を説明して!」

 

 悪いが、そんな時間はない。

 

 

『裕也―――』

『あぁ―――神遊びを始めようか』

 

 

 

 



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第21話 「鬼退治」開始

 

 

 

日本の古来より

 

陰として在った神

 

 

その闇はどこまでも深く―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先陣は切らせてもらうぞ」

 

 まず俺が先に飛び出した。

 

 

――開宴「二拝二拍一拝」

 

 

 空中戦が多いので改良を加えたこのスペカ。岩の手ではなく、空間圧縮系へと変えて左右から押し潰す形にしている。なので、形が見えない分避けようにも大きく動かないとならないと思うが―――

 

『飛び込んできたか!』

『裕也!』

『あぁ!』

 

 事前に装備していたお馴染みの鉄の輪を両手に持ち、俺もまた特攻する。

 

 

―――銀ッ!

 

 

 腕に繋がれた鎖を振り回して攻撃してきた。予想外の攻撃に受けることで難を逃れるが―――

 

 

――酔神「鬼縛りの術」

 

 

 そこでスペカが発動した。振り回されて絡まった鎖が蛇のように蠢き、更に巻き付いてくる。

 

「う、おぉぉぉっ!?」

 

 引き寄せられてから、振り回され、

 

「はぁぁああああああっ!」

 

 そこにフェイトが下から迫り、バルディッシュを振り上げる。その一瞬で俺を縛っていた鎖は解けた―――が、あえて俺は掴んで離さない。

 

「今度は」

『お前が』

「こっちにこい!」

 

 空中で急ブレーキ。足場はないけど踏ん張り、小柄な少女―――萃香を引き寄せようと引っ張る。人間、予想外の方向から急に引っ張られたら、無意識下で反発してしまう。

 萃香は人ではなく鬼だが―――更に思念体だが、人型である以上、同じ反応をすると判断。そして、それは正しかった。

 

―――羽布(ばふ)

 

「っ!?」

 

 その場で停止してしまった萃香は自らを霧化させることで、フェイトの攻撃を避けた。この状態になってしまうと、こちらからの攻撃は届かなくなる。

 霧散した霧は不自然な動きで右へ左へと動き、少し離れたところで集まり始めた。

 

「そこっ!」

 

 霧が姿を成そうとする―――そこになのはが接近して拳を振る。

 

『Round Shield』

 

 しかし、なのはが攻撃するよりも早くレイジングハートがシールドを張った。霧から実体化した萃香はすでに火球を手に持ち、臨戦態勢だった。

 

 

―――怒音(どぉん)っ!

 

 

「ありがと! レイジングハート!」

 

 どうやら萃香の攻撃をいち早く感知して、防いでいたようだ。頼もしい相棒である。

 

 

 

「ふ、ふは、あははははは!!」

 

 

 

「え?」

「わら………った?」

 

 突然、萃香は笑い始めた。けらけらと、嬉しそうに。

 

「あはははは! あー、面白い。こっち(・・・)も面白い奴が増えたじゃないか」

 

 にんまりと笑ってなのはを、フェイトを、俺を見た。幽香の時と違ってその目に理性の光があったが、まさか話しだすとは。しかも、戦闘中に。

 

「いやいや、悪かったねぇ。あまりに楽しくて我慢できなかったんだよ。許しておくれ」

 

 ぐいっと酒を仰いでまた小さく笑う。本当に思念体なのだろうか。本物っぽいというか………まんま萃香じゃないか。

 

「1つ聞きたい―――」

「なんだい? 黒いの」

「お前は―――――何だ?」

「へぇ。中々難しいことを聞くじゃないか」

 

 俺の問いに少し考え込んだ萃香は、頭の中でまとめたのか実に簡単に答えを返してくれた。その後の言葉は難しかったが。

 

「夢、さ」

「夢?」

「そ。偽りの思念(からだ)に引っ張られてきた意識体(そんざい)。私は(わたし)であって現象(わたし)ではない。故に今ここにいる現象(わたし)は夢幻―――儚いただの幻想さ」

「ふむ―――なるほどな。分からん」

 

 俺がバカなのか? と思ったがなのはもフェイトも理解できていないようだった。よし、例え俺がバカだとしても1人ではない。仲間がいるというのは、こんなにも嬉しいことなのだな!

 

「簡単に言ってしまえば、今ここにいる私は偽者ってことだよ。で、あんたらはそんな私を退治しにきたってことさ、(わっぱ)

「なるほど。実に簡単な答えだ。お前を倒せば解決ってことだろう?」

「くくく、そうなるね。かつての侍みたいに鬼退治をやってみるかい?」

「あぁ、やってやるさ。仲間もいることだしな」

 

 俺の後ろには頼もしい仲間がいる。訂正、頼もし過ぎる仲間がいる。

 

「あっはっは! なるほど、犬に雉に猿ってところかな?」

「残念だが違う。こちらに揃ってるのは犬と兎と狐だ」

 

 あえて誰が何とは言わないでおこう。

 

「じゃあ、やってみな! 鬼退治はそう簡単じゃないよ!」

 

 

―――羽風(ばふ)

 

 

 目の前で萃香が霧になって消える。霧は風に乗るように上へ上へと昇り、月を背後に実体化する。

 

 

 

 

 

―――轟音音音(ごぉぉん)っ!

 

 

 

 

 

 何とも言えない音が世界を包み、萃香の背後の月に変化が訪れた。

 

「月、が………」

 

 

 ―― 現を染め、満ち溢れ ――

 

 ―― 我が群は砕月を成す ――

 

 

 萃香の声が響く。

 念話ではなく、世界全体に聞かせるかのような声で話している。大きな声という訳ではないのに、こんなに離れていても―――響いてくる。

 自然と心が震えた。

 

「割れ、た」

 

 

 ―― 天蓋さえ砕く我が力に抗い ――

 

 ―― 退治(たお)してみせよ! 人の子よ! ――

 

 

 月が―――割れた。

 

 罅割れている。より正確には割れたように見えているだけ―――月の前にナニカが現れ、隠れているだけなのだ。実際に月が割れている訳ではない。

 

(我が群は砕月を成す………あれらも萃香の力と見た方がいいか?)

 

「気をつけろ。ただの思念体と思わない方がいい」

「「はい!」」

「というか、思念体ってカテゴリーでいいの? あれ」

「それは俺も疑問に思うが、本人も認めてたしな。何にせよ敵であることに変わりはない」

 

 さて、まずはどうするか―――

 

 頭の角から見ても分かるように、萃香は鬼だ。鬼故にその力は人間とは比べ物にならないはず。防御力も半端ないだろう。そんな鬼に対して真正面から戦うのは得策ではな―――

 

「いきます!」

 

 フェイトが真正面から突っ込んだ!

 

「私も!」

 

 なのはも追いかけた!

 

「あーもー! フェイトは………それになのはまで」

 

 アリシアが頭を抱えた。俺も頭痛が痛い。

 

「ふむ………知ってると思うが、作戦という言葉があってだな………」

「あとで言い聞かせておくわ」

 

 鬼相手に真正面から、か。確か、萃香は………というか、鬼は嘘とか卑劣を嫌っていたはず。ある意味、これは正解になるのかね?

 勝てるかどうかはともかくとして。

 

「――――――ふぅ。あいつらだけでは荷が重いだろう。行こうか」

「世話をかけるわね、クロさん」

「気にするな」

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 複雑な軌道を描いて萃香に接近しつつ、一閃―――

 月の下に金色の閃光が走る。が、

 

「残n――」

「次っ!」

 

 部分的に霧化してフェイトの攻撃を避けた。そこになのはが追いついて拳を掲げる。しかしこれも、空を穿つ音がするだけで萃香を捕えることはできない。

 

「霧に―――」

 

 完全に霧になって漂う萃香。不自然に移動する霧は見え難いとはいえ、それだけで目立つ。

 

「フェイト! こっちよ!」

「は、はい!」

 

 ある箇所に集まり実体化しようとする。その場所に先回りして左右から叩くつもりかアリシアがフェイトを引っ張っていき、

 

『Blitz Action』

『高速移動・開始』

 

 デバイスたちが己の主を後方に引っ張った。

 

 

―――元鬼玉

 

 

「きゃっ!」

 

 実体化。萃める力。攻撃。

 これら一連の流れがフェイトやアリシアよりも速く行われた。少しでもデバイスたちが遅ければ2人は焼け焦げていたかもしれない。

 力や回避能力だけでなく、こうした状況判断なども萃香はレベルが高い。これが鬼の力か。

 

「今度は私!」

「俺も付き合おう」

 

 次はなのはが挑んだ。レイジングハートを拳に纏っての突撃。タイミングをずらして、俺も鉄の輪を振り投げる。

 

―――怒音(どおん)っ!

 

「いいねぇ。(わたし)相手に真正面から力勝負かい!」

 

 最初こそ吹き飛んだものの、萃香はなんともないように防ぎ、鉄の輪も軽く弾かれて終わった。

 

「あなたに勝ったら、私は鬼よりも強いってことになりますからね!」

 

 不適に笑う萃香に笑みを返すなのは。お前はそれを望んでいるのか? それでいいのか自称普通の女の子。激しく問いたいが、今は自重しておく。なのはは一体どこを目指しているのだろうか。

 

 

――神具「洩矢の鉄の輪」

 

 

 もう一度、鉄の輪を振り投げた。今度はきちんと6つ。萃香相手には意味がないだろうが、これを機になのはは反撃が来る前に離れるように動いてくれた。

 萃香の放つ一撃はそれだけで致命傷になりうつほどの凶悪な一撃なのだ。

 

「楽しいねぇ! 楽しいねぇ!」

 

 萃香はこちらのことなど気にせず、呑気に酒を煽っては笑みを零している。今の萃香を見てたら、何故か恭也さんと士郎さんが思い浮かんだ。笑いながら死闘を繰り広げる3人。容易に想像できた。

 

(あぁくそ! 集中しろ! 俺!)

 

 心の中で叱咤する。戦闘以外のことが浮かぶということは、戦闘に集中できていない証拠だ。レベルが格段と上の相手を前にそんな余裕こいてたら死………までとはいかないが、重傷は確実にするだろう。

 そうこうしてると、なのはたちの念話が届いた。

 

≪防御は完璧ね。なのはの攻撃を真正面から受け止めてるからほぼ効かないと思うわ≫

≪となると………フェイトちゃんたちの攻撃くらい?≫

 

 雷の資質を持つフェイトとアリシアの攻撃ならば、付加効果で相手に雷を浴びせられる。だが、先ほどの攻撃で付加効果の雷を浴びても眉1つ動かさなかった萃香だ。本格的な攻撃でなければ無駄だろう。

 

≪だが、それが相手に効くかどうか………なのはの攻撃を受け止める奴だぞ?≫

≪≪あー………≫≫

≪え? なんでみんな納得してるの?≫

 

 なのは(チート)の攻撃を真正面から受け止めた奴が、果たして付加効果の雷は効くだろうか。我らの最高戦力がぶつかってるのに、ダメージがないってことは、ねぇ。推して知るべし。

 

≪あとはなのはの砲撃しか残ってないわよ≫

≪それは最終手段だな≫

≪なのはの砲撃も効かなかったら、どうするの?≫

 

 なのはの砲撃が効かなかったら、か。考えるだけで恐ろしいな。

 

≪その時はアレだな。回り右して帰ろう≫

≪いやいやいや≫

 

 ジュエルシードを放ってはおけないだろうから、なのはたちは帰れない。だが、俺は帰れる。

 

『そんなことできるなら、そもそもここに来てないよね?』

『ごもっとも』

 

 なのはたちを見捨てて1人だけ逃げ帰るなんて、たぶん出来ない。

 

≪もー! 相手が言葉通じるなら説得してジュエルシードもらえばよかったのに! クロさん!≫

≪あー………≫

≪今までとは違って普通に会話できてますよね≫

≪俺か? 俺が悪いのか?≫

 

 だがそもそも考えて欲しい。相手は鬼だ。人の数倍生きてきたと思われる鬼だ。目の前にいる萃香は偽者としても、それは恐らく体だけ。中身の精神とか記憶といった類は本物の可能性が高い。

 ならば、そんな萃香相手に俺が言葉で勝てるか? 否。どんな言葉で攻撃しようが防がれるか避けられるかのどちらかだ。口で勝てるとは思えない。というより、戦闘大好きな鬼の萃香が戦闘しないで退くとは思えない。

 まぁ、そんな空気にしてしまって戦う以外の選択肢をなくしたのも俺、か?

 

『まー………裕也かね~』

『俺かー』

 

≪まー、アレだ。どんまい≫

≪どんまいじゃない!≫

 

 仕方がなかったんだ。あのノリと空気には乗らないといけない気がしたんだ!

 

≪何にせよ、とりあえずはぶつかっていかないとダメですよね?≫

≪だな。ここまで来たら退くことはできない。倒すしかないだろう!≫

≪私、がんばります!≫

 

 なのはがすごい張り切っている。鬼に勝って欲しいが、勝って欲しくないこの複雑な気持ち。

 

≪フェイト………≫

≪なのは。負けないよ!≫

 

 フェイトになのはのストッパーとなるようにと願ったが、ダメだ。いっしょに暴走する未来しか見えない。

 どうしてこの子たちはこんなにも楽しそうに笑ってるのだろうか。

 

「クロさん………」

 

 と、いつの間にか俺の背後に回ったアリシアがいた。俺の顔の横にはアリシアのデバイスのアズラエルが伸びている。バチバチと雷が微妙に痛い。

 

「なんだ?」

「私、今日のこと忘れませんから」

 

 祟りではない黒いオーラが背後にある気がした。時々なのはも纏う例のアレだ。アレが俺の背後にある。

 諏訪子、アリシアはお前の同類か?

 

『違うよ』

 

「絶対に忘れませんから」

「おk、分かった。何が望みだ?」

「駅前のクレープ屋のプリンセスクレープ………奢ってくれますよね?」

 

 駅前の………と思い出した。確か出張クレープ屋とかそんな感じの移動屋台のような車があったな。プリンセスクレープ………興味がないから値段までは分からんな。

 答えを渋ってると思われたのかアズラエルが更に近づいてきた。雷、痛いです。

 

「分かった。いつになるかは分からんが、約束する」

 

 その後、アリシアの手により、俺はこの場の全員に奢ることになった。ただ、色々と言い訳をして期限はなくしてもらった。いつか必ず奢るということを明確に約束して。

 さて、どうやって奢るか………クロの格好のまま行ったら不審者として追い出されるかね? 仮面付きの真っ黒黒すけだし。かといって、クロ=裕也の方程式を暴くのもなぁ。

 

 

 

―――豪音(ごおん)

 

 

 

「―――お話は終了したかい?」

「あぁ、悪いな。待たせた」

 

 瓢箪を腰に付け直し、笑いながら萃香は掌に炎の玉を作りだした。なのはのスターライトブレイカーのように、炎の玉は萃まり、大きくなり―――

 

≪今は戦闘に集中だな≫

≪クロさん、考えがあるの。手短に言うわ≫

≪ん?≫

 

 

 

―――鬼火「超高密度燐禍術」

 

 

 

 俺たちに投げつけた。

 

≪―――散開!≫

 

 炎球を俺たちは四方に移動することで回避した。炎球はある程度接近してきたところで自ら4つに分裂し、それぞれが回避行動を取った俺たちへと向かって飛来した。

 

「くっそ!」

 

 

―――神具「洩矢の鉄の輪」

 

 

 なのはたちと違ってシールドを張ることができない俺は、攻撃を相殺することで防ぐしかない。あまり連続して攻撃することができないシステムのため、できるだけ攻撃は控えたいところだったが仕方ない。

 

≪私たちがまずいきます!≫

≪なのは! タイミング合わせはよろしく!≫

≪了解なの!≫

 

 フェイトとアリシアが接近。近接攻撃を行う。

 

≪クロさん! 合わせてくださいね!≫

≪なるだけ頑張るよ≫

 

 基本的に萃香は攻撃を回避するのではなく、受け止めて防御しようとする傾向がある。ならば、それを逆手に取って利用する。

 飛び出した2人―――フェイトとアリシアが行うのは近接攻撃。狙いは攻撃を防いだ際の隙をついたバインドだ。

 

「萃香さん! 行きます!」

「きな。異世界の魔法使いたち!」

 

 まずはフェイトが高速移動の魔法を使って最初に接敵。それを片手で受け止めようとした瞬間に萃香の死角からアリシアが接近。両手で防いだ瞬間を狙って―――封じる。

 

「い゛っ!?」

 

 鬼の力ならばバインドといえど、力任せに壊される可能性もある。そうなる前に更に追撃する。

 

≪クロさん!≫

≪了解!≫

 

 背後からはなのはが。そして前からは俺が攻撃を行う。

 

 

――オータムエッジ

 

 

 パチュリーさんから教わったスペルカードだ。どこかの霧谷みたいに鉄の刃を生成し、相手にぶつけるこのカード。パチュリーさんは余裕で2桁の数を生成できるが、俺は3~5くらいが限界のようだ。非才なこの体が恨めしいぜ。

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」

 

 一瞬の隙も許さずに、続けて攻撃を行う。フェイトが鎌で斬り、アリシアが大剣で斬る。なのはが再び拳を掲げたところで、萃香がバインドを破壊し、霧化して逃げた。

 

「いちち………中々やるね。こうでなきゃ!」

 

 頑丈ではあるが、防御さえされなければ攻撃は通るっぽいな。

 

「さっきの私を縛ったのはなんだい?」

「ん? バインドのことか?」

「巫女の札みたいに能力を封じられるとは思わなかったよ」

 

 ほぅ。これはとてもありがたい情報だ。

 

≪全員、聞いたな?≫

≪でも、あれがホントかどうかは………≫

≪いや、ホントだ。鬼は嘘をつかない≫

 

 だからこそ、萃香()が言った言葉は全てが真実。何も言わないということで嘘をつくこともできるが、口にした以上はそれは真実なのだ。

 

≪それに嘘ならば、先ほどのラッシュの時には霧化して逃げてたと思うし≫

≪じゃあ、隙を見てバインドで縛っていく方向ね≫

≪攻撃はなのはとフェイトだな。この中でお前らが攻撃力が高いだろう≫

≪了解です!≫

≪分かったの≫

≪じゃあ、私とクロさんがバインドで縛る役ね≫

 

 さて、バインドが効くとなればこれは勝てるかもしれないな。

 

『ところで裕也。私たちバインドとか使えないよ?』

 

 あ。忘れてた。

 

 

 

――酔夢「施餓鬼縛りの術」

 

 

 

 こっちの考えが纏まる前に萃香は鎖を伸ばしてきた。スペカも発動したということは、ただの鎖ではないだろう。

 

「散開っ!」

 

 鎖を避けて四方に飛ぶ。的外れの場所を貫いた鎖は蛇のように蠢き、俺を追いかけてきた。

 

(狙いは俺か!)

 

 避けながら鉄の輪で応戦するが、弾かれるだけに終わる。ならばこちらもスペカを使って、広範囲に渡るもので押し返す、か―――

 

「っ!?」

 

 ガクンッと視界が揺れた。攻撃をされた訳でもない―――というより、今も目の前に迫っているのが見える。まだ届いてはいない。

 回避しようにも体は動かず、相殺して防御しようにも口は何も紡がず。ぐるんっと視界が揺れ、更に回転する。

 

 何が―――違う。落ちているんだ。魔法が、無効化された、のか?

 それにしても、体の、自由が―――意識も―――

 

 

「―――――っ」

 

 

 鎖は、通り過ぎた―――とり、あえず、回避した―――のか?

 ヤバいな。感覚が―――なくなって、きたぞ。

 

 

 

―――ズンッ

 

 

 

 熱い鉄が腹に刺し込められた。口に広がる鉄の味。一気に意識が覚醒した。

 

(け、ん?)

 

 いつの間にか俺の腹には剣が刺さっていた。鈍く翡翠が輝く剣が―――恐らくだが、背中まで貫通するように貫いていた。

 

「がふっ!?」

 

 何だ? いつ攻撃された? 剣? 誰だ? 萃香か? 誰が?

 

 

 

―― ■■■ ――

 

 

 

「クロさん!」

 

 

 なのはの声が聞こえた。

 そうだ。今は悲観してる場合じゃない。考えるのは後でできる!

 今の俺ができることは―――戦場に残るなのはたちに手助けを残すことだ!

 

(動け………動け! 動け!!)

 

 先ほどまで動かなかった体が動く。気力を振り絞って腕を動かし口で紡ぐ。握ったのは1枚のカード。

 

 

 

――祟符「御左口(ミシャグジ)様」

 

 

 

 黒い霧が俺の体から溢れ出る。落下する中、俺はそれらが上昇し、萃香に纏わりつくのを確認した。

 俺の中の俺でない彼ら(オレ)が嗤う。俺の口から言葉ではない言葉が零れた。

 

―― ■■ ――

 

 到底、理解できるモノではなかったが………俺はなんとなく理解できた。

 

(た、た、れ)

 

 

『裕也ぁ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気を裂く音を後ろに、衝撃が俺を貫いた。続く激痛に、鉄の味が広がる。

 

 気付けば、俺は瓦礫の上で寝転んでいた。点滅する視界の中、見渡せばどこかのビルだと確認する。よく五体満足でいられたものだ。バリアジャケットのおかげかね。

 

「く、そっ」

 

 体を動かそうと思えば動くようになった。先ほどの金縛りが嘘のように、自然と動いた。痛む体を無視して起き上がり、自分を貫いた剣を確認しようとしたが―――ない。

 

「あ………え? ない?」

 

 俺の腹には剣など刺さってはいなかった。もちろん、刺されてから抜かれたとかでもない。傷は落下の際についたと思われるものだけだ。

 

「どういう、ことだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

―――蛇螺螺螺螺(じゃらららら)

 

「うっ!?」

 

 目標を外れた鎖が不自然に曲がり、なのはの腕に巻きついた。

 

―――欺刺(ぎし)

 

「私を前に背を向けるのかい?」

「くっ」

 

 墜落していったクロを追いかけたいところだが、目の前の萃香がそれを見過ごすとは思えない。

 

「なのは! 落ち着きなさい!」

「アリシアちゃん………」

「このっ!」

 

 フェイトが鎖を断ち切ろうと攻撃すれば、事前に察知した萃香が自ら引っ込めた。

 

≪ユーノ! クロさんが怪我して落下した!≫

≪えぇ!? 場所は!? すぐ向かうから教えて!≫

 

 まずはユーノに連絡。場所を教えるとすぐに向かってくれた。クロは攻撃された訳でもなく突然落ちていったのが気になるところだが、ひとまずはこれで大丈夫だろう。

 4人でも辛かったのに、それが3人になってしまった。

 

(後は、クロさんが復帰するのがどれくらいになる、か)

 

 メインアタッカーとしてなのは。アリシアは相手の妨害と拘束。フェイトはその時の判断でどちらも行えるように中間で………。

 

(あれ? 別にクロさんいなくてもなんとかなる?)

 

 少々心許ないが、なんとかなりそうな面子ではあった。

 

「―――仲間に連絡はすんだかい?」

「あなた………念話が聞こえるの?」

「いんや、聞こえないよ。ただの勘さ」

 

 今まで潜り抜けてきた戦場の数が違う。鍛え上げてきた戦士の勘も萃香の場合はバカにはできない。アリシアは納得できなさそうだったが、なのはは理解できたようである。頷いている姿が見受けられた。

 

「にしても………砕月は成ったというのに、それ以降が始まらない。状況は整ってるはずなのに」

 

 ふと月を見上げて萃香は呟く。アリシアも見上げれば、不気味に砕かれた月が姿を見せるだけ―――

 それ以外は何も起こらずに、静かな月だ。

 だが、おかしいと言えばおかしい。砕かれた月は何のために作られたのか。それが分からない。最初こそ警戒していたが、今は目の前の萃香にのみ集中している。

 鬼は正直者と言った。聞けば、答えてくれるかもしれないが………もしかしたら、萃香にとっても今の状況は想定外なのかもしれない。

 

「………」

「なに、気にしないでおくれ。砕月が行われないなら、それはそれで良い。所詮、今の私はただの夢。幻なのだから、さ!」

 

 

――鬼神「ミッシングパープルパワー」

 

 

 萃香はぐんぐんと巨大化していった。子供から大人、巨人へとその姿はどんどん大きくなり、周囲のビルに負けないくらいに大きくなった。

 

「うわぁ………」

「大きい」

 

≪大きくなったのなら好都合よ! なのはは遠距離から狙って! 私たちは≫

≪近接で萃香さんの注意をひくんだね?≫

≪その通りよ! クロさんはユーノが向かったから安心しなさい!≫

 

 アリシアが2人に喝を入れる。

 

「さぁ! いくよ!」

 

 萃香の小さかった腕が巨腕となり、振り下ろされた。

 

≪行くわよ!≫

≪≪了解!≫≫

 

 なのははナックルモードからシューティングモードに変え後退。フェイトとアリシアの2人が萃香へと左右から接近。体が大きくなった分、速さは格段に下がっていたので巨腕を避けるのに大した苦労はいらなかった。

 

≪フェイト! このまま一気にいくわよ!≫

≪はい!≫

 

 フェイトはサイズフォーム、アリシアは大剣モードにして萃香の顔へと接近―――そのまま勢いを殺さずに一閃。

 しかし、十字に描かれた閃光も萃香には今一歩届かなかった。

 

「器用な奴ね!」

「お褒めに預かり光栄ね!」

 

 萃香は顔を仰け反らすことで、2人の攻撃を避けたのだ。巨大化した体でよく行えたものだ。

 

「バルディッシュ!」

『Blitz Action(ブリッツアクション)』

 

 届かなかった、その一瞬の間にフェイトは短距離の高速移動魔法を使用した。定位置に戻ってきた萃香の頭を避けたところで、今度は背後に回る。

 フェイトの手に光輝く刃が生まれ―――

 

『Scythe Slash(サイズスラッシュ)』

 

 それを萃香へ向けて振り下ろした。

 

「アズラエル!」

『高速移動、開始』

 

 一歩遅れてアリシアもフェイトを追いかけるように加速する。

 前後を挟まれた萃香は迷うことなく防御を選択し、まずフェイトの攻撃を防いだ。防御するのは腕―――巨腕だ。

 

「ライトニングバインド!」

 

 霧化しかけたところを、一足早くフェイトがバインドで封じた。霧になりかけていた箇所もキャンセルされ、実態かされる。

 

「氷・狼・爪・牙!」

 

 前から来たアリシアの攻撃を萃香は片腕で止めた―――と同時にすぐに次の斬撃が萃香を襲った。

 

「―――っ!」

 

 上下左右からの4つと最後は真ん中を貫く一撃。アリシアのデバイス、アズラエルが魔力によるブーストを行うことで初めて可能となる5回の連続斬撃だ。

 しかし、その高速攻撃でも2回は防がれてしまった。

 

「雷撃封環!」

 

 しかし落胆も顔には出さずに、アリシアもバインドで動きを封じる。

 

「ディバインバスター………」

 

 すぐにフェイトとアリシアは離れ、萃香の前にもう1人の少女の姿が映る。

 

「フルパワー!!」

 

 通常のディバインバスターよりも強力に、それでいて発射速度もアップした一撃が放り込まれた。

 桃色の光線が萃香へ一直線に伸びた。

 

「これは、さすがに―――――」

 

 

 

 光輝。

 

 

 爆発。

 

 

 轟音。

 

 

 

 目の前でビルを幾つも飲み込んで光りの柱が通り過ぎていった。もし当たっていれば結界も破壊しそうだったが、特に変化はない。つまるところ、結界に当たる前に消えたこと―――アレを受け止めたということになる。

 

「うわぁ………ジュエルシード、粉々になってないよね」

「そうなっていたら………嬉しいけどね。嫌な予感がするわね」

 

 フェイトの感想に“ありえないでしょ”と言いたいところだが、目の前の砲撃がそれを不安にさせる。

 仮にもロストロギアだ。一介の魔導師の砲撃程度で壊れるとは思わないし、思いたくない。巨体は吹き飛ばされ、ついでに小さくなったのか今はその姿は見えないことが更に不安を煽る。

 

「大丈夫みたいよ。ほら」

「直撃してた、よね」

「そうね。ホントにね」

 

 視線の先、萃香はふわふわとなのはたちの目の前まで浮いてきた。今までとは違い、かなり痛い一撃だったのだろう。見て分かるようにダメージが通っていた。

 

「あっはっはっはっは! 強い! 強い! さすがだね! 今のは効いたよ!」

 

 ただ、戦闘はまだまだ終わりそうではない。

 

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――少しだけ時間が遡る。

 

 

『裕也! 裕也! 生きてる!?』

『あぁ、生きてる………』

 

 ゴホッと血が零れる。仮面を脱ぎ去りたいところだが、なのはたちがいる手前それもできない。ぼたぼたと仮面の隙間から血が零れるが、成すがままだ。

 

≪クロさん! 今、ユーノがそっちに向かってるわ≫

≪すまん、助かる≫

 

 刺されたと思ったが剣などなく、諏訪子もそんなものは知らないとのたまう始末。実際腹部は落下の傷を除けばそれ以外はない。

 幻覚かと思ったが、それにしてははっきりと見えたし、痛みも感じた。血の味もした………と思う。

 体の方を確かめる。動かなかった体も今は普通に動く。落下の衝撃か少々痛みはあるが、それだけだ。

 

(いったい、何だったんだ?)

 

 

 

―――ズガンッ

 

 

 

 そこに俺たち以外の音が響く。

 剣だ。

 

「………なんだ?」

 

≪傷の方は大丈夫かい? “転生者”影月裕也≫

 

 突然の念話。誰だと問えば、

 

「目の前にいる。霧谷のデバイス………そう言えば分かるか?」

『おわっ!? 剣がしゃべった!』

 

 今度は通常の声音で話した。

 確かに霧谷は目の前の剣を持っていたような気がする。もっぱら、投影で作った剣を投げては壊してを繰り返していたので気付かなかったが、こんな剣を持っていたような気がする。

 しかし、それは正しくても1つだけ見逃せないことがある。

 

(転生者………)

 

 それは諏訪子にも誰にも言っていない俺の秘密だ。霧谷でさえ、俺が転生者であるかどうかは確証を得ていない。

 

(それをどうやって………しかもこいつ、俺が転生者であると疑っていない)

 

 決め付ける、というのもおかしな話だが、俺が転生者で間違っていないと思っているようだ。

 

「手ひどくやられたみたいだが、傷は大丈夫かい?」

「随分と人間くさいデバイスだな。傷は問題ない」

 

 どこにいたのかは知らないが、すぐにユーノが来ることだろう。今はもうこっちに向かってるらしいし。致命傷でもないのだから、すぐに死ぬということはあるまい。

 

「そうかい。それは良かった」

「……………」

 

≪それと、聞きたいことが1つ≫

 

 今度は念話である。

 こちらとしてはありがたいが、転生者関連の話は目の前のこいつも諏訪子には聞かせたくないようだ。

 

≪………なんだ?≫

≪今のそれが限界かい?≫

≪俺がわざと攻撃を受けたとでも思うのか?≫

 

 それもそうだ、と言い残して霧谷のデバイスは、来た時同様に自分で勝手に飛んでいった。諏訪子は融合デバイスだからまだいいが、デバイスってあんな勝手に動けるものだっけか?

 

『………結局、何しにきたの? あれ』

『知らん』

 

 ホントにあれはデバイスだったのかも疑わしい。

 

 

 

―――ちょっと待て。

 

 

 

 何故、あいつは念話と普通の声音を切り替えた?

 諏訪子は融合デバイスだ。今も俺と一体となっている。姿を現していない。ここにいるのは俺1人―――そう勘違いしてもいいはずなのに。

 まるでこの場に2人いるかのように切り替えて話していたのは何故だ?

 

(―――ま、俺が転生者であると知ってたんだ)

 

 恐らく、クロ=裕也というのも知っていたのではないか。とすれば、そこから諏訪子のことを知っていてもおかしくは―――ない、か?

 やや荒っぽい理論だが、筋としては間違っていないだろう。

 

(これが合ってるとしたら、何故霧谷は知らないのかってことになるな)

 

 霧谷のデバイスを名乗ったあいつは知っていたのに、その主である霧谷は知っていない。あの霧谷のことだ。俺が転生者と知ったら、それこそ何をしてくることか。

 

 

「クロさん!」

 

 

 思考を中断する。

 いつの間にか目の前にユーノがいた。中々に早い到着だ。

 

「ユーノか」

「大丈夫ですか!? 今回復します!」

 

 急いで飛んできてくれたユーノに回復を頼む。ユーノの到着で気が緩んだのか、一時的に忘れていた痛みがまた表に出てきた。

 

「ごふっ!」

 

『裕也!』

『大丈夫だ。ユーノに回復してもらってるし』

『でも!』

 

 意外と心配性な諏訪子を落ち着けつつ、頭上を見上げる。3色の魔力光が飛び交っているのが見える。戦闘が続いているということは、萃香はまだ健在なy―――と思ったら巨大化して存在していた。

 あーそんなスペカもあったなぁと思ったら、巨大化した萃香を吹き飛ばすぶっとい砲撃が放たれた。最早言葉などない。

 

『ジュエルシード、壊れた?』

『んー、反応はまだ残ってるから壊れてはないかと思うよ』

 

 さすがはロストロギア。でもそのうちなのはならばロストロギアを破壊できてもおかしくはないような気がする。

 

『思考中断』

『なに?』

『いや、今度の思念体は強いな………』

 

 霧谷を相手にして圧倒していたのだから覚悟はしていた。強い、と。強大な相手だと。実際手を合わしてみれば、それさえも温いというのを理解した。

 

 想像しているよりも、もっと強かった。強すぎる、と。

 

「ふぅ………」

 

 痛みが和らいできたので、意識を一旦閉じて自身に集中する。今は回復だ。俺も急いで上に向かわなければ―――

 

 

 

 

―――ドクンッ

 

 

 

 

 深い―――深淵から這い出るかのような不快感―――だが、接し続けてきた親近感もまたある。

 

(―――なんだ?)

 

 

 

―――力ヲ貸ソゥカ?

 

 

 

 声ではない声が聞こえた。闇から誘う声が聴こえた。

 どこか懐かしく、聞き覚えの無い思念―――それでいて、いつも聞いているような声だった。誰の声だったか、と思い出そうとして、

 

(諏訪子、か?)

 

 だが、違う。諏訪子ではない。彼女の分神体や本体なども考えたが、即座に違うと判断。誰だ? 何だ?

 声の主に問おうとする。だが、こちらの声は届かないのか、一方的に届くだけだ。

 

 

―――我ノ

 

―――吾ノ力

 

―――必要

 

―――必要カ?

 

 

 声が周囲から聴こえてくる。別々なようで同じ思念。一方通行の声が届く。

 脳裏に浮かんだのは、巨大な白蛇の姿だった。それも複数が視えた。紅い―――血のように紅い瞳が何個も俺を貫く。

 正に蛇に睨まれた蛙の如く、その場から一歩も動くことができない。理屈ではなく、感覚。炎が燃えるように、樹木が生長するように、当たり前に死のイメージが浮かんだ。

 あぁ―――これから死ぬのは当たり前(・・・・)なんだな、と思った。

 

 巨大な口が目の前で開き、飲み込まれ―――

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 次には冷や水を突然ぶつけられたかのように俺は飛び起きた。驚いたユーノに悪いと謝りつつ、癒しの光に身を委ねる。

 体の痛みは少しずつと消えていくのに、先ほど浴びた恐怖は消えようとはしない。早鐘のようにうるさい鼓動が不安を煽ってくる。

 

『―――諏訪子』

『なに?』

『お前は祟り神―――ミシャグジ様を統括していたんだよな?』

『―――一応、頂点には立ってたからね。でも、統括というのは若干意味合いが違うよ』

祟り(あの力)をもっと引き出すってこと、可能だと思うか?』

『………それは、今以上の力を?』

 

 俺が扱い撒き散らす“祟り”という力も諏訪子を間に挟んで祟り神であるミシャグジ様から借りているようなもの。

 いわば、神から戦うだけの力を借りているということだ。

 脳裏に浮かんだあのイメージ通りならば、ミシャグジ様からもっと力を引き出せるかもしれない。

 

 同時に、かつて彼女に言われた言葉を思い出す。

 

 

―――死を覚悟せよ

 

 

 今の段階でもパワーアップしたのは分かる。スペルカードの威力も発動時間も短くなってるのが分かる。だが、それだけでは足りない。

 あの萃香と戦うにはまだ足りない。力が足りない。

 

 

―――決断せよ

 

―――何を生かし、何を殺すか

 

 

 今がその時かは分からない。だが、今必要なのだ。神たる呪いの力―――“祟り”が、“彼ら”の協力が必要だ。

 

 

―――我ラガ力ヲ望ムカ?

 

―――万物ガ畏レ、敬ゥ呪ィガ欲シィカ?

 

 

 声無き声が心の奥底から囁いてくる。俺だけに聴こえる幻聴かもしれない。それは厳しく引き戻せと言っているのか、優しくこちらに堕ちよと誘ってるのか、それは分からない。

 分からないが、歩み寄るしかない。圧倒的な力を感じるその場所へ。少しでも近づけば飲み込まれて霧散してしまうだろう、その場所へと。

 

『出来るか出来ないかで言えば、出来る』

『ならば、やろう』

『でも、裕也! 今の体じゃ』

 

 傷の方は問題ない。今もなおユーノが癒してくれている。問題は戦闘時間と祟りの使用時間だろう。

 戦闘時間に関しては、もちろん俺の魔力切れのことだ。パワーアップした諏訪子のおかげで、戦闘可能時間は増えた。だが、大幅に増えた訳ではない。まだもう少しは大丈夫だろうが、そろそろ危険領域に入る頃合だ。

 もう1つは“祟り”のデメリット効果だ。

 使用者までをも呪う力となってしまったこの力。適量範囲が分からない現状で、更に祟りを引き出すのは中々に勇気がいることだ。

 

『諏訪子。あいつは強い。チートな強さを持つ霧谷でさえボロボロに翻弄されたんだ』

 

 あまり認めたくはないことだが、攻撃力ではなのはたち3人よりも霧谷単体の方が今は強い。もしなのはが攻撃準備の時間なく瞬時に砲撃出来るならば、なのはがトップに立つだろうが。

 その霧谷でさえダメージはあまり通っていない。原因としては戦闘方法が挙げられるが、どちらにしろなのはたちでは勝てないと思われる。

 頭上を見る限り、3つの魔力光はまだ健在だ。しかし、この後も無事だとは思えない。萃香と違いこちらは人間。スタミナも常にMAXではないし、魔力も減っていく。常に全力全開はできないのだ。

 

 

 

―――ドォォォォォォンッ!!

 

 

 

『2本目の砲撃、入りました!』

『………………』

 

 つ、常に全力全開はできないんだよぉ!

 

『どしたの?』

『なぁ諏訪子。俺って弱いのかな?』

『あのメンバーの中では最弱かと』

 

 ぐさっとくる言葉を相棒から貰う。目がうるっときたが、泣いてはいない。

 

『だから、更に力が手に入るならば求めるんだ』

『だからって………』

 

―――聞キ届ケタ

 

『俺にはお前がいる。なら、大丈夫だろ?』

 

―――愚カナ選択ヵ

 

『………』

 

―――賢キ選択ヵ

 

『信用してるぜ。それに、俺だって死にたくはない』

 

―――後ニ分カルダロゥ

 

『分かったよ。死んじゃダメだよ?』

 

―――タダ、今ハ

 

『あぁ』

『じゃあ、』

 

 

―――呪詛ヲ送ロゥ(祝福シヨゥ)

 

 

『耐えてみせて!』

 

 

 

 

―――ド………クンッ

 

 

 

 

 鼓動の音が響く。

 

 

 

―――ド…クンッ

 

 

 

 体の芯、心の奥底から響いてくる。

 

 

―――ドクンッ

 

 

 それと同時に闇から這いずりやってくる負の力を感じる。

 蛇が如く纏わり付き、決して離さそうとはしない。体の外から心の奥まで侵される不快感が襲う。

 

 

―――呪え

 

―――侵せ

 

 

 呪詛の言葉が聞こえてくる。負の感情が心に圧し掛かる。今まで生贄にされてきたであろう人たちの怨嗟の声が聞こえてくる。

 悲鳴が聞こえてくる。助けてくれ、と。死にたくない、と。振り翳される刃が無慈悲に貫き、斬り、引き裂き、落とす。炎が舞う。吐き気を催すような臭気が刺激する。誰かが燃えている。

 心を侵すは相反する思念。黒と白の言葉。交わる2つは他者へ向けられた言葉と自身への思念。

 

 死ななければ⇔死にたくない。

 助けて欲しい⇔助けないで下さい。

 憎悪からの呪い⇔祝福からの愛。

 

 目の前にナニカが現れる。

 

 嫌だ、嫌だ、死にたくない、恐い、殺せ、助けて、何で、痛い、熱い、助け―――

 

 

 

――早く、死んで

 

 

 

 周りに誰かがいる。目の前にナニカがある。だが、誰も彼もが動かない動けない。絶叫が絶望を吹き飛ばさんと轟くが、世界は変わらない変われない。

 

 ソレの前では全てが平伏す。

 

 時が来たと雨が降り注ぐ。無数の刃が俺を貫く。流れるのは血か涙か。聞こえてくる誰かの声は祈りの言葉か呪詛の言葉か。

 

 

 

――死なないと、いけない?

 

 

 

 闇が、堕ちる。

 

 

―――闇を識り

 

―――闇を取り込み

 

―――闇に染まらず

 

―――闇を従えよ

 

 

 暗転。

 明滅する世界の中、また誰かの声が聞こえた。気がした。どこかで聞いたことのある声だ。幼い声だ。

 

 

―――でなければ、“彼ら”に飲まれるだけだぞ

 

 

 だが消えていく。

 押し付けられた闇の地獄と、狂ってしまうかのような甘美な死の快楽が流れ落ちてくる。俺を満たしてくる。

 甘い、甘い―――死、だ。

 

 黒が、闇が、襲いかかる。自分が、消えて、いくのが―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――裕也ぁっ! 目を覚ましてぇ!!

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間04 影に隠れる「闇」

 

 

 

隠れ、潜み

 

表には出ず

 

 

まだ―――出番ではないから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この前の連休のことだ。俺は協力者に言われ、とある場所に来ていた。

 

 というのも、4月の連休はなのはたちは温泉旅行に行くだろうと考え、それとなく話してみたが“そんな話はない”と言われた。すずかにもアリサにも聞いてみたが、連休は3人でお泊り会なるものをするだけらしい。混ぜてもらおうかと思ったが、これは女子限定と言われれば退かざるを得ない。

 とはいえ、最近は顔を合わせることさえ少ないのだ。ここはアリサたちを魅了させて―――

 

 

 

 

 

―― 「      」 ――

 

 

 

 

 

 いや、止めておこう。

 

(じっくりと落としていくのもまた楽しみ、か)

 

 これからも時間はあるのだ。焦って失敗する奴らを何人も見てきた。たっぷりと時間があるならば、その中で少しずつと魅了させていけばいいのだ。

 

 

 

 

 さて、連休をどうしたものか。温泉旅行に行くものだと考えて、他に予定を入れてなかった。いつも通りに適当に女で遊ぶか、それとも………。

 

「―――フェイトか」

 

 そういえば、フェイトがどこに住んでいるかとかは調べてなかったな。無印は始まってるから、どこかにはいるはずだ。それを探しに―――

 

 

 

 

 

―― 「      」 ――

 

 

 

 

 

 いや、別にいいか。何故、わざわざこっちから出向くみたいなことをしなければならないんだ?

 

「霧谷」

「―――なんだ?」

 

 部屋の中でぼーっとしていたのもあるが、俺がこいつの存在に気付かなかったってのは頂けない。

 

「暇ならこっちを手伝え」

 

 実に面倒な話だ。断りたいところだが今の俺は暇な身だし、更に言えば俺と協力者の関係は相互協力が契約だ。

 次のジュエルシード戦で必要なことだと言われれば断ることはできない。最近は上手くいってるのかどうなのか微妙なところなので、ここらで一気に成果を上げておきたい。

 

「―――別に構わんが、何をするんだ?」

「決まってる。転生者狩りだ」

 

 どうやらまた転生者を見つけたようだ。

 

「またか………この世界はこんなにも転生者が多いのか?」

 

 この転生者狩りも結構長く続けているが、今日みたいにこいつは転生者をよく見つけてくる。

 

「海鳴以外にいるかもしれんが、1つの町にこれだけの転生者はやはり異常だな」

 

 まぁ分からないでもない。やはり、転生するならば主人公たちがいる舞台に来たい、とは思うが、それにしても多い。

 

「記念すべき20人目か………」

「行こう」

 

 協力者に案内された場所は普通の一軒家だった。適当にドアを蹴破って中に入れば、緑と桃色の髪をした姉妹がいた。

 

(今度はボカロか………)

 

 緑のツインテールの女と桃色の長髪の女。ちょっと変わったヘッドホンみたいなのをしている姉妹。魔導師ではないようなので、俺のニコポ・ナデポが効いた。魅了させて従順させ、協力者が質問を投げつけていく。その結果、前世が男であり、かつ記憶を有しているとなると………考えないことにした。

 いくら俺好みでも、中身が男の女はさすがにいらないな。

 

「で、こいつらはいつも通りか?」

「あぁ―――こっちで“処理”をする」

「やれやれ、あっけなかったな」

 

 楽ではあったが、楽過ぎた。周りへの誤魔化しなどの対応で時間だけはかかるだろうが、それも退屈なだけ。

 

「仕方が無いから、適当な奴を捕まえて鬱憤を晴らすか」

 

 俺は目に入った適当な家に入り、好みの奴がいなければ出て次の家へ。それを繰り返して遊んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今。夜の街。

 

 なのはたちが飛び交う夜空の下に俺はいた。

 いつも傍にいる協力者はこの前捕らえた転生者の1人を連れてどこかに行ってしまった。もうじき始まる時間だというのに、どこに行ったのか………念話も通じない。

 奴がいてもいなくても構わないが、あいつがいないとなのはたちから念話が届かないのが問題だな。

 

「ふっ、直接話すのが恥ずかしいからってな。照れ屋ななのはたちも可愛いぜ」

 

 こっちから念話を繋ごうにも向こうで拒否られる。協力者が言うには、恥ずかしいらしい。なので、協力者を間に挟んで俺たちはやりとりをしている。

 面倒だとは思うが、

 

『女とはそうゆうものだ。女心の分からない男とか言われたくないだろ?』

『確かにな』

 

 恋人みたいと言われれば確かに悪い気はしない。白と言えば例え黒でも白と言うような女たちしか相手にしていなかったので、忘れていたぜ。

 

「ん?」

 

 フェイトが何かをしている。空では彼女を中心に暗雲が広がっていき―――

 

≪霧谷≫

≪なんだ?≫

≪フェイトが広域魔法を使うそうだ。ジュエルシードを強制的に発動させるらしい≫

≪分かった≫

 

 まだ準備に時間がかかるのか、と聞けば、まだかかるとの返事。広域魔法が行われる時までには終わるように行っているが、もしかしたら遅れるかもしれないと言う。

 

≪そっちはどう動くのかをしっかり考えておけ≫

 

 ふと考える。

 広域魔法で発動するジュエルシード。そして暴走。そこに颯爽と現れる俺。

 

 

 あぁ、これは間違いない。

 

 間違いなく、好感度が上がる!

 

 

 選択肢があったならば、“大丈夫か?”か“俺が来たからには安心しろ”だろうか。

 

「――――――っ!!」

 

 ここからでは遠くてフェイトの声は聞こえなかった。だが、彼女の声と共に雷があちこちに降り注ぐのを見れば分かる。

 フェイトの広域魔法が発動したのだ!

 

「さぁ! どこからでもこい!」

 

 と、準備はしたはいいが―――ジュエルシードの反応と思われる光があがったのは、かなり遠方だった。

 

「ちっ! 遠いじゃねぇか!」

 

 思った通り、俺が向かうよりも先になのはが先に辿りつき、

 

 

「リリカル! マジカル! ジュエルード、封印!」

 

 

 ジュエルシードを封印してしまった。

 

「は?」

 

 協力者の話ではジュエルシードを暴走“させる”と話していた。今回“も”ジュエルシードは暴走して、戦闘へと流れるはずだったが………なのはが予想以上に速かったのか、暴走する前に封印を完了させてしまった。これでは戦闘など起こるはずがない。

 

≪おい! どういうことだ!? 暴走するんじゃなかったのか!?≫

≪落ち着け≫

≪あぁ!?≫

 

 問い質せば、先ほどのジュエルシードは偶然の産物だったようで、本命は用意している最中だと。どうやら“処理”とやらに手こずり、少々遅れたようだ。

 

≪驚かせるなよ。じゃあ、早くしてくれ≫

≪あぁ。ほら行くぞ≫

 

 その言葉と同時に光の柱があがった。

 場所はすぐ近く―――

 

 

 

―――ドォンッ!!

 

 

 

 場所を確認するよりも早く―――俺の体を衝撃が走り、無理矢理体が曲げられた。見えたのは小さい影と角。

 

(今度は、東方のキャラかよ!)

 

 小さい体に鬼の角。和服と思われる服に鎖がついた腕―――“伊吹萃香”が再び俺を掴み、振り回す。

 

「くっ!」

 

 

 

――萃鬼「天手力男投げ」

 

 

 

 その速度は素早く、視界が目まぐるしく回る。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 投げ飛ばされたと知ったのは、衝撃が俺を貫いた時だった。

 

 

 

 

 

 

「くっそっ!」

 

 萃香に投げ飛ばされて、俺はビルの中に突っ込んだようだ。瓦礫と化した建物から上空を見れば、こちらを見下ろす小さな鬼“萃香”が見えた。

 

≪おい! あれがお前の言う暴走なのか!?≫

≪そうだ。ジュエルシードの暴走思念体だ≫

≪なんで、東方のキャラしてるんだよ≫

≪その方が一番定着しやすいんだ。この世界(・・・・)ではな≫

 

 訳が分からないが、あの萃香はジュエルシードの思念体ということで間違いはないようだ。それにしては暴走している気配が見えない。

 

(ちっ、いきなり躓いてしまったじゃねぇか!)

 

 少し落ち着いて、現状を考える。

 まず、相手が鬼という点だ。詳しくは知らないが、人間以上の剛力を持っていたはず。接近戦では勝てない、か?

 だからといって遠距離戦もあまりやりたくない。無限の剣製で剣を飛ばしたり、弓矢で射ったりは出来る。しかし、とことん命中率が悪い。

 

「えぇい! くそ! 考えるのは得意んじゃねぇんだよ!」

 

 邪魔するなら押し潰す。そうやって飛び出した先に待っていたのは、小さい萃香だった。最初に見た萃香をそのままサイズを小さくさせた萃香がそこにいた。

 その小さい萃香が腕を振り回しながら近づいてくる。

 

「ちっ!」

 

 紙一重で避けた先、瓦礫の山が吹き飛んだ。見た目に反して、力だけは強いらしい。

 

「くっそっ! さすがの萃香ってとこか!?」

 

 この大きさの萃香でこの力。ならば、元の萃香はどれくらいの力を持っているのだろうか。

 

(くそが! くそが! くそが!)

 

 恐怖を感じた。それは認めない。俺は強い。俺が最強だ。俺よりも強い奴はいない。これだけの力を持っているのだ。

 不意打ちされたとはいえ、まさか俺が吹き飛ばされ―――恐怖を感じるなど!

 

「こんの、やろおおおおおおおお!!」

 

 鬼だろうが悪魔だろうが、俺よりも強い奴はいない。全て、俺が踏み潰す。

 

(力だけは人間よりも強いだろう。ならば、攻撃させなければいい!)

 

 攻撃して攻撃して攻撃する!

 これで相手が思念体ではなく、実際の体を持つ相手ならばもっと良かったのだが。そうすれば、勝った後にお楽しみが待っているのに。

 

「さっきは不意打ちだから喰らったが、次はないぞ!」

 

 手に力を込める。脳裏に浮かぶイメージをそのまま移動させる。

 俺は持っている、と。俺は今手に武器を持っているとイメージする。

 

投影、開始(トレース・オン)!」

 

 イメージしたのは槍。穂先が5つに分かれた特徴的な槍―――のはずが、2つしかない。色も蒼から銀へと変色していた。

 どことなく、とあるアニメの使徒を封じてた槍に似ている気がする。曖昧なままのイメージで他と混ざってしまったのか。

 

「まぁいい! 轟く五星(ブリュ-ナク)!!」

 

 だが、きちんと宝具として発動はしたのでよしとする。これが当たらずとも、何かしらのアクションはするだろう。避けるなり防ぐなりしたら、その隙に接近して叩き伏せる。

 

「つらぬk―――」

 

 

―――ギュンッ

 

 

 槍は一筋の稲妻となり、光速で萃香へと向かい―――夜空に消えた。萃香はそこにいない。

 

「は?」

 

 当たって消えたとかではない。萃香が消えたのだ。霧となって。

 

 

 

――四天王奥義「三歩壊廃」

 

 

 

 霧が再び集まり、俺の近くで実体化する。

 

(マズい! 攻撃が―――)

 

 そう思った次の瞬間には視界がブレ、ジェットコースターに乗っているように画面が回りだす。

 

「―――っ!?」

 

 

 

 気付いた時には俺の視界は暗闇になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

 夜を駆ける少年少女たちを観察する者がいた。

 周囲に隠れ、見つからないようにと。それは徹底して行われていた。

 

「あらら、運が悪い。最初に指定した場所で待っていればよかったものを………」

 

 と言っているが、全ては計算どおりだ。霧谷ならばあの状況で飛び出すと思っていたし、指定した場所と“偶然”あったジュエルシードの場所を考えれば、“2個目”のジュエルシードの場所で停止すると考えていた。

 

「彼女は強いですからね。君専用に調整してますからね」

 

 ちょうど見えたのは、霧谷が萃香に捕まって放り投げられたところだ。

 

「おっと、その前に伝えておかないと………ユーノくん、声を借りますね」

 

 表紙には何も書いていない黒い本を取り出す。ページをめくり、開いた場所が怪しく光り始めたのを確認してから念話を送る。

 

 

≪なのは! フェイト! 気をつけて! ジュエルシードの思念体だ!≫

 

 

 彼の声はユーノの声となり、遠方のなのはとフェイトの2人に送られた。アリシアにも別で念話を送っておくのを忘れずに行い、黒い本を閉じた。

 これで彼女たちは目の前の存在がジュエルシードの思念体と思い込むだろう。いや、実際思念体で正しいのだから、思い込むというのもおかしな話か?

 

「しかし、力を引き出しすぎると意識までも持って来てしまうようです。そこらへんは調整してバランスを取るしかないですね」

 

 1人目のときは力は捨てて操作性を求めて。2人目は力をなるべく高めてそれ以外を捨てて。次には調整も取れてバランスの良いモノが造れそうである。

 

 

 色々と頭の中で考えているうちに、霧谷が再び飛び出してきた。どうやらもう一度萃香に挑戦するようだが………。

 

「あぁあぁ、それじゃダメだよ」

 

 猪突猛進。まるで獣のようだ、と漏らした。得意の投影で武器を作っては放り投げてを繰り返しているが、やはり単調過ぎる。今の萃香には届いていない。一撃必殺を狙ったのか、強力な物を作ったが、やはりそれも外れた。

 

「はい、終わり」

 

 その言葉と同時に、視界の向こうでは霧谷の敗北が決定した。同時に観察の目を霧谷からクロへと移した。

 

 

 

 

 

 

「―――こんなものですか」

 

 予定外のキャラではあるが、そこまで危惧するようなモノでもない。そう判断した。

 魔力量もそう多くないし、これといった力もない。東方のスペルカードシステムをそのまま持って来ているのか、クロの攻撃時にはカードが見えた。その制限を考えれば、そこまで脅威ではないのだ。

 

「ご退場を、願いましょうか」

 

 再び黒い本を手にする。おもむろに開き、自分にも聞こえないような声でぶつぶつと呟く。

 

「彼女たちは問題ない。だが、君はダメなんだよ―――影月裕也(・・・・)くん」

 

 本が怪しく光る。それは躍動するように輝くと、観察していたクロ―――裕也に変化が起こった。

 

「墜落して死ぬか。それともこのまま呪い殺されるか―――ん?」

 

 

 

―――ザクッ!

 

 

 

 突如、怪しく輝いていた本ごと手を貫かれた。刺さっていたのは1本の剣。鈍く輝く翡翠の剣から―――

 

 

 

 

 

―― ■ツ■タ ――

 

 

 

 

 

 恐ろしい声が聞こえた………ような気がした。改めてみれば、剣などどこにもなく、本にも貫かれたような後はない。

 

「解かれ、た? 抵抗した、のか?」

 

 行使していた術は解かれ、怪しく光っていた本は既にない。手に持っているのは、ごく普通の本であった。

 裕也を探せども見えない。どこにもいないということは、既に落下したということになる。

 

「死んだ………とは考えにくいですね。危険ですが、ここは会いに行きますか」

 

 本を閉じる。観察も止めて、身の回りの片づけを行う。ここに自分がいたという証拠をなくし、自身を変化させる。

 霧谷と念話を繋げるものの、繋がらない。どうやら完全に気を失っているようである。こちらの回収は全てが終わってからでも問題ないだろう。

 

「残すところ後僅か。数的に次で最後ですかね?」

 

 残っているジュエルシードも残り少ない。実験に必要な人材もまた少ない。そろそろこの事件も終わる頃合だ。

 

「―――ようやく」

 

 零れた言葉は夜闇に溶けて、消えた。

 

 

Side Out

 

 

 



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第22話 俺と赤口様と「鬼退治」

 

 

鬼ほど人の敵はいない

 

鬼ほど人を愛するモノはいない

 

 

いつの世も、人の隣には鬼がいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

「……………」

「………クロ、さん?」

 

 治療の途中、突如としてクロが立ち上がった。ユーノが言葉を投げるも反応はなし。

 

「クロさ―――」

 

 もう一度、声をかけようとしたら、突然クロの体から黒い瘴気が溢れ出てきた。本能に従い、治療を中断してユーノが離れる。

 

「クロさん!」

 

 声をかけるがやはり反応はない。その瞳に光はなく、意識があるとは思えなかった。

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーッ!!!!』

 

 

 

「づっ!?」

 

 聞き取れない声に溢れる瘴気。ユーノは“助けなければ”という理性の判断と、“逃げなければ”という本能の判断に揺れ、動くことができなかった。

 

「クロさ………くっ、これは………」

 

 クロは上空へと跳び上がり、そのまま戦闘空間へと飛び去ってしまった。

 そしてユーノは至近距離でクロから溢れ出る瘴気―――祟りを受けてしまった。防御したはいいが、それを突き破って少量の祟りがユーノを侵食していた。

 

「これが、彼の力………今は、なのはたちに、教えないと………」

 

 気力を振り絞り、魔法が上手く使えない中―――なんとかして上空の3人に念話で伝えた。

 

 

―――クロさんがそっちに向かった

 

―――様子がおかしい

 

―――ダメージを受けて僕は援護に行けない

 

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーノくん?」

 

 ユーノからの突然の念話。だが、何かの妨害が働いているのか、その内容は上手く届かなかった。伝わったのは2つ―――援護に迎えない、クロさんが向かった、だった。

 周囲を確認すると、確かにこちらに向かってくるクロの姿が見えた。

 

「クロさん! 無……事………?」

 

 なのはの目の前まで上がってきたクロ。光の無い瞳でなのはを見るが、すぐに外す。次にフェイトを見て、アリシアを見て―――最後に萃香へと移した。

 

「なのは、フェイト」

「うん。何かは分からないけど………様子がおかしい」

 

 溢れ出る祟りもそうだが、それ以上に不気味な沈黙が彼にはあった。本能が近寄ることを拒否する。そのためか、無意識に彼女たちは距離を取っていた。

 まるで見えない壁があるかのように―――

 

「ん~………、そこにいるのは、()だい?」

『■■■■■■』

「さっきの(わっぱ)じゃないね?」

 

 不意にクロが言葉を紡いだが、それは到底聞き取れるものではなかった。意味不明な言葉の羅列がノイズ混じりで放たれた。しかし、萃香は意思疎通が取れるようできちんと会話をしている。

 それがきっかけとなったのか、萃香が動いた。その眼は厳しく、睨みつけるようにクロを見る。

 

「やれやれ、とんでもないものを持ってきたねぇ」

『■■■■ーーーっ!!』

 

 クロが前進し萃香へと疾走する。萃香もまた霧化して移動し、クロの近くで実体化―――鬼の力を全力でぶつけてみるが、クロは祟りを防壁として防ぐ。

 

「その力をそこまで扱えるなんて………あんたは」

『■■■■■■!!』

 

 今度はこちらの番だとばかりにクロが接近し、萃香相手に近接攻撃を行う。それらに対して萃香は回避を選択。なのはたちが知らないのも当たり前だが、もし萃香が防御を選択していたら戦闘は萃香の敗北で終わっていたかもしれない。

 

「味方………で、いいのかな?」

「ちょっと断言はできないわね」

「ユーノくんにも連絡がとれない………何か下であったのかな?」

 

 理由は不明だがこちらとは敵対する気はないようである。クロは萃香とだけ戦っているが、どうにも味方とは言い難い。敵ではないからといって、こちらの味方とは限らない。

 

「私がユーノのところに行ってくるわ。なのはとフェイトはこっちをお願い」

「わかった」

「わかったの。ユーノくんをよろしくね」

「えぇ」

 

 アリシアは下へと、ユーノのところへと向かう。なのはとフェイトは2つの影がぶつかりあう戦闘空間へと飛んだ。

 

「なのは」

「うん。分かってるよ」

 

 フェイトは近接、なのはは遠距離。お互いが得意とするものをやる。それだけのこと。

 

「レイジングハート」

『Particularly, let's shoot large one(一際、大きいのを撃ちましょうか)』

「お願いね」

 

 今のクロならば避けられるだろう、そう信じて。

 

「ディバイン!」

 

 光を、想いを集める。

 

「バスター!!」

 

 一刻も早く、目覚めて欲しくて―――桃色の砲撃を2人に向けて撃ち放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ヒュッ

 

 

 予想通りにクロはバク転で避けた。そして、

 

 

 

――四天王奥義「三歩壊廃」

 

 

 

 萃香はスペカを発動して迎え撃った。

 

「え?」

 

 一撃、2度目の衝撃。

 なのはのディバインバスターをそれで真正面から叩き潰した。残りの3度目がおまけとばかりになのはへと向かう。

 咄嗟にレイジングハートが自動的にシールドを張ったおかげで大したダメージには至らなかったが、なのはの代わりとなったのかシールドは粉々になり、貫いてきたわずかな衝撃がなのはを押し飛ばした。

 まるで邪魔をするなと言わんばかりに、攻撃したなのはには目もくれずに萃香はクロを標的としていた。

 

「はぁっ!」

『Photon Lancer(フォトンランサー)』

 

 今度はフェイトが横から雷の槍を投げ飛ばした。

 

 

――霧符「雲集霧散」

 

 

 それに対して萃香は自身とは違う霧を前面に作り出して防いだ。雷の槍は萃香の作り出した霧に触れると、最初から何事もなかったかのように霧散して―――消えた。

 

「無効化、された?」

 

 自ら霧になって避けるのでもなく、腕で防ぐのでもない。霧を作り出して防ぐという防御を取った。これまでならば、己が身で防御を選択して受けていただろう。だが、今の萃香にはおちゃらけた雰囲気というものがなかった。

 萃香は本気を出して戦っている。

 

 

―――梵風(ぼふぅ)

 

 

 萃香は髪の毛を数本千切ると、大きく吹き飛ばした。吹き飛ばされた髪の毛はやがて小さな萃香になり、

 

「え、えぇぇ!?」

 

 縦横無尽に飛んで、フェイトへと襲い掛かった。

 フォトンランサーで狙い撃とうにも、小さい萃香は身軽い動作で避けて進んできた。小さいからか速度も中々に速く、攻撃しながら回避していては追いつかれ―――

 

 

 

―――蛇螺螺(じゃらら)っ!!

 

 

 

 いつの間にか背後から接近していた小さい萃香がフェイトを捕まえた。1匹、2匹と群がり、最後の1匹が拳を振り上げ―――

 

「フェイトちゃん!」

 

 振り上げた拳。迫る萃香。なのはのシールドをぶち破いた力を持ってるとしたら、シールドを張ったところで意味がない。

 逃げることは出来ない。身動き取れない時点で攻撃にも移せない。

 

 動かなければ―――

 

 

 

『■■■■■■■■■■■!!!』

 

 

 

 そこに割り込むように祟りの奔流が小さい萃香を襲った。クロの突き出した手から祟りが飛び出したのだ。

 

「え? あ………」

 

 相も変わらず、不気味な沈黙を続けるクロ。口に出す言葉といえば、理解できない単語の羅列のみ。

 

「あ、あの………ありがとう、ござい、ます」

 

『■■■■■』

 

 クロの口から漏れる言葉を聞くだけで、何故か恐怖する。理解できないから恐怖するのではなく、その言葉自体を理解してはいけないと、本能が告げる。

 そしてクロは再び萃香へと向かった。

 

「フェイトちゃん!」

「なの、は………」

「大丈夫?」

「うん」

 

 まだ体は震えている。フェイトは大きく深呼吸して、落ち着かせる。頭の中で彼は敵ではないと連呼し、邪魔な思考を意識の外に追い出す。

 

 今は―――震えている場合ではない。

 

 2度の深呼吸でフェイトは体の震えを取っ払った。

 

「うん、大丈夫」

「クロさん、どうしたんだろう………」

「分からない。分からないけど、このままじゃダメだよね」

「………うん、なんとかして助けられないかな」

 

 とはいえ、現状では何もない。クロを助ようにも、何がどうなっているのかが2人には分からないからだ。原因が分からなければ、取り除くことはできない。

 今の彼女たちにできるのは、信じて待つことのみ―――それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、融合状態の諏訪子は裕也よりも早くに目覚めていた。すかさず、周囲を調べあげ―――現状を把握した。

 

(マズい! 裕也の気配が消えかけている!)

 

 体が慣れていない状態で、突然強大な力を引き出したのだ。それに押し潰されるように裕也の存在は消えかけていた。

 ちっぽけな存在である人間の魂は、祟りという巨大な嵐の中を右へ左へと揺らされる小船のようなもの。嵐の中に居続ければ、やがて小船は耐え切れずに大破して海に飲まれる運命。裕也の魂もその状態へと近づいていた。

 

(っても、どうすれば!? 裕也! 裕也! 私の声が聞こえる!?)

 

 諏訪子が“中”から叫べども、裕也の魂はもちろん“外”の裕也も反応しない。

 

(裕也ーーー!!)

 

 裕也が引き出し―――引き出そうとした力は“ミシャグジ”という神の一部。

 そも“ミシャグジ”というのは単体でありながら群体である存在。人の歴史が始まるより昔から数多の意識を飲み込んできた集合意識体とも言える。

 それらを引き出した故に、裕也の魂とも呼べる存在は意識の海の中で右往左往しているのだ。そして肉体を操作する魂がなくなったところに入り込んだ集合意識体の一部が今の裕也の体を操作している。

 

(裕也が起きれば全ては解決なんだけど………このバカー! 起きろー!!)

 

 肉体の操作権が奪われようと、本来の主である裕也が目覚めれば問題ない。繋がりはこちらの方が強いのだから。

 そう、目覚めれば―――

 

(あぁもう、こうなったらなのはに砲撃でも………あかん、裕也が完全に消し飛ぶわ)

 

 “外”ではなのはやフェイトが祟りを撒き散らすクロの周りで懸命に戦っている。さすがに声までは届かないが、何かを言っているようにも見える。

 諏訪子の知る魔術などの神秘ならば、外から叩いて治すという荒業も使える。だが、外にいるなのはたちが使っているのは、ミッドチルダという異世界の魔法なのだ。もし、異世界の魔法が諏訪子の想像通りでなかった場合、それは裕也の消滅という結果に繋がる可能性が高い。

 

(非殺傷設定があるとはいえ………)

 

 なのはたちの魔法には非殺傷設定という安全装置が付いている。肉体が傷つくことはないが、これも完全に無傷とはいかない。過剰に込められた魔力で攻撃すれば、肉体を傷つけるのくらい容易い。それはこれまでのなのはや裕也たちが証明していた。

 

 では、魂や精神という実体無きモノはどうなのだろうか。

 

 もし、肉体は無事でも魂や精神などを吹き飛ばすような効果があった場合―――それは“外”の裕也の肉体に入っている集合意識体の一部か、それとも本来の主である影月裕也なのか。

 諏訪子の身はこの世界の神秘と異世界の魔法を併せ持っているとはいえ、全てを理解している訳ではないのだ。リスクと比べると、どうもリターンが少ない。

 

(“外”からの援護は求められない。なら、私がやるしかない!)

 

 自分があの“中”に入って裕也を引っ張ってこれれば手っ取りはやいが、諏訪子は今祟りを撒き散らさないように抑えるので手一杯だ。仮にここで諏訪子が抑えなかったら、海鳴という町が呪いに包まれるだろう。結界で囲っているとはいえ、それもどこまで信用していいのか諏訪子には判断が出来なかった。

 

(調子に乗って引っ張りすぎたかも)

 

 裕也が“接続”して力を引っ張り出す。そして諏訪子自身はこうならないためのストッパーとして働く。だったというのに、力に飲み込まれて限界を見誤ってしまった。

 

(あぁ! 裕也! 裕也ぁ!)

 

 目の前にいるのに何もできないでいる。

 目の前に在るのに手が届かないでいる。

 

 消える―――

 消えていく―――

 

 裕也という存在が、飲み込まれて―――

 

 

 

 

 

 

 

(―――――裕也ぁっ! 目を覚ましてぇ!!)

 

 

 

 

 

 

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ!?」

 

 気付けば、目の前に萃香の姿があり、握られた拳が俺を再び貫こうとしていた。

 

「うぉぉぉぉっ!?」

 

 何も考えずに、慌てて飛び退く。追撃も予想して、かなり遠くまで離れて一息ついた。

 

『裕也!? 起きた!? 気がついた!?』

『あ、あぁ。なんで俺バトってるの? ユーノに回復してもらってたんじゃなかったっけ?』

『いきなり飛び起きてあの子に向かっていったんだよ!』

 

 萃香はじっとこちらを見つめた後、手のひらに炎を集めた。

 

 

――元鬼玉

 

 

「うぉ!?」

 

 豪速球―――とまでは呼ばないが、中々に速いスピードで炎の玉が飛んできた。念のために、更に距離を取っておく。

 萃香はじっとこちらを観察するように見つめるだけで、それ以上の追撃を行わなかった。相変わらず底の見えない眼をしているが、少なくとも追撃はこれ以上ないようである。

 

『諏訪子。何か変わったか? 俺』

『えぇと、えと、まず適合率が格段にあがった! 今の裕也は小さい祟り神みたいなものになってる!』

 

 その言葉に自分から溢れでる瘴気に見えるような黒い霧を知覚した。なるほど。今の俺は周囲に祟りを撒き散らす祟り神となっているようだ。

 小さいミシャグジ様ってところか? よく分からないけど。

 

『んで、左目! よくは分からないけど、魔眼っぽいものに変異してる!』

『ほぅ、能力は?』

『知らない!』

 

 肝心なところが知りたいけど、知らないものは仕方が無い。別に見えなくなってるとかではなく、視力にも問題はない。何か変なものが新たに視えるということはなかった。

 うん。ホントに効果が分からない。

 

『あと、一時的だと思うけど魔力量が多くなったみたい! いじょ!』

『把握』

 

 幸い萃香からは動きが見られない。こちらが落ち着くのを待っていてくれるのかは分からないが、今のうちに平常心を取り戻しておく。

 

 

―――パァンッ!

 

 

 一際高く脈動する鼓動。自分の体なのに自分のモノではないかのような違和感。溢れ出す祟りの所為か、自身の体が熱く燃え滾っていた。だというのに、心の奥底には冷たい水が張っているかのように落ち着いていた。

 体と心のアンバランス差にも慣れ、ようやく平常心を取り戻すことが出来た。

 

「よし!」

 

 自分の頬を叩いて喝を入れる。

 暴虐を奮う訳ではない。悪逆を働く訳ではない。この世に呪いを齎すなど以っての他。自分が何をしたかったのか、何をするためにこの力を欲したか、何のため、誰のためか。

 思い出せ、刻み込め、忘れるな、と。彼ら()の意思より上に俺が立つ。

 

「クロさん!」

 

 

「―――あぁ、なのは、か」

「クロさん、ですよね?」

「―――あぁ、そうだ」

 

 なのはやフェイトたちが近づいてくるが、一定距離以上近づいてこない。

 

「その距離―――」

「え?」

「その距離を忘れるな。今の俺は祟り神と化している。不用意に近づけば、呪われるぞ」

 

 黒い霧が、蠢く蛇のように、少しずつとだが形を確かなものに変えてきていた。それらは纏わり、くっつき、右手に収束していく。

 

「あいつの相手は俺がする。なのはたちは、援護と封印を頼む」

「大丈夫、なんですよね?」

「あぁ―――少しは俺にもかっこつけさせてくれ」

 

 後で頭を抱えそうなセリフを吐いた気もするが、今の俺は気にしない。気持ちが最高に高ぶっている所為でもある。

 

「待たせたな」

「気にしちゃいないよ」

 

 右手に収束した祟りがやがて銀色に輝く武器へと変わる。知らず知らずのうちに握っていたスペカを見る。

 

 

――生贄「神へ繋げる翡剣」

 

 

 それは、古の時代に作られた古代の長剣。翡翠を込めた破邪の剣―――これに刺された者が神へ捧げる供物だと記した目印。

 

「―――元に戻ったみたいだね」

「え?」

 

 

―――牙巌(ががん)っ!

 

 

 拳と剣が悲鳴をあげてぶつかり合う。右へ斬り、霧となって回避する。追いかけ、追い越し、背後から一閃。腕で防ぎカウンター、それに合わせるようにカウンターで返す。

 最初の違和感が強く今もある。自分の体なのに、自分の体ではないような………自分の体を後ろから見ているかのような不思議。

 その最中に萃香が語りだした。

 

「あんたは、(わたし)が恐いかい?」

「いいや」

 

 

――蛙符「石神のミニ蛙」

 

――鬼符「豆粒大の針地獄」

 

 

 石で出来た小さい蛙と小さい萃香がお互いをぶつけて消えていく。こちらは直進、向こうは縦横無尽の軌道で動くために何体かは外れてしまったが、今更それに当たることはない。

 全て、鉄の輪と翡翠の剣で斬り伏せた。

 

「そうかい」

 

 鬼といえば人よりも強力な人外生物。普通は畏れるモノかもしれないが、不思議と恐怖心はなかった。

 

「それは―――――嬉しいね」

 

 萃香が霧となって掻き消える。今までは不自然に―――それこそ、俺たちに分かりやすいように動いていた霧が周囲に霧散するように消えて動く。四散する霧からは次の実体化の位置が特定できない。

 が、視えて(・・・)いた。

 

「――そこか」

 

 左目(・・)だけに見えた極彩色の蝶が教えてくれた。直感と言うのか、頭の奥で唐突に理解した。あの蝶が萃香だと。萃香の弱点だと。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 剣の後を追うように、にじみ出た祟りが空間を侵す。残念ながら、萃香には当たらなかったが、片側の角を切り落とした。

 そして―――こちらを見て、拳を振り上げる萃香が映った。

 

 

 

「ディバイン、バスターーーー!!」

 

 

 

「「い゛っ!?」」

 

 俺のすぐ目の前を下から突き上げるように桃色の光線が貫いた。余波で吹き飛ばされ、萃香から距離を離される。萃香自体は砲撃に飲まれて姿が見えないが、これでくたばってはいないだろう。

 

「サンダースマッシャー!」

 

 いち早く場所を特定できたのか、フェイトが追撃に走った。俺の目の前で砲撃と雷のクロスラインが生まれた。

 俺も落ち着いて、眼を凝らす。

 

(視えた―――)

 

 左目が砲撃と雷の交わる場所に蝶の姿を視た。

 

 

――酔夢「施餓鬼縛りの術」

 

 

―――蛇螺螺螺螺(じゃらららら)

 

 

 位置確認をした隙をつかれて、鎖が伸びて俺を捕まえた。そして、鎖が燃えて絡まってきた。

 

「ぐっ!?」

 

 祟りが漏れている所為か、そこまでのダメージではないが、鎖を引き千切る程の力もない。引き寄せられたら確実に負けるので、寄せられる前にこっち側に引き寄せた。

 

―――蛇螺螺螺(じゃららら)

 

 更に絡みつく鎖。右手だけはなんとか拘束から外し、萃香を迎え撃つ。

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

―――豪音(ごおん)

 

 拳と剣が交わり、剣が悲鳴をあげて負けた。俺は勢いよく吹き飛ばされたが、鎖の拘束からは外れることができた。対して萃香は、切り落とされた角を触っていた。その瞳が閉じられ、沈黙が満ちる。

 

『裕也? さっきの見えたの?』

『いや、動きは見えなかった。けど、何故か分かった』

 

 どこに出るかなんて分かるはずもなかった。戦闘経験も無いに等しく、経験則から理解するなんて芸当も無理。だが、左目だけはきちんと視えていて、それが理解できた。

 今も目を凝らしてみれば、萃香の体には数匹の蝶が輝いている。そして、そこが弱点だとも分かる。

 

『終わりにしようか。あまりこの状態は―――』

『うん。長時間は危険だね』

 

 閉じられた瞳が開かれ、萃香は静かに言葉を紡いだ。

 

「次で夢は終わり。最後まで―――遊ぼうか」

 

 今までとは違い、本当に楽しそうに笑う萃香。ゆっくりと構えた両の手を、空へと掲げる。

 

『―――やるぞ』

 

 逃げるつもりはない。相手も逃げる気はない。抑えていた祟りを撒き散らし、周囲の空間が順に侵されていく。綺麗な池に垂らした墨汁のように、黒が、闇が、拡がっていく。

 

『了解!』

 

 取り出したカードは1枚。最後のカードだ。

 

 

―――祟り神「赤口(ミシャグチ)様」

 

 

 抑えがなくなった祟りは広範囲に満ち溢れていた。それらが一気に膨れ上がり、渦巻くように更に溢れ出す。

 だが、中心の萃香は動じることなく己の攻撃の準備をしている。

 

 

『『顕現せよ』』

 

 

 俺の言葉に轟音が追随する。闇の中から現れたのは巨大な白蛇。古代の神―――ミシャグジ様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大すぎる白い体に血のように紅い瞳。吐き出す息は黒く、侵された空間が軋みをあげて悲鳴をあげる。

 森羅万象の万物全ての畏れを源とする原初の顕現。人であろうが鬼であろうが、この存在を前に恐怖を抱くのは当たり前だ。

 

≪な、なに………これ………≫

≪分からない、召喚、した、の?≫

 

 なのはたちの声が聞こえた。それで飛んでいた意識が戻ってくる。

 

 あぁ、そうだ。まずはやらなければならないことがある。

 

 

≪全員、ここから離れろ≫

 

 

 まずは効果範囲内にいる者を外に出さなければ。

 突然使ったことだから巻き込まれた者はいるかと聞いたが、問題ないようだ。本能に従って逃げたそうだ。謝られたが、咎めることはしない。それは正しい判断だからだ。

 

≪今から広域魔法を使う。巻き込まれたくないなら、もっと離れろ≫

≪わ、わかりました!≫

 

 なのはとフェイト、そしてアリシアから返答が来る。どうやらユーノが祟りにやられて苦しんでいるようだ。

 後でなんとかすると伝え、今は逃げることをお願いした。

 

「ふぅ………」

 

 一瞬だが、意識が飛んだ。

 どうやら今の俺たちでは、古代の神を顕現()ぶのはかなりの無茶だったみたいである。魔力か生命力かは分からないが、自分の中の大切な何かが失われたのが分かる。

 失われたモノが例え二度と戻らなくても、後悔はない。限界を知るためには、多少の無茶は必要だったのだから。

 

『夜も更けた。早々に決めよう』

『そだね!』

 

 不思議と心の中は落ち着いていた。この場に霧谷がいたのならば、目の前の光景をなんと言ったことか。

 

(そういえば霧谷は大丈夫だろうか………まぁ自在に飛べるデバイスもあったし問題ないか)

 

 効果範囲内にいたらいっしょに殲滅されてしまうかもしれんが、恐らく大丈夫だろう。なんだかんだで霧谷は悪運が強そうだしな。

 

「また、とんでもないモノを………」

「―――これで最後だ」

 

 それを合図にミシャグジ様たちが動き出す。闇が、黒が、祟りが溢れる。

 

「こっちもいくよ!」

 

 

 

――砕月「萃まる夢、幻、そして百鬼夜行」

 

 

 

 掲げた腕を振り下ろした。頭上で砕けた月が一際強く輝いたと思えば、幾つもの光が、光球が、閃光が降り注ぐ。それらを背負って萃香が動いた。

 

 

 

『『『『『■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』』』』』

 

 

 

 数え切れぬ程の破壊の光と、奔流となって溢れる闇。白が黒を消すように、黒が白を潰すように、互いに互いを消滅させる。

 

「闇に還れ」

 

 密度の濃くなった祟りが萃香はおろか、術者である俺までをも侵してくる。電気を消すように一瞬にして五感が失われた。

 何も見えず、何も聞こえず、何も感じず………。

 

 一閃。

 

 目が眩むような閃光に瞳を閉じた―――と思えば、失った五感が回復していた。周囲を認識できるようになった時には巨大な白蛇の姿は既になく、周囲に満ちた祟りもいつの間にか霧散していた。

 

「……………」

 

 萃香の体は霧と化していた。霧化ではなく、消えていくというのをなんとなく理解した。

 もう抵抗の意思はないのか、大人しく今を受け入れている。その顔はとても満足そうに笑っていた。

 

「―――果ての地で見つめること幾年。夢幻に漂って辿り着いた幻想でも思ったけど」

「―――?」

「ここまで強くなったんだね。人間(君たち)は」

「……………」

 

 何を返すべきか、どう返すべきか。それを考えていたが答えは見つからず。沈黙でもって返事とした。

 

「―――気をつけなよ」

「ん?」

「その力は人間が使うには少しばかり大きすぎる力だからね」

 

 大きすぎる力―――それは、ミシャグジ様を招喚することか、それとも俺が纏う祟り自体のことを指しているのか。

 どちらにしろ、人間が使う力ではないな。

 

「肝に銘じておく」

「それと1つだけ良いことを教えてあげる」

「なんだ?」

「この石を使って面白いことをしてる人間がいるよ」

 

 この石―――萃香の手の上にあるのは、俺らが求めていた石。ジュエルシードだ。

 

「面白い、こと?」

「偽の体を作って意識だけを持ってくる。ある意味、これも召喚かな?」

 

 そういえば、幽香の時も言ってたな。“偽の体”とか。やはり、萃香も同じなのか。しかし、意識だけを持ってくる………ということは、本物でもあるのか?

 

「じゃあ、向こう(・・・)でもまた遊ぼうね。裕也」

「え?」

 

 裕也という名は名乗ってないはず。記憶の欠けてる部分はあるが、そこで名乗っていたとは思えない。そもそも向こうでも? 向こうって………幻想郷?

 問いただしたい気持ちはあるが、既に萃香は消えてしまった。

 

(まぁいいか)

 

 今は封印をしよう。

 

≪―――なのは、もう大丈夫だ。封印を≫

≪へ? あ、うん≫

 

 呆然としていたなのはだが、すぐに自分がすべきことを思い出したのかレイジングハートを掲げて飛んできた。萃香が消えて顕となったジュエルシードの前に立ち、光を伸ばす。

 

「リリカル! マジカル! ジュエルシード、封印!」

 

 桜色の光の帯が包みこみ、ジュエルシードの封印がここに完了した。

 

「ふぅ」

 

 やっと終わった。その気持ちで大きく息を吐いた。だが、安心している場合ではない。

 

『裕也、裕也。なのはたちがこっちに来るよ?』

『そうだな。撤退するか。面倒になる前に』

 

 今この場で裕也だとバレるのは危険だ。俺の命的な意味で。

 

『それが一番だけど、それって問題の先送りって言わない?』

『俺は後のことは後で考える主義なんだ』

 

 なのはたちがこっちに向かってくるのが見えたが、俺は手を振り上げ早々に帰宅をし―――の前に、ユーノのところへ向かう。

 無意識とはいえ、俺はユーノに祟りをぶつけてしまったらしいので。それの謝罪と祟りの回収をして、俺は早々に帰宅した。

 

「待ちなさいっ! クロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 背後からアリシアの怨嗟の声が聞こえたような気もしたが、聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――自宅

 

「ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「小声で叫ぶなんて、また器用なことをしてるね」

 

 俺は自宅で頭を抱えていた。すぐ近くでははやてが寝ているので、本当に小さく叫ぶ。

 

「なんだよ、闇に還れって! 貴様はどこの厨二病患者だよ! 神遊びを始めようか(キリッ)なんてやってた俺を俺は殺したい!」

「あー、私は別に気にしないよ?」

「俺が気にするの!」

 

 時間が戻るならば戻して欲しい。あの瞬間の俺を自ら殴りに行きたい。

 

「それよりも問題はこっちじゃない?」

「むぅ」

 

 確かに過去の痛い自分について色々思うところはあるが、それよりも優先事項が高いのがこちらだ。

 

「………どうしようか」

「そうだねぇ」

 

 俺は目の前に置かれた血に汚れた衣服。一人暮らしなら問題ないが、今のこの身は子供の上に家族と暮らしている。

 

「母さんだけなら、なんとかごまかせるが………」

 

 血で汚れてはいたが、怪我自体は跡形もなく回復してた。ユーノの治療も途中だったはずで、完治はしてないはずなのになぁ。まぁ些細なことである。

 

「澪は大丈夫でも、咲夜は無理じゃないかなぁ」

「……………」

 

 そう、問題は咲夜さんだ。完璧瀟洒なメイドさんがこれを見逃してくれるか?

 

 否だ。

 

 ならば、自分で隙を見て洗濯するしかない。となると、咲夜さんのいない時間に洗濯機に放り込むか、

 

(いや風呂に持ち込んでそこで洗うか?)

 

 とりあえず、隙を見て洗う。そう考えて、それまでは隠しておくことにした。最悪、捨てるのも考えたけど、血塗れになったのは2着しかないパジャマなのだ。捨てたりすれば逆に怪しまれるかもしれない。それを考えたら、こっそり洗った方が楽なのである。

 

 

 

 

 

―――明けて、翌日。

 

「―――てな訳でな。そしたら、ほな。これが出てきたんよ」

「これは………裕也様の衣服ですね。これは………血、ですか」

 

 はやてがまさか起きていたなんて俺は知らず、咲夜さんに隠していたパジャマが見つかっていたなんて―――俺は知らなかった。

 

「どうやら、詳しく話を聞かないとならないようですね」

「いったい、何をやらかしたんやろなぁ。裕やん」

 

 

 

 



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第23話 お隣の「雷神」さん

 

 

 

 

金色2人

 

 

輪に加わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、裕也様。これの説明をお願いします」

 

 学校から帰ってくると、部屋の中に咲夜さんがいた。目の前には俺が隠していた血塗れの衣服が置いてある。懇切丁寧に隠しておいたのだが、どうしてバレたし。

 

「今朝方、はやて様に教えてもらいました」

 

 ちっ、あの子狸め! 知っていたってことは、あの時起きてたのか?

 

「ま、まぁ2日くらい同じの着ても………」

「これ。血ですよね?」

 

 服が広げられて、変色した血の部分が顕になった。

 

「うぐぅ」

 

 逃げ道が今のところ見つからない。どうやってこの窮地を逃れるか………も、気になるが、

 

「―――っと、部屋の端で転がってる諏訪子の死体はいったい?」

「裕也様が帰ってこられる前に少々“お話”を致しました」

 

 部屋の端ではピクリッとも動かない諏訪子が寝転がっていた。顔はこっちを向いてないので分からないが、気絶しているのだろう。いったい、どんな“お話”をしたのだろうか。

 

「―――それで、裕也様」

「うぐぅ」

 

 俯いていると、咲夜さんがスカートを少しずつとあげていくのが見えた。エロ展開で俺をしゃべらせるというのだろうか? 望むとk―――ゲフンゲフン。

 さすがに子供相手にそれはないな。ならば一体――――

 

「まずは1本でしょうか」

 

 スッとナイフホルダーから1本のナイフが抜き放たれた。

 

「ごめんなさい」

「では、ご説明をお願いします」

 

 ですよねー!

 でも、まず1本ってのは何だろう? 刺していくのかな? 俺はどこぞの中国では―――そういえば、美鈴を見てないな。彼女もいるのだろうか。

 

「そろそろ指が疲れてきました。刺してしまいそうです」

「すいませんでした。ご説明させて頂きます」

 

 

 

―― 少年説明中 ――

 

 

 

「はぁ―――なるほど」

 

 一から十まで、ではないが。ジュエルシードの存在や、それを探していることを伝えた。なのはやフェイトたちのことも伝えるかを悩んだが、咲夜さんからポロッと零れてなのはから“お話”されても困るので、その部分は伏せておいた。

 とりあえず、ジュエルシードを見せ………たいけど、手元にないからジェスチャーで教えて、危険だよってことを伝えておく。

 

「俄かには信じがたいことですが、分かりました。それで、傷の方は大丈夫なのですか?」

「あぁ、うん。そっちはよく分からないけど、塞がってた」

 

 実際俺も不思議に思っていた。治療も途中で抜け出したのに、跡形もなく完治してるとはこれいかに。自己治癒能力にしてもその日のうちに完治は早すぎる。

 まぁ問題はないようだから、気にしていないけど。

 

「時々、夜中に抜け出すのはこれが原因でしたのね」

「あ、バレてました?」

「えぇ、わざわざ玄関から靴を2階に持っていく辺りで」

 

 最初の頃は靴をわざわざ持って来て、2階で履いてから外に出るという手間をしていた。しかし、最近は空中戦が多いから履かなくてもいいんじゃね? という感じで履いてない。

 ということは、けっこう初期の頃からバレていたようである。

 

「危険ではないんですか?」

「んー、たぶん大丈夫かと」

「―――血に濡れてますが。このパジャマは」

「それは油断したとか不意をつかれたというかたまたまといいますか」

 

 血濡れの服が目の前にあった状態で、危険はないよとか言っても信憑性は皆無だよね。でも、そんな毎日戦っている訳でもないので、危険はないと思います。はい。

 なので、そろそろナイフを仕舞ってもらえませんでしょうか? チクチクと俺の首筋に当たってるんですけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日。

 

 ジュエルシードも特に暴れず、適度に捜索しながら魔法の練習をするという日々をなのはたちは繰り返していた。時々、思い出したように広範囲の儀式魔法を使ってジュエルシードを炙り出すということをしているみたいだが、見つからないようだ。

 俺も何もない日は自身の鍛錬やら魔法の練習やらと日々を費やしていた。もちろん、サッカーの練習がある場合はそちらにも顔を出している。近々、試合があるので皆張り切っている模様。

 

「ぶっ殺せー!」

「「「ぶっ殺せー!!」」」

「張っ倒せー!」

「「「張っ倒せー!!」」」

 

「なぁ、掛け声別のにしないか?」

「別のね………」

 

「皆殺しー!」

「「「皆殺しー!!」」」

「もう、いいや」

 

 平和な日々である。

 俺の周りでは特に変化はなく、いつもの日常だったのだが―――強いてあげれば1つだけ変わったことがあった。

 そのことは学校でクラスメイトたちから話を聞いた。

 

「は? 霧谷が入院? その霧谷って隣のクラスの?」

「あぁ。かなりの重傷らしいぞ」

 

 あの霧谷が落雷の事故で入院した、という話だ。霧谷の後を追っかけてた女子連中が騒いでいたから、間違いないかと思われる。

 

「天罰が下ったんだな。きっと」

 

 まぁあの性格なので、男子連中からはお察しの通りである。女子連中とは逆方向で騒いでいるのが見える。

 

(しかし、あの霧谷が事故なんかするだろうか? いざとなったら自分の力で防ぎそうだが………)

 

 さすがのチートも自然現象には勝てなかったのか、と不思議に思ってたけどスカさん宅に向かったら解決した。

 

 

 

「やれやれ、君も引越し早々災難だったね」

「まったくだわ」

 

 俺とスカさんと一緒の席で翠屋のケーキを食べている妙齢の美女さん。彼女こそが、霧谷の落雷事故に関わった人であり、真実を伝えてくれた人だ。

 

「………俺、テラ場違い」

「おや、どうしたんだい?」

「いや………俺、なんでここにいるんだろうかなぁと」

「おかしな子ねぇ」

 

 妙齢の美女さんことテスタロッサ一家の主“プレシア・テスタロッサ”は、俺のことを不思議そうな目で見ているが、俺も同じような目をしているのだろう。確か忙しくてミッドチルダから離れられないとか言ってたはずだが、いつ来たのだろうか。

 ちなみにプレシアさんは俺=クロというのはバレている。というか、スカさんがバラした。その件で娘が世話になったとお礼を言われた。でも、クロというのは秘密でお願いしますね。まだバレてませんから………おいコラ、スカさん。どこに電話かけるつもりだよ。

 

「そうそう、スカリエッティ。また面白いデバイスを作ったんですってね?」

「あぁ、諏訪子くんのことかい?」

「データの上では見たけど、実物はいないのかしら?」

「それだったらもうすぐ―――」

 

 2人の天才が何かの話をしている。いや、単語を拾うに諏訪子のこととは分かるんだが、専門用語が多すぎて俺には全く理解できない。

 仕方がないので、プレシアさんが話してくれた過去でも回想していようか。

 

 

 

 

 

 

 プレシアさんが海鳴に引っ越してきたその日の夜。フェイトたちと久しぶりに家族揃って夕飯でも食べようと外で待ち合わせをしていた時に起こった。

 

「こんなところで会うなんて奇遇だな、フェイト」

 

 プレシアさんを待っていたフェイトたちに霧谷が接触してきたのだ。こちらの話を聞かず、いきなり俺の物になる覚悟は決まったか? とか言ってきたらしい。適当に返事しつつ何処かに行けと伝えたところ、何を勘違いしたのか喜々としてフェイトたちを無理矢理連れて行こうとしたとか。

 嫌がるフェイト。罵倒するアリシア。今にも飛びかかろうとしているアルフ。話を聞かない霧谷と揃ってるところに、遅れてきたプレシアさんが登場。

 

 

「うちの娘に何してるーーーーーー!!」

 

 

 周囲のことなど気にせずに魔法を行使。これにより拘束から離れたフェイトたちが慌てて結界を展開。その後は一方的に霧谷が雷に貫かれたそうだ。当然ながら、初撃の雷は管理局も観測した。後ほど、このことについて一言注意があったらしい。

 ちなみにプレシアさんの初撃の雷は現地のニュースにも載りました。“雲もないのに謎の落雷”、“海鳴市の少年が落雷事故”などと放送されていた。

 

 

 周りにいた人々に、何故プレシアさんを止めないで即座に結界展開したのか、と聞いてみた。

 

「プレシアを止めるとか無理です」

 

 と、リニスさん。

 

「母さんを止めるとか無理だから」

「怒った時の母さんは何しても止まらないから」

 

 と、双子。

 

「無駄だからね」

 

 と、アルフ。

 

 

「ちっ! 防いだようね!」

「ちょっと待て! なんであんたがここにいる!?」

「問答無用! 塵も残さず消し去ってあげるわ!」

 

 飛んでくる剣? 雷で穿つ。

 爆発する槍? 雷で穿つ。

 予測不能な矢? 雷で穿つ。

 厚い防壁? 雷で穿つ。

 気絶した霧谷? 雷で穿つ。

 

 病気も患っている訳でもなく、絶好調なプレシアさん。聞くだけで原作以上の強さを持っていることが分かる。

 アリシアやフェイトが苦労した霧谷をあっさりと倒し、本当に塵も残さないで消し去ろうとしたのでさすがに止めたとか。そこからリニスさんがスカさんに連絡して、色々と裏に手を回してもらったそうだ。

 

 そんで、あの事故になった。

 当の本人は“嘘ではないだろ?”とのたまっていた。人為的な落雷事故だったけどね。

 

 後はチンクが救急車を呼び、たまたま通りかかった通行人Aを装って霧谷を送り出した。その間にスカさんとウーノさんで情報操作兼証拠隠滅もろもろを行ったとか。

 

「色々と突っ込みどころはあるけど………まぁ、いいか」

 

 未だに謎の言語で会話をしている2人を横に眺めて、ケーキを食べる。うまい。

 

「………俺、このままでいいのかなぁ」

 

 ふと、思った。この2人とこのまま関わり続けて、将来全うな道が歩けるのだろうか。スカさんみたいに自称犯罪者とかになってたらどうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

「ただいま帰った」

「「「「おじゃましまーす」」」」

 

 玄関が開く音と同時に元気な声が複数聞こえてきた。どうやら出かけてた人らがおまけを連れて戻ってきたようだ。

 

「おかえり、2人とも」

 

 まず入ってきたのはウーノさんとチンクだ。もう1人来るはずの人はまだ来ていないようで、姿は見てない。

 

「あら、いらっしゃいませ」

「お邪魔してるわ」

「どもス」

 

 ウーノさんは買い物してきたようで、買い物袋をテーブルに置いて中身を片付け始めた。その動き、その姿。最早、間違えることはない。完全に主婦だ。チンクはウーノさんを手伝っている子供ポジションで違和感がない。2人並んでいたら、親子か姉妹にしか見えないだろうな。

 

「ちゃんと買えた?」

「うん。なのはたちに選んでもらったの」

 

 続いて入ってきたのは、金髪の2人娘。フェイトとアリシアだ。どうやら、ケータイを新しく買い換えてきたようだ。2人が持っていたのは買ったばかりの新しい物とはいえ、二世代ほど前のものだったしな。

 

「あ、裕也」

「はろ~」

「なんでここにいるの?」

「暇だったから」

「あれ? 二人とも裕也くん知ってるの?」

 

 2人に少し遅れて入ってきたのはなのはとはやてと諏訪子だ。家で姿を見なかったのは、フェイトたちに付き添っていたからか。

 

「あ、うん。前にたまたま会って………」

「その時にあいさつしたってくらいよ」

「ふーん」

「―――あんたがそんな顔するなんて珍しいわね」

「ふふ」

 

 なのはの後ろにはいつもの2人。アリサとすずかがいた。いきなり大所帯になったな。ここ。

 

「おす」

「なのはも物好きというか何と言うか………」

「ぅん?」

「なのはちゃん。苦労しそうだね」

「………うん。でも、負けないの。フェイトちゃんにも負けないの」

「ふぇ!?」

 

 何が何だか知らないが、なのはは息巻いてフェイトに宣戦布告みたいなことをした。驚いたフェイトだったが、ちらちらと俺を見た後になのはに「負けないよ」と返していた。

 なんだろ? 1対1のバトルでも約束してるのだろうか?

 

「でも、1番の敵ははやてちゃんかな」

「………そうかもね」

「なんや?」

 

 男らしく拳を合わせて友情(?)を確認しあったなのはとフェイトの2人。直後にははやての方を振り返って、何かを呟いていた。当の本人は分かってないようだが………。

 

 とりあえず、そのにやにやを止めないか?

 アリサにアリシア。

 

「えー? どうしようかしらね?」

「すずか。お前の嫁だろ? なんとかしろよ」

「そこがアリサちゃんの可愛いところなんだよ」

「フェイト。お前の姉だろ? なんとかしろよ」

「え、えっと………そこが、姉さんの可愛い、ところ?」

「疑問系で言われても………」

「ていうか、フェイトは私のこと可愛くないって思ってるの?」

「ち、違うよぉ!」

 

 姿格好はほんとに似ているのに、中身は全然似ていない姉妹である。俺も兄弟欲しいなぁ………と、ふと諏訪子が思い浮かんだ。が、却下でお願いします。

 奴が妹とか、なんか嫌だ。

 

「………そういや、それって?」

 

 ケータイの箱以外に大きな荷物を持っている2人。フェイトとアリシアだ。

 

「あぁ、これ?」

 

 アリシアが袋から取り出したのは、

 

「じゃーん」

「えへへ」

 

 聖祥大学付属小学校の制服だった。アリシアは堂々と、フェイトは恥ずかしそうに。

 

「母さんがせっかくだから学校に行ってきなさいって」

 

 ほー、だがちょっと待ってくれ。フェイトもアリシアも戸籍はなかったはずだ。今の時代、戸籍が無ければ学校編入も無理だと思うが………。

 

「………どうやって入れたんすか?」

「そこは私の手腕によって」

 

 こっそりとスカさんに聞いたら、そんな答えが返って来た。

 

「あぁ、うん。分かった」

「そうゆうことだよ」

「いいのか? これ」

「いいのだよ」

「いいのかー」

 

 だいたい理解したが、怖いから口にはしないでおく。

 

「だが2人だけではない。もう1人いる」

「ん?」

 

 スカさんの視線がチンクに刺さり、チンクは顔を赤くして隠れてしまった。

 

「ほら、チンクも編入することにしたのよ」

「ウーノ姉様!?」

 

 ウーノがチンクの代わりに聖祥小学校の制服を掲げて見せた。顔を真っ赤にして隠すチンク。だが遅いぞ。

 

「またどうして?」

「いやなに、ちょうど良いと思ってね。この世界のことを学んでおくことはマイナスにはならんしね」

 

 前半は皆に、後半は俺にのみ聞こえるようにこっそりと話してくれた。

 

「嫌だ嫌だと駄々をこねて………試験を受けさせるのに一苦労しましたわ」

「うぅ~………」

 

 顔を赤くして唸られても大して恐くないけど、俺を睨むのは筋違いじゃね?

 まぁチンクの体型ならば、小学生でも問題はないよな。だって、並んでて違和感ないもん。

 

「なんか変なこと考えてないか!?」

「とんでもない」

 

 余談だが、きちんと3人とも編入試験を受けて無事に合格している。戸籍云々はあれだが、学力に関しては正規の手続きで入ったという。

 そういえば最近フェイトたちを良く見るなーと思ってたら、勉強会とかを開いていたらしい。ちなみにフェイトたちが勉強会の間は、スカさんとウーノさんがチンクを説き伏せていたようだ。

 

「皆、同じクラスになれるといいね!」

「いやいや、なのは。さすがにそれは無理じゃないかなぁ」

 

 3人の転校生が3人とも同じクラスには入らな………いやでも、姉妹だからありえる、か? その場合はチンクだけ別クラスになりそうだけど。

 

「む~、分かってるけど、やっぱり一緒がいいの」

「なのははお子ちゃまねぇ」

「ふふ、そうゆうアリサちゃんもなのはちゃんと同じことを思ってるくせに」

「うぐっ」

「アリサはお子ちゃまねぇ」

「うっさいわよ! 諏訪子!」

 

 口ではこんなことを言うが、心の中ではなのは並みに甘いことを考えていたりするのがアリサだったりする。嫁のすずかにはバレバレのようだな。

 

「お子ちゃまアリサ♪」

「な……ぐ………あ、あんたらーーー!」

「きゃーー♪ アリサちゃんが怒ったー♪」

「きゃー♪」

 

 人の家の中だというのに、走り回るアリサたち。

 

「やれやれ。お子ちゃまだな」

「君は子供らしくない子供だねぇ」

「ほんとに」

 

 大人からそんな言葉をもらった。中身がアレですからね。

 

「裕也くん助けてー♪」

「は?」

「ゆ、裕也!」

「はぁ?」

「裕也くん♪」

 

 なのはとフェイトとすずかが俺のところに駆けてきて、背中に隠れる。アリシアと諏訪子も逃げていたはずだがいつの間にかアリサの眼から逃れていた。離れた場所でチンクとはやてに混じって菓子を食ってやがる。

 そして目の前にはバーニングと化したアリサがいた。おい待てこの展開はアレか?

 

「裕也ぁ! すべてはあんたの所為よぉ!!」

「なんでじゃああああああ!!」

 

 俺に飛び膝蹴りを行い、その瞬間に背中に隠れてた羊たちは咄嗟に逃げた。狼という名のアリサは満足したのか大人しくなり、戻っていった。

 

「なんで、俺が、蹴られなきゃならんのだ………」

「ま、それが男という生き物だよ」

 

 やだなぁ、それ。そして悟ってる風に言ってくるスカさんも嫌だわぁ。説得力ありすぎるよ。

 

「はぁ、慌ててるフェイト………可愛いわぁ」

 

 もう1人の大人は完全に親バカが極まっていた。この人、こんなキャラだっけ?

 

 

 

 

 

 

「はやてちゃんはまだ学校には来れないの?」

「まだ無理やなー」

「そう………さっさと治しちゃいなさいよ」

「分かってるでー」

 

 唯一子供メンバーで学校に行ってないのがはやてのみとなり、はやてが患ってることが皆に紹介された。足が動かないことはそこまで大きな問題ではないが、突然襲う発作が問題だった。そのため、はやては常に誰かの傍にいるようにしている。

 別段学校に行っても問題ないとは思うが、度々発作を起こして授業を中断させるのが嫌なようである。

 

(原因は分かってるんだけどなー)

 

 はやてを苦しめている原因が闇の書というのは分かっている。だが、それをどうやって取り除けばいいのかが全く分からない。闇の書を捨てたところで、意味はないだろうし。そもそも、デバイスと術者はどういった形で繋がってるんだろうか。それだけでも分かればなんとかなりそうだが………。

 

「ん?」

「ん?」

 

 ふと気がつけば、目の前にスカさん(医者)がいた。

 

「スカさんスカさん」

「なんだい?」

「ちょっとはやてのこと、診てくれない?」

「はやてくんをかい? 病院には通ってるんだろう?」

「あー、ちょいと原因不明でしてね」

「ふむ………」

 

 その後、おしゃべりという名の騒がしい時間があっという間に過ぎ去り、アリサとすずかは恒例の塾があるとかでリムジンで帰っていった。それにつられて、テスタロッサ一家もまだ引越しの片づけが済んでいないようで、同じく帰っていった。

 余談だが、新・テスタロッサ家はスカさん宅に負けない豪邸らしい。当初の予定ではフェイトたちがこの世界に来た時の場所に住む予定だったのだが、この世界にスカさんがいるならば近い方がいいだろうってことで、わざわざ新しくスカさん宅近くの土地を買い取ったとのことで。

 異世界の人に常識はないのだろうか………。

 

「海鳴では常識に捕らわれてはいけないのだよ」

 

 さよか。とりあえず、スカさんは早くはやてを診てください。

 

「なんや? うち?」

「あぁ、ここにいるスカさんは一応医者なんでね」

「うむ。改めてよろしくするよ。私はジェイル・スカリエッティだ。これでもそれなりに名は通ってるから安心したまえ(悪名だが)」

「(一応、多分)優秀な(方に分類される)人だから。診てもらうだけ診てもらえばいいんじゃね?」

「う、うん? 大丈夫なんか? なんか聞こえない部分なかったん?」

「「大丈夫。大丈夫」」

 

 別に改造される訳じゃないから、問題ないよ。

 

「はやてー、念のためにウーノと一緒に行ってもらいなー」

「では、行きましょうか」

「やれやれ。もう少し私のことを信用してくれてもいいのではないかね?」

 

 スカさんが先行して、ウーノさんがはやてを伴って奥へと向かった。

 

「はやてー、改造されそうだったら悲鳴あげるんだよー」

「なぁ!? なぁ!? ほんまに大丈夫なんよね!?」

「「大丈夫。大丈夫」」

 

 諏訪子もはやての不安を仰がないの。マジで震えてたぞ。

 

「いや。私という前例があるからね」

 

 大丈夫。スカさんは興味がある物でないならば、そこまではっちゃけないと思う。たぶん。

 

「ジェイルさんって医者だったんだ………」

「なのはは知らなかったのか? まぁ病院に勤めてるって訳じゃないから知らなくても当然か」

「うん」

 

 ま、いきなり手術とかそういったことは始めないだろう。さすがのスカさんも。とりあえず、俺たちは診察が終わるまで待っていましょうか。

 

 

 

「さて、どうしようか………」

 

 今この場にいるのは俺となのはと諏訪子とチンクの4人だ。

 

「チンク。4人で遊べるような物はないか?」

「んー、うちはそこまで娯楽品がないからな………これとか、か」

「Oh、スーファミ………なつかしい」

 

 出てきたのはスーパーファミリーゲームことSFGと呼ばれる旧世代のゲーム機である。

 

「PF3とかViiとかじゃなくて、スーファミが出てきたことに驚きを隠せないの」

「うちでゲームをするのは私くらいだからな。あ、PFPなら持ってるぞ」

 

 そのうち購入予定らしいが、当分先になるとか。まぁPFP持ってるなら学校でも話の輪から外れることはないだろう。

 

「まぁ、でもいいんじゃないか? PF3とかのゲーム機揃ってるのは俺となのはくらいだし」

「そうだね」

「そうか。しかし、時々テレビでCMを見てるとな………」

「「あー………」」

 

 でもな、CMとかネットとかで見ると面白そうだけど、実際やってみるとすごいつまらないハズレ品ってのは結構あったりするからな。

 

「とりあえず、スーファミやろうよ」

「だな。4人で出来るといったら………」

 

 CD-ROM形式ではなく、昔懐かしいカセット形式のソフトを漁る。

 

「あ、爆弾男があったの。これなら4人で出来るんじゃない?」

「コントローラ、拡張できるか?」

「これのことか?」

「なんで、コントローラが5つもあるの?」

「本体買った時に一緒に付いてきたんだ」

 

 なるほど。だがまぁ、おかげで4人で遊べるから結果オーライだ。

 

「おっと、そうだ。チンクよ。1つ、伝えなければならないことがある」

「ん? なんだ? ルールなら知ってるぞ」

 

 まぁ持ち主だから知ってるだろうね。

 一言で説明すれば、爆弾男ではプレイヤーはロボットとなり、爆弾を使って壁や他のプレイヤーを破壊していく簡単な友情破壊ゲームである。

 

「いや、そっちじゃなくてだな」

「私たちのゲームには賭け事が発生するの」

「賭け?」

「時と場合によって変わってくるけどな。今回はどうしようかね」

「あ、チンク。コントローラ持ったら降りれないからね」

 

 そっとコントローラを置こうとしたチンクに諏訪子が牽制して止めた。

 

「し、しかし、賭け事って何をするんだ? 私はお金はあまり持ってないぞ!」

「あー、金は賭けない………とも言えないか。よく奢ったり奢ったり奢ったりしてるしな」

 

 なのはとかアリサとかにジュースとか菓子とか………あれ? 目から汗が出てきたぞ?

 

「裕也。壁に向かって静かに泣かなくても………」

「な、泣いてない! これは汗だ!」

 

 過去を振り返るのは止めよう。うん。俺の精神によろしくない。

 

「ん~と、今回は負けた方が勝った方の言うことをなんでも1つ聞くってのはどう?」

「負けってのはビリ1人? それとも勝者以外の全員?」

「ビリ1人」

「おいコラ諏訪子。何故俺を見た」

 

 敗者はビリ1人って聞いたら、安心した顔で俺を見たのがムカツクでござる。いつまでも俺が賭け事に弱いと思うんじゃねぇぞ!

 

「じゃあ、裕也くんもやる気になったことだし、さっそく始めようか」

「裕也がすごい震えてるけど、いいのか? あれ」

「「大丈夫。いつものことだから」」

 

 大丈夫だ。今日は大丈夫だ。俺はやればできる子だ。しっかりするんだ俺よ。現実を見………あれ? 俺の視界がセルフエコノミー状態なんだけど。

 

「はっ! 奇跡を見せてやんよ! 俺が勝つって奇跡をよ!」

「奇跡が起きないと裕也は勝てないのか?」

 

 おぅふ。チンクの言葉が俺の胸にダイレクトアタックをしかけてきた。

 

「まぁいい! とっととプレイ開始だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 俺のロボットが画面内で右往左往している。まだ死んではいないが、それも時間の問題だろう。卑劣な作戦によって俺の操作するロボットは窮地に陥っていた。

 

「同盟なんて作りやがって!」

「にゃははは。利害が一致しただけだよ」

「さっさと死んでくれる?」

「くそっ! チンク! 俺たちも同盟組んでヤツラに対抗するぞ!」

 

 なのは諏訪子同盟からの攻撃に逃げてた矢先に、爆弾に挟まれた俺のロボット。爆弾に挟まれたので、身動き取れない。左右は壁。上下は爆弾。これが、詰みである。

 

「………………………」

「すまんな」

「チンクぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」

「ふはははは! チンクとは既に裏条約を結んでいたのだよ!」

「くそっ! 卑怯なり! というか、早く爆弾爆発させて殺せよ! もう殺せよ! さっさと殺してよ!?」

 

 時限爆弾で挟まれてるので、設置したプレイヤーが爆発させない限り爆発で死ぬことはない。

 

「裕也くん。助かりたい?」

「もういっそ素直に殺してくれ」

「私たち全員に翠屋のケーキ1個で命が助かるよ?」

「たった一度の敗北がどうした!? 我は退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」

「じゃあ、グッバイ」

 

 無慈悲に殺された俺のロボット。ごめんよ、次は勝つから今は我慢してくれ………。

 

「さて、裕也が死んだことで同盟は破棄だね」

「私が勝たせてもらうよ!」

「ふん。お前たちはPF3とかで遊んでる間も、私はこれをプレイしていたのだ。私が勝つ!」

 

 今のうちに作戦を考えておこう。もう、俺は誰も信用せん。

 

 

 

 

 

 結果として、俺は15回負けました。しかも勝負1回につきお願い1回なので、15回も言うことを聞くはめに。

 どうしてこうなった。

 

「あははははははははっげほっげほっ!?」

「諏訪子ちゃん、笑いすぎだよ」

 

 あ、ちなみになのはに15回です。んで、諏訪子には2回。チンクに3回となりました。

 

「裕也。弱いな」

「くそーーーーーー!!」

 

 勝負事に弱いのではない。賭け事に弱いのだ。普段のゲームでの勝率は俺となのはは並んでいる。むしろ、俺の方が少しは上かもしれない。だが、賭け事になった瞬間、俺の勝率が低下する不思議。

 

「げほっげほっ!?」

「にゃははは」

「ふふふ」

 

 ちくしょう。

 殴りたい、その笑顔。

 

「なんや? なんか楽しそうな声が聞こえとるな。しかも、うちがいない間に」

「お、終わったのか? 随分と時間がかかったな」

「まぁそれだけ色々と分かったってことだよ」

 

 もうちょっと早く戻ってきてくれれば、俺の敗北回数は少なかったかもしれないのに………とはやてを見るも、何を勘違いしたのか赤くなってそっぽを向くはやて。

 

「―――裕也くん?」

 

 背中に氷を入れられたかのような寒気が襲う。何故だか分からないが、なのはのことを正面から見れない。

 

「よ、よし! 時間も時間だし、そろそろ家に帰ろうか!」

「せやな」

「―――もぅ」

 

 よし、寒気が消えた! よく分からないけど、命のありがたみを俺は知った!

 

「ジェイルさん。ほんに、ありがとな」

「何、気にすることはない。私も色々と勉強できた。こちらこそ礼を言おう」

 

 ま、何があったかは後で聞くとして。今は撤退しますか。

 

「んじゃ。お邪魔しましたー」

「お邪魔しましたー」

「おっと、諏訪子くん。そろそろメンテの時間が近いから来るように」

「あー、うー」

 

 諏訪子を呼び止めてこっそりと何か言ってたが、諏訪子の顔から察するに恐らくはメンテのことだろう。まぁこればかりは仕方がない。諦めてもらおう。

 

 

 

 

 

 

「それで、どうだったの? 診察の方は」

 

 なのはがはやての車椅子を押しながら尋ねる

 

「そやなー」

 

 時間がかかったこともそうだが、診察が終わってからのはやての顔は活き活きとしていたのが気になっていた。

 

「今まで分からなかった原因不明の発作なんやけどな。もう少し時間をかければ分かるかもしれんやのって」

「へー! 良かったね! はやてちゃん!」

「ありがとなー。あとな、ジェイルさんがうちの担当医師をしてくれるみたいなんよ」

「へ? スカさんが?」

「そや」

 

 偶然(・・)にもはやてがかかりつけの病院―――海鳴大学病院に非常勤で勤めているそうで、はやてのために担当医師もしてくれるとのこと。

 

偶然(・・)、じゃないよな………きっと、これから自分を入れ込むつもりだよなぁ)

 

 ちょっと軽い気持ちでスカさんとはやてを引き合わせたけど、もしかして早まったかな?

 

「はやて」

「なんや? 諏訪子ちゃん」

「人間じゃなくなっても、悲観しないことg「おーっと! あんなところに空飛ぶおじいさんが!」」

 

 諏訪子の言葉を遮って適当に空を指差して叫ぶ。

 

 

 

 

 

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 

 

 

 

 ホントにおじいさんが空飛んでてびっくりしました。

 

「あー、あれ。吉野さんとこの旦那さんやないか?」

「あー、確かにそうかも」

 

 俺も驚いたが、確かに吉野さんなら旦那を空に飛ばすことくらい朝飯前だろうな。なんだ、日常じゃないか。

 

「モゴモゴ」

「おっと、すまん。というか、諏訪子。はやてに変なことを言うなよな」

「いやいや。結構マジで言ってるよ? 今後に関わることだし」

「まぁ大丈夫だと思うぞ」

 

 たぶん。

 

「あ、私こっちだから」

「ん。じゃあ、交代だね」

 

 諏訪子がなのはと交代してはやての車椅子を押す。俺にははやての背後に立つことを許されないので、押すことができないのだ。

 何故許されないのかってのは、親父が原因である。親父がはやてを連れてくる際に車椅子を独楽みたいに回したり、制限速度以上で走ったりとしたらしい。

 親父に出来るならば俺も出来るだろう、と言ってはやてを騙して連れまわした記憶は新しい。本人からは

 

「次やったら死ぬまで殴る!」

 

 と言われた。それ以来、俺と親父ははやての車椅子に触ることを禁じられたのだ。仕方がないね。だって、男の子だもの。

 

「じゃーなー」

「またねー」

「またなー」

 

 カラカラと車椅子が転がっていく。ペタペタと足跡が続いていく。今後のことはまだ分からないし、問題が解決した訳ではない。けれど、はやてに笑みが増えたことを今は喜んでもいいよな?

 

「今日の夕飯はなんやろなー」

「この前料理本買ってたから、新しいのが並ぶかもね」

「ほぅ、それは楽しみだ」

 

 うむ。本日も平和なり。

 

 

 

 




ちょいとスランプ気味ー


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第24話 春過ぎの「転校生」

 

 

 

 

時期外れの転校生

 

訪れるのは平穏か波乱か

 

 

………波乱ですか、そうですか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 ざわざわと教室内がうっとおしい。特に男子が。どこから漏れたのか、今日転校生が来るというのが生徒にバレたようである。

 

 曰く、外人が来る。

 曰く、双子が来る。

 

 などなど。

 もはや、誰かなんてわざわざ言わなくても分かる。あいつらだ。

 

「あ~………」

「おい、裕也。ダレてる場合じゃねぇぞ」

 

 昨日、諏訪子とはやてたちと夜更かししてゲームしてたから超眠い。だというのに、こっちのことなど気にせずにバカどもが群がってくる。

 

「ビックニュースだ」

「転校生だろ?」

「なんだ知ってたのか?」

 

 知ってたも何も、こうあっちこっちで騒いでりゃバカでも分かる。

 

「で、それがどうしたん? この時期ってのは珍しいかもしれんが………ふわぁ」

「いやいやいや、甘いぞ。サッカリンよりも甘いぞ」

 

 サッカリンときたか。サッカリンとは砂糖の数百倍甘いといわれる合成甘味だ。

 

「俺な、朝ちらっと職員室見てきたんだが、転校生と思われる3人と姫様が話してたんだよ」

 

 ふむ。

 

「つまり、転校生はこのクラスに来る可能性が高いってことだよ!」

「「いえー!!」」

 

 なるほどな。野次馬根性の男子どもが職員室で転校生と思われる3人を見た、と。そして総じてレベルの高い美少女だったと。

 そりゃ、男子は息巻いてテンションあがるわなー。

 

「なんか、お前はテンション低いな」

「だって、裕也には高町がいるじゃん」

 

 うん。なんでそこでなのはの名が挙がるのかが分からない。

 

「アホ。単に眠いだけだ」

 

 

 

「しょくーーーん! 戻ってきたぞー!!」

 

 

 

 そこにカメラを持ったクラスメイトが入ってきた。走ってきたのか息切れしている様子だが、そんなのお構いなしとばかりに言葉の弾丸を放り投げる。。

 

「見たまえ! 撮ってきたぞ! この私が! 撮ってきた! 美少女だ! とびっきりの美少女だ! 見たまえ! 私だ!」

「「「落ち着けよ」」」

 

 今時珍しいポラロイドカメラで写真を撮ってきたようだ。机に叩きつけるように写真を置き、その場の全員で眺めると―――

 

「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」

 

 やっぱりそこには3人が写っていた。驚いたようなフェイト、不思議そうなアリシア、怪訝な顔のチンク―――そして完全にこちらをロックオンしてる目の姫様だ。

 これは………こいつ、死んだな。

 

「諸君! 彼女たちがどのクラスに入ろうとも、3人を聖祥三女神に加えようと私は思う!」

「「「異議なし!」」」

 

 聖祥三女神―――男子が勝手に女子を評価して付けた称号だ。名前から分かるように、これを取得しているのは3人の女子生徒だ。獲得者はなのはとアリサとすずかである。

 

「よくやるよ………」

 

 聖祥六大女神の誕生だー! とか何とか騒いでる一部の男子連中。それを白い目で見ている女子たち。

 ホント、よくやるよ。

 いつもならアリサがうるさいとか言って止めるところだが、今日はなのはたちも揃って珍しく皆いない。よくこちらのクラスに来ていた霧谷はまだ入院中らしいので、当然いない。珍しく、静か………。

 

「「「ヒャッハーーーーー!! 俺たちの時代だーーーーー!!」」」

 

 全然静かじゃないや。けど、まぁいい。今の俺に必要なのは睡眠時間だ。

 

「ん~………ねむい。ねるか」

 

 周りの喧騒をシャットアウトして、腕を枕にして寝る体勢にシフトチェンジ。視界が黒に染まる。HRの時間までもうすぐだが、担任がくる気配がない。こちらも珍しいことだ。時間にうるさい姫様が遅れるなど。まぁ転校生の手続きだとか色々あるのだろう。

 よし、良い感じに眠気が………。

 

「………………zZ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ゆさゆさっ

 

――ゆさゆさっ

 

 

「――――っ」

「――――――」

「―――」

 

 

――ゆさゆさ

 

――ゆさゆさ

 

 

 しばらくして、体が左右に揺らされるような感覚に陥る。なんだろうと考えつつも、眠気が頭から逃げないのでしばらく浸ることに。

 

 

 

――ズガンッ!

 

 

 

「ガッ!?」

 

 ぬるぽでもないのにガッと言ってしまった。というか痛い。何だ? と机には粉々になった白い塊―――チョークが散らばっていた。

 何故粉々のチョークが? と。視線を感じて見上げれば、

 

「Oh、姫様………」

「おはよう、影月。目は覚めたか? 何なら、もう1本いっとくか?」

 

 チョークを手で弄びながら、そんなことをのたまう担任。横には呆れたような困ったような顔のフェイトたち………その隣には死体が3つ。うち1つは写真を撮ってた奴だ。

 

「はい、姫様。質問です」

「却下だ」

「ぐはっ!」

 

 おまけにもう一本のチョークレーザーをもらい、HRは終わった。追加はいりませんのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジで3人ともうちにきたんだ………」

「びっくりだよねー」

 

 姫様が応対してたってのを聞いて1人は来るだろうなーと思ってたけど、まさか全員来るとは。裏で何かが動いたのか?

 

「そしてあの人垣である」

 

 1時間目は授業を潰して、自由時間にしてくれた。転校生が3人も来たので、質問やら何やらの時間としてくれたのだ。ただ単に姫様が読書したいから、とは思っていない。えぇ、思ってません。

 だから、姫様。少しはこっちの世界にも関わりましょうよ。教室の端で固有結界なんか築いてないで。

 

「にゃははは。フェイトちゃんたち、大丈夫かなぁ」

 

 フェイトたちは今も周囲をクラスメイトに囲まれて質問攻めに合っている。

 なのははフェイトのところにではなく―――というか周囲の壁が厚くてフェイトのところに行けなかったから俺のところに来てきた。

 あの人垣の中心であわあわしているであろうフェイトたちを遠くから眺めている状態だ。まぁ見えはしないが、フェイトとチンクは確実になっていることだろう。アリシアは余裕で捌いていそうだ。

 

「―――なぁ、昨日からだと思うが、フェイトは何かあったのか?」

「ふぇ?」

「んー、なんか心ここにあらずというか、何か暗いというか」

「あー………」

 

 思い当たる節があるようで、なのはは少し困惑した顔で俺とフェイト(のところ)を交互に見た。

 

「たぶん、知ってると思うけど………」

 

 なのはは言葉を濁した。つまり、理由は知っているが、それはあまり他人が公言するものではないものだということか。

 

「いや、いいや。解決はできそうなのか?」

「こればっかりは私じゃ………でも、なんとかなると思うよ。私はフェイトちゃんを信じてるもの」

「そっか。じゃあ、任せた」

「うん! って、私じゃないけど………。ふふ、それにしても、裕也くんって優しいね」

 

 笑いながらなのはが言う。

 

「でも、よく分かったよね。それだけ付き合いが長いのかな?」

 

 その笑顔は変わらず、ただ周囲の温度が下がっていく気がした。心なしか寒い。体が震えてきたが、どうした俺よ。

 

「ねぇ、裕也くん。ちょっと“お話”しない?」

「だが断る」

 

 最近のなのはの笑顔はただ可愛いだけじゃなくなってきたと思う。こう目の奥が笑っていない感じとか、ホラーのようだ。

 

「―――ぅん?」

 

 念話でも受け取ったのか、突然なのはがフェイトたちがいるであろう人の山に振り向いた。ちょっと目を離した隙にまた山が進化したようである。

 

「裕也くん。そろそろフェイトちゃんたちを助けてあげないと………」

「ふむ。ならば、最終兵器彼女バーニングを投入するか。ヘイ、アリサ」

 

 こうゆう時はアリサである。困った時のアリサちゃんというくらいにこうゆう場合は役に立つ。

 皆の頼れるお姉さんアリサが人垣を切り分け―――るのは面倒だったようで、突撃かました。中心であるフェイトたちのところに辿り着くと、一旦休憩ということでクラスメイトたちをバラけさせた。

 普通は担任である姫様の役目だと思うけどね。これ。

 

「おぉ、さすがアリサだ」

「さすがアリサちゃんだね」

「アリサちゃん、かっこいい♪」

「あんたらね………」

 

 解放されたフェイトたちが疲れた足でこちらにやってきた。

 

「うぅ、疲れた………」

「何なんだ! これは!」

「はぁ」

 

 フェイトもチンクも疲労困憊だ。唯一、アリシアは疲れた顔は見せてないが………それはともかく。アリシアよ。

 

「なに?」

「なに、じゃねぇ。何してるのよ?」

「裕也の上に座ってるの。疲れてるのよ」

「どきなさい」

「やー」

 

 俺の膝の上に座り、頭をごりごりと俺に押し付けながら拒否と言う。顔に髪がかかってうざい。でも良い匂いである。なんで女性ってこうも良い匂いがするのだろうか。同じシャンプーとか使っても男では絶対出せない匂いだよな。

 

「むー」

 

 隣から猫の唸り声が聞こえた。俺の本能が死ぬと告げている。原因は隣の猫か、それともクラスから向けられる嫉妬の瞳か。

 

「ひゃあっ! ちょ、ちょっとすずか!?」

「いいから♪ いいから♪」

 

 そして目の前からはツンデレの鳴き声が聞こえた。

 何をしているのかと思えば、すずかがアリサと2人でイチャラブをしていた。やはり、すずかはアリサの嫁だったんだな。良きかな良きかな。

 

「ほら、お前の妹がこっちを見てるぞ」

「ふぇ!? あっと、その、ごめんなさい………」

「裕也はヒドい男ねー」

「え? 俺が悪いの? おかしくね?」

「ほら、早くフェイトに謝って」

「裕也くん………」

「おい! なんだよこれ!? アリシアもなのはも何故俺をそんな目で見る!?」

 

 俺に味方はいなかった。

 というか、いい加減どいてくれない? アリシアさん。そろそろなのはさんが堕ちてはいけないところに堕ちそうなので。

 俺が危険です。危険が危ないのです!

 

 

 

 

 

 

 1時限目も半分過ぎたところで、姫様がこちらの世界に戻ってきた。持ってきた本が読み終わったから、次のを取りにいくそうだ。なんて教師だ。

 1時限目はそのまま自由時間扱いでいいから騒がずにいろ、とのお達し。そこでアリサ発案の質問タイムが急遽設けられた。転校生3人を教室前に集めて、集中して質問するというものだ。司会はもちろんアリサ。補佐に何故か俺。

 

「寝てたからよ」

 

 他にも寝てる奴とかいたのに。そいつらでいいじゃん。

 

「じゃあ、質問ある人、挙手!」

 

 無視ですかー。そーですかー。そーなのかー。

 

「「「「「「「はい!」」」」」」」

「多いよ」

 

 まぁ補佐くらいならいいか、という訳で。

 適当に指して立たせる。質問ある奴はその場で立ってフェイトたちに伝えるという形式だ。でないと、また人垣が形成されてしまう恐れがある。

 

「どこの国から来たんですか?」

 

 ふむ。それも当然の質問だろう。どう見ても日本人離れした髪色だしな。

 

「あ、えっと………」

「イタリアからよ」

 

 へーとかすごーいとか日本語うまーいとかクラスメイトが呟く。ミッドチルダとか異世界から来ましたとか言う訳にはいかないから、何て言うのかと思ったが、

 

(事前に考えてたのか?)

 

 それにしてはすんなりと出てきたな。アリシアは。フェイトは詰まってたけど。

 

「チンクさんは?」

「私も同じだ」

 

 イタリア便利すぎね?

 

「はーい、次!」

「はい、そこの」

「お姉ちゃんやお兄ちゃんはいますか?」

 

 兄弟か。一人っ子だから、純粋になのはとかフェイトは羨ましいものがあるな。諏訪子? あー、アレは違います。

 

「あ、っと………」

「私たちは“双子”で、それ以外に姉妹はいないわ」

 

 うん? なんか双子のところを強調したような………。

 しかし、フェイトがしゃべれていない。

 

「私には一応姉と妹がいるな」

 

 チンクの回答に三姉妹と勘違いされてるようだが、実際には12人だっけか? まだ全員と会ってないから実在するかは分からないが、そこそこの数はいたはず。

 

「どんどん行くわよー!」

「はい、そこ」

「生まれる前から好きでしたー!」

 

 質問じゃねぇ。

 

「あ、え? 私?」

 

 クラスメイトが手を向けてるのは、フェイトのようである。ようやく先ほどの言葉が自分に向けられたと理解して、

 

「ごめんなさい」

「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?」

 

 迷わず断った。

 

「はーい、バカは放っておいて次いくわよ!」

 

 討ち崩れるバカは放っておいて、次の質問者を指す。まだ、多いな。

 

「あなたのことが好きd「断るわ」す、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 次のバカは言い終わる前にアリシアに断られた。早いな、せめて最後まで言わせてあげても良かったんじゃないか?

 

「次―」

「チンクたぁぁぁぁぁぁんっ!」

「なっ!?」

 

 立ち上がる勢いを利用してチンクに飛び掛るバカその3。慌てることなく落ち着いてチンクは対処した。拳という名の対処を。

 

「くるなっ!」

「へぶあっ!?」

 

 そのまま転がって動かなくなるクラスメイト。やってしまった、みたいなちょっと慌てた顔をチンクはしているが、問題はない。

 

「羨ましいぞぉぉぉ!!」

「1人だけ抜け駆けしやがってぇぇ!!」

「は………え?」

 

 ほらな。うちのクラスはこれくらいは日常茶飯事だ。

 

「なんなのよ! あんたらは! 次!」

「アリサァァァァァアアア! 結k「死ね!」げぶらっ!?」

 

 何故かアリサに告白、か? しようとしたクラスメイトが飛び膝蹴りをもらって上に飛んだ。そこを何故かアリシアが横に蹴り飛ばした。なんという連携。

 

「あたしに質問してどうするのよ! 次!」

 

 質問だったか? さっきの。

 にしても、現状は放置でいいのか姫様。担任的な意味で。だが、止める気は欠片もないようで、教室の端で己の世界を築いている。

 あの固有結界は俺では崩せそうにない。

 

「チンクさーん!」

「アリシアさーん!」

「「「殴ってくれぇぇぇ!!」」」

「うわ………」

 

 指す前に立ち上がった男子数人がチンクとアリシアに特攻する。それらに引き攣った顔で後ずさりする2人。でも、きちんと応対はしている。拳という名の、な。

 フェイトは巻き込まれないようにとアリサが後ろに引っ張ってった。

 

 

 

 

 

―― 少女暴走中 ――

 

 

 

 

 

「うぅ………」

 

 殴った手をハンカチで丁寧に拭いている。そんな汚物のような扱いまではしなくてもいいのではないかなぁ。気持ちは分かるけどさ。

 

「次!」

「お、女子がきたか」

 

 男子が減ったせいか、女子の質問者が見えた。ので、さっそく指名。

 

「好きな人のタイプはどんな感じ?」

 

 おぉ、まともだな。これが質問だよ。

 

「そうね………物静かでここぞという時には頼りになるような人かな?」

 

 何故か視線があったがスルーしておく。俺の本能がスルーしなければ大変なことになると告げていたからだ。

 

「えっと、そうゆうのは、よく分からないけど、………気になる人は、います」

 

 フェイトは恥ずかしがりながらも、そう答えた。湧き上がるクラス。その言葉を聞いて何人かが頷いた姿が見えた。お前ら、何故頷いた?

 まぁ当然ながら、気になる人って誰ー? という声があがったが、フェイトは小さく「秘密です」と応えた。姉と違って保護欲をかきたてられるな。

 

「……………」

「チンク、あんたの番よ」

「え゛、私も言うのか!?」

「当たり前よ」

 

 無意識に注目を浴びたチンク。焦った後の回答は、そうゆうのはよく分からない、とのこと。

 

「裕也とかどう? 優良物件よ?」

「おいアリサてめぇ」

 

 ここでガタッと音がしたが、振り返った教室に立ち上がった者はいない。誰だ? 誰が今ガタッをした? 素直に早く名乗りあげなさい。

 

「そこまでだ」

 

 ここで固有結界を展開していた我らが教師のご登場だ。何かあったかと思えば、

 

「終わりだ」

 

 同時に授業終了のチャイムが鳴り、質問タイムは終了した。途中から色々とおかしかったが、まぁ概ね好評だったのはよきことかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 魔導師組みは用事があるとか言ってどこかに消えていった。恐らく、ジュエルシード関係だろう。アリサとすずかは今日も今日とて塾やら稽古やらの時間なので早々に帰宅。チンクはチンクでスカさん関係で用事が残っているらしい。俺も残ってる理由はないので、真っ直ぐ帰宅した。

 

「おか~」

「………お前はデバイスなのにデバイスっぽくないなー」

「ま~ね~」

 

 迎えてくれたのはお菓子を片手にドラマを見る諏訪子だった。母さんと咲夜さんは出かけてるようで、家にはいないみたい。

 

「そういや管理局がどうとか、あれどうなったの?」

 

 お菓子片手に振り向く諏訪子。せめて口周りは拭けよ。

 

「さぁな。まぁ俺たちは魔導師じゃないってことになって……る………そういやフェイトにバレてたな」

 

 口止めはしたし、問題はないかな。

 

「………なるようになる、か」

「あの変態とかもどうするんだろうね」

「スカさんか………どうすんだろ」

 

 ちょっと整理しよう。

 

 ・誰にも俺=クロということはバレていない。

 ・なのはには魔導師ということはバレてない(言ってない)。

 ・フェイトとアリシアには魔導師とは伝えてある。が、口止め済み。

 ・スカさんチームとプレシアさんには両方ともバレている。

 ・ジュエルシードはあと8個が見つかってない。うち、2個は俺(スカさん)が隠し持っている。

 

(で、管理局が接触するなら、なのはやフェイトたちだろう)

 

 もしかしたら、そこから魔導師ということがバレるかもしれない。が、フェイトも約束を破るような奴ではないし、大丈夫だろう。更に言えば、現状戦力は有り余っている状態だから、協力を要請されることもないだろう。

 と思う。

 ただ、鬼門はアリシアだな。狡賢いというか何を考えているか分からないというか………それを考えたら、プレシアさんとスカさんも危ないな。面白そうだからって巻き込まれたら………。

 

(あれ? 既に巻き込まれてね?)

 

 なんだろ。考えたらダメなような気がしてきた。

 

「集めたジュエルシードはどうするの? あれ持ってたら目を付けられるんじゃない?」

「どうしようかねー。今も探してるなのはたちのことを考えたら渡した方がいいのだが」

 

 俺はなのはやフェイトたちとは違って魔法の才能がない。資質はあったみたいで、こうして魔導師になれたが―――それだけだ。

 ジュエルシードはなのはたちとの差をなくすのに一役をかってくれる存在だ。手放したくはない………。

 

「まぁもう使った後だけどねー」

「スカさん曰く大丈夫だそうだ」

 

 ジュエルシードには願いを叶える機能と、それを動かすための莫大な魔力がある。願いを叶える機能が永き年月でバグを起こし、歪な形に叶えるようになってしまった―――と言われているが、スカさんの研究結果から、違うということが分かった。

 どうやらジュエルシードというのは7つ纏めて使うことで、初めて正常に起動するように作られているという。単純に7個ではなく、番号Ⅰ~Ⅶ、Ⅷ~ⅩⅣ、ⅩⅤ~ⅩⅩⅠと揃えなければならない。

 

「じゃあ、今までの暴走は?」

「単純に使い方を間違えただけ」

 

 まぁそれでも誰でも使えてしまう辺りは危険なロストロギアの認識で間違いはないだろう。

 

「スカさん曰く、1個でも十分な量みたいで、もう1個余ってるのが現状」

「どうするの?」

「パワーアップ用に取って置きたいけど、どうしようか? スカさんに2個使ってくれって頼むか?」

「あんまり信用しない方がいいよ? 人間辞めることになるかもよ」

 

 さすが神様を辞めさせられた本人が言うと説得力があるな。注意しておこう。

 

「んー、パチュリーさんに頼んで何かしてもらうか?」

「あの魔女に?」

 

 とはいえ、これまでにお世話になったしなー。スペカ的な意味で。

 

「いつまでも持ってる訳にもいかないし、かといって誰に預けるべきか………」

「いっそ自分で願いを叶えてみるとか」

「そしてなのはとフェイトが飛んでくる事態になるんですね。分かります」

 

 1個だけだったら、暴走する言うたやん。このダメカエルめ!

 

「あや? おかえり~裕やん」

「ただい~………庭で何してるん?」

 

 庭から顔を出したのははやてだ。姿が見えないと思ったら外にいたのか。

 

「家庭菜園や。トマトとか色々植えたんやで」

「ヘー」

 

 庭に出て見れば、一部の土が盛りかえっていた。植えたのはスイカにトマト、ナスらしい。

 

「ナス?」

「ナスやで」

「ナスかー………」

「どしたん?」

「あー、裕也ね。ナスが嫌いなのよ」

「ナスはダメ。ナスはあかん。ナスは絶対にノゥ!」

 

 ナスだけは絶対に許さない。ちょっと掘り返してくる。

 

「それはさすがにあかんよ」

「もっと他にもあるだろ? キュウリとか南瓜とか」

「また咲夜に食べさせてもらえば?」

「え? 何それ。ちょっと詳しく聞かせてな」

「えっとね………」

「すたーーーーーっぷ!!」

 

 話をすり替えるな。今はナスをどうやって………おい、ちょっと待て! そこの狸とカエル!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに数日。

 

 こっそりとジュエルシードを俺が1つ見つけたくらいで、他には特になかった日々。見つけたからには放っておくわけにもいかず。そこでなのはたちに連絡すればいいのに、持ち帰ってしまう当たりが、俺のダメなところ。

 俺が持ってる3個の分もなのはたちが探してると思うと、そろそろなんとかしないと可愛そうに思えてきた。

 が、どうやって渡すべきかが思い浮かばない。

 

 当初の予定では、フェイトにプレシアさんに会わせてもらう際の交渉材料&俺のパワーアップ用として集めていたが、原作と違って家族仲は良いテスタロッサ家のおかげで………というか既に接触してしまったので使う機会がなくなってしまったのだ。

 とりあえず、ジュエルシード1個分の魔力を使って、新しくジャケットを作ってもらっている。これは防御用ではなく、封印用のだ。

 例の強化モード―――祟り神化と名付けたブーストをした際に、周囲に祟りを漏らさないようにとお願いした。

 一応、俺が持ってる分は全部スカさんに渡してあるけど、どうしようかねぇ。

 

 そしてもう一件。

 

 ついに管理局が接触してきた。これまたなのはたちからメールで教えてもらったのだが、こういうことは伝えて良いのだろうか。最近、自分の立ち位置が分からなくなってきたが、無関係ではあるはず。

 3人はこれからは管理局の下でジュエルシード探しを行うそうだ。学校はどうするのかと聞けば、時々休むかもしれないが基本は通うようである。休むまではいかなくても、遅刻や早退などは多くなりそうである。

 んで、フェイトたちに関しては全員が魔法関係者だからいいが、なのはの場合はそうはいかない。いきなり娘が親に内緒で早退とか遅刻とかしてたら、あの父兄が黙ってないと思う。絶対に。

 ということを考えてたら、プレシアさんと管理局のお偉いさんがなのはの家族に説明をしに赴き、説得と納得をしてもらったそうだ。お偉いさんが誰かは分からないが、なのはの言葉を信じるなら間違いなくリンディさんだろう。

 

 そして最後に1つの懸念。

 

(霧谷か………)

 

 なんと霧谷が管理局にいたという。どうやらなのはたちと接触する前に自分から接触し、自分を仲間にしろと言ってきたとか。

 オーバーSSという規格外の魔力量とレアスキルを持つために管理局は2つ返事で誘い入れた旨が書いてあった。

 AランクとBランク。SSランクとSランク。たった1つの小さな差だが、実際には大きな幅なのだ。それほどまでにランク差はでかい。故に、SSランクの霧谷は多少は問題児であろうとも、管理局からすれば喉から手が出るほど欲しい存在だったのだろう。

 対してこちらはC+といったところ。あれからそこそこ成長したとは思うので、もしかしたら増えてるかもしれないし、祟り神化すればきっとランクもあがってるはず。Bか良くてAか………もしかしたらAAとかになってるかもしれない。あくまでも俺の希望であって、実際の数値はどんなものかは分からない。今度暇があったら計測してみるのもいいかもしれない。

 

(霧谷ともし戦うとしたら………)

 

 こうして文面で見ると手の届かない高みにいる霧谷だが、実際に戦ってる場面を何回か見たおかげか何故かあまり遠い存在だとは思っていない。真正面からならたぶん負けると思うけど、奇策や不意打ちなどを思いっきり使えば、倒せるかもしれない。

 まぁ、戦うという場面が起こらなければそれでいいのだが。

 

「―――というわけで、俺は今後どうしたらいいかなぁ、と」

『私に言われても困ります』

「ですよねー」

 

 考えてたら頭が痛くなったのでスカさんに連絡した。そしたら、何故かウーノさんが出た。

 スカさんは今セインだったかな? 新たに来た仲間のメンテで手が離せないそうだ。

 

「なるほど。後ろの悲鳴はそれですかな?」

『はい。ドクターはセインを小学校に入れたいようですが、セインはもう小学生とは呼べない程に成長していますので』

「魔改造か………」

『小学生の体に戻そうとしていますが、それにセインが抵抗しているところです』

「なるほど。何してるん、あの人」

 

 小学校に入れるために小学生の体に戻すとか………最早なんでもありだな。

 でもなんで小学校? 学校に行かせたいなら中学でも高校でもいいじゃん。

 

『ドクターのバカーーーーー!』

『げふらっ!?』

『ドクターーーー!!?』

「あ、スカさんが飛んだ」

『あらまぁ』

 

 白衣を着た紫の物体がウーノさんの背後を横一直線に飛んだ。俺の周りでは人を飛ばす人がたくさんいるからあまり驚かなくなったな。

 筆頭なのは吉野さんだな。よく自分の夫も振り回して飛ばしている。だけど、夫婦仲は大変よろしいようで。ちなみに吉野さんは今年で80歳の御婆さんだ。元気だよな。

 

『では、すいませんが』

「あい、また何かあったら連絡しやす」

『はい、では』

 

 ブツンッと切れる。

 

「はて。俺は何でスカさんに連絡したんだっけか?」

 

 なんか重要なことを忘れてるような気がするが、まぁいいか。

 

 

 

 



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第25話 「平々凡々」

 

 

 

 

昔の日記が出てきた

 

 

ページは余ってるし、書いてみるか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月×日。

 題名:えびふらいとびーふしちゅー

 

 今日はスカさんたちから夕飯の誘いがあったので、はやてと諏訪子と共に向かった。母さんは何故か家にいなく、咲夜さんもどこに向かったかは知らない模様。咲夜さんも誘ったけど、母さんを待ってるってことで、俺らだけ追い出されたのだ。

 夕飯の時間になっても帰ってこないとは珍しいなぁと思っていたが、まさかこれがフラグだったとは思わなかった。

 

 

 

 

「裕也様! そちらに行きました!」

「なんのぉぉぉ!!」

 

 俺たちは今、スカさん宅で元気に飛び跳ねるエビフライと格闘中。そう、エビフライとだ。

 

「もうちょっとで夕御飯できるからね~♪」

 

 普通はエビフライは飛び跳ねないが、スカさんの家の台所に立っていたのは既存の食材から摩訶不思議な物体を作り出す現在の錬金術師―――我が母がいたのだ。

 

「ちょっと! 誰か母さん止めてぇ!!」

「止めたいけど、ビーフシチューが邪魔してる!!」

 

 窓も扉も全部を閉めた密室空間の中を飛び跳ねる紫の物体こと“エビフライ”が俺たちの邪魔をして、鍋から零れ出た緑色の物体こと“ビーフシチュー”が母さんを守るように立ちはだかっている。

 試しにスカさんを放り投げてみたのだが、見事に吸収されてしまった。どうやら触れるのは厳禁なようだ。

 

「このっ! 見切った!!」

「でかした! チンク!」

 

 逃げ回っていた1匹を捕らえることに成功。フォークで串刺しにして、木版に刺しつける。刺しただけでは、こいつらは普通に飛び回るからだ。

 

「あとは!?」

「あと2匹です!」

「よし――「裕やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!?」――どした!?」

 

 部屋中を駆け回ってるので、はやてには悪いが端の方に避難してもらっていたが、そのはやてからSOSの悲鳴である。

 

「えび、えび、えびがぁぁぁ!?」

「あん?」

 

 見れば、服の下でもぞもぞと動くナニカがいた。

 

「エビフライが入ったぁぁぁぁぁぁっ!! 取ってぇぇぇぇぇっ!?」

「うぇぇぇい!?」

 

 自分で取ればいいものの、恐くて取れない様子。仕方がないので服の中に手をつっこむことに。

 ぬっ、素早いな。

 

「ふぁん!? ちょっと裕やん、ふぁ! ひゃあ!?」

「えぇい、うるさい! こいつか!?」

 

 もぞもぞと狭い中をよく動いていたが、つかみ出すことに成功。そのまま串刺しにしてやる。

 

「もう! なんなんや!? なんなんや!?」

「エビフライだ」

「そんなエビフライがあってたまるかぁぁぁいっ!?」

 

 ごもっとも。

 

 

 

―――びちゃっ

 

 

 

「―――ん?」

 

 ふと、生暖かい液体が上から降ってきた。手にとって見れば、茶色。もぞもぞと蠢き出して、

 

 

「オレハアマインダゾォォォォォォォォォォッ!」

 

 

 と、のたまうナニカ。色的にはビーフシチューだが、母さんが作ったビーフシチューは緑色をしていたはず。

 そして、上を見れば天井にはりつく茶色の物体と目があった。

 

「ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 俺は慣れたようで悲鳴をあげることはなかったが、はやては大絶叫である。

 

「母さん、これ何!?」

 

 恐らく………というか、絶対元凶である母さんに天井から床へと落下してきた物体を指差して問う。

 

「あら、それはチョコレートフォンデュよ。デザートに作ったんだけど、逃げちゃったのよ」

 

 何でデザートにチョコレートフォンデュというか、そもそもデザートは逃げないというか、どこから突っ込めばいいんだ!?

 

「………どうするんだ? 裕也。この状況」

「どうしようかねぇ」

「前門のビーフシチュー、後門のチョコレートフォンデュ、ですか」

「ウーノさん、落ち着いてますね」

「言ってることはおかしいけどね」

 

 ビーフシチューとチョコレートフォンデュに囲まれるという世にも珍妙な事件の真っ只中にいる俺ら。そんな中、母さんはせっせと夕飯を創作中で、スカさんはシチューまみれなう。ピクリッとも動いてないが、たぶん生きている、はず。

 

「相手が液体系だからねー、対応策がないね」

 

 後ははやての存在だ。はやてがいなければ、この場に残ってるのは魔法関係者のみになる。そうすれば、魔法を使ってぱぱっと解決できただろうに。

 母さん? 大丈夫。適当に手品とか言っておけば納得するって。

 

「ウーノさん、何か液体が入っても大丈夫なモノってあります?」

「タッパーと鍋くらいですか」

 

 元はテーブルの上に置かれていたであろう鍋たちが、エビフライの所為で床に無造作に転がっていた。あれらなら使えるな。

 

「なら、タッパーでフォンデュを、鍋でシチューを捕まえよう」

「組み分けは?」

「俺と諏訪子でフォンデュ。チンクとウーノさんでシチューを」

「うちは?」

「無事に終わることを祈ってて」

 

 俺はチョコレートフォンデュを飛び越えて、転がってたタッパーを掴んで諏訪子に投げる。んで、

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぬめってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「我慢して!」

 

 俺が素手で押し込んでタッパーにチョコレートフォンデュを押し込む。

 

「うへぇ………」

 

 チョコレートフォンデュの一部がくっついて蠢いているのがまた気持ち悪い。

 

「で、裕也。蓋は?」

「え?」

 

 諏訪子が持つタッパーの中に収まったチョコレートフォンデュ。だが、タッパーの蓋がない。

 

「うぉぉぉっ!? 蓋!? 蓋!? 蓋はどこだ!?」

「ちょっ! 出る! 溢れ出る!?」

「えぇい! こいつでいいや!」

 

 適当にそこらにあった本を掴んで蓋とする。

 そして、向こうも終わったようで、鍋の中にビーフシチューを見事押し込んでいた。

 

「う、うぅ」

「分かる。分かるぞ、チンク。お前の気持ちがすごく分かる!」

 

 俺と同じく両手を汚したチンクを見て俺は頷いた。俺とチンクの気持ちは今、1つになっている。

 ところでこの両手の汚れは水で洗い流して良いのだろうか。いつぞやみたいに新種の生物が下水道で見つかりましたとかってならないよね?

 

 

 

―― 時間経過 ――

 

 

 

「ふむ………途中から記憶がないのだが」

「まぁ、そんなときもあるさ」

 

 無事にスカさんも救出できて、さぁ夕飯の時間だ。1つのテーブルを囲んで、俺たちは揃って“いただきます”とした。が、誰も箸に手をつけない。

 

「―――時に母さん。なして、スカさんの家で料理(?)なんかしてたの?」

「ん? 今日ね、商店街で買い物中にウーちゃんとあったのよ」

 

 ふんふん。

 

「それで、今日の夕飯は任せなさいってことになったのよ~」

 

 う、ううん?

 

「母さん、頭と最後は分かったけど、途中が分からない」

「あら?」

 

 まぁ大体予想通りなので、選手交代。母さんの言葉を100%理解できるのは親父くらいなものだ。

 で、ウーノさんが補足するに、買い物中に出会った2人が意気投合して話し合っていたら、俺という共通単語を見つけたと。なら一緒に夕飯作りませんか、とウーノさんが誘ったらしい。俺たちも呼んで、たまには大勢で、と。

 

「話を聞くに、かなり腕に自信があったようでしたので………」

「えへ♪ お母さん、見栄張っちゃった」

「可愛らしく言っても許されないよ」

「くすん」

 

 まぁ母さんの腕は分かってくれたようなので、もうこんなことは起こらないだろう。母さんに料理をさせるのは我が家では禁止事項なのです。

 

「そんで、これらはどうするんや?」

「食うしかなかろう」

「え゛?」

 

 例え色がおかしかろうが蠢いていようが、こいつらは食べ物なのである。我が家の家訓で“食べ物を粗末にしてはいけない”というのがあるので、食べる以外に選択肢はないのだ。

 

「では―――」

 

 誰も箸を付けないので、俺が率先して箸を持つ。

 

「「「「「―――っ」」」」」

 

 周りの息を飲む音が聞こえたような気がした。

 まず、ビーフシチューをスプーンですくい、口の前まで持ってくる。すると、スプーンの上の物体と目があった………ような気がしたが、きっと気のせいである。

 そして口の中へ―――

 

 

「アジヲカミシメロォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 

 俺の口の中から俺の声じゃない声が響き渡る。きっと幻聴だ。だから、皆が驚いているのも気のせいなのだ。

 

「モット、アジヲカミシメロォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 これで美味いのだから納得がいかない。

 

「だ、大丈夫なん?」

「だいじょ「アジヲカミシメロォォォォォォォォォォォォォォ!!」れで「モット、アジヲカミシメロォォォォォォォォォォォォォォ!!」だよ」

「ごめん、聞こえない」

 

 色とか云々の前におかしくないところを挙げることが無理な料理。いや、そもそも料理って言っていいのだろうか。まぁそれを問うのは今更なのでもう突っ込まない。

 俺が食べたからか、チンクやはやてたちもこいつらを口にし始めた。

 

「ほんまや………ほんま、美味しいで」

「む、うぅ「アジヲカミシメロォォォォォォォォォォォォォォ!!」」

「味は確かにエビだ。エビフライだな、不思議なことに」

「こっちもビー「アジヲカミシメロォォォォォォォォォォォォォォ!!」牛の味で「アジヲカミシメロォォォォォォォォォォォォォォ!!」味です」

 

 最初だけとはいえ、隣で一緒に作っていたウーノさんは分かってると思うが、使われてる食材は一般的な物である。

 牛肉、たまねぎ、じゃがいも、人参、エビ………。調味料だってこの家にあった物を使ったのだろう。

 

「いったい、どうやったらあれらからコレが作られるのだろうか………」

「スカさん。もう止めた方がいい」

「そうですね。ドクター。この事はもう考えない方が………」

「う、うむ」

 

 はやてやチンクが少しだけ大人になったということで、今日はお開きになった。なんていうか、咲夜さんの料理が食べたくなったなぁ………。

 

「あ、咲夜さんに連絡するの忘れてた」

 

 母さんを発見したものの、既に場はカオスとなっていて咲夜さんへの連絡を忘れていた。けど、きちんと状況を報告したら許してくれた。

 あぁ、そういえば咲夜さんも経験してたよね。ありがとう。そしてごめんなさい。

 

 

 

 追記。

 

「そういえばさ、セインだか誰かがもう1人いたよね?」

「あぁ、その通りだ。セインが来ていた(・・)

 

 いた? 過去形?

 

「先日の騒ぎでミッドチルダに戻ってしまったんです」

「………何してるん?」

「若さ故の過ち、かな?」

 

 知らんがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 +月÷日。

 題名:不思議な店

 

 休日の日、俺は1人でぶらぶらと歩いていた時のことだ。何かに引っ張られるように、右へ左へと適当に進んでいった。その先にあったのは看板のない店。

 

「開店ってことは店なんだよな?」

 

 開店の札以外に看板っぽい物はなく、店の形も普通の民家と同じだ。開店の札がなければ多分気付く者はいないのではなかろうか。

 

「………入ってみるか」

 

 がらりっと中に入るが、反応はなし。2度目の声には気付いたのか奥から女性の声が聞こえた。

 

「いらっしゃーい」

 

 奥から姿を現したのは水のような髪を持つ背の小さい少女だった。合羽のような水色の服はまるで作業着のようで、服のあちこちに物を入れるスペースであろうポケットが存在していた。手には工具。何かの作業をしていたのだろうか。

 

「ここは何の店ですか?」

「ん?」

 

 見たところ古道具屋だろうか。雑貨屋とも言えそうだが、それにしては扱ってる物が古すぎる。

 

「古道具屋、かな? たぶん」

「はぁ………」

 

 

 

 

 

 

「ん~………」

 

 ざっと見渡したところ、色々な物が所狭しと置かれている。値札はもちろんなく、まるで見つけてきた順に置きました的なノリなので、どこに何があるのかなんて分からない。

 

「値札とかないですけど、これ全部商品ですか?」

「全部じゃないけど、商品だよ」

 

 商品と商品じゃない奴の区別が分からない。しかし、買ってく人とかいるのだろうか。この冷蔵庫とか一体何年前のものだ?

 

「趣味で始めた店みたいだからねー、あまり物とかを売るのに興味がないんだよー」

「へー………って、みたい? 店主じゃないんですか?」

「ん? うち? 違うよ」

 

 店主かと思ってた少女は店主じゃなかった。まぁ言われて納得はしている。だって、俺とあんまり大差ないものな。背。

 背で実際の年齢が計れる訳ではないが、俺とそこまで離れていないのではないだろうか、と予測している。

 

「うちは………そうね。人間風(・・・)に言うならば専門業者みたいな感じ?」

「そうなんですか」

 

 その業者さんがいったいこの店で何をやっているのかは激しく気になるところだ。奥で作業をしていたみたいだが、俺が店に入ったからか見える場所で作業の続きを行っているので、ちょっと聞いてみる。

 

「何をしてるんですか?」

「こいつの修理」

 

 見せてくれたのは人の手のようなモノがくっついた金属の筒だ。まるでロボットの腕のようである。

 

「なんですか? これ? ロボットの腕?」

「ふふふ。よくぞ聞いてくれた! これこそ私が作り出した第3の腕。その名も“のびーるアーム”なのだ!」

 

 少女の手元のボタンを操作すると、ロボットの腕は若干伸びて先っちょにくっついている人の手の形を色々と変えている。更に筒から飛び出して倍くらいにまで伸びだした。伸縮も可能なようである。

 

「でも、第3の腕とか言っても操作してるのは自分の腕ですよね?」

 

 第2の腕を使って第3の腕を操作してたら意味なくない?

 

「今は、ね。これはまだ製作途中で、最終的にはそうなるの」

 

 付け加えれば、第4の腕も制作中とのこと。しかし、腕を介さないでこいつを操作するのはどうやるのだろうか………と考えて、その思考を放棄した。世の中には魔法という力があるのだ。魔法ではなくとも似たような力があっても不思議ではない。

 魔法という言葉。それだけで納得してしまいそうである。便利だな。

 

「―――んん?」

 

 不意に少女がこちらを訝しむように目を細めてみる。

 

「あんた、()の人間じゃないね?」

「いえ、俺はこの()に住んでますよ」

「………どっから入ってきたの?」

「どこって、入り口からですけど………」

 

 この少女は何を言っているのだろうか。

 

「………………うーん」

 

 少女はそれを最後にぶつぶつと小さく呟き始めた。どうやら何かを考えているようだが………ここには入ってきてはいけなかったのだろうか。

 

(けど“商品”はあるって言ってたし)

 

 商品と非商品は相変わらず分からないが、商品がある以上店ではあるはず。なので、不法侵入ではないし、そもそも不法侵入ならば気付いた時点で追い返しているはずだ。

 

「色々惜しいけど、今はマズいかな。悪いんだけど、もう出て行ってくれない?」

「ここからですか?」

「そ。時間がないんだ。代わりに、私の名前と居場所を教えてあげるよ」

「はぁ、分かりました」

「私の名前は“河城にとり”。妖怪の山に住んでるよ。滝壺の近くにいるからね! あ、その際に()の世界の物を持って来てくれたら嬉しいな!」

「了解。機会がありましたら」

 

 その後、俺は少女―――にとりに急かされるように背中を押されて店を出た。

 

 

 

 

 

 

「………河城にとり?」

 

 店を出てすぐに聞かされた単語にピンッときた。慌てて振り返り、ドアを開けようとするけど何故か開かない。思いっきり力を込めて開けると、むわんっと埃の匂いが襲ってきた。

 

「げほっげほっ!」

 

 俺の視界に入ってきたのはにとりの後ろ姿ではなく、かなり高く積まれた埃の山。所狭しと並べられた商品などなく、床一面埃だらけだった。人がいるような気配など、当然皆無である。

 誰がどう見ても廃屋であった。

 

「白昼夢?」

 

 夢にしては大分リアルであった。知っているとはいえ、会ったこともない人物をあんなにリアルに思い浮かべることが出来るのだろうか。

 

「………帰るか」

 

 扉を閉めて、振り返る。店に入る前にあった開店の文字もなく、家全体に人の気配はない。それも長年人がいなかったのか、蔦などが多く取り巻いているのが見えた。

 

「ん? こいつは………」

 

 俺が手に持っていたのは見覚えのないカード。にとりから店を出る際に貰った物だ。

 

 

――“河童印の通行証”

 

 

 そう書かれたカードを持っていた。

 

「夢じゃ、なかったのか」

 

 落ち着いて思い返せば、奇妙なことを聞かれたのを憶えている。里の人間ではないのか、とか。妖怪の山、とか。

 普通に考えて“里の人間か?”なんて問われて疑問に思わない方がおかしい。妖怪の山とかもそうだ。しかし、何故か俺はその時は疑問に思わなかった。何を当たり前のことを聞いてくるんだ? 程度のことしか思えなかった。

 

「―――ということは、俺がさっきまでいたのは“香霖堂”だったのかな?」

 

 店の店主ではないといった少女“にとり”。古道具屋の店。幻想郷の古道具屋と言えば、2ヶ所程思い浮かぶので確証はない。が、そう思うことにした。

 親父ならばこの場合はこう言うだろう―――“そう思った方が楽しい。だから、自分はそう思うのだ”、と。

 

 ならば、俺もそう思っておこう。

 

「約束もしてしまったことだしなー」

 

 さて、次に会えるのはいつになることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 $月@日。

 題名:フェイトが受ける母の愛の重さについて

 

 俺は今スカさん宅にいる。最近スカさん宅にお邪魔する機会がかなり多いような気がするが、それはともかく。学校の授業が全て終わった放課後、フェイトにメールで呼び出されてきた。何故スカさん宅なのかは分からないが、向かえばテスタロッサ一家も揃っていた。

 右からフェイト、アリシア、プレシアさんにリニスさん、アルフと並び、スカさんたちはテーブルを挟んで向かい側の俺の横に続いている。

 一体、これから何が始まるのだろうか。

 

「ほら、フェイト。あなたが言うんでしょ?」

「う、うん」

 

 俺の方に向き直って正面からフェイトを見る。やや頬を赤く染めているフェイトがすぐそこにいて、口を開いたり閉じたりと繰り返している。

 しかし、声は俺まで届かない。

 

「………?」

「あふぅ」

 

 そして何故かプレシアさんが歓喜の顔でテーブルに突っ伏した。その横でリニスさんが呆れた顔でプレシアさんを介抱している。その間もフェイトの口パクは続く。

 まぁとりあえずはフェイトを落ち着かせて、先に進ませないとならない。さっさと家に帰りたい訳ではないが、フェイトを待ってたら夜が来てしまうと思ったからだ。

 

「はい、深呼吸開始。吸って~」

「ぇ、あ、うん」

「吐いて~」

「は~」

「吸って~」

「す~」

「吐いて~」

「は~」

「吐いて~」

「は~………」

「もっと吐いて~」

「………けほっ!」

 

 咽りながらフェイトがこちらを見上げる。非難めいた目をしているが、肩の力は抜けたようである。これならば話を聞けるだろうか。そしてプレシアさんのところが騒がしいが、リニスさんに任せておけば問題ないだろう。

 俺はそっと視界から外しておいた。

 

「で、話ってなんぞ?」

「―――うん。ちょっと待って」

 

 今度は自分で深呼吸を1度して、俺の方を見た。その目はやけに真剣であり、紅潮した顔ではなかった。どうやら、かなり真剣な話のようだ。

 俺も緩んだ顔を引き締めて、フェイトの話に耳を傾ける。

 

「私―――」

 

 

 

 

 

―― 少女説明中 ――

 

 

 

 

 

「―――なるほど」

「……………」

「それで?」

「え?」

「ん? それだけのことならば、別に気にしなくてもいいんじゃね?」

 

 フェイトの話を以下である。

 

 最初、プレシアさんは双子の子供を産んだ。しかし、産まれて間もなく双子の片方が死んでしまい、1人だけが生き残った―――これがアリシアだ。当初は悲しんだプレシアさんだが、生き残ってくれたアリシアのことを思い、すぐに立ち直った。

 しかし、ある程度アリシアが成長し始めたら妙なことを言い始めたという。

 

「もう1人の私はどこ?」

 

 と、母であるプレシアさんに問い詰めたそうだ。双子として生まれたので、お互いに何か繋がりでもあったのだろうか。事あるごとにプレシアさんに聞いた。

 とはいえ、プレシアさんに答えることはできなかった。更に加えれば、この事を聞かれる度に死なせてしまった双子のもう片方のことを思い出してしまい、夜な夜な泣いていたそうだ。

 

 そしてある時。心が限界を迎えてしまったらしく、お酒の力も背を押して、ついに答えてしまった。

 

「―――もうすぐ会えるわよ」

 

 それを聞いて喜ぶアリシアに同じように喜ぶプレシアさん。だが、既にプレシアさんは夫とは別離しており、お腹に新たな子供がいる訳でもない。とはいえ、アリシアが求めていたのは死んでしまった双子の片割れであり、妹でも弟でもないのだ。

 答えてしまったからには嘘をつきたくないプレシアさんは、どうするかを考え―――出会ってはいけない2人が出会ってしまった。

 

「私に良い考えがある。手を貸そうではないか」

 

 ご存知の通りのスカさんだ。そこから先は語るまでもなく、2人の天才によりフェイトはこうして爆誕したのである。

 アリシアのクローンではないが、生まれてくるはずだった双子の片割れの蘇生―――でもない。しかし、確実にプレシアさんの子供である。

 

「別にいじめられてるとかではないだろう?」

「うん。それは「当たり前よ! フェイトも私の子よ!」」

 

 フェイトの言葉に被せてテーブルに突っ伏していたプレシアさんが叫びながら立ち上がる。

 

「じゃあ、別に気にしなくてもいいんじゃね? 生まれが違うだけだろ?」

 

 母の胎内から生まれてこなかったからと言っても、愛されていない訳でもない。人外に生まれて訳でもなく、きちんと他となんら変わりない人である。

 だというのに、何を気にする必要があるのだろうか。

 

「う………あ………」

「あ、あれ!? 俺なんか間違えた!?」

 

 気付けば目の前のフェイトさんの目から滝のように涙が溢れていた。ヤバい、選択肢を間違えたか!? プレシアさんに殺されるデッドエンドか!?

 

「ちが………ごめ………」

 

 泣き始めたフェイトの後ろにアリシアが立ち、優しく抱きしめていた。アルフはアルフでもらい泣きしてるし。なんかこの場にはいてはいけないような気がしたので、スカさんたちを見たら黙って付いて来いとジェスチャーを送られた。

 

 

 

 

 

「―――という訳なのだよ」

「え? 何が!? というかいいの!? 放っておいて!」

「君はあの中に突入する気かい?」

「う………」

 

 別室に連れてこられてどうしようと混乱しているが、あの輪の中に突入して謝るのも何か違うと思う。というか、そもそも俺は何をしてフェイトを泣かしたのだろうか。

 

「何、もうすぐ落ち着くと思うだろうから、それまで待っていればいいさ」

 

 スカさんが大人の余裕で言葉を零している姿に違和感を覚えて仕方がない。いや、実際大人だけどさ。

 

「スカさんがスカさんじゃないみたいだ」

「それはどういう意味だい?」

 

 

 

 

 

 

 しばらくして。

 

「お待たせ~」

 

 泣きはらした顔のフェイトを押してアリシアがやってきた。

 

「ご、ごめんね。急に泣いちゃって………」

「うん? あぁ、気にしてないぞ」

 

 ニヤニヤしてるスカさんが目に入ったが、すぐにウーノさんに頭を叩かれてる姿が見えた。心がすっと軽くなった。

 

「あのね………こんな私だけど、友達でいてくれる、かな?」

「おぅよ」

 

 というか、今までの俺はフェイトから見たら友達ではなかったのだろうか。そこのところを聞きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ふぅ」

 

 今日の分の日記を書いて、閉じる。やっぱ俺には日記は向かないね。止めよう。エキセントリックな毎日を送るマンガの主人公とは違い、俺は一般人だ。そうそう面白い話が転がってる訳ではない。昨日の日記などかなり前の事を書いてたりする。

 

「前回と足して5日分が書かれたんだ。日記帳も満足だよな?」

 

 後半に大量に残った白いページは見なかったことにする。日記なぞ、夏休みの宿題だけで十分だ。

 

「ん? 手紙?」

 

 日記帳を片付けようとしたら、紙切れが1枚ひらひらと床に舞い降りた。拾い上げて見れば、俺の名前が書かれていた。昔に自分が書いた物かとも思ったが、字は女性の物のようである。

 

 

 

―――影月裕也様

 

―――近く、貴方をお迎えに参ります。

 

―――八雲紫

 

 

 

「……………………………んん?」

 

 裏から透かして見る。引っくり返したりして見るが、どこからも読めない。やはり、正面からで正しかったようだ。

 再び上から見直して確認。素直に考えるならば、八雲紫という人から俺宛ての手紙である。穿った考え方をすれば暗号文とかだろうか………いや、ないな。

 

「八雲紫ってあの八雲紫? 迎えにってことは幻想入りですか?」

 

 どこで俺の名前を知ったとか、どうして俺なのかとか、色々と知りたいことがある。だが、何よりも、

 

「この世界に戻ってこれなかったら、嫌だなぁ………」

 

 幻想郷に行けるのはそれはそれで嬉しいことだが、今いるこっちの世界にも未練がある。何より、家族と離れ離れはやはり嫌だ。

 

「お、裏にもあった」

 

 

 

―――追伸

 

―――きちんとこちらの世界に戻しますのでご安心を

 

―――それと、お友達を誘っても宜しくてよ

 

 

 

「―――いや、待て。待てよ、俺」

 

 裏に文字が書いてあった? さっき裏から透かして見たよな?

 

「………いつ、裏に文字が書かれたんだ?」

 

 そう、口にしたのが悪かったのか。

 

 

 

―――追々伸

 

―――先ほどですわ

 

―――深く気になさらずに

 

 

 

 表に書かれていた文字が、気付けば変化していた。

 

「……………………そうだな。気にするのは止めよう」

 

 ゴミ箱に捨てようと思ったけど、何か恐かったので日記帳に挟んでしまっておいた。それ以来、日記帳を開けるのは恐くて開けていない。

 

 

 

 



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彼と彼女の「紹介記録」

 

 

 

少しだけ語りましょうか

 

 

私たちのことを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しょくーーーーーーん!!

 

 初めましての人は初めまして。久しぶりの人も初めまして。私は………そうだな、Xとでも名乗っておこうか。

 今回、君たちに紹介したいのは私が撮ってきた“聖祥六大女神”のことだ。

 

 ん? まず、“聖祥六大女神”が分からないとな?

 やれやれ………。君たちはいったい何年聖祥小学校にいるのだ? これくらい常識だろうが。まぁ簡単に言ってしまえば、聖祥小学校に通う女子で誰もが認めるであろう美しさ・可愛さなどを併せ持つ6人のことを指す。

 

 さて、それでは順に紹介していこうか。

 

 

 

 No.1 高町なのは

 

 まず紹介するのは、高町なのは嬢だ。茶髪の元気な女子だ。聖祥三女神の時代から君臨しているまごうことなき女神の1人である。

 一時期は霧谷巧という全男子の敵といっしょにいるところが多かったが、アリサ嬢が引き離そうとしていたことが実を結んだのか今はあまり並んでいるところは見ないな。その代わり、最近は影月裕也というこれまた男子の敵の傍にいるのが見受けられる。

 以前の………言い方は悪いが、作り物のような無理してる笑みではなく、自然に笑うようになったおかげか、彼女を支持するファンは増えていく一方だ。笑顔が1番似合う女子としてもランクインしているぞ。

 

 

 No.2 アリサ・バニングス

 

 次はバニングス家のお嬢様だ。金髪のツンデレ娘である。なのは嬢と同じく、聖祥三女神の時代から君臨している1人。そのおみ足から繰り出される足技は私たちの業界ではご褒美です。ちなみに私は彼女のファンクラブの会員番号003である。

 クラスの中でも委員長的立場でまとめ役。よく勘違いする者がいるが、彼女はクラス委員長ではない。ついつい反抗して蹴り技を貰ってしまうのは仕方ないことです。えぇ、仕方ないことです。

 最近はすずか嬢といっしょにイチャイチャしているところをよく見かける。百合は………アリだと思います。

 

 

 No.3 月村すずか

 

 次は月村家のお嬢様。紫の髪の不思議系お嬢様だ。なのは嬢とアリサ嬢と同じく、聖祥三女神の1人である。水と油という訳ではないが、なのは嬢とアリサ嬢の2人の間の緩衝材みたいなポジションである。

 見たところ、あまり自己主張は強くないが、逆にそこが良いとの意見がある。保護欲をかもしだされ、守ってあげたいと。ただ、彼女の運動神経はかなり良い。恐らく、クラス………いや、学園一ではないだろうか。

 彼女のファンはそんな彼女を守ろうと日夜鍛錬を続けているという噂があるが………はてさて。

 

 

 No.4 フェイト・テスタロッサ

 

 イタリアからやってきた転校生。金髪のツインテールの天然系少女だ。なのは嬢と知り合いらしく、仲が良い。私の勘だが、アリサ嬢とすずか嬢のような関係ではなかろうか。

 転校してきて早々に「好きな人がいる」との発言には驚いたが、一体誰のことか。クラスメイトではないと思うが、もしかしたらなのは嬢のことを指しているかもしれない。百合はアリだと思います。

 やはり外国人らしく、国語系の授業は苦手なようである。国語の授業の彼女の百面相は我がクラスの風物詩となりつつあるな。

 双子の姉妹でこちらは妹である。

 

 

 No.5 アリシア・テスタロッサ

 

 イタリアからやってきた転校生その2。金髪を首の後ろでひとまとめにしている。フェイト嬢とは双子ということで、本当にそっくりである。ちなみにこちらが姉であるが、フェイト嬢より背は低い。

 運動能力は高いようで、すずか嬢と良い線で戦えるのではなかろうか。次の体育の時間が楽しみである。

 アリサ嬢と同じく、早々にファンクラブが出来た。彼女のお手やおみ足に殴られ蹴られることに快感を感じるクラブだ。我々の業界ではご褒美です。特に汚物を見るような見下す目が最高です。我々の業界ではご褒美です。私も入会されてもらった。

 

 

 No.6 チンク・スカリエッティ

 

 イタリアからやってきた転校生その3。銀髪のストレートで眼帯をしている。病気か怪我かは分からないが、紳士はそんな小さいことは気にしないのだ。何故かは分からないが、彼女は小さいままな気がする(どことは言わないが)

 聖祥六大女神の中では一番背が低く、そのことを指摘すると蹴りが飛んでくるとの噂。フェイト嬢たちと同じくイタリアからやってきたが、知り合ったのはこっちにきてからだそうだ。

 彼女にもファンクラブはあり、親公認で本人非公認である。と、ここまでは分かったのだが、それ以上は調べることができなかった。人数はそこそこいるようだが、その内容がまったくの不明。噂によれば、彼女のファンクラブには貢献度というものがあり、その貢献度によって彼女の親であるジェイルさんから秘密の写真というものが貰えるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 ふーむ。こんなところか………おっと、もう1人いたことを忘れてた。

 

 

 No.7 ???はやて

 

 聖祥小学校には通っていないが、裕也家に住まう少女だ。上の名前は分からない。裕也に兄弟がいたとは聞いていないが………。お互い名前で呼んでいたので、かなり仲が良い様子。

 もし、彼女が聖祥小学校に通うことになれば、女神の仲間入りは間違いないだろう。是非とも来て欲しい。それとなく裕也にO・HA・NA・SHIしておくか。

 車椅子で移動していたところをみると足が悪いのだろう。彼女のために学園をバリアフリーにしておくのも手ではある。

 

 

 では、今日はここまでにしておこうか。

 しょくーん! また次回に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、今度は―――私が続けましょうか。

 

 初めまして、皆様。私の名は八雲紫。幻想郷の賢者をしております、しがない妖怪ですわ。

 良い機会ですので、皆様に幻想郷のことを少しだけ、お話しましょう。

 

 幻想郷とは妖怪と人間が暮らす楽園世界。これは皆様と同じ世界にあります。ただ、2つの結界に覆われておりますので、幻想郷とそちらの世界では行き来ができません。

 え? 幻想郷に来たい? そうですわね………私が赴くのを待つか、皆に忘れられるようになるか、でしょうか。時々、結界を越えるほど強い“想い”を抱く者は越えてこちら側にやってきてしまいますが、稀です。もしくは、規格外の力を持っていたり、自らの運命に逆らうような者でしたり、

 

「ふむ。呼ばれたような気がした」

 

 えぇ、彼みたいな人はふらっと来ますが、これは更に稀ですわ。まったく、スキマの世界に勝手に入り込むのはあなたぐらいですわ。

 

「うむ。まぁいいではないか。減るものではないしな」

 

 私の精神が減るのです。はい、さようなら。

 

 こほん。

 

 ですので、貴方が来たいというのならば、私を待つか………幻となるのを待っていてください。あぁ、私はかなり気紛れですので。

 

 そういえば、三途の川とも繋がっていますわ。もしかしたら、そっちから来れるかもしれませんが………必ずしも幻想郷に辿り着くとは限りません。もしかしたら、貴方が知らない全く別の世界に辿り着くこともありますわ。

 

 

 では、そろそろ幻想郷の住人をご紹介しましょうか。まずは1人目、と。

 

 

「ゆかりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 はい、この凶暴そうなのが“風見幽香”と呼ばれる妖怪です。“四季のフラワーマスター”との二つ名の通り、花に関しては右に出る者はいませんわ。能力に反して危険な妖怪ですので、あまり人間は近づかないようにしてくださいね。

 

「死にさらせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 彼女の傘は日傘ですが、このように戦闘では光線を出すこともできます。また、格闘技術も高いので接近したらしたで地獄を見ることになりますわ。遠近ともに得意としていますのでもし戦うことになったら逃げることをオススメしますわ。

 あぁ、もう1つ通り名がありましたわ。“幻想郷最強の妖怪”………最強(笑)

 

「あんたでしょ! あの鴉に情報を流したのは!」

 

 はて、何のことでしょう?

 

「裕也のこと! 私が外の世界で戦ったこと! 知ってるのはあんたくらいでしょうが!」

 

 あらあら、あなたが人間の男の子を名前で呼ぶなんて。よほど気に入ったのね?

 

「―――っ!?」

 

 はい、お疲れ様。ご退場~♪

 

「覚えておきなさいよ! 次会った時は殺してあげるから!!」

 

 はいはい。では、次の方をお呼びしましょうか。

 

「みょんっ?」

 

 お次は“魂魄妖夢”………あら、ごめんなさい。貴女の出番はカットされて、代わりに萃香になったんだったわ。

 

「みょんっ!?」

 

 では、ご退場~♪

 

「みょーーーんっ!!」

 

 では、気を取り直して。

 

「おぉ!?」

 

 あら、良い匂いのお酒ね。

 

「あぁ、これ。人里の酒屋の店主が作った試作だよ」

 

 あらそう。機会があったら寄ってみることにするわ。

 

「で、何の用?」

 

 今、彼らに幻想郷の住人のことを紹介しているのよ。さて、このふわふわと掴みところのないのが“伊吹萃香”。見て分かるとおりの鬼ですわ。

 

「鬼だぞー強いんだぞー」

 

 そうですわね。人間との友好度は高い方ではないでしょうか。いざ戦闘になれば逃げることをオススメしますが、酒を飲む仲間としてなら近くにいても問題はないですわ。ただ、酒にはかなり強いので、飲む速度を見誤らないことですわ。

 それに、萃香は寂しがり屋なところがありますからね。

 

「そうだぞー寂しいんだぞー」

 

 あらあら。いつものことですが、酔っていますわね。

 

「えへへーお酒おいしいぞー」

 

 外の世界はどうでした?

 

「ん? 面白い奴がいっぱいいたぞ! 裕也とか白い子とか黒い子とか………そういや、文屋が新聞に書いてたな」

 

 そうですわね。いったい誰が情報を流したのやら。

 

「誰だろうねー? あ、紫。後で飲みに行っていい?」

 

 構いませんわよ。

 

「わーい、じゃあー、帰るー」

 

 さて、後は………あぁ、彼女がいたわね。えいやっと。

 

「うわわっ!?」

 

 はい。河童の“河城にとり”ですわ。

 

「な、なに!? 何事!? そしてここはどこ!?」

 

 私が呼んで、ここは私の世界ですわ。

 そうですわね。彼女も人間に対してはかなり友好的な妖怪です。よく人里で見かけますわ。

 

「まぁね。きゅうりとか色々と必要な物は人里に行かないとないからね」

 

 でも、きゅうりなら自分たちで作ってませんでしたか?

 

「自作もしてるよー。でも、味は負けてないけど、数がね………」

 

 なるほど。最近は香霖堂の方でも見かけますわね。

 

「あそこの店主が拾ってきたのは外の世界の物が多いからね。それを直しがてら調べるのが最近の趣味」

 

 うふふ。貴女たち河童はエンジニアでしたね。機械技術を始め、様々な技術に対して強い関心と知識を持っています。技術を磨くことや知識を欲することは構いませんが、それらが幻想郷に害するモノだと判断しましたら、迷わず取り上げますわよ?

 

「うっ、そこらへんは分かってるわ………」

 

 貴女たちは核エネルギーとかも普通に作りそうだから困るわ………まぁいいです。

 そういえば、一時的とは言え、香霖堂が外の世界と繋がったことがありましたわね。その時に外の人間と会ってましたけど、どうでした?

 

「あー、外の世界のことは話に聞いてたけど、大分進歩してるみたいだね。あの時は長居させると彼が幻想郷に閉じ込められちゃうと思って、慌てて返したけど………」

 

 えぇ。英断でしたわ。半日くらいあの場所にいられたら、帰ることはできなかったでしょうね。

 では、次にいきましょうか。はい、ご退場~♪

 

「うわあっ!?」

 

 さて、次は………彼女にしましょうか。

 

「ケロッ!?」

 

 こんにちは。幻想郷はどうかしら?

 

「あー、あんたはあの時の妖怪か………。今のところ問題はないよ。強いていうなら、新しいゲームやマンガが買えないことかなー」

 

 そればかりわね………。幻想郷に流れてくるのを待つしかないですわ。気が向いたら、私が持って来てもいいですわよ。

 

「期待しないで待ってるよ。で、私をここに呼んだ理由は?」

 

 貴女の分霊について、ですわ。

 

「私の分霊? あぁ、そういえば戻ってきてないのが1つあったような………」

 

 えぇ。その1つのことです。今も元気にやってますわよ。

 

「へぇ、消滅したもんだと思ったけど………でも、元気に?」

 

 まぁ色々ありまして。近々、幻想郷に来ると思いますわ。その時に会いになられたらどうです? 主と2人同時に。

 

「主? 2人?」

 

 これ以上は秘密ですわ。本人と会った時までの。

 あぁ、私としたことが忘れてましたわ。彼女の名前は“洩矢諏訪子”。神の一柱で祟り神を統括する土着神ですわ。

 

「信仰しないと祟るぞ~」

 

 幻想郷でも(一部ですが)熱狂的なファンがいる有名な神ですわ。

 

「ちょっと待って。私はあんな変態な奴らを信者とは認めてないわよ」

 

 あらそうでしたの? 毎日熱心に信仰しているようでしたが。

 

「あれは単にうちの巫女目当てでしょうが! 邪な気配が駄々漏れなのよ!」

 

 でも信仰には違いはないと思いますわよ。

 

「それでも! それでも、あれはいらない! 欲しくない!」

 

 まぁ、私としてはどちらでもいいですけどね。

 では、ご退場~♪

 

「ケロッ!?」

 

 

 

 さて。まだ幻想郷の住人はいるのですが、さすがに私も疲れてきましたわ。ここいらで一旦終了としましょうか。

 

 え? 幻想郷にいない幻想郷の住人がいる?

 

 あぁそういえばそうでしたわね。私が友人の家に作った結界。あそこにはまってしまった人たちがいましたわね。彼女たちも元々は幻想郷に移住しようとしたはずでしたのに、何が悪かったのか別の結界の中にはまってしまいました。

 それだけならば私がすぐになんとかできましたのに、どこかの規格外の所為でかなり変異してしまいましたのね。今となっては私の手すら弾くような結界ですの。

 中にいる魔女がなんとかしてくれると思いますから、彼女たちの紹介はその後ですわね。

 

 え? もう1人忘れてる?

 

 あぁ。私のことですの?

 

 最初に語りましたわよ? え? 足りない? うふふ。でも残念。まだ貴方たちには教えてさしあげませんわ。

 

 

 では、皆様。ごきげんよう。良い夢を。

 

 




あと数話で無印編を終わらせる予定。

で、無印とA'sの間で幻想郷編とか含めた話をやるつもりだけど………幻想郷編のネタがない。
現状だと、3~4話で幻想郷の話が終わってしまうので、ネタ募集。

今まで出ていないキャラでも問題はないので、何かないかしらー?


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第26話 赤い「結界」、白黒の砲撃

 

 

 

 

全てを拒む檻

 

白と黒から生まれる光

 

 

こことは違う、されど同じ力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何個だ?』

『んー、遠すぎる上に結界が張ってあるから………でも、たぶん5個』

 

 場所は海鳴の海上―――から離れたビルの上。広範囲の結界の外に今はいる。

 なのはたちが管理局に協力してからしばらく―――ついに残りのジュエルシードが見つかった。それもまとめていっぺんに。

 

『俺が今3個。なのはたちが確か13個。あそこに5個で、合計21だな』

『だね~』

『そして、ジュエルシードは全部で21個の存在』

『ということは、これで全部揃った?』

 

 この海戦で全てのジュエルシードが揃うことはなかったはず。というか、物語の中で封印の描写があったのはホントに数個だけだったような気がする。

 もうおぼろげになってきたが、原作ではプレシアさん“足りないけどこれで無理矢理やっちゃうよ!”的なことを叫んでいたはずだし。

 むしろ、原作以上に揃ってる? 俺や霧谷が絡んでいる以上、原作通りに話が進むとは思っていなかったが、まさかな。

 

『まただ。何か嫌な予感がするなぁ』

『………止めてよね。前みたいになるのは』

『善処はする』

 

 さすがに俺だって血まみれで帰宅はもうしたくない。

 

(それに、確か―――管理局も近くで見てたはずだな)

 

 流れ的には、ジュエルシード発見→そしたらフェイトが先にいた→封印しようとしたら暴走→近くのもの全て暴走→なのは突貫します、だったはず。

 諏訪子の話では5個のジュエルシードからは暴走している気配がするとのこと。ただ、結界越しの所為か距離がある所為か、確実にしているとは分からない。

 

(が、結界を展開してるってことは暴走してるってことだよなー)

 

 今回はフェイトたちも味方についているのに何故暴走しているのかは分からないが、これも世界の修正力だろうか。

 

『結界だから中に入るのは………なんとかなるだろ』

『どうする? なのはっぽい気配が中に入ったよ』

『なのはのみか?』

『フェイト……、アリシア? 5つ………いや8つかな?』

『ずいぶんと多いな』

 

 なのは、フェイト、アリシアがいるとして………後は、ユーノとアルフか? 可能性としては、クロノと霧谷か? もしくはプレシアさんか。

 

『おかしい………突撃してるメンバーが強すぎてチート乙と言いたいぞ』

『過剰戦力だねぇ。帰る?』

『―――どうしようか。ぶっちゃけ、必要なさそうだ』

『でも、例の思念体が出てきたら?』

『なのはたちならなんとかなるだろ?』

『前回ならなかったじゃん』

『3度目の正直』

『2度あることは3度ある』

『……………』

『……………』

 

 向かっても意味がなさそうだが、予備戦力として待機もありかもしれない。なので、コインに運命を任せることにした。

 

『表なら行く。裏なら帰る。いざ!』

 

 さぁ、俺の行く道を示せ!

 としたところで、連絡が来た。スカさんだ。

 

『およ? スカさん。何か用?』

『今はクロかい? ということは、彼女たちの近くにいるのかな?』

 

 肯定。

 どうやら、中にいるプレシアさんから連絡が来たようで苦戦しているらしい。中にいるメンバーは、なのは、フェイト、アリシア。そして、ユーノ、アルフ、リニス、クロノの計7人だ。

 

『8人じゃなくて、7人?』

『あっれー? 1、2………4、6、8……んん?』

『外から分かるのかい?』

『『なんとなしに』』

 

 ただここで気になることが1つ。

 

『霧谷は?』

『それが………姿が見えないらしい。私も詳しくは聞いていないが、どうも管理局内にはいないみたいだ』

 

 ん~、いない? 奴にとっては見せ場なところではないか? 今は。

 

『それと例のジャケットだが、ようやく出来たよ。今チンクに渡してそちらに向かっているよ』

『ほほぅ。それは楽しみ』

 

 ついに出来たか祟りを抑えるジャケット。ジャケットというかマント的な形になったらしい。たまたま見てたアニメに影響されたとか何とか。スカさん、よくアニメ見るよね。

 

『そうそう、例の思念体が3体も現れたそうだよ』

『わーぉ』

 

 そいつは素敵だ。面白くなって………こねぇよ! 涙が出てきたよ!

 

 

 

 

 

 

「裕也」

「おす」

 

 指定された場所で待ってると、チンクが現れた。手には………腕輪?

 

「これがジャケット?」

「あぁ。使い方は通信機と同じで、起動パスを言えば展開される」

「なるほ」

 

 腕輪を受け取って起動、バリアジャケットの上にマントがくっついた感じになった。

 

「これで………いいのか?」

「じゃないのか?」

「まぁいいや。サンクス」

 

 礼を言って別れる。チンクはスカさんからの指示がなければ、このまま隠れながら俺や管理局の行動を観察するらしい。

 まぁ、うん。いいよね? 別に。

 

『さて、結界の突破か』

 

 結界は、中に在るモノを外に出さないようにするためのもの。故に、中に入ろうとすれば容易………ではないが、可能ではある。これとは逆にシールドやバリアーといったものは、外からのモノを中に入れないようにするためのものだ。内側からの攻撃には弱い。

 

『破壊なら力づくでやれるが………』

『きゅっとしてドカーンって感じにね』

『破壊しないで突破となるとなー』

 

 

 

 

 

 

 

 

―― なら、手伝ってあげるよ ――

 

 

 

 

 

 

 

 

『『ん?』』

 

 俺たちの後方から飛んできたナニカが結界にぶつかり、破壊した。

 ガラスの割れるような音とともに、小さいけれど穴が―――人が入り込めるような穴が作られた。

 

『今のは………』

『あいつのデバイスじゃない?』

 

 霧谷のデバイスだ。結界とぶつかった一瞬しか見えなかったが、確かにあいつのデバイスだった。しかし、何故俺の後ろから飛んできた?

 

『霧谷は中にいない………というか、行方不明だというのに』

『とりあえず、塞がる前に入った方がいいんじゃない?』

『それもそうだ』

 

 どういった理由かは知らないが、これはラッキーだ。俺たちもこの穴を利用して中に入れさせてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 侵入した結界の中では例の思念体と思われる存在が3体と2匹の水で出来た龍が存在していた。

 

 

――大蝦蟇神

 

 

『管理局の監視下だ。変装を解かれないようにな!』

『誰に言ってるのさ!』

 

 

――祟られた大地

 

 

『途中で潰れたら容赦しないよ!』

『おぅ!』

 

 

――ミシャグジ様の祟り

 

 

 順番にスペカを使い、周囲に祟りを充満させる。それらを一気に吸収し、強制ブースト―――祟り神化を行う。さぁ、これで準備は万端だ。

 

『『神遊びを始めようか!』』

 

 出現した思念体は紅と白の改造巫女服を纏う少女―――“博麗霊夢”と白と黒のコントラストの昔の魔法使いのような三角帽子を被った魔女―――“霧雨魔理沙”の主人公組みだ。その間に挟まれている存在がいまいち理解できないが、3体目だ。

 

『なんだ、あれ?』

『毛玉、かな?』

 

 もさもさと気持ちよさそうな大人並の大きさを持つ毛玉。( ゚д゚ )の顔がちょうどこちらをよく見ている。

 侵入早々、なんか目があった。相変わらずのハイライトの無い瞳をしている。だが、毛玉だけはよく分からない。あのつぶらな瞳にハイライトはあるのかないのか。

 

『なんか来たよ!』

『3人(?)も来たよ!?』

 

 とか見てたら、思念体が揃ってこっちに標的を定めた。何故だ!?

 毛玉に乗った霊夢と並走して突撃してくる魔理沙。両者とも速いな!

 

「クロさん!?」

 

 誰かの声が聞こえたが、今はそれどころではない。とりあえず、逃げよう。迎撃できる程強くはないし、さすがに3対1はきつい。追いかけてくるので逃げてるが、ふむ。これは………。

 

『裕也! 逃げ道が!』

『あぁ、誘い込まれてるな』

 

 なのはたちから離れるように奥へ奥へと、そして龍たちはなのはたちの邪魔をするように前へ前へとけしかけていく。

 やばいな、分断される。

 

≪いかせません!≫

 

 そこに速さに定評のあるテスタロッサ姉妹が駆けつけてきた。その後ろにはなのはも見える。

 だが、

 

 

――結界「博麗大結界」

 

 

『なに!?』

 

 魔理沙が急遽反転し、フェイトとアリシアの前に立ち塞がり―――

 

≪フェイト!≫

≪はい!≫

 

 アリシアが逆に魔理沙の動きを牽制し、フェイトを奥へと進ませた。ナイス姉妹の連携。

 そして閉まる巨大な結界。結界の中には俺とフェイトと霊夢と毛玉の3人と1体。結界の前にはアリシアと魔理沙。

 

『念話が使えない! 遮断された!』

『なんとまぁ』

 

≪クロさん………≫

≪あぁ、外と念話が繋がらないみたいだな≫

 

 どうやら外と結界内での念話は遮断されたが、内部同士ならば問題ないようだ。結界の前に遅れて辿りついたなのはも同じように驚いているのが見える。と思っていたが甘かった。

 諏訪子から強い魔力を感じると聞いて見れば、なのはの前に何かが集束されているではないか。

 

『あらやだ。あれを撃つつもりかしら?』

『でしょうねー』

 

 もしあれで結界が壊れたら中の俺たちはどうなるか、おわかりいただけるだろうか?

 せめて直線上からは逃げなきゃ………あれ? 足が動かない。脳裏で走馬灯が流れるにはちょっと早くないかな?

 そしてフェイト。さりげなく俺の背後に回るとは………。こやつ! できる!

 

 

 

――ドォンッ!

 

 

 

『躊躇なく撃ったぁ!』

『また強力なの撃ったねぇ』

『それでもビクともしてないこの結界パネェ』

 

 なのはの砲撃でもビクともしない。なんと強力な結界なのだろうか。そのおかげで俺たちが無事なのでありがたいことではあるが、複雑な心境である。

 

≪なのはの砲撃でも無理なんて………≫

≪外からの援護は期待しない方がいいな≫

 

『全員相手するよりかはマシだけどねぇ』

 

 状況的には2対2だ。しかし、攻撃力的にはどうだろうか。フェイトもそこそこの強さを持っていたはずだが、俺の中のイメージでは速さ重視の手数で勝負するキャラになっていて、一撃の重さは小さいイメージだ。

 そして問題は毛玉だ。原作では雑魚敵として存在していたが、目の前の存在はどうなんだろうか。( ゚д゚ )の顔からは想像ができん。

 

 

―――(プク)ーッ

 

 

 毛玉を見ていたら、突然膨れ上がった。元々大きかった体が更に大きくなり、

 

 

―――破氾(パアン)ッ!

 

 

「破裂! 分裂!?」

「きゃ!」

 

 巨体が風船が割れるように破裂し、無数の小さい毛玉が生まれた。直線行動だけのようで、避けてしまえば終わりだが、法則性もなく次から次へと飛んでくるのは厄介だ。

 

「フェイト!」

「だ、大丈夫です!」

 

 厄介だが避けるのは早々難しくない。ある程度の速さは求められるものの、フェイトも俺もその点に関しては問題なかった。

 

『とはいえ、』

『敵は一人じゃないよ』

『ま、当然』

『いるよねー』

 

 そこに当然のように霊夢が割り込んできた。狙いは俺。肘から足にお札と接近戦を挑まれたが、なんとか受け流すことに成功。それで諦める訳ではなく、続けて流れるように―――それでいて的確にこちらの攻撃を受け流して、攻撃してくる。

 こちらは祟りを纏っているので、少しでも触れれば相手を呪うことが出来るのだが、

 

『効いてないな』

『効いてないね』

 

 相手が巫女だからか、祟りが触れる先から消滅していく。後から後から沸いてくるので、一時の消滅ならば問題はない。だが、祟りとて無限ではない。このままでは俺の祟り神化が解けて一気にピチューンされてしまう。

 

「はぁっ!」

 

 俺の後ろからフェイトが飛び掛る。弾が尽きたのか、毛玉の破裂攻撃も今は成りを潜めていた。

 

「フォトンランサー!」

 

 今度はこちらの番だとばかりに、フェイトから霊夢に向かって金色の槍が無数飛ぶ。誘導性はないらしく、直線飛行のみだが、

 

「カバーするぞ!」

 

 

――合掌「だいだらぼっちの参拝」

 

 

 本来ならば巨大な手が地面から湧き出て敵を潰すのだが、ここは海の上なうえに空中だ。既に改良済みである。

 空気の壁が左右から迫る中、直線状のフェイトの攻撃。これにどう対処するかと思えば、

 

『札?』

 

 霊夢は冷静に札を取ると、それを槍に向かって放った。札は霊夢の手から離れると巨大化し、槍を見事防ぎきった。

 そして、

 

―――怒音(どぉん)っ!

 

 空気の壁と化した2つの手が見事に合わさった。が、霊夢は潰されることなく健在であった。

 

『防いだ?』

『後ろ見て』

 

 霊夢の後ろで毛玉が潰れされた後みたいに縦長に体を伸ばし、一生懸命元に戻していた。

 

『毛玉で防いだのか? というか毛玉に防がれたのか!?』

『そうなるねぇ』

 

 相手に害がないならば見てて和みたい光景だが、あの毛玉はただの雑魚敵ではない。霊夢並みに強靭かつ厄介な敵と考えていいだろう。

 

≪ならば! フェイト少し離れろ!≫

 

 

――ミシャグジ様の祟り

 

 

 霊夢に関しては漏れる祟りでは無意味。なので、直接祟りをぶつけて試してみることに。ついでに毛玉にも効くかどうかを試す。

 

『しかし、これは避けられたー』

『素早いな』

 

 原作の霊夢は恐ろしく勘が鋭かったと聞くが、もしかしてもしかするのか? そして毛玉が更に上をいくのが納得できない。( ゚д゚ )が尚更イラつかせる。毛玉のくせに生意気な!

 

≪赤い人の動きが速い上に、まるでこっちの動きを読んだかのように動きますね≫

≪個人的にはあいつよりも、毛玉の存在が厄介なんだが≫

≪素早い上に、攻撃もあまり通りそうにないですね………≫

 

 

――霊符「夢想封印 円」

 

 

≪フェイト! 一旦退くぞ! 体勢を立て直す!≫

≪わ、分かりました!≫

 

 追いかけてきた七色の球を、鉄の輪で弾き飛ばす。接触したら爆発というどこかの霧谷みたいな効果で助かった。

 まぁ撤退といっても、限られた結界内。とりあえず、出来る限り離れ、状況を変更しなければ。このままでは俺たちが倒される。

 

『裕也! まずは後方支援から潰そう!』

『そうしたいがな! はてさて、どっちが後方だ?』

 

 後方にいたはずの毛玉は今度は猛スピードで前進を開始。霊夢は逆に後ろへと下がった。今度の後方支援は霊夢である。

 

≪フェイト。今から来る奴の相手を1人で出来るか?≫

≪大丈夫です。倒せるかは分かりませんが、足止め程度なら問題はありません≫

≪分かった。すぐに、赤い方を倒してくる≫

 

『速攻だ! 速攻で奴を倒すぞ!』

『よっしゃー!』

 

 霊夢か毛玉か、どちらの相手をフェイトに任せるかを考えた。厄介度で言えば霊夢が上だろうと考え、こっちを俺が担当。原作通りの力があるかは分からないが、なんとかするしかあるまい。

 

「おらおらおらおらおらっ! 攻撃するのは洩矢の鉄の輪だ!」

 

 スピードこそ速いものの馬鹿正直に真っ直ぐにしか飛ばない毛玉をやり過ごす。俺を追いかける気配がしたが、そこはフェイトが丁寧にブロックしたようだ。そのまま弾幕を捌きながら、霊夢のところへと向かう。

 が、接触する直前になって霊夢の姿が掻き消えた。催眠術とか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ(ry

 

「ぬっ!?」

 

 だが俺の勘がすぐ近くの場所に違和感があると告げる。何かは分からないが、悪寒を感じたので即座に退避。

 

「ふおっ!?」

 

 違和感を感じた場所から霊夢が飛び出してきた。即座に退避したのが功を成したのか、避けることは問題なかった。

 

(亜空穴か………厄介なものを)

 

 そう。霊夢には亜空穴というテレポートする力があったのだ。分かりやすく言うならば、スキマ移動だろう。相変わらずのチート能力である。今はそれが恨めしい。

 

『裕也、さっきのよく避けたね』

『もっと褒めてもいいのよ』

 

 とはいえ、マグレに近い回避だ。そう何度もやられたらいつかは必ず喰らってしまう。亜空穴を使われそうになったら邪魔をしたいところだが、

 

(予備動作なんてあったか?)

 

 まるで右から左に移動するかの如く、あっという間に亜空穴に消えた霊夢を思い出す。そこに予備動作と呼べるモノがあっただろうか。

 

『諏訪子。さっきの消えるのをやりそうになったら教えてくれ。邪魔をしてやらせないようにする』

『了解………と言いたいけど、私もあまり知覚できなかったよ』

 

 だが、ここは神としての諏訪子の勘に頼るしかない。俺の勘よりかは役に立つだろう。

 

(さて、問題は亜空穴だけではないが………)

 

 お互いに攻撃を全て回避と防御しているのでダメージは0。だが、精神の余裕度で言えばこちらが圧倒的に不利。現状の千日手から脱する前に、なんとか攻略法を考えないといけない。

 ちらりとフェイトを見れば、足止めは成功しているが向こうも決定打には欠けているようだ。

 

(ここらで何か手を打たないとマズいな)

 

 フェイトも毛玉相手に長期戦は無理だろう。本来ならば雑魚敵なはずなのにムカツクな。それに外にいる魔理沙のことも気になる。

 

(何にしても、まずは俺が倒さないとダメか)

 

 

――生贄「神へ繋げる翡剣」

 

 

『おや?』

 

 スペカを使ったはいいものの、何も起こらなかった。出現するはずの剣はなく、手は虚しく空気を掴むだけだった。

 

『どったの?』

『失敗? 前に使った剣が出で来ん。あの時はどうやったんだ?』

『えぇー』

 

 もう一度使ってみるが、やはり何も起こらない。試しに鉄輪を、とこちらは問題なく出来た。剣を出現させるには何か条件があるのだろうか。

 とりあえず初めからやってみよう。まずは祟りを集中―――

 

『祟りを集中ってどうやるんだ!?』

『えぇー!?』

 

 

――繋縛陣

 

 

『なんかきたよ!』

 

 座布団のような札が2枚飛んできた。あんな大きさのものでも札は札だろう。巫女が使う札と言えば、防御。でも、ここで防御は考えにくい。となれば―――

 

「束縛・封印系か!」

 

 即逃げる。が、追跡機能が備わっているようで、しつこく追いかけてくる。試しにと出現させた鉄輪を放り投げて1枚は弾いた。

 

≪クロさん! そっちに攻撃が!≫

≪なにぃ!?≫

 

 フェイトの念話に遅れて、追い討ちをかけるように毛玉から再び無数の毛玉が展開された。最初の時よりも圧倒的に数は少ないが、弾幕と言えるだけのことはある。

 目の前のフェイトよりも、あくまでも標的は俺って訳か。何故執拗に俺を狙うのか理由は不明だが、うっとおしいな!

 

(これは、抜くか!? 防ぐか!?)

 

 避けられそうにない一撃がきたので、反射的に手が出てしまった。ただの小さい毛玉と侮った気はなかったが、

 

―――(ばち)っ!

 

「づっ!?」

 

 こちらの防いだ手を弾いて、小さい毛玉は真っ直ぐ飛んでいった。見た目に反して、かなりの威力がある。つくづく、こいつは原作通りではない奴だ。

 

『防ぐのは得策ではないみたいだね』

『だな。避けて進む』

 

 最初よりも密度は薄い。最小限の動きで、避けて進むしかないようだ。背後からは座布団のような札が迫っていることだし。

 

『グレイズッ! グレイズッ!』

 

 たまに掠るのも必要最小限に止めて、小毛玉の波の中を泳ぐ。それも慣れて被弾しなくなった頃、

 

「うぉあっ!?」

 

 小毛玉の多さが一段階増えた。

 

≪フェイト! そっちはどうなってる!?≫

≪すいません! この毛玉、動きが素早い上に無数の小さい毛玉を放出して止まらないんです!≫

 

 フェイトの方を視界の隅に収めれば、こちらに向けて毛玉を放出するデカい毛玉が見えた。それもノーコンマで。口からマシンガンのように放出しつつ、フェイト対策か数体がフェイトの邪魔をしていた。

 それをフェイトが懸命に追って妨害しているが、毛玉はその上を行った。俺と毛玉の直線状に身を置いてシールドで防ごうと考えても、すぐに毛玉が移動してしまう。なので、防ぐことも出来ない。

 

≪クロさん! すいません!≫

≪大丈夫だ。とりあえず、今の状態を続けてくれ。それだけでも助かる!≫

≪分かりました!≫

 

 嬉しいやら悲しいやら。話している間に霊夢の姿が消えたことに諏訪子が気付き―――すかさず霊夢が亜空穴から襲撃してくる。

 

 

――土着神「洩矢神」

 

 

「だが断る!」

 

 全身から赤いオーラを出して襲撃してきた霊夢を吹き飛ばす。どこに消えようが、最終的には姿を現して攻撃するのだ。ならば、俺の周囲全てに向けて攻撃すれば当たるだろう。ついでに小さい毛玉も吹き飛んだのは嬉しい誤算だ。なるほど、スペカの攻撃ならば、小さい毛玉は飛ばせるのか。

 これで一旦、仕切り直しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

「ディバイン……バスターーー!」

 

 なのはが砲撃を撃つ。

 

 

――恋符「マスタースパーク」

 

 

 それと同時に黒い魔女―――魔理沙がスペカを掲げ、砲撃を撃ち返す。

 

「なのは並の砲撃使い………洒落にならないわね」

「……………」

 

 なのはの視線の先は例の結界だ。結界の中ではクロとフェイトが苦戦しているのが見える。

 とはいえ、強力な砲撃でもあの結界を壊すことはできなかった。今は後方待機のメンバーがリンディを筆頭に解析と破壊に勤しんでいるはずだ。ただ、報告がないところをみると、あまり好ましい状況ではないようである。

 

「なのは! 気になるのは分かるけど、今はこっちに集中しなさい!」

「う、うん!」

 

 アリシアに注意され、知らず知らずのうちに結界に向いていた視線をなのはは前に向けた。目の前には箒に跨った黒い魔女が上空に佇んでいる。

 ちらりと視線の横ではクロノ、リニス、アルフ、ユーノの4人が2匹の水龍を相手に戦ってるのが見える。

 また視線が移動していたのを首を振って取り消し、再び前を見る。

 

「あの子、速さはアリシアちゃんとほぼ同しだよね」

「えぇ。威力に関してはなのはと同等よ」

 

 なのはたちの良いところを集めたかのような存在である。それに技も豊富だ。星を象った弾を放出したり、箒で近接に挑んでみたりと。ただ、なのはみたいに遠近を得意としている訳ではなく、近接ではこちらに分があった。遠距離では同等だろう。もしかしたら瞬間的な威力では向こうが上ではなかろうか。

 

 

――魔符「スターダストレヴァリエ」

 

 

「うわっ!?」

 

 素早く魔理沙が移動していき、8つの魔方陣が空中に展開された。それらは独自に動き出し、背後からはカラフルな星型の弾が生まれた。

 

「星!?」

「見た目にだまされちゃダメよ!」

 

 2人を囲むように生まれるカラフルな星は曲線を描くように動き、避けているうちに魔理沙を見失ってしまった。あくまでも星を出しているのは魔法陣。魔理沙ではない。

 星を避けながら気配を探し―――

 

「上!」

 

 上空から見下ろすようにこちらを見る魔理沙。手には先ほどの砲撃を放ったナニカ―――八卦炉が握られている。

 そして―――

 

「レイジングハート! 例のアレをやってみよ!」

 

 何かを感じ取ったなのはがその場で停止して、魔力集束を始めた。

 

「なのは!」

 

 アリシアの声も弾き、集中する。時間は限り少ない。今は威力………も必要だが、速度も必要だ。

 

「こっちは任せて、そっちに集中しなさい」

 

 アリシアはなのはに当たりそうな弾を積極的に消していき、当たらないようにする。幸い、星型の弾はこちらの魔力弾で相殺できるようだ。魔法陣と同じようにぐるりぐるりと回りながら、近づく星たちを消していく。

 

「―――――はぁ、ふぅ」

 

 自分を落ち着けて、深呼吸。

 

 

―――ドクンッ

 

 

 なのはの目の前に、桜色の光球が生まれる。それは周囲から魔力を集めて塊り―――

 

「もっと………」

 

―――ドクンッ

 

「もっと………」

 

―――ドクンッ

 

 アリシアが放出した魔力も、相殺して消えた星の魔力も全てを吸収し、飲み込む。足りないとばかりに、魔法陣から生まれる星型の弾も飲み込んで行った。

やがて、目の前に巨大な光球が生まれる。

 

「うわぁ」

「いくよ! スターライト………」

 

 

――魔砲

 

 

「ブレイカーーーーー!!」

 

 

――魔砲「ファイナルスパーク」

 

 

 先ほどよりも極大な砲撃が2つ。魔理沙となのはから生まれ、激突し、拮抗する。やや、なのはの方が押され気味だが―――

 

「ま、だ! まだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 不利を弾き返すかのように更に力を込めて放出する。やがて、魔力が切れてきたのか魔理沙の砲撃の威力が減衰してきた。

 

「なのは!」

「い、っけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 魔理沙の砲撃さえ、本人ごと飲み込んでなのはの砲撃が勝った。余談だが、この時にこちらの張った結界までをもぶち壊していった。これに気付いたリンディ・プレシアの2人が慌てて結界を再度張ったのだった。

 

「アリシアちゃん!」

 

 この隙をついてアリシアが魔理沙に接近する。

 

「なのはは援護を!」

「うん!」

 

 鈍重という訳ではないが、速さではアリシアに負けるなのははその場から後方支援を行うことにした。幾つもの光球を生み出し、

 

「ディバインシューター!」

 

 援護射撃を放った。

 SLBの爆発の影響で煙が巻き上がっているため、魔理沙の姿は見えない。あの場所から移動した形跡は無いから近くにはいるはずである。

 

「スターライトブレイカー、上手くいったね!」

『However, there is an improving point plentifully still more(しかし、まだまだ改善点は多々あります)』

「うん! もっとがんばらないと!」

 

 煙の中から逃げる魔理沙を発見し、前方を塞ぐようにディバインシューターを操作して、追うように接近するアリシアを助ける。それが、レイジングハートの仕事。

 なのはは同時に再びSLBを撃つために、魔力集束を始めていた。さすがに構想だけでまだ練習さえもしていない技術をいきなり実践で使ったためか、反動は少々大きい。だが、体を鍛えているおかげか動けなくなるようなものではなかった。

 

「もう一発くらいなら、いけるかな?」

『Although considering a future thing the use can seldom carry out a recommendation(今後のことを考えると、あまり使用はオススメできませんが)』

「ごめんね。お願い、レイジングハート」

『It is unavoidable(仕方がないですね)』

 

Side Out

 

 

 




幻想郷編のネタ募集中。


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第27話 神の「招喚」

 

 

 

 

二拝

 

二拍

 

一拝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 水龍の周りに幾学模様の魔法陣が生まれ、緑の鎖が重なって水龍に絡まる。体を取り押さえ、その動きを封じた。

 

「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 それを待ってましたとばかりにアルフが拳を掲げて猛スピードで飛び込む。動くことの出来ない水龍はアルフの攻撃をその身で受け止め―――

 

 

―――バシャンッ

 

 

 その身を弾けさせた。しかし、それもあっという間に再生され、水龍は元通りそこに在った。そこにアルフによって付けられた傷などは―――なかった。

 

「やっぱりダメだぁ! 水で出来てるからか、攻撃が効いてないよ」

 

 アルフの嘆きともとれる声が周囲に虚しく響き渡る。先ほどから何度も繰り返しているが、やはり効果があるとは思ってなかった。

 

「……………」

 

 もう1体の水龍のところではクロノとリニスが立ち向かっている。リニスが雷を用いて動きを鈍くさせ、クロノが冷静に魔力弾を撃ち込んでいる。だが、こちらも効いているとは思えない状況だった。

 

「ふむ」

 

 2体の水龍は海から首を出している状態であり、彼らの体を構成しているのは水である。つまり、いくら削ったところですぐ近くに源となる水が大量にあるため、すぐに再生されてしまうのだ。

 後方にいるプレシア程の大魔導師ならば、軽く蹴散らせるだろう。だが、本人であるプレシアは娘の安否が最重要項目として挙がっており、必死に例の結界の解除に勤しんでいる。

 一応、クロノがヘルプの要請を送ったが、娘のことを理由に断られたのだ。

 

「リニスさんの方は?」

「ダメですね。効いているのか効いていないのか………。どちらにしろ、決定打に欠けますね」

 

 この中で水龍相手に効果が見られたのが、補助系を得意としているユーノの捕縛と、リニスの雷を付属した攻撃だ。ただ、両者とも相手の動きを封じる・鈍くさせるなどの補助的な意味であり、攻撃という点ではやはり効いていなかった。

 

「どうするんだい? クロ助」

「………基点となってるのはジュエルシードだ。それさえ取り除いてしまえば、あいつらはただの水になる」

「ですが、どこにあるか………」

 

 リニスの言う通り、水龍のどこかにジュエルシードはある。それは確実だ。ならば、どこにあるか?

 ただでさえ巨体の水龍である。無闇矢鱈に攻撃してたところで、見つかる可能性は少ない。

 

「リニスには悪いが1体の足止めをしてもらう。ユーノ、君はジュエルシードの位置を特定してくれ。だいたいで良い」

「あたしは?」

「アルフは僕と一緒に攻撃して、水龍の体を削っていく。再生される前に削ってジュエルシードを出す。1体ずつ対処していこう」

 

 できれば彼女たちには手伝ってもらいたいが、とクロノは別のところで戦っている少女たちを見る。

 

「なのはたちは無理だろうね。例の思念体相手だから、こっちにまで割く戦力はないと思うよ」

 

 フェイトに関しては敵が作り出した結界内に閉じ込められている始末だ。そちらに関しては後方で解析と解除に当たってる者に任せるしかない。変化がないところを見ると、まだまだ時間はかかりそうだ。

 

 

≪フェイトォォォォォォ! 今お母さんが助けてあげるからねぇぇぇぇぇぇぇ!≫

 

 

 娘を想う母の叫び声がどこからともなく聞こえたような気がしたが、きっと幻聴であろう。

 

「まぁ仕方が無い。無いものをねだったところで意味がないからな。こちらはこちらで対処しよう」

「えぇ」「あぁ!」

「―――っ」

 

 4人が固まっていた場所に水龍が吐き出した水弾が飛来する。すぐに散開して、回避する。

 

「なるべく早く見つけてくれ!」

「無茶言わないでよ!」

 

 と、言いたいところだが、

 

「その無茶をしないといけないよね」

「その通りだ。頼んだ」

「分かったよ! その代わり!」

「あぁ。こちらはそれまで足止めしていよう」

 

 クロノとて無茶は承知である。だが、この中でジュエルシードの居場所を1番精密に探知できるのはユーノなのだ。彼に頑張ってもらい、早期に見つけてもらわなければ。

 

「アルフ! ユーノが見つけるまで足止めをするぞ!」

「合点!」

 

 注意をユーノから背けるだけでも良い。効かないと分かっていても攻撃をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリシアの前を疾走する黒い影から4つのカラフルな物体―――ビットが浮かび上がった。それは魔理沙の周りを周回する衛星のように周りながら光り、

 

 

――儀符「オーレリーズサン」

 

 

 アリシアに向けてレーザーを放ってきた。

 

「くっ!」

 

 魔理沙はその場で急停止して、即座に反転。急停止したにも関わらず瞬間的にスピードを上げて、猛スピードで突撃してきた。

 

(ぶつかる気!?)

 

 魔理沙の周りを回るビットが絶えずにレーザーを放っているので、アリシアはどこにも回避することができない。出来るのは防御か逃走か。しかし、お互いの速度はほぼ同じとは言え、トップスピードの今の魔理沙と急停止して反転するアリシアでは、どちらが速いかは一目瞭然である。

 ならば、取れるのは1つのみ。

 

「上等っ!」

 

 己のデバイスである大剣を前に構えて衝撃に備える。シールドなど張ったところで、なのは並みの攻撃力を持っているのだ。意味が無い。

 アリシアが選択したのは玉砕覚悟の攻撃による防御であった。

 

 

 

「ディバインバスターーー!」

 

 

 

 しかし、両者がぶつかることはなかった。アリシアと魔理沙がぶつかる前に、桃色の砲撃が再び魔理沙を飲み込んで上空へと押し飛ばしたのだ。

 これに気付いて慌てて急停止したアリシア。もう少し砲撃が遅かったら、もう少し自分が止まるのが遅かったら、どちらかでも起こっていたら魔理沙と仲良く砲撃に飲まれていた。

 

≪アリシアちゃん! 無事!?≫

≪え、えぇ………助かったわ。本当に≫

 

 念話でなのはに礼を言って、上を見上げる。そこには白と黒の魔法使いが変わらず健在でいた。

 

「しぶといわね………」

 

 魔理沙に対する正当な評価である。強い、のではなく、しぶとい。なのはであれアリシアであれ、1対1ならば負けていただろう強さだ。しかし、今は2対1でこちらが有利。だというのに、勝負は中々つかないでいる。

 

「なのはの砲撃受けたんだから、大人しく消えなさいよね!」

 

 再びアリシアが駆ける。それを見てから魔理沙も急降下をしてくる。

 魔法使いと魔導師たちの戦いはまだ決着がつかないでいた。

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっばいねー………』

『ピンチって奴?』

 

 分厚い弾幕の波を泳ぎきり、亜空穴というチート能力と鋭すぎる勘を持つ巫女の柔術をそれとなく回避しているのだが、完璧に避けている訳ではない。分かりやすく言えば、グレイズの連続だ。それも全て疲労が原因である。

 最初の一撃こそ痺れる程度でそこまで危惧してなかったが、ここまで重なると腕が持ち上がらなくなるくらいだ。

 更にピンチなのが、仮面にひび割れが生じたことだ。顔まではさすがに変えていないので、ここで仮面が壊れるとクロ=裕也というのがバレる可能性が高い。というか、確か仮面を基点にして変装魔法を使ってるから、これが壊れたら、

 

『裕也くん、こんにちは! になるね』

『ですよねー』

『今更何を言ってるんだかって感じだけどね』

『しゃらっぷ』

 

――だが、それだけではないな

 

 この状態―――祟り神化してから、どれくらいの時間が経ったか。あまりこの状態を長続きさせるのはよろしくない。かといって、この状態を解けば、今の霊夢に勝つどころか動きに追いつくことさえ出来ない。

 

(最初の幽香、萃香、そして霊夢たちときて、)

 

 以前戦った敵よりも今戦っている敵が強い。そして次に戦う敵は更に強い。まるでゲームのようである。考えたくはないが、誰かの掌の上で踊ってるような感じだ。

 

『裕也! きたよ!』

 

 

――祟符「御左口(ミシャグジ)様」

 

 

『いっきに決める! 顕現させる』

『うぇぇ!? 大丈夫なの?』

 

 相手の攻撃を避けつつ、自身から祟りを撒き散らす。周囲に満ちるように、結界の中に溢れ返させる。

 

 

――呪え

 

――侵せ

 

――祟れ

 

 

『問題はフェイトだな。いつもなら離れろと言ってるところだが、結界が邪魔だ』

 

 この祟りの攻撃は敵味方問わずに接触したものに影響を与える。よって、逃げ場のないこの場所で使えばフェイトまで巻き添えにしてしまう。仮に結界の端まで行ってもらったとしても、安心はできない。

 

『方法は1つだけあるよ』

『それは?』

『キスをする』

 

 ………鱚?

 

『魚が必要なのか? 獲ってこいと?』

『そっちじゃないよ。接吻だよ』

『もう1回言ってくれ』

『接吻。キス。チュー。マウス・トゥ・マウス』

 

 ……………。

 

『何故に?』

『詳しいことは省くけど、キスしてる間に一時的に魔力を繋いで私が保護障壁張るから』

 

 俺が祟りの中でも平気なのは、俺が使用者だからではなく、中から諏訪子が保護障壁なるモノを俺に張っているからであった。

 それと同じモノをフェイトにも張る予定だとか。

 

『出来るのか?』

『祟り神を統べてた(もの)、の分霊だけどね。それくらいは可能だよ』

『キス以外の方法は?』

『まぐわえ』

 

 まぐわい―――男女の交接。性交の意味。

 

『Oh...』

 

 とはいえ考えている暇はない。方法があるならばそれを行おう。

 

『後のことは後で考えよう! うん!』

 

 既に祟りはバラまき始めている。ミシャグチ様を呼ぶ準備は着々と進んでいる。これで霊夢が倒せなかった場合は………いや、考えるのは止めよう。これが俺の最大で最高の攻撃だ。これで倒す。

 

『いくぞ!』

『もう1つの問題は?』

『もう1つ?』

『裕也の体だよ。耐えられる?』

『―――大丈夫だ。たぶんきっとメイビー』

『もう、どうなっても知らないよ!』

 

 さすがにこの呪いは勘弁したいのか、霊夢も毛玉も触れようとはしてなかった。フェイトも既に2回目だからか触れようとはしていなかった。

 ただ、奥の方で霊夢が何か呟いているのが見える。アレはさせない方がいいな。何かは分からないが、危険だ。

 

≪フェイト。祟りを防ぐ………おまじない? みたいなことをするんだが≫

≪はい≫

≪まぁ、なんだ。文句は後で聞くよ。今は許せとしか言い様がない≫

≪はい?≫

 

 祟りを撒き散らしつつ、急いでフェイトのところへ向かう。結界内という密閉空間に充満した祟りはところ狭しと空いている空間を侵し始めていた。

 

「さて、フェイト」

「は、はい」

「許せ」

「ふぇ?」

 

 まぁ当たり前だが、仮面をつけてちゃキスはできない。なので、仮面を取る。俺の変装が解け、クロではなく裕也が姿を現す。

 驚いてる間に、抱き寄せてフェイトの唇を奪った。

 

『5秒ね! 5秒! 舌もいれていいよ! 私が許す!』

『はやくしてくれ』

 

 フェイトと接触してる間に諏訪子がフェイトの中に祟りに対する保護障壁を張る。その間に俺は素数を数える。素敵な数―――略して素数を数えて平常を保つ。

 

『おk』

 

 その言葉にすぐ離れて仮面を被る。再び、クロへとなる。

 

「………………………あ」

 

『これで大丈夫なんだよな?』

『やるだけのことはやった。後はなるべく近くにいることかな?』

『そうか』

『とりあえず、フェイトの目を覚まさせないと』

 

 当のフェイトは赤い顔で呆然とし、虚空を見つめていた。そこまで衝撃は大きかったのだろうか………大きかったんだろうなぁ。

 

「フェイト」

「ふぇあ!? ははははい!」

「文句は後で聞こう。土下座もしよう。今は―――離れないでくれ」

「は、はい!」

 

 プレシアさんにバレた時、俺は死ぬだろうか―――あの霧谷でさえ防げなかった雷が貫くのだろうか。

 

(い、いや、今は考えるな)

 

 俺の脳裏でプレシアさんが鬼に進化して迫ってきたところで、そのイメージを追い払った。

 

『いくぞ!』

 

 いざ、という時だった。

 

 

 

――宝具「陰陽鬼神玉」

 

 

 

 祟りの闇を切り裂くように巨大な光り輝く玉が接近してきた。しかも、巨大の癖にかなり速いスピードである。

 

(直撃はマズい!)

 

 本能で悟る。アレの直撃には耐えられない。

 頭の中で考える。思考だけが加速しているような感じがしている。その中で考える。

 

 攻撃か、防御か、逃走か。

 

 たった今、ミシャグチ様を招喚しようとしていたところだ。それをぶつければ大丈夫だろう。だが、発生までに若干のタイムラグがある。霊夢が放った巨大な玉とミシャグチ様の招喚―――

 

(足りない! 恐らく、間に合わない!)

 

 ならば、他のスペカで応戦するか―――無理だろう。並大抵のスペカでは飲み込まれておしまいだ。牽制にもなりはしない。

 攻撃も防御もできない。ならば、逃走か。さすがに追尾機能はついていないと思いたい。だが、避けるにしても相手は巨大な玉である。完全に避けることは出来ないだろう。

 

(だが、これしかない!)

 

「フェイト!」

 

 

 

 

 

―――(ばち)

 

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 巨大な玉の目の前、そこに玉に追いかけられるように毛玉がいた。ご丁寧に、こちらに向けて小毛玉を吐き出しながら―――

 

「逃げ―――」

 

 当たり所が悪かったのか、フェイトは不意を付かれた今の一撃で気を失ってしまったようだ。振り返った先には崩れ落ちそうなフェイトの姿があった。

 

「―――くそっ!」

 

 フェイトの手を掴み、後方に向けて投げ飛ばす。問題は2つ。祟りに突っ込むことと、海に落ちてしまわないか、ということ。前者は諏訪子の言葉を信じるならば問題はない。後者に至っても、海には落ちないで結界の底の部分で止まるはずだ。もし、すり抜けてしまえば結界の意味がないからな。

 それに、嬉しくないことだが霊夢も毛玉も狙いは俺である。気を失ったフェイトが狙われることはないはずだ。

 

「―――耐えてくれよ、俺の体」

 

 無駄だと分かっていても、なるべく中心部分からは逃げる。小毛玉にもぶつかり、その反動で更に後ろへと下がる。ダメージは無視できないが、仕方がない。

 

『―――っ!』

 

 諏訪子が何かを言っている。その言葉を遮るように毛玉が俺の目の前に現れた。

 

 

―――俺諸共か、いいだろう

 

 

 目の前の毛玉を捕まえる。予想通りの手触りの良い感触だ。逃がさないようにしっかりと掴み、毛玉をクッションにするように俺たちは光に飲まれた。

 

 

 閃光。

 

 轟音。

 

 爆発。

 

 

 千切れそうな意識を必死に寄せ集めて途切れないようにする。毛玉のクッションのおかげか、どうにか耐えることはできた。だが、体が動かない。

 霞む視界の向こう―――偶然見つけたのは、

 

 

 

――神技「八方鬼縛陣」

 

 

 

 霊夢が次のスペカを使うところだった。

 

(はぁ………あれは、無理だな………)

 

 上手く働かない頭で呆然と見る。霊夢を中心に広がる巨大な魔法陣は、ちょうど俺を攻撃範囲内に収めていた。

 動かない体。働かない頭。ただ、無理だと。どうにもできないと悟った。

 

(………死ぬのかなぁ)

 

 こちらは動けないで、海へと向かって真っ逆さまである。だというのに、霊夢は手加減も何もせず、機械作業のように黙々とこちらを攻撃しようとしていた。

 

(例え死んだとしても―――)

 

 

 

―――1人では死なない!

 

 

 

 脳裏に描く白蛇を幻視する。今の状態でミシャグチ様を招喚ことは自殺にも等しいだろう。だが、躊躇する理由にはならない。

 失敗は許されない。招喚できなかったでは済まされない。必ず、このタイミングに、ここで招喚しなければならない。何が足りないか、何が必要か、何が満たされているか。自分以外がスローに感じる世界で考える。

 

 何だ? ナンだ? ナニが足りない? 何かがタりない?

 

 

 

 

 

―――始マリヲ

 

 

 

 

 

 あぁそうだ。それがタりない。まだハジめていない。

 

 

―――二拝

 

 

 相手は人ではなく、至上の存在。たった1度の御辞儀では足りない。

 

 

―――二拍

 

 

 身体を示す右手を引き、精神を示す左手を差し出す。動かぬ体で拍手が行えたかは分からないが、無事に出来たと思い込む。

 

 

―――一拝

 

 

 これにて、始まりは成った。何をするにしても、開始の合図をしなければ始まらない。

 

 だが、まだタりない。

 

 

――生贄「神へ繋げる翡剣」

 

 

 俺の目の前に出現した翡翠の剣が、俺に突き刺さる。痛みは無い。既に痛覚はおかしくなっている。口の中に広がる血の味も慣れたものである。

 

―――来たれ

 

 目を瞑る。心の中で念じる。助けたい、と。力が欲しい、と。

 

―――招カレヨゥ

 

 やるべきことは全てやった。後は、俺が霊夢の攻撃に飲み込まれるだけだが、こちらも切り札を切らせてもらう。

 

「―――顕現、せよ」

 

 さぁ、気紛れな神を招喚しよう。

 

―――喚バレヨゥ

 

 そう思った時、俺の視界は途切れた。最後の光景は白い光り―――だが、眩しいはずの白い閃光も、何故か俺は昏いと感じていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 ガラスの割れるような音と共に、2度目となる白蛇姿のミシャグチ様の姿があった。霊夢が放った“八方鬼縛陣”をも打ち破り、悠然とその姿を現した。

 

 

 

 

「「「「「■■■■■■■■■■■――――っ!!!」」」」」

 

 

 

 

 巨体が舞う。紅い瞳が睨みつける。祟りを喰らい、祟りを吐く。暴虐の限りを尽くし、蹂躙し尽くす破壊の嵐。人々に畏れられ、崇められ、敬われた古代神。

 心なしか、海は荒れに荒れ、空は暗雲が立ち込めていた。

 その場にいなくとも視界に収めた誰も彼もが、その姿に畏れ、恐怖を抱く。

 

「………あれ、は」

 

 その声に気付き、意識を取り戻したのが1人いた。フェイトである。

 

「裕也っ!」

 

 しかし、すぐに落下しているクロ―――裕也の姿を見つけると、全力で飛び向かった。なんとか海に落ちる前に捕まえることができ、フェイトは一安心―――する間もなく、その場から逃げることにした。

 2度めとなるが、やはり原初の古代神を直視すると心が恐怖で覆われて動けなくなってしまうからだ。なるべく視界に収めず、声も聞かないようにして裕也を連れて逃げ出した。幸い、霊夢が作った結界は既になく、フェイトたちを阻むモノは何もなかった。

 

 

―――夢鏡「二重大結界」

 

 

 思念体である彼女たちは恐怖に縛られるということはない。目の前に巨体が出現しようとも神が出現しようとも、ただ攻撃を防いだ障害物としか見ていないのだ。どこまでも冷静に霊夢たちは対処していた。

 

 

 

「「「■■■■■■■■■■■――――っ!!!」」」

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 フェイトたちを狙った霊夢の攻撃も、ミシャグチ様たちが咆哮と共に吐き出した祟りの塊で打ち消した。どうやら力は拮抗しているようである。

 霊夢と毛玉はフェイトに抱えられて逃げる裕也を追うよりも、目の前のミシャグチ様が第一の脅威と認識したようで、攻撃の矛先を切り替えた。

 

 

――神霊「夢想封印」

 

 

 霊夢がスペカを使い、光り輝く白で攻撃する。白蛇のミシャグチ様は吐き出す祟りの黒で塗りつぶす。前回の萃香の時はほぼ一瞬で片が付いたのに、こちらは2人を相手にしているとはいえ、かなり長引いている。

 

「裕也! 裕也! ねぇ、しっかりして!」

 

 ミシャグチ様が吼える度にフェイトに抱えられた裕也が呻き声をあげる。裕也とミシャグチ様の繋がりをフェイトは知らない。ただの招喚された存在ではないことを知らない。故に、フェイトではただ気絶した裕也に呼びかけることしかできなかった。

 

『フェイ………くを………こ………』

 

 そこに、フェイトを呼ぶ声がどこからか届いた。周囲を見渡すが、フェイトの近くにいるのは裕也だけだ。念話でもなかったはず、ならば何が? どこから?

 

「……………」

 

 フェイトは己の心の中に集中する。声は自分の中から聞こえてきたような気がしたからだ。

 

『フェイト! 私の声! 聞こえる!?』

 

 その声は聞き覚えのある少女の声だった。いつも裕也の傍にいた少女―――

 

「諏訪子?」

『聞こえる!? フェイト! 今、裕也は魔力がかなり足りない状態なの! あなたの魔力を分けて欲しいの!』

 

 だが、こちらの声は届いていないようである。いくら呼びかけても、聞こえる諏訪子の声は一方的なモノだった。

 

『この声が聞こえたなら裕也との繋がりが分かるはず! それを頼り、に………て……い………』

 

 やがて諏訪子の声は聞こえなくなった。いくら集中しようが、声はもう聞こえない。

 

「魔力………裕也に、分ける………」

 

 伝えられた言葉に従い、自分の心の奥底に潜る。

 

(裕也………裕也………)

 

 自然と彼の名を呼ぶ。どこにいる? どこにある? 助けるための道を探してフェイトは集中した。

 

 

 

「「「■■■■■■■■■■■――――っ!!!」」」

 

 

 

 聞こえたミシャグチ様の咆哮。乱れた集中。その向こうに、見つけた一筋の光を幻視した。

 

「見つけた!」

 

 糸に縋るようにそれに向かって我武者羅に魔力を送る。戻ってきて欲しいと願いながら、裕也の体を抱きしめて魔力を送る。

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ぬあ?」

「裕也!」

 

 気付いた時、俺は生きていることを喜んだ。すごいよ、俺はまだ生きてるよ!

 同時に視界の向こうで白蛇の姿を見つけて、あの時の最後の招喚は成功したことを理解した。が、まだ勝負は付いていないらしい。さすがは原作最強とまで言われる霊夢である。この暴虐の嵐の中を耐え凌いでいる。霊夢はスペルカードで防いでいるから分かるが、毛玉は納得がいかん。さっさとピチュれよ、毛玉。

 

「裕也?」

「ん? って、おぉ!?」

 

 呼ばれた声に振り向くと、すぐ近くにフェイトの顔があった。というか、抱きしめられている現状が分からない。

 

「大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。何だか分からんが、すまんな」

「ううん」

 

 フェイトから離れて自分で宙に浮かぶ。そこで思ったのだが、ミシャグチ様を招喚するという行為をしたにも関わらず、何故か体が軽い。心身共にもボロボロは確かなのだが、今ならもうひと頑張りできそうな気がする。やられすぎて感覚がバカになったのだろうか。

 

≪フェイトちゃん! クロさん!≫

≪なのは!≫

≪もう、さっきから呼んでるのに無視するなんてヒドいよぉ≫

≪ご、ごめんね………ちょっと、こっちも大変で≫

 

 なのはから念話に謝りつつ現状を確かめる。2度目の邂逅なだけあって、なのはたちはメンバーの中では復活が早かった。初見となるアルフたちはまだ呆然としているらしいが、ユーノが頑張って避難させたそうだ。

 そのユーノからは

 

≪やるならやるって最初に言ってよね!≫

 

 とありがたいお言葉を貰った。正直、すまなかった。

 

「裕也、体は大丈夫?」

「あぁ。それと今はクロで頼む」

「あ、うん」

 

 体の方はさっきの通り万全ではないが、気概は何故か十全である。

 

『諏訪子。俺が気を失ってる間に何があったか分かるか?』

 

 相棒に声を送る。が、返事がない。

 

『諏訪子?』

 

 再度問う。しかし返事はない。

 

『諏訪子! おい、どうした?』

 

 焦りを押さえつけて、しっかりと諏訪子の気配を感じる。いつも通りの諏訪子と融合した時に感じる気配は俺の中にいる。確かに、諏訪子は俺の中にいる。しかし、呼びかけても返事が無い。

 

 

―――神霊

 

 

 俺たちを無視してミシャグチ様と霊夢たちの戦いは終幕に向かっていた。新たなスペカでも使おうと思ったのだろう霊夢が動き出し、そこに向けて祟りの奔流が襲い掛かった。ミシャグチ様たちの集中攻撃にさすがに耐え切れず、ついに敗れた。それが合図だったのか、毛玉の方も姿を消し始めた。

 

「ゆ、クロさん………なんか、こっち見てますよ?」

 

 フェイトの言うとおり、何故だか知らないが現れたミシャグチ様たちは、攻撃も何もせずに俺をじっと見ている。しかし、思念も声も何もない。ただただ、じっと俺のことを視ている。

 

(還らせろってこと?)

 

 とはいえ、前回は勝手に還っていった。わざわざ還らせることはしなくてもいいはずだが………。と、しばらく。ミシャグチ様たちが霧と化して消えていく。完全に消える前に、祟りの塊を吐き出して遠方の2匹の龍を消し飛ばしていった。

 すごい。ミシャグチ様すごい。

 

「げほっ! げほっ!」

 

 安心したのも束の間。こみ上げてきた嘔吐感から血を吐き出した。色々と無理をし過ぎてしまったらしい。慌てて祟り神化を解こうとしたが、ミシャグチ様を呼んだ際に一緒に解けたらしく、今は通常状態だった。

 これで霊夢と毛玉は倒した。残りの思念体である魔理沙の方はどうなったのかと探してみるが、それらしい姿は見えない。戦っていたなのはたちに聞いてみたところ、

 

≪なのはと砲撃勝負してなのはが勝った≫

≪なにそれこわい≫

 

 近くにいたアリシアをも巻き添えにするかのような勢いで1発目よりも格段に威力・展開のスピードなどが上がった砲撃を放ったそうだ。対して、魔理沙も砲撃で応戦したが、持続力でなのはが勝り、魔理沙は露と消えた、と。ちなみに、この時に余波としてミシャグチ様から祟りの塊が飛んできたらしいが、桃色の砲撃には敵わなかったようで、逆にかき消されたとか何とか。

 なのは、恐ろしい子!

 

≪で、当の本人は?≫

≪まだまだ改良の余地があります。精進します≫

≪と、述べております≫

≪なにそれすごくこわい≫

 

 見ていないから分からないが、なのはの砲撃はどこまで強くなるのだろうか。次の被害者は………ヴィータか。精々、死なないように祈っておこう。

 

「フリーの魔導師、クロ、だね?」

「―――人に名を聞く時はまず自分から名乗るものではないか?」

 

 管理局に捕まる前にさっさと消えようとしたが、それよりも早くに接触されてしまった。色々と消耗した今の状態では逃げるのは厳しいだろう。

 

「そうだったね。失礼した。僕の名はクロノ・ハラオウン。時空管理局の執務官だ。貴方には聞きたいことがあるので、ご同行を願いたい」

「ふむ………」

 

 さて、どうしようか。諏訪子の状態が分からない今、なるべく早くスカさんのところに駆け込みたい。駆け込みたいが、

 

(どうしようかねぇ………逃げるのは厳しそうだし)

 

 クロノもクロノとて消耗はしているだろうが、逃げられそうにない。なんとか逃げられないかと考えるが、俺の頭では妙案は浮かばない。フェイトやなのはが手伝ってくれればなんとかなるかもしれないが………阿吽の呼吸など無理だろう。そもそも、彼女たちはクロノたち管理局側だしな。

 となると俺1人でなんとかしなければならないが………無理だな。とりあえず、後ろにプレシアさんがいるから、悪いようにはならない、といいなぁ。

 

「とりあえず、俺は組織を信用していない。この状態での同行ならば受け入れよう」

「む………」

 

 しばしの沈黙。背後のリンディさんたちに連絡したのだろう。

 

「分かった。そのままで構わない」

「あぁ」

 

 残った魔力でがんばって仮面だけは直す。変装魔法を使ってるのがバレてるのかバレてないのかは分からないが、触らないでいてくれるのはありがたい。

 

「……………」

 

 視線でフェイトが尋ねてくる。それに俺は頷くことで了承した。満足したのか納得したのか、フェイトはクロノに付いていった。

 他にも色々と言いたいことはあっただろう。俺がクロをやっていることとか、キスしちゃったこととか………。

 

「………………………………」

 

 やっべ、プレシアさんに言われたらどうしよう? 死ぬ? 死んじゃう? 雷の魔法が俺を貫くかい? → DEAD END!

 

≪どうかしたか?≫

≪ん? あー、気にしないでくれ。少し考え事をしていた≫

 

 付いてこなかった俺にクロノが念話で尋ねてきた。今は忘れて大人しく付いていこう。

 あー、でも死にたくないよう。死にたくないよう。

 

 

 

 

 

 

 

≪管理局の諸君≫

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

 ようやく休める―――そう落ち着いた時だった。

 

 

 

≪俺の名は霧谷巧―――世界の全てを手に入れる男だ≫

 

 

 

 広域念話で、俺たち全員に届いた念話が休ませてはくれなかった。

 

 

 

 

 



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第28話 最後の「舞台」へと

 

 

 

 

歴史の流れか

 

影の暗躍か

 

 

世界の修正か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 

 ただ1人の足音だけが響く。窓から見える景色は黒とも紫とも言えるような何とも言えない色をしていた。時折走る紫電が、ここは通常の世界とは異なることを告げている。

 ここは次元空間を漂う要塞―――分かりやすく言うならば、宇宙船のようなものだ。ただ、外見は岩石を掘って作ったような歪な形となっているが、必要な機能はきちんと備わっていた。

 

「やぁ、霧谷くん。調子はどうだい?」

 

 扉を開けて最深部へと辿りつく。そこにあったのはたった1つの玉座。彼のためだけに用意され、最初で最後の孤独な王をやることになった彼の玉座。

 

「……………」

 

 玉座に座りながら佇んでいるのは今回の首謀者となった男―――霧谷巧が虚ろな目をしてそこにいた。

 

「ははは! そのままじゃあ、返事も何もできないか」

 

 黒い本をどこからともなく出し、勝手にページがめくれていく。やがて本は光を帯び始め、

 

「さて、霧谷巧。君がこれからすることは分かってるかい?」

「………あぁ。俺は、これから、アルハザードに、向かう」

「その通りだ。これから君を止めようとする者が来るが分かるかい?」

「………あぁ。邪魔を、する者は、皆殺し」

「そうだ。特に彼―――クロは必ず殺すようにね」

「………あぁ。分かって、いる」

「そうそう。君の大好きな彼女たちも来るよ。彼女たちに好かれたいよね?」

「………あぁ。なのはも、フェイトも、アリシアも、全員、俺のモノだ」

「そうだね。ならば、かっこ良いところを見せないとね」

「………あぁ。全員、俺のモノだ」

「ただ、アリシアだけはダメなんだ。彼女は本来は死人だからね」

「………あぁ。アリシアは、ダメだ」

 

 黒い本を閉じる。全てが整ったとばかりに、男はにやりと小さく笑った。

 

「霧谷くん。君は一体何をやった?」

「………ジュエルシードを盗んだ」

「そうだね。他にもあるだろ?」

「………人間とジュエルシードによる暴走思念体の作成を行った」

「ふむ。ま、こんなところか」

 

 確認も終えたところで、けたたましいアラートが鳴り響く。どうやら、管理局員が乗り込んできたようである。

 

「さて、僕はこれで出て行くとしようか。残りは次会った時に貰うとするよ、霧谷くん」

 

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、現状はどうなってるんだ?」

 

 霧谷から訳の分からない念話が入った。そのすぐ後に詳しく調べてみて、発信場所は次元空間を漂う要塞からというが分かった。また、厳重に保管していたはずのジュエルシードの全てが奪われていたことも分かった。警備をしていた者たちもいたのに、彼らに気付かれることなく奪われていた。

 ジュエルシードは先ほど封印した物が5つと俺が秘密裏に持っているのが3つで、残りの全てが霧谷のところにあるということになる。

 

「これから僕たちは彼の要塞に乗り込んで捕まえに行く。彼がどうしてこんなことをしでかしたのかを聞かなければならないからね」

 

 クロノが行くのは当然というか当たり前。彼は管理局の執務官なのだから。なのはたちは付いていく必要はないのだが、本人たちが行くと行ったので一緒に乗り込むそうだ。

 

 で、俺はどうするか、である。

 

 祟り神化も行い、ミシャグチ様招喚などもやった。正直、体はボロボロである。対霊夢戦でのダメージがデカい。勝敗的にも負けであるし。

 もちろん諏訪子のこともあるので、ここで俺は無理をしないのが自分的にも良いし、他の皆的にも足手纏いにならないはずだ。待ってる方が得策なんだが………。

 

(なのはたちが行くのに、俺だけ待機?)

 

 自分がなのはたちと一緒だとは思っていない。俺は彼女たち程魔法に愛されているとは考えていないし、才能があるとも思っていない。

 それは分かっているんだが、感情が中々納得してくれない。損な性格をしているな。

 

「俺も行こう。ただ、先の戦闘での消耗が激しい………足手纏いになる可能性が高い」

「―――それでも付いてくるのかい?」

「奴が―――霧谷が何を考えてこんなことをしでかしたのか。俺はそれが知りたい」

 

 何故こんなことをしたのか。あいつの行動は本当に出鱈目で一貫性がない。同じ転生者として、あいつのことが気になるのも理由の1つだ。

 もう1つはあいつが持っていたデバイス。うちの諏訪子と同じくデバイスらしからぬ霧谷のデバイスが気になるというのもある。

 

「分かった。なるべく、後ろの方にいてくれ」

「邪魔になるようだったら切り離してくれて構わない。自分の身くらい自分で守る」

「元よりそのつもりだ」

 

 なるほど。外見とは反して大人な判断をしている。この年齢で渋さとかっこ良さを併せ持つとはな、中々やるな。俺には真似できん。

 

『んあ………』

『お? 気付いたか? 諏訪子』

 

 内から聞こえた声に無事を確認した。嬉しさがこみ上げて、自然と口が笑ってしまった。

 

『んあー、裕也? あー、私どうしてた?』

『俺が気付いてからは呼びかけても返事がないからかなり焦った。一応聞くけど、無事だよな?』

『うん』

 

 話を聞けば、俺の無理が原因のようである。俺が気絶する最後の瞬間に行ったミシャグチ様招喚―――これを行うに必要なことは全て行ったが、ただ1つ魔力が足りないという事態に陥った。だというのにキャンセルされない招喚。しかし足りない魔力。

 

 ならばどうなったか?

 

 足りないならば奪えば良いとばかりに、ミシャグチ様が俺の命ともいうべきモノを奪い始めたそうだ。それに慌てた諏訪子が、自らの存在に必要な魔力までをも捻出して肩代わりをしてくれた、という。だが、それだけでは足りなかったようで、一時的に繋いだ魔力パスを使ってフェイトにも魔力を分けてもらうように要請した。

 そのおかげで、諏訪子は気絶程度で消えることはなかったが………。

 

『俺が言うのもアレだけど、そんな危険なことはするなよ!』

『ホントにね! 裕也が言うな! ってセリフだよ!』

 

 ホントにマジですいませんでした。

 

『で、今は大丈夫なんだよな?』

『こうして話す分にはねー、ただ戦うことはできないね』

 

 俺、足手纏いが決定しました。

 

『あー、大地に触れてれば多少は回復が早くなると思うけど………』

 

 まだ残ってる“神”としての部分の力を使えば、大地―――正確には龍脈と呼ばれる場所から力を吸い出すことが出来るそうだ。仮に龍脈がなくとも、大地から生まれた物に触れているだけでも多少回復はできるとのこと。

 

『んー………』

 

 ちょっと回復してくるから降ろしてくださいって言ったところで聞いてもらえるかどうか。それに、ちょっと間が悪い。

 たった今、これから乗り込むぞ! ってところに応! って答えてしまったところだ。今更キャンセルするのは………。

 

『これから赴く場所に期待しよう』

『だねー。あとさ』

『ん?』

『フェイトにはお礼を言っておこうね。今回は本当に』

『うん。終わったら言っとく』

 

 フェイトには謝ることとかお礼を言うこととか、たくさん出来てしまった。もうフェイトの方に足を向けては寝られないな。

 

『あと、心配してくれてありがと』

『こっちこそ。いつも心配かけて悪いな』

『ホントだよ』

 

 これが終わったら諏訪子にも何かお礼をしようか。いつも助けてもらっていることだし。

 

「よし、では行こうか!」

 

 準備が整ったのか、クロノの号令が響いた。俺たちの周りにいるのはなのはを筆頭に魔法少女たちである。既に、ユーノ・アルフ・リニスの3名は先発として要塞に向かっていた。彼らの目的は道中の安全確保である。

 既に報告では敵の人形と思われる“傀儡兵”の存在が確認されているのだ。様々な種類があるようで、予想以上に強いそうだ。おまけに、先発隊からは“完全撤去には時間がかかる”との報告まで。とはいえ、待ってるだけというのは出来ない。なので、俺たち後発組も最悪、傀儡兵との戦闘が行われる可能性が高いという。

 ユーノたちが頑張ってくれれば、何も起こらずに真っ直ぐ霧谷のところまで行けるのだが………まぁこのメンバーならば仮に戦闘が起こっても問題はないだろうな。

 

「各自、連戦で消耗していると思うが、無理はしないように!」

 

 幸い、まだ何も起こってはいない。だからといって安心はしない。向こうにはジュエルシードがあるのだ。何を行うつもりかは分からないが、急いで霧谷を取り押える必要がある。今回は、何よりも速度が重要視されている。

 

 

 

 

 

―― 少年たち転移中 ――

 

 

 

 

 

 次元空間を漂う要塞に転移してきた。原作で言うところの時の庭園だろうか。窓の外に見える次元空間は暗く、時折紫電が走って見える。

 

「アレらが傀儡兵か?」

 

 転移してきた先にすぐ見えたのはロボットのような形をした人形たち。報告では入り口近くのは撤去したはずだったが………。

 

「恐らく、どこか別の場所にいたのが戻ってきたのではないか?」

「そんな面倒な」

 

 文句を言ったところで消えはしない。もしくはどこからともなく湧いてきたのかもしれない、と冗談のように言うが、冗談には聞こえなかった。台所の黒い生物ではないのだから………とは言えないか。傀儡兵は魔力で動くらしいから、魔力さえあれば修復や増産などたやすいのだろう、と推測する。

 とはいえ、無視する訳にもいかない。傀儡兵が守っているのは奥へと続く扉。近づかなければ攻撃されないみたいだが、近づかなければ進めない。

 

「なら、私が!」

「いや、いい」

 

 レイジングハートを構えたなのはをクロノが手で制す。

 

「これくらいの相手に無駄弾は必要ない。僕がやる」

 

 将来苦労しそうなかっこいいクロノが、デバイスを構えて一歩前に出る。こちらの攻撃の意思を感じ取ったのか、傀儡兵たちものそりと動き出した。

 だが、

 

「遅い」

 

 クロノのデバイスから蒼い光が輪となって飛び、傀儡兵を切り裂いていく。輪はそこから宙へと浮かび、炸裂弾として降り注いだ。

 

『おぉー、1撃で一掃したよ』

『さすがは執務官だな』

 

 爆発の霧が晴れてくれば、奥の方にいた1体だけが無事だった。ボス個体的な奴だろうか。しかし、それも予想していたのか既にクロノは移動しており、気付いた時には敵個体の上に。

 

『Break Impulse』

 

 どうやら零距離で手痛い1撃をプレゼントしたようだ。

 

『………』

『どうした?』

『………うん。やっぱりそうだ。裕也、これ土の塊だ』

『ん?』

 

 諏訪子が言うに、俺たちが今いる要塞は大きな岩盤をくり貫いた感じで作られており、元々はどこかの土の中にあったものと思われる。

 

『つまり?』

『私、回復。裕也、バトれる』

 

 とはいえ、全快する程ではないし、回復するにしても一気に回復する訳ではない。岩を穿つ水滴のように、ほんの少しずつと回復していくのだ。

 

『なるべく地面とかそれっぽい場所には触れるようにしておいて』

『不自然じゃないようにやっておく』

 

 いきなり大の字に寝転がったりしたらマズいよね? しゃがんだりした時とか壁とかはなるべく触れるようにしよう。触れる面積が多ければ多いほど、回復のスピードは速まるらしい。

 

『体で転がりながら移動とかどう?』

『ただの変人じゃん!』

 

 地面に触れる面積は多いが、そんなことをしたら社会的に俺が死ぬ。いや、変装してるから裕也ってのがバレてないからいいじゃんとかってのはナシだよ? バレた時にどうするのさ。

 

「ぼーっとしない!」

「だってよ」

 

 クロノが先陣を切り、その後にアリシアが続く。

 

「うん!」

「分かった」

「あぁ」

 

 そこになのはとフェイトが続いて、最後に足手纏いが付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ズガァァァンッ!

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

「「きゃっ!?」」

 

 近くで雷が起こって地震でも起きたかのような音が響いた。一応、周囲を確認するが目に見える範囲で変化はない。

 

「何が起こった?」

「ちょっと待ってくれ。アースラから連絡が来てる」

 

 クロノが何かを操作して空中にウインドウを展開させる。だが、何かの妨害が働いているのか画像は乱れに乱れ、音もところどころ聞こえない。一応、誰かの姿が向こうに見えるが、画像が乱れすぎである。

 そんな中、俺にも連絡が届いた。

 

『おや、スカさんか?』

 

 俺が持ってる通信機はスカさんと俺くらいしか持っていないはず。クロノは操作に夢中になってこっちに気付いていないので、背を向けて通信を開始する。ウインドウもこれで見えないはずだ。

 

『あら、こっちは問題ないようね』

「プレシアさん………って、まぁ、そうか。スカさんの知り合いならこれを知ってても問題ないか」

『えぇ、そうよ』

 

 にしても、通常の連絡が困難な中、こうして普通に通信できるこれはすごいな。さすがはスカさん。自称であるが天才と言うだけはある。

 

『悪いけど、執務官たちにも聞こえるようにしてくれる?』

「あいあい」

 

 クロノたちを呼び、展開できるウインドウサイズを最大にする。個人用だったのであまり大きめにはできないが、まぁ大丈夫だろう。

 

『私の声が聞こえるかしら?』

「母さん」

「プレシア・テスタロッサ、でしたよね?」

『その通りよ、執務官。時間がないから手短に話すわ』

 

 先ほどの轟音はプレシアさんたちが待機しているアースラまで聞こえたようである。とはいうが、先ほどのはあくまでも音が聞こえたような気がするだけで、実際に音は鳴っていないらしい。ややっこしい。

 

「ジュエルシードの暴走?」

『えぇ。何を考えているのか、ジュエルシードを暴走させて局地的な次元震を作ろうとしているみたいよ』

 

 それは原作での貴女の行動です。とは言えないので口にチャックをしておく。

 

(ん? というかあいつ、もしかして原作のプレシアさんの代わりに事件起こしてるのか?)

 

 何でそんなことを? と思って“世界の修正力”という言葉が思いついた。

 

 過去・現在・未来。歴史の歩むべき姿は決められている。それが、何かしらの要因によって世界の本来在るべき姿が変えられた場合、多くの矛盾点を解消しようとして世界自体が働かさせる力がある。

 

 しかし、そんなことが起こりうるのか。そんな力が本当に存在するのだろうか。

 

『それともう1つ。アルハザード。これが相手から一方的に送られてきた言葉よ。通信もこんな状態だから繋がらないしね』

「アルハザードって、あの………」

『えぇ。恐らく執務官が考えてるので正しいと思うわよ』

「なるほど、分かりました。急いで向かいます」

『お願いするわ』

 

 通信を終了する。次元震の影響からか、断続的に地震のような震動が響いてくる。立っていられない程ではないが、気を抜けば倒れてしまいそうである。

 

「うわっ、うわっ」

「なのは!」

 

 とか思っていたら、なのはが倒れそうになった。すかさずフェイトが支えに回り、抱きしめたが。

 

「あなたの持つ通信機も気になるところだが、今は先を急ごう」

「………」

 

 気持ちは分かるが、俺からは何も言うつもりはない。気になるのならば、スカさんかプレシアさんを尋ねて欲しい。

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ! さっき言ってたアルハザードって何?」

 

 この中では唯一(俺は変装中でフリーの魔導師になってるので除外)の地球出身の魔導師であるなのはがクロノに尋ねた。

 つい最近まで魔法など知らなかったのだから、アルハザードを知らないのも当たり前である。

 

「アルハザード。伝説の土地。失われし秘術の眠る場所」

 

 それに答えたのは隣を走るフェイトだった。心なしか、しょんぼりしているように見えるのは気のせいだろうか。そして何故かクロノを睨んでいるように見えるのか錯覚だろうか。

 フェイトもなのはやアリシアみたいに、どす黒いオーラのようなモノを纏い始めた気がするが、きっとそれは俺の幻覚である。彼女までもがあっち(・・・)側の人間なはずがない。

 

「曰く、その世界は今よりも遥かに発展した技術を持っていた。曰く、その世界は次元世界の狭間に消えた。曰く、その世界では死という概念すら覆した。など、御伽噺で語られるような場所のことだ」

 

 それに付け加えるようにクロノがこちらを振り向かないで呟いた。フェイトの視線が強くなったような気がする。フェイトを覆うように漆黒のオーラが一段と濃くなったような気がした。

 

「アルハザード………伝説の………」

「クロノ」

「あぁ。恐らくだが、アルハザードを目指しているんじゃないかな。彼は」

「でも何のために?」

 

 伝説の土地と言われるアルハザード。一説によれば、それは虚数空間と呼ばれる場所に存在すると言われている。だが、もちろんのこと、誰もがそこにあるということを証明できていない。クロノも言っていたように、御伽話のような話なのである。

 

「ジュエルシードを使って次元断層を作る。断層の狭間には虚数空間と呼ばれる場所が生まれる」

「そのために、ジュエルシードを………」

 

 ここまでは良い。ここまでは俺たちも分かる。だが、理由が分からない。何故? 何のために?

 

「………あいつには父親がいない」

 

 俺が思い当たったのは、霧谷に父親がいないという情報だ。

 

「それは事実か?」

「確かめた訳ではない。話を又聞きしただけだ」

 

 いつ頃だったかは忘れたが、霧谷が女子と話している時にそんなことを話しているのを聞いたことがあった。

 

「アルハザードには死者を蘇らせる秘術もあると言うが、それが目的か!」

「……………」

「………そう、なのかな?」

 

 なのはたちも疑問を感じているように、俺も疑問に思う。

 あの霧谷が父親を生き返らせるためにこんなことをするだろうか。ならば、何故笑い話として父親の死を語っていたのだろうか。

 そもそもアルハザードは実在していない。二次創作で語られることはあっても、原作にも出てきていない。そもそもの話、原作ではここで失敗していた。

 

(あいつは、何か確証を持ってやってるのか?)

 

「どちらにしろ、もうすぐ霧谷とは会うことになる。直接聞けばいい!」

「そうだな」

 

 傀儡兵が溢れているのを聞いたが、先発に出発した者たちが頑張ってくれたのだろう。侵入した際に入り口にいた傀儡兵たちと戦ってから戦闘がない。

 

「きゃっ!?」

「なのは!」

 

 突然、なのはの足場の半分がなくなった。危うく、眼下の何とも言えない空間に転びそうなところをフェイトが引っ張りあげてくれた。

 

「なのは。気をつけて」

「う、うん」

「ここらへんはもう空間がダメになってる。いつ足場が崩れるかも分からない。急ごう!」

 

 ボロボロの床の下に広がるのが先ほど言っていた虚数空間と呼ばれる場所。全ての魔法を拒絶する世界であり、御伽話でアルハザードがあると言われている場所。1度、落下したら2度と這い上がることが出来ないと言われている。

 

「この世界にアルハザードがあるかもしれないんだな………」

「あなたは伝説を信じているのかい?」

 

 虚数空間という存在自体が俺にはよく分からないが、この中でも“世界”は保てられるのだろうか。

 そして、ふと思ったことがある。

 

「魔法は使えないが、科学技術で作られた物も拒絶されるのか?」

「む………」

 

 全ての魔法を拒絶する。だからこの中では飛行魔法が使えない。ならば、科学技術で空を飛べばいいのではないだろうか。

 地球にでも飛行機やヘリコプターなどの飛行技術はある。何なら気球とかでも問題はないだろう。大気圧や虚数空間内でも炎が燃えるのか、など考えるべきことは多数あるが。

 

「そういうのは考えたことがなかったな。管理世界の基本は魔法技術だしな」

「科学技術はないのか?」

「全くない、という訳ではないが………やはり、主流は魔法だな」

 

 管理世界の科学技術では虚数空間内で使えなくなる可能性が高い。かといって管理外世界から持ってくるのはご法度。調べれば俺と同じことを考えた奴もいるかもしれないが、自分から好んで虚数空間に飛び込む奴はいない、とのことだ。

 

「ま、あるかも分からない伝説の土地を探しに行くにはリスクが大きいか」

「そういうことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのは!」

「フェイト!」

「おや、追いつかれてしまいましたか」

 

 順調に突き進んできたが、どうやらそれもここまでのようである。先発チームである3人と大量の傀儡兵と合流してしまった。

 

「ユーノくん!」

「アルフ、リニス!」

「これはまた………」

「数が多いな」

 

 空を飛ぶ傀儡兵に、斧を持っている巨体の傀儡兵。その他にも大剣や槍などを持っている個体もいる。大きさも様々あり、少々厄介な連中だ。

 

「ここまで来れば、霧谷がいるであろう奥部屋もすぐそこだろう。2つに分けて行動したい」

「どう分ける? 4:4で分けた場合は厳しくないか?」

 

 今この場に集まっているのは8人。均等に分けた場合は、4人でこれらの傀儡兵を相手にしなければならない。残る人にもよるが、少々厳しいのではないだろうか。

 

「3:5で分けるべきだな。僕とクロさんと誰か1人付いてきて欲しい」

「わt「なのはは残ってくれ」………なんで?」

 

 射撃能力と砲撃という力が活かされるのは狭い場所よりも傀儡兵溢れる今の広い場所の方である。なのはは近接も問題なくこなすが、この場には他にも近接戦闘を得意する者がいるのだ。

 

「だから、なのはにはここで傀儡兵を倒してくれ」

「むぅ、終わったら先に進んでもいいんだよね?」

「ん? あぁ。だが、僕たちのことはk「分かった! じゃあいいよ!」………退くということはしないのだろうか」

 

 虚数空間が出現するほどに空間がボロボロになっているのだ。クロノとしては管理局員ではないなのはたちにはさっさと退いて欲しいのだろう。しかし、そこは猪突猛進娘。恐らく、退かないと思われる。

 

「では、執務官たちには私が付いていきましょうか」

 

 名乗り出たのはリニスだった。正直、これはありがたい申し出だ。なのはもアリシアも黒いオーラを纏ってるし、フェイトもフェイトでなのはたちのようなオーラが見え隠れしている。

 落ち着きなさい、君たち。ほら、ユーノとアルフが震えてるから、な?

 

「リニス………さん」

「リニスで結構ですよ」

「了解した。では、僕たちは先行する。ここは任せたよ」

「すぐに向かうから、残しておいてね!」

 

 何を残すのだ? なのはよ。

 

「リニス。危ないと思ったら執務官を止めるのよ。私たちが行くまで待ってなさい」

「アリシア………」

 

 微妙な顔してリニスさんが頷いたが、何故執務官を止める必要があるのか。そして、フェイト。そろそろこちらの世界に戻ってきなさい。アルフが泣きそうだから。彼女の声に気付いてあげて。

 

 

 



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第29話 手に入れたのは「代償」

 

 

 

振り絞る

 

透き通った水は零れ

 

 

黒い淀みは残り続ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

「さて、なのは。フェイト。分かってるわね?」

「うん」

「―――まずは、ここを片付けないとね」

 

 この場に残されたのは5人。彼女たちを囲うように傀儡兵たちも並んでいた。部屋の中心に浮かぶのは3人の魔法少女。そして、彼女たちよりもやや下に位置し、震える体をお互い抱きしめている使い魔たち。より正確に言うならば、使い魔1匹と結界や治癒を得意とする後衛型の魔導師が1人であるが。

 

「ユーノ。アルフ」

「「は、はい!」」

 

 このグループの指揮官となったアリシアが2人の名を呼んだ。思わず敬礼までしてアリシアに向き合う2人に他意はないはず。

 

「私たちが傀儡兵を1箇所に集めるから、それをバインドで繋ぎとめておいて」

「「了解です!!」」

「じゃあ、行くわよ!」

 

 なのはとフェイトには指示は不要とばかりに、彼女たち3人は動き出した。なのはは距離を取って砲撃の準備を。フェイトとアリシアはそれぞれ別々に飛び、傀儡兵を集め始めた。

 

「ユーノ………」

「何?」

「フェイトが恐いよぉ」

「僕も………なのはが、恐い」

 

 震える2人に味方はおろか、敵も近づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 傀儡兵はその名の通りの人形である。数こそ厄介であるが、1体の力はそこまで高くはない。それこそ戦闘をメインとしているなのはたちの敵ではない。これがサポートをメインとするアルフやユーノだったならば、苦戦していたかもしれない。

 だが、今戦っているのは2人のサポーターではなく、3人のアタッカーである。それも、とびっきりの、が付くのだ。

 

「あははははははははははははっ!!」

 

 高笑いしながら大剣片手に傀儡兵を斬りつけるアリシア。恨みがあるかのように一撃の下に斬り倒していく姿はさながら阿修羅のようである。

 フェイトには劣るものの素早く動き、敵の攻撃を躱して生まれた隙に接近して一閃。これを繰り返していた。

 

「ディバインバスター・フルバースト!!」

 

 一方ではなのはが極太な砲撃を繰り出し―――たと思えば、それらが拡散して更に広範囲の敵を殲滅していく。自動防御が備わっているようで、砲撃が近づけばシールドを張って傀儡兵は防ぐようになっていた。それらを回避するように、直撃の瞬間に拡散させて周囲の敵を殲滅していた。とはいえ、仮にシールドを張られたところでなのはに取っては意味がない。彼女はシールドごと相手を貫けるからだ。

 

「―――っ」

 

 そして、2人の間を縫うように飛ぶ金色がフェイトである。両者とは違い、黙々と敵である傀儡兵に向かって愛機であるバルディッシュを振り抜いていた。アリシアと比べてフェイトは一撃の重さが小さいので、数を増やして数回の攻撃で仕留めていた。

 

「フェイトちゃん!」

 

 なのはの呼び声にフェイトが即座に反応する。2人が背中を合わせて中央に立ち、アリシアがその上を突き進む。

 

「ディバイン………」「サンダー………」

 

 桃と金の光が生まれる。

 

「バスターーー!」「スマッシャーーー!」

 

 その場で2人が回転すれば、直線上にしか飛ばない砲撃が円を描くように曲がって破壊の光りを撒き散らす。

 

「あははははははははっ!」

 

 何か、大事なネジが取れてしまったアリシアが、砲撃の後に急降下してくる。ドップラー効果を引き連れて、アリシアの声が響き渡る。残念ながら傀儡兵はただの人形であり、恐怖を感じるような機能はなかった。もし、彼らに恐怖という感情があったならば、端っこで震えている2人のようになっていたかもしれない。

 

「あはははははっ! さいっこうね! 気分がいいわぁ!! これがハイって奴かしら!」

「―――っ」

 

 砲撃で一掃しても、まだまだ傀儡兵は尽きることなく沸き出てくる。通常ならば、際限ない敵兵に心が折れてもおかしくはない状況だが、

 

「なのは! フェイト! そっちはどう!?」

「余裕しゃきしゃきー!」

「私もまだ大丈夫!」

 

 むしろ、全力を出し続ける環境にご満足のようである。

 

「じゃあ、続行ねー!」

 

 アリシアも再び飛び回り、今度はフェイトも続いた。己のデバイスを武器に確実に敵を屠る姿は凄かった。そして、激しく飛び回る2人に当てないように威力の高い砲撃を確実に制御して敵だけに当てているなのはも凄かった。

 

『The direction of the Three, An enemy's shadows is four. It acted as Locke(3時の方向、敵影4つです。ロックしました)』

「了解なの!」

 

 ほぼそちらを見ないでレイジングハートだけを向けると、砲撃を放った。そこにフェイトやアリシアはいなかったが、例えいたとしてもなのはは撃っていただろう。それだけなのははレイジングハートを信じていた。

 

「次っ!」

 

 そして、今度は自分が見つけた敵をロックしないで操作制御だけで撃ち抜いた。

 

 1つ、また1つと傀儡兵がガラクタとなっていく。だが、同時にどこからともなく傀儡兵が補充されてくるのだ。それでも減っていく数が多いので緩やかにだが数は減ってきていた。

 

 

 

 

 

「―――あれ? もういない?」

 

 傀儡兵を倒し、次の敵を求めてたフェイトが味方しかいないことに気付いた。どうやら、傀儡兵の増産も終了していたようである。

 

「あら、もう終わり?」

「私は結構楽しめたから満足かな」

 

 

 

「……………何してるんですか。あなたたちは」

 

 

 

 ちょうど敵の殲滅が終わったところに、1人の少年を抱えたリニスが戻ってきていた。

 

「あ、リニス………え?」

 

 さすがの3人娘も気付いたようである。

 

「え? なんで?」

 

 リニスの腕に抱えられている少年に―――

 

 それを理解した瞬間、なのはからリニスに向けて鋭い視線が飛んだが―――それも一瞬だけ。すぐに気持ちを収めて頭を冷静にさせた。

 

「どういうことですか?」

「それは私にも分かりません。推測になりますが、恐らくは―――」

 

 推測ならば出来る。答えは簡単だ。だが、それが行われた理由が分からない。

 

「いえ、今は急いで撤退します。彼が目を覚まさないのも気になりますし」

「―――うん! 急ごう!」

 

 先ほどまでの高揚感など嘘のように、3人娘の顔は沈痛なものだった。

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺らの背後で魔法少女たちが暴れている頃―――

 

「動くな!」

 

 一方の突撃組である俺らは最奥の部屋に来ていた。爆心地の所為か、既に周囲は瓦礫と化し、辛うじて残っていた玉座と思われる場所に霧谷は背中を向けて立っていた。

 

「霧谷。何故こんなことをしでかした?」

「……………」

「おい、霧谷! 聞いているのか!?」

 

 クロノがいくら叫ぼうが霧谷は後ろを向いたままだ。振り返ろうとさえしない。

 

「執務官。あいつのデバイスはどこだ?」

「デバイス? 彼はデバイスがなくても自身のレアスキルで十分に戦えるからって、デバイスは持ってないぞ」

「何?」

 

 デバイスを持っていない?

 

「そんなバカな! 俺はあいつのデバイスを名乗った物と出会ったぞ?」

「名乗った?」

 

 クロノにあいつのデバイスとの遭遇した時の話を伝える。言葉を交わすことが出来たことから、インテリジェンスデバイスだと予想している。

 ついでに先ほどの結界内に突入する際にも見かけたことも伝えた。

 

「む………しかし、僕たちはそのようなデバイスは見ていないし、彼の傍でも見た覚えはない」

「ぬぅ」

 

『どういうことだ?』

『管理局が隠している―――って訳でもなさそうだね。ホントに知らないみたい』

 

「お二方。今は彼のデバイスのことではなく、目の前の彼のことに集中すべきでは?」

「む。確かにそうだな。すまない」

「あぁ、そうだな」

 

 リニスさんに注意され、改めて霧谷の方を向く。相変わらず背を向けたままで微動だしていない。本当に目の前にいるのは霧谷なのだろうか。

 

『諏訪子』

『全力は無理だけど、まぁ戦えなくはないよ』

『分かった』

 

「……………」

「……………」

 

 クロノに視線を送ると、何も言わずに小さく頷いた。このままでは埒が明かないので、接近して捕まえようということだろう。

 

「では、私が―――」

 

 少しずつと霧谷に近づき、リニスさんがバインドで霧谷を捕まえた瞬間に駆け出す。

 

 

「―――My who life was “Unlimited Blade Works”(その体は、無限の剣で出来ていた)

 

 

 

―――バキンッ

 

 

 

 そして、俺たちはガラスの割れるような音を聞いた―――

 

「何だ!?」

「―――っ!?」

 

 俺たちは慌てて急停止。目の前から襲いかかる炎に腕を置いてガードする。しかし、炎の熱さは伝わってこない。

 ゆっくりと目を開けた時には―――――世界が変わっていた。

 

「なん、だ………これは」

 

 見上げた空は暗雲が広がり、巨大な歯車が回っていた。足場はいつの間にか焼けた大地へと変わり、墓標のように突き刺さる剣が拡がっている。

 壊れかけ―――虚数空間が見えていた世界は、一変して赤茶けた世界へとなった。

 

(これは―――固有結界、だったか?)

 

 何かのゲームで見た覚えがある。確か、自身の持つ心象世界を現実に侵食展開させるとかそんなような感じだったはず。

 

「執務官。気をつけろ、どうやら俺たちは結界内に閉じ込められたようだ」

「結界? これが結界だと言うのか?」

「あぁ。実際に見るのは初めてだが、結界内の世界を作りかえる技術の存在を聞いたことがある」

「………とんでもないモノだな」

 

 とても強力な力だ。この世界の中心は霧谷であり、この世界の神でもある。霧谷はこの世界を創造したのだから―――

 だがその反面、デメリットもあるはずだ。恐らくは、莫大な魔力を喰うために持続時間が短いことだろう。

 

「―――ということは、一定時間耐えていれば勝手に解けるのか?」

「推測―――となるがな」

 

 固有結界を展開して“ハイ、終わり!”ってことではないはずだ。持続させるために常に魔力を練って放出させてなければならないはず。もし、俺の予想が外れてデメリットがないとしたら確実にヤバい。

 

「もしくは、一定以上の負荷をあいつかこの世界に与えてやれば………持続することも出来なくなる、かもしれない」

「ふむ………」

 

 俺の知ってる固有結界と今霧谷が使った固有結界が同じとは限らないし、俺の覚えてる知識もあやふやで怪しいところがある。だが、知らないよりかは知っていた方が良いだろう。

 

「そういえば、リニスの姿が見かけないが?」

「恐らく、結界の範囲外だったんじゃないか?」

 

 俺たちのすぐ後ろにいたリニスさんの姿は今はない。ここにいないということは、ギリギリ結界の範囲外に立っていた、ということになる。とすると、意外と結界が展開された範囲は小さいな。

 出来れば、彼女が外からこの結界をぶち破ってくれることを願いたい。

 

 

「―――す」

 

 

 ここで初めて霧谷が言葉を口にした。いつの間にか振り返っていたが、俯いているので顔は見えない。

 

「ん?」

 

 

「殺す殺す殺す殺す殺す」

 

 

 俯いた状態の霧谷から零れ出す言葉は物騒の一言に尽きるものだった。

 

「なのはもフェイトもはやても全て俺のモノだ! 俺だけのモノだ! 邪魔する奴は殺す!」

 

 顔を上げ、雄叫びを上げる霧谷。視線がぶつかり合うが、濁った目からは理性の光が見えない。本当に、目の前の男はあの霧谷巧なのだろうか。こうして見えたが、未だに疑問が残っている。

 

「………言葉は通じそうか?」

「あれでは無理だな。色々と聞きたいことはあるのだが、それも聞けそうか分からないな」

「とりあえずは、生き残ることを頑張ろうか」

「確かに」

 

 さて、ここで霧谷の固有結界の方を見てみよう。

 赤茶けた大地に突き刺さる剣。数は多いが、そこまで脅威に感じるほど多くはない。俺たちを中心に周囲に20~30あるかどうかの数だ。死角から飛んできたら恐いが、俺は1人ではないのだ。クロノと協力すればなんとかできる、はずだ。

 あとは、これらの武器の能力だ。振り下ろしただけで大地を破壊する剣とか相手を追尾する矢とか、1つ1つが恐ろしい能力を持っていたはず。それらがまともに機能した覚えはないが、能力を持っているということだけでも脅威ではある。

 おっと、そうだ。大事なことを伝えておかなければ。

 

「執務官。奴の武器には気をつけろ。あれらは爆弾のように爆発する」

「武器がかい?」

「そうだ」

 

 作っては爆発させ作っては爆発させ………それが奴の基本的な戦闘スタイルだ。

 

「さて、クロさん。こうなってしまったからには、あなたにも協力して頂きたい」

「あぁ、でなければここでくたばることになるだろうしな」

 

 とはいえ、俺も限界が近いのは代えようがない事実。この状態でどこまで戦うことが出来るだろうか。

 

「あまり期待はしないでくれ」

「分かった」

 

 

 

 

 

 

 基本はクロノが前で戦い、俺はサポートに徹する。お馴染みの鉄の輪を遠距離から放り投げていく。対して、向こうは10倍近い武器たちで出迎えた。質より量、といった感じだろう。1つ1つの精密さは高くないのが救いである。

 

『諏訪子。この調子であとどれくらい戦えそう?』

『短くて10分、長くて30分くらい』

 

 短い―――と思うが、俺としてはまだ戦えることに感謝している。もし、諏訪子のパワーアップや魔力回復がなかったら、俺は確実にこの場に………いや、この世にいなかっただろう。

 

「あぁぁァァァぁぁああアアああぁぁぁァァぁぁぁっ!!?」

 

 悲鳴とも絶叫ともとれるような霧谷の声と共に、数本の剣や槍などが飛来する。ただ直線に飛んでくるだけなので、避けること事態は簡単だ。

 

「―――っ」

 

 俺はそれらを打ち返すのではなく、出来る限り避けて進んだ。致命傷になりそうなもののみ弾き、それ以外は無視した。ちょっと強く掠る程度と考えて、残りの魔力・体力のことを考えて。

 クロノは逆に全てを打ち落とすかの如く振り払っている。彼の周りを1つの魔力光弾が飛び回り、たった1つの弾で自分に近づく全ての武器群を打ち落としている。さすがに無関係の場所に飛んでいくものは無視しているが、それを除いても凄まじい。威力もさながら、精密さも高い。

 

(これが、執務官の実力か―――)

 

 確実に霧谷との距離をつめていた。すぐに俺も背後を追うようにくっつき、サポートに回る。

 

 そして、ふと見た―――

 

 霧谷の、蒼く輝く(・・・・)瞳を見た。見つけた。

 

 

 

 

 

「―――――っ!!」

 

 

 

 

 

 勘だ。嫌な予感がした。俺の左目が何故かは分からないが、疼いた。まるで、この能力を―――

 

 自分を使えと言っているような気がした。

 

 

――祟符「御左口(ミシャグジ)様」

 

 

 迷わず使うスペカは祟りを撒き散らすもの。バラまくと同時に自身で吸い取り、

 

『裕也! ダメ!』

 

 諏訪子の声も無視して、自身を強化させるブースト―――“祟り神化”を行う。

 

「―――ぐっ!?」

 

 全身を鎖で雁字搦めにされたかのように動きにくく、重くなった。襲う頭痛を無視し、漂う不快感を忘却して、目の前の邪魔なモノを全て消して、加速する。

 さっきまではどんなにがんばってもクロノを追い抜くことはできないと思っていたが、あっさりと追い抜くことができた。その瞬間に横からタックルをかまして、弾き飛ばす。俺が霧谷の目の前に立ち、眼を見開く。

 

 

―――蒼と紅の眼が交差する。

 

「―――――っ!」

「―――――っ!?」

 

 俺の視線と霧谷の視線が重なり、直後に激しい鈍痛が左目を襲った。直接ハンマーで殴られたような、そんな痛み。目の前でフラッシュがたかれたように視界が白で染まった。意識も飛びかけたが―――

 

「ぐあぁぁぁアアアアアアッ!! ナンだ! 何をシタ!?」

 

 俺と同じように霧谷にも痛みは走ったようで、右目で見れば目を押さえて苦しんでいた。霧谷の悲鳴で俺の意識は途切れずに済んだのは幸い。

 

「俺ノ魔眼に! 何ヲしたぁぁァァァァァッ!!!」

 

 知っていた訳ではない。俺の左目は魔眼っぽいモノに変化していると諏訪子は言った。そして、霧谷のオッドアイが両方とも蒼い瞳に変わった瞬間―――俺の左目と同じモノだと悟った。

 目には目を。歯には歯にを。

 

(魔眼には、魔眼だろ?)

 

 だがしかし、代償が少しばかり大きすぎたかもしれない。霧谷の魔眼の方が能力が上だったのか、それとも限界を無視して動いたツケが回ってきたのか。体が麻痺したように動かない。口の中に広がる鉄の味から、血も吐いたかもしれない。

 

『裕……! ……し……!!』

 

 諏訪子の声も聞こえなくなってきた。限界はとうに超えた。限界の限界が近い。

 

 

 願うならば―――次も朝日が拝めるように―――

 

 

「アアアアァァァァァァァアアアアアアアアッ!!」

 

(これで、最後だ! 霧谷!)

 

 何の魔眼かは分からないが、お前が持っているということは強力なモノなのだろう。それが防げれるのならば、俺はそれだけに集中する。

 

(後は、任せた)

 

 最後の力を振り絞って、もう一度、眼を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 クロノとて気付かなかった訳ではなかった。霧谷の瞳が蒼に変色した際、すぐに異様な気配は感じていた。だが、どんな能力がそれに込められていようが、クロノは霧谷を倒せると読んだ。最悪、腕の1本と引き換えになってもいいとも考えていた。

 そも、霧谷がアースラに来ることを他の人は賛成していても、ハラオウン親子だけは最後まで反対していたのだ。レアスキルに莫大な魔力。喉から手が出る程に欲しい人材なのは違いない。だが、それ以上に思考が危険だとハラオウン親子は見ていた。結局は上からの命令という形で押されてしまったが。

 だからこそ、クロノはここでなんとしてでも霧谷を止め、抑えるつもりでいた。

 

(管理局に繋がっているならば多少は目を瞑ろう、だが犯罪者となった時は―――)

 

 しかし、クロノはまだ霧谷という男を知らなかった。霧谷が持っている力を理解できていなかった。結界内の世界を作りかえる力。数多の武器を作り、飛ばす力。そして先ほどの変色した瞳が持つ力。

 2人が出会ってまだ数日。全てを知っていろというのが無理な話ではあるが、それでもクロノは後悔が胸の中に渦巻いていた。

 

「くそっ! 死ぬんじゃないぞ!」

 

 何が起こったのかは分からない。霧谷は目を押さえて苦しみ、クロは目から血を流して動こうとはしていない。死んでしまったのか、と思ったが、よく調べてもいないうちに勝手に決め付けてはいけない。まだ諦めてはいけない。

 

「アアアアァァァァァァァアアアアアアアアッ!!」

 

 クロノが接近するよりも早く、霧谷が回復したのか腕を下ろして瞳を解放させ―――クロが動いた。

 

「ガアアァァァァァァアアアアアアアアッ!!!?」

 

 再び目を押さえて苦しみだす霧谷。どうやっているのかは分からないが、霧谷の力の一部をクロが邪魔をしているのは分かった。

 

 その代償かは知らないが、動けないところを見ると、

 

(あまり、乱用は望ましくない―――というところか)

 

 だが、十分だ。既に霧谷は目の前。相手は痛みに苦しみ、こちらはほぼ万全だ。

 

「これで!」

『Break Impulse(ブレイク・インパルス)』

 

 ついに零距離になり、接触した面から霧谷に向けて凄まじい衝撃が貫いた。本来は対象を粉砕させる魔法なので使わないのだが、桁違いに防御力が高い霧谷だからこそあえてこの魔法を選んだ。

 

「………………」

 

 度重なる激痛に耐えられなかったのか、膝をついた霧谷。それと同時に赤茶けた世界が塗り変わるように元の世界へと変わっていく。

 

「………戻った、か」

「2人とも!」

 

 背後からの声に振り向けばリニスの姿。どうやら、結界とやらも解けたようである。

 

「リニス。悪いが彼を連れて先に―――」

 

 ふと見れば、彼女の両手も血に濡れていた。外からはどう見えていたのかは分からないが、彼女なりに結界の破壊を試みてくれたのだろう。

 

「―――何故、彼がここに、いるのでしょうか」

「ん? どういう―――」

 

 クロノが振り返った先にいたのはクロという男ではなかった。自分よりも年下の、それこそなのはと同じ年代くらいの少年が倒れていた。

 

「彼は―――クロが、彼だというのか?」

「とりあえず、アースラまで連れて行きます」

「あ、あぁ………頼む」

 

 今はそれどころではない、とリニスが先に気付き、クロを―――影月裕也を抱き上げると、入ってきた時よりも速く駆け出した。

 

「―――霧谷巧。ロストロギアの窃盗、捜査妨害もろもろの罪で君を逮捕する」

 

 意識のない霧谷にそう呟き、クロノは彼を捕まえた。いつ気付いて暴れられてもいいように丁寧に拘束し、瓦礫と化した部屋を後にした。

 ジュエルシードは回収でき、大惨事になる前に次元の穴も塞ぐことができた。

 

 ようやく―――ようやく、事件が終わる。

 

Side Out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは………どこだ………?

 

 

 俺は………どうなったんだ………?

 

 

 

 

 

「―――今度来る時は、ゆっくりでいいぞって言ったぞ?」

 

 

 

 

 

 

 あ………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あ………知らない天井だ」

 

 視界もようやく落ち着き、頭も思考できるように動き始めた。

 どうやら俺はまだ生きてもいいみたいだ。何だか懐かしい顔を思い出したようなそうでないような………微妙な気分なのはよく分からない。

 とりあえず、周囲を確認するが俺の記憶にある場所ではない。というか、白い天井に白いベッド。そして独特のこの匂い。

 

「…………………病院?」

 

 ゆっくりと起き上がる。くらりっと眩暈がする。後は倦怠感があり、非情におっくうである。だが、痛みとかはないので一安心。

 窓にかかってたカーテンを押しのけると、そこから見える景色は俺の知っているモノだった。場所は海鳴で間違いないと思う。思うが………。

 

「何故、俺はここにいるのだろうか」

 

 最後の記憶はクロノたちに同行して、霧谷のところに向かったところだ。つまり、海鳴ではない場所。更に言えば、管理局のお膝元であったはず。

 

「………………」

 

 いつ変装が解けたのかは分からないが、恐らくは俺が気を失った時に解けたと思われる。ということは………。

 

(俺、\(^o^)/オワタ)

 

 恐らく、なのはにもバレたことだろう。バレてしまっただろう。俺の脳裏で人生終了のお知らせがなっている。

 

「―――綺麗だなぁ」

 

 時間は昼過ぎといったところか。道行く人の数は少なく、窓から見える景色は緑映える美しい自然だった。そして、俺の目から涙が零れた。きっと、最期に美しい自然を見れて感動したのだろう。脳裏に流れる走馬灯はたぶん関係ないはずだ。

 ふと見下ろした世界は、大体高さ5階分といったところだ。

 

「ゆ、裕也!? 起きたの!?」

「あぁ、諏訪子。ここから飛び降りたら楽になれるかな?」

「起き抜けに何を言ってるの!?」

「短い人生だったが楽しかったよ。諏訪子。では、さらばだ」

「ちょっとーーーーー!!」

 

 体力もまだ戻ってきてないようで窓を乗り越えようとするのも中々難しい。もたもたしている間に諏訪子に追いつかれ、体を抑えられてしまった。

 

「離せーーー! 俺は死にたくないから死ぬんだーーー!」

「意味が分からないよ!? とりあえず落ち着いて!!」

「ちょっと! 何してるのよ!?」

 

 叫び声を聞いて来たのかアリシアも参戦してきた。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 俺は自由へと逝くぞ! 諏訪子ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「何でいきなり窓から飛び降りようとしてるのよ!」

「死にたくないから死ぬに決まってるだろ!?」

「「意味が分からないよ!」」

 

 ちくしょう! 何故理解できない!?

 さっさと腕を離して俺を自由にさせてくれ! 諏訪子がいてアリシアがいるってことは、ここに大魔王もいるということだろ!?

 くそっ、さっきから俺の脳裏で白い悪魔が笑みを浮かべているのが消えない! 既に頭は冷えてるので退場してください!

 

 

 

 

 

「何してるの? 裕也くん」

 

 

 

 

 

「―――っ」

 

 その言葉を聞いただけで俺の体は動かなくなった。メデューサに睨まれたかのように石化してしまった体。正しく、蛇に睨まれた蛙。

 

「なのはも何か言ったげてよ」

 

 相棒のカエル(諏訪子)は普通に動けていたが、()は動けなかった。

 

「ねぇ、裕也くん」

 

 さて、どうしよう。どうする? どうすればいい? 俺が助かる道はありますか? 心の奥底で誰かに尋ねるが、

 

『O・HA・NA・SHIすればいいんだよ?』

 

 答えてくれたのは白い邪神だった。

 

(って、ダメじゃん!?)

 

「………………」

「ねぇ、裕也くん。こっち向いて欲しいな」

「アイ、マム」

 

 くるりと回転して正座。俺の横に諏訪子とアリシアが立ち、目の前にはなのはとフェイトがいた。顔は見てないが、私怒ってますオーラが俺をちくちくと攻撃してくる。ごめん、訂正。ぐさぐさとくるわ。

 俯いているので、俺の視界にはなのはの足がある。それが気付けば、いつの間にかなのはの顔に変わっていた。なのは自らしゃがんで視線を合わせてきたのだ。視線が合っただけで、冷や汗の量が倍増しますた。

 

「ねぇ、裕也くん」

「……………」

 

 攻撃してくるか口撃してくるか。生き汚く足掻いてみるか全てを受け入れて諦めるか。ぐるぐると選択肢を選んでは否定してを繰り返していた。

 

「ありがとう」

「――――――へ?」

 

 しかし、なのはが紡いだのは俺が全く予想していなかった言葉だった。

 

「助けてくれてありがとう。手伝ってくれてありがとう。見守ってくれてありがとう、かな?」

「全部、聞いたよ」

「あの変態がしゃべったの」

 

 話を整理するに、俺が気を失っている間にスカさんとプレシアさんが既に説明をしてくれていた。恐らく、スカさん辺りが勝手に捏造したのだと思うが、

 

「でも、なんで見守るなんて選択したのよ」

「あ、あ~………まぁ、うん。すまん」

 

 俺が変装していた理由は、なのはたちを影から見守っていたから、だと説明したらしい。まぁ理由はあったけど、それも今となっては別段どうでもいいことだし。

 なのはやフェイトたちから十分過ぎる感謝の気持ちをもらい、なんだ俺の考えすぎかと油断したのがマズかった。

 俺の気が緩んだ瞬間に、ソレらは襲ってきやがった。

 

「―――で、話は変わるんだけど」

「諏訪子から聞いたわ。か~な~り! 無理をしたらしいわね?」

「………それも、最悪死んじゃうかもしれないって言ってたよ」

 

 まさか時間差で来るとは思ってもなかった。油断して隙だらけの脇腹に全力全壊の一撃がぶち込まれたような気分である。

 

「―――あっはっはっはっは!」

 

 彼女たちは笑っている。俺も笑っている。だがこうも笑顔に差があるとは知らなかった。

 

「あっはっはっは……………………」

 

 心の底から笑っている彼女たちの笑みは美しい。同時に、潜在的な恐怖を感じる。

 

「……………ごめんなさい」

「許さないの!」

「許さないわよ!」

「ちょっと許せない」

「反省するまで私たちとお話しようか?」

 

 どうやら俺の命はここまでのようである。

 

「すまん。その前に、遺書を書いてもいいか?」

 

 せめて逝く前に親父と母さんに一言だけでも………。

 

「「「「さっさと来る!」」」」

 

 グッバイ現世。こんにちは来世。次は落ち着いた幸せがきますように―――

 

 

 

 

 

 




次で無印編は最後かなー

無印が終わったら幻想郷の話を書いて、A'sですな。


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第30話 物語の「終幕」

 

 

 

事件が終わった

 

物語は終幕

 

 

残されたのは壊れた操り人形(マリオネット)のみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。

 

 俺がいたのはやはり海鳴で間違いなかった。プレシアさんの手引きによってただの気絶と判断された俺は海鳴の病院へと送りこまれた。送り込まれた病院は“海鳴大学病院”である。

 ここまで言えば分かるだろう。そこで待っていたのは非常勤となったスカさんだった。適当な病名言って入院させ、診察をしてくれたらしい。

 

「大丈夫! ウーノと見張ってたから改造はされてないよ!」

 

 と諏訪子からありがたいんだか何だか分からない言葉を貰ったように、結構長い時間診てもらっていたようだ。で、分かったのはただ単に魔力が足りなかったという事実。

 

「だから、君から預かったジュエルシードの魔力をつぎ込んだよ」

「えぇ!? それ大丈夫なの!?」

「まぁ問題ないだろう………………恐らくは」

 

 全てをつぎ込んだのではなく、問題ない程度で俺の意識が戻るだけの量に減らしてはくれたみたい。大丈夫かなぁ………俺。

 

「さて、諏訪子くんにも伝えておいたが………君のその左目」

 

 諏訪子から聞いたのか、スカさんが俺の左目を見る。

 

「その左目が何かは分からなかった。が、確かに魔力を消費しているのは分かった」

「魔力を………」

「そう。そして、ここからが問題なのだが………その左目で消費される魔力量と君が生産する魔力量が釣り合っていないんだ」

 

 だが、それはこの左目が魔力を多く喰うのではなく、俺自身の魔力生産量が少ないのが原因だとか。ついでに計測してもらったのだが、どうやら初期の頃よりも大分下がっているのが分かった。もちろん、原因は不明。

 

「心当たりは?」

「……………いっぱい、ある」

 

 思い返せば原因と断定できなくても、怪しいモノは多々ある。死にかけたことはもちろん、無理無茶無謀など散々してきたのだ。

 むしろ、これくらいで済んで恩の字だろうか。

 

「え? このままだと俺どうなるの?」

「まぁ死ぬね」

「うわぉ」

「となると困るから、君は外部から魔力を定期的に補充しなければならないな?」

「まぁ、そうね」

 

 そう言って渡されたのは謎のカプセルだった。

 

「まだ数は作れていないが、これを使いたまえ」

「何これ?」

「魔力の詰まったカプセルだよ。元々ははやてくん用に作っていたのだが、君も使うといい」

 

 なんと都合の良い物を作ってるのだろうか。相変わらずこのマッドサイエンティストはやること成すことが常人よりも飛びぬけている。

 

「ん? はやて用? はやても使うのか?」

「あぁ。彼女の足の不自由だが、恐らく魔力が足りないのが原因では、と思っている。これから詳しく調べるのだがね」

 

 なるほど。これははやてが自由に歩ける日も近いかもしれない………が、その前に、闇の書事件はどうなるのだろうか。

 

「私からは以上だが、何かあるかね?」

「うんにゃ。ありがと」

「そうそう。今はカプセルに頼ってもいいが、今後は頼らないようにした方がいい」

 

 この左目をなんとかするか、俺の魔力生産量を上げるか。いつまでも薬………ではないけど、薬に頼るのは確かに心許ない。

 

「ドーピング魔導師www」

「ま、そう呼ばれないようにするためにも、なんとかしたまえ」

「………了解」

 

 何がツボに入ったのか分からないが、笑いこける諏訪子の頭を叩き落としてスカさんに頷く。

 とはいえそんな簡単に解決するような問題ではない。こりゃ、時間がかかりそうだぞ………。

 

「ではな。起きたならもう退院しても構わんよ」

 

 ぱたんっと背中を残してスカさんが出て行った。そういえば、入院してたんだな。俺。

 

「どれくらい寝てたんだ? 俺」

「いたた………2日だよ。昨日も合わせたら3日だね」

 

 昨日起きた後に行われたなのはたちによる俺の後悔裁判(誤字にあらず)が行われ、恥ずかしながらも途中で気絶してしまった。恐怖から意識を手放したのか、それとも起き抜けの体には無茶が過ぎたのか。出来れば後者であって欲しいが、本人の俺も分からないので誰にも分からないだろう。

 

「ふむ。んじゃ、帰るか」

「うん」

 

 少量の荷物をまとめ、あまり思い出したくない思い出はそっと部屋において、俺は病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ。裕也様」

 

 久しぶりに感じた我が家に帰れば、出迎えてくれたのはやはり瀟洒なメイドさんだった。だいたいの説明はされているようで、母さんも咲夜さんも何も言わなかった。

 ただ1つだけ―――

 

「……………」

「――ごめんなさい」

 

 初めて母さんに怒られた、というより怒ってますオーラを纏っていた。怒られたというのに嬉しい気持ちでいっぱいなのは自分でもよく分からん。謝ったら、今度は諏訪子といっしょに抱き寄せられた。恥ずかしかったが、申し訳ない気持ちもあったのでされるがままである。

 

 しかし、このまま終わりではなかった。

 

 

 

「咲夜さんが?」

「はい。長い間、お世話になりました」

 

 ついにカオス部屋から抜け出す方法が分かったらしく、今日それを行うということだ。向かう先は幻想郷。気軽に会えることができなくなる場所だ。

 

「それで、いつぐらいに?」

「夜です。パチュリー様は魔法的に今日の夜が1番良いと言っておりました」

 

 魔法のプロのパチュリーさんの判断だから間違いはないだろう。寂しい気持ちはあるが、引き止めることはできない。彼女の主は俺の両親ではなく、カオス部屋の中にいるのだから。

 ここは笑って見送るべきだろう。

 

「しかし、そうなると………」

 

 問題が1つある。

 

「食事?」

「あぁ、咲夜さんがいなくなるのはけっこう痛いな」

「元々は裕也がしてたんだっけ?」

「正確には母さん以外だ」

 

 親父も何だかんだで料理もできる人だからな。自分からやることはホントに少ないが。

 

「私がやってもいいわよ~♪」

「「それはない」」

「くすん」

 

 別なメイドさん来ないかなー。すずかやアリサのところから1人紹介してもらうか………って、別にメイドな必要はないけど。

 

「まぁ、うん。こればっかりは仕方が無い」

「そうだねぇ」

 

 明日から当番制だ。俺と諏訪子で回していくのでよろしく。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、いつもより早くに起きて1階に降りた。

 

「1人いないだけで、随分と広く感じるなー」

 

 咲夜さんのお別れ会みたいなものをしようかと思ったが、色々とやることがあるらしくてそれも出来なかった。早々にカオス部屋へ戻り、パチュリーさんたちと一緒に幻想郷への移住準備を進めていた。

 一言二言で別れのあいさつを済ませただけで、少々寂しかったが………まぁ仕方が無い。

 

「さて、と。久しぶりに朝食作るかな」

 

 寂しいのは事実だが、別にもう会えない訳ではない。幸い、幻想郷の賢者様から招待状を貰っているのだ。招待されるのがいつかは分からないが、近いうちにまた会えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう―――って、来たはずなんだが」

 

 学校に登校してから、というか教室のドアを超えてから気付いたら屋上にいた。どういうこと? スタンドの攻撃か!?

 

「おはよう、裕也くん」

「おはよう」

「なのはにフェイト、おはよう。そして俺はどうして縛られているのかな? かな?」

 

 スタンドじゃなくて魔王の攻撃だったよ。何故に平日の学校でバインドされなきゃあかんのだろうか、俺。意味が分からないよ。

 

「裕也くん―――」

「なぁ、なのは。時間的にそろそろHRが………」

「そんなことより、聞きたいことがあるの」

 

 姫様のHRをそんなこと、とは。すごいぞ、なのは。俺には真似できん。あのアイアンクローは恐ろしい。なのはの砲撃並みに。

 というか、なのはの目からハイライトが消えているのがすごく恐い。誰か助けてくだしあ。

 

「フェイトちゃんとキスしたの?」

 

 鱚?

 違うか、きす………キス? ふぇいとときす?

 

「あー………」

「したの? してないの?」

「いや、その前に、どこでそれを?」

 

 フェイトが言いふらすとは思えない。かといって、あの場にいたのは俺とフェイトだけだ。恐らく、プレシアさんもまだ知らない事実のはずだ。

 そんな禁則事項を何故なのはが知っているのだろうか。

 

「フェイトちゃんの様子がおかしかったら質問したの」

「誘導尋問みたいにされて………」

「わーぉ」

「で?」

「なのはさんなのはさん、少々近くありませんか?」

「で?」

「少し落ち着こうk」

「レイジングh」

「はい、肯定です」

 

 レイジングハートを持ち出すのは卑怯なり。

 というか、ほんの数cmというとこまでなのはの顔がある。答えたので離れて欲しい。フェイトはフェイトで赤くなった顔を手で隠して―――隙間からこっちを見ているし。

 一応アイコンタクトで助けを要請してみる。

 

(フェイト! ヘルプ!)

 

「…………………」

 

 だが、通じなかったようだ。こちらを凝視するようにフェイトは見ているだけだ。こっちを見ているなら、俺の助けを求める視線に気付いてください!

 

「どこで? どうやって? てのは、聞かないよ」

「それよりなのはさん、近いです」

 

 全てを答えたのになのはの顔は以前近いままだ。

 

「なのは?」

「ねぇ、フェイとちゃんとしたなら……」

「なの―――」

「――ん」

「ふわぁ………」

 

 良い匂いが包み込む。口には違和感―――というか、侵入者が蹂躙をする。ぶっちゃけて言うと、なのはの舌が暴れておる。

 

「―――えへへ、これがキスかぁ」

「…………おま、えは、」

「嫌だった? 嫌だったら抵抗してるよね? 普通」

「あなた様にはこれが見えませんかね? 私の身動きを封じてるこれが!」

「みえませーん」

 

 良い笑顔で俺から離れるなのは。軽い唇を合わせるだけのキスとかではなく、相手を蹂躙するかの如く深いキスをされた。

 なんだっけ? オブラートキスだっけか? あいつは本当に子供か? 実は俺と同じで転生者とかだったりしないか?

 

「フェイトちゃーん」

「ふぇあ!? なな、なに?」

「えっとね………ごにょごにょ」

 

 なのはがフェイトに何かを伝えている。そして未だに解かれないバインド。無理矢理解いて逃げようかと思ったけど、これでもかってくらいに魔力が込められたこいつを解くのは中々に難しい。

 おまけにこっちはデバイスがなく、相手にはデバイス有り。これも大きい。というか、最初は無理矢理解こうとして今の状態になったんだけどね。

 くっそ! 嫌な程頑丈にしやがって!

 

「えっと、裕也………」

「お、おぅ?」

 

 今度はフェイトが俺の前に来た。なのははその後ろで笑顔で見てる。視線が合うとサムズアップされた。何が始まるのだろうか。俺の処刑?

 

「い、いくね?」

「え―――」

 

 何故俺があばばばば。

 

 

 

 

 

 

 その後、HRにいなかった俺は姫様にこっぴどく怒られた。なのはたちは、体調を崩したなのはをフェイトが保健室に送っていったというアリバイを作っていやがり、それを報告していた。

 用意周到だな! ちくせう!

 

「で、言い訳は?」

「ございませぬ」

「潔いな。ならば3つに減らしてやろう」

「感謝の極み」

 

 俺の頭を3回、激痛が走った。アイアンクローでなかっただけマシ、と思うことにした。ぐぉぉ、というか、割れてないよな? 俺の頭………。

 

 

 

 

 

 

―― 時間経過 ――

 

 

 

 

 

 

 授業中は比較的安心というか、平和だった。ただ、休み時間になるとアリサとなのはがそれはそれはすごい良い笑みを浮かべて“お話”をしていた。

 おかげでクラス内の温度が10℃は下がっていただろう。だってさ、暑くなってきたというのに寒気を感じるんだぜ?

 

「―――平和でござる」

「裕也くん? 現実逃避してても現実は変わらないよ?」

「まじか………」

 

 俺を挟んで右になのは。左にアリサ。そして目の前にニコニコとしてるすずかと止めようとしてるけど2人の剣幕に何も言えない状態のフェイト。アリシアはその後ろで呑気に本を読んでいる。

 

「―――なに?」

「いや、この空気の中、よく普通でいられるなぁと」

 

 俺なんて冷や汗も止まらないというのに。クラスメイトなんか固唾を飲んで見守ってるよ。できれば、助けてください。え? 無理? そこをなんとか。諦めろって薄情な。

 

「私も混ざってほしいの? 別に構わないけど」

「フェイト。奴を抑えろ」

「ね、姉さん………」

「はいはい」

 

 早く学校終わらないかなー。

 

「まだ午後にもなってないよ?」

 

 すずかさん、心を読まないでくだしあ。

 

「はぁ………」

 

 ふと見上げた空はどこまでも澄んでいて青い。ようやく訪れた平穏な時。現状を平穏とは呼びたくはないが、平穏なんだ………平穏なんだ!

 

「だけど、短いよなー………」

 

 しかし、それは一時的なモノに過ぎない。今は5月。半年もしないうちに、A's次の物語が始まるのだ。長いようで短い。出来ることを出来るうちにやっておかないとな。

 

「考えたところで仕方が無いか」

「うん。だから、現状から逃げるのは止めようね?」

「………ちくしょう」

 

 すずかが目の前でにこにこしながら俺に現実を叩きつけてくる。逃げたいのに逃がしてくれない。いったい、俺に何をさせるつもりだ?

 

「だって、裕也くんじゃないと、ね?」

「ん? まさか2人を止めろと?」

「うん」

 

 すぐ近くにいるというのにアリサとなのはに俺たちの声は聞こえていないようで、俺の頭上でそれはそれは激しい攻防を繰り広げている。俺たちには見えない領域で、きっと世界が何度も滅びるような激しい攻防を繰り広げている。

 

 そんな場所に飛び込めと申すのか?

 

「うん」

「わぁ」

 

 こっそりと視線を2人に移す。

 

「……………」

 

 うん。アレはダメだな。

 

「お休み」

 

 目を閉じて腕を組んで、ザ・私は寝てますの姿勢。休み時間が終わるまではこれでいよう。そうしよう!

 

「もう仕方がないな………裕也くんの恥ずかしい写真はどこだったかな?」

「ちょっと待って!」

 

 何を出そうとしてるの!? すずかさん!

 

「じゃあ………」

「くっそ! 俺には平穏な時間が訪れないのか!」

 

 何故わざわざ戦場に飛び込まないといけないのか………ちくせう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Story

 

 コツコツと男が歩く。すれ違う人たちはまるで男に気付かないように、素通りしていく。男もそれを気にしないで目的地へと足を向けて歩く。

 

 コツコツと。

 コツコツと。

 

 やがて辿りついたのは厳重な警備がされた部屋。部屋の入り口には2人の警備兵。彼らの前でおもむろに黒い本を取り出すと何かを呟いた。

 

「開けて」

 

 続いて彼らにも聞こえるように小さく吐いた。警備兵たちは人形のように疑問を浮かべることなく、男の言葉に従った。

 男は管理局はおろか、ここ―――次元空間航行艦船“アースラ”にさえ記録されていない人物だというのに―――

 

 

 

 

 

 

「やぁ、霧谷」

「……………」

 

 男の目の前には霧谷が拘束された姿で座っていた。その目はどこか虚ろで、男の言葉が聞こえていないようで返事もしない。

 

「おっと、そうだったね。じゃあ、今解いてあげるよ」

 

 再び黒い本を開くと、小さく呟く。すると、霧谷に変化が訪れた。目に光が戻り、能面のような顔には表情が―――怒りが刻まれた。

 

「っ! てめぇ! これはどういうことだ!?」

「どういう? 最初に言っただろう?」

 

 男に掴みかかろうとした―――が、今の霧谷は拘束されているのだ。まともに立ち上がることさえできない。

 

「僕は“全ての転生者を消す”―――そう言ったはずだよ?」

「あぁ! そう聞いた! だから俺とお前で協力したんだろうが!」

 

 男は霧谷に語った。転生者は害悪な存在だ。この世界に災いしかもたらさない。だから、協力して欲しい、と。霧谷の力で他の転生者を殺して欲しい(・・・・・・・・・・)、と。

 

「殺……して………」

「ふふふ、思い出したかい?」

 

 おかしい、と霧谷は顔で語る。

 

―――そのような話だったか?

 

―――そこまで物騒なことを語っていたか?

 

 記憶を必死に思い出そうとする。頭痛がそれを邪魔するが、それでも必死に思い出そうとする。違うはずだ、そう願いながら―――

 

「っ! てめぇ! 俺に何をした!!」

 

 混濁する記憶は放っておき、霧谷は目の前の男に叫んだ。叫んで、誰かを呼ぼうとした。

 現状、霧谷は拘束され能力も封じられている状態だ。比べて目の前の男は霧谷とは違って万全の状態である。これでは万が一があった場合、抵抗もできずに一方的にやられてしまう。

 

「ふふふ」

「何だ! 何がおかしい!」

「まぁ、まずは1つずつ紐解いていこうじゃないか。ところで、僕の言葉は思い出してくれたよね?」

「……………」

 

 未だに混乱は解けないが、確かに転生者を殺して欲しいだの物騒なことを言っていたような気がする。更に思い出してみれば、目の前の男は霧谷の前で何人も人を殺していたりする。

 

「―――俺を、殺す気か?」

「そうだね。結果的にはそうなるね。僕は“転生者を消して欲しい”と“それに協力して欲しい”と言ったね? だけど“君だけは殺さない”とかは言ってないからね」

「―――っ!?」

 

 予想通りである。目の前の男は、

 

「“全ての転生者を消す”―――もちろん、君も例外ではない」

 

 霧谷を殺しにきたのだ。

 だが、何故このタイミングなのか。気付かなかったとはいえ、いっしょに行動していたのだ。霧谷を殺すタイミングはいつでもあっただろうに。

 それが、何故今なのか。

 

「何故………何故、今来た?」

「そうだね。いつでも君を殺すタイミングはあった。だけど、君が消えるにふさわしいタイミングはここでしかなかった」

「?」

「今の君は犯罪者だ。無害な一般市民でも何でもない。犯罪者だ。これほど消えても問題ない存在はいないだろう?」

 

 奥歯を噛み締めて、霧谷は男を射抜くように睨みつける。

 

「それに! それにさせたのはてめぇだろうが!!」

「だが、選んだのは君だ」

 

 確かにそうだ。この道を選んだのは霧谷自身だろう。だが、その選択も他の選択を潰され、それしか選択できないように仕向けさせられた、ということだ。

 

「さて、霧谷。君に問いたい」

「……………」

「君は相手を魅了させ洗脳させる術を持っている。だというのに、どうしてそれを彼女たちに使わなかったのかい?」

 

 いきなり質問が変わったことに、戸惑いを覚える。答えるつもりはなかったが、目の前の男はまるで全てを知っているような目で霧谷を見下ろす。

 例え、霧谷が素直に吐かなかったとしても、正解を抉るように答えるのだろう。

 

「―――それは………お前が効かないと言ったからだろうが」

「あぁ、そうだ。確かに言ったね。で、試したのかい?」

「………どういう、ことだ?」

「本当に、魔導師には魅了して洗脳させる術が効かないと思っていたのかい(・・・・・・・・・・・・・)? 現に君には効いているじゃないか」

「………は?」

「あぁ、それとも。奪われたことで忘れてしまったのかな? それか僕の言葉を勘違いさせる時にいっしょに勘違いしてしまったのかな?」

「ちょっと、待て。なんだ?」

 

 理解しがたい現実に、霧谷がうろたえ始めた。頭が、本能が恐怖を覚える。目の前にいる男は、本当に霧谷と協力していたあの男なのだろうか。

 

「どういうことだよ!?」

 

 話を整理すれば、男は霧谷に対して嘘を言っていたことになり、また霧谷自身にも何かしらの洗脳がされているということになる。

 

「―――僕の能力を教えてあげようか?」

「……………」

「僕はね。2つの能力を持ってこの世界に来たんだよ」

 

 1つは“転生者か否かを見極める能力”、そしてもう1つが、

 

「他人から能力を奪う能力。それも転生者という限定だけどね」

「―――っ!!」

「その通り。僕はとても弱かった。最弱だ。だからこそ、君たち“転生者”の力が必要だった」

 

 デバイスに転生して、人に変身できるような能力を持つ―――ではなく、逆なのだ。デバイスに変身できる人間、それも魔導師なのだ。

 

「まさか―――!」

「そう。これまでの転生者は皆、ここにいる」

 

 とんっと自分を指差す。

 

「ただ“能力だけ”だけどね」

「まさか、俺の………」

「そう。君の他人を魅了させ洗脳させる術も僕が貰っている」

「―――っ!?」

 

 過去を振り返れば、ここ最近一般人相手にもナデポやニコポなどの相手を魅了させる術を使っていない。まるで、自分がその力の存在を忘れたかのように、使っていないことに気付いた。

 

「そのために………そのために、俺に近づいたのか!?」

「そうだよ。そして、残りも貰いにきた」

 

 黒い本を手元に出し、空白のページを開く。片手を霧谷の頭に置き、

 

「これが終われば君は本当に用無しだ。君はこの世界から退場してくれ」

 

 自分の頭の中からナニカが奪われる。吸い取られる。耐え難い激痛が体を無理矢理動かすが、残念ながら霧谷の体は拘束されているのだ。抵抗さえ、満足にできないでいる。

 

「ああアァァァァぁぁぁああアあぁぁァァぁああアアッ!!!」

 

 手に入れたモノが消えていく。霧谷の中で“自分”が消えていくのが分かる。

 

「やめろ! やめろぉぉぉぉ! “俺”を! 奪うなぁぁぁァァァァァァァ!!」

 

 だが、男は止まらない。最後の1滴まで搾り取るように霧谷から奪っていく。

 

「今までありがとう。僕の手駒として動いてくれて、すごい助かったよ。それじゃ、バイバイ霧谷」

 

 

「天宮ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 その声を最後に霧谷は人形のように黙ってしまった。後に、管理局の者が異変に気付くが時既に遅し。彼は壊れた人形のように崩れてしまい、言葉を忘れたように2度と口が開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての能力を奪い終わった後、男―――“天宮業”はゆっくりと立ち去った。すれ違う人々はやはり彼には気付かず、天宮は問題なくその場を後にすることが出来た。

 

「配役は変わってしまったが、概ねは原作通り(・・・・)に話は流れたかな?」

 

 撒いた種と今までの事件を振り返り、色褪せてきた記憶と比べていく。些細な事柄がいくつか違っているが、それはまだ修正の範囲内であることに安堵する。

 

「―――さて、これで残りの転生者は君1人になったよ」

 

 ふと訪れた高台で天宮はそう零した。視線の先には()の家があった。

 

 

 

 

 

 

 

「みーつけた♪」

 

 

 

 

 

 

 

 その視線の先が、一瞬にして得も知れぬ空間に置き換わった。数多の目が天宮を貫くような、不気味な空間―――

 

「―――っ」

「はぁい♪ 随分と面白いことをしてくれたわね」

「あんたはっ!」

 

 不気味な空間から押し出てきたのは金髪の美女―――しかし、彼女がただの人間ではないことを天宮は知っていた。

 そして、準備無しに戦うのでは圧倒的に不利な相手であることも知っていた。

 

「覚悟はできてるかしら?」

「断らせてもらう」

 

 美女―――八雲紫よりも早くに黒い本を開き、小さく呟いた。遅れてやってきた光弾が天宮を貫いたが、

 

「………逃げた、わね」

 

 手応えはなく、気付けば紫の目の前には誰もいなかった。紫も知らない空間転移を行ったようである。既に周囲に天宮の気配はなかった。

 

「やっぱり、あの黒い本をなんとかしないとダメかしらねぇ」

 

 出現と同時に境界を弄って拘束をしたはずなのに、その効果も黒い本の出現と同時に消えてしまったようである。どういった本かは分からないが、この黒い本を何とかしない限り天宮を捕まえることも何もできないだろう。

 

「どうしようかしらねぇ………また借りを作るのはしたくないのだけど、そうも言ってられないかしら?」

 

 ため息を吐きながら、人間の知り合いを思い浮かべる。紫はその男に大きな借りがあったので、これ以上は作りたくはなかった。

 

 

「若いの。ため息は吐くもんじゃ、あらんよ」

 

 

 ふと気付けば、紫の傍には老人が1人いた。老いの刻まれた顔にも頭にも草葉が乗り、全身がぼろぼろの老人である。一瞬、不審者かと思ってしまったが紫は悪くはないだろう。

 

「あ、あらぁ。何かに襲われたんですか?」

 

 考え事をしていたとはいえ、接近に気付かないとは思ってもなかった。適当にやりすごそうかと思っているのだが、紫は空間の切れ間―――スキマから上半身を出している状態だ。というのに、普通に話しかけてきた老人には少々驚く。

 内心の乱れを整えて、申し訳ないが記憶を少々弄らせてもらおうかと思い、他愛ない会話で相手を油断させることにした。

 

「あぁ、ちょいと妻に襲われた」

「つ、妻に?」

 

 が、再び乱された。

 

「うむ。そいで、ここまで投げ飛ばされてしまったんじゃ」

 

 かっかっかっ、と朗らかに笑う老人だが、笑える話ではなかった。苦笑いで紫は応え、そっと老人の格好を見る。確かに目の前の老人は、外にでるような格好ではないし、足に至っては裸足である。

 

「えっと………」

「気にすることではないぞ。よくあることじゃ」

 

 よくあるんだ………紫は言葉を吐き出そうとして、何とか飲み込んだ。

 

「あー、歳のこともありますし、言えば止めてくれるのではないかしら?」

「何を言う! 儂はまだ105じゃ!」

「えぇー………」

 

 どうやら目の前の老人は105歳らしい。105歳にしては腰も曲がって折らず、こうして投げ飛ばされたというのに元気でもある。

 

「………105?」

「うむ。今年で106になるぞい」

 

 紫の知識では人間は短命であった。妖怪かと思ったが、最近の外の世界の技術である“科学”の進歩は凄まじい。人の寿命を延ばすことも可能だろう、と勝手に結論付けた。

 紫の知り合いである男も数百年は生きていても不思議ではないような男なのだ。一般人が100を超えて元気に投げ飛ばされていてもおかしくはない、はずだ。

 

 その時、

 

 

 

―――ヒュォンッ

 

 

 

「げひゅっ!?」

 

 銀閃が紫の目の前を通った。

 どこからともなく飛んできた銀閃―――包丁が逆向きに目の前にいた老人を吹き飛ばしたのだ。ぶつかった場所は胸。もし、刃の部分を先頭に飛んできたならば老人は死んでいたことだろう。

 

「……………」

「ぐっ、これは我が家の包丁………すまんな、どうやら妻が儂を呼んでるようじゃ。儂はこれで帰るとしよう」

「え、えぇ………お大事に……………」

 

 本当に105歳の老人かと疑いたいくらいに元気な老人は、自分にぶつかってきた包丁を持って裸足で帰っていった。

 驚くべきは、包丁を投げられたというのに気にしなかった男か。それともどこから投げたのか分からないが的確に老人に包丁を投げた彼の妻か。

 

「人間って………恐いわね」

 

 そんな言葉を残して紫は消え―――

 

「あ。彼の記憶を弄るの忘れてたわ」

 

 果たすべき目的を忘れていたが、まぁそれも仕方が無い。紫は諦めると、さっさとその場から消えていった。

 

 

 

 




これにて無印終了。
ホントは29話と一緒にあげたかったのだけど、ちょっと急用が入ってそれも無理に。


それにしても今回は場面展開が多いな。更に駆け足気味だしな………。
もう少し、綺麗に書ければよかったな………。

あ、次からは話が幻想郷に向くよ!
出してほしいキャラがいたら、なるべく頑張るよ!


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間章
第31話 彼女は「再び」やってきた


 

 

 

 

カオス は しんか して

 

 

げんそう と なった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物をして帰ってきた。今日から咲夜さんはいないのだ。完全で瀟洒な俺たちの台所の味方である咲夜さんはいないのだ。彼女は本来の主と共に幻想郷へと行ってしまったのだ。

 だから、俺は精神的に疲れた学校からの帰りに買い物してきたのだ。重い荷物を持って帰ってきたのだ。

 

「で、さぁ夕飯でも作るかという時だったんだけどさー」

「そーかーたいへんだったねー」

 

 俺の言葉を右から左へ聞き流すように目の前でダメカエルは言葉を適当に紡ぐ。ダメだ。このカエルはマンガを読むのに夢中でこっちの話を聞いていない。

 誰でもいいから早く俺に状況を説明してください。

 

「助けてー! はやてー!」

「うちはこっちやでー」

 

 庭から声がした。家庭菜園に精を出しているようだ。はやてのおかげで憎い紫のあいつはすくすくと育っている。これでは近いうちに食卓に並んでしまうではないか。

 

「助けてはやて! 一体何がどうなってこうなって俺はどうしたらいいの!?」

「とりあえず、落ち着けばいいやん?」

 

 そうだな。こういう時は深呼吸だな。ひっひっふーひっひっふー。

 あ、唐突に思い出した。秘封倶楽部の2人はいるのだろうか。あの2人は………京都だっけ?

 

「って、そんなんはどうでもいいんだよ!? 今は!」

「なんや、今日はいつもよりも荒れてんなー」

「というかなんでさ! なんでさ! どうしたさ!?」

「なんや?」

 

 

「なんで、咲夜さんがいるんだ!?」

 

 

 そう。俺が壊れている原因ともいうべき人―――瀟洒なメイドさんが我が家の台所にいるのだ。

 見間違えるはずはないだろう。我が家に相応しくない、だけど見慣れた銀髪のメイドさんの姿を。

 

「なんや、裕やん。知らなかったん?」

「知らないよ!」

「あら、裕ちゃん。おかえり~。どうしたの? そんなに慌てて」

 

 2階から降りてきた母さんがのほほんとやってきた。そうだ。母さんも咲夜さんことを知っていたのだろうか。

 

「母さん! 母さんは知ってたの!?」

「それは、咲ちゃんのこと?」

「そう!」

「えぇそうよ」

「何で黙ってたの!?」

 

 はやてもあんまり動じてないし、母さんは知ってたと言うし! 俺だけ仲間外れかよ!

 

「だって、私もついさっき知ったんだもの」

 

 って、違うし!

 

「それは知ってたと言わないよ!?」

 

 それは知らなかったって言うんだよ! 俺と同じじゃん!

 

「もー、裕也はうるさいなぁ」

「いや、うるさくして悪かったけどさ。でもさ、うるさくもなるじゃん!? 何が起きてこうなったの!?」

「裕也は咲夜のこと嬉しくないの?」

「すごく嬉しい!」

 

 家事って大変だよね。あと母さんの料理を食べる機会が減るのがすごく嬉しい。掃除やら洗濯とかって大変だよね。自分が小学生ってのを忘れそうになるよ。あと母さんの料理を(ry

 

「ちゃうで。ちゃうで。エビフライは飛び跳ねないんや。ビーフシチューはしゃべらないんや」

 

 なんかはやてのトラウマスイッチでも押してしまったのだろうか。土で汚れてるにも関わらず、両手で頭を抱えてぶつぶつと呟き出してしまった。

 

「とりあえず、カオス部屋に入ると分かるよー」

「カオス部屋か………」

 

 咲夜さんに別れを言った昨日から、咲夜さんが我が家に来る原因となったカオス部屋の扉は触れてもいない。開けるのが恐かったというより、いつもいた人がいなくなったという現実を知らされるのが恐かったのかもしれない。

 

「開けてみ?」

 

 そのカオス部屋の扉の前に今、立っている。

 

「………おし」

 

 汗ばむ手で握り、カオス部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

 

―――ギィィィィ

 

 

 

 

 

 聞きなれた重苦しい音が響き、いつも見慣れた異空間が―――

 

「―――――どこ?」

 

 いつもの異空間ではなく、どこかの図書館のような場所だった。都内の図書館よりも大きな図書館が目の前には広がっていた。

 

「ヴワル図書館だよ」

「わっつ?」

「正確には“ヴワル大図書館”よ」

 

 開けた場所でパチュリーさんが優雅に紅茶を飲みながら本を読んでいた。

 

「お、パチュリーさん」

「久しぶりね、裕也」

「で、これはどういった状況で?」

「簡単よ………」

 

 本を読みながらパチュリーさんが説明してくれた。それは簡単そうに見えて実に難しく、破天荒な方法だった。

 まず、パチュリーさんたちを閉じ込めてた謎の結界。あれの解除に成功した。これでいつでも自由に出入りが出来るようになった。次に、カオス部屋の中に紅魔館があるという感じだったのを逆にした。

 分かりやすく説明するならば、2つの箱を思い浮かべて欲しい。カオス部屋という箱と、紅魔館という箱。最初は、カオス部屋の箱の中に紅魔館の箱が入っていた。これをパチュリーさんたちは逆にして、紅魔館の箱の中にカオス部屋の箱を入れるようにしたのだ。

 言葉にすれば簡単そうだが、簡単にはできないことのはず。それを成し遂げた彼女たちはすごい。本当にすごい。

 で、その紅魔館が無事に幻想入りを果たした、と。

 

「でも、何でそんなことを?」

 

 謎の結界が解除できたならば、紅魔館だけで幻想入りを果たせばよかったはず。なんで、わざわざ空間の入れ替えなどという面倒なことをしたのだろうか。

 

「まぁ、事故みたいなものね」

 

 どうやら例の結界はカオス部屋の異空間を安定化させる機能も備わっていたようで、解除した途端に世界が崩れ始めたそうだ。それで、このままだとカオス部屋の空間もろとも紅魔館も崩れて、どことも知れない空間を永遠に漂うことになってしまう。それを防ぐために応急処置として空間の入れ替え―――先ほどの2つの箱の入れ替えを行ったのだ。

 紅魔館の箱の中にカオス部屋の箱を収めることで、なんとか世界の安定化は保たれた。だが、そのおかげでカオス部屋の扉を開けたら紅魔館の一室に繋がる、という因果が結ばれてしまったという。

 

「なるほど。じゃあ、既にここは………」

「えぇ、ここは既に幻想郷。ようこそ、この素晴らしき楽園へ」

 

 ティーカップを持ち上げながらそんなことをのたまった。

 だから咲夜さんは変わらずうちでメイドさんをしていた訳か。いや、助かった。主に食事面で。そういえば、カオス部屋にあった物はどうなったんだろうか。

 

「ん? それらも当然私たちといっしょにこっちに来てるわ」

 

 今は別な場所に保管もとい放置している。そのうち必要なものと不必要なものとに分ける作業を行うらしい。今は本とそれ以外とで分けて、本は棚に収納されていっている。それ以外の物の中で不思議生物系は吸血鬼の妹である“フランドール・スカーレット”の遊び相手として放り込まれているそうだ。彼女の部屋に。

 

「ちゃんと許可は貰ったから問題はないわよ」

「誰に?」

「あなたの母親よ」

「母さんぇ………」

 

 まぁ俺たちに必要かどうかと言われれば、必要がないような気がするので問題ないか? むしろ、聞くのは親父に聞いた方が良いと思うが………捕まらないしな。今はどこにいるのやら。

 

「今後も増えてくかもしれないって言われたから、その時はその時で何とかするわ」

「うん、たぶん、増えていきます」

「もし何か売る場合は咲夜に頼んで、外の世界で売ってもらうことになってるわ。基本5:5で分けるわ」

「へー」

 

 盗掘品とかは親父のことだからないと思うけど、売れる物あったかな?

 

 まぁいいや。話を戻そう。

 

 とりあえず、我が家は幻想郷と繋がってしまった。結界もなくなったようで、妖怪も俺たちの家に来ることが出来るようになった。けど、元々妖怪たちは俺たちの世界に居辛いからってことで、幻想郷に向かったはず。ならば、好き好んで俺たちの家には来ない………だろう。

 まぁ幻想郷と言っても、紅魔館の中にある図書館と繋がっただけなので、そうそう変な奴は来ないと踏んでいる。

 

「そんなところよ」

 

 なるほどなー。特に問題ないなら、いいのか?

 

「裕也ーそろそろ戻らないとー」

「ん? あぁそうだな」

「暇な時は遊びにでもいらっしゃい」

「おー、了解ー」

 

 パチュリーさんと別れ、自分の家へと帰る。もはや、ここはカオス部屋とは呼べないな。幻想部屋と改めようかね。

 

「しかし、ヴワルって………」

「それの命名は私だ! ヴワルは何かのマンガに載ってたのを採用した!」

「やはり、おまえか」

 

 向こうからこっちに来る時があったならば、そのときは御持て成しをしよう。きっとうちの母親がしてくれる。

 

「諏訪ちゃーん、そろそろ始まるわよー」

「ほーい」

 

 母さんの声に諏訪子が飛んでいく。見たいドラマでも始まるのだろうか。

 

「はぁ、それにしても………」

 

 良かった。本当に良かった。我が家の食卓は安泰である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日。

 特にこれといったことはなく、既に5月ももうすぐ終了というところ。

 

 今日、はやてに魔法のことを話すことになった。

 

 というのも、色々と調べていくうちに魔法のことを秘密にしつつ治療していくのは難しいというのは分かったからだ。ならば、いっそのこと全てを曝してしまった上で治療していこう、となったのだ。

 言葉だけでは信じられないだろうと思って俺も待機していたのだが、思いのほかはやては簡単に信じてくれた。そこで止めておけばよかったものの、俺が魔法を見せたのだが………。

 

「なんや、あんまそれっぽくないんやな」

 

 ちょっと、涙が出た。

 俺の魔法は基本的にスペカである。だが、病院内でスペカを発動したら大変なことになってしまう。精々が鉄の輪を出すか、宙に浮かぶか、である。そこで先ほどの言葉。

 悔しいからなのはたちを呼び出して、はやてに見せてもらった。

 

「どうよ! 魔法だよ!」

「すごいなー! 裕やん以外」

 

 泣いてなんか、ないんだからね!

 

 

 

 

「―――で、君の足の不自由、突然の発作などは全て魔法が関係しているのだよ」

「なるほどなぁ」

「それで、原因と思われる魔導具などには心当たりはないかい?」

「うーん、ないですなぁ。なんか、こういった形とかありませんか?」

「ふむ。それこそ様々だからねぇ。例えば、これ」

 

 スカさんが取り出したのはどこかで見たような青い宝石。ジュエルシードみたいな宝石だった………というか、ジュエルシードじゃね?

 

「ちょっと、スカさん?」

「あぁ安心したまえ。これはレプリカだよ」

「あぁ、レプリカか………」

 

 すごく本物っぽいんだが………ホントにレプリカかなぁ。

 

「これはジュエルシードというモノ。形は宝石だね? 次は諏訪子くん。彼女はデバイスだが、人と同じような感じだね」

「せやな。ホンマに様々なんやなぁ」

 

 デバイス1つに限定したところで、本当に形は様々ある。なので、自分では取り留めない普通な物かと思っていた物が、実は魔法世界の魔導具だったなんてこともあるかもしれない。

 

(さて、どうやって切り出したものか………)

 

 闇の書が原因じゃね? とか言うことはできない。なんでそんなことを知ってるんだって言われたら理由を説明できないしな。

 どうにかして、はやてに闇の書の存在に気付いてもらわないと………。

 

「ならば、今度探しに行こうかい?」

「え? いいんですか?」

「構わんよ。今は彼の家にいるのだったかな?」

「あぁ」

 

 確かにはやては俺の家にいるが、そこまで大した荷物はなかったような気がする。はやてを俺たちの家に引っ張って来た時に、思っていたよりも荷物が少なくて驚いた記憶がある。

 

「んー、確かに。多少の着替えと車椅子と本くらいやなー」

 

 ふむ。本も持って来てたのか。しかし、俺たちの部屋に本棚はない。いったい、どこに置いているんだ?

 

「諏訪子ちゃんに聞いたら、良い場所があるって言うてたんよ」

 

 あれ? 何だか嫌な予感がしますわよ?

 

「む、むぅ。後で聞いてみるか………」

 

 もしカオス部屋に置かれていたら、今頃はヴワル大図書館にあることになる。このままはやてが誕生日を迎えたら、向こうの紅魔館はてんやわんやしそうだ。

 

(あれ? そういえばはやての誕生日っていつだったっけ?)

 

 9月? 10月? 12月ではなかったと思うが………後で聞いておくか。

 

「ならば、次に探す時ははやてくんの家を探せばいい」

「えろぅすいませんなー」

「なに、私にも利があるからね。気にしなくていい」

 

 本日の診察は終了とばかりにスカさんははやてに薬の束を渡した。

 

「これは?」

「それは魔力が篭もったカプセルだ。発作が起きた時は魔力が吸われた時。それをすぐに飲みなさい」

「分かりました」

 

 俺にも渡された魔力カプセルである。

 

「あれ? 俺は定期的に飲めって言われたけど?」

「君の場合は定期的に吸われているからね。いい加減、どうにかしないといけないね」

 

 今はジュエルシードから抜き出した莫大な魔力がある。だが、それも無限ではない。莫大とはいえ、有限である。いつかは限界が来てしまう。

 それまでに俺は魔力消費と生産の均衡を取らなければ、最悪死ぬことになる。

 

「なんや、裕やんも病気持ちなんやん?」

「病気っつーより、怪我っつーかなんつーか」

 

 何て言ったらいいんだろうね。俺の場合。病気でもないし、怪我でもないし………生まれつきって訳でもないしなー。

 

「何か変化があったらすぐに彼に言うか私に連絡しなさい」

「分かりました」

 

 礼を言ってはやては退出する。次は俺の診察の番である。

 

 

 

 

 

 

「………ふむ。この前以来、魔力量の低下は起きていないようだね」

 

 どうやら魔力量が下がり続けるというモノではないらしい。一安心である。

 

「魔力量は増減するものだが、ここまで急激に変化することは珍しいがね」

 

 魔力量は基本的には生まれつきで決まっている。だが、生涯という長い目つきで見れば、少しずつ増えていっている傾向が見られる。中には一気に増える人もいるらしいが、稀である。これは成長と共に増えているのではないか、と考えられている。

 減る場合はどうか。それは、未だに不明らしい。リンカーコアなどに障害がある。魔法的な攻撃を受けた場合などと、症例は過去にもあるらしいが、依然として分かっていない。

 と、言われて俺はどうだろうか。過去を思い浮かべてみる。

 

「………けっこう、あるなぁ」

 

 まず思いつくのが祟り神化によるブースト。次にミシャグチ様の招喚行為。左目とかもそうだが、その他にも何回か死にかけたことも多数。

 

「そうそう起こらないとは思うが、次に起こったら危険かもしれないね」

 

 そもそも何故魔力の生産量が下がったのかが分からないのだ。最有力候補はミシャグチ様の招喚行為だが、確固たる理由がない。理由が分からなければ対処ができない。

 

「ま、まだ焦ることではないが………」

「うぃうぃ。分かってますよ」

 

 現状維持では危険ということくらい分かっている。ならば、事件が終わって暇な今にやればいいのではないか、と思うがそれは違う。

 

(次の事件が起こるからな………やるならば、それからだろう)

 

 まだ5月。もう5月。時間はあるようで、ないのだ。

 

「まぁいい。彼女たちが待っているのだろ?」

「あぁ。んじゃ、ありがと」

 

 スカさんの言う通り、わざわざこっちが呼んだというのに彼女たちは待っていてくれた。

 

「あ、診察終わったの?」

「おぅ。問題なしー」

「これからどうする?」

「あ、うち。なのはちゃんのうち行ってみたいわ」

「じゃあ行こうか!」

「うん!」

 

 そうか。なのはたちは翠屋に行くのか。じゃあ、俺は帰ろうかなぁ。

 

「―――と、思ったんですがね?」

「ほら、いくで。裕やん」

 

 はやてとなのはに両腕を抑えられて、ずるずると引きずられる俺。フェイト? フェイトははやての車椅子を押しているよ。

 

「分かったから、手を離してくれ。自分で歩く」

 

 捕らえられた宇宙人みたいに引きずらないでくれ。

 

「じゃあ、行こうか」

「せやなー」

 

 春も終わり、もうすぐ目の前に夏が迫っている。冬まで時間があるとはいえ、あっという間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第32話 「幻想」からのお誘い

 

 

 

 

新しい力

 

新しい出会い

 

新しい世界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暑くなってきた今日この頃。今日もはやては庭で家庭菜園をしている。順調に育っているナスをどうにかして倒したいのだが、咲夜さんがはやての味方に加わったために中々それもできないでいる。

 このままでは我が家の食卓にナスが並んでしまう。

 

「―――というわけで、どうにかできませんか?」

「諦めなさい」

 

 諏訪子はもちろん、我が家に俺の味方はいなかったのでこうして紅魔館までやってきている。だというのに、目の前のパチュリーさんは冷たい一言を残して本に夢中である。

 

「むきゅー! むきゅー!」

「ちょっ!?」

 

 

 

 

 

―― 少年お仕置き中 ――

 

 

 

 

 

「誠に申し訳ない」

「まったく………」

 

 あまりにも周りが冷たかったのでちょっとやけになって、パチュリーさんが読んでた本を奪っただけなのに魔法で折檻されました。こっちは諏訪子がいなければ何もできないからな。それをいいことに、一方的にやられました。

 

「あなたの所為で図書館が崩れてしまったじゃない」

「やったのはパチュリーさんですよ」

 

 パチュリーさんが放った魔法の影響で本棚が大変なことになっている現在のヴワル大図書館。本はパチュリーさんの魔法によって無事に保護されているが、本棚まではやってなかったようである。

 ところどころに氷付けや燃えて焦げた本棚が見える。

 

「まぁ困るのは“こぁ”なんだけどね」

 

 すぐに思考の外に追いやったようで、パチュリーさんは読書の続きに入った。すごいね、机も吹っ飛んだからって空中に腰掛けてるよ。

 

 

 

「こぁーーーーー!」

 

 

 

 俺たちの向こうでは悲鳴をあげる赤茶の髪を持つ女性が見えた。

 

「あ」

「どうやら、見つけたみたいね」

 

 今までどこにいたのかは知らないが、どうやらこの惨状を見つけてしまったようである。

 

「ぱ、パチュリー様!!」

 

 会社のOLを思わせるような黒と白の服装。だが、彼女の背と頭からはコウモリのような羽が生えているのが分かる。どうみても、人ではない存在。

 彼女は“小悪魔”に分類される悪魔の1人―――ただ比較的弱い悪魔のために契約者であるパチュリーさん以外には名を明かせないらしい。悪魔にとって名を明かすというのはそれだけ危険な行為とのこと。なので、パチュリーさんも含めて彼女のことは“こぁ”と呼んでいる。小悪魔のこぁである。命名は諏訪子だとか。

 

「ちなみに彼女が命名するまで、こぁのことは<―“放送禁止用語”―>と呼んでいたわ」

 

 何故そのような卑猥な言葉で彼女のことを呼んでいたのかは分からないが、諏訪子に命名された時の彼女はホッとしたような微妙な笑みを浮かべていたそうだ。

 

 

 

―― 閑話休題 ――

 

 

 

「パチュリー様ーーー!」

 

 パタパタと背中の羽で飛びながらパチュリーさんのところへとやってきたこぁさん。その大きな瞳は既に涙でいっぱいである。

 

「本棚が! 本を仕舞うべき場所の棚が!」

「えぇそうね。よろしくね」

「無理ですよぉ!」

 

 ヴワル大図書館には大量の本があり、それらを押し込めている本棚も大量にある。それらの大部分がぶっ倒れたのだ。更に一部は焦げたり氷ついたりと、色々と大変な状態になっている。こぁさん1人ではさすがに無理だろう。

 

「1人で無理なら門番を連れてくればいいじゃない」

「美鈴さん………でも、無理じゃないですか?」

 

 門番こと美鈴さん。まだ会ったことはないが、咲夜さんから色々と話を聞いている。でも、さすがにあの人でもこれらは無理ではなかろうか。

 

「パチュリー様! 本棚を直してくださいよ! でないと、私は魔界に帰りますよ!」

 

 と叫ぶはいいが、実際は契約に縛られているために簡単に魔界とやらに帰ることはできない。それはパチュリーさんもこぁさんも分かっているが、それぐらいの覚悟はある、ということだろう。

 

「はぁ、仕方が無いわね」

 

 やれやれ、と呟いてパチュリーさんが立ち上がった。ふわふわと浮かんで、倒れた本棚たちを次々と立て直していく。ついでに修復も行っているようで、焦げてたり凍ってたりしていた本棚がまるで新品のようになっていた。

 

「改めて、魔法ってすげー」

「パチュリー様はやればできるのに、中々やってくれませんから………」

 

 それ故に“動かない大図書館”などと二つ名が付いてしまった。本人は特に気にしていないのか、動かないスタンスは今も変わっていない。

 

「終わったわ。後はよろしくね」

「うぅ………」

 

 本棚は見たところ、確かに直っている。だが、崩れた際に零れた本たちがあちこちで山を築いていた。ある程度戻す場所が分かっているだけまだマシだと思うが、量が量だけになんとも言えない。

 

「大変そうだねー」

「でしょうね」

「でしたら! 手伝ってくださいよぉ!」

 

 こぁさんの泣き声が周囲に満ちる。手伝いたいのは山々だが、俺ではどこに何の本を仕舞うかの判別ができない。パチュリーさんは絶対手伝ってはくれないだろうし、こぁさんに助言を求めたところで二度手間。

 俺が手伝うよりもこぁさん1人で行った方が早いのは明らかである。

 

「それはあんたの仕事。あんたは私のどr……従者で、私は契約主」

 

 パチュリーさんパチュリーさん。今、奴隷って言いかけませんでしたか?

 

「ですけど! まさかここまで多いとは思いませんでしたよ!」

 

 パチュリーさんはこぁさんを魔界から呼び出す際に1つの契約を行った。それが図書館の本の整理をすることである。

 ここで契約主であるパチュリーさんは少ない対価で最大の仕事をさせたい。逆に、悪魔であるこぁさんは最高の対価で最小の仕事をしたい。それらをお互いに妥協させていくのだが………。

 

「確認しないあんたが悪い」

「こぁぁ………」

 

 こぁさんは2~3質問しただけで、契約してしまったらしい。相手も悪かったけど、場所も悪かったんだろうね。

 パチュリーさんがこぁさんを呼び出したのは、こことは違う別室である。図書館の本の整理と言って、パチュリーさんが指差したのは別室にたまたま(・・・・)置いてあったちょっと多めの本と大きな本棚。

 早合点してしまったこぁさんはそれを見て、聞かされた対価と比べてすぐさま契約を結んだ。全てが終わった後に、明かされた真実。その時、彼女はどう思ったんだろうか。

 

「あれだけの量ならば数時間で終わると思って、おいしい仕事と思ってたのに」

「契約は契約よ。騙される方が悪いのよ」

 

 悪魔さえも騙してみせる魔女“パチュリー”。今日もこぁに本の整理という新たな拷問をさせつつ、彼女は紅茶を片手に読書に勤しんでいた。

 この図書館には以前のカオス部屋たる部屋が存在している。当然、そこには未だ整理されていない本たちが大量に残っている。更に、カオス部屋の機能はまだ残っている。つまるところ、ここの本は不定期に増えていく(・・・・・)のだ。

 そしてこぁさんは“図書館の本を整理し終わる”までが契約である。未だに大量にある未整理の本。そして増えていく本。彼女が魔界に帰れる日は来るのだろうか………。

 

(どうみても整理される本よりも未整理の本が増える方が多い………)

 

「で? 今日は何の用?」

「あぁ。そうだった。なんでも、バインドが出来たって聞いたけど?」

「あぁ、あれね」

 

 俺もこぁさんをスルーしつつ、今日来た目的を話した。いつだったか忘れたが、パチュリーさんにバインドが再現できないかを相談したのだ。バインドでなくてもそれっぽいもので十分であることも踏まえて。

 で、それがついに出来たらしいので、こうして訪れてきたのだ。

 

「まだ完成ではないけどね。実際にあなたが使ってみて試してみなさい」

 

 渡されたのは数枚のカード―――スペカだ。マジックバインド、それがパチュリーさんが制作した俺が使えるバインドだ。実際、俺の魔法にスペカは必要ではないのだが、自己暗示のために毎回使ってたりする。

 

「で、これは彼女を作った人に渡しなさい」

「こいつは?」

「設計書ってところかしら? あなた、スペカ作れないでしょ?」

 

 スペカは使った分、諏訪子が制作してくれている。俺も作れるかもしれないが、制作方法が分からないので作れない。そして、基本的に諏訪子が作る場合は自身の中にそのスペカのデータがないと作れない。

 つまり、マジックバインドは使ったら補充が出来ない、ということになる。

 

「彼女に渡してもいいけど、一応両者に見せておきなさい」

「りょーかい」

 

 諏訪子に見せて本人が覚えればデータとして残るのだろうか。やはり、一応スカさんにも見せておいた方がいいかもしれないな。諏訪子は嫌がるかもしれないから、こっそりと見せるか。

 

「じゃあ、今日はもう帰りなさい」

「うぇい?」

「レミィがさっそく異変を起こしたからね。騒がしくなるわよ。これから」

「あぁ………」

 

 先ほどから聞こえないようにしてたけど、このドンパチ音は幻聴ではなかったのか。ということは、今戦っている相手は紅白巫女と白黒魔法使いなのだろう。

 

「パチュリー様。巫女が2人、こちらに向かってきているようです」

「分かったわ。適当に相手しておくわ」

 

 咲夜さんが突然現れた。毎度のことなのでもう慣れたけど、巫女さんが2人?

 

「はい、咲夜さん質問です」

「あら、裕也様。ここらへんはもうすぐ戦場になりますから、戻った方がよろしいですよ」

「はい、すぐ戻るけど………来てるのは巫女2人?」

「えぇそうです。黒髪の巫女と緑髪の巫女。ただ、外の世界で見た巫女とは少々違っていたような気はしますが………」

 

 黒髪の巫女………は、間違いなく“霊夢”のことだろう。緑髪の巫女は“早苗”のことかな。うちのカオス部屋に長い間捕らわれていたから、俺の知っている異変の順番とは違うみたいである。

 もし、緑髪の巫女が俺の知っている通りならば、諏訪子の本体は既に幻想郷に入ったってことになる。

 

「ふむ………」

「裕也様。考え事ならば戻られてからにしてください」

「ん。了解。じゃー、パチュリーさんもありがとー」

「えぇ」

 

 図書館の奥の目立たない位置にある扉から出る。すると、あら不思議。そこは図書館ではなく、我が家の廊下であった。

 

「異変はそう長くは続かないはずだから」

 

 少なくとも今日一杯は向こうに行かないようにすれば、問題はないだろう。

 

「あぁ、だから今日の夕飯は出前になったのか」

 

 我が家は基本的に咲夜さんが料理を作り、出前というものをしない。それが、今日の夕飯に限って出前となった理由は咲夜さんが向こうにかかりっきりになるからだろう。

 

「なるほど納得。んじゃ、他の人にも伝えておきますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい」

「おかえりー」

 

 母さんたちに伝えて自室に戻ってきたら見知らぬ人がいた。いや、見知らぬけど見知ってる人がいた。

 ん? なにかおかしいな。

 

「…………………どちらさまで?」

 

 車椅子に座っているはやて。そして、その前にいるのは椅子に座っている金髪の美女さんだ。紫のワンピースみたいなドレス。長い金髪を結ぶ赤いリボン。そして特徴的な頭の帽子。

 まさかと思いますが、幻想郷の生みの親の人ですかね?

 

「こうして会うのは初めましてになるわね。八雲紫と申します。よろしくね、裕也くん」

「えっと、うん? よろしく?」

 

 やはり彼女は妖怪の賢者と言われた人―――妖怪でした。

 

「ぬわっ! うそっ! うち負けた!?」

「うふふふ」

 

 とりあえず、そのPFPを置こうか。2人とも。

 

 

 

 

 

 

「それで、今日は一体?」

「あら、前に伝えた通りよ? あなたを幻想郷に迎えに来たの」

 

 ふと思い出す日記帳に挟まっていた手紙。いつ来るかなって思っていたけど、また突然きましたね。

 

「えっと、それって今から?」

「いいえ。さすがにそれだと裕也くんが無理でしょ? 確か………学校でしたっけ? それがあるものね」

 

 幻想郷にどれくらい滞在しているのかにもよるけど、平日は厳しいだろう。となると、休日くらいだろうか。

 ケータイを開いてスケジュール帳を確認して、暇な日を探す。

 

「次の土曜なら、大丈夫かな?」

「そう。じゃあ、その時にまた迎えに来るわね」

「なぁなぁ、それってうちも行ってええねんか?」

 

 すっかり忘れてたが、ここにははやてもいたんだった。普通に聞かせてたけど、別に問題ないよね?

 

「えぇ、もちろんですわ。幻想郷は全てを受け入れますわ」

「やった!」

 

 なるべく家にいるようにしていたはやてだが、スカさんの魔力カプセルのおかげか最近は自分から外に出るようにしていた。もちろん、はやてが外出する場合は誰かしらが傍に付き添っているが。

 万が一に発作が起こったとしても、それをなんとか出来る手があるだけでも彼女には救いだったのだろう。

 

「あと、休日だけで良いんだよね?」

 

 さて、幻想郷に行くのは良い。なんだかんだで楽しみなところはあるし。ただ、幻想郷に行って置いてかれたら帰れません………ってはならないか。いざとなったら紅魔館に行けば、そこから先は我が家に繋がっている。

 

「えぇ。もちろんよ。裕也くんが帰りたくないって言ったら、そのまま残っていてもいいわよ?」

「………長期滞在は夏休みに、なってからかなぁ」

 

 小学校だからサボったところで問題はないと思うが、今からサボり癖を付けるのは将来的にマズい。それに大分この体に馴染んだおかげか、以前ほど精神と肉体がチグハグではない。つまり、友人たちと遊ぶのがすっごい楽しいのだ。

 

「その時はその時でまた迎えにくるわ」

 

 綺麗な笑顔を浮かべる紫さん。だけど、どこか胡散臭いと見えてしまうのは原作通りだな。口に出した瞬間に叩かれそうなので、絶対に言わないが。

 

「ところで、何で俺なの?」

 

 前々から思っていた疑問を、ふと思い出したので聞いてみた。

 

―――何故俺なのか?

 

 誰でも彼でも幻想郷という楽園に行ける訳ではない。その楽園は結界に守られて、外からの侵入者を拒絶している。世界から忘れ去られた存在や、消えかけている存在。または目の前の紫さんに気に入られた存在などが招待されて行けるはず。

 だというのに、何故俺が選ばれたのか?

 

「ふふふ、それは裕也くんが“影月寛治の息子”で“藤原澪の子供”だからですわ」

「え?」

「では、次の土曜日にお会いしましょう」

 

 スッと空中に出現した切れ間の中に潜り、紫さんは何処かへと消えてしまった。今のがスキマ移動なのだろう。あっという間だった。

 目の前でずっと見ていたというのに、本当に消えたとしか思えない。

 

「藤原って………?」

「確か、母さんの旧姓だったな」

 

 親父と母さんの名が出てきたってことは、3人は知り合いか何かなのだろうか。親父は違和感がないけど、そこに母さんも入るのだろうか…………………あ、違和感ないわ。

 親父も母さんも何をしててもおかしくはないわ。

 

「うーん」

「今度にでも聞いてみたらええやん?」

「だな。次はいつ帰ってくるかは分からんが………親父たちならば、納得できてしまうのがなー」

「寛治さん、ハチャメチャやもんなー」

 

 ハチャメチャというかカオスってるというか。1番最初に俺の常識を壊してくれた人だからなー。

 

「せやけど、紫さんって妖怪なんやなー。世界は広いで」

「まったくだな」

 

 世界は広しと言えど、我が家ほどカオスな家はないだろうな。これだけは絶対言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 母さんとドラマを見てた諏訪子をらt―――捕まえて、マジックバインドのことを伝え、一緒にスカさんのところに行くことになった。

 

「いやだー! いやだー!」

 

 本人も納得してくれたようで何よりである。

 

「やだー! 私は帰るー! 澪とドラマ見てるー!」

 

 少々うるさいから、さっさとスカさんの家に行くことにしよう。ご近所さんの目もなんか少しずつと鋭くなってきたし。

 大丈夫です。僕たちは仲の良い兄妹ですので。何も心配はいりません。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、これ」

「フー! フー!」

 

 諏訪子はチンクによってバインドで拘束されている状態だ。あまりにもうるさかったので、猿轡もさせて口を塞いでいる。何も知らない人がこれを見たら、幼女を拉致監禁していると思われても仕方がないだろう。

 

「ふむ。なるほどな………」

 

 スカさんにパチュリーさんから渡されたマジックバインドの設計書たる物を渡した。それをパラパラと見ながら、スカさんは1人納得して頷いている。

 

「素晴らしいな。我々の扱うバインドとは似たようなモノであるが、やはり違う」

「あ、やっぱり違う?」

「うむ」

 

 スカさんたちが言うミッドチルダやベルカ式のバインドは3次元の空間に固定して、相手の動きを封じるタイプのもの。それに対して、パチュリーさん考案のマジックバインドは、空間ではなく相手に直接設置して固定するものである。

 

「マジックバインドの場合、設置されたとしても多少ならば動くことも可能となる。かなり動きは制限されるとはいえ、完全に封じることは難しいだろうね」

 

 従来のバインドには負けるかもしれないが、これにはこれの利点がある。まずは、破られ難いということだ。従来のバインドならば力や魔力任せに引き千切ることが可能だが、これはそうもいかない。後は未完成という点だ。つまるところ、これからもパワーアップや機能の追加が望めるということだ。

 そもそもバインド自体が使えなかった俺自身としては、使えるようになることはとてもありがたいことだ。

 

「ここまで細かに設計されているのならば、そこまで難しいものではないよ。さっそく組み込むとしようか」

「ムー! ムー!」

 

 拘束されてる諏訪子が何かを言っている。もちろん、諏訪子と俺は一心同体の相棒という仲である。言葉がなくとも諏訪子の言いたいことは既に分かっている。

 

「あぁ。分かってるよ。終わるまで待ってろってことだろ? 頑張ってこいよ!」

「ム~~~!」

 

 首を横にぶんぶん振っているが、俺には何も見えない。

 

「ムーーーーーー!!!」

 

 新たにウーノさんに拘束され直された諏訪子とスカさんがどこかへと消えていった。まぁ無事には戻ってくるだろう。

 

「………良かったのか? あれ」

「大丈夫だろう。たぶん」

 

 ついでに定期メンテもするとか言っていたから、時間はかかるかもしれないな。

 

「よし、PFPやろうぜ! チンク」

「望むところだ」

 

 PFPの電源を入れ、ゲームをスタートする。七龍伝説の続編が出たのだ。新職業なども追加されて、細かい動作などの改良され、色々な面でパワーアップしたのだ。

 

「どうする? ストーリーを進めるか?」

「んー、人数も少ないし………ん?」

 

 ふと見れば、俺の名前のセーブデータの下に“八雲紫”という名のセーブデータが作られていた。何してるんですか、賢者様。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

【YOUちゃん】かもーーーん!!

 

【ラブリーチンク】来たぞ、って!?

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「って、何だこれはーーー!?」

「おぉ、なかなか、良い、名前ですな………」

「笑いながら言われても説得力はないぞ!」

 

 どうやら昨日までは普通に【チンク】という名前だったらしい。それが、今日プレイしてみれば名前が【ラブリーチンク】に変わっていた不思議。

 

「ん? そういえば、ドクターに貸して欲しいって言われて貸したな」

「それが原因じゃね?」

「ぐぬぬ………裕也。名前を変えるにはどうすればいいんだ?」

「いやいや。このゲームは、名前を付けられるのは最初だけだぞ?」

「くっ!」

 

 相変わらず謎なことをしているな。スカさんは。

 

「幸いデータは変わってないからな………後で、直すよう言っておこう」

「んじゃま、再開だなー」

「そういえば、裕也の名前も………」

「うるせぃ。前作のデータ引き継いだら名前も引き継いでしまったんだよ」

 

 前作を遊びぬいただけに、このデータ引継ぎをしないという選択肢はなかった。

 

 さぁ、伝説を始めようか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ。

 

「くぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ゆぅぅやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「おー、すわぐぶほっ!?」

「あんたは! あんたはぁぁぁぁっ!!」

「落ち着け諏訪子。裕也の首が取れるぞ」

 

 強烈な飛び蹴りの後に続いて激しく首を揺さぶられる。がくんがくんがくん。

 

「少し落ち着きなさい」

「ウーノ姉様」

 

 諏訪子と一緒に戻ってきたのはウーノさんだけだった。あれ? スカさんの姿がないぞ?

 

「ドクターは?」

「ドクターならば向こうで死んでます」

「ふしゅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 まぁ原因は俺の目の前にいるこいつだろうな。

 

「それで、マジックバインドの方は問題ないのか?」

「ん? あー、まぁそっちは」

 

 視線を横にずらして歯切れ悪く言う。

 

「ん? なんかあったのか?」

「あー………」

「実はドクターが………」

 

 

 

―― 主婦説明中 ――

 

 

 

「えぇー」

「なんだ、それは………」

「私に言われても困ります」

 

 スカさんが調子に乗ったのかテンションが高まり過ぎてしまったのか、諏訪子に追加されたオプションは2つあった。

 1つが先ほどのマジックバインドであり、もう1つが―――

 

「魔法無効化フィールドねぇ」

 

 といっても、きちんど無効化される訳ではない。効果範囲を絞り、出力を上げればきちんと無効化されるが、まだそこまでの力はないとか。

 

「まだ実験的なモノであり、実践投入には早いと思ったんですが………」

「スカさんがやっちゃったと」

「はい」

 

 原作でも似たようなモノがあったと思う。アンチなんたらかんたらって名前で。それの劣化版と考えればいいのかな?

 

「まぁ、あるかないかで言えば………嬉しいような気もするけど」

「これ。かなり魔力喰うよ?」

「嬉しくねぇや」

 

 ただでさえ魔力が少なくてひぃひぃ言っているというのに、これ以上魔力を喰うのは必要ないぞ。しかもこれ、フィールドってことは展開し続けないといけないよね?

 

「そうなります」

「尚更いらねぇぇぇぇぇ!!」

 

 魔力が多いって言ったらなのはとかフェイトだろう。あいつらにでも渡せば………。

 

 

 

 

 

『これで………あなたは防御シールドを張ることはできないよね?』

『その状態で私たちの砲撃、耐えられるかな?』

 

 敵対する相手のところに魔法無効化フィールドを張り、遠方から砲撃の準備をするなのはとフェイト。シールドも何も張れず、ただただ殲滅されるのを待つだけ―――

 

 それは、何と言う名の地獄だろうか。最早、逃げることは―――

 

『そうか。逃げればいいんだ』

 

 魔法無効化なので、バインドも作れない。故に、このフィールドから出てしまえばそれで解決だ。

 

『そう? じゃあ逃げてもいいよ』

『え?』

『逃げられるなら、ね』

 

 ふと見れば、広大なフィールドがそこにあった。バカな、これだけ広く展開するなど人間に出来るはず―――

 

『じゃあ、行くよ。私の―――私たちの全力全壊の一撃を!』

 

 

 

 

 

「アッーーーーーーーーー!!!」

「うわっ!? どうしたの? いきなり」

「危険だ! もしこれがなのはたちの手に渡ったりしたら、危険だ! 危険が危なくなるぞ!」

 

 無抵抗の相手に遠距離から砲撃を撃ちこむことが可能となってしまう。

 

「ん? でも魔法無効化なんでしょ? なのはの砲撃も無効化されるんじゃないの?」

「あ」

 

 そうか。魔法無効化フィールドだ。なのはやフェイトたちの魔法攻撃は無効化されるんだな。

 

「ふぅ、危なかった………」

 

 無事に危険を回避できたようで何よりである。

 

「……………」

「どうしました? ウーノ姉様」

「いえ………」

「ん?」

「なのは様の砲撃の場合ですと、フィールドの減衰効果と砲撃の威力と速度を比べますと………やはり、砲撃が消える前に相手にぶつかる可能性が高いです」

 

 

……。

 

………。

 

……………。

 

 

「え゛?」

「つまり、裕也の言ってたことが可能だと?」

「そうなりますね」

 

「い、いやだーーーーーー!」

 

 

 



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第33話 新しい「家族」

 

 

 

大丈夫だ

 

今日のろうそくのように

 

 

悲劇も吹き飛ばせるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月も終了して、6月。本格的に暑くなり始めた深夜―――

 

 ついに、始まった。

 

 

 

 誰もいない部屋で、それは始まった。

 

 

 

 

 

―――ガガタンッ!

 

 

 

 

 

「んー?」

 

 部屋が近いこともあってか、どこからか聞こえてきた異音は俺たちの部屋まで聞こえていた。

 

「何か、変な音聞こえなかった?」

「聞こえたなー」

 

 時刻は深夜0時。激しい物音と言えば、カオス部屋が思い浮かぶが、あそこは世界の壁が防音処理をしてくれているので物音は外には漏れない。

 

「となると、親父の部屋か?」

 

 親父は今日は帰ってこないはずである。久しぶりに我が家に帰ってきたと思えば、母さんと共に夕方に出かけてしまったのだ。出かける際に息子に

 

「裕ちゃん。妹と弟、どっちが欲しい?」

 

 などと聞いてきたのだ。年中新婚夫婦め、自重してほしい。

 そんなわけで、あそこの部屋は空室である。空き巣でも入ったのだろうか。

 

「ちょいと見てくるか」

 

 ガチャッとドアを開けた。何故かその音は親父の部屋からも聞こえてきた。

 

 ん? おかしくね?

 

「え?」

「ん?」

 

 廊下の先―――親父の部屋から出てきた誰かがいた。黒い服を着た桃色の髪の女性―――どうみても我が家の人ではない。

 

「………どちらさま?」

 

 と呟くと同時に俺の目に拡がったのは銀色だった。

 

「侵入者ですか。私の目を掻い潜ってここまで来たのは褒めましょう―――ですが、ここまでです」

 

 うん。いつの間にか咲夜さんが俺の前に立って、桃色の髪の人と対峙していた。んで、桃色の髪の人も、いつの間にか鎧のようなモノを身に纏って何か剣っぽい物を装備していた。

 

「むっ。訳が分からないが、そちらがやる気ならば私も応戦するまで………」

「抵抗する気ですか? いいでしょう」

 

 片やナイフを構え、片や長剣を構える両者。場所はうちの廊下。とてもじゃないが、2人がバトって無事な程に丈夫な廊下ではない。確実に壊れるであろう。そして余波で俺の部屋どころか2階が消えるのではなかろうか。

 

「いや待っt」

 

 

―――スパンッ

 

 

 慌てて止めようと両者の真ん中に飛び出したら、俺の首の右側をナイフが掠めて左側を剣が撫でた。

 大丈夫だよね? 俺の首はちゃんとついてるよね?

 

「…………………………」

 

 両手で自分の首を触って確認する。大丈夫だ。問題ない。

 

「裕也様。急に飛び出したら危険です」

「むっ。危うく両断するところだったぞ」

 

 咲夜さんは脳筋ではないと思ってたけど、もしかしたら違うかもしれない。

 とりあえず、

 

「待って! 落ち着いて! お互い待って! うちが壊れるから!!」

 

 両者をなんとか宥めて、彼女たちも家族全員と一緒に1階へ集めた。緊急会議である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、まずは名前とこの家にきた経由を教えてもらえますか?」

 

 親父も母さんもいないので、俺たちの保護者的な立場には咲夜さんが座っている。毎度毎度すいませんが、今回もよろしくお願いします。

 

「では―――」

 

 親父の部屋から現れたのは4人の男女。先ほどばったりと出会った桃色の髪の人が自分たちのことを話してくれた。

 

「まず、私の名前は―――」

 

 桃色の髪の長身の女性。彼女が4人組みのリーダーであり“シグナム”と言った。次にシグナムの後ろに控える形になっている濃い赤の髪を持つ諏訪子並みの幼女ボディの少女。彼女は“ヴィータ”で、その隣にいるクリーム色の髪のほんわかのんびりっぽい女性が“シャマル”と。そして、紅一点の逆の黒一点である唯一の男性。銀の髪を持つ獣耳のマッチョな男、彼は“ザフィーラ”と言った。

 彼女たち4人組みは守護騎士システムと呼ばれるプログラム生命体であり、ヴォルケンリッターと呼ばれる騎士たちだという。眠りについていたところを、闇の書の起動と共に目覚めたと。

 

「それが、この本ですか………」

 

 デーブルに置かれた1冊の本に皆の視線が集中する。これが闇の書と呼ばれている本―――はやてのデバイスである。

 

「この本って、確かはやてのだったよね?」

「せやで。いつからうちにあったのか分からんかったのやけど、確かにうちのやで」

 

 シグナムさんたちも何か繋がりみたいなのを感じ取ったのか、はやてが自分たちの主だということを素直に認めた。それで、騎士が王様に絶対の忠誠を誓います的なアレを行い、はやてがすごく戸惑っていた。

 視線でヘルプを求められたけど、笑顔を返してスルーする。

 

「しかし、裕也様。どう致しますか?」

「ん~………」

 

 実際のストーリー的な話は冬だったと思うけど、こうして4人と出会ったらA’sがついに始まってしまったんだなぁと考えてしまう。

 けど、それよりもまず先に行うべきことがある。それは咲夜さんからの声で分かる。

 

「さすがに4人は厳しいよなぁ」

 

 我が家のスペース的に4人も増えると部屋数が足りないのだ。ヴィータくらいならば、俺たちの部屋に押し込めればなんとかなるだろう。ザフィーラさんは確か獣形態になれたはず。それになってもらって………残りはシグナムさんとシャマルさんか。

 

「とりあえず、母さんの部屋に押し込もうか。今日は帰ってこないと思うし」

「私のところでも構いませんよ?」

 

 一応、咲夜さんの部屋はまだ残っている。基本的にはカオス部屋の向こうの紅魔館にいるのだが、時たまこちらで寝起きをする場合があるので残しているのだ。

 

 とはいえ、それでも厳しいものがある。

 

 元々は物置みたいな場所を咲夜さん用に改良した部屋であり、2人がそこで寝るのは難しい。ある程度は減ったとはいえ、咲夜さんの私物もあることだし。

 

「じゃあ、今度はこっちの状況を教えようか」

 

 シグナムさんたちに現在の状況とこの世界のことを簡単に教えて、それぞれの部屋に押し込んだ。時間も時間だったので、詳細はまた明日ってことで必要最小限のことだけを教えた。

 だって、主を守護しますとか何とか言って付いてこようとしたからね。はやてが必死にヴォルケンメンバーに説得をしてました。

 

「主権限や! 言うこと聞き!」

 

 ま、最終的には力技になったけどね。とりあえず、ヴィータも同じ部屋にいるということと、この世界が平和であるということを理由に納得はしてくれたと思う。

 

「なんか大変なことになったね」

「の割には、楽しそうだね。諏訪子くん」

 

 笑顔でそんなことをのたまっても大変そうには思えないよ?

 

「だって、面白くなりそうな匂いがするもん」

 

 面白さ、だけだったらどんなに良いことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「別に問題ないわよ~」

「うむ。問題はないな」

 

 朝帰りしてきた両親に昨晩の事件を話したところ、1秒で了承された。まだ俺は“昨日のことで”しか言っていない。事件のじの字にも到達していないのに、了承された。

 

「う、うん。まぁいいならいいけど………」

 

 ただ問題は部屋がないということである。昨日は母さんたちがいなかったから、空いている部屋に押し込めたけど、今日はさすがに無理である。

 

「それは大丈夫よね? あなた」

「うむ。任せておけ」

「………………」

 

 じゃあ、いいのかな?

 何だかやけに自信満々だった親父がすごく気になるが、俺はそろそろ学校に行かないとマズい時間帯である。

 

「じゃあ、はやて。諏訪子。シグナムさんたちに説明よろしく」

「はいなー、いってらっしゃい」

 

 家族に揃って見送られるという恥ずかしいことを経験しつつ、俺は学校へと向かった。胸に一抹の不安が残っているが………大丈夫と信じておく。

 ちらっと親父を見たら、サムズアップされた。それが余計に不安を煽ってくれたのだが、今は無視しよう。

 

「大丈夫。大丈夫なはずだ」

 

 不安をかき消すように俺は自分に言い聞かせる。そうする度に心の中で暗雲は大きくなるのだが………。

 

「さて、それはともかくとして………」

 

 親父のことは今は放っておいて、次に考えるのはなのはたちのことである。

 

「闇の書のことを伝えるべきか、隠しておくべきか………」

 

 まずメリット。情報を共有しておけば、いざという時は迅速に動くことが出来る。それに、あいつらのことだから比較的こちら側には協力的に動いてくれるはずだ。

 次にデメリット。正式な局員ではないが、なのはたちは管理局に属している。民間協力者レベルなのか嘱託魔導師レベルなのかは分からんが、管理局側ではある。管理局にまで闇の書のことがバレるのはマズい。非常に面倒なことになる。

 最終的にはバレるとは思うけど、それはできるだけ遅らせたい。

 

「うーん………」

 

 話すべきか。隠すべきか。そんなことを考えていたら、ふと病院での出来事を思い出した。

 

 

 

『ねぇ、もしも今後………危ないことをしているのに私たちに隠していたら………』

『は、はい! 了解です! 一切隠し事を致しません!』

『よろしい』

 

 

 

 あ、選択肢なかったわ。俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――というわけで、現在我が家には闇の書があります」

「「「……………」」」

 

 学校でなのはたち魔法関係者を集めて、事の次第を話した。しかし、闇の書を探していたけど、実は自分の家にあったよってのは、中々に恥ずかしいことだな。灯台下暗しとは正にこのこと。

 あ、もちろん。管理局には秘密でね、ってことは伝えてあります。

 

「えっと、それって大丈夫なの?」

「今のところは大丈夫かと思う。今後は分からんが」

 

 今は起動したてである。まだ危険度は小さいが、今後はどうなるだろうか。いつからになるかは分からんが、ヴォルケンリッターのメンバーは主のために蒐集行為を始めるはずだ。

 主が苦しまないように蒐集行為を始めるが、それが逆に主を苦しめてしまうとい悪質なモノ。どちらを選択しても救いが見えない。

 

 

 

『ハッハッハッハッハッハッ!!』

 

 

 

 そういえば、スカさんがなんか薬とか渡してなかったっけ? あれ? 蒐集行為始まりません的な感じ?

 

「……………どうした? 裕也」

「―――ん?」

「裕也くん。なんか、恐い顔してたよ?」

「あー、ちょいと疲れてるだけだ」

 

 原作みたいな最後を迎えさせないために色々と動くつもりだけど、現状が大分剥離してきたような気がする。このまま放っておいても問題ないような気がするけど………心配症なようで、どうも落ち着けない。

 とりあえず、闇の書を見つけることはできた。さぁ、問題は次だ。バグをどうやって取る?

 

(俺は当然無理だ。はやてにがんばってもらう?)

 

 もしくは困った時のスカさんだろうか。ただ、その場合はシグナムさんたちに納得してもらわないとならない。あの人たちが、他人に任せるだろうか。

 

(そもそも、シグナムさんたちはバグのことを知らないよな………)

 

 あなたたちはバグってますから修正させてくださいって言っても納得してくれるかどうか………。

 

「問題は山積みだなー………」

「わ、私も出来ることは手伝うよ」

「うん。ありがとな、フェイト」

 

 いざという時は頼りにしてるよ。

 

「えー、フェイトちゃんだけ?」

「なのはも頼りにしてるよ」

 

 むしろ、最終兵器的な感じだよね。あなたは。あなたが倒された場合、俺たちには絶望しか残ってないからね。

 

「えへへ」

「それで、今日はどうする?」

 

 今日―――学校が終わった後に翠屋に皆で集まることが決定している。今日ははやての誕生日。翠屋で盛大にお祝いするのだとか。

 

「4人………いや、3人と1匹? 増えましたってことになると思うけど………」

「たぶん、大丈夫だと思うけど………ちょっと聞いてみるね」

 

 なのはがケータイを取り出して家に連絡する。店の大きさと桃子さんたちの性格からするに、断られるというのは無いと思う。ただ人数が多いからなぁ。

 まず、俺、なのは、フェイト、アリシア、アリサ、すずか、チンク。それにプレシアさんにスカさん、ウーノさん、リニスさんにアルフ。咲夜さんに母さんに親父………は来るのかなぁ。で、なのはの家族が4人。そして、主役のはやて。

 

「合わせて24人………いや、23人と1匹か。多いなぁ」

「多いわねぇ」

「だが、その代わりにすごく盛大になるぞ」

「そうだけど………」

 

 フェイトもアリシアも微妙そうな顔をしているが、嫌という訳ではないだろう。

 

「オッケーだって」

「よっしゃ」

「翠屋にそんな人数入るのか?」

 

 チンクの疑問ももっともだ。あの翠屋にそんな大人数が入るとは思えないが、桃子さんがオッケーしたのだから問題ないだろう。

 

「お店だけじゃなくて、おうちの方も解放するみたい」

「なるほどなー」

「もしかしたら、荷物持ち込んで道場でやるかも、だって」

 

 なのはの家には士郎さんの趣味で作った道場がある。何とか流という剣術だか柔術だかの継承者で、物凄く強い。なのはもそこで教えを請うてるし、何時かの日には外国人たちにも教えていた。

 ふと思ったが、魔法有りの全力で戦ったらなのはは父親を超えられるのだろうか。それとも、士郎さんは更に上の人外なのだろうか。

 

「そうね。この人数ならば道場でもちょうどいいんじゃない?」

「だったら、座布団とかも用意した方がいいかな?」

 

 まだ道場で行うかは決まってないから必要はないと思うがな。

 

「あ、アリサちゃーん、すずかちゃーん」

「おはよう」

「おはよー」

 

 リムジン組みが時間ギリギリにやってきた。いつもならば俺たちと同じくらいに教室にいるというのに珍しい。

 

「今日は2人とも遅かったな」

「ちょっとね。家の方でごたごたがあったのよ」

「うちはちょっとお姉ちゃんが………」

 

 色々とあったみたいである。特にすずかは寝不足なのか隈まで出来て一段と疲れた顔をしている。ふらふらと風に流されるように移動してきて、倒れるように椅子に座った。

 

「アリサも疲れた顔をしているが、すずかは更にすごいな」

「えへへ………」

 

 元気とか大丈夫だよってアピールしたいのだろうが、その笑みは逆効果である。

 

「すずかの姉って?」

「忍さんだね。チンクちゃんは会ったこと………ないかな」

「うむ。ないな」

「で、その忍さんがどうしたんだ?」

 

 俺もそこまで会ったことはないから詳しくは知らないが、親父程はっちゃけた人には見えなかった。

 

「うん。昨日ね………恭也さんがうちに泊まりに来てたの」

「お兄ちゃんが? あ。そういえば、いなかったかも」

 

 なんだろ。オチが見えた気がする。それと、なのは。そのことは恭也さんに言っちゃダメだからな。そんなこと聞いたらあの人の場合、自殺するやもしれん。

 

「それで、夜遅くまで隣のお姉ちゃんの部屋が騒がしくて………」

 

 あー。やっぱりねぇ。

 

「もぅ。帰ったらお兄ちゃんに言っておくよ」

「それにしても、夜遅くまで何してたのかしらね?」

 

 何してたってナニしてたんだろうな。なのはやフェイトたちは分かっていないようだが、顔を赤くしてそっぽを向いている人物が1人いた。

 

「アリシア」

「―――っ」

 

 俺が声をかけると盛大に肩を揺らす。

 

「な、なによ?」

「……………」

 

 ナニを想像したのか聞きたいところだが、聞いたところで返ってくるのは拳であるのは明白。俺は沈黙と優しい笑みを浮かべてアリシアを見ておいた。

 

「う、うるさいわね! リニスから教えてもらったのよ!」

「何も言ってませんがな」

 

 にやにやと笑ってるだけなのn………いてっ!

 

 

 

 

 

 

 

―― 少年少女授業中 ――

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 

 一旦家に帰って、俺ははやての足止めを行う。なのはからの合図をもらったら、そのまま翠屋へと連行する予定になっている。

 そのため、俺はさっさと真っ直ぐ帰って来た。我が家に帰って来た。

 

「…………………………」

 

 家の中に入ったら、朝はなかった廊下が増えていた。それは外へと伸び、隣の家へと繋がっていた。何度か目を擦って幻覚かどうかを確かめたけど、幻覚ではなかったようである。

 

「どゆこと?」

 

 恐る恐る廊下を進み、隣の家へと入る。うちと繋がっていたので、不法侵入にはならないはずだが、一体何があったのだろうか。

 

「あら、おかえりなさい」

「あ、っと。シャマルさん?」

「えぇ、そうですよ」

 

 隣の家の台所に立っていたのはシャマルさんだった。朝は黒一色の服だったが、今は普通の服を着ている。母さんの服だろうか。

 ところで、彼女が台所に立っていると母さんがそこにいるみたいに思えて恐怖を感じる。シャマルさんも、もしかしてメシマズな人か?

 

「えっと、何故ここに? というか、何故うちと繋がってるんですか?」

「あぁ、それはですね………」

 

 

「うむ。それは私が説明しよう」

 

 

 大工道具片手に突然現れたのは親父であった。

 

「親父………」

「うむ。おかえり。どうした? 我が息子よ」

「今、どこから現れた?」

 

 親父は高いところから飛び降りたかのように現れたのだ。近くに窓はないし、2階への階段は離れた場所にある。天井に穴などもない。だというのに、どっから現れた?

 

「うむ。そんな細かいことは気にするな」

「はぁ………」

 

 細かいのかなぁ。まぁ、昔っから親父はこうだったしなぁ。俺の精神のためにも無視しておくか。

 

「で、何でお隣さんと繋がってるん?」

「うむ。それはだな―――」

 

 親父が言うに、既に隣は空き家となっていた。俺の記憶が確かならば老夫婦が住んでいたはずだが、いつの間にか孫夫婦の家に引っ越していたらしい。で、親父がその老夫婦にどうやったかは知らないが連絡を取り、これまたどうやったのかは謎だが不動産にも伝えて家を丸ごと手に入れたそうだ。

 

「うむ。これで彼女たちの住まいに関する問題は解決したな」

「まぁ、確かに」

 

 ついでにはやてもこちらに住むことになった。わざわざ2階に上がるよりかは、1階だけで行動が出来るように、とのことだ。それについては俺も賛成である。

 

「じゃあ、こっちはシャマルさんたちとはやてが?」

「えぇ、そうなるわね」

 

 別段問題はないのだが、はやての元の家はどうするのだろうか。と聞いたところ、もうこっちに引っ越したようである。必要最小限の荷物しか持ってきてなかったのだが、こうして新たに家(?)が増えたことなので、引っ越しても問題ないと判断したようだ。

 

「ていうか、はやての元の家に戻ればよかったんじゃね?」

「…………………」

「…………………」

 

 と、言ったら何故か目の前の2人から何とも言えない微妙な顔をされた。

 

「息子よ。お前は………」

「はやてちゃんが、嫌いなの?」

「え? なしてそんな話に?」

「ふむ。そうか。すまないな。気付いてやれなくて。私の方からはやて嬢には………」

「いえ。それは私たちに任せてもらえないかしら? 同じ女ですし。波風立たないように上手く伝えておきますわ」

「いやいや待ってくれ。話がよく分からない方に展開していってるよ?」

「え? だってはやてちゃんのことが………」

「違うからね! 言ってないよ! 嫌いとかそんなこと言ってないからね!」

 

 曲解しすぎだよ!

 

「うむ。では、どう思ってるのかね?」

「どうって、ふt」

「嫌いなの? 好きなの?」

「いや、ふt」

「嫌いなの? 好きなの?」

「その2択以外はないんですかい!?」

「嫌い、なのね………」

「えぇい! 分かりましたよ! 好きですよ! はやてのことが好きですよ!」

 

 

―――カランッ

 

 

「へ?」

 

 背後からの音に振り向けば、そこにいたのはお約束の人だった。

 

「え、えっとな………その、な。なんや、あれや! その………ちょっとタンマ!」

 

 くるりとその場で器用に回転すると、猛ダッシュで走り去っていったはやて。俺はその後姿を呆然と眺めて―――

 

「はっ! いやまて! お前は絶対に勘違いしている!」

 

 慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

「寛治さん」

「うむ。なんだね?」

「裕也くんをからかうのって面白いですね」

「うむ。だろう?」

 

 そんな背後の話し声も無視して。

 

「そういえば、ヴィータちゃんは帰りが遅いわね………」

 

 

 

 

 

  ☆★☆★☆

 

 

 

 とある公園。

 

「いいかえ? 腕を振る時にこうした一工夫を加えることでな………こうすることができる」

「ばぁちゃん! ギガすげー!!」

「ふっふっふ、ヴィータちゃんは物覚えが早いからすぐ覚えるよ。さ、やってごらん?」

「よっしゃー!」

 

 老人たちに混ざって紅い少女がゲートボールに勤しんでいる姿が見られた。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「あちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!!!」

 

 その傍らでは2人の老人が闘っていた。腕を激しく動かし、老人とは思えない足捌きで軽快にステップを踏み、本来はボールを狙うはずのスティックを相手へと向ける姿もあったが、概ね平和だった。

 

 

「なぁ、ところでアレは何やってるんだ?」

「ただのバカどもじゃ。見たらいかんぞ」

「ふーん………」

「とはいえのぅ。そろそろ止めた方がよかろうて」

「じゃな」

 

 スッと音もなく、ヴィータが見ていたにも関わらずに彼女の目の前に現れた老人たち。遊んでいるとはいえ、気配探知を怠っているヴィータではなかった。それでも探知できなかったということは、それだけこの老人たちが強いということである。

 

「そりゃ!」

 

 カキンッとボールが豪速球で2人の闘っている老人たちに飛ぶ。と同時に自分たちも急接近。闘っている2人が障害物に気付き、弾いた時には4人によるバトルロワイヤルが発生していた。

 

「あー………」

 

 最初こそ驚いたヴィータであったが、既に慣れた身であった。

 

「―――なぁ、そろそろ儂を放してくれんかのぅ?」

「じゃあ、この前の女性のことについて話しな」

 

 公園のオブジェのように十字架に貼り付けにされた老人もいたが、ヴィータは気にしないことにした。道行く人もそうだが、誰もが気にしていないからだ。

 

「じゃからのぅ………」

「まずは腕と足。どちらからがいい?」

「ま、待つんじゃ! さすがに包丁で刺されたら儂も「まずは10本じゃ!」10!?」

 

 

 

 平和な公園の一時が、戦場へと変わったりもするが、おおよそ平和であった。それらの光景をヴィータはベンチから眺めながら、

 

「この町のじぃちゃんやばぁちゃんたちと戦ったら、あたし………勝てるかなぁ」

 

 魔導師でもないただの老人たちだが、ヴィータは結構本気で勝てないのではないか、と考えていた。

 

「まぁいいや。ばぁちゃんに教えてもらったことを練習しよ!」

 

 

  ☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 なんだろ。ヴィータが凶悪化するようなイメージが沸いた。どこかの魔王様みたいに進んではいけない道を選んだような気がした。

 

(いやいやまさかな………)

 

「どないしたん?」

「なんでもないぞ」

 

 なんとかはやての誤解を解くことはできた。その際にパンチ1発もらったけど、安いものである。

 

「そういえば、今日は夕飯は出前か何かなん?」

 

 いつもなら夕飯を作り始める時間だが、未だに夕飯を作る気配はない。それに気付いたはやてが聞いてきた。

 

「いや、今日は外で食うんよ」

「はー、珍しいね」

 

 我が家としては珍しい。理由としては咲夜さんの料理がおいし過ぎるってのもあるが、咲夜さんは我が家と紅魔館の方と2つの家のメイドさんなのだ。出来るだけ、家の中にいた方が彼女としても動きやすい。なので、外食はもちろんしない。精々が出前を取るくらいだが、いつ来るか分からない出前よりかは咲夜さんがさくっと作った方が早かったりする。

 

「で、何食べるん?」

「………和、かな?」

 

 そういえば、翠屋ではやての誕生パーティがてら夕飯を食うことになっているんだが、あそこは喫茶店だよな? 夕飯にケーキとか出てきたらどうしよう。

 

「おっと、連絡来た。諏訪子ー」

「あーい」

 

 ドタドタと諏訪子が駆けていく。俺も出かける準備をする。シグナムさんはもうすぐ帰ってくるところだし、ヴィータは途中で拾っていく予定だ。

 

「ん? んん?」

「さぁ行くぞー飯の時間だー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、着いたぞ」

「着いたって、ここ、なのはちゃんのとこやねん」

「うん。そう」

「やってるん?」

 

 外からは中が見えないようにと布のようなもので覆い隠されている。漏れる明かりがないことから、店はやってないのではと思っているようだ。

 

「ヴィータ」

 

 俺はケータイを操作しながら、ヴィータに合図を送る。

 

「はやて、入るぞ」

「あ、うん」

 

 ヴィータがはやての車椅子をゆっくりと押して、翠屋のドアを開ける。

 

 瞬間、

 

 

 

―――パパパァンッ!!

 

 

 

「わひゃ!?」

 

「「「「「お誕生日おめでとう!!」」」」」

 

「え?」

 

 クラッカーを浴びせられると同時に部屋の照明が点いた。そして、色鮮やかになったはやてがぽかーんとした顔で周囲を見る。

 

「ほらほらー、主賓は真ん中真ん中」

「ボケーとしてないの」

 

 アリシアとアリサの2人に引っ張られて、はやてが部屋の真ん中に連行される。真ん中に置かれていたのはウエディングケーキを思わせるような大きなケーキだった。

 

「はやてちゃんは9歳でいいのよね?」

「え? あ、はい。そうです」

 

 未だに混乱から立ち直れていないが、そんなことは関係ないとばかりに桃子さんがケーキに9本のろうそくを並べていく。そして、再び部屋の照明が落とされた。

 

「「「はっぴ、ば~すで~とぅ~ゆ~」」」

「「「はっぴ、ば~すで~とぅ~ゆ~」」」

 

 続いて、小学生組みの少々音の外れた歌声が響いた。俺? すいません。あの中に入るのはさすがに恥ずかしいので大人組みに混じって待機しています。精神的に結構厳しいものが………。

 ちなみにチンクも最初は俺と同じように逃げていたのだが、アリサたちに見つかってしまったのが運のツキだったな。真ん中にがっちりと掴まされているのが見えるだろうか。

 

「「「はっぴ、ば~すで~、でぃあ、はやて~」」」

「「「はっぴ、ば~すで~とぅ~ゆ~」」」

 

 ろうそくを消しにかかるが、場所的な問題で1度では消せなかった。ぐるりとケーキを回るように動いて、全部のろうそくの火を消した。

 

「ありがとなー」

 

 あらかた状況を理解できたのだろう。ここで笑顔を見せてはやてが礼を言った。

 

「「「「「おめでと~!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――某所

 

「闇の書の起動、確認しました」

『守護騎士たちはどうなっている?』

「全員います」

 

 笑顔が溢れる喫茶店を闇夜の中から見つめる瞳があった。闇に隠れるように、影に消えるようにとソレはいた。

 ギリギリ確認できるだけの距離まで十分に離れての観測だった。この距離ならば問題ないと、当人も連絡している相手も思っていた。

 

『そうか………こっちはまだ時間がかかりそうだ。大変だろうが、十分に注意して監視は続けてくれ』

「分かりました」

 

 フッと影が消えた。それに気付いた者は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。去ったか」

 

 1人いた。

 

「おや? どうしましたかな?」

「うむ。貴方は………」

「失礼。私はなのはの父親の“高町士郎”です」

「うむ。私は影月寛治。そこの父親をしている」

 

 父親2人が杯を手にして乾杯。そして、士郎が再び問う。

 

「それで、“去っていった人”は知り合いでしたか?」

 

 どうやら、2人目がいたようである。

 

「ふむ。貴方も気づいておられたか。知り合いと言えば知り合いなのだが、どうにも言い切れなくてな」

「ほぅ」

「何、“あやつら”は私か私の息子の客でしょうから。ご心配なさらずに」

「ふふふ。こうして会ったのも何かの縁。困ったことがあれば手伝いますよ? “漆黒の雷帝”さん」

「ふむ。その時は頼らせてもらおう。“龍狩り”よ」

 

 2人はもう1度、杯を重ねて乾杯をした。不適な笑みを浮かべる2人を見る者が見れば、頼もしいと感じただろう。

 それだけの貫禄が2人の男にはあった。

 

 

 




次回に早苗さんが登場予定ー


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