スーパーヒーロー作戦CS (ライフォギア)
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本編
第1話 序章


 夜の町に化物が出る。そんなのは都市伝説とか噂の基本だ。

 誰もがそれを知っている。だから誰も信じないし面白半分にしか思わない。

 だが、事実は小説よりも奇なりという言葉があるように、それが真実の時もある。

 

 その化物は『闇』というものに無闇に踏み込んではいけないという事を身を持って教えてくれる。

 ただし、教えてもらった直後が既に手遅れなのだが。

 例え人類の英知による輝きで照らしても、その化物は怯まない。

 

 化物を退ける輝きがあるとすれば、それは太陽という本物。

 そしてもう1つは『魔戒騎士』の輝きであろう。

 

 

「この辺りか、ザルバ」

 

 

 人気が無くなった夜。

 多くの人は眠りにつき、車通りも無くなってきたそんな時刻だ。

 町の外れで時折外灯に照らされながら歩く人影が2つ。

 

 1人は白いコートに身を包む長身で顔立ちが整った青年。

 コートには少々珍しい装飾が施されており、その下には黒い頑強そうなボディスーツ、手には鞘に収めた鍔無しの剣、左手には髑髏の指輪。

 パッと見、これから戦いにでもいくかのような危なげな格好をしている。

 実際に、これから戦いになる可能性もあるのだが。

 

 青年の名、『冴島 鋼牙』。

 

 夜の町に繰り出し、人知れず『闇』の化物と戦う戦士。

 

 

『ああ、間違いねぇ。感じるぜ、ホラーの気配をよ』

 

 

 鋼牙の身に着ける髑髏の指輪の顎が流暢に動き言葉を発した。

 この指輪、無論ただの指輪では無く、名を『ザルバ』。意思を持った指輪だ。

 

 彼の言う『ホラー』とは人に憑りつき人を喰らう魔獣であり、『陰我』を持つオブジェを『ゲート』に出現する化物の事。

 ザルバはそれを探知することが出来る魔導輪だ。

 ホラーを打ち倒し、人間を守るのが『魔戒騎士』の務め。

 そして鋼牙はその魔戒騎士であり、ホラー退治に足を運んでいるというわけだ。

 

 

「やれやれ、出てくるなら眠くない時間に出てこないもんかねぇ。探すのも簡単だしな」

 

 

 そして魔戒騎士でもなく、魔導輪のような意思を持った道具でもないもう1つの人影が気怠そうに呟いた。

 

 彼、青年の名は『門矢 士』。

 

 鋼牙とは正反対に黒いコートに身を包んでいるが、中にはボディスーツの類の物は無いし、意思のある道具も剣も持っていない。

 コートにしても鋼牙とは違い珍しい装飾など一切なく、傍から見て珍しいと言えば、首からぶら下げているマゼンタ色をした2眼レフのトイカメラだろう。

 

 彼はホラーと因果関係も無いし、魔戒騎士でもない。

 それに準ずる全ての事に関係の無い、とどのつまり『一般人』に該当する人間だ。

 

 

「ホラーは昼には現れない。知らないわけじゃないだろう」

 

「本気で返すなよ、冗談だ冗談。そんなに物事、上手くいくわけじゃないしな」

 

 

 冗談の通じない奴だと一言加え溜息をつく士。

 そんな士を特に気に留める事も無く、ザルバのナビを頼りにホラー探しに歩みを早める鋼牙。

 士も少しスピードを上げ、そんな鋼牙についていく。

 

 

 

 

 

 しばらく歩いているとビルに行きついた。

 高層ビルとまではいかなくてもそれなりに高いビルがそびえている。

 会社とかを経営しているような普通の建物だが、此処からホラーの気配がするというのだ。

 

 

「……行くぞ」

 

「随分とスリルのあるお化け屋敷だな」

 

 

 真面目そのものな鋼牙と少々ふざけた口調の士。

 鋼牙はともかく士は緊張感に欠ける言葉を放っているが、ビルに入る時には顔に油断の色は無く、確かな『戦士』の表情をしていた。

 

 

 

 

 

 何十階とあるビルの中は1階ごとに多くの部屋がありかなりの広さだ。

 細かな探知はホラーの近くにいなければできない。

 とにかく手当たり次第に階を調べていく事になる。

 そして、9階を超え10階に上った頃。

 

 

『近いぜ……あの部屋だ』

 

 

 ザルバの言葉に2人はお互いを見、頷いた後、士がドアノブに手をかけた。

 

 

「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。見もの……」

 

 

 士がゆっくりとドアノブを回し、その先にいるであろう『怪物』を思い浮かべながら息を吐いた。

 

 

「だな!!」

 

 

 士が強く言葉を吐くと同時にドアを開けて勢いよく突入した2人。

 鋼牙は即座に左に転がり剣を構え、士は右にスライディング気味に滑り込んだ後に素手ながらも臨戦態勢を整えた。

 

 部屋は会議に使うような部屋で、ホワイトボードが一番前に置かれて机と椅子が等間隔に並べられた清潔感もある綺麗な部屋だった。

 

 だが、ホワイドボードの前に鎮座する1人の女性が綺麗と呼べる部屋の情景を壊していた。

 別に女性そのものがどうこうという訳では無く、その女性の醸し出す邪悪な雰囲気が問題なのだ。

 

 人は雰囲気で不機嫌そうとか、嬉しそうとかのように、どんな事を思っているか大まかに判断出来る時があるだろう。

 その女性は恨みとか妬みとか怒りでもないのにも拘らず邪悪な何かを感じる、言うなれば不気味を感じる存在だった。

 

 2人がその女性を目に捉えた刹那、その女性の体は粉微塵に吹き飛んだ。

 そして脱皮の如く、その跡から醜悪な怪物が現れる。

 下半身は蛇のような形でうねっており、その尻尾と言える部分は棘のある禍々しい形状を成していた。

 顔は女性の面影を残しつつも、およそ人間とは思えない顔立ちをしている。

 体全体は黒く染まっており、手には人を簡単に引き裂けそうな爪が伸びていた。

 

 

「ほう、蛇が出たか」

 

『ありゃカガバミだな。誰よりも美しく一瞬で食いきる事を信条としてる。要するに丸のみ大好きなホラーだ』

 

 

 ザルバの解説を小耳に挟みつつも、いの一番に鋼牙が駆け出した。

 会議室の机を踏み台に、抜刀した『魔戒剣』をホラーに振るった。

 ホラー、カガバミはその蛇のような下半身を巧みに操り、魔戒剣を受け流していく。

 

 魔戒剣は『ソウルメタル』と呼ばれる対ホラー用の特殊金属でできており、こういった怪物の姿になる前の『素体ホラー』程度ならば簡単に切り裂ける代物だ。

 しかしこのカガバミは尻尾で攻撃を弾いてしまっている。

 どうやら並の力では無い様だ。

 

 何度か刃を当てようと剣を振るい、時には鍛え抜かれたその体による俊敏な動きを織り交ぜて攻撃を行うが、全てを尻尾や腕に防がれてしまう。

 戦法を変え、机や椅子を足で蹴って相手にぶつけつつ斬撃も放っていくが、これもまた防がれてしまう。

 戦いが激化するにつれ、会議室の机や椅子が派手な音を立てながら次々と散乱して壊れていく。

 するとカガバミは鋼牙の一瞬の隙を突き、尻尾を鋼牙の腹に勢いよく打ち付けた。

 

 

「グ……ウッ……!!」

 

 

 さすがに魔戒騎士となる為に尋常じゃない程鍛えた体といえどホラーの一撃は響く。

 鋼牙が吹っ飛ぶと、部屋自体が狭いせいで壁に叩きつけられてしまった。

 

 

「チッ……!」

 

 

 士も動き出しカガバミに向かっていく。

 彼には魔戒剣のような武器は無い。少々無謀だが格闘で挑むのが彼のスタイルだ。

 尻尾による攻撃は全て避け、蹴りを叩きこんでいく。

 しかし魔戒剣も通さないその体には生身の攻撃は通用しないようで、笑ってすらいる。

 

 

「舐めんな!!」

 

 

 攻撃何て無駄とでも言われているような笑いに苛立ちつつも、頭は冷静に。

 必死に隙を作りつつ、遂にその顔面に渾身の回し蹴りを当てる事に成功した。

 顔面に走る強烈な衝撃にはさしものホラーといえど怯むようで、少々たじろいだ。

 が、あくまでも怯んだだけ。

 笑いこそ消えたもののカガバミの顔は怒りに満ち、尻尾を勢いよく士の体に叩きつける。

 士は咄嗟に腕を胸の前で交差させて防御するが、その力は凄まじく、吹き飛ばされてしまった。

 

 士は壁に激突し、そこから床に重力落下を果たした。

 ふらつきながらも立ち上がると横には鋼牙が。

 どうやら鋼牙の近くに吹き飛ぶ形となったようだ。

 

 

「鋼牙、いけるか」

 

 

 士の言葉に鋼牙は剣を上に向けて、円を描くように振る事で答えた。

 円形の軌跡は光り輝く輪を作り、そこから発せられる光は鋼牙を包み込んでいる。

 直後、鋼牙の体に鎧が装着されていく。

 鎧と狼を連想させる顔立ち。その全てが黄金に輝いており、緑色の目が睨むように光っている。

 握っていた魔戒剣は、刀身に鋼牙の騎士としての紋章を表す三角形の紋様がついた大型の黄金の剣に。

 それに合わせて鞘も変化し魔戒剣は『牙狼剣』へと姿を変えた。

 そしてその剣の名と同じ名を、この鎧を纏った鋼牙もまた与えられていた。

 

 魔戒騎士最高位の称号である、その名は『黄金騎士・牙狼』。

 

 ホラーの陰我を断ち切る、魔戒騎士の姿だ。

 

 

「上等だ、なら……」

 

 

 一方の士は白いバックル『ディケイドライバー』を取り出し、それを腰に宛がうとベルトして巻き付いた。

 左右のサイドハンドルを外側に引いてバックルを展開。

 さらにベルトの左側に取り付けられた『ライドブッカー』より、カードを1枚取り出し、そのカードを眼前に構える。

 そして、士は自身が戦士に変わる為の言葉を叫んだ。

 

 

「変身!」

 

 

 カードを裏返し、展開したバックルへと装填。

 

 

 ────KAMEN RIDE────

 

 

 そしてサイドバックルを勢いよく押した。

 

 

 ────DECADE!────

 

 

 音声と共に10の影が士の周りに現れる。

 その全てが士に重なったかと思うと、今度は士の目の前にいくつかの線が現れ、その全てが顔目掛けて刺さり顔の仮面を形成、同時に体に色がついた。

 マゼンタを基調とした緑色の複眼とバーコードを思わせる顔。

 体は左右非対称の意匠をしており、そこに描かれている十字が表すのは数字の『十』か、それとも背負う十字架か。

 

 牙狼と肩を並べ、『仮面ライダーディケイド』がその姿を現した。

 

 

「……!」

 

 

 牙狼の無言の威圧。それを敵味方双方が感じ取った。

 その瞬間、ディケイドはライドブッカーをベルトから取り外し剣の形へと変形させ、牙狼は牙狼剣を鞘から引き抜いて2人同時に接近する。

 当然カガバミも抵抗し、尻尾を使って剣と応戦していく。

 

 

『尻尾はかなり硬いようだな』

 

 

 ザルバの言うとおり、2人の常識を超えた威力を持つ剣でも中々傷を与えられずにいた。

 通常のホラーならば簡単に切り裂ける剣に対して此処まで応戦できるとは。

 2人は一旦距離を取り、剣を構えなおす。

 

 

「だが、勝てない相手じゃない、だろ?」

 

「ああ……!」

 

 

 ディケイドの余裕綽々の言葉に牙狼は力強く頷いた。

 そう、攻撃が弾かれているのは向こうも同じであり、防戦一方になっているのは向こうなのだ。

 2人は決して苦戦しているわけでは無かった。

 

 しかしホラーにも知能がある。

 尻尾では決定打を与えられない事を悟り、尻尾を先程より禍々しい形態へと変化させて尻尾の側面を2人に向けた。

 そして尻尾の鱗を飛ばすかのように大量の弾幕を尻尾から繰り出す。

 尻尾の表面は最早凶器そのもので、それを飛ばしてくるのだから殺傷能力抜群だ。

 

 

「チッ、奥の手って奴か」

 

「……!」

 

 

 しかしその攻撃にも動じず、2人は自身の剣で弾幕を弾いていく。

 弾幕は辺りの壁に炸裂すると大きな穴が開き、威力が衰えることなく他の部屋や外に猛烈な勢いで出ていっている。

 鱗飛ばしが恐るべき威力を誇っている事を物語る。

 

 

「おい鋼牙! 援護してやるからさっさと倒してこい!」

 

 

 言いながらディケイドはライドブッカーを銃の形へと変形させる。

 何度も引き金を引いて弾幕を張り、鱗飛ばしとライドブッカーの弾丸がぶつかり相殺されていく。

 カガバミの鱗飛ばしは部屋全域を範囲に取るほど広い攻撃である為全てを相殺する事は出来ないが、牙狼1人が突破口を見つけるには十分だった。

 

 

「オォォォォッ!!」

 

 

 牙狼剣を握り締め、声を上げて気合を入れつつ、ディケイドの作ってくれた弾幕の薄い道を一瞬で駆け抜ける。

 そして、牙狼剣の一閃が弾幕を撃ち続ける尻尾の付け根を捉え、一撃で切り裂いた。

 おぞましい悲鳴を上げて苦しむカガバミ。

 切り離された尻尾は音を立てて床に落ち、当然の事ながら弾幕も止まった。

 牙狼は尻尾を斬った剣をもう一度振りかぶり、カガバミの体を縦に切り裂いた。

 カガバミの体は2つに両断され血飛沫が舞い、床に落ちた2つのカガバミだったモノは先程切り離された尻尾と共に、黒い煙のように消え去った。

 

 

 

 

 

 勝利を掴んだ戦士達は鎧を解除してビルを後にしていた。

 2人は帰りの夜道を歩いている。

 

 

「全く……明日も学校だってのに」

 

 

 士は首を左右に揺らして音を鳴らした。

 大きな音ではなかったが、それなりに疲れているという事なのだろう。

 一方の鋼牙は慣れた様子で平然と歩く。

 

 

「俺は夜行生物じゃねぇんだよ」

 

「文句があるなら止めればいい」

 

「フン、愛想ある返しってのも覚えた方がいいぞ」

 

『そいつをお前さんが言うかねぇ?』

 

 

 勝利の後の普通の会話、こうしていると戦士である彼等も普通の人間と同じである事が窺える。

 

 ザルバは士が来てから鋼牙に増えたものが2つあると思っていた。

 

 1つはしかめっ面。

 元々愛想の無い鋼牙だが、士が来てから顔をしかめる回数が増えた気がする。

 

 もう1つは豊かな表情。

 しかめっ面だけでなく、感情の起伏のような物が少し感じられるようになった。

 勿論鋼牙にだって感情はあるが、それを表に出す事は極めて少ない。

 だが最近はそれも増えた気がする、普段関わってきた人以外と関わったから多少の変化が得られたのだろうか。

 

 ザルバの考えなど知る由もなく、2人はそんな風に時に話しつつ、時に無言になりつつ帰路を歩んでいくのだった。




────次回予告────
普通じゃ信じられないホラーや魔戒騎士だって、一定の理の上で成り立ってる。
こいつはそれをぶっ壊せるアイツと鋼牙の出会い。気になるだろ?
次回『邂逅』。
出会いは、新たな物語を紡ぐ。


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第2話 邂逅

 彼等が初めて出会ったのはとあるホラーとの戦いの時だ。

 鋼牙はザルバのナビでホラーの元へ辿り着き、そのホラーを狩る。

 いつもと変わらぬ仕事だ。

 だが、まさかイレギュラー、それも世界すら破壊できる人物が介入するとは思ってもいなかった。

 

 ある廃工場でホラーを倒し、黄金の鎧を解除する鋼牙。

 しかし勝ったというのに鋼牙の目は未だに警戒を解かず、剣を構えている。

 距離を置いた向こうには1人の異形の影があった。

 だが、その影は腰のベルトを操作したかと思うと、人の姿へと変化する。

 いや、変わったわけではない。鋼牙と同じで鎧を解除しただけなのだが。

 

 

「お前は何者だ」

 

「通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ」

 

 

 鋼牙の目の前には2眼レフのトイカメラを首から下げた、先程助け、共に戦った青年がいる。

 

 それが鋼牙と士の出会いだった。

 

 鋼牙がホラーに狙われていた青年の助けに入り、上手く逃がして戦っていたら突如、逃げた筈の青年がマゼンタの鎧を身に纏いホラーに向かっていった。

 それが門矢士だったのだ。

 

 通常の攻撃ではビクともしないホラーにダメージを与える事の出来る存在。

 しかしそれは魔戒騎士でも、同じような力を有する魔戒法師でも無かった。

 もっと違う、異形の影。

 ホラーという共通の敵がいた為に共闘をしたが、得体の知れない彼に警戒は解けない。

 鎧を解除しても尚、臨戦態勢を取り続けているのはそれが理由だ。

 

 

「仮面……ライダー?」

 

『邪悪なものは感じない。ホラーでもないみたいだぜ』

 

 

 聞き慣れない言葉に疑問符を上げる鋼牙と少なくとも自分達の知る異形ではない事を伝えるザルバ。

 

 一方の士は、自分と目の前の白いコートの青年以外の声が突如響いた事に驚いた様子だった。

 

 

「誰かいるのか?」

 

 

 辺りを見渡す士。

 だが2人以外には誰もいない、当然だ。

 何せその声は鋼牙の指輪からなのだから、そして士はそれを知る由も無い。

 

 士の辺りを見渡す行為を見て、鋼牙は臨戦態勢を解いた。

 妙な声がしたから辺りを見渡す行為自体は変では無い、が、目の前にいつ襲ってくるかも分からない相手がいるのに他の所に顔を向けて気を取られるのはあまりにも無防備すぎる。

 

 何より、ザルバの言う事もあるが鋼牙自身も殺気とかそういう類の物を全く感じなかった。

 しかしその顔は未だに睨みのまま、如何に危険では無さそうとはいえ得体の知れない事は変わらないのだから。

 

 

「……まぁいい。お前は仮面ライダーじゃなさそうだが……単独って事は戦隊ってワケでもないようだな」

 

 

 士は声の主を探すのを止め、先程見た黄金の騎士に変身した鋼牙に関して考えを巡らせ、今まであってきた戦士のどのタイプでもない事を悟る。

 初めて聞く単語で何のことを言っているのか分からない鋼牙は疑問と睨みを含んだ顔をしている。

 

 

「ともかく、この世界について教えてもらおうか」

 

 

 ふてぶてしい態度で物を言う士に、鋼牙は単純な不快感で顔をしかめた。

 

 

 

 

 

 カメラの青年が魔戒騎士等、そういう類とは関係の無い存在だと鋼牙は知った。

 魔戒騎士の鎧とは違う謎の鎧もそうだが、もしも関係者ならザルバの声を聴けば魔導輪だと察しがつくはずだ。

 何より戦いの最中の言葉がホラーについて無知である事を物語る様な口調だった。

 

 だからこそ、鋼牙は警戒を解けないでいる。

 むしろ魔戒騎士である方が警戒せずにいられた。

 人間という存在は得体の知れない存在には警戒してかかる。

 鋼牙は並の人間ではないし、ホラーや魔戒騎士の事で異常事態も半ば日常と化している為、並大抵のことで驚く事は無いだろう。

 だが、そこに突如現れたイレギュラー。

 いかな魔戒騎士最高位の称号を持つ鋼牙とはいえ、ホラーと戦う事ができ、自分の知る存在でない事は警戒するに十分な要素だった。

 

 今2人は、鋼牙は警戒を解かず、士は特に警戒も無く歩いている。

 向かうは鋼牙の自宅、冴島邸。

 正直正体がはっきりしない相手を連れて行きたくは無かったが、ホラーを倒し自分とは戦わなかったという部分を鑑みると、信じる理由が無い事は無い。

 故に鋼牙は自宅へと連れていき、事情説明をする事を選んだのだ。

 

 しばらくすると冴島邸に着いた。

 士は「デカイ家だ……俺の家もそうだがな」と呟いていたが、鋼牙は特に反応する事も無く玄関を開けた。

 

 

「お帰りなさいませ、鋼牙様……はて? お隣の殿方はお客様で?」

 

 

 家に上がると、通路の横からスーツを着た老齢の男性がお辞儀をした。

 2人はその男性に顔を向けつつ、士は『鋼牙』というのが白コートの男の事なのだと知る。

 外も大きいが中も豪華な鋼牙の家にいるスーツ姿の男性、かつこの礼儀正しい態度は此処の執事なのだろうという印象を自然と士に与えた。

 

 

「いや、客と言っていいのかも分からん」

 

 

 鋼牙の言葉に執事、『倉橋 ゴンザ』も首を傾げる。

 家の主である鋼牙が玄関を跨がせたのなら、それなりに親しい友人か自分達の関係者だと思っていたのだが。

 

 

「訳ありだ。ゴンザも来い」

 

 

 此処で士はこの執事の名が『ゴンザ』というのだと知る。

 3人は鋼牙を先頭に、階段を上がって2階のリビングへと向かった。

 

 リビングまでの移動中、ゴンザは「倉橋ゴンザでございます」と、やはり礼儀正しく挨拶をしてきた。

 それに対して士も自身の名を答えた。名前だけを一言だけ簡素に。

 振り返らずも、その会話を聞いていた鋼牙は彼が『門矢 士』という名前なのだと知る。

 会話はしていたが、お互い名乗ってはいなかったのだ。

 

 リビングにつくと、鋼牙は白いコートを脱いでゴンザに預けつつ、リビングに置かれた長机の最も端に座った。

 士はその真逆に当たる端に遠慮なく座る。

 2人は丁度、長机で向かい合っていた。

 ゴンザは白いコートをハンガーにかけた後、創作物でよくイメージされるような執事そのもののように、鋼牙の斜め後ろに使えるように立った。

 

 

「お前は何者だ」

 

 

 早速かつ直球で切り出したのは鋼牙だ。

 先程した質問と全く同じ質問をする。

 

 

「言った筈だ、通りすがりの仮面ライダーだと」

 

 

 対する士も先程と同じ答えを返す。

 どうやらこの士という人間は面倒なタイプのようだ、鋼牙はそう感じていた。

 ふてぶてしい態度。こちらに分かりやすく説明する気が全くないと見える。

 

 そもそも「通りすがりの仮面ライダー」と言われても答える気があるのか、ふざけているのかすら分からない。

 溜息をつきつつ、一先ず鋼牙は1つずつ、順を追って疑問を解消するように質問を投げかける事にした。

 

 

「何故あそこにいた」

 

「俺も知らん。この世界に来た時にあそこに出たんだからな」

 

 

 ようやくまともな返答が返ってきた、が、同時に疑問符が浮かぶ回答だった。

 

 ────『この』世界。

 

 まるで自分が別世界の住人であるかのような言い草だ。

 

 

「この世界とはどういう意味だ」

 

「俺は世界を旅してる、それだけの事だ」

 

 

 世界を旅している、それだけ聞けば国中を飛び回っているかのように聞こえる。

 だが士の言うソレはそういうのとは微妙に違うように感じられた。

 もし日本に来たらあそこにいた、と解釈するのなら一体どういう帰国の仕方をすれば廃工場に着くんだという事になってしまう。

 

 

「国の事じゃないのか、世界というのは」

 

「別の地球、って言った方が分かりやすいか。並行世界とも言うらしいけどな」

 

 

 並行世界、鋼牙も言葉ぐらい聞いた事はあるが馴染みのない言葉だ。

 むしろその言葉に反応したのは鋼牙ではなく執事のゴンザであった。

 

 

「並行世界ですと?」

 

「知ってるのかゴンザ?」

 

 

 ゴンザの口ぶりに鋼牙が疑問を持つ。

 その言葉でゴンザは、並行世界の事を鋼牙が上手く呑み込めていない事を悟り、説明を始めた。

 

 

「簡潔に申し上げますと、この世界とは違う次元に別の地球があり、そこには別の人間が住んでいるというものでございます。

 例えば、ホラーや魔戒騎士がいない地球が、何処かにあるやもしれないという事です。ですがあくまでも理論であって立証はされていません」

 

「その並行世界を俺は旅してる。納得したか?」

 

 

 納得したかしていないかと言われれば、納得していない。

 いきなり「別世界から来ました」と言われても納得も信用もできる筈も無い。

 如何に非日常と隣り合わせの生活をしているとはいえ、さすがにこれは異常事態過ぎた。

 だが、先程の『戦士』に変わった士の力。

 自分の知らない未知なる力を持つ士なら可能なのかもしれないが。

 

 

「まあ信用できるわけないか。

 別にいいぜ、どう思っても。俺は本当の事を言っただけで信じるか信じないかはお前の自由だ」

 

 

 鋼牙の無言を納得していないものと受け取り、椅子の背もたれに全力で寄りかかりながら士はそう答えた。

 

 鋼牙は感じた。『信用できるわけないか』、この言葉が妙にこなれた言い方だと。

 士の言葉が本当なら世界を巡る上でこういう事を話すのは一度や二度じゃないのだろう。

 だとすれば、余程混沌とした世界でない限り士の話を信じる者の方が少ない。

 つまりは説明慣れをしているように感じる。

 この感覚を信じるのなら、本当に異世界からの来訪者なのか。

 いくら考えても、確かめる術のない鋼牙に答えは浮かばなかった。

 

 

「こっちからもいいか」

 

 

 思案中の鋼牙に士が声をかける。

 あまりに真剣に考え過ぎたせいか突然の声に驚き、鋼牙はハッと我に返って、先程通りの真顔を士へ向けた。

 

 

「さっき身に纏っていたお前の黄金の鎧、ありゃなんだ。それにあの化け物は」

 

 

 その疑問は答えていいものなのかと迷うところであった。

 通常、一般人に魔戒騎士やそれに準ずることを教える事は控えるべきである。

 関係の無い人間の前で鎧を召喚する事も『掟』に反している事。

 士の前で鎧を召喚したのは士がてっきり逃げたかと思ったからだった。

 しかし彼はホラーと戦い、自分と肩を並べた。最早関係者ではあるのだが。

 

 ところがその迷いは、唐突な言葉で吹き飛ぶ事になる。

 

 

『化け物の方はホラーって言って、黄金の鎧の方が魔戒騎士だ』

 

「誰だ?」

 

 

 廃工場で響いた、士からすれば謎の声。

 それと同じ声が士に語りかけてきた。

 工場の時と同じように辺りを見渡すが、どうにもそれらしき人物はいない。ゴンザでもなさそうだ。

 

 

「ザルバ、勝手に話すな」

 

『いいじゃねぇか鋼牙。どうにもこいつも普通じゃないみたいだしよ』

 

 

 鋼牙が左手に身に着ける指輪に話しかけ、指輪もまた、鋼牙に返答している光景に士は怪訝そうな目を向けた。

 指輪と話す青年という異様な光景に士が怪訝そうな表情をする。

 まるで指輪が生きているかのような。

 

 

「……まさか、その指輪生きてるのか?」

 

 

 士の疑問に鋼牙はザルバを嵌めた右手を士の方へ突き出し、当のザルバは軽い口調で答えた。

 

 

『おう、俺様の名はザルバ』

 

「……変な奴だな」

 

『俺様が? 俺様の何が変なんだ?』

 

「全部だ」

 

 

 ややグロテスクなデザインをしている指輪が意気揚々とした口調で話し出す事。

 怪人と戦っていたりしていて異常事態にはそれなりに慣れている士ならともかく、通常の神経をしていれば驚愕一色に染まるところだ。

 そんな相手にもブレない士の失礼な態度はザルバも少し苦言を呈した。

 

 

『失礼な奴だな。魔戒騎士の事を教えてやらんぞ』

 

「…………」

 

 

 士は旅をする中で役割を与えられることが多い。

 警察官、弁護士、バイオリニスト、とにかく様々だ。

 あの黄金の剣士、魔戒騎士とやらがこの世界でやるべき事と無関係とは士にはどうしても思えなかった。

 だからこそ、化物と騎士の事を知りたい。それが士の現状の気持ち。

 謝るのも癪だが、話がこじれて面倒な事になるのはもっと癪だ。

 

 

「……分かった、謝ってやる」

 

 

 謝ると言いつつもその口調はどこかふてぶてしく、言い方も上から目線だ。

 その言い方に引っ掛かりを覚えながらも、ザルバは流暢に金属の顎を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 聞くところでは単純な話、ホラーが人を襲うから魔戒騎士がそれを倒す。

 その魔戒騎士の中でも最強を誇るのが、先程の黄金騎士、牙狼。

 そして指輪の名はザルバ、魔戒騎士のサポートをする魔導輪である、という事らしい。

 

 

「なるほど、だいたい分かった」

 

 

 士はザルバの話を聞いてぶっきらぼうにそう答えた。

 

 

「要するにホラーって連中が人を色んな方法で喰おうとするから、お前等がそれを仕留める。そういう事だな?」

 

『簡潔に言っちまえば、そうだな』

 

 

 やっている事は仮面ライダーや戦隊に似ていると、士は感じた。

 自分の知る戦士達も人を脅かす敵と戦い、人を守ってきた者達。

 魔戒騎士もまた、その例に漏れない戦士という事なのだろう。

 

 

「あの、少しよろしいですかな?」

 

 

 ザルバと士の話が一段落した事を確認し、ゴンザが手を小さく挙げた。

 

 

「先程、士様は『仮面ライダー』とおっしゃいましたよね」

 

 

 その言葉は士に向けられており、興味深そうな言い方だ。

 士は頷き、それがどうした、と口に出す。

 

 

「ええ、実は聞き覚えがありまして……所謂『都市伝説』という奴なのですが…」

 

 

 直後に語られた話は士も食いつく興味深い話だった。

 曰く、この世界には『仮面ライダー』と呼ばれている戦士がいるらしい。

 人知れず悪と戦う戦士。

 仮面を被り、バイクを駆る戦士のその姿を仮面ライダーと呼ぶらしい。

 都市伝説となっているライダーは複数人確認されているらしく、ライダーが戦う『怪人』の存在も目撃されており真実味はかなりある。というのがゴンザの弁だ。

 

 仮面ライダー。妙な言い方かもしれないが、同業者の存在が囁かれているというのだから、士が気にするのも道理だろう。

 

 

「ほう……どんな奴がいるか分かるか?」

 

「私が聞いた事があるのは……

 そうですね、知人から色が半分ずつの仮面ライダーがいる、と聞いた事があります」

 

 

 その言葉で士が真っ先に思い出したのは『仮面ライダーW』。

 二度ほど一緒に戦った事のある仮面ライダーだけあって記憶もすぐに掘り起こされた。

 確か、基本的に緑と黒の2つの体色を左右半分ずつに持つライダーだ。

 

 

「どうやら、この世界にもライダーがいるらしいな」

 

 

 自分の知るライダーと特徴の一致するライダーがいるという事は、十中八九、その都市伝説は真実だと確信する士。

 だが、話を聞く限り複数人という事は、他にもライダーがいるという事。

 それがどんなライダーなのかは知る術は今のところ存在しない。

 それが自分が知っているライダーなのか、まだ見ぬ新しい戦士なのかも分からない。

 

 だが、基本的に士の世界毎の役割はその世界のライダーと会う為に用意されている。

 つまり、この世界のライダーと会う事もまた、この世界でやるべき事を見つけるのに必要な事なのだと直感した。

 

 と、そこまで考えて、士は自分のやるべき事に関してのもう1つの手掛かりについて思い出した。

 

 

「そうだお前等、これを知ってるか?」

 

 

 ズボンのポケットから一枚のカードを取り出す。

 しかしそれはディケイドが使うカードでは無く、普通の、一般的に使われるIDカードのようなものだ。

 

 

「教員免許らしい。学校名は書いてあったが、何処にあるか分からん」

 

「分からないだと? お前のものだろう」

 

「世界を移動するたびに、俺には何かしらの役が与えられる。警察官とか弁護士とかな。今回はソレって事らしい」

 

 

 つまり士は、1つの世界を訪れるごとに何かしらの職業が与えられるという事を鋼牙は理解したが、納得するには理屈が無さすぎた。

 何故そんな事が起きるのか。そもそもそれが真実なのかも推し量れていない。

 何にせよ謎が多い奴だと内心鋼牙は思った。

 

 

「では、失礼して……」

 

 

 士が取り出し、机に置いたカードをゴンザが士に一礼して手に取る。

 まじまじと見つめるそれは確かに教員免許。ご丁寧に顔写真まで付いている。

 ゴンザはそこに書いてある学校名を読み上げた。

 

 

「えー……私立リディアン音楽院……?」

 

 

 門矢士はまだ知らない。

 その学校こそが冴島鋼牙に次ぐ、『この世界』における新たな物語の起点であるという事を。




────次回予告────
歌ってのは、人間を楽しませるもんらしいな。
なに? それを力に変えて戦う奴がいる? 妙な奴もいたもんだ。
次回『共鳴』。
おっと、不協和音は勘弁だぜ。


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第3話 共鳴

 ────地球。

 

 生命に満ち溢れる青き惑星。

 

 地球にはかつて、数々の魔の手が襲った。

 人間の人知を超えた者達が、ある時は人間を滅ぼさんと、ある時は地球を支配せんとして現れたのだ。

 

 その多くは、所謂『悪の組織』であるが、それは人知れず潰されてきた。

 だが今、世界からは未だに『脅威』が去ってはいなかった。

 

 『ヴァグラス』と『ノイズ』。

 

 主な原因である2つは、片や人間世界の支配、片や人間を本能のままに抹殺する、いずれも人間と相対する者達だ。

 

 だが、生命を奪われるのを黙って待つほど、人間はおとなしくない。

 

 かつての戦いでは、その『悪』や『闇』に立ち向かう『戦士』がいた。

 そして当然、現代にも────

 

 

 

 

 

 新西暦2012年。

 都市生活を支える巨大なエネルギー、『エネトロン』。

 それを狙い人類を脅かす存在、『ヴァグラス』

 『ゴーバスターズ』とは、人々を守る『特命』を帯びて戦う若者達の事である。

 

 

 

 

 

 この世界におけるエネルギーはエネトロンという物で賄われている。

 完全クリーンで採掘量も豊富な資源であり、一般家庭などでも普及しているとても便利なエネルギーだ。

 当然ながら利便性のある物は世界に瞬く間に普及し、今やエネトロンは世界に無くてはならない物となっていた。

 

 エネルギー管理局とは、それを管理する組織。

 そしてそこにある部署の1つ、『特命部』。

 それこそ、エネトロンを狙う世界の脅威、ヴァグラスと戦うゴーバスターズが所属する部署だ。

 

 

「平和っていうのは、脆いモンですね」

 

「何さヒロム、藪から棒に。どうしたの?」

 

 

 特命部司令室の中で、デザインの似通ったジャケットを着た青年2人が机を挟んで座っていた。

 

 新聞を見て、急に話を切り出した赤いジャケットを着た青年、『桜田 ヒロム』。

 それに反応しつつ、コーヒーを飲んでいる青いジャケットの青年、『岩崎 リュウジ』。

 

 自分の言葉に反応したリュウジに、ヒロムは「これ」とだけ言って、新聞を手渡した。

 リュウジはコーヒーを片手にヒロムの呼んでいた記事を見始める。

 

 

「んー? ……『ノイズによる被害、多発する』、か」

 

 

 見出しを声に出して読み、記事内容を一読すると、ヒロムの言わんとしている事をリュウジは即座に理解した。

 

 

「成程ね、俺達がヴァグラスと戦っている間に、また別の所では何かが起こっている……だから中々平和にならないってわけだ」

 

「何処か一箇所を平和にしてたら、また何処かが別の何かに襲われる。

 全く、バスターズがもう1チーム欲しいですよ」

 

「それなら今のバスターズにいない色がいいなぁ。ブラックとかグリーンとかピンクとか」

 

「何でそうなるんですか」

 

「ははは、ごめんごめん」

 

 

 新聞をヒロムに返しつつ、リュウジとヒロムは会話を続けていく。

 こんな談笑が出来るのも、彼等が戦って平和をもたらしたからだろう。

 だがヒロムの言うとおり、自分達が戦っていても『完全な平和』は訪れていなかった。

 

 ヒロムは歯痒く感じていた。自分達がいくら戦っても、世界から脅威が取り除かれる事の無い現実に。

 そしてそれは、表情には見せなくともリュウジも同じであった。

 

 

「何の話してるの?」

 

 

 ピョコン、という擬音が似合いそうな感じに入ってきたのは、黄色いジャケットを着ている『宇佐見 ヨーコ』だ。

 ヨーコの質問にリュウジは苦笑い気味に答える。

 

 

「平和って続かないねって話さ」

 

「もー、何でそんな暗い話題話してるの! 例えば……ほら! こういう話題!」

 

 

 ヒロムが見ていない裏側の新聞記事を見て、ヨーコはヒロムの新聞をひったくり、自分が見た記事を見せた。

 

 

「ほら、今人気の『風鳴 翼』! 私ファンなんだよねー」

 

 

 新聞の記事を指差しながら屈託の無い笑顔で2人に言う。

 そこには今人気沸騰中のトップアーティスト『風鳴 翼』のライブ写真が写っていた。

 それだけ言い終わったヨーコから、ヒロムはお返しとばかりに新聞を取り上げた。

 しかしそれを気に留めず、ヨーコは2人に向き直り、自分の一番言いたかった事を口に出した。

 

 

「そういう暗い話題してると、本当に悪い方向に転んじゃうよ?

 良い方に考えれば、きっと今も良くなる。ううん、そう考えなきゃ始まらないよ!」

 

 

 良い事を言ってはいるのだが、「私今、良い事言った!」とでも言いたげな顔なので、台無しな感じがする。

 溜息をついたヒロムは新聞を畳んで机に置き、ヨーコの方を呆れたような表情で見やった。

 

 

「楽観的だな。現状を見てから言ったらどうだ?」

 

「何よ! 大体ヒロムは……」

 

 

 ヒロムはいつも辛辣だ。いや、辛辣と言うか正直すぎるというか。

 そこがヒロムの長所であり、欠点。あまりにもはっきり言いすぎてひんしゅくを買ってしまうのである。

 主にヨーコから、だが。

 そういうわけで、いつものように食って掛かろうとするヨーコだが、それはヒロムが言葉をつづけた為に、遮られた。

 

 

「でも、確かにそうかもしれない……とも、思う」

 

 

 それだけ言うと、ヒロムは椅子から立ち上がり、司令室から出て行った。

 リュウジが行先を問うと、「訓練に」とだけ開いた扉の向こう側で答え、司令室の扉が閉まった事で、ヒロムの姿は見えなくなった。

 

 一方、ヨーコはポカンとした顔をしている。

 辛辣な事だけ言われて軽くあしらわれるばかりだったのに、何だか急に発言に同調されてしまい、戸惑っているのだ。

 

 

「直球じゃないヒロムなんて珍しい……ねぇリュウさん、なんでだろ?」

 

「んー……ヒロムも変わってきてるんだよ」

 

 

 微笑みながらの回答に、ヨーコは「そんなものなのかなぁ」と、ヒロムが出て行った司令室の扉をじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 数時間後、突然特命部のサイレンが鳴り響いた。

 それは世界の『脅威』が発生した合図である。

 

 

「ヴァグラスか!?」

 

 

 司令室に走り込んできたヒロム。

 それに続くように、リュウジ、ヨーコも走り込んできた。

 

 そこには、オペレーターの『仲村 ミホ』、『森下 トオル』。

 それに司令官『黒木 タケシ』が既にそれぞれの持ち場の席についている。

 

 さらにもう3人、ロボットがこの場には集まっていた。

 バイクのメーターとハンドルを合わせたような頭部の赤いロボット。

 ヒロムの相棒、『チダ・ニック』。

 

 車のハンドルのような頭部と、3体の中で一番ガタイのいい青いロボット。

 リュウジの相棒、『ゴリサキ・バナナ』

 

 ゴリサキとは逆に最も小柄な60㎝程の、ウサギの意匠が盛り込まれている黄色いロボット。

 ヨーコの相棒『ウサダ・レタス』。

 

 彼等は『バディロイド』。

 その名の通り、ゴーバスターズの3人の相棒であり、感情のある機械だ。

 そして彼等はゴーバスターズの巨大戦力、『バスターマシン』の出撃にも必須である特命部の要とも言えるロボット達である。

 

 オペレーターと司令官、バディロイド、そしてゴーバスターズの総勢9人がこの場に集まった。

 この9人が特命部の主なメンバーである。 

 

 

「エネトロン消費反応無し……ですが、別のエネルギー反応が!」

 

 

 2人いるオペレーターのうち、男性オペレーターの森下がモニターとコンピュータを操作し、エネルギーの正体を確認し始める。

 そして、ものの数秒で見事にその正体を突き止めた。

 

 

「エネルギー反応、特異災害対策機動部からのデータと照合。

 ……『ノイズ』と思われます! ポイントは、S-16!」

 

「S-16って言うと……市街地か! そんな所にノイズが……!」

 

 

 S-16ポイントはヒロムの言うとおり市街地。

 そしてノイズの『人に触れたらもろとも炭化=死』という性質上、認めたくはないが、犠牲者は確実に出ただろう。

 ヒロムが苦虫を噛み潰したような顔をして言葉を吐き捨てたのは、その為だ。

 

 『ノイズ』。

 先程ヒロムが読んでいた新聞にも載っていた怪物だ。

 しかしその実、ノイズはヴァグラスのようにある程度の意思を持つわけでは無い。

 その為なのかは分からないが、ノイズは『敵』ではなく『災害』として認知されている。

 

 被害も気になるが、リュウジはまた別の事に反応していた。

 今しがた聞こえた『特異災害対策機動部』の名前にだ。

 

 

「特異災害対策機動部って言うと、確か、黒木司令のお知り合いがいた筈ですよね?」

 

 

 リュウジが司令室のオペレーター2人のさらに一段上に座る、黒木を見やり、言う。

 黒木はリュウジの言葉に頷き、その問いに答えた。

 

 

「ああ、昔からの友人がそこの二課の責任者でな。

 ノイズに関しては、戦う力を持つ我々特命部も協力しなくてはならないと、少し前にデータを受け取ったんだ」

 

「そんな簡単に? 重要なデータではないんですか?」

 

「バスターズの力は通常のそれよりも大きな力だ。

 元々ゴーバスターズはヴァグラス以外の敵に対しても有効に働くように造られた側面もある。

 その為か簡単に渡してくれた。無論、その期待には応えねばな」

 

 

 組織間のやり取りにしては簡単すぎるとリュウジも疑問を持つが、すぐさま黒木が理由を説明する。

 しかし、微妙に納得できない理由だ。

 如何に知り合いがいるとはいえ、バスターズに通常よりも大きな力があるとはいえ、そんな簡単に情報を与えるものなのかと。

 

 それに今の返答で更なる疑問も生まれた。

 バスターズが他の敵に対しても有効に働くというのであれば、何故今までヴァグラス『のみ』と戦っていたのか。

 ヴァグラス以外との戦闘に駆り出されたのはこれが初めてなのだ。

 

 だが、今は目の前の事を解決するのが先決。

 リュウジはその疑念を押し殺し、ノイズに集中しようと切り替えた。

 

 

「でも、ノイズって人を炭化させるんでしょ……?

 バスターズのスーツって、大丈夫なんですか?」

 

「バスターズのスーツは対ノイズ対策も兼ねているからな、心配無い」

 

 

 ヨーコの不安の言葉にも、黒木は冷静に答える。

 その後ヒロム達3人は横に並び、黒木が『特命』を発令した。

 

 

「特命。ノイズを殲滅し、人命を救え」

 

 

 特命。即ち、任務。

 それを受け取った3人は、右胸に左手をつけてサムズアップをする特命部特有の敬礼と、はっきりとした「了解」の言葉で答えた。

 

 

 

 

 

 特命部の司令室には、すぐに現場へ到着できるようにシューターという通路が設置されている。

 それは特命部が設置した秘密通路で、そこを通る事でどんな場所にヴァグラスが現れても各地域へすぐさま駆けつけられるのだ。

 

 S-16ポイントのシューター出口に到着したバスターズの3人。

 ニック達バディロイドはバスターマシンの発進はノイズ相手なら必要無いと判断し、司令室に待機している。

 

 ノイズの被害はシューターの近くではなく、少し離れたところで起こっているという話を司令室で既に聞き及んでいる。

 

 

「急ごう」

 

 

 ノイズの洒落にならない特性を思い出しつつ、ヒロムは2人を急かす。

 が、それに一度待ったをかけたのはリュウジだった。

 

 

「その前にヒロム、一応おさらいしておこうか」

 

「何がです?」

 

「ノイズについて、さ」

 

 

 今しがたこの現場に来る前、司令室の面々からノイズに関しての軽い説明を受けた。

 しかしノイズそのものが、人間の理解を超えているという点もある。

 戦う前に敵の事をもう一度考えるというのは、敵がいない今しかできない。

 

 

「そうだね、初めて戦う相手なわけだし……」

 

「確かに戦う敵の事はきちんと把握、整理しておくべき、か。

 でも、手早く終わらせましょう」

 

 

 ヒロムの言葉に2人が頷くと、3人は先程司令室の面々に言われた事を思い出しつつ、ノイズに関しての情報整理を始めた。

 

 

 

 ────数分前。

 

 

 

「いいか、ノイズは人を炭にして殺してしまう『炭化能力』が危険と思われがちだ。

 確かにそれも危険極まりない。しかしバスタースーツのように無効化できるものがあればそれまでだ。

 この場合厄介なのは、我々とは微妙に存在が『ズレている』、という点だ」

 

 

 黒木の言葉に、リュウジがいの一番に反応した。

 

 

「物理的攻撃、つまり俺達の攻撃は一切受け付けないって事ですよね。

 だから通常兵装ではどうしようもできない……」

 

 

 ノイズの特性の1つ、『位相差障壁』。

 難しい話を省けば『ノイズは見えていてもこの次元に存在していないから攻撃が通り抜ける』という事である。

 もっと簡単に言えば攻撃が効かない相手、という事だ。

 

 リュウジの言葉に黒木は頷き、残りの説明をするように森下と仲村に促す。

 それを確かに受け取った2人は、付け加えとなる説明、加えて対抗策を説明し始めた。

 

 

「こちらから攻撃を仕掛けても意味はありません。

 ですが、向こうが攻撃してくるときはこちらに触れられるようになる、即ち実体化するという事です。つまりノイズが攻撃してきた時のみ、攻撃が効きます」

 

 

 ノイズは触れられない代わりに、向こうもこちらに触れられない。

 ただ一瞬、人を殺す時のみ、人に触れなければならないから実体化する。

 その瞬間を狙う、という事だ。

 

 ノイズは人だけを追いかけて、炭にして自分もろとも殺すという特性がある。

 ヒロム達もバスタースーツを纏ったとしてもノイズの認識は『人間』。

 つまり、炭化能力が効かないスーツを纏っていても相手が人間ならノイズは愚直に迫ってくるのである。

 

 森下の説明の後、それに続けて仲村が話し始める。

 

 

「敵はしばらく待てば炭化して自壊します。ですが長く留まらせるわけにもいきません。

 ヒロム君達を人間だと認識したノイズは、接近してしまえば恐らく自分からこの世界に実体化するでしょう。

 そうすればこちらの攻撃も通るようになります。

 なのでノイズの殲滅は、接近戦で行った方が効率がいいです。」

 

 

 この作戦はバスターズのスーツが対ノイズ用になっており、炭化能力が効かないからこそ出来る芸当だ。

 炭化能力を防がなければ、例え実体化してきていても倒せない。

 だが逆に言えば、炭化能力さえどうにか出来れば、後は接近すれば勝手に向こうが実体化してくれる。

 そこをつく、というのが今回のノイズ殲滅の作戦だ。

 

 とはいえ、その作戦はかなり無茶な要求でもある。

 何せノイズの実体化の瞬間を狙うのは『神業』とも言える程のタイミングを要求されるからだ。

 けれどそれしか手は無い。

 

 3人は今の説明をしかと覚え、頭の中に叩き込んだ。

 

 

 

 ────そして、現在に至る。

 

 

 

 ノイズに関しての情報が間違っていないかを3人は確認し、お互いに見合い、頷く。

 

 3人はそれぞれのベスト、ベストに取り付けられた『トランスポッド』、手に巻いている『モーフィンブレス』に不備が無いかを一通り確認した後、辺りを警戒しつつ歩を進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「酷いな……」

 

 

 しばらく進んだ後、かけていたサングラスを外し、ヒロムは辺り一面を見やる。

 そして出た言葉がそれであった。

 

 周りには炭が大量に落ちていた。

 ノイズの炭化能力により人間が炭化したものだろう。

 即ち、この炭の塊1つ1つが『死体』なのだ。

 

 ヴァグラスはエネトロンのみを狙うので、民間人の被害をお構いなしで行動したとしても、実害を受けている人間は実は多くない。

 だが、ノイズは明確に『人を殺す』事に特化している災害。

 辺りに散乱した炭が最早誰なのかもわからない死体だと思うと、怖気を通り越して吐き気がした。

 

 

「……急ごう、ヒロム、ヨーコちゃん」

 

「こんなの……何とかしないと」

 

 

 リュウジとヨーコもサングラスを外し、その惨状を目の当たりにし、早急にノイズを食い止めなければならない事を改めて悟った。

 3人はやや小走り気味に、前へと歩を進めて行った。

 

 

 

 

 

 ヒロム、リュウジ、ヨーコは市街地を歩いていく。

 無論、辺り一帯の警戒は怠らない。

 

 本来ならば人が多くいて車が通って活気づいている市街地だが、今は人っ子一人おらず、車も一台も通っていない。

 文字通りゴーストタウンと化していた。

 

 

『反応、近いです! 気を付けてください!』

 

 

 3人のモーフィンブレスより、森下の声が聞こえてくる。

 森下は司令室のコンピュータを前に、ノイズの反応を確実に捉えていた。

 

 そしてその通信の内容に違う事なく、数十秒後、3人は『ノイズ』と接敵した。

 

 

「……あれか」

 

 

 その影を、ヒロムはいち早く見つけた。

 生物的な外見で、形容しがたい声を上げ、こちらに接近してくる無数の影。

 

 それが『ノイズ』だ。

 

 多種多様な姿をしている中共通しているのは、顔に相当するであろう部分が液晶ディスプレイのようになっている事だろうか。

 

 3人は無言で横に並び、まるでそうする事が当然とでも言うかのように、モーフィンブレスを同じタイミングで、同じように操作した。

 

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 

 モーフィンブレスのグラスが展開し、それと同時に3人の体に『バスタースーツ』が転送され、体に装着されていく。

 

 

「レッツ、モーフィン!」

 

 

 3人はモーフィンブレスのグラスを目の位置と並行にし、ブレスの側面のスイッチをその言葉と共に押す事により、頭部にヘルメット、そしてモーフィンブレスのグラスがヘルメットのバイザー部分となり、彼等は『変身』を終えた。

 3人は完全に『戦士』へと姿を変えたのだ。

 

 

 ヒロムの変身した、赤い戦士。

 

 

「レッドバスター!」

 

 

 リュウジの変身した、青い戦士。

 

 

「ブルーバスター!」

 

 

 ヨーコの変身した、黄色い戦士。

 

 

「イエローバスター!」

 

 

 それぞれが自分の名を名乗り、全員が同時に構えを取りつつ、レッドバスターが掛け声を発し始める。

 

 

「バスターズ、レディ……」

 

 

 ノイズを確かに見据え、3人は臨戦態勢を取る。

 そして、レッドバスターの最後の一言と共に、3人は一斉にノイズに向かっていった。

 

 

「ゴー!!」

 

 

 彼等の名は『特命戦隊ゴーバスターズ』。

 地球を守り、人々を守る『戦士』。

 

 

 

 

 

 

 

 ────Transport!────

 

 

 変身前にもつけていて変身後はスーツに備え付けられているトランスポッドを押し、基地より転送された『ソウガンブレード』を各自手に取り、構えた。

 ノイズは着実に前進し、バスターズの元へ向かってきている。

 

 

「接近すれば向こうから実体化してくれるんでしたね」

 

「その通り。そうすれば俺達の攻撃も通るってわけ」

 

「つまり接近して一気にやっちゃおう、ってことだね!」

 

 

 レッド、ブルー、イエローがお互いに状況を確かめ合うように口々に言う。

 

 如何にバスタースーツに対ノイズ用の力があったとしても、向こうも攻撃を無効化できるのでは話にならない。

 しかし、敵が自分から実体化してくれるのならば話は別だ。

 

 幸いノイズに動物のような知能は無い。

 人間を襲う時に実体化する。

 その本能に近い習性を利用すれば、こちらの攻撃を当てる事も容易だ。

 

 そうこう言っているうちに、ノイズは自分の体を細く変化させ、高速移動を行ってきた。

 3人を同時に狙ったこの高速移動を見事に見切り、同時にソウガンブレードで斬り付けた。

 すると確かな手ごたえがあり、斬られたノイズは炭になって地面に落ちた。

 作戦通り、敵が実体化した時ならば効果があるようだ。

 

 だが、最初の一撃こそ上手くいっても、その後は何度か空振りに終わってしまう事も多かった。

 何せ神業的タイミングを行わなければならないのだ。炭化による即死が無いにしても、それを合わせるのは難しい。

 ノイズに問答無用で攻撃ができる力があれば。そう考えずにはいられない程にノイズへの攻撃は難しかった。

 

 

 

 しかし、此処でゴーバスターズが予想だにしていなかった事が起こる。

 

 

 

 3人はまず、驚愕した。

 突如、ノイズ達が『何者か』に倒されていった事に。

 無論それは、3人の手によるものではない。

 

 ノイズは自身の炭化能力の弊害によるものなのか、時間が経てば勝手に自壊する。

 だがそういうものとは明らかに気色が違っている。

 まるで、何かの衝撃を受けて炭化したかのように、3人には見えていた。

 

 そもそもノイズは攻撃の意思を見せる前に倒されているようにも見えた。

 つまりそれは、『実体化するタイミングを待たずに倒されている』という事。

 転じて、『ノイズを一方的に攻撃している』という有り得ない光景だという事。

 

 そうこう考えているうちに、その場にいたノイズの半数はその何者かに倒されていた。

 ノイズの群れの中から、1つの影が跳び上がり、ゴーバスターズの前に背を向ける形で降り立つ。

 

 その影は、紛れも無く人間の女性だった。

 青の髪に、青と黒と白の三色を基調にした鎧を纏った女性。

 手には1本の細身の剣を携えている。

 

 

「貴方達が『ゴーバスターズ』、ですか?」

 

 

 青い髪の女性が、その長い髪を靡かせ、3人に問いかけた。

 

 ゴーバスターズは割と大っぴらに活動している。

 最近では知名度も上がってきている。

 だから名前を知られているのはいいとしても、謎の女性がノイズを倒すという何とも摩訶不思議な状況に、3人はやや混乱していた。

 

 狼狽しつつもレッドバスターは、問われた事に答え、更なる問いで返した。

 

 

「あ、ああ……貴女は?」

 

「ノイズを倒す者。貴方達と同じで、人を守る防人です」

 

 

 防人────随分古風な言葉を使う人だ。

 

 戦闘中には場違いかもしれないが、それが第一印象だった。

 

 しかし、要は自分達と同じ『戦士』である事を3人は理解する。

 そして、目的が同じである事も。ならばやるべき事はたった一つだろう。

 驚きも冷めやらぬまま、レッドバスターは自らの任務を頭に浮かべ、その異常事態にも冷静に対応して見せる。

 

 

「なら一緒に戦おう。その方が早い」

 

「ええ、こちらでもそう指令が出てますから」

 

 

 ヒロムも青い髪の女性も、そして他の3人も考えている事は皆同じのようで、お互いの顔をちらりと見やって頷き、ノイズと向き合う。

 

 

「行くぞ!」

 

 

 レッドバスターの一声と同時に、4人全員が一斉に駆け出した。

 

 バスターズの3人は接近後挌闘、及びソウガンブレードでの攻撃に移っていくという方法を取った。

 接近すれば、ノイズはバスターズに触れようと自分自身を実体化する。

 そしてそうなれば、バスターズの攻撃にも、タイミングが難しいが当たってくれる。

 3人はこの方法を用い、ノイズを殲滅していった。

 

 一方、青い髪の女性は剣で、辺り一面のノイズを切り裂いていっている。

 時折、剣より青い閃光を放って攻撃したりしている所も見ると、どうやらただの武器、というわけではないようだ。

 

 ノイズは触れられたら終わりだが、逆に言えば触れられるようになれば脆いだけだ。

 数こそ多いが、謎の女性助っ人もあって、バスターズの3人には、謎の女性の戦いを所々見る程の余裕があった。

 

 ノイズに有効打を与え、人間以上の身体能力を持つ。

 しかし明らかにバスターズとも、都市伝説の仮面ライダーのような存在とも気色が違う。

 疑問は尽きないが、4人は着実にノイズを倒していっていた。

 

 

 

 4人が戦う中、残っていたノイズは一箇所に集中しだした。

 すると、ノイズ達は一つに結合し、一つの巨大ノイズとなった。

 4本足で、体には大きすぎるぐらいの口が特徴の、歪な、化け物極まりない姿へと変貌したのだ。

 

 

「小さい方が愛嬌はあったんだけどね」

 

「愛嬌があって炭にされるって方が逆に怖いよ……」

 

 

 4人はその姿を見ても怯まず、ブルーバスターとイエローバスターは暢気な事まで言いだしていた。

 そう言いつつも、バスターズの3人は、イチガンバスターを基地より転送。

 その後、イチガンバスターとソウガンブレードの2つを合体させ、手慣れた手つきで一つの大きな銃へと変形させていく。

 

 

 ────It's time for special buster!────

 

 

 イチガンバスターとソウガンブレードは、合体した必殺形態、『スペシャルバスターモード』へと移行した。

 3人はイチガンバスターを巨大ノイズに向けて構える。

 

 まだ撃たない。タイミングを見る。先程まででノイズの実体化のタイミングは何となく掴めている。

 睨み合う巨大ノイズとゴーバスターズ。

 その膠着に痺れを切らしたのか、はたまた人間がいる事で本能的に動いたのか、巨大ノイズはバスターズを叩き潰そうとその大きな前足を振りかぶった。

 

 叩き潰す為。

 つまりそれは、『実体化した』という合図に他ならない。

 

 瞬間、3人は同時に引き金を引いた。

 放たれたビームは、通常のものよりも巨大で、威力の高い攻撃。

 ノイズが如何に巨大であろうとも、攻撃が通る瞬間を狙われ、必殺級の威力3発を同時に受けて、無事に済むはずが無かった。

 

 実体化のタイミングに合わせたビームが直撃すると、爆発の煙が上がった。

 煙はすぐに晴れ、そこには巨大ノイズなどおらず、大きな炭の塊が転がっているだけ。

 ラストの一撃は見事にノイズを捉え、撃滅した、という事だ。

 

 

「削除完了」

 

 

 レッドバスターのその言葉はミッションコンプリートの合図でもあった。

 と、間を置かずモーフィンブレスが鳴る。

 

 

『お疲れ様です。辺り一帯のノイズ反応は、もうありません』

 

 

 特命部、司令室にいる森下からの通信だ。

 

 しかしバスターズ3人は変身を解かなかった。

 その前に問うべき事があった。

 ノイズという問題の中で現れた、もう1つの謎が、まだ目の前にいる。

 

 

「貴女は何者なんですか?」

 

「…………」

 

 

 ブルーバスターの問い。

 だが、青い髪の女性はバスターズ3人を見やるだけで答える気配はない。

 

 どうやらお互い考える事は同じようだ。

 本当に味方かも分からない相手に、自分の正体を明かすわけにはいかない。

 が、此処で思わぬ事で青い髪の女性の正体が露見する。

 

 

「あーっ!!」

 

 

 それはイエローバスターの驚愕の声からであった。

 青い髪の女性を指差し、マスクの奥で驚きの表情をしていた。

 

 

「も、もしかして! 風鳴翼さん!?」

 

 

 風鳴翼。確かそれは、今人気のトップアーティスト。

 ヒロムやリュウジはそういう事には疎いのだが、ノイズ出現の報を受ける前にヨーコが言っていた事を思い出した。

 

 風鳴翼だと指差された女性は一瞬表情を歪めた。まるで、図星とでも言うかのように。

 そして女性は、ゴーバスターズに向き直り、観念したかのように頷いた。

 

 

「……ええ、そうです」

 

「えーっ! どうしよう!! ア、アイドルが、目の前にッ!!」

 

 

 さすがはファンというべきか、かなりハイテンションなイエローバスター。

 ヒーローと名の知れているゴーバスターズがピョンピョン跳ねるのはちょっとシュールである。

 そんな事も気にせず「サイン? 握手? ああーメアド交換とか……」と呟くイエローバスター。

 ブルーバスターは苦笑い、レッドバスターのマスクの奥は白い目だったが、そんな事はもお構いなし。

 

 そんな感じで話がおかしな方向になって来た時、今度は青い髪の女性、風鳴翼の方に通信が入った。

 

 

『翼、彼らと接触を図ってくれ』

 

「何故ですか? この鎧や二課の事は機密の筈です」

 

『我々がノイズに対応しているように彼等もヴァグラスと戦っている。そして……』

 

「そして?」

 

『……いや、すぐ分かる。

 ともかく、彼らとコンタクトをとってくれ。

 恐らく本部への同行を迫られるだろうが、問題ないからOKしてくれて構わない』

 

「……はい」

 

 

 そして一方、レッドバスター達にも通信が入っていた。

 通信が入った事で色々と考えていたイエローバスターの脳内も真面目なものに切り替わる。

 

 その内容は翼に来た通信とほぼ同じ、正体を開示しても構わないという事だった。

 ただ1つ違った点は、「風鳴翼を特命部までお連れしろ」という命令が出た事だった。

 

 

「……どういう事なんだ?」

 

 

 レッドバスターが疑問符を浮かべるが、今は黒木司令の指示に従うしかない。

 

 

「こっちから指令が出た。貴女を特命部までお連れするようにって……」

 

「奇遇ですね。こっちもそれに従え、という指示が出てます」

 

 

 リュウジの中で、出撃前の疑問が浮かんでいた。

 

 特命部と、特異災害対策機動部二課の関係。

 

 お互いに重要機密を抱える身、そう簡単に接触してもいいものなのか。

 そんな疑問をリュウジが抱きつつ、変身を解除した4人は特命部へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「良く来てくれた、風鳴翼君」

 

 

 特命部司令室では黒木とオペレーターの2人が出迎えを行った。

 黒木はいつものように厳格な表情。オペレーターにも動揺とか、戸惑いは見られない。

 先程までの疑念が道中も全く解けないままでいたリュウジは、開口一番に黒木に質問をぶつけた。

 

 

「司令、お聞きしたい事があります」

 

「なんだ、リュウジ?」

 

「何故急にヴァグラス以外との敵の戦闘に向かわせたんですか?

 バスターズがヴァグラス以外も想定しているなら今までだって出動がかかっても良かったはずです。それが今になって急に……。

 それに特命部と特異災害対策機動部の関係についても」

 

 

 その言葉に黒木は悩んだような顔をする。

 横に居る仲村と森下も同じような顔をしている所を見ると、どうやら事情を知っているらしい。

 リュウジも、リュウジ以外の3人も黒木に目を向ける。

 睨みとまではいかないが、事情を聞きたい、といったような視線だ。

 黒木は「そうだな……」と間を置き、口を開き始めた。

 

 

「実は今後ゴーバスターズにも、シンフォギア装者にも関わる大きな事がある」

 

 

 この言葉で驚愕したものが1名、さらに疑問を抱えたのが3名だ。

 

 疑問を抱えたのはバスターズの3人。

 驚愕したのは風鳴翼だ。

 

 

「何故……何故、『シンフォギア』の事を?」

 

 

 声色からは動揺が見て取れる。

 

 シンフォギア、ゴーバスターズには聞き慣れない言葉だ。

 

 特異災害対策機動部と特命部の関係。

 今後起こるという大きな事。

 シンフォギアという名称。

 

 バスターズ3人の疑問は増え、深まるばかりだ。

 

 

「元々弦十郎とは交流が深くてな」

 

「叔父様とお知り合いなのですか?」

 

「そんなところだ」

 

 

 端的な会話。その中でも正体不明の『弦十郎』なる名詞が出つつ、黒木は少し間を置いて、再び話を始めた。

 

 

「諸君も知っての通り、最近ヴァグラス、ノイズの被害は増え続けている。

 それに加え、新聞等公共の情報網には掲載されないが『怪人』の存在。

 ……このように世界は今、混沌に包まれている」

 

 

 黒木は司令室の自身の席に戻りつつ、ゆっくりと話し始めた。

 4人は黒木の話にじっくりと耳を傾けている。

 しかし、話の本筋が見えてこないし、疑問の答えにもなっていない。

 黒木は話を続けた。

 

 

「数々の混乱の中それに対抗する者もいる。

 しかしそれだけではどうしても防げない、例えば幾つもの事象が同時に起こったとして、一々組織同時で連絡をしなくては連携も取れず、対処も遅れ、被害は増える……。

 そこで提案されたのが、特命部と特異災害対策機動部の一時合併だ」

 

「提案って、そんなものいつの間に……」

 

「つい最近だ。

 完全な決定事項では無かったから、あまり混乱させないようにお前達には秘匿にしてあったんだ」

 

 

 黒木はリュウジの言葉にも的確に返してくる。

 話の概要としては、これから特命部も特異災害対策機動部二課も同じ括りになるという事。

 

 翼とバスターズ3人は顔を見合わせた。

 今顔を合わせている人物が、これから共に戦う同じ部隊の『仲間』となる。

 話が急すぎて黒木達の気遣いなど無駄であったかのように混乱してしまう。

 

 

「さすがに急なのでは……叔父様は何と?」

 

「弦十郎は快諾してくれている。というか、そもそもこの提案は弦十郎からだ」

 

 

 弦十郎なる人物の発案である事をゴーバスターズはそこで知ったが、翼からすればそも十分に驚きだった。

 何せ弦十郎は特異災害対策機動部の司令。つまり特命部の黒木のような存在なのだ。

 自分にまで秘匿にされていた事に翼も戸惑いを隠せない。

 

 突拍子が無い、あまりにも。

 その提案に文句そのものは無いのだが、さすがに驚愕に次ぐ驚愕だ。

 流石に戸惑うな、という方が無理である。

 4人とも口を押し黙ってしまい、その様子を見た黒木は一息ついて再び口を開いた。

 

 

「急な話になったのは申し訳ないと思っている。

 リュウジが言っていたように組織同士はそう簡単に交わる訳にはいかない、故にお前達にも秘匿だった。

 だが、これは人々の平和を守る為により最善の方法を我々がとっているつもりだ。納得できない事もあるだろう。

 反論も甘んじて受けようとも思う。が、これは皆にとっても人々にとってもより良い事のつもりだ」

 

 

 黒木が4人の顔を見渡し言う。

 対して、4人は唖然とした顔をするばかりだ。

 

 勿論、この提案は悪くないし、よりスムーズに人命を助ける事も可能となるだろう。

 それに単純に考えてみよう。今までと何が違う?

 何も変わらない。人を助け、敵を倒す。その相手にノイズが加わり、仲間に風鳴翼が加わっただけの事。

 そう、変わらないのだ。自分達の使命は。

 

 先程まで話の急さに混乱していたバスターズの3人はそう考える事で話を飲み込み、納得した。

 そうなれば返答はただ1つ。

 

 

「反論なんてありません、みんなを守る為ですから」

 

 

 代表とでもいう形でヒロムが皆の気持ちを代弁した。

 バスターズの2人もその言葉に頷いている。

 しかしただ1人、風鳴翼は未だに微妙な表情をしていた。

 

 

(一緒に戦う仲間、か……)

 

 

 その脳裏には、かつての相棒の姿が浮かんでいた。

 

 『特命戦隊ゴーバスターズ』。

 

 そして『シンフォギア装者・風鳴翼』。

 

 黄金の狼と世界の破壊者が出会った頃、此処にもまた、出会いがあった。

 その出会いがもたらすものは────




────次回予告────
真を写す来訪者は旋律と雑音に立ち会う。

あの日、あの時教えられた、命の絶唱。

諦めを忘れさせた歌が起こした奇跡が胸に煌めく────


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第4話 来訪者

 特異災害対策機動部と特命部は正式に協定を結び、一時の協力関係を結ぶに至った。

 ただし、表沙汰にはなっていないが。

 というわけで特異災害対策機動部二課の基地、その真上に存在する『私立リディアン音楽院』の学生である『立花 響』はそんな事を露とも知らず惰眠を貪っていた。

 

 現在は昼に近い朝、大体10時半ごろ。

 今は休み時間ではなく、授業中だ。

 

 今日の朝、迷子の子供を見つけ、その子の親を探すまで奔走、その後に学校まで全速力で走って遅刻ギリギリになるという事をやらかしたのが原因だ。

 朝っぱらから学校までの短い距離とはいえ全力疾走、それは目覚め切っていない体には応えたようで、現在の睡眠に繋がっている。

 

 本人は授業中に寝てはいけないと抗ったのだが、睡魔は思いのほか強く、いつの間にか響は眠ってしまった。

 

 

「立花さぁん!!」

 

 

 自分の名前を怒声にも近い大声で呼ばれ、「ひゃいっ!」と間抜けな返事をしつつ勢いよく立ち上がる。

 名前を呼んだのは現在授業中の先生。

 どうやら居眠りがバレたらしい。

 

 

「今私が言った事を言ってみなさい」

 

「えー……あ、あはは……すみません」

 

 

 何と言っていたのか、そもそも何の話題なのかも知らない響はおとなしく頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「もー、響。寝ちゃダメじゃない」

 

 

 呆れたような顔で『小日向 未来』が響を母親さながらに注意する。

 彼女は響の同居人で、一番の親友だ。

 未来も響が何故眠いのかは分かっている。

 そう、「いつもの」人助けだと。

 

 響は日常的に人助けを行っている。

 迷子を親元に送り届ける、迷い猫、迷い犬を捜す、落とした財布を持ち主に返す…。

 挙げて行けばキリがない。

 

 何より問題なのは、響が自分の事を一切顧みずにこれらの事をしてしまう事だろうか。

 即ち、遅刻しようが自分が疲れようがお構いなしなのだ。

 さらに本人はこれを「趣味」と言ってのけている。

 つまり正義感でも義務感でもなく、やりたくてやっているから止めようも無い。

 

 それを考えて未来はまた一つ溜息をつく。

 人助けを止めろとも、悪い事とも言うつもりは無い。

 むしろ自分も響の影響か人助けは積極的にする方だと思う。

 が、響のそれは明らかに度が過ぎている。

 下手すれば助けられている方が遠慮してしまう程に。

 

 

「人助けもいいけど、少しは自分の事も考えてよ」

 

「あはは……ごめんごめん。でも、好きでやってる事だし……」

 

 

 本日何度目か分からない溜息を未来は吐いた。

 まあ、こうなる事は分かっていた。

 止めても聞かないが一応言ってみる程度のつもりだったからだ。

 

 

「そういえばさ未来、次ってあの人の授業じゃない?」

 

「あの人? ……あ、転任してきた先生の」

 

 

 実は今日の朝、担任の先生が新しくリディアンに転任してきた先生を紹介したのだ。

 今は4月で、新任式とは微妙にタイミングのずれた少し不思議な時期だった。

 

 響はふと考える。

 はて、名前は何だっただろうか?

 朝から疲れのせいで眠気たっぷりだったから記憶が曖昧だった。

 寝てはいない筈なので聞いている筈、と、何とかぼんやりとした記憶の海から名前を引っ張り出す。

 

 

「確か……門矢士先生……だっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 首にマゼンタ色をした二眼レフのトイカメラをぶら下げているのが印象的な新任の先生。

 

 『門矢 士』の授業が始まった。

 

 授業はかなりのクオリティだった。

 先生によって教え方や授業のスタイルというのは異なる。

 

 黒板に丁寧に書いていく先生。

 口での説明が上手く黒板をあまり使わない先生。

 プロジェクターや何かの映像を使って授業を進める先生。

 

 千差万別な授業方法があるが、士の授業方法は内容の要約を黒板に書いて、それをさらに分かりやすく、かみ砕いた説明を言葉でするという方式だった。

 やや高圧的な態度ながら、その説明は分かりやすく、飲み込みやすい。

 黒板の要約だけでも十分に頭に入るレベルだ。

 冗談はあまり挟まないが、分かりやすい教え方だった。

 

 

「……という事だ、だいたい分かったか?」

 

 

 解説の最後にこの言葉を付け加え、士は今回の内容の説明を終えた。

 生徒達は全員が全員思っていた。

 

 だいたいどころか、完璧だと。

 

 響も先程の授業での睡眠が効いたのか起きていたのだが、思わず解説に聞き入っていた。

 そして何とも陳腐な褒め言葉かもしれないが、こんな言葉が浮かんでいた。

 凄い、と。

 誰もがそう思う中で、授業終了のチャイムが響いた。

 

 

「此処までか……分からないところがあったら聞きに来い。

 尤も、そんな所は無いだろうがな」

 

 

 先程の解説の時もそうだが、士先生というのはどうも自信家な側面があるように思えた。

 その自身に満ち溢れた言葉に見合う実力は持っているというのも凄い話だが。

 

 そんなこんなで休み時間に入り、響は未来と再び会話していた。

 

 

「……すごかったねぇ」

 

 

 第一声はそれだ。

 未来も「ホント、分かりやすかった」と、扉の前で立ち往生している士を見ながら呟く。

 

 当の士はというと、女子生徒からの質問攻めにあっていた。

 しかしその内容は分からない所の質問では無かった。

 

 

「凄い分かりやすかったです!」

 

「そのカメラなんですか?」

 

「彼女いるんですか?」

 

 

 それどころか授業そのものとも関係の無い質問が飛び交っていた。

 しかもこのクラスの殆どの女子が士に群がっているせいで、士も部屋から出るに出られない。

 

 

「すっごい人気ねぇ、門矢先生」

 

 

 隣り合う席の2人に3人の女子が近づいてきた。

 そのうち1人、3人組の中で一番長身の『安藤 創世』が士をちらりと見やりつつ、響と未来に話しかける。

 彼女は、金髪で髪は結わずに伸ばしている『寺島 詩織』と3人組の中で一番小柄なツインテールの『板場 弓美』とよく行動を共にしており、今もそうだ。

 

 そしてこの3人と響と未来はとても仲が良い。

 

 

「完璧超人、イケメン、長身、微妙に変な時期での転任……。

 なんだかアニメみたいよね」

 

 

 弓美は士をそのように評していた。

 アニメが大好きな彼女はよくアニメに例えて物を言う。

 しかしそんな彼女も、まさか士のような人間が実在するとは思っていなかったらしい。

 

 彼女の言う通り士は顔立ちも良く、長身だ。

 それに加え授業は完璧、今の所非の打ちどころはない。

 強いて言えば少々上から目線の部分がある所か。

 

 

「授業もとても分かりやすかったですし……。

 そういえば、何処から転任してきたんでしょう?」

 

 

 詩織がふとした疑問を口にした。

 

 朝のホームルームで士が担任の先生から紹介された時に言われた事は、転任してきた事と、しばらくこのクラスの副担任になる事の2点だけだ。

 本人の自己紹介も名前の紹介だけで終わり、転任前の学校が明かされていない。

 リディアンに所属している今となってはどうでもいいかもしれないが、詩織は少しそれが気になっていた。

 言われて気付き、気になりだしたのか響と未来も考え出す。

 

 

「そういえばそうだねぇ、どこからだろ?」

 

「うーん……凄く偏差値の高い高校に勤めていたんじゃないかな。

 あの授業、本当に分かりやすかったし」

 

「えー、アニメ的には『ワケありで明かせない』が鉄板じゃない?」

 

 

 響、未来、弓美が口々に言い合う。

 弓美の発言には「それはないって」と全員から総ツッコミが飛んできたが。

 

 ────まさか、それが真実だとは誰も思わないであろう。

 

 

「私もヒナと同意見かなぁ……ねぇ、テラジはどう思う?」

 

 

 意見を言っていない言い出しっぺの詩織に創世が振る。

 ちなみに『ヒナ』とは未来の事で『テラジ』とは詩織の事だ。

 このように創世は人の事をちょっと個性的なあだ名で呼ぶ。 

 あまり浸透はしていないようだが。

 

 

「そうですねぇ……直接聞けば早いんじゃないでしょうか?」

 

 

 至極真っ当な意見に、他の4人は同時に、心の中で「それもそうだ」と呟いた。

 気付いた時には既に遅く、次の授業の予鈴が鳴った。

 また後で、と手を振った創世達3人は各々の席に戻り、他の生徒も次々と着席していく。

 

 そこでようやく、立ち往生させられていた士は解放されたのであった。

 

 

 

 

 

 時間は移って昼。

 

 生徒達はみな、食堂に集まって仲良く談笑しつつ食事をしている。

 食堂はバイキング方式で好きな物を好きなように好きなだけ取って食べていた。

 中には先生の姿も散見され、新任の士もいる。

 

 士は携帯をいじりながら、群がる女子生徒達を「仕事の話だ」と言って追い払い、食事をしながら携帯の画面をじっと見ている。

 

 

(……自衛隊、特異災害対策機動部による避難誘導は完了しており、被害は最小限に抑えられた……ね)

 

 

 携帯の画面には先日のノイズ出現のニュースが表示されている。

 

 特異災害対策機動部、ノイズ、いずれも『他の世界』では聞かなかった単語だ。

 ノイズについても暇な時間に色々と調べ、どんなものなのかは何となくだが理解した。

 

 ノイズとは災害であり、人に触れると人ごと炭に変える、人を殺す為に動く化物。

 通常の攻撃は効かず、その殲滅は極めて困難である。

 幸い、その炭化能力の為か自壊を起こすので、その自壊を待てばいい。

 また、扱いは災害なので出現時に警報が鳴り、人々は避難シェルターに避難するようになっている。

 以上が士の調べたノイズの概略だ。

 

 いずれにせよ、恐らくノイズを含むそれらがこの世界でやるべき事に関係しているとは思うのだが、それとは別に気になる事が士にはあった。

 

 

「にしても……何だよ、こりゃ」

 

 

 それはニュースの最後の一文。

 

 

 

 ────『ノイズはゴーバスターズによって殲滅された』。

 

 

 

 

 

 今日の朝の話だ。

 

 ゴンザの説明を受けてリディアンまでバイクを走らせ、教員免許がある事から十中八九職員室に行けばいいだろうと向かったところ、案の定、自分はこの世界では『私立リディアン音楽院の新任教師』という役割を与えられているらしかった。

 恐らく意味のある事なのだろう、いつもの事だと思い、こうして授業を行っていたわけだが。

 

 

(……どういう事だ? ゴーバスターズは戦隊……ライダーと同じ世界にいるのは、まあ不思議じゃないにしても、ノイズってのは聞いた事がない)

 

 

 かつて士はゴーバスターズに『会った』事がある。

 とはいえ、それは別の世界のゴーバスターズ。

 ゆっくり話したわけでもないから、その人となりを知っているわけでは無い。

 しかしゴーバスターズは『仮面ライダー』という括りには入っていない事を士は知っていた。

 

 だが、先日のゴンザの話ではこの世界に仮面ライダーが存在しているらしい。

 そこで携帯で『仮面ライダー』の情報を集めたところ、どうやら『風都』や『天ノ川学園高校』という場所をはじめ、世界各国で確認されているらしい。

 

 分かったのは、『風都』の存在とゴンザの『半分ずつ色が違う』という情報から、少なくとも『仮面ライダーW』────かつてともに戦った事のあるライダーが存在しているという事だ。

 

 尤も、それが『並行世界の同一ライダー』であるという可能性の方が高いのだが。

 

 

(ライダーはいる。だが、戦隊もいる。

 と思えばノイズとかいうわけのわからん奴までいる……)

 

 

 士の疑問は一言に集約された。

 

 

 (……此処は一体何の世界なんだ?)

 

 

 士の巡る世界にはその世界の『主役』というべき存在がいる。

 例えば、クウガが戦う『クウガの世界』。

 戦隊で言えば、シンケンジャーが戦う『シンケンジャーの世界』。

 ライダーと戦隊の全てが入り混じった世界にも言った事がある。

 

 だとすれば、この世界は一体何なのだろうか?

 ライダーと戦隊こそいるものの、その全てが入り混じっているというわけでも無ければ、ライダーや戦隊と関わりがあるかもわからない謎の化物が自然災害として扱われている。

 それにこの世界では『魔戒騎士』と呼ばれる未知の存在とも知り合っている。

 

 なまじ知識がある分、士は混乱していた。

 だが士は不敵に笑う。

 

 

(……何もわからない方が、旅らしくていいか)

 

 

 士の目的はあくまでも『旅』と『世界を写真に収める事』だ。

 別に世界の謎を解くなんて冒険家や探偵の真似事をする気はさらさらない。

 むしろ、その何も分からない不可解さが士の好奇心を掻き立てていた。

 

 調べ物も終わったところで、携帯を置いて食事を始めようと箸を手に取る。

 ところがその時、食堂全体がどよめき始めた。

 

 

「ねぇ、風鳴翼よ」

 

「芸能人オーラ出まくりね、近寄りがたくない?」

 

「孤高の歌姫ってところね!」

 

 

 嬉々とした言葉で、女子生徒達のそんな声が聞こえた。

 女子生徒の大半が向いている方向を士も向く。

 士の目には青い髪を靡かせ、悠然と歩く一人の生徒が見えた。

 

 

(……風鳴翼、確か超人気アーティスト、だったか)

 

 

 この世界に関してとことん無知な士は先程のように調べ物をした。

 リディアンにいれば風鳴翼の話は嫌でも耳に入る。

 そこで調べてみたところ、彼女がアーティストである事を知ったのだ。

 

 少し前は『ツヴァイウイング』というユニットを『天羽 奏』なる人物と組んでいたらしいが、2年前のライブ中、ノイズによる襲撃を受けて既に亡くなっているらしい。

 それから悲しみを乗り越え、ソロ活動を始めるようになったとか。

 有名な話らしいがそれを掘り返す者は殆どいない、当然だが。

 

 そういえば芸能人と知り合った事はどの世界でもないな、なんて事が冷静に頭に浮かんだ。

 

 遠巻きに眺めていると、一人の女子生徒が勢いよく立ち上がって、風鳴翼と鉢合っている様子が見えた。

 女子生徒は立ち上がった先に風鳴翼がいるとは思わなかったのか、酷く驚いた顔をしており、緊張のせいか体がプルプルと震えている様子が見える。

 風鳴翼は女子生徒の方を見ながらゆっくりと自分の頬の辺りに指を向けた。

 女子生徒はその仕草を真似るように自分の頬に指を向ける。

 ご飯の粒が付いていた。

 

 直後、ご飯粒を無言で指摘された生徒はだいぶ気恥ずかしそうに俯き、翼は素知らぬ顔でその場を立ち去って行った。

 

 その気恥ずかしそうにしている生徒を士は見た事がある。

 今日、士が初めて授業をした教室にいた生徒だったはずだ。

 

 

(あれは……立花、だったか?)

 

 

 何とも間抜けなシーンを見てしまった。

 響には悪いが、士はそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、もうダメだー……翼さんに完璧おかしな子だと思われた……」

 

 

 放課後、教室の机に突っ伏しながら、隣の席で勉強をしている小日向未来に溜息交じりに言った。

 

 

「間違ってないんだからいいんじゃない?」

 

 

 何とも酷い言い草だが、仲の良い友達ほどそういう事は遠慮なく言ってくる。

 響と未来の仲があってこそだ。

 尤も、未来以外の響の友人達もほぼ満場一致で『響は変な子』という認識なのだが。

 

 

「それ、もう少しかかりそう?」

 

 

 本人も気にしていない様子で、未来が進めている課題について質問した。

 

 

「うん……ん? ああ、そっか。今日は翼さんのCD発売だったね」

 

 

 響は早く帰りたいんだったという事を思い出し、未来は答える。

 彼女たち二人は同じ寮の同じ部屋で生活している。

 登下校はいつも一緒で、故に響もこうして未来の事を待っている。

 

 

「でも、今時CD?」

 

「うっるさいな~、初回特典の充実度が違うんっだよ~、CDは~」

 

 

 CD以外でも音楽を手に入れる事はできる世の中だ。

 それでもCDに拘る理由を語尾の全てに音符が付きそうな口調で語る響。

 

 未来はふと考える。

 はて、CDを買いたい理由がそれなら、翼さんは超人気アーティストなのだから。

 

 

「だとしたら、売り切れちゃうんじゃない?」

 

 

 当然の事である。

 しかし響は言われて「うへひょ!?」と素っ頓狂且つ間抜けな声を上げた。

 どうやら今気づいたらしい。

 

 初回特典がある人気アーティストのCDなんて開店前から行列が出来ていてもおかしくない代物だ。

 正直、今行って残ってるかすら怪しい。

 だが響は一縷の望みに懸けたのか、はたまたそんな考えが頭の中に無かったのかは分からないが、未来に一言謝って猛烈な勢いで教室を出て行った。

 

 そんな様子の響を見て、未来はクスッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 響が教室を飛び出した頃、士は既に帰路についていた。

 授業を終わらせた後、残りの仕事をさっさと片付け、居候先の冴島家を目指している。

 現在彼はバイクを赤信号で停止させつつ、気怠そうに欠伸をしていた。

 

 彼の乗る特徴的な、マゼンタ色が基調となっているバイクの名は『マシンディケイダー』。

 ディケイド専用バイクであり、士が日常的に使う足でもある。

 

 欠伸の終わった士は今日の事を思い返し、何処となく自信ありげな顔で、余裕そうな笑みを浮かべていた。

 教員になった経験は無かったが、中々上手くいった。

 この調子ならいつも通り、その世界の職業をこなせるだろうと得意気に考えていたのだ。

 

 士にはナルシストな一面がある。

 ただ実際に士は何でもできるので、実力に裏付けされた自信、と言ったところか。

 

 青信号になり、士はバイクを再び走らせる。

 その時だった。

 

 

 

 警報が、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 CDは買えていない。

 というか、恐らく今日はもう買えない。

 だが、それでも走る、否、走らなければならなかった。

 

 響は走る。

 胸の中に未だ息づく『あの言葉』がある限り────

 

 

 

 

 

 響がノイズの出現を知ったのは、警報が鳴るよりも前だった。

 コンビニの前で立ち止まった時、風に乗って炭が飛んできた。

 

 周りに人はいない。代わりに大きな炭の塊があった。

 これが意味するところは一つしかない。

 特異災害、ノイズであると。

 

 そう気付いた瞬間、女の子の悲鳴が響の耳に届いた。

 

 後はいつもの人助けと同じだ。

 無我夢中で駆け出し、悲鳴を上げた女の子の元へ急ぎ、手を繋いで、ノイズ達から全力で逃げた。

 

 水の中を通ってでも、避難シェルターから遠ざかろうとも。

 体力が限界を超え、もう足が言う事を聞かなくとも。

 

 響は走った。

 いつまでもどこまでも全力で、自分の持ちうる全ての力を出し切って。

 限界だ、無理だ、そう思っても、彼女には走り続けられる理由があった。

 

 胸の中に刻まれた、ある人の言葉。

 

 

 

 

 

 士は自分のバイクを走らせてノイズが現れたであろう方向に向かっていた。

 警報が鳴ると同時に、信号待ちをしていた殆どの車はUターン、もしくは車を乗り捨ててシェルターに逃げていく。

 

 そんな中、士は愛車を走らせノイズを探していた。

 

 理由は2つ。

 1つは、この世界の事を知る為にその存在を目にしておきたかったから。

 とにかくこの世界に関しての情報を集めたかったというのがある。

 そして、もう1つの理由。

 それは悲鳴を聞いたからだ。声からして恐らく、少女の悲鳴。

 

 士は常に尊大な態度で、ともすれば勝手な人間ともとられるだろう。

 だが仮にも『仮面ライダー』。

 人類の自由と平和を守る戦士なのだ。

 

 走行中、彼は一度バイクを止めて辺りを見た。

 辺り一面炭だらけ。

 これが全て人間だったと思うと、さすがの士も気分が悪くなりそうだった。

 

 

「……チッ」

 

 

 悔しそうな顔で舌打ちをし、士は再びバイクを走らせた。

 勿論、悲鳴が聞こえた方へ向かって。

 

 

 

 

 

 

 

「状況を教えてください」

 

 

 リディアン地下に存在する特異災害対策機動部二課。

 シンフォギア装者、風鳴翼はオペレータールームへ駆けこみ、開口一番そう言った。

 

 

「現在、反応を絞り込み、位置の特定を最優先としています」

 

 

 オペレーターの1人が位置特定に尽力しつつも冷静に答える。

 

 

「特定でき次第、特命部にも情報を回せ。

 それと、彼等にも出撃準備があるからその旨を先に伝えるんだ」

 

 

 司令、弦十郎の言葉にオペレーターの1人はすぐさま特命部に回線を開く事で答えた。

 特命部にもノイズ出現と位置特定ができ次第出動して欲しいと伝え、一度回線を切っる。

 

 

 ノイズをサーチしているオペレータールームのメインモニターを、まるで仇敵を見るかのように翼は強く睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────あの日、あの時、間違いなく私はあの人に救われた。

 

 ────私を救ってくれたあの人は、とても優しくて、力強い歌を口ずさんでいた。

 

 

 

 場所は工業地帯の高い建物。

 

 少女を背中に背負い、外につけられた梯子を上り、その屋上まで逃げた。

 ノイズが現れたのは夕方。既に日は暮れかけている。

 もう何分、何時間走り続けたのか分からない。

 少女の小さな体の体力はとっくの昔に限界を迎えていたが、それ以上にその子を担いで至る所を駆けまわった響の体力の方も限界だった。

 通常の女子高生なら、いや、運動をしている女子高生でも厳しいレベルかもしれない。

 2人とも、屋上にバタリと倒れ込んでしまう。

 

 

「死んじゃうの……?」

 

 

 少女の声は絶望に飲まれ、涙声に震え、諦めたようにも聞こえる声だった。

 

 無理もない。

 命を狙われ続け、走り続ける極限状態なんて一般人が味わうようなものじゃない。

 だが、響は倒れていた体の上半身だけを起こし、微笑みながら首を横に振った。

 

 響にだって確証はない。

 しかし死ぬかもしれない、そんな気持ちを少女に背負わせておきたくも無かった。

 気休めでもいい、少女の不安を取り除きたかった。

 

 しかし、そんな希望を砕くかのように────

 

 

「ッ!?」

 

 

 後ろを向いた瞬間、そこには大量のノイズが迫っていた。

 いつの間に。そんな事を考える暇も余裕も無い。

 

 少女は響に縋り付く。

 死にたくない、そんな気持ちが痛いほど伝わってきた。

 そんな光景を前にしても、ノイズは無慈悲に近寄ってくる。

 竜巻が民家を壊す事を躊躇わないのと同じで、ノイズもまた災害だ。

 躊躇も迷いも一切ない。

 

 そんな状況でも、響の目は未だ力強かった。

 

 

(私に出来る事は……)

 

 

 少女の体を強く、固く抱きしめる。

 

 

(出来る事がきっとあるはずだ……ッ)

 

 

 響の胸に刻まれた言葉。

 その言葉があったから、自分は生きようと思った。

 その言葉があったから、自分は此処まで足を止めず、立ち上がれた。

 

 

 

 

 

 

「────生きるのを諦めないでッ!!」

 

 

 

 

 

 

 響の胸に、歌が浮かんだ。

 胸に浮かんだ歌を、正直に、自分の口で歌い上げた。

 

 優しい、そして力強い、短くも頼もしい、『歌』。

 

 瞬間、響の胸の中央が、オレンジ色に輝きだす。

 何処からその輝きが発せられているのか、響にはすぐに分かった。

 2年前、自分にできた胸の傷。

 眩いまでの光は、天空へ伸び──────

 

 

 

 

 

「反応絞り込めました! 位置、特定!」

 

 

 女性オペレーターが叫ぶ。

 その言葉を聞き、翼はすぐさま出撃しようと出口へ向かった。

 しかし、息つく暇もなく次の報告が来た。

 

 

「ノイズとは異なる、高質量エネルギーを検知!」

 

 

 ノイズとは異なる────?

 

 それが意味するところは、ノイズ以外の人知を超えた『何か』が出た事。

 

 だが、何が?

 

 ヴァグラスならばエネルギーの検知ではなく、エネトロン異常消費反応によってその出現を知る。

 しかしそれとも違う。

 二課に所属の研究者、『櫻井 了子』がその報告に慌てた様子で叫んだ。

 

 

「ッ!? 波形を照合! 急いで!!」

 

 

 櫻井了子は二課の研究者であり、この司令室を知り尽くしている人間でもある。

 故に、この司令室のコンピュータがどんなエネルギーパターンを検知できるかも当然頭に入っていた。

 

 いくつかある。いくつかあるのだが、了子の頭の中にはある可能性が浮かんでいた。

 本来ならば、有り得る筈の無い可能性が。

 

 そして次の瞬間、モニターを見た了子の表情は驚愕一色に染まった。

 

 

「まさかこれって……『アウフヴァッヘン波形』!?」

 

 

 その波形こそ、有り得る筈の無い可能性そのものを示していた。

 その数瞬後、波形の照合が完了しメインモニターに波形の分析結果が表示される。

 

 『アウフヴァッヘン波形』。

 

 それは聖遺物=シンフォギアを纏う際に発生するエネルギーのようなものだ。

 その反応が出るには当然、シンフォギアが、そしてシンフォギアを纏う『適合者』が必要だ。

 

 聖遺物を造るには人為的な手が必要であり、それができる人間は限られている。

 つまり、二課が認知しているもの以外でその波形が確認される事は、それだけで異常事態なのだ。

 

 現在、シンフォギアとその適合者は二課が確認しているのは『天羽々斬』とその適合者である風鳴翼と、もう1人。

 

 

 

 だが、そのもう1人は既に────

 

 

 

 メインモニターに表示されたのは、たった1つのワード。

 

 

 ────code:GUNGNIR────

 

 

 それを見た二課の誰もが言葉を失い、ただ1人、弦十郎のみが叫んだ。

 まるで、驚愕と動揺を大声で誤魔化すかのように。

 

 

「『ガングニール』だとォ!?」

 

 

 それは、失われた聖遺物。

 

 それは、失われたシンフォギア。

 

 そしてそれは──────

 

 

(そんな、だってそれは……、『奏』の……ッ!)

 

 

 失われた、風鳴翼の相棒のシンフォギア。

 

 

 

 

 

 響自身、自分の体の変調を感じ取っていた。

 尋常ならざる、感じた事の無い、初めて知る感覚だ。

 

 苦しむような、獣のような声を響は上げる。

 ノイズはその光を前に立ち止まり、少女もまた、響の様子を驚愕の様相で見つめていた。

 光が収まり、刹那────!

 

 

「ガァァァァァァァッ!!!」

 

 

 咆哮、そう形容するのがふさわしい獣のような声を辺りに響かせた。

 それと同時に響の体には『何か』が装着されていく。

 腕に、足に、その全てが、既に制服とは違う何かを纏っていた。

 

 例えるならば、鎧。

 

 響はゆっくりと体を起こす。

 

 その顔は笑っていた。

 『黒く塗りつぶされた』その顔は、邪悪とも言える表情を浮かべていた。

 

 

 

 ────胸に浮かび、口ずさんだその旋律は、明日に命を紡ぐ歌か、それとも────




────次回予告────
旋律は輝きとなり、力に変わった。

何も知らぬ少女は運命に巻き込まれていく。

その時、世界を写す破壊者は────


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第5話 突発的乱入者

 全くもって意味が分からない。

 少女を助けて、追い詰められて、胸に浮かんだ歌を歌ったら鎧を纏っていました。

 変わり者と言われる響だが、こんな変わった自体に見舞われるのは初めてだ。

 というか、普通有り得ない。

 

 

「え、うえぇぇぇ!? なんで? 私、どうなっちゃってるの!?」

 

 

 今の自分の姿を見やり、ただただ驚くだけだ。

 目の前にノイズがいる事も一瞬頭から飛んでしまった。

 

 鎧、という割にはボディラインがはっきり出てしまっている姿。

 オレンジと黒を基調にした薄い姿だ。

 まあ響のスタイルは悪い方では無いし、響自身、現状特に羞恥心は無い。

 というか、それよりも驚きの方が勝っている状態だ。

 薄いと言っても、今の姿の腕や足にはアーマーと思わしき物が装着されている。

 これは一体? などと考えていたら。

 

 

「お姉ちゃん、カッコイイ……!」

 

 

 先程までの涙声は何処へやら、憧れの眼差しで目を輝かせながら響を見つめていた。

 しかしその目に、響はある事に気付いた。

 

 

(そうだ……何だかよく分からないけど。

 確かなのは、私がこの子を助けなきゃいけないって事だよね……!)

 

 

 そしてそれを意識したとき、もう1つの事に気付く。

 胸の中から歌が湧き出てくる。

 知らない歌、しかし知っている。

 自然と口が動き、恐らく鎧から流れているであろうメロディに合わせて歌い続ける。

 響は知らぬことだが、シンフォギアの力は『歌』が大部分を占めている。

 その力を引き出すために適合者は自然と歌う事になる。

 

 響は少女に手を差し出し、その手をしっかり握りしめ、抱き留めた。

 そしてノイズの手から逃れるため、その場を飛び上がり──────

 

 

 

 

 

 マシンディケイダーを走らせているうちに工業地帯についた。

 ノイズの発生もそうだが、天に届くようなオレンジ色の光の柱。

 それも確かこの工業地帯から発生していたはずだ。

 

 

「この辺り……」

 

 

 バイクを一度止めて、辺りを見渡してみる。

 変わったところは特にない。

 そう思った瞬間だ。

 

 

「わ、わわわぁぁぁぁ!!」

 

 

 士から少し離れた場所に何かが高速で地面に激突し、物凄い轟音が響き渡った。

 音だけでなく土煙も巻き上がり、士も思わず口元を腕で抑える。

 ゴーグル付きのヘルメットのお陰で視界は無事だ。

 

 土煙が止むと、衝突した地点は見事に小さなクレーターができている。

 煙の中には妙な姿をした人影が小さな子供を庇うように蹲っていた。

 煙が晴れていくと同時に蹲っていた人影が立ち上がる。

 その人影の正体を見た瞬間、士は目を見開いた。

 

 

「……立花、とか言ったか?」

 

 

 恐る恐るといった感じの声色で士が口を開く。

 少女を心配してそちらばかりに目を向けていたが、名前を呼ばれて初めて響は士の存在に気付いた。

 

 鎧の力を制御できず、あっちへぶつかりこっちへぶつかり。

 少女を守る為に自分の体を壁や地面にぶつかる時に盾にするので精一杯だ。

 しかしいくら逃げ回ってもノイズは中々撒けない。

 そんな中、此処に不時着めいた着地をしたのだが。

 

 

「……へ? 何で士先生が?」

 

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 一般人は基本的にシェルター、ないしノイズがいない場所に避難するものなので、此処にほかの誰かがいる可能性など考えてもいなかった。

 そんな中での士の出現。

 驚くのも無理はない。

 というか、鎧を纏った段階から鎧の凄まじい力といい、驚きっぱなしなのだが。

 

 片や、いる筈のない人がこの場にいることによる混乱。

 片や、1日とはいえ生徒として接した少女が鎧を纏って不時着してきた驚愕。

 それによって僅かな時間、静寂が流れた。

 だがノイズはその静寂も見逃さない。

 

 

「……ッ! 士先生ッ!」

 

 

 響が突然、士から見て後ろの通路を指さし、叫んだ。

 思わず振り向けば、ノイズの大群がぞろぞろと群れを成して迫ってきている。

 

 

「あれがノイズか……生で見るのは初めてだな」

 

 

 ディケイドライバーを取り出し、腰に宛がいながら興味深そうに呟いた。

 一方の響は目の前のノイズと少女を助けること、士の登場で士が今、何をしようとしているかなど目にも入っていない。

 

 

「早く逃げましょう! しばらく逃げ続けないと!!」

 

 

 振り向いたため背中を見せている士に響は必死に呼びかけた。

 ノイズは時間が経てば自壊する。

 それがどの程度の時間なのかはわからないが、少なくとも今の自分にはそれを逃げ切るだけの力がある。

 

 この力なら2人を助けることができるはず。

 響はそう考えていた。

 が、響は知る由もない。

 士は『助けられる側』ではなく、むしろ『助ける側』の人間であるということを。

 

 

「分かってる、だが少し試してからだ」

 

 

 腰に巻かれたベルト、同時にライドブッカーが出現する。

 そして『DECADE』のカードを取り出した。

 

 

「変身!」

 

 

 ────KAMEN RIDE……DECADE!────

 

 

 その言葉とともに、カードとベルトを操作した士の姿は一瞬のうちに変わった。

 響はまたも驚愕的な事態に遭遇してしまった。

 突然現れた新任の先生がいきなり姿を異形の者に変えたのだ。

 マゼンタの体、背中に見えるのは左肩の縦横それぞれから伸びている『十』のライン。

 響の見ていた『門矢 士』はそんな姿になっていた。

 

 ふと、響は思った。

 士先生が乗っていた珍しいカラーリングとデザインのバイク。

 あれの色が今の士先生の姿に妙に合っている気がしたのだ。

 よくよく見れば、腰にはベルトが巻かれている。

 後ろからではよく見えないが、恐らく素顔も隠されているのだろう。

 そしてこの変身は今の自分と同じで、超常的な能力が使えるに違いない。

 響はそれら全てに当てはまる『存在』を知っていた。

 

 ────都市伝説。

 

 響ぐらいの年頃なら興味を持ち、誰もが面白半分に語る話。

 その中に、ベルトを巻き、仮面をつけ、バイクを駆る異形の、そして正義の戦士の噂があった。

 

 その名も──────

 

 

「仮面……ライダー……?」

 

 

 そう言ったのは、響が抱きかかえている少女だ。

 その都市伝説を少女も知っていたのか、思わず口をついて出た言葉。

 響も少女も呆気にとられた様子で『仮面ライダー』となった士を見ていた。

 そして『仮面ライダー』と呼ばれた士こと、ディケイドは答えた。

 

 

「通りすがりの、な。覚えておけ」

 

 

 ディケイドはそれだけ言うと、ライドブッカーをガンモードにし、ノイズに向けて数発撃ちこんだ。

 するとライドブッカーのマゼンタの弾丸に当たったノイズ達は次々と炭化していく。

 

 

(……いけるらしいな)

 

 

 士には確かめたいことがあった。

 それはディケイドの特性がこの世界でも発揮されるかということ。

 

 ディケイドはライダーの中でも恐らく、極めて特殊な力を持っている。

 それは『行く先々の世界のルールをある程度無視できる』というところだ。

 具体的にいうと、『不死者』が存在する世界でその不死者を殺すことができたり、ある特別な攻撃をしないと復活する化物を特別な攻撃など使わず倒せたりなど。

 とにかく破壊的な力を振るうことができるのだ。

 

 ノイズの位相差障壁。

 

 それはこの世界と微妙に位相をずらす事で攻撃をあたかも通り抜けているように見せているノイズ特有の能力だ。

 しかしディケイドはその能力に関係なく攻撃を通すことができる。

 士はそれを確認したかったのだ。

 

 

(って事は、大方炭化能力とやらも関係ないか……?)

 

 

 炭化能力も無意味であろう、そう考えはしたものの確証はない。

 もしも炭化能力が有効で触れてしまったら即死だ。

 確証がない以上、それは博打に他ならない。

 ディケイドは出来るだけ遠距離からライドブッカーでノイズを撃ち続ける。

 そして弾幕を張りながら、バイクに跨った。

 

 

「乗れ」

 

 

 バイクに跨るディケイドが唐突なことを響に言った。

 一瞬キョトンとしてしまったが、逃げるためだと悟った響は急いで車体の後部に腰を掛けた。

 勿論、助けた少女は腕の中でしっかりと抱きしめている。

 

 

「離すなよ、振り落とされても助けられないからな」

 

 

 そう言ってディケイドは愛車、マシンディケイダーを走らせた。

 時折後ろを振り返っては銃撃、その度に後部座席の響は一瞬ヒヤリとするのだが、そんな事に構ってはいられない。

 

 マシンディケイダーはどんどんスピードを上げる。

 しかし響や名も知らぬ少女が振り落されないぐらいのスピードを維持していた。

 だが、ノイズは速さだけでなく先回りすることもある。

 何と工業地帯の上からタイミングを合わせて襲い掛かってきたのだ。

 後ろと前ばかり気にしていたディケイドは完全に意表を突かれた。

 

 

「チッ!!」

 

 

 急ぎスピードを上げるが、車体の後部────即ち響と少女にはノイズが当たってしまう。 

 

 横に曲がるか。いや、横転して結果は同じだ。

 

 速攻で判断したディケイドはライドブッカーを上空のノイズに向け構えた。

 しかし、既にノイズは目と鼻の先。

 

 

(間に合うか……!)

 

 

 そしてノイズは──────

 

 

「……!?」

 

 

 ディケイドの攻撃を待つ事無く、炭化した。

 それもノイズ『だけ』が。

 

 まるで、何者かに攻撃を喰らったかのように。

 驚き、ディケイドはそれをした人物に目をやった。それをした人物はディケイドのすぐ後ろにいるからだ。

 

 鎧を纏った立花響。彼女の裏拳が、偶然にもノイズを捉え、そしてノイズを倒したのである。

 

 

(私が、やっつけたの……?)

 

 

 本人も信じられない様子で、自分の手を見つめていた。

 思わず空中に向かって手を突き出し、それがたまたま裏拳となりノイズを捉えた。

 顔を背けつつ咄嗟に出た一撃は誰がどう見ても偶然だ。

 

 だが、その偶然がディケイドと響に教えた事がある。

 それは響の纏う鎧は炭化を無効化し、ノイズを倒せる、という事。

 

 

 

 

 

 驚きも早々に、引き続きマシンディケイダーを走らせるディケイド。

 

 後ろからも前からもノイズが多数湧き出している。

 中には工業地帯の建物すら小さく見えるほどの数十mサイズの、最早怪獣とすら呼べるノイズまでいる。

 おまけにその巨大ノイズもディケイドと響、助けた少女を狙って後ろから追いかけてきていた。

 

 そして、さらなる事態が起こる。

 目の前のノイズの群れが何者かに掻き分けられるように散っていったのだ。

 既に日の落ちた工場地帯にライトが目立ち、排気音が聞こえる。

 そう、バイクだ。

 マシンディケイダーではない、別のバイク。

 

 そのバイクの主は、これまた驚くべき人物であった。

 

 

(つ、翼、さん……!?)

 

 

 立花響、本日何度目かわからない驚愕。

 どういうわけだか日本のトップアーティストがバイクでノイズの群れに突っ込んできたのだ。

 

 これにはディケイドも思わずマシンディケイダーを止めてしまう。

 表情こそ見えないが仮面の中で驚きの様相を呈しているのだ。

 

 

(風鳴翼……!? 何でこんなとこにいやがる!?)

 

 

 翼はマシンディケイダーを横目にバイクを走らせ続け、その先にいた巨大ノイズにぶつけた。

 ぶつける直前、翼はバイクから跳び上がって離脱。凄まじい跳躍で空中を舞った翼は、『歌』を歌った。

 

 

 風を切る羽、鋭さを感じさせる『歌』。

 

 

 だがその歌は響が先程歌った歌に似ているような気がした。

 少なくとも響はそう感じた。

 

 歌いつつ空中で何回転かした後、片膝をついて綺麗な着地を決めた翼。

 ノイズの襲撃と立て続けに起こる驚きの連続で、翼がとてつもない高さから着地した事など誰も気に留めていない。

 

 

「呆けない、死ぬわよ」

 

 

 その言葉通り、驚きで呆気にとられている2人はその言葉ハッと我に返った。

 翼はちらりとディケイドをみやる。

 

 

(ガングニールはともかく、このもう1人は一体……?)

 

 

 だが翼は疑問を早々に後回しにし、キッと目の前のノイズの群れを睨み付けた。

 

 

「あなた達は此処でその子を守っていなさいッ!」

 

 

 そして翼は走り出した、ノイズに向かって。

 走る翼の体に、響と同じような鎧が装着されていく。

 鎧からは響と同じように音楽が奏でられ、それに合わせて翼も歌う。

 

 風鳴翼の防人としての姿、『天羽々斬』。

 それが彼女のシンフォギアの名。

 

 その手に持つ刀が巨大化し、大剣へと姿を変えた。

 大きく振りかぶり、一閃。

 華奢な女性と言える風鳴翼が振るうには大きな剣であったが、翼はそれを軽々と振るった。

 しかし、そこにノイズはいない。

 

 素振りか、否、それは立派な攻撃だった。

 大剣を一振りすると青い衝撃波のようなものが発生し、それが前方のノイズめがけて突進する。

 

 

 ────蒼ノ一閃────

 

 

 衝撃波に巻き込まれたノイズ達は次々と炭へと還り、散っていく。

 

 翼は攻撃の直後、続けざまに跳び上がった。

 空中で数多の剣を召喚しそれらが一斉にノイズめがけて降り注ぐ。

 まるで、剣の雨。

 

 

 ────千ノ落涙────

 

 

 涙は地上のノイズの殆どを殲滅したが、それでもノイズは全滅しない。

 着地後、翼は最初に手にした日本刀程度の刀を持ち、得意のスピードを使ってノイズに接近、足のアーマーに取り付けられたブレードも併用してノイズを全て薙ぎ払っていく。

 

 

「凄い……やっぱり翼さん……」

 

 

 翼の戦いぶりに響は感嘆の声を上げた。

 一帯のノイズが殆ど壊滅し、一応の安全を確保できた響は抱き留めていた少女をおろした。

 ディケイドはというと、バイクに寄りかかるように座りながら響と翼を眺めていた。

 周囲の警戒は一応している。

 

 

(こいつらの姿……似たようなモンみたいだな)

 

 

 スーツの感じといい、音楽が流れて歌う事といい、響と翼の鎧には共通点が多く見受けられた。

 単純な色変えというわけではないが、同規格の別種類、と言った感じか。

 仮面ライダーにも似たようなものはある。

 殆ど規格が同じ変身アイテムで別のライダーに変身するという事例だ。

 

 例えば『龍騎の世界』のライダーなんて全員変身の仕方は同じだ。

 しかし、それぞれ全く異なる姿をしている。

 それと似たようなものなのだろう、しかしこのノイズに対抗できる鎧は一体……?

 出る筈のない回答と分かりつつも、士は思考を巡らせていた。

 

 安心しきっていたのか、それとも油断か。

 完全に驚愕に飲まれていたのか。

 なんにせよ響と士は今、呆けていたのは違いない。

 

 

「……あっ!?」

 

 

 だから少女が短い悲鳴を上げてようやく、自分達に迫る危機に気付いた。

 数分前に翼がバイクをぶつけた巨大ノイズが響達を襲わんとばかりに迫っていたのだ。

 

 

「チッ……!」

 

 

 ディケイドはライドブッカーから黄色いカードを取り出す。

 黄色い必殺のカード。ディケイド最強の一撃を放つためのカード。

 急ぎ、一撃で仕留めようと咄嗟に取り出したのだ。

 まだ間に合う、そう思いディケイドライバーにカードを挿入しようとした瞬間。

 

 頭上から巨大ノイズを、同じぐらい巨大な剣が貫いた。

 

 剣の柄の先の部分、即ち突き刺さる巨大な剣の先端には風鳴翼が響を見下ろしながら直立していた。

 辺りにはノイズはもういない。

 ノイズがいた事を示す灰の欠片が辺りに霧散しているだけだった。

 

 

 

 剣より、翼は響を見下ろす。その視界にディケイドはおらず、響のみを一点に。

 翼は今は亡き相棒の纏っていたソレを身に着ける響を、神妙な面持ちで見つめていた。




────次回予告────
一方的な再会の中で、歯車は動き出す。

世界の物語は動き出し、最早止まる事がない。

後は、進むのみ────


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第6話 久しぶりの初対面

 翼が全てのノイズを倒してからすぐの事だった。

 特異災害対策機動部が工業地帯にやってきて、その辺り一帯を立ち入り禁止の壁を作って封鎖したのは。

 兵隊のように武装した職員達が己の仕事をする為に走り回ったり、警護の為に等間隔で並んで直立不動を貫いていたりしている。

 一方では大型の掃除機のようなもので、ノイズの残骸、即ち炭の塊を取り除いている職員もいる。

 報道だろうか、ヘリも飛んでいて、正しく騒ぎの真っただ中、という感じだ。

 

 少女と響は無事、保護された。

 士も特異災害対策機動部が来る前に変身を解き、何とかその場を誤魔化している。

 

 

「あの……」

 

 

 一方、鎧の解除方法が分からない響はそのままの姿であった。

 そんな響に女性職員の一人が声をかけてきた。

 

 

「あったかいもの、どうぞ」

 

 

 そう言って差し出してくれたのは紙コップに注がれた暖かい飲み物だった。

 落ち着くための計らいであろう。

 ふと奥の方を見てみれば、同じような紙コップで士が飲み物を飲んでいた。

 そういえば助けた少女も何か飲んでいた気がする。

 今回の騒ぎに巻き込まれた3人に配っているようだ。

 

 

「あ、あったかいもの、どうも……」

 

 

 善意を無下にする気もないし、非常にありがたかったので素直に受け取ることにした。

 

 丁寧に紙コップを受け取り、何度か息を吹きかけてある程度冷ます。

 そしてちょっと飲んでみる。

 美味しかった。

 そしてそれ以上に、とても落ち着いた。

 此処まで驚きの連発で恐らく立花響の人生の中で一番驚きが続いた時間だったであろう。

 

 そんなわけで、暖かい飲み物で落ち着いた響は「ふぇー」と極めて間抜けな、そして安心感に満ち溢れた声を上げた。

 

 そうして気を抜いた瞬間、鎧が弾けた。

 正確に言えば変身が解除されたのだ。

 気が完全に抜けたせいであろうか。

 突然のことに驚き、紙コップを落としてしまう響。

 

 

(……消え、た?)

 

 

 どういうわけかわからないが、鎧を着る前に着ていた制服を自分は着ていた。

 あの姿のままでいるのも問題ではあるから別に構わないのだが、さっきの力は結局何だったのか。

 思案に暮れても意味はないと分かりつつも、考え出そうとしたときだった。

 

 

「ママー!」

 

 

 職員に保護されていた少女が声を上げた。

 振り向いてみれば母親と対面し、抱き付いている少女の姿が見える。

 母親の方もしっかりと少女を抱き留めて頭を撫でてやっている。

 響だけでなく士もその様子を見ており、その瞬間をカメラに収めていた。

 

 

(……ま、少しはライダーらしいことしたか)

 

 

 響が助けたのだから自分が誇らしげにする事ではない。

 だが、ノイズと戦って響と共に少女を守ったのは事実だ。

 少女と母親が喜んでいる姿を見て、顔にも口にも一切出さないが士も少し嬉しく思っていた。

 

 さて、実は士には気にかかっている事が一つある。

 それは職員達と話して、時折どこかに通信をしている特異災害対策機動部とは微妙に違う服装をした3人組。

 それぞれ赤、青、黄色のベスト、腕に付けた同じブレス。

 その特徴は士の知る『特命戦隊ゴーバスターズ』の変身する者達によく似ていた。

 というより、そのままだ。

 

 

(あいつら、特異災害なんたらってのと協力しているのか……?)

 

 

 ゴーバスターズらしき3人組の方をじっと見つめる士。

 士の疑問と少女と母親の感動的再会を余所に、職員の一人がタブレット端末の画面を少女と母親に提示していた。

 『情報漏洩の防止』だとか『外国政府への通謀が確認されたら』など、何やら小難しい事を説明している。

 少女と母親も困惑気味の表情だ。

 その様子に響も思わず苦笑いし、士は露骨に面倒くさそうな顔をしている。

 

 

(俺も何か面倒なことしなきゃいけないのか……?)

 

 

 士はゴーバスターズらしき3人組から少女と母親の方に視線を移していた。

 ノイズに関わった事で自分にも何か制約なりなんなりがあるのではないか、と面倒な事になるのかという懸念をしていた。

 適当に済ませればいいか、とも考えてはいるが。

 

 

「じゃあ、私もそろそろ……」

 

 

 自分もあんな難しい事言われるのかなぁ、と響も考えたようで早くこの場を立ち去りたいという気持ちで翼の方を振り向いた。

 振り向いた先には翼が、そして翼以外の人間も存在していた。

 

 ただ、1人ではない。

 翼を中心に黒服のサングラスをかけたエージェントめいた人がずらりと並んでいる。

 ざっと10人はいる。

 

 

「貴女達をこのまま返すわけにはいきません」

 

 

 翼にそう言われた直後、翼の横に並ぶ黒服と同じデザインの服、しかしサングラスをしていないため顔が見える優男風の人に響は手錠をかけられた。

 しかも警察とかの銀色の輪っかではなく、かなり巨大で分厚い機械の手錠だ。

 

 

「すみません、貴女達の身柄を拘束させていただきます」

 

 

 優男な外見通り、かなり優しげに話してくるが響としては堪ったものではない。

 手錠をかけられたことに慌てていると、後ろから「何しやがる!」という声が聞こえた。

 振り向いてみたら士も同じようなことをされていた。

 

 そこで響は、さっきから貴女『達』と複数形だった事に気付いたのだった。

 

 

 

 

 

 車で連行された響と士。

 護衛用なのか他にも数台の車がついてきた。

 二人は翼と先程の優男風の人と共に、ある場所で降ろされた。

 そこは響と士も知っている場所だった。

 

 

「士先生は何か知ってるんですか?」

 

「知ってたら手錠されてるわけないだろ」

 

 

 ご尤もで、と響は苦し紛れに、力無く笑った。

 

 連行された場所は『私立リディアン音楽院』。

 響が通い、士も教員として勤め始めた場所だ。此処はその中央棟、職員室などがある。

 誰もいない、消灯時刻などとっくに過ぎている真っ暗な廊下の中を進んでいた。

 先程の響の質問は、場所が先生に関係深い場所だったので何か知らないかな、と思っての事だ。

 勿論、この世界に来て日の浅い士が知る筈もないが。

 

 しばらく歩き、エレベーターに乗った。

 エレベーターは何の変哲もない、ごく普通に教員も階の移動に使用するもの。

 しかし階数のボタンを押さず、優男は何やら手の平サイズの機械を取り出し、隅に置いてあるパネルにかざした。

 その瞬間、エレベーターのドアは通常のドアとは別に頑強そうなドアで塞がれ、両横からは手すりのような物がせりあがってきた。

 

 

「さ、危ないから捕まってください」

 

 

 優男が響と士に黄色い手すりに捕まるよう促した。

 なんのこっちゃだが、言う事を聞くしかない響は恐る恐る手すりに捕まった。

 士も渋々といった表情で手すりに捕まる。

 次の瞬間、エレベーターはとてつもないスピードで下へ降り始めた。

 どれぐらい凄いかというと。

 

 

「うひゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 響がこんな風に悲鳴を上げる程度には。

 

 

 

 

 

 しばらくすると慣れたのだが、随分と奥深くまで降りている。

 周りの様子を観察してみるが、誰もかれもが黙ったままだ。

 同じ境遇である士は響と違い、不機嫌そうながらも、かなり冷静な態度だ。

 巻き込まれるのは御免というスタンスの士だが、異常事態とか厄介事には慣れている節がある。

 

 士からの助け舟は期待できないと考えた響は、あまりの空気の重さに耐えかね、翼に苦笑いにも似た笑顔を向けた。

 

 

「愛想は無用よ」

 

 

 一刀両断にされたが。

 

 少しショックを受けて落ち込む響。

 エレベーターは尚も地下へ向けて進む。

 すると、エレベーターの外に何かが見え始めた。

 見えたのは様々な色彩の広大な空間。

 一面には古代文字とか壁画とか、そういう類のものと思わしき物が無数に描かれている。

 その様子を見て素直に感嘆する響。

 そんな響に翼は、先程の言葉に続けるように口を開いた。

 

 

「これから向かうところに、微笑みなど必要ないのだから……」

 

 

 重々しげに、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ! 人類守護の砦、特異災害対策機動部二課へ!!」

 

 

 赤い服を着て服の胸ポケットにネクタイの先を入れ、さながら平仮名の『し』のようにネクタイが曲がっている、頭にシルクハットをつけた男性にかなり軽いノリで出迎えられた。

 後ろの職員達もクラッカーを鳴らして拍手と笑顔で出迎えている。

 お菓子やら食事やらも数多く並んでいるようだ。

 

 さらに大きく「ようこそ二課へ!」と書かれたパネルが用意されている。

 他にも「熱烈歓迎! 立花響さま」と書かれたパネルも上から吊り下げている。

 そのパネルには「立花響」と「さま」の間に吹き出しのような形の画用紙で「と、門矢士」と書かれていた。

 入れ忘れた言葉を記入する時のような、あれだ。

 

 それを見た士は「俺はオマケか?」と心の中で不服そうに悪態をつくのだった。

 パネルは学園祭とかでよく見るフラワーポムが飾られている。

 部屋全体の装飾も折り紙の輪っかを繋げたものだったり、決して豪華ではないが友達同士の誕生会や、その雰囲気に近いものだった。

 

 風鳴翼の言う通り、確かに微笑みはなかった。

 微笑みどころではなく満面の笑みだった、という意味でだが。

 

 響は呆気にとられ、口を開けてポカンとし、士も顔を歪めて「なんじゃこりゃ」とでも言いたげな表情でいる。

 翼も頭を抱え、優男は苦笑いだ。

 

 

「さあさあ! 笑って笑ってー!」

 

 

 携帯を持った蝶の髪飾りと下縁眼鏡の女性が何やらハイテンションで響と士に近づいてきた。

 呆然とする2人と強引に肩を組み、携帯をやや上に構えて角度とピントを調節している。

 

 

「お近づきの印にスリーショット写真~♪」

 

 

 その言葉に慌てて響は眼鏡の女性から離れた。

 

 

「い、嫌ですよ! 手錠したままの写真だなんて、きっと悲しい思い出として残っちゃいます!」

 

「あらそう? ならもう1人の男の子とツーショット~!」

 

「離せ! 俺は撮る側だ!!」

 

 

 ぎゃあぎゃあと言い合う眼鏡の女性、士、響。

 士も手錠込みの写真は不服なのかだいぶ抵抗している。

 

 が、状況の飲み込めていない響からすれば、写真はともかくこの状況の意味を知りたいという思いが先行していた。

 

 

「それはともかく! どうして初めて会う皆さんが私の名前を知ってるんですか!?」

 

 

 その質問を聞き、眼鏡の女性は未だ拘束していた士を離し、何処からか物を持ってきて得意気に見せびらかした。

 

 

「こういうことだったりして~?」

 

「あー! 私のカバーン!?」

 

 

 それは少女を助けるときに何処かに置いてきてしまった響の通学鞄だ。

 ちゃっかり回収されていたらしい。

 

 

「鞄の中身、勝手に調べたって事ですかー!?」

 

「ハッハッハッ。まあキチンと返すから、許してくれ」

 

「ハッハッハッじゃないですよぉ~!?」

 

 

 軽く笑い飛ばすシルクハットの男性に頬を膨らませて言う響。

 そんな風にぎゃあぎゃあと騒ぐ響とテンションが高めの完全に宴会ムードな二課職員達を見て翼は再び溜息をついた。

 

 

「……お前らの組織ってのは、いつもこうなのか」

 

「そんな訳ないでしょう」

 

 

 眼鏡の女性から何とか逃れて消耗している士の質問に即答したが、正直説得力は無い事は翼も理解していた。

 

 

 

 

 

 響と士は優男に手錠を外された。

 そして一言、「手荒な事をしてすみません」と詫びられた。

 響は「いえいえ」と答えるが士は悪態をつくだけだ。

 

 悪態をつきたくなる気持ちは響にも分かる。問答無用で手錠をかけられて良い感情を抱く人間がいる筈もない。

 元々士は悪態をつくようなちょっと曲がったタイプ、というのもあるのだが。

 

 

「では、改めて自己紹介だ」

 

 

 切り出したのは先程のシルクハットの男性。

 と言っても、今はもうシルクハットも手品めいたステッキもないが。

 

 

「俺は『風鳴 弦十郎』、此処の責任者をしている!」

 

 

 親指を立てて、サムズアップ。

 ついでに滅茶苦茶満面の笑みの挨拶だ。

 ガタイはよくて、ともすれば威圧感もありそうな人だが、感じの良さそうな人だ。

 それが響の第一印象だった。

 

 士は先程までの弦十郎の格好や行動を思い返し、責任者? と、だいぶ疑るような視線を向けている。

 そして、もう1つの疑問も湧いてきていた。

 

 

「風鳴?」

 

 

 士の疑問符は苗字に関してだ。

 翼と同じ苗字である事に疑問を持った士に弦十郎は即座に答える。

 

 

「ああ、俺は翼の叔父でな。ま、あまり気にしないでくれていいさ」

 

 

 まあ親戚である程度なら、確かに気にする程度でもない。

 しかし芸能人の叔父が、リディアンの地下で何やら責任者をしている、というのも気になる話ではあるが。

 とりあえずその辺の話は後回しに。弦十郎に続いて響と士の2人と写真を撮ろうとした女性も笑顔でウインクをしつつ自己紹介をした。

 

 

「そして私はぁ……できる女と評判の『櫻井 了子』。よろしくね!」

 

 

 こちらも弦十郎と同じく人当りや感じが良さそうな人である。

 ただ、ノリの軽さは現在の弦十郎を超えているが。

 

 

(誰の評判だよ、できる女ってのは……)

 

 

 士は変わらず、口には出していないが態度と心の中で悪態をついている。

 二課の中で有名なのかは知らないが、自分で『できる女』とか言うか? と思っているのだ。

 ちなみにその考えは自分にブーメランすることに士は気付いていない。

 

 さて、そんな了子に続いて、今度は優男が一歩前に出た。

 

 

「先程は手荒い真似を失礼しました。僕は『緒川 慎次』です。

 二課のエージェントですが、普段は風鳴翼のマネージャーをしています」

 

 

 そう言いながら懐から眼鏡をかけて見せた。

 他の2人は人当りが良さそうだが、似た表現かもしれないがどちらかと言うと物腰穏やか、と言った感じだ。

 

 響や士は知らないが、慎次は眼鏡を外すとエージェントモード、眼鏡をかけるとマネージャーモードと使い分けている。

 本人もあまり意識はしていない、癖のようなものだ。

 

 

「こちらこそ、よろしくお願いします……」

 

 

 戸惑いつつも礼儀よく頭を下げる響。

 横にいる士はふてぶてしい態度をとっているが、弦十郎と了子、慎次も特に気にしはしない。

 

 

「自己紹介なら、俺達も」

 

 

 2人の自己紹介の後、先程現場にいた赤いベストの青年が割って入ってきた。

 隣には青いベストの青年と黄色いベストの少女も一緒だ。

 

 

「おお、そうだな。これからは共に行動するかもしれないし、挨拶はしておくべきだろう」

 

 

 そう言って弦十郎は了子と共に響と士の前から退いて、代わりにその3人組が2人の目の前に立った。

 

 

「俺は……」

 

 

 赤いベストの青年────ゴーバスターズの桜田ヒロムが自己紹介をしようとしたとき、

士が先に口を開いた。

 

 

「特命戦隊ゴーバスターズのレッドバスター、桜田ヒロム……で、合ってるか?」

 

 

 その言葉に虚を突かれたようで、ヒロムは一瞬押し黙ってしまう。

 ヒロムの隣にいたリュウジ、ヨーコも同じだ。

 そんな様子を気にも留めず、士は畳みかけるようにリュウジとヨーコを見やった。

 

 

「ブルーバスターの岩崎リュウジ、イエローバスターの宇佐美ヨーコ……」

 

 

 2人の素性も見事言い当て、ついでと言わんばかりに驚いている3人にカメラを向けてシャッターを切った。

 正体が既に割れているという事にヒロム達3人だけでなく、弦十郎と了子も驚いている様子だ。

 

 ゴーバスターズの活動は多くの人にも認知されている。

 だが、その素性を知る者は少ない。

 さらに言えばフルネームまで言い当てられるのはそれこそ関係者だけだ。

 

 

「何で、俺達の事を……」

 

「知ってるからだ」

 

 

 狼狽するヒロムに士は素っ気なく返答した。

 答えとしては正しいが、何故知っているかを聞きたいのだが。

 

 

「フム……やはり君は謎が多いな」

 

 

 横に退いていた弦十郎が顎に手を当てた。

 彼は何者なのか、と考えているのだが、当然その答えは出ない。

 この場を進めることを優先したのか、弦十郎は話を切り替えた。

 

 

「……さて、では本題だが、君達を此処に呼んだのは他でもない、協力を要請したいことがあるのだ!」

 

 

 先程までの軽いノリで響と士に向けて言う。

 

 

「協力って……あっ……!」

 

 

 此処に連れてこられた理由。

 こういう組織の人に協力を求められる理由を響は考えた。

 勿論答えはすぐに出た。

 自分がノイズに襲われた時に纏った謎の鎧。

 きっとあれの事なのだと。

 

 

「教えてください! あれは、一体何なんですか?」

 

 

 弦十郎が了子の方を向いた。

 それに気づいた了子は弦十郎と顔を見合わせ、一度頷いた。

 そして笑顔で響に近寄った。

 響の腰に手をまわして、自分の近くに抱き寄せる。

 そして顔を近づけて、一言。

 

 

「ならとりあえず、脱いでもらいましょうか?」

 

 

 悪戯っぽい顔の了子の言葉。

 ただのセクハラ発言。あまりにも急すぎる怒涛の展開と、特異災害対策機動部の明るすぎるテンションに翻弄され続けた響は、ちょっと泣きそうな顔で。

 

 

「なぁんでですかぁぁぁッ~!!」

 

 

 もうちょっと事情を言ってから言えばいいのに。

 ゴーバスターズや周りの職員は、特にそう思いつつ、若干遊ばれている響に同情の目線を送った。

 

 

 

 

 

 了子があんな言い方をしたが、要するに響のした事は身体検査だ。

 シンフォギアを纏った影響や、その他それに関する諸々の事を調べるそうだ。

 当然シンフォギアと一切関係のない士は身体検査などしなくていい。

 ただし、それでもすぐには帰せない理由が十分にある。

 

 

「さて、彼女の事は、了子君に任せるとして……」

 

 

 二課に用意されたお菓子や食事を幾つか食べた後、士と弦十郎、そしてゴーバスターズの3人は飲み物が置いてあるテーブルの周りで集まっていた。

 弦十郎が話を切り出す。

 

 

「君は一体、何者なんだ?」

 

 

 最近されたばかりの質問だ。

 というかその質問ばかりされている気がした士は、適当に手をヒラヒラと振って答える。

 

 

「ただの通りすがりだ」

 

 

 真面目に答えてない。第三者からはそうとしか見えなかった。

 

 世界を渡り歩くという意味では嘘はついていない。

 尤も、この説明が一発で通ったことはどんな世界でもない。

 そしてこの世界もそれは例外ではなかった。

 素性を知られて警戒しているのとその態度に苛立ったヒロムが言う。

 

 

「ふざけないで、ちゃんと説明しろ」

 

 

 ヒロムを制しつつ弦十郎が続ける。

 

 

「翼の話では、君は『鎧を纏った戦士』になったという。さらにバイクも」

 

「だからなんだ?」

 

「これは職員の1人から聞いた話だが、響君と君が助けた少女が言ったらしい。

 『カッコイイお姉ちゃんと仮面ライダーに助けられた』……とな」

 

 

 そういえば、あの少女は自分を見て『仮面ライダー』と口走っていたな、と思い出す。

 士は『通りすがりの仮面ライダー』を名乗っている。

 それは嘘偽りなく、旅をしているライダーであるからだ。

 この世界では都市伝説で割と周知されている仮面ライダーの存在。

 ならば、そう名乗った方が通りがいいのは確かだ。

 

 

「……ああ、確かに俺は仮面ライダーだ」

 

 

 話をややこしくすると帰れるものも帰れなくなりそうだと思い白状した。

 別に知られても問題がある事じゃなと考えたからだ。

 

 

「やはり……しかし、翼の報告と合致する姿の仮面ライダーは確認されていないが」

 

「仮面ライダーを知っているのか」

 

「ああ。二課の前身は、大戦時に設立された特務機関でね、調査はお手の物なのさ」

 

 

 得意気な笑みと朗らかな態度を一切崩さない弦十郎。

 悪態をついて怒られるのには慣れているが、此処まで朗らかに対応されるのに士はあまり慣れていない。

 毒気が抜かれた、というべきか。

 

 

「……フン、まあ俺を知らないのは当然だ。俺がこの世界に来たのは先日の事だ」

 

「この世界?」

 

「並行世界って言えば、お前らならわかるか? 別の世界から俺は来た」

 

 

 並行世界、弦十郎も概念として知らないわけではない。

 存在するかもしれないとは言われているが、そこから来たと言ってのける人間は前代未聞だ。

 

 

「並行世界……この世界とは別の、パラレルワールドの事か?」

 

 

 弦十郎の言葉に頷く士。

 一方で後ろのゴーバスターズ3人の1人、ヨーコがリュウジに疑問顔で訪ねていた。

 

 

「リュウさん、並行世界って何?」

 

「ん? ああ、此処とは違う別の世界の事だよ。

 例えば……俺達がゴーバスターズじゃなくて学校の先生の世界……とか」

 

「何それ? そんなこと有り得るの?」

 

「可能性の話だからね。あったかもしれない世界って事。

 例えば、分かれ道があって、右に行くか左に行くかの2択。

 でも、どちらに進んでも『右に進んだ世界』と『左に進んだ世界』が発生する、これが並行世界……かな?」

 

 

 リュウジの説明に分かったような分からないような顔をして首を傾げる。

 そんな様子にリュウジは苦笑いしつつ、俺も詳しくないから、と付け加えておいた。

 

 士の言葉は信じがたいものである。

 言ってみれば『俺は別世界の住人です』と面と向かって言われたようなものだ。

 信じれるはずがない。

 

 

「信じられるか、そんな事」

 

 

 正直すぎる、ストレートすぎるとよく言われるヒロムは当然それに食って掛かる。

 だが士はそれを気に留めることなくさらりと返した。

 

 

「だったら、俺がお前達の事、何で知っていたと思う?」

 

「何で……だと?」

 

「別の世界でもお前達がゴーバスターズをしていたから……と言えば、信じるか?」

 

 

 その言葉にゴーバスターズ全員に衝撃が走った。

 ゴーバスターズの素性を知ろうと思えば、それなりに特殊な組織、特殊な地位にいなければできない。

 もしくはゴーバスターズ本人と会ったことがあるか。

 だが、ヒロム達にはそんな記憶はないし、二課が素性を既に調べたが、門矢士と言う人間は『私立リディアン音楽院の新任教師というだけの普通の人間』という結果が出ていた。

 

 

「ま、ノイズやら立花響や風鳴翼の鎧みたいなのを見たのは初めてだったけどな」

 

「そういう世界は無かったと?」

 

「あるんだろうが、行った事がない。元々俺は仮面ライダーの世界を回ってたからな」

 

 

 弦十郎、そしてヒロム達3人も考え込む。

 門矢士という人間を信じていいものなのか。

 もしも『仮面ライダー』であるならば、仮面ライダーは世界を守る為に活動しているという。

 で、あれば信用に置けるし、協力要請も仰ぎたい。

 

 もう少し確証を得たいと、弦十郎は次の質問をぶつけてみた。

 

 

「何故リディアンの教師に?」

 

「俺は各世界で役割が与えられる。警察官とか、色々な。今回はリディアンの教師だったって事だ」

 

 

 これまた信じがたい理由だが、二課責任者である弦十郎にはそれは少し納得のいく話でもあった。

 特異災害対策機動部二課はリディアンの地下に本部を構えている。

 その為、私立リディアン音楽院で位の高い人間とは当然ながら協力関係にある。

 だから教員、生徒に関しては把握済みだ。

 勿論、素性についても。

 

 『門矢士』という新任教師が決まったのはつい最近の事だ。

 本当に、教師としてやって来る数日前ぐらいに突然書類が送られてきたのだ。

 転任という事だが、微妙に新任式を外した時期、本来ならばもっと前に来るはずの書類。

 謎めいていたが、何らかの手違いが発生したのだろうと思っていた。

 だが、もしも『この世界』が役割を与えたのなら強引だが説明はつく。

 

 ただし、それには弦十郎達が『並行世界の存在を信じる』という前提条件がつく。

 とはいえこんな事で嘘をついているとは思えない。

 何せ二課をもってしても士の素性は『普通の先生』だったのだ。

 それが突然仮面ライダーでした、では二課側としても驚きを隠せないのが本音。

 もしもそれが『世界』によって仕組まれていた事なら、気付くのは無理な話だ。

 神の所業に、人間が気付けるはずがないのだから。

 

 

「……うむ、では、君に頼みたいことがある」

 

「なんだ」

 

 

 確証を得るには程遠い質問と返答。

 だが、弦十郎の心は決まった。

 

 直感したのだ。

 どんな理由であれ、響と少女を助けたのは事実。

 ならば信じる理由も明確に存在している、と。

 弦十郎は自分の直感を信じ、意を決して。

 

 

「我々に、協力してくれないか?」




────次回予告────
異質が交わり、動き出す世界。

それは1つに留まらず、集結は重なる。

混ぜ合わせた物語は何を生み出すのか────


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第7話 すれ違う心、錯綜する思惑

 特異災害対策機動部二課からの協力要請。

 

 結論から言えば、士はそれを承諾した。

 この世界でするべきこと、自分がリディアンの教師になった事は恐らくこの為であった。

 弦十郎と同じく、士も直感でしかなかったが、一先ずそれを信じてみようと。

 

 その後、士も響と同じく精密検査にかけられる事になった。

 様々な機会が並ぶ中で、一般成人男性が4、5人程度入れそうな透明なボックスの中で士は立たされている。

 この中で様々な記録を取るのだろうとは士も思ってはいた。

 

 しかし、1つだけ予想外な事があった。

 

 

「……何で変身する必要がある」

 

 

 検査の割に服を脱げと言わない辺りおかしいと思ったら、士は検査前に『変身』する事を強要されていた。

 おまけに検査が既に終わった響と、響から引き続き検査担当の了子だけでなく、局員の殆どがその光景を見に来ている。

 ついでに弦十郎やゴーバスターズの3人もだ。

 透明なボックスの中で外から人目に晒されると、まるで檻の中の動物の気分だった。

 

 

「変身する前の貴方は通常の人間と変わらないわ。

 私達が調べたいのは変身した貴方がノイズに対抗できるかどうか。あ、通常の検査もするわよ? 

 ともかく、響ちゃんの話では、ノイズの位相差障壁を無効化したとしか思えない攻撃をしていたようだし、ね?」

 

 

 ね? と言われても、変身は見世物ではない。

 しかし了子や弦十郎、ゴーバスターズはともかく、響や一部の局員が妙に目を輝かせているのは士の気のせいだろうか。

 

 

「それにぃ、みんなも見たいみたいだし、仮面ライダーの生変身」

 

 

 どうやら気のせいではないらしい。了子も随分と面白がっている様子だ。

 

 確かに『都市伝説のヒーローが目の前で変身してくれる』というのは、恐らく殆どの人が食いつくだろう。

 響は一度見たはずだが、どういうわけか期待の眼差しを士に送っている。

 

 響が見たのは後姿だけで前からの変身は見ていない。しかも混乱の中ではっきりまじまじと見たわけではない。

 何より目の前にいるのは話に聞いていただけの都市伝説、仮面ライダー。

 そんなわけで、今回の変身は目に焼き付けようとしているのだ。

 

 唯一、翼だけは神妙な顔をしていたが、むしろその方が士にとっては良い。

 下手に目を輝かせているよりは、余程真面目な気分になって変身もしやすい。

 こんなに大勢に近くでじっと見られての変身はさすがの士も初だ。

 

 

「……変身」

 

 

 非常にやる気のない声で士はベルトとカードを使い、ディケイドへと変身した。

 「おおっ」という歓声が起きるが、正直どうでもよかった。

 ディケイドになった後も仮面ライダーらしからぬ呆れたような雰囲気が醸し出されている。

 

 

「そんじゃま、データ収集に入りま~す!」

 

 

 了子の明るい声とは対照的に呆れかえっているディケイドの検査が始まった。

 

 

 

 

 

 そうして、翌日。

 検査結果の発表という事で士と響は再び呼び出された。

 というよりは昨日と同じように強制連行されたというのが正しい。

 またもや手錠をかけられた事に響は苦笑い、士は思いっきり不機嫌そうな顔だ。

 

 昨日の響は疲れて帰り、同居人の未来に心配をかけてしまった。

 さらに未来を含めた創世達4人のお好み焼屋へ行こうという誘いも今回此処に来るために断ってしまった。

 少々心が痛んだが、次も誘ってくれると言ってくれた。

 今度は必ず行こう、そう思っても今回断ってしまった事は申し訳なさでいっぱいだった。

 

 何より、行きたかった。

 

 響は思う。

 私、呪われてるかも────と。

 

 

 

 一方の士は昨日、冴島家に帰り、ある事を告げられた。

 『此処に居候させる代わり、時間がある時にホラー狩りに付き合え』というものだ。

 この世界での拠点がそれで得れるのならば、別に構わないと士は頷いた。

 とはいえこれから教師、ホラー狩り、二課と三足の草鞋をする事になるかもしれない。

 それにこの世界で行きたい場所もある。

 

 しかしそれでも、士はどうにかなるだろうと思っていた。

 それは今までの旅の経験から来る、彼の直感と経験談である。

 

 

 

 二課本部につくと2人は手錠を外され、しばらく座って待機させられた。

 目の前には弦十郎が座り、後ろにはオペレーター2人、男性の方は『藤尭 朔也』、女性の方は『友里 あおい』と自己紹介された。

 その場にはゴーバスターズの3人、そして翼もいる。

 

 ゴーバスターズまでここにいる理由だが、実はこの3人、シンフォギアに関しての説明をまだ受けていないのだ。

 何せ特命部と特異災害対策機動部が協力関係になってからすぐ、響と士が現れた為、そんな暇がなかったのだ。

 とはいえ、今回の響と士に対しての説明はゴーバスターズへシンフォギアの特性を説明する絶好の機会。

 というわけで此処に呼ばれたのである。

 

 しばらくすると指示棒を持った了子が入ってきて、同時に宙に浮かぶ画面が展開される。

 そこには響の検査結果と思わしきものが表示されていた。

 

 

「それじゃあ、2人のメディカルチェックの結果発表の時間よー!」

 

 

 ハイテンションな了子。

 何のために持ってきたのか、指示棒で画面をつつく事もせず手で適当に弄りながら了子は説明を始めた。

 

 

「響ちゃんの体に異常はほぼなかったんだけど、負荷がねー。

 ま、簡単に言えば疲れが取れてないって事よ。あ、士君は健康そのものね」

 

「ほぼ……ですか」

 

「そりゃそうだろ」

 

 

 了子の説明にそれぞれ反応する。

 響はほぼ、という言葉に少し不安を感じつつも、一先ず大丈夫ではあると分かりホッとしているようだが、どうも浮かない顔をしていた。

 士もまた、微妙に興味のなさそうな顔だ。

 

 そう、2人の聞きたいことはそれではなかった。

 

 

「……んー、やっぱ聞きたいのは、シンフォギアの事よねぇ?」

 

 

 シンフォギア、という単語に響と士がピクリと反応を示す。

 その反応を見た了子は翼に手で何かの指示をしたのを見て、指示棒使わないのか、と士は思った。

 指示を受けた翼は首にぶら下げていたペンダントを響と士に見せるように持ち上げた。

 

 

「第一号聖遺物、『天羽々斬』。君の纏っていたものは、第三号聖遺物『ガングニール』だ」

 

 

 聖遺物、天羽々斬、ガングニール。

 何れも聞いた事のない単語だ。

 いや、後者2つは何かで聞いたような気もするのだが。

 

 

「んー、士君の事も話さなきゃいけないから、掻い摘んでいくわね」

 

 

 了子の簡易的な説明を纏めると、以下のようになる。

 

 聖遺物とは、各地の伝承、例えば神話なんかに登場する武器の事。

 当然伝承や神話になるレベルで古いのだから、経年劣化が激しく、当時の能力をそのまま保持した物は極僅かだ。

 その為、基本的に聖遺物の力を使うにはその欠片に残ったエネルギーを増幅させる必要がある。

 その鍵が、『歌』。

 

 

「歌って……そういえば、私も……」

 

 

 響が鎧を身に纏った時、そして身に纏った後の事を思い返す。

 胸の中に歌が浮かび、それを口ずさんだら鎧が装着された。

 その後、鎧から流れる音楽に合わせて自分の胸に湧いた歌詞を歌い続けた。

 そしてそれは翼も同じであった。

 

 

(成程、あいつらが戦っている時に歌い続けてたのはそういう理由か)

 

 

 歌を歌いながら戦う事を不思議に思っていた士もその言葉で理解したようだ。

 弦十郎達の後ろにいるゴーバスターズの3人も納得したような表情だ。

 

 

「んで、聖遺物を歌で起動させると、アンチノイズプロテクター……つまり『シンフォギア』を響ちゃんや翼ちゃんは纏えるってわけね」

 

 

 その言葉の直後。

 

 

「だからとてッ! 

 誰の歌、どんな歌にも、聖遺物を起動できる力が備わっているわけではないッ!!」

 

 

 翼の怒鳴りにも近い声。それだけで空気が静まった。

 響や士、ゴーバスターズの3人にはその理由が分からないが、二課の面々は翼の怒鳴るわけが分かっていた。

 

 それも、とてもとても痛いほどに。

 

 

「……聖遺物を起動させ、シンフォギアを起動させられるのは特定の人間のみ。

 そういう人物を我々は、『適合者』と呼んでいる」

 

 

 翼の言葉に補足するような、それでいて以前の明るい雰囲気を引っ込めた真面目な弦十郎の言葉に続き、了子も口を開く。

 

 

「……それでもって、何で聖遺物を持たない響ちゃんがシンフォギアを纏えたかっていうと……」

 

 

 宙に浮かぶ画面が別の画面に切り替わる。

 響の上半身のレントゲン写真だ。

 健康な状態である事に違いはないのだが、ただ一点だけ、普通の人には映らないはずの影が映っている。

 

 

「心臓付近に複雑に食い込んでいるため、手術でも摘出負荷な無数の欠片……

 君はこれを、知っているね?」

 

 

 弦十郎の言葉に響は頷いた。

 

 

「は、はい! 2年前の、ライブ会場で……」

 

 

 響はそっと、自分の胸に手を当てる。

 正確に言えば、服の内側、胸にある傷に。

 響の胸には小文字の『f』、より細かく言えば音楽記号の『フォルテ』に似た傷がある。

 

 

「2年前のライブ会場……ツヴァイウイングがどうたらってやつか」

 

 

 士がこの世界に来てから自力で仕入れた情報。少し検索すれば嫌でも出てくる事件。

 弦十郎が士の言葉に頷き、それに関しての説明も始めた。

 

 

「2年前、ライブ会場でのノイズ発生。

 その時に奏君と翼はシンフォギアを身に纏い戦った……。

 その時、天羽奏が身に纏っていたシンフォギアこそ、『ガングニール』だ」

 

 

「そして、どういう経緯かその破片が響ちゃんの胸に突き刺さって、それが今回、響ちゃんにシンフォギアを纏わせた……って事になるわ」

 

 

 弦十郎と了子は今までからは考え付かない程の憂いの表情を浮かべた。

 その中で誰よりも、いや、ただ1人、翼だけが言葉を失ってしまっていた。 

 

 

 一言で表すなら、戦慄。

 

 

 翼はふらつき、辺りの椅子を支えにして必死に倒れないようにしながらも、自分の感情の爆発、どうしようもない感情を抑えるかのように顔に手をやった。

 

 

「奏ちゃんの、置き土産ね……」

 

 

 了子のその言葉が、さらに翼に突き刺さる。

 

 誰よりも大切だった仲間、友達、相棒。

 家族のようですらあった奏のギアを纏う者が、2年も経って現れたのだ。

 怒りでも悲しみでもない、しかし受け止めきれない何かが翼の胸にこみ上げてきていた。

 

 翼はふらふらとした足取りで部屋を出ていく。

 誰もそれを追う者はいなかった。

 

 今の翼は1人にしておいた方がいい、事情を知らぬ者達も、誰もがそう直感したからだ。

 

 

「……っさて! シンフォギアの特性はノイズの能力を無効化し、位相差障壁を調律しこちらの世界に実体化させる。つまり、無条件で攻撃を当てられるところよ」

 

 

 了子が先程までの明るい調子に戻って話を再開した。

 この空気で説明を続けるには忍びないと思ったのだろうか。

 説明は尚も続く。

 

 

「で、ノイズに攻撃を当てられるのはシンフォギアだけ。

 例え都市伝説の仮面ライダーでもノイズを殲滅したという話は聞かないわ。

 ノイズから人命救助したという話はあるから炭化能力は無効化できるんでしょうね」

 

 

 そう言いながら画面を切り替える。

 そこには士のよく知るライダーが何人か映し出された。

 1号、2号、ストロンガー、オーズ。

 何れも他の世界で出会ったライダー達だ。

 ノイズから人命救助のために奔走する様子が画像として収められていた。

 

 

「でも、士君はその常識を破壊してる」

 

 

 ようやく指示棒を伸ばして使い、士をピッと指す。

 

 

「調べた結果、炭化能力の無効化は勿論、位相差障壁もお構いなしみたいね」

 

「だろうな、ディケイドってのはそういうもんだ」

 

 

 士の言葉に了子は肩をすくめて呆れたジェスチャーをした。

 シンフォギアやノイズの事を専門とする了子にとって、『ディケイド』は常識外れ極まりない存在だった。

 しかし士は平然としている。

 今までの世界で『ディケイド』という姿が起こすトンデモには慣れているからだろう。

 

 

「さて、では本題だ」

 

 

 今までになく重い声色で弦十郎が切り出す。

 

 

「響君、君の手にした力は非常に強力なものだ。

 他国や、何らかの敵にその情報が漏洩した場合、最悪、君の身の回りの家族や友人の命に関わる」

 

「命……!?」

 

 

 響が驚く隣で、士はある人物を思い出していた。

 

 『アギトの世界』で出会ったライダー、『芦川ショウイチ』。

 

 彼は突如手にした力に戸惑い、それを付け狙う敵も現れた。

 そしてその戦いに愛する人を巻き込まないために、自ら何処かへ姿を消した男だ。

 実際に過ぎた力を狙う者はいる。

 今回の例とは若干異なるが、士はその事を思い出していた。

 

 

「俺達が守るのは機密ではなく、人の命に他ならない。

 君が周りの命を守りたいのならば、この件は誰にも言わないでほしい。

 家族にも、友人にも」

 

「……はい、わかりました」

 

 

 響の脳裏に浮かぶのは未来の顔。

 響にとって、何よりも大切な日常。親友にすら秘密にするのは心が痛む。

 しかし、その親友を守る為ならば、自分にとっての陽だまりを守る為ならば。

 

 

「脅しのようになってしまう事を、詫びさせてくれ。そしてもう1つ」

 

 

 頭を下げ、響に詫びた後、響と士をそれぞれ見やる弦十郎。

 

 

「我々特異災害対策機動部二課は響君、そして士君に協力を要請したい。

 ……共に、人々を守ってはくれないだろうか」

 

 

 そして放った言葉がそれであった。

 

 

「……この力で、誰かが救えるんですよね? だったら、私、やります!」

 

 

 迷いは一瞬で、次の瞬間には決意に変わっていた。

 人々を守る、それは響が信条とする『人助け』に他ならない。

 ならば、長い時間迷う必要などなかった。

 

 

「ま、俺は元々承諾済みだが……」

 

 

 言いながら、士はゆっくりと立ち上がり、弦十郎の前に指で『1』を示した。

 

 

「1つ条件がある」

 

「条件?」

 

「授業数を少しでいいから減らせ、こっちも色々と都合がある。

 リディアンの地下に基地があるんだ、それくらいできるだろ?」

 

 

 まるで授業を受けたくないから減らせ、という生徒のような言葉だ。

 しかし士の言葉、『都合がある』に嘘偽りはない。

 

 先程も言ったように、三足の草鞋状態である士にとって、少しは楽をしたいというのも本音だ。

 元々士の授業数は少ない。

 それは新任式後で誰がどの授業、クラスを担当するか決まった後の急な転任だったのと、新任だからというのが大きい。

 とはいえ、減らせるものなら減らしたい。

 士の言葉に苦笑しつつも弦十郎はそれを承諾した。

 

 

「うむ、少し掛け合ってみよう」

 

 

 その言葉に頷いた後、士は部屋を出て行こうとする。

 

 

「もういいだろ? 俺は帰るぞ」

 

「すまない。もう1つ、聞かせてくれ」

 

 

 しかしそんな士を弦十郎が引き止めた。

 既にドアの前まで行き、背中を見せていた士は弦十郎の方を振り向いた。

 

 

「仮面ライダーとは、皆そうなのか?」

 

「……何がだ?」

 

「命を懸けて誰かを助ける……それを平然とやってのける。

 今まで仮面ライダーについても調査をしてきたが、全員がそういう行動をしていた。

 それは、仮面ライダーとして当たり前なのか?」

 

 

 その言葉に特に考えるでもなく、士は即答した。

 

 

「人類の自由と平和を守るのが仮面ライダー……らしいからな」

 

「それだけで、か?」

 

「ライダーによって事情も違う。だが大体はそういう事だ」

 

 

 そう言い残し、手をひらひらと振って士は二課をあとにした。

 響もドアの前で二課メンバーとゴーバスターズに丁寧に一礼した後、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 冴島家、2階のリビング。

 士はまだ帰ってきていない。

 何でも、何かに巻き込まれたらしくそれについて何処かへ行っているらしい。

 ゴンザも洗い物をしているらしく、広いリビングの中、鋼牙は1人、椅子に座って思案顔だった。

 

 

「…………」

 

 

 昨日、士に鋼牙は言った。

 「居候させる代わりにホラー狩りを手伝え」と。

 しかしその言葉は、鋼牙の意思では無かった。

 それは『番犬所』の指令だったのだ。

 

 番犬所とは、東西南北にそれぞれ存在する魔戒騎士を束ねる組織のようなもので、そこに存在する『神官』が直接の上司筋に当たる。

 鋼牙は『東の管轄』であり、東の番犬所の神官は三人の少女だ。

 もっとも、姿こそ少女だが中身は少女なのか、人間なのかも分からない。

 東の神官は悪戯好きで、その悪戯で命を落とした魔戒騎士さえいる。

 その為、魔戒騎士からの評判はあまりよくなく、鋼牙自身もあまり快く思っていない。

 だが、指令に従わなければ罰せられるし、ホラーを倒す事は魔戒騎士の使命である。

 

 魔戒騎士がホラーを倒した後、ホラーを斬った剣には『邪気』が残る。

 その邪気を浄化するために赴くのが、番犬所。

 昨日の鋼牙は日中に『エレメント』を浄化して回っていた。

 エレメントとは、ホラーが現れるゲート、その元となるもので、それを日中に潰せばホラーが現れる頻度はグッと少なくなる。

 その為、魔戒騎士の勤務内容の1つとなっているのだ。

 

 エレメント狩りにより剣に溜まった邪気と士の事を報告する為に、番犬所へと鋼牙は足を運んだ。

 鋼牙は士の事、ディケイドの事を神官に話した。

 すると帰ってきた言葉は。

 

 

「その男をしばらく見張りなさい。力があるならホラー狩りに付き合わせなさい」

 

 

 この言葉。

 その言葉を聞いて、何故かと質問をした。

 

 

「その者は危険かもしれません。だからです」

 

 

 確かに謎が多く、ともすれば危険という見方もできる。

 実際、鋼牙も士に対しての猜疑心が完全になくなったわけではなかった。

 だが、ホラー狩りに連れていく事に納得が出来ない。

 しかしいくら抗議しても帰ってくる答えは同じだった。

 

 

「人前で鎧を召喚した事は、相手がそのようなものなので不問に処します」

 

 

 最後にそれだけ言われて、鋼牙は家へと帰宅した。

 

 魔戒騎士には幾つか掟がある。

 1つに、『関係者、即ちホラーを知る者以外の前では鎧を召喚してはならない』という掟だ。

 初めて士と出会った時に鎧を召喚した事は当然掟を破った事になる。

 例えそれが偶然でもだ。

 だが、不問に処されたことが鋼牙にとって何よりも疑問だった。

 悪戯好きの神官が罰を与えるという絶好の機会を自ら捨てた。

 そうでなくても、魔戒騎士の掟はかなり厳しく扱われるはずなのだ。

 

 

(それだけ、アイツが危険だと判断されているのか……)

 

 

 まるで爆弾か何かのようだ、と鋼牙は呆れる。

 

 士に対しての警戒心は抜けない。

 とはいえ今の所何かをしでかしている様子もなく、ホラー狩りも手伝うと言っている。

 ゴンザから聞いたが仮面ライダーとは人を守る正義の戦士らしい。

 まるで魔戒騎士のようだ、鋼牙はそう思った。

 その名を冠するのなら士もそうであるのか。

 考えても答えは出ないが、本人に面と向かって聞ける話でもない。

 仮に人を守る為に戦う人物だとしても士は適当にはぐらかしそうだ。

 逆に悪人だとしたら、本音を言う必要はなく嘘をつくに決まっている。

 

 どちらにせよ判断は鋼牙が下すしかない。

 

 そう考えていると、玄関の開く音がした。

 恐らく士が帰ってきたのだろう。

 ゴンザが出迎えに小走りしている音が聞こえる。

 

 

(しばらくは様子見か……)

 

 

 そう結論付けた鋼牙は、その場でゴンザと士が上がってくるのを待った。




────次回予告────
日常を守る為に日常から足を踏み外す戦姫。

それは何も、音楽を纏う者だけに限らない。

きっかけは違えど、その者達は戦いに身を投じざる負えない────


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第8話 リリカルマジカルショータイムなの

 特命部と二課の一時協力、そしてそこに乱入した仮面ライダーディケイド。

 それらが頻発するノイズと戦い始めてから、もう1ヶ月と少し経った頃。

 

 

「今日のニュース見たんだけど、またノイズが出たらしいよ」

 

 

 中学生の少女3人が道を歩きつつ喋っている。

 ショートカットの活発そうな『美墨 なぎさ』。

 なぎさとは対照的な長い髪で、おしとやかそうな『雪城 ほのか』

 そんな2人よりも一回り小柄な三つ編みの『九条 ひかり』。

 

 今のなぎさの言葉にほのかが答えた。

 

 

「あ、知ってる。最近、あの辺りで多いわよねぇ……」

 

 

 続けてひかりが口を開く。

 

 

「ちょっと、怖いですね……」

 

 

 なぎさは大袈裟に腕を組んで考え込むポーズをとる。

 そして先程よりも小さな声で2人に話しかけた。

 

「……ねぇ、『プリキュア』と『シャイニールミナス』って、ノイズもへっちゃらなのかな?」

 

 

 その言葉に2人も考え込んでしまう。

 そういえば、どうなのだろう? 一度も試した事がない、と。

 というよりも、ノイズの発生に出くわしたことがないのだ。

 

 ノイズの発生率はある調査では『東京都心の人間の1人が一生涯に通り魔事件に巻き込まれる確率を下回る』らしい。

 つまりノイズの出現、まして出会うこと自体が稀なのだ。

 

 そして『プリキュア』と『シャイニールミナス』。

 彼女達3人は中学生にして伝説の戦士なのだ。

 無論、それは秘密だし、戦いの時になると謎の空間のようなものが発生し、一般人は立ち入れなくなる。

 その為仮面ライダーと異なり噂される事も無い。

 

 1年前、中学2年の時、なぎさとほのかは初めて『プリキュア』となり、1年かけて敵組織『ドツクゾーン』を倒した。

 そしてその数ヶ月後、即ち中学3年の春。

 再びドツクゾーンが姿を現し、2人は『プリキュア』へと再び変身した。

 そして新入生、中学1年生のひかりは2人の前に突然現れた。

 当初は何も知らない、本当に謎めいた人間であったが、色々あって『TAKO CAFE』というワゴンのたこ焼き屋台を経営する『藤田 アカネ』という人のところで居候することになった。

 そして彼女はプリキュアとは異なる『シャイニールミナス』へと変身。

 以降、なぎさとほのかと共にドツクゾーンと戦っている。

 

 3人の中は良好だ。

 なぎさとほのかは1年分の絆があるし、そこにシャイニールミナスとして戦っているという理由がありつつもプライベートでも十分溶け込んでいるひかり。

 この3人は行動を共にすることが多い。

 

 

「……ま、考えてもわかんないから、いっか!」

 

「もう、なぎさったら」

 

「でも、なぎささんらしいです」

 

「それよりも今日は美味しいもの食べに行くんだから、もっと明るい気持ちでいこっ!」

 

 

 さて、今日はなぎさの発案で少し遠出をすることになった。

 彼女たちの住む町、『海鳴市』。

 今回はそこの『翠屋』という喫茶店に行くことが目的だ。

 この前、中学3年生はケーキ工場の見学があったのだが、恐らくその後に翠屋の話を聞いたのが原因であろう。

 『あそこのケーキ、美味しいんだって』というような情報は学生の間ではよく回るものだ。

 ケーキ工場の見学後、友人からその話を聞いたなぎさが行ってみたいと思い、ほのかとひかりを誘って休日に行くことになった…というのが今回の経緯だ。

 

 凄く遠い、というわけでもないが、海鳴市は広かった。

 海鳴市はそれなりに大きな市。

 市内とは言え電車を利用することだってある。

 今回行く翠屋は、電車で数駅行った後、その駅前の辺りにあるらしい。

 その為電車を降りて駅周辺を歩いている、というのが今の3人の現状だ。

 

 

「えーっと、この辺だったかな」

 

 

 なぎさが地図と道を交互に見つつ、辺りを見渡す。

 すると、どうもそれらしき店が見えた。

 もう少し距離があるが、目視できるぐらいの距離まで来ていたようだ。

 

 

「あ! あれだよ、早く行こっ!」

 

「あっ、待ってよなぎさー!」

 

「お、置いてかないでくださーい!」

 

 

 目的地を近くにしてテンションが上がって走り出したなぎさ、それを追ってほのかとひかりも走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「凛子ちゃんの話だと、この辺だけど……」

 

「なあ晴人、腹減った」

 

「そりゃ俺も魔法使ったから……

 ってかお前の腹減ったって、それ絶対違う意味だろ」

 

「今回は両方なんだよっ!」

 

 

 良き青空の昼下がり、海鳴市にて。

 青年二人がぎゃあぎゃあと言い合いながら道を歩いている。

 

 手の平をイメージさせる珍しい装飾が施されているデニムを止めるベルトをしている青年。

 名を『操真 晴人』。

 

 もう片方、デニムを止めるベルトにこちらは門のような装飾がされているのが特徴的な青年。

 名を『仁藤 攻介』。

 

 2人はちょっと遠出して此処まで来ている。

 理由は、『ファントム』を追ってきたからだ。

 

 

 一見普通の青年である彼らは都市伝説の『仮面ライダー』である。

 晴人は『仮面ライダーウィザード』。

 攻介は『仮面ライダービースト』。

 『魔法使い』とも呼称される通り、魔法を使う仮面ライダーだ。

 

 そしてその敵、『ファントム』。

 彼らは『ゲート』と呼ばれる魔力を持つ人間を絶望させ、自分達と同じファントムにする事が目的だ。

 と言っても、ゲートは魔法を使えないし、ゲート本人に『ゲートである』という自覚はない。

 それに晴人達はゲートを見分けられない。

 ファントムは元々人間であったが、ゲートの絶望と共に怪人となり、その人間は実質的に死ぬ。

 だが、生前の人間の姿になる事も可能で、目視でファントムと判断するのは難しい。

 つまりゲートもファントムも探すのが難しいわけだが、それでも晴人達は『プラモンスター』という小型モンスターを使役し、日々パトロールをしている。

 それにファントムが一度活動を開始すればそれを察知できる仲間もいる。

 

 例えば『コヨミ』という少女、彼女はファントムが現れればその魔力を察知する事が出来る。

 もう1人が『大門 凛子』。

 彼女は刑事で、鳥居坂署に勤務する刑事であると同時に、『国安0課』という秘密部署にも出入りできる数少ない刑事の1人だ。

 0課とは、対ファントム専用の部署である。

 凛子は0課所属ではないのだが、魔法使いやファントムと深く関わった刑事という事で、0課側からも重宝されているのだ。

 

 そして今日の午前中、海鳴市の監視カメラの1つに『メデューサ』というファントムの人間体が映り込んでいたという情報が0課に入った。

 凛子はそれを晴人と攻介に伝え、凛子自身は海鳴市の他の監視カメラのチェックに当たっている。

 

 ファントムの活動範囲は東京周辺。

 周辺と言っても、ほぼ『関東地方の殆ど』と言うのが正しい。

 その為、プラモンスターの警戒の目は色々な場所に張り巡らせなければいけない。

 向こうも大っぴらに活動はしないのと、動き出せばコヨミのお陰ですぐにわかるのが救いではある。

 

 そんなわけで海鳴市も活動範囲内ではあるのだが、此処までがそれなりに遠い。

 というわけで変身して急ぎ此処まで向かったのだが、まだ監視カメラに映っただけで活動しているわけではないらしい。

 ファントムが動けばすぐに分かるコヨミから連絡がないという事は、それは確実の筈だ。

 その為、2人はプラモンスターを飛ばし、自分達でもパトロールをしている、というのが現状だ。

 

 さて、何故2人が腹を空かせているかと言うとだが。

 彼らは変身にも魔力を使うし、魔法を使う時も当然消耗する。

 そして魔力を使用すると体力も消耗するようになっている。

 その影響が『腹が減る』という形で表れているのだ。

 

 実はこの2人、体内、というよりも心の中────『アンダーワールド』にファントムがいる。

 晴人の場合、一度絶望しそうになったがそれを抑え込んだから。

 攻介の場合、初めてビーストになった時、強制的に契約してしまったから。

 2人ともそのファントムのお陰で変身できているし、アンダーワールドのファントム達は敵対する気はほぼ無い。

 だが、晴人の場合はほぼノーリスクだが契約という形をとっている攻介は別で、『一定期間内に魔力を摂取させないとファントムが攻介を食う』というのだ。

 魔力の摂取はファントム、ないし魔力による敵をビーストが倒す事で自動的に補充される。

 つまり一定期間の間に攻介が敵を倒さないと死んでしまうのだ。

 そしてそれを攻介はよく『腹が減った』と表現する。

 暢気に聞こえるが、死が迫っているという全く笑えない事態なのだ。

 

 

「コヨミの話じゃ、まだ出てないらしいけど……」

 

「出てくれなきゃ困んだよ!? 俺にとっちゃ死活問題なんだからな!?」

 

「分かってる分かってる」

 

 

 横でうるさい攻介を制しつつ、晴人も同じように思っていた。

 出てこないという事は、逃がしてしまったかもしれないという可能性も拭いきれない。

 そうなると何処かでゲートが襲われている可能性すらある。

 先程携帯電話でコヨミに連絡を取った時、まだ反応は無いと言っていた。

 それに反応があれば向こうから電話が来るだろう。

 調査のためのプラモンスターも収穫がないのか、帰ってきていない。

 要するに、今の晴人達はファントム探して歩き回るぐらいしかする事がないのだ。

 こういう時、後手に回るしかない事に晴人は溜息をついた後、提案を出した。

 

 

「……とりあえず、何か食うか」

 

「おう。『腹が減っては戦は出来ぬ』! ってな」

 

「お前の場合、『腹が減っては命に関わる』だろ」

 

「だからそっちだけじゃないんだっつの!」

 

 

 攻介のツッコミをスルーし、晴人は何か腹が満たせる場所は無いかと探す。

 幸いお金はあるし、どんな場所でも問題はない。

 すると一軒、店が目に留まった。

 少々洒落た喫茶店のようだ。

 歩き回るのも億劫なので、晴人はあそこにしようと即決した。

 

 

「あそこにするか……おい仁藤、店の中でぐらいマヨネーズ使うなよ」

 

「なんでだよ?」

 

「恥ずかしいだろ!」

 

 

 攻介は所謂『マヨラー』で何にでもマヨネーズをかけて食べる。

 ドーナツにまでかけるのだから筋金入りだ。

 とはいえ始めて行く喫茶店なのだから、そんな事をされては困る。

 場合によっては追い出されかねない。

 そんなわけで、その事について釘を刺し、晴人と攻介は喫茶店に向けて歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔します……っと」

 

 

 晴人の小声の挨拶は喫茶店のドアにある来客を告げるベルに打ち消されたが、そのベルを聞いてカウンターに立つ女性が優しく、朗らかに挨拶をしてきた。

 

 

「いらっしゃいませ、2名様ですか?」

 

 

 随分と若い女性だった。

 栗色の長い髪の毛と大きな瞳、優しい雰囲気。

 晴人も攻介も第一印象は『美人』だった。

 

 

「あ、はい。そうです」

 

「では、お好きな席にお座りください」

 

 

 手で促されて客席を見やると、女性客が数名いる。

 「ありえないぐらい美味しい!」という少々大きな声をふと見やれば、中学生ぐらいと思わしき3人組が美味しそうなケーキを頬張っていた。

 男性客も1,2人いるが、女性客に比べればかなり少人数だ。

 カウンターのケースの中にはケーキやその類が多く置かれている。

 店の雰囲気といい、女性に人気のありそうな場所であった。

 そういう店に男2人と言うのは居心地が、というよりも何か微妙な気持ちになる。

 

 とはいえ腹が減っているのも事実。

 喫茶店なのでそう腹は膨れないだろうが、少しは入れておくべきだ。

 何より疲れた時には甘いものと相場が決まっている。

 2人は空いている窓際の席に向かい合って座った。

 

 

「ふいー……」

 

 

 落ち着く雰囲気の店というのもあるが、くつろげる空間に来たことで晴人は気の抜けたような声を上げてしまう。

 

 

「さあ、ランチ……ってか、デザートタイムか。何にすっかなー」

 

 

 食えれば何でもいいのか、それとも相当腹が減っているのか。

 意気揚々とメニュー欄を確認する攻介。

 あれもいいこれもいいと言って、決めあぐねているらしい。

 

 数分後、晴人も攻介もメニューを決めて店員を呼んだ。

 先程の美人さんだった。

 食べるデザートと飲み物を告げ、晴人は一言添える。

 

 

「随分お若いんですね」

 

「あら、そうですか? ……フフ、でも私、子供いるんですよ。それも3人」

 

 

 機嫌良く、悪戯っぽく微笑みながらの言葉に晴人も攻介も少し驚いた。

 どうみても20代、多く見積もって20代後半の外見なのに。

 その子供達の歳にもよるが3人も子供がいるようにはとても見えなかった。

 失礼かと思いつつも、晴人は思った。

 

 

(は、犯罪だろ……)

 

 

 どんな人が夫なのだろうと、晴人はちょっと気になった。

 

 

 

 

 

 晴人と攻介は出されたメニューを簡単に平らげてしまった。

 元々の量が少ないというのもあるが、何より美味かったのだ。

 勿論満腹というわけではないが、それを差し引いても来て良かったと思える味だった。

 攻介は「マヨネーズかければもっと……」とか言って忠告したにもかかわらずマヨネーズを取り出そうとしたので、当然止めた。

 

 その後、少しゆっくりしようかと飲んでいる途中の飲み物を口に着けていると、窓から誰かがノックする音が聞こえた。

 横を向いて窓の外を見れば、赤い機械的な鳥が嘴でキツツキのようにノックをしていた。

 その隣では緑色の4つ足で羽の生えた、これまた機械的な生物が同じような事をしている。

 

 この2匹はそれぞれ赤が晴人の使い魔『レッドガルーダ』。

 緑の方が攻介の使い魔『グリーングリフォン』。

 その2匹が主の元に帰ってきて何かを知らせようとしている。

 それが意味するところは1つしかない。

 

 

「ファントムか……」

 

「おっしゃ……今度はこっちのランチタイムだ!」

 

 

 ベルトの門の飾りをつつきながら張り切る攻介。

 晴人も静かに言ってはいるが気合十分だ。

 

 2人は急いで席を立ち、必要な分の支払いを済ませて猛烈な勢いで店を出て行った。

 

 

「どうしたのかしら、慌ててたみたいだけど……」

 

 

 先程まで凄くくつろいでいたのに、急に表情を変えて走り出した2人の青年が出て行った後の出入り口の扉を見ながら、不思議そうに呟く美人店員。

 

 

「あの、これ!」

 

 

 少しボーッとしていたせいで目の前に別の客が来ていることに一瞬気付かなかった。

 ハッと我に返った美人店員が見たのは、カウンターの前に立つ女子中学生3人組だ。

 レシートを渡してきたという事は会計をしたいという事だろう。

 美人店員は会計をすぐに済ませて、急ぎ足で店を出ていく女子中学生3人を見送り、再び不思議に思った。

 

 

(あの子達まで血相変えて飛び出したけど、何かあったのかしら……?)

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市、喫茶店翠屋から少し離れた丘の上。

 そこにある公園で『高町 なのは』はある『特訓』をしていた。

 

 右手に空き缶を1つ持ち、ベンチに置いてある上着、その上に置かれているビー玉ぐらいの赤い球体の方を振り向いた。

 

 

「それじゃあ、今朝もやったシュートコントロール、もう一度やってみるね」

 

 

 その言葉に赤い球体は光りつつ、流暢な英語による電子音声で答えた。

 

 

『わかりました』

 

 

 なのはは頷いて、左手を前方にかざしながら唱えた。

 

 

「リリカル、マジカル」

 

 

 可愛らしい言葉の後、桃色の円形の魔法陣がなのはの足元から展開される。

 なのはは詠唱を続けた。

 

 

「福音たる輝き、この手に来たれ。導きの元、鳴り響け!」

 

 

 左手の人差指の指先に桃色の小さな球状の光が出現する。

 そして右手に持つ空き缶を天高く、真上に放り投げた。

 

 

「ディバインシューター……シュート!!」

 

 

 左手を上空に掲げ、指先の光を放った。

 桃色の小さな球状の光はなのはの指示で動き回り、空中の空き缶に何度もぶつかり、その度に空き缶はその衝撃で宙に浮き直していく。

 

 この少女、なのはは『魔法少女』だ。

 魔法少女と言ってもメルヘンチックな部分はあまり無く、任務や戦闘をこなす存在。

 所謂公務員に近い。

 1ヶ月半ほど前に成り行きでなってしまったのだが、かなりの才覚があったらしく、今でも魔法の特訓を続けている。

 それに任務や戦闘と言っても、本人が小学3年生である事から駆り出されることは滅多にない。

 なのは自身は偶然魔法少女になっただけの『民間協力者』という立ち位置なので当然と言えば当然だが。

 

 魔法少女になってから初めての事件が解決してから2週間。

 彼女はこうして特訓を続けている。

 朝は4時半に起きて、夜は8時半に寝る。

 その間は学校に行ったり家の手伝いをしつつ、空いた時間にこうして人目のつかない丘の上で魔法の特訓、というわけだ。

 

 今しているのはコントロールの特訓。

 上空の空き缶に先程の小さな桃色の光を連続百回当てた後、少し距離のあるゴミ箱に空き缶を入れる、というものだ。

 勿論、空き缶を途中で落としたらそこで終了である。

 

 本来魔法を使う時は赤い球体────『レイジングハート』という相棒と呼ぶべきデバイスを用いる。

 そうでないと全力で魔法の使用はできないし、魔法による負荷も大きい。

 むしろその状態で、この特訓が出来るほどのなのはの魔法に関しての精度と才能が凄まじいのだが。

 

 

『60、61、62……』

 

 

 電子音声でレイジングハートが着実にカウントを進めていく。

 途中、なのはは『アクセル』を詠唱し、弾速を上げた。

 速度が上がればコントロールも難しくなる。空き缶に当てる事そのものが厳しくなっていくのだ。

 それでもまだミスをしない。

 

 

『77、78、79……』

 

 

 いよいよラスト付近まで来た。

 しかしなのはの体力もじわじわと削られている。

 

 

『80……』

 

 

 桃色の光は空き缶を追跡したが、そこでついに外してしまった。

 そうして空き缶はあっという間に地面に落ちる。

 つまり、成功しなかったという事だ。

 

 

「うー、もう少しだったのに……」

 

 

 100回が見えたというのにミスをしてしまい、本気で悔しかった。

 そんな自分のマスターにレイジングハートは、無機質ながらも優しい声をかける。

 

 

『いい調子です、マスター』

 

「あはは……ありがとう。今日は採点すると、何点ぐらい?」

 

『約55点です』

 

 

 その点数を聞いてなのはは苦笑いした。

 やはりまだまだ納得できる点数ではなかった。

 自分なりによくやったつもりでも手厳しい評価をレイジングハートはくれる。

 勿論指導者というか、監督としてそれはありがたい事なのだが、やはり少し落ち込んでしまう。

 尤も、それが「今度はもっと頑張ろう」という気持ちに繋がるのが高町なのはという人間なので問題はないが。

 

 55点と聞くと低く聞こえるが、小学3年生のなのはが此処までやれているのは驚異的もいいところである。本来この年齢でここまでできれば及第点を超えて合格を余裕で貰えるレベルだ。

 

 だが、レイジングハートはそれをしない。

 何故か? それは自分のマスターが「まだ上に行ける」と知っているから。

 何より、なのは自身がそれを望んでいるからである。

 

 

 

 

 

 なのはは帰り支度を始めた。

 休日とは言え店は開いている、そちらの手伝いをする時間だからだ。

 上着を着て、ペンダントにしているレイジングハートを首から下げ、いざ帰ろうとした瞬間、出し抜けに誰かの声が公園に響き、気付いたなのはは声のした方向に急いで振り向いた。

 

 

「ほう、既に魔法を使えるゲートとはな……」

 

 

 公園の周りに生える木。

 その内の1本の木の陰から腕を組んだ、黒い長い髪の女性が姿を現した。

 

 

「……どなたですか?」

 

 

 警戒しつつも臆せずになのはは聞くが、先程の言葉を聞いていなかったわけではない。

 

 ────『既に魔法が使えるゲート』。

 

 ゲートは門という意味のはずだが、彼女の言うそれはどうも違う意味に聞こえる。

 そうでなくても、なのはには気になった言葉があった。

 

 

(見られちゃったの……?)

 

 

 魔法が使えるというのは基本的に内緒だ。

 知らない人は元より、家族や友人にもそれは徹底している。

 だからこそ人目のつかない時間や場所を選んでいるというのに。

 此処もあまり人の来ない場所だから選び、時間としては今は昼頃で、みんな家に帰って食べるか何処かで外食をしている時間だと思ったからだ。

 

 

「お前はさぞ強力なファントムを生み出すだろうな……『アルゴス』!」

 

 

 女性が誰かの名前と思しき言葉を叫んだ。

 その言葉と共に、公園の奥から別の人影が現れた。

 だが、それは。

 

 

「はいはい、メデューサ」

 

 

 メデューサとは女性の名前であろうか。

 気怠そうな声の後に出てきたのは、人影ではあったが、人ではなかった。

 全身は石像のような表面をしており、通常の人間の眼と同じ場所にある赤い2つの眼以外にも、体の至る所に青い眼がある。

 両手にも『石の眼』とでも言うべき物を持っている。

 醜悪なその外見は正しく『化け物』というのに相応しかった。

 

 

「この小娘を絶望させろ」

 

「あんなやつぐらいでいちいち駆り出すなよ」

 

 

 メデューサと呼ばれた女性とアルゴスと呼ばれた化け物が言い合う中、なのははレイジングハートと小声で会話していた。

 

 

『危険です、マスター』

 

「あの怪物さんだよね……」

 

『いいえ、それだけではありません。あの女性、あちらも何かあります』

 

 

 化け物のインパクトに圧倒され、完全にそちらにだけ目が向いていたなのははレイジングハートの指摘にされ、気付いた。

 そうだ、あの怪物と普通に話をして、一緒に行動をしているなんて……。

 冷静に考えればあの女性にも何かがある。

 

 なのはからは魔法を見られたかもしれないという不安と現れた化け物のせいで冷静さが少し失われていたのだろう。

 だが、レイジングハートの言葉で視野の広がったなのはは元の彼女に、小学3年生とは思えぬ洞察力と冷静さを取り戻した。

 

 

「チッ、仕方ねぇ……こんなガキぐらい半殺しにすれば一発だろ」

 

 

 向こうの話に決着がついたようでアルゴスがゆっくりと近づいてくる。

 

 

 ──────半殺し。

 

 

 凄まじく危険な言葉が聞こえた。

 

 

『逃げてください、マスター!』

 

 

 レイジングハートが声を荒げる。

 瞬間、半ば条件反射気味になのはは左に走った。

 次の瞬間、先程までなのはがいた場所では小さな爆発が起こった。

 アルゴスの頭部にある青い眼から光弾が発射されたのだ。

 

 

「危なかったぁ……」

 

「この状況でそんな事言う余裕があるとはな、見上げた根性だ」

 

 

 普通の小学3年生の女子生徒なら普通は泣いたり冷静さを失ったり、ともすれば恐怖で絶望だってしかねない。

 にもかかわらずなのはは焦った様子はあまりない。

 

 1ヶ月半ほど前の事件、その時なのはは何度も戦闘を行った。

 小学3年生には不相応な言葉に聞こえるが、『場慣れ』をしているのだ。

 だが、このままでは危険なのは変わらない。

 

 

「いくよ、レイジングハート」

 

『了解』

 

 

 首から下がるレイジングハートにこの言葉を言う時、それはなのはが『魔法少女』となる時だ。

 この姿のままではどうしようもない。

 ならば、変身をするしかない。

 レイジングハートもその事を十分理解している。

 

 

「レイジングハート、セーット……」

 

 

 魔法少女へと変わる為の言葉を紡ごうとした、その時。

 

 

「ハッ!」

 

「どぉりゃッ!!」

 

 

 青年2人が同時に跳び蹴りをしながら跳び込んできた。

 横からの不意打ちにアルゴスは吹き飛ぶ。

 突然の事態になのははレイジングハートの起動を思わず中断してしまった。

 

 青年2人の周りにはそれぞれ赤と緑の不思議な動物が2匹、パタパタと飛んでいた。

 

 

「サンキュー、ガルーダ」

 

 

 青年の1人が赤い鳥にお礼を言うと、ガルーダと呼ばれた鳥は頷きながら消え、後には嵌めてあった指輪だけが青年の手の中に落ちた。

 同じ事がもう1人の青年ともう1匹の方でも起こっている。

 

 

「お嬢ちゃん、大丈夫?」

 

 

 青年の1人、赤い鳥の指輪を持っている────即ち、晴人がなのはを気にして近づいてきた。

 

 

「おい晴人、やっぱりメデューサの野郎もいやがるぜ」

 

 

 もう1人の青年────攻介が木の陰の辺りを指さすと、そこには先程アルゴスからメデューサと呼ばれた女性がいた。

 メデューサは高みの見物を決め込んでいたのだが、青年2人の登場から一転、表情を強張らせた。

 

 

「指輪の魔法使い、古の魔法使い……2人揃ってこんなところに……!」

 

 

 メデューサの表情、声、言い方、どれをとっても憎々しいというのが伝わってくる。

 さらにメデューサはその姿を『化け物』へと変化させた。

 髪の毛の代わりのように蛇が生えており、スタイルこそ女性らしいものが残っているが、全身の皮膚はおよそ人間のものではない。

 

 

「お嬢ちゃんは隠れてて」

 

「お、お兄さんたちは……?」

 

 

 なのははメデューサの変身にも驚いていたが、それ以上にその言葉が気になっていた。

 

 指輪の魔法使いと、古の魔法使い。

 

 メデューサは2人を見てそう呼んだ。

 しかし知る限り、『この世界』には魔法使いは自分しか現在はいないはず。

 

 なのはの疑問にはそうした意味があったのだが、晴人に分かるはずもなく、「お兄さんたちは何者?」ではなく「お兄さんたちはどうするの?」という意味に受け取った晴人は笑って答えた。

 

 

「あいつら、やっつけてくる」

 

 

 アルゴスも起き上がり、アルゴスの隣にメデューサが立ち並ぶ。

 それと睨み合うようにしていた攻介の隣に、晴人が並んだ。

 

 

「ファントムが2体……油断すんなよ、仁と……」

 

「あー、みなまで言うな! 両方とも俺が食ってやる」

 

「聞けよ人の話……」

 

 

 軽口を叩きながら2人は、自分の右手にある指輪をそれぞれ晴人はベルトの手の平のような装飾に、攻介は門のような装飾にあてがった。

 

 

 ────DRIVER ON! Please────

 

 ────DRIVER ON!!────

 

 

 2人のベルトの装飾は晴人のは『ウィザードライバー』として、攻介のは『ビーストドライバー』として真の姿を現した。

 

 そして2人は自分の左手の中指に指輪をはめた。

 晴人は赤い指輪を、攻介は黒縁の金色の指輪を。

 

 晴人は自分のベルトの両レバーを操作し、中央の手の平を動かした。

 すると、不思議な呪文が流れだす。

 

 

 ────シャバドゥビタッチヘンシーン!────

 

 

「シャ、シャバドゥビ?」

 

 

 この音声にはなのはも呆気にとられてしまう。

 一方のレイジングハートは極めて冷静な音声で告げた。

 

 

『あの言葉、魔法の詠唱を簡略化したもののようです』

 

「え、ええっ!? あれが!?」

 

 

 レイジングハートの冷静な分析に、なのはは普通に驚いてしまった。

 正直、少しふざけていないか?と思えるあの音声にそんな意味があるなんて。

 そして同時に、なのはの中の疑問が少し解けそうになった。

 

 魔法使いと言われた人が、魔法の詠唱を簡略化した音声を発する機械を使っている。

 

 

 まさか──────

 

 

「変身」

 

 

 左手を一度右に振りかぶり、その後ベルトの手の平と自分の左手でタッチをするように指輪をあてがう。

 

 

 ────FLAME! Please────

 

 

 攻介も左手を手の平を前方に手を掲げ、手だけを裏返す。

 

 

「変……」

 

 

 そして円を描くように左腕を右回りに、右腕を左回りに回す。

 両手が体の左側に到着したのち、それを一気に右側に振りかぶる。

 

 

「身!!」

 

 

 そして思いっきり溜めた『変身』を言い放ち、左腕を左側の真横に向けたあと、扉のようなベルトの左斜め上にある窪みに指輪を押し当てて、回した。

 まるで鍵を回すように。

 それと同時にベルト中央の扉が両側に開き、中から黄金のライオンのような彫像が出現した。

 

 

 ────SET! OPEN!────

 

 

 晴人は左腕を左側に伸ばし、伸ばした先から赤い魔法陣が出現する。

 攻介も何かを溜めて放つように一度かがんでから気合を入れて起き上がるという動作の後、晴人の物とは微妙に形状の違う黄色い魔法陣が目の前に出現する。

 

 

 ────ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!!────

 

 ────L! I! O! N! ライオーン!!────

 

 

 魔法陣は2人を通り抜けた。

 そして魔法陣が消えた後には、晴人と攻介の姿は既に変わっていた。

 

 赤い宝石のような体を持つ異形と、ライオンをイメージさせる異形に。

 

 操真晴人────指輪の魔法使い、仮面ライダーウィザード。

 仁藤攻介────古の魔法使い、仮面ライダービースト。

 

 それが今の、彼ら2人の名前だった。

 

 晴人、ウィザードは左手を自分の顔の位置まで上げた。

 

 

「さあ、ショータイムだ」

 

 

 そして攻介、ビーストもそれに続くように両手を叩いて言う。

 

 

「さあ、ランチタイムだ!」

 

 

 

 

 ──────私、高町なのは、小学3年生。

 

 ──────助けてくれたお兄さんが、魔法使いでした。




────次回予告────
私が魔法少女になって、最初の事件が終わって……。
それから1ヶ月ぐらいしか経っていないのに、急展開です。
魔法使いさん、怪人さん、一体どうなってるの?
でも、私にもできる事がある。
魔法使いさん、お手伝いします!
ってあれれ? また誰か来たみたいです。
彼女たちは何者なの?
次回、スーパーヒーロー作戦CS、第9話『マジでありえない出会い……なの?』
リリカルマジカルがんばります。


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第9話 マジでありえない出会い……なの?

 ウィザードは『ウィザーソードガン』のソードモードを、ビーストは『ダイスサーベル』を取り出し、ファントムに斬りかかっていく。

 ウィザードはメデューサに、ビーストはアルゴスに。

 

 剣と蹴りによる攻撃はファントム達に確実にヒットしていくが、油断はならない。

 アルゴスに対してのビーストの攻撃は効いていないように見えた。

 その石像を思わせる固い皮膚は伊達ではないという事だろう。

 そしてメデューサ相手ではウィザードは一瞬の油断もできない。

 

 メデューサは強敵である。

 それは何度か戦った事のあるウィザードが一番良く知っている。

 実際、剣はメデューサの持つ杖に止められ、蹴りも上手くいなされる事が多い。

 

 

「この程度か指輪の魔法使い!」

 

 

 隙を見せたウィザードにメデューサの杖による突きが炸裂する。

 よろめきながらも体勢を立て直した後、くるりと回転してウィザードは左手の指輪を付け替えた。

 先程まで嵌めていた赤い指輪に似ているが、微妙に装飾が違う。

 

 

「全く、お前相手だと余裕ないぜ……!」

 

 

 ────FLAME! DRAGON────

 

 ────ボー! ボー! ボーボーボー!!────

 

 

 炎のドラゴンがウィザードの周りを一周し、まるでウィザードの体内に宿っていくかのように炎のドラゴンがウィザードの背中に吸い込まれていく。

 瞬間、一際大きな炎が発生し、弾けたかと思うと、ウィザードは先程までの『フレイムスタイル』とは少し異なる『フレイムドラゴン』へと姿を変えた。

 この姿は晴人の体内のファントム、『ウィザードラゴン』の力を宿した姿だ。

 当然、その力は大きく上がっている。

 

 さらに続けて、今度は右手の指輪を付け替えた。

 ウィザーソードガンの手を握ったような形の手形を、手を広げた状態にして、そこに自分の指輪を付け替えた右手を重ねた。

 

 

 ────COPY Please────

 

 

 『コピー』の魔法は、その名の通り複製の魔法。

 それによりウィザーソードガンは2つに増え、ウィザードは二刀流を構えた。

 

 気合を入れるように息を吐き、流れるような動きで2つの刀でメデューサに斬りかかる。

 手数が増えたのは単純に強力だ。

 メデューサも先程より余裕がなくなっている。

 ただ、比較対象は『余裕綽々だった先程よりも』、だが。

 

 

「無駄だ!」

 

 

 攻撃を全て受け流し、頭髪の蛇を伸ばしてウィザードに攻撃を仕掛けた。

 メデューサの頭髪は本物の蛇のように、しかし尋常ならざる速度で蛇行し、ウィザードの胸を穿った。

 胸の宝石のような装甲で守られているウィザードは貫かれる事こそなかったが、その一撃に大きなダメージを受け、数m吹き飛んでしまう。

 

 メデューサはファントムの中でも実力者の部類に入る。

 如何に強化されたウィザードでも今日まで倒し切れなかった事実がそれを物語っていた。

 

 

「フン。アルゴス、『グール』を置いていく。後は任せたぞ」

 

 

 自分と相対する魔法使いの有様に呆れたような、くだらないかのような一瞥を送りながらメデューサは小さな石を数十個ばら撒いた。

 石は徐々に大きく膨れ上がり、やがて人間大の怪人の姿へと変貌していく。

 石が罅割れたような表皮と二本の角。

 怪人の名は『グール』。力は並のファントム以下だが、誕生にゲートを必要としない、いわば量産品だ。

 

 この場を去ろうとするメデューサに対し、ビーストを相手にしながらアルゴスが怒鳴る。

 

 

「あァ!? メデューサ! 何処へ行く気だ!」

 

「私が相手をするまでもない。それに、この町にはまだまだゲートがいそうだからな……」

 

 

 それだけ言って、メデューサは公園の奥へと姿を消していく。

 恐らく人間には追えぬスピードで逃げたのだろう。

 

 

「待てッ!!」

 

 

 追おうとするウィザードだが、グール達がそこに割って入る。

 追うのは無理かと頭を切り替え、目の前のグール殲滅の為、二刀のウィザーソードガンを構える。

 

 グール自体は強くはない。

 フレイムドラゴンとなっているウィザードにとっては何の苦も無く相手にできる。

 しかし、アルゴスと戦うビーストは苦戦していた。

 

 

「クソッ! かってぇなコイツ!!」

 

 

 斬ろうと蹴ろうと、アルゴスはダメージを受けている様子が全くない。

 怯む事はあるが、明確な苦しみを見せたのは皆無に近い。

 

 

「フンッ、温い!!」

 

 

 アルゴスは体中の『目』を大量に飛ばした。

 分離した数多の目はたちまちビーストを囲った。

 いや、ビーストだけではない、グールと戦うウィザードまでも目の包囲網に捕らわれた。

 そして空中の目が光ったと思えば、ウィザードとビースト、ついでに巻き込まれたグール達が一斉に火花を散らした。

 

 

「フハハハハ!!」

 

 

 その光景がよほど愉快なのか、高笑いをするアルゴス。

 分離し、辺り一面に散らばった目は全て、光線を発射することが出来る。

 ほぼ囲まれているような状況下の中でこの光線をかわす事は難しい。

 

 

「晴人! 結構強いぜ!!」

 

「ああ、グールはともかく、メデューサを追うためにもこっちを何とかしないと……」

 

 

 そんな様子を木の陰からなのはが見ていた。

 隠れてて、という晴人の言葉を守っていたのだが、既に彼女の手はレイジングハートを握っていた。

 

 

(私にもできる事があるなら、魔法使いさん達を……)

 

 

 彼女もまた、魔法を使える人間だ。

 出来る事は十分にあるだろう。

 驕るわけでも、調子に乗っているわけでもない。

 彼女はただ、目の前で自分を助けるために傷ついている魔法使いを放っておけなかった。

 

 

『マスター』

 

 

 迷うなのはに、レイジングハートが呼びかけた。

 

 

『練習した事が役に立つかもしれません』

 

 

 その言葉になのはは今の状況と、今までの練習を照らし合わせる。

 空中に浮かぶ目。空き缶に一発の弾丸を当て続ける練習。

 今のウィザードとビーストは目からの光線だけでなく、アルゴスやグールの相手もしながらという状況だ。

 アルゴスに気を取られればグールが、グールに気を取られれば空中の目が、空中の目に気を取られればアルゴスが。

 

 分担するにも、あと1人足りない。

 その1人に、私ならなれるかもしれない。

 

 自分を助けてくれた魔法使い達のピンチを前に、なのはは決心した。

 

 

「行こう! レイジングハート!!」

 

『了解』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その程度か魔法使い」

 

 

 アルゴスの攻撃、空中の目の攻撃、そしてグールに2人の魔法使いは苦戦していた。

 まず目の包囲網が厄介なのと、アルゴスの強靭な体。

 

 さらにグール達だが、メデューサがかなりの数を置いていったのとアルゴスがグールの生まれる小石を持っているせいでなかなか減らない。

 とは言え最初よりは減っているし、目による攻撃はグールもお構いなしで巻き込んでくる。

 つまり、最大の問題はグールやアルゴスではなく、この目の包囲網だ。

 

 

「クッ!!」

 

 

 ウィザーソードガンをガンモードにし、空中の目に向けて発砲しようとする。

 しかし引き金を引くよりも早く、アルゴス本体からの光線がウィザードに直撃する。

 

 

「チッ、あちらを立てればこちらが立たずってか……!!」

 

 

 ダメージ自体は戦闘不能に追い込まれるほどの物じゃない。

 だが、塵も積もれば山となるように、確実にダメージは蓄積している。

 早めに打開しなければ不味い。

 

 

「魔法使いさん!!」

 

 

 思案するウィザードの耳に少女の声が跳び込んできた。

 振り向くと、目の包囲網の外、木の陰から先程の少女が顔を出していた。

 

 

「ほう、ゲートが自らノコノコ出てくるとはな。グール!!」

 

 

 アルゴスはグールに手で指示を出す。

 勿論、その目標はゲートである少女だ。

 如何にウィザード達にとっては取るに足らない相手でも、少女にとっては脅威だ。

 

 

「おいやべぇぞ晴人!!」

 

「クッ……!!」

 

 

 ウィザード、ビーストが共に新たな指輪を取り出し、右手の指輪と付け替えた。

 ウィザードは『コネクト』の指輪、ビーストは『カメレオ』の指輪。

 まだウィザードには切り札があった。

 それを離れた場所を繋げるコネクトの魔法で取り出そうとした。

 魔力の消耗が激しいからあまり使いたくはなかったが、ゲートの命には代えられない。

 

 ビーストの指輪は使うと右肩にマントが装備されるのだが、そのマントには指輪に対応する動物の頭が装飾されている。

 カメレオマントは舌を伸ばし、遠くのものを攻撃することもできるから、空中の目も撃ち落とせるかもしれない。

 もう1つの理由として、ビーストのカメレオは姿を消せる。

 それならば包囲網の突破もできるかもしれない。

 

 そう考えた上での指輪の選択。

 だが、2人の魔法使いは知らなかった。

 この場にもう1人、魔法使いがいる事を。

 

 

「レイジングハート! セーットアップ!!」

 

 

 ────Stand by ready,setup.────

 

 

 少女は赤い球体を天に掲げ、叫ぶ。

 同時に赤い球体から英語が発声された。

 次の瞬間、少女には今まで着ていた服とは別の服が装着されていく。

 白い制服のような姿だ。

 さらに赤い球体もまた、それと同時に姿を変えていく。

 杖のような形をとり、杖の先端には先程までの赤い球体が取り付けられている。

 それをぐるりと覆う様に金色の装飾が三日月のように施されている。

 それはまるで、魔法の杖。

 

 突如姿を変えた少女にウィザードもビーストも、敵であるアルゴスやグールまでも動きを止めてしまう。

 

 

「……マジか」

 

 

 ウィザードの声。

 何とか出せた一声がそれだった。

 

 

「お、おいおい! あれなんだよ、え!?」

 

「俺が知るかァ!?」

 

 

 ビーストの叫びに、ウィザードも困惑気味に叫び返す。

 普通ならばファントムはその隙をついてきそうなものだが、アルゴスもこの事態が想定外すぎて固まってしまっている。

 

 驚きを隠せない一同を余所に、なのはは空中に飛び上がった後、桃色の小さな球体を幾つか作り出した。

 

 

「ディバインシューター……シュート!!」

 

 

 桃色の球体は一斉に飛び出した。

 それらは全て、まるで生きているかのように空中を飛び回っている。

 そして、その進路上にある空中に浮かぶ目を撃墜していった。

 桃色の球体は生きる弾丸とでも言えばいいのか、空中を駆け抜けて全ての目を撃墜した後、消えた。

 

 

「ふぅー……」

 

『見事です、マスター』

 

 

 疲れたように息を吐くなのはにレイジングハートが優しく声をかける。

 空き缶に攻撃を当て続けるあの特訓、その練習の成果という事だろう。

 疲れてはいるが、油断はできない。

 飛行はできるが下にはアルゴスとグールが未だに残っている。

 

 

「魔法使いさん! 今です!!」

 

 

 あまりの事態に呆気にとられていたウィザードとビーストはその言葉で我に返った。

 自分達を包囲していた目を全て片付けてくれた。

 彼女が何者にせよ、ファントムに狙われたゲートであり、助けてくれた人であることは事実。

 そして目の前にいるのは、敵。

 ならばやることは1つだ。

 

 

「何だか知らないけど、助かったよお嬢ちゃん。

 仁藤、まずはグール食っとけ、あいつは下拵えしといてやる」

 

「へっ、そうさせてもうぜ。此処からが本当のランチタイムだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、メップル、本当にいるの?」

 

「間違いないメポ! 変な気配がしたメポ!!」

 

 

 なぎさ、ほのか、ひかりは翠屋を飛び出したあと、公園の辺りに来ていた。

 彼女達にはそれぞれ、パートナーとなる『妖精』がいる。

 なぎさには『メップル』、ほのかには『ミップル』、ひかりには『ポルン』。

 3匹はそれぞれ日常生活で他の人に見つからないように擬態をしている。

 メップルとミップルは携帯電話のような『ハートフルコミューン』に、ポルンはメールボードのような姿に。

 

 そしてこの3匹には『邪悪』を感知する能力がある。

 それは基本的にドツクゾーン出現の際に発揮されており、今回もそれを感じ取って翠屋を飛び出したのだ。

 

 

「なんだか普段と違う感じミポ……」

 

 

 ミップルの言葉にメップル、ポルンが頷く。

 ドツクゾーンの気配なら、ドツクゾーンであると断言できるのだが、今回の『邪悪』は何かが違った。

 邪悪であることに違いはない、が、種類が違うような。

 故にメップルも先程から『邪悪な気配』ではなく『変な気配』と表現している。

 3匹は今回、そんな気配を感じ取っていた。

 

 

「……? 公園の方から声が聞こえるわ」

 

 

 ほのかが耳を澄ませ、その音の正体を探ろうとしてみる。

 距離があってよくは聞こえないが、何か、爆音に近い音が聞こえた。

 ほのかに言われてなぎさとひかりも耳を澄ませてみると、確かにそれが聞こえた。

 

 

「変な気配はそっちからするメポ!」

 

 

 メップルの言葉に3人はこれがその『気配』の正体であると確信する。

 顔をお互いに見やって頷き、3人は公園に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 アルゴスは一転劣勢の状況に立たされていた。

 ウィザード、ビーストの猛攻。

 最初はウィザード1人だったが、ビーストがグールを全滅させた後、その加勢に入ってきた。

 さらに先程のゲートである少女による度々の援護攻撃。

 如何に体が硬いとはいえ、こう立て続けに攻撃を喰らえば堪ったものではなかった。

 

 

(クソッ! 退くか……!!)

 

 

 この場は不利、このままでは確実に負ける。

 そう考えて、頭から光弾を発射した。

 ウィザードとビーストに当てる事が目的ではない。

 土煙を巻き上げ、逃げるためだった。

 

 

 しかし──────

 

 

「使えそうだな、貴様」

 

 

 

 

 

 

 

 土煙が晴れた後、アルゴスは未だにそこに存在していた。

 というよりも、立ち尽くしているという方が正しい。

 

 

「……誰だアレ?」

 

 

 ウィザードの言葉への回答は誰も持ち合わせていなかった。

 長髪の、かなり長身の男。

 マントを羽織り、黒い体をしているそれは人間のようではあったが、人間ではないように見えた。

 

 

「……知り合い?」

 

「全然、知らないです……」

 

 

 ウィザードに聞かれたなのはは首を横に振った。

 想定外の存在であったなのはなら今現れた想定外の事も何か知っているのでは、と思ったのだがどうやら見当違いだったようだ。

 

 長身の男はウィザード達に背を向けたまま、ニヤリと狡猾な笑みを浮かべている。

 

 

「『ザケンナー』!!」

 

 

 長身の男がそう言うと、辺りから黒い泥のような物が現れ、アルゴスに次々と取り付いていく。

 取り付かれたアルゴスは苦しみだし、呻きだした。

 

 

「おいおい……」

 

 

 ウィザーソードガンを構え直すウィザード。

 明らかにおかしな事態が発生している。

 警戒するに越したことはないし、何より今、アルゴスに『何か』を取り付かせた長身の男も何か油断ならない気配がする。

 

 だが、さすがのウィザードもさらなる乱入者までは予測できなかった。

 

 

「貴方は!!」

 

 

 女性の声、活発そうで、何処かで聞いた声だ。

 その声は長身の男に向けられているようで、声と共に3人の女子中学生が走り込んできた。

 

 

「あの子達は……!」

 

 

 ウィザードは翠屋での事を思い出す。

 入店したとき「ありえないぐらい美味しい!」とケーキを食べて絶賛していた少女。

 だから今の声は聞いた事があったのだ。

 その少女の隣にいる2人も店の中でその少女と同じ席に座っていた子達だった。

 

 

「……って、なに、この状況!!?」

 

 

 突然の乱入者に驚くウィザード、ビースト、なのはではあるが、それはなぎさ達3人にとっても同じだ。

 いつものように邪悪な気配を追っていたら、何やら変な格好の2人と、コスプレでもしているような少女が1人。

 ついでに見た事も無い化け物が一匹。

 それこそ、なぎさ達の方が困惑していた。

 

 

「あいつメポ! あの変な怪物から気配がしていたメポ!!」

 

「さっきまで闇の気配はしてなかったから間違いないミポ」

 

 

 メップルが示したのはアルゴス。

 つまり先程まで長身の男────『サーキュラス』の邪悪な気配はしておらず、この怪物の気配を感じ取ったという事らしい。

 

 

「来たかプリキュア。お前達を倒すため、強力なザケンナーになりそうなのを見つけたところだ」

 

 

 苦しみ続けるアルゴスを指さしながら語るサーキュラス。

 そしてついに、アルゴスはその姿を変貌させた。

 より巨大に、より禍々しく、『巨人』と表現するのに差し支えのない姿となった。

 およそ10数mの巨人になったアルゴスはウィザード、ビースト、なのは、そしてなぎさ達3人を狙うように動き出した。

 

 

「ハハハ! プリキュア諸共、そこにいる妙な連中も叩き潰せ!!」

 

 

 ウィザードもビーストも、勿論なのはも『プリキュア』という存在の事は知らない。

 3人ともそれが何なのか疑問に思いつつも、巨人アルゴスが踏みつけようとしてきたのを避ける。

 なのはは上空に上がり、ウィザードとビーストは一旦距離を取って構えた。

 

 

「どうなってやがんだ!? あんなデカいファントム、アンダーワールドでしか見た事ねぇよ!」

 

「俺だってそうだっつの……何なんだよ次から次に!」

 

 

 困惑と焦りの中、2人はまたしても信じられないものも目撃する。

 

 なぎさとほのかはハートフルコミューンを操作した後、お互いの手をなぎさは左手、ほのかは右手で繋ぎ、繋いでいない方の手を上空に向け、同時に叫んだ。

 

 

「「『デュアル・オーロラ・ウェーブ』!!」」

 

 

 ひかりはタッチコミューンに手をかざし、こちらもまた、叫ぶ、

 

 

「『ルミナス! シャイニング・ストリーム』!!」

 

 

 3人の少女は光に包まれた。

 そして先程とは異なる衣服を纏った。

 なぎさは黒を基調とした姿。

 ほのかは正反対の、白を基調とした姿。

 ひかりはピンクを基調とした姿へと変身した。

 

 姿を変えたなぎさ────即ち、『キュアブラック』。

 

 

「光の使者、キュアブラック!」

 

 

 姿を変えたほのか────即ち、『キュアホワイト』。

 

 

「光の使者、キュアホワイト!」

 

 

 そして2人は同時に、自分達が何者なのか、名乗りを上げる。

 

 

「『ふたりはプリキュア!!』」

 

 

 ホワイトが巨人アルゴスに、宣戦布告かのように指を向ける。

 

 

「闇の力の僕達よ!!」

 

 

 それに続いてブラックもまた、巨人アルゴスに鋭く指を向けた。

 

 

「とっととおうちに、帰りなさい!!」

 

 

 同じく、変身を完了したひかり────即ち、『シャイニールミナス』も名乗りを上げる。

 

 

「輝く命、シャイニールミナス! 光の心と光の意思、全てを1つにするために!」

 

 

 神々しささえ感じる3人の少女の今の姿。

 それこそが伝説の戦士、『プリキュア』の姿であり、同じく光の体現とも言うべき『シャイニールミナス』なのである。

 その光景を見たウィザードもビーストもなのはも、最早大騒ぎを通り越してポカンと間抜けな空気を醸し出している。

 

 

「……マジで?」

 

 

 その光景は、マジであった。




────次回予告────
魔法使いさん、プリキュアさん、そして私…。
魔法少女になった時もだけど、信じられないことばっかりです。
初めてであった私達だけど、目的は一緒みたい。
なら、一緒に戦いましょう!
でも、敵さんも強くて大変です……。
次回、スーパーヒーロー作戦CS、第10話『それは、不思議な出会いなの』。
リリカルマジカルがんばります。


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第10話 それは、不思議な出会いなの

 プリキュアに変身したなぎさとほのか、即ちキュアブラックとキュアホワイト。

 2人は名乗りを上げた直後、巨人アルゴスにいきなり向かっていった。

 ブラックは右手を握りしめ、思い切り振りかぶり、飛びかかっていく勢いも利用しながら巨人アルゴスの右肩を抉るように殴った。

 

 

「……かったーぁい!!?」

 

 

 しかしその拳は巨人アルゴスにダメージを与えることなく、むしろブラックの手に痛みを与えた。

 元々、ビーストの攻撃すら弾く強度のアルゴス。

 『ザケンナー』と化した事で、その強度もより上がっているようだ。

 ブラックは自分の右手の痛みを冷ますように、息を吹きかけている。

 

 もう1人、ホワイトは何度か側転、バク転を交えた後高く飛び上がり、巨人アルゴスの腕の上に両手を交差させながら逆立ちするように立った。

 

 

「ハァ!」

 

 

 気合を込めて、ホワイトが逆立ちから元の姿勢に戻る。

 それと同時に巨人アルゴスの体が反転した。

 彼女は巨人アルゴスの腕を掴み、その巨体を持ち上げたのだ。

 10m以上の巨体の腕に手を置くホワイトは、掴んでいると言うよりも逆立ちで乗っているだけという表現の方が見ている分には正しいように思えた。

 しかしそれは、否なのだ。

 

 

「やあぁぁぁぁ!!」

 

 

 再び気合の入った叫びを上げ、声と共に腕を思い切り振りかぶる。

 当然、腕を掴まれている巨人アルゴスはそれに合わせて投げ飛ばされてしまった。

 

 だが、巨人アルゴスは何事も無かったかのように起き上がった。

 

 

「あ、あら?」

 

 

 あまり、というか全く効いていない様子にホワイトも少し焦った。

 未だ右手に息を吹きかけ続けるブラックと戸惑うホワイトに向け、巨人アルゴスがその剛腕を振り下ろす。

 振り下ろされる直前、2人はそれぞれ左右に跳んで何とかその攻撃をかわした。

 巨人アルゴスの腕は、小さなクレーターを作っていた。

 

 その光景を見たウィザード、ビースト、そしてなのは。

 

 

「…………」

 

 

 なのはは呆けたような、どうしていいか分からない戸惑いの表情。

 青年魔法使い2人は、仮面の中で2人仲良く引き攣るような表情だ。

 

 どうしてこう、次々に変な事ばっかり……

 ファントムや魔法使いで異常事態に慣れたと思っていた晴人と攻介の気持ちは、見事に粉々に砕かれていた。

 世の中には不思議がいっぱいだな、と場違いに浮かぶくらいに。

 

 3人に共通しているのは、急に現れたプリキュアとシャイニールミナスなる存在が現れた事への戸惑いと驚愕、というところだろう。

 

 

「「きゃああああ!!」」

 

 

 ブラックとホワイトが巨人アルゴスから放たれる光弾をまともに浴びてしまい、悲鳴を上げた。

 巨人アルゴスの力は通常のアルゴスの力を上回っていた。

 力も、スピードも、光弾の威力も全てが。

 ただでさえ怪人であったアルゴスが、どんな物でも怪物にしてしまうザケンナーに取りつかれたのだ、その力は計り知れない。

 悲鳴を聞いて3人は我に返った。

 

 

「おっと、あぶねぇ。俺とした事がボーッとしちまった!」

 

 

 ビーストが手をパンッと鳴らし、仕切りなおすように口を開いた。

 

 

「アイツは俺のメインディッシュだ。行くぜェ!!」

 

 

 そう言ってビーストもダイスサーベルを構えて突進していく。

 その光景を見てウィザードは「やれやれ」とぼやきつつも、二刀のウィザーソードガンを構え、臨戦態勢を整える。

 なのはも苦笑しながらもレイジングハートを構えた。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 自身の杖を構えるなのはに、ウィザードが声をかける。

 助けるべきゲート、それがウィザードのなのはへの認識だ。

 助ける対象が自分と同じように戦っている、というのは何とも妙な感覚であった。

 それにどうみても、まだ小学生ぐらいの年齢。

 そんな子にこれ以上戦わせるのは気が引けた。

 しかしなのはは強く、強く答える。

 

 

「大丈夫です、慣れてますから!」

 

 

 なのはは空中高く飛び上がり、桃色の光球を作り出し、それを巨人アルゴスに向けて放った。

 空中からの援護射撃、それはブラック、ホワイト、ビーストに当たらないよう正確にコントロールされた上で敵に直撃している。

 

 

(今日は驚いてばっかだな……!)

 

 

 なのはの言葉、『慣れてますから』。

 一体全体小学生が何をどうしたらこんな事に慣れるのか。

 今戦っている黒と白の少女達だってそうだ。

 しかし、今は敵を同じにしている事は確か。

 ならば今、魔法使いウィザードとしてやるべきことは1つ。

 少しでも少女達の危険を減らすため、自分も戦う事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……チッ」

 

 

 サーキュラスが遠くから巨人アルゴスが魔法使いとプリキュアの混成チームと戦っている様子を見て、舌打ちをした。

 負けているわけではない、しかし、圧倒的に押してもいなかった。

 巨人アルゴス自体は弱くはない。

 むしろ、今までのザケンナーに比べれば強いぐらいだ。

 しかし相手が多すぎる。

 プリキュア2人とルミナスだけならまだしも、妙なのが3人もいる。

 さらに揃いも揃ってプリキュアクラスの力ときていた。

 

 

「脅威になるかもしれんな、奴ら……」

 

 

 ウィザードとビースト、なのはの3人を見据え、サーキュラスは静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 総勢6人となった戦士達は巨人アルゴスと戦いを続ける。

 巨人となったアルゴス、それを利用して、6人はそれぞれ素早く動き回って攪乱をしていた。

 小さな敵ほど攻撃が当てにくいのは道理。

 同時に、小さな者が巨大な者から攻撃を喰らえば一溜りもないのも当然。

 故に6人とも示し合わさずとも自ずとそういう動きになっていた。

 

 

「ザケンナー!!」

 

 

 いつまでも攻撃が当たらないことに苛立ったのか、巨人アルゴスは吠え、それと同時に大量の『目』を展開した。

 先程なのはが撃墜した目よりも一回りほど巨大な、目。

 

 

「なによこれ!」

 

 

 この姿となる前のアルゴスとの戦いを知らないブラックは辺りを取り囲む『目』に困惑気味だ。

 ホワイトとルミナスも同様の反応を示している。

 一方でウィザード、ビースト、なのはの3人はすぐさま状況を理解し、打開に向けて動き出そうとした。

 しかし、巨人アルゴスの判断の方が一瞬早い。

 

 

「ぐああああッ!!?」

 

 

 悲鳴を上げ、ウィザードは目から放たれる光弾をまともに浴びてしまう。

 それはビーストも、ブラックもホワイトも、ルミナスもなのはも同じ。

 倒れはしなかったが、膝をつくほどのダメージはあった。

 巨人の姿となったせいか、確実に目からの光弾の威力も上がっていたのだ。

 

 

「……ッ、私に任せてください!」

 

 

 そう言ってルミナスが一旦、その場から真上に跳躍して目の包囲網から抜け出した。

 今、ルミナスの真下にはウィザード達5人と、無数の目、巨人アルゴスがいる。

 ルミナスはハートの形をした『ハーティエルバトン』を召喚した。

 それは弓のように変形し、バトンのような形になる。

 真下に変形したハーティエルバトンを向け、ルミナスは唱える。

 

 

「光の意思よ、私に勇気を! 希望と力を!!」

 

 

 言葉に反応したかのように無数の目が上空のルミナスの方に向く。

 何かをしようとしているのを察知したのだろう、光弾が一斉に発射される。

 しかしそれよりも早く、ルミナスは技を発動させた。

 

 

「『ルミナス・ハーティエル・アンクション!!』」

 

 

 バトンが一回転し、巨大化すると同時に巨人アルゴスと無数の目めがけて発射された。

 それは虹色の円形の光となり、真下に向かっていく。

 虹色の光は光弾を全て弾き、虹色の光が通過した目達は次々と動きを止める。

 

 ルミナスに注意が向いた事でウィザード達は目の包囲網から解放され、そこから抜け出す。

 ただし、ブラックとホワイトを除いて。

 虹色の光は離脱したウィザード、ビースト、なのはを除いたプリキュア2人と巨人アルゴス、そして全ての目を通過した。

 すると目だけでなく、巨人アルゴスもその動きを止めた。

 

 

「すっげぇ……」

 

 

 たった一度の技で全ての目と巨人アルゴスを止めた事にウィザードは素直に驚いていた。

 さらに信じがたい事が1つ。

 巨人アルゴスや無数の目と同じように虹色の光を喰らったはずのブラックとホワイト。

 彼女達2人も動きが止まってしまったのかと思っていたら。

 

 

「「ルミナス、ありがとう!」」

 

 

 2人は見事にハモり、上空から着地したルミナスに元気にお礼を言っていた。

 しかも先程の光弾のダメージなど無かったかのように。

 お礼を聞いたルミナスも微笑んでいる。

 

 

「どうなってんだ? あのお嬢ちゃん達もあの光浴びたんだろ?」

 

 

 ビーストの、だったら動けなくなるのでは? という疑問に、なのはが憶測で答える。

 

 

「もしかして、味方は元気にしちゃう……とかですかね?」

 

 

 確かに現状を見る限り、それが一番しっくりくる。

 だったら自分達も浴びておけばよかったかとウィザード、ビーストは思った。

 そして同時に、都合が良すぎる技だとも思う。

 

 驚いてばっかの3人を余所に、プリキュア達は決めの体勢に入っていた。

 

 

「よし、動きが止まってる今のうちに……ホワイト!!」

 

 

 ブラックの言葉にホワイトは頷く。

 2人は変身する時とは逆にブラックは左手で、ホワイトは右手でお互いの手を握り、空いている方の手を上空に向けた。

 

 

「ブラックサンダー!!」

 

「ホワイトサンダー!!」

 

 

 ブラックの右手に黒い雷が、ホワイトの左手に白い雷が落ちる。

 雷を受けた2人は虹色の輝きを身に纏った。

 

 

「プリキュアの、美しき魂が!」

 

 

 ホワイトの口上に続き、ブラックも叫ぶ。

 

 

「邪悪な心を、打ち砕く!!」

 

 

 2人はさらに手の繋ぎを強めながら、示し合わせたわけでもないのに同時に叫んだ。

 

 

「「『プリキュア! マーブルスクリュー!!』」」

 

 

 2人はそれぞれの空いている手を大きく引いた。

 雷を握りつぶすように握りしめた拳。

 

 

「「『マックスゥゥゥ!!』」」

 

 

 叫びと同時に、握りしめた拳を大きく広げながら前方、即ち巨人アルゴスへ向けて突き出した。

 突き出した手からブラックからは黒い雷撃が、ホワイトからは白い雷撃が放たれる。

 それは螺旋を描き、混じり合い、大きな一撃へと変化していく。

 放たれた雷撃のようなエネルギーは動きを止めていた巨人アルゴスに直撃し、その巨体の全てを巻き込んだ。

 これがプリキュアの決め技、ザケンナーを浄化する一撃だ。

 

 

「ザ、ザケンナーァァァァァ!!?」

 

 

 悲鳴を上げ巨人アルゴスはどんどん縮小していく。

 そして『マーブルスクリュー・マックス』の光が消えた後、取り付いていたザケンナーは弾け、小さな星型の『ゴメンナー』へと分裂した。

 

 

「ゴメンナー! ゴメンナー!」

 

 

 小さな体格通りのか細い声でゴメンナー達は何処かへと去っていく。

 足元を通り抜けるゴメンナーは敵意も悪意も感じられず、弱々しく、それでいて逃げるように消えていった。

 ウィザード達はその光景を呆気にとられた様子で見ていたが、次の瞬間にウィザードとビーストは様子を一変させる。

 

 

「ヌ、ゥ……まぁだぁ……!!」

 

 

 元のアルゴス、それがフラフラとした足取りながらも立っていたのだ。

 プリキュアの技は確かに、物理的なダメージを与える事もできる。

 だが、ザケンナーが取り付いていた場合、それを浄化する事が優先されるのだ。

 アルゴス本体にもダメージは残るが、倒すまでには至らなかった。

 ブラックとホワイトもまだ油断していない。

 キッとアルゴスを睨み付けていた。

 しかしブラックとホワイトが動くよりも早く、ファントム退治の専門家達が動き出していた。

 

 

「こっから先は俺たちの仕事だ、仁藤。

 下拵えはあの子達にしてもらっちまったけどな」

 

「この際何でもいいぜ。さあ、メインディッシュだ!!」

 

 

 ウィザードは右手の指輪を先程発動させようとしていた『コネクト』から『キックストライク』の指輪につけかえた。

 ビーストは両手を叩き、既に走り出す準備が完了している様子だ。

 ビーストの言葉に「ああ」と返事をした後、ウィザードは最後を意味する一言を発した。

 

 

「フィナーレだ!!」

 

 

 言葉と共にウィザードライバーを操作する。

 中央の手形が変身の時とは逆の方向を向いた。

 

 

 ────ルパッチマジックタッチゴー!!────

 

 

 再び不思議な呪文が流れ出した。

 そして右手を手形とタッチするようにあわせ、右手の指輪の効力を発動する。

 

 

 ────チョーイイネ! キックストライク! サイコー!!────

 

 

 ウィザードの足元に赤い、燃えるような魔法陣が現れる。

 ローブを翻しながら、右足に力を溜めるように構える。

 そして走り出してロンダート、その後、天高く跳び上がった。

 

 

「こっちも行くぜェ!」

 

 

 ビーストは左手の指輪を変身の時と同じようにベルトの左斜め上の窪みに押し当てた。

 変身の時と違うのは鍵を開けるような回す動作が無い事か。

 

 

 ────キックストライク! GO!────

 

 

 そしてビーストもまた、空中に跳び上がった。

 

 

「ブラック! ホワイト! 上を!!」

 

 

 ルミナスの声にブラックとホワイトが振り向き、ルミナスの指差す方向を向いた。

 上空に2人の戦士が跳び上がっている。

 赤い戦士はその身を反転させ、右足を突き出した。

 目の前には赤い魔法陣が出現している。

 一方の黄金の戦士は前方に回転した後、同じく右足を突き出した。

 右足にはライオンのようなエネルギーを纏い、赤い戦士と同じく目の前には魔法陣が出現している。

 

 2人の戦士はそれぞれ目の前に出現した魔法陣を通り抜けながら、猛烈な勢いでアルゴスへ向けて突進していく。

 右足を突き出しながらの突進、つまりは上空からのキック。

 

 ウィザードの『ストライクウィザード』。

 ビーストの『ストライクビースト』。

 

 それぞれの必殺技がプリキュアの頭上を通り越し、2人の強烈な右足が、アルゴスを捉えた。

 

 

「グ、アァァァァ!!!」

 

 

 断末魔と共に、アルゴスは爆散。

 爆発した後から黄色い魔法陣が出現し、ビーストドライバーに向けて吸収されていく。

 魔法陣を吸収した後、ビーストは両手を食事をする時、もしくはした後のように手を合わせた。

 

 

「ごっつぁん!!」

 

 

 一方のウィザードはアルゴスを倒した事を確認すると、気の抜けたような一息をついた。

 

 

「ふぃー……」

 

 

 2人をそれぞれの魔法陣が通り抜ける。

 魔法陣が完全に通り抜けると、ウィザードは晴人に、ビーストは攻介に。

 変身を解除したのだ。

 その様子を見たブラックとホワイト、ルミナス、そしてなのはもそれぞれの変身を解除した。

 

 

「いやー、久々に満腹だぜ!! グールにファントム! こんだけ食えれば十分だ」

 

 

 攻介は命を繋ぎとめる事に成功したため、かなりハイテンションだ。

 実際、グール10数体とファントム1体。

 これだけの魔力が補給できれば攻介の命が脅かされる事はしばらくないのだ。

 そんな攻介を余所に、晴人はなぎさ達に向かい合っていた。

 

 

「……えーっと」

 

 

 その言葉の後、全員言葉を発しなくなってしまった。

 全員が全員、今まで知らない戦士と出会ったのだ。

 何を切り出せばいいか全くわからなかった。

 様子に気づいた攻介もハイテンションを引っ込め「あー」とか「うー」とか言いながら困り果てているようだった。

 

 

「えっと……私、高町なのはです。小学3年生で、魔法少女です」

 

 

 意外にも、切り出したのはこの中で最年少のなのはだった。

 全員がなのはに注目する。

 なのはは自分の使っていた杖、赤い球体の姿へと戻ったレイジングハートを見せた。

 

 

「これが、相棒のレイジングハート」

 

『こんにちは』

 

 

 赤い球体が点滅し、言葉を発した事に全員が一斉に驚いた。

 晴人がレイジングハートを興味深そうにまじまじと見た。

 

 

「しゃ、喋るんだ…!?」

 

「はい! ちゃんとこの子自身の意思もあるんです。ね? レイジングハート?」

 

『はい。マスターの命令には従いますが、私自身が思考する事もあります』

 

 

 かなり流暢な英語だったが、意味が何故か晴人達には伝わっていた。

 実際、このレベルの英語は小学3年生に理解させるには難解すぎる。

 それでも普段からなのはと意思疎通できるのはレイジングハートにその為の機能が備わっているからだ。

 そんな事を知る由もない晴人達はその事にも驚くばかりなのだが。

 

 

「な、なんか英語の意味が理解できるんだけど、これなに!?」

 

「この子の機能なんじゃないかしら?」

 

 

 なぎさの疑問にほのかが答えた。

 他の面々と同様にほのかも驚いていたが、やや冷静でいた。

 どちらかというと驚きよりも知的好奇心的なものの方が上回ったようだ。

 そしてほのかの返答に納得しつつも、魔法少女やレイジングハートのような存在をなぎさは評した。

 

 

「あ、ありえない……」

 

 

 その言葉を聞いたレイジングハートはなぎさへ向けて言った。

 

 

『それを言うならば、貴女方もそうです。何者なのですか?』

 

 

 なぎさとほのか、ひかりは顔を見合わせる。

 話していいものなのかと考えたのだ。

 だが、この場にいるのはどうも全員非常識な存在らしい。

 ならば、と、なぎさ達は切り出した。

 

 

「あの、それを言う前に1つだけお願いが……

 私達の事、誰にも言わないでくださいね?」

 

 

 3人を代表してのほのかからのお願いに晴人と攻介、なのはは頷いた。

 尤も、誰かに話したところで信じてくれるかは怪しいところだが。

 

 

「なぎさと私は『プリキュア』、ひかりさんは『シャイニールミナス』って言って……」

 

 

 なぎさとほのかは自分達の事について話し始めた。

 手始めに自分達の名前と学年。

 そして1年間戦い抜いた事、最近新たな戦いが始まった事。

 ひかりとシャイニールミナスの事を。

 

 彼女達には現在、目的がある。

 それは『クイーンの復活』だ。

 『クイーン』とは、『光の園』、即ちメップルやミップル、ポルンの故郷の王女の事だ。

 光の意思そのもの故、凄まじい光の力を誇っていたが、1年前の戦いで『生命』、『こころ』、『12の意思』の3つに分裂し、消えてしまったのだ。

 蘇らせるにはそれら3つを揃える事が必要になる。

 『こころ』は常時ひかりを見守っているらしい。

 何故ならひかりはクイーンの『生命』であるからだ。

 つまり目下のところのなぎさ達の目的は『12の意思』、別の呼び方をするなら『ハーティエル』を集めることにある。

 

 とはいえ、これを全て説明するのでは時間がかかるので『私達はドツクゾーンと1年前から戦っている』という事、『先程の怪物は『ザケンナー』である』という事、そして『今の目的はハーティエルというものを集める事』という事を要約して説明した。主にほのかが。

 なぎさはどうも、そういうのが苦手なのだ。

 ひかりはというと、説明はできるが1年前の事を知らないのもある。

 それに先輩の説明に口を挟まない事に徹していた。

 

 

「……んじゃ、流れ的に次は俺達の番だな。俺は操真晴人」

 

 

 なぎさ達の説明を聞き終わった後、晴人が自己紹介を交えながら言った。。

 

 晴人は4人に『ゲート』、『ファントム』、『魔法使い』の3つについて説明した。

 ゲートであるからなのはファントムに狙われ、ファントムの目的はゲートを絶望させ仲間を増やす事。

 そして魔法使いである自分達はそれを阻止するために戦っているのだと。

 ついでに攻介も自己紹介をしておいた。

 

 

「……ってわけ、分かってくれたかい」

 

「は、はい。私がゲート……」

 

 

 なのはは自分の胸に手を当てた。

 自分の中に魔法の力が備わっている事を知ったのは、まだ割と最近の事だ。

 少し不安そうな顔をしているなのはの頭に晴人は手を乗せた。

 

 

「大丈夫、俺が最後の希望だ。君が狙われた時は必ず駆けつける」

 

 

 その言葉になのはは顔を明るくさせ、「はいっ!」と元気の良い返事をした。

 如何に戦った事があるとはいえ、なのははまだ小学3年生。

 多少なりとも怖いという感情はある。

 それだけに今の晴人の言葉はなのはにとって不安を打ち消してくれる言葉であった。

 

 本当はこの辺りから引っ越すとファントムから狙われにくくなる。

 ゲートを見つけるメデューサの行動範囲が東京一帯だからだろうか。

 だが、さすがにそれを実行できる人はいない。

 親戚の家に預けるならまだしも、『命を狙われてるから今すぐ引っ越せ』と言ってもそういきなり引っ越しというわけにもいかない。

 一応提案はしてみたが、なのはも此処をあまり離れたくないらしい。

 

 

「……ん?」

 

 

 自己紹介が終わった後、晴人の携帯が鳴った。

 画面を開くと、画面には『凛子ちゃん』と表示されていた。

 

 

「もしもし?」

 

『もしもし晴人君? そっちはどう?

 他の監視カメラじゃメデューサは見当たらないんだけど……』

 

「ああ、大丈夫。ファントムは倒したし、ゲートも守ったよ」

 

 

 そして、そこではたと気づく。

 メデューサが去り際に吐いた言葉。

 

 ──────この町にはまだまだゲートがいそうだからな。

 

 確かそんな事を口走っていた。

 だとすれば、早めに行方を探さなくてはならない。

 

 思案する晴人だが、先の言葉を聞いて凛子は安堵していた。

 

 

『そう、なら良かった……

 ところで晴人君、実は木崎さんから貴方と仁藤君を連れてくるようにって言われたの』

 

「木崎に? 何でまた」

 

 

 木崎とは、国安0課を指揮する警視、『木崎 政範』の事だ。

 やや冷徹な面もあり、晴人としては少し気に食わない部分もある。

 しかしその実、根はいい人という事も知っていた。

 ウィザードとして活動する上で助けてくれる信用できる人物、それが木崎だ。

 

 

『それが……何でも0課に新しい、それも木崎さんが引き抜いた人が来るみたいなの。

 一応魔法使いの2人も顔合わせをしておけって』

 

 

 0課に新人。

 という事は、少なくとも魔法やファントムを知っている人間という事になる。

 刑事の知り合いは凛子と木崎ぐらいなので、晴人としては思い当たる節はない。

 しかも0課の指揮をする木崎がわざわざ引き抜いたという事はそれなりに見込まれているという事だ。

 どういう人物なのか気になるが、メデューサも追わなくてはならない。

 

 

「あー……それが、メデューサがこの町で他にもゲートがいそうとか言ってたから……。

 悪いけど、そっちを追うよ」

 

『そう……じゃあ、せめてどっちかだけでも来れない?』

 

「じゃあ仁藤でいい? あいつ、今回のファントムとグールの魔力食ったし」

 

 

 それだけ言うと凛子は納得したようで、「それじゃあ、0課に直接。宜しくね」とだけ最後に言って電話を切った。

 携帯を切って他の5人の方を向いてみれば、みんな仲良く談笑していた。

 その輪に攻介まで加わっているが、一体何の話をしているのだろう。

 ちょっと気になったが気にしない事にし、晴人は攻介を呼んだ。

 

 

「おい仁藤! ちょっと頼みがある」

 

「ああ? なんだよ」

 

「0課に呼ばれたんだけど、俺はメデューサを追いたい。だから仁藤、代わりに……」

 

 

 行ってほしい、と告げようとしたら、攻介は開いた右手を突き出した。

 

 

「みなまで言うな! つまり、俺に0課に行けっていうんだろ?

 ま、今回は魔力もたらふく食わせてもらったし、ライバルの頼み事1つくらい聞いてやんないとな」

 

 

 得意気な笑みで言う攻介。

 攻介は晴人の事を魔法使いとして一方的にライバル視している。

 その為、晴人に借りを作ったままにする事をあまり良しとしない。

 今回は魔力を譲ってくれたという事で素直に言う事を聞いてくれるようだった。

 

 

「じゃあ、頼むぜ。あと、なのはちゃんを家まで送ってけ。またファントムが出るかもしれない」

 

「おうよ」

 

 

 晴人は攻介以外の少女達4人に明るく「じゃっ」と言うと、丘の上から思い切り飛び降りた。

 その様子に驚く4人だが、すぐに風が舞い、風と共に緑色の戦士、『ハリケーンスタイル』のウィザードが上がってきた。

 

 ウィザードは何処かへ飛んでいった。

 空から海鳴市を偵察するつもりなのだ。

 さらにプラモンスターも呼び出し、偵察に当たらせた。

 魔力の消費は激しいがゲートの命には代えられない。

 それにメデューサの口ぶりだと、既にゲートがいる事は確定しているらしかった。

 だとすればまた活動を始めるだろう。

 ファントムを増やさせる事、人間がファントムになるのは、即ちその人間の『死』を意味する。

 それだけは絶対に阻止せねばならない。

 

 決意を胸に、同時に今日の不思議な出会いを胸に止めつつ、ウィザードは空を駆けて行った。




────次回予告────
「ねぇほのか、私達なんか大変な事に巻き込まれてない?」
「そうね、ファントムに魔法使いさん、魔法少女だなんて……」
「でも仲間が増えるのは良い事だよね!」
「そうだ、折角だし、親睦会とかどうかしら?」
「あ、それさんせーい! でも、晴人さん忙しそうだね……」
「ファントムがまた出たからじゃないかしら?」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『希望と孤独と仮面ライダー』!」」

「ところで私達、ヒーローなの?」
「ヒロインでしょ?」
「だよねぇ……?」


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第11話 希望と孤独と仮面ライダー

 暗闇の中、小学3年生の少女はふと、思った。

 

 

 ──────私は死ぬのだろうか。

 

 

 その少女は今、『蛇の頭髪』に絡み取られ、宙にぶら下げられていた。

 

 時間は夜の7時ぐらい、家に帰る途中。

 冷蔵庫の中身が少なくなってきたのに気付き、買い物に出かけた。

 少女は足が麻痺している原因不明の病に侵されていた。

 その為、車椅子生活をしている。

 しかも両親は既に他界、身寄りのない状態ながらも『父の友人』を名乗る人物の庇護を受けながら今まで生活してきた。

 

 だが今日、買い物の帰り道で『怪物』に襲われたのだ。

 蛇のような頭、女性のような体つきながら、その見た目は誰が見ても怪物と言うであろう異形。

 何故襲われたのかは分からない。

 車椅子を押し倒され、足の動かない少女は地面を這う事でしか逃げ場はない。

 そんな少女を容赦なく怪物は蛇のような頭髪で縛り上げ、空中に持ち上げたのだ。

 締め付けはどんどん強くなっていく。

 

 

「さあ、絶望しろ。自分が死にゆく事に」

 

 

 蛇の怪物が少女を嘲りながら、さらに蛇の締め付けを強める。

 小学3年生の体には耐えられないような痛みだ。

 悲鳴を上げるよりも、むしろ意識が遠のいていくほどの。

 

 

(私……もうダメなのかな)

 

 

 死にたくないが、どうしようもないという絶望ではない。

 どうしようもない事に傍観している諦めに近い感情だった。

 相手の目的が対象の死なら、少女がどんな感情を抱こうと関係は無い。

 だが蛇の怪物────メデューサの目的は、相手を絶望させる事にある。

 この状況下でも絶望しない少女にメデューサは舌打ちをした。

 

 

「何故絶望しない……!」

 

 

 苛立ちがより蛇の締め付けを強くした。

 少女の意識がより一層遠のいていく。

 

 

(あ、やっぱりダメみたいやなぁ……でも……)

 

 

 諦めに近い感情を抱いていた少女がそこで、目に涙を浮かべた。

 年端もいかない少女に、この理不尽はあまりにも厳しすぎた。

 幼い頃に両親はいなくなり、一人ぼっちの暮らし。

 足の麻痺で学校も休学。

 確かにいなくなりたい、死んでしまいたいと思った事もある。

 

 だが、それでも少女は強く生きてきた。

 その結末がこんな形の死なのか。

 

 

(でも……もうちょっと、次の誕生日ぐらいまでは生きたかったかなぁ……)

 

 

 耐えきれぬ思いが、涙となってアスファルトに零れる。

 その涙を見て、メデューサは笑った。

 絶望の一歩手前、それを感じた彼女は、ぎりり、と締め上げを強くしていく。

 

 だが、一瞬の閃光がメデューサの笑いと少女の涙を吹き飛ばした。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 閃光の正体、それは炎だった。

 上空からいきなり、炎を纏った何かがメデューサめがけて落ちてきたのだ。

 突然の事に驚いたメデューサは少女を解放する。

 その場から後ろに飛びのいたメデューサ、元いた場所には炎を纏った何かが落ちてきていた。

 あまりの威力に、落ちてきた場所には小規模なクレーターのような穴が空いていた。

 

 否、落ちてきたのではない、『蹴り込んできた』のだ。

 そう、今の炎はウィザード・フレイムドラゴンのストライクウィザードに他ならなかった。

 

 ウィザードは不意打ち気味の必殺の蹴りの直後、蛇から解放され、地面に落ちていく少女の元へ急ぎ、咄嗟に抱きかかえた。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 少女に顔を向け、ウィザードは優しく声をかけた。

 

 

「は、はい……」

 

「立てる?」

 

「あの、私……足が動かなくて」

 

 

 少女はある地点を指さしながら言った。

 その方向を見ると、横たわった車椅子が1つ。

 それが少女の持ち物なのだとすれば、この子は足が動かない生活をしている。

 ウィザードはそれを理解し、車椅子の元まで駆け寄った。

 車椅子を起こし上げ、そこに少女を座らせると頭を撫でた。

 

 

「ちょっと待っててね。すぐやっつけてくる」

 

 

 仮面の中の晴人は笑顔でそう言った。

 少女からすればその顔は見えないが、声色と雰囲気で笑っているのが分かる。

 

 

「随分余裕だな、指輪の魔法使いッ!!」

 

 

 車椅子の少女、即ちゲートをまたもや防衛された事、あまつさえ自分自身に背を向けて余裕綽々の態度のウィザードに苛立ったメデューサはウィザードと少女に向けて杖から紫色の光弾を放った。

 

 ゲートは絶望すればファントムになるが、殺してしまえば普通に人間と同じように死ぬ。

 それはファントムにとって最も避けなければいけない事。

 だからメデューサは先程まで手加減をしていた。

 だが、今のメデューサの光弾は本気だった。

 しかし何も考えがないわけではない。

 

 ウィザードの目的はゲートを守る事、つまりゲートに攻撃をすれば自然とウィザードは盾になる。

 ならば、ゲートとウィザードが纏まっているところに攻撃すればウィザードは動けない。

 ましてゲートは車椅子の乗っていて、素早く動けない。

 確実に当たった、そう思っていた。

 

 しかしその光弾は、地面からせりあがる土の壁に阻まれてしまった。

 

 

「何!?」

 

 

 攻撃が通らなかった事に顔を歪めるメデューサ。

 土の壁が光弾を受けた事で崩れ、その奥に存在するウィザードと少女がメデューサの目に映った。

 

 しかし、先程までとは違う点が1つある。

 それはウィザードがフレイムドラゴンによく似た黄色の姿────『ランドドラゴン』になっている事。

 今の土の壁はランドドラゴンの『ディフェンド』の魔法によるものだ。

 だがウィザードはランドドラゴンに変わったわけではない。

 その証拠に横にはフレイムドラゴンもいる。

 

 そう、『ウィザードは2人になっていた』。

 

 

「お前が相手なら、余裕ないって言ったろ? だから……」

 

 

 その言葉に呼応するように、これまたフレイムドラゴンに似た緑色のウィザード、『ハリケーンドラゴン』と青色のウィザード、『ウォータードラゴン』もそれぞれフレイムドラゴンとランドドラゴンの横に並び立った。

 

 

「本気で行かせてもらうぜ」

 

 

 言いながら、フレイムドラゴンは右手を右に伸ばす。

 その手首には『ドラゴタイマー』が装着されていた。

 ドラゴタイマーとは、大きな腕時計のようなもので、先端には指輪のようなものが取り付けられている。

 さらにその時計を握るように手形が存在し、親指に当たる部分はレバーのようになった装置だ。

 

 ドラゴタイマーは現在のウィザード最強の魔法。

 ドラゴンの力を受けた4つのスタイルを全て召喚する。

 その上、その全ての力を纏めた姿、『オールドラゴン』になる事も可能とする物だ。

 

 ウィザードはゲートを狙うメデューサを追っていて、それを見つけた。

 その時に予めドラゴタイマーを起動しておいたのだ。

 相手がメデューサならば、自分も本気で行くしかない。

 魔力の消耗も激しいが、ゲートの命には代えられなかった。

 

 

「さぁ、ショータイムだ」

 

 

 4人のウィザードとメデューサの対決が、始まった。

 

 

 

 

 

 眼前で繰り広げられる光景が少女には信じがたいものだった。

 襲ってきた怪物と、助けてくれた仮面の戦士が戦っている。

 しかも仮面の戦士は、どういうわけか4人に増えた。

 4人のウィザードはメデューサを上手く翻弄し立ち回っていた。

 しかし、此処までしてもウィザードと戦えるメデューサの力も生半可ではない。

 

 

「この程度でぇ!!」

 

 

 自分を囲む4人のウィザードを頭髪の蛇で一斉に薙ぎ払う。

 4人ともその攻撃を喰らい、仰け反ってしまった。

 

 

(やっぱ強ぇ……!!)

 

 

 ドラゴンの力を借りた姿が4人がかりでもこれだ。

 メデューサの力は並のファントムの倍以上はあった。

 他のファントムに指示を与えられるのは、ゲートを見分けられるという能力だけではない。

 その力もまた、他のファントムに命令を下せる理由なのだ。

 

 

「だけど……魔法使いってのは諦めが悪いんだよッ!!」

 

 

 フレイムドラゴンの声の直後、4人のウィザードは一斉に立ち上がった。

 ランドドラゴンとウォータードラゴンが右手の指輪を付け替え、魔法を発動する。

 

 

 ────BIND! Please────

 

 

 『バインド』、つまり拘束の魔法。

 メデューサの周りに魔法陣がいくつか現れ、そこから土の鎖と水の鎖が飛び出し、メデューサを縛り上げた。

 それと同時にハリケーンドラゴンも緑色の指輪で魔法を発動させた。

 

 

 ────チョーイイネ! サンダー! サイコー!!────

 

 

 『サンダー』、雷を発生させる魔法だ。

 フレイムドラゴンもそれに続けて、赤い指輪を発動させる。

 

 

 ────チョーイイネ! スペシャル! サイコー!!────

 

 

 フレイムドラゴンの胸部から龍の頭が出現した。ウィザードラゴンの頭だ。

 『スペシャル』の魔法はドラゴンのスタイルの時、ドラゴンの力を最大限発揮するための指輪なのだ。

 

 ハリケーンドラゴンは右手を前に突き出し、そこから発生した緑色の魔法陣から緑の雷をメデューサに打ち出す。

 フレイムドラゴンは少し宙に浮きあがり、ドラゴンの頭から強力な火炎を打ち出した。

 

 メデューサの力ならバインドを振りほどく事もできる。

 しかし、振りほどけるとはいえ一瞬でも動きが止まってしまったがために、サンダーとスペシャル、強力な雷と火炎をその身に浴びてしまった。

 

 

「くうぅ……!!?」

 

 

 耐える、並のファントムならどちらか一撃でも爆散するような雷と炎に。

 しかし固定され、防御姿勢すら取れないメデューサにその攻撃は十分なダメージを与えた。

 雷と炎により鎖は引きちぎれ、勢いが衰えない雷と炎はそのままメデューサを吹き飛ばした。

 

 

「チィ、覚えていろ……指輪の魔法使い……ッ!!」

 

 

 よろよろと立ち上がったメデューサは捨て台詞を残し、その場を全力で去って行った。

 追おうとするウィザードだが、既にその姿は無かった。

 サンダーとスペシャルは本来ならばファントムへの止めの為に使う技だ。

 それを2発同時に受けても動ける辺りにメデューサの凄まじさが窺い知れる。

 

 

「逃がしちまった……」

 

 

 メデューサが去って行った方向を睨み付け、悔しそうにウィザードは呟いた。

 逃がした、という事はまた襲ってくる可能性があるという事。

 できればこの場で倒し、それは避けたかった。

 

 とはいえ、倒せなかったにせよ十分戦えたのも事実。

 この力ならメデューサレベルのファントムでも倒す事ができると実感できた。

 事実、オールドラゴンの力でメデューサと同クラス程度の『フェニックス』というファントムを倒した事もあるのだ。

 ゲートの為にも、次こそは必ず、と決意を固めた。

 

 その決意の後、ウィザードは狙われていた少女の事を心配してくるりと振り向く。 

 ウィザードは変身を解きながら車椅子の少女に駆け寄った。

 

 

「大丈夫だった?」

 

「は、はい。ありがとうございます。えっと……魔法使いさん、でええんですかね?」

 

 

 少女ははにかみながら、関西訛りが入った口調で晴人に言った。

 こんな事があったのに笑顔を作れるのだから強い子だ。

 晴人はそう思いつつ、今日の昼頃にあった高町なのはを思い出した。

 ファントムに襲われても絶望しきらない強さもそうだが、年頃も同じぐらいに見えた。

 

 魔法使いさんと呼ばれた晴人は一先ず、自分の自己紹介をした。

 

 

「俺は操真晴人。助けに入るのが遅れてごめんね、危ないから送っていくよ」

 

「あ、すみません……ええんですか?」

 

 

 晴人は少女の申し訳なさそうな言葉ににこりと微笑みながら「気にすんなって」と言って、車椅子を押して歩み始めた。

 

 

 

 

 

 時折、「どっちに行けばいい?」と聞いては少女と共に帰路を歩いた。

 少女の家に到着すると、そこは立派な一軒家だった。

 玄関に入ったまではよかったのだが、そこで再び、トラブルが起こった。

 

 

「うっ……」

 

 

 晴人が突然膝をついて苦しみだしたのだ。

 息も上がっていて、非常に辛そうに。

 

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

 

 突然の事に少女も慌てて心配そうに声をかける。

 疲労の原因は分かっていた。

 魔法の使い過ぎだ。

 今日だけでもプラモンスターによる偵察、幾度かの変身と戦闘での魔法の行使。

 なによりドラゴタイマーに魔力をかなり持ってかれていた。

 魔力は使えば使うほど消耗し、最終的には晴人は自分の意思に関係なく眠りについてしまう。

 時間経過で回復はするが、その間にファントムでも現れたら大変だ。

 眠りはしなかったが、その疲労はかなりの魔力を消費した事を意味していた。

 

 

「ちょ、ちょっと魔法を使いすぎちゃってね……」

 

 

 少女の心配する声にも安心させようと軽いノリで答える晴人。

 しかし声色は全く軽くなかった。

 

 

「休めば元気になるから気にしないで……」

 

 

 そう付け加えた晴人。

 その言葉に少女は何か閃いたような顔をし、晴人に向かって笑顔で言った。

 

 

「じゃあ、ウチで夕ご飯、食べていきません?」

 

 

 

 

 

 

 

 はてさてどういうわけか、晴人は守るべきゲートの家で夕ご飯をご馳走になっていた。

 今は少女が作る夕食をリビングで椅子に座って待っている状態だ。

 

 今日の昼頃はゲートに助けられ、夜にはゲートにご飯を作ってもらったりと、ゲートに助けられっぱなしだった。

 守っていく立場である魔法使いとしてこれはどうなんだ、とちょっと思った。

 リビングから見える台所を見やれば、少女が車椅子ながら、器用に料理を作っていた。

 鼻歌まで歌って随分楽しそうである。

 

 

(……誰もいないのか?)

 

 

 晴人はリビングから見える他の部屋へ通じるドアや部屋全体を見渡した。

 少女以外に誰もいないように感じたのだ。

 他の部屋へのドアの隙間からも光は漏れてきていないし、物音1つ聞こえない。

 まるで、少女しかこの家に住んでいないかのようだった。

 

 

「できましたよー」

 

 

 少女の明るい声が聞こえてきた。

 料理が完成し、食卓に並べられていくわけだが、これがまた美味しそうであった。

 

 

「あ、うん……いただきます」

 

 

 礼儀にのっとり手を合わせ、晴人は食事を始めた。

 少女も同じく笑顔で「いただきます」と言ってから、自分の手料理に手を付けた。

 

 食事はやたらと美味かった。

 少女の見た目の歳を考えるに小学校低学年くらいか。そんな少女が作る料理とは思えない程の腕前。

 その辺の主婦とタメを張れるのではないだろうか。

 戦闘後に疲れていた事も相まってか、晴人は少女の料理をそれはそれは美味しく感じた。 

 

 食を進めていくうち、食事に気を取られ過ぎてすっかり忘れていた事を晴人は思い出した。

  

 

「そういえば、君の名前は?」

 

 

 食べている最中に晴人がふと少女に話しかける。

 その言葉に少女はハッとした様子で箸を止めた。

 

 

「すいません、助けてもろたのに、自己紹介せんで……私、『八神 はやて』言います」

 

 

 そう言ってはやてと名乗った少女は「宜しくお願いします」、と軽くお辞儀をした。

 

 

「はやてちゃん……か、君、この家に1人なの?」

 

「あ、はい。ずっと1人暮らししてます」

 

「ご両親は?」

 

 

 その顔に一瞬顔を曇らせたが、すぐに笑顔に戻る少女。

 しかしその笑顔は先程までとは違い、無理した笑顔に見えるのは晴人の気のせいだろうか。

 

 

「……もう、お星さまです」

 

 

 その言葉に晴人も閉口してしまった。

 

 お星さま、人が死んだら星になる、というのは少年少女の頃によく聞く話だ。

 だからこそ、直接的な表現をせずともそれで意味は理解できる。

 つまりこの子は天涯孤独の身なのだ。

 この広い家の中、足も動かないのに。

 

 

「そっ、か……ごめんね」

 

「いえ、気にせんといてください」

 

 

 はやてとしても辛い事だろう。

 両親の死、その後、広い家で車椅子の1人暮らし。

 およそ普通の小学生が経験するような事じゃない。

 

 こんな状況の中でもはやてはファントムにならず────即ち、絶望しなかった。

 つくづく心の強さに感服した。

 無理をしているだけかもしれない、抱え込んでいるだけかもしれない。

 それでもはやては、絶望しなかったのだから。

 

 

「さ、食べましょ。食事の時にこんな話題じゃ美味しくなくなります。

 ……あ、私の料理、美味しいですか?」

 

「ああ、十分美味しいよ」

 

 

 はやては再びニコリと微笑み、そう言った。

 晴人の言葉に嘘偽りは一切混じっていない。

 凄く美味しい料理である。

 車椅子で2人分の量をこれだけ美味しく作れるのだから、大したものだ。

 晴人はそう感じるとともに、この料理の美味しさがどれだけの期間、自分で料理をしていたか。

 どれだけの間、1人で暮らしていたのかを物語っているような気がした。

 

 

 

 

 

 その後の食事での会話は非常に明るい話題だった。

 晴人は自分の出来うる限りの明るい話題を振ったのだ。

 今までであってきた友人の事、簡単な世間話。

 とはいえ、明るい話題ばかりというわけにもいかず、ゲートの事も説明せねばならない。

 晴人ははやてがゲートである事、ファントムの事、そして魔法使いの事も説明した。

 

 

「俺は他のゲートも守らなきゃいけないからはやてちゃんにつきっきりってわけにはいかないけど……」

 

 

 晴人ははやてに「紙とペン貸して」と言い、はやてはメモ帳とペンを持ってきて、晴人に渡す。

 晴人はメモ帳に何かを書き、はやてに渡した。

 メモには電話番号が2つ書かれていた。

 片方には晴人の名前、もう1つには『面影堂』と書いてある。

 

 

「これ、俺の携帯の番号。それからこっちは面影堂、俺の居候先の電話番号ね」

 

 

 メモとペンをはやてに渡し、晴人は付け加えた。

 

 

「何かあったらすぐ呼んでくれ。寂しくなったらでもいい。

 ファントム退治してる時もあるかもしれないけど……。呼んでくれたら必ず行くよ」

 

 

 その言葉を聞いたはやては、恐る恐る晴人に聞いた。

 

 

「え、でも……ええんですか? 私以外にもゲートはおるわけやし、私にこんな……」

 

「いいんだよ。君だってゲート、大切な命だろ?それに……」

 

 

 一拍置いて、晴人は自分の過去について語りだした。

 

 

「俺も両親がいないんだ。俺が小学生のころ事故にあってね」

 

「え……」

 

「同情じゃないけど、君の気持ちは少し分かる。だから……」

 

 

 晴人は両親が息を引き取る時、その場にいた。

 忘れもしない、事故にあった後の病院での出来事。

 自分は怪我を負いながらも立てるぐらい元気だったのに、両親は死にゆく直前。

 その時に母親から残された言葉。

 

 

 ──────晴人は私達の希望よ。

 

 

 その言葉は今も晴人の胸に刻み込まれている。

 だからこそ、晴人は誰かの希望になる為に今も戦っていた。

 何より、自分が魔法使いになった日。

 

 皆既日食の日に起こった『サバト』。

 それは大勢の人間を一斉に絶望させ、ファントム化させる儀式の事だ。

 晴人はそこで自らの絶望を抑え込んだため、魔力を持った。

 そして未だ正体不明だが『白い魔法使い』にウィザードライバーを授けられ、ウィザードへと変身できるようになった。

 晴人はサバトの時、その目で多くの人が絶望し、ファントムを生み出す瞬間を目にした。

 両親の事、サバトの時の事、その2つが晴人の戦う理由。

 

 晴人ははやてに、自分がいつも絶望に打ちひしがれる人に向ける言葉を贈った。

 

 

「俺が最後の希望だ」

 

 

 その後、晴人ははやての家を出た。

 はやては玄関先まで見送って、晴人がいなくなった後も、電話番号が書かれた紙を大切そうに手にしていた。

 孤独同然の彼女にとって、晴人の存在は正しく『希望』となったのだ。

 一方外に出た晴人は、休めた事と食事で少し回復した魔力で『コネクト』を使い、自分のバイク『マシンウィンガー』を呼び出し、はやての家をあとにした。

 

 

 

 

 

 翌日、0課にて。

 晴人は木崎の元を訪れていた。

 昨日の新メンバーとの顔合わせが気になったからではない。

 1つ頼みごとがある為だ。

 木崎はいつものように0課の椅子に座っている。

 

 

「なあ木崎。1人、ゲートを護衛してくれないか」

 

「何?」

 

 

 訝しげに眉をひそめる木崎。

 晴人の方から木崎に頼みごとをするのは珍しい。

 お互い皮肉を言いつつも信頼はしている、それが2人の自然なスタンスだった。

 故に直球のお願いは少々意外に感じられたのだ。

 

 

「魔法使いともあろうお前が、何を言っている」

 

「その子、まだ小学生なのに1人暮らしなんだよ。

 俺はその子につきっきりってわけにはいかないし」

 

「それで此処に泣きついてきたというわけか」

 

 

 フン、と鼻息を鳴らし、挑発にも近い形で木崎は答えた。

 だが、そんな事を晴人は気にしなかった。

 いつもの事だし、今は何よりもはやての事で頭がいっぱいだった。

 家族を失う悲しみ、孤独、それが痛いほどわかるから。

 その思いを小学生が背負うのがどれほど過酷か、晴人はよく知っていた。

 

 悪態に対しても何一つ言わない晴人を見て、木崎は椅子を半回転させ、背を向けた。

 

 

「後で詳細を教えろ。護衛を2人つける」

 

「……サンキュー」

 

 

 淡々とした答えだったが、それで十分だった。

 木崎はファントムから人を守る事を非常に真剣に考える人間だ。

 それだけに、信用における。

 晴人は「それじゃ」と言って部屋から出て行こうとするが、木崎は再び椅子を半回転させ、晴人を引き留めた。

 

 

「待て、丁度いい機会だ。0課の新顔と顔合わせをしていけ」

 

 

 そういえば、とそこで晴人は思い出した。

 既に仁藤や凛子は会っているはずだが、その話までは聞いていない。

 面影堂に住む晴人だが、凛子には当然家があるし攻介は普段、野宿生活をしている。

 その為、夜遅くになればそれぞれの場所に帰るのだ。

 

 そして今日、晴人はかなり早い時間に0課を訪れた。

 その為、昨日以来2人とは会っていない。

 なのでその新メンバーがどんな人なのか晴人は聞かされていないのだ。

 

 

「でも、来てるのか?」

 

「ああ。今日も出勤の筈だからな。……あと少しすれば来るだろう」

 

 

 と、その木崎の言葉を待っていたかのように、ドアがノックされた。

 ノックに対し木崎は「入っていい」と答える。

 

 

「失礼します」

 

 

 非常に礼儀正しい物言いで、綺麗なお辞儀をした後、丁寧に扉を閉めた。

 その人物は青年。

 スーツ姿で生真面目な顔というよりも仏頂面をしていて、如何にも堅物と言った感じだった。

 

 

「来たか。彼が例の魔法使いだ」

 

 

 木崎の言葉に青年刑事はじっと晴人を見やった。

 

 

「魔法使いというのは、昨日の仁藤攻介もそうでしたが随分若いんですね」

 

 

 言葉と目線に、晴人は軽く会釈をする。

 仏頂面な顔は睨まれているのかとすら思ってしまう。

 

 

「自己紹介をしておけ」

 

 

 木崎の端的な言葉を聞き、晴人がまず、青年に対し自己紹介を行った。

 

 

「えっと……操真晴人、ウィザード……って言えばいいんだよな?

 宜しく、刑事さん」

 

 

 青年刑事は晴人にしっかりと体を向けた。

 何だかそんなに真面目な姿勢で来られると自分まで真面目にしなくてはいけない気になる。

 青年刑事は自己紹介をする前に、晴人に1つ訪ねた。

 そしてその質問は、晴人にとって予想外すぎるものだった。

 

 

「お前も『仮面ライダー』なのか?」

 

 

 その言葉は晴人にも聞き覚えがある。

 かつて、白い戦士、『フォーゼ』とかいう戦士を助けた時に同じような事を聞かれた。

 フォーゼ曰く、仮面ライダーとは『人知れず悪と戦う戦士の名』らしい。

 その時仮面ライダーの事を知り、自分も仮面ライダーであると宣言した。

 だとすれば、自分もそうであると。

 

 まさかそんな質問が飛んでくるとは思ってはいなかったが、答える事はできるので晴人は正直に答えた。

 

 

「ああ……そうらしい、けど……」

 

 

 らしい、というのは自称であるからだ。

 確かに仮面ライダーとは言っているが、ゲートに説明する時はもっぱら『魔法使い』で通している。

 仮面ライダーである、と積極的に名乗った事は無いのだ。

 

 

「そうか……」

 

 

 その回答に納得したのかなんなのか、青年刑事は一瞬考え込むような顔をした。

 だがすぐに顔を上げ、自分の名前を晴人に告げる。

 

 

「警視庁から0課に引き抜かれた、『後藤 慎太郎』……」

 

 

 後藤と名乗る青年刑事。

 そこまでは普通だった、だが、次の一言がまだ残っていた。

 そしてその一言は、昨日から引き続き、晴人を驚かせるのに十分なものだった。

 

 

「『仮面ライダーバース』だ」




────次回予告────
新しい仲間、新しい事件。
大変な事に巻き込まれたけど、私は何とかやっています。
色んな事が起こる予感がしますが、これはきっと気のせいじゃないと思います。
それに、私達の知らないところでも沢山の事が始まっているみたいで……

次回、スーパーヒーロー作戦CS、第12話『繋がりと協力と再会の兆しなの』。
リリカルマジカル、がんばります。


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第12話 繋がりと協力と再会の兆しなの

 木崎の計らいではやての家には、彼女には秘密で常に護衛がつく事になった。

 護衛は時間で交代し、常に監視の目を光らせるとの事らしい。

 木崎曰く、「メデューサが直接狙ったとなると、注意深すぎるぐらいでいいだろう」との事だ。

 それを聞いた晴人はホッとしながら0課をあとにした。

 

 そして、0課にて出会った新たな刑事、後藤。

 まさか新人が『仮面ライダー』なんて夢にも思わなかった。

 聞いた話では2年ほど前に『グリード』なる敵と戦っていたらしい。

 と、なればサバトが起こるよりも前────即ち、先輩ライダーという事だ。

 

 何とも凄い人が来たものだなぁ。そんな事をぼんやりと考える。

 攻介を除いた他の仮面ライダーと出会う事は度々あれど、こうして戦闘以外で会う事は少ない。

 その驚きを忘れぬまま面影堂に帰宅した晴人。

 面影堂のドアを開けると、いつも通りの風景が────

 

 

「あ、お邪魔してます」

 

 

 広がっていなかった。

 確かにその場にいる面子全員に見覚えはある。

 魔法使いの助手として付いてくる元ゲート『奈良 瞬平』、ウィザードの指輪を作ってくれる面影堂の店主『輪島 繁』、それに凛子とコヨミと攻介。

 それから、今「お邪魔してます」と言ったなのは。

 他にもなぎさに、ほのかに、ひかり……

 

 

「……あれぇ!?」

 

 

 晴人は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 どういうわけか昨日別れたはずの面々が全員集合していたのだ。

 驚いている様子の晴人に攻介が説明を始める。

 

 

「それがよぉ、ファントムはともかく別の敵も現れちまったろ? あのザケンナーとかっての。

 だから今日、もう一度集まってゆっくり話でもしないかって事になったんだよ」

 

 

 実は昨日、晴人と別れてからこんなやり取りがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 なのはを自宅まで連れて行こうとしたら、店の手伝いだからそちらに行くと言い、そこまで送っていったのだが。

 

 

「……って此処、さっきの喫茶店じゃねぇか!?」

 

 

 攻介が面食らったのも無理はない。

 何せなのはの手伝いに来た場所というのは、先程まで自分達がいた翠屋だったのだから。

 なぎさ達もこれには驚いている。

 ついでに4人の反応になのはも驚いている。

 

 

「えっ、翠屋にいたんですか!?」

 

「う、うん。ついさっきまで……」

 

 

 驚くなぎさを余所に、ほのかは片手を頬に当て、感心するように言った。

 

 

「偶然って凄いわねぇ……」

 

 

 その言葉に全員が頷いた。

 魔法使いとプリキュアが同じタイミングで魔法少女の店にいた。

 こう考えると凄い偶然だ。

 

 

「……ま、何にしてもだ! 無事送り届けることもできたな!」

 

 

 意気揚々な攻介。

 普段のノリがそんな感じなので、別に何が嬉しいわけでもないが。

 と、此処でほのかが口を開いた。

 

 

「あの、1つ提案したい事があるんですけど」

 

「ん? なんだよ」

 

 

 突然の言葉だった。

 別に此処まで問題は無かったし、特別提案して何かをするようなことは無かったはずだが。

 

 

「今度……できれば早いうちにまた会いませんか?」

 

「んん? そりゃいいけどよ……なんでまた?」

 

「そうだよほのか。何か理由でもあるの?」

 

 

 2人して首を傾げる攻介となぎさ。

 ひかりやなのはもキョトンとしている。

 そんな4人にほのかは何かを教えるように語り始めた。

 

「なのはさんが狙われているのは確かなわけですし、いくら魔法少女でも守るべきです。

 だから今後はきっと私達が協力する事もあると思うんですよ、だから……親睦会? みたいなのをどうかなって」

 

 

 ほのかの説明に全員が納得したように頷く。

 確かに最もな話だ。

 お互い事情を知ってしまった以上、放っておく事はできない。

 

 ドツクゾーン。ファントム。

 

 どちらも人間と敵対する存在。

 そして人々に脅威をもたらす存在を放っておける人物は此処にいない晴人も含めて、いなかった。

 

 ザケンナー出現の時に魔法使いが手を貸してくれれば?

 ファントム出現の時にプリキュアとシャイニールミナスが手を貸してくれれば?

 それは非常に心強いだろう。

 

 

「じゃあ場所は此処にしない!?」

 

「もうなぎさったら、翠屋のケーキを食べたいだけでしょ?」

 

 

 目を輝かせながら言うなぎさに苦笑しつつ、ほのかが言う。

 ほのかの言葉になぎさは苦笑いで目を逸らした

 ぶっちゃけその通りであるからだ。

 しかし、それには反対するには意外な人物が異議を申し立てた。

 

 

「そ、それはダメです!」

 

 

 なのはだった。

 

 

「どうして? なのはちゃんとしては此処の方が…」

 

 

 なぎさの言葉になのはは少々申し訳なさそうに答えた。

 

 

「その、家族にも私が魔法少女なのは秘密で……知られちゃったりするのは……

 それに、ゲートやファントムの事で心配かけたくないですし……」

 

 

 その後、なのははなぎさにもう一度頭を下げた。

 自分の我が儘でなぎさがケーキを食べれなくなると思うと心苦しかった。

 しかも自分の店のケーキを食べたいと言ってくれているのに。

 だが、そんななのはになぎさは優しく声をかけた。

 

 

「全然! そういう事なら仕方ないよ。私達だってプリキュアなの、みんなには秘密だもん」

 

 

 

 

 

 

 

 と、その後に攻介が「面影堂はどうだ!」と提案した。

 そして出来るだけ早い方がいいという事なので、翌日。

 なぎさやほのか、ひかり、なのははまだ小学生、中学生なので、土日の2日間が休み。

 そして昨日はその1日目、つまり土曜日だ。

 幸い、日曜日に部活も無いらしい。

 そういうわけで今日、面影堂に集まっているというわけなのだが。

 

 

「そういう事は先言えよ……」

 

「ワリィワリィ、すっかり忘れてた!」

 

 

 呆れる晴人の肩をバンバン叩きながら攻介が言う。

 底抜けに明るいのは欠点とは言わないが、もう少し申し訳なさそうにできないものか。

 

 

 

 

 

 そんなわけで面影堂にて、プリキュアと魔法使いによる親睦会が開かれた。

 どういうわけかケーキまで用意されている。

 翠屋のケーキが1ホール、瞬平が頼んだものらしい。

 

 

「だって、折角の親睦会ならこういうの必要じゃないですか!」

 

 

 元気一杯に言う瞬平。

 さらにその後、置いてあった紙袋を強引に晴人に渡してこう言った。

 

 

「晴人さんはコレ! ですよね!!」

 

 

 中身を空けると、プレーンシュガー。

 晴人が一番気に入っているドーナツだ。

 

 瞬平はおっちょこちょいな一面もある、というよりもそこばかり目立つが、たまにミラクルを起こす男だ。

 ついでにこういう時に場の盛り上げ役としては最適任者かもしれない。

 あと、ちょっとは気が回る。

 長らく一緒にいて慣れたというのもあるが、今の自分には必要な人間の1人なのだと晴人は思っている。

 

 

「いやぁ、普段も賑やかだが、こう女の子達がいると華やかさが増すね」

 

 

 おっとりと輪島が言う。

 

 元々この店は輪島1人の店だった。

 それがまず魔法使いとなった晴人、晴人が連れてきたコヨミが増えた。

 そしてゲートだった凛子と瞬平、合流した新たな魔法使いの攻介……。

 こんな風に増えて、今ではその6人が面影堂に顔を揃えるメンバーとなっていた。

 

 そこに女子がさらに4人。

 通算10人という結構な数に面影堂はなっていた。

 面影堂は骨董品店なので当然『売る』という仕事をしていて、そういう意味での賑やかさも店主としては欲しい。

 だが、こういう賑やかさも輪島は好きであった。

 

 

「さて、親睦会と言っても何しようか?」

 

 

 晴人の言葉に、なぎさ達が変身の時に使っていた道具を取り出した。

 その様子に他の面々は首を傾げる。

 

 

「えっと、まずは……この前説明しきれなかった事を、説明しようかなって思ってます」

 

 

 ほのかの言葉と同時に、なぎさ、ほのか、ひかりが手に持つ道具がポン!と小さな煙を上げた。

 煙が収まると、道具はぬいぐるみのような物になった。

 それだけなら手品か何かで済んだであろうが、驚くべき事に、そのぬいぐるみは動いていた。

 

 

「美味しそうなケーキポポ!」

 

 

 ひかりの持っていた道具が変わった黄緑と白のぬいぐるみ、ポルンが喋った。

 

 

「うおあぁぁぁ!!? ぬいぐるみが喋ったぁぁぁ!!?」

 

 

 大袈裟に驚く攻介に、なぎさの持つぬいぐるみが抗議をする。

 

 

「ぬいぐるみじゃないメポ!」

 

 

 少し怒りながら言うなぎさのぬいぐるみ、メップル。

 それとは対照的に落ち着いて、おしとやかな様子のほのかのぬいぐるみ、ミップルが付け足すように言う。

 

 

「私達は、『光の園』の住人ミポ」

 

 

 さて、なぎさ達が説明し忘れていた事。

 この珍妙摩訶不思議以外の何者でもないぬいぐるみ達の事だ。

 

 メップル達は光の園からやって来た妖精で、なぎさ達をプリキュアに変身させる能力を持っている。

 昨日にも説明したハーティエルンは光の園の王女、クイーンを復活させるのに必要な存在達。

 なぎさ達は自分達が中学2年から今に至るまでに経験したドツクゾーンとの戦いと、光の園の事を出来る限りみんなに話した。

 

 その説明を聞き、納得しつつ晴人は腕を組んだ。

 

 

「成程……随分な戦いに巻き込まれているみたいだね」

 

「っつか晴人、1年前からって事は嬢ちゃん達、俺達よりも先輩じゃねぇか……?」

 

「……確かに。……そういえば2人とも、中学2年から1年って事は今は中3だよな? 勉強とか大丈夫なの?」

 

 

 攻介の言葉に晴人は苦笑いで返しつつ、なぎさとほのかに聞いた。

 中学3年と言えば受験生だ。

 世の中の殆どの中学生が高校に行く事に必死な時期ではなかろうか。

 なぎさは「うっ」と顔を歪め、ほのかは普段通りの態度で「はい」と言ってのけた。

 

 

「勉強しなきゃなぁ……」

 

「それもそうだけど、なぎさも私も進路を絞り切らなきゃ」

 

「分かってるよー……だから今度オープンキャンパス行くんじゃない」

 

 

 なぎさが今後の勉強の事を考え憂鬱そうな表情になる。

 学校と戦いの二足の草鞋も大変だろうにと、晴人は同情した。

 

 ひかりは違うそうだが、なぎさとほのかは1年前から戦っているらしい。

 対して、1年前と言えばまだサバトも起こっていなければ、攻介もビーストドライバーを見つけてはいない。

 つまり2人ともファントムの存在すら知らない状態の頃の話だ。

 年齢的には明らかに晴人達の方が上なのに戦闘経験は上で進路について話している中学3年生2人を見やる。

 何とも不思議な感覚であった。

 

 と、そこで『先輩』という言葉が晴人の中で引っかかった。

 

 

「……あ、先輩で思い出した。0課の人、俺達の先輩みたいだな」

 

 

 晴人の言葉に一瞬攻介は止まったが、すぐに何の事か思い出した。

 

 

「あ? ……あー、例の仮面ライダーってやつ?

 木崎からも聞かされたけど、 俺もその仮面ライダーってやつなのか?」

 

 

 晴人が仮面ライダーの名を知ったのは攻介と知り合う以前だ。

 その時の事を話してはいない。

 別に何があるわけでもなく、単に話す理由がなかったからだ。

 どうやら後藤と会った時に晴人に対しての質問と全く同じ質問をされたらしく、その時木崎が仮面ライダーとは何なのかを攻介に説明したとの事だ。

 

 

「か、仮面ライダー!?」

 

 

 その言葉に過剰反応し、大声を上げたのはなぎさだった。

 突然の声に驚き、全員がなぎさに注目する。

 だが視線をお構いなしに、なぎさは興奮気味に続ける。

 

 

「あの都市伝説の仮面ライダーですか!?」

 

「と、都市伝説?」

 

 

 勢いに押されながらも晴人は疑問を呈する。

 仮面ライダーが都市伝説という話は、晴人には馴染みがなかったのだ。

 なぎさが興奮そのままに仮面ライダーの都市伝説について語り始めた。

 

 何でも、時折その名前が挙がるぐらいには生徒の間では有名な話らしい。

 人知れず悪と戦う正義の戦士の存在。

 それが仮面ライダーであると。

 小学生から高校生にかけてまではそういう話はよく広まるし、話題にもなる。

 現役中学生のなぎさが知らないはずもなかった。

 もっとも、殆ど友人の受け売りであったが。

 

 

「晴人さんと攻介さんも仮面ライダーなんですよね!?」

 

「そうなる……のかな?」

 

 

 なぎさはまだ詰め寄ってくる。

 さすがに力任せに退けるわけにもいかないので、両手を上げて晴人は降参するようなポーズをとっている。

 仮面ライダーという名が付けられる条件を晴人も攻介も満たしてはいるが、実感が無かった。

 仮面ライダーというものを意識した事があまりないからだろう。

 

 

「凄いじゃないですか晴人さん! 都市伝説の仲間入りですよ!!」

 

 

 なぎさと同じくらい興奮気味の瞬平。

 都市伝説の仲間入り。

 何らかの都市伝説や噂ぐらいこの場にいる全員が聞いた事がある。

 だが、それそのものになるなんて事は世界中でも本当に一握りしか経験しないだろう。

 だからこそ余計に晴人にも攻介にも実感が無かった。

 と、此処で凛子がある事に気付く。

 

 

「そう言えば、仮面ライダーは都市伝説になってるのに、プリキュアとか魔法少女は聞かないわね」

 

 

 その言葉になぎさ達3人となのはは難しそうな顔をした。

 まずプリキュアだが、説明が難しいのだ。

 

 

「えーっと……何だかよく分からないんですけど、あいつらが現れると周りが変なんですよ」

 

 

 と言ったのはなぎさだ。

 その言葉にほのかが続ける。

 

 

「周りの人は私達の事が見えてないみたいで、特殊な空間みたいな……

 仮面ライダーの晴人さんと攻介さん、魔法少女のなのはさんは例外だったみたいだけど……」

 

 

 晴人はザケンナーに取りつかれたアルゴスとの戦いの時を思い出す。

 思い返してみれば、何やら重苦しい雰囲気があったような気がしない事も無い。

 それにあれだけ派手に戦ったのに誰も来なかったというのも気になるところだ。

 いくら丘の上とはいえ、誰か気づきそうなものだが。

 

 一方のなのははまた別の理由で難しい顔をしていた。

 そんななのはに晴人が顔を向ける。

 

 

「なのはちゃんは?」

 

「……えっとぉ、私の場合は魔法でお仕事をしてる人達がいて、その人達が色々と……

 あと、普通の人が出入りできない『結界』を張ったりとか」

 

 

 これまたそれなりにトンデモだった。

 なのはは自分がお世話になった『時空管理局』という組織について少しだけ話した。

 勿論、魔法に関係のない人にはその存在は基本的に内緒なので『そういう組織がある』という事だけだが。

 尤も、この中に魔法と関係のない人がいるかと言われれば、それはNOだが。

 とはいえ、その時空管理局との約束なので守らなければならないのも事実。

 なのはの独断でどうこうできる秘密でもないのだ。

 

 さて、なのはが一しきり話し終わると、なぎさが突然バッと手を上げた。

 

 

「すみません! そのぉ……」

 

 

 そしてやや申し訳なさそうに、照れながら言った。

 

 

「ケーキ、食べません?」

 

 

 全員が肩をガクッと落とす。

 勢いよく言うから何かと思ったら食い意地を出しただけだったようだ。

 そんななぎさに全員苦笑い。

 ほのかもいつものように言う。

 

 

「もう、なぎさったら」

 

 

 しかしこの言葉がきっかけとなり、親睦会は親睦会らしく、楽しい談笑タイムへ突入した。

 

 その後、晴人の魔法でいちいち騒いだり、レイジングハートとメップル達がちょっと張り合ったり、騒がしくも楽しい親睦会で会った事は、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 面影堂で楽しい親睦会が開かれている頃、ヨーロッパの某国。

 人里離れた古い遺跡。

 旅人のような風貌の青年、『火野 映司』はその遺跡に来ていた。

 

 彼は失われた自分の相棒を取り戻すための旅の最中だ。

 映司の相棒、それは1枚のメダルだった。

 ただのメダルではない、そのメダルには『意思』が宿っていた。

 それが『アンク』である。

 彼は『仮面ライダーオーズ』であり、かつてグリードと戦った戦士だ。

 その戦いの時に失った相棒を蘇らせるために映司は、『鴻上ファウンデーション』の研究を手伝いながら世界各国を回っているのだ。

 

 

「うーん、特にヒントはなかったか……」

 

 

 遺跡を軽く調べ終わったが、特に利益になるような情報は無かった。

 いつもこれの繰り返しだ。

 だが、彼の心に焦りは無かった。

 かつて、ある戦いの時に『未来からやって来た』アンクに会った事がある。

 

 つまり、今のまま努力を重ねれば『いつかの未来』でアンクに会えるであろう事を意味していた。

 ならば、今自分がやる事は焦るよりも、確実にアンクを蘇らせる方法を見つける事。

 何処かには必ずその方法があり、だから未来にアンクは存在しているのだから。

 

 映司は1つの缶を取り出した。

 缶ジュースのようなもののプルトップを開けると、その缶は途端に変形しだした。

 そしてそれは、バッタのような形になる。

 

 これは『カンドロイド』。

 バッタの他にも幾つか種類があり、それぞれ色んな機能を備えた鴻上ファウンデーションの発明だ。

 この『バッタカン』は通信の機能がある。

 

 

「鴻上さん、この遺跡も特に有益なものはありませんでした」

 

 

 自分の上司とも言える人物である『鴻上 光生』に連絡を取る。

 すると、すぐに応答があった。

 

 

「そうかね、それは残念だよ……」

 

 

 通信越しだというのにかなり大袈裟な落ち込み方をしているのが分かる言い方だった。通信越しの声だけでそこまで感情が分かるとは大したものである。

 鴻上という人物はそういう人間だ。

 感情を表す時、いちいち大袈裟な、ちょっと変わった人。

 

 

「だがしかしッ! 終わったわけではないよ?

 メダルに関しての情報はまだまだ存在するだろうからねッ!!」

 

 今度は突然、やたらハイテンションな声だった。

 映司がグリードと戦っていた頃、様々な面でサポートをしてくれていたの鴻上だ。

 ただし、彼は自分の『欲望』に非常に忠実な人間であり、時として厄介な事をしでかす時もあったのだが。

 

 とにもかくにも、そういうわけで鴻上のこういうテンションには映司は慣れているので平然と、普通に応対をした。

 

 

「ええ、必ず見つけますよ。俺の目的の為にも」

 

 

 その言葉を聞いて、より一層声の大きさとテンションが増す鴻上。

 

 

「素晴らしいッ!! その欲望こそ、君の活動の原動力だね」

 

 

 彼は自分の欲望に忠実であると同時に、欲望に忠実な人間が好きなのだ。

 欲望そのものを愛している人間と言っていいかもしれない。

 

 鴻上はテンションを一旦落ち着け、とは言っても常人のそれよりやや人を食ったような言い方ではあったが、映司に別の話題を振った。

 

 

「ところで火野君。実は、後藤君がバースに復帰したのだよ」

 

「後藤さんがですか? 何で急に」

 

 

 後藤は確かに仮面ライダーバースとして戦っていた。

 だが、バースシステム自体は鴻上ファウンデーションの物。

 戦いが終わった後は、自らの夢である『世界の平和を守る』を実行する為に警視庁の刑事として頑張っているはずだ。

 一度だけ復帰した事もあったが、それも一時的なもの。

 その時にバースへの変身に使う『バースドライバー』も返却したのを映司も知っていた。

 

 

「それがね、怪人やノイズの出現が日本で多発しているんだよ。

 ……此処だけの話、世界各国の仮面ライダー達が戦っている現場も以前より多く目撃されるようになっている」

 

 

 沈黙する映司。

 その沈黙を受け取った鴻上は、通信の向こうでニヤリと笑った。

 

 

「火野君、君は今、帰国する事を考えたね?」

 

 

 映司は「お見通しですか」と苦笑した。

 本当に、鴻上という男は欲望に目ざとい。

 今、映司は「人を助けたい」と思った。

 それもまた1つの欲望である。

 

 

「素晴らしいッ!! そうやって欲望を表に出す事は大切な事だ」

 

 

 そんな鴻上に映司は1つ、質問をした。

 

 

「あの、怪人やノイズが現れてるのって日本だけなんですか?」

 

 

 この問いにはある疑問があった。

 日本は確かに、どういうわけか怪人が現れやすい場所だった。

 

 それには理由がある。

 怪人にも種族や属する組織があるのだが、それが大体日本に存在している。

 となれば、自ずと怪人達はその周辺に多くなるのは道理。

 だが、他の国々で怪人が確認される事も一定数あるのだ。

 

 

「フム、いい質問だ。実はヨーロッパでも、度々怪人が確認されている」

 

 

 その言葉を聞いて映司は即座に言った。

 

 

「じゃあ、それの調査を少ししてもいいですか?」

 

 

 鴻上はその言葉に、先程までのテンションとは違う冷静な声で話す。

 

 

「確かに怪人に暴れられて人が減れば、欲望もそれだけ減ってしまう。それは私としても避けたい」

 

 

 鴻上という人物はとことん欲望中心だ。

 だが、その根底には『欲望によって世界を救う』という彼独自の理念から来るものである。

 それも自分が世界を支配するという考えはなく、単に人類の未来のために。

 そんな鴻上だからこそ、映司と敵対する事も無かったのだろう。

 

 

「最近はインターポールも動いているらしいからね、まずはフランスに行くといい」

 

 

 インターポールとは、簡潔に言えば国際的な警察の事で、本部はフランスにある。

 勿論、基本は人間の相手をするのだが、怪人を追っている事も少なくない。

 ただインターポールの人間に会ってもまさか「自分は仮面ライダーです」と名乗るわけにもいかない。

 だが、情報は多く集まる可能性がある。

 一言鴻上にお礼を言った後、通信を切った。

 そして、おもむろに自分のズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 

 

 ──────アンク、ちょっとごめんな、寄り道してくよ。

 

 

 ポケットの中の2つに割れた赤いメダルに心の中で詫びた後、映司は遺跡をあとにした。

 

 

 

 

 

 一方その頃、時空管理局。

 時空管理局とは大まかに言うと、あらゆる世界のあらゆる問題を解決する警察のような組織。

 魔法関係、とりわけ危険物である『ロストロギア』に関しては特に厳しく扱う。

 魔法が存在しない世界は時空管理局にとって『管理外』だ。

 しかし、そんな世界で魔法を悪用するものがいないかを確認するのも時空管理局の務めである。

 

 さて、14歳ながら重要な役職である執務官となっている『クロノ・ハラオウン』は休憩室で座りながら書類を睨み付けていた。

 机を挟んで座っている『フェイト・テスタロッサ』がそんなクロノを心配そうに見つめる。

 

 

「クロノ、どうしたの?」

 

「ん? ああ、いや、少しな」

 

「もしかして、裁判関係で……?」

 

 

 フェイトの言う『裁判』とはフェイトとその遣い魔、狼の耳と尻尾がついている女性、『アルフ』の裁判だ。

 彼女達は1ヶ月ほど前にある『事件』を起こした。

 首謀者であるフェイトの母親、『プレシア・テスタロッサ』。

 彼女は恐るべき力を持つ『ロストロギア』、『ジュエルシード』で引き起こした次元震の虚数空間に巻き込まれ既に行方不明────事実上の『死亡』扱いである。

 そしてこの事件は、なのはが魔法少女になるきっかけともなった事件である。

 

 フェイトやアルフはプレシアに利用されていただけとはいえ、罪を犯したのは事実。

 故にこうしてなのはとそう変わらない年齢ながらも裁判にかけられている。

 そしてそれの弁護側にクロノは回っている。

 裁判は何度かに分けて行われ、今の所無罪に向けて順調だ。

 そしてそれは今も変わっていない。

 

 クロノが見ていた資料は裁判とは関係のないものだった。

 フェイトの言葉を否定し、クロノは口を開く。

 

 

「実は、海鳴市でなのは以外の魔力反応が検知された」

 

 

 クロノの言葉はフェイトとアルフを驚かせた。

 かつてフェイトとアルフはなのは、そして時空管理局と戦いを繰り広げた。

 だがそれ以来、海鳴市にはなのは以外の魔法使いはいないはずだ。

 

 

「アタシ達みたいに誰か地球に来たってのかい?」

 

「いや、そんな形跡はない」

 

 

 アルフの質問にクロノはすぐに答えた。

 だがその答えは余計に疑問を生んだ。

 何故なら地球には魔法文明は『存在しない』。

 少なくともフェイトとアルフはそうだと聞かされている。

 

 

「どうして? 地球に魔法は無いんでしょ?」

 

 

 フェイトのそれは正しい質問で、正しい認識だ。

 時空管理局の大部分もそういう風に認識している。

 だが今のクロノは、その認識に若干の語弊がある事も知っていた。

 正確に言えば、クロノ自身も今知ったというべきだが。

 

 

「どうやら地球には、魔法文明が『あった』らしい」

 

 

 そう、実は地球にはかつて魔法が栄えた時期があった。

 それが衰退し、完全に途絶えた為に今は『魔法文明が無い』という事になっている。

 しかしどういうわけか、当時の地球の魔法に関しての資料が殆ど無いのだ。

 何千年前の魔法資料でもある筈の時空管理局にすら。

 だから地球をただの管理外世界と思っている人間が時空管理局の大部分。

 それどころか、地球に行った事のあるクロノですら先程まではそうであった。

 今、手に持っている資料を見るまでは。

 

 

「時空管理局にはありとあらゆる、滅びたものも含めた魔法文明の記録が残されている。

 でも、地球の魔法文明に関しての資料は極端に少ない。何せ纏めてもこれぐらいだからな……」

 

 

 手に持っている資料をヒラヒラとフェイトとアルフに見せる。

 紙はA4の紙が5枚程度。

 勿論1枚1枚ビッシリと書かれているが、魔法に関しては他の追随を許さない筈の時空管理局の資料にしては明らかに少なすぎた。

 

 今回は前回の『プレシア・テスタロッサ事件』と関わりの深い海鳴市で魔力反応が確認されたという事で、クロノは情報が何かないか探した。

『無限書庫』と呼ばれる膨大な資料の中を探してもらうように友人に頼みもした。

 だがその結果見つかったのが、たった5枚の紙に纏まってしまうような資料。

 この情報の少なさにはさすがのクロノも首を捻った。

 どういう事だ、と。

 

 

「海鳴市以外でも、魔力反応が確認される事は時々あったんだ。

 それも確認した事のないタイプが複数……」

 

 

 資料を再び睨みながら、地球にいるなのはの事を考えながら、クロノは呟いた。

 

 

「また何か起こる前兆じゃなきゃいいが……」

 

 

 その予感が既に当たっている事を、クロノはまだ知らない。




────次回予告────
「ひかりがルミナスになった時も驚いたけど、魔法使いさんと魔法少女だもんねぇ」
「そうね。でもなぎさ、私達だけじゃないみたいよ。そういう出会いをしているの」
「どこもかしこも出会いと戦いって……ありえなーい!!」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『摩擦と溝』!」」

「でもほのか、何だか険悪ムードみたいだよ……?」
「私達だって最初はそうだったじゃない。きっと大丈夫よ」


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第13話 摩擦と溝

 魔法使いが魔法少女と伝説の戦士との出会いを果たしている頃。

 特命部、廊下。

 背もたれのないソファに座るゴーバスターズの3人と士。

 ゴーバスターズの3人は非常に神妙な面持ちで、士は非常に面倒そうな顔をしていた。

 

 

「どうするんだ、あの2人」

 

「俺が知るか」

 

 

 ヒロムの言葉に面倒なのを隠す気もなく士が返す。

 実際、この問答に意味がない事をヒロムも分かってはいる。

 しかし解決策がまるで見つからないのだから仕方がない。

 二課と特命部が共同戦線を組み、士も合流してから約1ヶ月経った。

 しかし、まるで噛み合わないのだ

 

 士ではない。

 ゴーバスターズでもない。

 響と翼、同じシンフォギア装者であるはずの2人が、だ。

 

 

 

 

 

 時は約1ヶ月前、響が初めて覚醒し、メディカルチェックが終わってからの最初の戦闘だ。

 ノイズ出現の為に響と翼、ゴーバスターズと士が出撃をした。

 初めての共同戦線ではあるが、ノイズを殲滅できる戦士が6人もいるのだから余裕だったはずである。

 実際、余裕だった。

 その日のノイズは短時間で片が付いたからだ。

 問題はその後だった。

 

 全てのノイズを倒した後、翼の元に響は駆け寄った。

 

 

「翼さーん!!」

 

 

 その声に翼は振り向きもしない。

 だが、響は続ける。

 

 

「私、今は足手纏いかもしれません。でも、一生懸命強くなってみせます! だから……」

 

 

 屈託のない笑顔で響は言う。

 

 

「一緒に戦ってください、翼さん!」

 

 

 ゴーバスターズやディケイド、翼に比べて響の戦いは完全に素人の物だった。

 倒したノイズの数も雲泥の差だし、まともな戦いにもなってはいない。

 でも、少しでも誰かの助けになれば。

 いつか翼さんのように強くなり、多くの人を助けられれば。

 そう思った響はこの戦いに参加した。

 一緒に戦ってほしい、尊敬の念を込めて響はそう言った。

 

 

「……そうね」

 

 

 響の方に振り向く翼。

 肯定の言葉に喜ぶ響だが、続く言葉は予想外の一言だった。

 

 

「貴女と私、戦いましょうか」

 

 

 そう言って、自らの剣を響に向ける。

 この場にいる全員がその光景を見て固まった。

 ディケイドも、ゴーバスターズも。

 そして二課司令室にいる面々もそれは同じだった。

 

 

「な!? 何をしているんだあいつ等は!?」

 

「青春真っ盛りってやつ? いいわね~」

 

 

 驚く弦十郎とは対照的に、マイペースを貫く了子。

 剣を突きつける光景を青春というのなら、一体どれだけ殺伐とした青春なのだろう。

 了子の発言にツッコむ事も無く、弦十郎は司令室にある1人乗りの地上に上がるエレベーターに乗った。

 

 

「司令、どちらに?」

 

 

 オペレーターのあおいの声に弦十郎は強く答えた。

 

 

「あの馬鹿者どもを、誰かが止めんといかんだろうがよ」

 

 

 そう言って弦十郎はエレベーターで地上に上がった。

 エレベーターを見送った了子は、わざとらしく肩をすくめた。

 

 

(お疲れさま、弦十郎君)

 

 

 間違った事をしようとしている子供を止める大人としての役割を果たそうとする弦十郎を、了子は心の中で労うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんでそんな……!?」

 

「私が貴女と戦いたい。それでは不服かしら」

 

 

 戸惑う響の言葉にも翼は淡々とした様子だ。

 何が何だか響には分からなかった。

 共闘は持ちかけても決闘を申し込んだ覚えは一切ない。

 何より、自分と戦いたいという理由が分からなかった。

 

 

「そんなの、分かりません! 不服っていうか、受け入れられません!」

 

「私も、貴女を受け入れられない。貴女と力を合わせる……

 そんな事、風鳴翼が許せるはずがない」

 

 

 突き付けた剣はそのままだ。

 響はその翼の冷淡な様子と威圧に完全に怯んでいた。

 

 

「貴女も『アームドギア』を構えなさい。それは常在戦場の意思の体現。

 貴女が何物をも貫き通す無双の一振り、ガングニールを纏う者であれば……」

 

 

 より一層声の強みを増し、翼は怒鳴るように言い放った。

 

 

「胸の覚悟を、構えてごらんなさいッ!」

 

 

 アームドギアという言葉自体分からない響にとっては、何の事だかさっぱり分からない。

 何よりも、それとこの状況とが何の関係があるのか。

 戸惑う響に翼は畳みかけるように言った。

 

 

「覚悟を持たずにのこのこと遊び半分で戦場に立つ貴女が、奏の何を……」

 

 

 翼は先程の怒鳴りよりもさらに怒気を強め、全力で響を睨み付ける。

 

 

「何を受け継いでいるというのッ!!」

 

 

 言葉と共に思い切り跳び上がり、そこから剣を響に向かって投げる。

 剣は瞬く間に巨大化し、10数mはある巨大な剣へと変貌した。

 その剣の柄に足を当て、蹴り込むような姿勢となる翼。

 さらに翼が纏うシンフォギアの足に装着されているパーツが展開し、ブーストをかける。

 

 

 ────天ノ逆鱗────

 

 

 誰がどう見ても、それは『必殺』の一撃だった。

 

 それを見た瞬間、ゴーバスターズもディケイドも動き出していた。

 ゴーバスターズはイチガンバスターとソウガンブレードを合体させ、スペシャルバスターモードに。

 ディケイドは黄色いカード、『ファイナルアタックライド』のカードを取り出した。

 止めなくては響の身が危ない。

 だが、それを止めたのは響でもゴーバスターズでもディケイドでもなかった。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

 響の前に立ったのは、弦十郎だった。

 弦十郎が突き出した拳は逆鱗を受け止め、さらに気合いを入れ、足に、拳に力を入れる。

 そして、拳は逆鱗の剣を止めた。

 踏ん張った衝撃と逆鱗の力の為か、地面にクレーターのような穴が空いた。

 しかし、弦十郎はその身1つで完全に逆鱗を防ぎ切り、あまつさえ弾き返してしまったのだ。

 クレーターの空いた地面からは水道管が通っていたのか、水が噴き出してきていた。

 噴き出した水はまるで雨のようにこの場に降り注いでいる。

 

 

「……あのおっさん、化物かよ」

 

 

 ディケイドは変身を解除しながら呟いた。

 正直なところ、それはゴーバスターズの3人も同じ感想を抱いていた。

 そして一瞬、この人と友人の黒木司令も似たような事が出来るのかと考えたが、それは無いと即座に否定した。

 だとすれば自分から前線に出てヴァグラスを叩き潰していそうなものだ。

 

 そんな事よりも、今は目先の状況の方が重要だった。

 へたり込む響、攻撃を止められ、顔を俯かせて座り込んでしまう翼。

 どちらもシンフォギアは解除されていた。

 

 

「ったく、この靴高かったんだぞ? 一体いくつの映画が借りられると思ってるんだ」

 

 

 攻撃を止めた弦十郎は、いつものように朗らかなテンションだ。

 見れば、先程の衝撃で靴が破れていた。

 残っているのは底の部分のみで、上の足を覆う部分は殆ど破れている。

 弦十郎は座り込む翼に近づいた。

 

 

「どうした、らしくないな翼。狙いつけずにぶっ放したか? それとも……」

 

 

 近づいて初めて、弦十郎は気付いた。

 翼の頬を伝う水。

 それは上から降り注ぐ水道管の水などでは無かった。

 

 

「お前、泣いて……」

 

「泣いてなんかいません!!」

 

 

 だが、その事実を翼は強く否定した。

 

 

「涙なんて、流していません。風鳴翼は、その身を剣と鍛えた戦士ですッ!」

 

 

 強がりだ。

 誰の目から見ても、それは明らかであった。

 響は立ち上がって、翼の元へ駆け寄った。

 

 

「私、自分が本当にダメダメで未熟者なのは分かってます。

 でも、でも……いつか必ず、凄い頑張って……」

 

 

 そして次の一言は、茫然自失と相違ない翼を目覚めさせた。

 

 

「奏さんの代わりに、なってみせますッ!」

 

 

 次の瞬間にはもう手が出ていた。

 響の頬を、強く、強く翼は叩いた。

 叩かれた衝撃で倒れ込む中、響の目は確かに見た。

 

 翼の頬には、確かな涙が流れていた。

 

 

 

 

 

 そしてそれから約1ヶ月の間、響と翼が仲良くなる兆候はない。

 この前の戦闘でも全くと言っていいほど噛み合っていなかった。

 

 

「……ま、今回のは両者とも悪いって気はするけどね」

 

 

 リュウジが肩をすくめる。

 全員がリュウジを見るなか、言葉を続けた。

 

 

「翼ちゃんは響ちゃんの事を、響ちゃんは翼ちゃんの事を分かってない」

 

 

 簡潔に言ってしまえばそうなる事は4人とも分かっていた。

 

 翼は奏の事を唯一無二のものだと思い、代わりなどいないと思っている。

 それは当然の事であり、間違っていない。

 だからこそ、響の最後の言葉は間違っている。

 だが、天羽奏の後継者として、まだ何も知らない響にありとあらゆるものを求めるのも間違っている。

 

 後継者と代わり、似ているようで、それは全く違うものだ。

 お互いに求めるものと思い描くものがすれ違っていた。

 響は翼の気持ちを考えず、翼は響の気持ちを考えていない。

 それが対立の原因だろう。

 

 

「ンなもんは自分で解決しろって事だ」

 

 

 士は椅子から立ち上がり、手をひらひらと振ってその場から去って行ってしまう。

 その後姿を残された3人は見つめていた。

 

 

「何アレ。冷たすぎじゃない?」

 

 

 ヨーコが顔を顰めながら言うが、ヒロムもリュウジもそうは思っていなかった。

 

 

「いや、アイツが正しい」

 

「これはあの子達が、あの子達で解決しなきゃいけない。

 手を貸すぐらいならともかく、俺達が必死に動いてどうにかしようって問題じゃないよ」

 

 

 今回の問題は2人の気持ちの問題だ。

 人の心は結局、その人自身でしか決める事ができない。

 ならば、最大限できる事を考えても手助けのみ。

 答えはあくまでも2人が2人で出さなくてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

 それからまた1週間ほど経ったある日。

 特命部の廊下にて、自分達の乗る巨大な愛機、『バスターマシン』の操縦訓練が終わった後、通路を歩いていた。

 

 

「ねぇねぇ、ヒロムは『エイーダ・ロッサ』と翼さん、どっちが好き?」

 

「興味がない」

 

「少しくらいそういうのにも興味持ちなさいよねー。翼さん、折角仲間になったんだから」

 

「仲間と言っても、あの状態だぞ」

 

「う……」

 

 

 ヨーコの言葉を適当にあしらうヒロム。

 それを見て苦笑いするリュウジ。

 いつものようにいつものような会話が繰り広げられていた。

 翼が仲間に加わってから、ヨーコはたまにテンションが高くなる。

 やはりトップアーティストが身近にいるというのは1人のファンとしては堪らなく嬉しいのだろう。

 とはいえ、当の翼は響と絶賛対立中の一触即発な雰囲気で、とても仲良くお話という状況ではないのだが。

 

 1週間経っても響と翼の仲は一向に改善されない。

 

 

「まあヒロムは『ダンクーガ』とかの方が気になる?」

 

 

 リュウジの言葉にヒロムは顔を顰めて答えた。

 

 

「戦いの不利な方に味方して、均等な戦力になったら撤退……。

 あんなの、戦争を長引かせてるだけじゃないですか」

 

 

 リュウジの言った『ダンクーガ』とは、世界各国に現れる巨大ロボの事だ。

 世界から戦争や紛争は未だ消え去っていない。

 そんな中、その存在は現れた。

 

 ヒロムの言葉通り、そのロボットは戦争を行う両者の戦力を均等にすると去っていく謎のロボット。

 負けている側からすれば救世主、勝っている側からすれば悪魔。

 だが同時に、明日には味方にも敵にもなるかもしれない存在であるという事だ。

 時折、ロボットという特性を生かしてノイズからの人命救助を行うという話も聞くが、普段やっている事がやっている事だ。

 とはいえ、最近はあまり戦争に介入する事もないらしいが。

 

 

「特命部も調べたらしいけど、何か妙な構造してるみたいだよ。

 少なくとも『メガゾード』とは違うタイプだってさ」

 

 

 メガゾードとは、所謂巨大ロボであり、ヴァグラスが使う巨大兵器の事で、それは全てメタロイド出現から時間を置いて亜空間から出現する。

 ゴーバスターズのバスターマシンも分類的にはメガゾードとして扱われる。

 だがダンクーガのそれは、どうやらメガゾードの基本には当てはまらないらしい。

 

 

「誰が造ったんだろうね、それ」

 

 

 ヨーコの疑問は最もだ。

 戦力を均等にできるという事は、裏を返せば戦争に介入しても問題のない戦力と優勢な側を一方的に叩きのめせる力を持っているという事。

 1体のロボットでそれほどの事ができてしまうのだ。

 確かにバスターマシンでも可能ではあるだろうが、それでも十分に凄まじい能力であると言える。

 世界の為に戦い、様々な秘密を知るゴーバスターズにも、知らない事はまだ山ほどあるのかもしれない。

 

 3人はそこで真面目な話を区切り、また別の話題に切り替わった。

 談笑しながら3人は各々の部屋へ向かって歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 ヒロム達が訓練を終えて少し経った後、特命部司令室。

 3人は自室で休憩の為、今司令室にいるのはオペレーターの森下と仲村、そして司令官である黒木だけだった。

 森下と仲村がコーヒーを飲みながら談笑するなか、黒木だけは司令室の中央、自分の席にあるモニターを見ていた。

 

 

「こうして普通に話すのは久しいな、弦十郎。

 以前はお互いに組織の司令官として、だったからな」

 

「ああ、黒木」

 

 

 黒木は通信機越しに弦十郎と話をしていた。

 彼らは13年来の付き合いだ。

 

 元々、転送研究センターの転送技術の研究。

 二課の前身である『風鳴機関』が目をつけ、スポンサーとなった。

 対ノイズを調べ、聖遺物を研究した風鳴機関は『転送』という技術にノイズの位相差障壁を無効化できる可能性を感じたのだ。

 位相差障壁は簡潔に言えば『別の次元に自分の体を置く』事を意味する。

 

 この事実は、自然発生するノイズは別次元から零れ落ちてきている、と仮定する根拠となった。

 となれば、聖遺物を完全に制御し、そこに向かう事ができればノイズ根絶が可能かもしれない。

 その為、『転送』という技術を目的に風鳴機関はスポンサーとなったのだ。

 

 弦十郎と黒木はお互い、当時は今のような上の役職ではなかった。

 それどころか弦十郎は当時、ただの一介の公安警察官でしかなかった。

 しかし、警察官とはいえスポンサーの一族という事で転送研究センターを度々視察していた弦十郎と転送研究センターの職員であった黒木は自ずと知り合い、いつしか友人に。

 

 しかし打ち解けたのも束の間、そこで『メサイア』が暴走、亜空間が発生してしまう。

 さらにその影響で史上類を見ないほどのノイズの大量発生。

 転送研究センターの職員は亜空間に、その周辺の人間はノイズにより多大な犠牲が出てしまった。

 その時、黒木は丁度外勤からの帰宅中、弦十郎も視察には来ていなかったのだ。

 そして黒木は、後にゴーバスターズとなる3人とそのバディロイドを託された。

 その時はノイズから3人を守る為に必死で逃げた事を黒木は鮮明に覚えている。

 

 この事件の後、ノイズは認定特異災害に指定され、風鳴機関を元に『二課』が発足。

 そしてそれに合わせるように、対ヴァグラス対策として『特命部』も設置された。

 転送研究センターと風鳴機関に繋がりがあったためだ。

 

 そして弦十郎と黒木はそれぞれの司令官となり、現在に至るのである。

 

 

「しかし驚いたぞ。他の組織との一時合併なんて」

 

 

 これを発案したのは弦十郎だ。

 突拍子もない案であったから話が来たときは黒木も驚いたものだ。

 だが、最初に旧来の友人に話を持ち掛ける辺りちゃっかりしている。

 

 

「ヴァグラスの活動も本格化してきた。エネトロンが狙われて困るのはエネルギー管理局だけではないからな」

 

 

 弦十郎の言葉に黒木も頷く。

 

 エネトロンは電気や石油に代わるエネルギーとして、今や完全に定着している。

 爆発的なエネルギーを得れて、安全で、尚且つクリーン。

 正しく理想のエネルギーだ。

 だからこそ世界のエネルギーの殆どはエネトロンによって賄われている。

 故に、エネトロンが狙われるとは、即ち市民の生活が狙われているのと同義なのだ。

 

 

「ノイズも異常なほど多発しているらしいじゃないか。お互い大変だな」

 

 

 全くだ、と呆れたように返事をする弦十郎。

 

 

「ところで他の組織はどうなんだ?」

 

 

 黒木は話題を変え、ずっと気になっていた質問をした。

 弦十郎の提案した『一部組織合併案』。

 これは何も、特命部と特異災害対策機動部だけの合併ではない。

 他にも連絡を取っている組織がある。

 確か、以前の話ではまだ上と話し合っているとの事だが。

 

 

「ああ、比較的好意的だ。残りの組織も参加してくれるだろう」

 

 

 豪快な笑顔でそう言う弦十郎に、黒木も微笑んだ。

 組織同士はそう簡単に接触できるものではないが、利害関係の一致がなされれば例外もある。

 とはいえ、人と人が手を取り合い、人を助ける為に動く。

 素晴らしい事ではないか。

 

 

「……そうだ、実は13年前を知る仲を見込んで、相談が……」

 

 

 黒木が言いかけた瞬間、警報が鳴り響いた。

 

 

「すまない、緊急事態だ」

 

「こちらでも確認している。急ぎ、装者と士君を向かわせよう」

 

 

 特命部司令室は警報と同時に、黒木、森下、仲村が座る席が非常時の戦闘配置に移動した。

 数十秒後、ゴーバスターズ3人とバディロイドが駆け込んでくる。

 森下が司令室のパソコンを操作し、敵の居場所を割り出した。

 

 

「エネトロン異常流失反応、場所は……あけぼの町西地区!

 少し郊外ですが、エネトロンタンクも1つ存在してます」

 

 

 エネトロンの流失。

 それは即ち、ヴァグラスが出現した事を意味していた。

 ヴァグラスはエネトロンを奪うためにそれが貯蔵されている『エネトロンタンク』を狙う。

 となれば、今回の目的もエネトロンタンクに間違いはないだろう。

 

 

「久々にヴァグラスって事か」

 

「最後に現れたのが3週間と少し前。なんでこんなに間を空けたのか……」

 

 

 ヒロムとリュウジが口々に言う。

 最後にヴァグラスが現れたのは、響がシンフォギアを纏い、士が特命部と二課に接触するよりも前だ。

 それ以来、全く現れていなかったのだが、何故長期間間を空けてきたのか。

 しかし、司令官である黒木は別の事に反応を示していた。

 

 

「あけぼの町だと……!?」

 

「どうしたんですか? 司令」

 

 

 考え込む様子の黒木だが、ヒロムの声ですぐに我に返る。

 何よりもまず、指揮官としての務めを果たす事が先決だ。

 

「いや、何でもない……

 ゴーバスターズ出動。バディロイド達はバスターマシンで待機だ」

 

 

 3人と3機は握った左手を胸に当て、親指を立てた。

 そのポーズは特命部特有の敬礼。

 

 

「了解!」

 

 

 強い言葉と共に、ゴーバスターズは現場へ、バディロイドはバスターマシンへと駆けて行った。

 その姿を見送った後、黒木はすぐに弦十郎に連絡を取った。

 

 

「弦十郎、『あけぼの町』と言えば……」

 

 

 その言葉が深刻に語られる意味を弦十郎もよく分かっていた。

 

 

 

 

 

 あけぼの町。

 何処にでもありそうな平和そうな町。

 そんな町で、人々は逃げ惑っていた。

 

 逃げ惑う理由は1匹の化物と、それを取り囲む多くの兵士達が原因だ。

 1匹の化物は金属に覆われた全身銀の姿。

 頭部に三本の銀色の角。

 右手にはフォークのような三又の槍────いや、実際にフォークなのだ。

 この化物、『フォークロイド』は何処にでもあるフォークに『メタウイルス』、『抉る』をインストールされた生まれた怪物。

 そして周りを囲む紫を基調とした機械でできた兵士、『バグラー』。

 

 メタウイルス────それは無機物を怪物へと変貌させるヴァグラスが使うウイルスだ。

 そしてそれをインストールさせる人物は、現在の所1人。

 

 

「さて、後は彼等を待つだけですね」

 

 

 黒を基調にした服に身を包み、かなり特徴的なデザインのゴークルを額に当て、パソコンを携帯している見かけは普通の男性。

 彼がメタウイルスを使う存在、名を『エンター』。

 ヴァグラスがこの世界に送り込んだ『アバター』だ。

 ヴァグラスの首領であるメサイアを亜空間からこの世界に呼び出すためにエネトロンを奪い続けている敵。

 

 彼はゴーバスターズの到着を待っていた。

 エネトロンの奪取を邪魔する敵を。

 

 

「エンター!」

 

 

 自分の名を呼ばれたことで振り返ると、後ろからゴーバスターズの3人が走り込んできていた。

 名を呼んだのはヒロムだ。

 エンターは親しげに手を上げ、軽い挨拶をした。

 

 

サヴァ(ご機嫌いかがですか?)、ゴーバスターズ」

 

 

 サヴァ、とはフランス語。

 このようにエンターはフランス語交じりで話す事がある。

 ついでにおちょくるように軽いノリでもある。

 しかしそんな軽さは無視し、ヒロムはエンターに食って掛かった。

 

 

「こんなに期間を空けて……何が狙いだ!」

 

 

 その問いにエンターが答えるよりも早く、3人のモーフィンブレスが鳴った。

 司令室からの通信だ。

 通信に答えると、相手はオペレーターの1人、仲村だった。

 

 

「た、大変です! 『メガゾード』転送反応、あと5分。しかも……!!」

 

 

 声色は酷く焦っているように聞こえた。

 メガゾードの転送自体はメタロイド出現の時点で覚悟していた事だ。

 仲村だって以前までの戦いではこんなに焦った様子ではなかった。

 なら、何が。

 仲村は焦る様子をそのままに続ける。

 

 

「メガゾードの転送反応……4体! αが2体とβが1体、γが1体です!」

 

 

 ゴーバスターズ3人全員に戦慄が走った。

 これはつまり、50m超の巨大な敵が4体、5分後に現れるという事だ。

 通常メガゾードはメタロイド1体につき1体。

 例外がない事は無いが、4体という数は初めてであった。

 

 メガゾードにはそれぞれタイプがある。

 スピード特化の『タイプα』、パワー特化の『タイプβ』、そしてαとβ以上のスペックを誇る『タイプγ』。

 どれも強力だが、特にタイプγはゴーバスターズの3つの機体が合体した『ゴーバスターオー』でなければ敵わない強敵だ。

 挙句の果てに、タイプγを含めそれが4体。

 

 

「エンター! どういう事だ!!」

 

 

 ヒロムの怒鳴り声にエンターは笑って答えた。

 

 

「貴方方が他にも仲間を作った事はこちらでも把握済みです。

 ゴーバスターズ3人でさえメタロイドとメガゾードを退ける力を持っている……。

 で、あれば、その仲間が増えた事は脅威以外の何者でもない……」

 

 

 エンターは優雅にくるりと回り、自慢をするように、人を食ったような態度で続ける。

 

 

「でしたら、それを徹底的に潰すのが今後のエネトロン回収にも合理的であると判断したまでです。

 その為の準備期間として、少々間を空けました。……さあ、どうします? ゴーバスターズ」

 

「そんなの、決まってるじゃん!」

 

 

 ヨーコの言葉で3人は一斉にモーフィンブレスを構える。

 その目には諦めも恐れも微塵も無かった。

 

 

「なんであれ、やる事は変わんないよ」

 

 

 リュウジの決意と闘志の籠った言葉と共に、3人はモーフィンブレスを操作した。

 

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 

 3人の体にバスタースーツが転送。

 その後バイザーの開いたモーフィンブレスを目の高さまで持ち上げ、3人は一斉にブレスのスイッチを押した。

 

 

「レッツ、モーフィン!」

 

 

 ヘルメットとバイザーが装着され、3人はゴーバスターズへと変身した。

 3人はそれぞれの名乗りを上げる。

 

 

「レッドバスター!」

 

「ブルーバスター!」

 

「イエローバスター!」

 

 

 レッドバスターは両手を握り、腕を伸ばして両手首を重ねた。

 その状態で体を沈める。

 まるでこれから走り出すかのように。

 

 

「バスターズ、レディ……」

 

 

 そして手首を叩くのを合図に、3人は一斉に駆けだした。

 

 

「ゴー!!」




────次回予告────
戦場となるは新たな戦士の舞台。

壇上に上がれば出会うのは必定。

亀裂をそのままに、戦いは止まらない────


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第14話 ライジン

 バグラーと戦うゴーバスターズを見やりながら、エンターは片手を上げた。

 すると何処からともかく新たな兵士達が現れる。

 しかしそれは、バグラーではなかった。

 

 

「ッ!? 何だこいつら!」

 

 

 バグラーを順調に倒していたレッドバスターが敵の増援を見て声を上げた。

 

 

「ギジャ、ギジャ!」

 

 

 新たな兵士達は奇妙な声を上げている。

 全身は紫色で頭部に羽を持ち、顔は一眼の、悪魔か何かのような姿をしていた。

 少なくとも機械的な面は無く、ヴァグラスを思わせない姿だ。

 

 

「手を組んでいるのは貴方方だけではない……そういう事です」

 

 

 意味深な言葉を残し、エンターは姿を消した。

 追おうとするゴーバスターズだが、バグラーと紫色の兵士、そしてその後ろに控えるフォークロイドが進路を阻む。

 

 

「俺と戦ってけよゴーバスターズ。お前らを倒すのが俺の目的だからなァ!!」

 

 

 荒々しい言葉と共に、バグラーと紫色の兵士達を指揮するフォークロイド。

 バグラーは既に数が減っているが、紫色の兵士はまだ数が多い。

 とはいえ、力は強くないからゴーバスターズなら簡単に殲滅できる。

 問題はフォークロイド、そして5分後のメガゾード4体だ。

 

 普段ならこういう時、メガゾードとの戦いで決め技を持つ『ゴーバスターエース』のパイロットであるレッドバスターをメガゾード側に回す。

 しかし、敵メガゾードは4体。

 そうなると3人全員でメガゾードを相手にしなければ苦しいだろう。

 いや、タイプγがいる事を考えれば3人でも苦しい戦いになるかもしれない。

 

 とにかくメガゾードへ回る人員もいなければ、対抗手段もない。

 せめてシンフォギア装者と士が早く来てくれればいいのだが…。

 森下から通信が入る。

 

 

『装者2人と士さん、あと2分ほどで到着です!』

 

「2分か……それなら間に合うけど……!!」

 

 

 ブルーバスターは辺りの敵を持ち前の力で薙ぎ払いながら通信を聞いた。

 転送完了まで、残り時間あと3分。

 バスターマシンの出動から現着まではそう時間はかからない。

 だが、この敵の数と謎の敵まで現れたこの状況。

 そして4体のメガゾード。

 いくら増援が来ると言っても決して楽観視はできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『魔的波動、半径1km以内』

 

 

 あけぼの町民が逃げ惑う中、ただ2人の男性だけは戦闘現場へ向かっていた。

 今のは大人びたサングラスをかけた男性が腰につける手の平サイズの機械、『ゴウリュウガン』が喋ったのだ。

 もう1人、少年っぽさが残る若々しい男性が腰につける手の平サイズの機械、『ゲキリュウケン』も同じく喋りだす。

 

 

『近いぞ、剣二!』

 

 

 剣二、そう呼ばれた男、『鳴神 剣二』は気合を入れて走り出した。

 突然走り出した剣二を追うように、もう1人『不動 銃四郎』も走り出す。

 

 

「おい待て剣二!」

 

「もたもたしてると置いてくぜ! おっさん!」

 

「おっさん言うな!!」

 

 

 暢気なやり取りをしつつ、2人の青年は現場へと着実に足を進めていた。

 

 

 

 

 

 2人が向かった先では、3色の戦士と紫色の兵士────『遣い魔』達、そして見慣れぬ機械兵士と1人だけデザインの違うフォークのような化物が小競り合っていた。

 

 剣二は状況を目を閉じて見開いて、目を擦って見開いてと、何度も凝視した。

 何をしても光景は変わらない。遣い魔はともかく、何だかジャマンガっぽくないのが沢山いる。

 

 

「一体どうなってんだ!? 遣い魔はいるけどよ……」

 

 

 状況の飲み込めない剣二は、何か知らないかな、と、ちらりと銃四郎を見てみる。

 だが、銃四郎も同じく状況を飲み込めていない。

 銃四郎は戦いの様子を見て、折り畳み式の携帯のような物、『ショットフォン』を取り出して通信を始めた。

 

 

「……こちら不動、遣い魔を発見しましたが、見慣れない連中がいます」

 

 

 通信相手は彼等の本拠地、『S.H.O.T』。

 あけぼの署の地下にその本拠地を置く『対魔戦特別機動部隊』の事だ。

 そして彼等2人はそこの職員であり、『魔物』と戦っている。

 その通信にはS.H.O.T司令の『天地 裕也』が答えた。

 

 

『こちらでも確認している。3色の戦士、特命戦隊ゴーバスターズに協力するんだ』

 

 

 その言葉を聞いた銃四郎は首を傾げ、横で聞いていた剣二も割り込んできた。

 

 

「どういう事だよそれ!」

 

『詳しい事は後で説明する。ただちに魔物とヴァグラスを殲滅するんだ』

 

 

 ヴァグラス、2人も名前ぐらいは聞いた事はあった。

 最近世間を騒がせている怪物達の事であると。

 目の前にいる見慣れない機械連中がそうなのであろうか?

 疑問が拭えないが、銃四郎は渋々と「了解」と言い、通信を切った。

 

 

「行くぞ、剣二。町のみんなを守るんだ」

 

 

 サングラスを外す銃四郎。

 剣司ももやもやが晴れないが、今すべき事は理解していた。

 

 

「あーっ、くそ! 悪の組織は『ジャマンガ』だけで十分だぜ!」

 

 

 怒鳴るようなぼやく様な言い方をしつつ、剣二は腰のゲキリュウケンを手に取る。

 銃四郎も同じようにゴウリュウガンを手に取った。

 

 

「ゲキリュウケン!」

 

「ゴウリュウガン!」

 

 

 それぞれが手に持つものの名前を呼ぶと、ゲキリュウケンは青い大型の剣に、ゴウリュウガンは赤い巨大な銃へと変わった。

 

 

「リュウケンキー!」

 

 

 剣二は1本の鍵を取り出し、展開させる。

 そしてゲキリュウケンの柄を操作する。

 するとゲキリュウケンの中央、龍を思わせるレリーフを上に上がり、鍵穴が出現。

 その鍵穴に今取り出した鍵を差し込み、半回転させる。

 最後に、再び柄を操作してレリーフを下に下げた。

 

 

「発動!」

 

 

 ────チェンジ、リュウケンドー────

 

 

 先程まで話していたゲキリュウケンの声が、戦士の名を告げる。

 剣二はゲキリュウケンを天高く掲げた。

 

 

「撃龍変身!!」

 

 

 掲げられたゲキリュウケンの先端から青い龍が上空高く飛び出した。

 そしてそれは一気に降下し、剣二の胸に吸い込まれるように体内に入っていく。

 見る見るうちに剣二の体には鎧が装着されていった。

 ゲキリュウケンと同じような配色をしている、青い体を持った龍の戦士。

 鳴神剣二の戦士としての姿。

 

 

 

 『魔弾剣士 リュウケンドー』。

 

 

 

 銃四郎も剣司と同じく、1本の鍵を取り出し、展開させた。

 

 

「リュウガンキー!」

 

 

 そしてゴウリュウガンのグリップ、詳しく言えばマガジンを挿入する部分に鍵を差し込み、半回転。

 そして鍵を強く叩き、鍵を完全にゴウリュウガンに装填した。

 

 

「発動!」

 

 

 ────チェンジ、リュウガンオー────

 

 

「剛龍変身!」

 

 

 ゴウリュウガンを上空に向け、一度引き金を引く。

 すると、銃口から銀色の龍が空高く昇っていき、勢いよく降下。

 銃四郎と一体化するように龍は銃四郎の胸に吸い込まれていく。

 そして、銃四郎もその姿を変えた。

 ややメカニカルな外見と、銃を持つ姿。

 

 

 

 『魔弾銃士 リュウガンオー』。

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!!」

 

 

 勢いよく、青い戦士が跳び込んできた。

 辺りのバグラーと紫色の兵士達を切り裂いていく。

 戦いの最中に突然乱入した青い剣士。

 その光景はゴーバスターズに少し前の出会いを想起させ、レッドバスターはその時と同じ事を聞いた。

 

 

「お前は……?」

 

 

 だが、言葉の返答よりも前に、更なる乱入者が現れる。

 バグラーと紫色の兵士達を銃で次々と撃ちぬき、近づく敵は肘や足を使いつつ、銃を叩きつける攻撃などを繰り出し難なく倒していく赤い戦士。

 そして2人は揃って名乗りを上げた。

 

 

「リュウケンドー!」

 

「リュウガンオー!」

 

 

 それぞれの戦士としての名を名乗り、最後にそれぞれの剣と銃を構え、2人同時に叫んだ。

 

 

「「ライジン!!」」

 

 

 その2人は名乗りを上げた後、目の前の敵を斬り倒し、撃ち倒していく。

 何の苦も無くバグラーや紫色の兵士を倒すところを見ると、ゴーバスターズにも引けを取らない力だ。

 ゴーバスターズも戦闘を再開し、辺りの敵を蹴散らしていく。

 

 戦闘の最中、レッドバスターとリュウケンドーが背中合わせになった。

 

 

「リュウケンドー……だったな、何者なんだ?」

 

「俺? 俺はジャマンガと戦う魔弾剣士。

 えーっと、アンタらはゴーバスターズでいいんだよな?」

 

「ああ。ジャマンガって、この紫色か?」

 

「こいつらはジャマンガの遣い魔。まあ、雑魚ってやつだ」

 

 

 遣い魔は攻撃されると奇妙な呻き声と共に倒れ、消えていく。

 どういう存在なのかは分からないが、そこまでの脅威ではないらしい。

 と、なれば現状注意すべきはフォークロイドのみ。

 

 バグラーと遣い魔の混成戦闘員達と戦っていると、バイクの音が聞こえてきた。

 段々近づいているのが分かる。

 その場にいる全員がそれに気づき、振り向いた。

 

 

「誰だ!?」

 

 

 フォークロイドの声に、電子音声が答えた。

 

 

 ────ATTACK RIDE……BLAST!────

 

 

 バイクの音に振り向いた敵は全員撃たれ、戦闘員達は一撃で、フォークロイドもダメージを追っていた。

 バイク、マシンディケイダーの主であるディケイドがライドブッカーを銃の形に変形させ、カードの力で弾丸を強化し、撃ち放ったのだ。

 マシンディケイダーの後部座席には響も座っていた。

 

 さらに、バイクは1台ではなく2台だった。

 もう1台には翼が乗っている。

 マシンディケイダーをその場に止め、戦闘に参加するディケイド。

 辺りの敵を銃撃で一掃した後、ライドブッカーを剣の形に変え、手近い敵を切り裂いていく。

 響と翼もそれぞれ歌を歌い、シンフォギアを身に纏う。

 

 

「不動さん! なんか色々来たぜ!」

 

「ああ……彼らもゴーバスターズ、なのか?」

 

 

 リュウケンドーとリュウガンオーの驚く声に、ブルーバスターが戦いながらも答えた。

 

 

「いや。でも説明してる時間もないですし、とりあえず味方何で心配しないでくだ……さいッ!!」

 

 

 地面を一度強く殴るブルーバスター。

 すると、大きな振動が混成戦闘員達に伝わり、振動を感じた全員がその場に倒れてしまう。

 

 ゴーバスターズにはそれぞれ『ワクチンプログラム』というものが投与されており、それにより人間以上の力を得ている。

 それをバスタースーツでさらに強化しているのだ。

 ヒロムはスピード、リュウジはパワー、ヨーコはジャンプと言った具合だ。

 故に、ブルーバスターのそれは通常のバスタースーツで出せるパワーを遥かに超えたパワーを持っている。

 

 戦闘員達も大分減り、フォークロイドもその状況を見かねてか、積極的に戦闘に参加してきた。

 ディケイドは敵を倒しながらレッドバスターに向かって叫ぶ。

 

 

「話は聞いてる、早く行け!」

 

 

 その言葉に頷いて、ゴーバスターズは3人とも戦線を離脱した。

 

 

「おいおい! どこ行くんだよ!」

 

 

 まるで逃げるかのようなゴーバスターズを見て呆気にとられるリュウケンドー。

 そんなリュウケンドーにディケイドが駆け寄る。

 また見た事のない戦士だ。

 見たところ、仮面ライダーっぽい気もするが、士の記憶にこんな姿のライダーはいない。

 勿論、士がまだ見た事も無い仮面ライダーという可能性はあるが。

 

 しかし、今は敵を倒す事が最優先。

 疑問は後回しにし、リュウケンドーの疑問にディケイドは答えた。

 

 

「あいつ等はこれから出てくるデカブツの相手だ」

 

「デカブツぅ?」

 

 

 何の事だか分からないリュウケンドーは怪訝そうな声を出す。

 転送完了のカウントが始まってから、すでに4分を過ぎ、5分に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 あけぼの町に3機の大型マシンがやって来た。

 町の外れにあるエネトロンタンクの周辺で3機は止まる。

 それぞれスポーツカー、トラック、ヘリコプターを巨大化させたようなフォルムをしている。

 

 ゴーバスターズの3人は特命部から出撃してきたバスターマシンにそれぞれ乗り込む。

 

 レッドバスターはスポーツカー、『CB-01 チーター』。

 

 ブルーバスターはトラック、『GT-02 ゴリラ』。

 

 イエローバスターはヘリコプター、『RH-03 ラビット』。

 

 3人はそれぞれの操縦桿を握る。

 バスターマシンにはそれぞれのバディロイド達がコックピットの一部となる事で搭乗している。

 

 

『ヒロム! そろそろ来るぜ!』

 

 

 CB-01の操縦桿になっているヒロムのチーター型バディロイド、ニック。

 バイクのハンドルのような顔がCB-01の操縦桿だ。

 

 

「ああ、分かってる!」

 

 

 そう言ってレッドバスターはコックピットを操作し始めた。

 するとCB-01はスポーツカーの姿から人型のロボットに凄まじい速さで変形を果たす。

 『ゴーバスターエース』が今のCB-01の名称だ。

 手にはバスターソードを持ち、臨戦態勢を整えている。

 

 

『でも、敵は4体だよ? どうしよう!?』

 

 

 焦るように言うのはGT-02の車のハンドルのような操縦桿、リュウジのゴリラ型バディロイド、ゴリサキ。

 彼は弱気な面があり心配性だ。

 そうでなくとも4体のメガゾードはゴーバスターズも初体験。

 不安がるのも無理はない。

 

 

「何言ってんのゴリサキ。やる事は変わんないよ」

 

 

 対してブルーバスターは落ち着いた様子で答え、コックピットを操作する。

 GT-02もCB-01と同じく変形を果たし、その名と同じゴリラのような姿になった。

 

 

『こっちは空から援護! 分かってるヨーコ?』

 

 

 やや毒づく様な言い方で喋るのはRH-03で自分の長い耳に相当する部分を操縦桿のレバーとしている、ウサギ型バディロイドのウサダだ。

 その言い方に少しムッとするイエローバスター。

 

 

「もう、分かってるよ!」

 

 

 その言葉通り、RH-03は変形せずに空中で旋回している。

 RH-03は他の2機とは違い、空を飛ぶことが特徴。

 勿論その2機と同じように変形する事もでき、その際の姿はウサギ型のロボットだ。

 ただし、ウサギの形へと変形すると当然飛行能力は失われる。

 空中から攻撃できるというのは1つの利点だ。

 その為、今回は変形しないという選択をしている。

 

 3機が配置につき、臨戦態勢を整え終わりしばらくすると、上空の風景が歪みだした。

 それと同時に司令室の仲村からの通信が入った。

 

 

『3、2、1、来ます!』

 

 

 仲村のカウントが終わると同時に、上空の歪みから巨大な人型ロボットが地上に落ちる。

 4機は全て綺麗に着地し、ゆっくりと姿勢を直し、バスターマシンを見据えた。

 レッドバスターは敵メガゾード4機をモニターで確認し、静かに呟く。

 

 

「メタロイドのデータは……βにインストールされてるみたいだな」

 

 

 巨大な両腕が特徴的なやや丸いフォルムのタイプβ。

 その右腕は通常とは違い、巨大フォークになっている。

 メタロイドが現れるとそのデータを基にメガゾードも亜空間で改造され、それが送り込まれる。

 

 今回の素体はタイプβであるようで、『フォークゾード』とでも呼べばいいのだろうか。

 タイプα2機とタイプγ1機は素体状態のままだ。

 

 

「βとγが厄介だね。αを先に潰して、物量を減らそう」

 

 

 ブルーバスターの提案に全員が頷いた。

 タイプαは『バグゾード』という量産型メガゾードを射出してくる時がある。

 戦力そのものはそう強くもないが、物量差がただでさえある中でそれは厄介だ。

 しかもタイプαは2機。

 単純に考えれば普段のバグゾードの2倍の数が飛んでくる恐れがある。

 強敵は後回しにし、物量を減らすというのは当然の考えだ。

 

 

「ヨーコはβとγの攪乱。俺とリュウさんでαをやる」

 

 

 2人がレッドバスターの指示に「了解!」と強く返事をする。

 目の前のメガゾードは既に迫ってこようとしていた。

 ゴーバスターズの後ろにはエネトロンタンク。

 これだけは守り抜かなければならない。

 

 

「いくぞ!!」

 

 

 レッドバスターの一声で、3機のバスターマシンもメガゾードに果敢に立ち向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 一方、フォークロイドとバグラー、遣い魔を相手にするディケイド、リュウケンドー、リュウガンオー、響、翼。

 ディケイドとリュウケンドーがフォークロイドを相手にし、残る3人が戦闘員を引き受けるという状態になっている。

 

 決して苦戦しているわけではないし、まして押されているわけでもない。

 だが、戦闘員を相手にするリュウガンオーには1つ不安要素があった。

 

 

「あいつ等、何してんだ……」

 

 

 辺りの敵を蹴散らしながらリュウガンオーが呟く。

 視線の先には響と翼。

 翼は敵を着実に切り裂いているが、響はまるで素人のような動きで逃げ回るばかりだ。

 

 さらに気にかかるのが、翼がそんな響を全く気にしていない事。

 巻き込もうが何だろうが、お構いなしに見えたのだ。

 2人を見て、リュウガンオーの銃、ゴウリュウガンも冷静に言う。

 

 

『シンクロ率10%以下、喧嘩をしている時のゲキリュウケンと鳴神剣二以上に相性が悪い』

 

「そりゃまた相当だな……」

 

 

 剣二とゲキリュウケンは『喧嘩するほど仲が良い』を地で行っていると言っても過言ではない。

 だからこそ、戦いを続けていられるのだ。

 喧嘩する事はあれど、必ず和解して終わるのが剣二とゲキリュウケンだ。

 

 だが、目の前の2人はそうは見えない。

 喧嘩どころか口論すら起きていない。

 なのにこの合わなさは、最早本当に仲間同士なのかと疑うぐらいだ。

 

 

「ハァ、俺がしっかりしないとな……!」

 

 

 響と翼の素性をリュウガンオーは知らない。

 だが、どう見ても学生で、明らかに自分よりも年下なのはわかった。

 年長者として最大限フォローしてやるのが務めだろうとリュウガンオーは悟った。

 そしてついでに、心の中で否定する。

 

 

(だが、年上なだけで『おっさん』ではない!)

 

 

 剣二からの『おっさん』呼びを意外に気にしている銃四郎であった。

 

 

 

 

 

 一方のディケイドとリュウケンドー。

 相手にしているフォークロイドのフォークは鋭く、それでいてパワーもある。

 しかしリュウケンドーは怯む事無くゲキリュウケンを振るう。

 

 

「ったくマジでデカイのが現れやがって!」

 

 

 先程、戦っている最中に大きな地響きがしたので振り返ってみれば、巨大ロボが4体。

 さらにゴーバスターズのものと思わしき3機もだ。

 あんなものや目の前の怪人があけぼの町で暴れられては堪ったものではない。

 

 怒りをフォークロイドにぶつけていくリュウケンドー。

 さらにリュウケンドーが攻撃を弾かれた隙は全てディケイドが埋めている。

 ライドブッカーを剣に変形させ、リュウケンドーに合わせて斬りかかっているのだ。

 

 

「チィ……オォラ!!」

 

 

 フォークロイドが2対1という不利な状況に苛立ったのか、右手のフォークで大振りの一撃を見舞おうとした。

 攻撃を受け止め続けている2人にはフォークロイドがパワー系である事は既に分かっている。

 だからまともに受ける気など全くなかった。

 

 ディケイドはフォークロイドのフォークの間にライドブッカーの刃を滑り込ませ、その攻撃を受け止め、振り下ろす事でフォークを地面に固定した。

 何とか動こうとするフォークロイドだが、ライドブッカーとディケイドの力で地面に固定され、動けない。

 

 

「やれ!」

 

 

 ディケイドの声にリュウケンドーは返事をするよりも早く、ゲキリュウケンを何度も振るって動けないフォークロイドを斬りつけた。

 そして最後に一撃、下から斬り上げる。

 それに合わせてディケイドもフォークの固定を解除し、フォークロイドは後方に吹き飛んでいき、地面を転がった。

 

 

「なかなかやるじゃねぇか!」

 

 

 リュウケンドーがディケイドの胸を拳で2回ほど叩きながら意気揚々と言った。

 ディケイドは当然だ、とでも言いたげに鼻を鳴らして答え、叩いてくる腕を振り払う。

 

 

「貴様等ァ! 何を勝ち誇っている!!」

 

 

 だが、フォークロイドは未だ健在だ。

 すぐさま起き上がり、そのフォークを地面に叩きつけた。

 物に八つ当たりするような行動だった。

 だからディケイドもリュウケンドーも取り立ててその行動を気にしていなかったのだが。

 何とフォークを刺した個所から2人がいる位置までの地面が真っ二つに割れたのだ。

 

 

「うおぉ!!?」

 

 

 突然の地割れにリュウケンドーがバランスを崩すものの、何とか左に避ける事が出来た。

 隣にいるディケイドも右に転がって地割れに飲み込まれずに済んだ。

 

 

「馬鹿力だな……」

 

 

 そう言いつつ、ディケイドはライドブッカーを元の状態に戻し、カードを1枚取り出す。

 カードには紫色の鬼のような面が描かれている。

 それを今までのカードと同じ要領でディケイドライバーを操作し、装填した。

 

 

 ────KAMEN RIDE……HIBIKI!────

 

 

 その音声の直後、ディケイドの体は紫色の炎に包まれた。

 

 

「おお!? 今度は何だよ!」

 

 

 地割れを挟んで向こう岸にいるリュウケンドーは隣で戦う戦士が突如炎に包まれるのに驚いたようだ。

 紫の炎をその中にいるディケイドが払いのける。

 しかしその姿は既にディケイドではなく、紫色の鬼そのものだった。

 

 

「何だアレ!? 火炎武装かなんかか!?」

 

『しかし、原型が残っていないが』

 

 

 リュウケンドーは手に持つゲキリュウケンと顔を見合わせ、驚愕した。

 ゲキリュウケンも機械ながら、驚きを隠せないでいるようだ。

 

 リュウケンドーもその身に炎を纏い、『ファイヤーリュウケンドー』になる事は出来る。

 他にも『アクアリュウケンドー』という姿もあるが、いずれにしてもリュウケンドーとしての面影はちゃんと残している。

 

 だが、ディケイドが変身したその姿は原型などまるで留めておらず、完全に別人だった。

 その姿は『仮面ライダー響鬼』。

 ディケイドは他の世界の、全く別のライダーに姿を変える『カメンライド』を使う事ができる。

 ディケイド本人である証拠に、ベルトだけはディケイドライバーのままだ。

 

 

「どいつもこいつも、似たような反応をするな……」

 

 

 両手を二度叩きながらぼやくディケイド。

 

 ディケイドはこの1ヶ月の間にノイズ討伐の際に他のライダーの姿になった事がある。

 いつぞや、ノイズ発生の際に高いビルに取り残された人を救助する為、『クウガ』の青い姿、『ドラゴンフォーム』に変身した時だ。

 クウガのドラゴンフォームは凄まじい跳躍能力を持っており、無事、その人は保護された。

 

 その時、ディケイドの面影など欠片もない姿にゴーバスターズや響も今のリュウケンドーと似たような反応をしていた。

 口には出していないが翼も驚いたような表情をしていたし、モニター越しの二課や特命部の面々も驚きの声を上げていたらしい。

 

 

「よ、呼ばれましたか!? 私?」

 

「……お前とは関係ない」

 

 

 一方、ディケイドが響鬼に変身した時の電子音声を聞いて、戦闘員から逃げ回る響が逃げるのを続行しつつ、反応を示した。

 実はカメンライド自体はこの世界ではあまりしておらず、クウガ以外にはなっていない。

 その為、この響鬼の姿は響や翼にとって見るのは初めてなのだ。

 翼やリュウガンオーもリュウケンドー同様、やや驚きを隠せていない。

 

 間抜けな質問をする響に呆れつつ、ディケイド響鬼はさらにカードを取り出し、ベルトを操作し、装填した。

 

 

 ────ATTACK RIDE……ONGEKIBOU REKKA……!────

 

 

 カードを発動させた後、自分の腰の後ろに手を回す。

 すると両手に2本の棒、先端には鬼の顔が象られた石がはめ込まれている。

 太鼓のバチのようなそれは『音撃棒 烈火』。

 仮面ライダー響鬼の武器だ。

 ディケイド響鬼はそれを構え、音撃棒の先端にある石に力を込める。

 すると、先端の石から炎が現れる。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 そして太鼓を叩くように音撃棒を振るうと、炎は音撃棒を離れ、フォークロイドに飛んでいった。

 音撃棒から離れた炎は弾丸と化し、フォークロイドを直撃する。

 それを何度も繰り返し、炎の弾丸をディケイド響鬼は当て続ける。

 

 

「グォ! アチィなこの野郎ォ……!!」

 

 

 凄まじい熱気を浴び続けるフォークロイドはその威力も相まって苦しんでいた。

 その隙を見計らい、ディケイド響鬼は炎の弾丸を連射しながら一気に詰め寄った。

 

 

「鉄は熱いうちに叩け……ってなッ!!」

 

 

 接近し、音撃棒をバチに、フォークロイドの胴体を太鼓として思い切り叩く。

 響鬼はパワフルな戦士で、ディケイドはその力をも完全に模倣する事が出来る。

 その腕力から繰り出される音撃棒の一撃はフォークロイドに確実にダメージを与えた。

 さらに、太鼓を何度も叩くように、ディケイド響鬼は音撃棒でフォークロイドを叩き続ける。

 そして最後に一撃、両方のバチで同時に、力を込めた強烈な一撃を叩きこんだ。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 攻撃を喰らったフォークロイドは吹き飛ぶ事は無かった。

 しかし、人間で言えば鳩尾に一撃を喰らった時のように体をくの字に曲げて苦しんでいる。

 幾度もの音撃棒による胴体へのダメージが蓄積しているのだろう。

 

 

「決めるぞ」

 

 

 ディケイド響鬼は元のディケイドの姿に戻り、後ろで呆然と今の戦いを見ていたリュウケンドーを見やる。

 

 

「お、おう! こっちも行くぜゲキリュウケン!」

 

 

 その声に戸惑いつつも、リュウケンドーは腰の『マダンキーホルダー』から1本の鍵を取り出した。

 

 

「『ファイナルキー』!」

 

 

 ファイナルキー。

 その名の通り、リュウケンドーが必殺の一撃を繰り出す時の鍵だ。

 リュウケンドーは変身の時と同じようにゲキリュウケンを操作し、鍵を発動させた。

 

 

「発動!」

 

 

 ────ファイナルブレイク────

 

 

 ゲキリュウケンが必殺の名前を告げる。

 同時に、ゲキリュウケンの刀身に青い輝きが発生し、力を帯びていく。

 

 ディケイドはその様子を見た後、フォークロイドに一度蹴りを入れ、吹き飛ばして距離を置いた。

 そしてライドブッカーからディケイドの紋章が描かれた黄色のカード、『ファイナルアタックライド』のカードを取り出し、ベルトを操作し、そのカードを発動した。

 

 

 ────FINAL ATTACK RIDE……DE・DE・DE・DECADE!────

 

 

 変身の時とは違うスクラッチ調の音声が鳴り響く。

 音声の後、先程の黄色のカードが10枚、ディケイドとフォークロイドの間に出現する。

 人間大に巨大化したようなカードの形をしたエネルギーがディケイドとフォークロイドの間を一直線に繋いだのだ。

 ディケイドはライドブッカーを再び剣の形に変え、構える。

 

 そして2人の戦士は同時にフォークロイドめがけて突進した。

 ディケイドはカード型エネルギーを次々と通り抜け、リュウケンドーはゲキリュウケンを振るって。

 ダメージを受け、尚且つ吹き飛ばされて起き上がる途中のフォークロイドは身動きが取れない。

 

 

「ゲキリュウケン! 魔弾斬り!!」

 

「ハァァァァッ!!」

 

 

 リュウケンドーが技の名前を宣言し、ディケイドは気合を入れるように雄叫びを上げる。

 そしてリュウケンドーはフォークロイドの左側を、ディケイドが右側をすれ違いざまに、己の剣で切り裂いた。

 

 

「グアァァァァァッ……!!」

 

 

 断末魔を上げながら、フォークロイドは倒れ、爆散。

 ディケイドはライドブッカーの刀身を撫でる。

 リュウケンドーはゲキリュウケンを再び構え直し、弔うような一言をフォークロイドに贈った。

 

 

「闇に抱かれて、眠れ……!」




────次回予告────
ジャマンガとは違う変な奴らが現れた!?
おまけにデカイ敵まで出てきちまった。
俺にも不動さんにもわけわかんねぇ。
でも、あけぼの町を守るのは変わんないぜ!
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第15話 一体となった力

「『レゾリューションスラッシュ!!』」

 

 

 レッドバスターの叫びと共に、ゴーバスターエースがエネトロンをチャージしたバスターソードをタイプαのうち1体に振るう。

 その一閃は見事にタイプαを一刀両断し、破壊した。

 しかし未だもう1体のタイプα、タイプβが素体のフォークゾード、そして強敵のタイプγが残っている。

 

 

「クソッ、α1体にエネトロンを使いすぎたか……!」

 

 

 バスターマシンはエネトロンで稼働しており、その必殺技はエネトロンを多大に消費する。

 むやみやたらに必殺技は打てない。

 ゴーバスターエースのエネトロン残量はまだあるし、稼働も戦闘もこなせる範囲内だ。

 

 しかしそれは相手が残り1体程度ならばの話。

 此処からの戦闘を考えればどう考えてもゴーバスターエースのエネトロン残量は少なすぎた。

 しかし考えていても仕方がない、レッドバスターはゴーバスターエースを2体目のタイプαに向けた。

 が、既に2体目のタイプαはGT-02に追い詰められているようだった。

 ゴーバスターエースの様子に気づいたのか、ブルーバスターから通信が入る。

 

 

「ヒロム! こっちはいいからβとγを!!」

 

 

 そう、空という有利な位置から攻撃しているとはいえ、RH-03が単独で2体を足止めしている状態なのだ。

 そちらをいつまでも放っておくわけにもいかない。

 

 

「分かりました!!」

 

 

 通信に答え、レッドバスターは急ぎタイプβとタイプγに機体を向けた。

 見ればRH-03が空中というアドバンテージを生かし、敵を翻弄していた。

 しかし翻弄しているだけ。

 実際、タイプβとタイプγにあまりダメージはないし、RH-03にゴーバスターエースのような決め技は無い。

 ゴーバスターエースはバスターソードを構え、タイプβとタイプγの2体に突進していった。

 

 

 

 

 

 一方、フォークロイドを倒し、戦闘員も全滅。

 ディケイド達の方は完全に片付いていた。

 彼らは今、ゴーバスターズの戦いを見ていた。

 

 

「さすがにあんなデカイ敵は初めてだぜ」

 

 

 リュウケンドーの呟きにリュウガンオーも頷く。

 彼らの戦う悪の軍団、ジャマンガは巨大な敵をぶつけてくる事もある。

 だが、50mクラスの敵はさすがに経験がない。

 剣二はリュウケンドーになって日が浅いというのもあるが、先輩の銃四郎ですら戦った事のない巨大さ。

 

 ディケイドは戦った事がないわけではないが、その時は他のライダーが必ずいた。

 だが今回は自分1人。

 

 シンフォギア装者はというと、響は言わずもがなとしても、翼も巨大な鋼鉄の兵器と戦った事などない。

 と、此処でゲキリュウケンがリュウケンドーに提案した。

 

 

『剣二、アクアリュウケンドーだ。あれなら巨大な敵でも凍らせる事が出来る』

 

 

 唐突なゲキリュウケンの声に、リュウケンドーとリュウガンオー以外の面々がリュウケンドーの剣を見た。

 

 

「意思があるのか……」

 

 

 冷静なディケイドの言葉だが、響や翼は呆気にとられている。

 まさか剣に意思があるなんて。

 ゴーバスターズやディケイドと合流して、シンフォギア以外の『力』を目にしてきたが、喋る剣とお目にかかるのは初だ。

 武器や物に意思がある、そんな事考えもしていなかった。

 

 一同の驚きを余所に、リュウケンドーは納得したように頷いた。

 

 

「成程……! おっしゃ!」

 

 

 リュウケンドーはすぐさまゲキリュウケンを操作し、マダンキーホルダーから1本の鍵を取り出した。

 それは先程まで使っていた鍵とは違う水色の鍵。

 

 

「『アクアキー!』」

 

 

 そして、変身の時と同じ要領で鍵をゲキリュウケンに差し込み、力を解放。

 

 

「発動!」

 

 

 ────チェンジ、アクアリュウケンドー────

 

 

 ゲキリュウケンの発した声に続き、リュウケンドーも唱えた。

 

 

「氷結武装!」

 

 

 氷の龍がリュウケンドーを中心に回る。

 そしてその龍は変身の時のようにリュウケンドーと一体化。

 一瞬、冷気が放たれる。

 するとリュウケンドーの姿は変わっていた。

 胸や肩を中心に水色の装飾が増え、『氷の剣士』とでも言うべき印象に変わったリュウケンドー。

 

 

「うひゃぁ!? な、なんですかぁ!?」

 

 

 その様子を見ていた響の素っ頓狂な声に答えるかの如く、リュウケンドーは名乗りを上げた。

 

 

「アクアリュウケンドー、ライジン!」

 

 

 アクアリュウケンドー。

 それは水と氷の力を使う事が出来るリュウケンドーの姿。

 

 

(ほう、アイツも色や姿を変えられるのか)

 

 

 響や翼がその様子に驚く中、ディケイドは冷静にその光景を見ていた。

 仮面ライダーにも状況に応じて自分の姿を変化させる者がいる。

 リュウケンドーもその類であるようだった。

 仮面ライダーとはどうも違う気がするリュウケンドーだが、やっている事は似ている。

 少なくともディケイドはそう感じていた。

 

 そして、アクアリュウケンドーにゲキリュウケンがさらにもう一言助言した。

 

 

『『獣王』だ!』

 

「分かってるって!」

 

 

 アクアリュウケンドーはさらにもう1本、鍵を取り出した。

 アクアキーと同じく水色の鍵だ。

 

 

(あの鍵が奴らの力か)

 

 

 ディケイドは彼らが先程から使う『鍵』を見た。

 その鍵は『マダンキー』。

 簡単に言えば魔力が詰まった鍵であり、それを解放するのがゲキリュウケンやゴウリュウガンだ。

 例えば変身の時の『リュウケンキー』や『リュウガンキー』。

 必殺技を放つ時に使っていた『ファイナルキー』。

 

 今使ったのは『アクアキー』。

 用途や能力は様々で、その鍵の力を引き出して彼らは戦うのだ。

 

 

「『シャークキー』!」

 

 

 そしてまた、新たなキーの名前。

 それを先程までと同じように発動する。

 

 

「召喚!」

 

 

 ────アクアシャーク────

 

 

 唯一違うのは、アクアリュウケンドーが放った言葉が『発動』ではなく『召喚』である事だ。

 ゲキリュウケンの声の後、アクアリュウケンドーはゲキリュウケンの剣先を空中に向けて叫ぶ。

 

 

「いでよ、『アクアシャーク』!」

 

 

 ゲキリュウケンの剣先から水色の光が飛び出す。

 それは少し上空で何かに当たるように突然止まり、その光は一瞬で水色の魔法陣を作り上げた。

 その中から一匹の鮫が飛び出してくる。

 ややメカニカルな外見をして、色はアクアリュウケンドーに合わせるかのように水色。

 獣王とは、リュウケンドーやリュウガンオーをサポートする仲間の事だ。

 そしてアクアシャークはアクアリュウケンドーを支援する鮫型獣王である。

 

 

「『アクアボード』!」

 

 

 召喚されたアクアシャークに対し、何かの命令のようにアクアリュウケンドーが叫ぶ。

 それに呼応するようにアクアシャークはみるみる変形していく。

 その形は正しくボード。

 空中に浮かび、アクアリュウケンドーを運ぶアクアシャークのもう1つの姿だ。

 変形したアクアシャークにアクアリュウケンドーは飛び乗り、アクアシャークはタイプαに凄まじい速度で向かっていった。

 

 

「剣二に負けてられないな……『ウルフキー』!」

 

 

 メガゾードに向かっていくアクアリュウケンドーを見やりながら、リュウガンオーもマダンキーを取り出す。

 そしてそれを変身の時と同じように、ゴウリュウガンに装填した。

 

 

「召喚!」

 

 

 ────バスターウルフ────

 

 

「いでよ、『バスターウルフ』!」

 

 

 言葉と共にゴウリュウガンの銃口を空中に向けて引き金を引く。

 弾丸は空中で何かにぶつかるように止まり、先程のアクアリュウケンドーがしてみせたように赤色の魔法陣を形成した。

 そしてその魔法陣からメカニカルな外見の狼が飛び出す。

 獣王バスターウルフ。

 リュウガンオーを支援する、ゴウリュウガンに次ぐ相棒だ。

 

 バスターウルフはすぐさまその姿を変形させた。

 その姿は先頭に狼の頭がついた二輪のバイク、『ウルフバイク』だ。

 リュウガンオーはそれに跨り、ゴウリュウガンを構えながらアクアリュウケンドーと同じくタイプαに向かっていく。

 

 その様子を見たディケイドはマシンディケイダーに跨り、アクアリュウケンドー達を追うかのようにバイクを走らせた。

 翼もまた、天羽々斬の得意分野である機動性を生かしタイプαに接近していく。

 1人置いていかれるわけにもいかず、響もタイプαに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「『ファイナルキー』!」

 

 

 アクアリュウケンドーはアクアボードを軽快に操作して空中を駆け抜け、タイプαを翻弄。

 突然の乱入者にタイプαの相手をしていたブルーバスターは困惑するばかりだ。

 そんな様子を知ってか知らずか、アクアリュウケンドーは既に強烈な一撃を見舞おうとしていた。

 

 

「発動!」

 

 

 ────ファイナルブレイク────

 

 

 アクアリュウケンドーはアクアボードで一旦タイプαから距離を取る。

 そして、口上を発しながら一気にタイプαに接近していく。

 

 

「魔弾龍、獣王、剣士! 三つの力が、今1つになる!!」

 

 

 ゲキリュウケンを構え直し、アクアリュウケンドーは全力を込めた。

 

 

「『三位一体! 氷結斬り』!!」

 

 

 ゲキリュウケンをタイプαに向かって振りかぶった。

 すると、ゲキリュウケンの刀身から凄まじいまでの冷気が放出される。

 吹雪、それすらも凌駕するかもしれないとてつもない冷気だ。

 あまりの冷気はタイプαの巨体を見る見るうちに凍らせていき、タイプαは頭部以外の全ての部分が凍り付いていた。

 

 当然だろう、この攻撃はフォークロイドに浴びせた攻撃よりも遥かに強力なのだから。

 これはただの一撃ではなく、『三位一体』の技。

 通常の、ただの『氷結斬り』ならこうはいかなかった。

 相棒の魔弾龍、サポートメカの獣王、そして自分自身。

 この3体の力を合わせて解き放つ通常よりも強力な必殺技。

 それこそが三位一体なのだ。

 

 

「こっちは任せな!!」

 

 

 アクアリュウケンドーはGT-02にガッツポーズをしながら得意気な声を上げた。

 ブルーバスターとゴリサキからすれば、頼もしい以外の何者でもなかった。

 

 

「お願いします!」

 

 

 今の一撃でリュウケンドーという存在がメガゾードを相手に出来る程の力を持っている事を確信したブルーバスターは、迷わずGT-02をタイプβとタイプγに向け、ゴーバスターエースとRH-03の援護に入った。

 

 

「おい剣二! お前だけに良いカッコはさせないぜ!!」

 

 

 何処からか声が響いてきた。

 呼ばれたアクアリュウケンドーが声の方向、地面を見やる。

 ウルフバイクで疾走するリュウガンオーの姿があった。

 

 

「ファイナルキー! 発動!!」

 

 

 ────ファイナルブレイク────

 

 

 リュウガンオーもまた、リュウケンドーと同じく必殺の鍵をゴウリュウガンに装填。

 ゴウリュウガンの声の後、ウルフバイクを走らせながら立ち上がる。

 それと同時にウルフバイクのフロントフォークがせり上がり、前方に向く。

 そのフロントフォークには銃口があり、銃口を前方に構えるバイクという姿にウルフバイクは変形した。

 リュウガンオーはゴウリュウガンを構えて、宣言するように叫ぶ。

 

 

「魔弾龍、獣王、銃士! 3つの力が、今1つになる!」

 

 

 ゴウリュウガンの銃口とウルフバイクのフロントフォーク、その2つの銃口。

 その3つの銃口にエネルギーが溜まっていく。

 

 

「『三位一体! ドラゴンキャノン!!』発射!!」

 

 

 気合と共にゴウリュウガンの引き金を引くと、3つの銃口全てから赤い龍のエネルギーが飛び出す。

 巨大な3発の龍の弾丸は凍り付いているタイプαの左腕付近に直撃した。

 元が機械で凍り付いていたためか、直撃した部分は氷が砕けるように粉みじんに吹き飛んだ。

 

 

「ジ・エンド……」

 

 

 ウルフバイクを止め、タイプαに背を向けて呟いた。

 その言葉と共に、バランスの崩れたタイプαは凍り付いた体をそのままに崩れ落ちた。

 地面に激突したタイプαはバラバラに崩れ、内部の機械がショートしたのか爆発と共に完全に消え去った。

 機体の殆どが凍っていたところに先程のドラゴンキャノンが特大の衝撃となり、正しく氷が砕けるかのようにタイプαは粉々になったのだ。

 

 何より、リュウガンオーが放った技もまた、アクアリュウケンドーと同じく三位一体の技。

 その威力は凄まじい。

 

 

「ずるいぜおっさん! いいとこ取りなんてよー!!」

 

 

 アクアボードをリュウガンオーの横まで走らせ、アクアリュウケンドーは子供っぽい抗議をした。

 そんなアクアリュウケンドーにリュウガンオーはあくまでも落ち着いた姿勢で答えた。

 

 

「お前だってフォークみたいな奴を倒しただろ? お相子だお相子」

 

 

 しかしアクアリュウケンドーは拗ねたような態度のままだ。

 ディケイドと共に倒したのだから自分のいいとこじゃない、なんて思っているのだ。

 まだ1ヶ月と少しだが、剣二の人となりが分かってきた銃四郎にはそれが感じ取れた。

 それを言えばドラゴンキャノンでタイプαを粉砕できたのは剣二の御膳立てあってこそなのだが。

 そんな事を考えつつ、リュウガンオーの仮面の奥で銃四郎は「やれやれ」という顔で笑った。

 

 やや遅れてきたディケイド達はリュウケンドーとリュウガンオーの実力に驚いていた。

 

 

「あれだけの巨体をたった2人で……」

 

 

 2年以上戦い続けている翼ですら、驚愕の色を隠しきれない。

 ディケイドも実のところ、これには少し驚いていた。

 人と同じくらいの大きさのままで巨体の敵を撃破する。

 仮面ライダーにもできない事は無いかもしれない。

 とはいえ、リュウケンドーとリュウガンオーは真っ向から等身大で巨体を撃破して見せた。

 獣王という力を借りているとはいえその力には目を見張るものがある。

 

 

「なかなかやるらしいな……」

 

 

 自信家の士も、彼らの実力を少々認めている様子だ。

 しかし感心している場合ではなかった。

 何故ならまだ、戦いは続いている。

 

 

 

 

 

 

 

「『特命合体』!!」

 

 

 レッドバスターの掛け声とともに、3人は操縦席にあるタッチパネルに『GB5』のコードを入力する。

 すると、GT-02とRH-03が幾つかのパーツに分離、ゴーバスターエースも変形する。

 そしてパーツとなったGT-02とRH-03がゴーバスターエースに合体していく。

 これこそ、『コンバインオペレーション』による『特命合体』。

 3人の機体を1つに集め、より強力な力とする合体だ。

 

 

「「「『ゴーバスターオー』! レディ……ゴー!!」」」

 

 

 合体完了と同時に、3人が息を合わせて掛け声を発した。

 ゴーバスターオー。

 それこそ、合体を果たした3機の今の名前だ。

 手に持つバスターソードもRH-03のパーツが合体し『ブーストバスターソード』となりパワーアップしている。

 

 ゴーバスターオーは3つの力を合わせた機体。

 当然、その力は合体前の3機を上回り、これを超えるメガゾードは今の所存在しない。

 だが、ゴーバスターズが質だとすればヴァグラスは量。

 そして何よりもゴーバスターオーには無視しがたい欠点がある。

 3人はそれを誰よりも理解しているし、だからこそ3人は少し焦っていた。

 いや、3人だけでなくバディロイド達も。

 

 ブルーバスターからレッドバスターに向けて通信が入る。

 

 

「どうするヒロム! 『ディメンションクラッシュ』は一発が限界だよ!」

 

 

 そう、ブルーバスターの言うそれこそがゴーバスターオーの欠点。

 ゴーバスターオーは確かに強い。

 だが、パワーの代わりに合体時、そして必殺技を放つときに大量のエネトロンを消費するのだ。

 元々、ディメンションクラッシュはゴーバスターオーの半分以上のエネトロンを使って放つ大技。

 それを避けられたり破られたりすればその後の戦闘続行は極めて困難、絶対的な不利が待っている。

 

 相手は2体。

 2体同時に決める事も考えたが、何せタイプβはメタロイドのデータをインストールされてチューンナップされていて、タイプγはそもそもゴーバスターオーでないと対応できない強敵。

 同時に倒す事はほぼ不可能。

 そしてそれは、どちらか片方に確実に止めが刺せないという事を意味していた。

 

 だが、そうしてどちらに技を出すか決めあぐねているうちに数が多いヴァグラス側が徐々にゴーバスターオーを圧し始めた。

 

 

「クッ……!!」

 

 

 普段冷静なレッドバスターもこの状況には焦りの色が隠せない。

 打開策は無いのか。

 その考えだけが頭の中をぐるぐると回っていた。

 

 

 

 

 

 先程消えたエンターは遠くのビルからゴーバスターオーとメガゾードの様子を伺っていた。

 表情は非常に愉快そうに笑っている。

 

 

「フム……ゴーバスターズもなす術がないようですね」

 

 

 くるりと回り、表情を一転、真剣な表情になる。

 

 

「しかしあのリュウケンドーとリュウガンオーなる者達……随分と力がある。

 まさか、メガゾードが1機やられるとは」

 

 

 ゴーバスターズの機体のような存在にしかメガゾードは破れない。

 エンターはそう思っていたのだが、例外が現れてしまった。

 ひょっとしたらゴーバスターズが1ヶ月程前に組み始めた連中もそれぐらいの力があるのかもしれない。

 そう考えると、ゴーバスターズを追い詰めているとはいえ、楽観はできなかった。

 

 例え此処でゴーバスターズを潰せたとしても残った連中が必ず抵抗するだろう。

 それにどちらにしてもヴァグラスの目的の為にはエネトロンが必要だ。

 どんな形であれ、次なる一手は確実に必要となる。

 

 考えを巡らせる中、エンターの周りが突然暗くなった。

 

 

「……ん?」

 

 

 辺りを見渡す。

 どうやら日の光が何かに遮られているらしい。

 と、なれば原因は当然上空。

 上を見上げたエンター。

 

 

オーララ(おやおや)……」

 

 

 エンターの視界はあるもので埋まっていた。

 巨大な鳥、大型の機械。

 空中を浮遊するそれは、輸送機といったところだ。

 

 だとすれば、一体何を運んでいるというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

『ヒロム! こっちに何か来る!』

 

 

 ニックの発言にレッドバスターはレーダーが反応を示している方向を向いた。

 それを見た時ゴーバスターズの3人とバディロイド3体、そして敵メガゾードですら一瞬動きを止めた。

 巨大な輸送機らしき飛行物体がゴーバスターオーから見て遥か斜め上に位置していた。

 

 輸送機の下部が開き、『何か』が発進する。

 それも1機ではない。

 次々と投下されていき、合計4機のマシンが輸送機らしき飛行物体から出現した。

 4機のマシンはそれぞれ、1機の戦闘機、2機の軽戦車、1機の重戦車という編成だった。

 しかし、驚くべき事が起きた。

 4機のうちの2機の軽戦車型が変形したのだ。

 片方はサイのような姿に、もう片方はライガーのような姿に。

 

 

「変形しただと……!?」

 

 

 レッドバスターは自分達の今乗っている機体と似ている、と思った。

 CB-01、GT-02、RH-03はCB-01のみゴーバスターエースへの変形機構を持つが、バスターアニマル形態とバスタービークル形態はその3機全てが持っている機能だ。

 謎の4機のうち2機が行った変形は、正しくそれを想起させるものだった。

 

 サイ型の機体とライガー型の機体はタイプβに飛びかかった。

 突然の攻撃にタイプβも怯み、後ずさってしまう。

 

 さらに残る2機、他の3機よりも小型な戦闘機型の機体は人型に変形し、ダガーのようなものをタイプγに投げつけた。

 攻撃が当たったタイプγはダメージこそ見受けられないものの、その衝撃でややふらつきを見せた。

 そして他の3機よりも大型の重戦車型は見かけどおり、砲撃でγを攻撃し始めていた。

 

 

「味方なの……?」

 

 

 イエローバスターの問いに答えられる者は誰一人としていない。

 だが、ブルーバスターは別の形での回答を持ち合わせていた。

 

 

「……まさか!!」

 

 

 4機を見てずっと引っかかりを覚えていたブルーバスターが何かに気付き声を上げた。

 レッドバスターはそれに対し、「どうしたんですか」と尋ねた。

 その問いにブルーバスターはすぐに、しかし狼狽えながら答えた。

 

 

「多分、あの4機は……」

 

 

 4機の猛攻でタイプβとタイプγは押されている。

 ゴーバスターオーは立ち尽くすばかりだ。

 

 ブルーバスターの次の言葉を待たず、謎の4機のマシンは上空に飛び、変形を始めた。

 サイ型の機体とライガー型の機体は軽戦車型へ戻り、重戦車型はその姿を人型に近い形に変形させた。

 そして重戦車型の右足にライガー型だった軽戦車型が、左足にサイ型だった軽戦車型が合体する。

 そして、頭部には戦闘機型が合体。

 戦闘機型が変形した頭部は人の顔に近い。

 そう、4機は1つの人型の機体に合体したのだ。

 まるでゴーバスターオーのように。

 

 その姿を見てブルーバスターの考えは確信に変わった。

 それは世界中で噂され、謎の存在となっているロボットの姿そのものだった。

 ブルーバスターはその名を、ゆっくりと告げた。

 

 

「ダンクーガ……!!」




────次回予告────
今度はダンクーガとかいう妙なロボットまで出てきたぜ。
どうなっちまうんだよあけぼの町!?
驚きの連続だけど、この町は絶対に守り抜いてやるぜ!
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第16話 天秤を傾けた調停者

 世界中でその姿が目撃され、戦争に介入する存在。

 そしてその戦力を均等になるように優勢な方に攻撃をすると去っていく謎のロボット。

 紛争を調停するその姿は、各地の戦場で希望であり、恐怖の対象である。

 それが、その『ダンクーガ』が、今まさに目の前に出現していた。

 

 呆気にとられるゴーバスターズを余所に、ダンクーガは合体を完了すると機体を少しゴーバスターオーに向けた。

 

 

「初めまして、ゴーバスターズ」

 

 

 ダンクーガの女性パイロットの声が戦場全体に響く。

 こちらへの通信方法が分からないからだろう。

 ゴーバスターズもダンクーガへの通信方法は分からないので、同じく辺り全体に聞こえるように通信機器を設定して応じた。

 

 

「ダンクーガ、か……!?」

 

「あら? ご存じとは光栄ね。正確には『ダンクーガノヴァ』、なんて言うらしいけど」

 

 

 レッドバスターの言葉に飄々とした口調で声が返ってくる。

 

 

「この戦いに介入するのか。目的は!」

 

 

 レッドバスターの口調は強めだった。

 その理由は、相手がダンクーガであるからだ。

 戦争中に戦力を均等にする行いは、決して良い事ではない。

 何故なら戦力が均等になれば決着はつかず、悪戯に戦闘を長引かせているだけ。

 ダンクーガがやっている事はそういう事なのだ。

 

 ダンクーガはお互いの戦力を均等にするため、負けている方の味方に付く。

 今、負けているのはゴーバスターズの方だ。

 そう考えれば増援が来たとも思えるだろう。

 だが、これまでの戦争での行いを鑑みれば信用できるような相手ではなかった。

 

 レッドバスターの強い口調にも動じず、女性の声は答える。

 

 

「ダンクーガは負けている方の味方……なんだけど、今回はちょっと事情が違うの」

 

 

 その言葉を引き継ぐように、別の女性の声がダンクーガから響く。

 

 

「人類の敵はダンクーガの敵。って事らしいわ」

 

 

 どうやらパイロットは複数らしい。

 合体前は4機だったのだから当然ともいえるが。

 さらにその言葉を継ぎ、今度は男性の声がした。

 

 

「そういうわけだ、助太刀させてもらうぜ」

 

 

 さらに最後に、その言葉を補足するかのように先程の男性よりも冷静そうな男性の声が辺りに響く。

 

 

「今回の目的はヴァグラスの殲滅。戦力を均等にする事ではないので、安心してください」

 

 

 つまるところダンクーガは今回、ゴーバスターズ達の完全な味方、という事らしい。

 願ってもいない展開ではある。

 だが、今までの世界各国での行いを考えると信用できるかは微妙なところだ。

 

 とはいえ敵であると断言できる材料もない。

 そして今すべきはヴァグラスを倒し、エネトロンを守る事。

 であれば、答えは1つ。

 

 

「……分かった。ダンクーガはタイプβ、フォークの方を頼む」

 

 

 協力の申し出に応じる事をレッドバスターは決断した。

 ブルーバスターもイエローバスターもその決定に文句は無かった。

 現状における最善の決断だろう。

 

 

「オッケー。それじゃあいっちょ……」

 

 

 最初の女性の声が軽い調子で響いた。

 そして、自らに気合を入れる言葉なのか、非常に気迫の籠った一言が戦場に響く。

 

 

「やってやろうじゃん!!」

 

 

 その言葉が戦闘再開の引き金になった。

 

 

 

 

 

 目的が何であれ、助っ人が来たことは非常に頼もしかった。

 例えタイプγであってもゴーバスターオーで1対1なら問題なく戦える。

 一方のダンクーガもタイプβ、フォークゾード相手に優勢だった。

 基本的には殴る、蹴るといった方法でフォークゾードを追い詰めている。

 その動作は非常に軽快だ。

 何より、ダンクーガの力はフォークゾードを寄せ付けていなかった。

 各地の戦場を戦い抜ける程の実力は伊達ではないようだ。

 

 通信は既にカットしているので、ダンクーガのパイロット達が何を話しているのかはゴーバスターズには分からない。

 

 

「朔哉、出番よ!」

 

 

 最初にゴーバスターズに話しかけた女性、容姿端麗なピンクに近い赤い髪をしている『飛鷹 葵』。

 ダンクーガ全体の操縦を担当し、戦闘機型──『ノヴァイーグル』に搭乗している。

 

 対して朔哉と呼ばれた男性、先程サイの姿に変形した軽戦車型、『ノヴァライノス』に搭乗する若々しい茶髪の青年、『加門 朔哉』は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑って答えた。

 

 

「おっしゃあ! 行くぜぇ!!」

 

 

 狙いを定めるように操縦桿ごと右手を前に突き出す。

 するとダンクーガそのものも右手を突き出した。

 握られた拳はフォークゾードに向いている。

 

 

「『ブーストノヴァ……ナックル』ッ!!」

 

 

 朔哉の気合の籠った叫びと共に、操縦桿のスイッチが押される。

 それと同時にダンクーガの右腕からロケットのように炎が噴出した。

 ダンクーガの右腕は文字通りロケットのようにフォークゾードに突進していく。

 正しくロケットパンチ、『ブーストノヴァナックル』。

 その一撃をフォークゾードは自らのフォーク、つまり右腕を体の前に出す事で防御しようとした。

 しかし、ダンクーガの力は生半可なものではない。

 フォークゾードを倒す事は無かったが、その拳はフォークゾードのフォークを砕き、ダンクーガの腕に戻ってきた。

 様子を見て葵が不敵に笑う。

 

 

「これで丸裸ってわけね……」

 

 

 これで残るは止めのみ。

 葵はパイロット全員に叫ぶ。

 

 

「『断空砲』で行くわ!」

 

 

 その言葉には重戦車型、『ノヴァエレファント』のパイロットであるやや金髪がかった青年、『ジョニー・バーネット』が答えた。

 

 

「では、僕の出番ですね」

 

 

 ジョニーが辺りの機器を操作し、即座に準備を整えていく。

 ダンクーガの背中、両側の腰が変形し、砲台に。

 その砲台は当然ながら全て前方に、つまりフォークゾードを狙っている。

 

 

「アブソリュート・アクティブ・フォース・ジェネレーター安定!

 断空砲、アルティメットフォーメーション!!」

 

 

 ジョニーの宣言と共にダンクーガの両手が内部に収納され、代わりに砲台が飛び出す。

 さらにダンクーガ自身を支えるように両足からアンカーが飛び出し、地面に突き刺さった。

 ダンクーガの持つ全ての砲台を展開し、アンカーで機体を固定する。

 此処までの火器管制がジョニーの仕事だ。

 そして此処からの『発射』は先程ライガーの姿に変形した軽戦車型、『ノヴァライガー』のパイロットの仕事だ。

 

 ノヴァライガーのパイロット、ショートカットの青い髪が特徴的な『館華 くらら』が操縦席のトリガーを握る。

 目の前の画面にはロックオンカーソルとその先に映るフォークゾード。

 何秒も時間をかける事は無い。

 くららはものの数秒でフォークゾードに完全に狙いを定めた。

 

 

「断空砲! マキシマムレベル、シュゥゥートッ!!!」

 

 

 くららの強い叫びと共にトリガーは強く引かれた。

 ダンクーガの前方に向けられた全砲門から一斉に強力なエネルギーが放たれる。

 その大火力は容赦なくフォークゾードに炸裂。

 見るものを圧倒するであろう凄まじい一撃はフォークゾードを完全に包み込んでいる。

 砲撃が終了したとき、フォークゾードはまだ立っていた。

 否、原型を残しているだけである。

 既に今の一撃で内部の機械は完全に壊れ、外装もところどころ破損していた。

 

 バランスの制御はおろか動く事も完全にできなくなったフォークゾードは前のめりに倒れ、そのまま大きな爆発を起こして砕け散った。

 

 残ったのはフォークゾードだった残骸と、ほぼ無傷の状態のダンクーガだけだった。

 

 

 

 

 

 一方のゴーバスターオーとタイプγ。

 確かにタイプγはゴーバスターオーでしか対処できないほど強い。

 だが、裏を返せばゴーバスターオーなら対処ができるという事でもある。

 先程までは2対1だったから苦戦を強いられていた。

 しかし今なら何の問題も無い。

 

 ゴーバスターオーのブーストバスターソードによる斬撃はタイプγに確実に当たっている。

 3体合体を果たしたその攻撃は重く、タイプγにダメージを与えていた。

 しかしタイプγも強い事に変わりはない。

 エネトロンが切れる前に何としても決着をつけなくてはならない。

 

 

「止めだ!」

 

 

 レッドバスターの声と共に、ブルーバスター、イエローバスターがそれぞれの操縦席で必殺の一撃への準備を始める。

 

 

「エネトロン、インターロック!」

 

 

 イエローバスターが辺りの機器を操作し、ブーストバスターソードにエネトロンを送り出す。

 それに続いてブルーバスターも自身に与えられた役割を果たす。

 

 

「出力アップ。50%、60%……」

 

 

 ブルーバスターはレバーを押し続け、出力を上げていく。

 10%上がるごとにカウントが入る。

 そして、出力100%に到達した。

 それと同時にゴーバスターオーの胸部と足に取り付けられたGT-02のパーツ。

 そのタイヤ部分からエネルギーが発せられ、それによって発生した疑似亜空間フィールドでタイプγを捕まえた。

 

 

「ディメンションクラッシュ!!」

 

 

 ────It's time for buster!────

 

 

 レッドバスターが必殺の名称を宣言しつつ、モーフィンブレスのスイッチを押した。

 エネトロンが完全に充填されたブーストバスターソードを携え、ゴーバスターオーは身動きの取れないタイプγに全力で接近。

 そしてブーストバスターソードで一閃、タイプγを斬り裂いた。

 

 ゴーバスターオーは接近した勢いをそのままにタイプγの後方に抜け、急ブレーキをかけて止まった。

 疑似亜空間フィールドから解放されたタイプγはディメンションクラッシュの一撃に耐えきれず、爆散。

 つまり、ゴーバスターズが勝ったのだ。

 3人ともホッとしたように息をつき、作戦終了の言葉を司令室に向けて送った。

 

 

「シャットダウン、完了……!」

 

 

 計器を見れば、ゴーバスターオーのエネトロン残量は残り1桁までになっていた。

 ディメンションクラッシュの一撃を使ったのも大きいが、恐らくそれ以前に分離状態で戦っていたのもあるだろう。

 確かにゴーバスターオーでいるよりも3機で戦っていた方がエネトロンの減りは遅い。

 だが遅いだけで減りはするし、何よりCB-01に至ってはレゾリューションスラッシュという大技を使った後での合体であった。

 今回の苦戦の要因はそれだろう。

 リュウケンドーとリュウガンオー、そしてダンクーガには本当に助けられてしまった。

 勿論ディケイドや翼、響もだ。

 メタロイドを誰かに任せておかなければより苦戦を強いられていたに違いない。

 ゴーバスターズの3人だけでなくバディロイドも、司令室の面々もそれを感じていた。

 

 

「ダンクーガは……!?」

 

 

 レッドバスターが残り少ないエネトロンを使ってゴーバスターオーを動かし、ダンクーガがいる筈の方向にメインカメラを向ける。

 モニターに映ったのは既に4機に分離しているダンクーガの姿。

 4機は空中の輸送機に帰還しようとしていた。

 

 

「待て! お前達は……!!」

 

 

 追おうとするレッドバスターだが、ゴーバスターオーの残りエネトロン残量を考えれば追うのは最早不可能。

 そんな事は分かっていたが、今回は味方してくれたとはいえダンクーガが正体不明なのは変わらない。

 そんな存在を野放しにしておくわけにはいかない。

 レッドバスターのそんな感情を知ってか知らずか、ノヴァイーグルのパイロットの声が再び辺りに響く。

 

 

「またいずれ会うかもしれないわね。その時はよろしくね、ゴーバスターズ」

 

 

 それだけ言ってノヴァイーグルは輸送機に帰還した。

 4機全てを回収した輸送機はすぐさまその場を飛び去っていった。

 追える者は、誰1人としていなかった。

 

 

 

 

 

 2時間ほど経ち、特命部の司令室。

 司令の黒木にオペレーターの仲村と森下。

 ゴーバスターズとバディロイド、士、響、翼。

 そして今回は剣二と銃四郎もその場に呼び出されていた。

 ついでに言えばゲキリュウケンとゴウリュウガンもいる。

 

 剣二達の司令である天地は後で説明する、なんて言っていたが、今後の説明ならこちらの方が手っ取り早いとして特命部に行くように命じられたのだ。

 

 剣二と銃四郎はこの場にいる戦士達と素顔で対面するのは初だ。

 勿論、ゴーバスターズ達にとってもそれは同じである。

 

 全員が集まったところで、黒木が早速話を切り出した。

 

 

「彼らは『S.H.O.T』の魔弾戦士。鳴神剣二君がリュウケンドー、不動銃四郎君がリュウガンオーなのは、既に知っての通りだ」

 

 

 黒木の言葉にヨーコが挙手する。

 

 

「S.H.O.Tと魔弾戦士って、何なの?」

 

 

 ヨーコの疑問は剣二と銃四郎以外が全員抱いている疑問だ。

 恐らく特命部と二課、さらにそこに加わる組織なのだろうという事は分かる。

 だが組織としての目的が分からない。

 此処でヒロムは最初にリュウケンドーと会った時の言葉を思い出した。

 

 

「確か、ジャマンガとかいう奴がどうとか言っていたな」

 

 

 剣二は頭を掻いて困ったような表情を作った。

 

 

「こういう説明は苦手なんだよなぁ……おっさん頼む!」

 

 

 剣二がわざとらしく手を合わせて大袈裟に頭を下げる。

 態度そのものは別にどうでもいいのだが、銃四郎としては発言の1つが見逃せない。

 

 

「おっさん言うな! 初対面の人にまでおっさん呼ばわりされたら堪ったもんじゃない……」

 

 

 実は銃四郎、剣二の『おっさん』呼びがあけぼの町でも一部に定着してしまっているのだ。

 故に極めて不本意ながらおっさんと呼ばれる機会が多くなっている。

 ちなみに銃四郎本人は25歳である。

 

 その剣二と銃四郎の態度を見て、他の面々はクスリと笑みを零す。

 新たな仲間がどんな人かと思っていたが、どうやら親しみやすそうな人だ、と。

 

 周りの笑みを銃四郎は一度大きな咳払いで止めさせた後、全員の前に立った。

 

 

「じゃあまず、俺達とジャマンガの事を簡単に説明させてもらう」

 

 

 銃四郎は要点だけを掻い摘んで説明した。

 

 魔弾戦士はS.H.O.Tという組織に所属する戦士の事。

 彼らの使命は『魔人軍団 ジャマンガ』の脅威から人々を守る事である。

 ジャマンガは『魔物』という怪物を繰り出し、人々を恐怖に陥れる。

 ジャマンガの狙いは『マイナスエネルギー』と呼ばれる人々の負の感情から生成されるエネルギー。

 故にあけぼの町の人々を生かさず殺さず苦しめているのだ。

 

 ジャマンガが現れたのは半年ほど前。

『パワースポット』と呼ばれる膨大な魔力を発する物の封印が解けてからだ。

 恐らくこれが引き金になったのだろうと推測されている。

 

 そしてS.H.O.Tは『都市安全保安局』に所属する組織。

 対魔戦特別機動部隊の事であり、その存在は外部の人間すべてに秘密である。

 人々はS.H.O.Tの存在を知ってはいるが、誰が所属し何処にあるかは知らない。

 

 S.H.O.Tという言葉に響が反応を示した。

 

 

「S.H.O.T……あ、ワイドショーとかで見た事あります。

 でも、最近聞かないような……」

 

 

 彼女の言う通り、S.H.O.Tはそれなりに有名な組織である。

 だがある時を境にパッタリとS.H.O.Tに関しての特集が組まれなくなっていった。

 銃四郎曰く、「所詮対岸の火事程度にしか思われなかった」という事らしい。

 

 魔物はあけぼの町にしか現れない。

 これは恐らくパワースポットがある事も関係しているのだろう。

 それが分かって以来、あけぼの町外部の人間は魔物、引いてはS.H.O.Tに関心を抱かなくなっていったという。

 

 

「……とまあ、こんなところか」

 

「さすがだぜおっさん! 俺、そういうのって上手く言えなくてよぉ」

 

「だからおっさん言うな!」

 

 

 相も変わらずおっさん呼びをやめようとせず、勿論今回も抗議するが剣二は笑って流してしまう。

 銃四郎としても困りものであった。

 溜息をつく銃四郎を余所に、黒木が司令室の椅子から立ち上がり、剣二と銃四郎に近づく。

 

 

「この合併案に参加してくれたことを、特命部と二課を代表してお礼を言わせてもらう」

 

 

 その厳格な態度に剣二と銃四郎も思わず背筋を伸ばして対応してしまう。

 差し出された手には銃四郎が答え、しっかりと握手を交わした。

 

 

「あ、いえ。こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 

 銃四郎の横で剣二も緊張した表情で軽く頭を下げた。

 さすがに司令官という立場、それに黒木はかなり堅物なイメージを抱かれる人間だ。

 その様子にあまりふざけられないと思ったのだろう。

 そんな2人を見て黒木は少し笑うと、剣二と銃四郎の肩を優しくポン、と叩いた。

 

 

「此処にいる面々はみな、君達と同い年ぐらいか年下の者ばかりだ。こちらこそ宜しく頼むぞ」

 

 

 少し親しげな雰囲気で語り掛けられた為か、緊張もややほぐれた。

 

 さて、新たな仲間が2人加わってくれたのは極めて喜ばしい事である。

 だがもう1つ、今回の戦場に現れた乱入者の事を忘れてはならない。

 

 

「……ところで、ダンクーガの事は」

 

 

 ヒロムが切り出した。

 全員がヒロムの方を振り向き、黒木は考え込むような顔をしている。

 

 

「今回の合併案、あと1つ組織が参入する予定だが、それにダンクーガは関係ない」

 

 

 黒木は剣二、銃四郎と握手を交わした後に2人から離れ、再び司令席に戻って全員の顔を見渡しながら言う。

 

 ダンクーガ。

 

 今回の乱入者の中で完全に想定外だった謎のロボット。

 その目的、パイロット、所属と所在は完全に謎に包まれており、特命部も二課も実態を掴めないでいる。

 

 

「敵じゃないようだったが、どうなんだ」

 

 

 士の言葉にゴーバスターズとバディロイドは頭を悩ませる。

 どうなんだ、と言われても、それはこっちが聞きたい事だった。

 ダンクーガのパイロットの言葉を信じるなら味方である。

 

 

「少なくとも、今の所は敵じゃない……のかな?」

 

 

 リュウジも曖昧な答えしか出せない。

 だが、その答えが一番しっくりくる回答でもあった。

 

 

『変な連中だよね!』

 

 

 ウサダが手を上下させて強い口調で言った。

 戦場に現れては戦力を均等にし戦争を長引かせていると思えば、急に片方に加担する。

 相手が人類の敵だから、という理由に納得はできるが、だとすれば普段の戦争への介入行為は何なのか。

 ウサダの評価も尤もであった。

 

 ダンクーガについて考え込む一同を余所に、剣二と銃四郎はウサダを奇異の目で見ていた。

 

 

「……あのよ、このオモシロロボットはなんだ?」

 

 

 指を指してきた剣二にウサダが手を先程よりも激しく上下させた。

 

 

『何それ! 僕はオモシロロボットじゃなくてウ・サ・ダ!!』

 

 

 ウサダは手を上げ、剣二の腰を示しながら尚も抗議を続ける。

 

 

『それに、僕がそうならそれはなんなのさ! そのヘンテコな剣は!』

 

 

 その言葉は剣二にではなく、剣二の腰に付いているゲキリュウケンに向けられていた。

 

 

『んなっ!? 誰がヘンテコな剣だ! ……剣二! お前のせいだぞ!』

 

 

 ゲキリュウケンは相棒を責めたてる。

 どう考えても剣二の失言が原因なのに自分に被害が及んだのだから当然と言えば当然である。

 ゲキリュウケンやウサダの激しい抗議にやや気圧されつつ、剣二は「悪ィ悪ィ」とあまり誠意が籠っていない謝罪をした。

 やや不満そうなゲキリュウケンやウサダを余所に、剣二はもう1人、気になっていた人物に目を向けた。

 

 

「ところでよぉ……そこの嬢ちゃん、なぁんかどっかで見た事が……」

 

 

 沈黙を守ってきた翼が剣二を流し目で見やった。

 剣二も銃四郎も自分達の説明はしたが、まだゴーバスターズやシンフォギア、仮面ライダーに関して何も知らされていないのだ。

 

 ダンクーガについては幾ら話し合っても分かるはずはないと一旦話題を打ち切り、剣二達にこの部隊の説明をする事になった。

 ゴーバスターズの事、シンフォギアの事、仮面ライダーの事を。

 

 

 

 

 

 しばらくして説明が終わった後、各々は各自で打ち解け始めた。

 ゲキリュウケンやゴウリュウガンがニック達と相棒に関して話し合ったり。

 

 

『ヒロムの奴、ストレート過ぎてさぁ……』

 

『冷静なだけいいじゃないか。ウチの剣二を見てみろ、冷静さの欠片もないバカだぞ』

 

「おいゲキリュウケン! 俺の事好き勝手言いすぎだろ!?」

 

 

 銃四郎がやけにリュウジと意気投合したり。

 

 

「俺、28なんですよ。おっさんて言われると何か凹みますよね」

 

「分かってくれるのか! まだ20代なんだからなぁ。……年長者なのは確かだが」

 

「ええ、まあ。ヒロムやヨーコちゃんが凄い若いっていうのもあるんですけどね」

 

 

 先程の戦いで剣二と士が話していたり。

 

 

「よう! さっきは助かったぜ! ええと、ディ……なんだっけ?」

 

「ディケイドだ。さっさと覚えろ」

 

「な、なんかいちいち棘があんなお前……」

 

 

 それなりに和気藹々としていたのは別の話。

 

 しかし、例外が1つ。

 みんなが打ち解けている空間から翼が離れようとするのを、響が恐る恐る止めた。

 

 

「あ、あの、翼さん、何処に行くんですか?」

 

「……関係ないでしょう」

 

 

 だが、返って来たのは冷たい言葉。

 その言葉だけ置いて、翼は司令室から出て行った。

 

 ────不協和音は、未だ止まず。

 

 

 

 

 

 戦いが終わった後、エンターはある場所を訪れていた。

 そこは辺り全体が暗く、空中には巨大な緑色の卵が浮かんでいる。

 中央には炉のようなものが置かれており、そこに1人の老人が佇んでいた。

 老人と言ってもその姿はおよそ普通の人間ではなく、背中などから虫の足のようなものが幾つか飛び出している。

 さらに巨大なサソリの尻尾のようなものまで付いているうえ、頭にも小さく角がついている。

 

 老人の名はジャマンガ幹部、『毒虫博士 Dr.ウォーム』。

 そして此処はジャマンガの本拠地である。

 

 

「Dr.ウォーム。貴方の言っていた魔弾戦士とやら、中々に手強いようですね?」

 

「だからいったじゃろ。油断はするなと」

 

 

 エンターはウォームと親しげに会話を始めた。

 実はエンター、ある1つの作戦を始めていたのだ。

 それは他の組織と協力関係を結ぶ事。

 世界を守る組織が幾つか存在するように、人間と敵対関係にある組織もまた複数ある。

 エンターはゴーバスターズ達がシンフォギア装者や仮面ライダーと手を組んだ事を察知した。

 で、あれば、こちらも戦力増強を考えるべきである、というのがエンターの考えであった。

 

 組織によって目的は違う。

 例えばヴァグラスはエネトロンを集める事で、ジャマンガはマイナスエネルギーを集める事だ。

 収集対象が違うのだから、当然利害関係は一致しないように思える。

 だが、共通点はあった。

 それは敵対し、自分達の邪魔をする戦士がいるという事だ。

 人類にとって敵であるという共通点があり、お互いに狙う物は違う。

 おまけに相手方の戦士は手を組み始めた。

 ならば協力関係にこそなれど、敵対関係になる筈もない。

 

 人類と敵対する組織を探す中で、エンターはジャマンガという組織の事を知った。

 そこでエンターはあけぼの町にしばらく潜伏し、魔物の登場を待った。

 そしてある時、魔物が出現した際にジャマンガと接触し、今のように協力関係を結んだというわけだ。

 

 

「じゃが、感謝するぞよ。お主達が暴れてくれたおかげで、こちらは労せずしてマイナスエネルギーを溜める事ができたわい」

 

 

 ウォームは空中に浮かぶ巨大な緑色の卵を見る。

 マイナスエネルギーは全てこの卵に吸収されるようになっているのだ。

 この卵の正体はジャマンガのトップに位置する『大魔王グレンゴースト』。

 マイナスエネルギーを集め、この大魔王を復活させる事がジャマンガの目的なのだ。

 

 ウォームの言葉にエンターは機械的な調子で返した。

 

 

「いえいえ、こちらの作戦に遣い魔達を貸し出してくれましたし。

 できれば、今度は魔物というのも貸してほしいところですが」

 

「本当なら断るところじゃが、いいじゃろう。今後とも、頼むぞよ?」

 

「世の中はギブアンドテイクです。こちらこそ宜しく、Dr.ウォーム」

 

 

 エンターは軽くお辞儀をして見せた。

 ウォームの「うむ」と頷いた反応を見た後、エンターはデータの粒子となりその場から消えた。

 再び作戦を考えに行ったか、自らの本拠地に戻ったのだろうか。

 残されたDr.ウォームは炉に顔を向けた。

 

 

「油断ならん奴じゃが、今の所は敵ではない……」

 

 

 エンターという人物は芝居をするような口調や、ややふざけた印象とは異なり合理主義者の側面も持ち合わせている。

 正しく掴みどころがないというか、ウォームもそれを感じ取っていた。

 故に、油断ならない。

 だが取り立てて敵対行動に移ろうとしているわけでもない以上、やたらに警戒する意味もない。

 

 

「……今は精々、利用させてもらうとするかの」

 

 

 醜悪な笑みを浮かべるウォーム。

 結局のところエンターが言っていた『ギブアンドテイク』。

 この言葉が両者の関係を物語っているという事だろう。

 

 

 

 

 

 さて、再び舞台は特命部。

 魔弾戦士達との初体面も無事に終わり、現在司令室には黒木1人だ。

 黒木は弦十郎と通信をしていた。

 

 

「ヴァグラスとジャマンガが手を組んだか……どう見る? 黒木」

 

「こちらが手を組んだから。そう考えるのが妥当だろう」

 

 

 今回のエンターはジャマンガと共同戦線を張ってきた。

 ダンクーガ介入のインパクトで薄れていたが、それもまた見逃せない事態の1つである。

 敵が手を組むのなら、こちらも手を組む。

 だがそれは、言うは易く行うは難しだ。

 それをいとも容易くやってのけたエンターは、やはり侮れない敵である。

 

 

「……話は変わるが黒木、さっきの相談の話。なんだったんだ?」

 

 

 2人が連絡を再び取りあっているのは黒木が敵の出現直前に言った『13年前を知る仲を見込んでの相談』についてだった。

 黒木はその事か、と一度顔を俯かせた後、決心したように語りだした。

 

 

「実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当なのか……!?」

 

 

 その内容は、弦十郎を驚愕させるのに十分なものだった。

 弦十郎だけでなく、これを聞いた時には黒木本人も衝撃を受けた。

 それこそ、本当なのか疑うくらいに。

 弦十郎の言葉に黒木は落ち着いて答えた。

 

 

「分からん。だが、『アイツ』の言う事だ。もしかすると……」

 

「では、指定された場所に?」

 

「……行くつもりだ」

 

 

 黒木は『ある人物』から呼び出しを受けていた。

 その人物は本来この世界に存在する事が有り得ない存在。

 だが、『こちらに来る』と連絡を寄越してきたのだ。

 

 その連絡が何らかの罠、あるいはまた何か別の、色々と可能性は考えられる。

 だが、本当にこの世界にやってくるという可能性も捨てきれずにいた。

 何故ならその『彼』は、調子の良い軽い奴だったが、誰よりも天才だった。

 不可能も可能にしてしまうのではないか、そう思えるほどに。

 そしてその事は黒木が一番理解していた。

 

 

「アイツの事だ、有り得なくはない」

 

「……そうか。それにしても、再び彼と会えるかもしれないとはな」

 

 

 弦十郎は懐かしそうに、その名を呟いた。

 

 

「『陣 マサト』……か」




────次回予告────
不協和音の止まらぬまま、出会いと再会も止まらない。

行動が起こす連鎖は未熟な戦士を渦中に導く。

例え1人が未熟でも、2人ならば奇跡だって────


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第17話 やって来たのはPから/風の町へ

 風の町、『風都』。

 至る所で大小様々な風車が回っていた。

 それは縁日で見かけるような手持ちできる風車から風力発電の風車まで、本当に様々だ。

 そんな街に、ある女子中学生が2人やってきていた。

 

 ショートカットで前髪を上げてピンで止めている活発そうな少女、『日向 咲』。

 もう1人は長い髪を結びポニーテールにしている少しツリ目のおとなしそうな少女、『美翔 舞』。

 2人とも必要最低限の荷物を鞄に入れて、その鞄を肩にかけている。

 

 

「わー! ホントに風車がいっぱいだねー!!」

 

 

 咲が辺りを見渡して驚いたように言った。

 右を見ても左を見てもとにかく風車が1つは目に入る。

 さすがは風の町と言われるだけはある。

 

 

「そうね。あ、見て咲。あれが『風都タワー』よ」

 

 

 風都の中心、一際大きなタワーが立っていた。

 日本には『東京スカイタワー』とか『東京エネタワー』のように大きな塔が色々とあるが、風都タワーは独特な点が1つあった。

 それは巨大な風車がついている事。

 塔の大きさに見合った大きさの風車なので、凄まじく大きな風車だ。

 風都で一番大きな風車、それが風都タワー。

 それを見て咲はさらに驚いたような反応を見せた。

 

 

「すっごーい! タワーっていうよりも凄く大きな風車って感じだね」

 

「うん、これなら絵の題材にはピッタリかも」

 

「えっと、舞が書くのは夏の絵、だったよね?」

 

 

 そうよ、と笑顔で頷く舞。

 

 実は彼女達はある目的のために自分達の住む町『海原市夕凪』から隣町の風都に来た。

 舞は非常に絵が上手く、絵が好きな子だ。

 なので夕凪中学校では美術部に所属している。

 

 そこで期間内に絵を描いてきてください、というお題が出たのだが、その題材が『夏の絵』だったのだ。

 色々と題材になりそうなものはあるが、選択肢は多い方がむしろ迷うものだ。

 そんな時、咲がある提案を出した。

 

 ────隣町に風都って町があって、風車がたくさんあるんだー! 風車って夏っぽくない?

 

 と、そんな具合にだ。

 咲の家は『PANPAKAパン』というパン屋で、その配達で訪れた事があるらしい。

 夏から連想される膨大な選択肢を選べずにいた舞にとって願ってもいない提案だった。

 そんなわけで、2人は今、風都にいるのだが。

 

 

「でも、1つ悩みが出来ちゃった」

 

 

 舞が困ったような顔をしながら咲に顔を向ける。

 「なに?」と咲が聞き返すと、舞は笑いながら答えた。

 

 

「こんなに風車があると、どれを描けばいいか迷っちゃうわ」

 

 

 選択肢を1つに決めて風車にしたら、今度はその風車の選択肢が膨大だった、というわけだ。

 それには咲も笑い、2人で笑いあいながら風都を進んでいく。

 

 とはいえ確かに何処で何を被写体に描くのかは重要だ。

 ついでに言えば彼女達2人は風都の地理に関して詳しくない。

 どうしたものかと考えていると、咲が閃いた。

 

 

「詳しい人、いるかも!」

 

「それって?」

 

 

 舞の言葉に咲はパッと明るい顔で答えた。

 

 

「探偵さんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 咲と舞、2人の少女が風都にやって来た頃。

 訪問者がまた1人、風都を訪れていた。

 

 

「風都。仮面ライダーW、ね……」

 

 

 風都に入って、一度バイクを止め、ヘルメットのゴーグルを上げる。

 それは、最近私立リディアン音楽院で先生を始め、二課と特命部に協力し、ホラー退治に時折駆り出される仮面ライダー。

 即ち、士だ。

 

 士が弦十郎に突き付けた条件、『授業数を減らせ』。

 これは無事に果たされたようで、士の授業は幾つか減った。

 元々少ないのもあって暇な時間が多くなった士は、その時間の間にこの世界の散策を行う事にしたのだ。

 

 以前、士はこの世界に少なくとも仮面ライダーWがいる事を確信した。

 その後、二課で見せてもらった映像で1号、2号、ストロンガー、オーズがいる事も確認している。

 とはいえ後者4人は世界中に散らばっているらしく、会う事は難しい。

 ならば確実な場所から行くべき。

 そんな理由で士は風都を訪れたのだ。

 

 

(……この世界のWも探偵だといいんだがな)

 

 

 かつて士は仮面ライダーWと出会い、共に戦った事がある。

 だがそれがこの世界のWであるかは分からない。

 士は『並行世界で全く同じ立ち位置の人物』というのを見た事がある。

 例えばゴーバスターズ。

 以前、別の世界でゴーバスターズと出会った事があるのだが、そのゴーバスターズはこの世界のゴーバスターズと変身前の姿も変身後の姿も何もかもが同じだった。

 だから例え、同じ顔で同じライダーでも、相手からすれば面識が無いだろうというつもりで来ていた。

 

 とはいえ、風都という場所にWがいるというのは事実。

 そこで風都について色々と情報を調べていたのだが、その時にあるホームページに行き当たった。

 探偵事務所のサイトだ。

 かつて士が出会ったWは探偵であった。

 もしも、この世界のWも探偵をしているとすれば?

 そう考えた時、士はその探偵事務所に行く事を決めた。

 仮にこの考えが間違いでも情報ぐらいは得れるだろうと考えて。

 ヘルメットについているゴーグルを下げ、士は再びバイクを走らせる。

 

 『鳴海探偵事務所』に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 ────俺は『左 翔太郎』、この町で私立探偵をしている。

 

 ────この町には良い風が吹く。

 

 ────だが、そんな町にも困り事は付き物だ。

 

 ────それをハードボイルドに解決するのが俺、ってわけだな……。

 

 

 此処は鳴海探偵事務所。

 奥の探偵の席であるテーブルと椅子には翔太郎が座っている。

 コーヒーを飲みつつ、格好付けながら心の中で独白。

 一口飲んだコーヒーを机において、窓の外にボンヤリとした目を向けた。

 

 

「……依頼、こねぇな……」

 

 

 そう、やる事がないのだ。具体的には先程のように変な独白を吐いていられるくらいには。

 こんな事でも1人で考えて暇を潰すぐらいしか、今の翔太郎にやれる事は無いのだ。

 

 探偵という仕事は非常に受け身で、結局のところ依頼人がいなければ何もできない。

 そしてここ数日、依頼人はゼロ。

 つまるところ翔太郎は暇で退屈しているのである。

 

 と、そこで事務所の帽子掛けにカモフラージュしてあるガレージの扉が開いた。

 扉から手に一冊の本を持った1人の青年が姿を現し、翔太郎にテーブル越しから話しかけた。

 

 

「やあ、翔太郎。今日も今日とて依頼人は来ないね」

 

 

 皮肉めいた言い方をした彼は『フィリップ』。

 翔太郎の相棒で、翔太郎が肉体労働担当ならフィリップは頭脳労働担当だ。

 

 

「ああ……町が平和なのはいい事だけどよ」

 

「まあね。しかも、亜樹ちゃんと照井竜は新婚旅行ときている」

 

 

 それを聞いて翔太郎はさらに溜息をついた。

 

 『照井 亜樹子』、旧姓は『鳴海』。

 つまり事務所創設者である『鳴海 壮吉』の娘にして、事務所の所長だ。

 

 そして『照井 竜』。

 彼は風都署『超常犯罪捜査課』で課長をしている。

 超常犯罪捜査課とは、『ドーパント』と言われる怪人による事件を解決するために動く捜査課の事である。

 

 『ドーパント』。

 それは風都の仮面ライダー、Wと『アクセル』が戦った敵の事。

 『ガイアメモリ』というUSBメモリを人体に差し込む事で変身し、自分の欲望のために動く。

 それが多くのドーパントによる事件だ。

 ガイアメモリは組織立って売られていたのだが、今やその組織は仮面ライダーに壊滅させられ、ドーパント犯罪は激減していた。

 

 他の人には秘密だが、翔太郎とフィリップは2人で1人のライダー、即ちWで、竜はアクセルなのだ。

 今では変身して戦う事も少なくなってきている。

 

 さて、ガイアメモリによる犯罪は激減していたが、完全になくなったわけではなかった。

 その為、亜樹子と結婚した後も竜はなかなか暇がなかった。

 だが最近、ようやく大きな暇が出来たのでそれを利用して新婚旅行中、というわけだ。

 

 

「でもよぉ、結婚してもう3年は経つだろ? 今更新婚旅行って……」

 

 

 呆れた様子の翔太郎。

 だがそんなフィリップはそれに反論をした。

 

 

「いいや翔太郎。『新婚』の定義は明確には定められていないらしい。

 3年ならまだ新婚と呼べるんじゃないかな」

 

 

 そんなフィリップに翔太郎は1つ溜息をついた。

 

 

「お前……また検索でもしたのか?」

 

 

 それに対しフィリップは得意気な顔をする事で答えた。

 どうやら翔太郎の言うとおりらしい。

 

 此処で言う検索とは、『地球の本棚』による検索を意味する。

 フィリップの頭の中には地球全ての事柄が記憶されている本棚が存在している。

 だが、あくまでも本。

 それを『閲覧』しなければフィリップの直接の知識にはならない。

 なので現状のフィリップ本人が地球すべての知識を有しているというわけではないのだ。

 地球全ての事柄、重要な事から下らない事まで、何もかもを記憶した本棚から目的の本を見つけるのは至難の業だ。

 その為、インターネットなんかと同じように『検索』を行う。

 その使用方法もインターネットと同じで、キーワードを幾つか入力して目的の本を探すのだ。

 

 それからフィリップには『検索癖』とでも言うべきものがあり、気になった事はとことん調べるタイプなのだ。

 頭の中に地球全ての記憶が入っているので、しばらくすれば気になった事柄に対し世界で一番詳しくなれる。

 だが、それだけにそれ1つに没頭し、周りが見えなくなるという欠点もあるのだが。

 今回は大方、『新婚』、あるいは『結婚』というキーワードに嵌ったのだろう。

 

 

「行先はフランスだったね。良い旅をしているといいけど」

 

 

 昨日、フランスに向けて2人は飛行機で飛び立った。

 今頃は観光をエンジョイしている事だろう。

 行ってみたいという気持ちもあったが、新婚旅行と銘打っているものに水を差すわけにもいかない。

 とはいえ、こう依頼が来ないとさすがに退屈だ。

 

 

「僕も気になるキーワードが今の所無いからね。特に調べたい事も無い」

 

 

 フィリップの検索癖は非常に厄介だ。

 Wは2人で1人、即ち2人いて初めて変身できる仮面ライダーだ。

 だが、事件の時でも何らかの調べ物に嵌っていると、変身が出来ないときすらある。

 勿論本当の非常事態ならフィリップも検索を中断するが、そうでなければ翔太郎に任せる事が多い。

 

 

「はー、いつもの検索馬鹿は何もない時に限って止まるな」

 

 

 そんなフィリップに呆れかえる翔太郎であった。

 と、その時、事務所のインターホンが鳴った。

 

 

「お、久々の依頼者かぁ!?」

 

 

 椅子から飛び跳ね、玄関に意気揚々と向かう翔太郎。

 テンション高めにドアを開けると、そこには1人の青年がいた。

 同時に翔太郎はその瞬間、固まってしまった。

 

 

「……お、お前!?」

 

 

 驚く翔太郎に、青年は手を少し上げ、まるで友人のように話しかけた。

 

 

「仮面ライダーW……だな?」

 

 

 自分達を仮面ライダーと知る人物。

 それは風都の人々には秘密にしてあるので、それを知っている人間は警戒するに値するだろう。

 だが、翔太郎そうは思わなかった。

 何故なら目の前にいる青年の事を翔太郎も知り、仮面ライダーであると知っているから。

 

 そのライダーとは二度、会った事がある。

 一度目は窮地に陥っていたそのライダーの助けに入った時。

 二度目は共に戦った時。

 その際、彼は翔太郎の師匠が変身した仮面ライダー、『スカル』が描かれたカードを置いて何処かへと消えて行った。

 久々に会ったその青年を、翔太郎は青年の変身した後の姿の名前で呼んだ。

 

 

「ディケイド!?」

 

 

 

 

 

 

 

 翔太郎は士を客人用のソファに座らせ、その向かい側の椅子に腰かけて士と話していた。

 士はこの世界に再び来訪し、他のライダーと会う為に此処に来たという事を告げた。

 

 

「へぇ、そうだったのか」

 

「ああ……それにしても驚いたぞ、俺の事を知っているとはな」

 

 

 士の言葉に翔太郎は首を傾げた。

 

 

「あン? 二回も会っててカードも貰ったし、覚えてないわけないだろ」

 

「ま、だろうな。ただ、俺の知るWとは別人かと思っていただけだ」

 

 

 言葉の意味が良く理解できない翔太郎。

 翔太郎にそれを解説しつつ、フィリップが翔太郎と士に近づく。

 

 

「他の世界には僕達以外の『仮面ライダーW』が存在していて、この世界のWもそういう存在だと思っていた……という事かい?」

 

「ああ、まさか全くの同一人物だとはな」

 

 

 このWは『大ショッカー』との戦いの時に自分を助け、『スーパーショッカー』との戦いの時に共に戦ったWと同一人物であるという事に士は驚いていたのだ。

 とはいえ、士としては話が通りやすくて助かりもする。

 

 他の世界のW。一体どんな奴なんだろうと翔太郎は想像する。

 何処かの世界にはハードボイルドだと認められてる自分がいたりするのかな、と考え、いるかも分からない別の自分に嫉妬しそうになった。

 

 

「実は、前々からディケイドには興味があったんだよ。

 地球の本棚にも詳細は存在しない仮面ライダー……ゾクゾクするねぇ」

 

 

 しげしげと好奇心をたっぷり含んだ目でフィリップが士を見る。

 右手をわざとらしくジェスチャーさせ、如何にも興味津々という感じだ。

 地球の本棚は地球全ての事が書いてあるが、裏を返せば地球の事しか書いてない。

 

 例えば、並行世界の別の地球に関しての記載は一切ないのだ。

 確かに『並行世界はあるのではないか?』という理論こそあるものの、実証はされていない。

 その為、地球にもそこまでしか記録されていないというわけだ。

 それにディケイドがこの世界で行動していた時間はあまりにも短い。

 故に、地球の本棚にも詳しい事は載っていなかったのだ。

 

 さて、そんな風に3人が話をしていると、再びインターホンが鳴った。

 

 

「お? 今度こそ依頼者か!」

 

 

 数分前に見たような意気揚々さで、これまたデジャヴを起こしそうなテンションの高さで扉を開ける翔太郎。

 ドアを開ければ、目の前には2人の少女。

 年齢的には中学生ぐらいだろうか、ショートカットの活発そうな女の子とポニーテールの大人しそうな女の子。

 

 そう、咲と舞だ。

 

 勢いよく開かれた扉に驚きながらも、咲が口を開いた。

 

 

「どうも……えっと、探偵さん、ですか?」

 

 

 依頼者の中に子供がいないわけでもないが、基本的には20代以上の大人が来ることが多い。

 だから翔太郎もそう思っていたのだが、この訪問者にはやや虚を突かれてしまった。

 

 

「あ、ああ。……えっと、依頼人、かい?」

 

「ええっと、依頼ってほどではないんですけど……お聞きしたいことがあって」

 

 

 咲が続ける。

 「聞きたい事?」と翔太郎が尋ね返すと、今度は舞が答えた。

 

 

「私、絵を描いてるんです。風都で絵を描きたくて、何処か良い場所を知りたくて……」

 

 

 この質問にまたもや翔太郎は呆気にとられる。

 探偵という職業柄、今まで色んな人物と出会い、色んな事を尋ねられた。

 だがこんな質問は初めてだった。

 

 

「えーっと……。まあ、風都にゃ詳しいけどよ……」

 

 

 頭を掻きながら困った顔になる翔太郎。

 探偵業は確かに『何でも屋』な一面もある。

 だが、道案内の為にドアを叩かれる事は稀だ。

 翔太郎は意外と仕事を選ぶところがある。

 だからこういう仕事は断ろうとする事もあるのだが、相手は自分より一回り以上年下に見える女の子。

 まさか冷たく追い返すわけにもいかない。

 

 

「受けてあげてもいいんじゃないかな、翔太郎」

 

 

 事務所の中からフィリップが顔を覗かせる。

 

 

「どうせ暇だろう?」

 

「言うなよフィリップ……」

 

 

 こんな女の子達の前でそれを言われると示しがつかない。

 フィリップの登場に目の前の女の子2人はキョトンとしていた。

 

 認めたくないが、確かにフィリップの言う通り。

 翔太郎は非常に暇で仕方がなかった。

 折角来た仕事だし、引き受けてみるのも悪くはない。

 何より、先程のフィリップの発言の後に仕事を断れば印象が悪いどころの話じゃない。

 依頼者の評価がかなり重要な探偵業としてそれは避けたい。

 それに、翔太郎はこの女の子達の頼みを冷たく断れるような男ではなかった。

 

 

「……OK、嬢ちゃん達。風都は俺の庭だ、任せな」

 

 

 承諾の言葉を聞いて、咲と舞は花が咲いたような笑顔になり、2人して息ぴったりに頭を下げた。

 そんな2人に一声かけて、翔太郎は外出準備の為に事務所の中へ一旦戻る。 

 

 翔太郎はガレージの扉にかけられている、外に出る時にいつも着用する中折れハットをじっと見つめる。

 複数ある帽子の中からその日の気分で決めるのが翔太郎のスタイルだ。

 しばらく考えた翔太郎は、「今日はシンプルに黒にしよう」と思い、黒い中折れハットを手に取り、被った。

 

 

「おい」

 

 

 帽子を選んで、今度は鏡の前に立って髪型を整える翔太郎に士が声をかけた。

 「何だよ?」と返事をすると、士はソファからゆっくりと立ち上がる。

 

 

「俺も行く」

 

 

 

 

 

 

 

 ────彼女達の名前は日向 咲と美翔 舞と言うらしい。

 

 ────なんでも、隣町の夕凪から夏をイメージした絵を描くためにわざわざ来たそうだ。

 

 ────鳴海探偵事務所の事は以前、咲ちゃんがパンの配達に来た時に知ったらしい。

 

 ────『探偵』って職業が珍しく映ったのかもしれない。

 

 ────俺は風都で景色のいい場所を案内した。それを舞ちゃんが気に入るかどうかによる。

 

 ────そして、今回はちょっとしたゲストも付いてきていた。

 

 

 風都で景色がいい場所と言えば、やはり風都タワーの展望台だ。

 そう思った翔太郎は風都タワーまで2人を案内している。

 道中、日向咲、美翔舞、2人の少女が自分の名前を翔太郎に告げた。

 翔太郎もそれに返して自分の名前を告げた後、名刺を2人に渡した。

 

 

「俺は左翔太郎、ハードボイルド探偵だ。今後とも宜しく頼むぜ?」

 

 

 極めて格好付けながら、だが。

 ハードボイルドとは固ゆで卵の事。

 それが転じて感情に流されない、ともすれば冷酷な人間。

 簡単に言えば意思の非常に強い人の事を指す。

 

 翔太郎は『意思の非常に強い人』という意味では当てはまるかもしれない。

 だが、ハードボイルドの定義としてのそれには当てはまらない。

 これは翔太郎を知る人物、全員が思っている事である。

 

 

「自分でハードボイルドなんて言う奴がハードボイルドなわけないだろ」

 

 

 無情な一言が士から飛んできた。

 そう、何よりハードボイルドな人間は自分を『ハードボイルドです』とは言うわけがない。

 それは既にカッコつけているだけの半熟卵である。

 相棒のフィリップ曰く、『ハーフボイルド』。

 それが翔太郎の1つのあだ名である。

 

 

「っておい! 久々に会ってそりゃねぇだろ!」

 

 

 激しいツッコミで切り返すが、此処で少し熱くなっている時点で既にハードボイルドから遠のいている事に翔太郎は気付いていない。

 翔太郎は溜息を1つ付いた後、士を再び見た。

 

 

「しっかし、お前がついてくるとはなぁ」

 

 

 今回の風都案内、何と士も同伴すると言い出したのだ。

 ちなみにフィリップは留守番、これはいつもの事なのだが。

 その言葉に士は軽く、適当な口調で返した。

 

 

「暇だったからだ。この世界の事を知るいい機会にもなるかもしれないしな」

 

 

 咲と舞は頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 士も探偵事務所の人間だと思っていたし、『この世界』という言葉の意味が分からない。

 それは当然であり、仕方のない事だ。

 2人の少女に一言、「気にするな」と士は告げた。

 

 何はともあれ、久しぶりの再会だ。

 翔太郎は士の前に出た。

 

 

「それじゃあ改めて宜しくな、えっと……」

 

 

 翔太郎は目の前の青年の名前を呼ぼうとして、詰まった。

 全く思い出せない。

 『ディケイド』である事は明確に覚えているし分かるのだが、本名を、人間としての名前が全く出てこなかった。

 そして翔太郎は気付く。

 

 

「……ってか、俺とお前って名前も知らないよな?」

 

 

 今更気づいたのか、と士は溜息をついた。

 彼ら2人は確かに二度会った事がある。

 だがそのどちらも戦場、つまりは仮面ライダーとして。

 お互いに変身を解いて対面したのも一度だけ。

 それにその時、士はすぐに去って行ってしまった。

 2人が自己紹介をする暇など、一切なかったのだ。

 

 

「……門矢士だ」

 

 

 翔太郎だけでなく、咲と舞にも自分の名前を教えた。

 名前を聞いた咲は早速明るい調子で頭を下げた。

 

 

「士さん! 今日は宜しくお願いします!」

 

 

 それに続くように、舞もゆっくりと頭を下げた。

 

 

「どうも、宜しくお願いします」

 

 

 別に案内するのは自分ではないのだが、と感じつつも一応「ああ」とだけ答える士。

 2人に続くかのように翔太郎が士の名を呼んだ。

 

 

「士か……さっきも言ったが、俺は左翔太郎」

 

 

 三度目の対面にして、初めての自己紹介を行う。

 翔太郎は左手の親指と人差指を伸ばし、それ以外の指を軽く曲げて士に向けた。

 その仕草は、またも格好付けているように見えた。

 

 

「改めて、宜しくな」

 

 

 ニヤリと笑う翔太郎。

 フン、と鼻を鳴らしながら、ふてぶてしい態度で士は対応した。

 

 

「何だよ、もちっと何か言えっつの」

 

 

 だが士は態度を変えない。

 日常的な士を知らない翔太郎は、共に戦った戦友がどういう性格なのかを此処で初めて知るのだった。

 

 

 

 

 

 風都タワーの展望台についた翔太郎達4人。

 咲は展望台から風都を一望し、年相応にはしゃいでいた。

 一方の舞はというとかなり落ち着いた様子で『何処から何処を見て描くべきか』をかなり真剣に選んでいた。

 その顔は舞の事を良く知らない翔太郎からも非常に真剣なものに思えた。

 咲もそれを感じ取っているのか、はしゃぎつつも舞にはあまり干渉していなかった。

 咲なりの気遣いであろうという事と同時に、それが自然とできる2人に強い信頼関係のようなものを翔太郎は感じた。

 

 その様子をやや遠巻きに見つめる翔太郎。

 士はというと、カメラ越しに展望台の外を覗いていた。

 時折シャッター音が聞こえている事から、風都の風景をカメラに収めている事が伺える。

 

 

「へぇ、写真撮るのかお前」

 

 

 仮面ライダーとしての士しか知らない翔太郎は士の日常的な面をまるで知らない。

 先程の性格は元より、写真家であるという事もだ。

 

 

「今時フィルムなんて珍しいじゃねぇか」

 

 

 士のカメラは二眼レフのトイカメラ。

 色はディケイドと同じようにピンク、あるいはマゼンタというべき色をしている。

 フィルムを使うタイプの物は今となっては珍しい。

 デジタルカメラなどが主流の中でフィルムを使い続ける人間はそこまでいない。

 いないわけではないが、恐らくデジタルに比べれば少数派なのではないだろうか。

 

 

「居候していたところが写真館でな。名残だ」

 

 

 その言葉を聞いて、さらに質問をぶつけていく翔太郎。

 

 

「その写真館の人ってのは仲間か?」

 

「そういう事になるらしい」

 

「なんだそりゃ」

 

 

 何とも曖昧な答えに困惑してしまう翔太郎。

 士はそんな翔太郎を尻目に、展望台の外の風景をカメラに収めていく。

 5月は夏の一歩手前、気温も暑すぎない程度で過ごしやすい。

 そんな季節は植物達も過ごしやすいようで、元気の良い緑の木々と葉っぱが風都の風に揺られている。

 

 それに混じって少しだけ枯葉が舞っているのは、冬から何ヶ月も経っていないからだろうか。




────次回予告────
「舞、絵の方はどう?」
「風都ってとっても素敵なところだから、何処を描けばいいか迷っちゃうわ」
「ホントホント! ……ってあれ?」
「あれってもしかして……」
「「こんなところにまで~!?」」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『やって来たのはPから/2人で1人』!」」

「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」





────ここから後書きになります────
サブタイトルの『P』の意味ですが。
『パラレルワールド』と『プリキュア』の2つの意味を含ませています。
前者はディケイドの事を、後者は咲と舞の事を指しています。
W本編においてもサブタイトルのアルファベットには2つ以上の意味があります。
それを考えるのに少々手間取りましたが、もっと上手い事考えたいですね。


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第18話 やって来たのはPから/2人で1人

 風都タワーの展望台からの風景は候補の1つという事になった。

 もう少し他も見てみたい、という舞の要望だ。

 非常に申し訳なさそうな顔をしていたが、翔太郎は笑ってそれを了承した。

 

 とにもかくにも、一旦風都タワーから出た翔太郎達は風都をぶらりと歩きつつ、何処を目的地にしようかと色々考えていた。

 

 

「さぁて、次は何処がいいかな……」

 

 

 風都は観光地としてもそれなりに有名だ。

 故に、見て楽しめるような観光スポットのような場所も幾つか存在している。

 舞の書く絵は『夏の絵』という事らしいが、それに関しても問題は無い。

 風都を歩き回ればわかるが、風都の何処からでも風車を1つは見る事が出来る。

 となれば、単純に外観が美しい所を考えればいいのだが。

 

 

「夏か……さざなみ海岸ってのもアリか」

 

 

 思いつくと同時にピタリとその場に停まる翔太郎。ついてきていた士や咲、舞もその後ろで歩を止める。

 

 さざなみ海岸はその名の通り、風都にある海岸だ。

 翔太郎は挫折したりくじけそうになった事がある。

 心折れたものが海岸に向かうというのはよくあるシチュエーションだ。

 形から入るタイプの人間である翔太郎はそんな理由でさざなみ海岸に来る事が多かった。

 理由はどうあれ、よく知っている場所である。

 尤も、翔太郎が風都で知らない場所の方が少ないのだが。

 

 

「よっし、次は海の方で……」

 

 

 振り返り、次の行き先を後ろの3人に告げようとすると、咲と舞が何やら話している様子だった。

 わざわざ翔太郎と士に背を向けて縮こまっている。

 「どうした?」と翔太郎が声をかけようとした、その瞬間。

 

 風が吹いた。

 

 翔太郎は、嫌な風だと感じた。

 風都の風をそんな風に感じた事は一度たりともない。

 誰よりも風都を愛している自信もあり、風都は何処よりも良い風が吹くと思っている。

 その翔太郎がそう感じた。

 だからこそ、虫の知らせだろうか、翔太郎は妙な『何か』を感じた。

 

 枯葉がその風に乗っている。

 風は翔太郎達の眼前に集まり、それに伴って枯葉もまた密集していく。

 翔太郎と士は仮面ライダーとしての本能か、竜巻を睨む。

 何かが起こる、そう予感したからだ。

 

 

「フフフ……」

 

 

 枯葉の竜巻が不敵な笑いを発する。

 予感的中、翔太郎と士は驚きながらも身構えた。

 枯葉の竜巻は人型を形成した。

 その姿は形こそ人ではあるが、見かけはおよそ人間の風貌ではない。

 全身は茶色っぽく、目から頭にかけて葉っぱのようなものがついている。

 出現の仕方とその風貌はさしずめ『枯葉の怪人』と言ったところか。

 

 

「ドーパント……!?」

 

 

 翔太郎は自分の見知った怪人の名前を上げる。

 言葉を聞いて、枯葉の怪人は答えた。

 

 

「俺は『カレハーン』」

 

 

 カレハーンと名乗った怪人はニヤリと笑い、一言付け加えた。

 

 

「カレッチと呼んでくれ」

 

 

 その言葉に翔太郎と士の緊張が一瞬緩む。

 異常事態なのに変わりはないが、唐突な間抜けな発言のせいだろう。

 

 翔太郎はカレハーンの目線が自分を見ていない事に気付いた。

 まして、士の方でもない。

 その目は何故か咲と舞に向けられていた。

 一方の咲と舞も驚きは一切なく、怒ったような、警戒の表情をしている。

 

 

「何しに出てきたのよ、カレーパン!!」

 

 

 咲の叫びにカレハーン含め、全員が肩をガクッと落とした。

 

 

「……カレハーンだ」

 

 

 カレハーンは名前を間違えられたが不敵に笑いつつ、冷静に返した。

 呆れつつも、翔太郎は今のカレハーンと咲のやり取りに違和感を覚えた。

 咲のカレハーンに対しての物言いが、まるで初対面ではないかのように聞こえたのだ。

 

 

「嬢ちゃん達、こいつと知り合いなのか?」

 

 

 翔太郎の言葉にドキッとしたように肩を跳ね上げ、2人は慌てた。

 さらにこそこそと内緒話を始める。

 ほぼ確実に何かを知っている人間の反応だった。

 だが、事情を話せない理由でもあるのか2人は討論を続けている。

 

 

「フッ、今日こそ『太陽の泉』の在処、教えてもらうぞ」

 

 

 今度は太陽の泉という正体不明の単語が出てきた。

 カレハーンの目的、太陽の泉、咲と舞。

 分からない事だらけの翔太郎と士だったが、思考する暇すらなくカレハーンが叫んだ。

 

 

「『ウザイナー』!!」

 

 

 枯葉の色のような茶色い竜巻がカレハーンの叫びと共に渦巻く。

 激しい竜巻に4人は顔を腕で覆いつつも竜巻から目を逸らさない。

 竜巻が止むと、そこには人の身の丈など優に超える怪物が姿を現す。

 

 それは形容するならば『木』。

 足は木の根っこが太くなったような形状で、5、6本程。

 腕は三本指のようになっており、指先には葉が大量に茂り、これまた木を形成している。

 顔は不機嫌そうな表情で、額には大量の葉がアルファベットの『U』のように生えている。

 そして体全体が木の幹のように太い。

 胴体は元より足も腕も指も、その全てが木の幹のように太く、大きさもまた、成長した木のように大きい。

 

 

「なんだそりゃあ!?」

 

 

 翔太郎の驚く声が木霊する。

 巨体と戦った経験は確かに何度かあるが、こうも唐突に出てこられれば声を上げるのも無理はない。

 士もまた目を見開いて驚きの様相を呈している。

 一方の咲と舞は後ずさりつつも、携帯電話のようなものを取り出した。

 

 

「舞! 早く……」

 

「駄目よ咲! ここじゃ……」

 

 

 2人は焦りを見せていた。

 だが、その焦りは一般人が怪物を見た時のそれではない。

 どちらかと言えば冷静な、対処をしようとしているような。

 

 そんな時、咲と舞に被るように翔太郎と士が一歩前に出た。

 翔太郎は差込口が2つある赤い機械を、士はカードの装填口がある白い機械を既に手にしていている。

 翔太郎は余裕たっぷりに、安心させるような笑みで咲と舞の方に振り返った。

 

 

「2人は下がってな」

 

 

 キョトンとした表情になる2人。

 そんな2人を余所に、翔太郎と士はそれぞれの手に持つ機械を腰に宛がう。

 すると、その機械は2人の腰に巻きつきベルトになった。

 士は1枚のカードを、翔太郎は黒いUSBメモリを右手で取り出し、メモリのボタンを押した。

 

 

 ────JOKER!────

 

 

 電子音声が告げる言葉は英語の『切り札』の意味。

 左隣にいる士はというと、ベルトを操作している。

 咲も舞も、唐突な2人の行動に立ち尽くすばかりだ。

 

 翔太郎はメモリを持った右手を左側に振りかぶる。

 士はカードを前面に構える。

 そして同時に、タイミングすら合わせずに2人は同じ言葉を言い放った。

 

 

「「変身!!」」

 

 

 その言葉と同時に翔太郎のベルトには不思議な事が起きた。

 メモリを装填すると思わしき差込口の右側に緑色のメモリが転送されてきたのだ。

 翔太郎は慣れた手つきでそれをベルトに押し込み、同じく自分の黒いメモリも左側の差込口に装填した。

 そして手を交差させてベルトを展開した。

 展開した赤い機械──『ダブルドライバー』は、その名の通りアルファベットの『W』を模した形になった。

 最後に翔太郎は両手を軽く広げた。

 

 

 ────CYCLONE! JOKER!────

 

 

 JOKERは先程の翔太郎が起動させたメモリの名前。

 CYCLONEの意味は『風』。

 緑色のメモリは『サイクロンメモリ』、黒いメモリは『ジョーカーメモリ』。

 風と切り札の力が解放され、翔太郎の周りにエネルギーが舞う。

 そのエネルギーは鎧として翔太郎の身体に装着されていく。

 鎧を纏ったその姿、右半身は翡翠色、左半身は黒色で、中央は銀色のラインで綺麗に分かれている。

 頭部には『W』の装飾があり、目は赤い。

 翡翠色の右半身からはマフラーが靡いている。

 

 『仮面ライダーW』。

 

 ドーパントと同じく、ガイアメモリを使用して変身する仮面ライダー。

 探偵事務所にいるフィリップと共に変身した、風都を守る戦士の姿。

 

 左隣の士はカードを裏返し、ベルトに装填、そして再びベルトを操作する。

 

 

 ────KAMEN RIDE……DECADE!────

 

 

 士もまた、自分の姿をディケイドへと変えた。

 Wはディケイドの姿をちらりと見やった。

 

 

「こうして並ぶのも久しぶりだな、士。……やれんな?」

 

「当たり前だ」

 

 

 ディケイドの返答にWはフッと笑う。

 そして今度は咲と舞の方に振り向いた。

 

 

「此処は任せな」

 

 

 Wに変身している翔太郎の声。

 咲と舞は突然、目の前の青年2人が変身を果たした事に度肝を抜かれてしまっていた。

 そんな2人を案じたのか、Wは次にこんな言葉を贈った。

 

 

『安心したまえ、僕達は味方だ』

 

 

 しかしその声は翔太郎のものではない。

 今の声を発する時、Wの右側の目が点滅していた。

 Wは2人で1人の仮面ライダーである。

 左半身は翔太郎が右半身にはフィリップの意識が宿っているのだ。

 だから1人のライダーから2人の声がする。

 そんな事を知る由もない咲と舞はさらに驚いてしまった様子を見せた。

 

 

「え、ええぇぇ!!? どういう事ですかぁ!?

 翔太郎さんと士さんが……それに今、何か別の人の声が……」

 

「さ、咲、落ち着いて!」

 

 

 「落ち着いて」、という舞の声も随分上ずっている。

 慌てふためく2人の様子がおかしくて、Wの2人は仮面の中で微笑んだ。

 可愛げと未来のある2人を守らなくてはならない。

 Wとディケイドは木の怪物の方に向き直る。

 

 

「さぁて……行くぜ」

 

 

 左手を顔の高さまで持ってきた後、軽くスナップ。

 Wの仕草と共にディケイドとWは同時に木の怪物に向かって駆けていった。

 

 

 

 

 

 木の怪物の主であるカレハーンも突然の事態に驚いた様子だったが、敵対の意思を見せる2人に対してすぐにその表情を変えた。

 木の怪物はカレハーンの指示の元、木のようにその場でずっしりと構えている。

 迎撃をするならわざわざ動く必要はないと判断したのだろう。

 

 

「ウザァイナ~……」

 

 

 やる気無さそうな声と共に右から接近するWに対して木の怪物はその手を伸ばし、パンチを繰り出した。

 巨体故に大振り、だから標的だったWも何の苦も無くジャンプで避ける事が出来る。

 だが巨体だからこそ、そのパンチ一発がどれだけ強力か、その空振りで発生した風が物語っていた。

 

 

「オラァ!」

 

 

 Wはジャンプしたまま翔太郎の気合の籠った叫びと共に、跳び蹴りにその姿勢を転換した。

 ディケイドはWの逆側、左側から同じように接近して跳び蹴りを浴びせようとしている。

 しかし、木の怪物はその両手を大きく振り回した。

 振り回した両手は先程のパンチのように伸び、ディケイドとWを捉えた。

 さながら巨大な鞭のようになった木の怪物の攻撃を飛び蹴りの姿勢を崩し、両手を交差させる事で何とか2人は防ぐ。

 だがその巨体の威力は半端ではなく、2人は吹き飛ばされてしまう。

 吹き飛ばされた2人は地面に激突する前に体勢を立て直し、地面を滑るように着地した。

 

 

「だったら、木には火だぜ……!」

 

 

 Wはダブルドライバーを展開前の状態に戻し、2本のメモリを引き抜いた。

 そして新たに赤いメモリと青いメモリを取り出し、起動させる。

 

 

 ────HEAT!────

 

 ────TRIGGER!────

 

 

 赤いメモリ、『ヒートメモリ』と青いメモリ、『トリガーメモリ』をそれぞれ右と左の差込口に装填し、再びダブルドライバーを展開。

 

 

 ────HEAT! TRIGGER!────

 

 

 電子音声と共にWの右半身が赤く、左半身が青く染まる。

 青く染まった左半身の胸部には青い銃がマウントされている。

 炎の力をWに与えるヒート、銃と銃撃の為の肉体を与えるトリガー。

 この2つの力が合わさった『ヒートトリガー』はWの中でも高火力の姿だ。

 メモリ同士の相性が良すぎて逆に制御が難しいほどに。

 

 だが、数年間Wとして戦っている今の2人にとっては然程問題ではない。

 そしてこの姿を選んだ理由は翔太郎が言ったように敵が『木』であるからだ。

 火の弾丸を武器とするこの姿なら、敵を遠距離から焼き尽くす事が出来る。

 Wは右手で左胸にマウントされた銃、『トリガーマグナム』を手に持ち、木の怪物に向かって引き金を引いた。

 

 木の怪物に炎の弾丸が当たる。

 すると、葉の部分が燃え出し、木の怪物は呻き苦しみだした。

 木は燃える、当然の事である。

 

 

「おっし……一気に行くぜ」

 

 

 Wはダブルドライバーをそのままに、トリガーメモリを引き抜いた。

 そしてそのメモリをトリガーマグナムに弾丸を装填するように差し込む。

 さらに普段は使われない下を向いているもう1つの銃口を起こす。

 

 

 ────TRIGEER! MAXIMUM DRIVE!────

 

 

 マキシマムドライブ。

 それはWにとって必殺の一撃だ。

 トリガーマグナムのもう1つの銃口が普段使われないのは、必殺技を放つ時にのみ使われるからである。

 Wはトリガーマグナムを未だ火に苦しむ木の怪物に向け、この技の名前と共に引き金を引いた。

 

 

「「『トリガーエクスプロージョン』!!」」

 

 

 翔太郎とフィリップの声が同時に響く。

 Wが技の名前を発声するのは、翔太郎とフィリップのタイミングを合わせるためだ。

 2人で1人であるが故、技を放つ時にタイミングがずれると真の力を発揮できない。

 その為の措置なのである。

 

 銃口から放たれた大きな炎は木の怪物を包み込んだ。

 木の怪物は今や、完全に炎で見えなくなってしまっている。

 Wは得意気にトリガーマグナムをクルクルと回した。

 

 

「ま、ざっとこんなもんか……」

 

 

 翔太郎の声だ。

 例え火に弱くなくても燃え尽きてしまうほどの炎で焼かれたのだ。

 ましてそれが木なら確実に倒した。

 ディケイドもそう思っていた。

 

 しかし、突如炎の中から二本の腕が伸びてきた。

 

 

「ンだとッ!?」

 

 

 舌打ち交じりに翔太郎が吐き捨て、急いでその場から跳び上がる。

 同じく狙われたディケイドもその場を大きく跳び、一旦後ろに下がる。

 

 

「ウザァイ……ナァァ……!!」

 

 

 やる気のなさそうな声が、逆に恐ろしげに感じさせる。

 そう、木の怪物は健在だった。

 炎を振り払ったその姿は完全に元のまま、焦げ目すらついていない。

 

 

「あの炎の中で無傷か……」

 

 

 冷静に状況を告げるディケイドだが、Wもディケイドもさすがにこれは想定外だった。

 木が炎の中で原型を留めるのは普通に考えれば有り得ない事だ。

 元々仮面ライダーも化物も有り得ない者である、と言われればその通りだが、それにしても焦げ目1つ無いのは明らかにおかしい。

 

 

『どうする翔太郎? どうやら僕達の常識は通用しないみたいだよ』

 

「ああ。さぁて、他に木に有効な攻撃ねぇ……」

 

 

 木に対しての有効だと言えば、燃やす事の他には斬る事だろうか。

 幸いディケイドは剣を持っているし、Wも他の姿に変われば剣や斬る技もある。

 しかし今の翔太郎の言葉を聞きつけてか、空中で静観を続けていたカレハーンが笑った。

 

 

「無駄だ。貴様らの攻撃ではウザイナーは倒せん」

 

 

 余裕綽々のカレハーンは尚も続ける。

 

 

「今の攻撃で確かにウザイナーは一度焼き尽くされた。

 だが浄化の力で無い限り、何度でもウザイナーは再生する」

 

 

 Wとディケイドはカレハーンの言う事の半分は理解できたが、もう半分が理解できなかった。

 カレハーンが言うには先程の攻撃で木の怪物は一度燃え尽きたが、その後に再生をした。

 これならば炎の中でも焦げ目1つ無かった事も説明はつく。

 だが、浄化の力とは何なのか。

 

 Wはそれへの答えを1つも持ち合わせていなかった。

 対してディケイドは1つだけ思い当たる節があった。

 

 

(……響鬼、か?)

 

 

 彼の出会った仮面ライダーの1人、響鬼。

 彼が戦う『魔化魍』という妖怪は音撃と呼ばれる『清めの音』でしか倒せない怪物であった。

 浄化でしか倒せない、という言葉でディケイドの脳裏に浮かんだのはまずそれだった。

 

 だが、それはおかしい。

 響鬼の敵は魔化魍であって、ウザイナーなどという敵ではないはずだ。

 

 Wとディケイドが考える中、さらに予期せぬ事態が起きた。

 

 

「ほう、中々やるな。カレハーンとやら」

 

 

 その声にWが、ディケイドが、咲が、舞が、そしてカレハーンまでもが辺りを見渡した。

 仲間ではないのか、カレハーンは大声で怒鳴った。

 

 

「誰だ!!」

 

 

 その言葉に答えるかのように、1人の人影が上空から姿を現した。

 何処かから跳躍してきたのだろうか。

 だが、だとすればその跳躍能力は人間のそれを遥かに超えていた。

 さらにその姿は人の形をしながらも、異形。

 カレハーンや仮面ライダーが戦ってきた怪人のように、その姿は怪物そのものだった。

 

 全身が茶色でカサカサとした表面、虫のような羽、2つの複眼。

 その姿はセミを思わせる姿だ。

 さらに、腰には鷲のレリーフがついたベルトをしている。

 

 

「そう殺気立つな、敵ではない」

 

 

 乱入してきた怪人を前に不快感と不信感を露わにするカレハーンにセミの怪人は落ち着いた様子で言った。

 その言葉にカレハーンは顔を冷静な普段の表情に戻した。

 が、勿論今の一言で疑惑が消えるほどカレハーンも馬鹿ではない。

 

 

「ほう、どういう事だ」

 

「我々はそこにいる仮面ライダーの抹殺が目的」

 

 

 セミの怪人はゆっくりとディケイドとWを見据えた。

 今の言葉で敵である事がはっきりしたセミの怪人に対し、2人も臨戦態勢をとる。

 

 

「お前……何モンだ?」

 

 

 翔太郎の問いにセミの怪人は一瞬笑う。

 そして、自分が何なのかを声高らかに叫んだ。

 

 

「我が名は『セミミンガ』! そして、我々は『大ショッカー』!!」

 

 

 セミミンガと名乗った怪人。

 セミのよう見た目に対してのその名前は正しく、と言った感じだ。

 そしてもう1つの単語、大ショッカー。

 この言葉に反応した人物はたった1人。

 その組織の名を聞いた瞬間、仮面の中で目を見開いたのはディケイド。

 

 

「大ショッカーだと……!?」

 

「そうだディケイド。『スーパーショッカー』、そして貴様が利用した大ショッカーを経て、我々は再び、正真正銘の大ショッカーとなったのだ」

 

 

 セミミンガとディケイドの間では言葉の意味が通じ合っているが、咲や舞、Wにはその意味はまったく分からなかった。

 

 

「おいなんだよ、大ショッカーとかスーパーショッカーとか」

 

「最初にお前と会った時の敵が大ショッカー。二度目に一緒に戦った敵がスーパーショッカーって連中だ」

 

 

 ディケイドはWに簡単に大ショッカーの事を話した。

 かつて、Wとディケイドはスーパーショッカーを潰した事がある。

 スーパーショッカーという名前こそ知らなかったものの、その事はWの2人もよく覚えている。

 だが、彼らはそのスーパーショッカーがある組織の残党の集まりだという事を知らない。

 スーパーショッカーの前身、それこそが大ショッカーである。

 

 ちなみにディケイドがWと初めて会ったのも大ショッカーとの戦いの時である。

 大ショッカーの組織としての規模は非常に大きい。

 何十人もの仮面ライダーが集結し、ようやく潰せた組織。

 その上でまだ残党が残るほどの組織力を有していたのだ。

 

 だが大ショッカーもスーパーショッカーも確実に潰したとディケイドは記憶している。

 スーパーショッカー壊滅後、ディケイドはとある世界で再び大ショッカーを結成した事がある。

 その時はその世界を救うために利用しただけであり、その際に自分が作り上げた大ショッカーも完全に潰している。

 つまり、大ショッカーもスーパーショッカーも既に存在しない筈。

 

 ディケイドは疑うような目でセミミンガを見た。

 

 

「正真正銘の大ショッカーだか知らねぇが、叩き潰されたのを忘れたのか?」

 

 

 ディケイドの言葉は正しかった。

 確かに苦戦もしたし、幾人ものライダーの力は必要だった。

 だが、大ショッカーもスーパーショッカーも壊滅させたという事実は事実。

 脅威でないと言えば嘘になるが、特別問題視するような敵ではない。

 油断でも慢心でもなく、今までの経験からしてディケイドはそう思っていた。

 

 

「舐めていると痛い目にあうぞ。今の大ショッカーは貴様が戦った時よりも強力だ」

 

 

 セミミンガの挑発するとも脅すともとれる発言をディケイドは一笑した。

 

 

「上等だ。また潰す」

 

 

 端的な言葉ながらその言葉には殺気が籠っていた。

 かつての敵、並々ならぬ因縁がある相手だからこそだ。

 

 さて、お互いに睨み合うセミミンガとディケイドだが、一方ではまた別に殺気を放つ怪人が存在していた。

 

 

「き、さまらァ……無視するなぁ!? やれ! ウザイナー!!」

 

 

 此処まで眼中から外されていたカレハーンが痺れを切らし木の怪物を襲い掛からせた。

 Wとディケイドはその場を退こうとするが、一瞬木の怪物に気を取られて隙が出来てしまっている。

 セミミンガはその隙を見逃さなかった。

 

 

「ミィーン!!」

 

 

 セミの鳴き声のような声と共に、セミミンガはその身を震わせた。

 その姿は夏によく見るセミの姿そのもの。

 直後、Wとディケイドの体に衝撃が走った。

 衝撃はダメージとなり、2人はその場で怯んでしまう。

 しかし何処から、どのように攻撃を受けたのか全く見えなかった。

 

 

『……音波……!?』

 

 

 衝撃を受けつつも、今の衝撃の正体を冷静に考えたフィリップ。

 フィリップの言う通り、それは音波だ。

 セミミンガの鳴き声と共に強烈な音波が発せられ、それがWとディケイドにダメージを与えたというわけだ。

 そして2人が怯んだ隙を突き、木の怪物はその巨体からは想像もつかないスピードでWとディケイドに接近。

 

 

「しまっ……!!」

 

 

 ディケイドが言い切る前に、木の怪物は木のような腕を伸ばしてWを左手に、ディケイドを右手に掴んだ。

 巨体の手は2人の体を包み込むほど大きく、手も足も動かない状態だ。

 何とか脱出しようともがく2人だが、木の怪物の巨体の力はそれを一切許さなかった。

 逃れようとすれば逃れようとするほど、木の怪物は握る力を強めてくる。

 幾ら鎧に身を包んだ体とはいえ、全身を握りつぶされるような状態は平気ではない。

 

 

「くっ……ぐぁぁぁ……ッ!!」

 

 

 堪らず、翔太郎が悲鳴を押し殺したような声を上げた。

 握力は留まるところを知らず、最早万力か何かで押しつぶされているような感覚だ。

 

 

「フッ、ウザイナー!! もっと力を強めろ!!」

 

 

 カレハーンの指示に従い木の怪物の力はさらに強まる。

 だが、まだ耐えられない範囲ではない。

 しかしこのままでは非常に危険な状態でもある。

 Wもディケイドも痛みに耐えつつ打開策を頭で必死に考えていた。

 

 

(ククク……いいぞ、そのまま死ね、仮面ライダー)

 

 

 セミミンガのセミのような顔は表情を作る事はない。

 だが、もしも表情ができるとすればそれはとても醜悪な笑みだろう。

 それを思わせるようにセミミンガはセミが鳴く様な声で笑った。

 

 例えウザイナーから抜け出せてもWとディケイドには木の怪物を倒す手段がない。

 さらにカレハーンと新たな乱入者、怪人セミミンガ。

 数的にも状況的にも圧倒的不利にある。

 Wとディケイドが思考を巡らせる中、聞き覚えのある声が木霊した。

 

 

「2人を離しなさい!!」

 

 

 その声に敵味方関係なく全員が反応した。

 声の主は咲、隣には舞もいる。

 少女2人はこの状況下において、未だにこの場にとどまっていたのだ。

 

 

「何してんだ、早く逃げろ……!!」

 

 

 翔太郎の声は体が圧迫されているためか掠れていた。

 その声を聞いた2人は、ますますこの場から離れない決意を固める。

 

 

「そんな事できません!」

 

 

 大人しそうだった舞から決意の籠った声が発せられた。

 

 

「翔太郎さんと士さんは私達が助ける!!」

 

 

 一切の迷いなく言い放った咲の言葉。

 Wもディケイドも痛みの中、思った。

 「何を言っているんだ」、と。

 視点は違えど、同じ事を思ったセミミンガは咲と舞を嘲った。

 

 

「たかが小娘2人に、何ができる!!」

 

 

 人間の人知を超えた怪人と怪物が合計3体。

 中学生の少女2人が対峙するには余りにも無謀な光景だ。

 だが、それに全く臆することなく、2人の少女は似たデザインの携帯電話らしき物を構えた。

 その様子を見てただ1人、カレハーンのみが強く睨むような表情に変貌した。

 

 

「フン、ようやく来たか……」

 

 

 咲と舞を見据えるカレハーンの目線は、まるで強敵を見るような目だ。

 およそ少女2人に向ける目ではない。

 咲と舞は携帯電話のようなものを開き、2枚のカードを取りだした。

 そしてそれらを円盤状の部分にセットし、円盤自体を一度回す。

 同時に2人は手を繋ぎ、携帯電話のようなものを構えつつ、アイコンタクトすら無しで同時に叫んだ。

 

 

「「デュアル・スピリチュアル・パワー!!」」

 

 

 瞬間、咲と舞は虹色の光に包まれた。

 光の発生と共におこった衝撃とその眩しさにセミミンガは思わず目を逸らした。

 一方のカレハーンは眼光をさらに鋭くし、光や衝撃など一切意に介していない。

 

 虹色の光は空高く跳び上がり、その内部で手を繋いだままの2人。

 咲の体は金色の光に、舞の体は銀色の光に包まれている。

 右手を伸ばしつつ、咲が唱える。

 

 

「花開け、大地に!!」

 

 

 言葉と同時に金色の光は桃色を基調とした服に変わっていく。

 間髪入れず舞も左手を伸ばし、唱えた。

 

 

「羽ばたけ、空に!!」

 

 

 銀色の光は白い服へと変わる。

 金色の光と銀色の光はみるみる変化していき、2人の体を普段の服装とは全く違う姿へと変えていった。

 

 咲の姿は桃色を基調としつつも向日葵の花弁を思わせるような黄色の縁取りがところどころになされ、胸には赤いリボンと金色のハート形の宝石。

 さらに髪型も変わっており、ハートがついているカチューシャで纏められた髪は先程までの咲とは違い大きく広がっている。

 舞の姿は白を基調にしつつ、服のデザインはまるで鳥の羽を思わせるようだ。

 胸には白いリボンと水色のハート形の宝石。

 こちらも髪型が変わり、普段はポニーテールというよりお団子結びに近い髪型だったのが、ハートがついたカチューシャで纏められ、完全なポニーテールになっている。

 

 虹色の光の中で『変身』を果たした2人は地上に降り立つ。

 まるで大地を踏みしめるかのように降り立った咲。

 否、今の彼女は日向咲ではない。

 

 

「輝く金の花、『キュアブルーム』!」

 

 

 直後、今度は鳥が降り立つようにゆっくりと舞が降り立つ。

 そして今の彼女も、美翔舞ではない。

 

 

「煌く銀の翼、『キュアイーグレット』!」

 

 

 降り立った2人は、自分達の名を叫ぶ。

 

 

「「『ふたりはプリキュア』!!」」

 

 

 イーグレットがその右手で3体の敵に鋭く指を向ける。

 

 

「聖なる泉を汚す者よ!!」

 

 

 言葉の後、ブルームの左手も同じく、敵に向かって鋭く突きつけられた。

 

 

「阿漕な真似は……」

 

 

 そして何かを止めるように、その手を大きく開く。

 

 

「おやめなさい!!」

 

 

 大地に咲く向日葵を思わせる金色の輝きを放つキュアブルーム。

 大空に舞う鳥の翼を思わせる銀色の輝きを放つキュアイーグレット。

 その姿にセミミンガが、Wが、ディケイドが一瞬思考を停止させた。

 状況が全く飲み込めなかったからだ。

 そんな中、カレハーンが口を開く。

 

 

「太陽の泉の在処、教えてもらうぞ」

 

 

 そして、今の言葉は抑えていましたと言わんばかりの怒気を発した。

 

 

「覚悟しろ、プリキュアァァ!!」




────次回予告────
「舞、行こう! 2人を絶対に助けなきゃ!」
「ええ! 風都を滅茶苦茶にするなんて、絶対に許せないわ!」
「翔太郎さん達と力を合わせて!」
「必ず守って見せる!」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『戦いの中、R/精霊の光』!」」

「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」


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第19話 戦いの中、R/精霊の光

 カレハーンの発する怒気は戦闘開始の合図となった。

 怒気などまるで感じていないかのように変身した少女達はウザイナーめがけて跳ぶ。

 跳ぶ瞬間に2人の足元で何かが強く光った。

 ブルームは黄色く、イーグレットは白い色の光。

 これは2人が使う『精霊の力』が可視化したものだ。

 この光こそが2人のエネルギー源であり、戦うための力でもある。

 

 跳んだ2人はブルームがウザイナーの右腕に掌底を、イーグレットはかかと落としをウザイナーの左腕に決めた。

 打撃の瞬間にも光は瞬いた。

 精霊の力は凄まじく、2人が攻撃を加えた箇所はまるでゴムのように曲がった。

 相手の体全体が巨木のようであるにも関わらずに。

 

 

「ウザ……イッナァァ~……!」

 

 

 2人の手加減無しの攻撃が効き、ウザイナーの腕から一瞬、力が抜けた。

 Wとディケイドがその隙を見逃すはずもなく、2人は痛む体ながらも手の中から素早く跳び上がる。

 

 

「助かったぜ……」

 

 

 勢いのよい跳び上がりからの重力落下中に翔太郎がホッと息をつきながら呟いた。

 落ちつつ、Wとディケイドは地上のブルームとイーグレットを見つめる。

 突如として変身した咲と舞。

 助けは嬉しいが彼女達は何者で、あの敵達と何か関係があるのだろうか。

 そう思わざるを得なかった。

 

 ディケイドは響や翼という存在がいるのである程度、何らかの使命を帯びた人間が変身しているであろうという事は理解できた。

 が、ディケイドの知るシンフォギアとは明らかに雰囲気が違っている。

 プリキュアと名乗る2人はシンフォギアとは一切関係がない別の何か。

 ディケイドの、士の直感がそう告げていた。

 

 無事に着地したWとディケイドにブルームとイーグレットが心配そうな顔で近づいていく。

 敵をちらりと見つつ、ディケイドは2人に声を向けた。

 

 

「お前ら、変身できるとはな」

 

「隠しててすいません!事情があって……」

 

「……何処も訳ありってわけか」

 

 

 ブルームの言葉にシンフォギア装者を思い出した。

 彼女達も機密の為に変身できる事を外部の人間に隠している。

 恐らく、プリキュアもそういう事情があるのだろうという事は簡単に想像がついた。

 そしてそれは、同じく風都市民に姿を隠すWにも痛いほど気持ちが分かるようだ。

 だからこそW、翔太郎は深く詮索せず、早々に敵に体を向けた。

 

 

「話は後だ。あの木のバケモンを何とかしないとな」

 

 

 4人が一斉にウザイナーに目線を集中させた。

 先程の痛みが引いたのか、ウザイナーも4人を睨むように見ていた。

 カレハーンはウザイナーの力に自信があるのか、空中で不敵な笑みを浮かべるのみだ。

 それに忘れてはいけない、セミミンガの存在。

 

 翔太郎は考えた。

 セミミンガは怪人で、おまけに仮面ライダーと敵対する組織だという。

 となれば、セミミンガと戦うべきは仮面ライダーである。

 という事はカレハーンとウザイナーは?

 奴らにも対応する敵、つまりこちらから見た『味方』がいる筈である。

 今この状況で該当するのはプリキュアの2人。

 

 

「……なぁ、もしかして、君達って浄化ってやつができたりすんのか?」

 

 

 恐る恐る自分の仮定を2人に訪ねた。

 すると返って来たのは。

 

 

「はい! 私とイーグレットなら!」

 

「ああいう敵はいつも、そうやってやっつけてるんです」

 

 

 いつも、という言葉からは何度も戦ってきたという事実が垣間見える。

 全く普通の少女に見えたこの2人が。

 そこが一番気になる翔太郎だが、今大事なのはそこではない。

 大事なのは、翔太郎の予想が当たった事だ。

 

 

『フム……なら、勝機もある』

 

 

 そう、先程まで打開策が無かったが、今ならば。

 

 フィリップの声にブルームとイーグレットは再び驚いたような様子を見せた。

 だが、それどころではないので翔太郎は「後で説明すっから」とその場をやり過ごす。

 

 そうこう言っているうちにウザイナーとセミミンガが4人に接近してきた。

 ウザイナーは再び手を伸ばし、4人を捉えようと。

 セミミンガは怪人特有の仮面ライダーに匹敵するかもしれない素早さで。

 しかし、4人の元にウザイナーとセミミンガが辿り着く事は出来なかった。

 

 

「「ハアッ!!」」

 

 

 ブルームとイーグレットが両手を前に突き出した。

 跳びあがる時や攻撃の時にも発生した光が、今度は2人の全身から発せられている。

 さらに光は大きくなり、手の平を中心に球状に広がっていく。

 黄色と白の球状の光はプリキュアだけでなくWとディケイドをも包み込んでいる。

 驚くべき事に、ウザイナーとセミミンガはこの光と物理的にぶつかり、押し返されるように吹き飛んだ。

 広がっている光は広範囲に及ぶバリアなのだ

 

 ウザイナーとセミミンガが吹き飛ぶと同時に2人はバリアを解除し、ウザイナーに向かって跳んだ。

 その後を追うようにWとディケイドも仮面ライダーの俊足を用い、敵に向かって行く。

 

 

「助けられっぱなしじゃ、仮面ライダーの名が廃るってもんだぜ」

 

『だったら僕達に出来るのは、ウザイナーなる敵を倒すサポートだ。門矢士、君も行けるね?』

 

「フン、当たり前だ」

 

 

 走りつつの短い会話だった。

 ブルームとイーグレットが戦えるとはいえ、まだ中学生なのは変わらない。

 例えそれが守る側の人間であろうと、彼女達を守るのが仮面ライダーの役目。

 その意志を胸に刻みながら、Wとディケイドは駆ける。

 

 

 

 

 

 ブルームとイーグレットは跳び回りウザイナーを翻弄する。

 その光景は最早跳ぶというよりも飛ぶに近いかもしれない。

 実際、2人は驚異的な跳躍能力とある程度の滞空時間がある為空中戦が得意だ。

 時折隙を見ては空中から重力落下の勢いを加えた一撃。

 ウザイナーは忙しなく動く2人を全く捉えきれずにいる

 苦戦する様子を見たセミミンガは軽く舌打ちをした。

 仮面ライダーを捉えた時は中々やると思ったが、乱入者にはものの見事に翻弄されてしまっている。

 

 

「ミィーン!」

 

 

 それを見かねてか、セミミンガは再び空気を振動させた。

 音波は衝撃となり、辺り一帯に広がっていく。

 音波による攻撃は当然目に見えない。

 ブルームもイーグレットも避けようがなかった。

 

 

「「きゃあ!?」」

 

 

 女の子らしい悲鳴と共に2人は音波攻撃を浴びてしまった。

 攻撃が当たった瞬間にも精霊の力は発動する。

 それは自動的なもので2人が自分の意思で展開するものよりは少し弱いが、バリアとなって2人を守るのだ。

 とはいえ攻撃の威力は中々の物で、2人は明確にダメージを受けていた。

 

 

「ブルーム。今の、さっき翔太郎さん達が受けた……」

 

「見えない攻撃……」

 

 

 2人にその攻撃が何らかの衝撃波であり、セミミンガが鳴いた時に放たれる事は分かった。

 が、分かっていても見えないのだから避けようがない。

 しかしこのままセミミンガを放っておけばウザイナーの相手どころじゃない。

 

 

「そのセミ野郎は任せな」

 

 

 ブルームの肩に手が乗せられると同時に声がした。

 振り向いてみれば、そこには綺麗に2色に分かれた戦士、W。

 それに続くようにゆっくりと後ろからディケイドも歩いてきている。

 先程までウザイナーに握りつぶされかけ、随分とダメージを負っていたはずだが。

 

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「何年も仮面ライダーやってるからな。あれぐらいじゃ倒れねぇさ」

 

 

 余裕綽々の声ではあるが、確かに体に痛みは残っている。

 だが、今までの戦いの中で辛い事は何度でもあった。

 それに比べれば、という事。

 翔太郎もフィリップも士も、長い戦いの中で経験を積んでいる。

 それにうら若き中学生を戦わせて自分達は見ているだけでは仮面ライダーとしての示しがつかないし、何よりも彼らの気持ちがそれを許さない。

 

 

『ディケイド、君は彼女達と共に向こうを頼む』

 

 

 フィリップの声はウザイナーを指し示している。

 その言葉に疑問を抱くディケイド。

 

 

「どういう意味だ」

 

『あのカレハーンとかいうのが加勢してこないとも限らないからね。

 どうやらセミミンガとやらの仲間ではないから、加勢してくるとしたら向こうだろう。それに……』

 

 

 フィリップ、引いてはWはセミミンガを見やり、強く言い切った。

 

 

『奴の相手は僕達だけで十分……だろう? 翔太郎』

 

「へっ、当たり前さフィリップ」

 

 

 その余裕が何処から来るかと尋ねられれば、それは経験だ。

 経験で培われてきた戦闘センスはWやディケイドにはあってもプリキュア2人には無い。

 それに先程の苦戦の理由はほぼウザイナーの特性によるものだ。

 逆に言えばウザイナーを倒せる、あるいは横槍が入らない状態でセミミンガと戦えれば勝機は十分すぎるほどにある。

 慢心でも油断でもない確信。

 しかしその言葉が余程気に障ったのか、セミミンガは激昂していた。

 表情があるとすれば憤怒と形容するべきだろう。

 

 

「貴様ァ……舐めた事を言ってくれるなッ!!」

 

 

 強い口調と殺気にもWの余裕の態度は崩れない。

 Wは他の3人よりも1歩前に出て、トリガーマグナムを構えて戦闘態勢をとった。

 

 

「早く行きな」

 

 

 翔太郎の言葉、その余裕に戸惑いながらもプリキュアの2人は頷き、ウザイナーに向かう。

 一方でディケイドは特に戸惑う様子もない。

 ディケイド、士もまた、幾重もの戦いを経験してきていた。

 それに同じ仮面ライダーだからだろうか、Wにはある程度の信頼を置いている。

 故に、ディケイドはWの心配をまるでしていなかった。

 ディケイドはWに何も言うことなくウザイナーと交戦状態に入る。

 それを見送ったWもまた、セミミンガと相対した。

 

 

「覚悟してもらうぜ、セミ男」

 

 

 Wは左手の人差指と親指を伸ばし、それ以外の指を軽く曲げた。

 そしてその左手をセミミンガに向け、指を指しながら翔太郎とフィリップは口にした。

 風都を泣かせる悪党に、2人が永遠に投げかけ続ける言葉を。

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 Wが戦う理由は2つある。

 1つは勿論、みんなを守る為、自由と平和の為だ。

 そしてもう1つは、贖罪。

 Wの2人はある『罪』を背負っている。

 2人で1人の仮面ライダーは戦い続け、その罪を償い続ける。

 この言葉も、自分達の罪を数えたからこその問いかけだ。

 

 

「知った事かァ!!」

 

 

 問いかけに答える気など毛頭ないセミミンガの急速な突進と共に繰り出された拳を、Wはその場で落ち着いて受け止める。

 ヒートトリガー、遠距離タイプの姿であるWにはやや不利な接近戦に持ち込もうという魂胆だ。

 トリガーマグナムで接射するという手もあるにはあるが、ヒートトリガーの強すぎる火力でそれを行うとW本人もただでは済まない。

 

 

「だったら……!」

 

 

 攻撃を受け止め、いなしつつ、Wは左側のメモリを再びジョーカーメモリに差し替えた。

 

 

 ────HEAT! JOKER!────

 

 

 青い左半身が再び黒く染まる。

 Wの戦闘スタイルは主に左半身のメモリで決まる。

 対して右半身のメモリはその戦闘スタイルにヒートなら炎、サイクロンなら風というように属性を加えるのだ。

 ジョーカーはその身1つ、素手で戦う格闘戦タイプ。

 そしてヒートは炎を与える。

 これを足した『ヒートジョーカー』は拳や蹴りの1つ1つに炎の力を加える姿だ。

 

 

「うぉらぁ!!」

 

 

 セミミンガの攻撃にカウンターするようにWが右腕を伸ばす。

 伸ばした腕の先、Wの燃え盛る拳はセミミンガの顔面を捉えた。

 炎と顔面への一撃はセミミンガにも怯みを与えた。

 期を逃さず、Wは右拳を振るい続ける。

 1発、2発、3発と、炎の拳を顔面や胴体に叩きつけていく。

 そして数発決めた後、Wは仰け反るセミミンガの下から拳を空に向かって思い切り振り上げた。

 つまりはアッパーであるその一撃はセミミンガの体を宙に舞わせた。

 

 

「グギャアァァ!!?」

 

 

 焼ける痛みと拳の衝撃が抜けきらないまま、空中に浮いたセミミンガは重力で地面に叩きつけられる。

 Wは左手をスナップさせた。

 

 

「へっ、だから言ったろ?」

 

 

 これでもWは先程のウザイナーにより手負いだ。

 セミミンガ自身も煽られて冷静でなかったという点もあるかもしれない。

 だが、1対1で戦えるなら能力が多彩で対怪人の経験も豊富にあるWに分がある。

 

 

「グゥ……おのれぇ、仮面ライダー……」

 

 

 地面から苦しそうに立ち上がるセミミンガ。

 茶色い体表には幾つか黒ずんだ焦げ目がついていた。

 ややふらついているその姿は、確かなダメージがあった事を意味していた。

 

 

「これで決まりだ……!」

 

 

 Wはジョーカーメモリを引き抜き、ベルトの右腰にある『マキシマムスロット』にジョーカーメモリを装填。

 その後、マキシマムスロットのボタンを叩き、メモリの力を解放した。

 

 

 ────JOKER! MAXIMUM DRIVE!────

 

 

 マキシマムドライブ。

 つまりトリガーと同じく必殺の態勢である事を電子音声は告げた。

 Wの赤い右拳に赤い炎が、黒い左拳に紫の炎が宿る。

 

 

「まぁだ……!!」

 

 

 負けじとセミミンガも再び音波攻撃を放った。

 不可視の攻撃、当然Wには攻撃が見えていない。

 だが、自分に向けて放たれた事は分かっている。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 Wは両手の炎を地面に向かって噴射し、ロケットのように跳び上がった。

 音波攻撃はWに向かって放たれている。

 で、あるならば、それを跳ぶなりして避ければいい。

 不可視の攻撃ではあるが、セミミンガの攻撃にタイミングを合わせれば避ける事は可能なのだ。

 

 Wは上空で両拳に力を込めた。

 さらに、こともあろうにWの体が中央の銀色の線に沿って真っ二つに割れた。

 ジョーカーによるマキシマムドライブは格闘攻撃による一撃。

 そしてその技はWの体を真っ二つに割って波状攻撃を仕掛ける、というものだ。

 息を合わせるために、再び翔太郎とフィリップは技の名を口走った。

 

 

「「『ジョーカーグレネイド』!!」」

 

 

 Wの左側と右側が時間差でセミミンガに向かって下降し、交互に殴りつける。

 力と炎の籠った拳を連続で受けたセミミンガは大きく吹き飛び、再び地面に体を打ち付ける形になった。

 セミミンガは最後の力を使ってよろよろと立ち上がった。

 

 

「こ、これで終わったと思うな仮面ライダーァ……!

 大ショッカーに…栄光あれぇぇ……!!」

 

 

 それが、セミミンガの最期の言葉だった。

 断末魔と共にセミミンガは後ろに倒れ、爆散。

 後に残るは爆発とジョーカーグレネイドで発生した炎だけだ。

 仮面ライダーの必殺の一撃は、ウザイナーのような特殊な事例ならともかく怪人ならば受け切る事ができる者は少ない。

 Wの右半身と左半身は元に戻っており、セミミンガの爆散を見送った。

 そして勝利の余韻に浸る事も無くウザイナーに目を向けた。

 見れば、ウザイナーは身動きが取れず、プリキュア2人が何らかの技を放とうとしている真っ最中だった。

 

 

「決着つきそうだな」

 

『プリキュアの力……興味深いねぇ』

 

 

 

 

 

 

 

 ブルームとイーグレットの力は見た目によらず非常に強力だった。

 ブルームの掌底は確実にウザイナーを怯ませ、イーグレットの足技は相手の攻撃を払い、大きなダメージを与えている。

 そして2人が使用するバリアもまた、ウザイナーの攻撃を受け止めるのに一役買っていた。

 一方のディケイドもライドブッカーをソードモードにしてウザイナーに斬りかかる。

 鞭のように伸びる木を何度も切り裂いているが、しばらくすると再生されてしまう。

 

 ディケイドの力は世界のルールを壊す破壊の力。

 ノイズの位相差障壁ですら、彼の前では無力だ。

 だが、浄化の力ではないためか、ウザイナーは攻撃しても再生してしまう。

 ダメージによる疲労は与えているようではあるが、ディケイドでは止めが刺せない。

 いや、刺せるには刺せるかもしれないが、それには『一撃』という条件が付く。

 そうでないとウザイナーは再生してしまう。

 響鬼の世界で戦った魔化魍も再生できる種類の怪物ではあったが、一撃で仕留めていたからこそ、清めの音が必要なかったのだ。

 不死者ですら破壊した事のあるディケイドだが、彼にとっては不死の能力よりも再生能力の方が余程厄介だった。

 

 しかし、今回はブルームとイーグレットがいる。

 だったら自分にできる事はサポートに徹する事。

 

 

「俺が脇に回るとはな……!」

 

 

 ディケイドは一枚カードを取り出し、ベルトを操作してそれを使用した。

 

 

 ────KAMEN RIDE……AGITO!────

 

 

 ディケイドは自分の姿を金色の二本角の戦士、『仮面ライダーアギト』へと変えた。

 戦いの最中、ブルームとイーグレット、そして上空で見ていたカレハーンもその姿に驚いた。

 唯一変わっていない腰のディケイドライバーだけが、彼がディケイドである事を示している。

 アギトとなった士にブルームは恐る恐る近づいた。

 

 

「つ、士さん……ですよね? 何だか、全然違う格好ですけど……」

 

「言ってる場合か。……来るぞ!」

 

 

 ディケイドアギトの言葉と共にウザイナーは巨木の腕を振り下ろした。

 ブルームとイーグレットは跳び上がり、ディケイドアギトは横に転がってその攻撃を回避する。

 さらに、ディケイドはもう一枚カードを発動させた。

 

 

 ────FORM RIDE……AGITO!STORM!────

 

 

 ディケイドアギトの姿が青く染まった。

 対称だった両腕も、左腕だけが青く染まり、左肩がやや盛り上がっている。

 さらにその手には薙刀のような武器、『ストームハルバード』が握られていた。

 『アギト・ストームフォーム』、風の力を宿した姿だ。

 

 ディケイドアギトはストームハルバードを風車のように全力で回す。

 風が巻き起こる。

 アギト・ストームフォームはストームハルバードを回転させる事で強風を発生させる事ができる。

 その風の威力は怪人ですら怯み、最悪吹き飛んでしまうほどだ。

 

 

「ウザイッ……ナァ……!?」

 

 

 強風に煽られてウザイナーの葉がちらちらと飛んでいく。

 ウザイナー自身もその葉のように吹き飛ばされそうだ。

 だが、ウザイナーは体勢を立て直しその場でずっしりと構えた。

 まるで根を張る大木のように、ストームハルバードの強風をものともせずに。

 しかしそれこそがディケイドアギトの狙いだ。

 

 

「今の内だ!!」

 

 

 ディケイドアギトは風を一切緩めず叫んだ。

 叫んだ対象はブルームとイーグレット。

 言葉の意味は2人にもすぐに理解できた。

 今ならば、ウザイナーは動けない。

 動こうものなら風で吹き飛ばされるのがオチだからだ。

 だが、それに耐えて動かなくなっている今ならば。

 2人は顔を見合って頷き、手を繋いだ。

 

 

「大地の精霊よ……」

 

 

 右手を前方に伸ばし、ブルームは誰かに呼びかけるような言葉を呟く。

 瞬間、辺りの大地から金色の光が溢れる。

 

 

「大空の精霊よ……」

 

 

 イーグレットも上空に向けて手を伸ばし、同じく呼びかけるように呟いた。

 すると、空一面から水色の光の粒が降りる。

 2つの光はブルームとイーグレットに集まり、伸ばした手を中心にどんどん収束していく。

 

 

「今、プリキュアと共に!」

 

「奇跡の力を解き放て!」

 

 

 イーグレット、ブルームの順でさらに唱える。

 集まった光は手の甲のマークに集まり、それを円状に展開。

 声を揃えながら、円状に展開した光を叫びと共に全力で打ち出した。

 

 

「「『プリキュア! ツイン・ストリーム・スプラァァァッシュ』!!」」

 

 

 金色の光と水色の光は光の奔流となり、ウザイナーに向かって突き進んでいく。

 2つの奔流は交差しながらウザイナーをどんどん包み込んでいく。

 

 

「ウザイナー………」

 

 

 光に包まれたウザイナーは元の大木に戻り、黒ずんだ何かが大木から離れていく。

 それこそがウザイナーの本体である。

 ウザイナーの本体である闇の塊は光の中で弾けた。

 弾けた闇の塊は緑色の小さな光の粒になった。

 光の粒には1つ1つ、ニッコリとした目がついている。

 何やら可愛らしいが、これは精霊達である。

 精霊達が闇に染められ、利用されたのがウザイナーの正体なのだ。

 

 

「……何だこいつら」

 

 

 そんな事を知る由もないディケイドは解放された緑色の精霊達を見送っていた。

 これがカレハーンの言っていた『浄化』である。

 浄化に成功した後、大木は元の通り、夏らしく葉を青々と茂らせていた。

 

 

「あっ、ブルーム」

 

 

 イーグレットが指さした場所にはゆっくりと、何かが降りてきていた。

 本当に小さな、1粒の球体だ。

 ブルームはそれを優しくキャッチする。

 

 

「『奇跡の雫』……これで6個目だね」

 

 

 ウザイナーを倒すと、奇跡の雫という物も精霊と同時に解放される。

 これを集める事もまた、プリキュアの目的だ。

 

 

「さてと、残るは……」

 

 

 ディケイドアギトが周りを見渡す。

 セミミンガはWが、ウザイナーも今、無事に倒された。

 だがもう1人、カレハーンが残っている事を忘れてはいない。

 しかし辺りを見渡しても何処にもカレハーンはいなかった。

 ウザイナーが倒されると同時に既に撤退したのだ。

 

 

「あのカレハーンとかいうのなら帰ったみたいだぜ」

 

 

 ディケイドアギトに声をかけたのは翔太郎、Wだ。

 遠巻きに見ていたWはその瞬間をはっきりと見ていたらしい。

 

 

「お互い、女の子に助けられちまうとはなぁ」

 

 

 翔太郎が奇跡の雫を手に取るブルームとその横に並ぶイーグレットを見ながら呟いた。

 頭を掻いて困ったような声だ。

 ハードボイルドを公言している翔太郎としては女性に助けられるのは些か恰好がつかない。

 そんな風に思っていた。

 例え翔太郎でなくとも成人している男性達がまさか中学生の女子2人組に助けられるなんて思いもしないだろう。

 状況が状況であった、という事もあるのだが。

 

 

「フン……」

 

 

 ディケイドアギトは鼻息を鳴らしながら変身を解いた。

 女性で戦える人間なら何人も知っていたし、助けられる事もあった。

 最近知り合った未熟な生徒、古めかしい言葉を使う気難しいアーティスト、3人組の1人である黄色い少女。

 それに、かつて旅を共にした居候先の娘。

 だからだろうか、確かに変身には驚いたが目の前の『プリキュア』という存在をすんなり受け入れている自分が何処かにいるのを士は感じていた。

 

 士が変身を解いたのを機に、翔太郎と咲、舞も変身を解き、1か所に集まった。

 

 

「さっきは助かったぜ。ありがとな」

 

 

 翔太郎の言葉に咲が慌てる。

 

 

「い、いえ! こちらこそ、あのセミみたいなのがいたら私達も危なかったかも……」

 

 

 セミミンガの攻撃を受けた時、あの2体を相手にするのは厳しいと感じた。

 そんな時に「任せな」、と言って加勢してくれたのが翔太郎と士。

 ダメージだってあったはずなのに。

 何よりも一番初め、人前で変身できない自分達の前に出て戦ってくれた。

 

 

「だから、お相子って事じゃ……だめですか?」

 

 

 咲の言葉に翔太郎は少し口角を上げ、「おう」と答えた。

 その後、帽子を被りなおすように帽子の位置を調節しながら言った。

 

 

「さぁて、行くか」

 

 

 3人に背を向けて翔太郎は歩き出した。

 咲と舞はキョトンとした表情を作り、思わず舞が疑問符を上げてしまった。

 

 

「え?」

 

 

 その疑問符に、翔太郎は笑顔で振り向いた。

 

 

「依頼再開だ」

 

 

 

 

 

 

 

 当初の目的通り、4人はさざなみ海岸についた。

 海岸から見える海と風車を舞は一発で気に入ったらしく、写真を撮っている。

 此処で書くには時間がかかるので写真を撮ってそれを見本に書こうという事らしい。

 夏という事もあり、観光客や遊びに来ている人もいるようではあったが、写真を撮るには特に問題ない程度だ。

 士もあちこち写真を撮っていた。

 写真家としての血が騒いだのだろうか、色々なところを色々な角度で撮っていた。

 そんなわけで、写真を撮り続ける2人とは別に、暇をしている咲と翔太郎はというと。

 

 

「士もだけどよ、舞ちゃんって子も何枚も撮ってんなぁ……」

 

「多分、一番良い風景を描きたいんだと思います。

 舞ってば、集中すると周りが全然見えなくなっちゃって」

 

「はは、俺の相棒もそうでな。何か調べだすと止まらねぇんだ」

 

「それって士さんですか?」

 

「いいや、事務所に残ってる方さ」

 

 

 他愛のない相棒談義を続け、意気投合していた。

 

 だが話しつつも、翔太郎は少し引っかかっていた事があった。

 それは、『仮面ライダー』を狙ってきたセミミンガの存在だ。

 どうやらセミミンガの所属していた大ショッカーなる組織はディケイドとの因縁があるらしい。

 だがセミミンガが言ったのは『仮面ライダーの抹殺』。

『ディケイド』と名指しをしていないのだ。

 もしも大ショッカーがディケイド以外のライダーも狙っているのだとしたら?

 そう考えずにはいられなかった。

 それに何より、翔太郎の『探偵の勘』がその予感を告げていた。

 

 

(一応、照井達にも連絡しとくか)

 

 

 咲に断って、翔太郎が常備している『メモリガジェット』の1つ、『スタッグフォン』を取り出した。

 これはクワガタムシのように変形し敵への攻撃もできる優れものだ。

 勿論、名前の通り携帯電話にもなる。

 翔太郎はスタッグフォンとほぼ同規格の竜の『ビートルフォン』に電話をかけた。

 

 ちなみに日本とフランスの時差は7時間ほどで、日本の方が早い。

 現在日本の時刻は昼過ぎの大体14時頃だから、向こうは朝の7時ぐらいだ。

 かけてから翔太郎はそれに気づき、朝早くだから一度切ろうかと考えた。

 だが、そう考えた直後、電話が繋がった。

 

 

「もしもし、照井か?」

 

『左か』

 

 

 聞き馴染んだ刑事の声がした。

 冷静な声で無事なのが分かる。

 だが、次の竜の言葉は、翔太郎としては思いもよらないものだった。

 

 

『こちらもかけようと思っていた。急ぎだから早く起きたんだが、丁度いい』

 

「あン? なんだよ」

 

『昨日、こちらで怪人が出た』

 

 

 翔太郎は思わず声を荒げた。

 

 

「何だと!?」

 

『落ち着け、倒す事は出来た。助っ人も2人来てくれたからな』

 

「助っ人?」

 

『それは後で説明しよう。ところで左、奴らは『仮面ライダー』を狙っているらしい、お前の方は大丈夫か?』

 

 

 『助っ人』の存在も気になるところだが、翔太郎は一先ず気持ちを落ち着けた。

 そして冷静に、竜の質問に答えた。

 

 

「……いや、こっちも出てついさっき倒した」

 

『そうか……無事ならいいんだ』

 

「それよりそっちは? 亜樹子もいるし、第一、助っ人2人とか何があったんだよ?」

 

『……そうだな、少し長くなるぞ』

 

 

 竜は、昨日起きた一連の騒動について話し始めた。




────次回予告────
「舞、いい写真は撮れた?」
「うん、この感じなら良い絵が描けそう。……あれ?翔太郎さんどうしたの?」
「ずっと深刻そうな顔で電話の話を聞いてるみたいでさ、なんだろう?」
「何かあったのかしら、心配ね……」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『戦いの中、R/怪人と3人と前触れ』!」」

「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」


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第20話 戦いの中、R/怪人と3人と前触れ

 時は照井夫妻がフランス、パリに飛び立った日に遡る。

 飛び立った日は翔太郎達が咲、舞と出会った日の1日前だ。

 飛行機でのフランス行きは13時間程度。

 朝一の飛行機に乗って7時頃で、そこから13時間なので日本時間で言えば20時。

 だが、フランスと日本では7時間の時差があるのでフランスに着いたのは丁度昼過ぎの13時頃だった。

 

 照井夫妻の妻の側、亜樹子は13時間のフライトでたっぷりと睡眠をとっていたためか非常に溌剌としていた。

 竜も寝てはいたが、とても亜樹子の活発さには勝てそうにはないほどだ。

 早々にホテルに向かって荷物を置き、2人は観光を開始した。

 飛行機の乗っている最中に寝ていたせいで2人は食事を取っていなかった。

 

 

「腹が減っては戦はできぬぅ!」

 

 

 何と戦うつもりなのか分からないが、亜樹子の一声でまずは食事をする事に決まった。

 そんなわけで食事できる店を探すため、パリの中を歩く2人。

 

 

「なぁんかぁ。竜君とこうしてるのって、不思議だねぇ」

 

 

 道中、ふと亜樹子が呟いた。

 竜がそれに対して「どういう事だ?」と疑問を投げかける。

 亜樹子は歩きつつも竜の顔を見上げた。

 

 

「だってさぁ、数年前まで竜君は戦ってて、あたしも翔太郎君達と知り合ったばっかりで……」

 

 

 亜樹子の脳内に思い出がフィードバックする。

 

 自分の父親の事務所に乗り込み、翔太郎と会った事。

 大きなガレージを発見し、フィリップと会った事。

 この2人が変身してドーパントなる怪人と戦う戦士である事を知った時の事。

 初めて、竜が変身した時の事。

 

 思い返していけばきりがなかった。

 亜樹子と竜、そして翔太郎とフィリップの思い出の大半はドーパントなどの、悪との戦いが中心の思い出だ。

 だがそれは決して戦いだけの思い出でなく、かけがえのない仲間やそんな彼らと過ごす日常、風都での生活。

 辛い事もあったが、決してそれを不幸と思った事は無かった。

 

 

「俺もだ。また俺に、家族ができるとはな……」

 

 

 感慨深そうに、憂うような笑みで亜樹子に顔を向ける竜。

 彼の両親、そして妹はある時、とあるドーパントにより殺害されている。

 一家惨殺、生き残ったのは竜ただ1人。

 彼の抱える重たい闇。

 その言葉を聞いた亜樹子はハッとした顔になった。

 

 

「ご、ごめんね! そんなつもりじゃ……」

 

 

 慌てて手を振って謝る亜樹子。

 竜にとっては一番思い出したくない記憶であろうに、それを思い出させてしまった事に慌てたのだ。

 だが竜は優しく声をかけた。

 

 

「いや、違う。単純に嬉しいんだ、所長」

 

 

 誰かと一緒にいれる、家族がいる。

 当たり前のようでそれは非常に尊いものである事を竜は誰よりもよく知っている。

 だから今この平和と幸せを噛みしめていた。

 

 『所長』とは、亜樹子が鳴海探偵事務所の所長に、勝手だが就任しているから竜がそう呼び、結婚した今でもそれは続いている。

 傍から聞けば変な呼び方だし、亜樹子も一度それに苦言を呈した事もある。

 だが、今は違う。

 この呼び方は唯一無二、亜樹子にだけの呼び方なのである。

 

 平和、幸せ。

 家族だけでなくこれも尊いものであると竜も亜樹子も知っている。

 だからこそ、壊れやすい事も。

 

 

「ッ!?」

 

 

 竜がある声に反応した。

 悲鳴。

 男性、女性、子供、大人、とにかく大勢の悲鳴がやや遠くから聞こえた。

 亜樹子も何事かと、その声に振り返った。

 

 

「こっからじゃよく見えないけど、まさか……」

 

 

 人が右往左往しているのはかろうじてわかるが、それが何故なのかが分からない。

 イベントなのか、トラブルなのか。

 しかし亜樹子には嫌な予感がしていた。

 実は彼女、結婚式の際にも怪人が登場するというハプニングに見舞われている。

 だからこそ思ってしまうのだ。

 まさか、と。

 

 

「……様子を見てくる」

 

「あ、あたしも行く!」

 

 

 竜と亜樹子は急ぎ、悲鳴の聞こえた方向へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 大通りを大勢の人が川の流れのように駆け抜け、何人かは小さな路地を通って複雑な道を通り抜けていく。

 ともかくこの場から一刻も早く離れる。

 恐らくだが、この場にいた人全員の気持ちはそれで一致していただろう。

 それは『怪人』のせいであった。

 

 

「ドーパントだと……!?」

 

 

 駆けつけた竜はその光景を見て驚愕した。

 目の前に『怪人』が存在しており、それが辺りの店を荒らし回っているのだ。

 

 見た目はネコ科の動物、ジャガーに近く、両手は鎌のようになっている。

 その鎌は丁度、ハサミの刃を2つに分けて両手に割り振ったような形だ。

 何より異質なのは、両手が刃のジャガーが人型である事だ。

 

 

「シィィザァァァス……」

 

 

 奇妙な声を上げるハサミのついたネコ科怪人。

 さらに、その横にはもう1体怪人が存在していた。

 姿はワニを人間大まで大きくしたような姿。

 尻尾が長く伸びており、その体表はワニとは違って機械的だ。

 

 

「クワックワッ……!」

 

 

 口を見かけ通りワニのように大きく開けて笑う。

 笑い声からはこの状況を面白がるような感情が見て取れた。

 

 町を荒らし回るなか、2体の怪人は竜と亜樹子に気付く。

 

 

「ほう、まだ逃げていない人間がいたか」

 

 

 ネコ科の怪人はハサミを構え、じわりじわりと近づいてくる。

 竜は右手を亜樹子の前に伸ばし、避難するように促した。

 

 

「所長、隠れていてくれ」

 

 

 亜樹子はその言葉に頷いて少し離れた建物の影に隠れ、顔だけ覗かせる。

 避難した事を確認した竜はバックルを取り出した。

 バイクのハンドルのような物で、中央には何かを装填するようなスロットが空いている。

 それを腰に宛がうと、ベルトとして巻き付いた。

 ベルトの名は『アクセルドライバー』。

 竜にとって、最大の武器。

 

 

「フランスに来てまでこうなるとはな……」

 

 

 そしてエンジンメーターでアルファベットの『A』が描かれている赤いUSBメモリを取り出す。

 その様子を見たネコ科の怪人をワニの怪人は一瞬その身をたじろかせた。

 

 

「きっ、貴様ッ!? ベルトだと……!」

 

 

 ネコ科の怪人がハサミでベルトを指差した。

 その少し後ろにいるワニの怪人も先程までの笑みが消え失せ、一気に警戒するような雰囲気を纏いだした。

 

 竜は赤いUSBメモリ、『アクセルメモリ』を起動させた。

 

 

 ────ACCEL!────

 

「変…………身ッ!」

 

 

 溜めて放った言葉の後、アクセルメモリを中央のスロットに差し込む。

 そして右側のハンドルを外見通りバイクのハンドルのように一度回す。

 

 

 ────ACCEL!────

 

 

 アクセルドライバーによりメモリの力が解放され、竜の体に瞬時に赤い鎧が纏われる。

 フルフェイスヘルメットにアルファベットの『A』を模した鋭利な角が装飾された仮面。

 青い複眼状の青いモノアイが2体の怪人を睨むように光っている。

 

 

「やはり、仮面ライダー……ッ!」

 

 

 ワニの怪人が苦々しげに呟いた。

 ベルトとメモリと同じ名を冠した仮面ライダー、『仮面ライダーアクセル』。

 照井竜の仮面ライダーとしての姿。

 

 

「さあ、振り切るぜ!」

 

 

 自分の中のエンジンを始動させるかのような言葉と共に、アクセルは2体の怪人に走り出した。

 

 

 

 

 

 アクセルには『エンジンブレード』という武器がある。

 それは竜のバイク『ディアブロッサ』に収納されていているのだが、当然フランスにバイクなど持ってきてはいない。

 現在のアクセルは丸腰だ。

 

 だが、徒手空拳でも十分にアクセルは強かった。

 ネコ科の怪人は何度もアクセルにその刃を斬りつけてくるが、アクセルはものともしない。

 時には攻撃をいなし、時には腕で防ぐ事もある。

 腕で防ぐと言っても腕に殆どダメージは無く、火花が散る程度だ。

 赤い鋼鉄の鎧がその身を完全に守っていた。

 勿論、変身している竜自身が腕の最も鎧の分厚い部分に当たるように調整しているのもあるが。

 

 

「チッ、おい『ワニーダ』、貴様も手伝え」

 

 

 ネコ科の怪人が一旦アクセルから離れ、ワニの怪人、『奇械人ワニーダ』の横に並ぶ。

 

 

「どうやらさすがは仮面ライダーらしいな。いいだろう、確実に潰すぞ『ハサミジャガー』」

 

 

 アクセルはワニの怪人がワニーダという名である事、ネコ科の怪人が『ハサミジャガー』という名である事を理解した。

 しかし、一応耳に入れただけで名前などどうでもよかった。

 

 

「貴様等……ドーパントなのか」

 

 

 アクセルの質問にハサミジャガーが答えた。

 

 

「我々は大ショッカー。貴様等仮面ライダーの抹殺を目的としている」

 

 

 両手のハサミ同士を磨ぐようにこすり合わせる。

 確実に獲物を仕留める、という気迫が感じられる。

 ワニーダも口を何度も開閉させている。

 ワニの口同様、あの口と歯には相当な威力がありそうに見えた。

 

 

「数ではこちらが上、仮面ライダー! 死んでもらうぞ!!」

 

 

 ワニーダの勇ましい声と共に2体の怪人が同時にアクセルに突進する。

 迎撃の構えを見せるアクセル。

 が、次の瞬間、火花が散った。

 それを起こしたのはアクセルでもハサミジャガーでもワニーダでもない。

 同時に、この場に接近するエンジン音を3者の耳が捉えた。

 

 

「何……!?」

 

 

 混乱した状況下の中で逃げていないのは自分と亜樹子だけだと思っていたアクセルはバイクを見て驚くような声を上げた。

 

 接近するバイクの形状はやや特殊なものだった。

 フロントは銀の球状の装飾がされており、中央には青い球体がはめ込まれている。

 バイクから青いビームが放たれ、それらは2体の怪人の足元に着弾した。

 どうやら先程の火花もあのバイクの仕業らしい。

 

 バイクはアクセルの横で停止し、運転手がバイクから降り、ヘルメットを脱いだ。

 バイクに乗っていた男はアクセルに向かい合う。

 アクセルの目にその男はまだ年端もいかぬ青年に見えた。

 精々高校生か、大学生程度の年齢に見える。

 

 

「仮面ライダーアクセル、だな?」

 

 

 正体不明の人物からの唐突な質問に、アクセルは思わず返した。

 

 

「俺に質問をするな」

 

 

 竜の口癖のようなものだ。

 その言葉に青年はフッと笑い、懐から何かを取り出した。

 それはバックル。

 中央にはまるで天球儀のような物が大きく取り付けられている。

 青年がそれを自分の腰に宛がうと、バックルはベルトとなった。

 まるで先程のアクセルドライバーのように。

 

 

「お前……!?」

 

 

 様子を見ていたアクセルが再び驚愕した。

 ベルトを巻くその姿は、正しく先程までの自分。

 それが意味するところは、1つ。

 

 青年はベルトの上にあるトリガーを右にスライドさせた。

 

 

 ────METEOR! Ready?────

 

 

 電子音声と共に音楽が流れ出す。

 青年は右手を左斜め上に、右手を肘から曲げて水平に向けた。

 そして両腕を一周させて同じ態勢に戻ると同時に、叫ぶ。

 

 

「変身!」

 

 

 掛け声と共に右手でベルトの右側のレバーを勢いよく下に下げ、その勢いのまま右手を斜め下に振り下ろす。

 左手も同時に勢いよく左側に水平に伸ばした。

 すると、上空から眩い青い光が青年の体に降り注いだ。

 アクセルも2体の怪人も一瞬目が眩む。

 

 光が止めば、そこには青年の姿は無く、代わりに別のシルエットが存在していた。

 頭部には青い流星のような装飾、体全体は黒く、白い点がところどころに輝くその様はまるで星空。

 右肩のアーマーからベルトに向かう青く太い線はベルトの球体も相まって流星のようだと、アクセルは感じた。

 そして右腕に3つのスイッチがある装置を装備している。

 

 

「2人目だとォ……!?」

 

 

 ワニーダの声に反応し、青い仮面ライダーは1歩前に出て、自らを名乗る。

 

 

「『仮面ライダーメテオ』」

 

 

 そして右手で鼻をこするようなポーズと共に、メテオが常に相手に投げかける言葉を口にした。

 

 

「お前の運命(さだめ)は、俺が決める」

 

 

 挑発ともとれる言葉の後、アクセルはメテオの横に並んだ。

 メテオはちらりとアクセルを見やった後、2体の怪人にすぐに目を向けた。

 

 

「お前は……?」

 

「インターポールだ、訓練生だがな。……味方だ、今はこれで納得しろ」

 

「……いいだろう」

 

 

 メテオは左腕を斜め上に、右腕を斜め下に向け、まるで円を描く様な独特の構えを取る。

 アクセルも素手ながらも構えた。

 2体の怪人は先程のメテオの言葉を挑発として受け取ったようで、既に臨戦態勢を超え、2人の仮面ライダーに向かってきていた。

 

 

「ホォォ……ワチャァ!!」

 

 

 怪人に合わせるようにメテオも走り、ワニーダに接近しながら身を屈める。

 そしてまるでカンフー映画のようなこれまた独特な掛け声と共に助走をつけた拳をワニーダの懐に打ち込んだ。

 大きな口とワニのような姿を見て、噛まれたらマズイと一瞬で判断したためだ。

 

 

「ク、エッ……!」

 

 

 機械的な体にもメテオの拳は響いたようで呻き声を上げるワニーダ。

 メテオは一旦ワニーダから離れた。

 その大きな口は、全力で開ければ自分の懐にいる敵まで対象内な程大きい。

 攻めに焦って体の一部どころか体全体を噛まれれば、さすがにひとたまりもない。

 

 一方、メテオがワニーダと交戦を始めた為、必然的にアクセルはハサミジャガーの相手をする事になった。

 しかし先程と同様、ハサミジャガーの攻撃を全て防御している。

 

 

「効かん!!」

 

「ならばァ!!」

 

 

 ハサミジャガーはハサミで斬りかかる速度を上げた。

 その速度はいなす事ができず、アクセルも防御する事を強いられる。

 そして、ハサミを防ぐ事に気を取られていたアクセルの腹部にハサミジャガーは一発蹴りを入れた。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 強く押し込まれた蹴りはアクセルを怯ませ、その隙をついたハサミジャガーの下からの斬撃がアクセルの胸部装甲に火花を散らせた。

 アクセルは後方に吹き飛び、地面に激突。

 すぐさま立ち上がり体勢を立て直すが、ハサミジャガーは余裕の表情を浮かべていた。

 

 

「どうした、効かないんじゃないのか?」

 

 

 舌打ちをするアクセルだが、まだ体力は余裕だ。

 とはいえ防戦一方の状態なのも事実だ。

 一方のメテオも最初の一撃以降はやや苦戦気味のようであった。

 

 

「……ッ!」

 

「クエェェッ!!」

 

 

 雄叫びと共にワニーダはその身を素早く半回転させた。

 ワニーダの長い尻尾は素早い回転と共に凶暴に振られ、メテオの体を捉えた。

 脇腹の辺りに尻尾が叩きつけられる直前、メテオは腕で何とかガードをするが、それでもその衝撃にたじろいでしまった。

 

 

「クエックエッ! どうした仮面ライダーァ!!」

 

 

 笑うワニーダを苦々しく睨みながらメテオは一旦下がる。

 アクセルの吹き飛んだ位置の近くでメテオは止まり、2人は横に並んだ。

 

 

「フン、もう勝った気か……メテオだったな、お前もまだやれるな?」

 

「当然だ! 軟な鍛え方をしているつもりはない!」

 

 

 お互いに攻撃を喰らってはいるが、戦いは始まったばかりだ。

 2人とも1年以上戦い続けてきた仮面ライダー。

 そう簡単にやられはしない。

 ハサミジャガーとワニーダがゆっくりと近づいてくる。

 2人とも迎え撃つために再び構えを取った、その時。

 何者かの声が突然、横槍を入れた。

 

 

「『この世界』の仮面ライダー……」

 

 

 その声に怪人2体は歩みを止め、2人の仮面ライダーもバッと勢いよく声のする方向を振り向いた。

 遠くから歩いてくる人物が1人。

 特徴的なのは獣の皮を被ったような服装と、頭に着いたマンモスの頭部の骨のような被り物。

 そして手に持った骨でできた槍。

 一言で形容するなら、その姿は原始的な風貌だった。

 

 

「お前達の手並み、見せてもらう」

 

 

 直後、原始的な何者かは槍をその場に突き刺し、体中に力を込めた。

 瞬間、その姿が変わっていく。

 象というよりはマンモスのような大きな耳と大きな鼻、そして鼻の辺りから伸びる小さな2本の牙と、頭部から伸びる大きな2本の牙。

 普通の形状をした右手とは対照的に、左手はマンモスの足のように巨大で丸い。

 2人の仮面ライダーはその姿を見て、考えるまでもなく悟った。

 怪人であると。

 

 原始的な何者かがマンモスの怪人に姿を変えたのを見て、ハサミジャガーとワニーダは狼狽えていた。

 ハサミジャガーがマンモスの怪人に恐る恐る近づく。

 

 

「キ、『キバ男爵』! 何故自ら……」

 

 

 キバ男爵と呼ばれたマンモス怪人。

 ワニーダもハサミジャガーと同様の事を思っているようで、戸惑っているようだった。

 

 

「この世界の仮面ライダーの力……この目で見る事にした」

 

「し、しかしキバ男爵自ら……」

 

「くどいぞハサミジャガー」

 

 

 キバ男爵とハサミジャガーのやり取りで2人の仮面ライダーは、キバ男爵が2体の怪人よりも高位に位置していると予想した。

 彼らがかつて戦ってきた組織にも上下関係があった。

 所謂『幹部』というやつだ。

 キバ男爵は恐らくそれ、もしくはそれに近い立場なのだろう。

 キバ男爵の言葉にハサミジャガーは頭を下げ、さっとその場を離れた。

 そしてキバ男爵は、アクセルとメテオに目を向ける。

 

 

「このキバ男爵が真の姿、『吸血マンモス』の力……」

 

 

 キバ男爵の変身したマンモスの怪人の姿。

 それが吸血マンモス。

 吸血マンモスは自身の名を宣言した後、走り出すような姿勢を取った。

 

 

「見せてやろう」

 

 

 言葉と同時に猛烈な勢いで突進。

 敵に向かって頭の牙を突き出して突進する様は、正しく暴れだしたマンモスだ。

 急な攻撃、そして吸血マンモスの一直線に走るそのスピードにメテオとアクセルは反応が一瞬遅れてしまった。

 吸血マンモスの頭の牙が2人を捉え、2人の間をその勢いのまま通り抜ける。

 牙による一撃を喰らった2人は火花を散らして大きく空中に飛ばされた。

 

 アクセルもメテオも宙を舞い、着地する事も出来ず地面に倒れ込む。

 体を切り裂かれたような痛みに耐えながらもゆっくりと立ち上がり、何とか立て直す2人だが、2人は直感した。

 この怪人は並ではない、と。

 

 ワニーダはアクセルとメテオの様子を見て高笑いをしながら吸血マンモスの横に並んだ。

 

 

「さすがは吸血マンモス殿。仮面ライダーなど……!!」

 

 

 そんなワニーダに振り向く事も無く、吸血マンモスは冷徹に2人の仮面ライダーを見つめていた。

 

 

「どうした仮面ライダー。そんなものか」

 

 

 余裕を感じさせるわけでも、油断しているわけでもない。

 ただ威圧を感じるそれは、上に立つ者の風格を感じさせた。

 しかしそんな吸血マンモスに2人は敢然と立ち塞がった。

 

 

「俺に質問をするな……ッ!!」

 

 

 アクセルは強く言い放った言葉と共に3人の怪人を睨む。

 当然、横にいるメテオもだ。

 2人の仮面ライダーは抵抗の意思を全く消していない。

 ハサミジャガーとワニーダ、そして吸血マンモスと対峙して、まだ一撃貰っただけだ。

 ギブアップにはあまりにも早いし、する気もない。

 

 仮面ライダーが簡単に根を上げる筈がない。

 だが、その反応は吸血マンモスにとっては想定内の事だ。

 

 

「成程、仮面ライダーだけはある。ならば……!」

 

 

 吸血マンモスは自身がキバ男爵から変化した時に地面に突き刺した槍を再び手に取った。

 得物を振るう吸血マンモスに2人の仮面ライダーは警戒を強める。

 さらにその後ろではハサミジャガーが両手の刃をこすり合わせ、ワニーダが口を大きく開閉させている。

 吸血マンモスという幹部級の怪人、それに人数的にも状況は悪かった。

 さらに、状況はますます悪くなる。

 

 

「……アクセル!」

 

「ッ!?」

 

 

 メテオが気付いた。

 辺りの建物であった瓦礫の中、僅かに聞こえる鳴き声。

 人間の少女の鳴き声だ。

 声のする方向に目を凝らしてみれば、瓦礫の中で蹲ってフランス人の少女が泣きじゃくっていた。

 

 さらに少女の近くには男性の上半身が見える。

 下半身は瓦礫に巻き込まれ身動きが取れない状態、さらに男は意識を失っているようだった。

 いや、もしかしたら既に。

 少女の父親であろうか、身を挺して少女を守ったのだろうか。

 怪人達も少女を確認したようで、ハサミジャガーは冷徹に告げる。

 

 

「ほう、生き残りがいたか」

 

 

 それだけ口にしてその刃を少女に向けながらゆっくりと近づいていく。

 最悪の可能性がアクセルの脳裏を過る。

 

 

「何をする気だ!?」

 

「この場にいた以上人間は殺す。例外などないわ」

 

 

 笑っていた。

 ハサミジャガーは少女を殺すと宣言した上で、心底楽しそうな笑い声を上げていたのだ。

 父親が目の前で死にかかっている少女の心はどれ程辛いだろう。

 それをして見せたのは、目の前の怪人達だ。

 あまつさえ少女を殺そうとするハサミジャガーに、アクセルのエンジンが点火した。

 

 

「させるかッ!!」

 

 

 なりふり構わず向かって行くアクセル。

 人を助ける為にメテオもそれに続いた。

 しかし、吸血マンモスとワニーダが行く手を阻む。

 構わずに目の前の怪人を殴りつけようとするアクセルとメテオ。

 走りながらの勢いのついた拳だった。

 だが、その攻撃は届かない。

 

 

「ヌゥ……!!」

 

 

 吸血マンモスはマンモスの足のような屈強な左腕でアクセルの拳を、長い鼻を絡ませてメテオの拳を止めて見せた。

 そして鼻を大きく振るってメテオを投げ飛ばし、左腕はお返しと言わんばかりにアクセルに突き出す。

 突き出された吸血マンモスの左腕はマンモスに踏まれたような重みで、アクセルを吹き飛ばした。

 

 

「クソッ……!」

 

 

 投げ飛ばされたメテオは舌打ちしながらも再び走り出す構えを取った。

 先程のダメージと合わさって痛みは増すが、命がかかっている以上気にしてはいられない。

 しかし、その間にハサミジャガーは少女の元に辿り着いてしまった。

 

 

「しまっ……!!」

 

 

 言いつつ、メテオは全力で駆けだした。

 勿論アクセルも痛みに耐えて走る。

 2人とも手を伸ばす、しかしその距離は本当の距離よりずっと遠く思えた。

 そして、ハサミジャガーの刃は無情にも少女に向かって突き立てられ────。

 

 

「ヌウッ!!?」

 

 

 なかった。

 

 突如、頭部に走った衝撃でハサミジャガーはたじろぐ。

 衝撃の正体をすぐに確認するハサミジャガー。

 その目には青年が映った。

 ハサミジャガーは目の前にいる人間が、自分の頭部に跳び蹴りを放ったのだと理解する。

 一方の青年は少女の方に目を向け、優しく微笑んだ。

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 少女は泣きながら小さく、何度も同じ言葉を呟いていた。

 『papa』、日本語でも殆ど同じ意味だ。

 少女は必死に『お父さん』の横で呼びかけていたのだ。

 青年はすぐにそれを理解した。

 そして青年はハサミジャガーを強く睨みつけた。

 

 

(絶対に、助けるッ!)

 

 

 心で叫んだ決意の元、青年────火野映司はバックル、『オーズドライバー』を取り出した。

 腰に宛がい、ベルトとなったオーズドライバー。

 右腰には手で持てる窪みがある丸い機械が取り付けられており、バックル部分にはメダルを3枚セットできるようなスロットがある。

 映司はメダル、勿論只のメダルではなく、力を持った特殊なメダル、『コアメダル』を3枚取り出した。

 赤い『タカメダル』、黄色い『トラメダル』、緑色の『バッタメダル』。

 それぞれ名前にちなんだ動物、昆虫の絵が彫られたメダルだ。

 まずはタカメダルとバッタメダルをそれぞれ右と左にセット、そして残ったトラメダルを真ん中のスロットにセットした。

 右手で右腰に付いている機械、『オースキャナー』を持ち、左手でバックルを傾ける。

 そして傾けたバックルに沿ってオースキャナーを滑らせつつ、空いた左手を右手と交差させるように構えた。

 そして、叫ぶ。己を変身させる、戦いの前台詞を。

 

 

「変身ッ!!」

 

 

 直後、オースキャナーが読み取ったメダルの名を宣言する。

 

 

 ────タカ! トラ! バッタ!────

 

 

 同時に、映司の周囲をメダル型のエネルギーが周回し始めた。

 映司はオースキャナーを持つ右手を胸に持ってきて、左手を腰の辺りで構える。

 

 

 ────タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!────

 

 

 流れ出したのは不思議な歌。

 さらに周回するメダル型のエネルギーが映司の目の前で止まった。

 赤いエネルギー、黄色いエネルギー、緑のエネルギー。

 それらは1つに纏まり、1つの大きな円型のエネルギーとなり、映司の胸に張り付いた。

 

 同時に映司の体は変わった。

 頭は赤く、上半身は黄色く、下半身は緑色。

 胸に付いた円形のプレートにはメダルに彫られたものと同じようにタカ、トラ、バッタの意匠が刻まれている。

 3つのメダルで様々な能力を使いこなす、上下3色の『仮面ライダー』。

 

 

「あいつは……!」

 

 

 アクセルにはそのライダーに見覚えがあった。

 話した事はないし、直接共闘した事も無い。

 だが、Wが知り合いで時折共闘しているし、自分と亜樹子の結婚式の時に起きた事件でも見かけた事がある。

 そしてメテオもその仮面ライダーの名を知っていた。

 メダルの仮面ライダー、その名は。

 

 

「『仮面ライダーオーズ』……!」




────次回予告────
『スーパーヒーロー作戦CS』!

「仮面ライダー……侮れないか」
「やっぱりライダーは助け合いでしょ!」
「朔田流星、弦太朗の友達と言えば伝わるか?」
「何かが起こる前触れだってのか?」
「お前も来るか、W」

これで決まりだ!





────ここから後書きになります────
前回と今回の題名である『R』の意味ですが。
R……Rider(ライダー)、Ryu(竜)、Ryusei(流星)、reunion(再会)
と言ったところでしょうか。


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第21話 三・者・三・面

 オーズの登場は双方に僅かな衝撃を与えた。

 怪人達は新たな仮面ライダーの登場に狼狽え、アクセルとメテオは更なる助っ人に驚きつつもその姿を頼もしく感じていた。

 だが、変身したオーズは怪人には目もくれず最初に瓦礫を除ける。

 少女の父親を救うためだ。

 

瓦礫から解放された少女の父親。

 苦しそうだが、呼吸する音が聞こえる。少女の父親の命はまだ繋がっていた。

 

 

「よかった……」

 

 

 と、安堵するオーズであるが状況は全く良くない。

 少女と父親を何処かへ運ぶために離脱しようにも3体の怪人に背を向けて走り出すのは自殺行為だ。

 仮面ライダーが他に2人いる事はオーズも確認している。

 しかし、怪人達は全員オーズの方を向いている。

 何よりハサミジャガーはまだそれなりの近距離にいるのだ。

 此処で下手に動こうものなら攻撃を食らう事は避けられない。

 バッタの跳躍能力を持つ足で運ぶ事も考えたが、こっちは少女とその父親の2人。

 

 2人を絶対に離さず、尚且つ攻撃にも当たらない事がこの場を無事に切り抜ける絶対条件。

 しかしそれには危険が大きすぎる。

 どうしたものかと思案するオーズ。

 

 と、そこに予想外の乱入者が現れた。

 

 

「ぬぉりゃぁぁぁぁ!!」

 

 

 女性の声、だがおよそ女性らしからぬ叫びと共に女性が駆け込んできた。

 オーズはその女性を、たった一度だけだが見た事があった。

 Wと共に戦った時の事だ。

 

 そう、その女性とは物陰に隠れていた亜樹子。

 唐突な登場と亜樹子の叫び声も相まった迫力にオーズも気圧されてしまう。

 

 

「あ、貴女は……!」

 

「久しぶりね! とりあえずこの人達はあたしに任せて!」

 

 

 極めて良い笑顔で親指を立てる亜樹子。

 そして何の迷いもなく少女の父親をその背に担ぎ、少女の手を取った。

 

 

「運び慣れてるから!!」

 

 

 そう言うと、亜樹子は少女の父親を背負って少女の手を引きながら猛烈なスピードでその場を離れて行った。

 変な話だが、その一連の行動が本人の言葉通りやけに手慣れているようにオーズは感じた。

 

 Wが変身する時、フィリップの意識は翔太郎側に転送される。

 その為フィリップの体は抜け殻同然に意識を失う。

 限定的な話ではあるが、フィリップ主体で変身する時には翔太郎の体が同じようになる。

 オーズは知る由もないが、いつもその体をせっせと運んでいたのが亜樹子なのだ。

 妙に手慣れているのはその為である。

 闖入者にオーズは呆気にとられ、メテオは呆れ、アクセルは苦笑いだ。

 しかし、3体の怪人の殺気は全く消えていない。

 

 オーズは足のバッタの跳躍能力を生かして3体の怪人を跳び越え、アクセルとメテオの元に合流した。

 

 

「っと……どうも。赤いライダーさんとは、一応……久しぶり、になるんですよね」

 

「ああ。オーズだったか、何度か左達が世話になった」

 

「いえいえ、こちらこそ。で、えっと……君は?」

 

 

 オーズとアクセルが話す中、オーズはメテオの方に顔を向けた。

 

 

「俺は仮面ライダーメテオ、話は後だ」

 

 

 3体の怪人は暢気に状況説明をさせてくれるほど優しくはない。

 ハサミジャガー、ワニーダ、吸血マンモスはじりじりとこちらに近づいてきていた。

 3人の仮面ライダーは横に並び、それぞれ構えを取る。

 怪人をしっかりとその視界に捉えながらもメテオはオーズに話しかけた。

 

 

「オーズ、戦ってくれるか」

 

「勿論、ほっとけないよ。それに……」

 

 

 オーズはメテオとアクセルを交互に見た後、得意気に言った。

 

 

「やっぱりライダーは助け合いでしょ!」

 

 

 その一声が合図になったのか、3人の仮面ライダーと3体の怪人は戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 アクセルはハサミジャガーと交戦状態にある。

 相手が得意とする刃を全て剣で受け止め、拳や足で反撃する。

 しかしハサミジャガーも馬鹿ではなく、あの手この手で攻めてくる。

 隙を伺っては不意を突いた一撃を与え、アクセルは時折ダメージを喰らってしまう。

 先程ハサミジャガーからもらったダメージと吸血マンモスによる一撃の為か、アクセルはやや劣勢に立たされていた。

 

 ハサミによる斬撃がアクセルの胴体を切り裂き、火花を散らせた。

 

 

「ッ!!」

 

「フハハ! どうした仮面ライダー!」

 

 

 たじろぐアクセル、得意気に挑発するハサミジャガー。

 しかしアクセルにはまだ余裕があった。

 何故なら、彼にはまだ手の内が幾つか残されていたからだ。

 アクセルはストップウォッチを取り出す。

 いや、それはストップウォッチなどではなく、メモリ。

 ストップウォッチが取り付けられたようなかなり特殊な形状のガイアメモリだった。

 

 

「余裕の台詞は、これを見切ってからにしてもらおう」

 

 

 アクセルはそのメモリ、『トライアルメモリ』の上部を回転させ、メモリを起動させた。

 

 

「全て……振り切るぜ!」

 

 ────TRIAL!────

 

 

 言葉と共にアクセルメモリを引き抜き、トライアルメモリをスロットに装填。

 そして変身の時と同じく右側のハンドルを捻った。

 

 

 ────TRIAL!────

 

 

 音声の後、トライアルメモリの信号機のような3つのランプのうちの1つが赤く点灯する。

 そして、赤のランプが消えて次は黄色のランプが点灯。

 同時にアクセルの装甲の色が黄色く変わった。

 そして最後に青いランプが点灯した後、すぐに全てのランプが点灯した。

 一連の流れは音も相まってレースの開始時を思わせる。

 アクセルの装甲は弾け飛び、かなりの軽装となっている。

 さらに色は全身青に変わり、重装甲で赤いアクセルとは対照的な姿だ。

 パワーと防御を捨てて速さを会得した姿、『アクセルトライアル』。

 アクセルの2つ目の姿だ。

 

 この姿を見たハサミジャガーは突然笑い出した。

 

 

「クッ、ハハハッ!! なんだぁ、その見るからに脆そうな姿は」

 

 

 ハサミジャガーの余裕の態度には理由があった。

 先程までのハサミによる斬撃をアクセルはその重装甲で防いでいた。

 それを自ら捨て、一目見ただけでも防御能力が低い姿へと変わった事に笑っているのだ。

 しかし、アクセルトライアルには焦りも怒りも一切なかった。

 

 

「試してみるか?」

 

 

 その言葉がハサミジャガーの耳に届いた直後、ハサミジャガーの胴体に強い衝撃が走った。

 衝撃で後ずさると、先程まで自分がいた位置に拳を前に突き出したアクセルトライアルがいた。

 先程まで自分とは数m間隔で離れていたはずのアクセルトライアルが、だ。

 さらに恐るべき事に、今のは一撃ではなく、5,6発程度の拳が入ったのをハサミジャガーは感じていた。

 

 確かにアクセルトライアルは防御能力や力を犠牲にしている。

 だが、それによって得た速さはそれに見合うだけの速度だ。

 怪人ですら目で追えるか怪しいほどの速さと、それによる連続攻撃。

 それがアクセルトライアルの戦法なのだ。

 

 

「ハアッ!」

 

 

 挑発も一切なく、アクセルトライアルは加速し再びハサミジャガーに接近、拳を当てた。

 先程よりも強烈な衝撃が体を襲い、ハサミジャガーの体は低いながらも宙を舞った。

 そして後ろに着地しようとしたその瞬間、今度は背中に痛みが走る。

 ハサミジャガーが宙を舞い、後方に降りようとしたこの僅かな時間でアクセルトライアルは背後からハイキックを決めていたのだ。

 たったそれだけの時間で前から後ろに回り込み、尚且つ攻撃を決められる。

 ハサミジャガーはアクセルトライアルの速度が恐るべきものという事を理解した。

 が、それは文字通り、遅すぎた。

 

 ハイキックで吹き飛びながらも何とか地面に着地したハサミジャガーはアクセルトライアルを睨んだ。

 睨みなど意に介さず、アクセルトライアルはトライアルメモリを引き抜く。

 そして元のストップウォッチのような形状に戻し、正しくストップウォッチのようにスイッチを押した。

 

 トライアルメモリがカウントをスタートさせ、それを空高く放り投げる。

 直後、アクセルトライアルは先程までの速度すらも上回る速度で駆けだした。

 一瞬にしてハサミジャガーまで接近したアクセルトライアルは高速で蹴りを繰り出す。

 

 しかも一発ではない。

 十発、百発……もはやどれだけ繰り出しているのかわからない。

 恐るべき速さでアクセルトライアルはハサミジャガーに連続で蹴りを決めていた。

 蹴りの軌跡はアルファベットの『T』を描いている。

 空中を舞うトライアルメモリが9秒台に差し掛かかりながら、地面に向けて落ちてきていた。

 アクセルトライアルは最後の蹴りを叩きこんだ後、半回転してトライアルメモリをその手に掴み、ストップウォッチを止めた。

 

 

 ────TRIAL! MAXIMUM DRIVE!────

 

 

 トライアルメモリのストップウォッチは『9.8秒』を示していた。

 

 

「9.8秒、それがお前の絶望までのタイムだ」

 

 

 瞬間、ハサミジャガーの体から蹴りの軌跡の『T』が青く浮かび上がった。

 アクセルトライアルのマキシマムドライブ、『マシンガンスパイク』。

 それは10秒以内に連続で蹴りをどれだけ当てられたかで威力が変動する技。

 10秒以内に決めなければ自分にだけダメージが跳ね返るが、10秒以内に収めればアクセルトライアルの攻撃は必殺となる。

 一発一発は確かに通常のアクセルよりも軽い。

 だが、それを補う連続攻撃がマキシマムドライブによって増幅されるのだ。

 

 

「グ、アァァァァァ……!!」

 

 

 青いT字の軌跡が浮かび上がるハサミジャガーは耐えきれぬ威力に苦しみ、爆散。

 振り向く事も無く、アクセルトライアルは爆炎に照らされていた。

 

 

 

 

 

 一方、メテオはワニーダと戦っていた。

 ワニーダの鋼鉄のような表皮は見た目だけでなく、実際に硬い。

 メテオはこれ以上に頑丈な相手と戦った事もある。

 とはいえ、硬い事は攻撃が通りにくい事に繋がり、厄介なのは変わらなかった。

 

 さらにワニーダの大きな口は脅威だった。

 強靭な歯と怪人の口から繰り出される噛みつき攻撃はどれほどの威力を誇るだろうか。

 少なくとも、岩や鉄程度ならば噛み砕いてしまう事は容易に想像がつく。

 あんなものに噛まれるわけにはいかない。

 

 

「クエェェェェッ!!」

 

 

 叫びと共にワニーダが尻尾を振るう。

 この長い尻尾もまた、ワニーダの武器であった。

 全身が鋼鉄で覆われているワニーダは当然その尻尾も硬い。

 そこから繰り出される尻尾を振るう攻撃にもそれなりの威力がある。

 先程その一撃を貰っているメテオはそれを理解していた。

 メテオは尻尾の攻撃を大きく後ろに跳んで躱す。

 そしてそのまま一旦距離を置いた。

 

 メテオにはある考えがあった。

 敵の体は確かに硬い。

 だが、例え怪人であっても脆い箇所は必ず存在している。

 

 

「フッ、その程度か? 貴様の尻尾も、顎も、大した事はないな」

 

 

 突然の挑発。

 尻尾はともかくワニーダの顎は一番の武器。

 それを貶される事は非常に癇に障るらしく、ワニーダはあからさまに怒りの様相を見せた。

 

 

「なぁにぃ!?」

 

「大した事がないと言っている」

 

 

 尚も煽るメテオ。

 メテオは右腕を水平に横に伸ばして、さらに挑発した。

 

 

「噛めるものなら噛んでみろ」

 

 

 その言葉はワニーダを激怒させるには十分なものだった。

 自分の最も強力な武器である顎を馬鹿にされた上、それを試してみろとほざく。

 しかも相手は、怪人としては憎き仮面ライダーだ。

 これで怒らない筈がなかった。

 

 

「貴様ァァァァァ!!」

 

 

 ワニーダが挑発に乗り腕に噛みつこうと突進してきた。

 大きく開かれた口はメテオの右腕に一直線だ。

 

 勿論、メテオはこの自殺行為にも等しい発言の裏に策があった。

 メテオは突進してきたのを見計らない、素早く右手の『メテオギャラクシー』を操作した。

 メテオギャラクシーの3つあるレバー式のスイッチの内、真ん中のスイッチを上に押し上げる。

 

 

 ────JUPITER! READY?────

 

 

 電子音声の後、待機している事を示す音楽が流れ出した。

 しかしその音を一切聞くことなく、メテオは左手の人差指をメテオギャラクシーの指紋認証を行う部分に重ねた。

 

 

 ────OK! JUPITER!────

 

 

 認証されたと同時に、メテオの右手に大きな球体型のエネルギーが形成される。

 その模様は電子音声の『Jupiter』が告げた通り、木星そのものだ。

 メテオギャラクシーには『Mars』、『Jupiter』、『Saturn』。

 即ち火星、木星、土星の三種類の惑星をモチーフにした力を引き出す機能が備わっている。

 

 

「ホォォォ……ワチャァ!!」

 

 

 メテオ特有の叫びと共に、右手の木星をワニーダの大きな口目掛けて繰り出した。

 突進していたワニーダは止まり、口を閉ざそうとするものの、一歩遅い。

 木星は見事にワニーダの口に叩きこまれたのだ。

 

 

「グェッ……!!」

 

 

 苦しそうな呻き声を上げるワニーダ。

 その木星型エネルギーを飲み込もうにも噛み砕こうにも、エネルギーそのものが大きすぎる。

 ワニーダの口は飲み込むでも吐き出すでもない、塞がれた状態になってしまったのだ。

 

 

「ホォォ……ワチャァ!」

 

 

 さらに力を込めるメテオ。

 木星は太陽を除けば、太陽系の中でも最大級の質量を持つ惑星だ。

 その巨大な拳が持つ圧力も相当なものだ。

 メテオは右手に力を込める事でそれを炸裂させた。

 

 

「グッ、イッ……!」

 

 

 木星から放たれたインパクトによってワニーダは衝撃で後ろに吹っ飛んだ。

 衝撃の瞬間の時点で口を塞がれていたため、呻き声のように詰まった悲鳴をあげるワニーダ。

 口は木星から解放されたものの、先程の一撃は口内で発生したもの。

 結果、今の一撃はワニーダの外側ではなく、内側にダメージを与えていた。

 

 これがメテオの策だった。

 全身がどんなに硬くても、生き物として脆い箇所、即ち体の内部。

 ワニーダは幸い、大きな口というダメージを与える入り口となる箇所が目立っていた。

 ならばそれを利用するまで。

 そしてその目論見は上手くいったというわけだ。

 

 

「グェ……貴様なぞにィ……!!」

 

「言ったはずだ。お前の運命(さだめ)は、俺が決める」

 

 

 口や腹部、体のありとあらゆる箇所が痛みつつも尚も立ち続けるワニーダだが、最早戦えるほどの力は残っていない。

 メテオはワニーダの怨讐の言葉に即座に切り替えしつつ、メテオドライバーにセットされた『メテオスイッチ』を起動させた。

 

 

 ────METEOR! ON! READY?────

 

 

 音声の後、メテオはメテオドライバーで一際目立つ天球儀を回した。

 メテオドライバーから眩い青い光が発せられる。

 

 

 ────METEOR! LIMIT BREAK!────

 

 

 『リミットブレイク』、限界突破の名を冠したそれは、メテオの必殺技の合図だ。

 メテオは上空高く跳び上がる。

 

 

「ホォォォォォ……」

 

 

 そして、左足をワニーダに向けて突き出して急降下。

 メテオは青いエネルギーを光として纏っている。

 左足を伸ばして急降下する青い光、その姿は正しく流星。

 メテオの必殺の蹴り、『メテオストライク』。

 これがこの流星の名。

 

 

「ワチャァァァァァ!!!」

 

 

 今までの中で一番気合が籠っているであろう叫びと共に、メテオストライクがワニーダの脳天に直撃した。

 

 

「ギギャアァァァァァァ!!?」

 

 

 脳天から体中に伝わる壮絶な衝撃は、先程の一撃も相まってワニーダに致命的なダメージを与えた。

 それは痛みに耐える事に必死なワニーダにならともかく、メテオから見れば確実な一撃だった。

 

 

「お、のれぇ……仮面ライダー…いずれ、必ず貴様等をォォォ……!!」

 

 

 ワニーダの言葉には尋常ではない怒気が感じられる。

 それを感じられないメテオではない。

 しかし、メテオは微動だにしなかった。

 

 

「何度来ようと負けは無い。俺の運命(さだめ)も、俺が決めるからだ」

 

 

 怒気に全てを使い果たしたのか、メテオの確信したような一言が引き金となったのか、直後、ワニーダはその体を爆散させた。

 爆発の影響で残った炎。

 揺らめく炎の向こうに佇む青い流星は、確かな勝利を得た。

 

 

 

 

 

 オーズは吸血マンモスと戦っているのだが、苦戦を強いられていた。

 今の姿、オーズの姿の中でタトバコンボはバランスの取れた形態だ。

 所謂基本という奴で、様々な状況に対応できる面もある。

 だが、特化した部分のない、というのがタトバコンボの弱点でもあった。

 吸血マンモスのパワーは強大であった。

 伊達に仮面ライダー2人を吹き飛ばしてはいない。

 しかも現在の吸血マンモスはキバ男爵の姿の時から持っていた槍を左手に構えている。

 槍は直線的な得物だから何とか避けているが、そのパワーから繰り出される突きは脅威だ。

 

 オーズは上半身を構成するトラメダルの力によって生成されている両手の爪、『トラクロー』を展開した。

 

 

「……そこだッ!!」

 

 

 トラクローの一撃が吸血マンモスの左手を捉えた。

 屈強なマンモスの足のような右手とは違い、怪人とはいえ左手は普通の左手。

 手の甲に当たった一撃の為に吸血マンモスは思わず手を開いてしまった。

 結果、槍は地面に落ち、オーズはすぐさまそれを蹴り飛ばした。

 

 

「ヌッ……!」

 

 

 遠くに転がった槍に気を取られる吸血マンモス。

 その隙をオーズは見逃さない。

 

 

「ハァ!!」

 

 

 両手のトラクローが吸血マンモスの胴体を切り裂く。

 しかし、直後にオーズは焦った。

 

 

(浅い……ッ!!)

 

 

 槍を蹴り飛ばした直後に間髪入れずに入れた為踏み込みが足りなかったのか、その一撃は胴体に深く切り込むものではなかった。

 しかし、深さはどうであれ切り裂いた事に変わりはなく、吸血マンモスも痛みを感じてはいる。

 

 だが、相手も怪人。

 僅かな痛みでは動じなかった。

 それどころか槍に気を取られていたのがその痛みによって我に返り、オーズに再び目が向けられた。

 

 

「ヌゥ……ン!!」

 

 

 重く放たれた右手の一撃。

 マンモスの足のような右手から放たれるパンチは通常の怪人のソレの数倍は強力だ。

 トラクローで攻撃した直後だったオーズは咄嗟に両手をクロスさせる事でしか対処ができなかった。

 

 

「ぐっ、あぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

 防御はしたものの、力強く、重い一撃はオーズを後方に追いやった。

 余りの威力に、立ったまま後ろに滑っていくオーズ。

 腕ではなくトラクローに当たったのが幸いして、腕へのダメージは少ない。

 しかしそれでもトラクローから伝わる衝撃で腕が少し痺れていた。

 

 

(並じゃない……!)

 

 

 オーズも幾度もの修羅場を乗り越えてきた仮面ライダーだから分かる。

 これほどの力を持つ相手はそうはいない。

 勿論、強大なパワーを持つ敵とは戦った事もある。

 だが完全に打ち負せる対策を持ち合わせているわけではなく、脅威なのに何ら変わりはなかった。

 

 しかし、打ち負かせずとも、対抗できる力はオーズにもある。

 オーズはオーズドライバーを元の水平の形に戻し、3枚のメダルを引き抜いた。

 そして新たに、灰色のメダルを3枚取り出す。

 それぞれ『サイ』、『ゴリラ』、『ゾウ』の絵が彫られていた。

 オーズドライバーにその3枚をセットし、バックル部分を傾ける。

 そして変身の時と同じ要領でオースキャナーを滑らせた。

 

 

 ────サイ! ゴリラ! ゾウ!────

 

 

 変身の時と同じように円形のエネルギーがオーズの周囲を回る。

 そして、オーズの姿は変わった。

 

 

 ────サゴーゾ! ……サゴーゾ!!────

 

 

 全体的な姿は灰色。

 体の形状も大きく変化していた。

 サイのような角を持った頭。

 ゴリラのような強靭な腕と、大きな鎧を身に着けた腕。

 ゾウのように太く、重い足。

 

 オーズ、『サゴーゾコンボ』。

 

 数々の姿を持つオーズの中でも、取り分け力が強い姿だ。

 姿を変えたオーズを見て、吸血マンモスも一瞬ピタリと止まった。

 

 

「ほう……」

 

 

 感心したような、警戒するような態度で吸血マンモスはサゴーゾコンボへ変身したオーズを見つめた。

 見た目からしてパワータイプなのは吸血マンモスにも分かる。

 つまり、相手は力比べをしようとしている事も。

 

 

「面白い……!」

 

 

 吸血マンモスは気迫の籠った叫びと共に頭の角と両手を突き出してオーズ目掛けて走り出した。

 その姿は全てを跳ね除け直進していくマンモス。

 助走による勢いも重なった猛烈なパワーの突進。

 先程までのオーズなら回避行動に移っていただろう。

 だが、今のオーズは違う。

 ゾウの足で思い切り踏ん張り、ゴリラの腕に力を籠め、サイの頭を仰け反らせた。

 

 

「ハァァァァァ!!」

 

 

 そして吸血マンモスの突進に合わせ、相手に負けないほどの気迫の籠った叫びでゴリラアームとサイヘッドを突き出した。

 吸血マンモスの牙とオーズのサイヘッドが、吸血マンモスの両手とゴリラアームがぶつかり合う。

 激しい音と衝撃が辺りに響いた。

 同時に、吸血マンモスはその足を止めていた。

 オーズは吸血マンモスの猛烈な突進をその場で止めて見せたのだ。

 ぶつかり合ったお互いの頭と両腕に強烈な衝撃が走るのを感じた。

 

 吸血マンモスも相手がパワータイプなのを分かった上で突進攻撃に移った。

 とはいえ、まさか完璧に止められるとは思っていなかったのだ。

 だが、止めた側のオーズにも余裕はない。

 

 

(サゴーゾでも、これが限界ッ……!?)

 

 

 止める事には成功した。

 だが、走ってきた衝撃は相手も並のパワーの持ち主ではないという事を物語っている。

 簡単に言えば、サゴーゾでも止めるのがやっと、という事だ。

 受け身側として突進を止めたのだから、純粋に力で勝負をすれば勝てるかもしれない。

 だがそれは僅差で、ともすれば拮抗するレベルであるという事をオーズは理解する。

 

 

「ウ、オオォォォォォ!!」

 

 

 だが、諦めない。

 オーズは咆哮と共に体中に力を籠めてサゴーゾの力を最大まで引き出していく。

 すると、拮抗状態にあった2人の力関係が徐々にオーズに傾倒していった。

 

 

「ッ、ヌゥゥゥゥ……!!」

 

 

 負けじと吸血マンモスも力を籠めるが、オーズの力は跳ね返せない。

 だが、それでも力の差は僅差だ。

 僅かでも手を緩めれば緩めた方が押し返され、跳ね飛ばされる。

 オーズは限界まで力を籠めた。

 

 

「ハァァァ……セイヤァァァァァ!!」

 

 

 自身にとって最も気合の入る叫びと共に、オーズは頭を大きく振り上げた。

 振り上げられた頭には鋭利なサイの角がついており、オーズの角は密着していた吸血マンモスの体を縦に切り裂いた。

 

 

「グヌォォォォォ!!?」

 

 

 サイヘッドと競り合っていた吸血マンモスの頭が鋭利な激痛に襲われる。

 さらにサイヘッドによる渾身の一撃は吸血マンモスを放物線上に吹き飛ばした。

 明確な損傷を与える事ができたのをオーズは確信する。

 

 しかし、吸血マンモスはその一撃を受けてもなお、立ち上がって見せた。

 

 

「仮面ライダー……侮れないか」

 

 

 だが受けたダメージは大きい。

 頭から胸の辺りまでを左手で抑えていた。

 切り裂かれたような痛みが走り続け、怪人の身であれどそれは応えているようだった。

 

 オーズは警戒を一切緩めない。

 相手は疲弊しているとはいえ、幹部クラスの怪人。

 しかも傷を負っても悠々と立ち上がって見せたのだ。

 力に関してもサゴーゾと渡り合うほど。

 油断は論外、警戒も解けるような状況ではなかった。

 

 

「オーズ!」

 

 

 オーズに呼びかけてきたのは青い姿のアクセル、アクセルトライアルだ。

 オーズの横に並び立つアクセルトライアル、それと同時にメテオも並び立つ。

 2人ともそれぞれが相手にしていた怪人を倒し、オーズの加勢に来たのだ。

 

 

「フン、あの2人はやられたか」

 

 

 3人のライダーを見て、吸血マンモスはそれを確信した。

 そうでなければ状況の説明がつかない。

 が、さして気にしているような声色ではなかった。

 

 

「さすがは仮面ライダー。この場は一旦退かせてもらう」

 

 

 言いつつ、吸血マンモスは屈んだ。

 様子に警戒する3人のライダーは、吸血マンモスの足元に先程の槍がある事に気付いた。

 どうやら吹き飛んだ際に槍の近くに飛ばされたらしい。

 吸血マンモスはそれを左手で持ち、3人のライダーに向ける。

 そして、槍の先端、牙の部分がまるでミサイルのように3人のライダーに向かって飛んだ。

 突然の事態に一歩下がる3人のライダー。

 牙のミサイルは3人の足元に着弾し、大きく土煙を巻き起こし、3人の視界を奪った。

 

 

「ッ! あいつは……!?」

 

 

 辺りを警戒するメテオだが、吸血マンモスが土煙に乗じて襲ってくる気配はない。

 土煙が晴れると、そこに吸血マンモスの姿は無かった。

 残されたのは3人のライダーと町の瓦礫のみ。

 辺りを見渡す3人だが、どうやら先程の言葉通り、撤退したようだった。

 

 

「……逃げたか」

 

 

 アクセルトライアルの言葉で全員が警戒を解いた。

 3人の仮面ライダーの勝利でこの場は収まったのだった。

 

 

 

 

 

 3人は変身を解除し、辺りの安全を確認した後、それぞれの自己紹介と状況報告に移った。

 最初に切り出したのは竜だ。

 

 

「俺は照井竜、風都署の刑事で仮面ライダーアクセルだ」

 

 

 それに続き、映司も名乗った。

 

 

「俺は火野映司、仮面ライダーオーズ。照井さんとはお久しぶりですね」

 

 

 その後2人の視線は流星に集まった。

 この場で一応とはいえ顔見知りの竜と映司はともかく、流星と一度でも会った事のある人間はいなかったからだ。

 場の流れ、そして視線に気づいた流星は一瞬、どうすれば自分の事を分かりやすく説明できるか考えた後、名乗った。

 

 

「朔田流星、弦太朗の友達と言えば伝わるか?」

 

 

 弦太朗、という人名を聞いて竜は首を傾げ、映司は驚きの様相に変化した。

 

 

「弦太朗君の友達!? そっか、じゃあ俺達も無関係ってわけじゃないんだね」

 

「誰の事だ?」

 

 

 映司の言葉に頷く流星だが、竜はその名前を聞いた事が無い。

 その言葉に映司が意外そうな目を向けた。

 

 

「あれ? 聞いてませんか? 翔太郎さんとフィリップさんから」

 

 

 弦太朗――――『如月 弦太朗』は、朔田流星の友人にして仮面ライダーの1人。

 『仮面ライダーフォーゼ』である。

 過去にオーズとWと共に戦った事があり、その際に映司は弦太朗と友人関係を築いている。

 その弦太朗の友人、そして仮面ライダーなのだから信用も十二分おけるだろう。

 Wとも変身前の状態で顔を合わせた事があるので、仲間である竜ならてっきり知っているものかと映司は思っていたのだが。

 

 

「……そういえば、先輩がどうのと喜んでいた事があったが」

 

 

 竜は1,2年程前の翔太郎の様子を思い出した。

 何処かからかフィリップと共に帰ってきた後、やけにテンションが高かった事を覚えている。

 『後輩が増えた』だの、『先輩になれた』だの、何やら喜んでいる様子で、フィリップはそんな様子の翔太郎に苦笑いしていた。

 事情を聞けば新しい仮面ライダーと知り合ったという。

 名前は聞かなかったが、その人物の事だろうかと竜は思案した。

 思い当たる節と言えばこれぐらいしかないが。

 

 

「あ、多分それです」

 

 

 映司は竜の言葉を肯定した後、何かに気付いたようにハッとなって、言葉を続けた。

 

 

「翔太郎さん達と同じころに戦ってたって事は、照井さんも先輩ですね!」

 

 

 今度は竜に2人の視線が集まり、竜は思わずたじろいでしまう。

 

 

「……そう言われてもな」

 

 

 竜自身、W以外の仮面ライダーと関わる事は少ない。

 基本他のライダーと関わる事が多いのはWの方だ。

 そんなわけで自分よりも後に仮面ライダーになった人から『先輩』などという言葉をかけられるとは思っておらず、少し戸惑っていた。

 

 

「すまないが、話を進めてもいいか」

 

 

 戸惑う竜を察してか、それとも本当に話を進めたいだけなのか、流星が割って入った。

 視線は再び流星に集中し、その視線を受け取った流星は本題を切り出した。

 

 

「今回は協力、感謝する。照井さんには話したが俺はインターポールの訓練生をしている。

 だが、今は仮面ライダーという事もあって『ある事件』を調査しているんだ」

 

 

 流星の言葉に映司が切り込む。

 

 

「ある事件って?」

 

 

 その言葉に流星はゆっくりと、そして簡潔に事件の名だけを告げて答えた。

 

 

「『仮面ライダー連続襲撃事件』……と言ったところか」

 

 

 竜と映司の顔が、今までも真剣だったがさらに険しい目つきになる。

 事件の名からして仮面ライダーが何らかの理由で狙われている事件である事は察しがついた。

 

 

「世界各国に存在する仮面ライダー……1号を初めとする『7人ライダー』達が各国で襲われた」

 

 

 流星曰く、仮面ライダーの襲撃は世界の何処にライダーがいても起こっているとの事だ。

 

 1号はヨーロッパで、2号は南アフリカで、V3はエジプトで、ライダーマンはタヒチで、Xはインドネシアで、アマゾンは南米アマゾンで、ストロンガーはロシアで……。

 

 このように、7人ライダーは全員怪人の襲撃を受けていた。

 しかしさすがは他のどのライダーよりも戦闘経験豊富な7人ライダー、その全てを返り討ちにしていた。

 

 

「俺は調査をしていく中でヨーロッパにいた1号と接触する事ができた。

 そして聞いたのが『大ショッカー』という謎の組織の話だ」

 

 

 その組織の名は竜も先程の戦闘で聞いた。

 流星の話は尚も続き、2人も真剣に話を聞き続ける。

 

 

「かつて『ショッカー』や『ゲルショッカー』と言った組織が存在したが、それらは1号と2号により叩き潰されている」

 

 

 ショッカー、及びゲルショッカーはかつて世界征服を企んだ悪の軍団だ。

 それを倒したのが最初の2人、1号と2号なのである。

 今回現れた組織、大ショッカーにも『ショッカー』の言葉が使われていた。

 故に、インターポールもそれに関連しているという線で調査をしている。

 

 此処で竜が手を上げ、質問を挟んだ。

 

 

「『財団X』は関係していないのか」

 

 

 財団Xとは、各国に武器や兵器を売る『死の商人』。

 しかもその武器や兵器は『ガイアメモリ』などの怪人になる為の超常的な兵器。

 そしてその技術を手に入れる事も財団Xの目的だ。

 未だに得体も全貌も知れぬ組織故に、7人ライダーや財団Xを知るライダーは警戒をしている。

 

 今回の大ショッカーなる組織にもそれが絡んでいるのではないか、そう思った竜なのだが、返答はノーだった。

 

 

「違うらしい。1号曰く、『財団Xを追う最中での出来事だった。向こうから仕掛けてきた辺り、どうも財団Xとは違う組織に感じた』、という事だそうだ」

 

 

 漠然としてはいるが、確かにおかしな話ではある。

 財団Xは仮面ライダーを特別敵視しているわけではない。

 目的さえ果たせれば良く、自分達から仮面ライダーに勝負を挑む事は殆ど無い。

 それが財団Xの尻尾を掴むのを難しくさせている要因の1つである。

 なのに、今回は怪人の方から仕掛けてきた。

 あまつさえ大ショッカーなる財団Xとは違う名を名乗っている。

 関係があるようには現状思えなかった。

 

 

「もしかしたら何らかの協力関係にある可能性はあるが、今のところ目立って関わっているという事はない」

 

 

 流星自身、説明するのはいいが要するに『敵の事は分かっていない』という事だ。

 この説明を聞いて3人とも考え込んでしまっている。

 大ショッカーの目的が仮面ライダーの抹殺にあるにしても、今回の事件はおかしい。

 竜が流星に問う。

 

 

「何故奴らはフランスに現れた。俺達が此処に揃ったのは偶然。

 仮面ライダーを狙うにしてはおかしな話だろう」

 

 

 映司はたまたま鴻上の話を聞いたから、竜はたまたま新婚旅行に来ていたから。

 この場で3人のライダーが揃ったのは偶然以外の何者でもなかった。

 流星はその問いに少し考えこみつつ、答える。

 

 

「以前、俺も大ショッカーと交戦した事がある。俺狙いだったんだろうな、それに人間を守っているという意味でインターポールが邪魔なのかもしれない」

 

 

 流星の答えでは更なる疑問が生まれる。

 インターポールが邪魔なら何故この場を襲ったのか?

 怪人の力をもってすれば本部に直接攻撃を仕掛ける事も容易なはずだ。

 それを疑問に思って竜はさらに質問を投げかけた。

 

 

「どういう意味だ?」

 

「実は以前のヨーロッパでの1号の戦闘以降、ヨーロッパ全体に捜査官が張り込んでいる。

 此処もその一か所なんだ。ピンポイントで狙ってきたのは、恐らく……」

 

 

 流星の言葉の続きを理解した映司が、流星の言葉を引き継いだ。

 

 

「『警戒しても無駄だぞ』って示すため……?」

 

「憶測だがそうなる。どうやら奴らの抹殺対象はライダーだけでなく、自分達に敵対する一般人にも及んでいるらしい」

 

「脅しのつもりか……!」

 

 

 右手の拳で左の手の平を叩き、苦々しい顔で竜が吐き捨てるように呟いた。

 フランス、パリにて。

 3人の仮面ライダーは新たな戦いを何処か予感していた。

 

 

「流星!」

 

 

 と、此処で出し抜けに3人以外の、4人目の声、女性の声が響いた。

 名前を呼ばれた流星は聞き馴染みのある声に普通に振り向く。

 髪の長い美しい女性、黒いボディスーツは戦闘などを想定しているように見える。

 

 

「インガか。……彼女は『インガ・ブリンク』。俺と同じでインターポールの訓練生だ」

 

 

 駆け寄ってきたインガなる女性は、竜と映司に軽く会釈をした。

 

 

「初めまして、インガ・ブリンクよ」

 

 

 挨拶も早々に、インガは流星に現状報告をしだした。

 

 

「今のところ、犠牲者は出てない。ただ此処を張っていた捜査官2名が重傷。

 ……市民を庇ったのね」

 

「そうか……大ショッカーめ……!」

 

 

 流星の顔は悔しそうなであると同時に、申し訳なさそうな顔にも見える。

 同僚に怪我を負わせてしまった事を悔いているのだろう。

 もう少し早く到着できていれば。

 結果論だが、そう考えてしまうのは仕方のない事だ。

 

 

「竜くぅぅぅぅん!!!」

 

 

 2度目の出し抜け。

 声の主、亜樹子が半ば竜の腹部にヘッドバットを決めながら跳び込んできた。

 予想外の衝撃を食らいふらつく竜だが、このままだと亜樹子まで倒れると思ったからか、何とか踏ん張る。

 

 

「しょ、所長……あの2人は無事か?」

 

「うん! このインガって人と途中で会えたから! あの娘のお父さん、無事みたいだよ!」

 

 

 笑顔で答える亜樹子のその笑顔が眩しかった。

 この場でこれだけ屈託のない笑みができるのは亜樹子ぐらいのものであろう。

 

 

「所長が世話になったようだな、礼を言うぞ」

 

「いいえ、いいのよ仕事なんだから。ところで……」

 

 

 丁寧に頭を下げる竜にインガは微笑しながら返答。

 ついでに先程から気になっていた事を口にした。

 

 

「貴方達は何でフランスに?」

 

 

 問いは映司、竜、亜樹子に向けられていた。

 その問いには率先して映司が答える。

 

 

「俺は鴻上ファウンデーションってところで遺跡調査をしていて、鴻上さんから事情を聞いて、インターポールがあるフランスに」

 

 

 インガはそれに納得したようで、今度は竜に「貴方は?」と問うように手を向けた。

 竜は至って真面目に、一切の照れもなく、一言言ってのけた。

 

 

「新婚旅行だ」

 

 

 空気が固まった。

 竜と亜樹子以外の3人が、凄く珍しい、特別天然記念物でも見るような目になっている。

 

 

「……もう一回、いいかしら?」

 

「新婚、旅行だ」

 

 懇切丁寧に言葉を切って、それはそれは分かりやすく伝えてくれた。

 その2度目の言葉で映司は遂に大声を上げてしまう。

 

 

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? し、新婚旅行って……」

 

 

 言っている最中、映司は以前に竜と亜樹子に会った時の事を思い出す。

 初めて見た時、彼女は派手な衣装に身を包んでいた。

 今にして思えば純白のウェディングドレスだったようにも思い出されるのだが。

 

 

「あ、そう言えば前に会った時にドレスみたいなの来てたような……? もしかして…!?」

 

「うん、あたし達その時結婚式だったのよー」

 

 

 平然と言ってのける亜樹子に映司はさらに衝撃を受けた。

 あの時は強敵の出現もあって、かなり大変な状況であった事を記憶している。

 結婚式当日がそんな事になってしまっていたのか。

 別に映司のせいではないが、何故だか映司は申し訳ない気持ちになった。

 一方、流星も過剰な驚きはしないが目を見開いていた。

 

 

「仮面ライダーに結婚している人がいるとは……」

 

 

 流星の言葉を聞いたインガが悪戯っぽい顔を浮かべた。

 

 

「あら? あなたにもいるんじゃないの?」

 

 

 瞬間、亜樹子の目が光った。

 

 

「おぉ? なんだい青年、思い人がいるのか~い?」

 

「あ、いや……」

 

 

 何故か食いついた亜樹子は凄まじい勢いで流星に詰め寄る。

 その謎の迫力に流星もたじたじといった様子だ。

 流星は恨むような目でインガを見たが、インガは不敵な笑みを浮かべるのみだ。

 嬉々とした様子の妻を見て竜は溜息をつきつつも顔は綻び、映司も微笑む。

 戦いの後の安息だった。

 

 

 

 

 

 

 

「と、こんなところだ」

 

 

 一連の竜の話を聞き終わった翔太郎は至って真面目な顔だった。

 最後の結婚の話はいらなくないかとも思ったが、そこを指摘しているような場合の話ではない。

 

 

「何かが起こる前触れだってのか?」

 

「かもしれないな……。そっちの方はどうだったんだ、大ショッカーだったのか?」

 

「ああ、大ショッカーを名乗ってやがった。こっちは何とか倒したぜ、俺達の方にも助っ人がいたしな」

 

 

 電話をしながらちらりと士と咲、舞の方を見やる。

 しかし電話越しの竜にはその助っ人が誰なのか分からない。

 

 

「助っ人? ……もしや、弦太朗という奴か?」

 

「いや、お前がまだアクセルになる前に一緒に戦った事のあるやつだよ。今度紹介してやるさ」

 

 

 ディケイドと共に戦ったのはいずれもアクセル、つまり竜と知り合う前。

 映司や流星はおろか、竜すら知らないのも当然だ。

 それにそれ以来、今日になるまで全く関わっていなかったので話題にも上がらなかった。

 精々、オーズやフォーゼと共に戦っている時にディケイドをちらりと思い出す程度だったのだ。

 結果的に、何があるわけでもないが、翔太郎とフィリップはディケイドの事を誰かに話した事が無かったのだ。

 

 咲と舞に関しては一応、伏せておいた。

 ウザイナーやプリキュアに関しては翔太郎もまだ事情も何も聞いていない。

 どう説明していいか分からないし、本人達もそれを隠したがっていたのを覚えていたのもある。

 

 翔太郎は士達を待たせているのもあって一先ず、この話を切り上げる事にした。

 

 

「ま、何かあったらまた連絡してくれ」

 

「ああ、こっちも所長が「昨日の分を取り戻すんだ」と叫んでいるからな」

 

 

 亜樹子がやたらハイテンションで半ばヒステリックに叫んでいる様がまざまざと想像できて、翔太郎も思わず笑ってしまった。

 

 

「じゃ、切るぜ」

 

「待て。もう1つある」

 

 

 いざ切ろうとしたところで竜がそれを止めた。

 一度耳から離しかかっていたスタッグフォンを再び耳に当てる。

 

 

「なんだよ?」

 

「朔田と火野が分かれる前に言っていたんだが、日本にいる自分の仲間と連絡を取るらしい。

 弦太朗という奴にも連絡がいくだろう。会ったらでいい、情報を共有しておけ」

 

「分かった。……今回の件、でかいヤマになりそうだな」

 

「ああ。気を付けろよ、左」

 

「お前もな」

 

 

 2人はそれぞれスタッグフォンとビートルフォンの電源を切った。

 翔太郎はふと、士に目をやった。

 士は大ショッカーとの縁が深く、正体も知っているようだ。

 話を詳しく聞かないと分からないが、竜達の読み通り、恐らく財団Xとは関係ないだろう。

 1人思案に暮れる翔太郎。

 と、そこに士が近づいてきた。

 咲と舞は舞が撮ったデジカメの写真を1枚1枚見ている。

 恐らく、どれを絵に使うかを決めているのだろう。

 

 

「おい、どうしたさっきから」

 

「……大ショッカーが外国にも出たとよ。ったく、何なのかねぇ」

 

 

 呆れたような物言いの翔太郎。

 

 

「翔太郎。今の俺は、ある組織にいる」

 

 

 対して士は、今の話の流れからはおかしな話を切り出した。

 唐突な話に思わず耳を傾ける翔太郎。

 

 

「世界を守る組織らしい。ゴーバスターズって名前、聞いた事はあるか?」

 

 

 翔太郎はその言葉に「ああ」と頷いた。

 ゴーバスターズはヴァグラスという悪の組織と戦う戦士達。

 最近それはかなり有名だ。

 正体などは公表されないが、ゴーバスターズの存在は認知されてきている。

 風都にもその情報は届いていた。

 

 

「俺はそこで戦ってる」

 

 

 そして士は翔太郎に向き直り、一言。

 

 

「お前も来るか、W」

 

 

 風が通り抜ける中、仮面ライダー達は交錯する。

 そしてそれは、ライダーだけではない。

 あらゆる場所で交わっていくそれぞれの道。

 確実に重なっていくそれは、何処に向かい、どのように変化するのだろうか。




────次回予告────
『スーパーヒーロー作戦CS』!

「私達、プリキュアなんです」
「喋る人形に伝説の戦士。実に興味深い」
「この世界には何でもいるんだな……」
「どうも、ムッシュ・キバ。いえ、バロン・キバの方がよろしいですか?」

これで決まりだ!


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第22話 新しい出会い! 仮面ライダーって何?

 無事に写真を撮り終えた舞と士。

 翔太郎の電話も終わった事で、咲と舞、士と翔太郎は一先ず鳴海探偵事務所に戻った。

 後回しにしていたが、結局のところ咲と舞の変身したあれはなんなのか。

 咲や舞からすると、翔太郎や士は一体何者なのか。

 お互いの認識を整理しなくてはもやもやして仕方がない。

 

 事務所に戻ってきた後、咲と舞は翔太郎に促されてソファに座る。

 それと相対するように反対側に翔太郎と士が隣り合って座った。

 ちなみにフィリップはガレージに籠っているようだった。

 何か検索しているのだろうと、一先ず翔太郎は放っておく事にしている。

 

 

「さって……咲ちゃんと舞ちゃん、さっきのあれは一体?」

 

 

 切り出したのは翔太郎からだった。

 質問にはまず、咲が答えた。

 

 

「私達、プリキュアなんです」

 

 

 プリキュア。

 確かにカレハーンという怪物もその名を口にしていた事を翔太郎と士も覚えている。

 何よりこの2人が名乗っていた。

 しかし、名称はともかくとしてもそれが一体何なのかが分からない。

 咲の言葉を継いで舞が口を開く。

 

 

「私達は『ダークフォール』という人達と戦っていて、さっきみたいにウザイナーから奇跡の雫を取り返しているんです」

 

「奇跡の雫?」

 

 

 翔太郎の疑問符に答え、咲が1つの小さな球体を取り出した。

 

 

「これです」

 

 

 見せられた物に翔太郎も士も見覚えがあった。

 ウザイナーが浄化された後、これが出てきて、それを咲と舞が回収していた。

 翔太郎は相棒宜しく興味深そうに奇跡の雫を見つめる。

 

 

「へぇ……何でこれが必要なんだ?」

 

 

 奇跡の雫なんて大層な名前が付いているものだ、大切な何かであろう事は察するところ。

 だが、用途が分からないし、収集する理由もわからない。

 

 

『それには僕達が答えるラピ!』

 

 

 唐突に響いた謎の声。

 咲ではないし、舞でもない。

 翔太郎でもないし、士でもない。

 フィリップはガレージ。

 

 何だ今の声、と翔太郎と士が辺りを見渡していると、咲と舞が腰に付けていた携帯のケースと思わしきものから何かが机の上に飛び出る。

 ポン、という可愛らしい音と共に、飛び出て来た『何か』の姿が露わになった。

 

 咲の方から飛び出て来たのは水色のぬいぐるみ。

 ウサギのように大きな耳が巻かれているのが特徴的だ。

 舞の方から飛び出て来たのは乳白色のぬいぐるみ。

 水色の方と同じくウサギのように長い耳がツインテールのように垂れていて、先端が少し巻かれている。

 

 

「僕は『フラッピ』ラピ!」

 

「私は『チョッピ』チョピ」

 

 

 この2匹が何処に隠れていたのかといえば、先程2人がプリキュアに変身する際に使用した『ミックスコミューン』というアイテムに変身していたのだ。

 だから咲と舞が腰に下げている携帯のポーチ、『ミックスコミューンキャリー』から登場した。

 彼等は摩訶不思議な生き物であると同時に、プリキュアの変身アイテムにもなるというわけである。

 

 元気の良い水色ことフラッピと、おしとやかそうな声を出す乳白色のチョッピ。

 さて、この様子を見た仮面ライダー2人はというと。

 

 

「…………」

 

 

 2人とも目を見開いて硬直していた。

 驚く時に人は悲鳴を上げるなり、大袈裟なリアクションをするなりするものだ。

 だが、驚きというものは行き過ぎると硬直と無言という反応になる。

 所謂絶句というやつだ。

 今まさに、2人はそんな状態だった。

 

 

「…………」

 

 

 士は無言でカメラを構えた。

 

 

「あ、上手に撮ってほしいラピ!」

 

 

 カメラに向かってポーズを取るフラッピ。

 チョッピもその横に並んで仲が良さそうに笑顔でカメラに目線を向けていた。

 悠然かつ当然のように歩き、喋るぬいぐるみを目の前にして士は、何となくシャッターを切る気がなくなった。

 毒気を抜かれたとか、呆れたとか、そういうものではないが何故か脱力してしまったのだ。

 

 

「士、これなんだ?」

 

「知るか。……この世界には何でもいるんだな……」

 

 

 引き攣った半笑いな翔太郎とカメラを下ろし、至って真顔ながらも硬直が解けていない士は2匹をじっと見つめた。

 

 

「いい加減シャキッとするラピ! 今から大事な事を話すラピ!!」

 

 

 張り上げられたフラッピの声で2人とも少しだけ我に返る。

 驚きは何1つ取り除かれていないが、こちらが聞きたい話をするというのなら聞いておきたい。

 

 

「僕達は『泉の郷』という場所からやってきた精霊ラピ!」

 

「泉の郷は世界樹とそれを支える泉があって精霊達が住む美しい世界だったチョピ。でも……」

 

 

 2匹の精霊を名乗るぬいぐるみの表情が曇った。

 泣きそうに体を震わせつつ、先程までの明るさを引っ込め、フラッピが語った。

 

 

「ダークフォールに6つの泉が枯らされ、世界樹も枯れて……。

 泉の郷は奴らに支配されたラピ……」

 

 

 およそ深刻な顔の似合わない2匹から暗い雰囲気が醸し出されていた。

 その雰囲気は翔太郎や士には演技のようには見えなかった。

 つまり、この2匹は支配された故郷からこの世界にやって来たという事になる。

 

 見かけだけ見れば可愛らしい生き物だ。

 だが、その来歴は何一つ可愛らしくない。

 それどころかこの2匹がそれだけの苦境の状態に立たされている事が翔太郎と士にとっては驚きだった。

 

 

「私とフラッピは奇跡の雫を集めて泉を復活させて、ダークフォールの支配から泉の郷を救いたいチョピ」

 

「それに奴らは、『緑の郷』も泉の郷と同じように滅ぼそうと企んでるラピ。

 だから今はこうして、咲と舞と一緒にダークフォールと戦ってるラピ」

 

 

 緑の郷という新しく出た単語について翔太郎が問うと、フラッピが「この世界の事ラピ」と答えた。

 つまり、そのダークフォールなる連中はこの2匹の妖精の故郷を滅ぼした後に、この世界も滅ぼそうとしているというのだ。

 語られた過去を聞いて翔太郎が口を開いた。

 

 

「……咲ちゃんや舞ちゃんは、戦うのに抵抗ないのか?」

 

 

 聞いたのには理由がある。

 彼女達はまだ中学生、戦いの日々に身を置く様な年齢にはとても思えない。

 それがこの2匹の精霊の都合によって戦わされているのではないか。

 翔太郎はそれが気になったのだ。

 だが、返ってきた言葉は翔太郎の予想を超える回答だった。

 

 

「私達、フラッピやチョッピと友達なんです」

 

 

 咲との言葉に間髪入れず、舞が口を開く。

 

 

「だから、助けたいんです! それに……みんなを守りたい!」

 

 

 とてつもなく単純な考え。

 それだけに、とても純粋な願いのようにも聞こえた。

 友達を助けたい、みんなを守りたい。

 ただ、それだけの理由で彼女達は戦いに身を置いている。

 

 

「恐怖は無いのか?」

 

 

 士の非常にストレートな質問に、咲と舞は一瞬黙り込む。

 だが、答えに詰まる事はなく、すぐに口を開いた。

 咲が舞の手を握った。

 

 

「怖い時もあります。でも……」

 

 

 そして舞も、咲の手を握り返した。

 

 

「2人一緒ですから。私達は、『ふたりはプリキュア』なんです」

 

 

 この年の少女にこんな事を感じるのもおかしな話かもしれないが、決意のようなものを2人は感じた。

 2人にとって少女達を戦わせるのは男として、人として、仮面ライダーとして避けたい事だった。

 だがその為に、友達を助けたいという無垢な願いを無視するような2人でもない。

 翔太郎は諦めたような呆れたような、だが何処か嬉しそうな笑顔で笑った。

 

 

「決意は固いみてぇだな……。お前達も、『2人で1人』ってわけか」

 

 

 翔太郎は咲と舞の力が自分と同じところから発揮されている事を悟った。

 同時に、翔太郎は戦闘中に聞かれた、『翔太郎とは別の声』について話し始めた。

 

 

「さっき俺から別の声がしたよな? あれは俺の相棒、フィリップの声だ。

 出かける前に事務所にいたろ?」

 

 

 その名を聞いて、咲と舞は出かける前に事務所にいて、翔太郎が一度だけ名前を呼んだ青年の事を思い出した。

 咲は驚いたような声を上げる。

 

 

「……あ! あの時の人なんですか!?」

 

「ああ。俺は変身する時、あいつと二心同体になるんだ」

 

 

 Wの説明をしつつ、翔太郎はさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「『Nobody's perfect』、俺の好きな言葉の1つだ」

 

 

 翔太郎が突如発した英単語に首を傾げる咲と舞。

 フラッピとチョッピも疑問を持った顔で翔太郎の顔を見上げている。

 

 

「意味は、『誰も完璧じゃない』。1人じゃ無理でも、2人なら……って事さ」

 

 

 言葉の意味を語った翔太郎。

 2人で1人に変身する、仮面ライダーW。

 1人が不完全で、2人なら最強になれる事を翔太郎は人一倍知っている。

 翔太郎は格好付ける事無く、とても普通に、語るように話した。

 

 

「相棒の事、大切にな」

 

 

 経歴を知らない咲や舞、フラッピとチョッピ、そして士にも、その言葉はとても強く放たれたように聞こえた。

 一度相棒を失った事もある翔太郎だからこその言葉だ。

 

 一時期、翔太郎はフィリップを失い、1人で戦っていた時期がある。

 その約1年の期間、翔太郎は必死だった。

 たった1人で無理して踏ん張っているだけ、と自分でも自嘲気味に語っていたほどだ。

 結局のところフィリップは帰って来たが、それは結果論だ。

 本来なら二度と会えないはずだったのだから。

 本気で二度と会えない、二度と2人で1人になれないと思った翔太郎だからこそ、この2人にそんな思いはしてほしくないと思ったのだ。

 

 

「「はい!!」」

 

 

 咲と舞の威勢の良い返事に、翔太郎は笑顔で返した。

 

 

 

 

 

 ところで話はまだ終わっていない。

 咲と舞がプリキュアで、泉の郷を取り戻し、緑の郷を守る為にダークフォールと戦っているのは分かった。

 しかし咲と舞は依然、翔太郎と士が何者なのかを知らない。

 まず、咲が問う。

 

 

「あの、翔太郎さん達は一体……?」

 

「俺は、俺達は仮面ライダー」

 

 

 翔太郎の言葉に何度目になるか、首を傾げる咲と舞。

 仮面ライダーという単語には少しだけ聞き覚えがあった。

 確か、都市伝説や噂の一種だ。

 それを思い出した舞が口を開く。

 

 

「あの都市伝説の……?」

 

「お、よく知ってんな。その仮面ライダーだよ」

 

 

 仮面ライダーの都市伝説は至る所で有名だ。

 士は響と名もなき少女を助けた時、名もなき少女が仮面ライダーの事を知っていたのを思い出した。

 どうやらこの世界では、都市伝説や噂という形で『仮面ライダー』の存在が広く認知されているらしい。

 その原因の1つは、実は風都だ。

 

 確かに仮面ライダーの都市伝説は40年以上前から存在していた。

 だが、本格的になったのは『風都』や『天ノ川学園高校』といった特定の地域において連続で確認され、尚且つその存在が証明された事だ。

 未だにその非常識を信じる人が少ないため、依然都市伝説という形に収まっているが、仮面ライダーの存在はほぼ確定したと言ってもいい。

 というのが、最近の世間における仮面ライダーへの認識だ。

 勿論、その正体を知る者は極少数に限られているが。

 

 咲が翔太郎の言葉に苦笑いしながら返す。

 

 

「まあ、ニュースとかでも時々やってますから……」

 

 

 実はこれらの実証が重なった影響で、ニュースや報道で特集が組まれた事があるのだ。

 そんなわけで、仮面ライダーという存在を信じる信じないはともかく、その名称を知る人はかなり多いのだ。

 

 

「あー……まあ、そうだろうなぁ」

 

 

 翔太郎がこれまでの戦いを思い出した。

 仮面ライダーの戦いは派手に行われる時がある。

 一番酷い被害は、風都タワーの風車が壊された時だろうか。

 実は今の風都タワーは『第2風都タワー』で、『第1風都タワー』が以前存在していたのだ。

 傭兵集団、『NEVER』との戦いで倒壊した風都タワー。

 それだけの被害を残した戦いなのだから、それを解決した仮面ライダーの存在も必然的に有名となる。

 至極当然の事であった。

 

 

 

 

 

 そんなわけで仮面ライダーとプリキュアが無事、お互いの自己紹介を終えた。

 戦いの話から一旦離れ、彼らは絵や写真の話に移った。

 

 

「士さんのカメラって、珍しいですね」

 

 

 咲の言葉に全員の視線が士のカメラに集中する。

 色合いもそうだが、今時2眼レフのトイカメラ、フィルムカメラを持っているのはかなり珍しい。

 風都タワーで翔太郎も似たような事を言っていたが、咲や舞にはさらに珍しく映ったようだ。

 

 

「お陰で現像もできないけどな」

 

「フィルムの現像って、あんまりやってないもんな」

 

 

 士の言葉に翔太郎が頷く。

 フィルムの現像は一時期、写真関係の店ならやっていた事だ。

 だが、今はすっかりデジカメや携帯のカメラが主流になってしまっている。

 フィルムを現像するような場所はなかなか見つからないのだ。

 ちなみに最先端技術の塊である二課や特命部にもフィルムの現像ができるような場所は無かった。

 

 

「じゃあ、そういうところ見つけたら教えます!」

 

 

 その咲の言葉で、翔太郎が閃いた。

 

 

「そうだ、じゃあついでに連絡先交換しとくか。

 俺達全員、一緒に戦った仲だし、悪くないだろ?」

 

 

 翔太郎の提案には全員が賛同した。

 もし何かあった時に頼れる仲間がいる安心感。

 1人で駄目でも2人なら、2人で駄目でも3人なら……。

 それに翔太郎としては、この年端もいかぬ少女2人を危険な目に遭わせたくなかった。

 戦う意思は消えないだろうし、決意を聞いた今、止めるつもりもない。

 だが、本当に危険な状況になった時に助けに行けるなら。

 それに越した事はないと思ったのだ。

 

 4人はそれぞれ連絡先を交換した。

 風都を見て回り、戦いもあり、その上自己紹介にも大分時間を使ったせいで、日はすっかり落ちかかっていた。

 窓から差し込む夕日が眩しい。

 

 

「咲、そろそろ帰らないと」

 

 

 舞の言葉に咲も「そうだね」と頷く。

 4人は立ち上がって事務所のドアに向かった。

 ドアを開け、事務所の外に出た咲と舞は半回転して翔太郎と士の方を向き、頭を下げた。

 

 

「「今日は、ありがとうございました!」」

 

「ああ、また会おうぜ」

 

 

 咲と舞は頭を上げて、笑顔で風都の外を目指して歩く。

 翔太郎と士も外に出て、その姿が見えなくなるまで見送る事にした。

 夕日で照らされた2人の姿と、笑顔で話す咲と舞は、非常に明るく、美しく見えた。

 見送りに気付いた咲と舞が笑顔で2人に手を振る。

 翔太郎は軽く振り返し、士は夕日も交わったその光景に思わずシャッターを切った。

 

 2人の姿が見えなくなった後、士が事務所の前に停めていたマシンディケイダーに向かう。

 

 

「俺もそろそろ帰らせてもらう」

 

「おっ? そうか」

 

 

 士はヘルメットを被りながら少し間をおいて切り出した。

 

 

「……さっきの話だが、俺達の組織に来る気はあるか?」

 

 

 その質問には即答できないのが本音であった。

 翔太郎は風都を誰よりも愛している。

 その愛に偽りも陰りもなく、それこそ少年の心のように町を昔も今も愛している。

 だからこそ、彼はこの町を守る為に戦い続けていた。

 その町から離れるのは少し不安なのだ。

 ホームシックなんてお子様な理由ではなく、未だ時折出現する試作型ガイアメモリの暴走によるドーパント。

 それに仮面ライダーがいない事を良い事に、再び財団Xが風都に狙いをつける可能性もある。

 彼は風都を愛し、風都の事を誰よりも案じていた。

 それはかつて、風都を愛したもう1人の男との誓いでもあった。

 

 

「…………」

 

 

 無言の回答に対し、士はマシンディケイダーのエンジンをかけた。

 既に発進の用意はできている。

 

 

「ま、来る気になったら俺に連絡しろ。質問にも極力答えてやる」

 

 

 士はヘルメットのゴーグルを下ろし、完全にバイクを走らせる形を取る。

 そしてもう一度翔太郎の顔を見た。

 

 

「またな、仮面ライダーW」

 

 

 またな、という言葉に再び何処かで会うという事を予感させつつ、士はマシンディケイダーを走らせて行った。

 

 

「……ちったぁ考えてみるさ」

 

 

 既に聞こえない距離にいる士に向かって、小さく呟いた翔太郎は、事務所の中に戻っていった。

 

 

 

 

 

 事務所から翔太郎はさらにガレージに向かった。

 ガレージには『リボルギャリー』というWのサポートメカが置かれている。

 さらにそこにはホワイトボードが置かれ、フィリップは『検索』の際にそこに検索した情報を書き込んでいくようになっている。

 

 ガレージに入った翔太郎が見たのは、何かを熱心に書くフィリップと、ホワイトボード一面にビッシリ埋まった文字の数々だった。

 

 

「案の定かよ……」

 

 

 全力で呆れる翔太郎の声を無視し、フィリップは尚もホワイトボードに書き連ねていく。

 そして、一通り書き終わったフィリップは満足気にホワイトボードを見上げた。

 

 

「喋る人形に伝説の戦士。実に興味深い」

 

 

 興味深い、という言葉が出てさらに翔太郎は溜息をついた。

 調べ終わった事にフィリップは基本、関心を持たない。

 だが、これだけ調べても興味深いという言葉が出るという事は、まだ調べ足りないという事なのだろう。

 

 

「しっかし、よく調べるよなぁ……」

 

 

 ホワイトボードに近づいて書かれている文字をまじまじと見つめる。

『プリキュア』、『泉の郷』、『奇跡の雫』、『プリズムストーン』、『ハーティエル』……。

 聞いた単語は前者3つ、後者2つは聞き覚えのない単語だった。

 

 

「おや、翔太郎」

 

 

 と、此処でようやくフィリップは相棒の存在に気付いた。

 検索の時に周りが見えなくなるのがフィリップの癖だ。

 

 

「フィリップよぉ、このプリズムストーンとかハーティエルってなんだ?」

 

「僕も気になっているんだよ。プリキュアの事を調べていくうちにその単語が出たんだ。

 今度はそれについても調べようと思ってね。ところで翔太郎!!」

 

 

 ずいっと詰め寄るフィリップに思わず後ずさり、たじろぐ翔太郎。

 

 

「な、なんだよ……」

 

「どうやらプリキュアは他にも存在するようなんだよ!」

 

 

 熱の入ったその言葉の衝撃は半端ではなかった。

 

 

「なんだと!?」

 

 

 思わず全力で驚いてしまった。

 翔太郎の大声に全く動じず、フィリップは得意気かつ流暢に語りだした。

 

 

「どうやら1年前からプリキュアは存在しているようだね。日向咲や美翔舞とは別にね」

 

 

 咲と舞とフィリップは自己紹介をしていない。

 なので名前は知らない筈だが、それも検索していく中で知ったのだ。

 それに戦闘中、自己紹介をしていない筈の士の名もフィリップは口走っていた。

 

 ディケイドの詳細は確かに地球の本棚に載っていない。

 だが、載っていないのは詳細だけ。

『この世界』に一度でも現れたせいか、『門矢士』という名とディケイドの一部の情報だけは地球の本棚にも残されていたのだ。

 しかし翔太郎にそんな事を考える思考は欠如していた。

 今しがた受けた衝撃的な言葉のせいで。

 

 

「じゃあ、まだ何処かで、あの子達みたいに戦ってる子がいるのか……?」

 

「そのようだ、あまり歓迎すべき事ではないがね。僕はもう少し調べてみるとしよう。

 何せ、プリキュアに関しての『記憶』も膨大だからね」

 

 

 そう言うとフィリップは目を閉じて両手を広げ、『地球の本棚』にアクセスを始めた。

 こうして地球の本棚にアクセスする事で、フィリップは地球に記憶されている知識を得るのだ。

 一方、翔太郎は1人考えていた。

 

 

(色んな場所で色んな事が起こってやがる……)

 

 

 ディケイドとの再会、大ショッカーの襲来、プリキュアとの邂逅。

 この短時間で随分と色んな事が起こった。

 それどころか、プリキュアという存在が他にいるという事まで判明してしまった。

 それに加え、士が参加しているという組織への協力まで求められている。

 

 

(何にも起こんないわけ、ねぇよな……)

 

 

 既に予兆を見せつつある、これから起こるであろう出来事。

 翔太郎は仮面ライダーとしての新たな戦いを予感していた。

 

 

 

 

 

 大ショッカー本拠地。

 精密機器が至る所で稼働し、内部はまるで迷路のように複雑。

 中では骸骨の意匠を施した黒服を来た『ショッカー戦闘員』があらゆる場所に常駐している。

 そして、怪人も多く存在している。

 

 フランスでの戦いから大ショッカー本拠地へと帰還したキバ男爵は本拠地の中心部への通路を歩いていた。

 胸の傷は未だ痛み、傷跡を残している。

 新しく作らせた槍を右手に持ちつつも、左手では時折、胸をさすっていた。

 

 

(この痛み……忘れぬぞ、仮面ライダー)

 

 

 周りの戦闘員が右手を斜め上に上げて「イーッ!」という奇声が響く。

 これはショッカー戦闘員の敬礼で、キバ男爵を敬っているという事になる。

 幹部であるのだから当然だが、キバ男爵が歩く通路は戦闘員達が横に避けている。

 しかしそんな戦闘員に目もくれず、キバ男爵は中心部へと向かった。

 

 大ショッカー本拠地中心部。

 黄金の鷲のレリーフが全てを見下ろすような位置に取り付けられており、中央にはめ込まれた緑色の球体が怪しく光り、『何者か』の声が響いた。

 

 

『キバ男爵、この世界の仮面ライダーはどうだ?』

 

 

 その声に対し、キバ男爵は膝をつき、鷲のレリーフに対して敬うような姿勢を取った。

 

 

「はっ。他の世界同様、なかなかに手強いようです」

 

『ほう、倒せると豪語すると思ったが……。成程、それほどか?』

 

 

 自分を強く見せず、相手の強さを素直に認めたキバ男爵に感心するような『何者か』の声が再び質問を投げかける。

 

 

「はい。現にただの怪人とはいえ、ハサミジャガーとワニーダ、そして私も恥ずかしながら、敗退を喫しました」

 

『そうか……まあそれぐらいでなくてはな』

 

 

 『何者か』は怪しく笑ったような声だ。

 表情があるとすれば、恐らく口角を上げて怪しげな笑みを浮かべているのだろう。

 

 

「他のライダーの力量は、いかがなさいますか?」

 

『別にいい。7人ライダーと今回の3人、それにWとディケイドの戦闘能力も知れたのだから十分だ。

 インターポールにもある程度、脅しは効いただろうからな』

 

 

 今回のハサミジャガーとワニーダはインターポールへの牽制が目的だった。

 だから仮面ライダーの登場に驚いていたのだ。

 尤も、今回の仮面ライダー登場は本当に予想外だったのだが。

 故にキバ男爵が出張る事になってしまったのだ。

 

 

「では、次は……ッ!?」

 

 

 キバ男爵が新たな策の提案を切り出そうとした瞬間、キバ男爵の後ろに何かが現れた。

 データが結晶し、人型を形成していく。

 ゴーグルを額に当て、全体的に黒い服に身を包んでパソコンを持つその姿。

 キバ男爵はすぐさま後ろを振り向き、槍を向けた。

 

 

「貴様、何奴ッ!?」

 

 

 向けられた槍にも怯まず、突如現れた黒服の男は飄々と答えた。

 

 

「どうも、ムッシュ・キバ。いえ、バロン・キバの方がよろしいですか?」

 

 

 どうでもよかった。

 どちらにせよキバ男爵を、自分を名指ししている事に変わりはないからだ。

 

 

「先程の戦いの後、失礼ながらつけさせて頂きました。私はエンター。

 以後、お見知りおきを」

 

 

 睨み、警戒を緩めないキバ男爵に黒服の男は深々とお辞儀をした。

 鷲のレリーフの緑色の球体が再び光り、『何者か』の声がエンターに向けられた。

 

 

『何故此処に来た?』

 

「私は貴方方と同じく、仮面ライダーを敵視する者……」

 

 

 そこにわざとらしく、「おっと」とジェスチャーを加えた動きで訂正した。

 

 

「正確に言えば、仮面ライダーと協力しているゴーバスターズを敵視する者です」

 

 

 『何者か』も戦闘員の報告で知っている。

 仮面ライダーに協力しているものがいる事を。

 例えば、セミミンガを倒した際にWとディケイドに協力したという謎の2人の戦士。

 それにディケイドが今、何らかの組織に属しているという事も。

 

 

『ほう、ゴーバスターズか……。目的は?』

 

 

 他の世界に存在するため、『何者か』もゴーバスターズの事を当然知っていた。

 『何者か』の問いにエンターは答える。

 

 

「協力関係を結びたいのですよ。大ショッカーとの、ね」

 

「何を馬鹿な……!!」

 

 

 キバ男爵の槍がエンターの喉元に向けられる。

 しかし、尚もエンターは悠然としていた。

 何一つ恐怖を抱いていない顔、それどころか「やれやれ」とでも言いたげな呆れ顔。

 

 

「悪い提案ではありませんよ。向こうが一致団結しているんです。

 人間はよく言うでしょう? 『目には目を歯には歯』を、と」

 

「貴様を信じろと?」

 

「ノンノン! 利害一致程度の協力関係で結構ですよ。

 お互い、倒す敵が一致しているのですからね」

 

 

 キバ男爵の強い言葉にエンターはフランス語混じりの、いつもの調子で答えた。

 目的を聞いた『何者か』の声が空間に響く。

 

 

『……面白い、一時の協力、受けようではないか』

 

「なっ!? しかし……ッ!」

 

『言うなキバ男爵。信じる気はない。だが、倒す敵が一致しているのなら利害関係も合う』

 

 

 『何者か』の返答に満足したのか、エンターは笑みを見せた。

 そして「ありがとうございます」と言いつつ深々とお辞儀をした後、頭を上げて鷲のレリーフとキバ男爵を交互に見やった。

 

 

「理解ある組織で助かります。それでは、今後とも宜しくお願いしますね……」

 

 

 それだけ言うとエンターは、現れる前のデータのような姿となり、その場から消えた。

 キバ男爵は悔しげに槍を乱暴に下ろし、鷲のレリーフの方を勢いよく向いた。

 

 

「何故、協力を?」

 

『言っただろう? 利害関係の一致だ。我々にとってライダーは憎き相手、それを倒せればどんな形であれ、問題ないだろう?』

 

「……尤もです」

 

『ならば、これからも頼むぞ?キバ男爵』

 

 

 キバ男爵は再び膝をつき、鷲のレリーフに向かって頭を下げた。

 そして『何者か』の名前を、いや、異名とでも呼べばいいのか。

 その名を呼んだ。

 

 

「はい、我らが『大首領』」

 

 

 大ショッカーの『大首領』。

 即ち、数多の怪人を束ねる存在。

 キバ男爵すら敬うその声は、姿すら見せる事はない。

 

 

 

 

 

 一方、無事帰路についた咲と舞は、電車から降りて夕凪を歩いていた。

 日もすっかり落ちて、あと30分もすれば完全に日が沈むだろう。

 歩みを止めずに咲は言う。

 

 

「それにしても、ビックリしたよね」

 

 

 これは当然、仮面ライダーや怪人についての事だ。

 中学2年の少女は3月の春休みに初めてプリキュアになった。

 それから1ヶ月程度しか経っていないのに、新たに仮面ライダーという存在との出会い。

 普通の人間にはまずできない人生を送っているに違いなかった。

 

 

「うん。……ねぇ咲、これからはもっと大変な戦いになるのかしら」

 

 

 舞の不安は、セミミンガが現れたところからきている。

 セミミンガの登場は新たな敵の存在を決定づけた。

 そして今回の件に関わったプリキュアの2人も、もしかしたら……。

 そう考えると楽観視はとてもできない状況だ。

 だが、咲は笑顔だった。

 

 

「大丈夫だよ! 翔太郎さんや士さんもいるんだし!」

 

 

 今回現れたのは怪人だけではない、仮面ライダーもだ。

 彼らが頼れる人物である事は今回の戦いで十分に分かった事。

 戦いは怖いし、できることならしたくないのは彼女達にとっての本音である。

 だが、フラッピとチョッピ、そしてこの世界の人々の為に。

 それが彼女達の戦う原動力なのだ。

 

 

「……あれ?」

 

 

 歩いていくうちにふと、咲がある建物に気付いて歩みを止めた。

 古ぼけた建物、看板には写真館の名前があった。

 

 

「こんなところに写真館なんてあったっけ?」

 

 

 夕凪の中はパンの配達でいつも駆け巡っているし、子供の頃からずっと夕凪で暮らしてきた咲に知らない場所など滅多にないはずなのだが。

 

 

「きっと、士さんのカメラの話があったからじゃない? それで気付いたのよ」

 

 

 今まで気に留めていなかった建物だったが、写真の話をしたからこの場所が目に留まったのだと、舞は言った。

 言われてみればそういう事もあるかもしれないと咲も納得する。

 

 

「今度、士さんに教えてあげないとね!」

 

 

 咲の言葉に舞も「そうね」と微笑み、2人は再び足を動かしていく。

 

 咲がいつの間にあったのかと疑問に思った写真館。

 実はその認識こそが正しく、この写真館はこの場所に現れてから間もない。

 写真館の看板にはこう書かれていた。

 

 

 

 『光写真館』、と。




────次回予告────
「ねぇねぇ舞、翔太郎さんは探偵だけど、士さんって普段は何してるんだろう?」
「えっ? カメラマンさんなんじゃないかしら?」
「そうなのかなぁ? 仮面ライダーって色んな事をしてるんだね」
「咲、戦ってるのは仮面ライダーだけじゃないみたいよ」
「ええぇ!? 高校生の人まで!?」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『陰謀と、渦中と』!」」

「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」


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第23話 陰謀と、渦中と

 戦場に身を置く者達にもそれぞれの日常がある。

 立花響にも当然の事ながらそれは存在するわけだ。

 だが、戦場の疲労は確実に日常を蝕んでいた。

 テストで思うような結果が出なかったことがそれだ。

 お陰様でレポートの課題を出されてしまい、現在響は悪戦苦闘中。

 しかもこのレポートを提出する事で追試免除、裏を返せば提出が間に合わなければ追試というおまけつきだ。

 そもそも疲労で手についていないのに、課題が増えるこの有様。

 やはり響は言うしかない。

 

 

「私、呪われてるかも……」

 

「口を開く前にレポートを進めたら?」

 

 

 リディアンの寮、響と未来の自室。

 大きな机を挟んで2人が座っていた。

 2人ともパソコンを起動させて画面を見ている。

 だが、見ている理由は全く違った。

 響は課題のレポートに関して情報を集める為、対して未来は動画サイトで動画を見ていた。

 

 

「いや何ともご尤もで……」

 

 

 言いつつ、課題のレポートを少しずつだが書き進めていく。

 今調べているのは認定特異災害ノイズについてだ。

 シンフォギアを纏う者になってからノイズのレポートを出されると何とも不思議な気分だった。

 何せ現在の響はノイズと深く関わる、ノイズを殲滅する為の鎧を纏えるのだから。

 

 と、レポートの課題を進める響の携帯が鳴った。

 誰だろうと思い、とりあえず手に取って確認する響。

 送られてきた知らせを見て、響は少し落ち込んだ。

 

 『17:30より、二課で定例ミーティング』。

 

 画面にはそう表示されていた。

 今日もまたか、と思うと気が滅入った。

 勿論それは参加しなければいけない事で、力を持ち、関わると言った者の責任である事は響も理解している。

 

 とはいえ彼女も一介の女学生。

 やりたくてやっている事なのだから文句は言えないし、二課のせいにする気もないのだが、疲労の原因に呼ばれては気も滅入るというものだ。

 溜息をつく響を見て、未来が話しかけてきた。

 

 

「なぁに? 朝と夜のアラームを間違えたの?」

 

「あ、いやぁ……あはは……」

 

 

 事情を説明するわけにもいかない響は笑って誤魔化すしかない。

 一方の未来の言葉も本気のようには聞こえなかった。

 此処の所、響の帰りは遅い。

 その上かなり疲れて帰ってくる事が多いし、理由を聞いてもはぐらかされる。

 響が語るのはただ一言、用事、とだけ。

 

 

「……こんな時間から用事?」

 

「……ハイ」

 

 

 察してくれる事は非常にありがたかったが、事情を説明できない負い目もある。

 心底申し訳なさそうな顔で響は頷いた。

 未来は呆れを含んだ溜息の後、自分の見ていたパソコンの画面を響の方に向けた。

 

 

「一緒に流れ星見る約束、覚えてるよね?」

 

「勿論! 忘れてなんかいないよ!」

 

 

 画面には動画サイトにアップされていた『こと座流星群』が映し出されていた。

 響と未来はこの流星群を一緒に見ようと約束をしていた。

 だからこそ、このレポートの山を早く片付けたいというのもある。

 

 

「門限とかは私で何とかするから、響はこっちを何とかしてね?」

 

「うん! 絶対に何とかする! ……ごめんね、未来」

 

 

 親友にかけてしまう迷惑は響にとって心苦しい。

 だが、それで辞められる、辞めていい事ではない。

 

 

「ねぇ、未来」

 

「ん?」

 

「私、もっとしっかりしなきゃ駄目だよね……」

 

 

 文面だけ捉えればレポートに追われる自分の事を言っているように聞こえる。

 未来は最近、響の明るい表情が減っているような気がしていた。

 それどころか思い悩むような顔が増えたような気も。

 だからだろうか、響の一番の親友である未来にはその言葉が、別の何かの事を言っているように聞こえた。

 

 

「今よりも、ずっときっともっと……」

 

 

 叩かれた頬の痛みと、力への責任と、守りたい日常。

 このままにはしたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「遅刻する~ッ!」

 

 

 ミーティングは17時30分から。

 現在時刻は17時32分。

 既に2分オーバーの中、響は二課の通路を必死に走っていた。

 ようやく見えてきた二課のオペレータールームへの扉のセンサーが人の到来を感知し、自動的に開いた。

 

 

「遅くなりました!」

 

 

 申し訳なさを多分に含んだ声と共に、響は焦りながらオペレータールームに入った。

 弦十郎、了子、翼、慎次、士も既に集まっていた。

 それにヒロム、リュウジ、ヨーコの特命部の3人もだ。

 

 士と翼はコーヒーを飲み、極めて無表情。

 ゴーバスターズの3人もヒロムは真顔、リュウジはニコリと微笑み、ヨーコは同年代ぐらいの響の登場に満面の笑みだ。

 弦十郎は座りながら笑顔で響を迎え、了子も普段の明るさを滲ませ、慎次もニコニコとしている。

 響は一先ず、軽く頭を下げた。

 

 

「すみません……」

 

 

 頭を下げた響を誰も責める者はいなかった。

 取り立てて責める程の遅刻ではないし、彼女にも彼女の日常があるというのは誰もが理解しているからだ。

 と、頭を上げた響はある事に気付いた。

 

 

「あれっ、剣二さん達は……?」

 

 

 S.H.O.Tの面々がいない事に気付いたのだ。

 何処を見渡しても彼らの姿が見受けられない。

 響の疑問には弦十郎が答える。

 

 

「彼らは普段、警察官をしていてな。今日はまだ勤務中なんだ」

 

 

 さらに付け加えて、リュウケンドーやリュウガンオーであるという事は秘密なのだという。

 つまりS.H.O.Tのメンバーである事を秘密にしているため、此処に来るために抜け出してこれないというのが彼らの事情だ。

 納得した響を見て、了子が明るく切り出した。

 

 

「それじゃあ、仲良しミーティングと行きましょー!」

 

 

 コーヒーを口に付ける士がちらりと隣の翼を見やった。

 

 

(仲良し、ね……)

 

 

 相も変わらず翼と響の中は険悪だ。

 響から歩み寄ろうとはしているのだが、翼はまるで相手にしていない。

 尤も、翼にとって一番頭に来た言葉に関して響は先程のように謝ってすらいないのだからある意味当然ではある。

 ただ、謝ってどうこうなるような間柄には士にはとても見えなかったが。

 

 

「まずは、これを見て頂戴」

 

 

 了子の言葉と共にメインモニターに大きく表示されたのはこの辺り一帯の地図。

 そこに赤い印が幾つも付けられていた。

 

 

「どう思う?」

 

 

 弦十郎の言葉に響は地図と弦十郎を交互に見やって、率直な感想を述べた。

 

 

「……いっぱいですねッ」

 

 

 余りにも率直すぎる感想に士は呆れ、翼も溜息をつく中、弦十郎だけが笑った。

 

 

「ハハハ、全くその通りだ。これは、ここ1ヶ月のノイズの出現地点だ」

 

 

 赤い点はかなりの数に及んでいる。

 士はコーヒーを置いて、手を軽く上げた。

 

 

「おい。ノイズが出る確率ってのはかなり低いって聞いたぞ?」

 

 

 士はノイズに関して一般的に知られている知識をネットや新聞などで手に入れている。

 だが何処を見てもノイズの発生は極低確率である、という情報ばかり。

 しかしこの1ヶ月、ノイズ関係で出動した事はおよそ10数回。

 出現地点といい、とてもではないが極低確率とは思えなかった。

 それに対し了子が待ってましたと言わんばかりに答えた。

 

 

「そうね、一般に開示されている情報も私達のみが保有する情報でも、それは変わらないわ。

 だからこそ、この発生率は誰の目から見ても異常よ」

 

 

 それに続けて、弦十郎が響と士に顔を向けた。

 

 

「2人がノイズについて知っている事は?」

 

 

 この場合の知っている事、というのは一般人が知るソレで十分なのだろうか。

 そんな疑問も過ったが、響も士も知っているのはその程度。

 まずは響が口を開いた。

 

 

「えっと……『機械的に人間だけを襲う事』、『襲った人間を炭化する事』、

 『時と場所を選ばずに出現して被害をもたらす事』、『特異災害に認定されている事』

 ……ぐらいですかね?」

 

 

 聞いて、弦十郎は感心した。

 意外としっかりと説明を出来ている事もそうだし、ノイズに関して重要な部分は全て抑えていたからだ。

 

 

「意外と詳しいんだな」

 

 

 感心された事に照れる響だが、士は呆れた顔をしていた。

 

 

「それ、今やってるレポートだろ」

 

「うっ……な、何で知ってるんですかぁ?」

 

「あのな、俺はお前達のクラスの副担任みたいな立場でもあるんだぞ」

 

 

 授業をする回数が減った士ではあるが、今でも1週間に数回程度の授業はしている。

 それに、響のクラスの副担任に収まるような形でリディアンに来たのだから知っているのは当然と言えば当然だ。

 そんな2人を楽しげな笑みで見つめつつ、了子が説明を続けた。

 

 

「そうね。ノイズの発生が国連の議題に上がったのは13年前……。

 それはヒロム君達の方が、詳しいかしらね?」

 

 

 13年前。

 ノイズが特異災害に指定されたと同時に、ヒロム達3人にとっては忘れられない年数だ。

 亜空間の発生、家族との別離、バディロイドとの出会い、そしてゴーバスターズとなった切っ掛け。

 今のヒロム達を形成する殆どの事があの日あの時起こったと言っても過言ではない。

 了子の言葉には、リュウジが代表して答えた。

 

 

「ええ、亜空間の発生に伴うノイズの大量発生……。

 あれがあったからノイズは別の空間に住処があるんじゃないかって言われるようになりましたよね」

 

 

 リュウジの言葉に了子は満足気に頷く。

 

 

「その通りよ。まあ、観測自体はずっと前からあったんだけどね。

 太古の昔……世界の神話や伝承の怪物もノイズ由来のものが多いとされているわ」

 

 

 次に再び、弦十郎が口を開いた。

 

 

「先程士君も指摘したが、このノイズの出現率は異常極まりない。

 と、すれば、そこには何らかの作為が働いていると、我々は見ている」

 

 

 何らかの作為。

 それはまるで、何者かがノイズの出現を操作しているかのように聞こえてならなかった。

 ヒロムが片眉を上げ、疑問を呈する。

 

 

「誰かが、ノイズを操っていると?」

 

「うむ。『サクリストD』、即ち『デュランダル』を狙っての事だろう」

 

 

 弦十郎の言葉に補足するように翼が飲み切ったコーヒーの紙コップを持ちながら語る。

 

 

「出現の中心点は此処、私立リディアン音楽院高等科。我々の真上です。

 デュランダルを狙った何らかの意思がこの地に向けられている事の証左になります」

 

 

 サクリストD、デュランダル。

 どちらも二課のメンバー以外には聞き覚えが無い。

 所属の上では二課に配属になっている士も響もそれは知らなかった。

 躊躇いなく士はデュランダルとは何か問う。

 

 

「そのデュランダルとやらは何だ?」

 

「ガングニールや天羽々斬とは違い、ほぼ完全状態で残っている聖遺物の事だ。

 名称はそのまま『完全聖遺物』と呼ばれている」

 

 

 弦十郎の言葉の後、オペレーターの1人、あおいが説明を継いだ。

 

 

「この基地の最深部、『アビス』で保管され、日本政府の管理下にて我々が研究しているものです」

 

 

 さらにもう1人のオペレーター、朔也がそれに続く。

 

 

「歌で毎回起動させている聖遺物とは違って、一度起動すれば装者でなくても扱える聖遺物と研究の結果も出ています」

 

 

 装者でなくても使えるという事は、ただの人間やシンフォギアに対して適性のない人間でも使えるという事。

 士は今の説明をした朔也に向かってさらに質問をした。

 

 

「つまり、俺が変身して使う事も?」

 

「理論上であれば可能だと思います」

 

 

 一連の説明の後、了子が得意気に全員の方に振り向いた。

 

 

「それがぁ、私の提唱した『櫻井理論』!」

 

 

 どうも了子はその『櫻井理論』なるものを相当に誇っているらしい。

 ただ、その理論があるからこそシンフォギアも対ノイズ戦にも対応できているのだから非の打ちどころなどないのだが。

 弦十郎が真面目な顔で立ち上がった。

 

 

「とはいえ、完全聖遺物の起動にもそれ相応の『フォニックゲイン』が必要になる。

 だが、今の翼の歌ならば、あるいは……」

 

 

 フォニックゲインは平たく言うなら『歌の力』。

 シンフォギアを纏う際にも使われているエネルギーの名だ。

 完全聖遺物に必要なフォニックゲインは通常の聖遺物のそれを上回る。

 2年以上もの間戦ってきた翼の歌ですらデュランダルは未だに起動していないのだ。

 

 しかし、そもそも起動実験そのものにも問題がある。

 あおいがそれを弦十郎に聞いた。

 

 

「でも、起動実験に必要な日本政府の許可って下りるんですか?」

 

 

 それには弦十郎ではなく、同じオペレーターの朔也が答えた。

 

 

「いや、それ以前の話だよ。安保を盾にアメリカがデュランダルの引き渡しを迫ってきているそうじゃないか。下手を打てば国際問題だよ」

 

 

 響の顔が曇り、翼は苛立つように空になった紙コップを握りつぶした。

 人間同士で利益を求めた争いをしている場合ではないというのに、この状況だ。

 平和の為の実験、ノイズを倒す為の戦いなのに様々な思惑に雁字搦めにされている。

 

 

「まさかこの件、米国政府が裏で糸を引いているんじゃ……」

 

 

 ノイズの異常発生がデュランダルを狙うものだとするなら、現在デュランダルの引き渡しを迫るアメリカに疑いが向けられるのは当たり前。

 だが、証拠となるようなものは何1つ無い。

 どれだけ疑わしくても、仮定に過ぎない段階で話は止まってしまう。

 

 

「二課がこうして特命部やS.H.O.Tと同盟を組めたのも、実はかなりの無理を通したんだ」

 

 

 全員の視線が弦十郎に向いたが、その後の言葉を続けたのはあおいだ。

 

 

「ヴァグラスやジャマンガと言った、ノイズ以上に明確に人間に敵意を示す『災害で無い敵』。

 ……それを理由にして無理やりこぎつけましたからね」

 

 

 朔也が溜息をつき、皮肉るように吐き捨てた。

 

 

「いつだって上は、本当に危なくならないと腰を上げないのさ。

 ヴァグラスが狙うのはエネトロンっていうのもあるし、ヴァグラスやジャマンガ、特にヴァグラスは大っぴらに活動しているのも大きいから」

 

「どういう事?」

 

 

 朔也の言葉にヨーコが問いかけ、その後の言葉も引き続き、皮肉を言う時のように呆れ口調で言った。

 

 

「大っぴらに活動しているヴァグラスへの対策は急務だったんですよ。

 エネトロン……今の世界のライフラインまで狙っているとなると相当ですからね。

 それに早急に対応する為に、二課が特命部や他の組織と一時合併する事を許したんです」

 

 

 つまりは、ヴァグラスという本格的な危機の到来に対して二課や特命部と言った強力な武器を保有する組織の合併を認めたという事だ。

 そしてその一番の理由は一般認知されるほどの暴れ方と、狙われた対象がエネトロンであるという事。

 

 

「そういえば、特命部って二課よりも制限が緩いんですよ」

 

 

 朔也の最後の言葉にバスターズの3人が首を傾げた。

 その様子を見て、再び弦十郎が説明を開始する。

 

 

「ヴァグラスは君達のようにワクチンプログラムを持つ者、ゴーバスターズの3人でしか対抗できないからだ。

 ノイズは聖遺物関連の技術さえあれば対抗できる。だから、それを保有する二課よりも特命部の自由や権利は、実は保障されているんだ。それこそ、13年前からな」

 

 

 その説明には疑問点があった。

 ワクチンプログラムは3人の特定の能力を人間以上のレベルに上げる事だと聞いた。

 だが、それが無ければヴァグラスに対抗できないとはどういう事なのか。

 それを響は弦十郎に聞いた。

 

 

「あの、それってどういう事ですか? この前の戦いは剣二さんと士先生がヴァグラス

を……」

 

 

 思い返してみれば、フォークロイドを打ち破ったのはリュウケンドーとディケイド。

 両方ともゴーバスターズとは違う戦士だ。

 しかし、理由はもっと別の所にある事を弦十郎は説明した。

 

 

「いや、そうじゃない。ヴァグラスの根城は亜空間内部に存在している。そして、いずれ亜空間内部に突入しなくてはならない日が来る。ヴァグラスを完全に倒す為にな。

 だが、その際の『転送』に耐えられるのはワクチンプログラムを持った3人だけなんだ」

 

 

 簡単に言えば、メタロイドやメガゾードは他の戦士でも倒す事は出来る。

 だが、相手を根絶する為に本拠地を潰すとなるとゴーバスターズの力は必要不可欠なのだ。

 そしてそれにはワクチンプログラムを持った3人がいる事が絶対条件。

 シンフォギアのようにある程度解析が進んでいるものならともかく、ワクチンプログラムに関しては分かっていない事の方が多い。

 何せワクチンプログラムは亜空間の中にいるヒロムの父親達が造り、ヒロム達にインストールしたものだからだ。

 

 その説明に当のゴーバスターズであるリュウジも納得した表情を浮かべていた。

 

 

「成程……俺達の場合、ヴァグラスに対抗できるのが俺達だけって限定されていたから……」

 

「そうだ。極論を言えばノイズは聖遺物、あるいは完全聖遺物があれば何処の国でも対策ができる。

 しかし、ヴァグラスを根絶できるのは世界に唯一ゴーバスターズのみだ」

 

 

 ゴーバスターズとシンフォギアの扱いを分けた決定的な差はヴァグラスと亜空間、という事だ。

 ゴーバスターズにとって仇敵に値するヴァグラスの存在がゴーバスターズの権利の支えになっていたというのは何の皮肉なのだろうか。

 だが、だからこそゴーバスターズはヴァグラスと戦っても国や政府の問題に巻き込まれない。

 致し方ない事なのかもしれないと、ヒロムもリュウジも自分を納得させた。

 

 一方、響とヨーコはこういう込み入った話は苦手なようで頭を抱えていた。

 

 

「うーん……響ちゃん、あたしこういう話は苦手なんだけど……」

 

「わ、私も。なんか頭こんがらがっちゃいました……」

 

 

 2人して難しそうな顔をする響とヨーコであった。

 確かにこの手の話は高校生のうら若き少女が聞く様な話ではない。

 ちなみに、響とヨーコの歳の差は1年ほど。

 実はほぼ同年代なのだ。

 

 そんな2人に苦笑いした後、弦十郎は真面目な顔に戻って話を続けた。

 

 

「皮肉な事に、脅威が増えた為に我々二課も動きやすくなっているんだ。

 とはいえ、問題はある」

 

 

 一度間を置く弦十郎。

 彼らの抱える問題は何もノイズだけではない。

 その『問題』についても弦十郎は語る。

 

 

「ここ数ヶ月の間に、本部コンピュータへの数万回に及ぶハッキングを試みた形跡が認められている」

 

 

 これが意味するところは何者かが二課の情報を盗み、シンフォギアを自分達のものにしようと目論むものがいるという事だ。

 

 

「さすがにアクセスの出所は不明。それらを短絡的に米国政府のものだとは断定できない」

 

 

 状況が状況だけに米国政府を疑う気持ちはある。

 だが、何1つ証拠はないのだから手の打ちようもない。

 これがその『問題』であった。

 ノイズに加え、ハッキングを試みる謎の敵。

 しかもノイズとは違って人間であることがほぼ間違いない。

 だが、尻尾が掴めていないのだ。

 

 

「勿論、痕跡は辿らせている。本来そう言うのが俺達の本領だからな」

 

 

 弦十郎の言葉は優しく安心させるような声色だった。

 この場にいる戦いの中に身を置く人間に余計な不安を与えたくなかったのだ。

 と、話が一段落したところで慎次が前に出た。

 

 

「風鳴司令、そろそろアルバムの打ち合わせが……」

 

「むっ、そうか。もうそんな時間だったな」

 

 

 「はい」と返事をしつつ慎次は眼鏡をかけた。

 二課のメンバーとしてではなく、風鳴翼のマネージャーとしての仕事の始まりだ。

 身に課せられた職である以上、ミーティングの最中でもそれを疎かにするわけにはいかない。

 慎次に促され、翼は一度も表情を緩ませる事無く、慎次と共にオペレータールームから退出した。

 

 2人を見送った後、響が口を開く。

 

 

「脅威ってノイズやヴァグラスやジャマンガだけじゃないんですね」

 

 

 その声は疑問が多量に含まれた言い方だった。

 響の言う脅威とは、先程からの話でも分かる通り同じ人間だ。

 

 

「これだけの脅威でも随分多いのに、さらに何処かの誰かが此処を狙っているなんて、あまり考えたくはないです……」

 

 

 それにはこの場にいる全員が賛同するだろう。

 人間同士で争い、覇権や利権争いをしている場合ではないというのに。

 ただでさえ対応を本格化したのはつい最近。

 綺麗事かもしれないが実に悲しい話だ。

 二課や特命部、仮面ライダーのように手を取り合える者達もいるというのに。

 

 

「どうして人同士が争うんでしょうね……?」

 

 

 続けざまに響が発した言葉を聞き、了子がそっと響の耳元で囁いた。

 

 

「それはきっと……人類が呪われているからよ」

 

 

 ついでに、何故か響の耳たぶを甘噛みして。

 

 

「きぃぃええぇぇぇぇ!!?」

 

 

 恐ろしく甲高い驚愕一色の叫びがオペレータールーム内に木霊した。

 余程うるさかったのか、士やヒロム達は思わず耳を覆う。

 了子はそんな反応の響を見て怪しくニヤリと笑った。

 

 

「あ~ら、おぼこいわねぇ。誰かのモノになる前に私のモノにしちゃいたいかも」

 

 

 無駄に色っぽさ漂う言葉だ。

 とりあえず今までの一連の流れと普段のテンションを見てきてゴーバスターズも士も分かった事がある。

 櫻井了子という人間は優秀なのに違いはないのかもしれないが、相当に暢気でマイペースでおちゃらけた人物であるという事だ。

 こういう行動はよくある事なのか、未だ混乱気味の響を余所に、オペレーターの2人と弦十郎は困ったような笑顔で了子と響を見ていた。

 

 

「む、そうだ。ヒロム君、黒木はどうしてる?」

 

「司令ですか?」

 

 

 唐突な弦十郎からの、会話的にも何故その名が出たのか分からない質問。

 一先ずヒロムは二課本部に来る前に特命部で見た黒木の様子を思い出す。

 しかし、思い出す事は出来なかった。

 否、そもそも記憶にないというべきだろう。

 

 

「……そう言えば、此処に来る前には見てないです。リュウさんやヨーコは?」

 

「いや、俺も見てないね」

 

「あたしも……あれ? 今日司令見た人いる?」

 

 

 ヨーコの言葉にヒロムもリュウジも首を横に振った。

 そう、実は今日、誰も黒木の姿を見ていないのだ。

 

 

「誰も見てないみたいです」

 

 

 ヒロムが弦十郎に告げると、返って来た反応は予想外の物だった。

 

 

「そうか、やはりな……」

 

 

 ヒロム達の中で「やはり」、という言葉が引っかかる。

 まるでいない事を知っているかのような口振り。

 気になった事は率直に、ストレートな物言いのヒロムはすぐさま質問した。

 

 

「風鳴司令は何かご存じなんですか?」

 

「うむ。昔馴染みと会いに行くらしい。どうしたのかと思ったが、やはり行く事にしたようだな」

 

 

 黒木のプライベートに誰も首を突っ込む事はない。

 というより、他人のプライベートに首を突っ込まないのはある種当然の事だ。

 だが昔馴染みとは誰の事なのか?

 少なくともゴーバスターズからして思い当たる節はこの場にいる弦十郎ぐらいのものだ。

 という事は弦十郎ならば誰と会うのか知っているのではないか?

 そう考えたヒロムは続けざまに質問した。

 

 

「誰と?」

 

「あー……その、俺にもよく、な」

 

 

 珍しく、弦十郎が戸惑いの様相を見せた。

 その動揺は話せない、というよりも上手く説明できないような反応に見えた。

 誰と会っているのか言うだけなら名前を出せばいいはずだ。

 それとも、弦十郎も知らぬ誰かなのか。

 結局、黒木の昔馴染みが誰なのか分からないままに、定例ミーティングは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 時間は経ち、翌日。

 昼時、私立リディアン音楽院にて。

 

 

「…………」

 

 

 士は食堂にて弁当を食べていた。

 ちなみに居候先の執事、ゴンザの手作り弁当でこれが中々に美味い。

 半ば無理矢理持たされた弁当であったが、食える事に越した事はないし味も申し分ないので士はそれなりに気に入っている。

 しかしふと、思う事がある。

 

 

(……俺はガキか?)

 

 

 弁当を食べる士は先生どころか、何故か生徒のような気分になった。

 実際家の人に弁当を作ってもらって出かける様は生徒のソレだ。

 子供のように扱われている事に少し不満が沸き起こった。

 とはいえ士も料理は出来ない事もないが、朝早く起きて作るのも億劫である。

 結局、ゴンザの好意に寄りかかる事にした。

 

 

 

 

 

 食事を済ませた後、士は職員室に向かった。

 何でもできると豪語する能力は伊達ではなく、仕事を片付けるのも早い士だが、それでも教員としての仕事は幾つか残っているからだ。

 

 士はよく生徒から話しかけられる。

 生徒には感づかれていないようだが授業数が減ったせいで、士が学校にいる頻度は少ない。

 そのせいで『レアキャラ』的な扱いを受けているのだ。

 その上、外見も良くて完璧超人。

 女学校のリディアンで人気が出ないわけがなかった。

 勿論、興味本位や単にクラスの関係で会う事が多いから程度の理由で話しかけてくる生徒もいる。

 当の士本人はそんな事を露ほども気にしてはいないのだが。

 

 

「あ、士先生」

 

 

 だからというわけではないが、職員室へ向かう途中、今日も士は生徒に話しかけられる。

 話しかけてきたのは響と同じクラスの女子3人組の内の1人、弓美。

 創世、詩織と共に、いつもの3人で固まっていた。

 

 

「確か……板場、だったか」

 

「へー、憶えててくれてるんですか!」

 

 

 何とか脳内で名前を探し当てた士と、それに驚く弓美。

 まだこの学校に来てから日も浅く、出てくる頻度も少ない士が生徒の名前を憶えているのは少々意外だったらしい。

 

 

「それに、安藤に寺島であってるか?」

 

 

 ついでに創世と詩織の名前も当てた。

 2人も自分達の名前を士が憶えていた事に驚いているようだった。

 創世が素直に感心しながら言う。

 

 

「凄いですね、もうクラスのみんなの名前、憶えたんですか?」

 

 

 実のところ、そんな訳はなかった。

 生徒の名前を何人か憶えているというのは本当だ。

 だが、その中でもこの3人は割と早い段階で憶えた。

 何故かというと響と関わっているというのが大きい。

 クラスの中で二課や特命部の事を知るのは響と士のみ。

 受け持つクラスの関係や二課の事で必然的に響と関わる事の多い士は、自然と響の周りの友達の名前を憶えてしまったのだ。

 同じ理由で小日向未来の名前も憶えている。

 

 

「まあな」

 

 

 とはいえ、まさかそんな事を話すわけにもいかずクラスの人間を全員憶えている事にしておく士だった。

 と、此処で士は、その響がいない事に気付いた。

 

 

「立花や小日向の奴は一緒じゃないのか」

 

 

 この3人と響と未来は5人でいる事が非常に多い。

 学校生活を経験した人なら分かると思うが、友人同士は大体一定のメンバーで固まる事が多い。

 それに今は昼、余計に友達同士で固まる事が多い時間だ。

 だからてっきり一緒にいるものかと思っていたのだが。

 それには詩織が答えた。

 

 

「立花さんでしたら、レポートを書いてますよ」

 

 

 レポートというのが課題の事であるのを士も勿論知っている。

 知っているからこそ、呆れた。

 

 

「はぁ? あいつまだ終わってないのか?」

 

 

 ちなみにこのレポート、前回のテストの点が悪かった生徒限定の課題だ。

 これにはテストの追試免除がかかっている。

 響の事情を知る士ではあるが、さすがに遅すぎると言わざるを得なかった。

 士の言葉に創世も詩織も苦笑い、弓美だけは何故か笑顔だった。

 

 

「期待を裏切らないですからね~、あの子は!」

 

「何の期待だ、何の」

 

 

 そんな弓美にも呆れた後、女子3人組は士に「また今度」と告げて屋上に向かっていった。

 何でもバトミントンをするらしい。

 

 

「見てくれは平和だな……」

 

 

 生徒と先生が普通に接して、普通に会話する日常。

 その裏では激しい戦いが繰り広げられている。

 そんな今を、士は皮肉った。

 だが皮肉りつつも、士は心の何処かでその日常を心地良く感じていた。

 束の間の休息と知りつつも、だからこそ一時の平和がそう感じられたのかもしれない。

 柄でもない、そんな風に思った士は職員室に向かって再び歩み始めた。




────次回予告────
投げ打たれた日常は、守りたいと思ったもの。

侵略され、狂いゆく毎日に少女に目覚める憤怒の衝動。

不協和音も雑音も止まず、影の嗤いは止む事無く────。


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第24話 蝕まれる日常

 エンターはこの世界とは違う空間にいた。

 現実世界ではなく亜空間に近しい場所、しかし、亜空間ではない。

 この特殊な空間は亜空間内部に存在するヴァグラスの大元、言うなれば陛下。

 メサイアとのコンタクトを可能にする空間だ。

 空間の中では赤い、形が全く安定しない頭蓋骨のホログラムが投影されている。

 これがメサイアのこの空間内での姿であった。

 メサイアは不安定な頭蓋骨を動かした。

 

 

「エンター。エネトロンハドウナッテイル」

 

 

 聞き取り辛く、ノイズも混じる言葉だがエンターは一言一句聞き逃さない。

 

 

ジュシュイデゾレ(申し訳ありません)マジェスティ(我が主)・メサイア」

 

 

 相手が生みの親足るメサイアでも、エンターはフランス語を忘れない。

 一先ずエンターは謝罪から始めていた。

 

 

「ゴーバスターズに仲間が着々と増えていくため、その対策に奔走しておりました」

 

 

 この言葉に嘘偽りは一切ない。

 ジャマンガと大ショッカーという2つの組織とギブアンドテイクな関係ながらも協力関係を結び、ヴァグラスにも有利な状況を作ろうとしていたのだから。

 しかし、メサイアは非常に短気な人格を持っている。

 

 

「何ヲシテイル!

 エネトロンガナケレバ、新タナメガゾードナド、何ノ役ニモ立タヌゥッ!!」

 

「マジェスティ!! ……分かっております」

 

 

 不安定に表示された頭蓋骨が荒れ狂う。

 メサイアは一刻も早く通常空間へ顕現したいと望み、その為か非常に気性が荒い。

 例えそれが作戦であると伝えても、その怒りは収まらない程に。

 だからこそエンターはそれを窘め、自分が話せるペースを作る。

 

 

「その事で、『創造する者達』と話がしたいのですが……」

 

 

 メサイアはその言葉を聞き、自身のホログラムを消した。

 それは即ちエンターに『創造する者達』との会話を許した事になる。

 ホログラムを消す数瞬前の態度からして渋々というのが伺えたが、エンターは気にせずに自身のパソコンから亜空間内の『創造する者達』に連絡を取った。

 

 

「創造する者達……聞こえていますか?」

 

 

 『創造する者達』。

 それは亜空間内部においてメガゾードの研究と開発を行う者達の総称だ。

 

 

「確かに4体のメガゾード転送に多くのエネトロンを消費はしました……。

 ですが、新メガゾード起動へのエネトロンが足りない筈はありません」

 

 

 前回のジャマンガとの共同戦線において非常に多くのエネトロンをヴァグラス側は消費した。

 しかし、それは今までのエンターの下積みがあってこそだ。

 

 エンターは以前からゴーバスターズを倒す事に失敗している。

 だが、エネトロン奪取に関してはほぼ全ての作戦で成功を収めていた。

 そもそもヴァグラスの目的はエネトロンを奪う事でありゴーバスターズやその他の戦士を倒す事ではない。

 そういう意味で言えば、エンターは非常に優秀であると言える。

 4体のメガゾード転送に使うエネトロンも計算し、その上で行った事だ。

 何より、3週間もの間をおいてエネトロンを少しずつ集めて入念に準備もしたのだ。

 これで何らかの不具合が出る筈がないとエンターは確信を持っていた。

 

 新メガゾード。

 以前、まだ二課と特命部が合流する前にエンターはあるメガゾードの設計図を特命部から盗み出した。

 それを元に開発された新メガゾードは既に組み立ては終わっている。

 後はそれを起動させるためのエネトロンが足りないのだが、エンターの計算では十分に足りているはずだった。

 それこそが、今回メサイアが立腹していた理由だ。

 

 パソコンに文字の羅列、つまりはデータが表示された。

 一般の人間が見れば何やらわからない記号の集まりだが、エンターにはその意味が理解できる。

 これは創造する者達のエンターの問いへの回答だった。

 

 

「『漏れている』……?エネトロンが?」

 

 

 回答内容は正しくイレギュラーな事態だった。

 亜空間に送られたエネトロンが何処かに漏れ出すという事は、今まで一度たりとも無かった事だ。

 

 

「何処に?」

 

 

 その問いへの答えは先程の問いよりも早く帰って来た。

 

 

「……『不明』」

 

 

 原因が分かってないからこその即答だったが。

 これ以上の問答は無意味と判断したエンターはパソコンのESCキーを押した。

 すると、割れたガラスが逆再生で元に戻るように、現実空間の映像が表示される。

 それらが完全になると、エンター自身が現実空間に戻ってきていた。

 町外れの薄暗い路地、誰も通らず、精々足元を鼠や猫が駆け抜ける程度だ。

 路地の向こう、表通りからは賑やかな声が聞こえてくる。

 時間は既に夕暮れに近く、帰宅する人が出てきたのだろう。

 

 

「……まあ、それは追々調べていくとしましょうか」

 

 

 使っていたパソコンを閉じ、1人呟く。

 

 

「まずは当面のエネトロンですかね」

 

 

 とにもかくにも足りていないと言われている以上、エネトロンを集めるのが彼の役目。

 彼はパソコンを右手に、いつも背負っている機械的な鞄を背に、人の気配のない路地から明るい表通りに踏み出した。

 

 

「個人的に気になる事もある事ですしね……」

 

 

 もう1つ、呟きを発しながら。

 

 

 

 

 

 何だかんだと苦心しながらも何とか終わらせた課題。

 響はそれを提出する為に職員室の中にいる。

 担任の先生に課題を渡し、今は目を通してもらっている状態だ。

 副担任というわけで士もその横にいた。

 外では未来も待っていて、早く帰って星を見る約束を果たしたいと思う響なのだが。

 

 

「……壮絶に字が汚いです」

 

 

 割と重苦しい言葉で、担任の先生から放たれた言葉がそれであった。

 レポート用紙には響の字がかなり乱雑に書き殴ってある。

 ミミズが這うような字というか、雑草が刈られる事無く無暗に生えた結果のような。

 ともかく汚いの一言である。

 横にいた士もレポートを覗き込むと、一瞬で表情が呆れと字の汚さへの驚きが混じったものに変化した。

 

 

「なぁんだこりゃ、何処の国の言葉だよ」

 

「……ジャパニーズです」

 

「嘘こけ、古代文明の遺産か何かだろ」

 

 

 士の言葉に担任の先生も同意した。

 

 

「まるでヒエログリフのようですよ、立花さん?」

 

「ヒ、ヒエロ……?」

 

 

 ヒエログリフが分からない響だが、そんな事は今どうでもいい。

 問題はこれで課題がOKなのかどうかである。

 担任の先生は溜息をつき、レポートを机に置いた後、士の方を向いた。

 

 

「どうしましょうか」

 

「まあいいだろ、やって来たことに変わりはないし、読めない事は……」

 

 

 レポートをちらりと見る士。

 表情は一瞬で真顔になった。

 

 

「……いや読めないな」

 

「酷いッ!?」

 

「酷いのは貴女の字ですよ、立花さぁん!?」

 

 

 入学1ヶ月少々にして早くも定番となりつつある担任の先生の怒りの叫びに響は肩を上げてビクッと驚いたように反応した。

 事情を知らぬ担任の先生も、事情を知る士も、響に対して呆れるという思いだけは同じであった。

 

 

 

 

 

 あれこれと言いつつも響のレポートには無事、OKが出た。

 即ちこれで追試免除という事だ。

 とはいえ今後はこういう事が無いように、あってももっと丁寧に書くようにと担任の先生から釘を刺される響ではあったが。

 しかし、これで解放された事が余程嬉しいのか、響は職員室から意気揚々と出て行った。

 

 職員室で響を見送った担任の先生と士。

 士は職員室の外に響が出るのを見た後、自分の荷物を持った。

 普段は何かを持ち歩く事をしない士だが、先生という役職上、鞄は必須だった。

 帰ろうとしている様子が伺える士に担任の先生が話しかけた。

 

 

「お帰りですか?」

 

「まあな、今日の仕事は全部終わらせた。大丈夫だろ」

 

「さすがですね。立花さんもそういうところがあればいいんですけど……。

 悪い子ではないんですが」

 

 

 響の人の良さは先生も理解している。

 まさか木に登った猫を助ける為に授業を遅刻するとは思わなかったが、嘘をついているようにも思えなかった。

 生徒達がよく、響の人助けはいつもの事だとか、人助けが趣味とは聞いている。

 綺麗事にも近いそんな事を平然と言ってのける響には、正直、悪い印象はあまりない。

 あるとすればそれは授業への姿勢と取り組み、そしてそれが一番の問題である。

 どれほどの人助けをしているのかは知らないが、相当に疲れているのも分かる。

 だが、授業を頻繁に寝るのは如何なものか。

 それに課題の提出も結局ギリギリになってしまっていた。

 

 そういう意味を込めて、先生は士のように仕事をすぐに終わらせられるような部分があればいいのにと言ったのだ。

 対して士も口を開く。

 

 

「ま、そうだな。あいつにも色々あるんだろ」

 

 

 その『色々』を知りつつも言えない、だからはぐらかす様な言い方になってしまった。

 響自身も大変だろうが、教えるわけにも投げ出すわけにもいかない以上どうしようもない。

 響が投げ出すようなタイプではないのも遠因となっているのだが。

 

 

「何だかんだ提出もしたしな。いいんじゃないか?」

 

 

 すぐに先生からは「よくないです」と、ピシャリと返ってきた。

 少々物事に対して適当な面があり、やや不真面目、それもまた士だった。

 と、職員室の外から大騒ぎする声が聞こえてきた。

 声の主は響に他ならない。

 どうやら友達と課題が終わった事を無邪気に喜び合っているようだった。

 しかしその喜ぶ声は職員室までかなりの音量で響いてきたため、担任の先生は再び、いつものように怒鳴った。

 

 

「立花さぁん! 廊下ではしゃがないっ!」

 

 

 士は溜息をついた。

 遅刻、居眠り、課題、騒がしいと、手を変え品を変え怒られる扉の向こうの響。

 少しは怒られないように努めればいいものを、と。

 響に対して士はいつも呆れている気がしていた。

 確かに悪い人間ではないのだが、間が抜けているというか、少々おとぼけているというか。

 

 

「ったく……」

 

 

 やれやれ、と口にしたくもなる。

 士の今の心情は問題児を抱える先生そのものだった。

 なまじ二課の同僚という事もあり、その思いは尚更だろう。

 だが、その呆れた心情は同時に安らぐような思いでもあった。

 

 ノイズと戦い、怪人と戦い、時折ホラーとも戦う仮面ライダーディケイド、門矢士。

 そんな彼が此処まで穏やかな感情を抱く事は中々ない。

 共に旅する仲間と別れ、1人で旅をする中で数々の出会いもあった。

 しかし此処まで日常的な生活をしたのは久しぶりでもある。

 1ヶ月間リディアンと鋼牙の家での毎日を過ごし、士本人は全く認めていないが、安らぐような毎日だったと思っている。

 

 だが、そんな安らぎを打ち壊す者がいるのも、この世界の今の姿だ。

 

 帰ろうとした矢先、士のポケットが震えた。

 携帯ではない、携帯とは違うもう1つの連絡ツール。

 二課で支給されている通信機だ。

 

 

「……お出ましか?」

 

 

 ミーティングの連絡なら自前の携帯へのメールなりで済ませる為、こうして電話としてかかってくるのは急ぎの事態が発生した時だ。

 即ち、戦いの合図。

 士は通信機を取って、耳に当てた。

 内容は案の定というべきか、士の予感通りノイズ発生の知らせ。

 地下鉄の駅付近に発生しており、現在はゴーバスターズが避難誘導の真っ最中だそうだ。

 

 

「分かった」

 

 

 通信機を切って士はやや小走りで職員室を出た。

 そして、士はある人物が職員室を出て最初に目に留まった。

 振り返る事も無く走る響の姿。

 ノイズに真っ向から立ち向かえるシンフォギア装者である響に連絡が行くのは当然だ。

 だからその行動そのものに士は疑問を抱いてはいなかった。

 疑問だったのは、ほんの一瞬だけ見えた響の表情だった。

 

 

「……アイツ」

 

 

 走り去る響の顔は非常に暗かった。

 ノイズへの敵意による険しい顔でもなく、人を助けようと決意する真面目な顔でもない。

 ただただ、暗く落ち込んだ顔をしていたように士には見えた。

 

 翼との事もあるからなのか。

 事情を知らぬ士は考える事よりも一先ず現場に向かう事を優先し、駐車場のマシンディケイダーへと向かった。

 

 

 

 

 

 響は走る。

 現場に向かって、後ろを全く振り返る事無く。

 振り返ったらきっと、自分は立ち止まってしまうから。

 

 

「立花!!」

 

 

 校門から外へ出た時、目の前に一台のバイクが急停車した。

 特徴的なその外装は士のバイク、マシンディケイダーのものだ。

 口を動かすより早く、士は2つ目のヘルメットを響に放り投げた。

 

 

「乗れ、行くぞ」

 

 

 ヘルメットは小さく放物線を描いて響の手に収まった。

 響はヘルメットをすぐに被り、マシンディケイダーの後部座席に座る。

 この間、響は一切顔を上げなかった。

 響が後部座席に着席しても士はバイクを出さなかった。

 

 

「何かあったか」

 

 

 普段天真爛漫に明るい響だからこそ、まだ付き合いの浅い士でも響に何かあった事は察しがついた。

 しかし響は顔も上げず、だが無理矢理に声を明るく張り上げた。

 

 

「なんでも、ないですよ! 早く、現場に向かわないと……」

 

 

 聞いていて言葉が尻すぼみしていくのが分かった。

 確実に何かがあったとしか思えなかった。

 だが、悩みは後で解決できても人命は戻ってこない。

 士は深く詮索することなく、マシンディケイダーを現場に向かって走らせた。

 

 

 

 

 

 現場は地下鉄の駅の1つ。

 向かう道中、避難誘導をするゴーバスターズの3人と鉢あった。

 忙しなく動き、ヒロムが避難を呼びかけている。

 

 

「早く避難シェルターに!! ……門矢!」

 

 

 特徴的なバイク、マシンディケイダーとその主である士に気付いたヒロムは避難誘導をリュウジとヨーコに一時的に任せ、士に駆け寄った。

 

 

「ノイズはこの先の地下鉄の駅だ」

 

「ああ」

 

 

 端的に返した後、ヒロムのモーフィンブレスに通信が入った。

 ノイズに新しい動きがあったのか。

 ヒロムと避難誘導中のリュウジとヨーコもモーフィンブレスの通信に応じた。

 聞こえてきたのは、森下の焦った叫び声だった。

 

 

『大変です! エネトロン異常消費反応!』

 

 

 これが意味するところは、メタロイドの発生。

 と、なれば当然メガゾードも現れる。

 予想通り、立て続けに仲村の声もモーフィンブレスから飛んできた。

 

 

『メガゾード転送反応……タイプはγです!』

 

 

 避難誘導も完全に完了していない中でのメタロイドとメガゾード。

 ヒロムはリュウジやヨーコと一瞬顔を見合わせた。

 この場合、どちらを優先させるべきか。

 人命を確実に刈り取るノイズと、エネトロンの枯渇は人命に影響を及ぼしかねないヴァグラス。

 だが、その問題は割り込んできた通信に全て吹き飛ばされた。

 

 

『避難誘導はこちらで変わろう』

 

 

 その声がゴーバスターズにとってのもう1人の司令官、弦十郎のものであると認識できたのと同時に、黒服達が何処からともかく現れて避難誘導に移った。

 その仕事の速さと対応力はプロというものを認識させる。

 弦十郎の通信の後、今度は特命部司令の黒木が通信に入る。

 

 

『ゴーバスターズはメタロイドとメガゾード、士君と響君はノイズの迎撃に当たれ』

 

 

 了解、と答えた後、ヒロムは士を見て頷いた。

 此処は任せたぞ、そう言うように。

 士もそれに小さく頷き返す。

 その回答を受け取った後、ゴーバスターズの3人はメタロイド出現地点に向けて走り出した。

 ここ1ヶ月で響と翼の仲の悪さは改善されていない。

 しかし、他の面々の信頼関係はある程度築かれてきているという事だろう。

 

 士は再びマシンディケイダーを走らせ、ノイズ出現地点である地下鉄の駅に向かった。

 

 

 

 

 

 数分も経たないうちに地下鉄の駅が見えてきた。

 地下鉄の駅内部にいるらしく、表面上は何も異常がないかのように見える。

 しかし、辺りには炭の欠片が飛び、この場にノイズがいる事を指し示していた。

 マシンディケイダーから降りる士と響。

 ヘルメットを取った後、響はおもむろに携帯電話を取り出した。

 

 

「電話でもするのか」

 

「はい、ちょっとだけ」

 

「ったく、こんな時に……」

 

 

 悪態をつきつつも携帯を操作するのを士も止めはしない。

 今の今まで、響は一切元気も覇気も無かった。

 人助けに臨む時に見せる彼女なりの気合も感じられず、心ここにあらず、といった具合だった。

 士もそれを少しは気にしていた、だからこそ、この電話で何かが変わるのならそれでいいとしばらく待つ。

 電話の相手は2,3回のコールですぐに出てくれた。

 相手は響の同居人、未来。

 

 

『響! 貴女……』

 

「……ごめん、急な用事が入っちゃった。今晩の流れ星、一緒に見られないかも……」

 

 

 普通のトーンを装ってはいるが、その声、その表情は暗く沈んでいた。

 レポートを提出し終わった後、響と未来は互いに喜んでいた。

 頑張ったご褒美にと、教室にある鞄を未来が響の分も取りに行ってくれた、その直後だった。

 ノイズ発生の連絡が来たのは。

 つまり未来に何も言わぬまま此処に来てしまったのだ。

 しかも約束まであるというのに。

 

 響の言葉に、数秒置いた後、未来の優しい声が聞こえてきた。

 

 

『また、大切な用事、なの?』

 

「…………うん」

 

『そっか、なら仕方ないよ』

 

 

 最後に未来は遅くならないでね、とだけ告げた。

 響と共に流れ星を見る事を未来はとても楽しみにしていた。

 それができないショックは、響だけでなく未来だって同じだった。

 それでも未来は優しく声をかける、それでも響は平静を装う。

 何処かでお互いに無理をしているのは分かっていた、それでも。

 

 

「ありがと……。ごめんね」

 

 

 電話を切る響の顔に明かりは灯らない。

 

 

「なにか約束してたのか」

 

 

 士は響の話す言葉しか聞こえていないので、電話の詳しい内容を知らない。

 だが最初の響の言葉で、流れ星を見る約束をしていた事だけは分かった。

 それも恐らく、とても特別でとても大切な約束だったのだろう。

 

 

「……俺1人でも十分だ。迷いがあるならお前みたいな素人は帰れ」

 

 

 ぶっきらぼうに、毒を吐くように言う。

 しかしそれは士なりの優しさ、彼なりに響を気遣っての事だ。

 このタイミングでの『帰れ』は誰がどう聞いてもそうとしか捉えられない。

 響にだってそれは分かった。

 だがそれでも響は気丈に振る舞って見せた。

 

 

「へいき、へっちゃらです」

 

 

 顔を上げ、地下鉄の駅へと降りる為の階段を、その奥にひしめくノイズ達を睨み付ける。

 

 

「私にも、守りたいものがあるんです」

 

 

 響は歌う。

 自分に与えられた力で大切なものを、大切な場所を守る為に。

 その歌は撃槍たる鎧を纏わせる喪失へのカウントダウン。

 彼女はまた一歩、日常から遠のいたのかもしれない。

 だがそれでも守りたいものがあると口にしたその言葉に嘘はない。

 響の体に鎧が、ガングニールのシンフォギアが装着される。

 

 

(……ったく)

 

 

 再び、今日にして何度目になるのか、響に呆れる士。

 見るからに無理をして、見るからにやせ我慢。

 なのに、帰れと言われても迷う事無く戦う意思を見せるその姿。

 果たして彼女は、つい先日まで本当に普通の女子高生だったのだろうかとすら思わせる。

 

 

「変身!」

 

 ────KAMEN RIDE……DECADE!────

 

 

 士もまたその姿をディケイドへと変える。

 例え戦う意思を見せたところで響が素人なのに変わりはない。

 

 

(危なっかしくて見てられないな)

 

 

 率直なところ、士が抱く感情はそれだった。

 

 ガングニールより流れるメロディに乗せ、響は歌を歌い続ける。

 それなりに構えるが、訓練を積んできたゴーバスターズや戦いを繰り返してきたディケイドに比べればその構えは素人同然だ。

 階段を一気に下ってノイズに浴びせる拳も全く腰が入っていないし、繰り出す時に目を閉じてすらいる。

 本当に、本当に素人のような戦い方だ。

 

 だが、素人の一撃とはいえ、一撃は一撃。

 位相差障壁というアドバンテージを失っているノイズ自身の耐久力は低く、拳を食らったノイズ達は吹き飛んで炭化していく。

 ディケイドも階段を下って迫りくるノイズを蹴散らす。

 響に比べればその動きは雲泥の差だ。

 

 戦いの最中、響のガングニールに二課、弦十郎からの通信が入る。

 

 

『小型の中に、一回り大きな反応がある。間もなく翼も到着するが、十分に気を付けるんだ』

 

「分かってます!」

 

 

 響は力強く答えた。

 

 

「私は、私にできる事をやるだけですッ!」

 

 

 守りたいと思う日常と戦う力を持った自分にできる事。

 誰かのために戦いたい、その思いは響の中で強く息づいている。

 確かに仮面ライダーでも魔弾戦士でもゴーバスターズでもノイズは平気だ。

 だが、位相差障壁まで完全に無効化して積極的に殲滅できるのはシンフォギアとディケイドのみ。

 素人なのは自覚している、だが、そんな自分でもできる事があるのだからと、響はノイズに向かって行く。

 

 通信を聞きながら地下鉄の駅に向かって行くと、改札近くに出た。

 ノイズ出現の時にいつもいる小型の中に、1匹だけ見慣れない姿。

 紫色の球体を沢山背負ったノイズ、第一印象はブドウと言ったところだろうか。

 ディケイドも周りのノイズを片付けた後、ブドウ型のノイズに目をやった。

 

 

「ブドウか? ヘンテコなノイズだな」

 

「一回り大きな反応があるって通信がありました、多分あれが……」

 

 

 ブドウ型ノイズは房のような自分の体からブドウの実の部分を切り離した。

 切り離された実、紫色の球体は何度かバウンドし、転がったあと、何と爆発を起こした。

 それもなかなかに威力のある爆発で、地下で起こったその爆発は天井を崩落させる。

 爆炎と煙、そして瓦礫に飲み込まれた2人を余所にブドウ型ノイズは地下鉄の駅の奥へと逃げていく。

 瓦礫の中からディケイドはすぐに立ち上がった。

 

 

「ったく、見た目の割に無茶苦茶しやがる……」

 

 

 爆発を直接食らったわけではなく、瓦礫も直撃はしていない。

 尤も、直撃したとしても瓦礫程度なら平気なのが仮面ライダーではあるが。

 目の前には普通の小型ノイズが大量に湧き出している。

 ブドウ型ノイズの元へは行かせない、そう言っているかのように。

 

 ディケイドは隣の瓦礫の山を見る。

 響はまだ瓦礫の中から復帰してこない。

 まさかやられたというわけではないと思うが。

 

 

「おい、たちば……」

 

「……見たかった」

 

 

 呟き、直後、瓦礫を吹き飛ばして響はノイズに急速に接近。

 真横にいたディケイドは突如吹き飛んだ瓦礫に思わず両腕を交差させて防御姿勢を取った。

 

 

「未来と一緒に、流れ星を見たかったァァァッ!!」

 

 

 犬歯を剥き出しにして、ともすれば凶暴とすら取れる勢いで次々とノイズに拳を、蹴りを決めていく。

 素人のような動きは変わってはいないが、その勢い、敵を倒そうという意思は先程よりも強烈に伝わってくる。

 響が逃したノイズを1匹たりとも逃さずに仕留めるディケイド。

 目の前では普段の姿からは想像もできない程に叫び、敵を蹂躙する響がいた。

 

 

「うぅぅおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 咆哮か、慟哭か。

 雄叫びを上げる響はブドウ型ノイズを追って一気に駅の中を駆け抜け、地下鉄のホームに出る。

 ブドウ型ノイズはその房のような体に再び実を作り出した。

 充填が完了したブドウ型ノイズはさらに何処かへと逃げていく。

 

 小型ノイズを倒しつつ、ブドウ型ノイズを追う響の背を見てディケイドは1つの疑問を抱いた。

 

 

(何で向かってこない……?)

 

 

 ノイズの特性は機械的に人間を襲う事。

 シンフォギア装者や仮面ライダーも変身者が人間である為か、人間として判定されているらしく、愚直にノイズは向かってくるはずだ。

 しかしブドウ型ノイズは何故か最初から逃げの一手。

 明らかに今までのノイズと動きが違った。

 

 何処かへ誘われている────?

 

 そんな考えがディケイドの脳裏を過る。

 しかし、凶暴かつ強烈となった響の殺気にディケイドは気を取られた。

 

 

「アンタ達が……!」

 

 

 響が壁に右手を叩きつける。

 まるで怒った人間が物に八つ当たりをする姿のようだ。

 壁にはシンフォギアの力か、大きく亀裂が走る。

 

 

「誰かの約束を侵し……ッ!!」

 

 

 ブドウ型ノイズは実を分離させる。

 また爆発か、否、今度は実が小型のノイズへと変貌した。

 普段の小型ノイズがオレンジ色や青色なのに対して、ブドウ型ノイズから発生した小型ノイズは紫色だ。

 

 

「嘘のない言葉、争いのない世界、何でもない日常を……」

 

 

 響がブドウ型ノイズを追う中で逃したノイズを全て蹴散らして響と合流したディケイド。

 しかし、ディケイドは響に近づけずにいた。

 

 

「立花ッ……!?」

 

 

 その姿、首から上にかけての響の体が黒く塗りつぶされていた。

 怒りや憎しみといった負の感情を『黒』と表現するのなら、それに塗り固められたような。

 響本人からも凄まじい殺気が感じられる。

 

 

「剥奪すると、言うのならッ!!」

 

 

 小型ノイズ達は次々と響に蹂躙されていく。

 しかし響の戦い方は素人のそれからは逸脱していた。

 戦闘スタイルが形になったわけではない。

 凶暴で獰猛な動物、それそのもののような戦い方になったのだ。

 ノイズ達を拳で仕留めるのではなく、千切り、力任せに引き裂いていく。

 叩きつけ、足で踏みにじる。

 

 

(……立花なのか?)

 

 

 教師として、二課のメンバーとして響に接するうちに、ディケイドこと士も響がどんな人物であるかは分かっていたつもりだ。

 だが目の前で怒り狂い、暴虐を尽くす少女は、間違いなく立花響。

 それは彼の知る彼女ではない。

 

 

「おい、立花!!」

 

 

 呼びかけるが一切返事はなく、目の前のノイズを叩き潰す事に専念している。

 聞こえはいいが、その顔はノイズを嘲笑うかのように笑っていた。

 

 と、ブドウ型ノイズが出したと思われる実が響とディケイドに向けて転がってきた。

 最初の一撃と同じく爆発した実を防御する2人。

 爆風と爆炎が完全に収まった後、響は逃げるブドウ型ノイズを追いかけた。

 

 

「ッ、待ちなさいッ!」

 

 

 至って平静に、至って普通に。

 先程までの黒く凶暴な姿は何処へやら、響はディケイドの知る立花響に戻っていた。

 その場に立ち尽くし、響を見つめるディケイド。

 仮面の奥の顔は決して愉快なものではなかった。

 気のせいではない、確かに立花響は立花響でなくなっていた。

 もっと別の何かに支配されたような。

 例えるなら、暴走という言葉が相応しいだろうか。

 

 

「士先生! どうしたんですか!?」

 

 

 呆けるディケイドに響が叫ぶ。

 その姿に先程までの黒は見受けられない。

 ディケイドは頭の中で引っ掛かりを残しつつも、ブドウ型ノイズを追う為に響と共に走り出した。

 

 ブドウ型ノイズは線路の上の天井に向けて実を放った。

 二度の攻撃と同じく爆発した実は、地下鉄の線路から地上までを直通で結ぶ巨大な穴を空けた。

 ブドウ型ノイズは身軽にも穴をよじ登って地上に向かって行った。

 

 

「チッ……」

 

 

 此処で逃がせば外の人間に被害が出かねない。

 ディケイドと響も地上に向かおうと巨大な穴の向こう、夜空を見上げた。

 響は夜空に輝くあるものに目を奪われた。

 一際輝く星が1つ、夜空を駆けている。

 

 

「流れ、星……?」

 

 

 未来と見る筈だったもの。

 自分が未来と一緒に見たかったものだった。

 しかし、それは流星群の筈であり、それが降り注ぐ時間ではない筈だ。

 夜空を駆け抜け、地上に迫る青き流星。

 その流星からは音楽が聴こえた。

 

 

 

 

 

 地上に出た響とディケイドが最初に見たのは青い閃光に一刀両断にされるブドウ型ノイズの姿だった。

 青い閃光は先程の流星から放たれた。

 流れ星の正体は剣を携えた防人、風鳴翼。

 響とディケイドと少し距離を置いて着地し、足に装備されているブースターとなっていた剣を折り畳んだ。

 

 

「……私にだって、守りたいものがあるんですッ!」

 

 

 士にも告げたその言葉。

 戦う理由があり、自分だって遊び半分でこの場に立っているわけではない。

 しかし翼は冷徹に自分の剣を見つめている。

 一触即発、今までと変わらぬ2人の関係。

 何かあったら止めるのは自分か、ディケイドは1人そう考えていた。

 

 

「だぁからぁ? んでどうすんだよ?」

 

 

 出し抜けに、声。

 女性の声と思わしき挑発的な声は響でも翼からでもない。

 勿論、男性であるディケイドからでもない。

 辺りの暗い影から人影がゆらりと現れる。

 月明かりに照らされた人影、少女の姿と、少女が身に纏う鎧を見て翼は目を見開いた。

 

 

「『ネフシュタンの、鎧』……!?」

 

 

 『ネフシュタンの鎧』。

 それは翼にとって忘れえぬ、浅からぬ因縁がある代物。

 ともすれば奏の忘れ形見であるガングニールと同じほどに。

 ネフシュタンの鎧を纏う少女。

 そしてもう1人、暗闇の向こう、木の陰に隠れる姿が1人。

 黒服と額に当てているゴーグル、手に持っているノートパソコン。

 

 

「やはりいましたね、『ノイズを操る存在』……」

 

 

 怪しく笑うその男性は、ネフシュタンの少女を見つめた。

 

 

トレビアン(素晴らしい)、待っていた甲斐がありましたよ」

 

 

 フランス語交じりで話す怪しい人影────エンターだった。

 

 

 

 

 

 新たな鎧を纏う少女の出現よりもほんの少し前。

 メタロイドが出現したのはとある駐車場、ノイズが発生した場所からそう離れていない場所だった。

 現着したゴーバスターズが見たのは、車のエネトロンを右手に持つ掃除機のような吸引機で吸い上げるメタロイド、『ソウジキロイド』の姿。

 幸いなのは、ノイズ出現に際して一般人は既に避難している事だろうか。

 これならメタロイドとの戦いで誰かが巻き込まれる心配もない。

 

 ソウジキロイドはゴーバスターズの3人を確認すると、気怠そうな声を出した。

 

 

「ああ、ゴーバスターズですよね。どうせ邪魔しに来たんでしょう?」

 

「当たり前だ」

 

 

 ヒロムの言葉の後、ソウジキロイドは軽く手を上げてバグラーを呼び出した。

 何処からともなく現れる無数の兵隊、バグラー。

 ソウジキロイドはバグラー出現の後、再び辺り一帯の車のエネトロンを吸い出す作業に入った。

 面倒そうな雰囲気を漂わせるその姿は自分でゴーバスターズを相手にしたくないという意思表示だろうか。

 

 

「アイツ……!」

 

 

 自分達を無視してエネトロンを吸い続けるソウジキロイドを見て、ヒロムはモーフィンブレスを操作した。

 リュウジとヨーコもそれに合わせてブレスを操作する。

 バグラー程度ならば変身しなくても訓練を積んできた3人なら倒す事は可能だ。

 しかし、目の前でエネトロンを奪われているという現状は無視できない。

 

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 

「「「レッツ、モーフィン!」」」

 

 

 3人はバスタースーツを纏ってゴーバスターズへと変身した。

 しかしバグラーの群れは収まらない。

 生身で対抗可能な存在とはいえ、通常の人間以上の能力を持った兵隊だ。

 何より厄介なのはその数であり、倒しきるのにも時間がかかる。

 

 

「ハイハイ、交換を」

 

 

 ソウジキロイドがバグラーに命令した。

 1体のバグラーがソウジキロイドの左肩から掃除機のダストカップと思わしきものを取り外し、もう1体のバグラーが別のダストカップを新たに左肩に取り付けた。

 掃除機が吸ったものがダストカップに行くように、ソウジキロイドが吸ったエネトロンは彼の左肩のダストカップに入る。

 そしてそれを幾つも満タンにする事により、エネトロンを効率よく溜めているのだ。

 

 

「さて、次はこれですかね」

 

 

 次の標的となる車に掃除機を押し当てようとした。

 ゴーバスターズはバグラーの相手で止める事が出来ない。

 しかし、掃除機と車の間に火花が散った事でソウジキロイドは怯んでしまった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 辺りを見渡すソウジキロイド。

 今の火花、いや、正確に言えば火花ではない。

 何者からかの銃撃に相違なかった。

 つまりは今の火花は銃撃が着弾した事による火花。

 そうでなければメタロイドであるソウジキロイドがたかが火花如きで怯むはずがないのだ。

 

 

「よっとォ!」

 

 

 軽快な声と共に、バグラーと戦うゴーバスターズの3人を跳び越えて何者かがソウジキロイドの前に降り立つ。

 それも、2人。

 

 片方は金色のスーツを纏っており、頭部の形状はゴーバスターズのソレと酷似しているが、相違点としてはカブトムシの角のようになっているところか。

 もう一方は機械的で銀を基調としており、胸や足にはクレーンのような、肩や腕には戦闘機のようなパーツが付いている。

 頭部はカブトムシの金色の角と、クワガタムシの銀色の角がついていて3本の角となっていた。

 

 

「何なんですか貴方達は……!」

 

 

 ソウジキロイドの憎々しげな声に金色のゴーバスターズのような方が得意気に名乗り出る。

 

 

「教えてや……」

 

「教えてやろう! 俺は、スーパーバディロイド……」

 

「被ってるっつの!」

 

 

 銀色の機械的な方の頭を小突き、肩を引いて後ろに下がらせる。

 その声にブルーバスター、リュウジの頭に何かが引っかかった。

 

 

「あの声、何処かで……?」

 

 

 金色のゴーバスターズの声に聞き覚えを感じるブルーバスターだが、その気付きに確証はない。

 一方で金と銀は漫才のようなやり取りの後に、気を取り直すかのように金色が切り出した。

 

 

「んじゃ、とりあえず自己紹介といくか。俺は『ビートバスター』、んで、こいつは只のバディロイド」

 

 

 自身をビートバスターと名乗り、銀色の機械的な方をバディロイドであると語る。

 それはゴーバスターズの3人にとっては衝撃的な事だった。

 バスターを名乗り、バディロイドが共に存在している。

 これは即ちゴーバスターズと同じであるという事を意味しているからだ。

 

 現場のゴーバスターズ達はバグラーを倒しつつも2人に動揺し、特命部司令室でも同じく衝撃が走っていた。

 この場で何かを知っていそうな人間と言えば、司令官である黒木ぐらいであると咄嗟に思った森下が黒木に尋ねる。

 

 

「司令! 彼らは……?」

 

 

 しかし、森下の言葉に黒木は明確に答える術を持たない。

 

 

「私にも分からん、いや……信じられん、と言うべきか……」

 

 

 黒木もやや混乱しているような表情と口振りだった。

 既に黒木は彼らの正体を知っている。

 しかしその正体を見てもなお、その事実が飲み込めていないのだ。

 さらにというべきか、衝撃は重なる。

 オペレーターの仲村が自分のデスクに送られてきたデータに気付く。

 

 

「司令! 二課から通信です!」

 

 

 黒木は金色のゴーバスターズと銀色のバディロイドをモニター越しに目から離さずに通信に対応した。

 

 

「こちら特命部。……どうした、弦十郎」

 

『黒木か。少々大変な事が起きてしまってな……』

 

 

 重苦しい雰囲気が弦十郎から発せられているのは通信越しにでもわかった。

 

 

『ネフシュタンの鎧が現れた』

 

 

 ネフシュタンの鎧。

 その名は弦十郎からも聞いた事があるし、二課との合併時にある程度の聖遺物に関しての情報を閲覧した黒木はそれを知っていた。

 何より、弦十郎と親交の深い黒木は直接の関与はせずとも『2年前』の事を知っていた。

 ネフシュタンの鎧は、二課が、翼が2年前に残してきた因縁の1つ。

 だが一方で特命部側としても無視できない状況が起こっている。

 

 

「こちらも闖入者だ。よく知っているかもしれない……な」

 

 

 ネフシュタンの鎧、ビートバスターとバディロイド。

 戦場に現れる新たな戦士は敵か味方か。




────次回予告────
過去が現在に現れて、防人達は揺れ動く。

あの時の後悔を忘れられぬ翼と、あの時の言葉を忘れられぬ響。

黄金と白銀の輝きと少女の纏う鎧に去来するはかつての記憶────。


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第25話 もがれた片翼

 5年程前の話になるだろうか。

 天羽奏という少女は長野県皆神山で保護された。

 彼女の両親は聖遺物発掘チームに所属しており、発掘の際に突如現れたノイズに父も、母も、そして同伴していた妹も殺されてしまった。

 ただ一人、幸か不幸か奏だけはノイズの災厄から免れ、特異災害対策機動部に保護された。

 当時、弦十郎とまだ幼い翼が数名のエージェントと共に奏との面会に赴いた時、彼女は椅子に縛りつけられていた。

 かなり大きめの部屋に、上から監視するような窓、囚人のような服に縛りつけられた姿はまるで獣のようだった。

 

 

「離せッ! あたしを自由にしろォッ!!」

 

 

 実際、その姿は猛獣のようだった。

 およそ14歳の少女とは思えぬ鬼気迫るもの。

 血走り、瞳孔まで開ききっていそうな目は大人だってできる表情ではない。

 弦十郎が周りのエージェントから現状報告を聞くと、奏は弦十郎にその目を向けた。

 

 

「アンタらノイズと戦ってんだろ? だったらあたしに武器を寄越せッ!!

 あたしにノイズをぶち殺させろォッ!!」

 

 

 縛られたその身を椅子ごとガタガタと動かして今にも縛りを引きちぎって暴れんとする少女。

 鬼気迫るという文字通りか、鬼のようなその姿。

 家族を殺された恨みによるその言葉は鬼は鬼でも復讐鬼。

 彼女の頭の中には雑音をこの手で葬る事しかない。

 

 これがツヴァイウイングの最初の出会いだった。

 幼き日の翼は奏が怖かった。

 何かに取りつかれたように力を求め、ノイズを殺す事しか考えていないほんの少し年上の少女がまるで化物のようにすら思えたからだ。

 事情は知っているが、家族を目の前で惨殺されるなんて気持ち、翼には理解できなかった。

 尤も、仮に同情をしようものなら、この復讐鬼という名の猛獣を刺激してしまうだけだ。

 

 

 

 

 

 しばらくしてから奏の意思を汲んだ弦十郎達が奏を被験者としてある実験を始めた。

 『LiNKER』の投与実験だ。

 

 当時、既にシンフォギアのシステムは存在しており、櫻井理論も確立されていた。

 天羽々斬に至っては幼い翼の歌で既に起動している。

 武器を求めた奏に託されたのは、第3号聖遺物ガングニール。

 しかし奏の適合係数ではシンフォギアを纏うには至らない。

 それを無理矢理に上昇させるのがLiNKERだ。

 

 ただし、強力な薬に副作用は付き物でありLiNKERも例外ではない。

 適合係数を上げれば上げるほどLiNKERの副作用も大きくなっていく。

 適合者を増やすどころか、死体の山ができる方が早いほどの。

 それを奏は理解した上で被験者となった。

 

 まず肉体の耐久度を上げてLiNKERの副作用に負けないために厳しい訓練を積んだ。

 これは適合後の戦いの方法を知っておくためにも必要であった。

 しかし、LiNKERは一度投与して耐えきればおしまい、ではない。

 そもそもこの時点でのLiNKERは調整が完全ではなく、奏を使う事で調整していったのだ。

 

 これが意味するのは、LiNKERの複数回の投与。

 厳しい訓練の傍らの薬物投与は奏に深刻なダメージをもたらす事が予想されていた。

 いや、当時のLiNKER実験に立ち会っていた櫻井了子は計算するまでもなくそんな事は分かっていた。

 技術系統に関して詳しいわけではない弦十郎にだって分かる。

 

 そして、何度目かのLiNKER投与の日。

 医療室のような場所に横たわり目をつぶる奏。

 その顔は険しく、何が何でも力を手に入れるという決意に満ちていた。

 ガラス越しに了子と弦十郎、そして翼が様子を見守るなか、LiNKERの投与が始まった。

 拳銃のような装置に試験管の中のLiNKERをセットし、両腕に注射。

 異変はすぐに起こった。

 

 

「う、ああぁあぁぁあぁぁぁぁッ!!?」

 

 

 呻き苦しむ奏。

 体中に回る言いようの無い痛み、引き裂かれるような、焼かれるような。

 厳しい訓練にも音を上げる事のない奏が引き裂く様な声は翼を震え上がらせる。

 弦十郎も平静を装ってはいるが、内心穏やかではない。

 少女に過酷な事をさせてしまっている、家族を失わせてしまったばかりに。

 そしてノイズ殲滅の為にはシンフォギア装者が必要な以上、この実験は必要な事。

 歯痒く、無力を呪った。

 悔しさを握りつぶすように握られた弦十郎の左手から血が流れた。

 

 弦十郎はちらりとモニターを操作する了子を見やる。

 了子は弦十郎の視線に含まれた意味を汲み取り、モニターを操作した。

 すると、奏からLiNKERの効果を消失させる処置が繋がれたチューブなどの機械によって行われる。

 これは適合係数を引き上げる効力すらも失わせるが、痛みを失くす事に必要だ。

 

 

「……やはり簡単にはいかないものね」

 

 

 了子の冷静な呟きには分かっていた節が見られる。

 全員が全てを承認の上で行っているとはいえ、LiNKERそのものは未完成の代物。

 この結果は想像できたことだ。

 

 

「一度実験を止めて……」

 

 

 弦十郎の言葉、実験を中止するという考えは全員の頭に浮かんでいた。

 

 

「つれねぇ事言うなよ……」

 

 

 ただ1人、天羽奏を除いて。

 奏は診察台や辺りの機器を荒らし、スタッフの混乱に乗じてLiNKERを手にした。

 目元には隈ができ、顔からは生気の殆どが失われているようにすら見えた。

 先程までの苦しみが想像を絶する事を物語っている。

 しかし、尚も奏は怪しい、凄絶な笑みを浮かべていた。

 

 

「ぎィッ……!?」

 

 

 さらに奏はあろう事かLiNKERを首筋に打ち込んだ。

 液体が流れ込む一瞬の違和感。

 しかしこれから起こるであろう苦しみに比べれば、全く大した事のない違和感。

 奏はそれを知りながらも笑みを浮かべる。

 力を前にした渇望の笑みとでもいうのか、その顔は一様に笑顔と称されるような笑みではない。

 

 

「パーティー再開といこうや……了子さん」

 

 

 無理無茶無謀を押し通し、自分の命すらも顧みていないその姿は冷静を保っていた了子をして動揺させた。

 恨み、憎しみ、怒り、仇を取る為にノイズを皆殺したいという欲求。

 その感情は苛烈にして鮮烈にして強烈。

 誰1人、復讐という名の猪突猛進を止められるものはいなかった。

 

 その凄まじい思いに答えたかのように、突如アラームが鳴り響いた。

 了子はすぐさまモニターに目を向けた。

 

 

「適合係数が飛躍的に上昇……!? 第1段階、第2段階突破、続いて第3段階も……!?」

 

 

 適合する為の壁を次々と打ち抜いている。

 しかし、効果が表れているという事はその負荷も尋常ではない。

 喉元を抑え苦しむ奏、ついにはその口から血を吐き出した。

 医療に関しての素人が見ても危険な状態だと判別できるほどの、文字通り血だまりができている。

 致死量に到達しかねない勢いの血にスタッフの誰もが動揺し、動けずにいた。

 そんな中、弦十郎が焦りの中で指示を出す。

 

 

「何をしている! 体内洗浄で無理にでも掻き出すんだッ!!」

 

 

 弦十郎の一声にスタッフ全員が我に返って慌てて辺り一帯の機材を整えだした。

 奏の命を救う準備、一分一秒をコンマ単位で争う状況だ。

 

 しかし──────。

 

 

「うわぁッ!!?」

 

 

 スタッフ達は突如として発生した衝撃波に全員吹き飛ばされてしまった。

 無事なのはガラス越しの了子、弦十郎、翼だけ。

 衝撃は蹲り、血を吐き続ける奏から発せられていた。

 

 血だまりの中で奏は感じた。

 力の前触れとでもいうべき何かを。

 血に塗れた右手が翼の目の前に叩きつけられた。

 ガラスに血の手形が付き、あまりにも壮絶な光景は翼を怯えさせる。

 一方の奏は苦しみの中で笑みを浮かべ、胸の中で何かが湧き上がるのを感じた。

 

 それは、胸に湧き上がる歌。

 それは、知らずとも知っている歌。

 それは、その身を鎧う為の歌。

 

 人と死しても、戦士と生きる。

 

 

 ────聖詠────

 

 

 歌った瞬間、赤いペンダントが反応を示した。

 奏が身に纏っていた着衣の代わりにオレンジと黒、白を基調とするスーツ。

 続く苦しみの中で心に嬉々とした感情が湧き上がる。

 それをエンジンとして奏は立ち上がって見せた。

 口元と手、足元に未だに存在する多量の血。

 血反吐に塗れた中で、奏はおぞましいほどの喜びを見せた。

 

 

「奴らを皆殺すための……あたしの、シンフォギアだ……ッ!!」

 

 

 幼い翼に大量の血液という衝撃と奏の壮絶なまでの思いは心に深く刻み込まれた。

 これが後にツヴァイウイングとなる、ガングニールの少女の始まり。

 

 

 

 

 

 ガングニールと天羽々斬がある時、ノイズの殲滅をしたときの話だ。

 復讐鬼となりノイズを修羅の如く倒す奏。

 及ばないながらも翼もその後を追い、2人はノイズを完全に掃討した。

 その中で救われた自衛官の放った言葉は、復讐しか知らない奏に一筋の光を与えた。

 

 

「ありがとう。瓦礫の中でもずっと歌が聴こえていた……。

 だから俺は、諦めずに済んだ」

 

 

 何気ないお礼の言葉だった。

 しかし、ノイズを倒す事だけを考えていた奏にとってその言葉は衝撃的だった。

 

 以降、奏は人に歌を聴いてもらえる事、人の命を救う事が嬉しくなった。

 ノイズへの復讐の念が薄れたわけではない、むしろ力を手にしてからノイズへの憎悪はますます強まった。

 自分と同じような犠牲者を出すノイズに対しての怒りや憎しみに際限は無い。

 だが、それだけだった奏がそれだけでなくなった。

 ツヴァイウイングとして活動している中で、相棒である翼は確かにそれを感じていた。

 

 

 

 

 

 それから3年後。

 現在からみると2年前の話になる。

 

 ツヴァイウイングのライブは毎回満員御礼、今や国民の誰もが知っているアーティストだ。

 彼女達のファンは非常に多い。

 

 

「翔太郎、またツヴァイウイングの曲を聴いているのかい?」

 

「ああ。いい歌を歌うんだぜ?」

 

「依頼の報酬でお金が入ったからって、君はすぐにCDに……」

 

「いいじゃねぇかよ。生活に困らない程度には残してあるんだから」

 

 

 風都の探偵もその1人だったりする。

 

 さて、本日のライブも2人の歌を楽しみに多くの人間が会場に足を運んでいる。

 その中に立花響の姿もあった。

 実は彼女、元々ファンだったのではなく小日向未来がツヴァイウイングのファンだったのでライブに誘われたのだ。

 だがその未来に急用が入ってしまって響は1人でツヴァイウイングのライブを見る事になった。

 それこそが、翼を尊敬し敬愛する事になった始まりでもあった。

 

 ツヴァイウイングのライブの際、裏ではある実験が行われていた。

 『Project:N』と呼ばれている。

 N、即ちネフシュタンの鎧の起動実験だ。

 完全聖遺物ともなると通常の聖遺物以上のフォニックゲインが必要となる。

 それをツヴァイウイングの歌と、それに連動するオーディエンスから放たれるフォニックゲインにて起動させようという目論見だ。

 

 実のところを言うと、この日、翼は既に嫌な予感がしていた。

 これはその予感を感じた最初の一幕。

 

 

「奏? そろそろ準備を……」

 

 

 衣装を隠すコートは既に脱ぎ、会場には客の殆どが収容済み。

 後はツヴァイウイングの登場を待つだけとなっている。

 開演時間が迫る中で奏は未だに控室から出てこない。

 そんな奏を呼ぼうと翼が控室のドアを開けた。

 

 目に飛び込んできたのは、いつかのように血反吐に塗れて倒れる奏の姿。

 

 

「ッ!? 奏ッ!!」

 

 

 今や半身とも言うべき大切な相棒に駆け寄る。

 衣装やメイクは幸いにも無事、しかしそれを幸いと言っているような状態ではなかった。

 

 

「……ああ、翼か。もう出番か?」

 

「「もう出番か」じゃない! どうしてこんな……!!」

 

 

 血を吐いたせいか、体力を消耗した奏はボーッとした頭で手の平を見やる。

 真っ赤に染まった手の平に自分が吐血した事実を確認し、自嘲するような表情を浮かべた。

 

 

「今回のライブに不確定要素を入れたくなくてLiNKERを止めてたんだよ。

 そしたらこのザマさ……。あたしは翼と違ってインチキ適合者だからな……」

 

 

 歌を聴いてもらうというだけならLiNKERを切る必要はない。

 しかし、聖遺物の起動に関係するとなると問題発生の原因となる要素は極力排除しておきたかった。

 その為にLiNKERの投与が一時的に止められたのだが、結果はこの有様。

 一度適合してからは体自体が馴染んだのか、はたまたデータが取れて調整が上手く行ったのか、LiNKERで過剰な副作用が出る事は無かった。

 ガングニールの適合を保ち続けるにはLiNKERの定期的な投与は必須だが、血反吐に塗れた事はもう無かった。

 だが、そのLiNKERをしばらく断ち切った結果がこれだ。

 

 

「さて、本番だ。気合入れろよ翼?」

 

「何言ってるの!? 叔父さまに報告しないと……!」

 

 

 叔父、つまり弦十郎に連絡を入れようとする翼の手を奏は止めた。

 

 

「今日はあたしのワガママに付き合えよ」

 

 

 

 

 

 

 

 奏の体調を懸念する翼ではあったが、ライブは順調に進んだ。

 1曲目を歌った後のオーディエンスの高まりとツヴァイウイングの歌唱も相まってネフシュタンの鎧は起動に成功した。

 しかし、無事に、とはいかなかった。

 ネフシュタンの鎧の余りあるエネルギーに安全弁が耐え切れず暴走。

 それにより、実験室の崩落。

 さらにタイミングの良すぎるライブ会場のノイズ出現。

 これらの混乱の中でネフシュタンの鎧は行方不明となってしまう。

 

 ノイズ出現に逃げ惑う会場の人達。

 我先にと逃げる観客達の中には、他の人間を押しのけていく者も見受けられる。

 

 

「行くぞ翼! この場に槍と剣を携えているのは、あたし達だけだッ!!」

 

 

 奏の一声に抗議の声を上げようとする翼だが、それを予想していたかのように奏はフッと笑った。

 

 

「今日はあたしのワガママに、付き合えよ」

 

 

 先程と全く同じ言葉を残して奏は舞台の上から跳び立ち、歌を歌った。

 

 LiNKERの投与の停止、即ち適合係数の低下。

 それは装者にバックファイアとなって後々襲い掛かる。

 そんなリスクを冒してでも戦いに臨む姿はノイズへの憎悪、そして人を守る防人として。

 

 奏に続き翼も歌を歌い、その身に天羽々斬を身に纏った。

 相棒は既に槍を携えて辺りのノイズを薙ぎ倒している。

 

 ある時は槍を無数に分裂させ、槍の雨を降らせる。

 

 

 ────STARDUST∞FOTON────

 

 

 ある時は槍の穂先を高速で回転させ発生させた竜巻を辺り一面の敵に叩きつける。

 

 

 ────LAST∞METEOR────

 

 

 数年間戦ってきた奏と翼にとって、小型ノイズは最早雑魚。

 だが、LiNKERの投与をしていないというハンデは大きい。

 一際大きな芋虫のようなノイズに目を向ける奏。

 数体存在しているそのノイズは口から液体を吐き、その液体が徐々に形を作り始めて小型ノイズとなる。

 どうやらノイズがいつまでたっても減らないのはその大型ノイズの仕業らしい。

 

 

「翼ァッ!!」

 

 

 少し遠くで戦っていた翼が奏の声に反応し、奏の向く方向にいる大型ノイズを視認する。

 さすがはツヴァイウイングというべきか、翼はただそれだけで、奏が次に何をしようとしているのかを感じ取った。

 奏と翼が小型ノイズを倒しながら大型ノイズに接近していく。

 ガングニールの槍に、天羽々斬の剣にエネルギーをそれぞれ籠める。

 

 そして、同時に振り下ろされた2つのアームドギアから放たれたエネルギーが大型ノイズごと辺り一帯のノイズを吹き飛ばした。

 

 

 ────双星ノ鉄槌──DIASTER BLAST────

 

 

 双翼が放つシンフォギアの合体攻撃。

 上手くいった共鳴が美しく、力強くなるのと同じで2つの力を完全に合わせたその一撃は2人が個々に技を繰り出すよりもずっと強力だ。

 勿論、合わせるのにはお互いの息を合わせる必要がある。

 お互いに信頼しているからこその一撃だ。

 

 大型ノイズを消し飛ばしてもノイズは減る様子を見せない。

 それもその筈、大型ノイズは広い会場のあちらこちらにいるのだ。

 今吹き飛ばしたのは群れの1つに過ぎない。

 

 

「ッ!?」

 

 

 さらに、此処で更なる不測の事態が起きた。

 奏の槍が、鎧が少し重くなった。

 出力も全開まで上がる気配がない

 

 

「時限式は此処までかよ……ッ!?」

 

 

 投与をしていなかったLiNKERのツケが回ってきた。

 奏が時限式と表現するそれはLiNKERの事、それが遂に切れた。

 このままではシンフォギアを纏っていられるかも怪しい。

 早期決着、あるいは一時撤退も考えなくては────。

 

 

「ツヴァイウイング……?」

 

 

 1人、客席に立ち尽くす響はその光景に呆気にとられていた。

 逃げようとした矢先にノイズへ向かって行く奏と、その身を鎧う瞬間を目にしたからだ。

 槍と剣がノイズを斬り伏せ、薙ぎ倒し、次々と炭へと還っている。

 

 ノイズを倒せる存在────?

 ツヴァイウイングが戦う────?

 

 非常識とでもいうのか、少なくとも響は自分の知る日常からはかけ離れた何かを目の当たりにしている。

 

 しかし、ツヴァイウイングが戦っているとはいえ辺りが安全とは言えない。

 呆けている中で響の足元が崩落を始めた。

 ノイズが人間を狙った流れ弾や、何処かの機械にぶつかった時の爆発が重なった結果、あちこち脆くなっていた足場がついに限界を迎えたのだ。

 

 

「きゃああああああああ!!?」

 

 

 悲鳴。

 気付いたのは奏。

 振り向いた先には瓦礫の中で傷ついた足を抑える少女の姿と、少女に迫るノイズの群れ。

 

 

「ひっ……!」

 

 

 逃げられない、此処で死ぬのか。

 絶望的な考えが脳内を過るが、ノイズは目の前で炭へと還った。

 奏のガングニールが近づきかけていたノイズを全て倒したのだ。

 

 

「駆け出せェッ!!」

 

 

 鬼気迫る表情の奏は歌っている時の彼女からは想像もできない。

 響は言葉に従って足を引き摺りながら必死に出口に向かう。

 しかし、足の痛みは思いのほか酷く、走る事もままならない。

 そしてノイズは無情にも高速移動によって響に接近しその命に直進した。

 

 

「ッ!!」

 

 

 その道に奏が立ち塞がり、槍を風車のように全力で回転させて壁を作った。

 高速移動中のノイズが槍に当たる度に槍が崩れ落ちていく。

 槍だけではない、その身の鎧も次々と崩れていっていた。

 破片はノイズ衝突の衝撃によるものか、後ろの観客席に轟音と共に突っ込んでいく。

 長時間の戦いもそうだが、LiNKERの時間切れが迫っているせいだ。

 しかし背後の少女を守る為に奏は諦めず、そこを退かない。

 

 だが──────。

 

 

「……えっ?」

 

 

 響は自分に何が起こったのかを理解できなかった。

 感じたのは胸に感じた強い衝撃と、目の前を舞う鮮血。

 そして、宙に舞う自分の体。

 

 響の胸に直撃したのは、ノイズの攻撃により破砕したガングニールの破片。

 砕けた際に飛んでいった破片の1つ。

 他の破片は頑丈にできているはずの観客席を凹ませるほどの威力だ。

 当然、そんなものを普通の少女が食らえば一溜りもない。

 

 

「おい死ぬなぁッ! 目を開けてくれッ!!」

 

 

 奏は槍も捨てて響を抱きかかえ、必死に呼びかける。

 応答はない、目は閉じられ、胸からは血が溢れている。

 目の前で失われる命に奏は心の底から叫ぶ。

 

 

「生きるのを諦めるなッ!!」

 

 

 言葉が響の意識を引っ張り上げたのか、響はゆっくりと、虚ろながらも目を開けた。

 視界はぼやけ、意識も朦朧としている。

 しかし響の命はそこにあった、そこにいてくれた。

 響の命に奏は笑みを零す。

 だが、響の命は見ての通りの風前の灯火。

 早く医者に見せなくては助からないかもしれない。

 その為には早期決着を狙う必要がある。

 そして、その方法はたった1つ。

 

 

「いつか、心と体、全部空っぽにして、思いっきり歌いたかったんだよな……」

 

 

 響を壁に寄りかからせ、槍を拾い上げると奏はノイズ達の前にゆっくりと歩いていく。

 何かを決意したような笑みと共に。

 

 

「今日はこんなに沢山の連中が聴いてくれるんだ。だからあたしも、出し惜しみなしで行く」

 

 

 そして槍を掲げ、目の前の憎き観客達に向けて曲名を宣言した。

 

 

「────絶唱────」

 

 

 奏の歌いだしたそれは、聖詠ではなく、シンフォギアを纏って歌う普段の曲ではない。

 

 絶唱。

 絶なる唱の名の通り、それは最後の歌。

 命を燃やし尽くす歌。

 終わりを告げる歌。

 

 絶唱はシンフォギア最大の一撃。

 増幅したエネルギーを一気に放出する強烈無比な攻撃。

 ただし、反動も生半可なものではなく適合係数が高い人間が使ったとしてもそのバックファイアを完全に抑える事は出来ない。

 

 辺りのノイズが一気に吹き飛ぶ。

 エネルギーはドーム状に広がってライブ会場一帯のノイズを全て葬り去った。

 

 

「奏ぇぇぇぇッ!!」

 

 

 戦いは終わった。

 しかし天羽々斬の解除も忘れ、剣も捨てて翼は奏の名を呼んだ。

 絶唱を歌った奏はその場に倒れ伏せている。

 響が消えゆく意識の中で最後に見たのは、翼と奏が何か話をしている事。

 翼が奏を必死に抱きしめようとした瞬間に、奏のその身が散った事。

 LiNKERが切れた事で適合係数の低下が招いた絶唱の強烈な負荷。

 その反動は翼の目の前で奏の命を散らせてしまった。

 

 そこで響の意識もブラックアウトした。

 次に響が目を覚ましたのは白い天井と緑の服に身を包んだ人間。

 病院の中、医療中の事であった。

 

 ────生きるのを諦めるな。

 

 この言葉はこの時この瞬間から今に至るまで、響の胸の中で未だ生き続けている。

 

 

 

 

 

 奏の存在が大切だからこそ、亀裂は起こった。

 血反吐に塗れて、勝ち取った力。

 それを簡単に扱う彼女が許せない。

 誰よりも奏を近くで見て、その変化を感じ取って来た。

 だからこそ、奏という要素の見つからぬ彼女が許せない。

 そんな奏の代わりなどという言葉。

 軽率に言い放った彼女が許せない。

 

 だからこそ、風鳴翼は立花響を受け入れられない。

 

 

 

 

 

 目の前に現れるは過去に残した禍根の1つ。

 ネフシュタンの鎧。

 翼が口にした名を聞いて、目の前の少女は不思議な形状の杖を手で弄りながら「へぇ」と声を上げた。

 

 

「アンタ、この鎧の出自を知ってんだ?」

 

 

 知っているどころではない。

 忘れられるわけがない。

 2年前というキーワードの中に存在する因縁の1つなのだから。

 

 

「私の不始末で失われたものを忘れるものか、なにより……」

 

 

 目の前で散った奏が脳裏を過る。

 その表情は自然と険しくなった。

 

 

「私の不手際で奪われた命を忘れるものかッ!!」

 

 

 ネフシュタンとガングニール。

 そして、ライブ会場にいたという立花響。

 2年前という言葉に属する存在が3つ、再びこの場に集まったのは何の因果か。

 全てのキーワードと直結するのは奏の死。

 実に残酷な巡り合わせ。

 

 だが、翼は心の何処かでこの残酷を心地よく感じていた。

 全くおかしな話ではある。

 しかし、翼という人間はそれを歪にもそう受け止めた。

 

 

「やめてください翼さん!」

 

 

 剣を構える翼を止めるように抱き付き叫ぶ響。

 

 

「相手は人です! 同じ人間です!!」

 

 

 響という人間は人同士の争いを嫌う。

 しかしそれは翼にとっては甘っちょろい言葉。

 いや、ネフシュタンの少女にとっても甘っちょろい言葉。

 

 

「「戦場で何を馬鹿な事をッ!!」」

 

 

 翼とネフシュタンの少女の声がハモる。

 敵であるはずのお互いの声が合わさった事に一瞬驚きつつも、すぐに翼は笑った。

 

 

「むしろ、貴女と気が合いそうね?」

 

「だったら仲良くじゃれ合うとするかぁ!!?」

 

 

 ネフシュタンの少女は鎧に取り付けられた薄紫色の棘が連なってできた茨のような鎖を振るう。

 鞭のように振るわれたそれを避ける翼、避けた後の大地には叩きつけられた鞭が轟音と共に突き刺さる。

 土煙といい、地面を抉るその威力は見るだけでもわかった。

 

 

「阿保か……ッ!」

 

 

 1人で戦おうとする翼、突き放される響、両者の光景を見たディケイドが吐き捨てながらライドブッカーをガンモードに変形させた。

 ネフシュタンの少女が何者であれ、敵対するなら倒すしかない。

 勿論、殺さずに捕獲するつもりだ。

 下手に翼とネフシュタンの少女の間に割って入らずに援護しようとするディケイド。

 だが、その動きは察知されていた。

 

 

「お呼びじゃないんだよ、お前らはこれでも相手にしてな!」

 

 

 ネフシュタンの少女は先程から手に持っていた杖から光を放った。

 光が着弾した個所から何かが出現する。

 その何かとは、ノイズ。

 

 

「ノイズだとッ!?」

 

 

 ノイズは自然発生するものだと思っていたディケイドは驚きの声を上げた。

 そしてその後すぐに、先日のミーティングで言われた『作為的な何かが働いている』という言葉を思い出した。

 

 

「ここ最近のノイズ騒動はアレのせいってわけか……!」

 

 

 ネフシュタンの少女が持つ杖を見やる。

 人為的に発生させたところを見るに、そう考えるのが妥当だ。

 辺りのノイズを蹴散らすディケイド。

 だが、「お前ら」という言葉通り、響の方にもノイズは現れていた。

 響の方に現れたのは細長い形状、形容するなら駝鳥型とでもいうべき姿。

 4体ほどの駝鳥型ノイズは粘つく液体を響に向かって口から発射、その動きを封じ込めた。

 

 

「立花ッ!!」

 

 

 急ぎ救出に向かおうとするディケイドだが、目の前には無尽蔵にノイズが湧き出てくる。

 ディケイドに対して細心の注意を払っているのか、ネフシュタンの少女は翼を相手取りながらも間髪入れずにディケイドに向けてノイズを放ってくる。

 粘つく液体で動けない響、ノイズに絡め取られているディケイドをみて、してやったりと笑うネフシュタンの少女。

 一瞬の油断、それを見逃す翼ではない。

 

 

「2人にかまけて私を忘れたかッ!!」

 

 

 やや肥大化した、蒼ノ一閃を放つよりは小さい中型の剣で斬りかかる。

 しかしネフシュタンの少女は難なくその一撃を茨で受け止めた。

 助走を籠めて振るった一撃を防がれた事に動揺が走り、その動揺は隙となる。

 ネフシュタンの少女は右足で大きく蹴りを翼の鳩尾目掛けて放った。

 確実に捉えた一撃は翼を大きく吹き飛ばし、ダメージを与える。

 あまりの威力に一瞬思考が飛んだ。

 戻ってきた思考で翼はネフシュタンの鎧、完全聖遺物の力に戦慄した。

 しかし翼が内で考える事を読んでいたかのようにネフシュタンの少女は笑う。

 

 

「鎧の力だなんて思わないでくれよ? あたしのてっぺんは、まだまだこんなもんじゃねぇぞォ?」

 

 

 ネフシュタンの少女は加速、吹き飛んで地面に寝転ぶ翼の頭を踏みつけた。

 

 

「あとさぁ、お高く止まるなよ人気者ッ! 誰も彼もが構ってくれるなどと思うんじゃねぇ!!」

 

 

 さらに、ネフシュタンの少女は響を親指でクイッと指差す。

 

 

「この場の主役と勘違いしているなら教えてやる、狙いは端っからこいつをかっさらう事だッ!!」

 

 

 ノイズを未だに殲滅し続けるディケイドもその言葉を聞いていた。

 当然、その目的には疑問を持たざるを得ない。

 シンフォギア装者を狙うなら翼を狙ってもいいはずだ。

 何故ならシンフォギア装者として全ての観点から見て優秀なのは響ではなく翼。

 さらに言えばネフシュタンの鎧を持ち、ノイズを使役する杖があるという事は欲しいのはシンフォギアの『力』ではない事だけは推察できる。

 

 

(何だと? 何で立花を狙う……)

 

 

 だからと言って、何故響が狙われたのかなど分かる筈もない。

 頭を踏みつけられる翼の援護に向かいたいところだが、無数のノイズがディケイドの行く手を阻む。

 舌打ちをしても状況が変わる筈もなかった。

 

 

「鎧も仲間も、あんたには過ぎてんじゃないのかァ?」

 

 

 翼の頭に置いた足をグリグリと動かしながら挑発するような言葉。

 地面から翼はネフシュタンの少女を睨む。

 

 

「繰り返すものかと、私は誓った……ッ!」

 

 

 横たえた身ながら剣を掲げ、天空より剣の雨を降らせた。

 

 

 ────千ノ落涙────

 

 

 数多の剣は翼とネフシュタンの少女の元に降り注ぐ。

 戦闘経験が長いだけあり、翼の技は的確に翼だけを外し、ネフシュタンの少女に退く事を余儀なくさせる。

 一旦後ろに下がるも、その余裕の笑みは崩れない。

 

 ネフシュタンの少女と翼の激戦は続く。

 蒼ノ一閃を放てば、それを薙ぎ払う。

 ネフシュタンの鎧による茨の一撃は地面を抉る。

 戦いは苛烈さを増し、2人が激突する度に小規模ながら爆発が起こっていた。

 響はそれを見る事しかできない。

 人同士が傷つけ合う姿を、ただ見つめる事しか。

 唯一身動きが取れる顔を動かして横を見やれば、無数のノイズ相手に奮闘するディケイド。

 ノイズを相手にできるシンフォギアを纏う響はノイズにすら手も足も出ない状況。

 そんな自分が歯痒く、焦った。

 

 

「そうだ、私にもアームドギアがあれば……ッ!!」

 

 

 響の右手がもがく。

 アームドギアとは、シンフォギアの武装の事。

 奏のガングニールは槍を持ち、翼の天羽々斬は剣を携える。

 奏と同じガングニールを持つ響は当然、槍が使える筈なのだ。

 しかし今までそれは叶わなかった。

 そして、本気で力を望む今の響にすら、それは叶わなかった。

 

 

「奏さんの代わりになるには、私にもアームドギアが必要なんだッ!」

 

 

 必死にもがく響の腕からは何の力も感じられない。

 翼曰く、常在戦場の意思の体現である武器は響の手に現れる事は無かった。

 何を想い、何を望めばアームドギアが現れるというのか。

 何1つ分からない響は歯痒い思いの中で苦しみ、焦る事しかできない。

 

 翼の前にノイズが多数出現した。

 ネフシュタンの少女が持つ杖によって出現するノイズに際限は無い。

 とはいえ、シンフォギアの前では一瞬で炭へと還るノイズに今更後れを取る翼ではない。

 しかしノイズを使役するはネフシュタンの少女。

 千ノ落涙や蒼ノ一閃でノイズを殲滅し、ネフシュタンの少女に攻撃を放つもそれはことごとく防御される。

 とはいえ、翼も歴戦。

 ネフシュタンの少女の攻撃を全て躱している。

 拮抗する実力、これでは勝負がつかないのは当然の理。

 

 

「ハッ!」

 

 

 翼は数本の短剣をクナイのように投げつける。

 大振りの剣と体術からの小技は意表をついたものになるだろう。

 

 

「ちょっせえ!!」

 

 

 しかしネフシュタンの少女は茨を巧みに扱っていともたやすくそれを弾いた。

 弾かれた短剣が宙を舞う中、ネフシュタンの少女は跳び上がった。

 茨の先端に急速にエネルギーが集まり、白と黒でできたエネルギーの球体が出現する。

 茨を振るい、高質量のエネルギーを全力で翼に向けて投げつけた。

 

 

 ────NIRVANA GEDON────

 

 

 翼の小技に対してのネフシュタンの少女の大技。

 躱す時間はなく、手に携えていた中型の剣を目の前で壁にする事によってそれを受け止めた。

 見るからに威力の高そうな攻撃、勿論本当に威力も高い。

 余りの力に圧される翼も苦悶の表情で重圧な攻撃に耐えようとする。

 が、そんな無理な状態が長く続くはずもなく、エネルギーの球体は大きく爆発を起こした。

 発生する爆炎に思わず響も翼の名を叫び、ディケイドも残り少ないノイズを叩きながら爆発による煙に目を向けた。

 煙の上方部より翼が吹き飛ぶ形で飛び出る。

 直撃は免れたが、大技の爆発はほぼダイレクトに入ったためかダメージは大きい。

 倒れたと言っても先程のネフシュタンの少女の蹴りによる倒れとは比較にならない。

 立ち上がる余力も残っているか怪しい。

 

 

「ハンッ、まるで出来損ない」

 

 

 罵られる事に悔しさは募らない。

 自分が出来損ないである事は翼自身が理解していた。

 勿論仲間の誰もが翼の事を出来損ないなどと思ってはいない。

 しかし、風鳴翼は自分自身を許すことができない。

 

 

「この身を一振りの剣と鍛えてきたはずなのに、あの日、無様に生き残ってしまった……ッ! 出来損ないの剣として恥をさらしてきた……」

 

 

 余力を使い切るかのように伏せった状態から四つん這いの姿勢にまで持っていき、剣を地面に突き立てて自分の体を支える杖とした。

 

 

「だが、それも今日までの事。ネフシュタンを取り戻す事で、この身の汚名をそそがせてもらうッ!」

 

 

 地面に刺さる剣が無くては立つ事も厳しい事を物語るその光景は素人の響が見ても、戦闘に慣れているディケイドが見ても限界の様相。

 だが、翼は笑う。

 

 

「月が覗いているうちに、終わらせましょうか」

 

 

 何を馬鹿な、とネフシュタンの少女は翼に止めを刺そうと動き出そうとした。

 しかしその足も、腕も動かない。

 ネフシュタンの少女自身が動く事をためらっているわけでも、誰かが邪魔をしているわけでもない。

 原因は何かと模索するうちに、ネフシュタンの少女は自分の影を縫い付けるかのように刺さっている短剣を見つけた。

 先程弾いた短剣の一本である事はすぐに分かった。

 

 

(剣、だとッ!? なんのオカルトだッ!!)

 

 

 原因は他に見当たらない。

 何とネフシュタンの少女は影を剣で縫い付けられたことによりその身が動かなくなっていたのだ。

 

 

 ────影縫い────

 

 

 瞬間的にネフシュタンの少女にはこの技の弱点が分かった。

 月が覗いているうちに、つまりは明かりがあるうちに。

 相手に影が無ければこの技は成立しないのだ。

 さらに言えば動きを止めたところで相手が一発でも攻撃を加えてくればこちらは動けるようになる。

 ネフシュタンの鎧でそれを受け切ることができれば勝つことは容易。

 一撃で全てを決める攻撃でなければ。

 その思考に辿り着いた瞬間、戦慄。

 一撃で全てを決める攻撃、シンフォギア、此処から導き出される答えはたった1つ。

 

 

「────まさか、歌うのか……ッ!?」

 

 

 ディケイドは自分に群がるノイズを全て蹴散らした後、響を捉える駝鳥型ノイズを粉砕した。

 解放された響は既に立つのも苦しそうな翼を見て叫ぶ。

 

 

「翼さんッ!!」

 

 

 心配、というよりも嫌な予感がするというべきか。

 響はこれから翼が歌うであろう歌を知っている。

 だが、それを歌うかどうかを、その事なのかどうかを判別できるほど知識も経験もない。

 しかし人並みの直感はある。

 だからこそ思うのだ、嫌な予感がする、と。

 

 

「防人の生き様、覚悟を見せてあげるッ!」

 

 

 地面に突き立てていた太刀を響とディケイドの方に向ける。

 その剣が向く先にいるのは響ただ1人。

 

 

「貴女の胸に、焼き付けなさい……ッ!」

 

 

 杖より発せられた無数のノイズは未だに周りに存在している。

 それらの殲滅をする事も忘れ、ディケイドもまた翼を見つめていた。

 何かを覚悟したようなその言葉に、何処か覚えがあったからか。

 

 もがけどもがけど縫われた影と繋がる体は一向に動かない。

 ネフシュタンの少女はこれから起こる事を知っている。

 ならば逃げるか、さっさと目の前の出来損ないを潰さなくてはいけない。

 しかし、翼は剣を上空に掲げていた。

 いつかの奏のように。

 

 歌が始まった。

 その歌は普段流れている絶刀の一曲ではない。

 響はこの歌を聞いた事がある。

 2年前に、翼の片翼がそれを歌って散った事をぼやける思考の中でもはっきりと覚えていた。

 命を削って歌う歌。

 

 シンフォギアを纏いし戦姫による『絶唱』。

 

 ネフシュタンの少女も無抵抗ではなく、動きにくい体で何とか杖を操作してノイズを再び出現させる。

 歌われてもまだ間に合う、この流れる歌を潰しさえすれば。

 だが、翼はアームドギアを鎧の中にしまい込み、天羽々斬の速度を生かして既にネフシュタンの少女の目と鼻の先にいた。

 杖より発せられたノイズは見当違いの方向に出現したのではなく、その速度に出現が追いついていないというべきだろう。

 そっと、優しく抱くように肩を持って、最後の一節を読み上げる。

 笑う翼の口元からは血が流れた。

 

 

「ガアアアアァァァァァァ!!?」

 

 

 襲いくる衝撃、ドーム状に広がった絶唱のエネルギーは辺り一帯に発生したノイズを全て炭へと打ち消していく。

 完全聖遺物を纏うネフシュタンの少女ですらも、その威力に後方数十mは彼方へと吹き飛ばされた。

 響もディケイドもダメージこそあまりないが、発生した絶大な衝撃に耐えるのに必死だった。

 吹き飛び、抉れた地面の中に倒れるネフシュタンの少女の意識ははっきりしている。

 しかし鎧の所々は破損し、少女自身もダメージを負っていた。

 さらに悪い事が1つ。

 

 

「グッ、ア……ッ!!」

 

 

 破損した個所が何かに蝕まれるような、異物の痛みが走る。

 ネフシュタンの鎧は鎧という名前ながらも防御能力は然程でもない。

 ネフシュタンが一番得意とするのは再生能力。

 破損しようともその再生はすぐに始まり、翌日には完全に元通りになる。

 だが再生能力は鎧を身に纏う者に構わず始まる。

 結果的に鎧が肉体を蝕んでいくという形になり、それが今、少女に痛みを与えている原因だ。

 このままでは鎧に『食われて』しまう。

 

 

「チッ……!」

 

 

 命あっての物種、あるいはこの状態で敵がまだ現存している事を鑑みてか、ネフシュタンの少女は空へと舞いあがって何処かへと消えていった。

 それを見つめる影が1つ。

 

 

「さて、メタロイドの方とあのマドモアゼル(お嬢さん)、どちらを優先しましょうか」

 

 

 木の陰で全てを見ていたエンターは考え込んでいた。

 空を移動しているとはいえネフシュタンの少女を追えば彼女の正体は掴める。

 ソウジキロイドが仕事をしているかどうかの確認もしなくてはいけない。

 

 

「……ま、この機を逃したらいつになるかわかりませんしね」

 

 

 メタロイドなど幾らでも代わりは作れる。

 一方でノイズを操る少女との出会いは何時になるかわからない。

 ならば、選択は簡単な話である言わんばかりに、エンターはネフシュタンの少女を追う事に決めた。

 

 そんなエンターの動向を知る由もなく、響とディケイドは草の根1つ無い地面に立ち尽くしていた。

 絶唱の衝撃で辺り一面の草が刈り取られ、茶色というよりかは黒に近い土が露わになっていた。

 焼け野原と形容してもいいかもしれない。

 

 

(こいつがシンフォギアの……)

 

 

 想像していたよりもはるかに強力な力にさしものディケイドも驚きを隠せなかった。

 此処までの力が発揮できるシンフォギアは仮面ライダーに匹敵、もしかしたら超える事すらあるかもしれないという考えすら過る。

 歌に頼るという不完全さがあったとしても、その歌でこの光景を作り出す事ができるのだから恐ろしい。

 

 一方で爆心地、焼け野原の中心点で翼もまた立ち尽くしていた。

 シンフォギアの解除も忘れて駆け寄る響と、辺りを見てノイズがいない事を確認しながら変身を解き、ゆっくり近づく士。

 と、此処で1台の車が乱入してきた。

 ハンドルには弦十郎、助手席には了子が乗っている。

 ネフシュタンの出現に際して飛んできたのだろう。

 弦十郎は開口一番、絶唱を奏でた姪を見た。

 

 

「無事か、翼!」

 

 

 返答までに間があったが、翼は答えた。

 

 

「私とて、人類守護の務めを果たす防人……」

 

 

 振り向く翼。

 焼け野原の一面に気を取られていて誰も気づいていなかった。

 天羽々斬は鎧が破損し、その足元には血だまりができている。

 その血はネフシュタンの少女の物ではなく、翼自身の一部。

 口と目から血を流し続けながらもその顔は歪にも笑っていた。

 

 

「こんなところで、折れる剣じゃありません……」

 

 

 翼は泣いていた。

 血涙を流し、血反吐に塗れて。

 尊敬の念を抱いている風鳴翼の変わり果てた姿は響の目に焼き付いた。

 士ですらも目を背けたくなるような凄絶なまでの光景。

 防人の覚悟。

 折れぬと口にした剣は、その場に倒れた。

 月明かりに照らされる中、響は翼の名を叫び、弦十郎と了子が倒れた翼に駆け寄る。

 

 1人、士は今の翼の姿にかつての自分を想起した。

 死ぬつもりであった、かつての自分を。




────次回予告────
いるはずのない者、戻ってくるはずのない者。

謎めいた行動の中で疑念は強まり、戸惑いは新たな始まりとなる。

全ては、13年前────。


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第26話 過去からの帰還

 ゴーバスターズ達の目の前に現れた謎の戦士と銀色のバディロイドはソウジキロイドと戦っていた。

 夜の明かりに照らされる金色と銀色が非常に目立つ。

 ソウジキロイドはノズルを剣に付け替えて武装し、斬りかかった。

 

 

「っと!」

 

 

 しかしビートバスターは幾度もの斬撃を全て軽くいなし、軽めの拳をしっかりと当てていく。

 戦い方に余裕を感じる。

 一方の銀色のバディロイドは敵の攻撃を受け止め、力強く攻撃を当てている。

 

 2対1というのもあるが、存在を知らされていない新たな2人にソウジキロイドの動揺は少なからずこの戦況に影響していた。

 ソウジキロイドの攻撃は全て受け止められるかかわされてしまっていた。

 攻防を繰り広げる中、道の向こうでトラックが走り去るのが見える。

 荷台にはダストカップが何十個も積まれ、恐らくそれの全てにエネトロンが詰まっている。

 

 

「あれか……」

 

 

 戦いながらもそれを視界に収め、呟きながらハイキックを放ってソウジキロイドを吹き飛ばすビートバスター。

 と、視界の中のトラックは急にブレーキをかけて動きを止めた。

 ビートバスターの視界からでは道の両脇の建物のせいで、運転席から先が見えない。

 後輪と荷台の一部だけが見えている状態だ。

 さらに少しすると運転席にいたはずのバグラーが吹き飛んでいるのが見えた。

 

 道の向こうから鎧を纏った青い剣士がバグラーを切り裂く。

 特徴的な大きな剣を持った剣士はバグラーを全て切り倒した後、見得を切るように名乗りを上げた。

 

 

「リュウケンドー! ライジン!!」

 

 

 あけぼの町にいる筈の剣士が突如、運ばれるエネトロンのトラックの前に立ち塞がり、それを止めて見せたのだ。

 辺り一帯のバグラーを掃討したバスターズの3人がリュウケンドーに駆け寄った。

 エネトロンが無事である事を確認すると、レッドバスターはリュウケンドーに質問した。

 

 

「剣二、どうしてここに?」

 

「S.H.O.Tにも応援要請がきたんだ。ヒーローは遅れてくるってな!」

 

 

 得意気に答えるリュウケンドーだが、ジャマンガに狙われるあけぼの町を空けてしまって大丈夫なのか。

 イエローバスターがそれを尋ねる。

 

 

「でも、あけぼの町は大丈夫なの?」

 

「おう。不動のおっさんが残ってるから大丈夫だぜ」

 

 

 剣二がリュウケンドーになったのはつい最近の話だ。

 今のように魔弾戦士が2人態勢だったわけではなく、銃四郎ことリュウガンオーがたった1人で戦ってきた。

 だが2人になった今だからこそ、1人を遠征させ1人をあけぼの町防衛に置いておくという事ができるようになったのだ。

 それに組織の合併によりゴーバスターズやシンフォギア装者もあけぼの町防衛の為に動く事ができる。

 そういう意味でも心配はなかった。

 

 

「ん? 新入りかぁ?」

 

 

 リュウケンドーがビートバスターと銀色のバディロイドを交互に見る。

 ビートバスターは「ちっちっちっ」と人差し指を振りながら、その言葉に奇妙な答えを返した。

 

 

「いやいや、むしろ……」

 

 

 言いかけているビートバスターの目の前に銀色のバディロイドがすかさず立ち、ずいっとリュウケンドーに詰め寄った。

 

 

「俺は新品だ」

 

「また被ってるっつの!」

 

 

 再び頭を小突かれる銀色のバディロイド。

 ついでに頭を鷲掴みにして放るように自分の後ろに銀色のバディロイドを追いやる。

 目立ちたがり屋がお互いに出番を奪い合っているような光景だ。

 

 

「ハァ、やれやれ。面倒ですねぇ」

 

 

 声の主はソウジキロイド。

 吹き飛ばされたソウジキロイドは立ち上がるどころか、いつの間にか建物の高所にいた。

 顔面の縦に4つ付いたランプからは表情は読み取れないが、言葉の言い方には心底面倒そうな感情が乗っている事は分かる。

 

 

「此処は引かせてもらいますよ」

 

 

 ソウジキロイドが高所から飛び降りた先は、先程とは別のトラックの荷台。

 なんとあの短時間にトラック2台分のエネトロンを奪っていたというのだ。

 恐らく、ノイズの混乱に乗じて行ったからスムーズにエネトロンを集めることができたのだろう。

 運転席には既にバグラーが座っており、ソウジキロイドの着地音を聞いたのと同時にトラックを走らせた。

 

 

「あっ、おい! なんだよ、エネトロンそっちにもあったのかよ!!」

 

 

 大袈裟な手振りで悔しがるビートバスター。

 既にトラックは走り去ってしまい、追う事は出来ない。

 仮にレッドバスターの超高速でも、何処かの曲がり角を曲がるなりで視認できない位置にいるのなら追跡のしようもない。

 レッドバスターは急ぎ司令室に連絡を入れた。

 

 

「司令室、メタロイドは!?」

 

 

 直後、特命部からモーフィンブレスに森下から『周囲の監視カメラをチェックします』の通信が来た事で、ゴーバスターズ達は一旦追うのをやめた。

 無暗に走り回っても効率が悪いと判断したからだ。

 辺りの安全を確認した後、バスターズの3人はヘルメットを脱いで脇に抱えた。

 

 

「くっそー、もう1つの方にも気づいていれば……」

 

 

 変身を解除しつつ剣二は悔しがるが、リュウジは優しく声をかけた。

 

 

「1つ守ってくれただけでもありがたいですよ。むしろすみません、助けてもらって」

 

「いやいや、良いって事よ」

 

 

 トラック1台分のエネトロンはリュウケンドーのお陰で無事だった事は事実だ。

 被害は抑えられたと言える。

 そんな中で大型の剣からモバイルモードに戻ったゲキリュウケンが声を発した。

 

 

『それより、メタロイドを取り逃がした方が問題だ』

 

 

 ソウジキロイドがいる限り、何処かのエネトロンが吸われ、奪われるのは目に見えている。

 今後の被害を最小限に抑える為にもメタロイドは完全に仕留めておきたかったところだ。

 ヒロムもゲキリュウケンの言葉に頷く。

 

 

「ゲキリュウケンの言う通りだ、早く見つけないと……」

 

 

 全員が同意する言葉ではある。

 だが、同時に全員が気になっている事があった。

 リュウジはトラックをじっと見つめるビートバスターに目をやる。

 視線に気づいたビートバスターがリュウジの方に大袈裟に振り向いた。

 

 

「おっ? なんだよ? 何か聞きたい事でもあるのか?」

 

「ずっと気になってた。貴方の声が……」

 

 

 リュウジがビートバスターの声を聞いてから、ずっと思っていた事。

 それは彼の声がリュウジの知るある人物に非常によく似ていた事だ。

 

 だが、リュウジはビートバスターの正体がその人であるとは断言できない。

 いや、断言できるはずがなく、むしろ勘違いであると思っていた。

 そんなはずはない、その人がビートバスターであるはずが、この場にいるはずがないからだ。

 一度発生した拭えない疑問を口にしたとき、ビートバスターはこれまた大袈裟に反応を示した。

 

 

「おっ! 鋭いッ!! それじゃあワン、ツー、スリーで御開帳と行くか!」

 

 

 調子に乗った言い方かつ勿体付けるビートバスターは言葉通りカウントを始めた。

 

 

「ワン、ツー、ス……」

 

「俺は、ビート・J・スタ……」

 

「被るなっつってんだろ!?」

 

 

 ゴーバスターズが変身を解くのと同じように、徐々にビートバスターの変身が解け、顔が見えそうな段階で銀色のバディロイドが再び割り込む。

 変身を解除してしまったビートバスターだった人間は勢いに任せて銀色のバディロイドにプロレス技による報復を下した。

 仏の顔も三度まで、というか三度とも腹を立てているが。

 一見、真面目な空気が皆無なこの状況。

 しかしその顔とその声はリュウジの顔を驚愕の色に染め上げるには十分すぎた。

 

 

「……『先輩』……!?」

 

 

 先輩と呼ばれたビートバスターだった人間は銀色のバディロイドを離してやり、リュウジ達の方に向き直った。

 

 

「ひっさしぶりだな、リュウジ」

 

 

 手を軽く上げる仕草は若々しい挨拶のように感じられる。

 外見も20代後半くらいだ。

 先輩と呼ぶからには当然、リュウジは彼の素性を知っている事になる。

 ヒロムはそれを尋ねた。

 

 

「リュウさん、この人は?」

 

「あれっ、俺の事知らない!? マジかよ……」

 

 

 リュウジの返答よりも早くビートバスターだった人間は大袈裟な身振り手振りで驚いて見せた。

 そして一度咳ばらいをした後、ニヤリと笑いながら自分の名を告げた。

 

 

「俺は陣マサト」

 

 

 もう1つ、何処から来たのかも。

 同時にその言葉はヒロムやヨーコ、そしてリュウジにも信じがたい言葉だった。

 

 

「13年ぶりに亜空間から来た男だよ」

 

 

 バスターズの3人の顔が驚愕と同時に険しいものに変化した。

 

 13年ぶりに亜空間から来た────。

 

 誰1人帰ってこなかった亜空間から帰ってきた。

 13年前の転送研究センターの事件でヒロムとヨーコの両親、そしてセンターの人間はセンターごと亜空間に捕らわれている。

 彼はそこから帰って来た、そう言っている。

 

 

「嘘だろ……?」

 

 

 ヒロムの呟きには誰も答えなかった。

 マサトは不敵な笑みを崩さぬまま、その場からトラックに向かった。

 銀色のバディロイドもその後に続く。

 トラックとはリュウケンドーが防衛したエネトロン入りのダストカップが大量に積まれたトラックの事だ。

 マサトは荷台のエネトロンを確認、銀色のバディロイドは運転席に入る。

 

 

「エネトロンはちゃんとあるな……うっし」

 

 

 マサトはエネトロンがダストカップの全てに入っている事を確認すると、荷台に腰かけてバスターズとリュウケンドーに手を振った。

 

 

「悪ィな! エネトロン貰ってくわ!」

 

「は!? え、ちょ、先輩ッ!?」

 

 

 叫ぶリュウジだが、トラックはエンジンをかけて走り出した。

 驚きに間髪入れない突然の事態に反応が遅れたバスターズ達も我に返って追おうとするが、既に警戒を解いていたのもあってかトラックには追いつけない。

 無論、変身を解いていた剣二も同様だ。

 

 

「事情は今度話すからよー!!」

 

 

 去り際にそんな言葉を残して、トラックは何処かへと去って行った。

 呆然とする4人。

 13年前の事件に巻き込まれた人間が亜空間から帰って来た。

 もしこれが事実ならヒロムやヨーコにとっては見過ごせない事態である。

 何故なら、彼らは亜空間内部の両親の安否が分かっていない。

 陣マサトなる人物はそれを知っているかもしれないというのだから。

 

 

「あーっ、くそっ! 俺の苦労返せよ!!」

 

 

 剣二が飛び跳ねながらトラックが去って行った道に叫ぶが、虚しく声が響くだけだ。

 混乱に次ぐ混乱の中、モーフィンブレスに通信が入った。

 メタロイドの位置が分かったのか、メガゾードの転送完了時間か?

 そう考えながら通信に応答するバスターズの3人。

 聞こえてきたのは仲村の声だった。

 

 

『メガゾード転送完了まで、あと10分です』

 

 

 陣マサトを名乗る人物の事も気がかりだが、今は目の前の脅威を取り除く事が先である事をプロである3人は知っている。

 特命部の司令室もゴーバスターズ達と同じく驚愕と呆然の気持ちが渦巻いてはいるが、自らの仕事を果たす為にあくまでも冷静な声色だった。

 

 一先ず思考をメガゾード戦の事に切り替えた。

 10分というとそこまでではないが時間がある。

 素体はγ、という事は初めからゴーバスターオーで行くのが吉だろう。

 ヒロムは3人を代表してそれに応答した。

 

 

「了解。予めゴーバスターオーに合体しておきます。バスターマシンの発進を」

 

 

 通信は仲村の『了解』という声で切れた。

 数分待てばバスターマシンも到着するだろう。

 バスターズは再びモーフィンブレスを操作して一度外したメットを被りなおした。

 その横にいる剣二も頬を自分で何度か叩き、気持ちを切り替えてやる気を捻りだす。

 

 

「うーっし! おっしゃ、もう一仕事行くぜゲキリュウケン!」

 

『ああ!』

 

 

 剣二は再びリュウケンドーへと変身した。

 メガゾードはタイプγとはいえ1体。

 ゴーバスターオーとリュウケンドーが力を合わせれば容易く撃破することができるだろう。

 前回の戦いの経験から言って、巨大な敵に対してはその全身を冷気で攻撃できるアクアリュウケンドーが有効なのも分かっている。

 バスターズはバスターマシンの到着を待ち、リュウケンドーはアクアリュウケンドーに姿を変えてその場で待機した。

 

 しかしながら10分という、待つにはそれなりな時間。

 レッドバスターはふと、ブルーバスターに尋ねた。

 

 

「そう言えばリュウさん、さっきの『先輩』って、あれどういう意味なんですか?」

 

 

 リュウジは先程、陣マサトを名乗る人物に対して『先輩』という言葉を用いた。

 先輩、というからにはリュウジは後輩であるとか、何らかの関わりがあるとみていい。

 ブルーバスターは思い出したようにバスターズの2人とアクアリュウケンドーに語りだした。

 

 

「俺の憧れてた天才エンジニア……。13年前の転送研究センターの事件で亜空間に飛ばされたはずの、ね」

 

 

 懐かしむように語るブルーバスターにイエローバスターが質問する。

 

 

「じゃあ、さっきの人ってホントに亜空間から? リュウさんの事も分かってたみたいだし……」

 

 

 だが、その言葉にブルーバスターは首を横に振って否定した。

 

 

「決定的におかしな事が1つ。俺、昔ロボットコンテストで準優勝した事があるんだけど、その時の審査員が先輩でね。その頃と全く同じ顔だったんだよ」

 

 

 その言葉に3人と1本の剣の全員が驚きを示した。

 全く同じ顔、そう言われれば一瞬当たり前のことに聞こえる。

 だが、リュウジがロボットコンテストで準優勝したのは陣マサトが転送研究センターの事件に巻き込まれる前、即ち最低でも13年前だ。

 13年間、老けない人物なんているだろうか?

 そう考えれば自ずとその不自然さが分かる。

 全員を代表してかアクアリュウケンドーが驚きの声を上げた。

 

 

「なんだそりゃ!? 亜空間ってのは竜宮城かなんかか!?」

 

「そう、だから偽物って考えるのが普通だよ。エンターの罠とか……」

 

 

 かつての知り合いの姿を使って、なんて作戦はエンターが仕向けてきそうではある。

 陣マサト、そしてその相棒のようなバディロイド。

 ブルーバスターの発言は謎を一層深めるばかりであった。

 と、此処でイエローバスターが関係のない事に食いついた。

 

 

「そういえばリュウさん、ロボットコンテストの準優勝って凄いよね!」

 

 

 他の面々も「確かに」と同意するが、ブルーバスターは「素人の大会だよ」と自分のかつての功績を否定した。

 ブルーバスター、リュウジはマシンエンジニア志望の人間で、13年前まではその夢を追う為にひたすらに努力を続けてきた。

 そんな彼だからこそ天才エンジニアである陣マサトを心から尊敬していた。

 

 

「1位じゃなかったの、凄い悔しかったんだよなぁ。先輩の言葉もあんまり納得できなかったし」

 

「なんて言われたんですか?」

 

 

 レッドバスターの言葉にブルーバスターはかつてを回想しながら、今でも胸に残っている言葉を口にした。

 

 

「『完璧を求めるだけじゃ面白くない』……ってね」

 

 

 ブルーバスターの口から出た陣マサトの言葉に全員が疑問を抱いた。

 

 

「なんですかそれ、ロボットなら完璧を求めて当たり前じゃないんですか?」

 

 

 自分のバディロイド、チダ・ニックを思い浮かべながら言うレッドバスター。

 ニックはCB-01を動かすために必要だし、バイクに変形して足にもなるし、何よりもヒロムの良き相棒だ。

 だが、彼には機械なのに方向音痴という欠点が存在している。

 そんな彼を思い返せばそう思うのも当然、そもそも殆どの人間が機械には完璧を求めるだろう。

 

 リュウジもそうだった。

 しかし他の審査員やエンジニアなら言わないであろうその言葉がリュウジは酷く心に残っていた。

 先程現れた陣マサト。

 彼は本当に、リュウジの知る陣マサトなのであろうか?

 

 

 

 

 

 なんだかんだと話を繰り広げても陣マサトに関しての考察は終わらない。

 正体がはっきりせずにヒントも少ないのだから当たり前で、いつしか話題がループしかかっていた。

 そんな時バスターマシンが到着し、メガゾード転送完了まであと1分を切った。

 全員、陣マサトの事から戦闘に頭を切り替えてバスターマシンに乗り込む。

 その様子を見送ったアクアリュウケンドーも1本のマダンキーを取り出した。

 

 

「うっし……シャークキー! 召喚!!」

 

 

 ────アクアシャーク────

 

 

「いでよ、アクアシャーク!」

 

 

 青い魔方陣から鮫型獣王アクアシャークが現れる。

 まるで海の中を泳ぐかのように空を舞うアクアシャークは空の青も合わさってなかなか絵になる。

 アクアリュウケンドーはアクアシャークに命令した。

 

 

「アクアボード!」

 

 

 アクアシャークはその命令に素直かつ従順に従い、自分の体をボードモードへと変化させた。

 ボードに飛び乗るアクアリュウケンドーはサーファーのように見えなくもない。

 実際、アクアボードを操る時はサーフィンのボードに近い感覚だ。

 冷気を操る姿だが、アクアの名を冠しているだけあり、水場での戦いにも適しているのがアクアリュウケンドーであり、アクアシャークなのだ。

 

 一方、ゴーバスターズもそれぞれのバスターマシンに飛び乗って早速合体に移っていた。

 

 

「特命合体!」

 

 

 レッドバスターの号令と共にバスターマシンがゴーバスターエースを中心に合体を果たす。

 3つの力が1つとなった、ゴーバスターオーの完成だ。

 

 

「「「ゴーバスターオー、レディ……ゴー!!」」」

 

 

 3人の叫びと共に合体は完了した。

 ゴーバスターオーは現状でも最強のメガゾードと言われている。

 何せ、相手方の最強であるγを倒せるのだから。

 問題があるとすれば物量で攻められるとやや脆い所だろうが、それを差し引いてもゴーバスターオーは強い。

 

 何より今回はゴーバスターオーとアクアリュウケンドーの共同戦線でγ1体を相手にするのだから気持ちも少しは楽というものだ。

 勿論、誰1人として緊張感を持っていない人間はいないが。

 レッドバスターはメインカメラをあちこちに回して何かを探すように辺りを見渡した。

 メガゾード転送完了まであと約30秒。

 しかし探しているのはメガゾードではない。

 

 

(ダンクーガは出てこないか……?)

 

 

 前回の戦いでメガゾード戦に介入してきたダンクーガ、レッドバスターはそれを警戒していた。

 一度は共に戦い、ヴァグラスを敵視するような発言をしたダンクーガに対して警戒。

 これはダンクーガに信用できる要素が少なすぎる事に起因している。

 陣マサトを名乗る人物を全く信用できないのと同じだ。

 いくらヴァグラスと敵対していたとしても、都合よく味方、とはいかないかもしれない。

 

 辺りを警戒しているうちにあっという間に数十秒は経過する。

 モーフィンブレスに仲村の通信が入った。

 

 

『3、2、1……来ます!』

 

 

 空間が歪み、歪みの中心からメガゾードタイプγが地上に土煙を上げて降り立つ。

 右腕にはソウジキロイドのように掃除機のノズルがついている。

 メタロイドのデータが転送され、強化されていることの証だ。

 タイプγ、ソウジキゾードは目の前のゴーバスターオーとアクアリュウケンドーを無視して最寄りのエネトロンタンクへと向かっていく。

 

 メガゾードは無人機であるが故に特定のプログラムを忠実に実行する。

 通常、命令は1つ。

 エネトロンを奪取する、もしもその邪魔をする存在がいればその排除。

 ヴァグラス側がエネトロンを優先している限り無暗に暴れる事はない。

 今回もその例に漏れないが、エネトロンはこの世界のライフラインであり、ゴーバスターズが守る対象だ。

 

 

「待て!」

 

 

 レッドバスターが操縦桿を操作してゴーバスターオーをソウジキゾードに向ける。

 そしてブーストバスターソードで一閃、ソウジキゾードは火花を散らせてぐらついた。

 態勢を立て直したソウジキゾードはゴーバスターオーを敵と認識し、掃除機のノズルを向け、本物の掃除機のように吸引を始めた。

 吸引の力は半端ではなく、ゴーバスターオーですらその威力にバランスが崩れる。

 

 

「うおおおおおッ!!?」

 

 

 より大変なのはゴーバスターオーの近くにいたアクアリュウケンドーだろう。

 アクアボードを吸引とは逆方向に向けて必死に抵抗しているが、だんだん吸い込まれていっている。

 ゴーバスターオーの質量は3700t。

 この凄まじい重量の機体が揺らされるほどの吸引なのだから当然である。

 むしろ今、ほんの少しでも耐えられている事が凄まじいのだ。

 

 

「吸い込まれるー!! あの掃除機ヤロー、何とかできねぇのかよ!?」

 

 

 アクアリュウケンドーの嘆きも虚しく、ソウジキゾードは極めて無感情にノズルを向けて全力吸引を続けるだけだ。

 辺りのビルや民家も吸い込まれることはなくとも嫌な音を立て、車や外灯は地面から引っぺがされてノズルに吸い込まれていく。

 ゴーバスターオーも吸引の風に煽られてまともに直立できていない。

 余裕の勝負かと思いきや日用品が巨大化するとこんなにも強力なものになるのかと、戦場のヒーロー達は思った。

 そんな時、ゲキリュウケンは1つの方策を閃く。

 

 

『剣二』

 

「なんだよッ!?」

 

『いっそ吸い込まれろ』

 

「はあァッ!? お前何てこと言ってんだよ!?」

 

 

 無慈悲な相棒の言葉に全力でツッコむアクアリュウケンドー。

 しかし、ゲキリュウケンがそう提案せずともアクアボードはぐんぐんソウジキゾードに引き寄せられている。

 吸い込まれるのは時間の問題だろう。

 

 

『話は最後まで聞け。あのノズルを壊せばいいんだろう?』

 

「できりゃ苦労はしねぇよ!」

 

『なら、氷で詰まらせてやればいい』

 

 

 そこでアクアリュウケンドーも気づいた。

 ノズルの内部が詰まれば吸引は出来ない。

 そうすれば奴を倒す事は簡単な事。

 

 

「……! そうか!! 一寸法師ってわけだな!?」

 

『少し違う気もするが、そういう事だ』

 

「そうと決まりゃ、行くぜ!!」

 

 

 アクアリュウケンドーはアクアボードを反転させ、ソウジキゾードに向けて加速した。

 吸引の力も相まってノズルに吸い込まれていく速度は生半可ではない。

 ゴーバスターオーの中のバスターズがそれを視認できたのは、ほんの一瞬だった。

 

 

「ッ!? あいつ、何を……」

 

 

 レッドバスターの不安の声を余所に、アクアリュウケンドーを飲み込んだソウジキゾードに異変が起きた。

 突如、ゴーバスターオーの揺れが収まったのだ。

 ソウジキゾードもAIとは思えぬ挙動で困惑している。

 ゴーバスターオーの揺れの原因である吸引。その風が、ノズルから出てこなくなったのだ。

 そして次の瞬間には、ノズルの表面のあちこちに氷ができ始めた。

 氷がノズルを蝕んでいくように徐々に、徐々に凍り始める。

 最後にはノズル部分全体が粉々に砕け、内部からアクアボードで宙を舞うアクアリュウケンドーがゲキリュウケンを振り上げて出現した。

 

 

「今だァッ!!」

 

 

 アクアリュウケンドーの叫びが止めの一撃を求めているものだと察した3人は、急ぎ操縦席の機械を操作した。

 ブーストバスターソードにエネトロンがチャージされ、脚部と足のタイヤパーツから発せられた疑似亜空間フィールドで相手を捕らえる。

 ノズルそのものが右腕であったソウジキゾードはバランスを崩しており、狙うのは容易かった。

 アクアリュウケンドーの離脱を確認し、モーフィンブレスを操作しながらレッドバスターは叫ぶ。

 

 

「ディメンションクラッシュ!」

 

 ────It's time for buster!────

 

 

 ブーストバスターソードの強烈な一閃はソウジキゾードを斜めに切り裂く。

 疑似亜空間フィールドによって身動きの取れないソウジキゾードはその一撃を抵抗せずに貰う他なく、その躯体はダメージの限界量を突破して爆散した。

 

 

「シャットダウン、完了!」

 

 

 レッドバスターの宣言により、この場は一旦の平和を見る事となった。

 勝利に喜ぶ戦士達。

 そんな中、モーフィンブレスに通信が入った。

 魔弾戦士達はその鎧の内側に通信機があるので、それで通信を行う。

 バスターズの3人とリュウケンドーは通信に応答した。

 聞こえてきたのは焦る仲村の声だった。

 

 

『大変です! 翼さんが……』

 

 

 翼はノイズ殲滅に向かっていると聞いていた。

 そして、仲村は躊躇するように間を置いて、ゆっくりと状況を告げた。

 

 

『……重傷で、病院に搬送されました』

 

 

 勝利の余韻には、浸れそうにない。

 

 

 

 

 

 エンターは上機嫌だった。

 大ショッカーとの協力関係、ジャマンガとの共闘、これらは全て仮面ライダーや魔弾戦士、シンフォギア装者と結託したゴーバスターズに対抗する為の措置だ。

 エンター、引いてはヴァグラスの目的はエネトロンの奪取にある。

 決して正義の戦士とあの手この手でやり合う事が目的ではない。

 

 さらに言えばメタロイドやメガゾードにもエネトロンは使うわけで、効率を本気で重視するならこれらもあまり使いたくはない。

 つまり、ヴァグラスがエネトロンを奪いやすい環境を整えるには他組織と結託して怪人達を差し向けさせるのが一番手っ取り早かった。

 そういう意味で仮面ライダーを倒すという事に傾倒する大ショッカーや、マイナスエネルギー回収の中で何だかんだと言いつつ対魔弾戦士を想定しているジャマンガは扱いやすかった。

 

 だが、此処で油断せずにもうひと押しするのがエンターだ。

 

 そこでエンターが目に付けたのがノイズという存在だった。

 ノイズの事は勿論エンターも知っていたし、足りない知識も全て現実世界において仕入れてある。

 そして最近、この辺りでのノイズ発生がおかしなほど頻発している事に着目した。

 ノイズの異常発生に対してエンターが出した結論は特異災害対策機動部二課が出した結論と同一。

 何者かの手によるものである。

 で、あるならばノイズの発生に立ち会えればその『何者か』が現れる筈。

 その考えが正しかったからエンターは今、非常に機嫌が良いのだ。

 

 エンターがノイズに着目したのには理由がある。

 まず、『シンフォギアとディケイド以外では触れられない』という点。

 ゴーバスターズ、リュウケンドー、リュウガンオーはノイズに触れても炭化はしない。

 が、積極的な殲滅となるとシンフォギアかディケイドに頼らざるを得ないのだ。

 実際の所、ノイズ出現の際に出動した時に前衛に出るのはいつも響と翼と士。

 それ以外は基本的に後衛に回るか、避難誘導をしているかのどちらか。

 炭化能力が無効化できてもノイズが厄介である事は変わらないのだ。

 

 その厄介さがエンターは欲しかった。

 エンターの目的はエネトロン奪取への時間稼ぎに他ならない。

 つまり、例え弱くても『倒しにくい存在』がヴァグラスにはうってつけなのだ。

 ノイズがいるだけでシンフォギア装者とディケイドはそこにいざるを得なくなり、他の戦士も市民の防衛に回らなければならなくなる。

 これに怪人までプラスされたらエンターの動向を気にはできても止められる者はいない。

 ノイズを操れる力を手にできればヴァグラスのエネトロン回収はより確実になる。

 エンターの目的はそういう事であった。

 

 ネフシュタンの少女をひっそりと追っていくと、山奥の非常に大きな屋敷に辿り着いた。

 崖の下まで屋敷の造りは広がっており、中々凄い形状をした屋敷だ。

 さらに言えば崖とは逆に位置する湖畔にまでそれは広がっており、エンターも此処までの豪邸を見た事は無かった。

 

 

(フランスにも行きましたが、此処まで大きい屋敷は初めてですね……)

 

 

 大ショッカーとの接触はヨーロッパに怪人が現れ、インターポールが動いているという話を聞きつけたのが始まりだった。

 エンターはコンピュータから生まれたメサイアの、言わば一部だ。

 その程度の情報収集は簡単だし、怪人出現の噂はネットで流れていた。

 例え情報封鎖をしたとしても口に戸は立てられず、どうしたって噂は広がる。

 怪人や怪物と言った単語からヴァグラスに協力できそうな組織を探す中で、大ショッカーの怪人の噂を聞きつけた為にフランスに飛んだのだ。

 

 似非のようなフランス語を使うエンターだけあってフランスには興味があったのか、大ショッカーとの協定後、実は少しだけフランスを見て回ったりしていたのだ。

 マジェスティがまた何というか、と考えて利口なエンターは早々に観光を切り上げたが。

 

 

「……フム、では早速入ってみるとしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 屋敷に入って一番大きな部屋、大ホールのような恐らくはリビングに相当する場所でエンターが目にしたのは銀髪の少女が苦しむ姿だった。

 派手にぶっ倒れて右に左に転がっている。

 それが先程の鎧の少女だと気付いたのはすぐだった。

 

 

(オーララ、これはまた……)

 

 

 悲鳴を上げ、痛がり、苦しんでいるがそれを見てもエンターは何も感じない。

 人間に対しての感情などエンターは持ち合わせていないからだ。

 

 

「随分苦しそうですね、マドモアゼル?」

 

 

 一先ず少女に話しかけるエンター。

 交渉にせよ何にせよ、まずは口を開かなければ始まらない。

 銀髪の少女は痛む箇所を押さえ、ふらつきながら立ち上がった。

 しかし猫背になってしまっている辺りかなりの痛みが走っている事が伺える。

 

 

「ンだ、テメェは……!」

 

「私はエンター。以後、お見知りおきを」

 

 

 深々と仰々しく、そして演技のようなお辞儀は銀髪の少女からすれば何一つ信頼できない。

 エンターはゆっくりと顔を上げた。

 

 

「大変苦しそうですが、いかがしましたか?」

 

「るっせぇ、テメェには関係ねぇ! こっからでてけぇ!!」

 

 

 銀髪の少女は置かれていた杖、そう、ノイズを発生させる杖を手にしてノイズをエンターの周りに発生させた。

 エンターは動じない。

 むしろ、喜びの笑みを浮かべた。

 

 

「トレビアン! やはり、その杖にこそ秘密が……」

 

 

 一方の銀髪の少女は杖を構えて臨戦態勢を崩さない。

 

 

「おどけてんじゃねぇぞ、こいつ等がどれだけ危険か知らねぇわけねぇだろ?」

 

 

 ノイズは一度触れれば人間が即死する。

 それがどれだけ鍛えた人間だろうが、例え地上最強の生物であったとしても『人間』であれば一瞬で炭にすることができる正しく人間の天敵だ。

 並の人間ならこれを出すだけで脅しになる。

 これでこのエンターという人物も撤退するだろうと銀髪の少女は考えていた。

 だが、エンターは銀髪の少女の目の前でとんでもない行動に出た。

 

 

「ええ、よく知ってます」

 

 

 言いつつ、手近なノイズに片手を突っ込んだ。

 制御されているノイズは一切動かない。

 銀髪の少女は目を見開いた。

 

 

「馬鹿ッ!? 本気で死……!?」

 

 

 死ぬぞ、そう言おうとしたがエンターが全く平然としているのを見てさらに驚愕した。

 ノイズに触れて平気な人間とは、即ち人間ではないという事とイコールである。

 それが例えばシンフォギア装者やゴーバスターズのように鎧を纏っているならいい。

 が、目の前のエンターなる人物は見るからに生身だ。

 

 

「お、前、人間じゃねぇな……?」

 

「はい。私はアバター、いわばデータです」

 

 

 言葉通り、エンターはアバター、つまりデータの塊である。

 ノイズに触れられようが炭化はしない。

 アバターの転送元である亜空間を攻略されない限り、例え攻撃を食らってデータが砕けてもすぐにデータを復元し再起動できる。

 実質、エンターはノイズに対して無敵なのだ。

 

 

「今日は少々お話ししたい事がありまして」

 

 

 エンターの言葉に警戒が一切抜けない銀髪の少女。

 むしろエンターが人間であれば少しは気が抜けたというものだ。

 ネフシュタンの鎧に身を食われそうな状況で鎧は纏えない。

 さらにノイズによる脅しまで通用しないとなると銀髪の少女としては本気で手詰まりだ。

 

 

「目的は……何だよ」

 

「協力関係を結ぶ事。それだけです」

 

 

 協力関係を結ぶ。

 そうは言っても、実は銀髪の少女に命令を与えている人物がいる。

 銀髪の少女の独断で決められるような事ではない。

 何よりも手も足も出ないこの状況で人外を相手にしたくはない。

 

 

「あたしに決定権はない。悪いが後にするんだな」

 

「……そうですか、分かりました。では時間を置いて出直します」

 

 

 エンターはくるりと踵を返してその場を去った。

 銀髪の少女は意外そうにその光景を見つめた。

 しばらく待っても、エンターが戻ってくる気配はしない。

 辺りを見渡しても姿は見当たらないし、既に誰かの気配もない。

 驚くほど呆気なく、エンターはその場を後にした。

 

 

「なん、だったんだよ……ッ」

 

 

 自分で放ったノイズを杖の力で消し、苦しそうに呟く。

 気合で持たせていたがいい加減に鎧に蝕まれる痛みと苦しみが限界に達した銀髪の少女はその場に倒れ伏せた。

 死ぬ事こそ今のところ無いものの、痛みと苦しみは確実に銀髪の少女を蝕んでいた。

 

 

 

 

 

 一方、潔く引いたエンターにもわけがあった。

 屋敷を出て、後ろを振り返る。

 じっと屋敷を見つめながらエンターは考えた。

 

 

(あの少女単独ではないという事は、我々で言うマジェスティに相当する人物がいる……)

 

 

 はっきり言って、欲しいのはノイズの力のみ。

 杖にその力が秘められているのなら奪っても良かった。

 だが、それをしないのには幾つか理由があった。

 

 1つに杖の使い方。

 杖が特定の誰かしか使えないだとか、何かしらの特殊な力がいるだとか。

 とにかくそういう類の物であった場合に無理矢理奪っても意味はなくなる。

 

 2つに無駄に敵を増やす。

 杖でノイズを出現させて立ち回っている銀髪の少女達にとってあの杖は大切なものだろう。

 それを奪う事は敵対する事に他ならない。

 そうなれば、当然銀髪の少女の言う決定権を持つ人物も敵に回す事になる。

 もしも杖の使い方が特殊な場合、敵対までされるとさらに厄介な事になるからだ。

 

 それに大ショッカーやジャマンガは敵対組織が同じという共通点があったが、銀髪の少女はどうもシンフォギア装者の1人を攫おうとしていると先程の戦闘で言ったのをエンターも聞いている。

 だが、それが目的の為に必要なだけで、敵対する意思はあまりないという可能性も捨てきれない。

 相手を倒す事が目的でないのはヴァグラスも同じだからこそ、そう考えた。

 元々他の組織の力が必要なのはヴァグラスがエネトロンを効率よく奪取する為。

 決してゴーバスターズを積極的に倒すという目的ではないのだ。

 

 

(そうなるとすぐに協力を、というわけにはいきませんね)

 

 

 そのタイプの組織は実は協力関係を結ぶのが一番厄介なのだ。

 大ショッカーやジャマンガなら「お互いの敵が手を組んだからいるから共に戦おう」で済む。

 だが、敵を倒す事が目的で無い組織は相手の目的を聞いたうえで利害の一致を確かめる必要がある。

 そして、敵対するかもしれない組織にそれを簡単に話すかどうかは分からない。

 仮に話したとしても利害が一致しなければ交渉決裂待ったなしだ。

 

 

(……相手方の目的にもよりますか)

 

 

 ヴァグラス側としてはエネトロンを狙っての行動は世界中に流れている事なので今更隠すような事でもない。

 問題は、銀髪の少女の組織が目的を話してくれるか。

 話したうえで、協力関係に持ち込めるかだ。

 少々面倒な交渉になるかもしれないな、と考えてエンターはフッと笑った。

 

 

「まっ、そうでなければ別の手を考えるだけです」

 

 

 エンターは頭が良く、作戦立案も得意だ。

 そして何よりも切り替えが早い。

 ポジティブと言い換えてもいいだろう。

 目的の為に様々な策や保険を巡らせる用意周到な男。

 それがエンターという人物なのだ。




────次回予告────
Super Hero Operation!Next Mission!

「翼の容体は?」
「貴女が気に病む必要はありませんよ」
「自分を殺して戦うと、碌な事にならないな」
「……妙な事ばかり起きますねぇ」
バスターズ、レディ……ゴー!

Mission27、疑念と決意


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第27話 疑念と決意

 翼が絶唱を歌って既に何時間かが経過した。

 あの後、翼は急ぎ病院に運ばれた。

 リディアンのすぐ近く、本当に目と鼻の先にある病院だ。

 勿論、二課お抱えの病院であるが故に事情は全て通っている。

 

 現在翼は手術中。

 絶唱という一撃の負荷は絶大で、命をも奪いかねない威力であったという。

 手術室の近くの待合室のような場所で響は椅子に座り込み、俯いていた。

 目の前で見た惨状、あの光景が忘れられないのか。

 翼が死ぬかもしれないという事実にどうしようもなくなっているのか。

 あるいは両方か。

 士にそれは分からないが、士自身、内心穏やかではない。

 足を組んで偉そうに座りながらも、翼の安否は気になるところであった。

 何よりも普段は素っ気なく尊大な態度を取る士も、身の回りの人間が死ぬかもしれないという事態に何も感じないような男ではない。

 

 

「門矢、立花」

 

 

 声をかけながら小走りでやって来たヒロム。

 後からはリュウジ、ヨーコ、剣二も続いている。

 病院であるが故か、あまり声を荒げないようにしている様子だ。

 

 

「翼の容体は?」

 

「さあな……治療が終わってどうなるかだ」

 

 

 ヒロムの問いかけに皮肉も一切なく答える士。

 さすがにこの状況でふざけた事を言う余裕はなかった。

 目の前で命を危機にさらさせた。

 目の前で救えなかった。

 目の前で止められなかった。

 仮面ライダーとしての思いか、はたまた士自身の心中なのか。

 士も少し悔いている部分があった。

 医療方面の知識が無い面々は翼が助かる事を祈るしかできなかった。

 

 

 

 

 

 しばらくすると手術が終わり、医師が出てきた。

 手術室の前で立っていた弦十郎と何人かの黒服のエージェントがそれと応対する。

 弦十郎の服装は普段の着崩したものではなく、ネクタイも真っ直ぐな正装だ。

 

 

「何とか一命は取りとめましたが、容体が安定するまで絶対安静。予断は許さない状態です」

 

 

 弦十郎、並びにエージェントは一斉に深々と頭を下げた。

 そして頭を上げると、弦十郎は後ろのエージェント達に告げた。

 

 

「俺達は鎧の行方を追う。どんな手がかりも見逃すな!」

 

 

 言葉の後、エージェント達と弦十郎は手術室を後にした。

 待合室からちらりと見えた弦十郎の表情は普段の笑顔とは違う。

 真剣そのもの、正に仕事をする大人の顔だった。

 

 

「俺達も行こう」

 

 

 弦十郎を見送った後、ヒロムがリュウジとヨーコに声をかけた。

 

 

「翼と戦った鎧の件もあるし、メタロイドもいるんだ。俺達も調査に動こう」

 

 

 その言葉に待ったをかけたのはヨーコだった。

 

 

「でも、翼さんが……」

 

 

 ヨーコの言いたい事はそれだけで分かった。

 傍にいてあげたい、心配だから付いていたい。

 仲間や親類、友人、大切な誰かが命の危機となればそう思うのも当たり前だ。

 しかしヒロムはそれをバッサリと切り捨てた。

 

 

「俺達がいて何になる」

 

 

 確かに医療関係の知識もない彼らがこの場に残っても何の足しにもならないのは事実。

 言葉も選ばずに厳しく言い放たれた言葉に、全員が黙った。

 構わずにヒロムは続けた。

 

 

「今こうしている間にも、翼のように怪我を負う人がいるかもしれないんだ。

 鎧を追うかメタロイドを探すか。それが今俺達にできる最善の事だ」

 

 

 正論だった。

 ヨーコだってそれがやるべき事だと分かってはいた。

 だが、翼という、確かに近づきがたい雰囲気はあったけれど大切な仲間だった人が倒れたのだ。

 そう簡単に決められなかった。

 心配する気持ちはヒロムにだって分かる。

 

 実際、ヒロムは翼の事をないがしろにするような言葉は一言たりとも口にしていない。

 だからこその厳しい言葉。

 自分達の目的、使命を見失わないための。

 

 

「……うん、そう、そうだよね!」

 

 

 ヨーコも落ち込んでいた顔を徐々に回復させ、自分の仕事をやり遂げようという顔に、決意の表情に変化した。

 そんなヒロムとヨーコを見て、保護者のようにリュウジはフッと微笑んだ。

 ゴーバスターズとして本格的な戦いに身を投じ始めて何度も思う事だが、いつの間にかとても頼もしくなった。

 13年前からの2人を知っているリュウジだからこその感慨のようなものだろう。

 

 

「手がかりがないし、闇雲に動くのはよそう。まずは司令室に戻ろうか」

 

 

 リュウジはポン、とヒロムとヨーコの肩に手を置いた。

 頷いたヒロムとヨーコ、そしてリュウジはその場を足早に去って行った。

 彼らは彼らにできる事をする、それだけの事。

 そしてそれは剣二も同じだ。

 

 

『剣二、俺達はどうする?』

 

「あー……まあ、あいつらを手伝おうぜ」

 

『ヒロムの言った事に感化されたか?』

 

「言い方はちょっとムカつくけど、あいつが正しいかんな。行くぜゲキリュウケン!」

 

 

 剣二もゲキリュウケンと共に病院の外へと走っていく。

 彼はあまり考えるのが得意なタイプではなく、所謂バカと言われる人間だ。

 だけどだからこそ真っ直ぐにいられる。

 戦士である、ヒーローであるという自覚が強く、人を守る事を躊躇わない。

 その為に走れる人間なのだ。

 

 残された響と士。

 響は以前俯いたまま、何一つ言葉を発さない。

 そんな様子の響を、生徒を放っておけないのか士もその場に残り続ける。

 目の前で翼の絶唱を見た事や士自身は二課に所属しているという面も少なからず影響しているだろう。

 

 

「貴女が気に病む必要はありませんよ」

 

 

 そんな2人の様子を見てか、翼のマネージャーである慎次が割って入って来た。

 響は自分に向けられた言葉だと気付き、顔を上げる。

 慎次は通信機兼自販機などにも使える二課で支給される通信機を自販機にかざして紙コップのコーヒーを3つ買った。

 1つは響に、1つは士に、最後の1つは自分に。

 

 

「翼さんが自ら望み、歌ったのですから」

 

 

 コーヒーが紙コップに注がれていく音と慎次の声だけが響く。

 

 

「お2人もご存じでしょうが、以前の翼さんはアーティストユニットを組んでいました」

 

 

 ツヴァイウイング。

 その名は響も士も知っていた。

 そしてその片割れである天羽奏もまた、シンフォギア装者であった事も。

 この事を詳しく説明された時、ヨーコが「奏さんもそうだったの!?」とオーバーリアクションをしていた。

 世間ではライブ中のノイズ襲撃による死、そう言われている奏も、実は戦場で命を散らせていた。

 

 

「今は響さんの胸に残るガングニールの持ち主、天羽奏さん……。

 彼女は2年前のあの日、ライブ会場のノイズの被害を最小限に抑える為に絶唱を解き放ちました」

 

 

 慎次が2人にそっと温かいコーヒーを渡し、慎次も座って語り始めた。

 絶唱、翼が士と響の目の前で見せた力だ。

 

 

「装者への負荷を厭わず、シンフォギアの力を限界以上に撃ち放つ絶唱はノイズの大群を一気に殲滅せしめましたが、同時に奏さんの命を燃やし尽くしました」

 

 

 奏が散ったその瞬間を、慎次は見ていない。

 その光景を見たのは意識が朦朧としていた響と、はっきりと見てしまった翼だけ。

 翼も見たくはなかっただろう。

 

 

「それは、私を守る為、ですか……?」

 

 

 響の言葉に慎次は答えず、コーヒーを一口飲んだ。

 奏の真意は定かではないが、恐らくその問いの答えはイエスだ。

 だからこそ答えられない。

 きっと響は気負ってしまう、その事実を愚直に受け止める。

 慎次は続きの話を切り出した。

 

 

「奏さんの殉職、ツヴァイウイングの解散。1人になった翼さんは奏さんが抜けた穴を埋めるべく、我武者羅に戦ってきました」

 

 

 手に持ったコーヒーを机の上に置き、尚も慎次は語る。

 士ですらその語りに割って入る事はない。

 

 

「恋愛、遊び、同じ世代の女の子が知ってしかるべきことを全て覚えず、自分を殺して、一振りの剣として生きてきました。

 そして今日、その使命を果たすべく死ぬことすら覚悟して歌を歌いました」

 

 

 慎次は笑う。

 その顔に、何処か憂うような表情を混ぜて。

 

 

「不器用ですよね。でも、それが風鳴翼の生き方なんです」

 

 

 響の頬を涙が伝った。

 それは、1人の少女にはあまりにも残酷な仕打ちだった。

 

 

「そんなの、酷過ぎます……。そして私は、翼さんの事何にも知らずに、一緒に戦いたいだなんて、奏さんの代わりになるだなんて……」

 

 

 酷な人生を歩む翼への思いと、今までの自分の浅はかさを呪った。

 だとすれば自分は、どれだけ翼が苦しむような言葉を言ってきたのだろう。

 あの時感じた頬の痛みは胸の痛みへと変わった。

 悔いる、落涙する響を見て慎次は口を開く。

 

 

「貴女に奏さんの代わりになってほしいだなんて、誰も望んではいません」

 

 

 結局、それなのだ。

 二課の面々は元より、ヒロム達も士も思っていた事。

 人が人の代わりになる事は簡単な事ではない。

 できないと言い切ってもいい。

 特にヒロムは大切な人を、両親を亜空間に攫われているためか余計にそれを感じていた。

 同じ境遇のヨーコも短絡的な部分こそあれど、心の何処かでそれを感じてはいただろう。

 

 

「ねぇ響さん、士さん。僕からのお願いを聞いてもらえますか?」

 

 

 沈黙を守っていた士は慎次に目を向け、響も涙を拭って慎次を見た。

 

 

「翼さんの事、嫌いにならないでください。翼さんを、世界で一人ぼっちになんかさせないでください」

 

 

 その言葉に、響は強く答えた。

 

 

「……はいッ」

 

 

 外は既に白んでおり、そろそろ朝日が拝める時間帯となっていた。

 戦っていた時間が夕方で翼の件もあってか大分時間が経っていたようだ。

 待合室にも光が差し込んできていた。

 

 

「っと、長話が過ぎましたね。響さん、送らせてもらいますよ」

 

「あっ、大丈夫です。翼さんの傍にいてあげてください」

 

「……すみません、お言葉に甘えますね。では、士さん」

 

「……俺が送れって事か?」

 

 

 無言の慎次の笑顔に士も溜息をつきつつ、一応送ってやることにした。

 鋼牙の屋敷とは微妙に方角が異なるが正反対というわけではない。

 そんな会話をした後、3人は自分達のコーヒーを飲み干して空の紙コップをごみ箱に捨てた後、病院の外に向かった。

 外までは送ると言った慎次も同伴するなか、先の会話では沈黙していた士が慎次に尋ねた。

 

 

「風鳴が自分を殺して戦っていた事、お前はどう思っていたんだ」

 

「正直、あまり快くは無かったですよ。奏さんがいた頃のような笑顔でいて欲しかったです」

 

「今の風鳴はその結果か……自分を殺して戦うと、碌な事にならないな」

 

「何か経験でも?」

 

「さあな」

 

 

 響は歩いている最中、ずっと胸の傷の前で手を握りしめ何かを考えていたようで、2人の話を聞いてはいなかった。

 

 士はふと、自分を押し殺して戦っていた頃を思い出す。

 本当は戦いたくなかった者達。

 どれだけ悪態をつこうが、心の底では彼らと敵対するなんて御免だった。

 だが、戦わざるを得なくなったあの時の、あの戦い。

 その戦いの先にあったものは、死だった。

 誰も信じないだろうし、自分も信じられない事だが、士は一度生き返った経験がある。

 

 死ぬ直前までの戦いは士自身も本当は望んでいなかった戦い。

 自分がやらなくてはいけないからやった、自分を殺して戦った戦い。

 誰からも恨まれる戦いだった。

 しかし生き返った自分を仲間達は歓迎し、倒された者達も士の真意に気付いて再び仲間だと言ってくれた。

 思えば自分を殺して戦っていた時点で士を止めようと仲間は必死になっていた。

 それに何より、自分自身が仲間というものを求めてしまった。

 

 1人になろうとしても、なれなかった。

 

 

「緒川」

 

「なんですか?」

 

「お前が心配しなくても、人ってのは簡単に一人ぼっちにはならないかもしれないぜ」

 

「……そうなのでしょうか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

 士の慎次への言葉は経験からくる、確かなものだった。

 

 

 

 

 

 ソウジキロイドはエンターに予め指定された廃工場でトラックをバグラーと共に見張っていた。

 特命部に感知されないように隠れ、身を顰めていたのだ。

 しかしこの場を指定したエンター本人が現れない。

 生みの親なのだから逆らう気はないが、長い時間待たされるとさすがに見張りも面倒になってくる。

 元々、ソウジキロイドが面倒くさがりな性格というのもあるのだが。

 ちなみに待たされている時間を具体的に言うと、夜中から朝日が昇ってくるまでの時間ぐらいだ。

 

 

「どうも、お待たせしましたね」

 

 

 朝日が差し込む中、悠々とエンターは廃工場にやって来た。

 トラックの積み荷を見て「トレビアン」と一言呟く。

 トラック1つ分のエネトロンは敵に奪還されたとはいえ、元々自分達のものではないのだから痛くも痒くもない。

 ソウジキロイドは確かな収穫を上げていた。

 だが、そんな事は今のソウジキロイドにとってどうでもよかった。

 

 

「ちょっとどういう事ですか、新しいゴーバスターズがいるなんて聞いてませんよ」

 

 

 ソウジキロイドは早速エンターに抗議した。

 その言葉にエンターはクエスチョンマークを頭上に作る。

 

 新しいゴーバスターズ────?

 

 

「それは魔弾戦士とは違うのですか?リュウケンドー、リュウガンオーと言いましたか」

 

「ああ、片方は出ましたよ。でもそれとは別に、ビートバスターとか言うのと変なクワガタロボットが出たんですよ」

 

 

 思わぬ報告だった。

 ノイズを操る存在の根城が知れて浮かれている場合ではない。

 新たな敵、それも憎きゴーバスターズの新しい戦士などエンターも想定外だ。

 

 

「……妙な事ばかり起きますねぇ」

 

 

 亜空間でエネトロンが何処かに漏れ出している事と言い、最近はおかしな事が立て続けに起こっている。

 ヴァグラスと特命部はこの世界に存在する組織の中でも特に亜空間とエネトロンに関わっている。

 つまり、新しいゴーバスターズとエネトロンが何処かに漏れている事。

 この2つは何か関係があるかもしれないとエンターは推理した。

 

 

(エネトロンが漏れている……何処へ?

 前触れのないビートバスターを名乗る戦士とクワガタのロボット……何処から?)

 

 

 もしもこの2つが密接に関係しているとすれば。

 そう考えた時、エンターは1つの推論に至った。

 

 エネトロンが漏れているのがビートバスターを名乗る戦士の影響で、唐突に表れたビートバスターは今までこの世界にいなかった────つまり亜空間にいたとしたら?

 

 エンターはパソコンを開いてメガゾードの転送データの履歴を開いた。

 

 

(で、あるならば何か痕跡が……)

 

 

 そして、以前あけぼの町で戦った際の4機のメガゾードの内の1体に、ほんの少しの異常があった事に気付く。

 転送データに本当に、本当に僅かな何かが引っ付いていたのだ。

 

 

「メガゾードに混じるゴミのようなデータ……恐らくこれが、その2人?」

 

 

 しかしそれはそれで疑問は残った。

 転送という行為は亜空間から現実世界、現実世界から亜空間のどちらからでも多量のエネロトンを消費する。

 が、メガゾードの転送に紛れ込むのならエネトロンは一切必要ないはず。

 だとすれば、漏れているエネトロンは何処へ何のために?

 それにロボットはともかく通常の人間は転送には耐えられない。

 そんな事はエンターも知っていた。

 

 

「……調べてみましょうか。貴方は引き続きエネトロンの回収を」

 

 

 ソウジキロイドはエンターの言葉に面倒そうに頷き、バグラーを引き連れて廃工場を出て行った。

 その場に残ったエンターはトラックの荷台に積まれたダストカップをじっと見つめた。

 新メガゾードの起動に必要なエネトロンは漏れている分を考えてもそれなりに多量だ。

 多くのエネトロンを使ってメタロイドを作るほど、転送されてくるメガゾードも強力。

 つまり新メガゾードの起動と転送を為すためのエネトロンは非常に多量でなければならない。

 そして目の前にあるのは、小分けにされている多量のエネトロン。

 

 

(新メガゾードの起動……少々勿体ないですが、これだけのエネトロンがあれば……)

 

 

 エンターはソウジキロイドとは別に残してあったバグラーにトラックを運転するよう指示。

 自身は荷台に乗って、トラックは発進する。

 エンターもまた廃工場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 マシンディケイダーは2人を乗せてまだ登り切っていない朝日に照らされながら公道を走っていた。

 日が昇り始めたばかりの時間帯故か、全くと言っていいほど他の車は通っていない。

 夕暮れにも近い日の当たり方は眩しすぎず、中々に綺麗だった。

 リディアンの寮まで響を送り届ける事となった士。

 2人の間に会話は生まれなかった。

 士から話を振る事はあまりないし、響は響で考え事をしていたからだ。

 翼の事、慎次に言われた事。

 そして、これからの自分にできる事。

 

 しばらくして寮に辿り着いた。

 時間的にも寮の住人達はまだ寝ているだろうが、もしも寮の先生にあったら面倒な事になるとして士も寮の入り口付近まで付いていく事にした。

 案の定というべきか、寮の入り口付近には寮の女先生が立っていた。

 

 

「立花さん!? こんな時間に何を……」

 

 

 響に気付いた寮の女先生がやや声を荒げながら迫ってきた。

 

 

「小日向さんが何かの用事と言っていましたけど、こんな朝まで……!

 何があったのか説明してもらいますよ!」

 

 

 彼女は響を待っていたというわけではなく単に朝早く起きただけだ。

 とはいえ、寮の責任者として理由を問い詰める必要がある。

 響もまさか『戦っていました』、というわけにもいかず、先程まで考え事をしていた影響もあってか言い訳を考えようと慌てる。

 と、そこに士が割って入った。

 

 

「ノイズが出て、それに巻き込まれた影響だ」

 

 

 寮の女先生は士と響を交互に見やりつつ、ニュースを思い返す。

 確かに昨日の夜頃にノイズが出たという警報と知らせ、それにそれとは別に化物が出たという報道がされていた。

 リディアンからそう離れていない場所でもあるから響が巻き込まれたのも不思議ではない。

 が、それを報告した士という人物に寮の女先生は訝しげな目を向けた。

 

「貴方は……?」

 

 

 まだ1ヶ月そこらの新任である為かあまり認知されていないらしい。

 士は教員免許を取り出して身分を示し、寮の女先生は「ああ」と声を上げた。

 

 

「新任の方でしたか。何故立花さんと?」

 

「俺も巻き込まれたからだ。生徒をこんな時間に1人で返すわけにもいかないだろ」

 

 

 それを言ったのは緒川さんなのでは、と響は隣で苦笑いだ。

 理由はどうあれ寮の女先生はそれを信じ、納得してくれたようで「今後気を付けるように」とだけ言い残して寮の中へと戻って行った。

 寮の女先生の姿が完全に見えなくなった後、響は士に頭を下げた。

 

 

「ありがとうございます、士先生。お陰で怒られずに済みました」

 

「フン、後で俺に責任がどうのとか言われたくないだけだ」

 

 

 いつものように尊大かつ素直じゃない反応を示す士。

 そんな士に構わず、響はふと、自分の中の疑問を口に出した。

 

 

「あの、士先生」

 

「なんだ」

 

「私、強くなれますか?」

 

 

 返答を懇願するかのような目と士は向き合った。

 彼女は弱い。

 足手纏いになりたくないという気持ちも分かるし、自分にできる事をすると言っていたのも知っている。

 響なりに頑張ってはいたという事も。

 

 しかし、戦いというものはそれだけで何とかなるほど甘くもなく、今までただの女子高生だった響にそれを強いるのは酷な事だろう。

 だが、未熟で弱く、自分の思慮が浅かった事を完全に自覚した響。

 翼の為にも、自分の為にも強くなりたいと願った。

 

 

「何故だ?」

 

「私にだって、守りたいものがあるんです。それは変わりません。だけど……」

 

 

 その後の言葉に詰まり、響は口を閉ざした。

 強くなりたい、守りたいという気持ちに嘘は無い。

 しかし自分のままでいて強くなれるのか、強く在れるのか。

 シンフォギアを使う者として、ガングニールの装者として。

 未だに響は奏のように、奏の代わりにという考えを捨てきれていない。

 士は面倒そうな溜息をつきつつ響に言い放った。

 

 

「お前は天羽奏とやらの代わりにはなれない」

 

「ッ……」

 

 

 奏の代わりになるという事を目標に進んできた響に対しての直球の、ともすれば辛辣な言葉に響も悔しそうに俯き、黙り込む。

 その様子を見ながらも士は続けた。

 

 

「風鳴の代わりにも、桜田の代わりにも、鳴神の代わりにも、俺の代わりにもな」

 

「……え?」

 

 

 ゆっくりと響は顔を上げた。

 奏の代わりで在らなければと考えていた響にとって、他の人名が出る事は予想外だった。

 

 

「お前は天羽奏か? 違うな、立花響だ」

 

「……はい」

 

「俺の知り合いに、師匠の遺志を継いだ弟子がいた」

 

 

 今までの旅の中で出会った仲間の事を知り合いと呼ぶのは士の照れ隠しか。

 勿論響にそんな事は分かる筈もない。

 士は続ける。明日なる夢を抱きながら、もう1つの名、奇しくも響と同じ『響く鬼』の名を継いだ少年の話を。

 

 

「そいつは師匠とは全然違う奴だった。性格も、年齢も、体格も何もかも」

 

「……その人は、どうしたんですか?」

 

「自分なりに強くなっていこうとした、多分今もな」

 

 

 あの時、師匠が怪物と化して戦う事を躊躇った少年。

 その少年は当然、変身して師匠がなってしまった怪物を倒そうとは思えなかった。

 だが、だからこそと言うべきか、少年は師匠と同じ姿に変身して戦う事ができた。

 その優しさがあればやっていけるだろうと。

 少年は師匠の遺志を継いで今も生きているだろう。

 

 

「そいつは確かに遺志を継いだ。だが、代わりになろうなんて思っちゃいない」

 

「遺志を、継ぐ……」

 

「お前は何か、託されたものがあるか?」

 

 

 響はそっと、自分の胸に手を置いた。

 胸の傷のさらに奥、奏がかつて身に纏い、響が纏うガングニール。

 そして胸の中に刻まれた、奏から受け取った言葉。

 

 ────生きるのを諦めるな。

 

 

「託されたものを大事にするのはいいが、自分を曲げる必要はない。

 自分なりに強くなればいい」

 

 

 かけられた言葉はいつも通りのぶっきらぼう。

 それでもその中に優しさを感じたのは響の気のせいではないだろう。

 士が語ってくれた事を聞いても、完全には悩みを払拭しきれなかった。

 士が語ったのは師匠と弟子の話であって、響と奏は師弟関係があるわけではない。

 それでも大分楽になった、答えがあと少しで見つかるところまで後押ししてもらった。

 もう少しで完全な決意が形になりそうなところまで。

 

 

「ありがとうございます、士先生」

 

 

 先程までよりも、少なくとも出撃前よりは明るい顔で響は再び頭を下げた。

 表情を変えずとも士は照れくさそうに顔を背けるのだった。

 

 

 

 

 

 響はその後、寮の中に入っていき、士もマシンディケイダーを駐車してある場所まで戻った。

 鋼牙の家に戻るべきか、二課の司令室に行くべきか迷ったが、一先ず帰るという結論を出した。

 調査は士の役割ではなく、二課やゴーバスターズが得意とする事だ。

 お呼びがかかるまで下手に動かなくてもいいだろうと考えた結果だ。

 

 マシンディケイダーまで辿り着いた士は人影を目にした。

 人影はマシンディケイダーに座っている。

 誰かが悪戯でもしているのか、それともバイク泥棒か。

 いずれにせよ自分のバイクから引きはがしてやろうと近づく士。

 しかし、士が声をかけるよりも早く、その人影が声を発した。

 

 

「やあ士、面白い世界に来ているね」

 

 

 口調と声色、完全に出てきた朝日に照らされた顔には覚えがあった。

 いや、覚えがあるどころではない。

 明確に知り合いで、かつての仲間。

 

 

「海東……」

 

 

 意外そうな、何故此処にいるんだという意思を表しながら士は彼の名を呟いた。

 彼の名は『海東 大樹』。

 士と同じで世界を巡っているトレジャーハンター。

 トレジャーハンターというだけあり、各世界の『お宝』を集める事が彼の目的だ。

 

 彼にとってのお宝は何も金目のものというわけではなく、例えばその世界のライダーに関係した代物であったり、とにかく普通な物を狙う事は少ない。

 そんな彼を士は『コソ泥』と呼ぶ事もある。

 そして世界を渡る力を持つ彼もまた、仮面ライダーの1人、『仮面ライダーディエンド』である。

 

 かつては士といがみ合いつつ、協力しつつ、最終的には旅の仲間となった。

 旅の仲間がそれぞれの道を歩みだしてからは会う事も少なくなったのだが、以前に一度だけ会った事があった。

 その時、士は大ショッカーを率いており、海東はそんな士を追っていた。

 それは敵を倒す為に士ともう1人の戦士が仕組んだ作戦だったのだが、何も知らなかった大樹は傷つき、戦う羽目になったりもした。

 

 既に和解はしているのだが、大樹自身はまだ少し根に持っている。

 

 

「僕はこの世界に来たばかりだけど、色んなお宝が転がってそうだ」

 

「何の用だ」

 

「久々なのにご挨拶だねぇ。またカードを盗られたいのかい?」

 

 

 その言葉には士も押し黙る。

 以前、戦う羽目になったのは大樹が傷ついたのが原因、その原因を作ったのは他でもない士だ。

 多少は士も反省している面もあったほどだ。

 和解の時に大樹はディケイドへと変身する為のカードを士から盗み、去って行ったことがある。

 微笑んで見送った士だったがさすがにそのままにするわけにもいかず、大樹を追ってカードを返してもらった。

 割と最近の事なので鮮明に覚えている。

 大樹は士の反応に口角を上げると、ヒョイとマシンディケイダーから降りた。

 

 

「冗談さ。用は特にないよ、顔を見に来た程度の事さ」

 

「どうだかな、お前の事だからお宝の情報でも探してるんじゃないのか?」

 

「勿論。さすがは士、僕の事をよく見ているようだね」

 

「…………」

 

 

 否定しろ、とも思ったが、こいつは以前からそういう奴だと思い直した。

 士は大樹が狙うようなお宝に心当たりがあった。

 例えばこの世界の仮面ライダーに関係したものや、もしかしたら完全聖遺物なんかも狙っているかもしれない。

 大樹がこの世界に関して何処まで把握しているか分からない以上、何とも言えないが。

 

 

「この世界に関しては僕も知らない事が多い。ま、僕の邪魔はしないでくれよ?」

 

「俺の邪魔になるなら邪魔をするだけだ」

 

「成程? いつものスタンスって事だね」

 

 

 大樹は士にヒラヒラと手を振ってその場を去ろうとした。

 宣戦布告、というと少し仰々しすぎるが、自分の邪魔をするなという意思表明は今に始まった事ではない。

 士も特にそれを気にせずに大樹を見送ろうとした。

 が、大樹はふと足を止めた。

 

 

「そういえば士、大ショッカーが復活したって知ってるかい?」

 

「ああ、一度戦った」

 

「最初の大ショッカーは士が大首領。次のスーパーショッカーはその残党。

 前回の大ショッカーは士の作戦。……じゃあ今回は?」

 

 

 大樹の言葉は士も疑問に思っていた事で、返す言葉もなく無言になった。

 士は一番最初の大ショッカーにおいて大首領だった。

 世界を救うためにライダーを破壊する事が目的であったのだが、結局は体よく利用されていたに過ぎない。

 とはいえ士が大首領であったという事実に変わりはなく、その次のスーパーショッカーは残党、前回の大ショッカーは最初とは逆に士が利用した形になっている。

 

 此処で疑問が生じる。

 

 今まで大ショッカー系列の組織がどのように出来上がったのかを士、あるいは大樹は把握していた。

 しかし今回の大ショッカーに関して、士は本当に、全く知らない。

 そしてそれは大樹も同じだった。

 

 

「……その様子だと士も知らないって感じかな?」

 

「なら、お前もか」

 

「そう、今回の大ショッカーは得体が知れない。気をつけたまえ」

 

 

 それだけ言い残し、大樹は止まっていた足を動かしてその場を去った。

 後姿を見送る士は大ショッカーの事、そしてこの世界の事を考え始めた。

 様々なものが入り混じったこの世界に何が起ころうとしているのか。

 ネフシュタンの少女、ゴーバスターズの前に現れたらしい謎の戦士。

 恐らくだが、この後も様々な事が起こるだろう。

 

 仮面ライダー。ゴーバスターズ。魔弾戦士。魔戒騎士。プリキュア。シンフォギア。ダンクーガ。

 

 この世界で目にした様々な勢力、戦力を思い返しながら、士はマシンディケイダーに跨った。

 

 

 

 

 

 士が大樹と再会を果たしたのと同じころ、特命部の司令室ではゴーバスターズとバディロイド、剣二が集まっていた。

 今の所メタロイドの反応もなく、調査は引き続き特命部の監視カメラと二課のエージェントが行っている。

 そして出動の為に待機している彼らはこの場に残っているという状況だ。

 待機している彼らは、リュウジが自分のロッカーから取り出した当時のロボット雑誌に目を向けていた。

 

 

「これが昔の先輩。俺がまだ子供の頃のね」

 

 

 ロボット雑誌には子供の頃のリュウジと陣マサトが写っていた。

 リュウジは制服にロボットコンテスト準優勝の賞状と楯を持ちながら非常に笑顔。

 一方で横の陣マサトもほんの少し口角を上げつつ写っていた。

 先程見た陣マサトと、全く変わらない姿で。

 

 

「確かに……歳を取っていませんね」

 

 

 ロボット雑誌を手に取って、ヒロムが呟く。

 この場にいる全員が何処をどう見ても陣マサトは歳を取っていない。

 1年や2年なら分かるが、13年という年月にしては異常なほどに。

 メガゾード転送までの待機時間にも言ったように、偽物か何かだと考えた方が自然なのである。

 

 バスターズと同じような姿に変身してメタロイドと戦った。

 しかし、同時にエネトロンを盗んだ。

 信頼できる要素よりも信頼できない要素の方が圧倒的だった。

 

 

「実はこの事はお前達に、今後話すつもりだったんだが……」

 

 

 陣マサト討論を繰り広げる彼らに黒木が声をかけた。

 全員の視線が一斉に黒木に集中する。

 まるでこの事を知っていたかのような口振りなのだから、当然だ。

 

 

「つい先日、亜空間の研究分析班が謎の通信をキャッチした。

 有り得ない事に、陣マサトを名乗る者からな」

 

 

 黒木は司令室の椅子から立ち上がり、ヒロム達に近づきながら語り始める。

 

 

「確証が持てない以上、もう少し確認してから話そうと思っていたのだが、まさか向こうから接触してくるとは」

 

 

 実際、かつての黒木の同僚とはいえ陣マサトが信用足るかと言われればそうでもなかった。

 友人を疑うような人間ではないが、友人本人か分からないとなると話は別だ。

 

 

「はぁ~……偽物ねぇ。確かに天才エンジニアって割には軽い奴だったよなぁ」

 

『お前が言うか』

 

 

 剣二の言葉にゲキリュウケンの容赦のないツッコミが飛ぶ。

 さらに、黒木は剣二の言葉を否定した。

 

 

「いや、性格は元からあんな感じだ」

 

 

 黒木の言葉にリュウジとゴリサキも頷く。

 当時を知る者からすれば、陣マサトは昔から無駄に若いというか、ノリが軽い人間であった。

 黒木の事をあだ名で呼んだりするのだが、そのあだ名がおよそ今の黒木に似合わないあだ名であったりとか。

 

 ちなみにあの陣マサトが本人であろうがなかろうが、みんなの前で当時のあだ名を呼ばれるのだけは避けたいと思う黒木であった。

 

 

「共にヴァグラスと戦う為に帰ってきたと言ってはいたが……」

 

 

 黒木はその後の言葉に詰まった。

 亜空間から帰ってきたという事だけでも信用できないというのに、新たなバスタースーツとバディロイドの作成、年齢の変化がない事。

 信用できない事が目白押しだ。

 

 

「ですが、エネトロンを奪った件もありますから信用するのは危険だと思います」

 

 

 ヒロムの言葉に全員が頷いた。

 黒木ですらそうだった。

 エネトロンを奪った理由は後で説明すると残していったが、理由が何であれやっている事はヴァグラスとそう変わらない。

 

 

「一先ず、ヒロム達は休め。一晩中行動したから疲労もあるだろう。出動がかかるまで待機だ。

 剣二君も此処で休んでいくと良い、部屋を用意する」

 

 

 夕方のノイズとメタロイド出現から朝方まで走り回っていたせいでヒロム達と剣二の体力は確かに削られていた。

 彼等も戦わぬ時は只の人、食事も睡眠も必要なのだ。

 

 

「おっしゃ! 明日は非番だし思いっきり休むぜー!」

 

 

 休みが必要なのかと言いたくなるぐらいに威勢良く司令室を飛び出す剣二。

 部屋の場所を知っているのか?とヒロムが剣二の背中に言おうとした次の瞬間。

 

 

「……つーか部屋何処?」

 

 

 そんな落ち着きのない剣二に、苦笑いで呆れる一同であった。




────次回予告────
陣マサトにネフシュタン、何だか大変な事になってきやがった。
でも今はメタロイドを何とかしねぇと。
と思ったら、またあのビートバスターが出てきやがった。
一体何が目的なんだ?
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第28話 揃うは7人

 エンターはあるマンションの屋上に来ていた。

 高い場所で日が照りつけていて普通の人間なら暑いと感じるところだろうが、生憎とエンターはそんなものは感じない。

 涼しい顔をするエンターの周りにいるバグラーはみな、手に1つ1つダストカップを持っている。

 昨日ソウジキロイドが集めたそれだ。

 その数およそ20。

 

 さらにエンターはダストカップとは別に大きな容器を持っている2体のバグラーに指示を出した。

 2体のバグラーは大きな容器を地面に置き、周りのダストカップを持つバグラー達が次々とその容器の中にダストカップの中身、即ちエネトロンを注いでいく。

 20個ものダストカップに入っていたエネトロンは大きな容器一杯となった。

 

 

「さて、これだけのエネトロンを使えば……」

 

 

 エンターは自分の持つパソコンから伸びるコードの先端を、マンションの屋上に取り付けられたパラボラアンテナに張り付ける。

 さらにもう一方はエネトロンの中に。

 ソウジキロイドが回収した莫大な量のエネトロンを使い、メタロイドを生み出すつもりなのだ。

 エンターはメタウイルスカードをパソコンにスラッシュ、パラボラアンテナにメタウイルスをインストールする。

 

 

「メタウイルス、『探す』。インストール」

 

 ────パラボラロイド パラボラロイド パラボラロイド────

 

 

 誕生しようとしているメタロイドの名前が電子音声で3回コールされた。

 エンターのパソコンに繋がれたアンテナは変形するかのようにみるみるその姿を変えていき、最後にはパラボラアンテナを模した人型となった。

 両手にアンテナを模した槍を持ち、体の至る所にアンテナらしき部位がある。

 この『パラボラロイド』はメタウイルスの中身通り、探す事に長けたメタロイドだ。

 

 

「ビートバスターとクワガタロボットを探し出してください。

 色々と聞き出さなければ。その後はゴミとして処分です」

 

「この僕の探査レーダーならすぐですよ、なんていうのは自惚れでしょうか?」

 

 

 エンターの命令に「フフフフ」、と笑うパラボラロイド。

 メタロイドは総じてそこまで知能は高くない。

 通常の会話や作戦遂行には支障がないのだが、我が強いというか、癖があるというか。

 

 

「自己評価はご自由に」

 

 

 パラボラロイドに素っ気ない返事と冷ややかな目線を浴びせるエンター。

 エンターも時折メタロイドに「もう少し利口であれば……」と思う事もある。

 今の一言だけでパラボラロイドも面倒な性格をしているように感じた。

 どれだけ面倒くさがってもキチンと仕事をやり遂げ、おかしな喋り方をしないソウジキロイドはかなりマシに見える。

 

 

「フフフ、それでは……」

 

 

 パラボラロイドは高台で非常に優秀な探索能力を発揮する。

 その探索範囲なんと半径20km。

 さらに此処はマンションの屋上、能力を発揮するには最適な場所だった。

 アンテナ型の杖を上空に向け、探知を初めておよそ数十秒。

 パラボラロイドは愉快そうな声で呟いた。

 

 

「ん? もう引っかかりましたよ! さすがは僕の探査レーダー、なんていうのは驕りでしょうか?」

 

 

 目標が見つかった事は素直に称賛に値するが、その面倒な言い回しで褒める気が削がれたエンターだった。

 

 

 

 

 

 休憩を言い渡されたバスターズと剣二はすぐに寝静まった。

 だが、敵はこちらの都合など全く考えてくれないものである。

 寝静まっておよそ3時間後、朝10時に叩き起こされたバスターズは道路を疾走していた。

 

 ヒロムはニックが変形したバイクに、リュウジとヨーコは特命部支給の車にリュウジ運転の下、とあるトラックを追跡中だ。

 車には3つほどのダストカップが乗せられている。

 つまり、ソウジキロイドが再びエネトロン強奪を始めたのだ。

 ちなみにこのトラック、昨日ソウジキロイドが奪ったトラックや陣マサトが持って行ったトラックとは別の物。

 つまりそのトラックに乗っていたエネトロンは依然行方不明、ないし既に使われてしまった後だろう。

 

 今回のトラックにはまだ3つしか溜まっていない辺り、被害は少なく抑えられたようだ。

 とはいえ被害が出ていないわけでは無いし、逃がしたらさらに被害は拡大する。

 此処で必ず仕留めるという決意を胸に、3人は追跡を続けていた。

 

 市街地からは離れ、トラックとバスターズは工場地帯近くまで来ていた。

 トラックの荷台にはソウジキロイドが乗っている。

 荷台のソウジキロイドのノズルの先端は掃除機において基本のヘッド。

 本来ならゴミを吸い込む部分からエネルギー弾を発射し、ヒロム達目掛けて撃ってきた。

 バイクのニックを巧みに操作して上手くそれらをかわすヒロム。

 リュウジもハンドルを左右に切って避けた。

 しかし相手の弾幕は止まず、避ける事に集中すると前進だけに集中するトラックと距離をあっという間に離されてしまう。

 

 

「なら……!」

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 

 ヒロムはモーフィンブレスを操作してバスタースーツを転送。

 一瞬両手をハンドルから離して、変身完了の為にブレスをモーフィンブレスのスイッチを押した。

 

 

「レッツ、モーフィン!」

 

 ────Transport!────

 

 

 レッドバスターへと変身し、トランスポッドを勢いよく叩いた。

 基地より転送されてきたのはイチガンバスター。

 イチガンバスターを右手で構え、トラックの荷台とソウジキロイドに向かって引き金を引く。

 ダストカップに当たらないように細心の注意を払いつつだが、その攻撃はソウジキロイドを確実に怯ませている。

 さらにトラックに走った衝撃は運転席のバグラーにも通じたらしく右に左にフラフラと蛇行運転をするようにトラックは減速した。

 

 

「チィ、しつこいですねぇ……!!」

 

 

 苦々しく憎々しげに吐き捨てるソウジキロイド。

 さらに突如としてトラックが止まった事で、荷台のソウジキロイドは勢いよく荷台に叩きつけられてしまう。

 

 

「なぁんですかぁ今度は……!」

 

 

 立ち上がったソウジキロイドはトラックの進路に目を向けた。

 そこにはトラックの行く道を塞ぐように止まっている1台の三輪バイク。

 しかしおよそ通常の三輪バイクでは無く、青と白と金の3色が基調となってフロントカウル部分にはライオンの頭部が付いている。

 さらに、それに乗っているのは肩にゲキリュウケンを担いだ青き剣士、魔弾剣士リュウケンドー。

 この三輪バイクは『レオントライク』。

 通常形態のリュウケンドーの獣王、『ブレイブレオン』が変形したリュウケンドー専用の三輪バイク。

 

 ソウジキロイド出現の報せに、当然剣二も叩き起こされた。

 そしてバスターズが後ろから追跡し、リュウケンドーが先回りをする。

 初めからそういう手筈だったのだ。

 

 

「逃がさねぇぜ、掃除機ヤロウ!」

 

 

 レオントライクから降りてゲキリュウケンの切っ先を見得を切るようにソウジキロイドへ向ける。

 後ろにはレッドバスター、さらに車の中で変身済みのブルーバスター、イエローバスターが続いた。

 横に逃げようにも、一度止まってしまったトラックではそんな小回りは効かない。

 

 

「貴方方はァ……!!」

 

 

 心底腹立たしそうに呟きながらノズルの先端を剣に付け替えるソウジキロイド。

 ソウジキロイドは荷台から飛び降りてバスターズとリュウケンドーをそれぞれ一瞥すると、むしゃくしゃしたような声で叫んだ。

 

 

「本当に私を怒らせてしまったようですよ!!」

 

 

 ソウジキロイドはノズルについた剣を振り回し、まずはリュウケンドーに斬りかかった。

 同じく剣、ゲキリュウケンで斬撃を防ぐリュウケンドーだが、激昂したソウジキロイドの勢いは先日よりも凄まじい。

 一発一発に怒りが込められた重みを感じ、それでいて我を見失っていない。

 ソウジキロイド元来の性格である面倒くささが冷静という形で表れているのか、怒りを伴いながらも攻撃そのものは闇雲でも何でもない。

 

 単純に言えば怒りでパワーアップした。

 それが今のソウジキロイドの状態だ。

 

 

「うわっ!?」

 

 

 下から振り上げた一撃でゲキリュウケンを持った腕が上に弾かれ仰け反るリュウケンドー。

 それは即ち胴体が無防備になった事を意味し、そこをソウジキロイドは蹴りこんだ。

 吹き飛び、アスファルトに転がるリュウケンドー。

 

 

「剣二!」

 

 

 気遣うように叫びつつ、ニックから降りたレッドバスターも戦闘に参加する。

 ニックは人型に変形し、戦闘から少し離れた物陰に隠れた。

 車から降りたブルーバスター、イエローバスターはレッドバスターの後を追って戦闘に加わる。

 レッドバスターはまず、接近しつつイチガンバスターで牽制に数発の射撃を見舞うが、全て剣で叩き落とされてしまう。

 次にイチガンバスターを一旦手放し、レッドバスターはソウガンブレードを転送、接近戦に打って出た。

 

 

「無駄ですよォ!!」

 

 

 敵の攻撃を受け止めるのではなく受け流す事で衝撃を軽くするレッドバスターだが、それは防戦一方である事を意味している。

 気迫の籠った機械音と共にソウジキロイドは瞬く間にラッシュをかけ、レッドバスターに一撃を与えた。

 ダメージで後ろに下がるレッドバスターと入れ替わるように、ソウガンブレードを手にしたブルーバスターとイエローバスターが斬りかかった。

 素早い立ち回りでソウジキロイドの攻撃を避けつつ攻撃を加えていくが、決定打となるような一撃を与えるには至らない。

 怒りによるパワー、それでいて我を失わない冷静さ、そして意外なほどに頑強な体。

 ソウジキロイドは少々手強いと感じ、ブルーバスターとイエローバスターは一旦後ろに下がった。

 ダメージを受けていたレッドバスターとリュウケンドーもそれぞれに得物を持ってその横に並ぶ。

 

 

「っくしょー! 負けねぇぜ!!」

 

 

 攻撃をどてっぱらに受けたとはいえリュウケンドーはピンピンしていた。

 ダメージとはいえまだ一撃、まだまだやれると気合十分だ。

 いざもう一度とゲキリュウケンを構えるリュウケンドーだったが、それを妨げるかのように通信が入った。

 バスターズはモーフィンブレスで、リュウケンドーは鎧の内側、耳の辺りにある通信機でそれぞれ通信に応じた。

 通信の相手は特命部の仲村だ。

 

 

『メガゾード転送反応です!』

 

 

 言葉に全員が驚愕した。

 基本的にメタロイド1体につきメガゾードも1体。

 あけぼの町の戦いの時のような例外もあるが、メガゾードの転送はメタロイドの誕生を意味するからだ。

 目の前にはソウジキロイド、そしてソウジキゾードは既に倒している。

 つまり、新たなメタロイドが発生したという事になる。

 

 

「メタロイドは!?」

 

『今のところ異常消費反応はありません……!』

 

 

 森下も同じ事を思って既に各地の消費反応を調べているが、異常消費は何処にも検知されていない。

 彼等は知らぬ事だが、これはパラボラロイドが生み出された事によるメガゾードだ。

 そしてパラボラロイドに使ったエネトロンは既に奪われ、エネルギー管理局の監視から離れたエネトロン。

 つまり、異常消費反応を検知する事は出来ないのだ。

 

 

『転送完了時間は15分、タイプはα……えっ?』

 

 

 疑問は解けないが自分のやるべき仕事をしようと仲村が転送されてくるメガゾードのタイプを伝えるが、疑問符がついた。

 

 

『質量がいつもと違います……! βやγとも一致しません!!』

 

 

 驚きが通信機越しでも伝わってくる。

 メガゾードの質量は誕生したメタロイドに倣ったチューンナップが施された影響で多少なりとも増減がある。

 とはいえその重量はほぼ一定、今までのデータも持ち合わせる特命部にとってそれを特定する事は容易い。

 しかし、従来のメガゾードの質量全てと一致しないとなると、これはつまり特命部のデータにないメガゾードが出現する事を意味していた。

 

 

「まさか、新型……!?」

 

 

 ブルーバスターの言葉が疑問を解消するのに一番簡単かつ、一番現実的な話だろう。

 かつて奪われた設計図の事もあり、新たなメガゾードが完成しているというのはありそうな話だ。

 

 

『メガゾードも気がかりだが今は目先のメタロイドだ、そちらの殲滅に専念しろ』

 

 

 黒木の司令に全員が「了解」と頷き、臨戦態勢を再び整える。

 通信自体がごく短く済んだおかげか、ソウジキロイドが攻撃を仕掛けてくることは無かった。

 しかしその代わりと言わんばかりに、いつの間にやらソウジキロイドの周りにはバグラーがうようよと出現していた。

 

 

「メガゾードの方も気になる。一気に行こう。」

 

 

 レッドバスターの声に全員が頷き、4人はソウジキロイドとバグラーに突っ込んでいった。

 バグラー達は次々とソウガンブレードとゲキリュウケンに斬り捨てられていくが、ソウジキロイドはそうはいかない。

 

 

「うっとおしいんですよ!!」

 

 

 バグラーの相手をしながらソウジキロイドの相手をするのは厳しく、4人全員でかかっても中々ソウジキロイドには届かない。

 それどころか下手にソウジキロイドを攻撃しようとすればバグラーに止められ、バグラーを気にし過ぎるとソウジキロイドの一閃が来るという悪循環。

 誰もが劣勢と感じていた。

 そんな時、リュウケンドーが閃いた。

 

 

「そうだ……こんな時の獣王だ! 来いブレイブレオン!!」

 

 

 リュウケンドーの叫びに呼応し、レオントライクはその姿を変形させてライオンの姿へと変わった。

 レオントライクはブレイブレオンへと変わり、正しく獲物を狩る獣のように辺りのバグラーを蹴散らしていく。

 

 獣王の力は強大で、バグラー程度の戦闘員なら物ともしない。

 更に一方ではバグラーをニックが倒していた。

 ニックはバディロイドの中では最も素早く、かつ人と同じように立ち回れる。

 ウサダはそもそも人型では無いし、ゴリサキも動きはやや鈍い。

 ニックも戦闘用なわけでは無いが、機械の体であるためかバグラーを相手にする事ぐらいはできるのだ。

 

 

『みんな! こいつ等は任せな!!』

 

 

 バグラーを倒す片手間に親指を立ててサムズアップをしながらニックが言う。

 ニックとブレイブレオンがバグラー達を引き受ける事になった。

 1体と1匹はバグラーに苦戦する様子も無く、4人はソウジキロイドの相手に専念する。

 これでバグラーを気にする事なく戦える。

 戦局は変わり、見た目だけ見ればソウジキロイドが不利だ。

 しかし忘れてはいけない、先程も1人1人を相手にしただけとはいえ、ソウジキロイドはこの4人に引けを取らない戦闘能力を有しているのだ。

 更に言えば新型の疑いがあるメガゾードの転送も迫っている、時間はかけられない。

 

 

「おぉりゃァ!!」

 

 

 いの一番に飛び出したのはリュウケンドー。

 ゲキリュウケンを振るってソウジキロイドを攻撃するが、ノズルの剣で止められてしまう。

 何度も何度もゲキリュウケンで攻撃するが、その全てをソウジキロイドは受け止める。

 

 

「生意気ですッ!!」

 

 

 斬撃を食らったのはリュウケンドー。

 ソウジキロイドの勢いに競り負けてしまったリュウケンドーは火花を散らす。

 さらにソウジキロイドの勢いは止まらず、剣を構えてバスターズに走り出す。

 ソウガンブレードで何とか対峙しようとするバスターズだが、ソウジキロイドはバスターズの間を駆け抜けながら全員に一太刀を浴びせていく。

 結局、全員がソウジキロイドの攻撃を受けるという結果になってしまった。

 

 これはソウジキロイドの怒りによる所も大きいが、4人が焦っている事も起因している。

 メガゾードの転送反応があるという事はメタロイドが別にもう1体存在しているかもしれない事を意味している。

 さらに新型と思わしきメガゾードもあと十数分でやってくる。

 焦りの影響は戦闘に如実に表れていた。

 

 

「さぁ、止めです……ッ!?」

 

 

 ソウジキロイドがノズルを4人に向けた。

 ノズルには小さな銃口がついており、狙撃で最後の一押しをしようという魂胆だった。

 だが、ノズルを向けて狙いをつけた瞬間、4人のさらに後方にいる2つの人影にソウジキロイドは気付いた。

 

 

「虫どもですか……ッ!!」

 

 

 2人の人影、即ち、陣マサトと銀色のバディロイド。

 エネトロンを奪った正体不明の2人が再び乱入者として現れたのだ。

 マサトは4人に向けて叫んだ。

 

 

「おーおー、だぁらしないねぇ。そいつぐらい倒してもらわないとォ」

 

 

 そいつ、という言葉と共に人差し指を指した先にはソウジキロイド。

 隣の銀色のバディロイドも同じポーズを取っている。

 既に怒りを抱えていたソウジキロイドの堪忍袋はその挑発的な態度に完全な限界を迎えた。

 

 

「ポッと出の虫如きが生意気な口をォォ!!」

 

 

 虫と罵る言葉には先日の邪魔による苛立ちが含まれている事が窺える。

 怒りの矛先をぶつけられながらも、マサトは不敵に笑う。

 そして携帯程の大きさの金色の機械を取り出した。

 同じく、銀色のバディロイドも同じ物を持つ。

 

 

「行くぞ、『J』」

 

「了解」

 

 

 Jと呼ばれたバディロイドは頷き、携帯のような機械の後部を引き出し、折り曲げた。

 マサトも全く同じ動きをしている。

 さらに、銃のような形となった機械の前面に付いているグラス部分を展開。

 その状態でトリガーを引いた。

 

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 

 その電子音声は何度も耳にしたソレ。

 バスターズがその身を鎧に包む時の言葉に相違ない。

 それがマサトとJと呼ばれたバディロイドの手に持っている機械から発せられた。

 彼等が持つのは『モーフィンブラスター』。

 ゴーバスターズ3人のモーフィンブレスに相当する物だ。

 

 しかし、此処で疑問が生まれる。

 何故バディロイドまでそれを持っているのか?

 ゴーバスターズ3人のバディロイドであるニック、ゴリサキ、ウサダは戦闘用ではない。

 メガゾードの操縦、その他サポートの為に存在している。

 だからバディロイドは戦闘をする存在ではないという先入観があったのだ。

 

 マサトにスーツが転送されていく。

 それと同時に隣のJからは次々とアーマーがパージされていく。

 パージされた部分はマサトの纏うスーツに移動し、装着されていく。

 そうしている内にマサトには金のバスタースーツが、Jには銀のバスタースーツが装着された。

 最後に2人はモーフィンブラスターのグラス部分を目の高さまで上げ、声を揃えた。

 

 

「レッツ、モーフィン!」

 

 

 言葉と共にヘルメット部分が転送され、目の部分にモーフィンブラスターのグラスが装着されて完全な仮面に。

 マサトが変身したのは、金色のバスターズ。

 

 

「ビートバスター」

 

 

 左手の中指と薬指を曲げてそれ以外の指を伸ばした独特なポーズを取る。

 隣にいるJは右手を左斜め上に振り上げながら銀色のバスターズとなった自分の名を名乗った。

 

 

「スタッグバスター!」

 

 

 名乗りを上げた2人の戦士にこの場にいる全員、驚きを隠せない。

 

 

「嘘!? バディロイドも変身した!?」

 

 

 イエローバスターが放った言葉こそ、驚きの原因だ。

 マサトがビートバスターである事は前回の戦いで分かっていた事だが、まさかバディロイドまで変身するとは誰も思っていなかった。

 

 

『いや、あれ変身ってか脱いでるだろ!?』

 

 

 バグラーをブレイブレオンと共に蹴散らしたニックがスタッグバスターを指差してツッコむ。

 確かに変身プロセスを見ると、スタッグバスターのそれは装甲を切り離してスマートになった上からバスタースーツを転送している。

 ぶっちゃけた話、変身の脱ぐと装着の比率が明らかに脱いでいる方が大きいのだ。

 そしてハッとニックは気付く。

 自分にも、もしかしてあんな機能が────!?

 

 

『ねぇ、脱げんの? 脱げんの!?』

 

 

 自分の装甲をベタベタと触りながら自分もバスタースーツを纏えるのかとドタバタ騒ぐニック。

 跳ね回るニックにレッドバスターは言う。

 

 

「ニック! ……脱げるか」

 

 

 相棒からの容赦のない否定におとなしくなるニックであった。

 一方、変身を完了した2人はソウジキロイドと睨みあっていた。

 

 

「お前は……」

 

「お前は俺が削除する」

 

「被ってる被ってる!!」

 

 

 ビートバスターの言葉を見事に遮るスタッグバスター。

 マサトが姿を見せてから時間はあまり経っていないというのに、このやり取りは3回は見ただろう。

 どうにもJというバディロイドには被り癖とでもいうべき物があるらしい。

 そんなスタッグバスターにビートバスターは頭を小突きながらボヤく。

 

 

「ったくお前、バディロイドとして問題ありすぎだろ?」

 

 

 しかしスタッグバスターは即答する。

 

 

「問題は無い」

 

 

 直後、ソウジキロイドに向かって走り出したスタッグバスター。

 ビートバスターの乱入は想定内な面もあった。

 が、想定外のもう1人の戦士にソウジキロイドも戸惑っていたようで、スタッグバスターの攻撃を咄嗟に防ぐ事しかできていなかった。

 

 1人で勝手に突っ走る、自分の事しか考えていないような目立ちたがり屋なスタッグバスターに苦笑いしつつ、ビートバスターも戦闘に加わった。

 

 

「ま、そういうダメな所が面白いんだけどな!」

 

 

 バスターズとリュウケンドーの横を走り抜けながら呟いた言葉。

 言った本人からすれば何でもない言葉だった。

 だが、その言葉はブルーバスターの1つの記憶をサルベージした。

 

 

「ダメな所が、面白い……」

 

 

 それはかつて、ロボットコンテストの際に陣マサト本人から言われた言葉だ。

 完璧を求めて何が悪いのか。

 ヒロムと同じように当時のリュウジもそう思っていた。

 ロボットコンテストの1位に輝いた人間のロボットは素晴らしい作品であるとリュウジも思った。

 しかし、審査員であるマサトの言葉である『完璧を求めるだけじゃ面白くない』が納得できずにそれを直接問いただした時がある。

 

 『完璧を求めて何がいけないんですか?』

 それに対しての返答だった。

 

 

 ────ダメじゃねぇよ。けどよ、ちょっとぐらいダメなトコがあっても面白いと思わねぇか?

 

 ────完璧なんてつまんねぇ。人間と一緒だよ。

 

 

 天才なのに完璧を求めないそれは、陣マサトの持論であった。

 

 

「本当に先輩……なんですか?」

 

「リュウさん?」

 

 

 呟くブルーバスターに、呟きの意味の分からないレッドバスターが声をかけた。

 ブルーバスターはこの時、確信したのだ。

 

「エネトロンを持って行った理由も、姿がどうして若いのかも分からないけど……。

 あの人は、陣マサトだ」

 

 

 彼が陣マサトそのものであるという事。

 先の言葉でブルーバスターはそれを確信した。

 そして確信めいた口調は他のメンバーにも伝わり、ブルーバスターは何らかの確証に気付いたのだと理解する。

 

 ソウジキロイドと戦うビートバスター、スタッグバスターを見つめる面々。

 どちらにせよ、メタロイドと戦ってくれるのなら加勢しない理由は無い。

 今は敵では無いのなら、そう思いソウジキロイドとの戦いに参加しようとした。

 その瞬間だった。

 

 

「フフ、やはり此処でしたか!」

 

 

 全く唐突な、出し抜けに響いた第3者の声。

 後ろから聞こえた声にバスターズとリュウケンドーが振り向いた。

 その時にはもうミサイルが目前にまで迫っていた。

 

 

「ッ! 危ないッ!!」

 

 

 レッドバスターの声は全員に「避けなくては」という意識を働かせた。

 横に転がる、後ろに跳ぶ、各々回避行動をしようとしたが間一髪遅かった。

 ミサイルは彼等の足元近くに着弾し、大きな爆発を巻き起こした。

 それぞれに回避行動をとっていたお陰で全員、直撃は免れた。

 

 しかし『直撃は』というだけであり、爆発とその衝撃に全員が巻き込まれている。

 爆炎と煙が収まると、地に伏せるバスターズとニック、そして剣二の姿。

 さらに最悪な事にバスターズのヘルメット部分に強い衝撃が加わったためか、ヘルメット部分の装着が解けていた。

 これは鎧が不完全である事を意味し、次の攻撃を食らえば只では済まない事を意味していた。

 しかも剣二に至ってはリュウケンドーの鎧が強い衝撃によって解けている。

 その影響でブレイブレオンも元いた場所に魔方陣を通じて戻ってしまった。

 地に伏せる戦士達は体を起こそうとするが、思いのほか爆発の影響が強い。

 

 戦士達は何とか顔だけでも上げ、ミサイルが飛んできた方向を見た。

 視界に映ったのは、複数の人影。

 

 

「サヴァサヴァサヴァ、ゴーバスターズ」

 

 

 人影の1つ、エンターが実に有意義そうな声を上げ、舞台を歩くかのような演技がかった歩き方でゆっくりと近づいてきていた。

 その横にはアンテナのようなメタロイド、パラボラロイドと取り巻きに数体のバグラー。

 人影の正体は2度目の乱入者、それも新手だった。

 最初の声はエンターの声では無く、バグラーの「ジー」という鳴き声でもなかった所から察するにパラボラロイドのもののようだった。

 

 

「新手のメタロイドか……!」

 

「じゃあメガゾードが転送されてくるのって、あいつのせい!?」

 

 

 吐き捨てる様なヒロムとヨーコの言葉は当たっている。

 これから転送されてくるメガゾードはパラボラロイドの誕生によるものだ。

 一方でエンターは全く倒れ伏す戦士達を見ていない。

 その視線の先にいるのは、ビートバスターとスタッグバスター。

 エンターはパラボラロイドに指示をして、体に仕込まれた機関銃のような物を撃たせた。

 ソウジキロイドと金銀2人のバスターズの間に機関銃によって物理的な火花が散る。

 戦っていた敵味方3人はその一撃でエンター達に気付き、バッとエンターとパラボラロイドの方に振り返った。

 

 

「フム、貴方方ですね?亜空間から来たというのは」

 

 

 相手が自分を認識した事を確認し、ビートバスターとスタッグバスターに対してエンターは切り出した。

 それと同時にソウジキロイドの攻撃が止む。

 未だに怒りに身を震わせるソウジキロイドだが、生みの親であり実質的な上司であるエンターのしようとしている事を邪魔するわけにはいかない。

 

 エンターは「はて」と首を傾げた。

 ビートバスターの他に銀色のバスターズがいる。

 もう1人はクワガタロボットと聞いていたのだが。

 銀色のバスターズがクワガタロボットとイコールなのか、それとも別の何かなのか。

 ともあれ目の前に目的の人物が居る事に変わりは無く、その疑問は今解決しなければならない疑問に比べれば些細な事と割り切り、エンターは再び口を開いた。

 

 

「少々お尋ねしたい事がありますので、付き合っていただきますよ?」

 

「お生憎様、男と付き合う趣味はねぇよ」

 

 

 軽口で返すビートバスターにほんの少し片眉を吊り上げながらも、エンターは2体のメタロイドに指示を出した。

 

 

「ゴーバスターズとリュウケンドーは任せます」

 

 

 言いつつ、エンターはバスターズと剣二を通り過ぎてビートバスター達に接近、自分の袖から数本のコードを伸ばしてビートバスターを縛り上げた。

 近くにいるスタッグバスターがそのコードを切ろうと向かうが、行く手はソウジキロイドに阻まれてしまう。

 

 一方でパラボラロイドと相対するバスターズとニック、剣二の5人。

 何とか地面からその身を起こすが、バスターズの3人はヘルメットの再装着を早くしなくてはいけない。

 剣二もゲキリュウケンを再びモバイルモードから大型化させマダンキーを構える。

 しかし、敵は一切待ってはくれなかった。

 

 

「それでは、追跡ミサイル第2射です!」

 

 

 パラボラロイドが先程と同型のミサイルを発射した。

 ミサイルの標的はたった1人、ヒロムに絞られている。

 1人1人確実に仕留めていくつもりなのだろう。

 ヒロムは何とか体を捻る事でミサイルを避けるが、先程のダメージが残っているのか、ふらついてしまう。

 

 更にマズイ事に、パラボラロイドのミサイルは本人が口にした通り追跡ミサイル。

 例えかわしても追ってくるのだ。

 ヒロムの背後からミサイルが迫る。

 それに気付いてはいるのだが、体が上手く動いてくれない。

 既に誰もがまともに動ける状態では無かった。

 ヒロムは先の攻撃を避けたふらつきが残り、他の2人もヘルメットを装着していない不完全な状態。

 剣二も爆発の影響がモロに残っている上、変身しているうちに着弾してしまうだろう。

 ニックもダメージがあるし、仮に盾になってしまえば今後バスターマシンを動かす事ができなくなる。

 スタッグバスターは依然、ソウジキロイドと交戦中だ。

 

 

「ったく、しょうがねぇなァ……」

 

 

 動けるのは自分だけだとビートバスターは判断し、コードに巻かれたままヒロムの前に立った。

 標的とされていたヒロムの前にビートバスターが立ちはだかった事で、追跡ミサイルの標的はビートバスターへと変わった。

 ビートバスターは迫るミサイルを一度転がって避けると、エンターの元へと走った。

 

 

「やっぱ付き合ってもらうわ!!」

 

 

 ビートバスターが何をしようとしているのかに気付いたエンターだったが、一瞬遅かった。

 エンターに飛びかかるビートバスター。

 追跡ミサイルはビートバスターの背後に迫っている。

 そして、ミサイルは正確に標的へと命中し、辺りを巻き込んだ爆発を起こした。

 これが意味するところは1つ。

 ビートバスターはエンターを道連れにミサイルの餌食となってしまったという事だ。

 

 その光景に誰もが驚いた。

 自分の命を投げ打つような行為をいとも容易く行ってしまったのだから。

 爆発が収まった後、そこにはビートバスターもエンターもいなかった。

 粉々に吹き飛んでしまったかのように。

 

 

「先輩……」

 

 

 驚きが詰まった声、本人と確信して数分と経たない急展開の現状に悲しみすら湧き上がる余地がない。

 

 

「フッ!!」

 

 

 一方でマサトの相棒であったスタッグバスターは何1つ動揺せずに戦闘を続けていた。

 むしろその様子にソウジキロイドが困惑している。

 

 

「貴方の相棒は消えましたよ! なのに何故平然としているのですか!!」

 

「消えてなどいないからだ」

 

 

 言葉の意味を理解する前に、ソウジキロイドはスタッグバスターのハイキックを食らって吹き飛んでいた。

 スタッグバスターはソウジキロイドを後に回して大きくジャンプし、バスターズとリュウケンドーの元に着地。

 パラボラロイドに相対した。

 当のパラボラロイドはと言うと、事故とはいえエンターに攻撃を当ててしまった事に慌てている様子だった。

 

 

「……了解、俺のマーカーシステム起動」

 

 

 スタッグバスターは何かに対して了解と頷き、両手をこめかみに当てる様なポーズを取る。

 するとスタッグバスターのヘルメット、その丁度こめかみの辺りが点滅した。

 

 次の瞬間、衝撃的な光景が目の前に映った。

 

 スタッグバスターから少し離れた地点に何らかのデータが転送されてくる。

 それはイチガンバスターやソウガンブレード、バスタースーツが転送されてくるそれに非常に酷似していた。

 それは成人男性程の高さまで積み重なり、多量のデータは人の形を造り上げた。

 その後ろ姿にこの場の全員見覚えが、否、先程まで見ていた。

 データより出現した男性は高らかに叫んだ。

 

 

「ふっかーつッ!!」

 

 

 陣マサトが再び、この世に出現した。

 驚愕に次ぐ驚愕。

 爆散したと思われていた人間が目の前でデータとして再構成されたともなれば驚かない筈がない。

 

 

「よっ! 驚いた?」

 

 

 当事者は何食わぬ顔で手を振っている。

 しれっととんでもない事をやらかしている先輩にリュウジが食ってかかる。

 

 

「当然ですよ……! 今のは一体……!?」

 

「成程……」

 

 

 この状況下の中、納得したような声を上げる者が1人。

 声の主はこの空間には『まだ』いない。

 先程のマサトと同じく、データが何処からか転送され人型を構成する。

 形作られたその姿はエンター。

 今の声の主もまた、エンターだ。

 

 

「貴方、アバターですね?」

 

「当たり。ま、お前も同じだから当然か」

 

 

 アバターという言葉に聞き覚えの無いヨーコがリュウジに質問し、その場の全員に向けて説明をした。

 要するにアバターとは『自分の分身』の事である。

 エンターもマサトも本体は亜空間に存在し、そこから自分の分身を送り込んでいるに過ぎないという事だ。

 データとして送る姿は発信者がある程度自由に決める事が出来る。

 つまり、マサトが13年前の容姿である事もこれなら説明がつくのだ。

 

 

「俺は違う。俺は本当に亜空間から来た」

 

 

 エンターの言葉と周りの考えを否定するようにスタッグバスターが割り込んだ。

 曰く、彼はマサトの『マーカー』なのだという。

 マーカーとは何かを転送するときの座標となるものだ。

 例えば敵メガゾードの転送はメタロイドをマーカーに行われる。

 つまりJという存在はマサトというアバターが存在するのに必須の存在なのだ。

 

 

「俺は絶対に亜空間から戻る。

 だからゴーバスターズ、お前達にはもっと強くなってもらわなきゃ困るんだよ。

 特にエースパイロットの桜田ヒロム! お前にはな」

 

 

 マサトはヒロムを指差し、強い眼差しで自分の決意を語る。

 彼が戦いに赴く明確な理由はそれであった。

 生きたい、帰ってきたいという亜空間に巻き込まれた人間なら皆思ったであろうと想像できる思いを胸に。

 

 

「今のままじゃヴァグラスは倒せない。いや、この世界の危機全部そうだ。

 その点じゃリュウケンドー……だっけ? お前もだぜ」

 

 

 全員が押し黙った。

 そう、この世界に迫る脅威はヴァグラスだけではない。

 頻発するノイズ、ジャマンガ、まだ見た事は無いが怪人の存在……。

 ゴーバスターズやリュウケンドーがこれから相手にしていかなければならない連中は多い。

 

 マサトの言葉に剣二は拳を握りしめた。

 こいつは強いと心の底から感じた敵が剣二には1人いる。

 一度は退けた、いや、あれを退けたと言っていいのか分からない、同じく剣を使うジャマンガの騎士。

 それに、以前あけぼの町に来た兄弟子から送られた言葉。

 鹿児島弁で頑張れの意、『きばいやんせ』。

 もっともっと強くなりたい。

 今のままではダメだと、剣二も感じない事は無かった。

 

 

「おうよ……!!」

 

 

 剣二の気迫の籠った返事にマサトも満足げにニヤリと笑う。

 

 

「亜空間でエネトロンを盗んだのも貴方方ですね? 大方転送用ですか」

 

 

 エンターは状況を冷静に分析した。

 転送という行為は何を転送するにしてもエネトロンを使う。

 メガゾードは元より、アバターであっても、バスタースーツであってもだ。

 最初にJを送りこんだ時の転送はメガゾードに紛れ込んだものだとしても、その後活動し、バスタースーツを転送する為にもエネトロンは必須。

 恐らくその為にエネトロンを掠めていたのだろうとエンターは判断した。

 

 

「そんなトコかな」

 

 

 マサトもエンターの考察を認めた。

 別段隠すような事でもないからだ。

 しかし、エンターは気が晴れたように口角を上げた。

 今此処で、エンターの持っていた疑問は全て解消されたのだ。

 ノイズを操る人間、亜空間から漏れるエネトロンの行方、ビートバスターとクワガタロボットの正体。

 大小の程度はあれどエンターに思考を余儀なくさせていた事象は全て解決した。

 

 

「問題解決。これで心置きなく貴方方を潰せます」

 

 

 心底スッキリしたようなエンターの言葉を切っ掛けにソウジキロイドとパラボラロイドが横に並ぶ。

 取り巻きには数十体のバグラー。

 しばらく放っておかれ、エンターの登場もあったソウジキロイドは怒りも少し沈静化したのか、それとも興が削がれたのか、最初の面倒くさがりな一面を取り戻していた。

 

 

「ハァ、じゃあまずはバグラー。行ってください」

 

 

 バグラーにやる気なく指示するソウジキロイド。

 やる気のない上司の指示でもバグラーは素直に従う。

 変身する間も与えず、数十体のバグラー達は戦士達に突っ込んできた。

 手に持っている武器は爪としても使えるハンドガン。

 何体かはそれを構えている辺り、攻撃を避けながら変身するしかない。

 現状、スタッグバスター以外は変身も出来ていないのと相違ないからだ。

 各々構える戦士達。

 

 だが、突如として今回3度目の乱入者が現れた。

 

 

「ジー!!」

 

 

 何者かがこの戦場にバイクで突っ込んできて、あまつさえ勢いそのままにバグラーを軒並み轢いて行ったのだ。

 バグラー達は悲鳴を上げてその衝撃に倒れ伏していく。

 倒せてはいないがダメージを与え、変身する隙は十分に与えただろう。

 バイクはバスターズと剣二の元で止まり、操縦者はヘルメットを脱いだ。

 

 

「門矢!」

 

 

 ヒロムがバイクの主の名を呼んだ。

 今しがたバイクで登場したのは士、彼等にとっての心強い仲間の1人だ。

 当の士は不機嫌そうな顔をしながら二課で支給されている通信機をポケットから引っ張り出した。

 

 

「こいつがピーチクパーチクうるさいんだよ。仕方なく来ただけだ」

 

 

 見るからな悪態をつく士。

 だが、その言葉を通信機越しに聞いていたのか、通信機からツッコミが飛んできた。

 

 

『口では色々言っても、現着は随分早かったじゃないか』

 

 

 二課の弦十郎の声だった。

 素直になれない子供をなだめる様な弦十郎の言葉に士は顔を背けて黙ってしまった。

 そんな様子に苦笑いする一同、剣二だけはからかうようにニヤニヤとしている。

 士という人物は尊大な態度の裏に優しさなり、人を思う心を隠している。

 1ヶ月そこらの付き合いでそれに気付くものは少ない。

 だが、少なくとも弦十郎はそれに気付いている様子だった。

 

 なお、本日は平日なので響は学業優先という二課の判断で出撃していないそうだ。

 それを聞いた士は「俺だって先生だぞ」とボヤいている。

 自分で授業数を減らしたが為に出撃可能になってしまった事を少し悔いたような表情だった。

 

 

「あれ、もしかして弦ちゃん!? ひっさしぶりー!」

 

 

 一方で通信機の声を聞いて過剰な反応を示したのはマサトだ。

 聞き慣れない『弦ちゃん』という単語を出して士の通信機に声を向けた。

 

 

『その声その呼び方……陣か!』

 

「そういやお偉いさんになったんだっけ?黒リンから話は聞いてるぜー」

 

 

 親しげな様子で話す弦十郎とマサトの間で、これまた聞き慣れない『黒リン』という単語が出た。

 不謹慎な状況と分かりつつもヨーコは好奇心を抑えられなかった。

 

 

「あの、弦ちゃんとか黒リンって……?」

 

「ん?弦ちゃんは弦ちゃん、黒リンは黒リンだよ。お前等の司令官だろ?」

 

 

 ほんの一瞬、全員が思考した。

 そして全員がほぼ同じタイミングで同じ思考に辿り着いた。

 弦十郎に対して弦ちゃん、これは弦十郎に対してのあだ名と見ていいだろう。

 では黒リンとは?

 黒から始まる名前で、マサトと親しい人物は彼等が知るところには1人しかない。

 

 

「……弦十郎司令に黒木司令?」

 

 

 ヨーコの出した名前にその場の全員が噴出した。

 士は嘲るように、ヒロムやリュウジもやや口角を上げているし、剣二に至っては大笑いだ。

 

 

「ハッハハハ!! 黒『リン』って……似合わねー!!ハハハ……」

 

 

 剣二の言葉に全員が賛同していた。

 普段厳格で真面目で仏頂面の黒木司令に『リン』なんて末尾は大よそ似合わない。

 ぶっちゃけ、イメージ崩壊待ったなしである。

 あの屈強な弦十郎に対して『弦ちゃん』というあだ名も相当でそれも彼等のツボに入っていた。

 

 しかしながら今は戦闘の真っ最中。

 笑みが零れる中、やはりというべきか真面目なヒロムの立ち直りが早かった。

 

 

「みんな! いい加減笑ってられないぞ」

 

 

 ヒロムの一声でリュウジとヨーコの表情が一変した。

 さすがはプロというべきか、バスターズの3人は切り替えが早い。

 剣二も笑いを徐々に収めて「おっし!」と気合を入れた後、ゲキリュウケンを構える。

 士もいつもの不機嫌なのか仏頂面なのか分からない表情に戻った。

 マサトだけは笑みを崩さない。

 その笑みは、所謂余裕の笑み。

 勝てると踏んだような、油断でも慢心でもない笑みだ。

 轢かれたダメージが抜けたのか、バグラーはようやく立ち上がる。

 短い時間ではあったが、今のやり取りでイライラが再び募った様子のソウジキロイドと、物腰穏やかというか、エンターも呆れた妙な態度を崩さないパラボラロイド。

 

 ヒロム、リュウジ、ヨーコ、マサト、剣二、士、そして変身しているスタッグバスターが横に並ぶ。

 ニックはヒロムに特命部に戻るように促され、その場から離脱した。

 メガゾードに対抗するためのバスターマシンの発進にはバディロイドが本部に戻る事が不可欠だからだ。

 去り際に「気をつけろよ、みんな!」と言い残してニックは走り出した。

 ニックは戦闘能力があまり無い、言わば守護対象に近い。

 だがその対象が安全な場所に離脱したとなれば、心置きなく戦えるというわけだ。

 

 

「行くぞ!」

 

 

 ヒロムの一声と共に、各々が変身のアイテムを構える。

 バスターズの3人はヘルメットの再装着の為にモーフィンブレスを。

 マサトはアバターの再構成に伴って変身解除されている為モーフィンブラスターを。

 剣二は先程から手に構えていたゲキリュウケンとマダンキーを。

 士はディケイドライバーとディケイドのカードを。

 

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 

「リュウケンキー! 発動!」

 

「変身!」

 

 

 ────チェンジ、リュウケンドー────

 

 ────KAMEN RIDE……DECADE!────

 

 

「撃龍変身!」

 

「レッツ、モーフィン!」

 

 

 それぞれにそれぞれの変身プロセスを経て、全員が変身を完了した。

 5人となったゴーバスターズ、さらにリュウケンドーとディケイドが一堂に会した瞬間だ。

 

 

「レッドバスター!」

 

「ブルーバスター!」

 

「イエローバスター!」

 

「ビートバスター!」

 

 

 ビートバスターは自分が名乗った後、何も言おうとしないスタッグバスターを「お前もだ」と小声で言いながら小突いた。

 所謂、場の流れというやつだ。

 おとなしくそれに従うスタッグバスターはもう一度先程と同じポーズを取った。

 

 

「スタッグバスター!」

 

 

 バスターズの名乗りに続き、リュウケンドーも名乗りを上げた。

 

 

「リュウケンドー! ライジン!」

 

 

 リュウケンドーはちらりとディケイドの方を向く。

 視線に気づいたディケイドはリュウケンドーを横目で見やった。

 

 

「なんだ」

 

「お前は何かねぇのか?」

 

「無い」

 

 

 場の流れというものは確かに存在しているだろうが、名乗りに相当する言葉などディケイドは持ち合わせてはいない。

 しかしそのぶっきらぼうな態度がリュウケンドーの癇に障ったらしく、リュウケンドーは頭の後ろを掻いて不機嫌そうにディケイドに半ば怒鳴るように言った。

 

 

「ったぁー! ノリ悪ィな!! 前から思ってたけど何だよその態度!

 何なんだよお前!?」

 

 

 普段の尊大な態度もあってかリュウケンドーは怒った。

 しかし、その怒りをなだめるでもなく、ディケイドはリュウケンドーの問いに答えて見せた。

 

 

「通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ」

 

 

 ディケイドから放たれた言葉にポカンとするリュウケンドー。

 

 

「なんだよ、名乗りあんじゃねーか」

 

 

 ディケイドからすると今の台詞は名乗りなのかと疑問に思う。

 確かに色んな世界で「何者だ」と聞かれるたびにこう答えてきたが、別段名乗りでは無い、というか結局名乗っていないと思うのだが。

 そんなやり取りに溜息をつきつつ、レッドバスターは両手首を重ね、場を仕切りなおすように普段よりも大きな言葉で言った。

 

 

「バスターズ!! レディ……」

 

 

 バスターズ全員が腰を落とし、走り出す体勢に移る。

 ディケイドはライドブッカーをソードモードにして構え、リュウケンドーもまたゲキリュウケンを担いだ。

 

 

「ゴー!」

 

 

 レッドバスターが両手首を叩くのが合図となり、戦士達は敵の群れへと駆け出した。




────次回予告────
メタロイドにメガゾード、敵は多いがこっちも7人だ。
俺達7人、力を合わせて戦うぜ!
だけど、新型メガゾードまで現れちまった。
ビートバスターとスタッグバスターには何か策があるみたいだ。
次回は、ゴーバスタービート、ライジン!


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第29話 ゴーバスタービート

 メタロイドとの戦いは確かにエネトロンの強奪被害を食い止めるために大切な事ではあるが、忘れてはならないのはメガゾードだ。

 今回のメガゾードには新型の疑いがかかっている。

 戦闘中にモーフィンブレスに入った森下の推察によれば、「以前奪ったエネトロン全てを使ってメタロイドを生み出したとしたら、新型が来る事にも納得がいく」との事だ。

 

 実際、その推察は当たっている。

 勿論、それが本当かどうかを確かめる術はバスターズにはないが、悪い意味での可能性がある以上油断はできない。

 2体のメタロイドの取り巻きであるバグラーを蹴散らしながらも頭の片隅でそんな事をレッドバスターは考えていた。

 そんな中、モーフィンブレスに仲村からの通信が入る。

 

 

『バスターマシンを発進させました。メガゾードはあと1分で転送完了です!』

 

「了解!」

 

 

 徒手空拳で正確にバグラーを仕留めつつ返事をする。

 バグラーを相手取っているのはレッドバスターとディケイド。

 他の5人はそれぞれメタロイドを相手に奮闘中だ。

 

 

「一気に決める。できるか門矢」

 

「誰に物言ってる」

 

 

 レッドバスターと背中合わせになったディケイドは実に偉そうな口ぶりで1枚のカードを取り出しながら答えた。

 カードには黄色い複眼のライダーが描かれている。

 ディケイドはそれをディケイドライバーに変身と同じ要領で装填し、発動した。

 

 

 ────KAMEN RIDE……FAIZ!────

 

 

 赤いラインがディケイドの全身に走り、一瞬強く発光したかと思うとディケイドは全く別の姿へと変わった。

 赤いラインに黒いボディ、黄色の大きな複眼が特徴的な仮面ライダー。

 別の世界の仮面ライダー、『仮面ライダーファイズ』にその姿を変身させたのだ。

 以前救助の時に見たクウガやリュウケンドーとの初共闘の際に見た響鬼に続き、また新たな姿を見せたディケイドにレッドバスターは驚きを通り越して呆れる様な声を出した。

 

 

「どれだけあるんだ、そういうの」

 

「さてな。こういうのも含めたらかなりあるぜ」

 

 

 こういうの、と言いつつさらにカードを取り出した。

 カードにはファイズが描かれている。

 しかし相違点があり、今ディケイドファイズが取り出したカードに描かれたファイズは赤い複眼で、胸の装甲が展開している。

 ディケイドファイズはそのカードを発動した。

 

 

 ────FORM RIDE……FAIZ! ACCEL!────

 

 

 そしてディケイドファイズはカードに描かれた姿へと変わった。

 赤い複眼に胸の装甲が肩の位置まで展開、さらに体に走っていた赤いラインは銀色へと変化した。

 この姿はファイズがフォームチェンジした姿、『ファイズ・アクセルフォーム』だ。

 

 

「あと1分でメガゾードが来る、急ぐぞ!」

 

「1分? 10秒で十分だ」

 

 

 言いつつ、ディケイドファイズ・アクセルフォームは左手首に追加された腕時計型の装備、『ファイズアクセル』の赤いボタンを押した。

 

 

 ────Start up────

 

 

 電子音声と共に腕時計の電子数字を表示する部分が『10』を示した。

 次の瞬間、バグラーとレッドバスターの視界からディケイドファイズは消え去った。

 否、視界にはいる。

 あまりのスピードに視認できていないだけだ。

 

 アクセルフォームとはその名の通り加速する為の姿。

 その速度、およそ通常の1000倍。

 常人どころか怪人でもそれを捉え切れる存在は少ない。

 ただし、アクセルフォームの加速を使える限界時間は10秒間。

 ファイズアクセルが10からカウントを始めているのは制限時間を知らせる為なのである。

 

 

「加速か、なら……!!」

 

 

 レッドバスターも腰を落とし、勢いよく走りだした。

 瞬間、今度はバグラーの視界からレッドバスターも消え去った。

 ワクチンプログラムをインストールされた事による常人を超えた力。

 ヒロムの場合はそれが『加速』という形で表れている。

 加速と言っても常人が視認できるような加速では無く、アクセルフォームのように人知を超えた加速だ。

 相手からすれば瞬間移動にも等しいその速度はアクセルフォームに匹敵するかもしれない。

 

 2人の戦士は超加速の中でバグラー達を蹴散らしていく。

 バグラーは何が起こったのか分からないまま次々と倒れ伏していった。

 もしもこの光景を見ている第3者がいたとしたら、何もしていないのにバグラー達が倒れているようにしか見えないだろう。

 それほどまでに2人は驚異的なスピードで動いているのだ。

 

 

 ────Three Two One────

 

 

 ファイズアクセルが残り3秒である事を告げ、遂にカウントは0になった。

 

 

 ────Time out────

 

 

 電子音声と共にディケイドファイズの高速移動が終了する。

 それに続いてレッドバスターも超加速を止めた。

 

 

 ────Reformation────

 

 

 ファイズアクセルから発せられた電子音声に連動してディケイドファイズの肩に展開していた胸部装甲が元の位置に戻り、複眼の色も再び黄色に。

 アクセルフォームから元のファイズの姿へと戻ったのだ。

 10秒という制約つきでも十分すぎる程の加速を手に入れる事が出来る姿。

 それがアクセルフォームなのだ。

 

 ディケイドファイズはさらに、自分の姿を元のディケイドの姿へと戻した。

 辺り一帯のバグラーは全滅させ、アクセルフォームも解かれた今、ファイズの姿である意味は無いと判断したためだ。

 レッドバスターはディケイドの方に振り返る。

 

 

「やるな、お前のスピードも」

 

 

 自惚れではないが、レッドバスターは自分の加速能力が驚異的であると自覚している。

 ワクチンプログラムによるヒロムのスピード、リュウジのパワー、ヨーコのジャンプ力はどれも常人がどれだけ鍛えても達せない程の域だ。

 だが、ライダーの力を行使するディケイドはそれに付いていく事ができる。

 しかしディケイドは鼻を鳴らしてその言葉を否定した。

 

 

「『俺の』、スピードじゃないがな」

 

 

 レッドバスターにその言葉の意味は分からなかった。

 ディケイドの力は他の9人の仮面ライダーに変身し自在にその能力を使う事。

 しかしそれは他のライダーの力であって、ディケイド本人の力では無い。

 尤も、ディケイドの力が『他のライダーの力』とイコールなのだからどうしようもないのだが。

 

 そうこう言っている内にバスターマシンが到着した。

 CB-01、GT-02、RH-03の3台がすぐ近くに停まっている。

 CB-01から離脱していたニックの声が響く。

 

 

『ヒロム! 早く乗れ! メガゾードが来るぜぇ!!』

 

 

 頷いたレッドバスターはCB-01に向かって急いだ。

 直後には敵メガゾードが空中に出現。

 転送が完了して、今まさに地上に自由落下しようとしているところだ。

 ディケイドはレッドバスターの後ろ姿を見送り、他の戦闘中の仲間を見渡した後、呟いた。

 

 

「……この調子なら、あとはデカブツだけか」

 

 

 敵メガゾードが降り立つ中、既に他の戦闘にも決着がつきかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉらよっと!!」

 

 

 ビートバスターの余裕の拳がソウジキロイドに突き刺さる。

 ビートバスターとスタッグバスターはソウジキロイドの相手を続けていた。

 新たな戦士という事で2人の力が推し量れていないのもあってか、かなり優勢だ。

 そもそも先程、一時的にマサトが消えていた時にスタッグバスター1人にすら苦戦していたソウジキロイド。

 それにビートバスターが加われば勝てるのは道理。

 勿論ソウジキロイドはバスターズ3人とリュウケンドーを苦戦させた強敵ではある。

 スタッグバスターが1人で戦えたのも新たな戦士である事と敵の動揺による所も大きいだろう。

 

 今や初登場故のアドバンテージはビートバスターにもスタッグバスターにもない。

 だが、だからと言って勝てなくなるほどその差が埋まる訳でもない。

 

 

「本当、生意気ですねぇ!!」

 

 

 イライラを一切隠さないまま、ノズルを剣に換装してビートバスターに斬りかかる。

 しかし、ビートバスターの足を払うように振るった剣は縄跳びを跳ぶかのようにヒョイと避けられてしまう。

 その隙にスタッグバスターが後ろから飛び蹴りを浴びせた。

 背後からの衝撃で前に仰け反ってしまったソウジキロイド。

 前方にいるのは斬りかかろうとしたビートバスターなのだから、そちらによろければ追撃が来るのは当然だ。

 ビートバスターはよろけるソウジキロイドに上手い事タイミングを合わせてソウジキロイドの顎にアッパーを繰り出した。

 正確に顎を捉えた拳による衝撃でソウジキロイドは宙を舞って背後のスタッグバスターすらも飛び越えた先の地面に落下した。

 

 しかしまだまだ体力は残っている。

 あまり時間をかけずに立ち上がったソウジキロイドはノズルの先端を剣から通常のヘッドに付け替え、光弾を発射した。

 

 

「おっと!」

 

 

 地面を左に右にと転がって光弾を避けるビートバスターとスタッグバスター。

 着弾した光弾はアスファルトに穴を空けていく。

 相手が射撃に攻撃方法を転換した事を機に、2人は3人のバスターズと同じ位置に取り付けられている銀色のトランスポッドをタッチした。

 

 

 ────Transport!────

 

 

 転送されてきたのは変身に使用したモーフィンブラスター。

 モーフィンブラスターは変身用のツールである。

 しかしモーフィンブレスとは違い『ブラスター』の名を冠しているだけあり、それは銃にもなるのだ。

 

 モーフィンブラスターを構え、引き金を引く2人は敵の光弾を相殺していく。

 ソウジキロイドは1人、対して金銀の昆虫は2人。

 単純に手数が2倍であるのだからソウジキロイドが押されるのは当然。

 スタッグバスターの銃撃がソウジキロイドの攻撃を全て相殺し、ビートバスターの銃撃は障害に晒される事無く命中する。

 銃撃が直撃したソウジキロイドは火花を散らして仰け反り、後ずさる。

 それと同時にソウジキロイドの光弾も止んだ。

 

 この時丁度、敵メガゾードの転送が完了する。

 巨体が空中から地面に着地した衝撃でそれに気付いたビートバスターは目の前のメタロイドとの決着を急ぐ事にした。

 それにはある理由があり、『ある事』を試してみたいからだ。

 その為には敵メガゾードには居てもらう事が望ましい。

 とはいえその為にメタロイドを放っておくわけにもいかない。

 ならば、決着をつけるという形で早々にこの場を切り上げるのが一番だ。

 

 

「決めるぜ」

 

 

 ビートバスターの言葉と共に、2人は同時にモーフィンブラスターの引き金を長く引いた。

 

 

 ────Boost up! for buster!────

 

 

 2人のモーフィンブラスターから同時に電子音声が鳴り、エネトロンがチャージされる。

 さらに2人はグリップ部分に向かって必殺のキーワードとなる言葉を叫んだ。

 

 

「「Come on!」」

 

 

 モーフィンブラスターは変身の際も攻撃の際にも音声入力を必要とする。

 気取るように言ったこの一言も認証の為の言葉だ。

 スタッグバスターはビートバスターの前に立ち、モーフィンブラスターを構えた。

 物の見事にビートバスターの前に被っており、射線はおろかソウジキロイドすら見えない。

 

 

「被るな!」

 

 

 スタッグバスターの頭を右に倒し、それによって空いたスタッグバスターの左肩にビートバスターは自分の手を置いた。

 2人のモーフィンブラスターは変身の時と同じようにグラスが展開しており、そのグラスは敵を狙う照準器となっている。

 エネトロンが完全にチャージされ、音声入力も認証されたモーフィンブラスターの引き金を2人は引いた。

 2つの強烈な弾丸はソウジキロイドを真正面から突き破る。

 断末魔を上げる間もなく、ソウジキロイドは爆散した。

 

 

「まっ、こんなもんかァ?」

 

 

 スタッグバスターの左肩から手を退け、くるりと回って自慢するようなポーズを取った。

 新たな戦士ビートバスターとスタッグバスター。

 少々おちゃらけた一面もあるが、実力は本物だ。

 ビートバスターは降り立ったメガゾードに目をやった。

 

 

「さぁてと……」

 

 

 ビートバスターは『ある事』を試すのが楽しみなのか、仮面の中でニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 リュウケンドーとブルーバスター、イエローバスターはパラボラロイドを相手にしていた。

 しかし彼等はやや決着を急いでいた。

 何故なら、既に数十秒前にメガゾードの転送が完了してしまっていたからだ。

 戦いが長引けばGT-02とRH-03で援護に向かう事が出来ないし、ゴーバスターオーにもなれない。

 

 戦闘中のパラボラロイドの機銃攻撃は隙が無く、ミサイル攻撃は強力の一言だ。

 おまけにミサイルは追尾式。

 しかしながら、その逆に近接戦はあまり得意では無いらしい。

 アンテナ型の槍を持っていても近接戦においてソウジキロイド程の強さは感じない。

 ブルーバスターとイエローバスターのイチガンバスターでの援護を受けて接近戦に持ち込めたリュウケンドーはそれを感じていた。

 

 

「良い勝負になる、そう思うのは自惚れでしょうかっ!?」

 

「自惚れどころか勘違いだぜッ!!」

 

 

 パラボラロイドの言葉を強く斬り捨て、アンテナの槍を叩き落としてゲキリュウケンの斬撃を浴びせる。

 さらにリュウケンドーの後ろで控えるブルー、イエローバスターの銃撃が追い打ちをかける。

 怯むパラボラロイド、今がチャンスと言わんばかりにリュウケンドーはマダンキーを取り出した。

 

 

「一気に行くぜ! ファイナルキー、発動!」

 

 

 ────ファイナルブレイク────

 

 

「ヨーコちゃん、俺達も」

 

「うん!」

 

 

 ブルーバスターとイエローバスターは基地からソウガンブレードを転送し、イチガンバスターと連結。

 スペシャルバスターモードへと移行した。

 

 

 ────It's time for special buster!────

 

 

 2人はスペシャルバスターモードとなったイチガンバスターをパラボラロイドに照準を合わせ、パラボラロイドが怯みから抜ける前にエネルギーを放った。

 2つの強力なエネルギー弾はパラボラロイドに命中し、それだけでも爆散しかねない威力。

 高威力の攻撃を食らったパラボラロイドにリュウケンドーはエネルギーの溜まったゲキリュウケンを携え接近。

 

 

「ゲキリュウケン! 魔弾斬り!!」

 

 

 掛け声とともに縦に真っ二つに切り裂いた。

 既に最初の一撃で機能停止寸前だったパラボラロイドにとって、今の一撃は完全な止め。

 火花を散らせて前屈みに倒れ、内部の機械がショートした影響なのか、その身を爆散させた。

 リュウケンドーはゲキリュウケンを構え直す。

 そして弔いか、はたまた二度と帰ってくることなかれという意味を込めてか、敵を撃破した時に必ず発する言葉を贈った。

 

 

「闇に抱かれて、眠れ……!」

 

 

 パラボラロイドの機能停止が起こした爆炎に振り返るリュウケンドー。

 その向こうのブルーバスターとイエローバスターはGT-02とRH-03に向かおうとした。

 が、しかし。

 

 

「させませんよ」

 

 

 出し抜けに響いた声に3人が勢いよく振り返った。

 見れば、いつの間にか3人の近くにはエンターがGT-02とRH-03への道を塞ぐように立っていた。

 更にエンターが手をスッと上に上げると、何処からともなく紫色の兵士が現れる。

 

 

「ギジャー!」

 

 

 それは遣い魔。

 ジャマンガが保有する戦闘員だ。

 突然のジャマンガの登場にリュウケンドーも驚きを隠せない。

 

 

「何でだ!? ジャマンガ何てどっから!?」

 

 

 リュウケンドーの言う通り、今回の事件の中でジャマンガは一切その姿を現してはいない。

 バグラーならともかく何がどうして遣い魔が出てくるというのか。

 エンターは口角を上げ、その疑問に律儀にも答えた。

 

 

「我々とジャマンガは既に協力関係にあります。遣い魔程度でしたら私にも貸し出してくれたのですよ」

 

 

 遣い魔はバグラーと同程度の戦闘員である。

 だが、これを貸してくれるというだけでもエンターにとっては少し助かる面があった。

 バグラーはメタロイドに比べると非常に少量のエネトロンで大量に生み出す事が出来るコストのかからない兵士だ。

 

 とはいえ微量とはいえかかるのは事実。

 それを何度も繰り返して行けば塵も積もれば山となるわけで、使わない事に越した事はない。

 一言で言うと節約になるというのが助かる主な理由だ。

 節約と言ってしまうと人知を超えた悪の組織なのに何やら間抜けに聞こえるが、これは意外と馬鹿にできない。

 

 これを続けられると前回のあけぼの町での戦いの時のように、メガゾードを大量に転送する分のエネロトンを溜める事ができたりもする。

 先の事を考えると、例えばヴァグラス側が何処かのタイミングで勝負に出た時、大量のエネトロンを一気に使う事ができるようにもなるのだ。

 そもそもエンターが他の組織と組んだ利点はそこにある。

 

 

「では、遣い魔達とお戯れを……」

 

 

 深々としたお辞儀と共にエンターは遣い魔だけを残してデータとなり消えた。

 残された大量の遣い魔は3人に向かってくる。

 放っておくわけにもいかず、更に遣い魔は明らかにGT-02とRH-03に行かせないように動いていた。

 

 ただ戦うだけならリュウケンドーに任せて先に行くという事もできるのだが、足止めのみに遣い魔が集中しているせいかそれができる気配すらない。

 何より数が馬鹿にならなかった。

 レッドバスターの援護に行けない事に歯痒さを感じつつも、3人は遣い魔との戦いを余儀なくされてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 メガゾードの転送完了はソウジキロイド、パラボラロイドの撃破を待たずして完了してしまった。

 その為、先にバグラーを片付けたレッドバスターがゴーバスターエースで相対する事になっていた。

 エースの眼前にはパラボラロイドのデータをインストールされたタイプαが既に地上に降り立っている。

 

 姿形は殆どパラボラロイドそのもので、ご丁寧にアンテナ型の槍も所有している。

 名付けるなら『パラボラゾード』と言ったところか。

 しかし此処で特命部司令室にも、そして戦場のゴーバスターズにも1つの疑問が過った。

 その疑問を代弁するかのようにモーフィンブレス越しに仲村の戸惑う声が聞こえてくる。

 

 

『やっぱり、ただのα?』

 

 

 質量がいつもと違い、新型の可能性があると示唆した。

 だが、送られてきたのは見ての通りのただのタイプα。

 そうであるならばあの質量の違いはなんだったのかと疑問に思わざるを得ない。

 しかしメガゾードを前にしてゆっくり考え事というわけにもいかず、レッドバスターは早々にゴーバスターエースを動かした。

 

 

「とにかく、コイツを倒す!」

 

 

 エースはバスターソードを構えてパラボラゾードに向かって行く。

 バスターソードとアンテナ型の槍がぶつかり合い、巨大な物同士がぶつかって激しい音が響く。

 αはスピードに優れている形態ではあるが、現れる敵メガゾードの中では一番古参の型番。

 ゴーバスターオーにならずともエースだけで十分に対応できる。

 事実、エースはパラボラゾードと互角以上の勝負を繰り広げていた。

 

 攻守ともにエースが完全に優勢だった。

 恐らく容易に止めまで持っていけるだろう。

 そう確信した、その時だった。

 

 

「……!?」

 

 

 パラボラゾードはバスターソードの斬撃に火花を散らしながら後退した。

 そこまではいい。

 

 だが、次の瞬間にレッドバスターは己の目を疑った。

 パラボラゾードが猫背になったかと思うと、その背中が割れたのだ。

 勿論、背中を斬った覚えなどないし、その割れ方は外部から割られたというよりも、内部から何かが殻を突き破ろうとしているそれに近かった。

 脱皮と表現するのが一番分かり易いだろう。

 パラボラゾードの背中から現れたのは見た事のないタイプのメガゾード。

 

 

「新たなタイプ……これか!」

 

 

 質量が違った理由をレッドバスターは理解した。

 この新たなタイプのメガゾードが取り付いていたからだ。

 右腕は斧状で、カブトムシの角のような頭部に単眼のカメラアイが光る新メガゾード。

 まるで寄生するかのようにパラボラゾードに取りついていたそれは、エンターがメサイアから動かすように言われていた新戦力である。

 新たなメガゾードが降り立つ光景を遠くから見つめるエンターは大袈裟な身振り手振りと共に、歓喜を表現していた。

 

 

「ようやく完成です! 世界を支配するマジェスティ・メサイアの先触れ!!

 破壊のメガゾード……ッ!!」

 

 

 うっとりするような顔で「トレビアン」と呟くエンター。

 一方、戦場のレッドバスター、エースは敵メガゾードが増えた事に警戒を示していた。

 脱皮して新たなメガゾードが出現したわけだが、パラボラゾードはそのまま活動を再開している。

 どうやら抜け殻になって活動停止とはいかないようだ。

 

 それに新たなメガゾードは新型。

 もしかしたら現状の敵メガゾード最強であったタイプγすら凌駕している可能性があるのだ。

 更に此処でもう1つの予期せぬ事態が起こった。

 司令室がこちらに接近する何らかの熱源をキャッチしたのだ。

 急ぎ、バスターズにそれを知らせる森下。

 

 

『何者かが戦闘区域に侵入してきます! これは恐らく……!』

 

 

 恐らく、と言うように森下も、いや、この戦闘の前線、支援メンバー全員がその正体に心当たりがあった。

 この状況下で戦闘に乱入しようとする者といえば1つ。

 そして目と鼻の先に迫っていた『乱入者』である輸送艦とそこから発進する機体を見て、その考えは確信に変わった。

 それを見たビートバスターは遠くを見るように右手を額に付けて呟いた。

 

 

「ほー、あれがダンクーガか。生で見るのは初めてだな」

 

 

 輸送艦から発進した4機の機体は合体、その姿をダンクーガへと変えた。

 続けてダンクーガは通信をしてきた。

 ただし、お互いにお互いの通信方法が分からないのは以前の邂逅から変わっていないので戦場全体に響くように通信を設定している。

 

 

「大分早い再会だったけど、元気してたかしら?」

 

 

 女性パイロットの声は以前に聞いたそれと同じだった。

 軽い調子で響く言葉にレッドバスターはダンクーガに対しても警戒の色を隠さずに答えた。

 

 

「また現れたか。今度もヴァグラス退治か?」

 

 

 疑問の言葉であったが、声色には期待だとかそういった感情は含まれておらず、ダンクーガを味方とは思っていないようなキツい口振りだった。

 信用が一切ない事に我ながら自嘲したのかダンクーガ、ノヴァイーグルのコックピットに立つ葵は「やれやれ」と首を振りながら苦笑いだ。

 

 

「少しくらい警戒を解いてくれてもいいんじゃない?」

 

「信じる理由が無い。一度助けてくれた事には礼を言うが、普段のお前達の行動を考えれば当然だろ」

 

「アンタ、ストレートねぇ」

 

 

 呆れる葵の声。

 お互いに素性も何も知らないが、一度は共闘した仲なのだからもう少し警戒を解いてもらえると思ったのだが、どうにもゴーバスターズのメインパイロットは頭が固い。

 とはいえダンクーガの行動を見れば信用が無いのも当然だと葵自身思っていた。

 葵もダンクーガの行動に関しては疑問を持つ事もある。

 何故なら、彼女達4人はダンクーガのパイロットになって『日が浅い』からだ。

 

 

「ま、とにかく今回もヴァグラス退治ってのは間違ってないわ。新型もいるみたいだしね?」

 

「助かるとは言っておく」

 

「もうちょっと素直に言えないの?」

 

「気を許した覚えはない」

 

「成程、今のでも十分に素直なわけね」

 

 

 レッドバスターは直球な人間であるというのが葵の印象だ。

 普通なら「助かるとは言っておく」なんて言い回しは素直に礼が言えない人間が吐きそうな台詞だ。

 しかし今回の場合、レッドバスターがダンクーガに対して一切警戒を解いていないからこその言葉。

 そういうところや先程までの会話も含めての葵が感じた印象がそれであった。

 

 印象がどうあれ、一時的な共闘をする事に変わりはない。

 エースとダンクーガは新型メガゾードとパラボラゾード相手と睨み合う。

 

 

「さぁて、やってやろうじゃん!!」

 

 

 葵の一声で両者が一斉に動き出した。

 パラボラゾードはエースが、新型はダンクーガが相手をする形となる。

 パラボラゾードの方は先程までの戦い同様、エースが優勢だ。

 2対1だったらヴァグラス側に分があっただろうが、1対1のままとなれば力関係が変わるわけもない。

 問題は新型と対峙するダンクーガだった。

 ダンクーガは相手の斧を振るう攻撃を受け止め、防御をする形をとっていた。

 だがさしものダンクーガも新型の勢いには少々押され気味だった。

 

 

「パワーは今までのタイプとは比較にならないですね……!!」

 

 

 ノヴァエレファントのパイロット、ジョニーが揺れる衝撃に耐えながら状況を分析する。

 ヴァグラスとの戦いに介入するにあたって独自にダンクーガ側が調べていたメガゾードのデータ。

 そのどのデータよりも新型のパワーは強烈だった。

 

 一旦距離を取り、牽制の為にミサイルデトネイターを放つ。

 しかしミサイルの幾つかはカメラアイからの光弾に撃ち落とされ、残りも斧によってガードされてしまった。

 普通のメガゾードなら少しは対応が遅れると思われるのだが、反応速度まで上がっているらしい。

 更には耐久度まで上がっているのか斧に着弾したミサイルにも怯んだ様子は無い。

 右腕の斧はその大きさの副産物により盾代わりにもなるようだ。

 通常兵器になら無双同然の活躍を見せるダンクーガだが、目の前の新型はそうはいかない事を4人のパイロットは悟る。

 しかしメインパイロットの葵は臆することなく、むしろその戦意を高揚させていた。

 

 

「ちょっと強敵かもね……!」

 

 

 苦戦するダンクーガ。

 一方でエースはパラボラゾードとの戦いを有利に進めていたが、タイプα特有の能力である量産型メガゾード、バグゾードを2体放出した事でやや戦局が変わっていた。

 バグゾード自体は大した事が無いのだが、2体いる上にパラボラゾードも残っている。

 となると、この状況はあまり歓迎できない。

 

 

「くっ……!」

 

 

 バグゾードはエースに組みつこうと食らいついてくる。

 こちらの動きを止める事が狙いなのだろう。

 振り払うエースではあるが、このままだとバグゾードに意識が行き過ぎてパラボラゾードとまともに戦えなくなってしまう。

 かといって組みついてくるバグゾードを無視すれば動きが制限されて結局パラボラゾードに狙い撃ちにされるだけ。

 

 その様子をビートバスターとスタッグバスターは見つめていた。

 ブルーバスター、イエローバスター、リュウケンドーは依然、遣い魔と交戦中。

 遣い魔退治にディケイドも参戦してくれたのだが、如何せん遣い魔達の動きは相手を倒す事では無く、足止めする為の動きであるから4人としても立ち回り辛い。

 相手はこちらを足止めできればいいわけで、無闇に突っ込んできてはくれず、持久戦をするかのようにちまちまとした攻撃を繰り返してきていた。

 普段の遣い魔ならば突っ込んできたのを返り討ちにするところなのだが。

 エンターの命令で戦っているからこその戦法なのだろうか。

 

 

「J、いっちょやるぞ」

 

 

 ビートバスターは遣い魔討伐を手伝うでもなく、スタッグバスターに軽い調子で言った。

 スタッグバスターはそれに「了解」と答えると両手をこめかみの辺りに当てた。

 

 

「俺のマーカーシステム起動」

 

 

 スタッグバスターのこめかみの辺りが二度三度光った。

 それは先程、マサトのアバターを転送した時と同じ挙動だった。

 つまり今回も何かが転送されてくるという事である。

 

 そうして転送されてきたものは──────。

 

 

 

 

 

 一方で特命部の司令室はある反応をキャッチしていた。

 キャッチした反応に驚きながら、かつ焦った口調で仲村が黒木に報告をした。

 

 

「!? メガゾード転送反応確認!」

 

 

 黒木も森下もその言葉に最悪の可能性を考えた。

 エースとダンクーガが苦戦し、GT-02とRH-03は未だパイロットが乗りこめず。

 相手には新型もおり、苦戦を強いられている中でのメガゾードの転送。

 

 ────追い打ち。

 

 浮かんだ言葉はそれだった。

 だが、転送にはある程度の時間がかかる筈、そこに付け込めれば。

 黒木はそれを仲村に驚き冷めやらぬままに尋ねた。

 

 

「転送完了時間は!?」

 

「……早い!? もう来ます!!」

 

「何ッ!?」

 

 

 予想外の返答に黒木は戦場が映し出されている前方のモニターにすぐさま目を向けた。

 そこに映し出されていたのは、転送されてきたバスターマシン並の大きな車両。

 クレーン車とその上に乗った戦闘機だった。

 

 

 

 

 

 司令室がキャッチしたメガゾードの転送反応はクレーン車とその上に乗る戦闘機によるもので間違いはない。

 ただし、これを呼んだのはヴァグラスでは無かった。

 

 そのメガゾードの中に乗り込んだのはなんとビートバスターとスタッグバスター。

 クレーン車にはビートバスターが、戦闘機にはスタッグバスターが既に乗り込んでいる。

 ゴーバスターズと同じくバスタースーツとバディロイドを持つ陣マサト。

 ならば、それらと同じようにバスターマシンを持つ事は考えてみれば当然と言えるのかもしれない。

 

 この2機は普段、亜空間に存在しているマサトが秘密裏に建造したドックに格納されている。

 そして必要とあらばマサトのアバターと同じくJのマーカーシステムを目印に、亜空間から転送されてくるのだ。

 

 ビートバスターとスタッグバスターは『ドライブレード』と言う剣を転送、それを折り畳んだ。

 折り畳まれたドライブレードは車のハンドルのような形となり、それをそれぞれのコックピットに取り付けた。

 ドライブレードは戦闘では剣に、バスターマシンの中では操縦桿になる代物だ。

 さらに2人はドライブレードの起動スイッチを押した。

 

 

 ────Roger! BC-04 Beetle! Shift up!────

 

 ────OK! SJ-05 Stag beetle! Take off!────

 

 

 ドライブレードがそれぞれの機体の名称と操縦が可能になった事を告げた。

 クレーン車のBC-04、戦闘機のSJ-05だ。

 ビートバスターは辺りの機器を操作して機体を完全に起動、戦闘も可能な状態にした後、手をパンと叩き、まるで品物を物色するかのようにコックピットの中を見渡した後に操縦桿を握った。

 

 

「んじゃま、試運転がてらやってみるかァ」

 

 

 言葉と同時にSJ-05がBC-04のクレーン部分を滑走路として飛び立ち、その姿を変形させた。

 前方に突き出るハサミのような2本の角は正しくクワガタムシだ。

 

 一方でSJ-05が飛び去った後のBC-04もまた変形を果たしていた。

 前方に突き出る1本の角はカブトムシのそれ。

 CB-01のチーター形態など、所謂アニマルモードに相当する姿だ。

 2匹の鋼鉄の甲虫は戦闘に乱入しエースに取りつくバグゾードに虫さながらに張り付いて引きはがした。

 

 2体のバグゾードはそれぞれに張り付いてきた虫を引きはがそうと必死になり、エースはその場から逃れる事に成功した。

 助かったエースではあるが、パイロットのレッドバスターは突然現れた謎のメガゾードに驚きを隠せない。

 

 

「あいつ等は……!?」

 

 

 驚いている最中、バグゾードの動きが徐々に鈍くなっていくように見えた。

 まるでエネルギーを失って駆動を停止しているかのような。

 それもそのはず、何とBC-04とSJ-05は取りついたバグゾードからエネトロンを吸っていたのだ。

 それに気付いたニックは気味悪がるような声を上げた。

 

 

『うえぇ! あいつ等エネトロン吸ってる! マジで虫だ!!』

 

 

 さながら虫が樹液を吸うようにエネトロンを吸っていく。

 相手のエネトロンを自分のエネトロンとするような力は今までのバスターマシンには無い力だ。

 他の機体からエネトロンを集めて補給する事はできるが、それは相手が動かない事が条件。

 この条件は相手が合意の上、つまりは味方でなければ本来満たせない。

 だが、目の前の2機のバスターマシンは強制的に相手からエネトロンを吸っている。

 とはいえこの戦法は相手がバグゾードという戦闘能力の低いメガゾードだからできる事。

 αを初めとする通常のメガゾードが相手ならこうはいかないのが実状なのだが。

 

 ともかく、バグゾードはその動きを完全に止めた。

 動くためのエネトロンを完全に奪われてしまったのだ。

 BC-04はバグゾードの股にカブトムシの角を引っかけて、角を思い切り振り上げる事で敵を投げ飛ばした。

 ついでに角を思い切り振り上げた際に角の先端を強く打ちつけてダメージを与えている。

 SJ-05はそのハサミでバグゾードを挟み込み、出力を全開に。

 挟み込む力が出力と共に上がる事で、バグゾードにかかる圧力が増していく。

 投げ飛ばされたバグゾードは角を打ち付けられたダメージも合わせて投げられた衝撃で爆散。

 挟み込まれたバグゾードはハサミの力に耐えられず、こちらも爆散した。

 敵がバグゾードとはいえ上々の動きを見せるBC-04とSJ-05に満足気な顔を仮面の下で浮かべるビートバスターだった。

 

 

『やるなぁ!』

 

 

 一方でエースのニックは虫の2機に感嘆する声を上げ、レッドバスターもその能力に素直に感心していた。

 だが、感心してばかりではいられない。

 まだパラボラゾードが残っているのだ。

 レッドバスターはすぐさま気持ちを切り替えパラボラゾードにエースを向き合わせた。

 そして間髪入れずにモーフィンブレスを操作。

 

 

 ────It's time for buster!────

 

「レゾリューションスラッシュ!!」

 

 

 エネトロンがチャージされたバスターソードでパラボラゾードを槍ごと一刀両断。

 エースは単機でもタイプγやそれ以上の機体以外には十分に対応できるようになっている。

 αが素体となっているパラボラゾード相手ならこんなものだ。

 しかし、まだシャットダウン完了とはいかない。

 ダンクーガが新型相手に依然、苦戦しているからだ。

 

 

「……参ったわねぇ、まさか断空砲に耐えるなんて」

 

 

 メインパイロットの葵は呆れる様に呟いた。

 緊張感をあまり感じない言い方であったが、その実これは非常事態だ。

 ミサイルデトネイター、ブーストノヴァナックル、断空砲。

 これら3つの武装を試したのだがどれも効果が見られない。

 

 特に断空砲はこの中でも必殺の威力を誇る一撃だ。

 もう1つ、ダンクーガには使っていない武装があるのだが、それが効かなかったらダンクーガに勝ち目はない。

 それに何より由々しき問題が彼女達に襲い掛かっていた。

 

 

「葵さん、合神から4分過ぎました。そろそろマズイですよ」

 

「あー、蒸し風呂はゴメンね」

 

 

 ジョニーの通信に葵は軽い調子で答えるが、実はこれが由々しき事態の正体だ。

 ダンクーガはゴーバスターオー並みかそれ以上かもしれない驚異的な出力の代わりに5分しか連続稼働できないというデメリットを持つ。

 5分を過ぎると機内の気温が急上昇し、パイロット達はただでは済まないどころか死の危険性がある。

 今から最後に残った武装を使って何とかしたいところだが、仮に効かなかった場合、隙を突かれて攻撃されて、挙句の果てに5分オーバーという可能性が考えられる。

 早く分離をしなければならないのだが相手が悪い。

 相手は機械的にこちらを潰そうとしてくる。

 

 普段葵達が相手にしているのは、人間の乗った戦闘マシンだ。

 人間が乗るという事はパイロットに動揺が走れば、それが機体にも現れて隙にもなる。

 だが完全に無人機であるという事は、その隙は一切無い。

 例えどれだけズタボロにされようとも命令だけを忠実に実行しようと迷いなく突き進んでくるそれは時として恐ろしいものだ。

 しかも、今回の場合は敵の方が強い。

 武装の殆どが効かない以上、分離をするための隙を作るという事もできるかどうか分からない。

 

 

「おーい、ダンクーガさん!」

 

 

 手をこまねくしかなかったダンクーガ一同に呼びかけたのはBC-04こと、ビートバスターだ。

 カブトムシの姿からクレーン車の姿へと再び変形しなおしている。

 上空を飛ぶSJ-05もまた、クワガタムシの姿から戦闘機の姿になっていた。

 

 

「そいつは俺にやらせてもらうぜ。俺がぶちのめさないと気が済まない理由があるんでな」

 

 

 ビートバスターがコックピットの中で新型を鋭く指差して宣言する。

 ぶちのめしたい理由とやらはダンクーガ側には当然分からないが、この状態が維持できないダンクーガにとっては願ってもいない提案だった。

 

 

「あら、ナイスタイミング。ちょっとこっちも訳有りでね、悪いけど一旦離脱させてもらうわ」

 

「訳有りねぇ。ま、いいや。そいじゃこいつの真の力のお目見えと行くか!」

 

 

 上空を飛び回るSJ-05は機銃を新型目掛けて発射。

 戦闘機から発射された攻撃に耐える事はできても華麗に避ける事は新型にはできない。

 それに威力も中々あるらしく、新型は怯む様子を見せた。

 

 

「行くぜ!」

 

 

 隙を見計らってビートバスターはドライブレードの中央、つまりはクラクションに相当する部分を押した。

 それが『真の力』の起動スイッチだ。

 

 BC-04はクレーン部分を一度分離したかと思えば、なんと本体が突然縦方向に立ち上がった。

 車が立ち上がるという表現は何とも奇妙だが、本当にそういう状態なのだから他に言いようも無い。

 さらにBC-04の本体部分が見る見るうちに変形していく。

 地面に接地している部分が真っ二つに割れ、両足を形作る。

 続けて上半身部分が変形して頭部、肩部分を形成した。

 最後にボディ側面の空洞にクレーンが通過し、半分まで入りきったところで折れ曲がり、クレーンの先と先がそれぞれ両手となった。

 右手のクレーンの先端部分は2つに割れ、まるで斧の様になっている。

 

 その姿は黒に金が輝くロボット。

 

 

「完成、『ゴーバスタービート』!」

 

 

 その名も、ゴーバスタービート。

 BC-04が変形したのはCB-01のゴーバスターエースに相当する、単体の人型。

 これがビートバスターの試してみたかった『ある事』であり、BC-04の真の力だ。

 

 

「そんじゃ行くぜ、パチモン野郎!」

 

 

 新型に堂々と宣言するビートバスターの内心は穏やかなものでは無かった。

 ゴーバスタービートと新型のシルエットは右腕の斧や頭部、全体的なフォルムが非常に似通っている。

 これはエンターが盗んだ設計図が関係している。

 元々それはマサトが設計したものであり、その設計図を元に完成させたのが敵の新型であり、BC-04なのだ。

 姿形が似るのは当然と言える。

 

 設計者からしてみれば目の前の新型はモドキ同然。

 更に言えば自分の設計図が悪用されている事。

 これら2つの点が、ビートバスターが心中穏やかでない、ぶちのめしたい理由だった。

 

 

「へぇ、あんな隠し玉もあったんだ」

 

 

 葵が初めて姿を見せたゴーバスタービートを見て面白そうな表情を浮かべた。

 ダンクーガはSJ-05が作った隙を見計らって、BC-04の変形と同時に既に4機の機体へと分離していた。

 

 

「お手並み拝見ってトコか?」

 

 

 ノヴァライノスのパイロット、朔哉が操縦桿から手を離して頭の後ろで両手を組んで投げやる様な姿勢になる。

 何にしてもダンクーガへの合体は不能、ダンクーガで効果的なダメージが与えられなかった敵に対して分離した状態で挑んでも結果は見えている。

 

 

「まっ、そうなるでしょうね」

 

 

 ノヴァライガーのくららもそれに同意、ジョニーと葵も通信機越しで見えないが頷きながらも「ええ」と答え、傍観を決め込む方向で話が纏まるのだった。

 

 

 

 

 

 鏡というには色合いや外装が違いすぎるが、シルエットが似ていて同じ設計図から造られたという意味では兄弟のようなものか。

 

 新型とゴーバスタービートは睨みあう。

 バグゾードは2機とも爆砕、パラボラゾードはエースが撃破、残るは新型のみ。

 ダンクーガは実質戦闘不能、エースはゴーバスターオーならともかく単体ではダンクーガに及ばない、つまりダンクーガが敵わない新型への対処には不安が残る。

 それにエースはパラボラゾードとバグゾードを相手にした時の稼働とレゾリューションスラッシュでエネトロンも大分消費している。

 ブルーバスター達は依然、遣い魔と戦闘中。

 横槍無しの同じ設計図から生まれた者同士の1対1が成立────。

 

 

「俺はやる!」

 

 

 ────していなかった。

 SJ-05、スタッグバスターの乗る戦闘機が上空から機銃を撃ち、新型を牽制する。

 そこで怯んだ隙にゴーバスタービートは接近、右手の斧型の武器で1発、2発と攻撃を加える。

 

 

「うっし、上々だぜ」

 

 

 一先ずゴーバスタービートの挙動に異常はない。

 さすがは自分の設計したBC-04だと心の中で酔いしれてみるわけだが、敵も同型機なのだから油断はできない。

 それにSJ-05の機銃は決定打ではなく、あくまでも牽制。

 一時の怯みにはすぐに慣れたのか新型もまた右手の斧を振るって対抗してきた。

 斧同士がぶつかり合い、巨体の巨大な斧がぶつかった轟音が響き、お互いに力比べに足元を踏ん張ったせいで土煙が上がる。

 

 

「っと、じゃあコイツだ!」

 

 

 力比べは同型機だけありほぼ互角。

 ゴーバスタービートは一旦距離を置いて、手足のリーチではお互いに届かない場所まで離れた。

 そしてその位置からゴーバスタービートは右腕を突き出す。

 届かないかに見えたその腕は、何と伸びていき、新型の胸に拳を繰り出した。

 ゴーバスタービートの腕を形成しているのはクレーン車の形態の時にクレーンだった部分。

 つまり、その腕もクレーンのように伸縮が可能なのだ。

 

 何度も伸縮を繰り返して幾度も右腕でパンチを繰り返すゴーバスタービート。

 単純なパンチでは無く、右手には斧の様な得物を携えているのだから威力も中々の物だ。

 見たところ新型は変形機能などがオミットされている。

 で、あるならば、クレーン機能を使っているこの攻撃は真似できない。

 

 

「やっぱしモドキだったな」

 

 

 同じ設計図から生まれたのにも関わらずゴーバスタービートに押される新型を見て得意そうに笑みを浮かべる。

 敵も同じ攻撃が出来れば少しは対処できただろうに、その様子が見えない事からも敵は所詮模造品なのだとビートバスターは確信した。

 とはいえ実力はダンクーガ以上、勿論新型も新型だけあって強いのだ。

 ただ、今回の場合は設計した張本人が同じ設計図から造った機体で立ち塞がったというのが悪かった。

 

 

「J! 止めだ!」

 

 

 ビートバスターはゴーバスタービートの右腕を伸ばし、斧の様な部分をフックのように新型の頭に引っかけた。

 新型はゴーバスタービートの右腕から逃れようとするものの、暴れる新型にゴーバスタービートは右腕を通して電流を浴びせる。

 火花を散らして一瞬、動きを止める新型。

 その瞬間にゴーバスタービートの伸びた右腕に戦闘機形態のSJ-05が乗り、腕の上をカタパルトのように走り新型目掛けて突進。

 

 

「『ビートカタパルトアタック』!!」

 

 

 ゴーバスタービートとSJ-05から繰り出される必殺の一撃を宣言するのはビートバスター。

 SJ-05が新型に突っ込むと同時にゴーバスタービートは右腕を元の長さに戻した。

 一方でSJ-05が猛スピードで突っ込んできた新型は体に大穴を空け、爆散。

 爆発の中からはSJ-05が悠々と飛び立ち、帰還した。

 実質2対1とはいえ、ゴーバスタービートは見事、同型機である敵の新型相手に勝利を収めたのだった。

 その勝利をビートバスターは得意気に締めくくった。

 

 

「Shut down! 完了だ」




────次回予告────

Super Hero Operation!Next Mission!

「お前はどうしていつもそう適当なんだ……!」
「父さん達は、どうなったんですか」
「いけない子ね……」
「初めまして、マドモアゼル」

バスターズ、レディ……ゴー!

Mission30、13年の再会


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第30話 13年の再会

 無事、敵の新型を退けたビートバスターとスタッグバスター。

 戦闘後にダンクーガは早々に撤退、BC-04とSJ-05も亜空間へと転送され、帰還した。

 エースを帰投させ、レッドバスターは地上に降りる。

 新型が倒されたと同時に遣い魔達の執拗な妨害も収まり、遣い魔を殲滅できた事で、この場は全て収まった。

 

 今、戦闘が終わった後の工場地帯に戦士達は変身を解いた姿で集まっていた。

 ヒロム、リュウジ、ヨーコ、剣二、士、マサト、そしてJと呼ばれていたバディロイドの7人だ。

 ヒロムはマサトを厳しい目つきで見ている。

 

 

「説明してもらいますよ。エネトロン強奪の件、バスターマシンの事も、全部」

 

「ハイハイ、そう睨みなさんなって。じゃあまずはエネトロンの件ね」

 

 

 マサト曰く、エネトロンを持って行ったのは「バスターマシンの起動と維持、それにアバターの転送に必要だから」との事だ。

 結果としてそれによって転送されてきたBC-04とSJ-05に救われたのだから何とも言えないが、実際は犯罪にあたる行為である。

 今回は特命部のお陰で不問になっているのだが、だからと言って目を瞑れるような事でもない。

 

 

「だってよぉ、頼んだってエネルギー管理局はどうせ気前悪ィしさ、急を要したし、な?」

 

 

 な? と言われても困る。

 特に特命部の3人は立場的に尚困る。

 と、そこでマサトのモーフィンブラスターが鳴った。

 モーフィンブラスターはモーフィンブレスと同じく通信機能も存在している。

 マサトは突然の通信にクエスチョンマークを浮かべながら通信に出た。

 

 

『陣……』

 

 

 厳かに聞こえてきたのは黒木の声。

 どうやらどうすればモーフィンブラスターに通信ができるかをいつの間にやら調べ終わっていたらしい。

 その辺りはオペレーター陣の仕事が早かったという事だろう。

 声を聞いたマサトの表情は余裕の顔から「やべっ」とでも言いたげな表情に変わった。

 

 

『お前はどうしていつもそう適当なんだ……!!』

 

 

 どうやら先程の会話は戦闘をモニターする時の要領で司令室にも聞かれていたらしい。

 そこそこの怒気を含んだ声にマサトは軽く返答した。

 

 

「そう言うなって、く~ろリン!」

 

 

 またも放たれたおよそ黒木には似合わぬ可愛らしいあだ名を呼ばれて今度は司令室の黒木が顔を歪めた。

 マサトが来てからというもの、ずっと警戒していたその呼び名。

 マサトだけが呼ぶ、自分に似合わないと黒木自身自覚しているあだ名だ。

 

 司令室の仲村と森下も一瞬疑問に思うも、それが黒木の事を指していると分かった瞬間に吹き出している。

 更に言えば同じくこの場をモニターしていた二課のオペレーター達も笑いを堪え、弦十郎も苦笑していた。

 

 

『その呼び方はやめろ……ォ!!』

 

 

 怒りに嘆願が混じったような器用な声色を発する黒木。

 勿論と言うと失礼かもしれないが、ヒロムやリュウジ、ヨーコ、士、剣二も笑いそうになっている。

 それをモニターして様子が分かるからこそ黒木は尚の事その呼び方を止めて欲しいわけだが。

 と、此処でまた別の人物がモーフィンブラスターの通信に割り込んだ。

 当時の陣を知るもう1人の人物、弦十郎だ。

 

 

『久しぶり、それからさすがだな陣、バスターマシンを開発しているとは』

 

「でしょ!? 俺の天才は13年経っても健在なわけよ。弦ちゃんはどうなの?

 相変わらず鍛えてんの?」

 

『ハハハ、まあな。……変わらんなぁ、君は』

 

「当ったり前よ」

 

 

 そこそこ歳を食っている男性、しかも鍛えているせいでかなり屈強な弦十郎に『弦ちゃん』というあだ名は如何なものだろうか。

 弦十郎は愉快な面も持ち合わせているから、普段は厳格な黒木に対しての『黒リン』程のインパクトは無かったが、それでも二課の面々を笑わせるには十分なあだ名だった。

 二課オペレーターの1人、朔也が呟く。

 

 

「そう呼ばれてるんだ、司令……」

 

 

 独り言であったが、それに答えるようにあおいも小声で朔也に言った。

 

 

「意外というか、何というか……」

 

 

 小声とはいえ司令の席と2人の席は距離が近いが故に弦十郎の耳にも届いていた。

 別にその会話が聞こえたからどうこうというわけではないが、弦十郎も苦笑いするしかない。

 黒木程あだ名を嫌がる事は無いが、確かに今の自分には不相応なあだ名だとは感じている。

 

 同年代トークはまだ続く。

 弦十郎の鍛えている発言に黒木が突っ込んだ。

 

 

『今の弦十郎の力は規格外すぎるんだ……。少しは自重をしろ……!』

 

「あら、そんな強くなったの弦ちゃん? でもいいじゃないの、頼りになって」

 

『そういってくれると助かる。これでも頼りになる大人で在りたいからな』

 

「いいねぇ~、そういうの。いっそメタロイドも弦ちゃんが倒したら?」

 

『お前はまたいい加減な事を……! 天才とはいえ少しは真面目な態度を見せる気は無いのか』

 

「おっ? 俺の事天才って言ってくれんの? さっすが黒リン!分かってるぅ~」

 

 

 黒木は頭を抱えた。

 どうにもこうにも陣マサトという人物は昔からこうなのだ。

 弦十郎もそこそこノリが良いせいでこの2人でバカしていた日もあった。

 その度に真面目且つ厳格な黒木がストッパーになっていた。

 

 片や、頭脳が13年前当時から人並み以上。

 片や、身体能力が13年前当時から人並み以上。

 

 人外染みた2人を相手にしていたわけだが、その度にこうして頭を、特にマサトに対して抱えた事を黒木もよく覚えている。

 二度とないと思っていたそんなやり取りを懐かしく思ったりするわけだが、今回はエネトロンやヴァグラスも絡んでいる以上、感傷に浸るばかりではいけない。

 

 

『……いい加減、色々と説明してもらおうか』

 

「いいぜ、何が知りたい?」

 

 

 マサトの言葉にヒロムが一歩前に出た。

 何かを決意したかのように、そして自分の心を落ち着けるように深呼吸し、ずっと聞きたかった事を口にした。

 

 

「……父さん達は、どうなったんですか」

 

 

 和やかな雰囲気が一転、その一言だけで二課と特命部の司令室も、ヒロム達7人がいる場も静かに、そして少しだけ重い空気が流れた。

 

 ヒロムとヨーコの戦う理由。

 亜空間の中に閉じ込められた両親を助けたい。

 だが、亜空間の中で人は生きているのか、マサトがアバターとしてやってきたとはいえ、他の人は無事なのか。

 正直、これを聞きたくない気持ちも多分に有ったのも事実だ。

 もしかしたら既に死んでいるという事実を突き付けられるかもしれない。

 そう考えただけで、例えそれが『もしかしたら』だとしても怖かった。

 ヨーコもそうだが、普段は毅然としているヒロムですら怖かった。

 それでも聞かずにはいられなかった。

 

 マサトは頭の後ろを掻きながら先程までの軽い雰囲気を引っ込め、ゆっくりと自分の知る事実を告げた。

 

 

「……知らねぇ」

 

「……え?」

 

 

 生きているか死んでいるかという2択で考えていたヒロム達にとって、それは予想外の答えだった。

 だが、ふざけている、はぐらかしているという風でもなく、至って真面目な顔でマサトはそう言ったのだ。

 

 

「あの夜、俺はクリスマスパーティーを欠席して別ブロックで仕事してたからな。

 悪いが他の連中がどうなったか俺は知らない。転送された後もバラバラだったし」

 

 

 転送研究センターが亜空間に転送されたのは丁度、クリスマスの日。

 クリスマスパーティーをしていたのだがその時にメサイアの一件が起こってしまったのだ。

 知らないというマサトの言葉の後、Jと呼ばれているバディロイドが口をはさんだ。

 

 

「俺は、ずっと陣と一緒に……」

 

 

 しかしそれを手で静止するマサト。

 普段と違い真面目な雰囲気でJを諌め、Jも素直に一歩引き、押し黙った。

 マサトは続ける。

 

 

「他の人間と亜空間で会った事は、無い」

 

 

 言葉の雰囲気からそれは誤魔化しているわけでもなさそうだった。

 ヒロムとヨーコは半分残念に、半分はホッとしていた。

 親がどうなったのか知りたかったという反面、もしも最悪の回答が返ってきたらと考えると気が気では無かったのだ。

 リュウジが2人の肩に慰めるかのように手を置いた。

 13年前の惨劇をこの目で見たリュウジには痛い程気持ちが分かったのだろう。

 

 

「でも、1つだけ」

 

 

 落ち込む2人にマサトは何かを取り出し、差し出した。

 それは透明なプラスチックの箱に入っており、木箱の上にサンタやクリスマスツリーが乗っかっているというオブジェ。

 プラスチックの箱にはプレゼントのように赤と金のリボンが結ばれており、中身から言ってもそれはクリスマスと形容するに相応しい代物だった。

 

 

「亜空間で拾ったモンだ」

 

 

 手渡されたそれをヒロムは大事そうに手に収め、中身を空けた。

 よく見れば、木箱の横にはハンドルがついている。

 ゆっくりとハンドルを回すと、聞こえてきたのはクリスマスソングの『ジングルベル』。

 クリスマスの為のオルゴールだった。

 ヒロム達の両親がクリスマスプレゼントに用意していた物だろうという事は想像できる。

 いや、ヒロムもヨーコもリュウジも、そう直感した。

 

 オルゴールから流れる優しい音色に皆、聞き入っている。

 親の温もりすら感じさせる音色に自然と笑みを零すヒロムとヨーコ。

 その笑顔はとても戦士であるようには見えない。

 ゴーバスターズの覚悟と決意は確かなものであり、響の様な付け焼刃でも、翼のような自棄でもない。

 しかしその実、辛い使命を理不尽に背負わされた子供達である事に違いは無いのだ。

 

 肉親が生きているかもわからない、酷く残酷な事実を突き付けられるかもしれない戦い。

 だが、だからこそ、彼等は戦える。

 人の為であり、親の為であり、何よりも自分の為であるから。

 

 

「みんな無事だね、きっと」

 

 

 オルゴールを止めたヒロムにヨーコが笑顔で言った。

 その顔に陰りは無く、確信めいた物言いにヒロムも強く頷く。

 リュウジは2人の肩に置いていた手を一旦離して、2人を抱き寄せる形に変えた。

 

 

「俺達も頑張らないとな?」

 

 

 ヒロムはヨーコに13年前、『きっと元に戻す』と約束をした。

 この約束をした事もされた事も、ヒロムとヨーコは忘れていない。

 その場にいたリュウジも同じだ。

 一度だってブレた事の無い、親を助けるという覚悟。

 眩しい笑顔で3人は決意を新たにした。

 

 

(……悪くない、か)

 

 

 士は自然と3人に向けてカメラのシャッターを切っていた。

 笑顔を悪くないと思う姿は、普段の士を知る者からすれば意外に見えるだろう。

 だが、そういう捻くれた優しさを持ったのが門矢士なのだろう。

 一方、その横で剣二は何やら涙目だった。

 

 

「なんって、素晴らしいんだ……ッ!!」

 

 

 こんな健気に頑張っている子達がいるのだ、俺も頑張らなくては。

 何だか胸が暖かい。これがまさか、親心というやつなのか。

 いや、しかし、自分はまだそんな歳では……。

 ああ、彼等の為に俺は何をしてやれるのだろう。

 

 口を手で押さえてゴーバスターズの3人を見つめるその姿は感動して泣いているようだ。

 しかしてその脳内では意味不明な思考の暴走が僅か0コンマ何秒単位で行われている。

 そして、何かよく分からない決意をした剣二は、誰もいない明後日の方向を向いて涙を拭った。

 

 

「そうだ……頑張んなきゃな……。俺、やるぞー!!」

 

 

 謎としか言いようがない決意を叫ぶ剣二。

 一体何をやるのか、というかそもそも今ので何を覚悟したというのだろうか。

 感動するという行為自体は別に悪くは無いのだが、ツッコミどころがあるのではないか?

 はっきり言ってノリで叫んでないか?

 そんな考えが全員の脳内を過り、マサトが呟いた。

 

 

「……なんっか、違くね?」

 

 

 

 

 

 

 

 剣二の男泣きを余所に、ゴーバスターズは基地に帰還。

 マサトとJは何処へともなく去っていき、剣二は非番という事もあり、家でゆっくりする為にあけぼの町に戻り、士も居候先の冴島邸に戻った。

 

 さて、遣い魔を放って以降、姿を見せなかったエンターだが、またネフシュタンの少女がいる屋敷へと足を運んでいた。

 ネフシュタンの少女に時間を置いて出直すと言ってから1日と経っていない。

 それでもエンターが屋敷に足を運ぼうと思ったのは、今回の新型とゴーバスタービートの戦いが原因だ。

 

 

(新型がああも早く敗れるとは)

 

 

 道中、考え事をするエンターはほんの少しショックを受けていた。

 折角起動させた新型がこうもあっさりと敗れるとは思っていなかった。

 少なくともダンクーガに対応できた事は良かったのだが、ゴーバスタービートは完全に想定外だったのだ。

 

 

(メガゾードはエネトロンを回収できれば御の字、足止めできれば及第点、程度に考えた方が良いのかもしれませんね……)

 

 

 実際の所、エネトロンが目的の彼等にとって敵を倒すという行為は優先されるべき事柄ではない。

 しかし相手がエネトロン回収を邪魔してくる上に、戦力を増しているのだからそうも言ってられないというのが実状だ。

 とはいえ新型も敵わないとなると、エネトロン回収を第一に考えてメガゾードは足止めにしかならないと考えた方が良いとエンターは考えた。

 

 そこまで考えてエンターは深く溜息をついた。

 1体転送するだけでもそこそこエネトロンがかかるメガゾードが足止め程度なんて、コストパフォーマンスが悪すぎる。

 それこそ多少の戦果を挙げてくれなければ損にしかならない。

 

 

(やはり、ノイズの力は借りたいところです)

 

 

 しかし、メガゾードを簡単に倒させない策はある。

 簡単な話だ、ゴーバスターズをバスターマシンに乗せなければいい。

 今回も無数の遣い魔で足止めを行ったが、それと同じだ。

 

 足止めという意味ではノイズは遣い魔以上に扱いやすい性質をしている。

 エネトロン回収をより円滑にするためにもノイズの力はできれば手に入れたい。

 しかもゴーバスタービートやビートバスター、スタッグバスターの存在を考えれば早急に。

 詰まる所、エンターはやや焦りがあるが故に、日を置かずネフシュタンの少女の屋敷に向かっているというわけだ。

 そうこう考えている内に屋敷の前まで辿り着いたエンターは、何の遠慮も無く屋敷に入っていった。

 

 

 

 

 

 前回来た時にネフシュタンの少女が苦しんでいた大きな部屋。

 そこから今回は絶叫が聞こえた。

 部屋を除けば、磔にされたネフシュタンの少女が電気を流されているという衝撃的な光景だった。

 磔にされたネフシュタンの少女の近くには長い金髪の大人の女性が佇んでいる。

 しかも事もあろうに、服に関係するものを何も身に着けていない、まさに一糸纏わぬ姿だった。

 金髪の女性は電流を一旦止め、ネフシュタンの少女に近すぎなくらいに接近して顎を持った。

 

 

「いけない子ね……命令した事もできないなんて……」

 

 

 恐らくこれは『立花響を攫う』という目的を果たせなかった事を意味しているのだろうとエンターは察した。

 そして金髪の女性はネフシュタンの少女から離れ、再び電流のスイッチを入れる。

 電気が磔となったネフシュタンの少女に流れ、再び悲鳴が木霊した。

 人が苦しむのを見ようが女性の裸体を見ようが何も感じないエンターだが、状況があまりにも特殊すぎて一瞬たじろいでしまう。

 

 

(……来る度に苦しんでますねぇ)

 

 

 はて、健康状態のネフシュタンの少女を見た事があっただろうかと考えるが、風鳴翼と交戦していた時が一番元気だった様な気がした。

 エンターはふと、金髪の女性を見た。

 ネフシュタンの少女には命令を下している何者かが存在している。

 もしや、彼女が? そう思うのは当然であり、自然であった。

 

 兎にも角にも、話をしてみなければ始まらないと考え、エンターは大部屋に入った。

 堂々と入ってくるエンターに金髪の女性が気付く。

 

 

「お前はヴァグラスの……」

 

 

 金髪の女性はエンターの事を知っているような口ぶりだった。

 一先ずエンターはお辞儀をする。

 

 

「初めまして、マドモアゼル。私はエンター。

 急な事かもしれませんが、今日は少々お話があるのですが……」

 

 

 頭を上げたエンターはちらりと磔のネフシュタンの少女を見た後、金髪の女性の方を見た。

 

 

「お取込み中でしたら、出直しましょうか?」

 

「別にいい。貴方かしら? この子が言っていた妙な奴って」

 

 

 ネフシュタンの少女を親指でくいっと指差しながら平然と受け答えをする金髪の女性。

 一方のネフシュタンの少女は電流が余程堪えたのか、口を開く元気すらも失っている、というか気を失っていた。

 

 

「協力関係を……と聞いているが」

 

 

 どうやら金髪の女性に話は通っているらしく、エンターとしては話が早くて助かった。

 

 

ウィ(はい)。我々ヴァグラスに手を貸してほしいというのが、今回足を運ばせてもらった理由です」

 

 

 フランス語を交えつつ、エンターはこの場に姿を現した理由を語った。

 そのままエンターは続ける。

 

 

「貴女方の、ノイズの力を我々に貸してほしいのです」

 

「ほう……」

 

「勿論、その代わりに我々も貴女方に協力する事を約束しましょう」

 

 

 金髪の女性はエンターから決して目を離さずに考えた。

 彼女には彼女の目的がある。

 それは二課やゴーバスターズを潰す事では無く、もっと別の目的だ。

 

 問題は此処でエンターにそれを話すか、という事だ。

 金髪の女性は、自分が果たしたい目的を二課やゴーバスターズは止めに来るであろうことは想像できた。

 その時に戦力はあっても損では無い。

 そういう意味で言えば確かにヴァグラスとは協力関係を結びえる存在かもしれない。

 とはいえ相手はヴァグラスという人外、油断はできない。

 

 

「そちらの目的は、エネトロンの回収だったな」

 

「ええ。それさえできれば私どもは貴女方に協力はすれど、敵対はしません」

 

「どうかしらね、こちらの目的にもよるのではないかしら?」

 

 

 エンターの思い描いた通りの展開になった。

 敵対する存在を倒したいと考える大ショッカーやジャマンガとは違い、やはりこの女性は敵を倒す事を目的とはしていない。

 こうなってくると相手の目的を聞き出すか、もしくは何とか協力だけでも漕ぎ着けるか、最悪、交渉決裂になるか。

 

 だが、それはお互いに目的を隠している場合の話である。

 今回エンター側に探られて痛い腹は無い。

 何故ならエンター側の目的は既に敵対組織どころか世界中にバレている。

 テレビをつけてニュースにでもチャンネルを合わせれば『ヴァグラスがエネトロンを狙う事件が……』と言った風な報道がされている。

 エネルギー管理局もヴァグラスはエネトロンを狙う悪の組織であると発表しており、今更隠すような事は無い。

 

 強いていうのであれば極一握りの人間しか知らない『メサイア』の存在であろうか。

 メサイアについて知っているのはヴァグラスを除けばエネルギー管理局関係者のみ。

 この場合の問題は仮に金髪の女性がメサイアの事を知り、メサイアが復活すれば人間世界を破滅させるであろう事を知って金髪の女性がどう思うか、という一点だ。

 だが、それを教えるメリットはエンターにはない。

 ならばそれを隠して『エネトロン回収が目的』という事だけで協力関係を取り付ければいいだけの話だ。

 

 

「では、そちらの目的をお教えくだされば」

 

 

 エンターは直球を投げる事を選択した。

 うだうだと腹の探り合いをしても時間を無駄に浪費するだけだ。

 

 敵になるなら敵になる、協力できるなら協力する。

 

 2つに1つな上、それを決めるのは相手の目的によるわけだからエンターがどうこうできるものでは無い。

 交渉においていきなり直球で行くのは悪手である事も多いだろう。

 しかし今回の場合、人知を超えた力を持った者同士の交渉な上、政治等の折り合いが必要な組織に属していない者同士。そういった通常の交渉は無意味なのだろう。

 

 一方の金髪の女性は表情を一切崩さない。

 いきなりの踏み込んだ発言に戸惑う様子も見せず、冷静に返答をした。

 

 

「……そうね、安易に教えるわけにはいかないわ」

 

 

 予想していた反応。

 だが、続けられた一言は予想外の物だった。

 

 

「でも、協力はしてあげましょう」

 

 

 エンターはやや虚を突かれた表情になった。

 目的を話してはくれないが協力はしてくれる、という展開は考えないでもなかったが、少し意外だったのだ。

 一番良いのは目的を話してくれた上で協力してくれる事。

 でなければ協力できずに終わるか、最悪敵対する事になるか。

 それぐらいの考えだったのだが、相手は意外とあっさり協力を了承したのだ。

 

 

「条件は2つ。こちらの策に協力する時に理由と目的は聞かない事、そしてノイズを必要とする時は私に連絡を取る事。これだけよ」

 

「オーララ、問題ない条件ですが、随分と秘密主義ですね?」

 

「私が目的を教えるメリットは無い。それに、不都合不愉快な答えが返って来るよりは、秘密主義でもイエスの返答の方が貴方にはありがたいんじゃなくて?」

 

 

 怪しく微笑み金髪の女性。

 エンターからすれば金髪の女性の『目的』とやらが俄然気になってしまうところなのだが、それを深く掘り下げてしまって交渉決裂となってしまったら元も子もない。

 

 

「全くその通りで。話が分かるようで助かりましたよ、マドモアゼル」

 

「そちらの不都合になる事はしない。ノイズも無条件で与える事を約束するわ」

 

「気前が良すぎて気持ち悪いぐらいですね」

 

「ノイズ如きなら幾らでも呼び出せる。こちらは実質ノーリスクだ」

 

「成程、損は一切ないと」

 

 

 ノイズは無尽蔵に発生させる事ができる。

 その程度の協力なら金髪の女性としては痛くも痒くもないのだ。

 それと引き換えにメタロイドを始めとするヴァグラスの戦力を取り込めるのはこれからの行動にも使えるかもしれない。

 相手は人外且つ超常の組織であるヴァグラス、何をしてくるか分からない相手に目的は簡単には話せない。

 だが、それさえ何とかなれば協力関係で損する事は無い。

 つまり金髪の女性側に断る様な理由は無いのだ。

 

 ともかくエンター側としては願ってもいない好条件。

 エンターは再びお辞儀をしてから頭を上げ、金髪の女性と目を合わせた。

 

 

メルシィ(ありがとうございます)。良き返事に感謝します」

 

 

 礼を口にした後、エンターはふと気になった疑問をぶつけた。

 

 

「ところで、貴女のお名前は?」

 

 

 金髪の女性は答えない理由も無いとして、名乗った。

 

 

「私の名は、『フィーネ』」

 

「ほう、『終わり』の名ですか?」

 

「貴方が詳しいのはフランス語だけだと思っていたけど」

 

「フランス語にも似た単語がありますからね」

 

 

 フィーネという言葉はイタリア語で『終わり』の意だ。

 もしくは楽譜の終止を表しており、どちらにせよ『終わり』を意味している事に変わりは無い。

 ちなみにイタリア語でフィーネは『fine』と書き、フランス語で同じ意味は『fin』と書く。

 

 

「それでは、またの機会に」

 

 

 目的を果たしたエンターは、長居は無用と言わんばかりにその体をデータ化し、一言残してその場を去った。

 屋敷は再び、気を失ったネフシュタンの少女とフィーネのみの静寂な空間となる。

 

 フィーネはちらりと気を失い、未だ目覚める様子の無いネフシュタンの少女を見やった。

 磔にして電気を流すという拷問紛いの行いは、実はれっきとした治療なのだ。

 ネフシュタンの鎧はその再生能力で、破損した箇所を修復する。

 だが、その際に装着者をも蝕んでいくのだ。

 以前エンターが訪れた際にネフシュタンの少女が苦しんでいたのは、鎧を解除した後もその欠片が体内で体を食い破ろうとしていたからだ。

 取り除くには電気を流してネフシュタンの欠片を休眠状態にするしかない。

 その為の処置なのであるが、この方法にはフィーネの趣向も大なり小なり影響はしている。

 

 

「さて、今の会話を聞いていたら貴女は何て言うかしらね、クリス……」

 

 

 クリスと呼ばれた少女は未だ、深い眠りの中にいた。

 

 

 

 

 

 場所は変わり風都。

 風都の電気屋、ショーケースの中のテレビでは『本日昼頃に起こったメガゾードの事件はゴーバスターズが解決し……』という報道がなされている。

 パラボラゾードと新型がゴーバスターエースやゴーバスタービートと戦う姿が流れ、更にその場で助っ人として現れたダンクーガも映し出されていた。

 散歩をしていた翔太郎は歩みを止め、テレビの内容に聞き入っていた。

 

 

『各地の紛争に現れるダンクーガも姿を現したそうですが、目的は依然不明との事で……』

 

 

 ゴーバスターズに関係した報道を見る度に、翔太郎は士の言葉を思い出す。

 

 

 ────『お前も来るか、W』

 

 

 ゴーバスターズが属している組織に現在、士は参加しているらしい。

 仮面ライダーWとしてそこに来ないかと言われて数日が経過していた。

 ヴァグラスが放っておけない組織である事は理解しているし、大ショッカーという脅威が現れた以上、仲間と共にいる事は悪い事では無い。

 

 とはいえ試作型ガイアメモリの脅威が完全には去ってないため、簡単に風都を離れるわけにもいかない。

 しかし、最近フランスから帰国した竜にその話をした際に翔太郎はこう言われた。

 

 

「お前かフィリップのどちらかが風都に残れば済む話だろう。それに俺もいる」

 

「……けどよ」

 

「……愛した街を守りたいという気持ちは分かる。俺も同じだ」

 

「照井……」

 

「不在の間は俺が守り抜く。心配するな」

 

 

 確かにフィリップが風都に残れば、もしもの時は『ファングジョーカー』という姿で対応できる。

 翔太郎がしばらく町を離れても戦う事はできるし、離れると言ってもかなり遠い場所というわけではない。

 竜の力だって今まで一緒に戦ってきた仲なのだから、信用している。

 それでも街を離れたくないという考えが未だに残るのは、風都に対しての愛情故だ。

 

 

「……やっぱ、行くべきかねぇ」

 

 

 頭を掻いて誰にともなく呟いた。

 考え込んでいる内に報道は『次のニュースです。大人気アーティスト、風鳴翼さんが過労で入院……』という話題に入った。

 ツヴァイウイング時代からファンな翔太郎としては聞き逃せないニュースである筈なのだが、ボーッと考え込む翔太郎の耳には入らない。

 

 翔太郎も士やその仲間に協力する事に抵抗は無い。

 強制されているわけでは無いのだから、風都を案じるのなら断ったっていいだろう。

 それでも悩んでしまうのは偏に翔太郎の人の好さからだろう。

 

 

「ま、答えを出すのはアイツ等とあってからでも遅くねぇか」

 

 

 翔太郎は再び歩み始め、再び呟く。

 先日、翔太郎は大ショッカーの事で話があるとして連絡を取った人物がいる。

 会うのは今週の日曜日。

 直接会った事があるのは1回だけだが、その姿は強く覚えている。

 学ランにリーゼント、所謂『不良』な恰好をした、ダチを傷つける奴は許せないと言っていた仮面ライダー。

 

 

「久々だよなー、あのリーゼントとも」

 

 

 名は如月弦太朗。

 翔太郎の後輩ライダーの1人であった。




────次回予告────
『スーパーヒーロー作戦CS』!

「お久しぶりっス! 翔太郎先輩!!」
「弦ちゃーん! 久しぶりー!!」
「また戦いが始まるかもしれないのね……」
「宇宙、仮面ライダー部?」
「ありえなーい!!」

これで決まりだ!


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第31話 モノクロなH/先・輩・後・輩

 日曜の午前中、『新・天ノ川学園高等学校』の校門前。

 翔太郎は自身のバイク、ハードボイルダーに跨って人を待っていた。

 午前中故に斜めから差し込んでくる光が眩しくて、翔太郎は帽子を少し目元に寄せた。

 待っている人物はリーゼントという今時不良でもしないような特徴的な格好をしているような人物。

 待ち合わせ場所を此処に指定してきたのもその人物だ。

 指定された待ち合わせ時間の5分前に到着した翔太郎が待つ事1分、意外と早く目当ての人物は来た。

 

 

「うっす、お久しぶりっス! 翔太郎先輩!!」

 

 

 走り込んできた青年は明朗快活、天真爛漫と言った言葉が似合う眩しい笑顔で大袈裟に頭を下げてバッと頭を上げた。

 言い方から行動まで大袈裟な、その人物、如月弦太朗に翔太郎も軽く手を挙げて「おう」と返した。

 

 

「すんません、待たせましたか?」

 

「いや、待ち合わせ時間までまだ何分かあったろ。むしろ早くて驚いたぜ」

 

「先輩を待たせるわけにはいかないっス!」

 

 

 にこやかに言う弦太朗。

 服装はかつて見た学ランではなく、恐らく私服であろう恰好はしている。

 センスは良くも無いが悪くも無い。

 意外と着ている服は年相応に普通の恰好だった。

 ただしリーゼントだけは相変わらずでそこが異彩を放っている。

 

 

「んじゃ行きましょう! 多分、あいつ等ももう集まってるんで!」

 

 

 意気揚々と天高の校門をくぐった弦太朗は少し感慨深いものを感じていた。

 既に卒業してしまった高校。

 仮面ライダーとしての、高校生としての、色んな思い出が、青春の記憶が詰まった学園。

 今では同級生はそれぞれの道に進み、下級生は彼等が創立した『仮面ライダー部』という部を支えている。

 卒業してから何ヶ月も経っていないが、やはり最高の思い出が宿る学園に再び足を踏み入れるのは何となく嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 

 翔太郎は弦太朗の案内の元、天高の校舎の中を歩く。

 既に帽子は外し、腰の帽子をかけられる部分に置いてある。

 

 天高の中に入ると先生や高校生が何人か歩いているのを見かけた。

 玄関前には『本日、オープンキャンパス』と書いた張り紙がしてあったからそれの案内などをしているのだろう。

 そういえば中学生ぐらいの生徒が天高に入って行ったような気がすると翔太郎は思い返した。

 特に部活に所属している人間は今の内に中学生達に自分達をアピールしておけば、来年度の新入部員が見込めるかもしれないのだ。

 恐らく生徒達が何人か日曜日なのに慌ただしく動いているのはその為だろう。

 

 とはいえ今は6月手前の5月下旬。

 今年入部したばかりの生徒の勧誘も未だ継続している所もあるだろうに、忙しいものである。

 その内の何人かとすれ違うのだが、その度に「あ、弦太朗さん!」とか、「お久しぶりです!」とか、果ては「オープンキャンパスに来たって事は、また高校生するんですか?」なんて冗談めかしく言ってきていた。

 そして言われている弦太朗は1人1人に笑って応対し、「またなー!」と元気よく別れるという事が続いていた。

 そんな弦太朗に翔太郎が話しかけた。

 

 

「随分知り合いがいんだな」

 

「みんなダチっスから!」

 

「あン? 高校の連中全員か?」

 

「俺が卒業前の連中はみんなそうっス!」

 

「……すげぇな」

 

 

 学校に行った事がある人なら分かるだろうが、友達は増やす事が難しい。

 数名の仲の良い友達ならともかく、校内全員が友達なんて夢物語もいいところだ。

 だが弦太朗という人間は『ダチ』という存在を非常に強く、真剣に考えた。

 

 自分からぶつかりに行き、どんなに最初が険悪でも必ず友達になる。

 さらに弦太朗の哲学の1つに『気に入らねぇからダチになる』というものがある。

 

 そんな信念を持ち、尚且つ曲げない彼は周りから徐々に認められ、いつしか校内の人間の殆どが友達となっていたのだ。

 翔太郎はその経緯を知らないし、どれほどの友達がいるかは知らない。

 しかし校内の人間全てが友達という凄まじさは分かる。

 それに弦太朗はそんな事で嘘をつくような人間にも見えない。

 後輩ながら結構な事をやってのけている弦太朗に少しばかり感心する翔太郎であった。

 

 

 

 

 

 しばらく歩くとある部室の前に到着した。

 部室の前には『宇宙仮面ライダー部』と書かれた看板が立てかけられている。

 翔太郎は看板に顔を近づけて怪訝そうな表情を作った。

 

 

「……宇宙仮面ライダー部……なんだそれ?」

 

「学園の平和を守る部活っス。『ゾディアーツ』が出てた頃に、俺と一緒に戦ってくれたダチと作った部活なんスよ」

 

「へぇ、協力者の集まりってわけか」

 

 

 弦太朗は勢いよく宇宙仮面ライダー部の部室の扉を開けた。

 扉が開く時に中々に派手な音がしたせいで部室の中にいた人の視線は一斉に扉の方に、弦太朗に向けられた。

 そして弦太朗と認識するや否や、彼を笑顔で迎えた。

 まず1人の女子が元気一杯に大袈裟に手を振って弦太朗に寄ってきた。

 

 

「弦ちゃーん! 久しぶりー!!」

 

「おー! 元気してたかぁ!?」

 

 

 挨拶代わりにハイタッチする2人。

 それに続いて他の面々も弦太朗に歩み寄った。

 そしてメンバーを代表して1人の青年が落ち着いた口調で口を開く。

 

 

「こうして集まると、もう懐かしく感じるな」

 

「おう。でも、今でも思い出は胸に焼き付いてるぜ!!」

 

「ホント、変わらないな」

 

 

 何処となく嬉しそうに微笑む青年。

 弦太朗も決して笑顔を崩さず、それどころか笑顔はさらに輝きを増しているようだった。

 と、此処で青年は弦太朗の少し後ろにもう1人、見た事の無い人物がいる事に気付いた。

 

 

「そちらの人は?」

 

 

 弦太朗はその言葉を聞き、翔太郎を自分よりも前に押し出して大きな声で紹介を行った。

 

 

「この人は俺の先輩ライダー、仮面ライダーWの左翔太郎先輩だ!!」

 

 

 その紹介に翔太郎含めて、全員が驚愕の表情となった。

 翔太郎はバッと弦太朗の方に振り向き、できるだけ小さめの声で焦った。

 

 

「普通に仮面ライダーって言っちまうのかよ!?」

 

「えっ、ひょっとして……マズかったっスか……?」

 

「いや、いいけどよ……」

 

 

 まさか開幕一発目から自分が仮面ライダーである事を暴露されるとは思っていなかった翔太郎は心の準備ができておらずに戸惑ってしまったのだ。

 

 翔太郎は基本、非常時以外は風都の人にも自分が仮面ライダーである事を隠している。

 ガイアメモリを使用する事は用途にもよるが犯罪である。

 そもそもガイアメモリ自体、風都以外で出回る事は少なく、その風都でも知る人は少ない。

 更に言えばガイアメモリを持っている事イコール罪、ではなく、それによる傷害、器物破損、殺人、誘拐、窃盗などが主な刑罰対象だ。

 

 とはいえWとアクセルの正体が翔太郎、フィリップ、竜だと知られてしまえば何らかのいざこざは発生するだろうし、最悪捕まる。

 そんな中でライダーをやって来たので正体を隠す事がデフォルトな翔太郎としては今の発言には驚かざるを得なかったというわけだ。

 

 仮面ライダー部の面々はじっと翔太郎を見つめる。

 先輩ライダーと共闘したという話は聞いた事があるが、こうして対面する事はあまり無かった。

 精々、一度とある事件でオーズの変身者とちらりと会った程度だ。

 基本的に他のライダーと関わり合いがあるのは同じくライダーの弦太朗が主だった。

 弦太朗は仮面ライダー部の面々の中に飛び込み、今度は自分の友人の紹介を翔太郎に始めた。

 まず先程声をかけてきた冷静そうな青年の両肩に手を乗せた。

 

 

「こいつは『歌星 賢吾』! ウチの参謀っス!」

 

 

 紹介をされた賢吾は軽く頭を下げた。

 続いて弦太朗は最初に声をかけてきた明るい女子に駆け寄る。

 

 

「こっちは『城島 ユウキ』、俺の幼馴染で……明るい変な奴!!」

 

「ちょっ、弦ちゃん! それ人の事言えてないからね~?」

 

 

 2人して笑いあう姿を見てどっちもどっちという感想を抱いた翔太郎の考えはそこまで間違ってもいないだろう。

 次に弦太朗は、ガタイの良い青年、高飛車そうな女子、対照的にちょっと暗めの雰囲気の女子、如何にもお調子者な青年の元に寄った。

 

 

「『大文字 隼』に『風城 美羽』、『野座間 友子』と『JK』!」

 

 

 隼と呼ばれたガタイの良い青年は敬礼の様なキザなポーズを取る。

 美羽と呼ばれた高飛車そうな女子は意外に律儀で、軽く頭を下げた。

 友子と呼ばれた暗めの雰囲気の女子は怪しげな笑顔を向け、JKと呼ばれたお調子者に見える青年はニッと笑って見せた。

 最後に弦太朗は今まで紹介した面々から一歩引いた位置にいた2人を前に押し出して紹介をした。

 

 

「最後に、この2人は『黒木 蘭』と『草尾 ハル』! 宇宙仮面ライダー部で一番後輩の2人!」

 

 

 天然パーマのおとなしそうな雰囲気のハルと強気と真面目が合わさった雰囲気を醸しだす蘭は揃って礼儀正しく頭を下げた。

 

 

「で、俺と流星も合わせて、俺達宇宙仮面ライダー部! 学園の平和を守る部活っス!!」

 

 

 この場にいない流星を含め、総勢10人の仮面ライダー部。

 そのうちの9人、約半数がOB、OGの中、こうして揃う事は非常に稀だ。

 現役生であるJK、友子として懐かしい。

 ゾディアーツ事件解決後に正式に入部した蘭とハルにとっては、ゾディアーツ事件で助けられた先輩の集合だ。

 面々はジッと翔太郎の方を見つつ、賢吾は弦太朗に尋ねた。

 

 

「W……確か、なでしこの時に助けてもらったとお前は言っていたな」

 

「おう。映司さんに案内された所で会ったんだよ」

 

 

 忘れもしない、『SOLU』と呼ばれる宇宙生命体が擬態した女子高生との思い出。

 その際に『なでしこ』という名のSOLUに弦太朗は友情を、いや、恋を感じたりとか、SOLUを狙う組織が襲い掛かってきたりとか、色んな意味で大変だった事件だ。

 

 SOLUを狙う組織は財団X、かつては風都に出現し、オーズやグリードの力の源であるコアメダルに投資を行い、ゾディアーツ関係のスイッチにも同じく投資をしていた死の商人。

 しかしその事件の際には幹部の1人が暴走を起こし、独断行動をしただけだったのだが。

 とはいえ共通の敵を持ったW、オーズ、フォーゼ、即ち、翔太郎とフィリップ、映司、弦太朗は一致団結して財団Xと戦ったというのが翔太郎と弦太朗の初の出会いだ。

 

 翔太郎を見てユウキはテンション高めに口を開いた。

 

 

「弦ちゃんや流星君以外の仮面ライダーとこんな風に会うのって珍しいよね! なんか緊張するなぁ……」

 

 

 仮面ライダー部も他に仮面ライダーがいる事は把握している。

 何人かの仮面ライダーと知り合った弦太朗や流星が元部員である事や、ライダー部自体がその名の通り仮面ライダーとの関わりが深い事もあり、ライダーとの人脈はかなりある。

 実際、弦太朗は今や伝説と言われている7人ライダー全員と知り合いだ。

 しかしこうして変身前の生身で会う事はあまり無い。

 こうしてライダー部の部室まで先輩ライダーが御足労するという状況は皆無だったのだ。

 

 ところで今回、ライダー部が集結した理由は流星からの報告、『仮面ライダーが狙われている』という言葉が発端だ。

 流星は自分が襲われた事や他のライダーも既に襲われている事をライダー部に話した。

 新たな戦いを予感した面々はこうして再び集まったわけなのだが、先輩ライダーまで来るとは弦太朗以外の誰も聞いていない。

 美羽がその事を弦太朗に質問する。

 

 

「でも弦太朗、何故先輩ライダーを呼んだの?」

 

「それは俺から説明させてもらうぜ」

 

 

 答えようとする弦太朗を遮り、翔太郎が口をはさんだ。

 

 

「俺達Wやディケイドってライダーも、既に襲撃を受けた」

 

 

 聞き覚えの無いディケイドの名に弦太朗は首を傾げた。

 

 

「ディケイド……?」

 

「俺が映司やお前よりも前に知り合ったライダーだ」

 

「って事は、俺の先輩っスね!!」

 

「まあ、そうなるな」

 

「おぉぉぉ!! ディケイド先輩! ぜってぇダチになるぜ!!」

 

 

 突如テンションを上げて燃えだした弦太朗の叫びに思わずビクッと反応してしまった翔太郎。

 以前に一緒に戦った時もそうだが、弦太朗という人間は叫び癖でもあるのだろうかと考える翔太郎だが、周りのライダー部の顔が「やれやれ」と言いたげな表情になった事でいつもの事なのだと理解した。

 弦太朗が叫び終わった後、賢吾が翔太郎に「すみません」と言いつつ一礼した。

 苦笑いしつつ、翔太郎は話を続ける。

 

 

「敵の名は大ショッカー。少なくとも俺や、俺の仲間の前に現れた奴はそう名乗った。

 その辺は流星とかってのから聞いているか?」

 

 

 その言葉に全員が頷いた。

 流星と竜がフランスでの一件で知り合った事で、この2人を通して情報は共有できているようだ。

 

 

「そんでもって、大ショッカーの狙いはこの世界にいる全てのライダー。

 裏を返せば俺達全員にとっての敵だ」

 

 

 その言葉を聞き、ハッと何かに気付いた友子が机の上に置いてあったパソコンを開いた。

 既に電源が入っていてスリープ状態だったパソコンを操作し、ある動画を開き、それを全員に見えるように見せた。

 

 

「これ、もしかしたら……」

 

 

 パソコンの画面は4分割され、4つの動画を映し出していた。

 4つの動画全て、仮面ライダーと怪人が相対している。

 それぞれ1号、V3、X、ストロンガーが何らかの怪人と戦っている様子だった。

 1号は蜘蛛のような印象を受ける怪人と。

 V3は亀の甲羅に大砲を埋め込んで人型にしたような怪人と。

 Xは魚のヒレのような体に三叉の鉾を持った怪人と。

 ストロンガーは全身バネの様な体をした怪人と。

 

 

「1号はヨーロッパ、V3はエジプト、Xはインドネシア、ストロンガーはロシアで撮影された映像みたい……」

 

 

 友子が言った国名を聞いて翔太郎は竜から聞いた話の1つを思い出した。

 7人ライダーが大ショッカーと思わしき怪人に襲われた場所。

 それらが確か、この映像の国々と合致している筈なのだ。

 翔太郎は映像を見せた友子の方を向き、頷いた。

 

 

「ああ、多分大ショッカーと戦闘中のライダーだ」

 

 

 全員がその映像を険しい顔で見つめている。

 仮面ライダーが狙われている事は弦太朗や流星が狙われている事と同じ。

 そしてその2人は宇宙仮面ライダー部の面々にとっても大切な友達だ。

 彼等2人が大ショッカーと戦うというのならライダー部だって黙っているつもりは無い。

 美羽が腕を組んで深刻そうにつぶやく。

 

 

「また戦いが始まるかもしれないのね……」

 

 

 戦う事に躊躇いは無い。

 勿論恐怖は無いわけじゃない。

 それでも弦太朗の為、流星の為、戦いに巻き込まれるかもしれない誰かの為に戦える者達がライダー部という人間達だ。

 未だ流れ続ける映像から目を離して翔太郎が全員に向かって再び口を開いた。

 

 

「で、だ。俺が此処に来た理由は……」

 

 

 弦太朗と連絡を取ってライダー部に顔を出した理由を語り出そうとした翔太郎。

 しかし、それを全て口に出す前にそれは遮られた。

 生徒の悲鳴と、爆音によって。

 

 

 

 

 

 なぎさとほのかの通うベローネ学院は高校までエスカレーター式だ。

 だが、他の高校への受験が禁止なわけでは無く、実際に中学から高校に行く際にベローネを離れる人もいる。

 そんな訳でオープンキャンパスに行く事は無駄では無い。

 なぎさはほのかに連れられて新・天ノ川学園高等学校にやってきていた。

 ひかりは中学1年という事でオープンキャンパスはいいだろうという事と、ひかりが住んでいる『TAKO CAFE』の手伝いという事で今日は一緒では無い。

 校門を通る際にちょっと変わったバイクに跨る帽子の青年を見かけたが、誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか。

 

 さて、校舎の中に入ったなぎさとほのかは一先ず先生方から話を聞くためにオープンキャンパス用に解放され、先生や現役天高生とオープンキャンパスに来た生徒が話す為の場所となっている教室に向かった。

 そこで色んな質問をした後、学園内を見て回るというのがほのかの提案だ。

 至極真っ当にオープンキャンパスを回る方法である。

 オープンキャンパス用の教室の場所を確認した後、なぎさとほのかは早速そこに向かったのだが、その道中、とある教室の前でなぎさは急に止まった。

 

 

「どうしたのなぎさ?」

 

 

 ほのかが声をかけるが、なぎさは何かを食い入るように見つめている。

 なぎさが見ている物にほのかも視線を向けた。

 それは看板、そして看板にはこう書かれていた。

 

 

「宇宙、仮面ライダー部……?」

 

 

 ほのかが声に出して読んだその部活の名は、確かになぎさとほのかの足を止めるのに十分だった。

 彼女達2人は先日、仮面ライダーと出会っている。

 魔法使いで仮面ライダーの2人、晴人と攻介だ。

 今まで都市伝説でしかなかったそれと知り合った2人にとって、仮面ライダーという言葉はちょっとだけ馴染みがある言葉となっていた。

 

 

「こんな部活あるんだ……」

 

 

 興味深そうに見つめるなぎさだが、ほのかは冷静に部活に関して分析した。

 

 

「でもなぎさ、都市伝説を調べる部活なだけかもしれないわよ?」

 

 

 仮面ライダーの存在はほぼ確定されているとはいえ、世間一般では非現実的なライダーの存在を信じない人も多い。

 ヴァグラスが跋扈しゴーバスターズが公に戦っている世界で何を今更、という感じではあるが、40年以上前から都市伝説にあった仮面ライダーの存在は、『都市伝説』という肩書きが定着してしまっている節がある。

 都市伝説を調べるオカルト研究会的なそれではないかとほのかは考えた。

 

 

「だよねぇ、まさか本物の仮面ライダーがいるわけないもんね」

 

 

 なぎさも笑ってほのかに返した。

 宇宙仮面ライダー部の部室前を後にして、2人はオープンキャンパス用に解放された教室に向かおうとした。

 だが、その足が進むよりも前に足を止めさせる事態が起こる。

 生徒の悲鳴と、爆音が。

 

 

 

 

 

 翔太郎と宇宙仮面ライダー部のメンバーは生徒が逃げている方向を逆走し、爆音の正体に向かっていく。

 そうして校門近くの広場についた彼等が見たのは、荒れた学校の姿だった

 校舎の一部は破砕しており、暴れた影響と瓦礫が崩れた影響で辺りには砂埃が舞う。

 砂埃の中からは生徒やオープンキャンパスに来ていたと思わしき一般人が逃げ惑う。

 ライダー部の面々は安全な方、天高の外に逃げるように人々を誘導する。

 

 その最中、砂埃の中に更に2つの大きめの人影が写る。

 砂埃が晴れ、その姿が日に照らされ、くっきりと露わになった。

 1体は見るからに動物のサイをイメージさせる怪物。

 もう1体は体の左側が赤く、頭から蠍の尻尾のような物が生え、左手にはハサミ。

 更に体の右側はトカゲのような表面となっている怪物。

 2体とも明らかに『怪人』と形容できるそれ。

 蠍とトカゲを合わせたような怪人の名は『サソリトカゲス』。

 サイのような怪人は正しくそのまま『サイ怪人』という名だ。

 

 

「ソォォォリィィ!! 仮面ライダーァ、でてこぉいッ!!」

 

 

 サソリトカゲスがハサミを乱暴に振り回しながら大声を上げた。

 翔太郎は手首を顔の横でスナップさせつつ、2体の怪人を睨む。

 

 

「どうやらご指名の様だぜ、弦太朗」

 

「うっす。賢吾達はみんなを避難させといてくれ!」

 

 

 ライダー部の面々は弦太朗の言葉に強く頷くと、すぐさま辺り一帯の人間達の避難誘導に入った。

 怪我をした者には手を貸し、ガタイの良い隼を中心に男連中は瓦礫を除けたりと、各々に出来る事をしている。

 その様子をちらりと見る翔太郎と全く見ずに怪人に向かって走る弦太朗。

 避難誘導を行うライダー部を一瞬たりとも見ない弦太朗の行動は仲間への信頼の証と言えるだろう。

 出会って日が浅いどころか1時間も経っていない翔太郎もライダー部の面々が伊達に仮面ライダーと肩を並べていなかったのだと理解し、怪人へ意識を集中させた。

 一瞬遅れた翔太郎を余所に、弦太朗は怪人の前に立っており、翔太郎はその左隣に並び立った。

 

 2人は2体の怪人の前に立ち塞がる。

 突如対峙した2人の人間を前に怪人達も一瞬、動きを止めた。

 サソリトカゲスが翔太郎と弦太朗をそれぞれ一瞥する。

 

 

「何だぁ? 貴様等は」

 

 

 その言葉に弦太朗は『フォーゼドライバー』を取り出す事で答えた。

 4つの『アストロスイッチ』が装填され、バックルの右側にはレバーが取り付けられている。

 それを腰に宛がうと、フォーゼドライバーはベルトとなった。

 2体の怪人はそれを見て一気に警戒の色を強めた。

 

 

「ほう……! 成程、ようやく出たか仮面ライダーァ!!」

 

「おっと待ちな、こっちもそうだぜ」

 

 

 弦太朗を注視する怪人達に余裕の笑みで語りかけつつ、ダブルドライバーを見せつけて腰に巻く翔太郎。

 翔太郎はダブルドライバーを通してフィリップと通信を始めた。

 ダブルドライバーは翔太郎の腰に巻かれた瞬間、別の場所にいるフィリップにも巻かれるのだ。

 フィリップはそれにメモリを装填する事で翔太郎側にメモリと意識を転送させ、ダブルとなる。

 それ以外にもダブルドライバーは2人の意識を共有させる機能が備わっており、装着するだけで2人は通信する事が可能なのである。

 

 

「フィリップ、大ショッカーの野郎だ。……おい?」

 

 

 語りかけても返事が来ない。

 だが、眠っているというわけでも気付いていないわけでもないらしい。

 その証拠に翔太郎へ数瞬間を置いてから、フィリップが返事を返してきた。

 

 

『ああ、翔太郎。僕は今、プリキュアについて調べているんだ。実に興味深いよ彼女達は。

 古代にも存在したという記述、地球の本棚にも詳細は載っていない数々のアイテム。

 調べても調べても調べ足りない、それどころか謎が増えていくよ。今知ったのはだね……』

 

「分かった、分かった!!」

 

 

 翔太郎は手で制止させるようなジェスチャーをしてフィリップとの通信を中断し、溜息をついた。

 

 フィリップがまた『ハマって』しまった。

 

 彼は気になった事柄があると地球の本棚に籠って調べ物をするという癖がある。

 プリキュアについてハマっていたのは知っていたが、まさか今日にいたるまで引き摺っているとは思わなかったのだ。

 こうなったフィリップは余程の状況でない限り動いてくれない。

 それが例え、ダブルへの変身を要求するものだったとしてもだ。

 

 だが、これは裏を返せば『翔太郎ならその程度、大丈夫』というフィリップなりの信頼の表れでもある。

 翔太郎も溜息をつく事こそあるが、本当に大事な時は共に戦ってくれるフィリップを心の底から信頼している。

 さて、信頼関係云々は良いとしてもダブルへの変身は実質不能になってしまった。

 翔太郎はダブルドライバーを腰から外して仕舞いこんだ。

 

 

「どうしたんスか?」

 

 

 既にフォーゼドライバーを巻いて臨戦態勢の弦太朗が尋ねた。

 翔太郎は怪人から目を離さず、呆れた表情を作る。

 

 

「フィリップの奴がな……まあ、ダブルへは変身できねぇ」

 

「フィリップ先輩、何かあったんスか!?」

 

「いや、ンな深刻な事じゃねぇよ、もっとどうでもいい事だ。さてと……」

 

 

 翔太郎は新たにバックルを取り出した。

 それはダブルドライバーから左側のスロットを取り外したような形状をしている。

 片側を失ったダブルドライバー、『ロストドライバー』だ。

 1つしかない変身用のスロットが表している通り、これは1人で変身する為のツール。

 腰に宛がわれ、ベルトとなったロストドライバー。

 そして翔太郎はジョーカーメモリを左手で持ち、右斜め上、顔の右隣辺りの位置まで持っていって構えた。

 

 

「悪いが、こいつで相手してもらうぜ」

 

 ――――JOKER!――――

 

 

 ジョーカーメモリを起動させる。

 状況を飲み込めていない弦太朗だが、一先ず変身する事が先だと頭を切り替えて、フォーゼドライバーを操作する。

 スイッチ装填用のソケットの前部に付いている赤いスイッチを右側2つを左手で、左側2つを右手で順に押し、下に向けて倒していく。

 スイッチを1つ倒していく度に起動音が鳴り、だんだんと音が高くなっていく。

 4つのスイッチを全て押した後、フォーゼドライバーから電子音声が鳴り始めた。

 

 

 ――――Three――――

 

 

 始まったのはカウントダウン。

 それと同時に弦太朗は左手の拳を握って右側に振りかぶり、右手でベルト右側面にあるレバーを握った。

 同時に翔太郎も左手に持ったジョーカーメモリをロストドライバーに装填し、ゆっくりと変身の姿勢を取る。

 翔太郎は右手を握って左側に振りかぶるように持っていく。

 並び立つ翔太郎と弦太朗の腕の形はまるで、アルファベットの『W』を形作るかのようになっていた。

 

 

 ――――Two――――

 

 

 避難誘導が完了しつつある中で、怪人達が警戒と臨戦態勢を整える中で、変身のカウントが進んでいく。

 

 

 ――――One――――

 

 

 そして、最後のカウントが告げられたと同時に、2人の青年は同時に叫んだ。

 

 

「「変身!!」」

 

 

 弦太朗は右手で握っていたレバーを引いた後、右手を勢いよく真上に伸ばすと同時に上を向き、左手は左斜め下にこれまた勢いよく伸ばす。

 翔太郎はロストドライバーのスロットを右側に倒す形で展開、それと同時に握っていた右手の親指と人差し指を伸ばしてアルファベットの『J』を形作った。

 

 弦太朗の体には眩い光、大量の『コズミックエナジー』が降り注ぐ。

 それはスイッチのエネルギーである特殊なエネルギーの事だ。

 そして弦太朗の体にスーツが装着されていき、変身が完了する。

 パッと見は白い宇宙飛行士のようなスーツに、右手に丸、左手に四角、右足にはバツ、左足には三角のマークがついていて、白い体にオレンジ色の2つの複眼が光る。

 その名は、『仮面ライダーフォーゼ ベースステイツ』。

 

 翔太郎の体にはジョーカーメモリから解放されたエネルギーが鎧となって装着されていく。

 ジョーカーメモリが鳴らす特有の電子音声と共に、変身は完了する。

 シルエットはダブルそのもの。

 だが、色を分けていた中央の銀色のラインは消え、全身黒一色。

 ダブルのジョーカー側の色でダブルを染め上げたような姿。

 メモリと同じく切り札の名を持つ仮面ライダー。

 その名は、『仮面ライダージョーカー』

 

 フォーゼは体をグッと屈めた。

 

 

「宇宙……」

 

 

 そして、体全体でバツを描くように思い切り両手を挙げ、伸びをするようなポーズをしながら叫んだ。

 

 

「キタァァァァァッ!!」

 

 

 そしてフォーゼは右手で自分の頭をキュッと撫でた後、右腕を眼前に突き出して怪人達に宣言する。

 

 

「仮面ライダーフォーゼ! タイマン張らせてもらうぜ!!」

 

 

 タイマンとはつまり1対1という意味だ。

 本来なら2体の怪人相手に使うのはおかしいが、これを言うのはフォーゼの変身者である弦太朗の拘りみたいなところがある。

 それに今回はタッグマッチに近く、そういう意味で言えば1対1と1対1のタイマンと言えなくもない。

 タッグパートナーとも言える、真っ白なフォーゼとは対照的な真っ黒なジョーカーは右手を顔の位置まで挙げた後、手首をスナップさせた。

 

 

「行くぜ、怪人さんよ」

 

 

 この言葉を皮切りに、2人の仮面ライダーと2体の怪人の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 外の避難誘導が完了し、校舎の中の避難誘導を進めるライダー部。

 そんな中で隼はフォーゼとジョーカーが2体の怪人と戦う様子を見て、賢吾に緊迫感をそのままに質問をした。

 

 

「賢吾、ダイザーは出せないのか?」

 

「すまない、しばらく使っていなかったからメンテナンス中なんだ。今すぐという訳には……」

 

「そうか……」

 

 

 ダイザーとは、『パワーダイザー』という黄色いパワードワーカーの事だ。

 元々は月面の建設、土木作業の為に造られた物なのだが、賢吾達が在学していた頃はフォーゼの戦闘支援の為に使われていた。

 隼以外の人間にも乗れない事は無いのだが、体力を相当に消耗する為、アメフトで鍛えられた身体を持つ隼が最適任者として乗っていた機体。

 

 戦いが終わった後、ダイザーの使用頻度は当然の事ながら激減した。

 ゾディアーツとも渡り合える機械とはいえ、それは機械である事に変わりは無い。

 使わなかった時間が長かったのだからメンテナンスも当然と言える。

 流星に今回、ライダー部が再び集まる理由は説明されていた。

 新たな戦いを予感した賢吾はダイザーのメンテナンスをする事にしたのだが、メンテナンスは流星から連絡が来てからなので日数があまり経っていない。

 しかも間の悪い事にそのタイミングでの敵襲にダイザーのメンテナンスは間に合っていない。

 ダイザーで加勢したい隼と、すぐにでもそれを実行したい賢吾は歯痒さを感じつつも避難誘導を続けた。

 

 

 

 

 

 なぎさとほのかは避難誘導をしている青年達の目から避難する人達に紛れることで逃れた。

 青年達、つまりライダー部の面々の目から逃れた2人はフォーゼとジョーカーが怪人と戦う様を見ていた。

 

 

「ほのか、あれってやっぱり仮面ライダー……?」

 

「そう、みたいね……」

 

「うっそ……」

 

 

 こっそりと隠れながらひそひそと話す2人。

 悲鳴と爆音を聞いて、今までの経験則上只事では無いと判断した2人は急ぎ此処まで来たわけなのだが。

 隠れているのは避難誘導をしている青年達に見つかってしまえば避難を強制的にさせられてしまい、この場にいれなくなると考えたからだ。

 本来なら避難するのが正しいと理解してはいるのだが、プリキュアという力を持っているのに人を助けないという選択肢は彼女達には無かったのだ。

 

 まず様子を見る為に隠れた2人が見つけたのは仮面ライダーと思わしき戦士と天高を襲う怪人。

 なぎさとほのかもこれには驚いた。

 ウィザードとビーストというライダーと会ったばかりだというのに、またも別の仮面ライダーをこの目にする事になるとは思ってもいなかったからだ。

 なぎさもほのかもプリキュアという普通の人なら到底信じないであろう戦士なので、異常事態への耐性は少なからずある。

 しかしこう何度も都市伝説にもなっているような戦士を見ると驚きも隠せないというものだ。

 それにある程度の慣れはあるにしても、彼女達はまだ中学生。

 大人のように冷静な対応や分析ができるような歳では無いのだ。

 

 

「ありえなーい!!」

 

 

 だからこんな風に、目の前の異常事態を前に叫んでしまうのも仕方が無いのかもしれない。

 ほのかは慌ててなぎさの口を抑え、見つかっていないかと辺りを気にした。

 幸い、戦闘の音で気付かれていないようだった。

 しかし例え、大人のように振る舞えずとも2人には善良な心がある。

 それを正義というのか、純粋な心というのかは別にして、2人は天高を襲い、人々を傷つける怪人を前にして黙っていられるような人間では無かった。

 見れば仮面ライダー達は怪人達に苦戦をしている様子だった。

 人々を襲う怪人達を放ってなどおけない。

 

 

「とにかく……私達も、ほのか!」

 

「うん!」

 

 

 2人は隠れていた場所から飛び出し、戦場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 ジョーカーはサイ怪人相手に攻めあぐねていた。

 サイ怪人はパワーファイターだ。

 突進攻撃と頭の角による突きは脅威だろう。

 対して、ジョーカーの力はダブルの半分。

 パワー勝負に持ち込めるはずもなく、ジョーカーは避ける事に専念していた。

 幸いにも突進攻撃は単調で避けること自体は容易だった。

 だが、ジョーカーとしてもパワータイプの相手に不用意な接近は避けたい。

 

 ジョーカーはメモリ1本で変身した分、ダブルよりも各能力が劣る。

 ただしその代わりに、ジョーカーメモリ特有の『技』の部分が極限まで高められた技巧に特化した戦い方ができるようになるのだ。

 そこに翔太郎の経験も加わるのでジョーカーは技術という面で見れば、かなり強力と言えるだろう。

 だが、例えば大きな一撃を何度も与えなければいけないような防御力とか、単純に技術よりも力に物を言わせるタイプには少し弱い。

 何度か隙を見て攻撃をした反応を見るに、サイ怪人の皮膚は少し硬い程度。

 ジョーカーでもダメージは与えられる範囲内だ。

 とはいえパワーを封殺できない以上、そう簡単に攻められないのも実情だった。

 

 

「さぁて、上手く捌かねぇとな……」

 

 

 敵の攻撃をいなし、如何に自分の攻撃を当てにいって隙を作るかをジョーカーは考えていた。

 それが勝てる最良の方法だと判断したからだ。

 サイ怪人は再び突進を仕掛けてきた。

 それをギリギリのところで避け、すれ違いざまに左拳で一撃を入れたジョーカー。

 後頭部に一撃を食らったサイ怪人は派手に転げる。

 が、ダメージを受けたのはサイ怪人だけでは無かった。

 

 

「ぐあっ……!!」

 

 

 脇腹に走る痛みにジョーカーの仮面の中で翔太郎も顔を歪める。

 突進は完璧に避けた。

 だが、すれ違いざまに拳を入れてきたのはジョーカーだけでなくサイ怪人もだ。

 只のパワー馬鹿と思っていたが、さすがに何度も突進をかます中で学習したらしい。

 防御能力もダブルより劣るジョーカーにパワーファイターの拳はクリーンヒットでなくともそれなりに効いてくる。

 幸いにも痛みは収まってすぐに体勢を整えられたが、相手のサイ怪人は今の一撃を受けても元気そうに立ち上がって見せた。

 攻撃力だけでなく防御能力の差も見せつけられた形となるも、ジョーカーは余裕の態度を崩さない。

 

 

「まだまだ行くぜ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 フォーゼはサソリトカゲス相手に攻めきれずにいた。

 フォーゼの戦闘スタイルはスイッチを使って武装を出現させ、それを使っての攻撃と接近しての挌闘戦だ。

 戦いが始まってからフォーゼは接近し、ハサミに注意しつつ腕や足、時には頭突きすらも行使して攻撃を仕掛けた。

 しかし、硬い体を持つサソリトカゲスは中々怯まない。

 ならば大きな一撃を、と、フォーゼは一旦距離を取った。

 

 

 ――――ROCKET ON――――

 

 

 ベルトの一番右側、丸型のスイッチを押して右腕に『ロケットモジュール』を出現させるフォーゼ。

 右腕に装着されたオレンジ色の大型のロケットは大きな推進力とそれによる突撃を可能にする。

 

 

「おぉぉぉらぁぁッ!!」

 

 

 気合を込めた叫びと共にロケットモジュールを点火、サソリトカゲスに向かってロケットモジュールの先端をぶつける形で突っ込んだ。

 ロケットパンチという言葉があるが、ロケットを腕に付けて突撃する文字通りのロケットによるパンチな攻撃だ。

 胴体に決まった一撃はサソリトカゲスを後ろに数歩下がるも、すぐにハサミを振るって逆襲を開始した。

 

 

「ソォォリィィィィ!!」

 

「おわっ!?」

 

 

 スイッチをオフにしてロケットモジュールを外し、フォーゼは背部のブースターを使ってその場から飛び退く。

 背部のブースターは推進や姿勢制御に用いられる汎用性があるフォーゼの通常武装だが、推進力だけを見た場合はロケットモジュールの方が上で使い分けられる事が多い。

 こういう飛び退いて攻撃を避けるのならロケットモジュールよりも小回りの利くこちらの方が良いというわけだ。

 

 

「かてぇな、こいつ」

 

 

 ロケットモジュールのパンチは勢いも威力も通常のパンチよりもずっと強力だ。

 しかし、それが胴体にクリーンヒットしたサソリトカゲスは目に見えるダメージは受けていないように見えた。

 最初の接近戦、ロケットモジュールのパンチ、そのどれでもダメージが無い。

 勿論フォーゼも必殺の一撃を含め、他の手を大量に残してはいるが、大抵の敵は多少なりともダメージを受けた様子を見せるのだが。

 直接殴った感触といい、サソリトカゲスは非常に硬い。

 恐らく甲殻類である蠍の特性を持っているからであろう。

 

 

「んじゃ、これならどうだ!」

 

 

 フォーゼはベルトの左から2番目にある三角のソケットから『ドリルスイッチ』を引き抜き、新たに青い『19番』のスイッチを装填した。

 そしてそのスイッチをガトリングのように回転させ、起動させた。

 同時にベルトの右から2番目にあるバツのソケットに装填されている『ランチャースイッチ』も起動させる。

 

 

 ――――GATLING ON――――

 

 ――――LAUNCHER ON――――

 

 

 右足に5連装のランチャー、左足に6連装のガトリングが装備される。

 フォーゼは両足でしっかりと踏ん張り、両足の遠距離武器を一斉に発射した。

 ランチャーモジュールからミサイルが、ガトリングモジュールから無数の弾丸が放たれる。

 派手な見た目に違わずこの2つのスイッチは高威力な攻撃だ。

 ミサイルとガトリングの着弾による爆発の煙でサソリトカゲスの姿が見えなくなる。

 倒せずともダメージぐらいは、そう考えていたフォーゼ。

 

 だが――――。

 

 

「ソォォォォリィィィィィ!!!」

 

 

 雄叫びと共に煙の中からサソリトカゲスが現れ、ハサミを突き出してフォーゼの首を捉えた。

 突然の突進とランチャーとガトリング、両足のモジュールで咄嗟の回避運動ができず、フォーゼは首をハサミに挟まれてしまった。

 

 

「がっ……!!」

 

「ソォォォリィィィィ……」

 

 

 サソリトカゲスの鳴き声はまるで嘲笑うかのようだった。

 ハサミは徐々に、本当に徐々に挟む力が強くなっていく。

 じわじわと締め付けていくそれは相手を苦しめようという意思が伝わってきた。

 動く両手で両足のスイッチを解除した後、ハサミに対抗しようとするが、サソリトカゲスの力は強く、中々離れてくれない。

 

 

「ぐぁっ……!!」

 

「フハハァ……死ね、仮面ライダーァ……!!」

 

 

 諦めないフォーゼ、何らかの打開のスイッチがあるか、相手の何処かに弱点があるか、首を絞められながらも考える。

 まだまだ戦いは始まったばかりなのだ。

 首も絞められているとはいえ、相手が余裕を見せている為か意識は未だハッキリしている。

 苦しみに耐えつつ打開策を探すフォーゼ。

 だが考えが纏まるよりも先に、打開の瞬間は訪れた。

 

 

「「デュアル・オーロラ・ウェーブ!!」」

 

 

 突如乱入してきた少女の叫び。

 その声に避難誘導を終えた仮面ライダー部が、フォーゼが、ジョーカーが、サソリトカゲスが、サイ怪人が一斉に目を向けた。

 目を向けた先には眩い光が球体上に、虹色に輝いていた。

 その光は戦場に迫っていく。

 

 そして――――――。

 

 

「だぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 叫びと共に、光の球体から黒い衣装に身を包んだ少女が飛び出した。

 黒い姿の少女はサイ怪人に殴り掛かり、呆気にとられていたサイ怪人を吹き飛ばす。

 

 

「やぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 更に、今度は白い衣装に身を包んだ少女がサソリガドラスに接近した。

 フォーゼの首を挟んでいる為、サソリトカゲスとフォーゼの距離は限りなく近い。

 しかし首を挟むために伸ばしている腕の分だけ隙間が空いており、白い姿の少女はその隙間に足を滑りこませてサソリトカゲスを蹴り飛ばした。

 それによってフォーゼはハサミから解放され、痛む首をさすりながら白い姿の少女の後姿を見た。

 ジョーカーとフォーゼの目の前に、黒と白の2人の少女が並び立った。

 その姿を見たフォーゼとライダー部は呆気にとられるが、ジョーカーだけは違った。

 

 

(こんな事、前にも……)

 

 

 ほんの数日前、今目の前にいる少女達と同じくらいの年頃の少女2人に助けてもらってしまった事がある。

 その時と敵の数も状況も違うが、何かがダブって見えた。

 2人の少女は吹き飛ばして距離を離した2体の怪人を目の前にして自らの名を名乗った。

 

 

「光の使者、キュアブラック!」

 

「光の使者、キュアホワイト!」

 

「「ふたりはプリキュア!!」」

 

 

 ホワイトが怪人達を鋭く指差す。

 

 

「闇の力の僕達よ!!」

 

 

 続き、ブラックも同じように怪人達を指差した。

 

 

「とっととおうちに、帰りなさい!!」

 

 

 プリキュア2人の攻撃を受けた怪人達はゆっくりと起き上がり、敵意を剥き出しにしてプリキュアを睨む。

 一方でフォーゼやライダー部は反応に困っている様子だった。

 

 

「プ、プリキュア、キター!?」

 

 

 プリキュアなるものが何なのかさっぱりわかっていないフォーゼだが、とりあえずそう言っておいた。

 後ろのライダー部の面々は参謀、つまりは一番色々知っていそうな賢吾に質問をしていた。

 ユウキがフォーゼと同じタイミングで「プリキュア、キター!?」と叫ぶ中、全員を代表してJKが賢吾に聞いた。

 

 

「ちょちょ、なんすか!? アレ!?」

 

 

 だが、JKは賢吾の顔を見て、返答に期待できない事を一瞬で悟った。

 何故ならプリキュアを見る彼の顔もまた、驚愕と呆気が混じった、ともすれば間抜けな表情だったからだ。

 賢吾はJKの質問に、現在の自分に出せる回答で答えた。

 

 

「そんな事、俺が知るか……」

 

 

 そんな中、ジョーカーだけが全く違う反応を示した。

 

 

「なぁるほど、これがフィリップの言ってた……」

 

 

 フィリップの言っていた『もう1組のプリキュア』。

 それが彼女達の事であるとジョーカーは瞬時に理解した。

 プリキュアという存在は既に一度目にしている為、驚く事は無かった。

 各々に様々な反応を示す中、ブラックとホワイトがジョーカーとフォーゼの方を向いた。

 ブラックがまず口を開いた。

 

 

「助太刀します!」

 

 

 腕でガッツポーズを作ってウインクしながら笑顔でそう言った。

 隣にいるホワイトも同じように優しい笑顔を向ける。

 急に言われてもフォーゼとしては戸惑うばかりだ。

 だが、ジョーカーはそんな2人に戸惑う事なく受け答えた。

 

 

「おう、助かるぜ。嬢ちゃん達」

 

 

 まるで知っているかのように話すジョーカーをフォーゼは不思議そうに見つめた。

 

 

「しょ、翔太郎先輩? この子達は?」

 

「ああ、心配すんな、味方だと思うぜ。プリキュアってのは」

 

 

 物を知っているかのように語るジョーカーに今度はブラックとホワイトが不思議そうな顔を向けた。

 

 

「プリキュアを知ってるんですか?」

 

「色々あってな。ま、相手さんは待ってくれねぇし後でな」

 

 

 ブラックの質問に答えるジョーカーの言葉でフォーゼとプリキュア達は怪人を見据えた。

 敵意、というよりも殺意の籠った視線を感じる。

 表情の読めない怪人の顔ではあるが、その雰囲気で相当に頭に来ている事は分かった。

 4人の戦士は並び立ち、怪人と相対した。

 と、そこでジョーカーは非常にどうでもいいが、ちょっとした事実に気付く。

 

 

「……おっ、丁度俺達白黒なんだな」

 

 

 その言葉に4人はお互いを見やる。

 フォーゼは白く、ジョーカーは黒く、ブラックとホワイトはその名の通り。

 丁度仮面ライダーが白黒で、プリキュアも白黒な姿だった。

 ホワイトがそれを面白く思ったのか、3人に言った。

 

 

「ホント。モノクロですね、私達」

 

 

 戦いの真っ只中だというのに仲良さげに話す4人。

 だが、こんな時でも平常心を保っている事は他の仲間にとっては心強い事だ。

 それに何より、こうして話していると見ず知らずの相手とはいえ『信頼できる』と思わせてくれる。

 プリキュアと仮面ライダー、人の為に戦うという行動理念は同じであり、こうして打ち解けるのはある意味必然なのかもしれない。

 

 

「んじゃ、ブラック同士俺達はあのサイ野郎を倒すとするか」

 

「はい! えっと……」

 

 

 ジョーカーの提案に返事をするブラック。

 その後に宜しくお願いしますと言おうとしたのだが、名前を知らないので何と呼んでいいか分からない。

 それを察したジョーカーはフッと笑って自分の名を名乗った。

 

 

「俺は左翔太郎、仮面ライダージョーカーだ。君はブラックちゃん……で、今はいいか?」

 

「あ……はい! 翔太郎さん、宜しくお願いします!」

 

 

 一方でフォーゼとホワイトも似たようなやり取りをしていた。

 ジョーカーとブラックが組むのなら必然、フォーゼとホワイトが組む事になる。

 しかしホワイトもフォーゼの名を知らず、困った表情をしていた。

 

 

「えっと……」

 

「俺は仮面ライダーフォーゼ、如月弦太朗。この学校の生徒全員と友達に……は、なったから……」

 

 

 以前までなら『この学校の生徒全員と友達になる男だ!』と宣言していたのだが、今となっては卒業生。

 何と宣言しようか悩んだ挙句、ホワイトに手を差し出した。

 

 

「とりあえず、お前達とダチになるぜ!」

 

 

 明るく放たれた言葉に、思わずホワイトもニッコリと微笑む。

 差し出された手に応じると、フォーゼは独特の握手をした。

 まず手を握った後、握手の組み方を変え、手を一度離し、お互いの拳を数回打ち合わせた。

 通常の握手では無い知らない行動にホワイトはキョトンとした表情になる。

 フォーゼは仮面の中で満足そうに笑顔になった。

 

 

「友情のシルシだ! ほら、お前も」

 

 

 フォーゼはブラックとも同じ事をした。

 これは弦太朗特有の握手、友情を確かめる行動だ。

 友達になった人間とは必ずこれを交わしている。

 

 

「これでお前等ともダチだ!」

 

 

 すっかり和やかなムードが漂ってしまったがが、いい加減に怒り心頭の怪人達がいる。

 更に言えば目の前で悠長な行動をする4人に更に怒っている様子だった。

 4人は気を引き締め、再び横に並び立って臨戦態勢を整えた。

 

 

「さぁて、再開と行こうぜ……!」

 

 

 ジョーカーの言葉で、プリキュアを加えた戦いが始まった。




――――次回予告――――
「仮面ライダーとこんなに何度も会うなんてビックリ!」
「そうねぇ。でも、良い人そうで良かったじゃない」
「うん! さ、協力してみんなを守らなきゃ!」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『モノクロなH/White-Black-Xtreme』!」」

「リーゼントに探偵!? あ、ありえなーい……」
「魔法使いもありえないと思うんだけど……」





――――ここから後書きになります――――
今回と次回の題名にある『H』は『HERO』(ヒーロー)と『HEROINE』(ヒロイン)という意味です。
白黒のHERO=ジョーカーとフォーゼ。
白黒のHEROINE=ふたりはプリキュア。
という事ですね。


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第32話 モノクロなH/White-Black-Xtreme

 ジョーカーとキュアブラックはサイ怪人を前にしている。

 

 

「奴はパワータイプだ。突進に気をつけろよ」

「はい!」

 

 

 ジョーカーの忠告を聞いたキュアブラックは気を引き締める。

 そうこう言っていると、サイ怪人が早速突進攻撃を仕掛けてきた。

 鼻から出ている白い鼻息は怒りの興奮によるものか。

 直線的、スピードの速く、力強い攻撃。

 避けやすいがカウンターが決めにくい攻撃だった。

 避けるだけなら簡単なのだが、カウンターを決めるとなると、ギリギリを見極める必要がある。

 そして直線的であるが故のスピードは見極める事を難しくしていた。

 見極めに失敗すれば突進の直撃が待っている。

 ジョーカーは一先ず避ける事を優先した。

 だが、その場から飛び退くジョーカーを余所にキュアブラックはその場から動こうとしない。

 

 

「ッ!? 馬鹿ッ! 一旦避けろ!!」

 

 

 忠告はして、ちゃんと聞いていた筈なのにその場から動かないキュアブラックに焦って叫ぶジョーカー。

 サイ怪人の突進は凶悪なスピードでキュアブラックに向かっていく。

 マズイ、そう思って助けに入ろうとするジョーカー。

 だが、キュアブラックは女子中学生らしからぬ眼光を鋭く光らせ、左足で後方の地面を力強く踏みしめた。

 そして両手を開き、体全体に力を籠める。

 

 

「はあぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 サイ怪人の突進はキュアブラックを捉えた。

 確実に直撃コース。

 だが、目の前に広がる光景は過程から思い描かれた結果とは程遠いものだった。

 

 

「……マジかよ」

 

 

 呆気にとられるジョーカー。

 キュアブラックは、事もあろうに地面を踏みしめて踏ん張ってからサイ怪人の角を両手で抑える事で、突進を止めて見せたのだ。

 突進の衝撃で後ずさった跡が地面に残されているが、それでもキュアブラックはサイ怪人の突進を正面から受け止めた。

 ジョーカーは一瞬呆気にとられたが、すぐさま思考を切り替えてサイ怪人に全力で接近した。

 

 

「ブラックちゃん! そいつから離れな!!」

 

 

 叫びつつ走りつつ、ロストドライバーからジョーカーメモリを引き抜いて右腰のマキシマムスロットにメモリを装填する。

 言葉を聞いたキュアブラックはサイ怪人の角から手を離し、腹部に一撃、全力でパンチを見舞った。

 鳩尾に直撃したパンチはさしものサイ怪人と言えど大きな怯みを見せる形となった。

 キュアブラックが一旦そこから飛び退くと、それと入れ替わるようにジョーカーが走り込んでいく。

 サイ怪人まで後少しに迫った時、ジョーカーはマキシマムスロットの起動ボタンを強く叩いた。

 

 

 ――――JOKER! MAXIMUM DRIVE!――――

 

「『ライダーキック』……!」

 

 

 走った勢いのまま飛びあがり、右足を横薙ぎに振るってサイ怪人の角めがけてボレーキックを放つジョーカー。

 ジョーカーの必殺技はキック、あるいはパンチを強化する非常にシンプルなものだ。

 更に言えばフィリップと息を合わせる必要も無い為、技の名を口にする必要も無い。

 それでもそれを言うのは翔太郎の信条か、はたまたいつもの癖か。

 いずれにせよライダーキックはボレーキックという変則的な形ながらも放たれた。

 

 サイ怪人の角はライダーキックの威力に耐えられず、さながらボレーキックでシュートされたサッカーボールのように遠くへ飛んでいき、地面に落ちた。

 自慢の角をへし折られ、その痛みにサイ怪人は悶える。

 苦しむサイ怪人を余所にジョーカーとキュアブラックは一旦横に並び、明確なダメージを与えた事を確認した。

 が、ジョーカーはキュアブラックに苦言を呈した。

 

 

「お前……突進に気をつけろっつったろ?」

 

 

 受け止められたから良かったものの、もしも失敗していたらどうなっていたか。

 そう思っていたジョーカーだが、キュアブラックは明るく笑顔で元気に答えた。

 

 

「はい! だから相手を良く見て受け止めました!」

 

 

 あっけらかんと放たれた言葉に思わずジョーカーは言葉を失ってしまう。

 言葉から察するに、どうやらキュアブラックの中には最初から『受け止める』以外の選択肢が無かったらしい。

 ジョーカーは知らないが、キュアブラックは実はパワーファイターの部類だ。

 パンチもキックも一撃が重く、相手を受け止めて投げる事だって何度もしてきた。

 

 ジョーカーはプリキュアに対して『か弱い女の子が変身しているからライダーよりは力が低め』と思い込んでいた。

 以前に見たプリキュアである咲や舞があまり力技を使っていなかった事も起因しているだろう。

 だが今、それが非常に甘い認識であった事を思い知った。

 

 

(こいつぁ……下手な怪人よりもパワーが上かもな)

 

 

 どれだけ低く見積もっても最低でもジョーカーよりパワーはある。

 勿論、Wの半分の力であるジョーカーなのだからその辺りは仕方ない面もある。

 それでもジョーカーが戦慄しているのは下手をすればWを超えかねないと思ったからだ。

 戦いは力だけで決まるわけでは無いが、単純なパワーなら恐らくWも敵わない程の力を今しがた見せつけてくれた。

 敵でなくて良かったと心底思うと同時に、非常に頼もしく感じる。

 未だに鳩尾へのクリーンヒットと角が折られた事による痛みに悶えるサイ怪人。

 おしゃべりをしてこの好機を逃すわけにはいかない。

 

 

「……まっ、いいや。決めるぜ?」

 

 

 コクリと頷くキュアブラック。

 ジョーカーはマキシマムスロットからジョーカーメモリを一度引き抜き、再装填、再びマキシマムスロットのスイッチを押した。

 

 

 ――――JOKER! MAXIMUM DRIVE!――――

 

「『ライダーパンチ』……!」

 

 

 両手を顔の右側辺りに持っていき、強く力を籠めて拳を作る。

 右拳に輝く紫色の光が、マキシマムドライブによるエネルギーが右拳に集約されているのを示していた。

 キュアブラックも体全体に力を籠め、いつでも駆けだせるように構え、鋭い目で眼前のサイ怪人を睨んだ。

 そしてジョーカーとキュアブラックは同時に駆けた。

 いや、それは駆けたというよりも跳んだと表現するべきかもしれない。

 ほぼ真横へのジャンプは高速で走る姿と見紛うであろう。

 

 

「うぉらあぁぁぁぁ!!」

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 ジョーカーとキュアブラックが右拳を突き出し、サイ怪人の頭を捉えた。

 ジョーカーの拳はサイ怪人の顔の左に、キュアブラックの拳は顔の右に。

 強烈な一撃。

 マキシマムドライブを発動しているジョーカーは元より、素の一撃でも全力で放てば恐るべき破壊力を秘めるキュアブラックのパンチも同時だ。

 どちらか一撃でも仕留められるほどの攻撃を食らったサイ怪人は殴られた勢いで吹き飛び、中空を舞いつつ爆発した。

 

 

「やったぁ!!」

 

 

 無邪気に喜ぶキュアブラックを見ると、心はまだ子供なのだとジョーカーは思う。

 その実力を見たからこそ余計に子供らしい一面がある事にホッとするジョーカーなのであった。

 

 

 

 

 

 一方でフォーゼとキュアホワイトはサソリトカゲスと対峙する。

 サソリトカゲスは甲殻類の特性によるものなのか装甲が硬い。

 

 

「2人になったところでぇ……!!」

 

 

 サソリトカゲスは自身の鳴き声と共に駆け出す。

 その目立つハサミの見た目通り、サソリトカゲスの武器はハサミだ。

 当然接近しなければそれは使えないわけだが、それは即ち敵との近接挌闘戦を意味する。

 それを補うのが強靭な装甲。

 

 

「行くぜッ!!」

 

「はい!」

 

 

 白き2人は得物など持たずに素手で対応する。

 怪人のハサミは通常のハサミなど軽く凌駕する。

 鋼鉄だろうと両断できるであろうものであり、それを受けてもフォーゼが何とか無事だったのはフォーゼのスーツの性能と、サソリトカゲスの余裕と痛み付けたいという愉悦から来る油断によるものだ。

 油断が無くなった以上、素手で戦うのには危険が伴う。

 とはいえフォーゼは全身強靭なスーツだし、プリキュアも見た目以上に体全体が強化されているからちょっとやそっとではやられはしない。

 

 

「ぬっ、おらっ!!」

 

 

 ハサミの攻撃に気をつけつつ、フォーゼは攻撃を加えていく。

 左手のハサミをフォーゼは右手の腕で受け止め、左拳で数発。

 牽制程度の攻撃はサソリトカゲスにあまり意味を成さない。

 動きを止める程度はできても有効打では無いのだ。

 キュアホワイトも足技の攻撃でハサミの無い右側を攻めるが、防御行動すらとらずともサソリトカゲスは攻撃を弾き返してしまう。

 

 仮面ライダー部の面々はその光景を歯痒そうに見ていた。

 自分達にも出来る事があれば、せめてダイザーが動いてくれれば、と。

 それでも自分達に出来る事を。

 そう考えた賢吾は『アストロスイッチカバン』を取り出した。

 これはダイザーやフォーゼのバイク、『マシンマッシグラー』の遠隔操作、敵の分析など、賢吾が使うフォーゼのサポートツールだ。

 その名の通りアストロスイッチを持ち運ぶための物でもある。

 

 アストロスイッチカバンを開き、座り込む賢吾。

 ゾディアーツとの戦いの時は何度もこうしてフォーゼが戦うのを遠くで支援していた。

 懐かしさがこみ上げるが、今はそんな感傷に浸っている場合では無いと賢吾は思い出を一旦封殺し、サソリトカゲスに目を向けた。

 

 

(何処かに、弱点はある筈だ……)

 

 

 こいつには勝てないのではないか、強すぎる、弱点が無いのか。

 そう思いそうになった事は何度だってある。

 それでも彼等が卒業できたのはその危機を打ち破って来たからだ。

 あるいは弦太朗のハチャメチャ理論だったり、隼のダイザーによる援護だったり、新たな力によるものだったり、流星のお陰だったり、ライダー部の誰かが機転を利かせたり。

 

 方策は様々であったが対応できない敵はいなかった。

 何より今のフォーゼは文字通りベースである基本形態。

 各種力を使用していないのだから、焦るほどの事はまだ起こっていないのだ。

 それ故に賢吾は焦らず、冷静に相手を見て敵を分析する。

 硬い体は強力でも打ち破れない筈はない。

 賢吾の冷静な分析力と作戦もまた、今までの危機を脱してきた要因の1つなのだから。

 

 サソリトカゲスと取っ組み合う2人。

 キュアホワイトはキックでは埒が明かないと、攻撃方法を変えた。

 

 

「ふっ!!」

 

 

 息を吐くような声と共にキュアホワイトはサソリトカゲスの右腕を掴み、体を反転させて上空に跳んだ。

 キュアホワイトは中空で逆立ちをする姿勢となった。

 サソリトカゲスは右腕が上に強く引っ張られるのを感じた。

 

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 キュアホワイトは地面に着地すると同時にサソリトカゲスの右腕を掴む腕を振り下ろした。

 当然、掴まれているサソリトカゲスは女子中学生が出すとは思えぬ強烈な力に引っ張られて、ぐるりと視界を回転させる。

 そして次の瞬間には凄まじい勢いで地面に背中から叩きつけられた。

 

 

「ガッ!?」

 

 

 キュアホワイトは腕を離して数回バク転を行ってサソリトカゲスから距離を取った。

 フォーゼもまた、それに合わせて一旦距離を取る事を選択し、後ろに飛び退いた。

 投げるのに成功したとはいえ起き上がり様に手痛い反撃を食らうかもしれないからだ。

 それにサソリトカゲスの装甲が硬いのは教えられずとも、何度か攻撃を加える中でキュアホワイトにも分かっていた。

 しかし、サソリトカゲスが見せた反応は予想外の物だった。

 

 

「ヌッ、ガアアッ……!!」

 

 

 サソリトカゲスは背中に手を回し、のた打ち回っていた。

 叩きつけられた衝撃による痛みだろうか。

 だが此処までランチャーやガトリングといった攻撃ですら痛む様子すら見せなかったサソリトカゲスにしては尋常では無い痛がり様だ。

 フォーゼとキュアホワイトは顔を見合わせて首を傾げる。

 一方で賢吾はハッと何かに気付いていた。

 

 

「弦太朗! 『カメラスイッチ』でそいつを撮れ!!」

 

「んぁ? お、おう!」

 

 

 賢吾の指示に戸惑いつつも従うフォーゼ。

 フォーゼは一番左側にある四角のソケットに装填されている『レーダースイッチ』を引き抜き、新たに『6番』、カメラスイッチを装填し、起動させた。

 

 

 ――――CAMERA!――――

 

 ――――CAMERA ON――――

 

 

 フォーゼの左腕に大きなビデオカメラ、カメラモジュールが装備され、それを痛みに苦しんでいるサソリトカゲスに向けた。

 カメラスイッチは『撮る』というカメラらしい機能は勿論の事、それによる敵の分析を可能にするスイッチだ。

 カメラモジュールに映し出されたデータはアストロスイッチカバンに転送され、賢吾は急ぎそれで解析を始めた。

 

 

「……やはりそうだ。弦太朗、そいつは背中の装甲が薄いぞ!

 その子の投げで大きなダメージを受けているのもその為だ!」

 

 

 賢吾は解析された結果をフォーゼ達に伝えた。

 実際、その通りでサソリトカゲスは投げられる時点まで一度たりとも背を向けたり、背中に攻撃を受けたりしていない。

 例えランチャーやガトリングを受けようとも回避運動を取らず、正面からの防御に徹した。

 それは強靭な装甲を盾に使っての強引な攻めであると同時に、背中の弱点を隠すための戦法でもあったのだ。

 フォーゼはカメラスイッチをオフにし、賢吾に親指を立ててサムズアップをした。

 

 

「サンキュー賢吾!」

 

 

 賢吾は共に戦ってきたフォーゼやメテオにとって最高の参謀だ。

 各種スイッチの能力を完璧に把握し、冷静な状況分析ができる。

 何よりも弦太朗と流星にとっては信頼できる友人であるという事も大きい。

 そうこうしている内にサソリトカゲスは再び立ち上がった。

 先程の話はサソリトカゲスにも当然筒抜けだ。

 

 

(俺の弱点が分かったところで、後ろを取らせなければいい)

 

 

 至極簡単な事だ、とサソリトカゲスは笑う。

 彼は自分の力に絶対的な自信を持つと同時に自分の弱点を理解している。

 だからこそ正面から押し切る戦法を選択していた。

 背後にさえ気をつけ続ければ負けは無い。

 

 

「ソォォォリィィィィ……!!」

 

 

 力強く呻くサソリトカゲス。

 背後にさえ気をつければ負けないという考えはあながち間違いでは無い。

 フォーゼに奥の手が幾つか残っているのも事実ではあるが、現状、正面からの攻撃は全て受け切っているというのもまた事実。

 それでいてどうやって背後を取るかがフォーゼ達にとっても課題だ。

 サソリトカゲスの武器はその装甲と鋭利なハサミ。

 それに対抗する為にフォーゼは自分の姿を変える事にした。

 

 

「こいつでいくぜ!」

 

 

 フォーゼは丸型ソケットからロケットスイッチを引き抜き、新たに金色のスイッチを装填した。

 

 

 ――――ELEK!――――

 

 

 エレキ、即ち電気の力を秘めたスイッチ。

 フォーゼはそのスイッチのレバーを前に倒す事で起動させた。

 

 

 ――――ELEK ON――――

 

 

 スイッチの起動と共にフォーゼの周りを電気が取り囲む。

 更にフォーゼドライバーからエレキスイッチ起動による音楽が流れ、フォーゼの姿が変わっていく。

 全身は金色に、両肩には雷太鼓のような物が巻かれ、右手にはロッド型の武器、『ビリーザロッド』を携える。

 フォーゼが『ステイツチェンジ』をした姿の1つ、電気の力を使う『エレキステイツ』だ。

 

 エレキステイツはどちらかと言えばパワー型に属する。

 重厚且つ鈍重な完全パワータイプの『マグネットステイツ』という姿もあるのだが、あちらでは小回りが利かなさすぎて、不利になる可能性も否めない。

 それに相手のハサミに対抗してのビリーザロッドという得物を持つ事でサソリトカゲスに対抗しようという事なのだ。

 フォーゼはビリーザロッドの柄尻から伸びるプラグを鍔部分の3つのコンセントの内、左側に差し込んだ。

 ビリーザロッドは3つのコンセントにプラグを差し替える事で多種多様な能力を発揮する武器だ。

 左側のコンセントはロッドに電気を這わせて攻撃の際に電撃の力が加わるというものだ。

 

 

「行くぜ!!」

 

 

 ビリーザロッドは名の通り棒であり、打撃武器だ。

 サソリトカゲスにビリーザロッドが炸裂する度に電気が迸る。

 パワーも上がった事で先程よりはダメージが通っているようで、サソリトカゲスは怯みを見せている。

 しかしそれでも正面からの攻撃では明確な決定打を与えられない。

 

 

「ソォリイィィィ!!」

 

「ぬおらぁ!!」

 

 

 ハサミをビリーザロッドで受け止める。

 サソリトカゲスは蠍とトカゲの特性を持った怪人であり、通常のショッカー怪人が1種類の動植物の特性しか持たないのに対し、サソリトカゲスのようなゲルショッカー怪人は2種類の特性を持つ。

 つまり、あらゆる面でショッカー怪人を超えるのがゲルショッカー怪人なのだ。

 故にパワーもあるサソリトカゲスはビリーザロッドとハサミで打ち合おうとも物ともしない。

 しかし、フォーゼには圧倒的に優勢であると言える事が1つある。

 

 

「やぁぁぁぁ!!」

 

「グアッ!?」

 

 

 ハサミの無い右側から脇腹目掛けて助走をつけたキュアホワイトの蹴りが直撃。

 勢いをつけた一撃は如何な装甲を持つサソリトカゲスでも一瞬の怯みを見せる。

 そこにフォーゼはビリーザロッドを何度も叩きつけ、ラッシュをかけた。

 フォーゼが優勢な大きな理由、それはフォーゼが1人では無いという事である。

 相手が2つの特性を持つのなら、こちらは2人の戦士というわけだ。

 

 

「おぉらぁ!!」

 

 

 ビリーザロッドで打ち上げるように下から殴りつけ、サソリトカゲスを斜め上方に吹き飛ばす。

 ダメージが入ったかは今までの防御能力からして怪しい所だが、手応えはあった。

 空を舞ったサソリトカゲスは地面に自由落下した後も勢いが止まらずに地面を転がった。

 

 

「おっしゃ……ん?」

 

 

 フォーゼの持っているスイッチの1つ、最初にフォーゼドライバーに装填されていたレーダースイッチから着信音が鳴りだした。

 これは誰かからの通信を意味している。

 フォーゼはカメラスイッチを引き抜いてレーダースイッチを装填、レーダーモジュールを起動した。

 

 

 ――――RADAR!――――

 

 ――――RADAR ON――――

 

 

 左腕に出現したレーダーモジュールの画面を見ると、賢吾の顔が映し出されている。

 すぐに近くにいる筈の賢吾がアストロスイッチカバンから通信を行っているのだ。

 

 

「どうした賢吾?」

 

『アイツを倒す作戦だ。あの白い女の子にも来てもらってくれ』

 

「お? おう。おーい、ホワイト!」

 

「えっ?」

 

「ちょっとちょっと」

 

 

 くいくいと手招きしてキュアホワイトを近くに呼ぶフォーゼ。

 キュアホワイトは首を傾げながらもサソリトカゲスの立ち上がらぬうちに急いでフォーゼの元に駆け寄った。

 レーダーモジュールを通してフォーゼとキュアホワイトに作戦を伝える賢吾。

 その作戦の内容にフォーゼは頷き、キュアホワイトは少し驚いた表情を見せた。

 

 

『……以上だ。いけるか?』

 

「おう! 俺はいけるぜ!」

 

 

 即答するフォーゼ。

 しかしキュアホワイトは少し戸惑いながらフォーゼと画面の賢吾を何度も交互に見ていた。

 

 

「私も、いいですけど……ほ、ホントに大丈夫なんですか?」

 

 

 キュアホワイトは別に賢吾の作戦を疑っているわけでは無い。

 ただ、作戦の最中にする自分のある行動に不安を持っているのだ。

 それは下手をすると、意図せずしてフォーゼを攻撃する事になりかねないもの。

 だけど、それにもフォーゼは明るく即答した。

 

 

「大丈夫だって、信用してくれ!」

 

 

 更にフォーゼはキュアホワイトを安心させるために続けた。

 

 

「俺はダチを信じる! お前も俺を信じくれ!」

 

 

 出会って数分と経たない相手に此処まで信用を置く彼の姿。

 愚直とも言える信頼と自信だが、不思議とそれは本当に大丈夫な気にさせてくれた。

 そうこう話している内にサソリトカゲスは起き上がる。

 2人はサソリトカゲスに向き直った。

 最早迷っている暇もない。

 

 

「んじゃ、行くぜ!」

 

「は、はい!」

 

 

 2人は同時に高く跳び上がる。

 さらにフォーゼは三角のソケットからガトリングスイッチを引き抜き、再びドリルスイッチを装填、発動した。

 

 

 ――――DRILL――――

 

 ――――DRILL ON――――

 

 

 左足にドリルモジュールが装着される。

 続いてフォーゼは変身時に使用したレバーを再び引いた。

 

 

 ――――ELEK DRILL――――

 

 ――――LIMIT BREAK!――――

 

 

 フォーゼはスイッチの力を極限まで引き出す『リミットブレイク』を発動したのだ。

 オンになっているスイッチの力で必殺の一撃を放つ、それがリミットブレイクである。

 エレキスイッチの力で全身に電気を身に纏い、ドリルモジュールはリミットブレイクにより強化される。

 

 しかし、このままではこれから発動しようとしている必殺技は発動できない。

 フォーゼがベースステイツで放つロケットとドリルを使う必殺技、『ライダーロケットドリルキック』はロケットを強力な推進力としてドリルモジュールでキックを放つという技。

 が、エレキスイッチが装填されている為にロケットが使えないエレキステイツではその強力な推進力が得られない。

 故に何らかの方法で勢いをつける必要がある。

 

 

「ホワイト! 頼むぜ!!」

 

「はい!」

 

 

 だからこそのキュアホワイトだ。

 キュアホワイトはフォーゼの左腕を掴み、横に何回か回転した後、フォーゼをサソリトカゲスに向かって全力で放り投げた。

 サソリトカゲスにも放ったキュアホワイトの強烈な投げ。

 勢いをつける為にフォーゼが選んだ方法。

 かつて隼のパワーダイザーでやってもらった事とほぼ同じ、『自分を投げてもらう』という方法で勢いを得たのだ。

 

 とはいえキュアホワイトの投げは自分の数倍以上ある巨体をも易々と放り投げる程の力。

 下手をすればフォーゼを投げ飛ばしかねないものである。

 だが、それでもフォーゼはキュアホワイトを信用し、キュアホワイトはフォーゼを信用してこの作戦を決行した。

 フォーゼもそうだが、この作戦を考えた賢吾もいきなり現れたキュアホワイトを全面的に信用するという、大胆な決断であると言える。

 

 キュアホワイトの投げで得られた推進力は自由落下のそれよりもずっと早い。

 一瞬にして地上に叩きつけられてしまいそうなほどの勢いだ。

 それでもフォーゼは勢いをそのままに、左足を突き出して必殺の名を高らかに宣言した。

 

 

「『ライダー電光ドリルキィィィィックッ!!』」

 

 

 稲妻という光を纏い、ドリルによる通常の蹴りよりも強力な一撃。

 キュアホワイトの投げで加速されたそれはサソリトカゲスを容赦なく襲う。

 が、サソリトカゲスはそれを間一髪でかわした。

 やや掠ったドリルが破裂音と摩擦音を合わせたような音を出して火花を散らせる。

 ドリルはサソリトカゲスから見て後方の地面に突き刺さるが、回転の勢いは止まず、フォーゼはそのままグルグルと回転し続けるが、すぐさまドリルスイッチをオフにして無理矢理回転を止めた。

 

 

「もういっちょぉ!!」

 

 

 フォーゼは回転の勢いを残したまま、ビリーザロッドを突き出した。

 回転で勢いがついた突きは強烈な一撃となる。

 加えてライダー電光ドリルキックの数瞬後なのでサソリトカゲスの背後を取る事に成功している。

 この一撃が決まれば大ダメージを与えられる。

 

 しかし――――。

 

 

「ッ!?」

 

「ソォォリィィィィ……残念だったな、仮面ライダー!」

 

 

 それを感じ取っていたサソリトカゲスは必死の勢いで背後を振り向き、両腕を交差させてビリーザロッドの一撃を防いで見せた。

 笑うサソリトカゲス。

 必殺である攻撃を避け、二段構えの攻撃も受け切ったが故のしてやったりとでも言いたげな笑い声。

 だがそれに対し、フォーゼもまた、仮面の中でニヤリと笑った。

 

 

「いんや、こいつでいいのさ!」

 

「なぁにを……ッ!!?」

 

 

 フォーゼの言葉の直後、サソリトカゲスの背中に強烈な痛みが走ると共に、前に仰け反った。

 サソリトカゲスは仮面ライダーの敵組織、ゲルショッカーの怪人であり、現在は大ショッカーの怪人である。

 サソリトカゲスだけに言える事では無いが仮面ライダーへの敵対心は並々ならぬものがある。

 だが、だからというべきか、プリキュアが目に入っていなかった。

 

 それがサソリトカゲスの油断に繋がった。

 

 背中にめり込むのはキュアホワイトの右足による飛び蹴り。

 フォーゼを投げた後、自由落下の勢いを利用してキュアホワイトも攻撃の準備をしていたのだ。

 そう、元から賢吾の考えた作戦は三段構え。

 最初に正面切っての必殺の一撃、2発目に弱点である背中への重い一撃。

 2発目のフォーゼの一撃を防ぐとしたら、装甲を利用する事となるだろう。

 そうなれば確実にフォーゼの方を向くであろう事を想定し、挟み撃ちによる背後からの一撃。

 どれが当たっても明確な一撃を与える事が可能な三段構えだったのだ。

 

 

「こいつで最後だ!」

 

 

 フォーゼはフォーゼドライバーからエレキスイッチを引き抜き、ビリーザロッドの柄にスイッチを装填した。

 

 

 ――――LIMIT BREAK!――――

 

 

 警告音に近い音と共に、再び必殺の一撃を宣言する電子音声。

 ビリーザロッドが通常よりも多くの電気を帯び始める。

 フォーゼは素早くサソリトカゲスの背後に回り、同時にキュアホワイトはサソリトカゲスの背中を踏み台に大きくジャンプしてその場を離脱した。

 そしてフォーゼは放つ一撃の名を全力で叫んだ。

 

 

「『ライダー100億ボルトブレェェェェイクッ!!』」

 

 

 実際に100億ボルトが流れているかは不明だが、何れにせよ生半可では無い電気が流れるビリーザロッドをサソリトカゲスの背中に斬り付けた。

 ビリーザロッドは先程も言ったように打撃用の武器だが、この技の時は斬り付けて攻撃をするのだ。

 

 

「ガァァァァァ!?」

 

 

 サソリトカゲスはその強力な一撃に悶え、火花を散らして爆散した。

 恨み節すら吐けなかったのは、ライダー100億ボルトブレイクの前にキュアホワイトの一撃を弱点に食らっていた事もあるのだろう。

 兎にも角にもフォーゼとキュアホワイトは見事にサソリトカゲスを倒したのだ。

 2人は互いに喜びを分かち合った。

 

 

「やったな!」

 

「はい!」

 

 

 2人のハイタッチが小気味の良い音を出した。

 

 

 

 

 

 サイ怪人とサソリトカゲスは2人の仮面ライダーとふたりはプリキュアのチームモノクロによって撃破された。

 生徒達は避難し、オープンキャンパスも滅茶苦茶になってしまったが、被害者が出た様子は今の所は無い。敵が仮面ライダーに狙いを絞っていたからだろうか。

 

 ロストドライバーを閉じて変身を解く翔太郎、フォーゼドライバーの4つの赤いスイッチを全て押し上げて変身を解く弦太朗。

 プリキュアの2人は正体を明かす事に少し戸惑いを持ったが、既に晴人やなのはに知られている事を思えば今更仮面ライダーに知られても大丈夫だろうと思い、その場で変身を解いた。

 見守っていた仮面ライダー部も加え、この戦場で事情を知る者達は再び一箇所に集まった。

 戦い終わって大きく伸びをする弦太朗に賢吾が労いの言葉をかけた。

 

 

「よくやったな、弦太朗」

 

「おうよ、お前の作戦のお陰だぜ」

 

 

 そう言った後、弦太朗はほのかの方に明朗快活な笑顔を向けた。

 

 

「お前もありがとな、ホワイト……って本名じゃねぇよな」

 

「はい。私、雪城ほのかって言います」

 

 

 ペコリと丁寧にお辞儀をするほのか。

 同じように翔太郎となぎさも似たようなやり取りをしていた。

 

 

「君もブラックちゃん、じゃねぇんだよな。名前は?」

 

「美墨なぎさです! 宜しくお願いします!」

 

 

 基本的に細かい事を気にしない弦太朗と既にプリキュアが何かを知っている翔太郎は、平然とした顔でなぎさとほのかの2人と話している。

 それとは対照的にライダー部の面々はなぎさとほのかに興味深そうな、正体不明の存在を見る時に向ける好意でも敵意でもない視線を向けていた。

 

 

「ところでカワイコちゃん達、何者?」

 

 

 チャラ男なJKがなぎさとほのかを交互に指差しながら言った。

 カワイコちゃんと言われてなぎさは少し照れていたが、そう言った言葉をひらりとかわすほのかは冷静に答えようとするが、そこに翔太郎が口をはさんだ。

 

 

「プリキュア。伝説の戦士らしいぜ?」

 

 

 意外な人物からの意外な言葉に全員の視線が翔太郎に向く。

 仮面ライダー部からは「知り合いなのか?」という視線が。

 なぎさとほのかからは「プリキュアの事を知っているんですか?」という視線が。

 先程もそうだが、翔太郎だけはプリキュアについて知っている風だった。

 なぎさもほのかも翔太郎と会った事は無いし、今までで一緒に戦った仮面ライダーと言えばウィザードとビーストだけの筈。

 疑問に思ったほのかは翔太郎に後に回していた疑問を尋ねるが、帰ってきた答えは2人にとっては驚きのものだった。

 

 

「何処でプリキュアの事を知ったんですか?」

 

「もう1組、ふたりはプリキュアって名乗ってた2人に助けられた事がある」

 

「「……えええぇぇぇぇぇ!!?」」

 

 

 言われた事実を認識するのに時間がかかり、しばしの間の後、驚愕から叫んでしまった2人。

 彼女達にはシャイニールミナスというプリキュアとは別の仲間が1人いる。

 最近では魔法使いの仮面ライダーが2人と魔法少女が1人、知り合いになったばかりだ。

 それだけでも随分と驚きなのに今度はまさかの同業者がいるという発言。

 翔太郎は2人の様子を見て2組のプリキュアは知り合いでない事を確信した。

 仮面ライダー同士は知り合っている事が多いのを考えると少々意外だったのだが。

 と、此処で沈黙を守っていた賢吾が口を開いた。

 

 

「……何にせよお互いの情報交換、説明が必要だ」

 

 

 なぎさとほのか含めて全員がそれに頷き、一度仮面ライダー部の部室に戻る事となった。

 

 

 

 

 

 部室に戻ってお互いが説明したのは以下の通りだ。

 プリキュアは晴人達に説明したのと同じ。

 翔太郎も自分がW兼ジョーカー、ついでに探偵である事、

 仮面ライダー部はフォーゼの事と今まで天高を守ってきた存在であるという事。

 弦太朗はフォーゼの事よりもむしろ髪型に驚かれたが、明るく助けてくれた彼に偏見を持つ事なく、なぎさとほのかは改めて『友情のシルシ』を交わした。

 

 さて、当然の事ながらプリキュアの説明をするという事は妖精の存在は避けては通れないわけで。

 なぎさとほのかはメップルとミップルを机の上に出してやった。

 弦太朗とユウキは大げさな身振り手振りで喋って歩くぬいぐるみのような2匹に驚いて見せた。

 

 

「「妖精キターァァァァ!!?」」

 

 

 わざとらしく見えるかもしれないが、割と本気で驚いているのだ。

 賢吾は対照的に冷静だが、顔は何となく変な表情をしている。

 怪訝そうとか興味深そうとかではなく、ただ単純に「何だコレ」とでも言いたげな顔だ。

 隼は驚きのあまりJKに抱きつき、自分よりも長身の男を引きはがそうとJKは必死だ。

 

 

「うおわぁぁぁ!?」

 

「ちょ、先輩離れて離れて!?」

 

 

 女性陣もまた驚きつつも反応は様々だった。

 

 

「Oops! 可愛いじゃない」

 

「く、苦しいメポ!」

 

 

 正体不明の生物であるメップルを抱きかかえて愛で始める美羽。

 

 

「妖精、おまじない……うふふ……」

 

「ミ、ミポ~……」

 

 

 ミップルを抱きかかえ、何やら恐ろしげな雰囲気で呟いてミップルに謎の恐怖を与える友子。

 

 

「可愛い……」

 

「蘭……?」

 

 

 ボーッと見つめて最初に発した言葉がそれという、ある意味一番女性らしい反応を示した蘭と、驚きながらも蘭の様子にも気を配るハル。

 些細な事から大きな事まで、ハルは何度も蘭に助けられている。

 お礼にあんな感じのぬいぐるみでも送ろうかな、とふと考えるハルだった。

 

 

「やっぱしいるんだな、ああいうの」

 

 

 フラッピとチョッピで耐性のあった翔太郎は特に驚く事も無く、ライダー部とメップルとミップルの戯れを眺めていた。

 しかしまあ、いくらガイアメモリ犯罪に慣れているとはいえ、妖精という存在まで許容できるほどになってしまって大丈夫なのだろうかと翔太郎は思う。

 

 さて、それは置いておくにして、まだ全ての説明が終わったわけでは無い。

 元々翔太郎が言う予定だったのは何故、翔太郎が此処に来たかだ。

 それに気付いた賢吾は一旦みんなをメップルとミップルから離れるように指示した。

 

 

「みんな、まだ話は終わっていないんだ。いい加減にしておこう」

 

「えぇ~、可愛いのに」

 

 

 仮面ライダー部では隼と同じく一番年上な美羽がちょっとだけ駄々をこねるが、しぶしぶと言った感じでメップルを離してやった。

 話せる雰囲気を作ってくれた賢吾に軽く礼を述べた後、翔太郎は自分が仮面ライダー部と接触を図った理由を語り出した。

 

 

「前にも言ったが大ショッカーの狙いは仮面ライダー。

 だったらこっちも結託していた方がいいって考えたわけだ」

 

 

 それに、と間を置いて翔太郎は続ける。

 

 

「士……ディケイドからある組織に誘われてる。ゴーバスターズも参加してるっていう組織だ」

 

 

 その話に手を軽く挙げて口をはさむ賢吾。

 

 

「信用できるんですか?」

 

 

 失礼な物言いかもしれないが賢吾が慎重になるのは当然だ。

 ゴーバスターズがヴァグラスと戦う正義の戦士である事は世界的な事実ではある。

 だが、ディケイドというライダーの事は全く知らないし、急に「世界を守る組織に来ないか?」何て勧誘はあまりにも怪しすぎる。

 

 それに一度、非常に手の込んだ方法で同じような誘いをかけ、仮面ライダー部を利用した敵がいた。

 まだ天高在学時の『宇宙鉄人』との戦いの時だ。

 相手に騙され、まんまと敵の手伝いをしてしまった事もあるが故の疑いだ。

 しかし翔太郎はそれを否定した。

 

 

「いや、大丈夫だ」

 

「何故ですか?」

 

「ディケイドと俺は一緒に戦った仲だ。それに……俺の『探偵の勘』だ」

 

 

 カッコつけて言う翔太郎にどう反応していいか困った賢吾。

 傍から聞けば、特に後者は信頼する理由にはならない。

 だが翔太郎をよく知る人物が聞けば、「なら大丈夫かもしれない」と思うのだ。

 翔太郎の『探偵の勘』は意外と正確に当たる。

 気に入らねぇから怪しい、と目星をつけた人間が本当に犯人だった事なんてザラな辺りからもそれが窺える。

 とはいえこれで相手を納得させるのには無理があるのは翔太郎にも分かっていた。

 それについて翔太郎は後に回す事にした。

 

 

「ま、それはいい。とにかく俺はその組織に参加しようがしまいが、他のライダーと協力するべきだと考えてんだ」

 

 

 翔太郎も風都を離れる決心がついたわけではない。

 だが、仮面ライダー共通の敵が現れた以上、繋がりを深くしておくべきだと考えた。

 それにメテオがいる事を理由にインターポールが襲われたという話も竜から聞いている。

 と、なれば、仮面ライダー部も狙われる可能性はゼロでは無い。

 関係者も込みで一致団結する必要があった。

 

 

「俺が此処に来た理由はお前達と協力を取り付ける事と、此処までの情報の共有ってトコだな」

 

 

 翔太郎はチラリとなぎさとほのかの方を見た後、自分が知り合った咲と舞というプリキュアについても話し始めた。

 

 

「それに、俺が会ったプリキュアもダークフォールって敵と戦ってた。

 それにこの子達も……。大ショッカーといい、色々と起こりすぎてる」

 

 

 翔太郎は最後に纏めを口にした。

 

 

「つまり、これから来るかもしれねぇ脅威への対抗。それが必要だと思ってんだ」

 

 

 静まり返る一同。

 戦いがどれほど過酷かはこの場にいる全員が知っている。

 仮面ライダー部もなぎさもほのかも1年以上戦い続けてきた。

 それでも戦いは終わらず、あまつさえ新たな脅威の出現。

 これからの戦いを考えれば静まり返るのも当然だ。

 だが、それでも全員、その目は強く光っていた。

 

 

「おっしゃ! だったら頑張んねぇと!!」

 

 

 右拳を左手の平に打ち付けて、弦太朗は笑って言ってのけた。

 例えどんなに厳しくても苦しくても持ち前の明るさでみんなを引っ張っていけるのが弦太朗という人間だ。

 そして仮面ライダー部もニッと笑って全員、十人十色の反応を見せた。

 その反応に共通しているのは、肯定の動作という点だろうか。

 

 

(これがお前の守りたいダチって奴か……)

 

 

 翔太郎もそれに釣られて笑みを浮かべ、その様子を見ていた。

 以前に弦太朗と会った時、彼は「ダチを傷つける奴は許せねぇっス!」と言っていた。

 その時の事を思い出していたのだ。

 もっと言うと弦太朗はどんな人間ともダチになろうとする。

 それと翔太郎と話した時の発言を照らし合わせると、それは「人々を守りたい」というのとほぼ同義だ。

 弦太朗もまた、正真正銘の仮面ライダーという事だろう。

 

 仮面ライダーに関しての話ばかりで内容をイマイチ理解しきれていないなぎさとほのか。

 だが世界に何か脅威が迫り、自分達と同じように戦っている人達がいる事だけは分かった。

 そんな2人もこれからの戦いに決意を新たにするが、そこでふと、なぎさがハッと何かを思い出した。

 

 

「あっ!!」

 

「どうした?」

 

 

 聞いてきた翔太郎の方を向いてなぎさは思い出した事を話し始めた。

 

 

「私達も知ってるんです、仮面ライダー! 晴人さんと攻介さんって言うんですけど……」

 

 

 はて、と翔太郎は考える。

 翔太郎の知っているライダーの変身者にその名は無い。

 

 

「えっと……魔法使いなんですけど」

 

「魔法使い!?」

 

 

 なぎさの言葉に驚く翔太郎。

 今まで色んな仮面ライダーを見てきているのだから何を今更、という感じもするかもしれないが、実際に魔法使いがいると聞いたら驚くのは当たり前だ。

 しかし尚の事分からなくなってしまった。

 魔法使いの仮面ライダーなんて翔太郎の記憶には無い。

 が、魔法使いという言葉に食いついたのは弦太朗だった。

 

 

「魔法使い……あっ! もしかして、ウィザードとかって……」

 

「はい、その人です!」

 

 

 なぎさが肯定して弦太朗は納得したように頷くが、翔太郎の疑問は拭えない。

 更に言えば仮面ライダー部も首を傾げていた。

 

 

「弦ちゃん弦ちゃん、ウィザードって誰?」

 

「おう。宇宙鉄人の時に助けてくれた仮面ライダーだ」

 

 

 宇宙鉄人との戦いの時、幹部級の黄道12星座のゾディアーツ、『ホロスコープス』のコピー体が12体総出で向かって来た事があった。

 フォーゼとメテオは立ち向かうが苦戦、そんな時に颯爽と現れたのがウィザードだった。

 

 翔太郎は溜息をついた。

 弦太朗と初めて会った時も『リーゼント』というインパクトが凄まじかったが、今度は『魔法使い』という中々のトンデモ。

 自分も探偵だが、後輩のキャラクターの濃さには頭を抱えるばかりだった。

 

 

「リーゼントの次は魔法使いかよ……」




――――次回予告――――
「新しい敵に新しい戦い……もー! いい加減にしてよー!!」
「本当ねぇ。そう言えばなぎさ。晴人さんも大変みたいよ」
「こ、今度は一体何が起こるのよ!?」
「「……ヴォルケンリッター?」」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『誕生日の奇跡なの』!」」

「どこもかしこも事件だらけ! 一体どうなっちゃってるの!?」
「でも、きっと大丈夫よ。みんなと私達なら」


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第33話 誕生日の奇跡なの

 6月3日、午後12時30分。

 操真晴人は瞬平と凛子、後藤と共にはやての元を訪れていた。

 晴人達は1人暮らしの彼女を少しでも支えようと時たま顔を出すようになっていた。

 今までのゲート達は絶望したところを魔法使いに救われてゲートでなくなるか、関東圏の外に逃げてファントムから逃れるかのどちらかだった。

 だが、高町家や八神家のように絶望したわけでもなければ今いる家を離れるわけにはいかない例がある。

 そういう時は0課が護衛をするという事が多い。

 実際、八神宅周辺にもはやてには気づかれないように0課の刑事が2人、交代制で護衛をしている。

 

 しかし八神家には護衛はいても、はやての『家族』がいない。

 晴人は家族がいない事の苦しみを痛いほど知っている。

 こうして晴人が顔を見せるのはその感情故と言ったところだろう。

 同情とか共感というよりは、「放っておけない」という個人的に心配しての事だ。

 勿論人の命はそれぞれ重く、ゲートの好き嫌いで贔屓するような事は絶対にしない。

 それでもはやてに少しだけ肩入れしてしまうのは、そういう心境が影響している。

 

 とはいえ、最初からはやてと話が出来ていたわけでは無い。

 最初の内は大丈夫です、とか、そんなに来てくれなくても、とか、遠回しに突き放そうとする言葉を失礼のない程度にだが、はやてに言われていたのだ。

 はやては自分のハンデに対しての同情を嫌っている節がある。

 自分は辛くないのに同情されたり、例え辛かったとしても同情している相手が「同情している俺って良い奴」と身勝手な自己満足を満たす為だけの考えで同情していたりと、そういうものがはやては嫌いなのだ。

 

 その気持ちは晴人にもよく分かった。

 両親を亡くしてからそういう目で見られ、そう言われた事だって何度もある。

 同じ経験をしてきたからこそ、晴人ははやての気持ちが同情ではなく痛い程分かるのだ。

 はやても今までそういう目を向けられてきた事があるのだろう。

 晴人は根気強くはやての家を訪ねた。

 そして最近になってようやく、少し心を開いてくれたのだ。

 

 インターホンを押してしばらくすると、インターホン越しに返事が聞こえてきた。

 晴人が自分達の名を告げると部屋の中のはやては車椅子をちょっとだけ急がせた。

 ずっと孤独を続けてきたはやては最近の晴人達の訪問を楽しみにしていた。

 確かに最初こそ、やや疑うような態度をとったが、最近ではその考えは変わりつつある。

 それどころかこうして誰かが来てくれる事が、誰かと一緒に居られる事が嬉しいと感じられるようになった。

 玄関を開けると晴人が「よっ」と手を挙げて、瞬平が屈託の無い笑顔で手を振り、凛子が微笑みかけて、後藤は硬い表情ながら威圧感の与えないように優しい雰囲気を心掛けていた。

 

 

「よう来てくれはりました。すいません、何度も……」

 

「そんな、いいっていいって」

 

 

 申し訳なさそうな言葉の裏にまだ少し、よそよそしい感じが抜けきっていない感じがする。

 単純な同情では無いとはやても分かっているのだろうが、突然現れて優しくしてくれる複数の大人達を疑うのは正しい反応だ。

 それを気にせずニッと笑う晴人は、今日何をするか、考えてきた予定を話した。

 

 

「今日は外にでも出るか? いっつも家の中ってのも体に悪いし」

 

 

 はやては足が動かないという事もあって基本的に家の中にいる。

 外に出るのにも苦労するのだから当然なのだが、あまり健康的とは言えない。

 しかし今ははやてをサポートできる大人が4人もいるのだ。

 だが、晴人の提案にはやてが答えるよりも前に後藤がそれに反論した。

 

 

「待て操真。彼女はファントムに狙われているんだぞ? 簡単に連れ出すのは……」

 

 

 真っ当な正論だ。

 幾ら仮面ライダーが2人付き添うとはいえ、ファントムに狙われている事が分かっている人間を外に連れ出すのは良くは無い。

 その人だけでなく、その時周りにいる人達も巻き込まれるかもしれない事を考えれば尚の事だ。

 

 

「そのための魔法使いさ」

 

「だとしてもだ。戦いになって守り切れる保証は無いんだぞ」

 

「でも、俺達がいるからはやてちゃんも安心して外に出られる」

 

 

 後藤の意見、安全を考えるならはやては家の中で過ごしているべきだというのは正しい。

 晴人の意見、守れる人がいる時でないとはやては安心して外に出られないのだから出してやりたいというのも正しい。

 そんなやり取りを見かねてはやてが口を開いた。

 

 

「あ、あの、私が危険なのは分かってます。後藤さんの言う通り、家の中にいた方が……」

 

 

 自分の事で争ってほしくないという感情が先行した為に出た言葉。

 何よりも自分が家の中にいるべきというのははやて自身も理解している。

 その言葉を聞いた晴人ははやての方に向き直り、屈み、視線をはやてと同じ所まで落として話しかけた。

 

 

「はやてちゃん、今何歳?」

 

「え……? 8歳ですけど……」

 

「そんな歳で遠慮癖付いちゃダメだぜ? もう少しワガママ言うぐらいの歳でしょ」

 

「でも、皆さんにこれ以上迷惑かけるわけには……」

 

 

 晴人は手で拳を作って優しくはやての頭にコツンと乗せた。

 急な事にちょっと目を閉じて驚くはやてに、晴人は笑顔を向ける。

 

 

「迷惑なんかじゃない。そんな風に言うなって」

 

 

 何度か足を運ぶ中ではやてはかなり自分達に迷惑をかけまいとしているのを感じた。

 他に守るべき人が大勢いる事や、はやてから見れば一回り以上違う大人達相手なのだから家族でもない晴人達にその態度は常識で考えれば当然だ。

 だが、8歳の女の子が「外に出たら迷惑だから」と言うのは余りにも酷だ。

 只でさえ車椅子というハンデがあるのにファントムに狙われるから。

 様々な理由がはやての外出を妨げている。

 それを憂いたから晴人はこうして案を出した。

 

 しかし感情を度外視に最善の策を考えるのなら家にずっといてもらう事が一番だ。

 後藤は溜息をついた。

 後藤もはやての実情に何も思わないわけでは無い。

 だが、守る者としての責任、使命感からこうして意見をしていた。

 

 

「……外に出るなら、もう昼だし外食でどうだ。昼食は済ませたのか?」

 

「いえ、まだですけど……ええんですか?」

 

「ああ」

 

 

 はやてを外に出してやりたい感情と責任感の間で揺れた後藤が出した結論がそれだった。

 はやては特別外出を制限されてはいない。

 それはファントムも魔法使いやその一派といるゲートを積極的には狙わないだろうという0課の判断によるものだ。

 それに同じく外出を制限されていない高町なのはがその後襲われたという話は出ていない。

 ならば、と考えた結果だ。

 晴人は自分の意見が通った事にニヤリと笑い、瞬平と凛子も顔を明るくさせた。

 はやての顔も申し訳なさそうな表情をしているが、心なしか明るい。

 

 

「良い店を知っている。もし、何らかの異常事態が起こっても冷静に対処してくれるだろう」

 

 

 後藤の言葉を聞き、一同には疑問が生まれた。

 起こる異常事態とすればファントムの襲撃だ。

 それに対応できる一般の店なんて普通はあるわけがない。

 あったとしたら、その店の店員達が実は傭兵部隊だったとかそんな所なのか。

 代表して凛子が店の所在を尋ねた。

 

 

「それって、一体?」

 

 

 後藤はその店の名を、かつてお世話にもなった、ちょっとした思い出の店の名を口に出した。

 

 

「店の名前は、『クスクシエ』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 後藤が指定したクスクシエという店は海鳴市から少し離れている。

 この店を指定した理由の1つに海鳴市から離れているという点もある。

 はやての所在はファントム側にはある程度知られているだろう。

 だが、一時的にでも海鳴市を離れれば外出の際に発生する危険も少ないと判断したのだ。

 

 クスクシエには0課が用意した車を後藤が運転してそこまで行くという流れになった。

 はやての外出に理由も説明すると、木崎は許可を出し、車も貸し出してくれたのだ。

 運転手は後藤、助手席に凛子、後部座席には残りの瞬平、晴人、はやてが乗っている。

 はやての車椅子ははやてが一人暮らしするのに問題ない程の機能を搭載した車椅子だ。

 だが、故に簡単な持ち運びができない為、一度はやての家に置いて、着いたらコネクトの魔法で呼び出すという事になった。

 

 さて、しばらくして一同は目的地に到着した。

 此処まで来るのに30分弱、車でも意外とかかる距離だった。

 看板には『多国籍料理店 クスクシエ』と書かれている。

 

 

 ――――Connect Please――――

 

 

 車から降りた晴人はコネクトの魔法を発動し、八神宅に置いてきた車椅子を引っ張り出した。

 魔方陣から呼び出される車椅子を見たはやては、晴人は本当に魔法使いなんだな、と改めて感じた。

 対照的に瞬平や凛子は慣れっこなのか、むしろクスクシエの方に興味津々の様子。

 凛子は、クスクシエを見つめ何故かボーッとしている後藤に近づいた。

 

 

「後藤さん、どうかされました?」

 

「……いや、昔の事を思い出して」

 

 

 昔、というほど前でもない気もするが、後藤の人生において一番鮮烈な記憶達が蘇ってきた。

 戦いの記憶、出会いの記憶、別れの記憶。

 この店にはそれを分かち合った仲間達が集っていたのを今でも覚えている。

 懐かしさに少しだけ口角を上げる後藤。

 一方で晴人ははやてを車から車椅子にお姫様抱っこで乗り換えさせてあげた。

 そして車椅子の後ろに回り、車椅子を押す係りに率先してなった。

 

 後藤は店の扉を開けた。

 カランカラン、と来店を告げる音が鳴った。

 店内は昼時という事もあって随分と込み合っている。

 その中で忙しなく動く女性が来店に気付き、パッと振り向いて後藤達に笑顔を向けた。

 

 

「いらっしゃいま……」

 

 

 所謂営業スマイル的な笑顔は一瞬で驚きの顔に変わり、直後には満面の笑みになった。

 

 

「あら、後藤くーん! 久しぶりね、元気だった!?」

 

「お久しぶりです、知世子さん」

 

 

 言葉通り、知世子と呼ばれた女性、『白石 知世子』の顔と動きは久しぶりに知り合いとか友人にあった時のそれだ。

 知世子はふと、後藤の後ろに青年が2人、女性が1人、車椅子の少女が1人いるのに気が付いた。

 

 

「後ろの4人は?」

 

「大きな声では言えませんが……」

 

 

 後藤は知世子に耳打ちをするように晴人達が何者であるのかを話した。

 すると、内容を聞いた知世子は先程までの笑顔から少し真面目な表情に変化した。

 

 

「そう……それじゃあ、映司君や後藤君と同じで……」

 

「はい」

 

 

 昼過ぎの店内はガヤガヤと五月蠅く、後藤と知世子が何を話しているのかは2人が声を小さくして話しているせいで聞き取れない。

 知世子はかつての居候達と、その仲間や友人の事を思い出した。

 今ではバラバラの道に分かれてしまったが、何処かで何かの為に頑張っている事は知っている。

 知世子は店内に飾られている、店の飾りの中でも異彩を放つ奇妙な人形に目を向けた。

 不気味さすら感じさせるその人形を憂いと優しさを籠めた表情で見つめる知世子。

 しかしものの数秒でその表情を一変、再び笑顔に戻し、店内全体に聞こえるように大きな声を放った。

 

 

「お客様5名様、ご案内しまーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 多国籍料理店クスクシエはその名の通り、様々な国の料理を出す店である。

 今日は『フランス』がテーマらしい。

 ポトフ等を始めとした有名な料理から聞いた事の無いマイナーな料理まで中々手広い。

 

 

「私は白石知世子、此処の店長よ。宜しくね」

 

 

 昼時のお客ラッシュが落ち着いた知世子は晴人達に自己紹介を行った。

 一度食事を止めて、頭を下げる一同。

 

 

「聞いたわよー。仮面ライダーなんですって?」

 

 

 知世子の突如とした爆弾発言に思わず食べた物を吹き出しそうになる晴人。

 魔法使いである事を隠しているわけでは無いが、不意打ち気味の言葉にはさすがに戸惑うばかりだ。

 というか、聞いた、という事は後藤が話した事になる。

 晴人は驚きの表情を保ったまま後藤に顔を向けた。

 

 

「は、話したの?」

 

「ああ。知世子さんは俺がバースなのも知ってるし、かつては火野……オーズというライダーを居候させていた人だ。お前で言うと輪島さんに近い」

 

 

 成程、と晴人も瞬平や凛子も納得した。

 クスクシエを面影堂に、知世子を輪島と考えれば後藤が事情を話した理由にも合点がいくし、この店を選んだ理由も分かる。

 事情を知っている人が店長なら異常事態への対応もやりやすくなるからだ。

 後藤は晴人達の事を知世子に紹介した。

 晴人が魔法使いかつ仮面ライダーである事、凛子は同僚である事、瞬平は民間からの協力者である事、はやては守護対象である事を。

 

 

「ん、晴人君に凛子ちゃんに瞬平君にはやてちゃんね。後藤君とは仲良くやってる?」

 

「はい!! あ、でもちょっと、生真面目すぎるかなぁって……」

 

 

 元気良く答える瞬平の言葉に知世子も笑った。

 

 

「フフ、今でも変わらないのねー。石頭って言われてなかったっけ?」

 

「ええ、まあ……。今更変えようがないので」

 

「ホント真面目ねー、後藤君は」

 

 

 こんな感じに談笑が絶える事無く、後藤が昔の事でいじられたり、晴人の魔法の事で盛り上がったりする中で、知世子はふと、はやてに話しかけた。

 

 

「ねぇ、はやてちゃん。後藤君やみんなはどう?」

 

 

 訪ねてきた知世子に、食べていた物を飲み込んでからはやては答えた。

 

 

「皆さん、ほんま良くしてくれます。晴人さん優しいですし、瞬平さんはいつも楽しませようとしてくれます。凛子さんも明るく接してくれますし、後藤さんも凄く私の事気遣ってくれて……」

 

 

 4人全員が純真無垢なはやての褒め言葉に少し照れくさそうにしていた。

 晴人と凛子は微笑み、瞬平はわざとらしく体をくねらせている。

 後藤は表情には出さないが、少しだけ顔が横を向いた。

 恐らくは照れてそっぽを向いているのと同じなのだろう。

 そんな十人十色な反応とはやての言葉に満足気に頷いた知世子は笑顔だった。

 

 

「うんうん。仲が良さそうでよろしい! はやてちゃん、何か困った事があったら、ウチも頼ってくれていいからね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 軽くだがペコリとお辞儀をする少女を見て、知世子はまた明るい笑顔を見せた。

 はやては人を見る目がある方だ。

 晴人達が単純な同情や共感だけで自分の事を気にかけてくれているのではないと分かっている辺りからもそれが窺える。

 

 そんなはやては知世子の何気ない一言が、同情や共感でもない言葉だと何故か思った。

 それでいて、適当に言っているのではなくて本気で言っている。

 知世子と後藤が関わったある戦いで、火野映司という青年は手を繋ぐ事の大切さを再認識した。

 そしてその戦いに関わった者達もまた、それに影響されている。

 困っている人がいたら手を伸ばす。それは知世子も同じだという事だろう。

 

 しばらくして食事を終えた5人は手を合わせて「御馳走様でした」と言って、少ししてから席を立った。

 

 

「御馳走様でしたー」

 

「御馳走様です」

 

 

 晴人とはやてはもう一度同じ言葉を店内に向けて言った。

 他のお客と話をしていた知世子は晴人達に近づいて満面の笑顔で5人を見送った。

 

 

「またのご来店をお待ちしておりまーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅中の車内では晴人ははやてに何かしてあげられないかと考えていた。

 思えばはやての家に何度も足を運んではいるが、プレゼントなどを送った事は無い。

 自分達がいる時以外は1人でいるはやてに何かしらしてあげたいと思ったのだが、どうにも思いつかない。

 そこで晴人ははやてに直接聞いてみる事にした。

 

 

「欲しい物とか、してほしい事とかない?」

 

「今でも十分すぎて、何を頼んだらええのか……」

 

 

 はやては今までになく幸福を感じていた。

 こうして他の人と食事をして、談笑して。

 今までになかった幸せだった。

 身体的なハンデもあって、学校にも通えていないはやては友達もおらず、知り合いも殆どいない。

 晴人達と会わせてくれた事だけを見ればメデューサにお礼を言いたいぐらいなのだ。

 

 

「ま、俺の魔法も万能じゃないからサプライズってのはキツイかもなぁ。

 使えそうな魔法って言うと何だ……?」

 

 

 困った表情を浮かべる晴人。

 魔法と聞くと呪文1つで何でも解決、というイメージがあるかもしれないが、実際はそんな事は無い。

 できる事には限りがあるのだ。

 晴人の魔法は指輪と魔力に左右される。

 持っている指輪が秘めている能力しか魔法として発動する事は出来ないし、それも魔力が足りなければ発動する事すらできない。

 例えば純金を造って大金持ち、というわけにはいかないのだ。

 

 

「魔法使いさんと会えたのは十分にサプライズですよ」

 

「あー……言われてみればそうなのかな?」

 

 

 自分が魔法使いであるせいか完全に失念していたが、人前に魔法使いとして現れるのは相手にとってはとてつもないサプライズだ。

 何せファンタジーを具現化した存在だ。

 と言っても、最初にはやてが晴人と会った時は命の危機だったから、驚く暇すらなかったが。

 冷静に考えれば魔法使いと会うなんて荒唐無稽が過ぎる。

 しかし、その出会いははやてにとって希望となったのは事実だ。

 

 

「遠慮とかじゃなく、今が凄く幸せなんです。ほんま、ありがとうございます」

 

 

 だからはやては高望みをしない。

 これ以上の幸せははやてが考える中では2つしかない。

 その内の1つは確実に実現不可能だと思っている。

 1つは、自分の足の回復。

 これが原因で学校にも行けていないのだから、足が回復すれば友人も出来る事だろう。

 そしてもう1つ。

 それは恐らく、いつ渡してもはやてにとって最高のプレゼントになるだろうし、それは足の回復よりも幸せな事だろう。

 しかし同時に実現は絶対に無理である事もはやては分かっていた。

 彼女が本当に欲しく、しかし諦めているもの、それは。

 

 

 ――――――『家族』。

 

 

 

 

 

 クスクシエから戻った後、後藤と凛子は木崎に呼ばれ、晴人と瞬平、はやてを八神宅の前で降ろして0課に戻った。

 対ファントムの組織とはいえ警察は警察、他にも色々と仕事はあるようだ。

 凛子は別れ際にはやてに「また今度」と伝えている。

 貴女は1人じゃないよ、という意味を含んでいるのかもしれない。

 

 それからその日は晴人と瞬平が付き添って図書館やデパートに行った。

 少しでも長い時間、はやてと一緒にいてあげようと思い、晴人達は日が暮れるまではやてと一緒にいた。

 希望である晴人は元より、明るすぎるほど明るい瞬平がいた事もはやてにとって支えとなってくれただろう。

 とはいえ付きっ切りとはいかず、夜になったら晴人達も帰らなくてはならない。

 

 

「それじゃ、はやてちゃん」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 晴人も凛子と同じく「また今度」と伝え、晴人と瞬平は八神宅を後にした。

 2人に手を振り見送るはやての顔は明るかった。

 玄関の扉を鍵まで閉めて、車椅子を動かして玄関からリビングに向かうはやて。

 晴人や瞬平がいなくなった後の部屋は不気味なほど静かで、何の声も、何の音もなかった。

 

 八神はやてにとってそれは普通の事だった。

 メデューサに襲われたあの日まで、それが。

 それからは晴人達と出会い、今まで白黒だった世界に色が加わったかのように、楽しい時間が増えた。

 しかしそれも一時のもの。

 晴人達にも自分達の住む場所があり、時間になれば必ずそこに帰らなければならない。

 

 そうなるとはやての世界は急激に白黒に戻る。

 無闇に空しさを覚えてしまう。

 はやては家の電話に留守電が入っている事に気付き、録音を再生した。

 相手ははやての足の主治医、『石田 幸恵』医師だ。

 石田医師ははやての足の麻痺を受け持つ主治医だ。

 足の麻痺はかなり以前からなので、それと比例してはやてとの付き合いは非常に長い。

 天涯孤独の彼女の事を誰よりも知り抜いていたのは恐らく石田医師であろう。

 

 

『もしもし、海鳴大学病院の石田です。明日は、はやてちゃんのお誕生日よね? 明日の検査の後、お食事でもどうかなぁと思ってお電話しました。明日、病院に来る前にでも、お返事くれたら嬉しいな。宜しくね』

 

 

 電話から『メッセージは以上です』という音声が無音の部屋に鳴り響く。

 石田医師の誕生日の誘いに、はやては憂うような笑みの後、電話をそのままにして寝室に向かった。

 一過性の喜びに空しさを感じていたはやてはこの誘いを受けないでいるつもりであった。

 勿論、晴人達に感謝はしているし、一緒に居れば楽しく感じる。

 石田医師だって同様だ。

 

 それでも誘いを受けないのは申し訳なさもそうだが、はやての自分の境遇に対しての諦観にも近い感情が誘いを断る方向に気持ちを向かわせていた。

 晴人達に会ってからはやては確かに、少しだけ明るくなった。

 だが真の意味では、はやては前を向けていなかった。

 

 

 

 

 

 面影堂、時間は深夜0時30分。

 既に日にちは跨いで6月4日となった。

 晴人は既にベッドに入って眠りについていた。

 しかし予想外の目覚ましによって晴人は予定よりも何時間も前に起きる羽目になってしまった。

 晴人の携帯がこの深夜という時間に突然鳴り始めたのだ。

 

 

「うん……?」

 

 

 携帯の音で目覚めた晴人は目を擦りながら携帯に出た。

 寝ぼけていて誰からの着信かも見ておらず、声を聞いて初めてそれが誰なのか認識した。

 

 

『操真晴人!!』

 

「木崎……? 何だよこんな時間に」

 

 

 声の主はやけに焦った声を出す木崎だった。

 晴人は寝起きのせいか、頭の中に霧がかかったようになっている。

 欠伸と伸びをしながら木崎と応対する晴人。

 

 

『八神はやてが連れ去られた!!』

 

 

 電話越しの木崎は半ば怒鳴るような声に、そしてその言葉に頭の霧は一気に払われた。

 

 

「何だって!?」

 

『今は見張っていた刑事が追跡しているが、ファントムの可能性もある!』

 

「連れ去られた場所は!?」

 

『刑事達に寄れば海鳴大学病院の方面らしい……。何故そんな方向に向かうかは不明だ』

 

 

 海鳴大学病院と言えば、確かはやてが足の治療に関して通院していると聞いている。

 はやての素性を調べた時に0課から得た情報で、はやてにも確認を取った事だ。

 だが、海鳴大学病院の方面は人がいないどころか、むしろ人が多くいる場所だ。

 勿論寝静まった時間帯ではあるだろうが、人を攫ったにしては逃げる方向がおかしい。

 とはいえ攫われた事に違いは無く、ゲートが攫われた事は0課にとって由々しき事態だ。

 

 

『出れないなんて寝ぼけた事を言うなよ、操真晴人!』

 

「寝ぼけちゃいるかもしれないけど、ゲートのピンチにンな事言うかって!」

 

 

 晴人は急ぎ支度を終え、乱暴に面影堂のドアを開けて外に出た。

 コネクトの魔法で晴人はバイク、『マシンウィンガー』を取り出し、即座にエンジンをかけて全力で海鳴大学病院方面に向かってバイクを走らせる。

 

 

(無事でいてくれよ……!)

 

 

 別れ際に言った「また今度」の言葉を嘘にしたくは無い。

 攫った犯人が人なのかファントムなのか。

 人ならば攫った目的が、ファントムならば何故その場で絶望させようとしなかったのかが分からない。

 謎を含みつつも、晴人ははやての安否だけを考えてマシンウィンガーを出来る限りの速度で飛ばした。

 

 

 

 

 

 海鳴大学病院方面と聞き、一先ず病院の前でバイクを止めた晴人。

 病院の前では厳格そうな男性が2人佇んでいた。

 男達は晴人が来た事を確認すると、手帳を見せて晴人に近づく。

 見せてきた手帳は警察手帳の様で、内容を見るに0課の人間、此処まではやてを連れ去った人物を追っていた刑事達だろう。

 片方の刑事が晴人に細かな状況の説明をし始めた。

 

 

「どうやら八神はやてを攫った人物達は此処に入ったようです」

 

「達? 1人じゃないのか」

 

「はい、暗闇で姿は視認できなかったのですが、複数の影が見えました」

 

 

 複数犯である事は厄介だ、と思わせる程の事でしかない。

 しかしその行動に謎が深まった。

 攫った人物を病院に連れて行く、それではまるで急患を慌てて運んでいるようではないか。

 おまけに病院の明かりはついている事から、人はまだいる事が窺える。

 わざわざ人がいるところに入ったという事になる。

 単純な人攫いにせよファントムにせよ、行動に説明がつかない。

 

 

「2人は此処で誰も出てこないか見張ってて。相手がファントムかもしれないなら俺の役目だ」

 

 

 刑事達2人は顔を見合わせた後、頷いた。

 相手がファントムであるかは分からないが、ファントムである可能性も無くなったわけではない。

 普通の人間は勿論、例え刑事であってもファントムには敵わない事は知っている。

 此処で自分達も行くと言ってもファントムと戦える魔法使いの足を引っ張る事になるかもしれない。

 ならば晴人の言う通り、此処で見張りをしていた方がいい。

 2人の刑事に頷き返した晴人は十分に注意しながら病院の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 病院の中は普通だった。

 夜勤の人がいて、何事も無かったかのように働いている。

 怪しい人物が入ったにしては慌ただしくも無く、混乱している様子も無い。

 受付の人に「八神はやてという子を見なかったか?」と聞いた。

 すると驚くべき事に、返答は「今は病室で眠っている」というものだった。

 ご丁寧に受付の人は晴人を見舞いか何かと思ったのか何号室にいるかまで教えてくれた。

 

 これには晴人も目を丸くした。

 どうやら、何の意図があるかは不明だがはやてを攫った人物達ははやてを病院に連れていく事が目的だったらしい。

 それも、きちんと受付を通したうえで。

 人攫いでもファントムでも行動に説明がつかないと思っていたが、此処まで行くと行動が意味不明とまで言わざるを得ない。

 何かあったはやてを心配して慌てて病院に駆け込んだというのなら納得のいく状況だが、はやてにそれをしてくれる家族はいない筈。

 もしも何かあったのなら、病院に運ぶのは怪しい人影では無くて0課の刑事達だ。

 

 

「はやてちゃん!!」

 

 

 とにかく安否を確認したい晴人ははやてのいるという病室に駆け込んだ。

 晴人の声にその部屋にいた人物達が全員振り向き、晴人に視線が集中した。

 その視線の1つ、攫われた筈の八神はやてがキョトンとした顔で晴人に顔を向けていた。

 

 

「あ、晴人さん」

 

「……ぶ、無事みたいだね」

 

 

 意外と、というかかなり平気そうな顔をしているはやてにホッとする晴人。

 しかしその視線はすぐさま別の方に向いた。

 この部屋には晴人とはやて以外に5人の人間がいる。

 1人は白衣を着ている事からこの病院の医者である事が窺えるからいい。

 否が応でも目立つ格好をしている人が4人、この病室にいた。

 晴人の視線はそちらの方に向いていた。

 

 4人はほぼ同じデザインの飾り気のない、黒いノースリーブの服装だった。

 その内2人は大人の女性、1人はピンクの髪をポニーテールにして纏め、もう1人はショートカットの金髪。

 残りの2人の内1人ははやてと同じぐらいの年齢に見える三つ編みツインテールの女の子。最後の1人は褐色の屈強そうな男性で、何故か頭には犬の耳のような物が付いている。

 

 その服装はボディラインまでくっきり出るデザインで、ちょっと人前に出るにはマズイ服装だと晴人は第一印象で思った。

 特に大人の女性2人は何気に美人かつスタイルも良い事も相まって余計に。

 はやてぐらいの女の子と大人の男性にこの恰好というのも色々とマズイだろう。

 というか男性の方は何故犬の耳をつけているのか。

 とにもかくにも、おかしな、ツッコミどころ満載な恰好をした4人だった。

 

 

「……貴方は?」

 

 

 深い溜息と共に晴人に尋ねたのは、その場にいた若い女性医師、石田医師だ。

 言葉には呆れが多分に含まれている。

 はやてが奇天烈な格好をした4人によって担ぎ込まれてきた時には驚いたものだ。

 しかもその4人に何者なのかとか気になる事を聞いても、意味不明な返答しか返ってこない。

 挙句にはやての事を知ると思わしき謎の青年の登場と来ていて、想定外の事が起きすぎたせいで驚くよりも、最早呆れの域に達してしまったのだ。

 そんな事情を知る由もない晴人は混乱する状況の中で一応の自己紹介を石田医師に行った。

 

 

「えっ……と、俺は操真晴人。はやてちゃんの……知り合い?」

 

「何で疑問形なんですか。はやてちゃん、この人は?」

 

「えっと、危ないところを助けてもらった事があって、その時以来良くしてもらってるお兄さんです」

 

 

 晴人の返答に納得せず、はやてに確認を取った石田医師。

 はやてが返した答えは、まあ嘘は言っていない。

 ファントムだの魔法使いだの、普通ならば信じられない事ばかりを端折ると晴人とはやての関係性はそんな感じなのは間違いでは無い。

 晴人の身分ははやての証言もあって一応は証明された。

 しかしながら晴人が気になるのは黒服の4人組だ。

 

 

「はやてちゃん、そこの4人は誰?」

 

 

 晴人は直球で聞いてみた。

 石田医師もはやてに目をやる。

 その目は疑惑の視線、石田医師が黒服の4人を怪しんでいる事を示していた。

 実の所、石田医師は既にはやてから説明を受けている。

 納得できない事は無いが、あからさまに怪しい理由だった。

 

 

「外国の親戚で、誕生日に私をびっくりさせようとしたらしく仮装までしてくれて……。驚いた拍子に気絶して、此処に運んでもらったんです」

 

 

 初耳である。

 まず親戚がいたという話からして寝耳に水だ。

 そもそも0課の調査結果の話では彼女は天涯孤独の身の筈。

 どう考えてもおかしかった。

 

 

「え、いや、はやてちゃん……?」

 

 

 晴人は困惑した。

 何故はやてがそんな嘘をつくのか。

 はやてははやてで引き攣ったような笑顔、ある意味、困った表情とでも言うべき顔をしているが、困ったのはこの場にいる石田医師と晴人だ。

 晴人からすれば、何が何だか分からない状況だ。

 既に説明を受けていた石田医師は全く納得のいっていない表情だが、本人がそう言っている以上、納得せざるを得なかった。

 それからもう1つ、石田医師には気になる事があった。

 

 

「ところで操真晴人さん」

 

「ん?」

 

「何故、はやてちゃんがこの病院にいると?」

 

 

 そう、0課の事は世間には秘密だし、0課が護衛していたという話は石田医師は勿論、はやてにすら知られていない事だ。

 つまり晴人は傍から見ると、まるでエスパーかのようにはやての位置と状況を明確に察知して駆けつけた、という事になっているのだ。

 言い訳を考えていなかった晴人はやや動揺し、どうしたものかと考え出した。

 

 いっそ魔法を見せて、魔法で知りましたとでも言うか?

 魔法でゲートの危機を知れるわけはないが、魔法使いなのは本当だ。

 中々効果的な言い訳が思い浮かばない晴人。

 

 

「し、親戚の4人が私を病院に運ぶ時、あらかじめ連絡してくれてあったんです」

 

 

 と、そんな晴人に助け舟を出したのははやてだった。

 しかしその言い訳には無理がある。

 何せ親戚4人と言われている黒服達と晴人は初対面である素振りを見せてしまっている。

 

 

「でもこの人達、初対面みたいよ?」

 

「直接会うのが初めてなんです。電話では何度か、だから……。

 晴人さんへの連絡も『私が倒れた』としか。ね、晴人さん」

 

「え? あ、うん……」

 

 

 大分無理のある助け舟だったが、他に言い訳は考え付かない。

 晴人はとりあえず相槌を打ってその場を誤魔化しつつ、チラリと黒服の4人を見る。

 先程から無言かつ無表情を貫く4人からは機械的な印象を受けた。

 この会話にも口1つ挟んでこない。

 晴人は視線をはやて、石田医師と動かす。

 はやては引き攣った笑顔のまま、石田医師は疑惑の視線を晴人と黒服の4人に向けてくる。

 黒服の4人はその視線にまるで動じず、表情をピクリとも動かさない。

 

 

(マジで何だよ、この状況……)

 

 

 あまりにも意味不明な状況に、流石の魔法使いも困惑の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 6月4日も既に朝日が昇り始めていた。

 その間に晴人は玄関先を見張ってくれていた2人の刑事に「親戚が~」というはやてが黒服の4人の素性に関して言い訳をした時の言葉をそのまま使って説明しておいた。

 訝しげな眼を向けられたが、実際に見に行った晴人がそう言うのならそうなのであろうと一応納得してもらい、此処からは自分が見張っておくとして2人には帰ってもらった。

 

 ちなみに言い訳の中にあった気絶という話は本当の様で、足の麻痺はともかくとしても、他に異常はないはやては家に帰される事になった。

 元々今日ははやての診察日だった為、手間が省けたと言えなくもない。

 

 黒い服の4人を連れている奇妙な状態ながら、晴人達は無事に八神宅に到着した。

 何事も無かった事に晴人もホッと胸を撫で下ろした。

 安心のせいか欠伸をする晴人は、木崎に叩き起こされたせいで碌に寝ていない事を思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 さて、黒い服の4人を含めた6人は八神宅のはやての部屋に集まっていた。

 6人という人数でもはやての部屋には問題なく入った。

 八神宅そのものがそれなりに大きいためか、1つ1つの部屋も中々に大きいようだ。

 ようやくゆっくり話ができる環境になった。

 晴人は早速はやてに気になっていた事を聞いた。

 

 

「ねぇはやてちゃん。親戚なんて嘘だろ? どうしてそんな嘘を……」

 

「あの、それが私にも何が何だか……」

 

 

 2人は黒い服の4人に目を向けた。

 無表情無感情を貫く4人の1人、ピンク髪の女性が4人を代表してか、口を開いた。

 

 

「我等は、『ヴォルケンリッター』」

 

 

 聞き覚えの無い言葉に質問する暇もなく、女性は二の句を紡いだ。

 

 

「貴方を守護する騎士です。我等が主」

 

 

 そして4人ははやての前で跪いて見せた。

 突然の行動に狼狽するはやてと、本当に主従関係があるかのようなその仕草に目を丸くする晴人。

 

 1人の少女に起きた突然の出来事は、奇跡と呼んでも差し支えない。

 八神はやて9歳の誕生日。

 これが最高のバースデープレゼントであった事を、この場の誰も、知る由も無かった。




――――次回予告――――
突然の新しい家族。
急展開だけれど、それは新しい希望。
ところが今度は、0課に呼ばれた晴人さん達に急展開です。
それとは別に深まる謎。
ファントムって、一体……?
次回、スーパーヒーロー作戦CS、第34話『新たな希望と、スタートなの』。
リリカルマジカル、がんばります。


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第34話 新たな希望と、スタートなの

 はやてを前に跪くヴォルケンリッターを名乗った4人。

 説明を始める前に、ピンク髪の女性が立ち上がって晴人の方を向いた。

 その視線は半ば睨んでいると言ってもいい。

 

 

「失礼だが、貴方は何者だ。何故我等が主に近づいた」

 

「何故って……助けただけだけど」

 

「本当なのですか? 主」

 

 

 ピンク髪の女性の言葉にはやては微笑みながら答えた。

 その顔には先程までの驚きや戸惑いはあまり見られない。

 どうやら時間が経ったことで冷静に状況を飲み込み始めたようだ。

 

 

「うん、晴人さんは危ないとこを助けてもらった、命の恩人や」

 

 

 その顔とその言葉に嘘は無い。

 ピンク髪の女性や他の3人は主と呼ぶはやての言葉を信じつつも、晴人への疑念が完全に晴れない事を表情が示していた。

 

 いきなり疑いをかけられた晴人は苦笑いで返すしかない。

 素性も知れぬそっちの方が余程怪しいと言いたいところだが、話をややこしくしないためにその言葉を飲み込んだ。

 ピンク髪の女性は納得しきっていない表情をしつつも、晴人に非礼を詫びるように一礼し、はやての前に再び跪いた。

 

 

「我々の事、『闇の書』の事をお話しいたします」

 

 

 この言葉をもって、ヴォルケンリッターを名乗る4人が自分自身達の事を語り出した。

 

 そもそも『闇の書』とは。

 闇の書ははやてが物心ついたころからある不思議な書物だ。

 ずっとはやての部屋に置いてあり、厳重な鎖がかけられていた。

 しかし現在、鎖は全て解き放たれている。

 

 闇の書が『起動』したのは本日0時丁度。

 つまり、はやてが9歳になった瞬間である。

 かなり分厚い本で、表紙の剣と十字を足したようなデザインが印象的だ。

 

 まず前提として、闇の書とは魔法由来の物だ。

 その話は開幕から晴人を驚かせるものだったが、驚きを隠してその話を聞き続けた。

 闇の書は数々の世界を『転生』して渡り歩く魔導書。

 転生の際にその世界で闇の書は自分を持つに相応しい適任者を選ぶ。

 その主を守護するのが守護騎士、ヴォルケンリッターだ。

 

 つまり、八神はやてこそ現在の闇の書のマスターであり、ヴォルケンリッター達の主であるという事だ。

 そして闇の書とは、空白の666ページを埋める事で主に絶対的な力を与える。

 ページを埋める方法は魔力を持つ者から魔力を奪い取る、『蒐集』という行為だ。

 そして最後に4人の名前。

 一番小柄な少女、『ヴィータ』。

 4人の中で唯一の男性、『ザフィーラ』。

 ショートカットで金髪の女性、『シャマル』。

 そして先程から4人の代表、リーダー格として話をするピンク髪の女性、『シグナム』。

 

 以上がシグナム達4人が語る闇の書とヴォルケンリッターの説明だった。

 何とか理解したはやて。

 一方の晴人は自分にとっても縁深い『魔法』が絡んでいる事に驚いている。

 

 

「へぇ、魔法とはね……」

 

「信じられないのも無理はありません。この世界に魔法文明は無いようですから」

 

 

 シャマルが晴人の呟きに答えた。

 闇の書の起動後、はやてを病院に運ぶまでの間にこの世界の事はある程度把握したようだ。

 だからこそ晴人の呟きを魔法の存在が信じられない、という意味だと受け取ったのだろう。

 しかし晴人はその言葉を否定した。

 

 

「あ、いや、そっちじゃなくて。君達も魔法云々だとは思わなくて」

 

「君達、『も』?」

 

 

 シグナムの疑念の目が先程よりも強まったように感じた。

 だが、一度魔法を知る様な事を言った手前隠す事は出来ないし、晴人自身、別に隠す気も無い。

 晴人はコネクトの魔法ではやての部屋にある本棚から本を一冊手に取った。

 言葉で説明するよりもこの方が手っ取り早いと自分の魔法を見せる事にしたのだ。

 

 魔法で発生させた魔方陣に突っ込んだ手が、別の魔方陣から出てくる様にヴォルケンリッター一同が驚き、はやては見慣れたのか何食わぬ顔で見ていた。

 が、その行動はヴォルケンリッターの警戒を強めさせた。

 ザフィーラが晴人を睨み、静かに言い放った。

 

 

「……お前は本当に主を守るのが目的だったのか?」

 

 

 晴人は何かを疑われている事よりもその質問にキョトンとした顔になった。

 

 

「どゆ事?」

 

「お前の本当の目的が、闇の書だったんじゃないかって事だ」

 

 

 ヴィータは少女らしからぬ強く鋭い目つきとキツイ口調だ。

 晴人はそこで自分が何で疑われているのかを察した。

 自分がヴォルケンリッターから闇の書の強大な力を狙っているのではないかと疑われているのだ。

 話していない事だが、ヴォルケンリッターの記憶では過去、闇の書を狙う者は数多くいた。

 もしかすると、晴人もそういう人物かもと疑われている。

 魔法文明が無いこの世界で魔法を使うのだから疑われるのも当然かもしれない。

 だが、それを否定したのは主であるはやてだった。

 

 

「ちゃうよ。この人は私をファントムっていう怪物から助けてくれたんよ」

 

 

 ヴォルケンリッターは聞いた事の無い単語に眉を顰めた。

 

 

「失礼ながら主、そのファントムというのは一体……?」

 

 

 シグナムの言葉に自分の知る事を答えようとするはやてだが、はやて自身は晴人に聞いた知識でしかない。

 ならばファントムの事を良く知っているであろう晴人に頼もうと、はやては晴人の方を向いた。

 それだけで晴人は自分にファントムの説明を要求しているのを察し、自分の知る限りのファントムの事を話した。

 魔力を持った人間が絶望すると生まれる事、それと自分が戦っている事。

 ファントムの話をした後、ヴォルケンリッターの顔は疑惑から驚愕に変わっていた。

 

 

「えっと……分かってくれた?」

 

 

 恐る恐る聞く晴人にシグナムは答えた。

 

 

「……すまないが、余計に分からなくなった」

 

「あらっ。どの辺が?」

 

「ファントムという存在、そのものが」

 

 

 はやてには敬語で晴人には敬語を使わないという辺りがヴォルケンリッターの晴人への警戒度を示しているのだろうか。

 ヴォルケンリッター達はファントムという存在自体を疑問視していた。

 晴人のファントムへの認識は『魔力を持った人間が絶望すると生まれる怪人で、他の魔力を持った人間、ゲートを絶望させようとするから倒さなきゃいけない』というものだ。

 矛盾というか、おかしな説明は自分の知る限りはしていない筈だと首を傾げる晴人にシグナムは語った。

 

 

「もしも本当に魔力を持った人間が絶望しファントムが生まれるというのなら、我々がその存在を知らないのは妙だ」

 

 

 何が、と質問する前にシグナムは続けた。

 

 

「何故なら、闇の書が巡ってきた世界に住まう殆どの人間が、魔力を持った人間だからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 なのははフェイトという友達とビデオメールで連絡を取り合っている。

 それぞれ別の次元世界にいる上に、フェイトは裁判中の為に全く会えない。

 その為、ビデオメールという方法を用いたのだ。

 そして数日前にフェイトからのビデオメールが届き、その返事を出そうとした時、なのはの頭に疑問が浮かんだ。

 

 晴人と攻介が語ったファントムの誕生方法だ。

 

 曰く、『ゲートという魔力を持った人間が絶望するとファントムになる』という。

 そのゲートは魔法少女である自分もそうであり、敵であるファントムもそう言っていた。

 だが、その説明では説明しきれない事がある事になのはは気付いたのだ。

 

 ある日の事。

 いつものようにシュートコントロールの訓練に出かけたなのは。

 再びファントムに襲われないとも限らない為、レイジングハートと共に細心の注意を払っている。

 晴人や攻介、凛子にも頼んで0課にも自分の魔法の事は秘密にしてもらっている。

 あまり多くの人に知られたくないというのが理由だ。

 

 ちなみに0課が護衛をつけないで納得しているのは晴人や攻介、凛子が必ず守るし、なのはの家族は武術に心得がある人も多いので護衛は大丈夫だろうという理由を無理矢理通した為だ。

 一度は木崎も意味が分からないとして護衛をつけようとしたが、晴人達の強すぎる押しに何らかの意図がある事を察してか、護衛をつけない事にしてくれた。

 あまり魔法少女である事を知られてはいけないなのはとしては、その方が安心なのだ。

 

 シュートコントロールの訓練を行うなのはだが、成績は芳しくなかった。

 調子が悪い日だってあると普通なら思うだろうが、その日の成績は幾ら調子が悪いとしても、なのはらしくなかった。

 

 

『マスター、どうされたのですか。今日の訓練には集中できていないようでしたが』

 

 

 訓練後の採点が終わった後、レイジングハートは早速なのはに今日の訓練で上の空だった理由を尋ねた。

 レイジングハートはなのはの相棒、気付くのも早い。

 レイジングハートには隠し事はできないな、と苦笑しつつなのはは自分の考え事を話し始めた。

 

 

「ねぇ、レイジングハート、フェイトちゃんの事なんだけど……」

 

 

 友達であるフェイト。

 しかし友達になる為にはかなりの紆余曲折があった。

 それも非日常的な派手なものだ。

 その中で、フェイトに起こった痛ましい出来事。

 

 

「何で、フェイトちゃんはファントムにならなかったんだろう?」

 

 

 フェイトは母親であるプレシアに酷い仕打ちを受けてきた。

 それでも彼女は母親の為だと、全力で我武者羅に頑張った。

 だが、フェイトはプレシアの本当の娘では無く、フェイト自身はその娘のクローンである事が判明。

 そして外見はともかく内面がまるで違うフェイトを失敗作と呼び、そしてプレシアから「貴女はもう要らない」とまで言い放たれた。

 この時、その時のフェイトの心情はなのはが思うに『絶望』だっただろう。

 

 そう、『魔力を持つ』フェイトという『人間』が『絶望』だ。

 

 確かに出自がクローンという特殊なものとはいえ、フェイトは人間である事に相違はない。

 例えば羊のクローンは羊で無いわけがない。

 人間のクローンなのだから生物学的に見ても人間なのだ。

 つまり、フェイトは『魔力を持った人間』という条件を満たした上で『絶望』した事がある。

 これらはファントムが生まれる要因であり、トリガーとなる事であるはずだ。

 立ち直ったとはいえ一度は絶望した事は明白である。

 しかしそれでは晴人と攻介、そしてファントム達自身が語るそれと矛盾してしまう。

 

 

「フェイトちゃんはプレシアさんの言葉で絶望してる。なのに、ファントムにならなかった。

 勿論、フェイトちゃんがファントムにならなくて良かったけど……」

 

『確かに妙です。では、彼等が嘘をついていたと?』

 

「ううん。私を守ってくれたし、ファントムさん達も同じ事を言っていたから違うと思う……」

 

 

 そう、晴人や攻介が味方のフリをして嘘をついているならともかく、本気で攻撃をしてきたファントムまで同じ事を言っていた。

 仮に晴人達がファントムと結託していたとしても、アルゴスに止めを刺す必要は無かったはずだ。

 嘘をついているとは考えにくかった。

 

 

「……リンディさんやクロノ君、ユーノ君なら何か知ってるのかな……?」

 

 

 かつて自分を支えてくれた仲間の事を思い返しつつ、頭に浮かんだ疑問が拭えぬまま、なのはは今日の訓練を切り上げた。

 

 

 

 

 

 時間はほんの少し前、なのはがシュートコントロールの訓練をしていた時まで戻る。

 

 

「あの魔法……」

 

 

 遠くからなのはのシュートコントロールの訓練を見つめているのは、白い魔法使い。

 晴人にウィザードの力とコヨミを託した張本人だ。

 白い魔法使いはなのはの使う魔法に見覚えがあった。

 威力も魔法の内容も全く違うが、専用のデバイスを用いて足元に魔方陣を展開して発動するその魔法。

 

 

「……そうか、プレシアと同系列の物か」

 

 

 かつて知り合った人物の名を呟き、過去の事を思い出していた。

 別次元の魔法を初めて知った時の事。

 自分の目的を果たすと誓ったあの時を。

 

 しばらくなのはの様子を見つめていると、訓練が終わった後になのははデバイスと何かを話し始めた。

 会話中のなのはの呟きを人間以上の聴力が捉え、そこで出た単語に白い魔法使いは興味を示した。

 

 

『ねぇ、レイジングハート。フェイトちゃんの事なんだけど……』

 

 

 白い魔法使いが反応を示したのは『フェイト』の言葉。

 その言葉を聞いた時、仮面の中の目が見開かれた。

 

 

「フェイトだと? ……まさか、プロジェクトF.A.T.Eの……?」

 

 

 志を同じくした友人を嫌でも思い出す魔法と単語に、白い魔法使いは思わず呟いた。

 

 

「……プレシア、お前は望みを叶えられたのか……?」

 

 

 再び思い出したのは過去の出来事。

 

 

「辿りつけたのか? アルハザードに……」

 

 

 誰にも聞かれぬ、誰にも向けていない言葉は虚空に溶け、霧散した。

 その問いに答える者は既にいない事を白い魔法使いは知らずとも、心の何処かで予感していた。

 白い魔法使いはその場から去っていった。

 過去に起こった、別れと出会いと決起を思い出しながら。

 

 

 

 

 

 さて、ヴォルケンリッター達もまた、存在すら知らないなのはと全く同じ疑問を持っていた。

 ファントムという存在は魔力を持った人間が絶望する事で生まれる。

 

 これは実に簡単なトリガーである。

 まず、魔力を持っているという部分をクリアすれば絶望という感情を抱く事は人生の中で一度はあるだろう。

 例えば家族や身近な人間の死は最も誰もが陥りやすい絶望のトリガーであり、生きていれば一度は体験する不可避な出来事だ。

 絶望の種は思いのほか何処にでも転がっている。

 非日常と無縁であったとしても、絶望に苛まれる事はある。

 で、あるならば、魔力を持った人間が普通に存在する別の世界群でも観測、少なくとも伝承ぐらいには残っていてもいいだろう。

 しかしながら数多の世界を見てきたヴォルケンリッターにファントムなる言葉は記憶されていない。

 

 だが、そう言われても晴人も嘘は言っていない。

 主であるはやてが信頼している為か、ヴォルケンリッター達も疑いこそすれ、敵意は見せていない。

 

 

「……ま、難しい話は後にしよか」

 

 

 手をパンと叩き、空気を変えて話を始めたのは、はやてだった。

 

 

「ともかく私は、その闇の書の主って事なんよね?」

 

 

 はやての言葉に頷くヴォルケンリッター達。

 頷きを見たはやては、車椅子を自分の机の方に動かして引き出しを開けた。

 

 

「つまり、私は闇の書の主として4人の衣食住を、キッチリ面倒みなアカンゆう事や」

 

 

 今度はヴォルケンリッターに晴人を含めた5人が頭上にクエスチョンマークを浮かべた。

 はて、今までの説明でそんな事を言っただろうか、と。

 

 

「幸い住む所はあるし、料理は得意や」

 

 

 言いながら引き出しに手を入れて取り出したのは巻尺だった。

 巻尺を少しだけ伸ばしたはやては、ヴォルケンリッター達に微笑みかけた。

 

 

「まずは、服買うてくるから、サイズ測らせてな」

 

 

 ニコリと微笑み主の言葉に鳩が豆鉄砲を食らったような表情になる守護騎士達。

 ヴォルケンリッター達は戸惑っていた。

 戸惑いを見せる理由ははやてにも晴人にも分からなかったが、はやてがこの4人を受け入れようとしている事を今の言葉で察した晴人は、はやてに待ったをかけた。

 

 

「服選びなら、直接4人にも来てもらった方がいいでしょ」

 

「勿論そうですけど、この恰好で出てもらう訳には……」

 

 

 シグナム達は黒いタンクトップ姿のままだ。

 しかしこの4人が着られるような服をはやては持ち合わせていない。

 つまり今から服を買いに行くとすれば、4人のサイズを測った上ではやてと晴人で買ってくる必要がある。

 しかし晴人はお任せあれ、とでも言いたげな得意気な顔で1つの指輪を取り出した。

 

 

「そういうところは、魔法使いらしいところ見せなきゃな」

 

 

 言いつつ、取り出した指輪を未だ跪いているシグナム達に向ける。

 指輪を見る4人の目にはやや警戒の色が混じっている。

 

 

「これは俺が魔法を使う為の指輪。付けてみて?」

 

 

 説明するも増々疑念が深まったのか、より警戒色を強くされた。

 指輪そのものに何らかの魔法が施してあり、罠か何かかもしれないと思っているのだ。

 自分が相当に疑われている事に肩をすくめながら、晴人はその指輪を右手に嵌め、ベルトのバックルに翳した。

 

 

 ――――Dress up Please――――

 

 

 音声と共に、晴人の全身を変身の時のように魔方陣が通過した。

 すると魔方陣が通過し終わった後に晴人の姿は変化していた。

 とは言ってもウィザードのような変身では無く、単純に服装が普段の私服からシルクハット付きのスーツ姿に変わっていた、という事だが。

 今使ったのは『ドレスアップウィザードリング』。

 一瞬にして別の服に着替える事の出来る魔法だ。

 

 

「こんな感じ、どう?」

 

「わぁ……そないな事までできるんですか」

 

「まあね。ただ、魔力で作った服だからあんまり長くは持たないけど」

 

 

 シルクハットを外してくるくると回して遊ぶ晴人。

 ドレスアップで着替えた服には触る事も出来るが、基本は魔力で出来ている。

 自分の意思で消す事も出来るし、脱いでしまえばあまり長くは持たずに消えてしまうし、そうでなくとも何時かは消える。

 つまりこの指輪があっても、本物の服は買う必要があるのだ。

 

 

「でも、服を買うくらいまでならこれで外に出れると思うぜ?」

 

 

 晴人は服を元に戻した。

 それと同時に手にしていたシルクハットも消える。

 ドレスアップの効力は一時的な物ではあるが外に出る分に問題は無い。

 例え途中で魔法が解けてしまっても、晴人がいる限り魔法をかけ直せばいい。

 晴人はドレスアップの指輪を外して再びシグナム達にその指輪を向けた。

 

 

「どう? 使ってみる?」

 

 

 どう?と言われても守護騎士達から警戒心は完全には抜けない。

 主が信用しているという面もあって疑いきっているというわけでもないのだが。

 その主ではというと、晴人の意見に賛成の意を示している。

 

 

「ほんなら、そうしましょうか」

 

 

 はやては巻尺をベッドに置いて、晴人にニコリと笑みを向けた。

 まずはシグナムが恐る恐ると言った感じに晴人の指輪を手に取り、晴人に倣って右手の中指に嵌めた。

 晴人は跪いている4人と同じ目線になるように膝を折り、シグナムの右手を取って、自分のバックルに翳させた。

 それを他の3人にも行い、4人は黒いタンクトップ姿から変わっていった。

 4人の服は最初からこの服を着ていたと言っても違和感がない様な、極々普通な外出用の服に変わったのだ。

 それを見たはやては「おおっ」と声を漏らした。

 

 

「これをベースに似合う服を買うてあげんとな」

 

 

 ドレスアップで着替えた4人は割といい感じの私服だった。

 これを基本に考えれば服を選ぶ手間も省けるだろう。

 4人全員を着替えさせてドレスアップの指輪を回収し仕舞った晴人は、この場の5人に向けて言った。

 

 

「善は急げってな、早速行くか」

 

 

 そんな訳で闇の書の主である車椅子の少女と魔法使いと守護騎士という、言葉にするとふざけているとしか思えない6人は服を買う為に街に出た。

 はやては家族の遺産もあって、金銭関係で困った事は全く無い。

 更に言えば父の友人を名乗る人物のお陰で大分楽に過ごさせてもらっていた。

 

 服選びはベースがあった事もあってスムーズに終わった。

 だが、1着や2着買えばいいというわけでは無い。

 4人の服を1から買うのだから洗濯している間の服とか、そういう事も考えると3着以上は欲しい。

 それを4人分となると12着程度、結構な数である。

 それに加えて下着など諸々も必要となり、買った物はかなりの数に及んでいた。

 しかし服選びをしているはやては心底嬉しそうだった。

 

 家族のいなかった彼女にとってこんな風に買い物する事は考えもしなかった事だった。

 晴人や瞬平と買い物をした事もあるが、彼等はあくまでも「はやてを守る」という目的がある。

 守護騎士達もそういう面があるとはいえ、はやては4人の衣食住の面倒を見ると決めた。

 つまり『共に暮らせる』4人なのだ。

 それははやてが欲しいと思いつつも諦めていた、奇跡のプレゼント。

 即ち、家族。

 

 

 

 

 

 服を買い終わって家に戻った6人。

 既に時間は夕方に差し掛かっていた。

 現在、晴人はザフィーラと共に八神宅のリビングの外にいる。

 服を整頓して今から着替えるという事で、他の3人はそれぞれの服に着替えているからだ。

 

 守護騎士の内、3人は女性。

 その着替えを男性である晴人やザフィーラが見るわけにはいかないからだ。

 更に服の整頓だけでも女性の下着云々まであるのだから男性陣は尚の事、今はリビングに入れない。

 ぶっちゃけた話、買い物の時点でもそれを意識しないように、見ないように結構気を使っていた。

 男としては今のリビングをちょっと覗きたい気持ちもあるが、ぐっと堪えた。

 

 

「…………」

 

 

 しかしながら晴人の隣に立つ威圧感あるザフィーラなる犬耳男は寡黙だ。

 晴人も何を話していいのかさっぱり分からず沈黙が続く。

 リビングの向こうでははやてが嬉しそうに3人と話し、対して守護騎士女性3名は戸惑っているのか、「はい」とか「ええ」とか取り留めのない相槌をどもりながら発している。

 楽しそうだなぁ、とリビングに続く扉をチラリと見る晴人。

 そして何の気も無く再びザフィーラの方を向いた。

 

 

「…………」

 

 

 相変わらず沈黙している。

 4足歩行の毛並みの良い蒼い狼が威風堂々と立っていた。

 だんまりか、と顔を正面に向けた直後、晴人は蒼い狼を二度見した。

 

 

「うおぉっ!?」

 

 

 スルーしかかったが、いつの間にやら褐色の屈強な男がいなくなって蒼い狼が代わりに立っているではないか。

 一瞬目を離した隙に何があったのか。

 腰を抜かすかと思った晴人を余所に、蒼い狼は口を開いた。

 

 

「こちらの姿の方が良いと思ってな」

 

 

 ようやく口を開いた、と思うよりも前に、この狼はザフィーラだったのかと晴人は思った。

 

 

「え、えっ? ザフィーラ……なの?」

 

「そうだ」

 

「何、その、犬というか、狼というか……」

 

「人間と獣、2つの姿になれる。此処では女性の方が多いだろう、この姿の方が主はやても俺に気を使わなくて済むと思ったからだ」

 

 

 これから守護騎士達はこの家で済むことになる。

 そうなれば男性と女性の比率は1:4というザフィーラただ1人が男性という事になってしまう。

 それで気を使われるかもしれないと気にしたザフィーラはこの姿を取った、というわけなのだが、晴人としてはこの姿になった事そのものに驚きだった。

 

 

「へぇ……触っていい?」

 

「構わない」

 

「……うおっ、フサフサしてんな」

 

 

 犬を撫でるかのように静かに優しくザフィーラの背中を触ってみると、蒼い体毛は見た目通りにフワフワとしていて触っていて心地いい。

 先程までの屈強な男性は何処に行ったんだと思わざるを得なかった。

 

 

「晴人さーん、ザフィーラー。入ってきてもええですよー」

 

 

 扉越しにはやての声が聞こえた。

 狼形態のザフィーラを気遣ってか晴人はドアノブを持って扉を開き、先にザフィーラをリビングに入れてあげた。

 軽く会釈してきたザフィーラを見て晴人も返事をするように頭を動かす。

 一方、リビングから出て行く前に比べて種族レベルで様変わりしたザフィーラに輝きの目と共に近づくはやて。

 

 

「ふぁ~……このワンちゃん、どうしたんですか? というか、ザフィーラは?」

 

「いや、それがザフィーラだってさ」

 

「へぇ~……えっ!? ザフィーラなんですか!?」

 

 

 蒼い狼をザフィーラと認識していなかったはやては晴人の言葉に驚いていた。

 晴人の魔法で姿を変える魔法と言えば、やはり変身だ。

 だが人の形は保っていて、獣に変身する事は無い。

 主に晴人のせいで魔法への順応は早かったはやてだが、姿を大幅に変えたザフィーラにはさすがに驚く他なかったようだ。

 よくよく考えてみれば蒼い犬耳も付いていたし、納得できない事も無い。

 かなりの非常識である事に違いは無いが。

 はやてはザフィーラの頭を抱えるようにして首元などを本物の犬を扱うようにして触っていく。

 

 

「犬を飼うの、ちょっと夢だったんよ。ええなぁ……」

 

 

 モフモフとしたザフィーラにご満悦の様子のはやて。

 ザフィーラの人間用の服も買っていたので少々申し訳なかったが、主の願いを叶える為にも出来る限りこの形態でいようとザフィーラは決意するのだった。

 さて、一方で晴人はそんなザフィーラとはやてのやり取りからシグナム達の方に目を向けた。

 着替えが終わっている女性達3人は先程のドレスアップの指輪で着ていた服とはちょっと趣の違う服を着ている。

 ドレスアップの指輪で着ていた服をベースにして買った服もあるのだが、「そればっかりもどうなんやろう?」と考えたはやてが選んだ服だ。

 はやて主導のコーディネートは中々センスが良く、本人達によくマッチしている服だと思えた。

 

 

「おー、中々いいんじゃない?」

 

「そう、なのか……?」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 褒める晴人に戸惑うシグナム。

 どうにもこの状況に順応できていないというか、何か、慣れないと言った表情をしていた。

 対してシャマルはにこやかな笑顔で元気にお礼を言う。

 シグナムとは対照的にシャマルの方は意外と馴染むのが早い。

 

 

「ヴィータちゃん……だよね? 君も似合ってるよ」

 

 

 そっぽを向いていたヴィータに近づくも、ヴィータは更にツンと顔を背けた。

 晴人からは見えないが、その顔はほんのりと赤くなっている。

 まだ疑われてるのかな、と思う晴人の考えは外れていて、単に照れているのだ。

 

 晴人はもう一度4人を見渡した。

 着替えが終わった3人と、狼となった1人と、車椅子の少女。

 この5人はこれから一緒に住まう事になる。

 共に住まい、一緒にいる存在。

 それは家族と呼んでも差し支えないのではないだろうか?

 そう思った晴人は微笑みながら幸せそうな表情のはやてを見た。

 あの表情は晴人では引き出せない。

 勿論笑った顔を見た事はあるが、それでも晴人はそう思った。

 

 

(良かったな、はやてちゃん……)

 

 

 はやてに家族が出来た事を喜びつつ、心の何処かで羨望している自分に気付いて、晴人は自嘲にも似た笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 夕方という事もあり、晴人は面影堂へと帰って行った。

 家には守護騎士達とはやてが残される。

 昨日とは違い、晴人が去っても賑やかなままの家は、はやてにとって新鮮な気分だった。

 シグナムとシャマルが他にも買ってもらった自分の服を興味深そうに見て、ヴィータは目線を自分の体のあちこちに動かして、自分の今の恰好を見つめている。

 ザフィーラは犬が伏せるかのように突っ伏していた。

 ゼロだったリビングが一気に4人も増え、派手とも言えるぐらいには、はやての世界に色がついた。

 

 守護騎士達を歓迎するはやての一方で、当の守護騎士達は困惑が抜けきっていなかった。

 

 

『皆はどう思う……』

 

 

 シグナムが『思念通話』で他の守護騎士達3人に呼びかけた。

 思念通話は心に言葉を浮かべて会話する魔法の事で、石田医師への言い訳ではやてとシグナム達が口裏を合わせる為にも使用した魔法だ。

 はやてはまだ魔導師というわけではないので自由には使えないし、思念通話は誰と会話をするかを選択できるので、この思念通話ははやてには聞かれていない。

 

 

『どう、って?』

 

『今代の主の事だ……。何というか、その……』

 

 

 聞き返してくるシャマルにシグナムは明確な言葉が言えずにいた。

 言えないわけでは無い、信じられないのだ。

 それが言葉にできないという形になって表れていた。

 それを代弁したのはザフィーラだった。

 

 

『優しい……と言いたいのか?』

 

『……そうだ』

 

 

 守護騎士に優しさを振りまく主は前代未聞だった。

 守護騎士とは、言うなれば闇の書の主の道具である。

 命じられるがままに闇の書の蒐集を行い、完成させて……。

 それを繰り返してきた。

 意思を持つこの4人を本当に道具としてしか扱っていなかった非情な主もいた。

 

 その扱いは凄惨を極めている。

 時折、優しい主と出会う事もあったが、今回のはやて程では無かったし、何よりも悠久の年月の為か、かつての主の多くは忘却の彼方だ。

 言ってしまえば4人は絶望にも等しい感情を持っていた。

 いや、絶望すらも超えて諦めに近い感情を抱いていたのだ。

 闇の書が転生し続け、いつか朽ちるまでずっとこのまま、道具のように扱われるのだと。

 

 それがどうだ、今回の主は。

 衣食住の面倒をみると言ってのけ、実際に服を見立ててくれた。

 はやて曰く命の恩人だという晴人も、闇の書の話を聞いたにもかかわらず、まるで普通の人間と変わらないかのように接してくれた。

 

 

『あたしは……』

 

 

 ヴィータが弱い声を出した。

 

 

『あたしは、まだ信用したわけじゃねぇ。だけど……』

 

 

 ヴィータは4人の中で最も年下だ。

 彼女達は闇の書の擬似人格によるプログラムに過ぎず、生まれた時間に差異は無い。

 だが、外見年齢相応の精神を持っている彼女達の中で、ヴィータは最も多感で、感情的だ。

 諦めの感情の中でやり場のない怒りを常に募らせていたのも彼女だった。

 そんな彼女は今まで感じた事の無い思いを感じていた。

 それは心地良さだった。

 

 

『悪くねぇ……と思う……』

 

 

 そう言ったヴィータは慌てて次の言葉を紡いだ。

 

 

『も、勿論、今の状態が続けばの話だ! もしかしたら、掌返してくるかもしんねぇしな!』

 

 

 思念通話を通して響くヴィータの声は本気で言っているわけでは無いとすぐに3人には分かった。

 恐らくだが、はやてという主は今までの主とは決定的に違っている。

 力を求めず、守護騎士達をまるで家族の様に受け入れている。

 言葉では疑っていてもヴィータも心の内ではそれを感じているだろう。

 今のヴィータの言葉は照れ隠しに近い。

 他の3人もそれを感じていた。

 

 だからこそ、戸惑ったのだ。

 今まで感じた事も、された事も無い優しさに、どう反応していいか分からない。

 シグナムは思念通話を切って、優しく微笑む現代の主を見つめた。

 

 

(主、はやて……か)

 

 

 未だ無表情に近いシグナムの顔が、ほんの少し緩んだ。

 

 

 

 

 

 守護騎士の4人がはやての家に住みだした翌日、晴人は攻介、凛子、後藤と共に0課に呼び出された。

 いつものようにデスクの向こうに木崎が座っている。

 全員が揃った事を確認すると、すぐさま木崎は話を切り出した。

 

 

「お前達に集まってもらったのは、これから0課に関する重要な事を話すからだ」

 

 

 0課に関わる重大な事。

 そこに身を置いている凛子や後藤からすれば、木崎のその言葉には食いつかざるを得ないだろう。

 が、晴人や攻介は普段の飄々としたマイペースな雰囲気を崩さなかった。

 

 

「……って、俺と仁藤は関係無いだろ?」

 

「そうだぜ。俺達は別に0課ってわけじゃないんだろ?」

 

「もう、それ言い出したら私だってホントは0課じゃないのよ?」

 

 

 関係無いのに呼び出されたのかと苦言を呈する2人を宥める凛子。

 此処のところ完全に0課の警察官のようになっていたが、本来の彼女は警視庁鳥井坂署勤務の警察官なのである。

 あくまで0課と関わりが深いから重宝されているだけであり、0課に正式に所属しているわけではないのだ。

 ともあれ、木崎はそんな晴人と攻介に次の言葉を発した。

 そしてその言葉で2人は完全に押し黙る事になる。

 

 

「仮面ライダーに関係している事だとしてもか?」

 

 

 以前までならその言葉でも気に留めなかっただろう。

 だが、彼等2人は一部の人間だけとはいえ既に『仮面ライダー』の名前で通ってしまっている。

 しかも晴人に至ってはフォーゼという別の仮面ライダーから仮面ライダーとして認識されてしまっているのだから言い逃れは出来ない。

 そしてそれは0課所属の後藤もそうだ。

 

 

「どういう事ですか」

 

 

 後藤が仮面ライダーである事を隠している為、0課が仮面ライダーを1人所属させている事は秘密になっているし、晴人達2人も協力者というだけで0課と直接関係がある訳では無い。

 0課は仮面ライダーとほぼ関係の無い組織と言っても通るぐらいには希薄な関係性だ。

 だからこそ、0課に関係する重要な事と仮面ライダーは関係の無いように思えた。

 後藤の言葉はそういう疑問を含んでおり、木崎もそれを察してか、それに答えた。

 

 

「結論から言うと、我々国安0課は、特異災害対策機動部と特命部、そして都市安全保安局とその傘下にあるS.H.O.Tの合同組織に参加する事になった」

 

 

 何やら難しそうな組織名が多く出てきて、晴人達の頭の中はしっちゃかめっちゃかだ。

 

 

「まず、今挙げた組織達はそれぞれに武装を保有している。

 エネルギー管理局特命部のゴーバスターズとヴァグラスの戦いぐらい、報道で見た事があるだろう」

 

 

 それなら晴人達も知っている。

 時折報道で機械の怪物がエネトロンを奪い、巨大ロボットを出現させてもいると。

 そしてゴーバスターズという存在はそれと戦っているとよくニュースで報道されている。

 

 

「特命部のゴーバスターズと同じでS.H.O.Tや特異災害対策機動部も同じように何らかの戦力を保有している」

 

 

 2つの組織の戦力の名称を出さないのは、0課が今は正式に参加していない為に木崎もそれを知らないからだ。

 機密を簡単に漏らすわけにはいかないという事であろう。

 木崎は説明を続ける。

 

 

「そういった特殊な武装を保有する組織が一時的に集まり、世界を脅かす敵を倒す。

 それがこの一時的な組織合併の大まかな理由だ」

 

 

 つまりは手を取り合って地球や人類の危機からみんなを守ろう、というわけであった。

 それはいいのだが、その説明だけではまだ分からない部分がある。

 

 

「あの、今の話の何処に仮面ライダーが関係しているんですか……?」

 

 

 恐る恐る手を挙げて凛子が尋ねた。

 常に厳しい目をしている凛子は自分が怒られるのではないか、木崎は少し怖い、と言った風に、木崎の事をちょっとだけ苦手にしている部分がある。

 そんなイメージ通りの厳しい目を凛子に向けて、木崎はそれに関しても説明を始めた。

 

 

「まず、その組織の1つに仮面ライダーが既に参加している」

 

 

 その言葉に反応したのは後藤だった。

 後藤はかつての戦いや映司を通して聞いた話で、知っている仮面ライダーが何人かいる。

 もしや、と思ったのだろう。

 

 

「まさか……」

 

「君が考えているのはオーズというライダーの事か?」

 

「……はい」

 

「残念だが違う。その仮面ライダーの名は『ディケイド』と言う」

 

 

 聞いた事の無い名に首を傾げる後藤は晴人と攻介の方に顔を向けるが、2人も手を横に振っていた。

 この場にいる3人のライダーが誰も知らない仮面ライダーの名が出てきたらしい。

 

 

「話を続けるぞ」

 

 

 話がずれる前に木崎は説明に戻った。

 木崎の前に立つ4人は最初よりも話の内容に興味を持ったようで、真剣な面持ちで木崎の言葉に耳を傾けた。

 

 

「更に、最近仮面ライダー連続襲撃事件という事件が起こっている」

 

 

 事件の内容は世界各国の仮面ライダーが襲われ、既に日本のWやディケイド、フォーゼも襲われているという話だ。

 外国では栄光の7人を始め、オーズやメテオ、アクセルといったライダーも襲撃にあっている。

 全員怪人を返り討ちにしたらしいが、それら全てが大ショッカーなる組織を名乗っているらしい。

 

 

「大ショッカーは怪人の証言からして、『全ての仮面ライダーの敵』だという事だ。

 そこで我々は操真晴人と仁藤攻介、そして後藤慎太郎。お前達3名もこの組織合併に参加させたいと考えている」

 

 

 突如とした提案に驚きつつ、攻介は木崎に食って掛かった。

 

 

「おいおい、何でだよ」

 

「仮面ライダーが襲われているという事もそうだが、大ショッカーは人も襲っている。

 それに怪人は複数で現れる事も多いそうだ。この観点から見て、仮面ライダーを単独行動させるよりも、余程安全であると判断しただけだ」

 

「でもよ、だったらファントム退治はどうなるんだよ!」

 

「慌てるな」

 

 

 詰め寄る攻介を木崎は溜息交じりに嗜めた。

 

 

「0課に対してと同じで、お前達は協力者となってもらう。0課が参加する合同組織からの出動、応援要請に従ってもらう事以外は、今まで通りにしていて構わない」

 

 

 つまり木崎の言っている事はこうだ。

 普段と変わらぬ生活はしていていいが、協力を求められたら応じろ。

 これは0課と魔法使いの関係性と全く変わっていない。

 0課が大規模な組織に変わっただけの事だ。

 確かにそういう事なら理解もしやすいし、拒否するような理由も無い。

 だが、木崎は危険性についても述べた。

 

 

「これは即ち、ヴァグラスやジャマンガといった、ファントム以外の脅威と戦う事にもなる」

 

 

 そう、単純に戦う相手が増えてしまうのだ。

 今まではファントムやそれに準じた敵を相手取っていたが、今後は各地で暴れるあらゆる敵組織の怪人と戦う事になるだろう。

 もしかするとかなり厳しい戦いにも首を突っ込む羽目になるかもしれない。

 しかし晴人は笑って見せた。

 

 

「俺はいいぜ、希望を守るのが魔法使いだ。なら、人を襲う奴等はやっつけないとな」

 

 

 酷く単純な理由だ。

 希望を守る魔法使いにとって、それがゲートであるかゲートでないかは重要では無い。

 それが守りたいと思うものだから守るのだ。

 例えばそれはゲートにとっての希望であったり、ゲートそのものであったり、ゲートとはまるで関係の無い一般人である。

 晴人は誰かを守りたいと思える、誰かの希望になりたいと思える人間だ。

 ならば、人の生活や命を脅かす敵と戦う事に迷う事は無かった。

 

 後藤はと言うと、特に意見は無いようで頷くだけである。

 彼が戦おうと思った最初の理由は『世界を守る事』である。

 だが、グリードとの戦いを通して「人を1人助けるだけでもこんなに大変なのに、世界を守ろうと思っていた以前の自分が信じられない」と考えを改めている。

 が、世界を守るという目的、夢自体は未だ失われておらず、これはその夢に近い事であると言える。

 テレビで報道されるヴァグラスの活動に辟易していたのもあり、今回の0課の合同組織参加に文句はないらしい。

 まあ、そう言った大義名分を抜きにしても0課所属扱いの後藤は強制参加が決定しているのだが。

 

 だが最後の1人、攻介は不服な様子だ。

 

 

「えー、じゃあ俺の魔力どうなるんだよ」

 

 

 そう、魔力は彼にとって死活問題だ。

 ある程度の期間内にファントムを倒して食わなければ、彼は死んでしまう。

 まさかヴァグラスのメタロイドを倒したところで魔力は得られない。

 それに魔法を使うだけでも魔力は減るわけだ。

 人を守る事を嫌だと言いたいわけでは無いが、自分の命だって大切に決まっている。

 何より常に死と隣り合わせの攻介からしたら尚更だ。

 ところがそんな攻介の言葉で思い出したかのように木崎は衝撃の事実を語った。

 

 

「……確か、ジャマンガという組織の怪物達は魔力で動いていると聞いている。あるいは……」

 

「マジで!?」

 

 

 その話に攻介が目を輝かせて飛び付いた。

 実際ジャマンガの遣い魔や魔獣は魔力で動いている。

 ひょっとすると、ビーストが倒せば食らう事が出来るかもしれないのだ。

 

 

「だったら俺も協力するぜ!!」

 

 

 そして、熱い掌返しを行って見せるのであった。

 そんな攻介に表情1つ乱す事なく、木崎はデスクに置いてあった資料を各人に渡した。

 

 

「今度、正式に合同組織の方に顔を出す事になる。それには日程が書いてある」

 

 

 見れば、確かに日程が書かれている。

 場所は『エネルギー管理局・特命部』となっている。

 

 

「本当ならもっと早く参加するつもりだったのだが」

 

 

 後藤と凛子がしっかり日程に目を通し、晴人は斜め読みで、攻介に至っては碌に読んでいないと、各々で日程表に反応する中、木崎は心情を吐露するかのように語り始めた。

 

 

「0課も権限があるとはいえ、警察組織。上の説得に時間がかかってしまった」

 

 

 警察上層部は人を守る組織が複数もあるという事が気に入らないらしい。

 人を守るのは警察だけで十分だ、という独善にも近い考え方をする人物は存在する。

 そうした人間は特命部などは元より、0課自体をあまり快く思っていない。

 その為、合同組織に参加するのに時間がかかってしまったのだ。

 頭のお固い上層部にはうんざりしているのか、木崎も疲れが出たかのような溜息をついた。

 

 

「……人同士でいがみ合っている場合ではないだろう……!」

 

 

 最後の言葉だけでは小さく、しかし確かな怒りを籠めながら吐き捨てた。

 人類を脅かす脅威は数多い。

 その中で、人間達は己の利権や名声を求めて時に争い、傷つけあう。

 歴史の中でも人間達は数多の戦乱を繰り返してきた。

 まるで、呪いか何かのようだ。

 木崎はそう思わずにはいられなかった。




――――次回予告――――
知らない場所で物語は動き出して、気付かないうちに進んでいきます。
強くなりたいと思ったら、私なら特訓、ですかね?
誕生日の奇跡、深まる謎。
そんな事が起こる、ちょっと前のお話です。
次回、スーパーヒーロー作戦CS、第35話『強くなる事』。
リリカルマジカル、がんばります。


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第35話 強くなる事

 魔法使いが4人の守護騎士と出会うよりも前、5月も中頃。

 特異災害対策機動部二課は深刻な雰囲気の中に包まれていた。

 二課司令室には二課の面々とゴーバスターズの3人。

 陣マサトとJなるバディロイドのせいで色々と失念していたが、ネフシュタンの少女の一件は二課内部に確かな動揺を与えていた。

 

 理由は2つ。

 まず、ネフシュタンを纏っていたという事実そのものだ。

 ネフシュタンの鎧は2年前の起動実験の際に紛失した完全聖遺物。

 勿論二課も何の手も打たなかったわけではなく、思い当たる場所、有り得そうな場所、絶対に有り得ないであろう場所までくまなく探した。

 が、そんな草の根を分けてまで探していたネフシュタンが突然、誰かの装着物という形で姿を現したのだ。

 何よりも2年前というのは天羽奏を失った日でもある。

 響や士、ゴーバスターズの3人以上に、当時から二課に身を置く面々の面持ちは厳しい。

 その最たるものこそ、翼だったのだろう。

 

 そして2つ目は、ネフシュタンの少女の狙いが響であったという事。

 これは『相手の目的が不明』という状況よりもタチが悪く、『目的が分かっているのにその理由が不明』という状態に陥っているのだ。

 実際、響個人を狙っている理由に思い当たる節は全くない。

 

 シンフォギア装者だから、というのであれば、何故翼には見向きもしなかったのか。

 単に力に目が眩んでいるならディケイドを狙っても良かったはずだ。

 それに何よりも二課に波紋を広げているのが、相手が響の事を知っていたという点にある。

 相手は響個人を狙ってきた、それもシンフォギア装者である事を知った上で。

 響は二課に入ってから日が浅い。

 にも拘らず響個人を狙ってきたという事は、二課の内部を知っている者がネフシュタンの少女に情報を流したとみるべきであろう。

 つまりは『内通者』の存在、平たく言えば、裏切り者。

 

 内通者の存在が囁かれる中、響はある決意をしていた。

 翼は自分の涙を押し殺して戦ってきた。

 翼は強いのではない。

 悔しい涙も覚悟の涙も、強い剣で在ろうとして、その全てを封じ込めてきた。

 本当は泣き虫で弱虫な翼は年端もいかぬ少女がするには余りにも残酷な決意をしていた。

 その事実をこの一件で響は漸く理解した。

 遅かったかもしれない、それでも、翼に言ったあの言葉は嘘ではない。

 自分にも守りたいものがある。

 

 今までは半端な決意だったかもしれない。

 今までは半端な思いだったかもしれない。

 

 それでも、守りたいものがあると叫んだ言葉は本当で、嘘にしたくはない。

 

 

「…………」

 

 

 放課後、リディアンの屋上のベンチに響は腰を掛けていた。

 涙を流しながら二課とゴーバスターズの3人に語ったあの時の言葉。

 

 ――――『私にも、守りたいものがあるんです!だからッ!!』

 

 目を閉じ、それを思い返していた。

 士に言われて振り切れたと響自身思っていたのだが、完全に吹っ切れてはいなかった。

 強くなるために、自分は自分のままでいていいのか。

 そんな事を自問自答し続けていた。

 

 

「響」

 

 

 そんな時、優しく自分の名を呼ぶその声に、響は我に返って振り向いた。

 

 

「未来……?」

 

 

 いつの間にか未来が優しい笑顔で佇んでいた。

 未来は約束を破る事となった響を責めなかった。

 言いたい事はあるだろうし、尋ねたい事だって沢山ある。

 それでも未来は響と変わらず接した。

 

 

「最近1人でいる事、多くなったんじゃない?」

 

「あはは、そうでも、ないよ? 私、1人じゃ何にもできないしぃ……」

 

 

 その後に続けて響はリディアンに入学したのだって未来がいたから、だとか、リディアンは学費がえらく安くてお母さんとお婆ちゃんに負担駆けずに済むかなぁと思った、だとか、関係のない事まで口にしてまくし立てた。

 

 響なりの強がりだった。

 自分が辛い時、悲しい時、それを全て隠そうとするのが立花響という人間。

 それを小日向未来という人間は一番近くで見てきた。

 だから、そんな響の隣に座って、未来は響の手を取った。

 何もかもを理解しているかのような、そんな微笑みと共に。

 

 

「……やっぱり、未来には隠し事できないね」

 

「だって響、無理してるんだもの」

 

 

 未来は響の手を離さず、目をしっかりと合わせた。

 自分が悩んでいるという事実を隠そうとしても、未来はそれを易々と看破する。

 でも、それが響にとっては救いだった。

 誰にも打ち明けず、ただ1人で抱え続けた悩みが爆発した時、一体どうなるのか。

 響自身はそこまで察していないが、それは翼という人間が身をもって示した。

 何も言わずとも、例え隠しても、その手を取ってくれる未来という存在は響にとっての陽だまりで、守りたいものであった。

 

 

「あのね、響。響が何で悩んでいるのか、どうして悩んでいるのかは聞かない。でも……」

 

 

 未来は事情も理由も語らない響を責めたりしない。

 何か重大な事を抱えているのは簡単に分かる。

 でも、きっとそれは言えないから言ってこないのだ。

 ならば、それを聞くのは無粋であり、酷だと未来は理解している。

 だから自分にできる精一杯を、自分にできる響の支えをしたかった。

 

 

「どんなに悩んで考えて、一歩前進したとしても、響は響のままでいてね?

 変わってしまうんじゃなくて、響のままで成長するなら、私も応援する」

 

「私の、まま……」

 

「そうだよ。だって、響の代わりは、何処にもいないんだもの。いなくなってほしくない」

 

 

 ふと、士に言われた言葉は脳裏に蘇った。

 

 ――――『自分を曲げる必要はない。自分なりに強くなればいい』。

 

 未来も士も、語り方も立場も違っていた。

 それでも2人が響に送った言葉は、『自分は自分のままでいればいい』という言葉。

 

 

「私、私のままでいて、いいのかな」

 

「響は響じゃなきゃやだよ」

 

 

 ずっと悩んでいた事に、未来は即答と微笑みで答えて見せた。

 未来は響にとって、守りたいものの1つである。

 それを守りたいと思ったのは他ならぬ響であり、他の誰でもない。

 立花響という人間が守りたいと願ったものを守るのに、何故他の誰かになる必要があるのか。

 事情を知る士も、事情を知らぬ未来も、言っている事はそういう事なのだ。

 そして響の中に漂っていた悩みは、今この瞬間に完全に砕かれた。

 

 響は笑顔で立ち上がり、未来を、リディアンの校舎を見やる。

 

 

(私にだって、守りたいものがある。私に守れるものなんて、小さな約束だったり、何でもない日常くらいなのかもしれないけど)

 

 

 自分の手を開き、握った。

 決意も覚悟も、今まで半端だった全ての事が完全な形となった。

 

 

(それでも守りたいものを守れるように、私は私のまま、強くなりたい……!)

 

 

 そして響は、未来に一言。

 

 

「ありがと、未来! 私、私のまま頑張れそうな気がする!」

 

 

 未来が響の笑顔から悩みが吹っ切れた事を悟り、微笑み返した。

 さて、心機一転もしたところで、未来は携帯を取り出した。

 

 

「ところで、こと座流星群見る? 動画で撮っておいた」

 

 

 飛びつくように反応するいつも通りの響を見て、未来も安心した。

 未来も響が心配で仕方が無かった。

 最近の響は単純な疲れだけでなく、心の疲労も溜まっているように見えたから。

 暗い顔が多くなって、悩む顔ばかり見せるようになって、1人でいるようになった響を。

 でも、これで大丈夫そうだと、未来の悩みも一緒に解決した事を、動画をウキウキと再生しだした響は知らない。

 動画を見る響は真っ暗な画面を見てしばらくすると、おかしい事に気付いた。

 

 

「……何も見えないんだけど……?」

 

 

 流星群の前から動画を撮っていたにしても、あまりにも暗闇が映り込む時間が長かった。

 

 

「うん、光量不足だって」

 

「駄目じゃん!?」

 

 

 まさかのオチに思わず笑いあう2人。

 響も未来も、心の底から笑った。

 涙が出るほど笑ってしまった。

 こんなにもおかしかったのは、こんなにも笑ったのはいつ振りだろう。

 

 

「おっかしいなぁ……涙が止まらないよ」

 

 

 笑って、笑って、涙を拭う。

 響の目には涙が溢れ、それでも顔は笑顔だった。

 

 

「今度こそは一緒に見よう!」

 

「約束。次こそは約束だからね?」

 

 

 2人の笑顔は本物だった。

 約束を破られた事も、悩みを抱えていた事も嘘だったかのように、素晴らしい程に笑顔。

 そんな笑顔が眩しいのか、日陰に隠れる士は2人に向けてシャッターを切った。

 

 

(…………)

 

 

 そこにどんな心理や思惑が働いたわけでもない。

 ただ、屋上に来てみたら2人がいて、何やら話していて、笑顔で終わった。

 その様子を偶然見た士はその笑顔を見てシャッターを切った。

 ただそれだけの、カメラマンとしての性。

 それでも士がシャッターを切った理由をつけるのなら、それは1つ。

 彼女達の笑顔を、「悪くない」と思ったから。

 

 

(……笑顔、か)

 

 

 誰かの笑顔を「悪くない」と思った事は何度かある。

 その中でも印象的な事が一度。

 旅を始めた最初の世界で仲間になった人物。

 そしてどういうわけか次の世界で再会して、それからずっと共に旅をつづけ、今は離れ離れになっている仲間達の1人。

 

 

(あいつ等は今頃、何処の世界にいるんだかな)

 

 

 最近になって海東大樹と会った事もあってか、柄にもなく士は思いを馳せていた。

 嘗ての、旅の仲間達に。

 

 

 

 

 

 さて、立花響は決めたら一直線な人間である。

 行動、実行、いずれもマッハとでも言うべきか。

 そんな彼女は風鳴弦十郎宅を訪れ、弦十郎にある事を頼み込んでいた。

 

 

「私に戦い方を教えてくださいッ!」

 

 

 部屋着とはいえ、かなりの和装の弦十郎が訪問者に応対する為に出て行った。

 そして頭を下げて言われた最初の言葉がそれであった。

 

 

「弦十郎さんなら、凄い武術とか知ってるんじゃないかと思って!」

 

 

 頭を上げた響は自分が弦十郎を尋ねた訳を説明した。

 彼女は強くなるために、まずは戦い方を習う必要があると感じた。

 そしてその為には、変身すらせずとも驚異的な力を発揮した弦十郎を師事する事が一番なのではないかと考えたのだ。

 

 運動だろうとなんだろうと、基礎という物は大事である。

 例えばそれは実戦で培った経験かもしれないし、訓練で得た能力かもしれない。

 が、響にはそのどちらもない。

 士のように数多の種類の敵と戦った経験はなく、ゴーバスターズのように訓練をしてきたわけでもないのだ。

 故に、響が戦えるようになるにはそこから始める必要がある。

 

 腕を組み数秒考える弦十郎。

 目の前の少女の決意は確かなものだと弦十郎の勘が告げている。

 それが分からぬ大人ではないし、今までだって翼との確執こそあれど、生半可な覚悟では戦場に立っている事すらできなかったであろう。

 気持ちという面だけを見れば響はそれなりの物を持っている。

 鍛えれば、きっと強くもなれる。

 

 

「……俺のやり方は、厳しいぞ?」

 

 

 脅しのような言葉だった。

 しかし、その言葉を響は笑って跳ね除けてみせた。

 

 

「ハイッ!!」

 

 

 満面の笑みで答えて見せたのだ。

 ならば教えてやろうと、弦十郎は自分が強くなった『秘訣』をする気があるかと、響に持ち掛けた。

 

 

「時に響君。君は、『アクション映画』とかたしなむ方かね?」

 

「……はい?」

 

 

 想定外の質問に素っ頓狂な声を上げる響。

 その質問こそ、弦十朗流の修行の前フリである事も知らずに。

 

 

 

 

 

 数日後。

 目立った事件もあまり起きず、二課や特命部、S.H.O.Tは少し平和であった。

 そんな中、あけぼの町にある神社に鳴神剣二はやってきていた。

 辺りに生える木の枝にロープが括りつけられ、それで木刀を吊るしている。

 此処は剣二の特訓場のような場所だ。

 

 

『成程、これは良い訓練になるな』

 

 

 声を出したゲキリュウケンは既に大型の剣の形態をとっている。

 剣二はそんなゲキリュウケンを手に特訓場に来ていた。

 

 

「おう。俺、もっともっと強くなりたいんだ」

 

『陣マサトに言われた事か?』

 

「ま、そんなとこだよ」

 

 

 剣二が何時になくやる気を見せているのには色々と訳がある。

 

 まず、以前にあけぼの町には剣二の姉弟子がやって来た事。

 剣二の剣技は『鳴神龍神流』という流派で、この剣を教えてくれたのは剣二の祖父だ。

 そして共に修業をした剣二曰く、魔物より怖い姉弟子。

 彼女は剣二がリュウケンドーである事を見抜くと、帰りがけに『きばいやんせ』の言葉を贈った。

 頑張れ、という意味の言葉。

 それについ最近だと、マサトはゴーバスターズに強くなれと言った。

 そして数多の脅威から世界を守る為には、リュウケンドー達も例外ではないとも。

 

 何より、剣二には勝ちたい相手がいる。

 敵は敵でも好敵手、同じく剣を使うジャマンガの騎士。

 マサトに言われた事でヒロムも最近、かなり激しい特訓をしているとも聞くし、響も戦えるようになるために訓練を始めたとも聞いた。

 姉弟子の言葉、マサトの言葉、勝ちたい相手、周りの努力。

 これらに刺激された剣二はやる気満々というわけなのだ。

 

 剣二は早速木に吊るされた数多くの木刀に向かってゲキリュウケンを振るう。

 木刀達はゲキリュウケンに当たった衝撃で振り子のように運動を始めた。

 多くの木刀が振り子のように動き、中央にいる剣二を狙う。

 だがそれらを避け、木刀達に確実に一太刀を浴びせていく剣二。

 さすがの剣技と言ったところであろうか。

 しかしこの特訓、ゲキリュウケンはある事に気付く。

 

 

『しかし、相手が剣を使う敵でなかったらどうするつもりだ?』

 

「……それもそうね」

 

 

 相手が木刀という事は、必然的に剣の相手を想定した訓練という事になる。

 昔、剣技を習っていた事やジャマンガの騎士の事を考えていたら自然とこんな特訓になっていたので、剣二は全く気付いていなかった。

 

 

「でもまあ、隙を作らないようにするための訓練だから、これ」

 

『ああ、そう……』

 

 

 半分苦し紛れに言った言葉であろうが、確かにやらないよりかは効果的である。

 とまあ、ふんわり会話をしていたら振り子となった木刀達が示し合わせたように剣二に一斉に襲い掛かって来たのだが。

 

 

「イタタタタ!!?」

 

『隙あり、っていうか隙だらけ』

 

 

 前途多難である。

 

 

 

 

 

 一方、響は響で特訓だ。

 ちなみに学校の方は、未来に書き置きを残して休んでいる。

 その事に申し訳なさを感じつつ、今後の授業や課題の事を考えると入学早々憂鬱になりつつ、立花響は特命部へと足を運んでいた。

 それなりに広大なスペースと頑丈な壁で覆われた一室。

 此処は実戦訓練の為に設けられたスペースだ。

 普段はゴーバスターズが模擬戦などを行うスペースなので、当然ながらソウガンブレードが振られたり、イチガンバスターが放たれたりする。

 その為に壁は特別頑丈にできている。

 そんな部屋の中で、ディケイドとガングニールを纏った響は相対していた。

 

 

「じゃあ、士先生! お願いします!」

 

「……なんで俺が」

 

 

 バスターズはバスターマシンの訓練に行ったところで、この部屋が空いていた。

 弦十郎は黒木を通して此処を借用する許可を貰い、模擬戦相手として士を引っ張って来たというわけだ。

 本来ならば今日は授業が無く休みの筈の士は、休日に駆り出された事に不服な様子だ。

 

 

「いやぁ、すいません。空いている人が士先生しかいなくて……」

 

「人を暇人みたいに言うな」

 

 

 剣二と銃四郎は警察官兼S.H.O.Tなのだから普段はあけぼの町にいなくてはならない。

 バスターズはバスターマシンの訓練。

 陣マサトは未だ特命部への出入り許可が出ていない。

 そんなわけで模擬戦相手は消去法的に士になったというわけだ。

 鋼牙のホラー狩りも、ホラー自体が滅多に出るものではないので最近は無い。

 教師としての仕事もそつなくこなしており、特に問題は無い。

 仕事はあるのだが、暇人という言葉は今の士を言い当てているような気もした。

 だからディケイドは余計に不機嫌になったわけだが。

 溜息をついた後、嫌々ながらもディケイドは響の特訓に付き合う事にした。

 

 

「手加減はしてやるが、痛みは覚悟しろよ」

 

「はいッ! 分かってますッ!!」

 

 

 構えた響は歌を歌い始めた。

 ディケイドはそこで2つの点に気付く。

 1つ、響の構えが非常に様になっている事。

 以前までの素人臭さも少し残しながらも、構え自体はそれなりにしっかりとした物になっている。

 士も武術に詳しいわけではないが、戦い抜いた経験からそう思ったのだから間違いない。

 そしてもう1つは、シンフォギアより流れ出る曲が変わり、歌詞も全く違う、つまりは別の曲になっていた事。

 

 

 ――――私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ――――

 

 

(今までとは違うって事か)

 

 

 模擬戦とはいえ勝負を挑んできただけあり、以前までの響とは目つきも段違いだ。

 この最初の時とは違う歌も、もしかしたら響が強くなった事の証左なのかもしれない。

 それでもディケイドは余裕の姿勢を崩さない。

 

 まず、駆けだしたのは響だ。

 響のアームドギアは未だ顕現せず、徒手空拳で戦うのが彼女のスタイル。

 弦十郎との特訓も格闘戦を主に鍛えてきている。

 右の拳を突き出す。

 今までなら目を逸らしながら打っていた拳だが、今はハッキリと相手を見据えて打ち込んでいる。

 しかしディケイドはそれをヒラリと躱して見せる。

 

 まだまだ、と続けて左の拳、右の拳と、ディケイドに一撃当てる為に拳を振るう。

 拳を突き出すごとに鳴る空を切る音から、パンチそのものの威力も格段に上昇している事を伺わせた。

 だが、ディケイドはその全てを躱し、響が突き出した右腕を掴んで後方へと投げ飛ばした。

 

 

「成程、少しはやるようになったか」

 

 

 手を払うように叩くディケイドと、何とか受け身を取って体勢を立て直す響。

 確かに拳の威力、構えなど、戦い方の殆どは改善されている。

 それこそ見違えるようだった。

 一体どんな特訓をしたら今まで素人だった彼女が此処までになれるのか。

 しかし、いくら様になったとはいえ、ここ最近の特訓で勝てる程ディケイドは甘くない。

 

 

「だが、大振り過ぎだ。威力が大きくても当たらなけりゃ意味ないだろ」

 

 

 響の拳が当たらないわけはそれだ。

 例えるならば、ジャブを一切出さずにストレートだけを遮二無二繰り出しているようなもの。

 直線的な攻撃ほど読みやすいものは無く、あらゆる能力、あらゆるスタイルの敵と戦ってきたディケイドにそんな攻撃は通用しない。

 

 

「ヒロム達を思い出してみろ。お前みたいに大振りばかりだったか?」

 

 

 そう言われ、何度か一番近くで見てきたバスターズやリュウケンドー、ディケイドの戦い方を思い出す。

 確かに大振りの一撃を放つ事もあったが、基本的には立ち回りつつ、徐々に攻めていくという形が殆どだ。

 リュウケンドーのように我武者羅なタイプもいるが、それでも今の響のように大振りだけではない。

 その戦い方を頭の中で考えながら響は再びディケイドを見据えた。

 

 

「まあ、いきなりじゃ無理か」

 

「いえ、やってみますッ!」

 

 

 響はディケイドに接近して再び徒手空拳で攻め立てた。

 大振りを改善しようという努力は見えるが、そう簡単にはいかない。

 何よりそれが改善されたところで経験が違いすぎるディケイドに当たるのかは怪しい。

 それでも響は諦めない。

 守りたいものがあると叫んだのだから、守る為の強さが欲しい。

 どんなにちっぽけでも守りたいと思ったのだから。

 体を逸らし、手で捌く事で、響の全ての拳を躱し切ったディケイド。

 

 

「まあまあだな。今はこれだけやれれば十分だろ」

 

「いえ、もう少しお願いしますッ!」

 

「……ったく、やる気と根性だけは一人前か」

 

 

 それでも付き合ってしまうのは士の優しさだろうか。

 ディケイドと響は模擬戦を再開した。

 響の拳は当たらない。

 だが徐々に、本当に徐々にだが、避けるのもギリギリになっていくのをディケイドは感じた。

 ディケイドは手で払うという事はしつつも、受け止めるという動作はまだ一度もしていない。

 それだけ響の攻撃は避けやすく、躱しやすかった。

 だがこの調子だと、そろそろ受け止めるという動きも必要になってくるだろう。

 弦十郎を師事しているのは知っているが、此処までやるようになっていた事にディケイドは内心、驚いていた。

 

 これ以降もディケイドは響の攻撃にダメ出しを繰り返した。

 その度に響はディケイドに挑み、僅かながらに戦い方を改善していく。

 ディケイドは、士は気付いているのか分からないが、その光景は正しく『教師と生徒』のようであった。

 

 

 

 

 

 2人の模擬戦を見つめる影がある。

 出入り口のドアからひっそりと覗き込むのは黒木と弦十郎の2人だ。

 弦十郎は手に『TATSUYA』というレンタルショップの袋を持っている。

 TATSUYAの帰りに弟子の様子でも見ようと、弦十郎は特命部に寄ったのだ。

 借りてきた中身はアクション映画ばかりだろうと長い付き合いの黒木には容易に予想がついた。

 そしてこれを特訓の教材にしているであろう事も。

 それで響にあれだけの成果が出ているのだから、文句のつけようもないが。

 

 

「うむ、士君も真面目に相手をしてくれているようだな」。

 

 

 模擬戦の内容を見て弦十郎は満足しているようだ。

 士の根が優しい事は先刻ご承知である。

 響の相手をしつつ、響の何が悪くて攻撃が通らないのかを教える様は、第三者から見れば正しく教師。

 この世界での役割だから、なんて言っていたが、意外と教師に向いているのではないだろうかと弦十郎は思う。

 その横で同じく模擬戦を見つめる黒木は「ほう……」と声を上げた。

 彼もまた、響の成長に驚いているのだ。

 

 

「中々やるじゃないか。どうだ弦十郎? 響君は」

 

「ああ、中々に鍛えがいがある。あれだけ戦えるようになっているとは、俺も少し驚いているんだ。勿論、まだまだだがな」

 

 

 嬉しそうに笑う弦十郎を見て、黒木も笑みを浮かべた。

 

 

「危険を承知で戦いに参加し、守る者の為に強くなりたい、か。良い子だな」

 

 

 響はこの戦いに迷う事無く参加した。

 誰かを守れるのなら、自分にその力があるのなら、と。

 しかし黒木の言葉に笑顔を見せていた弦十郎の表情は一変する。

 

 

「……果たしてそうなのだろうか」

 

 

 表情は険しく、暗い影を落としているように見える。

 

 

「翼やゴーバスターズのように、幼い頃から戦士としての鍛錬を積んできたわけではない。

 ついこの間まで、日常の中に身を置いていた少女が、『誰かの助けになる』というだけで命を懸けた戦いに赴けるというのは、それは、歪な事ではないだろうか。

 ……お前はどう思う? 黒木」

 

「……普通ではないと感じる。と、だけ言おう」

 

 

 ドアの隙間から響を見やる弦十郎の目は、今度はディケイドに向いていた。

 

 

「そしてそれは、士君もだ」

 

「なに?」

 

「以前に彼が言っていた。『人類の自由と平和を守るのが仮面ライダーだから、命を懸けて戦っている』のだと……」

 

 

 士と会ってまだ間もない頃、弦十郎はそんな話を士と少しだけした。

 この世界で活動する仮面ライダー達はみな、誰かを助ける為に命を懸けた行動をしている。

 それは善行である事に違いは無いのだが、それが平然とできる事に弦十郎は疑問を持っていた。

 

 

「我々が調査をしてきた仮面ライダー達はみな、そういう思考で動いているとみて間違いない。だが、そんな事を平然と行える彼等もまた、もしかしたら響君と同じ……」

 

「……『こちら側』である、か」

 

 

 普通の人間であれば他人の命と自分の命なら自分の命を優先する。

 そう言うと悪く聞こえるかもしれないが、それは間違った行いではなく、むしろ当然の行動だ。

 

 こちら側、とはつまりその逆。

 

 他人の為に自分の命を投げ打てる者達の事。

 正義の味方だとか言われるかもしれないが、自分の命を一切顧みないその行いは果たして正常であると言えるのだろうか。

 まして、つい最近まで普通の日常の中にいた響が、だ。

 人助けと言っても限度という物もある。

 歪と形容されるそれに、弦十郎は一抹の不安を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇ~……」

 

 

 数時間後、特命部内での訓練を終えたジャージ姿の響は特異災害対策機動部二課本部に戻ってきていた。

 司令室のソファーに間抜けな声と共に倒れ込む。

 同じく帰ってきた士の方は、疲れの色は殆ど無く、涼しい顔をしている。

 弦十郎も既に二課本部に戻ってきていた。

 

 

「やっぱり士先生、強いですねぇ」

 

「当然だ」

 

 

 鼻を鳴らして答える士。

 昨日今日の訓練だけで追い抜かれては堪ったものではない。

 何でも人並み以上にこなせる天才肌の士は戦闘センスも抜群だ。

 正式な訓練など受けた事も無いが、今まで戦い抜いてきた経験こそが彼の力。

 そしてその経験とは実戦で積むしかないわけで、響がそれに追いつけるはずもない。

 ソファーに横たわる響とその様子に呆れたような士にコップが差し出された。

 オペレーターのあおいが気を利かせてお茶を持ってきてくれたのだ。

 

 

「あ、どうも」

 

 

 響はしっかりとお礼を言い、対照的に士は何も言う事無く当然の権利であるかのようにそれを受け取り、一口飲んだ。

 運動後の水分補給というのはどうしてこうも飲み物が美味しく感じられるのだろう。

 響の脳内はそんなどうでもいい事に一瞬支配された。

 

 

「おい、1つ聞いていいか」

 

 

 蕪村な態度な士の声に弦十郎は耳を貸した。

 

 

「今更だが、シンフォギアや俺以外にノイズと戦える奴はいないのか? 外国なりなんなりな。

 素人を鍛えるよりよっぽど早いだろ」

 

「うう、ご尤もで……」

 

 

 素人の言葉と共にちらりと見られた事を感じた響はソファーに項垂れた。

 未熟なのは理解しているがこうもストレートかつ容赦なく言われると凹むものだ。

 そういう所で容赦なく、あるとすれば棘だけなのは士らしさというべきか。

 そんなやり取りに笑いつつ、弦十郎は質問に対して神妙な顔になった。

 

 

「公式には無い。ゴーバスターズや魔弾戦士、他の仮面ライダー達も『炭化能力の無効化』しかできず、位相差障壁が突破できない」

 

 

 攻撃が通らないのであればどんな強力な戦士が強力な技を放っても無意味。

 それがノイズの厄介さの理由だ。

 40と数年前、この世界で初めて確認された仮面ライダーの都市伝説の元祖、仮面ライダー1号ですらそれを突破する事はできない。

 二課で確認できているのはシンフォギアとディケイドというイレギュラーのみだ。

 ただ、これには『公式』という言葉が入る。

 つまりは何処かが秘匿している可能性は無きにしも非ず。

 

 

「日本だってシンフォギアの存在は完全非公開だ。普段は二課の情報封鎖、最近ではゴーバスターズを隠れ蓑にさせてもらっている」

 

 

 ノイズ出現の際にシンフォギア装者の出動は確実。

 その度に世間では『ゴーバスターズがノイズを食い止めた』という報道がなされる。

 ゴーバスターズはヴァグラスと戦う、世界で公認されている戦士と言って差支えが無い。

 ヴァグラスと亜空間という特異性からその存在が認められているそれを隠れ蓑に使って、シンフォギア装者は動いているのだ。

 組織合併で二課が一番助かっている点はそこにある。

 

 人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、シンフォギアの存在が仮面ライダーと同じく都市伝説レベルで流れる日も来てしまうかもしれない。

 そうなれば人々の間では『ノイズと戦う何者かがいる』という噂が広まる事だろう。

 だが、此処でその『何者か』を『ゴーバスターズ』に置き換えさせてしまえば、世間でも認知されている彼等がシンフォギアの事を包み隠してくれる。

 単純な情報封鎖よりもダミーを立てた方が情報は流れにくくなる、という事だ。

 

 

「だけど、時々無理を通すから、今や我々の事をよく思っていない閣僚や省長だらけだ。

 特異災害対策機動部二課を縮めて、『特機部二』って揶揄されてる」

 

 

 話を聞きつけ、モニターから目を離して振り返る朔也が付け足しついでにぼやいた。

 あおいも深刻そうな表情を見せる。

 

 

「情報の秘匿は、政府上層部からの指示だって言うのにね……。やりきれない」

 

「いずれシンフォギアを有利な外交カードにしようと目論んでいるんだろう」

 

 

 あおいと朔也の会話を耳に入れる響だが、どうにもこうにも難しそうでややこしい話な事しか分からない。

 

 ノイズは世界的な災厄である。

 シンフォギアはそれに対抗できる唯一の手段。

 それでいて純粋な兵器としても非常に強力なものである事も証明されている。

 かつて二課は、奏が存命だった頃に自衛隊との合同演習をした事がある。

 その結果、ツヴァイウイングの2人が旧式とはいえ自衛隊の一部隊を壊滅させるという戦果を挙げた。

 それだけシンフォギアの力は強大なのである。

 だから数々の国は『ノイズへの対抗策』というお題目を掲げてそれを手に入れようとする。

 

 ヴァグラスもまた、ライフラインであるエネトロンを狙うという点において世界的な災厄だ。

 しかし対抗できるのがワクチンプログラムを持っている3人だけである為、公式に認知、半ば放置されている。

 

 ジャマンガはあけぼの町にのみ存在する対岸の火事に過ぎない。

 それと戦う魔弾戦士も変身に使う魔弾龍との相性の問題もある。

 それだけ聞くと聖遺物と適合できなければいけないシンフォギアと同じに聞こえるが、対岸の火事とはいえジャマンガと戦っている魔弾戦士を今取り上げれば、取り上げた国や組織へのバッシングは免れない。

 誰もが対岸の火事だと思っているが、いざあけぼの町から魔弾戦士を奪えば何処からともなく『あけぼの町を見捨てるのか』なんて声が高まるに決まっている。

 武力を求めるものの大半は民衆からの非難を極力避け、権力や立場を維持する事に固執しがちだ。

 だからこそ、対岸の火事だからと放っておいたが故に、魔弾戦士には手を出しづらくなっているのだ。

 

 仮面ライダーに至っては自由奔放で組織に属す者もあまりおらず、いても正体を隠している事が専らなため、仲間にするやら利用するやらができる状況ではない。

 ダンクーガも同義である。

 

 つまり、他の国々が手を出せて、尚且つ、強力な武器となるとシンフォギアに絞られるというのが現状だ。

 朔也の言葉通り、それを外交カードとして利用しようとしている日本側の思惑もある。

 これは政府だなんだという事に巻き込まれているシンフォギアが特殊なのではない。

 ヴァグラスの特異性、ジャマンガの局地性が無ければ、ゴーバスターズや魔弾戦士もそれに巻き込まれていた可能性があるのだ。

 

 難しい話、ややこしい話は士も得意ではない。

 だが、此処まで複雑な事情に苛まれている『正義の味方』を見るのは初めてかもしれない。

 自分も世界の破壊者と罵られて忌み嫌われた事もあるが、シンフォギアは政府や政治の裏側、ある種『現実的』とも言えるものに雁字搦めにされている。

 そんな人間同士の欲望や陰謀が蠢きながらも誰かの為に戦っている二課のメンバー。

 こういうのをお人好しと言うのだろうと士は思う。

 

 と、そこで士はふと、今日の二課にはいつもの元気溌剌天真爛漫、自称できる女、実年齢34歳がいない事に気付いた。

 

 

「そういえば、櫻井はどうした?」

 

 

 尋ねられた弦十郎は思い出したように「ああ」と言葉を置いた。

 

 

「永田町だ。本部の安全性及び防衛システムに対し説明義務を果たしに、関係閣僚の所にな」

 

 

 ネフシュタンの少女は響を狙い、ノイズの発生は二課本部を狙っている事が示唆されている。

 政府としても二課はシンフォギアを初めとして秘匿しなくてはならない物の塊のような場所だ。

 そこが狙われているというのだから、説明義務が生じるのは必然だ。

 責任者である了子はそこに、という事だ。

 

 

「なんだか、何もかもがややこしいんですね……」

 

 

 今までの話は全て、世界の裏側だとか、政界の思惑だとかが関係している。

 少し前までは響には関係の無かった事柄だ。

 まるで何かのドラマのようなやり取りに響は付いていけていない。

 

 

「いつだって物事をややこしくするのは、責任を取らずに立ち回りたい連中なんだが……。その点、『広木防衛大臣』は……」

 

 

 広木防衛大臣は二課に対して厳しい態度を見せる人物だ。

 だが、ただ何の理由もなく厳しいわけではない。

 子供を叱る親のような、二課を理解し、受け入れているからこそだ。

 二課と衝突する事もあれど、それらは全て異端技術を扱い誤解を受けやすい二課を思いやっての事。

 簡単に言えば良き理解者、協力者なのだ。

 

 今回の特命部やS.H.O.Tとの組織合併の話だって広木防衛大臣の後押しがあってこそ。

 シンフォギアとは違い、ゴーバスターズや魔弾戦士は各国政府からも意思のある脅威に立ち向かう為の正当防衛的な武力である事を理解されている。

 勿論、その力に関しても他国はあまりいい感情を持ってはいないが、その力を否定してゴーバスターズや魔弾戦士の力を剥奪すればジャマンガはともかく、ヴァグラスに関しては世界的な災厄に繋がる事を意味する。

 

 数ある脅威に立ち向かう為にもそれらを一纏めにし、シンフォギアはそれを隠れ蓑にしようと提案したのは弦十郎であり、賛同をして後押しをしたのは広木防衛大臣だった。

 今の協力体制は彼の尽力で出来ていると言っても過言ではないだろう。

 了子が向かったのはそんな広木防衛大臣の所。

 弦十郎達も安心して了子を待てるというものだ。

 

 

「……了子君の戻りが遅れているようだな」

 

 

 弦十郎が「何かあったのだろうか?」と腕時計を見やった。

 とはいえほんの僅かな遅れ。

 弦十郎含め、この場の誰も、渋滞に巻き込まれている程度にしか考えていなかった。

 

 

 

 

 

 夕方、永田町より広木防衛大臣は車で帰路についていた。

 同じ車には秘書が乗り、車の周りは他の車が警護している。

 

 

「まさか、電話一本で反故にされるとは。全く野放図な連中だ」

 

 

 言葉だけ切り取れば怒っているように聞こえるが、その実、広木から怒りは感じられない。

 了子が向かう筈だった説明義務、今回は電話だけでその予定をキャンセルされてしまったのだ。

 

 

「放縦が過ぎませんか? いくら何でも……」

 

 

 その代わりに秘書が語気を荒げた。

 二課の勝手気ままは今に始まった事ではないとはいえ、だからと言って今回の件は酷い。

 説明を求められた、ではなく、説明義務なのだ。

 義務と付くからにはそれをしなくてはいけない。

 そんなのは大人だけでなく子供でもわかる事だ。

 勿論、あまり感心出来る事ではないが、尚も広木は怒らない。

 

 

「それでもだ。ゴーバスターズや魔弾戦士がいたとしても、特異災害に対抗できる唯一無二の切り札は彼等だけだ。私の役目は、そんな連中を守ってやる事だからな」

 

 

 その言葉を聞いて秘書は「ふう」と溜息をついた。

 仮にも防衛大臣たる彼の予定を狂わせ、しかも当の本人は怒り1つ無い。

 懐が広いというのは良い事ではあるのだが。

 

 

「特機部二とは、よく言ったもので……」

 

 

 秘書は膝に置いてあるアタッシュケースを見やった。

 二課に受領させる予定だった機密資料の入ったアタッシュケースだ。

 本来であれば渡す物まであったはずなのに、と、秘書はぼやくのだった。

 車は帰路を問題なく進み、高架下のトンネルに入る。

 トンネルを抜けようとした瞬間――――――。

 

 

 

 

 

 あけぼの町、S.H.O.Tの司令部は、あけぼの町の警察署、『あけぼの署』の地下にある。

 S.H.O.Tの隊員以外はそこへ至る道を知る事無く、そもそもそこにS.H.O.Tがある事すら知らない。

 そもそもの話、S.H.O.Tや魔弾戦士の事は知りつつも、それが何処の誰で、どんな人が隊員なのかをあけぼの町民は知らないのだ。

 まさかあけぼの署に勤務している刑事達だとは夢にも思っていないだろう。

 

 

「あー……疲れた」

 

 

 そのS.H.O.T本部で、鳴神剣二は椅子に座って机に突っ伏していた。

 

 

『へばるのが早すぎじゃないのか』

 

「いや、若い頃から努力が嫌いで」

 

『幾つだお前』

 

 

 ゲキリュウケンのツッコミを余所に、剣二は机に項垂れた。

 特訓をしたのはいいのだが、しばらく真面目にやっているかと思ったら、疲れて此処で休憩を始めたというのが現状だ。

 やる気はあるが疲れているのも事実、それにしたって響達に比べると随分と早いが。

 剣二には真面目という成分が欠如しているようにゲキリュウケンには思えた。

 正義感はあるし、人を守ろうという意思は非常に強く、恐らくそれがブレる事は無いだろう。

 

 とはいえ訓練1つでこの有様なのだからゲキリュウケンだって溜息の1つも付きたくなるものだ。

 そんな剣二に物申す者がもう1人、S.H.O.T司令の天地だ。

 基地の中央に位置する司令官の席から、机に突っ伏す剣二に説教めいた言葉をかけた。

 

 

「ダメだぞぉ、鳴神隊員。若いうちの苦労は買ってでもしろ、っていうじゃん?」

 

「腹減ったぁ……」

 

「……聞いてないよね。ちょっと? 私、司令だよ?」

 

 

 司令官まで含めたとぼけたやり取りは黒木や弦十郎となら考えられないだろう。

 天地司令は司令になるだけの器、手腕を持ってはいる。

 が、普段はこんな感じなのだ。

 他の隊員からもぞんざいに扱われることもしばしばな辺り、人徳があるのかないのか。

 

 

「なーなー、瀬戸山さん。なんか新しいキーとかないの?」

 

 

 天地司令を無視したまま机から顔を上げ、S.H.O.T基地の奥、マダンキーの調整などを行う『魔法発動機』が置かれた場所で何やら作業をしているS.H.O.Tのオペレーターの1人、『瀬戸山 喜一』に話しかけた。

 彼は魔法エンジニアで、魔弾戦士の使うマダンキーの調整や『光のカノンの書』と呼ばれる太古から伝わる魔法の書物の解読などを行っている人物だ。

 仕事ぶりはちょっと適当、とはいえマダンキーに不備があった事は基本的になく、魔法に関しての知識ならS.H.O.T基地内では間違いなく彼が一番だ。

 

 

「ありませんよ。そんなに都合よくマダンキーがあるわけないじゃないですか。

 魔法じゃあるまいし」

 

「いや、魔法でしょ」

 

 

 一瞬、魔弾戦士の全てを否定しかかった瀬戸山に突っ込む剣二。

 と、そんなやり取りをしていると。

 

 

「……ん?」

 

 

 S.H.O.T基地のメインモニターに表示されたのは特異災害対策機動部二課からの緊急の連絡。

 何らかの悪意ある組織に傍受されないように、所謂秘匿回線という物を使っている。

 未だに無視された事に抗議をしようとしていた天地の表情は、連絡の内容を見た瞬間に一変した。

 連絡内容に一通り目を通した後、天地は通信を始めた。

 

 

「不動隊員、左京隊員、すぐに集合。緊急事態だ」

 

 

 

 

 

 

 

 天地の通信からしばらくして、不動銃四郎とS.H.O.Tの紅一点、『左京 鈴』が基地内にやって来た。

 鈴は気が強く、彼女の前ではS.H.O.Tの男性陣は大体太刀打ちができない。

 女は強し、と言ったところだろうか。

 そんな彼女も普段はあけぼの署で勤務をしており、S.H.O.Tでは瀬戸山同様オペレーターの立ち位置だ。

 

 

「みんな集まったな」

 

 

 それぞれのオペレーター席に座る瀬戸山と鈴、モニター前に立つ魔弾戦士の2人、そして司令である天地。

 現在のS.H.O.Tのメンバーを一通り見渡した後、天地は何時になく真剣な面持ちで話を始めた。

 

 

「広木防衛大臣が、殺害された」

 

 

 天地が出す真剣な空気感から、普段の天地が少し抜けている事とのギャップから相当な事なのだと覚悟していたS.H.O.T隊員達であったが、その内容は予想通り、相当な事だった。

 全員の顔が驚愕に染まる、が、その後に剣二の顔だけが疑問の顔に変わった。

 

 

「……って、誰?」

 

「アンタねぇ……」

 

 

 頭を掻きながら訪ねる剣二に鈴は溜息をついた。

 まあ、広木防衛大臣と直接の関係があるのは司令である天地だけで、他のメンバーが知らないのは無理もないのだが。

 鈴や瀬戸山、銃四郎が知っているのは、そういう事情も一応頭に入れているからだろう。

 尤も、この3人も広木防衛大臣について詳しい事は知らないのだが。

 

 

「広木防衛大臣は、二課、特命部、S.H.O.T、そして今後参加予定の国安0課の組織合併を後押ししてくれていた立役者だ。

 特に特異災害対策機動部二課と関わりの深い人でな。彼等に味方をしてくれていた数少ない政府関係者だ」

 

「へぇ、じゃあ良い人ってわけか」

 

 

 小難しい話が苦手な剣二は大雑把にそうまとめた。

 何を持って良い人、というのは各々の見方によって変わると思うが、二課、引いては特命部やS.H.O.Tに協力してくれていた広木防衛大臣は彼等から見て良い人なのは間違いない。

 大雑把でも一応の理解を示した剣二の納得したような表情を見た後、天地は続けた。

 

 

「複数の革命グループから犯行声明が出されているが、詳しい事はまだ分かっていない」

 

 

 とどのつまり、「これは自分達のやった事である」、と力を誇示しようとしている連中の事だ。

 日本の防衛大臣暗殺に便乗しようとしている輩がいるという事である。

 事実確認はまだ取れていないが、恐らく犯行声明を出した革命グループの中に犯人はいないだろうというのが二課の見解だった。

 

 

「だが、櫻井了子女史が入れ違いで機密指令の受領に成功した。

 そこに書かれた任務を遂行する事が広木防衛大臣の弔いとなるだろう」

 

 

 了子が受領した機密指令。

 その任務を二課、特命部、S.H.O.Tの合同組織が遂行する事となった。

 そして、天地は剣二と不動に指令を言い渡す。

 

 

「不動、鳴神両隊員は、特異災害対策機動部二課に赴き、任務に参加せよ。

 二課からの迎えが30分後には来るはずだ」

 

 

 広木防衛大臣と秘書、及びガードマンという複数の人間の命が失われた痛ましい事件。

 そんな内容だったせいか、普段はおちゃらけている剣二もふざける態度を見せる様子は無い。

 暗殺を行ったのは犯行声明を出している革命グループの内のどれかなのか、ヴァグラスなのか、もしかしたらジャマンガか。

 あるいは、まだ見ぬ新たなる勢力なのか。

 何であれ、陰謀が見え隠れする事件である事は間違いなかった。

 

 

 

 

 

 同時刻、ジャマンガ基地。

 Dr.ウォームは空中に映写した過去の映像を見ていた。

 いずれもリュウケンドー、リュウガンオーとウォームが生み出した魔物との戦いである。

 そして、結果は全て敗退。

 敵の研究の為にと時折見ているのだが、そうして魔物を作っても結局やられ、映写する内容が増えていくばかり。

 募るのは悔しさと怒り、最早ウォームがマイナスエネルギーを出しかねない状態にあった。

 そしてそれは、今もそうだ。

 映写した映像を見て、悔しさばかりがこみ上げてくる。

 

 

「いやはや、恐れ入った。それほど敵を研究し、尚且つ無様に負け続けるとは。大した事だ」

 

 

 ウォームの背後より1人の人影が嘲笑混じりに皮肉を口にした。

 姿は全体的に鈍い銀色と言った具合で、三日月を横たえたような胸の中央と額には満月のような黄色い球体があり、顔面は二本角の仮面を被ったようになっている。

 左手にはやや歪な形をした剣、『月蝕剣』を逆手で握っている。

 彼の名は『月蝕仮面 ジャークムーン』。

 ジャマンガの最高幹部の1人にして、リュウケンドーやリュウガンオーを圧倒した事もある強者だ。

 

 戦いに対して独自の美学を持ち卑怯を嫌う彼はウォームと折り合いが悪い。

 後ろで魔獣を作って繰り出すだけで前線に出ないウォームとは相容れないのだ。

 ウォームはジャークムーンの言葉に怒らず、冷静に切り返した。

 

 

「負けてなどおらんよ。現に、大魔王様は順調に、成長あそばされておる」

 

 

 上空に浮かぶ大魔王グレンゴーストの卵。

 ジャマンガの目的は魔弾戦士の討伐でも人々の抹殺でもなく、マイナスエネルギーを溜める事だ。

 全ては大魔王グレンゴースト復活の為。

 魔弾戦士はマイナスエネルギーに邪魔な存在ではあるが、魔弾戦士がジャマンガの活動を嗅ぎ付けて原因を倒し切るまで、マイナスエネルギーは人々から発せられ続ける。

 魔獣を生み出し続けるなど、作戦を講じ続ければそう遠くない未来に大魔王は復活するのだ。

 が、ジャークムーンはそれを一笑に付した。

 

 

「物は言いようだな」

 

 

 力こそ全てという美学を持つ彼とって、負けてもマイナスエネルギーが集まればいいという考えた方は信じられないのだろう。

 

 

「ノンノン、私は賛同しますよ。Dr.ウォーム」

 

 

 唐突に響いた声はウォームでもジャークムーンでもない。

 ジャマンガの根城に現れた第三者、ヴァグラスのエンターが2人の背後から足音を立てて入って来ていた。

 

 

「私もエネトロンを集める身。己のマジェスティが復活に近づけばそれでいいのではありませんか?」

 

 

 エンターもまた、メサイアを現実空間に復活させるためにエネトロンを集めている。

 その度にゴーバスターズ達に邪魔をされているが、エネトロンの奪取そのものを失敗した事は殆ど無い。

 しかし今まで生み出したメタロイド達は1体残らず破壊されている。

 エンターとウォームは目的もやり方も非常に似通っていると言えるだろう。

 ウォームは味方が増えた事に得意気な顔を見せ、してやったりな表情だ。

 

 

「くだらん」

 

 

 しかしエンターの言葉もジャークムーンは切り捨てる。

 説得されるような性格でもないジャークムーンである。

 いつもの事だとウォームは頭を切り替え、突如現れたエンターの方を向いた。

 

 

「時にエンター、何か用か?」

 

「おっと、そうでした。実は協力してほしい事が」

 

「ほう。まあ、協力関係にあるわけじゃからの。して、何じゃ?」

 

 

 用件を説明する前に、エンターはこの場から去ろうとしているジャークムーンの背中に向かって呼びかけた。

 

 

「貴方にとっても耳寄りな情報だと思いますよ? ムッシュ・ジャークムーン。

 何せ、リュウケンドー達と戦う機会を得られるのですから」

 

「……ほう」

 

 

 ピタリと足を止めたジャークムーンはゆっくりと振り返った。

 聞くだけ聞いてやろう、という姿勢である。

 エンターはウォームとジャークムーンをそれぞれ見た後、優雅な足取りで2人から等間隔に距離を取って話を始めた。

 

 

「もうじき、何らかの重要な物品の移送が始まるそうです」

 

「『そうです』じゃと? 確定してはおらんのか?」

 

「いえ、フィーネに聞いた事なので。今回の協力要請はフィーネからです」

 

 

 フィーネの事はエンターを通してウォームも聞いていた。

 実際にあった事は無いが協力者であるという事で、ウォームも特に気にしてはいない存在だった。

 

 

「移送には護衛が。当然、ゴーバスターズや魔弾戦士が付くそうです」

 

「ほうほう」

 

「そしてフィーネはその重要な物品を奪いたいそうで……。

 我々にゴーバスターズ達の相手をしろ、と」

 

 

 ほう、と考え込むウォーム。

 要するにフィーネがその重要な物を奪うまでの間、他の戦士達の足止めをしてほしいという事だ。

 しかし、それはヴァグラスやジャマンガにとって特にメリットは無い。

 マイナスエネルギーもエネトロンも手に入らないからだ。

 

 

「メタロイドを造るのにもエネトロンが必要なので、こちらとしてはあまり動きたくはないのですが。Dr.ウォーム、貴方は?」

 

「ううむ、マイナスエネルギーが手に入らない事の為に、わざわざ魔獣を造るのものぉ……」

 

 

 自分達の利益を考えれば、動きたくないというのが結論になる。

 ヴァグラス側にとってエネトロンを消費する事は、メサイア復活から遠のく事を意味する。

 対してジャマンガ側だが、魔獣の生成にマイナスエネルギーを必要としているわけではない。

 ただ、魔弾戦士とも戦えるようなそれ相応の魔物を造るためにはマダンキーを使う必要がある。

 マダンキーは弱い物から強力な物までピンキリで、強いマダンキーを使えば強い魔物が生まれる。

 が、マダンキーは有限なのだ。

 ジャマンガ側としてもマイナスエネルギーと関係が無い作戦にあまり強い魔物を投入したくは無かった。

 

 

「そこで、私から大ショッカーに協力を頼んでおきました。こちらからはバグラーを出しましょう」

 

 

 その点、大ショッカーならば仮面ライダーを倒すという目的がある。

 エンターが「ディケイドを倒す為に怪人を送り込んでほしい」と頼めば一発であった。

 バグラーも微量にエネトロンを消費するが、それだけで大群を送り込めるのだから、今回の足止めには有効だろう。

 それに協力関係にあるなかでヴァグラスだけ何もしないのは体裁も悪い。

 こうなると後はジャマンガから何を送り込むか、という事になる。

 ウォームはちらりとジャークムーンの方を向いた。

 

 

「ジャークムーンよ、これをお前に授けてやろう」

 

 

 ウォームはジャークムーンに近づき、ニヤリと笑いながら1本のマダンキーを差し出した。

 

 

「最強の魔力を持つ、『サンダーキー』だ。これの力とお前の剣が合わされば、遠距離攻撃も可能になるぞよ。さ、受け取れ」

 

 

 差し出されたサンダーキーを素直に受け取るジャークムーン。

 ウォームはキーを渡した後、背を向けてジャークムーンからいそいそと離れていこうとした。

 ジャークムーンは右手に取ったサンダーキーを見つめる。

 表情は分からないが、恐らくは訝しげな目線で。

 

 

「何故私を亡き者にしようとする……?」

 

 

 背を向けていたウォームがピタリと足を止めた。

 図星を突かれたかのように一瞬体を震わせ、ゆっくりとジャークムーンの方に振り向く。

 

 

「……何の事だ?」

 

「サンダーキーの力はあまりにも強すぎる。我ら魔族と言えど、耐えられる者などいない筈」

 

「くっ……知っていたか」

 

「当たり前だ。この程度の事、遣い魔でも知っている」

 

 

 サンダーキーはウォームの言う通り、最強の魔力を秘めている。

 ただ、強すぎるが故に使われなかったマダンキーでもあるのだ。

 例えそれがジャークムーンクラスの魔物であったとしても、耐える事は困難。

 最悪、キーの力に負けて体が崩壊する可能性すらある代物なのだ。

 

 ジャークムーンは協力的な姿を見せない。

 マイナスエネルギーを集める事よりもリュウケンドーを倒す事を目的としている節があるのだ。

 それならばまだ良かった。

 が、今のジャークムーンはリュウケンドーを倒そうとすらしなくなっていた。

 曰く、弱い者に興味は無いという話だ。

 ジャークムーンは以前の戦いでリュウケンドーに一太刀浴びせられており、故に目をかけていた。

 しかしそんな今のリュウケンドーをジャークムーンは『弱い』と断じた。

 ウォームからすれば、強いのにも関わらずリュウケンドー達を倒す様子もなく、マイナスエネルギーを集める様子もないジャークムーンは邪魔でしかない。

 

 

「我は、大魔王様の為にやっている! 奴らを倒す事が大魔王様の為になるなら、どんな手でも使うわ!」

 

「ほう、天晴な心掛けだな」

 

 

 開き直りに怒りを足したように怒鳴るウォームの言葉を笑いで躱しつつ、ジャークムーンはサンダーキーをじっと見つめた。

 

 

「……いいだろう」

 

「なんじゃと?」

 

「このサンダーキーを用いて、リュウケンドーと戦ってやろう」

 

 

 ウォームは目を丸くした。

 ジャークムーンはどれだけ言ってもウォームの命令を聞く様なタイプではなかった。

 それが今、急に協力的な口振りとなっている。

 

 

「私に命令できるのは私より強い者だけ……。だが、私の気が変わったのだ。

 何も文句はあるまい?」

 

「う、うむ。ならば良い」

 

 

 ジャークムーンの言葉に戸惑うウォームだが、とりあえず事なきを得た、と言えるのだろうか。

 ジャマンガからは遣い魔とジャークムーンを出撃させる事が決まり、沈黙を守っていたエンターが口を開いた。

 

 

「メルシィ。協力に感謝します」

 

「私には私の目的がある。協力などするつもりはない」

 

「貴方方は魔弾戦士の足止めをしてくれれば、後はどうぞお好きに」

 

「フン……」

 

 

 こうして、ヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカー、そして提案者のフィーネも交えた作戦が展開される事となった。

 正義の戦士の知らぬところで、邪悪の陰謀は確かな蠢きを見せているのだった。




――――次回予告――――
デュランダルを狙って、色んな連中が現れた。
怪人、ヴァグラス、ノイズ、もう滅茶苦茶だ。
その中には、あのジャークムーンの姿まで。
今度こそ勝って見せるぜ。
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第36話 悪意の群れ

 日も落ち、夕方から夜に差し掛かろうとしている時間。

 特異災害対策機動部二課本部ではミーティングが行われていた。

 広木防衛大臣から了子が受領した機密任務。

 その為の会議に集まっているのは士も含めた二課の全職員、及びゴーバスターズと魔弾戦士だ。

 全員、椅子に綺麗に並んで座り、中央の大型モニターと、それを基に説明する了子の話に耳を傾けていた。

 任務の内容は『デュランダル』の移送だ。

 デュランダルの移送理由、並びに作戦目的を説明する了子。

 

 

「リディアン音楽院。つまりは特異災害対策機動部二課本部を中心に頻発するノイズの発生は、本部最奥区画、アビスに厳重保管されているサクリストD、デュランダルの強奪目的であると、政府は結論付けました」

 

 

 真剣な面持ちで聞く面々を前に、了子は「分からない人の為に説明するわね」と一言添えて、デュランダルについての説明を始めた。

 

 

「デュランダルとは、EU連合が経済破綻した際、不良債権の一部肩代わりを条件に日本政府が管理、保管する事になった、数少ない完全聖遺物よ」

 

 

 担保とでも言えばいいのか、とにかく完全聖遺物にはそれだけの価値があると日本が判断したためだ。

 それだけのリスクを持って手に入れた完全聖遺物だ。

 力の危険性もそうだが、価値としてもデュランダルを狙われては日本としては堪ったものではない。

 その為の移送任務である。

 

 

「ですが、移送と言っても何処にですか? 此処以上の防衛システムなんて……」

 

 

 会議に当然の事ながら出席しているオペレーターの朔也が、手を挙げて疑問を呈した。

 二課本部の防衛システムはかなり厳重だ。

 何より、デュランダルが保管されているアビスという場所は、その中でも一番厳重で、二課本部の地下深く。

 その深さ、何と東京スカイタワー3本分の地下1800m。

 アビスよりも安全な場所など、世界中を探してもあるかないか、と言ったほどだ。

 朔也の質問には弦十郎が答える。

 

 

「永田町最深部の特別電算室、通称、『記憶の遺跡』。そこならば……という事だ」

 

 

 だが朔也の懸念も最もであると、弦十郎はフッと笑った。

 

 

「それに、俺達が木っ端役人である以上、お上の意向には逆らえないさ」

 

 

 移送するだけでも相当な危険性を孕んでいるのだ。

 弦十郎だって疑問に思い、大丈夫なのかと疑念も抱いた。

 が、記憶の遺跡は十分に厳重な場所だし、どちらにしてもこの機密任務を放り投げるわけにはいかない。

 嫌でも義務、仕方のない事なのかもしれない。

 軽い触れ込みの説明が終わったところで、今度はヒロムが手を挙げた。

 質問を許可した了子がそんなヒロムを指差す。

 

 

「ノイズ以外の敵襲は起こると考えられますか?」

 

 

 デュランダル移送に関して、それを狙ってくるとなれば当然、ノイズを操っていたネフシュタンの少女だろう。

 ヒロムが危惧しているのはヴァグラスやジャマンガ等、他の組織からの襲撃。

 弦十郎は顎に手を当てた。

 

 

「なくはない、としか言えない。ヴァグラスとジャマンガが手を組んだように、ノイズを操る者が何かと手を組んだのなら……」

 

 

 語るのはあくまでも可能性だ。

 手を組んでいるかもしれないし、組んでいないかもしれない。

 確かめる術は一切ないのだ。

 最悪のシナリオとしては、今回の移送を邪魔する為に現在確認されている敵性勢力が総出で出てくる事だ。

 そうなればこちらも総出で当たるしかない。

 

 

「士君の報告にあった、大ショッカーの件もある。何処のどんな敵性勢力が襲ってくるかもわからん」

 

 

 腕を組み深刻な表情を作る弦十郎。

 既に士から大ショッカーの報告は受けており、情報を集めた二課によってその存在は確認されている。

 もしもこの大ショッカーも何処かの組織と手を組んでいたら?

 あまり考えたくはない話ではあるのだが。

 

 

「いずれにせよ、移送自体は決定事項だ。腹を括るしかない。厳しい任務になるかもしれないが、頼む」

 

 

 弦十郎の言葉にその場の全員が頷いた。

 特に剣二は闘志を燃やし、開いた左手に右手を打ち付けている。

 

 

「何が来ようと、ぶっ飛ばすだけだぜ!」

 

 

 あまり深く考えない剣二の言葉に銃四郎は顔を顰めた。

 

 

「あまり簡単に言うな。物が物だけに、敵が多い可能性だってあるんだぞ」

 

 

 一瞬「うっ」と怯む剣二だが、いつものように生意気小僧は食って掛かった。

 

 

「でもよぉ、どっちにしても倒すしかないんだろ? やるしかねぇじゃねぇかよ!」

 

 

 猪突猛進、ともすれば暴走にも近い一直線振りだが、剣二の言う事はある種、的を射ている。

 どちらにせよデュランダルを狙ってくるのならそれを倒すしかないのは道理なのだ。

 溜息をついて呆れつつ、銃四郎も内心、それには賛同していた。

 倒すべき敵が来たら倒し、守るべきものを守る。

 それは魔弾戦士だけではない。

 この場の誰にとってもいつもの事なのである。

 

 説明終了と共に、集まっていた二課職員達とゴーバスターズ、魔弾戦士達は一旦、散り散りに分かれた。

 真剣な面持ちの者、少し不安げな表情の者、やる気に満ち溢れている者と様々だ。

 それぞれが移送の準備に取り掛かる中、士だけが弦十郎の方へと向かっていた。

 

 

「おい、弦十郎のオッサン」

 

「ん? どうした」

 

 

 傍から聞けば失礼な呼び方だが、この礼儀とか敬語のような存在を完全無視するのが門矢士のスタイル。

 それにそんな事にいちいち突っかかるほど弦十郎の器量は狭くはない。

 この場の誰もが移送に向けての準備をする中、士は弦十郎に伝えねばならない事があった。

 

 

「大ショッカーの件と一緒に報告した、仮面ライダーの件。覚えてるな?」

 

「ん? ああ、こちらに協力してくれるかもしれないという、仮面ライダーの話だな」

 

 

 以前に会った仮面ライダー、Wの事について士は大ショッカーの事と同じく報告をしてあった。

 勿論、何処の誰がWに変身しているかは二課側には言っていないし、機密事項であるシンフォギアの事はW側に説明していない。

 ただ、Wというライダーが協力してくれるかもしれないという事を弦十郎には伝え、Wにはゴーバスターズと同じ組織にいるという事だけを伝えてある。

 機密や隠し事を漏洩するほど、士も状況が理解できない人間ではないのだ。

 

 弦十郎、二課側としても、多くの敵対組織と相対するなかで仮面ライダーが1人でも協力してくれるという事実は心強い。

 仮面ライダーというのは基本的に正体不明であるが、これまで一緒にいた士のお墨付きなら大丈夫だろうと弦十郎は考えている。

 

 

「その仮面ライダーが、どうかしたのか?」

 

 

 協力する事をその仮面ライダーは迷っているという話も士から聞いていた。

 だが、此処にきて何故その仮面ライダーの話題を持ち出すのか。

 疑問符を浮かべる弦十郎の目の前で、士は自分の携帯を取り出してニヤリと笑った。

 

 

「いいタイミングだったかもな」

 

 

 

 

 

 

 

 予定移送日時は明朝05:00。

 それまで二課の隊員はそれぞれの持ち場に、ゴーバスターズ等の実働部隊は二課から与えられた部屋で一晩泊まり込み。

 翌朝には激しい戦いが起こるかもしれないと、じっくり体を休める為だ。

 

 そんな中で響は寝付けずにいた。

 実戦になった時、上手く戦えずにみんなの足を引っ張るのではないかという不安。

 未来に何処に行くかも告げず飛び出してきてしまい、隠し事をしている後ろめたさ。

 今頃、翼は大丈夫なのだろうかという心配。

 日常、非日常の両方から負の感情が襲い掛かり、眠気すらも弾いてしまっている。

 響は二課の廊下途中にあるソファーとテーブル、自販機が用意されている簡易的な休憩スペースに座り込んでいた。

 

 

「……ハァ」

 

 

 溜息をついた拍子に下を見やると、テーブルの上に新聞が置いてあるのを見つけた。

 特にする事も無い響は何の気もなくその新聞を開いた。

 次の瞬間、女性が下着姿で誘惑するように四つん這いのポーズをしている写真が目に飛び込む。

 どうやら、誰かは分からぬがこの新聞を此処に置いた人物はそういうのを目的にしていたのだと響は一瞬で察し、そして勢いよく、慌てて目を逸らした。

 

 

「お、男の人って、こういうのとか、スケベ本とか好きだよねっ……」

 

 

 ふと頭に浮かぶのは士を含む二課の面々や、剣二達やヒロム達の顔。

 女の自分には分からないが、彼等もやはりこういうのに興味があるのだろうか。

 士やヒロムにそういうイメージは無い、むしろそんなキャラじゃないと思う。

 しかし失礼ながら、剣二は何となくこういうのが好きそうだと思った。

 それを思わせるのは偏に普段の態度や性格か。

 

 

「何やってんだ?」

 

 

 と、内心そんな事を考えていたら、響は唐突に声をかけられた。

 声の主は噂の剣二。

 噂をすれば影が差すと言うが、それは心の中で思うだけでも成立するらしい。

 

 

「け、剣二さん!?」

 

「何だぁ? 何そんなに驚いてんだよ」

 

「い、いえ! 何でもないですよ、ハハハ……」

 

 

 苦笑いをしながら咄嗟に新聞を畳み、平静を装う。

 装いきれていないが、剣二はその態度を少しだけ気にしつつも、特に深くは考えていないようだった。

 まさか「剣二さんってスケベ本好きそうだな」、なんて失礼な事を考えていたとは言えない。

 まかり間違っても女性が男性に言う言葉ではない。

 響は苦笑いのまま話題を逸らす事にした。

 

 

「け、剣二さんは、どうしたんですか?」

 

「いや、素振りでもすっかなって」

 

「素振り……ですか?」

 

 

 その割に剣二は剣とか棒の類を持っていない。

 疑問に思った響の目に、モバイルモードで腰に付けられているゲキリュウケンが目に留まった。

 そこで響はゲキリュウケンを使って素振りをするつもりなのだろうと納得する。

 

 

「何か寝付けなくてよ。そういう響はどうしたんだよ?」

 

「あはは、私も何だか寝れなくて。……色々、不安で」

 

 

 響の言う不安が何か、剣二には分からない。

 剣二の性格は不安という感情とそこまで縁が無い。

 しかし想像は何となくできた。

 魔弾戦士になって日が浅い剣二だが、響はそれ以上に日が浅く、素人だ。

 色々と思う所もあるのだろうと察する程度はできた。

 

 

「やっぱ、戦いとか翼の事とか、そんなんか?」

 

「……はい」

 

「何とかなるって。大丈夫だろ」

 

 

 特に深く考えず、剣二はそう言った。

 不安と無縁だからこその言葉だし、剣二にとって言葉以上の意味は無い。

 だが、この場に銃四郎がいたら「もう少しかける言葉があるだろう」と苦言を呈してくる事だろう。

 実際、剣二の相棒は苦言を発してきた。

 

 

『剣二、お前と違って響は女性で高校生だ。あまり無神経な事を言うんじゃない』

 

「何だよゲキリュウケン。別に変な事は言ってねぇだろ」

 

『少しくらい考えろと言っているんだ』

 

 

 前線で戦うメンバーの中で響は最年少だ。

 士やヒロム、リュウジ、剣二、銃四郎はとっくに成人しているし、年齢の近いヨーコも1歳年上、しかも幼い頃から訓練をしてきてプロフェッショナルと言ってもいい。

 二課や特命部への立ち入りは許可されていないが、マサトに至っては黒木や弦十郎と年齢が近い。

 結局、この部隊の中で実戦経験が浅く、年齢も一番下なのは響という事になる。

 そんな響が不安を抱くのは当然だとゲキリュウケンは考えた。

 故に、相棒に文句を言ったのだ。

 不安を和らげてやるような事ぐらい言ってやれと。

 が、剣二の性格上、そんな事はどだい無理な事も承知してはいるのだが。

 

 

「あの、私は大丈夫ですから。ありがとうございます、ゲキリュウケンさん」

 

『む……そうか』

 

「ほら、本人も大丈夫って言ってんだ。大丈夫だろ?」

 

『お前な……』

 

 

 強がりをしているとか考えないのか、と内心思うゲキリュウケンであった。

 一方で響は、ボケとツッコミのような2人に対して苦笑いだ。

 その苦笑いにはもう1つ、自然にゲキリュウケンと会話をしていた自分にも向けられていた。

 剣と会話をする事が自然とできるようになった辺り、非日常にも随分と慣れてしまったのだと響は実感した。

 普通に生きていれば剣と会話する事なんて一生有り得なかっただろう。

 

 

「……あ」

 

 

 ふと、机に目を向けた響は小さく声を漏らした。

 机の上に置かれている自分で畳んだ新聞。

 新聞の丁度一面が上に来るようになっている。

 一面には響が見知った、今でも憧れている人がいつかのコンサートで歌っている写真が乗せられていた。

 

 

「翼さん……」

 

 

 新聞の内容は『風鳴翼 過労で入院』というものだった。

 翼は絶唱を口にし、重傷で今も入院している。

 事実を知る響にとって、記事には虚構の内容が書かれている事になる。

 

 

「情報操作も、僕の役目でして」

 

 

 未だに言い合う剣二とゲキリュウケンを余所に、翼の記事を気にしている響に声をかける男の声が1人。

 声の方向に目を向ければ、いつの間にか緒川慎次が近くにまできて、立っていた。

 

 

「翼さんですが、一番危険な状態を脱しました」

 

 

 慎次が笑顔で語る報告に響の顔も明るくなった。

 翼が入院して以降の事はあまり聞かされておらず、此処の所忙しかったのも手伝って知る機会が無かった。

 しかし慎次が付け加えた「ですが、しばらくは二課の医療施設にて安静が必要」という言葉に、響の顔は再び、ほんの少し曇った。

 あれだけの重傷でいきなり復帰、というわけにもいかないだろう。

 さらに言うと、翼は月末にライブが控えていた。

 この調子だとライブもできないのではないかという響の考えは当たっていた。

 

 

「月末のライブも中止です。さて、ファンの皆さんにどう謝るか、響さんも一緒に考えてくれませんか?」

 

 

 響の近くに座った慎次が朗らかな笑顔で響に語り掛けた。

 が、様子を見ていた剣二がそれに食って掛かった。

 

 

「そんな言い方ねぇだろ? 翼が倒れたのは響のせいだってのか?」

 

 

 剣二には慎次の言葉が、まるで響への皮肉のように聞こえたのだ。

 言われた響もそのように言葉を受け取ったようで、顔を落ち込ませている。

 これっぽっちもそれを意図していなかった慎次は慌ててしまう。

 

 

「あ! いや、そんなつもりは……。ごめんなさい、責めるつもりはありませんでした」

 

 

 ばつの悪そうな顔で後頭部を掻き、頭を下げる。

 本心からそんなつもりは微塵も無かったのだが、言葉を思い返してみれば皮肉と取られても仕方のない事を言っていたと慎次は反省した。

 ただでさえ色々と思うところがあるであろう響に、無神経な事を言ってしまったと。

 

 

「ったくよぉ、もうちっと考えて言えって」

 

「剣二さん、ゲキリュウケンさんに同じ事を言われていましたよね」

 

 

 ここぞとばかりに自分の事を棚に上げて説教をしだす剣二だが、笑みを伴った思わぬ慎次の反撃に仰け反ってしまった。

 

 

「お、お前、どっから話聞いてたんだ!? 盗み聞きって、忍者か何かかよ……?」

 

「ご想像にお任せします」

 

 

 それだけ言うと、慎次は響の方に向き直った。

 ニコニコとした笑みを慎次は崩さない。

 一方で曖昧な返事をされた剣二はというと。

 

 

「えっ、まさか……マジで忍者!?」

 

 

 子供のように目を輝かせて慎次を見ていた。

 ゲキリュウケンは至って普通に冗談だと考え、剣二を窘めていた。

 しかし響はそう思わなかった。

 弦十郎という規格外のトンデモを目の前で見たせいか、この手の事に首を突っ込んでいる大人は皆、あんな感じなのではないかと。

 ぶっちゃけた話、特命部の黒木司令が前線に出て戦ったりしないかとか考えなかったわけではない。

 正直、弦十郎の事を考えれば、慎次が忍者と言われても信じられる自信がある。

 

 そもそも響の周りは今、師匠が弦十郎で、学校の先生が仮面ライダーなのだ。

 非常識に取り囲まれていると言ってもいい。

 それだけに日常と常識の塊である同居人、小日向未来の存在は大きいのだろう。

 

 慎次は一度咳払いをし、場を改めた。

 

 

「僕が言いたいのは、何事も沢山の人間が、少しずつ、色んなところでバックアップをしているという事です」

 

 

 慎次の目から見ても響は肩肘を張っているように見えていた。

 強くなりたいと考え、誰かの為にと頑張る響。

 だが、翼の一件や突如巻き込まれた非日常にストレスを感じないわけがない。

 自分もやらなきゃ、という責任感にも似た焦りの感情を響は抱いている。

 自分1人で抱え込もうとしているとでも言えばいいのだろうか。

 

 しかしどんな人も、1人で戦っているわけではない。

 ゴーバスターズやシンフォギア装者、魔弾戦士にはそれぞれの司令がいて、オペレーターがいる。

 特命部だけ見ても、バスターマシンの整備士達がいて、バディロイドがいて、組織の職員の全てが前線メンバーを支える為に動いていると言ってもいい。

 何より前線で戦う者達もまた、お互いに助け合うものだ。

 慎次の伝えたかったそれを、響は確かに感じた。

 

 

「優しいんですね、緒川さんは」

 

「臆病なだけですよ」

 

 

 優しいという言葉を否定した後、「本当に優しい人は、他にいますよ」と呟く。

 恐らくは翼の事を言っているのだろうか。

 風鳴翼という人物は肩肘張って、1人で立とうとした人間だ。

 硬く研ぎ澄まされた剣、切れ味は最高であっただろう。

 

 だが、故に折れやすかった。

 

 真面目過ぎて自分を追いつめて、頑なになったが故にその剣は、今回のような事を引き起こしたのだ。

 硬すぎるから、折れやすい。

 少しくらいしなやかさ、柔らかさがあった方が剣は折れにくいものだ。

 翼をよく知る者は思う、彼女は寂しがりやの優しい少女だと。

 生真面目だからそれを見せないでいるだけで、本当は誰よりも弱虫で泣き虫なのだと。

 

 

「少し楽になりました。私、張り切って休んでおきますね!」

 

 

 立ち上がり、響は慎次に満面の笑みを見せた。

 悩んでいた事ばかりだけど、思い詰めすぎる必要はないと言われた響の心境は明るかった。

 ところがそんな響の言葉に容赦のないツッコミが飛んだ。

 

 

『張り切っていたら休めないだろう』

 

「あらっ。もう! 物の例えですよぉ」

 

 

 ゲキリュウケンと響の愉快なやり取りに慎次も思わず顔を綻ばせる。

 その後、響は二課に用意されている部屋に足早に戻っていった。

 それを見送った後、慎次は剣二に顔を向ける。

 

 

「剣二さんも、休まれないのですか?」

 

「いやー、俺はなんか目が冴えちまって。素振りにでも行ってくるぜ」

 

「そうですか……。あまり遅くならないように気を付けてくださいね」

 

「おう、心配すんなって!」

 

 

 剣二は「じゃあな!」と声をかけた後、その場から外に向かう通路を全力で駆けて行った。

 

 

「翼さんも、響さんと剣二さんぐらい、素直になってくれたらなぁ……」

 

 

 どちらも一直線という言葉が似合い、自分を曲げる事を知らないであろう2人。

 慎次は響と剣二、若い2人を思い返し、思わず呟くのだった。

 

 

 

 

 

 明朝5時。

 日も登り切っていない中で、デュランダルの移送は行われようとしていた。

 車が数台、黒い車が複数と、ピンク色をした了子の車が1台。

 了子の車には了子本人と響、さらにこの車に厳重に保管したデュランダルを積み込む。

 複数台ある黒い車には、二課のエージェントが2人ずつ乗り込み、そのうちの1台にはリュウジとヨーコが乗り込む事になっている。

 士とヒロムはそれぞれマシンディケイダーとニックに乗って護衛。

 剣二と銃四郎はヘリコプターに弦十郎と共に乗り込み、空からだ。

 

 ヘリコプターがあるのに空路を使わないのには理由がある。

 それは飛行型ノイズへの対抗手段がない事だ。

 飛行型のノイズが出てきても、響、ディケイドと共に飛行能力を有していない。

 魔弾戦士やゴーバスターズも込みで考えたとしても、アクアシャークを伴ったアクアリュウケンドーのみだ。

 しかもアクアボードによる飛行もどちらかと言えばホバーに近く、あまり高い所までは飛べない。

 ディケイドは位相差障壁を無視して攻撃ができるが、射撃だけでヘリコプターを援護するにも限度がありすぎる。

 イエローバスターのRH-03で輸送する案も考えられたが、あんな目立つ機体を出してしまえば、相手に「私達は大事な物を運んでいます」と言っているようなものだ。

 ヘリコプターの護衛をさせるにしてもノイズに対しては無力だし、図体がデカすぎて護衛には向かない。

 そもそも出撃しているだけでも目立つのだから却下せざるを得なかった。

 

 さらに言えばノイズの襲撃は想定内、発車からしばらくしたら襲ってくる想定だ。

 そう考えると、対処がしにくい飛行型ノイズよりも対処のしやすい地上型ノイズの方が幾らかマシという事で、地上で移送を行うという事になったのだ。

 ちなみに地上を走れるバスターマシンであるCB-01やGT-02だが、その巨体さ故、道路によるルートが制限されるために、今回の移送任務には不向きであると結論付けられている。

 

 移送任務開始直前、二課のエージェントと響、士、ゴーバスターズの3人と魔弾戦士の2人は整列。

 エージェントと響、ゴーバスターズの3人と銃四郎はキチンとした姿勢だが、士はやや偉そうに腕を組み、剣二は少し姿勢を崩している。

 各々の性格故、という事だろう。

 弦十郎と了子がその前に立った。

 

 

「防衛大臣殺害犯を検挙する名目で、検問を配備! 記憶の遺跡まで一気に駆け抜けるッ!」

 

 

 ルートの確保は容易い。

 検問を配備すれば何も気にせずに一気に進む事ができるからだ。

 士やゴーバスターズの3人は顔色を変えず冷静に、魔弾戦士の2人はやる気十分に、響は緊張しているのか少し肩と表情を強張らせている。

 それぞれに反応を見せる中、了子が愉快に作戦名を告げた。

 

 

「名付けてぇ~、『天下の往来、独り占め作戦』!」

 

 

 デュランダルの移送任務が、始まった。

 

 

 

 

 

 車を四方に配置し、その中央にデュランダルを乗せた了子の車。

 その少し後ろを追従して士とヒロムが走行する。

 弦十郎と剣二、銃四郎はヘリで上空からの監視、支援。

 検問のお陰で、普段は車通りの多い道も我が物顔で通れるというもの。

 こんな状況でなければドライブに打ってつけだろう。

 さて、永田町までの道のりはやや遠く、しばらく走っても目的地の記憶の遺跡まではまだかかりそうだ。

 朝5時に出発したとはいえ5月の日の出は早いのか、時間も経った事もあって、既に辺りは明るい。

 

 

「つーか、何で俺達はヘリなんだよ?」

 

 

 特に何も起こる気配のない地上を見るのに飽きたのか、ヘリの中の席に気怠そうに座る剣二。

 やや態度の悪い後輩に銃四郎が溜息をついた。

 

 

「ブレイブレオンやバスターウルフじゃ目立ちすぎるだろ。それに、この機に乗じてあけぼの町にジャマンガが攻めてきた時、すぐにあけぼの町まで戻れるようにという風鳴司令の配慮だ」

 

 

 獣王を呼ぶには変身の必要もあり、魔弾戦士と獣王の組み合わせは流石に目立ちすぎるとして魔弾戦士は空路を使う事となった。

 それにヘリを使えば有事の際、あけぼの町に戻る事も容易い。

 それも考慮して、魔弾戦士をヘリに乗せているのだ。

 そこまで考えの及んでいなかった剣二は「へぇ」と声を上げた後、再び立ち上がってヘリの外を見た。

 現在、特に異常は見られない。

 

 

「ジャマンガの野郎、出てくるかな?」

 

「さあな。デュランダルを狙うか、あけぼの町を狙うか、それとも別のだけ出てくるか……」

 

 

 曖昧な返答をする銃四郎であったが、確信している事が1つ。

 それは、『ジャマンガかどうかは兎も角としても、確実に戦闘にはなる』という事だった。

 剣二以上の経験から来るものか、銃四郎はゴウリュウガンをいつでも取り出せるように腰に手をやっていた。

 それは文字通り、銃に手を置いて警戒する刑事のようだった。

 銃四郎だけではない、弦十郎も感じていたその予感。

 それは数瞬の後、現実となるのだった。

 

 永田町に渡る為の大きな橋、その橋を渡っている途中に異変は起きた。

 

 

「……あッ!?」

 

 

 車の窓を開けて周囲を警戒していた響が声を上げた。

 響の目は橋に不自然なヒビが入るのを見た。

 そして、次の瞬間。

 

 

「了子さんッ!!」

 

 

 咄嗟に運転席に叫ぶ響。

 轟音と共に橋のヒビが入った部分が崩れ落ちたのだ。

 崩落したコンクリートは下の海に音を立てて落ちていく。

 瞬間、了子は崩れた橋に車輪を取られぬように思いっきりハンドルを右に回した。

 急な移動に了子や響にもそれ相応の負荷がかかり、車体もガタガタと揺れるがそんな事を気にしている暇はない。

 何より、今しがた崩れた橋から落ち、爆発した護衛車両に比べればその程度の衝撃で泣きを言っている暇はないのだ。

 

 

「オイ! あの車の中……!!」

 

 

 ヘリから見下ろす剣二は爆発した護衛車両に乗り込んでいた2人のエージェントの事を気にしていた。

 当然だろう、目の前で命が失われたも同然なのだから。

 しかし、弦十郎は表情1つ崩さない。

 

 

「心配ない。すんでの所で脱出して海に飛び込んでいる」

 

 

 弦十郎の目は海に飛び込む2人の黒服の姿を確認していた。

 それなりの高さからの海への飛び込み、爆発の衝撃などの影響で痛みや怪我は免れないだろうが、命の心配はそこまでない。

 既に救出班も用意している事も剣二に告げ、剣二を落ち着かせる弦十郎。

 その後、その冷静さが逆に癇に障ったのか剣二は尚も食って掛かろうとした。

 

 

「そうだけどよ……!」

 

「落ち着け、剣二」

 

 

 が、そんな剣二を銃四郎は窘めた。

 何時になく、恐らく今まで見た中でも一番真剣な目つきに銃四郎に剣二も気圧される。

 

 

「頭に血を昇らせるな。ムキになるのがお前の悪い癖だ」

 

「だってよ……!!」

 

「お前の言いたい事も分かるが、最善の手を打ってこれなんだ。

 俺達ができる事は最善の策に最善の結果を伴わせる事。違うか?」

 

 

 弦十郎や銃四郎だって、人の命が失われかけているのに内心穏やかなはずもない。

 だが、それでも落ち着き払っているのは年上としての務めであり、大人としての責任であり、剣二のような若者のストッパーとなるためだ。

 剣二は銃四郎の言葉にしばしの間を置いた後に頷いた。

 

 

「……ああッ! やってやるよ!!」

 

 

 銃四郎の言葉と目の前で起こりかけた出来事に剣二の闘争心には完全に火が点いた。

 そうこう言っているうちに、地上の車達は何とか橋を抜けきっていたのだが――――。

 

 

 

 

 

 士とヒロムは背後を警戒しつつ前を走る車両に付いていく。

 しかし彼等2人の背後への警戒は異常なまでに厳しいものだった。

 否、それは警戒ではない、既に怪しい影を目視していたからだ。

 

 

「門矢! 気付いてるな!!」

 

 

 それなりに走行速度を出しているため、並走する相手に声を届かせるためには、声を張り上げなければならない。

 故にヒロムは出来るだけ大声で士に叫んだ。

 その甲斐あってか、一字一句聞き洩らさなかった士もまた、やや声を張り上げた。

 

 

「ああ、当たり前だ!」

 

 

 ニックとマシンディケイダーのバックミラーに、本当に小さくだが、影が見えていたのだ。

 士とヒロムはこの移送任務において最後尾に位置している。

 そう、検問も配備している今、彼等2人よりも後ろからやってくる存在は敵である可能性が高い。

 そしてその予感は、すぐに当たった。

 

 近づいてくるのはバイクの音。

 そして、バックミラーに写っていたのもまた、バイクだった。

 しかしバイクに乗っている人物が異常、いや、人ですらなかった。

 

 片方は虎、あるいはジャガーとかチーターのような顔をした人型の怪人。

 その名を、『ジャガーマン』。

 

 もう片方は一本角と醜悪な顔を携えた灰色が目立つ怪人。

 その名を、『サイギャング』。

 

 ヒロムは見た事のない怪物の姿に驚いていた。

 どうみてもそれはヴァグラスではない。

 対して士は、既にその怪人達の正体に答えを出していた。

 

 

「大ショッカーか……!!」

 

 

 このタイミングで現れた事から考えても、デュランダルの強奪が目的なのは明らかだ。

 問題は、怪人達はノイズを操る存在と通じているかどうかだ。

 ノイズを操る存在とは別に大ショッカーが単独でデュランダルを狙っているのか、それとも手を組んだうえで狙っているのか。

 橋の崩落に関してもあの怪人2体が行ったかどうかは定かではない。

 しかしその答えも、すぐに出る事になる。

 

 通信用にと士が耳に付けている小型の通信機とヒロムのモーフィンブレスに通信が入った。

 通信の向こうから聞こえてきたのは、二課の朔也の声。

 

 

『ノイズの反応を検知ッ! 橋の崩落もノイズによるものと思われますッ!!』

 

 

 怪しげな影をバックミラーに見つけたのは、橋の崩落の後すぐだ。

 つまり、ノイズによるものとみられる橋の崩落と怪人の出現がほぼ同時であるという事になる。

 偶然、いや、それにしてはタイミングがドンピシャすぎる。

 これが意味するところは。

 

 

『恐らくだが、大ショッカーとノイズを操る存在は、手を組んだ可能性が高いッ!!』

 

 

 怪人を視認したであろう弦十郎の鬼気迫る全体への通信が、それぞれの鼓膜に響いた。

 ノイズと怪人の出現が同時、それはつまり、大ショッカーとノイズを操る存在が結託している事の根拠となりうるだろう。

 

 

「リュウさん、ヨーコ! 後ろから敵らしき奴らが来てる。

 俺と門矢で食い止めるから、先に行ってくれ!!」

 

 

 ヒロムがモーフィンブレスを通じてリュウジとヨーコに通信を行う。

 通信先の2人からは即座に「了解!」の一言が飛び、すぐに通信は終わった。

 簡潔な通信、即座の判断、正にプロフェッショナルと言えるだろう。

 

 通信の後、士とヒロムはそれぞれのバイクを一旦止めて反転、バイクに跨る2体の怪人に向けてバイクを走らせる。

 そして、それぞれの変身プロセスを踏んだ。

 

 

 ――――It's Morphin Time!――――

 

「レッツ、モーフィン!」

 

「変身!」

 

 ――――KAMEN RIDE……DECADE!――――

 

 

 バイクを駆る2人の戦士が、同じくバイクを駆る2体の怪人と相対した。

 

 

 

 

 

 背後より迫りくる2体の怪人を士とヒロムに任せ、先へ進む一行。

 だが、その攻撃の手は益々激しくなっていた。

 護衛車がマンホールの蓋を通過する瞬間、下水が弾け飛び、その勢いで飛んだマンホールの蓋に押され、車が軽々と宙を舞う。

 よくよく見ればあちらこちらのマンホールが花火のように弾けていた。

 しかも、正確に車を狙うようにタイミングを合わせてだ。

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

 その度に、それを避ける為に了子は激しくハンドルを切り、アクセルを巧みに操作する。

 その度に、強烈な衝撃が響と了子を襲い、不慣れな響は悲鳴を上げた。

 必死なそのドライビングはジェットコースター以上のスリルと言っても過言ではない。

 いや、命の危険があるのだからスリルどころの話ではない。

 

 

「ごめんねー、私のドラテク結構凶暴よ?」

 

 

 事後報告を告げる了子だが、口調は軽くても表情は甘えもふざけもない真剣な表情。

 何かを射抜けそうな眼光は響の知る了子を大きく逸脱していた。

 本気の了子、とでも言おうか。

 

 

「こうなった以上、ひとっ走り付き合ってもらうわよ!」

 

 

 険しい表情で軽口を叩くミスマッチな了子の言葉を聞き、これっきりにしてほしいと切に願う響だが、このままでは別の意味でこれっきりになってしまう。

 そんな時、弦十郎からの通信が再び入った。

 ノイズが下水道から攻撃してきている、という通信内容だった。

 当然ながら護衛車の面々にもその通信は入っている。

 尤も、既に護衛車はリュウジとヨーコが乗り込んでいる車両1台にまで減ってしまったのだが。

 リュウジは運転の手を緩めず、通信を聞いた。

 

 

「マンホールの状況的にも、下水道なのは当然か……!!」

 

 

 マンホールを下から力任せにすっ飛ばすという芸当は、当然の事だがマンホールの下にいないとできない。

 そう考えればノイズが下水道を通っているのは明らかだ。

 二課のセンサーで現在攻撃を仕掛けてきているのはノイズである事が確定している。

 しかも、直接攻撃をせずに地下から攻撃をしてくるという理知的な行動を見るに、操られたノイズ。

 

 ノイズは位相差障壁を保ってさえいれば、シンフォギア装者とディケイド以外に倒される事は無い。

 そしてノイズを操る者は恐らく、それすらもコントロールできるのだろう。

 つまり、操られたノイズをバスターズや魔弾戦士が撃破する事はほぼ不可能に近い。

 ディケイドは怪人と交戦中、響はデュランダルの護衛でそれどころではない。

 結論からして、この攻撃は避け続ける以外に手は無いという事だ。

 

 

「……ッ! リュウさんッ!!」

 

 

 一方、助手席のヨーコが何かに気付いた。

 見れば眼前、遥か前方に影が見えた。

 それも1つや2つではない。

 10、20、30……まだまだいるように見えた。

 進めば進むほどその影は鮮明になり、姿が露わになっていく。

 

 

「ギジャー!!」

 

「ジー!!」

 

 

 特有の声を上げる紫色の兵隊と機械的な兵隊。

 見覚えがありすぎるそれは、遣い魔とバグラー。

 ジャマンガとヴァグラスの混成戦闘員の大群だった。

 

 

「ッ、ヨーコちゃん!!」

 

「うん!!」

 

 

 リュウジの叫びで全てを察したのか、2人は同時にシートベルトを解除、モーフィンブレスの起動を一瞬で行った。

 

 

 ――――It's Morphin Time!――――

 

 

 そして、車のアクセルを全開にしたままでリュウジとヨーコはドアから飛び出ると同時に、変身を完了した。

 

 

「「レッツ、モーフィン!!」」

 

 

 スーツとヘルメットの転送、及びグラスの装着が終わるのと、ドアから飛び出た2人が地面に着地し、勢いそのままに2回転程をしたのはほぼ同時だった。

 勢いを止めずに戦闘員の群れに突っ込んでいった車は戦闘員の一部を轢き、群れの中に穴を空けて見せる。

 

 

「行ってください、了子さんッ!!」

 

『オッケー……!!』

 

 

 ブルーバスターがモーフィンブレス越しに叫ぶと、了子は返事と同時に自分の車のアクセルを全開にした。

 了子と響が乗る、デュランダルを乗せた一番重要な車は戦闘員の群れの中に空いた穴を通り抜ける。

 そんな車を素通りさせるわけもなく飛びかかろうとする遣い魔やバグラーだが、凶暴なまでに右往左往と車体を振り回し、尚且つ法定速度をせせら笑うような勢いは戦闘員達を寄せ付けず、戦闘員の群れを抜ける事に成功した。

 

 

 ――――Transport!――――

 

 

 さらに間髪入れずにブルーバスターとイエローバスターはイチガンバスターを転送、戦闘員達に向かって銃撃を開始した。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるというが、なにぶん的が多いので、あまり狙わなくても百発百中だ。

 そしてついでにもう1人、戦列に参加する者がいた。

 

 

「リュウガンキー! 発動!!」

 

 ――――チェンジ、リュウガンオー――――

 

「剛龍変身!」

 

 

 上空から響く声。

 ヘリから飛び降り、変身の動作を行った銃四郎だ。

 銃口から放たれた銀色の龍は上空から地上に降り立ったかと思えば、再び上空、銃四郎の元にまで昇っていく。

 そして銃四郎の胸に龍は吸い込まれ、銃四郎は変身を完了すると同時に、地上に着地した。

 

 

「リュウガンオー、ライジン!! ……阿保みたいに多いからな、俺も手を貸すぜ」

 

 

 降り立った龍の銃士が颯爽と名乗りを上げ、その隣に青と黄色の2人が並ぶ。

 無数に群れる戦闘員達と3人の戦士が相対し、一瞬、睨み合った。

 そして次の瞬間、ほぼ同時に両者がお互いに向かって駆ける。

 

 任務の目的は移送だ。

 だが、人に害を為す遣い魔やバグラーのような戦闘員達を放っておくわけにはいかない。

 戦闘員を放置して移送そのものに影響が出る可能性も十分に考えられた。

 それから、ブルーバスターとイエローバスターの2人だけで相手をするには戦闘員達は多すぎる。

 故にリュウガンオーはヘリから飛び降りて加勢にきたのだ。

 

 3人は目の前の戦闘員の群れを片っ端から薙ぎ倒していく。

 

 

(頼んだぞ、剣二!)

 

 

 戦いの中、リュウガンオーは先に進んだ後輩の事を想起した。

 これより先に進んだのは了子と響、そして剣二と弦十郎の乗るヘリコプターのみ。

 ノイズが出てくる可能性を考えれば、生身の弦十郎は戦う事ができない。

 いかに規格外の力を持っていたとしても『人間』である以上はノイズに触れれば即死なのだ。

 デュランダル防衛の為に残った戦力は実質、響と剣二の隊の中でも若い2人。

 

 

(いつもみたいな直線行動はやめてくれよな……!)

 

 

 心の中で剣二の暴走が起きない事を祈りつつ、リュウガンオーは戦闘員を撃ちぬいていった。

 

 

 

 

 

 一方、その剣二はというと。

 

 

「撃龍変身ッ!!」

 

 

 リュウガンオーの期待空振り、早速暴走しかかっていた。

 ヘリから飛び降りた剣二は即座にリュウケンドーに変身、地上に降り立つ。

 舞台は薬品工場。

 此処に来たのには理由がある。

 

 まず、戦いの影響で薬品工場が爆発したとしよう。

 当然ながら工場で起きる爆発は洒落にならない威力だ。

 もしそれにデュランダルが巻き込まれれば、如何に完全聖遺物とは言え破壊されることは必至。

 車を運転していた了子はそれを危惧した。

 が、逆に弦十郎は薬品工場を目指すべきだと作戦を打ち立てた。

 それはデュランダルが破壊される可能性を逆手に取った作戦。

 敵の目的はデュランダルの強奪と見て間違いないだろう。

 それは敵としてもデュランダルが失われる事は避けたいという事を意味している。

 

 つまり薬品工場に逃げ込めば、デュランダルを手に入れたいのであろう敵側の攻撃は沈静化するだろう。

 そうでなくとも、勢いは止まる筈だと弦十郎は結論付けた。

 勿論、これはデュランダルを守らなくてはならない二課側としても博打に近い。

 勝算を尋ねた了子の言葉に弦十郎はこう答えて見せた。

 

 

「思い付きを数字で語れるものかよッ!!」

 

 

 何とも無茶苦茶な話であった。

 が、分が良いのか悪いのか分からない賭けは功を奏したのだ。

 薬品工場近くで待ち伏せていたノイズ達だが、邪魔をしようとする事はあれども積極的な攻撃は行ってこなくなったのだ。

 狙い通り。そう思ったのも束の間、車は工場のパイプに足を取られて横転、中にいた響と了子、そしてデュランダルは無事であったが、車という壁を失った彼女達はノイズの攻撃を受ける事になってしまったのだ。

 何とかデュランダルを抱えて逃げる響と了子。

 そしてヘリからそれを見ていた剣二が堪らずに飛び出した――――。

 

 普通に考えるならばそうだ。実際、それもある。

 だが、剣二が飛び出した理由はそれだけではない。

 

 

「来たか、リュウケンドー」

 

 

 理由は、目の前に佇む灰色の剣士。

 剣二にとってライバルであり、超えたい壁。

 ジャマンガ幹部の1人、ジャークムーンが現れたからだった。

 

 

「ジャークムーン……!」

 

「どれほどの腕になったのか、試してやろう」

 

 

 月蝕剣の切っ先をリュウケンドーに向け、睨むように顔を斜めに構えた。

 リュウケンドーの背後にはデュランダルの入ったケースを抱え、リュウケンドーを心配そうに見つめる響と了子がいる。

 

 

「剣二さん……!」

 

「お前はデュランダルを頼むぜ。こいつは、俺が……!!」

 

 

 響の声に答えるリュウケンドーだが、目線は一瞬たりともジャークムーンから離れない。

 最早リュウケンドーを突き動かしているのはデュランダルの移送任務に対しての使命感ではない。

 目の前の、剣を使う好敵手と戦い、勝利したいという欲求。

 早い話がリュウケンドーはジャークムーンに負けたくない。

 それは意地に近い。

 同じ剣を扱う者として、ジャークムーンにだけは負けたくないのだ。

 訓練をしている時にも考えていた負けたくない相手が目の前にいる。

 そんな相手を前にして、直情的なリュウケンドーが自制できるはずもなかった。

 

 

「……気を付けてくださいね、剣二さんッ!」

 

 

 一言言い残し、響と了子は背を向けてデュランダルを守る為に走り出した。

 響の声にリュウケンドーは反応しない。

 ただ、ゲキリュウケンを構え、ジャークムーンと相対するのみだ。

 鳴神龍神流特有の構えを取るリュウケンドーと、応えるように月蝕剣を構えるジャークムーン。

 2人の剣士は火花を散らし、睨み合う。

 

 

「今度こそ、勝つ……!!」

 

 

 愚直なまでの、意固地な闘志をリュウケンドーは燃やしていた。

 リュウケンドーがジャークムーンに対してムキになる事、超えたいと思っている事はゲキリュウケンも知っている。

 そんな目的で戦うのならゲキリュウケンは止めていた。

 が、ジャマンガがデュランダル強奪に加担しているかもしれない以上、この場を退く事は許されない。

 

 分かっている、分かっているのだが。

 その余りにも真っ直ぐすぎて、斬るべき『魔物』を『ライバル』と見ているリュウケンドーに、ゲキリュウケンは一抹の不安を抱いていた。




――――次回予告――――
色んな奴らが仕掛けてきた。
しかもあいつ等は手を組んで、目的は全員デュランダルだ。
俺達も大苦戦する中、助っ人が現れた。
絶対に勝ってみせるぜ!
次回は、仮面ライダー、ライジン!


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第37話 混乱の戦場

 レッドバスターとディケイドはジャガーマンとサイギャングを相手にバイクチェイスを繰り広げている。

 幸いにも検問の配備をしたお陰で辺りに人はいない。

 デュランダル移送ルートの途中である大通りで派手にバイクを走らせていた。

 すれ違いざまにジャガーマンの凶暴な爪とレッドバスターが転送したソウガンブレードが競り合い、並走したディケイドとサイギャングが足や片手を浮かせて相手とバイクに乗ったまま格闘をする。

 時に引き離し、時に急接近、時に相手を入れ替えと、バイクのスピードも相まって目まぐるしく戦況は変わっていた。

 

 レッドバスターとディケイドにはそれぞれイチガンバスターとライドブッカーという遠距離攻撃がある。

 それで相手のバイクを撃ちぬけばいいのではないか?

 普通のバイクチェイスならば飛び道具を持っている側は完全に有利だと言えるだろう。

 何せ、バイクを撃ちぬこうが運転手を撃ちぬこうが、当たれば勝ちなのだから。

 しかしそれは飛び道具を片方しかもっていない場合に限る。

 ジャガーマンは名と姿の通りジャガーの特性を備え、サイギャングもまた、サイの特性を備えている。故に飛び道具など持たない。

 サイギャングには口から火を噴くという技もあるが、射程はそれほどでもなく遠距離攻撃とは呼べない。

 

 問題は相手のバイクにあった。

 大ショッカーは仮面ライダーと敵対してきた数々の組織、種族が混成した組織。

 故に、それらの組織の技術も断片的ながら有している。

 かつてゴルゴムという組織には『ヘルシューター』、クライシス帝国という組織には『ストームダガー』という兵器を積んだバイクがあった。

 それらのデータ、技術力を応用して造られたのがジャガーマンとサイギャングが駆るバイクだった。

 最高時速、攻撃性能、装甲、その全てが普通のバイクを上回り、仮面ライダーが駆るスーパーマシン達とあまり差のない兵器にまでランクを押し上げていたのだ。

 見た目は普通のバイクにかなり近いが、異質なのはヘッドライトが完全に取り払われ、代わりに大きめの砲門を1つ備えている事と、側面には牽制にもなるバルカン砲が2門ある事。

 参考にされたヘルシューターやストームダガー程の力はこの2台には無い。

 だが、積んでいる射撃武器や硬い装甲は十分な武器となってレッドバスターとディケイドに苦戦を強いていた。

 

 

「ヒョーウ!!」

 

 

 目の前を走行するレッドバスターに向かってジャガーマンが雄叫びを上げ、バイクに備え付けられたスイッチを入れる。

 スイッチを入れると、バイクの側面に取り付けられたバルカン砲が猛烈な勢いで弾丸を発射しだした。

 弾丸は間髪入れずに連続発射。

 無論、常人の瞬発力では弾丸のスピードを見切る事は不可能だ。

 まして1発どころか弾幕なのだから。

 だがレッドバスターも訓練を重ね、特殊なスーツを纏っている身。

 ニックを巧みに操作しながら自分も前に屈む事で何とか攻撃を切り抜ける。

 

 

「ッ……!!」

 

 

 そして弾幕が止んだ直後、レッドバスターは背後に振り返ってイチガンバスターを発射する。

 が、碌に狙いも付けられない状況の中ではなかなか当てる事は厳しい。

 それでもジャガーマンが回避行動をとらなければならないぐらいの正確性がある辺りは流石と言えるだろう。

 だが、ジャガーマンの回避行動はほんの僅かなもの。

 裏を返せば僅かな動きで避けられてしまうぐらいには狙いが付いていなかったのだ。

 舌打ちをして再び前方を見て運転に集中。

 誰も通らない道を2つのバイクはレースでもしているかのような、獣のような獰猛な音を引き連れて駆け抜ける。

 

 

(だったら……!!)

 

 

 レッドバスターは前進を止め、急ブレーキをかけた後に猛烈な勢いでバックを始めた。

 勿論、急ブレーキの際にかかった衝撃は生半可なものではないが、レッドバスターはそんな事を意に介さない。

 猛烈なバック、それはつまり、後方から来るジャガーマンとの追突を意味する。

 しかし相打ち紛いの事をするほど、レッドバスターは馬鹿ではない。

 レッドバスターは車体を右にずらし、ジャガーマンとはぶつからないように後方へと駆け抜けた。

 その突然の行動に対処できずに猛烈な前進を続けるジャガーマンと、強烈な勢いで後進するレッドバスター。

 この2つが意味するのは、数秒足らずで行われる位置の交換だ。

 

 前方と後方は完全に逆転し、レッドバスターはジャガーマンを前方に捉える。

 瞬間、再び前方へ向けてニックを走り出させる。

 そして先程は当たらなかったイチガンバスターによる射撃を、今度は狙いをつけて行った。

 数発は撃ち漏らしたが、2,3発ほどの攻撃がジャガーマンの背中とバイク後部を直撃。

 

 

「ッオ……!!」

 

 

 呻きに近い声を上げるものの、バイクの損傷は装甲のお陰で殆どなく、怪人であるジャガーマンの身にも大きな怪我はない。

 この程度でくたばるほど怪人もやわではないのだ。

 痛みを気にせずにジャガーマンはバイクを急転換、なんとレッドバスターと対面するかのようにバイクそのものを反転させた。

 今、バイク同士が顔を突き合わせながらも、尚且つ進んでいる方向は同じという不可思議な光景が広がっている。

 

 だからどうした、とレッドバスターは射撃を行う。

 しかしジャガーマンはそれらの弾丸をひらりと躱して見せた。

 避けられた理由は至極簡単、『目視できた』からだ。

 ジャガーマンとレッドバスターは対面状態にある。

 イチガンバスターの攻撃は全て真正面からの攻撃と同義となっているという事でもあるのだ。

 正面からの直線的な攻撃など避ける為にあるようなものと、イチガンバスターの攻撃を避けて見せたのだ。

 それも、後ろに進みながら。

 

 

(射撃じゃ埒が明かない……!)

 

 

 射撃では駄目だ。

 お互いに避けるだけの技量と対抗するだけの力を備えている。

 向こうに射撃武器が無いのなら話は変わるが、お互いに射撃武器を持っているのなら、いつ何時、今度はレッドバスターが背後から撃たれるかわからない。

 

 

『ヒロム、やっぱりこりゃ……!』

 

「ああ……!!」

 

 

 ニックは人型形態における頭部が、バイク形態ではメーターとなっており、そこを点滅させながら音声を発する。

 ニックの提案は言わずともレッドバスターも同じ事を考えていた。

 バイク上の射撃勝負では埒が明かない。

 接近戦でも恐らくは同じだろう。

 ならば、レッドバスターが狙うは1つ。

 

 

(バイクから、引き摺り下ろす!!)

 

 

 

 

 

 

 

 ディケイドもまたサイギャングとチェイスを繰り広げる。

 検問の配備による影響で近隣住民は1人残らずこの場にはいない。

 故にディケイドも心置きなくバイクを走らせていた。

 脇道に逸れて左に曲がり、右に曲がり……。

 レッドバスターとジャガーマンが戦う中で出た『射撃勝負は無駄』という結論はこちらでもすでに出ている。

 

 狙うは接近戦。

 しかし、サイギャングのバイクテクニックは中々に巧みで、ディケイドも付け入る隙があまりない。

 

 

「チッ……!」

 

 

 状況が歯痒く、思わず舌を打った。

 早く決着をつけなければデュランダルが危ない。

 

 

「弦十郎のオッサン! デュランダルはどうなってる!?」

 

 

 サイギャングから目を離さず、変身前に身に着けていて今は仮面の奥に装着されている通信機に向けて半ば怒鳴るように叫ぶ。

 答えはすぐに返ってきた。

 

 

『響君と了子君が持って逃げている! が、爆発の煙で現状は確認できていないッ!!』

 

 

 薬品工場におけるノイズの攻撃による爆発、既に無人である乗り捨てられた了子の車もまた、ノイズの攻撃で爆発を起こしていた。

 それによって立ち込める煙は薬品工場一帯の視界を塞いでしまったのだ。

 

 ディケイドはまた舌打ちをする。

 響と了子、及びデュランダルの安否は分からない。

 だがいずれにせよ、状況が芳しくない事だけは分かった。

 ブルーバスター、イエローバスター、リュウガンオーは戦闘員の大群と戦っている。

 リュウケンドーもジャークムーンと戦い、ディケイドとレッドバスターは2体の怪人の相手。

 確認できていない響以外の戦力が全員、交戦中にあった。

 しかも響はこの部隊の中でも、恐らくは一番未熟だ。

 

 特訓の成果は相手をしていたディケイドがよく知っている。

 だが、ノイズはともかくとしても強敵が現れたら彼女が戦い抜けるかは、正直なところまだ怪しい。

 そうでなくとも1人でデュランダルを守るのには限界がある。

 

 一刻も早くこの場を切り抜けたい現状、そこに現れたのは。

 

 

「ヴェッヴェッヴェッ……!!」

 

「ッ!?」

 

 

 突如としてマシンディケイダーに追いつき、並走する影。

 しかもあろう事か、その影は人影。

 バイクの影など欠片もない、バイクではなくその足で、マシンディケイダーに追いついて見せているのだ。

 その人影はディケイドに向けて背中に担いでいた剣を手に取り、振るった。

 咄嗟にライドブッカーの四角い部分、カード収納部分で防ぐディケイド。

 そして即座にライドブッカーをソードモードに、人影が繰り出す剣と打ち合う。

 

 

「ッ……!」

 

 

 ディケイドは乱入者からの攻撃を振り切る為に一旦曲がって急停止。

 それに応対するように乱入者もその足を止めた。

 しっかりと見えてきた姿は、赤い肌を持つ人型が黒い甲冑に身を包んだ姿。

 背中にはマントを装備し、人間でないその見た目は怪人に他ならなかった。

 

 

「お前は……」

 

 

 名を問うつもりでも何でもなく、思わず出ただけのディケイドの言葉。

 しかし目の前の怪人はその言葉に律儀にも答えた。

 

 

「我が名は『マッハアキレス』! 貴様等仮面ライダーを我が俊足の元、仕留める為にやって来た!!」

 

「また大ショッカーか……」

 

 

 ヴァグラスらしくない見た目、仮面ライダーを狙う行動から予想はできていた。

 ディケイドがまだ戦った事も見た事も無いジャマンガの魔獣か、もしくは大ショッカーか。

 どうやら言葉から察するに正解は後者だったようだ。

 

 3体目の怪人。

 

 今回の作戦に大ショッカーは何体の怪人を投入しているのか。

 

 

「厄介な事しやがって……!」

 

 

 早く決着をつけたいと考えた矢先の敵の増援。

 これで悪態をつくな、舌打ちをするなという方が無理な話だ。

 マシンディケイダーに足だけで追いつくという驚異的な速度を見せてくれた辺りからもマッハアキレスが厄介な相手だという事を伺わせ、ディケイドはより一層、仮面の中で顔を顰めていた。

 一方、マッハアキレスの横にサイギャングがバイクを止めていた。

 

 

「来たか、マッハアキレス」

 

「サイギャングよ。早々にディケイドを潰し、目標も奪ってしまおうではないか」

 

「ケケケケッ。ディケイドを倒せば大首領も、さぞお喜びになるだろう」

 

 

 大首領。

 その言葉にディケイドがピクリと反応した。

 

 

「お前達の大首領ってのは何モンだ?」

 

 

 今まで『大ショッカー』と名の付く組織に置いて大首領の位置に座していたのは、他でもない士自身だった。

 そこから紆余曲折があって大ショッカーと敵対したり、あるいは大ショッカーを設立したこと自体が作戦の内だったりしたわけだが。

 が、今回の大ショッカーは全く正体が分からないのだ。

 ディケイドの言葉にサイギャングは笑った。

 

 

「ケケケケケケッ!! 答える筈がないだろう?

 何より、大首領の事を知るのはほんの一握りの存在のみよ」

 

 

 どうやらサイギャング達も大首領の正体を知らないらしい。

 この怪人達からは情報は得られないと考えていいだろう。

 だが、余計に謎が深まった部分がある。

 士は大首領として君臨する際に門矢士という存在を隠さずに大ショッカーの頂点に立っていた。

 しかし今回の大首領は身内にすら姿を隠している事になる。

 また1つ、従来の大ショッカーとの相違点だった。

 

 

「そんな事はどうでもいい。お前には死んでもらうぞ、ディケイド」

 

 

 考える暇も与えず、マッハアキレスは再び走り出そうとしていた。

 大ショッカーに関して揃っている情報はあまりにも少ない。

 例え大首領の正体を知らぬ下っ端であったとしても聞きたい事は山ほどある。

 だが、敵はそれを許さない。

 2体の怪人は確実にディケイドを倒す事しか考えておらず、話す口は閉じ、聞く耳は持っていない。

 

 そんな時、ディケイドの耳に焦るような大声が飛び込んできた。

 

 

『ヒロム君ッ! 士さんッ!』

 

 

 耳に直接当てている通信機から発せられる大声は特命部の森下のもの。

 耳元で大声を出されれば五月蠅いのは当然で、ディケイドは一瞬怯んでしまう。

 

 

「やかましい。なんだ一体、こっちは取り込み中だ」

 

 

 いつも通りの悪態、しかし仮面の奥の目は余裕の表情ではない。

 2体もの怪人を相手にするとなって苦戦を察知したのか、険しい顔だ。

 一方でディケイドの悪態に森下は取り合う事無く、わざわざ通信を行った内容を伝えた。

 

 

『そちらに接近する1つの反応を確認しました! あと十数秒でヒロム君と士さんと接触します!』

 

 

 森下の通信内容が話される中で、レッドバスターがバイク形態のニックと共にディケイドの横に停まった。

 モーフィンブレスを見つめて通信をしっかりと聞いている様子だ。

 さらに、レッドバスターがディケイドと合流したのとほぼ同じタイミングで、怪人側にジャガーマンがバイクと共に合流していた。

 

 

「新手か……!」

 

 

 通信を聞いたレッドバスターは3体揃った怪人達をキッと睨みながら吐き捨てた。

 このタイミングで考えられるとすれば、新手以外に無い。

 何せ特命部、二課、S.H.O.Tの戦力は全て此処に投入されている。

 マサトとJなのであれば森下、あるいは特命部の誰かが気づくはずであろうし、そもそも接近している反応は1つだ。

 

 レッドバスターは焦る。

 この場に来てディケイドが相対している敵が2人に増えているのは既に確認している。

 現状、2対3。

 バイク勝負ですら拮抗しているのにも関わらず数でも負けてしまった。

 しかもこのタイミングでの敵増援は戦力に倍の差ができる事になる。

 デュランダル防衛という任務を第一に考えたとしても、それらを全て蹴散らさなければならない。

 考えを巡らせるレッドバスターの傍ら、ディケイドは余裕そうな態度を取っていた。

 さらに、何とディケイドは小声で笑って見せたのだ。

 

 

「フ……」

 

「何がおかしい?」

 

 

 焦りの中にいるレッドバスターはつい、キツイ口調でディケイドに当たってしまった。

 だが、ディケイドはそれを気にすることなく、一言。

 

 

「見てれば分かる」

 

 

 敵の増援かもしれないというのに、ディケイドの妙に落ち着いた態度に疑問を抱くレッドバスター。

 そして森下の通信通り、十秒もしないうちに『反応』というのが近づいてきているのが、レッドバスターとディケイドにも分かった。

 判断できたのはバイクの音。

 ジャガーマンとサイギャングが現れた時のようにバイク音が辺りに響く。

 

 そして――――――。

 

 

 ――――CYCLONE! TRIGGER!――――

 

「ハアッ!!」

 

 

 1台のバイクがレッドバスターとディケイドの頭上を跳び越え、怪人達に向けて銃を撃ち放った。

 そのバイクが2人の前に着地した。

 バイクは前部が黒、後部が緑色というカラーリングをした不思議なバイク。

 そしてそのバイクの主がレッドバスターとディケイドに顔を向けた。

 

 

「よう、間に合ったみてぇだな」

 

 

 半々で色が違うバイクに乗る影は、バイクと同じように色が半々だ。

 本人から見て右側が緑、左側が青い姿。

 右首元からはマフラーが風に靡き、右手には青い銃を携えている。

 怪人へと攻撃を行った乱入者に対して、レッドバスターの第一印象は『半分こ』だった。

 

 

「遅い」

 

 

 その半分こに対してディケイドは溜息交じりに一言、容赦なく言った。

 ガクッと左肩を落として大袈裟なモーションを取った半分こはバイクからは降りずに、その場の身振り手振りでディケイドに言い寄る。

 

 

「そりゃないだろ? 朝5時に風都から間に合えってのは無理だぜ」

 

 

 半分ことディケイドのやり取りをただ眺めているわけにもいかず、レッドバスターは口を開こうとした。

 が、それよりワンテンポ、ニックの方が早かった。

 

 

『な、なんだなんだぁ!? 誰だよアンタ!?』

 

 

 その声を聞いた半分こは辺りを見渡す。

 どうやらレッドバスターのバイクが喋ったとは思っていないらしい。

 ディケイドが「今のはこいつのバイクだ」と説明すると、半分こは「へぇ」と感心するような、興味深そうな声を出した。

 

 

「なんか照井みたいだな、赤いし。ま、いいや」

 

 

 戦友を思い出しながらニックを見ていた半分こは顔を上げ、レッドバスターに顔を向ける。

 

 

「俺は仮面ライダーW。士に呼ばれて来た、まあ助っ人みたいなモンだ」

 

 

 風都で士が直接スカウトしてきた仮面ライダー、Wだ。

 レッドバスター達も『ある仮面ライダーが部隊に協力してくれるかもしれない』という話は聞いていた。

 が、あくまでも可能性であり、何時参入するかも不明瞭だった。

 しかし今回のデュランダル移送任務が始まる少し前、翔太郎から士に連絡があったのだ。

 内容は『大ショッカーの事もあるから、協力する』という、極々単純に部隊に参加してくれるというものだった。

 

 

「サンキューな士。話つけといてくれたお陰で、検問も楽に超えれたぜ」

 

 

 Wは左手を軽く上げて感謝の姿勢を取った。

 今回、検問を配備しているのは二課のスタッフが主だ。

 士は弦十郎にWがやってくるであろうという事を任務開始前に伝えており、二課のスタッフ全体にそれは知らされた。

 故に、検問に配置されていた二課のスタッフは『仮面ライダーW』という名前を聞いてその場を通したのだ。

 勿論、二課のスタッフには見た目の特徴なども伝えてあったので、名前だけ借りれば入れる、という風にはなっていない。

 

 

「それはいい。それよりも、だ」

 

 

 ディケイドはWの礼を軽く流し、銃撃で怯んだ3体の怪人を見やった。

 先程Wが放った銃撃はトリガーマグナムがサイクロンメモリの力を受けて放った風の弾丸。

 連射性能に優れているが、威力はそれほどでもない。

 当然、怪人達はピンピンしている。

 だがWは自分のバイク、ハードボイルダーのエンジンを吹かしながら余裕そうな態度を取っていた。

 

 

「3対3、頭数は揃ったんだ。一気に決めようぜ」

 

 

 Wの言葉にはレッドバスターが反論する。

 

 

「さっきまでも2対2だったが、相当苦戦した。そんな簡単に済むわけがない」

 

「おっと……そうかよ。じゃあ、余裕とはいかねぇな」

 

「チッ、弱点の1つくらい無いのか」

 

 

 レッドバスターとWの会話の後、ディケイドが悪態をつきながら吐き捨てる。

 確かに弱点をつければ早い。

 だが、ジャガーマンとサイギャングの2体はまず、バイクの弱点を見つけてバイクから引き摺り下ろすところからだ。

 それに登場間もないマッハアキレスは、足が恐ろしく速い以外の能力をまだ見せていない。

 

 Wには『エクストリーム』という力がある。

 これはWの能力強化もあるが、一番に特筆すべき点は『常に地球の本棚を閲覧できる』という事だ。

 つまり敵の事を閲覧して、弱点を知り、そこを明確につくことができるのだ。

 早期決着を狙いたい今回に置いては頼りになる能力ではある。

 

 しかし、相手は3体。

 13体のドーパントを同時に相手取りエクストリームの力で薙ぎ倒した事もあるが、今回は数が少なくとも特殊なバイクに乗っているなど、状況が違う。

 それにエクストリームで使う『プリズムメモリ』というガイアメモリを『プリズムビッカー』という武器で使うと、相手のガイアメモリの能力を一部無効化する事が出来るのだが、今回の敵はガイアメモリを使った敵ではないため、その能力は期待できない。

 幾ら弱点を知れるとは言え、敵は3体で、うち2体は特殊なバイク持ち。

 確かにWでも厄介そうな相手だった。

 

 3体の怪人と3人の戦士が睨み合い、長期戦を予感させる空気が漂う中。

 

 ――――一発の銃声が、その空気をぶち壊した。

 

 

「ッ!?」

 

 

 響いた銃声に敵と味方の両方が驚きの様相を呈した。

 ただ、1人を除いて。

 

 

「ッアァァァァァァァッ!!?」

 

 

 銃声と同時に放たれたであろう弾丸を食らったのはマッハアキレスだった。

 マッハアキレスは着弾したと思われる右足の踵を抑え、無様に地面に転がって悶絶していた。

 しかし、銃撃1つで怪人が悶えるには些か不自然なほどにマッハアキレスは苦しんでいる。

 まるで、弱点を突かれたかのような。

 

 

「マッハアキレス……その名の通り、アキレスがモチーフのGOD神話怪人の1人」

 

 

 彼等が戦闘を繰り広げていた公道に隣接する建物の1つ。

 その屋上からマッハアキレスの事をよく知るかのように口にする人影が1人。

 手には銃を携え、その存在がマッハアキレスを撃ったのだと、この場の全員が敵味方関係なく確信した。

 

 

「アキレスだけに、踵が弱点。怪人の弱点は意外と分かりやすかったりするのかもね」

 

 

 悠々と語る人影はディケイドがよく知る姿だった。

 建物の屋上からこの場の全員を見下ろす存在、その名をディケイドは口にした。

 

 

「海東……? 何しに来た!」

 

 

 マッハアキレスの弱点を正確に射抜いたのは、海東大樹だった。

 右手に持った不思議な形状の銃、『ディエンドライバー』をくるくると回しながら大樹は語る。

 

 

「当然、お宝さ。今、何か重要な物を運んでいるんだろう? それを頂くんだよ」

 

 

 この場の誰もがその言葉に驚く中で、ディケイドだけは呆れたように溜息をついていた。

 

 

「相変わらずのコソ泥……いや、今回の場合は火事場泥棒に近いぞ」

 

「そっちこそ相変わらずの失敬だよ。トレジャーハンター、もしくは……」

 

 

 大樹はディエンドライバーを構え、左手で1枚のカードを取り出した。

 そのカードはディケイドが使うそれに酷似している。

 言葉の続きを大樹は口にした。

 そしてその言葉は、ディケイド以外の誰もが驚愕する言葉であった。

 

 

「通りすがりの仮面ライダー……と言ってほしいな。覚えておきたまえ」

 

 

 大樹はディエンドライバーの側面にカードを挿入し、ポンプアクションのように銃身を前に引いた。

 

 

 ――――KAMEN RIDE――――

 

 

 流れ出る電子音声はディケイドライバーのそれと同じ。

 仮面ライダーを名乗る男が士と同じカードを使い、同じ電子音声を発する機械を手にしている。

 此処から考えられる答えなど、誰にだって分かるだろう。

 

 

「変身!」

 

 ――――DIEND!――――

 

 

 ディエンドライバーを上空に掲げ、叫びながら引き金を引く。

 銃口からは弾丸ではなくプレートが発射された。

 さらに大樹の周りを色のついた影のようなものが縦横無尽にスライドし、大樹の元に集束。

 影が集束した大樹には鎧が装着されており、そこに最初に放ったプレートが突き刺さる。

 それと同時に鎧の一部にシアンの色がついた。

 ディケイドの親戚とでも言われれば納得できるような姿。

 バーコードのような仮面や使っているカード、変身のプロセスなどもディケイドと似通っていた。

 ライダーの名、仮面ライダーディエンド。

 ディケイドと同じく世界を巡る仮面ライダーだ。

 

 

「あのライダー、確か……」

 

 

 ディケイドとは別にWがディエンドに反応を示した。

 以前スーパーショッカーと戦った際に駆け付けたライダーの1人。

 それがディエンドであり、Wはそこでちらりと見かけただけだが、一応面識があった。

 その時は状況が状況であったので士以外のライダーとは碌に会話もしておらず、当然の事ながらディエンドがどういう人物なのかも全く知らない。

 まさか泥棒だとは思いもしなかったのだ。

 

 ディエンドは変身も早々に、新たに黄色いカードを取り出し、変身の時と同じようにカードを装填した。

 

 

 ――――FINAL ATTACK RIDE――――

 

 

 ディエンドは銃口を苦しみながらも何とか立ち上がったマッハアキレスに向けた。

 すると、ディエンドライバーの銃口を起点に半透明のカード型のエネルギーが円を描きながら標的を狙うターゲットサイトとなった。

 勿論、狙いは銃口を向けているマッハアキレスだ。

 そしてディエンドは引き金を引く。

 

 

 ――――DI DI DI DIEND!――――

 

 

 スクラッチ調で発せられた電子音声と共にターゲットサイトを形作っていたカード達が収束し、強力かつ極太のビームとなってマッハアキレスに向かって行く。

 ディエンドの必殺の一撃、『ディメンションシュート』は容赦なくマッハアキレスを撃ち抜き、その場で爆散させた。

 爆発の衝撃と熱風を思わず腕でガードするジャガーマンとサイギャング。

 2体となった怪人は爆発と爆風が収まると、憎々しい目でディエンドを見上げ、睨んだ。

 

 

「貴様ァ……」

 

 

 ジャガーマンの恨みの籠った言葉にディエンドは肩をわざとらしく竦めた。

 

 

「君達は仮面ライダーの敵だろう? なら僕も例外じゃない。ま、僕は士の味方ってわけでもないけどね」

 

 

 ディエンドはディケイドをちらりと横目で見た後、言葉を続けた。

 

 

「それに、士は一応仲間だからね。僕は何処かの誰かさんと違って仲間を大切にするのさ」

 

 

 悠々と語る言葉の裏に拗ねるような感情が見え隠れしているのが分かったのはディケイドだけだ。

 一応、という言葉を強調している辺りにそれが伺える。

 どうやら以前に士が大ショッカーを率いていた戦いの時の事を未だに根に持っているらしい。

 此処でディケイドを助けるかのように怪人を倒したのは、単純な助太刀というよりも当て付けという意味の方が近いのだろう。

 ディエンドはしてやったりという感情を態度でも隠さないまま、3人の戦士に向けて言った。

 

 

「じゃ、後は君達で何とかしたまえ。僕の興味はお宝にあるんでね」

 

 

 それだけ言い残すとディエンドは急速な勢いで建物の屋上から消え去った。

 

 

「あの野郎……」

 

「アイツの狙いは、デュランダルか?」

 

 

 場をかき回していくのはいつもの事だが、敵も味方も入り乱れている中での傍迷惑な登場にさしものディケイドも呆れつつ、レッドバスターの問いに頷いた。

 ディエンドは『重要な物』としか語っていなかったので、それが何であるかは知らないのだろう。

 何処からか情報を仕入れたのか、それともこの場に偶然通りすがったのか。

 いずれにせよ、仮面ライダーやゴーバスターズと言った人知を超えた力を持つ戦士達が護送するほどの物、という事で興味を持って現れた。

 そんなところだろうか。

 

 

「マズイな、立花の奴がアイツと鉢合うか」

 

 

 ディケイドの懸念はディエンドがデュランダルを狙っていること以外にも、もう1つあった。

 このまま行けばディエンドは確実にデュランダルの元に現れる。

 つまり、それは響との接触を意味していた。

 デュランダルの移送、及び護送が任務である以上、それを奪おうとするディエンドとの戦闘は免れない。

 

 はっきり言えば、今の響ではディエンドには勝てないだろう。

 まず、単純な実力がそうだ。

 ディケイドとディエンドは実力的にはほぼ互角だ。

 つまり、ディケイドに勝てない響ではディエンドの相手は難しいだろう。

 もう1つに、数の上で不利である事だ。

 ディエンドはディケイドと同じようにカードを使うのだが、仮面ライダーのカードを使うとディケイドとは違い、そのライダーに変身するのではなく、そのライダーを呼び出す事が出来る。

 例えばクウガのカードを使うとディケイドはクウガに『変身』するが、ディエンドの場合はクウガを『呼び出せる』のだ。

 単独で在りながら複数、それがディエンドの特徴だ。

 呼び出された仮面ライダーに意思は無く、ディエンドの操り人形である。

 ただでさえディエンド自身が強力なのに手数も増やせるのだから、響では荷が重い相手だ。

 

 

「あのライダー、やっぱ強いのか?」

 

 

 Wの問いかけにディケイドは少々癪だが頷くしかなかった。

 実際、仮面ライダーを呼び出される能力もあって、ディケイドはディエンドと戦う時に苦戦する事が多いのだ。

 

 

「デュランダルが危ないな」

 

 

 ディケイドが認める程の強さならば、響だけではデュランダルが守り切れないであろう事はレッドバスターにだって分かる。

 この場はマッハアキレスが倒された事で3対2の、数の上では有利な状況だ。

 だが、肝心のデュランダル側が不利な状況になるのでは意味がない。

 

 

「なら、此処は俺達が引き受けるぜ」

 

 

 そこで提案を出したのはWだった。

 ディケイドとレッドバスターは顔をWに向ける。

 

 

「立花が誰なのかとか、デュランダルが何なのかは知らねぇ。

 だけど、今までの会話でその立花って奴やデュランダルって物のところに行かなきゃいけないのは分かる」

 

 

 此処までの現状と会話からWはある程度状況を察していた。

 固有名詞に関しては分からない事ばかりだが、レッドバスターとディケイドが何を守ろうとして、何から守らなければならないのかはWにだって分かる。

 無論、理解は右も左もしている。

 

 

『あの青いライダーの事は門矢士がこの中では一番よく知っているんだろう?

 なら、君が行くのがいいだろう』

 

 

 Wから先程までとは違う声がした事にレッドバスターはやや驚くが、驚きで時間を取られている場合ではないと、そのリアクションを無理矢理引っ込めつつ、Wに同意した。

 

 

「W……って言ったな。あんたの言う通りだ、門矢が立花を助けに行くべきだ」

 

 

 レッドバスターはからかう様に続けた。

 

 

「生徒を助けるのは教師の務めって事だな」

 

「馬鹿言うな」

 

 

 士が教師、という言葉にWは疑問を覚えたが、そこは後で聞くとしようと思い、質問を自制した。

 目の前の2体の怪人はこれ以上悠長に話している時間をくれそうにない。

 ディケイドはマシンディケイダーのハンドルを握りなおし、Wとレッドバスターをそれぞれ見やった。

 

 

「任せた」

 

 

 一言告げると、ディケイドはマシンディケイダーを一気に加速させる。

 そして角を曲がり、本来のルートから外れた場所を走行する。

 正規のルートではディエンドに追いつけないとして、近道を使うつもりなのだ。

 当然、行かせはしないとジャガーマンとサイギャングが追おうとする。

 

 

「させるかよッ!」

 

 

 しかしWの一声と共に、トリガーマグナムとイチガンバスターの銃撃が2体のバイクの足元に着弾。

 思わぬ銃撃にバイクも自分もダメージは無いと分かりつつも、条件反射的に怯んでしまった。

 その一瞬の怯みの隙にディケイドはこの場を離脱。

 無事に響と了子、そしてデュランダルがある場所へと向かう道を突き進んで行った。

 

 ディケイドが行ってしまった方向を見た後、すぐさま目の前の邪魔をしてきた戦士達を憎々しげな目で睨むジャガーマンとサイギャング。

 自分達がすべきだった任務を邪魔されて殺気に満ちている2体。

 油断も慢心も見受けられないレッドバスターはハンドルを握りなおし、Wはトリガーマグナムを指でくるくると回転させながら余裕の態度で言い放った。

 

 

「お前らの相手は俺達だ。文句は受け付けねぇぜ?」

 

 

 その態度が癇に障ったのか、はたまた登場直後から邪魔ばかりしてくるWに本格的にキレたのか、ジャガーマンが激昂したような声を上げた。

 

 

「おのれぇ……! ならばせめて貴様等の首をあげてやる!!」

 

「大口叩いてると後で恥かくぜ、猫ちゃんよ」

 

 

 その言葉はまるで火に油を注ぐようで、ジャガーマンの怒りは頂点に達した。

 

 

「き、さま、舐めるのも大概にしろォ!!」

 

「舐めるのは猫の専売特許だろ?」

 

『ミックにそんな可愛げはないと思うよ、翔太郎』

 

 

 ますますジャガーマンの神経を逆撫でるW。

 ちなみにフィリップの言う『ミック』とは、探偵事務所で飼っている猫の事である。

 元々は彼等の猫ではなく、その経歴も猫とは思えぬ複雑な物があるのだが、わけあって今では探偵事務所にいるのだ。

 Wがジャガーマンの事を何と言おうが知った事ではないが、これ以上の無駄話に意味はないとしてレッドバスターが文句を言うような言葉を発した。

 

 

「おい、そろそろいい加減にしろ」

 

「っと、分かってるさ。ま、あの猫野郎は頭に血が昇ってる。

 こっちはクールに行けば大分有利なんじゃねぇか?」

 

 

 確かに戦いにおいては怒りに任せた直情的な戦い方よりも、冷静な判断力の方が上手で立ち回れる。

 頭に血を昇らせた一直線すぎる攻撃など、余程の事が無い限りは冷静な頭の者には当たる筈がないのだ。

 反対に冷静な者が攻撃に転ずれば、頭に血が昇った者は攻撃を避けるのすら難しくなっていく。

 

 

「そうじゃない」

 

 

 そこは理解している。

 だが、レッドバスターが文句を言いたいのはそこではなかった。

 レッドバスターはバイク形態のニックのフロント部分をコンコンと叩いた。

 ニックのフロント部分にはネコ科の動物、チーターの頭部を模したパーツが付いている。

 

 

「俺のモチーフの1つはチーターなんだが」

 

「……ワリィ」

 

 

 同じネコ科として聞き捨てならなかったのだ。

 

 レッドバスターのまさかの返答にWは戸惑いつつ、何とも間の抜けた会話が終わった。

 そして2体の怪人と2人の戦士は、各々のバイクのエンジンを吹かせ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 弦十郎は歯痒かった。

 真下では戦士達が各々の場所で戦っている。

 その中でも現在、最重要と言える響と了子、延いてはデュランダルは未だ、濛々と立ち込める煙のせいで目視が出来ない。

 幸いにも通信は生きており、安否だけは分かる。

 最後に通信があった時は『デュランダルを持って逃走中』という話だ。

 

 まだデュランダルは無事である。

 だが、敵の勢いは強く、こちらはデュランダル防衛の為に防戦一方な状態。

 すぐにでも下に降りて弦十郎も加勢したいぐらいだった。

 しかし下には人間であれば即死するノイズがいる。

 如何に超人的身体能力を持つ弦十郎でも『人間』というカテゴリに属している以上、ノイズがいるであろう戦場には足を踏み入れられないのだ。

 そもそもノイズがいなくとも、現場指揮という立場上、持ち場を離れるわけにはいかない。

 

 

「ぬぅ……!!」

 

 

 奥歯を噛みしめ、飛び出していきたい気持ちを必死に抑える。

 決して形振り構わない性格ではない弦十郎はきちんと自制が効く。

 が、それと悔しい気持ちとは別問題だ。

 しかも、弦十郎の気持ちにさらに追い打ちをかけるような通信が特命部から入った。

 

 

『風鳴司令! 付近一帯の監視カメラが乗っ取られました!』

 

「何だとッ!?」

 

 

 仲村からの通信に弦十郎は思わず声を上げた。

 さらに、緊急の報告は何と二課側の朔也からも入ってきた。

 

 

『こちらでも確認しています……! 凄まじい速度で付近のカメラが乗っ取られています!』

 

「何とか奪い返せないのか!?」

 

 

 弦十郎の言葉に朔也から代わってあおいが答える。

 

 

『特命部、S.H.O.Tと連携して対処はしていますが、しばらくは……!』

 

 

 相手はこちらの情報を得る手段を封じてきた。

 そう考えればかなり切迫した事態に見える。

 だが、この行動に弦十郎は疑問を持たざるを得なかった。

 一時こそ焦ったが、冷静になって考えてみれば監視カメラを封じる事にそこまでの意味は感じられない。

 上空から弦十郎が目視しているうえに、前線のメンバーも後衛のメンバーも全員、通信機で繋がっており、逐次連絡が取れるからだ。

 例え監視カメラがあろうとなかろうと状況の把握は難しい事ではない。

 

 

(何故だ、何故監視カメラを……?)

 

 

 歯痒い思いの中で突如として現れた疑問に、弦十郎の心境はさらに掻き回されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「何故、監視カメラを乗っ取る必要があるのか……」

 

 

 デュランダルを巡る戦いが行われている場所から少し離れたビルの屋上。

 1人の人影が弦十郎と全く同じ疑問を呟いた。

 それはエンター。

 監視カメラを乗っ取った張本人はエンターだ。

 ただし、これはエンター自身の意思で行っているわけではない。

 デュランダル奪取の為の作戦が展開される前に、フィーネから依頼されていたのだ。

 

 

『戦闘が始まったら、付近の監視カメラを全て使えなくしてちょうだい』

 

 

 何故かと問いもしたが、『こちらの目的や理由は聞くなと言ったはず』と一蹴されてしまった。

 実際その内容で協力関係を取り付けていたのだから、エンターもこれ以上踏み込む事は出来ないと考えてその場は引き下がった。

 しかしやはり、興味という物はどうしても湧いてしまう。

 

 

「ゴーバスターズ達に見られたくないものがある……」

 

 

 監視カメラを使えなくするという行為に対して、そう仮定するのが自然だ。

 しかし、何を見られたくないのかが問題となる。

 結局そこで思考が行き詰ってしまうのだ。

 監視カメラを占拠し、バグラーも放ったために暇となったエンターはずっとそれを考え続けていた。

 

 

「何を……? 物、人、行動……」

 

 

 様々な考えを巡らせるが、どれもしっくりこない。

 フィーネが前線に放っているネフシュタンの少女は既に敵と交戦した事があり、今さら隠しても意味がない。

 ヴァグラスやジャマンガ、大ショッカーも隠す様な戦力は何1つとして出していない。

 と、なれば、フィーネが個人的に隠したいものという事になる。

 だが、当のフィーネは前線には出てきていない筈なのだが。

 

 

「敵に見られたくない、知られたくない事……」

 

 

 見られたくない、知られたくない。

 フィーネは一体どんな秘密を抱えているのか。

 確かに謎めいた美女という風ではあったが、敵側に隠さなくてはいけない『何か』が彼女にはあるらしい。

 

 

「……フム、駄目ですね。情報が少なすぎます」

 

 

 しばし考えた後、エンターは結論が出ない事を悟った。

 フィーネが何を隠していたいのかを考えるにしてもキーワードが不足している。

 そもそも今回奪おうとしている代物も何のために奪おうとしているのか。

 エンターにとってフィーネという存在は分からない事だらけだった。

 

 

「ま、敵にならなければ良しとしましょうか」

 

 

 フィーネという女性は正体も目的も一切不明の存在。

 ともあれ一応、『味方』という括りである事に変わりはない。

 味方であればそれでいいという結論を出して、エンターは思考を中断した。

 

 

「……それにしても、大ショッカーの方々は余程戦力が潤沢と見えますね」

 

 

 戦場の方角に目を向けつつ、エンターは呟く。

 

 

「まさか、『5体』も出してくるとは」

 

 

 エンターは上空を飛び続ける二課のヘリをじっと見つめた。

 ヘリは妙な軌道を描いて飛んでいる。

 何かから逃げるような、何かを避けるような。

 とにかく普通に飛ぶのならおかしい、右往左往と言った感じの。

 それはジャガーマン、サイギャング、マッハアキレスに続く、新たな刺客による攻撃によるものだった。

 投入されている5体の怪人、その4体目。

 

 

 

 

 

 弦十郎の頭の中から監視カメラの事はすっかり抜け落ちていた。

 何せ、推理を始めたようとした矢先に敵襲があったのだから。

 

 

「タァァァァカァァァ!!」

 

 

 襲撃者は鳥人間。

 空を飛ぶのを夢見て浪漫を追いかける人間、何て人情味溢れた存在ではない。

 むしろ人情の欠片など一片も無い怪人。

 顔や翼、爪は獰猛な猛禽類、それに鳴き声でも『タカ』と言っている。

 それでいて全体的な形は人型。

 鷹、あるいはそれに準じた鳥の能力を持つ怪人なのは一目瞭然だ。

 

 怪人の名は『タカロイド』。

 本来ならば『バダン帝国』に属する怪人であるが、現在は大ショッカーの一員である。

 

 

「くっ……!!」

 

 

 タカロイドは弦十郎の乗るヘリに狙いを定め、自分の翼から羽を打ち出す。

 この羽は『羽手裏剣』と呼ばれ、仮面ライダーにもダメージを与える事が出来る飛び道具だ。

 ヘリの回転翼目掛けて放たれた羽手裏剣はヘリの側面装甲部分に突き刺さった。

 咄嗟に操縦士がヘリを動かしたのだ。

 あのまま当たっていれば回転翼は壊れ、あわや墜落とまでなっていたかもしれない。

 危険を察知した操縦士の見事な判断である。

 しかし、タカロイドの羽手裏剣は無尽蔵と言ってもいいほどある。

 ヘリはそれを避け続けるしかないが、機動性に差がありすぎる。

 

 

(どうするか……)

 

 

 危険な時こそ焦らずに考える。

 余裕はないが、あくまでも落ち着いて弦十郎は思考を始めた。

 弦十郎の身体能力は破格の物で、タカロイドにダメージを与える事など造作もない。

 が、此処は空中な上、タカロイドは飛び道具を使っている。

 弦十郎の武器はその肉体そのものである。

 拳、脚、そこから繰り出される恐ろしいも通り越して、呆れた威力の一撃。

 必然、弦十郎の戦闘スタイルは接近戦が主である。

 ついでに言えば飛べない。

 ある程度の建物の屋上までなら跳躍できるのだが、飛行となると話は別だ。

 

 では、ヘリから飛び出してタカロイドに飛びかかり、地上に落ちるか?

 この策はやめた方が良いと弦十郎の脳内が告げた。

 ヘリの高度は問題ではなく、むしろこの高さから落ちても体勢さえしっかりしていれば何とかなるだろう。

 

 問題は、地上に降りてノイズがいないか、だ。

 地上には現在ノイズの反応が確認されている。

 タカロイドと1対1ならともかくノイズが出てくると弦十郎も勝つ事はできない。

 しかしノイズには飛行するタイプもいるので、こうしてうだうだと考えていれば結局ノイズの襲撃に遭うかもしれない。

 

 そもそも、ヘリ自体を手放す事も考えたのだ。

 操縦士を連れて飛び降りれば済む話ではあるのだが、そうもいかない理由がある。

 このヘリで全体の戦局を見て指示を出し、各場所で戦う戦士達のサポートをしている状態だ。

 それに指揮官である弦十郎が全体を見渡せない位置に行くという事もあまり良い事ではない。

 つまり現状、このヘリを守りつつ、敵の攻撃を振り切る事が要求されている、という事だ。

 

 こうしている間にもヘリは右往左往、上下移動を繰り返し、タカロイドから必死に逃れようとしている。

 対して、タカロイドは空中を悠々と飛行して飛び道具を放ち続けている。

 さらに言えばタカロイドの攻撃はだんだんと勢いを増していた。

 恐らく、ヘリが中々撃墜できない事に苛立ってきているのだろう。

 羽手裏剣がヘリの装甲に突き刺さり、装甲は羽に覆われたようになっていく。

 このままでは単純に装甲が破られてヘリが墜落してしまう。

 そこで弦十郎は、少しでも状況を打開しようと行動に出た。

 

 

「ぬぅ!!」

 

 

 勢いよく、それでいて手加減しながらヘリの扉を開ける。

 何と弦十郎はヘリの入り口を空けて見せたのだ。

 弦十郎の髪が風の勢いに煽られるものの、本人は一切動じていない。

 突飛すぎる、さらに言えば常識外れな行動にタカロイドも一瞬だけ困惑の表情を見せた。

 が、すぐに気を取り直し、タカロイドは弦十郎目掛けて羽手裏剣を発射した。

 その身を晒した事を挑発とでも受け取ったのだろう。

 タカロイドの、生身の人間なら一瞬で貫く様な羽手裏剣が複数、弦十郎に飛んでいく。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 右手と左手を交互に、素早く動かす。

 意味不明の挙動に錯乱でもしたのかと笑うタカロイド。

 だが、その笑いは一瞬のうちに霧散する事になる。

 

 

「……意外と、何とかなるもんだ」

 

 

 そう言って弦十郎は両手をタカロイドに見せた。

 両手の指の間には、何と羽手裏剣が挟まっている。

 ヘリには新たな外傷は認められず、弦十郎に被弾した様子もなく、弦十郎の後ろにあるもう片側の扉にも羽手裏剣は1つたりとも刺さっていない。

 そう、弦十郎は羽手裏剣を全て、目視で掴んで見せたのだ。

 怪人の動きであろうと、それを見切れる動体視力を持つ弦十郎でこその技だ。

 

 彼が強烈な一撃を放つためには、踏ん張りを利かせる必要がある。

 その際に足元にかかる衝撃もまた強烈なもので、そんなものをヘリで放とうものなら、タカロイドではなく弦十郎のせいでヘリが墜落しかねない。

 それに接近しなければ十分な効果は得られず、タカロイドを退ける事も出来ない。

 攻撃手段の殆どが封じられていた中で弦十郎が唯一出来そうだった事がこれだった。

 弦十郎ではなくコックピットやら回転翼に羽手裏剣が放たれていたらどうなっていたかは分からない。

 上手く誘いに乗ってくれたが故だ。

 

 それに、この一連の動きには敵の攻撃を一度防げた以外にも意味がある。

 それは生身の人間が怪人の動きを全て見切る事で相手に動揺を与える事だ。

 怪人は悪意の塊、情を見せる事などありはしない。

 だが、感情があるのも事実であり、プライドも持っている。

 実際、弦十郎に全て攻撃を受け止められたことでタカロイドは確実に動揺していた。

 攻撃の手が思わず止まってしまう程度には。

 それだけでも意味があった行動と言えるだろう。

 

 

(しかし、倒す事はできない、か……)

 

 

 羽手裏剣をヘリから捨てつつ、呆然とするタカロイドに弦十郎は目を向けた。

 有効打は何1つ無い。

 万全の状態で戦えれば有効打など幾らでもあるのだが、如何せん、状況が悪い。

 火器類でも装備してくるべきだったかと少々後悔しているうちに、タカロイドは呆然状態から脱却してしまった。

 しかも、瞳に確かな怒りと憎しみを携えながら。

 弦十郎に攻撃を全て捌かれたのが余程悔しく、プライドに傷をつけられたのだろう。

 まるでロケットの音のような唸り声を上げている。

 

 

(……唸り、声?)

 

 

 だが、それがタカロイドの唸り声で無いと弦十郎にもすぐに分かった。

 唸り声にしては遠くから聞こえてくる上に、あまりにも生物の鳴き声からは遠い音。

 何より、その音にタカロイドも反応し、音のする方を見つめていた。

 

 

「おおぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 唸り声が聞こえた。

 ただし、タカロイドではなく、弦十郎でもなく、全く別の第3者の。

 若い青年が勇猛果敢な唸り声を上げている、と言った感じの声色。

 しかし、此処は上空だ。

 何をどうして若い青年がいるであろうか。

 だがその疑問は、一瞬のうちに払拭される。

 

 

 ――――WINCH ON――――

 

 

 不意打ち気味の電子音声と共にフックが取り付けられたワイヤーがタカロイドを縛りあげた。

 そのワイヤーの持ち主である、白い宇宙飛行士のような存在が同時に姿を現した。

 左腕にドラム式ウインチユニットを身に着け、そこから出ているワイヤーがタカロイドを縛っていた。

 さらに右腕にはオレンジ色のロケット、左足には黄色いドリルが装備されている。

 宇宙服というには、あまりにもおかしな姿をしていた。

 

 タカロイドにとっては幸いだったのは、ワイヤーが巻き付いているのは胴体だけで、翼の部分は無事だった事だ。

 危険を察知したタカロイドはその場から素早く飛行をし始めた。

 胴体に巻き付いたワイヤーを振り払うために。

 高速で移動するタカロイドにワイヤー越しで引っ張られる白い宇宙飛行士はガックンガックンと振り子のように揺れていた。

 

 

「うおぉぉおぉおぉ!!? この野郎ッ!!」

 

 ――――ROCKET DRILL WINCH――――

 

 ――――LIMIT BREAK!――――

 

 

 白い宇宙飛行士はベルトのレバーを操作した。

 流れてきた電子音声の後、右手のロケットと左足のドリルをタカロイドに向ける。

 そしてロケットが猛烈な噴射を、ドリルが凄まじい回転を始め、強烈な推進力を得た白い宇宙飛行士はタカロイドに一直線に飛んで行った。

 

 

「タァァァカァァァァァ!!」

 

 

 自分に迫る白い宇宙飛行士が、ロケットの推進力でドリルを炸裂させる攻撃をしようとしているのは火を見るよりも明らかだ。

 タカロイドは必死に動いて攻撃をかわそうとする。

 が、胴体に巻き付いたワイヤーを辿っている白い宇宙飛行士を振り切る事は、不可能だった。

 ロケットが噴射を、ドリルが回転を始めたと同時に、左腕のドラム式ウインチユニットが火花を出す勢いでワイヤーを巻き取り始めていたのだ。

 ロケットの推進力とワイヤーの巻き取っていく勢いが加算され、その速度はタカロイドの飛行速度を上回るものとなっていた。

 

 

「『ライダーロケットドリルキィィィィィック』!!」

 

 

 高らかに宣言された技の名前と思わしき叫びと共に、左足のドリルがタカロイドを貫いた。

 

 

「タ、カァァァァ……!!」

 

 

 貫かれた衝撃とダメージでタカロイドは断末魔と共に爆散。

 後には白い宇宙飛行士と、空に舞い散るタカロイドの羽だけが残った。

 

 

「おっしゃ!」

 

 

 ガッツポーズを取りながら白い宇宙飛行士はベルトのスイッチを操作し、左腕と左足の装備を解除する。

 右腕のロケットだけは解除せず、それを用いて弦十郎の乗るヘリに向かった。

 白い宇宙飛行士は勢いよくヘリに突っ込むと同時に右腕のロケットも解除。

 しかし勢いが良すぎたのか、半ば滑り込む形となった白い宇宙飛行士は、ヘリの中でうつ伏せのような体勢となってしまっていた。

 突然タカロイドを倒し、突然滑り込んできた白い宇宙飛行士に弦十郎も困惑するばかりだ。

 白い宇宙飛行士はバッと顔を上げると、勢いそのままに立ち上がった。

 

 

「いってぇ!?」

 

 

 ヘリの中は狭い。

 特に天井は低く、立ち上がろうとすれば頭をぶつけるのは当然だ。

 白い宇宙飛行士はものの見事にそれをやってのけた。

 落ち着きがない、というのが弦十郎の第一印象だった。

 ロケットの先端部分のように丸みを帯びつつも尖った頭を撫でながら、白い宇宙飛行士は膝立ちの体勢で弦十郎と向き合う。

 

 

「ってて……どもっす!」

 

 

 頭を下げる白い宇宙飛行士。

 困惑しつつも、弦十郎はその正体を尋ねた。

 

 

「あ、ああ……君は?」

 

「俺は仮面ライダーフォーゼ、如月弦太朗! 翔太郎先輩と一緒に助っ人に来たっス!」

 

 

 元気一杯な若者といった風な白い宇宙飛行士の名は、フォーゼ。

 ベルトと先程の技名からもしや、とは思っていたが、どうやら仮面ライダーらしい。

 しかし弦十郎が士から聞いている助っ人は『仮面ライダーW』と聞いているのだが。

 それに『翔太郎先輩』なる人物が弦十郎には分からない。

 

 

「翔太郎……?」

 

「あ、えっと……W先輩の事っス」

 

 

 人名で言っても分からない事を察したフォーゼはWの名前を出した。

 成程、Wというライダーがさらなる助っ人を連れてきてくれたのだ。

 そんな風に弦十郎も理解した。

 

 

「では、君は仮面ライダーWと一緒に助けに?」

 

「うっす!」

 

 

 力強く頷くフォーゼ。

 仮面ライダーの助っ人が来てくれる事は士を通して伝わっているが、これは嬉しい誤算だ。

 人手が足りていない状況の中でもう1人、仮面ライダーが来てくれるとは。

 何とも心強かった。

 しかもタカロイドを倒し、ヘリを守ってくれた。

 ヘリは装甲に突き刺さった羽は残りつつも、正常に機能している。

 この調子ならば弦十郎が引き続き指揮をする事も十分に可能だ。

 グッドタイミングな助っ人に弦十郎も思わず笑みが零れる。

 

 

「そうか……ありがとう」

 

 

 感謝の言葉にフォーゼは親指を立て、サムズアップで答えた。

 仮面の奥で弦太朗はにこやかに且つ満面の笑みを浮かべている。

 仮面越しでもそれが分かるくらいの笑みと雰囲気だ。

 

 

「俺は風鳴弦十郎。今回の任務の指揮を担当している」

 

 

 一先ず弦十郎は自分の名を名乗った。

 その名前にフォーゼが少し反応を見せる。

 

 

「弦十郎さん、か……」

 

「ん? ……ああ、君の名前は如月弦太朗、と言っていたか」

 

 

 最初に名乗った時に仮面ライダーとしての名前と一緒に本名も名乗っていた。

 弦太朗と弦十郎。

 最後の一文字は漢字が違うが、名前はかなり似ている。

 やはり似ている名前というのは親近感が湧くのだろう。

 弦太朗も弦十郎も、ある特定の人物から特定のあだ名で呼ばれており、そのあだ名まで一致しているのだが、そんな事は露とも知らない。

 そもそもそんな事を考えられるような状況でもないのだが。

 

 

「下ではまだ、我々の仲間が戦っている。助けてやってくれないだろうか」

 

「勿論っスよ!」

 

 

 弦十郎の言葉の後、一瞬の間も置かずにフォーゼは明るく言ってのけた。

 

 

「俺、その為に来たんスから!」

 

 

 そしてもう一度サムズアップをして、入って来たヘリの扉から、今度は飛び出していった。

 すぐさまロケットスイッチを起動し、ロケットモジュールを装備。

 フォーゼは下の戦場に向かって行った。

 

 

「…………」

 

 

 飛び出していったフォーゼの姿を神妙な面持ちで見つめる弦十郎。

 仲間の為に、誰かの為に戦ってほしい、助けてやってほしい。

 そう言っただけでフォーゼというライダーは簡単に飛び出していってしまった。

 あまつさえ、そもそもその為に来たのだと言い放って。

 声色や雰囲気からしてフォーゼというライダーの変身者はまだ若い人間であろう事は予想がついた。

 

 

(彼もまた、こちら側……か)

 

 

 誰かの為に自分の危険も顧みない精神。

 もしかしたらそれは響に対して感じたような『歪み』なのかもしれない。

 人類の自由と平和の為に無償で戦う戦士、仮面ライダー。

 どうして彼等がそこまでできるのか、弦十郎には分からない。

 だが、その姿が酷く頼もしく感じられる事だけは確かだった。




――――次回予告――――
『スーパーヒーロー作戦CS!』

「熱暴走起こしそう……」
「助太刀させてもらうぜ!」
「私、歌いますッ!」
「お宝にも期待できそうだ」

青春スイッチ、オン!


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第38話 デュランダル争奪戦

「『ショットキー』! 発動!!」

 

 ――――ドラゴンショット――――

 

 

 ゴウリュウガンに装填されたショットキーが力を与える。

 ドラゴンショットは10秒間に100発の弾丸を撃ち放つ連射攻撃。

 戦闘員の群れに放てばかなりの効果が期待できる。

 実際に放たれたドラゴンショットは戦闘員達を次々と打ち倒していった。

 

 

「ったく、大分減ったな」

 

『残存敵勢力、初期より20%まで低下』

 

 

 ゴウリュウガン曰く、戦闘員の数は最初の20%まで減ったそうだ。

 最初は数を数えるのすら億劫になるほどの、正しく無数としか言いようの無い数だったが、今は数えようと思えば数えられる程度の人数にまでなっていた。

 どれだけ減らせばいいのか分からなかった初期に比べれば、敵全滅の見通しが立った今は気も楽というものだ。

 そういう気持ちもあってか、3人が残りの戦闘員を倒す際の動きは、何処となく余裕を感じさせるものだった。

 

 

「ハァァァァ……GO!!」

 

 

 ブルーバスターは思い切り力を籠めた右腕を振り下ろし、地面に叩きつけた。

 アスファルトが凹み、地割れのように地面は砕け、轟音と共にまるで無重力状態にあるかのように割れたアスファルトの破片が浮き上がる。

 それと同時に辺り一帯にその力によって引き起こされた強烈な衝撃波が伝わり、衝撃を受けた戦闘員達は全て、波に押されるかのように倒れていった。

 

 

「はぁ、いい加減にしないと熱暴走起こしそう……」

 

 

 地面に叩きつけた右手を軽く振りながらボヤくブルーバスター。

 ゴーバスターズの3人にはワクチンプログラムによる強力な能力が備わっている。

 が、それと同時に普通の人には無い弱点、即ち『ウィークポイント』まで備わってしまったのだ。

 

 例えばブルーバスターは『熱暴走』。

 その状態に陥ると普段以上に力を引き出す事が出来るが、人格が豹変し、味方にまで攻撃をしかねない程に凶暴になってしまうのだ。

 戦術も戦略も滅茶苦茶になってしまい、チームワークもへったくれもない熱暴走は力が上がるというところ以外、利点は無いに等しい。

 起こさない方法は1つ、体を冷やす事。

 熱暴走の名の通り、体があまり暑くなりすぎるとその状態にシフトしてしまう。

 その為、リュウジは時折湿布や保冷剤で体を冷やすのだが、戦闘中はそうもいかない。

 最も、今回は長丁場になる事を想定して冷えピタを体に貼ってきているのだが。

 特にブルーバスターの『力』を引き出す関係で腕からは熱が発生しやすく、そこを重点的に。

 それでも戦闘員達との長い戦いにより、冷えピタの冷却を上回る熱気がブルーバスターの体に纏わりついていた。

 

 今が5月の下旬であるという事を思い出すとリュウジは憂鬱な気分になる。

 夏場はそもそもが暑い為、熱暴走しやすいのだ。

 今はまだ春先の気温が残っているから良いにしても、これからが大変な時期。

 思わず溜息も出るというものだ。

 

 

「リュウさん! 大丈夫なの?」

 

 

 今の言葉を聞きつけたイエローバスターが駆け寄って来た。

 熱暴走がいかに大変な状態に陥る事か、ゴーバスターズのメンバーか一番良く分かっている。

 一度熱暴走すると暴れ切った後に倒れ込むまで暴走は止まらない。

 しかも熱暴走後はしばらく動けなくなるため、戦場のど真ん中であるこの場で熱暴走する事はあまりにもよろしくない。

 ブルーバスターはイエローバスターを安心させるように笑いかけた。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 仮面の中で微笑みながら返答したブルーバスター。

 勿論熱暴走の危険性がないわけではないので、冗談でも何でもないのも確かなのだが。

 

 

「ヨーコちゃんは?」

 

「まだ大丈夫。あんまり長いと充電するかもしれないけど……」

 

 

 リュウジに熱暴走というウィークポイントがあるのと同じように、ヨーコにも『エネルギー切れ』というウィークポイントが存在している。

 カロリーの摂取を怠ると一切の身動きが取れなくなるというものだ。

 お菓子なり何なりでカロリーさえ取れればいいのだが、戦場のど真ん中で所謂『充電切れ』が起こると洒落にならない。

 特に戦闘中はエネルギーの消費も激しい。

 こまめに気を配らないといけない事なのだ。

 ヨーコも任務前という事でしっかりとカロリーは取ってきているが、それもあまり長引きすぎると切れてしまう。

 携帯電話を長く使って入れば何処かで充電が切れ、電源が落ちるので、充電が必要。

 ヨーコのウィークポイントとは、とどのつまりそういう事なのだ。

 

 

「ウィークポイント、とか言ったか。不便だな」

 

 

 辺り一帯を掃討したリュウガンオーが2人の会話を聞きつけて駆け寄って来た。

 リュウガンオーの言う通り、ウィークポイントは不便だ。

 何せ日常的にウィークポイントは発動してしまうのだから。

 真夏の日にうっかりしていると熱暴走を起こしたり、カロリー摂取をサボると歩いている最中に突然倒れる羽目になったり。

 

 

「ええ。でも、それで俺達は力、貰ってるんで」

 

 

 ブルーバスターが右腕でガッツポーズを取りつつ、左手で右の二の腕を触った。

 人知を超えたゴーバスターズの力もウィークポイントも、彼等にインストールされているワクチンプログラムによる影響だ。

 ウィークポイントというデメリットはあっても、そのお陰でヴァグラスと戦えている。

 転送に耐えられるのもワクチンプログラムがあってこそだ。

 不便ではあるかもしれない。

 だが、それでもお釣りがくるほどに、この力には感謝していた。

 

 戦闘員達はあらかた片付いた。

 既に両手で数え切れる程しか戦闘員は残っていない。

 追い詰められている事を感じたバグラー、遣い魔の両戦闘員はじりじりと後退っていっている。

 勝てないという事を意識し始めたのだろう。

 このままさっさと押し切って、早くデュランダルの元へ。

 しかし、そうやって急いでいる時ほど、事というのは簡単に進まないものだ。

 

 

「ファァァイアァァァ!!」

 

 

 残りの戦闘員の数に完全に油断していた。

 だから、突如として戦闘員の隙間から飛んできた炎に反応できなかった。

 3人はそれぞれに纏う鎧越しでも感じる凄まじい熱気に思わず飛びのいた。

 

 

「リュウさん!」

 

「大丈夫……一応、ね」

 

 

 飛びのいてイエローバスターはいの一番にブルーバスターを気遣った。

 当然だ、熱暴走の話をした直後に炎の攻撃。

 体温が上がって熱暴走しかねない攻撃なのだから。

 今の所、ブルーバスターは平常と同じ状態を保っている。

 だが、『一応』という言葉を自信無く呟いてもいた。

 既に熱気を帯び始めた体に炎の攻撃は、ブルーバスターにとっては致命的。

 次が来たら今度こそ暴走しかねない。

 

 炎が飛んできた方向を3人の戦士はキッと睨んだ。

 戦闘員達の奥から、1体の影が現れる。

 見た目はイカを人間大にして手足を付けたような姿で、体色は真っ赤。

 左腕は機械になっており、背中のタンクと思わしき部分と繋がっている。

 恐らくあれが火炎放射を発射した部分であろう。

 

 

「イカの……化物!?」

 

 

 イエローバスターの言葉はとても的を射ていた。

 そう、要するに火炎放射器を持ったイカの化物だったのだ。

 イカの化物――――大ショッカー5人目の刺客、『イカファイア』は3人をじろりと見やった。

 

 

「ふぅむ、仮面ライダーはいないか……。しかし、貴様等はライダーに匹敵する力と聞いている」

 

 

 表情こそ分からない物の、その声色はニヤリと笑うような、悪巧みをしている時のそれに近い雰囲気があった。

 

 

「大ショッカーに敵対する者は誰であろうと死んでもらう!」

 

 

 その言葉をきっかけに、有無を言わさずイカファイアは左腕の火炎放射器から炎を発射した。

 一直線に飛ぶ炎は左腕の動きに連動し、まるで鞭のように撓って3人に襲い掛かった。

 ブルーバスターを庇いつつ、イエローバスターとリュウガンオーも後退する。

 これ以上ブルーバスターに熱気が溜まれば熱暴走は免れず、それは避けたいからだ。

 

 

「この……ッ!」

 

 

 ゴウリュウガンを突き出してイカファイアを狙って引き金を引くリュウガンオー。

 しかし、その弾丸はイカファイアが火炎放射を躍らせる事で全て炎と相殺されてしまった。

 

 

「一旦バラけよう!」

 

 

 ブルーバスターの提案に2人ともすぐさま頷き、3人は別々の方向に転がり込むように散開した。

 直後、イエローバスターは自身の跳躍力を持って空高くジャンプ。

 上空からイチガンバスターを構えてイカファイアに攻撃を行った。

 さらに別の方向、イカファイアから見て右からリュウガンオーもまた、ゴウリュウガンを放つ。

 イカファイアに上空と右から弾丸の雨が降り注ぐ。

 それを掻い潜る為に一旦火炎放射を中止し、前方に転がり込んでそれらを避けた。

 しかし、前方に転がったイカファイアが立ち上がろうとするのと同時に、ブルーバスターがタイミングを合わせて駆け込んでいく。

 

 

「どうもッ!」

 

 ――――It’s time for buster!――――

 

 

 ブルーバスターが好機と捉えた声を上げ、2人の攻撃に気を取られている間に転送したソウガンブレードにエネトロンをチャージし、それをイカファイアに対してすれ違いざまに振るう。

 立ち上がる最中にあったイカファイアは碌な回避行動も取れず、その攻撃を直撃させる事になった。

 その刃は左腕の火炎放射器を見事に捉えていた。

 

 

「ガアァッ!!?」

 

 

 ソウガンブレードの一撃を左腕に受け、悶絶するような声を上げたイカファイア。

 攻撃の影響で火炎放射器からは煙が上がり、既にそれが故障しているのは火を見るよりも明らかだった。

 何より、それが体の一部分であるイカファイアにはそれが一瞬で分かってしまった。

 

 熱暴走を引き起こしかねない、自分にとっての天敵とも言える火炎放射器を潰したブルーバスターに他の2人も続く。

 空中から着地したイエローバスターはイチガンバスターのズームリングを回し、ピント部分を合わせる。

 それはイチガンバスター単体で必殺の一撃を放つ、その予備動作だ。

 一方でリュウガンオーもファイナルキーを取り出し、ゴウリュウガンに勢いよく装填する。

 

 

「ファイナルキー! 発動!!」

 

 ――――ファイナルブレイク――――

 

 ――――It’s time for buster!――――

 

「ドラゴンキャノン、発射ァ!!」

 

 

 リュウガンオーの宣言と共に、イエローバスターも同時に引き金を引いた。

 ゴウリュウガンから発射された龍のように唸る巨大な弾丸と、イチガンバスターから発射された特大ビーム。

 2つの強力かつ強烈な弾丸はイカファイアに容赦なく襲い掛かり、その体では受け切れない程のダメージを一瞬で与えるに至った。

 

 

「ファイ……アァァァァァァ……!!」

 

 

 攻撃を受けた後のイカファイアは断末魔と共に後ろに倒れ込み、爆散。

 火炎放射を使う為の燃料を背負っていた事もあってか、爆風と熱気は今まで倒してきたメタロイド等の爆発よりも強烈だ。

 爆発の勢いに思わず、3人は腕で顔を覆った。

 そして爆風をやり過ごした後、リュウガンオーは改めてゴウリュウガンを構え直し、敵を倒した時の『決め台詞』を呟いた。

 

 

「ジ・エンド……」

 

「削除完了! ってね」

 

 

 同時にイエローバスターもゴーバスターズ特有の、敵を倒したという宣言を年相応の口調で口にした。

 

 

「それにしても、すっごい爆発だったね……。リュウさん?」

 

 

 爆発と爆風が収まった後、イエローバスターはブルーバスターに駆け寄る。

 ブルーバスターが暴走しないで終わった事に胸を撫で下ろしているのだ。

 だが、ブルーバスターから返答が一切ない。

 返答どころか、声に対しての反応も。

 

 

「? ……リュウさん?」

 

「……っせぇ」

 

 

 クエスチョンマークを浮かべるイエローバスターに対し、漸く何かを口に出した。

 しかし小声過ぎてよく聞こえない。

 もう一度リュウジの名前を呼ぶイエローバスターだったのだが――――。

 

 

「うるっせぇぇぇぇ!!」

 

 

 返答は怒号と剛腕の一振りによってなされた。

 反射的に避ける事が出来たイエローバスターだが、ブルーバスターのパワーから繰り出される一撃を食らっていたら只では済まなかっただろう。

 

 

「お、おい!?」

 

 

 その光景を見ていたリュウガンオーも流石に焦った。

 突然、普段は温和なリュウジからは考えられない叫びが飛んできたのだから誰だって驚く。

 

 

「嘘ッ!? まさかリュウさん……!?」

 

「あァッ!? うっせぇっつってんだろうがよォ!!」

 

 

 再び振り下ろされるブルーバスターの攻撃を思い切り後方に飛んで躱すイエローバスター。

 今のブルーバスターは明らかに異常だ。

 体からは白い煙、熱気が常に放出され、声は電子音声のようにくぐもり、極めて凶暴な性格に豹変している。

 これが示している事はたった1つだった。

 

 

「熱暴走ってやつか……?」

 

「うん……。多分、さっきの爆発がきっかけかも……」

 

 

 先程の爆発は普通のメタロイドや怪人の爆発よりも熱気に溢れていた。

 イカファイアが抱えていた燃料によるものだろう。

 しかも最初の炎や、イカファイアが常に出していた炎のせいで辺りの温度も上がっている。

 攻撃を避けるにしても加えるにしても動く事が強要されて、体を動かした事による温度の上昇もあっただろう。

 体温が上がる要因は腐るほど考え付く。

 そしてそれだけ要因がある中での爆発による熱気。

 それがトリガーになってしまったのだろう。

 

 未だ残っていた僅かな生き残りの戦闘員達、特に遣い魔は何事かとおろおろとしている。

 一方でヴァグラス出身のバグラーはこれを好機と見たのか、熱暴走するブルーバスターを無視して2人に向かってきた。

 半ばそれに釣られるように遣い魔もそれに続く。

 戦闘員達の相手はそこまで苦ではない。

 ただ、状況が非常に面倒だった。

 

 

「テメェら邪魔なんだよッ!!」

 

 

 イエローバスターとリュウガンオーに組み付いていた戦闘員達を無理矢理引っぺがし、乱暴に地面に叩きつける。

 だがそれだけに留まらず、何とかブルーバスターを制止させようとする2人をも腕を強烈に振り回して寄せ付けない。

 今の状況、言うなればイエローバスター、リュウガンオーとブルーバスターと戦闘員達の三つ巴状態だった。

 

 戦闘員はともかく荒れ狂うブルーバスターは強敵だ。

 力が2人よりも強い上に、性格が豹変しているだけで明確に仲間であるというのだからタチが悪い。

 攻撃して止めようという考えが浮かぶ事はあるものの、それを実行に移そうとは思えないからだ。

 

 

(何とかリュウジを止めないと……!)

 

 

 ブルーバスターの攻撃対象には止めようとする2人も入っている。

 それにこのままでは何時までたってもデュランダル防衛の増援に向かえない。

 何時かは勝手に止まるとはいえ、それを待っているような時間は無いのだ。

 

 止める方法は何かないのか、リュウガンオーは考える。

 熱暴走というキーワードから、恐らくは冷やせば止まるであろうという事はすぐに考え付いた。

 だが、その冷やす手段がない。

 リュウケンドーがいてくれればアクアリュウケンドーという手もあるのだが、生憎とリュウガンオーにアクアモードに相当する力は無い。

 やはり攻撃して止めるしかないのか、ゴウリュウガンを構えなおすリュウガンオー。

 

 その時だ、何処からか轟音が響き渡ったのは。

 

 

「おおぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 ロケットの噴射のような音と共に、何者かの叫びが木霊す。

 轟音と叫びは徐々にこの戦場に向けて近づき、最終的にはその音の主が上空より降って来た。

 右手にオレンジ色のロケットを携えているが、着地した『彼』はそれを解除した。

 そして埃を払う様に膝の辺りを軽く叩いた後、顔を上げ、右手を前方に伸ばして見せた。

 

 

「仮面ライダーフォーゼ! 助太刀させてもらうぜ!」

 

 

 どう解釈した物か、唐突かつ突然な乱入者が口走った言葉。

 大きく発声されたそれに、イエローバスターとリュウガンオーだけでなく、暴走中のブルーバスターも柄の悪い反応を見せた。

 

 

「あァッ!?」

 

 

 フォーゼはそんな態度にも動じる様子は無い。

 というかむしろ、その態度と状況に対して首を傾げていた。

 

 

「あ? 青いのと黄色いのはゴーバスターズ……だよな? 何か……喧嘩でもしてんのか?」

 

 

 フォーゼが視界に収める状況を説明すると、戦闘員達と戦いながらもブルーバスターの暴走を止めようとするイエローバスターが、ブルーバスターからうざったそうに振り払われている、というものだ。

 ともすれば青と黄色が争っているようにすら見える。

 青が一方的に、だが。

 

 

「おい、お前は?」

 

 

 後ろからフォーゼに肩を置き、リュウガンオーが訪ねた。

 大ショッカー、ヴァグラス、ジャマンガ、ノイズと来て、さらによく分からない存在の出現は警戒に値するものだ。

 例え、仮面ライダーと名乗っていたとしてもだ。

 疑うような声にもフォーゼは正面から堂々と答えてみせた。

 

 

「俺は仮面ライダーフォーゼ。あんたらの助っ人に来たんだけど……」

 

 

 リュウガンオーに正面切って答えた後、ちらりと2人のバスターズを見やる。

 

 

「どうしたんだ? あれって両方ともゴーバスターズ……だよな?」

 

「ああ。実はリュウジ……青い方が暴走してるんだ」

 

 

 暴走という言葉にフォーゼは首を傾げる。

 

 

「どういう事だ?」

 

「詳しくは省くが、アイツは熱暴走ってのを起こすとあんな風に豹変するんだ」

 

「へぇ……止めねぇのか?」

 

 

 止められるものならとっくに止めている、そう言おうとした時、リュウガンオーはふと、閃いた。

 彼は仮面ライダーと名乗っていた。

 リュウガンオーの知るライダー、ディケイドは多種多様な能力を持っていた。

 では、このライダーにもそれと同じように色んな力があるのではないか?

 もしかしたら、氷や水の力を持っている可能性も十分にあるのではないか?

 

 

「……そうだ、フォーゼ……だったな。氷か水を使う事は出来るか?」

 

「氷に水? ああ、一応できるけど……」

 

 

 言いつつ、フォーゼは2つのスイッチを取り出した。

 片方は×型、つまり右足の装備、ナンバリングは32番の『フリーズスイッチ』。

 もう片方は三角型、左足の装備、ナンバリングは23番の『ウォータースイッチ』だ。

 フリーズスイッチはダイヤルを回転させるタイプのスイッチ、ウォータースイッチは蛇口のハンドルそのものなスイッチだ。

 

 

「なら、それを使って青い奴を冷やしてくれ」

 

「え……いいのか?」

 

「ああ。アイツは熱で暴走してる。逆に言えば冷やせば止まるって事だ」

 

 

 確信しているかのように言っているが、リュウガンオーに確証はない。

 だが、熱暴走にならないための予防策が『体を冷やす事』で、体中の熱気のせいで暴走しているのなら、冷やしてしまえばいいというのは道理だ。

 仮に止まらなかったとしても余程の威力、それこそアクアリュウケンドーのファイナルブレイク並の威力で放たない限り氷や水なら大したダメージにもならないだろう。

 

 仕方ない事とはいえ味方に攻撃紛いの事をするのはやや気が引けるのか、フォーゼは戸惑いつつもベルトからランチャーとドリルのスイッチを引き抜き、それぞれフリーズとウォーターを装填した。

 

 

 ――――FREEZE!――――

 

 ――――WATER!――――

 

 

 次いで、フォーゼはその2つのスイッチをオンにした。

 

 

 ――――FREEZE ON――――

 

 ――――WATER ON――――

 

 

 フォーゼの右足に四角い、まるで冷蔵庫のようなモジュールが、左足にはそのものズバリ蛇口のモジュールが展開する。

 冷蔵庫はフリーズモジュール、その名の通り冷気を発生させる。

 蛇口はウォーターモジュール、見た目通りに水を出す。

 

 

「これで、冷やせばいいんだな?行くぜ!」

 

 

 一応の確認を取った後、ブルーバスターに左足の裏を向けるように足を上げる。

 ウォーターモジュールは蛇口から水が出る様に水を出す。

 が、本物の蛇口宜しく、出る口が下を向いているので足を上げなくては水を相手に当てる事が出来ないのだ。

 弦太朗ですら最初は首を傾げたモジュールだったが、威力を高めて発射すれば戦闘員程度は倒せるほどの高威力を叩きだせる馬鹿にならない装備だ。

 

 足を上げたフォーゼ、それに合わせてウォーターモジュールの蛇口がブルーバスターに向かい、勢いよく発射された水はブルーバスターに当たった。

 

 

「何だ、この……ッ!!」

 

 

 水の噴射の中でもがくブルーバスターだが、水の勢いが強すぎて抵抗が出来ない。

 力任せに振り払おうとしても、相手は掴みようのない水だ。

 むしろ抵抗しようともがくせいで体中に水を食らい、良い様に冷却が進んですらいる。

 

 

「っしゃ、次はこいつだ!」

 

 

 フォーゼは水の噴射を止めると同時に左足を下げ、今度は右足を一歩前に出した。

 すると冷蔵庫の蓋が開き、中から凄まじい冷気が飛び出す。

 冷蔵庫を開くと冷えた空気が外にも流れ出すが、これはそれを壮絶に強化したものと言ったところか。

 見た目は冷蔵庫だが冷却機能は冷凍庫以上。

 さらに言えばブルーバスターは既に水を食らい、体に水分が付着している。

 冷凍庫以上の冷却は水分を見る見るうちに凍らせ、ブルーバスターの体のあちこちを凍り付かせた。

 しかしブルーバスターが味方である以上、完全に凍らせるわけにもいかない。

 フォーゼは頃合いを見てフリーズモジュールを停止させた。

 

 

「こ……の……」

 

 

 乱暴な言葉を吐こうとしたのだろうが、既に覇気は微塵も感じられない。

 体からは煙が上がっている。

 煙というよりは馬鹿みたいに熱い物体に水をかけた時のような、要するに水蒸気だが。

 ブルーバスターはやがて動きを止め、変身が解けるとともにその場に倒れた。

 その顔は眠っているかのように穏やかである。

 

 

「……どうだ?」

 

 

 スイッチを切り、モジュールを解除したフォーゼは恐る恐ると言った感じで倒れたリュウジを見やる。

 先程まで暴れていた人間とは思えぬほど大人しくなった。

 どうやら冷却の効き目はあったようだ。

 リュウジの暴走が止まりホッと胸を撫で下ろしたイエローバスターは辺りの戦闘員達を軽く掃討し始めた。

 リュウガンオーも「よし」と頷き、残りの戦闘員を正確な射撃で1人残らず撃ち倒していく。

 

 フォーゼが介入しようとするよりも早く、本当に僅かであった戦闘員達は2人の前に全滅。

 この場の戦いは一先ず収まった形となるのだった。

 リュウガンオーはゴウリュウガンをモバイルモードにして腰に装着。

 武器を持たぬ状態でフォーゼの方に向いた。

 

 

「ありがとな、助かった」

 

「いいって事よ。……まあ、ちょっと考えてた状況と違ったけどな」

 

 

 ちらりとリュウジを見て仮面の中で苦笑いするフォーゼ。

 本当なら『苦戦する戦士の前に降り立って颯爽と敵を倒す!』ぐらいの勢いだったのだが、まさか仲間の暴走を止める役回りになるとは思っていなかった。

 勿論、仲間を助けられた事は喜ばしい事なのだが、想定外の事態に少し戸惑ったのも事実だ。

 

 

「でも、どうしよう? このままにしておくわけにもいかないし……」

 

 

 イエローバスターが2人の元に駆け寄りながら言った事は尤もだ。

 任務はまだ終わっていない。

 イエローバスターもリュウガンオーも、この先にいる響と了子と剣二の援護、及びデュランダルの護衛に回らなくてはならない。

 それに自分達よりも前に敵を足止めする為に別れたレッドバスターとディケイドの事もある。

 かといってリュウジをこのままにしてもおけない。

 最悪、生身の状態ではノイズに見つかって炭素転換されてしまうし、そうでなくとも戦場のど真ん中に寝ている人間を放っておくわけにもいかない。

 

 

「連絡して、風鳴司令のヘリに回収してもらうか」

 

 

 リュウガンオーの提案はこの場で最も確実な方法だろう。

 まさか特命部、特異災害対策機動部二課、S.H.O.Tのいずれかの基地まで運ぶために戻るわけにもいかないし、このままにしておくのも論外。

 ならば、人を回収できる乗り物に乗せておき、誰かに見ていてもらうのが一番だ。

 そうすると条件を満たすのは自ずと上空のヘリだけとなる。

 

 

「だったら、俺が運ぶぜ」

 

 

 フォーゼの言葉に他の2人が振り向く。

 

 

「あんた等はやる事があんだろ?俺もこの人を運んだら合流するから、先行けよ」

 

 

 腰に手を当てて得意気な口調で語るフォーゼ。

 明るさと若さが入り混じった口調の中に、頼もしさを感じさせた。

 突然現れたフォーゼを、ブルーバスターを止めてくれたとはいえ、安易に信じるのは危険かもしれない。

 だが敵ではない、そう感じさせる雰囲気が彼にはあった。

 リュウガンオーは少し考えた後、リュウジを彼に託す事に決めた。

 

 

「……すまない、頼めるか?」

 

「おう、任せといてくれ!」

 

 

 フォーゼはそうと決まれば善は急げ、とでも言うかのようにリュウジを左腕で担ぎ、右腕のモジュールを展開するスイッチを入れた。

 

 

 ――――ROCKET ON――――

 

 

 右腕に大きなロケットが装着され、見た目通りにエンジンが噴射したロケットモジュールはフォーゼとフォーゼに抱えられたリュウジを上空へと運んでいく。

 空高く舞い上がってヘリに向かって行くフォーゼを見送る2人。

 大丈夫そうであることを確認すると、2人の思考はリュウジとフォーゼの事から、任務の事に即座に切り替わった。

 

 

「よし……行くぜ、ヨーコちゃん」

 

「うん!」

 

 

 リュウガンオーはバスターウルフを召喚し、ウルフバイクに変形させて搭乗。

 イエローバスターは持ち前の脚力を活かして建物の屋上をまるで忍者のように跳び、渡っていく。

 

 この戦場こそ収まったものの、他の戦場はまだ、渦中の中にあるのだ。

 

 

 

 

 

 デュランダルの入ったケースを抱え、響は了子と共にひた走る。

 そんな2人を工場の建物、その上に立つネフシュタンの少女が見下ろしていた。

 ノイズを操り、確実に追い詰めている。

 だがその表情は険しいものだった。

 

 

(何でだ、何で……)

 

 

 彼女はヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカーと手を組む事に納得がいっていないのだ。

 彼女には彼女自身のある『目的』がある。

 はっきり言うと、その目的を達成するにはヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカーの存在はむしろ邪魔とすら言える。

 フィーネも自分の目的は知っているはずなのに、何故。

 そんな疑念が苛立ちとなって表情に現れているのだ。

 

 

(『目的の為なら、手段を問うよりも必要な事がある』ってフィーネは言った……)

 

 

 フィーネの言葉は理解できる。

 しかし納得がいっていないのだ。

 自分のしている事は正しいのか?果たして、あの連中と手を組む事は……。

 だが、既に行動を起こしてしまった今となっては後の祭り。

 いずれにしてもデュランダルを手に入れるという目的は果たさなくてはならないのだ。

 ネフシュタンの少女は思考を切り替え、デュランダルに意識を集中した。

 

 

(……いいさ、やってやるよッ!)

 

 

 今はただ、自分が為すべき事を。

 愚直なまでに終わりの名を信用している彼女は迷いを振り切った。

 僅かな疑念も捨て去って。

 

 

 

 

 

 薬品工場の爆発によるデュランダルの破損は敵にとっても喜ばしい事ではない。

 そういう理由もあってかノイズの攻撃はそこまで激しいものではなかった。

 とはいえノイズが脅威であることに変わりはなく、逆に言えば破損さえしなければどれ程攻撃を加えようと相手はお構いなし。

 対してデュランダルを『守る』側の響は圧倒的に不利だった。

 

 今回の任務において最重要なのはデュランダルの安否だ。

 作戦行動中のメンバーの安否も重要な事ではあるが、任務自体の中心はデュランダルである。

 故に、デュランダルに防衛戦力を割くのが正しい事だろう。

 しかし移送を妨害しようと怪人が出現した為に戦力の殆どがそちらに持ってかれてしまった。

 追ってくるかもしれない怪人を足止めする事も重要な事であり、それは仕方のない事だ。

 とはいえ現部隊の前線メンバーの中でも最年少且つ経験の浅い響が単独というのは些か厳しい面もあるだろう。

 

 当たり前だが、そんな事情を敵は考慮してくれない。

 まるで瞬間移動のように高速で体当たりを行うのがノイズの主な攻撃方法であり、一瞬でも遅れたらノイズの餌食になるだろう。

 容赦のないノイズの攻撃を必死に避ける響と了子だが、避けたノイズの攻撃が工場の一角に直撃した事による爆風で大きく吹き飛ぶ形になってしまった。

 

 

「きゃぁッ!!?」

 

 

 倒れ込む2人と、響の手から離れ、整備されたコンクリートの地面を滑るデュランダルのケース。

 こういった爆発による煙のせいで、この辺りの視界は益々悪くなっていく。

 響と了子の視界はともかく上空のヘリから目視する事が出来なくなっているのはこのためであり、一向に煙が収まる気配がないのは収まりかけた傍から別の場所が爆発しているからであった。

 

 何とか立ち上がる2人だが、容赦なくノイズの攻撃は続く。

 ノイズの波状攻撃は歌を歌う隙すら与えてもらえない。

 シンフォギアを纏うのは仮面ライダーやゴーバスターズのように一瞬ではなく、歌を歌うという手順を必ず踏まなくてはならない。

 歌を歌うという事は、確実に装着までに数秒の時間が必要であるという事だ。

 ノイズ相手に響はシンフォギアを纏わないのではなく、纏えない状況にあった。

 このままでは、そう思った矢先だった。

 

 

「……?」

 

 

 ノイズが再び高速移動に入ったものの、何時まで経っても攻撃が来ない。

 そして、目の前の光景に小首を傾げる響。

 響は目の前で起きている異常事態に目を丸くした。

 

 一介の研究者でしかない筈の櫻井了子が、右手から響までカバーできるほどの紫色の防壁を出し、ノイズの攻撃をせき止めていたのだ。

 

 

「了子、さん……?」

 

 

 思わぬ状況に動揺したのか、たどたどしく名を呟く響。

 ノイズ達は防壁にぶち当たると炭となって消えていく。

 防壁に当たった際の衝撃や風圧だけは了子にも伝わっているのか、髪留めや眼鏡が吹き飛び、了子の纏めてあった髪の毛は本来の長くストレートな姿となった。

 眼鏡が外れた事も相まって普段とは違う印象を受ける横顔を響は見つめた。

 

 

「しょうがないわね! 貴女のやりたい事を、やりたいようにやりなさい!」

 

 

 防壁を張りつつも笑みを浮かべながら響に語り掛ける了子。

 その言葉に響は立ち上がった。

 了子がこんな力を使えるのは、きっと弦十郎が恐るべき力を持っているのと同じような理屈なのだろうと響は自分を納得させる。

 そして防壁に激突を続けながらも減る様子のないノイズ達を見据えた。

 

 

「私、歌いますッ!」

 

 

 その目は既に、『巻き込まれた少女』ではなく、『1人の戦士』としての風格すら感じさせる決意の瞳。

 正真正銘自分の意思で、自分が守りたいと思ったもの、自分がやりたいと思った事を本気で貫くために。

 そうして響の口は、『歌』を歌いあげた。

 

 体に装着されていく鎧、未だ手にできないアームドギア。

 しかし、弦十郎や士との特訓を経た響自身の力は確かに上がっている。

 

 

 ――――私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ――――

 

 

 ギアより流れる曲を歌い上げつつ、響は構える。

 ノイズによる高速突進による攻撃を最小限の動きで躱すも、ギアの靴部分にあるヒールが工場に張り巡らされているパイプの1本に引っかかってしまい、やや間抜けにもすっ転んでしまった。

 予想外の出来事だったがすぐさま立ち上がる響はパイプに引っかかったヒール、そして今までの練習を思い返した。

 

 今までの練習は動きやすい服、動きやすい靴で行っていた。

 ディケイドとの模擬戦においても練習場は整備された地面であり、ヒールがあっても特に問題にはならなかった。

 しかし実戦はありとあらゆる地形が想定できる。

 凸凹とした地形、木の根が張り巡らされている森林、今のような工場地帯……。

 それを考えると、今のように引っかかりかねないヒールは不要と言える。

 

 

(ヒールが邪魔だ……!)

 

 

 響は両足の裏を斜めに打ち付け、ヒール部分をわざと分離した。

 ヒールをパージし、両の足でしっかりと地面を踏みしめた響は再び構えた。

 今までのように適当なそれではなく、どんな攻撃が来ても対応し、どんな攻撃でも繰り出せる、弦十郎直伝の構えだ。

 

 1体のノイズが急速接近するのを見極め、1歩進みでて地面をしっかりと踏みしめつつ、右手を打ち付ける。

 次の瞬間、ノイズは背中から弾け飛んだ。

 拳を置くだけという最小限の動きからの特大の衝撃。

 所謂寸勁というやつで、威力は折り紙付きだ。

 ノイズとの戦いにおいて1対1は基本的にあり得ず、多対1である事が専らだ。

 動きが小さく威力が高いこの技、というよりも響が学んだ動きは対ノイズ戦に置いて理想的なものであると言えるだろう。

 その後も押し寄せるノイズを響は的確に、自身が学んだ型を活かして確実に仕留めていく。

 

 弦十郎から習った事だけでなく、それを使っての応用を利かせている事を響自身も気づいていない。

 ディケイドとの実戦訓練は響が習った事を試す機会となり、響に経験値を積ませていた。

 その経験が応用を自然と出せる、自然と判断できるレベルにまで響を押し上げていた。

 この光景を弦十郎が見れば『粗がある』とか、『まだまだ未熟』というかもしれない。

 実際、訓練を積んできたゴーバスターズや実戦経験の差がある仮面ライダーや魔弾戦士には敵わないだろう。

 だが、その差は最初に比べれば格段に縮まり、響の成長が目覚ましいのも事実であった。

 

 響の一撃はノイズを砕き、攻撃は紙一重で躱す。

 紙一重であった攻撃にも一切の怯みを見せず、むしろギリギリで躱したからこそ、次の反撃を活かす一撃を見舞う。

 力を籠めて足に踏ん張りを効かせるたび地面が砕け、振るわれた四肢はノイズを仕留める。

 既に響の実力は素人のそれを完全に脱却していた。

 

 何より、その響の実力に目を見張っていたのはネフシュタンの少女であった。

 

 

「コイツ、戦えるようになっているのか……!?」

 

 

 建物の上で響の戦いぶりを見ていたネフシュタンの少女も驚きを隠せないでいる。

 脅威でないと思っていた、確実に問題が無い素人としか思っていなかった。

 前回の戦いの時点では、立花響というシンフォギア装者は無視できるレベルだった。

 それがどうした事だ、響は女性だが『男子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉を体現しているかのように見違えた動きをしている。

 その動き、その力は既に『戦力』と考えても差し支えない程だ。

 シンフォギアを除くディケイド以外の戦士達はノイズにまともに対応できない。

 さらにディケイドは怪人と戦っている。

 では、残るは素人装者1人と高を括っていたのだが、その考えは一瞬でひっくり返されてしまった。

 

 味方である了子ですら、その戦いぶりに驚いている様子を見せている。

 そしてもう1人、ネフシュタンの少女にも了子にも響にも気取られる事なく、その光景を見つめる戦士がいた。

 

 

「へぇ、あんなものもあるんだ」

 

 

 青い――本当のところはシアンらしいが――戦士、仮面ライダーディエンドだ。

 彼もこの世界に来て情報収集を色々と行ったのだが、機密として外部に漏れていないシンフォギアの事までは知らなかった。

 海東大樹は各世界の事を知る情報通な一面を持っていたが、この世界は知らない事の方が多い。

 仮面ライダーやゴーバスターズはともかく、魔弾戦士やシンフォギアという存在はあまり耳にした事が無い。

 だが、だからこそというべきか、海東はワクワクしていた。

 自分の知らない戦士がいるという事は、自分の知らないお宝が未だ存在するという事だ。

 コソ泥、もとい、トレジャーハンターとしての性なのか、まだ見ぬお宝に思いを馳せているのだ。

 

 ディエンドは響ではなく、響の纏う鎧に着目していた。

 歌を歌った直後に身に纏った鎧、そこから察するに歌を変身のトリガーにする力なのだろう。

 シンフォギアや聖遺物といった専門用語を知る由もないディエンドだが、ただ1つ、あれが自分の考える『お宝』というカテゴリに合致するという事だけは分かった。

 そしてそんなお宝を使って防衛しなければならないほどの物が、了子の近くに落ちているケースの中には入っているのだろう。

 

 

「お宝にも期待できそうだ」

 

 

 彼は自慢の銃を携えながら、軽い足取りで戦場に足を踏み入れようとした。

 しかし――――――。

 

 

「……おっと」

 

 

 ディエンドが思わず足を止めて見つめた光景。

 それは自分が今まさに向かわんとしたケースの中から、石のような折れた剣がひとりでに宙を舞い、空中に静止している、というものであった。

 

 

 

 

 

 

 

「覚醒……起動ッ!?」

 

 

 デュランダルが突如としてケースを突き破って空中に静止した。

 それは即ち、デュランダルの起動を意味していた。

 完全聖遺物の起動にはそれ相応のフォニックゲインが必要である。

 

 例えばネフシュタンの鎧であれば『ライブ会場にてツヴァイウイングの2人が歌い、それにプラス観客から発生するフォニックゲインを合わせる』という大多数の人間が関わって漸く起動するというものだった。

 それを1人で起動させるとなると相当量のフォニックゲインが必要となる。

 2年前のライブから鍛錬を積んだ翼でも『起動できるかもしれない』と可能性の域を出なかったほどだ。

 この場で歌を歌い、フォニックゲインを発生させているのは立花響1人。

 その状況下の中でデュランダルが起動したという事は、立花響は単独による完全聖遺物の起動をやってのけたという事になる。

 了子の驚きの理由はそれであった。

 流石に『移送中にデュランダルの起動』までは想定外だったのだ。

 

 ともかくとして起動してしまった事で外に飛び出たデュランダルはネフシュタンの少女にとってもそれを奪う絶好の機会となった。

 

 

「ハン! デュランダルともども、今日こそ物にしてやるッ!!」

 

 

 ノイズに任せて傍観を決め込んでいたネフシュタンの少女は建物から跳び上がり、ノイズの相手をする響に飛び蹴りをかました。

 咄嗟の事への反応が出来ず、経験の差も如実に表れたのか、それをまともに頬に受けてしまう響。

 頬を通して顔面に走る痛みに耐えつつ、吹き飛ばされながらも響はネフシュタンの少女から目を逸らさない。

 吹き飛び、地面に激突した響は壊れたコンクリートの破片を振り払いすぐさま起き上がる。

 

 

(まだダメなんだ、アームドギアはどうしたら……ッ!)

 

 

 自分が強くなったことは響自身も実感していた。

 だが、未熟なのも痛感していた。

 未だアームドギアが顕現しないことが未熟である事の証明だと響は考えている。

 ガングニールは槍の聖遺物。

 2年前のライブの日、天羽奏が纏っていたガングニールは確かに槍を携えていた。

 響の目にもそれは焼き付いている。

 だから余計に思うのだ、どうしたらガングニールを使いこなせるのかと。

 

 だがそれを考える時間をネフシュタンの少女も与えてはくれない。

 ネフシュタンの少女は鎧から薄紫色の茨のような鎖を放った。

 先の言葉からデュランダル奪取以外に『響を捕まえる』という目的も依然生きているようで、響の体力を削ぐつもりなのだろう。

 直線的に飛んでくる茨を響は跳び上がる事で避けるものの、ネフシュタンの少女は前方に走り込みつつ茨を轢き戻し、再び放つ。

 

 

「ッ!?」

 

 

 跳び上がって着地した直後の響は身動きが取れず、茨を躱すのが精一杯だった。

 前方に走り込む事でリーチを詰め、近距離からの茨に反応できなかったのだ。

 躱しはするものの、茨は響の体を掠め、鋭い痛みを与えた。

 

 一方、戦いとデュランダルを傍観する了子。

 

 

「中々やるね、どっちも」

 

 

 呆然か、もしくは傍観に集中していたのか。

 とにかく他に意識が向いていなかった了子は、後方から出し抜けに響いた声に驚きつつ振り返った。

 見れば異形、幾つものプレートが鎧となり、右手には銃。

 体は黒とシアンで色付けされた戦士が悠々と立っていた。

 

 

「貴方は……」

 

「通りすがりの仮面ライダーってとこかな」

 

 

 通りすがりの仮面ライダーという言葉は士が自分を自称する時の言葉だ。

 了子は今の言葉で目の前の仮面ライダーが士と何らかの関係にある事を察する。

 よく見ればディケイドと似ている部分も幾つか散見されたのも、その考えに拍車をかけた。

 

 

「さてと、じゃああの2人が小競り合ってるうちに、あの剣は僕が頂くよ」

 

「ちょっ……貴方、仮面ライダーなんでしょ?」

 

「そうだよ?」

 

 

 突然の火事場泥棒宣言に了子も目を丸くした。

 対してディエンドは飄々と了子の口をついて出た質問に答えて見せる。

 了子の思い描く仮面ライダーとは、この場で響の味方をする存在。

 だが、ディエンドの語るそれは味方どころか敵対に近い。

 了子は少し後ろに下がり、ディエンドから距離を取った。

 今の言葉は十分に警戒に値するものだ。

 少なくとも狙いがデュランダルである以上、味方という考えは無くなった。

 警戒する了子の目は鋭くディエンドを捉え、向けられたディエンドはおちょくる様に肩をすくめる。

 

 響とネフシュタンの少女の戦いも激化し、爆発の音が響く中、了子とディエンドの間には逆に静寂が漂っていた。

 警戒と睨み合いによるその空気。

 その空気に水を差したのは、爆発の音とは違うエンジンの排気音だった。

 

 

「おっと……もう追いついてきたのかい?」

 

 

 エンジンの排気音がする方向を見たディエンドは呆れるような声を出した。

 排気音の正体はバイク、マシンディケイダーのもの。

 ディエンドを追って仮面ライダーディケイドが到着したのだ。

 マシンディケイダーを止めて降りたディケイドは庇う様に了子の前に立ち、ディエンドと睨み合う形になった。

 

 

「間に合ったか。櫻井、大丈夫だろうな」

 

「え、ええ……。この仮面ライダー、何者?」

 

 

 了子の問いにディケイドは一瞬考え、その問いに答えられそうな言葉を並べた。

 

 

「コソ泥、盗っ人、火事場泥棒……好きなのを選べ」

 

「やれやれ、友情の加害者が被害者に送る言葉がそれかい?」

 

 

 極めて不愉快そうな雰囲気を纏いつつも押し黙るディケイド。

 会う度に言われる辺り、心底根に持っているらしい。

 確かに大樹が根に持っているそれは士が悪いので言い返しようがないのだが。

 第三者の了子にその言葉の意味は分からなかったが、どうやら因縁というか、この2人は奇妙な関係にある事を察した。しかも極めて面倒くさそうな。

 

 ディエンドの責めるような言葉をとりあえずスルーし、ディケイドは本題を切り出す。

 

 

「とにかく、お前にデュランダルは渡さない」

 

「へぇ、デュランダルって言うんだ。絶対に頂くよ」

 

 

 ディエンドの返答は想像の範囲内どころか、そういう返答になるだろうと予想すらできていた。

 ディケイドは辺りの様子も調べつつ、ディエンドにも注意を向ける。

 響はノイズとネフシュタンの少女と交戦中、ノイズはともかく、ネフシュタンの少女の力量は響以上のようで、苦戦を強いられていた。

 了子は一般人、この場で戦う力は無いだろう。

 デュランダルはどういうわけかケースを突き破って出てきた痕跡が見られた。

 何故そうなったかを聞く様な余裕はないだろう。

 そして、目の前にはデュランダルを狙う現状の敵、ディエンド。

 

 

(立花の方も何とかしないといけないが、海東が厄介だな……)

 

 

 状況を冷静に見極め、ディケイドはどのように動くべきかを考えた。

 後ろにいる了子は一先ず安全だろう。

 大樹は邪魔をする物になら銃を向ける事もあるが、逆に言えば邪魔さえしなければ銃は向けない。

 つまり、現状で銃を向ける対象はディケイドに対してのみだ。

 それに人殺しのような事はなんだかんだ言いつつもしないやつだ。

 ノイズの方もノイズを操る張本人であるネフシュタンの少女が響に気を取られている以上、こちらに来るという事は無いだろう。

 響がネフシュタンの少女を足止めしているのなら、自分が戦うべきはディエンド。

 そして早くどちらも倒し、デュランダルを保護しなくてはならない。

 

 ディケイドは溜息をついた。

 最初に出会った頃は勝負する事もあったが、旅も終わりになってくると完全に仲間となっていた。

 それが以前の仮面ライダーとスーパー戦隊を巻き込んだ壮絶な芝居で大樹を傷つけてしまったが故に、出会った最初期の頃のような、士としては非常に面倒な状態に戻ってしまった。

 まあ、それでもその頃よりかはマシなのは救いだが。

 

 それに裏切るような真似をしてしまったとはいえ、仲間意識があるのも事実。

 拳を向けるには気が引ける面もある。

 その2点がディケイドの溜息の理由だ。

 一方でディエンドは溜息をつくでもなく、銃をクルクルと回して非常に余裕そうな態度を取っている。

 

 

「僕の邪魔をするなら、容赦はしないよ?」

 

「今さらだな。前からいつもそんなんだったろ」

 

 

 軽口を叩きつつ、睨み合う2人。

 ディケイドはライドブッカーを銃の形にして右手に携え、ディエンドもまた、ディエンドライバーを回すのを止め、しっかりと握った。

 睨み合う2人はそのままの状態で横に1歩1歩進んでいく。

 了子を巻き込まないようにとディケイドが配慮した結果であり、ディエンドもそれに乗った形だ。

 そして、了子から十分離れたと判断した2人の銃が同時に相手に向けられた。

 

 銃声と共に、次元を渡る旅人と次元を渡る怪盗の勝負が始まったのだ。




――――次回予告――――
守りたいと握った拳は悪意の群れに放たれた。

守ることを忘れた剣は雷の前に跪く。

共に直進、直線なのは変わらず、諸刃である事も変わらない。


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第39話 終局、争奪戦

 バイクチェイスは未だに終わらない。

 レッドバスターはジャガーマンと戦闘を続行中だ。

 2人がすれ違う度、ジャガーマンの爪とレッドバスターのソウガンブレードが火花を散らす。

 射撃では意味がないと判断した為に接近戦に切り替えたわけだが如何せん、ジャガーマンの近接戦闘能力は意外と高かった。

 

 元々ジャガーマンはその名の通りジャガーの怪人だ。

 ジャガーは肉食で狩りをする動物であり獲物を仕留める為の鋭い牙と爪を持っている。

 そんなジャガーの特性を備えているジャガーマンが近接戦闘を得意としているのは当然の話だ。

 むしろバイクに乗って遠距離からの攻撃を出来るようにしているのは、遠距離攻撃ができないという欠点を補っているからであろう。

 遠距離ではバイク、近距離では爪と牙と、今のジャガーマンは隙の無い状態にある。

 

 

(やっぱり、バイクから何とか……!)

 

 

 結局、レッドバスターが出した結論は最初と同じでバイクから引き摺り下ろす事だった。

 レッドバスターはジャガーマンとすれ違って少し前進した後、バイク形態のニックをドリフト、再びジャガーマンに向かって行く。

 ジャガーマンも同じようにドリフトを行い、重火器を積んで鈍重そうなバイクを巧みな動きで操る。

 2者は再度接近し、剣と爪をぶつけるかと思われた。

 が、接触する寸前にレッドバスターは一瞬ニックを倒れ込ませ、モーフィンブレスを装備している左腕を真横に伸ばす。

 そして接近するジャガーマンが左腕を伸ばしたレッドバスターとすれ違おうとしたその瞬間にモーフィンブレスからワイヤーが発射された。

 瞬時に発射されたワイヤーはジャガーマンが乗るバイクのハンドルとジャガーマン本人の間にある僅かな空間にするりと入り込み、近くのビルに突き刺さった。

 

 

「ガッ!?」

 

 

 ワイヤーはかなり頑丈にできており、ビルとモーフィンブレス本体で固定されたワイヤーはジャガーマンが前進する事を許さない。

 つまりジャガーマンがワイヤーに引っかかったのだ。

 ジャガーマンがワイヤーにかかった一瞬、左腕が猛烈に引っ張られる感覚に襲われるレッドバスターだが、決してワイヤーを緩める事はしない。

 結果、ワイヤーに引っかかったジャガーマンは思わぬ事にハンドルから手を離してしまい、バイクだけが前進。

 

 その後、主を失ったバイクは少し進んで横転した。

 レッドバスターはジャガーマンとバイクが離れた事を確認するとすぐさまワイヤーをモーフィンブレスに回収し、ニックにブレーキをかけた。

 

 

「上手くいったか!」

 

 

 ワイヤーに引っ掛けて、転ばせる事でバイクと分断する。

 単純明快で簡単な解決方法。

 だがワイヤーを張ればすぐに気付かれる事は必至なため、今のようにギリギリで、すれ違いざまにワイヤーを発射するという芸当が必要になった。

 お互いがバイクで走るスピードの中でそれを見極める事が出来たのはレッドバスターが『速さ』に慣れていたからだろう。

 超高速という人知を逸した速度で行動できるレッドバスターの目は、既にその程度の『速さ』なら見切る事が出来るようになっていたのだ。

 

 

『やったなぁ、ヒロム!』

 

「ああ!」

 

 

 喜ぶ2人を憎々しげに見つめ、背中から落ちたジャガーマンが痛みに耐えつつもゆっくりと起き上がった。

 

 

「よくも……!」

 

「悪いが、物騒なレースは終わりだ」

 

 

 ニックから降りてソウガンブレードを威嚇するように何度か回した後、構え直す。

 バイクを失っても闘志は消えないジャガーマンを相手にレッドバスターは全く臆さない。

 

 

「一気に決める!」

 

 

 レッドバスターは走り出すと同時にワクチンプログラムを起動した。

 モチーフとなったチーターのように、いや、チーターよりも素早くジャガーマンに接近。

 前から一撃、右に回り込んで一撃、後方から一撃、左に回り込んで一撃。

 ジャガーマンの前後左右全てから同時にすら思える程の速度でソウガンブレードを炸裂させる。

 余りの速さにジャガーマンも対応が出来ず、良い様に切り裂かれるだけだ。

 そしてジャガーマンから一度離れたレッドバスターはソウガンブレードを操作した。

 

 

 ――――It’s time for buster!――――

 

 

 エネトロンがチャージされ、ソウガンブレードに必殺を放たんとする力が籠められる。

 グッとソウガンブレードを握りしめジャガーマンに正面から突っ込む。

 すれ違いざまに一撃、そのまま後ろに回って大きく振りかぶって背面を斜めに切り裂いた。

 

 

「ヒョオォォォォォォ!!」

 

 

 なすすべなくソウガンブレードによる必殺の一撃を受けたジャガーマンは断末魔の遠吠えと共に爆散。

 しかしレッドバスターは気を緩める事無くイチガンバスターを転送、すぐさまソウガンブレードと合体させ、イチガンバスターをスペシャルバスターモードへと変えた。

 

 

 ――――Transport!――――

 

 ――――It's time for special buster!――――

 

 

 スペシャルバスターモードを携えたレッドバスターは背後に振り向き、それを構える。

 照準はジャガーマンが乗っていた横転しているバイク。

 レッドバスターはそのバイクの装甲が薄い部分目掛け、迷う事無く引き金を引いた。

 

 

「ハッ!」

 

 

 特大のビームはバイクの装甲の薄い部分をすり抜けてバイク内部に直撃。

 強力な一撃にガソリン等も反応してしまったのか、大ショッカー製の特殊バイクは破片を撒き散らして爆炎と共に破壊された。

 

 

「削除完了!」

 

 

 その言葉はジャガーマンとそのバイク、両方を撃破した事を報告するかのように口にされた。

 あのバイクは大ショッカーの物。

 下手にこちらで使おうとして、奪われた時の対策に『爆弾が仕込んでありました』とか『盗聴器がありました』なんてオチも考えられる。

 そもそも敵側が使っていた武器を残す意味は無い。

 レッドバスターはイチガンバスターを下ろすと、一息吐いて力を抜いた。

 が、すぐに仮面の中の顔は険しい顔つきとなり、バイク形態のニックに跨り、ハンドルを握ってエンジンを吹かせた。

 

 

「行くぞニック。まだ終わってない」

 

『はは、OK!』

 

 

 ストイックなレッドバスターの言葉が頼もしくて、ずっと近くで成長を見ていたニックにはそれが何だか嬉しくて。

 色々な思いを込めて一瞬笑ったニックと共にレッドバスターは戦場を駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――LUNA! METAL!――――

 

「オォラァ!!」

 

 

 ハードボイルダーをジャンプさせ、バイクに乗るサイギャングの上空を通過しつつ『メタルシャフト』を振るうW。

 今しがた変わった右が黄色、左が銀色の姿、『ルナメタル』は右側を『ルナメモリ』、左側を『メタルメモリ』に差し替えた姿だ。

 ルナは手が伸びたり、トリガーによる銃撃を誘導弾のように操ったりする事ができる不思議な力をWに与える。

 メタルは鋼鉄の体とパワー、そして棒状の武器、メタルシャフトを与えるメモリだ。

 この2つが合わさる事により『伸縮自在となったメタルシャフトを鞭のように自由自在に操れる』というWが完成するわけだ。

 

 そしてサイギャングの上空を通過したWがメタルシャフトを振るった結果、メタルシャフトは伸び、まるでロープのようにサイギャングの体に巻き付く。

 Wはそのままハードボイルダーを着地の後、少しの間前進させた。

 結果、サイギャングは自分が乗るバイクよりも速いスピードと勢いで前に引っ張られ、バイクから転げ落ちてしまった。

 乗り手を失ったバイクは横転し、その派手な音で相手が上手く横転した事を察したWはハードボイルダーを止め、後ろを向いた。

 

 

「へっ、上手くいったな」

 

 

 Wはハードボイルダーからすぐさま降りてメタルシャフトを振るう。

 立ち上がり際のサイギャングに鞭のようになったメタルシャフトによる攻撃を浴びせるつもりなのだ。

 狙い通り、サイギャングを鞭で叩くかのようにメタルシャフトで攻撃する事には成功した。したのだが。

 

 

「……こんなものォ!」

 

 

 サイギャングは一切怯まない。

 その様子に一瞬たじろぐWだが、すぐに切り替えてメタルシャフトを何度も振るった。

 その度にサイギャングには鞭で叩かれたかのような衝撃が走っているはずだ。

 1発、2発、3発……10発以上繰り出している。

 だが、サイギャングはビクともしない。

 

 

「どうした? その程度では俺は破れんぞ!」

 

 

 表情は分からないが声は嘲笑っているように聞こえる。

 サイギャングは顔の前で両手をクロスさせた後、すぐさま広げて前に向けて両腕を伸ばした。

 すると伸ばした両腕の間を照準にし、サイギャングは口から炎を放ち始める。

 さらにそれに加え、その状態のまま一歩一歩前進してきた。

 あまり飛距離のない火炎だが、サイギャング自身が接近してくる事で火炎は徐々に徐々にWを熱気の中に追いやっていく。

 

 

「熱ぃな……!!」

 

 

 右手で防御しても左手で防御しても、ましてメタルシャフトでもサイギャングの炎は遮れない。

 普通の、一般家庭で使われるような火なら耐える事は容易い。

 だが、サイギャングの放つそれは普通に生活していればまずお目にかかれないほどの高温。

 仮面ライダーといえどキツイものはキツイ。

 

 

『目には目、火には火だ』

 

「ああ。熱く行こうぜ」

 

 

 フィリップの提案は翔太郎も既に考えていた事だった。

 炎に耐えながらWはダルドライバーを一旦閉じ、ルナメモリを引き抜く。

 そして新たに赤いメモリ、ヒートメモリを取り出して起動し、ダブルドライバーに装填、展開した。

 

 

 ――――HEAT!――――

 

 ――――HEAT! METAL!――――

 

 

 ヒートメモリの音楽とメタルメモリの音楽が交互に鳴り響き、1つの曲を作り出す。

 同時に黄色だった右半分は炎のように赤く染まる。

 炎を操る鋼鉄のパワーファイター、『ヒートメタル』。

 この2つのメモリは威力特化でありつつ、ヒートトリガーのように威力が高すぎてWも危険、という事にもならない相性の良い組み合わせの1つだ。

 

 

「おっし……」

 

 

 メタルシャフトを両手で回し、右手で構えるW。

 ルナメタルと違い、メタルシャフトは普通の棒状の武器のまま使う事になる。

 だが単純な威力はルナメタルよりも上となった。

 Wはサイギャングの炎に熱さを感じつつもヒートメモリのお陰である程度耐えられる事を確認し、極力炎を避けながらサイギャングに接近、メタルシャフトを振るった。

 

 

「ぬぅ……! だが、まだ!」

 

 

 パワー特化のW、そこから放たれた熱き力で強化されたメタルシャフトの一撃にもサイギャングは耐えた。

 多少の怯みはありつつも硬い表皮はダメージをちょっとやそっとじゃ通さない。

 さらにサイギャングは打ち付けられたメタルシャフトを左手で掴み、右手で渾身のパンチをWの胸部目掛けて放ってみせた。

 同時に左手を離す事でメタルシャフトともどもWは大きく仰け反り、後方にたじろぐ。

 

 

「……んな簡単には行かねぇか」

 

 

 胸の辺りを摩りつつ、Wは痛みに耐えながら臨戦態勢を崩さない。

 しかし、ヒートメモリで炎への体勢をつければ後は余裕、というわけにもいかないらしい。

 腐っても怪人という事か、バイク無しでも実力はあるようだ。

 

 

『さて、どうする翔太郎? なんだったらエクストリームで……』

 

 

 確かにエクストリームになりサイギャングのデータが地球の本棚に記載されていれば弱点を知る事が出来る。

 エクストリーム最大の利点、力でも技でも速さでもなく、『情報』。

 地球の本棚という究極のデータベースを常時閲覧できるそれは情報という面において最強の武器と言える。

 それを駆使して戦えば苦労する敵でもないだろう。

 だが、フィリップの提案を翔太郎は笑って否定した。

 

 

「いいや、アイツの弱点なら分かってるぜ」

 

 

 その言葉に思わずフィリップも『へぇ』と感心するような声を上げた。

 仮面の奥で不敵な笑みを浮かべ、自信たっぷりな翔太郎。

 そういう時の翔太郎は2つの道に分かれる。

 1つは調子に乗って足元をすくわれるパターン。

 もう1つは翔太郎の言う通りに物事が進むパターンだ。

 

 前者の場合は主にハードボイルドを気取って格好付けている翔太郎が起こす事が多い。

 対して後者は真面目且つ、ハーフボイルドな翔太郎らしい翔太郎が引き起こす。

 戦いにおける翔太郎はどちらかと言えば後者に当たる。

 何より相棒として一緒に戦ってきたフィリップには分かった。

 今の翔太郎の考えは、何らかの根拠と彼特有の勘による確かなものだと。

 

 

『ではお手並み拝見だ』

 

「へっ、任せな」

 

 

 Wは左手で鼻をこするような動作の後、再びメタルシャフトを握って正面からサイギャングに向かう。

 まだ懲りていないのか、とでも言っているかのようにサイギャングは攻撃を体で受ける気満々だ。

 

 

(あのライダーが言ってた……)

 

 

 Wは、翔太郎は先程現れた仮面ライダー、ディエンドの変身者が口にした言葉を思い出す。

 それは彼が最初の一撃をマッハアキレスに撃ち込んだ時の言葉。

 

 ――――『怪人の弱点は意外と分かりやすかったりするのかもね』

 

 そして同時に少し前のフォーゼ、プリキュアと共に戦った時のサイ怪人を思い出した。

 サイ怪人はジョーカーのライダーキックで角を折られた時、酷く悶絶していた。

 それもキュアブラックとジョーカーが悠長に話を出来る程の苦しみを見せて。

 

 

(つまり、だ。お前の弱点……)

 

 

 目の前にいるサイギャングは見ての通りのサイの怪人。

 ディエンドの変身者の言葉、そしてサイ怪人との戦い。

 翔太郎の中で思い返される2つの記憶が目の前の打開策を導き出した。

 

 

「此処だろッ!!」

 

 

 サイギャングに接近しきったWはメタルシャフトを思い切り振りかぶり、叩きつけた。

 その位置はサイギャングの頭部。

 要するに角をぶん殴ったのだ。

 サイギャングの角は呆気なく折れ、まるでメタルシャフトという名のバットでホームランを打ったかのように遠くへ弧を描いて飛んで行った。

 

 

「イッ、ギャァァァァ!!?」

 

 

 途端にサイギャングは頭を押さえて苦しみ始めた。

 そう、何時ぞやのサイ怪人と同じように。

 思った通りの展開にWはメタルシャフトを肩で担いで余裕の仕草を見せた。

 

 

『やるね翔太郎』

 

「ああ。あの青いライダーに変身した奴が言ってた『怪人の弱点は意外と分かりやすい』って言葉と、前に俺が戦ったサイの怪人が角を折られた時、酷くダメージを受けてた事……。この2つでな」

 

「成程、サイで最も目立つのは角。そして以前君が戦ったサイの怪人は角が弱点……そこから考えたって事だね?」

 

「ま、そういう事さ。後は勘だな」

 

 

 サイ怪人の弱点がサイの体の部位でも一際目立つ角であった事から、サイギャングも同じではないのかと翔太郎は推理した。

 その推理はドンピシャだったという話だ。

 単純に聞こえるかもしれないが、ともすれば聞き逃しそうな言葉をしっかりと覚えている探偵らしい観察力と以前の戦いから来る経験を活かす事でサイギャングに明確なダメージを与えて見せたのだ。

 

 

「これで決まりだ……!」

 

 

 肩からメタルシャフトを離して水平に構える。

 同時にダブルドライバーからメタルメモリを引き抜き、メタルシャフト中央部にあるマキシマムスロットにメタルメモリを差し込んだ。

 

 

 ――――METAL! MAXIMUM DRIVE!――――

 

 

 トリガーマグナムと同じように、武器にメモリを差し込む事で発動する必殺の一撃、マキシマムドライブ。

 ヒートとメタルの力を受けたメタルシャフトは両端を激しく燃焼させる。

 さながらその炎はエンジンのようで、W本人も気を抜いたらメタルシャフトに引っ張られてしまうであろう程の勢いだ。

 Wはメタルシャフトにから噴射する炎と自前の脚力で一気に加速、その勢いを乗せた強烈な一撃をサイギャングに見舞う。

 

 

「「『メタルブランディング』!!」」

 

 

 炎を纏った鋼の一撃。

 振った棍棒はサイギャングの腹部を正確に捉え、推進力と一切の加減なく振りかぶった事により発生した重い打撃。

 それは角を折られて弱っているサイギャングの表皮を貫き通し、砕くには十分な威力だった。

 

 

「ケ、ケケケェェェェェェェェ!!?」

 

 

 爆散、同時にWはメタルブランディングの勢いを利用してサイギャングの爆発跡から抜け出した。

 すぐにブレーキをかけ、背後を振り向く。

 サイギャングが爆発した事による炎が未だに燃え盛る中、その中にサイギャングの姿は無い。

 というよりも、爆散したその体は残っていないというべきか。

 

 

「っし……」

 

 

 手応えは確かに感じたし断末魔も確かに聞いた。

 寸前で離脱したという事は無いだろうと思いつつも一応辺りを一通り見渡した後、敵の気配がない事を確認し、ホッと胸を撫で下ろした。

 メタルシャフトを背中に斜め掛けするようにマウントして埃を落とすように両手を軽く払う。

 一息つきつつ、一旦呼吸を整えて落ち着こうとするW。

 が、それはいきなりの爆音によって阻まれた。

 

 

「うおぉう!?」

 

 

 間抜けな声と共に肩をビクリと反応させつつ、爆音がした方を警戒しつつ振り向く。

 見れば、先程までサイギャングが乗っていたバイクが爆散しているではないか。

 そこから少し距離が離れた場所には赤いバイク、ニックに乗っているレッドバスターが大きな銃、スペシャルバスターモードのイチガンバスターを構えている。

 今のはその銃でバイクを撃ち貫いた事による爆発なのだとWは理解した。

 レッドバスターは銃を下ろすとWに向き直る。

 

 

「この先で仲間が戦っている。引き続き協力してくれるか?」

 

 

 強制でもなく命令ではなく要望に近い。

 だが、レッドバスターの声には何処か確信めいたものがあった。

 この仮面ライダーは協力してくれるだろうという確信が。

 わざわざこの場に来て、自分達に協力してくれた仮面ライダーを信用しない理由は無い。

 いきなりの助っ人を疑うのも尤もだが、信用に足る理由があれば話は別という事だ。

 そしてレッドバスターの確信通りの返しをWは口にした。

 

 

「事情諸々は聞きたいトコだが、今はそんな場合じゃねぇな。協力するぜ」

 

 

 顔の向け方なんかから、少しキザな感じがを漂わせるW。

 変身している人物はどういう人物なのだろうとレッドバスターは思いつつも、その頼もしい言葉に頷きで返した。

 

 Wは一度動きやすいサイクロンジョーカーの姿に戻りハードボイルダーに跨った。

 レッドバスターのニックと、Wのハードボイルダー。

 通常のバイクを超えた速度を叩きだすそれは仲間の元へと戦士を最速で運ぶ頼もしき足となる。

 2人の戦士を乗せたバイクが並走しながら向かう先では、未だ戦いが繰り広げられているのだ。

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの少女と響、ディケイドとディエンドが争っている工場地帯から少し離れた場所。

 リュウケンドーは地に伏し、ジャークムーンは己の剣を地に這いつくばるリュウケンドーへ向ける事すらしない。

 ジャークムーンの構えは少し緩んでいた。

 それは油断や気の緩みなどではなく、『呆れ』から来るものだった。

 

 

「弱い、弱すぎる……」

 

 

 此処までの戦いの流れは酷く簡潔なものだ。

 リュウケンドーが剣で挑む、ジャークムーンがそれを受けて立つ、純粋な実力でリュウケンドーが圧倒される。

 たったこれだけで説明できるほど、その勝負は圧倒的だった。

 リュウケンドーの攻撃の殆どは受け流され、逆にジャークムーンの攻撃は殆どが命中する。

 例え防御してもそれを上からぶち破ってくるか、間髪入れない追撃が飛ぶ。

 鍔迫り合いでもしようものなら確実に力負けする。

 どんな攻撃を繰り出してもリュウケンドーは敵わなかったのだ。

 

 

「くっ、そぉっ……!」

 

「どうやら貴様を買い被っていたようだ」

 

 

 ジャークムーンと戦ったのはこれが初めてではなく、最初に戦った時があった。

 その時もリュウケンドー、リュウガンオーは全く敵わなかった。

 だが、最後の最後でリュウケンドーが三位一体技で一太刀を浴びせた。

 その一撃にジャークムーンは同じ剣を扱う者としてリュウケンドーに可能性を見出したのだ。

 自分と対等になれる程の剣使いではないのか、と。

 だが結果は見ての通り、ジャークムーンに手も足も出ないリュウケンドーが転がっている。

 ジャークムーンが呆れているのはその為、詰まる所『期待外れ』だったのだ。

 この出来損ないをどうしたものかと気怠そうに考えるジャークムーン。

 

 

「剣二!」

 

 

 声はリュウケンドーにとってもジャークムーンにとっても聞き覚えのある声だった。

 声がした瞬間、跳び上がった赤い戦士が弾丸を数発放つが、ジャークムーンはその全てを月蝕剣で撃ち落とす。

 声と銃撃の主はリュウガンオー。

 イカファイアと戦闘員との戦いを終え、この場に助っ人に来た。

 そして倒れるリュウケンドーと余裕を見せて立っているジャークムーンを見て、見かねたリュウガンオーが参戦したというわけだ。

 そして助っ人はそれだけに留まらない。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 次なる声は女性の声、同時に斜め上からの飛び蹴りがジャークムーンに放たれる。

 剣を前で盾のように構え、それを防いで見せるジャークムーン。

 飛び蹴りを放った戦士、イエローバスターは月蝕剣を足場に後方に回転、そのままバックステップで後ろに下がった。

 

 

「大丈夫、剣二さん!?」

 

 

 構えを解かぬまま、倒れたリュウケンドーを気遣うイエローバスター。

 その隣にはリュウガンオーも並び立った。

 まるで倒れたリュウケンドーを庇うかのように、2人はリュウケンドーの前に立ち、ジャークムーンに立ち塞がったのだ。

 

 

「なんでだ……!」

 

 

 未だ突っ伏すリュウケンドーは悔しさのあまり地面を叩いた。

 確かに少しだけ特訓を嘆いたりはした。

 だが、本気で訓練をサボっていたわけではないし、訓練そのものにも本気で取り組んだ。

 それに今までの実践でリュウケンドーも経験を積んできた。

 強くなっているはずなのだ、少なくとも、最初にジャークムーンと戦った時よりも。

 なのに一太刀浴びせるどころか全く敵わない。

 猛烈な歯痒さと苛立ちがリュウケンドーの心に降りかかっていた。

 

 

「くらえっ!」

 

 

 リュウガンオーの一声と共に、ゴウリュウガンと転送されたイチガンバスターによる銃撃がジャークムーンを狙う。

 だが、ジャークムーンはそれらを躱し、躱し切れない銃撃は月蝕剣で切り払った。

 結果として、弾丸は一撃たりともジャークムーンには当たらなかった。

 

 

「飛び道具に頼ってはいかんよ」

 

 

 余裕綽々でリュウガンオーとイエローバスターを見やる。

 同時に放った複数の銃撃を剣一本で弾いてしまった事にイエローバスターは驚きを隠せない。

 対照的に一度相手をした事があるリュウガンオーはあまり驚いていない様子だ。

 こうなるだろう、と予想はしていた。

 今の程度の馬鹿正直な銃撃が当たってダメージを受けるならば、リュウケンドーだって苦戦したとしても此処まで追いつめられるはずがない。

 ジャークムーンの強さはリュウガンオーも身を持って知っている。

 だが、それでも引くわけにはいかない。

 後ろには倒れるリュウケンドーがいて、守るべきデュランダルがあるのだ。

 

 

「だったら、ヨーコちゃん!」

 

「うん!」

 

 

 リュウガンオーが何を言わんとしたのかすぐに察したイエローバスターは宙高く跳び上がった。

 いきなり遥か高くまで跳び上がるイエローバスターを思わず目で追うジャークムーン。

 

 

「余所見してると痛い目見るぜ!」

 

 

 そこにリュウガンオーが銃撃をかまそうとする。

 咄嗟の事に考えるよりも先に体が反応したジャークムーンはゴウリュウガンより発射された弾丸を月蝕剣の側面を向ける事で全て防御して見せた。

 火花は散るが、月蝕剣には傷1つ付いていない。

 それでもリュウガンオーは連射を続けた。

 鬱陶しそうにそれら全てを弾くジャークムーンは、一瞬、イエローバスターの事を完全に忘れていた。

 

 

「はあぁぁぁぁッ!」

 

 

 威勢の良い女の声が上空から響くと同時に、ビームの雨がジャークムーンに降り注いだ。

 リュウガンオーに意識が向き切っていた彼にその雨を凌ぐ手立ては無く、容赦のない攻撃に飲み込まれていく。

 着地したイエローバスターは数回バク転の後、リュウガンオーの横に再び並んだ。

 ビームの影響によって立ち込める煙のせいでジャークムーンの姿は認識できないが、ダメージくらいは与えたか、と煙から目を逸らさない2人。

 

 

「『三日月の太刀』ッ!!」

 

 

 煙が晴れようとしていく中で見えた影が、その声と共に剣を振るった。

 晴れかけていた煙を引き裂き、轟音と共にコンクリートをも砕きながら現れたのは逆くの字型、三日月のような形をした何か。

 それも2つ。

 それは急速にリュウガンオーとイエローバスターにそれぞれ接近し、2人に直撃、その体を容易にすっ飛ばした。

 

 

「っああッ!?」

 

 

 痛みを感じる事で自然と出た悲鳴と共に2人はリュウケンドーよりも後方、大分離れた位置まで吹き飛んでしまった。

 挙句、今の三日月が恐ろしい程の威力だったせいか、2人が纏っていたスーツが限界に至り2人は元の姿に、つまりは変身を解除されてしまったのだ。

 うつ伏せに倒れている2人の額と口から流れる血が今の技の威力を物語っている。

 

 

「フン、無駄な事を……」

 

 

 引き裂かれた煙からジャークムーンが姿を現す。

 彼は満月や三日月など、『月』の状態を技名に冠した奥義を持つ。

 今のは三日月の太刀。

 その名の通り、三日月状のエネルギーを月蝕剣から飛ばす技だ。

 無論、リュウケンドーを技抜きで追い込んだ彼が出す奥義なのだから威力は破格。

 

 

「あの2人に用はない。リュウケンドー」

 

 

 悔しそうに顔だけ上げてジャークムーンを睨む銃四郎とヨーコを下らないものを見るかのように一瞥した後、すぐに未だ這いつくばるリュウケンドーに目をやった。

 

 

「これを使ってみろ」

 

 

 ジャークムーンはリュウケンドーの眼前に一本のマダンキーを放った。

 それはこの作戦が始まる前、Dr.ウォームからジャークムーンが受け取っていたサンダーキーだった。

 勿論リュウケンドーがそんな事を知るわけはないし、何の意図があってキーを寄越してきたのかもわからない。

 

 

「今のお前では弱すぎて相手にならぬ」

 

「なにぃ……!」

 

 

 完全な挑発と受け取ったリュウケンドーが必死の思いで立ち上がろうとするが、それよりも早くジャークムーンの腕が動き、月蝕剣が振るわれた。

 しかしそれはリュウケンドーに向けられたものではない。

 月蝕剣からは三日月の太刀が再び放たれたのだ、倒れる銃四郎とヨーコの目の前に。

 その威力で2人の目の前にあるコンクリートが深く抉れる。

 当然、こんなものを生身で受ければひとたまりもないだろう。

 ジャークムーンは月蝕剣の切っ先を動かしリュウケンドーに向けた。

 

 

「仲間を守りたければ、そのキーを使え」

 

 

 仲間が危険に晒されたこの状況下の中でリュウケンドーがそのキーを手にするには、ほんの一瞬考えるだけの時間があれば十分だった。

 

 

「待て剣二ィ……!」

 

 

 キーを持ち、ふらつきながらも立ち上がるリュウケンドーに後方で倒れている銃四郎が痛みに耐えつつも声を上げた。

 

 

「調整していないマダンキーを使えば何が起こるか分からない。忘れたのかぁ……!!」

 

 

 マダンキーの入手経路には色々とあるが、とりわけジャマンガの魔物から排出されたものを使うという事例が多い。

 ジャマンガも魔物を生み出す際にマダンキーを使っており、その魔物を倒す事でマダンキーを手に入れ、結果的に魔弾戦士が強くなるという事だ。

 

 だが、そのままでは使えない。

 調整しきっていないマダンキーは所謂『魔弾戦士用』になっておらず、手に入れたばかりでは何の魔法が起動するかも分からない。

 どんな魔法が使えるかの解析と魔弾戦士に合わせての出力の調整。

 それができる人物、S.H.O.Tで言えば瀬戸山がそれを行う事で初めてリュウケンドーやリュウガンオーはマダンキーを使用できるようになるのだ。

 

 

「でも……!」

 

 

 後ろで倒れる2人と脅しに放たれた三日月の太刀が抉った地面、そして目の前に立ち塞がるジャークムーンを交互に見る。

 このままでは全員無事では済まない。

 最悪、死も有り得る。

 リュウケンドーはサンダーキーをグッと握ったまま迷い続けた。

 銃四郎が言う事も正論であり、リュウケンドーも理解はしているからこそ、余計に。

 

 

「やめて剣二さん……! 私達は大丈夫だから……!!」

 

 

 銃四郎の言葉と表情で事の重大さが分かったのか、魔弾戦士の事を完全に理解していないヨーコも苦しそうな様子で必死に訴えかける。

 誰がどう見ても大丈夫ではない。

 むしろ傷ついても尚、リュウケンドーを説得しようとするその痛ましい光景が余計にサンダーキーの使用を決意させるようでもあった。

 見かねたゲキリュウケンもリュウケンドーを何とか思いとどまらせようと必死だ。

 

 

『やめろ剣二! ……そ、そうだ、俺がどうなっても……』

 

「それでも俺は……!」

 

『話聞けよ』

 

 

 一切説得を聞く気のないリュウケンドーに冷ややかなツッコミが飛ぶ。

 サンダーキーを差し込まれるのは他でもないゲキリュウケンである。

 何かしら起こった時に一番被害を受けるのはリュウケンドー以上にゲキリュウケンなのだ。

 止める為とはいえその説得、特に最初の、自分を脅しの材料に使うような発言は流石にあんまりじゃないかとツッコめるような人間は此処にはいない。

 というか、そんな余裕はない。

 

 

「サンダーキー!」

 

 

 意を決したリュウケンドーはゲキリュウケンのキーを装填する部分を展開した。

 彼の心は2つの思いに染まっていた。

 仲間を守りたいという心と、ジャークムーンに勝ちたいという対抗心に。

 その比率は天秤にかけるまでもなくはっきりしていた。

 

 彼の思いは何よりも――――。

 

 

「発動!!」

 

 

 ジャークムーンに何としてでも勝ちたい、その思いで突き進んでいた。

 

 

『ぐあッ!?』

 

 

 短い悲鳴を上げるゲキリュウケン。

 そしてそれだけで何も起きない。

 リュウケンドーに変化は無く、何かが召喚されるでもない。

 そして何のキーが発動したのかを、ゲキリュウケンがコールする事さえも。

 だが、次の瞬間。

 

 

「ぐ、ああああああああッ!!?」

 

 

 体中に電流が走るかのような強烈な痛みがリュウケンドーを襲った。

 痺れ、焼かれるような痛み。

 思わずゲキリュウケンを手放して再び倒れ込んでしまうリュウケンドー。

 手放して落ちたゲキリュウケンからはサンダーキーが勝手に排出され、無造作に転がる。

 

 

「よくやった、と言いたいが……」

 

 

 サンダーキーを発動して苦しむリュウケンドーを見ながらジャークムーンは吐き捨てる。

 

 

「使いこなせぬか、屑め」

 

 

 サンダーキーは魔物ですら使いこなせるもののいない禁断のキー。

 リュウケンドーが使いこなせない事は分かっていたのだ。

 だが、万に一つという可能性があるかもしれないとジャークムーンはサンダーキーを渡した。

 その思考は実験するのを面白がっているかのようなそれに近い。

 結果は見ての通り使いこなせないリュウケンドーがサンダーキーの力に苦しむというもの。

 自分に届かないばかりかサンダーキーを使いこなす事もできない。

 ジャークムーンは、リュウケンドーに自分が思い描いていた可能性は全て間違いだったと、失望していた。

 

 

「サンダーキーはお前の命を蝕む。しかし使わねば、私を止める事はできん」

 

 

 それだけ言うと、ジャークムーンはマントを翻して背を向けた。

 

 

「尤も、お前にその資格は無かったようだがな」

 

 

 ジャークムーンはそのまま何処かへと去って行ってしまった。

 他の戦場でもなく、デュランダルの元でもない。

 今回の戦いとはまるで関係の無い方向へ。

 彼はリュウケンドーと戦うという事だけを目的にして出陣してきた。

 その興味が失せた今、この戦場にいる意味は無くなったという事なのだろう。

 

 リュウケンドーは未だに悶え苦しむ。

 魔力の暴走の為か、体はファイヤーリュウケンドーやアクアリュウケンドー、そして見た事のない姿にまで目まぐるしく変化。

 そして最後には変身が解かれ、服が焼けこげ、体のあちこちに傷を負い、ボロボロになって立つ事すらままならない剣二がその場に転がった。

 

 

「ゲキ……リュウケン……」

 

 

 それでも、それでもジャークムーンに負けたくない彼の気持ちは消えない。

 それは最早諦めない気持ちなんて綺麗なものではなく、往生際が悪いとしか言えない凄惨なものだった。

 這いつくばりながら体を動かし、地面に体を擦り付けながらも何とかゲキリュウケンを手にする剣二。

 だが、ゲキリュウケンは何1つ言葉を発さない。

 サンダーキーを勝手に差し込まれた文句や怒りすらも飛ばず、死んだように口を閉ざしていた。

 

 

「おい、ゲキリュウケン……!!」

 

 

 それは彼が、リュウケンドーに変身できなくなった事を意味していた。

 

 

 

 

 

 ディケイドとディエンドは銃撃戦を展開していた。

 時折、流れ弾が工場地帯の一部に当たり爆発を起こす。

 その度に、どちらの弾丸だったとしても責任は俺に発生するんだろうかと、ディケイドは少し憂鬱気味だ。

 何より相手がディエンドというのがその憂鬱を加速させていた。

 

 

「士ァ、いい加減諦めてくれないかな?」

 

「こっちの台詞だ」

 

 

 海東は仲間だ。

 決してお世辞でも何でもなく、士は本心からそう思っている。

 本気で銃を向け、剣で斬り、拳を当てる相手ではない。

 だからディケイドは本気になれず、無駄に溜息が多くなる。

 士は仲間だ。

 強がりと意地っ張りさえ無くせば、大樹は本心からそう思っている。

 それでも銃を向けてしまうのは、今でも意固地な態度を貫いてしまうが故。

 そしてお宝を手に入れたいという気持ちそのものは本心だからだ。

 

 お互いに本気で潰し合う気はない。

 だが、お互いに強敵であることも事実だった。

 ディエンドはわざとらしく肩をすくめ、溜息をつく。

 

 

「数を増やさないだけ、ありがたく思って欲しいんだけどな」

 

「昔は容赦なく増やしてきただろ、お前」

 

 

 ディエンドがカメンライドを行って仮面ライダーの数を増やさないのは、本気で戦う気が無いというのが理由だった。

 数人でかかれば有利にはなるだろうが、本気で潰すのはディエンドの本意ではない。

 かつての事を持ち出したディケイドにも飄々とディエンドは答える。

 

 

「昔は昔、今は今さ」

 

「だったらその言葉、そっくり返すぞ」

 

 

 だったら、こっちがした事もいい加減に許せよとディケイドは思う。

 お互いに昔はいがみ合いつつ、喧嘩しつつ、それでいて信頼しあった仲。

 いっその事、お互いに過去の事は水に流して許し合えば話が早いのだが。

 

 

「ふぅん……まあそろそろ僕の気も済んだから、あの件は許してもいいよ」

 

「なら……」

 

「でも! 僕がトレジャーハンターなのも、変えようのない事実なのさ」

 

 

 そう、士と大樹が一時だけ確執を生んだ仮面ライダーとスーパー戦隊を巻き込んだあの決戦。

 あの決戦の直後、士と大樹はお互いに笑顔を見せあうぐらいには関係が修復されていた。

 大樹は許そうと思えば許せていたのだ。

 勿論、ねちっこくその事を引き合いに出して根に持っているのも事実ではあるのだが、敵対するほどの事ではない。

 今この2人が銃を向け合っているのは要するに、デュランダルが原因なのである。

 

 

「ったく、お宝が絡むとすぐそれか!」

 

「当然だよ」

 

 

 しばし話に集中して銃を下ろしていた2人だったが、言葉と共にディエンドはディエンドライバーを向け、引き金を引いた。

 咄嗟に避けるディケイドもライドブッカーを向けて引き金を引く。

 銃声が響き、コンクリートに着弾すれば穴が空き、工場地帯の一角に当たれば煙が出て、下手すれば爆発する。

 

 

「悪いが仕事なんでな。どうにもならないなら本気でやるぞ」

 

「上等だね、獲物を目の前にして引き下がるわけにはいかないんだよ」

 

 

 喧嘩するほど仲が良い。

 果たしてその言葉が適用されるのかは分からないが、決して憎み合っているわけではない2人の仮面ライダーの戦いは続く。

 

 

 

 

 

 空中から茨が投げられ、それを避けて地面が割れる。

 同時に迫るノイズを拳と足で砕き、ネフシュタンの少女を追う。

 ネフシュタンの鎧は飛行能力をも完備しており、他のシンフォギア装者にはない制空権の獲得を可能としている。

 響だけでなく翼であったとしても、空中戦となれば苦戦は必至。

 まして戦闘経験の浅い響ならそれは尚さらである。

 唯一の救いはネフシュタンの少女が時折接近戦を挑んでくる、というところであろうか。

 ただ、その接近戦ですらネフシュタンの少女のセンスは抜群だった。

 

 

「ォオラァ!!」

 

「ッ!!」

 

 

 ネフシュタンの少女の左足によるハイキックを右手の装甲を使って受ける。

 彼女自身の実力なのかネフシュタンの力なのか、あるいは両方か。

 ともかくその蹴りは重たく、受け止めるだけでも腕に痺れが走る。

 

 

「でりゃァ!!」

 

 

 間髪入れず、上げていた左足を戻し、その左足を軸に回転、右足で後ろ回し蹴りをかます。

 右足は深く響の腹部に炸裂、繰り出した勢いをそのままに響を宙に打ち出した。

 

 

「ァ……ッ!!」

 

 

 思わず声が出そうになるが、腹が潰されて悲鳴にならない悲鳴、空気の抜ける音しか出ない。

 宙を舞った響は必死の思いで着地、腹部を抑えつつも何とか体制を維持した。

 

 

(ちっ、あのヘッポコがァ……。戦えるどころか耐久まで伸びてんのか!?)

 

 

 この戦い、見る者は恐らくネフシュタンの少女が優勢で響が不利だと感じるだろう。

 戦いの様子を見ればそれは全く間違っていない。

 ただ、戦っている両者の心境はそれとは真逆だった。

 ネフシュタンの少女は優勢なはずなのに焦っていた。

 立花響が、あの雑魚同然にしか考えていなかった少女が恐るべきレベルアップを遂げていた事。

 同時に攻撃面だけでなく防御面や耐久面も格段に伸びていた事。

 ついでに言えば、甘っちょろかった精神面まで肝が据わったかのようになっている事。

 

 対して響は冷静だった。

 自分が押し負けている事を自覚しつつ、アームドギアを欲している事も変わらない。

 ただ、以前と違い闇雲にアームドギアを求めているのではなく、ともかくできる最善の手を打とうとする判断力が今の響にはある。

 実力差をキチンと理解している今の響が冷静に対処さえすれば、一気に負けるという事は有り得ない。

 

 

(とにかくデュランダルだ! あれさえ手に入れば……ッ!!)

 

 

 ネフシュタンの少女は未だに空中に佇むデュランダルをチラリと見上げた。

 デュランダルは完全聖遺物の1つ。

 ネフシュタンの鎧と同じく、それは強力な力を持っているに違いないだろう。

 それを手にさえできれば、こんな素人はどうにでもなる。

 そうすれば自ずと立花響を攫うという目的も一緒に果たせるだろう。

 

 

「はあッ!!」

 

「わっ、とッ!」

 

 

 しばし睨み合っていた2人。

 その沈黙の時間を茨による奇襲でネフシュタンの少女が破った。

 未だ痛みをこさえている響は一先ず避ける事でそれに対処するも、次の瞬間に響の顔は上空を向いていた。

 

 

「ッ!」

 

「これさえ、あればァ!!」

 

 

 跳んだネフシュタンの少女はデュランダルに手を伸ばした。

 ひよっ子1人に此処まで苦戦するとは思わなかったが、これさえ手に入れば問題は完全聖遺物の威力の前に吹き飛ぶだろう。

 あと少し、ほんの少しで届く。

 ネフシュタンの少女はニヤリとした笑みを浮かべた。

 

 

「えぇいッ!!」

 

 

 だがネフシュタンの少女の背中に強烈な衝撃が走った事で体勢が崩れ、その手は虚空を掴む事になる。

 背後を睨めば肩から突撃してきた響の姿。

 咄嗟の判断でネフシュタンの少女を押し出し、今度は響がその手を宙に舞う剣に伸ばした。

 

 

「渡すものかァァァ!!」

 

 

 響の右手がデュランダルを掴み、着地。

 両手でそれを握りしめる響はどういうわけか、それきり動きを止めた。

 

 

「そいつをッ……!?」

 

 

 こっちに渡せ、そう吠えようとした時にはネフシュタンの少女も『異常』に気付いた。

 デュランダルが金色に輝いている。

 起動した直後にも見えた、いや、それ以上かもしれない輝きを。

 その光は天空に伸びる光の柱となった。

 まるで響が初めてガングニールを起動した時のような。

 

 響本人も猛烈な『衝動』に襲われている。

 こみ上げてくる何か、喜怒哀楽のそれに当てはまる感情ではなく、破壊衝動と言う他ない感情。

 記憶も理性も意識もハッキリしているのに、心優しい響の心は獰猛な獣のように何かを屠る事だけしか考えられない、どうしようもない感情に駆られていた。

 

 伸びる光の柱に沿う様に、デュランダルを掲げる。

 するとデュランダルの折れていたはずの刃の先端が、まるで再生したかのように瞬時に現れる。

 

 

「オオォォォォォォッ!!!」

 

 

 デュランダルを掲げる響の顔は、正確に言えば上半身の殆どが黒く塗りつぶされていた。

 その表情は立花響の甘さも優しさも消え失せ、獰猛な一匹の獣とでも表現する方がしっくりくるような凶暴な面持ちだった。

 その顔から発せられる叫びも、最早獣の咆哮と呼んでも差し支えない。

 その光景をネフシュタンの少女が、櫻井了子が、そして戦いながら移動を繰り返しこの場に戻って来たディケイドとディエンドが呆然と見ていた。

 

 

「『アレ』は……!!」

 

 

 ディケイドはあの表情に、あの現象に見覚えがあった。

 初めてネフシュタンの少女と一戦交えたあの時、翼が絶唱を解き放ち重傷を負ったあの日。

 地下鉄の駅で響と共にノイズ掃討に当たっていた時に見たそれだ。

 学校内外で笑顔を見せ、シンフォギアさえなければ普通の女子高生と変わらぬ彼女が見せる凶暴な顔。

 最初に見た時は何かの見間違いかとも思ったが、2回目と出くわしたとなるとそう思うのにも限界がある。

 

 

「ちょっとヤバそうだね。アレはあの女の子のせい? それともお宝のせいかな?」

 

「知るか……!」

 

 

 叫び声と表情、そして漂う異常な雰囲気をディエンドも察したのか、言葉だけは悠々としながらもディケイドに銃を向ける事も忘れている。

 そんな事はこっちが聞きたいくらいだと、ディエンドの言葉を切り捨てるディケイド。

 

 一方でネフシュタンの少女もまた莫大なエネルギーを手にデュランダルを解放して見せた響に恨めしい、憤怒の感情を爆発させていた、

 

 

「そんな力を見せびらかすなァ!!」

 

 

 杖よりノイズを放ちデュランダルを奪おうとするが、その行為は気が昂りきっていた響の神経を逆撫でる事になったのか、響はゆっくりとネフシュタンの少女に目を向けた。

 幾ら強くなったとはいえ、先程までの甘ちゃんからは感じられなかった明確な『殺気』。

 今の響なら間違いなく敵を手にかけてしまうだろうと、この場の誰もが感じていた。

 

 恐怖。

 今まで強情と余裕を見せてきたネフシュタンの少女ですら、ぶつけられる凶悪な感情と目線に身を震えさせた。

 

 

「ウゥ……アアァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 そして響は、デュランダルの輝きを迷う事無く振り抜いた。

 デュランダルから発生している光もまた剣の一部となり、見た目通りのリーチではない光の剣が振り下ろされる。

 長射程の光はノイズを炭に返し、工場施設をも容易に寸断した。

 光の剣が直撃した場所以外の周囲もそのエネルギーの余波で容易に破砕していく。

 1つの巨大な兵器と化したそれは辺り一帯全てを飲み込む力の奔流となってこの場の全て、人も物も問わずに襲い掛かった。

 

 ネフシュタンの少女が撤退を余儀なくされ、ディケイドとディエンドですら防御姿勢を取らざるを得ない程のエネルギーと爆発。

 撤退を行おうとする最中、ほんの少し回避が間に合わず余波に巻き込まれ、遠くへ吹き飛ぶネフシュタンの少女は確かに見た。

 

 その光景に恐怖も動揺もせず、ただただ恍惚と心酔の表情を浮かべる櫻井了子の姿を。

 

 

 

 

 

 辺りは瓦礫とそれを片付けるスタッフでいっぱいだった。

 すぐ近くでは了子と士が立って、辺りの状況を見渡している。

 変身は既に解除され、服は元の制服に戻っている事。

 目覚めた響がぼんやりとした頭で最初に確認できたのはそれくらいだった。

 どうやらあの一撃の後、自分は気を失っていたらしい事を響は自覚する。

 

 響は上半身だけを起こして座り込んだ状態のまま、辺りをもう一度よく見渡した。

 瓦礫の合間、砕けた建物からは黒煙が上がっている。

 スタッフ達は余りの被害の大きさに何処から手を付けたものかと困っている様子だ。

 被害は工場地帯全域、というか工場全てが爆散。

 再建するにも何年かかかるだろう。

 

 

「これがデュランダル。貴女の歌声で起動した、完全聖遺物よ」

 

 

 目覚めた響に声をかけたのは了子だった。

 解けた髪の毛を再び結い直しつつ、ひびの入った眼鏡を拾い上げていた。

 

 

「あ、あの私!」

 

 

 聞きたい事は山ほどあった。

 自分の身に何が起きたのか、了子のあの力は、結局任務はどうなったのか。

 だが、それら全てを了子は笑顔で封殺した。

 

 

「いいじゃないのそんな事。全員無事だったみたいだし、ね!」

 

 

 それだけ言った後、了子は何処かからの通信に応じる為に少し響と士から離れた。

 声はよく聞こえないが、かろうじて聞こえた『移送の一時中止』という言葉から、響は今回の任務がどういう形で終わったのかを一先ず理解し、手元のデュランダルを見つめた。

 

 

「立花」

 

 

 次に声をかけてきたのは士だった。

 デュランダルに意識を向けていた響は名前を呼ばれた条件反射で勢いよく士を見上げる。

 

 

「お前、自分が何をしたか憶えているか?」

 

「……はい」

 

「なら、自分の意思か?」

 

「あの時、凄く嫌な感情が湧き上がって来たんです」

 

 

 響は自分の身に起きた事を、自分の分かるだけの事を士に話し始めた。

 

「これを、デュランダルを手にした時に……『全部吹き飛ばしてやる』って……。

 私、なんで……」

 

 響の声はだんだん弱々しくなっていく。

 普段の響らしからぬ弱々しさに慰めるでもなく、士は「そうか」とだけ口にした。

 何故自分がそんな破壊衝動を抱いたのか、自分でも理解していない様子だ。

 自分の内に湧き上がった感情を、本人がコントロールできていなかったという事か。

 だが響だって感情をコントロールできないような歳ではない。

 何よりも普段の、学校生活も込みで響を見ている士にはあの光景が信じられなかった。

 

 

(暴走って奴か……。そういうのは大抵……)

 

 

 士も『暴走』の場に立ち会った事は何度かある。

 例えば士の旅の仲間の1人だった『仮面ライダークウガ』が暴走した時の事だ。

 あの時は大ショッカーの手によってクウガが『ライジングアルティメット』という新たな力を発現しつつ、黒い目となって暴走するというものだった。

 他には『響鬼の世界』で響鬼というライダーだった人物が、鬼の力を制御できずに魔化魍、即ち『怪人』へと変化してしまうというもの。

 怪人となったその人物は理性も心も失い、完全な怪人へと変貌してしまった。

 

 

(外からの力か、力を制御できなかったか……)

 

 

 クウガが暴走したのは外的要因、響鬼が怪人となってしまったのは内的要因。

 今回の場合は前者に当たるのだろうか。

 士はデュランダルを一瞥する。

 もしもこれが響に何らかの影響を与えたのなら、理屈云々は了子に聞かなければ分からないだろうが、一応の説明はつく。

 だが、それだと地下鉄の駅におけるノイズ掃討においての暴走に説明がつかなくなる。

 あの時の響が普段と違う事と言えば、何らかの理由で壮絶に怒っていたという事だろうか。

 

 

(まさか、どっちもか……?)

 

 

 地下鉄の駅での件と今回の件においての響の状態はかなり似ていた。

 地下鉄の駅ではノイズに対して一方的な虐殺にも見える凶暴な戦いを展開した響と、デュランダルの力を躊躇なくネフシュタンの少女に放った響。

 破壊衝動を敵に叩きつけるような、あの感じが。

 最初は怒り、次はデュランダルを手にした瞬間。

 この2つから考えられるのは、『暴走の要因は内外両方』というものだった。

 一度目は怒りによって力を制御できなくなり、二度目はデュランダルによって変な作用を受けてしまった。

 

 

(……チッ、専門じゃない俺が考える事じゃないか)

 

 

 仮に今の憶測があっていたとしても、怒りで何故暴走するのかとか、デュランダルからどんな影響を受けたとか、暴走の根本的な要因が分からないのでは意味がない。

 一応、後で櫻井に言っておこうとだけ考え、士は思考を止めた。

 

 

「にしても……」

 

 

 士は辺りを見渡した後、空を見た。

 広がる青い空に流れる雲は、自由気ままな何処かの誰かを思わせる。

 

 

「アイツ、何処行きやがった……」

 

 

 その何処かの誰かこと、海東大樹はある会話の後、姿を消していたのだ。

 

 

 

 

 

 時は数分前、デュランダルの力で工場が爆発した直後の事だ。

 エネルギーと爆発をやり過ごしたディケイドは粉塵と煙を掻き分けて響と了子を探した。

 放った本人である響はともかく、了子はただの人間だ。

 無事で済んでいるかわからない以上、優先すべきは彼女達を探す事だと考えたのだ。

 

 

「立花! 櫻井!」

 

「はぁ~い……」

 

 

 呼びかけにへたれた声が答える。

 聞こえてきたのは了子の声だとディケイドは認識。

 声のした方向に進んで行けば粉塵と煙の中に了子と響がいた。

 響は横に倒れ込み、了子も座り込んでしまっている。

 

 

「大丈夫か」

 

「な、何とかね」

 

 

 2人とも怪我はない事を確認し、ディケイドは一先ず安心した。

 だが、了子は顔を歪めてゴホゴホと咳をして苦しそうだ。

 そこでディケイドは辺りの粉塵と煙がその原因だという事を理解した。

 自分が変身しているから気付かなかっただけで、こういう粉塵や煙は吸い込むとよろしくない。

 手で口と鼻を抑えられる了子はともかく、響がこのままなのはマズイ。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

 士は1枚カードを取り出した。

 カードには青い2本角で左肩と右肩でデザインが違い、薙刀のような物を持つライダーが描かれていた。

 それをディケイドライバーに通してディケイドは姿を変える。

 

 

 ――――FORM RIDE……AGITO! STORM!――――

 

 

 ディケイドアギト・ストームフォームへと変身し、専用武器のストームハルバードを大きく振り回す。

 すると辺りに暴風にも近い風が巻き起こった。

 ストームハルバードを回転させる事で発生した竜巻は掃除機のように辺りの粉塵と煙を集め、ディケイドアギトはそれらを纏めて上空に解き放つ。

 粉塵と煙で構成された灰色の竜巻が上空に巻き上がり、その代わりに辺り一帯の空気は綺麗な、人が深呼吸しても問題ない程の澄んだ空気になった。

 

 

「これで大丈夫だろ」

 

「さっすが士君ね! 頼りになるぅ~」

 

 

 咳き込んでいたのが嘘かのように了子は元気に親指を立て、サムズアップ。

 敵も撤退した為か了子は無暗に明るい。

 そんな了子にストームハルバードを肩に担ぎながら呆れるディケイドアギト。

 

 

「ふーん、今のがデュランダルとか言うのの力かぁ」

 

 

 そこに割って入ったのは煙が晴れた事で姿を現したディエンドだった。

 軽快な足取りで3人に近づいてくるディエンドにディケイドアギトはストームハルバードを構えて警戒を露わにする。

 

 

「まだやる気か?」

 

「いいや、このお宝は奪うか慎重に考えた方が良さそうだからね。今日はもういいや」

 

 

 先の暴走と威力を見て、あんな風になるのはご免だと肩をすくめて見せた。

 図らずも今の響の一撃がディエンドの盗みの気概も削いだらしい。

 ともかく、敵対してこないのならいいのだが、油断させて奪う算段かもしれない。

 ディケイドアギトは一応警戒を解かないでいる。

 と、ディエンドは突然膝を曲げて座り込み、倒れる響を見つめた。

 

 

「でも、この子が纏ってたアレ。今ならあの力は盗めるかもね」

 

 

 仮面の中でニッと笑うディエンド。

 だがディケイドアギトはそれに対しフッと笑って見せた。

 まるで小馬鹿にするような態度にディエンドが少し機嫌を損ねる中、ディケイドアギトは勝ち誇ったかのような笑みを仮面の中で浮かべながら、嫌みたっぷりに説明してやった。

 

 

「こいつの変身道具はこいつの心臓に突き刺さってる。どうやって盗む気だ? 心臓でも抜き出すか?」

 

 

 確かにそれを盗むのは至難の業だ。

 それを盗もうとするのなら、響を殺すか、もしくは響自身を誘拐するしかない。

 その返しは流石に予想外だったのかディエンドは不機嫌というよりも驚きに満ちたようだった。

 だが、すぐに驚きを引っ込めてディエンドは立ち上がった。

 

 

「成程ね。心臓を抜き出すなんて事をやらかすのはマッドサイエンティストくらいだろうし、僕はあくまでもトレジャーハンターだ。誘拐も趣味じゃない」

 

「なら、諦めるんだな」

 

「それが良さそうだ。全く、収穫なしとは泣けてくるよ」

 

 

 命を奪うのは彼の良しとするところではない。

 ……一時期、変身すらしていない士を本気で攻撃しかかっていた事もあったが、大樹も成長したという事だろう。

 

 

「じゃ、今日は帰るよ」

 

「いやいや、逃がせないわよ? デュランダル強奪未遂なんだから、貴方」

 

 

 何の気もなく、友達の家から帰るくらいのノリで去ろうとするディエンドを引き留めた了子。

 ディエンドがこの世界の人間でないにしても、やろうとした事は罪に当たる。

 完全聖遺物はそれ1つで国家単位の取引が行われるほどに重要な物だ。

 ただ、聖遺物の存在を公表できないので裁判などでは裁けないのが現状なのだが。

 そういう場合は特異災害対策機動部などを通して何処かに拘置しておくというのが通常の処置になる。

 

 

「やれやれ。でも、僕は捕まらないよ」

 

 

 ディエンドは1枚のカードを取り出し、それを使用した。

 ディケイドアギトは立場上、一応捕まえようと動き出すものの、それが無駄である事を知っていた。

 こういう場合にディエンドが使うカードは決まっていて、そしてそれを使用したディエンドを捕まえられた事は一度もないからだ。

 

 

 ――――ATTACK RIDE……INVISIBLE!――――

 

 

 カードの電子音声がコールされると同時に、ディエンドは消えた。

 今のカードは『インビジブル』のカード。

 体を透明化させるカードなのだが、ディエンドは逃げる時に必ずと言っていいほどこれを使う。

 要するに都合が悪くなったり追われたりする時に逃走する為のカードなのである。

 

 

「……はぁ」

 

 

 いつもの消え方といつもの逃がし方に、士は変身を解きながら溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 インビジブルのカード様様と言ったところか、余裕で逃げおおせたディエンドは爆発した薬品工場から大分離れた場所で変身を解き、一息ついていた。

 

 

「中々面白いね、この世界。あれとは別に仮面ライダーやゴーバスターズもいるなんてね」

 

 

 大樹は実に愉快そうだった。

 戦士や力が多いという事は、それだけ彼の求めるお宝が多い事を意味する。

 さながら財宝が色んな場所に、それも大量に転がっているという事。

 この世界に対して大樹は心躍る感覚であった。

 まるで大量にある新品の玩具でどれから遊ぼうかとワクワクしている子供のようである。

 

 

「……でもま、お宝と一緒に厄介事も転がってそうだね」

 

 

 軽快なステップを踏んでいた足が突然、普通の足取りになり、面持ちも幾分か真剣な顔つきだ。

 彼の言う厄介事とは自分達が相手をした事もある大ショッカーの他にも、この世界で暗躍する数多の敵組織の事もある。

 そしてもう1つ、厄介事と思わせる光景を今しがた見たのだ。

 大樹がそれを見たのは工場の爆発の直後。

 

 

(ただの人間が手からバリアなんか張れるわけないけど……君は知ってるのかい? 士)

 

 

 手を上に掲げドーム状のバリアを出し、響と自分自身を守る櫻井了子の姿を、大樹は確かに目撃し、脳裏に焼き付けていたのだった。




――――次回予告――――
振り抜いてしまった剣、振り抜けなくなった剣。

力の在り方、心の在り方。

力が集うこの場所で若き2人は苦悩する。


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第40話 揃っていく力、求める力

 デュランダル移送任務から数日後の日曜日。

 響は未来と共に学校のグラウンドを走っていた。

 走り込んでいる理由は単純明快、『強くなりたい』からだった。

 

 今、彼女はデュランダルの一件で恐怖を覚えていた。

 制御できない事ではなく、躊躇いもなくネフシュタンの少女に振り抜いた事が、だ。

 翼とネフシュタンの少女が戦おうとした時に『同じ人間だから』という理由でその戦いを止めようとした彼女が、敵とはいえ人間に対して一切の迷いもなく力を解き放った。

 誰の目から見てもそれは異常事態であり、それを響本人もまた、感じていた。

 

 

(私が何時までも弱いばっかりに……)

 

 

 トラックを走る響、前方には未来がいる。

 未来は中学時代に陸上部に所属しており、走る事が好きで得意で尚且つ速い。

 戦闘の為に鍛えた響とて、『走る』という一点に置いては未来には敵わなかった。

 ところが今の響はそんな事を考えてはいない。

 ただただ、自分が不甲斐ないという事、強くなりたいという事だけを考えて一心不乱に走り続けていた。

 例え、最初に定めた周回を終えた未来がゴールで止まっても、構わずにずっと。

 

 

(私は、ゴールで終わっちゃダメなんだ。もっと遠くを目指さなきゃいけないんだ……ッ!)

 

 

 響は走る。

 周回を終えて尚も走り続ける響の背中を未来は心配そうに見つめていた。

 4月と少しくらいから響は『用事』が多くなった。

 それが何なのかは未来にも分からず、心配すらさせてもらえない。

 時折、無性に不安になるのだ。

 響が何処か、自分も知らぬ遠くへ行ってしまいそうな気がして。

 今まさに走り続け遠のいていく響を見て、未来は漠然とした不安を抱えていた。

 

 

 

 

 

 響と未来が走り込んでいるのと同じ日。

 銃四郎とヨーコは重傷を負った剣二のお見舞いに来ていた。

 剣二は現在、倒れていた現場から一番近かったリディアンの病院で入院している。

 本来ならばS.H.O.Tの医療施設などに入るものなのだが、組織の一時合併により他の組織の医療施設でも治療を簡単に受けられるようになった事や弦十郎の計らいもあり、こうして一番近い場所に搬送されたのだ。

 

 剣二はベッドの上で上半身を起こしている状態にある。

 体はサンダーキーによる火傷やジャークムーンに付けられた切り傷があったが、再起不能になるほどのものでもなく、順調に回復している。

 だが、その心はちっとも回復した様子は無い。

 銃四郎が見た剣二は生意気さこそ薄れずとも、気迫が無かった。

 ヨーコも心配そうな顔で剣二を見つめている。

 

 

「俺は強くなりたかったんだ。……どんな魔法でも」

 

「ああ。それが結果としてみんなを守れるなら、どんな力だって構わないさ」

 

 

 ベッドの横の椅子に腰かけた銃四郎は独り言にも似た剣二の言葉に返答する。

 キツく叱るような顔ではなく、大人として論すように。

 

 

「だけど、ジャークムーンを倒したいと思って舞い上がったな」

 

「アイツのせいだ……」

 

 

 確かにジャークムーンの挑発はあった。

 だが、それに乗ったのはリュウケンドーこと剣二である。

 剣二がジャークムーンをライバル視しているのは銃四郎も知っていた。

 彼があけぼの町や人々を守る事に躊躇いが無いのも知ってはいるが、ことジャークムーンの事になると話は別だ。

 頭に血が昇って、とにかくジャークムーンを倒そうとする。

 

 

「アイツは武士でも騎士でもない」

 

「……ライバルでもない」

 

 

 銃四郎の言葉に続けるように剣二が呟く。

 

 

「魔物だ、ただの」

 

 

 ジャークムーンは決して剣二が思い描く様な存在ではないと銃四郎は論した。

 卑怯な部分は他のジャマンガや組織と比べれば少なくはある。

 だが、相手の仲間の命をダシに危険なサンダーキーを使わせたその所業は武士や騎士などの精神とは違うように思える。

 何より、ジャークムーンはどれだけ正々堂々としていたにしても魔物である事に相違はない。

 負ければあけぼの町の危機、人類の危機なのだ。

 優先すべきはジャークムーンを倒す事ではなく、仲間や人命を守る事。

 例えそれがあけぼの町であろうとなかろうと銃四郎の考えは変わらなかった。

 

 ふと剣二は、モバイルモードのゲキリュウケンを銃四郎に見せた。

 

 

「こいつ、全然返事しなくってさ」

 

 

 銃四郎の脳裏に、先日S.H.O.T基地で天地と瀬戸山が話していた内容が甦る。

 

 

――――まさか、リュウケンドーが変身できなくなるとはな。

 

――――回復にどれくらいかかるかは、僕にも……。

 

 

 偶然聞いてしまっただけの端的な会話。

 だが、魔弾龍やマダンキーについて詳しい瀬戸山ですら分からないとなると、ゲキリュウケンがいつ目覚めてくれるのかは分からないだろう。

 それはつまり、その間はリュウケンドーに変身できない事を意味している。

 それがいつまで続くのか。

 答えあぐねている銃四郎に代わり、此処でヨーコが口を開く。

 

 

「剣二さん」

 

 

 剣二は暗い表情の中でヨーコの方を向いた。

 

 

「私、亜空間の中に閉じ込められた母さん達を絶対に助けたいって思ってる」

 

「…………」

 

「それに、私みたいな経験を二度と人にさせちゃいけないって」

 

 

 ヒロムとヨーコの両親を含む転送研究センターの面々は亜空間が発生した際に、亜空間に閉じ込められてしまった。

 ヒロムはヨーコとある約束、「必ず元に戻す」という約束を13年前にしている。

 その約束をヒロムもヨーコもよく覚えているしリュウジだってそうだ。

 ヴァグラスとの戦いは人の為であるのと同時に、自分の為でもある。

 自分の両親を助けたいという願いと、二度とその悲劇を繰り返してはいけないという決意。

 だから死に物狂いで戦える。

 

 

「剣二さんは何で戦ってるの?」

 

「俺は……」

 

「自分の為に戦うのって、普通だと思う。『誰かを守りたい』のだって自分の気持ちだもん」

 

 

 剣二は自分の思いを振り返ってみた。

 確かに剣二は自分の為に戦っていた。

 ただ、それが『誰かを守りたい』とか、そういう気持ちなのかは怪しい。

 勝ちたい、負けたくない。

 勝負事において普通の感情ではあるが、それを戦場に持ち込んでいた。

 そのせいで自分1人が突っ走り、今がその結果だ。

 

 

「私達、剣二さんが戻ってくるの、待ってるから」

 

 

 最後にヨーコは微笑んだ。

 その笑顔は純粋に仲間を信じているのだろうというのが伝わってくる。

 

 

「……少し休め」

 

 

 心身共に彼には休息が必要だと悟った銃四郎は告げた。

 剣二の内心も大分かき混ざっている事だろう。

 ジャークムーンに勝てず、仲間を危険に晒したという事実があり、相棒は返事をせず、リュウケンドーにも変身できない。

 だが、銃四郎もまた、心の何処かで信じていた。

 剣二が必ず戻ってくることを。

 

 

 

 

 

 さらに数日後、5月下旬。

 二課及び特命部及びS.H.O.Tの面々は新たな戦士を二課に招待する事となった。

 人数が多くて少々せまっ苦しいエレベーターの中にいた翔太郎達が最初に見たのは、赤い服を来てシルクハットを被ってステッキを持った愉快そうな大人だった。

 

 

「ようこそ! 人類守護の砦、特異災害対策機動部二課兼、エネルギー管理局特命部兼、都市安全保安局所属S.H.……」

 

「長い」

 

 

 何故か正式名称を羅列する弦十郎の歓迎の台詞を士はピシャリと止めた。

 とぼけたように「おっと」とはにかむ弦十郎。

 一方で歓迎された翔太郎達は辺りをまじまじと見渡している。

 辺り一面の飾り付けに目を見張っているのだろう。

 飾り付けが凄いとかではなく、何で政府組織の本部でこんな飾り付けがしてあるんだよ、という方向性での見張り方だが。

 

 具体的に言うと上から吊るされたパネルには『熱烈歓迎! 左翔太郎さま、フィリップさま、仮面ライダー部の皆さま』と書かれており、辺りは折り紙を繋げた飾りやフラワーポムで彩られていた。

 さながら学園祭のような飾り付けである。

 尚、飾り付けは前線メンバー込みで、合同している3つの組織の面々が行った。

 士はあんまり手伝わなかったが。

 そんな二課の様相は士と響を歓迎した時のそれに非常に近く、弦十郎のノリも完全にその時と同じだ。

 

 弦十郎を除き他の面々は通常通りの服装だが朗らかな笑みを絶やさない。

 呆れかえっている士を含む一部を除き、だが。

 

 ちなみに招待された翔太郎、フィリップ、仮面ライダー部の面々はこれまた士と響よろしく、手錠をされて此処まで来た。

 民間からの協力者故の処置とはいえ呼んでおいてその扱いはあんまりではないのか。

 とりあえず目的の場所に付いたら責任者に文句を言ってやろうと思っていた翔太郎の気も、目の前の光景を見た瞬間に失せてしまった。

 

 

「思ってたのと違ぇ……」

 

「だろうな」

 

 

 士も最初は全く同じ感想を抱いたものである。

 士の隣に立っている響も顔を全力で上下させている辺り、同じ見解のようだ。

 

 

「うおぉ! なんっか賑やかだなぁ!!」

 

 

 弦太朗の方は特に疑問も抱かずにはしゃいでいた。

 普通の人間ならこの場に入る事は出来ず、政府の機密が詰まった場所だというのに。

 さらに言えば翔太郎の相棒ことフィリップも目を輝かせていた。

 

 

「興味深い事が山ほど転がってそうだ! これは検索のし甲斐があるよ、翔太郎!!」

 

「あー分かった。頼むから後にしてくれフィリップ」

 

 

 手錠をかけられている事も忘れているのか今にも本棚に籠ってしまいそうなフィリップを静止しながら翔太郎は溜息を吐く。

 こういう場にフィリップを連れてくると大体こういう事になるのは分かっていた。

 とはいえ『仮面ライダーWは一応『両方』とも来い』と士を通して言われてしまった以上、連れてこないわけにもいかなかったわけだ。

 

 

「失礼をお詫びいたします。此処まで来れば、もう手錠は大丈夫ですよ」

 

 

 慎次は周りの黒服を見渡して頷くと、意をくみ取った黒服達が一斉に動き、翔太郎とフィリップ、仮面ライダー部の面々の手錠を外しにかかった。

 漸く自由になった手をぶらぶらと振る手錠をされていた一同を見渡した後、了子が非常に明るい声と共に手に持った紙コップを掲げた。

 

 

「それじゃあ、歓迎会と行きましょう!」

 

 

 新人との顔合わせを名目にした歓迎会が始まった。

 

 

 

 

 

 現部隊メンバーがこの場には、翼を除いた二課のメンバー全員、ゴーバスターズの3人と相棒のバディロイド達、銃四郎、特命部とS.H.O.T代表として出向いた黒木と天地、ついでにデュランダル移送任務では姿を見せなかったマサトとJがいる。

 かれこれ30分ほど費やして、誰が何に変身し、何処に所属しているかを一通り自己紹介し終わった。

 仮面ライダー部が何なのかもキチンと話したし、ヒロムがずっと疑問だったWの特異性についても皆に伝わる様に話してある。

 

 さて、そんなわけで此処から先は各自の仲を深める為の交流会のような雰囲気になった。

 その空気の中で漸く黒木は、ずっと言いたかった事を口にした。

 

 

「……で、何故陣が此処にいる……」

 

「まあまあ、硬い事言うなよ。天ちゃんもそう思うよな?」

 

「そうそう。こういう時に堅苦しい事は良くないですぞ、黒木司令」

 

 

 戦場には出向かずこんな時にだけ出てきたマサトに苦言を呈する黒木だが、マサトは天地と肩を組んで徒党を組んでその言葉を否定しにかかった。

 似たようなノリを持つ者同士波長が合うのか、いつの間にか仲良くなっていたらしい。

 ついには『天ちゃん』なる渾名まで付けられている辺りよっぽどである。

 マサトは肩を組んだ右手を天地越しにヒラヒラと振った。

 

 

「それにさ、前の戦いもヤバくなったら出るつもりだったんだぜ?

 でもまあ、ヒロム達が結構やるようになってたからな。いいかな~って」

 

「うっわ、本当に適当な理由!」

 

 

 ヘラヘラと笑うマサトに呆れかえるヨーコ。

 とはいえ、発言から察するに現場にはいたらしい。

 だったら助けろよと言いたいところではあるのだが、誰1人命を落とすことなく終われたのは事実だから、今さら何だかんだというつもりもないが。

 

 

「元々、陣さんはまだ正式なメンバーじゃない。当てにしてないですよ」

 

「うおっ、超ストレート! 流石に傷つくぜ~? ヒロムぅ」

 

 

 冷静に語るヒロムの言う通り、マサトはアバターという特殊な存在である事や、亜空間から帰って来た事云々などがあまりにも急すぎたために特命部への立ち入りを許可されていない。

 いや、入る分には問題ないのだが、まだ部隊の一員としてカウントされていないのだ。

 今回二課本部に入る事が出来たのは弦十郎の大らかな対応故である。

 

 

「今回は新メンバーとの顔合わせでもあるからな。

 こういう時は全員集合していた方が良いだろう?」

 

 

 ステッキを軽く振って、先端を3本の造花に変える。

 所謂マジックとか宴会用の小道具のそれだ。

 大らかなのは良い事なのだが、こういう時の弦十郎はやけに楽しそうである。

 

 

「さっすが弦ちゃん、話せるねぇ」

 

 

 笑顔を絶やさないマサト。

 と、その弦十郎へ向けた渾名に反応する者がいた。

 

 

「うおっ、呼んだっスか?」

 

 

 リーゼントが特徴的な如月弦太朗だ。

 例え政府組織の人間と顔合わせと知っていても自らのスタンスを崩さず彼らしく行くその様は流石と言うべきだろう。

 尚、横にはユウキと賢吾もいる。

 弦十郎に呼びかけた筈の渾名に弦太朗が反応した事でマサトは小首を傾げた。

 

 

「いや? 俺が呼んだのは弦ちゃん……」

 

「あー! 弦十郎さんも、弦ちゃん!!」

 

 

 弦太朗の横にいたユウキが大袈裟に弦十郎と弦太朗を何度も見比べる。

 共に『弦』から始まる名前のせいか渾名まで似通っている2人。

 見た目も性格もまるで違うが、ちょっとした共通点である。

 

 

「これだけ人がいるんだ。似た名前もいるだろうさ」

 

 

 この場にいる人間は10人とか20人のレベルではないし、この場にはいない特命部やS.H.O.Tの後方のサポートメンバーまで含めればかなりの大人数だろう。

 賢吾の言う事にも一理あり、この中で名前が一切被らないという事も有り得ないだろう。

 例えば『弦太朗』と『翔太郎』なんかも字は違うが後半漢字2文字は読みが同じである。

 

 

「つーかさっきから思ってたけど、お前の髪型すげぇな」

 

「俺のシンボルみたいなもんッス!」

 

 

 マサトは子供の頃にテレビの中で見た不良を思い出した。

 彼は見た目こそ20代だが実年齢は40代である。

 そんな彼が不良を思い浮かべる時、思い浮かぶのは『金髪で~』とかではなく『リーゼント』やら『サングラス』なのである。

 

 

「俺達の時代の不良って感じだよなぁ、天ちゃん」

 

「そうですなぁ」

 

 

 1つのジェネレーションギャップのようなものか。

 肩を組んだまま、しみじみと時代の流れを感じるマサトと天地。

 そこに、その2人の前に突然立ち塞がる影が現れた。

 影は2人の前に背を向けて立ち塞がった直後に振り返り、何やら空の缶を突きつけてきた。

 

 

『陣、此処はエネトロンが沢山ある。良い所だ』

 

「そりゃお前らバディロイドの為なんだから当然だろ」

 

 

 陣のバディロイドこと、ビート・J・スタッグだ。

 Jは空の缶をマサトに勝手に持たせると、再び別の机にずんずんと向かって行き、その机にあるエネトロンの入った『エネトロン缶』を開けて飲んでいた。

 そして飲み干すと次の缶に手を伸ばすという事を繰り返し、最終的には机の上にあるエネトロン缶を全滅させ、次の机に向かう。

 

 バディロイドもエネトロンで動いており、意思を持つバディロイドにとってのエネトロンとは、つまりは食事と同じなのだ。

 道中、ニックが「お前飲みすぎだろ!」とツッコミを入れてきたが我が道を突き進むJは振り向き「問題ない」とだけ答えて再び飲み漁るという事を繰り返していた。

 

 そのエネトロン缶を次々と空にしていく傍若無人なバディロイドと思えぬバディロイドを見て、黒木はマサトに言った。

 

 

「ダメなところが面白いというのがお前の心情だったが……。あれはどうなんだ?」

 

「いや、俺もプログラムしてねぇはずなんだがな、あの俺様主義……」

 

 

 自分の道しか見えていない、正しく『俺様』なJの行動には流石のマサトも困惑しているらしかった。

 

 

 

 

 

 一方、ヨーコは弦太朗を見てお礼を言っていない事を思い出していた。

 

 

「あ、そうだ弦太郎さん! あの時はありがとう!」

 

「え? ……ああ、爆発ん時か!」

 

「うん、あの時は私も不動さんも剣二さんも危なかったから……」

 

 

 デュランダルによる爆発は工場地帯で戦っていた剣二達にも当然影響があった。

 ともすれば爆発に巻き込まれかねなかっただろう。

 しかも剣二はサンダーキーの暴走で満身創痍、銃四郎とヨーコも動けない状態にあった。

 そこを爆発の寸前に助けたのがフォーゼこと弦太朗だったのだ。

 彼がいなければ爆発の位置関係上3人とも重傷は免れなかったはずである。

 こうしてピンピンしていられるのは弦太朗のお陰なのだ。

 さらにそれに加え、リュウジも弦太朗に頭を下げた。

 

 

「俺も、熱暴走を止めてくれてありがとう。結局まともにお礼も言えてなかったから」

 

 

 力は強くなっても仲間にまで被害を出す恐れのある代物、それが熱暴走だ。

 ヨーコ達の命だけでなく、それを止めてくれて、尚且つ安全なヘリにまで運んでくれた弦太朗には感謝してもしきれない。

 命の恩人とも言える彼にお礼を言うのは当然の心境だった。

 だけど弦太朗は明るく笑って返す。

 

 

「気にすんな! ダチを助けんのは当然だ!」

 

 

 出会って何日も経っていない、前線で出会った時には数十分も経っていない相手を『ダチ』と言い切る彼の笑顔は眩しい。

 その一言だけでも彼の人となりが分かるというもの。

 ヨーコとリュウジも弦太朗につられるように笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、マジですげぇ組織に参加してたんだなお前」

 

「まあな。色々あった」

 

 

 歓迎会という事で出されている料理を小皿に盛って箸を進めつつ、料理が置かれているテーブルの前で士と翔太郎は話していた。

 ついでに響も同席している。

 翔太郎の相方であるフィリップは少し離れた場所で「キーワードは……」とか言っていた。

 十中八九、先程の自己紹介で得たキーワードを元に気になる事を調べ上げるつもりなのであろう。

 こうなった彼はテコでも動かないので、翔太郎はちらりとフィリップを見て溜息をついた後、早々に検索を止めるのは無理だと悟って諦めた。

 

 だが、一応『人のプライバシーは覗くな』とだけは念を押してある。

 下手をすれば人の過去の傷を抉りかねないし、女性のスリーサイズや体重のようにデリケートな部分をフィリップが閲覧なんかした日には、いよいよ持って女性陣の手にかかりフィリップが消滅して、Wではなく仮面ライダージョーカーとして戦わなければならなくなる。

 翔太郎と出会った初期のフィリップなら構わず見ようとするだろうが、今は人間的な成長も遂げているため、聞きわけは非常に良かった。

 

 

「理解しているよ、翔太郎。今の僕はそこまで無粋じゃない」

 

 

 家族を失った照井竜という仲間がいた為か、それに本人にも触れられたくない過去があるからか、そういった部分にも気が回るようになっていたようだ。

 

 

「士先生って、翔太郎さんとは仲が良いんですか?」

 

 

 ふと思った素朴な疑問を口にする響。

 翔太郎とフィリップをこの部隊に誘ったのは他でもない士。

 それに2人が話している感じが、先程から最近会った仲に響には見えなかった。

 ある程度気心の知れた仲間とでも言ったくらいの。

 

 

「どうだがな。お前と一緒に戦うのはこれで……四度目くらいか」

 

「最初と2回目と、この前の風都での大ショッカーを入れればそんくらいだな。

 ……なあ響ちゃん、何で仲が良さそうと思ったんだ?」

 

「うーん……何か、気軽に話せてるなぁって」

 

 

 響は2人が『気楽に話せる友人同士』のようだと感じていた。

 翔太郎に対して弦太朗、ついでにライダー部のメンバーは少し崩しつつも常に敬語だ。

 対して士には、お互いにタメ口で話しながら軽口を叩きあう事もしばしば見受けられた。

 響の言葉で翔太郎もふと考えると、思い当たる節があったようだ。

 

 

「あー……俺が会った事のある他のライダーって、風都にいる奴以外は大体後輩だな。だからか」

 

「どういう意味だ」

 

「お前が……なんつーの? 同期みたいって感じなんだよ。少なくとも先輩後輩って感じはしねぇ」

 

 

 翔太郎が知り合ったライダーの中でも特に関わりが深いのはアクセルこと竜を除けばオーズ、火野映司とフォーゼ、如月弦太朗だろう。

 ただ、この2人は翔太郎から見て完全に『後輩』であり、当の2人もそれを自覚して翔太郎とフィリップを『先輩』として見ている。

 

 だが士は初めて会った時から特にどちらが敬語を使うでもなく、何となく普通に、気軽に話していた。

 それがまるで同期のように感じられたのだろう。

 先輩後輩の繋がりもまた、絆の形の1つである。

 だが、同期との繋がりの方がどうしても深くなるのは関わった年数もあるが、それ以上にどれだけ接しやすいかという面もあるだろう。

 

 別に映司や弦太朗が接しにくいわけではなく、先輩という立場が翔太郎にはあるが、士に対しては一切そういうものが無い。

 部活などでも先輩後輩と話す時と同期と話す時とでは心持ちも自然と違ってくる、それに近いものを翔太郎は感じていたのだ。

 

 響も『同期』という言葉がしっくり来たようで納得したように「ああ」と声を出した。

 翔太郎と弦太朗のやり取りを『翼と自分』、翔太郎と士のやり取りを『未来と自分』に当てはめると何となく言っている意味が分かった。

 2人の会話の感じは、同年代の人に接する時の、一切の気を使わなくても良いそれなのだ。

 

 

「知るか」

 

 

 ただ、士は特にそういう意識をしていないのかバッサリと切り捨てるのだが。

 勿論仲間意識はあるのだが。

 素っ気の無い返事にやれやれと手を振っていた翔太郎は「そういえば」と思い出したように響に聞き返した。

 

 

「ところで、さっき『士先生』って呼んでたよな? 何でだ?」

 

 

 Wとしてレッドバスターとディケイドの元へ助っ人に入った時も、まるで士が先生であるかのような言葉をレッドバスターが口にしていたのを思い出しながら尋ねる。

 そして返ってきた答えは、予想こそできても驚くのは回避不可能な答えだった。

 

 

「士先生は士先生ですよ。リディアンの先生です!」

 

「そういう事だ。俺はこの世界じゃ教師って事になってる」

 

「へぇ……。って何だとォ!?」

 

 

 インパクトは思っていたよりも強烈だった。

 確かに、今までの言葉から『士が教師である』と推察する事は全く難しくはない。

 だが士に『教師』のイメージがまるで無かった翔太郎からすれば驚愕する他ない。

 

 この部隊の説明を受けた時、翔太郎達は当然『風鳴翼がこの部隊のメンバー』という事も聞いていた。

 その時も翔太郎は大層驚いたものだ。

 ツヴァイウイング時代からのファンだったアーティストが自分と同じで戦場に立っている者だとは考えもしなかった。

 ついでに亡くなった天羽奏の事も聞いて驚き、そして今の『士は教師』発言。

 今日はつくづく驚いてばかりだと翔太郎は自分で思う。

 これ以上、今日は何が起きても驚かないであろうとさえ思えた。

 

 

「はぁ……この部隊はトンデモビックリな事ばっかだな。

 ノイズを一方的に倒す武器だとか、ゴーバスターズだとか魔弾戦士だとか」

 

「そうですよねぇ。私も最初は驚きました」

 

「待て。俺が教師なのは、それと同じ括りの驚きなのか?」

 

 

 そんな他愛のない会話を続けつつ、交流会は進んでいく。

 

 将来の夢が教師である弦太朗が士に「教師でライダー!? すげぇ、俺の目標だぜ!!」と言って色々と尋ね、士が非常に鬱陶しそうにしていた。

 

 天地がボケ倒して「黒木司令とも弦十郎司令ともタイプが違う……」とヒロムが心底興味深そうなのを見て、銃四郎が「お前んとこの司令と交換しないか」なんて結構酷い事を口走っていた。無論冗談である。

 

 賢吾は朔也やあおい達オペレーター陣と仲良く談笑し、裏方の大変さ、サポートの重要さを話し合っていた。

 

 情報収集を得意とするJKが情報の集め方をプロである二課スタッフに尋ねていたりもしていた。

 

 バディロイドであるJは、バディロイドの為に用意されていたエネトロン缶に入ったエネトロンを未だ飲み漁っていた。

 

 弦十郎、黒木、天地が部隊の今後を話し合うという真面目な話し合いも見受けられた。

 

 各員がそれぞれに交流を深めていく中で、翔太郎はふと口にする。

 

 

「そういえば、映司はどうしてんだろうな」

 

「流星があったって言ってましたけど……」

 

 

 翔太郎と弦太朗の会話。

 そこに、映司という名を聞いて首を突っ込んだのは士だった。

 

 

「映司……もしかして、仮面ライダーオーズか?」

 

 

 士は別の世界で火野映司ことオーズを見た事がある。

 それは弦太朗やゴーバスターズと同じく、その世界で顔と名前を記憶した、程度のものだが。

 だが『映司』という人物について話しているのは仮面ライダーの2人なのだからその可能性は高いだろうと口を挟んだわけだが、その予想は的中していた。

 

 

「ああ、話じゃフランスで照井や朔田って奴と一緒にいたらしいんだけどよ」

 

 

 映司は世界中を飛び回っている旅人である。

 故に、今どこにいるのかも分からない。

 連絡を取ること自体は出来るのだが、果たしてそう簡単に帰国したりできるものなのか。

 海外で大ショッカーが現れている件もあるし、そっちの方で頑張っているという可能性もある。

 

 

「その流星も、インターポールの仕事で忙しくてしばらくこっちに来れないって言ってたッス」

 

 

 流星はインターポールでの仕事もあるのだから仕方が無いと弦太朗も理解している。

 ちなみに竜には風都の刑事としての仕事や、ガイアメモリ犯罪が起こった時の為に残っていてもらっているという現状があるので、この組織に加わる事はしばらくないだろう。

 勿論、協力を仰ぐことはあるかもしれないが。

 

 

「戦力は多い方がいいだろ。敵も多いしな」

 

 

 士の言葉に翔太郎と弦太朗も頷いた。

 この部隊は確かに数々の組織が合併し、その上で複数の戦士がいるという結構な部隊である。

 が、それに比例するように敵対する組織は数多い。

 ヴァグラス、ジャマンガ、ノイズを操る存在、大ショッカー。

 翔太郎と弦太朗が戦った事のある財団Xも場合によっては戦う事になるだろう。

 

 

「なら、そのうち映司には連絡とらねぇとな」

 

 

 翔太郎はニッと笑みを浮かべる。

 新たな戦士が加わる事も、そう遠くはないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの少女こと、雪音クリスは湖畔で1人、湖を見つめていた。

 湖がクリスの険しい表情を写しだしている。

 彼女は非常に苛立っていた。

 デュランダルを取り逃した事でもなく、響を連れ帰れなかった事でもなく、事実上の敗北を喫した事でもない。

 いや、むしろその全てが1つの苛立ちの原因に行きついていると言った方が良いか。

 

 クリスは右手に持つ、出撃の際に持って行くノイズを操る杖を見た。

 この杖の名は『ソロモンの杖』。

 ネフシュタンの鎧、デュランダルと同様に完全聖遺物の1つである。

 これが既に起動状態にあるのはクリスが起動させたからに他ならない。

 ソロモンの杖にクリスは半年かけたとはいえ、起動させるほどのフォニックゲインを生み出せる。

 だが、むしろその事実がクリスを余計に苛立たせていた。

 

 

(アタシが半年かけた完全聖遺物の起動を、アイツはあっという間に成し遂げた。

 そればかりか、無理矢理力をぶっ放して見せやがった……ッ!!)

 

 

 化物め、とクリスは歯噛みする。

 彼女のフォニックゲインは普通であれば目を見張るほどのものだ。

 時間をかけたとはいえ完全聖遺物の起動を単独でやってのけるのは並大抵の事ではない。

 しかし、立花響という少女は僅か数ヶ月の間にそれをこなして見せた。

 戦闘能力だけではなく、『歌』に関しても彼女は急激な進化を果たしている事は明白だ。

 その成長速度は驚異的を通り越して異常にすら見える。

 

 

(だからフィーネは、アイツにご執心というわけか……)

 

 

 あの素人を連れ帰れと言う命令に疑問があったクリスだが、漸くその謎が解けた。

 フィーネは気付いていたのだ、立花響の潜在能力に。

 だから攫う様に命令した。

 自惚れるわけではないが、クリスは自分にある程度の資質があると自覚している。

 故にフィーネは自分に目をかけ、共に居られるのだと。

 だが、それ以上の資質を持つ立花響の登場はクリスに焦りを、劣等感を抱かせていた。

 

 

(そしてまた……アタシは一人ぼっちになるわけだ……)

 

 

 クリスの脳裏に焼き付いて離れない記憶がある。

 両親の死を皮切りに戦争に巻き込まれた。

 拉致、人身売買などの非人道的な扱いを受け続け、幼き頃のクリスは過酷な時代を生きていた。

 悲惨、凄惨、正常な人間と法であれば『罪』と言われるそれも、戦争の渦中でそれらは全て正当化された。

 醜い大人の為に何もわからぬ子供が虐げられるそれを止められるものなど誰1人いなかったのだ。

 いや、それを間違った事だと思う大人すら1人もいなかった。

 

 故にクリスは1人だった。

 同じ境遇の子供など頼れはしないし、友人になったとしても次の日にはどちらかが死んでいるかもしれない。

 そもそも友人を作ろうなどという気概も無ければ、口を利く気力など微塵も起きない。

 戦争に巻き込まれた事で両親を殺されたその瞬間から、クリスは孤独の中で生きてきた。

 

 此処で勘違いしてはいけない事が1つ。

 彼女は決して孤独に慣れてはおらず、むしろ人肌恋しいとすら思うほどだ。

 強がり、粋がり、強情な姿勢を見せるが、その実はフィーネに依存している。

 フィーネに拾われて漸く彼女は1人ではなくなった。

 

 クリスの背後、やや離れた場所に黒服の美女が立った。

 喪服にも似たそれを着て、服と同じく漆黒の帽子を被り、対照的な金髪が風に揺れた。

 黒服の美女、フィーネの気配を感じて振り向いたクリスはソロモンの杖をフィーネに放った。

 

 

「そんなものに頼らなくとも、アンタの言うことぐらいやってやらぁ……」

 

 

 拳を強く握りしめ、彼女はフィーネに宣言した。

 

 

「アイツよりもアタシの方が優秀だったことを見せつけ、アタシ以外に力を持つ者は全てぶちのめしてくれるッ!!」

 

 

 それが戦争を誰よりも憎む彼女の目的。

 世界中から戦争の根源足る『力』を根こそぎ奪い去る。

 フィーネに拾われ、自らの夢を語ったクリスがフィーネの言葉を信じて始めた事だった。

 クリスはずかずかと大股で湖畔を去っていった。

 出撃というわけでもなく、イラついている自分を何処かでぶつけてくるのだろうか。

 クリスが普段住まう部屋にでも戻って大荒れしてくるか、もしくは次の出撃に備えて休むか。

 そこまで気にはしないフィーネがソロモンの杖をちらりと見つめた。

 

 

「デュランダルは奪えずじまいに終わりましたね。

 我々もかもしれませんが、彼女にも問題があるのでは?」

 

 

 何処からか、男が唐突な声と共に歩いてきた。

 声の主はヴァグラスのアバターであるエンター。

 クリスが去っていく方を見ながら語る言葉は嘲笑、あるいは呆れのような物が混じっている。

 

 

「そうかもしれないわね。でもいいの、それ以上にデュランダルが起動したという事は収穫だわ」

 

「ほう? それが例え敵の手の内にあっても、ですか?」

 

「ええ。何の問題もない」

 

 

 一切の迷いも思考もなく、無問題と言ってのけるその自信は何処から来ているのか。

 その自信の理由を辿れば彼女の正体と目的も分かるのかもしれないが、エンターはそれをしない。

 したところで勘付かれるのがオチだろうし、結局は分からないで終わって徒労で終わるだろう。

 

 フィーネという人物は決して馬鹿ではなく聡い人物だ。

 しかしながら、エンターからすれば接しやすい人物ではあった。

 メタロイドは個性が強く、大方は知能が低い。

 マジェスティことメサイアも短気で粗暴な言動が目立ち、それがエンターの作戦の足枷になる事すらある。

 以前に4体のメガゾードを一気に出現させた事や、今回のフィーネや大ショッカー、ヴァグラスとの接触もメサイアに進言して怒鳴られつつも何とか説得したというものだ。

 全然納得していない様子だった事を今でも覚えている。

 そんな知能の低い部下と上司を持っているためか、対等な立場で聡明なフィーネはエンターとしては話しやすい部類にいた。

 人間で言えば、胃が痛まない相手、とでも表現しようか。

 

 

「貴女の目的は知りませんが、マドモアゼル・クリスと貴女の目的は、合致していないのではありませんか?」

 

「どうかしらね、意外と似ているところもあるかもしれないわよ」

 

 

 思わせぶりな発言にエンターは少し興味を示した。

 てっきり、キッパリと否定するか逆に肯定するかだと思っていたのだが。

 とはいえ単に惑わせるために言っているだけかもしれない以上、この場で深く考えるのは時間の無駄だと判断したエンターは「そうですか」とだけ相槌を打った。

 

 

「貴女も中々芝居の上手い人ですね。何処まで本気かわからない」

 

「どうしてそう思う?」

 

「失礼ながら何処かの誰かとの電話でのやり取りを聞いてしまいましたからね」

 

 

 フィーネがデュランダル強奪に関してヴァグラスに助力を仰ぎ、エンターが詳しく話を聞きにこの場所に来た日。

 エンターは電話越しに誰かと話すフィーネの声を聞いていた。

 内容は英語で『ソロモンの杖はまだ起動していない』という報告だった。

 勿論、ソロモンの杖など当の昔に起動しており、フィーネはそれを何食わぬ顔で秘匿しているという事になる。

 

 

「ソロモンの杖でしたか。会話を聞いた限り、それは誰かから賜ったもののようですね?」

 

「ああ、あの話か。あれは米国政府よ。……野蛮で下劣な、生まれた国の品格そのままで辟易したの。

 そんな連中に『これ』が起動していると事を教える道理は無いわ」

 

 

 フィーネはソロモンの杖を軽く振って、にたりと笑う。

 

 

「オーララ。借りたまま自分の物にしたのですか? 何とも豪快ですねぇ」

 

「そうかしら? ……その点貴方はマシね、品もあって知能も高い」

 

「おや、これはメルシィ。マドモアゼルに気に入られて嬉しい限りですよ」

 

「その人を食ったようなところさえなければね」

 

 

 米国政府を相手にしているよりは気が楽、というか対等に話せるだけマシという事らしい。

 エンターの演技がかったいちいちの行動や口調に溜息をつきつつ、フィーネはこの場にエンターが現れた理由を問うた。

 

 

「それで? 今日は何の用かしら」

 

「ああ、デュランダルを手に入らなかった事で何か不都合があるのかと思いまして。

 一応、今は同志ですからね」

 

 

 様子を見に来た程度の事らしかったエンターはそれだけ言うと「オルヴォワール」と言い残してデータとなって消え、何処かへと去っていった。

 ちなみに、今のフランス語の意味は「さようなら」である。

 

 

「……一応、ね」

 

 

 同志という言葉の前に置かれた言葉をフィーネも反芻し、「尤もだ」と呟く。

 ヴァグラスもジャマンガも大ショッカーもいずれ敵対するかもしれない組織。

 協力関係こそあれど、信用や信頼と言ったものは介在していない間柄なのだ。

 

 

 

 

 

 風鳴翼という人間は天羽奏を喪ったその日から、防人としての己を磨き続けてきた。

 本来の彼女は非常に後ろ向きな人間であったと言える。

 聖遺物が起動できるという事を始め、『風鳴』という特殊な家の出である事など、生まれが少々特殊な事と、その境遇を悲観的に捉えていた事などからそれが伺える。

 だが、天羽奏との出会いでそれが変わり、奏に支えられながらも前向きに生きてきた。

 

 ある時彼女はそんな支柱を喪った。

 彼女は自分を責めた。

 自分がもっと強ければ、もっと鋭い剣であれば奏を死なせずに済んだと。

 故に彼女は一切の感情を捨て去って自分の身も顧みずにノイズとの戦いを続けてきた。

 まるで、死に場所を探しているかのような。

 

 

「気づいたんだ。私の命に意味や価値が無いって事に」

 

 

 眠り続ける風鳴翼は夢を見ていた。

 あのライブ会場で、辺りは無残に砕け、炭が舞う、心に深く刻み込まれたあの光景の中で、背中合わせで天羽奏と話す夢を。

 笑顔で優しく語られたその言葉には「自分など死んでも構わない」という意味が露わになっている。

 

 

「戦いの裏側とか、その向こうには、また違ったものがあるんじゃないかな。

 私はそう考えてきたし、そいつを見てきた」

 

 

 ノイズを倒す剣と自らを律してきた翼に、奏はそれだけではないと話す。

 けれど翼に『それ』が何なのかは分からない。

 

 

「それは、何?」

 

「自分で見つけるものじゃないかな」

 

 

 翼は俯きながら、答えを教えてくれない奏に頬をむくれさせる。

 

 

「奏は私に意地悪だ。……でも」

 

 

 辛そうに翼は次の言葉を紡ぐ。

 認めたくない現実を、本当ならそうであってほしくない今を認めざるを得ないから。

 

 

「そんな奏は、もういないんだよね」

 

「結構な事じゃないか」

 

「私は、奏に傍にいてほしいんだよ!」

 

 

 笑いながら答えた奏は声だけ残して姿を消した。

 合わせていた背中から感触が消え、奏はいなくなったのだと翼も悟る。

 

 

「私が傍にいるか遠くにいるかは。翼が決める事さ」

 

 

 聴こえてきた最後の言葉。

 夢の中の奏が残した最後の言葉の後に翼の視界は真っ白に染まった。

 

 次に目を開いた時、翼が目にしたのは綺麗な白い、初めて見る天井だった。

 聞こえてきたのは「意識が回復」だとか「各部のメディカルチェック」という言葉。

 翼は自分の体が満足に動かない事を認識した後、目をゆっくりと横に動かした。

 窓の外からリディアンの校舎が見える。

 そうして翼は自分が傷だらけでリディアンの病院に運ばれたのだと理解した。

 次に聞こえたのはリディアンの、自分の学校の校歌。

 

 

(ああ、私、仕事でも任務でもないのに学校を休んだの、初めてなんだ)

 

 

 精勤賞は絶望的かな、そんな事をぼんやりと考えながら天井を見つめ続ける。

 病院の世話になった事は無く、天井を知らない事にも妙に納得した。

 風鳴翼が目覚めた後も夢の内容ははっきりと記憶に刻まれていた。

 

 ――――私、真面目なんかじゃないよ、奏。

 ――――だから私は折れる事も無く、今日もこうして生き恥を晒している。

 

 心の中で奏に告げた言葉と共に、翼の頬を涙が伝った。

 

 夢に現れた奏のお陰なのか、翼は順調に回復していった。

 流石にデュランダル移送任務には間に合わなかったものの歩ける程に。

 勿論点滴は外せないし、入院も続けている体ではあった。

 それでも翼は早く回復したかった。

 奏の言う、『戦いの裏側、向こう側』を見たいと思ったから。

 奏と同じところに立ちたかったから。

 

 風鳴翼は、立ち上がろうと必死だった。

 

 

 

 

 

 はてさて歓迎会兼交流会が終わった次の日の事。

 

 

「……今日も学校か」

 

 

 学生みたいな事を言いながら冴島の屋敷、貸し与えられた自分の部屋で士は目覚めた。

 枕で潰されてぼさぼさの髪をちょっとだけ手で弄りつつ士はもう少し寝ていた欲求に抗っている。

 立場としては教師なのだが、勉強を面倒と思っている学生達同様、学校に行くことは億劫でならない。

 教える側も大変な物なんだな、と無駄に身に染みている。

 首を回し、ベッドから出て大きく伸びをした後、リビングに出て行く。

 

 

「おはようございます。士様」

 

 

 ゴンザの挨拶に「ああ」とだけ答えて、士も席に着く。

 既に机の上にはゴンザお手製の手料理が並んでいた。

 味噌汁に白米に魚と、今日はザ・和風と言った感じのラインナップだ。

 机の向かい側では既に鋼牙が朝食を食べ進めている。

 教師が学校に行く時間は早く、そのせいで起床時間も早いのだが、それ以上に鋼牙は起きるのが早かった。

 

 

「お前はいつも無駄に早いな」

 

「……お前が遅いだけだ」

 

 

 しっかりと飲み込んでから返答する鋼牙からは育ちの良さを感じさせる。

 ならば何故にこんなに無愛想なのかと首を捻りたくなるが、流石に士ももう慣れた。

 士は決して無口というわけではないが、皮肉屋である。

 対して鋼牙は話さないわけではないが無口な方であり、且つ無愛想である。

 そんな2人が会話をすると皮肉をかけあうような、仲が悪そうな会話になるのだが。

 今だって士はわざわざ「無駄に」という言葉を付け加え、鋼牙もそれに悪態に近い反応で返した。

 だが、それを見ている第三者であるゴンザからすれば、それは非常に微笑ましい光景であった。

 

 

(鋼牙様も、よくお話をするようになられた。士様の影響でしょうかね)

 

 

 鋼牙がゴンザ以外の人と話すこと自体、士が来るまでは非常に稀有な事であった。

 それにゴンザは執事という立場上、鋼牙と対等な口調で話す事は出来ない。

 だからこそ士と普通に会話をしている鋼牙を見てゴンザはホッとしているのだ。

 悪態をつくほど仲が悪いのではなく、悪態をつけるほど気を許している。

 鋼牙と士の関係は奇妙な友情に似た何かで出来ていた。

 

 

(あともう少し、笑顔などを見せる様になられれば良いのですが……)

 

 

 しかし士と話していても鋼牙が笑顔を見せる事は恐らくないだろう。

 士の性格もあってそればっかりはどうしようもない。

 もう少し、あるいはもう1人、何かきっかけがあれば。

 そんな事を思い描きながらゴンザは2人の朝食の様子を見つめ続けていた。

 

 その後、朝食が済んで歯磨き、洗顔などが全て終わった2人を玄関先でゴンザは見送った。

 士は教師として、鋼牙はエレメント狩りを行う魔戒騎士としての勤めを果たす為。

 そして日が落ちる前に鋼牙が帰ってきて、日が落ちかかった頃に士が帰ってくる。

 時折士は非常にくたびれた姿を見せつつも鋼牙と夕食を共にする。

 これが冴島家の、最近の日常である。

 

 

 

 

 

 まさか昨日、地下で地球を守る戦士達が会合をしていた事も知らずに私立リディアン音楽院では通常通りの授業が行われていた。

 勿論、士が受け持つ授業もだ。

 

 

「……という事だ、だいたい分かれ」

 

 

 授業の最後、普段ならば「だいたいわかったか?」と言うところを、今日はいやに投げやりな言い方だった。

 教え方そのものに問題は無く、いつも通り理解しやすい授業だったのだが。

 とはいえそんな些細な変化に気付くのは響や一部の生徒くらいなものだ。

 

 

(士先生、昨日の歓迎会で疲れてるんだろうなぁ……)

 

 

 たはは、と苦笑う響。

 歓迎会やら交流会というのは聞こえもいいし実際楽しい。

 とはいえ夜まで騒いで体力を使うわけで、そうでなくともパーティというのは静かにしていても何となく疲れるものだ。

 士の気怠そうな気持ちに響は共感している。

 

 授業終了のチャイムが鳴った直後、待ってましたと言わんばかりに士はさっさと教室を去っていった。

 疲れているというよりかは、怠そうとか面倒くさそうとか眠そうという言葉が今の士には似合うだろう。

 響にもよく分かる疲れだったので、思わず響も欠伸をしてしまう。

 尚、今日は今の士の授業が最後なので、後は下校を残すのみだ。

 学生の響としても先生の士としても、今のは解放感に満ち溢れるチャイムだったのだろう。

 

 

「ね、響」

 

「ふぁ?」

 

 

 隣の友人、未来から欠伸の途中で声をかけられたせいで間抜けな返事になってしまう響。

 未来はちょっとだけ響の方に体を近寄らせてずいっと迫った。

 

 

「前の約束、覚えてる?」

 

「え? あ、ふらわーのお好み焼を奢ってって話だよね。勿論覚えてる!」

 

 

 以前の日曜日に走り込みに付き合ってもらったお礼をしたいと申し出た響が未来に言われた約束。

 それが『ふらわーでお好み焼きを一緒に食べて、奢ってもらう事』だった。

 

『ふらわー』とはリディアンの近くに店を構えており、以前に創世達3人と未来と響の5人で行った事もあるお好み焼き屋だ。

 店主であるおばちゃんが作っているお好み焼きは絶品で、響曰く「ほっぺの急降下作戦」らしい。

 実際に修行で疲れていたとはいえ響だけで何枚も平らげた事もある。

 

 わざわざ休みの日に駆り出して付き合ってもらって申し訳なかった響は「そんなのでいいの?」と聞き返したが「そんなのがいいな」と返されてしまっては何も言えない。

 元々、未来は走る事が好きであるからそこまで迷惑だなんて思っていなかったし、何より久々に響と出かけられる事が未来にとっては楽しみだった。

 遠くへ行きそうと感じていた友人が再び手を繋げるほどの距離にいるのだ。

 未来にとって、その約束は安堵感の塊のようなものでもあった。

 

 

「今日、買い物に行くつもりなんだけど響も行かない? その後で……」

 

 

 ふらわーに、と続けるつもりだった。

 が、間の悪い事に響の通信端末が鳴った。

 

 

「あっ! ごめん、ちょっと待ってて未来」

 

 

 響は大慌てで教室を出て通信に応じる。

 未来はその様子を見て「まただ」と思った。

 響の持つ通信端末は特異災害対策機動部専用の物で、一般人がお目にかかるとすれば、特異災害対策機動部の人が使っているのを目にするくらいなものである。

 そして一般に普及していないものであるから、普通の人がその通信端末を見た時に抱く感想は「携帯っぽくてゴツいこれは何だろう?」と言った具合だ。

 

 通信端末を響は極力隠しているものの、同居人でいつも一緒にいる未来には隠し通せず、響の気付かないうちにちらりとだが見えてしまっている事もあった。

 見覚えのない機械で誰かと通話する親友を見ると、未来は不安になる。

 そういう時の響は決まって深刻そうな話だったり、げんなりとした表情を浮かべたりすることが多いからだ。

 以前の響とは違う響、未来の不安の根源はそれだった。

 

 

「ごめんね未来! えっと、買い物の話だったよね」

 

 

 出て行く時と同じように慌てた様子で帰って来た響は話を再開した。

 笑顔で接してくる親友にあくまで未来は笑顔で接する。

 いつも通りに。

 

 

「うん。買い物に行く予定だから、その後でふらわーに寄ってって話なんだけど」

 

 

 果たそうと思っていた約束。

 だが、響の表情が一瞬曇ると同時に出た返答に未来の表情も笑顔から変わってしまった。

 

 

「ごめん……」

 

 

 断りの言葉。

 驚くとか嫌な表情だとかでなく、未来は呆気にとられたような顔だった。

 ただ一瞬、「えっ」とだけ声を出したそれには呆然という言葉が似合うだろう。

 

 

「たった今、用事が入っちゃって……」

 

 

 響の言葉に嘘偽りがない事は未来にも分かった。

 そうでなければ語尾に行くにつれて声が小さくなっていく、申し訳なさが滲み出ているような声になるわけがないし、そんな風に演技が出来る程響は器用じゃない。

 

 

「……分かった」

 

 

 だから、未来は響に余計な負担をかけまいと笑顔で接する。

 いつもと変わらず、いつものように。

 

 

「じゃあ、また今度!」

 

「うん、ごめんね。折角未来が誘ってくれたのに。……私、呪われてるかも」

 

「気にしないで。図書室で借りたい本があったし、今日はそっちにするから」

 

 

 本当だったら響だってその申し出を受けたかった。

 未来も、事情を聞いたりしたかった。

 その思いを押し殺して普通を装う2人。

 決して自分の面子ではなく、相手を想っているからこそ。

 そんな風に溜め込んでしまうから、2人の気持ちは余計に落ち込んで行ってしまう。

 お互いそれを相手に見せまいとして隠すからこそ、余計に。

 

 

「……ねぇ、響」

 

「何?」

 

 

 未来はふと、響の名を呼んだ。

 

 

「流れ星の動画、あったでしょ? あれを撮る時、響に黙っておくのは少しだけ苦しかったんだ」

 

 

 その言葉は未来の遠回しな本音。

 

 

「私、響にだけは二度と隠し事したくないな」

 

 

 微笑むその顔に響の罪悪感が反応して、酷く胸が痛んだ。

 隠し事をしたくないと言ってくれている親友に対して隠し事をしているから。

 それでも、それでも隠し事を話せない響は。

 

 

「私も、未来に隠し事なんて……しないよ」

 

 

 そうやって、隠し事の上に嘘を塗り固めるしかなかった。

 相手の為と分かっていても親友を偽る事。

 嘘をつくのが下手で、正直者に分類される響が一番身近な人に嘘をつき続けるのは辛い。

 でも、下手に話せば未来が危険に晒される。

 そう思うとどんなに話したくても話せなかった。

 

 

「ありがとう。……響、用事あるんでしょ?」

 

「うん。ごめんね未来、行ってくる」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 

 お互いに何処か乾いた見送りの後、響は足早に教室を出て行った。

 その姿を見送った未来も勉強道具を鞄に仕舞いこむ。

 その顔は酷く暗いものだった。

 

 

(私、響に意地悪した……)

 

 

 あのタイミングで、「響に隠し事をしたくない」と行った事。

 あれが響を苦しめたであろう事を未来も理解している。

 押し殺していた感情の一部が爆発しかかった結果なのか、未来は思わずあんな事を口走ってしまったのだ。

 響は何かを隠している事は未来の目から見ても明白である。

 だが、それを響が良しとしているかはまた別の話であり、恐らくそうは思っていない。

 隠し事というのは何か理由があってするものなのだから。

 

 

(響を、傷つけたかもしれない)

 

 

 今の言葉でどれだけ響は傷ついたのだろう。

 ほんの少しでも響の隠し事の内容が聞けないかと思ってしまった。

 ああ言えば、少しは響も口を割ってくれるのではないかと期待してしまった。

 未来はそんな自分が嫌だった。

 

 

(……今度、響に謝ろう)

 

 

 いつか響も隠し事を話してくれる日が来るだろう。

 そう願いつつ、そしてそれまでは親友のままでいるのだと未来は心に決め、教室を後にした。




――――次回予告――――
すれ違っていた距離は、漸く縮まろうと近づいていく。

けれど偽りは確実に心を蝕む。

偽りに縋るその想いを咎める事はできなくて。


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第41話 剥がれた嘘

 デュランダル移送任務の後、ゴーバスターズのヒロムとリュウジはある任務に参加していた。

 慎次率いる二課エージェントと共に広木防衛大臣の犯人を追う、というものだ。

 今、数々の情報を統合して犯人の隠れ家らしき場所にやって来たのだが。

 

 

「収穫はこれだけですね」

 

 

 イチガンバスターを決して手放さず、机の上に置かれた鞄を見てヒロムが呟いた。

 隣にはリュウジと慎次もいる。

 隠れ家と思わしき場所は既にもぬけの殻。

 あった物は机とゴミだけで、後の全て撤去されていた。

 エージェントやゴーバスターズの2人が隅々まで捜索した結果、得られた収穫は忘れていったか、もしくはワザと置いていったのか、鞄1つだった。

 

 

「広木防衛大臣殺害の手がかりになるといいけど」

 

 

 人殺しが関わっている生々しい事件故か、リュウジも何処か普段以上に真剣な面持ちだ。

 ヨーコを連れてこなくてよかったとリュウジは心底思っている。

 ヨーコの保護者同様のリュウジとしては血生臭さ溢れる仕事に連れていきたくなかったのだ。

 そんなわけでヒロムもリュウジもこの仕事の事はヨーコには黙っている。

 人殺しの犯人を追う、それも国絡みの事で幾らゴーバスターズとはいえ16の少女を連れていくのは忍びなかったのだろう。

 

 

「そういえば緒川さん、さっき響に電話していたみたいですけど」

 

 

 ふと湧いたヒロムの疑問に慎次は笑顔で答えた。

 

 

「響さんに翼さんのお見舞いをお願いしたんですよ。……ちょっと大変な事をお願いしてしまったかもしれませんけど」

 

「ああ。あの2人、特に翼の方は意地張ってましたからね」

 

 

 ヒロムの言葉に慎次は少し笑い、首を横に振った。

 

 

「いえ、違うんですよ。お見舞いが大変な理由は別にあります」

 

 

 首を傾げる2人を余所に、慎次は翼の事を想起する。

 しばらくお見舞いに行っていなかったから、きっと『大変な事』になっているはずだ。

 それを響に見られる事になるわけだが、それもまあ仕方のない事だと苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、士先生」

 

「立花か……。なんだその花」

 

 

 士は帰宅しようとバイクに向かう途中、響とばったり会った。

 手には何処で買ってきたのか花束が握られている。

 

 

「実は緒川さんに翼さんのお見舞いを頼まれて……」

 

 

 慎次は現在、別の任務で動けない状態にあった。

 そんなわけで手が離せない慎次は翼の見舞いを響に託したというわけである。

 銃を携帯しなければいけないくらい物騒な事も予想される任務。

 おいそれと離れられる任務でもないのだが、不安を煽ってはいけないと響や他の部隊の面々には伝えていない。

 

 未来との約束を反故にしてしまったのはこれが理由だ。

 響さんくらいにしか頼めないと言われてしまい、断るに断れなかったのだ。

 それに慎次から電話がかかって来たのはふらわーに行かないかと言われるギリギリのタイミング。

 響が翼のお見舞いを引き受けてしまっても仕方が無いし、実に間が悪かった。

 ともあれ入院患者のお見舞いに行くのだから暗い顔ばかりしてもいられない。

 

 

「そうか、じゃあな」

 

 

 そんな事情を一切知らない士はさっさと響の横を通り過ぎてバイクの元に向かおうする。

 昨日の歓迎会兼交流会の疲れが取れていないから早急に帰りたかった。

 が、通り過ぎようとした瞬間に士は腕が引っ張られる感覚に襲われる。

 

 

「ちょちょ、待ってくださいよ!」

 

 

 振り返れば、響が士の腕を握っていた。

 

 

「士先生も行きませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 中々どうして、立花響は押しが強い。

 気を許している相手にはグイグイ来るのだ。

 敬語を使ってくる割に士を無理矢理引っ張っていくその様は、士に旅を共にした女性を思い起こさせた。

 

 響が士を無理にでも連れてきたのには理由がある。

 未来との一件が響の心に暗い影を落としているのは確かだ。

 そしてそれを自覚している響は、そんな状態の自分が1人で会うよりかは2人以上で会った方が良いだろうと判断し、士を引っ張ってくるという結論に至った。

 完全に巻き込まれただけの士は心底面倒くさそうに溜息をついていたが。

 

 というわけで、響は士と共に翼の病室の前までやって来ていた。

 

 

「何で俺が」

 

「まあまあ、仲間じゃないですか。それも士先生はリディアンの教師!

 繋がりは深いと思いませんか?」

 

「風鳴のクラスで授業をした事は無い。……多分」

 

 

 翼は怪我をした後はともかく、する前からもアーティストとしての活動が忙しい為か学校に来る事は少なかった。

 士の曖昧な返事はその為である。

 

 響は緊張を解すかのように大きく深呼吸をした。

 翼と会うのは絶唱を解き放って以来。

 即ち、2人の確執は一切話す事無くそのままだ。

 下手を打てばまた響と翼がすれ違う事になりかねない。

 

 

(そんな場に出くわすのは御免だ……)

 

 

 士が憂鬱なのは疲れにプラスしてそういう部分もあった。

 それは士がどうこうできる問題ではないし、率先して解決しようというタイプでもない。

 もしも重苦しい雰囲気に巻き込まれたら面倒そうだと士はひたすらに考えて、帰りたいという気持ちでいっぱいだった。

 が、響の握力は随分と逞しくなっており簡単に士の腕を離さず、且つ強い押しで説得という名の圧倒をされてしまったため、此処まで来てしまったのである。

 

 

「よし……ッ! 翼さん、お見舞いに……」

 

 

 扉を開けて病室に一歩足を踏み入れたその瞬間。

 響の顔は、一瞬で真っ青になった。

 

 

「……え」

 

 

 呆然とする中で、言葉にならない声だけが漏れる。

 響が見た光景を同じく目にしている士ですら、その光景に目を見張っていた。

 

 

「そんな……翼、さん……?」

 

 

 焦りなどでは無く、病室にいると思っていた翼がこの場にいない事。

 何よりも病室に広がる『惨状』が響の思考を止まらせていた。

 

 ――――これは、何だ。

 

 

「人の病室の前で何をしているの」

 

 

 2人の背後からかけられた声は翼のもの。

 響は慌てて振り返り、士ですらも少々険しい顔で振り向いた。

 

 

「つ、翼さん! 大丈夫なんですか!?」

 

「入院患者に無事を確かめるって、どういう事?」

 

 

 呆れかえる翼だが2人の表情も内心も一向に安心には向かわない。

 響が指を指した病室の惨状は、それほどまでに酷かった。

 

 

「だって、これ……!」

 

 

 散らばる衣服、薬品。

 部屋のありとあらゆる物が荒らされていた。

 強盗に入られた後、あるいは、室内で敵と争った後でもいうべきか。

 何もかもがしっちゃかめっちゃかで、タンスの中身と部屋に置かれていたものを全てかき混ぜたような混沌とした空間。

 翼の病室はそんな状態であった。

 

 

「私、翼さんが誘拐されたんじゃないかと思って! 今、色んな敵と戦ってますし……」

 

「他の国がシンフォギアを狙ってるって話もあったな。そっちか?」

 

 

 響は不安を口にし、士は既にこれは敵襲でこうなったという前提で話を進めている。

 それほどまでに病室の中は酷かった。

 誰がどう見ても、強盗か何かが入った上でそれと小競り合いでもしなければこんな風にはならない程の。

 だが、当の翼は。

 

 

「…………」

 

 

 だんまりだった。

 それどころか少し頬を赤くして俯いて、まるで恥ずかしがっているような仕草をしている。

 響と士がその様子に気付き一瞬の沈黙が流れる。

 荒れた病室、恥ずかしがる翼。

 この2つの点から、2人はこの病室が一体何故こうなってしまったのかを目が点になっていた響も何となく察した。

 

 

「あ……えぇっと……」

 

 

 まさか、と脳裏に過った可能性。

 ヴァグラスでもジャマンガでもネフシュタンの少女でもなく、何らかの他国の組織でもなく、この部屋がこんな有様になった理由。

 いやいやまさか翼さんに限ってそんな事、と否定したかったが、如何せん翼の表情を見るにそれが合っているとしか思えなかった。

 士も同じように考え、真面目な顔を一瞬で破顔させた。

 

 

「くっ、あっはははははははははは!!」

 

「ちょ、士先生! 此処病院ですよ!」

 

 

 今までに見た事が無い爆笑。

 士が笑うという事自体珍しいが、此処まで爆笑するのはもっと珍しいだろう。

 病院である事も忘れて大声で笑い出した士を止めようとする響だが、士の笑いは収まらない。

 

 

「か、風鳴……これ、お前がやったのかよ……!!」

 

 

 何とか笑いを止めようとしても、後から後から笑えてきて仕方が無かった。

 此処まで笑ったのは旅の仲間に強制的に相手を笑わせる事が出来る『笑いのツボ』を押された時以来だろう。

 そして翼は士の言葉に反論できない。

 病室のまるで敵襲に遭ったかのような惨状の犯人は、他でもないこの部屋の住人である翼本人。

 

 そう、風鳴翼は、『片付けられない女』なのである。

 

 

 

 

 

 優秀な人間というのは意外な欠点を持っているものである。

 天は二物を与えずと言うが、超が付くほどの完璧超人だけどカナヅチだったり、勉強が頗る得意だが体育が出来なかったり、勉強運動全てが完璧でありながら写真だけは全力でピンボケしたり。

 ちなみに3つ目は士の事である。

 

 さて、一見完璧に見える翼もその例に漏れず、部屋を片付けられないという欠点があった。

 実に意外な事ではあるものの、そこで恥ずかしがるだけ可愛げがあるというものなのかもしれない。

 

 響がまず取り掛かったのは部屋の片づけ。

 とりあえず足の踏み場もないこの部屋を何とかしようと提案したのだ。

 で、入院患者である翼にやらせるわけにもいかないので、響と士が手分けしてやる事に。

 勿論士は非常に嫌々だったが、響に上手く乗せられてしまったのだ。

 内容としては「士先生、完璧そうに見えて片付けは出来ないんですか?」とまあ、非常におちょくった言葉をかけられ、プライドが高い士は思わずこう言い放った。

 

 

「いいだろう、片付けってモンを教えてやる」

 

 

 が、士はその言葉をすぐに後悔した。

 まず片付ける物の絶対数が多すぎる事。

 次に、下着まで無造作に散乱している事。

 流石の士も年頃の女性の下着を覗き見る趣味は無く、全力で視界にいれないようにしていて、翼も士が見てやしないかと気にしている様子であり、「見ないでください……」とまで呟いていた。

 事情が事情とは言え士が気を使い、翼が弱々しく呟くのは中々レアな光景だと響は1人思っていた。

 そんなわけで下着などの女性しか触れなさそうな物は響が、他の物は士という風に自然と役割が決まり、片付けは進められた。

 

 響は活発な女子高生というイメージとは裏腹に、結構丁寧に衣服を畳んでいる。

 士は片付けの丁寧さもさることながら、後の綺麗さも中々の物だった。

 

 

「はー、流石士先生。授業もそうですけど、片付けもテクニカルですねぇ」

 

「なんだそりゃ」

 

 

 片付けが終わりかけている頃には、座りながら衣服を畳みつつ会話ができるくらいの余裕とスペースが出来ていた。

 最初は足の踏み場すらなかったものだが、2人の尽力により病室は元の病室に戻っている。

 そして最後の衣服を仕舞い終わり、響は立ち上がって部屋を見渡して満足そうに頷き、士は立ったまま壁に背中を預けた。

 翼は未だ恥ずかしそうに頬を染めつつ、病室のベッドに腰かけている。

 

 

「……ごめんなさい。普段は、緒川さんにやってもらっているのだけれど……」

 

 

 翼の口から士込みとはいえ響に詫びの言葉が出るのは、事情が何であれ目を見張る出来事。

 の、筈なのだが一切そっちに注意が向かず、響は後半の言葉にびっくり仰天していた。

 

 

「えぇ!? 男の人に、ですかぁ!?」

 

 

 沈黙、その後、赤面。

 どうやら翼、今まで全く気にしていなかったらしい。

 

 

「お前……俺には「見ないで」とまで言ってたクセして……」

 

 

 士にはもう最初のような爆笑をする気配はなく、それどころか笑いを通り越して呆れている様子である。

 響は此処で漸く『響さんくらいにしか頼めない』という慎次の言葉に合点がいった。

 恐らく慎次は男性をこの部屋に入れたくなかったのだ。

 下着まで無造作に散乱しているこの部屋に男性など入れたら士のような人物ですら気を使う。

 

 多分、慎次も下着を片付けている時は恥ずかしいか溜息をついているのではなかろうか。

 というか翼は男性として慎次を見ていないのではなかろうか。

 もしくは気を許し過ぎているのか。

 どちらにせよ慎次はそれを自覚しており、凄まじく不憫である事に違いは無い。

 響は内心物凄く慎次に同情し、今度労いの言葉の1つでも送ろうと全力で思った。

 

 

「でも、この部屋をそのままにしておくの、良くないから……」

 

「自分でやれ。片付け方も知らないのか?」

 

 

 翼の必死の抵抗も士はバッサリと切り捨てた。

 いや、今回の場合は誰が聞いても士の方が正しいが。

 しかし尚も翼は抵抗を続けた。

 

 

「私は、戦う事しか知りませんから……」

 

「理由になるか」

 

 

 ダメだった。

 というか、聞いているだけの響から見ても士の方が正論過ぎて翼をフォローできず苦笑いをするしかない。

 翼の両親、あるいは弦十郎は翼に一体どんな教育をしたんだと、士は一言言ってやりたいくらいであった。

 片付けを手伝わされた事で余計にそう思うのであろう。

 

 

「……ほ、報告書には目を通させてもらっているわ」

 

 

 目線は響の方を向いていた。

 話を逸らしやがった、と内心毒づきながら、その話を継続しても仕方が無いので士は無愛想な表情で話を聞く態勢に入る。

 

 

「貴女の頑張りも、私なりに認めているつもりよ」

 

「いえいえそんな!」

 

 

 憧れの翼に褒められた事が嬉しいのか、ちょっと顔を綻ばせながらも響は両手を慌てて振って否定した。

 仮面ライダーやゴーバスターズ、魔弾戦士に比べればまだまだだし、二課のみんなにも助けられっぱなしだと響自身は考えている。

 それでも、翼が素直に褒めるくらいには響が努力しているのも確かではあった。

 

 

(……変わったな。どういうわけだ?)

 

 

 翼の心象の変化はどうしたわけだろうか。

 絶唱の直前までは響との確執は解消されていなかったと士は記憶している。

 が、目の前の2人は良き先輩と後輩のような会話を繰り広げていた。

 まあ、自己問答でもして吹っ切れたのだろうと士は思う事にした。

 2人の仲が良ければ無駄な争いも起きなくて済むし、この場にいる自分にも厄介事が降りかからなくて済みそうだからである。

 

 それに何より、いがみ合っている仲間を見るよりかは笑顔で会話をする仲間を見ている方が気分も良かった。

 士はそんな事など一言も口に出さず、僅かに微笑みながら2人に向けてカメラのシャッターを切った。

 

 

 

 

 

 病室で話すより屋上で話した方がいい。

 気分的な問題だが、そう思った翼は響と士を連れて病院の屋上にやってきた。

 風を感じている翼の後ろ姿を響は見つめ、士は少し後方で屋上の柵に背中を預けて2人を見つめていた。

 病室と違って解放感溢れる場所だからか、風に当たると少し気分もいい。

 そんな感情に一瞬だけ浸り、翼は一気に顔を真面目な表情へと変化させた。

 

 

「頑張りは認めているの。でも、だからこそ聞かせてほしい。貴女が戦う理由を」

 

 

 響と正面から相対し投げかけた言葉。

 しばし目を閉じて考えた後、響は正直に自分の思いを告げる。

 

 

「きっかけは、やっぱり2年前の事件かもしれません。奏さんだけじゃなく、沢山の人がそこで亡くなりました。だからせめて……」

 

「代わりになりたい、と思った?」

 

 

 翼の知っている響は、そう答える人間だった。

 軽々しく奏の代わりになると口にした響で翼の中の響は止まっている。

 だが、今の響は違う。

 

 

「そう思う事もありました。でも、今は自分の意思で人を助けたいと思っています。

 私らしく、私なりに、私が出来る事を」

 

 

 そして響は、ずっとずっと、例え戦う理由は変わっても、根底にある決して変わらぬ気持ちを強く口に出した。

 

 

「私の、人助けを」

 

 

 無言で聞いていた翼は、微笑んだ。

 あの時の響とはもう違う事を確信した。

 この、今の立花響ならば認められる、共に戦おうと思えた。

 

 

「貴女らしいポジティブな理由ね。……貴女が戦う理由も持たぬまま戦場に立つのなら、私は貴女を受け入れる事が出来なかった」

 

「翼さん……」

 

「でもね、気を付けてほしい」

 

 

 微笑んでいた翼の顔は再び真面目な顔に、心配をするかのような表情へと変化した。

 

 

「自己犠牲による他者の救済は前向きな自殺衝動のようなもの。

 自分を犠牲にする事による自己断罪の表れなのかもしれない」

 

 

 響は度の過ぎた人助けを行う事がある。

 例えばそれは弦十郎をして『歪』と言わしめた、命を賭けての人助け。

 即ち、戦場に立つ事。

 翼もまた、誰かの為に自分を犠牲にして奏を喪ったという古傷から逃れようとしていたかのようだった。

 だからこそ、響の歪みを感じ取ったのかもしれない。

 

 

「でも、貴女の気持ちに嘘も他意もない事は分かった。だから、もう一度聞かせて」

 

 

 翼は表情を鋭く変化させた。

 射抜く様な目とでもいうべきか、響に嘘も戯言もいらないと言わんばかりの目を向ける。

 

 

「力の使い方を知るという事は、即ち戦士になる事。

 延いては人としての生き方から遠ざかる事。貴女に、その覚悟はあるのかしら」

 

 

 嘗ての響は翼から覚悟が無いと断じられた。

 だが、今の響になら覚悟があるのかと問いかける事が出来る。

 翼の心境の変化の1つだった。

 そしてその言葉と目に、響は敢然とした態度で向かい合う。

 

 

「誰かが助けを求めるなら、1秒でも早く助けたいです。

 最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に駆けつけたいッ!!」

 

 

 翼に何も言えなかった響とは違う、確かな覚悟を乗せて。

 

 

「そしてもし、相手が人間なら。どうしても戦わなきゃいけないのかっていう胸の疑問を、届けたいです」

 

「……うん。その思いがあれば、貴女にもアームドギアは何時か現れてくれる。

 その強い意志をしっかりと思い描き続けていれば、それが貴女のアームドギアになるわ」

 

 

 覚悟を構えた今の響なら、きっと力を引き出せる。

 風鳴翼が立花響に送れる最大限の言葉だった。

 

 

 

 

 

 はてさて、真面目な話が済んだところで響と翼はベンチに座って打ち解け合っていた。

 翼が響を認め、響が軽々しく口にしてしまった言葉を反省した今、2人の間に蟠りはない。

 

 

「そうだ翼さん、お腹空きません? 私は空きました!」

 

「……え?」

 

「話を弾ませるには食事が一番! 私、ふらわーのお好み焼きをお持ち帰りしてきますね!

 士先生の分も買ってくるので待っててください!」

 

「いや、ちょ、立花!?」

 

 

 翼の制止も虚しく、響は全力で立ち上がって満面の笑みで屋上を猛烈な勢いで去っていった。

 唖然とする翼と、お好み焼きを買ってくるという事はこの場で待つ事が確定し、ますます帰れなくなった事に全力で溜息をつく士。

 

 

「……ハァ」

 

 

 元々暇だった士は特に2人と話す事も無いとして遠くにいたが、こうなると翼も士もだんまりで空気が重い。

 ロクに会話もない状況なのは鋼牙とだけで十分だと思い、士は翼が座るベンチに向かう。

 近づいてきた士に気付いた翼の方から会話は始まった。

 

 

「元気なんですね、立花は」

 

「無駄にな。しかも授業中は寝てる」

 

 

 そうだ、とか、元気なのは良い事だ、とか士は絶対に言わない。

 とりあえず気怠そうか生意気に悪態をつきつつ返答する。

 翼と士は2人で話した回数は多くないどころか、恐らく一切ない。

 以前の翼が何物をも寄せ付けぬ感じだったのもあるし、士から話を振る理由もなかったからだろう。

 士はどかっとベンチに腰掛け、膝を組んで偉そうに片手を投げ出した。

 目線は翼が座っている方向とは逆の方を向いている。

 

 

「緒川の野郎が言ってたぞ。お前を世界で1人ぼっちにさせないでくれってな」

 

「緒川さんが……?」

 

 

 唐突な話題だったが、翼は士の表情に少し驚いた。

 適当な話題を振って来たのかと思ったのだが、その表情が頗る真剣だったから。

 

 

「どんなに忌み嫌われていても世界で1人ぼっちになるのは難しい。

 お前が死んだら悲しむ奴は大勢いるって事だ。ファンも、二課の連中も、緒川や立花もな」

 

「……はい」

 

「俺の知ってる悪党同然の馬鹿にも仲間がいた。

 そいつが死んだ時、その仲間はそいつに会いたいと思ったくらいだ。

 勝手に死んだら誰かが泣くって事だけは分かってるか」

 

 

 ちらりとだけ翼に向いて、語る。

 士の脳裏に浮かんでいるのは嘗ての自分。

 自分が全てを破壊した後に死ねば全ての世界が元に戻ると分かり、躊躇う事無く仲間の剣を受けた嘗ての自分。

 どんな理由があろうとも士のやった事は許される事ではないだろう。

 だが、そんな士ともう一度会いたいと蘇らせてくれた『想い』があった。

 何もかもを突っぱね続けた奴が最後に自分を殺しに走る。

 かつての翼のその行動に、士は自分を少しだけ重ねていた。

 

 

「理解しています。……いえ、漸く分かりました。

 こんな私でも、気をかけてくれた人が沢山いた」

 

「まあそういう事だ、幾ら突っぱねても仲間ってのは鬱陶しく付いて回る。

 二度と馬鹿はしないことだ、後が面倒だからな」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 

 ぶっきらぼうで乱暴な言い方だったが翼には士の言わんとしている事が理解できた。

 不器用ながら遠回しに『死ぬな』と言ってくれているのだ。

 文面だけなら喧嘩を売りかねない言葉だが、その裏には確かに仲間を想う気持ちがある。

 士にそんな一面がある事を翼は初めて知って、お礼を言いながら笑顔を向けた。

 

 

「フン」

 

 

 そんな笑顔にまともに取り合う事無く、鼻息を鳴らすだけの士であった。

 

 

 

 

 

 ふらわーでお好み焼きを席について待つ小日向未来の心は何時になく沈んでいた。

 響が何かを隠していて、心配もさせてくれない事。

 その事を遠回しに指摘して響を傷つけたかもしれない事。

 そして、もう1つ。

 

 

「…………」

 

 

 響に言った通り、未来は本を借りようと図書室に向かい、ふと気になった本を手に取った。

 題名は『素直になって、自分』。

 本当は響に「事情を話して」とか「何があったの」と直球で聞きたかった。

 でも、きっとそれは響に迷惑をかけてしまうから、秘密にしなければいけないから秘密にしているのだと自分を納得させていた。

 しかしそれは無理矢理耐えているようなものだった。

 そんな自分の気持ちと内容も知らぬ本の題名が妙に合っているような気がして。

 

 その本を手に取っている時、彼女は見てしまった。

 リディアンとリディアンの病院は当然ながら隣接しており、図書室から病室の一部が見える事もある。

 そして見えたのは、響と士が翼の病室で、仲が良さそうに翼と話している光景を。

 図書室からたまたま見える位置に翼が入院していた。

 響が翼の見舞いに行ったのも、そこに士がいたのも、それを未来が見てしまったのも全てが偶然だ。

 

 けれどその偶然は、未来の心を締め付けた。

 別に響と翼の仲が良くても、それだけで未来はどうこう思うわけもない。

 それを秘密にしていた事が何よりも気がかりで、翼に見せていた響の笑顔が何だか辛くて。

 いつの間に響と翼が仲良くなったのかとか、どうしてそこに士先生がいるのかとか、色々と聞きたかったが、何よりも何故それを秘密にしなければならなかったのか。

 本を元の位置に戻し、未来はさらに心に暗い影を落とした。

 

 

「人の三倍は食べるあの子は一緒じゃないのかい?」

 

「今日は、私1人です」

 

「……そうかい。じゃあ、今日はおばちゃんがあの子の分まで、食べるとしようかねぇ」

 

「食べなくていいから焼いてください」

 

 

 笑顔の応対。

 明るく振る舞ってこそいるが、未来の面持ちは何処か暗い。

 おばちゃんもそれを察しているかのように、気を使うかのように微笑んだ。

 

 

「お腹空いてるんです。今日はおばちゃんのお好み焼きを楽しみにして、朝から何も食べてないから……」

 

 

 年の功と言うべきか、はたまた多くのお客を見てきたからか。

 おばちゃんはお好み焼きを焼く中でも未来に辛い事があったのだと感じ取った。

 それは、友人関係なのか、また別の事なのか、おばちゃんにそこまでは分からないがともかく悩みである事に違いはないだろう。

 

 

「お腹空いたまま考え込むとねぇ、嫌な答えばかり浮かんでくるもんだよ」

 

 

 いつだったか、人の3倍は食べるあの子にも送った言葉を未来にも教えた。

 おばちゃんの持論だ。

 食事という行為はコミュニケーションなども捗るし、食べ過ぎが無ければメリットが多い行為である。

 人間は何かしらの満足感を得ると何処かポジティブになるものだ。

 単純な精神論かもしれない。

 それでも、未来にはそれがその通りであるように思えた。

 

 

(何も分からないまま、私が勝手に思い込んでいるだけだもの。ちゃんと話せばきっと……)

 

 

 それはあるいは気休めかもしれない考え。

 だけど、未来の心はほんの少しでも前を向けた。

 

 

「ありがとう、おばちゃん」

 

 

 焼き加減を見つつ、未来の作り物ではない笑顔を見たおばちゃんは優しい微笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 一方、特命部、二課、S.H.O.Tではミーティングが開かれていた。

 とはいえそれぞれがそれぞれの司令室にて通信回線を開いての画面越しではあるが。

 

 弦十郎の服装は普段の赤いシャツの胸ポケットにネクタイの端を入れた格好ではなく、黒い喪服だった。

 黒木、天地も同じような服を着ている。

 今日は殺害された広木防衛大臣の繰り上げ法要だったのだ。

 現状合併している3つの部隊の司令官は全員出席しており、今回のミーティングはその直後の事だ。

 

 

「……以上の点から、監視カメラジャックの理由は依然不明です」

 

 

 二課の朔也の報告はデュランダル移送任務中に起こった監視カメラの乗っ取りについてだ。

 あの行為は何が目的だったのかは結局分からずじまいだったのだ。

 

 

『3つの組織のオペレーターが全員でかかって奪還できないとは……』

 

 

 天地の驚きは全員に共通するものだった。

 各組織のオペレーター陣は誰もが優秀だ。

 電子戦やコンピュータ戦において負ける事は殆ど有り得ないと言ってもいい。

 特に二課の朔也や特命部の森下は計算も頭の回転も恐ろしく速く、非常に優秀な人間。

 これらが総出でかかって奪還できないとなると、相手は壮絶に電子戦、コンピュータ戦に長けている。

 犯人は何となく推定できており、特命部の森下は少し悔しそうな表情で言う。

 

 

『恐らくは、エンターの仕業だと思います』

 

 

 ヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカー、ネフシュタンの少女の陣営。

 この4つの組織の中で特に電子戦、コンピュータ戦で優秀なのは十中八九ヴァグラスだ。

 ヴァグラスという組織自体が元々コンピュータから生まれた存在である為、疑うには十分な理由である。

 それにジャックされていなかった監視カメラ、戦場から離れたある場所ではエンターの姿がちらりと映っていたそうだ。

 ただ、それが余計に謎を深めていた。

 

 

『ですが、エンターは自分が監視カメラに写っているのに何が目的で監視カメラを乗っ取ったんでしょう?』

 

 

 S.H.O.Tの瀬戸山の言葉。

 サンダーキーの調整をする途中でミーティングに参加しているので額には実験などで使う目を保護するゴーグルをしている。

 さらに髪の毛はサンダーキーの影響だろうか、静電気で浮き上がったように逆立っていた。

 どうやらサンダーキーの魔力は非常に強力らしく、調整している瀬戸山も慎重にならざるを得ないようだ。

 そんな瀬戸山のおかしな格好はともかく、それに答えたのは朔也だった。

 

 

「エンター自身が移送任務中に現れたと思われる周囲の監視カメラに何ら異変はなく、戦闘が行われた範囲の監視カメラのみが全て乗っ取られていました」

 

「つまり、エンターは自分が活動する為に監視カメラを乗っ取ったわけではないという事になります」

 

 

 朔也の言葉にあおいが続ける。

 こうなるとエンターが何を目的に監視カメラを乗っ取ったのかが分からない。

 通信の阻害が目的だとしても、監視カメラを通して状況把握ならともかく、連絡を行った事など二課も特命部もS.H.O.Tもない。

 実際、監視カメラの乗っ取りによる影響は皆無だった。

 そうなると考えられる事は限られてくる。

 

 

『見られたくないものでもあったんでしょうか……』

 

 

 特命部の仲村の言葉が答えとしか思えなかった。

 何かをこちらに見られたくないから監視カメラの乗っ取りを行った。

 ただ、それが何なのかが分からない。

 

 前線メンバーの報告では大ショッカーの怪人が5体、ジャマンガから遣い魔とジャークムーン、ヴァグラスからバグラー、ネフシュタンの少女とノイズ、そして第三者の仮面ライダーディエンド。

 

 これが敵対した全戦力の筈である。

 この中で見られて困る事など1つもないはずだ。

 何せ、この敵戦力は全てこちらの組織が既知のものであるからだ。

 

 

「まあ、考えても仕方が無い事は分からないわよ」

 

 

 行き詰まった中、了子がこの話題を終わらせた。

 このまま考えても全ての情報を統合して得た結論が『監視カメラをジャックした理由は不明』なのは変わらない。

 各組織全員が尤もだ、と考え、次の話題に移る事となった。

 

 

「さて、デュランダルだが、これは再び二課で保護する事となった」

 

 

 弦十郎がデュランダル移送任務中の起動、及び暴発により移送計画は頓挫。

 それにより二課に戻ってきた事を報告する。

 

 

「それに合わせて、二課本部の防衛設備の強化を行っている。現在作業中だ」

 

 

 続けての弦十郎による報告。

 デュランダルを狙う勢力がいて、尚且つそれが他の組織と協力していると分かった今、防衛設備の強化は急務だった。

 弦十郎の言葉に続け、了子が報告に付け足す。

 

 

「元々、二課本部は設計段階からグレードアップしやすいように織り込んでいましたわ。

 設備強化は明日にも終わる予定よ」

 

 

 嬉しい事ではあるのだが、弦十郎や他の司令官達の顔は暗い。

 それは広木防衛大臣が亡くなったからという事実以外にも理由がある。

 

 

『二課は特命部やS.H.O.Tと違って只でさえ横槍が入りやすいが……。

 そんな事をして大丈夫なのか?』

 

 

 黒木の神妙な言葉。

 武力を持てば持つほど、強化をすればするほど二課には横槍が入りやすい。

 ヴァグラスやジャマンガで言い訳が通るゴーバスターズや魔弾戦士ならともかく、ノイズに対して過剰な武力を持ちこむ事は基本的には許されない。

 聖遺物やノイズ関係の事はヴァグラスやジャマンガという世界的に認知されている脅威とは異なり、秘匿にされている事。

 二課が力をつければ余計に聖遺物を狙う他国や他組織からの何かが付け入る隙が出来るという事なのだ。

 

 司令官達はそれを懸念している。

 そして二課の弦十郎も言われずともその不安はあった。

 

 

「大丈夫かと言われれば、微妙なところだ。

 元々強化案自体はあったが、その反対派筆頭が広木防衛大臣だった」

 

 

 言葉だけ聞けば二課の装備強化を阻害していたように聞こえる。

 だが、その厳しさは思いやりの裏返しでもあった事を弦十郎もよく知っていた。

 

 

「広木防衛大臣は法令順守をさせる事で、俺達に余計な横槍が入らないようにしていてくれた……」

 

 

 つまり、広木防衛大臣は付け入る隙を与えないように二課を守ってくれていたのだ。

 デュランダル保護という名目があるとはいえ、こうして設備強化、装備強化には不安があるのも確かだ。

 元々、他国他組織の介入から逃れるために特命部やS.H.O.Tと合併した側面もある。

 ゴーバスターズや魔弾戦士を隠れ蓑にするという事だ。

 広木防衛大臣もその提案には理解を示していた。

 必要だと世界的に認知されている武力と一緒になれば無駄ないざこざも避けられると。

 とはいえ組織の一時合併は二課が参加している事もあって基本的には秘匿。

 表向きには現在でも別組織扱いだ。

 

 少々重たい雰囲気の中、特命部のオペレーター、森下が口を開いた。

 

 

『そういえば、広木防衛大臣の後任は誰に?』

 

「副大臣がスライドだ。今回の設備強化を後押ししてくれた立役者であり……。

 協調路線を唱える親米派の、な」

 

 

 防衛大臣が親米派。

 これはつまり、日本の国防政策に米国政府の意向が通りやすくなったという事だ。

 ただでさえ米国を疑っている状態の中での出来事。

 広木防衛大臣暗殺にも米国の何らかの意思が介在しているのではないか。

 そう考えずにはいられなかった。

 さらにその件で、おかしな事が起こっていた。

 

 

「それから、もう1つ。気になる事をフィリップ君が言っていた」

 

 

 弦十郎が語ったそれは、フィリップの地球の本棚の事だった。

 最初は怪訝そうだったメンバーも、本来ならフィリップが知る由もないこの部隊に関しての知識を披露して見せると信じざるを得なかった。

 そこで、フィリップに依頼したのが『防衛大臣暗殺の犯人の特定』。

 

 フィリップの地球の本棚はインターネットと同じでキーワードを幾つか入力して閲覧したい内容を絞り込むというものだ。

 ただ、地球の本棚という特性上、それを犯人逮捕の証拠には使えない。

 とはいえ犯人特定が可能ならそれに越した事はないと判断し、フィリップに検索を依頼した。

 キーワードは『広木防衛大臣』、『暗殺』、『犯人』。

 被害者の人名まで入力しているので犯人の特定は容易かと思われた。

 だが、それは予想外の事態で不可能となってしまったのだ。

 

 

「……妙だ、本に鍵がかけられている」

 

 

 そう呟いたフィリップ曰く、地球の本棚の本に鍵がかけられており、閲覧できなかったらしい。

 こういう事が発生するのは幾つか理由があり、以前にこういう事があったのは『とある2人が踊っていたダンスが2人の仲違いにより封印され、そのダンスについての本に鍵がかけられ閲覧できなくなった』という物だった。

 だが、今回の事でそんな特殊な事例が適用されるとは思えない。

 もう1つ考えられるのは『誰かが地球の本棚に干渉した』という事。

 地球の本棚に影響力がある人物だと検索や閲覧の妨害が可能なのだ。

 しかしフィリップも翔太郎も口を揃えて「それができる人物は既にこの世にはいない」と語った。

 

 

『では、誰かがその地球の本棚に干渉している、という事ですか?』

 

「そうなるんだが……。そんな力を持ったものが一体誰なのか……」

 

 

 S.H.O.Tの鈴の言葉の後、弦十郎が思案する。

 ヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカー、ネフシュタンの少女。

 この中で地球の本棚に干渉できそうな存在はいないというのがフィリップの見解だ。

 そもそも地球の本棚を閲覧できること自体特殊で、さらに閲覧への制限などが行える事は特殊中の特殊。

 フィリップ以上に地球の本棚に影響力があるという事だ。

 例え歴代の仮面ライダーが戦ってきた敵の中でもそこまでの事ができるのは翔太郎とフィリップが戦ったガイアメモリ流通組織『ミュージアム』をおいて他にはいない。

 

 深まるばかりの謎と、回答の出せない沈黙。

 その静寂を壊したのは、3つの司令室で同時に鳴り響いた警報だった。

 

 

 

 

 

 警報の理由は2つ。

 1つに二課本部に近づくネフシュタンの少女。

 もう1つに、エネトロン異常流出反応とメガゾード転送反応。

 現場は両者ともにリディアン近辺。

 ヴァグラスはエネトロンとして、ネフシュタンの少女は恐らくデュランダルと響を狙っているであろう事が分かった。

 対応は早く、すぐに二課から響と士、翔太郎、仮面ライダー部へ連絡、特命部からゴーバスターズの3人と一応陣へも通達、S.H.O.Tは銃四郎だけに伝えた。

 下手に剣二に伝えれば飛び出す恐れがあると考えられたし、ゲキリュウケンが目覚めぬ今、リュウケンドーは出撃不能だからだ。

 

 

「……どうやらヴァグラスとネフシュタンが出たらしい」

 

 

 士が通信機を切り、ベンチから立ち上がる。

 それを聞いた翼も真剣な面持ちで立ち上がった。

 

 

「私も行きます」

 

 

 強く言い切る翼の言葉。

 だが、士は溜息を1つ付く。

 

 

「お前、入院患者だろ。また無茶して死にたいのか?」

 

 

 翼はまだ全快しているわけではない。

 外へ出歩く程度ならまだしも戦場においそれと出せるかと言われれば、それはノーだ。

 本人からすれば十分に動ける範疇なのだろうが、だからといって無理をさせるわけにもいかない。

 だからなのか、士は以前に翼がやった『無茶』を引き合いに出す。

 さっきあれほど言ったのに、と。

 だが、翼は強い眼差しで、かつてとは違う覚悟ではっきりと答えた。

 

 

「いいえ。もう何も、失わないためです」

 

 

 あくまでも守る為、生きる為だと答える翼に士は背を向けた。

 

 

「着替えて来い、俺のバイクで行けば早いだろ」

 

 

 そう言うと士は手をヒラヒラと振りながら「部屋、散らかすなよ」と言い残して屋上から出て行った。

 

 

「……! はい!」

 

 

 自分の意思が通った事にか、それとも捨て台詞のように憎まれ口を叩いている事にか、士の言葉に笑みを見せる翼も出撃の為に自分の病室へと急ぐ。

 

 剣は再び抜かれた。

 今度は死に急ぐ為ではなく、失わず、守る為に。

 

 

 

 

 

 

 

「オーララ、お早い到着ですね。レッドバスター、ブルーバスター?」

 

「まあね。ちょっと野暮用でこの辺りにいたから」

 

 

 リュウジの言う野暮用とは、慎次と共に広木防衛大臣暗殺の犯人の隠れ家と思わしき場所の捜索の事。

 その場所はメタロイド出現の位置に非常に近かった。

 だからヨーコよりも早く2人は到着する事ができたのだ。

 辺りはビル群に囲まれたコンクリートの上、普段ならば人が行き交うような場所。

 しかし人っ子1人いないのは避難誘導が完了しているからである。

 慎次達二課のエージェントもまたこの現場に来ており、避難誘導を行ったのだ。

 

 

「グッモ~ニ~ン! まだ2人しかいないみたいだけど、面白いもの見せちゃうよ~!」

 

 

 エンターの隣にいる機械人形は意気揚々としている。

 メタロイド、『フィルムロイド』は全身機械の風貌ながら、頭は二股に別れた帽子を被っているかのようになっており、仕草も相まって印象は完全に道化師のそれだ。

 フィルムロイドの軽快なステップと何かをしようとする挙動に警戒する2人。

 と、フィルムロイドは近づいてくるバイクの排気音にその挙動を止めた。

 駆け込んできたのは、前後で色がバッサリと分かれたバイク。

 

 

「よう、機械野郎。邪魔するぜ」

 

 

 ヒロムとリュウジの近くにバイク――ハードボイルダーを停め、ヘルメットのバイザーを押し上げて顔を見せたのは左翔太郎。

 知らない顔の登場にエンターは眉を吊り上げ、フィルムロイドも大袈裟に上半身から右に傾いた。

 

 

「だぁ~れ~、君~?」

 

「お前らみたいなのを、ハァードボイルド、に許さない探偵さ」

 

 

 バイクを降りてヘルメットを脱ぎ、腰に付いている帽子をかけてあるフックから黒い中折れハットを取り外して被りつつ、だいぶ恰好つけつつハードボイルドを強調する。

 そんな翔太郎に容赦なくヒロムは切り込む。

 

 

「ハードボイルドは自分の事、ハードボイルドって言わないと思いますけど」

 

「……わぁーってるよッ!」

 

 

 半ばヤケで反論する翔太郎。

 一応ヒロムよりも年上なのだが、悲しい事にそこに年上の風格は無い。

 そんなやり取りにリュウジも思わず敵の目の前であるにもかかわらず少し笑みを見せた。

 一方でエンターは怪訝そうな顔で翔太郎をジッと見ている。

 

 

「ただの探偵ではなさそうですね。ゴーバスターズの仲間ですか?」

 

「そんなトコさ。仮面ライダーってヤツでな」

 

 

 ダブルドライバーを見せつつ、言葉の後に装着。

 同時に翔太郎をセンターにヒロムとリュウジが横に並んだ。

 翔太郎はジョーカーメモリを起動、ヒロムとリュウジもモーフィンブレスを起動させた。

 

 

 ――――JOKER!――――

 

 ――――It's Morphin Time!――――

 

「変身」

 

「「レッツ、モーフィン!」」

 

 ――――CYCLONE! JOKER!――――

 

 

 起動しているガイアメモリの力だろうか、巻き起こる風の中で3人はW、レッドバスター、ブルーバスターへと姿を変える。

 変身した3人を見てもフィルムロイドは臆するどころか跳び上がって嬉々としていた。

 

 

「わぁ~あ! 1人ゴーバスターズがいないみたいだけど、変な半分こが出てきたね!」

 

「誰が半分こだ機械野郎」

 

「ふふふ、今から面白いものを見せてあげるね~!」

 

 

 おちょくるような発言への返しを見事にスルーしつつフィルムロイドは心底楽しそうに両手を広げたり跳び上がって足の裏同士を合わせたりしてみせている。

 

 面白いもの――――――。

 

 こういう輩が言う『面白いもの』というのは大抵ロクでもないものだ。

 しかしWは先程半分こと言われたお返しと言わんばかりにフィルムロイドを挑発する。

 

 

「なんだよ? 大道芸でも見せてくれるのか?」

 

「バカ言わないでください。こんな奴らの大道芸なんて見たくもない」

 

 

 レッドバスターの言葉に笑い混じりで「確かに」と続けるW。

 その言葉を聞いたフィルムロイドは両手を腰に当て、これまた大袈裟な動きで起こるような仕草を見せた。

 

 

「ふーんだ! これを見ても同じ事が言えるかなー!?」

 

 

 フィルムロイドは胸にある突起、映写機のような部分から光を放った。

 映写機から発射された光の中から3人の人影が映し出される。

 それは、非常に見覚えがある姿。

 1人は赤く、1人は青く、1人は緑と黒の半分こ。

 地面に降り立った3人の人影はまるで、W達3人の鏡であるかのように立っている。

 そう、3人の人影は紛れもなく仮面ライダーWとレッドバスターとブルーバスターであったのだ。

 

 

「なっ……幻覚?」

 

 

 敵の能力は幻覚を見せる力なのか。

 そう考えたレッドバスターだったが、言葉の直後にもう1人の自分が放ったイチガンバスターが威嚇するかのように本物3人の足元に着弾。

 着弾した地面にはイチガンバスターによってつけられた焦げ跡のような物がついており、その攻撃が確実に幻でないという事を物語っている。

 

 

『成程、映像を実体化できるようだね』

 

「せ~いか~い!」

 

 

 Wの右目が明滅し、フィリップが冷静に分析を行う。

 3人の偽物は本物の3人とは違いフィルムロイドの性格が混じっているかのようにとぼけた仕草を時折していた。

 例えば気さくに手を振っていたり、ピョンピョン跳ねていたりと言った具合に。

 

 フィルムロイドは映写機に『見せる』のメタウイルスをインストールして製造されたメタロイド。

 決して『偽物』を作り出すわけではなく、本人が映し出せる物を実体化させる能力を持つ。

 尤も、体の大きさゆえに限界はあるが。

 

 

「それでは、後は任せましたよ」

 

「はぁ~い!」

 

 

 エンターはフィルムロイドの肩に手を置いて呟いた後、分解されたデータとなってその場から消えて去っていった。

 待て、そう言いかけたレッドバスターとブルーバスターのモーフィンブレスに通信が入る。

 通信の相手は特命部の仲村だ。

 

 

『メガゾード転送反応確認、タイプはβ。転送完了まで5分30秒です!』

 

 

 メタロイドの出現はメガゾードの転送の開始とイコールである。

 対抗するにはバスターマシンを使うわけだが、ともあれ目の前のフィルムロイドを放ってはおけない。

 バスターマシンは予め発進させて現場に到着させておけばすぐに対応も可能。

 ならば、今3人がすべきなのはフィルムロイドを倒す事。

 3人がフィルムロイドを睨んで戦闘態勢を取ると、フィルムロイドはこれまたワザとらしく跳び上がって偽物の3人の陰に隠れて頭を隠した。

 

 

「やっちゃえ~!」

 

 

 フィルムロイドの号令と共に偽物3人は各々のオリジナルに向かって行く。

 まるで見分けのつかない本物と偽物との戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの鎧の反応があったという場所に響は急ぎ走っていた。

 二課本部に真っ直ぐ向かってきているという事は、逆に言えば二課本部を起点に真っ直ぐ反応に向かえば必ず鉢合うことができるという事だ。

 辺りは木が生い茂っている自然豊かな公園。

 そこをひた走っていた響は鉢合う。

 ネフシュタンの少女ではない、想定外の少女に。

 

 

「あ、響ぃー!」

 

「未来!? どうして……」

 

 

 やや距離がある中、お互いがお互いを認識し、手を振って笑顔を見せていたのは小日向未来。

 他でもない立花響の親友である未来だ。

 ふらわーのおばちゃんに言われた事もあり、会って話してみようと明るく前を向いていた彼女にとって偶然会えた事は未来にとって幸運であった。

 ネフシュタンの少女が迫っている中で、巻き込みたくないと偽り続けていた未来と偶然会ってしまった事は響にとって不運であった。

 

 そして――――――。

 

 

「お前はァァッ!!」

 

 

 このタイミングでネフシュタンの少女と偶然に鉢合ってしまった。

 ネフシュタンの鎧から容赦のない茨の攻撃が響目掛けて飛ぶ。

 対して、未来は響に手を振って走ってくる。

 

 

「来ちゃダメだ! 此処は……!!」

 

 

 響が言い切るよりも早く茨は響と未来の間の道に炸裂。

 大きな衝撃と共に地面を抉ってみせる。

 

 

「きゃああああああ!!」

 

「ッ! 未来ッ!!」

 

 

 大きな衝撃によって未来は後方に飛んでしまった。

 幸いにも直撃したわけでもなく、体を打ってはしまったものの高度はあまりなく怪我はそれほどでもない。

 けれども突然の衝撃と落下は普通の人間である未来には十分な痛みを与えていた。

 

 

「しまった……! アイツ以外にもいたのか!?」

 

 

 ネフシュタンの少女は事後確認により焦りを見せる。

 彼女は今、かなり苛立っていた。

 苛立ちの原因は立花響でもあるが、もう1つある。

 エンター、延いてはヴァグラス。人間と明確に敵対する者達だ。

 

 ――――何でアタシがアイツ等なんかと……!

 

 血が出るかもしれない程に、痛むぐらいの強い歯軋り。

 ネフシュタンの少女の目的とヴァグラスのそれは相容れないどころではなく、本来なら敵対してもおかしくない程。

 今すぐにでも組んだ手を切って、エンターの飄々としたツラをぶっ飛ばしてやりたい。

 

 今回の二課襲撃はヴァグラスとも話した上での同時展開による作戦。

 ヴァグラスに対して不愉快以上の感情を抱いていたネフシュタンの少女にとってそれは耐え難い事だった。

 そして、苛立ちの原因である立花響を見つけた直後、辺りを確認もせずにぶっ放したのはその怒りをぶつけた形だ。

 結果、関係の無い一般人を巻き込んでしまった。

 無差別に人を襲うヴァグラスを嫌悪しておきながら、ただの不注意で。

 

 

(馬鹿ッ! 何やらかしてんだアタシはッ!!)

 

 

 こんな事をしてはヴァグラスと何も変わらないではないか。

 ネフシュタンの少女は自分の行動に罪悪感を覚えていた。

 

 そんな罪悪感を抱いているとも知る由もなく、響も未来も窮地の中にいた。

 先人達の言葉に泣きっ面に蜂、弱い目に祟り目という言葉がある。

 もしもこの諺を今の響に言ってあげたならば、それは正しいと全力で首を上下させるに違いないだろう。

 それほどまでに最悪な事が続いていたのだ。

 公園には車が駐車してあった。茨の着弾による大きな衝撃は車をも浮かせた。その車は未来と同じ方向に飛んで行った。

 

 そして、立ち上がる時間すら与えられない未来は車を避けきれないであろう事が一目で分かってしまった。

 

 

「ッ……!」

 

 

 決断に迷っていたら未来が死んでしまう。

 そんな思考すらする事無く、響の判断は一瞬。

 答えは、歌を歌う事。

 

 

 ――――聖詠――――

 

「ハアッ!!」

 

 

 歌を歌った響は胸の内に秘めるガングニールを身に纏い、急ぎ未来の眼前に移動。

 アッパーでもってして未来に上空から迫りくる車を砕き、再び上空に打ち上げた。

 スクラップ同然となった車は誰もいない道路に落ちてボンネットやらドアをパージして転がる。

 

 未来を助けることができた。しかし、響の顔は全く晴れない。

 

 

「響……?」

 

 

 助けてくれた、不思議な鎧を纏う人が自分の親友だと認識するのに時間はかからなかった。

 けれど、納得するのにはそれこそ長い時間が必要な気すらした。

 驚き、呆然、未来の内にはそんな感情しか今は湧いてこなかった。

 

 

「ごめん……ッ!」

 

 

 それが何に対しての詫びだったのか、未来には分からない。

 でもその顔が酷く苦しそうで、とても辛そうな事だけは分かった。

 一言、その言葉だけを置いて響は戦場へと踏み出した。

 

 

 ――――私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ――――

 

 

 何故、どうして、此処に運命は自分を導いたのか。

 敵へと走りながら湧いたそれは疑問ではなく、運命というものへの恨み。

 絶対に巻き込みたくなかった、この秘密だけは隠し通さなければならなかった。

 だけどそれ以上に隠し事をしていた罪悪感。

 偽りと嘘に縋ってしまい、隠し事をしたくないと言ってくれた友達を傷つけてしまった事への悔恨の思いが響の目から溢れだす。

 

 

「うああああああああああああッ!!」

 

 

 慟哭が戦場に響き渡った――――――。




――――次回予告――――

Super Hero Operation!Next Mission!

「私は立花響15歳ッ!」
「必ずダチになってみせるぜ!!」
「あけぼの町が……!」
「あの中、亜空間になってる」

バスターズ、レディ……ゴー!

Mission42、それが偽りでも……


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第42話 それが偽りでも……

 響はまずネフシュタンの少女を誘い出した。

 この場では未来を巻き込んでしまうかもしれない。

 涙を拭いつつ、ネフシュタンの少女の方を向いて挑発するように駆け抜けた後、大きくジャンプ。なるべく遠くへ走り、公園の辺りに生える木の奥、林の中へと。

 すると挑発に乗って来たネフシュタンの少女は響を追って跳び上がり、狙い通りに林の中へと入って来た。

 林の中にあった開けた場所に響とネフシュタンの少女は降り立ち、お互いに顔を突き合わせた。

 

 

「っと!」

 

 

 と、空から第3の人影が響の横に降り立つ。

 白い宇宙飛行士のような姿をしているそれは、仮面ライダーフォーゼこと如月弦太朗その人だった。

 左手には黒いレーダーモジュールを展開済み。

 レーダーモジュールの先では二課本部に通された仮面ライダー部、特に賢吾が通信の相手をしている。

 フォーゼに対してのオペレーターという立ち位置だ。

 

 突然現れたフォーゼに響が顔を向けると、それに応えるように頷いた。

 助けに来たぜ、と言わんばかりに。

 そしてフォーゼは一歩前に出てネフシュタンの少女に右手を突きつけるように伸ばし、いつもの啖呵を切った。

 

 

「仮面ライダーフォーゼ! タイマン張らせてもらうぜッ!」

 

「2対1でタイマンだぁ? 算数もできないのかよ?」

 

「ぬっ、数学はできねぇけど算数は一応できるぜッ!」

 

 

 ネフシュタンの少女と張り合っているが、仮にも高校を卒業して大学に行っている人間が誇らしく言える事ではない。

 何だか一瞬だけおかしな雰囲気が流れてしまったが、そんな空気に流されるほどネフシュタンの少女も甘くはない。

 

 

「ハンッ、どんくさいのが挑発してきたと思えば、今度はヘンテコなトンガリ頭かッ!」

 

 

 さらなる敵対者を見て茨を構えるネフシュタンの少女。

 が、響は振り払うように右手を振ってネフシュタンの少女が口にしたある言葉を否定した。

 

 

「『どんくさい』なんて名前じゃない!!」

 

 

 予想の斜め上の言葉。

 何を言い出すんだ?というフォーゼとネフシュタンの少女の思考が一致する中、響は息を大きく吸い込み……。

 

 

「私は立花響15歳ッ! 誕生日は9月の13日で血液型はO型ッ! 

 身長は、こないだの測定では157センチッ! 

 体重は……もう少し仲良くなったら教えてあげるッ! 

 趣味は人助けで、好きな物はご飯アンドご飯ッ! 

 あとは……彼氏いない歴は年齢と同じッ!!」

 

 

 誰が予想できただろう、誰が思っただろう。

 いや、仮に予想できていた人間がいたとすればその人は確実に何かがおかしい。

 戦場で、命のやり取りをするこの場で、敵であるはずの相手に対して自己紹介。

 無闇に力強く言い放った言葉に余裕の態度を保っていたネフシュタンの少女ですら酷く動揺していた。

 

 

「な、なにをトチ狂ってやがるんだお前……」

 

 

 多分、この場に士やらヒロム辺りがいればネフシュタンの少女に同意しただろう。

 それほどまでに突拍子もない言葉。

 でも、立花響は非常に真剣だった。

 響は戦う意思がないかのように両手を広げて見せた。

 

 

「私達はノイズと違って言葉が通じるんだから、ちゃんと話し合いたいッ!!」

 

 

 あくまでも話し合いたいから。

 その決意と意志を胸に響は自分の事を思いつくだけ話した。

 同じ人間ならきっと分かり合えると、愚直に信じて。

 そしてその言葉に感銘を受けたのはネフシュタンの少女ではなくフォーゼだった。

 

 

「おおおおッ! いいなそういうの! 腹割って話すのは友情の始めの一歩だ!!」

 

 

 得意の友情論を語り始め、挙句の果ては。

 

 

「俺は仮面ライダーフォーゼ、如月弦太朗ッ! 大学1年生で将来の夢は教師!

 お前とも必ずダチになってみせるぜ!!」

 

 

 左胸を右拳で2回叩き、一直線に右腕をネフシュタンの少女に向けて伸ばし、響に乗っかるような事を口走り始めた。

 レーダーモジュール越しにそのやり取りを聞いていた仮面ライダー部の面々は呆れたような表情をしつつも何処か笑顔だった。

 

 

『何とも君らしいが、2人揃って何を言っているんだ』

 

 

 通信越しの賢吾の声に呆れなどは含まれておらず、あくまでもクールだ。

 けれど「君らしい」という言葉の通り、その行為そのものを否定はしない。

 

 

「最初はいがみ合っててもダチになれる事は俺達が生き証人だからな!!」

 

 

 天ノ川学園高校で巻き起こった波乱万丈な青春の日々。

 時にいがみ合い、時に手を繋いだ。

 最後には全ての黒幕とすら友情の証を交わした弦太朗だからこそ思う。

 人と人とは分かり合うことができる、ダチになれると。

 

 

「うるせぇッ!!」

 

 

 ネフシュタンの少女は拳を握って体を震わせて叫んだ。

 拳と体の震え、喉が痛みを起こしそうなほどの絶叫からは抑えきれない憤怒の感情が伝わってくる。

 

 

「人と人が、そう簡単に分かり合えるものかよッ!」

 

 

 爆発した感情と共にネフシュタンの少女の怒号が響く。

 痛いほど伝わる、ぶつけられる怒り。

 真面目に話し合いをしようとする響と明るくダチになろうと話すフォーゼ。

 その2人の態度が、甘っちょろい態度がネフシュタンの少女の神経を逆撫でていた。

 

 

「気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇッ! 

 分かっちゃいねぇことをぺらぺらと知った風に口にするお前達がァァァァッ!!」

 

 

 戦争の真っ只中で親を殺され、自分自身も拉致された。

 人の醜い所、汚い所を嫌というほど見てきた。

 どれ程の苦痛を味わったかわからず、そこに絆や手を繋ぐなどという綺麗事は介在しなかった。

 ネフシュタンの少女は、雪音クリスはそれを知り、それしか知らない。

 だから響とフォーゼが語るそれを受け入れられない。受け入れられるはずもない。

 

 

「お前を引き摺って来いと言われていたがもうそんな事はどうでもいいッ!

 この手でお前を叩き潰し、お前の全てを踏みにじってやるッ!!

 そこのトンガリ頭も一緒になァァッ!!」

 

 

 怒声と共に大きく跳び上がったネフシュタンの少女は右側に装備されている茨の先端に白黒で球状のエネルギーを纏わせた。

 翼に大きなダメージを与えた『あの』攻撃である事を響もすぐに理解する。

 が、理解できる事と対抗策がある事は必ずしもイコールというわけではない。

 アームドギアすら持たない徒手空拳の響はあの攻撃を防ぐだけの手段も相殺するだけの手段もない。

 

 

「食らえッ!!」

 

 ――――NIRVANA GEDON――――

 

 

 茨を振り下ろす事で強力な球状のエネルギーが響に向かって投げつけられる。

 両手を交差させて腕のアーム、ガングニールのシンフォギアでも装甲として強固な部分で受け止めようと咄嗟の行動をとる中、フォーゼはそんな響と白黒の一撃の間に割って入った。

 

 

「させるかよッ!」

 

 

 左手のレーダースイッチを一旦切ってスイッチを引き抜き、黒いレーダースイッチの代わりに白いスイッチを装填、蓋を展開するようにそのスイッチを起動した。

 

 

 ――――SHIELD!――――

 

 ――――SHIELD ON――――

 

 

 四角のソケットに装填されたのは18番の『シールドスイッチ』。

 先程までレーダーモジュールがあった左腕に小型の盾が装備された。

 それがシールドスイッチの力で展開されたシールドモジュールだ。

 なりは小さいが十分な防御性能を誇るフォーゼの盾。

 それを前方に構えてNIRVANA GEDONを受け止めるフォーゼだが、盾越しでも猛烈な衝撃が襲い掛かる。

 

 

(重てェ……けど!)

 

 

 それでも、かつて受けてきた攻撃に比べれば防ぎきれないというほどのものではない。

 事実、シールドモジュールはしっかりとその一撃を受け止めきっていた。

 勢い自体は中々衰えてはくれないがこちらが圧倒されるほどの事ではない。

 が、響とフォーゼを本気で潰そうとしているネフシュタンの少女の攻撃は一撃程度では止まなかった。

 

 ネフシュタンの少女は先程とは逆の茨に同じくエネルギーを集中。

 それは今しがた放たれたNIRVANA GEDONそのもの。

 

 

「いぃッ!?」

 

「持ってけダブルだッ!!」

 

 

 立て続けに放たれた2発目はシールドモジュールで受け止められていた1発目に玉突きの如くぶつかる。

 1発目が起爆、同時に2発目が誘爆。

 例えそれが直撃しなくても爆発のエネルギーだけでも十分なダメージが入るのは以前の翼が身を持って証明している。

 2発も放ったのだ、フォーゼ諸共後ろにいた響にもダメージが通ったであろう。

 それを確信したネフシュタンの少女は着地し、爆発の煙を見つめる。

 

 ネフシュタンの少女は気付いていない。

 立花響は、彼女が思うよりもずっと強くなっていた事を。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

 

 

 徐々に晴れていく煙の中に輝く1つの橙色で球状の光。

 その光を包み込むように響は手を添えている。

 否、響の手の平からその輝きは放出されているのだ。

 直後、その光は大きくなっていったかと思うと一気に拡大し、辺りに衝撃を撒きながら四散した。

 光を出していた張本人である響は至近距離で衝撃を受けて後方に跳び、背中から地面に激突してしまった。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 尚、その近くに仰向け且つ大の字で転がっていたフォーゼも衝撃に巻き込まれた影響でほんの少しだけ浮き、反転してうつ伏せ大の字になった。面子のようである。

 

 

「イテッ!?」

 

「あ、すみません弦太朗さん!」

 

「おう! 気にすんな!!」

 

 

 立ち上がりながら詫びる響にフォーゼもむくりと起き上がりながらサムズアップで返す。

 

 響が行おうとしたのはアームドギアの形成だ。

 ギアを形作れるだけのエネルギーを手にはしたが、それを制御できない。

 簡単に言うとエネルギーを固形化できないでいた。

 その結果が今の暴発だ。

 響は翼のようにエネルギーが固定できない事に歯を噛んで悔しさを募らせていた。

 手の中に確実に力はあるのに届かない。

 一歩足りない歯痒さの中、歌い続けながらも手の平を見つめる響。

 そんな響を見たフォーゼは膝や太腿を土や埃を掃うような動作で叩いた後、声を大にした。

 

 

「響ぃ! やりてぇ事があるなら悩まずにおもっきしぶちかましなッ!」

 

 

 明るく手を振りながら叫ぶフォーゼの声に思わず振り返る。

 フォーゼはさらに言葉を続けた。

 

 

「拳は想いを届ける手紙みてぇなモンだ!!」

 

 

 如月弦太朗という男は少年漫画のような友情を有言実行する男だ。

 ある者から見れば大物、ある者から見れば大馬鹿。

 ともあれどんな評価をしている人物でも弦太朗という男を知っていると大なり小なり彼を認めている人間は多い。

 その阿保みたいな天然由来の一直線さこそ弦太朗を弦太朗足らしめている要素なのだ。

 そしてその弦太朗成分は響にも大きな刺激を与えた。

 

 

(……ッ! そうだ!!)

 

 

 フォーゼの『拳』という言葉がヒントになったのか、響は1つの結論を出した。

 自分にできない事をしようとするのではなく、できる範囲で精一杯やってみる事。

 

 そうして出した答えは酷くシンプルな物だった。

 エネルギーはある。ならば、固定されないエネルギーをそのまま相手にぶつければ同じ事ではないのか?

 直線理論というか、極めて単純な物理特化思考。 

 

 アームドギアを形成できるエネルギーがあっても制御が効かない。

 裏を返せばそれだけ強力なエネルギーが手の中に確かに握られている。

 だったら、それを叩きこめばオールオッケーというシンプルというか、単純すぎる答え。

 手の平にあるエネルギーをグッと握った拳に乗せる。

 するとそのエネルギーがガングニールの腕部ユニットに伝わったのか、ユニットの上部が伸びた。

 

 

「させるかよォッ!!」

 

 

 何らかのアクションを起こそうとしているのを察知したネフシュタンの少女は2本の茨を響に向かって勢いよく放つものの、響は2本の茨を右手で掴んで防いで見せた。

 まるで雷を握るかのような強引さで。

 

 

(雷、握りつぶすようにぃぃぃッ!!)

 

 

 さらにその茨を自分の方に向かって強く引き寄せた。

 ネフシュタンの鎧と2本の茨は一体だ。

 つまり、茨が引かれるという事はその先にある本体、ネフシュタンの鎧もまた引っ張られる事になる。

 引き寄せられた勢いのまま宙に浮いたネフシュタンの少女は一瞬の動揺と焦りを見せる。

 その瞬間を響は駆ける。

 

 

(最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線にッ!!)

 

 

 背中のバーニアにもエネルギーを回して自分にできるだけの加速を用いてネフシュタンの少女に突撃。

 構えた右手をぐっと後ろに溜めて、ネフシュタンの少女へ猛烈な勢いで向かって行く。

 正しく最速、正しく最短。猪突猛進という言葉が似合うぐらいに一直線に。

 

 

(胸の響きを、この想いをッ!!)

 

 

 翼に宣誓したあの言葉。

 人と戦う事になるならどうするかという問いかけに対しての、自分らしく出した解答。

 それをぶつける時が来た――――――!

 

 

(伝える為にぃッ!!)

 

 

 歌を歌い続けていた中で、右拳をネフシュタンの少女の腹部目掛けて繰り出す。

 パイルバンカーという架空の兵器を知っているだろうか。

 杭などを火薬などで高速発射して敵を撃ち貫く近接戦闘用の兵器の事だ。

 響の伸びた腕部ユニットは正にそれの発射前であり、炸裂と同時に勢いよく元に戻る。

 さながら伸びきっていたバネが一瞬で元に戻るかのように。

 そこから撃ち込まれるのはアームドギアを形成するに足りる強烈なエネルギー。

 加速と溜め、そして弦十郎の教えの元でしっかりと形となった正拳の後、エネルギーが炸裂する。

 

 威力は凄まじく、まるでネフシュタンの少女の背中から空気の砲弾が飛び出るかのように勢いは止まらなかった。

 前から受けた衝撃が後ろにも伝わり、尚且つ背中を通して外にも溢れだすほどのエネルギーを受け、ネフシュタンの鎧は腹部を中心に罅割れていく。

 

 

(馬鹿なッ、ネフシュタンの鎧が……ッ!!?)

 

 

 阿保みたいな威力を受けて吹っ飛ぶネフシュタンの少女。

 思い切り殴られれば吹っ飛ぶのは当然だが、その殴られた勢いが桁違い。

 響が放った拳の威力はネフシュタンの少女が吹き飛んでいった進路上の地形をことごとく一直線に破壊していた。

 さらにその先、ネフシュタンの少女本人が激突した壁も小さなクレーターのように穴が空き、崩壊している。

 クリスはあまりの威力に舌を打った。

 

 腹に入った拳の衝撃が抜けきっていないのか満足に声も出やしない。

 貰った一撃は以前に翼が放った絶唱級のネフシュタンの鎧を撃ち貫くほど強烈な物。

 あの時の翼が放った絶唱は広範囲に広がる拡散系の一撃。

 ただ、本来ならばアームドギアを介して絶唱は行う筈であり、その際の絶唱による一撃はアームドギアに力を乗せた極めて強烈な、かつ指向性がある一撃となる。

 翼が自爆同然で使った拡散型の絶唱はエネルギー効率が悪い打ち方なのだ。

 真の意味で翼が絶唱を使えば響の拳以上の力を発揮できるだろう。

 とはいえ絶唱は絶唱、効率が悪かったとはいえ必殺の一撃であるそれと同程度の拳、それも絶唱を口にしていないともなると恐るべき威力だ。

 

 直後、ネフシュタンの少女の腹部に痛みが走る。

 ネフシュタンの鎧の再生が始まったのだ。

 この再生の際にネフシュタンの鎧は使用者を一切気にすることなく問答無用の再生をする。

 結果、使用者は再生と共にネフシュタンの鎧に『侵食』されて、最後には『食い破られて』しまう。

 こうなった以上、早期決着を狙うしかない。

 痛みを押し殺してネフシュタンの少女は立ち上がって響を睨み付けた。

 だが次の瞬間にはその目を見開いて驚いてしまう。

 

 

「お前……馬鹿にしてんのかッ!!」

 

 

 響はシンフォギアの力の源である歌は歌い続けながらも、完全に構えを解いていた。

 まるで勝負が終わったかのように、表情にも既に敵意も何もなく、むしろどちらかと言えば穏やかな顔をしていた。

 その顔が、その態度がネフシュタンの少女の感情を苛立たせる。

 

 

「このあたしを……雪音クリスをッ!!」

 

 

 感情のままに思わず名乗った自身の名前。

 その名を、ネフシュタンの鎧の女の子としか認識できず、満足に呼ぶ事も出来なかった響はそれを聞いて笑った。

 

 

「そっか……クリスちゃんって言うんだ」

 

 

 自分が名乗ってしまった事にそこで気づいたのか、クリスはハッとなる。

 同じく名前を聞いていた響の隣に並ぶフォーゼがクリスを見つめた。

 

 

「そうか、雪音クリス、だな。覚えたぜ、クリス! お前ともぜってぇダチになるッ!!」

 

「そうだよ、クリスちゃん」

 

 

 フォーゼの熱い言葉の後、響が優しく続ける。

 

 

「こんな戦い、もうやめようよ。私達はノイズと違って言葉を交わすことができる。

 手を握れば友達にだってなれる」

 

「おう! 名前を知ったら後は握手と腹割って話す事! それだけで友情は成立だ!!」

 

 

 黙って聞くクリスを見て、今ならちゃんと話を聞いてくれるかもと希望を見出した響はさらに想いをぶつけた。

 

 

「話し合えば分かり合う事だってきっとできる! だって私達、同じ人間だよ!?」

 

 

 言い切った、自分の言いたい事、思っていた事を。

 しかしクリスは顔を俯かせたまま、小さな声で呟いた。

 

 

「おめぇらクセぇんだよ……」

 

「何だと? っかしいなぁ、風呂には入ってるんだが……」

 

 

 真面目に呟きを聞く響と斜め上の解釈をするフォーゼ。

 普段ならば誰かしらこういうフォーゼにツッコミが飛ぶのだが、どうにもフォーゼを除く2人ともそういう空気ではない。

 

 

「嘘くせぇ……青くせぇッ!!」

 

 

 俯いていた顔が前を向き、言葉は呟きから怒号へ変わる。

 表情は再び憤怒となり、クリスは話を聞いた上で怒りに支配されていた。

 信じる事など無縁で、友などおらず、人同士でも一切分かり合えない場所にいたからこそ。

 それを知らずにつらつらぬけぬけと抜かす2人を全く許せなくて。

 

 

「ぬぅっ!!」

 

 

 接近、左手で上段から殴りつけての回し蹴り。

 構えを解いていた響に不意打ち気味に放たれた攻撃。

 最初の拳こそ防御できたものの、その隙にがら空きの腹に向かって周り蹴りが放たれて響は木を薙ぎ倒して後方に跳んだ。

 さらに回し蹴りの後、一瞬で体勢を戻したクリスは跳ねるようにフォーゼに接近し、右手を突き出して一撃、さらに左手、脚なども使って連打をかける。

 響への攻撃で対応する時間があったフォーゼは展開したままのシールドモジュールでその攻撃を受け止める。

 NIRVANA GEDONほどではないが、流石は完全聖遺物、それでも十分に攻撃は重たい。

 連打を受け止めれば受け止める程シールドモジュールを支える左腕が痺れていくが、フォーゼは盾越しに必死に呼びかけた。

 

 

「青臭いが、嘘じゃねぇ! いや、青臭いから嘘じゃねぇんだよ!!」

 

「黙って聞いてりゃいい気になるなッ!!」

 

 

 渾身の回し蹴りを盾に受け、響ほどではないにしろあとずさるフォーゼ。

 地面には土が抉れるという形であとずさった後がくっきりと残されていた。

 怒りを乗せた一撃なのをフォーゼは確かに感じた。

 弦太朗は馬鹿だが人の感情の機微などには非常に聡い。

 最初は愛想笑いばかりしていた流星に対し『本当の意味で笑ってない』と出会った当初から看破していたのも弦太朗だ。

 そんな弦太朗、フォーゼが感じた怒りは何が起因となっているかまでは分からない。

 だけど、だからこそフォーゼは言葉も想いも通じると確信した。

 こんなに感情を乗せてくる奴と、話ができないわけがねぇ、と。

 

 

「俺は青臭い連中とダチになってきたが、その友情は嘘臭くはねぇ!

 俺達の言葉に嘘はねぇんだよッ!」

 

「黙れ、黙れよッ! 黙りやがれッ! 聞こえが良すぎて反吐がでるんだよッ!!」

 

 

 怒りに身を震わせるクリスだが、ネフシュタンの鎧の再生が見る見るうちに進んでいく。

 感じた痛みは鎧に食われていくあの感覚だ。

 このままネフシュタンを着ていればいずれ鎧に食われきってしまう。

 鎧に食われない方法は1つ、さっさとネフシュタンを解除する事。

 クリスは余計に怒りを覚えた。

 よりにもよって自分が嫌いな『アレ』をしなくてはならないのだから。

 例え偽りの力を鎧ってでも、それだけは使いたくなかった。

 

 

「ぶっ飛べ! アーマーパージだッ!!」

 

 

 叫びと共にネフシュタンの鎧が粉々となった。

 クリスの体からパージされた鎧の欠片は1つ1つが弾丸のように辺りに飛び散っていく。

 それそのものが攻撃であるかのように。

 飛び散る破片を響は両腕を交差させる事で、フォーゼはシールドモジュールで防ぎきる。

 破片飛ばしの威力は高いが、それだけでKOになるほど強烈でもなかった。

 しかしその直後に響いた『歌』は、響を驚愕させるのには十分な物だった。

 

 

「この歌は……ッ!?」

 

 

 クリスの声と思わしき歌。

 それは翼が天羽々斬を纏う時の、自分がガングニールを纏う時のそれによく似ていた。

 フォーゼはその歌を聞いた事は無いが、突如とした歌に驚いている様子だ。

 

 アーマーパージによる衝撃で巻き上げられた土煙が晴れた先にはクリスが立っていた。

 ただし、その姿はネフシュタンの鎧ではない。

 白銀のネフシュタンとは違い全身は赤を基調とした鎧で顔にバイザーもなく、あるのはヘッドギア。加えて下半身周りの装甲が厚く見える。

 胸には響と同じペンダント。

 歌で起動し、姿から垣間見える共通点からはっきりしている事が1つ。

 

 

「見せてやる……」

 

 

 クリスが纏ったそれは完全聖遺物ではなく、聖遺物である。

 そしてクリスはその聖遺物の適合者であるという事。

 

 

「『イチイバル』の力だ」

 

 

 

 

 

 

 

 フィルムロイドとの戦いは思いの外呆気なく終わった。

 途中で遅れてきたイエローバスターも助っ人に入るも、最初は見分けのつかない本物対偽物の戦いに戸惑っていたが、フィルムロイドはすぐさまイエローバスターの偽物も用意した。

 下手に仲間の援護に入って本物を攻撃したらまずいという事もあり、イエローバスターも偽物と分かり切っているもう1人の自分と戦いを開始する。

 それからしばらく戦闘を続けている中で、それは起こった。

 

 

「ハッ!」

 

 

 イエローバスターの跳び蹴りが偽イエローバスターに直撃。

 偽物は地面に転がり、本物は綺麗に着地して仮面の中で不服そうな表情になっていた。

 

 

「何これ、全然弱いじゃん。偽物は偽物ってことね!」

 

 

 そう口に出した瞬間、地面から立ち上がろうとしていた偽イエローバスターは徐々に体が消えて行ってしまった。

 突然の消滅にイエローバスター本人も少々戸惑っている様子だが、それを見ていたWの頭脳、フィリップは「成程」と冷静に状況を見た。

 

 

『翔太郎、もしかしたらこいつらは『偽物』と断じられると消滅するのかもしれないよ』

 

「ハァ? なんだそりゃ?」

 

 

 偽Wの左腕を締め上げながら話す2人。

 偽物を偽物と認めれば消えるという、気付いてしまえば呆気なさすぎる攻略法を語るフィリップに半信半疑と言った様子の翔太郎だが、物は試しと目の前の偽物で実践して見る事にした。

 

 

「この……偽物野郎ッ!」

 

 

 締め上げた左腕を一旦乱暴に離してやり、そう言いながら額に左手でデコピンを放ってやった。

 すると偽Wはデコピンの威力とは思えないくらいに大袈裟に跳んで地面に突っ伏し、そのまま消滅する。

 倒さなければ消えないと思っていたので、まさかの攻略法に唖然とするWの左側。

 

 

「マジで消えた……」

 

『蓋を開けてみれば呆気ない事だったね』

 

 

 その様子を見ていたレッドバスター、ブルーバスターも同じように適当に隙を作った後、その存在を否定して見れば偽物が消える。

 自分が映し出した全ての偽物が消されてフィルムロイドも慌てふためいていた。

 

 

「あー! もう、何すんだよー!」

 

 

 4人の戦士が並んでフィルムロイドに立ち塞がる。

 偽物の消失へのショックも早々に大ピンチなフィルムロイドは辺りを忙しなく確認し始めた。

 そうしてほんの数秒後、慌てた様子だったフィルムロイドの雰囲気は突如喜びに変わった。

 

 

「あ、来た~!」

 

 

 ピョンピョンと跳ねて戦士達とは違う明後日の方向を指差した。

 そちらを向いてみれば上空から落ちてくる50m程度の人型。

 フィルムロイドの特性を兼ね備えたタイプβのメガゾードだ。

 転送完了まで5分30秒あったはずだが、偽物との戦いで大分時間を取られたようだ。

 

 

「へへ、じゃあねぇ~!」

 

 

 メガゾードの出現に4人が気を取られた一瞬で、フィルムロイドはその場にフィルムと桜の花びらのような映像を残してその場から消えた。どうやら撤退したようだ。

 後を追おうと数歩踏み出すも、既に視界から消えてしまったそれを追うよりもメガゾード殲滅の方が優先されるべき事象であると判断したレッドバスターは歩を止め、モーフィンブレスで司令室に通信を行おうとする。

 

 そうしているうちにメガゾード、メタロイドの名に倣うなら『フィルムゾード』は行動を開始した。

 フィルムゾードはタイプβのドーム状の頭が割れ、そこから映写機が伸びているという風体だ。

 フィルムゾードはその映写機から空中に赤黒い光線を放った。

 すると、光線は何もない空中の一点に着弾し、そこを起点に光線はドーム状に広がっていく。

 最終的に光線で出来たドームは大きな黒い半球状となり、町の一区画をすっぽりと覆った。

 外からは黒い半球なだけで内部の様子は一切見えない。

 

 さらに言うとメガゾードが降り立った位置は彼等にとっても無関係な町ではなかった。

 メガゾードは基本的にメタロイド発生の地点から座標計算の誤差で3㎞ほど転送位置が前後する。

 エネトロン異常消費反応があった位置、つまりフィルムロイド発生の地点から3㎞離れた位置にあるのは、なんとあけぼの町。

 ジャマンガの脅威に脅かされているあのあけぼの町だ。

 そして今しがたドームの中に囚われたのはあけぼの町の一区画である。

 

 

「あけぼの町が……!」

 

 

 イエローバスターの不安の声。

 当然だ、あの中には民間人は元よりS.H.O.Tもあるのだから。

 幸いにも剣二は二課の病院、つまりはリディアンの病院に二課の計らいで入院しているからいいだろうが、S.H.O.Tや銃四郎達はあけぼの町にいる筈だ。

 

 

「司令官、バスターマシンを!」

 

 

 その様子を見つつ、イエローバスターと同じ不安が頭に過りつつもレッドバスターはあくまで冷静な声を保つ。

 何かを映写したであろう事はすぐに理解できたが、『何』を映写したのかが分からない。

 とはいえ黒い半球が町を覆うというのは一目瞭然に異常事態だ。

 メガゾードを潰せばそれも収まる筈だとバスターマシンの発進を要請する。

 が、司令室の応答よりも早く横槍の声が発進要請をかき消した。

 

 

「あー待て待て!」

 

 

 白いジャケットを着てサングラスをつけた外見20代、実年齢40代の男、陣マサトだ。

 後ろからはガシャガシャと機械的な音を立てて自分のペースで歩いてくるビート・J・スタッグもいる。

 マサトは4人の戦士の前に立ち、自分が彼等を静止させた理由を語る。

 

 

「今はやめとけ、あの中に入るのは無理だ」

 

「どういう事ですか?」

 

 

 レッドバスターの問いかけに対しての答えは衝撃的なものだった。

 

 

「あの中、亜空間になってる」

 

 

 亜空間。

 ヴァグラスの根城にして、ゴーバスターズが目指す最終地点。

 何よりもそこに転送研究センターが転送された事が全ての始まりなのだ。

 Wはともかくゴーバスターズの3人が過剰に驚くのも無理はない。

 心底驚いたという様子の3人にマサトはすぐに付け加えた説明を始める。

 

 

「いや勿論、本物の亜空間じゃない。さっきのメタロイド、写した映像を実体化させたろ?

 メガゾードはさらに大掛かりなことができるらしいんだな。偽物とはいえ、亜空間を作り出しちまった」

 

 

 掻い摘んで言えばフィルムゾードは疑似的な亜空間をあけぼの町の一角に作り出した、という事だ。

 マサトがバスターマシン発進を止めた理由はそれだ。

 

 

「お前達のバスターマシンじゃ、あの中はキツイってわけよ」

 

「亜空間ってのはバスターマシンって奴でも無理なのかよ?」

 

 

 その発言に疑問を呈したのはWの左側、翔太郎。

 確かに此処までの説明では亜空間にバスターマシンが突入できない理由が分からない。

 マサトは「ああ」と何故その疑問を持ったのかを理解し、亜空間についても軽い説明を始める。

 

 

「亜空間はとにかく全てが重すぎる。人間は動くどころか息をするのも苦しい。

 言ってみりゃゼリーの中みたいなもんで、バスターマシンでも動くにはすげぇパワーがいる」

 

「ゴーバスターオーでもですか?」

 

「ああ、駄目だ。BC-04とSJ-05も無理だし、この2つを合体させた『バスターヘラクレス』って機体もあるんだが、そいつでもな」

 

 

 レッドバスターの言葉を悩む事もなく一瞬で切り捨て、さらりと見せた事のない合体形態の話も出しているがそれでも無理だという。

 ならば、とイエローバスターは自分が知っている他の機体を挙げた。

 

 

「なら、ダンクーガは……?」

 

「無理。アレの出力も中々のもんだが、ゴーバスターオーと互角程度じゃあな」

 

 

 ゴーバスターオーが一瞬で『無理』と断じられるほどなのだから同じくらいの出力を持つダンクーガも無理なのは当然だ。

 本来ならゴーバスターオーよりも小型で小回りも効くのに互角の出力が出せるダンクーガが凄まじいのだが、今回必要なのは小型化でもなく小回りでもなく、単純な出力。

 マサトの言葉を鵜呑みにするなら今、例えダンクーガが助っ人に現れても対処は不可能であるという話になる。

 

 

『陣、確認する。今この場で対処は不可能なんだな?』

 

「ああ。今すぐ対処ってのはな」

 

 

 3人のモーフィンブレスを介して再度確認を取った黒木はそれを聞くと次の指示を迅速に判断した。

 対処できない事に手を拱くより、もう1つの事象を解決する方が優先だと。

 

 

『3人とも、ネフシュタンが出た事は知っているな? 一旦そちらの援護に回ってくれ』

 

「了解」

 

『左翔太郎君、フィリップ君も頼む』

 

「頼まれたぜ」

 

 

 新たなる特命に3人はきちりとした言葉を返し、翔太郎だけは少し気取った返答だった。

 ゴーバスターズの3人とWはネフシュタンの少女が暴れているとされる地点に急ぐ。

 マサトとJはその背中を見送るだけで追おうとはしない。

 4人を見送った後にモーフィンブラスターを取り出し、マサトは改めて司令室とコンタクトを取る事にした。

 

 

「黒リン。司令室に通してもらえるか?」

 

『何故だ』

 

「アレへの対処法がある」

 

 

 疑似亜空間を見ながら語るマサト。

 先程は「無い」と言っていたのにどういうわけだと黒木が聞き返せば、マサトはふざけるわけでもなく真面目に答えた。

 

 

「言ったろ? 『今すぐ』は無理だってな」

 

『ならば、時間があれば対処は可能なのか』

 

「ああ。つっても、マジで時間がかかる筈だ。今の内に進めておきたい」

 

 

 ほんの少し間が空いた。

 恐らくモーフィンブラスターの向こうで黒木がしばし悩んでいるのだろう。

 既に歓迎会の一件で二課の司令室に上がっているわけだし、特命部の司令室を跨がせるのには問題は無い。

 一体それがどんな対処方法なのか、それを思わず考えてしまっていた。

 とにもかくにもマサトとJを特命部に上げない理由はむしろ消失しているし、疑似とはいえ亜空間が現れた異常事態に四の五の言っている暇はない。

 

 

『分かった。特命部の司令室に来てくれ』

 

「お、漸く黒リンも俺を司令室に入れてくれる気になったか!」

 

『非常事態だからな』

 

「ははっ、了解了解」

 

 

 通信を切ったマサトは大きく一度伸びをした後、もう一度疑似亜空間を見つめた。

 

 

「さぁて、忙しく……」

 

「忙しくなりそうだな」

 

「だから被るなっつの!」

 

 

 わざわざマサトの目の前に立って台詞を取ったJの頭をぶっ叩く。

 そのまま乱暴にJを押しのけるマサトだった。

 

 

 

 

 

 イチイバルの起動が確認されたのはゴーバスターズの3人とWがフィルムロイドを退け、ネフシュタン出現地点に向かおうとしたのと同時刻程だった。

 二課司令室では新たなアウフヴァッヘン波形の確認と過去のデータ照合を行い、慌ただしい雰囲気になっていた。

 

 

「イチイバルだとォッ!?」

 

 

 弦十郎が叫ぶ。

 戦いの様子をモニターしていた二課のメンバー、特にイチイバルについて知る者はその聖遺物の出現に驚きを隠せない。

 

 第1号聖遺物である天羽々斬と第3号聖遺物であるガングニールの間に位置する、第2号聖遺物、イチイバル。

 

 それはかれこれ10年も前、特異災害対策機動部二課の前身である風鳴機関が二課として編成された時期に紛失したという経緯がある。

 単純なごたごたによる紛失という話から何らかの陰謀という話まで幅広く説はあったが、結局イチイバル発見には至らず今日に至っていた。

 敵勢力は2年前のライブで失われたネフシュタンの鎧だけでなくイチイバルまで保有していた事になる。

 

 しかし二課司令室でアストロスイッチカバンを用い、フォーゼをオペレートしていた賢吾達にはそれがなんなのか分からない。

 

 

「風鳴司令。イチイバルとは?」

 

「北欧神話に登場する狩猟の神、ウルが持っていたとされるイチイの木でできた弓の事だ」

 

 

 賢吾が言葉を聞いてすぐにレーダースイッチに通信を入れる。

 すると現場にいるフォーゼのレーダースイッチが鳴り、フォーゼはシールドスイッチをオフにしてレーダースイッチに付け替え、起動した。

 

 

『おう、何だ?』

 

「イチイバルは弓の聖遺物らしい。遠距離攻撃に気を付けろ!」

 

『ん、分かったぜ賢吾!』

 

 

 敵そのものは変わらずとも、装備が丸々変わったという事は敵の攻撃は一新されたと見るべきだろう。

 四角のソケットのスイッチが必要になる時以外は出来るだけオペレートを心掛けなくては、と賢吾は気合を入れ直した。

 仮面ライダー部の面々は二課司令室に賢吾を含め全員集合していた。

 二課の邪魔にならないように賢吾以外は後ろの方に待機しているだけであるが。

 

 

「弓かぁ……あんまりいい思い出、ないっスね」

 

 

 ふと呟いたJKの言葉に蘭とハル以外のライダー部メンバーが頷いた。

 弓と言われるとフォーゼが最後に戦ったゾディアーツ、かつての天高理事長こと我望光明、『サジタリウス・ゾディアーツ』を思い出す。

 サジタリウスは即ち射手座という意味で、その弓の威力は半端ではなかった。

 

 

「油断は禁物……!」

 

 

 現部長である友子の言葉。

 例え嘗てのサジタリウス・ゾディアーツ程でないにしても敵は未知の力を使ってきている。

 ダチになるにも苦労しそうだと賢吾は思いつつ、自分の思考が弦太朗に少し毒されているのに気が付いた。

 

 

 

 

 

 レーダーモジュールを左手に、フォーゼは響と共にクリスに相対する。

 クリスが身に纏った赤き鎧は弓の聖遺物。

 遠距離からの攻撃が主である事は勉強が苦手なフォーゼにだって簡単に理解できるし、その会話を横で聞いていた響も自分がクリスの相手をするには不利な事も分かっていた。

 

 響の武器はネフシュタンすら打ち破れるほどの拳である。

 ただ、絶唱級の威力とはいえどその身から放つ拳ではどうしたって間合いは自分の腕の長さに限定され、頑張っても瞬間的な間合いは自分の踏み込める領域までと言ったところだ。

 逆に懐に入りこめさせすれば間合いは一転して有利になるだろう。

 が、今の響とクリスは一定以上距離が離れている。

 響が踏み込もうとするよりもクリスの迎撃が早ければそこで終わりだ。

 

 

「歌わせたな……私に歌を歌わせたなッ!」

 

 

 最初に呟き、次に声を張り上げる。

 さながらこみ上げてくる怒りを段階的に言葉に乗せていくようであり、それだけ怒りが後に湧いてくるほどクリスは激怒していた。

 その言葉はイチイバルを纏う事そのものに怒りを表しているように見える。

 歌を口にした事に、そこまで追い詰めてきた事に怒りを剥き出しにしていた。

 

 

「教えてやる、あたしは歌が大ッ嫌いだッ!!」

 

「歌が、嫌い……?」

 

 

 シンフォギアを纏う為、そして戦う為には歌を歌い続ける必要がある。

 しかし原型をほぼ留めたままの完全聖遺物にその行為は必要なかったが故、クリスは歌を一切歌わずにいた。

 イチイバルは彼女にとっても奥の手だった。

 けれどそれはとっておきたいとっておきと言えるほど穏やかな物でも愉快な物でもない。

 響とフォーゼが口走った友情論、対話論への怒りと同じくらいにクリスはその身を震わせて、大嫌いと口走った歌を紡ぐ。

 

 

 ――――魔弓・イチイバル――――

 

 

 クリスの右腕に装着されているパーツが形状を変化させてクロスボウのような武器へと代わり、右手までスライドしてきたそれを手に握る。

 続けて構えて引き金を引けば、クロスボウと思わしき武器から赤いエネルギーの矢が5本程度同時に発射された。

 拡散したそれは響とフォーゼそれぞれどころか、その横に広がる地面まで対象となっている。

 下手に横に走り抜ければそれらに当たってしまうと瞬間的に判断し、フォーゼは左へ、響は右へそれぞれ駆ける。

 駆けると言っても直線に走るのではなく、三次元的にジグザグで走る事でそれらをやり過ごす。

 全段避け切った2人だが、放たれた矢は地面に着弾し爆発。

 爆撃にも近い程の迫力がある爆発は威力も馬鹿にならない事を物語っていった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 さらに間髪入れずにクリスは右へ避けた響に合わせるように右上方へ跳び、再び同じように5本の矢を放つ。

 響は矢を避け切る為のジグザグ走行の勢いがまだ抜けきっておらず、その矢の雨を掻い潜る為にはそのままの直進を余儀なくされた。

 ギリギリ5本の矢が降り注ぐ地点を駆け抜けきり、響の背後では地面に着弾した矢が爆発を起こす。

 が、次の瞬間に響は「しまった」、という思考に染まる。

 

 直進した先で待っていたのは空中から着地したクリス。

 今の一撃はわざとそのまま直進すれば躱せるように放ったのだ。

 確実に自分の目の前に来るように。

 上手い具合に誘導されてしまった響は目の前に突然現れたクリスに対処できず、その隙を見逃される事も無くハイキックが放たれる。

 

 

「ラアッ!!」

 

 

 蹴りは見事に響へクリーンヒット。

 今までは防御姿勢も取れていたが今回は胴体へモロに貰っていた。

 響が衝撃と勢いに少し離れた林まで飛ばされる中、空中で身動きの取れない相手を見てクリスは追い打ちをかけるように自らのアームドギアを変化させる。

 天羽々斬が細身の剣から大剣までを自由に扱えるように、弓の聖遺物であるイチイバルもまたその姿をある程度変えることができるのだ。

 クロスボウが瞬く間に変化すると同時に、クリスの変形していない左腕のパーツも同じように変形していく。

 変化しきった後にクリスの手に握られていたのは両手に2門ずつ、計4門ある3連ガトリング砲。

 

 

 ――――BILLION MAIDEN――――

 

 

 響に向かって容赦なくそいつをぶっ放し始める。

 クリスが響を優先的且つ迅速に狙うのは今回の事もそうだがデュランダルの件の事もあり、フォーゼに対して以上に怒りを覚えているからだった。

 自分よりも強い力を簡単に放って見せておいて、人と人とが話せば分かり合えるなどという詭弁を撒き散らす響を、今まで自分が見てきた惨状も知らないで軽々と口にする響がどうしても許せなくて。

 

 こいつらだけは、絶対に潰す。

 それは使命でも目的でもなく、純粋に感情だけを爆発させた怒りだった。

 

 自分の武器の威力を保つためにも歌を絶やす事無く、響を完膚なきまでに叩き潰そうとガトリングを全力で放ち続ける。

 蹴りを食らって吹っ飛んだ先にて倒れていた響は身の危険を察知し、急いでその場を離れた。

 ガトリングから発射される弾丸の勢いとその連射能力も凄まじい。

 脚に1門しか装備できないフォーゼに比べれば圧倒的な火力である。

 響単独を執拗に狙うまでの一連の動きは驚くほど素早く、はっきり言ってネフシュタンを纏っていた時よりも動きは速く、正確だった。

 何よりも広域に渡る殲滅力の高い攻撃が降り注ぐ中で響を援護に行く隙も中々無い。

 

 

「おい賢吾! 弓じゃなくてガトリングだろアレ!?」

 

『弓だけでなく飛び道具なら何でもいいのかもしれない。気を付けろ、弦太朗!』

 

「いや気を付けろつったって……ビームとかガトリングとか自由過ぎんだろ!?」

 

 

 そもそもの話、最初に撃ってきた攻撃だってクロスボウから放たれた矢ではあったが、あれは矢の形をしたエネルギー弾だし、今の攻撃は明確に弓矢という要素が見当たらない。

 純度100%のガトリングだ。

 弦を引いて矢を放つ、弓と言えばなそれを考えていたフォーゼにとって今の攻撃はちょっと予想外なのである。

 

 ガトリングは辺りの木々を容赦なく撃ち貫き、倒していく。

 その先にいる響を撃つために目の前にある全てを薙ぎ払っていた。

 随分と歌詞が殺伐とした歌を歌い続けながらクリスは一旦ガトリングを止め、腰部のアーマーを展開。

 展開されたアーマーの中には小型のミサイルと思わしき物がぎっしりと詰まっている。

 

 

「今度はミサイルかよ!?」

 

「お前もついでにぶっ飛びやがれェェッ!!」

 

 

 さらなる飛び道具の出現にマジでどんな飛び道具でもいいのかよ、と驚かざるを得ないフォーゼ。

 そんなフォーゼの声を聞いたクリスは響以外にも自分をムカつかせた輩は残ってるんだとフォーゼにも怒りを剥き出しにし、彼もミサイルのターゲットに加えた。

 左右の腰部アーマーから展開されたミサイルはクリスから見て左側がフォーゼに、右側が響を狙って放たれる。

 

 

 ――――MEGA DETH PARTY――――

 

「やっべぇ!」

 

『弦太朗!『26番』だ!!』

 

 

 レーダースイッチから賢吾の指示が飛び、咄嗟だったフォーゼは何も言わずに大急ぎでそれに従った。

 三角、つまり左脚に相当するソケットからドリルスイッチを引き抜いて指示された26番、『ホイールスイッチ』を装填。

 

 

 ――――WHEEL!――――

 

 

 スイッチは車のペダルのような物で、アクセルを踏み込む時のようにそのペダル型スイッチを押し込んだ。

 

 

 ――――WHEEL ON――――

 

 

 左脚に『ホイールモジュール』が装着された。

 車輪とモーターを備えた高速移動用のモジュール。

 要するに滅茶苦茶速く動ける片足操縦のセグウェイである。

 フォーゼはホイールモジュールの力で高速ターンした後、ミサイルから逃れるために急発進して林の中を逃げ回っていく。

 ホイールモジュールは車やバイクに引けを取らない程速く、小回りも非常によく効く。

 室内などの狭い所、今の林の中のような場所でも小さく、そして速く動けることが利点。

 ミサイルはホイールモジュールの速度と小回りについていけず、木や辺りの障害物にぶつかって全てがフォーゼとは関係なく爆発した。

 

 此処でホイールを選択した賢吾はキチンと考えた上でそれを選択していた。

 例えばシールドでは防げる面積が狭くてそこを抜けられればフォーゼへの直撃が飛ぶ。

 ガトリングなどで迎撃しようにも照準を定めている間にミサイルが着弾するのは目に見えていた。

 この場の最適解は『迅速に逃げる事』であり、それを一瞬で隙無く満たせるのはホイールだけだったのだ。

 ロケットなどは初動にワンテンポかかるがホイールは急発進にも対応している。

 

 さて、だが当然シールドはおろかホイールや飛行手段、迎撃手段を持たない響を助けなければいけない。

 フォーゼは逃げている時の勢いをそのままに響の方へホイールモジュールを急がせた。

 ミサイルを振り切る時にもなるべく響に近づくようにしていたのだが、それでも如何せん距離がある。

 元々クリスが響とフォーゼを分断したというのもあるが。

 

 

「ッ、響ィィィィィッ!!」

 

 

 林の中でミサイルから逃げる響を発見したフォーゼは必死に手を伸ばす。

 既に響の真後ろにはミサイルが迫っていた。

 もうすぐに着弾するであろうことが目に見えて分かるほどに。

 ホイールモジュールの加速でも、一瞬に追いつけというのは土台無理な話。

 そしてフォーゼの目の前で響に無慈悲にもミサイルが炸裂した。

 

 ――――ように見えた。

 

 爆発による煙が晴れる。

 木々を薙ぎ倒しながらミサイルやガトリングをぶっ放したお陰で辺りは広場のようになっていた。

 大荒れで一度にミサイルやらガトリングをぶっ放したせいか、消耗して息切れしているクリスは響が逃げ込んだ先を見やる。

 ミサイルの着弾による大爆発は遠目から見ても認識できるもので、まして発射した張本人であるクリスにとってはどんなに逃げ回ろうとその爆発は響がそこにいる何よりの証拠であった。

 だが、見えてきたのは倒れ伏す響ではない。

 

 

「盾……?」

 

 

 直線視界を阻んでいたのは銀の壁に青いラインが入った何か。

 それに自分のミサイルが阻まれた事は理解できた。

 だが、それが何なのか、誰が行った物なのかわからない。

 一瞬だけ「あのトンガリ頭か」とも考えたがそこまでの猶予があったのかは疑問だ。

 訝しげに『盾』を見つめるが、それが『盾』である事を否定する言葉が上方より放たれた。

 

 

「――――剣だッ!!」

 

 

 盾、否、剣。

 クリスが盾と形容し、声が剣と訂正した巨大な物の一番上。

 剣で言えば柄の先に位置する場所にその人物は、風鳴翼は立っていた。

 巨大な剣の向こうでは響が倒れつつも無傷で、ホイールモジュールを解除したフォーゼがその傍で心配そうに響を見つめている。

 

 凛と立つ翼の口が、天羽々斬から流れる曲を歌いあげていく。

 

 

 ――――絶刀・天羽々斬――――

 

 

 風鳴翼が、再び戦場へと舞い戻ったのだ。

 

 

 

 

 

 場所は戦場からはやや離れた場所。

 爆発だけは視認できるが姿までは見えない、シンフォギア装者達とフォーゼが戦場を形成する公園の外れ。

 ディケイドへと既に変身している士が仮面の奥の耳に付けた通信機を介して二課へ通信を行った。

 通信の向こうの二課では翼の突然の戦線復帰に驚くような声が聞こえてくる。

 

 

「連れ出したのは俺だ」

 

『士さんが……?』

 

 

 あおいの驚く様な、意外そうに声を上げた。

 ディケイドは己が翼に言われた事を、そして自分が感じた事をそのまま口にする。

 

 

「アイツが大丈夫って言ったんだ。それにまあ、今のアイツなら変ないざこざも起こさないだろ」

 

 

 それは響と翼の会話を見聞きして、翼と話をしてみて士が得た確証。

 今の翼はかつての翼に非ず。

 今の彼女は自殺衝動などでは無い、失わない為に剣を握った防人なのだと。

 多少俺様な態度が混じる士ではあるがその言葉に嘘もなく、信頼を置いている弦十郎は頷いた。

 

 

『分かった。詳しい事は後で翼に聞くとしよう』

 

「ああ、そうしろ。……それより、マズイ事になってるぞ」

 

 

 モニターで見る限り、翼が増援に入った戦場は問題なさそうだし、メタロイドも撤退したという話だ。

 メガゾードによって発生した疑似亜空間の事は既に戦闘中の響とフォーゼ以外には伝わっており士も既知の筈だから、わざわざ「マズイ事になってるぞ」なんて言い方はしない。

 何の事か分からない弦十郎は「マズイ事?」と聞き返した。

 

 

「どうやら立花のシンフォギアを見た奴がいる。それも……」

 

 

 ディケイドはゆっくりと、少し離れた場所で呆然と立ち尽くす少女の姿を見た。

 

 

「立花の知り合いで、ウチの生徒だ」

 

 

 少女、小日向未来はまだ現状を受け入れられていないような顔で爆発する方向を見つめていた。

 

 士は翼をマシンディケイダーの後部に乗せて此処までやって来て、その最中に変身。

 ノイズが出ているかもしれない現場に入る前に変身し、安全を確保しておくための変身だ。

 現場に付くと翼は即座に歌を歌いあげて即座にマシンディケイダーより跳躍。

 響とフォーゼの元へと向かって行った。

 

 それを止める気は別になかったが、ディケイドはそれとは別に気を取られていた事があった。

 それが自身の教え子とも言える未来の存在。

 現着する際に翼共々「民間人がいる」と気づきはしたが、近づいてみれば響の友人である小日向未来。

 翼は未来と話した事は無く、リディアンの生徒の1人で民間人、としか思っていない。

 が、授業で顔を合わせているディケイドは別だ。

 ディケイドが援護に行かないのはこの場にいる未来にもしもの事があってはいけないから守る為でもあるのだが、それに加えて響の事を何処まで見てしまったのかを聞くためでもあった。

 

 

「おい、小日向」

 

「だ、誰、ですか? 何で私の……」

 

 

 声をかけてみれば怯えられてしまった。

 無理もない。人型とはいえ人間とは思えぬ異形が自分の名前を発して近づいて来れば誰だって一瞬怖くもなる。

 果たして正体を明かしていいものかとも思ったが、仮面ライダーは別に秘匿にするような事でも何でもない。

 それに響を見たとすれば、正体を隠すのは既に手遅れもいいところだ。

 大丈夫だろうと考えたディケイドはバックルを操作して自身の変身を解いた。

 マゼンタの異形が人へとなった瞬間、そしてその人が自分も良く知っている教師だったと理解した瞬間、未来の目は見開かれる。

 

 

「士、先生……?」

 

「……お前、何処まで見た?」

 

 

 未来の驚きを余所に士は冷静に尋ねた。

 けれど未来からすれば何を話していいのか分からない。

 何から話して、どう受け止めればいいのかも。

 

 

「何処まで……? え?」

 

「見たんだろ、立花が戦ってるところ」

 

「……士先生、知って……?」

 

「ああ」

 

 

 士には響が戦う姿を見た未来の衝撃がどれ程の物かは分からない。

 ただ、士の返事の後に続いた痛々しい沈黙が、未来の心が動揺しているのを示している気がした。

 沈黙の中、時折戦場から聞こえる爆音だけが響く。

 

 未来はどうしようもない感情に駆られていた。

 それは嘘をつかれていた事への怒りでもなく、響が戦っているという事実に対しての驚きでもなく、喜怒哀楽のどれというわけでもない。

 無力感とか虚無感とか、何処かそういう感情に近かった。

 そんなぐちゃぐちゃな思いが形になって、頬を伝う。

 自分でもわけのわからないまま、小日向未来は涙を流していた。




――――次回予告――――
分かり合いたいと伸ばした手に押し付けられた撃鉄は切り捨てられる。

誰も彼もに向かい風、それでも覚悟で抗い続けた。

別離が作り上げた覚悟の中、未だに痛む傷がある。


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第43話 それぞれの居場所

 クリスの前に立ちはだかった剣、風鳴翼は目を覚ました響を大剣の柄より見下ろした。

 

 

「気付いたか、立花」

 

「……翼、さん」

 

 

 自分を助けてくれた人物が翼なのだと認識した響は呆然とした表情だ。

 本来なら病院にいる筈の彼女が何故にこの場にいるのか。

 

 

「だが、私も十全ではない。力を貸してほしい」

 

 

 けれどその言葉で響の顔は一瞬で明るくなった。

 今までなら擦れ違い、共闘という言葉が一切似合わなかったであろう2人。

 しかし今は翼の方から手を貸してくれと頼んでいる。

 たった1人で戦い続けようとした風鳴翼は既にいない。

 何も失うものかと決めた、決して自殺衝動などでは無い覚悟を携えた防人なのだ。

 

 

「手負いがノコノコとッ!!」

 

 

 剣の頂点にそびえる翼にクリスはガトリングを照準し、放つ。

 構えて照準して放つまでの時間は極僅かだった。

 が、翼は剣より地面に降下しつつ、その全ての弾丸を避け切る。

 地面に着地した翼は手に携えた太刀で一閃、躱されたところにさらにもう一閃。

 それら2回の斬撃をバックステップで避け切ったクリスは右手のガトリングを翼に合わせて撃つ。

 が、それを読んでいたかのように翼はクリスの上空を取る様に跳躍し着地、見事にその背後を取りつつ空中でクリスに横薙ぎの一撃を放つ。

 背後を取って来た翼の方を向きつつ、しゃがんで躱すクリスだが、次の瞬間には手に持っているガトリングが押されるような感覚に襲われた。

 着地した翼が素早く太刀の柄を使ってクリスを押したのだ。

 背後に少しよろけたクリスは背中に何かがぶつかる事で倒れずに済んだ。

 

 

「ッ……!?」

 

 

 しかし、その何かとは風鳴翼の背中。

 おまけに太刀を肩に担ぐように構える事で、剣の刃を背面にいるクリスの頭の横に添えるようにしていた。

 此処までの一連の流れでクリスは翼に翻弄されるばかり。

 ネフシュタンの鎧以上に自分の戦闘スタイルに合ったイチイバルを使っているはずなのに、翼も傷が癒えきっていない筈なのに。

 コンディションや条件だけを見れば、クリスが圧倒してもおかしくない筈なのに。

 

 

(この女、以前とは動きがまるで……ッ!?)

 

 

 別人のようだと、クリスは思わざるを得ない。

 翼の何が変わったかと言われれば、それは心情だ。

 今までの翼は力によるごり押しをしようとしていた。

 以前に絶唱を放ったネフシュタンの鎧戦では特にそれが顕著に表れている。

 しかしそもそも翼が得意とするのは力よりも技や速さであり、天羽々斬もシンフォギアとしての特性は機動力にある。

 つまりは完全に機動性や技術に重きを置いた戦い方が本来のバトルスタイルなのだ。

 

 奏の死やネフシュタンの鎧の出現、何よりも響との確執が翼に精神的なアンバランスを生み出していた。

 だが、今の翼にそれはなく、むしろ真に覚悟を決めた状態と言ってもいい。

 例え身体は十全でなくとも、心は十全なのがこの強さの理由だった。

 

 

「やるじゃねぇか、翼!」

 

 

 これには思わずフォーゼも声を上げる。

 以前までの荒れていた翼を見ていないフォーゼからすれば、翼が戦っているところを見るのは今回が初めてだ。

 初見だったとはいえフォーゼや響はガトリングやミサイルに圧倒されていたにも関わらず、この翼の立ち回り。

 幾度もの戦いを潜り抜けてきたフォーゼも感服している様子だ。

 

 

「翼さん、その子はッ!」

 

「分かっている!」

 

 

 人同士で戦う事をよしと思わない響は以前にも言ったように翼を止めようとする。

 本気で戦いあっていけないと。

 以前の翼なら「戦場で何を馬鹿な事を」と言っていただろうが、今は違う。

 焦りと怒りで強張っていた翼ではなく、落ち着き、冷静に。

 

 クリスは足をずらして片方のガトリングを上に上げつつ、その場で横に回転した。

 上に上げられたガトリングは太刀を跳ね上げ、同時に回転しながら距離を取る事で翼と一定の距離を離す。

 翼も太刀を跳ね上げられたと同時に同じように横に回転し、クリスとは逆方向に距離を取って再び2人は正面から相対する事になった。

 

 

(刃を交える敵ではないと信じたい……。それに、10年前に失われた第2号聖遺物の事も正さなくては)

 

 

 第2号聖遺物であるイチイバルは本来ならば二課の所有物。

 紛失したそれをネフシュタンの鎧共々何故所有しているのかというのを聞きださなくてはいけない。

 クリスが属している組織に関しては不明瞭な点が多すぎる。

 彼女の組織、いやそもそも組織なのかも分からないが、その目的は一体何なのか。

 

 だが、それを正そうとする前に、クリスを攻撃する者がいた。

 

 

「なッ!?」

 

 

 クリスが構えていた両手のガトリングが上空からの攻撃により破壊される。

 攻撃の正体は槍のように細長く丸まった飛行型ノイズの突撃。

 さらに飛行型ノイズはもう1体上空に存在しており、その最後の1体はクリスのガトリングが壊れた後を狙ったかのように時間差で槍状に丸まって突っ込んできた。

 

 

「クリスちゃんッ!」

 

 

 すぐに反撃に転じる事の出来ないクリスに迫るノイズに響が肩から突撃する事でそれを打倒した。

 が、突撃してきたノイズに強引に突っ込んだせいで響はそのままクリスの胸に飛び込むような形で倒れ込んでしまう。

 おまけに先の戦いのダメージが抜けきっていない中での行動のせいか、立ち上がる事も出来そうにないくらいに疲弊しきった顔で。

 飛び込んできた響をクリスは思わず受け止め、地面に激突しないように抱きかかえた。

 

 

「お前何やってんだよ!?」

 

「ごめん、クリスちゃんに当たりそうだったからつい……」

 

 

 響が庇ったのは咄嗟だった。

 敵だとか味方だとかではなく、目の前で危険に晒されている人がいたから、助けたいと思ったから。

 口先だけではなく自分の身を挺してまで庇ってくれた響の行動にクリスも動揺していた。

 

 

「馬鹿にしてッ! 余計なお節介だッ!!」

 

 

 乱暴に言うものの、疲弊した響を投げ出すような事はしない。

 仮にも自分を助けてくれた人間であり、綺麗事を口だけでなく体を張って実行した響に思うところがあるのだろう。

 何より、クリス自身に甘さや非常に徹しきれない部分が見え隠れしていた。

 

 

(一体、今のは……ッ!?)

 

 

 一方で翼は剣を構え、クリスと響を庇う様に背にして立ち、辺りを警戒した。

 フォーゼも翼の隣に立って周囲を警戒している。

 ノイズの攻撃は明らかにクリスを狙ったものだった。

 人間ならば無差別に襲う筈のノイズがクリスだけを集中的に狙い、尚且つ『武装を潰してから本体に攻撃を仕掛ける』というノイズらしからぬ作戦染みた行動まで。

 となれば、例の杖でノイズを操っていると見るのが自然だ。

 が、クリスは杖を持っておらず使ってもいない現状で、そもそも狙われたのはクリスである。

 一体誰が、そう思う翼の、そしてこの場の全員の耳に女性の声が響いてきた。

 

 

「命じた事もできないなんて……。貴女は何処まで私を失望させるのかしら?」

 

 

 声がした方向は公園の端、その先にある海に落ちないように設置されている柵に肘を乗せて体を預けている黒服に黒い帽子と長い金髪、ついでにサングラスをしていて顔が分からない謎の女性。

 さらにその女性はノイズを出現、操作する杖を手にしていた。

 謎の女性を訝しげな目で見やる翼とフォーゼ。

 そんな中、クリスがその女性を見て叫んだ。

 

 

「フィーネッ!」

 

 

 自身の名を叫ばれた、フィーネと呼ばれた女性は不敵な笑みを崩さない。

 

 

(フィーネ? 終わりの名を持つ者……?)

 

 

 本名なのか偽名なのか判断はしかねるが翼は油断せずに剣を構え続ける。

 現状から考えて味方でない事は確かだろうし、クリスへのノイズによる攻撃を行ったのも恐らく彼女だ。

 ただ、何故味方であるはずのクリスを襲ったのか。

 

 フィーネと呼んだ女性を見たクリスは自分の中で苦しそうに息をする響を見やる。

 疲労とダメージのせいであろう。

 しかしフィーネが現れるという状況に余程動揺したのか、一瞬ためらいつつも響を翼の方に押しのける。

 突き飛ばされた響は翼に抱き付く様な形となり、翼は左手で響を抱えつつ剣を握る手を緩めないでいた。

 

 

「こんな奴がいなくたって戦争の火種くらいあたし1人で消してやる!

 そうすればアンタの言うように人は呪いから解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろ!?」

 

 

 クリスの訴えにフィーネは溜息で返答した。

 表情は笑み、だがその笑みは何処か嘲笑っているかのようにも見える。

 フィーネは杖を持っていない片手を少し動かした。

 すると、先程アーマーパージされて公園のあちこちに散らばっていたネフシュタンの鎧の欠片が光の粒子となり、フィーネの手の内に収束していく。

 そしてネフシュタンを完全に回収したフィーネはクリスに横顔を見せたままで、一切目を合わせる事なく口を開いた。

 

 

「もう貴女に用はないわ」

 

「ッ……!? 何だよそれッ!?」

 

 

 切り捨てるように、まるで裏切りの言葉にクリスは明確な動揺を示す。

 表情は怒りというよりも見捨てられる直前に、自分が見捨てられる事を信じられない、信じたくない、嘘だと言って欲しいような。

 第三者が見れば心が痛みかねない程の表情となったクリスに対しフィーネはあくまで笑みを崩さず、杖を操作した。

 杖からの司令を受けて上空で円を描いて旋回していたノイズ達が槍状に丸まって響を抱える翼に突撃していく。

 それらを迎撃しようと剣をノイズに向ける翼だが、それらが接近するよりも早く、地上から銃声と共にマゼンタ色の光弾が放たれてノイズ達を炭へと変えた。

 突然の銃撃に翼が背後を振り向けば、歩いてくる人影が1つ。

 

 

「…………」

 

 

 それはライドブッカーをガンモードで携え、ゆっくりと歩きながら上空のノイズを撃ち落としたのはディケイド。

 未来は二課職員や後から到着したゴーバスターズに任せてきた。

 相手がノイズを操る存在となればノイズをシンフォギア同様、一方的に殲滅できるディケイドが前線に赴くべきだと前線のメンバーで判断したためである。

 

 

「お前、何者だ」

 

 

 普段ならば自分が尋ねられる言葉をフィーネに向かって放つ。

 勿論、これは名を聞いているのではない。

 彼女は一体何者なのか、目的は、そもそも人の姿をしているが人間なのか。

 アバターという意味でエンターの事例もあるし、人間に姿を変える怪人などザラにいる。

 数々の世界を巡り、この世界でも数々の怪物や事件を見てきたディケイドの疑念は増やそうと思えば幾らでも増やせた。

 

 

「この世界の呪いに囚われていない筈のお前まで、私の前に立ちはだかるか……」

 

 

 フィーネは問いには答えずに呟くのみ。

 だが、その顔は笑みから苦々しい、ディケイドを睨むような顔に変化している。

 恨みを買った覚えは一切ないが、各世界で破壊者呼ばわりされているディケイドはそういう覚えのない怒りや恨みには慣れているつもりだった。

 ただ『この世界の呪いに囚われていない』という言葉は今まで各世界で受けてきた難癖からすると相当に気色が違う。

 その事にディケイドは首を傾げ、訝しげにフィーネを見た。

 

 

「どういう意味だ。それに答えになってない。ポエムを聞く気はないんだがな」

 

「人と人とは、例え世界が違っても終生分かり合えぬという事。それが分かっただけだ」

 

 

 それだけ言うとフィーネはその場から海の方へ跳び、夕日を背にして落ちていった。

 何かしらの離脱する算段があるのだろう。

 

 

「待てよ……ッ! フィーネェッ!!」

 

 

 それを追うクリスの顔はとても悲しそうな、泣くのを耐えるような表情だった。

 しかし翼達としてもクリスは何とか捕らえたいところ。

 響を抱える翼は動けない為、フォーゼとディケイドがそれを追って駆けだすものの、未だ空から襲い掛かるノイズにその足を止められてしまう。

 

 

「クッソッ、やっぱすり抜けるな」

 

 

 フォーゼが積極的に攻撃しようとしてもすり抜けてしまい、流石ノイズの特性は厄介と思わせる。

 一方でディケイドはそんな位相差障壁を物ともせずにノイズを撃破していくが、それらに時間を取られているうちにクリスもこの場から離脱してしまった。

 

 

『反応、ロストしました』

 

「……チッ」

 

 

 通信機から聞こえてきたあおいの声を聞き、ノイズを粗方片付けたディケイドはライドブッカーを元の位置である腰に戻した。

 ノイズの反応、イチイバルの反応、ネフシュタンの反応の全てが途絶した事で、今回の戦いは一先ず決着した。

 ただ、謎を残して。

 

 

 

 

 

 あけぼの町に疑似亜空間の発生にイチイバルの出現。

 問題は減るどころか増える一方だが、1つずつ片付けていくしかない。

 部隊の面々は銃四郎、響、翼以外の一同が特命部の司令室に集結していた。

 

 

「あれ? 不動さんは?」

 

 

 キョロキョロと辺りを見渡して銃四郎の姿が無い事にヨーコは気付いた。

 響と翼は一旦メディカルチェックを行う事になっている。

 響は翼に抱きかかえられたまま気絶してしまっていたし、翼は病み上がりの状態だ。

 故に戦闘後のチェックは外せなかった。

 だが、銃四郎がいない理由だけが分からない。

 それには司令官である黒木が答える。

 

 

「銃四郎君にはあけぼの町に残ってもらっている。疑似亜空間の件もあるし、その機に乗じてジャマンガが活動しないとも限らん」

 

 

 銃四郎も最初は前線メンバーと合流する予定だったのだが、あけぼの町に疑似亜空間の発生という非常事態の為、S.H.O.Tとしてもあけぼの署の刑事としてもその場に残る事になったのだ。

 今回の戦いで戦場に来なかったのもその為である。

 ちなみにS.H.O.T基地は疑似亜空間の範囲外で助かっている事が確認されていた。

 銃四郎を通してS.H.O.Tと連絡が取れているのが何よりの証拠だ。

 

 

「お、みんな揃ってんな」

 

 

 司令室の入り口から意気揚々とさらに1人、陣マサトが入室してきた。

 それに驚いたのはヒロム達。

 確か彼はまだ、特命部への出入りを許されていなかったはずだが。

 そんな反応をマサトは面白がっていた。

 

 

「驚いてるねぇ~。俺が此処にいるのが不思議か?」

 

「当然ですよ……! なんで、先輩が此処に?」

 

「非常事態だからな。ま、説明を……」

 

 

 リュウジの言葉に答えて全員の顔を一瞥した後、黒木に顔を向ける。

 

 

「始めてもいいよな、黒リン」

 

「ああ」

 

 

 非常事態だからか、名前の呼び方に突っ込まなくなった黒木の返答を聞き、マサトはニッと笑って全員の前に出た。

 

 

「じゃあまず、亜空間って場所は動くにもすげぇパワーがいるって事はいいか?

 それはゴーバスターオーだろうがダンクーガだろうが足りねぇ程のすげぇパワーだ」

 

 

 全員真剣な面持ちで話を聞いている。

 マサトは静聴する面々の様子を見ながら話を続けた。

 

 

「それに、中にメガゾードがいる限り、いくら壊してもあの亜空間は再生しちまう。

 さぁ、困ったねぇ」

 

 

 マサトの表情はみるみるニヤケ面へと変わっていった。

 それと同時に黒木とリュウジの顔が呆れ顔へと変わっていく。

 

 

「困ったねぇ、みんな!」

 

 

 非常に元気良く、一切困ってなさそうな声で放たれた言葉に一同困惑。

 ただそんな中でマサトをよく知る黒木が「はぁ」と溜息をついたあとマサトを指差した。

 

 

「陣、普通に話せないのか」

 

 

 そんな黒木の言葉に振り返り、これまた愉快そうな表情で答えるマサト。

 さらにこの場では黒木の次にマサトの事を知っているリュウジが腰に手を当てて困ったような、手のかかる子供を見るような顔で続く。

 

 

「何か対策があるんですね? ……言いたいんですね?」

 

「ピンポーン!」

 

 

 バレたらしょうがない、とでも言いたげに髪を掻きながら正解の擬音を口にする。

 何処からかクイズ番組のようなSEでも聞こえてきそうだった。

 マサトはヒロム達の方を再び向いて、先程よりはほんの少しだけ厳かに話し始めた。

 

 

「実は、全てのバスターマシンを使った合体がある」

 

 

 それを聞いた一同、特にヒロム達3人が僅かな驚きを顔に刻む。

 この場合の『全ての』というのはマサトとJが所有するBC-04とSJ-05の事も含むであろうことは想像できた。

 しかしそれが合体すると言われれば、多少なりとも驚きはある。

 

 

「何か凄そうだな。そいつが出来れば、あのヘンテコ空間を突破できるワケか」

 

「その通り。合体作業はもう始まってる」

 

 

 翔太郎の言葉に答え、マサトが指さしたのは黒木の後ろ、司令室の奥。

 司令室の後方には壁を挟んでCB-01、ゴーバスターエースの格納庫が置かれている。

 そこは司令官が座る席の後ろにある網目状の窓を通して様子を見る事が出来るのだが、そこでは既に他のバスターマシンが搬入され、作業に取り掛かっていた。

 

 

「合体の全体指揮は陣が行っている」

 

「スタートはゴーバスターオーから。そこまでなら俺の指揮が無くても此処の整備班ができるし、お前らへの説明もあるから俺は一旦こっちに来たわけよ」

 

 

 黒木の言葉にマサトが続ける。

 バスターマシンの5体合体はゴーバスターオーが基準となり始まる為、一旦ゴーバスターオーに合体してからBC-04とSJ-05をドッキングさせていく算段らしい。

 バスターマシンの合体という物は、プログラムを組んでそれをマシンにインストールし戦場でそれを起動させるか、発進前に手動で行うのが主だ。

 アニメや漫画みたいにぶっつけ本番で『決まってんだろ、合体だァッ!!』と勢いでやれるものではない。

 特に今回の合体は特命部側もマサトも初めて行う5体合体。

 指揮を出しているマサトは元より、マシンを組み替えていく整備班の労力も半端ではないだろう。

 

 

「合体には時間がかかる。できるだけ早く終わらせるが、それまではあの疑似亜空間はどうしようもない」

 

 

 さて、とマサトはヒロムの方を見た。

 突然視線を向けられたヒロムは一瞬だけ驚くが、すぐに元の冷静な顔に戻る。

 

 

「この合体でメインになるのはゴーバスターオーと同じでエースだ。

 でもって、5体合体ともなればエースのパイロットにはかなりの負担がかかる」

 

「……!」

 

「なぁヒロム。俺がお前に強くなれって言った理由の1つがそれだ……。できるか?」

 

 

 おふざけ抜きの真剣な面持ち。

 本気で覚悟を試しているかのような目線と声色は、その『負担』がきっと凄まじいであろう事が伺える。

 だけど、ヒロムは動じずに答えた。

 答えなど1つしかない。

 

 

「やれます」

 

 

 13年間、亜空間に行って両親を助ける為に此処まで来たのだ。

 ならば疑似亜空間なんて突破しなければ話にならない。

 決意は既に13年前から固まっているのだから。

 余裕でもなく慢心でもなく確実な決意がその胸に宿っていると確信したマサトはヒロムの肩を叩いて満足気に頷いた。

 

 

「パイロット、及び仮面ライダーは休んでくれ。此処にはいないがシンフォギア装者と魔弾戦士にも休息を取ってもらう。

 メタロイドの探索は特命部と二課、S.H.O.Tが引き続き行うから、安心して休んでいてほしい」

 

 

 黒木の指令に全員が頷き、ゴーバスターズだけは律儀に「了解」と発した。

 

 亜空間。

 それはヒロムとヨーコとリュウジが13年間追いかけ続けてきた場所。

 例えそれが疑似であったとしても、そこに突入して戦う事が出来たなら彼等の大きな希望となるだろう。

 マサトの存在があったため、亜空間内部に生存者がいる希望も出てきた。

 いつかヴァグラスを倒す為にも行かなくてはならない亜空間。

 その最初の1歩を、彼等は踏み出そうとしていた。

 

 

「……さて、休息に入ってもらう前に、もう1つ説明しておこうと思う」

 

 

 言葉の後、黒木が森下に一言声をかけると、すぐに特命部のモニターに画像が表示される。

 映し出されたのは少女の写真だった。

 

 

「これって……クリスか?」

 

 

 一番に反応したのはその少女に見覚えがあった弦太朗。

 見た目、髪型など、先程見たそれよりかは幾分幼いが、確かに雪音クリスと思える写真だ。

 それに黒木は頷き、両手を組んで語り始めた。

 

 

「雪音クリス。二課からの情報によれば現在16歳。

 2年前に行方不明となった、ギア装着者候補だそうだ」

 

 

 その姿をゴーバスターズや翔太郎もモニター上でとはいえ見た事があった。

 故にそれがネフシュタンの少女であるという事は分かるのだが、今の話からは色々と疑問が出る。

 疑問に切り込み、即座に口にしたのは翔太郎だ。

 

 

「何で行方不明の女の子がフィーネとかいう女と一緒にいるんだ?」

 

 

 フィーネと自称する謎の存在が現れた事はその場に居合わせなかったメンバーも既に聞いている。

 その上での尤もな疑問だが、それに関しては不明としか答えられない現状である事を黒木は話した。

 何せ2年前に行方不明になった時点から捜索を始めたのに、一切見つからなかった少女だ。

 

 おまけに捜索していたのは何人かで構成されたチームだったのにも関わらず今では弦十郎1人になってしまったという。

 しかもその1人になった理由がまた不可解で、捜索中にトラブルに遭ったり行方不明になったり、果ては死亡者となった者までいるというのが黒木が弦十郎から聞いた話だった。

 それを聞く限りでは雪音クリス捜索に何者かが介入しているとしか思えず、ヒロムがそれを口にした。

 

 

「誰かに、揉み消されてるって事ですか?」

 

「揉み消すというよりは脅しに近い。彼女を追えば命は無いぞ、とな」

 

 

 人の生死が関わっているせいか少々重たい雰囲気になってしまう中、マサトが思い切り手を叩いて大きな音を鳴らした。

 その音に思わず全員がマサトの方を振り向いてしまう。

 

 

「ま、そっちの事は弦ちゃん達に任せて、お前らは休め!

 まずは疑似亜空間を突破する事を考えて、話はそっからだ」

 

 

 当面の目的を忘れて先の事や考えても分からない謎を考えるのは無駄だとマサトは言いたいのだろう。

 考えたい事、気になる事は多いだろうが、まずは目の前のメガゾードを倒せと。

 確かにそうだとヒロム達も思う。

 自分達がやるべき事、それは決戦に備えた休息だ。

 ヒロム達は威勢良く返事をすると各々の部屋に帰って行く。

 マサトは後ろ髪を掻きながら柄じゃない、とでも言いたげにちょっと困り顔で黒木の方を向いた。

 

 

「あー……んじゃ、俺もバスターマシンの方、行ってくるわ」

 

「ああ。……すまんな、陣」

 

「気にすんな」

 

 

 その「すまんな」がバスターマシンの事を一任している事に対してなのか、ヒロム達の暗くなった空気を吹っ飛ばしてくれた事なのか、あるいは両方なのか。

 ともあれ感謝されたマサトはひらひらと手を振って司令室から出て行った。

 疑似亜空間の中で苦しむ人々の為にも、一刻も早い対抗策の完成が待たれる。

 戦士達は休息の中でも心を安らげる事はどうにも出来そうになかった。

 

 

 

 

 

 ジャマンガの本拠地にて、Dr.ウォームはエンターと話していた。

 

 

「今回は感謝するぞよ。お前さん方が造ったあの変な空間のお陰で、マイナスエネルギーが溜まっていっておる」

 

 

 ウォームはまずエンターに感謝の言葉を述べ、エンターはそれにお辞儀で返した。

 疑似亜空間内部は息をするのも苦しい空間。

 内部にいる人間は相当な苦しみを味わう事になる。

 何せ、生きる為に必要な呼吸をするだけでも苦しく、かといって本当に死んでしまうほどの苦しみや痛みではない。

 しかし半端じゃない苦しみは眠気が襲う事すらも許さず、疑似亜空間がある限りあの中にいる人間達は延々と苦しい、辛い、助けて、と思い続ける事になるのだ。

 こういう負の感情はそのままマイナスエネルギーの放出に直結する。

 

 

「お気になさらず。それもあって、あけぼの町を使わせていただきましたから」

 

 

 エンターがフィルムゾードをあけぼの町に出現させたのはそれが目的でもあった。

 疑似亜空間の中に閉じ込めてあけぼの町民に苦しみを与える事はそのままマイナスエネルギーをジャマンガに提供する事にも繋がるのだ。

 フィルムゾードの能力、疑似亜空間の生成を試したかったエンターと人々を苦しめてマイナスエネルギーを欲しているウォーム。

 この利害が一致した結果だった。

 

 

「大魔王様も絶えず入ってくるマイナスエネルギーに、喜んでおられる」

 

「こちらのマジェスティもですよ。人間が苦しんでいる様を見て大変お喜びになっています」

 

 

 疑似亜空間がもたらした恩恵はお互いの首魁が嬉々とする結果。

 大魔王グレンゴーストはマイナスエネルギーを吸収して復活に近づき、メサイアは少しだけ現実世界に顕現できた事と、その中で苦しむ人間達が余程愉快なようだ。

 疑似亜空間の中であればメサイアは一時的とはいえ現実世界にその身を現す事ができる。

 かつて転送研究センターと共に亜空間へ追放されたメサイアは必ず戻ってくると野心を滾らせており、今回の一時的な帰還はその欲求と野心をさらに掻き立てていた。

 何よりメサイアは地上世界への帰還という目的以外にも『人間の苦しみ』が大好きで、そこに愉悦を覚えている。

 時折、エネトロンの回収よりも人間への加虐行為を優先した作戦をエンターに命じる事すらある程に。

 

 苦しみにより発生するマイナスエネルギーを復活の糧とするグレンゴーストと、人間の苦しみに愉悦を覚えているメサイア。

 2体のマジェスティは何処か似ているのかもしれない。

 

 

「協力関係というのも良いものじゃな。労せずしてマイナスエネルギーが手に入るなら言う事なしじゃわい」

 

「ええ。こちらとしては、後はエネトロンが手に入れば万々歳なのですが」

 

「分かっておる。言ってくれれば協力くらいしてやるわい」

 

 

 ウォームはすっかり気を良くしていた。

 何せ今までは苦労しても魔弾戦士の邪魔が入って満足に集められなかったマイナスエネルギーが湯水のように、とてつもなく効率よく入ってくるのだから。

 おまけにジャークムーンの策略により魔弾戦士の1人、リュウケンドーも倒れている。

 仕事をしないで金を貰えたら、と人間一度は考えるが、ウォームの思考はそれが実現した時のそれだ。

 しかも邪魔者まで片付いているのだから、これで喜べない筈がなかった。

 

 エンターからすればエネトロンを消費する羽目になっているのだが、疑似亜空間の生成という実験ができたのだから少しはマシと考えている。

 それに今までは各組織との協力関係の締結やメガゾードを4体消費した作戦など、エネトロン以外の事で奔走しておりメサイアの機嫌を損ねるばかりだったので、今回の一件でメサイアが機嫌を直してくれたのは直属の部下である彼からすれば非常に助かるのだ。

 さながら臍を曲げた子供に新しい玩具を買って機嫌を直してもらうような。

 

 

「ところで、ムッシュ・ジャークムーンは何処へ?」

 

「ふぅむ。実は、サンダーキーを使わせてリュウケンドーを倒して以来、姿が見えんのだ。

 折角リュウケンドーを倒して大魔王様の復活も順調に進んでおるのに、何をしておるのやら」

 

 

 ジャマンガの城にジャークムーンの姿は影も形も見当たらない。

 デュランダルの一件以来帰っていないというが、何処で何をしているのかウォームも本当に心当たりが無かった。

 とはいえエンターからすればジャマンガは協力関係の相手であっても、身内がどうこうというところまで干渉する理由は無い。

 一言、「そうですか」と言って話を打ち切ったエンターはまだ生き残っているフィルムロイドの所にでも行こうかと考えた。

 まだ動いている以上、奴にはもう一働きしてもらおうと。

 

 

「それでは、私はこれにて。Dr.ウォーム」

 

「うむ。今後とも、宜しく頼むぞよ」

 

 

 エンターは律儀にお辞儀をしてデータとなって消え去っていく。

 それを見送ったウォームは上空に佇む大魔王の卵を怪しげな笑みで見つめていた。

 リュウケンドーが倒れ、マイナスエネルギーは今までになく順調に溜まろうとしている。

 これで笑えない筈が無かった。

 

 大魔王の卵はその身に負の感情を蓄える度、心臓の鼓動のように胎動する。

 復活の日が近いのだと告げるかのように。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 5体のバスターマシンの合体作業は夜通し続けられる事になり、戦士達は一旦の帰宅をする事になった。

 と、此処でちょっとだけ驚きの事実が判明する。

 これはゴーバスターズが自分の部屋で休息を取りはじめ、仮面ライダー部が既に各々の家に帰宅し、士と翔太郎と弦太朗だけになった後の話だ。

 

 

「……つーわけで、俺達は二課が保有してる宿舎に入れてもらってる」

 

「結構住み心地いいんスよ!」

 

 

 何と、彼等は二課の宿舎に泊まっているという話だ。

 何でも最初に助っ人に来た時になるべく早く現場に駆け付けられるようにできないかと弦十郎に打診したところ、士から「助っ人が来る」とは聞いていた弦十郎が万一の事を考えて宿舎を用意していたのだ。

 勿論、この宿舎は彼等の為に作ったというわけではなく元々あるもので、彼等の為に空き部屋を残しておいた、という方が適切だ。

 

 そもそも今回の組織合併の件で多くの人間が二課、特命部、S.H.O.Tの司令室を行き来する事になるであろう事は十分に想定できたし、下手をすれば作戦行動上の理由でそこで寝泊りせざるを得ない状況が来るかもしれない事も考えられた。

 その為、二課は宿舎に空き部屋を多く用意しており、そこの2つに翔太郎と弦太朗がそれぞれ入ったという話だ。

 

 翔太郎は元々風都をしばらく離れる事になるだろうと予感していたのでフィリップや竜に後の事を任せてきたので特に問題もない。

 弦太朗は実家通いの大学生だったのだが、大学生らしく疑似的な一人暮らしが始まったように感じており、二課の宿舎から大学に通う日々を送っているというわけだ。

 

 しかし、リディアンの教師という事で二課の隊員の1人という扱いになっている士すら、その話は初耳だった。

 

 

「聞いてないぞ」

 

「あー、言う機会が無かったからな。その内ちゃんと言われるんじゃねえか?」

 

 

 確かに此処のところ事件続きでそういう暇は無かったかもしれない。

 それに今さら何だかんだと言っても遅いし、別に聞かされなかったからって困る話でもない。

 士はやや呆れつつもこの話を切り上げる。

 それよりも士は気になる事があった。

 自分の教え子にして立花響の親友、小日向未来の事だ。

 二課に保護され、事情を説明されたという話は聞いている。

 現場で会って以来顔を合わせていない未来に対して少しだけ不安があったのだ。

 

 

(……また厄介事にならなきゃいいがな)

 

 

 翼と響の仲が折角纏まった中で、未来が響の戦う姿を目撃してしまうという事態。

 あの時、現場であった未来は酷く動揺し、何が何だか分からないと言った具合の表情をしていた。

 それに一番気になったのは未来の頬を涙が伝っていた事。

 相当にショックだったのだろう。そんな未来が響と今まで通りに接することができるのか。

 士が溜息をつきながら懸念している事はそれだった。

 

 

 

 

 

 シンフォギアを纏い人々を守る為に特異災害対策機動部二課で今まで戦っていた。

 未来が二課の人から聞かされた響の事は、要約するとそんな感じ。

 自分の部屋で、自分と響が住む寮の中で椅子に座って未来は何処でもない虚空を見つめていた。

 心ここに非ず、と言ったところか。

 

 ディケイドに発見、ゴーバスターズに保護され、二課へ連れていかれた未来はそこで話せる限りでの事情を聴いた。

 響の事、士の事、ゴーバスターズ達と協力しているという事など。

 とにかく響に関しての事の大部分は話してくれた。

 それを聞いた未来は「士先生、そう言えば転任してきた時からミステリアスだったな」、何て思う。

 余裕だからそんな考えが出来るのではなく、そうしなければ余裕が作れそうもなかった。

 事情を知った、嘘を知った。

 だが未来の心は全く晴れないでいる。

 

 

「未来……」

 

 

 扉が開く音と共に響が帰って来た。

 今までは同じ寮の同じ部屋で良かったと心から思えたのに、今の2人にとってそれはとても酷な事だろう。

 

 

「入っても、いいかな」

 

「どうぞ。貴女の部屋でもあるんだから」

 

 

 普段ならば、明るく帰ってくる響に明るく返す未来がいる。

 普段ならば、へとへとの響に呆れながらも優しい笑顔で迎える未来がいる。

 けれど今日は、重い雰囲気の中で響のぎこちない言葉と未来の平たい言葉が交わされるのみだった。

 

 

「あのね、未来。私……」

 

「大体の事は、あの人達から聞いたわ。今さら聞くような事なんてないと思うんだけど」

 

「いや、その。私ね……」

 

 

 自分が嘘をついた事実は変わらないのだと本気で分かっているつもりだ。

 それでも未来には理解してほしい、話し合いたいのだと響はたどたどしく食い下がる。

 

 

「どうせまた嘘つくんでしょ」

 

 

 だけど放たれたのは冷たい言葉。

 その言葉は今まで見てきた、受けてきたどんな攻撃よりも響の心に突き刺さる。

 隠し事をしたくないと言ってくれた未来に、隠し事をしてしまった。

 未来の為だと必死に抑え込んでいた、仕方ないと抑え込んでいた。

 でも、自分が未来の立場だったとして受け入れられるだろうか。

 自分が嘘をついた事実は何も変わらないのだから。

 

 

「未来……」

 

 

 未来は二段ベッドに向かって行き、その下段で布団を被って横になった。

 彼女達はいつも二段ベッドの上で、2人で寝ている。

 下段は荷物を置いておく場所として使っていた。

 でも、ベッドの下段に置いてあった荷物の入ったダンボール達はベッドの外に出されていた。

 おまけに下段を完全に締め切るカーテンまで引いている。

 響の事を許さない心の現れだと、響にはそう思えてならなかった。

 

 

「……ごめん」

 

 

 閉められたカーテンを少しだけ開けて響は一言だけ呟いて、そっとカーテンを閉めた。

 残された響は部屋の中で呆然と立ち尽くす。

 未来がいないとすら感じられる部屋の中は不気味なほど静かで、空気が重くて、何だかたった1人になってしまったかのような錯覚にすら陥る。

 日陰にいるような寒さが響を襲った。

 

 

(私にとって、未来は陽だまりなんだ……)

 

 

 部屋に飾られた写真を見やる。

 響と未来が仲良く2人で、笑顔で写っている写真だった。

 響にとって未来とは自分が帰るべき場所、未来の傍が一番暖かい場所。

 家のような、正しく陽だまりのような存在。

 このまま何て私は嫌だと歯を食いしばる響は、静かな部屋の中で1人、そんな風に考えていた。

 

 

 

 

 

 帰る場所というのは誰にでも必要だ。

 それが家なのか、そこにいる誰かなのかは人によりまちまちだが、とにかく自分の帰る場所は重要で失った時は非常にショックで、ともすれば心が痛む事を響は再認識した。

 そしてそれをもう1人感じている者がいた。

 

 

「何でだよ、フィーネ……」

 

 

 響と同じくシンフォギアの適合者、雪音クリス。

 フィーネに『用済み』と謗られた彼女の心は酷く傷ついていた。

 紛争地帯で誰も彼もが信用できなかった彼女にとって、初めて信頼できた人。

 戦争根絶を目指す彼女にとって、手を差し伸べて光となってくれた最初の人。

 そんなフィーネから裏切りにも近い言葉を浴びせられたのだ、傷つくのも無理はない。

 そして、クリスの心の中では響とフォーゼが発した言葉が何度も反芻され、その傷に沁みるようだった。

 

 

『こんな戦い、もうやめようよ。私達はノイズと違って言葉を交わすことができる。手を握れば友達にだってなれる』

 

『おう! 名前を知ったら後は握手と腹割って話す事! それだけで友情は成立だ!!』

 

『話し合えば分かり合う事だってきっとできる! だって私達、同じ人間だよ!?』

 

 

 聞こえが良すぎて反吐が出ると叩き伏せた言葉。

 だけど、そんな綺麗事を全力でやってのけようとする奴が敵で、自分を切り捨てたフィーネが味方。

 果たして何が正しくて何が間違っているのか、今のクリスには分からなかった。

 彼女が見てきた世界の価値観だけで判断するならば、綺麗事を撒き散らすような奴は信用できないと一笑に伏す事が出来るだろう。

 でも、響やフォーゼがそれに当てはまるかと言われればクリスは悩む他なかった。

 あんなにも全力で人と手を繋ぎたいと、分かり合いたいとぶつかってきた奴を見るのは初めてで、クリスもどうしていいのかわからない。

 何より自分を切り捨てたフィーネの意図も目的も、考えすらも分からなくなっていた。

 

 クリスの目的は戦いの意志と力を持つ者を叩き潰し、戦争の火種をなくす事。

 その為ならシンフォギア装者もゴーバスターズも仮面ライダーもヴァグラスもジャマンガも何もかもが潰す対象だ。

 世界で戦争に介入し、結果的に争いを長引かせていると噂のダンクーガなど、以ての外である。

 けれど、少なくとも人類に仇なすという意味で言えばシンフォギア装者やゴーバスターズ以上にヴァグラスやジャマンガは優先的に潰す対象だ。

 クリスは戦争の火種をなくし、自分のような人間をもう作らないという所までが目標である。

 それを考えれば人類そのものと敵対している組織など容赦なく潰すだけの対象だ。

 だが、フィーネはよりにもよってそいつらと手を組んでしまう。

 その頃からか、クリスがフィーネに疑問を持ち、今の自分に苛立ち始めたのは。

 

 

(クソッ……!)

 

 

 頭の中がこんがらがって仕方が無い。

 何をどうすれば彼女は彼女自身の目的に近づけるのか、もう分からなくなりそうだった。

 

 夏だというのにやけに寒く感じる夜道。

 近くでは何かの移動屋台らしき車と街灯だけが道を照らしていたが、クリスの心に光は全く灯らないでいた。

 そんな夜道を行く当てもなさそうに歩くクリスは、ふと子供の泣き声を耳にする。

 見ればベンチに座った少女が泣きじゃくり、少女の前で立っている少し年上くらいの少年が何か言っているようだった。

 2人とも小学生低学年くらいだろうか。

 

 

「泣くなよ、泣いたってどうしようもないんだぞ!」

 

「だってぇ……だってぇぇ~!」

 

 

 それを見たクリスは少年少女の方にちょっと怒った顔で近づく。

 

 

「おいコラ、弱い者を虐めるな」

 

 

 泣いている少女に責めるような少年の発言を聞いたクリスは少年が一方的に虐めているものだと判断して2人に近づいた。

 声をかけられた少年はキョトンとした表情でクリスに振り向きながら否定の言葉を発する。

 

 

「虐めてなんかいないよ、妹が……」

 

 

 そこまで言うと少女がより一層激しく泣き始めた。

 やっぱり少年が虐めているものだと判断したクリスは少々お仕置きが必要かと考えて、拳を振り上げる。

 

 

「虐めるなって言ってんだろうが!」

 

 

 少年は思わず目を瞑って頭を腕で覆った。

 保護者に悪い事をしてお仕置きを受けそうな子供のように。

 でも、そんな少年を庇ったのは泣きながらもベンチから立ち上がり、少年の前に両手を広げて立ち塞がった少女だった。

 

 

「お兄ちゃんをいじめるな!」

 

「……!? お前が、兄ちゃんから虐められてたんだろ?」

 

「ちがう!」

 

 

 泣きながらも強く否定する妹の方に首を傾げるクリス。

 少年は自分達が父親とはぐれ、探していたのだと話した。

 そこから随分探したのだろう、妹の方がもう歩けないと泣き出してしまい、ベンチで一休みを兼ねて兄が妹を励ましていたという事らしい。

 

 

「何だ迷子かよ。だったら端っからそう言えよな」

 

「だって、だってぇ~!」

 

「おい、コラ泣くなって!」

 

 

 見た目通りの年頃では親とはぐれた寂しさで泣くのを耐える事は出来ないだろう。

 子供らしい事だが、泣かれた時の対応に全く慣れていないクリスは不器用にも軽く怒るような口調で泣き止ませようとしてしまった。

 その言葉にビクリと縮こまる妹を見て、今度は兄の方が妹の前で両手を広げて立ち塞がる。

 

 

「妹を泣かせたな!」

 

 

 見事のデジャブである。

 どうにもクリスの喧嘩腰ではどっちかに話しかけるともう片方が庇うという変な図式が完成しかかっていた。

 困ったように後ろ髪を掻くクリスの肩に、ポンと手が置かれた。

 

 

「あぁン?」

 

 

 置いた手の主は何やら笑顔の青年。

 クリスの肩に置いている右手とは別に左手にドーナツを持っている。

 彼は振り向いたクリスにチッチッと人差指を振りながら少年少女に近づいた。

 

 

「小さなお姫様。今からしがない魔術師が、貴女を笑顔にしてみせましょう」

 

 

 そう言った青年は左手に持っていたドーナツを少女の前に出し、右手を腰のベルトにかざした。

 すると何やら変な電子音声にも似た声が鳴り響き、黄色い円形の魔法陣が発生する。

 魔法陣はドーナツを通過したかと思えば、驚くべき事にドーナツが宙に浮き始めたのだ。

 ふよふよと浮いているドーナツを見た少女は涙を引っ込ませ、見る見るうちに笑顔へと表情を変化させた。

 

 

「わぁ~!」

 

 

 振り子のように揺れながら浮遊するドーナツを目で追う少女の目は輝いていて、少年も驚きと共に好奇の眼差しでそれを見つめていた。

 

 

「お兄ちゃん、それどうやってるの?」

 

 

 少年の純粋な質問に青年はニッと笑って優しく、冗談のような答えを返した。

 

 

「魔法だよ。俺は魔法使いなのさ」

 

 

 そう言って青年はドーナツにかざしていた手を少年の方に向けた。

 すると今度は少年に黄色い魔方陣が通過し、ドーナツと同じように少年が浮遊し始めた。

 ただ、ドーナツとは違い小さな子供なので少々高度は低めに抑えている。

 けれども人生初のマジカル浮遊体験に少年は少年らしい好奇心が噴出したようにはしゃいでいた。

 

 

「何これ、すっげぇ~!」

 

「あー、お兄ちゃんばっかりずるーい!」

 

 

 青年は少年を下ろしてやると今度はすっかり泣き止んだ少女を浮かばせてやった。

 一方、完全に蚊帳の外に置かれたクリスは1人、青年に疑いの眼差しを注いでいる。

 

 

(何だよ、コイツ……!)

 

 

 明らかに人間業じゃない。

 魔法と称しているが、本当に魔法でもなければドーナツはともかく人が浮かぶなどありえない。

 彼が人間か人間でないかはともかく、何かしらの『力』を持っているのは確実。

 クリスの頭には「何者かの手先なのか」という考えが真っ先に過った。

 それなら自分に声をかけてきた理由もわかるし、子供達を泣き止ませる事で油断させようとしているのだと説明できる。

 が、そんなクリスの方に青年は微笑みながら振り向いた。

 

 

「ドーナツ、食ってく?」

 

 

 青年が指さした先には先程も目にした移動屋台。

 完全に疑って、ともすれば敵としか思っていなかった青年の思わぬ言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような表情となるクリス。

 そんなクリスに、再び青年――操真晴人は笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 晴人は今日、はやての家の帰りだった。

 未だにはやては何処か遠慮して、自分達を遠ざけているように晴人は感じている。

 はやてが心を開いてくれず、どうしたものかと移動するドーナツ屋『はんぐり~』でドーナツを食べながら考えていたのだ。

 せめて家族が再びできれば違うのだろうが、そんな都合のいい奇跡が起こってくれるとは思えない。

 この時の晴人はそんな『奇跡』が数日後にもたらされる事をまだ知らないでいた。

 

 はてさて成り行きという事で兄妹の父親を探す事になったクリスと晴人。

 あの後、晴人は兄妹とクリスの分のドーナツを買い、自分は先程まで浮かばせていたドーナツを頬張っていた。

 晴人が「新作ドーナツ3つ」と言った時の事はクリスの記憶に鮮明な形で残っている。

 

 

「遂にハル君がプレーンシュガー以外を!」

 

「いいや? あの子達の分」

 

 

 オネエ言葉を使う店長らしき人と男性の店員が無邪気にピョンピョン飛び跳ねているところに晴人が否定の言葉を放つと、店長と店員はガクッと肩を落とした。

 その後店長は「はいはい、そうですよねー」といじけるような態度で3つのドーナツを袋に詰め始めたのを覚えている。

 

 何故に記憶に鮮明かと言うと、『自称魔法使いとオネエ言葉の店長が話している』と、言葉に起こすと中々シュールな光景なのが原因だろう。

 その後ドーナツが配られたのだが、戦場で生きてきた経験則のせいで毒でも盛られているのではないかと思ったクリスは食べるのを躊躇っていた。

 だが、一緒に貰っていた兄妹が実に美味しそうにドーナツを食べていたため意を決して食ってみれば、かなり美味くてちょっと驚きつつ、一気に食べきってしまう。

 最初に疑っていたのが嘘のような食べっぷりであった。

 

 その後、晴人は兄妹とクリスに自己紹介した。

 しかし兄妹はドーナツに夢中なのと晴人が魔法を使った事に興味津々なのか自己紹介よりそっちばかり気にしており、クリスはクリスでおかしな力を使う晴人は「敵かもしれない」という疑いの対象なので名乗りたくない。

 結局、この4人の中で名前を名乗ったのは晴人だけだった。

 

 ドーナツを食べきった4人はドーナツ屋の店長と店員に手を振って兄妹の父親を捜す為に歩き始めた。

 人を捜すなら人が多くいるところ、そんなわけで4人は夜の中でも人工の光で煌々としている近くの繁華街の通りにやって来た。

 兄妹の話を聞く限りではこの辺で父親とはぐれたそうで、晴人とクリスは兄妹と共に父親が何処にいるのかとキョロキョロと辺りを見渡す。

 少年は晴人と手を繋ぎ、少女はクリスと手を繋ぎ、少年と少女は兄妹仲良く手を繋ぎ。

 手を通して繋がっていた4人はまるで年の離れた4人兄妹のようであった。

 

 

「いない?」

 

「うん、いない。ねぇ、お兄ちゃんの魔法で何とかならないの?」

 

「ごめんね、俺の魔法も万能じゃないんだ」

 

 

 晴人とクリスは兄妹の父親の風貌が分からないので少年に尋ねてみるが、どうにも見つからないらしい。

 魔法でどうにか、と頼まれる晴人だがそれには首を横に振るしかなかった。

 晴人の魔法は決して万能ではない。

 金を造って大儲けとか、命を蘇らせるとか、そんな全知全能の魔法ではないのだ。

 人捜しにガルーダなどを飛ばす事もできるが、顔が分からないんじゃ意味がない。

 足で捜すほかないのが現状だ。

 

 

「俺にできる事なんて少ないもんさ」

 

「魔法があっても?」

 

「そ、魔法があっても、結局は自分次第なんだよ」

 

 

 少年がよく分からないと首を傾げるが、晴人は空いている片方の手を少年の頭に乗せて撫でながら「そのうち分かるかもよ」と笑顔で言うだけだった。

 そもそも晴人が魔法を手に入れた経緯も決して穏やかなものではない。

 下手をすれば死んでいたかもしれない程に過酷な物だ。

 それに、この力があっても天涯孤独の少女の心を開くことができていないという事実もある。

 魔法と雖も万能ではない事を、晴人は魔法使いになって嫌というほど学んだ。

 

 色々と歩き回っては見たものの中々父親は見つからない。

 そんな時、歩き回るだけで進展がなく暇なのか、クリスが鼻歌を歌いだした。

 鼻歌だというのに随分と綺麗な音。

 音程とか抑揚とか色々と歌の優劣を決める方法はあるが、明確な判断基準を知らない晴人や兄妹にとってもその歌は上手いとか綺麗と感じさせるほどの歌だった。

 ちょっと乱暴な言葉遣いからは想像もできない程に優しい音に少女は尋ねる。

 

 

「お姉ちゃん、歌が好きなの?」

 

 

 好きか嫌いかと聞かれれば響にも言い放った、あの答えしか口からは出ない。

 

 

「歌なんて、大嫌いだ。特に、壊す事しかできないあたしの歌はな……」

 

 

 歌を嫌いと語りながら正面を向くクリス。

 まるで表情を正面から見られないために顔を背けたようにも見える。

 その言葉の中に秘めた意味は幼い兄妹だけでなく、晴人にも分からない。

 だが、ちらりと見たクリスの横顔を見て晴人は思う。

 何故だかとても悲しそうだと。

 

 そんなやり取りがありつつしばらく歩いていると、少年が足を止めた。

 少年と手を繋いでいた晴人と少女もそれにつられて足を止め、連鎖してクリスも止まる。

 足を止めた少年は晴人の向こう側にある交番を見ていた。

 その交番から1人の30代ほどの男性が不安げな顔で出てくると、それを見た少年が顔を明るくさせる。

 

 

「父ちゃん!」

 

「……! お前達……何処へ行ってたんだ!」

 

 

 少年の声に気付いた男性がちょっとだけ顔を顰めて近づく。

 勝手にいなくなった事に対して怒っているのだろう。

 だけどその前に一瞬、心底安心したような優しい微笑みがあった事を晴人もクリスもその目で見た。

 

 

「お姉ちゃんとお兄ちゃんがいっしょに迷子になってくれた!」

 

「違うだろ。一緒に父ちゃんを捜してくれたんだ」

 

 

 少女は嬉しそうに父親の手にすりつく。

 再会できて余程安心したのだろう、ついさっきまで泣いていた少女とは思えないくらいの笑顔だ。

 少年は兄という事もあるのか無邪気に喜んだりはしなかったが、それでも父親を見つけた時に全力で笑顔だったのは年相応という事なのだろう。

 兄妹の言葉を聞いた父親は目の前にいる2人の男女がそのお姉ちゃんとお兄ちゃんなのだと認識すると、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 

「すみません、ご迷惑をおかけしました」

 

「いや、成り行きだから、その……」

 

「迷惑なんて。見つかってよかった」

 

 

 お礼を言われた事に戸惑うクリスと笑みで返す晴人。

 感謝されるという事に耐性が無いのかクリスはちょっとだけ居心地が悪そうだ。

 

 

「ほら、お2人にお礼は言ったのか?」

 

 

 父親が兄妹に向けてお礼を言いなさいと、遠回しに催促する。

 こんな風に子供に教える事が普通なのかもしれないが、それをちゃんとやっている親は見ていてしっかりしていると感じられるものだ。

 兄妹の反応からして良い父親なのだろう。

 

 

「「ありがとう!」」

 

 

 兄妹は仲良さげに一緒のタイミングで頭を下げる。

 そんな2人に晴人は屈んで目線を合わせ、2人の頭を撫でた。

 

 

「お父さんの手、今度は離すなよ?」

 

「うん、分かった!」

 

 

 家族を失った晴人だからこそ家族の重みが誰よりも分かる。

 迷子よりもずっと恐ろしい事を経験した晴人だからこそ思うのだ、幸せな家族が不幸な別れを経験するなんてこと、あってはいけないと。

 妹の方から元気な返事に微笑んだ後、何も言わない兄の方を向いた晴人。

 兄の方も返事を求められているのだと気付いて「分かった」と笑顔で頷き、晴人もまた笑顔で返して立ち上がった。

 

 

「仲、良いんだな……」

 

 

 兄妹の様子を見ていたクリスがぽつりと漏らす。

 仲が良い相手をクリスは生涯見つけた事が無い。

 いや、いるにはいる。

 ただ、その相手から『用済み』と罵られた直後だ。

 

 

「なあ、そんな風に仲良くするにはどうすればいいのか教えてくれよ」

 

 

 だからなのか、思わず兄妹に尋ねる。

 響やフォーゼから『ダチ』だとか『分かり合いたい』なんて言葉を聞いた事も少なからず影響しているのかもしれない。

 何より、仲間であり、信じていたフィーネともう一度しっかりと話をしたいとも思った。

 けれどその為の、仲良くするための手段が分からなくて。

 兄妹はキョトンとした顔の後、彼等が答えられるだけの答えを話した。

 

 

「そんなの分からないよ、いつも喧嘩しちゃうし」

 

「喧嘩しちゃうけど、仲直りするから仲良し!」

 

 

 妹が兄に抱き付きながら嬉しそうに言う。

 例え喧嘩してしまう相手でも兄の事を慕っていた。

 お互いに喧嘩してしまう事もあると認識した上で仲良さそうに接しているのは家族だからという理由だけでなく、それだけお互いを知っているからだろう。

 仲が良いからこそ、安心して喧嘩ができる。

 最後には必ず仲直りできるから。

 

 

「本当に、お世話になりました。さあ、帰るぞ」

 

 

 父親が再び深くお辞儀をした後、兄妹は父親と一緒に手を繋いで帰路についた。

 3人の後ろ姿を見送った晴人は、何か考え込んでいるようなクリスに話しかける。

 

 

「誰かと喧嘩でもしたの?」

 

「……別に」

 

 

 人と仲良くする方法を聞いてからずっと考え込んでいたのだ、晴人がそう思うのも無理はない。

 半分くらいあっているのかもしれないが、切り捨てられたという事実は喧嘩なんて優しい亀裂ではなかった。

 魔法を使うような奴に詮索される前にこの場を離れようと思ったクリスは背を向けて歩き出す。

 

 

「訳あり、って感じ?」

 

「どうとでも思ってな。お前に話す事なんざ何もねぇよ」

 

「歌が嫌いって言うのは何か関係あるの?」

 

 

 さっさとこの場を去ろうとしていたクリスの足が止まる。

 歌が嫌い、これ自体は今悩んでいる事とは別の事。

 けれど無関係かと言われればそうではない。

 足を止めた事で何かしら『歌が嫌い』というのには理由があるのだろうと晴人も察した。

 

 

「何かを壊す事しかできない歌って言われても俺にはピンと来ないな。

 歌ってそんな物騒なものだっけ?」

 

「言ったはずだ。『あたしの歌は』、ってな」

 

 

 クリスは先程も言ったように歌が嫌いだ。

 その中でも一番嫌いなのが自分の歌だった。

 シンフォギアという『兵器』を纏う歌、何よりも争いとそれを引き起こす兵器を嫌うクリスにとってそれは耐え難い事。

 それでも戦争の火種を軒並み叩き潰す為に力は必要で、嫌いな歌を使わなくて済むようにネフシュタンを纏い続けた。

 

 

「あたしの歌は壊す事しかできない。人と仲良くなる方法も知りやしない。あたしは……」

 

 

 自分の手を見つめて歯を噛みしめた。

 人と手を繋ぐ事など、自分には一生できやしないと本気で思う。

 誰かと仲良くなる事も出来ず、あまつさえ自分の歌は兵器を起動してしまえるものに過ぎない。

 何より、嘗ての経験から余程の事が無い限り誰かを信用するなどできなかった。

 漸く信用できたのがフィーネだったのに。

 

 

「……俺の魔法も、何かを壊そうと思えば壊せるんだ」

 

 

 1人悩むクリスの背中に晴人は語り掛ける。

 それが彼女にどれだけの励ましとなるかわからないけれど、苦悩している何かの助けになるならと思って。

 

 

「でも、さっきもやったように子供を笑顔にすることだってできる。

 君の歌も俺の魔法も、使い方次第じゃないか?」

 

「……るっせぇよ」

 

「……?」

 

「うるせえってんだよ、お前も綺麗事ばかりッ!!」

 

 

 だけどその優しさは裏目だった。

 綺麗事が好きか嫌いかと言われればクリスは嫌いである。

 内容を現実のものにできやしないのに口先だけでべらべらと話す夢想家どもの妄言だから。

 本当に綺麗事を言って欲しかった時に、何1つしてくれなかった連中の白々しい言葉だから。

 怒鳴られた事に晴人は驚く事は無く、むしろその怒声を受け止めていた。

 お前も、というからには別の誰かにも同じような事を言われたのだろう。

 それが何処の誰だかは知る由もないが晴人は臆せずに語り続ける。

 

 

「俺は最後の希望だ。何かを壊せる魔法を人の希望を守る為に使ってる。綺麗事くらい言うさ」

 

「はっ、希望ときたか? おめでたいな。その力とその考え方がありゃ、絶望なんかには無縁だろうよ」

 

 

 振り向いたクリスは口先で嘲笑する言葉を吐きつつも表情は怒りのものだった。

 自分は失意と絶望の中で生きてきた。

 それで同情を誘おうだとか理解を得ようだとかは考えない。

 ただ、その経験があったから、それに繋がる全てを忌み嫌い、それを何ともしてくれなかった綺麗事を嫌う。それが雪音クリスの思考だった。

 魔法なんてファンタジーなものがあれば絶望なんて跳ね除けられる。

 クリスのその考えを晴人は首を横に振って否定した。

 

 

「魔法が使えるから、絶望しなかったんじゃない。絶望しなかったから、魔法が使えるようになったんだ」

 

「はぁ……?」

 

「俺だって絶望しそうになった事くらいあるってこと」

 

 

 晴人が味わった最初の絶望は両親との別れ。

 クリスが味わった最初の絶望も両親との別れ。

 お互いにそこまで詮索する事も無く、そこまで察する事ができるほど関わりは深くなく、それを知る由は無い。

 晴人の言葉は真に迫る物言いで、少しだけだがクリスもそれを感じ取っていた。

 怒りも少し引き、激昂寸前だったクリスは冷静さを取り戻す。

 しかしこれ以上話す事も無い、関わる理由も無い、これ以上踏み込む理由も無い、何より綺麗事ばかり吐く奴との対面はうんざりだと、クリスは再び背を向けた。

 

 

「あ、送ってくよ。こんな夜道を女の子1人は危ないし。家何処?」

 

「余計なお世話だ」

 

 

 晴人の親切心を切り捨てたクリスは晴人に背中を見せたまま、顔を俯かせながら呟く。

 

 

「それに、あたしにはもう帰る場所なんて……」

 

「え……?」

 

「何でもねぇ。じゃあな、魔法使い」

 

 

 パッと見はショートカットのクリスだが、実は長い髪の纏まりがあってそれを二つ結びにしている。

 そんな纏められた長い髪がゆらゆらと揺れるクリスの後ろ姿を晴人は見送りながら頭を掻いた。

 絶対に何か訳ありの子なのだと晴人は何処か確信している。

 最後も『帰る場所なんて』と発言しており、少なくとも彼女にとって大きな何かが起こってしまったのだと。

 壊す事しかできない歌、という言葉といい、どうにも彼女は何かを抱え込んでいるようだった。

 

 

(歌が嫌いなら、あんなに綺麗な鼻歌を歌えるとは思えないんだけどなぁ……)

 

 

 晴人が聞いた鼻歌は多分今まで聞いてきた鼻歌の中で一番綺麗だった。

 この子が歌ったらきっと凄いだろうなと思えるほどに。

 そして同時に、はやてといい今の子といい、何だか事情がありそうな子とばかり知り合うな、とも思う。

 そこまで考えて、晴人はクリスの名前を結局聞いていなかった事を思い出した。

 

 

 

 

 

 眠れない。

 眠る努力はしたのだが、疑似とはいえ亜空間に突入するという大一番を前に緊張していた寝間着姿のヨーコは特命部の通路を歩いていた。

 眠れないなら何か食べて、水かミルクでも飲んで落ち着こうと思って。

 ヨーコの緊張は例えば人前に出る前の緊張とは少し違う。

 この作戦が成功すれば名実ともに亜空間へ行けるという事になり、それは即ちヒロムとヨーコにとっての一番の目的、『家族を助けてメサイアをシャットダウンする』が現実になるかもしれないという事である。

 家族の安否が、そして家族を助けられるかもしれないという希望が今回の作戦の成否で決まると言っても過言ではない。

 この緊張はゴーバスターズ全員が持っている事だろう。

 

 

「……あれ?」

 

 

 ふと、通路の先にある椅子と机がある休憩スペースに人影がある事に気付く。

 人影は手に小さな何かを持ってそれを大切そうに眺めているように見えた。

 

 

「……ヒロム?」

 

 

 近づいてみれば見知った顔、ヒロムだった。

 声をかけられたヒロムは酷く驚いて手に持っていた小さな何かを慌てて机においてヨーコの方に目を向ける。

 

 

「どうしたのヒロム? こんな暗い所で」

 

「いや……。寝付けなくて、どうしようかなってボーッとしてた」

 

 

 返答までに少し間があった。

 まるで、今まさに言い訳を考えていたかのような変な間。

 けれど笑顔で答えるヒロムにおかしなところは1つもないし、おかしな素振りも1つもない。

 

 

「自分の部屋に戻るわ。少しでも休んで備えておかないとな。じゃあ、おやすみ」

 

 

 ヒロムは笑顔で言いながら、机に置いた小さな物を手に取って少し急ぎ足でその場を離れる。

 机の上に置いてあった小さな物をヒロムが手に取った時に一瞬、音が鳴った。

 綺麗な一瞬の音色はオルゴールのものだとヨーコにも分かる。

 

 

「あれって、亜空間で陣さんが拾った……」

 

 

 ヒロムが持っていた小さな物はオルゴール。

 クリスマスツリーとサンタクロースのオブジェが乗っている、13年前に用意されたクリスマスプレゼント。

 それをヒロムはとても大事そうに見つめ、何かを隠すように慌てて自室に戻っていった。

 自室に戻っていくヒロムの姿を見届けたヨーコの中で何かが引っかかる。

 オルゴールを凄く、凄く大切そうに、それでいて何処か悲しそうに見つめていたヒロムがヨーコの脳裏に蘇った。

 

 

「ヒロム……?」

 

 

 何故だかそんなヒロムに漠然とした不安にも似た何かをヨーコは抱いていた。




――――次回予告――――

Super Hero Operation!Next Mission!

「これ以上、私は響の友達でいられない……」
「だったら後悔ばかりするな」
「……何が気に食わねぇんだッ!!」
「ヒロム、それは偽物だよ!」

バスターズ、レディ……ゴー!

Mission44、大切なもの


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第44話 大切なもの

 翌日。朝はいつものように来た。

 ただしあけぼの町には厳戒態勢が敷かれ、疑似亜空間の周りには特命部や特異災害対策機動部の隊員達が警備として張り付いている。

 疑似亜空間への対抗策、5体合体を完成させるにはまだ時間がかかる見込みだった。

 特命部のスタッフは総動員でマサトの指揮の元、徹夜の作業をしている。

 当然、楽な作業などは一切なく、それを休憩無し一晩ぶっ通しで行っているのだから作業員達の負担も半端なものではないだろう。

 それでも前線で戦う彼らの為、そして人々を救う為に彼等はひたすら己の職務を全うする。

 作業員やオペレーターのような裏方がいるから前線に安心して立てるのだ。

 

 疑似亜空間を起点に半径3㎞の人々は一時的な避難、それより先にいる人々にも外出を控えるように警報を出している。特にあけぼの町は警戒が厳しい。

 あけぼの町から離れているリディアンがある地区もその影響を受け、今日は授業を昼前には切り上げる事となっていた。

 

 

「……というわけで、ヴァグラスが発生しているので、皆さん気を付けて下校してください」

 

 

 帰りのホームルームにて担任の先生が生徒達へ注意喚起。

 全クラスの担任が必ず言うようにしている事だ。

 リディアンまでの通学路を含めた周囲一帯は特命部や二課、警察などが巡回している。

 疑似亜空間の脅威もさることながらメタロイドが出現しているという事実もあるからだ。

 

 下校時刻となって生徒達の殆どが一目散に家を目指して帰って行った。

 これが例えば『変質者が近辺で目撃されているので注意してください』程度なら、リディアンの女子高生達も『今日どっか寄ってかない?』となるだろう。

 その程度ならば人混みの中にいれば大抵は安全だからだ。

 しかし、今回は疑似亜空間という実害が普段の風景の一部を侵食している状況にある。

 登下校時に『黒い半球状の何か』を嫌でも目視する事になる生徒達の、いや、一般人すべての心は不安にかられた。

 日常に侵食してきた黒い何か、普通はそこにある筈のないもの。

 ただそれだけだが、そのそれだけが異常に不安感を煽るのだ。

 何より、ヴァグラスは大多数の人間に纏めて危害を加える事の出来る力を持っている。

 一般の人間が恐怖しない筈が無かった。

 

 

「はぁ~、大変な事になっちゃってるよね」

 

 

 ホームルーム終了後、リディアン生徒の安藤創世が弓美と詩織を連れて響と未来の席までやってきた。

 響と未来は隣同士の席。

 ただでさえ寮の中で気まずい雰囲気が漂う中、学校の授業中でも何処か妙な雰囲気の2人はあれから一度も何かを言えずにいた。

 

 

「悪の怪人に正義のヒーロー! 本当にアニメみたいよね」

 

 

 アニメ大好き弓美の言葉だが、その声色は嬉しくなさそうだった。

 確かにヴァグラスとゴーバスターズの図式は一般的な勧善懲悪ものの創作におけるテンプレートなそれ。

 アニメが好きな気持ちに偽りはないが、それが実際に起こるとなると素直には喜べなかった。

 何せ多くの人が傷ついているのだから。

 それを無視してまでアニメみたいな事象を歓迎するほど弓美は無神経ではない。

 

 

「ビッキー的には、レポートの提出期限が伸びて嬉しい感じ?」

 

「あ、あはは。そう言えばあったね」

 

「立花さんだけですよ、レポートまだ出していないの」

 

 

 創世と詩織が茶化すのは課題の事。

 課題は定期的に出されるものだが、響はそれが一向に手に付かない状態にあった。

 元々課題を仕上げるのがあまり早くない響ではあるが、此処まで遅れてしまっているのはやはりというべきか戦いが影響している。

 

 

「もしかしてビッキー、内緒でバイトとかしてるんじゃないの?」

 

 

 創世の言葉は茶化そうとしただけで何ら悪意はない。

 3人が響と未来に話しかけに行ったのは、この2人が今日は妙な雰囲気を醸している事に気が付いたから。

 つまりは2人の間で何かがあった事を察した上で何かしてあげられないかという純粋且つ真っ当な善意だ。

 茶化す言葉が多いのは少しでも笑顔でいてもらおうとする心の表れ。

 けれど、その言葉は未来の中にある地雷を踏み抜いてしまう一言だった。

 

 

「えぇー!? それってマズイんじゃないの?」

 

「ナイスな校則違反ですね」

 

 

 弓美と詩織が続くが、響の隣でだんまりを決め込んでいた未来がピクリと反応を示す。

 バイト、そう、別段おかしな言葉でもないし、高校生ならよくある事だ。

 それがリディアンだと校則違反になるという事もリディアン生徒なら知っているだろう。

 でも今は、それ以上に未来を刺激しているものがある。

 

 ――――響が誰にも秘密で何かをしていた。

 

 その言葉が連想できてしまう創世達の言葉が未来の感情を逆撫でてしまったのか、未来はガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がり、鞄を乱暴に持って教室から走り去っていってしまった。

 

 

「み、未来ッ!」

 

 

 何で怒ったように出て行ってしまったのか、創世達には分からずとも、響はその理由が嫌というほどわかる。

 響も鞄を勢いよく持ち去る様に手にして未来の後を追って行った。

 

 

「……あたし、余計な事言っちゃった?」

 

 

 自分の発言の後、怒ったように去っていた未来を見て創世の顔は少し青くなる。

 後には自分の言葉が何らかの失言だった事を悔いる3人の友人のみが残されるのだった。

 

 

 

 

 

 士は士で今日は授業があった。

 早く終わるというのに時間割の都合で自分の授業がカットされなかった事にやや不満げながらも職務を全うするのは給料が出ているからというところが大きい。

 仮面ライダーである士だが普段の性格や言動からはそれを感じさせない一面もある。

 その一面の1つが、ちょっと守銭奴なところだ。

 

 授業を終えて帰りのホームルームも終わった士は学内を見て回っている。

 何人かの教師が校内を回り、居残っている生徒がいないかを確認する為だ。

 状況が状況なために早めの帰宅を促すためであるのだが、その校内巡回の1人に士が選ばれたというわけだ。

 どうして俺がそこまで、と思いつつも、士は嫌々ながらも校内を回っている。

 どちらにせよ疑似亜空間攻略作戦の件で二課から招集がかかるだろうから、帰ろうにも帰れないのだ。

 

 その途中、自分が普段副担任をしている響のクラスの近くを通りかかった時の事。

 走り去っていく未来とそれを追う響という光景を目にした。

 それを見た士は溜息を吐く。

 響と翼の確執が終わったばかりだというのに、何やらまたもやトラブルの匂いがした。

 しかもそれは響と未来という自分が懸念していた2人。

 士の中で響の秘密を知ってしまった未来がどんな反応をするのか、というのが嫌な予感として漂っていたのだが、どうやらそれが現実のものになってしまったらしい。

 

 

「……やれやれ」

 

 

 時間を確認。

 まだ疑似亜空間攻略作戦の予定時刻までは大分ある。

 5体合体に時間がかかっているのが主な理由だが、3組織が捜索を続けているメタロイドが見つかっていないというのも大きかった。

 どちらにせよ敵に手出しができず、手出しできる敵も見つからないのでは前線メンバーに出番はない。

 士は一応響達の教室を覗き、残っていた創世達3人に「早く帰れよ」とだけ言い残した後、響と未来が走り去っていった方向に足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 リディアンの屋上。

 以前は悩んでいた響が未来に励まされた場所。

 笑顔の2人に士がシャッターを向けた、本来なら暖かい思い出が存在する場所。

 だが、今の響と未来はそんなものを微塵も感じ取れなかった。

 響に背を向けたままの未来に、堪らず響は声をかける。

 

 

「ごめんなさい、未来は私に隠し事しないって言ってくれたのに。私は、未来にずっと隠し事してた! だから!」

 

「言わないで」

 

 

 怒っている声色ではなかった。何処か悲しささえ感じさせる声。

 未来は響の方へ振り返っても俯かせた顔を上げはしなかった。

 目を伏せたまま、その頬に涙を伝わせながら。

 

 

「これ以上、私は響の友達でいられない……」

 

 

 最後に一言「ごめん」とだけ言い残し、未来は響の横を走り去って行った。

 未来の目から零れ落ちていた涙が宙を舞う。

 未来は走る、響の方を決して振り返らずにリディアンから出た後も、出来るだけ遠くへ。

 きっと寮に戻ればまた響と顔を合わせる事になる。

 その時、自分も響もどれ程辛いだろうと分かっていながらも。

 

 未来は思う、「友達でいたい」と。

 決して響が嫌いになったからあんな風に口走ったのではない。

 むしろ響を知っているから、誰よりも知り抜いているからこそ自分は響の友達でいてはいけないと思った。

 

 

(私の、我が儘だ……ッ!)

 

 

 走る未来は徐々に足を止め、最後にはその場に立ち尽くしてしまう。

 落涙が収まる事はなく、未来の目からは未だに悲しみが零れ落ちていく。

 

 響が何かを背負い、何かに悩んでいる事は分かっていた事だった。

 そして戦っているという事実を知った未来は響を戦わせたくないと思った。

 当然だ、一番大切な友達が死ぬかもしれない場所にいるのだから。

 でもそれで『響の人助け』を、彼女が彼女自身で選んだ事の邪魔をしたくは無かった。

 きっとこんな我が儘を持った自分は響の邪魔になってしまう。

 そう思うと、自分は響の友達でいてはいけない気がして。

 

 

「響……ッ!」

 

 

 それでも友達でいたいという感情は我が儘なのだと、未来は自分が嫌になった。

 

 

 

 

 

 残された響もまた、屋上で座り込み、泣き崩れていた。

 

 未来とは友達でいられない――――?

 

 唯一無二の、自分が辛い時もずっと支え続けてくれた、自分の居場所が、陽だまりが。

 もう、友達ではない。

 その言葉を突きつけられた響はどうしようもなく、その場で泣く事しかできない。

 

 そんな時、屋上の扉が開いた。

 扉が開く音がしても響は振り向かないし、振り向く様な気力すらない。

 扉を開けた主は足音を立てて響に近づいていった。

 

 

「おい、立花」

 

 

 かけられた聞き覚えのある声に響は涙ながらにゆっくりと振り向く。

 マゼンタ色のカメラ、その上にはいつもの無愛想な顔。

 副担任の先生、士だった。

 

 

「小日向が走ってったぞ。今度は何やらかしやがった?」

 

 

 言葉が鋭く突き刺さった。

 士の「何やらかしやがった?」という言葉が、響のせいだと責められているような気がして。

 しかし原因は自分なのだと、響は言い訳もせず悲しい程きっぱりと答えられる。

 未来に隠し事をし続けてきた事実は何であれ変わらず、それを未来が許せなかっただけの話。

 少なくとも響から見たらそうだし、そうとしか考えられなかった。

 そう考えたら涙が一層強く流れてくる。

 

 

「おい、泣くな。……ったく」

 

 

 最初こそ悪態と皮肉をぶつけたものの、此処まで本気で泣かれると流石の士も自重した。

 普段なら煽って怒らせでもするところだが、こうまで泣かれてしまうと煽る気もからかう気も失せるというものだし、そこまで士は空気が読めないわけでもない。

 

 

「喧嘩か?」

 

「私、が悪いん、ですっ……。私が未来に、隠し事してたから。だから……ッ」

 

 

 泣きながらの言葉は絶え絶えで、響は言葉の後も泣き続けた。

 一番暖かい場所が失われてしまった事は帰るべき場所が消えたのと同じ。

 何処よりも安心できて誰よりも信頼していた人との亀裂は響の心にも傷を与えていた。

 

 

「未来は陽だまりで、一番、あったかい、ところで……」

 

「……帰る場所ってやつか」

 

 

 士の言葉に響は泣きながらも、小さく頷く。

 響が此処まで泣き、此処まで落ち込むという事は、相当な喧嘩を、相当な仲違いをしたのだろう。

 士は『帰る場所』がどれほど大切なものなのか身に染みてよく分かっているつもりだ。

 そういう場所に這ってでも戻ってくるものだと、士は思っている。

 それは家なのか、家族なのか、友達なのか、もしかすると執事とか家臣なんかだったりするのかもしれない。

 

 ともかくその大切な場所を失ってしまった時に人はどうなるのか。

 失意の底に沈んでいく事になるだろうことを士は知っている。

 一度、記憶喪失だった士が記憶を取り戻して友人を裏切り、自分が元いた場所を全て切り捨てた時。

 その後にそこに戻ろうとしても「私の世界に逃げ込まないでください」と言い放たれてしまった雨の日をよく覚えている。

 自業自得だ。けれど、その時に感じた心の痛みは忘れる事も無い。

 帰るべき場所がある事はとても大切な事だと、彼は幾つかの世界で学んでいた。

 

 

「俺は一度、帰る場所を自分から捨てた事がある」

 

 

 泣き止まぬ響に士は語り掛けた。

 

 

「後悔した。だが、それでもアイツ等は俺を受け入れてくれた。お人好しの阿保どもさ」

 

 

 自らの経験を基にした激励の言葉。

 響には『アイツ等』が誰なのかは分からない。

 けれどそれが士にとって大切な人であり、響にとっての未来のような存在である事は想像に難くなかった。

 

 

「俺は自分で全てを失いかけた。でもお前は違う。

 巻き込まない為、守る為についた本気の嘘だろ? だったら後悔ばかりするな」

 

 

 ゆっくりと顔を上げていく響。

 一言一言が響の心の痛みを和らげていっているようだった。

 徐々に目から零れ落ちる涙も減っていき、響は泣きはらした顔を士に向ける。

 士は普段の皮肉な態度も俺様な態度も消して、ただただ1人の人生の先輩として語った。

 

 

「お前と小日向の絆ってやつは、そんな簡単に断ち切れるモンだったのか?」

 

 

 試すような言葉だけれど、響は涙を乱暴に拭ってから答えた。

 

 

「……違います」

 

 

 弱々しくはあった、でも泣きじゃくっていた響よりかは覇気を感じる。

 回答に満足したのかそうでないのか、鼻を鳴らした士の態度はどちらともとれるだろう。

 だが、内心で士は笑顔だった。

 まだ響は未来との友情がそんな簡単に切れるものでないと断じれる程には立ち上がれる。

 それを確信したから士は内心穏やかでいれたのだ。

 響の顔も何処か吹っ切れている。

 勿論、未来に対しての負い目は消える事が無いし、心の傷もまだ痛む。

 でも今は、後悔せずに進む事が大事なのだと思い立つことができた。

 

 そうしてひと悶着が終わった直後、2人の通信機が同時に鳴る。

 通信に応じると聞こえてきた声は弦十郎のもの。

 

 

『2人とも、急ぎ二課に来てくれ。メタロイドとジャマンガだ』

 

 

 それは、開戦の合図だった。

 

 

 

 

 

 二課に士と響が入ると、弦十郎とオペレーター達、翼と翔太郎が既に待機していた。

 弦太朗はどうしたのだと士が問うと、大学から直接現場に行ってくれる、と弦十郎が話す。

 今日は平日。彼も講義が入っていたようだ。

 各司令室と連絡を取り合う為のモニターも展開され、モニターには黒木と天地が映し出されている。

 

 メタロイド、即ちフィルムロイドは監視カメラで発見され、特命部のオペレーター2人がそれを見つけた。一方でジャマンガの方だが、こちらは中々派手な動きをしている。

 モニターに表示された『ある物体』を見て二課に集結した士、響、翼、翔太郎が怪訝そうな顔になった。

 

 

「なんだこれ……城?」

 

 

 代表して声を出したのは翔太郎だった。

 二課のモニターに表示されているのは上空に浮かぶ巨大な『城』。

 しかも疑似亜空間があるあけぼの町に出現しているものだから、モニター上には『黒い半球』と『空中に浮かぶ城』という異様な光景が広がっていた。

 地球上における正常な状態とはとても思えず、ファンタジーとかSFの世界のようである。

 城は特に何もせず、不気味なほど静かにその場にただただ浮遊し続けている。

 と、二課と通信を行っているS.H.O.Tから隊員の1人、瀬戸山がモニター越しに城について分かっている事を解説し始めた。

 

 

『巨大な魔的波動を検知しています。あの城はほぼ間違いなくジャマンガの物です』

 

 

 瀬戸山の髪は相変わらず逆立っていて、目には保護用のゴーグルをしていた。

 サンダーキーの調整を行っている影響らしいので特に誰も気には止めないが、その格好は無駄に目立つ。

 それよりもその解説の内容こそが問題である。

 翼が各組織と通信をするモニターと弦十郎に対して声を飛ばした。

 

 

「ジャマンガとヴァグラス、2つの組織が同時に動いたという事ですか?」

 

「そういう事になる。しかもだ、岩谷地区Iの347ポイントに現れたメタロイド周辺に、ノイズの反応を検知した」

 

 

 弦十郎の言葉と共に表示されたモニターの地図上には赤い点がマークされていた。

 その1つ1つがノイズである事は響や翼がよく分かっている。

 それが意味するところは、ヴァグラスとネフシュタンを保有していたフィーネを名乗る謎の存在が結託しているのはまず間違いなさそうだ。

 メタロイドとノイズは単純に倒せばいい。

 ところが問題は城。何故なら城はメガゾードクラスに巨大だからだ。

 

 

『ジャマンガの物と思われる城はかなり巨大だ。が、バスターマシンは知っての通り出撃できない』

 

 

 メガゾードクラスの敵となればバスターマシンの出番だが、状況は黒木の言葉の通りだ。

 疑似亜空間への対抗の為にバスターマシンは5体合体を進めており、此処でそれを中断すればそれだけ対応は遅れる。

 しかも現状で8割ほど進んだ作業工程を一度取りやめて分解し発進させるとなれば、分解の為の時間までかかる為、城も疑似亜空間もどうにもできなくなってしまう。

 つまり、城に関しては巨大戦力抜きでどうにかしなければならないという事だ。

 必然、メタロイドとノイズへの対応班とジャマンガの城への対応班に分かれる事になる。

 

 浮遊する城と疑似亜空間とメタロイドとノイズ。

 これらを写したモニターから目を離し、弦十郎は前線に立つメンバーの方を向いた。

 

 

「疑似亜空間とノイズに加えてジャマンガの城だ。あけぼの町全域と周辺の市町村に避難命令を出し、二課、特命部、S.H.O.T、及び地元警察が避難誘導に当たっている」

 

 

 あけぼの町では町民全員が避難を行っている。

 しかも疑似亜空間とジャマンガの城は巨体という意味で規模が大きく、ノイズの被害拡大は馬鹿にならないなんてレベルではない。

 ジャマンガの城はまだ出現しただけで何もしていないが、それが『嵐の前の静けさ』的なものである事は容易に想像できたし、それが存在している事自体、嫌な予感しかしない。

 故に今までにないほど広域に避難命令が出されていた。

 それは、今の状況がどれだけ混沌と、そして危険な状況かを物語っている。

 

 

「翼、響君、士君、そして既に現場に向かったゴーバスターズ達はメタロイドとノイズを。翔太郎君は現場にいる銃四郎君と、大学から直接向かっている弦太朗君と合流し、ジャマンガの城への対応に当たってくれ」

 

 

 弦十郎が口にした振り分け方はメタロイドに対してゴーバスターズ、ノイズに対してシンフォギア装者とディケイド、ジャマンガの城にはその他の面々という形になっている。

 それにフォーゼはこの部隊の中でも数少ない自由に飛ぶ事が出来るライダーだし、Wにはリボルギャリーや、後部パーツの換装によって陸海空を制するハードボイルダーというバイクがある。

 空中に浮かぶ巨大な城への対処をするならWとフォーゼの力は有効打になるのではないかと見越したものだ。

 

 指令を聞いた前線に立ち敵と戦う顔ぶれは、二課の司令室から飛び出していった。

 それを見送った弦十郎と二課のオペレーターは、再びモニターの先にいる特命部とS.H.O.Tの面々に目を向けた。

 

 

「……そういえば、天地司令。あの件は良かったのか?」

 

『いいんです。こちらの私事でもあります。それで迷惑をかけるわけにもいかない』

 

 

 弦十郎の言葉に天地は真剣な面持ちで首を横に振って答えた。

 

 

『鳴神隊員が病院を抜け出した。そう言って彼等を心配させたくはない』

 

 

 鳴神隊員、即ち剣二のお見舞いにS.H.O.Tの鈴がつい先程行って帰って来た。

 その際に発覚したのが、『剣二が病院を抜け出した』という事。

 ゲキリュウケンは彼の手元にあるものの変身は恐らくまだできないだろう。

 そうでなくとも怪我が治り切っておらず、動けるにしても万全な状態なはずがない。

 彼が抜け出したとなれば響やヨーコ辺りは酷く心配するだろうことは目に見えていた。

 銃四郎を含めたS.H.O.Tメンバーと各司令室にいる司令官とオペレーターのみがその事実を知っている。

 これからの戦いに余計な心配をかけない為に。

 

 

『それに、彼はまだリュウケンドーには変身できないでしょう。この状況で鳴神隊員を連れ戻す事に人員を割くわけにもいきません』

 

 

 続けて言う天地の言葉は冷たく聞こえるかもしれない。

 だが、巨大なジャマンガの城に疑似亜空間にメタロイドにノイズと脅威は多いのだ。

 一般隊員も広域に渡る避難誘導の為に忙しなく動いている。

 そんな中で、戦力にならないものを連れ戻す為に誰かを派遣するわけにもいかなかった。

 

 リュウケンドーに変身できないという事は各司令室にも既に伝わっている事実。

 変身できるのならば頼もしい事なのだが、未調整のサンダーキーを使ってからというものゲキリュウケンに応答はないというのが剣二の弁だ。

 弦十郎は天地にゲキリュウケンの安否を尋ねる。

 

 

「……リュウケンドーへ再び変身するには、どれほどの期間が必要に?」

 

 

 それには天地ではなく魔法のスペシャリスト、瀬戸山が目を保護するゴーグルを上げて代わりに答えた。

 

 

『サンダーキーの調整を行ったところ、凄まじい魔力を秘めていました。

 未調整のアレを使ったんです、ゲキリュウケンに一時的なショック状態が起こったんでしょう。ただ、それが何時までに回復するかと言われると……』

 

『……回復するかも分からない、か』

 

 

 後の言葉に困り言葉を続けなかった瀬戸山の思いを汲み取り、黒木が後に続けた。

 ゲキリュウケンは人間でいうところの意識不明の状態にある。

 そして、それがいつ目覚めるか分からない状態だ。

 もしかしたら今すぐかもしれないし、下手をすればこのままずっと目覚めない可能性まで。

 どれほどの期間、リュウケンドーは変身できないのかも不明瞭だった。

 

 魔弾戦士の力は非常に貴重だ。

 ゲキリュウケンやゴウリュウガンのような魔弾龍自体が貴重である事、シンフォギアとは違い法的な横槍をあまり受けないで行使できる力である事などが理由として挙げられる。

 ジャマンガなどの脅威に対抗できる剣。

 しかし、それ以上に。

 

 

『……あの馬鹿、大丈夫かな』

 

 

 鈴の呟きが、各司令室にいる面々の総意とも言える言葉である。

 あらゆる事情を抜きに、彼等が『鳴神剣二』を心配している事もまた、確かなのだ。

 

 

 

 

 

 心配をかけているであろうことは分かってはいるのだが、剣二の心象はそれどころではない。

 彼は今、あけぼの町の神社、普段彼が特訓している場所に来ていた。

 木の枝に括られたロープに吊るされた木刀達が風に揺らされてゆらゆらと揺れる。

 そして神社からもあけぼの町にできたドス黒いシミのように半球状の疑似亜空間が見えていた。

 しばし立ち尽くしていた剣二はゲキリュウケンに呼びかけてみるが、全く返事は無い。

 リュウケンドーになるためゲキリュウケンを大型の剣に変身させようともしてみるが、当然反応は無かった。

 

 

「ヒーロー変身不能、大ピーンチ」

 

 

 気の抜けた口調。気の抜けた言葉。

 軽い調子で呟いた独り言は誰も聞いてはいないし、誰も言葉を返さない。

 この場に喋る事のできる、口煩い剣がいる筈なのに。

 

 

「……強くなるってなんだ?」

 

 

 強くなる事、剣二にとってそれは新たなキーを手に入れ、それを使いこなす事であった。

 勿論自分が鍛えて強くなる事も大事だが、一気にレベルアップするならそれが一番早いと。

 ファイヤーリュウケンドーやアクアリュウケンドーという力、それに伴う新たな獣王。

 戦果を挙げてきたのだからその認識は大きく間違っているわけではないと剣二は思っている。

 

 銃四郎と話した時、『ジャークムーンを倒したいと思って舞い上がったな』と言われた事を思い出す。

 生意気な普段の剣二なら食って掛かるところだが、結果としてこの有様なのだから剣二は欠片も否定する要素が見当たらなかった。

 次に思い出したのはヨーコの言葉。

 曰く、『誰かを守りたいと思うのも自分の気持ちなのだから、自分の為に戦う事は普通だと思う』らしい。

 

 

「俺が戦う理由ってなんだ?」

 

 

 問いかけの言葉にもゲキリュウケンは返事せず、それは虚しい自問自答となる。

 リュウケンドーに変身して戦い、誰かを守りたいと思い続けてきたことは確かだ。

 けれどもジャークムーンを倒す事だけに意識が向いていた事もまた確か。

 一体俺は、何のために戦うのか。何のために強くなりたいのか。

 

 

「……何が気に食わねぇんだッ!!」

 

 

 目覚めぬゲキリュウケンに対してなのか。

 それとも、強さと戦う理由を考え続ける中で心に湧いた焦りに対してか。

 答えが出せない剣二は慟哭するほかなかった。

 

 

 

 

 

 岩谷地区、Iの347ポイント。

 響、翼、士の3人はゴーバスターズの3人と合流して6人で行動していた。

 辺りは人の手で整備されていない崖もあるし雑草も生えているし地面は石で凸凹な、自然なままの姿をした場所だった。

 

 

「グッモーニーン! 遠いところまでご苦労様!」

 

 

 6人はフィルムロイドを発見し、フィルムロイドもまた陽気に踊るような仕草を見せている。

 どうやらワザと監視カメラに見つかり、この場で待っていたようだ。

 フィルムロイドの周りにはノイズがずらりと並んでおり、いつも通りに群れで活動しているようだった。

 ただ、6人の人間を見ても襲おうとしない辺り、統率されて制御されている事が伺える。

 今はフィーネを名乗る女性が持っているであろうあの杖の効力である事は明白だ。

 

 ノイズが出現しているが、幸いにも此処は市街地や住宅地から距離がある。

 とはいえ少なくとも監視カメラの目が届くくらいの場所。

 此処でメタロイドやノイズを逃がせばどんな被害が出るか。

 周りを気にせずに戦う事はできるが、確実に仕留めなくてはならない。

 フィルムロイドのノイズの群れと睨み合いつつ、リュウジが先のフィルムロイド戦に参加していなかった響達3人に向けて口を開いた。

 

 

「気を付けて、アイツは物を実体化できるんだ。ただ、それを『偽物だ』って否定すれば消えるから」

 

「贋作に惑わされるな、という事ですね」

 

 

 翼の返答にリュウジが頷く。

 これでフィルムロイドの手の内は完全にバレた事になり、最早能力的なアドバンテージは無いに等しい。

 だが、そんな状況下でもフィルムロイドは笑って見せた。

 

 

「へへーん! 今日は昨日よりもっと良い物、見せちゃうよ~?」

 

「悪いがお断りだ」

 

 

 ――――It’s Morphin Time!――――

 

 

 ヒロムの一声と共にゴーバスターズの3人がモーフィンブレスを操作し、スーツを転送。

 その横では士がディケイドライバーを装着し、響と翼はそれぞれの歌、『聖詠』を口にした。

 

 

「レッツ、モーフィン!」

 

「変身!」

 

 

 ――――KAMEN RIDE……DECADE!――――

 

 ――――聖詠――――

 

 

 6人はそれぞれの鎧を身に纏う。

 バスタースーツと、ディケイドと、シンフォギアを。

 

 

「レッドバスター!」

 

「ブルーバスター!」

 

「イエローバスター!」

 

 

 それぞれに簡潔な名乗りを素早く上げるゴーバスターズ達。

 それを見た響はゴーバスターズを横目で見やりながら、ちょっと呟く。

 

 

「ああいう名乗り、あった方がいいんですかね……?」

 

「阿保か」

 

「急に何を言い出すの」

 

 

 士と翼から予想外に総ツッコミを食らった響は苦笑いで「ですよねー」と返した。

 やけに短めの言葉なのが余計に刺さる。

 そんなやり取りの後に響は表情を一変させ、睨み付けるようにノイズを見据え、拳を構えた。

 

 響の心には未だ迷いや戸惑いがある。勿論、それらは全て未来との事だ。

 彼女との行き違いはどうしたって動揺するし、どうにかしたいとも思う。

 でも、士に言われた「後悔ばかりするな」という言葉。

 そしてかつて、悩む自分に言ってくれた未来の「響は響のままでいてね」という言葉。

 この2つが、今の響を支え、戦場に立つ力を与えていた。

 あの時士の「絆ってやつはそんな簡単に断ち切れるモンなのか?」という問いを否定した自分がいる。人助けが趣味の、誰かを助けたいと思う自分がいる。

 それが響の自分らしさ、響が響のままである事の証明だ。

 ならば、誰かを救う為にこの拳を握る事に迷いはない。少なくとも、今は。

 

 

「バスターズ、レディ……」

 

 

 ゴーバスターズが腰を落として走り出す直前のような体勢になると同時に、ディケイドはライドブッカーを剣に変え、翼は鎧から太刀を取り出す。

 

 

「ゴー!!」

 

 

 レッドバスターの開戦の合図と共に、6人はそれぞれに拳を握り、脚を動かし、剣を携え、一斉に駆ける。

 対してフィルムロイドもノイズの群れだけでなくバグラーも呼び出して6人に対抗した。

 本人は高みの見物と言わんばかりに、戦の大将のように後方で動かない。

 まず目の前のノイズとバグラーの群れを突破しなければ本丸のメタロイドを叩けそうもない。

 

 ゴーバスターズはバグラーを、シンフォギア装者とディケイドはノイズを蹴散らしていく。

 数が多くても所詮は多いだけの戦闘員。ノイズも位相差障壁という利点を打ち消してくる相手ではなすすべなく倒されていった。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 響が足を踏み出して拳を突き出し、ノイズを砕く。

 さらに流れるように脚と腕を動かして辺りから迫ってくるノイズ達を次々と正確に炭へと還していった。

 ノイズを斬りながら翼はそんな響を注視していた。

 認める気持ちに嘘もなく、響の頑張りは報告書越しとはいえ知っている。

 ただ、こうして特訓の成果をいかんなく発揮する響の戦いぶりを間近で見るのは翼にとって初めての事だった。

 ノイズと戦う中、ノイズを叩き切って行く中で翼はディケイドと肩を並べる。

 迫るノイズを一匹残らず倒しながらも、翼の表情は笑顔だ。

 

 

「立花はッ! 随分と成長しましたね」

 

「そうか?」

 

 

 笑顔の理由、それは後輩の、最初こそ険悪だった響の成長が嬉しいから。

 しかしディケイドはそれに対して否定に近い疑問の言葉で返した。

 ディケイドは周りの敵をライドブッカーの剣で軽く薙ぎ払った後、すぐさまそれを銃に変形させ、ある一点を狙って銃弾を撃ち放つ。

 マゼンタ色の光弾は目の前のノイズを砕く響、その背後を襲おうとしていたノイズに炸裂した。

 背後でした音に気付いて振り返った響が見たのは、今まさに自分に襲い掛からんとしていたノイズが炭と散っていくところと、その地点に向けて銃口を向けているディケイド。

 響はディケイドに届くように「ありがとうございます!」と礼を述べた後、再びノイズ殲滅に移った。

 

 

「まだ甘いだろ」

 

 

 凛々しく戦いながらもまだまだな後輩と、それを厳しく評価する教師。

 そんな目で2人を見た翼はフッと笑みを浮かべる。

 

 

「そうかもしれません」

 

 

 それだけ言った後、翼の顔からは笑みが消え失せ、迷う事のない剣の如き鋭い眼光へ戻った。

 防人としての務めを果たす為、翼は再び剣を握り締め、雑音を斬り捨てにかかる。

 成長している響と、経験値が豊富なディケイドに負けぬようにと、翼は病み上がりとは思えぬ動きでノイズを討伐していくのだった。

 

 一方でゴーバスターズ達もバグラーを1体残らず殲滅していく。

 死屍累々と言った具合に機能を停止したバグラーが地面に何十体も転がっている。

 最後のバグラーが倒れたのと最後のノイズが炭へと還ったのは、ほぼ同時だった。

 

 

「残るは……」

 

 

 レッドバスターがフィルムロイドのいる方向へ目を向ける。

 が、先程までフィルムロイドが構えていた場所には影も形も見当たらない。

 一体何処へ、と6人全員が思った一瞬の隙がフィルムロイドの待っていた絶好の機会であった。

 

 

「へへー、食らえー!」

 

 

 先程までフィルムロイドがいた筈の一点を6人全員が見つめていたという事は、必然、6人の背後は同時に死角になってしまったという事だ。

 いつの間にか6人の背後に回っていたフィルムロイドは映写機から光を飛ばす。

 光は6人それぞれを通過し、その先に映像を具現化する。

 最初は形のない光でしかなかったそれは徐々に徐々に何らかの固形としての形を成していく。

 

 

「……ウサダ?」

 

 

 イエローバスターを通過した光が映し出し実体化させたのはウサダ・レタスだった。

 ウサダは花飾りをや花冠を身に着けている、何だか妙にお気楽な雰囲気を漂わせている。

 

 

『ヨーコ、もう勉強なんてしなくていーから、遊ぼ?』

 

「えー! 本当に!?」

 

 

 本来なら高校に行くはずの年齢であるヨーコは特命部の中で勉強をしている。

 ただ本人はあまり乗り気ではなく、家庭教師のように厳しくヨーコを教えているのがウサダだった。

 勉強やテストの全てを仕切っているのがウサダであり、そういう意味で言うとウサダはヨーコにとっての先生という事になる。

 そんなウサダが『勉強しなくていい』という甘言を発してきて、イエローバスターはそんなウサダに飛びついた。

 

 一方、ブルーバスターの目の前には陣マサトが現れていた。

 マサトは5体合体の指揮を執っているはずだが、と考えるよりも前に、マサトはブルーバスターの肩に手を置き、告げる。

 

 

「リュウジ、お前はエンジニアとして、俺を超えた! これからは、師匠と呼ばせてくれ!」

 

「せ、先輩……。そんなぁ!」

 

 

 マサトの言葉に滅茶苦茶嬉しそうに返すブルーバスター。

 目の前に誰かが実体化され、かけられて嬉しい言葉が向けられるという現象。

 これは他の4人にも起きていた。

 翼の目の前にはオレンジ色の綺麗な髪の毛をした、活発そうに無邪気な明るい笑顔を向ける女性がいた。

 

 

「よっ、翼! 今まで1人にしてごめんな。でもこれからはまた一緒だ。両翼揃ったツヴァイウイングなら、どんなものでも超えられるさ」

 

「かな、で……」

 

 

 天羽奏。翼にとって、永遠に忘れる事がないであろう、喪われた最高のパートナー。

 奏を前にして翼は太刀を下ろし、完全に戦闘態勢が解かれてしまっている。

 さらに響の前にも同じく、大切な人が現れていた。

 

 

「響、ごめんね。私はいつまでも、響の友達だよ」

 

「未来……」

 

 

 戦場に立つ事への迷いは消している。

 だが、目の前に日常の象徴足る未来が現れてしまった。

 響が戦場に立てたのは、彼女の人助けの精神と士やかつて未来にかけられた言葉が支えていたからだ。

 しかし未来との確執が解決する保証も根拠も何処にもなく、少なくとも未来との仲で未だに悩んでいる事は確かである。

 それはつまり、響の確実な動揺を意味していた。

 

 そして士、ディケイドの前には。

 

 

「士君! もう、何してるんですか。写真館に戻りましょ?」

 

「また一緒に旅しようぜ、士!」

 

「やあ士。次の世界のお宝は確実に手に入れさせてもらうよ、邪魔しないでくれたまえ?」

 

「ああ、士君。コーヒー入ってるけど、飲むかい?」

 

「うふふ、また楽しく士様ご一行で旅行と行きましょう!」

 

 

 4人と1匹。

 1人はちょっと顔を顰めながらも、何処か穏やかな雰囲気も纏う女性。

 1人は明るい笑顔でサムズアップを決める青年。

 1人は手を銃の形に構えている、最近も会った腐れ縁。

 1人はおっとりとした雰囲気の老人で、4人の中に1人だけいる女性の祖父。

 そして1匹は銀色の雌蝙蝠。

 全員に嫌というほど見覚えがあって、この中の1人たりとも士は忘れた事が無い。

 悪態をつき、尊大な態度を保ち、俺様を貫く士でも、『仲間』という感情は存在している。

 そんな彼が最も大切にしているであろう、今は違う道へと進んだ、仲間。

 

 

「お前ら……」

 

 

 全員の顔を見渡す。4人と1匹は皆笑顔でディケイドを見ていた。

 迎え入れてくれているかのように。

 

 上手くいった、とフィルムロイドは盛大に喜んでいた。

 まるで舞台でもしているかのように大袈裟なジェスチャーで喜びを表現しながら、高らかに自分がして見せた事を語りだす。

 

 

「どう~よ! これが僕ちゃんの新しい攻撃! 名付けて、『いい夢見ろよ』だー!」

 

 

 ウォームとの会話を終えてフィルムロイドの様子を見に行ったエンターは彼にあるアドバイスをしていた。

 彼はフィルムロイドの能力に他の使い道があると語り、『例えば、その人物の心から欲しいものを映し出したとしたら?』とフィルムロイドに吹き込んだのだ。

 結果は見ての通り、それぞれが望むもの、大切なものが実体化するという事態。

 イエローバスターはウサダの周りをくるくると回って愉快そうにステップを踏み、ブルーバスターは偉そうに胡坐で座り込んでマサトに肩を揉ませている。

 翼と響は未だ奏と未来と相対したまま動かず、ディケイドもまた、4人と1匹を見つめたまま。

 

 

「それにしても、地味な夢だな!」

 

 

 心底面白そうに、小馬鹿にするようにフィルムロイドは大いに笑う。

 色や見た目は派手なのに地味な夢だとせせら笑った。

 

 

「あっそ。悪かったねぇ、地味な夢で」

 

 

 しかしフィルムロイドの言葉に、今度はマサトに腕を揉ませていたブルーバスターがゆっくりと立ち上がりながら答えた。

 当然、フィルムロイドは振り返って驚く。

 自分の実体化能力は完璧だし、確実に心から欲しいものを映し出した筈。

 それこそ他の事など気にせず、それに集中してしまうほどのものを。

 だがフィルムロイドの考えは外れ、イエローバスターまでもがウサダの元を離れてブルーバスターと並んで見せた。

 

 

「仕掛け知ってるんだから、引っかかるわけないでしょ」

 

 

 その言葉は正に『否定』の言葉。

 つまりはフィルムロイドの映像が消えてしまう事を意味している。

 イエローバスターの言葉の後、ウサダの偽物は悲しそうにヨーコの名前を呟いて消え失せた。

 一方でブルーバスターも映像を『否定』したとみなされたのか、偽物のマサトはピースしながら消えていった。何故に最後ピースしていたのかは謎だが。

 

 さらに追い打ちをかけるかのように、ブルーバスターとイエローバスターの隣に翼までもが映像の誘惑を抜け出してやって来た。

 

 

「この腕で消えていった奏の命、忘れた事は一瞬たりともない」

 

 

 翼の言葉は静かに聞こえて、何処か震えているようにも感じられる。

 そして翼は怒りの眼差しと共に太刀の切っ先をフィルムロイドに向けた。

 

 

「お前が私に与えたのは喜びの感情などでは無く、奏を愚弄した怒りただ1つと覚えろッ!」

 

 

 翼にとって偽物とはいえ奏を見せつけられたのは、あの日あの時命を燃やし尽くした奏を愚弄されたに等しかった。

 自分の知るただ1人の奏を虚像で汚す事など、風鳴翼は許せない。

 夢や大切なものを見せて抜け出せなくするはずが、翼に対しては逆効果だったのだ。

 

 さらに、もう1人、虚構の夢から抜け出す者が現れる。

 

 

「アイツ等とは旅の行き先が違う。いつか何処かで会うにしても、それは今じゃない。第一、あの中の1人とはもうこの世界で会ってるんだよ」

 

 

 ディケイドこと士が旅の仲間と別れてからそれなりに時間が経っている。

 自分の中に未だ未練のような形であんなものが残っていた事には驚いたくらいだ。

 だが偽物に振り回されるほど今の士は未熟でもない。

 ディケイドは自分が惑わされなかった理由を語りながら、ブルーバスター達とは別の場所、響の元へと近づいた。

 

 

「立花、お前はどうする?」

 

「え……?」

 

 

 小さく手を振る笑顔の未来を見て、響は未だに動けずにいた。

 確かにアレは自分が求める最良の関係である未来。

 手を伸ばせば、それに届く。

 今の響はその誘惑に抗うのに必死であり、今にも手を伸ばしてしまいそうだった。

 だが、そんな響をディケイドが止めたのだ。

 

 

「嫌われたかもしれない本物をとるか、笑顔で絶対に離れる事のない偽物をとるか」

 

 

 意地の悪い言葉で響に選択肢を突きつけるディケイド。

 そんなディケイドと響に、響にとっての先輩で憧れである翼がゆっくりと近づく。

 響の前まで来た翼は響の肩に手をかけると、正面から顔を突き合わせた。

 

 

「あの子は友人なんだろう?」

 

「翼、さん……」

 

「いいか立花。喧嘩をしてしまっても友であった事実は消えない。例え仲違いする事があっても、手を伸ばすべきは仲違いしてしまった本物だ」

 

 

 今まで過ごしてきた友人を裏切るな。最後に翼はそう言った。

 響は翼から顔を逸らし、もう一度未来の方へ向き直る。

 彼女の中にあった迷い。それは偽物でも、明るく手を振る未来の手を取れるのならそれでいいのではないかと思ったから。

 誰よりも仲が良かった親友と喧嘩している中でそう思う事を誰が責められるだろう。

 けれど、響の心はそこに行く事なく、誘惑に押されつつも踏みとどまっていた。

 それはつまり響の心の中で殆ど結論が出ていた事に等しい。

 

 

「私は、本当の未来と手を繋ぎたい。例えこれからずっと喧嘩したままだとしても、今、目の前にいる未来の手を取ってしまったら、それこそ本物の未来に顔向けできない」

 

 

 嫌われたからといって偽物の手を取ってしまえば、それこそ酷い裏切りになる。

 まだ未来とキチンと話し合ってもいないのにそんな事は出来ない。

 もしも喧嘩したままになってしまっても、自分が楽になる為に偽物の手を取ってしまうなど自分が自分で許せない。

 偽者に手を伸ばす事は未来と共に過ごしてきた過去の思い出までも汚してしまう事になる。

 何より、未来が響の事を友達でいられないと語っても、響はまだ、未来の事を友達だと思っているのだから。

 

 

「ごめんね、未来」

 

 

 例え偽者でも笑顔を向けてくれた未来に対して。

 そして嘘をついてしまった本物の未来に対して。

 2人の未来に向けられた言葉で偽物の未来は消えていく。何処か、安らかな笑顔で。

 

 

「……というわけだ。種を知ってりゃ、下らない手品だったな」

 

 

 ディケイドはフィルムロイドの方へ顔を向け、仮面の奥で呆れたような顔を見せた。

 隣にいる響は苦笑いで「必死だったんですけどね」と小声で言っているが、ディケイドは全力でそれを無視、翼はそんな響に呆れつつも微笑んだ。

 

 誰も彼もが虚構を突破してくるこの状況。

 

 だが、しかし――――。

 

 

「え、偉そうに言うな! じゃあ、アイツは何だ!?」

 

 

 自分の技が破られる中で大慌てのフィルムロイドはある1人を指差す。

 それは、レッドバスター。

 レッドバスターは目の前にいる2人の女性と1人の男性を前に立ち尽くしている。

 誰もその人物に心当たりはないが、ただ1人、ブルーバスターのみはその顔を知っていた。

 

 

「ヒロムの両親と、お姉さんだ……! 13年前の姿のまま……」

 

 

 13年前、転送研究センターの事件。ヒロムは当時7歳、ヨーコは3歳、リュウジは15歳だった。

 親との別離、亜空間の事件が心に暗い影を落としているのは3人共に同じ。ただ、その影の濃さは3人それぞれ違っている。

 例えばリュウジは13年前の事件に心を痛めつつも家族が巻き込まれたわけではなく、ワクチンプログラムを投与された事やヒロムやヨーコを助けたいという思いによるところが強い。

 当時3歳だったヨーコは母親が亜空間に飛ばされたのだが、当然その別離を悲しんだ。が、幼かったヨーコは今、両親の顔をはっきりとは覚えておらず、思い出もあまりない。

 家族への憧れはあるし家族を助けたいとも思うが、特命部のみんなと過ごしていた事もあって寂しさや辛さは特に感じていなかった。

 

 では、ヒロムは?

 

 ヒロムは当時7歳で既に物心ついており、家族との思い出も、家族の顔もはっきり覚えている。

 両親は亜空間に飛ばされ、助かったヒロムとヒロムの姉、『桜田 リカ』は2人で生きてきた。

 ヒロムはリカがこの13年の間自分を守ってくれていた事に深く感謝している。

 そんなリカはヒロムが戦う事に反対していた。当然だ、唯一生き残った肉親が命を賭けるというのだから心配しない筈がないのだ。

 けれど、ヒロムは「これ以上大切な人達がバラバラにならないために」と、自分達のような人を二度と生まない為の戦いなのだと告げ、戦場へと足を踏み入れた。

 リカもそんなヒロムを理解してくれたが、今でもヒロムの事を心配しているだろう。

 

 明日の命をも知れない家族が心配で、会いたくて。何もおかしくない、普通の思い。

 リカはヒロムにそういう感情を抱いていた。そして、ヒロムもまた、家族に対しそういう感情を抱いていた。

 ヒロムの目の前にいる家族は、そんな思いを映し出したもの。

 生きているかも分からない、でも生きているかもしれない。13年間ずっと離れ離れで。

 

 はっきりと覚えている家族が。13年間、ずっと想い続けてきた家族が目の前に現れて。

 それで立ち止まってしまう子供を、誰が責めることができるのか。

 

 レッドバスターにはもう、辺りの光景が別の物に見えていた。

 家族が過ごす明るい家の中。母と姉が椅子に座り、その後ろには父が立っていて、机にはクリスマスケーキが置いてある。

 目の前には自分の席が、クリスマスパーティをするための、自分の席が用意されていた。

 レッドバスターはレッドバスターではなく、ヒロムの姿に戻ってしまう。

 それはただ変身を解いただけではない。心までもが13年前に戻ってしまったかのような。

 

 

「ヒロム、寂しかったでしょう……?」

 

 

 母が笑顔で語り掛け、それだけでヒロムの心は大きく揺れる。

 あれだけ助けたいと思った父と母が目の前にいる。優しく笑顔を向けてくれる。

 手を伸ばしても届かなかった、13年も待ち望んていた2人が、此処にいた。

 

 

「母さん……父さん……」

 

 

 向けられた母の言葉に答え、父の名を呼んだ。

 両親と姉は微笑みを浮かべてヒロムを迎え入れる。

 

 

「ヒロム、それは偽物だよ!」

 

「メタロイドが作った幻だ! ヒロム!!」

 

 

 イエローバスターとブルーバスターが呼びかけるものの、ヒロムに返事は無い。

 ヒロムはただ、両親をずっとずっと見つめ続けていた。

 何処か安堵した、とても穏やかな顔で。

 部隊の誰にも、ゴーバスターズの仲間にさえも見せた事の無い様な顔で。

 ヒロムには家で過ごす家族の姿しか目に見えていない。

 辺りの崖も、足元の石も、無造作に生えた雑草も、『家族が揃った綺麗な家』という幻想が包み隠した。

 メタロイドも、仲間でさえも。

 ただ1つヒロムから湧き出た感情は、とても単純で、それはあまりにも残酷なもの。

 

 やっと、会えた――――――。

 

 そう思った時に、ヒロムは母の腕に抱かれていた。




――――次回予告――――
戦士達は立ち向かう。立ち止まった青年達が再び歩を進める事を信じて。

嘲笑いと悲鳴の中、耳に届いた僅かな激励。

それは、戦場に立つ理由を見つめ直させた。


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第45話 声を聞いて

 見せられたものは幻だと誰もが分かっていただろう。

 けれど、ヒロムを無理矢理引きはがす事は誰にもできなかった。

 幻であるはずのヒロムの母とヒロムが、親と子として、とても優しく抱き合っている。

 ヒロムが何を見て、何を感じているかが、見ているだけでも痛いくらいに伝わって来た。

 

 

「この……ッ!」

 

 

 翼の中で怒りが重なっていく。

 ヒロムを正気に戻したいと思いつつもあれを無理に引きはがしたくないという心の痛みは太刀の切っ先をより鋭く光らせ、フィルムロイドに今にも斬りかからんとする殺気へと変わっていた。

 

 

「風鳴は突破できたんだろ。何でヒロムは……」

 

 

 ディケイドはあくまでも普段の態度を変えない。

 だが、ライドブッカーの柄は今までよりも遥かに強く握られ、切っ先が少しだけ上がっている。

 怒っているのだ、彼なりに。仲間の為に激昂するなんてらしくないと思いつつも、『家族』を傷つけてしまった過去を持つ者として。

 

 

「私と桜田さんの違いは、大切な人が生きているか死んでいるか、です」

 

 

 怒りの表情を一切消さず、フィルムロイドを射抜かんとする視線はそのままにディケイドの誰に聞いたともしれぬ問いに翼が答えた。

 

 

「奏が死んで、もう2年。私も……受け入れて、います」

 

 

 受け入れている、という言葉の前にあった間は、本当は認めたくないという気持ちを噛み殺している事を伺わせる。

 大切な人が死んだなどと、何時まで経っても認めたくはないものだ。

 特に翼はつい最近まで、その死が原因で死に急ぎ、「奏ならこうする」と肩肘張ってばかりだったのだから。

 けれど2年という時間は翼に現実を受け止めさせる猶予を与えていた。

 

 

「けど、桜田さんは違う。桜田さんのご両親は亜空間で存命している可能性があると聞き及んでいます。だから……」

 

 

 ヒロムはまだ、両親が死んだなどと思ってはいない。必ず生きていると信じている。

 ただ、生きているのに会えないと思うと寂しさや遣る瀬無さは募るばかり。

 それに幾ら信じていても、心の何処かで「もしも死んでいたら」と考えてしまう事もある。

 生きている期待、会えない寂しさ、死んでいるかもという不安と焦燥。

 翼が奏の幻をすぐに振り切れたのは、皮肉にも目の前で奏の死を見ているからだった。

 どんなに辛くても、「奏はもういない」と断じる事ができるから。

 けれどヒロムは違う。ヒロムは生きていると信じ続けている限り、寂しさを抱えたままでいる。

 

 

「死んでいないと思っているからこそ、ヒロムはあの幻に……」

 

 

 翼の言わんとしている事をブルーバスターが察する。

 今まで溜め込んでいたヒロムが今何を想っているのか、それは想像するに余りある。

 優しくヒロムを受け止めている母が、それを温かく見守る父が。

 それらは全て幻で、メタロイドを倒せば消えてしまう。

 だとすればそれは酷いなんて話ではない。惨過ぎる光景だった。

 

 

「しーっ。今感動のシーンなんだから静かに」

 

 

 わざとらしく、おちょくるようにフィルムロイドはヒロムを見ていた。

 その光景をこの場の誰よりも面白おかしく、まるで喜劇でも見ているかのように。

 5人全員がその姿を見て心の中で何かが膨らんでいくのを感じた。爆発しそうな何かが。

 ニヤケ面すら想像できるくらいのフィルムロイドはヒロムと幻の家族を見て、一言。

 

 

「ほんっと、面白いね~」

 

 

 何てことはない感想にも聞こえる軽い言葉。

 そのたった一言でブルーバスターの、イエローバスターの、ディケイドの、響の、翼の中で。

 確実に、何かが切れる音がした。

 

 

「貴、様ァァッ!!」

 

 

 怒号を上げる翼がフィルムロイドに斬りかかろうとするものの、行く手は何処からか現れたノイズ達に邪魔される。

 構わず乱暴にそれらを斬り捨てていく翼、それに加勢する響とディケイド。

 そしてノイズを掻き分け、基地から転送したソウガンブレードを手にしてフィルムロイドへ2人のバスターズは一直線に駆け抜ける。

 対するフィルムロイドは三方向に棘が付いた槍を取り出してそれに応戦した。

 

 

「なになに? 良い夢見せてやったのに~?」

 

「黙れッ! あんな偽物見せるなんてッ!!」

 

 

 今まで一度だって誰にも聞かせた事が無い程の怒声を上げるイエローバスターはソウガンブレードを半ば乱暴に振るう。

 映像に頼ってきたとはいえメタロイドはメタロイド。巧みな槍さばきで2人の剣を全て受け流す。

 だが2人は何度弾かれても剣を振るってフィルムロイドに向かっていく。

 今は戦えないヒロムの分まで、そして、大切な仲間の気持ちを利用した敵への極大の怒りを募らせながら。

 

 ブルーバスターがソウガンブレードを敵の喉元へ繰り出そうとするものの、フィルムロイドはブルーバスターの二の腕を槍の先端にある棘と棘の間に挟んで剣を腕ごと押しとどめた。

 

 

「今までで一番頭に来たメタロイドだよ、お前ッ!」

 

「そりゃどうも」

 

 

 怒気を発するブルーバスターを物ともせずにフィルムロイドは普通の調子で軽く答えた。

 力任せに喉へ剣を突き立てようとするがフィルムロイドの力でそれは届かない。

 普段ならばすぐさま腕を離して体勢を直してから再度攻撃に転ずるところだ。

 若いヨーコだけでなく年長者であるリュウジまで、双方ともに訓練を積んできたプロフェッショナルであるのに、怒りのままに敵を倒そうとしている。

 それほどまでにヒロムとの絆は強く、ヒロムの気持ちを嘲笑ったこのメタロイドが許せなかった。

 

 

 

 

 

 一方、ジャマンガが繰り出したと思われる巨大な城を町の一角で監視する銃四郎と弦太朗の元へ向かおうと、翔太郎はハードボイルダーを走らせていた。

 と、その道中、あけぼの町の神社を通りがかった時。

 

 

「……ん?」

 

 

 神社を少し通り過ぎたところで翔太郎はバイクを停めた。

 

 ――――今、誰かいたような?

 

 この辺りは避難が進んでおり、人っ子1人いないのが普通な筈だが。

 翔太郎はその場でバイクから降り、神社を覗き込んだ。すると少々遠くに木にもたれて座り込む1人の青年の姿が見えた。

 

 

「おい、何してんだ? 此処は危ないぜ」

 

 

 翔太郎の声に、自分が声をかけられたのだと認識した青年はゆらりと翔太郎に首を向けた。

 何か怪我をした後なのか、頭に巻かれた白い包帯が目につく。

 酷く元気がない。それが翔太郎の、木にもたれる青年への第一印象だった。

 

 デュランダル争奪戦の際に剣二達を爆発から救った弦太朗は剣二の顔を見ているのだが、翔太郎は彼の顔を知らない。

 つまり『鳴神剣二ことリュウケンドーがいる』という事実は知っているのだが、それが彼であるという事を翔太郎は知らないでいる。

 

 

「……ああ、亜空間とでっけぇ城だもんなぁ。アンタこそ危ないぜ」

 

 

 剣二もまた、仮面ライダーWが参入したという事は知っているが左翔太郎の顔は知らない。

 剣二から見れば謎の青年の翔太郎に軽く返すが、翔太郎はその言葉に疑問を呈した。

 

 

「あ? 何であれが亜空間って知ってんだ?」

 

 

 一般市民に『亜空間』の言葉はあまり馴染みがない。

 勿論、調べれば出てくる単語だし、転送研究センターの事故自体、比較的有名なものだ。

 ただ、メガゾードが作り出した空間が疑似とはいえ亜空間であると勘付ける人はそういない。

 何せゴーバスターズも初見では分からずマサトに教えてもらった程だ。

 黒い半球は『ヴァグラスが作り出した閉鎖空間』と一般には報道されており、亜空間であると明確に答えられる人は必然、関係者である事になる。

 

 

「そんなの……」

 

 

 剣二はそんなの当然知ってるだろ、と答えようとしたが翔太郎と同じ思考に行きつき、マズイ、と口を覆った。

 自分がS.H.O.Tである事は基本的に誰にも秘密。口外してはならない情報。

 例え変身できずともその一員である事に変わりはないのだから此処で素性をバラすわけにはいかない。

 が、そこで剣二も不思議に感じた。何故に帽子の青年はあれが亜空間である事を知っている素振りなのかと。

 

 

「って、アンタこそ何であれが亜空間だって……」

 

「……お前、二課の関係者なのか?」

 

 

 流石探偵と言うべきか、翔太郎は彼が関係者である事に気付いた。

 S.H.O.Tではなく二課の名前が最初に出たのは自分に一番馴染みがある場所だからだろう。何せ住まわせてもらっている身だ。

 とは言え剣二もその言葉で帽子の青年もまた、事情を知る関係者なのだと気付いたようで、顔を頷かせた。

 

 

「へぇ。名前は?」

 

「鳴神剣二、だけど……」

 

「鳴神? あの、リュウケンドーってやつか?」

 

「じゃあアンタ、S.H.O.Tの事も?」

 

「まあな。新参者の仮面ライダーさ」

 

 

 そこまで聞いて剣二も「ああ、こいつはWとかいうライダーなのか」と理解した。

 一応、報告書等で現在S.H.O.T、及び協力している2つの組織がどんな風に動き、誰が新しく参入したかは目にしていた。

 斜め読みのいい加減な読み方だったのは剣二の生来の性格もあるが、負けた事や返事が無いゲキリュウケンなどのショックで読む元気もなかったという部分がある。

 ただ、流石に新しい仮面ライダーが入ったというインパクトは剣二の中にも焼き付いており、それを記憶していたのだ。

 そしてフォーゼというライダーは助けられただけとはいえ一応目にしたし、それなら向こうは剣二の事を知っているはずだが、帽子の青年は剣二の事を知らない素振り。

 という事は剣二と会った事が無い仮面ライダー、つまりはWという答えに行きつくわけだ。

 

 

「今は亜空間と城を何とかする為に出てきたのか?」

 

「ああ、お前を見つけたのは偶然だけどな。……つーかお前、病院にいるって話じゃなかったか?」

 

「色々あんだよ。今の俺は変身できない能無しだ」

 

 

 変身できない自分を卑下しているような、拗ねるような口振り。

 そんな剣二を見下ろしつつ、翔太郎は語り掛ける。

 

 

「未調整のキーってやつを使ったって聞いたぜ。大分危ない橋渡ったらしいじゃねぇか」

 

 

 翔太郎達が剣二について聞かされたのは、『ジャークムーンを倒そうとして未調整のキーを使って重傷』である事。

 それに加えてジャークムーンやジャマンガの詳細と、未調整のマダンキーを扱う事がどれ程危険な事か程度。

 とりあえず翔太郎は『無茶をした奴』という風に剣二の事を認識していた。

 

 

「何でそこまでしたんだ? 危険なのは知ってたんだろ?」

 

 

 翔太郎の問いに少々の沈黙を置いた後、剣二は口を開く。

 

 

「勝ちたい奴がいたんだ」

 

「家族の仇、とかか?」

 

「そこまでじゃねぇよ。けど、どうしても負けたくない奴なんだ」

 

 

 それほどまでにジャークムーンを倒したかった。サンダーキーが調整されていない危険な物だと知っていながら使ったのもそれが理由。

 町を守りたい、人々を守りたいと思ったのも本音だけど、一番はそれだった。

 だけどジャークムーンには歯が立たず、誰かを守る事も出来ず、変身までできない。

 自分の思いが全て裏返ったかのような結果が剣二の前に現実として存在していた。

 

 

「なあ、強くなるってなんだ? どんな方法でも強くなって、敵を倒せればいいんじゃないのかよ?」

 

「……まあ、間違ってねぇよ」

 

 

 翔太郎は帽子を外し、地べたに座り込んで剣二と同じ木の別の側面にもたれかかりながら口を開く。

 

 

「お前が強くなりたい理由はなんだ?」

 

 

 剣二は天を仰ぎ、太陽の眩しさに目を閉ざした。

 強くなりたい理由は出ないわけではない。

 その為に多少とはいえ努力もしたし、実戦で力も付けたし、新たなキーも手に入れて使いこなしている。

 だけど、ジャークムーンには全く歯が立たなかった現実が重くのしかかる。

 

 

「俺は、姉弟子や陣さんに強くなれって言われた。だから強くなろうと思った。けど……」

 

 

 姉弟子が言ったのは『きばいやんせ』という言葉。

 つまりは戦う剣二に対してのエールだ。

 マサトが言ったのは『今のままじゃ何も守れない』という言葉。

 ゴーバスターズだけでなくリュウケンドーにも向けられた言葉で、より強くなれと言う意味だろう。

 それを聞いて強くなろうと思った。

 

 だが、ジャークムーンを前にした剣二の心は『どうしてもコイツを倒したい』という思いに染まっていた。

 思いを掘り返した剣二はジャークムーンと戦っていた時の気持ちをポツポツと呟く。

 

 

「俺は、アイツに勝ちたかったんだ。だからどうしても強くなりたくて……」

 

 

 サンダーキーを使った。と言い切る前に、そこで言葉は途切れてしまう。

 言葉が進むにつれて弱々しくなっていく剣二の言葉は、最後には完全に消えてしまったのだ。

 話を黙って聞いていた翔太郎も、途切れた言葉の先を何となく理解し、口を開く。

 

 

「だから、未調整のキーってやつを使った……。勝ちたくて焦ったって事か」

 

「……分かってんだよ、馬鹿な事したってのは」

 

 

 周りに止められたのにサンダーキーを使った結果がこれだ。呆れて笑いも出やしない。

 勝てなかった事や変身不能という後遺症以外にも、剣二の心には引き摺るものができてしまっている。

 あの時、あんな事をしなければという、後悔が。

 

 そんな剣二に、翔太郎は語り掛け始めた。

 

 

「俺の仲間にもいたぜ。ある男を倒したいからって周りの静止も振り切って、無茶する野郎が」

 

 

 かつては町を嫌いながら、ただ1人の男に復讐心を滾らせ、必ず自分の手で決着をつける事を望んで力を追い求めていた男の事を思い出しながら翔太郎は続ける。

 

 

「そいつにも言ったが、お前を心配する奴もいるって事、覚えとけよ」

 

「俺を……?」

 

「いるだろ、お前の仲間だよ」

 

 

 S.H.O.T、特命部、二課。そこにいる、共に戦場に立つ者達。そしてそれを裏で支えてくれる、鈴や瀬戸山のような者達。

 それが今の剣二の仲間であり、剣二を心配する人達の筆頭だ。

 確かにいるのだ。剣二を心配し、思ってくれる仲間達が。

 

 

「お前が倒れれば、その仲間も守れやしない。お前が1人で突っ走って無茶すれば、そういう事になるんだよ」

 

「…………」

 

 

 人の話を黙って聞く、というのには無縁な剣二だが、今は黙って話を聞いた。

 一言一言が、酷く心に刺さってくるから。その1つ1つが図星だったから。

 ジャークムーンとの戦いの時、助けに来てくれた銃四郎とヨーコまで危険に晒したのは事実だ。

 さらに勝ちたいとサンダーキーを危険と知りながら手を伸ばした結果、変身までできなくなった。

 あの時ジャークムーンが退いてくれなければ、3人纏めて死んでいただろう。

 

 

「お前の姉弟子さんや陣さんも、お前に無茶させるために『強くなれ』って言ったわけじゃねぇ筈だ」

 

 

 翔太郎はさらに、剣二の『戦う理由』について切り込んでいく。

 

 

「最初からその、勝ちたい奴ってのしか眼中に無かったのかよ。お前が戦ってる理由、他に無いのか? 姉弟子さんと陣さんが『強くなれ』って言った、別の理由は?」

 

 

 ジャークムーンに勝つために、剣二の言う姉弟子とマサトが『強くなれ』と言うとは翔太郎には思えなかった。

 マサトはまだどんな人物なのか把握しきれていないし、剣二の姉弟子に至っては顔も名前も知らない赤の他人。

 だが、1人の敵を倒す事に暴走する剣二にそんな言葉はかけないだろうと翔太郎は直感したのだ。

 

 そして、それはまさにその通りだった。

 

 

「……この力を知って、手に入れた時、町や人を守りたいって思った。『俺はヒーローなんだ』って」

 

 

 最初にリュウケンドーになった時、彼はジャークムーンなんて存在は全く知らなかった。

 ただ、自分がリュウケンドーに選ばれた事、自分がヒーローになった事を理解しただけ。

 そして彼は決意したのだ、『この町と人を守るんだ』と。

 驕りではなく、自分は助けを求める手を引き上げる『ヒーロー』なのだと、強く自覚したのだ。

 

 

「剣二……でいいよな? それじゃねぇのか? 2人が『強くなれ』ってお前に言った理由は」

 

「え……?」

 

「強くなりたいと思うのは悪い事じゃない。勝負に拘る事も一概に悪いとは言えねぇ。でもな、勝負に拘って町や人、『守りたいもの』を危険に晒しちゃ意味がないだろ?」

 

 

 そして翔太郎は、1つの問いを剣二に投げかけた。

 

 

「お前、あけぼの町は好きか?」

 

 

 翔太郎にとって『町を守る』という言葉は通常のそれよりも重たい言葉だ。

 彼は故郷である風都を愛している。彼が住まうあの町を心から。だから風都の涙を拭う為に戦い続けている。

 ならば、剣二はどうなのか。翔太郎はそれを確かめたかった。

 

 だが、剣二がそれに答える前に翔太郎のスタッグフォンが通信を知らせる。

 電話に出てみれば銃四郎からの「できるだけ早く合流したいが、今どこに?」という催促の連絡。翔太郎はすぐに行く、とだけ返答して通話を切った。

 剣二と話していて時間を使いすぎてしまったかと反省した後、翔太郎は立ち上がり、座った時についた土を掃い、再び帽子を被った。

 

 

「じゃあ、俺は行くぜ。あの城を何とかしねぇとな」

 

 

 未だ座り込む剣二を見下ろしながらそれだけ言い残し、翔太郎は再びハードボイルダーに跨って去っていく。

 神社に残された剣二はバイクの音を見送った後、ゲキリュウケンを手に取った。

 

 戦う理由。強くなりたい理由。そして翔太郎が最後に残していった問いかけ。

 

 ――――お前、あけぼの町は好きか?

 

 

(なあ、ゲキリュウケン。俺は……)

 

 

 物言わぬ相棒を見つめ、剣二は問いかけに対しての、自分なりの答えを探し始めた。

 

 

 

 

 

 フィルムロイドを前にして、ブルーバスターとイエローバスターは膝をついてしまっていた。

 例えバグラーやノイズが追加されたにせよ、フィルムロイドの身体能力を考えればこの場にいる現状戦闘可能な5人で此処まで苦戦する事はありえないだろう。

 だが、彼等にはどうしても守り抜かなければならないものがあった。

 

 

「ヒロム……」

 

 

 痛みに耐えながら、背後の未だ母の幻影に優しく抱かれるヒロムを見やるブルーバスター。

 フィルムロイドはヒロムだけでも始末しようと、槍からエネルギー光球を放ってきたのだ。

 生身のヒロムがそれを食らえばただでは済まない事は目に見えている。

 そして身を挺してヒロムを庇った2人は大きなダメージを追ってしまったという状況だった。

 しかも人だけを殺す災害であるノイズまでも発生しているため、響、翼、ディケイドの3人は一瞬も気が抜けない。

 1匹でもノイズを仕損じればその瞬間、生身のヒロムは死ぬ事が確定する。

 流石に3人態勢でノイズを抑えているため最悪の事態には至っていないが、逆に言えばノイズを相手せざるを得ない状況に追い込まれており、バスターズの手助けをする事ができないでいた。

 

 ノイズが湧き出るこの状況。ノイズを操る杖を持つ者が近くにいる事は明白だった。

 戦いつつも辺りを見渡しているうち、翼の目に崖の上に立つ2人の人影が写る。

 それはネフシュタンの鎧を持ち去ったサングラスをかけた黒ずくめの金髪の女性とエンター。

 金髪の女性の方は例の杖を持っており、無機質無感情のノイズを操る傀儡子である事はすぐに分かった。

 

 

「あそこにッ!」

 

「俺が行く!」

 

 

 翼の声から間髪入れずにディケイドが駆けた。

 崖まで仮面ライダー特有の脚力で一気に走り込み、跳ぶ。

 助走も付けたディケイドの一飛びは崖を一瞬で超え、崖の上にいた2人に肉薄してみせた。

 ガンモードへ変形させたライドブッカーの銃口を向けられた2人だが、動じる様子は無い。

 

 

「海東じゃないが、その杖、寄越してもらおうか。いい加減うっとおしいんだよ」

 

「そう言って素直に渡した阿保が他の世界にはいたのかしら?」

 

「ああ、いないな」

 

 

 さっさと撃ってしまおうかという物騒な思考が湧いてくるディケイドだが、それよりも気になる事が頭の中で先行していた。

 

 

(またか……)

 

 

 これで二度目だ、とディケイドはフィーネの言動に疑問を抱く。

 以前にフィーネと対面した時、彼女はディケイドの事を『別の世界の住人』というニュアンスの発言をしていた。

 呪いがどうこうとか多少意味不明な言葉はあったが、そこは間違いない。

 ディケイドが別の世界から来た、という事実は嘘ではないし、彼を知る二課を初めとする仲間達にも周知の事実である。

 ただ、問題はそれが『敵の口から出た』という事。

 今も「他の世界にはいたのかしら?」と、まるでディケイドが他の世界を巡って来た事を知っているかのような口振りでいる。

 

 

「お前、俺が他の世界から来た事を何故知っている。大ショッカーから聞きでもしたのか?」

 

「そう言って素直に話した阿保が?」

 

「他の世界にもいないな」

 

 

 フィーネの態度はおちょくるというよりも、ヒラリと躱してくるかのように感じる。

 掴みどころがない。不敵な笑みの中で何を考えているのか分からない。

 目的不明、正体不明の女性は、ただただ笑みを浮かべるだけである。

 

 一方で隣のエンターは2人の会話を聞きながら肩をすくめるばかりだ。

 エンターは抵抗する気もなく、あっさり退く気でいた。

 今回の件で一番重要なのは『疑似亜空間が展開できた』という成果とメサイアのご機嫌を取れたという事である。

 エネトロンこそ手に入らなかったものの、疑似的な亜空間の発生は可能であるという事が分かった時点で今回の作戦は終わっているのだ。

 

 

(気になる言葉も幾つか聞けました……)

 

 

 エンターは静かにフィーネとディケイドのやり取りを聞けた事も収穫だと内心笑みを浮かべる。

 他の世界、という言葉の意味は恐らく大ショッカーにも関係しているそれであろう事は分かっている。

 重要なのはフィーネが敵の情報を何でもかんでも知っているという事実が浮き彫りになった事だ。

 デュランダルの移送計画を知っていた件といい、どうにも敵に通じ過ぎているフィーネだったが、エンターの疑念は此処で確信に変わった。

 大ショッカーとフィーネが直接対面した事はエンターの知る限り一度もなく、それでいてディケイドが他の世界から来た事を知っているというのは、どうにも腑に落ちない。

 フィーネは何らかの方法で敵の情報を知り尽くしている。

 ただ、問題はその先。彼女がどうやってその情報を手に入れているのか。

 それに彼女の正体と目的は?

 肝心の部分が知れる気配は全くないのだから、今は考えても仕方が無いと結論付けた。

 

 

「ところでいいのですか? ゴーバスターズはピンチのようですよ」

 

 

 思考を中断したエンターは崖の下の様子に指を指した。

 崖の下ではフィルムロイドとの戦いは続いている。

 それも、ゴーバスターズにとって限りなく不利な形で。

 

 ボロボロながらもバスターズの2人はフィルムロイドに果敢に立ち向かう。

 戦闘能力のそこまで高くないフィルムロイドにとっては手負いとはいえ敵が2人纏わりついてくるのは、非常にうざったいものだった。

 

 

「んー、いい加減面倒だね。もう一度、これでどうよ!」

 

 

 距離を取ったフィルムロイドは再び槍から数発のエネルギー光球を作り出し、ヒロムにぶち当てようとそれを放った。

 威力の高さは一撃貰っているブルーバスターとイエローバスターがよく知っている。

 よく知っているからこそ、2人は痛みを押して駆けだし、ヒロムの盾となった。

 

 

「うあぁぁッ!!」

 

 

 身を挺して盾となった事で2人共々、再びエネルギー光球をモロに浴びて吹き飛んでしまう。

 ヒロムからは離れた位置に投げ出され、体を動かそうにも直撃を2回も貰ったダメージは生半可なものではない。

 何とか体を這うように動かす2人に見えたのは、未だ幸せそうな表情を浮かべるヒロム。

 家族と再会して、心から嬉しそうなヒロム。

 

 

「……分かった。私が感じてたもやもやの正体……!」

 

 

 イエローバスターが体を起こそうともがきながら、心の中にあった1つの疑問に答えが出た。

 作戦の前、オルゴールを悲しそうに見つめていたヒロムを見て感じた漠然とした不安のようなもの。それが何だったのか、結局ヨーコの中で答えは出ないままだった。

 だが、分かったのだ。家族と一緒にいる幸せそうな、満ち足りた表情のヒロムを見て。

 

 

「怖くはなくても、寂しい時があるんでしょ……!? 言ってよ!」

 

 

 ヒロムがずっと感じていた事を、ヨーコは感じ取っていた。

 例え前線に出る事に恐怖が無くとも、5体合体のメインパイロットである事に決意が足りていても。

 家族と会えないという寂しさを埋める事はできないでいた。家族と会えないもどかしさは募るばかりだった。

 家族、あるいは大切な人と会えなくて寂しいと思うのは人間の極普通の感情だ。

 けれど、それをひた隠しにしてきたのが桜田ヒロムという人間。

 戦いの中でずっとそれを押し殺してきたのが、周りに弱さを見せないようにと必死で振る舞っていたのが彼だった。

 

 

(桜田さんも……)

 

 

 イエローバスターの必死の叫びを聞き、ノイズを斬り伏せながら翼がヒロムの方を見た。

 幼き頃から戦場へ出る為に鍛え続けた。

 使命にも似た感情を抱いた。

 大切なものを失った。

 そして、その中で戦いの為に何かを押し殺してきた。

 ゴーバスターズと翼の境遇は何処か似ている。

 ヒロムも翼も、押し殺してきた『何か』が爆発してしまったという点においても。

 翼にとって、それは響がガングニールを起動させて自分の前に現れた事。

 それがヒロムにとっては家族の幻影を見せつけられた事なのだろう。

 だからこそ、そこを乗り越えた翼は思う。今のヒロムに声を届けたいと。

 翼がそう思った時にはもう、歌も忘れて自分の言葉を叫んでいた。

 

 

「帰ってきてください桜田さん! 貴方とて、本物の家族の温もりを忘れたわけではない筈だッ!!」

 

 

 翼の叫びが戦場に響くが、ヒロムは動かない。

 だが、気のせいだろうか。ふとその表情が喜びの笑みではなくなっているのは。

 誰もそれに気づかぬまま、翼に次いで響が叫ぶ。

 彼女だってヒロムを仲間だと感じている者の1人。そして、誰かを助けたいと思う優しい子。

 そんな彼女が幻想に連れ去られようとしているヒロムを見て黙っていられるはずが無かった。

 

 

「ヒロムさんは1人じゃないです! それが家族の代わりになるわけじゃないかもしれない。けど、辛い時に手を繋ぐくらいならッ!!」

 

 

 そして、再びイエローバスターが痛みを振り払いつつも口を開いた。

 

 

「いつも1人で我慢しないでッ!」

 

 

 家族の事が記憶に残っているヒロムと残っていないヨーコでは、感じ方に差はあるかもしれない。

 だが、同じ境遇で、同じ目的の為に、同じ道を進んできた唯一無二の仲間なのだ。

 支えるくらいなら、きっとしてあげられるから。

 

 

「「ヒロムッ!!」」

 

 

 誰よりもヒロムを知り抜くリュウジとヨーコの必死の叫びが、戻ってこいと空気を震わせる。

 だが、この場にいる為に望まずとも叫びが耳に入ってしまうフィルムロイドは苛立ちを示していた。

 仲間を案じる必死の慟哭は彼にとっての雑音に過ぎない。

 フィルムロイドは槍を振り回し、エネルギー光球を中空に作り上げた。先程が5つ程度だったのが、今はその倍の10個を。

 

 

「うるさいなぁ~。もう静かにしてよ!」

 

 

 ノイズを相手にしていた響と翼に光球のうち5個が飛んだ。

 翼は響を庇う様に割って入り、太刀を大剣へと変えて横に構える事で盾とした。

 衝撃は盾越しに翼の身を後退らせるも、光球は全て防ぎ切り、響も翼も傷1つ負っていない。

 

 だが、倒れ伏せたままのブルーバスターとイエローバスターはそうもいかない。

 光球は全て防御姿勢を取る事もできない2人に追い打ち、いや、止めとして降り注いだ。

 

 

「しまっ……!」

 

 

 た。と、翼が言い切る前に、光球は2人を爆発の中へと飲み込んでいた。

 バスタースーツの上からでも直撃は大きな損傷を2人に与え、尚且つ、それを今までに2回受けていた。

 倒れている状態でそんなものを食らえばどうなるか。考えるまでもない。

 

 

「リュウジさん、ヨーコちゃん……!?」

 

 

 響も顔を青くして最悪の可能性を考えたらしい。

 崖の上にいるディケイドも息をのみ、爆発による煙を見つめるばかりだった。

 ただ1人、フィルムロイドの笑いだけが戦場に木霊する。

 うるさい奴らを黙らせてやったと、悪気のない子供のようにはしゃぎながら。

 

 

「はははは! ……は?」

 

 

 腹を抱えて笑っていたフィルムロイドは煙の先を見て止まった。

 倒れている黄色と青だけではない、後姿を見せている、赤色を見て。

 

 

「アレ?」

 

 

 もう抜け出せるはずがないと高を括っていたヒロムが、レッドバスターが、そこには立っていた。

 手に携えたイチガンバスターとソウガンブレードが、光球を切り落とし、撃ち落とした事を物語る。

 それなりに距離があったのだから再変身しても間に合う筈がないという疑問も、ヒロムの超高速の前には無意味な事。

 倒れながらも顔を上げ、戻ってきた仲間を見て、イエローバスターは仮面の中で安堵したような笑みでいた。

 

 

「ヒロム……!」

 

 

 レッドバスターは2つの武器を合わせてスペシャルバスターモードに、必殺の一撃を放つ体勢へと移る。

 構えたそれをフィルムロイドへ向けようとするが、途端にそれを察知したフィルムロイドは未だ残っているヒロムの家族の幻影の後ろに逃げ込んだ。

 

 

「へへーん! お前には撃てないだろ!」

 

 

 銃口こそ向けるものの、そこで引き金を引かずに止まってしまうレッドバスター。

 子供っぽく見えて、フィルムロイドは何処までも非情だった。

 家族に向かって銃口を向けさせる、今のヒロムにとっては何よりも辛いであろう事をさせるのだから。

 

 

「…………」

 

 

 無言で構えたまま、家族と目の前から相対したまま、レッドバスターは動かない。

 幻影の家族は微笑んでいた。まるでヒロムの帰りを待っているかのように。

 そこにいたい、そこで過ごしていたいという気持ちを振り切って来たヒロム。

 だけど、心の底で家族に手を伸ばしたい自分がいる事も事実で、嘘のつきようもない。

 

 けれど。けれど、だ。

 そこで迷っていたら、何の為に此処まで来たのか。何の為に強くなったのか分からないではないか。

 

 

「父さん、母さん、姉さん……」

 

 

 覚悟は13年前にできている。共に歩んでくれる仲間だっている。

 家族との再会は心から望んでいる。だけど、この再会は再会ではない。ただの嘘だ。

 だったら本当の再会まで、ヒロムがいるべき場所は――――。

 

 

「ごめん。俺が今帰る場所は、そこじゃない!」

 

 

 辛さと寂しさを飲み込んだ決意の言葉は幻影を否定する言葉。

 虚像の家族達は微笑みを絶やさぬまま、白い光となって消えていく。

 

 

「ちょ、えぇ!? 嘘!? 嘘ぉ!?」

 

 

 盾としていた幻影が消えた事に嘘ではない驚きと焦りを示すフィルムロイド。

 ヒロムにとって、消失していく家族を見送るその心中は穏やかなものではない。

 嘘でも、幻でも、一度は縋りついてしまった大切な家族なのだから、分かっていても辛さは、哀しみはこみ上げてくる。

 

 

「うああああああッ!!」

 

 ――――It’s time for special buster!――――

 

 

 だけどそれに構って泣いている暇はない。

 哀しみを雄叫びに変え、焦るフィルムロイドを狙って引き金を強く、全力で引く。

 高出力のエネルギー弾は幻影を生み出していたフィルムロイドの胸の映写機目掛けて飛び込み、そこを通してフィルムロイドの胸を貫いた。

 映写機のレンズを貫いたのは、偽りの夢との決別の証か。

 

 

「お、し、ま、いぃぃぃぃ……!!」

 

 

 胸を貫かれたフィルムロイドは後方に倒れ、死の間際までもふざけた断末魔と共に爆散。

 偽りの夢にも、それを映し出す偽りの希望にも打ち勝って見せた事を、レッドバスターは宣言する。

 

 

「削除、完了……!」

 

 

 言葉の後、腕の力が一気に脱力し、大きく息を吐きながら空を向いた。

 余程気を張っていたのだろう。足からは力が抜けていないが、あと僅かでも気を抜いていたら座り込んでしまっていたに違いない。

 幻影とはいえ家族を否定し、辛さを押し殺して打ち勝った勝利だった。

 けれど、今までのように1人で溜め込む事は無い。それを理解してくれる仲間がいるのだから。

 

 

「ヒロム! 良かった……」

 

 

 何とか立ち上がって、力を抜き切ったレッドバスターに心配そうに声をかけ、戻ってきた事に喜ぶヨーコがいるのだから。

 

 

「お帰り……」

 

 

 年上らしく、帰ってきたヒロムを優しく迎え入れるリュウジがいるのだから。

 

 ノイズを片付けた響と翼はレッドバスターと、彼を支えるように隣り合うブルーバスターとイエローバスターを見て微笑む。

 彼女達もまたヒロムを支え、時にヒロムに支えられる、共に手を取り合う仲間なのだ。

 

 崖の上でフィーネとエンターと対峙しているディケイドもそんなゴーバスターズ達を見て仮面の中でフッと笑い、ライドブッカーの銃口を再び敵の2人に向け直した。

 

 

「決着はついた。生憎、アイツもあんな幻に騙されるタマじゃないらしい」

 

「オーララ。あわよくばレッドバスターを、と思ったのですが。上手くいかないものですね」

 

 

 エンターはフィルムロイドの呆気なさに呆れていた。

 あと一歩まで追い詰めていたからこそ余計に肩透かしのようなものを感じているのだろう。

 隣のフィーネは、フィルムロイドの撃破に特に何も語らず、無言で杖からノイズを数十体繰り出してきた。

 

 

「この……!」

 

 

 迎撃するディケイドだが、地上のノイズ達はディケイドの進路を邪魔するかのように立ち塞がり、空を飛ぶノイズ達は槍のように丸まって突進。

 おまけにブドウのようなノイズまでおり、そいつはブドウの実の部分を分離して爆破。

 咄嗟に避けたディケイドに実害は無かったものの、爆発が生み出した粉塵はディケイド前方の視界を塞いでしまう。

 

 

「待てッ!」

 

 

 粉塵に紛れて逃げる気である事はすぐに分かった。

 だが、辺りのノイズがディケイドの邪魔をする。

 崖の下にいる響と翼も援護に向かおうとディケイドの元に走っていたのだが、ご丁寧にそちらの進行まで妨害するようにノイズが現れており、響と翼も足止めを食らってしまう。

 

 そうしてノイズを殲滅しきった頃には、既にエンターもフィーネも何処にもいなかった。

 一応、辺りを見渡してみるものの、エンターやフィーネはおろか、バグラーやノイズの気配すらもしない。

 

 

「……逃がしたか」

 

 

 完全に撤退したらしい事を確認したディケイドは崖の下に降り、ゴーバスターズと響、翼と合流。

 その際に自然と全員がレッドバスターの元に集まったのは、彼を心配しているからだろうか。

 いの一番にレッドバスターに声をかけたのは、この場の誰でもなく、モーフィンブレスから流れた通信を知らせる音。その後、出てきた声は特命部司令官、黒木のものだった。

 

 

『ヒロム、5体合体完成まで後僅かだ。いいな』

 

「了解」

 

『それから』

 

 

 司令官とその部下らしい端的なやり取りの後、黒木が言葉を続けようとしてレッドバスターは首を傾げた。

 

 

『よく戻ってきた』

 

「……! ご心配、おかけしました」

 

 

 黒木を初めとする特命部の面々も、そして二課やS.H.O.Tも先程までの戦いをモニターしている。

 だからヒロムが幻想の家族に囚われた時には誰もが心中穏やかではいられなかった。

 フィルムロイドへの憤り、ヒロムの寂しさという痛み、それらを皆が感じながら、それでも信じて待っていたのだ。

 ヒロムは、ゴーバスターズ達は必ず帰ってくると。

 それを誰よりも信じていたのが一番長く一緒にいた特命部であり、黒木である。

 時に厳しい指令を出す事もある。今のように労わる前に任務の事を伝える冷たい印象を受けさせるような事も口にする。

 けれども、心の中では誰よりもゴーバスターズを心配し、想っているのが黒木なのだ。

 

 黒木の通信の後、通信回線は今度、ヒロムの相棒であるニックに繋がった。

 

 

『お帰り、ヒロム!』

 

「ああ、ニック。お前にも心配かけたか?」

 

『いいや。お前なら戻ってくるって信じてた! 格納庫で待ってるぜ!』

 

 

 正直気が気じゃなかったニックだったが、信じていた事も嘘じゃない。

 ニックはハイテンションなまま通信を切った。

 

 家族を失ったヒロムにとって黒木が『親』なら、ニックは『兄』だった。

 ゴーバスターズとしての本格的な戦いが始まる以前からニックはヒロムとヒロムの姉であるリカと共に過ごし、同じ時間を共にしている。

 リカの方はニックの事を『ヒロムを戦いに巻き込む者』として嫌悪していたが今ではその誤解も解けたし、何より幼い頃のヒロムにとってニックは大切なパートナーであり、兄で会ったのだ。

 リュウジもまた『兄』か『父』のようで、ヨーコはまるで『妹』のようだと感じている。

 特命部の皆が今のヒロムにとって家族であり、士達は『友達』と言ったところだろう。

 

 家族がいない事に寂しさを感じているのは事実だ。だが、それを補って支えてくれる仲間がいる事にヒロムは改めて気づいたのだ。

 今の帰る場所こそ、此処なのだと。

 

 通信の後、ゴーバスターズ達は特命部へと向かって走り、シンフォギア装者とディケイドは一足先にあけぼの町へと向かった。

 フィルムロイドを倒してもまだ解決ではなく、疑似亜空間とジャマンガの城は健在だ。

 疑似亜空間に挑もうとするゴーバスターズの決意は固い。

 亜空間の中の人を助けるという、13年間思い続けてきた事の、第一歩なのだから。

 

 

 

 特命部へと帰還してくるゴーバスターズ達の姿をモニターした後、黒木は特命部全体への通信に切り替えた。

 

 

「パイロット達が戻ってくる! 徹夜で厳しいかもしれないが、もうひと踏ん張り頼む!」

 

 

 黒木の言葉はマサトの指揮の元で5体合体を徹夜で進め続ける作業員達への言葉。

 倒れようと思えば倒れられるし、寝ようと思えば寝られる。

 そんな状態の中でも作業員達は集中力を途切らせる事無く、合体作業を進め続けた。

 負担は生半可なものじゃないだろう。

 だが、黒木の言葉に作業員達は全員、同じ返答を返した。

 

 

「了解!」

 

 

 左手のサムズアップを右胸に付ける、特命部特有の敬礼。

 誰もが力強い返答で、一丸と揃ったその声に格納庫にいるマサトもニッと笑った。

 黒木がいて、オペレーターがいて、ゴーバスターズがいる。でもそれだけでは特命部は特命部として機能しない。

 縁の下の力持ちである彼等がいるからこそ、特命部は特命部足りえるのだ。

 ヒロムの帰る場所には、彼の帰りを待つ者が大勢いる。

 此処で働く作業員達1人1人がそうなのだから。

 

 

 

 

 

 あけぼの町。

 黒い半球と浮遊する城という異様な光景は未だ変わらず、既にリュウガンオーとフォーゼ、Wが合流しているが、対処に困っているようだった。

 トリガーメモリやゴウリュウガンによる銃撃、フォーゼのライダーロケットドリルキックなど、色々と試してはいるのだが、特に効果は見られない。

 ジャマンガに関しての専門家であるS.H.O.Tの面々も対処方法を見つける為に必死だった。

 

 

「瀬戸山! 何か分かったか?」

 

「あの城は強力な魔力の障壁で守られているようです。生半可な攻撃は効きませんね」

 

 

 S.H.O.T本部では司令である天地と瀬戸山が作戦を立てる為に城をモニターしながら話し合っていた。

 もう1人の隊員である鈴はあけぼの町全域と周辺地域の避難を促す為に関係各所へ連絡を取っている。

 明確な脅威が2つも転がっている状態なので避難命令は驚くほど素早く実行されていた。

 そもそも疑似亜空間の出現で不安に駆られていた中での浮遊する城の出現により、『明らかにヤバイ』と思う人も当然いるわけで、そういう人達は既に遠くへ逃げている。

 完全に完了はしていないが、避難自体は問題なく進んでいた。

 さて、天地と瀬戸山による作戦会議はというと。

 

 

「何かしでかす前にお引き取り願いたいところだが……そう簡単に退くとも思えんな」

 

「となると、落とすしかないわけですが」

 

「落とせるか?」

 

「こちらの戦力だけだと正直厳しいかもしれません。障壁に用いられている魔力は今まで確認されてきたものの比じゃないですから」

 

 

 現状の戦力はリュウガンオー、W、フォーゼの3名。

 さらに戦闘を終えたシンフォギア装者とディケイドが城の対応班への助っ人としてあけぼの町に向かっている。

 一方でゴーバスターズは疑似亜空間攻略の為にバスターマシン共々助けには来られない。

 城はバスターマシン以上の全長を誇っている上に強力なバリア持ちだ。

 瀬戸山は自分達の戦力と城の堅牢さを比較し冷静に言う。

 

 

「バスターマシンが使えれば、また違うのかもしれません。

 そのバスターマシンですら突破可能とは言い切れませんけど」

 

「彼等は疑似亜空間の方があるからな、贅沢は言えん。

 それと、落とすにしても落とす場所の事を考えねばならんな」

 

 

 仮に疑似亜空間を攻略できたにせよ、バスターマシンの援護は得られないであろう事は分かっていた。

 恐らく疑似亜空間を潰した後、バスターマシンのエネトロンは枯渇するだろう。

 亜空間の突破とメガゾードを倒す際の一撃を考えればバスターマシンは燃料切れを起こす事は明白。

 どうあがいてもバスターマシンに頼れないのが現状であり、等身大の戦力のみが頼りだった。

 

 それに巨大すぎる城をそのまま落とすわけにはいかない。

 城の破片が建物に落ちれば大きな被害となるし、事後処理にも時間がかかってしまう。

 彼等の仕事は単に敵を倒せばいいのではない。住む場所、居場所を守る事も彼等の戦いなのだ。

 

 

「落とす場所なら、パワースポットに張ってある結界を使う方法があります」

 

 

 瀬戸山は天地に詳細を話し始める。

 まず、パワースポットとはあけぼの町の一角に存在する高い魔力を放つ場の事。

 これが発掘され、封印が解かれてからジャマンガの出現などが始まった。

 現在はビルにカモフラージュされているのだが、その高い魔力は有効活用できると同時に大変危険な代物であるが故にS.H.O.Tに厳重に管理されている。

 

 パワースポットの結界を使えば、下に落ちる城の破片を別空間へ飛ばす事ができ、被害を最小限にとどめる事ができると瀬戸山は言うが、天地は厳しい表情だった。

 

 

「だが、パワースポットまで奴を誘導するという事は……」

 

「ええ、危険もあります。ただ、これ以外に被害を抑え、城を完全に落とす方法はありません」

 

 

 パワースポット自体はあけぼの町のみならず世界各地に存在しており、もしもそれが破壊されでもすれば膨大な魔力が破壊を引き金に暴走し、町1つを消し飛ばすほどの威力を見せると言われている。

 危険な代物、と言われる所以の1つはそれだ。

 敵の城をそこまで誘導するというだけでも骨が折れそうだが、敵をパワースポットまで案内するというのも相当にリスクがある。

 だが、瀬戸山の考えではそれが最善手であり、尚且つそれしかないという試算。

 現状の戦力、状況、技術でできる最良の手段がそれなのだ。

 悠長に考えている暇もないと、天地は意を決したようにリュウガンオー達に通信を繋いだ。

 

 

「リュウガンオー、並びにWとフォーゼの3人に、作戦を伝える」

 

 

 それしかないなら、やるしかない。

 勝つ為に、勝って守る為に。

 

 

 

 

 

 一方で、城。

 城の内部にまるで玉座のように置かれる椅子に座るのは、ジャークムーン。

 ジャークムーンの目の前にはジャマンガ本部にいるDr.ウォームからの通信が映し出されていた。

 

 

『儂の造ってやった城でいきなり飛び出して行きおって。挙句、儂の可愛い遣い魔達までごっそり連れていきおってからに。折角リュウケンドーを倒したのだ。戻って、これからの事を話し合おうではないか』

 

「お前と話し合う事など何もない。唯一面白いと思っていたリュウケンドーもあの体たらく。リュウガンオーや他の連中には興味も湧かぬ」

 

 

 ウォームの提案を一蹴し、ジャークムーンは語る。

 リュウケンドーを倒してからというもの、全く姿を見せなかったジャークムーンは先程、突然戻った。

 そしてジャークムーンの為にウォームが造った城であけぼの町に飛び出して行った、というのが現状である。

 

 ウォームの脳裏に何か、嫌な予感が走る。

 ジャークムーンのいけ好かない態度は今に始まった事ではない。

 だが、今回の急な出撃と今のジャークムーンには、今まで以上に危険な『何か』をウォームは感じ取っていた。

 

 急に戻ってきたジャークムーンの様子は何処かおかしかったようにも見えたのが、その不安をさらに煽る。

 ジャークムーンは元々、Dr.ウォームが造りだしたという経緯がある。

 恐らくウォームが造りだした魔物の中で最強であり、尚且つ最もいう事を聞かない魔物であろう事は明白だった。

 それでも、ウォームが造りだしたという事実は変わらない。

 そんな生みの親足るウォームが感じたのだ。今のジャークムーンは『何か』がおかしいと。

 

 

『待て、何を始めるつもりじゃ?』

 

「……止めてみるか?」

 

 

 その言葉を最後に、ジャークムーンはウォームとの通信を切る。

 1人玉座に座るジャークムーンは、変わるような表情は無いものの、あるとすれば口角を上げて怪しく笑うような雰囲気を纏わせた。

 

 

「我が胸に秘めし野望。知る者はいない」

 

 

 彼の胸に湧き出る野望。

 自分より力の無い者に従う気の無い彼は、例え大魔王が復活したとしても全盛期の力が無ければ叩き伏せる気でいた。

 それが、ほんの少し早まっただけ。

 

 

「合戦、始め!」

 

 

 玉座より放たれた宣言により城は地上に雷を落とし始める。

 雷の熱は建物を焼き、衝撃はあらゆる物を粉砕し、あけぼの町は瞬く間に地獄絵図と化す。

 あけぼの町を全力で叩き壊しながらジャークムーンは嗤う。

 

 ジャークムーンの、反逆だった。




――――次回予告――――
ゲキリュウケンは何も答えてくれない。これじゃ変身できない。
でも、町が火に焼かれる中でもあけぼの町民は諦めねぇ。
だったら俺が諦めるわけにはいかねぇよな。
頼む、目覚めてくれゲキリュウケン!
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第46話 あけぼの町は諦めない

 あけぼの町民の一部は地下の一角に避難していた。

 あけぼの町の人々は基本的に横繋がりが深く、歩けば知り合いに会う、というか殆どの人が顔見知りだ。

 人情溢れる下町、とでも言おうか。お互いがお互いの事をよく知っているのだ。

 そんなわけで避難先でも大抵は顔見知りしかいないという状況が発生する。

 

 地下にはあけぼの署の署長、『雪村 雄三郎』と巡査の『牛山 塩三』がいの一番に駆け込み、2番目にやって来たのは肉屋、『肉のいのまた』を営む帽子の男『猪俣 熊蔵』と『猪俣 邦子』の夫妻だった。

 熊蔵の手には店の看板が。邦子の手には仏壇の先祖の戒名が刻まれている石と、最近流行りのドラマのイケメン俳優が写っているポスターが丁寧に丸められて握られている。

 避難命令を受けて『これだけは持って行かなくては』というものを持ってきたわけだ。

 地下の避難所にいた警察官2人に熊蔵は声をかけた。

 

 

「よう、避難命令とは穏やかじゃねぇじゃねぇかよ」

 

「S.H.O.Tによれば、今回のは今までのとは違うらしいんだ」

 

 

 雄三郎はぶっきらぼうに答える。

 警察はジャマンガ戦では無力だ。いや、本人達の逃げ腰も多分に影響しているのだが。

 そんなわけであけぼの町民は警察よりもS.H.O.Tを頼る事が多い。

 何処の誰がS.H.O.Tかは分からないが、少なくともS.H.O.Tだと分かっているリュウケンドーとリュウガンオーを特に。

 凄く大雑把に言うのなら、ご当地ヒーロー的なそれだ。

 

 当然、頼られない警察としてはあまり面白くないわけで。

 誤解の無いように言うと、別にあけぼの署は嫌われているわけではない。

 警察官という事で通っている剣二や銃四郎は一定の人望があるし、あけぼの署の中で『3バカ』と揶揄される署長の雄三郎含む2人の課長だって、ある程度信頼されているからそんな風に言われているのだ。

 

 

「それに、リュウガンオーは健在だが、リュウケンドーはいないらしい。ゴーバスターズとかが頑張ってるそうだ」

 

 

 塩三がついでに付け加えた。

 リュウケンドーが不在という事実はあけぼの署にも伝わっている。

 S.H.O.Tは隊員も公開できない秘密組織という都合上、現地の警察、つまりあけぼの署と協力しなければ自由な行動ができない。

 避難誘導などもS.H.O.Tを通して警察にしてもらい、魔物退治をS.H.O.Tが請け負う、というスタンスだ。

 

 そんなわけで魔弾戦士が誰かまでは伝えられていないが、魔弾戦士がどうなっているか程度の話は入ってくる。

 リュウケンドーはあけぼの町民のヒーロー。そんな彼がいないというのは猪俣夫妻としても聞き捨てならない事だった。

 

 

「ちょっとぉ、それ何でよ」

 

「知らんよ。S.H.O.Tの事なんか……」

 

 

 邦子の言葉にも雄三郎はやっぱりぶっきらぼうに答える。

 S.H.O.Tの事は嫌いではないが、自分達よりも頼られているというのは複雑な気分なのだろう。

 だったら少しは頼られるように逃げ腰を改善しろよ、とは誰もが言いたくなる事だろう。

 

 と、新たに避難してきた人が2人やってきた。

 そのうちの1人に気付いた熊蔵が帽子を取って頭を下げる。

 

 

「あ、これはこれは御前様! ご苦労様です!」

 

 

 入って来たのは手に数珠を持って寺の住職の格好をした、通称『御前様』とアフロヘアーをして髭を蓄えている『ガジロー』だ。

 2人、特に御前様は見ての通りあけぼの寺の住職で、御前様はそれに加えて町内会長をしている。

 

 御前様は偉い。何せ住職で町内会長だ。

 どれくらい偉いかというと、あけぼの署の署長よりも発言力があるくらいには偉い。

 何かがおかしい気もするが此処はあけぼの町なので仕方が無い事である。

 

 2人が入ってきたのとほぼ同時に、地下の避難所が揺れ始めた。

 天井はミシミシと嫌な音を立て、土が埃と一緒になって落ちてくる。

 この時、地上ではジャークムーンの城から雷による攻撃が始まっていた。

 その衝撃により地下の避難所までもが影響を受けているのだ。

 

 

「おいおい、大丈夫なのか此処ぉ!?」

 

 

 警察官であるはずの雄三郎がいの一番に情けない声を出しながら慌てだす。邦子やガジロー、塩三も大分ビビっているが、熊蔵はそんな彼等を「大丈夫だから静かにしろ」と激励し、御前様は微動だにしていない。

 

 

「……熊蔵さん!」

 

 

 揺れが収まった直後、御前様が大きく声を上げる。

 そして熊蔵が振り向くと、御前様はある提案を熊蔵にした。

 

 

「『アレ』を、出してくれ」

 

「……! アレ、ですかい? 本気で?」

 

 

 2人以外の全員が熊蔵と御前様を交互に見やった。

 熊蔵の妻である邦子や御前様と同じ職場のガジローですら『アレ』について思い当たる節が無く、警察官2人も何の事やら分からない様子だ。

 邦子が『アレ』について問おうとするも、その前に御前様の次なる言葉が放たれる。

 

 

「リュウケンドーがいないという言葉を聞いた。彼なき今、リュウガンオー達だけに頼るのは、あけぼの町民の、名折れじゃ!」

 

「確かに……」

 

 

 御前様の目は覚悟の色に、それを受けた熊蔵の目も強く鋭い。

 2人の初老が何を覚悟し、アレとは結局何なのか、邦子にもガジローにも警察官にも分からぬまま、2人は避難所から外に出て行った。

 

 

 

 

 

 二課では弦十郎がモニター前で唖然とした。

 特命部では黒木もモニター前で唖然とした。

 

 リュウガンオー達が必死でパワースポットに誘導しようとしている。

 シンフォギア装者とディケイドが一刻も早く現場に向かおうと急いでいる。

 ゴーバスターズ達が戻り、疑似亜空間攻略に移るのも時間の問題だ。

 

 しかし、モニター前に移されていたのはそういう物ではなかった。

 映し出されていたのは、城に対抗して編隊を組む十数機の『ジェット戦闘機』。

 自衛隊辺りがそれを出した、というのなら驚きはないだろう。

 だが、自衛隊が出してきた何て報告は上がっていない。

 というか問題は、『それがあけぼの町から出てきた』という事だ。

 

 

「……何だ、アレは?」

 

 

 弦十郎の言葉は二課と特命部メンバー全員の総意だ。

 オペレーター陣ですら硬直してしまっている。

 しかしそんな中、S.H.O.Tのメンバーだけは驚きつつも割と平静を保っていた。

 戦闘機を見た瀬戸山の感想もまた、表情と同じく冷静だ。

 

 

『やりますね、あけぼの町民……』

 

 

 ツッコミどころはいっぱいある。

 何でただの下町であるはずのあけぼの町から戦闘機が出てくるんだ? とか。

 ああいう武力って他国から目が付けられないか? とか。

 確かにある程度の武装保有は対ジャマンガ用としてあけぼの町は認められているが、流石に凄すぎじゃないか? とか。

 何処の戦闘機か分からないのに何故に当然のようにあけぼの町民が乗っていると断定しているんだ? とか。

 というか瀬戸山さん反応薄すぎじゃね? とか

 

 

『いや、あの、おかしくないですか。色々と』

 

 

 そんな諸々を含んだ特命部の森下の言葉だが、その言葉は、天地のあまりにもあまりにもな一言で叩き伏せられてしまう。

 

 

『まあ、あけぼの町だからな』

 

 

 あけぼの町とは何なのだろうか。

 

 

 

 

 

 戦闘機に乗っているのは熊蔵や御前様含む、あけぼの町民で年を食った人々。

 御前様が言っていた『アレ』とはこれの事だったのだ。

 避難所から出て、戦闘機達の勇姿を見上げるガジローと邦子はポカンとした表情である。

 

 

「昔、戦闘機乗りだったとは聞いてたけどなぁ……」

 

 

 ガジローは同じ住職として御前様と関わる機会が他の人に比べて多い。

 その時に少しだけ聞いていたのだが、それは『まあ、昔の事』と処理していたのだが、まさか割と現役とは思わなかった。

 

 

「あんなのさ、よく仕舞ってたよねぇ……」

 

 

 邦子の言葉に、ガジローも頷く。

 戦闘機が出てきたこと自体にツッコミを入れるような感性の持ち主は、この場にいなかった。

 

 あけぼの町とは何なのだろうか。

 

 

 

 

 

 一方であけぼの町の地上では『高倉 律子』と『中崎 市子』が銃を手に上空の城に発砲を繰り返していた。

 銃と言っても拳銃ではなく、散弾銃や機関銃と言った、およそ通常の警官では触れる事も無い様な代物である。

 これらが支給されているのにはジャマンガが定期的に現れるから、という明確な理由がある。

 通常の警察を遥かに上回る過剰な武装が許され、尚且つ支給されているのはその為なのだが、署長である雄三郎が事なかれ主義の為にあまり使う機会は無い。

 恐らくそう言った火器類を一番多く使ってドンパチしてるのが婦警コンビのこの2人だ。

 交通課の割には大分あぶない刑事である。

 

 機関銃をぶっ放しながら音に負けぬように、市子が律子に声をかけた。

 

 

「これ当たってんのかなー!?」

 

「知らなーい!!」

 

 

 2人の正義感は本物で、ジャマンガから人々を守りたいという気持ちは強い。

 ちょっと軽いノリでも、あけぼの町の為に戦いたいという思いはS.H.O.Tと同じだ。

 彼女達なりに戦いたいと、武器を手に取っているのだから。

 

 

 

 

 

 さらに一方、逃げ遅れた2人がいた。

 1人は『野瀬 かおり』。剣二も思いを寄せている『フローリストのせ』という花屋を営むあけぼの町のマドンナだ。

 1人は『蝶野 富雄』。ラーメン屋、『豚々亭』を営む若い主人だ。

 豚々亭はガジローや剣二もよく訪れるあけぼの町では人気のあるラーメン屋である。

 

 2人は建物から逃げようとしたが逃げ遅れ、おまけに雷の影響で辺りは瓦礫に塞がれてしまっていた。

 何とかできないかと模索したものの結局ダメで、階段で座りながら救援が来るのを待っているという現状。

 富雄の横には出前でラーメンを入れて運ぶ岡持ちが置かれ、かおりの横には『かっぱ地蔵』が置かれている。

 2つとも2人が避難の時に持って行こうとしたもので、岡持ちはともかくかっぱ地蔵は石でできている為、かおりが持つには少々重たいのだが、構わず持ってきていた。

 

 ちなみにかっぱ地蔵とはあけぼの町の守り神で、石造の地蔵である。

 手にキュウリを持たせて『ベレケベレケ』と唱えると願いが叶うそうだ。

 

 

「あーあ、そろそろ引っ越しかなぁ」

 

「豚々亭はどうするんです!?」

 

「閉めるしかないだろ?」

 

 

 此処までの被害と命すら危うい状況で、富雄は弱気にもそう考えてしまう。

 しかし、ある意味当然だ。今までのジャマンガは人を殺す様な真似は基本的にしなかった。

 マイナスエネルギーは生きた人間からしか出てこないので、人を殺す事はむしろ不利益に繋がるからだ。

 だが、今回の攻撃は本気の攻撃。潰しにかかっていると言っても過言ではない。

 発現した本人含めて誰も気付かずとも、富雄の言葉は今回の襲撃が今までとは違う事を示していた。

 

 

「……あたし、あけぼの町で生まれて、小中高通って、初恋もしたし……。初キッスは、かっぱ地蔵のとこでした」

 

「み~んなあそこで初キッスするんだよなぁ。酷い時には行列までできてたっけ」

 

 

 自分の人生を振り返りながら、かおりは語り、富雄も笑って当時を回想する。

 あけぼの町には大切な思い出が沢山あるのだ。

 

 

「この町には、私の全部があるんです」

 

 

 思い出の詰まったこの町を離れたくない。壊されたくない。そう思っていた。

 富雄だって想いは同じだ。引っ越すと口にしても、豚々亭には自分の全てが詰まっているのだから。

 

 

「でもさ、命あっての物種だし……」

 

 

 あけぼの町と自分の命。天秤にかければ簡単な事で、自分の命が優先だ。

 命があればまたあけぼの町に戻ってくる事もできるだろうし、壊されても命があれば再建する事だってできる。

 正に命あっての物種なのだ。

 だけど、できる事なら離れたくないという想いだって富雄の中にはある。

 

 

「……もし、このまま閉じ込められたままだったら」

 

 

 弱気な富雄はふと、そんな事を口にしてしまう。

 むしろこの命をも知れぬ状況下で『弱気』で済んでいる富雄は精神面が強い方だろう。

 流石はあけぼの町民と言ったところだろうか。

 だが、そんな富雄を上回る精神力を持つ者が、此処にはいた。

 

 

「そんな事はありません!」

 

 

 女性のかおり。彼女が富雄の言葉を強く否定する。

 

 

「リュウケンドー達が、必ず来てくれます」

 

 

 彼女は信じていた。S.H.O.Tを、リュウガンオーを、リュウケンドーを。

 この町を守って来てくれた正義の味方達を。

 かおりに力は無い。守る力も、立ち向かう力も、相手を倒す力も。

 ジャマンガという強力な武力に対しては逃げる事しかできない弱い人間だ。

 だが、信じる事はできる。

 何もできなくともヒーローの登場を信じ続け、ヒーローを信じ抜く事ができる。

 それしかできないのなら、それを全力でするだけだ。

 かおりは信じ続ける。リュウケンドーが来てくれる事を。

 

 

 

 

 

 3人の戦士の足が並びながらあけぼの町を駆け抜けていく。

 ハードボイルダーとマシンマッシグラー、そしてバスターウルフ。

 バイク達は並走しながら、戦士達をパワースポットへと運んでいく。

 

 

「でぇやァッ!」

 

 

 リュウガンオーは時折、後方を向き、城へ向けて『マダンナックル』という装備による衝撃波を放つ。

 マダンナックルは魔弾戦士共通の装備。手に嵌めて使用し、殴る事は勿論、拳を突き出す事で衝撃波を繰り出して遠距離攻撃もできる代物だ。

 マダンナックルから放たれた衝撃波は城に命中するものの、全く効果が無い。

 Wも火力の高いヒートトリガーに変わってトリガーマグナムを放つが、同じく効果は無い。

 フォーゼも『20番』のスイッチを使って『ファイアーステイツ』へと変身し、『ヒーハックガン』という専用武器を使って炎の弾丸を撃ち込むものの、こちらも同じくだ。

 

 さらに何処からともなく現れた戦闘機達のミサイルによる援護も入るが、これも効き目はない。

 

 彼等はバイクでパワースポットを目指しつつ、時折後方を向いて誘導の為に攻撃を仕掛ける、という事を繰り返していた。

 攻撃による効果は無い。だが、誘導は上手くいっている。

 ただ、『上手くいきすぎている』程に。

 

 

「不動よりS.H.O.Tへ! 気のせいか、誘導無しでもパワースポットに向かってるぞ!」

 

 

 そう、攻撃などしなくとも城はパワースポットを目指しているようにしか思えなかった。

 町を雷で破壊しながら進む城は脇目も振らずにパワースポットへの道を一直線に進んでいる。

 Wの右側、頭脳担当のフィリップもその行動には薄々気が付いていた。

 

 

『敵の狙いもパワースポット、という事なのかもしれない。何が目的なのかは分からないけど』

 

 

 誘導関係無しにパワースポットへ進んでいるという事はそう考えるのが自然だ。

 パワースポットに莫大な魔力が溜まっている事を考えると、目指す理由は十中八九碌でもない事なのは確かだが。

 

 

「つっても、他に手はねぇんだろ?」

 

 

 翔太郎の言葉には誰もが反論できず、押し黙った。

 結局、こっちに手は1つしかないのだ。例えそれが敵の狙いと同じだとしても、その土俵で戦う他ない。

 そんなWの言葉に応えるように、リュウガンオーの通信に瀬戸山が返答した。

 

 

『その通り。どちらが強いのか、一騎打ちです』

 

 

 賭けに等しい勝負ではあるが、それをする以外に方法は無く、その賭けに挑まなければあけぼの町は火の海となって壊滅する。

 だったら、迷っている暇などなかった。

 

 パワースポットへ進んでいく道中、城から雷とは別に歪な槍のような物が落ちてきた。

 見れば、城の上部から遣い魔達が自分の手持ち武器である槍を投擲しているではないか。

 さらに何処かに槍を貯蔵してあるのか、遣い魔達はバケツリレー方式で槍を運び、投擲する遣い魔に渡していく事で間髪入れずに槍を投げ続けている。

 ジャマンガ本部から連れ出された遣い魔はかなりの数で、それだけ投擲されている槍もおびただしい数になっている。

 狙いは戦闘機達。上空を飛び交う敵と、そこから放たれるミサイルがうっとおしく、ジャークムーンが撃墜命令を出したのだ。

 

 戦闘機達は槍の包囲網を掻い潜るが、人間以上の腕力で投げられる槍の投擲は普通の人間が投げる槍よりもずっと攻撃範囲が広い。

 おまけに槍による弾幕は槍とは思えぬほどに厚く、あろう事か戦闘機の1機が槍に当たってしまい、翼から火を出してしまっていた。

 高度がどんどん下がっているその戦闘機が墜落するのも時間の問題だろう。

 

 

「! ちょっと行ってくるッス!」

 

 ――――ROCKET!――――

 

 ――――ROCKET ON――――

 

 

 フォーゼはファイアーステイツから元のベースステイツへと戻り、右腕にロケットモジュールを展開してマシンマッシグラーから飛び出した。

 ロケットの推進力で上空を駆け、墜落しかかった戦闘機まで辿り着くと、左手でバツのソケットにあるランチャースイッチを外し、代わりにラベンダー色の『28番』スイッチ、『ハンドスイッチ』を差し込んだ。

 

 

 ――――HAND!――――

 

 

 ハンドスイッチのスイッチ部分を押すとスイッチからは手形のようなものがせり上がる。

 

 

 ――――HAND ON――――

 

 

 右足に現れたのはラベンダー色をした機械の腕、『ハンドモジュール』だ。

 これは細身な見た目とは裏腹に5t程度の物なら持ち上げる事ができる、フォーゼ第3の腕とでも言うべき高性能な腕だ。

 ロケットモジュールで墜落しそうな戦闘機を追跡しつつ、ハンドモジュールでキャノピー部分を無理矢理引きはがし、そのまま中のパイロットをやや乱暴だが掴む。

 

 

「よっ、と!」

 

 

 ハンドモジュールで掴んだパイロットを自分の左肩に移して抱え、未だに放たれ続ける槍から逃れるように急速に離脱。地上まで降りてパイロットを下ろしてやった。

 パイロットは寺の住職のような恰好で額に白い鉢巻を巻いている老人。御前様だった。

 御前様は身体に怪我らしい怪我もなく、ロケットとハンドのスイッチをオフにしたフォーゼに両手を合わせて頭を下げた。

 

 

「かたじけない」

 

「気にしないでくれよ。アンタ等こそすげぇな、あんな戦闘機まで持ち出して」

 

 

 上空では残弾がある戦闘機達が奮戦している。

 誰もが諦めずに城に攻撃を仕掛けているのだ。

 この老人もそんなパイロットの1人なのかと思うと、あけぼの町民にはすげぇ人が多いな、と心底思う。

 空を見上げて感嘆するような声を出すフォーゼに、御前様は質問をした。

 

 

「白き戦士よ、1つお尋ねしたい」

 

「ん? おお、何スか?」

 

「リュウケンドーはどうしているのか、貴方は知っているのですか?」

 

 

 その言葉にフォーゼはすぐに答える事ができず、詰まってしまった。

 リュウケンドーが、鳴神剣二がどうしているのか。彼はよく知っている。

 変身できない、つまりはあけぼの町に現れられない事も。

 あけぼの町民にとって魔弾戦士は仮面ライダー以上にヒーローだと聞かされている。

 であるならば、彼がいない事は彼等にとってもショックな事なのだろうと。

 

 

「えっと、その、リュウケンドーは……」

 

「……よいですぞ。知っておるのですな? そして、今は何かがあって戦えないのですな?」

 

 

 答えに詰まるフォーゼの態度を見て御前様も察し、その言葉にフォーゼもゆっくりと頷く他ない。

 リュウケンドーとリュウガンオーはあけぼの町の希望、ヒーローなのだ。

 片方でもいなくなるという事がどれほど不安な事だろうか。

 正確には答えられない歯痒さと、彼等の心境を考えてフォーゼも言葉が見つからない。

 だが、御前様の表情には動揺も不安の色も無かった。

 

 

「もし、リュウケンドーと会えるのなら、彼に伝えてほしい」

 

「……?」

 

「我々は待っていると。必ず戻ってきてほしいと」

 

 

 言葉にフォーゼは驚いた。御前様の言葉は、リュウケンドーを信じ切っていたから。

 フォーゼが思うよりも、あけぼの町民はずっと強かった。

 御前様や熊蔵を筆頭にした戦闘機の部隊も、婦警コンビも、閉じ込めらているかおりと富雄も、あけぼの町の誰もが。

 彼等は弱音や弱気にはなっても、諦めや絶望は無い。

 幾度も魔物に襲われようと強かに逞しくあけぼの町で生き抜いてきたのだ。

 ジャマンガの初襲撃から半年も経っているが、それでもあけぼの町から出て行った人間は殆どいない。

 むしろ魔物をモチーフにしたキャラで一儲けを考えるくらいには逞しいのが彼等だ。

 誰もが信じている。S.H.O.Tを、リュウガンオーを、リュウケンドーを。

 

 

「儂らは彼等に頼るしかない。だからこそ、せめて信じ抜くつもりじゃ。あけぼの町民として、この町を奴らの好き勝手にはさせとうない」

 

 

 御前様の言葉は、あけぼの町民の総意と言ってもいいだろう。

 例え魔弾戦士がいなくとも戦い続けるような人までいるのがあけぼの町という場所。

 だからこそあんな戦闘機まで飛んで、婦警コンビもドンパチしている。

 

 そんな御前様の言葉にフォーゼは。

 

 

「くうぅぅぅ……!」

 

 

 泣いた。

 仮面の奥の涙は拭えやしないが、目を擦るフォーゼ。

 

 

「おっしゃ! アンタ達の気持ち、確かに受け取った! この熱い気持ちは絶対、リュウケンドーに届けて見せる!!」

 

「よろしく、頼みますぞ」

 

 

 御前様はもう一度頭を下げ、フォーゼもそれに強く、強く頷いた。

 そしてフォーゼは再びロケットモジュールを起動して城の方、パワースポットへと向かう。

 御前様の、あけぼの町民の思いを受け取った彼は、その大きな思いを胸にあけぼの町の空を飛ぶ。

 

 

(帰って来てくれよ、剣二さん! アンタはあけぼの町みんなから想われてるんだからよ!)

 

 

 彼は剣二が何処にいるか知らない。だから、今すぐに言葉を届ける事はできない。

 だけどせめて、ほんの少しでも何かが届けばと思って心の中で叫び続ける。

 再び龍の剣士が魔を断つために現れるその時を、待っていると。

 

 

 

 

 

 撃墜される戦闘機。焼けていく町。効かない攻撃。未だ居座る疑似亜空間。

 あけぼの町でも少し高い場所にある神社から、剣二はそんな様子を見ていた。

 どんどん悪化していく地獄絵図に、ただただ立ち尽くして。

 

 

「やめろ……。やめてくれ!!」

 

 

 思わず叫ぶが、ジャマンガはそんな事で攻撃を止めない。

 城の主がジャークムーンである事を剣二含めて誰も知らないでいる。

 ジャークムーンが一度も姿を現していないのだから当然だが、目の前で暴れる相手がジャークムーンだというのは、その戦いで変身できなくなった剣二への当てつけのようにすら思える。

 

 雷撃は容赦なく民家を焼き、戦闘機は少しずつ数が減らされていく。

 それでいて城には傷1つ付いていない。

 疑似亜空間も未だ健在で、それがより一層不安感を煽った。

 

 

「……ゲキリュウケン」

 

 

 返事の無いゲキリュウケンを手に持って見つめながら、心から思った。

 自分が今、あの戦場に立てるなら、と。

 リュウケンドー1人で何かが変わるかは分からない。でも、いないよりもいる方がマシだと思う。

 例え未熟でも、病み上がりでも、何もしないで見ているより戦いたい。

 

 

「俺が、あんな奴にライバル心なんか持ったばっかりに……」

 

 

 ジャークムーンを『剣使いの好敵手』と見てしまったが故に、そこに意固地になりすぎたから起きてしまった悲劇。

 銃四郎の、「魔物だ、ただの」という言葉が頭を過った。

 その通りだ。そう思って戦ってさえいれば、こんな風にならなくても済んだかもしれないのだ。

 でも、それでもジャークムーンと剣で競いたいと思った心は本心。

 それで痛い目を見たという自覚があるからこそ、その本心を捻じ曲げたくないという思いが剣二の心を締め付ける。

 

 

「……でも、俺は」

 

 

 剣二は思う。守りたいという思いもまた、本心なのだと。

 敵にライバル心を持つ事と、町を守りたいという思いは反対の思いというわけではない。

 つまり共存できる思いなのだ。

 要はどちらが重要か。どちらが剣二にとって、より大切な事かという話。

 翔太郎に言われた「『守りたいもの』を危険に晒しちゃ意味がない」という言葉が浮かぶ。

 その通りだ。守りたいものを危険に晒してまで、ライバルに勝つ事は重要な事なのか。

 場合にだってよるかもしれない。けれど、敵は人を脅かす魔物だ。

 

 彼の欠点は直情的過ぎるところ。それが悪い方向に全力で向いた結果が今。

 彼はそれを見つめ直し、今自分がやるべき事を、本当にやりたい事を見つける。

 

 そう、答えは1つだ。

 

 

「俺は守る事よりジャークムーンと戦う事を優先した。

 アイツへのライバル心が本心なのは事実だ。だけど今度は間違えねぇ。

 俺は町を守る為に戦う! アイツとの事はその後だ! 何よりもまず、町と人を守りたい!

 不動さんをおっさんとはもう呼ばない! 強くなんかならなくたっていい!

 だから頼むッ! 俺をもう一度変身させてくれッ!!」

 

 

 溢れる思いを勢いのままに叫ぶ剣二は、手の中の相棒を握りしめた。

 

 

「――――――ゲキリュウケンッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 特命部の格納庫。

 急ピッチで進められた5体合体は今、完成を見ていた。

 バスターマシンへ乗り込む為のリフトには既にマサトとJが待機し、ゴーバスターズの3人が帰ってくるのを待ち続けている。

 そして、格納庫の入口の方から走る足音が聞こえてきたのを耳にし、マサトは笑って3人を出迎えた。

 

 

「来たな?」

 

 

 メットを脱ぎ、バスタースーツのみを纏っているヒロム、リュウジ、ヨーコが駆け込む。

 ゴーバスターズがすれ違う作業員達は皆、ゴーバスターズに特命部式の敬礼をして出迎えた。

 此処まで徹夜で頑張ってくれた作業員達1人1人に丁寧に返していきたいところであったが、緊急事態に悠長にしてはいられない。

 3人は急ぎマサトとJがいるリフトに乗り込むと、リフトはすぐに上昇を始めた。

 

 

「1つ強くなったみたいだな、ヒロム」

 

 

 フィルムロイドとの戦いで何があったのかを知ったマサトが言う。

 だが、ヒロムは苦笑いで首を横に振った。

 

 

「逆ですよ。自分でもあんなに弱いとは思いませんでした」

 

 

 家族がいなくて寂しいと思っていた事は紛れもない事実。

 だが、偽物程度であそこまで動揺するとは自分でも全く思っていなかった。

 自分の中にある家族への弱さに驚くと同時に、自分があんなにも脆いのかと。

 強くなったワケがない。むしろ、弱さを露呈してしまったとヒロムは思っていた。

 

 

「それこそ逆だ」

 

 

 しかしマサトはそれを否定した。

 

 

「『強さ』ってのは、『弱さ』を知る事だ」

 

 

 完璧じゃないから面白い、というのがマサトの持論だ。

 そして完璧な人間など、この世には存在しないというのも。

 完璧でないという事は人には必ず欠点があり、弱さが何処かに存在している。

 一見完璧でも、一見強く見えても、何処かに必ずウィークポイントがあるものだ。

 マサトは語る。『強くなる』とはその欠点を、弱さを自分で自覚する事だと。

 

 

「ま、これで迷いなく、新マシンを預けられるってモンだ」

 

 

 そしてその『弱さ』を知ったヒロムになら安心してメインパイロットを任せられるとマサトは考えていた。

 まだまだ未熟。だが、その未熟を自覚した彼なら大丈夫だと。

 マサトはリフトの目と鼻の先にある、特命部作業員達が徹夜して造り上げたバスターマシンを見上げて、宣言した。

 

 

「驚異の5体合体! 名付けて……」

 

 

 そんなマサトの前にJが躍り出て。

 

 

「『グレートゴーバスター』!」

 

「何でお前が言うんだ!?」

 

 

 一番決めたいところを掻っ攫われたマサトはJの頭を小突いた。

 これじゃカッコつかねぇとマサトは溜息を漏らし、そんな2人に3人は笑う。

 リフトは間もなくグレートゴーバスターの乗り込み口まで上昇。

 ヒロムはどつき漫才を繰り広げるマサトとJ含む4人を一瞥し、決意新たにモーフィンブレスを構えた。

 

 

「行くぞ!」

 

 ――――It’s Morphin Time!――――

 

 

 マサトとJにバスタースーツが転送され、既にスーツだけは纏っているヒロム達3人にはメットが転送。

 5人がゴーバスターズへと変身を果たしたのとほぼ同時にリフトが乗り込み口にまで上がり切る。

 そして5人は、最強のバスターマシンへと乗り込んだ。

 

 乗り込み、各々のコックピットでヒロム達3人はバディロイドと顔を合わせた。

 バスターマシンへ乗り込む時ではいつもの事。

 だが、今日は何となく感じが違う。新たな合体という事もあるのだろうが、ニックは特にそれを感じていた。

 

 

「頑張ったな、ヒロム。お疲れ!」

 

 

 ヒロムにとって家族がどれだけ大切か、誰よりもヒロムを見てきたニックはよく知っている。

 ヒロムの事なら特命部の誰よりもニックが詳しいと言ってもいいだろう。

 何せヒロムとヒロムの姉であるリカと10年以上もの間、一緒に暮らしてきたのだから。

 例え偽者でもそれを見せつけられたヒロムがどれだけ苦しかったか。それを振り切ったヒロムがどれだけ強くなったか。ニックにはそのどれもが痛いほど分かる。

 だけどヒロムは、レッドバスターはニックの、言葉だけではわからない程、様々な意味を含んだ労いの言葉に笑った。

 

 

「まだ早いぞ、ニック。これからだ!」

 

 

 そう、これからなのだ。

 いつか両親を救い出し、メサイアをシャットダウンするまでは――――!




――――次回予告――――
大ピンチのあけぼの町の為に、みんなは諦めずに立ち向かう。
だったら俺だけ何もしないわけにはいかないよな。
どんな強敵だって、力を合わせて倒してみせるぜ!
行くぜゲキリュウケン! 俺達でみんなを守るんだ!
次回は、2つの切り札、ライジン!


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第47話 2つの最強

 パワースポットへ到着したジャークムーンは笑い、吠える。

 

 

「着いたぞォォォッ!!」

 

 

 パワースポットの強烈な魔力を使えばジャークムーンはさらに強力な力を得られるだろう。

 Dr.ウォームが今まで手出しをしなかったのは、その危険性を考慮したため。

 パワースポットの魔力は強大だが、強大『過ぎる』のだ。

 とても制御できるものではなく、それはサンダーキーの比ではない。

 ウォームが差し出したサンダーキーに警戒の色を示したジャークムーンも、普通ならパワースポットに手を出そうとは思わない。

 だが、何故だかジャークムーンは自分を止められなかった。

 心の内から湧き出てくる野心が、欲望が、まるで止められない。

 

 今のジャークムーンは、『何か』がおかしかった。

 

 

 

 

 

 城はパワースポットの真上で停止し、リュウガンオー達も城を前にして停止。

 さらに上空からロケットモジュールで飛んできたフォーゼが合流する。

 加えて、メタロイドとの戦闘から駆け付けたマシンディケイダーに続いて黒い車がやって来た。

 マシンディケイダーには当然ディケイドが、黒い車の運転手は翼のマネージャー兼二課エージェントの慎次で、後部座席には響と翼が乗っている。

 響と翼は車から降り、すぐさま聖詠を歌ってシンフォギアを纏った。

 現状、ゴーバスターズ以外の全戦力が集結した事になる。

 

 

「はぇ~……こらまたでっかいですね」

 

 

 城を直接見るのは初めてな響があまりにも巨大な城を見て驚きを通り越して呆然とするような声を上げた。

 翼の目は鋭く城を睨み付け、ディケイドも旅の中で何度か目にしてきた巨大な敵を思い返しながら城を見やる。

 

 自分から来たから誘導とは言い難いが、ともかくパワースポットまでは連れてこられた。

 後は城を落とすだけなのだが、それが一番の難題。

 リュウガンオーはファイナルキーを取り出しつつ、全員に向けて作戦を伝えた。

 

 

「やるだけやる。全員で攻撃だ!」

 

 

 それは作戦というにはあまりにも杜撰かつ、直球過ぎるもの。

 だが、あれを撃墜するには真正面からぶっ潰すほか方法が無いのも確かだ。

 全員がそれに賛同し、城を睨む。

 その一撃で壊せなければこちらの負けがほぼ確定する、仕損じられない一撃だ。

 

 

 ――――そんな緊張感の漂う中、彼は戻ってきた。

 

 

 城に集中する戦士達の背後を跳び越え、1人の青い戦士が彼等の前に着地する。

 突然の事に驚く戦士達を余所に、その青い戦士は、自らの剣を構えながら宣言した。

 

 

「リュウケンドー、ライジン!」

 

 

 そして、ほんの少しばつが悪そうに。

 

 

「……なんちて」

 

 

 冗談めかす彼だが、その声は紛う事無く剣二のもの。

 そしてその姿は、魔弾剣士リュウケンドー、その人だった。

 S.H.O.T隊員である銃四郎は前線メンバーの中で唯一、剣二が病院を抜け出した事を知っている。

 そんな彼が目の前に現れた事に、誰よりも早く反応したのもまた、彼だった。

 

 

「剣二! お前……」

 

「……俺が、魔弾斬りで城に裂け目を作る。そこを攻撃してくれ」

 

「藪から棒だな。お前が考えたのか?」

 

 

 リュウケンドーはちょっと申し訳なさそうにゲキリュウケンを前に出した。

 

 

「いや、ゲキリュウケンが……」

 

「承知した」

 

 

 ゲキリュウケンが、と言った後の怒気が含まれた返答。

 まるで剣二の提案なら断っていたが、ゲキリュウケンの提案ならいいと言われたかのような物言いに流石のリュウケンドーも「げっ」と声を上げてしまう。

 

 

「やっぱ信用無くしてるかぁ……」

 

『当たり前だ』

 

 

 想像はしていたが少し堪えるところな上、相棒も恨み節に近い言葉をぶつけてきた。

 そんなリュウケンドーの肩にWの左手が置かれる。

 

 

「ま、汚名返上と行こうぜ、剣二」

 

「……あ。もしかして、アンタさっきの?」

 

「ああ。帰ってきたところで、もう一度聞くぜ」

 

 

 神社でのやり取りの際にぶつけられた翔太郎からの問いかけが、再び放たれた。

 

 

「お前、あけぼの町は好きか?」

 

 

 再びその問いを投げかけられたリュウケンドーは、剣二は、この町にやって来てからの事を思い返し始める。

 

 肉屋の猪俣さんがやってる名物『魔物コロッケ』は美味かった。あと一味足りないけど。

 律子と市子という先輩刑事2人には色々教えてもらった。時々彼女達が近くにいるせいで変身できないけど。

 あけぼの町のマドンナ、かおりさんには一目惚れした。全然気づいてくれないけど。

 上司である署長、刑事課長、交通課長とも出会った。ぶっちゃけポンコツ過ぎてあんまりいい印象は無いけど。

 S.H.O.Tのみんなにも世話になってる。天地司令は間が抜けてて、鈴はおっかなくて、瀬戸山さんは頼りないけど。

 そして同じ不動さんには先輩魔弾戦士としても先輩刑事としても頼っている。おっさんだけど。

 

 色々思い返した結果、剣二の結論はこうだった。

 

 

「……いや、微妙かも」

 

「オイ!?」

 

 

 翔太郎のツッコミと同時にその場の誰もがリアクションを示した。

 ある者はずっこけたり、ある者は片方の肩をガクッと落としたり。

 この流れなら「好きだ」とか、そういうんじゃないのかと。

 

 

「でも」

 

 

 だが、リュウケンドーはそこに続けた。

 

 

「守りたいって、大切な場所だって思ったのは間違いねぇ。だから、俺は戦うんだ」

 

 

 強い決意を感じる言葉に、翔太郎は苦笑いながら再びリュウケンドーの肩に手を置いた。

 

 

「お前……。それが、『町が好き』って事なんだよ」

 

「そうなのか?」

 

 

 キョトンとするリュウケンドーに、「そうなんだ」と呆れながらWは返した。

 そんなリュウケンドーに今度はフォーゼが声をかける。

 

 

「お坊さんみたいな人が言ってたぜ、リュウケンドーを待ってるって。あけぼの町みんながアンタの事を信用して、待ってたんだ!」

 

「俺の事を……?」

 

「おう、『アンタを信じ抜くんだ』って、熱い言葉を貰ったぜ! 俺、ちょっと感動しちまった」

 

 

 リュウケンドーの仮面の中で剣二の頬が少し緩んだ。

 自分がどれだけ馬鹿な事で変身できないでいたか、あけぼの町の人達は知らない。

 けれど、こんな非常事態に出てこれなかったリュウケンドーをあけぼの町の人達は信じ続けてくれたという。

 こんなに嬉しく、ありがたい事は無かった。

 

 

「じゃあ、みんなの期待に答えねぇとな……!」

 

「おう! 俺も協力するぜ、剣二さんッ!」

 

 

 2人は仮面越しに笑い、固く手を握り合った。

 そうしてフォーゼこと弦太朗オリジナルの友情の印を交わす。

 突然の不思議な握手に一瞬戸惑うリュウケンドーだが、すぐに受け入れてフォーゼと友情を紡いだ。

 表情は見えなくとも笑いあう2人が分かるのは、感情が出やすい2人だからだろうか。

 

 朗らか且つちょっと熱い空気も余所に、城は未だに健在なのだからそろそろ話してもいられない。

 と、何処からかエンジン音が聞こえてきた。

 それも通常の車とかバイクの比ではない程の轟音が。

 

 

「来たか」

 

 

 その音をする方向をWが向けば、巨大な、それでいて奇妙なデザインをした大型車が走り込んできた。

 大型車と言ってもトラック等の比ではなく、その大きさは重機などに近い。

 これがWのメカニックの1つ、リボルギャリーだ。

 リボルギャリーはボディ部分を展開すると、車体後部にあるリボルバーが露わになった。

 リボルバーにはシリンダーが3つあり、1つには赤いユニット、1つには黄色いユニットが入っており、最後の1つは空きの状態で、空きのシリンダーが一番下に来ている。

 Wはハードボイルダーに乗り、それをリボルギャリーの展開したボディ部分に乗せた。

 そのままバックして空きのシリンダー部分にハードボイルダーの後部を押し込む。

 するとハードボイルダーの前部と後部が分離し、前部を残してリボルバーが回転、今度は赤いユニットのシリンダーが一番下に来た。

 そしてその赤いユニットと先程分離した前部を合体させ、ハードボイルダーは別の姿へと変わる。

 前部は黒い車体のまま変わらないが、後部は緑から赤へと換装された。

 それにただ赤いだけではなく、形も全く違い、折り畳まれていた翼が展開している。

 これは『ハードタービュラー』と呼ばれる形態で、見た目通り、空を飛ぶための姿だ。

 

 

「剣二1人じゃキツイだろ? 俺も行くぜ」

 

 

 魔弾斬りだけでは厳しいだろうと、Wは共に城まで切り込みに行くつもりでいた。

 このハードタービュラーなら城までひとっ飛びで行ける。

 さらにその提案には発案者であるゲキリュウケンも同意した。

 

 

『確かに、戦力がこれだけいる事だ。切り込み役が1人以上いてもいいだろう』

 

 

 城に裂け目を作るという事は、城へ傷をつけられる有効打を与えなければいけないという事だ。

 だったらむしろ、数は多い方がいい。

 それを聞きつけたディケイドはハードタービュラーの左翼に断りも入れずに乗った。

 

 

「なら、俺も行ってやる」

 

「へっ。いつかを思い出すな、士」

 

 

 ハードタービュラーの翼にディケイドを乗せるのはこれで二度目だ、とWの左側は少し回想する。

 そんな回想の間に、今度は右翼に人が乗った。風鳴翼だ。

 

 

「切り込み役なら、私も」

 

「おう。……って翼ちゃんか!」

 

 

 酷く驚いた様子の翔太郎に翼は首を傾げるが、Wの右側ことフィリップがWの右目を光らせながら答えた。

 

 

『翔太郎はツヴァイウイング時代から君のファンでね。嬉しいのさ』

 

「それは……。ありがとうございます」

 

「その話は後でな」

 

 

 翔太郎はあくまでクールに返すが、内心「あとでサイン貰おう」とか結構ハーフボイルドな事を考えていた。

 さて、そうなると射撃組は自ずとリュウガンオーとフォーゼになるのだが、ただ1人、響が残されている。

 彼女は武器を持たず、遠距離攻撃も持たないのだが。

 

 

「うぅ……。もしかして私、何もできない感じですか?」

 

「あー、悪ィな。ハードタービュラーも定員オーバーだ」

 

 

 Wの答えにガックリと肩を落とす響。

 見ての通り、ハードタービュラーは操縦者と両翼に1人ずつ。というか翼に乗る事は本来想定されていないのだが。

 そんなわけで響は今回お留守番が決定し、落ち込む響を慎次が慰めるという光景が見られた。

 

 

「アームドギアが欲しい……」

 

「焦らないで。これからですよ、響さん」

 

 

 そんな戦場には似つかわしくない馬鹿みたいなやり取りが続く中、ディケイドがいい加減に呆れて苦言を呈する。

 

 

「早く行くぞ」

 

「っと、分かってるよ」

 

 

 急かされたWはハードタービュラーを発進させた。

 ハードタービュラーの前部のタイヤが横に回転して完全に浮き上がる体勢を整えた後、リボルギャリーから浮き上がって城へ向かって飛んでいく。

 続いてリュウケンドーも獣王ブレイブレオンを呼び出し、レオントライクへと変形。

 それに跨って大きく助走をつけて大ジャンプ。さらにブレイブレオンを足場にして大きく跳び上がって飛距離を稼いだ。

 

 城まで接近した4人の戦士達は各々の必殺技を放つ。

 

 Wはルナメタルへと変身し、メタルシャフトにメタルメモリを差し込んだ。

 

 

 ――――LUNA! METAL!――――

 

 ――――METAL! MAXIMUM DRIVE!――――

 

 

 ハードタービュラーをその場にホバリングさせつつ、Wは立ち上がってメタルシャフトを振るう。

 鞭のように撓るメタルシャフトが金色の輪を幾つか描き出し、それらが1つ1つ実体化していく。

 さらに、既にハードタービュラーから飛び出した翼は剣を肥大化させ、構えていた。

 Wはメタルシャフトで作り出した金色の輪を飛ばし、翼はそれに合わせて剣から斬撃の衝撃波を飛ばす。

 

 

「「『メタルイリュージョン!』」」

 

「ハアッ!!」

 

 ――――蒼ノ一閃――――

 

 

 右と左が息を合わせて叫んだ技の名、メタルイリュージョンは複数の金色の輪で敵を切り裂き、蒼ノ一閃もまた、剣から放つ衝撃波で敵を切り裂く技だ。

 金色の輪と蒼い斬撃が城へ直撃した直後、残る2人がそれぞれに剣を構えた。

 ハードタービュラーから跳び上がったディケイドがライドブッカーを。

 ブレイブレオンから跳び上がったリュウケンドーがゲキリュウケンを。

 

 

「ファイナルキー、発動!」

 

 ――――ファイナルブレイク――――

 

 ――――FINAL ATTACK RIDE……DE・DE・DE・DECADE!――――

 

 

 ゲキリュウケンに力が籠められ、ディケイドの前には10枚のカードが連なる。

 リュウケンドーはゲキリュウケンを城へ向かって振りかぶり、ディケイドは10枚のカードを潜り抜けながら城へ剣を切り込ませた。

 

 

「ゲキリュウケン、魔弾斬りッ!!」

 

「ハアァァァァッ!!」

 

 

 深く入った2本の剣が重力も味方につけて城に縦の傷をつけていく。

 そのまま落下していく2人だが、ディケイドは既に翼を回収したハードタービュラーが、リュウケンドーはブレイブレオンが受け止め、近くの地上に降ろした。

 

 一方で射撃組であるリュウガンオーとフォーゼも、彼等が切り込むくらいのタイミングで射撃の準備にかかっていた。

 フォーゼは折り畳み式の携帯、『NSマグフォン』を取り出し、それを開いて左右を両手で持った。

 

 

「割って、挿す!」

 

 

 フォーゼの中では恒例化している言葉で、フォーゼは携帯を半分に割って、それを予め空にしておいた丸型ソケットと四角型ソケット、つまり左右端のソケットに差し込んだ。

 

 

 ――――N MAGNET!――――

 

 ――――S MAGNET!――――

 

 

 丸型ソケット、右腕側には『30番』こと『Nマグネットスイッチ』が、四角型ソケット、左腕側には『31番』こと『Sマグネットスイッチ』が装填された。

 それらは携帯部分の半分がスイッチから飛び出ている為、通常のスイッチよりも大きな見た目をしており、フォーゼドライバーに装填した時の姿はまるで何かを操作するレバーのようになっている。

 そしてフォーゼはNとSのスイッチを少しだけ時間差で起動させた。

 

 

 ――――N S MAGNET ON――――

 

 

 2つのスイッチの音声が上手く重なり、右腕と左腕を通してフォーゼの体全体、特に上半身に変化をもたらしていく。

 身体は全体的には銀色に、右には赤いラインが、左には青いラインが走っている。

 さらに一番変化の激しい上半身は、マスクが黒くなり、大型の装甲が取り付けられ、両腕には磁石の棒のような手甲に、極めつけは両肩にレールガンが装備された。

 この姿は磁力の力を得た『マグネットステイツ』。

 首元も動き辛そうな見た目と上半身の大きな装甲の見た目通り、これは非常に動き辛く、パワーが高い形態だ。

 両肩のレールガンも非常に強力で、それがメインウェポンな都合上、砲台のような運用が主となる。

 

 

「行くぞ、弦太郎!」

 

「ウッス!」

 

 

 リュウガンオーはファイナルキーをゴウリュウガンに差し込み、フォーゼはNマグネットスイッチのレバー部分にあるカバーを上げて、その下に隠されていたボタンを押した。

 マグネットステイツのリミットブレイクはNマグネットスイッチを使って発動するのだ。

 

 

 ――――ファイナルブレイク――――

 

 ――――LIMIT BREAK!――――

 

 

 リュウガンオーを通してゴウリュウガンに強力なエネルギーが籠められていく。

 フォーゼからはレールガンが分離し、U字磁石のようにレールガンが合体してフォーゼの前で浮遊した。

 

 

「ドラゴンキャノン、発射ァッ!!」

 

「『ライダー超電磁ボンバー』ァァァッ!!」

 

 

 ゴウリュウガンから放たれた龍の弾丸と、磁力エネルギーを強烈に乗せたエネルギー弾が合体したレールガンから放たれる。

 2つの必殺の一撃はどちらか片方でも怪人を一撃で仕留める事の出来る程のものだ。

 その2つが、僅かとはいえ亀裂の入った城へと直撃した。

 

 大きな爆発が起こって亀裂がさらに広がり、城はみるみると崩壊を始める。

 

 

 ――――と、誰もが思っていた。

 

 

 大きな爆発まではした。が、亀裂は広がるどころか縮小し、爆発も城に吸い込まれるかのようにみるみる小さくなっていく。

 そして今までの、全てが必殺級の一撃による連撃が無かった事のように、城は先程までと全く同じ様相で平然と宙に浮き続けた。

 

 

「これだけして、まだ……!?」

 

 

 翼の言葉はこの場の誰もの総意だろう。

 メガゾードですら耐えられるか怪しい程の連撃で落ちるどころか傷1つ付かないとは。

 一瞬でも亀裂が入ったのは確かだが、それすらも再生してしまう。

 この城を落とすには再生すら許さぬ深い一撃を、文字通り一撃で決めないといけないのか。

 どれ程強力な一撃を放てばいいのかと戸惑う戦士達。

 そんな彼等の前に、城の上部から顔を出す1人の異形の影。

 この城の主、ジャークムーン。彼が月蝕剣を携えて外へと出てきたのだ。

 

 

「どうした? お前達のへなちょこ武器では、この城に傷1つつかんぞ?」

 

 

 挑発するジャークムーンはリュウケンドーを見下した。

 

 

「俺がくれてやったサンダーキーはどうした?」

 

 

 サンダーキー。

 リュウケンドーが一度は倒れる事になってしまった原因である代物。

 ジャークムーンの言葉の裏には「どうせ使いこなせもしないだろうが」という嘲笑が混じっている。

 再び挑発をする事でサンダーキーを使わせ、リュウケンドーを地に伏せさせるつもりなのだ。

 そんなジャークムーンの思惑を知ってか知らずか、リュウケンドーはS.H.O.T基地の瀬戸山にサンダーキーの現状を尋ねる。

 

 

「瀬戸山さん!」

 

『……調整は、ほぼ完了していますが』

 

「なら、サンダーキー送ってくれ!」

 

 

 瀬戸山がS.H.O.T内にある魔法発動機の上に置いたサンダーキーを見つめながら呟く。

 と、そんなリュウケンドーの言葉に鈴が食って掛かる。

 

 

『ちょっと待ちなさいよ! まだファイヤーモードだって……』

 

「いいから! ……多分、それじゃ足りねぇんだ」

 

 

 鈴の言葉を食い気味に否定しつつ、城を悔しそうに見上げるリュウケンドー。

 今の魔弾斬りでリュウケンドーは理解した。

 恐らく、ファイヤーリュウケンドーの『火炎斬り』でも、アクアリュウケンドーの氷結斬りでも無理であり、三位一体で放ったところで効くかどうかは怪しいだろうと。

 自分が放てる必殺の威力は自分が一番よく知っている。

 だからこそ、リュウケンドーは自分の今の力では絶対に城を落とす事は出来ないと確信したのだ。

 ゲキリュウケンもそれを感じたのか、サンダーキーを使おうとするリュウケンドーを止める事はしない。

 

 

『送ってやれ』

 

 

 そしてそれを察したのか、司令である天地もリュウケンドーの言葉に賛成の反応だ。

 

 

『魔弾斬りやドラゴンキャノン、仮面ライダーとシンフォギア装者の攻撃も効かない相手だ』

 

 

 司令の言葉と前線に立つ者の言葉。

 この2つが同意見となれば、余程の事が無い限りオペレーターは従う以外に選択肢はない。

 魔的波動を探知する事も仕事である瀬戸山も、ジャークムーンの城を探知した時はその魔力の大きさにかなり驚いた。

 故に、サンダーキーレベルの力が必要になるかもしれないとは思ってはいたのだが。

 本当に大丈夫だろうか、という不安と共に溜息をつきながら瀬戸山は杖を持って呪文を唱え始める。

 そして一通りの詠唱を終えた後、サンダーキーに杖を向けた。

 

 

『サンダーキー……送信!』

 

 

 魔法発動機からはある程度の物が魔法によって転送する事ができる。

 ただし、エネトロンによる転送程効率は良くないし、その為には瀬戸山が必要という事もあって利便性は劣る。

 しかし魔法発動機自体はS.H.O.Tに必要不可欠な代物であるが故に、「どうせなら」という事で多少見劣りしても転送機能はあった方が便利なのだろう。

 

 サンダーキーは無事、リュウケンドーの手の内に転送された。

 握った拳を開いて手の中にある黄色の鍵を見つめる。

 ジャークムーンから与えられた時とはやや違うデザインになっている事が調整の済んでいる証拠だ。

 

 

「来たな、新製品……!」

 

 

 期待。同時に不安が、サンダーキーを見て湧いてきた。

 これには嫌な思い出がある。自分が二度と立ち上がれない瀬戸際まで追い込まれた原因。

 だが、以前にジャークムーンが言ったようにこれを使わなければ倒せない。

 リュウケンドーは意を決してゲキリュウケンを展開した。

 

 

「行くぜ、ゲキリュウケン!」

 

『ああ。調整されているとはいえサンダーキーは強烈だ。二度も眠らせてくれるなよ』

 

「任せとけ!」

 

 

 力強い返事と共に、リュウケンドーはサンダーキーをゲキリュウケンに差し込む。

 後は鍵穴を閉じて発動するだけで、サンダーキーの力は解放される。

 

 瀬戸山さんが調整したキーは何時だって無事に発動していた。

 鈴はサンダーキーを使おうとする自分を心配するような言葉をかけてくれた。

 天地司令はサンダーキーの使用を許して、俺を信じてくれた。

 誰もリュウケンドーを止めはしない。それは、誰もがサンダーキーの力が必要だと思っているからだろう。

 そして何より

 

 

「サンダーキー、発動!」

 

 

 今のリュウケンドーを信じているから。

 

 

「ぐっ、ああッ!」

 

 

 身体中に電流のような衝撃が走り、ゲキリュウケンも声は上げずとも電気に耐えていた。

 調整されているだけあって直ちにボロボロになるような威力ではない。

 それでもやはり、サンダーキーの力は強烈だった。

 

 

 

 

 

 

 

「剣二……」

 

 

 先の攻撃で切り込み組が城の近くの地上に降りた為、射撃組と切り込み組は大分離れた位置にいる。

 その為、リュウガンオーはリュウケンドーが今、どんな状態なのかを視認する事は出来ない。

 しかし通信機越しでもリュウケンドーが必死にサンダーキーを使いこなそうとしているのがリュウガンオーにも伝わっている。

 心配そうに声を出すリュウガンオーだが、そんな彼にフォーゼが明るく声をかけた。

 

 

「大丈夫ッスよ」

 

「弦太朗……」

 

「電気の力ってのはクセがある。でも、曲がったトコまで受け入れてやりゃあ、きっと力になる!」

 

 

 かつては自分もエレキスイッチの扱いに苦労したものだとフォーゼは回想する。

 最初に使った時は攻撃の度に電気が逆流して、むしろフォーゼの方が痺れてしまっていた。

 だが、そんなクセがあるところ、曲がったところも纏めて受け入れて『ダチ』になる。

 その思いがエレキスイッチを完全に使いこなす事に繋がった。

 

 

「つっても、あの鍵にそれが通用するかは分かんねぇ。でも……」

 

 

 フォーゼの友情理論がサンダーキーに道理として通るのかは言った当人にも分からない。

 けど、1つ言える事はフォーゼがリュウケンドーを信じているという事だ。

 フォーゼはリュウケンドーとは浅いどころか話もまだ碌にしていない程の付き合いだ。

 だが、御前様から聞いた言葉がフォーゼの中に残っていた。

 あんな風に町から信頼されている人が、頼りにならないわけがないと。

 そしてその思いはリュウケンドーと共に戦ってきたリュウガンオーも同じ。

 フォーゼが最後まで言わずとも、リュウガンオーは言葉に頷いた。

 

 

「ああ。……頼むぜ、剣二!」

 

 

 青すぎる。未熟。正直すぎ。馬鹿。

 考えれば考える程、リュウケンドーの欠点は挙げられる。

 けれど、それは裏を返せばそれだけ鳴神剣二という人間を知っているという事だ。

 リュウガンオーだってたかが数ヶ月の付き合いだ。だが、その数ヶ月で少しは分かる事もある。

 それはリュウケンドーが、間違いなくヒーローであるという事。

 そしてそんなリュウケンドーは信じるに値するという事。

 

 

 

 

 

 雷に耐えるリュウケンドーを嗤うジャークムーン。

 本当にやった愚か者。魔物ならまだしも、ただの人間が耐えられるはずがないと、ジャークムーンは嘲笑する。

 

 

「おお、大丈夫か?」

 

 

 おちょくるような言葉にも動じずにリュウケンドーは平静を保つ。

 そして城の上を鋭く睨みながら、リュウケンドーは吼えた。

 

 

「俺は自分の為に、自分の中にある『守りたい』って思いで戦うッ!

 お前1人に乱されるほど、俺はもう弱かねぇッ!!」

 

 

 ゲキリュウケンを掲げて走る雷を制御する。

 今ならできる。そして、やらなくてはならないのだ。

 以前の、ジャークムーンに煽られて勝利を焦ったリュウケンドーではない。

 今の彼は守る為に、確かな覚悟で稲妻をその身に受け入れた。

 

 

 ――――チェンジ、サンダーリュウケンドー――――

 

「雷、電……武装ッ!!」

 

 

 ゲキリュウケンのコールが、サンダーキーを律した事を示す。

 リュウケンドーの宣言が、サンダーキーを制御した事を示す。

 雷による強い光が一瞬輝いたかと思えば、リュウケンドーはサンダーキーの力を身に纏い、尚且つしっかりとその場に立っていた。

 黄色く鋭い意匠の追加武装を纏った新たな姿の魔弾剣士を見て、翼は思わず呟く。

 

 

「稲妻を鎧う、魔を断つ剣士……ッ!」

 

 

 そしてそれに応えるかのように、黄色いリュウケンドーは名乗りを上げた。

 

 

「『サンダーリュウケンドー』! ライジン!!」

 

 

 堂々と名乗りを上げたサンダーリュウケンドーを見てWが、翼が、ディケイドが口角を上げる。

 通信機越しに聞いていたリュウガンオーやフォーゼ、響も思わずガッツポーズだ。

 

 一方でジャークムーンは警戒心を現しに、月蝕剣を構える。

 どんな魔物ですら使いこなせないとされたサンダーキーの力を纏うリュウケンドー。

 いくら調整されているとはいえ、その膨大な力を身に纏えるとは。

 

 

「サンダーキーを使いこなすのか……」

 

 

 目の前には、ジャマンガですら扱えないとされた禁断の力を振るう魔弾戦士がいる。

 サンダーキーを使えば少しは面白くなるだろうと考えていたジャークムーンだが、一度は失敗した者が調整ありきとはいえ成功させた事には驚きを隠せない。

 

 

「……何が変わった?」

 

 

 そこまでの技量は無かった。

 そこまでの力量は無かった。

 だとすれば、何が違うのか。

 

 

「弱い者虐めは……許さねぇッ!!」

 

 ――――ファイナルブレイク――――

 

 

 ファイナルキーを発動させるサンダーリュウケンドー。

 その中で発した言葉は、ジャークムーンの問いかけに対しての答えとして不適切であろう。

 だが、今の言葉でジャークムーンは自力で答えに達する事ができた。

 リュウケンドーが、以前とはまるで違うもの。

 

 

(そんな、『決意』如き……ッ!)

 

 

 ジャークムーンには理解のできない『決意』。

 決意を振るうサンダーリュウケンドーが、稲妻が地面から上空に向けて『落ちた』かのように、一瞬にして跳び上がる。

 通常のジャンプでは届かなかっただろうが、サンダーキーの力で雷の力を得たリュウケンドーなら城の上部までも一瞬だ。

 

 サンダーリュウケンドーは、雷の剣に『決意』を乗せて。

 ジャークムーンは、円を描く一太刀に『野心』を乗せて。

 

 2人の剣が、振るわれた。

 

 

「ゲキリュウケン、『雷鳴斬り』ッ!!」

 

「『満月の太刀』ッ!!」

 

 

 片や、リュウケンドー最強の一撃。

 片や、ジャークムーン最強の一撃。

 持てる力の全てを剣に込めて放たれた2つの斬撃は一方は雷の龍に、もう一方は満月の波動となりて空中にて激突する。

 雷の龍はゲキリュウケンと、満月の波動は月蝕剣と未だ繋がっており、両者ともに使い手が一瞬でも気を抜けば押し返される。そんな状態である。

 だがその決着は、誰もが予想していなかったほどに一瞬だった。

 

 

「まさか……ッ!?」

 

 

 たじろいだのはジャークムーン。

 サンダーキーの力は自分自身が『使えない』と恐れていたもの。

 調整をされて元よりも威力が落ちているはずのサンダーキーと、それを扱うリュウケンドーの力は、彼の想像を遥かに凌駕するものであった。

 今までの一撃だったら満月の太刀を用いれば簡単に叩き伏せられたであろうに、今度はこちらが叩き伏せられそうなほどの威力が剣を通して伝わってくる。

 

 

「これほど、だと……ッ!」

 

「いいや、こんなもんじゃねえ!」

 

 

 サンダーリュウケンドーはゲキリュウケンを通して、雷鳴斬りに自分の全身全霊を送る。

 この力はただのサンダーキーの力ではない。

 リュウケンドーとしての自分。共に戦うゲキリュウケンの力。

 そして何よりも、自分を信じてくれた者達の為に振るわれる、その為に振り絞れる力。

 

 

「俺とゲキリュウケンと、みんなの力がァァァッ!!」

 

 

 雷のように叫びが轟き、雷鳴斬りはより一層に力を増す。

 満月の太刀は、ジャークムーンを完全に押していた。だけどサンダーリュウケンドーは決して油断しない。

 ジャークムーンを倒す事が今の目的ではない。その先を、城を落とさなければいけないから。

 ライバルと思っていた剣士を超えた優越感などに浸っている暇はない。

 まだいける。以前の自分を帳消しにするような、みんなを守りきれる、力を――――!

 

 

「いっ、けぇぇぇぇッ!!」

 

 

 雷の龍は満月を飲み込み、その先にいるジャークムーンを飲み込み、さらにそれでも勢いを止める事無く、今度は城に食らいついた。

 だが、それでも戦士達の一斉攻撃で落ちなかった城。そう簡単にはいかない。

 だけどそれが何だ? それで怯んでいては、此処に立った、みんなを守りたいという決意に嘘をついてしまう。

 サンダーリュウケンドーは雷鳴斬りにさらに力を籠める。全身全霊以上の、決意も闘志も全てを籠めて。

 膨大な魔力と雷の力からなるサンダーリュウケンドーの一太刀は以前の比ではない威力で城に傷を与えた。

 

 

「ゲキリュウケン、ラストスパートだぜッ!!」

 

『ああ。叩き斬れッ!』

 

 

 城へ突き立てられた雷の一撃が、満月の太刀を砕いた時よりも、ジャークムーンを飲み込んだ時よりも、さらに凶暴な唸りを上げる。

 この力が制御できずに焼かれたリュウケンドーだが、今は違う。力を使いこなしたサンダーリュウケンドーなのだから。

 

 

「とっとと、ぶっ壊れろォッ!!」

 

 

 ゲキリュウケンを横に振るう。すると城へ噛みついていた雷鳴斬りはその動きに従い、横一文字に、城を貫通してすっ飛んでいく。

 城は横へ真っ二つに裂かれ、上半分と下半分に分かれて破片と共に崩れた。

 

 そう、崩れたのだ。

 

 今度は破損を修復していく様子もなく、正真正銘の落城。

 あれだけの攻撃をもってしても崩れなかった城が遂に落ちた事に、戦士達は歓喜の声を。

 

 

 

 ――――まだ、上げるわけにはいかなかった。

 

 

 

「……何か、ヤバくねぇ!?」

 

 

 雷鳴斬りで城を落としたのも束の間、重力落下で地面に降り立ったサンダーリュウケンドーは落ちていく城を見て焦る。

 城は真っ二つに裂かれただけで、それ以外は原型を留めたまま、圧倒的な質量を保有したまま自由落下していく。

 バスターマシン以上の巨体が半分に分かれて上から落ちていくのだ。あけぼの町にどんな被害が出るか。

 ましてや真下はパワースポットだ。このまま落としたのでは被害甚大どころの騒ぎではない。

 

 

『分かっている。瀬戸山ァ!』

 

 

 リュウケンドーの叫びに応え、通信機から天地の声がした。天地は魔法発動機にて待機していた瀬戸山へ叫ぶ。

 普段の瀬戸山なら「人使い荒いんだから」くらいの小言を吐いてから仕事をするだろうが、今はそんな時間すらも惜しい。

 

 杖を魔法発動機に向け、複雑な詠唱を唱え、最後に自分の力を籠める。

 パワースポットの結界を使った一種の巨大転送。

 パワースポットというただでさえ危険な場所を使っての魔法の発動と、あけぼの町の半分以上を覆う結界という、類を見ない程の巨大魔法。

 緊張はある。けれど、瀬戸山に「失敗したらどうしよう」なんて後ろ向きな気持ちは無い。

 

 これを提案したのは瀬戸山だ。これしか最善の方法が見つからなかった時から、瀬戸山は自分の仕事が重大だと覚悟をしていた。

 ちょっと頼りないなんて言われる事もある瀬戸山だが。彼もまた、S.H.O.Tの、世界の為に戦う大人の1人なのだから。

 

 

『これで!』

 

 

 瀬戸山の魔法が発動し、パワースポットのあるビルの屋上を中心として巨大な魔法陣があけぼの町の上空に発生する。

 上から落ちてくる城がその魔法陣へと入ると、城は跡形もなく消えていた。

 別の場所、次元への転送。実質的なこの世界からの消滅。それが今の結界の作用だ。

 落ちていく城は小さな破片まで全てあますことなく結界で受け止められ、最終的には城のほんの一片すら残す事はなかった。

 

 

「……おっ、しゃァァァッ!!」

 

 

 一番に吼えたのはサンダーリュウケンドー。

 続き、フォーゼも喜びに叫び、Wやリュウガンオーも仮面の奥で勝利に笑みを浮かべる。

 城からの攻撃による被害こそあれど、落城に伴う被害はゼロ。

 考えうる限りでの完全勝利だった。

 

 

「みなさん、あれ見てください!」

 

 

 ところが何かに気付いた響が、ある方向を指差した。

 響と一緒にいたフォーゼとリュウガンオー、所謂射撃組は響の指の先を追って、すぐに何の事を示しているのかを理解する。

 切り込み組のリュウケンドー達は、通信機越しの響が何処の事を言っているのか分からず辺りを見渡すが、あまりにも目立つ『それ』を見て、すぐにそれが何の事なのかを理解した。

 

 それは城が落ちても、未だあけぼの町に残り続ける脅威。疑似亜空間。

 そしてそこへ突入しようとしている巨大なロボット。ゴーバスターズの姿だった。

 

 城と同等の脅威。魔弾戦士や仮面ライダー、シンフォギア装者では突入しても動く事もままならないという空間。

 それを打破できるのはこの世に唯一ゴーバスターズだけ。

 頼るしかないのは歯痒い。だが、だからこそ、全力で彼等を信じて応援する事を戦士達は強く心に想う。

 

 

「後は頼むぜ、ゴーバスターズッ!」

 

 

 全員を代表してのリュウケンドーの叫びが、疑似亜空間へと突入する頼もしい後姿へと贈られた。

 

 

 

 

 

 特命部は地下の基地が蟻の巣のように張り巡らされており、バスターマシンが収まるドッグも複数点在している。

 そしてそのドッグの真上には大抵、発進用の開閉口も存在している。

 が、もしもドッグの真上が街中だったらどうするのか?

 答えは簡単だ。その土地を所有し、そこにカモフラージュの為のビルでも建てておけばいい。

 その為、エネルギー管理局はビルを幾つか所有しており、それらの多くは中身の無いハリボテだ。

 あけぼの町近くのとあるビルもそんなビルの1つで、それが真っ二つに割れて左右にスライドしたかと思えば、下からバスターマシンがせり上がっていく。

 バスターマシンの発進シークエンスはいつもそんな感じで、グレートゴーバスターもその例に漏れない。

 

 地上に初めて姿を現してグレートゴーバスターはあけぼの町の方向、つまりは疑似亜空間の方に向き、足の裏にあるキャタピラを走らせた。

 疑似亜空間への初突入。緊張もある中で、ビートバスターがレッドバスターに通信を送る。

 

 

「こいつは通常空間よりも亜空間の方が得意だ。こじ開けて、そのまま突っ込め!」

 

 

 グレートゴーバスターは左手にSJ-05の一部パーツが銃となった『スタッグランチャー』を、右手にはBC-04のクレーンとゴーバスターオーのフェイスパーツとブーストバスターソードが1つになった巨大な槍、『バスターランス』を携えている。

 ビートバスターの進言通り、レッドバスターはスタッグランチャーで疑似亜空間に穴を空けて、槍を構えて全速で内部に突っ込んでいく。

 突入は簡単に成功。同時に、背後の疑似亜空間の穴はすぐに塞がってしまった。

 

 フィーネと共に撤退した後、疑似亜空間内にあるビルの屋上に来ていたエンターは侵入してきたグレートゴーバスターに目を丸くする。

 

 

「まさか……?」

 

 

 有り得ない。と言いたいところだったが、目の前にはご覧の通り、ゴーバスターズの新戦力。

 新しい姿となっていたバスターマシンではあるものの、今までのバスターマシンの面影が見て取れる。

 しかし、如何に対ヴァグラスを想定しているゴーバスターズとはいえ此処まで早く亜空間に対処して見せるとはエンターですら思いもしない出来事だった。

 

 

(ことごとくこちらを邪魔してきますね、ゴーバスターズ……ッ!)

 

 

 此処まで来ると『邪魔者』を通り越して『脅威』というレベルにまで跳ね上がりそうだった。

 邪魔者なら、できる限り無視できる。

 だが脅威となれば、そうもいかない。

 何としてもそれを倒さなければいけない存在。それが『脅威』だ。

 そう考えるくらいの敵であると、エンターはゴーバスターズの評価を改めざるを得なかった。

 

 疑似亜空間の突破はヴァグラスの行動隊長兼参謀とも言えるエンターに危機感を感じさせる。

 だが、対してゴーバスターズもグレートゴーバスターの扱いに苦戦していた。

 

 

「ぐ、あぁぁぁ……ッ!」

 

 

 レッドバスターが苦しんでいるのは、操縦桿を通して機体に何かを吸われていくような感覚。

 精神力、気力、体力。

 とにかく活動の源となるあらゆる要素をごっそりと持って行かれるような。

 

 

「負担って、これか……!!」

 

 

 グレートゴーバスターを組み立てる前にマサトが脅すように言っていたメインパイロットにかかる負担。

 その正体がこれであると、その身を持って感じていた。

 特に疑似亜空間に入ってから酷くなったそれに、操縦桿のニックも心配そうな声をかける。

 

 

「大丈夫か、ヒロム!?」

 

「ああ……! 思ったよりは平気だ。けど、あまりチンタラしてられないッ!」

 

 

 耐えられるレベルではある。が、かかる負担が尋常でない事も事実。

 動けなくなる前にさっさと決めたいというのも本音だ。

 疑似亜空間の中央にいる、タイプβにフィルムロイドの能力が加えられているフィルムゾード。

 そいつに対してグレートゴーバスターを走らせる。

 

 

「ッ!!」

 

 

 動かせば動かすほど負担は増していくが、グレートゴーバスターに槍を振るわせるためには、銃を撃たせるためには動く他ない。

 接近してバスターランスを繰り出せば、ブーストバスターソードを超えた威力にフィルムゾードは仰け反って火花を散らす。

 そしてその度にレッドバスターに強烈に負担がかかっていく。

 だが、休まずにバスターランスでもう一度斬りつけて、怯んだ隙にスタッグランチャーの銃撃を叩きこんだ。

 

 

「くっ……!」

 

 

 休まずに動かした反動がレッドバスターに襲いくる。

 こうなると根性と体力の勝負だ。

 今まで戦いの為に鍛え続けてきたレッドバスターですら今にも倒れてしまいそうな負担。

 ゴーバスターズの3人に対して口には出さずとも期待を持っていたビートバスターも、仮面の中でやや不安そうな表情だ。

 

 

(やっぱ、ぶっつけじゃキツイか……!?)

 

 

 出撃した手前、此処で退く事もできない。退けるような元気があるなら戦う、という話だ。

 メインのレッドバスターがそんな状態なので隙ができるグレートゴーバスターに、フィルムゾードが手足で攻撃を仕掛けていく。

 5体合体しているだけあって装甲も厚いグレートゴーバスターは微動だにしない。

 が、グレートゴーバスターに攻撃が効かなくとも、動けないのでは意味がない。

 幾ら強力なバスターマシンでも扱えなければガラクタ同然。

 メインパイロットを交代しようにも、その為にはいったん外に出る必要がある上、外は疑似亜空間の内部。

 外に出る事が許されない以上、交代もできないわけだ。

 

 そんな時に、それぞれのモーフィンブレスとモーフィンブラスターに通信が入る。

 特命部司令室の仲村だった。

 通信に応答する5人。レッドバスターも何とか通信に出ることができた。

 

 

『皆さん! ジャマンガの城が落ちました!』

 

 

 入って来たのは吉報。別働隊の勝利宣言。

 そのまま続けて、『落ちた城の残骸はS.H.O.Tの瀬戸山がパワースポットを利用して張った結界に全て落ちて、あけぼの町には被害無し』とも続ける。

 その作戦は緊急に打ち立てたものだった故、ゴーバスターズには知らされていなかった作戦だった。

 だが、要するに作戦通りに城を落とす事に成功したという事を理解する。

 さらに言葉を引き継いで、勝利に喜んでいるのか少し声を大きくしながら森下が続けた。

 

 

『城と、城を操っていたと思われるジャークムーンは剣二さんが……。リュウケンドーが倒しました!』

 

「リュウケンドー……!?」

 

 

 息も絶え絶えながらレッドバスターは告げられた名に驚いた。

 その名は、確かまだ病院にいる筈だと記憶している。

 にも拘らず何故そいつが前線に立ち、大戦果を挙げているのか。

 

 

『サンダーキーを使いこなして、リュウケンドーが勝ったんです!

 後は疑似亜空間……つまり、皆さんが勝てば、終わりですッ!!』

 

 

 声援なのだろう。必死に戦うゴーバスターズを見ているからこそ、森下も声を荒げる。

 特命部では仲村は祈るような顔でモニターを見つめ続ける。

 司令である黒木も、冷静を装いながらも普段よりも厳しめの表情が内心は不安な事を、そして応援している事を物語る。

 ゴーバスターズがそれを視認できるわけではない。

 だが、ゴーバスターズは、レッドバスターは身体の奥から力が湧くのを感じていた。

 

 特命部からは声援が送られた。

 今乗っている機体は特命部の努力と、ゴーバスターズへの信頼の結晶なのだ。

 そして、倒れていたはずのリュウケンドーが再び立ち上がった事。

 

 

「なら、俺が……」

 

 

 レッドバスターは操縦桿を全力で握った。

 ボロボロの剣二が立ち上がって見せた。そして勝利を掴んで見せた。

 それなのにこんな負担ぐらいで自分が止まっていてどうする。

 体力が尽きるのなら、根性と精神を燃やすだけ。

 今しがた貰った吉報という名の燃料を爆発させて、レッドバスターはグレートゴーバスターを動かした。

 

 

「弱音を、吐けるかァァァッ!!」

 

 

 フィルムゾードに槍を再び振るうグレートゴーバスター。

 今まで動かなかった敵に不意を突かれたのか、モロにその一撃が入った。

 そしてその隙に、レッドバスターは己の中にある全てを叩きこむ。

 

 

 ――――It’s time for buster!――――

 

 

 モーフィンブレスを操作して、グレートゴーバスターは自分に流れるエネトロンを槍に集約する。

 必殺の一撃の発動と共に、かかる負担はさらに増していく。

 それでも今のレッドバスターはそんな程度では止まらない。

 

 

「『デモリションスラスト』ッ!!」

 

 

 バスターランスに集約したエネトロンが先端で渦を巻き、凶暴な音を立てていく。

 その槍を、レッドバスターはグレートゴーバスターを通して振るった。

 エネトロンの渦を纏った槍は強烈な勢いで突き出され、フィルムゾードを容易に貫く一撃となる。

 ディメンションクラッシュの比ではない一撃に貫かれたフィルムゾードは四散。

 同時に、源を失った事によって疑似亜空間の闇も晴れ、青天が顔を覗かせた。

 それが意味するところは、即ち。

 

 

「シャットダウン、完了……!」

 

 

 身体中に込めていた力を抜いたレッドバスターは後ろに寄りかかりつつ、特命部流の敬礼と共に勝利を宣言する。

 それと同時に、疑似亜空間の中にいた人間達は喜びを露わにした。

 泣く者。

 大いに笑う者。

 叫ぶ者。

 今までの苦しみのせいで気力尽き果てたのか気絶する者。

 どれにも共通するのは、喜んでいるという事。

 生きるのを諦めかけそうになるほどの、いっそ殺してくれとすら思うほどの苦しみの中。

 数週間は苦しんだと錯覚するほどにそれは尋常ではなかった。

 そうでなくとも丸一日。動くどころか息すらも苦しい状況は眠る事すら許されない。

 そこから救い出してくれたグレートゴーバスターを、それを駆るゴーバスターズに誰もが感謝の念を抱いていた。

 

 しかし、当のゴーバスターズ達は上空を険しい目つきで睨みつけていた。

 

 疑似亜空間の闇が徐々に晴れていく中で、彼等は確かに、空に見たのだ。

 

 

『ゴーバスターズ……ゴーバスターズゥゥゥッ!!』

 

 

 慟哭しながら消えていく電子的な髑髏。

 恨むようにゴーバスターズの名を叫び続ける醜悪な顔をしっかりとその目に焼き付けていた。

 正体の分からぬ髑髏に関して、それを唯一知るビートバスターが髑髏を見ながら口を開く。

 

 

「アレが敵の親玉、メサイアだ。ま、あれは影みてぇなモンだけどな」

 

 

 疑似とはいえ亜空間という事で一時的に出てこられたのだろうと推測できる。

 けれど推測よりも重要な事は、最終目標を初めて目にしたという事。

 彼等がシャットダウンするべき、最後の敵が。

 ゴーバスターズ。特にヒロム、リュウジ、ヨーコの3人が神妙な顔で消えゆく髑髏を見つめた。

 アレを倒してこそ、彼等の目的は果たされる。

 どれ程の力を持っているのかは分からない。だが、漸くゴールが見えてきた。

 喜ぶような事ではないが、もう少しで手が届くかもしれない。

 

 

「マジェスティ! 今はお静まりを」

 

 

 消えゆくメサイアの怒りを鎮めようと上空に向けて叫ぶエンターは、グレートゴーバスターを睨み付けた。

 

 

「やりますね、ゴーバスターズ」

 

 

 敵ながら天晴、と人間の言葉で言うのだろうか。

 実力は認めざるを得ないだろう。此処まで来ると根城である亜空間も安全とは言えなくなってきた。

 勿論、亜空間は彼等のテリトリー、ホームグラウンドだ。

 普通に戦えば亜空間に侵入するゴーバスターズより、メサイアの力まで直接行使できるヴァグラス側が有利だろう。

 だが、それを覆しかねない程の力をグレートゴーバスターは持っている。

 しかしそこは冷静沈着なエンター。しっかりと、グレートゴーバスターの弱点を探っていた。

 

 

(あの時、一瞬……)

 

 

 フィルムゾードとの戦いで少しの間、グレートゴーバスターが止まっていた事にエンターは着目した。

 あの時、ゴーバスターズ側で何らかのトラブルが起きていたのかもしれない、と。

 それにグレートゴーバスターが出てくるのも随分と時間がかかっていた。

 元々用意してあったものなのなら、疑似亜空間展開から此処までの時間はかけない筈……。

 

 ただ1度の戦闘だけなのでグレートゴーバスターの能力は完全には計りかねる。

 が、ゴーバスターズが容易に出す事が出来ない理由があるのかもしれないとエンターは考えた。

 

 

「この手はまた使う事にしましょう」

 

 

 結論から言って、疑似亜空間は時間稼ぎ程度には通じる。

 そしてエンターの目的はエネトロンを奪う事。

 脅威であるゴーバスターズが潰せる事に越した事はないのだが、最悪時間稼ぎができればそれでいい。

 何故なら、ヴァグラスの目的はあくまでもエネトロンだからだ。

 さらに言えばフィルムゾードの疑似亜空間展開能力はデータとして残っているから今後のメガゾードにもその能力を付与する事ができる。

 今後の益に繋がる戦いであったと思いつつも、今回の敗北は少々手痛かったとも感じるエンターはゴーバスターズに見つからぬよう、データの粒子となって姿を消した。

 

 

 

 

 

 あけぼの町の一角で、城を落とした戦士達は集まっていた。

 町の各地では城が落ちた事に歓喜の叫びが響き渡っている。

 必死に戦っていた婦警コンビや戦闘機のパイロット達も喜びに打ち震えていた。

 城が落ちた数分後に疑似亜空間も消えたという事も、彼等の喜びの爆発に一役買っている。

 あけぼの町に平和が戻ったのだ。

 銃四郎達にも先程、ゴーバスターズが疑似亜空間を破ってメガゾードを倒したとの報告が来ている。

 彼等は一先ずの勝利を得たのだ。

 

 

「…………」

 

 

 剣二は無言で頭を下げる。

 謝る言葉を言おうにも、何から謝ればいいのか分からなくなった剣二は頭だけを深々と下げるという結果になってしまった。

 

 

「よく戻ってきたな」

 

 

 そんな剣二に銃四郎が笑みを零しながら言う。

 怒気も、失望も感じられない。

 純粋に剣二が帰って来たのを喜んでいるようだった。

 頭を上げた剣二は普段の楽天さは何処へやら、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

 

 

「みんなが戦ってるのが見えて、あけぼの町がヤバくて、俺もやらなきゃって思ったら……」

 

 

 ちらりと、腰につけているゲキリュウケンに目を向けた。

 そうしたらゲキリュウケンが目覚めた、と言いたいのだろうと察した銃四郎はゲキリュウケンと剣二を交互に見る。

 

 

「不思議な事もあるもんだ」

 

 

 そして、飛行機の音で銃四郎は空に目を向けた。

 見れば先程まで奮戦していた戦闘機の生き残り達が何処かへと帰っていく。

 二課や特命部をしてツッコまざるを得なかった謎の航空戦力達を見て、銃四郎は笑った。

 銃四郎につられて戦闘機を見やった翼が今度は口を開く。

 

 

「不思議と言えば、あの戦闘機は一体……」

 

 

 至極真っ当な疑問。誰もが疑問に思っていた事だった。

 ただ、剣二と銃四郎を除いて。

 

 

「ま、此処はあけぼの町だからな」

 

 

 銃四郎のどうしようもない一言で全てが片付けられてしまった。

 

 ジャマンガによる理不尽な暴力が繰り広げられる。

 それでもそれをネタにして町興しを図るのがあけぼの町だ。

 敵が凄い兵器を持ってきた。

 それでも出自不明の武装で戦えるのがあけぼの町だ。

 敵がとんでもない事をしてきて、絶体絶命。

 それでも絶望しないのがあけぼの町だ。

 

 逞しく、強かで、ちょっと不思議。

 それがあけぼの町なのであろう。

 

 

「それをいっちゃあ……」

 

 

 おしまいよ、と言いかけた剣二も、あまりにその通り過ぎて、申し訳なさそうな表情を崩して思わず笑ってしまった。

 そして士は翔太郎を見て。

 

 

「何処もこんな感じなんだな」

 

「いや、風都はちげぇよ? ……ビルが溶けたりはすっけど……」

 

 

 それも大概だろ、と士は翔太郎へ呆れを含んだ目線を送る。

 そんなやり取りの中、輪の中に新たに4人が駆け込んできた。

 

 

「おっ、ゴーバスタァーズ!」

 

 

 弦太朗が明るく手を振った方向にはゴーバスターズの4人、リュウジとヨーコ、マサトとJが歩いてきていた。

 さて、その面子を見れば当然、疑問が湧いてくる。

 その疑問を一番に口に出したのは剣二だ。

 

 

「あれ? ヒロムはどうしたんだよ?」

 

「ああ。アイツなら特命部で、そりゃあもうグッスリだよ」

 

 

 マサトがケラケラと笑いながら両手を合わせて頬に添え、寝るジェスチャーをする。

 それにマサトの後輩が続いた。

 

 

「グレートゴーバスターの負担のせいかな。まあ、何ともないみたいだから」

 

 

 リュウジの言葉で誰もが安堵した。

 特に、フィルムロイドとの一件を見ていた響や翼は余計に。

 メサイアが消えると同時に、ヒロムはメットを取ってコックピット内で眠ってしまったらしい。

 その寝顔はやり切ったような、満足感溢れる寝顔というのがニックの談だったそうだ。

 ヒロムはそのままグレートゴーバスターごと回収され、医務室に運ばれて眠っている。

 

 

「私達も、この通り何ともなく……あ、痛ッ」

 

 

 腕を大きく広げて無事である事をアピールしようとしたヨーコであったが、ヒロムの盾になってフィルムロイドの攻撃を食らったせいか、腕が痛むらしい。

 ズキン、とした痛みが走った右腕の裏は少し痣になっている。

 バスターズのベストを着ているから見えていないが、ヨーコもリュウジも確実にダメージは残っているのだ。

 

 

「ヨ、ヨーコちゃん! 大丈夫!?」

 

「だいじょぶだいじょぶ。平気だよ」

 

 

 部隊の中でも特に年齢が近い者同士、響がヨーコを心配するも、ヨーコは笑って返した。

 ちなみにヨーコの方が1つ年上であるのだが、タメ口を特に気にする様子は無い。

 

 

「一先ず、これで解決ですね」

 

 

 年齢的後輩な2人の仲良さそうな姿を見つつ、翼が言う。

 戦士達は全員無事。それどころか翼の復活に続いて剣二までもが再び立ち上がった。

 ジャークムーンの城も疑似亜空間も打ち破り、グレートゴーバスターとサンダーリュウケンドーという新たな力までも加わった。

 これ以上に最高の終わり方は無いだろう。

 

 

「んじゃ、そろそろ戻ると……」

 

「戻ってエネトロンの補給だ!」

 

「被った上にお前が締めんなッ!!」

 

 

 いつも通りにどつき漫才を繰り広げる2人を見て一同笑う。

 多発的な危機を乗り越えた戦士達の一時の休息だ。

 これからも、彼等の戦いは続く。

 それでも今は守り抜いたこの町に、この平和を喜んだ。




――――次回予告――――
一時の静寂が流れる中でも、運命は動き続ける。

いつ何時、事態は流転してしまうのか。それすら見えず、悪意は尚もせせら笑う。

ならばこそ動こう、友と再び手を繋ぐため。


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第48話 新たな動き

 フィルムロイドとの戦いの中で撤退したエンターとフィーネ。

 エンターが疑似亜空間の中に行く前に、「今回はもう、ノイズはいいです」という言葉を受けてフィーネは自分の屋敷に戻って来ていた。

 戻って最初に黒服を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿となったフィーネは屋敷の奥にある、自分が普段から座る椅子に腰かける。

 

 

(私の目的の為には、連中は確実に邪魔になる。

 その為にヴァグラスやジャマンガ、大ショッカーとも手を組んだ……)

 

 

 脳裏に浮かぶのはシンフォギア装者、仮面ライダー、ゴーバスターズ、魔弾戦士の姿。

 彼女には彼女の『目的』があり、その目的を知れば、彼等彼女等が邪魔をしてくるであろう事は明白。

 だから、人類の敵とも呼べる連中とも手を組んだ。

 やや不本意だったのも本当だが、目的の為に手段を選んではいられない。

 

 

(ただ、邪魔になるのはもう1つ……)

 

 

 フィーネは普段使う機器のモニターに1つの機体を映し出す。

 その機体を見て、フィーネは顔をしかめた。

 

 

(ダンクーガ……)

 

 

 苦々し気な目でモニターに映るダンクーガを見つめる。

 ダンクーガは基本的に戦争の調停、及び人類の敵と戦う事が主だった出現理由。

 フィーネの目的はダンクーガ側から見れば阻止したい事柄であるだろうとフィーネ自身考えていた。

 そうでなくともゴーバスターズに協力した事があるのだから、自分の敵になるのは十分に想定できた。

 ほぼ確実にダンクーガは敵になるであろうとフィーネは予感している。

 だがそれでいて、フィーネはダンクーガとは違う存在の事を考えていた。

 

 

「月には観測者。地球には守護者。

 『あの方』と比べれば紛い物にすぎぬ機械仕掛けの神が、すっかり本物気取りか」

 

 

 思わず口をついて出た『紛い物にすぎぬ機械仕掛けの神』とは、ダンクーガに向けられた言葉ではない。

 しかし言葉からは憎々しげな感情が露わになっており、月と地球に存在していると語られたそれに対し、敵対心を向けている事は容易に感じ取れた。

 その『観測者』や『守護者』からフィーネが実害を受けた事は一度もない。

 だが、どうしても許せないのは、それらが『紛い物』である事。

 そしてそれが、まるで本物であるかのように振る舞っている事だった。

 彼女は『本物』を知っているが故に、『偽物』を許す事が出来ない。

 

 

「いずれにせよ、観測者の方は消え失せる。自分を神だと奢る偽物は」

 

 

 彼女は守護者よりも観測者の方を特に嫌悪していた。

 どちらも紛い物である、というのは同じなのだが、月の観測者の方は特に自分を『神である』と奢り高ぶっているから。

 

 

「……ん?」

 

 

 ダンクーガ、地球の守護者、月の観測者。

 今後に姿を現すと仮定している邪魔者の事を考えていたら、突然大きな音が鳴った。

 音の方を向けば屋敷の広間の扉が乱暴に開け放たれ、その先には自分が切り捨てた雪音クリス。

 彼女が顔を俯かせて立っていた。

 

 

「あたしが用済みってなんだよ! もういらないって事かよ!

 アンタもあたしを物のように捨てるのかよッ!!」

 

 

 喧嘩するけど、仲直りするから仲良し。

 あの時出会った兄妹がそんな事を言っていた。

 だから、一度ぶつかってみようと意を決して、もう一度フィーネの前に姿を見せたクリスは自分の心情を叫び続ける。

 

 

「頭ン中グチャグチャだ! 何が正しくて何が間違ってるのか分かんねぇんだよォッ!!」

 

 

 唯一無二に信頼していたフィーネにいらないと言われ、綺麗事ばかり語る敵が諦めずに手を指し伸ばしてくる。

 自分以外の力を持つ者を全てぶっ潰して、争いを無くすという彼女の目的は揺らぎかけていた。

 戦争を無くしたいという気持ちは変わらない。けれど、何を信じていいのか、何をすればいいのか。

 でも、何かを聞こうにもクリスが頼れるのはフィーネだけだった。

 例え、一度は自分を切り捨てようとした人だとしても。彼女にはフィーネしかいなかった。

 

 だが──────。

 

 

「はぁ……」

 

 

 溜息をついたフィーネは、ソロモンの杖よりノイズを数体放った。

 ノイズ達はクリスを狙う。フィーネの指示1つでノイズ達はクリスに襲い掛かるだろう。

 

 

「流石に潮時かしら」

 

 

 ゆっくりと立ち上がり、ノイズに囲まれているクリスに向かって冷徹な微笑を見せた。

 

 

「そうね。貴女のやり方じゃ、争いを無くす事なんて出来やしないわ。

 精々1つ潰して、新たな火種を2つ3つバラまく事くらいかしら」

 

「アンタが言ったんじゃないか!? 痛みもギアも、アンタがあたしにくれたもの……!」

 

 

 必死の叫びもかき消して、フィーネはあくまで蔑むような視線を崩さず。

 

 

「私の与えたシンフォギアを纏いながらも、毛ほどの役にも立たないなんて」

 

 

 次の瞬間には、クリスの目の前でフィーネは光に包まれていた。

 光が収まると同時にフィーネは何も纏っていなかった裸の姿から変わる。

 身に纏うは金色の鎧。肩に装備されている棘や、鎧の意匠には見覚えがある。

 銀色から金色へと変化こそしているものの、それはネフシュタンの鎧に相違なかった。

 

 

「私も、この鎧も不滅。未来は無限に続いていくのよ」

 

 

 ネフシュタンの鎧が一番得意としている能力は再生能力。

 鎧としての強靭さではなく、鎧がどれだけ傷ついても朽ちる事の無い復元能力だ。

 だから、鎧が不滅という意味は分かる。だがフィーネ自身が不滅という意味がクリスには分からない。

 いや、それ以上に、目の前のフィーネが本気で自分を消しに来ていると肌で感じてしまったクリスは、そんな事を考える事もできない。

 

 

「『カ・ディンギル』は完成しているも同然。もう貴女の力に固執する必要もないわ」

 

 

 カ・ディンギル。

 フィーネと長く一緒にいた筈のクリスですら、知らされていなかった単語。

 それが何なのかを問うよりも前に、フィーネはソロモンの杖を振るった。

 

 

「貴女は知りすぎてしまったわ。だから、そろそろ幕を引きましょう? クリス」

 

 

 ノイズ達は容赦なくクリスに突進し、命からがらそれを避けるクリス。

 避けられたノイズ達は壁や地面に激突して爆発し、壁や地面を粉々に砕いていく。

 間違いのない本気の殺意をもってして仕留めに来ている事がクリスには分かった。分かってしまった。

 誰よりも信頼していた人からの、決定的な裏切りが。

 

 屋敷の外に出てもノイズ達は追いかけてくる。

 むしろ、ソロモンの杖より無尽蔵に繰り出されるノイズ達は数を減らす気配がない。

 クリスを追ってフィーネもゆっくりと歩を進め、屋敷の外に姿を現した。

 その時の彼女の表情は、酷く笑っていて。クリスを追い回して殺そうとする事に躊躇などなくて。

 

 

「ちくしょう……」

 

 

 裏切られた痛みに涙を流すクリスを見ても、フィーネは笑ってソロモンの杖を向ける。

 クリスはただ、慟哭する他なかった。

 

「ちくしょう────ッ!!」

 

 心の何処かで、まだ信じていたいという気持ちがある。

 悲痛な叫びを聞こうともフィーネは止まらず、クリスは──────。

 

 

 

 

 

 結論から言うと、クリスには逃げられた。

 彼女にはネフシュタンが無くともイチイバルのシンフォギアがある。

 敵がノイズである以上、シンフォギアを所有している事は大きなアドバンテージだ。

 フィーネもイチイバルの正規適合者であるクリスをそう簡単にノイズで仕留められるとは思ってはいない。

 だが、シンフォギア装者とて、纏う前はノイズに炭へと転換されるただの人。

 行く当てのないクリスに延々とノイズをぶつけていけば、自ずと力尽きたクリスはノイズに炭にされるだろう。

 わざわざネフシュタンを纏って自分が出向くまでもなく、逃がしたクリスには追手としてノイズを定期的に放ち続ければいい。

 そう考え、クリスを逃がした直後のフィーネは屋敷へとさっさと戻り、ネフシュタンを解除した。

 そして椅子にかけられていた白衣を含む服一式を手に持って、着替えを始めた。

 

 

(さて、そろそろ戻らないといけないわね……)

 

 

 聖遺物関係の仕事だとか、政府や各組織とのパイプとしてのやり取りだとか、適当な理由をつけてその場を離れていた彼女だが、戻りが遅すぎるのはマズイだろう。

 そう考え、彼女は『普段自分が演じている自分』へと変身する。

 学者のような服を着て、金髪は茶髪にして、長い髪の毛を纏めて、眼鏡をかけて。

 

 その姿は──────。

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でまた此処?」

 

 

 リディアン近くの病院の一室にて、剣二が大変不服そうな声を上げる。

 ジャークムーンの城と疑似亜空間を打ち破った彼等が特命部に戻ると、剣二は有無も問われずに「病院に行け」、と言われてしまったのだ。

 

 

「病院を抜け出した身ですからね。こうなるのも無理はありません」

 

 

 翼が言うが、そんな彼女も病院服に身を包んでいた。

 クリスの襲撃、フィルムロイドの来襲、ジャークムーンの城の出現、疑似亜空間の発生。

 これらは昨日と今日の僅か2日間で発生した事だ。

 昨日にクリスとフィルムロイドが襲撃してきて、さらに疑似亜空間の発生。

 そしてグレートゴーバスターが完成したのとフィルムロイド撃破、及びジャークムーンの城を落としたのは今日。

 実は翼も病院を抜け出してから1日しか経っておらず、非常事態が続いていたためにメディカルチェックだけで見逃されていたのだが、今日のメディカルチェックで弦十郎からこんな事を言われてしまったのだ。

 

 

「流石に病み上がりでやりすぎたな。メディカルチェックで問題だらけだったぞ?」

 

 

 自分のミスだと弦十郎は詫び、翼が「もう大丈夫」と言っているのも無視して病院に戻した。

 そして本当なら入院中である剣二と、仲良く病院送りになったというわけなのである。

 この2日間、敵の杖の力によってノイズが出現していた事もあって翼は出撃した。

 響や士だけでは頼りないというわけではないが、敵はノイズだけでなくメタロイドやジャマンガまでも出ていたから、というのが理由としてある。

 

 そんなわけで個人的には元気一杯、メディカルチェックでは問題一杯な2人は病院という場所で暇を持て余していた。

 翼と剣二の病室は当然別々なのだが、翼が剣二の病室に顔を出したのも『暇だから』である。

 

 

「退屈だなー。病院食は味が薄いしよー」

 

 

 猪俣さん家の魔物コロッケが食べてー。とひとりごちる剣二。

 そんな剣二と同じく退屈を感じていた翼は、ピンと閃いた提案を剣二に持ち掛けた。

 

 

「そうだ剣二さん、お互いに剣を使う身。軽い訓練くらいなら」

 

「おっ! そりゃいい考えだぜ!」

 

『……2人とも、大人しくしてろ』

 

 

 2人の青い剣士は、ゲキリュウケンというお目付け役にたしなめられているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「大人しくしてるだろうな、剣二のヤツ……」

 

「あはは、翼さんも一緒ですから大丈夫ですよ」

 

「どうだか。アイツもアイツで大人しくしてなさそうだろ」

 

 

 特命部司令室にて銃四郎、響、士が口々に言う。

 なお、その不安は的中しかかっている。

 多分、あの2人が変な事を言い出したら止めるのはゲキリュウケンの仕事なんだろうな、と銃四郎はゲキリュウケンを不憫に思った。彼に胃があったらキリキリとしている事だろう。

 

 この場には前線に立っていたメンバーがヒロムと剣二と翼を除いて全員揃っていた。

 ちなみにヒロムは未だに眠ったままでいる。しばらくすれば目覚めるだろう。

 戦いが終わっての事後報告という事で、二課とS.H.O.Tともモニターで繋がっている。

 まず口を開いたのは特命部の黒木だ。

 

 

「さて、みんな。今回の戦いは厳しいものだったが、よく無事に勝ち抜いてくれた」

 

 

 労いの言葉から入る黒木はその後、戦闘後の報告に移った。

 

 

「今回の戦いでグレートゴーバスターが出撃可能になったが、敵も疑似亜空間という新たな力を使ってきた事は見逃してはならない事実だ」

 

 

 全員の顔に緊張が走る。

 そう、幾ら最高の形で戦いが終わったとはいえ、敵が厄介な力を使用してきたのは間違いのない事実なのだ。

 しかも疑似亜空間はマサトがいなければ、戦う事すらできなかったかもしれない案件。

 今回は何とか勝てた、というだけなのである。

 

 黒木の言葉の後、今度はS.H.O.Tの瀬戸山が報告を引き継いだ。

 

 

『それからサンダーキーですが、これからは問題なく使えるでしょう。あの力は今後の役に立ちます』

 

 

 グレートゴーバスターとサンダーリュウケンドー。

 2つの強大な力は頼りになるものだ。

 それらを手にできたという事は掛け値なしに朗報と言える。

 

 

「グレートゴーバスターもだな。アレはメインパイロットのヒロムがもっともっと強くなりゃ、負担も考えず運用できる。ま、ヒロム次第ってこった」

 

 

 製作者であるマサトの言葉。

 ざっくり言うとグレートゴーバスターは負担に耐えうるだけの体力を手に入れればいいだけの話。

 それが難しいのだが、それさえできればグレートゴーバスターは長く運用することができるようになる。

 今後本物の亜空間に突入する事を考えれば必須要項とも言えるだろう。

 

 新たな力は喜ばしい事だが、ヴァグラスの疑似亜空間は今後も警戒しなければいけない代物。

 そして、敵に関してはもう1人、気を付けなければいけない存在がいる事を忘れてはならない。

 二課の弦十郎がそれを語りだした。

 

 

『次だ。フィーネと名乗る謎の女性の事だが……』

 

 

 現状、目的も正体も不明な、どの敵よりも不明だらけの敵。

 今回もエンターと共に活動していた事からヴァグラスとは協力関係にある事が伺えた。

 雪音クリスという少女を切り捨てるような発言をしていた件もある。

 それに、気になる事はもう1つ。

 

 

「俺も、そいつに関しては気になった事が1つある」

 

 

 声を発したのは士だった。

 

 

「そいつは俺が別の世界から来たのを知ってる口ぶりだった。どういうわけか知らんがな」

 

 

 当然、それはおかしい話だ。

 士が『他の世界から来た』と語った人物と言えば、この部隊のメンバー以外には冴島家の鋼牙とゴンザのみ。

 敵方であるフィーネがそれに関して語るなど、本来は有り得ない事だ。

 だが、思い当たる節がないわけではない。

 

 

『やはり内通者、かしらね……』

 

 

 了子の言葉の後には沈黙が残る。

 以前にも思っていたが、早い段階から響の存在を知っていた事。

 それに今回の士の事情を知るような言葉。

 響の存在を知って狙っていたのはネフシュタンの少女、即ち雪音クリスなわけだが、そのクリスはフィーネと協力関係にあった。

 つまり、二課に入って日の浅い響の存在を知っていたのも、士の事情を知っていたのも全てフィーネだったという図式が成り立つ。

 誰かがフィーネに情報を流しているとしか考えられない。

 ただこの時、銃四郎はふと、疑問を覚えた。

 

 

(……妙だな。響ちゃんの存在はともかく、『士が別の世界から来た』って情報は……)

 

 

 もしも情報を流していた人物がいるとするならば、その人物が流している情報は重要な事柄ばかりだろう。

 例えば立花響が新たなガングニール装者となったという事が重要なのは分かる。

 だが、士が別世界出身である事は果たして重要なのか。

 言ってみればこれは『翔太郎は風都出身』とか『剣二はあけぼの町在住』のような経歴に過ぎない。

 であるならば、そこまで細かく情報を流す必要があったのだろうか?

 簡単に言うと、その情報に関してはそこまでの重要性を感じられないのだ。

 勿論、『別世界から来た』という経歴が特異過ぎたからフィーネにも情報がいった、と考えるのは自然なのだが。

 

 何より引っかかるのは、敵が『門矢士は並行世界から来た』という事を信用している事だ。

 味方ですらも簡単には信じきれないぶっ飛んだ経歴をどのような経緯で知ったかは置いておいたにせよ、まるで『並行世界』の存在を信じているような。

 まあ、ブラフ程度に発言した可能性もあるのだが。

 考えれば考える程、フィーネの言動は不可解だった。

 

 

「……ま、勝ったばっかなのに暗い話ばっかなのもアレだし。他にはないの? 黒リン」

 

 

 内通者というあまり良くない話題を切ってマサトが黒木に振った。

 渾名で呼ばれたことに黒木は不服そうな顔で溜息をついた後、前線のメンバー達の顔を見渡して語る。

 

 

「剣二君と翼君はしばらくすれば復帰。

 ヒロムも疲れているだけで、しばらくすれば目を覚ますだろう。

 今回の一件でこの部隊は漸く、完全な形になったと言ってもいい」

 

 

 その言葉で全体の雰囲気も明るくなる。

 今までは翼が絶唱して重傷を負ったり、剣二がサンダーキーを使用して再起不能になりかけたりと、完全に全員が揃う、という事が無かった。

 だが、その2人は精神的な苦悩を乗り越えて、後は怪我を完治させるだけ。

 ヒロムも心の中にあった弱さを露呈させた事でかえって強くなった。

 

 

「それに特命部、二課、S.H.O.Tに続く、第4の組織の参入も正式に日程が決まった」

 

 

 これまた吉報だ。

 元々想定されていた合併に参加する組織は4つ。その最後の1つの参入が確定したのだ。

 

 

「組織の名前は『警視庁国家安全局0課』。縮めて『国安0課』とも呼ばれている」

 

 

 新たに参入が決定した組織の名を口にする黒木に、銃四郎が首を傾げる。

 

 

「前から疑問だったが、0課って何なんですか。聞いた事ないですよ、そんな部署」

 

 

 銃四郎はあけぼの署、S.H.O.Tメンバーになる以前は警視庁刑事部捜査第一課の刑事だった。

 故に警視庁の事についてはある程度知っているのだが、そんな部署を見聞きした事は一度もない。

 疑問に答えのはS.H.O.T司令の天地だ。

 

 

『当然だ。0課は警察内部でもトップシークレット、知っている者は0課所属の人間と、一部の上層部、他はイレギュラーだけだ』

 

 

 さらに続けて、天地は0課について語る。

 

 

『0課はS.H.O.Tと同じで魔法関係に明るい組織で、こちらとも時々交流があった』

 

「魔法に? 何で警察が魔法を?」

 

『0課が相手にしている怪物が、ジャマンガのような連中だからな』

 

 

 銃四郎の質問にも天地は即座に答えた。

 天地曰く、0課はファントムと呼ばれる敵を相手にしていて、それらは魔法に関係のある敵らしい。

 その為、時折S.H.O.Tとも関わる事があったのだが、本格的な協力関係はこれが初めてだという。

 会話を聞いていた翔太郎はぼんやりと、ある事を考えていた。

 

 

(魔法ねぇ……。そういや、なぎさちゃん達が会ったっていう仮面ライダーも魔法使いとか言ってたっけ……)

 

 

 最初は「そんな馬鹿な」と思っていたのだが、リュウケンドーやリュウガンオーという魔法を武器に戦う連中を見ていたら、どうにも笑えなくなってきた。

 魔法というファンタジーなものが実在するとは思っていなかったのだろう。

 ただ、それを言い出したらガイアメモリとかアストロスイッチ、もっと言えば仮面ライダーという存在自体、一般的には有り得ないとされるものだが。

 

 さて、0課の説明は一先ず置かれ、黒木が改めてまとめに入った。

 

 

「ともかく、これで部隊が完全な形になる。

 今後も厳しい戦いが続くかもしれないが、共に協力していって欲しい」

 

 

 誰もがその言葉に頷いた。

 今の部隊は本来想定されていた戦力よりも増しており、その理由は仮面ライダーが正式に参入してくれたから、というのが大きい。

 ゴーバスターズ、シンフォギア装者、魔弾戦士、そして仮面ライダー。此処にまだ0課が加わるのだから心強い。

 敵は多い。だが、仲間だって同じくらい多い。その事実が頼もしくない筈が無かった。

 

 

「一先ずみんなは休んでくれ。特に、響君は明日も学校だろう」

 

 

 名指しされた響はそう言えばそうだったとばかりに「あっ」と声を上げた。

 一方で士がゲンナリとした表情をしている。どうやら明日は士の授業もあるようだ。

 

 

「立花、明日の授業は自習だ。喜べ」

 

「いや、それただのサボりですよね!?」

 

 

 授業放棄を堂々と宣言した士に驚いた響は思わずツッコミを入れる。

 そんな平和な時間が流れる中でも、響は心の中で思う。

 

 

(未来と、ちゃんと話さなきゃ……)

 

 

 戦いが一旦の終わりをみても、響の心は晴れない。

 親友との、まだ親友であると思っている彼女とのわだかまりが解けるまでは。

 

 

 

 

 

 前線のメンバー達はその疲れをさっさと癒したいのだが、そうもいかない理由がある。

 それがメディカルチェックだった。

 二課のメンバーは二課で、ゴーバスターズは特命部で、魔弾戦士はS.H.O.Tで、それぞれにメディカルチェックを受ける必要がある。

 

 さて、仮面ライダー達だが、士は二課の所属、翔太郎も弦太朗も二課の宿舎に住んでいるので、メディカルチェックは二課で受ける事になった。

 士は溜息をついた。理由は移動が面倒という事である。

 まず、響はリディアンの宿舎だし、翔太郎や弦太朗も似たようなものだ。

 ゴーバスターズはそもそも特命部住まいだし、魔弾戦士もあけぼの町在住なので家から近い。

 つまりただ1人、士だけが住まう場所とはまるで関係の無い方向に出向かなくてはならないのだ。

 休みたいというのに何故俺だけ、と、メディカルチェックを受ける中で士は大変不服そうである。

 

 チェックが終わった士は、先程否応なく寝転がさせられたCTスキャンの為の診察台から上半身を起こし、下半身を台の上から投げ出して座る体勢になり、腕と足を組んで溜息をついた。

 

 

「そう不貞腐れないの、男の子でしょ?」

 

「あのな、お前と違って俺は色々忙しいんだよ」

 

「あらひっどーい。私だってね、頭のかたーいお偉いさんとか、色んな人を相手にしてるのよ?」

 

 

 メディカルチェック担当の了子と士がそんなやり取りを繰り広げる。

 人を小馬鹿にしたというか、おちょくるような態度の了子がどうにも士は苦手だ。

 自分が皮肉を言おうが何を言おうが、了子は基本的に笑ったり、おどけた態度で返してくる。

 それは士が苦手なタイプの1つだった。

 相手を煽って自分のペースを作る事の多い士としては、了子はそれに乗ってこない人物だからだろう。

 皮肉も悪態も無駄だろうと悟った士は、メディカルチェックの結果だけ聞いて帰ろうと報告を急かした。

 

 

「……で、結果はどうなんだ? 至って健康だろ?」

 

「ええそりゃもう抜群に。ま、疲れやダメージはあるみたいだけど、そこは他のみんなと同じね」

 

 

 メディカルチェックの結果は全て機器類のモニターを通じて表示される。

 基本的にオールグリーン。疲労はあるものの、そこ以外は問題なしと表示されていた。

 激戦の後で疲労が残っていない方がおかしいので、この結果はむしろ正常と言える。

 

 

「この分なら、明日の授業も大丈夫そうね?」

 

「なんならお前が授業をしてみるか? 櫻井」

 

「私が人に教えられる事って、色んな分野の専門知識と恋バナだけよ?」

 

「片方は高校生なら飛びつく話題だろ」

 

 

 そんな会話の直後、士はボソッと呟く。

 

 

「……つーか、お前の恋バナって何年前の」

 

「何か言ったかしら?」

 

 

 言い切ったらマズイと本能的に思った士は顔を背けた。

 これもかつて笑いのツボを押されまくったが故の危機感知だろう。

 『敵わなさそうな女性に、あまり迂闊な事は言わない』。

 例えば笑いのツボを押してくるような奴とか、櫻井了子のように純粋に口で敵わない奴とか。

 いい歳の女性に年齢の話は禁句だと士は知っている。

 それでも言うのが士だが、了子に言ったら何をされるか分からないという謎の悪寒がしたので止めたのだ。

 面倒な事になる前に話題を逸らそうとした士は了子に聞いておきたかった事があるのを思い出し、いい機会だと思ってそれを口に出した。

 

 

「そういや櫻井、立花の方はどうなんだ」

 

「女子高生のメディカルチェックの結果を? 士君、それセクハラよ?」

 

「阿保か。前の地下鉄の件やデュランダルの時の事だ」

 

 

 その2つの件は了子も士から聞き及んでいる事だった。

 地下鉄の一件で見せた黒い姿の響と、デュランダルを握った直後の黒い姿の響。

 状況は全く違うが、どちらにも共通するのは普段の響とはまるで違う、敵を叩きのめす事しか考えていないかのような凶暴さ。

 それらをとりあえず『暴走』と定義しているのだが、それを二度とも目撃しているのは士のみ。

 どうにもそこだけが引っかかっていて、改めて了子に尋ねたというわけだ。

 了子はメディカルチェックの結果を士から響の物へと表示を変え、顎に手を当てる。

 

 

「うーん、変わったところは無いのよね。強いて言えば融合が進んでいることくらいかしら」

 

「融合?」

 

「そ。心臓にあるガングニールの破片が体組織と融合しているのよ。まあ、現状はそれだけなんだけど」

 

 

 心臓の破片が融合。あまり良い意味には感じられない言葉だ。

 それに現状はそれだけと言うが、『現状は』というのが引っかかる。

 

 

「現状は、だと?」

 

「ええ、影響らしい影響がないのよ」

 

「暴走とは関係ないのか」

 

「多分あるんだろうけど、細かくは分からないわ。聖遺物との融合症例なんて前代未聞だもの」

 

 

 響は『身体の中に聖遺物を宿している』、つまりは聖遺物との『融合症例』という初の事例である。

 聖遺物の権威である了子ですら初めて見るという事で対応にも困っているようだった。

 恐らく、あの暴走に近い現象は『融合症例』という特異な状態が理由であろう事は分かる。

 例えば前任のガングニール装者であって天羽奏や天羽々斬装者の風鳴翼は暴走した事は無く、その2人と響の違いと言えば、『聖遺物が体内に宿っているか否か』、という点だけだ。

 だが、分かっているのはそこまでだし、そもそも『融合症例だから暴走が起きる』というメカニズムも不明。

 了子も思わず溜息をついた。

 

 

「貴方といい響ちゃんといい、私の予想を超える人が出てくる出てくる」

 

「俺もか?」

 

「あのね。シンフォギア抜きでノイズを倒せるのって、この世界だと相当な事なのよ?」

 

 

 この世界の『ルール』として、シンフォギアに頼らなければ基本的にノイズを殲滅する事は出来ないというものがある。

 炭化能力を無効化できればノイズが実体化する一瞬を狙う事も出来るようになる。

 ただ、実体化する『一瞬』とは、文字通りの『一瞬』。

 そこを狙う事は戦闘経験の豊富な仮面ライダーや訓練を受けてきたゴーバスターズですらも厳しいものがある。

 それを度外視してノイズを殲滅できるのはこの世界に唯一シンフォギアのみ。

 の、筈だったのだが。

 ディケイドはその持ち前の能力で見事にそのルールをぶっ壊して見せた。

 今となっては周知の事実だが、シンフォギアシステムを研究してきた了子にとっては今でも信じ難い事なのだろう。

 

 

「前にも言ったろ。ディケイドはそういうモンだ」

 

「ディケイドって言っとけば何でもアリって思ってない?」

 

 

 ピシッと指をさす了子だが、士は気にも留めずにスルーした。

 以前に了子はディケイドの能力が気になりすぎて士を尋問レベルで問い詰めた事がある。

 士は士で面倒だから答えなかったのだが、あまりにも問い詰める勢いが凄すぎて『答えない方がむしろ面倒になる』と判断し、ディケイドが今までにしてきた『破壊』の事を少しだけ教えた。

 そこで了子が耳にしたのは、唖然とするような事実。

 例えば『ブレイドの世界』での出来事。

 まず『不死身の生命体』がいるという前提の時点で了子は匙を投げかけたが、『不死身』と銘打たれているそれを『殺した』とか言い出すもんだから匙を全力投球した。

 しかも深く聞いてみれば、ブレイドの世界のライダーはその生命体を『封印』しているというのに。

 

 

「結局ディケイドって何なの? 頼もしいけど、ある意味怖いわよ」

 

「世界の破壊者。全てを破壊する事のできる、な」

 

 

 何者かと問われた時、彼は『通りすがりの仮面ライダー』か『世界の破壊者』と答える。

 後者の通り名に関しては破壊者という言葉のせいで誤解される事も多く、士は自分の力を皮肉る時によく、そちらの通り名を使う。

 自分は破壊する事しかできない。時に『悪魔』とすら罵られる力。

 今でこそ言われる事も少なくなっていたが、ディケイドが破壊者であるという事実は変わらないのだと。

 それを聞いた了子は、何故か神妙な顔つきになっていた。

 

 

「……じゃあ、もしもの話をするわ」

 

「何だ?」

 

「仮に世界が呪われているとするわ。貴方の『破壊』は、その呪いを壊す事もできるの?」

 

 

 意味深長な質問。

 普段の櫻井了子としての性格は引っ込み、まるで別人であるかのような口ぶりで。

 一度も見た事の無い、普段からは想像もできない程の了子の姿に戸惑う士だが、その余りの雰囲気に押されて皮肉や悪態抜きの答えを出した。

 

 

「どうだろうな。俺の破壊にも限界が無いわけじゃない。

 それが世界にかけられた呪いなら、世界そのものを壊す事になるかもしれないな」

 

「……そう。じゃあ、無理なのね?」

 

「多分な。俺はこの世界を破壊する気はない。まあ、戦うくらいはしてやるから安心しろ」

 

 

 妙な空気が流れてしまった。

 おちゃらけた言葉でからかう了子と、皮肉と悪態を繰り返す士。

 2人のやり取りは傍目から見れば基本的には漫才のように明るいものだ。

 その筈なのに、今回だけは重たい空気が流れる。

 

 

「なーんちゃってぇ!」

 

「は?」

 

 

 そんな空気を吹き飛ばしたのは、話を切り出してきた了子の方だった。

 了子はいつも通りの雰囲気、いつも通りの笑みに戻って士を笑う。

 

 

「ふふっ、士君、ちょーっと真面目に聞くと真面目に答えてくれるのねー。

 冗談に決まってるでしょ?」

 

「……じゃあ、この世界が呪われてるってのは」

 

「初恋は実らないって言うじゃない? それって世界が呪われているからだと思うわけよ。

 『あの時の私の恋を返せー』みたいな?」

 

「……お前、馬鹿か?」

 

「あら。一応天才よ、私。できる女と評判だって言ったでしょ?」

 

 

 掴みどころのない了子に士はほとほと呆れるばかり。了子は変わらず笑う。

 でも、士は心の何処かで自分も気づかぬ内に思っていた。

 先程の重たい雰囲気の了子が、本当にただの冗談だったのかと。

 

 

 

 

 

 朔田流星は仮面ライダー連続襲撃事件に関して調査を進めていた。

 しかし目立った情報は得られず、最新の情報は日本に5体同時に現れたという弦太朗からの情報だけ。

 しかも特異災害対策機動部二課やら日本政府やらが関わっている案件の為、弦太朗も申し訳なさそうに全ては話せないと語っていた。

 

 今回の調査に訓練生や研修生と言われる、つまりは新米の立場である流星が組み込まれているのには理由がある。

 それは彼が仮面ライダーだからだ。

 敵が仮面ライダーを狙っているなら、仮面ライダーを調査員に使えば敵は勝手に出てくるだろう。

 そういう狙いがあっての事。悪い言い方をすれば囮捜査のようなものだ。

 ただ、それが敵をおびき出すには効果的であろう事は流星自身も分かっているので特に何も思わないし、不服とも思わない。

 むしろ仮面ライダー以外の人間が調査メンバーに加わって傷つくよりは良いとすら思えた。

 

 さて、そんな流星は今、とある爆発事故の現場にいる。

 幸いにも近隣の町からは離れた場所だった事が幸いして怪我人は出ていても死人は出ていなかった。

 ただ、爆発の規模は洒落になっておらず、なんと街1つが吹き飛ぶほどの威力はあったらしい。

 もしも街中で爆発していたらどれ程の人が犠牲になっていたか。想像するだけでゾッとする。

 爆発現場は大きなクレーターのようになっており、隕石でも落ちてきたと言われた方が納得できるレベルだった。

 

 

「で、爆発物の痕跡は無し、か……」

 

「ええ。ただ……」

 

 

 流星とインガは仮面ライダー連続襲撃事件の調査中にこちらの捜査にも駆り出された。

 ただの爆発事故なら新米の2人が駆り出される事も無いだろう。

 しかし今回の爆発はどうも普通の爆発とは様子が違っていた。

 そこで大ショッカーとの関連性も疑い、彼等にも召集がかかったというわけである。

 そして、次にインガの口から放たれた言葉に流星は目を丸くした。

 

 

「この近辺にはパワースポットがあったそうよ」

 

「……いや、何だそれは?」

 

「魔力の塊」

 

「まりょ……何だと?」

 

 

 意味不明な単語に首を傾げる流星と、さも当然のように語るインガ。

 インガは細かな説明を流星に始めた。

 

 

「まず、魔法が存在しているという前提条件はいいかしら?」

 

「全くよくないが、良いと言わなければ話が進みそうにないな」

 

「そうね。で、パワースポットは魔法を使う為に使う魔力の塊みたいなもの。それが今回、爆発したらしいわ」

 

 

 流星は一先ず頭を抱えた。

 どういうわけだが相方がファンタジーな事を言い出しているという事実に。

 しかも真顔で真剣に、全く嘘でなさそうなのが尚の事問題だ。

 ただ、魔法という言葉に全く聞き覚えが無いわけでもない。

 かつてインガと初めて出会った宇宙鉄人の事件の時に助けに現れた宝石のような戦士。

 ウィザードと名乗っていた彼は自分の事を魔法使いと称していたはずだ。

 

 

「……まあ、魔法使いと名乗るやつとは会った事があるが」

 

「仮面ライダーの貴方が魔法を信じられないって言うのもおかしいと思うけれど?」

 

「…………」

 

 

 ぐうの音も出ない。

 どっちにしろ非常識なものである事に変わりはないのだから。

 さて、此処で1つ疑問が出る。

 魔法関係の事を、一体インガは誰から聞いたのか。

 まさかインターポールに魔法関係に明るい人間がいるわけもないだろう。

 

 

「その魔法がどうとかいうのは、誰から聞いた情報なんだ?」

 

「それは、私です」

 

 

 聞き覚えの無い男性の声。

 流星とインガが声のした方向を向けば、そこにはスーツ姿の初老の男性が歩いてきていた。

 インガはその男性に駆け寄り、流星に向かって紹介する。

 

 

「彼は『御厨博士』。都市安全保安局の博士で、部門は魔法全般よ」

 

 

 都市安全保安局。その名は流星も耳にした事がある。

 名の通り、都市を守る為に存在している場所で、言ってみればインターポールに近い組織だ。

 世界の幾つかに支部を持ち、世界平和の為に努めているという話だが。

 

 

「私からはまず、パワースポットとジャマンガについてお話させていただきます」

 

 

 御厨博士の語る内容は『魔法が存在している』という話と『パワースポットの存在と危険性』、そして『ジャマンガという組織について』の3点。

 魔弾戦士についての詳細は伏せられたが、S.H.O.Tについても言及され、日本が主な活動拠点になっている事や、パワースポットが日本にも存在している事も語られた。

 それらの話をしっかりと頭に叩き込んだ流星は爆発の惨状を見つつ、御厨博士に尋ねる。

 

 

「では、今回の爆発事故はパワースポットの破壊によるもので、間違いないという事ですか」

 

「はい。此処にあったパワースポットが無くなっていますから、間違いないです」

 

 

 そこに御厨博士は「私が呼ばれたのも、パワースポット関係の事だったから」と付け加えた。

 魔法の話云々は自分も仮面ライダーという非常識だから信じるとして、これほど大きな爆発を起こすような代物が日本にもあるというのは恐ろしい話である。

 何より、ジャマンガの事。人を脅かす敵が世界的に有名なヴァグラスや仮面ライダーを狙う大ショッカー以外にもいるというのか。

 

 

「詳しく調べないと分かりませんが、今回の件にもジャマンガが絡んでいると思われます」

 

 

 御厨博士曰く、ジャマンガの活動は日本が一番活発的というだけで、世界中でその活動は目撃されているそうだ。

 そしてジャマンガの活動は主にパワースポット周辺で行われる事から、今回の爆発事故に関わった可能性も高いであろう事という事だ。

 

 

「御厨博士。もしそのジャマンガが今回の爆発事故の主犯だとして、目的は?」

 

 

 流星の言葉に御厨博士は首を横に振った。

 

 

「分かりません。パワースポットの危険性はジャマンガ側も把握していて、滅多に手を出すものではない筈なのですが」

 

 

 例えば日本のDr.ウォームがそうだ。

 パワースポットを危険だと把握しているから手を出す事は臆病なまでに無い。

 今回のような爆発事故が起こってしまって人が死んでしまえば、マイナスエネルギーを集める事が出来なくなってしまうから、という理由もある。

 ジャマンガの目的は人を殺す事ではなく、生かしたまま苦しめる事なのだ。

 むしろ死なれては困る節すらある。

 そうでなくとも、その大規模な爆発は下手をすればジャマンガすらも吹き飛ばすほどの威力。

 以上の点を考えれば、このパワースポットを破壊したのがジャマンガならば、何故そんな真似をしたのかが謎なのだ。

 

 

「…………」

 

 

 爆発現場を睨みながら流星は考えた。

 ジャマンガの活動が一番活発的なのは日本。

 そして、最後に大ショッカーが目撃されたのも日本である。

 さらに弦太朗からは先輩ライダーと行動を共にしているという話も聞かされていた。

 大ショッカーがライダーを狙っているのなら、これからも弦太朗達を狙うであろう。

 

 

(……行ってみるか)

 

 

 ヨーロッパにいた方が爆発事故の手掛かりは掴めるかもしれないが、大ショッカーの事もある。

 それにジャマンガが一番活動しているのは日本なのだから、もしかすると向こうで爆発事故に関しての手掛かりも得られるかもしれない。

 ならば、と流星は拳を握りしめて決意した。

 

 ──────再び、彼等の元へ帰ろうと。




────次回予告────
『スーパーヒーロー作戦CS!』

「戻るところ無いんじゃないかって……」
「立花はきっと、立花のまま強くなれる」
「何でこっちを励ましてんだよ」
「私は、クリスの友達になりたい」

青春スイッチ、オン!


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第49話 陰りの日

 疑似亜空間とジャークムーンの城との決戦の翌日。

 5月も終わりに差し掛かり、6月が近いという事もあってか梅雨のように雨が降っている。

 厚い雲が日を遮って、外は何だか薄暗い。

 どんよりとした雰囲気にはお似合いなのかもしれない。部屋の窓から空を見つめながら未来はそんな風に思っていた。

 

 寮では響と未来の2人が同じ部屋。当然今だって、同じ部屋の中で暮らしている。

 それが今だけは、とてもとても辛い事のように思えた。

 響よりも早く起きた未来は響を起こす事も無く、制服に着替え始める。

 響と同じ時間に登校する気が、どうしても起きなかったから。

 

 響と未来は結局、話す事もできていない。

 響は未来と話そうと思った。けれど、どう切り出していいのか分からない。

 対して未来は自分の我が儘を隠そうと、響と距離を取っていた。

 朝昼晩、授業中も寝る時も、響と未来の距離はあまりにも近い。

 それでも話せないまま、2人の間には1日という長い沈黙が過ぎてしまったのだ。

 

 

「…………」

 

 

 降りしきる雨の中、傘をさしながら1人で登校する未来は、自分が言った『隠し事をしたくない』という言葉を思い返す。

 あの時の意地悪を謝りたいと思ったのに、もう謝る事もできないくらいになってしまった。

 この言葉をかけられた時、響はどれ程辛かっただろう。

 言いたくても言えない秘密を抱えていた響を知ってから、余計に未来はそう思う。

 今の関係に心を痛めているのは、きっかけを作ってしまった未来も同じだった。

 

 

「……?」

 

 

 顔を俯かせていた未来は、何の気もなく通学路にある横道に目を向ける。

 何てことは無いアーケードの外れ。

 雨という事もあってか人っ子1人通らない、暗い早朝の中。

 そこで小日向未来は、倒れている銀髪の少女を見つけた。

 

 

 

 

 

 市街地第6区域。

 響や未来が使うリディアンの通学路のすぐ近く。

 そこでノイズの反応が検知され、リュウジとヨーコ、翔太郎の3人は弦十郎と共に出動した。

 ノイズの反応は現着する頃には消えており、被害者も調べたところでは0である事が確認済みだ。

 ちなみにヒロムは未だ休養中。グレートゴーバスターのメインパイロットという事で疲労が抜けきっていない彼は復帰できない状態でいた。

 本来はリュウジやヨーコも休養をするはずだったのだが、戦闘の可能性が考えられたので駆り出されたのだ。

 戦闘の可能性。つまり、敵がいる事が考えられたのには理由がある。

 それはノイズの反応と同時に、『イチイバルの反応も検知された』という事だった。

 

 

「やっぱ、雪音クリスがノイズと戦った……って事になんのか」

 

「そうでしょうね。

 でなきゃ、こんな場所にノイズとイチイバルの反応が同時に確認されるわけないですから」

 

 

 翔太郎、リュウジが口々に言う。

 フィーネという存在がクリスを切り捨てたという事は彼等も分かっている。

 では、そのフィーネが不要となったクリスを消そうとしているならば?

 そう考えれば今回現れたノイズとイチイバルの反応にも納得ができる。

 

 

「クリスちゃん、私と歳変わらないんだよね……。大丈夫かな」

 

 

 雪音クリスという人間については以前に軽く説明を受けている。

 ヨーコも直接対面した事は無いが、普通に過ごしていれば学生くらいの年齢の少女。

 そんな子がたった1人で命を狙われていると聞かされて不安が募るばかり。

 

 一方、現場指揮をしている弦十郎は粗方の指揮を終えた後に響と士に連絡を取っていた。

 二課のメンバーという事、対ノイズの戦力である事がこの2人への連絡の理由だ。

 翼に言わないのは、彼女に言うと病院を抜け出しかねないからである。

 

 弦十郎は響と士にノイズのパターンが検知された事、未明という事もあって被害者はいない事、イチイバルの反応も同時に確認された事を伝えた。

 弦十郎と響、士の3人は今、同時に通信を行っている。

 通話というのは普通の電話なら1対1だが、そこは二課の通信機。3人同時の通信も簡単にこなせるのだ。

 報告を聞いた響は言葉の代わりに暗い沈黙を発していた。

 通信機越しにそれを感じ取った弦十郎が「どうした?」と聞くと、響は答えた。

 

 

『あの子、戻るところ無いんじゃないかって……』

 

 

 フィーネに捨てられたクリスの事を響は心配していた。

 クリスについては響も聞かされているが、彼女は天涯孤独の身であるらしい。

 ならば、フィーネという居場所を失ったクリスの帰る場所はあるのか。

 

 

「そう、かもな……」

 

 

 弦十郎の言葉はほんの少し上ずっている。そこに気付き、そこを心配している響への驚嘆の声だった。

 敵であるはずの子まで心配する響は底抜けのお人好しであると弦十郎も感じざるを得ない。

 それも、何処か歪んでいるほどの。

 優しい、と一言で片付けられるようなものではない。幾度か本気の潰し合いを演じているのだから。

 

 

『俺達はどうする? 立花も俺も、すぐには出られないぞ』

 

 

 沈黙を保っていた士が口を開く。

 その後に欠伸をする声が続く事から、昨日の今日で疲れが取れていないのだと弦十郎も響も察した。

 今日も響は生徒として、士は教師として学校がある。

 二課に従事している事を秘密にしながらの活動なので、急な呼び出しには応じられない可能性は十分にあった。

 大学生ならともかく高校生の響が授業を無断で抜けられるはずがないし、教師側の士は余計にそうだ。

 とはいえノイズと戦うには2人の力は必須レベルなのも事実なのだが。

 

 

「調査は引き続き我々が行う。響君と士君は指示があるまで待機。

 リディアンにも普通に通っていてくれればいい」

 

 

 響は「はい」と、士は特に返事もすることなく指示を聞いた後、3人の通信は終わった。

 通信機を切った後、響はリディアンの校舎の中へと入り、いつも通りに教室へと歩いていく。

 人助けなどで遅刻する事も多い響だが、それがなければ比較的普通に登校が済むくらいの時間で来るのが響だ。

 数人の生徒は既に教室に入っていたが、最初の予鈴まではまだ時間がある中、響は自分の教室に入った。

 そしてそこで、いきなりの違和感を発見する。

 

 

「……未来?」

 

 

 未来がいない。

 自分よりも早く寮を出たはずの未来が、席にも、教室の何処にもいない。

 それだけなら学校の外とか、他の教室とか、色々と考えられただろう。

 だが、彼女は学校にまだ来ていないと言い切れたのは、彼女の鞄が机に無かったからだ。

 いつも隣で授業を受ける未来の机には、未来の鞄が無い。

 それはつまり、彼女がまだ登校していない事を意味していた。

 戸惑う響にいつも仲良くしている3人娘が近づき、詩織が一番に口を開く。

 

 

「小日向さん、お休みなんですか?」

 

「私より早く出たはずなんだけど……」

 

 

 3人娘も響と未来が何らかの事情で喧嘩しているという事は流石に分かっている。

 以前の茶化しだって2人の間に何処か重い空気が漂っているから、それを何とかしたいという善意でやった事なのだ。

 けれどそれが裏目に出て、未来が怒って行ってしまった事、それきり2人が碌に会話もしていない事を同じクラスの3人はよく分かっている。

 だからその時、善意で茶化した張本人である創世は思わず響の手を握った。

 

 

「あの時はごめん、茶化しちゃって。

 悪気は無くて、2人が何か、喧嘩してるみたいだったから……。これでも責任、感じてるんだ」

 

 

 創世は響の目を見て精一杯謝った。

 言葉だけの薄っぺらい謝罪ではなく、友人に対しての本気の謝罪。

 自分が茶化してから2人が口も利かなくなってしまっていれば責任も感じるというもの。

 時折何とも思わない人もいるが、創世も、他の2人もそんな無神経な人物ではなかった。

 

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 

 笑顔で答える響。勿論、創世のせいだなんて全く思っていない。

 許された事、それに昨日からずっと謝りたかった事もあって、創世はホッとした顔を見せる。

 

 自分が悪い事を自覚して謝らなければならないと思った時、すぐに謝れる人は稀有である。

 謝らないままずるずると引き摺ってしまう人もいるだろう。

 頭では分かっていても、どう謝って良いのかとか考えてしまって踏み切れないものだ。

 それが今の響と未来だった。

 どちらも友達でいたいと思っていても、言葉を伝えない為に何処か気持ちがすれ違っていて。

 そうして1日という時間が経過してしまっているのが、今の響と未来。

 

 未来がいる筈の席を見つめて、響は1人思い続けた。

 

 

(このままだなんて、私は嫌だよ。未来……)

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 

「あたしを騙して、一体ッ! カ・ディンギルってのは何なんだよッ!!」

 

 

 信じていた人に、裏切られて追われる夢。

 

 

「貴女が知る必要はない。だけど、貴女の望みは叶えてあげる。

 カ・ディンギルを用いれば世界を一つに纏め上げ、争いの種を無くすことができるのだから」

 

 

 そうしてソロモンの杖と共に、冷徹な笑みが向けられて──────。

 

 

「うわぁぁぁッ!!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 突如目を見開いて飛び起きたクリスに驚いて、小日向未来は思わず小さな悲鳴と共に仰け反ってしまった。

 今の夢は自分が追われる最初の出来事。フィーネに本当の意味で切り捨てられた日の事。

 屋敷の外に追いやられたクリスが慟哭の叫びを発した、その直後のやり取りだった。

 あれから丸1日、ずっと逃げ続けて、絶え間なくノイズに襲われ続けて。

 最後にノイズと一戦交えたのは暗い路地裏だったか。

 そこで自分の記憶が途切れているから、その戦闘の後に自分は力尽きたのだとクリスは理解する。

 次にクリスが思考したのは、此処は何処だ、という状況確認。

 見慣れない部屋。畳張りの和室に敷かれた布団で眠っていたらしい。

 横を見れば、驚いた様子から立ち直った、自分と同じか少し下くらいの年齢の少女。

 服は何処かで見た事のあるような制服だった。

 

 

「よかった、目が覚めたのね。アーケードの外れで倒れていたから此処まで運んだの」

 

 

 飛び起きたせいで額から外れてしまったおしぼりを回収し、未来はクリスに笑顔を向ける。

 すぐに分かった。この子は自分が戦いに巻き込んでしまった子であると。

 ネフシュタンを纏って出撃したあの日、ガングニールのアイツを狙おうとした時に自分の不注意で巻き込んでしまった子だ。

 そうとは知らない未来は笑顔のまま口を開く。

 

 

「びしょ濡れだったから、着替えさせてもらったわ」

 

 

 そう言えば自分の服ではない事に気付く。

 よくよく見れば白い動きやすい服に、胸元には『小日向』と書かれている。

 今までの経歴のせいで学校という場所に縁がなかったクリスは着慣れないものだが、とどのつまりそれはリディアンの体操着だった。

 

 

「ッ、勝手な事をッ!!」

 

 

 クリスは布団から思い切り立ち上がった。

 知らぬ間にされていた気遣いに不器用ながらそんな対応しかできないクリス。

 そして急に立ち上がったクリスを見て、未来は頬を赤らめた。

 

 

「……?」

 

 

 何を恥ずかしそうにしているのか分からないクリスは未来の視線を追う。

 立ち上がった自分を見上げている。

 そしてそんなクリスは、上半身には体操着を着て、下半身には────。

 

 

「何でだッ!?」

 

 

 何も着ていなかった。体操着の下どころか、下着まで。

 さらに体操服というのは動きやすく、結構余裕のある服。

 そんなわけで体操服1枚だけのクリスは、肌の大部分を見上げてきている未来に見せてしまう形になってしまったのだ。

 普段から一緒に響と風呂に入っている未来からすれば、同姓の肌を見たところでどうと思うわけでもない。

 が、意図せず急に『そういうもの』を見せられたら少しは恥ずかしくもなるわけだ。

 

 

「さ、流石に下着の替えまでは持ってなかったから……」

 

 

 流石のクリスも気恥ずかしくなったのか、立ち上がった時の勢いと同じくらいの速さで屈み、布団で全身をくるんだ。

 例えるなら座敷童的なスタイル。

 そんな座敷童クリスと未来がいる和室。そこにまた1人、顔を出す人物がいた。

 

 

「あら、お友達、目が覚めたの?」

 

 

 洗濯籠を持って現れたのは、おばちゃん。

 それが誰なのかクリスに分かる筈もない、巻き込んでしまった未来とは違い完全に赤の他人だ。

 おばちゃんとは、お好み焼き屋のふらわーを営んでいるおばちゃんである。

 クリスを発見した場所から一番近く、尚且つ頼れる場所が此処だけだったので、未来はクリスを此処に運び込んだ。

 開店前なのにも拘らずやって来たお客に驚き、さらにその子がどうにかこうにかおぶってきたずぶ濡れの女の子を見てさらに驚きつつ。

 それでもおばちゃんはすぐに驚きを引っ込めて、未来の人助けを手伝った。

 おばちゃんはクリスに笑いかけながら、洗濯籠の中に入れてある服をちょいとつまんで見せる。

 

 

「お洋服、お洗濯しておいたからね」

 

 

 クリスの洋服は雨の中で倒れていたせいで泥も付着していたし、逃げ回ってきたせいで土の汚れもついて、尚且つずぶ濡れの状態だった。

 それがまあ、何事もなかったかのように綺麗に洗い流されて洗濯籠の中に収まっている。

 フィーネに命を狙われる逃走中の中での、唐突な人の優しさ。

 未来とおばちゃんの2人にクリスは唖然とする。

 そんなクリスにおばちゃんは微笑んだまま、物干し竿がある庭に出ていこうとし、それを少し急いで未来が追った。

 

 

「あ、私手伝います」

 

「ホント? ありがとうねぇ」

 

 

 そうして2人は物干し竿にクリスの洋服と、ついでに洗濯したおばちゃんの私物を干し始めた。

 至って普通の、だけどそう簡単にはできない善意。

 まあ人が倒れていればこうなるよね、と言えなくもない善意。

 けれどもクリスとは縁の無かったそんな善意に、クリスはただただ呆然とするばかりであった。

 朝方降っていた外の雨はいつの間にか止んでいて、クリスが佇む部屋の窓からは光が差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 放課後になった。

 士は鞄を持ってリディアン校舎の階段を上りつつ、黙々と考え事をしていた。

 原因は、小日向未来の無断欠席。

 

 門矢士はディケイドとなってからの旅を通して仲間を得て、心も成長し、ある程度人の心情を察する事もできるようになっている。

 元々、尊大な態度で覆い隠されているが、彼は人を思いやる事のできる人間ではあった。

 例えば彼は仮面ライダーの世界を回っていく中で、その世界における敵に対して啖呵を切る事がある。

 悪を否定し、仲間を肯定する言葉。仲間の心情を察し、鼓舞し、背を押す言葉。

 それができるという事は即ち、仲間の事を思いやれている証拠でもあった。

 彼は確かに成長している。旅を続け、戦いや仲間が増えていく中で。

 

 この世界で新たに経験した『教師』という立場は、士にほんの少し影響を与えていた。

 さらにもう1つ、『二課職員』としての経験もまた。

 二課、延いては特命部やS.H.O.Tには『大人』が多い。

 20歳が過ぎたから、とか、もうそんな年齢じゃないから、とかではない。

 子供を支えてやる、頼りがいのある『大人』が多いのだ。

 

 例えば二課。

 弦十郎は時に優しさだけでなく厳しい面も見せる。それでいて、響達が活動しやすいように支えてもいる、大人らしい大人筆頭だ。

 了子は場の雰囲気を明るくしながらも的確に仕事をこなしてサポートをする。

 朔哉やあおいを中心とするオペレーター達もまた、自分にできる精一杯をもってして響達を支えている、手は一切抜かない頼りになる大人だ。

 

 黒木や天地などの司令官、各組織のオペレーター、特命部のバスターマシンの整備員などもそれに該当するだろう。

 マサトはタイプとしては了子に近く、おちゃらけつつも頼りになる面もちゃんとある。流石は黒木と弦十郎の同期と言ったところか。

 

 門矢士はリディアン生徒から見て『大人』だ。

 少なくとも、響や未来は士の事を『大人』として見ていた。

 年上だからというのもあるが、教師という立場がさらにそうさせている。

 それが彼に変化を促していた。

 少しくらい子供を支えてやれる大人になってやるか、という風に。

 本人も知らず知らずの、しかもほんの少し過ぎて気付きづらいくらいの変化。

 もっと言えば『支えてやるか』という士特有の上から目線の心情。

 けれども年下を支えてやろうというその思いは、士の中での確実な変化であった。

 

 故に士は、共に肩を並べて戦う仲間の親友である、小日向未来の動向を気にしている。

 いや、それだけではない。未来は士の教え子でもあるからだ。

 

 

(余程立花と顔を合わせたくなかったか)

 

 

 歩を進めながら士は未来の心情を考察する。

 が、何となくしっくり来なかった。

 響と未来は、それこそ朝から晩まで顔を突き合わせている。幾ら学校に行かなくても最終的には会わないわけにはいかない。

 単純に学校でくらいは顔を合わせたくないという急場しのぎか。

 まさか、そのまま帰らずに別の友人の家にでも泊めてもらうつもりなのか。

 そんな士の脳裏にふと、今日の朝に話した弦十郎と響との会話が浮かぶ。

 本日未明にノイズが現れたという話だが。

 

 

(……いや、違うか)

 

 

 巻き込まれて、という肝が冷えそうな考えが一瞬過るが、犠牲者は0の筈。

 それにノイズの反応と一緒にイチイバルの反応も検知しているというし、恐らく未来の事とは完全に別件だろうと士は切り捨てた。

 

 ────イチイバルの反応と未来の無断欠席は、少し関係がある事を士が知る由もない。

 

 そうこう考えているうちに、士は目的の場所についた。

 階段を昇って士が目指していた場所は最上階。つまりはリディアンの屋上。

 彼はゆっくりと、特に急ぐでもなく追っていた人物がいたのだ。

 追っていた人物というのは風鳴翼。

 長く青い髪を揺らし、松葉杖を使う姿は芸能人という事を差し引いても目立つ。

 そんな彼女が松葉杖ながらも階段を器用に昇っていく姿を発見し、気になった士は後を追ったのだ。特に急ぐような理由でもなかったので徒歩で。

 勿論、翼がただ歩いているだけだったら追う理由は無い。

 が、松葉杖を使ってわざわざ階段を上るような用が何なのかが気になった。

 何より、アイツ安静にしているんじゃなかったのか、という疑問もあった。

 そういうわけで士は今、翼が入っていた屋上、その扉の前にいる。

 

 さて、と言った具合に気軽な気持ちで屋上への扉を開け、足を踏み入れた。

 最初に目に入ったのは、隣り合ってベンチに腰を据えている響と翼の姿。

 扉が開く音に反応したのか、響と翼は士の方に目を向けている。

 2人の視線を一身に浴びつつも士は何の事も無く、平常通りに声をかけた。

 

 

「何してる? 風鳴。お前は病院の筈だろ」

 

「学校に行く事と、ある程度の外出については許可を得ています。

 仕事に関しては何1つ許されていませんが……」

 

 

 許可を得ているからか翼は目線を逸らす事も無く堂々と答える。

 彼女の言う『仕事』とは、『アーティスト』と『二課装者』の両方の事だ。

 戦闘に関しては司令である弦十郎に、アーティスト方面に関しては慎次からそれはもう強く止められている。

 戦闘は許可が下りる前に無断出撃したら厳罰だし、アーティスト方面に関してはマネージャーの慎次がスケジュールを全力で開けているので今更どうしようもない。

 そんなわけで、リハビリがてらに学校へ久々の登校を果たしたのが今の翼というわけである。

 翼の弁解に士は特に何を言うでもなく、2人に近づきながら最初の疑問について問い詰めた。

 

 

「それは納得してやる。で、結局お前らは放課後の屋上で何してるんだ」

 

 

 答えようとしたのは響。

 だが答える前に一瞬、ぐっと黙り込んだ響は、ちょっとだけ目を泳がせる。

 そうしている間に歩を進め、ベンチの前にまで来た士の方を、俯きつつ見上げるように目を向けた。

 

 

「翼さんには偶然会って。……その、相談したい事があって、一緒に」

 

「相談、ね。無断欠席した小日向と関係あるのか?」

 

 

 響は目を下に向けてしまう。上か正面を見ているイメージの強い響だが、普段の溌剌とした様子は鳴りを潜めていた。

 図星を突かれた響は足元に、迷うような声で自分の心情を吐き出していく。

 

 

「私、自分なりに覚悟を決めたつもりでした。

 守りたいものを守る為、『シンフォギアの戦士になるんだ』って……。

 でもダメですね……。小さな事に気持ちが乱されて、何も手に付きません。

 あの時、翼さんにも士先生にも励ましてもらったのに……」

 

 

 自嘲気味な語りは何の音にも遮られる事無く、口を開かずに聞いていた士と翼の耳に届いた。

 士も翼も、響の覚悟は知っている。それを見て、それを聞いたのだから。

 甘えた覚悟ではなく真の意味で覚悟を決めた姿を確かに見た。

 だが、未来とのすれ違いのせいで何もかもができなくなっている響もまた知っている。

 フィルムロイドとの戦いでは偽者に惑わされるなと鼓舞した。

 しかし、そこを乗り越えたからと言って未来との関係が戻るわけではない。

 それとこれとは話が別。

 未来との友情はまだ切れていないと信じている。だけど、何をどうして踏み出せばいいのか分からない。

 それどころか学校に登校し、隣に座るという機会すらも無断欠席という壁に阻まれてしまった。

 だからなのか、今日の響は授業の時に上の空。

 授業をした士はそれを見たし、そう感じていた。

 

 

「私、もっと強くならなきゃいけないのに……。変わりたいのに……」

 

 

 デュランダルを振るってしまった時の恐怖と後悔が未だに響には焼き付いている。

 人と人が戦う事を嫌う彼女が、人に対して制御もしていない『殺す一撃』をぶっ放した事。

 その時に、自分が一切の躊躇いが無かった事。

 だから思った。強くなりたいと、変わりたいと。

 

 

「その小さなものが立花の本当に守りたいものだとしたら、今のままでもいいんじゃないかな」

 

 

 けれど翼は今の響でいいのだと語る。

 それは士に、そして未来からも贈られた言葉と全く一緒の結論。

 支えられた、慰められた言葉を忘れる筈の無い響は感じた。「同じだ」、と。

 

 

「立花はきっと、立花のまま強くなれる」

 

 

 照れくさそうにしながらも翼は隣にいる響の方へ向きながら。

 だが、言い切った後にすぐさま顔を逸らして目線は足元へ移動してしまった。

 

 

「奏のように人を元気づけるのは、難しいな」

 

 

 かつては奏に支えられていて、それを今度は自分が響にと思ったのだが、やってみると存外難しい。

 そんな事を感じつつ翼ははにかんだ。

 風鳴翼という人間は、実は脆い。

 奏の死後に引き摺っていた自責と後悔、そしてそれを機に得てしまった自殺衝動にも近い使命感。

 

 私がやらなければならない。私が、私が、私が────。

 

 歪み、強まり、固まってしまった使命感の最たるものが、あの時の絶唱。

 絶唱を自爆同然に放つというシンフォギアシステムにおける危険行為を独断で行った事。

 大切な相棒の死を境に、風鳴翼は危うい方向へと変化してしまった。

 無理もない。誰よりも大切な人を自分の目の前で死なせれば、誰だって何かしらの変化はある。

 

 では、元々の風鳴翼という人物はどんな性格だったのか?

 翼の世間からのイメージに関して例を挙げると、『凛としていて』、『完璧に何でもこなす人』で、『迷いの無い人』と言ったところ。

 実は、翼の性格はそれと全くの逆と言っていいほどのものだ。

 恥ずかしがりで寂しがりで、部屋は片付けられなくて迷う事もある人間。それが風鳴翼だ。

 かつて奏に評された『泣き虫で弱虫』というのも間違いではなく、『鋭い剣』という言葉から対極にいたのがかつての翼。

 つまり翼は元来、悩み多き性格であり、故に『悩む』という行為に対して他の大勢よりも理解を示すタイプの人間だ。

 歪み、意固地になっていた使命感から解放された翼は、そういう本来の自分を少しだけ覗かせている。

 だからこそ、甘えた覚悟ではない響が抱えるそれを聞いて彼女は思った。

 例え当人がちっぽけと称していても聞き、先輩として言葉をかけるべきだと。

 何度も言うようだが、翼と響の間にわだかまりはもう存在しないのだから。

 

 翼は自分でも言うように人を元気づける事が得意な方ではない。

 だけど心は確かに伝わって、響は翼に「ありがとうございます」と明るい声で笑顔を見せた。

 と、そんなやり取りを見ていた士が。

 

 

「変わる変わらないで言えば、風鳴。お前は随分変わったな」

 

「そう、ですか?」

 

「ああ、前のお前なら立花の悩みなんざ聞くより先に斬ってただろ」

 

 

 士の中で翼は『そんな事で悩んでいるの?』とか『そんなものを苦とした悩みにしてどうするのッ!』とか言うイメージだった。酷い時には剣を飛ばす時もあるような。

 

 

「斬るって、そんな事……」

 

「弦十郎のオッサンが止めたアレ、忘れてないよな」

 

 

 響と翼が出会って1ヶ月程経った時の、アレ。

 天ノ逆鱗とかいう翼の技の中でも大分高火力な技を響にぶっ放した、アレ。

 弦十郎が阿保みたいな身体能力を見せつけた、アレの事。

 流石に3ヶ月も経っていないその記憶は翼の中にも鮮明に残っていた。

 どんどん顔を横に逸らしていく翼を士の目線が追う。

 翼は、士の所謂ジト目が痛くて耐え切れず顔を逸らして逸らして、最終的に正面でもなく響の方でもない、誰もいない方向に顔を向けた。

 そんな翼を嘲笑するように一笑した後、士はボソリと。

 

 

「随分と良い先輩だな」

 

 

 ガッツリ皮肉。

 そんな翼が本気でいたたまれなくなってきた響が、士に苦笑い気味の表情を見せた。

 

 

「あ、あのぅ、士先生。その辺で……。私、別に気にしてないですし……」

 

「フン」

 

 

 鼻息を鳴らして肩をすくめる士は腕を組み、それ以上の追及を止めた。

 追求というよりか、響に止められた事もあって翼をからかう気が失せただけなのだが。

 

 さて、落ち込んでいた響の相談に乗っていたはずが、過去の事を思い出して3人の中で一番落ち込み気味の翼。

 ちょっと負のオーラ的なものが見え隠れしている後頭部に、響は慌てて声をかけた。

 

 

「そ、そういえば翼さん。体はまだ痛むんですか?」

 

 

 ゆらりと、響へ申し訳なさそうな顔を見せつつ振り返る。

 この調子のままでは会話もできないと、翼は何とか普段の表情へ戻るよう、自分の気持ちを切り替えた。

 

 

「痛み自体は無いわ。完治も早いと思う」

 

「そっか。良かったです」

 

 

 嬉しそうに微笑む響。

 以前に翼といざこざはあったが、翼を尊敬する気持ちに変わりはない。

 敬愛する先輩が無事でいてくれている事は響にとって自分の事のように嬉しいのだろう。

 だが、翼の顔は暗かった。

 

 

「……絶唱による肉体への負荷は極大。

 正に他者も自分も、全てを破壊しつくす滅びの歌。

 その代償と思えばこのくらい、安いもの」

 

 

 翼が重傷を負った絶唱は、クリスやノイズを地面ごと纏めて薙ぎ払った一撃。

 その威力をモニターではなく、目で見ていたのは他でもない響と士だ。

 だが自嘲しているような表情からは、それ以上に自分の絶唱という歌を卑下するかのような感情が見て取れる。

 それに響は黙っていられなかった。翼のファンである、翼の歌が大好きな響は。

 

 

「でも、でもですね、翼さん! 2年前、私が辛いリハビリを乗り越えられたのは、翼さんの歌に励まされたからです!」

 

 

 2年前の事件。響は一命をとりとめたとはいえ、重傷を負ったのも事実。

 故に治ったら即退院、というわけにもいかず、リハビリという過程を踏むのは当然の事だった。

 単純に外傷が酷かった事もあり、とても辛かったと響も記憶している。

 それでも立ち上がれたのは、歌のお陰だった。滅びの歌だと口にする、翼の歌の。

 

 

「『全てを破壊する』。ディケイドの力もそういうものだと言われている」

 

 

 次に口火を切ったのは士。

 士は真剣な顔で翼に語り掛け、2人は士の方へ振り向く。

 

 

「だが、お前は違う。

 お前が破壊や滅びを起こす歌を歌えるにしても、それだけじゃない。

 人を支える歌も歌える筈だ。何より、その歌に励まされたと言う立花が此処にいる。

 ……少なくとも、俺の力よりはよっぽど上等だろ」

 

 

 破壊、という言葉に士は複雑な思いがある。

 ディケイドの力は破壊の力。世界の全てを破壊する事のできる強大にして凶悪な力。

 比喩表現ではなく世界を破壊できるその力のせいで、忌み嫌われてきた。

 それができてしまうという事実を知っているからこそ、士は『ディケイド』という力を皮肉る時がある。

 自分は『破壊者』でしかないと。時には『悪魔』と自分を卑下する事すら。

 自分の歌を破壊的だと語る翼に、士は自分を引き合いに出す事で、それよりはマシだと語る。

 だが、そこで割り込んできたのはまたしても響だった。

 

 

「いや、でも、士先生! 私、士先生にもいっぱい助けられてきました!」

 

 

 響の方へ翼と士の目線が集まり、響は自分の先生へと、自分が思う門矢士という人物に対してのイメージをぶつけていく。

 

 

「士先生は素っ気なかったり、からかったりもしてきます。

 けど、特訓に付き合ってくれたりとか、私と未来の事を気にかけてくれたりとか、優しいところも沢山あるんです!

 例えディケイドの力が本当に破壊の力だとしても、士先生が破壊したのは脅威とか敵とか、守る為の破壊でした!」

 

 

 響はその後、翼と士、両方を交互に見た。

 翼は自分の歌を、士は自分の力を破壊するものだと自嘲と皮肉で表現する。

 けれど、片方に励まされ、片方に守られた。

 どちらにも救われてきた立花響は、2人の歌と力は破壊だけではないと、心の底からの想いで語る。

 

 

「翼さんの歌が滅びの歌だけじゃないって事、聞く人に元気を与えてくれる事、私は知ってます。

 士先生の力が破壊するだけじゃないって事、守る為に使っている力だって事、私は知ってます」

 

 

 そして最後に、響は笑顔で締めた。

 

 

「私、翼さんの歌が大好きで、士先生の力を頼もしく思ってます。

 だから2人とも、自分の事をそんな風に言わないでください」

 

 

 その笑顔に翼も士も呆気に取られてしまった。

 響は笑顔で語りこそしたが、許せなかったのだ。

 自分を助けてくれた歌と力を持つ2人が、自分自身の事を悪く言っている事が。

 少なくとも此処に1人、それに助けられた人間がいるのだから、自分の事に自信を持って欲しい。

 そんな想いを込めた言葉の代わりに帰って来たのは、少々強めに頭に置かれた士の右手だった。

 突然置かれた右手に、響も素っ頓狂な声しか出ない。

 

 

「ふぇ?」

 

「お前、何でこっちを励ましてんだよ」

 

 

 士が呆れ、翼も「こちらが励まされてしまったな」と苦笑い気味。

 そこまで言われて響は漸く気付いた。相談をしていたはずの自分が、いつの間にか2人にエールを送っていた事に。

 何処から逆になってしまったかな、と、響は後頭部を掻きながら照れくさそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 銀髪の少女を未来がふらわーに運び込んでから数時間。もう朝のホームルームから放課後に至るまでの時間が流れていた。

 そういうわけで、銀髪の少女ことクリスの洗濯された服はすっかり乾いており、服は取り込まれて畳んでおいてある。

 その服に着替える前に、未来は寝汗も出ているクリスの体を一度拭いてやっていた。

 自分で拭けない背中だけは任せたクリスであったが、他の部分まで拭いてもらうのは恥ずかしいのか、後は自分でやるとタオルを未来から受け取る。

 その際に小さく「ありがとう」という言葉が未来に贈られた。

 未来はまだクリスと親しく話したわけではない。

 けど、その言葉で思う。「きっといい子なんだろうな」、と。

 

 クリスは立ち上がって、体操着を脱いで元の持ち主である未来に渡した。

 未来はそれを受け取る代わりにクリスの服を手渡し、正座で座ったまま、自分の体操服を丁寧に畳む。

 

 

「……何にも聞かないんだな」

 

 

 自分の服に袖を通し始めたクリスが、ふと未来に言う。

 それが何の事を指しているのか未来にもすぐに分かった。

 クリスの背中を拭いた時に見えた数々の痣。

 同じくらいの年頃に見える少女の綺麗な肌についた、痛々しい傷。

 黒に近い青になっている痣。転んだとか、ぶつけたとかで説明できるような傷でもない。

 誰かに暴力を振るわれていると言われれば即座に信用が出来る程だった。

 

 傷は確かに見た。でも、未来は何も言わない。言いたくなかった。

 

 

「私、そういうの苦手みたい。

 今までの関係を壊したくなくて、なのに一番大切なものを壊してしまった……」

 

 

 響が隠し事をしているのは知っていた。だけど、それをお互いに秘めたままでいた結果が今。

 壊したくないと踏み込まなかったのに、壊れてしまった関係。

 

 

「……それって、誰かと喧嘩したって事なのか……?」

 

 

 その気持ちを、偶然だけれどクリスは理解できた。

 信じていたフィーネのやり方に疑問を抱きつつも、それを口に出さずにフィーネに踏み込まなかった。なのに、一方的に捨てられて。

 響と未来、フィーネとクリス。状況も思いも全てが違う。

 けれど、『大切な人との関係が壊れてしまった』というところだけは一致していた。

 だからだろうか、クリスがすぐに未来の言葉が何を意味しているのかをすぐに言い当てられたのは。

 

 

「喧嘩か。……あたしにはよく分からない事だな」

 

「友達と喧嘩した事ないの?」

 

「友達いないんだ」

 

 

 友達いないんだ。この言葉に秘められた意味は、学校で友達を作るのが苦手で、とかそういうニュアンスのものではない。

 クリスの傷を見て、何よりその雰囲気がそうでないという事を嫌というほど物語っている。

 小日向未来は聡い女の子。どちらかと言えば賢明な子だ。

 故にクリスの言葉が普通のそれではないという事にも気付けはしたが、日本の普遍的な日常の中で生きてきた未来は小さく声を漏らす事しかできない。

 クリスが思い出していたのは、過去の自分の人生だった。

 

 

「地球の裏側でパパとママを殺されたあたしは、ずっと1人で生きてきたからな。

 ……友達どころじゃなかった」

 

 

 語られた凄惨な過去に、未来も言葉を失う。

 思ったより酷かった、なんて言葉で片付けられるような人生ではない。

 平和な国で暮らしてきた未来にとってはテレビの中の話のような、尋常ではない過去に思わず目を伏せた。

 

 

「たった1人理解してくれると思った人も、あたしを道具のように利用するばかりだった。

 大人は、どいつもこいつもクズ揃いだ……ッ!」

 

 

 フィーネの顔が浮かんだあと、今度は大人の男性達の顔が浮かんだ。

 その男性達とは、戦時中の中で身寄りの無かった子供を売り買いしていた人買い達だ。

 両親を殺されたクリスも当然標的となり、その大人達に虐げられてきた。物のように扱われた。消耗品のように扱われた。

 とにかく、人間としての扱いを受けてこなかった。

 

 

「痛いと言っても聞いてくれなかった。やめてと言っても聞いてくれなかった。

 私の話なんて、これっぽっちも聞いてくれなかった……ッ!!」

 

 

 虐待。いや、虐待という言葉で済んでいるのかも分からない。

 よくも自分は死ななかったと思えるくらいには自分の命は明日をも知れなかった。

 大人達は子供の声に耳を貸さず、大人同士ですらその行動に疑問を持つ者もいなかったのだ。

 戦争の中では、命が数秒単位で消えていくような場所で正常なルールなど存在しない。

 クリスはその中で生きてきた。その中で消えていく命を見た。

 だから、誰よりも強く思う。戦争を無くしたいと。『力』を全てぶっ潰して、戦争の無い世界にしたいと。

 

 

「……なぁ、お前、その喧嘩の相手ぶっ飛ばしちまいな」

 

「え?」

 

「どっちが強ぇのかハッキリさせたらそこで終了。とっとと仲直り。そうだろ?」

 

 

 乱暴な言い方。だけどクリスにはそんな風に言うしかできない。

 彼女は『話し合い』と『手を繋ぐ事』に無縁だった。

 力ある者が全てを手に入れる、全てをどうにかできてしまう。そういう環境だった。

 子供の頃に周りにいた連中も話が通じるような人間ではなかったから、クリスの思考は必然、そういう方に流れてしまう。

 

 

「できないよ、そんな事……」

 

「……わっかんねぇな」

 

 

 ある意味、未来の人生はクリスの人生と対極だった。

 未来は普遍的な人生を送ってきた。普通に友達を作り、普通に進学して。

 でもだからこそ、未来は話し合う事と手を繋ぐ事を知っている。

 日常の中に身を置いていたからこそ、クリスの知らない事を知っている。

 ただ力で勝つだけじゃ意味がない。何より、どんな意味であったとしても響をぶっ飛ばすなんて未来にはできない。

 力関係的にできないのではなく、したくないという心情的に、だ。

 クリスの言っている事は乱暴だ。だが、未来の問題を自分なりに考えてアドバイスしたという事は変わらない。

 要は彼女なりに、未来の悩みを真剣に考えてくれたという事だ。

 戦争を心から憎んでいる彼女は、粗暴な言動とは裏腹に、誰よりも優しい少女だった。

 

 

「でも、ありがとう」

 

 

 それを感じた未来は気付いたらそんな言葉を口にしていた。

 未来は畳んだ自分の体操服を脇に置き、立ち上がってクリスと目線を合わせる。

 

 

「あァ? あたしは何もしてないぞ?」

 

「ううん。ホントにありがとう。気遣ってくれて。えっと……」

 

 

 名前を呼ぼうとした未来。だけど、銀髪の少女の名前が全く出てこない。

 当然だ。何せお互い名乗っていないのだから。

 そういえば、自己紹介もしていないのだと気付いた未来はちょっと困った表情でクリスを見つめる。

 言わんとしている事を察したクリスは未来から目を逸らした。

 

 

「クリス。雪音クリスだ」

 

 

 自分から他者に進んで名乗るのはいつぶりだろうか。

 響やフォーゼに名乗ったのは思わず、という感じだったし、こうやってキチンと名乗るのは本当に久しぶりだ。

 らしくない、と思ったからか、それとも単に少し気恥ずかしいのか、クリスは目を逸らしたまま目線を動かさない。

 クリスの行動にも嫌な顔1つせず、未来は笑顔で答えた。

 

 

「私は、小日向未来。……優しいんだね、クリスは」

 

「……そうかな」

 

 

 初めて言われた言葉に、クリスは思わず顔を背ける。

 ちょっとだけ赤く染まった頬が照れている事を示していた。

 そんなクリスに未来は笑顔で近づく。

 

 

「ねぇ、クリス。もしもクリスがいいのなら……」

 

 

 そうして未来は顔を背けるクリスの片手を両手で優しく包み込むように握った。

 突然の事に戸惑い、驚きの顔を向けてくるクリス。そんなクリスに未来は優しい声で語り掛けた。

 

 

「私は、クリスの友達になりたい」

 

 

 声と同じで、表情と同じで、とてもとても優しい響き。

 このまま手を握られたまま、友達になってしまいたいとすら一瞬思えてしまうほどに。

 傷だらけの心に未来の優しさと言葉が沁み、クリスだって何も考えずに首を縦に振りたかった。

 けれど、容易く答えられない葛藤が彼女の中にはある。

 クリスは未来の手を振り払って、再度背を向けた。そうして彼女は小声で、自分が頷けない理由を小声で口にする。

 

 

「あたしは、お前達に酷い事をしたんだぞ……!」

 

 

 ネフシュタンの力でこの少女を傷つけてしまった事を、クリスは鮮明に覚えていた。

 関係の無い人間を傷つけるヴァグラスやジャマンガのやり方に怒りを覚えていたというのに、それと同じ事をやらかした自分を。

 それだけじゃない。今となっては立花響を攻撃した事も正しかったのか。

 フィーネが自分を騙していたから、何て言い訳をするつもりは無い。

 何より、仮にそれで許されたとしてもクリスは自分が自分で許せない。

 嫌いな争いの火種をばら撒いていた事。戦いを苛烈にしていた原因を造り、何らかの野望の片棒を担いでいた事。

 そして小日向未来という、自分が傷つけてしまった少女がそうとも知らずに目の前にいる事が、クリスの心を強く締めあげた。

 

 未来からすればクリスの言葉は理解できない。

 この少女が自分に乱暴した覚えも、心無い言葉をかけてきた覚えもない。むしろ自分を励ますような言葉をかけてくれた。

 だから未来は首を傾げる。そして、何も知らぬ未来を見てクリスは罪悪感を増していく。

 

 そうして沈黙が流れる中で静寂を打ち破ったのは、ノイズ襲来を告げる警報だった。




────次回予告────
陰る少女の心に光が差して、道を照らす。

答えが出る者、答えが出ぬ者。手を繋ぐ者、手を振り払う者。

それでも進む以外に答えは無い。


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第50話 逃げない少女

 ノイズは認定特異災害として世界に認知されている。そして名の通り、扱いは『災害』だ。

 地震が起こる時に速報が流れたり、台風の襲来時に天気予報で注意喚起をしたりするように、ノイズに対しても出現を知らせる警報がある。

 各地に設置されているそれは、ノイズの出現を察知した特異災害対策機動部が、警報を鳴らすように指示をする事でサイレンを響かせるのだ。

 

 規模によって避難命令が出る範囲は変わる。ただ、通常の災害と違ってノイズは人間だけを明確に殺しに来るため、他の災害よりもその範囲は大きい。

 例えば地震や台風などは人間のいない場所でも起こるし、人間も動物も物も容赦なく巻き込んでいく。

 

 だがノイズは、数ある生命の中で人間だけを明確にホーミングしてくる存在。人間に何らかの恨みでもあるのではないかという特性だ。

 しかもノイズの炭化能力もご丁寧に人間だけにしか発動しないというおまけ付き。

 被害者総数という意味で言えば他の災害に比べ、文字通り桁違いの数が並ぶ可能性がある災害。故に災害は災害でも、『特異災害』なのである。

 

 その出現を知らせる警報が町中に響いたのを聞いてクリスと未来がおばちゃんと共にふらわーの外に出て最初に見たのは、一目散に逃げ惑う人々だった。

 

 

「おい、一体何の騒ぎだ?」

 

「何って……。ノイズが現れたのよ! 警戒警報知らないの!?」

 

 

 世間から長く離れ、尚且つノイズを放つ側にいたクリスは警戒警報の事など知らない。

 少しはそういうものがある事を知ってはいたが、聞くのは初めてだったのだ。

 

 誰もが逃げ惑う中で未来もおばちゃんの手を引いて、周りの住人が逃げている方向と同じ避難場所まで逃げようと促す。

 そして未来はクリスも当然連れて行こうとするのだが、それよりも早くクリスは走り出してしまった。

 

 あろう事か、避難場所とは逆方向に。

 

 

「クリス!?」

 

 

 思わず名前を呼ぶが、クリスは人の流れに逆らってノイズが現れたであろう場所へと足を急がせる。

 

 心の中に大きな焦りと動揺を抱えながら。

 

 

 

 

 

 先だってノイズの出現とイチイバルの反応が確認された市街地第6区域に1日の間も置かずに、ノイズによる次なる襲撃が起こった。

 

 ノイズ出現の報は二課を通じて特命部やS.H.O.Tにも伝えられている。

 ところがS.H.O.Tには出撃するにはしばらくかかりそうな案件があった。

 

 それは、あけぼの町の復興。

 あけぼの町にジャマンガの城は落ちなかったとはいえ、それまでの雷撃による被害は甚大。当然ながら復興作業が必要になる。

 表立ってはいないがS.H.O.Tもそれに協力しているし、銃四郎達もその作業に警官として、あけぼの町民として参加しているからだ。

 何よりも、今は剣二が入院中であけぼの町にはリュウガンオー1人の状態。

 ジャマンガが攻めてくるかもしれない事を考えれば迂闊にあけぼの町を離れられないのが実情。

 

 そういうわけもあって今回はゴーバスターズと仮面ライダー、シンフォギア装者のみで対応する事になるというのが二課司令、弦十郎からの通達だった。

 

 

 

 

 

 特命部のシューターは基地から一定の範囲内かつ、シューター用の秘密の出入り口がある場所でなければ直接駆けつける事はできないが、現場の近くの出入り口まで一気に行く、という使い方で近道をする事ができる。

 市街地第6区域のように直通でこそないが、その近辺にはシューターの出口があるように。

 

 今日の出撃もその例に漏れず、ゴーバスターズは誰よりも早く現着を果たした。

 シューターの出口から第6区域まで走ってきたヒロムが最初に見たのは、逃げ惑う人々、そして最初に聞いたのは人々の悲鳴だった。

 

 

『ヒロム!』

 

 

 次に聞こえてきたのはモーフィンブレスから聞こえてくる男性の声。リュウジだ。

 朝方のノイズ出現の調査からずっと現場近辺にいたリュウジとヨーコ、それに翔太郎は既に避難誘導やノイズ撃退に参加している。

 

 とはいえ、ノイズを殲滅するにはシンフォギアかディケイドが不可欠なので避難誘導が最優先だが。

 

 

『司令室からヒロムが出撃したって聞いたけど、身体はもういいの?』

 

 

 グレートゴーバスター操縦の負荷が完全に抜けきっているわけでもないだろうに、出撃してしているヒロムの事を心配しているのだ。

 ああ、と何故自分が心配されているのかを理解したヒロムは普段通りの調子で、普段の元気な自分で答える。

 

 

「怪我してるわけじゃないですから。むしろ、メタロイドの攻撃を庇ってくれたリュウさんとヨーコの方が俺は心配ですよ」

 

『はは。人の心配する余裕があるなら大丈夫そうだね』

 

 

 お互いに通信機越しだから顔は見えていないが、リュウジもヒロムも微笑む。

 が、その直後にヒロムは一瞬にして顔つきを変えた。

 人を躊躇なく殺していく災害が発生しているというのにちんたらと話してはいられない。

 避難誘導、ノイズの足止め。どちらもこなさなければ人が大勢死んでしまうのだから。

 当然、リュウジもそれを自覚しており、前線に立てるというのなら人手が欲しいところなので、早速ヒロムに現状の説明を始めた。

 

 

『今回のノイズは規模も総数も多いみたいだ。

 俺とヨーコちゃんと翔太郎さんはそれぞれ別の場所で避難誘導とノイズの相手をしてる。

 ヒロムが出てきたシューターの近くでも避難誘導が行われてるみたいだから、ヒロムはそっちの防衛よろしく!』

 

 

 リュウジが弦十郎から聞き、自分でも確認している状況と、それに基づくヒロムの役割がそれだった。

 ノイズ出現に際して当然ながら特異災害対策機動部は出動済み。避難誘導等も行っている。

 しかし、今回のノイズ出現は相当数な上に広範囲。

 それに避難誘導を行っているのは特異災害対策機動部の職員とはいえ、あくまでもただの人間、生身なので、避難誘導中の防衛という意味でもゴーバスターズ達が避難誘導に参加する理由はある。

 

 

「了解」

 

 

 一言告げてモーフィンブレスを切ったヒロムは、近くにいる特異災害対策機動部エージェントと合流し、レッドバスターとして己のやるべき事を果たす為に動き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 しつこいようだがノイズへの有効打を持っているのはシンフォギア装者を除けばディケイドのみ。

 よってノイズ出現と同時に、弦十郎から響と士、翼にも連絡が入る。

 お悩み相談室的な状態だったリディアンの屋上にて二課の通信機に応答した3人に、弦十郎は現在の状況を伝えた。

 

 

『ノイズを検知した! 相当な数だ。恐らく、未明に検知されていたノイズと関連がある筈だ!』

 

 

 弦十郎は続いてノイズの出現状況について伝えていく。

 二課が確認しているノイズ達は市街地のあちこちに散らばり、各地で群れとなっている。

 1つの群れには10数体のノイズ。群れは8つほどあるので、合計80体以上のノイズが出現しているという事だ。

 

 それだけのノイズが出れば犠牲者が出るのは必至。だが、朝方から調査を続けていたリュウジ、ヨーコ、翔太郎が残っていてくれたお陰ですぐに対応できたのが幸いしている。

 此処までが弦十郎も分かっている事だ。

 

 

「了解しました。では、私も立花と門矢先生と一緒に現場へ……」

 

『駄目だ! メディカルチェックの結果で全快していないお前を、これ以上無理に出すわけにはいかない!』

 

「ですが……ッ!」

 

 

 怪我が回復しきっていない翼は、本人が先程も述べたようにありとあらゆる『仕事』が禁止されている。

 当然、戦場に立つ事もだ。

 だが、人の命を守る為にも、ノイズと戦える数少ない人間である自分が出撃しないわけにはいかないと、弦十郎の静止に食い下がろうとする翼。

 

 けれど、それを止めたのは弦十郎ではなく、響だった。

 

 

「翼さんはみんなを守ってください。だったら私、前だけを向いていられます」

 

 

 無理をさせたくない、という思いは響も同じ。

 本来ならば入院患者の翼を前線に出す事に躊躇いを感じ無い様な人間は、二課にも特命部にもS.H.O.Tにもいない。

 

 だから響は翼を止める。響達の手の回らないところを守ってほしいと遠回しな言葉で。

 

 

「行くぞ」

 

 

 士は特に何も言う事無く、屋上を去ろうとする。

 ただ、「行くぞ」という言葉をかけたのは響に対してだけだった。

 目線や声が誰に向けられているかというのは感覚で何となくわかるものだが、士の今の言葉は明確に響にだけ向けられているもの。

 

 逆に言えば、翼を出撃させる気はない、と言っているかのようだった。

 

 

「はい!」

 

 

 普段の響とは違う、闘志と決意の顔で返事をした響は士と共に屋上を去っていく。

 そんな2人を、特に、頼りになるようになった後輩を見て、翼は思わず笑みを零した。

 

 

(私が止められるとはな)

 

 

 頼もしくなった。意志も力も強くなった。そんな思いを込めた笑み。

 

 以前の翼なら静止を振り切って無茶をした事だろう。

 響の言葉に耳を貸す事など、微塵もなかっただろう。

 そんな自分が響の言葉で止まった事に、翼は自分自身で驚いている。

 かつては剣も向けたガングニール後継者の事をいつの間にか、共に戦える、背中を預けられる防人として、翼は見ていたのだった。

 

 

 

 

 

 全力で市街地を駆け抜けたクリスは、市街地の中でも人が集まっていた飲食店や販売店が立ち並ぶ商店街の通りから出た。丁度、直線上にはふらわーがある通りからだ。

 

 

(あたしのせいで、関係ない奴らまで……!

 あたしのやり方じゃ悪戯に争いを広げるだけで、今だってこんな……ッ!!)

 

 

 ノイズの狙いが自分である事は分かっている。

 此処に来るまでの最中、ノイズが爆発した影響なのか破損していた建物が沢山あった。

 その被害が自分のせいで、そこにいた人がもしかしたら死んでいるかもしれない。

 自分狙いのノイズが、関係の無い人々を傷つけている。関係の無い人々の生活の場を脅かしている。

 

 何よりそのノイズを繰り出しているであろうソロモンの杖を起動してしまったのはフィーネに利用されていたとはいえ、クリス自身。

 その事実が真綿で首を締めるかのようにクリスの心を締め付けていく。

 

 

「あたしのやる事はいつだって……。いつもいつもいつもッ!!」

 

 

 耐えきれない悲痛な想いが、口から叫びとなって木霊した。

 頬を伝う涙がアスファルトを濡らし、受け止めるには残酷な事実がクリスの膝を折る。

 そのクリスの背後、市街地の入口にはいつの間にかノイズが湧き出ていた。

 クリスをあぶりだす為なのか各地に散っていたノイズの群れの一部が此処へ集まって来たのだろう。

 

 総数はざっと見で30体ほどと言ったところ。他の場所から残りのノイズも集まってきて増えている辺り、クリス1人だけを狙っているのは明らかだった。

 

 

「あたしは此処だ、逃げも隠れもしねぇ。だから……」

 

 

 背後から迫るノイズに向き直りったクリスは折れた心を繋ぎとめて、膝を伸ばして立ち上がる。目に溜まった涙を振り払う。

 言い訳などする気はない。自分のせいだと分かっている。

 だからこそ、戦う。他の誰も傷つけないように。

 

 

「関係の無い奴等のところになんて行くんじゃねえッ!!」

 

 

 おとなしく生きる事を諦める殊勝な心は持ち合わせちゃいない。

 けれども他の誰かが傷つくのを嫌と思えるくらいには雪音クリスは優しかった。

 自分で決して認めず、自覚する事もないであろう優しさが彼女にはある。

 フィーネに切り捨てられ、自分の行いが全て裏目に出た事で彼女の心はずたぼろだ。

 だが、残っている芯だけは折れていない。争いを無くしたいという思いだけは。

 

 立ちはだかったクリスに向け、ノイズ達は容赦のない攻撃を開始。

 飛行するノイズが体を細長く丸めて槍の用に突撃、地上のノイズも高速移動で突進。

 雪音クリスを炭へ還す為に容赦のない連続攻撃を仕掛けてきた。

 とはいえノイズの突進はあくまでも直線的なもの。軌道さえ分かっていれば避けるのは目視でも難しくは無い。

 クリスはそれらの突進を避けつつ、聖詠を歌い上げようとしていく、のだが。

 

 

「ッ!?」

 

 

 歌の途中に、喉の違和感と同時に咳き込んでしまう。

 彼女の体調は万全ではない。何せ、気絶して雨の中で打たれていたのだから。

 そんな状態で全力疾走した後。咳の1つくらい普通だ。

 

 ただ、それが最悪のタイミングだった、というだけで。

 

 シンフォギアを纏うには歌が必須。全力を出すにも歌が必須だ。

 では、装者が歌えなくなったらどうなるのか? 答えは簡単、何もできなくなってしまうのだ。

 シンフォギアを纏う事すらかなわなくなってしまう。当然、歌を中断して咳き込んでしまってもそれは同じ。

 纏った後の歌ならともかく、纏う際の聖詠の最中、というのが考えうる中で最悪のパターン。

 

 そしてその最悪の偶然がクリスを襲い、隙を見逃さないノイズの1体が容赦なく突進を仕掛けて。

 

 

「おらァッ!!」

 

 

 壁に阻まれ、ノイズだけが砕けた。

 

 さて、此処は市街地から飛び出た道路のど真ん中。つまり壁になるような建物は無い。

 車だってノイズがいるこの場に近づくはずもないから、この『壁』は車ですらない。

 クリスを守った壁は、アスファルト。地面のアスファルトがめくれ上がって盾となったのだ。

 否、アスファルトを『めくれ上げさせた』人間がいる。それは今、クリスの目の前に頼もしき後姿を見せていた。

 赤いシャツを着た屈強な大人の男性。彼が震脚を行った事で、アスファルトがめくれ上がったのだ。

 

 クリスの前に空から突如として姿を現した大人――風鳴弦十郎は、未だ自分とクリスを取り囲むノイズ達を前に構える。

 

 

「ハァァァ……ッ!」

 

 

 尋常ならざる覇気。常人ならば、否、怪人やメタロイドですらも怯えかねない程の気合い。

 だが、相手は感情が無く、人間を殺す事だけを目的にした災厄であるノイズだ。

 如何に弦十郎が常人離れした力を持っているにしても、それが人間であるというだけでノイズからすれば一撃のもとに炭に転換される存在でしかない。

 

 それでも弦十郎は来た。死に直面しかかった少女を救う為に。

 

 ノイズは弦十郎もクリスも纏めて消し去ろうと高速の突進を仕掛けた。

 先程からは別方向の攻撃。だが弦十郎はそれにも即座に対応し、震脚でもってアスファルトをめくって壁として盾とした。

 ノイズは物をすり抜ける能力があるが、人に触れなければ炭にできないという性質上、攻撃の瞬間だけは実体化する。

 それを見極めるには炭に転換されない為の装備、例えばゴーバスターズや仮面ライダーのように強力な鎧が必要だ。

 何故なら、そう言ったものを装備していなければ、それを見極めようとして失敗した後に舞っている者が確定の『死』だからである。

 

 だが、逆に言えば神業的な動体視力で実体化の瞬間を見極めることができるのならば問題は無い。そして弦十郎は、それができる人間。それだけの話だ。

 

 ノイズの攻撃を防いだ弦十郎はクリスを抱きかかえて跳躍。近くにある3階建てのビルの屋上まで跳び上がって、一時的な離脱を図った。

 そこでクリスを下ろしてやった弦十郎の気は抜けない。離脱したと言っても空を飛んでいるノイズもいるし、そもそも高速移動を用いればすぐにでも追いつかれる。

 逃げ場と言うには、ビルの屋上はあまりにも危険が高すぎるのだ。

 一方でクリスはというと、突然現れた人間が意味不明な力を発揮している事に口を開けたまま呆然としている。

 弦十郎の力は常人のソレで測れるものではない。初めて見た人はそうもなる。

 

 だが、この場に今しがたやってきた『もう1人』は違う反応を示していた。

 ノイズの警戒をしていた弦十郎とクリスの耳に入ってきたのはロケットの音。

 それが意味するところはつまり、仮面ライダーフォーゼの到着だ。

 

 

「弦十郎さーん!」

 

「弦太朗君か!」

 

 

 ロケットモジュールを解除して弦十郎とクリスの近くにストンと降り立ったフォーゼ。

 大学の空きコマの時間帯に敵が出てきてくれた事に感謝しつつ、つーかそれなら出てくるなよと思いつつ此処に駆け付けたフォーゼが見たのは、人間とは思えぬ力でクリスを救出する弦十郎の姿。

 

 それを見た仮面の奥の弦太朗の目は何処かキラキラとしていた。

 

 

「すっげーっすね! 弦十郎さんも何か力を使ってるんスか?」

 

「いや、日々の鍛錬さ。尤も、相手がノイズである以上、生身の俺にできる事は少ないがな」

 

「へぇ……。人間鍛えれば、ああなれるモンなんすね!」

 

 

 苦笑しつつはにかむ弦十郎。フォーゼは弦十郎の力に取り立てて疑問を抱いていないらしい。

 彼の言う通り、どれだけ途方もない力を持っていても『生身の人間』というだけでノイズからすれば一撃で倒せる相手でしかない。

 弦十郎は前線に出ないのではなく、出られないのだ。

 

 ヴァグラスやジャマンガ、大ショッカーならば戦えるだろうが、それらがノイズを操るフィーネと協力関係にある以上、生身の人間が戦力として出るわけにはいかない。

 何より彼は司令官だ。司令がむやみやたらに動く事は指揮系統的にも歓迎されるものではないのである。

 

 とはいえ、弦十郎の力がとんでもない事も事実。

 弦太朗はふと思う。もしも日々の鍛錬でこうなるのなら、自分の友人である拳法使いもこんな風になるのかな、と。

 

 さて、それはともかくとしても弦十郎の隣にいる人物は見逃せない。

 銀髪の少女、雪音クリスにフォーゼは目を向けた。

 

 

「よう、クリス!」

 

「なれなれしく呼んでんじゃねぇッ!」

 

 

 あくまで友人に接するようなフォーゼ。

 クリスは先程現れた男性が何者なのか計りかねていたが、この場にはせ参じる感じからして特異災害対策機動部のメンバーか何かだと勘ぐっており、そしてフォーゼと仲間のように話している事からそれが確信へと変わった。クリスから見れば、自分は既にフィーネ陣営に属していないとはいえ、自分とフォーゼ達は敵同士だ。

 だからなのか、クリスはフォーゼの言葉を突っぱねる。

 

 しかし弦太朗も天高全員と友達になると豪語してやり遂げた強者。この程度の拒絶には慣れっこだ。

 が、だからと言ってのんびり『友達になろう』、なんて言っている場合ではない。

 ノイズ達は屋上に逃げ込んだ弦十郎にクリス、新たに現れたフォーゼを認識して屋上へ迫ろうとしていた。

 実際、飛行型のノイズは既に目と鼻の先にまで迫っている。

 この場でノイズへの有効打――――つまりシンフォギアを持つ者は、ただ1人。

 

 

 ――――聖詠――――

 

 

 クリスは聖詠によりイチイバルを起動。その身を赤い鎧で包み込み、両手に腕のパーツが変形したクロスボウを構える。

 そして両手に握るクロスボウから左右3本ずつ、合計6本のエネルギーの矢を、接近してくるノイズ達へ打ち出した。

 1つ1つの矢が、それぞれ1体ずつ、極めて正確にノイズにヒットしていく。それにより、最もこの場に接近していた6体の飛行型ノイズはその一撃だけで全て撃ち落とされた。

 動いている6体の的を同時に狙う精密射撃。イチイバルの能力もあるが、雪音クリスの実力とセンスがそこに加わっていた。

 

 彼女の戦いのセンスは抜群だ。翼に引けを取らぬほどに、類稀と言ってもいい。

 彼女は戦争が嫌いだ。故に、それを引き起こす武力が嫌いだ。だけどそんな彼女は、皮肉な事にもイチイバルという銃の扱いに誰よりも長け、戦闘センスを持っていた。

 だが、戦争を憎む思いは変わらず、罪もなく関係もない人々の命が奪われる事を良しとしない事も、また事実だ。

 

 

「ノイズの狙いはあたしだ。お前等は他の連中の救助に向かいな」

 

「だが……」

 

「こいつ等はあたしが纏めて相手にしてやるって言ってんだ。とっとと行きやがれ!」

 

 

 弦十郎とフォーゼにそれだけ言い残し、クリスは屋上より飛び降りてノイズ達を一斉に相手取る。

 クロスボウを右と左に2門ずつ、合計4門のガトリングへと変形させ、同時に腰部ユニットからミサイルを発射。ガトリングも合わさった広範囲の攻撃が展開される。

 ミサイルはノイズをホーミングし、ガトリングは向けられたノイズ達を次々と打ち抜いていく。

 さらにガングニールや天羽々斬とは違い、遠距離攻撃主体のイチイバルの強みは、上空の敵も問題なく攻撃できる事にある。

 通常なら高所から飛び降りての攻撃や、敵の接近を待たなくてはいけない飛行型ノイズもクリスは問題なく、一方的に蹴散らしていけるのだ。

 その性能、特性を見れば、確かにこの場をクリスに任せるのは最適解と言えるだろう。

 

 現状、彼女は味方ではない。だが人を殺そうとしているわけでもなく、むしろ守ろうとしている。

 そういう意味で言えば、彼女は敵でもなかった。

 

 

「……弦太朗君。あの子と共に、この場を任せてもいいか」

 

「でも、俺も救助に回った方が……」

 

「いや、救助も避難誘導もほぼ完了し、二課エージェントや特命部職員も活動している。

 しかし響君と士君は出動要請をかけはしたが、まだ到着には時間がかかりそうだ。

 現在ノイズ迎撃に回っているのはゴーバスターズと仮面ライダーWのみ。

 人手不足だから、むしろそちらに回ってほしい、というわけだ。頼めるか?」

 

 

 救助と避難誘導だけなら二課や特命部の人間ならばできる。相手が怪人ならばある程度立ち向かう事も可能だろう。

 が、相手がノイズとなると、弦十郎クラスの人間でも不用意に対処する事はできない。

 対人間用フル特化仕様である災害を相手取るには耐性のある存在、つまりシンフォギア装者やゴーバスターズを始めとする前線メンバーが当然だが適任。

 そして救助等がほぼ完了しており、ノイズの絶対数が多い現状。響と士も向かっているとはいえ、ノイズを一方的に殲滅できる2人がまだいない以上、ノイズ迎撃に戦力を割くべきだと弦十郎は判断したのだ。

 

 そういう意図を組んでいるかと言われれば、頭で考えるタイプではないフォーゼはそこまででもない。だが、指揮を行っている司令の言葉に素直に頷いて見せた。

 

 

「うっす。でも、何かあったら呼んでくれ!」

 

 

 そうしてフォーゼもビルの屋上から飛び出してクリスが戦っているノイズの群れへと突入する。

 弦十郎もまた、避難誘導と救助へ向かう為にビルの屋上から市街地の奥へと持ち前の跳躍力で向かう。

 

 その最中で、弦十郎はイチイバルを纏う雪音クリスの姿を回想していた。

 

 

(俺はまた、あの子を救えないのか……)

 

 

 幼い頃の雪音クリスは戦争に巻き込まれ、帰国。だが、間を置かずに彼女は行方不明になってしまったのが2年前の話だ。

 その際の捜索、保護チーム最後の1人が弦十郎である事は、既に前線のメンバーや他の組織にも伝わっている事。

 弦十郎は、自分が助けられなかった子供が戦場に立っている事を酷く気にしていた。

 

 

 

 

 

 ノイズと戦うクリス。そこに降りてきた1つの影、仮面ライダーフォーゼ。

 クリスは近辺のノイズを蹴散らした後、フォーゼを見やった。

 

 

「救助に向かえっつったろ。此処はあたし1人で十分なんだよ」

 

「そう言うなって。救助の方は殆ど終わってるみたいだし、お互い相手は一緒じゃねぇか」

 

 

 チッ、と舌打ちしながら顔を背けたクリスはクロスボウを構え、殲滅してもわらわらと他の群れから集まってくるノイズを見て、一言フォーゼに言い放った。

 

 

「足引っ張んじゃねぇぞ」

 

「任せな!」

 

 

 フォーゼの変身者である弦太朗は人間。故にノイズは、フォーゼを自分が殺すべき『人間』であると認識して襲い掛かってくる。

 炭化能力が効かないとはいえ、二次被害的な爆発や、ノイズ自身に起爆性がある時、そもそも突進の威力も結構なものである為、攻撃を食らう事はあまり歓迎できない。

 

 攻撃をしてもタイミングを合わせないとすり抜けてしまうノイズに四苦八苦しつつも、攻撃の瞬間に上手くタイミングを合わせて拳なり蹴りなりを見舞おうとするが、当たる時と当たらない時があってどうにももどかしい。

 

 

「やっぱ攻撃効かねぇのってキツイぜ」

 

「だったらおとなしく、あたしに任せとけっての」

 

「そうも行くかよ。ダチを1人で戦わせねぇぜ!」

 

「誰がダチだッ!!」

 

 

 勝手にダチ認定された事に怒りつつ、そんなクリスを見てフォーゼは笑いつつ、それでいてノイズに対して気は抜かず。

 

 フォーゼが囮になって敵を一ヶ所に集め、そこをクリスが一網打尽にするなど、フォーゼはフォーゼなりにできる事をしつつ、2人はクリス主導の元、ノイズを殲滅していった。

 

 

 

 

 

 マシンディケイダーの後部座席に人を乗せる事がやけに多くなった気がする、と、士は思う。

 響を何度か乗せ、最近だと翼を一度乗せた。今だって響を乗せている。かつては旅の同行者、口煩い世話焼き娘が乗っていた場所だ。

 だからと言って感慨とか思い出に浸るタイプでもない士は、だからどうしたと思考を切り替え、ノイズ出現の現場へとバイクを走らせていた。

 

 既にバイクは市街地第6区域へと足を踏み入れている。が、広がっているのは人っ子1人いないゴーストタウンな光景。それでいてノイズもあまり見受けられない。

 見つけたと思えばノイズ達は高速移動にて、まるで何処か一ヶ所に集まっていくように移動してしまっていた。後に残るのはノイズ被害による破損した建物だけだ。

 

 報告されているノイズの群れは複数。幾つかの群れはある一ヶ所に集中した為に群れの数自体は減っているが、それでもまだ数個の群れが存在しているというのが二課からの通信で先程聞いた内容だ。各地でゴーバスターズやWが交戦中という情報も来ている。

 ノイズを殲滅できる2人はそこに助っ人として入るのが役割となるだろう。

 

 ところが、マシンディケイダーは急ブレーキで止まってしまう。

 絹を裂く様な悲鳴を聞いたために。

 

 

「今の声……!」

 

 

 悲鳴の声に反応したのは響だった。

 聞き覚えがある声。いつも聞いてきた、親友の声にあまりにも似ていた。

 似ている? いや、聞き間違える筈がない。あれは未来だ。

 

 響は確信と同時に、背筋に寒気が走るのを感じた。

 ノイズの襲撃と未来の悲鳴。そこから考えられる最悪の結末が脳裏を過ったから。

 

 今すぐにでも行かなければ。頭がそう考えるよりも、口が先に動いていた。

 

 

「士先生ッ! 私……!」

 

 

 士の許可を貰おうと、目の前にある運転手の背に向けて必死の形相を向ける響。

 だが、『未来を助けに行きたい』という言葉を放つよりも先に、士が響の言葉を遮った。

 

 

「分かってる。行ってこい、この先のノイズは俺が何とかしてやる」

 

「……! ありがとうございま……」

 

「ただし」

 

 

 響はマシンディケイダーから降りてヘルメットを取って頭を下げるが、士は尚も言葉を続けようと感謝の言葉も遮った。

 この場で、『ただし』、から何を言われるのか。何か条件でもあるのだろうかと響が考えるよりも、士の言葉の方が早かった。

 

 

「小日向と話をして、さっさと仲を戻して帰ってこい。今日中の課題だ」

 

 

 仲間としてではなく、教師としての門矢士の言葉。

 たかだか数ヶ月しか経験していない教師の経験は、士にもそれなりの変化をもたらしていたらしい。

 

 響はその言葉に驚いた後、表情を決意の籠った眼差しと笑みが混じったような顔で。

 

 

「はいッ!!」

 

 

 今までの中で一番高らかで、一番魂の籠めた返事をした後、響はすぐさま走り出した。

 自分の親友が、まだ親友だと思っている者の元へ。

 その背中を見送った士は笑みを零すでもなく、いつもの真顔で呟いた。

 

 

「……チッ」

 

 

 舌打ちは不機嫌とかではなく、らしくない自分に向けてのもの。

 人を素直に褒めたり鼓舞する事を自分はしない。本当ならする気もないと思っている。

 けれど、士と関わってきた人間はみんな言うのだ。『素直じゃないけれど、本当は優しい人だ』、と。

 士本人に聞かせたら全力で否定するであろう言葉。だが、それが門矢士という人間だ。

 困っている人がいたら悪態ついても助けるし、迷う人間の背中を遠回しながら押す事もある。

 

 例えば今の言葉だってそう。

 文面では『仲直りしろ』としか言っていないが、彼は『帰ってこい』とも言っている。

 それはつまり『2人で生きて帰ってこい』という事。

 未来を助けて仲も修復して、最高の終わりを掴んで来いという遠回しな応援なのだ。

 

 士はマシンディケイダーを走らせてノイズが健在の戦場へと向かう。

 教え子2人の無事を心の何処かで信じて。

 

 

 

 

 

 士と別れて数分経った頃。

 未来の声が聞こえた廃ビルに響は足を踏み入れていた。

 内部ではパラパラと石の欠片が落ちてきており、倒壊する事も考えられるような場所。

 天井を見ればポッカリと穴が空いており、屋上は吹き抜けとなってしまっている上、辺りには鉄骨が剥き出しになっている場所もある。

 特に上の階は酷く、2階や3階はまるごと骨組みの鉄骨しか残っていない。

 恐らく、ただでさえ脆かったところにノイズの襲撃が重なった影響だろう。

 こんなところにいたらノイズ抜きでも命の危険があるかもしれない。

 

 まずは辺りを見渡す。いない。

 上の階。階段はおろか、床まで崩落しているのでいる筈がない。

 地下に当たると思われる下の階。暗い上に、崩れ落ちた瓦礫が多くて見えない。

 

 目視で確認できない事に不安を感じ、尚且つ目だけで捜すのは無理だと判断した響は呼びかける方向へシフトした。

 

 

「未来ーッ! 何処にいるのぉッ!!」

 

 

 廃墟とはいえビル。中で大声を出せば結構響いた。

 そして、直後に返事をするものがこの場にはいる。

 だが、その存在はこの場で最も歓迎されない存在であった。

 

 

「――――!」

 

 

 轟音と共に辺りの壁を蹴散らして、触手のようなものが響に迫ってくる。

 触手を屈んで避けた響だが、その巨大な触手は響の足場を粉々に砕いてしまった。

 だが、響は弦十郎の弟子。空中で前方回転を数回行いつつ、まるで体操選手のように下の階へと着地。そして上の階にいる触手を見上げた。

 見れば、触手の正体はノイズ。タコのようなノイズの足の1本だったらしい。

 かなり巨大で、まるで廃ビルに寄生するかのように、ビルの剥き出しになった骨組みである鉄骨の上に居座っている。

 

 まずは目の前のノイズを倒さなくては。そう考えた響は聖詠を歌い上げようとするが。

 

 

「むぐっ!?」

 

「…………」

 

 

 突然、横から口を手で塞がれた。

 急な横槍に驚く響だが、その手の主を見てより一層、驚く事になる。

 

 

「み……ッ!」

 

 

 それは、自分が捜していた親友、小日向未来。

 会えた事、無事だった事の喜びと、その瞬間に丁度未来の手が自分の口から離れた事から、声を上げかけた響だが、慌てた未来がまたも手で響の口を塞ぎ、響ごと身を屈めた。

 2人は瓦礫の上に膝を折って、正座に近い形で座り込む。ちょっと砂利が当たるが痛みを感じる程ではない。

 

 座って身を潜めつつ、未来は人差指を立てて「静かに」のジェスチャーを響に向けた。

 未来の意思を汲み取った響は「分かった」と、首を縦に数回振った。

 それを見て響の口から手を離した未来は、自分の携帯を操作し始める。

 使っているのはメモ機能。そこに自分の伝えたい言葉を打ち込んでいった。

 

 

『静かに。あのノイズは大きな音に反応するみたい』

 

 

 あのノイズ、とはタコのようなノイズの事だろう。

 確かにそれなら廃ビルに入ってすぐではなく、大声で未来を呼んでから攻撃してきた事にも納得がいく。

 近くにいる人間ではなく音に反応するというノイズに合うのは初めてだ。

 だが、それはある意味、普通のノイズよりも厄介だった。

 

 

(私が歌えば、未来が……!)

 

 

 ノイズと戦うにはシンフォギアを纏う必要がある。

 シンフォギアを纏うには歌を歌う必要がある。

 つまり、シンフォギアを纏おうとすればノイズが反応してくることを意味していた。

 しかもさらに困った事に、未来は次の言葉をメモ機能に打ち込み、響に見せつつ、ある一点を指差した。

 

 

『ふらわーのおばちゃんとあのノイズに追われて、この廃ビルに入ったの』

 

 

 未来が指さした方向にはふらわーのおばちゃんが横たわっている。どうも気絶しているらしい。

 

 2人はノイズがいる方向へ走っていってしまったクリスの事で気を取られ、少し逃げ遅れてしまった。

 そして、その『少し』が最悪の状況を招いてしまったのだ。

 タコのノイズに見つかり追いかけまわされ、廃ビルに入ったら攻撃されて床が崩落。

 下に落下した拍子におばちゃんは怪我こそ無いものの気絶してしまい、未来は何とか無事。そして崩落のショックで瓦礫が大きな音を立てて落ちたせいで、タコノイズの注意が逸れた。

 それからずっと息を潜めている、というのが現状。

 

 

『ふらわーのおばちゃんを置いていけない』

 

 

 未来の文字に起こされた言葉を見て、響もまた自分の携帯を取り出して応答し始めた。

 

 

『じゃあ、士先生を呼べばきっと』

 

『ダメ。電話は勿論だし、メールでも通知で音が出ちゃう

 それに士先生のメアド、知ってるの?』

 

 

 ご尤もである。

 しかも、電話はもっての外なのは分かっているが、そもそも響は部隊のメンバーのメアドを知らない。

 単純に連絡はインカムや携帯で取りあっていたので、メールを全く使わなかったのだ。

 設定変更かなんかでメールの通知音が解決しても、そもそも呼べる人がいない。

 

 

『だからね、私、1つ思いついたの』

 

 

 未来は自分の提案を打ち込んで響へ見せた。

 

 

『私が囮になって、ノイズを引き付ける。その間に響はおばちゃんを助けて』

 

 

 だけどそれは、とてもじゃないが受け入れられない提案。

 目にした言葉が信じられず、見開いた目で数秒の間、じっと未来の携帯の画面を見つめてしまった。

 囮。つまり、あのノイズに自ら追われると言っている。

 それは即ち未来が命の危機にさらされる事になる、という事に他ならなかった。

 

 

『駄目だよ! 未来にそんなことさせられない。囮なら私が!』

 

『私の力だけじゃおばちゃんは連れだせないよ。響じゃないと』

 

 

 そうだ、自分が囮になればシンフォギアも纏えて万事解決だ。

 けれども未来の言う通り、女の子1人の力で気絶している成人女性1人を此処から外まで連れ出すのは無理だ。

 ビル自体は崩落の危険性もあるので、尚更に。

 

 確かにシンフォギアを纏えば成人女性の1人や2人くらい担いで脱出する事は簡単だ。

 逆に言えば、未来には無理で響でなければ不可能という事である。

 おばちゃんを助ける為には、響が残る他ない。

 

 未来が打ち込んだ言葉でそれを理解した響。

 だが表情は依然として納得の言っていない、不安な、そして他の方法を考えようとしている顔だった。

 長い付き合いの未来にはそれが分かる。

 未来は一度言葉を消し、再度言葉を打ちこんで響に見せた。

 

 

『元陸上部の足だから何とかなる』

 

『何ともならない!』

 

『じゃあ、何とかして』

 

 焦る響は未来の言葉を見て驚き、一方の未来の顔は微笑んでいた。

 これから自分が命を賭けて走ろうと考えているのに、不安や恐怖が感じられない笑み。

 呆然とする響に対して未来はまたも言葉を追加していく。

 

 

『危険なのは分かってる。だからだよ響。私の全部を預けられるの、響だけなんだから』

 

 

 その一文に響は言葉を失った。

 決意は固い。命がけな分、それだけ意思も頑なで、未来は危険に飛び込む事を完璧に決めてしまっていた。

 故に響は何も言えない。「全部を預ける」とまで言われてしまっては、もう何も。

 

 未来は携帯を閉じ、正座から膝立ちになり、響の耳元にそっと顔を近づけた。

 

 

「私、響に酷いことした」

 

 

 耳元での呟きは、音として小さすぎてタコノイズにも感知できていないようだった。

 けれど、耳元の言葉は響の心に大きく響き渡っていく。

 

 

「全部私の我が儘。響が何をしてるのか知りたくて、怖くて。

 今更許してもらおうなんて思ってない。それでも一緒にいたい。一緒に戦いたい」

 

 

 自分の心に溜め込んでいた思いを小さな声で、けれど確固たる言葉で呟いていく。

 未来の心は響と喧嘩する前もしてからも変わっていなかった。

 ただ、響が心配で、響と一緒にいたくて、響の力になりたくて。

 友達を想い続けていた、ただそれだけの話。

 それを自分の我が儘だと押し殺してきた1人の少女の本気の言葉。

 文字ではなく、声で伝いたい思い。

 

 

「士先生や翼さんが、誰が響と一緒にいてくれても、私はきっとずっと怖がったまま。

 だから、どう思われてもいいから、私も響と同じものを背負いたい。

 響1人に背負わせたくない」

 

 

 未来は立ち上がる。

 止めなきゃ。そう思っても響は言葉が出てこない。

 親友の、自分の隠し事のせいで傷つけてしまった筈の親友が、自分の事をそんなにも想ってくれていて。

 だからこその決意に、響はもう何も口にすることができないでいた。

 

 

「私、もう逃げないッ!!」

 

 

 立ち上がった未来の決意の叫び。ビル全体に伝わった大きな声。

 タコノイズは音に反応したようにピクッと体を震わせ、未来は最後の思いを叫んですぐにその場から駆けた。

 

 容赦のない触手が未来を襲い、走りながら右へ左へ、未来はそれを避けていく。

 一撃食らえばアウト。掠っても終わり。攻撃の度に、外した攻撃が地面に衝撃を与えたせいで飛んでくる小石が痛いが、構わずに突っ走る。

 ビルの外へ出た未来は尚も走り続け、それをターゲットとして捉えたままのタコノイズはビルから外へと、未来を炭にしようと躍り出ていった。

 

 

「おばちゃん!」

 

 

 タコノイズが完璧にビルから離れた事を確認し、ふらわーのおばちゃんへと近づく響。

 目立った外傷もなく息もしている。おばちゃんを此処から救い出すのが未来との約束だ。

 

 

 ――――聖詠――――

 

 

 響はガングニールを纏い、ガングニールからは曲が流れ出す。

 超常的な能力を得た響は、体格からは考えられない程の力を出しておばちゃんを抱え上げ、その場で大きく跳躍した。

 大きな跳躍というのは仮面ライダーなんかにも言える驚異的なもの。

 吹き抜けの天井も跳び越えて、響は一瞬にしておばちゃんを抱えたまま外へ出た。

 

 響は落ちる方向を制御して、上手くビルの外に着地できるように調整。

 そうしている間に、1台の黒い車が猛烈なスピードでビルへと向かってきて、ビル前で駐車された車の窓からは見知った顔が1人、顔を覗かせていた。

 マネージャー兼エージェントの慎次だ。

 

 この辺りの避難誘導が終わった彼は、通信を介して士から話を聞かされたのだ。

 

「立花が自分の友人を助けてるだろうから、一応様子を見てきてほしい」と。

 

 通信越しの声色は少し焦っているかのようだった。

 響は救助も勿論ではあるが、対ノイズ用装備を纏っている以上、ノイズ掃討という任務に就く必要がある。

 つまり誰かが、響の助けた要救助者を代わりに安全な場所まで運ばなければならない。

 そう言う理由もあり、掻い摘んだ事情を聞いた慎次は即刻了承。ノイズ相手だからキツけりゃ逃げろ、と念を押されつつ、こうして出向いたというわけだ。

 

 慎次の存在を認識した響は車の前に着地。慎次も響が抱える要救助者と思われる人物を確認し、車から降りて2人を迎える。

 抱えられたおばちゃんは響から慎次の手の中へ、丁寧に受け渡された。

 

 

「緒川さん、おばちゃんをお願いします!」

 

「響さんは!?」

 

 

 しかし答える時間も惜しかったのか、響は慎次の言葉に答えずに跳躍。

 電柱やビルの屋上を飛び移りながらタコノイズが逃げていった方面を、未来が待っている場所を目指した。ガングニールより流れ出る曲に合わせた歌詞を歌い上げながら。

 

 

 

 

 

 一方、士。

 響と未来については、バイクで走行中に慎次へと連絡を回した。

 通信しながらというのはあまり褒められた運転ではないが、携帯ではなく耳に装着したインカムで連絡をしているからハンドルは離してないし、前方不注意もしていないからいいだろう。

 

 ところで士は、目の前の光景に怪訝そうな目を向けていた。

 ノイズ達の反応がある地点、市街地の外れの方まで来てマシンディケイダーを止めた士。

 そこで目にしたのは、無数のノイズと、フォーゼと一緒に戦うクリスの姿。

 

 

「何か倒しても倒しても増えてねぇか!?」

 

「大方、あたし狙いのノイズがあちこちから集まって来てんだろうよッ!」

 

「へっ、モテモテってやつだな、クリスッ!」

 

「冗談ほざくなロケット馬鹿ッ!!」

 

「ロケット馬鹿ァ!?」

 

 

 とりあえず仲良さそうだな、と思った。

 この場ではガトリングやミサイルが爆発しまくり、ロケットやらの音まで混じってかなり騒がしい。

 が、そんな中で会話しているせいか2人の声も無駄にデカくなり、結果としてまだ戦闘の渦中にいない士にも明確に聞こえてきていた。

 

 やり取りに呆れつつ、そんな事で時間を取られている場合でもないと、士はディケイドライバーを巻きつける。

 

 

 ――――KAMEN RIDE……DECADE!――――

 

 

 ともかく変身。

 もしも不意打ちでノイズが突っ込んで来たら、変身してないと士だろうと即死だ。

 両手を払うような仕草の後、ディケイドも戦線の中へと飛び込む。

 まずはライドブッカーを剣として、手近な奴を斬る。そのまま近づいてくる連中を剣や徒手空拳で掃討し続けていった。

 

 戦場に顔を出したディケイド。当然、フォーゼとクリスはその姿を認識するのに時間は数秒とかからなかった。

 

 

「おーっす! 士先輩ッ!!」

 

 

 ノイズの群れに邪魔されて近づけず、フォーゼは少し距離のあるディケイドに声を飛ばした。

 ディケイドに近づこうと、邪魔な周りのノイズを攻撃するフォーゼだが、どうにもすり抜けてしまっている様子である。

 

 それを見たディケイドはライドブッカーを銃に変形させて横薙ぎに銃を振るいながら連射。

 結果、ノイズに有効打を与えるマゼンタの弾丸はディケイドから見て横一列に放たれてノイズを散らせていく。

 さらにライドブッカーを剣に戻し、ディケイドはノイズを斬り倒しながらフォーゼへ、そしてフォーゼの近くにいるクリスに迫った。

 

 

「おい、どういう事だ。何でそいつといる」

 

「はっ、あたしが聞きたいくらいだ。あたし1人で十分だって言ってんのに」

 

「だからダチを1人には……」

 

「何度も言わせんなッ! あたしはダチなんかじゃねぇだろッ!!」

 

 

 状況説明になってないが、ディケイドは察した。

 大方、フォーゼこと弦太朗がちょいと強引に行ったのだろうと。

 響といい弦太朗といい、どうもクリスと分かり合おうとしている節が、というか確実にその気しかないのはディケイドも知っている。

 

 クリス本人はエンターのようなアバターでもなければ、人に化けた怪人でもない、普通の人間だ。

 それに本人は『争いを無くしたいだけ』というような言葉をフィーネに切り捨てられる直前に口にしていた。

 だから分かり合おうとする事、仲間にしようとするという行動はディケイドにも分かる。

 とはいえ、まあよくも此処までグイグイといけるものだとディケイドは思った。感心というより呆れの部類に入る方向で。

 

 

「で? そいつは今、敵か味方か、どっちだ?」

 

「味方ッス!」

 

「勝手に決めんなッ! あたしは仲間になった覚えはねぇ!」

 

 

 フォーゼの言葉は勝手にダチ認定している辺りからディケイドは軽く流しているが、クリスの言葉を聞く限り、味方になる、というわけではないらしい。

 とりあえず、恐らく利害の一致か何かだろうとディケイドは推察した。

 いがみ合っていたり、対して仲良くない2人が協力する事は、共通の敵を前にすると時折ある事だ。

 ディケイドは、まだ仲間と呼ぶような間柄でなかったディエンドこと海東とそんな感じであったから分かるのだろう。

 

 一先ずはノイズ。その後に戦いを仕掛けてくるようならクリスとも戦う。

 そんな風に考えを纏めたディケイドはノイズへ向かってライドブッカーを振るう。

 こうして離している間にもノイズ達はディケイド達を人間と認識して迫ってきているからだ。

 その中で、フォーゼはふと気付いた。

 

 

「そういや、響はどうしたんスか?」

 

 

 弦十郎からは響と士に出動要請をした、という風に聞いている。

 てっきり同じタイミングで来ると思っていたのだが、それとも別の群れを相手にしているのだろうか。

 

 

「アイツなら、小日向の奴を助けに行った」

 

「小日向?」

 

「立花の学友だ。巻き込まれたらしい」

 

 

 フォーゼとディケイドの間で交わされる響の現状説明。

 クリスにとって無視できない単語が、その中に含まれていた。

 

 

「ンだとッ……!?」

 

 

 小日向が巻き込まれた。その言葉がクリスの心に何よりも刺さった。

 今日、この辺りに一体には『小日向』という人間がどれほどいるだろうか。

 しかも『立花の学友』と言うからには、何処かの生徒である事も確定だ。

 その名前には聞き覚えがある。何せ、ついさっきまで一緒にいたのだから。

 

 

「おい、バーコードッ!」

 

「誰がバーコードだ」

 

「何だっていい! その学友ってのは無事なんだろうなッ!?」

 

「……立花の奴が上手くやってればな」

 

 

 バーコード呼ばわりされて不機嫌そうにしつつも、しっかりと答えるディケイド。

 ディケイドだって未来の生存を疑いたいわけじゃない。ただ、実際問題として人間とノイズが対面して生き残れるか、という話。

 弦十郎レベルの規格外ならともかく、正真正銘の一般人が生き残れるはずがない。

 響が間に合っている事を信じるしかないのだ。

 

 が、ディケイドからすればその言葉には疑問を持たざるを得ない。

 何故、クリスが未来の事を心配しているのか。

 

 

「お前、小日向と知り合いなのか?」

 

「……何でもねぇ。関係ねぇんだよッ!!」

 

 

 クリスの心は荒れていた。

 自分を助けてくれた少女の危機に。その危機を招いたのが自分の存在である事に。

 ノイズへの怒り、自分への怒り、それをイチイバルに込めていく。

 

 何でもないと口にしても、関係ないと叫んでも、自分が巻き込んだことに変わりはない。

 事実は消えずに罪としてクリスの心にのしかかっていた。

 

 

「ちく、しょうがァァァッ!!」

 

 

 腰部ユニットからのミサイルが、両手のガトリングが未だかつてない程の勢いで火を吹き、辺りのノイズを炭へ還していく。

 正面へガトリングを、左右と後ろに追尾式ミサイルを、ついでにぶっ放しながら周囲と上空を見渡してガトリングを周囲のノイズに向けていく。

 広域殲滅能力に秀でたイチイバルの特性がフルに使用され、ノイズ達は次々と殲滅されていった。

 なお、近くにいたディケイドとフォーゼは巻き込まれないように身を屈めたり跳んだりと大忙しである。

 

 全ての火器が火を吹き終わった頃には辺りには炭の絨毯が敷かれたような光景が広がっていた。

 風や爆発の影響で炭が舞い上がる中、ノイズを蹴散らした事を確認したクリスはさっさと跳び上がってビルの屋上まで昇って行ってしまう。

 それを見たフォーゼがクリスを目で追って、屋上にまで声を届けようと声を張り上げた。

 

 

「おーい! 何処行く気だよ!」

 

 

 それに怒鳴るわけでもなく、クリスはそこからさらに別のビル、また別のビルへと伝って行ってしまい、すぐに彼女の姿は消えてしまった。

 今までだったら怒りながらも返事くらいしたものだが、今回は何も言わない。

 フォーゼはどうにもそこが引っかかった。何か、彼女にとって余程重要な事が起こったのではないか、と。

 フォーゼ、弦太朗は馬鹿である。だが、人の変化や思いを見抜く事だけに関しては天性の才能を持っていた。

 だから何となく察したのだ。クリスが焦りだした原因、ディケイドの話が何か関係あるのではないかと。

 

 

「なぁ士先輩。クリスの奴、もしかして小日向って奴と……」

 

「何かあったらしいな」

 

 

 流石にあんな態度でいられれば、ディケイドだって察せられる。

 彼女が未来の元へと向かったのは恐らく間違いないだろう。話の流れからしても、彼女の焦り方からしても。

 そうでなくてはたかだか一般人である未来の事でクリスが焦る理由がない。

 

 だが、ノイズはまだ残っているだろう。

 クリスを狙って各地のノイズが集まっていたとはいえ、群れの全てが此処に集中していたわけではないのだ。

 

 クリスと未来が何処であったのかとか、何があったのかとかは後で確認するとしよう。

 ディケイドは一先ず二課に連絡を取り、他のノイズの群れがいる場所を確認した。

 まだ3ヶ所。それぞれWとレッドバスターがいる地点、ブルーバスターがいる地点、イエローバスターがいる地点の殲滅が終わっていないという。

 フォーゼもレーダースイッチから賢吾を通してそれを聞き、ディケイドとフォーゼは顔を見合わせた。

 

 

「2手に分かれるぞ。俺はリュウジの方、お前は宇佐美の方だ」

 

「うっす!」

 

 

 その分かれ方をすれば戦力は丁度均等。

 まあノイズの殲滅力に関しては特性上、ディケイドが圧倒的なのだが。

 避難と救助は終わっているという報告も聞いている。が、だからと言って撤退はできない。

 

 ノイズはいずれ自壊するが、逆に言えば自壊するまでの間を放っておけば、再びノイズは人間を狙いだすだろう。

 避難と救助が完了しているとはいえ万が一、という事がある。倒せなくても自壊するまでの間、ノイズを引き付けておくのが彼等の任務だ。

 

 フォーゼはロケットモジュールで、ディケイドは近くに停車していたマシンディケイダーでそれぞれに向かうべき地点に急いだ。

 一見ディケイドは落ち着いているように見える。しかしその実、彼は多分、誰よりも緊張状態でいる。

 らしくないと思いつつも、響と未来の事を頭の中で延々と考えてしまっているからだ。

 教え子、仲間、そもそも知り合った人間が死ぬというのは寝覚めが悪すぎる。

 

 

(さっきの課題、できませんでしたじゃ済まないからな……ッ!)

 

 

 響に伝えた仲直りの課題。ディケイドは、それが提出される事を祈るしかなかった。




――――次回予告――――
少女達の思いは駆け巡り、自らの道を進ませる。

言葉と約束を胸に抱けば、踏み出す力が湧き上がった。

伝えたい思いがあるから。


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第51話 陽だまりに翳りなく

 既に日は落ちかけて夕暮れとなり、オレンジ色の光が町と響を照らしている。

 夕焼けの空は、それだけ時間が経った事を示していた。

 走り、跳び、探す。されども未来は見つからない。

 その度に響の心のざわめきはどんどん増していく。

 流れる歌を歌いあげる声に気合が入り、どんどん言葉の勢いが強くなっていっていた。

 

 未来がどんなルートで逃げているのかは分からない。今、何処で逃げ回っているのか。

 響は必死に探すしかない。どんな小さな影も見落とさず、どんな小さな言葉も聞き逃さず。

 陸上部とはいえ、走り出してからまだ1分も経っていない。

 自分の親友を自力で見つけるしかない。

 

 

(私は、みんなを、未来を守りたかった。その為の力だと、シンフォギアだと思った……)

 

 

 響はビルからビルを伝って、とにかく高い場所から未来を探し続ける。

 できるだけ素早く移動する為に背面のブースターは吹かせっぱなしだ。

 

 未来との会話は響に1つの思いを形作らせていた。

 響は助ける事に一生懸命な人間だ。今でもそうだし、これからもそうだろう。

 だが、それだけじゃ人助けは成立しない。『助けられる側』が諦めては、意味がないのだ。

 

 

(だからあの日、奏さんは私に『生きるのを諦めるな』と叫んだんだ……!)

 

 

 例えば、崖から落ちそうな人間の手をギリギリで掴めたとする。

 けれど落ちそうな人間側が助かる事を諦めていたら、その人は這いあがろうともせず、いつしか奈落の底へ落ちていく事だろう。

 それと同じ事だ。

 2年前のライブの日、響が助かったのはツヴァイウイングが直接助けたから、というだけではない。彼女自身が『生きるのを諦めなかった』からだ。

 

 助けられる側が『助けてほしい』、『諦めたくない』と足掻くからこそ、助ける側も必死になれる。

 助かりたいと手を伸ばすから、助けたいと手を伸ばせる。

 

 

「きゃあぁぁッ!!」

 

 

 悲鳴が聞こえた。未来の声だ。

 ノイズに追い詰められている事が分かる。同時に、まだ生きている事が分かる。

 

 そう、間に合う――――――ッ!

 

 だから響の拳に、脚に、より一層の力が籠る。何としても助けたいという思いが。

 

 思いに応えるかのようにガングニールの脚部ユニットからパワージャッキが伸びる。

 跳躍の勢いをそのままに上空を待っていた響は地面へ一時着地。そのまま間髪入れず、悲鳴がした方向、未来の待つ場所へと跳び上がる。

 

 

(今なら分かる気がする。私が誰かを助けたいと思う気持ちは、惨劇を生き残った負い目なんかじゃない。

 2年前、奏さんから託されて受け取った――――気持ちなんだッ!!)

 

 

 跳び上がった瞬間、伸びたパワージャッキが、伸びきったゴムが飛ぶような勢いで元に戻った。

 瞬間、空気が『蹴り上げ』られ、跳躍と同時の急加速を果たす。

 同時に背面のブースターが今までにない程に火を吹き、加速をさらに上乗せた。

 それは響が、最速で最短で真っ直ぐに一直線に駆ける為の力。

 

 未来は囮になると言った。けれど、死にに行くとは言っていない。

 何とかして、と響へ言った。私の全部を預ける、と。

 その為に未来は諦めずに走り続けている事だろう。

 ならば響も走る。未来を救う事を諦めず、人助けという一生懸命を。

 

 

 

 

 

 未来は走り続けていた。既にスタート地点のビルは遥か彼方、今は高台まで螺旋状に昇っていく、ガードレールもしっかりとついた舗装された道を駆けあがっていた。

 体力を使う上り坂だが、坂そのものは緩やかだ。

 未来の体力が削られていく一番の理由は、その走った距離の長さと、ペース配分の考えない走りにある。

 

 長距離において自分の体力と相談してペース配分を考えるのは当然だし、未来もそれができる人だ。

 が、タコノイズはそんな都合など考えずに凄まじい勢いで背後から迫ってくる。

 ペースなど考えずに全力疾走をするしかなかった。そうすれば、すぐにバテてしまうのは当たり前の事だ。

 

 

(もうダメなのかな……)

 

 

 苦しい。今にも倒れてしまいそうな中で未来の脳裏に一瞬、諦めが湧いてしまった。

 タコノイズはノイズらしく、無情なまでに未来を延々と追いかけ続ける。

 どんどんと減速してしまう未来。その分だけノイズが、死が迫ってくる。

 

 自分は響に酷い事をしたのだ。これは罰か何かなんじゃないかな。

 そんな風に考えてしまってついには足を止め、倒れるように四つん這いになってしまった。

 

 追い詰めた事を察知したタコノイズは彼女を押し潰そうと上空に跳び上がる。

 後はそれが未来に降って来れば終わり。

 絶望と諦めが心の中を支配して、未来の体は動こうともしなかった。

 

 だけど、まだ。

 

 

(まだ、響と流れ星を見ていないッ!)

 

 

 約束がある。それが未来を支配していた心の闇を照らし、再び走ろうと奮い立たせた。

 その為には生きなくてはならない。生きるのを諦めてはならない。

 

 タコノイズが落ちきる前に、未来は立ち上がりと同時に再び走り出した。

 が、タコノイズの勢いはアスファルトとガードレールすらも衝撃と重みで砕き、自分もろとも未来までも道路の外へ放り出す。

 

 

「きゃあぁぁッ!!」

 

 

 高台に通じる道という事は、当然ガードレールの向こう側は崖。

 落ちた地点の下には川が通っているが、浅すぎて飛び込んでも意味は無い。

 しかも落下コースは川の近く、河川敷の坂。地面への直撃だ。

 さらに近くにはタコノイズが健在。例え元陸上部の健脚があっても、地面が無くては打開などしようもない。

 けれど、まだ諦めない。まだ来てくれると、最後の一瞬まで信じ切るんだと。

 

 

「未来ぅぅぅぅッ!!」

 

 

 近づく影。黄色い鎧を纏った自分の親友。自分の全てを預けられる人、立花響。

 名前を呼んで空を駆ける響がブースターとパワージャッキの勢いをそのままに未来へ、そしてタコノイズへと接近していく。

 

 だが、時間が無いのにノイズはどうにも最悪のタイミングで現れた。

 

 今日現れた別の群れなのか、クリスを殺そうと増強された群れなのか。

 ともかく新たに飛行ノイズが5体、響の上方から向かってくる。

 ご丁寧に、槍状に丸まって響への突進態勢を整えて。

 

 そっちの相手をしていたら未来がタコノイズに炭にされるか転落死してしまう。

 そんなものに構っている暇はないのに、と、血が出そうなほどに奥歯を噛みしめる響。

 私呪われてるかも、何て言葉を、冗談でなく本気で叫びたいこの状況。

 

 しかし世の中は最悪だけではない。最高のタイミングで味方が現れる事もある。

 

 

「オラァァッ!!」

 

 

 下からのガトリングが上空のノイズ達を1匹残らず仕留める。

 ガトリングの主は響よりも下ではあるが、やや跳び上がって撃ち放っていたようで、ノイズを仕留め終わった後に地面へとストンと着地した。

 

 

「クリスちゃんッ!」

 

「早く行きやがれッ!」

 

 

 感謝の1つも言いたいところだが、悠長な会話の時間は無い。

 右腕の腕部ユニットを展開、響はブースターを全力で吹かせてタコノイズへと肉薄する。

 ガングニールから流れる歌詞もラストスパート。

 最後の歌詞を、全力で、全開で歌い上げて、歌の力を右腕に乗せて――――!

 

 タコノイズを正面からぶん殴り、腕のパイルバンカーが唸りを上げて衝撃を打ち込む。

 一撃でタコノイズには穴が空き、響は勢いそのままにタコノイズの体に空いた空洞を通り抜けた。

 瞬間、タコノイズは炭へと戻り、炭もまた重力に身を任せていく。

 

 だがそこで終わりではない。このままでは地面と未来が人間の耐えられない範囲の激突を果たしてしまう。

 響はブースターを引き続き吹かせつつ、再び腕のパイルバンカーを展開して、空打ち。

 空打ちとはいえ衝撃そのものは発生し、それを利用して響は未来がいる場所にまで一気に加速した。

 

 

(死なせないッ!)

 

(死ねない……ッ!)

 

 

 未来を抱きかかえる響。地面は刻一刻と迫ってくる。

 だが響は救うのを諦めず、未来も生きるのを諦めない。

 どちらも生きる事に一生懸命。託された相手を助けると誓い、託した相手を信じると誓った。

 

 響はブースターを真下へと噴射させつつ、足のパワージャッキを全力展開。

 地面への衝突と同時にジャッキを始動し、落下の衝撃を最大限に和らげるものの、高所からの落下と無理矢理な着陸のため、派手な音と共に爆発のような土煙が舞った。

 

 未来を抱いたまま地面をバウンドし、2人は地面に転がった。

 しかも此処は河川敷の坂。当然ながら勢いよく転がった2人は抱き合ったまま転がるわけで。

 

 

「わ、わわぁぁぁぁ!!?」

 

「いた、ちょ、きゃあぁぁぁ!?」

 

 

 片や、シンフォギアを纏っているから痛みこそないものの視点の回転に悲鳴を上げる。

 片や、響が庇ってくれているから痛みは最小限だがそれでも痛い。

 ともあれジェットコースターともタメ張れるような勢いが2人を襲った。

 

 ごろごろと転がった2人は、最終的に川にまでは行かず河川敷の下で何とか止まる事ができた。

 止まった拍子に未来と響は離れ、2人はそれぞれに四つん這いで息も絶え絶えである。

 肩で息をしながら響はシンフォギアの鎧を解くと、身体の痛みを感じた。

 緊張状態が解かれたせいだろうか、勢いよく落っこちたせいで腰とか足が痛い。

 まるで老人のように腰をさする響。未来を見れば、同じように未来も腰や足をさすっている。

 

 2人して同じ事をしているのが何だかおかしくて、2人は笑いあった。

 

 

「カッコよく着地するのって難しいんだなぁ」

 

「あちこち痛いよ。でも、生きてるって感じ」

 

 

 立ち上がって制服についた砂埃を払った2人は向かい合って、目を合わせた。

 こうしていつも話していたはずなのに。未来に秘密を知られてから1日、目も合わせてもらえなかった。

 だからなのか、響はそれだけの事を酷く嬉しく感じていた。

 

 

「響が助けに来てくれるって、信じてたよ」

 

「私も、未来が諦めないって信じてた」

 

 

 2人の思いは簡潔だ。たった一言で表せる。

 

 

「「ありがとう」」

 

 

 不思議と重なった言葉。自分を信じてくれた事に、諦めないでいてくれた事に。

 信じあえる親友。ようやく戻れたのだ、いつもの2人に。

 

 

「……ッ、響!」

 

「わっぷ! ちょ、未来!?」

 

 

 未来は響に抱き付いて、その勢いで響は倒れてしまう。ついでに抱き付いていた未来も一緒に。

 思わぬ事に慌てる響だが、すぐに未来の異変を感じ取った。

 響をぎゅっと抱きしめる未来の手は震えている。

 

 未来は泣いていた。今まで抑えてきた感情が崩れ落ちて、涙と言葉として次々と零れ落ちていく。

 

 

「ごめんね響。私、響が隠し事をしていたのに怒っていたんじゃない。

 人助けだから、いつもの響だから。でもね、最近ずっと辛そうで、全部背負おうとしてて……。

 私はそれが嫌だった。せめて知って、力になりたいと思った。だけどそれは私の我が儘だ。

 そんな私じゃ、響の人助けを邪魔しちゃう。だから、今までみたいにいられないって思って……!!」

 

「未来……」

 

 

 そこまで考えてくれていた事に響の頬にも涙が伝う。

 結局、未来は自分の心配を押し付けて響の邪魔をしたくなかったというだけの事。

 隠し事で怒っていたわけでも、それで嫌ったわけでもなかった。

 ただただ、響を心配していただけ。

 それがこうして空回りしてしまったという話。

 

 響は抱き付いていた未来を優しく離し、両肩を掴んで顔を突き合わせた状態で、微笑みを送った。

 

 

「それでも、未来は私の……」

 

 

 大切な友達だよ。と、言おうとしたのだが、正面切って見つめた未来の顔に響は思わず破顔してしまった。

 場と空気がぶち壊しな大笑い。未来も何が何やら分からないと鳩が豆鉄砲を食らったような顔で響に「どうしたの?」と尋ねた。

 

 

「だって髪はボサボサ、涙でグチャグチャ、土まで被ってシリアスな事言ってるんだもん……!」

 

 

 こんな空気感の中で結構酷い事を言ってきた。

 腕を組んでプイッと拗ねたように顔を背けて、未来は響に可愛らしい怒り顔を見せる。

 

 そんな2人がいる、今は平和な河川敷にバイクの音が迫ってくる。

 何事かと坂の上を見てみれば、黒白基調にマゼンタの色が入ったバイクが急停止を果たしていた。

 ノイズを全て片付け終わった彼は、二課を通じて位置を確認して此処にまでバイクを走らせてきたのだ。

 バイク、マシンディケイダーの主である士がヘルメットを取って坂の下に見たのは、えらく密着した響と未来の姿。

 焦ったような表情だった士の顔は、それを見た瞬間からみるみるうちに真顔へと変わっていった。

 

 理由は、2人の体勢。

 倒れた拍子に足まで絡まっているせいで、かなり『変な風』に見えたから。

 

 完璧に真顔と化した士は、開口一番。

 

 

「……そういうのは家でやれ」

 

「何か誤解が!?」

 

 

 すっごい真顔で言い放たれた言葉に動揺する響。一方で未来はちょっと照れている。

 仲良しっつっても限度があると思うんだが、と溜息をついた後、士は真顔を崩し、2人に口角を上げて笑みを向けた。

 

 

「課題、終わったらしいな」

 

「はい。ありがとうございます!」

 

「俺は何もしてないだろ」

 

 

 士が響へ、課題という形で託した言葉。未来との仲直りと、2人で生きて帰ってこいという思い。

 響がお礼を言っているのは何かをしたとかしていないとかではなく、士が自分を信じてくれていた事、そして自分の背中を課題という言葉で押してくれた事だった。

 

 何の事なのか分からない未来はキョトンとした顔で響を見る。

 

 

「響、課題って?」

 

「へ? ああ、士先生がね、未来を助けに行く時に私に、

 『小日向と仲直りして2人で帰ってこい』って言ってくれてね?」

 

「へぇ、何だか意外。士先生って優しいんですね」

 

「待て、そんな言い方をした覚えはない」

 

 

 言ったには言ったが、それだと直球で励ましたみたいだろうと。

 怒りというよりかは恥ずかしさに士は顔を背ける。未だ河川敷の上にいる士を見上げつつ、2人は笑った。

 ところが此処で士は、話題の転換もさせる為に反撃の言葉を放つ。

 

 

「何笑ってる。お前等の顔と格好の方がよっぽど笑えるぞ」

 

 

 言いつつ、見上げてくる2人にカメラを向けてシャッターを切る士。

 ついさっきに未来に対して同じような事を言った響は焦った。『お前等』というからには、まさか自分もそうなのか、と。

 

 

「うえぇ!? 嘘ッ! ちょ、未来、鏡とかない!?」

 

「えぇ? 鏡は無いけど……。あ、これで撮れば……」

 

 

 取り出したのは音を立てないように意思を文字で伝える時にも使った携帯。

 派手に転がってしまったが幸い無事なようで、携帯の機能は全て問題なく生きていた。

 急いで立ち上がった2人は隣り合って写真を撮ろうと携帯を見つめる。

 未来が携帯を持って、斜め上の角度に構えてピントやら角度やらを調整する中、士はそれを傍観するばかり。

 

 

「士せんせー! どうせなら撮ってくださいよぉ!」

 

「知るか。自分のカメラなら自分で撮れ」

 

 

 響の言葉をバッサリ切り捨てる士だが、実は撮りたくない理由があるのだ。

 士の写真は常人では真似できないレベルでピンボケする。しかも誰の、どんなカメラで撮っても、だ。

 

 幸いにも士のカメラはフィルムカメラ。現像ができるような場所が見つかっていないので、その写真の酷さはまだ誰にも知られていない。

 というか、知られたくない。

 

 以前に出会った咲や舞が「現像できそうな場所があったら伝える」と言っていたが、正直なところ、見つかってほしいのが半分と見つかってほしくないのが半分であったりする。

 あの写真を見られたらどんな顔をされるか。特に立花や櫻井は滅茶苦茶うざったい笑いを向けてきそうだと士は1人想像して、ゲンナリとした。

 

 

「うー、ケチですねぇ」

 

「響、撮るよ?」

 

 

 つれない士にブーたれる響を、携帯を上に上げ続けているせいでいい加減腕が痛くなってきた未来が急かす。

 呼びかけに急いだ響はできるだけ未来の傍によってカメラに顔を向けた。

 カシャ、という音と共にシャッターが切られ、そこに収められた写真で2人が見たのは、およそ女子高生らしくない酷い格好。

 

 

「うわぁ、酷い事になってるッ!? これは呪われたレベルだ……」

 

「私も、想像以上だった……」

 

 

 ハネまくってボサボサの髪。涙で泣きはらしたせいでグチャグチャの顔。砂埃や土埃のせいで髪も服も泥だらけな全身。

 酷い写真だ。

 

 けれど、何故だかとても綺麗な写真にも見えた。

 

 差し込んでいる夕日が綺麗だからじゃない。2人の写真は、それ以上に思い出として大切で。

 仲直りできた。心がより通じ合った、友情と親愛の証。

 身だしなみは酷いものだが、それが最高の一瞬として切り取られた写真。

 

 写真を撮った後、2人は声を上げて笑いあった。

 2人の笑顔は、お互いの酷い姿を面白く思っているだけではない。

 こうして隣にいられる事の嬉しさを表した、心からの笑い。

 

 そんな笑顔達に向けて、士はもう一度シャッターを切った。

 

 

 

 

 

 笑いあう響と未来を、未来が転落した高台へ通じる道路から見つめる少女が1人。

 彼女は崩落で分断された道の下る側の道に立って、ガードレールから下を覗き込んでいた。

 イチイバルを解除した雪音クリスだ。

 

 無言だった。何を言うでもなく、世話になった未来の元へと顔を出すつもりもない。

 今日のノイズ発生は自分狙いで、それに巻き込んでしまったのだ。一度ならず二度までも、彼女に迷惑をかけて、痛みを与えてしまった。

 確かに未来を助けようとする響を助けはした。だが、それでチャラになるなどとクリスは考えていない。

 

 恐らく、誰がクリスを許しても、クリスは自分を許せない。

 そういう少女だった。

 

 

「おーい、クリスぅ!!」

 

 

 物思いに耽っている彼女の心に土足で足を踏み入れる声。

 聞きたかないのに何度も聞いたその声は、上空の轟音と共にやってくる。

 オレンジのロケットを右手に装備した、白い宇宙飛行士がクリスの後方に降り立った。

 呆れかえって振り向いたクリスが見たのは、白い宇宙飛行士ことフォーゼだけではない。

 もう1人、黄色いゴーバスターズ、イエローバスターも一緒だった。

 どうやらフォーゼと手を繋いで此処まで運んできてもらったらしい。

 

 イエローバスターことヨーコがこの場に来た理由は1つ。クリスに会いたかったからだ。

 フォーゼがイエローバスターの援護に入った後、フォーゼはクリスの元へ飛ぼうとした。

 その際、自分も会ってみたいと進言すると、フォーゼが快諾したのである。

 

 フォーゼとイエローバスターの2人は変身を解除。

 年相応の私服をして、可もなく不可もないセンスの格好なだけに頭のリーゼントが目立つ如月弦太朗。

 ゴーバスターズの3人に支給されているベストを着る、年齢はクリスと変わらない宇佐美ヨーコ。

 2人がクリスの前に現れたのだ。

 

 

「だから気安く呼んでんじゃねぇよ、馬鹿が」

 

「馬鹿馬鹿言うなよな。俺だってちったぁ物を考えたりするんだぜ」

 

 

 とりあえず自分の事を普通の知り合いくらいに気軽に読んでくる弦太朗に苦言を呈す。

 それに対して得意気に反論するが、そうは見えない。

 物考えるんだったらあたしの事はほっとけよと、小言も言いたくなる。

 ところが弦太朗はそれを言わせる間もなく、次の言葉を発していた。

 

 

「サンキューなクリス。お前のお陰で助かった」

 

「はっ。ノイズ相手じゃ、天下の仮面ライダー様も形無しってか」

 

「はは、否定はできねぇな」

 

 

 仮面ライダーという名を使って悪態を見せるが、弦太朗は嫌な顔1つしない。

 事実であるからというのもあるが、そんな程度で怒るほど器量が狭い人間でもないのだ。

 同時にクリスはそんな明るすぎる弦太朗がうざったいのか、舌打ちをくれてやる。

 

 彼女が、仮面ライダーの名に対しておちょくるような言葉を発したのには理由があった。

 雪音クリスは『仮面ライダー』に対し、少しだけ複雑な思いを抱いている。

 都市伝説上でその名くらいは知っている。むしろ、紛争地帯でこそ名を聞く事が多かった。

 人類の味方であるといい、戦争を止める行為をしている仮面ライダーもいる、と。

 幼き頃のクリスはその名と伝説に縋った事がある。どうか自分を助けてほしい、と。

 

 ところが、仮面ライダーは来なかった。

 

 かつてのクリスはそれを恨むよりも、悲しんだ。

 どうして自分を助けてくれないのか。自分と同じような子だって此処には沢山いるのに。

 歳を重ねていくうちに彼女はフィーネと出会い、戦いの中へ身を投じる事になる。

 そこで彼女は仮面ライダーという伝説の『現実』を知った。

 

 仮面ライダーは神ではない。

 

 考えてみれば当たり前の話だ。

 この世にどれだけ戦争や悲劇が転がっている? それに対して仮面ライダーは何人いる?

 しかも人間同士の争いだけでなく、世界全体を襲う『怪人』という脅威までいるというのに。

 手が回らない場所があるのは当然だった。

 運良く助けられた人もいれば、運悪く助けられなかった人もいる。

 力があっても、限界はどうしたってある。

 

 故にクリスはより一層、戦争を無くしたいという思いを強めた。

 戦争を無くす事ができれば、誰かが助かる裏で誰かが死んでいくという悲劇を繰り返さずに済む。

 仮面ライダーですら救えなかった命を、救う事ができると。

 

 クリスは仮面ライダーを恨んだり、何もできない奴などと思ってはいない。

 ただ、彼女の『争いを無くしたい』という思いに、多少の影響を及ぼしているのも事実だった。

 

 仮面ライダーに対しての感情は置いておくにしても、弦太朗という人間にこれ以上迫られたら面倒だとクリスは高台を下る方向へと体を向けて、横目で弦太朗とヨーコを見やる。

 

 

「お前等と馴れ合う気などない。もう関わってくんじゃ……」

 

 

 ねえぞ。と言い切る前に、クリスから鳴った別の音が言葉をかき消す。

 音の正体は腹の虫というやつ。とどのつまり、空腹の時に鳴るという、あれ。

 クリスは「うげっ」と顔を歪めた。さっさと去りたいと思っていたのに余計なタイミングで余計なものが鳴った、と。

 

 結構な音量で響いた腹の虫に弦太朗とヨーコは思わず破顔。

 笑われた事に素直に怒りを見せてクリスは2人を怒鳴りつける。

 

 

「笑ってんじゃねぇッ!」

 

「ははは! 悪ィ、無理だッ!!」

 

「断言すんなッ!? せめて笑わねぇ努力をしやがれッ!!」

 

 

 弦太朗みたいな豪快な笑いでは無いものの、ヨーコもふるふると肩を震わせてフフッと笑い声が漏れている。

 

 

「クリスちゃん、お腹空いてるの……? フフッ」

 

「空いてねぇッ! 今のは偶然、それっぽい音がしただけで……」

 

 

 腹が空いてるわけじゃない。と言おうとした瞬間に、二度目の音。

 これまた腹の虫がそこそこに派手な音を立てて鳴ってしまい、クリスは言い訳すらも封殺される羽目になってしまった。

 

 正直なところ腹が空いているのはある。

 フィーネに追われ、最近食べた者といえば怪しい魔法使いから貰ったドーナツだけだ。

 飲み物は公園の水道の水などで何とでもなるが、食べ物だけはどうしようもない。

 しかもそこに今回の戦いだ。彼女は体力をすり減らし切っていた。

 空腹という形でそれが現れるのも仕方のない事である。

 

 二度目の腹の虫を聞くと、弦太朗とヨーコは笑うのを止めた。

 笑みのままではあるのだが、爆笑ではなく微笑みと言った具合の表情に。

 ヨーコが一歩、クリスの前に出た。

 

 

「やっぱお腹空いてるんじゃん」

 

「ッ、だから何だ。お前等には関係……」

 

「はい、これ」

 

 

 顔を背けるクリスに差し出した右手の上には、自分のウエストポーチから取り出したお菓子。

 ヨーコが自分のウィークポイントである『充電切れ』を起こさない為にカロリー摂取用に携帯しているものだ。

 チョコレートやらビスケットなど、特命部で支給されているお菓子である。

 だが、クリスは訝しげな目線でヨーコとお菓子を交互に見つめた。

 

 

「何だよ、これ」

 

「お菓子。チョコとか色々あるけど、あげる!」

 

「ハァ? お前も馬鹿なのかよ。あたしは敵だぞ」

 

 

 真っ当な意見ではあるだろう。クリスが完全に敵か、という事は置いておくにしても、少なくとも『味方』というわけではない。

 クリス自身、彼等の仲間入りをする気などこれっぽっちもないのだ。

 にも拘らず差し出されたお菓子にクリスは疑問を抱かざるを得ない。

 

 

「馬鹿って……ヒロムみたいな事言わないでよね。

 別に敵とか味方とかじゃなくて、クリスちゃん、お腹空いてるみたいだから」

 

「それが意味わかんねぇってんだよ」

 

「だって、何かほっとけないし」

 

 

 明るい笑顔で正面から放たれた言葉を聞いてもクリスは差し出されたお菓子に手を伸ばす事はできない。

 

 ――――罠か何かか。

 

 毒やら睡眠薬やらが盛られているのでは。

 ドーナツの時もそうだったが、どうにもクリスの思考はそういう方向に行き着いてしまう。

 目の前にいるのは自分が『敵』だと認識している者達だ。

 ドーナツの時だって、迷子の子供2人が普通に食べているのを見て、つられるように食べただけ。

 何も仕組まれていないという確証が無ければ手を取りたくなかった。

 

 ヨーコがお菓子を差し出し、クリスは顔を背けたまま考え込む。

 腹が減っているのは確かだ。だが、罠かもしれない敵からの施しを受けるのか、と。

 が、そういうまどろっこしい雰囲気を感じ取ったのか、弦太朗は後頭部をくしゃくしゃと掻きながら2人に足早に向かって行った。

 

 

「何で躊躇ってんだよ。ほれ!」

 

 

 クリスの左手を半ば強引に引っ張り、無理矢理手を開かせる。

 抵抗するクリスだが、流石に成人男性である弦太朗の力は強くてクリスでは敵わない。

 そして、次に弦太朗はヨーコの差し出していた右手を掴んで、クリスの開かせた左手の上に乗せた。

 丁度、お菓子の受け渡しをする形に、手と手が触れる形に。

 

 

「食う食わないは別にしても貰っとけって。ヨーコが折角良いって言ってんだからよ」

 

「……ッ」

 

 

 元々渡すつもりでいたヨーコはお菓子をクリスの手に置いて、突っ返される前にさっと手を引っ込ませた。もう返却できませんよ、とでも言うかのように。にこやかな笑みで。

 半ば強引に持たされたお菓子を見つめるクリスの表情は戸惑っているようだった。

 

 しかし、次の瞬間にクリスは2人から距離を取って、まるで敵対するかのように睨みを利かせた目を向ける。

 

 これ以上此処にいたら、きっとダチなどなんだのと延々と言われかねない。

 面倒が加速する前に、早急にこの場から去ろうとクリスは思ったのだ。

 

 

「……礼は言わねぇぞ。これが本当に食って大丈夫か分からねぇしな」

 

「もしかして、毒とかって事? そんな事してないよ」

 

「信用できるかよ。あたしとお前等は敵同士だッ!!」

 

 

 ――――聖詠――――

 

 

 クリスは歌を歌いあげ、イチイバルを纏った。

 そして間髪入れずにその場から跳び上がり、ガードレールを跳び越えて一番近くの電柱に降り立ち、さらにそこからビルや電柱を跳び渡って行ってしまう。

 

 

「……クリスちゃん」

 

 

 既に姿が見えない彼女の名を心配そうに呟くヨーコ。

 対照的に弦太郎は困ったような笑みでクリスを見送っていた。

 

 

「疑り深ぇなぁ、アイツ」

 

「弦太郎さん。クリスちゃん、大丈夫なのかな。

 フィーネって人に見捨てられて、行くところあるのかな……」

 

「んー、わっかんねぇ」

 

 

 クリスの事情を彼等は知らない。

 もしかしたらフィーネ以外に何処かで繋がりを持っている人や組織があるのかもしれないし、ひょっとしたら完全に孤独なのかもしれない。

 ただ、フィーネに切り捨てられるような言葉を向けられた後、縋るような叫びをしていたのを見るに後者なのだろうとは想像がついた。

 もし協力者がいるなら一緒に行動していてもおかしくないし、今のクリスには組織や他の人間と言った背後関係が感じられない。

 二課も特命部もS.H.O.Tも、そういう共通の見解でいる。

 

 彼女が今後、どう動いていくのかは弦太朗にだって分からない。

 本当に敵対するのか、味方になってくれるのか、また別の道があるのか。

 だが、彼はクリスとダチになる事を諦めない。そういう男だった。

 

 

「わっかんねぇけど、アイツとはきっとダチになれる気がする。

 もしアイツが1人だってんなら、俺達みんなでダチになってやればいいんだ!

 そん時は、全力で迎えてやろうぜ!」

 

 

 屈託のない笑みを向けられ、ヨーコは心にあった心配や不安が消し飛ぶのを感じた。

 弦太朗の言葉は根拠無し理屈無しの無い無い尽くしだ。

 ところが不思議と説得力だけはある。彼が言うなら、何かそうなりそうだな、という風な。

 こと『ダチ』という事柄に関しての説得力は異常なほどだ。

 それは彼がダチというものを全力で考え、『ダチになる』という言葉を有言実行で貫き続けたが故の説得力なのだろう。

 達成者の説得力は抜群だ。弦太朗の高校時代を知らぬヨーコにも伝わるほどに。

 

 

「うん!」

 

 

 弦太朗の笑みに答えるようなスマイルで、ヨーコは弦太朗の言葉に全力で頷くのだった。

 

 

 

 

 

 戦いが終わって落ち着いたころ、辺りはすっかり暗くなって夜になっており、上空では満月が輝いている。

 

 今回のノイズとの戦いは、以下の通りの結果に収まった。

 Wとレッドバスターは見事に辺りのノイズ達を誘導し、自壊の瞬間まで粘り、勝利。

 フォーゼとイエローバスターも上にほぼ同じ。

 ディケイドとブルーバスターはディケイドの能力もあって圧勝。

 雪音クリスが狙いだったためか、ノイズの大半を蹴散らしたのはクリスのイチイバルなのだが。

 ともあれ響が大型ノイズも倒し、今回の一件は甚大な被害になる事なく収まった。

 

 響と未来、士と翔太郎に弦太朗、最後にゴーバスターズの3人は市街地の真ん中、事後処理をしている弦十郎と慎次の元へ招集がかけられ、集まっていた。

 辺りでは二課や特命部職員が犠牲者、及び建物の被害確認や、倒されたり自壊した事で発生したノイズの炭を吸引機で吸ったりしている。

 

 さて、弦十郎の元へ集まった前線のメンバー達はお互いに労をねぎらったりしていた。

 

 

「ヒロムさん、身体の方は大丈夫なんですか?」

 

 

 響はヒロムに顔を向けて、心配の言葉をかけた。

 彼が前線復帰した事は二課の通信機を通じて既に聞かされていたが、一応病み上がりという形であるヒロムが出てきた事に心配がないわけがない。

 

 とはいえ、ヒロムの体調は元からそこまで酷くはない。

 そもそも休養していたのはグレートゴーバスター操縦による負荷。つまりは体力の著しい消耗が原因だ。

 その体力が回復しきった今、ヒロム本人は自分が完全復帰と考えている。

 

 

「ああ。……お前、酷い姿してるな」

 

「あ、いやぁ、これは……」

 

 

 響の格好は相変わらず酷い。結局、身だしなみを整える事もできずに招集がかかってしまったのだ。

 まあ本当に整えようとするなら、土まみれな以上、風呂にでも入らなければいけないわけだが。

 

 後頭部を掻いて苦笑いの響から、ヒロムはその隣の人物へと視線を移した。

 その子も響と同じく、土を被って寝癖全開みたいな髪型で酷い事になっている。

 髪を結ぶ為に付けているリボンも土まみれだ。

 

 

「響。隣の子は?」

 

「あ、初めまして。小日向未来です。いつも響がお世話になっています」

 

 

 響への質問には、自己紹介という形で未来が答える。

 自己紹介の言葉と雰囲気を見たヒロムの未来への第一印象は、真面目そうな子、だった。

 

 

「響の友達とは思えないくらいしっかりしてる子に見えるな」

 

 

 それでもって、それをストレートに口に出してしまうのが桜田ヒロムである。

 私どういう目で見られてるの、と動揺する響。

 さらにそこに追い打ちをかけたのが、ヒロムの隣まで歩いてきた士だ。

 

 

「勘が良いなヒロム、その通りだ。小日向は立花の100倍はまともだぞ」

 

「私がまともじゃないみたいな言い方しないでくださいよぉ!?」

 

 

 不服を提言する響だが、士の言葉にヒロムは「そうなのか」と真顔で頷いてしまっている。

 未来がしっかりした子と思われるのはともかく、引き合いに出されて変な子扱いされている響は助けを求めるかのように親友を見る。

 が、その親友もやり取りにクスクスと笑っており。

 

 

「やっぱり、皆さんの目からも響は変な子って写ってるんですね」

 

「未来? 私達友達だよね? 親友だよね?」

 

 

 全方向からおかしな子認定されてしまった響は、頼みの綱であった親友の裏切りにあいガックリと肩を落とした。

 そんな響の肩を「ごめんごめん」と軽く叩いた未来は、目の前にいる赤いベストの青年が一体何者なのかを響に問いかける。

 

 

「ねぇ、響。この人は?」

 

「え? あ、えっと、桜田ヒロムさん。ゴーバスターズの人だよ」

 

 

 えっ、と驚いたような顔でヒロムの顔を見上げる未来。

 ゴーバスターズの存在はかなり有名だ。

 ただ、何処の誰がゴーバスターズなのかは世間一般には一切公開されていない情報である。

 だから未来は目の前の若い青年がゴーバスターズと聞いて驚きを隠せなかった。

 歳もそんなに離れていないように見えるのだが。

 

 

「響に言われたけど、俺は桜田ヒロム。ゴーバスターズのレッドバスターだ。

 ……どうした?」

 

「いえ、その、びっくりしたんです。凄い若くて。ゴーバスターズってもっと、年上なのかなって」

 

「ああ。だったらヨーコを見たらもっと驚くかもな」

 

 

 後方の少し離れた場所で弦太朗と会話をするヨーコの方をヒロムが向くと、つられて未来も、ヒロムの奥にいる2人に目を向けた。

 片やリーゼントの青年、片やヒロムと同じデザインの黄色いベストを着た少女。

 どちらが『ヨーコ』なのかは一目瞭然である。

 

 

「もしかして、あの黄色の……」

 

「ああ。宇佐美ヨーコ。君等2人と1つしか違わない俺達の仲間、ゴーバスターズのイエローバスターだ」

 

 

 実際、見た目の年齢はそう変わるようには見えず、未来は心底驚いた。

 若いだけならまだしも、かなり歳の近い少女がゴーバスターズのメンバーだというのだから。

 隣の響も「ヨーコちゃんは明るくていい子だよ」と未来に補足した。

 所謂『ちゃん付け』をしている辺り、普通の友達のような感覚で接しているのだろうという事が伺える。

 

 ヒロムはヨーコから未来に視線を戻した。

 軽い談笑のような事をしているうちに、被害報告や現場指揮が一旦落ち着いたのか、忙しそうにしていた弦十郎が前線のメンバーが集まっている場所へ顔を出してきた。隣には慎次もいる。

 慎次は両手で鞄を抱えていた。響と未来には見覚えのある、リディアンの鞄。

 彼は未来の前にまで赴くと、優しい印象を受ける笑みを向けた。

 

 

「小日向未来さん、ですよね」

 

「はい、そうです」

 

「良かった。鞄をふらわーさんから回収しておきました」

 

 

 未来へ鞄を手渡す慎次。

 そう言えば逃げるのとクリスの事に必死で、鞄を忘れてきてしまったのをそこで未来は思い出す。

 ペコリと頭を下げた後、未来は鞄を受け取った。

 中身を確認してみて間違いなく自分の鞄である事を確認し、改めて未来はお礼を口にする。

 

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして。それから、ふらわーの店主さんも無事ですよ」

 

 

 笑みを絶やさずに行われた慎次の追加報告に2人は胸を撫で下ろす。

 響はともかく未来はふらわーのおばちゃんがどうなったのかを知らない。

 勿論、響が助けてくれたのであろう事は分かっていたが、やはりちゃんと聞かないと心配なものは心配だった。

 

 さて、心配事や懸念は大体片付いたわけだが、響は弦十郎を前にして何かを思い出したように、突然申し訳なさそうな、気まずそうな表情に変わった。

 

 

「あのぅ、師匠……」

 

「何だ?」

 

「この子に、また戦ってるところをじっくりばっちり目の当たりにされてしまって……」

 

 

 そう、シンフォギアというものは秘匿情報である。

 目撃した者には発言の制限がかけられるし、そうでなくとも『シンフォギアを知っている』というだけでその力を狙う誰かに狙われかねないものだ。

 おいそれと人前で使ってはいけないものなのだが、未来には二度も見られてしまった。

 怒られる事も十分に覚悟している響は下を向いて縮こまってしまっている。

 

 

「違うんです! 私が、首を突っ込んでしまったから……」

 

 

 自分から巻き込まれにいったも同然だと、未来は響を弁護した。

 自分の為に親友が怒られるのは本意ではない。なら、自分を責めてほしいと。

 困った表情で後ろ髪を掻く弦十郎を見て、士は意地の悪い笑みを向けた。

 

 

「どうする弦十郎のオッサン。罰金、懲役、それか死刑か?」

 

「冗談言うな」

 

 

 いつも通りな士を隣のヒロムが真顔で止める。罪状をつらつらと述べたのは、かつてとある世界で弁護士をしていた影響だろうか。

 一瞬、二課の組織がどういうものなのかを知らない未来は「何か罰は避けられないんだ」と、士の言葉を鵜呑みにしかかっていたが、即座に放たれたヒロムの言葉にホッとしていた。

 

 

「士君の言葉は置いておこう。

 詳細は、後で報告書の形で聞く。まあ不可抗力というやつだろう。

 それに、人命救助の立役者に煩い小言は言えないだろうよ」

 

 

 2人を安心させるような笑顔は、実質的なお咎めなしを意味していた。

 無罪決定な響と未来は満面の笑みでハイタッチ。その光景にヒロムも笑みを浮かべ、士は鼻を鳴らすだけだった。

 

 と、そこに一台の車が凶悪なスピードで走り込み、凶悪なドリフトで曲がり角を曲がった。

 車に見覚えのない未来は驚き、車に見覚えのある士達は「またか」と溜息をつく。

 警察がいたら捕まりそうな運転で入ってきた車は停車し、勢いよくドアを開けて運転手が現場へと足を踏み入れた。

 

 

「主役は遅れて登場よ!」

 

 

 その女性、櫻井了子。眼鏡をクイッと上げて辺りを見渡した了子は、ウキウキとした様子で現場指揮をてきぱきと進めていく。

 彼女の指揮の元、現場作業員達は炭や瓦礫処理、その他諸々の作業に取り掛かった。

 弦十郎が司令官という立場上、現場指揮を長く行うわけにはいかないので、了子が現場指揮を引き継ぐという形だ。

 

 彼女の役目は二課本部や聖遺物関係の技術管理以外にも現場処理など、その職務は多岐にわたる。

 責任者にして司令官である弦十郎が最高指揮官だとすれば、了子は副官と言ったところか。

 

 それを見て、何故にハイテンションなんだと呆れる士とヒロム、笑う弦太朗とヨーコ、苦笑いなリュウジと慎次。という風に三者三様十人十色な反応の後、翔太郎は了子の方を見ながら士に近づいた。

 

 

「仕事のできる女ってのはいいよな……」

 

「は?」

 

「いやぁ、了子さん、大人の女性って感じで美人だろ? おまけに仕事もできるし明るいし、な?」

 

「……趣味悪いな」

 

 

 美人に弱い翔太郎。一方で翔太郎だけでなく了子にまで失礼な物言いの士。

 現場作業員に指示を出し終わった了子はくるっと翔太郎と士の方へ振り向き、にこにことした表情のまま口を開いた。

 

 

「褒めてくれて嬉しいわ~、翔太郎君。

 ……士君は、後でどういう意味なのかじっくり聞かせてもらおうかしら」

 

「げっ」

 

 

 聞かれてたのか、とボヤく士とちょっと威圧感のある笑みを向けている了子。

 そんな2人に苦笑しつつ、弦十郎は前線の全員に向けて今日は解散と伝えた。

 残りの作業は大人達の管轄。前線のメンバーは戦いが終わったら休息する事が仕事。

 それを聞いたそれぞれが体の力を抜き、肩を回したり首を回したり、お互いにお疲れと労いあったりとし始める。

 

 その中で、未来は1つ思い出した事を響へ尋ねた。

 

 

「そういえば響。私を助けてくれた時、『クリスちゃん』って叫んでたけど……」

 

「えっ? あ、いや、ええっとね……」

 

 

 クリスの事を何と説明したものかと困り、言葉に詰まる響。

 だが、それに対する未来の言葉は予想外のものだった。

 

 

「もしかして、それって雪音クリス? クリスも戦ってるの?」

 

「え……? 未来、何でクリスちゃんの事……」

 

「実は、今日会ったんだ。凄く弱ってて……」

 

 

 まるで知り合いであるかのようにクリスの事を語る親友に驚く響。

 未来が見たクリスは、ちょっと強くて乱暴な口調ではあったけれど、その姿は弱々しかった。

 身体的に弱っていたという事もあるだろうが、それ以上に心が弱っているような。

 心配だった。ノイズの元へ向かって行ってしまった事が、何処か思い詰めた様子の彼女が。

 

 

「ねぇ響。クリスは仲間じゃないの?」

 

「……うん」

 

 

 まだ碌に話し合えてもいない。けれど、今日助けてくれたクリスが悪人だとはどうしても思えない。

 話し合おうと言った事に嘘は無いが、今日を除けば最後に会ったのは2日前。イチイバルを初めて見た時だ。

 今日だって会ったとはいえ一言言葉を交わしただけ。話したわけじゃない。

 翼と分かり合えた。未来とも仲直りできた。だったらきっとクリスとだって。

 そう信じたかった。

 

 そしてそれを後押しするかのように、クリスの名を聞きつけて近づいてきた弦太朗が響の頭に手を置いた。

 

 

「心配すんなって、クリスともダチになれる! 気持ちをぶつけりゃ、何とかなるもんだ」

 

 

 「なっ」、と未来の方にも元気な笑顔を見せる弦太朗。

 語る事は無いが、彼は仮面ライダーフォーゼとして戦い続けたゾディアーツの親玉とすら友達になった男。実績から来る説得力という意味では天下一品だ。

 そうでなくとも、その自信は周りを安心させる力がある。

 気休めでも焦りが募るよりはいいし、空元気だって元気のうちだ。気持ちが沈むよりかは余程良い。

 2人は元気に笑う弦太朗の顔と言葉に気持ちを明るくさせた。

 

 

(クリス。きっと友達になろうね)

 

 

 友達になりたい、という言葉への返答はまだ貰っていない。

 何処にいるかもわからないクリスを想いながら、未来は空に浮かぶ満月を見上げた。

 

 そして、満月を見上げる者がもう1人。

 聞き耳を立てる気は無かったのだが、話が聞こえてきてしまった弦十郎もまた、自分が助けられなかった少女の事を想うのだった。




――――次回予告――――
新たな一歩を踏み出した少女。変わりゆく少女。孤独な少女。

移りゆく少女達を余所に、悪もまた次なる一歩を踏み出した。

脅威は絶えず、増していく。


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第52話 再会

 日向咲。美翔舞。

 2人が翔太郎と士に出会って、2週間ほど経った頃の話になる。

 

 ダークフォールの幹部であるカレハーンは追い詰められていた。

 プリキュアにではない、同僚である『ゴーヤーン』にだ。

 

 ダークフォールは太陽の泉を探し出し、それを奪い、世界を滅ぼす事を目的にしている。

 その頭首、ダークフォールの支配者の名、『アクダイカーン』。

 アクダイカーンは普段、ダークフォールの本拠地の最深部にその大きな体を鎮座させている。

 見た目は真っ黒な鎧武者。三日月の兜と陣羽織を羽織っているといえば分かるだろう。

 そしてゴーヤーンとはそのアクダイカーンの側近である幹部だ。

 

 カレハーンは今までに6度の敗北を喫している。

 その6度目こそ、Wとディケイドの介入があった風都での戦いだ。

 幾度もの失態を演じ、カレハーンは後が無かった。何度も部下の失敗を見逃すほど、アクダイカーンは甘くはない。

 おまけにそれを問い詰められた際に『奥の手』があるという苦し紛れの言葉を吐いてしまい、それはいつ使うのかとしつこく嫌味を飛ばすゴーヤーンに『今日使う』と声を張り上げてしまったのだ。

 

 後には引けないカレハーンはプリキュアを襲撃。ウザイナーと融合して決戦に挑んだ。

 

 戦いはカレハーンの優勢だった。背水の陣という事もあり、後がないカレハーンの力は凄まじく、ブルームとイーグレットも苦戦を強いられる。

 あわや敗北とまで行きそうだった時に彼女達の脳裏に浮かんだのは、彼女達の日常だった。

 例えばそれは家族であり、学校であり、そこにいる友達である。

 彼女達はフラッピとチョッピの為に戦いたいと思っている。そこに嘘は無い。

 だが、ダークフォールは緑の郷、つまり地球にまでも滅びの魔の手を伸ばそうとしている。

 その時2人は、強く、心の底から想った。

 

 ならば、自分が大切だと思う家族や友達をこの手で守りたい。

 

 その気持ちが、精霊の力を飛躍的に上昇させた。

 精霊の力は2人の心と心が繋がっていて、絆が深まるほどにプリキュアに与える力を大きくしていく。

 ウザイナーと融合したカレハーンですら対処できない程の精霊の光、一段と強力となったツインストリームスプラッシュを受けたカレハーンはウザイナー諸共に消滅してしまった。

 

 以上が、アクダイカーンが映し出したカレハーン最期の一部始終である。

 

 

「やれやれ、カレハーン殿も口だけですな」

 

 

 ダークフォール最深部。

 その映像を見て、消えたカレハーンに嫌味を吐くゴーヤーン。

 ゴーヤーンは名の通り、野菜のゴーヤのような形をした顔をしており、羽織と袴を身に纏っている。そして身長はプリキュア、つまり女子中学生よりも低い。

 ところがダークフォールの幹部だけあり、その力は侮れないものがある。

 

 彼の両手は常にもみ手だ。それにプラスして低い身長と敬語から低姿勢な態度を装ってはいるが、その実、笑いながら嫌味などを吐くような性格だ。

 故にカレハーンなど、ダークフォールのメンバーからは煙たがれる事も多い。

 

 ダークフォールの最深部は泉になっており、その中央には尖った岩が高くそびえ、その先端で紫色の炎が燃えている。

 ダークフォールの幹部がアクダイカーンに謁見する時は、泉から真っ直ぐ伸びる桟橋にまで行くというのが通常だ。

 なお、アクダイカーンは泉の向こう岸に鎮座している。

 

 その例に漏れず、ゴーヤーンは泉から伸びる桟橋にてもみ手を崩す事無く、アクダイカーンと顔を合わせていた。

 

 

「ゴーヤーン! 『樹の泉』が奪われた事は笑い事ではないぞ!!」

 

「はっ、ははぁ! 承知しております、アクダイカーン様……」

 

 

 カレハーンを皮肉っていたゴーヤーンだが、身体が震えるようなアクダイカーンの一喝に怯え、かなり後ろに下がった。

 

 樹の泉とは、カレハーンが支配していた泉の名だ。

 泉の郷で奪った6つの泉。その泉にはそれぞれ支配権を持つ者が存在しており、それはそのままダークフォールの幹部という扱いになっている。

 当然、奪った泉の支配権を有しているだけあり、誰も彼もが実力者だ。

 残り5つは『火の泉』、『空の泉』、『土の泉』、『水の泉』、『金の泉』と言った具合である。

 

 嫌味こそ口にしていたものの、実際、ゴーヤーンも少し驚いているのだ。

 倒されたカレハーンとて、ダークフォールの実力者の内。

 彼が倒されたという事実は、『プリキュアは十分な脅威である』と印象付けるのには十分なものだった。

 

 そこでゴーヤーンは考えたのだ。これは悠長にはしていられないかもしれない、と。

 故に彼は次の手を、次なる幹部を呼び寄せていた。

 

 

「既に、次の者を向かわせております……」

 

 

 ゴーヤーンがそう口にした瞬間、彼の背後が突然明るくなった。

 赤と橙が混じったような色は、火を思わせる輝き。

 それに気づいたゴーヤーンが背後を振り返ると、燃え盛る炎が宙に浮いていた。

 ところがただの炎ではなく、宙に浮く炎の中に笑った『顔』が、表情が見える。

 

 何もかもを燃やし尽くす様な滅びの炎。それを感じ取ったゴーヤーンは、この炎が間違いなく『次の者』である事を確信した。

 

 

「待っていましたよ……」

 

 

 不敵に笑うゴーヤーンに、揺らめく炎もまた、笑みを見せるのだった。

 

 

 

 

 

 カレハーンをウザイナーごと倒し、現れた7個目の奇跡の雫を入手した咲と舞。

 直後、彼女達は7つの雫に導かれ、夕凪の森の中である物を掘り出した。

 綺麗な装飾が施された、ガラスの水差し、『フェアリーキャラフェ』を。

 

 手に入れた奇跡の雫は、フラッピとチョッピがその大きな耳で包んで保管していた。

 が、奇跡の雫にはそれ単体で強烈な力が宿っており、それを複数個同時に抱え込む事で2匹の精霊にも負荷がかかってしまっていたのだ。

 そこで必要となったのが、このフェアリーキャラフェである。

 フェアリーキャラフェは奇跡の雫を保管するもので、しかもそれと奇跡の雫が揃えば、奪われた泉の郷の泉を元に戻せるというのだ。

 

 奇跡の雫を持っているせいで具合の悪そうなフラッピとチョッピの件もあり、フェアリーキャラフェを探していた咲と舞。そこでカレハーンと遭遇したのである。

 

 キャラフェに7つの雫を投入すると、異世界、フラッピとチョッピの故郷である泉の郷への扉が開いた。

 強引に吸い込まれた咲達がやって来たのは、泉の郷の『樹の泉』。ダークフォールに支配された6つの泉の1つだ。

 枯れさせられているだけあり、そこは元が泉とは思えない程に荒れ果てた場所。

 水の痕跡など一切なく、上空を見上げれば暗雲に包まれているかのように暗い場所だった。

 

 そして、咲達はキャラフェに入っている7つの雫を枯れた泉の中央部に注ぎ込み、樹の泉を復活させた。

 注ぎ込んだ傍から水が勢いよく湧き出すもんだから逃れるのに苦労したが、ともあれ泉の1つを取り返したのである。

 

 泉が復活すると、その泉の周辺にある木々が復活し、上空も明るい空へと変わった。

 まだ6分の1に過ぎないが、確かに泉の郷を救う第一歩を踏み出したのだ。

 

 さらにフラッピとチョッピには嬉しい事に、泉の郷の王女、『フィーリア王女』がその姿を現したのだ。

 目を閉じており、小柄な、何処か神秘的な姿。

 泉の中央に浮いている彼女はまるで立体映像のように半透明で、本当にそこにいるのかと思うくらいに希薄だった。

 そして彼女は咲達に笑みを向けるだけで、その姿を消してしまう。

 

 フラッピとチョッピ曰く、王女は全ての世界の命を司る『世界樹』の精霊であり、世界樹は7つの泉によって支えられている。つまり、泉が枯れるという事は世界樹も弱るという事であり、それはフィーリア王女が弱る事にも直結する。

 だが、樹の泉を奪還した事で精霊の力が回復し、僅かに姿を見せられたのではないか、という事だそうだ。

 

 その後、咲達は夕凪の山の山頂にそびえる巨大な樹、『大空の樹』から帰還。

 大空の樹には巨大な洞が存在しているのだが、泉の郷から抜け出る時に、何故かそこから飛び出てくる事になった。どういうわけだか此処は泉の郷と緑の郷を繋いでいるらしい。

 

 

 フェアリーキャラフェの入手。カレハーンの撃破と樹の泉の奪還。フィーリア王女との出会い。

 

 

 自分達の戦いによる前進があった事を形として見れた事で、咲と舞はより一層、今後の決意を新たにしたのだった。

 新たなる強敵の出現を、彼女達は知る由もない。

 

 

 

 

 

 さて、響と未来が仲直りし、クリスと一時的とはいえ共闘を果たした日の夜の事だ。

 午後8時くらいに冴島邸に帰宅した士の元に、ある電話が来た。

 既に食事を済ませて自室にいた士は携帯にかかってきた電話を取り、今日の戦いで疲れたのかベッドに身を横たえながら携帯を耳に当てた。

 

 

「誰だ?」

 

『こんばんは、遅くにすみません。士さん、ですか?』

 

「その声……日向咲、だったな」

 

『はい! 実は、この前の話なんですけど』

 

「この前の話?」

 

 

 電話の相手は日向咲。少し前に翔太郎と共に出会ったプリキュアなる戦士の片割れ。

 咲がしてきた話は、以前に士と約束していたソレだった。

 フィルム写真の現像ができないなら、できそうな場所が会ったら教える、というもの。

 咲が言うには夕凪で写真館と銘打たれたそれらしき場所を発見したという。

 ところが、その名前がまた、士を驚愕させるには十分な名前であった。

 

 

『えっと、確かぁ……光写真館って、看板には書いてありました』

 

「なんだと!?」

 

『わ、えっ!? いや、光写真館って……』

 

 

 ガバッと上半身を起こして、今までにない驚きようを見せる士。その驚愕具合は響達ですら見た事が無い程だろう。

 咲はというと、士が突然声を張り上げるもんだから電話越しとはいえビックリしてたじろいでしまっていた。

 

 

「……名前は、本当に光写真館なのか?」

 

『はい。あっ、でも、『写真館』って文字が、何か凄く難しそうな漢字でした』

 

 

 多分、写真館で読み方は合ってると思うんですけど、と付け加えた咲。

 その情報で十分だった。むしろ、『写真館』が難しい漢字で書かれているという事は余計に可能性が高まった事を意味している。

 何故なら士の知る『光写真館』もまた、写真館ではなく『寫眞舘』と、小難しい漢字で書かれているから。

 

 その後、咲は「明後日に案内したい」、と言ってきた。

 幸い明後日は日曜日。教師としての仕事は無く、二課職員としての仕事も敵が出ない限りは無い。咲も学校が休みだからこの日を提案してきたのだろう。

 承諾し、午後から会おうという事になったのだが、さて待ち合わせ場所を何処にすべきかという話になる。

 士は咲の住む夕凪を知らない。夕凪町につく事はできても、土地勘のない場所で待ち合わせ、というのもキツイだろう。

 風都で待ち合わせというのも考えたが、いくら夕凪の隣町とはいえ、咲はそこに行くまでに電車を使わなくてはならない距離に住んでいる。

 咲は中学生特有のお小遣い問題もあって財布の中が少ないらしいし、待ち合わせの為だけに電車代を中学2年生の女子に払わせるのは、流石の士も気が引けた。

 

 と、此処で士はある事に気付いた。

 夕凪と言えば、近くはないとはいえ凄く遠いというほどの距離でもない。

 で、あるならば、ひょっとしてそこも東の管轄の一部なのではないか、と。

 

 

「ちょっと待ってろ」

 

『え? はい』

 

 

 士は携帯を声が入らないように話し口を抑えながら自分の部屋を出て、鋼牙の部屋に向かう。

 と思ったら意外と早く見つかり、鋼牙は自分の部屋に入る直前だった。

 

 

「おい、鋼牙」

 

「なんだ」

 

「お前、明後日のエレメント狩りは何処を回るんだ?」

 

 

 エレメント狩り、丁寧に言うとエレメントの浄化・封印は、1日で全ての範囲を回るわけではない。

 エレメントを浄化すること自体は戦闘ではないのだが、浄化の際に気力も体力も消耗してしまうのだ。

 それを1日で何回も続けていれば、如何に魔戒騎士といえども限界がある。

 そこで、魔戒騎士は『どれくらいの期間で、どれくらいの場所を回るか』を大まかに決め、それに沿ってエレメントを潰していくのだ。

 魔戒騎士最高位の称号を持つ牙狼とはいえ、気力体力が無尽蔵にあるわけではなく、その例に漏れない。

 

 鋼牙は突然の、士にとっては関係の無いはずのエレメント狩りについての質問に訝し気な目をしながらも、一応正直に答えた。

 

 

「夢見町周辺と、夕凪町周辺だ」

 

「なら、夕凪の土地勘はあるのか?」

 

「ああ。何度かエレメントの浄化で回っているからな」

 

「ほう、丁度いい」

 

 

 士はその場で携帯の話し口を解放し、再び耳に当てた。

 

 

「もういいぞ」

 

『あ、士さん。どうしたんですか?』

 

「ああ、待ち合わせは夕凪でいい。丁度、俺の知り合いが夕凪に用があるみたいだからな」

 

 

 鋼牙にニヤリと目線を送る士。

 鋼牙もそこで自分が案内役に抜擢されかけているのだと気づき、顔を顰めた。

 何だか利用されているような感じで気分が悪かったのだろうか。

 

 待ち合わせ場所などが決まり、夕凪に行く事となった士は咲との電話を切り、携帯を閉じた。

 そして鋼牙を見やり、一言。

 

 

「そういう事だ」

 

「どういう事だ」

 

 

 士の煽るような物言いに不機嫌そうなしかめっ面を隠そうともしない鋼牙。

 ともかく自分が案内役という形でダシにされている事は会話内容で分かる。

 鋼牙が不服なのを士も感じつつも、「別にいいだろ、仕事の邪魔はしない」とだけ言い残し、自室に戻ってしまった。

 結局鋼牙は否応どちらとも言っていないのに、有無を言わさず明後日の案内役を押し付けられてしまったわけだ。

 非常に不愉快な気分となりつつも、「まあ、夕凪まで連れて行ったら後は自分の仕事を果たせばいい」と考えて鋼牙も自室に戻るのであった。

 

 一方、先に自室に戻った士はベッドに再び寝転がりながらも、咲が言っていた『写真館』の話を頭の中で反芻していた。

 

 

(まさか、な……)

 

 

 写真館の空似という可能性もある。

 だが、一度でも頭をよぎったその可能性を士は捨てきれないでいた。

 

 もしや、『アイツ等』がいるのか、と――――。

 

 

 

 

 

 

 翌々日。午前7時半。門矢士はベッドから頭を上げて後頭部を掻き、時間を見た後に苦々し気な表情になった。

 今日は休みだ。本来なら日曜日で、敵襲さえ起こらなければ惰眠を貪れる日だ。

 それに咲との約束は午後から。本来ならこんなに早く起きなくてもいい筈だった。

 だが、エレメント狩りのついでに案内をしてもらう鋼牙が朝早くから行動する関係上、それに合わせなくてはならない。

 寝ていたいという欲求に駆られつつも、士は起きざるを得なかった。

 

 気ままな1人旅を続けてきた彼にとって、何かに予定を束縛されるのはどうにも慣れない。

 特に教師としての仕事、二課の任務がそれにあたる。

 勿論仕事自体はきっちりこなしているのだが、どんな人間でもそうだろうが早起きはきつい。

 そういうわけでこんな日くらいゆっくり寝ていたい、というのが士の本来の心境だ。

 

 最近は疑似亜空間にジャマンガの城に市街地でのノイズ発生が立て続けに起こり、そこに教師との二足の草鞋。

 これに加えてホラーが出なくて良かったと心底思う。まあ、エレメント狩りをしっかり行っていればホラーは滅多に出るものではないのだが。

 

 欠伸をしながら渋々ベッドから出たのと、ゴンザが朝食の用意ができたと士の部屋を訪ねたのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 リビングに行けば鋼牙がコーヒーを飲んでいる。いつものように5時頃には起きて、この時間まで鍛錬でもしていたのだろう。

 本日はパンを主食に置いた、若干洋風なテイスト。いつも通りゴンザが作ったものだ。

 いつも通りに真顔な鋼牙と、いつにも増して不機嫌そうな士が食卓を囲んで朝食を食べる。

 ゴンザの料理はいつも美味しいな、とか、最近何かあったか、とか。

 そんな話題はこの2人の間では出ない。鋼牙と士の間でそんな仲睦まじい話題が出たら、異常事態過ぎてゴンザが間違いなく卒倒する。

 

 黙々と食べ進めていく中、鋼牙と士はほぼ同時に食事を終えた。

 口周りを軽く拭きとって身だしなみを整える2人。士はコーヒーが注がれたカップを手にした。

 

 

「エレメント狩りはどっから回るんだ?」

 

「夢見町からだ」

 

「チッ、夕凪からにできないのか」

 

「何故俺がお前の予定に合わせなければならない」

 

 

 午後から待ち合わせであるから夕凪に到着するのは昼頃でもいい。

 だが、夢見町に用の無い士は夕凪に案内さえしてくれれば後は自分で時間を潰すと考えていた。やたらに移動させられるよりはいいと考えたからだ。

 もう少し時間が経てば喫茶店なんかが開店するだろうし、教師と二課の給料で金は結構ある。

 が、鋼牙の言葉がそれを許さなかった。

 案内してもらう側な以上贅沢は言えない、と考えるのが一般でも謙虚な部類に入る人間の考えだろう。

 だが、生憎と士は謙虚とは対極に位置している人間であった。

 

 

「別にどっちから回ろうが同じだろ」

 

「俺には俺のやり方がある。口答えするなら案内しないという手もあるんだぞ」

 

「……チッ」

 

 

 しかし如何せん、頼んでいる側と頼まれている側とでは交渉に不利があった。

 士が口答えを止めたのは、睨まれた事に怯んだのではなく、案内されないという本末転倒を避ける為だ。

『そんなに言うなら、頼まれていた事をしてあげないぞ』というニュアンスの言葉は、脅し程度に言う人もいるだろう。が、鋼牙は本気でやるタイプである。

 流石に1ヶ月以上も同じ屋根の下で暮らしていればそれくらい分かってしまうものであった。

 

 

 

 

 

 朝食を食べた後、顔を洗うなどの外出の準備諸々をしていれば、現在時刻は9時。

 2人はエレメント狩りへと出発した。

 普段ならばバイクを使う士だが鋼牙のスタイルに合わせて今日は徒歩。これも鍛錬の内なのだろうか。

 とはいえ、士も完璧超人と言われる程度には身体能力が高く、体力もある。

 鋼牙と歩幅を合わせて歩く程度なら何てことは無かった。

 

 やってきた『夢見町』。

 普通の住宅街が広がる中、町内には有名な大企業である鴻上ファウンデーションの本社ビルがあるような町。

 まあ、どんな大企業が存在していようと、そこにどんな人が居ようと、魔戒騎士がやる事は変わらない。

 

 エレメント狩りをしていく鋼牙。

 陰我の溜まったオブジェの影に魔戒剣を突き立て、それで刺激されたのか、声を上げながら出てきた瘴気のような姿の影を斬り伏せる。

 これがエレメント狩りの一連の流れ。簡単そうに見えるが、その実、相手はホラーが出てくるゲートの『元』ともなる存在。1体潰すのにも相応の気力を消費するのである。

 エレメント狩りに付いていった事の無かった士にとっては初めて見る光景だったが、先にホラーを見た事がある為か、特に驚いた様子ではなかった。

 

 むしろ士が夢見町に来て一番驚いた事、というか気になった事は、『木の棒に男物のパンツを吊るした青年が意気揚々と歩いていた事』くらいだろう。

 一瞬だけ見えたその横顔が、何処かで見たのは気のせいか。

 ずかずかと歩を進める鋼牙を追わなくてはならないので、それを確認する事はできなかった。

 

 

 

 

 

 さて、時間は経って、士は漸くお目当ての夕凪町にやってきていた。

 夕凪に突入して間もないが、海に面していて潮風が気持ちいい場所というのが第一に感じた事。

 目に入るのは、海の反対に山がある事。大きな山は木が生い茂って密集している為か、緑が多い町、という印象を与えてくる。

 自然に囲まれ、その景観を残しつつ、そこに人が住めるスペースを作ったような場所。

 ざっくり言えばそんな印象を受ける綺麗な町だった。

 

 海沿いを走る電気鉄道が通り抜ける音を聞きながら、2人は海岸線の道路を歩いていた。

 夢見町でのエレメント狩りが終わったのが11時頃。夕凪まで徒歩移動でかかった時間が1時間近く。

 

 夢見町で歩き回った事もあり、流石の士も少々お疲れだった。

 夏場に歩き回ったせいで大分身体が暖まってしまい、服をパタパタとさせて風を通す士。正直、雀の涙のような涼しさでしかなかったが。

 一方の鋼牙は季節感ガン無視の白いコート、魔戒騎士の道具の1つである『魔法衣』を着ているが、全く暑さを感じていなさそうな、文字通り涼しい顔をしていた。

 

 

「此処か、夕凪ってのは……」

 

「ああ」

 

「この町にはパン屋があるらしい。何処か知ってるか?」

 

「そこまで案内しろと言いたいのか」

 

「フン、そこまで俺を連れてけば終わりだ。最後くらい融通を利かせろ」

 

 

 士を見る鋼牙の顔は真顔であるが、「嫌」という感情が見て取れた。

 しかし後々突っかかられても面倒だし、この辺りで有名なパン屋と言えば、普段とは少し違う回り方になるが通らないルートではない。

 心の中でかなり大きな溜息をついた鋼牙。一方で表情はピクリとも動かさず、コートを翻して歩き出す。

 無言の進行を「ついてこい」という意味と受け取った士は鋼牙の背中を追って、足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 鋼牙を追って歩いていくと、住宅が立ち並ぶ中で一軒の店が見えてきた。

 店の入口には『本日のおすすめ』が書かれている黒板が置かれており、その前を陣取って、一匹の猫が実にふてぶてしそうに眠っていた。

 屋根に貼られている店の看板には『PANPAKAパン』の文字が。

 待ち合わせ場所はパン屋で、名前もPANPAKAパンという店だと士は聞いている。

 此処だな、と確信した士だが、その店先を見て目を細めた。

 

 店先には屋外での食事用であろう、椅子と机と日よけ用のパラソルが置かれている。

 そこに人が座っているのは客がいるから、というのは当たり前だ。

 ただ、その客は士も良く知る人物だった。

 

 

「おい、何してるんだお前?」

 

「ん? お、来たな、士」

 

 

 店先まで足を運び、後姿だけが見えていた青年に話しかける士。

 その青年は、左翔太郎。今では同僚とも呼べる仮面ライダーWの左側だった。

 

 何故此処にいるのか、という言葉をくれてやれば、今日の朝に翔太郎のところにも咲から連絡があったそうだ。その時間と言えば、士と鋼牙が夢見町を歩いている頃だろう。

 曰く、「士さんだけじゃなく、一応翔太郎さんにも伝えた方が良いのかなって」、という善意の元で。

 隣町という事もあり、翔太郎は特に迷う事無く此処までこれた、という話だ。

 

 まあ、咲や舞とは一緒に戦った中だから此処に来る事も、連絡が行く事も不思議ではない。

 士が何よりも疑問だったのは、翔太郎と共にいる2人の女の子。

 

 

「こんにちは、士先生! 此処のパン美味しいですよぉ~」

 

「……お前等までいるのはどういうわけだ」

 

 

 2人は士も良く知った顔。立花響と小日向未来だった。リディアンが日曜で休みという事もあり、バリバリ私服の。

 チョココロネを口にしながらニコニコと話す響はやたらに幸せそうだが、そんな事はどうでもいい。

 何故、プリキュアの事も知らされていない筈の2人が此処にいるのか、という事だが。

 

 響曰く、翔太郎が咲からの電話を取った時に丁度二課にいて、たまたま響がいたらしい。

 そして響は翔太郎から電話の内容を聞き、『士先生の写真が見れるかも』という事で、未来も誘って付いて行ってもいいですか? と聞いたところ、翔太郎が承諾したという事だそうだ。

 

 休日の朝にも拘らず響が二課にいたのは、今でも続く特訓の事と未来の事があったからだ。

 未来は今後、二課の『民間協力者』という形で在籍する事が決定したらしい。

 流石に知りすぎたという事と、シンフォギア装者である響と距離が近すぎるという点から、少々特殊ながらそういう措置が出たという話だ。

 で、まだ手続きの完了していない未来を二課に入れるわけにもいかないので、響が二課へ顔を出して軽い説明を受けた、という事らしい。

 

 

「余計な事を……」

 

「はぇ?」

 

 

 ボソリと呟く士に首を傾げる響と未来。

 士は自分の写真が見られたくない。特に響や未来のような生徒、了子のように煽ってきそうな奴には。

 写真を翔太郎や響、未来に見られるおそれが出てきて、士は溜息をつく他なかった。

 

 一方、特に話に混じるわけでもなく、いつものように無愛想な面を貫いていた鋼牙が痺れを切らして士に声をかける。

 

 

「俺はもう行くぞ。いいな?」

 

 

 声に反応し、士は鋼牙の方へ振り向いた。

 翔太郎も、そう言えばこの白いコートの青年は誰なんだ、という目線を士と青年を交互に見て、向けている。

 

 

「ああ。案内ご苦労だったな」

 

「二度目は無い」

 

「あー、そうかよ。ったく、さっさと行きやがれ、お前にも自分の仕事があるんだろ」

 

「フン。……遅くなりすぎるなよ、迷惑だ」

 

「口煩い奴だな。晩飯には間に合わせる」

 

 

 翔太郎の視線を意に介す事も無く一連の会話を終えた後、鋼牙はコートを翻してその場を去った。

 誰もがその青年に目を向ける中、士は「偉そうな奴だ」とブーメランな嘆息をつく。

 

 

「士、お前と一緒に来たあの男、誰なんだ?」

 

「居候先の奴だ」

 

 

 そもそも士が誰かの家に居候している、という事を初めて知った一同はまずそこに驚いたが、よくよく考えれば別の世界から来ているのだから、この世界に決まった家が無いのは当然か、と納得した。

 士も士で鋼牙の事はそれ以上に説明しなかった。

 魔戒騎士という仕事は本来、一般の人間には知られてはいけない事。

 その辺りの事情を無視するほど士も馬鹿ではないし恩知らずでもないので、士はその事は翔太郎達を始め、二課などの部隊の面々の誰にも言っていない。

 

 さて、待ち合わせの時間には少々早いが、元々の提案者である咲を除いた全員がこの場に集まっていた。

 その咲だが、今はまだ店の中でもうすぐ出てくるのではないか、と翔太郎達は考えている。

 響達がパンを買った際にレジや店の中に咲の姿は見えず、自分の部屋か何処かにいるのだろうと推測した。

 待ち合わせ時間まではまだ時間もある事だし、PANPAKAパンは他の町や都道府県にも名を知られるかなり人気のパン屋だ。お手伝いなどもあるのだろう。

 そう考えて、待ち合わせ場所であるこのパン屋でのんびり待っている、というのが現状だった。

 

 士が来て鋼牙が去り、それから待つ事数分。店の中から少女が1人出てきた。美翔舞だ。

 ところが彼女は翔太郎達のところに行くわけでもなく、PANPAKAパンを去って行ってしまう。何処か、落ち込んだような様子で。

 そこで様子がおかしい事に気付けたのは、咲と舞を見た事のある士と翔太郎だけ。

 

 日向咲が顔を出し、翔太郎達の元へ小走りで駆けてきたのは、それからさらに数分しての事だった。

 

 

「こんにちは……。すみません、待たせちゃって」

 

「いや、いいさ。此処のパン、美味いな」

 

「買ってくれたんですか? ありがとうございます」

 

 

 咲と翔太郎の会話。言葉だけ見れば特におかしなところは無い。

 だが、声に全く覇気が感じられなかった。顔もやや俯き加減で、何かあったとしか思えなかった。

 初対面の響と未来からすれば「大人しい子なのかな?」だが、士と翔太郎はそんなわけがない事を知っている。

 

 

「どうした、元気ねぇな?」

 

「えっ、あ、その……」

 

「美翔と喧嘩でもしたのか」

 

 

 翔太郎の問いに口籠る咲だが、士の言葉を聞いて目を丸くして驚いた。

 図星だった。喧嘩、というと少し違うのかもしれないが、大雑把に言えばそれは咲と舞のある種の喧嘩と言えるのかもしれない。

 

 

「ど、どうして分かったんですか?」

 

「喧嘩して落ち込んでた、何処かの誰かを知ってるからな」

 

 

 実にわざとらしく大袈裟に、響と未来を見やる士。

 目線を向けられるまでもなく自分達の事だと理解していた2人は頬を掻きながら何とも言えない苦笑いをするばかり。

 まあともかく、どうやら喧嘩したという事実だけは本当の事のようだと理解した士達。

 此処で反応したのが、喧嘩という経験をしている人助け中毒者こと立花響だった。

 パンを食べ終えた響はすっと立ち上がって、俯いている咲へ近づいて穏やかな笑みを向ける。

 

 

「私は立花響。士先生の言う通り、前に友達と喧嘩しちゃったんだ。良かったら、話聞くよ?」

 

 

 朗らかな笑み。咲とは初対面ではあるが、向けられている笑顔の暖かさは本物だった。

 さながら向日葵が太陽を見るかのように、咲は顔を上げる。

 そんな2人を見やりつつ、翔太郎はその場を仕切った。

 

 

「ま、聞くにしても歩きながらな」

 

 

 今回集まった目的は、士の写真が現像できる写真館へ足を運ぶ事だ。

 これを提案したのは他ならぬ咲であり、いくら友達と喧嘩したからって予定をキャンセルするほど咲は無責任な人間じゃない。

 そうして、響の言葉でほんの少しとはいえ元気になった咲が先導する形で、一行はPANPAKAパンから咲の案内する写真館へ向けて歩を進め始めるのであった。

 

 

 

 

 

 歩いていく道中で聞いた咲と舞の喧嘩の話は、咲の妹が関わっていた。

 咲の妹、『日向 みのり』。天真爛漫な小学2年生だ。

 彼女は姉の咲が大好きだ。部活でソフトボールをしている咲の真似をしてみたり、舞と遊んでいる咲がいるところに顔を出したり、とにかく咲と一緒に居る。

 

 そして咲がいる時のみのりは、元気一杯だった。元気がありすぎて注意されるほどに。

 例えば今日の朝ご飯の時の会話で嬉しい事があったら、手を大きく振り回して牛乳を零してしまったり、など。

 咲も何度も注意したが、その時はおとなしくなっても、またその元気を振り回してしまう。

 まあ、この歳の子供にはよくある事だ。でも、それが今回の喧嘩の引き金だった。

 

 士達と待ち合わせるまでの時間の間、午前中から咲は舞を家に招待していた。

 その後、写真館まで一緒に行こうという話をしていたからだ。

 場所は日向姉妹の部屋。談笑を楽しむ中、みのりがジュースとお菓子を持って入ってくる。

 そうしてみのりも交えて、3人は明るい時間を過ごしていた。

 

 舞は絵が得意で、絵が好きで、絵を描いている。スケッチブックを何処にでも持って行き、気になったものを描くのは彼女の趣味である。

 本日持ってきたのは犬のデッサン。咲から見れば舞の絵はどれもこれも上手いものばかりだが、今回は今まで見せてもらった中でも特に上手く感じた。

 実際、舞もお気に入りだそうで、油絵にしてみようかな、と言っていた。

 舞の絵を見たみのりも興奮気味で、思い返せばその時から行動が危なっかしかったようにも思う。

 

 みのりは咲がソフトボールで使うグローブを使って咲の真似をし始めた。

 止めるように注意しつつ、「たはは」と呆れる咲。それとは対照的ににこやかにみのりを見守る舞。

 そしてそこで、今回の喧嘩の原因となる決定的な事が起こってしまった。

 

 

「やったぁー! ホームイン!!」

 

 

 味方がホームを回って帰ってきた、という想像をして遊んでいたのだろう。高く手を振り上げて喜ぶみのり。

 ところが、手を振り上げた時に嵌めていたグローブがすっぽ抜けて宙を舞ってしまった。

 グローブは弧を描き、机に落下。

 しかも不運な事に、グローブはジュースの入ったグラスに当たってしまった。

 バランスを崩して倒れたグラスからは、当然ジュースが零れる。そしてさらに最悪な事に、その時丁度、舞の絵は机の上に置かれていたのだ。

 舞の絵はジュースを吸い込み、濡れてしまった。スケッチブックに大きくかかってしまった水分はどれだけ拭いても取れないし、しかもジュースという色が付いた水分だった事もまずかった。

 そしてそれが、全ての原因となってしまったのだ。

 

 

「みのり!! 舞の絵が台無しになっちゃったじゃない!!」

 

 

 舞にも見せた事の無い剣幕で咲は怒鳴る。

 みのりも、自分のせいだと自覚している。けれど姉が見せた凄まじい怒りに身を縮こまらせてしまっていた。

 見かねた舞が、みのりのフォローをしようと口を挟む。

 

 

「咲、絵ならまた描けるから……」

 

「そうじゃないの! みのり、お姉ちゃん今朝も注意したよね!?

 危ないって注意したのに止めなかったからまたこうなったんでしょ!!」

 

 

 何度も同じ事を言われてるのに、と咲の言葉はますます強くなっていく。

 その度にみのりの顔は下がっていき、目に涙が溜まっていた。

 

 

「みのりは止めなさいって言った事をやっていっつもこうなるよ!

 一体何回同じ事言わせるの!?」

 

 

 みのりだって悪気があったわけじゃない。

 流石に言いすぎじゃないか、と口を挟もうにも、咲のまくし立てるような言葉にそんな隙は無かった。

 そうして次に言われた言葉は、みのりにとって決定的過ぎる言葉。

 

 

「もう一緒に遊んであげない!!」

 

 

 どれほど、みのりにとってショックだっただろうか。

 彼女は咲という姉が大好きだからこそ、姉の真似をしていた。

 それによって今回、舞の絵を汚してしまったというのは事実だし、みのりだってそれが分からない程子供じゃない。

 けれど、その大好きな姉から一緒に遊ばないと言われた事は、遠回しに「嫌い」と言われたような気がして。

 辛い気持ちが我慢できず、ついにみのりは大声を上げて泣き出してしまった。

 

 

「ちょっと咲、みのりちゃんの気持ちも……」

 

 

 見かねた舞は咲を止めようと、手を咲に伸ばす。

 だが、その手は取りつく島もなく、咲にはたかれる形で振り払われてしまった。

 さらにみのりへの剣幕をそのままに、咲は舞にも声を荒げてしまう。

 

 

「だから! 舞には分からないんだからちょっと黙っててッ!!」

 

 

 怒りで頭がいっぱいだったから言ってしまった言葉。

 舞何度も同じ事を言ったのにそれを繰り返したみのりを叱った咲は、舞の事が大好きだ。

 だからこそ、舞の絵を汚した事にも怒りを露わにしている。

 けれど、その勢いのままに舞の手を酷い形で振り払ってしまった事に、そして振り払われた舞は、とてもショックを受けたような表情な事に気付いた咲は我に返る。

 

 でも、既に遅く、全ては言ってしまった後。

 舞の表情と舞にしてしまった事に言葉を失ってしまった咲。そして舞もまた、ショックのせいで言葉を失っていた。

 

 喧嘩というには静かすぎるが、とてもじゃないが雰囲気が良いとは言えない静寂が2人の間に流れる。聞こえてくるのは、みのりの泣き声だけ。

 いつしか2人の沈黙に気付き、しゃっくりを上げながらもみのりは泣き止んだ。

 2人の間に、そして姉に嫌われたと思うみのりも交えた、重い空気。

 

 

「……わ、たし。……今日は、帰る、ね……」

 

 

 誰も何も言えない中で、舞はゆっくりと立ち上がり、何処か足取り重く、部屋を出ようとする。

 扉から部屋を出る前に、咲とみのりの方へ振り返った舞はみのりへ、何処かぎこちない笑みを向けた。

 

「またね、みのりちゃん」

 

 

 精一杯の、自分の心境で今できる最大限の笑顔でみのりに手を振った。

 みのりを少しでも安心させようと、これ以上不安にさせたくないと思って。

 けれど、咲を見る時の舞は、そんな作り笑いすらできなくなるほどに暗く、意気消沈したものだった。

 

 

「それじゃ……」

 

「う……ん……」

 

 

 咲と舞が交わした、暗く、重く、あまりにも短いやり取りの後、舞はPANPAKAパンから出た。

 元々一緒に行く約束だったけれど、そんな空気じゃない。

 こんな状態で翔太郎さん達にあったらきっと迷惑をかけると思って、舞は自分がその場にいない方がいいと考えたからだ。

 

 後に残された咲とみのりはお互いに一言も発さないまま、時計が進む音だけが静寂した部屋の中で響く。

 汚れてしまった舞の絵は、机の上に置かれっぱなしだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、話せずじまいで終わっちゃったんだ……」

 

「はい……。何て謝っていいのか、分からなくて」

 

 

 響の言葉に頷き、思い出してしまった事で一層に表情を曇らせる咲。

 咲は自分が悪かったと考えている。

 だが、それは舞に対してであって、みのりに対してではない。

 実際、注意された事を何度もやっていたみのりに非があるのは事実だし、咲は勿論悪くない。

 ただちょっと、言い方に問題があったという事に、咲は気付いていない。

 響と同じく話を聞いていた未来は、そこを指摘した。

 

 

「その舞って子は、みのりって子を気遣っただけなんじゃないかな」

 

「でも、みのりが何度言っても聞かないから……」

 

「うん、注意するのはいいと思う。でも舞って子は、それに思うところがあったんじゃないかな」

 

 

 どうしてか分からないが、舞はみのりの肩を持っている。

 自分の絵が汚されたのに、みのりは何度注意しても聞かない事も言った筈なのに。

 まだ何処かでみのりに対して怒っているせいか、咲はそんな風に考えていた。

 

 

「舞ちゃんと一回ちゃんと話してみれば大丈夫だよ。お互いの思っている事を打ち明ければ、きっと仲直りできるよ!」

 

 

 綺麗事というか、喧嘩している人間にかける常套句のような言葉を発する響。

 だが、その言葉は経験談。未来とは一度しっかり話し合えたからこそ、今もこうして親友でいられるのだから。

 聞く限りでは喧嘩というよりかは擦れ違いという方が近く、お互いに話すタイミングを見失っているだけのように感じられる。

 なら、きちんと話す事ができれば何の問題もないんじゃないかな、と響も未来も考えていた。

 

 後ろで話を聞いていた翔太郎と士も概ね同意見。

 咲の相談に積極的に協力する響と未来を見て、歳も近いし任せている状態にある。

 話がこじれたり迷走しだしたら口を出すつもりだったが、どうやら心配はなさそうだ。

 

 

 

 そうこう話しているうちに、目的の場所、夕凪にあるという写真館が見えてきた。

 咲が「此処です」と指をさした写真館を見て、士の疑念は確信へと変化する。

 古ぼけた外観。話にもあった通り、難しく書かれた『寫眞舘』の字。

 そして極めつけに、写真館の名前。

 

 それら全てが、合致していた。

 

 唯一無二の、何処よりも思い入れのある写真館と同一であると、士の記憶が訴えていた。

 写真館の扉まで足を進め、扉の前に立った士は、しばらく黙り込みながら立ち尽くしてしまう。

 まず間違いなく、この写真館は、士の考える写真館と同一だ。

 足を踏み入れるのはしばらくぶりだ。そこにいる『アイツ等』と会うのも、久しぶりになる。

 再会を前にして、柄にもない緊張のようなものと、かつての思い出が士を駆け巡っていた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

 いつまで経っても扉を開ける気配の無い士に、後ろにいた響が声をかける。

 咲も翔太郎も未来も、士以外の全員が立ち尽くす士に疑問符を浮かべていた。

 

 

「……何でもない」

 

 

 何でもなくないが、取り立てて大きな事ではないと自分に言い聞かせる。

 そうだ、たかが再会だ。しばらくぶりに会っていないアイツ等と顔を合わせるだけじゃないか。

 溢れ出る思い出と感慨を押し込め、士は写真館の扉を開いた。

 

 扉が開くと、来客を知らせるベルが鳴る。

 玄関前のカウンターには誰もおらず、そのベルを聞きつけて写真館の奥から声が飛んできた。

 

 

「いらっしゃいま……」

 

 

 急な来客に小走りをしながら、女性が写真館の奥から顔を出した。

 ところがその女性は、来客の顔を見るなり足を止め、表情まで硬直させてしまう。

 

 

「……よう」

 

 

 女性を確認した士は、ややおとなしめに、呟くように声をかける。

 その短い言葉はまるで知り合いに会った時のような言葉で、少なくとも初対面の人間に使うような言葉ではない事を翔太郎達も疑問に思った。

 

 女性の目には翔太郎達は映っていない。

 その瞳が映しているのは、たった1人、士だけ。

 前振りも無く突然現れた、その人に、女性の――――『光 夏海』の視線は釘付けだった。

 

 

「士、君……!?」

 

「久しぶりになるな、夏ミカン」

 

 

 光写真館。

 それは士にとって、何よりも思い出深い場所だった。




――――次回予告――――
「舞に、酷い事しちゃったな」
「余計なお世話、だったのかな。でも、咲にはみのりちゃんの気持ちを考えてほしい」
「舞に謝らなきゃ……って、こんな大事な時に!」
「今度は火!? 一体何なの!?」
「「スーパーヒーロー作戦CS、『みのりと2人のお姉ちゃん』!」」
「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」


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第53話 みのりと2人のお姉ちゃん

 光写真館の奥、リビングに通された士達。

 リビングに入って右手側には小さな丸テーブルと、それを挟んで椅子が2つ。それとは別に窓際には3人くらいが腰かけられるソファが置いてある。

 左手側には丸テーブルよりちょっと大きい正方形のテーブルを囲んで4つの椅子が。そちらの近くにテレビなんかが置かれている事から、丸テーブルが来客用で、正方形のテーブルが家の人達用なのだろう。

 

 一際目に付くのは、入って正面の絵。背景ロールだった。

 光写真館の内装は古ぼけている、とでも言おうか、落ち着いた雰囲気なものだ。

 だが、その背景ロールだけは結構カラフルで、やけに派手。

 写真を撮る為の背景というだけあるのだろうが、それにしたってどんな写真を撮る時に使えばいいのか分からない絵だった。

 

 背景ロールの絵には人が描かれている。

 いや、人というより、人型をしている異形が大勢。その大部分に見覚えがあるのは翔太郎達の気のせいだろうか。

 他にも何処かで見た事あるロボットの絵などが、背景ロール全体に所狭しと描かれている。

 大雑把に言うなら、『ごちゃ混ぜ』と言ったところだろう。

 

 

(変わらないな)

 

 

 光写真館の内装をぐるりと見やって、最初に士が思ったのはそれだった。

 自分が最後にいたその日から取り立てて変わった様子は無い。せいぜい、来客に合わせて机でも移動させたのか、椅子と机の配置がほんの少し変わっているくらいだ。

 

 士達5人がリビングに入ると、玄関のベルの音で来客を察知していた2人の住人が左手側の椅子から立ち上がり、顔を覗かせた。

 1人は楕円形の眼鏡をかけた白髪の老人。1人は穏やかそうな青年。

 2人に共通するのは、来客に挨拶しようと士達の方を見た時に、大層驚いた反応をしたという事だろう。

 

 

「あ、あらら! 士君じゃないか!」

 

「え、おまっ、士ァ!? 久しぶり!!」

 

「大声出すなユウスケ」

 

 

 士に群がる2人。特にユウスケと呼ばれた青年の方は近づきながら大声を出していて、士はやかましそうに耳を塞ぐ。

 気にせずに背中をバンバンと叩くユウスケなる青年。老人の方もニコニコと満面の笑みで出迎えてくれていた。

 その後、老人は士と一緒に居る翔太郎達に目を向け、これまた穏やかな笑顔を向ける。

 

 

「士君のお友達かい? おや、可愛い子達もいるじゃないか」

 

 

 展開についていけず動揺している4人は、軽く会釈するばかり。

 一先ず彼等は、右手側の来客用と思わしき丸テーブルを囲む椅子に座るよう促された。

 ソファに響、未来、咲。テーブルを挟んでいる椅子には士と翔太郎がそれぞれに腰を掛ける。

 

 響達学生組3人は来た事の無い様な雰囲気の写真館に、ちょっと落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと眺めていた。

 現代っ子にはその古ぼけた感じが珍しいのだろう。

 

 

「ささ、じゃあコーヒー出すから、ちょっと待っててね」

 

 

 老人は笑顔を絶やさず、ユウスケなる青年もまた同じ。

 唯一、リビングにまで案内してくれた女性だけが、戸惑っているような顔で士の事を見つめているのだった。

 

 

 

 

 

 さて、此処までの話についていけていないのは士以外の翔太郎達4人。

 促されるままに座ったはいいが、この写真館の人々は皆、士の事を知っているようだった。

 士自身、その人達と知り合いかのような態度。実際知り合いなのだろうというのは分かるが。

 当然、気になるわけで、翔太郎はそれを士に問いかけたのを皮切りに、この写真館がどういう場所で、どういう人が住んでいるのかが語られた。

 

 予め置いてあった来客用の椅子は全て埋まってしまい、椅子が足りないな、と思ったユウスケなる青年は椅子を2つ持って士達の近くに置く。

 その椅子には女性と青年がそれぞれに腰を掛けた。

 

 

「こいつ等は、前に一緒に旅をしてきた連中だ」

 

 

 士の最初の言葉がそれ。そこから彼は、この写真館を使って色んな世界を回ってきた事を語る。

 その後はこの写真館のメンバーとは別の道を進み、今は1人で旅をしているのだと。

 一方で写真館に残った女性や青年達もまた、独自に旅を続けているそうだ。

 

 端的な説明を終えた後は自己紹介に移り、それぞれに自分の名前を紹介していく。

 女性は『光 夏海』。青年は『小野寺 ユウスケ』だと名乗った。

 人数分のコーヒーをカップに入れ、盆に乗せてやって来た老人は、夏海の祖父である『光 栄次郎』だという。

 盆ごとコーヒーを机の上に置く栄次郎。盆の上にはコーヒーだけでなく、砂糖やミルクも置かれている。響達がブラックを飲めないのではないか、と栄次郎が気を利かせたのだ。

 

 さて、そしてこの写真館。

 無論ただの写真館というわけではなく、実は『世界を移動できる』というトンデモな場所だ。

 背景ロールの絵が変わる度に、その絵に対応した世界へと移動するのだという。

 

 にわかには信じがたい話だが、彼等はそれを信じた。

 特に翔太郎は以前二度に渡って共闘した事もあり、並行世界の話が嘘ではない事も知っている。

 響達も取り立てて疑っているわけでもなく、士が並行世界から来たという話は二課や特命部、S.H.O.Tにも信用されているのが現状だ。

 

 ただ、士が別の世界から来たという事を知らなかった咲だけは、唯一キョトンとした顔でいた。

 

 

「えーっと、別の世界からって、フラッピみたいな……?」

 

 

 フラッピを引き合いに出してきた咲の言葉に、士は「まあそんなとこだ」と返す。

 泉の郷から来た精霊のお陰で、『別の世界から来た』という話自体には耐性を持っていた咲は意外と早く納得してくれた。

 事情を知らぬ響と未来や夏海とユウスケは、フラッピなる謎の単語に首を傾げていたが。

 

 ところで、本日の要件は別に遊びに来たとかではない。

 再会という事もあって話が逸れたが、今回の目的は士の写真の現像である。

 士は持ってきていたフィルムを取り出し、栄次郎を呼んだ。

 

 

「じいさん、写真の現像頼めるか」

 

「ああ、これも久々だね。じゃあすぐに……」

 

「ちょっとおじいちゃん! ダメですよ、現像代貰わないと!」

 

 

 久しぶりに会ったせいで、つい甘やかそうとする栄次郎を夏海は止める。

 相変わらず口煩い奴だと溜息をつく士。

 士は以前に此処に居候していた頃から、口煩く現像代現像代と言われていた。

 まあ、払わなかった士に原因はあるのだが。

 夏海は士を睨むように見て、ぐいっと迫る。

 

 

「有耶無耶にされていましたけど、今までの現像代もあるんですからね。

 現像したいなら、少なくとも今日の分は払ってもらいますよ」

 

「夏ミカン。今までの俺だと思ったら大間違いだ」

 

 

 そういうあだ名で呼ばれているんだ、と周りに認識された夏海に、士は封筒を鋭く差し出す。

 何ですか、と封筒と士を交互に見た後に、恐る恐る封筒を手に取って中身を確認すると。

 

 

「……! ちょっと士君、どうしたんですか、これ!?」

 

「どうしたもこうしたもない。正式な給料だ」

 

 

 この世界に来てから、既に2ヶ月が経過しようとしている。

 既に4月分と5月分の給料は支払われており、それぞれ教師と二課職員としての給料だ。

 そういうわけで、士は有り金に余裕がある。少なくとも今日の分を支払う程度には。

 しかも封筒の中にはそれ以上に余分なお金が入っており、今日の分だけと言わず、今まで滞納してきた現像代も幾らか清算できるくらいの金額がそこには収まっていた。

 

 勝ち誇った顔をする士。何故か頬を膨らませて悔しそうな夏海。

 金を払って現像してもらう。そんな至極普通なやり取りなのに何故勝ち負けの感情が湧くのかは別にして、士の写真は現像してもらえることになったのであった。

 

 

 

 

 

 栄次郎による現像が終わるまでの間、彼等はコーヒーを飲みつつ自己紹介を始めた。

 誰も名乗ってもいない状態。何にしてもお互いを知るところから始めないとどうしようもない。

 まず全員が名前を名乗る事になり、順番的に最後になった翔太郎が自己紹介を始めるところだ。

 

 

「俺は左翔太郎。風都で私立探偵をやってる」

 

「あと、仮面ライダーWだ。ユウスケなら覚えてるだろ、緑と黒の半分こ」

 

「え? ……ああ! 俺と士を助けてくれた、あの!?」

 

 

 ユウスケの言葉に首を傾げる翔太郎。

 はて、ユウスケとは初対面なのだが、何処であっただろうかと考える。

 そして翔太郎は気付いた。一番最初、ディケイドの助けに入った時に、ディケイドと一緒に金の角を持つ仮面ライダーがいた事を。

 

 

「もしかして、ユウスケも仮面ライダーなのか?」

 

「そうそう! 素顔で会うのは初めてだよな。俺は仮面ライダークウガって言うんだ」

 

 

 その言葉に驚いたのはむしろ響達だった。

 この世界における仮面ライダーは都市伝説上の存在。

 確かに士を筆頭に仮面ライダーの仲間はできたが、こうも立て続けに会う事になるとは思っていなかったからだ。

 なんだか仮面ライダーって、会おうと思えば意外と会えるんじゃないかな、という錯覚にすら陥ってしまう。

 

 

「ああ、そうだ。夏ミカンも一応ライダーだぞ」

 

 

 ついでに、という風に言い放たれた言葉はこれまたビックリな発言。

 光写真館のメンバー以外の全員の視線が夏海へ集まる。

 

 

「女の人が、ですか!?」

 

「えっと、はい」

 

 

 響の言葉は、夏海が仮面ライダーであると知らない者の総意だ。

 今までであってきた仮面ライダーは全員男性。士も、翔太郎も、弦太朗も。

 だからか、女性が仮面ライダーであるというのがえらく新鮮に聞こえたのだろう。

 

 夏海は軽く頭を動かして返事をした。

 彼女自身、女性の仮面ライダーは珍しいのかな、という思いはある。

 何せ今まで数多くの世界を巡って来たが、女性の仮面ライダーは一握り。ほぼ全てのライダーが男性だったのだから。

 

 

「フフフ、私の噂かしらー?」

 

 

 と、そこに1匹の羽の生えた小さな生物がパタパタと飛んでくる。

 あろう事か、その生物は飛びながら人間の言葉を流暢に喋っていた。

 見た目は銀色の蝙蝠、と言ったところだろうか。見た事の無い生物に各々、少し驚いてしまう。

 少し、という辺り、異常に慣れてきている、というのがあるのかもしれない。

 夏海は自分の肩に止まった銀色の蝙蝠について話し始めた。

 

 

「私はこの『キバーラ』の力を借りて、仮面ライダーになるんです」

 

「よろしくぅー! あと、久しぶりー!」

 

「お前も相変わらず、みたいだな」

 

 

 翔太郎達に向けて一言、士に向けて一言発したキバーラは翼を手のように振って見せる。

 元気な、天真爛漫な性格を思わせる声色と仕草だった。

 声色といい、そのテンションといい、響と翔太郎の脳内でどこぞの研究者の顔がちらつく。

 士も改めてキバーラを見て、やっぱりアイツそっくりだな、と感じた。

 

 響と未来は、そのあまりにも珍しい蝙蝠を見て驚いたまんま興味深そうな目つきだが、翔太郎と咲は意外と早く順応していた。

 理由は「ああ、フラッピみたいなものか」と納得した為である。

 妖精とか精霊を見ている2人にとって人語を話す蝙蝠は、「多少驚くけど、まあそういうのもいるよね」程度に収まっていた。

 何だか常識が崩れそうな段階に来ている気がしなくもないが、2人は気にしない。

 

 そんな感じで各々の自己紹介が終わり、ある程度に話をし始めた頃、栄次郎が現像室からリビングへと戻ってきた。

 

 

「お待たせ。できたよ、士君の写真」

 

 

 手には重ねて纏められた写真の束。結構分厚く、この世界で撮った写真がそこそこの数に及んでいる事を示していた。

 響と未来は自分の先生が撮った写真に「おおっ」とわくわくしていて、翔太郎と咲もちょっと興味のある素振りを見せている。

 テーブルに置かれた写真。悪意無く、ただ見たいからという理由でそれを手に取る響。

 

 

「……おっ、おぉ?」

 

 

 写真を離す。近づける。目を細める。そんな行動を繰り返しながら、響は変な声を上げていた。

 隣でキョトンとする未来も1枚、士の写真を見てみる。似たような反応だった。

 様子のおかしな2人を疑問に思いつつ、翔太郎や咲も士の写真を1枚手に取る。

 

 

「……あ?」

 

 

 翔太郎も変な顔で写真を見つめる。咲も大体そんな感じ。

 4人は自分が見ている写真をテーブルに置き、別の写真を次々と手に取っていく。

 そうして写真を見つつ、響は必死に言葉を振り絞ったかのような声を出した。

 

 

「その、えっと。……な、中々、前衛的ですね!」

 

「言いたきゃハッキリ言え」

 

「ぐっ……。す、凄い、その……ピンボケ、ですね」

 

「よし、お前は今度の課題を倍だ」

 

「何故ッ!?」

 

 

 あまりに理不尽な発言に嘆く響。

 だが士は気に留めず、写真を数枚手に取って立ち上がり、写真を見つめた。

 どれもこれも、酷いピンボケをしていた。

 

 これが門矢士の撮る写真の特徴だった。

 彼は何を撮っても必ずピンボケをしてしまうという、ある意味凄まじい特性がある。

 カメラが悪いわけではない。何せどんなカメラで撮ってもこうなるからだ。

 例え適当に切ったシャッターでも、待っているのはピンボケ写真。

 狙ってやってもできるか分からない程の写真が出来上がるのだ。

 時折2つの写真が混じり合うかのようなものまでできてしまうという、最早何をどうしたらそんな写真が撮れるんだ、というレベルのものが。

 

 いつも通りの写真を見つめ、士は溜息を吐く。

 

 

「どうやらこの世界も、俺に撮られたがっていないらしい」

 

 

 彼の『だいたい分かった』に次ぐ常套句。それがこの言葉だった。

 彼は自分の写真がピンボケする事を、『世界が自分に撮られたがっていない』と表現する。

 空も海も、風景の全てが自分から逃げていくのだと。

 実際、士自身が生まれた『士の世界』ではピンボケしない写真が撮れたという一件もあるので、それも嘘ではないのかもしれない。

 

 

「……あ。でもこれ、凄いです」

 

 

 ふと、未来が1枚の写真を見て呟く。

 その写真には響と未来が写っていた。つい先日、響と未来が仲直りした時の写真。

 響と未来がポカンとした顔でカメラ目線をしながら写っている写真と、酷い格好をした響と未来が向かい合って笑いあう写真。この2つが上下に分かれて重なったような写真。

 ピンボケをして、何処かふわりと浮いているような印象を受ける写真だった。

 

 響と未来がポカンとして写っているのは、士に「お前等の顔と格好の方がよっぽど笑えるぞ」と言われた時に撮ったもの。

 もう片方は響と未来がツーショットを撮った後、それとは別に士がシャッターを切ったものだ。

 どういうわけだか、2枚の写真を上下にくっつけたような写真になっていた。

 

 けれど、夕日の光も綺麗だし、ピンボケの浮き上がっている感じが、かえって不思議な魅力を引き出している。

 不可思議な写真。でも、綺麗な写真だった。

 

 

「私、この写真好きです。凄く良いと思います」

 

「そうか、お前にはこの写真の芸術性が理解できるようだな。

 お前のように優秀な生徒がいて俺は嬉しい。立花も見習う事だ」

 

 

 未来が素直に褒めた途端、士は得意気にまくし立てた。

 その見た事の無い様な機嫌の良さは、響はおろか褒めている未来ですらも驚かせている。

 鼻歌すら歌うんじゃないかという勢い。士の身に纏う雰囲気が舞い上がっている事を指し示す。

 そしてその様子に、翔太郎も咲も響も未来も、同時に察した。

 

 

(気にしてるんだ……)

 

 

 門矢士は写真を上手く撮れない事を気にしている。

 その評価が、4人の中の門矢士という人物評の中に加えられたのだった。

 ややテンション高めに舞い上がる士。苦笑いの周囲。微笑む栄次郎。笑いを堪える夏海とユウスケ。

 穏やかな空間がそこには広がっていた。

 

 

 

 

 

 まあ、そんな感じで見事に士が恐れていた、『生徒に写真を目撃される』という事象が起こってしまった。

 ところが未来が気に入った物以外にも数枚、栄次郎に「良い感じ」と言われた写真がある。

 例えば、響が初めてガングニールを纏ったあの日、士と響が助けた少女と母親が抱きあう写真。

 例えば、亜空間からマサトが持ち帰ったオルゴールを持って、決意を新たにしているゴーバスターズの3人。

 

 この世界で撮ってきた何枚もの写真の中には光るものが確かにある。

 総数に対して少ない気もするが、士としては褒められているので悪い気はしていないらしい。

 未来や栄次郎に写真が褒められてすっかり気を良くしている士。

 そんな彼を余所に夏海は、ふと気になった事を未来に問いかけた。

 

 

「そう言えば……えっと、未来ちゃん、ですよね?」

 

「はい」

 

「さっき、士君に生徒とか何とか言われてましたけど、どういう意味なんですか?」

 

「ええっと。士先生は、私と響の学校の先生なんです」

 

 

 その言葉で、ユウスケと夏海の仮面ライダー発言に驚いていた響達だが、今度は夏海達が驚く羽目になる。

 意気揚々としている士の方をユウスケも夏海も向いた。

 この、傍若無人で失礼極まりない俺様野郎が、先生? そんな感情を込めた瞳。

 

 

「だ、大丈夫なんですか!? 士君が先生なんて!」

 

「どういう意味だ夏みかん」

 

「だって、どんな悪影響が出るか分かりませんし……」

 

「俺を何だと思ってんだ」

 

 

 夏海の言葉にユウスケも頷いている。2人をそれぞれ一瞥しながら機嫌の良い顔を一度は引っ込めた士だが、すぐに得意気な表情に戻る。

 そして右手の人差指を立て、それを上に掲げた。まるで天を指差すかのようなポーズである。

 

 

「人に物を教えることくらい簡単だ。俺は、何でもできちまうからな」

 

「写真以外は、でしょ」

 

「…………」

 

 

 夏海の容赦ない切り返し。笑うユウスケを睨む士だが、反論はできなかった。

 教え子+αな面子に自分の写真を見せてしまった手前、ぐうの音も出ない。

 響も未来も翔太郎も咲も、そんな士に苦笑する。士はそっちも睨んでみるものの、特に効果は得られなかった。

 そういうわけで機嫌の良さが反転し、すっかりいつも通りのムスッとした態度に戻った士はふと、気になっていた事を思い出して口を開いた。

 

 

「そういえばお前等、今までこの世界で何してたんだ?」

 

 

 士、大樹、夏海、ユウスケ、栄次郎、キバーラ。この5人と1匹はずっと一緒に居た旅の仲間。

 だが、スーパーショッカーとの決戦後、つまりはディケイドの使命が終わった後、彼等は散り散りの道を歩む事になった。

 理由は単純。それぞれに、それぞれの旅を始めたのだ。

 使命とか、そういうしがらみから解放された、自由気ままな旅。

 世界を渡る能力を独自に持っている士と大樹は単独で、それを持たない夏海達は写真館を使って。

 

 その後にこうして再会する事は初めてで、夏海達がこの世界で何をしてきたのかが純粋に気になったのだろう。

 質問を聞き、夏海が口を開く。

 

 

「この世界に来て、いつも通り情報収集をしたんです。

 ノイズとか、ヴァグラスとか、エネトロンとか。その中で仮面ライダーがいるって事も知って」

 

「で、俺達はこの世界に何があるのかなって思ってさ。此処何週間か色々調べてて、そこにお前が現れたってわけさ」

 

 

 夏海の説明をユウスケが引き継ぎ、簡潔に内容を纏めた。

 さらに付け足された内容によれば、その過程で夕凪町も粗方回ったらしい。

 その道中にPANPAKAパンにも寄った事があるらしく、咲の顔もカウンターを通して見た事があり、パンも買ったのだとか。

 その事にお礼を言う咲と、笑顔で答える夏海とユウスケという一幕も繰り広げられたりもしたが、それは置いておく。

 

 夏海とユウスケはここ数週間、大した情報を得られていない。

 だが、それでもこの世界に留まっていた理由がある。

 それは、背景ロールのごった返し感が気になった、というものだ。

 

 光写真館の背景ロールは世界の移動の際に使う物であり、その行先の世界を端的に表したものである。

 例えばその世界の仮面ライダーのシルエットが写っていたり、あるいはそれに関連した代物が写っていたり。

 そして、この世界の背景ロールはごちゃ混ぜだ。戦士が、メカが、背景に収まるだけぶち込まれたような。

 此処まで混沌とした背景ロールを見た事は夏海達も無かったし、それが『この世界は何なのだろう?』と気にならせた要因。

 

 ここ数週間、この世界の一般的な情報や状況は知れても、特に進展は無かったそうだ。

 だがこの世界では常識とされるノイズの事は分かったし、大規模に活動しているヴァグラスやゴーバスターズの事も知れた。紛争介入のせいで名の知れているダンクーガや、都市伝説の仮面ライダーの事も少しは。

 しかし、だからこそ士と同じ疑問を持った事だろう。

 

 この世界は『誰』の世界なのか、と。

 

 基本的に仮面ライダー、ないし戦隊の世界は『敵がいて、それと戦う戦士がいる』という構図で成り立っている。

 程度の差や、状況の差は当然あるものの、大体はその区分に当てはめることができる。

 だが、この世界はそうじゃない。

 ヴァグラスという敵に対して戦うゴーバスターズがいるかと思えば、仮面ライダーの存在が囁かれている。

 そうかと思えばノイズなる災害が発生しており、世界各地の紛争地域に介入しているというダンクーガの存在。

 色々な事を知ったからこそ夏海達は思った。この世界は背景ロールの絵の通り、なんだかごちゃ混ぜな世界だなぁ、と。

 

 とはいえ普通に情報を集めても知れるのはそこまでだ。

 そこから先に進むにはそれらと関係のある『何か』に接触しなくてはならない。

 例えば二課や特命部、S.H.O.Tがそれに当たる。

 そう言う意味で言えば、このタイミングで士が来たのは何かの縁だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ともあれ、こうして目的である写真の現像は果たせた。

 夏海達と合流するというのは想定外であったし、写真を予想外の面子に見られるというダメージも負う結果となったが。

 これを二課の連中に見せるわけにはいかないと密かに誓う士であった。

 翔太郎と響、未来に知られた事で、その決意が無駄になる事は9割方確定しているのだが。

 

 ところで仮面ライダーと行動を共にしている響や未来、咲はどういう人物なのか、という紹介をまだしていない。

 とはいえシンフォギアは機密、プリキュアもあまり知られたくないという話だ。

 この世界の人間ではない夏海やユウスケに教える分には良いだろうが、この世界の人間である響と未来がプリキュアの事を知り、咲がシンフォギアの事を知るのはマズイのではないか、という懸念がある。

 故に、シンフォギアとプリキュアの事を知る士も翔太郎も、それを口にできない。

 

 そんな時だった、咲の携帯電話が鳴ったのは。

 

 

「あ、すみません。……もしもし?」

 

 

 周りにペコリと頭を下げてから電話に出る咲。

 電話の相手は咲の父親、『日向 大介』だった。

 

 

『咲!』

 

「パパ? どうしたの?」

 

 

 やけに焦ったような声色だった。

 何をそんなに急いでいるのだろうか。今日は平日で、お客さんが多くて大変、という日でもない筈だが。

 

 

『みのり、見なかったか!?』

 

「みのり? ううん、見てないけど……。何で?」

 

『そうか……何も言わずに出かけちゃってなぁ。日も暮れてきたから心配で……』

 

「えぇっ!?」

 

 

 思わず大きな声を上げてしまった咲に視線が集中する。

 すみません、と小さく呟いて頭を下げるも、咲の頭はみのりの事でいっぱいになっていた。

 

 みのりは小学2年生だ。

 そんな小さな子が夕暮れも近い中、何も言わずに外に出て行ってしまった事が親としては不安でたまらないのだろう。

 当然の気持ち。そして、それは例え喧嘩していたとしても、姉である咲も。

 

 

「……私、探してみる!」

 

『おお! 父さんも母さんに店番頼んで探してみるから、頼んだぞ!』

 

 

 電話を切った咲は携帯を仕舞う。一方で周りは全員咲を見ていた。

 彼等が聞いたのは咲の「私、探してみる」という言葉だけ。だが、それだけでも十分に察せられる事はある。

 誰かを探さなくてはならない、延いては、誰かがいなくなったのだと。

 そしてこの場の面々、特に立花響は、そういう事に首を突っ込むのだ。

 

 

「何かあったの?」

 

「妹のみのりが、何処かに行っちゃったみたいで……。私、探しに行くので!!」

 

「あ、待って!」

 

 

 焦って飛び出して行こうとする咲。しかし響も慌てて立ち上がって咲を静止させる。

 リビングの扉から出ていこうとしていた咲はそこで立ち止まり、振り返った。

 

 立花響は人助けが趣味だ。ペット捜し、迷子捜し、その他諸々いっぱいに。

 例えそれのせいで学校に遅刻しそうになっても、誰かを助ける事を止めない。

 困っている人を見かけると放っておけないのだ。

 咲はいなくなった妹を捜そうとしている。つまり、困っている人の定義に当てはまる。

 それはつまり。

 

 

「私も探すの、手伝うよ!」

 

 

 立花響の人助けの始まりだった。

 

 

 

 

 

 さて、光写真館の玄関先には士、夏海、ユウスケ、翔太郎、咲、響、未来の7人。

 響の人助け。未来が一緒に居る場合は、未来もそれを手伝う事が多い。

 そういうわけで響が咲を手伝うと言い出し、未来も手伝うと言い出した。

 それを見た夏海とユウスケも手伝うと言い出して、翔太郎も言い出して、あれよあれよと士も巻き込まれた次第である。

 士は何も言っていない筈なのだが、夏海のせいで巻き込まれてしまった。

 夏海と士のリビングでのやり取りはこんな感じだ。

 

 

「私達も手伝います! 勿論、士君も!」

 

「待て。何で俺が?」

 

「困ってる人がいるんです。助けないでどうするんですか」

 

「知るか。立花達もいるし、頭数は揃ってるだろ。わざわざ俺が行くまでもない」

 

「もう……。こうなったら士君、久しぶりに『コレ』しますよ!」

 

「おまっ……分かったから親指を仕舞え」

 

 

 親指を構える夏海と、何故かそれを見て動揺する士。

 その行為の意味を知らない者達はキョトンとしているが、知っている者、あるいは『食らった事がある者』からすれば、確かにそれは恐ろしいものだった。

 

 門矢士が光夏海に敵わない理由、その1つ。笑いのツボ。

 笑いのツボとは光家秘伝の一撃で、首のある部分を突くと、突かれた人間はしばらく笑い続けるというものだ。

 微笑ましく聞こえるだろう。

 しかし、対象者を強制的に笑わせる、笑わせる時間はある程度自由に変えられるという、そりゃ一体何のツボなんだよと言わざるを得ないものだ。

 笑いを止める事はできず、下手すれば酸欠まっしぐらな一撃。世界の破壊者ですらそれには敵わない。

 

 写真の件もあり、「これ以上下手を打てるか」と、士は観念するのだった。

 これが士も手伝わされている理由である。実質脅しと変わらないが。

 

 さて、探すにしても当てもなく探すには夕凪は広い。

 小学2年生の足でそう遠くまではいけない筈だが、ある程度当たりをつけたいところだ。

 何より時間は既に夕暮れ。チンタラ探していたら日が暮れてしまう。

 そこで響は、みのりの姉である咲に尋ねた。

 

 

「行き先に心当たりとか、ある?」

 

「うぅーん……。今のみのりが何処に行こうとしてるのか、正直……」

 

 

 急にいなくなる、というのは初めての事。

 今のみのりが何処へ行ってしまったのか。何処を目指しているのか。

 姉である咲にも見当はついていなかった。

 何も手掛かりが無い状態。だが、1人、翔太郎だけは不敵に笑う。

 

 

「人にせよ動物にせよ、探すにはまず足だ。情報もそれで集まってくるもんさ」

 

 

 翔太郎は足で稼ぐタイプの探偵。頭を使うのはフィリップの仕事だ。

 職業柄、手掛かりなしで何かを捜すという事に慣れっ子である翔太郎は帽子をくいっと上げた。

 一方、響もそれに賛同しているようで、首を頷かせている。

 

 

「いつだったか、私と未来が猫捜しした時もそんな感じでした! ともかく捜してみましょう!」

 

 

 翔太郎と響の言葉に誰もが賛同した。

 情報が何も得られないのが確定したのなら情報を得るように動くだけ。

 その過程でみのりが見つかれば万々歳だし、情報の1つくらい転がっているだろう。

 7人は翔太郎と響の言葉に従い、一先ずしらみつぶしに捜索する方針に決めた。

 

 さて、7人だから7つに分かれて、というわけにもいかない。

 土地勘があるのはこのメンバーの中では咲だけだ。

 一応、夕凪に来てからしばらく経つ夏海とユウスケも、ある程度の案内はできるらしい。

 それにあまりバラけ過ぎてもしょうがないだろうという事で、夕凪町を案内できる3人を中心にメンバーを分ける事になった。

 

 1つ目のグループ。士、響、咲。

 2つ目のグループ。未来、夏海。

 3つ目のグループ。翔太郎、ユウスケ。

 

 以上が組分けだ。別に深い意味があるでもなく、その場で各人の近くにいた人でグループを組んだだけである。

 まあ、この組み合わせの方が効率的に人を捜せる、なんてメンバーがあるわけでもない。

 特に不平不満も出る事無く、グループが決まった面々は早速、みのり捜索に乗り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みのりは走っていた。両親にも何も言わず、ただ、一ヶ所を目指して。

 自分の家からそう離れた場所ではないものの、小学2年生の足ではやはり少し時間がかかる。

 その場所、とある家についたみのりは大きな一軒家を見上げた。

 それもその筈、何とこの家、最上階に天文台を備えているのだ。その分だけ余計に大きく見えるのだろう。

 

 躊躇いも無く、みのりは家のインターホンを押した。

 当然だ。この家に誰が住んでいるのかを知っているのだから。

 

 

「……みのりちゃん?」

 

 

 扉を開けて出てきたのは、舞。

 咲の友達で、みのりにとってももう1人の姉のような存在となっている美翔舞。

 この家は美翔家の自宅。咲と舞の仲が良い事もあり、みのりもこの場所を知っていたのだ。

 しかしそれは別にして、何故みのりが尋ねてきたのかが舞には分からない。

 

 

「どうしたの? こんな時間に1人で……」

 

「…………これ……」

 

 

 ぐっと、両手に持っていたものを握り締めながら、舞に差し出す。

 スケッチブックだった。みのりが汚してしまった、犬の描かれたスケッチブック。

 舞が咲とみのりの部屋に置いたままにしてきてしまった、あのスケッチブックだった。

 

 咲が出かけた後も、みのりは部屋に閉じこもってしまっていた。

 自分のせいだと分かっている。けれど、大好きなお姉ちゃんから言われた言葉が辛くて仕方がなくて。

 ずっとずっと泣いていた。泣いて泣いて、そして、気付いた。舞の絵が置きっぱなしになっている事に。

 自分が汚してしまったもの。けれど、舞お姉ちゃんは気に入っているって言っていた。

 だったらせめて返したい。そう思って。

 

 申し訳なさでいっぱいだった。怒られるのかな、と考えてもいた。

 スケッチブックを差し出すその手は、そのせいなのか震えている。

 けれど、舞は優しい笑顔を崩さない。何よりその笑みは作り物ではなく、正真正銘の笑顔だった。

 

 

「わざわざ持ってきてくれたんだ。……ありがとう」

 

 

 舞はみのりを怒らない。自分の絵を汚された事に対して、何も。

 それどころか今のみのりが心配でたまらなかった。

 みのりから普段の元気は消え失せ、常に俯いた顔、暗い表情、目には泣きはらした後も残っている。

 

 

「ねぇ、みのりちゃん。ちょっと私と、お出かけしない?」

 

 

 そんなみのりを放っておけず、スケッチブックを受け取った舞は、みのりに優しく声をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 外出をしようと思ったのには幾つか理由がある。

 まず、みのりの気分転換だ。

 家の中で話を聞くよりか、外の方が開放的で話も聞きやすいのではないかと思ったから。

 根拠らしい根拠はない。しかしやはり心持ちというものはある。

 次に、時間帯。

 既に日は沈みかかっており、この時間にみのり1人で家に帰すのは心配だった。

 だから、みのりを家まで送る事も兼ねて、舞も外出という提案をしたのだ。

 舞は咲の家から帰ってからあまり時間が経過しておらず、まだ外着から着替えていなかったというのもあるだろう。

 

 舞とみのりは公園にやって来ている。

 舞の家から咲の家の道中にある公園。そこで立ち止まる事を選んだのは、他でもないみのりだった。

 何でも、この場所はみのりが一番好きな場所なのだという。

 小さい頃からお姉ちゃんと一緒に、いっぱい遊んだ場所なのだと。

 

 2人はブランコに座って、小さく揺ら揺らと揺れていた。

 一番好きな場所に来てもみのりの顔は晴れない。

 いやむしろ、姉との思い出が詰まったこの場所に来たことは、今のみのりには辛い部分もあるだろう。

 

 

「舞お姉ちゃん……」

 

「何?」

 

「みのりのせいで、舞お姉ちゃんとお姉ちゃん、喧嘩しちゃったの?」

 

 

 意外な言葉だった。みのりは何よりもまず、咲と舞の事を気にしていたのだ。

 大好きなお姉ちゃんから怒られた事よりも、そのせいで咲と舞の間に何か、気まずいものが生まれてしまった事を。

 みのりは確かにちょっとやんちゃな部分はあるかもしれないが、それも年相応の仕方のない事だ。

 だが、自分よりも咲と舞の事を気に掛ける彼女の心根は、疑いようもなく優しいものだろう。

 そう感じた舞は微笑み、みのりに語り掛ける。

 

 

「喧嘩だなんて。私はみのりちゃんの気持ちが、分かるから」

 

「え……?」

 

「私がまだみのりちゃんくらいの頃かな。お兄ちゃんが大切にしていた望遠鏡を、私が壊しちゃった事があるの」

 

 

 舞には『美翔 和也』という兄がいる。

 天文学者の父親の影響もあってか、宇宙飛行士を夢見て新・天ノ川学園高校に通っている高校2年生。

 美翔家の自宅に天文台が設置されているのも、その父親の影響だ。

 

 優しい兄だ。笑みを絶やさないし、朗らかな人柄な為か、人望もある。

 けれど、そんな兄からは想像もできない程に怒られた事が舞にはあった。

 それが望遠鏡を壊してしまった事。自分の夢に関係していた大切なものだからだろう。

 

 舞は怖かった。兄に怒られる事もそうだが、兄に嫌われてしまったのではないか、という事が。

 だから舞にはみのりの気持ちが分かる。理由は単純、『同じ妹だから』。

 大好きなお兄ちゃん、あるいはお姉ちゃんに怒られた事がある者同士だからこそ、舞には今のみのりが、どれだけ不安でいるかが分かるのだ。

 

 

「私も怖かったな。大好きな兄ちゃんに嫌われちゃったんじゃないかって」

 

 

 そんな舞の言葉に、溜め込んでいた感情が爆発してしまったのだろうか。

 みのりは、ぽろぽろと涙を流してしまった。泣きはらした後だというのに、まだ涙が溢れてくる。

 

 

「……っ、私、お姉ちゃんに、嫌われちゃったかもしれないっ……!」

 

 

 舞の絵を汚してしまった事、それで咲に怒られた事、そして、咲と舞が喧嘩してしまった原因を作ってしまった事。

 それらが全部みのりに不安として襲い掛かっていた。

 お姉ちゃんに、もう一緒に遊んであげないと言われた事が、大嫌いだと言われたような気がして。

 不安で不安でたまらないのだ。一番のお姉ちゃんが、自分を嫌ってしまったのではないかと。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 舞はそんなみのりの頭に手を伸ばし、優しく手を置いた。

 痛いほど気持ちが分かるから。自分も昔、そんな風に思った事があるから。

 けれど、みのりの不安は大丈夫だと舞には分かっている。

 咲が本気でみのりの事を嫌う筈がないと、咲を知っているからこそ確信していた。

 何より、望遠鏡の事があった舞と兄の和也は、今でもちゃんと仲良しでいる。

 自分達が大丈夫だったのだから、咲達だってきっと仲直りできると。

 

 優しく置かれた手に、みのりの不安もだんだんと和らいでいく。

 まるでもう1人の姉がいるかのような、そんな安心感に。

 

 撫でてくれる舞を、涙を拭って見やるみのり。そこには優しく微笑む舞がいる。

 舞だけがいる、筈だった。

 

 

「あ、あぁ……!」

 

「え……?」

 

 

 みのりの怯えるような反応に疑問を抱く舞。勿論、彼女はみのりを怯えさせるような事をしているわけがない。

 それにみのりの目は自分を見ていない。その先を、舞の後ろを見ているようだった。

 みのりの視線、そしてその気配に振り返る舞。

 

 そして、そこにいたのは――――――。

 

 

「モ、エ、ルン、バ……チャ、チャ、チャ!!」

 

 

 陽気な声の、禍々しい炎だった。




――――次回予告――――
「みのり、そうだ、もしかしてあそこに……。って、貴方誰!?」
「気を付けて咲! ダークフォールの新しい戦士よ!」
「えぇ!? もう、こんな時にまで……って、大変! みのりを守らなきゃ!」
「咲、みのりちゃんの事、聞いてほしいの!」
「「スーパーヒーロー作戦CS、『燃えるリズム、モエルンバ出現!』!?」」
「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」


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第54話 燃えるリズム、モエルンバ出現!

 時は、みのりと舞が公園に到着する少し前に遡る。

 

 3グループに分かれた士達は早速、手分けしてみのりの捜索を開始した。

 闇雲に探すのもいいが、情報収集も重要だろう。

 さらに日が暮れるまで時間がないという事もあり、夏海はキバーラに空から探すように頼んだ。

 ちょっと渋っていたキバーラであったが、夏海の説得の甲斐もあって何とか承諾。

 そうして3つのグループとキバーラは散り散りとなって、各々に咲から聞いたみのりの身体的特徴を記憶し、捜索に移っていた。

 そのグループの1つ、未来と夏海。彼女達は夕凪中学校の方を捜索する事になった、その道中の話だ。

 

 

「あの、未来ちゃん。ちょっと聞いてもいいですか?」

 

「はい、何ですか?」

 

「士君って、今何処かに居候していたりするんですか?」

 

 

 みのり捜索中、夏海はふと思った。士は今何処に住んでいるのか、と。

 旅をしていた頃は光写真館に居ついていたわけだが、今の士は当然家無し。

 よくよく考えれば今までの衣食住をどうしていたのか、全く聞いていなかった。

 写真館に住んでいるわけでもないのに何不自由なく、尚且つ時々元気な顔を見せる海東のせいなのかは分からないが、感覚が麻痺していたようだ。そう言えば彼も私生活が割と謎である。

 

 未来は、そう言えば自分も詳しくは知らないな、と思い返してみる。

 と、そこで今日のある一幕が引っかかった。

 今日、士が集合場所であるPANPAKAパンに来た時に一緒に居た白いコートの男性。

 確か彼の家に居候している、みたいなニュアンスの事を言っていたような、と思い出し、それをそのまま口にした。

 

 

「誰かの家に居候してる、みたいな話は聞きました」

 

「そうなんですか……。士君、迷惑かけてないといいですけど……」

 

 

 困った表情を作る夏海。

 居候というだけでも迷惑だろうに物好きもいたものだ、と夏海は考えていた。

 実際、そういう思いを抱いたのは自分も士を居候させていたという経験則があるからでもある。

 彼が意外と優しいのは知っている。が、その一面を垣間見えるまで、彼は尊大で自分勝手な俺様野郎にしか見えないだろう。正直それが正しい反応だと、夏海は今でもちょっと思っている。

 士の態度を知っているが故に、その居候先の人に迷惑が掛かってやしないかとちょっと心配になった。士ではなく居候先の人の心配だが。

 

 そして、今日まで追い出されていないという事は大丈夫なのだろうと考えた夏海は、そこである事に気付く。

 

 

「……そっか、士君。この世界に帰る場所があるんですね……」

 

 

 笑顔だった。けれど、何処か憂いを帯びている気がしたのは未来の気のせいだろうか。

 その口調と表情、何よりもその言葉そのものが気になった未来は、その疑問をそのまま夏海に口にする。

 

 

「あの、それ、どういう……」

 

 

 帰る場所がある、という言葉に秘められた笑みと切なそうな表情。

 口にしてしまった手前今更だが、複雑な感情が垣間見えるそれを尋ねていいものかと思った未来の言葉は少したどたどしい。

 夏海としては聞かれて不愉快になるような事ではない。

 だから、素直に答えた。

 

 

「士君、帰る場所がなくて。色んな世界で嫌われてたんです」

 

「士先生が……?」

 

「はい。あ、勿論、誤解だったんですけど。だからせめて、私が居場所になってあげようって。

 ……でも、この世界に居場所があるなら、良かったです。本当に」

 

 

 夏海は「誤解だった」とは言ったが、士が忌み嫌われていた要因である『破壊者』に関しては紛れもない事実だった。無論、士自身が悪人というわけではないが。

 それでも夏海は誤解を恐れて未来にほんの少しの嘘をつく。士がそのまま、居場所があるままでいてほしいという一心で。

 

 門矢士という人の過去を未来は知らない。

 どれほど忌み嫌われてきたかも、どんな旅をしてきたのかも、どんな事があったのかも。

 けれど、夏海のほんの少しの言葉に何か共感するものを感じた未来はポツリと呟く。

 

 

「分かります、その気持ち」

 

「え?」

 

「響も、凄く辛い頃があって。だから支えてあげたいって思っていました。今でもそれは変わりません」

 

 

 響というのが先程まで一緒にいた少女の事なのは夏海にも分かる。

 だが、明るそうに見えた彼女が、未来がそうまで語るほどの過去があるのは意外だった。

 まだ高校生の少女。そんな少女に一体何があったのだろうかと気になった夏海だが、ぐっと堪える。誰にだって聞かれたくない事はあるだろうし、これもそういう話題なような気がしたからだ。

 未来が話を続けたこともあり、夏海は聞きに徹する。

 

 

「でも、今では響も色んな友達や仲間ができて、私も嬉しいんです。

 ……嬉しいんですけど、ちょっと、嫉妬しちゃってるのかもしれません」

 

「嫉妬、ですか?」

 

「はい。この前、隠し事をしてた響と喧嘩しちゃったんです。

 本当は心配なだけだったんですけど、私が意地張っちゃって。

 ……今思うと、ちょっと嫉妬も入っていたんだと思います。他の居場所で、誰かと凄く仲が良さそうだったから」

 

 

 図書室から見えた翼の病室。そこで見た、響と翼と士の姿。

 用事が入っちゃったと言って、翼の病室に行っていた事に、そこでとても親しげに翼と話していた事に未来はショックを受けた。

 響が傷つくのを心配して、自分が響を止めてしまい迷惑になってしまうから。その一心で未来は響から距離を置こうと思っていた。

 

 けれど、それだけだっただろうか。心の何処かで、響と秘密を共有している響の周りに嫉妬していたのではないだろうか。

 今となってはそんな気もしていた。

 未来は微笑んだかと思うと、夏海に質問をする。

 

 

「夏海さんはどうですか?」

 

「え……」

 

「そういう事、あります?」

 

 

 士が誰かの家に居候しているという話を聞いた時に、夏海は嬉しかった。それは事実だ。

 でも、同時に何か、落ち込むような自分がいた事も事実だった。

 他に居場所を作れた事が悪い事なわけがない。世界からつま弾きにされていた士の扱いに怒った事もある彼女が、士に居場所ができて嬉しくないわけがない。

 それでも、自分が彼の居場所なんだと思っていた夏海は複雑な気持ちを抱いている。

 士が、ちょっとだけ遠くなってしまったような気がして。

 

 士に対してこんな事を思うのは悔しいが、確かに未来が言うような気持ちは分かってしまった。

 

 

「あはは……そうですね。ちょっとだけ、そう思います。

 知らない士君がいて、知らない仲間がいるのが、少し……。少しだけですよ?

 ……妬けてるのかも、しれないです」

 

 

 照れ隠しなのか、少しである事を強調する夏海。微笑みを崩さぬ未来。

 彼女達は共に誰かにとっての『帰る場所』だ。

 戦士達には各々、帰る場所がある。それは例えば家族であり、仲間である。

 特命部だったり、二課だったり、S.H.O.Tだったり、自分の故郷であったり。

 

 2人は士と響にとってのそれなのだ。

 同じ立場だから、未来の話に夏海は共感できた。だからか、直感的に夏海は思う。

 

 

「……私達、似てるのかもしれませんね」

 

「……はい、そうかもしれないです」

 

 

 似てる、と言われた事に未来は素直に頷いた。正直、心底そう思ったから。

 多分、もっと話をしたら気が合うだろう。

 あんまり心配させないで欲しいですよね、とか、でも放っておけないんですよね、とか。

 誰かにとっての陽だまりは、気苦労も似ているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 さて、そういう話をずっとしているわけにもいかない。

 一応、道中に辺りを見て回ってはいたが、咲の話にあるような小学2年生程の少女は見当たらなかった。

 そうして歩を進めているうちに、彼女達は学校の校門と思わしき場所にまで辿り着いていた。どうやら夕凪中学校まで来たようだ。

 

 夕凪中という大きな目印がある場所まで辿り着いた2人。そこで未来は、そこを待ち合わせ場所にして手分けして捜索をする事を提案した。

 しばらくしたら此処で合流し、お互いに結果を報告するというものだ。

 2人で固まるよりも効率がいいだろうと思った夏海はそれを了承し、2人は夕凪中を中心に二手に分かれて捜索を開始。

 

 しかし、細い路地や辺り一帯を捜索しても2人がみのりを見つける事はできなかった。

 通行人に人を捜していると聞きまわりもしたが、どうにもそれらしい情報は得られない。

 見た、という情報はあれど、何処に行ってどの辺りを目指していたかを正確に記憶している人にまでは巡り合えず、2人は集合時間を迎えてしまう。

 

 

「どうでしたか未来ちゃん。こっちは見たって人はいたんですけど、何処に行ったかまでは……」

 

「こっちも同じ感じです。でも、何だか急いでいたみたいだって話も……」

 

 

 未来が聞いた情報によれば、みのりは何かを抱えて急いで走って行ったらしい。

 目撃者はそれを注視してはおらず、何を持っているかまでは不明瞭だ。ただ、板のような、本のような、そんな感じのものを持っていたという話である。

 恐らくそれが手掛かりだ。何を持っていたかが分かれば、もしかすると行き先も分かるかもしれない。

 それは2人にも分かった。ただ、それを確認する術がないという話になるのだが。

 

 

「うーん、咲ちゃんに聞いてみれば、何を持って行ったのか分かるかも……」

 

 

 夏海の呟きに未来も頷く。確かにそれが一番確実だ。

 みのりが何を持っていたのか、それが思いつくとすれば姉である咲を置いて他にはいないだろう。

 勿論、咲がそれを知っているという確証があるわけではないが、少なくとも自分達や別働隊の士や響達よりかは可能性がある。

 となると、分かれて行動する前に交換しておいた連絡先に連絡するのが一番か。そう考えた夏海は携帯を取り出す。

 

 と、そこで聞き込みの為に人がいないか、あるいはみのり本人がいないかと周りを見渡していた未来が、「あっ」と声を上げた。

 携帯を使おうとしていた夏海はその声に反応し、未来の視線をなぞる。

 その先には、人。身長は士くらいあるだろうか、日本人男性としては中々の長身で、白いコートに身を包んでつかつかと歩いている青年。

 珍しい格好だな、と思うくらいではあるが、何がそんなに気になるのだろうと不思議に思う夏海。

 その疑問に答えるかのように、未来は言葉を発した。

 

 

「あの人……」

 

「え?」

 

「あの人だったと思います。士先生が、居候しているって……」

 

 

 言葉を聞き、夏海もその青年に目を向ける。

 彼が、今の士の居場所。士が帰る場所にいる人。そう思った途端、気になってしょうがなかった。

 別に何が聞きたいわけでもない。ただ、士が居場所としているその人は、一体どんな人なのだろうという興味。それが湧いてきていた。先程言っていた嫉妬というのもあるのだろうか。

 何にせよ、夏海は無性に彼に話しかけたくなっていた。

 

 そんな思いを自覚する頃には、夏海はもう、青年の元に駆け寄っていた。

 

 

「あのっ」

 

「……何だ」

 

「えっと……。人を、探してるんです。このくらいの小さな女の子を1人、見ませんでしたか?」

 

 

 身長を地面と手の高低差で表現しながら、まずはそう切り出した。

 

 青年――冴島鋼牙はエレメントを浄化して回った道中の事を思い返す。

 次のゲートに向かう事ばかり考えていて、特に周りを気にしていなかった彼に思い当たる節は無い。

 鋼牙は口下手でぶっきらぼうなせいで、初対面の人には高圧的な人という印象を受けかねない。

 が、人捜しをしている人を邪険に扱うような人間でない事も確かであり、鋼牙は短い言葉ながら、素直に正直に答えた。

 

 

「見ていない」

 

「そう、ですか……」

 

 

 たどたどしい夏海の声。質問には答えたのだからもういいだろうと、鋼牙はさっさとその場を去ろうとしてしまう。

 そう、それも聞きたい事なのは確かだ。だが、夏海にはもう1つ聞きたい事がある。今の士を知る彼に。

 夏場には似つかわしくない白いロングコートの後姿。夏海は思わずそれを呼び止めた。

 

 

「あの! もう1つ……」

 

 

 まだ何かあるのかと、止まって振り返る鋼牙。

 顔を向けてきた鋼牙。その顔を見上げながら、夏海は自分の聞きたかった事を正直に打ち明ける。

 

 

「士君を……門矢士を、知ってるん、ですか?」

 

「……! 士の知り合いなのか」

 

「はい。士君の前の居候先で、一緒に旅をしていたんです」

 

 

 その言葉には普段感情を見せない鋼牙も、ほんの少し驚いた様子が垣間見えた。

 彼の表情に驚きが少しでも出るという事は、内心では結構な驚きである事を示している。

 

 士の仲間。過去の士を知る存在。つまりそれは、彼女も別の世界から来た、という事になるのだろう。

 正直なところ、別の世界から来たという話に関して鋼牙は未だに半信半疑だ。

 確かにそういう事も有り得るのかもしれないし、監視という意味で番犬所から特別扱いされている事も気になるところではある。

 が、一度として確証足りえるものは無かったから、完全に信用できていなかったのだ。

 

 

「ならお前も、並行世界とやらを巡っているのか?」

 

「はい」

 

 

 夏海はその後、言葉に詰まってしまう。はて、話したはいいが何を聞けばいいのか。

 士は元気か? そんな事はさっき見たから分かる。士本人と会えた以上、聞こうと思えばいつでも聞ける。

 ならこの人と話す事は、そう考えて最初に考え付いた話題を夏海は鋼牙に振った。

 

 

「あの……士君の事、ありがとうございます。居候させてもらってるみたいで……。

 ご迷惑、おかけしていませんか?」

 

「ああ、かかっている。今日も無理矢理案内させられた」

 

「う……もう、士君ったら……。本当にすみません。士君、あんなですけど、悪い人じゃないんです」

 

「ああ」

 

 

 その口調、その態度から目の前の青年の事を『冷たく、厳しい人』というイメージを抱いていた夏海は、思わぬ肯定の返答に驚いてしまった。

 

 鋼牙はタイプとしてはヒロムに似ている。物事をストレートに言いすぎる、という意味で。

 例えば先程の夏海の「迷惑をかけていないか」という問いに対して、一般の人なら余程の事が無い限り、「そんな事は無いですよ」と答えるだろう。

 だが、鋼牙はそうではない。思った事をストレートに正直に話してしまう。

 おまけにヒロム以上に言葉が少ないのに加え、感情の起伏が殆ど感じられない為に、凄まじく厳しい印象を受けるのだ。

 

 が、別に感情をストレートにぶつけているだけであって、嫌味を言っているわけではない。

 時々言うのは否定できないが、鋼牙とはそういう人間、とてつもなく正直な人間なだけなのである。

 つまり士が悪人ではないと、正直にそう思っているのだ。

 

 そんな何処かぎこちない会話をする2人の元に、微笑みを携えて未来がゆっくりと近づいてきた。

 

 

「こんにちは。士先生にはお世話になっています」

 

「確か、さっき士と一緒に居たな」

 

 

 ペコリと頭を下げる未来に視線を移す鋼牙。その視線の鋭さは変わらない。

 誰を見る時も、何を見る時も彼の視線は鋭いままだろう。

 だが、別に悪意はない。これが鋼牙の平常運転なのだ。

 しかし未来は鋼牙が悪意ある人ではないと直感したのか、そんな目線にも臆することなく目を合わせている、ように見える。

 ところがそうではない。確かに悪意ある人ではないと思ってはいるが、やはりその威圧的な雰囲気は女子高生には答えるものがあるようでちょっと引け腰だ。

 

 

(な、なんだかちょっと怖い……)

 

 

 士は感情の起伏がある。が、鋼牙には殆どそういうものが無い。まるでロボットのような。

 悪い人間ではないが冷たい印象を受けるのは鋼牙の性格故なだけではあるが。

 

 

『おい、鋼牙』

 

 

 と、此処で出し抜けに鋼牙のものではない男性の声が響いた。

 突然の声に夏海と未来はキョトンとした顔となり、鋼牙は眉1つ動かさずに2人に背を向ける。

 声の主は鋼牙の左手の中指にはまった銀色の指輪、ザルバだ。

 

 

「ザルバ。突然話すな」

 

『分かっちゃいるが、ちょいと妙な気配がしたもんでな』

 

「妙な気配?」

 

『ホラーにしては変な気配だ。ただ、良い気配じゃない事は確かだぜ』

 

 

 響き渡る誰とも知れぬ声に夏海も未来も己の幻聴を疑ったが、お互いに同じ声が聞こえていると確認して、そうでない事を察する。

 2人は鋼牙のほうを見る。背中を向けていて何とどんな風に話しているかは見えないが、どうもこの声の主と彼が話しているようだ。

 

 一方の鋼牙は、ザルバの言葉を聞いて目つきを鋭くさせていた。

 妙な気配、ホラーではないが良い気配ではない。ザルバがそう言うという事は、何か良くない事が起ころうとしていると考えていいだろう。

 もし万が一にでもホラー関係の事ならば自分の出番でもあるし、何よりそれを聞いては気になって無視できない。

 鋼牙はザルバに案内をするように言い、背後の2人に挨拶をする事もなくザルバが示す方向へと歩を進めていった。

 

 その様子を訝しげな様子で見つめる夏海と、キョトンとした顔で見つめる未来。

 未来は隣の夏海の顔を見上げた。

 

 

「行っちゃいましたね……。どうします? 夏海さん」

 

 

 夏海は考える。彼と、何処からともなく響いてきた声がしていた会話を。

 何だかよく分からない会話であったが、どうも彼も普通ではない。

 そもそも、別の世界から来た仮面ライダーという経歴を持つ士を居候させている人間だ。

 何かしらの秘密があっても不思議ではないだろう。

 ひょっとすれば、彼も仮面ライダーか何かかもしれないのだ。

 

 彼の事も気になるが、みのりの事もある。

 幸いにも鋼牙が向かった方向は、まだみのりを探していない方向。

 ならば、答えは1つだ。

 

 

「あの人を追ってみましょう。向こうは、まだ探してないですし」

 

 

 旅の経験からか、鋼牙という人に何かを感じた夏海はそう提案した。

 未来は鋼牙がどうこうという事ではないが、みのりを探すという目的の上でもその方向に行くのは正しいと思い、首を縦に振る。

 

 そうして2人の女性は青年の白いコートを目印に後を追い始めた。

 それが、魔戒騎士という名の非日常である事を知らないままに。

 

 

 

 

 

 一方で翔太郎とユウスケ。彼等は大通りを中心に捜索を行っている。

 流石は探偵というべきか、彼は目についた人に次々と聞き込みをして回り、情報を集めて行っていた。

 勿論、ユウスケも同じ事をしているのだが、そこは本業。翔太郎の情報収集速度の方がはるかに速い。

 まあ、此処で素人に負けたら恰好つかないという意地があったにはあったが。

 

 

「……どうも、みのりって子は公園の方に向かったって事らしいな」

 

「公園っていうと学校がある方角だから……。ちょっと遠いな」

 

 

 翔太郎が情報収集の結果を纏め、ユウスケが自分の記憶を頼りに場所を確認する。

 

 翔太郎達が1時間ほどで集めた情報を総括すると、『小学生くらいの女の子が、もう1人中学生くらいの女の子と一緒に公園がある方向へ向かった』という事だ。

 夏海と未来とは情報の集まり方と精度が段違いだが、これは翔太郎とユウスケが担当している方向が人通りの多い場所、加えてみのりが通った場所の近辺というのにも起因している。

 みのりが通って、尚且つ人通りが多い。情報収集においてかなりの好条件だった事が幸いしたのだ。

 それに夏海と未来が手に入れた情報は『舞の家に向かう道中のみのり』なのに対し、彼らが手に入れたのは『舞の家から公園に向かう道中のみのり』の情報。

 答えに近いのは彼等の方だと言える。

 

 

「まあ、みのりって子1人じゃないなら安心だな。

 その中学生くらいの子が日が暮れるまでには帰すだろ」

 

「そうだなぁ。でも、一応向かってみるか」

 

 

 翔太郎の言葉を肯定しつつも、ユウスケは公園へ向かうことを進言する。

 別に翔太郎も『中学生くらいの子が一緒ならその子に任せておけばいい』と考えているわけではなく、『1人じゃないなら一先ず安心だな』くらいのニュアンスで言っている。

 正式な依頼ではないが、依頼を放棄するのは彼の心情的にもよろしいものではない。

 

 

「ユウスケ……仮面ライダークウガっつったっよな?」

 

「ああ。合ってるよ」

 

「そうか。なぁ、お前はこの世界で、これからどうするつもりなんだ?」

 

「これから……?」

 

 

 歩を止めないままに、彼等は軽い会話を始める。

 そして翔太郎の質問に対し、ユウスケはちょっとだけ思案した。

 世界を救うという使命がなくなった今、ユウスケの旅にこれといった目的はない。

 強いて言うなら、世界中の人を笑顔にする事、だろうか。

 目的のある旅が終わっても、ユウスケの力、クウガの力が消えるわけではない。

 彼はその力で人々を笑顔にしたいと思った。誰かを守り、誰かの涙を見ないために。

 

 この世界には怪人が現れるという。それはメタロイドであったりノイズであったりと様々だ。

 怪人の種類はともかく、分かる事は他の世界同様、それらが人々を脅かしている事。

 ならば、ユウスケのする事、したい事は1つだった。

 

 

「俺は、みんなの笑顔を守りたい。誰かの涙を見たくない。

 もしこの世界で俺の力が必要なら、俺も……」

 

 

 クウガの力をこの世界で振るう。この世界の人々の為に。

 それでこの世界が平和になったら、また別の世界への旅が始まるだけだ。

 その先が平和な世界ならそこを満喫するし、そうでないなら救う。それが彼だ。

 返答を聞いた翔太郎はフッと笑う。

 

 

「さっすが、仮面ライダーだな」

 

「へ?」

 

「俺も自分の町を泣かせる悪党と戦ってる。涙を流させないため、流れた涙を拭うハンカチとしてな」

 

「おおぉ……格好いい……」

 

「だろ?」

 

 

 ちょっと得意げになる翔太郎。

 こういう気取った言い回しをすると、大抵はツッコまれたり、呆れられたり、茶化されたりと碌な言葉を言われない。

 だからユウスケの素直な賛辞を嬉しく思ったのだ。

 きっと士辺りがいれば「馬鹿2人」とか言い出すこと請け合いである。

 

 ただ、その気取った言葉は真実だ。

 風都に涙は似合わない。風都を愛している。だから風都を守るために戦うのが、仮面ライダーW。

 世界の危機は風都の危機。だから彼等は二課等の組織と協力して戦っている。

 それが翔太郎であり、フィリップ。その信念は長らく変わらず、これからもそうだろう。

 だからユウスケの言葉に共感した。涙を見たくないという、笑顔のために戦いたいという彼に。

 

 

「俺は今、ある組織にいるんだ」

 

「組織? 警察みたいな?」

 

「まぁ似たようなもんだ。他にも弦太朗……フォーゼってライダーとか、ゴーバスターズなんかもな。

 勿論、士もそこで戦ってる」

 

「へぇ……」

 

 

 ユウスケは間違いなく『仮面ライダー』だ。

 それは変身できるできないとかではなく、その想いにある。

 だから翔太郎は、いつぞやの士のような言葉をユウスケに送った。

 

 

「お前も来るか、クウガ」

 

 

 

 

 

 

 

 最後のグループ、咲と響と士。彼等は海岸線沿いの道路近辺を捜索中だ。

 海沿いに走る電気鉄道、延いてはその駅がある為、人通りはそれなりに多い。

 それに加えてみのりの事を誰よりも知っている咲がいるものの、こちらも捜索は難航していた。

 

 響と士も聞き込みを行ってこそいるものの、大した成果は得られていない。

 まあ、響が聞き込みの殆どを行っているというのもある。

 士も決して探していないというわけではないのだが、やはり響の積極性と比較するとどうしても見劣りしているのが事実。

 響が人助けという事に積極的過ぎるだけという面もあるが。

 だがそれとは関係無しに、聞き込みを幾らしても情報が入ってこないという現状がそこにはあった。

 

 それもその筈、この辺りをみのりは一度も通っていない。

 人通りがあったとしても、そこに目撃者がいなければ情報も集まりようがない。

 故に、この辺りで情報の1つも見つかるはずがないのだ。

 勿論、みのりが何処に行ったのかが全く分からない彼等にそれを察する術はないが。

 

 

「うーん、手掛かりも無し、姿も無し。こっちには来てないのかなぁ」

 

「そろそろユウスケか夏海のところが見つけてるだろ」

 

 

 ある程度の情報収集と捜索が終わった3人が集まり、響と士が口々に言う。

 その発言からも熱意の差が感じられた。

 士も完全に捜す気が無いわけではないのだが、楽に捜せるならその方がいい、という思考。

 まあそこはいつもの彼、勝手気ままで尊大な自由人、門矢士であるから仕方が無い。

 それに、口ではあれこれと言いつつも捜す事自体に参加していないわけではない辺りからも彼の人間性が伺える。

 本当に面倒ならさっさと投げ出しそうなところだが、意外と彼は人捜しに対して真面目だ。

 夏海の制裁が怖いのか、彼自身の気性なのか、彼にも妹がいるからなのかは、本人のみぞ知ると言ったところだが。

 

 これといった情報が無い事に姉である咲も焦っていた。

 一体何処に行ってしまったのかとか、響さん達にまで迷惑をかけてとか、色んな考えが頭に浮かぶ。

 その根底にあるのは、みのりの事が心配だという姉らしい想い。

 

 

「ねぇ、咲ちゃん。本当にみのりちゃんの行くところに心当たり、ない?」

 

「うーん……」

 

「傷心のガキが行くところっつったら、どっかしら絞れるだろ」

 

「ちょ、士先生、言い方何とかなりませんか!?」

 

 

 乱暴な物の言い方に、慌てた様子で苦言を呈する響。士は鬱陶しそうに響から目を逸らした。

 一方で咲は、士の棘のある言い方にも怯まずに考え込んでいる。

 

 みのりが行きそうな場所。みのりだからこそ、行くような場所。

 考えて、考えて、そうして1つだけ頭に浮かんだ場所があった。

 

 

「……あっ。公園……」

 

「公園?」

 

 

 呟きを聞き返す響に、咲はバッと顔を向ける。

 そうして彼女は夕凪の公園の思い出を、自分とみのりの事を端的に話し始めた。

 

 

「昔、そこでみのりとよく遊んだんです。だから、ひょっとしたら……」

 

「なら、行ってみよっか。もしかすると本当にいるかもしれないし!」

 

「いるって確証もないだろ」

 

「いないって確証もありません! それにいなかったのなら、そこじゃなかったって分かります!」

 

 

 いる確証がないのはご尤もだが、手掛かり0の状態から漸く切り開けた一歩なのだ。

 もしもいなかったとしても、じゃあ他の場所を捜そう、と他の候補に絞れる。

 響の言う事は確かにある程度理解できる。だがそれ以上に士が気圧されたのは、響の勢いだった。

 

 響の勢い、こと人助けに関しては、流石の士も圧されてしまうほど。

 それだけ彼女が人助けに対して熱心で、趣味だと言える程に好きだという事なのだろう。

 観念しつつ、一理はあるかと考えた士は、溜息をつきつつも「分かった」と賛同の意を示した。

 そうしてたった1つの手掛かりの元、3人は公園を目指して歩き始める。

 

 奇しくもこの時、3つのグループ全てが同じ方向を目指し始めていた事も知らずに。

 

 

 

 

 

 時は戻って、みのりと舞。

 彼女達の前には1つの大きな炎の塊がゆらゆらと揺れている。

 舞もみのりもブランコから降りて、その炎と距離を取った。

 

 怯えるみのりと、そんなみのりを守るように右手を伸ばして、庇うような体勢の舞。

 その炎は明らかに異常な『何か』であった。

 声を発し、空中に浮いて燃え盛っている事からもそれは伺える。

 普通ならばみのりと同じように怯えているところだが、こういう異常に対して近頃の舞は耐性が付いていた。

 そして直感的に感じたのだ。目の前にいるこの炎は、『敵』だと。

 

 炎は人影を包んでいた。

 決して人が燃えているわけではなく、その『人影』が炎を意図的に纏っているような、そういう印象を受ける。

 実際、炎の中にいる人影は何1つ苦悶の声を上げず、むしろ「チャチャチャ」と、愉快な笑い声をあげていた。

 纏っていた炎が徐々に消え、中の人影が、異形が姿を現す。

 

 見た目は人。だが、人間と呼ぶには差し支えのある見た目をしていた。

 全身は赤く、サンバの意匠を連想させる緑と黄色の装飾が胴体を中心にして付いている。

 頭髪も炎のように燃えており、サンバと炎を足し合わせて擬人化したような、そういう姿。

 

 

「俺の名前は、『モエルンバ』。セニョリータ!」

 

 

 炎より完全に姿を現した、モエルンバを名乗る存在は宙に浮き、何故かスペイン語混じりに舞を見つめる。

 そして人差し指を向け、モエルンバは笑みと陽気な調子のままに言い放った。

 

 

「さあ、その精霊をこっちに渡すんだセニョリータ(お嬢ちゃん)!」

 

 

 精霊という言葉の意味をみのりには理解できない。

 一方で舞にはそれが理解できる。このモエルンバなる異形は、自分の相棒であるチョッピを狙ってきたのだと。

 

 フラッピとチョッピ。

 泉の郷の精霊を狙う者の目的は、『太陽の泉の在処を聞きだす事』に集約される。

 そして太陽の泉を狙う存在は、仮面ライダーが戦っている怪人でも、ゴーバスターズが戦うメタロイドでもない。

 つまりモエルンバは、ダークフォールの新たな刺客であるという事だ。

 

 最悪な事に、今の舞は戦えない。

 プリキュアは、2人で初めて戦う事ができるようになる戦士である。

 咲と舞、さらにそれぞれの相棒であるフラッピとチョッピ。それらが揃ってこそ、彼女達はプリキュアとしての力を行使できるようになるのだ。

 おまけに今はみのりが一緒。チョッピだけでなく、みのりも守らなくてはならない。

 

 何とかしないと、と考える舞。一方で余裕の笑みを崩さずに佇むモエルンバ。

 そこに流れた一瞬の沈黙の中で、この場に足を踏み入れる闖入者が現れる。

 

 

「ん?」

 

 

 公園の入口にいる人影の気配、そこから向けられる視線。

 人間以上に感覚の鋭いモエルンバは舞やみのりよりも早く、それに気づいた。

 見れば、白いコートを着た長身の青年が険しい顔をしてモエルンバを睨んでいる。

 

 

「おっと、此処は部外者立ち入り禁止だぜセニョール(お兄さん)。火傷したくなかったらとっとと消えな」

 

 

 陽気な態度も余裕の態度も崩さずに、白いコートの青年――鋼牙に軽い調子で呼びかけるモエルンバ。

 ダークフォールは一般人に自分達を見られる事を特に気にしてはいない。

 基本的に戦闘の際に結界のような者が張られ、近くの人間以外はその存在を知覚できなくなる。

 それに、仮に知られたところで自分達の脅威はプリキュアのみ。挙句、プリキュアには知られているのだ。

 なにより、本当に邪魔になったら消してしまえばいい。それがダークフォールの思考だ。

 モエルンバもその例に漏れず、本当に邪魔なら燃やしてしまえばいいと考えていた。

 

 だが、鋼牙はその場を離れない。

 モエルンバに訝しげな視線をくれてやった後、自身の指輪に声をかける。

 

 

「奴か、妙な気配というのは」

 

『ああ。……おっと、こいつは一体どういう事だ』

 

「どうした」

 

『アレを見てみな』

 

 

 ザルバが鋼牙の腕を指越しに引っ張り、ある一点を指し示す。

 その方向には馬の遊具があった。乗るとピョンピョンと揺れる、公園にはよくある遊具。

 子供達が使うであろう何の変哲もない遊具。だが、ザルバには明らかな異常が感じ取れていた。

 

 

『あのエレメント、ゲートになりかけてるぜ』

 

「何……? そこまで陰我が溜まっていたのか?」

 

『いや、そんな筈はない。あそこに溜まっていた陰我は極僅か。

 ゲートになるにも、もっと長い時間が必要だったはずだ。

 ……恐らく、あの変な奴が現れた影響で陰我が一気に溜まったんだな』

 

 

 彼等の会話は傍から見れば意味不明だ。それどころか、鋼牙が誰と会話しているかすら分からないだろう。

 片や鋼牙はというと、普段の厳格な雰囲気を更に鋭くし、警戒心を剥き出しにしていた。

 

 エレメントとは、陰我の溜まったオブジェに発生する邪気のようなもの。

 そしてゲートとは、陰我が溜まりきったオブジェに開く、ホラー出現の為の文字通り『門』。

 魔戒騎士は、陰我を宿したオブジェがゲートとなる前にエレメントを浄化・封印する事でホラーの出現を未然に防いでいる。

 しばらく放っておいてしまうと、オブジェがゲート化してホラーが出現してしまうからだ。

 だが逆に言えば、放っておかなければホラーが現れる事は少ない。

 それに陰我も一定の量が溜まらない限り、ゲート化する事はないのだ。

 

 馬の遊具にあった陰我は、ザルバが探知しても大したことは無いと断じられる程度だった。

 一応、処理はするつもりだったが、最後に回しても問題が無い程に。

 少なくとも急を要するほどの陰我ではなかった。

 

 なお、陰我は森羅万象あらゆるものに存在する。

 例えそれが子供の遊具であろうと必ず存在する根絶不可能な代物。

 何故なら陰我は人間の負の感情が起因となっているからである。

 だからこそ、子供の遊び場という平和な場所でも、ほんの少しずつだが陰我は溜まっていくのだ。

 

 さて、目の前にゲート化しつつあるオブジェがあるというのなら、魔戒騎士がする事は1つだ。

 

 

「なら、あのオブジェの陰我を……」

 

『鋼牙、そいつは無理だ』

 

 

 鋼牙がオブジェに向かって走り出そうとした瞬間、馬の遊具が揺れ始める。

 誰も乗っていない。風も吹いていない。なのに、動き始めた。

 明るく笑う馬の顔に、何処か影がかかっているのは気のせいか。

 激しく揺れ始めた馬の遊具。人が乗るべき背中には、禍々しい黒い渦が気味悪く渦巻く。

 

 そして渦の中から、醜悪な右手が伸びて────。

 

 

『────もう遅ぇ』

 

 

 ゆっくりと這い出る、右手の主。

 全身は邪念が固まったかのように黒く、ごつごつとした表面。

 二本の角、背中から生えた翼、白目しかない瞳。

 初めて『それ』を見たものは、こう思うだろう。『悪魔』だと。

 

 それこそがホラー。恐怖の名を持つ、人間を食らう醜悪なる化物。

 開口一番、ホラーは見た目通りの凶悪な雄叫びが辺りに木霊した。

 

 

「おおぅ!?」

 

「出てきたか……」

 

 

 ホラーの咆哮にモエルンバが驚き、鋼牙は冷静かつ射抜くような目つきを揺るがせない。

 状況が飲み込めずに混乱する舞。同時にホラーの姿を見て恐怖を覚えた。

 舞の陰に隠れていたみのりはホラーの姿を見ておらず、ただその、凶悪で気味の悪い声だけが聞こえていた。

 だが、幸いだったかもしれない。ホラーの姿は子供には少々刺激が強すぎる。

 本当にホラー映画の怪物ならいいのだが、現実に出てきた化物を見るには、みのりの心は幼い。

 舞は決してみのりの傍を離れずにモエルンバを、鋼牙を、ホラーを注視する。

 

 そして、乱入者の登場はまだまだ続いた。

 鋼牙を追ってきた夏海と未来が合流したのだ。

 派手なモエルンバに目が行った後、グロテスクな外見のホラーにも目を向け、少々たじろいだ。

 初見の人間にはホラーの外見はキツいものがあるのだろう。

 しかし夏海も未来もある程度に異常事態慣れをした女性達だ。たじろぎから早々に立ち直り、夏海は鋼牙に声をかける。

 

 

「アレ、何ですか……?」

 

「赤い奴は知らん。あっちは……君が知る必要はない」

 

 

 モエルンバをほぼ完全に無視しつつ、鋼牙の目線は黒い怪物、つまりホラーにのみ向いていた。

 そして、鋼牙はホラーへ向かって、赤い鞘に納められた剣、魔戒剣を手にして駆け出す。

 魔戒剣は彼の着ている白いコート、魔法衣から取り出されている。

 魔法衣はその裏地が魔界に通じており、物の出し入れが自由にできるという代物なのだ。

 

 彼は白いコートを翻し、今しがた現世に降り立ったホラーに躍りかかった。当然、それに応戦するホラー。

 頭部から生えた翼を用いて跳びつつ、鋼牙を己の宿敵である魔戒騎士だと認識し、唸り声を上げて相対する。

 

 一体全体、何がどうなっているのか。怪物と迷いなく戦える彼は、やはり仮面ライダーか何かなのだろうか。

 そんな夏海の疑問を余所に、鋼牙は生身のままホラーと戦いを繰り広げている。

 夏海がモエルンバを、そしてホラーと鋼牙の戦いを注視する中、未来は赤い怪人の目の前に2人の少女がいるのを確認した。

 そしてその少女の内1人は、丁度小学生くらいに思えるのだが。

 

 

「……もしかして、あの子がみのりちゃん?」

 

 

 未来の呟きに反応して夏海も思わず目を向ける。

 2人の少女のうち、みのりと思わしき小学生くらいの子を庇うように立っている子にも未来には見覚えがあった。

 確か、PANPAKAパンで咲を待っている時に、暗い顔をして出て行った子。

 咲の話を思い返した未来は、彼女が咲の友達の舞という子ではないのかと推察した。

 2人の喧嘩の事を思えば、みのりと舞が2人でいる事も不思議ではない。

 

 しかし、だ。敵は悠長にそんな事を言っている間に、動き出してしまうものだ。

 

 

「ま、あの黒いのと白コートのセニョールはともかく、俺は太陽の泉の在処さえ分かれば何でもいい。

 さ、精霊を渡してくれよセニョリータ!」

 

「嫌よ!」

 

「そうかそうか。そっちがその気なら、こっちだって少しくらい、手荒くいってもいいんだぜ?」

 

 

 モエルンバは笑いをさらに深く、そして何処か凶暴にして、宙高く飛び上がった。

 そしてモエルンバは自分の周囲に火の玉を数個作り出し、それを弾丸のように舞達に降り注がせる。

 咄嗟にみのりを抱きかかえて横に跳んで回避する舞。

 本当に咄嗟だったため、舞もみのりも地面に転がる形となってしまったものの、回避自体には成功した。

 避けた火の玉はそのまま地面に激突し、砂埃を巻き上げる。

 着弾点には小さな窪みができており、その周囲は熱気が漂っていた。

 間違いなく、当たっていたら大怪我どころではなかっただろう。

 

 抱きかかえたみのりの安否を確認しようと、みのりと共にうつ伏せ状態から上半身を少しだけ起こす舞。

 しかし、みのりは力が抜けたように、首や腕がだらんとしていた。

 

 

「みのりちゃん!?」

 

 

 慌てて呼びかけるみのりだが、応答はない。

 今の地面への激突の衝撃で気を失ってしまったらしい。

 激突といってもそこまでの衝撃はなかったはずだが、モエルンバやホラー等の異常事態が発生した恐怖ゆえの事でもあるだろう。

 ひとまず息もしている事に安堵する舞だが、状況はよろしくない。

 咲もいない中で、どうやってこの場を。そう考える中で、2人の人影が舞の元へ駆け寄った。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

 声を荒げつつ走りこんできたのは夏海。隣には未来もいる。

 2人は舞とみのりの安否を確認する為にその場で屈みこみ、2人に手を貸した。

 夏海の手を取って立ち上がる舞と、舞から気を失ったみのりを引き受けた未来は、彼女を抱きかかえて立ち上がる。

 

 

「ありがとうございます……。あの、此処は危険です! 早く逃げないと……」

 

「分かってます。未来ちゃん、2人をお願いします」

 

「夏海さんは……?」

 

 

 夏海は舞がしっかりと立ったのを確認してから手を放す。

 そして、未来の問いに答えるでもなく、何処へともなく呼びかけた。

 

 

「キバーラ! いますか!」

 

「はぁいはぁ~い。いるわよぉ、此処に」

 

「捜すように頼んでおいて正解でしたね。お願いします、キバーラ」

 

「フフフ、それじゃあ、キバって行きましょう!」

 

 

 キバーラは夏海の右手、その人差し指と中指、親指の3本の中に収まった。

 さらにキバーラを持った右手を一度左肩にまで引いた後、正面に向かって突き出す。

 そして最後に、夏海は己を変えるための言葉を口に出した。

 

 

「変身」

 

 

 言葉と同時にキバーラが「チュッ」とキスをするかのような声を出す。

 瞬間、ハート型の桜色をした花弁のようなものが周囲に舞った。

 さらにそれらが夏海を包み込み、体に鎧を形成していく。

 桜色が夏海を全て包んだかと思えば、それらが一気に弾けて、鎧を纏ったその姿が露わとなった。

 紫と白を基調にした姿。蝙蝠の羽のような複眼は赤く、左手に持った白い細身の剣には、蝙蝠の片翼のような鍔が付いている。

 右手にいたキバーラは鎧装着と同時にいつの間にか腰のベルトに移動しており、本物の蝙蝠よろしく、逆さの状態でベルトにくっついていた。

 

 その姿は、舞が見てきたディケイドやWとは違い、かなり女性的だ。

 キバーラの力を借りて変身する、女性仮面ライダー。

 即ち『仮面ライダーキバーラ』の姿が、そこにはあった。

 

 

「私が食い止めます。早く逃げてください」

 

 

 話には聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすると驚きが勝る未来。

 一切知らない見知らぬ女性が変身した事に、ただただ呆然とするしかない舞。

 プリキュアではない妙なのが現れた事に戸惑うモエルンバ。

 士の仲間だから当然か、と思いつつ、少しだけ驚いているのか眉が動いている鋼牙。

 それぞれに仮面ライダーキバーラに反応しつつ、ともかく自分の敵である事を理解したモエルンバいの一番に行動を再開する。

 

 

「はんっ、邪魔をするならお前も燃やしちまうぜ、セニョリータ!」

 

「そう簡単には、行きません」

 

 

 左手の剣、『キバーラサーベル』を右手に持ち替え、構える。

 空中に浮かぶモエルンバと地上にて剣を構えるキバーラが相対する中、さらに別の乱入者が現れようとしていた。

 

 

「みのり!」

 

 

 声をあげて走ってきたのは、みのりの姉である咲。

 公園にいるかもしれないと考えた咲の予感は的中し、それに同伴していた士と響も公園に到着する事ができたのだ。

 気を失っているみのりに駆け寄り、同時に舞の事も心配する咲。

 その2人が揃った事に、つまりプリキュアが揃った事に、モエルンバは顔をしかめた。

 ダークフォールの邪魔ばかりする因縁の相手。直接対決は初めてだが、カレハーンを倒したという話も聞いている。

 太陽の泉を奪取する為にも、確実に排除しなければならない存在だ。

 

 士に響、咲は無事、合流を果たすことができた。

 しかし、状況はなかなか混乱している。

 モエルンバとキバーラが睨み合い、ホラーと鋼牙が戦っていて……。

 状況1つ1つを聞いている暇はなさそうだと、士はざっと周囲を見て理解した。

 隣にいる響は一切合切状況が分かっていないというのが顔に出ていたが、そんな事にも構わず士は響に指示を出す。

 

 

「立花。お前は小日向と一緒に日向の妹を連れていけ」

 

「え、えぇ? 私、何がどうなっているのか全然……。あの赤い人とか、黒い化物とか……」

 

「いいからいけ。お前の力は人前で見せれるもんじゃないだろ」

 

 

 シンフォギアは機密。士の知り合いで仮面ライダーの夏海ならともかく、咲や舞、鋼牙に見られていい代物ではない。

 そういう意味で言えば、この場で響が戦う事は得策ではない。

 ならば未来と一緒にみのりを守れと、士はそう言っているのだ。

 状況の理解できない響。流石に困惑する中で、士は彼女を動かすための言葉を放つ。

 

 

「お前の好きな人助けだ。早くしろ」

 

「……! はいッ!」

 

 

 人助けと聞いたら黙ってられない。それが立花響である。

 そうして響は一先ず考えるのをやめ、未来達の元へ駆けた。

 未来と共にみのりを預かる響。その一方で、咲と舞にも避難を促そうとした瞬間であった。

 

 

「咲、変身ラピ!」

 

「ひゃう!?」

 

 

 出し抜けに響いた声。さらに、声を聞いた咲が取り出した折り畳み式の携帯から、文字通り頭だけを出すフラッピを見ておかしな声を上げる響。

 声こそ出していないが、未来も似たような反応だった。

 プリキュアの事はあんまり知られないようにしているのに急に喋らないでと、フラッピに文句の1つでも普段なら言うことだろう。

 だが、今の咲は『変身』の言葉を聞いて、そこまで言う気力がなかった。

 

 

「変身、って……」

 

 

 舞を見やり、目をそらす咲。咲を見て、目をそらす舞。

 舞の手にも咲と同じような携帯が握られて、そこからチョッピの顔が出てきていた。

 変身を促す2匹の妖精。だが、2人は今、すれ違いの中にいる。

 お互いに気が引けている。手を繋ぐ事に、ふたりはプリキュアとなる事に。

 このギクシャクとした思いの中でやらなければならないのかと、気まずい空気が一瞬流れた。

 しかし、その空気を無理やりにでも砕かなければならない状況に、フラッピは叫ぶ。

 

 

「変身しないと、みんなが危ないラピ!!」

 

 

 フラッピの言葉に咲も舞も、意を決した。

 此処で自分たちが戦わなければいけない。モエルンバだって、もし倒すのなら精霊の浄化が必要になる。

 ならば、プリキュアの力は必ず使う事になるのだ。

 だからこそ、正体が知られる事も厭わずにフラッピは声を出した。

 何より、みのりもいるこの状況で、フラッピとチョッピを狙うモエルンバがいる中で、簡単に背を向けるわけにはいかない。

 

 2人は普段に比べて何処かぎこちない動きでお互いの手をつなぎ、フラッピとチョッピが姿を変えているミックスコミューンを操作して、変身の言葉を叫んだ。

 

 

「「デュアル・スピリチュアル・パワー!!」」

 

 

 光に包まれた2人は金色の花と、銀色の羽を纏う。

 シンフォギアとは違い、ドレスのように華々しい衣装とでも言おうか。

 

 

「輝く金の花、キュアブルーム!」

 

「煌く銀の翼、キュアイーグレット!」

 

 

 そうして変身を完了した2人は、モエルンバを指差して、精霊の導きたる啖呵を切る。

 

 

「聖なる泉を汚すものよ!」

 

「阿漕な真似は、お止めなさい!」

 

 

 イーグレット、ブルームの順で放たれた言葉の後、モエルンバはその姿を見て闘志を見た目通り燃やしていた。

 

 

「フフフ……来たな、プリキュアァァァァァァッ!!」

 

 

 モエルンバの叫びは空気を震わせ衝撃となり、辺り一帯に暴風にも近い風が吹き荒れる。

 強烈な風圧に誰もが耐える中、公園の遊具の1つ、今しがたホラーが現れた馬の遊具に再び異変が起きた。

 なんと、馬の遊具がどんどん巨大化していくではないか。

 遊具の馬部分を支えているバネごと巨大化したそれは、見た目はほぼそのままに、頭部にUの字の突起が付いていた。

 

 それはかつてカレハーンが出してきていたウザイナーの特徴と同じ。

 さらに馬の頭部の毛、そして尻尾が炎のようにオレンジと赤色に燃えている。いや、実際に燃えているのだろう。

 カレハーンが木や自然の特性を持つウザイナーを作っていたのに対し、モエルンバが作り出すのは見た目通り、炎の特性を持つウザイナー。

 馬遊具ウザイナーは凄まじく巨大な姿となって、プリキュアとキバーラの前に立ちはだかった。

 

 

「アレは……?」

 

 

 鋼牙はホラーと距離を取り、未だ仕留めきれぬホラーを気にしつつも馬遊具ウザイナーを見やる。

 巨大なホラーというのもいるにはいるが、どうもアレはホラーとは気色が違っていた。

 先程変身した咲と舞といい、分からない事が多い。

 だが、鋼牙は分からない事は分からないでいいとして、さっさとホラーを倒す事に頭を切り替えた。

 

 魔戒騎士の使命はホラーを倒す事。それ以外に人間社会に関与する事は無いし、介入する事も無い。

 それは鋼牙の性格上というわけでなく、魔戒騎士の掟である。

 もっとも、ウザイナーやダークフォールが人間社会の問題かと言われれば首を捻らざるを得ないが。

 

 そんな鋼牙の隣に、響に後を任せた士が走り込み、並び立った。

 

 

「ホラーか……。こんな時間に見るのは初めてだな」

 

『ああ、俺達もだ。こいつはちょっとした異常事態だぜ。あの赤いのが現れたのが原因みたいだが……』

 

「話は後だ。士、奴をこの場から引き離す」

 

「はいはい。相手は雑魚ホラーだろ、さっさと倒すぞ」

 

 

 悪魔のような姿の翼を持ったホラー。実はあの姿は『素体ホラー』と呼ばれる姿である。

 現世に出てきたホラーは全て、最初はその姿をしているのだ。

 その後、『物』あるいは『人』に憑依する事でそれぞれの『個性』を得て、戦闘能力も上昇する。

 故に、この素体ホラーの姿ははっきり言ってしまえば雑魚。ヴァグラスのバグラー、ジャマンガの使い魔と言ったところだ。

 とは言いつつも、素体ホラーはそれなりに強い。恐らくバグラーや遣い魔よりは厄介だ。

 

 鋼牙は素体ホラーに遅れは取らない。

 それは鎧無しでも変わらないというか、そもそもどんなホラーに対しても生身で十分に戦えるのが魔戒騎士なのである。

 

 しかしながら、鋼牙と士が素体ホラーをまずこの場から引き離そうとしているのには幾つか理由があった。

 

 1つに、存在を知られるのはあまり良くない事。

 ホラーを知れば、魔戒騎士の事も知られるだろう。それはあまり魔戒騎士にとってよろしくない。

 魔戒騎士はあくまで人間社会の影でホラーを退治する職業だ。表立って活動する気はない。

 故に、魔戒騎士に関係する事を知られる事は避けたいのだ。

 

 そしてもう1つに、鎧の召喚。

 魔戒騎士の鎧は一般人に見せてはいけないという掟がある、

 まあ、純粋に『一般』人はこの場にみのりしかいないが、シンフォギアを持ってるからとか、仮面ライダーだからとかは言い訳にならない。

 魔戒騎士に関わりの無い人間は全て一般人なのだ。例外は只1つ、別世界から来た世界の破壊者、門矢士ことディケイドのみ。

 

 とにもかくにも、そう言った理由で戦闘するところをあまり見られたくない鋼牙はホラーを公園の外かつ、人がいない場所へ誘導しようとしているというわけだ。

 士はブルーム達の方をちらりと見やった後、ホラーに視線を戻す。

 モエルンバとウザイナーを彼女等に任せるのが得策だろう。浄化できるのはプリキュアだけなのだから。

 ならば、と、士は鋼牙と共にホラーと相対する。

 

 ホラーを相手に鋼牙と士。

 モエルンバとウザイナーを相手にブルームとイーグレット、キバーラ。

 みのりと共にその場を離脱する響と未来。

 

 それぞれの戦いが、始まる。




────次回予告────
どんなに親しい中でも、人間ってのは擦れ違う。
そこから悲劇になるか喜劇になるかは、お前さん次第だがな。
次回『姉妹』。
邪悪な闇を、光が祓う。


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第55話 姉妹

 ブルームとイーグレット、キバーラがモエルンバと馬遊具ウザイナーに相対する中、みのりを抱える未来と護衛も兼ねて同伴する響は、それをやや離れた物陰から見やっていた。

 陽気な赤い敵とか、馬の遊具の化物とか、綺麗な衣装の女の子達とか、分からない事が多すぎる。

 唯一分かるのは夏海がライダーだというのが本当だったという事だけ。

 二課のメンバーとなった事で色んな摩訶不思議現象には慣れたと思っていたのだが、この世にはまだまだ不思議があるなぁ、と場違いな感想が浮かぶ始末だ。

 

 プリキュアという敵を倒す為に、馬遊具ウザイナーが動く。

 まずは口から火球を吐き出した。遊具要素皆無な攻撃だが、それに慌てずに手を突き出す事で対処しようとする2人。

 これで精霊の光によるバリアが出る筈だ。

 

 ──────いつもなら。

 

 

「……ってあれ!?」

 

 

 驚きと戸惑いの声を出したのはブルームだった。

 精霊のバリアが出てくれない。ブルームもイーグレットも、ホタルほどの光も出ていなかった。

 ゆっくり考えている暇もなく迫りくる火球を、一先ずそれぞれに飛んで避けるブルームとイーグレット。

 防御手段の無いキバーラも同時に離脱を図り、ブルームとイーグレットの近くに着地した。

 

 

「せ、精霊の光が……!?」

 

「出ないんだけど!?」

 

「あの2人とも、色々聞きたい事はありますけど……!!」

 

 

 イーグレットとブルームが焦る中、キバーラの呼びかけで2人は馬遊具ウザイナーの攻撃が続行中な事に気が付いた。

 馬遊具ウザイナーは巨体。故に、その口は空高くに位置しており、そこから繰り出される火球は最早火の雨と言っても過言ではない。

 降り注ぐ火球のシャワーを3人はダッシュで駆け抜けて、逃げる。

 

 

「ちょっとフラッピ、どうなってんの!?」

 

「精霊の力が弱まってるラピ!!」

 

 

 プリキュア変身時には携帯の姿で腰のポーチに収まっているフラッピに尋ねるブルーム。

 火球がいつ何時当たるか分からない状況なのでかなり焦っている中で、返された言葉がそれだった。

 

 

「ど、どどど、どうして!?」

 

「2人の気持ちが揃ってないからチョピ~!」

 

 

 普段は冷静なイーグレットですら焦りのせいでどもり気味。

 そこはまあ中学生らしい、なんて暢気な事を言っている場合ではない。

 要するに2人は、みのりを介した擦れ違いのせいで心に引っ掛かりがあるせいで、力を一切発揮できない状態に追い込まれているという事なのだ。

 

 それが2人の長所且つ短所。

 絆が深まれば深まるほど強くなれるが、仲違いや擦れ違いが起こってしまえば逆に弱体化してしまう。

 こういう場合におけるプリキュアの特性は、諸刃の剣と言ってもいいだろう。

 

 

「ええっと……だったら!」

 

 

 キバーラに分かる事は、2人は今、何か困った状態なのだという事だけ。

 ならば、全力で戦える自分が積極的に戦えばいい。

 彼女は足に急ブレーキをかけ、迫りくる火球へ向けてキバーラサーベルを一閃。真っ二つに火球を切り裂いた。

 そして間髪入れずに馬遊具ウザイナーへと走り出し、全力で跳び上がる。

 女性とはいえライダー。その跳躍能力は馬遊具ウザイナーの背中にまで簡単に届いた。

 

 

「やあっ!」

 

 

 一飛びのジャンプで後ろを取ったキバーラはオーバーヘッドキックの要領で後方回転し、馬遊具ウザイナーの首の後ろを蹴り飛ばした。

 男と女では男の方が力があるというのは一般的な見解であり、それは恐らく正しい。

 が、先程も言ったが彼女もライダー。今の彼女は一撃がt単位の威力を誇っている。

 相手が怪人だろうがウザイナーだろうが、ダメージが入るのは必定。

 

 馬遊具ウザイナーは蹴り飛ばされたせいで仰け反り、下半身のバネがその巨体を揺らした。

 苦悶の声を上げている事からも明確なダメージが通った事が現れている。

 ところがバネは徐々に揺れる感覚を小さくしていき、馬遊具ウザイナーの姿勢を元の通りに戻していっていた。

 ダメージこそ通っているものの、姿勢を崩すまでには至らない。そもそも子供が背中に乗る為、安全面を考慮されて作られている馬の遊具が変化したウザイナーだ。安定性はあるという事なのだろう。

 

 キバーラの蹴りでできた隙を見逃さず、空中から着地したキバーラと入れ替わりで、ブルームとイーグレットは馬遊具ウザイナーへ走り、跳び上がった。

 しかし大ジャンプができない。

 普段なら精霊の力によって馬遊具ウザイナーを跳び越える事など朝飯前なのだが、今の彼女達にはそこまでの力が無いのだ。一応身体能力自体は常人以上であるのだが。

 2人は馬遊具ウザイナーのバネに飛び乗り、螺旋階段を坂にしたようなバネを駆けあがっていく。

 馬遊具ウザイナーは馬の遊具がそのまま巨大化している。

 なのでバネも相当な巨大化を果たしており、人が横列に、しかも余裕を持って5,6人は乗れる程の幅を持ったバネになっているのだ。

 

 驚異的な跳躍のできない2人はそれを駆け上がる事で、馬遊具ウザイナーの頭頂部を目指す。

 そしてバネを駆け上がる道中の中で、2人はお互いの思いの丈をぶつけ合っていた。

 

 

「もしかして昼間の事が引っかかってるの!?

 確かに、舞には八つ当たりみたいになって申し訳なく思ってるけど……」

 

「えぇ……!? そうじゃない! 私が思ってるのはみのりちゃんの事!」

 

「みのりの……!?」

 

「私はみのりちゃんの事が心配だったの!」

 

 

 ぐるぐるとバネを螺旋階段のように駆け上がり、2人は途中でジャンプに切り替えた。

 彼女達の特大ジャンプは精霊の光に依存している。しかし精霊の光抜きだとしても、変身している彼女達の跳躍能力は凄まじい。

 2人はバネの途中で跳び上がり、怪物になる前は乗馬している人が足を置く場所だった、今は刃のようになっているそれの表面に足をつけ、再びジャンプ。

 そうした事で2人は馬遊具ウザイナーの顔部分にまで到達した。

 

 

「「ハアァァァッ!!」」

 

 

 右からブルームが、左からイーグレットが馬遊具ウザイナーの顔面に蹴り込む。

 掛け声が揃っている辺り、決して2人の息が合っていないわけではない事が伺えた。

 揃っていないのは心。みのりという少女に対しての、感情の相違だった。

 

 蹴られた馬遊具ウザイナーは威力に身体を歪ませ、一瞬怯むものの、すぐに立ち直ってしまう。やはり完璧な威力が出ていなかった。

 精霊の光は攻守、さらにはジャンプ等の移動にすら影響する。それが顕著に、且つ悪い方向に出ていた。

 

 蹴りをかました2人はそのまま地上へ自由落下していくわけだが、その間も口論は止まない。

 

 

「みのりちゃんもお姉ちゃんにあんな風に言われたら、きっとショックだったと思う!」

 

「私だって分かってるよ! でもみのりったら、全然人の話を聞かないんだもん!」

 

「でもあんな風に言わないであげて!」

 

 

 地上へ着地した2人。口論を続ける2人。精霊の光は一向に輝く気配が無かった。

 しかし敵は待ってはくれない。むしろ、それをチャンスとして見逃さない。

 

 

「これが伝説の戦士プリキュアの力か? ちょっと拍子抜けだぜ?」

 

 

 自分の使役するウザイナーに対してあまりダメージも与えられないプリキュアを見て、宙に浮くモエルンバは地面近くまで降りてきて挑発するように言う。

 同じ幹部であるカレハーンを倒したからどれほどかと思えば、ウザイナーにすらまともなダメージを通せない体たらく。

 少なくともプリキュアを初めて生で見るモエルンバにとって、今の2人はそう映っていた。

 これでは銀色のおかしな鎧を着た女戦士の方がまだマシ、とすら思っている。

 

 だが、モエルンバはプリキュアがどんな実力でも、全力を出せていようがいまいがどうでもいい。

 彼の目的は只1つ。太陽の泉の在処を聞きだす事。それだけなのだから。

 

 

「ま、何にせよチャンスだ。お前等の持っている妖精を渡してもらうぜ!」

 

「「嫌よ!!」」

 

「フッ。さっきも言ったが、手荒くしたって俺は何の問題もないんだぜ!?」

 

 

 言い争っている割には拒否の言葉がハモるプリキュアに対し、モエルンバは周囲に火の玉を作りだして、それを2人に向けて乱射し始めた。

 普段ならばバリアで凌げる攻撃だが、今回ばかりは躱すか自力で防御するほかない。

 さらに言えば相手は幹部。恐らく、最低でもカレハーン並みの力がある。

 そしてカレハーンは精霊の光が普通に発動する状態のプリキュアでも苦戦を強いられた相手だ。

 キバーラがいるとはいえ、ウザイナーと幹部クラスのモエルンバ。この2体を相手に、今のプリキュア達はあまりにも分が悪い。

 

 

「……ッ、咲ちゃん……!」

 

 

 モエルンバやウザイナーから離れた安全な物陰に、未来と共にみのりを守りつつ隠れている響が満足に戦えていない2人を見守っていた。

 みのりは未来が抱きかかえている形になっている。

 

 響の視線は、そして表情は「私も力になりたい」という感情がありありと表に出ている。

 今すぐにでも駆けだしたい。でも、自分の力は安易に見せていいものじゃない。

 きっと見せてしまえば、自分だけじゃない。二課の人にも手間を取らせるだろうし、目撃したという事で咲と舞も巻き込まれてしまうだろう。

 士の言葉、『お前の力は人前で見せられるもんじゃない』というのはそういう事だ。

 何より、万が一の為にも力を持つ彼女は、何の力も持たない2人を守る為にこの場にいるべきなのだろう。

 

 分かっている。けれど歯痒い。見ているだけなのがもどかしかった。

 しかし力を纏わず飛び出してもただの足手纏いにしかなれない。

 思わず歯を食いしばる響。そんな彼女を見ていた未来が、そっと声をかけた。

 

 

「響」

 

「え……何? 未来」

 

「行ってきても、いいよ」

 

 

 何が、とは言わなかった。

 でも、それがどういう意味なのかは響にも簡単に察せられる。

 

 

「みのりちゃんの事なら、私が守るから安心して。もし何かあったらちゃんと逃げる。

 元陸上部の足、速いのはこの前にも見たでしょ?

 ……大丈夫。みのりちゃん1人抱えてても、走るくらいはできるよ」

 

「いや、でも……。私の力はあんまり見せちゃいけないから……」

 

「もう、私にだって何度も見せたでしょ。もし怒られるなら、私も一緒に怒られる。

 それに響、今すぐに助けたいって顔に書いてあるよ? 響はそれを言い訳にして、人助けを止められる?」

 

 

 爆音が響く。ブルームとイーグレットがモエルンバの火球に遂に当たってしまった音。

 爆風の中から吹き飛んだ2人が跳び出し、地面に重力落下で叩きつけられてしまう。

 精霊の光が発動しない為、火球の威力も落下のダメージも軽減される事は無かった。

 苦しそうな2人、いや、完全に2人は追い詰められていた。

 

 

「咲さん、舞さん……!!」

 

 

 見かねて助けに行こうとするキバーラだが、今度は馬遊具ウザイナーの口から放つ火球が行く手を阻む。

 いくら仮面ライダーだからウザイナーと戦えるとはいえ、相手は巨体。そこから放たれる火球も巨体に比例するかのように高威力だ。

 何より、キバーラはまだ知らないが、彼女はウザイナーに止めを刺すことができない。

 状況は完全に相手が優勢だった。

 

 そしてそんな状況を見過ごせるほど、立花響は冷酷にはなれない。

 自分の気持ちに嘘はつけなかった。

 

 

「……未来、ごめん。行ってくるね」

 

「うん、いってらっしゃい。みのりちゃんの事は任せて」

 

 

 強く頷く響。その顔は、ニッと笑っているように見える。

 人助けをできるからか、それとも、私に任せてと言っているのか。どちらにせよ、彼女の顔は何処か笑顔だった。

 

 

「じゃあな、プリキュア。太陽の泉の事はお前等を倒した後、その妖精どもからじっくり聞かせてもらうぜ?」

 

 

 モエルンバは再び火の玉を作り上げ、倒れた体を必死に起こす2人に止めを刺そうとしている。

 今の彼女達にそれを避ける体力も、防ぐ為の精霊の光もない。

 相手が離れているうえに宙に浮いているせいで、接近して攻撃しようにも間に合いそうもない。

 彼女達が倒れれば、フラッピとチョッピには残酷な未来が待っているだろう。

 それだけはしちゃいけない。その気持ちは同じなのに、別の気持ちがバラバラで力が出ない。

 

 

アディオース(あばよ)!!」

 

 

 モエルンバは火の玉を全弾撃ちだした。

 その速さも、その威力も、先程2人が受けたものよりも強力なもの。

 確実に止めを刺そうとするモエルンバの気持ちが剥き出しになった、凶悪な一撃。

 キバーラも間に合わず、士も鋼牙も此処にはおらず、翔太郎とユウスケもまだ到着しない。

 

 故に、何にも邪魔されず、それは非情なまでに2人の命を狙い──────。

 

 

 ────聖詠────

 

 

 歌が、それをかき消した。

 

 

「チャッ!?」

 

 

 誰よりもまず驚いたのはモエルンバ。ふざけた声を上げてはいるが、当人は本気の驚きだ。

 叩き落とされた火球は全弾地面へと着弾して、爆風と土煙を巻き上げる。

 土煙のせいでブルーム達が隠れているが、その先に見えるシルエットは3つ。

 徐々に晴れる土煙から姿を現したのは、オレンジと白の鎧を身に纏う、少女が1人。

 

 同じくらい驚いているのは、助けられたブルームとイーグレットだった。

 火球が着弾しかかった瞬間、2人の前に人影が現れ、火球を全弾、その拳で叩き伏せて見せたのだ。

 それこそが目の前の少女。少女と言っても、咲と舞よりも年上の。

 

 鎧の少女はブルームとイーグレットに振り返って、笑顔を向けた。

 

 

「2人とも、私も手伝うね!」

 

 

 それは、シンフォギアを纏った少女、立花響の人助けの一環である。

 

 

 

 

 

 一方で、鋼牙と士はホラーを公園から引き離す事に成功。

 火球の音は尚も響いているし、馬遊具ウザイナーは流石に巨大で、まだまだ視認できる。

 が、それでも夏海や響、咲達の元からは大分離れた場所で戦っていた。

 舞台は極めて普通の道路上。幸いにも、車も人も全く通らない人気のない道だった。

 

 しかし、ホラーも流石に怪物。魔戒騎士である鋼牙と、それに肩を並べる士には正攻法では敵わぬと悟ったのか、空を飛んでのヒット&アウェイで2人を攪乱していた。

 一方で2人は未だに生身。変身すらしていない。

 元々、魔戒騎士は弦十郎よろしく、生身のままでも相当に強かった。少なくとも下級ホラー程度なら討伐できるくらいには。

 

 士は士で生身のままでも相当に強い。

 例えば彼はテニスの時に常軌を逸した技を放った事もある。

 相手は変身していないとはいえ、正真正銘の怪人とプレイしたテニスで、だ。

 しかもその怪人は自分の人間以上の身体能力を良い事に、常人では返せないようなボールを放ってきていたのにもかかわらず、士はそれに実質的な勝利を収めている。

 彼の身体能力もまた、魔戒騎士に近いものがあるのだろう。

 

 尚、そんな彼でも弦十郎の力は「おかしい」と思う。それは弦十郎が強すぎるだけである。

 

 

「チッ、飛ばれると面倒だな」

 

 

 士が毒づくが、それはその通りだ。

 人間がいくら鍛えたところで、飛べるようになるはずがない。

 鋼牙にせよ士にせよ、そしてあの弦十郎でさえも、自由自在な飛行能力を生身で発揮できるはずがないのだ。

 彼等の身体能力は、あくまで『人間として』の身体能力が凄まじいだけなのである。

 

 

「おい鋼牙。俺が撃ち落とす、決めるのはお前に譲ってやる」

 

「…………」

 

 

 無言のまま士を見て、もう一度ホラーに向き直る。

 鋼牙は否定の時には明確に否定の動作をする。つまり、それがなかった今の行動は肯定と捉えていいのだろう。

 士もまたホラーを睨みディケイドライバーを構え、鋼牙をその場に残して駆けだした。

 そうして士はホラーに接近するまでの間にディケイドライバーを装着、カードを取り出す。

 

 

「変身!」

 

 ────KAMEN RIDE……DECADE!────

 

 

 駆け抜ける士がディケイドへと姿を変え、姿が変わった事に一層警戒心を増したホラーが再び上空へと舞い上がる。

 自由自在に空を滑空するその戦法は、確かに飛行能力を持たないディケイドにはある程度有効であると言えるだろう。

 が、空を飛ぶ敵を相手にする事は、ディケイドだって初めてではない。

 

 

 ────ATTACK RIDE……BLAST!────

 

 

 飛び立ったホラーを目で追い、冷静にカードを選んで発動。

 ライドブッカーを銃の形へと変形させ、それを上空のホラーへ向けて、引き金を引いた。

 すると先程のカード、ブラストの効果により、ライドブッカーの銃身が分身。銃身は本体の他に、マゼンタの色をした4つに分身。

 計5つの銃身から放たれる弾丸が、ホラーを捉えた。

 

 弾丸はディケイドの狙い通り、ホラーの翼を貫く。

 その痛みに、おぞましい呻き声と共にバランスを崩し、地上へ落下していくホラー。

 ディケイドは間髪入れず、ホラーが墜落するであろう地点にまで走った。

 

 

「ハァ……ヤアァッ!!」

 

 

 墜落するホラーの腕を地面に着地する前に掴み、そのまま軽く一回転して勢いをつけた後、ディケイドはホラーを投げ飛ばす。

 此処で単純な追撃や追い打ちをせずに投げ飛ばしたのには、理由があった。

 さらに言うと投げ飛ばした方向は、決して適当ではない。

 

 

「……!!」

 

 

 ホラーが投げ飛ばされた先にいるのは、鋼牙。

 そう、ディケイドは言葉通り、止めを鋼牙に任せたのである。

 

 魔戒剣を握り締め、今まで直立不動で動かなかった鋼牙が魔戒剣を鞘から引き抜く。

 そして切っ先を上空へ向けて、円を描いた。

 剣の軌跡が光を放ち、光の輪から黄金の鎧が召喚される。

 携える魔戒剣が黄金かつ大型の剣、牙狼剣へと姿を変えたのは、鋼牙が鎧で身を覆ったのと同時だった。

 鋼牙は変わる。最強の魔戒騎士、黄金騎士・牙狼へと。

 

 ホラーが投げ飛ばされ、鎧を纏うまでは一瞬。

 自分の方へと向かってくる、正確に言えば向かわされているホラーを牙狼の緑の瞳が睨み付けた。

 

 

「オォォッ!!」

 

 

 投げ飛ばされたホラーが牙狼剣の射程範囲に入った瞬間、居合切りの要領で鞘から牙狼剣を引き抜き、横へ一閃。

 翼を撃ち抜かれていた事と投げ飛ばされていたせいで満足な姿勢制御もできずにいたホラーは、その一閃を為すすべなく受ける事しかできなかった。

 

 真っ二つに裂かれたホラーは形容しがたい醜悪な断末魔と共に、霧散。

 2つに分かれた身体すらも完全に散らせたホラーの痕跡は、もう何処にも残っていない。

 後に残るのは、手を払ってホラーの最期を見届けるディケイドと、黄金を輝かせて闇を照らし続ける牙狼だけであった。

 

 

 

 

 

 響が助けに入った事により難を逃れたブルームとイーグレット。

 まさか響が変身するとは思っていなかった2人は、完全に呆気に取られてしまっているが。

 響はそんな2人の手をそれぞれ握って引っ張り上げ、2人を起こしてあげた。

 

 

「ごめんね、私の力はあんまり人に見せちゃダメって言われてたから、助けに入るのが遅れちゃった」

 

 

 微笑む響だが、どうにも2人には理解できないでいた。

 仮面ライダーのようには見えない。しかし、その機械的な鎧の外観はプリキュアのようにも見えない。

 そんな2人の様子に、戸惑ってるのかなぁ、と苦笑いしつつ、響は2人の手を離さぬままに話し始めた。

 

 

「お互いの気持ちがすれ違うのって、すっごく、もどかしいと思う。

 でもね、さっきの2人みたいに本音をぶつけ合えば、すぐに仲直りできるはずだよ」

 

 

 その言葉は、ほんの少し前の経験に基づく確かな言葉。

 ブルームはイーグレットを見る。イーグレットはブルームを見る。

 視線が交錯した後、2人は再びお互いの感情をぶつけ合おうと口を開きかけた、のだが。

 

 

「何をごちゃごちゃと言ってるんだ? 余所見はダメだぜ!!」

 

 

 未だ上空に佇むモエルンバが指をパチンと鳴らし、火の玉を作りだしていた。

 このままではまた次の攻撃が来てしまうと、プリキュア達から手を離して構える響。

 

 だが、忘れてはいけない。この場にはまだ、はせ参じていない戦士がいる。

 

 

「おぉっと、ちょっと待ちな!」

 

 

 気取った声に気を取られ、モエルンバは火球を放つ事を忘れて声の主を捜してしまう。

 そしてその声の主はモエルンバが捜すまでもなく、目の前にまで走り込んできた。

 帽子を被った青年と、それに並ぶもう1人の青年。

 先程の声が帽子を被った青年のものだと知る響は、その名を呼んだ。

 

 

「翔太郎さん!」

 

「遅れて悪ィな、まさか敵が出てきてるとは思わなかったぜ」

 

「なあ、俺状況全然分かってないんだけど!?」

 

 

 かつてカレハーンやウザイナーと戦った経験のある翔太郎は状況を察する。

 それに同伴するユウスケはというと、ぶっちゃけ翔太郎が飛び出したのに合わせて出てきただけで、「赤いのとデカい馬が敵かな?」くらいの認識でしかない。

 馬の怪物と対峙するキバーラはともかく、咲と舞と響が何やら妙な姿の理由とか、咲と響と一緒に居たはずの士は何処に行ったのかとか、何一つ詳しく知らないのだ。

 まあ、士がこの場に居ない事に関しては翔太郎も疑問に思ったのだが、今はそれについて聞いている場合ではない事は、見れば分かる。

 

 

「赤い祭り男と馬の怪物が敵、響ちゃんと咲ちゃんと舞ちゃんは味方。

 とりあえず、そんなとこだ」

 

「あー……よし! じゃあ、事情は後で教えてくれよ!」

 

 

 この場で唯一、シンフォギアもプリキュアもダークフォールも知る翔太郎が、現状の状況説明をかなり大雑把に口にする。

 ユウスケはユウスケで、ちゃんと聞いたら長くなりそうな事を察し、今はそれ以上を追求しない事にした。

 そんなユウスケの返答に満足したのか、翔太郎はフッと笑いながらダブルドライバーを取り出し、腰に宛がう。

 一方でユウスケは特に何の道具も取りだす事も無く、両手を腹部にかざした。

 すると何処からともなく、正確に言うならユウスケの体内よりベルトが出現する。

 ディケイドやWとは違い、彼のベルト、『アークル』は常に彼と共に在り、彼の体内に存在しているのだ。

 

 

 ────JOKER!────

 

 

 ダブルドライバーが巻かれた後にジョーカーメモリを起動したところを見ると、フィリップが何らかの検索にハマっていた、という事態にはならなかったらしい。

 ともかく翔太郎はジョーカーメモリを持つ右手を左に振り被った。

 

 ユウスケは小指と薬指を少し曲げた右腕を左斜め上に突き出し、左手を腰に現れたアークルに沿うように右腰に付ける。

 そして右腕を左から右にゆっくりと動かし、それに連動するように左手をアークルに沿わせて左腰に移動させつつ、ユウスケは翔太郎と共に叫ぶ。

 

 

「「変身!」」

 

 

 ダブルドライバーの右スロットに現れたサイクロンメモリを差し込み、ジョーカーメモリを左スロットに差し込む。

 そして両手をクロスさせながら、ダブルドライバーを展開させる翔太郎。

 ユウスケは左腰にまで持ってきた左手を握り拳にし、突き出していた右手を左手の上に素早く移動させ、スイッチを押し込むように力を入れる。

 するとアークルの中心が赤く輝き、同時にユウスケは両腕を広げた。

 

 

 ────CYCLONE! JOKER!────

 

 

 鳴り渡った電子音声と風の中、翔太郎が仮面ライダーWへと変わっていく隣で、ユウスケもまた、自らの体を異質なものへと変質させていく。

 黒を基調としつつも、胴体や肩周りの赤い装甲、そして真っ赤な複眼のせいか、『赤い戦士』というイメージの強い姿へと。

 その姿は、その戦士はクワガタのような金色の二本角を携えていた。

 変身の為に用いたベルト、アークルの中央にはめ込まれた『アマダム』という霊石もまた、赤く輝いている。

 今の彼は『赤いクウガ』またの名を、『仮面ライダークウガ マイティフォーム』。

 

 クウガは同じく変身を完了したWと共に、モエルンバに対して立ちはだかる。

 その姿を見て反応を示したのは、意外な事にも響であった。

 

 

「へ、あれ? その姿……士先生も……」

 

 

 Wやフォーゼはおろか、リュウケンドー達すら合流する前の、翼と確執があったあの1ヶ月の間の事。

 要救助者を助ける為に士は青いクウガ、ジャンプ力に優れたドラゴンフォームの力を使った事がある。

 ディケイドの面影が一切ない姿に変わった事に大層驚いた事を覚えている。

 そういうわけで、響はクウガを見た事があったのだ。

 ただし、響を含めてゴーバスターズやリュウケンドー達は、ディケイドの別の姿が『誰かの模倣』である事を知らない。

 故に、こういう反応になったのである。

 

 響の声に反応したクウガは、背後にいる響をちらりと振り向く。

 

 

「士が? ……あー、そっか、士は色んなライダーになれるから……」

 

「おっと、話は後にしな。奴さんも、もう待ってくれそうにねぇしな」

 

 

 ディケイドの特性を知るクウガは1人納得をするが、モエルンバと馬遊具ウザイナーの様子は、それをのんびりと解説させてくれるような状況ではなかった。

 

 

「何人出てこようが焼き尽くしてやるぜ。チャチャチャァッ!!」

 

 

 モエルンバは再び火の玉を作りだし、火球を繰り出そうとしている。

 馬遊具ウザイナーも口を開けて、今にも火球を撃ちだしてきそうな状態。

 クウガとWが参戦したとはいえモエルンバと馬遊具ウザイナーは依然として健在だ。

 何より、その2体に止めを刺す事の出来る唯一の存在であるプリキュアが全力を発揮できないのだから、状況は芳しくない。

 

 

「翔太郎さん!」

 

「あン?」

 

「咲ちゃんと舞ちゃんに、時間をくれませんか? 2人とも、まだちょっと……」

 

 

 咲と舞のみのりを挟んでの喧嘩は翔太郎も知るところではあるが、仲違いしているとプリキュアとして全力を出せない事までは知らない。

 しかし響の言葉で、仲違いが戦闘にまで支障を出しているのだろうと考える事は、同じ『2人で1人』である翔太郎には容易かった。

 彼女達は伝説の戦士プリキュアである前に、年頃の女子中学生である。

 相棒との喧嘩の後、戦闘に全く影響が出ない方がおかしいだろう。

 

 

「……ったく、仕方ねぇな。ユウスケ、うだうだ説明してる暇はねぇが、お前もいいか?」

 

「勿論! 『事情は後で聞く』って言ったからさ」

 

 

 その会話を聞きつけ、先程まで馬遊具ウザイナーと対峙していたキバーラもまた、クウガとWに並んだ。

 

 

「だったら、馬みたいな怪物の方は私が何とかします」

 

 

 そしてキバーラも、響の言葉に頷いて見せる。

 そうしてクウガ、キバーラ、Wの3人はそれぞれに構えてモエルンバと馬遊具ウザイナーに相対した。

 

 この戦いに仮面ライダーは決して勝つ事はできない。

 本当に勝利するにはプリキュアの力が必要だからだ。

 それを知っているW。それを知らないクウガとキバーラ。けれど、思う事は同じ。

 咲と舞の仲直りを信じ、自分達は悪と戦う。それだけだと。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、そういうわけだ。ちっと付き合ってもらうぜ」

 

「ハッ、こっちはお前達に用は無いんだよッ!!」

 

 

 翔太郎の軽口から始まるクウガとW、モエルンバの戦い。

 放ってくる火球をひらりと避けつつ、Wは宙に浮くモエルンバへと接近を試みる。

 しかし無数に放ってくる火球をいちいち避けていたら、埒が明かない状況にあった。

 ならば、と、Wはダブルドライバーを閉じ、左スロットからジョーカーメモリを引き抜く。

 そして新たに銀色のメモリを取り出した。

 

 

 ────METAL!────

 

 

 メタル、即ち鋼。その音声を響かせたメモリを左スロットに装填し、再びダブルドライバーを展開。

 

 

 ────CYCLONE! METAL!────

 

 

 Wの左側が銀色に染まり、同時に背中にはメタルシャフトがマウントされ、それを背中から取り外して構えた。

 構えられたメタルシャフトは左右に伸び、W本人よりも長い棒術武器へと変化する。

 読み上げられた電子音声の言葉通り、この姿の名は『サイクロンメタル』。

 サイクロンのスピードをメタルの重さが殺してしまう形態。

 そう言うと聞こえは悪いが、裏を返せばこれはお互いの欠点も潰し合っているという事。

 サイクロンのパワーの低さをメタルがメタルシャフトという得物も込みで補い、メタルの鈍重さをサイクロンのスピードが軽減。

 さらにこの姿だと、メタルシャフトの一振りはサイクロンの力を受けて風を纏う。

 その風は飛び道具などを払いのけるのにも用いることができるので、敵の攻撃を跳ね飛ばすにはもってこい。

 加えてメタルの頑丈さはそのまま。つまりは防御寄りの姿でもあるのだ。

 

 

「うぉらァ!!」

 

 

 メタルシャフトを一振りすれば風が起こり、それらは火球を弾く。

 Wはメタルシャフトで火球を吹き飛ばしながらモエルンバへと接近、十分に近づいたところで跳び上がり上昇しながら、宙にいるモエルンバへとメタルシャフトを左下から右上に振り上げた。

 が、すんでのところでモエルンバは横にスライドしてそれを躱してしまう。

 

 

「ハッ! 当たらないねぇ」

 

 

 悠々と飛行できるモエルンバならば、地上から跳び上がっての近接攻撃など恐れるに足らない。

 が、今相手にしているのはWだけではない。

 

 

「でぇりゃあァ!!」

 

「うおっとォ!」

 

 

 スライドした位置目掛けてクウガが跳び上がり、拳を振るう。

 だが、ギリギリ気付いたモエルンバはそれを上昇して躱してしまった。

 自由落下にて地上に降りたクウガは、上空にて悠々と見下してくるモエルンバを睨み付ける。

 飛行能力が無いせいで自由な戦いができない。せめて、相手を地上に引き摺り下ろせれば違うのだが。

 

 

「しつこいんだよォ!!」

 

 

 モエルンバは再び火球を繰り出し、Wとクウガに火の雨を降らせた。

 仮面ライダーに自分の目的を阻害されて苛立っているのか、語気は荒く、火球の威力も先程以上だ。

 メタルシャフトで振り払うW、左右へ転がって躱すクウガ。

 

 が、火球は威力だけでなく数まで増しており、躱しているクウガはともかく、振り払おうとしていたWは徐々に押されていってしまっていた。

 そして、乱れ撃たれた火球の威力と連打に耐えきれず、ついにメタルシャフトは弾かれ、Wの手を離れて宙を舞ってしまった。

 

 

「ッ、しまッ……!!」

 

 

 地面に落ちるメタルシャフト。気を取られてしまうWだったが、いつまでも気を取られている暇はない。

 火球は容赦なく振り続け、Wもまた、回避行動を余儀なくされる。

 そこで動いたのはクウガだった。

 クウガは地面を転がり、Wが落としたメタルシャフトを拾いながら、叫ぶ。

 

 

「超変身ッ!」

 

 

 超変身。それは、クウガが『別の色』へと変わる際にユウスケが気合を入れる為、ざっくり言うと気分的に口にする言葉だ。

 クウガはWのように機械を操作するのではなく、ベルトが変身者の意思に呼応するという特性を持っている。

 故に変身者の気分は意外と重要な要素になる。

 つまり今の言葉は精神統一とか、そういう類の意味を持っているという事だ。

 

 クウガは赤い姿から青い姿、いつぞや響達の前で士が見せた姿、『ドラゴンフォーム』へと姿を変える。

 その姿は原型を残しつつも鎧も複眼も全てが青く、ベルトのアマダムも青く輝いていた。

 同時にクウガが持っていたメタルシャフトもその姿を変えようとしていた。

 銀の棒から青い棒へ。色だけでなく姿形もメタルシャフトとは違い、共通点は棒術武器という部分だけ。

 ドラゴンフォーム専用の武器、『ドラゴンロッド』だ。

 ドラゴンフォームはマイティフォームに比べ、パンチ力やキック力などが劣る代わり、跳躍能力とスピードに優れた姿だ。

 そして下がってしまったパワーをドラゴンロッドという得物で補っているのである。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 クウガは跳躍し、跳び上がる中で降りかかる火球は全てドラゴンロッドで振り払って行く。

 そしてドラゴンフォームの跳躍能力は凄まじく、かなり上空に位置していたモエルンバを容易に飛び越した。

 

 

「チャッチャッ!?」

 

「でぇ……りゃァァァッ!!」

 

 

 跳躍が完了し、落下していくクウガはその勢いを利用してドラゴンロッドをモエルンバへと突き出した。

 ただのロッドによる突きではない。先端にエネルギーを籠めた、怪人ならば爆散させる事もできるドラゴンフォーム必殺の一撃、『スプラッシュドラゴン』だ。

 

 突然の行動に驚いていたせいで、モエルンバは一瞬、対応が遅れた。

 さらに言えばドラゴンフォームの速度により、反応が追いつかなかった。

 躱せない事を察知したモエルンバは両手を胸の前でクロスさせ、胴体を狙ってきた一撃を受け止める。

 が、浄化の力ではないとはいえ流石に必殺の一撃。さしものモエルンバも大きく吹き飛ばされ、地面に落下してしまった。

 

 

「どうだ!?」

 

 

 自由落下から見事に着地したクウガは、モエルンバが落下した地点の砂煙を見つめる。

 そこにWが並び立ち、クウガの姿を興味深そうに、特に右目が見つめていた。

 

 

『僕達の武器を別の武器に……興味深い』

 

「あ、えっと……返した方が良い?」

 

「いや、別のもあるからいいぜ。それからフィリップ、後にしろ」

 

 

 Wの左手が自身の右胸を叩いた。

 これは翔太郎がフィリップを制しているのだが、知らない人が見れば何をしているのかさっぱりだろう。

 言われて敵に意識を戻すフィリップだが、やはり微妙にクウガの事を気にしていた。余程気になるのだろう。

 

 クウガは自分の武器を生成する時、近くにあるものを『モーフィングパワー』で変質させる。

 その際、『その武器を連想させるもの』を手にする事で、それを武器に変えるのだ。

 例えばドラゴンロッドならば『長きもの』。先程のメタルシャフトは勿論、鉄パイプ、何なら長めの枝なんかでもいい。

 手にしたものの強度や威力は一切関係なく、武器を連想できれば何でもいいのだ。

 

 クウガが武器を手にするには『何かを変質させる』事が必須だ。

 裏を返せば、辺りに物がないと武器を手にできないという事でもある。

 故に、Wのようにメモリを替えれば自由自在に武器を取り出せるライダーよりも不便であると言えるかもしれない。

 

 しかし利点もある。

 例えばクウガとWが戦ったとして、クウガがメタルシャフトを奪えば、今のようにドラゴンロッドに変えてしまえるのだ。

 敵の武器を奪い、自分の物に完全に造り替えてしまうという芸当が可能なのはクウガの特徴の1つだろう。

 

 

「チッ、やってくれるな、セニョール」

 

 

 そうこう言っている間に砂煙が晴れ、中からは平然と地面に立っているモエルンバが現れた。

 実は彼の腕にはスプラッシュドラゴンを受け止めた痺れが残っている。

 逆に言えば、所詮は痺れ程度。

 流石に幹部というだけはあって、あの一撃でもダメージはそこまで通らなかったらしい。

 

 

「流石に、一筋縄ではいかねぇってか」

 

『翔太郎。トリガーを使うならヒートを併用しよう。

 サイクロントリガーの威力ではかえって炎を煽りかねない」

 

「ああ」

 

 

 Wはダブルドライバーを再び閉じ、今度は両サイドのメモリを引き抜き、新たにヒートとトリガーのメモリを取り出し、起動。

 次いで、それらをダブルドライバーに装填して、展開させた。

 

 

 ────HEAT! TRIGGER!────

 

 

 ガイアメモリより流れる音楽と共に、右側が赤、左側が青の姿、ヒートトリガーへと変わるW。

 元々トリガー自体が強力な威力を持つメモリなのだが、サイクロンの風の力が加わると連射能力が向上する代わりに威力が落ちてしまう。

 しかも相手は火。暴風ならばともかく、下手な勢いの風では火は消えるどころか威力を増すだけだ。

 同じ風の力であるとはいえ、サイクロンメタルはメタルシャフトで叩き落とす事が主立っていたから火球を防げた。

 が、サイクロントリガーでは風の弾丸を撃ちだすので、それで火球を撃ち落とそうとしようものなら、先程のフィリップの言う通り、火を煽りかねないのだ。

 ならば目には目を歯には歯を。火力には火力をぶつけようという寸法だ。

 

 Wの左目がちらりと背後を見る。

 できるだけ遠ざけたが、一応まだ視認できるくらいの位置にブルーム達はいた。

 

 

(ま、信じて待ってるしかねぇか)

 

 

 翔太郎は心の中で呟くと、再びモエルンバへと目を向ける。

 クウガはドラゴンロッドを構え、Wもトリガーマグナムを手にした。

 再び宙に浮かび出すモエルンバ。

 

 モエルンバは強敵だ。

 だが、決して怯まずに2人のライダーは少女達を背に、戦い抜いていく。

 

 

 

 

 

 クウガとWがモエルンバを、キバーラが馬遊具ウザイナーを相手にした戦闘。

 戦闘は苛烈さを増し、クウガやWは色を変えたりして、キバーラの方も巨体相手に苦戦を強いられている、という様相だ。

 

 一方でブルームとイーグレットは、響が見せた力からのクウガとWの出現という怒涛の展開に戸惑ったまま。

 しかも話が途中で遮られたために、どちらからも話を切り出せなくなってしまった2人は沈黙の中にいた。

 

 

「2人とも」

 

 

 そんな静寂を打ち破ったのは、ガングニールを纏う響。

 

 

「咲ちゃんには言ったよね。私もこの前、親友と喧嘩しちゃったんだ。

 でも、それでも私は親友と仲直りできた。本音をぶつけ合って、お互いの気持ちを確かめ合ったから」

 

 

 そこまで言った後、響はイーグレットに目を向ける。

 

 

「ねぇ、舞ちゃん。喧嘩の事は咲ちゃんから聞いたよ。

 だから不思議なんだ。なんで舞ちゃんは全然怒らないのか。何か理由があるんだよね?」

 

 

 誰が聞いても、咲と舞の喧嘩は不思議だった。

 みのりの不注意で絵を汚されたのは咲ではなく、舞。

 そして舞の事を親友だと思う咲は、舞の絵を汚した事に怒った。

 咲が起こった理由は、自分の注意を何度言っても聞かなかったうえ、そのせいで親友の絵を汚したからである。

 さて、此処までで舞がみのりを庇う理由があるだろうか?

 いくら咲を諌めようとしたとはいえ、舞は不自然なくらいに怒らなかった。機嫌が悪い素振りさえない。

 

 それをイーグレットは、みのりにも話した事を、ゆっくりと口に出した。

 

 

「私も、みのりちゃんと同じだから……」

 

 

 首を傾げて反応したブルーム。その話を見守る響。

 2人にイーグレットは自分の心からの思いを打ち明ける。

 

 

「私も妹だから。お兄ちゃんから怒られた時に、凄くショックで。

 だからきっと、咲の言い方にみのりちゃん、傷ついたんじゃないかって思って……」

 

「舞……」

 

「みのりちゃんを叱るのは、お姉ちゃんだもの、仕方ないと思う。でも、あんな風に言わないでほしい」

 

 

 そう、視点が違った。

 咲は姉の視点で、舞は妹の視点で。舞とみのりは立場が同じだから、どうしてもそちらに入れ込んでしまった、という話。

 その考えの違いが、今回の擦れ違いを生んでしまったのだ。

 

 

「だってみのりちゃんは咲の事、大好きなんだから」

 

 

 イーグレットの言葉。それはみのりを想って。

 姉、あるいは兄に強く言われる事がどれ程恐ろしいかを知っているからこそ。

 みのりの立場を理解してほしい、ただそれだけなのだ。

 いけない事をしたら叱るな、と言っているのではない。ただ、言い過ぎないであげてほしい。

 咲は舞に強く当たってしまった事ばかりを気にしていた。そうじゃなく、みのりの事を気にしてあげてほしかった。

 たった、それだけの事。

 

 ブルームは気付く。舞は自分とみのりに仲直りをしてほしいのだと。

 喧嘩してギスギスしてしまった姉妹に、元通りに。

 

 

「……そっか、だから舞はみのりの事……。

 ごめんね、舞。私にもみのりにも、気を使わせちゃった」

 

「ううん、大丈夫」

 

 

 2人はお互いに笑みを見せた。そこにぎこちない空気は無く、あるのは朗らかな雰囲気だけ。

 咲は「分かっている」と口にしても、みのりがどんな思いでいたかを真の意味では分かっていなかった。

 姉として叱るのは当然。けれど何度も注意した事と、舞の絵だった事が怒りの引き金だった。

 だから、カッとなってしまった。

 

 言い過ぎたのだ、単純に。

 「もう一緒に遊んであげない」とは幼いみのりからすれば、姉からの絶交宣言にも等しいだろう。

 舞を通してそれを教えられた。

 ともすればどちらも謝る事ができず、長く引き摺って今後にも影響しかねないところを舞が助けてくれた。

 

 咲の中にはもう、迷いも、気まずさも、怒りもない。

 そんな咲、ブルームに、響はそっと声をかける。

 

 

「もう、大丈夫?」

 

「……はい! すみません、色々」

 

「気にしないで。っていうか、別に私、いらなかったね」

 

 

 この2人なら何もしなくても解決してそうだったかな、と苦笑いする響。

 年下とは思えないくらいしっかりしたやり取りに驚いたものだ。

 ともあれ、これで2人の絆は再び盤石に。懸念も心配も、もう2人には無い。

 

 

「……みのりちゃんはまだ、あそこにいる」

 

 

 響が目線を、未来とみのりの方へと向ける。ブルームとイーグレットもそれに続いた。

 この戦場にはみのりが巻き込まれているのだ。咲にとって、大事な妹であるみのりが。

 

 

「だから、守ろうッ!!」

 

 

 響の強い言葉に、ブルームとイーグレットが力強く頷いた。

 そしてブルームは隣のイーグレットを見やり、その左手を差し出す。

 

 

「イーグレット、力を貸して。みのりを守りたい!」

 

「うん。力を合わせれば、きっと何とかできるわ。……フフ」

 

「なに?」

 

「やっぱりお姉ちゃんは、そうでなくっちゃ」

 

 

 ニコリと笑ったイーグレットは、ブルームの左手に右手を添える。

 

 2人の手が、繋がれた。

 

 

 

 

 

 その場にいた誰もが、突如とした起こった衝撃に驚いた。

 まるで暴風が突然発生したかのような、そんな衝撃を敵も味方も関係なく感じた。

 モエルンバは感じた。嫌な気配だ、と。

 しかし、仮面ライダー達と響は逆だった。何故だか、嫌な感じはしない、と。

 

 誰もが衝撃の出所を探し、全ての視線が一点に集中した。

 発生源はすぐに分かった。何故ならそこは、眩いばかりの金と銀の光が迸っていたから。

 

 その原因は手を繋いだプリキュア。ブルームとイーグレットによるものだった。

 ブルームからは金色の光が、イーグレットからは銀色の光が、凄まじい勢いで溢れ出ていた。

 その輝く光の正体は、精霊の光に他ならない。

 

 2人はしっかりとお互いの手を握り、地面を踏みしめて立ち、視線はモエルンバを射抜いている。

 

 

「せ、精霊の光が溢れてるラピ!」

 

「凄いチョピ~!!」

 

 

 プリキュアの腰に下げられているミックスコミューンキャリー。

 そこに収納されているミックスコミューン状態のフラッピとチョッピが、それぞれに声を上げた。

 

 まるでジェットを吹かせたような強烈な勢いと共に、精霊の光が噴出している。

 今まで見てきた中でも最大の輝き。カレハーンとの戦いで見せたそれよりも強力かもしれなかった。

 ブルームとイーグレットの力は2人の絆によって変化する。

 仲違いしていれば精霊の光は力を発揮しないし、仲が良ければ発揮する。

 

 では、その仲、言い換えれば『絆』が最大限ならば。

 

 プリキュアは正に、無敵と言える力を発揮できる事だろう。

 今の2人はそれ。これまでの戦いの中でも、最強の力を見せていた。

 

 

「すっ、げぇな……」

 

『あれが、あの2人のベストポテンシャル……?』

 

 

 2人で1人がいかに強いかを知っている翔太郎ですら、その迫力には圧倒されていた。

 フィリップも興味深いという気持ちより先に、驚愕のような気持ちが先行してしまうほど。

 隣にいたクウガや馬遊具ウザイナーと交戦中のキバーラもまた、思わずそちらに意識が行ってしまっていた。

 

 そしてそれは味方だけでなく、敵も同じ。

 

 

「オイオイ、ヤバそうだな……」

 

 

 モエルンバは即座に危険性を察知し、馬遊具ウザイナーの頭に飛び乗って、指示を出した。

 指示を受けた馬遊具ウザイナーはモエルンバを乗せたまま、そのバネの跳躍をもってして遥か上空へと跳び上がった。その高さ、雲とほぼ同等のところにまで。

 逃げるつもりではない。此処で退くつもりなど、一切なかった。

 

 

「行くぜ、セニョリータコス!!」

 

 

 意味の通じぬ言葉と共にモエルンバが燃え上がり、同時に馬遊具ウザイナーもたてがみを炎上させ、身体を縦に回転させながら落下を始めた。

 炎の車輪となった馬遊具ウザイナーとモエルンバは自由落下でどんどん地上へと迫っていく。

 遥か高くまで跳び上がっていたため、地上に激突するまでにはしばらくの時間がありそうだ。

 だが、その高さから馬遊具ウザイナーのような巨体が自由落下してくると考えれば、最早あれは砲弾にも等しい。

 しかもそれは炎を纏っている。その上、見るからにその火力は今までの火ではなかった。

 

 

「なん、ですか、アレ……!」

 

 

 上空を見上げ、呆然と呟くキバーラ。

 炎の車輪となった馬遊具ウザイナーとモエルンバは最早、ただの炎ではない。

 空がまるで昼のように明るくなり、その姿はもう1つの太陽と言ってもいい程に輝いている。

 無論、距離的な近さもあるからこそ明るく見える、というのもあるだろう。

 だが、その光が、その熱が、今まで放ってきた火球とは段違いである事を示していた。

 アレがまともに落ちれば、この辺り一帯は焦土と化してもおかしくはないだろう。

 

 

「私達に任せてください」

 

 

 その冷静な言葉を口にしたのは、ブルームだった。

 続き、ブルームと右手で繋がるイーグレットが口を開く。

 

 

「力を合わせれば、きっと大丈夫です」

 

 

 アレを防ぎきれる確証が何処にあるだろう。

 だが、何故だろうか。2人のまるで揺るぎを感じない言葉からは、言いようの知れぬ説得力を感じた。

 この場の誰もが、それを感じていた。

 だから全員が頷いた。Wが、クウガが、キバーラが、響が、プリキュアに託すと。

 

 

「大地の精霊よ……」

 

「大空の精霊よ……」

 

 

 大地から金色の光が、空から水色の光がプリキュアに集まっていく。

 初めて見る者達は幻想的な光景に目を奪われ、かつてそれを一度だけ見た事のあるWの右側、フィリップはその光景に、以前との差異を感じていた。

 

 

(光が、以前よりも強い……)

 

 

 精霊の光の収束率が前回の比ではない。

 これもまた、2人の絆が深まった影響なのだろうか。

 

 

「今、プリキュアと共に!」

 

「奇跡の力を解き放て!」

 

 

 イーグレットに続き、ブルームが唱える。

 そして2人は、完全に集まった精霊の光を上空に輝く邪悪な太陽へと向ける。

 

 

「「プリキュア! ツイン・ストリーム・スプラァァァァッシュ!!」」

 

 

 金色と銀色の光の奔流は空を翔け抜けて馬遊具ウザイナーとモエルンバへと迫る。

 交差する2つの光は地面に迫る炎を徐々に包み込んでいった。

 

 

「ウザイナー……」

 

 

 ウザイナー特有の、しかし穏やかな鳴き声を上げる。

 そしてウザイナーは元の馬の遊具へと、ご丁寧に設置場所まで同じ位置に戻り、同時に黒ずんだ何かが馬の遊具から抜け出た。

 そしてそれが弾けたかと思えば、赤い色の、可愛らしい笑顔を浮かべた光の粒が大量に出現した。

 カレハーンは緑色の精霊、つまり『木の精霊』を闇に染めて使役していたのと同じように、モエルンバは『火の精霊』を闇に染めて使役している。

 それが解き放たれたのである。

 

 精霊達は何処か、戦士達に感謝するかのように微笑むを向けた後、何処へともなく去っていった。

 続けざまに見せつけられる幻想的な光景にクウガやキバーラ、響は驚くばかりだ。

 

 

「ハッハァー! 中々やるじゃん?」

 

 

 そんな中、突如上空より声が響く。

 声の主は、先程ウザイナーと共にツイン・ストリーム・スプラッシュに飲み込まれたと思われていたモエルンバ。

 どうやら間一髪のところで脱出していたらしい。

 

 

「待たな、アディオースッ(さようなら)!!」

 

 

 上空より戦士達を見下ろすモエルンバは、特に悪役らしい捨て台詞を吐く事も無くその場から消えた。

 言葉の意味と、しばらくしても何も仕掛けてこない事から、どうやら撤退を果たしたようだ。

 

 戦闘終了が明確になり、戦士達はそれぞれに変身を解いていく。

 そんな中、お互いに微笑みあう咲と舞を、響はガングニールを解除しながら見つめていた。

 

 

(凄い……。手を繋げば、あんな力が出せるんだ……)

 

 

 響は自分の右手を見つめ、握りしめた。

 自分はあの、プリキュアなる戦士ではない。

 だから、誰かと手を繋いだってあんな爆発的な力を生み出せるわけではない。

 けれど思った。もしもあんな風に手を繋げれば、想いを通い合わせることができれば。

 未来や翼、二課や特命部、S.H.O.Tの仲間達。いや、それだけではない。クリスとだって。

 

 

(手を、繋ぐ……)

 

 

 何故だかそれは、不思議と響の中に残り続けた。




────次回予告────
「舞、本当にありがとね!」
「ううん、いいのよ。みのりちゃんとも仲直り、ね?」
「うん! あ、ところで舞、夏海さん達も翔太郎さん達の仲間になるんだって!」
「……ごめん咲、どの人が夏海さん?」
「あ、そこから説明しなきゃだね……」
「「スーパーヒーロー作戦CS、『想いと仲間と帰ってきた人』!」」
「「ぶっちゃけはっちゃけ、ときめきパワーで絶好調!!」」


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第56話 想いと仲間と帰ってきた人

 ウザイナーを倒した事で、これまたカレハーンの生み出していたウザイナーと同じように1つ、小さな球体がブルームの手に舞い降りた。

 奇跡の雫。泉の郷の泉を復活させるのに必要な代物だ。

 ブルームとイーグレットはフェアリーキャラフェを取り出し、その中に投入。

 木の泉を復活させる際に今まで集めた奇跡の雫も無くなったので、また1個目から。

 これは次の泉を復活させる足掛かりと言えるだろう。

 

 

「キバーラ、ありがとうございました」

 

「はぁーい、じゃ、先に戻ってるわねぇ~」

 

 

 夏海が変身を解除すると銀色蝙蝠ことキバーラは空へ飛び、光写真館へ向けて帰って行った。

 それを皮切りに、各々の戦士達が変身を解いていく。

 そんな中で公園に姿を現した人影が2人。別の場所でホラーと戦っていた士と鋼牙だ。

 彼等は馬遊具ウザイナーの最後の攻撃を、あの太陽と見紛わんばかりの光を見た。

 ホラーを倒したと思ったら立て続けに起こる異常事態に急ぎ此処まで戻ってきたわけなのだが、彼等が到着する頃には、既に勝負は決していたというわけである。

 

 

「あ、士君。それに、さっきの……」

 

「なんだ夏みかん。鋼牙とどっかで会ったのか」

 

「みのりちゃんの事で聞き込みしてたら、ちょっと」

 

 

 大雑把な言い方だったが、聞き込みの最中で偶然知り合ったという事は伝わった。

 士はそれに納得の表情を見せるでも無く、今度は響に目を向ける。

 

 

「おい、立花」

 

「はい?」

 

「お前、アレは使わなかっただろうな?」

 

 

 アレ、というのはシンフォギアの事。

 何度も言うがシンフォギアは機密。名称が知られるのもあまりよろしくないので、士はぼかしているのだ。

 それに対して響は後頭部を掻きながら、申し訳なさそうな表情を作った。

 それだけで何が言われるのかを士は察してしまう。

 

 

「あのぅ、実は、ばっちり使って……」

 

「よしもういい、だいたい分かった。

 ……お前、二課の連中に筒抜けなの分かってるだろうな?」

 

「あ、あははぁ……そう言えば……」

 

 

 止めはしたが、どうせそんな事だろうと思った、というのが士の本音だ。

 後ろ髪を掻いてとぼける響にはただただ呆れるばかりだが。

 

 さて、しかしそうなると二課側に何と説明したものか。

 ユウスケと夏海は士の仲間で仮面ライダーという事もあり、まあ許容できない事はないかもしれない。

 が、問題は咲と舞だ。

 彼女達はプリキュアである事を除けば完全な一般人。響や未来と繋がりがあるわけでもなく、おまけにプリキュアは全く認知されていないと来ている。

 そもそも『何で響と未来が夕凪に来ているの』、という話をされると、『士が写真の現像をするから見てみたくて』、という話になり、『じゃあ士は咲と舞の2人とどうやって知り合ったのか』、という話になるだろう。

 そうなればプリキュアの話題は避けて通れない。

 

 それに咲と舞には口外してはいけないと言って、二課側に秘密にしておけばいいというわけでもない。

 咲と舞が口外しない、という約束は確実性が無いが、もしも口にしたら逮捕される可能性がある、とか言っておけば何とでもなるだろう。そうでなくとも2人はプリキュアの事を秘密にしているから理解も得られるはずだ。

 が、二課側にはそうはいかない。二課はノイズやシンフォギアの反応を自動で探知する。

 シンフォギアを纏う事で発生するアウフヴァッヘン波形が感知された時点で装着した事はバレる上、その波形パターンは聖遺物によってそれぞれ。

 つまり、此処でガングニールが起動した事はもう二課側に筒抜けの筈なのだ。

 

 しかし、此処で響ははたと気づく。

 

 

「あれ? そう言えば誰からも通信来てないですね」

 

 

 それの何が不思議なのか、と言う前に、士も気づいた。

 そう、おかしいのだ。ガングニールの起動が露見しているという事は、『何があった』とか『どうした』という通信が二課から来てもおかしくはない。

 それが戦闘中、一切来なかった。

 シンフォギアが二課の知り得ないところで起動するのは非常事態もいいところ。

 此処でガングニールを起動すれば、二課の誰かが通信するなりすっ飛んできそうなものだが。

 

 

「ま、その辺は後で確認取ってみればいいだろ。それに……」

 

 

 2人の会話を一時遮った翔太郎。

 彼は言葉の後、辺りを見渡す。士と響もそれに倣って全体を見渡した。

 勝利を喜ぶのも束の間、無表情を貫く鋼牙以外の全員の顔が困惑気味だ。

 そう、この場で状況の全てを把握している人間はほぼいない。

 プリキュア、シンフォギア、仮面ライダー、ダークフォールの事などなど。

 舞は夏海やユウスケの事を知らず、咲は咲で響の纏った鎧の事を知らないし、夏海とユウスケはプリキュアの事もシンフォギアの事も知らない。

 

 

「色々と、説明しなきゃいけない事もあるみたいだしな」

 

 

 一先ず、状況の整理が必要だった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで自己紹介、という形でこれまでの経緯と自分が何者なのかを語っていく一同。

 咲と舞は自分がプリキュアであり、ダークフォールと戦っている事。

 その最中に紹介したフラッピとチョッピに響と未来、夏海とユウスケの初見組が驚くのもある意味、いつも通りと言えるだろう。

 夏海とユウスケは士のかつての旅仲間で、仮面ライダーである事と、夕凪に現れた写真館に住んでいる事。

 既に全体が共通して知っている士と翔太郎は軽い挨拶程度。

 未来は自分が高校生で、士の生徒である事を語った。

 ちなみにみのりは以前気を失ったままで、未来に担がれたままだ。

 

 さて、シンフォギアという国家機密を抱える響は。

 

 

「私は立花響。未来と同じ学年の15歳で、士先生の生徒なんだ。

 私が使ったアレはそのぉ……あんまり人に教えちゃいけないもので……」

 

 

 響は細かい説明が得意なタイプではなく、何から話したものかと考え込んでしまっていた。

 説明に困った響に助け船を出したのは翔太郎であった。

 

 

「国家機密ってやつで、口外できないらしいんだ。もし話そうもんなら逮捕される可能性もある。

 ……脅すわけじゃねぇけど、最悪、響ちゃんの力を知っている事が俺達以外にバレたら、2人だけじゃなく、2人の家族や友達の命にも関わるかもしれねぇ。

 だから咲ちゃんと舞ちゃんも、響ちゃんの事は絶対に、内緒で頼むぜ」

 

 

 絶対に、を強調しつつ、なるべく念を押す。

 咲と舞がやや怯んだ表情になったのを見て、少し罪悪感を覚える翔太郎だが、此処まで言っておかないとマズイ。

 何せ、何一つ脅しではなく、事実だからだ。

 聖遺物を巡る裏で、血みどろの抗争やきな臭い事が起きている。

 米国の暗躍だとか、関係があるかは不明だが防衛大臣の暗殺まで起きているのだ。

 彼女達の安全を考えればこそ、である。

 

 と、翔太郎が説明をする中で、士の肩をちょいと鋼牙が小突いた。

 振り向く士に対し、鋼牙は左手のザルバを向ける。

 

 

『士、何やら通信がどうのとか言っていたな』

 

「聞いてたのか。ああ、通信が来てもおかしくなかったが、来なかった。

 まあ偶然来なかっただけだろ」

 

『ところがそうでもなさそうだぜ』

 

「何?」

 

『さっきまでいた赤いアイツ。アレが現れた段階から、この辺り一帯を結界のようなものが覆っていたんだ。それがその通信とやらを妨げていたのかもな』

 

 

 そう、咲と舞も話していない事だが、ダークフォールは現れると同時に周囲の一定範囲内に結界のようなものを作る。

 そしてそこで戦闘が行われ、ダークフォール側が負けた場合、戦闘で発生した建物や土地の被害は全て修復されるのだ。

 今回のみのりのように近くにいた人間が結界に巻き込まれる事はあるが、そうでなければプリキュアもダークフォールも視認されず、尚且つ戦闘の被害は全て元に戻る。

 故に、何度戦ってもプリキュアの事は夕凪で噂にならないのだ。

 

 そこで士は推察する。

 通信までその結界とやらに阻害されていたとすれば、ガングニールのアウフヴァッヘン波形もそもそも二課側に伝わっていないのではないだろうか?

 とすれば、二課側にはガングニールの起動が知られていない、という事だ。

 憶測だが、それなら結界が消えたこのタイミングでも通信がかかって来ない事にも納得がいく。

 

 

「っと、そういえばよ士。そこの奴は誰なんだ?」

 

「そうですよ。それに、さっきの黒い怪物とか……」

 

 

 翔太郎、夏海が士と鋼牙、正確に言えば士とザルバの会話に気付いた。

 一応ザルバの事はバレなかったらしい。ザルバの事がバレれば魔戒騎士の事にも突っ込まれるかもしれない。

 そうなれば鋼牙としては一大事である。

 

 

「ま、お前等とは関係の無い奴だ。だろ?」

 

「ああ。それに言った筈だ、君が知る必要はない、と」

 

 

 士の言葉に続いて、鋼牙が、特にホラーの事を聞いてきた夏海に向けて言う。

 その言葉にちょっと顔を顰める2人。今更この面子で何を秘密にする必要があるのか。

 しかしそれを言おうとする前に、鋼牙はコートを翻して背を向けてしまう。

 

 

「士。先に帰るぞ」

 

「ああ。ゴンザに言っとけ、少し遅くなるかもしれないってな」

 

「…………」

 

 

 無言は肯定なのか、鋼牙は表情を一切変える事無くつかつかと公園を出て、そのまま去って行ってしまった。

 あまりにも冷静、いや、冷徹な態度に誰も声をかけられなかったのだ。

 

 

「アイツにはアイツの事情がある。詮索はやめとく事だな」

 

 

 かつての士を知る者からすれば意外な事に、士のフォローが入った。

 それには理由がある。

 魔戒騎士の掟は絶対だ。一度気になってゴンザから聞いたが、どうやら破った掟によっては『寿命を削る』という洒落にならない罰が与えられる場合もあるらしい。

 流石に命に関わる事だ。士も口にするのを躊躇うというものである。

 

 同じような境遇である咲と舞は戸惑いつつも頷き、ユウスケや響、未来も似たような感じだ。

 一方の翔太郎はと言うと。

 

 

(アイツ……)

 

 

 鋼牙の去っていった道筋をじっと見つめ、拳を握り、悔しそうに。

 

 

(ハードボイルドを感じた……ッ!!)

 

 

 鋼牙の一切感情を変えない態度、冷徹な口調、それらは正に彼の目指すハードボイルドのそれ。

 そんな鋼牙に翔太郎は謎の対抗心を燃やしているのだった。

 

 そして、夏海はまた違っていた。

 別にあの青年にどんな秘密があってもいい。言えないのなら強引に聞くつもりもない。

 夏海が思っているのは、もっと別の事。

 士が知っていて自分が知らない事なんて幾つもある筈なのに。

 士が自分の知らない誰かの肩を持っている。彼と共有できないものがある。

 先程までの士と鋼牙のやり取りが彼女の頭に蘇る。

 

 

『ま、お前等とは関係の無い奴だ。だろ?』

 

『ああ。それに言った筈だ、君が知る必要はない、と』

 

 

 目の前で繰り広げられ、そして言われたやり取りに、明確に壁を感じてしまった。

 そしてそんな事実に、何処か寂しさを感じて。

 

 

「士君……」

 

 

 そんな思いが、夏海から零れた。

 

 

 

 

 

 様々な思いの中で、彼等彼女等の自己紹介が終わる。

 ただ1人、鋼牙の素性だけは士以外知る事なく終わったが、彼の素性は教えられるものではない。

 

 そうこうしているうちに、未来が背負うみのりがもぞりと動いた。

 どうやら意識を取り戻したようで、みのりはゆっくりと目を開ける。

 それに気付いた未来は、背中のみのりへにこりとした横顔を見せた。

 

 

「気が付いたんだね、みのりちゃん」

 

「…………? お姉ちゃん、だぁれ……?」

 

 

 寝ぼけ気味なみのりは周囲を見渡す。

 響、士、翔太郎、ユウスケ、夏海、咲、舞、そしてみのりを背負う未来。

 その顔触れを見て、みのりは首を傾げた。

 

 

「咲お姉ちゃんと、舞お姉ちゃんと……知らない人がいっぱい……?」

 

 

 誰もがそこで気づいた。

 そういえば、咲と舞以外の事をみのりは一切知らないのだと。

 これが夕凪中学校の同級生とかなら説明もしやすくて良かったのだが、写真館の住人にカメラマンに探偵に高校生という纏まりが無さすぎる面子ときている。

 

 

「……あっ!! 炎のお化けは!?」

 

 

 おまけにモエルンバの事を覚えているというのだから大変である。

 自分が気を失うまでの出来事が徐々に記憶に蘇ってきたのか、寝ぼけ気味な顔が一気に覚醒。周囲をきょろきょろと見渡し始めた。

 

 さて、みのりは気を失っていて仮面ライダーもシンフォギアもプリキュアも目撃してはいない。

 それはいいのだが、そこを伏せた上でこのメンバーとモエルンバをなんと説明すればいいのだろうか。

 慌てた様子の咲と舞は何とか、多少強引でもいいからそれっぽい理由を考え、急いで言い訳に走る。

 

 

「ゆ、夢でも見ていたんじゃないかしら!」

 

「そ、そうだよみのり! 舞が言ってたよ、疲れて眠っちゃってたって!!」

 

「そう、なの……? でも、知らないお兄ちゃんとお姉ちゃん達は……?」

 

 

 舞の言い訳に乗っかって咲も慌て気味のフォローに回る。

 次に誤魔化さなければいけないみのりの疑問には、優しく笑顔で、みのりを背負う未来が答えた。

 

 

「私達はPANPAKAパンでパンを食べてたんだよ。そうしたら、咲ちゃんが妹を探してるっていうから、手伝ったの。私と響は人助けが好きだから」

 

「響……?」

 

「あのお姉ちゃんの事だよ。私は小日向未来。よろしくね、みのりちゃん」

 

 

 その後、未来は士の事を学校の先生、他3名の事をその友人という形でみのりに紹介した。

 響と未来はPANPAKAパンにパンを食べに来ていて、偶然学校の先生とその友人の皆さんに会った。

 そこで妹がいなくなって困っている咲を見つけ、それを手伝ったのだと。

 多少強引だが半分くらいは事実。それにみのりはまだ幼く、細かい事に突っ込む事もなく、納得した様子でいた。

 

 未来は屈んでみのりを降ろしてやり、みのりは何処かぎこちない動きで咲の前に立った。

 俯き加減の頭は朝の事を気にしている事を如実に示している。

 

 

「咲お姉ちゃん。どうして此処って分かったの……?」

 

 

 咲はそんなみのりに対し、朝方見せた怒りを欠片も見せる事無く、優しく接した。

 

 

「だって、此処はみのりが小さな時から一番好きな場所じゃない」

 

 

 公園を見渡しながら言う咲の顔を、みのりは見上げた。

 覚えていてくれた。姉と一緒に遊んだから、大好きになったこの場所を。

 それがみのりは嬉しかった。何を言われても、大好きな姉である事に変わりはないのだから。

 だからこそみのりは思う。ちゃんと、此処で謝ろうと。

 

 

「咲お姉ちゃん。今日の事、ごめんなさい……」

 

 

 咲の顔を見上げて一瞬笑顔を見せていたみのりの顔は、再び暗く、俯く。

 自分が悪い事をした、という自覚があるから。謝って、本当に許してもらえるのかが怖いから。

 ましてそれが家族なら尚更だろう。

 

 だけど、咲も先程までの咲じゃない。

 自分にだって落ち度はあった。昼に見せた衝動的な怒りは、もう咲の中には無い。

 

 

「もういいのよ。私も、ちょっと言い過ぎちゃったしね」

 

「……ホント? お姉ちゃん、みのりと遊んでくれる?」

 

「うん、ホント」

 

 

 その一言にみのりはぐいっと姉に顔を近づけた。

 

 

「ホント!? ホントにホントにホント!?」

 

「もぉー。ホントにホントにホントっ」

 

 

 みのりは咲の奥に立っていた舞に目を向けた。

 ホントだった、舞お姉ちゃんの言う通り、大丈夫だったと。

 自分はまだ、姉に嫌われてなんかいなかったのだと。

 それを認識して理解した時、みのりは今まで見てきた中でも一番の笑顔で手を挙げて喜んだ。

 微笑ましい姉妹のやり取りに誰もが顔を緩めるが、咲は次の言葉を口にした。

 

 

「それよりみのり。舞お姉ちゃんに言う事、あるんじゃないの?」

 

 

 結局、みのりがした事は悪い事である。

 咲とみのりの仲違いの原因は確かに両者にあるだろう。だが、元を正せばみのりの不注意が原因だ。

 咲とみのりが仲直りした。はい、おしまい。というわけにはいかない。

 そこは姉としてはっきりと言っておかなければならない部分である。

 怒りに任せて怒鳴るのではなく、きちんと論す形で、という相違はあるが。

 

 勿論、みのりもそれは分かっていた。

 みのりは舞の方へ再び顔を向け、頭を下げる。

 

 

「舞お姉ちゃん。大切な絵にジュース零しちゃって、ごめんなさい」

 

 

 それに続き、咲もまた、舞の方へ振り返った。

 自分も、舞には迷惑をかけた。みのりが悪いのは確かだが、咲にも決して非がないわけではない。

 まして、何の非もない舞に強く当たってしまった事はしっかりと謝りたかった。

 戦闘中の言い合いにおいて「悪かったと思ってる」とは言ったが、そんな軽い言い方で済ませたくはなかった。

 

 

「私も、舞は全然悪くないのに、キツく当たっちゃって、ごめんなさい」

 

 

 謝られた舞は、決して怒りを見せる事もなく、少し声を出して笑った。

 姉妹揃って頭を下げてくる光景がおかしくて、姉妹の仲が良さそうで嬉しくて。

 

 

「もう、いいのよ。元々、怒ってなかったんだから」

 

 

 大切な絵が汚れてしまった時に全くショックではなかったと言えば嘘になる。

 けれど、絵はまた描ける。そこまで目くじらを立てて怒ることではなかった。

 みのりには同じ妹として、咲には同い年の親友として、自分にしてあげられる事をしたかっただけなのだから。

 

 舞は頭を上げた2人に、別の事を促した。

 

 

「それに咲もみのりちゃんも、皆さんにちゃんとお礼を言わなきゃ」

 

 

 舞は士達へと目を向ける。同時に、それにつられるように咲とみのりも全員を見た。

 士、翔太郎、夏海、ユウスケ、響、未来。本来ならば関係のない6人を手伝わせてしまったのだ。

 響の人助けが発端とはいえ、お世話になった以上、お礼は必要である。

 

 

「皆さん、本当にありがとうございました!」

 

 

 咲は再び頭を下げた。

 その「ありがとうございました」の中には、戦闘でお世話になった事も含まれている。

 それに対し笑顔を見せる響と未来と夏海、サムズアップを返すユウスケ、キザに笑う翔太郎、特に表情を変えない士と、それぞれの反応を示した。

 士はともかくとしても、誰も気にしていない事を響が笑顔で代表して伝える。

 

 

「いいんだよ。困った時はお互い様!」

 

 

 そもそも響は人助けに喜びを感じているタイプ、というのもある。

 しかしそれを差し引いたとしても、6人全員が協力してくれた。

 いい大人もいるのに、お人好しの集まりみたいな6人組。

 けれど、そんな大人と先輩が、咲とみのりにはとても頼もしく見えていた。

 

 モエルンバとの戦闘も、咲とみのりの仲も、全てが円満に終わる事ができた。

 沈みかかっていた日は既に頭の先を少しだけ見せる程度になっており、日没はすぐそこまで迫っている。

 

 

「さっ、帰ろう!」

 

 

 家に帰るまでが人助け、とでも言うかのように、みのりと咲を送り届けようとする響の一声。

 そうして一同はPANPAKAパンへと足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「咲ぃ! みのりぃ!!」

 

 

 PANPAKAパンまで戻れば、入り口の前には咲とみのりの両親である大介と『日向 沙織』がいた。

 此処に来るまでの間に咲は、みのりを見つけたから今から帰る事を両親に携帯で報告済みだった。2人が待ち構えていたのはその為であろう。

 2人とも仕事用のパン屋でよく見る白い制服に身を包んでおり、仕事中なのに2人を心配していた事が伺える。

 沙織に店番を頼んでいたので店事態に影響は出なかったようだ。

 それよりも、愛娘の心配をする親の心情はあまりある。

 

 

「ほら、みのり。心配かけちゃったんだから、お父さんとお母さんにも謝らなきゃ」

 

「うん……」

 

 

 みのりは両親へと「ごめんなさい」と頭を下げた。

 2人ともに「心配かけちゃダメだぞ」とか「何処へ行くか言ってからにしなさい」と一言二言注意をした後、大介はその大きな父親の手でみのりの頭を撫でてやった。

 

 

「良かった。みのりが無事で」

 

 

 その一言に尽きた。大介も沙織もみのりが心配だった、それだけだ。

 いつか、中学、高校、大学と年齢を重ねるにつれて、親の手を離れていくのだろう。

 だがまだその時じゃない。勝手に何処かへ行ってしまうには危なっかしい年頃なのだ。

 

 さて、大介と沙織からするとみのりと咲、そして舞が一緒にいるのはわかる。

 だが、他の6人は一体全体誰なのだろうかという疑問が尽きない。

 実は咲、みのりを見つけたという報告しかしていなかったのだ。

 女子高生2人に、大人の男性が3人に、大人の女性が1人。

 どれかに統一してくれれば推理のしようもあるのだが、如何せん統一感のない6人組は大介と沙織の首を傾げさせるには十分だった。

 

 しかし2人とも何か引っかかっていた。

 何処かで会ったような……。そう考えているうちに、すぐに答えに行き着く事ができた。

 

 

「ええっと、確か……。そちらは今日、パンを買ってくれたお嬢ちゃん達とお兄さんで、そっちは何回か来てくれてるお兄さんとお姉さんですよね?」

 

 

 大介の言うパンを買ってくれたお嬢ちゃん達とお兄さんは響と未来、翔太郎の事。

 何回か来てくれているお兄さんとお姉さんというのはユウスケと夏海の事だ。

 今日のお客だったというのと、何回か来てくれているお客という事で覚えてくれていたらしい。

 それに対して返事をしたのは夏海、続いてユウスケだ。

 

 

「はい。実は、みのりちゃんを探してるのを偶然知って、咲ちゃんの手伝いをしたんです」

 

「あと、こっちの不愛想なのは俺達の友達で、根は良い奴なんです! なっ、士!」

 

「勝手に決めるな」

 

 

 ユウスケの言葉を鬱陶しそうに跳ね除ける士。その態度は悪い方だろう。

 が、大介と沙織から見れば態度が悪かろうが娘を一緒になって探してくれた恩人なのだ。

 士以外は全員お客様。さらに言えば、夏海の言葉を咲が肯定するように頷いている事から、みのり探しを手伝ってくれた事が事実であるのが伺える。

 そういうわけで、大介と沙織は士一同に頭を下げた。

 

 

「これはどうも、申し訳ありません。お世話になってしまったようで……」

 

「いえ、そんな! 好きでやった事ですから!」

 

 

 大介の心底からの謝罪に答えたのは響だ。

 人助けが趣味な響は勿論の事、他のメンバーも勝手に手伝いだしたのは事実。

 それを好きでやった事というのなら、そういう事になるだろう。

 

 しかし、大介と沙織としてはそれで「ありがとうございました」と帰すわけにはいかない。

 家族の愛娘が世話になったのだ。お礼の1つでもしたいというのが本音である。

 そこで、大介は自分達にできる精一杯のお礼として、1つの提案を打ち出した。

 

 

「そうだ! 良かったら皆さん、ウチのパンを食べていってください! お代は結構なので」

 

「え、いや、でも……」

 

「さあさ、遠慮なさらずに」

 

 

 大介の豪快な笑顔から放たれる提案に戸惑いを見せる響。

 彼女としては、見返りが欲しくてやったわけではないのだが。

 おまけに沙織まで一緒になって言ってくるし、咲も咲で「是非是非!」と押してくる。

 騒動の張本人であるみのりも姉と同じような感じだ。

 日向家以外の一同が顔を見合わせて戸惑う中、あれよあれよという間に、彼等彼女等はPANPAKAパンへ半ば強引に連れていかれるのであった。

 

 

 

 

 

 そういうわけで、士達は好きなパンを食べてくれ、と店の中へと案内された。

 ずらりと棚に並べられたパンは暖かいオレンジ色の光でライトアップされ、輝いているようにすら見える。

 しかも焼き立てが存在しているらしく、あちらこちらから暖かく、それでいて非常に美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐってくるのだから堪らない。

 響なんかは既にだらしない顔でパンを見つめていた。

 

 

「あ~、どれもこれも美味しそうだなぁ……」

 

「好きに食べていってください。今日のお礼ですから、本当にお代は結構ですから」

 

「いやぁ~、それじゃあお言葉に甘えて!」

 

 

 先程まではお礼を受け取るのを渋る様子すら見せていたのに、パンを見た瞬間に大介の提案に乗っかりだす響。

 まだまだ、色気より食い気という事だろうか。

 それにつられるように士も、翔太郎も、ユウスケも、夏海も、未来も、そして舞もそれぞれにパンを選び出す。

 流石に幾つも食べるのは気が引けたのか、それぞれ食べたパンは1つ、ないし2つ程度だったが。

 

 チョココロネ、メロンパン、カレーパン、アンパン……オーソドックスな物からこの店オリジナルの物まで、それはもう様々。

 それぞれに気に入ったパンを手に取って頬張っていくが、味も見た目も違えど、共通しているのは凄まじく美味である、という事だった。

 焼きたてのフワフワ感は言わずもがな、焼いてしばらくたった後のパンまで同じくらいに美味いとはどういう事か。

 

 士以外のメンバーは既にここのパンを食べた事がある。

 だからこそ、此処のパンがどれだけ美味しいかは理解しているつもりだ。

 一方で初めて食べる士も、その味に魅せられているようで。

 

 

「…………」

 

 

 士は特に何も言わずに食べ進める。

 美味いとも、まあまあとも、何1つ言わないで黙々と食べている。

 どんなに美味い物を食っても、士は褒めちぎったりはしない。そういう性格だからだ。

 しかし、此処のパンはその士を黙らせてしまっている。

 悪びれた言い方をしてやろうとすら思わせないほどに、此処のパンは美味かった。

 

 皮はパリパリ、中身はフワフワ。噛む度に味が広がり、食べている最中でも絶え間なく襲ってくる芳醇な香りは食欲を延々と刺激する。

 いつまでも食べ続けられそうだった。

 

 そんな士にユウスケと夏海が近づく。

 2人して近づいてきて声をかけてくるユウスケに、士はパンを食べるのを一旦止め、そちらを向いた。

 

 

「なあ、士」

 

「なんだ」

 

「俺達さ、士達に協力する事にした」

 

 

 士達に協力。その言葉を聞き、理解した後、士は翔太郎の方を向いた。

 2人とも、先程まで翔太郎と何か話していた様子であったし、事情を聞いたとしたらそこだろうと思ったからだ。

 視線に気づいた翔太郎はパンを頬張りつつ、士へと近づく。

 

 

「ま、仲間は多いに越した事はない、だろ?」

 

「お前、話したのか」

 

「ユウスケにはみのりちゃんを捜してる間に。夏海ちゃんには今、な」

 

 

 翔太郎曰く、現在所属している組織、響も自分も士もそこに所属している事、そして大ショッカーなる敵対組織が存在している事を話したらしい。

 大ショッカーと言えば士と因縁深い相手だ。何せ、士が旅の道中で戦ってきた相手なのだから。

 という事は当然、旅の仲間であったユウスケや夏海にとっても、決して無関係の相手ではない。

 

 

「さっきの炎の化物とか、黒い怪物とか、それと戦ってる人達がいるんですよね?」

 

 

 夏海はモエルンバとホラー、それにこの世界に来てから何度か聞いた事のあるヴァグラス、それに今しがた聞かされた大ショッカー。

 それらの悪意がこの世界に集結しているのは確かだ。

 だからこそ、困っている人を放っておけない性分の夏海ははっきりと言い切った。

 

 

「だったら、私達も力になりたい。仮面ライダーなんですし」

 

 

 此処まではっきり言いきられては追い返す事もできない。

 もっとも、クウガにせよキバーラにせよ、間違いなく戦力となる事に違いは無い。

 何より旅の道中でその世界に首を突っ込むと決めたのはこの2人だ。

 士の旅が誰にも指図されないように、この2人の旅の道筋に指図する気は無かった。

 

 

「好きにしろ」

 

 

 士の言葉は歓迎か、はたまたお人好しな2人への呆れか。

 とにもかくにも、正式な報告をしなくてはならないが、こうして2人の部隊への参入が決定したのだった。

 

 

「士君と同じ世界で同じ事をするって、何だか懐かしいです」

 

「そういえばそうだなぁ。いやー、後は海東がいれば完璧だったんだけど」

 

「もういるぞ、この世界に」

 

 

 それぞれにパンを頬張りながら、他愛のない談笑を繰り広げていく。

 士と翔太郎も、響と未来も、ユウスケと夏海も、舞と日向家一同も。

 明るく穏やかな空間がPANPAKAパンの中には広がっているのだった。

 

 

 

 

 

 パンを食べ終わった後、日もすっかり落ちてきてしまったので士達はPANPAKAパンから帰る事に。

 帰る直前、大介と沙織が各人に1袋ずつ、パンを数個詰め合わせた物を持たせてくれた。

 どうも先程のお礼だけではなく、「よければ家族やお友達にも」という事だそうだ。

 家族や友達にパンが広まれば、ある種の宣伝にもなる。

 なんだかそういう風に考えるとちゃっかりしているような気もするが、あくまでもメインの想いは『愛娘を捜してくれた事』への感謝だ。

 

 流石に日が落ちて舞が1人で帰るには危ないだろうという事で、同じ夕凪に住む夏海とユウスケが舞を送る事になった。

 

 

「士君。士君は来ないんですか?」

 

「俺はこの世界で居候してるところがある。それも多分、俺のするべき事に関係があるからな」

 

「そう、ですか。……そうですね」

 

 

 世界を訪れる度に、士は『するべき事』があると考えている。

 何処かの世界を士が訪れれば、必ず役職や何かしらの肩書があり、それがきっとするべき事に関係しているのだと。

 それは世界を救うという目的の為に世界を巡っていた時の名残でもあるのだが、今でも士はそんな風に考えていた。

 実際、世界が士に役職を与え、それで都合よくその世界のライダーや戦士と関わりになるという辺り、間違ってはいないのかもしれないが。

 

 そんな士の返答に、夏海は納得しつつも、何処か寂しそうな顔でいた。

 

 

 

 

 

 さて、響と未来は翔太郎同伴で寮に、翔太郎も二課の宿舎に帰宅した頃、士は士で冴島邸へ到着していた。

 徒歩で来たために徒歩で帰る羽目になってしまった為、士はやや疲れ気味だ。

 冴島邸の扉を開け、玄関へと足を踏み入れる。

 

 

「帰ったぞ」

 

「おお、お帰りなさいませ、士様」

 

 

 出迎えたのは執事のゴンザ。

 今ではすっかり士の帰りも迎えるのが習慣付いている。

 居候という肩書である事に変わりはないが、冴島邸の住人の1人としてすっかり認識されているようだ。

 士が脱いだ上着をゴンザが預かりつつ、士は手にしていた紙袋も一緒に渡した。

 中身は土産のパンだということを告げると、ゴンザは丁寧に「ありがとうございます」と一礼。

 今日の夕食はシチューであるから、一緒にお出ししましょうという事になった。

 

 手を洗ったりうがいしたり、帰宅時にする一通りの事をした後に士はリビングに赴く。

 と、そこでは既にいつもの定位置、つまり士が普段座る場所と対極の位置に鋼牙が座していた。

 主食、副菜などなど、シチューをメインに食卓には既に料理が並べられている。

 

 

「遅い」

 

「間に合ったんだ。グチグチ言うな」

 

 

 ともすれば険悪な雰囲気だが、これが2人の平常運転である。

 士も席に着こうとすると、片付けを終えたゴンザもリビングへとやってきて、先程渡したPANPAKAパンのパンを食卓に並べだした。

 既に食事は全て並べ終えられていたと思っていた鋼牙は、新たに並べられたパンをじっと見つめる。

 

 

「ゴンザ、これは?」

 

「士様からのお土産のパンにございます」

 

 

 パンというと、恐らく夕凪町にある、自分が士を案内したあのパン屋か。

 鋼牙は納得した様子を見せ、一方で士はフンと鼻を鳴らす。

 

 

「わざわざ手に入れた土産だ。感謝しろ」

 

「お前を夕凪まで連れて行った借りを返されただけだ」

 

 

 成り行きで貰っただけなのに恩着せがましく言う士であったが、鋼牙の反論にはぐうの音も出ない。

 眉1つ動かさず、そして瞬時の反論に士は特に何を言う事もなかったが、露骨に機嫌の悪そうな顔だけは浮かべていた。

 

 はてさて、そんな感じで食事が始まるわけだが、鋼牙にせよ士にせよゴンザにせよ、食事中の無言空間はいつも通り。

 しかしその食事中に、ゴンザが突然口を開いた。

 

 

「しかし、鋼牙様と士様はすっかり友人という感じですな」

 

「はぁ? 何をどう見てそう思ったんだ、お前」

 

 

 突発的かつ、正直何を言ってるんだお前としか言えない発言に士は怪訝そうな目をゴンザに向ける。

 ゴンザはその視線に微笑むと、士が来る前のほんのちょっとした事を話し始めた。

 

 

「いえ、実は夕食ができたのは士様が帰ってくるよりも前だったのですが、鋼牙様は士様が帰ってくるまで食べずに待っていらしたんですよ」

 

 

 ほほ、と笑うゴンザ。食が止まる鋼牙。流石に目を丸くする士。

 ゴンザに向けていた視線は鋼牙に移り、士の顔はからかいのネタを見つけてやった悪ガキのような表情となっていた。

 

 

「はっ。お前がそんな青臭い事をするとはな。ただのロボットみたいな奴かと思っていたぞ」

 

「……聞きたい事があっただけだ」

 

 

 余計な事を言うな、と半ば睨んでくる鋼牙からゴンザは慌てて目を逸らす。

 聞きたい事があるなら後で聞く事もできたろうに、それは果たして言い訳として機能しているのだろうか。

 まあ、とにもかくにも言えるのは、表面上の態度ほど、2人の仲は悪くないという事。

 2ヶ月近くも同じ屋根の下で過ごしているのだから、当然といえば当然かもしれないが。

 

 ところで士の興味は別のほうに向いた。鋼牙の『聞きたい事』だ。

 

 

「聞きたい事だと?」

 

「あの炎の化物。ホラーとは違うようだったが、何者だ」

 

「ホラーを狩る魔戒騎士には関係ないんじゃないのか?」

 

『ところがそうでもないんだな』

 

 

 鋼牙の左手に嵌められているザルバが口を挟んできた。

 士の疑問には、ザルバがカチカチと金属の顎を動かして答えていく。

 

 

『奴が現れた瞬間、オブジェがゲートに変わった。

 ゲートを生み出せる怪物となりゃあ、魔戒騎士も無関係じゃいられねぇ』

 

 

 魔戒騎士の敵はホラーであるが、ホラーだけとは限らない。

 どういう事かというと、もしもホラーを呼び出す者がいるのなら、それも駆逐対象となる可能性があるのだ。

 

 

「偶然じゃないのか?」

 

『確かにあの公園にあった馬の遊具は陰我が少し溜まったオブジェだった。

 しかし、どう考えてもゲートになるほどの陰我は無かった』

 

 

 士はホラーが現れる瞬間を見ていない。

 その為、ホラー出現を完全な偶然として捉えていたのだが、陰我やゲートを感じる事のできるザルバにとっては、あれは偶然とは思えない事態だった。

 ザルバはそれを説明していく。

 

 

『だが奴が現れた瞬間、オブジェの陰我が増幅……というより、周囲の『精霊』を集めてゲートにした上、そのまま遊具自体を怪物にしちまいやがった。

 精霊ってのは本来なら善良な存在だが、それを邪悪な気配に染めて馬の遊具に憑りつかせた。

 ゲートになったのも、遊具自体が怪物になったのもそれが原因としか思えねぇ』

 

 

 説明を特に表情も変えずに聞く士と鋼牙だったが、途中のザルバの言葉に士は引っ掛かりを覚えていた。

 さらりと言った言葉。『精霊』と言った事に。

 

 

「待て、精霊だと?」

 

『ああ。人間には感じられないし、特に影響もないが、この世界には精霊がいる。至る所にな。

 陰我と同じように、どんな物にも精霊が宿っているんだ』

 

 

 世界は何も陰我だけではない。精霊のような善良なものがいる。

 士の知る『精霊』といえば、それこそフラッピとチョッピだ。

 とはいえ、士はプリキュアに関して『ダークフォールと戦っている』以上のことを知らない。

 精霊なんて言葉にも詳しくはないので、考えるだけ無駄だと『精霊』の言葉を頭の隅にどける士。

 ザルバは改めて士に問う。

 

 

『ともかく、ホラーを呼び出せちまうアイツは何者だ?』

 

 

 プリキュアの事ならまだしも、既に目撃してしまっている敵の事だ。

 特に秘密にする必要もないだろうと考えた士は自分の知っているだけの情報を語る。

 

 

「この世界を滅ぼそうとしてる化物ども……らしいぜ」

 

「それだけか?」

 

「それ以外に知るか。詳しく聞きたきゃ夕凪に行け」

 

 

 鋼牙が訝しげな目線をくれているが、思い返していればダークフォールに関して知っている事はそれくらいしかない。

 だが納得していない様子の鋼牙を見て、自分が知りえる他の情報、以前カレハーンと戦った時の事を今度は語り始める。

 

 

「前にも一度、今日のアイツとは別の奴だが、戦った事がある。

 そいつも今日の奴と同じように、あのウザイナーとかいうデカブツを呼び出す力を持っていたみたいだが、ホラーは出てこなかったぞ」

 

『ほう? ……成程、ちょっと分かったかもしれないぜ、鋼牙』

 

「何がだ?」

 

 

 ザルバは自分の推論を語りだす。

 

 今回、ホラーが現れたゲートとウザイナーとなったのは同じ馬の遊具だ。

 恐らくだが、モエルンバはウザイナーを作り出す為、闇に支配した精霊を憑りつかせた。

 が、たまたまそこに陰我が、少なくともエレメント浄化が一応必要な程度には溜まっており、そこに闇の支配を受けた精霊が憑りついてしまったせいでゲートとなってしまったのではないか、と。

 

 さらにザルバは語った。『陰我』と『精霊』の関係を。

 

 

『さっきも言ったが、陰我と同じように精霊もまた、あらゆる物に宿る。

 精霊と陰我は光と闇。陰我が精霊に打ち勝っちまうと、その物はゲートになっちまう。

 逆に言えば精霊の力が強ければ、物は物のままってことだな』

 

「なら、今回のホラーは陰我に対抗する筈の精霊が闇に染められた影響という事か?」

 

『そういう事になるな。もっとも、奴等は外部から闇に染めた精霊を憑りつかせてた。

 あの馬の遊具に元からいた精霊が、後から来た闇の精霊に打ち負けちまった。

 で、元々それ相応に溜まってた陰我が暴走したってとこか』

 

 

 精霊と陰我は太極図を思い浮かべるといいかもしれない。

 白と黒、精霊と陰我のバランスが保てているのが正常で、黒一色だとゲートとなってしまうという事だ。

 

 馬の遊具は間違いなくゲートとなるには陰我が少なかった。

 だが、闇に染められた精霊が馬の遊具を怪物化しようとして善良な精霊を押しのけてしまい、結果的に急激なスピードでゲートとなってしまたのではないかとザルバは推測する。

 

 

『とはいえ、以前に士が戦った時にホラーは出てこなかったんだろ?

 だったら、滅多に起こることじゃないんだろうぜ』

 

 

 今回はたまたま、エレメント狩りの対象となっていたオブジェに憑りついてしまったので、運悪くホラーが発生してしまった。

 

 今日はたまたま最後に回していたオブジェの元に、たまたまモエルンバが現れ、たまたまそれをウザイナーの依代に選んだから発生した事。

 偶然が二重三重に重なって漸くその状況になるのだ。

 確率で言えば、滅多にない話だろう。

 

 

「だが、同じ方法で今後ホラーが現れないとも限らないんだろう」

 

 

 しかし鋼牙は警戒する。

 ホラーの出現自体、滅多にあるものではない。

 とはいえ僅かな確率でも能動的に引き起こせる存在がいるのはそれだけでも厄介だ。

 黄金騎士にとっては一閃で斬り伏せられる存在だとしても、その黄金騎士が守っている人間にとっては脅威以外の何者でもない。

 

 ザルバは『まあな』と軽く答えた。

 0.1%未満に過ぎないとしても、0%でないのなら再び同じ事が起きる可能性はある。

 

 

「ザルバ。これからは、あの怪物の動向にも警戒するぞ」

 

 

 人を守るは魔戒騎士の使命。

 ホラー発生の確率が少しでもあるのなら、それを見逃すわけにはいかない。

 

 鋼牙はそれだけ言うと、いい加減長話で冷めてしまいそうな料理に手を付け始めた。

 それに倣うように士もまた、話が終わったと判断して黙々と食事を開始する。

 再び訪れる静寂。いつも通り、無音の部屋で食器を動かす音だけが鳴り響く。

 

 そんな中でゴンザは微笑んでいた。

 長い話で完全に忘れているが、唯一、ゴンザだけはしっかり覚えている。

 理由は何にせよ、鋼牙は士が来るまで食事を待っていた事を。

 

 今までの鋼牙ならそんな事はしないだろう。

 無愛想ぶっきらぼう、士の言うようにロボットのような人間だった鋼牙だ。

 士の性格が性格なので笑う事こそ全く無いが、変化は見受けられていた。きっと良い方向に。

 長年鋼牙に仕えているからこそ嬉しくて、その日ゴンザは微笑みを絶やさなかった。

 

 

 

 

 

 同日。時間は戻って午前中。戦いどころか、これから咲とみのりの喧嘩が起こるくらいの時間。

 夢見町に、彼はいた。

 

 先程、季節外れのやたら長い白いロングコートを着た青年とカメラを首からぶら下げた青年とすれ違った青年が1人。

 彼は彼で男物のパンツを吊るした木の棒を担いで歩いているのだから結構なものだが。

 

 彼は夢見町、鴻上ファウンデーションの会長室にまでやって来ていた。

 エスニックな衣装の彼は、どうにも大きな会社の大きな、かつ綺麗な部屋では浮いている。

 鴻上ファウンデーションと言えばそれなりの大企業。その会長室ともなれば、誰もが入れる場所ではない。

 けれど彼は此処に通されるだけの理由があった。

 何故なら彼は旅人でありつつ、この会社の研究協力員なのだから。

 

 さて、会長室なのだから、当然ここには鴻上ファウンデーション会長、鴻上光生がいる。

 さらにその横ではスーツでピシッと決めた美人秘書『里中 エリカ』が無表情に立っていた。

 

 鴻上は自分のデスクにボウル、料理で使うあのボウルと泡だて器を置き、書類に目を通していた。頬には生クリームがついている。

 それもその筈、彼はケーキを作っていたのだ。

 

 大企業の会長が会長室で何やってんだ、という話だが、彼はそういう人物なのである。

 ケーキを作る事が趣味。こと、『誕生』というものに重きを置く彼は、バースデーケーキを作る事が特に好きだった。

 デスクとは別にケーキ用のキッチンがある事からもそれが伺える。

 ちなみに今日は誰かや何かの誕生日ではない。言い方を変えれば世界中いつでも誰かがハッピーバースデーなのは確かだろうが。

 尚、そのケーキを処理するのは里中の役目である。

 

 さて、鴻上が眺めている書類。

 それは映司の協力で手に入った様々な遺跡の情報を纏めたものだ。

 

 

「ふーむ。古代の壁画に描かれた戦い、賢者の石、錬金術、魔法……。

 成程、中々興味深い事が書かれているね。しかし……」

 

「はい。結局コアメダルに関しての事は特にありませんでした」

 

 

 映司が探しているのはコアメダルに関しての情報であった。

 アンクを、割れたコアメダルを元に戻す事を目標に世界中を巡っている。

 鴻上は鴻上でコアメダル、延いては欲望に未だに執心しており、映司とは利害関係が一致している状態にあるのだ。

 だからこそ、鴻上ファウンデーションの研究協力員でもあるのだろう。

 

 

「賢者の石や魔法、これらも錬金術と非常に関わりの深いものだ。

 これらを探っていけば、いずれコアメダルに関する情報も手に入る。

 そうすればいずれ、新たなコアメダルが誕生する事だろうッ!!」

 

 

 鴻上はテンション高めにこんな事を言っているが、未来で彼がコアメダルを作る事はほぼ確実になっている。

 何せ、『未来からコアメダルを力の源としたライダー』がやって来たことがあるからだ。

 ただライダーとはいえ、そのライダーは悪のライダー。つまり敵だった。

 

 さて、この事実を鴻上が知らないならまだしも、知っているのにこんな事を言っているのは如何なものか。

 まあ下手に歴史が変わるよりはいいのかもしれないが、何だかなぁ、と映司は苦笑する。

 

 鴻上は自分の欲望の為には何でもする。

 それが結果的にグリード復活に繋がり、何らかの別の敵との戦いに繋がったりと、凄まじいトラブルメーカーだ。

 けれど悪意が無い。ある意味一番タチが悪いタイプなのだが、彼は人命を考えないようなタイプではない。

 むしろ、欲望を生み出す人の命を大切に思っている節すらあり、欲望こそ人の発展に必要だと考えているからこそ、彼は欲望を肯定し、欲望に忠実なのだ。

 

 つまり、意外といい人なのである。トラブルメーカーでさえなければ。

 

 

「そうそう、魔法といえば後藤君の事だけどね、彼は今、魔法使いと一緒に居るようだよ」

 

「魔法、使い……?」

 

 

 鴻上の突然の話題転換に驚く映司だが、彼は魔法使いが存在している事を知っている。

 一方的にだが、会った事があるのだ。弦太郎に言われて助っ人に赴いた事がある。

 あの時助けた女の子、元気にしてるかなぁと考える映司。

 

 

「さて火野君。帰国したわけは、この調査報告だけではないだろう?」

 

「あ、はい。大ショッカーとか、日本でも色々起こっているみたいですから……」

 

「フム、ではしばらく日本に残るのかな?」

 

「そのつもりです。……マズイですか?」

 

「いいや、それでいい。人々の欲望が失われていくのは私としても遠慮したい」

 

 

 欲望による人類の発展を願うだけあり、その礎である人命を救う事に対して鴻上は一定の理解を見せる。

 鴻上はもう1つ、映司が此処に残るべきだという理由を続けた。

 

 

「それに、もしかすれば君が戦いの中で魔法使いと出会う事もあるだろう。現に、後藤君がそうなのだからね。

 錬金術と魔法に大きな差は無いという話もある。魔法使いと出会えば、何かのヒントになるかもしれない」

 

 

 コアメダルは約800年前に錬金術によって造られた産物である。

 もしも錬金術と魔法に大きな繋がりがあるとすれば、魔法との出会いは映司、鴻上の両人にとって大きな進歩となるかもしれない。

 勿論、映司は『人を救う』というのが第一の目的なので、魔法使いと出会う事よりも人を救う事の方が優先だが。

 

 そういうわけで、鴻上光生という直属の上司の許可も得られた。

 こうして火野映司は、日本に再び滞在する事となったのである。




────次回予告────
争いの痛みを知る者、手が届かなかった者。

共通の傷を持っていても、容易に分かり合えるとは限らない。

友情と魔法に出会った少女は、三度仮面との遭遇を果たす。

口にするのは綺麗事。けれど、そこに信念が宿っていれば。


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第57話 欲望

今回は時系列がウィザード組の動いている第33話とやや並行しています。
およそ1年前に投稿した話なので、混乱しそうという方は一度ご覧になってください。


「ん、あ……?」

 

 雪音クリスは目を覚ます。

 黄色い、知らない天井だった。というか、やけに天井が近い。

 立ち上がったら確実に頭をぶつけるくらいに天井が低く、よくよく見れば天井、そして周りの壁は三角錐の形をしているようだった。

 皺付いた壁と天井、そして三角錐の内部にいるかのようなクリス。

 とどのつまり、彼女は黄色いテントの中にいた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 慌てて上半身を起こして身体を確認する。

 首にぶら下げた聖遺物は取られていないし、衣服に何をされたわけでもない。

 少なくとも、身体に何かしらの異常は無かった。

 むしろ足元に毛布がかけられていて、冷えないようにしてくれているかのようだ。

 

 クリスはテントの幕をめくり、外に顔を出した。

 外は既に真っ暗だったが、焚き火が明かりとして機能している。

 どうやら此処は河川敷らしく、テントから顔だけを出しているクリスから見て左には川、逆側には上り坂。その斜面を昇った先には恐らく道路があるのだろう。

 辺りは河川敷らしく草が生い茂っており、確かにテントを立てるにはそれっぽいところだ。

 

 目を焚き火に向けてみれば、そこには木の棒に刺した魚が2匹刺さっていた。どうやら焼き魚を作っているらしい。

 パチパチと音を立てる焚き火を作り、焼き魚を作っているのは恐らく、その横に腰かけ、魚が焼けるのを待っている青年だろう。

 焚き火で顔が照らされている青年はテントから顔を出すクリスに気付き、ニコリと顔を向けた。

 

 

「良かった、目が覚めたんだ」

 

「……お前」

 

 

 魚とクリスを交互に見つめつつ、青年は優しく声をかけた。

 クリスは自分に何があったのかと、寝起きでもやもやした頭の中に探りをかける。

 答えはすぐに出た。

 自分はフィーネが繰り出した追手のノイズと戦い、それを退けた後に体力の限界を迎えて気絶してしまったのだと。

 さらに、それだけではない。彼女はもう1つ思い出した。

 ノイズとの戦闘中に割り込んできた、仮面ライダーの存在を。

 

 

「俺の名前は火野映司。よろしくね」

 

 

 勝手に自己紹介を始める彼は、どこまでも朗らかだった。

 

 

 

 

 

 火野映司は久々に夢見町に戻ってきて、鴻上ファウンデーションに顔を出した後の事。

 

 一先ず河原にテントを立てて寝泊りする場所を確保。

 旅の疲れも出たのか、その日はそのまま眠ってしまった。それが5月31日の事。

 

 翌日。起きてみれば日を跨いで6月1日となっていた午前中。

 日本に滞在する事が決まったわけだが、これからどうしようと映司は考えていた。

 大ショッカー関係の事も気になるし、翔太郎や弦太朗と連絡を取ろうか、それとも知世子さんの所に顔を出そうか。

 

 そうした事を考えている内に、ノイズの警報が鳴り響いたのだ。

 どうやら夢見町近辺、隣町との境辺りで起きたらしく、偶然にもそれを聞きつけた映司は避難する人々を掻き分け、ノイズがいるであろう方面へと向かった。

 

 彼は世界を旅している。が、オーズの力を使う事は滅多にない。

 仮面ライダーの力は人知を超えた力。そんなものを大っぴらに、そして見境なく使う物ではないと映司は考えている。

 

 しかし例外も存在している。

 例えば、どうしても仮面ライダーの力で無ければ人命救助ができない時だ。

 それは主に怪人、あるいはノイズのような存在と出くわした時の事を言う。

 今回もそれだ。逃げ遅れた人がいないか探し、いれば救出する。

 それは炭化能力を無効化できる仮面ライダーにしかできない事だ。

 勿論、位相差障壁の関係上、倒す事はできないが。

 

 

「あれ、こっちの方だと思ったんだけど……」

 

 

 しばらく進んでみるが、どうもノイズの気配がない。

 人々が避難したせいで人っ子1人いないゴーストタウン状態の周囲からはノイズすらも消え失せていた。

 自壊した? いや、それにしては警報から早すぎる。

 が、その考えは次の瞬間に吹き飛んだ。

 

 銃声。それも拳銃一発なんてものじゃなく、ガトリングとかそういう類の音。

 穏やかではないその音が聞こえてきた方角は映司の斜め上前方。

 映司の視界に映っていたのは、世界の何処でも見た事の無い光景。

 空中を舞いながら、両手にガトリングを携え、上空からのノイズを殲滅している、赤い鎧の少女。

 

 雪音クリスがイチイバルを携えて、ノイズと戦っている姿だった。

 

 

「アレって……?」

 

 

 流石の映司も呆気にとられるが、すぐにある異変に気付く。

 赤い鎧の少女、クリスは着地と同時にガクリと崩れ落ちかけたのを映司は見逃さなかった。

 それだけで見て取れる疲労。息も上がって、肩で呼吸をしているような状態だ。

 

 しかしノイズは容赦なく襲い掛かる。

 上空のノイズは殲滅し終わったが、今度は地上のノイズがクリスへと行進。

 何とか気力を振り絞るクリスだが、それよりもノイズの高速移動の方が早かった。

 高速移動による体当たりを回避する体力も、引き金を引く暇もない。

 此処までか。クリスがそう思った時にはもう、彼は動き出していた。

 

 

「変身ッ!!」

 

 ────タカ! トラ! バッタ!────

 

 ────タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!!────

 

 

 オーズドライバーにオースキャナーを滑らせ、タカ、トラ、バッタのメダルによって映司は姿を変える。

 上下三色、上から赤、黄、緑の異形の戦士、仮面ライダーオーズ・タトバコンボへと。

 彼は変身しながらクリスへと駆け寄り、彼女の頭と膝裏を両手で持ち上げて、その場を跳躍した。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 一瞬、何が起きたかクリスには分からなかった。

 ノイズの攻撃は一向にこないし、一瞬の内に誰かに抱えられているし、おまけに自分の力ではないのに上空を舞っている。

 クリスは頭と膝裏を抱えられる形、俗にいうお姫様抱っこというやつで抱えられている。

 そんなクリスの視界に映るのは、赤い顔に緑の複眼の、異形の姿。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 近くの三階建ての建物の屋上に着地し、クリスに声をかける異形こと、仮面ライダーオーズ。

 呼吸は荒く、疲労の色が見える。正直今のクリスは、話をするのも億劫なくらいだ。

 だが、突如現れた異形の戦士をクリスは睨み付け、息も絶え絶えだが食って掛かった。

 

 

「てっめぇ……何モン、だ……!?」

 

「俺? 俺は仮面ライダーオーズ。よろしくね」

 

「仮面……!? アイツ等の、仲間か……!」

 

「アイツ等? えっと、ごめん、誰の事?」

 

 

 今のクリスにとって、仮面ライダーは二課を始めとした組織に協力しているというイメージが強い。

 その為、Wやフォーゼ、ディケイドの仲間か、というニュアンスで聞いたのだ。

 が、オーズはそれらの部隊と接触を果たしておらず、クリスの言う『アイツ等』が誰なのか分からなかった。

 かつて共闘した間柄であるWやフォーゼとは、仲間と言ってもあながち間違いではないのだが。

 

 一方のクリスは、しらばっくれているのか、それとも本当に違うのかを考えていた。

 全ての仮面ライダーが二課等の組織に協力しているわけではないのは知っている。

 しかしオーズがそうであるかを確認する術をクリスは持たない。

 故に、可能性がある以上、彼女はオーズを疑う他なかった。

 

 

 

 

 

 ようやく頭がはっきりしてきたクリスは、疲労困憊の中で見た異形の姿を鮮明に思い出した。

 そしてそれこそが自分であると、映司は語る。

 

 

「あの時はビックリしたよ。俺が戦おうとしたら飛び出して行っちゃって、凄い勢いでノイズを倒したと思ったら、いきなり倒れるんだもん」

 

 

 敵か味方か分からないオーズという存在との出会いが気付けになったのか、クリスは限界に近かった自分の体を無理矢理動かして、地上のノイズを殲滅。

 しかしそこで限界が来たのか、戦いの後にその場で変身解除と共にぶっ倒れ、映司に介抱された、というのが此処までの顛末だった。

 

 映司は魚の焼き加減をじっと見つめている。

 クリスが敵だったら今すぐにでも襲い掛かっているであろう、それくらい気の抜けた、ほんわかとした空気を醸し出していた。

 理由が無い以上、クリスは襲い掛かる気は全くないが。

 外見年齢に似つかわしくない老成しているような雰囲気だ。

 

 

「ちょっと待ってね、もう少しで魚が焼けるから」

 

「……いらねぇよ」

 

 

 どうやら2匹の内の1匹はクリスに与える為のものらしい。

 それを拒否するクリス。施しを受ける気は無かった。

 まして素性も知れない、しかも彼女から見れば敵とすらいえる仮面ライダーだ。

 警戒の色の方が強くなるのは当然であった。

 が、そんなクリスに朗らかな声で映司は語り掛ける。

 

 

「ダメだよ。君、かれこれ1日には寝てたんだから。栄養取らなきゃ」

 

「……はあッ!?」

 

「君が気絶した戦闘から、もう1日経ってるんだ。

 昨日が6月1日で、今日は6月2日。もう夜だから、あと少しで6月3日だけど」

 

 

 クリスは真昼間の戦闘の後、数時間眠って夜である今になったと思っていた。

 ところが実際は、真昼間の戦闘の後、1日回ってからの夜であるらしい。

 約丸1日眠りこけていた事に頭を抱えるクリス。

 頭を掻きむしって「しまった」という表情を浮かべた彼女を見て、映司は苦笑いだった。

 

 

「それにしても妙なノイズだったね。

 人は他にも沢山いたのに、何故か君だけを狙っていたし。

 それに君もノイズを倒していたし……。一体、何がどうなってるのかな?」

 

「知らねぇなら、知らなくていい事だ」

 

「そっか……。じゃあ俺の事を見た時に、誰の仲間だと思ったのかだけ聞いていい?」

 

「……白いトンガリ頭とか、そういうのだよ」

 

「白いトンガリ……? ……あ、弦太朗君の事?」

 

 

 彼の事を敵と関係ない仮面ライダーだと判別したクリスだったが、弦太朗の名が映司の口から出た瞬間、警戒心を強めた。

 やはり知り合いだ。少なくとも知り合いでない人間の事を語る口調ではなかった。

 映司はじっとクリスを見つめ、クリスはその視線を睨み付ける。

 

 

「もしかして、君……」

 

「…………ッ」

 

「弦太朗君の友達!?」

 

「だからダチじゃねぇッ!?」

 

 

 思わず叫んでしまったクリス。映司は力一杯否定するクリスの大声に驚いたような顔だ。

 映司からすれば「だからも何も、初めて言ったんだけど」という感じだが、しつこくダチダチと言われた事が響いているのだろうか。

 

 ハァ、と溜息をついたクリスは思いっきり毒気を抜かれてしまっていた。

 どうにも、この火野映司という青年は本当に二課等の組織と関係ないらしい。

 そうでなければ今、クリスの目の前でブツブツと「弦太朗君、友達増えたのかなぁ……」と呟く映司に説明がつかない。

 本当に騙そうとしているにしても、今は1対1で、クリスは弱っている状態。

 尋問するにも何をするにも絶好の状態。

 その状態でこんな呑気な空気を放っている奴を疑えというのは無理な話だ。

 

 

「でも弦太朗君の事を知ってるって事は、俺達は友達の友達って事だね」

 

「ダチじゃねぇって言ってんだろ。アタシはお前や白トンガリのダチにも仲間にもなった覚えはねぇ。赤の他人だっての」

 

「まあまあ。もう昨日の昼からの長い付き合いじゃない」

 

「長くねぇよ」

 

「そうかな?」

 

 

 あはは、と笑う映司の態度はクリスを苛立たせた。

 どれだけ悪態をつこうがやんわりと受け流し、次の会話に繋げてくる。

 会話のペースは彼にあるし、どうも口論というか、口先で敵う気がしない。

 それもその筈。映司はこういう『ちょっとスレた感じの奴』と話すのは初めてじゃないからだ。

 

 

「とりあえず、ご飯にしよっか? 魚、焼けたよ」

 

 

 朗らかな笑みに、クリスは舌打ちをするだけだった。

 

 

 

 

 

 焚き火の前に来るように促されたクリスはテントから出て、疑いと警戒をそのままに映司からは少し離れた場所に腰を掛けた。

 

 映司は2本の魚を火の中から取り出し、よく焼けた魚が2匹、姿を現した。

 焼き加減と火の通りを確認した映司は満足そうに頷いた後、1匹をクリスに差し出した。

 しかし、クリスは今までのようにそれを疑う。毒や何かがあると。

 そんなクリスの反応を見た映司の対応は、早かった。

 

 

「ん、それじゃあ……」

 

 

 映司は一口魚を食べて、よく噛んで飲み込む。

 そして、その歯型のついた魚をクリスの方へと差し出した。

 

 

「ほら、何も変なものは入ってないよ」

 

「……何で分かった」

 

「見てきたから、そういう子」

 

 

 毒を疑っている事を容易に見抜かれた事に少し驚きの様相を呈するクリス。

 自分の過去を知っている者ならともかく、自分のことを何も知らない人間がそれをいきなり看破してきたのだ。

 魔法使いを名乗る怪しい青年にも見抜かれなかったし、ヨーコ達もクリスが口に出すまでは何が疑われているのか分かっていなかった。

 それを一発で見抜かれた事はクリスにとって意外だった。

 何より気になるのは、そういう子を見てきた、という言葉。

 

 しかし自分の考えが見透かされているような感じと先程から主導権を握られっぱなしな事がどうにも癪なのか、クリスは差し出された魚をひったくるように奪い、口にした。

 それに嫌な顔をするわけでもなく、映司ももう1つの魚を頬張る。

 

 魚は塩を振ってこそあるが本当に焼いただけだった。

 それでも実の詰まった魚は確かに美味い。

 シンプル・イズ・ベスト。自然の味とでも表現しようか。腹が減っていた事もあり、意外とすぐに魚を平らげてしまった。

 

 クリスはさっさとこの場を去ろうと考えていた。

 魚1匹で満腹にはならないが腹の足しには十分になったし、気絶から入った睡眠だが丸1日眠って休息も十分に取ったつもりだ。

 そして此処に長居する理由は一切ない。

 まして弦太朗、フォーゼと知り合いというのならクリスにとっては尚更だ。

 

 魚を平らげた後、魚を突き刺していた木の棒を捨て、クリスはこの場を立ち去ろうとして、やや勢いよく立ち上がる。

 しかし、だ。人間の疲労というものは自分が思っているよりも酷い事もままあるわけだ。

 

 

「まだ元気って感じじゃなさそうだね」

 

 

 立とうとしてふらつき、最終的に膝をつくまでになってしまったクリスを見て映司は冷静に言う。

 クリスは一瞬、魚に何か混ぜられたかと思うが、それなら一口食べた映司が平気な理由が分からない。

 どうやら本当に疲労からきているようだった。

 

 

「まあ、もう1日くらい休んでいくといいよ。

 あ、心配しないでね。昨日も今日も、君と俺とは別々のテントだからさ」

 

 

 クリスは今更気づく。自分が寝かされていたテントとは別に、もう1つ同じような黄色いテントが隣に立っている事に。

 流石に年頃の女の子と青年が同じテントの中はマズイだろうと映司が用意したものだ。

 

 クリスは渋々ながら、その言葉に従い、もう1日だけ此処で厄介になる事にした。

 果たしてこの青年が信用に足るかは分からない。

 けれどその言葉に従う他ないと考えたのは、自分の疲労が事実だから。

 そして、クリス自身は一切気付かず、気付いても絶対に認めない理由。

 

 彼女は此処最近、色んな出会いを経験した。

 人の心にずかずか入ってくるリーゼント。そいつの仲間で、屈託のない笑みを浮かべる黄色いお菓子女。怪しげな魔法使い。そして、自己紹介を始めて話し合いたいと豪語する馬鹿。

 どれもこれも綺麗事。仲間だ絆だ話し合いだと、クリスにとっては信用できない言葉ばかりを並べ立ててきていた。

 だけど、その言葉に嘘はなかった。

 信じていたフィーネに裏切られ、敵として刃を向けた相手が手を差し伸ばしてくる。

 そんな出会い達が、ほんの少しだけクリスを変えていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 というわけで、翌日。6月3日。

 太陽は既に頂点から僅かにずれており、昼を回っている事を指し示している。

 クリスが目覚めたのはそんな時間。

 テントから顔を出してみれば、映司が川に糸を垂らして釣りをしていた。

 

 

「あ、おはよう。えっと……あ、そう言えば名前は?」

 

「…………」

 

「……そっか、じゃあ無理に聞かないよ」

 

 

 映司は昨日と同じくにこやかに微笑み、再び川に目を向ける。

 クリスは自分の体の状態を確認する。

 手足は動く。体の不調は多少あるが、昨日よりかはまだ動けそうだ。

 ぐっすり、それもある程度しっかりした寝床で寝られたお陰だろうか。

 

 と、クリスが自分の体力に気を取られている内に、映司は川から糸を引き上げた。

 

 

「あんまり釣れないなぁ。……お腹、空いてるよね?」

 

「別に……。あたしはもう行く」

 

「まあまあ、急いでるわけでもないんでしょ?」

 

 

 チッ、と舌打つクリスに対しても、映司は微笑みを崩さない。

 実際行く当てがあるわけでもなく、何処かを目指しているわけでもない。

 ただ、1ヶ所に留まれば追手のノイズがやってくる。そうなればそこに住む人間に迷惑がかかる。

 だったら長居は無用。しかも弦太朗の知り合いが近くにいるのでは、いずれ二課の連中にも見つかってしまうかもしれない。

 

 行く当てはない。けれど、何処かに戻りたいわけでも、居場所を作りたいわけでもないのだ。

 ひょっとすれば、それは強がりでしかないのかもしれないが。

 

 

「ね、昼ご飯行こうか。お代は俺が払うから」

 

「ハァ? 何であたしが……」

 

「大丈夫大丈夫。こう見えても俺、鴻上ファウンデーションで働いてるからそれなりに給料はあるんだよ?」

 

 

 いや、そういう問題じゃない。というか、それなら何故此処でテント生活をしているんだ。

 そんな抗議と疑問をぶつけようとするものの、映司は朗らかな態度のまま強引に話を進めてしまう。

 朗らかで笑顔、それなのに何だか強引な部分がある。

 

 こいつ、あたしが断ろうとしているのを分かっていて話を進めてないか?

 映司のそういう強かな部分を、クリスはほんの少しだけ感じるのであった。

 

 

 

 

 

 とまあ、半ば強引にクリスは連れていかれてしまった。

 にこにことしてやたらと押しが強いのは何なのか。

 本当に渋々と言った表情を隠さないまま、クリスは夢見町を歩いていく。

 映司が目指していたのは自分が夢見町で最も良く知っていて、最もお世話になった店。

 映司とクリスが訪れたのは、その店だった。

 

 岩っぽい外壁は入り口部分のみがポッカリと空いており、店の看板には『多国籍料理店クスクシエ』と書かれている。

 迷う事無く映司は入り口にまで進み、後ろにクリスが同伴している事を確認して、扉を開けた。

 

 

「いらっしゃいませー!! ……あらっ!?」

 

 

 出迎えたのはハイテンションな声。しかし直後に驚きの声へと変わった。

 その女性、この店の店長である白石知世子。

 知世子は映司の顔を見るなり、笑みをさらに明るくさせて足早に近づいた。

 

 

「映司君!? 久しぶりねー!」

 

「どうも。ご無沙汰してます、知世子さん」

 

 

 知り合いらしい2人をじっと見つめるクリス。

 映司が同伴させているその少女に気付いた知世子は、クリスの方を向いた後、映司へ再び向き直る。

 

 

「あの子は?」

 

「えっと……。俺もよく分からないんですけど、まあ、訳ありって感じです」

 

「そっか。アンクちゃんの時みたいに、話せないって事ね?」

 

「そんな感じです。あっ、性格もアンクみたいですよ。口が悪いトコとか」

 

「おい、聞こえてんぞ」

 

 

 アンクなる人物の事はクリスにも分からないが、悪口に近い事を言われて反応する。

 ところが映司の言う通りである口の悪い返事が知世子には面白かったらしく、知世子はフフッと声を出して笑ってしまっていた。

 ますます不機嫌な様子となるクリスに対し、知世子は笑みを絶やさずに謝る。

 

 

「ごめんねー、ちょっと懐かしい事思い出しちゃって。

 私は白石知世子、よろしくね!」

 

 

 手を差し出してみるが、手と知世子の顔を交互に見つめるだけで、クリスは手を取ろうとしない。

 挙句に顔を背けてしまうのだが、それでも知世子は笑っていた。

 その態度すら、確かにアンクのようだと。

 

 さて、今日は単純に客として来た事を映司が告げる。

 それなら今日の映司は知り合いである前にお客様だ。

 故に知世子はいつも通りの、他のお客にも変わらぬ接客をするのみである。

 

 

「お客様2名、ご案内しまーす!!」

 

 

 

 

 

 

 

 多国籍料理店クスクシエ。

 名の通り、数々の国の料理を出すのだが、基本的にそれは日替わりだ。

 今日はフランスがテーマらしく、フランス料理がメニュー表には並んでいる。

 成り行きで此処まで来てしまい、成り行きで席についてしまったクリスはメニューを真面目に見る事も無く、何でもいいと口にした。

 そこで映司は自分と同じものを頼むという形でクリスの分を注文する。

 

 昼も過ぎて、既に時間は3時過ぎ。

 昼食には遅く夕食には早い時間のため、クスクシエは現在休憩時間の真っ只中。

 知世子は映司とクリス以外の客が全員帰って行ったのを見計らい、現在休憩時間中の札を出してクスクシエを一時的に閉めた。

 知り合いとその連れという事で、映司とクリスは他に誰もいないクスクシエの中で食事中だ。

 そんなわけで暇になった知世子は、食事を進めている2人の近くに座った。

 

 最初こそ警戒していたクリスだったが、「レストランでそれはないって」という至極真っ当な言葉に説得され、恐る恐る食べ始めた。

 今となっては、久しぶりのボリュームある料理にがっついているような有様であるが。

 

 初めに知世子は自分の自己紹介を改めて行った。

 ついでに映司が「知世子さんは仮面ライダーの事も知ってるから、何を話しても大丈夫」と付け足しておく。

 一般の人にはクリスが見せたあの鎧、即ちイチイバルの事を話し辛いのではないかという映司なりの配慮だった。

 

 

「いやー、それにしても今日は凄いわねぇ。後藤君に続いて映司君まで来るなんて」

 

 

 元気よく話す知世子から飛び出たかつての仲間の名前に、映司はキョトンとした目を向ける。

 

 

「後藤さん、来てたんですか?」

 

「ええ。2時間くらい前に帰っちゃったけど」

 

「元気そうでした?」

 

「うん、それに相変わらず真面目だったわー。あ、それから新しい友達ができたみたいよ」

 

「友達? ……あ、もしかして魔法使いって奴ですか? 鴻上さんから聞いたんですけど」

 

「あら、もう知ってるのね」

 

 

 別段会話に興味があったわけではないが、近くでされている会話は何だかんだ耳に入る。

 そして出てきた『魔法使い』の単語に思わずクリスはむせてしまった。

 

 

「ッ、ゲホッ! ……魔法使いィ!?」

 

「ん、あはは。信じられないわよねぇ」

 

 

 クリスがむせたのは「非現実的な事を言い出した」からだと、知世子は受け取った。

 しかし当のクリスは違う。

 魔法使いという言葉に、魔法使いという存在に、最近出会っていたからこそだ。

 さらにクリスの驚きに追い打ちをかけるように、映司が魔法使いという言葉に反応を示した。

 

 

「しかも魔法使いで仮面ライダーっていうんだから、二倍驚いちゃったわ」

 

「あはは。それ、俺も知ってるライダーです。俺が一方的にですけど」

 

「なぁんだ、そうなの? 世間は狭いわぁ」

 

 

 のほほんとした会話だが、仮面ライダーだの魔法使いだの、とんでもない言葉が飛び交っている。

 一応知世子は一般人の分類なのだが、彼女曰く『不思議な事なんて世界にはいくらでもある』らしく、グリードやヤミー、オーズの事を伝えられた際にも疑う事無くそれを信じた。

 勿論、信頼できる人間が真剣に話したからというのはあるだろう。

 

 それはともかく、クリスとしては聞き逃せない単語が連発されていた。

 魔法使いが仮面ライダーだったという言葉だ。

 さて、幾ら世界広しといえど魔法使いがどれ程存在しているだろうか。

 しかもこの近辺ともなれば範囲はさらに絞られてくる。

 他にも魔法使いなる存在がいるかもしれない。

 けれどクリスが出会った、ドーナツをくれたあの魔法使い。もしも彼が、此処に来た魔法使いなのであれば。

 知世子の言う通り、世間というのは意外に狭いものなのかもしれない。

 

 そんな考え事をしていたクリスに、映司は1つだけ突っ込んでおきたい事があった。

 

 

「ねぇ、あのさ」

 

「あァ?」

 

「……口、拭いた方が良いよ?」

 

 

 クリスの口元にはソースがべったり、皿の周りには野菜の欠片が散らばっている。

 ざっくり言えば、食べ方が汚かった。

 映司にやんわりと指摘され、クリスは手拭きで口をごしごしと乱暴にこするのであった。

 

 

 

 

 

 会話を進めていくうちに、話は後藤と魔法使いからクリスの事へと移った。

 とはいえクリス本人は一切名乗る気もなく、何を聞かれても口を割らない為、会話は難航している。

 自分の事を話せばこの場の人間を巻き込むかもしれないというクリスの意思もあるのだが。

 

 さて、クリスと会話を弾ませようと四苦八苦していた2人だが、此処で来店者が現れる。

 休憩時間はまだ終わっていないのだが、誰だろうと目を向ける知世子。

 入って来たのは20代前半くらいの、若い女性だった。

 

 

「あのー、すいません。バイトの面接で伺ったんですけど……」

 

 

 その言葉で知世子はすぐに思い出した。

 この前、バイトをしたいという子から連絡が来て、この日時を指定したのだと。

 知世子は映司とクリスの席から離れ、カウンター席に小走りで向かう。

 

 

「待ってたわよー! ささ、こっち来て。早速面接をするから」

 

「あ、はい」

 

 

 促されてカウンター席にまで行く女性。女性と知世子はカウンター席の隣同士に座る形となった。

 ちょっとラフな感じの面接だが、これでもクスクシエの面接ではかなりまともな部類である。

 何せ、一時期は『扉に重しをひっつけておいて、それを動かせた人を採用する』というエキセントリックなバイト採用をやってのけた事もあるくらいだ。

 今回のバイト面接がそれでなかった事は、この女性にとって幸運と言えるのかもしれない。

 

 

「私は此処の店長の白石知世子よ。それじゃあまず、名前を聞かせてくれる?」

 

 

 まずは基本的な確認。名前から。

 女性は「はいっ」と元気に返事をした後、自分の名前をはきはきと答えた。

 

 

「『御月 カオル』です! よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 先程も述べたような面接をする事もある知世子にしては、普通の面接が行われている。

 名前、年齢、経歴などを聞いた後、今は何をしているのかという質問。

 そこで面接に来た女性、カオルは自分の今を話し始めた。

 

 

「今は、画家を目指して絵を描いています」

 

「へぇー、夢があるのは良い事ね。でも大変じゃない?」

 

「えっ、と……はい。やっぱり、食べていけないので……」

 

「やめたいって思った事は?」

 

 

 今何をしているかを聞かれたはずなのに、何か話が逸れているのをカオルは感じた。

 そもそもそこを答える必要はあるのかという疑問。

 しかし聞かれた事には答えなければ、と、カオルは自分の本心を口にしていく。

 

 

「なくはないです。でも、やっぱり諦めたくなくて」

 

「うんうん。……そうねぇ、じゃあ最後に、何でウチでバイトしようと思ったの?」

 

「それは、以前飲食店のバイトをした事もあるからです。

 あと、民族衣装を着てのお仕事って言うのが、他のお店には無くて面白そうだったので」

 

「ホントにそれだけ?」

 

「え?」

 

「多分その理由、一番じゃないんじゃない? 此処を選んだ一番の理由、聞きたいな」

 

 

 バイトの面接においては真っ当な言葉であろうカオルの言葉に突っ込んでいく知世子。

 にこりとした顔ながら、何故だかその表情には圧を感じた。

 本当にそれだけか、と言われれば、そんなわけはない。

 けれどそれを話してもあまり印象は良くないだろうというのがカオルの想いだ。

 バイト先で印象を悪くしたくはない。当然だろう。

 だが、それでも知世子は「どうなの?」と聞いてくる。

 

 

「……正直に言うと、時給が良かったからです」

 

「あら」

 

 

 以前、映司が此処で住み込みのバイトをしていた頃のクスクシエの時給は900円。

 しかし今では1000円にまで時給が上がっていた。

 それは最低賃金の引き上げに加え、映司達が抜けた分だけバイトの人が必要になったからという何とも世知辛い理由がある。

 

 知世子は目を閉じて腕を組んだ。

 流石に正直に答え過ぎたか、落とされるのかな、という不安がカオルの脳裏を過る。

 しかし知世子の思案は2秒程で終了し、目を開いて、再びカオルを見据えた。

 

 

「ごめんね、じゃあもう1つ。夢とお金、どっちが大事?」

 

「え?」

 

「どう? 正直にお願いね」

 

 

 これは本当にレストランの面接なのか、という疑問すら湧くが、これはどっちと答えるのが正解なのだろうか。

 夢は大事だ。自分が画家になりたいという夢は、どんなに大変でもあきらめたくはない。

 お金も大事だ。生活するのにお金はどうしたって必要になる。

 しばらく無言で目を伏せった後、どうせ時給の事まで正直に言ってしまったんだと、カオルは開き直って自分の考えを口に出した。

 

 

「どっちもです。夢は諦めたくないし、お金だってほしい。

 絵の個展を開くためにはお金が要りますし、夢を叶える為にもお金は必要です。

 だから、どっちかなんて決められません」

 

 

 欲塗れな回答に自分でも「これはないだろ」と、ほんの少しカオルは思う。

 対して知世子の反応は、カオルにとって予想外のものだった。

 

 

「うん、よろしい! カオルちゃんだったわよね? 採用!!」

 

 

 滅茶苦茶機嫌よく、採用された。

 一瞬ポカンとしてしまうカオル。それを見ていたクリスも「は?」と言いたげな顔。

 唯一、映司だけは苦笑していた。

 知世子はカオルに自分の考えを、今の面接の理由を語りだす。

 

 

「あ、もしかして落とされると思った? 実は、正直に答えてくれたから採用したのよ」

 

「え……」

 

「欲しいものなんて人間幾らでもあるのよ。あれも欲しいこれも欲しいって。

 その為にはお金がいるから、お金が欲しいってなるのは普通でしょ?」

 

「は、はい」

 

「夢があるから貧乏でも平気、お金があるから夢を諦めても平気。そういう人もいるわよ?

 でも、どうせなら欲張ってみたいじゃない。それくらいガツガツしてていいのよ。

 悪いことして手に入れたお金なら勿論ダメだけど、自分で稼ぐお金だもの。何も後ろめたい事はないわけだし」

 

 

 知世子は言う。自分の夢や自分で稼ぐお金は真っ当な欲望であるから、きちんと欲張っていいのだと。

 

 

「夢とお金を選ばなきゃいけない事もあるわ。でも、カオルちゃんは今じゃない。

 夢の為にお金が必要だっていうなら尚更。むしろ何でもできる今がチャンスじゃない!

 今の内にきっちり欲張って、夢もお金も掴みなさいね!」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 

 バイトの面接に来たら夢を応援された。

 何だか自分が何をしに来たのか分からなくなってきたが、採用も決まったし店長も良い人そうだし時給もいいからいいか、と、カオルは考えるのを止めた。

 

 一方、それを聞いていたクリスは知世子から目を逸らし、既に空になった料理の皿へ目を向けた。

 

 

「いい大人が何で夢を見てんだよ……」

 

「そう? 夢に年齢は関係ないよ。何歳になっても欲望はあるでしょ?

 君は何か夢は、欲望は無いの?」

 

「……ねぇよ、ンなもん」

 

 

 クリスはコップに注がれた水と共に、口に出かけた自分の夢を飲み干した。

 

 

 

 

 

 食事を終えた映司とクリス。

 休憩時間ももう終わる。今からは夕食時という事でクスクシエも混みだす事だろう。

 それもあってか、面接で採用となったカオルはその場で入る事となり、早速クスクシエの仕事について説明を受けていた。

 

 そんなわけで映司はお代を払い、2人はクスクシエを後にした。

 カオルとは挨拶をする程度で話はしなかったが、まあクスクシエでバイトを始めるなら会う事もあるだろう。

 

 クスクシエから出て、クリスは早速映司とは違う方向、テントとは真逆の方へ足を向けた。

 

 

「もう行くの?」

 

「……あたしはノイズに追われてる。此処にいるわけにはいかねぇんだよ」

 

「ノイズに? 無差別に人を襲うものだと思ってたんだけど」

 

「詮索すんじゃねぇよ」

 

「それはいいけど……。でも、尚更1人じゃ危ないんじゃない?」

 

 

 映司との必要以上の関わりを防ぐ為に、クリスはあくまでも事情を話さない。

 一方で事情を語らない事に嫌悪感を抱くでもなく、映司は純粋な心配を口にした。

 でも、その心配が、クリスの想いに引き金を引いてしまったのかもしれない。

 

 

「……何でだ」

 

「え?」

 

「何でお前等は、みんなあたしに構うんだッ!!」

 

 

 弦太朗、ヨーコ、響、未来。名前こそ知らないが、ドーナツをくれた魔法使い。そして火野映司。

 どいつもこいつも突っ返しても、手を指し伸ばそうとして来る奴等ばかり。

 特に最初の3人何て、敵として戦っていたのにその有様だ。

 意味が分からなかった。話し合いたいだの分かり合えるだの、そういう綺麗事がクリスは嫌いだ。

 でも、彼等彼女等はそれを平然と口にする。しかも薄っぺらではない、生の感情でそれをぶつけてくる。

 

 だからクリスは混乱していた。自分が知る世界とは違う、その在り方に。

 

 言外にそんな思いが込められていると知ってか知らずか、映司は当然のように答えた。

 

 

「手が届くのに手を伸ばさなかったら、死ぬほど後悔する。だから手を伸ばすんだよ」

 

「なんだよ、そりゃ……」

 

「助けられるなら、助けたい。困ってるみたいだからさ」

 

 

 そう、それが火野映司の在り方だった。

 彼はとある内戦に巻き込まれた際、そこで仲良くなった少女を目の前で失った経験がある。

 だからこそ、助けられなかった経験をしているからこそ、彼は人一倍思うのだ。

 助けられるなら助けたいと。

 彼の唯一にして最大の欲望。誰かを助けたい、誰かを助ける力が欲しい。

 

 だけどその言葉ですら、クリスにとってはやり場のない思いを募らせてしまう。

 

 

「……だったらなんで、助けてくれなかった」

 

「え……?」

 

「仮面ライダーは、なんで来てくれなかったんだよッ!!

 あたしが戦争に巻き込まれた時に……パパも、ママも、あそこで巻き込まれた奴等、みんな……ッ!!」

 

 

 クリスは戦争に巻き込まれた時に、両親を失っている。目の前で2人とも。

 そもそも彼女が戦争区域に足を踏み入れる事となったのは、両親が原因だった。

 彼女の両親は有名な音楽家であり、『歌で世界を平和にする』という目的の為に戦場という地に踏み込んだのだ。

 

 だからクリスは綺麗事を嫌い、両親を嫌った。

 

 結局、その綺麗事を為そうとして命を失った。

 そんな夢を見てしまったから、幼い自分の目の前で両親は死んだのだと。

 クリスが力あるものを全て叩き潰そうとしているのもそれが理由。

 力を全て叩き潰した方が早い。そう考え、フィーネにもそう言われたから。

 

 クリスは悲痛な叫びの後、映司に背を向けて走り去ってしまった。

 耐えきれない感情が彼女を襲い、それを見せぬよう、悟られぬよう、まるで映司から逃げるように。

 

 

「…………」

 

 

 クリスが走り去ってしまった方角を見つめ続ける映司。

 彼女は戦争に巻き込まれたと言った。つまり彼女は、戦争で全てを失ったのだろう。

 

 ────何故、仮面ライダーは来てくれなかったのか。

 

 その思いには、残酷だがこう答えるしかない。『仮面ライダーは神ではない』。

 助けられない人もいるし、手が届かない人もいる。

 それはクリスにだって分かっているのだが、やはり割り切れない想いというものはあった。

 

 映司もただ一度だけ、戦争で仮面ライダーとしての力を振るった事がある。

 あれが正しかったのか、今でも彼には分からない。

 きっと映司が人を助けている間に苦しむ人、死んでいく人が沢山いるんだろう。

 手が届かない場所はどうしたってある。その為に力を望んだ。

 誰にでも届く腕。誰かを助ける力。映司がかつて抱いていた、唯一絶対の欲望。

 

 でも、もう映司はその力の手に入れた方を知っている。

 特別な力を得るわけでもない、権力でもない。たった1つの簡単な答え。

 それこそが『手を繋ぐ事』。

 誰かと手を繋げば、その人がまた誰かと手を繋ぐ。それがまた別の誰かに繋がっていき、何処までも、誰にでも届く腕となる。

 みんなと繋ぎあった腕ならば、きっと何処までも。

 

 

「……助けなきゃな」

 

 

 また会える確証はない。けれど、映司は思う。

 助けを欲する少女がいるなら手を届かせたい。

 あの少女を、救ってあげたいと。




────次回予告────
変わったのか、それとも変えられたのかは定かではない。

状況、人、想い。

一瞬の平穏の中で、変化が起こる事だけが事実であった。


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第58話 平穏の陰で

 モエルンバ出現から2日後の6月2日。

 

 昨日、つまり6月1日に夢見町近辺でノイズが出現したらしい、という報告を士達は受けていた。

 らしい、というのは、すぐにノイズの反応が途絶えた為である。

 そしてそれと同時にイチイバルの反応も確認されていた。

 実は一昨日だけではなく、ノイズとイチイバルの反応が同時に出ては消えるという事が此処最近、それなりの頻度で起こっている。

 恐らくはフィーネの放つノイズにクリスが追われているのだろうというのが二課の見解だ。

 結局、すぐにその場から離れてしまうからクリスの行方は未だに不明。

 響やヨーコはクリスに対しての心配を募らせているが、今のところはクリス、あるいはノイズを操るフィーネを捜索する以外にできる事はない。

 実はその裏で映司とクリスが出会っていたりするのだが、士達はそれを知る由もなかった。

 

 そういうわけでクリスの事を心配しつつも、響は放課後に特命部を訪れていた。

 無論、理由は特訓。しかし士は一緒ではない。本日の訓練相手は別にいた。

 

 訓練スペースにて向かい合うは、ガングニールを纏った響とレッドバスター。

 そう、本日の訓練相手は桜田ヒロム。ワクチンプログラムによる高速移動を得意とするプロフェッショナルだ。

 彼を相手に指定したのは、他でもない響自身。それをヒロムが許諾した形である。

 

 

「すみません、ヒロムさんも訓練中なのに」

 

「いや、響のレベルアップは部隊の強化にも繋がるし」

 

 

 レッドバスターの言葉に「ありがとうございます」と一礼する響。

 

 極端な話だが、足手纏いレベルの人間がいたとする。その人が戦力になる程度までレベルが上がってくれれば、単純に戦力が1人増えたという事だ。

 勿論チームワークは大切だ。だが、それを形作るのは個々人の能力である。

 2人のコンビがいるとして、片方のレベルが高すぎてもう片方が低すぎれば、それは最早チームワークとはならない。片方が片方を守り続けるだけの状態になってしまう。

 故に、この部隊の中で一番経験の浅い響の強化は喜ばしい事だ。

 とはいえ弦十郎の指導の元、既に足手纏いから脱却しているのも事実ではあるが。

 

 

「それじゃあ、行きますッ!」

 

「ああ」

 

 

 拳を構える響に、腰を落として臨戦態勢を整えるレッドバスター。

 一瞬の静寂の後、距離を一気に縮めるように、真横に跳ぶように踏み込んだのは響だった。

 1秒にも満たない接近の後、右拳がレッドバスターの腹に向かう。

 が、レッドバスターはそんな一撃を貰ってはくれず、彼の左手が拳を弾いた。

 間髪入れずに響は左拳を振るうが、今度は右手でそれを受け止められる。

 さらに、今度は掴まれた左拳を響から見て内側へと振り払われた為に隙ができてしまい、そこにレッドバスターの右肘による突きが響の左頬に入った。

 

 

「ッ!」

 

 

 痛む。が、それに構わず、左頬を肘で押された勢いのままに響は右に回転し、背面回し蹴りの要領で右足を放つ。

 右肘を炸裂させるために踏み込んでいたせいで、響の右足はレッドバスターの背面を捉えようとしていた。

 しかし、レッドバスターもまた右肘を繰り出した勢いのまま半回転、響に背を向けるようにして、左腕で回し蹴りをガードする。

 そのまま空いた右手で響の右足首を掴み、受け止めていた左腕も使いながら、レッドバスターは後ろにいる響を前方に向かって全力で投げた。

 

 投げられた響はすっ飛んでいくが、空中でくるりと回転して体勢を立て直し、立て膝の姿勢で滑りながら着地を行い、すぐさまレッドバスターへと向き合った。

 

 一連の動きは言葉にすれば長いが、その実、当人達にとっては一瞬。

 けれどそれはレッドバスターが響の今の実力を確認するのに十分な時間だった。

 

 

「驚いたな。此処まで強くなってるなんて」

 

「えへへ、良い師匠がいてくれるお陰ですよ」

 

 

 確かに響が戦えるようになっているのはレッドバスターも知っていた。

 が、実際に戦ってみて初めて分かった。自分が考えていたよりも、響はずっと成長している。

 ほんの少し前までは敵から逃げ回っていたのに、今では戦士と呼ぶに差し支えない。

 飲み込みが早いのか、才能があるのか、あるいは両方を持っているのか。

 それは響と肩を並べて同じ戦場に立つ事になるであろうレッドバスターにとっては頼もしい事であった。

 

 

「ところでヒロムさん。高速移動って、得意ですよね?」

 

「得意というか、ワクチンプログラムのお陰だけど……。どうしてだ?」

 

「実は、ちょっと相談が……」

 

 

 クエスチョンマークを浮かべるレッドバスターに対し、響は一旦構えて見せる。

 それに相対し、レッドバスターも再び構えた。

 

 

「あの、1回試してみたい事があるので、お願いします!」

 

「あ、ああ。いいけど……」

 

 

 何の事やら、と。レッドバスターは油断せずに構える。

 一体何をするつもりなのか。何か、とんでもない技でも試そうとしているのか。

 響のパンチの出力は尋常ではないと聞いている。そんなレベルを食らえば、いくら訓練とはいえど無事では済まない。

 試す、という事はまだ完成していない技か動きなのだろう。事故にも気を付けなければと、レッドバスターは警戒を強くする。

 

 そして、次の瞬間には。

 

 

(速……ッ!!)

 

 

 一瞬だった。

 響は、足のパワージャッキを展開し、真横に空気を蹴り上げる。

 するとまるで、響は超高速のすり足を行っているかのように滑るように一直線に移動した。

 日頃から高速の世界を駆けるレッドバスターはそれを見切り、回避した。

 そしてレッドバスターの背後にある壁に、響が顔面から激突した。

 以上である。

 

 

「いったぁ~い……」

 

 

 顔を抑えながら振り返る響。対し、レッドバスターは大丈夫かと駆け寄る。

 

 

「凄い速度だったが、制御できないのか?」

 

「はい……足のコレって蹴りとかだけじゃなくて、移動にも凄く使えるんです。

 だから、ヒロムさんみたいにシュパパッって動けないかなぁって思ったんですけど、いきなりは上手くいきませんね……」

 

「まあ、俺の加速とガングニールの加速の仕方は違うからな」

 

 

 レッドバスターの加速は何かで勢いをつけるでもなく、いきなり高速移動に移れる。

 言ってみればワクチンプログラムのそれは通常のスピードの延長線上でしかない。

 ロケットとか、そういう推進力を使って加速しているわけではなく、レッドバスター自身のスピードが強化されているだけ。

 もっとざっくり言ってしまうと、レッドバスターの加速は『足が速くなった』という事。

 だからワクチンプログラムによる高速移動をしている時も、レッドバスターの感覚は『ただ走っている』だけ。

 視認できない程のスピードとはいえ、そういう理由もあって制御は容易だ。

 

 対して、響の加速は足のパワージャッキによる推進力を得た加速。

 尋常じゃない加速が一気につくが、自分の体が速くなっているのではなく、自分が加速というものに押される形で移動しているに過ぎない。

 だから自由には曲がれない。精々できるのは急ブレーキをかけるくらいだ。

 

 これこそ、響が今日の特訓相手にヒロムを選んだ理由。

 高速移動できるかもしれない方法を考え付いたからアドバイスが欲しかった、というわけだ。

 

 

「……響、今の、止まる事はできるのか?」

 

「え? うーん、試してみないと微妙ですけど、曲がるよりは……」

 

「だったら、こういうのはどうだ。加速して急停止。方向を変えてもう一度加速し、急停止。

 これを繰り返すんだ。そうすれば、高速移動のような事ができるんじゃないか?」

 

「はっ、成程!」

 

 

 そして期待通り、レッドバスターはアドバイスを提供してくれた。

 

 響の利点はパワージャッキによる加速に時間がかからない点。

 つまり、いきなり最高速でぶっ飛ばす事ができるのだ。

 一度最高速で走り抜け、急停止して方向転換、再び最高速。

 確かにこれを繰り返せば、疑似的にだが高速移動染みた動きをすることができるかもしれない。

 

 スピードがあればあるほど、急ブレーキの負担は大きい。

 だが、そこはシンフォギアを纏う者。ある程度のGになら耐える事ができるだろう。

 

 

「早速やってみます! ヒロムさん、もうちょっとお願いできますか?」

 

「ああ。その様子なら、俺も良い訓練になりそうだしな」

 

「ありがとうございますッ!!」

 

 

 響の速度は一応視認できるレベルだ。勿論、常人なら絶対に見切れないスピードだが。

 対してヒロムのスピードは瞬間移動のレベル。いつの間にか敵の背後を取る事もできるほどだ。

 響のスピードがヒロムの速度を追い越せるかと言われれば、恐らくそれは否だ。

 けれど、制御ができれば、シンフォギアそのものをもっと使いこなせれば、迫る事はできる。

 

 ゴーバスターズが13年前から訓練を始めていたとして、響が訓練を始めたのは1ヶ月前。

 この12年と11ヶ月の差は大きい。

 同じシンフォギア装者である翼にせよ、響とは数年の経験値の差がある。

 少しでもそこに追いつきたい。自分も、少しでも役に立ちたい。人助けがしたい。

 この日、響はそんな思いを胸に訓練を続けたのだった。

 

 

 

 

 

 翌日、6月3日。

 いつも通りに、私立リディアン音楽院の生徒達は学校へと足を運んでいた。

 

 さて、6月という事もあって梅雨入りしたらしく、今日も纏わりつくような湿気の中、雨が降っていた。

 だが、台風でもない限り学校は平常運転。

 傘をさしている士はいつも以上に気怠そうな欠伸をしながら校門をくぐり、周りの生徒達を横目で見やる。

 

 

「おっはよー!」

 

「おはよ。雨だっていうのに元気ねぇ」

 

「あたし、気圧で頭痛は起きないから!」

 

 

 元気な生徒。

 

 

「おはよー! ……どしたの、そのマスク?」

 

「風邪よ風邪。喉痛いの」

 

「ちょ、早くも夏風邪じゃないでしょうね」

 

 

 不調な生徒。

 

 

「大ピンチッ! 課題やってないッ!!」

 

「こっちを見ても見せてあげませんからね、板場さん。

 安藤さんも、甘やかしちゃダメですよ」

 

「あー、うん。テラジもこう言ってるし、2対1でごめんね?」

 

「はう!? 此処はアニメだったらなんだかんだ言いつつ見せてくれるところでは!?」

 

 

 別の意味で不調な生徒。

 

 士は思う。

 平和だな、とか。

 これでも戦いが起きてからそんなに経ってないんだよな、とか。

 板場の課題の件は担当の教員にチクってやろうか、とか。

 

 疑似亜空間の発生、ジャマンガの城、最近でもノイズの出現があった。

 その中でも生徒達が登校できている現状は、自分達が守った『一時の平和』を感じさせる。

 

 彼女達がこんな状況でも通学する理由は、学校に行く事が習慣付いているという惰性的な部分もあるが、もう1つは世界を守る戦士達の存在がある。

 例え人類守護の戦士達がいたとしても危険な事に変わりはないが、彼女達はその戦士達を信じていた。

 何より、ヴァグラスの発生もノイズの出現も今に始まった事じゃない。

 そういうわけでもリディアンの図太い学生達は登校を続けているのである。

 

 立花響が守りたいと考えている『日常』とは、つまりそういうものなのだろう。

 学校があって、授業があって、友達と話す。

 そんな普通の、だからこそかけがえのない毎日。

 

 ちなみにそんな響、昨日の訓練を張り切り過ぎたせいで授業を爆睡。

 案の定、担任にどやされていた事は言うまでもない。

 

 

 

 

 

 授業も終わって、全く見えやしない日が落ち、雲さえなければ夕日が拝めるような時間帯。

 響は未来と共に二課の本部へとやって来ていた。

 授業で寝たせいか響の目は大変パッチリとしている。担任が知ったらまた怒られそうだ。

 

 数日前のノイズ発生、つまり響と未来の喧嘩の後、小日向未来は『民間協力者』という形で特異災害対策機動部二課へ加入する事が決定した。

 隠し事をするには響と未来の距離はあまりにも近い。しかも響の戦いをばっちり見ている。

 さらに言えば担当教員の1人に士ことディケイドがいるという始末。流石に未来を『無関係な一般人』としておくには無理があった。

 そこで取られた手法が民間協力者という措置。晴れて未来は二課の一員という事になったのだ。

 勿論、未来が戦うわけではない。未来にしてもらう事は避難誘導などを始めとした、彼女でもできる裏方仕事。それから前線のメンバー、特に響の精神を支える事だ。

 

 二課へ自由に出入りできるようになった未来。だが、まだ二課がどういう場所なのかを理解したわけではない。

 そういうわけで未来は響に連れられて、二課本部までやって来たというわけだ。これは弦十郎達二課のメンバーへの紹介も兼ねている。

 通路を歩く2人。道中、未来は興味深そうに辺りを何度も見やっている。

 

 

「リディアンの地下に、こんな施設が……」

 

「フフーン、深さは東京スカイタワー3本分もあるんだよー」

 

「そんなに!?」

 

 

 いつぞや了子から教えられた事を得意気にひけらかす響。

 普段ならば勉強を教えられる立場の響は、未来に物を教えるのが楽しいのだろう。

 まあ、響もまだよく分かってないところは多いのだが。

 

 ともあれ優越感に浸る響と何を見るにも新鮮な未来が歩き続けた先には司令室。

 響が先導する形で、未来は司令室へと足を踏み入れた。

 司令室への客人に振り向いたのはオペレーターの2人、藤尭朔也と友里あおい。

 さらに風鳴翼とマネージャーの緒川慎次、教師兼ライダーである門矢士。

 ちなみに慎次はマネージャーモードではない為か、眼鏡をかけていなかった。

 

 響は首を傾げた。はて、誰か足りない気が、と。

 弦太朗や翔太郎は宿舎にでもいるのだろうと考えられる。それとは別の欠けた感じ。

 違和感の正体はすぐに分かった。

 

 

「あれ? 師匠は?」

 

 

 響の師匠こと、司令官であるはずの弦十郎がいないのだ。

 了子がいないのは自分の研究室に籠ってるとか、幾らか理由も考え付くが、弦十郎がこの場にいないのは珍しい。

 響の疑問の言葉に対し、士はくいっと親指でメインモニターを指差した。

 なんだろうと、メインモニターを見てみれば、そこには大きくデジタルな書体でこう書かれていた。

 

『外出中 風鳴弦十郎 TATSUYAに緊急返却』

 

 TATSUYAとはレンタルビデオ店の事で、要するに『返却期限来そうなんでDVD返しに行ってます』という事だ。

 さも急を要している風に見えるが、実のところ完璧なプライベートである。

 おいおい、と誰しもが言いたくなるが、緊急時でない限り此処はそういう場所。

 堅苦しさや不条理なまでの厳しさとは無縁な事は、いつぞや行った歓迎会のムードが証明している。

 

 ちなみに士はまだ通信でしか話していなかった夏海とユウスケの事を正式に報告しようと思って来たのだが、当の弦十郎が不在で手持ち無沙汰であった。

 

 

「あー……うーん、折角未来を連れてきたんだけどなぁ」

 

 

 同じく未来を紹介しようと思っていた響も、同じ状態になってしまった。

 一方、未来はメインモニターを見てキョトンとした表情を浮かべていた。

 彼女は『政府組織』としてしか特異災害対策機動部の事を知らない。故にもっと厳格なイメージがあったのだが、完全に虚を突かれてしまったのだろう。

 

 未来を連れてきた、という言葉に翼が反応する。

 民間協力者が来るという話は聞いていたが、彼女がそうなのかと。

 

 

「では、彼女が民間協力者の?」

 

「はい、小日向未来です。よろしくお願いします」

 

「うぇっへん! 私の一番の友達ですッ!」

 

 

 礼儀正しくお辞儀する未来の横で胸を張る響。

 何を威張っているのやら、と士は呆れ、翼も困ったような顔を見せていた。

 

 

「立花はこういう性格故、苦労を掛けると思うが、支えてやってほしい」

 

「いえ、響は残念な子ですから。ご迷惑をおかけしますが、お世話になります」

 

「えぇ? ちょっと、どういう事?」

 

 

 朗らかにやり取りをする翼と未来だが、内容は響としては聞き捨てならない。

 何だか迷惑かける事が前提な会話には抗議せざるを得ない。

 翼と未来を見る響の目からは不服そうな感情が見て取れる。

 

 

「響さんを通じて、お2人が意気投合しているという事ですよ」

 

 

 割って入った慎次がかなりオブラートにフォローした。

 誤魔化す、と言った方が適切なくらいにはオブラートに包んでいるが。

 流石の響も隣で馬鹿にされれば分かるわけで、腕を組んで頬を膨らませ、拗ねたような顔で「はぐらかされた気がする……」と呟く。

 そこでからかいのネタを目敏く聞きつける男が1人。

 

 

「要するに、お前の馬鹿さ加減に誰も彼もが手を焼いているって事だろ」

 

「はっきり言わないでくださいよッ!?」

 

「何だ? はぐらかされたくないんだろ?」

 

「ぬぬ……」

 

 

 折角包んだオブラートを全力で引き剥がして嘲笑する士。

 対して響ははっきり言われるのも何だか嫌だと、より一層に拗ねた。

 クスクスと笑う翼と未来。響も拗ねつつながら、そんな光景が楽しいのかちょっと笑みを見せている。

 

 その様子を、屈託のない笑みを浮かべて笑顔の輪に入る翼を見た慎次は思う。

 

 

(変わったのか、それとも変えられたのか……)

 

 

 相棒であった奏の死後、ずっと己を追い詰めてきた彼女が友人と笑いあう光景を見れた事。

 それがどれ程に久しぶりであるかを、翼を見てきた慎次にはよく分かる。

 だからこそ思うのだ。いずれにせよ、翼は変わった。それも良い方向に。

 少なくとも今の彼女は戦い『だけ』ではないのだと。

 

 と、朗らかな雰囲気漂う司令室の扉が開き、笑みを絶やさぬ明るい女性が入場する。

 

 

「あーら、いいわねぇ。ガールズトーク!」

 

 

 語尾に音符のマークでもつきそうなくらいに明朗快活な声で足取り軽く入って来たのは、櫻井了子だった。

 

 

「何処から突っ込むべきか迷いますが……とりあえず僕達を無視しないでください」

 

「そもそも男も女も人数変わらないだろ」

 

 

 呆れる慎次と士を余所に了子は響達女子高生に近づく。

 ガールズトークと言える程にキャピキャピとした会話をしていた覚えはないが、そういう話に食いついてきた了子本人の話にも興味はあるわけで。

 

 

「了子さんもそういう話に興味あるんですか!?」

 

「モッチのロン! 私の恋バナ百物語聞いたら、夜眠れなくなるわよぉ?」

 

 

 ずずいと響に顔を近づけてニヤリと怪しく微笑む了子。

 怪談か何かかよ、とぼやく士とは対照的に、女子高生な響と未来は恋バナという餌に食いついたようで。

 

 

「了子さんの恋バナ!? きっとアダルトでオシャレな物語に違いないですよぉ!」

 

 

 恋バナ、というのは女子高生が食いつく話題だと士と話したのはつい最近の話。

 実際その通りで、見ての通りに響は了子のしてきた恋という奴に興味津々だ。

 隣にいる未来も響ほどではないにせよ気になっている、期待の眼差しで了子を見ている。

 

 

「フフッ、そうね。遠い昔の話……こう見えて呆れちゃうくらい一途なのよぉ?」

 

 

 懐かしむような、妖艶な雰囲気を醸し出しながら謎の色気を演出する了子。

 興味なさげな士や苦笑いな慎次はさておき、響と未来、それに翼までもその言葉に食いつく。

 

 

「意外です。桜井女史は恋というよりも、研究一筋なイメージが」

 

「命短し恋せよ乙女よ! それに女の子の恋するパワーってすっごいんだから」

 

「女の子、ですか……」

 

 

 恋のレクチャーを始める了子の言葉を聞きつつ、慎次は微量な笑いと共に小さな声で呟く。

 ところが一定年齢を過ぎた女性の耳はどういうわけだか年齢関係の話題に関しては地獄耳となるらしく、次の瞬間には慎次の顔面に裏拳が炸裂していた。

 聞いてから慎次の隣に移動するまでに相当なスピードだったのだが、それほどに年齢関係の話は禁句なのだろうか。

 とりあえず顔を抑えてうずくまる慎次を、士は憐みの目線で見つめる事にした。写真を撮らないのはせめてもの情けか。

 

 気を取り直して、了子は話を再開させた。

 

 

「私が聖遺物の研究を始めたのも、そもそも……」

 

 

 ところが了子はそこで口籠ってしまう。

 目の前で目を輝かせて、グイッと近づいてきた響と未来の様子を見て急に恥ずかしくなったのだろう。頬を赤らめて、ちょっとその場から下がって。

 

 

「ま、まあ! 私も忙しいから? 弦十郎君を探しに来たんだけど、いないみたいだし。

 だったら此処で油も売ってられないから。そろそろドロンさせてもらうわね?」

 

「自分から割り込んできたのに……」

 

 

 退散しようとする了子に、慎次はツッコミの性でもあるのか懲りずに指摘。

 痛む顔面に、今度は了子のキックが入るのであった。余計な事を言わんでよろしい、という具合に。

 

 

「とにもかくにも! できる女の条件は、どれだけいい恋してるかに尽きるわけなのよ!

 ガールズ達も、いつか何処かでいい恋、なさいね?」

 

 

 響と未来に明るく、どことなく誤魔化す様な雰囲気で語る了子。

 翼はというと、見事に決まった蹴りを前に身体を痙攣させている慎次を、今まで見た事の無い頼れるマネージャーの情けない姿に憐みの目をくれている。

 

 

「じゃ、ばっははーい!」

 

 

 そして了子は話題を綺麗に纏めたところで、古めかしい言い回しと共に背中越しに手を振りながら司令室の扉から去っていった。

 

 

「聞きそびれちゃったね」

 

「ガードは固いねぇ。でも、いつか了子さんのロマンスを聞きだして見せるッ!」

 

 

 残された響と未来は聞きそびれた事を残念がりながらも、割とどうでもいい決意を新たにした。

 リディアンは女学校故に出会いも少なく、翼に至ってはアイドルという下手したら彼氏厳禁な職業である。

 はたして彼女達が恋を経験するのは何時になるのか。少なくとも響は彼氏いない歴を暴露したばかりだが。

 

 で、嵐のように了子が去った後、未だに翼から可哀想なものを見る目を向けられている慎次は。

 

 

「緒川、良い事を教えてやる。ああいう奴は無闇に刺激しない事だ。手痛い反撃が来るぞ」

 

「……肝に銘じます」

 

 

 経験則から来る士の言葉を、もう少し早めに言って欲しかったかな、と思いつつ、身に沁み込ませているのだった。

 よろりと起き上がりつつ慎次は腕時計を見やる。

 そして時間を確認した慎次は、まだじんじんする痛みを押し殺しつつ、眼鏡を取り出して着用しながら翼に顔を向けた。

 

 

「翼さん、次のスケジュールが迫ってきましたね。もう少ししたら移動の準備を」

 

「もうですか? ……困りましたね、司令にメディカルチェックの結果を報告しなければならないのに」

 

 

 先日、市街地第6区域での戦いが終わった翌々日頃に翼はメディカルチェックを受けた。

 結果は、凄く砕けた言い方をすると『そこそこよし』。

 今までの仕事は全て休みにする、という状況に比べればいくらか改善されていた。

 尚、同じ病院で入院していた剣二も同じような結果で既にあけぼの署に復帰している。

 今頃先輩警官に復帰祝いを称して弄られている事だろう。

 

 そんなわけで、翼は慎次と相談の上でアーティストとしての仕事を入れているのだ。

 驚いたのは響だ。復帰から間もないというのに既に仕事が入っているという事に。

 

 

「もうお仕事、入れてるんですか!?」

 

「少しずつね。今はまだ慣らし運転のつもりよ」

 

「怪我自体は完治していても、いきなり無理をさせるわけにはいきませんから」

 

 

 怪我の後にはリハビリが付いて回るように、いきなり健常だった頃に戻すのは負担が大きい。

 そこを考慮し、仕事のスケジュールは入れてこそいるが以前ほどに忙しくは無かった。

 翼の予定を管理している慎次の手帳の書き込みも数ページ前からは考えられないくらいに少ない。それだけ予定を詰めていないという事を示していた。

 

 

「じゃあ、以前のような過密スケジュールではないんですね!」

 

「え? ええ」

 

 

 今の会話を聞いた響はならば、と以前からずっと考えていた提案を口にする。

 それは友達とか、先輩後輩とか、そういう人同士なら当たり前な提案を。

 

 

「だったら翼さん、デートしましょ!」

 

 

 それは要するに、『一緒に遊びませんか』という至極普通な誘い。

 けれども年頃の遊びを経験してこなかった翼にとっては、とてもとても新鮮な誘いだった。

 

 

 

 

 

 

 結局、弦十郎が帰ってくる前に響達は家に帰ってしまい、翼とデートの約束をしただけで終わった。

 それはいい。士にとってはどうでもいい事でしかない。

 ただ、そこに自分が巻き込まれなければ、の話である。

 

 冴島邸に戻ってきた士は、自室からリビングまでの道のりの間に、二課本部で起こったやり取りを想起する。

 あれは、翼と響と未来がデート、つまりは遊ぶ約束をした直後の事。

 

 

「あっ、そうだ! どうせなら士先生もどうですか!?」

 

「……おい待て、何で俺が」

 

「だってぇ、折角ならリディアンのみんながいいかなぁって。

 士先生と、翼さんと、未来と私! ほら、チームリディアンって感じしません?」

 

「板場やら寺島やら安藤辺りを連れてけばいいだろ。風鳴と行けるなら泣いて喜ぶぞ」

 

「いやぁ、事情が説明できないので……というわけで、行きましょう! 士先生ッ!」

 

 

 以上である。

 何が「というわけ」なのか一切分からないが、響の勢いのままに巻き込まれてしまった。

 翼も未来も止めようとはしないし、慎次や朔也、あおいに至っては少し笑っている始末。

 ちなみに約束は次の日曜日。写真館に行ったのも日曜だったので、2週続けて日曜が潰される事になる。

 ハァ、と溜息をつきながらリビングに到着した士は、夕食を食べる為に席に着く。

 直線上にていつも通りに無言無表情を貫く鋼牙を見て、士はふと思った。

 

 

(こいつの無愛想を少しくらい立花にも分けてやるべきだな……)

 

 

 学校では明るすぎる奴が、家では静かすぎる奴が。

 何とも両極端な性格の2人に、士は何度目か分からない溜息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 既に響達は帰って、静まり返った夜の事。了子は二課にある自室へと戻って来ていた。

 所謂ラボとも言える場所で、了子の城と言っても差し支えない場所だろう。

 大きな透明のガラスに覆われた円柱状の中、そして外には、様々な配線が様々な機械と繋がっている。

 これら全てを把握しているのが了子であるのだが、円柱状の中は、実質了子のプライベート空間と化しているのが現状だった。

 

 

(らしくない事、言っちゃったかしらね……)

 

 

 了子は蝶のデザインが施されたカップにコーヒーを注ぎながら、先程の響達との会話を回想する。

 恋に関しての想い。周りにはふざけた言い方をしたように見えただろうが、あの言葉に嘘偽りはなかった。

 

 

(変わったのか、それとも変えられたのか……)

 

 

 果たして自分は、あんな事を本心から語る柄だっただろうか。

 長く居すぎて弦十郎達に毒されてしまったのだろうか。そんな思考が過る。

 恋という言葉に因縁にも似た思いのある彼女だが、それをあんな形とはいえ吐露してしまった。最後まで話そうとしてしまった。

 

 しかし、そんな考えこそらしくないとして、了子は思考を切り替える。

 コーヒーの苦みで自分の物思いを飛ばし、今考えるべき事を考え始めた。

 

 己が提唱した櫻井理論。そこにはシンフォギアのあらゆる知識が詰まっている。

 はっきり言うと、二課の聖遺物に関しての情報、知識は、その殆どが了子由来だ。

 自分をできる女と称する了子だが、その殆どが謎であった聖遺物をシンフォギアとして扱えるレベルにまで引き上げた彼女は間違いなく天才だろう。

 世界で一番シンフォギアの事を理解していると言っても過言ではない。

 

 だが、だからこそ彼女はシンフォギアの限界を知っていた。

 天羽奏はLiNKERを断っていた影響とはいえ、絶唱の負荷により死亡。

 適合率の高い翼ですら、自爆紛いの放ち方をしたとはいえ絶唱の負荷で命の危機に晒された。

 シンフォギアから解放されるエネルギーの負荷、特に絶唱によるものは軽減できないと櫻井理論も結論付けていた。

 たった1つ、最近になって現れた例外を除いて。

 

 

(……立花響)

 

 

 眼前に広がるのは、響の写真。

 了子の目の前の殆どが、壁に貼り付けられた写真で埋まっている。

 その全てに共通しているのは、立花響が写っている事だった。

 監視カメラなど、幾つかの手段を使えばどんな場所のどんな写真でもを入手する事は容易い。

 まして、それが二課のメンバーであるならば尚更だ。

 

 

(人と聖遺物の融合体第一号……。

 2年前におけるツヴァイウイングのライブ形式を模した起動実験にて、オーディエンスから引き出され、引き上げられたフォニックゲインによりネフシュタンの鎧は起動した。

 が、立花響はたった1人で聖遺物を起動させた。それも、ネフシュタンと同等の完全聖遺物であるデュランダルを……)

 

 

 立花響が見せた結果は凄まじいの一言であった。

 何せ、ツヴァイウイングとツヴァイウイングのライブに集まった数万人の観客達が生み出した相当量のフォニックゲインを、たった1人で賄って見せたのだから。

 数値で置き換えるならば、その値は異常と言ってもいい。

 

 

(人と聖遺物の融合は不可逆だった負荷というシンフォギアの欠点を覆す。

 人と聖遺物が1つになる事で、さらなるパラダイムシフトが引き起こされようとしているのは、疑うべくもないだろう)

 

 

 了子はコーヒーを置いて、モニターに映し出された響のレントゲン写真に近づく。

 バストアップが映されたそれは、まともな人間のそれではない。

 心臓を中心に、黒い茨のようなものが全身に行き渡っている写真だった。

 

 了子はそれが何であるかを知っている。

 立花響の心臓だけでなく、体中にガングニールが浸透している事を知っている。

 了子は何処か、蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

 

(もし人がその身に負荷なく絶唱を口にし、聖遺物に秘められた力を自在に扱えるのであれば、それは遥けき過去に施されし『カストディアン』の呪縛より解き放たれた証。

 真なる言の葉で語り合い、『ルル・アメル』が自らの手で未来を築く時代の到来)

 

 

 了子は笑う。今、この場に誰かがいるとして、今の言葉を聞いて、果たして真意を見通せるものがいるだろうか。

 

 

(真なる言の葉が失われた時から、世界には相互理解の欠落が溢れた。

 誤解が不和を呼び、不和が闘いを呼び、闘いが悲しみを呼ぶ。憎しみを呼ぶ。

 人間の負の感情は、陰我となって積もる。

 だが、真なる言の葉で語り合える世界ならば、そのような陰我は発生しない。

 人の負の念が呼ぶ怪物達は全て、この世界には現れなくなる事だろう)

 

 

 己の理想を改めて反芻して、愉悦の表情を浮かべる了子。

 だがすぐにその表情は切り替わり、次なる思考へと進んだ。

 

 

(……だが、同時にもう1人、異端となる存在が現れた……)

 

 

 写真を1枚手に取る。

 それは他の写真同様、立花響が写っている写真であった。

 しかしそこには響と一緒にもう1人、青年が写っていた。了子の視線はそちらを向いている。

 

 

「門矢、士……」

 

 

 ポツリとだが、思わず声に出してしまった。

 彼は了子の想定外であった融合症例である立花響以上に、想定外の存在であった。

 

 

(別の世界からの来訪者。この世界の理を聖遺物すら使わずに破壊する者。

 世界に施された呪縛に囚われていない存在……)

 

 

 その表情は何処か険しい。

 門矢士、ディケイドという異端に対し、彼女は想いを巡らせる。

 

 

(呪縛に囚われていない門矢士はこの世界においてどうなるのだ?

 カストディアンにとって、呪縛の外から来た人間はどう映るのか。

 この世界の理を破壊しかねない彼は……)

 

 

 ディケイドは世界の破壊者である、とは士本人の弁だ。

 単純な戦闘能力こそ他の仮面ライダー達と大きく変わる事はないが、唯一違うのはノイズを単独で倒せる点。

 それが次元を超えられる彼だからこそ、それを応用して位相差障壁を突破しているのか。

 それとも、不死者をも殺せるという話が本当で、世界のルールを無視しているのか。

 どちらにせよ、世界で確認されてきた仮面ライダーの中でもディケイドは一際異質だ。

 

 

(……門矢士は)

 

 

 了子は天を見上げる。

 地下施設である二課が上を見上げようとも、そこに映るのは人工的な天井だけ。

 だが、了子の目はもっと遠くを見据えていた。

 雲よりも遠く、空よりも遠く、夜に浮かび上がる月を。

 

 

(脅威となるか……あるいは、呪縛を覆すもう1つの可能性か……)

 

 

 その真意を知る者は、いない。

 

 

 

 

 

 エンターは1人、とあるビルの屋上からエネトロンタンクを見上げていた。

 次は此処を標的にしようとしているわけだが、闇雲ではなく策を考えなくては、ゴーバスターズ達に速攻で止められるのがオチ。

 ジャマンガやフィーネ、大ショッカーにも協力を求めるべきかとエンターは思考を巡らせていた。

 その一方で、策を考える傍ら、エンターは別の事を考えている。

 

 数日前の、市街地第6区域に放たれたノイズの事だ。

 

 ノイズの出現に関し、何故そんな何でもない場所にノイズを放ったのかをフィーネに聞きに行ったエンターは、フィーネが雪音クリスを切り捨てたという事実を聞かされた。

 エンター自身、クリスに限らず人間の事などどうでもいいので、それを気にするような事は無い。

 ただ気になったとすれば、何故切り捨てたか、であった。

 

 

(此処にきて手駒を減らすとは……いや、意味もなくそうするほど、フィーネは馬鹿ではないでしょう……)

 

 

 今まで何度かの対話をして分かったが、フィーネは決して馬鹿ではなく、むしろ逆に位置する人間だ。

 掴みどころのない彼女の正体をエンターも図りかねてこそいるものの、実はある真実には気付いていた。

 

 

(監視カメラの映像、まさかとは思いましたが……)

 

 

 その真実にエンターが気付いたのは、つい最近の事だった。

 

 デュランダル奪取を果たそうとした際に、何を目撃されたくないのか監視カメラのジャックを頼んできた事。

 ディケイドとの会話から察するに、敵の内情に詳しいであろう事。

 この2点がエンターの知るフィーネの正体に関係しそうな情報だ。

 

 内情に詳しい事から、フィーネに情報を流している『誰か』がいるというのは想像がつく。

 ただ、そうすると監視カメラのジャックは何を見られたくなかったのか。

 情報を流しているスパイが写ってしまう事を危惧する必要はない。何故なら、そのスパイは既に敵の組織からは味方として認識されているはずだからだ。

 協力関係にある大ショッカーやジャマンガ、自分達ヴァグラスに悟られたくなかったのか? と考えても、監視カメラのジャックを自分に頼んできたという時点で矛盾が生じる。

 

 そこでエンターは、デュランダルを巡る戦いの際にジャックした時の監視カメラの映像をもう一度再生したのだ。

 何かフィーネの正体を探れるヒントがあるかもしれない、と。

 広範囲にわたって監視カメラをジャックしていたため、それだけ映像の数も膨大だった。

 その中には土煙しか映っていないような映像もあったが、その土煙の映像の中に、エンターは1つの真実を見つけたのだ。

 

 映像は『手の平から障壁を出して、女性がノイズから立花響を守っている』というものだった。

 監視カメラの位置的にとても小さく映っていただけだったが、そこはヴァグラス。拡大した映像の解像度を鮮明にする事で、見事にそれを見つけたのだ。

 手の平から障壁を出していた女性は茶髪で白衣の女性。

 それを見たエンターは驚愕した。「まさか、そこまで大胆な策だったとは」と。

 

 

(……ま、結局彼女の目的や正体については何もわかっていないんですがね)

 

 

 目的に関しては一切情報が無いし、そもそもフィーネという女性が本来は何処の誰かも一切合切分かっていない。

 雪音クリスという手駒を切り捨てた事から計画が大詰めに近いという事だけは分かる。だから不要になったクリスを捨てたのだろうと。

 ただその目的が一体何なのか。そして、その目的を行おうとしている理由は何なのか。

 

 

(私には関係ないですが。彼女の目的……こちらの不利益にならなければいいですがね)

 

 

 フィーネに関しての真実が1つ分かっただけでも進歩かもしれないが、一番知りたい重要な事は知れていない。

 まあ、害さえなければ何をしてくれても構わない。自分は自分の目的を果たすだけだ。

 余計な思考を棄てて策を練る事に集中しようとしたエンター、だったのだが。

 

 

「ッ!?」

 

 

 距離こそあるものの背後に誰かがいるという気配に気づいた矢先、銃撃がエンターを襲った。

 何とか避けたエンターは背後の人影に向けて、袖から機械的な触手を繰り出す。

 ところがそれを掻い潜り、銃撃の主は身軽に跳び上がってエンターに接近し、着地。

 間髪入れずに銃の先端についている刃、つまりは銃剣をエンターに向けるも、同じタイミングでエンターも袖から出した刃を銃撃の主に向けていた。

 

 そこで初めて、エンターは人影がどんな人物なのかを認識した。

 見た目は若い女性。自分に向けている銃は黒く、もう片手に持っている銃は白い。どうやら二丁拳銃使いだったようだ。

 着ている服は黒と銀。サングラスもつけている。色合いだけで言えばエンターの着ている服に近く、サングラスもエンターが額に付けている物にそっくり。

 そしてエンターにそういう感情は無い為何も感じないが、目の前の女性は男ならば誰もが振り向くであろう色香を醸し出す、所謂セクシーな美女であった。

 

 

「……キディヴ(どなたですか)?」

 

 

 フランス語で質問を向ける。

 見覚えのない、それでいて一般人とは思えない女性。

 女性は何がおかしいのか突然笑うと、銃を下ろした。

 

 

「へぇ、アンタ強いのね? じゃあアンタは『いいモノ』だわ」

 

「……誰か、と聞いたのですが?」

 

 

 女性は問いに対してニヤリと笑い、サングラスをエンターに倣うかのように額に移動させた後、両手の銃を挙げた。

 よくよく見れば、2つの銃のグリップには狼の頭を模したような飾りが付けられている。

 

 

「こっちが『ゴク』で……」

 

 

 右手の黒い銃の狼に口づけを。

 

 

「こっちが『マゴク』……」

 

 

 左手の白い銃の狼に口づけを。

 

 

「そして私は『エスケイプ』。すっごく、いいモノよ」

 

 

 最後に銃を下ろし、自分自身を示して妖艶な笑みを浮かべた。

 エンターはその紹介で目の前の女性が何者なのかを悟る。

 

 

「成程、マジェスティが新たにアバターを造ったのですか……。しかし何のために?」

 

 

 女性が自分と同じ出自を持つ、いわば同胞である事は分かった。

 だが、今までメサイアはエンター以外のアバターを造りだした事は無い。

 だからエネトロンを奪う作戦も全てエンターが仕切っていたというのに、此処に来て新たなアバターの投入。

 

 

「アンタがパパ、メサイアを満足させないからよ」

 

 

 回答を聞いてエンターはつくづく溜息が漏れそうになる。

 要は、エンターがやっている事が自分の快楽に繋がりそうもないから新たなアバター、エスケイプを生み出したというのだ。

 

 メサイアにとっての快楽とは即ち人間の苦しみ。あるいは、通常空間への復帰だ。

 通常空間への復帰はエネトロンが足りない現状、容易に叶う願いではない。

 そこに前回の疑似亜空間の一件。一時的とはいえ通常空間へ姿を現し、人間の苦しむさまを見る事ができる。

 その忘れ得ぬ快楽を再び得るために、彼女を生み出したという事であろう。

 

 問題はそれをするにもエネトロンが消費されるという事だ。

 疑似亜空間の発生だってタダじゃない。本来ならばメサイア復活の為のエネトロンを消費しなくてはならないのだ。

 つまりメサイアは自分の復活を待つ事もできず、目の前の快楽に安易に手を伸ばしたという事になる。それが自分の復活を遠ざける原因にもなるというのに。

 まるで玩具を前に『待った』ができない聞き分けの無い子供のようだと、エンターは感じた。

 

 

(快楽を教えたのは、早すぎましたかね……)

 

 

 いい加減に頭首ながら呆れ果ててしまう。

 エンターが行ってきた作戦はいつでもエネトロン第一。

 エネトロンを使ってメガゾード4体を出現させるという事もあったが、それも後々のエネトロン回収の効率を上げる為、ゴーバスターズ達を早期に倒しておこうと考えての事だ。

 エスケイプの言う通り、エンターはメサイアを満足させるような事は無かっただろう。

 だが、確実にメサイア復活の為に動いているのもエンターだ。

 

 メサイアを相手にする時にはいつも、駄々をこねる子供を相手にしているかのように感じるエンターだが、今も正にそんな気分だった。

 

 顔見せが目的だったのか、エンターが強いか弱いかを確認しに来ただけだったのか、甲高い高笑いと共にエスケイプはその場を去っていく。

 その後ろ姿を見つめるエンターはもう一度エネトロンタンクを見上げ、鼻から息を吐いた。

 

 

「……やれやれ」

 

 

 その言葉には、様々な意味での呆れが込められていた。

 

 

 

 

 

 一方でジャマンガ本拠地。

 ウォームは1人、魔物を生み出す炉を前にして1人考え込んでいた。

 マイナスエネルギーを集める事はヴァグラスや大ショッカーと協力すれば何て事はない。

 例え負けても苦しみや悲しみ等を与えてやればいいのだから簡単な話である。

 しかしリュウケンドー達が邪魔である事は依然変わらず、実質最強の魔物であったジャークムーンですら、リュウケンドーに敗れた。

 謀反に近い事を起こしたとはいえ、ジャマンガのメンバーであり凄まじい強さを誇っていた存在。それが失われた事はそれなりに痛手だ。

 嫌味な奴ではあったが、いなくなればそれはそれで寂しいものだと、やけに広く感じる周りを見てウォームは思う。

 

 そんなわけでジャークムーンが城と共に落ち、この空間内には胎動するグレンゴーストとDr.ウォームだけとなっていた。

 

 ────今、この瞬間までは。

 

 

「ハァーイ。Dr.ウォーム」

 

 

 突如、声とともに炉に腰掛ける形で現れた女性。

 その姿を、その存在を、ウォームは知っていた。

 何せ、仲はあまり良くないが旧知の間柄なのだから。

 

 見た目は通常のそれではなく、口元以外は全て仮面で隠されており、服装はスカートなどから見ても分かる通り女性らしくも、ある程度分厚く鎧のようである。

 仮面からは碧いイヤリングが垂れて、彼女が動く度に揺れている。

 さらに手には武器なのか、金色のステッキが握られていた。

 ついでにステッキと同じく、衣装は金色を基調としている。

 金色が多く使われているその姿通り、彼女の二つ名は『黄金女王』。

 ジャマンガの幹部の1人、『レディゴールド』だ。

 

 彼女は右手で持ったステッキを左の掌に軽くポンポンと打ち付けながら、ウォームを見た。

 

 

「大魔王様はまだ復活しないのかしら?」

 

「そこに乗るでない!」

 

「お黙り!」

 

 

 とりあえず、魔物を生み出す為の大事な場所、言ってみればウォームの仕事場である炉に腰掛けるレディゴールドを叱るウォーム。

 しかし高飛車なレディゴールドはそれを聞き入れず、ステッキでウォームの方を差すだけだ。

 溜息をつきつつ、レディゴールドの半分嫌味な言葉に答えるウォーム。

 

 

「足りんのだ、マイナスエネルギーが。

 それに、リュウケンドー達は新たな仲間と共に行動しておる。

 生半可な事では太刀打ちできん!」

 

「ふぅーん。でも、こっちも手を組んでる相手がいるんでしょう?」

 

「勿論、奴等のお陰で溜まったマイナスエネルギーもある。

 しかし、その時に使った手も既に攻略されてしまっておるからの」

 

 

 ウォームが言っているのは疑似亜空間のことだ。

 1日近くあけぼの町に発生していたそれは、確かに凄まじい量のマイナスエネルギーを集めた。

 しかし流石は大魔王というべきか、復活にはそれでも足りない。

 まあ、あの一度で集めきれる程度であれば苦労はないだろうが。

 

 その言葉を聞き、レディゴールドはヒョイと炉から降り、ニヤリと口角を挙げた。

 

 

「はるばるヨーロッパから来て良かったわ。此処は一番苦戦しているようだし?」

 

「そうじゃ、そもそもお前はヨーロッパで指揮を執っていたはず。何故此処に?」

 

 

 ジャマンガは各地に支部を持っている。

 ウォームは日本支部、もっと言えばあけぼの町支部で、レディゴールドはヨーロッパ支部担当の幹部。

 その支部は、全てパワースポットが存在している場所だ。

 パワースポットは強力な力を秘めている。危険はあるが、押さえておいて損はない力だ。

 そこでジャマンガの幹部達は各支部に散り、パワースポット周辺で活動しているのだが。

 

 

「私の支部のパワースポットが魔力爆発を起こしたのよ」

 

「なんじゃと!?」

 

 

 パワースポットの爆発。それは程度によるが、最低でも街1つ、下手すると国1つ吹き飛ばす威力を出す事がある。

 それはジャマンガにとってもあまり喜ばしくない事だ。

 マイナスエネルギーの収集には人間が必須。そして、仮にあけぼの町のパワースポットが爆発しようものなら、あけぼの町は間違いなく壊滅するだろう。

 そうなればマイナスエネルギーが収集できなくなってしまう。それはグレンゴーストの復活ができないことを意味していた。

 

 

「先に言っておくけれど、私がやったわけじゃないわよ?

 私を追ってきてる奴がパワースポットを暴走させたのよ。お陰でこっちは活動できなくなったわ」

 

「お前を追う? まさか、人間側の奴がパワースポットを爆発させたのか!?」

 

「ええ、どうなるかも知っていたでしょうにね。全く、忌々しい」

 

 

 レディゴールドはその時の事を思い出し、不機嫌そうに口を歪める。

 一方のウォームは、その事実に恐れを感じていた。

 レディゴールドの発言が正確なものだとすれば、彼女を追っている『何者か』は、パワースポットの危険性を理解し、暴走した時の被害も知った上でそれを行った事になる。

 まるで、ジャマンガを潰す為なら手段を選ばないとでも言っているかのような。

 先にも述べたが、あけぼの町のパワースポットが暴走して町が壊滅すれば困るのはジャマンガだ。

 

 

(ぬぬ……一体全体、どこのどいつだ、そんな事をやらかす愚か者は……!)

 

 

 パワースポットを暴走させた『何者か』の存在に焦りと怒りと疑問をミックスしたような感情を募らせるウォーム。

 しかしながら、ジャークムーンを失った今、レディゴールドの増員はありがたい。

 ウォームは『ある1人』を除き、他の幹部とはあまり仲が良くない。レディゴールドもそうだ。

 しかし、大魔王復活の為にはそんな事に構っている暇はない。

 ウォームは心の内で、大魔王復活への決意をさらに強固なものへと変えるのだった。

 

 

 

 

 

 そしてまた一方。舞台はオーストラリア。

 オーストラリアの最東端に位置するバイロンベイ。その近辺に存在する名所、クリスタルキャッスル。

 有名な観光地であると共に、此処は不思議な力の宿る場所として名が知れている。

 つまりS.H.O.Tやジャマンガが使っている意味とは違う、一般人が使う意味としてのパワースポットとして有名だ。

 ただし、それと同時に魔法的な意味でのパワースポットでもある。

 つまりこの場所は2つの意味でパワースポットなのだ。

 

 そのクリスタルキャッスルからは少し離れた場所。木々に囲まれた草原の中で、2人の異形が睨み合っていた。

 

 

「お前と会うのも、今日が最後になるかもしれないな」

 

「へぇ、そいつは大した事だ。俺を今日中に倒せる自信があるって事かい」

 

 

 片や、人型でありながら、岩石のような体表と屈強な体を持つ怪物。

 片や、同じく人型で、緑に近い黒の仮面と腰に巻いた風車のようなベルト、首から下げた赤いマフラー、そして真っ赤な両腕両足。

 岩石の怪物の言葉を挑発だと考えたのか、仮面の男は挑発し返す様に言った。

 しかし岩石の怪物はその言葉を、首を横に振る事で否定する。

 

 

「そうではない。俺は此処を去る」

 

「何? 何処に行く気だ!」

 

「日本だ」

 

 

 それだけ言うと岩石の怪物は、その身を文字通り、丸い岩石へと変えた。

 そして仮面の男がいる方とは逆に転がっていき、本当に岩なのかと疑問に思うような、まるでスーパーボールのようなバウンドでその場から迅速に消え去ってしまう。

 待て、といいながら手を伸ばす仮面の男だが、岩石の怪物の動きは速かった。

 

 

「クソッ、逃がしちまった……」

 

 

 悔しがる仮面の男だが、冷静に岩石の怪物が残した言葉を頭の中で反芻した。

 

 

「しかし、やっぱりアイツはおつむが足りてないな。わざわざ行き先を言っていきやがった」

 

 

 何度か岩石の怪物とやりあってきた仮面の男は、奴の事を幾つか知っている。

 1つ、固い。1つ、パワーが高い。そしてもう1つ、賢くない事。

 平たく言えば、仮面の男から見た岩石の怪物は『実力は高いが馬鹿な奴』なのである。

 

 しかしながら岩石の怪物が口走った国の名前は仮面の男にとっても馴染み深い。

 一体そこで奴が何をしようとしているのか、何の目的があるのか。

 いずれにせよ、碌でもない事であるのは確かだ。

 ならば、仮面の男がしなければならない事は1つだった。

 

 

「さってと。久々に、里帰りと行くか!」

 

 

 そうして仮面の男は風のようにその場を去っていく。

 岩石の怪物を追う為に、彼もまた日本を目指すのだ。

 

 

 

 こうして、ヴァグラスとジャマンガに新たな脅威が出現した。

 新たな幹部の存在。まだ見ぬ、ジャマンガと敵対する『何者か』。

 オーストラリアより日本に向かう、岩石の怪物と仮面の男。

 状況は変化する。例えそれが、戦士達のあずかり知らぬところであったとしても。




────次回予告────
戦場にあった剣は、平穏に慣れないでいた。

けれど確かにその平穏は、剣が知って、暮らしている世界。

今日に生きるその世界は、戦いの向こう側だった。


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第59話 守った先にある世界

 デート当日。

 デートと言っても男女がイチャイチャして遊園地とか水族館のアレではなく、友達で遊びに出掛けようぜなノリだが。

 

 チームリディアンと響が言っただけあり、今日の集まりは響、未来、翼、士とリディアン関係者のみ。

 本当ならヨーコとかヒロム、弦太朗のような年齢の近い人も誘おうと思ったのだが、ゴーバスターズは非番ではない日であったため無理で、弦太朗も提出の近いレポートがあるそうだ。

 そんなわけで今日来るのは前述した4人だけとなっていた。

 

 夏用にこの世界で購入した通気性の良い服に身を包んだ士は、普段の教師というイメージを潜めている。尤も、この世界の役割というだけで彼は元々教師ではないのだから、彼自身が教師っぽくないのは当然だ。

 そんな士は本日徒歩にて待ち合わせの公園にやって来ていた。

 小さな川が流れ、そこに橋が架かっており、辺りは緑豊かな自然溢れる公園だ。

 

 現在、午前9時58分。待ち合わせ時間は午前10時なので割とギリギリである。

 そこに1人の女性を見つけ、士は声をかけるより前に、距離が空いた場所でジッと見つめた。

 青いイメージの私服に身を包み、帽子を被る姿。目元を隠そうとしているのか、ちょっと目深に被っている。

 

 何故一度立ち止まったのかといえば、それが本当に待ち合わせ場所にいる女性であるかを考えた為だ。

 

 

「風鳴、か?」

 

「! ああ、門矢先生」

 

 

 声をかけられ振り向いたその顔は、確かに風鳴翼。赤い結晶のペンダント、つまり聖遺物が首から下がっているのも翼である証拠だろう。

 青という翼のイメージカラーをそのままに、あまり派手な服を着ておらず、尚且つ帽子も被っているその姿は変装の為だろう。

 

 風鳴翼は超が付く有名人。少なくとも日本国内でその名を知らない者はいない。

 そんな人が変装の1つもせずに出かければ、人だかりができるのが当たり前。

 彼女が今の姿なのはそういうわけなのである。

 

 

「一瞬誰かと思ったが、帽子は変装か?」

 

「はい。恐縮ながら、多くの人に知られている身ですから」

 

「そういえば有名人だったな、お前」

 

 

 士はこの世界に来てから僅か数ヶ月。

 だからこの世界の流行りも、有名人も、殆どを知らない。

 世俗から離れている魔戒騎士の家に居候しているというのも大きいだろう。

 だから風鳴翼が有名人であり歌姫であるという感覚がまるで無かった。

 精々、彼は生徒で同僚。その程度の認識だった。

 

 

「それにしても、時間ギリギリじゃないですか」

 

「過ぎていないなら文句を言うな。それを言うなら、立花達はどうした?」

 

「……まだ、来ていませんね」

 

 

 士は溜息をついた。

 学校の話だが、未来はともかく響が遅刻する事は今に始まった事ではない。

 さらに言えば未来は響の同居人。恐らく、響の遅刻に巻き込まれているのだろうと士は考えていた。

 士の脳内で未来は響の保護者くらいのイメージである。少なくとも、どちらがしっかりしているかと問われれば迷わずに未来の方だと断言する。

 そしてそのイメージは間違ってはいない。

 

 

「どうせ立花の遅刻に小日向が巻き込まれてるんだろ」

 

「小日向……民間協力者の子ですよね。彼女が遅刻しているという可能性もあるのでは?」

 

「可能性はな。だが、遅刻しそうなのは間違いなく立花だろ」

 

 

 翼はクスリと笑って「そうかもしれません」と、それに同意した。知らないところで酷い言われようである。

 

 

「立花達の事、よく見ているんですね」

 

「気持ち悪い事を言うな。教師なんてやってりゃ、手のかかる奴は目につく。それだけだ」

 

 

 ムスッとした態度の士を見ても微笑みを崩さない翼。

 悪びれる様子もあるが、彼がそれだけの人物でない事は翼も承知だ。

 病院の屋上で話した時に回りくどくもかけてくれた、直訳すると『死ぬな』という言葉。

 上から目線や悪態以上に、部隊の面々が彼に持っている印象は良いものだった。

 しかしそんな風に評価される事をあまり良しとしない士は、そんな微笑みに対して笑みを返したりする事はないのだが。

 

 

「いつだったか、病院ではありがとうございました」

 

「は?」

 

「励ましてくれたじゃないですか。私は1人じゃない、と。

 一度、キチンとお礼を言っておきたくて」

 

「フン、そんな事もあったな」

 

 

 平然とした顔で言い放つが、ほんの少しだけ目線を逸らした士。照れ隠しなのだろうか。

 彼は色んな世界で『悪魔』だの『破壊者』だの言われ続けたせいで、素直に褒められるという事にどうにも慣れていない。

 むず痒いというか、調子が狂うのだ。強く当たってくれた方が士もペースを取りやすいと感じるくらいには。

 

 

「門矢先生は悪びれていますが、良い人です。

 立花にも私にも気をかけてくれる。文句を言っても協力し続けてくれる。

 本当に、感謝しています」

 

「当然だな。俺は世界に必要な存在、感謝されてしかるべきだ」

 

 

 尊大な態度を見せるものの、翼は微笑むだけ。嫌な顔1つしていない。

 呆れるでも声を荒げて怒るでもない相手ではやはり調子が狂うのか、士はその態度を引っ込める。

 代わりに、自分の中にあった翼に対しての疑問をぶつける事にした。

 

 

「お前、本当に変わったな」

 

「え?」

 

「俺は以前のお前をよくは知らない。だが目に見えて変わっただろ。

 立花への態度は特に分かりやすい。……何があった?」

 

 

 翼自身、自分の変化には確かに気付いている。響への想いの変化は特に顕著だ。

 いや、翼の奏を喪う前の性格を考えれば、戻ったというべきなのかもしれない。

 

 

「1つは立花が変わった事。報告書を通してですが、立花なりに頑張っている事を知りました。

 立花の覚悟も分かりましたし、私も入院期間中に気持ちの整理ができました。

 今は肩を並べる者として、立花を認めているつもりです」

 

 

 響と共に戦う事を受け入れた理由は、響自身が変わったからだった。

 奏の代わりなどでは無く、自分は自分として、自分らしい覚悟を構えたからこそ、翼も響を認めた。

 そして時間。大きな気持ちを受け止めるにはどうしても時間がいる。

 ガングニールの後継者という、奏の形見を引っ提げてきた存在を受け止めるには、どうしても時間は必要だったという事だ。

 

 そして翼は、自分が変わったもう1つの理由を語る。

 

 

「もう1つは、夢の中の奏です」

 

「奏? 天羽奏か?」

 

 

 士も名前だけは知っているし、ネットで軽く検索すれば簡単に出てくる名前。

 天羽奏。かつては風鳴翼とツヴァイウイングというユニットを組んでいたが、2年前のライブのノイズ襲撃で亡くなった。

 ノイズと戦って絶唱を歌い、その身が砕けたという真実を知る者は少数だ。

 士の問いに翼は頷き、話を続けた。

 

 

「奏は、戦いの裏側や向こうには、何か違ったものがあると言っていました。

 私にはまだそれが分からない。だから、奏と同じ場所に立ってみたい。

 戦い続けるだけの剣ではなく、その先に、何かあるのなら……」

 

 

 最後まで黙って聞いていた士が、口を開く。

 

 

「死のうとしていた奴の言葉とは思えないな」

 

 

 今の翼は戦う剣というだけではなく、戦った先にあるものを見ようとしている。

 それはつまり、戦った後を生き抜いたその先を見据えているという事。

 見舞いに来た響に対し、翼は『自己犠牲による救済は前向きな自殺衝動な様なもの』と語った。

 それは翼自身がそうであったから出た言葉であるが、『そうであった』と過去形である通り、今の翼はそうではない。

 もう自暴自棄にも近い戦いをする事も無いだろう。

 士の言葉に対し、翼も自嘲気味に笑う。

 

 

「そうですね。でも、それが今の私です」

 

「フン、立花の事はともかく天羽の事は夢の中の話だろ? 自己完結もいいとこだ」

 

「そうかもしれません。だとしても、前を向くきっかけにはなりました」

 

 

 夢の中に現れた奏という事は、実質翼の頭の中の話だ。実際に奏が現れる筈がない。

 けれど、例えそうでも夢の中で語られたそれは、自分が前を向く材料となったもの。

 翼自身、それが夢の中の事でしかないと分かっていても、それを肯定的に捉えていた。

 士も「死にに行くような性格の頃よりはいいか」と、変わった翼を見て一瞬口角を上げるのだった。

 

 さて、そんな話題から一転、士は次には別の話題を吹っかけた。

 

 

「ま、その調子で部屋の片付けもできるように変わってやれば、緒川も喜ぶだろ」

 

「なっ……そ、その話はやめてください!」

 

 

 焦る翼を余所に、士は淡々と翼の欠点を嫌味ったらしく責めていく。

 

 

「どうせその服を選んだ時も部屋を散らかしたんだろ?

 そうだ、ついでに今日は小日向にも教えるか。お前が一切片付けられないって事」

 

「だ、断固阻止させてもらいますッ! というか誰にも広めないでください!」

 

 

 写真がピンボケするという弱点を全力で棚に上げ、翼の事を笑う士。

 響に欠点を知られているという意味では、翼も士もどっこいどっこいではあった。

 しかし翼は士のその欠点を知らず、士は翼の欠点を知っている。

 有利なのはどう考えても士であった。

 

 

「門矢先生は、意地悪です……」

 

「恨むなら自分を恨め。部屋が片付けられないのはお前のせいだからな」

 

 

 士の言葉で見事に撃沈して落ち込む翼。

 それを笑う士。勿論嘲笑の笑みだ。

 

 さて、そうこうしていても響と未来が来る様子は無い。

 落ち込む翼を余所に、特にする事の無くなった士は腕を組んで手持ち無沙汰だ。

 翼が落ち込みから再起動する頃になっても一向に来ず、翼は右手の腕時計をちらりと見やる。

 時刻は既に10時25分。元々の集合時間を25分も過ぎている上、連絡も来ていない。

 

 

「あの子達は……何をやっているのよ」

 

「成績下げてやろうか、アイツ等……」

 

 

 響に巻き込まれた形で此処にいる士は職権乱用を仄めかしながら不服そうな声を出す。

 そうしているうちに、公園の外から走ってくる2人の人影が見えた。

 

 

「すみません翼さん、士先生ぇ~!!」

 

 

 声は響のものだとすぐに分かった。

 結構速めの速度で走って来た2人の正体は響と未来。流石は現在進行形で鍛えている女子高生と元陸上部の女子高生と言ったところか。

 とはいえ運動用の服ではない上、鞄なども持っているせいか思ったように走れなかった。

 そして遅刻で慌てていたせいかペース配分も考えずに突っ走ってしまい、公園に到着する頃には2人は肩で息をしているような状態であった。

 

 

「申し訳ありません! お察しの事とは思いますが、響のいつもの寝坊が原因でして……」

 

 

 膝に手を置きながら息を切らしながらも、未来が遅刻の理由を説明する。

 士の言う通りというか、案の定であった。

 息を整えた2人は未だに口呼吸をしつつも顔を上げる。

 2人の私服、お出かけ用の服はちょっとだけ普段の印象とは異なるものだった。

 未来は無難というか、動きやすそうなシンプルなものに対し、響はちょっとふわふわとした感じのコーディネートになっている。

 普段留めている稲妻のような髪飾りも花柄になっていたりするし、どちらかというと少女っぽい服装。

 いや、少女なのは間違いないのだが、響のイメージとは微妙に異なっていた。

 

 

「時間がもったいないわ、急ぎましょう」

 

 

 とにもかくにも、漸く4人が揃った事で、翼は顔を上げた2人を見やった後にさっさと歩を進めようとしてしまう。

 そんな翼の様子を見た響は、思っていた事をポロリと口に出してしまった。

 

 

「すっごい楽しみにしてた人みたいだ……」

 

 

 翼の様子は「早く遊びたい」とか「デート、楽しみだな」という感情が隠し切れていない。

 響達の到着を今か今かと待ち、遊びに行ける事にテンションが上がっているのだろう。

 呟いたつもりのそれだが、翼の耳にはしっかりと届いてしまっていた。

 普段は見せない自分を見透かされたような翼は顔を赤くしながら響を一喝する。

 

 

「誰かが遅刻した分を、取り戻したいだけだッ!」

 

「うへっ! はは、翼イヤーは何とやら……」

 

 

 内心ウキウキの翼はさっさと歩を進め、翼を追いかけるように響と未来は小走りになり、それを見失わない程度のゆっくりなスピードで気怠そうについていく士。

 そういうわけで、主催者遅刻というスタートを切ったデートが始まった。

 

 

 

 

 

 まあ、デートと言っても軽く遊ぶくらいである。

 友達、今回の場合は後輩と先生だが、それと連れ添って遊ぶというのは翼にとっては目新しい事。

 奏と遊びに出掛けた事はあるが、シンフォギアの訓練やツヴァイウイングとしての活動もあった。何より、奏を喪ってからの2年間に遊びの時間は一瞬たりとも存在しなかった。

 

 まずは映画に行こうという行き当たりばったりな響の一声で、4人は映画館へ向かう事になった。

 映画館の外には現在上映中の映画の中でも目玉となる作品のポスターがでかでかと張り付けられている。

 そんな入口を抜け、一行はエントランスに置いてあるモニターを見上げた。

 モニターには現在上映中の映画の名前と開始時刻が映し出されており、一定時間すると次のページに切り替わるようになっている。

 親切な事に空席状態も一目である程度分かるようになっており、完売したところには完売、残り僅かなところにはそれを示すマークがつくようになっていた。

 

 4人がどの映画を見ようかと悩んでいると、周囲から映画を観終わった者、今から観る者の声が飛び交っている。

 

 

「やっぱり『吾輩の名は』は感動するわよねぇ。特に最後の猫! 私もう5度目だよ」

 

「『シン・ルドラ』マジサイコーだわ。流石は平成怪獣特撮のマエストロ角山博満って感じで……」

 

「戦闘シーン半端ないトコもザンネンなトコも、いつもの『マジェスティックプリンセス』って感じで良い映画だったなぁ。よしっ、今度2回目行くか!」

 

 

 今年の映画の中でも比較的有名なものの名前がちらほらと聞こえてきた。

 さて、その中で見るのならどれがいいだろうかと考える響と未来。

 この世界の流行には疎い士。

 そして翼だが、彼女はモニターに映る2つの映画に目を奪われていた。

 

 

(『風の左平次 リターンズ』に『STAR NOBUNAGA THE FINAL』……だと……ッ!?)

 

 

『風の左平次』は以前も劇場版が制作された事もある人気時代劇。

『STAR NOBUNAGA』もまた、海外で人気の時代劇だ。

 前者は正統派時代劇。後者は海外で制作された時代劇SFという結構尖ったものだが、どちらも翼は知っていた。

 尚且つ、その視聴者でもあるのだ。それも結構熱心な。

 見たい。しかし、後輩と先生に我が儘を押し通してもいいのか。

 1人悶々とする翼だったが、そうこうしているうちに響と未来が決めてしまい。

 

 

「よっし! じゃあ『吾輩の名は』にしましょう! 翼さんと士先生も、いいですか?」

 

「えっ、あ、ああ。私は別に……」

 

「何でもいい」

 

 

 響の言葉に反射的に賛同してしまう翼と、気怠そうに二つ返事をかます士。

 そんなわけで全員の賛同を得て、4人は決定した映画を見る事に。

 ほんのちょっとだけ名残惜しそうに風の左平次とSTAR NOBUNAGAの看板を見る翼に気付いたものはいなかった。

 

 あと、『吾輩の名は』で士以外は全員泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

「く、ぅぅ……良かった……最後の猫は、ホントに……!」

 

「まさか、あそこで名前が……ッ!!」

 

 

 映画終了後。映画館から出てショッピングモールに向かう中で、響と翼が口々に言う。

 士以外の3人は涙の跡が残っており、そんな生徒達を士は呆れかえった目で見ていた。

 

 

「そこまでか?」

 

「だってぇ! うぅ……思い出したらまた泣きそうです……ッ!

 最後付近の「よろしくおねがいします」って台詞から私もう……!!」

 

 

 響が感受性豊かなのか。士が感受性に乏しいのか。

 そんな士もほんのちょっとだけ心動かされたりもしたのだが、流石に目から涙が零れる事は無かった。

 翼も気になっていた映画とは別の映画となってしまったが、今の映画に大満足の様子。

 未来も響達ほどではないが、映画終了直後には静かに泣いていた。

 流石、世間で大ヒットしている映画なだけはある。

 

 さて、4人がショッピングモールに来たのは勿論ショッピングの為。

 買いたい物があるわけではない。ただ店を見て回り、買いたいものがあったら買う。そんな感じだ。

 その中で4人は極普通の遊びに興じていた。

 

 

 よくある怪しい雑貨屋を見た。

 中々個性的なものが揃っているが、それは下手したら士のピンボケ写真よりもずっと前衛的だ。

 

 

「これ可愛くないですか、翼さん! クレオパトラらしいですけどッ!」

 

「うん、確かに悪くない……」

 

「待て。その腕がぐにゃぐにゃで目力半端ないソレをクレオパトラと言い張ってるのか?」

 

 

 移動ドーナツショップのドーナツを食べた。

 新作ドーナツというのを響が注文すると、オカマと思わしき店主が意気揚々と新作ドーナツを袋に詰めて、響に手渡す。

 

 

「はぁ~い! 新作ドーナツ、『幸せゲット・フレッシュ味ドーナツ』でーす!」

 

「すごーい! ピーチとベリーとパインとパッションフルーツが全部一緒になってる! 未来も食べて見なよ!」

 

「ん……わっ、凄い! 4つとも違う味なのに、ちゃんと纏まってるっていうか……」

 

「そ、そんなに美味しいのか?」

 

(どういう組み合わせだよ、その4つ……)

 

 

 その後は服を見た。

 女性と男性の比率が3:1なせいで、嫌々ながらも士は否応なく巻き込まれてしまう。

 おまけに女性服売り場の方に。

 

 女性というのはどうしてこう、服を見たり試着したり買ったりするのが好きなのかと士は溜息を隠さない。

 おおよそ普通の女子高生とは言えない人生を歩んでいる3人も、その例には漏れなかった。

 気に入った服を見つけては試着室に飛び込んでいく。

 

 

「じゃーん! どうですかぁ、士先生ッ!」

 

「馬子にも衣装ってやつだな」

 

「えっへん!」

 

「あんまり褒められてないよ、響……」

 

 

 まあ何というか、士は完全に付き合わされているだけな感じが出てきたが、普通だった。

 凄く普通で、ありきたりで、何の変哲もない友達同士のお出かけ。

 でも、その全てが翼にとっては新鮮だった。

 友達と映画を見る事も、雑貨屋で駄弁る事も、買い食いをする事も、服をみんなで選ぶ事も。

 

 一度だけファンに見つかりかけたりしたが身を隠しつつ、4人はゲームセンターに来ていた。

 よくあるぬいぐるみのクレーンゲームの目の前で、響は左手を握り締めて気合いを入れていた。

 

 

「翼さんご所望のぬいぐるみは、この立花響が必ずッ!」

 

「期待はしているが、たかが遊戯にあまりつぎ込むものではないぞ?」

 

 

 電子マネーの入った右手の携帯電話を台に押し当て、拳にしている左手でクレーンを操作するボタンを、半ば殴るくらいの勢いで叩きつけた。

 

 このクレーンゲームにて「何か欲しいものがありますか?」と聞かれた翼は、正直に1つのぬいぐるみを指差した。

 人型のうさぎのぬいぐるみ。しかしあまり可愛いとはいえず、タレ目で半開きの目、腹にはバツ印で絆創膏が張り付いており、微妙に不細工なデザインだった。

 

 しかし、それが何であれ翼ご所望のぬいぐるみ。

 尊敬する翼にそれをプレゼントしようと響が全力を挙げているという状況である。

 何度も試すが、何度も失敗。掴めたと思ってもするりとアームから抜け落ち、リトライする度に響の拳が勢いを増す。

 

 

「きえぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

 奇声まで発する始末である。あまりの声に周りの人は振り向き、未来や翼も恥ずかしそうにしつつ耳を塞いでいた。士は完全に知らない人のフリをしている。

 また翼が見つかるんじゃないかという不安が湧いて出るが、奇声を発した人がいる一味に積極的に関わろうという人はいなかったようだ。

 が、そんな気合も空回り。ぬいぐるみは一瞬だけアームに掴まれたかと思えば、するりと抜け落ちてしまった。

 

 

「うえっ!?」

 

「……いつまでやってんだ」

 

 

 軽く絶望して項垂れる響を軽く横から押し、その場から退かせる士。

 長々と往生際の悪い彼女に痺れを切らしたらしく、二課の支給品である電子マネー入りの通信機を取り出し、クレーンゲームにかざす。

 そうしてクレーンゲームは半ば強制的に士へとバトンタッチ。

 無理矢理退かされた響含め、3人は突然乱入してきた士を驚いたような目で見ていた。

 さらに数瞬後、響は訝しげな顔を士に向けた。

 

 

「士先生、できるんですか~?」

 

「俺を誰だと思ってる」

 

 

 士は響へ目もくれずに言ってのけた。

 彼女とて士が色んな事ができるのは知っている。

 が、相手はクレーンゲーム。数々の硬貨や電子マネーを吸い込んできた強敵。

 響とて歯が立たなかった相手だ。如何にして攻略するというのか。

 もっと言うと響は内心、敗北か悪戦苦闘する士を想像していた。普段の士からは想像できないような士を。

 いや、決して暗い考えでそう考えているのではなく、『完璧な人が慌てる姿を見てみたい』という興味本位程度の想いだが。

 

 しかし、その想いは一瞬で覆されてしまうのだった。

 

 クレーンゲームのアームは正確に翼ご所望のぬいぐるみをロック、していない。

 僅かにズレ、ぬいぐるみの頭の部分でアームは止めた。

 しかしズレを修正しようともせずに士はアームを下げ始めた。

 アームはぬいぐるみの頭を掴もうとするもののバランスが取れる筈もなく、頭を持ち上げられたぬいぐるみはするりとアームから転げ落ちていく。

 

 

 失敗か。いや、そうではない。

 頭を持ち上げられて転げ落ちたぬいぐるみは景品の斜面を転がり、見事に穴へと落ちていく。

 ガコンと、筐体の引き出し口に景品が落ちてくる音がした。

 即ち、ゲームクリアである。

 

 ぬいぐるみの真ん中あたりを狙ってバカ正直にアームで運ぼうとしたから響は失敗した。

 もっと効果的な場所を狙ってバランスを崩し、転がしてやればいい。

 士がやったのはつまりそういう事である。

 

 

「えっ、えぇ……?」

 

 一発でクリアして見せた士に対して素っ頓狂な声を出す響。

 そんな彼女を余所に、士はぬいぐるみを引き出してそれを見つめた。

 

 

「お前のセンス、どうなってんだ?」

 

 

 それを選んだ翼のセンスに嫌味を飛ばしつつ、軽く弧を描くようにぬいぐるみを翼へ投げ渡す。

 ゆったりと飛んできたぬいぐるみをキャッチする翼は呆気にとられながらも、一先ずお礼の言葉を口にした。

 

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「そもそも、お前の部屋に置く場所あるんだろうな、それ」

 

「そ、それぐらいありますッ!」

 

 

 片付けられないネタを振られた事を察知した翼は必死に抗議の言葉を放つも、士は鼻で笑うだけ。

 何の話だろうとキョトンとする未来。まさか翼の部屋がグチャグチャだとは思ってもいない。

 そして一方、翼が片付けられない事を知っている響はというと。

 

 

「……なぁんででぇすかぁ~!?」

 

 

 叫んだ。クレーンゲームを見つめたままだった彼女は、わなわなと震えた後に唐突に。

 

 

「なぁんで士先生が取れて私が取れないんですかッ!?

 っていうか、一発で取れるなら私がつぎ込んだ意味ッ!!」

 

「お前が下手なだけだろう」

 

「だとしても差がありすぎませんかッ!?

 まして私は女子高生! ゲームセンターなら士先生よりも行き慣れている筈なのに、そんな場所でまで士先生に勝てないなんてぇぇぇッ!!」

 

 

 響の叫びは結構大きい。周りの視線もあって気恥ずかしいし、何よりこっちは芸能人連れだ。

 そんな響を諌める為に、未来は耳を塞ぎながら咄嗟に提案を口にした。

 

 

「大きな声出さないで! そんなに叫びたいなら、いい場所に連れて行ってあげる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 と、未来の鶴の一声にも似た言葉にてやってきた場所。

 その名はカラオケ。遊びの場所としては定番である。

 しかしながら今日はかなり特別。何せ、カラオケをプロと一緒に来ているのだから。

 

 受付を通り、指定された部屋へ赴いた4人は部屋の入口に近い順に翼、士、響、未来の順で座った。

 腰を掛けつつ、響は今の現状に興奮しているようだ。

 

 

「すっごいよ私達! トップアーティストと一緒にカラオケ来てるんだよぉ!?」

 

 

 翼の歌には人気と価値がある。

 ちょっと俗っぽい話だが、翼の歌はお金をとれるほどのものだ。

 それをタダで、あまつさえ観客3人かつ間近という凄まじい環境で聞けるというのだから凄い。

 勿論、本物のライブのような豪奢な設備はないが、それを差っ引いてもお釣りがくる。

 風鳴翼のファンならカラオケ代でそれが聞けるのならタダ同然とすら思うだろう。

 恐らく、ツヴァイウイング時代からファンである翔太郎が聞いたらハードボイルドを完全に失って小躍りするレベルだ。

 というかこの状況を聞いて自分がそこにいなかった事を知ったら血の涙を流すだろう。

 

 未来も翼のファンだ。

 何せ、2年前のツヴァイウイングのライブ。響や翼の運命を大きく変えたあのライブに行こうと誘ったのはそもそも未来で、響は未来に教えてもらってからツヴァイウイングのファンになったのだ。

 ファン歴でいえば未来の方が長いという事になる。

 響ほど騒いだりしないのでそういう印象が薄いが、未来もそこそこ熱心なファンなのだ。

 士は先にも述べたように、彼女が有名人であるという印象が全くないので何が凄いとも思わないが。

 

 さて、そんな話をしているうちに誰かが曲を入れた。

 照明が切り替わり、モニターには曲名と作詞作曲の名前が表示される。

 

 曲の名は、『恋の桶狭間』。

 

 

(……おい、これ演歌かなんかだろ)

 

 

 出だしの曲調といい、明らかな演歌。選曲に心の中でやや素のツッコミを入れる士。

 しかしこの場にいるのは20代の青年と10代の女子高生。趣味にしては渋い。

 響と未来が顔を見合わせ、指をさしあう。お互いに首を振る。

 では、と、2人同時に士へ顔を向ける。視線に気づいた士が全力で首を振る。

 

 と、いう事は。

 

 

「一度こういうの、やってみたかったのよね」

 

 

 翼が立ち上がり、みんなの前に出て一礼。

 マイクを片手に演歌を熱唱し始めた。

 熱情。嫉妬。愛憎。そういうものを歌い上げた、情念の歌。

 歌い口には熱が入り、振り付けというか、身振り手振りも完璧にやってのけている。

 とても初めて歌っているようには見えず、この曲が好きなのだという事が伺えた。

 響や未来はその曲に聞き惚れ、カッコイイと賛辞を贈る。

 

 

(演歌歌手でも目指してるのか、こいつ……)

 

 

 やったら上手い。本当に、普段から演歌を歌ってるんじゃないかってくらいに上手い。

 翼の歌への才能を感じつつ、選曲にクエスチョンマークを浮かべつつ、士は微妙な顔で翼の歌を聞き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 カラオケで一通り騒いでいたら夕暮れとなっていた。

 響や未来は仲良さそうにデュエットしたり、一方で持ち歌で得点争いをしてみたり、士は歌も上手かったのだが流石に本職の翼には敵わなかったりと、結構楽しんだ様子。

 この世界に疎い士は歌える曲があまりなかったが、乗り切ったのは流石というべきか。

 

 さて、4人は最後に公園へとやってきていた。

 高台にある公園で、街を一望できる眺めのいい場所だった。

 階段を上る最中、元気よく最後の段まで登っていた響と未来や、一定のペースを変えずに息を一切切らさずに悠々と登る士とは違い、翼は息を切らしていた。

 

 

「つぅばささぁ~ん! 早く早くぅ~!」

 

「ど、どうしてそんなに、元気なんだ……」

 

「翼さんがへばりすぎなんですよぅ」

 

 

 決して翼の体力が無いわけではない。

 実際、鍛錬を重ねている翼の体力は響や未来のそれよりも上だろう。

 それなのに翼の方が早く息を切らしているのは、偏に『慣れない事をした』からだろうか。

 未来もそれを感じていた。トップアーティスト風鳴翼にとって、今日という日、友達と普通に遊んではしゃぐという事が、どれほど慣れない事であろうかと。

 

 

「慣れない事ばっかりでしたもんね。翼さん」

 

「はは、全くだ。防人であるこの身は、常に戦場にあったからな……」

 

 

 楽しんだような笑みと自嘲気味な顔が合わさって、苦笑い気味の笑顔になっている翼。

 間違いなく今日が楽しかったのだが、全く慣れていないというのも事実だった。

 

 遊びを一切してこなかったという部分を感じて、士の脳裏に同居者の鋼牙が浮かぶ。

 彼も遊びとは無縁そうだし、実際、ホラー狩り以外の時は鍛錬しているところしか見た事がない。

 鋼牙もまた、そんな風に自分を律しているのだろうか。

 尤も、鋼牙は使命感と決意から。翼は半ば自殺衝動にも似たものだったと、自らに使命を課した理由は違うが。

 

 

「息抜き1つしないからあんな馬鹿げた事をするんだよ、お前は」

 

 

 そんな翼を皮肉る士。

 彼女が重傷を負った事は記憶に新しいし、士とて良い気分がしたわけではない。

 それでもこういう口調になるのは彼の性格か。

 

 

「そうかもしれません。……本当に今日は、知らない世界ばかりを見てきた気分です」

 

 

 否定せず、階段を登りながら心情を吐露する翼。

 彼女にとっては全てが新鮮だった。

 遊びに出かけたことどころか、誰かに遊びに誘われるという段階から既に。

 それは有名人であるという以上に、ノイズと戦う防人であるからという理由で、奏を失って以来は1人で戦い続けたから。

 いつしか誰も寄せ付けぬような雰囲気を醸していたのだ。

 実際、士はリディアンで『孤高の歌姫』という言葉で翼を評する生徒を見た。

 事情を知らない周りからもそういう印象だったのだ。

 

 だから今日のような慣れない、知らない世界に翼は目を回してしまったのかもしれない。

 

 

「そんな事ありません」

 

 

 しかし、知らない世界を見てきたという翼の言葉を響は強く否定する。

 響は翼の手を引っ張り、町を一望できる公園の奥へと翼を引っ張っていった。

 

 

「ほら、見てください。あそこが待ち合わせをした公園で、あそこが映画館とショッピングモール。カラオケは……あの辺ですね」

 

 

 1つ1つ、今日歩んできた場所を指さしていく響と、それを目で追う翼。

 そして響は町から翼へ視線を移し、優しい顔で、はしゃいでいた先程とは違う落ち着いた物言いで。

 

 

「今日遊んだところも、そうでないところも、全部翼さんが知ってる世界です。

 昨日に翼さんが戦ってくれたから、今日にみんなが暮らしていける世界です。

 だから、知らないなんて言わないでください」

 

 

 翼は自分を、ノイズと戦う為だけの剣だと思っていた。

 けれども響はそうではないと訴える。翼が守ってくれたから、今のこの場所があるのだと。

 響が戦えなかった頃、士が来る前、ゴーバスターズと合流する前。それは翼が意固地になっていた時期だ。

 しかしその翼が戦った事で多くの人々が救われ、今も平穏に生きていられる。

 今だって、みんなと一緒にみんなを守っているのが風鳴翼だ。

 決してそれが知らない世界であるはずがない。

 翼は言葉をくれた響を見た後、再び町へと目を向ける。

 そんな彼女の中では、夢の中で聞いた奏の言葉が想起されていた。

 

 

『戦いの裏側とか、その向こうには、また違ったものがあるんじゃないかな。

 私はそう考えてきたし、そいつを見てきた』

 

 

 奏が考えてきたもの。奏が見てきたもの。

 戦場に立ち、戦って、それによって守って来た日常。

 誰もが暮らす世界であり、自分達もまたそこに住まう者。

 戦う事で守れる事。ノイズを倒す剣というだけでなく、何かを守って来たのだという事。

 奏の言葉を頭の中で思い返していた翼に対し、後ろからゆっくりと士が声をかけた。

 

 

「俺はこの世界の人間じゃないが、お前は此処で生きてきたんだろ。

 だったら、知らない世界じゃない。間違いなくお前が守ったお前の世界だ。

 この世界にあるのは、お前達の物語なんだからな。

 この世界を守ってるのは、他でもないお前等だろ?」

 

 

 ある意味、真の意味でこの世界を知らない彼。

 そして一度は自分の世界を見失った事すらある彼にとっては、『世界』とか『知らない』という言葉は重い。

 この世界は翼達の世界なのだからと士は語る。

 士の言葉を聞いた後、翼は今一度、夕焼けに照らされた平和な町を見下ろした。

 

 

(そうか……これが、奏の見てきた世界なんだ)

 

 

 この平和な世界こそが、奏が、自分が、みんなが守ってきた世界。

 そして奏が気付いていた世界なのだと翼は感じた。

 翼は漸く知ることができたのだ。奏が見てきた戦いの裏側を。

 

 一方、先の士の言葉に対し、響はまた別に反応を示していた。

 

 

「でも、士先生もこの世界にいるじゃないですか。私達と一緒に戦ってくれている。

 だったら士先生にとっても、此処は知らない世界じゃないですよ」

 

 

 士は町を見た。

 士に定住はない。自分の世界はあっても、ずっと何処かの世界に居続けるわけじゃない。

 いずれこの世界からも消える。響達の教師でない日が来る。

 それでも、此処に存在したという証はあるのだ。

 士が歩んできた旅路は写真、記憶、色んな形で残っているのだから。

 

 

(俺の旅がディケイドの物語……。自分で言ったんだったな)

 

 

 例えばWにはWの物語がある。オーズにはオーズの物語がある。

 ディケイドにそういった固有の世界、固有の物語は無い。

 けれど、彼が歩んできた旅路そのものが物語となるのだと彼は自分で言った。

 だとすればきっとこの世界も、ディケイドの物語の1つとなるのだろう。

 

 翼と士がこの世界に思いを馳せ、数秒の間が空いた。

 一瞬訪れた穏やかな静まり。

 それを破ったのは、町から振り返った士だった。

 

 

「おい。立花、小日向、風鳴」

 

 

 3人を呼びつけ、士は手で払うような仕草で移動するように促した。

 なんだろうと思いつつ、3人は士の指示通り動く。

 そしてある程度3人が1つに集まり、夕日と町をバックにした状態になったのを見計らい、首から下げたカメラのシャッターを切った。

 

 

「あっ、ちょっとぉ士先生。写真を撮るならそう言ってくださいよぉ」

 

「別に何でもいいだろ」

 

 

 響の抗議に取り合う事なく、士はカメラを下ろした。

 写真を撮られた事に特に不平はなさそうだが、どうせ撮るならピースの1つくらいしたかったのだろう。

 

 

「門矢先生。その写真、今度現像できたら頂けますか?」

 

「……考えといてやる」

 

 

 と、此処で翼の純粋な希望が飛んできた。

 実は士、あの時写真館にいたメンバー以外には自分のピンボケ写真の事がまだバレていない。

 つまり、当然翼は知らない。そして隣にいる2人はそれを知っているわけで。

 

 

「えー、いいんですかぁ、翼さん。士先生の写真ってすっごいピンボケしてるんですよぉ?」

 

「え? そ、そうなのか?」

 

「えっと、とっても綺麗な写真もあるんですけど……」

 

 

 何とかフォローしようとする未来だが、写真の全てがピンボケなのは否定できない。

 さらに言えば綺麗な写真というのも『ピンボケ』が『幻想的』になっただけの偶然の産物で、狙って撮れるわけでもない。

 翼は士をちらりと見やれば、士は顔を逸らしていた。どうやら図星らしい。

 クスリと笑う翼を見て、士は何とも不機嫌そうな顔を3人に向けた。

 

 

「お前等……成績、楽しみにしとけよ」

 

「うえぇ!? それは職権乱用ですよ! 然るべきところに訴えますよ!?」

 

「……待てよ。よく考えてみれば、お前は何もしなくても成績悪いな」

 

「……あれっ、マジですか? え、私、普通にピンチ?」

 

 

 現時点の響の成績が芳しくないのは事実である。

 ちなみに未来の成績は比較的良く、翼の成績に関しては別のクラスなので知らない。

 まさかの本気の成績ピンチ宣言により、頭を抱える響だった。

 

 

「門矢先生にも、苦手なことがあったんですね」

 

「黙れ。お前の片付けられなさ程じゃない」

 

「だったら写真、見せてくれますよね」

 

 

 翼は翼で今までの反撃と言わんばかりに写真の事を攻めてくる。

 最早片付けられない女というレッテルはどうしようもないと開き直ったのか、それとも士の弱点を知って調子に乗っているのか、士がそれに関して口にしても怯む様子もない。

 

 

「チッ……。気が向いたらな」

 

「フフッ。はい」

 

 

 いらんやつにいらん事を知られたな、と、士は心底溜息をついた。

 成績に関して危機感を感じる響。そんな響を宥める未来と翼。

 不機嫌そうな顔の後、気付かれぬように口角を上げて笑みを見せる士。

 

 戦士達が守った穏やかで平和な世界が、確かに此処には存在していた。

 そんな平和な物語の1ページが、今日という日であったのだろう。




────次回予告────
光あるところに影はある。善が集結すれば、自ずと悪も集結する。

出会うは、加速度的に増える新たな脅威。

強烈なる悪が熾烈さを極め、苛烈さが守りし者に襲いくる。


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第60話 力は善にも悪にも

 時間は響、未来、翼、士の4人が平和な一時を過ごしていた時よりも、少しだけ前に遡る。

 

 エンターにとってエスケイプという新たな女性アバターが出現した事は気がかりなところだが、実は気になる事がもう1つできていた。

 そのエンターが『気になる事』に対しての解答を持っている可能性があるDr.ウォームの元を訪れたのだが。

 

 

「あら、だぁれ? 貴方」

 

 

 待っていたのは黄金の衣装を纏う女性。

 この場に居るのだから、間違いなくジャマンガの関係者だろう。

 が、エンターにはその女性が誰なのか分からない。何せ初対面だ。

 

 

「これはこれはマドモアゼル。私はエンター。Dr.ウォームに要件があって来たのですが」

 

「ああ、私達ジャマンガに協力してるヴァグラスとかいうところの?」

 

「ウィ。貴女こそ、何者で?」

 

「私はレディゴールド、ジャマンガの幹部よ。ふぅん? Dr.ウォームよりはマシに見えるわね」

 

 

 エンターは知らぬ事、尚且つ興味の無い事だが、ジャマンガの幹部は全員折り合いが悪い。

 一部には仲が良かったりある程度気の合う者もいるが、基本的に仲良しこよしではないのだ。

 ウォームとレディゴールドもそう。険悪というか、邪険に扱いあうような関係。

 気の強さが影響してか、レディゴールドの方が若干優位に立つ事が多いのだが。

 

 

「なんじゃなんじゃ、儂を呼んだか」

 

 

 と、会話を聞きつけてDr.ウォームが奥の方から早足で出てきた。

 エンターを視認したウォームは「おお」と声を上げると、エンターとレディゴールドへと近寄る。

 

 

「エンター、来ておったのか」

 

「ええ。ジャマンガは新たな幹部の投入ですか。リュウケンドーに新たな力が加わった事が原因で?」

 

「フン、こいつが勝手に来おっただけじゃわい! 頼んでもおらんというのに……!」

 

「あら? 随分な物言いじゃない。未だに大魔王様を復活させる事もできていない癖に」

 

「なんじゃと!」

 

 

 ウォームとレディゴールドのやり取りを見たエンターは特に反応を見せないが、内心、溜息を付きたくなるような心境だった。

 造られたアバターが『心境』というのもおかしいのかもしれないが、エスケイプと出会った時の事を思い出していたのだ。

 エンターをヴァグラスの幹部というのなら、同じアバターであるエスケイプは新たなヴァグラスの幹部と言っていいだろう。

 ジャマンガとヴァグラスにほぼ同タイミングでの女性幹部追加。

 しかし性格を考えると手放しに喜んでいいのか。

 

 ジャマンガの事情などエンターとしては知った事ではないが、手を組んでいる現状、自分に関係の無い事と言えなくもない。

 それに自分の主であるメサイアが『人を苦しめる』という快楽の為だけに生み出したという、造られた理由からして呆れ果てるエスケイプの存在。

 そして目の前にいる、見るからに癖のある性格をして、ウォームと険悪そうなレディゴールド。

 もう少し機械的に、私情抜きで行動できないものかとエンターは呆れるばかりだ。

 

 

「そちらにも女性幹部の追加ですか。実はこちらにも1人、アバターの増員がありまして」

 

「ほう? アバターというのはエンター、お主もそうなのであったな? データの塊じゃったか」

 

「ウィ。まあ、いずれ会うかもしれませんので、一応」

 

 

 呆れた心境を表には出さず、エンターは軽くだがエスケイプの事を紹介しておき、さっさと本題に入る事にした。

 この場に長くいるのも面倒だと感じたのだろう。

 

 

「本題に入らせてもらいます。実は、見てほしいものがありまして」

 

 

 エンターは1つの小さな石を取り出した。

 形としては緩く菱形を描いたような、手の平で簡単に覆えるくらいの小さな石。

 しかし、それは淡く青い輝きを発しており、人間の感性で言うのなら、美しい物。

 パッと見だけで判断するのなら、間違いなく宝石だった。

 

 

「へぇ~、綺麗な宝石じゃない!」

 

 

 こういう高価そうな物に飛びつくのはレディゴールドの性格故か。

 エンターが差し出してきたそれに手を伸ばそうとするが、その手はウォームによって弾かれてしまった。

 当然、そんな行動に出たウォームに対してレディゴールドは食って掛かる。

 

 

「ちょっと何するのよ! こういう宝石は私にこそ……」

 

「待たんか!! ……お主、これを何処で手に入れた?」

 

 

 普段も怒る時は語気を荒げるウォームだが、今回のウォームは普段以上の荒げ方だった。

 いつもと違う様子に気付いたレディゴールドがウォームの顔を見てみれば、その表情は何処か険しい。

 レディゴールドを諌めたウォームはエンターに尋ねるが、その言葉は恐る恐る、と言った感じである。

 

 

「亜空間に突然飛来したんです。何処からか転送……というより、空間を突き破って来た、という感じでしょうか。全部で9個、これと同じものが」

 

「むむ……」

 

 

 険しくなっていた表情を、より一層深刻なものへと変えるウォーム。

 一方でエンターは、どうやら此処に持ってきたのは正解だったようだと考えていた。

 今回ジャマンガの本拠地にやって来た理由は、現在エンターが手にしている宝石の正体を探る為だった。

 

 この宝石は亜空間に突如、本当に前触れなく飛来した謎の物体。

 エンターはおろか、亜空間内部でヴァグラスのメガゾードを造りだしている創造する者達ですらも詳細は分からない。

 

 

「エネルギーに満ちている事だけは分かったのですが、そのエネルギーが何なのか、用途は、使用方法は……。とまあ、殆ど分かっていないので、Dr.ウォームなら何か知っているのでは、と」

 

「何故、儂だったんじゃ?」

 

「我々にとって魔法や魔力は専門外ですからね。逆に言うなら、我々に解析できないエネルギーであるという事は魔法に関係したものである可能性がある……そう判断したんです」

 

 

 ヴァグラスは人間が造りだした機械から発生した組織だ。

 故に、人間社会で使われるエネルギーや機械全般に関してはかなりの情報を持つ。

 そんなヴァグラスですら判別不能なエネルギー。

 逆に言えば、人間社会であまり使われる事の無いエネルギー。

 そこでエンターが最初に思いついたのが魔法や魔力だったのだ。

 ダメもとではあったし、此処で駄目ならフィーネや大ショッカーも当たろうかと思ったが、その必要はなさそうだった。

 

 何せ、ウォームは宝石を心底訝し気で、警戒の目で見ているからだ。

 つまり正体が何であるか、察しがついているらしい。

 

 

「少し貸してもらうが、よいな?」

 

「ええ、これの正体が分かるのなら」

 

 

 ウォームはエンターの手から慎重に宝石を手に取り、宝石に向かって普段から用いている杖を向けた。宝石を解析しているのだろう。

 エンターには何がどうしてそれで解析ができるのかは分からないが、魔法とはそういうものだ、と、特に深く考えなかった。

 そうしている内にウォームの表情は見る見る強張り、その白い顔は青ざめているようにも見えた。

 

 

「こ、これは……何と、とんでもない……!」

 

「なぁに? その宝石、一体何なの?」

 

 

 レディゴールドの言葉に、エンターもそれは私も知りたいところだと、首を軽く傾げて見せる。

 ウォームは余程動揺しているのか、宝石から顔を上げる時、ややカクついた動きだった。

 

 

「一目見た段階から、魔力の塊である事は分かっておった……。

 じゃが、まさかこれほどとは……」

 

「何よ。勿体付けずに言いなさいよ」

 

 

 急かすレディゴールドの言葉に怒る事も無く、ウォームは重々しく口を開いた。

 

 

「……これは、パワースポットに匹敵する魔力の塊じゃ」

 

 

 瞬間、レディゴールドですらも驚愕の表情に染まる。

 パワースポットに匹敵。

 つまりそれは、破壊されれば町1つを吹き飛ばす大惨事を引き起こすそれと、この小さな宝石が同等という事。

 ヨーロッパにてパワースポットの魔力爆発が起こり、そのせいでヨーロッパから去る事を余儀なくされたレディゴールドは非常に嫌な事を思い出してしまう。

 最初にレディゴールドが触ろうとした時、ウォームが彼女の手を払ってまで警戒していたのも、宝石を一目見た時点で『魔力の塊』だと看破していたからだ。

 

 レディゴールドとは対照的にエンターが表情を変える事は無い。

 しかしそれなりに興味が湧いたらしく、レディゴールドに変わって質問を続けた。

 

 

「パワースポット……確か、大きな魔力の塊と伺った記憶があります。

 以前にムッシュ・ジャークムーンがそこを目指して、城を飛ばしたとか」

 

「うむ。パワースポットは破壊すれば町1つが滅びる程の魔力を秘めておる。

 ジャークムーンの奴はその魔力を利用しようとでもしたんじゃろうが、そんな事をすれば何が起きるか儂らにも分からん。

 じゃから儂らも滅多に手を出さん場所じゃな」

 

「それと同等である、と?」

 

「しかもこれ1つでじゃ。残り8個もあるんじゃったな……全く、とんでもない物が亜空間とやらに流れ着いたものよ」

 

「オーララ。拾い物にしては、いささか物騒ですね」

 

 

 フム、とエンターは思案する。

 どうやらこの宝石は魔力の塊で、とんでもないエネルギーを秘めているようだ。

 しかしこれが一体どういう理由で亜空間に流れ着いたのかが分からない。

 

 

「Dr.ウォーム。これが魔力の塊であり、非常に強力な物であるという事は分かりました。

 では、これが何処から来て、何の目的で造られたかは……」

 

「流石に分からん。ただ……」

 

「ただ? 何ですか?」

 

「お主、これは亜空間に、空間を突き破るように現れた、と言っておったな?」

 

 

 その言葉にエンターが頷くと、ウォームは宝石を睨むように見つめた。

 

 

「確かにこれが9個も集まって暴走か何かすれば、空間すら壊れてもおかしくはないじゃろう。

 じゃが、これもパワースポットも危険ではあるが、外部からの刺激が無い限り暴走はせん」

 

「成程……。つまり、9個の宝石は『何者かが発動させ、その影響で亜空間に流れ着いた』、と?」

 

「憶測にすぎんがな。あと、これも恐らくなんじゃが、これは地球の物ではない。

 宇宙から来たか、あるいは全くの異世界から来たか……。

 少なくとも地球上で9個ものこれが暴走したのなら、地球はただですんでおらんじゃろうからな」

 

 

 纏めると、この宝石は『別世界か宇宙の何処かで何者かの手によって暴走し、その影響で空間を突き破って亜空間に流れ着いた、パワースポット並の魔力の塊』という事だ。

 とんでもない危険物ではあるが、そのエネルギーはかなりのもの。

 下手に利用しようとして暴走、挙句にエネトロンタンクごと吹き飛んだのではヴァグラスとしては困る。

 あけぼの町でこれが暴走しようものなら人間も町ごと吹き飛んで、マイナスエネルギーが回収できなくなる。

 ヴァグラス、ジャマンガ、両者にとってこれが暴走した際のリスクは大きい。

 が、その阿保みたいなエネルギーが何かに使えないかと思案するエンター。

 

 折角した拾い物だし、こんな危険な物を適当に放置しておくわけにもいかない。

 色々と考えた結果、エンターはウォームにある提案を持ちかけた。

 

 

「……Dr.ウォーム、この宝石の危険性は十分に分かりました。

 それを踏まえたうえで、この宝石を利用した提案があるのですが」

 

「危険を承知でこれを使うというのか?」

 

「まずは私の提案が可能であるかどうか……。それを確認してから、ですがね」

 

 

 ニヤリと笑うエンター。

 2人のやり取りに珍しく無言を貫いていたレディゴールドもまた、笑う。

 何だか面白い事になりそうだ、と。

 唯一、ウォームだけは不安の色を隠せていないが、聞くだけ聞いてみるかと、エンターの提案に一先ず乗っかる事にした。

 

 思わぬ拾い物をしたエンターの提案には訳がある。

 実はエンター、次なる作戦を既に考案しており、その準備も進めてきていた。

 

 

(万が一、がありますからね。この宝石……使えるに越した事はありません)

 

 

 その作戦とは、大量のエネトロンを一気に奪う大規模な作戦。

 準備は進んでいるのだが、問題は勿論、ゴーバスターズを初めとした戦士達。

 バスターマシンを使う事なくメガゾードを倒せる戦士すらいるのだ。エンターの警戒は強い。

 もしもこの宝石が彼等への迎撃に使えるのなら、それは非常に有意義な使用方法だ。

 次の作戦の万が一に備え、この宝石を使用できるようにしておく。

 それがエンターの狙いだった。

 

 

 

 

 

 時間は戻り、デートを終えた翌日、月曜日。二課本部にて。

 現在時刻は午後2時。響や弦太朗のような高校生、大学生などの面々は学業に励んでいる時間帯。

 そんな中、教師である門矢士は自分の担当授業が今日は終わったという事で二課に顔を出していた。

 二課の本部はリディアンの職員室がある中央棟からエレベーターを使う。

 故に、教員である士にとっては足を運びやすい場所でもあるのだ。

 二課本部の司令室には弦十郎、朔也、あおい、了子、翔太郎といった面々が揃っていた。

 

 士は報告が遅れていた夏海とユウスケ、光写真館の事を弦十郎に伝えた。

 2人もまた仮面ライダーであり、この部隊に協力をしたいと言っていると。

 仲間は多いに越したことはないし、Wと同じく士のお墨付きなら信用もできるだろうと考え、弦十郎はそれを承諾。

 あとは他の責任者である黒木や天地の承諾も得るだけ、という段階に入っていた。

 

 ちなみに写真館は「響と未来がパン屋に行った時に偶然見つけて士に話した」という事にした。

 プリキュアの事を話すのは咲や舞に悪いし、写真館をどう見つけたかを正直に話してしまうとプリキュアの秘密を暴露する事になってしまう。

 正直、協力して貰ったほうがお互いにいいとは思うのだが、咲や舞の秘密はシンフォギアの秘密とはまた違って意味でややこしい。

 咲や舞をこの部隊に巻き込むという事は、政治的な云々にも巻き込まれかねない。

 協力して貰うにも、きちんと彼女等の意思を確かめる必要もある。

 それに夕凪に住む彼女等には彼女等の日常があるのだ。

 二課はリディアンの真下にあるから響や翼は学校と両立できているが、別の街に住んでいる咲や舞はそうはいかない。

 そういう兼ね合いから、プリキュアとの合流は見送っている。

 これは翔太郎と弦太朗が以前出会ったなぎさとほのかに対しても同様だ。

 

 また、モエルンバとの戦闘時に懸念されていた『響が変身した事が二課に伝わり、そのままプリキュアの事も知られてしまう』という事態も、どうやらザルバが言っていたようにモエルンバ出現と同時に発生していた結界により通信が阻害されていたらしく、ガングニールの起動は感知されていなかったらしい。

 それとなく士と翔太郎が「最近、何か変わった事はあったか?」「シンフォギアの起動とか」と、朔也やあおいに聞いてみたところ、クリスの事を聞いているのだと受け取られたのか、「イチイバルの反応が時折確認されるくらい」という返答だったのと、弦十郎達が何も言ってこないので大丈夫だろうという事になった。

 

 しかしシンフォギアを知ってしまった咲と舞をそのままにしておくわけにもいかない。

 いずれ、今は無理だが、二課には来てもらわなければならないだろうなとは士も翔太郎も考えている。

 そこのところは彼女等と何処かで相談しなくてはならないだろう。

 辛いところではあるが、咲や舞の事情ばかり優先するわけにもいかない。

 

 なお、シンフォギアを直接目撃していない鋼牙は特にどうこうする必要もないだろうと、士はそっちに関しては放置する事にした。

 士はシンフォギアについて話したりもしていないので、鋼牙はシンフォギアの事を実際に何も知らない。問題は無いと言える。

 

 さて、その辺りはいい。

 写真館どうこうの話をしたという事は、士が写真を現像した、という話にもなる。

 そしてその結果は。

 

 

「あっはっはっはっはっ!!」

 

 

 櫻井了子の高らかな笑いが二課本部に響き渡るというものだった。

 つられるように朔也やあおいがプルプルと、笑いを堪えるように震える。

 弦十郎や慎次も苦笑いを浮かべる中、門矢士だけがどんどん機嫌の悪そうな表情となっていった。

 

 察しの言い方ならお分かりだろう。見られたのだ、写真を。

 

 写真館に行ったという事は現像したのか? という話になり、そこから見たいと押され、仕方なく見せた結果である。

 以前から部隊のメンバー、特に了子は彼女の性格的に、見せたら絶対に面倒くさい反応になるだろうとは思っていた。

 予想通り、了子は尋常じゃなく笑っている。

 

 

「はははははっ!! あー、お腹いたぁい……! なぁにこのピンボケ……!!」

 

「黙れ。俺の芸術性が理解できないとは、できる女が聞いて呆れる」

 

「ふぅん? ま、天才は後世になってから評価される事もままあるものね。

 でもそれにしたってこれは……フフッ……!!」

 

「チッ……」

 

 

 ニヤニヤと見つめてくる了子に対し、鬱陶しそうな舌打ちをくれながら顔を逸らす士。

 そんな士の肩にポンと手を置いて、「ま、ご愁傷様だな?」とニヤけた面で口にした翔太郎の手を、士は肩を跳ね上げて乱暴に振り払う。

 

 死後に評価される芸術家は多いが、果たして門矢士はその中に入れるのか。

 現在進行形で櫻井理論を評価されている天才、櫻井了子は笑いながら疑問に思う。

 他の誰にも撮れない写真と言えば聞こえはいいが。

 

 

「さて、まあ話題を移そうか」

 

 

 弦十郎が全体を見渡して言う。

 そんな彼も先程まではちょっと笑っていたのを士は見逃していない。

 内心「この野郎」と思いつつも、写真の話をこれ以上されてもたまらないので、一先ずは話の切り替えに乗っかった。

 他の面々、オペレーター陣と了子、翔太郎もこの場の司令官という事もあり、その言葉に従う様子だ。

 

 

「此処最近、グレートゴーバスターやサンダーリュウケンドーと言ったように、戦力の強化が為されている」

 

 

 切り出しは最近の事柄から。

 実際、マサトやJの実質的な部隊加入からサンダーキー入手など、戦力強化は何度も起こっていた。

 それこそ仮面ライダーの部隊参加、ガングニールの新たな装者出現などが良い意味で想定外だったというのもあり、予想よりも部隊はずっと強力なものになっていた。

 ジャークムーンという強力な幹部を1人倒したというのも大きいだろう。

 

 

「とはいえ、だ。ヴァグラスやジャマンガ、フィーネを名乗る謎の存在、大ショッカーが手を組んだ事。疑似亜空間なども含め、敵も新たな手を繰り出してきているのも事実だ」

 

 

 例えば失われたネフシュタンやイチイバルの出現が挙げられる。

 雪音クリスはフィーネとは既に繋がりが無さそうではあるのだが、ネフシュタンとイチイバルがいつの間に、如何な経緯でフィーネの手に渡っていたのかは不明のまま。

 ソロモンの杖というノイズの制御を可能にする完全聖遺物も敵の手の内である。

 

 さらに、ヴァグラスが繰り出してきた疑似亜空間という新たな一手。

 これはあけぼの町に発生させればマイナスエネルギーの回収にもなりえ、ジャマンガにまで恩恵が及ぶ。

 グレートゴーバスターという対抗手段はあるが、逆に言うとグレートゴーバスター以外では対応できないのが疑似亜空間の厄介さだ。

 考えたくはないが、グレートゴーバスターが負けた時、あるいは何らかの要因で使えない時の代替策が一切ない。

 加えて、ゴーバスタービートと同型の新型メガゾード。

 特命部に『メガゾードδ』と名付けられたそれは、ダンクーガにも勝る能力を持っていた。

 こちらも無視できるような代物ではない。

 

 ついでにいうなら大ショッカーの規模だ。

 デュランダル強奪未遂の際に、大ショッカーは5体もの怪人を投入してきた。

 他にも、栄光の7人ライダーやディケイドやW、フランスでアクセル達を襲った際にも怪人を数体放っている。

 怪人を使う、という点だけ見れば他の組織でも似たような事はやっている。

 だが、実はこの部隊には大ショッカーを一番に警戒している人物がいた。

 

 ──────門矢士だ。

 

 彼は大ショッカーと関わりが深い。

 敵と味方とかそういうレベルでなく、かつて大ショッカーの大首領であったのだから。

 結局、自分がかつて大ショッカーに身を置いていたという事実は話していない。

 話す必要が無いから、と士は言うだろう。

 しかし心の何処かでは、それを言う事を恐れているのかもしれない。

 

 ともあれ、士は大ショッカーという存在を隅々まで知り尽くしている。

 にも拘らず、今回の大ショッカーは得体が知れなさすぎた。

 いつの間に結成され、いつの間にあれだけの怪人を用意できるようになったのか。

 かつての大ショッカーを知っているからこそ、得体の知れない今回の大ショッカーに士は警戒心を抱いているのだ。

 

 一同が敵の事を考えて表情を険しくする中、弦十郎は続ける。

 

 

「しかも最近、ある国でこんな映像が目撃されている。藤尭」

 

「了解」

 

 

 朔也がコンピュータを操作すると、メインモニターにある映像が映し出される。

 監視カメラか何かの映像らしく画質は荒い。

 しかし、そこに映っていた人物に士と翔太郎は目を見開いた。

 代表し、翔太郎が声を上げる。

 

 

「あの野郎……エンターか……!?」

 

 

 映像の人物は黒いコートにサングラス、その演技のような仕草など、正しくエンターだ。

 既に内容を知っている他の二課メンバーは驚く様子は無いが、モニターを睨んでいるようでもあった。

 

 映像のエンターは無数のバグラーを連れ、何処かの軍事施設の格納庫を襲っているらしかった。

 兵が銃で応戦するが、バグラーやエンターの繰り出すコードのような触手に次々と伸されていく。

 そうしてエンターは格納庫にある機体を見上げて……というところで映像は終了した。

 恐らく、銃かバグラーの流れ弾か何かで監視カメラが破壊されたのだろう。

 

 砂嵐が一瞬流れた後、メインモニターが閉じ、同時に弦十郎が言葉を再開した。

 

 

「格納庫にあったのは『ウォーロイド』と『ジェノサイドロン』。各国の紛争地域や戦争などで用いられる、変形機能を有した機動兵器だ」

 

「ああ、戦争なんかじゃよく使われてるやつか……」

 

「この世界じゃそんなもんが戦争に持ち出されてるのか」

 

 

 翔太郎はこの世界の人間という事でウォーロイドやジェノサイドロンの事を知っていたが、この世界の紛争や戦争の事情に詳しくない士は、ああいった機動兵器が使われている事に僅かに驚いていた。

 士のイメージする戦争は戦闘機や戦車や歩兵がどうこうする、というイメージだったためだが、この世界ではああいう機動兵器がある事も、既に常識の範囲内らしい。

 Aという世界の常識がBという世界では通用しないという事はよくある事なので、そういうものだと士は気にしないが。

 

 さて、ウォーロイドとは戦車や戦闘機の姿をした無人兵器であり、人型形態への変形機構を有している。数も多い量産型だ。

 一方でジェノサイドロンは巨大な、例えるなら蛇とか龍とかそういう類の姿をした有人機動兵器であり、その巨体は物によってはダンクーガをも上回る。

 

 どちらも戦争などで使用される兵器なのに代わりはない。

 だが、エンターはそれが格納されている場所に何の用があったのか。

 弦十郎はそれを語った。

 

 

「今の映像は、エンターが関わっているという事で入手できた映像だ。

 何でもその後の調査では、ウォーロイドやジェノサイドロンがごっそりと無くなっていたらしい」

 

「さらに、格納庫内のエネトロンが異常に消費されている事も判明しています。

 恐らくメタロイドに変えたか、転送して亜空間か何処かに送ったんでしょう」

 

 

 どうにもエンター、格納庫内のエネトロンを使ってジェノサイドロンやウォーロイドを強奪したらしい。

 目的は明白。戦力の増強だろう。

 仮にメタロイドに変化させたのだとしても、ジェノサイドロンをそのまま奪ったにせよ、新たな兵器を手に入れた事に変わりはない。

 警戒するには十分な理由だろう。

 

 

「エンターの行動含め、油断ならない現状だ。

 そこで、俺と黒木、天地両司令が話し合った結果、できる装備強化はしておこうという話になってな。今頃、ゴーバスターズが新装備を発見している頃だろう」

 

 

 士と翔太郎は『装備を発見』という言い方に引っ掛かりを覚えた。

 完成とか輸送なら分かるが、発見というと、まるで普段はその装備が何処かをうろついているかのような。

 果たして、それはどういう意味なのか。

 士と翔太郎がそれを知る由は無かった。

 

 

 

 

 

 一方その頃、S.H.O.T基地でもS.H.O.Tメンバーが魔法発動機を囲む形で全員集合していた。

 装備強化の話が上がると、まず真っ先に何かを尋ねられるのは瀬戸山だ。

 瀬戸山はマダンキーの調整などを行える人。そしてマダンキーはイコールで魔弾戦士の力だ。

 つまり、瀬戸山は魔弾戦士の武装を取り扱う人間である事を意味している。

 そんなわけで瀬戸山は「何か新装備は無いの?」と聞かれ、簡単に言わないでほしいとボヤきつつも、1つだけ思い当たる節があったのを思い出したのだ。

 

 魔法発動機の中央には1本のマダンキーが置かれている。

 マダンキーにはそれぞれ模様があり、それによってある程度、それが何のキーであるのかが判別できる。

 例えばファイヤーキーなら炎が描かれた赤いキー、アクアキーなら水晶のようなものが描かれた青いキー。

 

 そして魔法発動機に置かれたマダンキーの模様は、何処かおどろおどろしい目のような模様。

 これは魔物を倒した後に回収し、そのままのマダンキー。

 つまり魔弾戦士用の調整を行っていないキーだ。

 

 マダンキー調整の役割を担う瀬戸山が杖でキーを指しながら、説明を始める。

 

 

「これは、リュウケンドーに関係するキーである事が分かっています」

 

「だったらさっさと調整してくれよー。なんかまたすげぇキーなのかも知れないんだろ?」

 

「いえ、間違いなく凄いキーですよ」

 

 

 剣二の言葉に瀬戸山は確信をもって答えた。

 調整をしてみなければ、そのキーがどんなキーなのかは分からないものだ。

 調整前でも誰が使うキーなのかは分かるが、その『誰』が『何』をするためのキーなのかが分からない。

 何かしらの強化武装をするのか、何かを召喚するのか。

 勿論、このキーもリュウケンドー用であること以外には何も分かっていなかった。

 しかし瀬戸山には、自信を持って「これは凄いキー」だと言ってのけられる理由がある。

 一同がその自信へ疑問符を浮かべる中、瀬戸山は続けた。

 

 

「こんなに厄介なキーは初めてなんです。何せ、此処での調整ができませんからね」

 

 

 そう、なんとこのマダンキー、魔法発動機での調整が不可能な代物。

 手に入れたのは随分前なのだが、調整していないのはそもそも調整できないという理由からだった。

 調整できないという事は使えないという事である。

 まさか未調整で使うわけにもいかない。それではいつぞやのサンダーキーの二の舞である。

 自分のキーでありながら使えない宣告をされた剣二は、食って掛かるように瀬戸山へと振り向いた。

 

 

「おいおい、じゃあ使えねぇじゃねぇか!?」

 

「慌てないで。調整する方法が1つだけあります」

 

 

 しかし流石は魔法エンジニアである瀬戸山。きっちりと解決策も用意してあった。

 ただ、その解決策が容易ではないのも確かなのだが。

 

 

「パワースポットです。あれだけのエネルギーが満ちている場所なら、このキーの調整ができるでしょう。

 ですが、パワースポットは知っての通り危険な場所。行けば、何が起こるか分かりません」

 

 

 その名を聞いて一同は表情を少し強張らせる。

 パワースポット。再三再四の話になるが、非常に危険な場所だ。

 ジャマンガですら滅多に手を出さず、S.H.O.Tが厳重に封印、監視を行っている場所。

 だが、パワースポットのように強大な魔力が満ちた場ならば、どんなキーでも調整できるだろうと瀬戸山は語る。

 逆に言えば、そんな危険な場所でもない限り調整ができないという事でもあり、このキーの特異性が伺えた。

 

 何が起こるか分からないパワースポットに突入するのは危険だ。

 流石に今すぐパワースポットに出発というわけにもいかない。万全の態勢で臨むべきだろう。

 

 

「他の組織とも連携を取って、パワースポットへの突入を考えよう。

 いきなりの突入では、あまりに危険すぎるからな」

 

 

 司令官という権限を持つ天地の言葉に、他の面々も頷いた。

 自分の装備をお預けという事があってか剣二だけはちょっと不服そうだが、渋々と頷く。

 パワースポットは魔力爆発を起こせば町1つが壊滅するほどの被害を出すような代物。

 とはいえ、そこでしか調整できないマダンキーがあるのなら、選択肢は無い。

 いずれパワースポットに向かう事になるであろう事は予感しつつも、天地はこの話を一旦終わらせるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、ゴーバスターズ。東京湾沿岸にて。

 リュウジとヨーコは海沿いの道路を歩きながら、ソウガンブレードを双眼鏡として用いて海を見渡し、捜索を行っていた。

 今回は捜索に人手が欲しいという事もあり、バディロイドのゴリサキとウサダも同伴している。

 

 ところでヒロムはというと。

 

 

「すみません、遅くなりました」

 

 

 ヒロムとバディロイドのニックがリュウジ達の元へ走り寄って来た。

 4人に頭を下げるが、ヒロムとニックの遅刻は特に気にしてはいなかった。

 緊急事態というわけでもないというのもあるが、ヒロムはむしろ誰よりも早く来るタイプであり、こういう遅刻は珍しい。

 むしろそこが気になって、リュウジは不思議そうな顔をヒロムに向ける。

 

 

「珍しいね、ヒロムが遅刻だなんて」

 

「いや、ニックがいつもみたいに道に迷って。道案内に関しては頼らない方がいいですね」

 

『うぉいヒロム! 人を方向音痴みたいに言うなよ!?』

 

「みたいじゃなくて方向音痴そのものだろ」

 

 

 いつもみたい、という言葉から分かる通り、ニックは方向音痴だ。バイクなのに。

 ヒロムをバイク形態の自分に乗せるのはいいのだが、そのナビゲートが方向音痴なのだ。

 勿論ヒロムはそれを知っている。が、それが改善されているのではないかと淡い期待を持ったのが間違いだったと、ヒロムは溜息をついた。

 

 幼い頃から兄のような存在であるニックの事をヒロムは信頼しているし、頼りに模している。

 しかし幼い頃から彼の事を知っているからこそ、欠点をずけずけと言うのだ。

 ストレートに物を言うヒロムだからこそでもあるし、長年の付き合いの相棒だからでもある。

 翔太郎とフィリップ辺りならそういう関係性に理解を示すだろう。

 

 成程ね、と苦笑いのリュウジ。

 完璧なんてつまらない、というのはマサトの弁だが、彼のバディロイドであるJも含めたバディロイド達は何処かしら欠点がある。

 それは性格に癖があるとか、それこそニックの方向音痴のような物だ。

 人間らしくて親しみやすいとも言えるだろうか。

 

 

「ところで、見つかりましたか?」

 

「全然。ヨーコちゃん、そっちは?」

 

「うーん……見えない、かな。ウサダ、そっちはどう?」

 

『何にも。ねぇゴリサキ、そっちは?』

 

『こっちも何にも見えないよぉ~……。うん?』

 

 

 彼等が探しているのは、二課のメンバーが言っていた『新装備』だ。

 新装備を捜索するという表現には違和感があるかもしれないが、その新装備というのは普段、東京湾やその近辺を漂っているとの事。

 

 一同がキョロキョロと海を見渡している中、ゴリサキが最初に異変に気付いた。

 彼等が捜索しているすぐ傍の海が、突如として隆起したのだ。

 明らかな異常に全員が目を向ければ、隆起した海からせり上がる1つの巨大な影。

 影は海から彼等の前に、その機械的な緑色のカエルのような姿をさらした。

 大きさで言えばイエローバスターのRH-03と同程度の大きさか。

 緑色の機体が海から出てきた影響で水飛沫が少しかかるが、それよりも面々はその巨体に目を奪われていた。

 

 

「これが……」

 

 

 ヒロムの呟きと共に、モーフィンブレスに特命部から通信が入る。

 声の主は司令官、黒木だ。

 

 

『そうだ。『FS-0O』、通称『フロッグ』。初期のバスターマシンで、主に水中での活動を目的としている』

 

 

 基本的にバスターマシンの形式番号に付けられているアルファベットは、そのバスターマシンが変形する動物と乗り物のモチーフの頭文字だ。

 例えばゴーバスターエースことCB-01の『CB』はそれぞれチーターの『C』とバギーの『B』。

 FS-0Oの『FS』とはフロッグの『F』とサブマリンの『S』。

 サブマリン、即ち潜水艦。

 黒木の言葉通り、というか海から出てきた見た目通り、これは水中を得意とするバスターマシンだ。

 

 陸と空の機体は存在していたが、水の機体は初めてとなる。

 これが彼等の探していた『新戦力』だ。

 

 

『一先ずFS-0Oに乗りこめ。付属するバディロイドがいるだろう』

 

 

 バスターマシンを動かすにはコックピットとなるバディロイドが必要だ。

 マサトが亜空間で新たに開発したBC-04とSJ-05は例外だが、それ以外の3機はそういう設計となっている。

 そしてそれ以前に開発されているFS-0Oもその例に漏れない、という事。

 指示通り、ゴーバスターズの3人とバディロイド達はFS-0Oに乗船。

 その後、あまり大衆に姿を見られるのはマズイという判断の元、FS-0Oは再び海中へと潜っていった。

 

 

 

 

 

 流石は潜水艦というべきか、FS-0Oの中は広い。

 他のバスターマシンはパイロット1人が入るだけのスペースしかないのに対し、FS-0Oは複数人で搭乗できる程のスペースが用意されていた。

 窓からは青い海に漂う魚達を眺める事もでき、乗り心地も快適だ。

 

 FS-0Oの操縦桿は、CB-01などの例に漏れず、バディロイドが務めている。

 操縦桿にいたのはヨーコの膝下程度しかないウサダをさらに小さくして、それを緑でカエルのデザインにしたようなバディロイドだった。

 

 

『こんにちは、私は『エネたん』! よろしくね!』

 

 

 小さな手を上下に動かしながら歓迎の意を示すバディロイド。

 どうやらエネたんというのが名前らしい。

 新たなバディロイドという事もあって興味津々の一同。

 

 バディロイドの中で一番小さかったウサダすらも下回る小ささだった。

 他のバディロイドがバスターマシンに操縦桿として接続する際に頭部だけしか見えなくなるのに対し、エネたんは全身が見える程の小ささ。

 ゴリサキやニック、Jが成人男性程度の大きさという事もあり、バディロイドの大きさの差異は意外と極端である。

 

 操縦桿はカエルの手を細長くしたようになっており、これも他のバディロイドとは違う点だが、どうも本体のエネたんとは関係の無いパーツで構成されているようだ。

 ニックとゴリサキは頭部のハンドル、ウサダは耳が操縦桿になるのに対し、エネたんは自分とは関係の無いパーツが操縦桿。

 初期型という事もあって色んな違いがあった。

 ちなみにもう1つ、他のバディロイドはオスに設定されているが、エネたんはメスである。

 

 

「へぇ……かなり小さいんだな」

 

 

 エネたんの小ささを指摘しつつ、頭に手をポンと置いてみる。

 直後、エネたんは手を上に振るって、ヒロムの手をどけさせた。

 結構勢いのある乱暴な動きに驚くヒロムと一同。

 

 

『人の頭に手を置くな! 失礼な奴だな……』

 

 

 そして友好的な態度を一変、口が悪くなった。

 第一声の快活な声は何処へやら。語気も荒く、不機嫌な様子がありありとしている。

 態度の急な変化という癖のある性格を見たリュウジが、一言。

 

 

「バディロイド……だね……」

 

 

 欠点というか、人間味というか、何というか。

 そういうところを見て、間違いなくエネたんはバディロイドであると、全員が納得したのだった。

 

 

 

 

 

 善も悪も、お互いに殆ど知られぬまま、着実な動きを見せていた。

 そうして戦いは、突然始まる。

 

 

 

 

 

 エネたんとゴーバスターズが出会って数十分後、モーフィンブレスに司令室からの通信が届く。

 声は森下のもの。通信機からは森下の声の後ろに、警報の音が聞こえていた。

 

 

『エネトロン異常消費反応確認!』

 

 

 警報音から察してはいたが、予想通り、エネトロンの異常消費。

 即ちメタロイドの発生。

 異常消費反応が確認された位置情報が送られ、ゴーバスターズはバディロイドも含めて各々に「了解」の言葉を口にした。

 メタロイドが現れたのなら、ヴァグラスはエネトロン強奪、そうでなくとも碌でもない事を企んでいるに決まっている。

 ならば、彼等のする事は1つ。メタロイドを倒す為に、現場へ急ぐ事だけだ。

 

 

 ────Let’s Driving!────

 

 

 モーフィンブレスを操作すると、電子音声が鳴り渡る。

 これはバスターマシンを操作するモードへと移行した事を示す音声だ。

 さて、このままFS-0Oで現場に向かおうと、ヒロムは操縦席に座り、操縦桿を握るわけだが。

 

 

『うわっ! やめろ! 勝手に触るなお前!』

 

「黙れ」

 

 

 猛烈な拒否反応を見せるエネたん。どうやら不用意に触られるのが嫌らしい。

 しかし、ゴーバスターズとしても非常事態。悠長な事は言っていられないとして、ヒロムがエネたんの言葉を短くぶった切る。

 が、エネたんはそれでも食い下がる様子だった。

 

 

『離せ! 離せよぉ!!』

 

「おい、言う事聞け……うわぁっ!?」

 

 

 エネたんはFS-0Oの管理者同然であるが故、自分で操縦桿を操作できる。

 操縦桿を握るヒロムの手を何とか振り払おうと、エネたんは操縦桿を右へ左へ動かした。

 結果、FS-0Oそのものが揺れる。そして内部にいるヒロム達はその揺れでてんてこ舞いになるわけで。

 

 

「ちょ、ヒロム! 何とかしてぇ~!」

 

『ヒロム! バディロイドに接する時は、もっと優しくだな!』

 

「黙ってろニック!」

 

 

 目を回すヨーコに、ここぞとばかりにバディロイドへの接し方を説いてきたニック。

 方向音痴と言われた事を気にしているのかは知らないが、そんなニックをバッサリと切り捨てたヒロムであった。

 

 

 

 

 

 東京都内のとある噴水公園。

 老夫婦が穏やかにベンチに座り、恋人同士がデートを楽しみ、母親と父親が子供と和気藹々と遊ぶ、平和な公園。

 そんな平和は、脆くも崩れ去っていた。

 

 

「オラオラ! どけどけぇ!! 此処は大人の仕事場なんだよォ!」

 

 

 現れたのは機械の怪物。

 右手はまるでベルトコンベアのような棒状の武器となっており、目につくのは頭部と肩から生えた煙突。

 パイプも繋がっているその外見は、まるで工場を人間の形に落とし込んだような姿をしていた。

 その名は『スチームロイド』。

 ある工場にメタウイルスをインストールしてエンターが製造したメタロイドだ。

 

 複数のバグラーを引き連れたスチームロイドが現れ、公園内はパニック状態。

 多くの人々が逃げ惑う中、スチームロイドとバグラーは人間達には目もくれない。

 彼等が目的としているのは、噴水公園の噴水。つまりは水だった。

 

 

「おら! 早く持って来い! どんどん入れろ!!」

 

 

 工場のガテン系とでも言えばいいのだろうか。工場から生まれた為か、スチームロイドはそういう性格をしている。

 スチームロイドはバグラー達を急かした。

 一方でバグラーは器を持って、噴水公園の水を汲んで、それをスチームロイドの背中にある給水口へと流し込んで行っている。

 複数のバグラーが次々とスチームロイドに水を溜め込んで行っているのだ。

 

 何かをしでかすつもりなのは火を見るより明らかだ。

 だが、そんな勝手を彼等は許さない。

 

 

「待ちやがれ!」

 

 

 いの一番に駆け込んできた、勇ましい声。

 走り込んできた青年の名は鳴神剣二。S.H.O.Tの魔弾戦士だ。

 それに続いて、サングラスをかけた不動銃四郎が剣二の横に並ぶ。

 メタロイドの出現に伴い、各組織から戦士達が向かっているのだが、ゴーバスターズはFS-0Oに悪戦苦闘中。

 その為、誰よりも早く彼等が付いたのである。

 

 

「なんだなんだァ! この仕事場は関係者以外立ち入り禁止だ!!」

 

「こっちも仕事で来てんだよ! お前等をぶっ倒すってな!」

 

 

 スチームロイドが怒りを見せるが、剣二も負けじと言い返す。

 その後、剣二は辺りを軽く見渡すと、得意気に鼻を擦った。

 

 

「へっ、一番乗りか。俺達で決めちまおうぜ、不動さん!」

 

「それに越した事はないが、油断するなよ剣二」

 

 

 ゴーバスターズが遅れている理由を露知らぬ剣二は、誰よりも早く来た事に自慢げだ。

 剣二の言葉はともかく、さっさと倒せる事に越した事はない。

 スチームロイド、バグラーと剣二、銃四郎が睨み合っていたその数瞬の中。

 バイクのエンジン音が響き渡った。

 

 

「何っ、うおっ!?」

 

 

 バイクは大きく跳び上がり、サングラスとヘルメットを着けた搭乗者はイチガンバスターでスチームロイドを狙撃。

 突然の登場に驚き、跳び上がったバイクに気を取られてしまったスチームロイドは反応する事もできず、良い様にイチガンバスターのビームを浴びてしまった。

 火花を散らして仰け反るスチームロイドを尻目に、バイクは着地。

 

 バイクとその搭乗者を見た剣二は、少々残念そうな反応を見せていた。

 搭乗者の名は桜田ヒロム。そしてバイクは彼の相棒、ニックだった。

 

 

「ちぇっ、お前等が来る前にさっと終わらしちまおうと思ってたのによー」

 

 

 ヒロムはヘルメットを外すと剣二と銃四郎の隣に駆け寄るように並び、ニックもまた、人型に変形し、3人よりも一歩後ろの位置に立った。

 

 

「別にそれでも構わないけどな。俺達の仕事が減って助かる」

 

 

 軽く返すヒロム。

 そんなヒロムに続き、彼の両隣に並ぶようにリュウジとヨーコ、そしでバディロイドのゴリサキとウサダもやってきた。

 バディロイド3機は全員、それぞれのパートナーの斜め後ろに立つようにしている。

 彼等は戦闘用ではない。その為、前に出ない事を意識しているのだろう。

 

 FS-0Oに悪戦苦闘していた彼等だが、現着に時間がかからなかったのには理由がある。

 それは単純明快。FS-0Oから降りてさっさと自分の足で向かったのだ。

 エネたんには、無理矢理に操縦しない代わり、自分で特命部の格納庫へ行くように言っておいた。あとは特命部の整備班辺りが上手い事収容してくれるだろう。

 

 ところでゴーバスターズの3人は全員サングラス着用をしている。

 彼等はあまり派手に立ち回らず、どちらかと言えば裏方に近い行動をとる事も多い。

 例えば広木防衛大臣暗殺の捜査をしているのが二課の調査部に加え、ヒロムとリュウジがいる事からもそれは伺える。

 何よりゴーバスターズが自分達であると必死に隠しているわけではないが、あまりに知れ渡りすぎるのも問題。

 その為、顔を隠すなどの意味もあり、サングラスをかけているのである。

 

 

「…………!」

 

 

 剣二はゴーバスターズを見た後、先輩の銃四郎を見て、気付く。

 銃四郎もサングラスをしているが、それは単純にファッションだ。

 年齢的にも大人びて、比較的ハードボイルドな雰囲気の為によく似合っている。

 そんな銃四郎とゴーバスターズを何度か見やった後、剣二は苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。

 

 

「なんてこった……!」

 

 

 深刻そうな声色が全員の注目を集め。

 

 

「俺もサングラスしてくりゃよかった……ッ!!」

 

 

 どうでもいい一言が飛んだ。

 

 単純な偶然だが剣二以外全員サングラス。

 そんな中、剣二1人だけが浮いているのだ。

 疎外感というかなんというか、そんなどうでもいい相棒の一言にゲキリュウケンから一言。

 

 

『アホかお前は』

 

「だってよぉ! これすっげぇ空気読めてないみたいじゃねぇか!!」

 

『この状況でその話の方がよっぽどだろ』

 

 

 剣二に対してゲキリュウケンは冷ややかである。

 お互いに信頼しているのは確かなのだが。

 

 さて、そんなばかばかしいやり取りの間に、イチガンバスターで撃たれたスチームロイドは復帰し、立ち上がっていた。

 

 

「ゴーバスターズまで来やがったか……。

 このヴァグラスの一番星、スチームロイドの仕事を邪魔するんじゃねぇ!!」

 

「お前こそ俺達の仕事を増やすな!」

 

 

 地団駄を踏むように、見るからにイラついた様子で体を震わせるスチームロイドに対し、ヒロムが敵意の混じった強い言葉で返す。

 そして並び立った5人はサングラスを外し、投げ捨てた。剣二だけエアだが。

 

 

「やっぱあった方がカッコつくよなぁ……」

 

 

 サングラスを捨てて臨戦態勢を見せる彼等の仕草をちょっとカッコいいなと思うと同時に、自分だけそれができない事の悔しさと疎外感に溜息を付く剣二。

 

 

 ────It's Morphin Time!────

 

「ゴウリュウガン! リュウガンキー、発動!」

 

「っと! ゲキリュウケン! リュウケンキー、発動!」

 

 

 そんな剣二を尻目に、それぞれがそれぞれの変身アイテムに手を掛けていく。

 流石にその空気の中でサングラスの話を続ける気は失せ、剣二もまた、ゲキリュウケンを操作した。

 

 

 ────チェンジ、リュウガンオー────

 

 ────チェンジ、リュウケンドー────

 

「剛龍変身!」

 

「撃龍変身!」

 

「レッツ、モーフィン!」

 

 

 銃四郎の声が、剣二の声が、ゴーバスターズ3人の声が、それぞれの変身を指し示す。

 そうして戦士達は戦装束に身を包み、名乗りを上げる。

 

 

「レッドバスター!」

 

「ブルーバスター!」

 

「イエローバスター!」

 

「リュウケンドー!」

 

「リュウガンオー!」

 

 

 そして魔弾戦士の2人が同時に。

 

 

「ライジンッ!!」

 

 

 バディロイドの3人も名乗りに合わせてそれぞれのパートナーの後ろでちょっとだけポーズを取った後、その場から離脱した。

 彼等は自分達が戦闘用ではない事を十分に自覚している。故に、邪魔にならないように離脱したのだ。

 

 

「バスターズ、レディ……」

 

 

 戦士5人とスチームロイド率いるバグラー軍団が睨み合う。

 そしてレッドバスターの言葉で、戦いの火蓋は切って落とされるのだ。

 言葉に合わせ、バスターズが腰を落とし、魔弾戦士は各々の相棒兼武器を構えて。

 

 

「ゴー!!」

 

 

 それは、戦士達が悪の群れへと駆けだす合図だった。




────次回予告────
ジャマンガとヴァグラスの新しい幹部だって?
おまけに謎の黒い戦士。ジャマンガの新幹部と因縁があるみたいだ。
メタロイドの奴もほっとけねぇ。どんな敵でも、負けねぇぜ!
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第61話 赤い風

 戦士達がバグラーと交戦状態に入った。

 スチームロイドを守るようにバグラー達は立ち塞がる上、その数は普段の比ではない。

 是が非でもスチームロイドを守るという意思が感じ取れるようだった。

 戦いの最中、その状況を見たゲキリュウケンはふと呟いた。

 

 

『妙だな』

 

「あ? 何がだよ?」

 

『普段ならメタロイドも戦闘に参加するだろう。だが、今回はバグラーだけだ。

 まるでバグラーがメタロイドを守っているような……』

 

「はっはぁーん……んなの、考えるまでもねぇ!」

 

 

 ゲキリュウケンの言葉の意味を察したリュウケンドーは、近くのバグラーを切り捨てた後に、遥か後方でバグラーに指示を飛ばすスチームロイドの方向へゲキリュウケンを向けた。

 

 

「アイツが何か、よからぬ事を企んでるって事だ! 行くぜッ!!」

 

 

 スチームロイドの背中にある給水口に、バグラーが器に入れた水を注ぎこんでいく。

 その水を使ってスチームロイドが何をする気なのかは分からない。

 分かるのは、間違いなく悪巧みの類であるという事。

 ならばそれを止めない理由は無い。

 

 しかし、スチームロイドへ突進するリュウケンドーの行く手は、紫色の怪物に阻まれる事になる。

 それはリュウケンドーにとっては馴染み深い戦闘員の姿だった。

 

 

「ギジャッ!」

 

「遣い魔か!」

 

 

 空中で一回転を決めて飛び込んできた3体の遣い魔。

 しかし遣い魔は戦闘員であり、数十体いても蹴散らす事ができるような相手だ。

 たかが3体、さっさと倒して先に進もうとするリュウケンドーであったのだが。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 3体の遣い魔は素早い身のこなしでリュウケンドーを翻弄。

 ゲキリュウケンを振るうも全てが空を切り、逆に3体の遣い魔達は手に持った短剣でいいようにリュウケンドーを攻撃していた。

 1発1発はそこまでではないが、何度も食らえば大きなダメージとなってしまうのは必然。

 最終的に3体の遣い魔のうち1体に跳躍からの蹴りを叩きこまれ、リュウケンドーは大きく後退してしまった。

 

 遣い魔達の身のこなしは明らかにおかしかった。

 普段なら遣い魔なんて10体いても勝てる相手なのに、今回は3体に対して追い詰められてしまっている。

 別に遣い魔だからと油断をしていたわけではない。が、その実力は明らかに普通の遣い魔を逸脱している。

 

 

「な、なんだぁ……!? やたら強ぇ……!」

 

 

 蹴られた胸を左手で抑えつつ、ゲキリュウケンを右手に構え、遣い魔に切っ先を向ける。

 悠々とした、それでいて女性的な仕草でリュウケンドーへ視線を向ける遣い魔達。その後ろ側。

 そこから現れた声が、リュウケンドーの疑問に回答する。

 

 

「当然よ。この私、直属の部下なのだから」

 

 

 右手に持った金のステッキを左手に何度も軽く打ち付けながら、優雅に登場した金色の姿。

 見覚えのない、それでいてただものではないと感じる事のできる存在だった。

 一切の警戒を解かないリュウケンドーは、仮面の奥から鋭い眼光を飛ばす。

 

 

「テメェ、何モンだ!」

 

 

 ニヤリと不敵に笑う黄金の女は、律儀にもその言葉に答えて見せた。

 

 

「私はレディゴールド。ジャマンガに咲く花一輪……」

 

 

 直後、彼女が直属の部下と語った3体の遣い魔がレディゴールドを守るかのように集まる。

 よくよく見てみれば、そのやたらと強い遣い魔達は手甲や膝当てなどで軽装ながらも武装をしていた。

 普通の遣い魔ならばそんな恰好はしない。

 かつてリュウケンドーはゴーバスターズ達と合流するよりも前に、ツカイマスターと呼ばれる上位遣い魔と戦闘をした事がある。

 そのツカイマスターも通常の遣い魔とは異なり、武装をしていた。

 つまり、この3体も選ばれた遣い魔であるという事なのかとゲキリュウケンは思案する。

 

 

「そしてこの子達は私の親衛隊。『ガニメデ』、『ユウロパ』、『フォボス』」

 

 

 金色の装備を纏うガニメデ、銀色の装備を纏うユウロパ、桃色の装備を纏うフォボス。

 それぞれがレディゴールドに名を呼ばれると同時に見得を切って見せた。

 女性的な仕草で行われるそれは、レディゴールド同様、彼女達も女性なのだろうという事を伺わせる。

 遣い魔に性別があるのかは知らないが、少なくともこの3体に関してはそういう事らしい。

 

 と、苦戦するリュウケンドーを見てか、相手取っていたバグラーを軽く蹴散らした後にリュウガンオーが駆け寄って来た。

 

 

「剣二! 大丈夫か!」

 

「ああ。それより不動さん、こいつ……!」

 

「ジャマンガの幹部……みたいだな」

 

 

 明確に人語を話し、意思を持ち、親衛隊まで抱えている存在。

 これを幹部と言わずして何というのか。

 レディゴールドはその言葉に対しても不敵且つ余裕の笑みを見せ続けるのみ。

 いい加減にその薄ら笑いに腹が立ったのか、リュウケンドーはゲキリュウケンの切っ先をレディゴールドへ向けた。

 

 

「ったく邪魔すんな! 俺達はメタロイドをぶっ潰しに来てんだよ!」

 

「そうはいかないわ。私達とあの人達が手を組んでいるのは知ってるでしょう?」

 

 

 ご尤もで、とリュウガンオーは吐き捨てる。

 最近ようやくジャークムーンを打倒したというのに、即座の幹部補充。

 Dr.ウォームはあまり前線に出る事は無いが、このレディゴールドなる幹部はわざわざ前線に出てきた。

 という事は、ジャークムーン並の実力があると考えてもいいだろう。

 厄介どころか脅威だと言わざるを得ない。

 

 明らかな大物の登場に反応したのはゴーバスターズも同じだった。

 彼等もバグラーを相手取りつつ、リュウケンドーやリュウガンオーへと合流を果たす。

 依然としてバグラーは大量。

 目の前にはレディゴールドと親衛隊の遣い魔3体。

 状況を見渡した後、レッドバスターは敵の戦力に呆れたような溜息をついた。

 

 

「うんざりするな、全く。もう少しで門矢達も来てくれるが……」

 

「へっ、来る前に終わらせるくらいの気概で行こうぜ」

 

「同感だな。それぐらいじゃなきゃ突破できなさそうだ。だが、無茶はするなよ」

 

 

 おう、と頷いた後、リュウケンドー達は構えを正す。

 バグラーは積極的に攻めてはこず、奥で水を貯え続けるスチームロイドを守る、完全な守備姿勢だった。

 とにもかくにも敵を倒さなければ先には進めない。

 ならば、行動はシンプル。戦うだけだ。

 

 そうして5人は再び戦闘状態へと突入する。

 レディゴールドは動く事なく、バグラーも接近されるまで攻めてはこない。

 結果、5人と相対するように動き出したのは親衛隊の遣い魔3体だった。

 

 

「ッ!」

 

 

 レッドバスターは既に転送済みのソウガンブレードを振るい、遣い魔が持つ短剣と剣を交える。

 一発目はお互いに弾き、二発、三発目も剣同士が火花を散らせる結果に終わった。

 体術を交えようと左脚を繰り出す遣い魔、ガニメデだが、レッドバスターも同じように右足を繰り出しており、両者の蹴りがぶつかり合うだけに終わってしまう。

 

 

(並の遣い魔じゃないのは分かってたが……!)

 

 

 その後も数撃交えるものの、レッドバスターの攻撃は躱されたり当たる事もあったが、逆にガニメデの攻撃も外れたり当たったりとしている。

 技量という点において、間違いなく訓練されているそれだった。

 リュウケンドーはユウロパと、リュウガンオーはフォボスと、ブルーバスターとイエローバスターはバグラーとそれぞれ交戦を続ける。

 しかしバグラーと戦う2人はともかく、リュウケンドーとリュウガンオーも苦戦気味だ。

 

 

「っの野郎! どきやがれっ!!」

 

 

 何とかユウロパの腕を右脇に抱える事に成功し、一度突き飛ばした後に、縦に振りかぶって一閃。

 直撃が入り、流石の親衛隊もふらりとよろけ、そのまま地面へと倒れ込んだ。

 そしてリュウケンドーはゲキリュウケンをレディゴールドへと向ける。

 

 

「俺の相手はおま……ッ!?」

 

 

 正確には、レディゴールドが『いた』場所に。

 そこにレディゴールドの姿は無い。

 一体何処へ、と思考する間もなく、戸惑うリュウケンドーには次の瞬間に衝撃が襲った。

 胸から火花を散らすリュウケンドー、その僅か1秒後に右膝裏に攻撃を受け、ガクリと崩れ落ちるリュウガンオー。

 さらにリュウガンオーはその隙を突かれ、相手にしていたフォボスのハイキックをモロに浴びてしまった。

 上空へ浮いたリュウガンオーは地面へと落下し、倒れ伏せてしまう。

 

 ガニメデの相手をしながらも、その攻撃方法をレッドバスターは冷静に分析していた。

 いや、分析などしなくとも分かる。

 何故ならその攻撃は、レッドバスターもよく使用するのだから。

 

 

(高速移動か……!)

 

 

 目にもとまらぬ速さで動き、リュウケンドーとリュウガンオーを同時にも近いスピードで攻撃して見せたのだ。

 それは同じ速度で動けるか、その攻撃速度に反応できる超感覚でも無ければ対応はできない。

 これこそレディゴールドの『ゴールドラッシュ』。

 流石は幹部と言ったところか、魔弾戦士を圧倒する力を持っているのだ。

 

 その後、さらに何度かの衝撃がリュウケンドーを襲い、リュウケンドーも膝をついてしまった。

 瞬間、リュウケンドーの目の前に突然レディゴールドが現れる。

 表情は変わらず余裕のまま、嘲笑うような笑みを携えていた。

 しかし次の瞬間、その顔は怒りの表情にも近い、厳しい表情へと変わる。

 

 

「身の程を知る事ね」

 

 

 金のステッキを持って冷徹に言い放たれた言葉。

 そこには「自分と対等に勝負ができるとでも思っているのか?」というプライドを感じさせる。

 敵に対して容赦などする気もなく、止めを刺そうとレディゴールドはリュウケンドーへと一歩一歩近づいていく。

 レッドバスターもガニメデを相手しており、リュウガンオーは倒れたまま、ブルーバスターとイエローバスターもすぐに手が離せる状況ではない。

 

 しかし──────。

 

 

「ッ!?」

 

 

 リュウケンドーとレディゴールドの間を、高速の『何か』が通り抜けた。

 間一髪で反応できたレディゴールドはその攻撃を腕で防ぐものの、高速の何かはそのまま彼等から少し離れた場所へと着地した。

 リュウケンドー達に背を向けるように出現したそれは、ゆっくりと振り向く。

 黒と銀を基調とし、オレンジや金色も目に付く戦士。

 

 その戦士は振り向くや否や、左腰に両手をかざし、小型化されていた自分の武器を取り出す。

 

 

「『ザンリュウジン』」

 

 

 武器の名と思わしき言葉を呟けば、左腰についていた物が巨大化した。

 柄の両端に両刃の斧が取り付けられ、その丁度中央には金色の龍のようなレリーフが施されている。

 龍の装飾は何処となくゲキリュウケンやゴウリュウガンを想起させた。

 さらに謎の戦士は右腰のホルダーを回転させ、一本の鍵を取り出し、展開させる。

 

 

「あれって!?」

 

 

 リュウケンドーが驚くのも無理はない。

 何せその鍵は、どこからどう見てもマダンキーだったのだから。

 

 

「『ナックルキー』、召喚」

 

 

 龍のレリーフがある部分に鍵を差し込み、レリーフを引く事で鍵が内部に挿入された。

 直後、ザンリュウジンと呼ばれた武器は鍵の力により召喚される武器の名前を読み上げる。

 

 

 ────マダンナックル────

 

 

 上に掲げた謎の戦士の右手に、魔弾戦士専用の手甲型武器、マダンナックルが召喚される。

 マダンキー、マダンナックル、そして鍵を発動させたザンリュウジンなる武器は間違いなく魔弾龍だ。

 それが意味するところは1つ。謎の戦士は間違いなく、『魔弾戦士』であるという事。

 

 

「お前! 俺達の仲間か!?」

 

 

 マダンナックルを構える謎の魔弾戦士を指差すリュウケンドー。

 突然現れ、自分達と同種の武器を扱う謎の戦士。

 まるでゴーバスターズに対してのビートバスターとスタッグバスターのようだった。

 そうでなくともS.H.O.Tしか所持していない筈の武器を使う謎の魔弾戦士を仲間と思うのは必然。

 

 リュウケンドーに返答する事も無く、龍の装飾部分を引く事で、マダンナックルの牙を展開する。

 そして謎の魔弾戦士はマダンナックルから衝撃波を放った。

 

 

「邪魔するな……」

 

 

 ────あろう事か、リュウケンドーとリュウガンオーへと。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

 立ち上がっていた2人は、その攻撃を受けて再び後ろへ倒れ込んでしまう。

 しかし衝撃波の威力そのものはそこまででもなく、2人はすぐさま立ち上がることができた。

 ところが、謎の魔弾戦士はその瞬間にはもう接近してきており、2人をザンリュウジンで何度か切り裂いてしまった。

 三度倒れてしまった2人は、何とか顔だけを起こして謎の魔弾戦士を睨み付ける。

 

 

「ぐっ……! 何しやがんだ……!!」

 

「……フン」

 

 

 切りつけられた胸を抑え、リュウケンドーは怒りを見せるものの、謎の魔弾戦士は歯牙にもかけない。

 ゴーバスターズ達もその戦士が単純な味方ではないという事を認識したが、一方でレディゴールドだけは全く別の反応を見せていた。

 

 

「お前は……! くっ……!」

 

 

 謎の魔弾戦士に対し、逃げるように高速移動に入ったレディゴールド。

 しかし驚く事に、謎の魔弾戦士もそれを追うように高速移動に入って見せたのだ。

 後方、前方、右方、左方と、方角も距離もバラバラの場所で何度も武器と武器が衝突する音が聞こえた。

 高速移動の中で戦い、次々と移動をしているせいだろう。

 

 

「アイツも高速移動ができるのか……!」

 

「ちょっとヒロム、何する気!?」

 

「アイツを捕まえて正体を見せてもらう。ジャマンガの幹部も、できるなら倒す!」

 

 

 ソウガンブレードを手の中で回転させ、腰を落とすレッドバスターへイエローバスターが驚きながら疑問をぶつけるも、即刻返答したレッドバスターはワクチンプログラムによる高速移動へと突入する。

 同時に、あちこちで聞こえる武器の衝突音はさらに苛烈な物へと変化した。

 1対1の勝負が三つ巴へと変化したせいだろう。

 ザンリュウジンが、ソウガンブレードが、金色のステッキが、それぞれにぶつかり合う。

 

 高速の世界で言葉は要らない。

 ザンリュウジンの両端がソウガンブレードと金色のステッキを弾き、直後にレディゴールドに一太刀を浴びせる謎の戦士。

 優先すべきはジャマンガの幹部であると考えて追撃を行おうとするレッドバスターだが、ザンリュウジンの片刃に阻まれる。

 

 そして高速移動を終えた時、謎の戦士は遠くの位置で悠々と立ち止まり、レッドバスターはブルーバスター達の近くで息を切らせながら停止し、レディゴールドは親衛隊の近くに倒れるように現れた。

 誰が優勢な結果となったのかは明らかだ。

 レディゴールド親衛隊達は彼女を守るように周囲を囲み、ブルーバスターとイエローバスターもまた、レッドバスターへ駆け寄る。

 

 

「ヒロム! 大丈夫!?」

 

「ああ……。強いな、どっちも」

 

「高速戦闘を挑まれたら、今はヒロムしか対抗手段がないからね。

 さて、どうしようか……」

 

 

 バグラーは然程脅威ではないが、数が多い。

 レディゴールドは親衛隊込みで強いし、挙句に第三勢力の謎の戦士と来ている。

 しかも謎の戦士はジャマンガ幹部であるレディゴールドと拮抗するほどの実力の持ち主。

 どれもこれも油断できるものではない。

 ブルーバスターの思案を余所に、リュウケンドー達は行動を起こしていた。

 リュウケンドーとリュウガンオーは高速移動中の3人には手が出せないとして辺りのバグラーを倒す事に終始していたが、高速移動終了と同時にレディゴールドの元へと駆けていたのだ。

 

 

「遣い魔共々、一気に吹っ飛ばしてやるぜ!」

 

 

 ふらついているレディゴールドとそれを庇う3体の親衛隊遣い魔へゲキリュウケンを向けるリュウケンドー。

 攻撃してきた謎の戦士にあやかるようで癪だが、敵、それも幹部を倒すのに四の五の言ってはいられない。

 此処でファイナルキーを使えば、止めを刺す事もできるかも、そんな甘い考えが2人の中には少なからずあった。

 彼等だって間違いなく強くなっている。だから自惚れでは無かったかもしれない。

 

 ──────ところが、状況はさらに悪化の一途を辿る。

 

 

「だぁっ!?」

 

 

 突如、上空から落下してきた巨大な物体。

 リュウケンドー達とレディゴールド達の間に落ちたそれは、落下の衝撃で小規模ながらクレーターを作り、衝撃でリュウケンドーとリュウガンオー、親衛隊遣い魔達はそれぞれのやや後方へ飛ばされてしまう。

 唯一、膝をついていた事でかえって踏ん張りが効いたレディゴールドだけが、その場に留まることができた。

 謎の戦士も僅かに顔を動かし、突然の事への驚きを示している。

 

 

「んっだよ! 次から次に!!」

 

 

 吹き飛んだ後、何とか体勢を立て直したリュウケンドーが苛立った声を上げる。

 巻き起こった大規模な砂埃の中から現れたのは巨大な岩石。

 ただし、それは不自然なまでに綺麗な球体を描き、黄色いクリスタルが埋め込まれているという不可思議な物だった。

 おまけに身長は人間よりも大きく、この噴水公園の周辺には当然ながら崖など存在しない為、明らかに自然の岩石ではない。

 何だこの岩石は、と誰もが思った。敵も味方も関係なく。

 その答えに誰かが行きつくよりも早く、岩石自体がその答えを提示する事になる。

 

 岩石は一瞬の輝きの中に包まれたかと思えば、その姿を変化させていた。

 岩石のようなゴツゴツとした体、右肩に備えられている大砲、尖ったサングラスのような目。

 人間大でこそあれ、腕や足のゴツさからはパワータイプであるという事が十分に窺い知れる。

 そしてその岩石の魔人ともいうべき怪物は、腕を振り上げて名乗りを上げて見せた。

 

 

「『ロッククリムゾン』!」

 

 

 ロッククリムゾンと名乗るそれが出現したのと同時に、魔弾戦士とゴーバスターズ達にS.H.O.Tの瀬戸山からの焦ったような通信が届く。

 

 

『気を付けてください、強力な魔的波動が確認されています! その岩の怪物も魔物です!』

 

「何だと!? ……まさか、また幹部なのか!?」

 

 

 リュウガンオーがロッククリムゾンを睨むが、当の岩石巨人は腕を上下に動かして嘲笑うような声を出しているだけ。

 一方でブルーバスターは周囲を見渡し、冷静に状況を整理していた。

 

 

(ジャマンガの幹部が2人、妙な魔弾戦士が1人、バグラーは大量で、メタロイドはまだ何かしてる……。こうなってくると、流石に手が足りないかな……)

 

 

 そもそも彼等の目的は何かをやろうとしているメタロイドの行為を止める事にある。

 邪魔をしてくるジャマンガと、敵にも味方にも攻撃を仕掛けてくる第3勢力である謎の魔弾戦士。

 そしてその第3勢力までもジャマンガ幹部と同等以上の力を見せているときていた。

 これが単純に味方であったらどれだけ心強かったか。

 溜息を1つ付くブルーバスターだったが、此処でようやく、この状況に必要な人手がやって来た。

 

 響き渡るバイクの音。

 それと共に現場にやって来たのは、3台のバイク。

 翼が乗る緑のバイク、翔太郎のハードボイルダー、士のマシンディケイダー。

 尚、今回は翼の後ろに跨るように響はバイクに乗っている。

 現着、さらにバイクから降りた直後、4人はそれぞれに変身を行った。

 現れるのはディケイドとW、そしてガングニールと天羽々斬を纏う2人の装者。

 近寄ってくるバグラーの波にそれぞれに向かいつつも、ゴーバスターズと魔弾戦士達にいの一番に声をかけたのは響だ。

 

 

「お待たせしました!」

 

「悪くないタイミングかな。助かるよ」

 

 

 代表して返答するブルーバスター。

 一気に4人の増援。同時に4人はバグラー達と戦闘を始めてくれている。

 響も最近ではかなり力をつけているし、翼やW、ディケイドは戦闘経験豊富な実力者だ。

 と、バグラーを相手にしていた4人であったが、翼がその場を飛び上がる形で離脱し、ゴーバスターズの元へ着地した。

 ゴーバスターズと魔弾戦士達の元へ着地した翼は、簡潔な説明を行った。

 

 

「あちらとこちら……どちらが難儀な状況かは、見て分かるつもりです。

 あの3人が居れば向こうは大丈夫でしょう。こちらに加勢します」

 

「俺達だけで十分……って言いたいが、助かるぜ、翼」

 

 

 翼と同じく青い剣士であるリュウケンドーが素直な感謝を述べた。

 普段なら軽口や生意気な事を言うリュウケンドーだが、流石に幹部クラスが相手となれば話は別。

 ジャマンガ幹部であるジャークムーンと1対1の勝負をした事もあり、幹部の実力はよく知っているからこそ、リュウケンドーは油断をしない。

 一方でレディゴールドはロッククリムゾンに近づき、まじまじとロッククリムゾンを見つめていた。

 

 

「へぇ、貴方がオーストラリア支部にいた幹部?」

 

「…………」

 

 

 頷くだけのロッククリムゾン。

 実はこの2人、名前こそお互いに知っているが、初対面なのである。

 

 

(ふぅん? 『アイツ』が来てどうなる事かと思ったけど、こっちもまあまあ使えそうなのが来たじゃない)

 

 

 基本的にレディゴールドは打算的なタイプだ。

 判断基準は『使える』か『使えない』かである事からもそれは分かる。

 だから別段、ロッククリムゾンと仲良くしようなどと考えてはいなかった。

 そして彼女の考える『アイツ』とは謎の魔弾戦士の事。

 レディゴールドは視線だけを謎の魔弾戦士へと睨むようにくれる。

 一方で謎の魔弾戦士はそこから動かず、悠々と状況がどうなるかを眺めているだけだった。

 

 

(ホンットに頭にくる。こんなトコまで追っかけてきたのかしら)

 

 

 レディゴールドからすればムカつく相手だが、自分のスピードについてくるだけならまだしも、同速の勝負において自分に匹敵するほどの実力を持つ相手。

 とても油断ができる相手ではない事も確かだった。

 

 一方で、謎の魔弾戦士は。

 

 

『おい、どうする? 妙なのまで来ちまったぜぇ~?』

 

 

 軽い感じで言葉を発するザンリュウジン。

 ゲキリュウケンやゴウリュウガンの例に漏れず、ザンリュウジンにも意思が宿っていた。

 問いかけられた謎の魔弾戦士は、周囲の状況を一瞥した後、冷静に告げる。

 

 

「あの岩の魔物も幹部なら、それ相応の実力がある筈だ。

 なら、あいつ等と勝負させて様子を見ればいい」

 

『いやいや、でもアイツ等、対して強くないだろ? 見てても意味ねぇんじゃねぇの?』

 

「どんなに弱くても魔物どもの体力を削るくらいは役に立つ。

 それに、S.H.O.Tの連中が倒されようが、どうでもいい事だ」

 

『はいはい。久々に暴れられるかと思ったら、見てるだけになっちまうとはねぇ~』

 

 

 冷徹な態度を崩さない謎の魔弾戦士と、ほぼ真逆の明るく軽い印象を受けるザンリュウジン。

 敵でも味方でもない彼等は、傍観者に徹する事に決めたのであった。

 

 こうして、乱入者と増援を交えた混戦の幕が開く。

 

 

 

 

 

 ディケイド、W、響がバグラーの数を着実に減らしていく中で、徐々にスチームロイドへの道が開けていく。

 一方でバグラーと同じように邪魔をしてくるが、実力は段違いな2体の幹部と3体の親衛隊に彼等は手こずっていた。

 

 親衛隊はレディゴールドを守る事が役目。

 その為、3体の親衛隊はレディゴールドのゴールドラッシュに付いていけるレッドバスターを最も危険視した。

 3体の親衛隊はゴーバスターズ3人にそれぞれ1対1を仕掛け、主であるレディゴールドからゴーバスターズを引き離す。

 元よりチームとして動くゴーバスターズ達を1対1に持ち込む事で分断しつつ、レッドバスターをレディゴールドに近づけさせない動きだった。

 さらにロッククリムゾンの相手は魔弾戦士の2人がしている。

 その為、自ずと翼が相手をするのはレディゴールドとなっていた。

 

 

「貴女に見切れるかしら?」

 

 

 ゴールドラッシュのスピードは凄まじい。

 超スピードの中で金色のステッキの連続攻撃を受ける翼。

 一発の威力も決して弱くは無く、腹に、腕に、足にと打ち込まれる一撃は翼を確実に苦しめる。

 

 

「くっ、あっ……!!」

 

「フフッ、そうよ。貴女も身の程を知る事ねッ!」

 

 

 挑発的な言葉の後に、再び高速移動に入るレディゴールド。

 いくら機動力に長けている天羽々斬といえど、この異常なスピードは脅威だ。

 

 

(ならば……ッ!!)

 

 

 翼も戦闘や訓練を多くこなしてきたベテラン。

 彼女の判断は咄嗟であったが、その場で打てる最良手であっただろう。

 

 

 ────天ノ落涙────

 

 

 右手に持った細身の剣を掲げる事で、上空より剣の雨が降り注ぐ。

 あわや自分自身を巻き込みかねない程の距離に降り注いだ剣だったが、自分の放った、自分が加減を決めている技だけに、翼は一切動じない。

 翼を中心として降り注いだ剣は、いかに高速移動中のレディゴールドでも無視できるものではなかった。

 彼女が高速移動の中で行う攻撃は金色のステッキによる物理攻撃。

 つまるところが近接攻撃だ。

 ならば自分に近づけないように、あるいは近づいてくる事を見越して、周囲全てに攻撃を放てばいい。

 翼のしている事はそういう事だ。

 

 

(くっ……!)

 

 

 何回かは避ける事もできるかもしれないが、本物の雨のように降り注ぐ無数の剣の全ては流石に躱し切れない。

 たまらずレディゴールドは離脱し、高速移動を一旦停止させた。

 

 

「そこッ!!」

 

 

 そしてその隙を、周囲を全力で警戒していた風鳴翼が見逃すはずがない。

 既に構えていた短剣をレディゴールドの影に目掛けて投擲する。

 短剣は見事にレディゴールドの影を突き刺した。

 

 

「ッ! 体が……!?」

 

(あぶり出し、縫い付ける。上手くいったようね……)

 

 

 ────影縫い────

 

 

 レディゴールドの体が動かないのは当然。これはそういう技だ。

 相手の影に剣を刺して、まるで影ごと本体を縫い付けたように動きを止める技。

 まずは範囲攻撃で高速移動中のレディゴールドに無理矢理高速移動を止めさせ、再度、高速移動に入る前に影縫いで縛る。

 高速で動くなら、動けなくすればいい。至極真っ当であまりにも直球な解決法だった。

 が、間違いなく効果は得た。

 

 

「今なら────」

 

「くっ……!!」

 

「当たるッ!!」

 

 

 ────蒼ノ一閃────

 

 

 細身の剣は僅かな間に大剣へと変形し、大きく振りかぶった一太刀から発せられた青い衝撃波がレディゴールドを飲み込んだ。

 動けぬレディゴールドは高速移動で回避する事もできず、いいようにそれを喰らって吹き飛んでしまう。

 同時に地面までも抉られたため、レディゴールドは自由を取り戻すことができた。

 できたのだが、直撃したという事実は変わらない。

 

 

「ぐっ……! よくもやってくれたわね、小娘!」

 

「流石に一撃というわけにはいかないか……」

 

「甘く見てるのかしら? そんなムシの良い事考えてたなんて、屈辱だわッ!!」

 

 

 蒼ノ一閃の直撃を喰らわせたとはいえ流石は幹部。

 吹き飛んだ場所からすぐに立ち上がり、元気に怒りを見せてきた。

 攻撃をされた事に怒っているという事は効いてはいるのだろう。

 しかし、レディゴールドはすぐさま態勢を整え、金色のステッキを持って翼に接近した。

 高速移動こそ使っていなかったが、素のスピードもかなりのもので、翼はすぐに接近を許してしまう。

 

 

「ッ!」

 

 

 金色のステッキを横薙ぎに振るうも、翼は大きく飛び退いて後方へ着地。

 その間に蒼ノ一閃を繰り出す為の大剣を再び細身の剣へと変え、取り回しやすくした後、構えを整える。

 2年以上の戦闘と訓練の賜物か、翼はレディゴールドを相手に一歩も引いていなかった。

 

 しかし、ロッククリムゾンと戦うリュウケンドーとリュウガンオーはそうはいかないでいた。

 

 

「ぐあぁぁぁ!!?」

 

 

 大きく吹き飛び、地面へ叩きつけられるリュウケンドー。

 敵のロッククリムゾンは、見た目通り岩のような体を持っていた。

 勿論、岩程度の強度の筈がない。それならゲキリュウケンで真っ二つにできる。

 ロッククリムゾンの頑強さは今までの敵とは段違いであり、攻撃は一切効いている様子が無い。

 リュウケンドーの全力の一太刀も、リュウガンオーがいくら弾丸を連射しようとも、ロッククリムゾンの体には傷1つ付かない。

 さらにその硬度はそのまま武器にもなり、尋常でない硬さから放たれる拳と蹴りもまた、尋常でない威力を誇る。

 おまけに当人がガタイのいいパワーファイターというのも相まって、一撃もらえば大ダメージという強烈さ。

 

 

「くっ……そぉ……ッ!!」

 

 

 痛みを堪え、リュウケンドーは再び立ち上がってゲキリュウケンを振るう。

 既に吹き飛ばしたリュウケンドーに背を向け、リュウガンオーに意識を向けていたロッククリムゾンの背中にゲキリュウケンの刃が当たった。

 しかし、当たっても刃が体に食い込む事は無いし、傷をつける事も無い。

 そしてロッククリムゾン本人も一切気にする様子もなく、リュウガンオーの首を持ち、片手で悠々と放り投げて見せた。

 

 

「ぐあぁぁッ!!」

 

「不動さん! ッの野郎!!」

 

 

 何度も斬りつける。しかしロッククリムゾンに効いている様子は無い。

 そして岩石の魔物はゆっくりリュウケンドーの方を振り向き、その体を一瞬の内に担ぎ上げた。

 放しやがれ、と抵抗するよりも早く、ロッククリムゾンはリュウケンドーを真下の地面へと思い切り叩きつける。

 肺の中の空気が一気に吐き出された感覚に襲われながら、背中に走る痛みに苦痛を示すリュウケンドー。

 そんなリュウケンドーをロッククリムゾンは無慈悲に踏みつけた。力強く、思い切り。

 魔弾戦士の装甲が守ってくれているとはいえ、踏みつけの威力にリュウケンドーは痛みを堪え切れず、叫んでしまう。

 元がパワーファイターで、裏まで硬いその足、しかも見た目通りに重量もある。

 そんなものに踏みつけられて無事でいられるはずが無かった。

 

 

「ぐっ、あぁぁぁぁッ!!?」

 

「剣二ィ! このッ!!」

 

 

 膝立ち状態まで復帰したリュウガンオーはゴウリュウガンをロッククリムゾンに向け、幾度も発砲する。

 しかし何度も試したその結果が変わる事は無く、ロッククリムゾンが動じる様子は無い。

 ロッククリムゾンは左腕よりも大きく発達した右腕で踏みつけていたリュウケンドーの腕を掴み、リュウガンオーの方へ放り投げた。

 抵抗もできずにリュウガンオーにぶつかったリュウケンドーは2人ともに地面へ転がってしまう。

 その隙を付き、ロッククリムゾンは2人に接近し、リュウガンオーの脇腹を蹴飛ばした。

 打ち上げられ、再び遠くに追いやられるリュウガンオー。

 そして転がったままのリュウケンドーは再び踏みつけられる。

 しかも今度は、何度も足踏みをするように足を何度も何度も叩きつけられて。

 

 

「ぐっ、がっ、うあっ、ぐあぁッ!!」

 

「この程度か」

 

 

 圧倒的であった。

 硬くてパワーのある、極めて純粋に、極めて単純に『強いだけ』の幹部。

 技巧は無いが重たい一撃。回避などする必要もない装甲の厚さ。

 その強固な壁を打ち破る一撃が無いのなら、正しく彼は無敵。

 だからこそ、ロッククリムゾンは強かった。

 

 そして此処で、さらに問題が起きてしまう。

 

 

「ふぅ~! 来た来た来たァ!!」

 

 

 座り込んで給水口に水を持って来させていたスチームロイドが体を震わせ、突如立ち上がる。

 全身にエネルギーが満ちるのを感じるスチームロイドの声は高らかだ。

 そう、彼の力を発揮するのに十分な水が完全に補給されてしまったのである。

 噴水公園の水を利用し、数体のバグラーに水を汲ませ、他のバグラー達には足止めを任せる。

 通常のメタロイドが連れているバグラーの数とは比にならない程のバグラーがいたのは、それが理由だ。

 スチームロイドの能力を確実に発動させるための壁。それこそが無数のバグラーの役目。

 

 

「行くぜぇ~! フォォォォォッ!!」

 

 

 スチームロイドの頭と両肩に伸びる煙突から黄色い煙が上がり始める。

 工場から出る排気ガスを思い起こさせるそれを放ちつつ、スチームロイドはその場から駆けだした。

 走り出した方向はゴーバスターズや魔弾戦士、ジャマンガ幹部の戦闘をしている方でこそあるものの、彼等を全てスルーしてスチームロイドは何処かへと駆け抜けていく。

 ディケイドもWも、響も翼も、その全てに目もくれず、何処へともなく走るスチームロイド。

 彼が撒き散らした黄色い煙だけが辺りに立ち込めていた。

 

 

「くっ、なんだ……!」

 

 

 レッドバスターが煙の中で周囲を警戒する。

 彼だけでなく、味方全体が煙と、煙によって悪くなった視界を警戒していた。

 しかし敵からの攻撃が来る気配はない。

 レディゴールドは怪しく笑い、ロッククリムゾンはリュウケンドーを踏みつけたまま動かない。

 当のスチームロイドは戦線に干渉せずに走り回るだけ。

 そして異常は、すぐに起こった。

 

 

『う、うわあぁぁぁぁ!?』

 

 

 電子音に近い声が出す悲鳴。

 その声の主はゴーバスターズにはすぐに分かった。

 

 

「ニック!?」

 

 

 悲鳴の主はニック。

 いや、ニックだけではない。バディロイド3基全ての悲鳴。

 戦いから少し離れた場所にいた彼等に一体何があったのか、相棒であるゴーバスターズ3人は気が気ではない。

 黄色の煙のせいで視界が悪く、彼等の安否は全く確認できない。

 煙は徐々に上空に昇り、視界は再び澄んでいく。

 バディロイドがいる筈の戦線から離れた一点を見つめる全員の目に飛び込んできたのは、どこか鈍い動きで苦しむバディロイドの姿。

 膝のあるニックとゴリサキは膝をつき、ウサダは普段よりも動かし辛そうに腕を動かしていた。

 

 

『体が……!』

 

『なにこれぇ……なに、これぇ……』

 

 

 ニックもウサダも苦しそうな声色を上げていた。

 動きに違わず、本当に苦しいのだろう。

 その異常事態にゴーバスターズの3人がそれぞれにレディゴールド親衛隊を振り切り、相棒に駆け寄った。

 

 

「ニック!」

 

「ゴリサキ、大丈夫か!?」

 

「ウサダ! しっかり!!」

 

 

 バディロイドの体に起きている異変。

 それは外目で見ても分かるほど、赤黒い何かが体表に侵食している事。

 見た目からして、錆。そう、バディロイド達の体はところどころ錆び付いていたのだ。

 関節の動きが鈍い事から、恐らくは関節もやられている。

 

 

(錆……さっきの煙か!?)

 

 

 状況とタイミングからして原因は明らかだ。

 レッドバスターは戦線から遠ざかったスチームロイドを睨み付けるが、当のスチームロイドは一度ゴーバスターズの方を振り向く。

 

 

「俺の目的はお前等の相手じゃねぇ。じゃあなぁ!!」

 

 

 スチームロイドはベルトコンベア型の右手を振って、その場から走り去り、完全に戦線を離脱した。

 逃がすまいと動き出したいゴーバスターズだが、錆び付いて動く事すらままならないバディロイドをこのままにしておけばいい的になってしまう。

 故に、彼等は動けない。

 バディロイドはバスターマシンの起動に必須という戦力的な意味でも、相棒という精神的な意味でも必要な存在だ。

 その唯一無二の相棒を守る為、ゴーバスターズはその場にいる事を余儀なくされてしまう。

 

 その上、スチームロイドが水を溜め込むまでの時間稼ぎとして放っていた相当数のバグラーがまだ残っており、ロッククリムゾンとレディゴールドという2人の幹部、そして並の魔物よりも強い3体のレディゴールド親衛隊も健在。

 一方こちらはロッククリムゾンの猛攻で満身創痍の魔弾戦士2人と、動けないゴーバスターズ。

 明確に戦力として数えられるのは、最早仮面ライダーの2人とシンフォギア装者の2人だけとなってしまった。

 謎の魔弾戦士は未だに傍観を続けるだけで、戦力としてカウントできない。

 

 このままではマズイと誰もが感じていた。

 手が足りない上に、バディロイドと魔弾戦士の2人が危ない。

 しかもゴーバスターズが相手をしていたレディゴールド親衛隊はゴーバスターズを狙おうと動き出している。

 それなりの強さを持つ親衛隊相手に、バディロイドを守りながらのゴーバスターズが勝てるのか。

 下手を打てば、ゴーバスターズの隙を付いて錆びたバディロイドに止めを刺してくるかもしれない。

 状況を見渡したディケイドはカードを1枚取り出し、Wと響の方を見やった。

 

 

「お前等はそのまま雑魚の相手をしてろ!」

 

 

 それだけ言い残すとバグラーの群れから飛び出し、ディケイドは取りだしたカードを発動させる。

 

 

 ────ATTACK RIDE……ILLUSION────

 

 

 ディケイドライバーがコールした『イリュージョン』のカード。

 直後、ディケイドは『3人』になった。

 名の通り、それはまるで錯覚でも起こしたかのようにディケイドを『分身』させるカードなのだ。

 ただしそれは錯覚などでは無く、完全な実体を持つ分身。

 カード発動直後ならともかく、軽くシャッフルすればどれが本物かなど分からなくなるだろう。

 

 3人に分身したディケイドは、ゴーバスターズに迫るレディゴールド親衛隊である3体の遣い魔の前に立ちはだかった。

 

 

「門矢!」

 

「俺がこいつ等の相手をする。お前等はそいつらしっかり守ってろ!」

 

 

 分身した事への驚きも含んだ声でディケイドに呼びかけるレッドバスターに返答し、ディケイドは3体の遣い魔をゴーバスターズ達から遠ざけていく。

 加勢したいが、相棒を放っておけない。

 動けないゴーバスターズはディケイドの言葉に甘えるしかないのだ。

 

 しかし状況は変化し続け、悪化の一途を辿る。

 再び悲鳴が上がった。今度はバディロイドではなく、魔弾戦士達の。

 

 

「「ぐあぁぁぁぁッ!!!」」

 

 

 リュウケンドーとリュウガンオーが大きく投げ飛ばされ、地面に転がる。

 挙句の果てにはあまりのダメージに耐えかねたのか、変身まで解けてしまった。

 鎧のせいで今まで分からなかったが、剣二も銃四郎も体中が傷つき、血を出し、その姿は誰がどう見ても重傷と言えるものだった。

 

 

「剣二さん、不動さんッ!!」

 

「ッ、響ちゃんッ!?」

 

 

 バグラーの群れから足のパワージャッキを用いて全力で跳び上がった響。

 さらにジャッキの方向を調整して再び全力加速し、ロッククリムゾンへ向かっていく。

 それを見た翔太郎は響の行動に驚き、何をする気だ、とでも言うかのように名前を呼んだ。

 

 全力で上空に跳び上がり、ロッククリムゾンに向かって加速するという行為はバグラーに捉えられるものではない。

 が、その為、響が相手をしていたバグラーまでもがWの元に寄ってきてしまう。

 剣二達を助けたいのはWも同じだが、バグラーが行く手を阻んでくる。

 どっちにしろバグラーをそのままにはしておけないので、Wに残された選択肢は1つしかなく、響に託すしかなかった。

 

 響は力を籠め、引き出す様に歌を歌う。出力を目いっぱいまで引き上げる為に。

 右腕の腕部ユニットを引き延ばし、上空からの落下と加速の勢いをそのままに、右腕に渾身の力を籠めて一撃。

 さらに腕部ユニットがバネのように戻り、強烈なエネルギーを叩きこんだ。

 

 

「ハアァァァッ!!」

 

「ぬぐぅ……!?」

 

 

 今までリュウケンドーやリュウガンオーの攻撃にも怯まなかったロッククリムゾンが、怯み、たじろいだ。

 岩のような体でも、流石に体の内部まで強烈な振動が伝わる響の一撃は効いたのだろう。

 それにしてもリュウケンドー達の攻撃でびくともしなかったのに、1歩でも後退させた。

 響の成長が窺い知れ、レディゴールド親衛隊と戦うディケイドも横目でその様子を見やり、「意外とやるようになったか」と心の内で呟く。

 しかし、勘違いしてはいけない。

 ロッククリムゾンはダメージを受けたのではない。『怯んだだけ』なのだ。

 

 

「小娘が……フンッ!!」

 

「ッ、きゃあぁぁぁッ!!」

 

 

 怯みから回復したロッククリムゾンは、大きく振りかぶった右腕をお返しと言わんばかりに響へ振るう。

 攻撃直後という隙の為か、思いっきり胴体へ一撃貰ってしまった響は大きく吹き飛んで乱回転しながら地面をバウンドし、最後は摩擦で止まるまで地面を滑った。

 

 その光景に響の先輩である翼は一瞬、気を取られてしまう。

 

 

「立花ッ!」

 

「余所見をしている暇があるのかしら?」

 

「くっ……!」

 

 

 後輩がやられた事は心配だが、レディゴールドの言う通り、余所見をする暇はない。

 確かに一度、翼は高速の中にいるレディゴールドを捉えて見せた。

 だが、あれは千ノ落涙で足を止めてくることが前提で、そこに影縫いを突き刺すという手順だ。

 つまり初段の千ノ落涙に警戒、あるいは見切られるなどされると使えない手なのである。

 最悪、千ノ落涙発動中は、範囲外の場所を高速で駆けまわっていれば影縫いの餌食にはならない。

 つまりあの手段は一発芸のような物に過ぎないのだ。

 

 とはいえ、何処から攻撃が来るかは、ある程度攻撃を受ければだんだんと予測がついてくる。

 だからある程度の防御ができるし、攻撃を通す事も可能になって来た。

 

 

(攻撃と防御は何とかなる……。何処かで決めなければいけないが……)

 

 

 しかし、如何に戦えるようになっても高速移動が脅威であるという事実は変わりない。

 何処かでもう一度動きを止めて直撃を当てなければ、決めきれない。

 それに、仮にもう一度直撃を当てたとしても決められるかは怪しい。

 何せ相手は女性とはいえ魔物であり、幹部である以上、耐久力もあるだろう。

 決められるか、当てられるか分からない以上、安易に絶唱を口にするわけにもいかない。

 

 

(一瞬でやられる事は、恐らくない。だが、間違いなく不利だ……ッ!)

 

 

 レディゴールドの手の内がこれで全てかどうかはともかくとしても、不利な状況である事は覆らない事実。

 誰かの加勢も期待できないこの状況下で、翼もまた、苦戦を余儀なくされていた。

 

 

 

 ────そして、状況の悪化は尚も続いた。

 

 

 

「貴方達が、ゴーバスターズね?」

 

 

 バディロイド達を守っていたゴーバスターズの前に、謎の女性が姿を現した。

 腰の裏に2丁の銃を携え、やや露出度が高い服装をした、頭にサングラスをかけている女性。

 その服装が何処かエンターの着ている服に模様が似ているのは、ゴーバスターズの気のせいか。

 

 

「お前は……?」

 

「フフ……」

 

 

 レッドバスターの問いに対し、女性は不敵に笑いながら腰の裏にある銃を両手に取ってみせた。

 

 

「こっちがゴクで、こっちがマゴク。そして私はエスケイプ。とびっきりいいモノよ」

 

 

 2丁の銃をそれぞれに視線をやって、最後に銃を下ろして自分を示して名を名乗る。

 銃を持った、この状況下の中に飛び込んできて、立ちはだかって来た女性。

 エスケイプは妖艶な笑みを崩さず、ゴーバスターズ達をそれぞれに一瞥する。

 

 

「貴方達がいいモノなのか……確かめさせてもらうわ」

 

「よく意味が分からないんだけど。エスケイプ、だっけ? 目的は何なのかな」

 

「パパ、メサイアを喜ばせる事。そして、ゴクとマゴクに相応しい『いいモノ』を探す事よ」

 

 

 ブルーバスターが投げかけた質問への解答を聞き、ゴーバスターズの警戒は一層に強くなった。

 服装などからエンターに似た印象を受けていたが、メサイアを『パパ』と呼ぶエスケイプ。

 つまりヴァグラスのメンバーである事を意味し、新たなアバターであるという事だ。

 それぞれにソウガンブレードを構えるゴーバスターズ。

 そしてエスケイプは一旦降ろしていた銃を再び構え、2丁共をぶっ放した。

 

 

「くっ!!」

 

 

 3人はソウガンブレードを振るい、銃弾を全力で叩き落とす。

 後ろにいるバディロイドに当てさせるわけにはいかない。避けるという選択肢は無かった。

 銃撃を捌いたのを見たエスケイプは銃を止め、ニヤリと笑う。

 攻撃を止められた事に怒るでもなく、むしろ嬉々としている様子を見せていた。

 が、3人にその反応を気に留めているような余裕はない。

 

 

「リュウさん、俺とヨーコでアイツの相手をします」

 

「OK、ゴリサキ達は俺が。気を付けて!」

 

「うん。行こう、ヒロム!」

 

 

 銃撃が止んだ瞬間にそれぞれの役割分担を即座に決め、レッドバスターは高速移動でエスケイプに急速接近する。

 同時にイエローバスターはイチガンバスターを転送。エスケイプをいつでも撃てるように構えた。

 接近したレッドバスターは背後からソウガンブレードをエスケイプへ振るうが、それを白い銃、マゴクで受け止める。

 ゴクとマゴクはそれぞれ先端に刃も取り付けられている遠近両用の武器。

 それを用いて、ソウガンブレードと激しく斬り合う。

 

 レッドバスターの右手にあるソウガンブレードがエスケイプの胴体へ迫るが、エスケイプは左手のマゴクで抑えつけるように受け止める。

 即座に攻めに転じ、エスケイプはゴクの刃をレッドバスターの首目掛けて横薙ぎに放つが、レッドバスターは右腕で壁を作ってそれを受け止めた。

 

 

「あはっ!! いいわぁ、レッドバスター。貴方、中々いいモノみたいね」

 

 

 楽しそうに笑うエスケイプ。対照的に、レッドバスターの仮面の奥の表情は険しい。

 膠着状態の2人を見かねてか、イエローバスターがエスケイプを狙ってイチガンバスターを発射する。

 が、すぐにそれを察知したエスケイプはレッドバスターを突き飛ばし、銃撃を回避する。

 イエローバスターは移動するエスケイプを狙って撃ち続けるが、俊敏な動きを中々捉えられない。

 レッドバスターやレディゴールドの超高速は別にしても、エスケイプの動きはかなり身軽だ。

 さらにエスケイプは2人から距離を取るように駆け抜け、上空へ跳び上がって、イチガンバスターの照準を撹乱しつつ、ゴクとマゴクを構えた。

 

 

「フフフ……ッ!」

 

「ッ!」

 

 

 怪しげに笑い、ゴクとマゴクによる銃撃を空中から落下しつつ行うエスケイプ。

 狙いはイチガンバスターを構えるイエローバスターだ。

 勿論、黙って当たる気もなく、イエローバスターも左に転がり、走り、何とか銃撃を回避していく。

 そして着地したエスケイプは再び銃を下ろして、一切消えぬ笑みを見せつけた。

 

 

「貴女もまあまあやるわねイエローバスター。あっははは!」

 

 

 どうやら敵が強いという事に喜びを感じているらしい。

 バトルジャンキーなのか、思考回路は結構なものであるようだ。

 その考え方をゴーバスターズ達は理解できない。

 が、ただ1つはっきりしている事がある。それは。

 

 

「何コイツ、強い……!」

 

「ああ。これは本格的にマズイな……!」

 

 

 エスケイプは強い。

 この状況下の中で、最悪の援軍が到着してしまったという事実だった。

 

 

 

 エスケイプの登場によって、形成は完全な不利へと変わってしまった。

 3人になってレディゴールド親衛隊を一手に引き受けるディケイド。

 新たなヴァグラスのアバター、エスケイプと戦うゴーバスターズ。

 そして、ジャマンガ幹部2体をそれぞれ相手取る響と翼。

 ロッククリムゾン、レディゴールド、エスケイプの実力は、流石に幹部というべきか、恐るべきものがある。

 

 一方、Wはバグラーを全滅させた。

 直後に戦局を見渡すが、一瞬、ピタリと止まってしまう。

 

 

(やっべぇ……これ何処助けりゃいいんだ!?)

 

 

 ディケイドとレディゴールド親衛隊の戦いは、ディケイドが分身できるという事もあり、数の上で不利ではないので何とかなるだろう。

 ただ、問題は幹部。

 ロッククリムゾンとレディゴールドの実力は圧倒的で、エスケイプと戦うレッドバスターとイエローバスターも苦戦を強いられている。

 W1人の手が空いたとしても、増援が必要な場所は3つ。手が足りなさすぎる。

 

 さらに悪い事が起きてしまう。

 吹き飛ばされても立ち上がり、ロッククリムゾンへ立ち向かう響。

 体の内部にまで及ぶ響のインパクトは確かに効いてはいるものの、倒すには足りない。

 それを耐えたロッククリムゾンはカウンター気味に響を殴り飛ばしてしまう。

 そして響を再び吹き飛ばしたロッククリムゾンが、重傷で動けない剣二と銃四郎の方へ振り向いたのだ。

 

 

「止めだ……」

 

 

 止めを刺せる敵を見逃す道理は無いという事か。

 ロッククリムゾンの攻撃は、何も接近しての攻撃ばかりだけではない。

 右肩の砲台を放てば遠距離からでも強烈な一撃を見舞うことができる。

 そしてその砲台は、倒れ伏す剣二と銃四郎を照準に合わせていた。

 重傷の、いや、例え重傷でなくても生身の体に砲台の一撃が直撃すれば、待っているのは当然、死。

 マズイ、と誰もが助けに行こうとするが、それぞれの距離から考えても、誰も間に合わない。

 響が立ち上がっても、それは同じ。

 

 そうして無情にも、ロッククリムゾンの右肩から砲弾が発射され────。

 

 

 

 ────着弾するよりも早く、それは爆発した。

 

 

 

「ぬう……ッ!?」

 

 

 撃った張本人が誰よりも早く異常を察知した。

 どう考えても着弾点とは異なる場所で砲弾が炸裂したのだ。

 まるで、『何かに遮られた』かのような。

 砲弾の爆発による煙が晴れた後に、その原因が徐々に姿を現す。

 

 剣二と銃四郎の危機に、誰もがそこに目を向けていた。

 だからこそ、誰もが目を奪われた。

 突如として現れた、その『異形』に。

 

 砲弾を叩き潰す為、前へ突き出された赤い右腕。

 爆風ではためく、赤いマフラー。

 深緑の仮面に光る、赤い目。

 その赤は、まるで怒りの赤。

 

 

「ふぅん、あの一撃を拳で潰すなんて、少しはやるみたいね?

 貴方、何者? 目的を言いなさい」

 

 

 突然現れたその存在に翼だけでなく、それと戦うレディゴールドも気を取らてしまっていた。

 そしてそれがロッククリムゾンの邪魔をしたという事実に対し、レディゴールドはあくまでも余裕の態度を見せる。

 

 その存在は突き出した右腕を下ろし、彼女の言葉に答えた。

 緑の鎧と、体に走る白く太い1本の線。

 

 

 ──────その異形の名は。

 

 ──────その異形の目的は。

 

 

「正義。『仮面ライダー2号』」

 

 

 戦局を変える、風が吹いた。




────次回予告────
新しい幹部はどいつもこいつも強敵で、俺達も大苦戦。
助っ人のお陰で助かったけど、メタロイドはまだ倒せてねぇ。
ヴァグラスの奴等、一体何をするつもりなんだ?
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第62話 数多の脅威。されど、強意をもって

 剣二と銃四郎の危機に、ロッククリムゾンの前に立ちはだかった異形の影。

 それは栄光と呼ばれる7人の1人にして、最初の2人の片割れ。

 仮面ライダー2号の姿であった。

 

 誰もが突然の乱入者に驚く中で、唯一、ロッククリムゾンだけが怒りの様相を見せていた。

 

 

「ぬうぅ……お前、こんなところまで!」

 

「お前が日本に行くって言ったんだろ。だから日本に来て、騒ぎを聞きつけたらこの状況だ。

 助けに入る以外、何かあるか?」

 

「忌々しい奴……!」

 

「お前等みたいなのから忌々しく思われるのが、趣味みたいなもんでね」

 

 

 赤い拳を握り、力強い構えを見せる威風堂々とした姿。

 悪の幹部の前に立ち塞がるその姿は、異形にも拘らず頼もしさを覚えさせる。

 そして彼が名乗ったその名に、彼の事を知らない者達が驚いた。

 

 

「仮面、ライダー……!? あの人も、士先生達と同じ……」

 

 

 自分が戦っていたロッククリムゾンを前にする2号を見て呟く響。

 同じように翼もレディゴールドにも意識を向けつつ、2号の事を注視している。

 

 

(仮面ライダー……。鳴神さん達を助けてくれた事と、その名を冠している事を考えれば……)

 

 

 此処までの事を鑑みれば、彼は味方。そう考えるのが自然。

 見知らぬ存在でこそあるものの、彼は謎の魔弾戦士とは違い、明確に味方であるように感じられた。

 翼は2号から謎の魔弾戦士へと視線を向けた。

 

 

(私達が到着した時点から既に傍観を決め込んでいるが、何が狙いなのか……)

 

 

 謎の魔弾戦士が現れたのは士、翔太郎、響、翼が到着するよりも前だ。

 通信する暇もなく、奴が何者なのかを翼達は一切知らない。リュウケンドー達もそれは同じであるが。

 変身も解かず、常に見続けるだけのそれは、2号が現れた事に若干の反応を示していた。

 しかし特に何をするでもなく、やはり傍観の姿勢を崩さない様子でいる。

 

 

(……見ているだけだというのなら、いないのと変わりはしない。ならば、集中すべきは目下の脅威ッ!)

 

 

 そうして翼は思考を整理し、レディゴールドだけに意識を集中させた。

 2号登場のインパクトで敵味方全員の気が散っている今ならまだしも、再び戦闘に突入したら他に気を向けている余裕などない。

 翼がレディゴールドに一点集中をした時、レディゴールドもまた、翼へ意識を向けていた。

 その顔は怪しい笑み。2号が現れても、レディゴールドは一切態度を変えていなかった。

 

 

「まあ、何が現れようと関係ないわ。私の敵じゃない」

 

「こちらの追い風にも、慢心を絶やす気はないか」

 

「はぁ? 慢心? 貴女如き────余裕なだけ」

 

 

 翼とレディゴールドは再び火花を散らす。

 レディゴールドも常に高速移動をし続けているわけではない。付け入る隙はある。

 勝算がはっきりとあるわけではないが、負けが確定している戦いでもない。

 ならば岩の魔物を赤い拳の仮面ライダーに任せ、こちらは自分で足止めをする。

 そんな考えと共に、翼はレディゴールドと戦い続けた。

 

 

 

 

 

 一方、ロッククリムゾンと相対する2号。

 それとは別にWが剣二と銃四郎の元へと駆け寄った。

 倒れ伏せ、傷の痛みに苦悶の表情を浮かべる2人は額や袖の中から血を流している。

 重傷。そんなものは素人目で見ても分かった。

 

 

『彼等を運ぼう、翔太郎。命に別状はなさそうだが、重傷だ』

 

「見りゃ分かるぜフィリップ。2人となると、リボルギャリーを呼ぶしかねぇか」

 

 

 Wの力ならば2人を同時に運ぶ事は出来る。

 が、それはどうしても丁寧な運び方にはならない。

 重傷の人間を乱雑に運んで万が一傷が悪化したらマズイ。

 ならば2人以上を同時に運ぶ方法は乗り物を呼ぶ事。つまり、リボルギャリーだった。

 乗り心地が良いとは言えないが、Wが無理矢理2人を担ぐよりはいいだろう。

 

 と、リボルギャリーを呼ぼうとスタッグフォンに手を掛けたその時。

 

 

「……あん?」

 

 

 轟音が響く。

 ロケットの音。そんな音を出す存在は、Wの知る限りでは1人しかいない。

 白い姿に右手にオレンジ色のロケットを携えた仮面ライダー。

 どうやら大学から大急ぎで来た結果という事らしい。

 

 

「遅れてすんませんッ! 仮面ライダーフォーゼ、助太刀させてもらうぜッ!!」

 

 

 上空から現場に接近し、着地後、即座にロケットスイッチを解除してモジュールを解除。

 そして辺りを見渡して、フォーゼは非常に大きな驚きのリアクションを見せた。

 

 

「うおっと、2号先輩ッ!? って剣二さんと銃四郎さん! 大丈夫ッスか!?」

 

「あー、詳しい話は後だ。まずはこの2人を運ぶ。手伝えよ、弦太朗」

 

 

 遅れてきたが、彼も日常という事情がある。蔑ろにはできないものだ。

 しかしながら非常に良いタイミングで来てくれた。

 これならリボルギャリーを呼び、此処に到着するまでの数分の時間が省ける。

 ところが、フォーゼの返答はWの考えていたそれとは違っていた。

 

 

「いや、翔太郎先輩とフィリップ先輩は残ってて大丈夫ッス!」

 

「ハァ? お前1人で2人を運ぶのかよ?」

 

『見ての通り2人は重傷だ。あまり雑な運び方は良くないよ』

 

「勿論ッス。だから、『2人』で運ぶんでッ!」

 

 

 2人? とWの両人がハモった瞬間、再び上空から何かが飛来した。

 今度はロケットの音ではなく、それでいて人が降りてきたわけでもなかった。

 落ちてきたのは青く輝く球体。その速度と球体という形は、まるで『青い流星』を思わせる。

 降り立った流星からは輝きが徐々に消えていき、流星の内部から人型が現れた。

 Wが誰だ、と仮面の中で訝しげな表情を向ける中、フォーゼは仮面の中で笑い、その存在に勇ましく呼びかけた。

 

 

「来たな、流星ッ!」

 

「ああ。待たせたな、弦太朗」

 

 

 青と黒の戦士。そして流星という名。弦太朗と友達であるかのようなやり取り。

 そこから類推し、翔太郎はその青い戦士に声をかけた。

 

 

「流星……って事はお前、照井の言ってた朔田流星って奴か?」

 

「貴方は仮面ライダーW、ですね。照井さんの仲間の」

 

『では君が……仮面ライダーメテオ?』

 

 

 フィリップも翔太郎や帰国した照井夫妻を通して話は聞いていた。

 今の言葉に頷く彼は、仮面ライダーメテオ。

 ヨーロッパのパワースポット爆発の件と大ショッカーの件で、ジャマンガや大ショッカーが最も活発に動いている日本にやって来ていたのだ。

 インターポール側としても仮面ライダーの存在は正体までは分からずとも、既知のもの。

 何より一度フランスで竜と共闘をしている流星にとって、Wは完全な第三者というわけでもない。

 それに友人である弦太朗が先輩と呼ぶ仮面ライダーだ。知らない筈が無かった。

 

 

「インターポールだったよな。フランスから日本に来たのか?」

 

「ええ。丁度、今日来たばかりです。

 こっちの空港について帰国の連絡を弦太朗にした時に、今すぐ合流してくれと言われて」

 

 

 日本に帰国後、流星はかつての仲間と連絡を取ろうと弦太朗とコンタクトを図った。

 それが丁度、今回の出撃とかち合った結果が、このタイミングの助っ人に繋がったのである。

 偶然ではあるが、弦太朗の友情が起こしたナイスタイミングの偶然だ。

 フォーゼも「良いタイミングだったぜ」とメテオにサムズアップを送る。

 メテオはそれに頷きで返し、再びWの方へ目を向けた。

 

 

「これ以上の話は後にしましょう。この人達を安全な場所に運べばいいんですね?」

 

 

 重傷者がいる中で長々と話をしている訳にもいかない。

 話を切り上げ、フォーゼは剣二を、メテオは銃四郎を抱き上げた。

 そしてフォーゼは来た時と同じようにロケットスイッチでロケットモジュールを展開。

 後は噴射して飛ぶだけのタイミングで、彼はWを見た。

 

 

「あと、お願いしますッ!」

 

「俺達はお前の先輩だぜ? 安心しな」

 

 

 カッコつけな翔太郎の返答だが、今回のそれは間違いなく頼もしさを感じさせるものだった。

 仮面ライダーの先輩として、多くの場数を踏んだ者としての。

 フォーゼは仮面の奥でニカッと笑い、普段よりもやや出力を抑え、剣二の負担にならないよう、Wに後を任せて飛び去った。

 

 メテオもそれに続いて、最初に来た時と同じように青い光に包まれた。

 ただし、今度は抱きかかえた銃四郎ごと。

 青い流星となったメテオは空が飛べ、他の人も共に運ぶ事が可能だ。

 それでいて青い光の内部は宇宙空間でも息ができる程に安全。

 移動という意味ではかなり安全で、今回のように怪我人を運ぶのにも適していると言えるだろう。

 

 フォーゼとメテオが剣二と銃四郎と共に、戦線を離脱。

 これで完全に手が空いたW。そんな彼に2号がちらりと目を向けた。

 

 

「なぁ、後輩。お前はあっちの方を手伝ってやりな」

 

 

 あっち、と言いながら首をクイッと動かす。

 それが示した方向はゴーバスターズとエスケイプの方だった。

 錆びてしまったバディロイドをブルーバスターが守り、レッドバスターとイエローバスターが幹部を相手にしている状況。

 ただ、いつ何時、エスケイプの銃がバディロイドを狙うとも限らない。

 それでいてエスケイプは強く、油断ならない状況が続いているようだった。

 

 

「俺だってできればあっちの美人と戦いたいさ。

 だがよ、こっちの岩野郎は俺が逃がしちまった相手だ。俺に任せてくれよ」

 

 

 軽口を叩きながらも、その姿の貫禄は凄まじい。

 魔弾戦士の2人は決して弱くない。

 が、それを完封と言えるほどに圧倒したのは、単純に硬く、強いから。

 ゲキリュウケンの刃が通らず、ゴウリュウガンの銃で傷1つ付かないロッククリムゾンには、並み以上の力であっても傷をつける事は容易くないだろう。

 だが、2号はそれを逃がしたと、平たく言えば『今まで戦ってきた』と発言したのだ。

 

 

「強敵だぜ、大丈夫か?」

 

「なんの。フォーゼがこの場を託した先輩の、さらに先輩だぜ?」

 

 

 先輩風を吹かすWよりも、2号はさらに上を行く先輩だ。

 フォーゼが感じた頼もしき先輩風を、今度はWが2号から感じていた。

 Wはフッと笑うと、ゴーバスターズの方へ体を向ける。

 

 

「頼んだぜ、先輩!」

 

「頼まれたぜ、後輩!」

 

 

 そうしてWはゴーバスターズの増援に、2号はそのままロッククリムゾンと相対する。

 さらにWと入れ替わりで、ロッククリムゾンの攻撃から復帰した響が2号に向かって足のパワージャッキを用いて一気に接近。その横に並び立った。

 長く戦ってきた2号でも流石にシンフォギアというものは初見。

 しかし、そこは流石に歴戦の勇士。取り立てて動揺は見せていなかった。

 

 

「仮面ライダー2号さん……で、いいんですよね? 私もお手伝いしますッ!」

 

「こりゃまた可愛い子が来たねぇ。聞きたい事は置いとくにしても、大丈夫か?

 正直、君みたいな子を戦わせたくはないんだけどさ」

 

 

 2号の本音、というよりも仮面ライダー全体の本音を語る2号。

 恐らくシンフォギア装者やこの場にいないプリキュアの事を知れば、仮面ライダー達は大体同じ反応を示すだろう。

 戦わせたくない、と。

 人を助ける為に悪と戦うと言えば聞こえはいいが、年頃の娘が戦場に出るという事がどういう事なのか、そしてその戦場がどういう場所なのかをよく知っている仮面ライダーからすれば、当然の反応だ。

 しかし、響はそれに笑って返して見せる。

 

 

「大丈夫です。これでも良い師匠を2人も持ったもので!

 それで少しは強くなったつもりですし、今までだって戦ってきましたッ!」

 

「ハハ、オッケー。嘘でもハッタリでもなさそうだ……。信じるぜ、嬢ちゃん!」

 

 

 仮面ライダー達は彼女達が戦う事に難色を示すだろう。

 とはいえ、彼女達の意思を捻じ曲げてまで戦場から遠ざけようとは思わない。

 それが考えた上での答えならば、自分自身で決めた答えならば仮面ライダーも文句はない。

 今の響の言葉に2号は、彼女の『意思』を感じ取ったのか、共同戦線の提案に乗った。

 対し、ロッククリムゾンは感情を表には出さないが、余裕の姿勢を取っている。

 

 

「雑魚がいくら集まっても、雑魚だ」

 

「強いのは認めるさ。俺もお前を逃がしちまってるわけだし。

 だがなロッククリムゾン。お前も俺は倒せてないし、同じようなもんだぜ」

 

「フン」

 

 

 ロッククリムゾンが無口なのは2号も知っている。

 何度か戦い、何度か逃がした。その度に2号はロッククリムゾンを追ってきたのだから。

 敵幹部との関係としては妙な言い方になるが、そこそこに長い付き合いなのである。

 

 

「んじゃ、べらべらと話すのもおしまいだ」

 

 

 何処か軽かった2号の雰囲気が一気に変わった。

 恐ろしさすら感じさせるその空気感は、長き経験があるからこそ為せるものなのか。

 味方である響ですら、その雰囲気に圧倒されていた。

 素人は脱却したものの、まだまだ熟練には程遠い響。けれどそんな彼女でもわかる。

 間違いなく、仮面ライダー2号は強いのだと。

 

 

「まず、は……ッ!」

 

 

 2号はバッタの力を秘めた仮面ライダーである。

 バッタそのものは小さな虫であるが、それが人間大にまで拡大されればその跳躍力は驚異的だ。

 脚力を用いて、真横に向かって跳ぶようにしてロッククリムゾンへ接近する2号。

 まずは一撃、パンチを見舞う。

 殴り飛ばす様な横薙ぎに振るわれた赤い拳はロッククリムゾンの胴体に、剣も銃も弾いた強固な岩の肌にぶち当たる。

 

 

「ぬぅッ!?」

 

 

 しかし拳は岩にダメージを与えた。

 ロッククリムゾンが思わず出してしまった声に加えて、よろよろと数歩分後退した事からもそれが分かる。

 そう、2号は拳でダメージを与えて見せたのだ。あの頑丈過ぎる程の強固な体に。

 外から見える損傷こそないが、明確な一撃を与えたのだ。

 

 

「もう、一発ッ!」

 

「グウッ!?」

 

 

 右拳に続き、左拳。今度は横薙ぎではなく、正拳にも似たストレート一発。

 咄嗟に腕をクロスさせて防御姿勢を取ったロッククリムゾンだが、さしもの彼も後ろに大きくずり下がってしまっていた。

 一連の動作は何て事は無い、接近して一発、相手が怯んだところに逆の拳でもう一発を入れただけの、普通の攻撃。

 目を見張る部分は『威力』。2号のパワーは尋常なそれではない。

 

 

(凄い……振りの勢いも、籠めてる力も、私とは全然違う……ッ!)

 

 

 響もその威力に驚愕していた。

 彼女の基本的な戦闘スタイルは徒手空拳であり、決め技としてパンチを用いている。

 響が先程ロッククリムゾンに放った一撃は、剣二達を助ける為に咄嗟に放ったものだ。

 力も完璧には籠めれておらず、とてもじゃないが絶唱級の威力は出ていない。

 とはいえ、腕部ユニットまで用いたパンチ。生半可な威力というわけでもなかった。

 しかし2号のパンチは少なくとも、先程の響の攻撃を超えている。

 絶唱並の威力は無くとも、ただのパンチですら2号の一撃は強烈なものであると、響は感じていた。

 

 

「ッ、私も……!!」

 

 

 何もせずに傍観しているわけにもいかないし、するつもりもない。

 しかし勢い任せに出した一撃では2号の足を引っ張ってしまうだけだ。

 響はまず、地面をしっかりと踏みしめる。

 次に足のジャッキを全力で伸ばし、右腕に今までで一番の集中を、力を籠めた。

 

 

(エネルギーを、欠片も残さず右手に……ッ!!)

 

 

 集中。そして、右腕の腕部ユニットが開く。

 2号はロッククリムゾン相手に攻撃を仕掛け続けているが、その実、攻撃は効いているが仕留めきれないという状況だった。

 確かに2号の力は凄まじい。だが、その2号が今まで逃がし続けてきてしまったのだ。

 生半可な一撃では駄目。ならば、響にできる事は1つ。

 自分ができる全力を、全開で、真っ直ぐに、一直線に────ッ!!

 

 

「ハアァァァァァッ!!」

 

 

 2号の攻撃で怯んだ一瞬を狙い、響は足のジャッキを全力作動。

 真横に向かってロケットを飛ばしたような超高速にて接近し、ロッククリムゾンの胸部に勢いと力を全力で乗せた拳を叩きつけた。

 間髪入れずに腕部ユニットが作動。

 パイルバンカーのように、ロッククリムゾンに響の拳からエネルギーが叩きつけられた。

 

 

「ヌッ、ウゥゥンッ!!?」

 

 

 耐えようと踏ん張るロッククリムゾンであったが、腕部ユニットから繰り出された想定外のインパクトには耐えきれない。

 そうしてロッククリムゾンは浮き上がり、後ろ目掛けて幾らか吹っ飛んだ。

 並の怪人が食らえば吹っ飛ぶでは済まない様な一撃。それに耐えただけでも流石は幹部。

 それ以上に、今までびくともしなかった幹部を吹き飛ばして見せた響が凄まじいのだが。

 

 

「ヒュウ、やるねぇ嬢ちゃん。いいパンチ持ってんじゃんか」

 

「ハイッ! ……ちょっと痛かったですけどね」

 

「アイツ、かってぇからな。分かる分かる」

 

 

 ロッククリムゾンが復帰してこない事を良い事に軽い会話を行う2人。

 確かに響の一撃は凄まじいものだった。

 それこそ、歴戦の2号が見ても『いいパンチ』と称する程度には。

 ところが響自身はその一撃に、あまり満足はしていなかった。

 

 

(でも、ダメだ。あれだけ集中してあれだけ溜めて撃ったんだから、そりゃあ威力もでるよね……)

 

 

 内心で呟くそれが答えだった。

 響の今の一撃は、敵からの攻撃を気にせず、集中して、全力で『溜め』をしたから出た威力。

 数的有利な今のような状況ならば仲間に隙を作ってもらえばいいが、仮にこれがタイマンだったら今ほど溜める事はできないだろう。

 間違いなく過去最高威力を打ち込んだが、その最高威力を出す為の溜めが長すぎる。

 おまけに過去最高威力とはいえ、ロッククリムゾンは『吹っ飛んだだけ』。

 敵が相当にタフで頑丈という事はあるにしても、倒し切れなかった事は事実。

 そういう意味で言えば実用性は無いに等しかった。

 

 もう1つ言うのなら、2号のパンチも響と同じく、長所は間違いなく『威力』にある。

 2号と響の違いは、それを確実に当てられる『速さ』や『技術』があるかという事。

 未だ威力だけにしか集中できない響と、隙を見せずに高威力を常に保つ2号。

 言葉にすれば短いが、その差は歴然で、響もそれを感じていた。

 

 ところが2号は、その不満足そうな響の表情を見て「へぇ」と声を漏らした。

 

 

(……今の一撃は溜めが長すぎるし、実戦的とはとてもじゃないが言えない)

 

 

 2号の目から見ても響の今の一撃は欠点だらけ。褒められた場所は威力だけだ。

 彼の言う通り間違いなく『いいパンチ』ではあるのだが、それは『威力』の一点に置いては、という事である。

 しかし2号は響を良い意味で評価していた。

 

 

(だけど、この様子だとそれは自覚してるのか。

 だったら俺がとやかく言う必要はないワケだが……頼もしいねぇ、どうも)

 

 

 自らの欠点を、冷静に自分で判断できるという点。

 彼が素直に感心していたのはそこだった。

 出せた高威力に浮かれるでもなく、即座に修正すべき点を考えられる力。

 自分なりに強くなろうという響の姿勢が、2号には垣間見えたのだ。

 

 

「グゥ、ヌ……ッ!!」

 

 

 と、吹っ飛び転がっていたロッククリムゾンが起き上がってきた。

 今の一撃は流石に頭にきたのか、体を震わせて怒り心頭といった感じだ。

 

 

「許さんぞぉ……! ムゥン!」

 

 

 肩口に乗った砲台から2人にめがけて一撃、大砲を見舞う。

 2号は右に、響は左に跳んで、ギリギリのところで回避に成功した。

 外した砲弾はさっきまで2人がいた位置に炸裂し、大きな爆発とともに地面を抉る。

 

 

「ハッ、まだまだ元気ってわけかい?」

 

「でも、こっちだってやる気元気ですッ!」

 

「いい気迫だ。頼りにしてるぜッ!!」

 

 

 2号と響。

 岩石巨人に向けられる2人の拳は、強く、固い。

 

 

 

 

 

 同じ戦場、同じ時間。

 ディケイドは3体のレディゴールド親衛隊を追い詰めていた。

 

 

「ハッ!」

 

 

 ガニメデにライドブッカーの剣が振るわれる。

 エウロパにライドブッカーの銃撃が放たれる。

 フォボスにディケイドのハイキックが直撃する。

 3つに分身したディケイドはそれぞれに親衛隊を追い詰め、それらを纏めてレディゴールドと翼の戦う戦場へと吹き飛ばした。

 

 レディゴールドの近くに転がる3体の親衛隊遣い魔。

 すぐさま膝立ちの姿勢にまで復帰できるのは流石親衛隊という事か。

 吹き飛ばした3体を追う形でディケイドもやって来て、彼は翼と合流した。

 

 

「門矢先生!」

 

「無事みたいだな、風鳴」

 

 

 幹部と1対1を張っていても無事なのは、たゆまぬ鍛錬の賜物か。

 それともそんな翼ですら倒しきれないレディゴールドが強いのか。

 そんな思考をとりあえず置いておき、ディケイドは自分が追い詰めた3体の親衛隊とレディゴールドを一瞥した。

 視線を送ってくるディケイドを睨み付け、レディゴールドは忌々し気に吐き捨てる。

 

 

「私の親衛隊を退けるとはね……ッ!」

 

「フン、どうって事はなかったがな。風鳴、纏めて叩き潰すぞ」

 

「はい。此処で終わらせましょう」

 

 

 3体の親衛隊遣い魔は膝立ちの状態でレディゴールドを守るようにしているものの、既に肩で息をしているような状態。

 遣い魔に呼吸が必要かどうかという話は置いておいて、つまりそれだけ体力を消耗していた。

 この部隊の中でもディケイドは実戦における戦闘経験が長い。それこそ2年以上戦い続けている翼と同じか、それ以上に。

 経験と実力は必ずしもイコールではないが、ディケイドは士自身の戦闘センスも相まって非常に強い。

 1対1体が並の怪人程度の力は持っている親衛隊遣い魔だが、分身を用いて実質的な1対1に持ち込まれればディケイドの敵ではない。

 

 

「フン、まあいいわ。エンター達もこれだけやれば文句言わないでしょ」

 

「ッ、待てッ!」

 

 

 レディゴールドは親衛隊3体を伴い、姿が揺らいだかと思った瞬間、消失。

 ジャマンガ城の存在する空間へ離脱する為、姿が消えるのは本当に一瞬だった。

 翼もディケイドも追おうと1歩踏み出した時にはもう、逃がしてしまった後だった。

 

 

「此処で逃奔とは……ッ!」

 

「チッ……風鳴、他が残ってる。行くぞ」

 

「……はい」

 

 

 ディケイドと協力すれば勝てたのではないか、少しでも敵戦力を削げたのではないかという考えが過り、翼は悔しさで歯噛みをする。

 相手は幹部。甘い考えは禁物だし、苦戦していたのは事実。

 それでも倒しておきたかったという本音があるが、その悔しさを翼は押し込め、ディケイドと共に他の戦線へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 エスケイプVSゴーバスターズ。

 3対1のように見えるが、ブルーバスターはバディロイド防衛に専念しているため、実質2対1。

 数の上では有利だが、それ以上にエスケイプは強い。

 けれどゴーバスターズは、ゴーバスターズだけではない。心強い味方もいるのだ。

 

 

「手伝うぜ、ヒロム、ヨーコちゃん」

 

「翔太郎さん……。正直、助かります」

 

「リボルギャリーも呼んどいた。お前等の相棒も逃がさねぇとな」

 

「さっすが翔太郎さんとフィリップさん! 頼りになります!」

 

「へっ、まあな」

 

 

 2号に促され、ゴーバスターズの救援に入ったW。姿はサイクロンジョーカーだ。

 そしてWの言う通り、しばらくすれば独特のデザインをした大型車、リボルギャリーが戦場に到着し、直後にボディ部分が展開した。

 Wはブルーバスターに目配せをする。相棒達を運べ、と。

 意図を察したブルーバスターはそれに頷くと、ワクチンプログラムの賜物である怪力を使って3体のバディロイドを次々とリボルギャリーへ運び込んでいく。

 バディロイドとブルーバスターが乗り込んだリボルギャリーはすぐにボディを閉め、やや激しめの挙動で走り出し、Uターン。

 逃げるようにその場から去っていったリボルギャリーを、エスケイプは特に何でも無さそうに見送る。

 

 

「あんなのに用は無いわ。それよりそこの仮面ライダーさん? 貴方は、いいモノなのかしら?」

 

「試してみるか? 美人のねーちゃんよ」

 

「あっはは! いいわぁ、だったら……行くわよ?」

 

 

 妖艶な笑みを浮かべるエスケイプに、Wの翔太郎はあくまで余裕の態度を示す。

 これまでの戦いの経験が彼にその態度を取らせているのだろう。

 いくらエスケイプがスタイル抜群の美女の姿をしたアバターであっても、それに対してカッコつけているわけではない。

 流石に『敵』と定めた相手に鼻の下を伸ばすほど、翔太郎も阿保ではない。

 

 エスケイプはゴクとマゴクを向け、弾丸を連射。

 ターゲットはレッドバスターやイエローバスターを無視して、完全にWだけだった。

 狙われている事を察知したWは、サイクロンジョーカーが得意とする素早い運動性能を用いて駆け抜ける。

 Wを狙った弾丸が地面に着弾し火花を散らし、まるで火花がWを追うかのように、彼の背後で着弾音が鳴り響き続けた。

 対してWは、足を止めずに一旦大回りをしつつ、銃撃の回避に専念する。

 エスケイプに正面から突っ込んだら狙い撃ちだ。

 

 

『銃には銃。右側も変えるかい?』

 

「ああ、確実に行くぜ」

 

 

 フィリップも翔太郎も、考えは同じ。

 走りつつ、Wはダブルドライバーを閉じ、2本のメモリを引き抜き、ルナメモリとトリガーメモリを取り出し、起動させた。

 

 

 ────LUNA!────

 

 ────TRIGGER!────

 

 

 続き、ルナメモリを右スロットに、トリガーメモリを左スロットに差し込み、ダブルドライバーを展開。

 Wは右が黄色、左が青色。ルナの変則的な力を持った銃撃手へと変身する。

 

 

 ────LUNA! TRIGGER!────

 

 

 名はそのまま『ルナトリガー』。

 ルナの力で銃弾を曲げ、追尾弾を発射する事のできる、必中を可能とする姿だ。

 Wは出現したトリガーマグナムを右手に持ち、辺りに銃弾をばら撒くかのようにトリガーマグナムを横薙ぎに振るいながら、引き金を何度も引いた。

 ルナの力で光弾となったトリガーの弾丸は、当然、見当違いの方向へ進む。

 が、光弾は突然、有り得ない軌道で曲がり始め、その全弾がエスケイプの方へと向かって行った。

 

 

「ッ!!」

 

 

 自らに迫る複数の光弾。エスケイプに幸いしたのは、弾速がそれ程でもない事か。

 エスケイプは光弾を跳んで躱すものの、光弾はしつこく追ってくる。

 そこで彼女は空中で体勢を整えて、光弾へ向けてゴクとマゴクを連射した。

 結果、両者の銃撃は激突し、相殺。

 エスケイプは着地をすると、ニタリとWを見て笑って見せた。

 

 

「あははっ!! へぇ、面白いことするじゃない。貴方も結構いいモノみたいね?」

 

「そりゃどーも。敵じゃなけりゃ、素直に喜べんだがな」

 

 

 美人に弱い翔太郎だが、流石に銃を向けてくる女はノーサンキューだ。

 肩を竦めるWに対し、エスケイプは心底愉快そうな笑みを向け続ける。

 一方、守護対象であるバディロイドが離脱した事で多少の余裕を取り戻したレッドバスターやイエローバスターも、イチガンバスターを構えてWの援護に入る体勢を整えていた。

 加えて此処で、レディゴールドの離脱により手の空いたディケイドが助っ人に入る。

 彼はWの隣まで滑り込むように駆け寄り、ライドブッカーを銃として構え、エスケイプと相対する。

 

 

「こっちも手こずってるみたいだな」

 

「悪いかよ。中々やるみたいだぜ、このトリガーレディは」

 

 

 エスケイプの前に並ぶ4人の戦士。

 全員を一瞥した後、戦況をちらりと見やる。

 スチームロイドは無事に目的を果たしたが、戦況は2号の参戦から一気に不利に傾いている。

 強い敵と戦うのはやぶさかではないが、だからといって此処に長居する理由も無い。

 

 

「フフ、今日は小手調べよ。ゴーバスターズ、それに仮面ライダー。

 中々いいモノみたいだし、気に入ったわ」

 

 

 笑みを崩す事無く、エスケイプはゴクを振るった。

 すると銃のグリップに付けられている狼の飾り、それを繋いでいる鎖が伸びて、まるで生きているかのように狼の飾りが吠えた。

 

 

「うおッ!?」

 

 

 凄まじい勢いで狼の飾りはW達に接近し、彼等の足元を抉る。

 小さな狼の飾りは見た目からは想像できぬほどの威力を発揮し、アスファルトを粉々に砕いて土煙を上げた。

 

 

「また会いましょう」

 

 

 そして次の瞬間、データの粒子となってエスケイプはその場から消えた。

 エンターのような消え方は正しくアバターと言ったところか。

 土煙が晴れた4人はそれぞれに前に躍り出るが、既に撤退したエスケイプを見つける事はできず、それぞれに銃を下ろす事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 エスケイプ撤退よりも少し前、ロッククリムゾンと2号、響が戦う戦場。

 こちらにも助っ人が1人。レディゴールド撤退により手の空いた翼が参戦していた。

 

 

「無事のようだな、立花!」

 

「はい! 2号さんのお陰で!」

 

「おおぅ、また可憐な嬢ちゃんが……って、何か、どっかで見た事……」

 

 

 驚くというよりかはおどけるような2号。

 そんな彼もまた、翼が芸能人であるという事に勘づいている様子だ。

 無理もない。翼の顔はあちこちに知れ渡っているのだから。

 

 ともかく3対1となってしまったロッククリムゾン。

 気付けばエスケイプと自分だけになってしまい、おまけにエスケイプもディケイドの参戦により4対1と劣勢気味の様子だ。

 

 

「フン……まあいい。今回は挨拶代わりだ」

 

「おいおい、今更俺に挨拶はいらないだろ? ロッククリムゾンさんよ」

 

「減らず口を……!!」

 

 

 2号の挑発に怒りを見せて、ロッククリムゾンはその姿を変質させた。

 結果、最初にこの場に降り立った時のような綺麗な球体へと姿を変えたロッククリムゾン。

 岩の球体は、一体どういう力が働いているのか、そのまま浮き上がり、高速で突進してきた。

 目標は2号。助走をつけているかのように速度は増していき、2号の元に辿り着くころには、岩の球体のスピードは恐るべきものとなっていた。

 

 ロッククリムゾンのスピードはそこまでではない。

 が、この球体の姿となった時、普段の二足歩行時よりも速度が出るようになる。

 おまけに硬度はそのままなので、突進くらいしかできなくなるが、速さというメリットがこの姿にはある。

 そして速度が上がれば、その分、勢いによる威力も加算されるわけだ。

 

 

「ヌッ、ウゥゥゥッ!!」

 

 

 しかし、その突進を2号は両手で抑えつけて見せる。

 勢いに押され、ずりずりと足元が後退していく2号だが、負けじと両手に力を籠めた。

 凄まじい硬度と重さ、そしてそれが高速で突進してきたのだ、2号といえど平気といえるような威力ではない。

 だが、止める。

 1号と2号。最初の仮面ライダーであるダブルライダーには、それぞれに異名がある。

 1号には『技の1号』、2号には『力の2号』。

 そしてその異名は、『力の2号』の名は、決して伊達ではない。

 

 

「ん……のっ、野郎ッ!!」

 

 

 受け止めたまま、岩の球体に右腕を振り下ろす。

 ところがロッククリムゾンはすんでのところで2号の手を離れ、まるで滑るように空中を駆け抜けて2号から距離を取った。

 結果、パンチは空を切る。ロッククリムゾンをぶち抜こうとしただけあり、空振りのパンチが空気を震わせて轟音が響く。

 空振りによる凄まじい風圧は、近くにいた響と翼にも感じ取れた。

 それだけで2号の本気のパンチがどれほどのものかを窺い知れるというものである。

 

 当人である2号は空振りしたパンチを引っ込め、間合いから外れたロッククリムゾンを睨み付けていた。

 対し、ロッククリムゾンは球体状態のまま、2号へ向けて言葉を発する。

 

 

「言った筈だ。挨拶代わりだと」

 

「……って、まさかお前ッ!?」

 

「フン」

 

 

 言葉少なに、ロッククリムゾンは球体状態で遥か後方へ離脱し、そのまま消え去ってしまった。

 恐らくはレディゴールド同様、ジャマンガ本部へ向かったのであろう事は想像がつく。

 何せエスケイプもほぼ同時に撤退。ロッククリムゾンも撤退したこの場に、最早敵はいなくなってしまったのだから。

 1人、2号だけが赤い拳を握りしめて、ロッククリムゾンの去っていった方向を悔しそうに見つめていた。

 

 

「クソッ、また逃がしちまった……」

 

 

 どうやら最後の突進は挑発への報復という意味でしかなく、元々撤退前提で動いていたようだ。

 頭があまり良くないロッククリムゾン。

 いくら2号ならダメージを与えられるとはいえ、彼の馬力も硬度も間違いなく脅威だし、何よりも本当に形勢が悪いのなら退くだけの知能はある。

 頭が悪くても、決して知能が0というわけではない。

 並の怪人より遥かに強く、知能もあるが故に撤退という選択肢を選ぶ事もあるからこそ、2号はロッククリムゾンを今まで倒せないでいた。

 

 レディゴールド、エスケイプ、そしてロッククリムゾンの撤退により、この場の敵は全て消えた。

 その様子に、終始傍観の姿勢を貫いたままだった謎の魔弾戦士は。

 

 

『どうすんだ~? アイツ等全員逃げちまったぜぇ?』

 

「……なら、もう用は無い」

 

 

 ザンリュウジンの呼びかけに、謎の魔弾戦士は一言そう答え、レディゴールドにすら追いつく高速移動で戦場だった場所から離脱。

 一瞬の内に消え去る謎の魔弾戦士に誰もが反応していたが、そのスピードもあり、誰も謎の魔弾戦士を追う事はできなかった。

 

 結局、バグラー以外の敵を1体も倒す事ができぬまま、この戦場は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 静けさだけが残った、戦場だった噴水公園。

 翼が冷静に周囲を見やり、敵がいない事を確認。

 一方で響は純粋な笑顔でもって、2号へ深々と頭を下げ、勢いよく上げた。

 

 

「何であれ、一先ずこの場は収まったようね」

 

「そうみたいですね。ありがとうございます、2号さん!」

 

 

 逆転の風を吹かせた2号の元へ、レッドバスター、イエローバスター、ディケイド、Wの4人も集まる。

 集合した7人の中で、最初に口火を切ったのはレッドバスターだった。

 

 

「ありがとう。貴方のお陰で助かった」

 

 

 最初はお礼。2号がいたから、剣二と銃四郎も助かったようなものだ。

「いいってことよ」、と手を挙げて返す2号。

 実際、2号が来てくれなければどうなっていた事か。

 しかし疑問はある。何故此処に、世界各国に散っている7人ライダーの1人である2号がいるのか。

 Wが右目を点滅させ、その疑問をフィリップが尋ねた。

 

 

『しかし、何故日本に、2号ライダーが?』

 

「ついこの前まで、俺はジャマンガのオーストラリア支部の連中と戦っててな。

 ロッククリムゾンはそこの幹部で、俺はアイツを追って来たんだ。

 で、日本に来てみたら騒ぎが起こってて、ロッククリムゾンがいるかと思ったら、ビンゴだったってわけさ」

 

 

 これまでの経緯を簡潔に説明すると、特に疑問も無く誰もがそれに納得した。

 ロッククリムゾンを追ってきたのなら、彼とロッククリムゾンがほぼ同タイミングで現れたのも当然と言える。

 と、此処で今度は2号の方が疑問を口にした。

 

 

「ところでよ、俺も聞きたい事があるんだが。

 Wはちょくちょく噂で聞いてるから分かるし、ゴーバスターズも結構有名だ。

 そこの線がいっぱいの奴と、このお嬢ちゃん達は何なんだ?」

 

 

 フォーゼやオーズが7人ライダーと知り合いなのと、Wというライダーが活動を始めてしばらく経っている為か、どうやらWは2号に認知されているらしい。

 ゴーバスターズも『ヴァグラスと戦うエネトロンを守る戦士』として日本ではかなり有名なので、知られていた。

 分からないのは国家機密のシンフォギアと、並行世界から来たディケイドの事。

 一先ずデリケートな問題があるシンフォギアの事は後に回し、線がいっぱいの奴ことディケイド本人が自分の事を話し始めた。

 

 

「俺は別の世界から来た。仮面ライダーディケイド……通りすがりだ」

 

「別の、世界? 異世界ってやつか? なんかまた、スゲェライダーが来たなぁ」

 

 

 別の世界という概念は2号も、ぼんやりと、何となくだが知っている。

 別の地球。別の可能性。言ってみれば異世界の事なのだろう。

 2号自身が非日常の体現者みたいなものなので、彼は特に疑う事もなくそれを信じた。

 そこでふと、2号はちょっとした疑問が過る。

 

 

「異世界のライダーって俺から見て後輩とか、そういう括りに当てはまるのか?」

 

「少なくとも俺とタメなんで、後輩でいいと思うぜ」

 

「ん、おっしゃ! じゃあ後輩が増えたって事でいいんだな! ディケイド!」

 

「俺に聞くな」

 

 

 2号の疑問にWの左側が回答し、フランクな2号をディケイドがあしらう。

 そんなやり取りを見ていた響や翼は思った。

 仮面ライダー2号。Wやディケイド以上の歴戦の戦士なのに、何だか親しみやすい人だな、と。

 軽い会話の後、2号はディケイドから視点を移し、今度は響と翼の方を見やった。

 

 

「で、嬢ちゃん達のソレは、何なんだ?」

 

「国家機密なので、例え仮面ライダーでもおいそれと話すわけにはいきません。

 見られてしまった以上、本来なら特異災害対策機動部までご同行願いたいのですが……」

 

 

 2号の問いに、慣れた様子で翼が答える。

 シンフォギアを見てしまった人には一定の発言の制限がなされる。

 生活に困るほどのことではなく、要するに『シンフォギアの事を口外するな』程度のそれだが。

 とはいえ2号もあまり正体は明かしたくない。

 世界各国で活動しているが故に、政府関係者などのお偉方に正体を知られるのは面倒なのだ。

 当然、政府と繋がりのある二課に正体は明かしたくない。

 それは信用しているとか信用していないではなく、今後もライダーとして活動していく為に必要な事だった。

 

 

「あー……そうしてやりたいけど、俺もあんまり顔を知られたくないし……」

 

「……と、おっしゃっていますが、どうしますか、司令」

 

 

 困ったような声色の2号の言葉を聞き、翼が二課本部の弦十郎へ連絡を取った。

 正体を明かしたくないというのは、多少なら許容できる。

 が、シンフォギアを見られたという点において許容はあまりできない。

 

 

『……周辺住人の避難と目撃者がいた時の対処の為に、緒川を初めとした二課職員が近くにいるから、彼らを向かわせる。

 それまでライダー2号には、そこで待機するように伝えてくれ』

 

「了解しました」

 

 

 弦十郎の判断を翼が2号に伝えると、2号は「それなら」と快諾。

 しばし、その場で待機する事になった7人。

 

 弦十郎の判断は「とりあえず、書類にサインだけはしてもらう」というものだった。

 基本的に二課が危惧しているのはシンフォギアの情報漏洩。

 それを防ぐ為に、発言制限の書類に、同意してもらった上でサインをしてもらったり、情報封鎖や情報操作をしたりする。

 以前にも語ったがゴーバスターズを隠れ蓑にしたりと、とにかく災害対策にしては過剰な戦力であるシンフォギアには各国政府の横槍が入り易い為、二課は慎重だ。

 けれど今回の相手は仮面ライダー。それも、数十年に渡って戦い続けるほどの男。

 信用はできる。何より、信用してみたいと弦十郎は思った。

 とはいえ流石にそんな個人的な感情で特例を作るわけにもいかないので、書類に目を通してサインをしてもらうという形をとったのだ。

 

 しばらくすると慎次が黒い車でやってきた。

 車から降りた慎次が見たのは、変身を解いた6人と、唯一変身を解かない2号。

 1人だけ変身を解いていないというのはやや異様だが、かなり親し気に会話をしているようだった。

 

 

「お、カメラぶら下げてっけど、ディケイドは写真家か?」

 

「だったら何だ」

 

「なぁに、俺も写真家でさ。同じカメラマンライダーがいるって言うのはちょっと嬉しいな」

 

「でも、士先生の写真って……ねぇ?」

 

「黙れ立花」

 

 

 良い意味で軽く接してくる2号。

 士の写真がどういうものかを知っている響は、同じ事を知っている翔太郎へ同意を求めるように顔を向ける。

 いつも通り、ムッと顔を顰めつつ響をぞんざいに扱う士。

 ところが2号が反応したのは士の写真ではなく、士が呼んだ名前だった。

 

 

「タチバナ? へぇ、嬢ちゃん、タチバナって言うのか?」

 

「えっ、はい。立つ花と書いて立花で、立花響って言います。……えっと、どうかしたんですか?」

 

「いや、昔、世話になった人と同じ名前でな」

 

 

 懐かしむような2号が何を想うのか、仮面の赤い目は、何処か遠くを見ているようだった。

 そんな会話を少しの間だけ眺めていた慎次は、仲の良さそうな彼等を見てほんの少しだけ笑った後、2号の元へ駆け寄った。

 2号と対面した慎次はまず、一礼。今回の件に関してのお礼だった。

 

 

「貴方が仮面ライダー2号さんですね。今回は助力のほどを、ありがとうございます」

 

「いいさ。で、何か話があるんだろ?」

 

「はい。彼女達が纏っていた装備、シンフォギアの件についてなのですが……」

 

 

 慎次の形式的な長めの説明を聞き、2号はシンフォギアの事情を理解する。

 要するに、自分と同じように正体を隠したいのだと。

 

 

「……ん、OKだ。つまりシンフォギアって物の事は一切口外するなって事だな?」

 

「はい。あとは、以下の事に同意してもらった後、サインを頂けますか?」

 

「了解だ。……大変だねぇ、おたくらも」

 

「そうですね。ですが、シンフォギア装者のお2人が安心して戦えるようにする事も、僕等の役目ですから」

 

「いい大人に恵まれてるみたいだな」

 

 

 同意書に目を通す2号の脳裏に一瞬、師匠とも父親ともいえるような、彼にとって最高の『大人』の姿が浮かんだ。

 時に優しく時に厳しい、そして強い人だった。

 彼女達もそんな大人と共にあるのだろうかと、目の前のスーツ姿の優男を見て思う。

 もしそうなら、彼女達はこれからも大丈夫だ。

 そんな事を考えながら、2号は書類に目を通し、慎次から受け取ったボールペンで同意の意味を示す署名をする。

 横棒一本を書いた直後、何かに気づいたような反応を示した2号。

 その後、彼はその横棒を斜線で消して『2号』と署名した。

 

 

「悪い、本名は勘弁な」

 

「はは、分かりました」

 

 

 2号という署名が法的に通用するかはともかく、とりあえず事情は知ってもらった。

 もしも情報が漏洩すれば2号が疑われるという事もキチンと伝えた。

 疑いたいわけではないというのは勿論だが。

 

 そんな長かったやり取りの後、2号は近くに停めてあった自身のバイク『新サイクロン号』まで歩き、バイクに跨った。

 周囲に集まる7人を2号は一瞥する。

 

 

「ロッククリムゾンを倒すまでは俺も日本にいるつもりだ。

 また一緒に戦う事もあるだろうさ。そん時は宜しくな」

 

「はい! こちらこそ、宜しくお願いします! 2号さん!」

 

 

 きびきびとした動きで頭を下げる響。

 翼やヒロム、ヨーコも一礼。翔太郎も4人ほどではないが軽く頭を下げ、士は言わずもがな、腕を組んでそのままだ。

 笑い、頷いた2号は新サイクロン号のエンジンをかけ、颯爽とその場を後にした。

 みるみるうちに遠く彼方へ消えていく2号ライダーを見送った7人。

 

 この場こそ切り抜けたが、彼等の戦いは決して終わっていない。

 慎次を除いた6人は一先ず、一番近い本部である特命部へ向かう事となり、慎次だけは二課本部へ戻る事となった。

 何1つとして解決していない現状。ぼんやりとしている暇はないのだ。

 

 

 

 

 

 リボルギャリーに乗せられたバディロイド3体とブルーバスター。

 特命部の指示の元、リボルギャリーは特命部が保有する格納庫の1つにやって来ていた。

 錆び付いたバディロイド達は特命部職員とブルーバスターにより運び出され、すぐに錆の正体の解析、及び、錆の侵攻を抑える処置がなされていた。

 

 その場にいても役に立てないブルーバスターことリュウジは変身を解き、特命部に合流。

 リュウジが特命部司令室に足を踏み入れた時には、既にヒロム達は集合していた。

 

 

「リュウさん、ニック達は?」

 

「今、職員のみんなで錆の侵攻を抑えてくれてる。そろそろ錆の原因も分かると思うんだけど……」

 

 

 職員がバディロイド達に行っているのは、真水を吹きつけて錆の侵攻を抑える応急処置。

 一応大事には至っていないが、予断は許さない状況だ。

 彼等の機能停止はバスターマシン発進が一切不能になる事を意味し、それ以上に、家族同然に接してきたゴーバスターズにとって致命的な心理ダメージを与える事になるだろう。

 特命部職員達にとってもニック達はただの機械ではなく、仲間だ。

 

 と、そこに席を外していたオペレーター、森下が司令室に駆け込んできた。

 

 

「研究班から分析結果出ました!」

 

 

 彼が手に持っている書類はバディロイドを苦しめる錆についてのデータ。

 森下はその書類とは別に、司令室にある自分のコンピュータに送ってもらっておいたデータを、やや急ぎ気味にメインモニターに表示させた。

 映し出されたのは、監視カメラに写っていたスチームロイドが黄色い煙を発生させた時の映像と、煙の成分など。

 その全てを説明しても意味は無いので、森下は掻い摘んだ説明をする。

 

 

「簡単に言えば、バディロイドやメガゾードに使われている特殊金属を錆びさせる煙を、あのメタロイドは発生させたようです」

 

「成程……だから、ニックさん達だけが錆びた、と」

 

 

 翼もずっと疑問だったのだ。

 あの黄色い煙が錆に関係しているのは想像に難くないが、では何故、バディロイド『だけ』が錆びたのか。

 金属でできているものはあの場には沢山あった。それこそライダーのベルトの類も。

 しかし今の説明で合点が言った。

 ヴァグラスは明確にバディロイドだけを狙い撃ちにしてきたのだ。

 

 

「先程リュウジさんがおっしゃったように、錆の侵攻を抑える処置はしています。

 ですが、元に戻るのには時間が……」

 

 

 煙や錆の正体が分かった事で、バディロイドを元に戻す目途は立った。

 しかし目途が立っても、すぐに錆を落とせるかと言えば、答えはノー。

 それまでバスターマシンは発進できないという事だ。

 

 

「でもよ、おかしくねぇか?」

 

 

 翔太郎が口を出す。

 全員が彼の方を向くと、翔太郎は疑問を口にした。

 

 

「メガゾードってのは、バスターマシンの事だろ?

 でも、そいつはヴァグラス側だって使ってるわけだ。だったら、あの煙で錆びちまうんじゃあ……」

 

「その通りだ。その為か、今回はメガゾードの転送反応が無かった。

 メガゾードを使えないのは、向こうも同じという事なのだろう」

 

 

 黒木の言葉に、煙や錆についての書類をめくりながら森下も頷いた。

 つまり、黒木の言葉が正しいという事。

 バスターマシンとは、『ゴーバスターズが使っているメガゾード』という意味だ。

 敵味方どちらもメガゾードに使われている素材に差異は無く、メガゾードを錆びさせるという事は、ヴァグラスのメガゾードも錆びて使い物にならない。

 今回のヴァグラスは、両者のメガゾードを封じてきたのだ。

 

 

「つまりデカブツ対決はしたくないって事か。何でだ……?」

 

「疑似亜空間というアドバンテージを得ているのに、自分達からそれを捨てた現状……。

 確かに、気になりますね」

 

 

 翔太郎、翼の言葉は特命部側も疑問に思っている事だ。

 グレートゴーバスターでなければ対処できない疑似亜空間という新たな戦法を身に着けた上で、メガゾード戦を捨ててきたのだ。

 有利な状況、有利な条件を無視してまで何をしようとしているのか。

 その疑問に対しての答えになるかは分からないが、特命部はある情報を得ていた。

 もう1人のオペレーター、仲村がそれを読み上げる。

 

 

「関係があるかは分かりませんが、東京エネタワーから、微弱な転送エネルギーが出ているんです」

 

「転送、エネルギー? ……って何ですか?」

 

 

 それぞれに反応を示す中、響だけが純粋に疑問を口にした。

 辺りをキョロキョロと見渡す響に、リュウジが優しく転送エネルギーについて教える。

 

 

「読んで字のまま、転送する時に発生するエネルギーの事だよ。

 メガゾード転送の直前や直後とかが、一番分かり易いかな」

 

「え? でも、それが東京エネタワーから出てるって……」

 

「うん、普通じゃない」

 

 

 転送エネルギーは『転送直前、あるいは直後に観測されるエネルギー』だ。

 つまり転送エネルギーが感知されるという事は『転送が始まろうとしている』か『転送が終わった直後』である事を示している。

 それが東京エネタワーから出ている事は当然ながら普通ではない。

 確かに転送に必要なエネトロンを貯蔵するエネトロンタンクを管理してはいるが、転送に関する機能などある筈がない。

 

 

「……後で東京エネタワーを調べてみましょう。それもそうですが、剣二と不動さんは?」

 

 

 特命部本部で分からない事なら、直に調べてみる以外に方法は無い。

 そこでヒロムは一旦話題を変え、重傷でフォーゼ達に運ばれた剣二達の事を黒木に聞いた。

 黒木は神妙な面持ちでそれに答える。

 

 

「命に別状はないそうだが、重傷らしい。特に剣二君は手ひどくやられているそうだ。

 すぐに戦線復帰というわけにはいかないだろう」

 

「あの岩の魔物、凄く強かったです。あんなのを何度も受けたら……」

 

 

 ロッククリムゾンの一撃は非常に強烈だ。

 それはロッククリムゾンと相対し、拳を2回ほど受けた響がよく知っている。

 すぐに2号が来てくれたからよかったが、響だってあのまま戦い続けていれば無事で済んではいなかっただろう。

 それを剣司と銃四郎は10発以上貰っているのだ、重傷でない筈がない。

 特に剣司は何度も踏みつけられていたというのもある。

 

 

「あの趣味の悪い金色女もそれなりに強かったんだろ? 風鳴」

 

「はい、あのスピードは脅威です」

 

 

 ロッククリムゾン同様、レディゴールドも相当な強さを持っていた。

 片や力が、片や速さが桁違いな2人のジャマンガ幹部は、どちらも無視できるものではない。

 そして問題はまだある。それを口にしたのはヨーコだ。

 

 

「それを言ったら、あの黒い魔弾戦士も強かったんだよね? ヒロム」

 

「ああ、レディゴールドや俺と対等の速さだった。アイツもレディゴールド並かそれ以上だ」

 

「後はあのエスケイプってアバターだね。かなり好戦的な性格してるみたいだけど」

 

 

 ヒロムは一度だけとはいえ謎の魔弾戦士と刃を合わせているし、エスケイプが好戦的且つ強いのはゴーバスターズの3人が分かっている。

 強敵が3人。第3勢力とも言える謎の戦士が1人。

 先日にジャークムーンを倒し、サンダーキーを手に入れ、グレートゴーバスターが使えるようになったばかりだというのに、一気に問題が増えた感じだ。

 

 

「ま、だがこっちにも助っ人が2人だ。仮面ライダーメテオに、仮面ライダー2号」

 

「そうですね。楽観するには厳しいですが、悲観するには早すぎます」

 

 

 翔太郎と翼は、何もネガティブな事ばかりではないと周囲を鼓舞するように話題を変えた。

 メテオこと流星は現在S.H.O.Tに、2号は何処とも知れないがロッククリムゾン打倒までは協力してくれるらしい。

 流星に関してはまだ挨拶すらできていないメンバーが大半な上、かなり急な参戦であったが、少なくとも弦太郎の友達で味方だ。信用は十分にできる。

 

 

「とりあえず、今回のヴァグラスの目的をはっきりさせよう。

 敵がどれだけ出てきても、今の俺達にできる事をしていくしかない」

 

 

 ヒロムの言葉に全員が頷き、その頼もしさに黒木が笑みを浮かべる。

 どんな状況であれ、彼等がするのは悪を挫き、みんなを守る事。

 強敵が現れようと何だろうとその軸だけはブレないし、ブレさせてはいけない。

 

 今の彼等にできる事。

 それは東京エネタワーから出ているという転送エネルギーの正体を確かめる事だ。

 恐らくだが、ヴァグラスかジャマンガの目的はそれと関係しているのだろう。

 

 翼も言ったが、強敵が増えても悲観するには早い。

 決意を新たにした戦士達は特命部を後にし、東京エネタワーへと向かった。




────次回予告────
ジャマンガとヴァグラスに新しい幹部。
このままで終わるわけにはいかねぇ。
あのマダンキーの為に、リュウガンオーがパワースポットに向かおうとする。
不動さん、無茶しないでくれよ。
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第63話 戦・闘・準・備

 ロッククリムゾンとレディゴールドはジャマンガ本部へ戻って来ていた。

 オーストラリアから来たロッククリムゾンは戻る、という言葉が適切ではないが。

 そんな岩石巨人ロッククリムゾンの元へ、Dr.ウォームは心底嬉しそうな顔で駆け寄った。

 

 

「嬉しいぞ! 我等の手助けに、来てくれたのだな?」

 

「…………」

 

 

 無言で頷くロッククリムゾン。

 薄い反応だがウォームは気を悪くする事も無く、親しげに彼に接し続けた。

 ジャマンガの幹部同士は折り合いが悪い。

 お互いに戦いあうほど険悪ではないが、お世辞にも仲が良いとは言えない。

 レディゴールドとウォームがお互いを邪険に扱いあうように。

 だが、ウォームにとって例外が1人。それがロッククリムゾンなのだ。

 ウォームとロッククリムゾンは盟友とも言える関係。それはロッククリムゾン自身も思っている。

 だからこそ、彼は『ウォームの手助け』という明確な目的を持って日本にやって来ているのだ。

 

 

「相変わらず無口な。じゃが、おしゃべりな奴よりも、その方が信用できる」

 

「それは誰の事かしら?」

 

 

 ロッククリムゾンと同じ方向からやって来たのはレディゴールド。

 ウォームの言う「おしゃべりな奴」という言葉が当てつけのように聞こえたのだろう。

 心底不機嫌そうな顔を見せるレディゴールドに押し黙るウォーム。

 

 

「フン、まあいいわ」

 

「ヌゥ……。それよりレディゴールド、先の戦いを見ておったが、何じゃ『アイツ』は」

 

「アイツ? ……ああ、『アイツ』ね。ヨーロッパで戦った、魔弾戦士よ」

 

「それは分かっておる、マダンキーを使っておったからの。奴はお前とどんな関係かと聞いておるんじゃ」

 

 

 ジャマンガ本部からは人間世界の様子を見る事ができる。

 ウォームが見ていた中で一番気になったのは、謎の魔弾戦士の存在だった。

 最初は自分達の目下最大の邪魔者である魔弾戦士の増員に驚いたものだが、どうも純粋にリュウケンドー達の味方というわけでもない。

 ジャマンガにとっても敵のようだが、目的が分からないのだ。

 レディゴールドは1つ溜息を付くと、ウォームの質問に答えた。

 

 

「アイツよ、ヨーロッパのパワースポットを暴走させた張本人」

 

「な、なんじゃと!?」

 

「厄介な奴よ。ああ、此処まで追ってきたのかしら、メンドくさい」

 

 

 苦々しい表情のまま、苛立ちを募らせるレディゴールド。

 一方でウォームは焦り、不機嫌なのにも構わずレディゴールドへ言葉をぶつけた。

 

 

「ぬぅ……! もしも奴がパワースポットの暴走に躊躇が無いのなら、本当にマズイのではないのか!」

 

 

 何度も言うようだが、ジャマンガが求めるマイナスエネルギーは生きた人間からしか手に入らない。

 故に、ジャマンガはあまり殺しをしない組織だ。

 もしもあけぼの町のパワースポットを暴走でもさせられたら、ジャマンガの大魔王を復活させるという計画は一気に頓挫する。

 それだけはマズイ。何としてでも阻止しなくてはならない事なのだ。

 そんな事はレディゴールドだって知っている。

 だが、それに答えたのは、レディゴールドではない人物だった。

 

 

「ノンノン、発想を転換させましょう、Dr.ウォーム」

 

 

 声の後、データの粒子が集まり、何もなかったはずの空間に突然現れる青年。

 いつものようにノートパソコンを携え、ヴァグラスのエンターがやって来たのだ。

 彼はウォームへ一歩一歩歩み寄りながら、その発想の転換について語りだした。

 

 

「確かに、パワースポットの暴走を起こされるのは厄介です。

 私としても、エネトロンタンクまで巻き込まれそうなその事態は回避したい」

 

「そうじゃろう。じゃが、奴はどうも、強いようじゃぞ?」

 

「ええ。ですがそれは、見方によっては好都合です」

 

 

 どういう事じゃ、と疑問符を浮かべるウォームに、エンターは怪しく笑う。

 

 

「パワースポットの暴走は、ゴーバスターズやリュウケンドー達にとっても好ましくない事態の筈……。彼等は人間を守る為に戦うわけですからね」

 

「うむ……確かに」

 

「つまり場合によっては、彼等と潰し合いをしてくれるという事ですよ。

 あの妙な魔弾戦士が強いのなら、ゴーバスターズ達と共倒れしてくれるかもしれません」

 

「ふぅむ……」

 

 

 エンターの言う事は一理ある。

 実際、謎の魔弾戦士はリュウケンドー達に攻撃を仕掛けていたし、手助けをする様子もなかった。

 さらにヨーロッパのパワースポットの暴走を引き起こした事から、被害が出る事に躊躇は無く、リュウケンドー達とは戦う目的が違うのではないかと推察できる。

 ならば、謎の魔弾戦士とリュウケンドー達が潰し合いを演じてくれれば、それはジャマンガやヴァグラスにとってラッキーだ。

 勿論、推察混じりの考えなので楽観は禁物だ。しかしエンターもそこは分かっている。

 

 

「ま、一応対策を講じておいた方が賢明ではあるでしょうが……。そこは何とかなるでしょう?」

 

 

 エンターはちらりと、黄金女王と岩石巨人を一瞥する。

 そして再び怪しげに口角を上げると、まるで何かを演じているかのような大袈裟な動きで、2人の方へ振り返った。

 

 

「何せ、魔弾戦士を寄せ付けないトレビアンな幹部が2人、此処にいるのですからね。

 そうですよね、マドモアゼル・レディゴールドに、ムッシュ・ロッククリムゾン?」

 

「当然よ。あんな奴に後れを取る私じゃないわ」

 

「フン……」

 

 

 レディゴールドはおだてられた事で少し機嫌を良くしているが、ロッククリムゾンは変わらず無口に徹していた。

 事実、謎の魔弾戦士はレディゴールドと対等だ。

 そう、圧倒ではなく、対等なのである。

 さらに言えばロッククリムゾンというリュウケンドーやリュウガンオーに深手を負わせられる幹部の登場。

 しかも謎の魔弾戦士はリュウケンドー達の仲間ではないので、単純に敵の戦力が増えた、というわけではない。

 場合によってはエンターが言ったように、潰し合いをしてくれるのかもしれないのだから。

 

 さて、軽く幹部をおだてて場の流れを作ったエンターは、ウォームへ再び顔を向けた。

 

 

「ところでDr.ウォーム。例の宝石の件ですが……」

 

「おお、そうじゃったな。まあ、やや危険じゃが、何とか使えそうじゃわい」

 

 

 エンターが亜空間で手に入れた、謎の宝石。

 その使い道を色々と考えたのだが、エンターは今回の作戦の『保険』に利用しようとしていた。

 

 

「むしろ、『やや危険』な方がよいです。脅しをかけられますからね」

 

「成程のぉ、お主もよく考える奴よ」

 

「一応聞いておきたいのですが、あの宝石をゴーバスターズ達が律する可能性は?」

 

「ない。下手に大きな衝撃を与えれば、ドカン、という恐れもあるからの。

 奴等がそれを知れば、迂闊な事はしてこないじゃろう」

 

「メルシィ、Dr.ウォーム」

 

 

 エンターが手に入れ、Dr.ウォームの協力の下で使用可能となった『謎の宝石』。

 彼等はそれを如何にして利用するつもりなのか。

 ただ、エンターは薄い笑いを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

 一方、町のとある一角にあるビルの屋上にゴーバスターズの3人と翔太郎は来ていた。

 ビルの屋上からは、微弱な転送エネルギーが出ているという東京エネタワーが見えている。

 今回は戦闘ではなくただの調査のため、彼等4人だけの行動となった。

 他の士、響、翼は慎次の車で秘密裏にS.H.O.T基地に赴いている。

 剣二達の見舞いと、今後どうするかの話を進めている頃だろう。

 

 ゴーバスターズの3人はイチガンバスターのカメラモードで、東京エネタワーを撮った。

 カメラのディスプレイには、撮影した範囲内にヴァグラスの反応があるかどうか、というのが表示されるのだが、3人とも結果は同じだった。

 

 

「ヴァグラス反応は……無し」

 

「でも、転送エネルギーが出てるなんて普通じゃない」

 

 

 ヒロムの確認の言葉の後に、リュウジが周囲の3人へ言葉をかける。

 ヒロムとヨーコはそれに頷くが、1人、翔太郎だけは分厚いゴーグルのような特殊な機械を離さずにエネタワーを見つめ続けていた。

 彼が持っているのは『デンデンセンサー』という、メモリガジェットの1つ。

 肉眼では目視不可能な、それこそ透明人間すら見つけられる代物である。

 そして翔太郎はそのデンデンセンサーを用いて、何かの異変に気付いていた。

 

 

「……なぁ、アレってエネタワーに元からある装置なのか?」

 

 

 エネタワーから目を離さずにヒロム達へ問いかける翔太郎。

 クエスチョンマークを浮かべるヒロム達は、今度はソウガンブレードを双眼鏡の形にして、エネタワーを再び見やった。

 

 

「ほら、展望台と展望台の間、何か、妙な機械がある。

 おまけに、そこにエネトロンが集まってるみたいだぜ……」

 

 

 東京エネタワーには2つの展望台が存在し、片方は低く、片方は高い。

 低いと言っても、100m以上の高さにあるのだが。

 そんな展望台と展望台の境に確かにあった。

 巨大で四角い妙な装置が。

 

 そして、これまた翔太郎の言う通りだった。

 ソウガンブレードは双眼鏡として使うと、エネロトンの流れを見る事ができる。

 目視不可能なものまで見通せるデンデンセンサーも同様だ。

 最大まで拡大したソウガンブレードとデンデンセンサーには、その装置へと流れ込んでいくエネトロンがはっきりと写っていた。

 まるで東京エネタワーが周辺からエネトロンを吸い上げ、その装置へ送っているかのように。

 

 

「あれが、転送エネルギーの正体……?」

 

 

 ヨーコの呟きは恐らく正しい。

 転送に必要なエネルギーとは、即ちエネロトン。

 そしてエネロトンが溜まっているエネタワー、微弱な転送エネルギー反応。

 繋がったといってもいいだろう。

 だが、問題はその目的。何処に転送し、何を目的に転送しようとしているのか。

 それを4人が思考するよりも前に、意気揚々とした声が飛び込んできた。

 

 

「こんにちは! 陣マサトの、よく分かるヴァグラス講座の時間です!」

 

 

 折り畳まれたモーフィンブラスターをマイクのように持ち、突然現れたマサト。

 無駄に眩しいその笑顔だが、マサトはすぐにそれを引っ込めて、困ったような表情を作った。

 

 

「……つっても、殆ど答えには行き着いてるみたいだねぇ。

 かぁー、探偵がいると解説しがいがないぜ」

 

「おいおい、文句言われる筋合いはないぜ? 捜査協力してんだから」

 

「分かってるよ。冗談冗談、悪かったって」

 

 

 自分が得意気に解説しようと思ったのだが、翔太郎という探偵がエネタワーの異変に気付いてしまったから解説の機会を奪われたとブーたれるマサト。

 結局、最終的には冗談であると笑い飛ばしてしまったのだが。

 そんなお気楽な会話の後、マサトは明るい雰囲気はそのままに、真面目な会話へと移った。

 

 

「ま、皆さんの想像通り、あの機械は転送装置だ。

 周辺から強制的にエネトロンを吸い上げて溜め込んでるのは、勿論、転送の為。

 で、何を転送するかってーと、周辺にあるエネトロンタンク全部。

 それを一気に亜空間へ転送しちまおうって算段なわけよ」

 

 

 エネトロンタンクは名の通り、エネトロンの貯蔵場所。

 確かにそれを複数基、一気に転送できれば、ヴァグラスは莫大なエネトロンを保有できる。

 しかしその規模はヒロム達の想像を凌駕するものだった。

 

 

「ザッと見積もって、エネトロンタンク10基から12基。言い換えるなら町1つ分だ。

 エネトロンが一定以上まで溜まったらタワー自体がアンテナになって、転送エネルギーを放出。

 当然、大規模な転送が起こって、エネトロンタンクは持ってかれる」

 

 

 町1つの転送が起こるという事を細かく語るマサトは、最後に1つ、付け加えた。

 

 

「────当然、その町に住んでる何万人もの人間も一緒にだ」

 

 

 町1つ分の転送とは、10数基のエネトロンタンクと同時にそこにある全てを亜空間へ転送してしまうという事である。

 生き物であろうがなかろうが、おかまいなしに。

 つまり、人的被害は一切考えていない、とんでもない被害が出る作戦をヴァグラスは展開してきたのだ。

 何より、『人が亜空間へ転送されてしまう』という言葉は、親を亜空間から助け出そうとしているヒロムやヨーコには、とても刺さる事態だった。

 

 グッと拳を握りしめるヒロム。エネタワーに寄生するように取り付けられた装置を睨むヨーコ。2人を見て、深刻そうな、心配そうな顔を向けるリュウジ。

 三者三様な反応と一瞬の静寂の後、翔太郎が口を開いた。

 

 

「転送を止めるには、あの装置をぶっ壊せばいいんだよな?」

 

「ご名答。ま、あれは転送装置ではあるが、転送の為のアンテナにするのはタワーそのもの。

 つまりあの転送装置はエネタワーに取りついてなきゃ何の意味もない。

 破壊できなくても、取り外すなりなんなりしてやれば万事解決ってわけだな」

 

 

 破壊でも外すでもいい。とにかくエネタワーから転送装置をどうにかできればいいのだ。

 だが、言うは易く行うは難し。転送装置は巨大だ。

 エネタワーとの対比で小さく見えているが、実物はバスターマシンよりも少し小さい程度、20mから30m程の大きさはあるだろう。

 

 

「あの大きさの装置は壊すにしても外すにしても、俺達がやるならバスターマシンがなきゃ無理だ」

 

 

 ゴーバスターズは怪人を倒せるだけの火力は持っている。

 だが、問題はその火力をどうやって装置に当てるか、だ。

 超長距離からそれだけの火力を精密射撃なんて芸当はまず不可能だし、接近したとしても、バグラーやスチームロイドの妨害があると考えた方が良いだろう。

 下手をすれば、またロッククリムゾンやレディゴールド等の幹部が一気に襲い掛かってくる可能性もあった。

 しかも装置は300mを超える塔の上部に位置する展望台の近く。

 そこまでいちいち昇っているような時間が残されているとは思えないし、白兵戦では妨害される事必至だ。

 

 そう考えれば、巨大戦力であるバスターマシンを使う事が一番確実だった。

 しかしスチームロイドの影響でバスターマシンは出撃できない。

 

 そこでヨーコは「では、飛行能力があればいいのではないか?」と考え、それを口にした。

 

 

「じゃあ、ヘリで近づくとか……。それが無理なら、弦太郎さん達に頼むとか?」

 

 

 ヘリは無謀だ。下から射撃でもされたら、装甲の厚いヘリでも長くは耐えられない。

 次の提案である弦太郎、つまりフォーゼのように自由自在に飛行できるメンバーに頼むというのは、確かに一番速く、確実な方法だろう。

 破壊するのに十分な火力もあるだろうし、ヘリ以上に小回りも効くので、敵の攻撃も恐れずに済む。

 しかし、マサトがそれに待ったをかけた。

 

 

「ちょい待ち。奴さんもその辺は予想してるかもしれないぜ」

 

「どういう意味ですか、先輩」

 

「敵はヴァグラスだけじゃない。もしかしたらジャマンガなり大ショッカーなりフィーネなりをけしかけて、航空戦力をぶつけてくるかもしれないって事よ」

 

 

 確かに、デュランダル移送の時にタカロイドが弦十郎の乗っていたヘリを襲っていた事例もある。

 他の組織と連携し、上空の守りも厚くしてくる可能性は十分に考えられた。

 そうなれば一筋縄ではいかなくなる。

 と、此処でマサトは別の話題を口にした。

 

 

「ところでさっき黒リンと話したんだが、何でもジェノサイドロンとかウォーロイドがあった軍事施設にエンターが現れたんだってな。

 しかもジェノサイドロンやウォーロイドは根こそぎ無くなってたらしいじゃねぇか」

 

 

 その話は翔太郎も二課で聞いている。

 ヒロム達も先程、もしかしたら今回の敵の作戦と何か関係があるかもしれない、と、簡単な説明程度だが聞き及んでいる話だった。

 違う話題に転換したが、勿論これも今回の事に関係するかもしれない事。

 マサトはそこで、ある事に気付いたのだ。

 

 

「だとすると、ちょいと厄介だぜ。

 ジェノサイドロンやウォーロイドに使われてる金属はメガゾードとは違う金属だ。

 もしもエンターがその兵器達を亜空間かどっかに隠し持っているんだとしたら……。

 ……って言えば、まあ分かるよな?」

 

 

 その言葉で、ヒロム達4人もマサトが何を言わんとしているかは理解できた。

 ジェノサイドロンやウォーロイドはスチームロイドの煙で、錆びない。

 エンターがもしもジェノサイドロンやウォーロイドを何処かに転送してストックしているのだとすれば、それをスチームロイドの煙の中でも自由に使えるという事になる。

 さらにゴーバスターズ側はジェノサイドロンやウォーロイドのような兵器は保有していない。

 巨大戦力との戦いではバスターマシンが要だが、それが使えない。

 結論として、ヴァグラスは一方的に巨大戦力を振るえる、という事になるわけだ。

 

 最悪の事態を考えるなら、デュランダル移送任務の時のように各敵勢力が一気に、しかも今度は前回よりも戦力を増強した上で襲ってくるという事になる。

 マサトは困り顔で肩を竦めながら、話を続けていく。

 

 

「こっからは希望的観測になっちまうが、材質がメガゾードと違うのはダンクーガも一緒だ。

 つまりダンクーガが来て、味方をしてくれるなら、こっちも大分楽になるってわけよ」

 

「でも、それはあまりにも不確定すぎます」

 

「そ、ヒロムの言う通りだ。アテにはできねぇ。

 仮に来てくれる前提で話を進めても、正直今回は、面倒な事のオンパレードだ」

 

 

 加えて、マサトは止めの一言と言わんばかりの言葉を口にした。

 

 

「おまけに、ウチのJもあの煙にやられて錆びちまった」

 

 

 ヒロム達4人が驚きながらマサトを二度見する。

 オイオイ、と言いたげな表情の4人だが、マサト本人も心底困ったような表情だった。

 

 

「流石に前回の戦いはジャマンガの幹部も出てきてヤバかったろ?

 だから、助けに行こうと思ったんだが……」

 

 

 マサトは回想する。

 あの時、多くの敵が現れ、ゴーバスターズが苦戦する中、本気で助けに行こうとした時の事。

 

 

「行くぞ、J」

 

『俺は帰る』

 

「おう……。はぁっ!? お前何言ってんだ!?」

 

『俺の野生の勘が、此処は危険だと訴えている!』

 

「お前野生だった事なんてねぇだろ!?」

 

 

 そしてJはその場から撤退。直後、スチームロイドの煙が発生。

 しかしながらJは走るのが苦手でコケてしまい、見事に煙に飲み込まれてしまった、というわけだ。

 

 

「先輩……」

 

 

 事情を聞き、代表して声を上げるリュウジの声は呆れ100%である。

 助けに来ようとして巻き込まれたのだからマサトに非は無いが、Jの何とも珍妙な言動と行動には製作者であるマサトですら呆れるばかりであった。

 

 

「さっき黒リンと話したって言ったろ?

 あれ、錆びたJを預かってもらうために特命部に行ったからなんだわ。

 んで、Jは転送の時のマーカーの役割も持ってる。

 俺というアバターの転送だったり、スーツの転送だったり、バスターマシンの転送だったりな。

 そのJが動けねぇ以上、俺はバスターマシンが出せないどころか変身もできねぇ」

 

 

 アバターだから死なないのが唯一の救いかな、と冗談めかしく語る。

 予め転送さえしておけば、その後にマーカーがどうなろうと、転送されたものに影響はない。

 だからマサト自体はこの場に残れるが、スーツやバスターマシンは出せないのだ。

 

 

「まあ要するに、この件は俺にもどうしようもできねぇ」

 

 

 とどのつまり、そういう事。

 グレートゴーバスターのようなとっておきがあるわけでもなく、マサトは今回、本当に打つ手が無かった。

 

 

「……つっても、まだ詰んだわけじゃねぇ」

 

 

 不利な状況ばかり目立ち、そこを指摘し続けたマサトだったが、此処で話を変えた。

 確かに脅威と厄介事が多いが、まだ完全に詰みに持って行かれているわけではないのだと。

 

 

「逆に言えば、転送が始まる前に敵を突破して、転送装置を叩けばいいだけの話だ。シンプルだろ?

 煙が消えた上でバディロイドの錆が取れれば、俺達もバスターマシンが出せる。

 さっき聞いたんだがバディロイドが元に戻るのも時間の問題だって言ってたし、まずはメタロイドをぶっ倒すのがいいかもな」

 

 

 バディロイドの錆びが消えてくれればバスターマシンの発進は可能になる。

 問題はスチームロイドの煙。

 どうやら、あれからずっとスチームロイドは煙を発し続けているとの事だ。

 そのせいか、東京エネタワー周辺は『バディロイドやメガゾードを錆び付かせる煙』の濃度がかなり濃いらしいという事が特命部の調査で判明している。

 煙そのものは周囲に霧散していて視界は良好だが、錆び付かせる成分そのものは空気中を浮遊している状態にあるようだ。

 ならばすべきは、スチームロイドを倒す事。

 元凶さえいなくなれば濃度は徐々に下がり、バディロイドが治った時、スムーズにバスターマシンの発進ができる。

 

 

「でも、メタロイドを倒す時間とゴリサキ達が治る時間が、上手く噛み合わないといけないか……」

 

「そっか、ウサダ達が治るよりも前に、メタロイドは倒しておかないといけないから……」

 

 

 リュウジとヨーコが懸念を口にする。

 スチームロイドが発生させている煙は、倒せば一気に消滅するわけではなく、徐々に濃度が下がっていくだけ。

 つまりスチームロイド撃破からしばらくしないとバスターマシンは出せない。

 という事は、できるだけ早くスチームロイドを倒すしかない。

 しかし敵もそれは分かっている筈。スチームロイドを守る筈だ。

 

 逆に言えばスチームロイドを早く倒せたとしても、バディロイド達が元に戻っていなければバスターマシン発進できない。

 そしてそればかりはゴーバスターズの頑張りでどうにかなるような事でもないのだ。

 

 

「使えるバスターマシンがあれば、苦労しないんだが……」

 

 

 ポツリと呟いたヒロム。

 1機でも使えるなら、バディロイドの復帰を待つ必要もなくなるのだが。

 その時、モーフィンブレスに通信が入る。

 ヒロムがそれに応答すると、女の子のような声が響いた。

 

 

『もしもーし! 私の事、忘れてませんか?』

 

 

 この時、彼等は完全に失念していた。

 使えるバスターマシンは、『ある』という事を。

 

 

『こういう無視のされ方、断固抗議します!』

 

 

 声の主はエネたん。

 そう、FS-0Oが、まだ残っている。

 

 

 

 

 

 一方、S.H.O.T基地。

 ゴーバスターズと翔太郎がエネタワーの調査を始めた頃、士、響、翼はこちらの方へやって来ていた。

 3人を車で送迎していた慎次も、こちらでバックアップに努めるという事でS.H.O.T基地に残っている状態だ。

 いちいち車で移動をしている理由の大半は翼だ。

 彼女は有名人。勿論、あけぼの町でもそれは変わらない。

 もしもS.H.O.T基地に向かう途中であけぼの町民に見つかれば、人だかりができかねない。

 それを回避する為の措置であり、慎次のマネージャー業務の一環というわけだ。

 

 基地内部には司令の天地、オペレーターの鈴と瀬戸山の他に、表情こそ普通だが、悔しさが滲み出ている銃四郎が椅子に座っていた。

 机に両肘を置き、何かを考えているような姿勢で。

 上半身は裸の上からジャケットを羽織った状態だが、その実、銃四郎の肌は一切見えていない。

 何せ、白い包帯で胴体や肩が巻かれていたからだ。

 頭にも包帯は巻かれており、それ相応に傷が深い事を感じさせる。

 

 

「……不動さん、すみません。もっと早く助けに入れていれば、こんな……」

 

「いや、響ちゃん達のせいじゃない。それに、剣二の方が、よっぽど重傷だ……」

 

 

 頭を下げた響の謝罪に銃四郎は首を振って答え、S.H.O.T基地奥の通路を見つめた。

 通路の先には医療設備の整った個室があり、1人か2人程度なら受け入れられる小さな病室があるのだが、剣二は今、そこで眠っていた。

 重傷で気絶。意識はあるし、命に別状もないが、傷は銃四郎よりずっと深いだろうという事だ。

 

 サンダーキーの時には自業自得で重傷を負ったが、今回は必死で戦った結果だ。

 例え負けても、剣二を責めるものなど誰もいないし、むしろ誰もが剣二の傷の事を心配していた。

 

 と、銃四郎が見つめていた通路の奥から、2つの人影が出てきた。

 1人は弦太朗。

 トレードマークのリーゼントがいつも通り目立っているが、表情は晴れやかとはいえない。

 いつでも明るく前向きな弦太朗だが、ダチが重傷を負っている中で笑顔を作れはしなかった。

 そして、もう1人。

 世間一般で言うところの『イケメン』に属しそうな、スーツ姿の青年。

 年齢は弦太朗と同じくらいだろうか。

 

 響、翼、士、慎次の4人が知らないその青年は、S.H.O.Tメンバー全体に向けて口を開く。

 

 

「鳴神さん、じきに目を覚ますだろうと」

 

「そうか……。すまんな、流星、弦太朗」

 

「いや、こっちこそスンマセン。もっと早く来れていれば……」

 

「謝るなよ弦太朗。俺はお前に助けられたの、二度目だぞ?」

 

 

 デュランダル移送任務の時にもフォーゼに助けられた銃四郎は、はにかみながら言う。

 あの時も今回と同じように、深手を負っていたところを助けられた。

 年上として、もうちょいしっかりしないとな、と、悔しく思う銃四郎。

 と、此処で1つ、響には質問があった。

 

 

「あのぅ、すみません。貴方は……?」

 

 

 問いかけられた青年、朔田流星が、そう言えば彼女達には名乗っていないな、と、自分の事を紹介する。

 

 

「俺は朔田流星、インターポールの捜査官で、仮面ライダーメテオだ」

 

「ついでに、俺の高校時代のダチだ!」

 

 

 剣二と銃四郎を助けたのが、フォーゼとその仲間のライダーであるとは聞いていた。

 しかしまた、妙な名前が出てきた事に翼が反応する。

 

 

「インターポール……ですか?」

 

「ああ、俺はヨーロッパでジャマンガが起こしたと思われる事件を追っていた。

 だから、ジャマンガの活動が活発化している日本に来たんだ。

 元々、帰国後はS.H.O.Tに接触を図るつもりだったしな」

 

 

 ヨーロッパで起きたパワースポットの爆発。

 そこで知り合った御厨博士からジャマンガの事を聞き、帰国の決意をしたのだ。

 さらに御厨博士は都市安全保安局のメンバーで、S.H.O.Tは都市安全保安局所属の部隊だ。

 そういう縁でS.H.O.Tの天地司令には予め話が通っており、スムーズに流星はS.H.O.Tに来ることができたというわけだ。

 

 また、流星の相棒であるインガはフランスに残る事になった。

 これは日本とヨーロッパ、両面から捜査を行う為である。

 

 

「それに、大ショッカーの件もあった」

 

「大ショッカーだと?」

 

 

 ピクリと反応したのは、大ショッカーへ一番の警戒を示している士。

 士の反応に頷きつつ、流星は答える。

 

 

「大ショッカーを名乗る組織の仮面ライダー連続襲撃事件……。

 そっちの方も追っていてな。弦太朗達が日本で奴等と戦ったと聞いたのも、日本に来た理由の1つだ」

 

 

 翼、響、士、慎次の顔を見渡し、流星は言葉を続ける。

 

 

「聞けば、幾つかの組織と仮面ライダーのような戦士が集まって、1つの組織ができているらしいな」

 

「はい! ……って、それ、知られちゃってていいんですかね?」

 

 

 はて、と首を傾げて、この場で一番偉い人である天地司令の方を向く響。

 天地は頷き、司令の席から全体を見渡した。

 

 

「流星君も我々に協力してくれることになったからな。

 名目上はインターポールからS.H.O.Tへの出向、という事になるが……。

 まあややこしい話は、我々大人の役目だ、任せてくれたまえ」

 

「おお……師匠と同じで、頼りになる大人って感じですッ!」

 

「カッコつけてるだけだから騙されちゃダメよ、響ちゃん」

 

 

 大人の役目という、頼りがいのある大人な雰囲気の天地だったが、オペレーターの鈴がバッサリと切り捨てる。

 ガクリと肩を落としつつ、天地は鈴へ抗議するような目を向けた。

 

 

「左京隊員、私だって司令だ。やる時はやるぞ?」

 

「そうじゃなきゃ困るって……」

 

「君達たまに私が司令だって事、忘れてるよね。絶対」

 

 

 天地は普段抜けている事も多い。

 勿論、鈴も瀬戸山も銃四郎も、剣二だって天地の事は信頼している。

 信頼しているからこそ、普段の抜けている部分を見ておちょくっているのかもしれない。

 

 鈴からの辛辣な対応の後、天地は大きく咳払いをして場を仕切り直した。

 

 

「さて、だ。ゴーバスターズと左翔太郎君が今、敵の目的を探っているそうだ。

 それによって出方も変わるから、我々は報告を待つしかない」

 

「その時間にできる事は……。敵戦力の打開策を練る事、くらいでしょうか」

 

 

 報告待ちの間、敵との戦い方を考えようと翼は提案した。

 ロッククリムゾンやレディゴールド、エスケイプと言った強敵が出てきた以上、確かに対策は急務だ。

 誰もそれに反対する事は無かった。

 

 

「レディゴールド……奴の速さは脅威でした。

 何とか一度動きを止めましたが、緒川さんから影縫いを習っていなかったら危なかったです」

 

 

 レディゴールドの速さはレッドバスターのそれと同等。

 それについていけるものはそうはいない。

 深刻な問題である。

 深刻な問題であるのだが、1つ、何か聞き逃してはいけない事を言われた気がした。

 はて、翼は今何と言ったか。銃四郎は頭に湧いた疑問をぶつけていく。

 

 

「……待った翼ちゃん。今なんか、変な事言わなかったか?」

 

「え? いえ、別に何も言ってないと思いますが……」

 

「影縫いって、動きを止める技だよな? アレを習ったとかなんとか……」

 

「あ、はい。言いましたが」

 

「誰から?」

 

「緒川さんからです」

 

 

 銃四郎が1つ1つ確認していくと、やっぱりおかしな事を言っていた。

 

 影縫い。

 それは影に剣を突き刺して、まるで影ごと地面に縫い付けたように動きを止めてしまう技の事。

 そんな事は百も承知だが、それが『緒川から習った』などというのは初耳。

 ほぼ全員の目線が慎次の方を向いていた。

 本当に教えたの? とでもいうような、奇異の視線。

 視線に気付いた慎次は、にこやかに全員を一瞥した。

 

 

「はい、確かに教えました。3年ほどかけて。……何か?」

 

「じゃあ緒川さん、影縫いできる……って事?」

 

「まあ、できないなら教えられませんから……」

 

 

 驚きというか引き攣った顔をしながら鈴は尋ねるものの、慎次は当然のような返答をしてきた。

 ある程度鍛えた人間が戦闘員を相手にできるとかなら、まだ分かる。

 しかし人の影を縫い付けて動きを止めるなんて、どう考えてもまともな人間がする技じゃない。

 それができるって、おかしいよね? それが今この場のほぼ全員の総意だ。

 そう、『ほぼ』全員の。

 

 

「あー、緒川さんも師匠達と同じで人間離れした特技持ってるんですねぇ」

 

「お前、知らなかったのか? 二課にいるくせに」

 

「うぇ? 士先生、知ってたんですか?」

 

「こいつが忍者か何かってのは、藤尭と友里に聞かされた」

 

 

 響と士、所謂二課のメンバーはなんにも驚いていなかった。

 響は弦十郎というトンデモを生で見ているから。

 士は既に知っていたから。

 しかし、『忍者』という中々なワードが出た気がするのだが。

 

 

「に、忍者!? 緒川さん、忍者何スか!?」

 

「ええっと、まあ、内密に……」

 

「いや待て弦太朗。今の世に忍者が実在するなんて……」

 

「いいえ、間違いなく忍者ですよ、緒川さんは」

 

 

 興奮気味の弦太朗を宥めようとする流星だが、翼がバッサリと言い切った。

 そう、緒川慎次は忍者なのである。

 二課の相手が人間を炭素に転換してしまうノイズだから大きく立ち回れないだけで、慎次は凄まじいスペックを持った人間なのだ。

 忍者だけあってマネージャーなどの裏方仕事も多くこなす。それが緒川慎次なのである。

 

 

「おぉっしッ!! 俺は忍者とも……」

 

「ダチになる男なのは知ってるが、後にしろ弦太朗」

 

 

 言葉を遮りつつ後の言葉を予測しつつ、弦太朗を諌める流星。

 話が脱線してしまったので、流星は再び話題を敵の事へと戻した。

 

 

「忍者どうこうはともかく、今は敵の事だ。

 そのレディゴールド……対抗策は無いのか?」

 

 

 忍者のインパクトは引き摺りつつも、無理矢理まともな話題に。

 実際、その話の方が今は重要なのだが。

 ともかく、流れを変えた流星の言葉に名乗りを上げたのは、門矢士だった。

 

 

「俺ならやれる」

 

「弦太朗から話は聞いてる。仮面ライダーディケイド……。どんな力が?」

 

「簡単だ。アイツと同じかそれ以上のスピードで動いてやればいい。

 俺にはそれができる。というか、それこそヒロムにだってできるだろ」

 

 

 そう、レディゴールドについていく事ができるのはレッドバスターだけではない。

 ファイズのアクセルフォームや『カブト』の『クロックアップ』のように、視認不可能な速度で動く術はあるのだ。

 それだけのスピードがあればレディゴールドのスピードにはついていける。

 勿論単純な戦闘もレディゴールドは強いが、そこは単純に実力で勝つしかない。

 実際、翼の攻撃は効いていたのだ。勝機はある。

 

 そして同じ事はエスケイプにも言えた。

 彼女は特殊な能力などは持たず、二丁の銃で戦ってくる、どちらかと言えばシンプルなスタイル。

 アバター故に何度倒されても再生できるのであろう事は厄介だが、それはヴァグラスがシャットダウンされるまで続く事。

 それにエンターにも同じ事が言えているので、今に始まった事ではない。

 

 どの幹部にも付け入る隙や、ある程度の打開策は見えてきていた。

 という事は、今のところ解決策が見えない敵は1人。

 

 

「……とすると、問題はロッククリムゾンの方だな」

 

「凄く硬くて、攻撃が重たかったです。あれを何度も食らった剣二さんは……」

 

 

 銃四郎の言葉に続いた響は、S.H.O.Tの病室がある通路を見た。

 ロッククリムゾンの攻撃を何発も受けた張本人が、その病室で寝ている。

 変身していても尋常ではないダメージが入る事を如実に表した傷を負った、剣二が。

 

 

「ライダー2号が来てくれて助かったが……。

 今後の事も考えれば、彼に頼り切ってるのはマズイ」

 

 

 銃四郎の呟きには誰もが賛同した。

 2号は確かに強力な助っ人だ。だが、その彼に頼り切るのは些か気が引ける。

 彼は世界で多くの敵と戦う身で、日本に長く居座るわけではない。

 何より、先輩戦士におんぶにだっこでは、先輩にも申し訳ないし、あまりにも情けなさすぎる。

 

 

「俺達だけで何とかできるくらいじゃないと、2号先輩に示しがつかねぇ……って事っスね」

 

「そんなトコだな。

 それにこのまま負けっぱなしなのはお断りだ。俺も……きっと、剣二の奴も」

 

 

 剣二は負けず嫌いだ。

 ジャークムーンとの戦いからもそれは読み取れる。

 ならば、彼がこのまま黙っている筈がない。絶対にロッククリムゾンを倒すと意気込むだろう。

 何より今の彼は、誰かを守る事を最優先にできる男だ。

 ロッククリムゾンが、ジャマンガが誰かを脅かす限り、剣二はリュウケンドーとして立ち上がり続けるだろう。

 勿論それは、銃四郎、リュウガンオーも同じだ。

 

 

「気持ちで何とかなる相手じゃないだろ」

 

 

 雰囲気に水を差すような士の一言だが、誰も反論はできない。

 やる気や意気込みは大事だ。尻込みしていては、100%の結果なんて出せるわけがない。

 だが、やる気だけでひっくり返せる実力差ではない事も確かだ。

 何せ単純に攻撃が効いていなかったのだから。

 ロッククリムゾンに有効打を与えたのは、響の溜め時間を気にしない全力パンチと、2号の攻撃のみ。

 響のパンチは溜めの隙を度外視した隙だらけのものなので、実質2号のみ。

 これでは本当に2号に頼りきりになってしまう。

 

 

「言い方に棘はありますが、士さんの言う通りです。

 何か、もっと強い装備の1つでもあればいいんですが……」

 

「ならデュランダルでも使うか。あの威力なら何とかなるだろ」

 

「外に出すにも使用するにも、認可が下りないと思いますよ。

 万一許可が出ても、周辺ごと吹き飛ばしてしまう恐れもありますし」

 

「チッ、フィーネは完全聖遺物とやらをあれこれ使ってるってのに……」

 

 

 さり気なく士をフォローしつつ、先程忍者カミングアウトをされた慎次が顎に手を当てて考える。

 一応、真面目な提案としてデュランダルを挙げた士だが、二課の事情をよく知る慎次に却下されてしまった。

 デュランダルを外に出す事は、デュランダルが奪われる可能性を引き上げるという事。

 政府としてはそれを避けたいだろうし、聖遺物関係の事に関しては各国から睨まれている現状だ。

 フィーネを引き合いに出して1人毒づく士。

 と、新たな装備という点で1つ、銃四郎は思い出した。

 

 

「装備か……。瀬戸山、確かリュウケンドー用のマダンキーがあったよな?」

 

「え? ええ、パワースポットでしか調整できないキーの事ですよね」

 

「そのキー、強力な力が秘められてる確証があるか?」

 

「パワースポット並の場所でないと調整できない代物ですからね……。

 リュウケンドーに何をもたらすキーなのかはわかりませんが、強力なのは確かです」

 

 

 できる装備強化はしておきたいという話から、ゴーバスターズはFS-0Oを探した。

 ならば、今こそS.H.O.Tもそれをする時なのではないか。

 銃四郎は考える。

 自分は重傷だ。戦っても、ロッククリムゾンやレディゴールドを相手にできる状態ではない。

 しかし動けないわけでも、変身できないわけでもない。

 だったら、できる事はある。

 

 

「……キーをくれ」

 

「待ってください、行く気ですか? 無茶ですよ、そんな体で!」

 

「この状態の俺じゃ、戦いで足手纏いになりかねないからな」

 

「だとしてもです! パワースポットは強力なエネルギーが満ちていて、何が起きるか分からない。戦場に飛び込むのと同じくらい危険なんですよ!?」

 

「それでもだ」

 

 

 パワースポットの危険性は銃四郎だってよく知っている。

 珍しく声を荒げ、オペレーター席から立ち上がった瀬戸山が必死に止めるが、銃四郎は譲らなかった。

 今の自分にできる事をしたいのだと。

 しかし無茶をしようとしている銃四郎を止めようとするのは、瀬戸山だけではない。

 

 

「待ってくれよ不動さん! 俺とかが行けば……!」

 

「いや、弦太朗じゃ、他の誰かじゃダメだ。S.H.O.Tと連携が取れる俺じゃないと」

 

 

 マダンキー調整には特殊な呪文のようなものが必要になる。

 普段ならば瀬戸山が行うそれだが、呪文を教えてもらえれば、別に誰が言っても問題は無い。

 だからパワースポットで通信機を使って、瀬戸山から教えてもらいながら唱えても問題はないのだ。

 例え、仮面ライダーだろうとシンフォギア装者だろうと。

 しかし、ある程度の魔法への知識や耐性、S.H.O.Tとの連携、パワースポットの知識などがある者が行くのが一番なのは事実。

 そして何が起こるか分からない危険地帯な関係上、変身等で身を守れるもの。

 つまり、適任なのは魔弾戦士という事になる。

 そして今、動ける魔弾戦士はリュウガンオーただ1人だ。

 

 

「頼む瀬戸山。キーを出してくれ」

 

「ですが……」

 

 

 銃四郎の体を気遣って出し渋る瀬戸山。

 重傷の仲間を、みすみす危険地帯に行かせたいと思う人間が何処にいるだろうか。

 何より、この場の誰よりも魔法知識が深い瀬戸山だからこそ、パワースポットは危険だとよく知っているのだ。

 

 それでも銃四郎は譲らず、周りは止めようとする膠着状態の中で、動いたものがいた。

 

 

「だったら、私も行きます」

 

 

 名乗りを上げたのは、風鳴翼だった。

 

 

「差し出がましいようで恐縮ですが、私が不動さんに助力します。

 それならば、納得していただけませんか」

 

「翼ちゃん……」

 

 

 思わぬ援護射撃に、意外そうな目で翼を見つめる銃四郎。

 そんな事を口にする翼に、士は興味を持った。

 

 

「どうした風鳴、急に」

 

「戦力の強化は急務です。それは、前線で戦う我々が一番よく分かっている……。

 ならば、その為の手助けをしたいと思うのは当然です」

 

 

 さらに翼は、響へ目を向けて続きを口にした。

 

 

「それに、仮に私がいない間にノイズが現れても、任せられる仲間がいます。

 門矢先生、そして立花が」

 

「えっ……」

 

「立花はまだまだ未熟だが、戦士に相違ないと確信している。

 場を託せる、肩を並べて戦えると」

 

「翼さん……!」

 

 

 認められた事に感動する響。

 対照的に、フン、と鼻を鳴らすだけの士。

 翼は響へ笑みを向けた後、天地と瀬戸山に向き合った。

 

 

「私からもお願いします。不動さんは、必ず連れ帰ると約束します」

 

 

 頭を下げられ、困り果てる瀬戸山は司令である天地を見た。

 天地は普段の抜けている部分は鳴りを潜め、1人の凛とした大人として、決断した。

 

 

「うむ、許可しよう」

 

「天地司令……いいんですか?」

 

「彼女の言う通り、装備強化はしておきたい。

 サンダーキー以上の力が必要とされる日が来る事もあるだろう。

 ならば今の内に、できる事はしておこうじゃないか

 そして、それは今なのだと思うぞ」

 

 

 天地の言葉に対し、目線をキーの置いてある机に向ける瀬戸山。

 上司である司令の言葉であると同時に、現状で力が足りていないという事はロッククリムゾンやレディゴールドが嫌というほど示してくれていた。

 銃四郎の体を気遣って反対したが、瀬戸山にもそれは分かっている。

 そして、銃四郎、翼、天地の3人から説得された瀬戸山は、ついに根負けした。

 

 

「……しょうがないですね」

 

 

 未調整のマダンキーを自分の机から取り出し、銃四郎へ手渡した。

 しっかりと受け取った銃四郎は、キーを握る。

 これが敵を打開する、文字通りの『鍵』になってくれと、願いを込めて。

 

 

「不動隊員。許可はしたが、危険を感じたら必ず離脱するんだ。

 装備強化で優秀な隊員を、命を失うなど、あってはいけない事だからな」

 

「……! 了解ッ」

 

「翼君、不動隊員の事を頼む」

 

「了解しました」

 

 

 やや遠回しではあったが「無理はするな」と隊員を気遣う天地と、その意を汲み取り、心配をかける事を詫びるように頭を下げる銃四郎。

 翼も天地の言葉に強く、確かに頷いて見せた。

 

 

「善は急げだ。翼ちゃん、早速行くぜ」

 

「分かりました」

 

「では、車を出しましょう。不動さんも、その体で移動はお辛いでしょうから」

 

「悪いな、緒川」

 

 

 慎次が翼達の送迎に使った車で、2人をパワースポットの元へ送る事となった。

 銃四郎の体を気遣いつつ、翼は変装無しで不用意に出歩けないのもある。

 しかしながら、慎次はマネージャーモードならばかけている筈の眼鏡は外していた。

 メインはあくまで装備強化の手伝いで、マネージャー業務というわけではないのが理由だろう。

 

 そうして銃四郎と翼、慎次がS.H.O.T基地を後にしてからしばらくすると、ゴーバスターズからの連絡が入った。

 次に何をするべきか、どのように作戦を展開するか。

 パワースポットへ向かった翼達とは別に、こちらでも戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 特命部、二課、S.H.O.Tの司令室と現場近くにいるヒロム達のモーフィンブレスが通信を開始し、作戦会議が始まった。

 とはいっても、殆どの事は決まっている。

 

 

『やる事は1つ、メタロイドを倒してバスターマシンを発進できる状態にする』

 

 

 ヒロムがモーフィンブレス越しに作戦を伝えた。

 メタロイド撃破を第一に考えるという、単純明快な作戦。

 だが、各司令室がメインモニターに映した東京エネタワー周辺の監視カメラが映した状況は、その作戦が一筋縄ではいかないであろう事を示していた。

 

 エネタワー周辺は無数のバグラーが周囲を警戒しており、どうも煙の濃度が一番濃い場所を中心に戦力を展開しているようだった。

 つまり、スチームロイドを守るようにバグラーが展開されているという事である。

 しかもそこに映っていたのはバグラーだけではない。

 あけぼの町で見慣れた紫色の戦闘員が、バグラーに混じって存在していた。

 眼鏡をくいっと上げながら、S.H.O.Tの瀬戸山がそれを指摘する。

 

 

「遣い魔もいますね。微弱な魔的波動がエネタワー周辺にまばらに存在してます。奴等も結構な数がいるみたいだ。

 レディゴールドとロッククリムゾンは……出てきていないようです」

 

 

 瀬戸山が魔的波動の強弱を見れば、それが遣い魔なのか、一般的な魔物なのか、幹部クラスの強敵なのかは大体わかる。

 しかしながら遣い魔がいるという事は、今回の作戦にジャマンガも噛んでいるという事。

 戦闘が始まったら間違いなく幹部クラスも出てくるだろう。

 

 此処でさらにもう1つ、ある事を見つけてしまった者が1人。

 溜息を付きながらそれを口にしたのは、士だった。

 

 

「……ハァ。おい、あの辺り見てみろ」

 

 

 士が指さした場所は、現在映し出されている周辺状況の端の辺り。

 よくよく見れば、どうもバグラーでも遣い魔でもないものが映り込んでいる。

 全員がそれを注視する中で、それが何であるのか、流星は気付いた。

 

 

「……怪人、か。まさか大ショッカーか」

 

「ああ、いちいち怪人の顔なんて覚えちゃいないが、多分そうだろ」

 

 

 翼竜を連想させるような顔と、腕が羽のようになっている怪人の姿がそこにはあった。

 士達がその名を知る由は無いが、この怪人の名は『プラノドン』。

 元はショッカーの怪人であり、流星と士の予想通り、現在は大ショッカー所属の怪人だ。

 

 しかもプラノドンは見た目通り飛べる怪人。

 マサトが先程懸念していた航空戦力を繰り出してくるという可能性。

 それが見事に当たってしまったのだ。

 今回のヴァグラスは他の組織から航空戦力を補充している。

 プラノドンだけが航空戦力という事も無いだろうし、恐らくは監視カメラの外か何処かに空飛ぶ敵がまだまだ存在しているだろう。

 

 

『こうなってくると、デュランダル移送任務の時と同じだな。

 ヴァグラスにジャマンガに大ショッカー。という事は……』

 

『可能性に過ぎないけれど、ノイズも出てくるかもしれないわねぇ』

 

 

 二課司令室の弦十郎が挙げた3組織は既に結託済みである事が確認されている。

 同時にその時、もう1人、敵に協力者がいた事も。

 了子の言葉はノイズを操る者、フィーネの事を指している。

 この4つの敵組織はデュランダル移送任務の時と同じ相手だ。

 

 ところで、実は問題なのはそれだけではない。

 もう1つ問題が、特に二課とS.H.O.Tにとってはとても大きな問題があった。

 今度は二課の副指令とも言える了子が、その問題を述べていく。

 

 

『って言うか、もしも転送を防げないと東京エネタワーどころか東京スカイタワーも巻き込まれちゃうのよ。

 で、それってすっごくマズイの』

 

「え? 何でですか?」

 

『あら、言ってなかったかしら?

 東京スカイタワーには、二課とかS.H.O.Tみたいな秘密の武器を持った組織にとっては重要な機能があるの。

 私達みたいな組織が使う、映像や交信みたいな電波情報を統括制御するっていう機能がね。

 つまり、スカイタワーは私達の通信の要。アレがやられちゃうと、組織として凄く動き辛くなっちゃうのよね』

 

 

 響の疑問の声は全体の疑問であったが、了子は事細かに説明を果たす。

 S.H.O.Tの天地も深刻な顔で頷いている辺り、かなり大事な場所であるようだ。

 

 エネルギー管理局は大衆に知られている組織であり、その中の部署の1つである特命部も『対ヴァグラス組織』として認知されているので、ゴーバスターズは『公の武装』と言っても差し支えは無い。

 しかし『シンフォギア』や『魔弾戦士』と言った、秘匿武装を抱えていたり、正体を隠している組織にとって、東京スカイタワーは重要な拠点の1つである。

 そして東京エネタワーと東京スカイタワーの距離は、今回の転送範囲がマサトの言葉通りの、町1つ分かそれ以上の範囲だとすれば、間違いなく巻き込まれる範囲。

 勿論、打算抜きで人々やみんなの生活拠点を守る事を考えている者も多いが、今回は組織としても防衛に力を入れる理由があるのだ。

 

 

『フィーネの目的が以前と同じでデュランダルだとすれば、未だ二課を狙っている可能性もある。

 とすれば、スカイタワーを消し去り、機能不全に陥ったところに付け入ってくる可能性も考えられるだろう』

 

 

 予想ではあるが、弦十郎の言葉は可能性として有り得る話だ。

 今回の一件は転送を防げないと甚大な被害が出るばかりか、奪われるエネトロンの量によってはメサイアが現実世界に復帰し、一方でフィーネにデュランダルを奪われかねないなど、その後に起こりかねない災厄がある。

 元々、負けられない戦いだ。だが、負けられない理由が増えた。

 

 どんな理由であれ、戦って勝つしかないのは明白だ。

 時間は刻一刻を争う。長々と話している暇もない。

 此処でヒロムは、現れると確定した敵と現れる可能性のある敵の情報を纏めた。

 

 

『ヴァグラスはメタロイドとバグラー、それに多分、エンターとエスケイプ。

 ジャマンガは遣い魔と、ロッククリムゾンとレディゴールド。

 大ショッカーからは怪人。それにフィーネからノイズ、か。』

 

『先輩の予想だと、ジェノサイドロンとウォーロイドも、かな』

 

 

 リュウジの付け足しも入り、うわぁ、と響は声を上げた。

 

 

「盛り沢山ですね……」

 

 

 敵戦力を並べ挙げたヒロムとリュウジに続き、今度は特命部司令室にいるオペレーター、森下が味方の戦力を数え上げていく。

 

 

『こちらはヒロム君達ゴーバスターズが3人。

 使えるバスターマシンはFS-0Oの1機のみ。

 仮面ライダーがディケイド、W、フォーゼ、それに新しく加わってくれたメテオ。

 そして恐らく、2号ライダーも来てくれるでしょう。

 加えて、シンフォギア装者の響ちゃん。

 不動さんと翼ちゃんはパワースポットでキーの調整後、後から合流、ですね」

 

「ですが、不動さんは戦える状態ではありません。

 場合によりますが、パワースポットで大分消耗する事になるでしょうし、戦いには参加できないと思います」

 

 

 森下の言葉に、S.H.O.Tの瀬戸山が付け足した。

 銃四郎の傷の事はS.H.O.Tのメンバーが一番よく知っている。

 本来ならパワースポットに行かせる事すら無謀と言ってもいいくらいなのだ。

 そんな彼をパワースポットから帰還した後に戦場に投入するなど、自殺行為にも等しい。

 それがS.H.O.Tメンバーの見解だった。

 

 合計人員はゴーバスターズ3人と仮面ライダー5人と響で9人。

 フルメンバーで無いにしても、それなりに人数はいる。

 それ以上に敵が多いのが問題なのだが。

 

 

『何にしても、やるしかない。みんな、頼む』

 

 

 ヒロムが頼むまでもなく、誰も今回の戦いから降りようとは思っていない。

 全員、無茶でもやるしかないと決意を新たにしていた。

 この戦いには転送によっておこる町1つという大規模な被害が、そこに住まう人々の命がかかっている。

 長々と対策を練る時間もない以上、すぐにでも動き出すしかないのだ。

 

 こうして戦闘前のミーティングは終わり、それぞれが準備や移動に取り掛かる中、士は1人考えていた。

 

 

(……呼ぶか、アイツ等も)

 

 

 士の脳裏にあったのは、再会した仲間の顔だった。

 

 

 

 

 

 一方、ジャマンガ本部にて。

 エンターは一旦ジャマンガ本部を後にしたが、再び戻って来ていた。

 

 

「お待たせしましたDr.ウォーム。大ショッカー、フィーネ共に協力をしてくれるそうです」

 

「ほう。毎度思うが、何処も都合よく協力するのう」

 

「大ショッカーは仮面ライダーを倒せればいいようで……。

 フィーネは目的が見えませんが、今回の作戦で不都合はないそうです。

 共通しているのは、邪魔者はできる限り排除したいという一点ですね。

 ゴーバスターズ達は転送を阻止しに来るでしょうが、転送が始まるまでこちらが防衛しきれば、奴等ごと亜空間に転送できます」

 

「成程。そうすれば、敵の戦力はまるごと亜空間の中、と」

 

「ウィ。それに止めに来ないとしても、エネトロンを大量に頂戴できます。

 そもそも人間どもを守るという使命がある以上、彼等は来ざるを得ませんよ」

 

 

 ヴァグラスの目的は複数のエネトロンタンクだ。

 今回の作戦ではエネトロンタンク強奪に伴い町1つを丸々転送するわけだが、もしもその瞬間にゴーバスターズや仮面ライダーがその町に居れば、それらも纏めて亜空間に放り込める。

 それは大ショッカーにとってもフィーネにとっても、邪魔者の排除という点において非常に利益となる事だ。

 だからこそヴァグラスからの協力要請を許諾した、というわけだ。

 

 さて、エンターが再びジャマンガ本部に戻ってきたのには理由がある。

 それは、ウォームに頼んでいた『あの宝石』についての事。

 

 

「それからあの宝石の件ですが、メルシィ。こちらで無事に利用できそうです。

 魔力回路……でしたか、アレの設計も貴方がいてくれたお陰で、助かりましたよ」

 

「別に良い。いやはや、魔法と機械なら他に得意としてる奴がいるんじゃがの……。そいつはあまり好かん」

 

 

 ウォームの言う『魔法と機械を得意とする奴』というのは、エンターの予測でしかないが、他のジャマンガ幹部の事であろうか。

 ジャマンガ自体は世界各国に支部を持っており、幾つかに幹部が存在している。

 恐らく、まだ見ぬ幹部もいて、その1人なのだろう。

 少なくともレディゴールドやロッククリムゾンであるならば『他にいる』なんてボカした言い方はしない筈だ。

 しかしエンターはジャマンガの内部事情など毛ほどの興味もないので、「まあ、それはいいでしょう」と胸の内で呟き、それを流した。

 

 

「さて、準備は整いました。後は、盛大なお出迎えをして差し上げましょうか」

 

 

 戦士達を待ち受ける、『お出迎え』。

 エンターは怪しく、ニタリとした笑みをたたえていた。

 

 

 

 

 

 ある場所、大ショッカー本拠地。

 より正確に言うのなら、『この世界』における大ショッカーの支部。

 先程、エンターからの協力要請を承認した直後の事だ。

 

 巨大な鷲のレリーフの前で跪くキバ男爵。

 レリーフ中央のランプが怪しく点滅すると、大首領の声が響いた。

 

 

『キバ男爵。今回の作戦、『アレ』を出してみるか』

 

「アレ、ですか。確かに復元と強化は完了していますが、よいのですか? 万が一という事も」

 

『使っていい。アレで倒せてしまうならそれでも構わないし、ダメなら所詮、アレはその程度だったという事でしかない』

 

「はっ、ではそのように……」

 

 

 キバ男爵と大首領の口にする『アレ』とは、とある怪人の事だ。

 勿論、それ相応に強力な。

 レリーフのランプはただ緑色の点滅を続けるだけとなり、声はもうしない。

 大首領との会話が終わったキバ男爵は立ち上がり、その場を後にした。

 

 

(さて、何処までしてくれるかな、仮面ライダー……)

 

 

 今回出撃させる『アレ』は、幹部であるキバ男爵が認める程に強力だ。

 間違いなく仮面ライダー単騎では勝てないであろうというほどには。

 上手くいけば今回の戦いで、この世界の仮面ライダーや、ディケイドとの因縁も終わる。

 戦いの準備を進める為に、キバ男爵はエンターから必要とされているのに合致している怪人達を招集し始めた。

 

 

 

 戦いの準備は、誰もが整っている。敵も、味方も。

 東京エネタワーを巡る戦いが、始まろうとしていた。




────次回予告────

Super Hero Operation! Next Mission!

「大変よ剣二君。不動君が……」
「初めてできた、後輩なんだ」
「そのメタロイド潰させてもらう」
「来たぜ、士!」

バスターズ、レディ……ゴー!

Mission64、集結・エネタワー


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第64話 集結・エネタワー

 S.H.O.T病室。

 ゆっくりと目を覚ました剣二が最初に聞いた声は、女性の声だった。

 

 

「あ、剣二君。目が覚めたのね」

 

「ん、あ……。あぁ……『小町さん』……」

 

 

 彼女の名は『栗原 小町』。

 年齢は剣二よりも高いが、その実、おっとりとした大人の美しさを持った女性だ。

 ところがこの女性、この場所にいるのにも関わらずS.H.O.Tの制服を着ていない。

 剣二や銃四郎も普段はS.H.O.T隊員である事を隠してあけぼの署で勤務しているため私服であるのだが、彼女が制服を着ていないのには、もっと別の理由がある。

 それは、彼女が『剣二とゲキリュウケン以外の人間には見えない』という点だ。

 

 

「どうして、此処に……?」

 

「剣二君が心配だったから……。ほら、それに私、幽霊だし……」

 

 

 そう、今でこそ剣二も驚いていないが、栗原小町は『幽霊』なのだ。

 物をすり抜けたり、誰からも見えなかったりと、正真正銘の。

 どういうわけか剣二とゲキリュウケンにしか見えない、それが彼女なのである。

 尚、彼女はあけぼの署やその地下にあるS.H.O.Tに住み着いているらしい。

 故に、S.H.O.Tのメンバーではないにも拘らず、この場所にいる事ができるのだ。

 何せ剣二とゲキリュウケン以外には見えないのだから。

 それにつまみ出そうにも、見えている剣二ですら触れる事ができないのだ。

 幽霊故に物理的な干渉が意味をなさない為、彼女はかなり自由なのである。

 

 

「そうだ……魔物……ッ!」

 

「あっ、ダメよ、無理しないで」

 

 

 上半身を起き上がらせようとする剣二だが、痛みがそれを妨げる。

 上半身と頭は包帯に巻かれ、傷口は塞がり切っていない。

 銃四郎以上に重傷なのだ。動けなくはないが、動けば痛みが伴うのも当然と言える。

 小町に寝ているように促され、ゆっくりと、再び頭を枕に預けた剣二。

 促されたとはいっても、小町は人も物も触れないので、ジェスチャー的なものだが。

 

 どれくらい経ったのだろうか、魔物はどうなったのか、剣二の頭にそんな考えが駆け巡る。

 横になった剣二は首を動かして顔を小町の方へ向け、今の状況を尋ねた。

 

 

「……なぁ小町さん。魔物とか、どうなったんだ?」

 

「あ! そうなのよ……。実は、剣二君が寝ている間に色々あって……」

 

「何が、あったんだよ。まさか、魔物がまた出たのか……?」

 

「それもちょっとはあるんだけど……。大変よ剣二君。不動君が……」

 

「不動さんが……?」

 

 

 小町は、幽霊として誰にも見えないので、先程の作戦会議を聞いていた。

 当然、銃四郎と翼がマダンキーを持ってパワースポットへ行った事も。

 小町はそれを伝えた。

 エネタワー周辺が占拠されてる事。

 敵が大規模な転送を行おうとしている事。

 そして、新たな力の為に銃四郎と翼がパワースポットへ向かった事。

 

 それら全てを聞いた剣二は、無理矢理にベッドから飛び起きた。

 痛みに顔を歪めながらも、今度は全力で上半身を持ち上げる。

 

 

「ダ、ダメよ剣二君! 安静にしてなきゃ!」

 

「確かに、いってぇさ……!! けど、不動さんだって怪我してるはずだろ……!」

 

「それは、そうだけど……」

 

「不動さんが、体張ってんだ。しかも、俺のキーなのに……」

 

「剣二君……」

 

「だから、俺が寝てるわけには……!!」

 

 

 ベッドから足を投げ出し、痛みに耐えながら立ち上がる。

 そして近くの机に畳まれていたジャケットとゲキリュウケンを掴んだ。

 

 

「行くぜ、ゲキリュウケン……!」

 

 

 相棒を握り締め、足を引き摺りながら、胸を抑えながら、体中が痛みながらも歩き出そうとする剣二。

 小町にそれは止められない。何せ、触れられないのだから。

 言葉を尽くしても剣二は行ってしまうだろう。ならば力づくで止めるしかないが小町にそれはできない。

 

 しかし、それができる人物は別にいる。

 

 

「何処に行く気?」

 

 

 病室の入口に女性が立っていた。

 S.H.O.Tの制服を着た女性。オペレーターの左京鈴。

 剣二を見て、心底呆れたような溜息を付きながら、かつかつと剣二へと歩み寄る。

 

 

「止めんなよ……。俺は……ッ!!?」

 

 

 痛みを堪えながら絞り出した声で反抗する剣二だが、近づいて来た鈴が容赦なく、平手を腹に打ち込んできた。

 勿論全力ではない。が、その一撃は怪我をしている剣二に相応の痛みを与える。

 よろよろと後退り、ベッドが足に引っかかった剣二はそのまま、ベッドに座り込んでしまった。

 剣二は何も言わずいきなり暴力に訴えてきた鈴を睨み付ける。

 

 

「いってぇ……!! 怪我人に何しやがる!?」

 

「止めてんのよ馬鹿。女の子の平手一発でこんなに苦しんでるような奴が、今出てって何しに行く気?」

 

「……いや、お前の一撃はとても女の子のそれじゃ……」

 

「ンだとこの馬鹿剣二ッ!」

 

「いッ、てェッ!!?」

 

 

 今度は右腕を叩かれた。

 腕はそこまで大きな怪我をしていないが、どうやら先程よりも強めにひっぱたかれたらしく、怪我とは別件で痛そうだ。

 腹部と腕で悶絶する剣二に対し、鈴は再び溜息を付いた。

 本当に、この怪我でどんな無茶をしでかすつもりだったのかと。

 

 

「いい? 剣二。今、不動さんがアンタのキーをパワースポットで調整しに行ってるわ」

 

「ああ……。だから、不動さんも無理してんだから、俺も!」

 

「あのねぇ! できる無理とできない無理は違うの!

 不動さんはまだかろうじて戦えるけど、アンタは今、戦えるわけ!?」

 

「うっ……」

 

「生身の私1人すら振り切れないアンタが! 魔物やメタロイドと戦えるの!?」

 

 

 ぐうの音も出なかった。

 銃四郎はまだ痛みは押し殺せる範囲だし、動けるレベルの傷だ。

 だが、剣二の傷は違う。足も引き摺って、まともに動けていない。

 変身や戦闘もできない事は無いだろう。それでも、普段の何割程動けるというのか。

 そして剣二より動ける銃四郎が、自分の事を「足手纏いになる」と言っていた。

 ならば、より傷の深い剣二は確実に足手纏いだ。

 

 

「いい? 今のアンタじゃ足手纏いなの! ヒロム君達に迷惑かけるだけよ!?」

 

「でも! 不動さんと翼がパワースポットに持ってったマダンキーは、俺のなんだぜ!?

 俺がいなきゃ使えないキーなんだ……。俺が行かなきゃ、2人の頑張りを無駄にしちまう!」

 

「分かってるわよそれくらい!!」

 

 

 論争を心配そうに見守る小町。

 あえて口出ししないゲキリュウケン。

 そして論争がヒートアップしてきた中、それは突然だった。

 鈴は「ふぅ」と息を吐いたかと思えば、一転、冷静な表情へと切り替わったのだ。

 熱くなっていた先程までとは違う鈴の雰囲気に、剣二は一瞬、動揺したように口をつぐむ。

 

 

「だから、今は待ちなさい」

 

「……どういう意味だよ」

 

「不動さんと翼ちゃんがキーを持ち帰るまで、此処で待ちなさいって言ってんの。

 アンタの言う通り、どんなに強力なキーでも使えなきゃ意味がない。

 でもね、だったらアンタもできるだけ万全にしとかなきゃいけないの。

 だからキーの調整が終わるまで、休んでおきなさいって事。分かる?」

 

 

 急に論争が止まり、そして鈴の諭す様な言葉に呆気に取られてしまう剣二。

 そう、鈴が言いたいのはそれだった。

 強力なマダンキーを使えるようになるその時まで、それを使う事の出来るリュウケンドーは休んでいろ、と。

 

 

「天地司令も瀬戸山君も、みんなそういう考えよ。

 不動さんと翼ちゃんがキーを調整し終わってから、アンタが戦場に出る。

 そこで一発、ドカンとかましてくればいいの。分かったら返事ッ!!」

 

「お、おう……!?」

 

「……だったら寝てなさい。その時になったら呼ぶから」

 

 

 それだけ言うと、鈴はさっさと病室から出ていってしまった。

 後には呆然とする剣二、クスリと笑う小町、そして無言を貫いていたゲキリュウケンだけが残される。

 

 

「な、なんだぁ、鈴の奴……」

 

「要するに、みんな剣二君に託してるんだから、その時まで休んでろって事じゃない?」

 

「俺に……?」

 

「新しいキーを使うには、剣二君が必要なんでしょ? しかも怪我してるのに。

 でも、不動君はそんな剣二君を信じて、パワースポットに向かった。

 鈴ちゃん達もそうだって事よ」

 

 

 小町は微笑みながら、剣二としっかり目を合わせながら続けた。

 

 

「怪我をした不動君が出撃する事に、みんな反対してたわ。

 でも、不動君は無理を通したの。剣二君のキーの為にね。

 それって、よっぽど剣二君の事を信頼してないと無理だと思うなぁ」

 

「不動さんが……」

 

 

 そこまで言うと、沈黙を保っていた剣二の相棒であるゲキリュウケンが、小町の言葉を引き継ぐように声を発し始めた。

 

 

『小町と鈴の言う通りだ、剣二。

 そのマダンキーを使う為には、我々の力が必要になる。

 仮面ライダーにゴーバスターズ、シンフォギア装者だっているんだ。

 仲間は多い。だったらお前は、今お前がすべき事をしろ』

 

「俺が、すべき事……」

 

『休めって事だ』

 

 

 不謹慎かもしれないが、剣二の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 この前なんてサンダーキーの無断使用でみんなに迷惑をかけたのに、なのに信じてくれている。

 勿論、小町の憶測かも知れないが、それが剣二には堪らなく嬉しかった。

 自分の事を心配して、自分に懸けてくれる人がいる事は、こんなにも嬉しいのか。

 

 

「……へっ! じゃあ、張り切って休むかぁ!! ……ッイテテ」

 

『大声出すな。傷が開くだろう、この馬鹿』

 

 

 剣二はそんな事を想いながら、笑顔でベッドに寝そべった。

 

 

 

 

 

 パワースポットに車を走らせ、無事に到着した翼、銃四郎、慎次。

 ジャークムーンの城がやって来た時に一度赴いた場所だが、改めて、外観は普通の建物でしかない。

 それを見つめながら翼が呟く。

 

 

「やはり、一見ただの建物に見えますね」

 

「ダミーだからな。本物に見えなきゃ意味がない。

 特命部だってバスターマシンの発進口の真上に、ダミーのビルを建てたりしてるだろ?」

 

 

 特命部のバスターマシン発進口にせよパワースポットにせよ、近づくと危険な場所だ。

 だから誰も寄り付かないように、そこを関係者以外立ち入り禁止として、尚且つ監視を行う事で一般人がそこに寄らないようにしている。

 そしてその時、どんな一般人にも組織の事を知られないように、ダミーは中身こそ殆どないが、外観は限りなく本物の建物だ。

 

 車で建物の入口にまで来た3人は車から降りて、建物内へ入っていく。

 奥に、さらに奥に、そして地下に。

 様々な配管が入り乱れて繋がっている地下の奥に、パワースポットへの入口があった。

 鉄骨で構成された、人1人通るくらいのスペースがある無骨な長方形。

 これがそのゲートである。

 

 ゲートの近くで足を止めた銃四郎に習い、翼と慎次も足を止めた。

 入口の向こうはパワースポット内部。本格的に何が起こるか分からない、危険エリアだ。

 

 

「この先がパワースポットだ。念の為、突入前に変身しとこう」

 

 

 故に、先に変身して万全の状態で突入する事を提案する。

 それを断る理由は無い。

 が、それとは別に、翼はどうしても突入前に確認しておきたい事があった。

 

 

「……不動さん、お聞きしたい事があります」

 

「何だ?」

 

「何故、鳴神さんの為にそこまで? 鳴神さんの鍵ならば、不動さんが此処までの無理をする必要はないのでは?」

 

「……それは、まあな」

 

「不躾な言い方を謝罪します。ですが、どうしても気になったんです。

 同僚だから。仲間だから。そういう理由でも、一応の納得はできるかもしれません。

 ですが、不動さん自身が十全ではないのに無茶ができるのは何故なのか……と」

 

 

 それは翼だけではない。

 慎次も、士達も、果ては相棒のゴウリュウガンですら思っている事。

 確かに誰かの為に無茶ができる人間が揃い踏みしているのがこの組織だ。

 しかし、銃四郎も決して軽傷ではなく、お世辞にも万全とは言えない。

 仲間達も銃四郎を止めた。けれども、銃四郎は強行した。

 そこまでした理由を翼は知りたかったのだ。

 

 ふう、と一息つき、銃四郎はまず一言切り出した。

 

 

「俺は、ずっと1人で戦ってた」

 

 

 翼と慎次が「え」と短く声を漏らしてしまうよりも早く、銃四郎は二の句を継ぐ。

 

 

「特命部や二課と合流するよりも前、俺は1人でジャマンガと戦ってた時期があったんだ」

 

「しかし、鳴神さんがいたのでは……」

 

「いや、アイツはリュウケンドーになってそんなに経ってないんだ。

 お前達と合流する2ヶ月ちょい前くらいだったかな。アイツがリュウケンドーになったのは」

 

『ジャマンガが現れだしたのは、剣二がリュウケンドーになる半年程前だった。

 不動はその間、1人でジャマンガと戦い続けた。生傷も絶えなかった。

 時には連戦で、ボロボロになってしまう日もあったのだ』

 

 

 銃四郎の言葉を補足するようにゴウリュウガンが電子音を出す。

 黙って話を聞き続ける翼と慎次。

 

 

「そんな事を半年続けてたら、突然剣二がリュウケンドーに選ばれたんだ。

 無鉄砲で、馬鹿で、すぐ熱くなる。青さが服着て歩いてるようなアイツがな。

 何て奴だ、と思った事もある。でもそれ以上に……嬉しかった」

 

 

 自嘲気味な笑みを2人に見せながら、銃四郎は続けた。

 

 

「戦いに足を踏み入れる奴なんて少ない方がいいと思う。

 でも、やっぱ人間なんだな。1人で戦ってるのはキツかった。

 鈴もいた。瀬戸山もいた。天地司令もいた。ゴウリュウガンだって。

 でも、肩を並べられる奴はいなかったんだ。そんな時に……」

 

「剣二さんが、リュウケンドーになった……」

 

「ああ。刑事だった俺に、今までにも後輩はいた。

 でも、剣二は魔弾戦士として……初めてできた、後輩なんだ。

 だからかもしれないな。後輩の前で、少しは先輩らしい事をしたいのかもしれない」

 

 

 未調整のマダンキーを取り出し、見つめる。

 今では多くの仲間とも肩を並べるようになったが、銃四郎にとって、初めて肩を並べたのは剣二だった。

 それがどれだけ頼もしかったか。支え支えられる、戦場の相棒がいてくれる事が。

 銃四郎は再び笑った。しかしそれは先程の自嘲的なそれではなく、はにかんだ笑みだった。

 

 

「ま、それに俺は、アイツを信じてる」

 

「信じて、ですか?」

 

「負けず嫌いだからな。負けっぱなしで終わるようなタマじゃない。

 どんな怪我をしても、必ず立ち上がって食らいついていくような奴だ。

 だから俺はこのキーを届ける。立ち上がったアイツが、さらに強くなれるように。

 それにアイツが強くなる事は、俺達全員が助かる事にも繋がるしな。

 ……なんか照れくさいが、こいつが理由だ。納得してくれたか? 翼ちゃん」

 

「……ええ、とても」

 

 

 共に戦場に立つ仲間への想い。銃四郎が語ったそれに対し、翼はフッと笑みを浮かべる。

 そして彼女もまた、同じように語り始めた。

 彼女が想う、仲間の事を。

 

 

「肩を並べてくれる人……。その頼もしさも、大切さも、知っているつもりです」

 

「……! 悪い。嫌な事、思い出させちまったか」

 

「いえ、大丈夫です。それに今は多くの仲間と、奏の遺志と力を継いだ立花がいます。

 立花達を信頼しているからこそ、あちらを立花達に任せて、私はここにいるのですから」

 

 

 翼も、あの日を、2年前のライブを境に1人で戦ってきた。

 片翼を失い、慟哭も焦燥も使命もないまぜになって、翼は頑なに1人で戦おうとしていた。

 不意に現れた響に対しての衝撃は、今でも覚えている。

 奏の影がちらつき、それでいて奏と似ても似つかず、あまつさえ血を吐いて手に入れた奏の力を何でもないように振るう。そんな響を。

 

 だが、彼女は彼女なりに頑張ろうとしていた。

 むしろ奏の力を継いだからこそ、奏のようにならなければいけないと、響自身も焦っていたのだろう。

 冷静に考えるようになれてから、翼はそう思うようになっていた。

 だからだろうか。響の事を認められるようになったのは。

 

 いつしか響は、自分のまま強くなろうと踏ん切りをつけた。

 そうして、いつの間にかなっていたのだ。

 とても頼もしく、代わりなんてものじゃない存在に。

 新たな戦友にして後輩。立花響という人が。

 

 

「私も云わば立花の先輩です。不動さんの気持ち、少し分かるかもしれません」

 

「そうか。……じゃあ同じ先輩同士、いっちょ頑張るか。宜しく頼むぜ、翼ちゃん」

 

「はい。不動さん」

 

 

 銃四郎は、ゴウリュウガンに手を掛ける。

 翼は、胸に浮かぶ聖詠を口ずさむ。

 1人が赤き銃士に姿を変え、1人が青き剣士に姿を変える。

 2人の変身を前にして、慎次は微笑んでいた。

 

 

(『先輩』、か。そんな事、ついこの前までは考えてもいなかったんだろうなぁ……)

 

 

 翼を近くで見続けてきた慎次だから、翼の変化はよく分かる。

 奏が亡くなってしまった後の、自暴自棄にも似た変化も。

 響が現れてから、さらに加速してしまった自殺衝動に押されるような変化も。

 絶唱を解き放ち、成長した響と触れ合った後の、笑顔を見せるようになった変化も。

 変わったのか、それとも変えられたのか。それは慎次にも分からない。

 ただ1つ言える事は、間違いなく翼は変わった。良い方向に、成長とも言えるような変化を。

 慎次がそんな事を考えている内に2人は変身を終え、名乗りを上げる。

 

 

「リュウガンオー、ライジン!」

 

「天羽々斬、推して参るッ!」

 

「……そんなのあったか?」

 

「いえ、以前に立花が「自分達にも名乗りがあった方がいいのか」と聞いてきたんです。

 その時は私も門矢先生も「何を言っているのか」と思いました。

 ですが今にして思えば、あってもいいのでは、と……」

 

「お、おう……」

 

 

 こんなやり取りをする事も今までなかったろうに。

 慎次はクスリと笑うと、変身を完了した2人へ声をかけた。

 

 

「では僕は、外の車に戻って待機しています。

 パワースポットから帰還する時に、連絡をくださいね」

 

「了解だ。何かあっても、翼ちゃんには傷1つ付けさせないから安心しな」

 

「マネージャーとしてそれは有り難いのですが、今回は立場が逆だと思いますよ」

 

「その通りです。その怪我で、あまり無茶はしないでくださいね」

 

「入院中に出撃した奴に言われちまったよ……」

 

 

 苦笑うリュウガンオーと、フッと笑みを浮かべる翼。そしてそんな2人に微笑む慎次。

 しかし、パワースポットの入口を前にしたリュウガンオーと翼は表情を一変。

 睨むような、射抜くような、真剣な面持ちでパワースポットへと突入した。

 無骨な鉄のゲートをくぐると、もうそこにリュウガンオー達の姿は無い。

 ゲートは一見、くぐっても向こう側に出るだけのように見える。

 だがその実、一種のワープ装置のようなもので、足を踏み入れたら全く別の場所に通じているのだ。

 2人が消えたゲートを見つめる慎次にできる事は、2人を信じる事だけだった。

 

 

「どうか、ご無事で……!」

 

 

 

 

 

 

 

 東京エネタワー周辺。

 そこに揃うのはゴーバスターズ、士、翔太郎、弦太朗、流星、響。

 ゴーバスターズを初めとした戦士達が選んだ突入方法は1つ、正面突破だった。

 エネタワーの周囲殆どが包囲されている以上、何処から突入してもどうせ正面突破でしかないのだが。

 

 無数のバグラー、遣い魔、そして大ショッカーの怪人。

 スチームロイドが出していると思われる黄色い煙が、薄くだが上空に立ち上っているのが見えている。

 恐らく、そこにスチームロイドがいる筈だ。

 

 

「サヴァ、ゴーバスターズと、そのお仲間の皆さん」

 

「エンター、そのメタロイド潰させてもらう」

 

「これだけの戦力を相手にですか? それは無謀というものですよ、レッドバスター」

 

「やってみなくちゃ分からない。……行くぞッ!」

 

 

 全員がそれぞれに変身の体勢を取った。

 モーフィンブレスを起動するゴーバスターズ。

 ベルトを装着する士、翔太郎、弦太朗、流星。

 胸に湧き上がる歌を口ずさむ響。

 

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 ────KAMEN RIDE……DECADE!────

 

 ────CYCLONE! JOKER!────

 

 ────METEOR! Ready?────

 

 ────聖詠────

 

 

 並び立つは、レッドバスター、ブルーバスター、イエローバスター。

 次いで、仮面ライダーディケイド、W、フォーゼ、メテオ、そしてガングニールの響。

 総勢8名。ゴーバスターズ初期のメンバーが3人だから、3倍弱の人数だ。

 しかしエンターは一歩も引かない。それどころか、余裕の笑みだった。

 

 

「それでは、私はこれで。サリュー」

 

 

 エンターはデータの粒子となって消える。

 後にはバグラーと遣い魔の大群。大ショッカーの怪人。

 そして、今しがた何処かにいるフィーネが例の杖で呼び寄せたのだろうか、ノイズが現れた。

 響と士の耳に、二課のオペレーターである朔也から通信が入る。

 

 

『ノイズの反応を検知! バグラー達と同じく、エネタワー周辺に散らばってます!』

 

「言われるまでもないな。……立花、今更ビビってないな?」

 

「はいッ! 精一杯頑張りますッ!」

 

 

 ここにいない翼の分まで、自分にできる限りの無理を。

 弦十郎直伝の構えで闘志と決意を露わにする響と、それをただ無言で見て、無言で敵へと視線を戻すディケイド。

 一方、レッドバスターはフォーゼへ作戦の確認を行っていた。

 

 

「弦太朗、お前みたいに空を飛べる奴は貴重だ。ノイズや怪人の邪魔が入るからそう上手くはいかないだろうが、隙があったら転送装置を狙ってくれ」

 

「おう、やれるだけやってみるぜ!」

 

「できるだけ俺もサポートする。1人で突っ込みすぎるなよ、弦太朗」

 

「頼りにしてるぜ、流星ッ!」

 

 

 長く会話をしている時間もなく、戦闘員達がいよいよ突っ込んできた。

 迫りくる敵の波を前に、レッドバスターの一声が響き渡る。

 

 

「バスターズ! レディ……」

 

 

 掛け声とともに構え、肩を並べる8人の戦士。

 そして彼等は、号令の元、一斉に敵の波へと駆けだした。

 

 

「ゴー!!」

 

 

 エネタワーを舞台に、決戦が始まる。

 

 

 

 

 

 戦闘員を相手取るのはブルーバスターとイエローバスター、そしてフォーゼ。

 フォーゼは何処かのタイミングでエネタワーにある転送装置を狙えないかと、隙を伺っていた。

 だが、敵の数が多すぎる事に加え、空飛ぶ怪人までいるのだからそんな簡単に隙ができる筈もない。

 その為、まずは目の前の敵に集中していた。

 転送開始まではまだ余裕がある。

 ちんたらしていられる程ではないにせよ時間があるため、焦るよりも慎重な行動を誰もが心掛けていた。

 

 

「クォーウッ!」

 

 

 バサバサと羽をはためかせ、鳴き声と共に上空から飛来する謎の怪人。

 大ショッカーの怪人と目されている翼竜の怪人、プラノドンだ。

 飛べる見た目通り、空中からの強襲は彼の得意とするところ。

 空中にも注意を払ってはいたが、突然の事に対応が遅れてしまうフォーゼ。

 プラノドンの鋭利な手の爪が振るわれる、が。

 

 

「させるかッ!」

 

「流星!」

 

 

 割って入ったメテオの拳がプラノドンの腕を掴んだ。

 ぐっ、と動揺するプラノドンに対し、目の前に飛び出してきたメテオの名を思わず口にするフォーゼ。

 

 

「こいつの相手は俺がする。こいつが大ショッカーなら、インターポールの案件だからな!」

 

「おっしゃ、頼んだぜ!」

 

 

 メテオと共に戦ってきたからこそ、フォーゼはメテオの強さを誰よりも信じている。

 だからこそ、あっさりと彼に任せる事ができる。

 戦いと青春の中で紡いできた絆は伊達ではないという事だ。

 

 

「ぬぅ……ッ! 離せ! 仮面ライダーァ!!」

 

 

 プラノドンは腕を掴むメテオを振り払おうと、必死で腕を振るう。

 そして腕と翼が一体となっている為か、プラノドンは徐々に浮き上がっていった。

 腕に掴まったままのメテオも当然、地面から足を離していき、流石は怪人というべきか、あっという間に上空まで連れていかれてしまった。

 

 

「フン、やりようはあるッ!」

 

 

 だが、メテオは動じない。

 プラノドンの腕を離し、自由落下を始めるメテオだが、すぐさま青い球体に包まれた。

 この状態のメテオは自由自在に空を駆け巡ることができる。

 飛翔し続けるプラノドンを追うように、メテオは球体の姿のまま、彼を追いかけた。

 

 

「ヌゥ、貴様も飛べるのか……!」

 

「飛べるライダーくらい、珍しくもないだろう?」

 

 

 プラノドンはメテオに向き直りながらも後ろに飛び続け、引き撃ちの形で口の中からロケット弾を撃ちだしてきた。

 メテオはそれを躱しつつ、プラノドンに近づこうとしていく。

 だが、プラノドンは引き撃ちのまま飛び続け、メテオは攻撃を回避しながらの接近の為、中々近づけない。

 

 

「チッ……!」

 

「ヌゥ……!」

 

 

 接近できない事への苛立ちを見せるメテオ。

 攻撃が当たらない事への苛立ちを見せるプラノドン。

 そこに、さらなる刺客が現れてしまう。

 

 

「クアーッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

 鳴き声と共に、青い球体となっているメテオへ突進する謎の影。

 何とかそれを避けたメテオが見たのは、黒い怪人の姿だった。

 手は鳥の足のように鋭い爪と、鋭い嘴。

 さらにその右手には薙刀を持っている、全体的に黒が基調となっている鳥の怪人。

 黒の鳥、カラスを思わせるその人型は、もう1体の空を飛ぶ怪人だった。

 プラノドンは同胞の増援に、思わずその名を呼ぶ。

 

 

「『ギルガラス』! お前も来たか!」

 

「我等は同じ航空部隊、当然だろう」

 

「クク、そうだったな」

 

 

 2体の翼を持った怪人が、メテオの前に立ちはだかる。

 しかしメテオは怯まない。

 数の上での不利があっても、彼には今まで戦い抜いた経験がある。

 

 

「いいだろう、何体でも纏めてかかってこい。お前達の運命(さだめ)は、俺が決める」

 

 

 等身大のドッグファイトは、まだまだ続く。

 

 

 

 

 

 地上では戦闘員とノイズを同時に相手取るディケイド、W、響の姿があった。

 バグラーと遣い魔は歴戦の2人にとって何てことは無い相手だが、問題はノイズ。

 ノイズに対してはこの3人の内、ディケイドと響だけが有効打を与えられている状況だった。

 

 

「やっぱり、ノイズはシンフォギアか士じゃないとダメだな、フィリップ」

 

『その門矢士と立花響も、此処までノイズがバラけてるとやり辛そうだ』

 

「せめて、翼ちゃんが戻って来てくれると助かるんだかな……ッ!」

 

 

 2人で1人だからこそ、足を止めず、戦いながらでも冷静に会話ができる。

 独り言のような状態だからこそ、敵を倒す手を止めずに2人で状況分析ができるのだ。

 

 

「もう音を上げたか? 探偵ども」

 

「バーカ。ンなわけねぇだろ」

 

『ただの状況把握さ。見くびってもらっては困るね、ディケイド』

 

 

 この部隊の中で実戦経験値が最も豊富なのはこの2人だ。

 訓練時間ならばゴーバスターズだが、本当に命のやり取りをし続けた、という意味ではディケイドとWに軍配が上がる。

 この2人、特にディケイドにとって、こういう乱戦は初めてではない。

 余裕があるわけではないが、悪影響が出るような焦りや緊張があるわけでもなかった。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 同じく戦いを続ける響。

 彼女の掌底がバグラーの腹に炸裂し、そのバグラーは直線上の戦闘員を巻き込んで、一直線に飛んでいく。

 次々と敵を吹き飛ばし、掌底や拳、時には蹴りを重く、鋭く叩きこんでいく響を見て、Wの左側が感嘆の声を上げていた。

 

 

「しっかし、響ちゃんもやるな。女子高生の動きじゃねぇぜ」

 

「フン、どんな特訓したんだか」

 

『君も知らないのかい?』

 

「聞こうと思ってたが、今まで忘れてた」

 

 

 ディケイドは「今度、アイツが師匠とか言ってるし弦十郎のオッサンにでも聞くか」と頭の片隅で思った。

 まさか彼等も思うまい。響の強さの秘密が、『アクション映画』にあるなど。

 

 彼女の師匠である弦十郎が意味不明な強さだった事を思い出しつつ、今はそれを考えないようにしつつ、ディケイドはライドブッカーを剣として振るう。

 Wもサイクロンメモリによる風の力を受けた鋭い蹴りを、戦闘員達に放つ。

 響は自分とディケイドにしか処理できないノイズを積極的に狙う様に立ち回る。

 

 徐々にだが、確実に敵は減っていた。

 しかし、スチームロイドまではあまりにも遠い。

 

 

「もうっ、多すぎ!」

 

「そうだね。それにまだ、奴等も出てきてない……」

 

 

 イエローバスターが文句を言いつつ辺りの敵を相手にしつつ、ブルーバスターが周囲を警戒する。

 戦闘員も数の多さのせいで全く油断できないし、一番の問題である幹部クラスの敵が出てきていない。

 それを警戒していたブルーバスター。

 そしてそんな中、噂をすれば影が差すという言葉を地で行くかのように、それは突然現れた。

 

 

「仮面ライダー含め、我々に歯向かう愚か者共……。揃っているようだな」

 

 

 突如、戦場に現れる灰色のオーロラ。そこから現れる人影。

 驚きの色を示すブルーバスターとイエローバスター。

 それとは対照的に、灰色のオーロラが発生するのを見ていたディケイドは、即刻警戒の色を示して彼等2人に合流した。

 そのオーロラにディケイドは見覚えがある。何せ自分も使っている代物だ。

 灰色のオーロラとは、『世界を超えるオーロラ』。

 ディケイドのように世界を超える力を持った存在が出す事のできる、特殊なものだ。

 

 そしてそれができるのはディケイドの知る限り、自分と海東大樹。

 それとは別の存在であり、尚且つ世界を超えられる存在。

 ならば答えは確定したようなものだった。

 

 

「大ショッカーの新手、だな」

 

「……ディケイドか」

 

 

 ライドブッカーを構えるディケイドの目線の先には、灰色のオーロラから現れた人影がある。

 まるで原始人を思わせる姿と、マンモスの頭部の骨のような被り物。

 手に持っているのも、マンモスの牙のような骨を棒と繋げて作ったような槍。

 それは大ショッカー幹部、キバ男爵の姿だった。

 

 

「フン、貴様如きが……」

 

 

 ディケイドに対し、心底憎々しいという思いを込めて鼻を鳴らすキバ男爵。

 警戒を崩さないディケイドだが、そのいきなりの言われように対し、ディケイドは煽るように口を開いた。

 

 

「何だ? その『如き』に潰された事もあるのが、お前等だろ?」

 

「黙れ。貴様の知っている大ショッカーなど、断片に過ぎなかったという事だ」

 

「何……?」

 

 

 大ショッカーの事は、元大首領である士が隅々まで知り尽くしている筈だった。

 利用されていただけに過ぎない大首領ではあったが、間違いなく一時期はトップにいたのだ。

 知らない事などそうは無いはずだが、と、疑問が浮かぶディケイド。

 だが、そんな事を悠長に考えさせてくれるようなキバ男爵ではなかった。

 

 

「これ以上貴様に御託を並べる必要もない。貴様等の相手をするのは、『コイツ』だ」

 

 

 キバ男爵が現れても尚、彼の背後で消えずに残っていた灰色のオーロラ。

 そこからさらにもう1つ、人影がゆっくりと現れた。

 

 形こそ人ではあるが、その姿は完全に怪物のそれだ。

 獣のような獰猛な顔、両肩には甲羅のような装甲を持ち、基調となっている暗く濁ったような赤と銀が、何処か気味の悪い生物的なイメージを持たせている。

 そして筋骨隆々で頑強そうな、見るからに強敵と言わんばかりの存在。

 オーロラから現れたそれは、ただ静かに、無言で俯いたままだった。

 

 

「ディケイド、そして仮面ライダー。

 これが貴様等を倒す、最強の怪人。『アルティメットD』だ」

 

 

 アルティメットD。

 名前を聞くのは初めてだったが、この怪人にディケイドとWは見覚えがある。

 ディケイドとWの二度目の共闘。

 スーパーショッカーとの決戦の際に、Wが追っていた『ダミードーパント』とディケイドが戦っていた『ネオ生命体』が融合して誕生した怪物。

 そして、2人が既に一度倒した事のある怪人であった。

 

 

「懐かしい奴を引っ張り出してきたな。で、そいつが最強か? 一度倒したそいつが。

 意外と人材不足なのかよ、今の大ショッカーは」

 

「どうとでも言え。戦ってみれば分かる」

 

 

 アルティメットDは一度攻略した相手。

 だが、キバ男爵は冷徹な態度を貫いたまま。

 そこに同じくアルティメットDを一度相手取った事のあるWが、ディケイドの横に並び立った。

 Wの右目が点滅し、フィリップがディケイドへ忠告するような言葉をかける。

 

 

『油断はしない事だ、ディケイド。一度倒された筈の奴をわざわざ復活させて出してきた。

 何かあると見た方がいいよ』

 

「フン、だからどうした。どっちにしても倒すしかないんだろ」

 

「ま、ご尤もだな」

 

 

 ディケイドとWは未だ沈黙を続けるアルティメットDとキバ男爵から目を離さず、戦場で戦う仲間達へと声を飛ばした。

 

 

「ゴーバスターズ! こいつは俺達が倒した事のある相手だ!

 だから、こっちは任せなッ!」

 

 

 Wの翔太郎は少し離れた場所で戦っているフォーゼとメテオにも伝えておくようにと、「弦太朗と流星にもそう言っとけ」と付け加え、ゴーバスターズに周囲の敵を託した。

 ゴーバスターズは戦闘を続行しつつそれに頷く。

 そしてもう一方、ディケイドは自分の教え子へ言葉を向けていた

 

 

「立花! ……俺抜きでやれるな?」

 

「何とかやってみますッ! 士先生も、頑張ってッ!!」

 

 

 戸惑う様子も見せずに気合を入れつつ、ディケイドへエールを送りつつ、響は戦場を駆け抜ける。

 その様子を横目に、戦意を表すかのようにディケイドはライドブッカーの刃を撫でた。

 

 

「……アルティメットDッ!!」

 

 

 キバ男爵が槍を掲げ、その名を呼ぶと同時にアルティメットDは俯いていた頭を上げた。

 怪物的な表情の眼光は、しっかりとディケイドとWを見据えている。

 アルティメットDは力の抜けていた両手を握り、ゆっくりと歩みを進め始めた。

 先程までは無かった圧倒的な殺気。だが、2人のライダーは怯まない。

 

 

「さぁて……ッ!」

 

「いくぞッ!」

 

 

 Wが左手をスナップさせ、ディケイドの言葉と共に2人は駆ける。

 同時にアルティメットDも歩みを走りへと変え、宿敵とも言える仮面ライダーを迎え撃った。

 無表情のキバ男爵は、ただ悠々とその様子を見つめ続ける。

 あくまで自分が出るつもりは無い、アルティメットDだけで十分、とでも言うかのように。

 

 

 

 

 

 キバ男爵とアルティメットDの出現は、予想内が半分に予想外が半分だった。

 予想内なのは大ショッカーの介入。そもそも航空戦力は殆ど大ショッカーの怪人だ。

 予想外なのは幹部とアルティメットD。キバ男爵は戦う様子を見せずに諦観しているだけだが、アルティメットDはディケイドとWを同時に相手取っている。

 戦力の内の何人かが幹部やその他怪人に裂かれる事は想定内ではあるのだが、予想よりも大ショッカーは戦力を投入してきた、という感じだ。

 

 しかし、こちらにも来ていない味方が存在している。

 無数の戦闘員とノイズを相手取る中、それはバイクの音に乗って現れた。

 

 

「トオッ!!」

 

 

 つい数時間前にも見たバイクが戦場へ介入し、乗り手はそこから大きくジャンプして戦闘員の群れへ突入した。

 赤い拳と脚を振るい、マフラーをはためかせるその姿は、仮面ライダー2号だ。

 その介入に誰よりも早く反応したのは、たまたま彼が突っ込んだ場所の近くにいた響だった。

 

 

「2号さんッ!」

 

「よっ、全然経ってないけどまた会ったな、嬢ちゃん。加勢するぜ」

 

「ありがとうございますッ!」

 

 

 士抜きでもやってやると決意はしているし、その決意は揺らいでいないが、やはり助力があるのは頼もしい。

 しかし、如何に2号と言えどもノイズ相手には有効打は放てない。

 ある意味、2号にとってはロッククリムゾンよりもノイズの方が厄介とも言える。

 周囲を見やった2号は戦闘員の中に混じるノイズを見て、それを気にするような言葉を吐く。

 

 

「ノイズもいるのか……。こいつは面倒だな」

 

「なら、ノイズは私が!」

 

「おお? どういうこった?」

 

「シンフォギアはノイズを倒せるんです! だから、任せてください!」

 

「へぇ、そいつはすげぇ!」

 

 

 シンフォギアを口外するなとは言われたが、シンフォギアがどういう特性を持っているかは聞き及んでいなかった2号は初めて知ったその事実に、素直に驚いていた。

 2号が最初に割って入った戦闘の時にノイズが出現していなかった、というのもある。

 忘れてはいけないがシンフォギアは怪人とも戦えるほどのスペックを持つものの、それ以前にアンチノイズプロテクター、つまり対ノイズ用装備なのだ。

 ディケイドと翼が他の事で手一杯な以上、ノイズに対抗する術は響にしかない。

 

 2号も上手くタイミングを合わせれば倒せないわけではないが、効率が悪い。

 ならば、此処は彼女に任せてしまおうと即決した。

 彼女の実力は以前の戦闘で少し分かっていた。

 まだ未熟だが、決して頼りにならないというほど弱くもないと

 

 

「じゃあ悪いけど、今回も頼りにさせてもらうぜ」

 

 

 響へそう声をかけた後、彼は戦闘員の群れの中に混じる幾つかの人影を見やった。

 それは大ショッカーの怪人。まだ空中へ上がっていない航空戦力に加え、地上戦力も数体いる。

 今回の戦いにおいて、大ショッカーは相当量の戦闘員と怪人を出撃させていた。

 そしてそのどれもが、2号にとっては見覚えのあるものだった。

 

 

(『カニバブラー』に『ドクガンダー』、『エイキング』、空にプラノドンとギルガラス、か……)

 

 

 カニバブラーはカニの改造人間。左手のハサミと口から吐く人を溶かせるほどの泡が武器だ。

 ドクガンダーは蛾の改造人間。幼虫と成虫の姿があるが今の彼は成虫で、空を飛び、指先からロケット弾を発射する。

 エイキングはエイの改造人間。彼も空を飛ぶ事ができ、稲妻を発生させる怪人だ。

 加えてプラノドンにギルガラス。これらを見た2号は内心「おいおい」と溜息を付く。

 何せこれら全員、まだ1号と2号しか仮面ライダーがいなかった頃に戦った相手だからだ。

 

 

(ったく、同窓会でもおっぱじめようってのか?

 この前の『サボテグロン』といい……大ショッカーは懐かしいのを出してくるねぇ)

 

 

 仮面ライダー連続襲撃事件において、2号も当然襲われた。

 その際、2号に襲い掛かったのは棍棒とサボテン爆弾を武器にするサボテグロンだった。

 勿論、他のライダーと同じく返り討ちにしたが。

 昔を思い出す奴とよく会うなと思いつつ、できれば会いたくないとも思いつつ。

 

 

「さぁて、じゃあ行くかね。……ライダーファイトッ!!」

 

 

 両腕を右側で水平に構え、その両腕を上へ向けて半円を描くように左側に持って行き、左腕は力こぶを作るような体勢で、右手は左肘に当てるような位置に。

 そしてその両拳は力強く握られている。

 この『ライダーファイト』は、別に技でも何でもない。ただの掛け声だ。

 言ってみれば「いくぞ」とかと大差のない気合を入れる掛け声。

 それを言ったのは、かつての敵を前に2号が昔の事を思い出しているからだろうか。

 

 気合十分。2号ライダーは、戦闘員と怪人に拳を振るう。

 悪を砕く、正義を握り締めた拳を。

 

 

 

 

 

 ゴーバスターズは攻めあぐねていた。

 Wからの「こっちは任せろ」という言葉は、先程フォーゼとメテオに伝えた。

 と、伝言はともかく、問題は今の敵だ。

 フォーゼとメテオ、それに助っ人の2号は怪人と群がってくる戦闘員で手一杯。

 しかしそれでも怪人と戦闘員の全てというわけではない。

 ディケイドと翼がいない為、響は積極的にノイズ迎撃に当たらざるを得ない。

 

 ゴーバスターズは戦闘員を相手取っている。

 戦闘員は確かに弱い。正直、苦戦と言える苦戦はしない。

 だが、戦闘員達は何処の組織でもそうだが集団で襲い掛かってくる。

 おまけに今回の戦いにおいて、ヴァグラスもジャマンガも戦闘員を大量に出してきていた。

 バグラーだけでも無数と言ってもいいのに、そこにプラスで遣い魔も無数。

 正直、合計で数千はいるだろう。

 それだけいれば足止めには十分すぎる程だ。

 

 

(多すぎる……!)

 

 

 内心で毒づくレッドバスター。

 ブルーバスターとイエローバスターも同じく、焦っていた。

 彼等には熱暴走とカロリー切れというウィークポイントがある。

 ブルーバスターのウィークポイントは戦闘による激しい動きで体温が上昇する事で。

 イエローバスターのウィークポイントは戦闘でカロリー消費をしてしまう事で。

 どちらも戦闘が長引けば起こりうるものだ。そろそろ気を付けなくてはならない。

 レッドバスターの、実は特命部以外はまだ知らないウィークポイントは気を付けていれば問題ないのが救いか。

 

 ところが、2号に続いて彼等の追い風となる風が吹こうとしていた。

 

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 

 何かに弾き飛ばされるように吹き飛ぶ戦闘員。

 勇ましい青年の声と共に、バイクのエンジン音が唸る。

 見た事の無いタイプのバイクが戦闘員を跳ね飛ばしながら突き進んでいた。

 よく見ればバイクは運転手と、その後ろにもう1人いる。

 そして2人は突然、その姿を変えた。

 

 1人は金の角を持つ赤い戦士に。

 1人は白の姿をした、女性的な姿の戦士に。

 白い女戦士がバイクから跳び上がり、着地してすぐに手に持った剣を振るい、戦闘員を薙ぎ倒す。

 赤い戦士はそのままバイクを走らせ、ゴーバスターズの前で停まった。

 

 

「来たぜ、士! ……って、アレ?」

 

 

 赤い戦士は明るく声を出すが、そこに士の姿は無い。

 士はディケイドとして別の場所で戦っており、此処にいるのはゴーバスターズ。

 士が此処にいると思っていたのか、赤い戦士は戸惑いながらレッドバスターに「貴方は?」と問いかけてきた。

 レッドバスターとしてはその赤い戦士には見覚えがあった。

 ディケイドが人命救助の際、この戦士の青い姿へと変身していた事を覚えている。

 が、どうやら目の前の戦士は士の事を呼んでいる辺り、士ではないようだ。

 

 

「アンタこそ誰だ? 門矢じゃないのか?」

 

「え? ……あ、士もクウガになれるもんな。

 俺は小野寺ユウスケ、仮面ライダークウガ。士に言われて、加勢に来たんだけど……」

 

「仮面ライダー? ……そうか、俺はゴーバスターズのレッドバスター、桜田ヒロム。

 門矢は俺達と一緒に戦ってくれている」

 

「ああ! あんたがゴーバスターズか! よくニュースとかで聞いてるよ」

 

 

 ゴーバスターズはニュースで報道される程度の知名度はある。

 そしてクウガはディケイドの仲間で、仮面ライダー。

 ならば、お互いに話は早かった。

 

 

「俺達も協力するよ!」

 

「助かる!」

 

 

 仲間の仲間なら、仲間。

 クウガもレッドバスターもそう考え、即刻共闘する事に。

 さらにそこに、戦闘員をある程度斬り捨てた白い女性戦士が駆け寄ってきた。

 

 

「どうも、私も士君に呼ばれてきました。仮面ライダーキバーラ、光夏海です」

 

「……女性の仮面ライダーなのか」

 

「あ、やっぱり意外ですかね? でも、女だからって甘く見ないでくださいね?」

 

「ああ」

 

 

 ディケイド、ディエンド、クウガと共闘した事のあるキバーラだ。

 その戦闘能力は決して低くはない。

 レッドバスターがそれを知る由もないが、今は1人でも戦力が欲しい状況だ。

 それにイエローバスターや響、翼の事もあり、女性だから弱い、何て事は決してないと彼も理解している。

 

 話の最中でも容赦なく戦闘員は襲ってくる。

 クウガ、キバーラ、レッドバスターは戦闘員の腕を脇に抱え込んで抑えたり、あるいは斬り捨てたりと各々で対処しながら、話を進めた。

 

 

「門矢は別の場所で戦ってる。そっちはそっちに任せて、貴方達にはこの辺りを任せたい」

 

「おっしゃ!」

 

「分かりました」

 

 

 話はこれだけで十分。

 やるべき事をはっきりさせ、クウガとキバーラはそれを信じるのみだ。

 会ってすぐの相手を信じる、というのは中々に勇気のいる事だが、彼等2人はそれを躊躇わない。

 何より、士に呼ばれてきたのだ。

 この場所に自分達を呼びつけた士を信じている。

 だからこそ、その仲間であるというゴーバスターズも信じられる。

 

 クウガは再び自分の愛車、『トライチェイサー2000』のエンジンを吹かせ、周囲の敵にタイヤで攻撃を行っていく。

 キバーラも身軽な動きで周囲の敵をキバーラサーベルで斬りつけていった。

 

 戦力の増強。それも2人。

 士が出撃前に呼んだのだろうが、ゴーバスターズとしては嬉しい誤算だ。

 ゴーバスターズの3人は次々と戦闘員を倒して徐々に、スチームロイドがいると思われる地点へ迫っていく。

 

 

「ハアァァァァ……GOッ!!」

 

 

 気合の入った声と共にブルーバスターが地面を全力でぶっ叩き、衝撃がアスファルトに伝わる。

 すると前方の広範囲に渡り、アスファルトごと戦闘員が吹き飛んだ。

 ブルーバスターのワクチンプログラム、『力』を全開にした一撃。

 単一の敵に凄まじい威力の一撃を繰り出す事も、この『力』を使って発生させた衝撃波で多くの敵を吹き飛ばす事も、ブルーバスターの攻撃力は意外と応用が利く。

 

 

「ハッ!」

 

 

 そして、今度はイエローバスターがワクチンプログラムによって強化されている跳躍能力を使い、遥か上空へジャンプ。

 イチガンバスターを下へ構え、周囲にはびこる戦闘員達に高空からの銃撃を行った。

 狙わなくても当たる程度には敵が多い為、イエローバスターの乱射は敵を見事に撃ち抜いていく。

 

 

「「ヒロムッ!!」」

 

 

 戦闘員達の群れが僅かに開き、その先にあるスチームロイドが見えた。

 活路を開いて見せた2人はレッドバスターを呼んだ。

 目と鼻の先まで来たのなら、此処からはレッドバスターの仕事である。

 

 

「いける……ッ!!」

 

 

 高速移動を可能とするワクチンプログラム。

 目にもとまらぬ超高速は薄くなった戦闘員の包囲門を駆け抜け、一気にスチームロイドまでの道を接近していった。

 幾ら超高速でも進路が塞がれていては先には進めない。

 先程までの戦闘員の群れはまさにそれだ。

 だが、通り抜けられる程度に隙間があるのなら、レッドバスターはそこを通って行く事ができる。

 邪魔になる数体の戦闘員をソウガンブレードで切り倒しつつも、レッドバスターは煙の根源、スチームロイドの元へと辿り着いた。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

 スチームロイドの目の前へ辿り着いた直後、間髪入れずにソウガンブレードを突き立てるレッドバスター。

 まずは一撃入った。

 この距離、この速度、この奇襲、間違いなく避けられるはずがない。

 

 だが、それは防がれる事となってしまう。

 

 

「残念ね」

 

「ッ!?」

 

 

 あと数ミリでスチームロイドに届くところだったというのに、ソウガンブレードは金色のステッキに阻まれてしまった。

 そしてそのステッキは正に数時間前の戦闘でも見た、あの幹部のもの。

 金色のステッキの持ち主、レディゴールドはソウガンブレードを上へ弾くと、一撃、レッドバスターの腹に肘を打ち込んで後退させた。

 

 

「フゥ! 助かったぜ、ジャマンガさんよ!」

 

「私はレディゴールド。いっしょくたにしないでくださる?」

 

 

 スチームロイドは右手のベルトコンベアを挙げて感謝の意を示し、レディゴールドは不敵に笑う。

 対し、レッドバスターはダメージも早々にソウガンブレードを構え直していた。

 

 

「やはり出てきたか!」

 

「当然じゃない。貴方達を一網打尽にできるチャンスだもの」

 

「俺達ごと転送させるってワケか……!」

 

「そう言えば魔弾戦士はどうしたのかしらぁ? どっちもいないみたいだけど?」

 

「答える義理は無いッ!」

 

 

 ソウガンブレードを巧みに操って斬りかかるが、レディゴールドは後退しながらその全てをステッキで捌き切る。

 剣と杖がぶつかり合う度に、金属同士による甲高い音が鳴り響いた。

 打ち合いが続く中でレディゴールドは、自分に敵意をむき出しにするレッドバスターへ余裕そうな笑みを向ける。

 

 

「フフ、私だけじゃないのは、勿論分かってるわよね?」

 

 

 そんな言葉に動揺する事は無いレッドバスター。

 だが、次の瞬間に響いた悲鳴は、彼が動揺するには十分な物だった。

 

 

「うわあぁぁぁぁぁ!!?」

 

「きゃああぁぁぁぁ!?」

 

「ッ、リュウさん、ヨーコ!?」

 

 

 レッドバスターはレディゴールドと鍔迫り合いながら後ろを振り向いた。

 そこには吹き飛ばされ、地面に投げ出された2人の仲間の姿が。

 倒れる2人の先には屈強な怪物が1人。

 ジャマンガもう1人の新幹部、岩石巨人ロッククリムゾンがいた。

 

 

「余所見をしてていいのかしらッ!」

 

「ッ、ぐッ……!?」

 

 

 ブルーバスター達に気を取られた一瞬の隙を付き、レディゴールドがステッキを振るう。

 切り裂くように振られたステッキの一撃はレッドバスターの体に当たり、バスタースーツが火花を散らし、レッドバスターは痛みを受けつつ後退してしまう。

 

 ロッククリムゾンとレディゴールドの出現。

 それに反応したのはこの場の戦士の全員。

 数の上では有利とはいえ、流石に幹部2体をゴーバスターズだけで相手をするのは厳しい。

 そもそも幹部は1人1人が複数の戦士を相手に出来る程の強者なのだ。

 

 

「出てきやがったな? ロッククリムゾンさんよ」

 

 

 2号が戦闘員をかき分けてゴーバスターズの元へと合流してきた。

 元々、2号の目的は日本にやって来たロッククリムゾンの打倒。

 それ以外の敵も野放しにするつもりは無いが、2号自身、ロッククリムゾンの相手をできるのは自分だけだと自負している部分がある。

 だからこそ、彼等の前に出た。

 

 

「こいつは任せろ!」

 

 

 それだけ短く告げて、2号はロッククリムゾンへ殴りかかる。

 鬱陶しそうにしつつもロッククリムゾンはそれと相対した。

 

 今は2号に任せるしかない。

 そう判断したブルーバスターとイエローバスターは起き上がりながら頷くと、ロッククリムゾンと2号の脇を抜けてレッドバスターと合流。

 3人揃ったゴーバスターズはレディゴールドと対峙した。

 

 

「此処から先、行かせると思う?」

 

「力尽くで通させてもらうッ!」

 

 

 レディゴールドの後ろにはスチームロイドが煙を噴き出しながら仁王立ちしている。

 目の前には強敵がいるが、戦闘員達に阻まれていた時とは違い、今は目と鼻の先なのだ。

 これさえ超えればスチームロイドと戦い、倒すだけ。

 ゴーバスターズは気合を入れ直し、レディゴールドへ向かって行く。

 一方でレディゴールドは悠々とした態度で笑い続けていた。

 表情が語っていた。余裕だ、と。

 

 

 

 

 

 戦闘員達も同時に相手取りつつ、それぞれに戦いが始まっていた。

 ディケイドとWはアルティメットDと。

 メテオはプラノドンとギルガラスと。

 ゴーバスターズはレディゴールドと。

 2号はロッククリムゾンと。

 

 残るはフォーゼと響、そして助っ人にやって来たクウガとキバーラ。

 分散しているとはいえ無数にいる戦闘員を相手にするには少なすぎるくらいだ。

 特に響はノイズを倒せる唯一の存在。

 他の面々でも攻撃が当たれば倒せるが、当たるまでが一苦労なのだ。

 その中でバグラーや遣い魔も倒しているのだから大したものである。

 

 幾つかに分かれつつ、それぞれに戦う戦士達。

 その1つ、メテオの戦場では。

 

 

「クォーウッ!!」

 

「チィッ!」

 

 

 空中戦は続行中。

 プラノドンの口から発射されるロケット弾。

 いい加減に避けるだけでは埒が明かないので、メテオは青い球体状態を解除。

 直後、右手のメテオギャラクシーを操作した。

 

 

 ────SATURN! Ready?────

 

 ────OK! SATURN!────

 

 

 左手の人差指で指紋認証を行い、メテオギャラクシーが力を発動する。

 右手に小型の土星を携え、メテオは落下しつつそれを振るった。

 すると、土星の輪の部分がまるでブーメランのように飛んでいき、ロケット弾を切り裂いた。

 この技は『サターンソーサリー』。土星の輪を模したエネルギーで斬撃を飛ばす技である。

 サターンソーサリーの勢いはロケット弾を数発切り裂いても衰えず、そのままプラノドンの胴体に炸裂。

 胸を斜めに切り裂かれたプラノドンは、悲鳴を上げながらバランスを崩して落ちていくが、何とか体勢を立て直して飛行姿勢を整えた。

 

 

「グゥオ……!! おのれェ!」

 

「こっちもいるぞ仮面ライダー!」

 

 

 一時的とはいえプラノドンに集中しきっていたメテオは、背後から迫るギルガラスへの対応が遅れてしまっていた。

 青い球体の状態に戻るのも間に合わず、空中から接近するギルガラスは薙刀ですれ違いざまにメテオの背中を斬りつける。

 

 

「ぐぁッ!?」

 

「まだァ!!」

 

 

 ギルガラスは旋回、もう一度薙刀を構えてメテオへ接近した。

 ダメージ抜けきらぬメテオは、その一撃による斬撃を胴体に食らってしまう。

 

 

「ぐああぁぁぁぁッ!!?」

 

 

 そもそもサターンソーサリー発動の為に青い球体状態を解除し、自由落下に入っていたメテオはそのまま地面に落下してしまった。

 この程度で死にはしないが、やはり衝撃によるダメージはある。

 よろりと立ち上がりつつ上空を見上げれば、飛び続けるギルガラスとプラノドンは嘲笑のように鳴き声を上げていた。

 さらに、落下してきたメテオを狙う様に1体の怪人が、戦闘員を引き連れてやって来た。

 

 

「ククク、無様だなぁ、ライダー」

 

「カニの怪人、か」

 

 

 その怪人とはカニバブラー。

 まだ自分が高校生だった頃に戦った怪人の中で、カニの怪人がいた事を思い出すメテオ。

 その相手にそれなりに酷い目にあわされた事も。

 そして、その相手に勝った事も。

 

 メテオはカニバブラーを見た後、上空を飛ぶ2体の怪人にももう一度目をやった。

 その後、1つ溜息を付いた後、メテオは1つのアイテムを取り出す。

 

 

「全く……なら、これだ」

 

 

 取り出したのはスイッチ。

 しかし、フォーゼやメテオが普段使っているスイッチよりもかなり大きい。

 特徴的なのはスイッチ上部に取り付けられた大きな風車のようなもの。

 大きなスイッチを構えるメテオを見ながらカニバブラーは笑う。

 

 

「フン、知っているぞライダー。一部のライダーは姿を変化させるのだろう?

 だが、どうなったところで我々大ショッカーの敵ではないわ!」

 

 

 仮面ライダーは状況に応じて姿を変える者が多く存在する。

 それこそディケイドやW、フォーゼもそうだ。

 しかし、メテオはカニバブラーの言葉を否定する。

 

 

「変化だと? 違うな。これは────『進化』だ」

 

 

 メテオはベルトからメテオスイッチを引き抜くと、新たにその大きなスイッチを装填した。

 スイッチの名は、『メテオストームスイッチ』。

 

 

 ────METEOR STORM!────

 

 ────METEOR! ON! Ready?────

 

 

 装填後、メテオストームスイッチを押す。

 直後に鳴ったコールの後、メテオは右手でメテオストームスイッチの風車を回し、変身の際と同じようなポーズとなった。

 回された風車から青と金色の嵐が発生し、それがメテオの体を包み込んでいく。

 徐々に変化、いや進化していくメテオの体。

 左肩にもアーマーが追加され、流れる星を表現するように左側に尖っていた頭は右側も同じように尖った。

 そして色も変わり、黒かった部分は濃い青に、青かった部分は仮面含めて金色に。

 仮面の奥の複眼は鮮やかな赤色に輝いている。

 

 変化ではなく進化と表現された、もう1つのメテオの姿。

 

 

「『仮面ライダーメテオストーム』ッ!」

 

 

 メテオストームへと進化した彼は専用の棒術武器、『メテオストームシャフト』を構えた。

 嵐の中で進化した流星は、力強く啖呵を切る。

 

 

「俺の運命(さだめ)は嵐を呼ぶぜ!」

 

 

 より強力なコズミックエナジーを纏い、メテオ、否、メテオストームはカニバブラーへ向かって行く。

 相対するカニバブラー。その援護をしようと、上空から迫るプラノドンとギルガラス。

 

 

「ホォォ、ワチャァ!!」

 

 

 まずは1発、メテオストームシャフトをカニバブラーに叩きつけようとする。

 が、それは彼の左手そのものであるハサミに阻まれてしまった。

 嘲笑の鳴き声を上げつつ、カニバブラーはメテオを煽る。

 

 

「ゲエッエッエッ……進化ァ? だから何だというのだ」

 

「フン、すぐに分からせてやるッ!」

 

 

 挑発に乗りやすい性格をしている彼ではあるが、その実、頭は冷えている。

 言葉は熱くても冷静な判断力を持っているのがメテオ、流星という人間だ。

 

 

「オォォッ!!」

 

「ぬぐぅ……!?」

 

 

 ハサミとの鍔迫り合いを早々にやめ、メテオストームシャフトを連続で振るうメテオ。

 彼は『星心大輪拳』という拳法の達人であるが、同時に棒術の扱いにもたけている。

 メテオはアクション映画顔負けの動きでカニバブラーに連続で棒術による打撃を叩きこんでいった。

 ハサミで応戦するカニバブラーだが勢いのあるラッシュにそう長くは持たず、一瞬できた隙を付かれ、脇腹に一撃をもらってしまう。

 

 

「グオッ……!!」

 

「ワチャァッ!!」

 

 

 カニバブラーが怯んだ。

 メテオはメテオストームシャフトを左手に持った事で空となった右手を拳とし、カニバブラーへ放つ。

 拳法の達人が怪鳥音と共に放つ突きは、カニバブラーを後方へ大きく吹き飛ばした。

 警戒は解かないまま、転がるカニバブラーを流し目で見ながら、メテオはメテオストームシャフトを構え直した。

 

 

「この部隊の所属になって初めての戦いだからな。それに弦太朗やみんなもいるんだ。

 悪いが、下手な戦いをする気は微塵もない」

 

 

 そこに「尤も、そうでなくとも負ける気はない」と付け加えたメテオ。

 メテオとて、天ノ川学園高校でゾディアーツ相手に仮面ライダー部の一員として戦い抜いた仮面ライダー。

 それに加え星心大輪拳という達人レベルのジークンドーを操る拳法家としての側面を持ちつつ、日々犯罪を追うインターポールでも訓練を重ねる彼だ。

 豊富な実戦経験と適切な訓練を受け続けている彼が、弱い筈がない。

 少なくとも接近戦という面において彼の右に出るものはそうはいない。

 

 さて、ところでノイズを倒し続ける響は、隙を見つけてはメテオの戦いを時々見つめていた。

 何故メテオの戦いを観察しているか。

 実はその理由、最初は非常に下らない理由で、『『ホワチャー!』という特徴的な声が聞こえたから』というものだ。

 しかしその掛け声、最近の響にはちょっと馴染みがあるもので。

 

 

(師匠と見てる映画の人みたいだ……)

 

 

 彼女の弦十郎との特訓における教材はアクション映画である。

 それの真似をする事で弦十郎は武術を学んで、あれだけの強さを持つに至ったらしい。

 何かがおかしい気がした響だが、今ではその映画で力をつけた為、響もすっかり染まってしまっていて疑問にも思わなくなっていた。

 

 アクション映画とは所謂カンフー映画とかそういうものだ。

 そしてその映画群で用いられている拳法はジークンドーに類するものが多く、正しくメテオそのもののような動きも見た事がある。

 メテオの素性は『インターポールの捜査官』という点以外、時間が無くて説明されていない。

 だが、その動きだけで拳法を学んできたのだろうという事は響にも分かった。

 実際にそれを見てみると違うもので、響は自分の未熟さをまたもや感じていた。

 

 

(もしかして拳法の達人なのかな。型も凄いしっかりしてる……)

 

 

 響はこの1ヶ月と少しで驚異的な成長を見せている。

 しかしながら時間と成長はある程度比例するものであり、響のそれは未熟なそれ。

 付け焼刃と言ってもいいだろう。

 

 

(……私ももっと頑張ろうッ!!)

 

 

 未熟なのは分かっていた事。

 そして今はこの場に集中しなければいけない時だ。

 響は前向きに考えつつ、目の前の敵を自分が今できる最大限の技術と力で倒していった。

 

 ところが、実は響がメテオを見ていたように、メテオも時々響の事を見ていた。

 カニバブラー、プラノドン、ギルガラスと3体の怪人を相手取りつつも、メテオの視界には時々、ノイズを倒す響の姿があった。

 

 

(あの動き、あの構え。彼女も拳法使いなのか……?)

 

 

 半分事実。半分誤解。

 メテオはそんな微妙なラインの認識を響に持っていた。

 いつまでも響に目をやっているわけにはいかないので、再びメテオストームシャフトを振るって怪人を相手にするメテオ。

 敵は多い。ふんわり考え事をしている暇はないのだから。




────次回予告────
ついにエネタワーでの決戦が始まった。
敵はまだまだたくさん襲ってきやがる。
パワースポットへ向かった不動さんと翼の方でも戦いが起こっていた。
みんな、頑張ってくれ!
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第65話 塔・守・乱・戦

 天羽々斬を纏う翼とリュウガンオーはパワースポット内部を歩いていた。

 遺跡のような道が続き、至る所で炎が揺らめき、それが道を照らしている。

 しばらく直進を続けると、翼のヘッドギアとリュウガンオーの通信機から瀬戸山の声が響いた。

 

 

『その先です。強い魔力反応があります』

 

「分かった」

 

 

 しかし、パワースポットでは何が起きるか分からない。

 瀬戸山が言っていたその言葉通りの事が起きてしまう。

 

 歩を進めていくうちに、リュウガンオーが何かの気配に気づく。

 翼もまた、妙な気配に気づいていた。

 天羽々斬から細身の太刀を1本取り出し、ゆっくりと気配のする方向、天井へと顔を向けた。

 

 

「……不動さん」

 

「ああ……」

 

 

 天井には気配の正体が。

 蝙蝠のように、群れとなって天井に逆さで張り付く遣い魔の姿があった。

 

 

「何故、遣い魔が此処に……?」

 

『パワースポットの魔力が生み出した幻影のようなものだと考えられる。

 恐らく、あけぼの町に現れていた遣い魔の姿を模倣したのだろう』

 

 

 翼の言葉にゴウリュウガンが答えた。

 そしてもう1つ、ゴウリュウガンは付け加える。

 

 

『よって、その特性は遣い魔とほぼ同等』

 

 

 天井から降り立つ複数体の遣い魔。

 どれもこれもが「ギジャギジャ」と、普段戦っている遣い魔と変わらぬ声と、変わらぬ動きでリュウガンオーと翼を囲む。

 

 

『つまり、敵だ』

 

「すんなり通しちゃくれないってわけか……!」

 

「不動さん、あまり無理は……」

 

「ああ。だが、できるだけの無理はさせてもらうぜ!」

 

 

 心配する翼の声を受け入れつつも、リュウガンオーは果敢に立ち向かう。

 ゴウリュウガンの銃口が火を吹き、翼の一太刀が遣い魔を切り裂いた。

 パワースポット内部にて、戦いの幕が上がったのだ。

 

 

 

 

 

 一方、激戦と乱戦の続くエネタワー。

 ロッククリムゾンは2号が抑え込んでくれている。

 頼りきりになりたくないとは言ったが、状況が状況だ、背に腹は代えられない。

 大ショッカーが繰り出してきた航空部隊を始めとする怪人軍団は今現在、メテオが半分を引き受けている状況だった。

 カニバブラーを相手にしつつ、上空のプラノドンとギルガラスをメテオストームシャフトで振り払うメテオ。

 

 

(チッ! あっちにこっちに……!!)

 

 

 どれかに気を取られていれば、どれかが襲い掛かってくる。

 一瞬でも気を抜けない。

 勿論、戦闘中に気を抜く気はないが、それにしたって敵が多かった。

 それに今だわらわらと存在しているバグラーや遣い魔の存在もあり、メテオは自由に身動きが取れない。

 

 が、そこにさらなる救援がやってくる。

 それもメテオの『友達』が。

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 勇ましい叫び声とともに、2mはありそうな巨体が戦場に突撃。

 勢いそのままに戦闘員達にタックルをかまし、ちぎっては投げを繰り返していた。

 人型の黄色いパワードワーカー。メテオはそれに見覚えがある。

 ダチであり先輩が操縦する、仮面ライダー部の強い味方だ。

 

 

「パワーダイザー!?」

 

「待たせたな、流星」

 

 

 敬礼のような、「キラーン」という擬音が聞こえそうなその仕草はよく知っている。

 仮面ライダー部元部員にして流星の先輩である、大文字隼。

 ちょっと三枚目なところもあるが、頼りになる先輩の1人だ。

 そして戦闘員相手に無双しているパワーダイザーの正パイロットでもある。

 

 パワーダイザーはパイロットが必要なパワードワーカーなのだが、その際に操縦者にかかる負担が尋常ではない。

 鍛えていない人間は長くは乗れないし、鍛えていても長く乗っていると疲労困憊になる代物だ。

 しかし、アメフト部で相当量のスタミナを持つ隼ならば話は別だ。

 彼ならばパワーダイザーで全力を出し、長く戦う事もできる。

 おまけにパワーダイザーの全力は幹部ゾディアーツすらも退けてしまうほどであり、非常に強力な戦力と言えるだろう。

 

 以前に賢吾も言っていたように、しばらく使用していなかったためにメンテナンスを行っていたのだが、そのメンテナンスがつい先日終わった。

 その為、早速前線に投入されたというわけだ。

 

 

「ダイザーのメンテナンスが終わってな。此処からは俺も戦うぞ」

 

「助かる。特に今の状況ではな」

 

 

 周囲を見渡すメテオ。

 と、此処でメテオスイッチに通信が入る。

 メテオスイッチは当時、流星をメテオにした人物と通信を取るためにも用いられていたのだが、既にその通信相手はもう、この世にはいない。

 それを応用し、今は仮面ライダー部と連絡を取れるようになっていた。

 

 

『流星さん』

 

「友子ちゃん! ……久しぶり」

 

『挨拶しに来てくれなかった』

 

「え!? いや、それは急を要したから……」

 

 

 野座間友子からの通信だが、どうにも声がおどろおどろしい。

 何だか怖くてメテオは動揺してしまう。

 実際、メテオは帰国早々戦場に飛び、その後S.H.O.Tに行き、またもや戦場という多忙な状態。

 とてもじゃないが仮面ライダー部のみんなのところに顔を出すタイミングはなかった。

 ちなみに今、仮面ライダー部の面々は特命部司令室にて戦場のサポートを彼等なりに行っている。

 

 さて、流星と友子は仲が良い。

 それは友情という意味ではなく、どちらかと言えば愛とか恋の部類で。

 しかし付き合ってはいないので、『友達以上恋人未満』が2人の関係である。

 

 

『インガさんと仲良くやってるんでしょ?』

 

「いや、友子ちゃん! ちょっと待ってくれ!?」

 

 

 割と露骨に嫉妬されているようではあるのだが。

 そんな戦場には似つかわしくないやり取りの中、友子は笑った。

 

 

『嘘。帰り、待ってるから。頑張って、秘密の仮面ライダー2号さん』

 

「……フッ、ああ! 必ず会いに行く!」

 

 

 かつて、流星は仮面ライダー部に対しても『仮面』を被っていた。

 自分の真の目的も、自分がメテオである事も隠し通していたのだ。

 そしてフォーゼから数えて、仮面ライダー部にとって2番目の仮面ライダー。

 故に、友子はメテオの事を『秘密の仮面ライダー2号』と呼んでいるのだ。

 

 そんなやり取りを聞いていた隼は、パワーダイザーのコックピットでニヤリと笑っていた。

 

 

「好きな人にいいところを見せたいのは、お互い様だな」

 

「……いや、別にそういうのじゃ……」

 

「よぉっし!! 俺も美羽にカッコいいところを見せないとなッ!!」

 

「少しは話を聞いてくれ!?」

 

 

 学生みたいな軽いやり取りをしつつも、パワーダイザーとメテオは周囲の敵を蹴散らしていく。

 流石に幹部を相手できるだけあり、パワーダイザーの力は凄まじい。

 おまけに巨体なので、戦闘員程度なら腕を振るってるだけでも十分に倒せるほどだ。

 それでいて鈍くない。むしろ機敏だ。

 

 

「チィッ、厄介な……!」

 

 

 吐き捨てるようなカニバブラーの発言を聞き、メテオストームシャフトを構えたメテオは鼻でそれを笑った。

 

 

「随分弱気だな? それで勝てると思ってるのか?」

 

「ほざくなァッ!! プラノドンッ! ギルガラスッ!」

 

 

 挑発に怒ったカニバブラーの号令の元、空中より2体の怪人の攻撃が迫る。

 口からミサイルを飛ばすプラノドンと、薙刀を携えて急速接近してくるギルガラスが。

 だが、その攻撃はどちらもメテオに届く事は無かった。

 

 ミサイルはパワーダイザーが振るった左手に弾かれてあらぬ方向に飛んでいき、戦闘員達の群れに着弾し、数体の戦闘員をふっ飛ばした。

 ギルガラスはパワーダイザーが伸ばした右手が捕まえ、それを地面に容赦なく叩きつけた。

 

 

「グッ、エッ……!!?」

 

 

 声にならない呻き声を上げるギルガラス。

 パワーダイザーは巨体だ。怪人1体程度、片手で掴む事もできる。

 そしてそのパワーで地面に叩きつけられれば、大ダメージは必至だ。

 

 

「大文字先輩ッ! 俺を空にッ!!」

 

「分かった!」

 

 

 直後、メテオが隼に叫ぶ。

 そしてその言葉だけで全てを察した隼はパワーダイザーをくるりと一回転させ、その道中でメテオを掴み、回転の勢いのままにメテオを上空に投げ飛ばした。

 勿論、適当にではない。狙いは未だ上空にいるプラノドンだ。

 メテオはパワーダイザーの力で放たれた豪速のままプラノドンへ迫っていた。

 突然の接近にプラノドンは対応できず、下から尋常でない速さで迫ってくるメテオに怯んでしまっている。

 

 

「グッ!?」

 

「ホワチャアッ!!」

 

 

 投げ飛ばされたメテオは一瞬だけプラノドンよりも高い位置に陣取った。

 そしてその位置からメテオストームシャフトを思い切り叩きつける。

 落下と振り下ろし、双方の勢いが乗ったメテオストームシャフトの一撃を脳天に受けたプラノドンは地上へ落下。

 土煙と轟音を伴い、プラノドンはアスファルトを砕きながら地面に倒れ伏してしまった。

 

 

「お、のれェ……!!」

 

 

 苦し紛れに声を上げるプラノドンではあるが、ダメージが抜けきっていない。

 流石の怪人でも仮面ライダーからの攻撃で高空から叩きつけられればそうもなる。

 そしてメテオはその隙を見逃すほど甘い仮面ライダーではない。

 

 

「止めだッ!」

 

 

 上空より落下しつつ、メテオはメテオストームスイッチをベルトから引き抜き、メテオストームシャフトにスイッチを装填する。

 メテオ、必殺の一撃の前フリだ。

 

 

 ────LIMIT BREAK!────

 

 

 音声の後、メテオストームスイッチに『ストームワインダー』という紐を装着する。

 その後、メテオはストームワインダーをスイッチから一気に引き抜いた。

 メテオストームスイッチに取りつけられた風車、『ストームトッパー』が激しく回転。

 そしてそれを地上に向けた状態でスイッチの側面ボタンを押した。

 メテオ必殺の一撃の掛け声と共に。

 

 

「『メテオストームパニッシャー』ッ!!」

 

 

 メテオストームスイッチから回転ゴマのようにストームトッパーが分離し、地上へ向けて高速回転しながら落下していく。

 直後、ストームトッパーは地上に叩き伏せられたギルガラスとプラノドンへ容赦なく襲い掛かり、素早い動きで2体を連続で切り裂いた。

 メテオストームパニッシャー。それはメテオストームの姿でのみ放てる必殺技だ。

 メテオは着地後、ストームトッパーを元の位置であるスイッチに回収。

 そしてプラノドンとギルガラスは何度も切り裂かれた結果、爆砕した。

 

 

「お前もだッ!!」

 

 

 メテオストームシャフトを振るいながら、再びストームトッパーを射出。

 目標はカニバブラー。必殺技を彼へ向けて方向転換させたのだ。

 しかし、カニバブラーは左手の巨大なハサミでそれを捌ききっていた。

 何度か切り裂かれつつも、甲殻類であるカニの特性を併せ持ったカニバブラーはそれに耐え、ストームトッパーの攻撃をハサミで防御していた。

 

 

「俺はそう簡単にはやられんぞォッ! 仮面ライダーァッ!!」

 

 

 メテオストームパニッシャーを防ぎきるのは容易ではない。

 それを防御し続ける辺り、カニバブラーも決して弱い怪人ではないのだろう。

 だが、メテオは焦る事無く次の行動に移っていた。

 ストームトッパーに気を取られているカニバブラーを余所に、メテオは普通のメテオスイッチをメテオドライバーへセットし、スイッチをオンにした。

 

 

 ────METEOR! ON! Ready?────

 

 ────METEOR! LIMIT BREAK!────

 

 

 メテオドライバーの中心にある天球儀を回し、メテオは構えた。

 左足に集う青き光と共に、メテオは跳び上がって蹴りの体勢を取る。

 嵐を纏い進化した流星が放つ、必殺の一撃。

 メテオストームによるメテオストライクが、カニバブラーを狙った。

 

 

「ホォォォォワチャァァァッ!!」

 

「ゴォ、ガァァァッ!!?」

 

 

 ストームトッパーの連続攻撃を防いでいるところに放たれた必殺の蹴り。

 メテオの蹴りはカニバブラーの防御をすり抜け、胴体へ直撃。

 ストームトッパーが囮の役割を果たしていたという事だろう。

 叩きこまれた蹴りの後、メテオはカニバブラーを足場に後ろへ下がるように跳ねた。

 着地後、メテオストームシャフトを構え直しながらメテオは苦しむカニバブラーから目を逸らした。

 ただ1つ、言葉を添えて。

 

 

「お前の運命(さだめ)は、俺が決める。お前には事後報告だがな」

 

 

 カニバブラーもまた、メテオストライクの一撃に耐えられずに爆散。

 メテオはそれを見る事も無い。確実に倒したという確信があったから。

 パワーダイザーの助けもあったとはいえ、3体の怪人を退けたメテオは早々に気持ちを切り替え、戦闘員達へと思考を集中させた。

 倒した敵の事など考えている暇はない。

 パワーダイザーと共に、メテオは戦場を駆け抜け続ける。

 

 

 

 

 

 メテオが怪人と戦っていたのと同じ頃、ゴーバスターズはレディゴールドと戦っていた。

 レディゴールドの強さは何も速さだけではない。

 彼女は本来策謀を巡らせるタイプなので頭も良い、敵を惑わす術にも長けている。

 しかもロッククリムゾン程ではないにせよ、幹部クラスと言って差し支えの無い白兵戦での実力も持っていた。

 

 

「チッ!」

 

「フフッ!」

 

 

 超高速の中での戦闘。

 レッドバスターのソウガンブレードがレディゴールドのステッキと火花を散らす。

 両者共に高速移動を一旦解き、距離を取って睨み合った。

 

 

「私のスピードについてこられるのは褒めてあげる。でもね、それだけ?」

 

「…………」

 

 

 煽るレディゴールドに対し、マスクの奥でムッと顔を顰めるレッドバスター。

 悔しいが事実だ。

 現状、レッドバスターだけでレディゴールドを攻略する事は難しい。

 

 

「ヒロム、どうする?」

 

「もう! メタロイドはすぐそこなのに……!」

 

 

 冷静に務めるブルーバスター。

 目と鼻の先にいるスチームロイドを見て、歯痒さを感じているイエローバスター。

 スチームロイド撃破が現状最優先の任務だ。

 目的の敵がいるのに手が届かないのは何とももどかしい。

 しかし、功を焦って突破できる程、レディゴールドも甘くはないのだ。

 

 

「気持ちは分かるが、今はレディゴールドだ。……リュウさん、ヨーコ」

 

 

 レッドバスターが2人に近づくように促し、ゴーバスターズの3人は小声で作戦会議を始めた。

 勿論、レディゴールドに攻撃されないように警戒は解かない。

 そして必要最低限の事を極短時間で伝えるだけだ。

 時間にして僅か数秒。そして内容を聞いたブルーバスター、イエローバスター両名は小さく首を頷かせる。

 

 3人はそれぞれに武器を構えた。

 レッドバスターは新たにイチガンバスターを転送し、両手にソウガンブレードとイチガンバスターを。

 ブルーバスターは素手のまま。

 イエローバスターはイチガンバスターを。

 

 先程とそう変わらない武装と構えを見て、レディゴールドは怪しく笑う。

 

 

「面白い小細工でもしてくれるのかしら?」

 

「さて、な!」

 

 

 レッドバスターが高速移動に入った。

 対抗するようにレディゴールドも高速移動に入る。

 言ってみれば高速移動はレッドバスターとレディゴールドが1対1になる為の場だ。

 どちらかが高速移動に入れば、対抗の為にもう片方も高速移動せざるを得ない。

 

 ソウガンブレードと黄金のステッキが火花を散らせたかと思えば、次の瞬間には数百m先の場所で金属音が鳴り響く。

 そんなレベルで場所を目まぐるしく変えながら赤と金が戦場を駆け巡っていた。

 

 

「ッ!」

 

 

 激しい剣捌きでレッドバスターはラッシュをかけた。

 突然の挙動の変化にレディゴールドは防御に転じる。

 攻撃を防ぎつつ、その勢いのせいで後ろに下がる事を余儀なくされるものの、全ての攻撃を防ぎきっていた。

 この競り合いも全て高速の世界で行われている。

 ブルーバスターもイエローバスターも、2人の姿は見えていない。

 

 

「こんなものぉ?」

 

「此処だッ!!」

 

 

 挑発を無視しながらイチガンバスターの引き金を引いたレッドバスター。

 だが、その光弾はレディゴールドを大きく外し、レディゴールドの斜め後ろに着弾。

 大暴投にも近い攻撃。

 レディゴールドはちらりと着弾点を見やりながら、それを鼻で笑った。

 

 

「何処を狙って……ッ!?」

 

 

 瞬間、レディゴールドの表情は驚愕の色に染まる。

 着弾点の近くには、腕を振り上げたブルーバスターがいた。

 イチガンバスターの攻撃で焦げた後の残るアスファルト。

 その一点に向けて、ブルーバスターは握った拳を振り下ろす。

 

 

「GOッ!!」

 

 

 ブルーバスターが叩いた地面から衝撃が広がっていく。

 アスファルトが砕け、前方へ広がる衝撃波はレディゴールドをも巻き込んだ。

 衝撃のせいで宙に浮きあがり、まるで無重力のような状態に囚われてしまったレディゴールド。

 高速移動自体は宙に浮いていても問題なくできるのだが、衝撃波の檻のせいで身動きが完全に取れなくなってしまっていた。

 

 此処でようやく理解した。

 何故、レッドバスターがいきなり動きを変えて激しい攻撃を行ってきたのか。

 何故、イチガンバスターを外したのか。

 

 

(私を後退させてあの場に無理矢理移動させるためッ……! さっきの銃が合図ッ!?)

 

 

 元々、あの場所に誘き寄せるためのレッドバスターとの1対1。

 そしてイチガンバスターでブルーバスターに攻撃のタイミングを、着弾点で攻撃の場所を指示した。

 その結果が、今のレディゴールドの状態という事。

 誘き寄せるレッドバスター。動きを止めるブルーバスター。

 そしてもう1人、ゴーバスターズは残っている。

 

 

「ハアァァァァッ!!」

 

 

 いつの間にか跳んでいたイエローバスターが上空より、重力の勢いを加えて右足を突き出した跳び蹴りの構えへと移行する。

 それは宙に浮かんでいるレディゴールドの脇腹目掛けて、見事にヒットした。

 

 ブルーバスターが起こした衝撃波による一瞬の無重力のような状態。

 その僅かな間に、イエローバスターは既に蹴りの体勢へと入っていたのだ。

 そしてレディゴールドが衝撃波の檻から解放されるのとほぼ同タイミングで蹴りの一撃。

 しかも、イエローバスターの能力は『脚力強化』。

 その威力は跳躍だけでなく、蹴りでも十分に発揮される。

 

 

「ぐっ、あぁぁッ!!?」

 

 

 脇腹へのクリーンヒットを貰って吹き飛ぶレディゴールド。

 レッドバスター1人では勝てない相手だろう。

 だが、ゴーバスターズはそもそも個人ではなくチームである。

 コンビネーションを想定して動き、複数での戦い方に長けている。

 1人で駄目ならコンビネーションで対応するのが彼等のやり方なのだ。

 

 イエローバスターの蹴りの直後、ゴーバスターズの3人は横に並び立つ。

 唯一イチガンバスターが手元にないブルーバスターはそれを転送させ、3人は同時にイチガンバスターを構え、操作した。

 

 

 ────It's time for buster!────

 

 

 エネトロンがチャージされ、3つのイチガンバスターは吹き飛んだレディゴールドを正確に狙う。

 そして、3人のバスターズは引き金を同時に引いた。

 レディゴールドは吹き飛んだ後、地面に叩きつけられる前に何とか体勢を立て直し、膝立ちの姿勢で着地に成功していた。

 だが、そんな彼女が次に前を向いた時に見たのは、自分に迫る3つの閃光。

 

 イチガンバスターから発射された強烈な3つの光線がレディゴールドに着弾。

 爆発と共に煙が上がり、その姿が見えない。

 

 

「やったか……」

 

 

 レッドバスターが呟く。

 当たりはした筈だ。外れたなら、そもそも着弾による爆発が起こる筈がない。

 爆炎を一切の油断は無しに睨み付けるゴーバスターズ。

 必殺の一撃を叩きこんだとはいえ、完全に仕留めたか分からないからだ。

 そしてそんな嫌な意味での予感は当たってしまっていた。

 

 爆発による煙を切り開くように、黄金女王が煙の中からゆらりと現れた。

 足取りはフラついているが、苦々しく唇を噛みながらゴーバスターズを睨むだけの体力はあるらしい。

 

 

「やってくれたわね……。この借り、いずれ返すわよ」

 

 

 テンプレートとも言えるような捨て台詞。

 直後、レディゴールドの姿は消えた。どうやら撤退したようだ。

 耐えこそしたものの、流石のレディゴールドも状況不利だと思ったのだろう。

 そして今回の作戦はヴァグラス主導のもの。

 他組織の作戦に自分の身を削ってまで参加する義理は無い、という事か。

 あくまでもヴァグラスとジャマンガの関係は、お互いの利害の一致によるものである。

 決して信頼関係のようなものは無い。

 仲間の相談に乗るとか、助け合うとか、そんな感情は一切存在しないのだ。

 

 

「……急ごう、次はメタロイドだッ!」

 

 

 スチームロイドへの道を邪魔するものはいなくなった。

 一方ですぐ近くにいたスチームロイドも、自分を守護していたレディゴールドの撤退を見ていたようで。

 

 

「んだよッ! 仕事放棄とは感心しねぇぜ!」

 

 

 怒鳴り声を上げながらベルトコンベア型の腕を振り回すスチームロイド。

 工場から生まれたメタロイドな為か、性格も仕事場の上司のようなものであるらしい。

 ともあれゴーバスターズは目当てのスチームロイドに漸く辿り着いた。

 本当の戦いは、此処からだ。

 

 

 

 

 

 一方、立花響。

 ノイズ相手に奮戦する彼女だったが、今、彼女は別の存在から喧嘩を売られている。

 

 

「ウアッウアッ! 食らえぇィッ!!」

 

「う、あッ!!」

 

 

 稲妻を食らい、体に流れる電撃に悶える響。

 敵の名前はエイキング。

 名前通りのエイの怪人であり、稲妻を操り、空も飛べる相手だ。

 エイキングは自由に稲妻を発生させ、それを使って敵を攻撃する。

 

 稲妻は別に光速なわけではない。

 現象としての『稲妻』というものが発光していて、その光は確かに光速だ。

 つまり『稲妻』という現象自体はもっと遅い速度である。

 だが、遅いと言っても比較対象は光速。

 当然ながら人間感覚で言えば凄まじい速さである。

 

 エイキングは稲妻を操る。

 そしてそれは回避できるような速度ではない。

 シンフォギアの防御性能ならば稲妻を受けても死にはしないが、流石に平気というわけにはいかない。

 

 では、反撃に転じたい。

 しかしそれが簡単に行かない理由があった。

 

 

「どうしたァ? 手も足も出ないか、小娘が」

 

「くっ……!」

 

 

 エイキングは悠々と空を飛んでいるのだ。

 彼はプラノドン達同様、大ショッカー航空部隊のメンバー。

 飛翔能力を持ちながら稲妻を操るエイキングは、空中から爆撃のように稲妻を落としてくる。

 対して響は高いジャンプこそできるものの、基本的には接近戦主体だ。

 はっきり言って、相手が悪すぎる。

 今の響にとってエイキングは、下手をすればロッククリムゾンよりも強敵だ。

 

 

「ウアッウアッ……このまま嬲り殺してくれるわッ!」

 

(何とかしないと……。でも、空飛ぶ相手に対しての映画なんて見てないし……)

 

 

 映画は何でも教えてくれる。敵の攻略法だって何のその。

 とはいえ対空中戦用映画は未見だ。

 そんな響が思いつく攻略法と言えば、空を飛べるようになるか、遠距離からのミサイルとか銃での迎撃。

 響が使っている今のガングニールにそんな性能は無い。

 

 せめてアームドギアが手にできれば、と響は思わずにはいられない。

 2年前のライブ会場で見た、前任ガングニール装者である奏の戦い。

 あの時、奏は槍を構え、それを投擲したり竜巻を起こしたりと色々していた。

 それができれば空中戦もこなせるのだが。

 

 

「走れ、稲妻ァッ!!」

 

「うぅ、あぁぁぁッ!!?」

 

 

 考え事をしている内に稲妻を浴びてしまう響。

 警戒していたので防御態勢こそできていたものの、体中を駆け巡る電流相手に防御はあまり意味をなさない。

 電流が流れ切った後、ガックリと膝をついてしまう響。

 このまま何度も受けていたら流石にもたない。

 

 空を飛べる仲間達もそれぞれに戦っている。

 メテオはプラノドン含めて3体も相手にしているし、フォーゼも他の面々が怪人を相手にしている影響で無数の戦闘員相手に奮戦している状態だ。

 射撃で打開したいところだが、それができるゴーバスターズはレディゴールドと戦い、ディケイドとWもアルティメットD相手に手が離せそうにない。

 

 

(このままじゃ……ッ!!)

 

 

 助けは期待できない。

 打開策は思いつかない。

 それでも、此処で自分が倒れるわけにはいかないと諦めない。

 

 そんな諦めない気持ちが起こしたのかは分からない。

 ただ、間違いなく最高のタイミングでそれは起こった。

 

 

 ────聖詠────

 

 

 戦場に鳴り響く、響とは違う『歌』。

 間違いなくそれは聖詠であり、聖詠とはシンフォギアを纏う為の歌である。

 その声、その歌、響の耳には聞き覚えがある。

 

 

「食らえッ!!」

 

 ────MEGA DETH PARTY────

 

 

 声のした方向から放たれたミサイルの群れ。

 それらは全てエイキングを狙い、逃げるエイキングを追尾し続けた。

 遂にミサイルはエイキングに着弾。

 爆炎の中から落下という形で姿を現すエイキングは、そのまま地上に激突。

 怪人だけあってそれだけで死ぬ事は無いが、ダメージは十分に与えただろう。

 

 そして、ミサイルを発射した張本人が現れた。

『彼女』はジャンプしてきたのか、響の近くに着地。

 顔は無表情というよりかは、どちらかというとムスッとした感じだ。

 響の方へ顔を向ける事も無く、エイキングの事しか目に入れていない。

 今もって敵とも味方とも付かぬ、それでいて響達は友達になりたいと思っている彼女。

 そんな彼女が、思いがけぬ増援としてやってきたのだ。

 

 彼女の名は雪音クリス。

 イチイバルの聖遺物を身に纏う少女だ。

 

 それを見た響の表情は、怖い表情のクリスと正反対に笑顔だった。

 

 

「クリスちゃん!」

 

「んだよ、早々に耳元でうっせぇ」

 

「だって助けに来てくれたんでしょ? 嬉しいよ!」

 

「バッ、勘違いすんなッ! 私はただ……ッ!!」

 

「ただ?」

 

「ッ……。なんでもねぇッ!!」

 

 

 グイグイ迫ってくる響を振り払い、クリスは立ち上がろうとするエイキングをキッと睨んだ。

 

 

(此処にいるアイツ等と一度でも手を組んだ罪が消えるなどと思っちゃいねぇ……。

 それでも、あたしの起動させちまったソロモンの杖が操ってるノイズまでいる。

 だったら何もしないわけにはいかねぇだろうが……ッ!!)

 

 

 響が大分片付けたが、周囲にはノイズがちらほら残っている。

 統制された動き、この乱戦の中にタイミングよく発生している事から見ても、間違いなくソロモンの杖によるものだ。

 ソロモンの杖はクリスの歌声で起動している。

 だからこそ、クリスは責任を感じていた。

 

 その上、デュランダルを巡る戦いの際にクリスはヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカーと組まされた。

 その後もヴァグラスと二面作戦を展開する事もあった。

 クリス本人は争いを憎み、無関係な誰かが傷つく事を嫌う。

 当然、人間を傷つけるヴァグラス達など論外もいいところだ。

 そんな奴等と、事情はどうあれ組んでしまった過去をクリスは悔やんでいた。

 幾らフィーネに良い様に使われていただけとはいえ、罪の意識をクリスは背負っていた。

 

 エネタワー周辺が戦場となり、周辺住民の避難が行われている事。

 二課が鳴らしたであろうノイズの警戒警報まで鳴った事。

 これらエネタワーを中心とした大規模な騒動は根無し草のクリスにも伝わった。

 だからクリスは此処に来た。

 罪を償う為、自分のしてしまった過ちを自分の手で、少しでも撃ち貫くために。

 

 

「じゃあクリスちゃん、協力しよう!」

 

「ハッ、あたしはあたしで好きにやらせてもらうッ!」

 

「え、あれッ!?」

 

 ────魔弓・イチイバル────

 

 

 クロスボウを両手に構え、歌を口にしながら、クリスは1人で飛び出してしまう。

 あっ、と声を出しながら手を伸ばす響だが、クリスはエイキングと交戦状態に入ってしまった。

 既にかなり大きなダメージを貰っているエイキングに対し、クリスはエネルギーの矢を連続で発射し、絶え間なく攻撃をし続けていた。

 矢は避けても次の一撃がすぐに放たれ、食らえばそこから攻撃が立て続け。

 とにもかくにも矢のせいで自由に動きがとれなくなってしまったエイキングは防戦一方。

 

 雪音クリスは強かった。

 響やフォーゼと戦った時も、相手が話し合いを求めていたとはいえ、2対1で戦って見せた事もあるのだから。

 

 クリスの言葉は置いて置き、響が「とりあえず、私も加勢しないと」と、自分も参戦しようとした時、声をかけてくる人がいた。

 

 

「響ちゃん!」

 

「へっ? あ、夏海さん!?」

 

「はい。久しぶり……って程じゃないですね」

 

 

 あまり時間は経っていないが、咲と舞の喧嘩の一件以来の再会。

 仮面ライダーキバーラこと夏海は戦闘員を蹴散らしている内に戦っている響の姿を見つけ、此処までやって来たのだ。

 キバーラは重火器を扱う初めて見る女の子の方を見た。

 響と話していたようだが、一体誰なのかと。

 

 

「あの子も響ちゃんのお友達ですか?」

 

「えっと……これからそうなる予定ですッ!!」

 

「?」

 

 

 共闘しようとしている割には妙な返答に首を傾げるが、複雑な仲か何かなのだろうとキバーラはとりあえず納得した。

 士と海東だって最初はとても仲間といえる間柄ではなかったが、いつの間にやら共闘するようになったし、そういう事なのだろうと。

 

 ともかく会話も長くしているわけにはいかず、2人はエイキングと戦うクリスに手を貸す為に彼女の元へ駆けた。

 クリスは矢のエネルギー弾に腰部アーマーからのミサイルを交えて攻撃を行い、その威力でエイキングを再び遠くへ吹き飛ばす。

 そこに響とキバーラが合流した。

 

 

「とにかく! クリスちゃん、手伝うよ!」

 

「好きにやらせてもらうって言った筈だ、お前はお前で戦えってんだ。

 で? そっちのアンタは何モンだ。またライダーかなんかじゃねぇだろうな」

 

「はい。私は光夏海、仮面ライダーキバーラです。クリスちゃん、って言うんですね?」

 

「フン、言っとくがあたしはお仲間ってわけじゃねぇからな。勘違いすんなよ」

 

「え、あ、はぁ……?」

 

 

 つっけんどんな態度は変わる事無く、クリスはキバーラに対しても突き放す様な態度だ。

 そのわざと突き放そうとする態度、わざと関わらないようにするような言葉。

 実のところキバーラはそういうのに多少耐性があった。

 何せ、いちいち皮肉や悪態をついてくる士と旅をしていたのだ。

 この程度の言葉でおたついていては、彼の相手などできるわけがない。

 そんなわけで、キバーラはクリスの言葉に一瞬戸惑いつつも、すぐにどういう子なのかを把握した。

 

 

(素直じゃない子、何ですかね?)

 

 

 クリスが知ったら「ちげぇッ!?」と怒鳴りそうな把握の仕方だが。

 素直じゃないのは士も一緒。

 今更物怖じする必要もないし、敵でないなら問題は無い。

 そんなわけで、思いのほか早くキバーラは雪音クリスという少女に順応したようで。

 

 

「ならクリスちゃん、一緒に戦いましょう」

 

「ってオイ、聞いてなかったのか? あたしはダチでも仲間でも……」

 

「敵は一緒です。私達が争う理由も無いんですよね?

 じゃあ、いいじゃないですか。今だけですから、ね?」

 

「……チッ、足引っ張んじゃねぇぞ」

 

 

 ぐいぐいと推す響や弦太朗とは違う、やんわりとした物言い。

 どちらかと言えば丸め込むような発言でクリスから上手く共闘の了解を取り付けたキバーラ。

 なお、キバーラ自身が意識してやってわけではないが、『今だけ』と言う事がミソである。

 この一言により『仕方なく今回だけ共闘する』というニュアンスが生まれ、素直じゃない人でも「じゃ、じゃあ仕方ないな」と協力を承諾しやすくなるのだ。

 士や大樹を見てきたからこそのキバーラの言葉。

 横で聞いていた響は密かに感銘を受けていた。

 

 

(はぇ~、クリスちゃんを納得させちゃった。ああ言えばいいのかぁ……)

 

 

 今度私も使ってみようと密かに思う響だった。果たして響で上手くいくかは、また別の話だが。

 一方、吹き飛ばされたエイキングは既に立ち上がり臨戦状態にまで復帰。

 既に空へ飛び立とうと翼と一体化した腕を動かしていた。

 が、会話の直後でもそれを見逃す様なクリスではない。

 

 

「させるかッ!!」

 

「グギィッ!!?」

 

 

 クロスボウの引き金を引いて矢を放ち、正確にエイキングの左腕を撃ち抜いた。

 羽ばたけなくなったエイキングは左腕を右手で抑えながら一瞬悶えるものの、すぐにその眼光を蘇らせ、女性3人組を睨んだ。

 

 

「こ、むすめどもがァッ! 走れ、稲妻ァッ!!」

 

 

 しかし飛ぶだけがエイキングの能ではない。

 全身から発生した稲妻はエイキングの意のままに、3人に向けて放たれる。

 速度を考えれば避ける事はできない。できるのは耐える事だけだ。

 両腕をクロスさせるものの、電撃そのものは身体に伝わる。

 かと言ってそれだけで倒れ伏せる程、彼女達もやわではない。

 何より、エイキング自体が手負いな為か、響が食らっていたそれよりも電撃の威力は落ちていた。

 

 

「ん、の野郎ッ!!」

 

 

 故にすぐさま反撃に転じられる。

 電撃が収まったところで、クリスがクロスボウでエイキングを狙う。

 しかし狙いこそ正確でも、攻撃された直後の反撃で初動が遅れてしまっていた。

 エイキングは跳躍して自分を狙ったエネルギーの矢を躱し、それらはエイキングが元いた場所へ着弾した。

 

 跳躍の途中から飛翔に転じようとするエイキング。

 再び上空からの稲妻で仕掛けてくるつもりなのだろう。

 クリスのミサイルも、先程のような不意打ちでなければ全方位の稲妻で全て撃ち落とせる。

 そう考えての飛翔の体勢。

 が、飛翔姿勢に移る一瞬の隙を正確に突くものが1人。

 

 

「ハアァァァァァッ!!」

 

「グッ、オォォッ!!?」

 

 

 高速で接近し、地面から離れていたエイキングを地面に叩きつけるようにぶん殴ったのは立花響。

 彼女は特に何を考えていたわけでもない。

 クリスの攻撃を躱したエイキングを見て、上空に飛ばれると厄介だから追おうとした、ただそれだけ。

 躱されたクリスの攻撃が陽動となり、急接近した響が一撃をぶちかます。

 偶然にも彼女達の攻撃が奇跡的に噛み合ったのだ。

 

 

(今なら!)

 

 

 クリスの攻撃を数度浴び、響の一撃で地面に無理矢理叩きつけられたエイキングはそう簡単に立ち上がれない。

 大きな隙が生まれた瞬間、キバーラは右手に持ったサーベルを逆手に持ち替え、構える。

 サーベルが薄紫の輝きに包まれたかと思えばキバーラの背中にも同じ色をした光の翼が出現。

 その翼をはためかせて飛翔したキバーラは、立ち上がろうとしていたエイキングへ突進した。

 

 

「グウッ!?」

 

「ヤアァァッ!!」

 

 

 女性らしい声ながら気合の入った一声。

 すれ違いざま、逆手に持ったサーベルがエイキングの胴体を斬り裂いた。

 仮面ライダーキバーラの必殺技、『ソニックスタッブ』。

 女だからと馬鹿にしてはいけない。

 他のライダーと同じく怪人に炸裂すれば、その一撃は間違いなく必殺である。

 

 胴体を切り裂かれたエイキングは爆砕。

 腕で顔を庇うような姿勢で爆風をやり過ごす響とクリス。

 そして爆発の向こう側には、光の翼が消えて地面に降りたったキバーラが背を向けて立っていた。

 キバーラは2人に振り向くと左手で小さなガッツポーズを取って見せた。

 

 

「やりましたね!」

 

「はいッ!」

 

「フン……」

 

 

 キバーラの声に同調する響。素っ気なく顔を背けるクリス。

 クリスの態度にも気を悪くする事なく、それどころか士のつっけんどんな態度を思い出して「フフッ」と笑う様子まで見せた。

 尤も、そんな風に笑っている余裕は極僅か。

 仮面の奥の顔はすぐに凛々しい顔つきへ変わり、キバーラはサーベルを再び順手に持ち替え、周囲の戦闘員へ斬りかかる。

 

 

「私達も行こう、クリスちゃん!」

 

「あたしはあたしでやるって言ってんだろッ!」

 

 

 キバーラに続いて響が拳を振るい、クリスがクロスボウを周囲の敵へ向ける。

 口ではどうこう言いつつも、決してクリスは響やキバーラに銃を向ける事は無い。

 その意地っ張りな態度のせいでコンビネーションなど取れたものではない。

 それでも彼女は、間違いなく強力な助っ人であると言えるだろう。

 

 

 

 

 

 それぞれの戦場と同じ頃、キバーラと手分けして戦闘員を片付けていたクウガもまた、怪人と戦っていた。

 キバーラは響と、何やら赤い姿の女の子と合流している様子だが、クウガにそちらを気にする余裕はない。

 相手の名はドクガンダー。空を飛ぶ蛾の怪人だ。

 大ショッカーの空飛ぶ怪人軍団の1人だけあり、敵は常に飛行し、それでいて指先から強力なロケット弾を発射してきている。

 

 

(せめて銃っぽいのが落ちててくれればなぁ……!)

 

 

 クウガには『緑のクウガ』、正式名称『ペガサスフォーム』という姿がある。

 様々な感覚が研ぎ澄まされ、耳や目といった感覚器官が強化される。

 それこそ透明な敵を足音だけで見つけるとか、遥か上空の敵を射抜く事など造作もない程に。

 そしてペガサスフォームには固有の武器、『ペガサスボウガン』がある。

 しかしクウガの周囲の物体を武器に変えるという特性は当然ながらペガサスフォームにも適用され、『銃を連想させるもの』が無ければ得物を手にする事ができないのだ。

 水鉄砲でも何でもいいのだが、そんなものが都合よく落ちているわけがない。

 

 武器の無いペガサスフォームは戦闘に向かない。

 感覚器官の強化もあって遠距離戦が得意なのだが、その遠距離戦をするための武器が無いのだ。

 そういうわけもあってクウガは攻めあぐねていた。

 

 

「逃げてばかりか、ライダーッ!!」

 

「俺だって反撃したいけど、さッ!!」

 

 

 回避に専念しているだけあり、クウガに攻撃は当たらない。

 ロケット弾が当たらない事にイラつくドクガンダーは挑発のようにクウガを煽るが、気に留める様子もなく、上空からの攻撃を躱していく。

 

 

(せめて、何かしら銃が……?)

 

 

 周囲の戦闘員を蹴散らして動けるスペースを確保しつつ、ドクガンダーの攻撃を躱しつつ、辺りを見渡すクウガ。

 そこで彼の目に入ったのは、この戦場に来た時に最初に会ったゴーバスターズだ。

 彼等はレディゴールドを退け、現在はスチームロイドと交戦中。

 レッドバスターがスチームロイドと戦い、残り2人が周囲の戦闘員を受け持って、レッドバスターの1対1を邪魔させないようにしている様だ。

 

 が、クウガが気にしているのはそこではない。

 とにもかくにもこのままでは埒が明かないので、クウガは一旦、青の姿、ドラゴンフォームに変身して俊敏性を強化。

 走った後に横跳びに近い跳躍をして、ゴーバスターズ達へ一気に近づいた。

 当然、それについていくように上空のドクガンダーもついてきてしまうのだが。

 

 青いクウガは同じく青い姿のブルーバスターに近づき、詰め寄るように近づいた。

 

 

「なあ! その銃、貸してくれないか!?」

 

「貴方はさっき会った……。分かりました、どうぞ」

 

「サンキュー!」

 

 

 流石はプロというべきか話が早く、ブルーバスターは戦闘員掃討に使っていたイチガンバスターをクウガに手渡した。

 イチガンバスターやソウガンブレードは基地内に予備があるので、呼び出そうと思えば幾つか呼び出すことができるので困らない、という事もあるのだろう。

 

 

「食らえィッ!!」

 

 

 そんなやり取りの最中でもドクガンダーはお構いなくロケット弾を発射してくる。

 クウガを狙ってのものだったが、近くにいたブルーバスターも巻き込まれる形となってしまい、2人は同時に回避行動をとった。

 それぞれ左右に転がった2人。

 そしてイチガンバスターを受け取っているクウガは、その姿を変える。

 

 

「……超変身ッ!」

 

 

 一瞬、息を落ち着かせてからの変身。

 ペガサスフォームは感覚強化のフォーム。

 それだけに目や耳から入ってくる情報量が通常のそれとは比較にならない程で、それに耐える為、情報を取捨選択する必要がある。

 その為には集中力が必要で、ペガサスフォームになる事自体、それなりに神経を使うのだ。

 

 クウガは青から緑へ、ペガサスフォームへと変化。

 さらに手にしていたイチガンバスターもペガサスボウガンへ変わった。

 

 即座にクウガはペガサスボウガンのトリガーレバーを引いた。

 すると、ペガサスボウガンの前部にある弓のような部分が、文字通り弓のように引き絞られる。

 そしてクウガはそれを構え、上空を舞うドクガンダーを狙った。

 

 

「何になろうとも無駄だァ!!」

 

 

 遥か上空のその声も聞こうと思えば聞こえるが、今のクウガにそれを聞く余裕はない。

 クウガを狙って、ドクガンダーの指先から発射されるロケット弾。

 しかしクウガは回避行動をとらず、ただ狙いを定め続けた。

 

 緑のクウガには見えていた。

 複数個発射されたロケット弾の内、近くに着弾するものが数発、直撃が1発。

 真正面から向かってくるロケット弾が直撃コースのそれだ。

 それでもクウガは怯まず、動かない。

 

 

「ッ!」

 

 

 ペガサスボウガンの引き金を引いた。

 圧縮された空気弾が発射され、それは正確に、直撃コースに乗っていたロケット弾に命中。

 さらにロケット弾を貫通した空気弾は、その一直線上にいたドクガンダーにまで命中した。

 ペガサスフォーム必殺の一撃、『ブラストペガサス』はドクガンダーに致命的なダメージを与えたのだ。

 

 

「アッ、グゥッ!?」

 

 

 突然の衝撃。痛みに落下したドクガンダーは、上空で爆散。

 直後、クウガは息を吐いて肩の力を抜きつつ、赤いマイティフォームへ戻った。

 それに伴いペガサスボウガンもイチガンバスターに戻る。

 これが緑のクウガ。一撃必殺で相手を仕留める姿だ。

 

 とはいえ休んでいる暇もなく、クウガはそのままゴーバスターズに協力する形で戦闘員との交戦に入った。

 イチガンバスターを返却しようと、ブルーバスターに近づくクウガ。

 

 

「ありがとう、助かった!」

 

「いえ、こっちこそ助かってます。状況が状況なんで」

 

「じゃあお相子って事で! ……それで、物は相談なんだけどさ」

 

「?」

 

「……今度は、剣を貸してほしくて」

 

 

 クウガには紫色の『タイタンフォーム』が存在している。

 剣を使う姿で、鎧のような硬い身体はちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしない。

 この集団戦、赤いクウガで戦い抜く事もできるかもしれないが、得物があった方が、何よりも何処から攻撃が飛んでくるか分からないので、頑強な姿でいた方がいいと判断したのだ。

 

 そんなわけでブルーバスターは予備のソウガンブレードを転送し、クウガにレンタル。

 紫の姿となったクウガはソウガンブレードを大剣、『タイタンソード』へ変化させて戦闘員を薙ぎ払っていった。

 

 

 

 

 

 東京エネタワーの展望台の外。

 通常なら人間が立つべき場所ではない危険な場所に、エンターは立っていた。

 

 

「……戦況は不利、とは言い切れませんが、有利……ではありませんね」

 

 

 2号は覚悟していた事だが、まさかさらに仮面ライダーの助っ人が2人、妙な黄色いパワードワーカーが1機、シンフォギア装者が1人、計4人も増えるとは思っていなかった。

 魔弾戦士がいないとはいえ、ただでさえメテオが増えた直後にこれである。

 敵はどれだけ仲間がいるのかと、ほとほと困るばかりだ。

 

 

「仕方ありません。エネタワーの転送は遅れてしまいますが……」

 

 

 エンターは自前のノートパソコンを開いて操作し始めた。

 画面にはエネタワーにどれだけのエネトロンが集まったかが表示されており、既に6割を突破している状態だ。

 しかし、エンターがキーを操作するとそれは一気に3割程度まで減ってしまう。

 転送の為のエネトロンをエネタワーに溜まったエネトロンで賄ったのである。

 

 そして、転送されてくるのは──────。

 

 

 

 

 

 特命部が転送反応を感知し、それがゴーバスターズに伝えられる。

 オペレーターの仲村が言うには、『どのメガゾードとも質量が一致しない』という事らしい。

 スチームロイドと戦うレッドバスターは通信に答える余裕はないが、戦闘員と戦うブルーバスターとイエローバスターはクウガの助力もあり、返答できるだけの余裕が作れた。

 

 

「メタロイドが出してる煙はまだあるわけだし、メガゾードじゃないって事かな」

 

「じゃあ、陣さんが言ってた……」

 

「うん。多分そうだ」

 

 

 作戦前に陣マサトが口にした可能性。

 それが、現実に転送されて来ようとしていた。

 

 

『3、2、1、来ます!』

 

 

 通信機越しに、仲村が転送完了を告げた。

 東京エネタワー周辺に現れたのはバスターマシン程ではないにせよ巨大な青いヘリが複数機。

 パッと見だけでもかなりの武装が施されており、どうみても通常のヘリのそれではない。

 さらに、バスターマシンよりも巨大な地上空母が1隻。

 戦場の誰もがそれに目を向ける中、ブルーバスターがその兵器達の名前を告げる。

 

 

「ウォーロイドに、ジェノサイドロン……」

 

 

 メガゾードとは違う材質の巨大兵器。

 つまりは、スチームロイドの煙の中でも活動できる兵器達が、現れてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 同じ頃、パワースポット内部にて、翼とリュウガンオーは遣い魔を蹴散らしていた。

 いくら手負いとはいえ、遣い魔程度にやられる程リュウガンオーもやわではない。

 何よりフルで戦える翼がいるのだ。殲滅にそう時間はかからなかった。

 

 

「これで全部か……」

 

「そのようですね」

 

 

 群れとなって現れた遣い魔を1匹残らず倒したのを確認して、2人は奥へと進んでいく。

 そうして歩いていく内に、大きく開けた空間に出た。

 空間の真ん中にはオブジェのようなものが存在している。

 翼はそれを訝し気に見やる。

 

 

「羽……? いや、剣……?」

 

 

 オブジェはまるで、巨大な剣が柄に近い部分まで地面に突き刺さったような形をしており、柄の部分には羽のようなデザインが施されていた。

 そしてその柄の部分に丸い空洞があり、そこからは眩い光が溢れている。

 そこだけが周りの炎とは違い、未知の輝きで光っていた。

 

 

『猛烈なエネルギーがそこから……。そこに鍵を置いてください!』

 

 

 2人の耳に瀬戸山の声が響く。どうやら目的の場所についたようだ。

 そのエネルギーの影響なのかどうか分からないが、剣のオブジェの周囲には草花が生えていた。

 此処に来るまでの間は、道が炎で照らされただけの殺風景な場所だっただけに、余計にそれが目立っている。

 

 ともかく瀬戸山の言葉に頷き、2人は剣のようなオブジェに近づいていく。

 けれどもパワースポットでは何が起こるか分からない。

 そんな言葉通り、新たな敵が2人の前に現れた。

 

 

「ッ!」

 

 

 何処からか現れたそれは、遣い魔だった。

 ただし黒い道着と鉢巻を巻いた、何やら普通の遣い魔と雰囲気の違うタイプだが。

 2人は悟った。

 これは恐らくレディゴールドの遣い魔と同じで、並の遣い魔ではないのだと。

 黒い道着の遣い魔はパワースポットを守護するかのように立っていた。

 落ち着いた佇まいと迫力からして、既に普通の遣い魔ではない。

 

 

「不動さん……」

 

「ああ……。一筋縄じゃ行かなさそうだ」

 

 

 ゴウリュウガンを構えるリュウガンオー。

 アームドギアである細身の太刀を構える翼。

 相対するは、仁王立ちをして2人を睨む黒い道着の遣い魔。

 

 此処まで来たら後は鍵の調整だけなのだ。

 今この時も、仲間達は必至に戦っている。

 こんなところで時間を食われている暇はない。

 そんな想いを胸にして、翼とリュウガンオーは遣い魔へ向けて足を踏み出した。




────次回予告────
敵はさらに戦力を投入してきた。
怪人、ノイズ、しかも今度はジェノサイドロンにウォーロイドだって?
でも、仲間ならこっちにだっている。
しかも新しい仲間まで。まだまだ負けちゃいねぇぜ。
次回も、スーパーヒーロー作戦CSで突っ走れ!


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第66話 敵と味方と第3勢力

 エネタワー周辺に現れる巨大兵器、ジェノサイドロン。

 ジェノサイドロンよりも小型ではあるものの、間違いなく兵器であるウォーロイド。

 スチームロイドの煙に影響されないそれらは、ゴーバスターズがバスターマシンを使えない中で非常に厄介な存在だ。

 

 現れたジェノサイドロンは地上を走行する空母、そのまま地上空母型と言われるタイプ。

 転送されて地上に降り立ったそれは、まるで立ち上がるかのような変形を始める。

 四角い空母が変形していき、両腕が生えた蛇のような姿へ変わった。

 それでいて顔に当たる部分は上顎からは牙が生え、下顎が無く、髑髏のような形の顔に。

 ジェノサイドロンの『グラップルモード』。

 これはジェノサイドロンが戦闘に特化した時の姿である。

 

 

(マズイか……!)

 

 

 スチームロイドと相対するレッドバスターは焦る。

 早くスチームロイドを何とかしなければならないが、スチームロイドは強かった。

 メタロイドというのは基本的に1個体でそれなりに強いものだ。

 しかも戦う中で分かったが、スチームロイドは今まで戦ってきたメタロイドの中でも上位に入るほどに強い。

 攻撃自体は効いてはいるがタフだし、攻撃も大柄な見た目通り、一撃が重い。

 戦闘員の相手をしているブルーバスターとイエローバスター、そして怪人を倒してこちらに参戦してくれたクウガがいるとはいえ、1対1に持ち込めても厳しいのが現状だ。

 

 と、此処でスチームロイドに異変が起きる。

 

 

「んお? チッ、水が切れたか!」

 

 

 スチームロイドが煙突から常時噴出していた煙が出なくなった。

 スチームロイドは水を動力源に、メガゾードの特殊金属を錆びさせる煙を放出する。

 当然、エネルギー源である水が切れれば煙は止まり、その度にバグラーを使って背中の給水口に水を汲んでもらわねばならない。

 そして、それを見たレッドバスターに閃きが過る。

 

 

(……そうかッ!)

 

 

 レッドバスターはスチームロイドがバグラーに水を汲んでくるように指示をする一瞬を付いて、高速移動に入った。

 すぐに戦闘を再開するスチームロイドだが、流石にその高速移動についていけない。

 スチームロイドの目前で停止したかと思えば、すぐにまた遠くへ走り去り、またも近づいて停止。

 まるでおちょくるかのようなその行動にスチームロイドは苛立ちを隠せない。

 

 

「っのぉ、舐めるな! そこだァ!!」

 

 

 が、スチームロイドはレッドバスターの足音と今までの動きから簡単な予測を立て、右腕のベルトコンベアをその方向へ振るった。

 何とそのスイングは、高速移動中のレッドバスターへ直撃してしまう。

 振るわれた大きな一撃が胴体へ直撃し、後方へ飛ばされてしまうレッドバスター。

 彼は地面を転がり、胴体に走る痛みにやや苦しんでいた。

 

 レディゴールドのように同じ速度で動ける敵にならともかく、それをしない相手に高速移動している状態を捉えられたのはレッドバスターも初めてだ。

 スチームロイドの性能の高さを物語っていると言ってもいい。

 

 

「がッ!!?」

 

「ヒュー! オラ、今の内だバグラー共! 水だ水だァ!!」

 

 

 この隙にと、バグラーに水を催促するスチームロイド。

 何とか阻止しようとするブルーバスター達の行く手を阻むように、水を汲む以外の戦闘員達が邪魔をする。

 そうでなくとも捌き切れない戦闘員の数だ。水の補給は免れなかった。

 

 

「フゥゥゥゥゥ! おっしゃあ、来たぜ来たぜぇぇぇ!!」

 

 

 テンション高く、水が溜まってエネルギーが満ちるのを感じたスチームロイド。

 彼の煙さえ絶やさなければ、巨大戦力はジェノサイドロンのあるヴァグラスの1強となる。

 気合十分にスチームロイドは、頭と肩にある3つの煙突から再び錆びる煙を────。

 

 

 ──────出せなかった。

 

 

「うおっ、何だ何だ!?」

 

 

 自身の不調に自分が一番驚いていた。

 煙が出ない。そればかりか、煙突部分に熱がこもっていくような感覚すらしていた。

 その熱はどんどん高まり、そして最終的には。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!!? お、俺の煙突がァァッ!?」

 

 

 煙突は何かが溜まったかのように膨張し、破裂。

 スチームロイドの3つの煙突は全て破損し、最早煙を噴射できるような状態ではなくなってしまった。

 と、それを見ていたレッドバスターが痛みなど嘘だったかのように起き上がる。

 何をした、と憎々しい目線を送るスチームロイドに対し、彼は仮面の中で口角を挙げながら答えた。

 

 

「ピッタリだったな」

 

 

 右手に持った小石を見せつけるレッドバスター。

 彼が何をしたのかは簡単だ。

 スチームロイドに超高速で近づき、気付かれないように3つの煙突全てに小石を幾らか投入して、詰まらせたのだ。

 結果、出る事の出来なくなった煙は煙突の中に溜まり、煙突内部で溜まりに溜まった煙が、空気の入りすぎた風船のように破裂した。

 煙を出している最中にやってもすぐに異常に気付かれるだろうが、煙が出ていない時にやってしまえば煙を出そうとするまで気付かない。

 そして、煙を出そうとして異常に気付いた時には煙突が破裂して終わり、という事だ。

 

 

「て、めぇぇぇ! よくも俺の商売道具を!!」

 

 

 怒り心頭、地団駄を踏むスチームロイド。

 今回の目的はあくまでも『バスターマシン発進の為に煙を止める事』である。

 それをするのにスチームロイドの撃破は関係ない。

 最終的に撃破はしなくてはならないが、まずは煙をどんな形でも止めてしまえばいいのだ。

 とはいえ周辺から煙が完全に消え去るまで時間は少しかかる。

 今すぐにバスターマシンを、というわけには行かないのが辛いところだ。

 

 スチームロイドを煽るように持っていた小石を放り、代わりにレッドバスターはソウガンブレードを手にした。

 錆びる煙の元が消えた今、後は滞留している煙さえ消えてくれればFS-0Oが使える。

 バディロイドの錆の除去が完了すればそちらもだ。

 

 そのタイミングで動く1人の戦士がいた。

 戦闘員を相手に奮戦していた仮面ライダーフォーゼだ。

 彼の元には、司令塔である賢吾からレーダーモジュールを通じて指示が届いていた。

 

 

『メタロイドの煙が止まったと特命部から報告があった。

 あとは大気中の煙を消せばバスターマシンが出せる。だから弦太朗』

 

「えーっと、大気は空気で……『36番』! 合ってるか!?」

 

『フッ、その通りだ』

 

「おっしッ!」

 

 

 大気中の煙を消せばいいという事は、大気や空気に干渉できるスイッチを使えばいいという事。

 弦太朗は馬鹿だが、一度聞けば自分でスイッチを応用できる程度にはアドリブが効く男だ。

 だからなのか、自分が使うべきスイッチを判断し、スカイブルーの色をした『36番』のスイッチを三角のソケットに差し込んだ。

 

 

 ────AERO────

 

 ────AERO ON────

 

 

 引き金のようなスイッチを押すと、左足にモジュールが展開する。

 使用したのは『エアロスイッチ』。

 スイッチと同じスカイブルーの、掃除機のような装置が左足に装着された。

 続いてフォーゼはロケットスイッチを起動させた。

 

 

 ────ROCKET ON────

 

 

 右腕に現れたロケットモジュールでフォーゼは飛翔。

 そして次の瞬間、フォーゼは謎の挙動に打って出た。

 ロケットモジュールを用いて、でたらめな機動を描き出したのだ。

 誰を追うわけでもなく、何か目的があるわけでもなく、ただ戦場全体の上空を掻き回す様な軌道で。

 

 

「どんどん行くぜぇぇぇぇ!!」

 

 

 当然意味もなくやっているわけではない。

 フォーゼはロケットモジュールと同時にエアロモジュールも動かしていた。

 エアロモジュールは周囲の空気を吸い込み、それを圧縮して放つ事ができる。

 つまり空気を吸ったり吐いたりできるモジュールなのだ。

 フォーゼは戦場全体を忙しなく飛び回りながら、エアロモジュールで空気を吸い込み続けていた。

 その行動の結果に誰よりも早く気付いたのは、特命部の森下だった。

 

 

『大気中の煙の濃度が急速に減少! 戦闘領域内でのバスターマシンの活動、いけます!』

 

 

 ゴーバスターズへ通信する森下の目には、大気中に錆の煙がどれだけの濃度で存在しているかを示すモニターがある。

 モニターは間違いなくその濃度が下がっている事を示していた。

 

 フォーゼの、延いては指示を出した賢吾の狙いはそこだ。

 空気を吸い込むエアロモジュールを使う事で、一緒に錆の煙まで吸い込む。

 メガゾードと同素材の特殊金属はフォーゼに用いられていないので、どんなに吸い込もうが無害。

 発生源が断たれた錆の煙はしばらく待てば自然に消えていくだろう。

 だが、のんびり待っている余裕はなく、手立てがあるなら待つ必要もない。

 だから賢吾はフォーゼを動かしたのだ。

 

 飛び回っていたフォーゼは戦場近くの海に接近し、エアロモジュールを左足ごと水面に入れて、溜まった空気を放出した。

 特命部の分析で、水の中では錆の煙の効果は半減すると判明している。

 そして煙自体は特殊金属以外には無害。水の中に解き放つのは正解だ。

 

 

「う、おぉぉぉとッ!?」

 

 

 と、大量に溜めた空気を一気に放出した影響で、空気が思いっきりフォーゼを上空に押し上げてしまった。

 海面から遥か高空まで、ロケットモジュールは一切使っていないのに打ち上げられるフォーゼ。

 エアロスイッチを切り、ロケットモジュールで飛ぶ方向へシフト。

 そんな彼は上空から戦場全体を見渡した。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 どのライダーにも言えるがフォーゼの視界は人間の比ではない。

 そんな彼は戦場のある一点を見た瞬間、ロケットモジュールで一気にその場所へ向かった。

 ウォーロイドや巨大なジェノサイドロンが現れてはいるが、それらには怪人を倒し手の空いた響達やメテオ達が応戦している。

 そんな中にいつの間にか混じっているクリスはちょっと気になるが、そんな場合じゃない場所が戦場に1つあったのだ。

 

 フォーゼが見たもの。

 それは、『アルティメットDに叩きのめされるディケイドとW』だった。

 

 

 

 

 

 地べたにうつ伏せに転がるディケイドとW。

 対し、アルティメットDは悠々と地面を踏みしめていた。

 戦いを見つめるだけで手を出さないキバ男爵は、黙っていた口を開く。

 

 

「どうした、ライダー。そんなものか」

 

 

 テンプレートな煽りだ。

 だが嘲笑にも似たその言葉は、今のディケイドとWには痛い程刺さる。

 アルティメットDは以前にも戦った事のある相手。

 そしてこの2人で打倒した事のある相手だ。

 しかし今回は倒すどころか、攻撃が通っているかすら怪しいという状態だった。

 

 

(何だコイツ……別物もいいとこだぞ!?)

 

 

 立ち上がりながらアルティメットDを睨み付けつつも、翔太郎の心中は穏やかではない。

 以前戦ったアルティメットDも確かに強かったが、それを考えても明らかにレベルが違う。

 前回の戦いを『苦戦』と称するなら、今回は間違いなく『圧倒』されている程に。

 

 

『以前と同じではないと警戒していたつもり、何だけどね……』

 

 

 Wの右目が点滅してフィリップが呟く。

 闘志は失われていないが、流石に声色が少し苦々しげだ。

 キバ男爵はそれを鼻で笑うと、淡々とした口調で語りだす。

 

 

「当然だ。このアルティメットDには相当の強化改造を施している。

 並の怪人ならば耐えられるものではない、複数回に及ぶ強化改造をな」

 

 

 語られるのはアルティメットDの異常な強さの理由。

 その語りを邪魔しないようにアルティメットD本人はピタリと大人しくなっていた。

 ただ、威嚇するかのような奇妙で不快な唸り声を絶やす事は無いが。

 

 

「アルティメットDは元々、ドーパントとネオ生命体の融合によって誕生した怪人。

 元となったドーパントのメモリは『ダミー』。コピーを得意とする能力だったな?」

 

「よく知ってるじゃねぇか……」

 

 

 翔太郎の脳裏に浮かぶのは、かつて解決した『死人還り事件』。

 死人が甦るというホラー染みた事件だったが、蓋をあければ『ダミードーパントが死んだ人間に化けていた』というものだった。

 尤も、ダミードーパントは記憶や能力まで完全に再現する為、相当に厄介なドーパント出会った事も確かなのだが。

 ダミードーパントの事を前置きしつつ、キバ男爵は尚も語る。

 

 

「ダミードーパントはあらゆる姿への変身能力。

 転じて、『どんな姿になっても耐えられる体』を持っていた。

 ネオ生命体はあらゆるものを取り込み、変質する特性。

 こちらも『何を取り込んでも崩壊しない体』を持っていた。

 そして両者の融合体であるアルティメットDはその特性を引き継いでいる」

 

 

 手に持っている槍でアルティメットDを指し示したキバ男爵は声を荒げるでもなく、冷静な声色で語る。

 

 

「どんな姿になっても朽ち果てない究極の肉体を持っていたこいつを、我々は蘇らせた。

 元々アルティメットDを支配していた、厄介なネオ生命体の人格だけは復元せずにな。

 我々は強化改造をこいつに施した。

 通常の怪人なら幾度もの負荷に耐えられない程に回数を重ねて。

 予想通り、究極の肉体を持っていたこいつはそれに耐えた。

 そして今、自我の無いコイツは大ショッカーが誇る『究極の人形(ultimate doll)』となったのだ」

 

「ハッ、究極の人形で『アルティメットD』だと? 寒い駄洒落だな」

 

「っつっても、強さは洒落になってないけどな……」

 

 

 キバ男爵の語りに嘲笑を返すディケイドだが、Wの左側は乾いた笑いを漏らすばかりだ。

 ディケイドもこの状況は問題しかない事を理解している。

 はっきり言ってアルティメットDは強い。キバ男爵の言葉はハッタリのそれではない。

 以前に戦ったアルティメットDも見かけによらず凄まじい速度で動く敵だったが、今回はその比ではない。

 攻撃も重く、速さも力も幹部すら超えた域に達していた。

 

 ディケイドとWはこの部隊の中ではトップクラスの戦歴を持っている。

 それだけの経験を積んでいる為、実力も相応だ。

 少なくとも以前にアルティメットDと戦った時よりは確実に強くなっている。

 その2人が思うのだ。こいつは強すぎる、と。

 

 

(切札は切ってない。……問題は、切っても勝てるかどうか……)

 

 

 まだ手は残されているが、フィリップが思案する不安もあった。

 ディケイドには『コンプリートフォーム』、Wにも『エクストリーム』というそれぞれに上位の姿がある。

 他にもディケイドとWが揃う事で使用できる『切札』も。

 ところが目の前の敵はそれすらも凌駕しかねない敵ときていた。

 

 キバ男爵の語りが終わり、アルティメットDは再度、ゆっくりと歩み出す。

 ゆっくり作戦会議をするわけにもいかないディケイドとWは態勢を整えるも、既に肩で息をしているような状態だ。

 

 そこに、轟音と共に1人の戦士が切り込んできた。

 

 

 ────ROCKET DRILL────

 

 ────LIMIT BREAK!────

 

 

「ライダーロケットドリルキィィィィックッ!!」

 

 

 右手のロケットモジュールを全力噴射、左足のドリルモジュールを全力で突き出し、ドリルそのものも全力回転。

 ついでに雄叫びも全力と四拍子揃って全力の仮面ライダーフォーゼがアルティメットDを真正面から捉えた。

 腕を交差する事でドリルを防ぐアルティメットD。

 対し、力を籠め続け、何としてでもアルティメットDを貫こうとするフォーゼ。

 腕とドリルが火花を散らすが、アルティメットDはその勢いに一歩も後退していなかった。

 

 

「こ、の、や、ろ……おォッ!!」

 

「────オオォォォ!!」

 

 

 必死のフォーゼを嘲笑うかのようにアルティメットDはビクともしない。

 そして咆哮と共に、アルティメットDは腕を全力で開き、ライダーロケットドリルキックを完全に弾いた。

 宙に浮いた状態で隙だらけのフォーゼのどてっぱらに一撃、アルティメットDの拳が炸裂する。

 

 

「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」

 

 

 地面に叩きつけられるも勢いは止まらず、地面を滑るように飛ばされるフォーゼ。

 進行方向にいたディケイドとWが受け止めるが、その2人もフォーゼのあまりの勢いに大きく後退ってしまう。

 土煙の中、何とか止まったフォーゼは腹部を抑えて咳き込んでいた。

 苦しむフォーゼにWが駆け寄る。

 

 

「弦太朗! オイ!?」

 

「だい、じょう……ぐ、ゴホッ……!」

 

 

 心配をかけないようにと強がろうとするも、それすらもできないレベルの痛みだった。

 モロに一撃を貰ったせいか、相当のダメージが来ている。

 ディケイドとWの倒れた姿に居ても立っても居られなくなり助けに入ったフォーゼ。

 そんな彼は今、痛みに耐えつつ何とか立ち上がる。

 彼も今の一撃で察した。目の前の敵が尋常でない事を。

 

 ディケイド、W、フォーゼ。

 3人のライダーが並ぶものの、感情の無いアルティメットDは動揺の1つも見せない。

 その後ろに立つ、感情がある筈のキバ男爵ですら動揺は無かった。

 

 

「3本の矢は折れないと言うが……圧倒的な力の前でも折れないでいられるか?」

 

 

 変わらず静観を決め込むキバ男爵は怪しげに口角を上げる。

 咆哮するアルティメットDを前にする3人のライダー。

 彼等の仮面の奥の表情は、これから始まる戦いを予感してか、険しいものだった。

 

 

 

 

 

 一方のゴーバスターズ。

 バスターマシンの発進はフォーゼのお陰でできるようになった。

 目の前には煙突が潰れ、慌てふためくスチームロイド。

 しかしジェノサイドロンやウォーロイドの出現のせいで状況は芳しいとは言えなかった。

 

 特命部曰く、バディロイドの錆はまだ除去しきっていない。

 つまり使えるバスターマシンはFS-0Oのみだ。

 次の行動をどうするべきか一瞬思考するレッドバスター。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 しかし、その一瞬の内に新たな展開が起こった。

 水中ではスチームロイドの煙の効果が半減するという事を知り、FS-0Oを近海に待機させていたのだが、それが突如として海面より跳ね上がるように現れたのだ。

 

 

『オタマ爆弾、発射!』

 

 

 海面より戦場に跳びだしたFS-0Oは、エネたんの声と共に上部の砲門からオタマジャクシ型の砲弾を放つ。

 数発放たれたそれはヘリコプターの姿で飛び回る数体のウォーロイドを破壊。

 跳び上がっていたFS-0Oはそのまま、戦場に着地した。

 誰もが突然現れたその巨体に目を奪われるが、何よりも疑問なのはゴーバスターズだ。

 

 

「エネたん!? まだ何も……」

 

 

 バスターマシンはバディロイドの意思である程度の行動ができる。

 しかし、エネたんにはまだ何も命令は出していなかった。

 このタイミングで出てきてくれた事自体はいいのだが、突然なんだ、という話。

 ところがそれに答えたのはエネたんではなかった。

 

 

『いやぁ、俺だよおーれ!』

 

「……って、陣さん!?」

 

『やっほーヨーコちゃん。それにヒロムにリュウジ』

 

 

 意気揚々とした声の主は陣マサトのものだ。

 どうやらマサトがFS-0Oを操縦しているらしい。

 

 

『スーツが転送できないからって何もしねぇのもカッコ悪いしな。

 ま、それにJや他のバディロイド達ももうすぐ復帰するはずだ。それまでは持たせてやるさ』

 

「陣さん……。分かりました、お願いします。俺達はメタロイドを」

 

『頼んだぜ』

 

 

 複数のウォーロイドと大型のジェノサイドロンを相手に、FS-0Oだけでは分が悪いどころではない。

 しかし、変身できないのを理由に傍観するのも納得がいかなかったマサトは自分にできる事を考えた結果、こうなったのだ。

 アバターである彼が死ぬ事は無い。最悪、FS-0Oの損害だけで踏み止まれる。

 そんな事を言えばエネたんから猛抗議が飛ぶだろうし、心のあるエネたんを犠牲にする気などマサトには毛頭ない。

 

 ともあれ彼もまた、弦十郎の言うような意味で『大人』であるという事だ。

 子供が、未来ある若者が命がけで戦っているのを見ているだけ、というのが耐えられないのだろう。

 

 

「さぁて、エネたん。ひと暴れと行くかぁ!」

 

『でも、あのおっきいのは流石に無茶ですよ?』

 

「何とかできる時が来るまで、何とかするんだよ!」

 

『無茶苦茶じゃないですか!?』

 

 

 エネたんと意思疎通を行いつつ、生身──アバターの彼を『生身』というのかはともかく、変身せずにコックピットに乗り込んでいるマサトはFS-0Oを操縦する。

 バスターマシンの設計者はマサトである。

 そして初期の試作型であるFS-0Oもまた、マサトが造ったマシンだ。

 マシンスペックは全て把握しており、それもあってかウォーロイドを次々と殲滅していく。

 

 口を開けばカエルのように舌が伸びて『シタベロパンチ』を繰り出す。

 高高度までジャンプしてウォーロイドを押し潰したり、オタマ爆弾で遠距離から攻撃。

 カエルさながらにピョコピョコと飛び回って敵を殲滅していくFS-0O。

 

 その様子を、FS-0Oが現れるまでウォーロイドを相手にしていた響達が見ていた。

 

 

「はぇー、アレがヒロムさん達の新しい……」

 

(シンケンジャーの世界で見た大きなロボットみたいな感じですかね?)

 

 

 感心したような響と、かつて巡った世界の事を思い出すキバーラ。

 一方でクリスはFS-0Oではなくウォーロイドやジェノサイドロンを注視していた。

 クリスがあの機体達に釘付けなのは、いや、睨むような視線を送っているのには理由があった。

 彼女は戦争の中で凄惨な体験をしてきた過去があり、それだけに戦争を憎んでいる。

 ウォーロイドやジェノサイドロンは戦争で用いられる兵器だ。

 クリスが穏やかな心境でいられるはずもない。

 

 

(あの野郎共……ッ! あんなモンまで持ち込んで来たってのかッ!!)

 

 

 心中で怒りを爆発させるクリス。

 しかしそれらを出現させたと思われるヴァグラスと、かつて信じたフィーネが手を組んでいる事を思い出すと、彼女の心の中は一気に暗く、淀んだものへと変わった。

 

 

(ハッ、一度は片棒担いで、ソロモンの杖を起動させたあたしが言えた義理じゃねぇか……。

 分かってんだよ、そんな事はッ!!)

 

 

 沈む気持ちを怒りで無理やり跳ね上げる。

 それは半ばやけっぱちにも近い。

 だが、それでもとクリスは引き金に指を添える。

 細かい御託も後にする。後悔なんて死ぬほどしてる。

 罪を償いきれるなどとこれっぽっちも思っちゃいない。

 

 それでも────────

 

 

「纏めてぶっ潰してやる。こんな力は、全部ッ!!」

 

 

 許せないものは許せない。

 それが今の雪音クリスの考えだった。

 やはりというべきか響達と連携を取る気は一切ないらしく、独断で飛び出してしまう。

 

 響、キバーラ、メテオ、パワーダイザー、クウガは戦闘員とウォーロイドを相手に立ち回っている。

 大ショッカーと思わしき怪人の姿もちらほら見受けられる為、どいつもこいつも雑魚、というわけではない。

 クウガやキバーラを初めとした助っ人達が来てくれているとはいえ、物量では圧倒的に敵が上。

 制圧に向いた武装を持つイチイバルのクリスがいるとはいえ、油断は一切できない。

 

 何より、ウォーロイドを数体倒したFS-0Oが単独で相手にしているジェノサイドロンが一際厄介だった。

 

 

『や、やっぱりこのままじゃ無茶ですよ!?』

 

「分かってる分かってる! つってもこうするしか無いわけだから今は我慢だッ!」

 

 

 エネたんは不安げな声を上げ、マサトも字面だと軽いが声に圧がある。

 それだけジェノサイドロンは苦戦する相手という事だ。

 FS-0Oは得意の跳躍とオタマミサイルでジェノサイドロンの巨体を翻弄していた。

 しかし獣のように荒々しい動きをするジェノサイドロンは時にFS-0Oにその腕を当ててくる。

 大きく振りかぶっている上に、腕だけでもFS-0O全体を叩けるくらいの太さだ。

 体格差からして厳しい戦い。装甲もかなり厚い。

 頑強な装甲と体格差から繰り出される腕の一撃はFS-0Oを捉え、軽々と吹き飛ばしてしまう。

 

 

「うおぅ!?」

 

 

 コックピットもそれ相応に揺れる。

 一瞬視界が反転するも、マサトは焦らずに体勢を立て直した。

 

 

(やっばいな、このままじゃ被害も……!)

 

 

 エネタワー、及び周辺の転送を止める事が最優先事項である今回の作戦。

 しかし転送を止められても、ビルや民家に被害が出てしまうのは頂けない。

 被害ゼロで終わらせたいというのが本音だが、これだけの乱戦ではどうしたって被害が出る。

 おまけに目の前で暴れているウォーロイドとジェノサイドロン。

 巨大戦力の出現で被害はどんどん広がっていた。

 

 動くだけでも標識や駐車してある車を押し潰し、ひとたび動けばビルや民家が壊れていく。

 敵が出すミサイルや弾丸の流れ弾が周辺に被害を出す事もある。

 ついでに見ての通りの大苦戦。

 このままでは転送が止められても町が壊滅してしまう。

 

 早くJが復帰してくれれば、と奥歯を噛みしめるマサト。

 FS-0Oがいてくれなければ被害はさらに深刻化しただろう。

 不幸中の幸いといえる状況ではあるのだが、このままではその幸いも無に帰してしまう。

 

 雪音クリスや2号のように都合よく助っ人が出てくる、という事もないだろう。

 マサトは自他共に認める天才であり、尚且つおちゃらけた姿勢とは裏腹に合理的な思考もしている。

 故に都合のいい助っ人の可能性など考えない。

 

 

 ──────だからこそ、この出現は天才の想像を超えていた。

 

 

『戦闘宙域近辺に反応! これは……以前あけぼの町に出現した輸送機ですッ!』

 

 

 各戦線で戦う面々に向けて、特命部より仲村の声が飛ぶ。

 以前あけぼの町に輸送機。

 あけぼの町に現れた4体のメガゾードと戦い、初めて魔弾戦士と出会ったあの時の。

 その輸送機は戦闘が行われているエリアから少し離れた場所で、その身を開いた。

 

 中から現れたのは4機の機体。

 それらは各々にウォーロイドを殲滅せんとある機体は飛びかかり、ある機体は砲撃を行い始めた。

 その内の一機、最も小型な鳥型の機体は人型に変形したかと思えば、FS-0Oの近くのビルに着地。

 

 ハッ、と笑うマサト。

 可能性として有り得なくは無かった。

 それでも来てくれるのは楽観的な想像に過ぎなかった。

 ところが、たまにはそういう楽観的な想像も当たるらしい。

 

 ビルに着地した機体から戦場全体に、パイロットの声が響く。

 

 

『チャオ。可愛い機体が増えたみたいね、ゴーバスターズさん?』

 

「あららぁ、随分と都合よく来てくれるねェ」

 

『今回も味方のつもりなんだけど、迷惑だったかしら?』

 

「いいや、超ナイスタイミングだよ。惚れちまいそうだぜ」

 

『あら、それはどうも?』

 

 

 軽口を叩きあうが双方共にお互いをよく知っているわけではない。

 それでもこんなノリなのは性格故か。

 内心本気で「ありがたい」と思っているマサトを余所に、現れた4機はそれぞれにウォーロイドを倒すと、一度陣形を組み直す様に集結した。

 

 このタイミング、敵の巨大戦力に対する、恐らく最高の助っ人の登場だ。

 

 

「んじゃ、宜しく頼むぜ? ダンクーガさん!」

 

『OK、やってやろうじゃんッ!!』

 

 

 乱戦が続く戦場に新たな勢力、そして新たな味方。

 ダンクーガチームの4機が降り立ったのである。

 

 

 

 

 

 一方、パワースポット内部。

 黒い道着の遣い魔と戦いを続ける翼とリュウガンオー。

 通常の遣い魔とは違い、細身の太刀を装備したそれは身軽な動きで2人を翻弄していた。

 俊敏に立ち回りつつ太刀を振るうのが道着の遣い魔の戦闘スタイル。

 まるで天羽々斬を纏った翼のような動き。

 遣い魔の戦い方が翼に似ていると気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

 

(その立ち回り……ならッ!)

 

 

 翼と遣い魔の太刀が火花を散らす。

 数回の打ち合いの後、両者共に埒が明かないと踏んだのか同時に距離を取った。

 そしてそれは翼の予想通り。

 

 

「フッ!」

 

「!?」

 

 

 遣い魔と違いギジャギジャと声を発する事はない。

 しかし遣い魔は間違いなく驚いていた。

 当然だろう。突如として体の自由が奪われたのだから。

 

 この空間は密閉されて日の光など差し込む隙間もない空間だ。

 しかしパワースポットが放つ強烈な光や、周囲の火が空間内を照らしている。

 つまり、影がある。

 ならば翼はあの技を使う事ができる、ということだ。

 

 

 ────影縫い────

 

 

 遣い魔が距離を取る事を見越して、翼は距離を取ると同時に短剣を投げていたのだ。

 完全聖遺物ネフシュタンやレディゴールドにすら効力を発揮する影縫いだ。

 この遣い魔が如何に強く、特別だったとしても、そう簡単に逃れられはしない。

 

 

「不動さんッ!」

 

「ああ!」

 

 

 動きを止め、翼の叫びに答えてリュウガンオーがゴウリュウガンを構えた。

 動けない遣い魔に向けてゴウリュウガンの銃撃を何発も放つ。

 回避手段の無い遣い魔にそれは全弾命中し、最後の弾丸が命中した頃には、遣い魔は影縫いの影響とは別の意味で、動きを止めているかのように見えた。

 

 

「…………」

 

 

 油断せず、ゴウリュウガンで狙いを済ませたまま、力が抜けたような遣い魔に警戒の目を向けるリュウガンオー。

 同じく翼も太刀を構えて警戒しつつも、影縫いを解除。

 それと同時に遣い魔はその場に力なく倒れ込んだ。

 先の銃撃で力尽き、影縫いが解けた事で完全に支えを失ったのだろう。

 完全に動かなくなった事を確認した2人はそう判断すると、警戒を解いた。

 

 仮にも翼は2年間戦ってきたシンフォギア装者。

 対し、リュウガンオーも経験と訓練を積んできたリュウケンドーの先輩魔弾戦士だ。

 その2人でかかれば、如何に強い遣い魔でも敵ではないという事か。

 しかし、やや足を引き摺るリュウガンオー。

 やはりロッククリムゾンに受けたダメージが抜けきっていない様だった。

 

 

「大丈夫ですか、不動さん」

 

「ああ、何とかな……」

 

『まだ終わっていないぞ、リュウガンオー』

 

「分かってる……!」

 

 

 怪我を押して此処に来た影響が出ていた。

 最初に戦った通常の遣い魔の群れと、黒い道着の遣い魔。

 勝てたとはいえ、どうしても戦闘に要求される動きをすると傷が痛む。

 それでも、と、リュウガンオーはマダンキーを取り出してパワースポットの剣のようなオブジェへと歩を進めた。

 

 オブジェから放たれ続けるエネルギー。

 剣の柄の部分に当たる部分にある空洞に、瀬戸山の指示通りにマダンキーを置くリュウガンオー。

 すると放たれていたエネルギーが、より強く、より激しくスパークしだす。

 エネルギーがダメージになるという事はないが、その勢いにリュウガンオーと翼も警戒していた。

 相手はパワースポット。暴走すれば町が吹き飛ぶ代物だ。

 辿り着けたからとはいえ、油断してかかっていいものではない。

 

 

『よし、エネルギー急上昇! 僕に続いてカノン語を唱えてください!』

 

 

 S.H.O.Tの瀬戸山の言葉にリュウガンオーが頷く。

 古代の文字、『カノン文字』。それはマダンキーの調整の為にも必要な言語。

 瀬戸山が解読に力を入れている光のカノンの書を開き、そこに書かれているマダンキー調整の為のカノン文字を唱え始めた。

 この呪文を唱える事でマダンキーの調整は完了する。

 リュウガンオーはオブジェの前で跪き、片手で拝むような姿勢になりつつ瀬戸山の言葉を復唱していった。

 正直、意味はさっぱりだが、ともかくこれでマダンキーの調整が始まった。

 当然ながら横で聞いている翼にも、リュウガンオーが何を唱えているのか分からない。

 しかし間違いなくオブジェの中のマダンキーは反応を示していた。

 

 

(……ん?)

 

 

 ふと、翼が何かに気付く。

 オブジェの裏側で何かが光っていた。

 最初はパワースポットのエネルギーによるものかと思っていたのだが、どうも別の光源がある。

 呪文を唱えるリュウガンオーを気にしつつも翼は光源に向かう。

 地面に転がり輝きを放っていたのは、1つの石だった。

 

 

(宝、石……?)

 

 

 淡く金色の輝きを放っている石を見つけた翼は、それを拾い上げた。

 周囲を見渡しても同じような石は何処にも落ちていなかった。

 どうやらパワースポット内部なら何処にでも落ちている代物というわけではないらしい。

 

 綺麗な輝きに目を奪われていた翼。

 呪文を唱える事に集中していたリュウガンオー。

 だから、気付けなかった。

 

 

「ぐっ!?」

 

「ッ、不動さんッ!?」

 

 

 オブジェの前で跪いていたリュウガンオーの首に、突如として圧迫感が襲った。

 正体は、黒い道着の遣い魔。

 先程銃撃で倒した筈の遣い魔は完全に撃破されていたわけではなかった。

 普通の遣い魔ならまずしないであろう『死んだふり』をして、2人が油断したところで密かに立ち上がっていたのだ。

 そして頭の鉢巻を外し、それを使ってリュウガンオーの首を絞めたというのが現状である。

 

 

「ッ!」

 

 

 片手に宝石、もう片手に細身の太刀を握り、翼は黒い道着の遣い魔へ駆ける。

 しかし遣い魔は首を絞める為の鉢巻を無理矢理動かし、リュウガンオーを自分の前方に置いた。

 すぐに意図は分かった。

 

 

(くっ、盾に……! ならばッ!)

 

 

 そう、リュウガンオーを盾にする気なのだ。

 しかしながら天羽々斬の得意とするのは機動力。

 ならば、その力を持ってして一気に背後を取ってやればいいだけの事。

 故に翼は本気で動いた。遣い魔の死角に回る為に。

 が、敵も流石に並の遣い魔ではない。

 

 

(……反応が速いッ!)

 

 

 遣い魔は翼の動きに合わせ、リュウガンオーを無理矢理に動かし続けた。

 天羽々斬の動きに完全についてきていたのだ。

 レッドバスターのように超常のスピードではないとはいえ、スピード特化の天羽々斬に。

 この速度なら本来、通常の怪人程度ならば翻弄できるというのに。

 反射神経は遣い魔どころか並の怪人以上だ。

 

 既にリュウガンオーの命は遣い魔の手の中。

 最後に一矢報いようとでもいうのだろう。

 より一層に鉢巻を握る力を強くし、リュウガンオーの首を締め上げる。

 しかし、有利な状況に持ち込んだが故に遣い魔も油断をしていた。

 

 

「ぐぁ……ンのッ!」

 

「!?」

 

 

 だからこそ、反撃を許した。

 声も出さずに遣い魔が驚いたのは、腹に走る痛みだろう。

 首を絞められた事に苦しみつつも、リュウガンオーはゴウリュウガンを裏返し、背後の遣い魔に突き立てていたのだ。

 しかもゴウリュウガンはその形状をほんの少しだけ変えていた。

 

 先端から伸びる刃。

 そう、ゴウリュウガンは刃を展開して『ソードモード』となっていたのだ。

 腹に突き立てられた刃のせいか、鉢巻をするりと放してしまう遣い魔。

 

 

「ッ、ハアッ!」

 

 

 間髪入れずに翼が駆け、黒い道着の遣い魔の背後に回り、一刀両断。

 遣い魔は今度こそ本当に力なく倒れ、その体を霧散させて消滅した。

 今度は死んだふりなどでは無い。本当の消滅だ。

 

 遣い魔を倒したはいいが、マダンキーの調整はまだ完了していない。

 リュウガンオーは本気で締められた首に痛みを感じつつも、もう一度オブジェの前で跪く。

 

 

『リュウガンオー! あと少しだ!』

 

 

 瀬戸山が鼓舞と共に、残りの呪文を唱え、リュウガンオーはそれを復唱。

 パワースポット内部が輝きを増していくと同時にオブジェに置かれたマダンキーが徐々に、その紋様を変えていった。

 

 S.H.O.T側でもマダンキーの変化は確認している。

 そしてその変化こそ、調整成功の証であるという事を知っていた。

 最後の一文までを読み切った瀬戸山は光のカノンの書を勢いよく閉じ、声を荒げつつ椅子から勢いよく立ち上がる。

 

 

『来た! 成功だ!!』

 

 

 マダンキーの専門家、瀬戸山の言葉通り、マダンキーの調整は成った。

 オブジェから回収したマダンキーには、おどろおどろしい目の紋様ではなく、短剣のような紋様が描かれている。

 リュウケンドーに力を与えてくれる、新たなキーの誕生だ。

 それを握り締めたリュウガンオーはオブジェの前から立ち上がり、翼の方を向いた。

 

 

「よし、翼ちゃん。脱出だ」

 

「はい。……申し訳ありませんでした、先程は私がフォローすべきだったところを」

 

「いや、気にするな。ただ珍しいな、翼ちゃんが敵の気配に気づかないなんて」

 

 

 黒い道着の遣い魔の気配に気づかなかった事を責める気はない。

 むしろ、真面目な性格で、ストイックに戦いに臨む翼は油断とは無縁である。

 その彼女が黒い道着の遣い魔に気付かなかった事がリュウガンオーは不思議でならなかったのだ。

 対し、翼は片手に持っている宝石をリュウガンオーに見せた。

 未だ淡く金色の輝きを放つそれを見て、リュウガンオーは首を傾げる。

 

 

「すみません、これに気を取られていました」

 

「これは?」

 

「このオブジェの近くに落ちていたものです。どうにも、同じ物は見当たりませんでした。

 何か特殊なものではないのかと思ったのですが……」

 

『推定は出来る』

 

 

 疑問に対し、推測という形ではあるものの答えがあると口を挟んだのはゴウリュウガンだった。

 

 

『強力な魔力反応。恐らく、パワースポットの魔力の欠片が凝固したものだと考えられる』

 

「何だと? じゃあこいつも、パワースポットと同じで放っておいたらマズイのか?」

 

『いや、そこまでの力は無い。強力ではあるが、あくまでパワースポットの魔力の欠片がパワースポット本体とは関係なく、偶然に寄り集まって固まっただけに過ぎない。

 これ自体にパワースポットのような役割は無く、暴走の危険もないと判断する』

 

 

 ゴウリュウガンの憶測を整理するとこうだ。

 これは常時強力な魔力を放つパワースポットの力の一部が凝固した石。

 しかし、強力ではあるがパワースポット程ではなく、それ自体はパワースポットのように無尽蔵のエネルギーを秘めているわけでもない。

 さらに魔力が凝固したのも完全に偶然であり、周囲にこれ1つしか落ちていない事から、これが発生する可能性は極低確率だと推測できる。

 また、石のような状態で安定している為、下手に突っついても魔力爆発が起きる心配はない。

 

 とどのつまり、放っておいても問題の無い魔力の石、という事だ。

 じゃあ捨て置いてもいいのかと思うリュウガンオーと翼だが、通信の向こうの声がそれを否定した。

 声の主はS.H.O.Tの瀬戸山だ。

 

 

『リュウガンオー、翼さん、それを回収してください。

 それの魔力が非常に安定している事はこちらでも確認しています。

 貴重な研究材料になるでしょうし、魔力由来の代物なら魔弾戦士の役に立つかも』

 

「了解だ」

 

 

 輝く金の宝石を持った翼と調整したマダンキーを握るリュウガンオー。

 2人は顔を見合わせ頷くと、先程来た道を引き返す為に走り出した。

 

 此処までの戦闘のせいで、正直、リュウガンオーの体力はかなり削られていた。

 帰る道中で何度もふらつき、既に満身創痍なのが伺える。

 それでも急ぐ。一刻も早く鍵を届けなければと、リュウガンオーは自分に無理をさせる。

 

 

(待ってろよ、剣二……!!)

 

 

 それは偏に、後輩を信頼しているからこそだった。

 

 

 

 

 

 マダンキーの調整が完了したリュウガンオーと翼。

 2人がパワースポットからエネタワーに向かおうとしている中、戦場の状況は目まぐるしく変わる。

 

 一度状況を整理しよう。

 ロッククリムゾンと相対するのは、仮面ライダー2号。

 煙突が壊れて逃げるスチームロイドを追う、ゴーバスターズ。

 戦場のあちこちに散らばるバグラーや遣い魔、ノイズ、そしてウォーロイドを相手にするのは、メテオ、パワーダイザー、クウガ、キバーラ、響、クリス。

 最も巨大な戦力、ジェノサイドロンを相手にするのは、FS-0Oに乗り込んだマサトとダンクーガの4機。

 そしてアルティメットDと戦う、ディケイド、W、フォーゼ。

 

 最初に状況が変わったのは、ロッククリムゾンと仮面ライダー2号の戦いだった。

 

 

「オォッ!!」

 

 

 気合十分な叫びと共に右の拳を突き出し、ロッククリムゾンの砲撃を潰す。

 パンチで砲撃を潰すのを当然のようにやってのけているが、普通ならパンチの方が力負けをして爆発に巻き込まれるのがオチだ。

 それこそ仮面ライダー2号の力が無ければできない芸当だろう。

 

 

「ヌゥ、このォッ!!」

 

 

 埒が明かないと、接近戦に切り替えるロッククリムゾン。

 岩のように頑強な体から繰り出される大きな拳が2号に振るわれる。

 対し、同じく2号も赤い拳で対抗。

 2つの拳がぶつかり、その力が拮抗する。

 

 

「のっ、野郎……ッ!」

 

「ヌゥゥゥゥ……!!」

 

 

 力の2号と呼ばれ、技術も速度も尋常ではない仮面ライダー2号。

 力という面だけ見れば今までの敵の中で最強を誇るロッククリムゾン。

 どちらの視点から見るにせよ、それと真っ向勝負ができるのは凄まじい。

 

 ぶつかっていた拳を離し、飛び退いたのは2号。

 突然ぶつかる相手がいなくなったロッククリムゾンの拳は勢いのままに地面を殴りつけた。

 小さなクレーターが出来上がる。

 凄まじいパワーである事が伺えるが、2号は特に動揺もしない。

 

 

(ったく、ホント、パワーだけは一人前だ)

 

 

 かつて1号と2号が戦ったショッカー、ゲルショッカーという組織の幹部達も強かった。

 中にはちょっと抜けた幹部もいたが、基本的に知能も高く、中には『博士』の名を持つものもいた。

 知能という面で見ればロッククリムゾンはこれらの足元にも及ばない。

 しかし力という面で見れば、ロッククリムゾンの方が圧倒的だ。

 

 

「ぬぬぬ……いい加減にしろ!!」

 

「へっ、そうはいくかよッ!」

 

 

 何度戦っても決着のつかない2号に、ロッククリムゾンは苛立っている様子だった。

 いい加減にしたいのは2号も同じなのだが、焦って戦って勝てる相手ではない。

 もしそれで何とかなるのなら、何度も逃がしたりしていないわけだ。

 

 

「行くぜ……ッ!?」

 

 

 もう一度攻め込む為、地面を蹴りあげようとする2号。

 しかし、その足は踏み出す前に止まってしまった。

 理由は1つ。ロッククリムゾンと2号の間に、1人の怪人が割って入ったからだ。

 

 

「そこまでだ、ライダー2号!」

 

 

 割って入って来た怪人は、大きく発達した左手と長い鼻が特徴的だった。

 大きな左手は3つのカギ爪で構成されている。

 その左手、そしてその姿を見た2号は即座に怪人の名前を看破した。

 

 

「『アリガバリ』ッ!?」

 

「そうだライダー2号ッ! 貴様の相手は私がする!」

 

 

 アリガバリ。ショッカーの改造人間であり、2号が戦った相手だ。

 しかしこの場に現れた彼はショッカーではなく、大ショッカー所属である。

 突如として現れたアリガバリに驚くのは2号だけでなく、ロッククリムゾンも同じだ。

 

 

「何だ、お前は」

 

「ジャマンガのロッククリムゾンだな。お前の強さは見せてもらった。

 キバ男爵様の命令で、お前に助力させてもらう」

 

「余計なお世話だ」

 

「まあ聞け。奴は強く、お前も苦戦しているのだろう?

 だが逆に言えば、ライダー2号以外にお前に勝てる者はいない」

 

「ヌゥ……」

 

「だからお前は他で暴れて来るのだ。他の戦士も十分に強い。

 奴等の戦力を削いだとなれば、お前も大戦果だろう?

 何、別にライダー2号から逃げろというわけではない。

 ただ、お前の活躍をお膳立てすると言っているのだ」

 

「…………」

 

 

 まくし立ててくるアリガバリに対し、ロッククリムゾンは黙ってしまう。

 ロッククリムゾンは馬鹿である。

 故にというかなんなのか、何処か純粋な面があるのだ。

 だからアリガバリの達者な言葉を、彼は鵜呑みにしてしまう。

 成程、活躍をお膳立てしてくれる。結構な事ではないか、と。

 

 

「分かった」

 

「ああ、お前は強く頼れる幹部なのだろう? 此処は任せろ」

 

「うむ」

 

 

 それだけ言葉を交わすと、ロッククリムゾンは背を向け、どしどしと足音を立てながらその場から離れていった。

 

 此処で逃がすのはマズイ。

 実際、ロッククリムゾンとまともにやりあえるのは2号だけだ。

 2号本人もそれを自覚しており、この場から逃がさない為に2号はロッククリムゾンを追う為、跳び上がろうとする。

 

 

「逃がすかよ……ッ!?」

 

 

 なのだが、その足が動かない。

 誰かに掴まれているような足の違和感に、バッと真下に視線を向ける。

 そこにいたのは、またもや2号の見知った顔だった。

 

 

「『モグ、ラング』……ッ!?」

 

「ムォー! 行かせんよ!」

 

 

 踏みしめていたのはアスファルトの筈なのに、そこが掘り返されている。

 そこから顔を出していたのは少し潰れた饅頭とでも表現すべきか、そんな顔をした怪人。

 その怪人が両腕で2号の右足を抱き締めるようにして掴んでいた。

 モグラングと2号が呼んだ通り、この怪人の事も2号は知っている。

 急ぎ、2号は拳を地面に叩きつけるが、モグラングは再び地中に潜ってしまった。

 

 地中を掘り進んだモグラングはアリガバリの隣に姿を現した。

 右手は剣、左手はシャベルのようになっている。

 モグラングは名前から連想できるように、モグラの改造人間。

 剣とシャベルは武器であり、同時にそれを用いる事で地中を自由に掘り進めるのだ。

 そんな彼に気を取られている内に、ロッククリムゾンは別の戦場へと行ってしまう。

 焦る2号だが、すぐに目の前の敵へ思考を切り替えた。

 

 

(悪いな、後輩のみんな。何とか持たせてくれ……! まずはこいつ等だッ!)

 

 

 後輩を信頼する。そう考えて、2号は目の前の2体を睨んだ。

 油断はできない。何せ、この2体には苦い経験があった。

 両者共に2号が戦った事のある怪人。

 そして同時に、『ライダーキックが通用しなかった怪人』でもあった。

 

 

「俺からすれば初対面だが、お前は俺を知っているな? ライダー2号」

 

「まあな。あんなに口八丁とは知らなかったぜ、アリガバリ」

 

「フン、貴様の知る個体と私は違う。さあ、私達と勝負をしてもらうぞ」

 

 

 アリガバリに続き、モグラングが怪しく鈍い笑い声を響かせた。

 

 

「俺達は幹部じゃねぇが、甘く見るなよ。ライダーッ!」

 

「ああ、全力でやってやるよ!」

 

 

 別個体ではあるが、かつて戦った怪人達を前に、2号の雰囲気は険しい。

 

 

(早く倒……したいが、コイツ等も十分に強い。

 チッ、厄介なの寄越してきやがってよ、大ショッカーの野郎ッ!!)

 

 

 モグラングは最初に戦った時、ライダーキックを含む様々な攻撃が悉く効かなかった。

 アリガバリに至っては、撤退を余儀なくされた。要するに一度敗北した事がある相手だ。

 辛酸を舐めさせられた相手なのは事実。

 だが、2号は決して怯まない。

 確かに戦意を滾らせながら、彼は赤い拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 一方、他の戦場へ足を踏み入れようとするロッククリムゾン。

 そんな彼の前に、1人の戦士が立ち塞がった。

 

 

「貴様は……」

 

 

 S.H.O.Tからは『黒いS.H.O.T』、あるいは『黒い魔弾戦士』と呼称された謎の存在。

 ザンリュウジンを構えた彼がこの戦場に姿を現したのだ。

 黒い魔弾戦士はロッククリムゾンにゆっくりと目をくれると、左手のザンリュウジンを背後に構え、中指だけを軽く折った右手を右側へ伸ばした。

 

 

「『リュウジンオー』……ライジン」

 

 

 構え、名乗る。その仕草は魔弾戦士のそれだ。

 今のところ第3勢力として動く黒い魔弾戦士が、初めてその名を名乗った。

 

 

「お前の力は見せてもらった。俺が倒す」

 

「フン……!」

 

 

 リュウジンオーは何でもないかのように、余裕たっぷりに話す。

 ロッククリムゾンの力を見た上で、『倒す』と口にしたのだ。

 一方で自分が相当に舐められている事を理解したロッククリムゾンも、リュウジンオー相手に敵意を露わにした。

 

 未知数の実力であるリュウジンオーと、圧倒的パワーの持ち主ロッククリムゾン。

 ザンリュウジンの刃とロッククリムゾンの拳が火花を散らし、2人の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ダンクーガが明確に味方として参戦。

 アリガバリとモグラングが敵の増援に。

 そしてリュウジンオーが第3勢力として現れた。

 

 それらと時を同じくして、アルティメットDと戦う3人のライダーの戦場では。

 

 

 ────HEAT! TRIGGER!────

 

 ────FIRE ON────

 

 ────ATTACK RIDE……ILLUSION────

 

 

 Wがヒートトリガーに、フォーゼがファイヤーステイツに姿を変える。

 両者共に文字通りの意味で火を吹く銃、トリガーマグナムとヒーハックガンを構えた。

 さらにディケイドが3人に分身。アルティメットDを撹乱するように動く。

 

 

「グゥ……オオォォッ!!」

 

 

 アルティメットDは鬱陶しく、煽るように動き回るディケイドに苛立つように咆哮し、それを潰す為に動いた。

 速い。ディケイドでも見切れるかどうかギリギリのレベルだ。

 1体目のディケイドの分身、その顔面にアルティメットDの拳が迫るが、すんでのところで躱す。

 フォローするように2体目の分身がライドブッカーを銃に変形させ、アルティメットDの背中に放った。

 着弾するものの効いている様子は無く、1体目から狙いを変えたアルティメットDが、今度は2体目の分身に迫る。

 2体目に気を取られている間に1体目と本体は位置をシャッフル。

 一方で躱し切れないと判断した2体目の分身ディケイドは敵の拳を両手で受け止めようとするが、勢いが上乗せされた拳に難なく吹き飛ばされてしまう。

 

 ディケイドの攪乱は上手くいっているが、そう長くはもたない。

 当然、そんな事は理解しているWとフォーゼも動き出していた。

 

 

 ────TRIGGER! MAXIMUM DRIVE!────

 

 ────LIMIT BREAK!────

 

 

 トリガーメモリをトリガーマグナムに装填し、銃口を上げるW。

 ヒーハックガンの銃口の下部にあるソケットにファイヤースイッチを装填するフォーゼ。

 アルティメットDがディケイドに気を取られている内に挟み込むような位置についた2人は、それぞれに銃をアルティメットDに向けた。

 

 

「「トリガーエクスプロージョン!」」

 

「『ライダー爆熱シュートッ』!!」

 

 

 銃口より放たれた超高温の火炎は左右からアルティメットDを包み込み、焼き尽くさんばかりに燃え盛る。

 同時に撹乱を担当していたディケイドは巻き込まれないように、分身を解除しつつその場から飛びのいた。

 続き、ディケイドは黄色いカードを取り出してディケイドライバーへ装填した。

 

 

 ────FINAL ATTACK RIDE……DE・DE・DE・DECADE!────

 

 

 ディケイドの前方に現れるディケイドの紋章が描かれた10枚のカード。

 それにライドブッカーの銃口を向け、トリガーを引いた。

 放たれた光弾はカードを通過するごとに巨大になっていき、1つの大きな弾丸として炎に包まれてもがき続けるアルティメットDに着弾する。

 これはファイナルアタックライドのカードで発動するディケイドの必殺技の1つ、『ディメンションブラスト』。

 本来なら、その光弾の威力は対象を貫く程だ。

 

 しかし──────。

 

 

「……ッ、グッ、オ……オォォォォッ!!」

 

 

 炎の中のアルティメットDは、その一撃に耐え抜いた。

 そればかりか炎の中を突っ切ってWに左拳を一撃、さらにフォーゼに蹴りを一撃、最後にディケイドには右拳を一撃。

 3方向に散っていた3人はそれぞれの後方へ転がってしまい、それまでのダメージも響いてか、痛みに耐えるようによろりと立ち上がった。

 Wもフォーゼもディケイドも、闘志は一切消えていない。

 傍観を続け、その光景を見つめるキバ男爵の表情は険しかった。

 

 

(フン、流石にそれぞれに戦い抜いているだけはある、か)

 

 

 ライダーを見つめる目を今度はアルティメットDに向ける。

 まだまだ余力を残してはいるもののダメージがゼロかと言われればそうでもない。

 微々たるダメージではあるが、アルティメットDからは僅かに疲弊が見て取れる。

 先程の必殺技三連撃にせよアルティメットDは耐えただけに過ぎず、余裕でやり過ごした、というわけではないのだ。

 

 大ショッカーはこの世界に来てから数体の怪人を犠牲に、仮面ライダー達の実力を図った。

 結果は、『誰も彼もが相当に強い』という事実。

 栄光の7人ライダーは元より、Wやオーズなど、比較的若いライダー達も。

 それはフランスでの戦いで自ら出張り、オーズと一騎打ちをしたキバ男爵自身、理解している。

 だからこそ仮面ライダー達への油断はできない。

 

 

(……さて、勝敗はともあれ、だな)

 

 

 今はアルティメットDが圧倒的に優勢だ。

 故にキバ男爵は今の内に自身の『目的』を果たすべくアルティメットDに指示を出す。

 

 

「アルティメットD! まずはディケイドだ!」

 

 

 瞬間、アルティメットDはピクリと反応を示し、ディケイドへ向かって行く。

 キバ男爵の言葉から狙いがディケイドにあるとWもフォーゼも理解はしていた。

 しかし、体の痛みがそれを許さない。

 蓄積されたダメージが、ディケイドのフォローに回る力さえも奪う。

 結果としてディケイドはアルティメットDと1対1をせざるを得なくなってしまった。

 そして、Wやフォーゼが受けているレベルのダメージはディケイドにも。

 

 

「ぐっ! がっ、ああああァァァァッ!!?」

 

 

 一発目に拳が入り、その後は抵抗しようとするディケイドのガードを真正面から打ち破るアルティメットDの乱舞。

 拳が入り、蹴りが入り、それら全ては重たくディケイドに突き刺さる。

 一撃目から既にそれは一方的で、ディケイドは苦痛に悲鳴を上げた。

 そうして最後の一撃を受けて吹き飛んだ時、ディケイドは門矢士に戻ってしまっていた。

 

 

「さて……」

 

 

 此処に来てキバ男爵は重い腰を上げた。

 怪人態、吸血マンモスに変身した彼は長い鼻を地面に突っ伏す士に巻き付け、その体を無理矢理に持ち上げる。

 吸血マンモスの鼻はただ巻き付いているだけではない。

 その証拠に、士は苦悶の表情を浮かべて歯を食いしばっていた。

 明らかに何かをされているその様子に、体をふらつかせながらもWの左側が精一杯まで声を張る。

 

 

「てっめぇ……! 何してやがるッ……!?」

 

「何、殺すにしても殺し方がある。

 一撃で潰すもよし、あるいは……血でも吸ってじわじわと殺すもよし、だ」

 

 

 言葉だけで察する事はできた。

 吸血マンモスが『吸血』と言われているのは当然、血を吸えるからだ。

 蚊のようなレベルではない。時間をかければ、人間1人の血を吸い尽くせるほどの。

 

 させるものかと、Wもフォーゼもなりふり構わず体を動かそうとするも、アルティメットDが割って入って軽くあしらわれてしまった。

 このままでは間違いなく士は、死ぬ。

 戦場の異変に気付いた部隊の一部メンバーが士達の危機に気付くものの、辺りの敵が邪魔をする。

 吸血マンモスは悠々と士の血を吸い続けていく。

 

 

(……こ、の世界が……俺の、死に……場所か……?)

 

 

 士は意識が遠のくのを感じた。

 一度死んだ事のある彼にとって、この感覚は二度目だ。

 抵抗しようとしていた力も徐々に抜けていき、だらりと腕が垂れ下がる。

 士を助けようと叫ぶ仲間の声もまだ聞こえるが、だんだんと遠くなっていった。

 

 夏海が、ユウスケが、翔太郎が、弦太朗が、響が、ヒロムが、誰もが士の危機を助けようと動き、叫ぶ。

 

 

「士君!! 士君ッ!!」

 

 

 キバーラ、夏海は名前を叫び続け、目の前で邪魔をし続ける戦闘員や怪人達を切り捨てていく。

 その乱暴な太刀筋には、彼女の心中がどれ程までに荒れているのかがまざまざと現れていた。

 

 

(嫌ですよ士君……! 再会できたのに、こんな、またッ!!)

 

 

 この手で士の命を奪い、目の前で士の命が消えた事のある夏海。

 どうしようもなかった。そうしなくてはいけなかった。

 だとしても拭えない後悔があり、脳裏に焼き付いたあの光景が彼女を焦らせる。

 故にキバーラ、夏海にとって、『士の死』とは何よりも耐えがたい事だ。

 あんな瞬間を二度と見たくはない。あんな事を二度と起こしたくはない。

 誰よりも強く士を想い、彼女は祈る。

 

 

(私が……!! いや、誰でもいいんです! 誰か……誰かッ!!)

 

 

 

 

 

 誰かあの人を、助けて──────。

 

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

 2つの音が戦場に響いた。

 

 1つはバイクの排気音。

 2号のように、あるいはクウガのように、何者かがこの場所に迫っている。

 1つは銃声。

 その銃声の直後、吸血マンモスは大きく怯み、士を解放してしまう。

 何者かの銃弾が炸裂したのだ。

 

 

「っ、あっ……」

 

 

 解放された士は片膝を立てた状態で疲労困憊だった。

 アルティメットDからのダメージに加え、血を吸われ過ぎている。

 それでも何とか立ち上がろうと、生きているのだから戦えると力を振り絞る。

 そんな彼の元に、バイクの音が近づいていた。

 

 バイクの排気音はこの戦場に近づくにつれ、大きくなる。

 同時に、それが2台のバイクから発せられている事が士やW達には分かった。

 倒れそうな士を挟む形で、音の正体である2台のバイクが止まる。

 

 バイクから降り立つ2人の戦士。

 1人は上下3色、上から赤、黄、緑の姿をしていた。

 手に何も持たない彼は、立ち上がろうとする士を支え、起こし上げた。

 1人は赤い宝石のような姿をしていた。

 右手に持った銀色の銃は、士を救った銃弾を放ったものだろう。

 

 士を助けてくれという夏海の望みを叶えた、その2人の名は。

 

 

「貴、様等はァ……!!」

 

 

 吸血マンモスは知っている。

 自分の邪魔をする2人が、宿敵の名を冠した戦士である事を。

 

 

 『欲望』を力とする戦士──仮面ライダーオーズ。

 

 『希望』の魔法使い──仮面ライダーウィザード。

 

 

 2号、メテオ、クウガ、キバーラ、クリス、ダンクーガ。

 続々と現れる味方の連鎖に呼応するように現れた彼等。

 

 『仮面ライダー』の称号を持った、頼もしき戦士達だった。




────次回予告────
舞台に役者が集い始め、戦場の天秤が傾いた。
託した鍵で龍が閃き、鋼鉄の巨人に魔が宿る。
魔がもたらすは希望と混沌。

EPISODE 67 魔法と仲間と英・雄・五・人

未だ脅威は降り立ち続け、けれどその度、何処かで繋がった手が希望となる。
また1つ、煌く白い輝きが、彼等の元へ飛び立った。


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第67話 魔法と仲間と英・雄・五・人

 混沌とする戦場の中に次々と乱入者が現れる。

 それらをモニターする特命部、二課、S.H.O.Tの元に通信が入ったのは、オーズとウィザードが姿を現してすぐだった。

 

 各組織のメインモニターに映し出されたのは厳格な雰囲気を醸し出す眼鏡の男、木崎政範。

 3組織を代表して特命部の黒木が木崎に反応する。

 

 

「木崎警視!」

 

『ご無沙汰です。

 少々予定からは早いですが、勝手ながら0課が接触しているライダーを向かわせました。

 警視庁国家安全局0課、現時点を持ってそちらの合同組織に参加させていただきます』

 

「ありがたい。最高のタイミングです」

 

 

 厳格なイメージに沿う硬い口調。対する黒木も敬語を崩さない。

 別組織且つ位が上の者達の会話なので当然ではあるが。

 黒木は木崎が映っているのとは別のサブモニターを見る。

 そこに映るウィザードとオーズを見て、黒木は頷いた。

 

 

「成程、彼等が0課に協力している仮面ライダーという事ですね」

 

『いえ。片方はそうですが、もう片方は違います。

 オーズに関しては現場に向かう操真晴人……0課の協力者であるライダーが、偶然に鉢合ったそうです。

 加えて0課が接触している後藤慎太郎と仁藤攻介、それぞれバースとビーストも現着しています』

 

「そうでしたか。

 ……新たに、合計4人のライダー。うち1人は偶然とは……」

 

 

 現場で一際目立った暴れっぷりのジェノサイドロンや、大量に蠢く怪人や戦闘員をモニターする黒木。

 東京エネタワーの戦いは敵増援に伴い過酷さを増していっている。

 エネタワーという非常に目立つ建築物を中心とした騒動に加え、ジェノサイドロンのような大型機械までも暴れ、当然ながら避難警報も出ていた。

 遠く離れた安全圏にはいるもののマスコミも群れてきているようだ。

 詳しい事は情報封鎖されているものの、大規模な戦闘が行われていること自体は隠蔽しようもなく、実際に生中継という形で報道されているのも各組織が確認している。精々巨大ロボットが映っている程度の映像しか流れてはいないが。

 ともあれ、目立つ場所な上に報道もされている為、恐らく日本に居ればこの戦いに気付く者は多いだろう。

 

 

(戦線と被害の拡大による戦闘の露見。それに伴う増援の多さ……。

 ありがたいことではあるのだが、な)

 

 

 未だかつてない程、一気に味方が増えた。

 中にはダンクーガのように微妙なラインのものもいるが、少なくとも現状は味方だ。

 しかし味方が増えているのにも拘らず、戦局を一気に持って行けるほどではない。

 それだけ戦場は過酷な状態にあるのだと、黒木は戦場の彼等の事を想い、両の手をグッと握り締めた。

 

 

 

 

 

 0課から派遣された仮面ライダー3人の内の1人と、報道と騒ぎを聞きつけてやって来た仮面ライダー。

 それが2人、オーズとウィザードだった。

 吸血マンモスは新たな2人のライダーの出現に一度後退し、反対にWとフォーゼの足止めをしていたアルティメットDが前に出た。

 未だふらつく士をオーズに任せ、ライダー側はウィザードが前に躍り出る。

 

 

(絶対強いよな、コイツ)

 

 

 ウィザードとオーズがこの場に来て初めて目にしたのは、Wとフォーゼがコテンパンにされ、見知らぬ青年がマンモスの怪人に殺されかかっていたという状況。

 故に見知らぬ青年、士が仮面ライダーであると推察は出来ても確定はできていなかった。

 とはいえ最低でもライダーが2人いる状態で此処までやられているのだ。

 見た目からして強そうだし、という理由込みでウィザードはアルティメットDが強敵だと考えた。

 

 そこで、ウィザードは真正面からではなく、搦め手を使う事にした。

 彼の力、魔法の力で。

 

 

 ────キャモナシューティングシェイクハンズ!────

 

 ────FLAME Shooting Strike!────

 

 

 銃形態のウィザーソードガンの手を開き、そこに左手を重ねた。

 変身の為の指輪、フレイムウィザードリングの力がウィザーソードガンに宿り、銃口に炎がともされる。

 先のトリガーエクスプロージョンやライダー爆熱シュートと同じ炎の一撃だ。

 しかしウィザードはそれをアルティメットDの足元、地面に向けて撃ち放つ。

 

 着弾した地面を中心に炎が広がり、アルティメットDの行く手を阻む。

 とはいえこれくらいの炎で怯むのなら苦労はしないわけで、アルティメットDは一瞬動揺を見せるもののすぐに前進を再開した。

 

 

 ────BIND! Please────

 

 

 だがその一瞬の隙の間にウィザードは右手の指輪を付け替え、魔法を発動する。

 アルティメットDの周囲に魔法陣が複数出現し、鎖が飛び出した。

 鎖に雁字搦めにされたアルティメットDは力づくで引き剥がそうともがくが、相当にウィザードの魔力が籠められているのか中々千切れない。

 その隙にWとフォーゼはサイクロンジョーカーとベースステイツに戻りつつオーズ達の側へと移動し、4人のライダーは合流を果たした。

 

 

「来てくれたんスか、映司先輩! ありがとうございますッ!!」

 

「久しぶりだね、弦太朗君。それに翔太郎さんとフィリップさんも。遅くなってすみません」

 

「いや、割とナイスタイミングだぜ。映司」

 

「なら良かった。……あの、ところでこの人は? この人も、もしかして……?」

 

 

 近寄るWとフォーゼはかつて共闘した相手であるから、オーズにとって既知の存在。

 しかしオーズが肩を貸して支えている青年、士に関してはまるで知らなかった。

 だから2人に聞いてみたのだが、そんなオーズの支えを士は自ら振り払う。

 そして肩で息をしつつ、足元をふらつかせつつも、彼は再びディケイドライバーを腰に宛がった。

 

 

「あっ、ちょっと……」

 

 ────KAMEN RIDE……DECADE!────

 

 

 心配するオーズを余所に、士はディケイドに再変身。

 一度深呼吸をして呼吸や姿勢を整え、他のライダー達に振り返る。

 

 

「見ての通り、俺も仮面ライダーだ。オーズ、それに……よく知らない全身宝石ライダー」

 

「呼び方適当過ぎだろ? 俺はウィザードね」

 

 

 バインドの力を決して緩めず、それでいて余裕の声色でウィザードが答える。

 そんなウィザードにWが声をかけた。

 

 

「ウィザード……ああ、お前がか。なぎさちゃんとほのかちゃんから話は聞いてるぜ」

 

「おっと、意外な名前。知り合いなんだ?」

 

「まあな」

 

 

 しかしのんびり話している暇も無く、アルティメットDは遂にバインドを打ち破ってしまう。

 驚くような仕草をするウィザードだが、一応体勢を立て直すまで止められたらいいな、程度だったので想定の範囲内だ。

 とはいえ加減してバインドを打ったわけでもないので、相当な馬鹿力である事はその通りなのだが。

 

 

「さって……ライダー5人か。随分揃ったな」

 

「初対面の人もいるけど、ま、細かい話は後でいいか」

 

 

 Wとウィザードの言葉と共に、ディケイドをセンターに5人のライダーが並ぶ。

 向かうは、究極の名を冠する化物。

 それに対するは、何十年も昔から受け継がれる英雄の名前を受け継いだ5人。

 その中、余裕を見せるような魔法使いが左手を顔の近くに掲げる。

 

 

「さぁ、此処からは俺達の──────」

 

 

 状況説明等々、聞きたい事はオーズとウィザードには沢山ある。

 だが、やるべき事が目の前に転がり、それを理解している今、言葉はいらない。

 故に彼等が言葉少なに並んだ事は必然で、魔法使いの言葉が、戦いを再開する合図だった。

 

 

「ショータイムだ」

 

 

 5人が一斉に動き出し、それぞれに攻撃を仕掛ける。

 ディケイドとウィザードが銃を持ち、それぞれ別の方向から射撃。

 それに気を取られている敵にWが蹴りを決め、オーズがトラクローで切り裂く。

 さらにWは一旦退いてフォーゼが代わりにオーズと共に攻撃。

 既にかなり体力を消耗しているWとフォーゼは入れ替わり立ち代わりで攻撃し、オーズが繋ぎになっていた。

 拳、蹴り、やっているのはフォーゼだけだが頭突き。

 それらが銃撃と共に波状攻撃となってアルティメットDに浴びせられ続けた。

 怯んだ様子を見せるアルティメットDではあったのだが。

 

 

「ヌ、グ……オオオオォォォォッ!!」

 

 

 殻に籠るように身体を縮めた後、獣のような咆哮と共にアルティメットDは力を解き放つ。

 瞬間、体からは紫色の波動が拡散し、周囲の空間に凄まじい振動を与えた。

 振動に巻き込まれた者達、つまり5人のライダー達はそれぞれに鎧から火花を散らして吹き飛んでしまう。

 同じ方向に吹き飛ばされたW、ウィザード、オーズは片膝立ちのままアルティメットDを見据えた。

 

 

「ああいう攻撃もあるのか。こりゃ苦労するわけだ」

 

「チマチマした攻撃じゃ埒が明かねぇ。かといって大技の連発は試したしな」

 

 

 トリガーエクスプロージョン、ライダー爆熱シュート、ディメンションブラストの同時攻撃。

 1つ1つが必殺級の火力を持ち、かつそれを全て当てたのにも関わらずアルティメットDは耐えきり、あまつさえ反撃したという実績がある。

 どうしたものかとWが2人分の脳を動かす中、ウィザードが行動に打って出た。

 

 

「大技、ね。ならさっきよりも強めの魔法で、動き止めてみるかな」

 

「あン?」

 

 

 疑問符を浮かべるWを余所に、ウィザードは両手の指輪を付け替える。

 左手には緑色の宝石の指輪を、右手には竜が火を吹いているような赤い指輪を。

 そしてウィザードはウィザードライバーを操作し、変身と同じ動作で左手の指輪をかざした。

 

 

 ────HURRICANE! DORAGON────

 

 ────ビュー! ビュー! ビュービュー、ビュービュー!────

 

 

 擬音でできた歌と共に緑色の魔法陣が出現し、それがウィザードを通過するとともに、彼の姿は緑色に変わる。

 ウィザードの4つの基本スタイルの1つ、ハリケーンスタイルにドラゴンの力を加えた強化形態、『ハリケーンドラゴン』だ。

 緑の風を吹かせるスタイルを見たWは「おぉ」と感嘆の声を上げる。

 

 

「そいつが魔法ってやつか。……今の変な歌なんだよ?」

 

「歌は気にするな、ってやつじゃないですか?」

 

「何でお前が弁解すんだよ映司」

 

 

 先輩達のやり取りを余所に、続けてウィザードはベルトを操作して手形を逆転、右手の魔法を発動する。

 さらにその後、もう一度右手の指輪を付け替えて、それも発動した。

 

 

 ────チョーイイネ! スペシャル! サイコー!────

 

 ────チョーイイネ! サンダー! サイコー!────

 

 

 ドラゴンのスタイルの時にその力を最大限発揮するスペシャルの指輪。

 フレイムドラゴンならば胸にドラゴンの頭部が出現して火を吹くが、ハリケーンドラゴンならば背中にドラゴンの翼が付く。

 

 翼を得たウィザードは飛翔し、アルティメットDの周囲を高速で旋回し始めた。

 回転と共にアルティメットDを中心に竜巻が巻き起こり、そこにサンダーの魔法が付与される事で雷の竜巻となる。

 竜巻の風は壮絶なもので、アルティメットDですらも徐々に空中に浮き始めるものの、その切り裂かんばかりの暴風と雷に彼は耐え続けていた。

 幹部クラスにも効果がある2つの魔法を併用しているのにも拘らず、だ。

 

 一方、それを見つめるオーズ。

 オーズ・タトバコンボの頭部、タカヘッドには超視力が備わっている。

 それが竜巻内部のアルティメットDを捉えており、このままでは耐えきられる事も察知していた。

 

 

「……俺がもうひと押しします! そこに続いて凄いの1発、お願いできますか!?」

 

 

 オーズはオーズドライバーを水平に戻して腕と足のメダルを引き抜き、残ったタカメダルと同じ赤いメダルをセットしながら他の3人に呼びかける。

 呼応するのはWと、吹っ飛ばされた状態から復帰して駆けてきたフォーゼ。

 

 

「ない事はねぇけど……あの竜巻ン中じゃあな……」

 

「だったら俺が何とかするぜ! 任せてくれよ、先輩ッ!!」

 

 

 切札はあるが竜巻の中の相手に当てられるか分からないという翔太郎に、フォーゼが自分に任せてほしいと訴える。

 そんな凄まじくアドリブ任せの土壇場のやり取り。

 だがそれだけで、彼等の次の行動は決まった。

 

 

 ────タカ! クジャク! コンドル!────

 

 ────タージャードルー!!────

 

 

 オーズの体が真っ赤に染まり、タカヘッドは頭から翼が生えたようなタカヘッド・ブレイブへと進化。

 胸のエンブレムはまるで不死鳥を象っているかのような意匠となっている。

 この姿は空を舞う炎のコンボ、『タジャドルコンボ』。

 タジャドルコンボとなったオーズは左腕の専用装備、『タジャスピナー』の円盤部分を開いた。

 中に収められているのは7枚のセルメダル。

 その内3枚を引き抜き、代わりにタジャドルコンボの変身に使用した3枚のコアメダルをはめ込み、蓋を閉じる。

 最後に変身に使用するオースキャナーをタジャスピナーに当てると、円盤内部が回転してメダルが次々と読み取られていく。

 

 

 ────タカ! クジャク! コンドル ! ギン! ギン! ギン!────

 

 ────ギガスキャン!!────

 

 

 鳥系メダルのコンボだけあり、オーズは背中の翼を広げて飛翔。

 さらに彼の体は炎に包まれ、さながら不死鳥のように空を舞った。

 タジャスピナーによって発動した『マグナブレイズ』。

 

 普段ならばこの状態で体当たりして敵を撃滅するが、彼は炎を纏ったその状態でハリケーンドラゴンと同じようにアルティメットDの周囲を旋回し始めた。

 すると竜巻はタジャドルの炎を巻き上げ、雷に加えて炎までもが螺旋を描く凄まじい渦へと進化。

 炎が加わっただけでなく、タジャドルとなったオーズ自身も竜巻の形成に一役買う速度で旋回している為、竜巻そのものの回転数まで上がっていく。

 

 

「おっしゃあ! 続くぜ、映司先輩ッ!!」

 

 

 派手に巻き上がる炎と雷と風を見て、先輩に負けられないと闘志を燃やすはフォーゼ。

 彼は右腕に対応するスイッチを引き抜き、新たに一際巨大な、ロケットのエンジン部分を模したようなオレンジ色のスイッチを装填した。

 

 

 ────ROCKET! SUPER!────

 

 

 装填時の音声はロケットスイッチそのまま、その後に『スーパー』の音声が続く。

 その音声通り、このスイッチの名は『ロケットスイッチ スーパー1』。

 

 

 ────ROCKET ON────

 

 

 スイッチを発動させた時、それは通常のロケットスイッチとは違う力をフォーゼに与える。

 右手だけに付いていたロケットモジュールが左腕にも装備され、フォーゼ自体も見た目は変わらないが体色がオレンジ色に、瞳はオレンジから青い輝きへと変わる。

 これはフォーゼのステイツチェンジの一種、『ロケットステイツ』。

 ある大切な人から貰った特殊なスイッチで変身する姿だ。

 

 続いてフォーゼは左手のモジュールを一時的に解除してフォーゼドライバーのレバーを引いた。

 

 

 ────ROCKET LIMIT BREAK!────

 

 

「『ライダーきりもみクラッシャー』ァァァッ!!」

 

 

 雄々しく叫ばれたのは必殺技の名前。

 この姿でのリミットブレイクは、ロケットの推進力を最大限に生かした一点突破の攻撃だ。

 両手のモジュールを用いてフォーゼは錐揉み回転しながら圧倒的速度で竜巻に突入。

 フォーゼは竜巻と同方向の錐揉み回転をする事で回転数を増すのに加え、炎と雷を纏う事で通常のライダーきりもみクラッシャーを超える力を発揮していた。

 その炎と雷を纏った超回転のキックは、竜巻内部のアルティメットDへと見舞われる。

 

 炎に焼かれ、雷に撃たれ、風に切り裂かれていたアルティメットDは、さらに錐揉み回転しながらの脚の正面衝突を食らい、上へ上へと持って行かれる。

 そうしてフォーゼの一撃を食らったままアルティメットDは竜巻の頂点から飛び出した。

 同時にウィザードとオーズが離脱した事で竜巻が収まるが、フォーゼの勢いは一向に収まらない。

 そしてまだ、最後に残った2人がいる。

 

 

「今ならいけるぜ、士」

 

『切札、久々に切ろうか』

 

「ああ」

 

 

 その言葉に、ディケイド黄色のカードを取り出して答えた。

 ディケイドライバーにそれを装填しながら、彼はニヤリと笑う。

 

 

「ちょっとくすぐったいぞ!」

 

 ────FINAL FORM RIDE……D・D・D・DOUBLE!────

 

 

 スクラッチの後、コールされるのはWの名前。

 ディケイドはWの背中に回り込むと、銀色のセンターラインに沿って両手を押し当てた。

 するとディケイドが使ったカードの効力がWに発揮される。

 次の瞬間、Wは『真っ二つに割れた』。

 

 

 ────CYCLONE! CYCLONE!────

 

 ────JOKER! JOKER!────

 

 

 同時に右半身に同じ色の左半身が現れ、左半身に同じ色の右半身が現れる。

 そうしてWは『2人に増えた』。

 

 『ファイナルフォームライド』。

 

 他の仮面ライダーを変形させ、新たな力を付与したり、武器に変えたりするディケイド特有の能力。

 そしてこれはディケイドがWに与える力の形。

 片や、フィリップの意識が入った緑色のW、『サイクロンサイクロン』。

 片や、翔太郎の意識が入った紫色のW、『ジョーカージョーカー』。

 2人で1人の仮面ライダーであるWの概念を破壊している、型破りな姿だ。

 

 フォーゼのライダーきりもみクラッシャーの最後の一押しがアルティメットDを上空に打ち上げた。

 アルティメットDは大技を何度も食らった影響か、ロクに着地姿勢もとれずに落ちていく。

 そこに3人となったディケイドとWが、持てる力の全てで跳び上がった。

 

 

 ────FINAL ATTACK RIDE……DE・DE・DE・DECADE!────

 

「ハアアァァァァァァッ!!」

 

 

 3人の叫びが重なり、3つのライダーキックは自由落下をするアルティメットDに炸裂。

 上空で起こった爆発の後に、地上に着地したのはディケイドと1人に戻ったWだけだった。

 爆発が収まった時、そこにアルティメットDの姿はない。

 即ち、それは勝利を意味していた。

 

 

「……うおっしゃーァァァッ!!」

 

「ふぃー……」

 

 

 ベースステイツに戻って着地していたフォーゼが叫ぶ。

 対照的にウィザードは息を吐いて、一旦の落ち着きを見せているのだった。

 

 

 

 

 

 一方、ロッククリムゾンと戦うリュウジンオー。

 素早さ、力、どちらもリュウケンドー達を上回るリュウジンオーは、ロッククリムゾン相手にも一歩も引かない戦いぶりだ。

 そしてその戦場には既に、病室で寝ていた筈の剣二ことリュウケンドーが姿を現していた。

 

 先程、リュウガンオーと翼によって新たなキーの調整が終わった事を鈴から教えられた剣二はレオントライクを駆って戦場に飛びだしたのだ。

 いくらある程度の休息があったとはいえ痛みは残ったまま、体もふらついている。

 それでもその新たなキーを活かせるのは自分だけだと、傷を押してやって来たのだ。

 

 そんなリュウケンドーは今、ロッククリムゾンを軽くあしらいつつ一度距離を取っていたリュウジンオーに詰め寄っていた。

 

 

「おい……! お前、何が目的なんだよ!」

 

「フン、ふらついてるぞ。使えない奴は引っ込んでろ」

 

「ンだと、テメェ!」

 

 

 彼がこの戦場にいるとリュウケンドーは聞かされてはいた。

 ジャマンガと戦っているという点では一緒だが、有無も言わさず一度攻撃してきたリュウジンオーに詰め寄るのは剣二の性格故。

 攻撃してきたが今は一応共闘している、という意味で言えばリュウジンオーはクリスと同じだ。

 しかし、クリスと違ってどうにもリュウジンオーはいけ好かない。

 スカした奴のような感じなのもそうだが、それ以上にリュウジンオーとクリスは『何か』違う。

 フィーネに捨てられ、誰かを守ろうとするクリスとは違い、リュウジンオーは明確にリュウケンドー達に悪意を持っているように直感したからだ。

 人を襲った、とかではない。だから戦うべき相手なのかは分からない。

 ともかくリュウケンドーは、感情的な意味でリュウジンオーを味方とは思えなかったのだ。

 

 

「ヌウゥゥゥゥ!!」

 

「フン」

 

「ッ、おわァッ!?」

 

 

 ところがロッククリムゾンはそんな2人の様子に構わず突っ込んでくる。

 助走をつけて拳を振るってくるが、リュウジンオーは悠々と避け、反応が遅れたリュウケンドーは紙一重で地面を転がって躱す。

 どうもロッククリムゾンはリュウジンオーに対して頭に来ているらしく、積極的に彼を狙って拳を振るっていた。

 しかし、1発たりともその俊敏な動きを前に当たる様子は無く、精々近くにあった建物の壁を壊す程度しかできていなかった。

 

 おまけにリュウジンオーの武器、ザンリュウジンの切れ味は凄まじいらしく、振るえばロッククリムゾンの体から火花が散った。

 彼にダメージを与えられたのは全力の拳で向かった響と伝説のライダーである2号のみ。

 その事実を考えれば、リュウジンオーが如何に圧倒的な力を持つ戦士なのかが分かる。

 

 

「バーカ」

 

 

 遅くはない。だけど決して速くはない。

 当たらなければ何でもない上に、リュウジンオーはロッククリムゾンに有効打を与えられる。

 だからリュウジンオーはロッククリムゾンに勝負を挑んだのだ。

 問題なく戦える相手、しかも極めて単細胞な直線的な攻撃ばかり。

 そんな彼をリュウジンオーは煽るが、それに対してロッククリムゾンは。

 

 

「ッ!! バカ……バカだとォ!!」

 

 

 子供のように地団駄を踏んだかと思えば、彼はその身を岩の球体に変身させてリュウジンオー目掛けて勢いよく転がった。

 勿論それも余裕で躱すリュウジンオーだが、どうもロッククリムゾンの様子がおかしい。

 攻撃が躱された後、方向転換をするでもなく、壁にぶつかっては跳ね返るように別の場所へ突っ込み、また壁にぶつかっては別の場所へ突っ込み……を繰り返し始めたのだ。

 おまけに勢いが凄まじく、それは戦場全体に影響を与え始めた。

 

 

「えっ、うひゃぁッ!?」

 

 

 響の眼前をロッククリムゾンが通過し、間抜けな声を出してしまう。

 何が、とロッククリムゾンの進行方向を見てみれば、戦闘員までもが纏めて薙ぎ倒されていた。

 ヴァグラスのバグラーならともかく、同じジャマンガ所属の遣い魔すらも、だ。

 敵と味方の区別も付けず、出鱈目にあっちへ激突、こっちへ激突。

 響達だけでなく怪人や戦闘員すらも若干のパニックに見舞われる中、アリガバリとモグラングを相手にする2号だけがその状況を理解していた。

 

 

(マズイ……暴走してやがる!?)

 

 

 ロッククリムゾンの『暴走』。

 それは2号も一度だけ身を持って体験し、力の2号と謳われる彼がパワー全開で止めに入った事のある状態。

 敵味方の区別も付けず、破壊行動のみを繰り返すその様は正に暴走。

 原因も知っている。

 それは、ある言葉が引き金なのだが──────。

 

 

 

 

 

 ジャマンガ本部に帰還していたレディゴールドはウォームと共に戦場をモニターしている。

 広がるのは、ロッククリムゾンが見境なく暴れる意味不明な光景。

 そしてロッククリムゾンと旧知の仲であるウォームから聞かされた言葉には、文字通り開いた口が塞がらなかった。

 

 

「はぁ? 『バカ』?」

 

「うむ……あやつは『バカ』という言葉にすぐにキレてしまっての……。

 そうすると、ああして見境なく暴れ出すのじゃ……」

 

「……呆れて物も言えないわ」

 

「はぁ……あの癖、治ってるのを期待したんじゃが、間違いじゃったなぁ……」

 

「そこで暴れ倒すのが一番バカだって、アイツ気付いてないの?」

 

「それ絶対にロッククリムゾンの前では言うでないぞ」

 

 

 そう、ロッククリムゾンは『バカ』と言われると、キレてしまうのである。

 

 

 

 

 

 2号もかつては何の気もなく口にした『バカ』の一言で大層苦労したものだ。

 だから2号はロッククリムゾンの頭が悪いと思いつつも、日本に来てから『バカ』の二文字を口にしないように気を付けていたのだ。

 確かに、その理由は誰が聞いても「くだらない」と言うだろう。

 しかしそれによる暴走と、そこから噴き出す力は何の洒落にもなっていない。

 

 暴走するロッククリムゾンは戦場を球体の状態のまま爆走する。

 敵も味方もお構いなし、勿論、周囲の被害にも構いはしない。

 エネタワー周辺の建物はジェノサイドロン達によってただでさえ甚大な被害が出ているというのに、ロッククリムゾンの暴走も伴って壊滅してしまうのではないか、というところまで来ていた。

 しかしリュウジンオーは肩にザンリュウジンを乗せて、ただそれを傍観するだけだ。

 

 

「おい、何で止めに行かねぇんだ!」

 

「派手に暴れまわればいつかはバテる。そうすれば、今よりも簡単に勝てるだろ」

 

「被害とか考えねぇのか!? みんながいつも過ごしてる場所なんだぞ!?

 ロッククリムゾンだけじゃねぇ、ヴァグラスの連中がこの辺りをどうにかしちまおうとしてんだ! 避難してる人達だって……!!」

 

 

 エネタワーの転送は町そのものを飲み込むほどに大規模なものが予想されている。

 戦闘区域周辺の避難は完了しているが、町1つ全てという広域避難など間に合うはずもない。

 リュウケンドーはほんの少しだけ期待したのかもしれない。

 人々の危機を訴えれば、こいつも少しは動いてくれるかもしれない、と。

 

 

「知るか」

 

 

 だが、その思いは簡単に踏みにじられた。

 

 

「大切なのはどう戦うかじゃない。どうすれば必ず勝てるか、だ」

 

「その為なら、敵を放っておくってのか!!?」

 

「フン。そもそも町は既にこの有様だ。守って何の意味がある」

 

「テッ、メェッ……!!」

 

 

 結局、それを最後にリュウジンオーは何も言わず、微動だにする事はなく。

 自分達の部隊所属ではないが敵でもない、という立ち位置はクリスもリュウジンオーも同じだ。

 が、明確な差がある。それは『被害を考えるか』。

 もっと言うのなら、『戦うことで守るつもりがあるか』という事だった。

 クリスはそもそも争いをなくしたいという思いの下で戦っているが、リュウジンオーは敵を倒す事そのものが目的であるかのように見える。

 クリスの信条をリュウケンドーが知る由もないが、恐らくそういう心持ちを何となく察したのだろう。

 そしてリュウジンオーのそれは、敵と戦うという一点は同じでも、決して相容れるものがないものだった。

 

 

「クソ……ッ!!」

 

 

 味方にも町にも、これ以上被害は出せない。

 リュウケンドーは痛む体を引き摺ってロッククリムゾンの元へ跳ぶ。

 未だ暴走を続けるロッククリムゾンの前に躍り出る彼だが、その突進を受け止める事もできず、いいように吹き飛ばされ、建物の外壁に激突してしまった。

 

 

「ぐああああっ!!」

 

 

 傷が開く。ロッククリムゾンから受けた怪我が痛む。

 そもそも戦いで受けた傷は今日受けたものだ。

 傷が塞がるどころか、その兆候すらない状態で戦場に出ている彼は、それだけでも大分無理をしている。

 そこにウルフバイクに乗ったリュウガンオーと、その後部座席で天羽々斬を纏って立つ翼が現着した。

 キーを届けにパワースポットから直接戦場に来た彼等は、近くまで慎次の車で向かい、戦場に入る際にウルフバイクに乗り換えたのだ。

 ちなみに翼がパワースポットで見つけた宝石は慎次に預けてきた。

 

 

「剣二!」

 

「不動、さん……翼……」

 

「遅れてすみません。……無茶をされましたね、剣二さん」

 

「へっ……! 何の、これしきよ……!」

 

「った、く……俺達が、つくまで……じっと、してりゃ、良かったんだ……」

 

 

 よろりと立ち上がるリュウケンドーに対し、リュウガンオーもウルフバイクから降りて鍵を渡そうとする。

 が、バイクから降りた直後にリュウガンオーも膝をついてしまい、息も絶え絶えだ。

 彼は『剣二と比べて』重傷ではないが、一般的に見て十分に重い怪我を負っている。

 その上で戦闘までこなしているせいか、既に限界も近そうだった。

 

 

「これを、受け取れ……リュウケンドー」

 

「すまねぇ、俺の鍵なのに……」

 

「気にするな。お前が強くなることは、俺達全員が、助かるんだからな」

 

 

 リュウガンオーは鍵を渡すと、再びウルフバイクに乗って戦場を去った。

 翼曰く、此処に来るまでの間にオペレーターや司令官各員から口酸っぱく、鍵を渡したら離脱しろと言われていたらしい。

 そもそも翼に託しておけばいいのに此処に来たのは、リュウガンオーが自分の手で後輩に渡したかったから、という我儘からのものだ。

 そんな思いが籠った託された大切な鍵を手に、リュウケンドーはゲキリュウケンを強く握りしめて立ち上がった。

 自分の体に残された力を限界まで、いや、限界以上に振り絞って。

 

 

「見ててくれ、不動さん。勝ってみせるぜ……このキーで!!」

 

 

 新たなキーを展開しゲキリュウケンに差し込むリュウケンドー。

 そうして発動する直前、瀬戸山からの通信が入る。

 

 

『キーの名前は『ダガーキー』だ! リュウケンドー!』

 

「おう……! ダガーキー、召喚ッ!!」

 

 

 ────『マダンダガー』────

 

 

 ゲキリュウケンのコールの元、剣先より飛び出る魔法陣が何かを召喚する。

 それは魔法陣から飛び出ると、一直線にリュウケンドーの手に収まった。

 逆手で手にしたそれは、ダガーの名の通り。

 

 

「短剣……?」

 

(……これ、は?)

 

 

 リュウケンドーが今までに得てきた新たな鍵は、大抵が別の姿へ変身するか、その姿に対応した獣王を召喚するかだった。

 このように武器を召喚するタイプはマダンナックルを除けば初めてだ。

 これが、パワースポットに行く必要すらあった強力な武器なのか。

 何か能力があるのか、単純に切れ味が物凄いのか。

 初見のリュウケンドーには何とも推し量れない。

 同時に、それを見たゲキリュウケンも何か説明しがたい『感覚』に襲われる。

 しかしリュウガンオーが命を懸けて持ってきてくれた力だ。

 絶対に何かあるという確信だけはある。

 

 

『リュウケンドー! マダンダガーの刻印を敵に向けるんだ!!』

 

「刻印……? こいつか!」

 

 

 それを解明するのは瀬戸山の役目。

 マダンダガーには持ち手と刃の間に円形のテーブルのようなものがある。

 そこには不思議な刻印が浮かび上がっていた。

 瀬戸山の言葉通り、今一番止めるべきであるロッククリムゾンに刻印を向けた。

 すると、円形のテーブルから光り輝く文字のようなものが次々と連なった鎖のように現れる。

 光の文字達はロッククリムゾンに吸い込まれるように消えていき、最後の一文字まで消えた頃には彼の暴走は完全に止まっていた。

 

 

「ヌゥ……!?」

 

 

 頭に血が昇って暴れ回っていた事をロッククリムゾンは自覚した。

 また自分が我を忘れていた事も。

 ただ、何よりも彼が驚愕しているのは、無理やり頭を冷やされて冷静にさせられた事。

 言うなれば、完全に止められた事。

 2号ですらも全力で格闘してようやく止めたそれを、だ。

 だからこそその力にロッククリムゾンのみならず、マダンダガーをまじまじと見つめながらリュウケンドーも驚いていた。

 

 

「すげぇ……。おっし、もう一発!」

 

 

 再び向けられる紋章。繰り出される文字の羅列。

 それは自分に何が起きたのか未だ呆然とするロッククリムゾンに向かい、今度はロープのように彼の体に巻き付いていく。

 光の文字による鎖、『ダガースパイラルチェーン』。

 その鎖はロッククリムゾンの馬鹿力を持ってしても外せない程に強力だった。

 

 

「これなら……! ゲキリュウケン、止めを……!?」

 

 

 完全に身動きを取れなくさせた事で、大技を一撃食らわせるほどの余裕ができた。

 周囲からロッククリムゾンをフォローしようと迫る戦闘員達も、全て翼が斬り伏せている。

 止めの一撃を、と、相棒に呼びかけるリュウケンドー。

 しかし、そんなゲキリュウケンの様子はおかしかった。

 

 

『ぐっ、おおぉぉぉ……!!?』

 

「どうした、ゲキリュウケン!?」

 

『そ、そうか……。これは……!!』

 

 

 稲妻を帯びて苦しむような呻き声を上げるゲキリュウケン。

 そんな剣たる相棒は、突如として青い光に包まれ、リュウケンドーの手を離れて空中へ浮き始めた。

 逆の手に持っていたマダンダガーも同じくだ。

 マダンダガーをリュウケンドーが手にした時から芽生えていた、ゲキリュウケンの中にある不思議な『感覚』。その正体だった。

 

 

『この短剣は、私の仲間だ!』

 

 ────ツインパワー────

 

 

 ゲキリュウケンの柄がマダンダガーの柄と繋がり、同時にゲキリュウケンが新たな力をコールする。

 同時に短剣だったマダンダガーの剣が伸びて、それは一本の巨大な両剣へと変わった。

 相棒の新たな姿、新たな力に、リュウケンドーは手を伸ばした。

 そしてその力の名前を力強く叫ぶ。

 その名が、手にしたゲキリュウケンを通して伝わってきているかのように。

 

 

「『ツインエッジゲキリュウケン』!!」

 

 

 手にして感じるその力。

 マダンダガーと合体した事によりゲキリュウケンの力が大幅に上がっている事を、リュウケンドーも感じ取っていた。

 

 

(すげぇ力を感じる……! こいつがマダンダガーの真の力ってやつなのか!?)

 

 

 ツインエッジゲキリュウケンを右手に携え、リュウケンドーはその刃をロッククリムゾンへ突き立てる。

 マダンダガー側の刃が鎖を、そしてロッククリムゾンの頑強な装甲を貫き、そこを中心に亀裂が入った。

 その攻撃で敵を縛りつけていたダガースパイラルチェーンも砕けてしまったが、問題はない。

 初めて感じる痛みに苦しむロッククリムゾンは隙だらけだ。

 

 

「ファイナルキー、発動ッ!」

 

 ────ファイナルクラッシュ────

 

 

 間髪入れずに必殺の一撃を発動する。

 今までの魔弾戦士の必殺技はファイナルブレイクだったのに対し、ツインエッジゲキリュウケンが発声したのは『ファイナルクラッシュ』という言葉。

 マダンダガーが齎したもう1つの力。

 それがファイナルブレイクの上位技、ファイナルクラッシュだ。

 ツインエッジゲキリュウケンの両刃が青く輝き、その力をロッククリムゾンに振るう。

 

 

「ツインエッジゲキリュウケン、『超魔弾斬り』ッ!!」

 

 

 一閃。

 現在のリュウケンドー最強の一撃が岩石巨人へ炸裂。

 呻き声と共に、最初に与えた亀裂がロッククリムゾン全体に広がっていった。

 今の一撃に力の殆どを出し尽くしたリュウケンドーはゲキリュウケンを支えに膝をついてしまう。

 受けた傷で無理をしたせいで、体力は全くと言っていい程残っていない。

 それでも彼には確信がある。

 今の一撃に対しての、確信が。

 

 

「岩石巨人よ、闇に抱かれて眠れ……」

 

 

 相手の最後を見届けるその言葉と共に、ロッククリムゾンは爆散。

 大きな岩が砕けて無数の破片となり辺り一帯に転がっていく。

 

 2号しか対抗できないとされていた岩石巨人ロッククリムゾン。

 その圧倒的力を持つ相手にリュウケンドーは見事リベンジを果たしたのだ。

 リュウガンオーが命を懸けて届けてくれたマダンキーが、文字通り勝利の鍵になってくれた。

 今の戦いを見届けた翼は、辺りの戦闘員を斬り伏せながらリュウケンドーに駆け寄る。

 

 

「剣二さん、お見事でした」

 

「おう。ありがとな、翼。……不動さんにも、後でもう一回、礼言わねぇと。

 さっすが先輩だぜ……」

 

 

 何気なくリュウケンドーが口にした『先輩』という言葉で翼は思い出す。

 先輩らしい事を後輩にしてやりたいと言っていた銃四郎の言葉を。

 

 

(先輩らしい事を……か)

 

 

 響の顔が脳裏を過りつつも、翼はリュウケンドーへ再び声をかける。

 

 

「剣二さん、一旦戦線を離脱するなら肩を貸します」

 

「ああ……って言いたいけど、お前の手は煩わせないぜ」

 

 

 リュウケンドーは新たにキーを取り出し、ゲキリュウケンで発動。

 発動したのはレオンキー。獣王ブレイブレオンを呼び出す為の鍵だ。

 魔法陣より呼び出されたブレイブレオンはリュウケンドーを守護するように、周囲の戦闘員達に躍りかかっていく。

 

 

「こっちは自分でどうにかするからよ、お前は他の連中のトコに行けよ」

 

「しかし……」

 

「俺もンな軟じゃねぇさ。1人でも多く戦える奴が今は必要なんだ。

 俺と不動さんの分も、頼むぜ」

 

 

 ジェノサイドロンやウォーロイドの転送でエネタワーに溜まっていたエネロトンの一部が消費された為、大規模転送までの時間は伸びている。

 しかしカウントダウンが止まったわけではなく、長引けばどんどん不利になるのはこちらだ。

 リュウガンオーが戦線離脱の際に誰にも頼らなかったのも、そういった事を危惧しての事だろう。

 リュウケンドーもまた、同じ事を考えていたのだ。

 その意を汲んだ翼は、怪我人を放っておく事になるという一瞬の躊躇いはありつつも、すぐに決断を下す。

 

 

「はい!」

 

 

 そして翼は跳んだ。

 戦闘員の群れに千ノ落涙を降らせ、手にした剣で道を切り開きながら、戦場の奥に進んでいく。

 彼女が目指す場所は、彼女にとっての後輩がいる場所だった。

 

 

「立花ッ!」

 

「翼さんッ! 不動さんと剣二さんは!?」

 

「双方無事。その上、新たな鍵でロッククリムゾンを打ち倒したわ。

 じきに、この戦場全体に伝わる筈よ」

 

 

 言葉通り、ロッククリムゾン打倒の知らせがS.H.O.Tから戦場の戦士全員に届く。

 凄まじいまでの強敵だったそれを倒したと聞いて、ある者は純粋に喜んだ。

 またある者はリュウケンドーが倒したと聞いて、サンダーキーの時といいまた無理をしたのかと呆れた。

 1つ言える事は、その報は間違いなく戦士達の士気を挙げる吉報であったという事だろう。

 

 

「良かった……剣二さん……!」

 

 

 響も純粋に喜びを見せている。

 ロッククリムゾンと一度でも相対したが故に、それがどれだけ凄い事なのかがよく分かるのだろう。

 現場を実際に見た翼も勿論嬉しく思っているが、何時までもそれに浸っている余裕がある戦場でもない。

 周囲を見やる翼。

 見えるのは、ジェノサイドロンと戦う分離状態のダンクーガとFS-0O。

 ウォーロイドや戦闘員を相手に立ち回る数多くの戦士達。

 と、そんな状況の確認と同時に、戦闘中のメンバーに今度は特命部からの通信が飛んだ。

 

 

『全バディロイドの錆の除去、完了しました! バスターマシンの発進、いつでもいけます!』

 

 

 森下の言葉はこれまた吉報である。

 吉報であるのだが、問題はバスターマシンの操縦者であるゴーバスターズ達がスチームロイドを追っている、という事実だった。

 

 

「どうする? メタロイドも放っておけないよ!」

 

「そうだね。それに転送装置を外すならバスターマシンは1機でも多くいた方がいい」

 

 

 イエローバスターとブルーバスターが言い合う。

 その言い合いは通信回線を開いたまま行われ、戦士達全員に伝わった。

 ゴーバスターズの3人は現在、東京エネタワーに逃げこんだスチームロイドを追う為にエネタワーの外の階段を登ろうという段階だった。

 今回の戦いの目的は敵の撃滅ではなく、エネタワーに取り付けられた転送装置の破壊、あるいは解除だ。

 その為には巨大な戦力がどうしても必要だが、現在出撃している戦力達はジェノサイドロンとウォーロイドに足止めを食らっている。

 

 今回の任務は転送装置が最優先。そうであればバスターマシンに乗り込むべきだ。

 しかしスチームロイドを放っておいて修理でもされた場合、例の錆びる煙が再び脅威になる。

 どうする、とレッドバスターが迷うその時、通信を聞いてエネタワーまですっ飛んできた2人がゴーバスターズの前に降り立った。

 

 

「ならばメタロイド追撃は、私達が引き継ぎます!」

 

「翼! それに響まで……いいのか?」

 

「はい。ノイズは確認できる限り全て殲滅、増援が出てくる気配もありません」

 

「それに、新しくノイズが出てもクリスちゃんがいてくれます!」

 

 

 クリスが戦列に参加しているのは既に伝わっている。

 イチイバルの制圧能力を持ってノイズがほぼ全て叩きのめされ、戦闘員の群れにも絶大な効果を発揮している事も。

 とはいえ明確に仲間、というわけではないのだが、それに対して信頼を置いているような口ぶりの響にレッドバスターは目を丸くした。

 

 

「クリスって、雪音クリスか……信用できるのか?」

 

「大丈夫です!」

 

「根拠は」

 

「直感ですッ!」

 

「感覚じゃ困るんだが」

 

 

 思いっきり不安なレッドバスターなのだが、響の目はどこまでも真っ直ぐだ。

 それに困惑するレッドバスターとは別に、響の直感に同調する者もいる。

 

 

「私も大丈夫だと思う。クリスちゃん、悪い子じゃないと思うし……」

 

「ヨーコ、お前まで……」

 

 

 イエローバスターもまた、仮面越しでも分かるくらいに大丈夫だと訴えかけてきていた。

 この2人や弦太朗がクリスに入れ込んでいるのは知っている。

 それにレッドバスターも、クリスが真の意味で悪い奴だとは思えないと考える事もあった。

 やれやれと思いつつ、言い合う時間も勿体ないし今はそれで通す方が早いと、レッドバスターは頷いた。

 

 

「……とりあえず、今は分かった。メタロイドの反応は展望台付近に移動してる。頼むぞ!」

 

 

 レッドバスターはブルーとイエローに呼びかけた後、司令室にバスターマシンの発進を要求。

 そしてシンフォギア装者2人に後を任せてエネタワーから離れていった。

 残された響と翼は顔を見合わせて頷くと、早速エネタワーの外部階段を駆け上がり、時折ショートカットの為に、エネタワーの鉄骨を壁蹴りして上へ上へと登っていく。

 スチームロイドはパワーこそ高いが鈍重で、とても鉄骨を壁蹴りできるような身軽さはない。

 一方でシンフォギア装者はかなり身軽な部類だ。

 さらに言えば天羽々斬は機動性に優れ、ガングニールは脚部ユニットでジャンプや加速が得意である。

 だからか、スチームロイドが外部階段を登り切って展望台に侵入したのと、2人がそれに追いついたのは同時だった。

 

 

「追いついてきやがったか!! ……あぁ? ゴーバスターズはどうしたよ?」

 

「貴方相手に、あの3人の手を煩わせる必要はないという事よ」

 

「言うじゃねぇか小娘ども! こうなったら逃げ場もねぇ、来いよッ!!」

 

 

 左腕のベルトコンベアを振り回して威嚇するように吼えるスチームロイド。

 相対するのは2人のシンフォギア装者。響が拳を、翼が剣を構えて立ち塞がる。

 

 

「思えば、こうして2人だけで並び立つのは初めてね」

 

「そういえば! 何だかちょっと緊張しちゃいます」

 

「フッ、いつも通りでいいわ。私が合わせる」

 

「えっ……な、何だか申し訳ないです……!」

 

「気にしないで。お互いの擦れ違いとはいえ、立花には迷惑をかけた。

 此処からは立花の先達者として、私も努めさせてもらうわ」

 

「へ? 私『も』、って……?」

 

「少し、思うところがあってね」

 

 

 翼の脳裏に浮かんでいたのは、銃四郎から聞いた話。

 共に戦ってくれる後輩。そんな後輩に先輩らしい事をしてやりたいという想い。

 翼もまた先輩。

 しかしガングニールや奏への拘りのせいで、響には随分と酷い当たり方をしてしまった。

 それは響がやや無神経だった事も起因しているが、それでも翼は自分に非があると戒める。

 故に、より深く思うのだ。自分も少しは『先輩』で在ろうと。

 

 

「行くわよ、立花ッ!」

 

「はいッ!!」

 

 

 息を合わせ、同時にスチームロイドへ突進する装者2人。

 それに合わせて左腕のベルトコンベアを横薙ぎに振るってくるが、身を屈めて前転する事により回避。

 空振りに終わった攻撃から凄まじい風が感じられた事から、パワーは相当である事が窺い知れる。

 

 攻撃を躱した直後、剣と拳がそれぞれにスチームロイドを攻撃する。

 一発目は頭を屈めて回避され、そのまま距離を取ろうとしてきた。

 隙を与えまいと、翼は剣を鮮やかに連続で振るいながら敵を追い詰めていく

 そうして振った中の1回がスチームロイドの右腕に当たるが、金属同士がぶつかった甲高い音が鳴るばかりで、敵にダメージはない。

 

 

「おらおらぁ、効かねぇぞォッ!?」

 

 

 右腕で攻撃を弾いたスチームロイドが勢いそのままに右手を翼に振るうが、それを躱す。

 翼に気を取られた瞬間に響が間合いを詰め、右拳を見舞った。

 響も相手の硬さに気付いたのか、見た目が固そうだからという判断からか、大きく振りかぶった一撃だ。

 腹部に直撃した拳でスチームロイドは後ろに仰け反ってしまう。

 

 

「おぉう!? チィッ、女だてらにいいパンチしやがるッ!」

 

 

 スチームロイドは怯みつつもすぐに体勢を立て直してくる。

 あまり効いていないのか、と、響は仰け反りから回復したスチームロイドを追撃せず、その場で構え直した。

 腕部ユニットを使った全力パンチというわけではなかったが、それでも相当に力を籠めて振り抜いたはずの拳を鳩尾に入れたのに、この回復の速さ。

 効きの弱さに少し怯む響だが、対照的に翼の顔は冷静沈着だった。

 

 

(かなりの大振りだが一撃は重たく、身のこなしも鈍重ではない。

 装甲も硬く、少なくとも相当に力を籠めなければ有効打とは言えない。

 とはいえその堅牢さはロッククリムゾン程ではない、か)

 

 

 此処までの流れで翼はスチームロイドを観察していたのだ。

 全てを把握したなどと驕るつもりは無いが、それでも力と防御性能程度は分かった。

 ロッククリムゾン程ではないが力もあり、防御力も高く、速くはないが遅くも無い立ち回り。

 全体的に高水準な敵で、決めの一撃も相当なものを叩きこまなければならないだろう。

 響が繰り出せる最強の一撃、絶唱級のパンチは溜めに時間がかかる。

 翼が繰り出せる最強の一撃、天ノ逆鱗は展望台内部という閉鎖空間ではそもそも繰り出せない。

 

 

(通常攻撃に限れば、私の攻撃よりも立花の拳の方が効いている。であるならば……)

 

 

 以上の事を頭の中で纏め、結論を出し、次の一手を繰り出す為に翼は響に小声で話しかけた。

 

 

「立花、策というほど大仰なものではないが、聞いてほしい」

 

「は、はい!」

 

 

 翼が簡潔に纏めた内容を聞き、頷く響。

 理解した事を確認した翼もまた、応えるように頷いた。

 

 

「いける?」

 

「頑張りますッ!」

 

 

 響と翼が接近、拳と脚と剣を振るってスチームロイドに接近戦を仕掛けていく。

 対するスチームロイドも応戦するが、小回りを利かせてスピーディに戦う2人についていけていない。

 翼は元々こういった素早い立ち回りが得意だ。

 対し、大振りばかりでストレート過ぎると士に指摘されていた響の戦い方だが、既にそれは改善されていた。

 これも士や弦十郎との特訓の賜物だろう。

 

 

「ちょこまかちょこまかとォッ!!」

 

 

 やや短気な様子を見せるスチームロイドの動きはさらに乱雑になっていく。

 2人はそれらを全て躱して攻撃を仕掛けていくが、素早い動きを意識している為か、大きな一撃を放ててはいない。

 敵は相当に力を籠めなければダメージを通せない鎧を持っている。

 つまり今の2人の攻撃は当たってこそいるが効きは弱い、という状態だ。

 しかし2人の目的は倒す事ではなく、敵を展望台の窓際に近づける事だった。

 

 

(今ッ!)

 

 

 窓際近くまで近づいたところで翼がさらにスチームロイドに接近。

 大振りに、力を籠めた太刀を見舞った。

 それに対してスチームロイドも左手のベルトコンベアで鍔競り合う事で応戦。

 天羽々斬を纏う翼は素早さが売りだが、決して力が弱いというわけではない。

 全力まで込められた刀にスチームロイドも意識を集中せざるを得なくなってしまうが、それこそが翼の狙いだ。

 

 

「立花ッ!」

 

「おおおォォッ!!」

 

 

 足のアンカージャッキを使い加速して敵の懐に入り込んだ響が、右腕に全力のエネルギーを籠めた一撃を放つ。

 エネルギーを籠めた事で開いていた右腕の腕部ユニットが、直撃と共に作動。

 2号すらも認めた強大な威力の衝撃がスチームロイドの全身を駆け抜けた。

 

 

「うおおおぉぉぉぉぉッ!!?」

 

 

 突然懐に飛び込まれ、瞬時に放たれた一撃。

 それはスチームロイドを展望台の窓から突き飛ばし、外へ放り出してしまうほどの威力だ。

 飛行能力を持たないスチームロイドは重力と殴られた一撃の勢いで、放物線を描いて地上へ落下していく。

 間髪入れず、かつ躊躇なく、翼はスチームロイドが吹き飛んだ際に割れたガラスを通り、外へ躍り出た。

 

 

「この一撃でッ!!」

 

 

 落下するスチームロイド目掛けて剣を投げ、それが一気に巨大化。

 同時に右足を伸ばした翼が巨大な剣の柄に蹴り込み、両足に展開された剣型のブースターで加速。

 10m以上の剣を重力落下と翼のブーストで敵に押し込む、単純威力なら翼の最強技。

 

 

 ────天ノ逆鱗────

 

 

 巨大な剣が落下するスチームロイドに叩きつけられる。

 が、今までのメタロイドの中でも強力な部類に入るスチームロイドは両腕を交差させて巨大な剣の切っ先に拮抗。

 真正面からそれに耐えて見せた。

 

 

「ッ……!!」

 

「そう、簡単にゃ、やられねぇぜぇぇぇぇ!!」

 

 

 翼も相当に押し込んでいるのだが、スチームロイドは耐え続ける。

 だけど、忘れてはいけない。今の翼は1人ではないのだ。

 

 

「翼さんッ!」

 

「ッ!? 立花!?」

 

「私も、力を合わせて!!」

 

「……ええ、お願いッ!!」

 

 

 同じくエネタワーから跳びだしてきた響が左足を突き出しながら剣の柄に足を宛がう。

 隣り合わせになる形となった響と翼はお互いに頷きあうと、より一層に力を籠めた。

 翼の両足のブーストがさらに火力を増し、響が両足のジャッキを使って瞬間的に強烈な勢いを加えた。

 響が加速や跳躍に使うジャッキのパワーが加わった天ノ逆鱗は一気に威力を増し、剣の切っ先はスチームロイドを両腕の防御ごと貫いた。

 

 スチームロイドを貫いて地上に刺さった剣の柄から響と翼が降り立つ。

 一方、空中で天ノ逆鱗に貫かれて真っ二つになったスチームロイドは声も無く爆散し、それを見送った2人は顔を見合わせた。

 直後、最初に声をかけたのは響からだった。

 

 

「やりましたね! 翼さんッ!!」

 

「ええ」

 

 

 得意気な笑顔で翼へガッツポーズを送る響。

 スチームロイドを展望台から押し出す役を響に任せたのは、彼女のパワーを買ったからだ。

 そして翼の期待通り、響の一撃は見事にスチームロイドを外へ押し出し、必殺の一撃を繰り出すだけの隙を与えてくれた。

 

 そう、ついこの前まで響へ冷たく当たって来た翼が、響を頼ったのだ。

 翼は「先輩として」と言っていたが、彼女の中で『先輩後輩の在り方』はまだまだ確立していないし、はっきりとしてもいない。

 ただ漠然としたものを思い描いているだけの段階だ。

 しかし、今回の結果が連携からの勝利であった事。それを導いたのは翼だった事。

 そうして勝利を分かち合うその姿は、先輩と後輩のそれであるのではないだろうか。

 

 いつの間にか頼れるようになった後輩のあどけない笑顔。

 それを見た翼もまた、フッと笑みを零すのだった。

 

 さて、そんな勝利の余韻も束の間、レッドバスター達が合流したバスターマシンとジェノサイドロンとの戦いの衝撃が戦場全体に轟いていた。

 

 

「のんびりとしている場合ではないわね。立花、まだ戦える?」

 

「はい、翼さんと一緒ですから!」

 

「……フフッ。なら、行きましょうッ!」

 

 

 2人だけの共闘にて見事強力なメタロイドを倒した2人は、次なる戦場に向かっていった。

 

 

 

 

 

 さて、スチームロイド撃退の後に他の仮面ライダーやクリス等に合流した響と翼。

 そこで彼女達は新たな戦士2人と邂逅する事になる。

 

 背中の翼を用いて戦場を荒っぽく飛び回っている、メカニカルな外見の戦士が1人。

 金色が目立つライオンのような意匠の戦士が1人。

 そう言えば弦十郎からの通信で、新たに0課からの仮面ライダーが3人と、同時に合流した仮面ライダーが別に1人いると聞いている。

 恐らくあの2人がその4人のライダーの内の2人なのだろうという事は、簡単に想像がついた。

 

 

「貴方方が、新たに協力してくれる仮面ライダー、ですか?」

 

「お? 何だ何だ、綺麗な嬢ちゃんだな! 

 俺はビースト! 魔法使いで、仮面ライダー……らしいぜ!」

 

 

 何故疑問形なのか翼には分からないが、ビースト本人が仮面ライダーという名称に慣れていないのだ。

 一方、響と翼の姿を視認したメカニカルな外見のライダー、バースが降り立ってきた。

 

 

「君達が、この部隊の戦士……なのか」

 

「は、はい、立花響って言います! よろしくお願いします!」

 

「ああ。俺は後藤慎太郎、仮面ライダーバースだ」

 

 

 響のバースへの第一印象は、口数の少なさや雰囲気から、『翼さんみたい』だった。

 後藤の堅物感が翼に通ずるものがあったのかもしれない。

 一方でバースからの2人への印象は『こんな年端もいかない子達が』、という戸惑いだった。

 相手は女子高生。そう思うのも無理はないだろう。

 

 さて、あまり長話ができない状況、自己紹介ついでに固まっていた4人は、すぐに戦闘員と怪人掃討の為に散り散りになってしまう。

 そんな中、ビーストはいつぞや木崎に言われた言葉を思い返して戦っていた。

 その言葉をざっくり要約すると、『敵に魔力で動く敵がいるから、キマイラの食事にできるかもしれない』という話だ。

 

 

「フッフッフッ……お前等が魔力で動いてるってのはネタが上がってんだ……」

 

 

 ビーストは戦っている最中に、どれが魔力で動いている敵なのか気付いたのだ。

 特定の戦闘員を倒すと魔力が吸収され、その戦闘員がジャマンガの遣い魔である、と。

 故にキマイラの食事、魔力補給が死活問題になっているビーストは目の色を変えていた。

 色々な戦闘員がひしめいているが、遣い魔も相当な数がいる。

 ならば、する事は1つ。

 

 

「お前等全員……キマイラの食事になってもらうぜぇぇぇぇ!!」

 

 

 ビーストは敵を倒していく。特に重点的に遣い魔を。

 勿論、人を守る魔法使いである彼は他の敵は見逃す、何て事をする気はない。

 それでもやはり、いつ食えるか分からない魔力の補給源だ。

 そういう理由もあって、ビーストはかなり張り切って大暴れをしているのだった。

 

 

 

 

 

 アルティメットD、ロッククリムゾンの撃破。

 シンフォギア装者がスチームロイドを追っているのと同じ頃。

 仮面ライダー2号とモグラング、アリガバリの勝負は、驚くほど呆気なく決着が付こうとしていた。

 何せ現段階にて、モグラングはライダーパンチの一撃で撃破されているのだから。

 

 

「ぐ、ぅぅぅ……! 仮面、ライダァァァ……!!」

 

 

 怨嗟の声を上げるのは残されたアリガバリ。

 対し、仮面ライダー2号も少々の疲れは見せつつも、決してふらついたり膝を付いたりする様子は無かった。

 

 

「へっ、お前等に負けてやる気は元々無かったが……。

 負けられない理由が、ついさっき増えたんでな」

 

「理由、だ、とォ……?」

 

 

 2号は近くの戦場にいるリュウケンドーの方を見た。

 ブレイブレオンに跨り、どうにかこうにか体を動かしながら雑魚相手に奮闘している。

 彼はつい先程、仲間から貰った鍵があったとはいえ、2号が倒し切れなかった強力な幹部であるロッククリムゾンを倒して見せた。

 一度惨敗しているにも関わらず、だ。

 その時の光景を思い返しながら、2号は再びアリガバリへ向き直った。

 

 

「俺は昔、お前と同じタイプの改造人間に負けた。子供まで巻き込んで、こっぴどくな。

 でも俺は仲間や、色んな人のお陰で勝つ事ができた。此処に俺がいる事が何よりの証拠だ。

 ……アイツも同じだ。一度やられて、仲間と力を合わせて勝った。

 自惚れるわけじゃないが、俺が勝てなかった相手に、だぜ?」

 

 

 一息吐き、2号は睨むように顔を動かしながら拳を握った。

 

 

「若い奴がそこまでやってんだ。だったら俺が一度負けた相手……。

 まして、前にリベンジした相手に負けるなんて情けない姿、後輩に見せられるかッ!」

 

 

 モグラングもアリガバリも一度は倒せなかった強敵だ。だから2号も苦戦を予想した。

 ところがリュウケンドーが見せた勝利が、2号の闘志を燃え上がらせたのだ。

 そうして、2号は跳ぶ。

 痛む体を押して全力で左腕の爪を振るうアリガバリ。

 かつてはその爪から繰り出される攻撃にライダーキックを叩き潰されたが、今の2号にそんなものは最早、通用しない。

 

 

「『ライダァァァァ! 卍、キィィィィック』ッ!!』

 

 

 繰り出されるのは身体の捻りを加えた蹴り、ライダー卍キック。

 回転がアリガバリの攻撃を全て跳ね除け、回転の副次効果で威力の上がった蹴りがアリガバリの胴体へ直撃する。

 吹き飛び、アリガバリは間もなく爆散。

 

 着地した2号は再びリュウケンドーの方へ目を向けた。

 ロッククリムゾンに負けた事は無い。しかし勝った事も無い2号。

 確かに撤退させたという意味では勝ったと言えるのかもしれないが、逃がし続けてきた事は良い事ではない。

 それを一度はロッククリムゾンに敗北して、しかも大怪我を負った状態のリュウケンドーが倒したのだ。

 その事実に素直に感嘆しつつ、2号は「フゥ」と溜息を付いた。

 

 

「まだまだ頑張んねぇと、まぁた怒られちまうかなぁ……」

 

 

 かつてアリガバリに大敗を喫した2号。

 そんな彼へ想いの籠った怒号を、檄を飛ばしてくれた恩師の顔が浮かんだ。

 若いのが体張ってるのに何をやっていたんだ、とでも言われそうだと2号は苦笑する。

 響の名字を聞いて、懐かしい敵にあったからだろうか、少しだけ過去を思い返してしまった。

 しかし回想も早々に切り上げ、再度2号は拳を握り直した。

 そうして2号は、満足に動けない状態にあるリュウケンドーのフォローへ回る。

 ジェノサイドロン達を頼りがいのある後輩達に任せつつ、自分もまだまだ気張らなければと気合を入れ直しつつ、2号は戦場を駆けていった。

 

 

 

 

 

 バディロイド復帰に伴い、既にバスターマシンは現着。

 スチームロイドをシンフォギア装者に任せたゴーバスターズ達はバスターマシンへ合流を果たしていた。

 ジェノサイドロンへ相対するは、6機のバスターマシンとダンクーガを構成する『VBM』、即ち『ヴァリアブルビーストマシン』の4機。

 復帰したバディロイドの中には当然Jも含まれており、マサトもビートバスターへ変身し、FS-0OからBC-04へ乗り換えている。

 当然それに伴ってJもスタッグバスターに変身済みだ。

 

 人型であるゴーバスターエースになっているCB-01。

 それに搭乗するレッドバスターが一先ず、ダンクーガ側に呼びかけた。

 以前までと同じように相手への通信の仕方が分からないので、戦闘区域全体に伝わるように、だが。

 そしてそれに応対したのはノヴァイーグルのパイロット、飛鷹葵だった。

 

 

「此処まで粘ってくれて助かった。が、何で合体しない?」

 

『ああ、実はダンクーガって合神して5分しか持たないのよ。

 で、上からの司令で渋ってたってワケ』

 

「上、か。やはり組織立ってるらしいな、ダンクーガは」

 

『なぁに? こんな時に探りが入るの?』

 

 

 合神という言葉は初耳だが、恐らくニュアンスからして合体と同じ意味だろう。

 ダンクーガ側ではそういう名称なのだろうとレッドバスターは特に疑問も持たないが、ダンクーガの内情の方にはどうしても興味が出てしまった。

 勿論、葵に言われるまでもなく、そんな状況でないのは彼もよく分かっている。

 

 

「……いや、止めておく。それで、何で合体するなって言われてたんだ?」

 

『例のメガゾード……だっけ? アレを錆びさせる煙が消えたでしょ?

 だから追加で何かしら出てくる可能性があるから温存しとけ、って言われてね』

 

 

 スチームロイドの煙が消えたという事はバスターマシンの発進ができるという事。

 だが、裏を返せば敵もメガゾードを発進させられるという事でもある。

 ダンクーガ側も分析等々ができるのか、それを予期し、強力ながら5分しか持たない合神を出さない方針で動いている、という事らしい。

 納得できる話だ。何より、見計らったかのようにその危惧が当たってしまった事を仲村の通信が告げてきた。

 

 

『皆さん! メガゾード転送反応です!!』

 

「……どうやらその予想、当たったらしい」

 

『あらら、悪い予感ってどうしてこう当たるのかしらね』

 

 

 溜息を付く葵。レッドバスター含めたゴーバスターズも心境はそんな感じだ。

 ともあれ引き続き、特命部からメガゾードについての情報が通信で伝えられていった。

 

 

『メガゾード、タイプはα、β、γ、δ! 転送完了まで、あと3分です!』

 

「タイプ違いで4機ねぇ、随分投入してくるじゃないの相手さんも」

 

 

 飄々とした言葉を連ねるビートバスターだが、油断も余裕もそこには無かった。

 複数体のメガゾードと戦うのは初めてではないが、エネタワー転送という時間制限がある中でその数はかなりの脅威。

 メガゾードはタイプ毎に性能が違うが、どれにも共通するのはバスターマシンに匹敵する力を持っているという点。

 それが4機だ。プラス時間制限がある中で余裕を持てという方が無理であろう。

 

 

『転送はエネタワーのエネトロンを使用しているようです。

 確かに減少はしていますが、再充填に既に入っています! 正直、余裕は殆どないです!』

 

「ジェノサイドロンとウォーロイドの転送から時間を稼がれ過ぎたね。

 これじゃ、むしろ相手がメガゾード出し放題みたいになりかねないよ」

 

 

 森下の報告を聞き、ブルーバスターが提起した問題は2つ。

 1つ、転送に伴ってエネタワーのエネトロンが減りはするが、相手の時間を稼ぐ手段が豊富な為、このままだとエネタワーにエネトロンが溜まり切って大規模転送が始まってしまう。

 

 もう1つは、エネトロンを溜める『容器』とも言える転送装置がエネタワーにある限り、そこに集まってくる膨大なエネトロンを使ってメガゾードを幾らでも出せてしまう。

 それだと大規模転送が始まらないにしても、こちらがジリ貧だ。

 

 しかし、あくまでも余裕を崩さないビートバスターが声を上げた。

 

 

「ま、シンプルに考えれば、一気呵成で転送装置をエネタワーから外せば終わりって事よ!

 とっとと相手さんぶっ潰して、転送装置に辿り着くぞッ!!」

 

 

 そう、転送装置にエネトロンが溜まっているからメガゾードの転送分のエネトロンが確保できているし、そもそもの目的である大規模転送の危険があるのだ。

 結局うだうだ言っても目的はシンプル。転送装置を取り外すか破壊する。それだけだ。

 

 

「陣さんの言う通りだ。まずはメガゾードが来る前にジェノサイドロンを叩くッ!」

 

 

 レッドバスターの一声で全機体が動き出した。

 ジェノサイドロンはウォーロイドと違い有人機であるが、操縦席にいるのはバグラーである事が分析で既に判明しており、生体反応も無い。

 だから彼等も思いっきりぶつかっていける。

 

 

『メガゾードが後に4機も来るなら、私達の合神は……』

 

「ああ、温存しておいてくれ。そっちの上司の読みが正しいみたいだ」

 

『OK。でも、合神しないと火力が足りないの。今はフォローに回らせてもらうわね。

 ……一緒に戦うのも三度目なんだし、少しは信用してくれるかしら?』

 

「そのつもりだ。少なくとも、今はそうしないと始まらない!」

 

 

 レッドバスターと葵の、お互いに顔も知らない者同士の会話。

 だが、今は戦場で共に戦う同士だ。

 何より葵の言う通り共闘は三度目。信頼できないわけでもない。

 

 さて、計10機の味方機だが、相手はジェノサイドロンだけでなくウォーロイドもだ。

 地上で仮面ライダーを初めとした戦士達も戦ってくれているが、その殆どは戦闘員や怪人に手一杯。

 挙句にウォーロイドは量産機。数も馬鹿にならない。

 そこで巨大なジェノサイドロンを一気に倒す為、ビートバスターはある提案をした。

 

 

「此処は俺とJに任せな! 他の連中でウォーロイドを頼むぜ」

 

「えっ、陣さん……大丈夫なの?」

 

「心配すんなヨーコちゃん。まだお披露目してない合体の話、前にチラッとしたろ?」

 

 

 得意気に語るビートバスターが何をするつもりなのか察したスタッグバスターは、SJ-05をBC-04に近づかせ、同時にBC-04は人型形態のゴーバスタービートへと変形する。

 

 

「つーわけで見せ場だ! 行くぞ、Jッ!」

 

「了解!」

 

 

 パネルに『GB7』のコードを入力。

 合体がスタートし、まずはSJ-05が幾つかのパーツに分離。

 SJ-05のアニマル形態でクワガタの顎部分に相当するパーツが、ビートの左腕に盾のように装着される。同時に、ビークル形態の機首部分は銃のように右手で掴んだ。

 さらにビートの胸部に大型のガトリングが合体し、残りの細かいパーツが背面に合体。

 最後に、ビートのバイザーが開いて本来の顔が露わとなった。

 

 ゴーバスタービートがSJ-05を武器や鎧として装備しているような印象を受ける2体合体。その名も──────。

 

 

「完成、『バスターヘラクレス』!」

 

 

 ビートバスターの気取るような宣言の後に、バスターヘラクレスは早速ジェノサイドロンへ右手の銃、『スタッグランチャー』を向けた。

 さらにスタッグランチャーに加え、胸部のガトリングの『ガトリングバズーカ』を同時に発射。

 そこから放たれるビームと弾丸はジェノサイドロンに炸裂し、その巨体を揺らした。

 

 

『かなり火力のある形態なのね』

 

「あったりまえよ。バスターヘラクレスは見ての通り火力重点。

 2体合体つったって、ゴーバスターオーやダンクーガにも引けはとらねぇぜ!」

 

 

 断空砲の引き金を預かっているノヴァライガーパイロット、くららがバスターヘラクレスの火力に小さく驚いていた。

 ジェノサイドロンは戦艦という役割も持っているため軟にはできていない。

 少なくとも葵達であれば、ダンクーガに合体しなければ苦戦する程度には。

 戦場で幾度か同タイプのジェノサイドロンを相手にした事のあるダンクーガのパイロットだからこそ、それに有効打を与える火力がどれほどのものかが理解できたのだ。

 

 

「さって、エネトロンも無限じゃねぇ。一気に決めてくぜ!!」

 

 

 バスターヘラクレスは一切の容赦なく持てる火力を叩きこんでいく。

 怯み、火力によるゴリ押しで徐々に後ろへ押されていくジェノサイドロン。

 どうやらその火力は内部にまで影響しているようで、操縦するバグラー達も慌てているのかジェノサイドロンの挙動が少しおかしい。

 

 不安定な挙動は隙だ。ならば、そこを逃す手は無い。

 バスターヘラクレスはスタッグランチャーと左手の盾、『スタッグシールド』、そして両脚部の『ビートキャノン』を全て前方に向け、胸部のガトリングも含めたそれら全てにエネルギーがチャージされていく。

 全砲門から放たれるのは、敵を粉砕する一点集中の大火力。

 

 

「「『ヘラクレスクライシス』!!」」

 

 

 通常攻撃の火力すらも断空砲の砲手であるくららのお墨付きだというのだから、チャージされた全砲門の攻撃を単独の敵が受けるなど、耐えられる筈もない。

 十分だと判断して撃ち止めたバスターヘラクレス。

 その前方に立ち尽くすジェノサイドロンは、既に機能の全てを停止し、外観も装甲や一部のパーツが吹き飛んでいた。

 まもなく、ジェノサイドロンは爆発。

 爆発は周囲のウォーロイドを一部巻き込み、その後には敵の破片が散らばるだけだった。

 

 そして息つく暇もなく、第二陣の転送が完了する。

 

 

「シャットダウン完了……とは、いかねぇよなぁ」

 

『メガゾードα、β、γ、δ、来ます!!』

 

 

 上空より転送された巨体が地面へ着地し、大きな土煙が上がった。

 4機のメガゾード、全員が素体状態のままである。

 スチームロイドの特性を誰も引き継いでいないのは、それを引き継げば自分自身が錆びてしまうからだろう。

 相対するのはエース、GT-02、RH-03、バスターヘラクレス、そして4機のVBM。

 遠方からでも分かる鋼鉄の巨人達の睨み合いの中、ノヴァエレファントのジョニーが軽めに口を開いた。

 

 

『団体様到着ですね。これでラストオーダーにしてほしいのですが』

 

「ところがどっこい転送装置を止めねぇと、追加オーダー入りまくりだぜ。

 つーわけだから、ダンクーガさん方も本腰入れてくれよな!」

 

『って事らしいぜ、葵!』

 

『オッケー! じゃあみんな、行くわよッ!!』

 

 

 ビートバスターの解説の後、朔哉と葵の気合十分な声が響き渡る。

 この状況を前にしても戦意を高揚させているのは、流石に数多の戦場に介入し続けてきたダンクーガパイロットと言ったところだろうか。

 そうして4機のVBMは、葵の号令の元に1つとなる。

 

 

「『超獣合神』ッ!!」

 

 

 合体のキーワード。そのコールにより、4機のマシンは1体の人型形態へ組み上がった。

 中空にて合体したそれは、地上へ降り立った。

 戦場を駆ける弱者の味方にして調停者、しかし今は純粋な人類の味方、ダンクーガ。

 

 

「ダンクーガはγを頼む。陣さんとJはδ、リュウさんとヨーコはβ、俺はαを叩く!」

 

 

 次に飛ぶのはレッドバスターの号令。

 レッドバスターを信頼する他のバスターズは、ただ「了解」の言葉を口にする。

 メガゾード戦においては一日の長があるゴーバスターズの言葉なら確実だろうと、葵も「オッケー」と口にする。

 結果としてその指揮に文句を言う者はおらず、各々の機体は指定された相手と相対する事となる。

 

 巨大VS巨大の複数戦。

 ジェノサイドロンとの戦い以上の衝撃は、戦場を震わせようとしていた。

 

 

 

 

 

 一方、特命部司令室。

 

 

「……森下さん、気になっている事が」

 

「何だい?」

 

「今転送されて来たα、質量がおかしいんです」

 

「質量が……? まさか、δが取りついてる?」

 

 

 異変に気付いたが確証の得られない仲村の言葉を聞いて、森下が首を傾げる。

 メガゾードの質量はメタロイドの特性をチューンされる事で多少変化するが、そんな程度なら仲村も疑問に思ったりしない。

 森下の推測は以前、αに取りついて来たδの事を踏まえた上での発言だ。

 しかし仲村はそれに首を振って否定の仕草を示した。

 

 

「それなら寄生していたδ分の重量だけ、質量は重い筈なんです。

 でも今回はその逆で……『軽すぎる』んです」

 

「軽い……!?」

 

 

 森下の程度の大きな驚きには理由がある。

 メタロイドの特性を引き継いだチューンにせよ、δが取りついているにせよ、メガゾードは基本的に素体状態から『軽く』なる事はない。

 にも拘らず、今回は全く初の事例、軽いメガゾードが現れているというのだ。

 

 そして一方、S.H.O.T基地でも同じように異変に気付いた物がいた。

 オペレーターの1人、瀬戸山だ。

 

 

「何だこれは……!? メガゾード出現と同時に、強力な魔的波動が!!」

 

「反応の原因は特定できるか?」

 

 

 焦る瀬戸山に、あくまで司令官として冷静に勤める天地。

 ところがその反応、実は既に特定はできている。

 理由は単純。かなり特定しやすかったからだ。

 何せそれは魔的波動も、その質量も、何もかもが巨大だったから。

 

 

「魔的波動は……メガゾードの、タイプαからです……!!」

 

「何だと!?」

 

 

 本来有り得ない筈の場所から出ている魔的波動は、司令室を混乱に陥れた。

 

 

 

 

 

 一方同時刻、場所は変わって海鳴市。

 なのはは高町家の自室、自分の勉強机に座って、スマートフォンで動画を見ていた。

 

 

『ご覧ください。これ以上の立ち入りは禁止されていますが、この遠方からでも、戦闘の激しさが見て取れます。ヴァグラスが引き起こした大規模な戦闘に、ゴーバスターズだけでなくダンクーガも現れています。以前のように、今回もダンクーガは我々の味方なのでしょうか?』

 

 

 なのはが食い入るように見ているのは、特にダンクーガ関係の報道を熱心に行う『イザベル・クロンカイト』がリポートするニュース映像。

 かなり遠くからの撮影である為、詳細は分からない。

 ただ、バスターマシンやダンクーガと言った巨大戦力は流石に目視できてしまい、その数の多さが戦闘の規模を物語っていた。

 今回はエネタワー周辺の町1つに及ぶ広範囲に避難指示が出ており、東京全域には避難準備の報が入っている。

 当然、海鳴市も範囲内だ。

 

 戦闘の激しさからか、二課や特命部、S.H.O.Tの職員がマスコミを遠くへさらに追いやっている。

 その様子は報道が生中継故、民衆にも伝わっていた。

 

 なのははチラリと、机にハンカチを敷いて大切に置いてある相棒、レイジングハートを見やった。

 

 

(ひょっとして、晴人さん達もあそこにいるのかな?

 仮面ライダー……って言ってたから、もしかして……)

 

 

 仮面ライダーの名は有名な都市伝説。人を守る仮面の戦士の話だ。

 自分を守ろうとしてくれた晴人や攻介がそれであるのなら、これだけの騒ぎだ、聞きつけて飛びだしているかもしれないとなのはは考えていた。

 事情は少し違うがその予想は当たっている。

 

 なのはは迷っていた。

 自分にも魔法が使えて、それなりに戦える。

 正直に言えば今すぐにでも飛びだしたいし、力になりたい。

 しかしなのはは年齢不相応にしっかりとした考えを持っていた。

 自分は特別な力はあるが、特別な訓練を受けたプロではない。

 自分なりに訓練もしているし、それ以前に厳しい戦いを潜り抜けた経験こそあるものの、自分がゴーバスターズ達の迷惑にならないと言い切れるだろうか?

 そもそも自分が魔法を使えるという事をあまり他人に知られるわけにもいかず、この事が知られれば、知った側の人間にも迷惑がかかる可能性が考えられた。

 

 思考は子供らしくなく、大人びている。

 それでもひとたび戦いとなれば、無茶してでもやりたい事をやり切るのが彼女なのだが。

 

 そしてそんな迷いを断ち切るような『感覚』が、彼女を襲った。

 

 

(ッ!? 嘘、今のって……!?)

 

 

 スマートフォンの映像の中では、新たにメガゾードが4機現れていた。

 自分を襲った不気味な感覚、本来ならば二度と感じる筈の無い『それ』。

 その感覚にしばらく呆然としていたなのはは、映像と窓の外を交互に見やった。

 

 

(もし今の感覚が気のせいじゃないなら、大変な事になっちゃう……)

 

 

 自分はその感覚の正体を知っていた。

 最初に彼女が経験した事件にて何度か経験していたからだ。

 その感覚が正しいのなら一大事だ。

 それも町1つどころか、下手を打てば世界の。

 

 そんな切っ掛けが彼女の背を押した。

 なのはは机のレイジングハートを手に取り、語り掛けた。

 

 

「ねぇ、レイジングハート。もしも私の気のせいじゃないなら、これを解決できるの……」

 

『現状、地球においてはマスターただ1人です』

 

「そう、だよね……」

 

『どうしますか?』

 

 

 相棒の問いかけに一瞬だけ考えてしまうが、それはそう長いものではなかった。

 

 もしかしたら、今の感覚が気のせいなどではなく、自分の力が必要かもしれない。

 もしかしたら、自分を助けてくれた晴人達も戦っているのかもしれない。

 例え全て間違っていても確実なのは、ヴァグラスは誰かを困らせている。

 

 ならば、答えは1つだった。

 

 

「行こう、レイジングハート!」

 

『了解』

 

 

 こうして高町なのはは誰にも気づかれないように家を飛び出す。

 人気のない場所まで走り、誰もいない事を確認してレイジングハートを掲げた。

 

 何処かでほんの少し、だけど確かに重ねた絆が、あの戦場には集いつつある。

 そして此処に1人、希望の魔法使いが繋いでいた絆があって。

 

 

「レイジングハート、セーットアップ!!」

 

 

 桃色の羽が舞う。

 こうしてまた1人、誰かの為にと戦う戦士が飛び立った。




────次回予告────
もう感じる筈の無かった、あの出会い、あの戦いで経験した感覚……。
駆けつけた私は、それが気のせいじゃない事を知りました。
私にしかできない事。私だからできる事。
初めて会う人も沢山ですけど、力になります!

次回、スーパーヒーロー作戦CS、第68話『紅い翼と桃色の羽なの』
リリカルマジカル、がんばります。


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第68話 紅い翼と桃色の羽なの

 S.H.O.Tの瀬戸山から戦士達に通達された言葉は衝撃的なものだった。

 

 

「αから魔的波動……!? メガゾードから魔力って事ですか!?」

 

 

 レッドバスターの驚きはそのまま操縦にも出て、エースそのものが少し挙動不審な動きを取ってしまっていた。

 他のメガゾードと戦うバスターマシン達も同じだ。

 

 

「気付いたようですね、ゴーバスターズ」

 

 

 そんな動揺を感じ取ったのか、エンターがタイプαの肩に現れた。

 突然現れた事はいつもの事だから驚きはない。

 誰もが彼を注視してしまう一番の理由は、魔的波動の事を分かっているかのようなエンターの態度にだった。

 

 

「エンター……! 大方、ジャマンガと何かしたな!?」

 

「概ね正解、と言ったところですかね。

 強力な魔力を宿す石を回収したもので、それをメガゾードの動力源にしてみたのです。

 あまりに強力過ぎたのでDr.ウォームが少し出力を抑え込んでいましたがね。

 で、実験としてメガゾードに組み込んでみました。いやぁ、上手くいって何よりです」

 

「……ッ! 倒せば関係の無い事だ!」

 

「おっと、いいのですか? Dr.ウォーム曰く、あの魔力機関は相当なものだそうですよ?

 パワースポットと同じく、刺激を与えれば……」

 

 

 αはエンターの指示なのか、動く様子がない。

 エースはバスターソードで斬りかかろうとするが、その言葉で思わず後退してしまった。

 パワースポットの危険性はジャークムーンの城の一件で説明されている。

 それと同等という事は、最低でも町1つが滅ぶような魔力爆発が起きてしまうという事だ。

 しかしそれは敵の言う事。信じきれないと、ダンクーガの葵が吐き捨てた。

 

 

「それ、ハッタリじゃないって証明できる?」

 

「おや、ダンクーガのパイロットは随分強気なんですね。

 別にいいですよ、攻撃してくださっても。そうなれば此処にいる貴方方は吹き飛ぶ。

 エネトロンタンクも同時に失われますが……ま、貴方方がいなくなれば何処からでも調達できるようになります」

 

 

 おちょくるエンターにイラつきが募る葵やレッドバスター。

 そんな中、魔的波動を分析する事でエンターの真偽を探っていた瀬戸山が、答えを導き出した。

 

 

『……皆さん、エンターの言う事は恐らく事実です。

 実際、メガゾード1機全ての動力を賄っている魔力機関ですから、相当なものでしょう。

 それもジャマンガが抑え込んだ上でこの出力だとすればかなりマズイレベルです。

 推定ですが……元は、パワースポット相当のものかも……!』

 

 

 仲間の言葉だから信用できる。だから真偽ははっきりしたと言えるだろう。

 ただし、最悪な形でのだが。

 こうなると他のメガゾードはともかくタイプαに攻撃はできない。

 エンターはニヤリといやらしく笑うと、データの粒子となって何処かへ去った。

 後に残されたタイプαはエースに迫り、戦闘態勢に入っている。

 

 

「くっ……! みんなは各自のメガゾードを倒してくれ! 俺はこいつを何とか抑える!」

 

 

 即座に対応に移る他のバスターズ。

 動きに一瞬の戸惑いを出しつつも、ダンクーガもそれに続いてγと戦闘を開始した。

 α以外からは魔的波動が出ていないことを確認している為、他を倒す事に問題は無い。

 今一番どうしようもないのは、エースに組み付いてくるタイプαだ。

 

 

(このままじゃ先にこっちのエネトロンが尽きる……。

 かといって、下手な攻撃を浴びせればみんなまとめて吹き飛ぶ可能性がある……。

 クソッ、どうするッ!?)

 

 

 エースもバスターソードを手放し、タイプαに対して取っ組み合いで対抗した。

 刺激せずにその場で抑えつけるという、言ってみればその場しのぎ。

 しかし時間を稼がれれば稼がれるほどに不利になるのはゴーバスターズ側だ。

 

 

(このまま時間が過ぎたらエネタワーの転送が始まる!

 エースでこいつを抑えている間に、他のみんなに……!

 いや、他のメガゾードを倒したとしてもエネトロン残量はどの機体も僅かだ!

 このままだと……!)

 

 

 冷静に考えてもあまり良い考えが浮かばない。

 それどころか、不利な現状が明確になっていく。

 しかも操縦席のレッドバスターとニックは、現状が芳しくない理由をもう1つ見つけている。

 タイプαと組み合うエースが、徐々に押されて足が後退していたのだ。

 

 

『ダメだヒロム! コイツ、出力が普通のαじゃない!』

 

「みたいだな……! それだけ強力な魔力で動いているって事なのか!?」

 

 

 タイプαは他のメガゾードに比べ、細身な見た目通りスピードに優れる。

 逆に言えば、決してパワーのあるタイプではない。

 故にエースとタイプαなら普通、一騎打ちであれ力比べであれ、基本的にはエースが勝てる。

 ところが目の前のタイプαはパワースポット並の魔力から動力を得ている為か、純粋なαよりもずっと馬力があった。

 魔力と科学の融合による新たなるメガゾード。

 その力をその身で感じているレッドバスターは悟る。

 このままこいつを放っておいても、どうしようもないと。

 

 

(このままじゃエースのエネトロンが尽きる。

 相手の動力源の魔力が仮にパワースポット相当だとすれば、それは半永久的だ!

 最悪、コイツ1機でこっちが全員行動不能にされる!!)

 

 

 普通のメガゾードなら持久戦に持ち込んで、相手のエネトロン切れを待つという手も無くは無い。

 が、だがこのタイプαにそれは通用せず、出力も異常だ。

 バスターヘラクレスやダンクーガ並の出力で向かえば五分に渡りあえるだろうが、恐らく持久戦になるだろう。レッドバスターがそう感じる程度にはこのタイプαは強い。

 そうなった時、先に倒れるのは持久戦に耐えきれる方。

 ダンクーガには5分の時間制限、バスターマシンにはエネトロンというエネルギー残量。

 対し、タイプαのエネルギーは恐らく無尽蔵。

 結果は明白と言えるだろう。

 

 他のメガゾードも決して弱くは無い。

 ジェノサイドロンとウォーロイドとの戦いで、各バスターマシンは既にエネトロンを消費。

 残量に余裕などなく、ダンクーガの5分という時間制限も悠長にできる時間ではない。

 

 バスターズとダンクーガが戦う、それぞれの敵。

 まずは最新型のタイプδとバスターヘラクレスの戦いだ。

 

 

「一気に決めるぞ、J! もう一発ヘラクレスクライシスだ!」

 

「陣、エネトロンが僅かになるぞ」

 

「時間が経てば不利なのはこっちで、どーせこのまま行ってもジリ貧だ!

 だったら、1体ぶっ潰してくに越したこたぁねぇ!」

 

「了解」

 

 

 そうしてバスターヘラクレスはタイプδに対し、容赦なくヘラクレスクライシスを叩きこむ。

 大火力による一斉砲火を浴びたタイプδは、先程のジェノサイドロンと同じく爆散。

 そもそも合体前のゴーバスタービートに攻略されているのだから、その強化型とも言えるバスターヘラクレスが負ける道理は確かにない。

 しかし、それ以前にヘラクレスクライシスを撃った事や今までの戦いが災いし、バスターヘラクレスは既に動けるような状態ではなくなってしまっていた。

 かろうじてエネトロンは残っているが、とても戦いに赴ける量ではない。

 

 

(グレートゴーバスターになったところで状況は解決しねぇから、動けなくなる事に問題はねぇ。

 一人一殺で行ってエースがタイプαを抑え込んでてくれりゃあ、最後にはFS-0Oが残る。

 あとはFS-0Oで転送装置を壊してシャットダウン完了……なんて、上手くいけばいいが)

 

 

 レッドバスターが割り振った各メガゾードとバスターマシンの戦闘相性は悪くない。

 例えばタイプδはゴーバスタービートの、マサト曰くモドキ。

 だからゴーバスタービート、及びバスターヘラクレスで行けば勝てる相手だ。

 また、ゴーバスターオーでなければ勝てないタイプγだが、ゴーバスターオーと互角以上の出力を持つダンクーガをそこに割り当てるのも頷ける采配だ。

 タイプβもRH-03で撹乱しつつ、火力のあるGT-02で攻撃すれば十分倒せる。

 タイプαも普通のαであれば、エース1機で十分だ。

 

 以上の点からレッドバスターの采配は決して悪くない。むしろ最良と言える。

 勿論それは、タイプαが魔力で動いていたというイレギュラーを除けば、だが。

 そして何よりビートバスターが危惧しているのは、『果たしてイレギュラーがこれだけなのか』という事。

 

 

(魔力で動くタイプαの止め方も思いついてねぇのに、それとは別に嫌な予感が……なんかまだ手の内を残してるんじゃねぇかって予感がしやがる。

 ったく、天才ってのは勘も鋭くなんのかねぇ。損だぜ)

 

 

 心中の言葉こそ軽い調子ながら、仮面の奥に浮かぶ表情に軽さは無い。

 この嫌な予感が、杞憂である事を祈る。

 祈るなんて柄じゃないと思いつつも、ビートバスターはそう考えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 ヘリ形態のRH-03が、機首のバルカンで空中からタイプβを牽制。

 隙を付いてゴリラ形態のGT-02がアッパーの要領で拳を振り上げ、宙に浮いた相手に肩からバナナミサイルを連続発射。

 一発一発ならば耐えられても、連続で浴びせられるミサイルにβの装甲は持つ事無く、爆散。

 こうしてタイプβは問題なく処理された。

 メタロイドの能力で強化されていないからというのもあるが、GT-02は単独の出力ならエースに次ぐ。勝利の理由の1つはそれだろう。

 

 一方、ダンクーガは苦戦と言わずとも五分五分と言った具合の展開となっていた。

 そもそもγは初期から存在した3タイプの中で最も強力であり、その実力はゴーバスターオーのように合体したバスターマシンでなければ対処できない程。

 ダンクーガのスペックはゴーバスターオーに引けを取らないが、γもそれと同程度の力を持っている。

 だからこそ、如何にダンクーガといえど容易に勝利を掴む事は出来ていなかった。

 タイプγと格闘戦を繰り広げるダンクーガだが、防御や回避をお互いに成功させており、中々埒が明かなかった。

 

 

「運動性、馬力、どれをとってもαとβを超えてますね。流石はγ。

 葵さん、正攻法でも勝てるには勝てますが、時間かかりますよ」

 

「それも例の怪しい雑誌の情報かしら、ジョニー君。『月刊 男のメガゾード』ってとこ?」

 

「いいえ、もっと大きな括りで『月刊 男のロボット』です」

 

 

 ジョニーが定期購読する『月刊 男の~』シリーズ。

 その怪しげな雑誌群を4人の中ではジョニーしか読んでいないが、一応書いてある情報は確からしい。

 実際、γは強い。

 近接戦闘における殴り合いはほぼ互角。他の方法を使うしかないだろう。

 

 

「ンなろぉ……距離を取って一発ぶちかますか!」

 

「その案、頂き。ジョニー君!」

 

 

 朔哉の提案に乗っかる形で、葵はダンクーガを下がらせた。

 ミサイルデトネイターはノヴァエレファントの武器で、その発射権限もエレファントの操縦者であるジョニーにある。

 そこで葵はジョニーに呼びかけ、それに応じる形で腰のランチャーが展開し、数発のミサイルが発射された。

 しかしタイプγは片手を突き出し、そこからエネルギーバリアを展開。

 牽制用の側面もあるとはいえ決して低威力ではないミサイルを、そのバリアで防ぎきって見せた。

 

 

「ちょ、バリア持ち? そんなの聞いてないわよ」

 

「月刊 男のロボットには書いてありましたが……。

 まさかこんなに強度があるとは、驚きです」

 

「知ってたなら日和ってないで教えなさいよ、もう」

 

「だったら葵さん、バリアごと突き破れるような威力でいくしかないわよ?」

 

「となると、断空砲か『断空剣』ね!」

 

 

 今度はくららの提案を採用し、ダンクーガの誇る最強武器の使用を決めた。

 断空砲はゴーバスターズの前で披露した事があるが、断空剣は初披露となる。

 断空剣。それは、その名の通りダンクーガの強力無比な剣。

 ダンクーガ背面のスラスターを全開にして放つ断空剣の一閃、『断空斬』はあらゆる戦場で敵を両断してきた技だ。

 

 断空剣は合神と同じく葵の掛け声がトリガーになっている。

 それと共に柄が左腰部から射出され、手にした柄から放たれるエネルギーが剣の形をとる事で断空剣は完成するのだ。

 

 断空砲と断空剣はそれぞれ、遠距離と近距離におけるダンクーガの切札。

 だが2つで比べた場合、威力として大きいのは断空剣の側に軍配が上がる。

 近接戦闘には持ち込める以上、断空剣を選択しない理由は無い。

 

 そこでトリガーである葵が掛け声を──────。

 

 

「断、空、け……!?」

 

 

 ──────発しようとした、のだが。

 葵は、他の3人は、瞬間的な衝撃を感じた。

 ダンクーガ全体が揺れる。理由は突如巻き起こった突風だった。

 まるで、誰かが超高速で通り抜けた後の風がダンクーガを押しているかのような、そんな風。

 そしてメインパイロットである葵は見ていた。

 

 

「……ちょっと、今度は何なのよ……?」

 

 

 風を起こした正体。ダンクーガの頭上を超高速で通り抜けた、『紅い鳥』の姿を。

 鋭い意匠を持った機械の紅き鳥はダンクーガもタイプγも通り抜けた先のビルまで飛ぶと、そこでその身を人型へ変形させ、そのビルの屋上へ着地して見せた。

 背中に1対の羽、散見される羽を連想される意匠。

 人型の姿でありながら、やはりその紅い姿は鳥をイメージさせた。

 さらに、まるでダンクーガのように人面に近い顔。

 鋭い眼光がダンクーガとタイプγを見下し、睨み付けているようだった。

 

 謎の紅い機体の出現。

 どの組織も反応はしており、二課でもその出現が慌ただしく伝わっていた。

 司令への状況説明の任を果たしつつ、焦りを隠せない朔也の声が二課に響いている。

 

 

「戦闘区域に謎の機体が出現しました! 一体こいつは……!?」

 

「予期できなかったのか!?」

 

「レーダーに反応はありませんでした! 姿が現れたのも突然……。

 恐らく、高度なステルス機能が備わっていると推測されます!」

 

 

 弦十郎の言葉にあおいが分析、憶測ながらそれを答える。

 新たに加わった0課も含め4組織、戦場にいる数多くの戦士が揃いも揃って反応できなかった新たな機影。

 さらに状況の分析、敵の正体を調べる朔也が、この短時間である1つの事実を探り当てた。

 

 

「謎の機体から出ている反応はダンクーガと同一……!?

 動力が同じという事なのか……? なら、こいつは!」

 

 

 ダンクーガの持つ動力はどの組織も保有、観測した事がないものだと判明している。

 それと同じ反応を持つという事は、これもまたダンクーガと同じ、あらゆる組織にとって未知の機体であるという事。

 

 

「『紅い、ダンクーガ』……」

 

 

 思わず呟いた弦十郎の言葉。

 司令、オペレーター問わず、モニターされている紅い機体に皆、動揺を隠せないでいた。

 

 

 

 

 

 紅い機体は腕を組んでダンクーガとタイプγを見下していたかと思えば、組んだ腕を解いて、両腕をタイプγへ向け、そこからビーム砲を連続発射。

 両腕からマシンガンのように繰り出されるそれはタイプγのあちこちに被弾するが、怯む様子は無い。

 しかし臆することなく、紅い機体はビルの屋上から跳び下り、タイプγへ肉薄する。

 タイプγも反応して右手を振り上げるが、それよりも速く、紅い機体が横を通り抜けながら掠め取るように右腕を当てた。

 

 

(速い……! ひょっとしたら、ダンクーガよりも……!)

 

 

 飛鷹葵はつい先日引退を発表したが、トップレベルのカーレーサーだった女だ。

 故にスピードに自信を持ち、速さを見抜く目にも長けている。

 その彼女が思ったのだ。タイプγすら寄せ付けぬ紅い機体の速さは、自分達以上だと。

 

 バランスを少しだけ崩したタイプγに対し、紅い機体は上空へ飛んで再び鳥型の形態へ戻る。

 さらに機体下部より紅い機体は大きな竜巻を放った。

 それこそメガゾードをも飲み込むほどの大きな竜巻はバランスを崩していたタイプγを容赦なく飲み込み、その躯体を上空へと巻き上げていく。

 竜巻に飲み込まれた以上、エネルギーバリアすらも意味を成さない。

 体の動きを完全に封じ込まれ、超高圧の竜巻はタイプγへ凄まじい負荷をかけていく。

 そうして竜巻が止んだ頃には、タイプγは姿勢制御をする事も無く重力落下を果たし、直後に大爆発。

 圧倒的な力を持ってして、紅い機体はタイプγを屠って見せたのだ。

 

 

「ダンクーガと同じジェネレーター反応……? では、味方……?」

 

 

 ジョニーが見つめる計器も二課と同じように、紅い機体の動力がダンクーガと同じであると示している。

 同じ力を持ち、敵であるメガゾードを倒してくれた。

 此処まで考えれば味方と考えるのが自然だろう。

 当の紅い機体は鳥型の姿から再び人型へ変形し、地上に降り立った。

 紅い機体の目の部分に相当するカメラは、じっとダンクーガの方を見つめていた。

 それが、『獲物を見つけた鳥の目』の如き鋭さに見えたのは、葵の気のせいか。

 

 

「…………」

 

 

 沈黙。2機のダンクーガは両者共にその場から動かない。

 まるで睨み合いだった。

 両者を見て『味方同士』という言葉が浮かびそうにない程の緊張感。

 そしてその緊張による膠着状態は。

 

 

「ッ、来るわよッ!!」

 

 

 紅い機体が、両腕をダンクーガに向けた事で解かれた。

 両腕からマシンガンのようにビームを飛ばす紅い機体。

 先のタイプγへ発射した、牽制のような攻撃だ。恐らく低威力なのだろう。

 だが、低威力でも攻撃は攻撃。

 咄嗟に葵が横に跳ぶという判断をしていなければ、今頃あの攻撃は全てダンクーガに直撃していた。

 

 

「何だよ! 味方じゃねぇのか!?」

 

「敵の敵は味方、って奴かもね。で、その『敵』が1つ減れば当然……」

 

「標的が私達に移る……ってワケね? くららさん」

 

 

 突然の出現の後、突然にタイプγを倒し、突然に攻撃を仕掛けられた。

 何もかもが突然の中で朔也が叫び、くららと葵は冷静に状況を見る。

 攻撃を仕掛けてきたという事は、敵。

 シンプルな考えだが、それはごく当たり前の事であり、目の前の紅い機体が放つ殺気が何よりもそれを物語っていた。

 

 

(さっきのスピード、竜巻……。一気に決めないと、やられかねない……!!)

 

 

 タイプγを倒した時のスピードと攻撃力を見て、葵はそう考えていた。

 敵がダンクーガと同じ動力を使っているという事は、あの紅い機体の力はダンクーガと同等なのは確実。

 しかも速さはダンクーガ以上。

 竜巻の威力は、先程タイプγが身を散らす事で教えてくれている。

 ならばとる行動は1つ。先手必勝、一気呵成だ。

 

 

「何が目的なのか知らないけど、かかってくるっていうならッ!!」

 

 

 葵は虚空へ手を伸ばし、必殺の剣を召喚する。

 

 

「断、空、剣ッ!!」

 

 

 メインパイロットのコールと共に、ダンクーガの左腰部から棒状の柄が飛び出し、左手に収まった。

 さらに柄の上部が展開し、鍔へと変形。

 そこにエネルギーが集束する事で1本の剣として完成した。

 ダンクーガ最強の武器、断空剣。

 葵はそれを両手持ちで構え、R-ダイガンへと背面の全ブースターを全開にして高速で突貫。

 あまりにも一直線な動きだが、その接近速度は並ではない。

 

 

「こっ、のぉッ!!」

 

 

 振りかぶり、まず一撃。

 相手を大破させて万一にでもパイロットを殺してしまってはマズイと、葵は自制を効かせつつも断空剣を素早く振るった。

 

 しかし───────。

 

 

「ッ!? 避け……ッ!?」

 

 

 振るった場所に紅い機体はおらず、ダンクーガの脇を通って後ろへ回り込んでいた。

 隙だらけの背面へ、左足のハイキックに近い一撃が炸裂。

 前方へ押し出されてバランスを崩しかけるダンクーガだが、立て直しつつも後ろへ振り返る。

 そこには紅い機体が悠々とした佇まいで立っていた。

 

 今の一撃。背面からの一撃でダンクーガには更なる隙が生まれていた。

 そこに先程の連続ビーム砲なり、追撃をかける事は幾らでも可能だっただろう。

 しかし紅い機体はそれをしなかった。

 ただただ、余裕の姿勢を保ったままである。

 

 

「コイツ……! 俺達の事……!!」

 

「舐めてる、みたいですね。あの態度はそう受け取る他ありません」

 

 

 朔哉とジョニー、ダンクーガの男陣営が察したそれを、葵とくららもまた感じていた。

 その余りにも舐め切った態度は、数多の戦場で畏怖されてきたダンクーガが受けた事の無いものだった。

 ダンクーガ相手にそれができる相手などいなかった。

 各地の紛争地域でダンクーガは圧倒的だった。

 それこそ人知を超えた敵と言えるヴァグラスのメガゾードとも対等に戦える。

 そんなダンクーガに対して紅い機体は一言も語らずに態度で示しているのだ。

 間違いなく、『自分の方が強い』と。

 

 

「そんな程度か……?」

 

 

 いや、訂正しよう。

 一言も語らずに、ではない。

 紅い機体のパイロットと思わしき女性の声が戦場に響きだしたのだから。

 

 

「本当にそれでもダンクーガなのか?」

 

「何が言いたいわけ!? そもそもアンタが乗ってるその機体は何!?」

 

「……その様子だと、戦いの真の意味すら、知らないか」

 

 

 ダンクーガでもってしても勝てないかもしれないという焦りからか、葵の声色に余裕はない。

 一方、紅い機体から響く冷徹にも感じる女性の声は、多分に呆れを含んでいるようだった。

 

 『戦いの真の意味』。

 

 ダンクーガには謎が多い。

 何故、紛争に介入して弱い方の味方をしてきたのか。

 何故、ヴァグラスのような人類の敵との戦いに行動がシフトし始めているのか。

 何故、人類の敵に対しては一切の容赦なく叩き潰しても構わないのか。

 何よりも何故、『自分達』だったのか。

 

 この『自分達』とは、葵達4人の事であり、4人が共通して抱いている疑問だ。

 4人はダンクーガのパイロットに突然選ばれ、ダンクーガとして活動を始めた。

 そもそもパイロットには多くの前任者がいたらしく、必ず4人が選抜され、一定期間で記憶が消去された上で日常に戻っていくらしい。

 葵達は自分達が操縦しているロボットについて、それを指揮する組織について無知だ。

 選抜の理由は? 人員を入れ替える理由は? そもそもダンクーガとは誰が造ったのか?

 何も知らない。上司筋の人に聞いても答えてはくれない。調べても答えらしきものは無い。ダンクーガの正体を疑問に感じている人は世界中に多くいるが、正直なところ、パイロットである葵達ですらそれを知らないというのが現状なのである。

 

 だからこそ、葵達は紅い機体のパイロットの言葉に動揺した。

 何故自分達が何も知らない事を知っているのか。

 

 ──────こいつは、何かを知っているのか。

 

 

「何か知っているわけ!? ダンクーガの事を!」

 

 

 葵は叫ぶ。自分達が何よりも知りたい事の答えを知っているのかと。

 しかしその返答は言葉ではなく、右手から放たれた連続ビーム砲だった。

 

 

(……ッ! こうなったら、意地でも倒して聞き出すッ!!)

 

 

 横に跳び避けるダンクーガ。

 葵の動きにリンクするダンクーガの目は、紅い機体を睨み付けていた。

 攻撃を避けたダンクーガはその勢いのままに接近し、断空剣を振るった。

 一振り、右に避けられる。

 二振り、逆側に避けられる。

 三振り、バックステップで避けられる。

 四振り、直前に回り込まれ、軽い蹴りをもらってしまう。

 

 一撃も当たらないどころか、いい様に翻弄されていた。

 当たらない。当てられる気がしない。

 何処までも紅い機体は素早く、かつ冷静な動きでダンクーガを見切っていた。

 

 

「ダメです葵さん! こいつは並のスピードじゃない!」

 

「私がスピードでついていけないなんて……!!」

 

「だったらノヴァナックルで遠距離からァ!」

 

「あの速度に当てられるわけがない! ミサイルデトネイターか断空砲で広範囲を一気に……!」

 

 

 ジョニーの提言に対し葵が悔しさをにじませるのは、元レーサーとしてのプライドか。

 ならば遠距離で、という朔哉の言葉も、ジョニーは尤もな反論を返していた。

 しかしジョニーの声色にも焦りが出ていた。

 敬語こそ崩れていないが普段のような落ち着き計らった態度は全く見えない。

 そして直後、ダンクーガ内部にアラートが鳴った。

 アラートが意味する事は勿論知っている。タイムリミットだ。

 

 

「マズイわね……もうすぐ5分よ」

 

 

 くららだけは冷静で普段通り。

 多少の焦りはあるものの、少なくとも表面的な態度はいつも通りだった。

 とはいえ、砲手である彼女だけが冷静でもどうしようもない現状ではある。

 正体不明の敵に対し為す術がなく、攻撃も一切当てられない状況なのだから。

 

 

「フン……」

 

 

 対し、小馬鹿にするような態度を見せる紅い機体のパイロット。

 彼女は紅い機体を操作し、両手に武器を携えた。

 手にしているのは両刃の剣。それが両手に。

 謎だらけの紅い機体が見せる新たな武器、それは剣だった。

 紅い機体はダンクーガと同じジェネレーターで動いているという。

 であれば、あの紅い機体が持っている剣は。

 

 

「断空剣、二刀流……!?」

 

 

 形状と本数こそ違うものの、葵の言葉がその剣を指し示す言葉に相応しいだろう。

 さらに紅い機体は2本の断空剣の柄尻を合体させて1本の両剣として右手に構えた。

 

 

「『ダンブレード・ツイン』ッ!」

 

 

 それこそツインエッジゲキリュウケンのようになったそれの名を、紅い機体は高らかに宣言する。

 

 

「得物まで持ってやがんのかよ、アイツッ!!」

 

「見る限り、相手はスピード型です。鍔競りあう事さえできれば……!!」

 

 

 朔哉、ジョニーの言葉に続く形で、葵は再びダンクーガを接近させる事を考えた。

 敵の戦法は手数と速さ。つまり、単純なパワーだけならダンクーガの方が上だと考えられる。

 いや、もう付け入れる隙がそこしかないとも言えた。

 ブーストを噴かせてもう一度、断空剣を試すしかない。

 ところがその思惑は容赦のない形で打ち破られてしまう。

 

 紅い機体が、消えたのだ。

 

 

「最初と同じステルス……!?

 ダメです、強力なジャミングが働いていて、あの機体の位置を特定できません……!」

 

「……後ろッ!?」

 

 

 即座に気配を察知し反応できたのは流石と言えるかもしれない。

 しかし振り向き、断空剣を構えるまでの間に紅い機体はダンブレード・ツインを振っていた。

 何とか背面は斬られなかったものの、振り向いた瞬間には斬られてしまったがため、ダンクーガの胸パーツの一部が損傷してしまった。

 

 そんな事が数度続いた。

 ダンクーガは徐々に、そしてどんな戦線でも見せた事がない程に傷だらけになっていく。

 深手はない。違う、わざと深手を負わされていないのだ。

 いたぶるように、弱らせるように、紅い機体はステルスを駆使してダンクーガを追い詰めていった。

 右腕が傷つく。左腕が傷つく。背中が傷つく。あちこちが損壊していく。

 

 紅い機体の攻撃は、その度にダンクーガの装甲だけでなくパイロット達から冷静さを奪っていく。

 抱いていた焦りがさらに膨らみ、最初に戦場に飛び込んできた時の冷静さは、最早無い。

 

 

「ちくしょう、俺がッ!!」

 

「いえ、此処は僕がッ!!」

 

「貴方達、仲間割れしている場合じゃないでしょ!?」

 

「もう、うるさいッ!!」

 

「貴女まで熱くなってどうするの、葵さん! 落ち着いて!」

 

「落ち着いてアイツが見つかるなら、とっくにそうしているわよ!!」

 

 

 3人を宥めようとしているくららですら、冷静に務めようと必死に自制しているだけで、内心は「どうすればいい」という焦燥感しかない。

 最早声色という表面的な物すらも取り繕えていない有様だった。

 ダンクーガの動きは葵の動きをトレースして動いている。

 だからもしもパイロットに異常があると、バスターマシン以上にそれがダイレクトに表面化するのだ。

 故に、ダンクーガ側の焦りは紅い機体側からも筒抜けである。

 

 

「見苦しいな……。戦いの意味を知らないのも、無理ないか」

 

「ッ!?」

 

「この程度の事でパニックになるなど、笑止」

 

 

 とことん挑発してくる紅い機体のパイロット。

 焦らざるを得ない状況、嘲笑を含んだような言葉。

 それがますます頭に血を昇らせ、葵を激情に駆り立てた。

 

 

「こっ、のっ……馬鹿に、しないでよッ!!」

 

 

 なりふり構わずにダンクーガが断空剣をぶち当てようと、高速で突っ込んでいく。

 怒りに身を任せた単純かつ、どうしようもない程に考えの無い行動だった。

 

 

「愚かな……」

 

 

 ダンクーガが剣を振ってすれ違うのと同時に、紅い機体もダンブレード・ツインを振るった。

 お互いに背中を向け合う2機。

 紅い機体に損傷は見受けられない。

 対してダンクーガの胸には、深々とした切り傷が刻み込まれていた。

 稼働時間5分間近を知らせるアラートがコックピット内でけたたましく響く中で、ダンクーガはついにその膝を折ってしまった。

 

 

「所詮、この程度」

 

 

 紅い機体は再び鳥型へ変形し、下部のファンから竜巻を発生させた。

 それは先程タイプγを一撃で倒した、強力な風の渦だった。

 

 

「『アブソリュート・ハリケーン』ッ!!」

 

 

 武装の名前をコールしながら、紅い機体から発生した竜巻は膝をついたダンクーガを容赦なく巻き上げていく。

 竜巻でかき混ぜられる衝撃はコックピットにも当然ながらダイレクトに伝わっていた。

 特にメイン操縦者である葵が感じている衝撃は相当の物。

 それは単純なダメージだけではない。

 自分達の完全敗北という、今までに受けた事の無い心のダメージだった。

 

 

(う、そ……)

 

 

 竜巻が消え、ダンクーガが重力によって地面に叩きつけられた。

 既に4つのコックピットの誰もが声を発しない。

 生きてはいる。

 だが既に全員、意識は手放してしまっていた。

 

 ダンブレード・ツインとアブソリュート・ハリケーンという紅い機体の強力な攻撃を受けた事によるものか、ダンクーガはその動力をも停止してしまっていた。

 ダンクーガの合体していられる時間が5分限定なのは、合体時の動力が問題だ。

 だから動力を停止させれば、形としての合体を保ち続ける事は出来る。

 しかしそれは、合体しているだけの機械人形が動きもせずに横たわる、という事に他ならない。

 今のダンクーガは正にそんな状態になってしまっていた。

 

 

「…………」

 

 

 紅い機体のパイロットは何も語らず、鳥型の形態のまま上空へ飛び去ってしまった。

 ゴーバスターズに手を出すでもなくヴァグラスとダンクーガを屠っただけのそれ。

 謎だけを残し、紅い機体は戦場を後にした。

 

 

 

 

 

 紅い機体とダンクーガの戦いを誰もが見ていた。

 それこそ、まだ無事なビルの屋上で戦場を眺めていたエンターですら、その謎の存在に気を取られてしまっている。

 タイプγを倒したかと思えば、ダンクーガを容赦なく叩き潰す。

 どちらの味方なのか全く分からない。

 おまけに最後には他の誰にも手を出さずに離脱したときている。

 

 

(何なんだ……!? 敵、味方……。いや……!)

 

(どちらでもない……ですか。全く、黒い魔弾戦士といい……)

 

 

 奇しくもレッドバスターとエンターの思考が一致した。

 本来なら敵対しているゴーバスターズとヴァグラスが同じ考えをしてしまうほど、その登場は突然で、不可解だったのだ。

 ダンクーガが倒された事や紅い機体の出現で、特命部を初めとした司令室も慌ただしくなっている事だろう。

 しかし、戦場で戦う彼等にそれを気にする余裕はない。

 ダンクーガのパイロット達の事は確かに気がかりだが、そっちに気を取られている場合ではないのだ。

 

 

「瀬戸山さん! 魔力機関をどうにかする方法、ありそうですか!?」

 

『すみません、まだ……!』

 

 

 レッドバスターの声は荒い。

 エースでαを抑え続けるのも限界があり、このままではエースのエネトロンが尽きて押し切られるのも時間の問題だ。

 瀬戸山も決して分析に手を抜いているわけではないのだが、如何せん未知の魔的波動に手を焼いている。

 転送装置をどうにかできても、タイプαが町1つを飲み込むほどの爆発をするかもしれない以上、打開策は必須だ。

 

 その現状は地上部隊にも伝わっている。

 通信機を持たないウィザードのような途中参加の戦士達もいるが、通信可能なメンバーのお陰で話は通っているのだ。

 周囲の怪人、戦闘員を蹴散らしつつ、ウィザードとビーストは合流を果たしていた。

 

 

「魔法が原因ってなったら、俺達の出番っぽいけどなぁ。

 仁藤、お前アイツ食えないのか?」

 

「やれねぇ事は無いかもしれねぇけど、ファントムとはモノが違い過ぎだろ?

 第一刺激したらドカンなら、食う食わない以前に攻撃できねぇし」

 

「ま、そりゃそうだよな……」

 

 

 ビーストの『魔力を食らう』という行為は、対象を倒す事で初めて発動する。

 つまり必殺の一撃で敵に止めを刺してようやくそれができるのだ。

 しかしタイプαは下手に刺激して倒せば大爆発。

 魔力として食われるのが先か、魔法爆発が起きるのが先かという大博打になりかねない。

 

 

(さって、余裕ぶっこいてる場合でもない。

 でも、どうにかしないといけない事には変わりないし……ん?)

 

 

 魔法使い2人でも打つ手が見つからない状況。

 そんな中でウィザードが見つけたのは、戦闘区域上空に飛来した一筋の光だった。

 桃色の羽が舞い、白い衣装が風に揺れている。

 小学生くらいの小柄なその子は周囲を見渡し何やらおろおろしている様子だったが、地上にウィザードとビーストの2人を見つけるとそちらに向けて一気に降下。

 2人の元へ降り立った1人の少女。

 それは、彼等2人が以前に助けた、白い魔法少女だった。

 

 

「晴人さん、攻介さん! よかったぁ、誰に話しかけようかなって思ってたんです」

 

「なのはちゃん!? ちょ、え、何で此処に?」

 

「えっと、どう説明したらいいかな……。

 魔力を感じたんです。放っておくと凄い危ないもので……」

 

「危ない?」

 

「はい。使い方を間違えると色んな被害がでちゃうんです。

 それでその魔力っていうのが……」

 

「……もしかして」

 

 

 ウィザードとなのはの目線が同時にタイプαへ向く。

 未だエースと小競り合い、エースも手を出せない状況が続いていた。

 

 

「あのロボットから反応を感じるんです」

 

「やっぱり……。こっちもそれで困ってたんだ。なのはちゃん、それ何とかできる?」

 

「はい! 何度かやった事があります。その為には……」

 

 

 返答の後、なのはが何をすればタイプαを止められるのか、その為に周りのメンバーに何をしてほしいかを説明した。

 1つに動きを止めてほしい事。

 もう1つに、『解決方法』を行うには時間がかかると思うから、その間のフォローが欲しい事。

 その話は通信機を持たないウィザードからレーダースイッチで通信手段を持つフォーゼを介し、司令室、及び前線の仲間達全員に伝わった。

 ちなみにアルティメットDと戦っていた5人ライダーの内、ディケイドとWは傷も深いので、他の敵との戦闘こそ続行しているもののオーズがお目付け役となり、3人で別の場所で戦っている。

 

 戦闘員や怪人の残りがいる事や転送装置の制限時間も迫っている為にのんびりと説明はできない。

 なのはは掻い摘んだ言葉で説明をした。

 これからする事、そして自分を信じてほしい事を。

 その少しの間の後に、フォーゼのレーダーモジュールを介してS.H.O.Tの天地司令の声が飛んできた。

 

 

『……うむ、分かった。では高町なのは君。君に任せよう。

 君に頼る以外に方法が思いつかない現状だ、頼めるだろうか?』

 

「はい!」

 

『君のような子供に縋る他ない我々を、どうか許してほしい』

 

「いえ、そんな! 困った時はお互い様だと思います!」

 

「まだ小さいのにしっかりしてんなぁ。よろしく頼むぜ、なのは!」

 

「はい!」

 

 

 白い魔法少女と白い仮面ライダーが笑顔を向け合った。

 フォーゼの顔は見えていないが、雰囲気から伝わる程度には彼は明るかった。

 

 一方で小学生ながらそんな事を言ってのける彼女の言葉に、天地は少し心苦しさを感じた。

 ただでさえ未成年や、成人しているとはいえ若い少年少女に戦わせている現状。

 そんな中でさらにもう1人、戦いに身を投じようとしている少女がいるのだから。

 歯痒いが、勝つためには頼るしかない。

 

 なのはの説明が各員に伝わる。

 それに伴い、エースに向けて特命部司令室から指令が通達されていた。

 

 

『ヒロム、通信は聞いたな? タイプαは高町なのは君に任せ、転送装置へ向かえ。

 エースの機動力なら振り切れるはずだ』

 

「ッ、ですが」

 

『突然の事で戸惑うのは分かる。しかしそうする他ないのが現状だ。

 転送開始まであと6分、迷っている暇はない。行け! ヒロムッ!!』

 

「……了解ッ!」

 

 

 いきなり現れた見ず知らずの人間に状況を任せる事への抵抗感はある。

 その高町なのはなる人間の何もかもを知らないのだから当然だ。

 が、彼女以外に打開策を持たないというのなら、それに賭けるしかない。

 藁にも縋りたい現状だ。だからこそレッドバスターの判断は早かった。

 

 タイプαと取っ組み合っていたエースが脇を通り抜けるように動き、エネタワーへ向かう。

 同時にタイプβとの戦闘を追えていたGT-02も木に登るゴリラよろしく、アニマルモードでエネタワーによじ登り始めていた。

 敵の移動に反応して進行方向を変えるタイプαだが、それを邪魔するように魔法使いと仲間達が立ちはだかる。

 

 

「おっと、こっからの相手は俺達だ!」

 

 

 ────DORAGO TIME────

 

 

 ウィザードは強化形態、フレイムドラゴンへ変身し、右手にはドラゴタイマーが装着されていた。

 そのまま発動、ウィザードは4人へ分身する。

 ウォータードラゴン、ハリケーンドラゴン、ランドドラゴン、そして本体のフレイムドラゴンを合わせた4人のドラゴンスタイルが出現。

 と、それが初見のフォーゼが大層驚いた反応を示す。

 

 

「う、うおぉっ!? ウィザードが4つ子になった!?」

 

「4つ子ってお前……これも魔法だよ、魔法」

 

 

 そんなやり取りも早々にハリケーンドラゴンは上空へ、ウォータードラゴンは近隣で無事なビルの屋上へ跳び上がり、フレイムドラゴンとランドドラゴンはタイプαの足元へと移動する。

 

 

 ────BIND! Please────

 

 

 4人のウィザードは同時に同じ魔法を発動した。

 ハリケーンドラゴンとウォータードラゴンはそれぞれタイプαの腕を片方ずつ、フレイムドラゴンとランドドラゴンは両足首を掴むように魔法陣から鎖を放つ。

 フレイムドラゴンは普通の鎖、ウォータードラゴンは水の鎖、ハリケーンドラゴンは風の鎖、ランドドラゴンは岩の鎖と、それぞれのエレメントに沿った鎖がタイプαの自由を奪った。

 とはいえエースに対しても優位に立てるタイプαだ。

 その上、そもそもの図体が等身大の仮面ライダーとメガゾードでは違い過ぎるのもあり。

 

 

「うおあッ!?」

 

 

 一瞬動きを鈍らせたタイプαだったが、すぐさまエースの元へ向かおうと踏み出した瞬間、その余りのパワーに全ての鎖が引き千切られた。

 ドラゴンスタイルになって補強されたバインドの魔法はそう易々と砕けるものではない。

 それで4ヶ所を縛り上げておいたのに、これである。

 

 

「やっべぇ……! 仁藤! お前も……」

 

「みなまで言うな! やんなきゃいけない事くらい分かってるってーの!」

 

 ────Falco! Go!────

 

 ────Fa! Fa! Fa! Falco!────

 

 

 手伝え、と言いかけたウィザードを遮り、ビーストも行動を起こしていた。

 右手の指輪を『ファルコウィザードリング』に付け替えたビーストはそれを変身に使うのとは逆の、右側の窪みに押し込んだ。

 瞬間、魔法が発動。

 魔法陣を通り抜けたビーストの右肩にはハヤブサの頭部を模したマントが装着された。

 これは『ファルコマント』の魔法。

 ビーストにハヤブサのように飛行能力を与える魔法だ。

 

 

「やりすぎな攻撃じゃ周りごと全部吹っ飛んじまうかもしれねぇ……。

 だけど逆に言えば、やりすぎねぇくらいなら攻撃しても大丈夫って事だ!

 顔面に一発食らわせてやるぜ!」

 

 

 飛び上がり、ビーストは空を舞ってタイプαと相対した。

 身長差は何十mとあるが、飛んでいるビーストはタイプαの顔面と真正面に向き合っている。

 ビーストは右手に持っていたダイスサーベルの中央にあるダイス部分を回転させた。

 そしてサーベル右側面のライオンの口を模したソケットに右手の指輪を押し当て、回転を止めた。

 

 

 ────Four! Falco! Saber Strike!────

 

「ビミョー……だけど、むしろ加減しやすくていいぜ! おぉりゃぁッ!!」

 

 

 出目は4。

 ダイスサーベルの必殺技『セイバーストライク』は、発動時にビーストが纏っているマントに応じた動物の幻影を放ち、敵を切り裂く技だ。

 その際、ダイスの出目によって幻影の数が、即ち威力が変動する。

 6なら最強、1なら最弱。

 故に4は強い方ではあるが、威力としてはまあまあと言ったところ。

 しかし今回は過剰な攻撃ができないので、かえって好都合だった。

 勿論、高威力の6が出てしまったら少し外すつもりであったが。

 

 ダイスサーベルから放たれたハヤブサの幻影はタイプαの顔面、つまりメインカメラを重点的に襲った。

 視界が奪われ、慌てるような挙動で後退ってしまうタイプα

 無人で動くメガゾードとはいえ、センサーの1つがやられる事は大きなダメージだ。

 顔を狙ったのは得策と言えるだろう。

 

 

「おっし! ……っとと、おわぁッ!?」

 

 

 ガッツポーズをするビーストだが、ハヤブサを振り払おうとするタイプαの腕が危うく当たりかけてしまい、慌てて地上へ戻って来た。

 タイプα側としては当てる気が無い腕の動きだったが、その質量が人間大の戦士に直撃したらというのはあまり考えたくない話だ。

 地上に降り立ち、タイプαを見上げたながらビーストは安心したように息を吐いた。

 

 

「あっぶねー……ハエ叩きされそうだった気分だぜ」

 

 

 そんなビーストにバースとウィザードが駆け寄ってきた。

 ウィザードはまだ4人のままで、4人全員が集結している。

 

 

「悪くない狙いだ、仁藤。操真、今度は俺達で動きを止めるぞ」

 

「でもバインドじゃ止めれないし、どうするかな」

 

「いや、さっきの魔法でいい。

 あれは四肢を全て止めようとしたから力負けしたんだ。

 どこか1ヶ所に集中すれば、しばらく持たせられるだろう」

 

 

 言いつつ、バースは銀色のメダル、セルメダルを取り出して『バースドライバー』の左口に装填。

 続けて右側面のハンドルを回せば、ベルトからカポーンという小気味のいい音が響いた。

 

 

 ────Crane Arm────

 

 

 電子音声と共にバースの右腕に武装が装備された。

 バースはこのように、体の各部に武器を装着して戦う仮面ライダーだ。

 今装備したのは『クレーンアーム』。

 名前通り、クレーンの機能が備わった腕部ユニットだ。

 

 

「俺も同時だ。狙いは奴の右足。行くぞ、操真!」

 

「成程、足1本でも止められればいいわけだもんな」

 

「おっしゃ、今度は俺も一緒だッ!!」

 

 

 フォーゼの左腕は既にウインチモジュールが装着されており、どうやら2人がやろうとしている事は察してくれているようだ。

 

 そうして3人のライダー、合計6人は、それぞれの鎖やロープでタイプαの右足を縛り上げた。

 クレーンアームとウインチモジュールのロープが絡まり、各エレメントの鎖が右足をガチガチに縛り上げる。

 ようやくセイバーストライクのハヤブサを振り払ったタイプαは、今度は右足を取られてしまい自由に動けなくなってしまっていた。

 とはいえゴーバスターエースを振り払うほどの力。

 気を抜けば、幾ら6人のライダーでも一気に振り払われてしまうだろう。

 

 

 

 一方、この状況を任された高町なのは。

 彼女はタイプαから少し離れた位置の空中にてレイジングハートを構え、魔法陣を展開していた。

 今している事は、所謂『溜め』。

 自分の魔力を『砲撃』として放とうというのだ。

 

 この状況を打開する方法は、なのはの魔力をタイプαの魔力機関に叩きつけるというもの。

 しかしながらメガゾードの装甲はかなり頑強。

 それを貫き、原因となっている魔力機関になのはの魔力を届かせるには威力が必要だ。

 そして砲撃の弱点として、威力を上げようとすればするほどにチャージが必要になってしまうという点がある。

 故になのははチャージする事を余儀なくされているというのが現状だった。

 

 

(もう少し……晴人さん達も、必死に頑張ってくれてるんだ……)

 

 

 なのはが砲撃を放つ事に集中する時は、どうしても彼女自身が無防備になる隙ができる。

 その彼女を狙って攻撃を仕掛けてくる戦闘員や怪人も数体いた。

 上空のなのはを攻撃するのに空を飛ぶ必要はない。

 遠距離攻撃なりジャンプしてからの攻撃なりで届かせる事はできてしまう。

 それを察知したメテオやパワーダイザーといった数名の戦士がなのはのフォローに回っていた。

 ウィザード達もなのはの「動きを止めてほしい」という言葉を実行してくれている。

 突然現れた自分を信じ、それに賭けてくれているのだ。

 

 

(頑張らなきゃ。私にしかできない事が、あるんだから!)

 

 

 幼さを残したその顔は、幼さを貫くほどに凛々しい表情。

 砲撃の為、先端が尖った音叉のようになっている『シューティングモード』へ変形したレイジングハートを構え直し、なのはは少し距離の離れたタイプαを見据えた。

 彼女の砲撃はこの状況の打開策である。

 しかし外してしまっては元も子もない。だからウィザード達に足止めを頼んだのだ。

 

 チャージは終わった。後は放つタイミングを見据えるだけ。

 外すのは以ての外だが、タイプαにただ当たるだけでも意味がない。

 ちゃんと魔力機関に砲撃と魔力が届かなければ、足や腕に当たってしまうのはダメなのだ。

 タイプαのど真ん中、中枢に当てなければ。

 

 

(大丈夫、狙えてる。でも、撃ってから屈まれるだけでもダメ。慎重になりすぎるくらいで……)

 

 

 ウィザード達がタイプαの右足を固定してくれている事もあり、既に魔力機関がある部位をロックオンできている。

 何より砲撃主体の戦術を得意とするなのはにとって長距離攻撃は十八番だ。

 自信もある。だけど、それが驕りや慢心になってはいけない。

 

 

(あまり待ってられないけど、絶対にあると思うから……確実な一瞬が……!)

 

 

 右足に絡みつく鎖やロープを振りほどこうと暴れるタイプα。

 確実に動きを止めるなら四肢全てを縛り上げればいいのだが、如何せんそれをやろうとしたら力負けしてしまう。

 ウィザード達、特にロープを射出するユニットが体に装着されているバースとフォーゼは踏ん張りを効かせるのに相当必死だ。

 

 

「こうも体格差があると、流石に止めきれないな……!」

 

「負、け、る、か、よぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 バースは徐々に引き摺られており、フォーゼに至ってはロケットモジュールを右手に装備し、タイプαの進行方向とは逆にエンジンを噴射しているという全力も全力だ。

 魔法陣を介して鎖を操っている4人のウィザード引き摺られるという事こそないものの、敵のパワーは鎖を介して十分に感じ取っている。

 

 止めきれない。

 体格差があるとはいえ、分身したウィザードも勘定に入れて6人のライダーがいるのに。

 このままでは、と誰もが思う。その時だった。

 

 

「ダガー……スパイラル、チェーン!!」

 

 

 タイプαの頭上に光の鎖が輪を描いて出現し、そのまま降下。

 それは腕も含めて無理矢理タイプαの体を縛り上げた。

 抵抗する様子を見せるものの、さらにもう1つ同じように光の鎖が追加。

 鎖はタイプαの動きを完全に封じ込んでしまった。

 声の主、鎖を放った張本人の方へ思わず振り向くウィザード達。

 その戦士を、その名前をこの中で唯一把握していたフォーゼがその名を呼ぶ。

 

 

「剣二さん!」

 

「へっ、残ってて正解だったぜ……痛って……」

 

 

 ツインエッジゲキリュウケンをゲキリュウケンとマダンダガーに分離させ、それらを両の手に携えつつ、息を切らしながら立っていたのはリュウケンドー。

 その周囲を守るようにブレイブレオンと2号もそこにはいた。

 戦いの中、現状を把握したリュウケンドーはマダンダガーの力でメガゾードを止めて見せたのだ。

 

 

「ッ!!」

 

 

 その隙をなのはは見逃さない。

 レイジングハートを再度強く握りしめて、タイプαの中心をロックオン。

 まずは一発、魔力機関の正体を確かめるための一撃を放つ。

 それはタイプα内部の魔力機関にまで届き、その中枢にある宝石を見事に捉えた。

 そしてその正体は予想通りで、だからこそなのはは信じられなかった。

 

 

(やっぱり……でも、どうして……!? しかもこのナンバーって……!)

 

 

 エンター達の所有する『宝石』の事をなのははよく知っている。

 どういうものなのかも、どういう結末を迎えたのかも。

 故にこそ分からない。何故『ある筈の無いそれ』が『帰ってきて』しまったのか。

 

 

(分からない……分からないけど、やらなきゃいけない事は、分かってるッ!)

 

 

 しかし迷ってはいられない。

 それがどういうものなのかを理解しているからこそ、これをこのままにしておけない。

 なのはは放つ。本命の、宝石を封印する為の巨大な一撃を。

 

 

「ディバイィィン……バスターァァァッ!!」

 

 

 これが本命の一撃。

 チャージした魔力を一気に解き放つ、なのはの得意技にして必殺にもなりうる一撃。

 桜色の魔力砲撃、『ディバインバスター』が空を一直線に突き進み、身動きの取れないタイプαを飲み込んだ。

 それは、地上で戦う戦士達ですら目を見張るほどの勢いと威力。

 可愛らしい外見のなのはからは想像もできない程の一撃だった。

 

 

(……すげぇな、なのはちゃん……)

 

 

 初めてなのはと出会った時の戦いにおいて、ウィザード達の前でなのはは大火力の砲撃を見せなかった。

 だからウィザードも、そのタイプαを吹き飛ばしかねない程の砲撃に目を見張っていた。

 ただでさえなのはと初対面のフォーゼやバース、リュウケンドーも、まさかここまで激しい攻撃が飛ぶとは思っておらず、唖然としている様子である。

 

 ともあれ、なのはのディバインバスターは見事にタイプαへ直撃した。

 なのはの砲撃はタイプα内部の魔力機関にまで届き、その中枢にある宝石を見事に捉える。

 

 

「ジュエルシード、シリアル『Ⅱ』! 封印!」

 

『Sealing』

 

 

 開始されるのは魔力機関を構成する中枢、ジュエルシードの封印。

 レイジングハートのコールと共にそれが行われる。

 そうしてジュエルシードは無力化され、魔力のみで動いていたタイプαは心臓部を失った事となり、まもなくその動きを止めた。

 膝から崩れ落ちたタイプαに最早動く様子は無い。

 

 

『……魔力機関、完全に停止。魔力爆発の兆候も無し……! 凄い……!!』

 

 

 瀬戸山の報告と感嘆がタイプαの完全沈黙を肯定する。

 レイジングハートが大火力魔法を放った事で発生した余剰魔力を排出するのと同時に、フーッと息を吐いて胸を撫で下ろすなのは。

 何度かやってきた事とはいえ、物が物、事が事。緊張もしていたのだろう。

 

 

 

 タイプαはその活動を停止した。

 その事実を認識し、誰もが喜びを見せるよりも早く──────。

 

 

『ぐあぁぁぁぁぁぁぁッ!!?』

 

 

 エースとGT-02が、エネタワーから叩き落とされた。

 エネタワーによる転送開始まで、あと3分。

 

 

 

 

 時はなのはがディバインバスターを放つ少し前。

 エネタワーをよじ登り、転送装置の破壊か解除を目指すゴーバスターエースとGT-02の前に、それは現れた。

 エースとGT-02の2機がエネタワーに登る少し前に、特命部は転送反応をキャッチしていた。

 更なるメガゾード、しかし、今までのどのタイプでもないメガゾード。

 従来のメガゾードに比べて軽いわけでも重いわけでもなく、ただ単純に『詳細不明』のメガゾード。

 

 森下が咄嗟に名付けた『ε(イプシロン)』の名前。

 タイプδに次ぐ、新たな新型の襲来を意味していた。

 それを見たビートバスターは、先程感じていた『嫌な予感』の事を反芻してしまう。

 

 

(嫌な予感、当たっちまうとはな。新型……しかもあの形状、δとは違ってマジの新作かよ)

 

 

 この戦場に現れた未知なる機影、紅く、翼を持つ『メガゾード・タイプε』

 BC-04と同じ設計図から生まれた『モドキ』なタイプδとは違い、ヴァグラス完全オリジナルの新型だった。

 

 タイプεは右腕のレールガンを爪のようにも使い、接近戦も遠距離戦もこなせる機体。

 おまけに従来のメガゾードには存在しない肩より伸びた翼を広げ、高速の飛行を可能にする。

 そしてもう1つ、他のメガゾードとの相違点があった。

 その相違点が判明したのは、エネタワーを登り、無防備な状態のエースの裏側にタイプεが回り込んできた時だ。

 

 

『私のタワーから離れてください』

 

「ッ、エンターッ!?」

 

『アイツが乗ってやがんのか!?』

 

 

 そう、ニックの言葉通り、このメガゾードは有人。

 エンター自らが乗り込んで操縦しているのである。

 

 そうしてタイプεは右腕のレールガンからエネルギーを発射。

 エースとGT-02の2機を吹き飛ばし、海にまで転落させたというのが現状である。

 丁度その頃になのはのジュエルシード封印が完了。

 2機のバスターマシンを撃墜したエンターは白い魔法少女の方へ目線を配る。

 

 

(オーララ、『奴等が制御する事は無い』とのDr.ウォームの言葉でしたが……。

 大方、向こうにはあの宝石について詳しい存在がいる、という事なのですかね。

 ……本当に、何処までも厄介な方々です)

 

 

 町1つを吹き飛ばすほどのエネルギーを持った宝石を手に入れたというのに、今度はそれを律する事の出来る仲間が敵に加わってしまった。

 エンターとしては苦々しい話である。

 が、それはそれとして、エンターはエースとGT-02が落ちた海の方へ目線を戻した。

 

 

「浮かんできませんねぇ。これで終わりですか?」

 

 

 オープンチャンネルによる言葉。明確な挑発だった。

 実際、2機は全く浮かんで来ず、ヒロムもリュウジもニックもゴリサキも、応答は無かった。

 タイプαを止めた喜びも束の間、怪人軍団と戦う誰もがヒロム達の安否を気にする。

 さらに言えば、エネタワーによる転送までの時間も3分を切っていた。

 仮にエース達が行動不能なのであれば、ただちに次の一手を打つ必要がある程には時間的猶予は無いのだ。

 だからこそ誰もが焦っていた。

 

 ただ1人、天才エンジニア・陣マサトを除いて。

 

 

「おっし、J。バスターヘラクレスの残りエネトロンを全部そっちに託す。

 『アイツ等』を迎えに行ってやんな!」

 

『了解』

 

 

 バスターヘラクレス内の、戦闘を満足に行う事もできない程に僅かなエネトロンをビートバスターはSJ-05に託して分離した。

 残されたBC-04は一切の身動きが取れなくなるが、仮面の奥でニヤリと笑いながらビートバスターはSJ-05を見送る。

 

 攻撃はできないが移動くらいならできるようになったSJ-05は分離後、すぐにエンジンを噴かせてエースとGT-02が落下した海の上空にまで移動。

 到着すると同時に、ロープにくくられた持ち手のようなものを投下した。

 

 瞬間、『何か』が動き、水飛沫が舞う。

 

 

「おや……」

 

 

 あくまでもおどけたような態度ではあるが、エンターの内心には驚きがあった。

 海の中からせり上がってくる『何か』が、目を光らせていた。

 その『何か』は両手でSJ-05から投下された持ち手を握り、前進するSJ-05に牽引される形で海の中から姿を現した。

 

 赤、青、緑で構成されたその姿は何処かゴーバスターオーに似ていた。

 しかし頭部の形状や腕など、端的に言えば本来RH-03が合体すべき部分が全て緑のパーツで構成されていた。

 そこまで考えてエンターは気付く。

 新たなバスターマシン──FS-0Oは何処に行ったのか、と。

 

 

「『ゴーバスターケロオー』!」

 

 

 ビートバスターが高らかに宣言したそれこそがこの機体の名称。

 エースとGT-02が海に落ちた直後、FS-0Oもまた、それを追うように水中に潜り、そこで3機は合体を果たしていたのだ。

 

 

「元々フロッグは、他のマシンと合体できるように設計してあるんだよ!」

 

 

 動けないBC-04の中、頭の後ろで手を組んで悠々自適と言った感じのポーズ。

 初期型のバスターマシンといえどきっちりと合体できるように設計してあるのは流石と言ったところだろう。

 

 

「ま、お察しの通り昔の俺の仕事ね。てんっさいだろ?」

 

 

 尤も、自分で言わなければカッコいいのに、という感じではあるのだが。

 フォーゼのように「スゲェぜ!!」と素直に称賛する者もいれば、ウサダのように「自分で言わなきゃね」と呆れる者もいる中、ゴーバスターケロオーはSJ-05に牽引される形で水上スキーを続行。

 上空からタイプεのレールガンがケロオーを狙うものの、その全てを躱して水面を滑るように進んでいく。

 

 一方、レッドバスターとブルーバスターは操縦を続けつつも実は少し戸惑いがあった。

 FS-0Oに合体機構があるなど知らず、正直なところゴーバスターケロオーに突然合体した事に驚いている。

 恐らくはFS-0Oのエネたんがマサトの指示で強制合体という形を取ってくれたのだろうが、初めて乗る、想定していなかった機体に戸惑うなというのは無理な話だ。

 とはいえ、メインパイロットのレッドバスターは戸惑いつつも操縦の感覚を掴んでいく。

 

 

(やっぱり、基本はエースやゴーバスターオーと変わらない。これなら、行ける!)

 

 

 合体したバスターマシンの基本的な動作はレッドバスターに一任されている。

 そして彼は努力の人であると同時に、バスターマシンの操縦に関しては天才だ。

 一瞬で動作を把握したレッドバスターは機体の進路をエネタワーへ向けた。

 

 

「このままタワーに突っ込むッ!!」

 

「お、OK!!」

 

 

 ブルーバスターの声色からも戸惑いが感じられるが、それに構っている暇はない。

 牽引用のロープから手を離したケロオーが水飛沫と共に跳び上がり、巨体に似合わない身軽さで地上へと着地。

 同時に牽引を終了したSJ-05は元々微量だったエネトロンが底を付き、不時着気味に地上へと着陸した。

 

 

『急いでください! 転送開始まで、あと1分!!』

 

 

 特命部司令室の仲村からの焦燥に駆られた叫びがモーフィンブレスから聞こえる。

 最早一刻の猶予もなく、まともにエネタワーを登っているような時間は無い。

 ならば、と、エネタワーを見上げるケロオーはその両手を真下へ向けた。

 

 ケロオーの両腕はアームが取り付けられたスクリューになっている。

 そこから放たれる『エネたんスクリュー』は、名前こそ可愛らしいがメガゾードを撃破するほどの巨大な竜巻を発生させる代物だ。

 ケロオーはエネたんスクリューを地上に向けて放つ事で、その巨体を宙に浮かせる。

 まるでロケットのように、エネタワーの転送装置まで一直線に。

 

 

「させませんよ」

 

 

 しかし、当然エンターが黙ってはいない。

 上空で自由自在に動けるぶん、空での戦いはタイプεの方に分がある。

 一方でケロオーは上空での姿勢制御は出来ないし、エネトロンの残量自体も残り僅かだ。

 合体したバスターマシンのエネトロン残量は、合体前のバスターマシンが持っていたエネトロン残量の総計で決まる。

 エース、GT-02、FS-0Oは合体前からエネトロンの余裕はほぼなく、ケロオーにはもうエネたんスクリューを出せるだけのエネトロンも無い。

 転送開始まで、あと30秒

 

 瞬間、「どうする」という思考の迷いがレッドバスターに発生しかけたのと、ブルーバスターの声が響いたのは同時だった。

 

 

「ヒロム、分離だ! 俺のエネトロンを全部エースに託す!!」

 

「ッ! 分かりましたッ! エネたん、跳べッ!!」

 

『カエル使いが荒いです! でも、承知しました!』

 

 

 判断は一瞬。ケロオーは元の3機へ分離する。

 エネトロンを全て託したGT-02は身動き1つ取る事無く重力落下を果たすが、それを踏み台にしたFS-0Oは正しくカエルのように大きく跳び上がる。

 ただの一手で一気に転送装置へ迫る分離という手段。

 一瞬でもFS-0Oに気を取られるエンターだが、その一瞬の内に、エースが持てるエネトロンの全てを尽くしてブースターを吹かせ、空を舞う。

 転送開始まで、あと20秒。

 

 

「エンターァァァ!!」

 

『しまっ……!』

 

 

 残りエネトロン全てを消費してレゾリューションスラッシュの体勢に入るエースに対し、タイプεは一瞬遅れてレールガンで撃ち落とす事を試みた。

 エンターの判断が遅れた。レッドバスターの判断が早かった。

 ただそれだけの一瞬の差が、タイプεとエースの勝敗を分ける。

 転送開始まで、あと10秒。

 

 

「レゾリューションスラッシュッ!!」

 

 

 発射されたレールガン全てをブレードで弾き飛ばし、すれ違いざまの一閃。

 その一撃はタイプεの胴体を貫き、その身を2つに裂いていた。

 転送開始まで、あと5秒。

 

 残り5秒のカウントが始まると同時に、エネタワーの頂点が変形していく。

 転送の前準備。あとは膨大なエネトロンを一気に消費するだけ。

 エネトロンを失ったエースが地上へ重力落下を始める。

 エースの落下、カウントの終了、FS-0Oの口から放たれる『シタベロパンチ』による転送装置の破壊。

 

 その全てが、同時だった。

 

 

「転送は……!」

 

 

 落下の衝撃から回復したレッドバスターがエースのモニターで周囲を見やる。

 先程までの乱戦が嘘のような、不気味なほどの静寂だった。

 既に各戦士達によって数が減っていた怪人達は転送に巻き込まれまいと撤退。

 そして戦士達は誰もが、固唾を呑んでエネタワーを見上げていた。

 FS-0Oの着地と特命部・仲村からの通信は、ほぼ同時に。

 

 

『転送、失敗! 作戦成功です!!』

 

 

 誰が最初に叫んだかは分からない。多分、フォーゼ辺りだろうか。

 それを皮切りに静寂は打ち破られ、戦士達は各々に反応を見せる。

 豪快に喜ぶフォーゼ、心底ホッとする響、怪我でそれどころじゃないリュウケンドー等々。

 エネタワーの頂点部も、先程の変形が解除されて元の姿へ戻っていた。

 

 勝ちを拾えたこの勝負。守りきれたこの戦い。

 作戦終了の合図が、レッドバスターの号令で宣言された。

 

 

「シャットダウン、完了……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 全くもってギリギリの勝利だった。

 何せ最後の一撃の後にFS-0Oもエネトロンが尽きていたものだから、今回の戦いは全バスターマシンが行動不能に追い込まれたという状況なのだから。

 ロッククリムゾンにしてもダガーキーが間に合わなければ倒せなかったかもしれない。

 0課の早期合流などから始まる複数人の助っ人、ダンクーガの介入。

 敵だけでなく、こちら側にも多くの味方が来てくれた事が何よりも幸いしていた。

 

 戦いが終わって、まだ10分も経っていない。

 未だ戦士達は戦場だったこの場所にいた。

 

 

「……了解です。この場で待機します」

 

 

 モーフィンブレスによる通信を終えた、レッドバスターがニックと共にエースのコックピットから外へ出た。

 通信の概要は『全バスターマシンが動けないので補給用のエネトロンを輸送する。それまで戦闘区域だった地点は引き続き封鎖しておくので、その場で待機』というものだ。

 1台でも動ければ牽引するなりできるのだが、全てが動けないとなるとどうしようもない。

 巨体を運べそうな仮面ライダーか誰かに運んでもらうというのも検討したが、疲労困憊の彼等にそれをさせるのは酷だろうという判断に基づいている。

 

 

『やったな、ヒロム! 一時はどうなるかと思ったけど……』

 

「ああ。……被害はかなり出してしまったけど」

 

 

 メットのみを外して周囲を見やるヒロム。

 未だに煙の出ている建物があるし、中には完全に倒壊している建物もあった。

 ヒロムの表情は何処か苦々しげだった。

 被害ゼロの完全無欠の勝利など都合が良すぎる。

 しかし被害が無い方がいいのは当たり前なわけで、甚大とも言える被害が出た今回の戦いを手放しで喜べないでいた。

 だけど、相棒のニックはそんなヒロムの背中を軽く叩いて笑ってみせる。

 

 

『まあな、確かに酷ぇや。でも、終わっちまったわけじゃない。

 復興だってできるし、何より最悪の事態はヒロム達のお陰で避けられたんだ』

 

「ニック……」

 

『被害は無い方がいいし、満足いく結果じゃないかもしれない。

 でも、守れたものもあったはずだ。だから胸張っときな! ヒロム!』

 

 

 子供の頃から一緒のニックは、時に兄のようだとヒロムは感じている。

 自分を励ましてくれる彼は、正に兄のようだった。

 相棒であり、戦友であり、大切な家族と言える自身のバディロイド。

 クールなヒロムとは対照的に明るいニックに対し、ヒロムはフッと微笑んだ。

 

 

「ああ。……そうだな!」

 

 

 少なくとも今の勝利を喜べる程度には、ヒロムはニックに救われていた。

 

 さて、ヒロムとニックは瓦礫やひび割れたアスファルトを歩き、ある場所へと向かっていた。

 この戦いにおいて来てくれた助っ人の1人。ダンクーガの元へ。

 

 

『ヒロム、何で此処に?』

 

「まあ……色々気になったからな。三度も一緒に戦ったから、見ず知らずとも言えないし」

 

『そっかぁ、そうだな。……ダンクーガ、何が目的なんだろうな……』

 

「……さぁな」

 

 

 鳥のような、『紅いダンクーガ』と仮に呼称されている謎の機体に行動不能にされたそれは、未だに合体状態のままで地面に伏していた。

 そこに数多の戦場をたった1機で駆け抜ける脅威の面影はない。

 

 

(何でダンクーガはヴァグラスとの戦いで味方をしてくれる?

 そもそもダンクーガって何なんだ? あの紅い鳥のような機体も……)

 

 

 物言わぬダンクーガを見つめ、ヒロムの頭に様々な考えが過る。

 ダンクーガにはあまりにも謎が多すぎた。

 しかもその謎は何1つ解明されていないのに、さらに謎が増える始末。

 3回も共に戦った以上、最早無関係とも言えなくなってきているその存在。

 と、そこにモーフィンブレスへ再度通信が入る。特命部からだった。

 

 

「はい、ヒロムです」

 

『ヒロム。ダンクーガの近くにいるな?』

 

「え、はい。いますけど」

 

 

 声の主は司令官の黒木だった。

 ヒロムの位置を把握しているのは、まだ辛うじて生きているカメラでモニタリングしているのだろう。

 ともあれ正直に答えるヒロムに対し、黒木は続けた。

 

 

『可能ならば、パイロット達の状態を確認してほしい。

 生命反応は顕在だが、重傷を負っている可能性もある』

 

「了解」

 

『それから、もう1つ。ついでと言っては何だが……』

 

「? はい」

 

「……先程、『ダンクーガの関係者』を名乗るものから通信があった」

 

 

 静かに、しかし確実に目を見開いて驚きを隠せないヒロム。

 隣にいるニックも身振り手振り多めに、動揺を一切隠さないでいる。

 

 

『おいおいおい! ダンクーガの関係者って!?』

 

「多分、『上司』だろうな。上からの司令がどうとか言っていたし」

 

『その通りだ、一応の責任者だと語っていた。その人物曰く、ダンクーガを──────」

 

 

 次に黒木の口から語られた言葉は、またもヒロムとニックの動揺を誘うには十分すぎるものだった。

 

 

 

 

 

 一方、ヒロムとニックがいるのとはまた別の場所。

 ノイズ出現という事で姿を現していた雪音クリスはさっさとこの場から離れようとしていたのだが。

 

 

「よっ! クリス!!」

 

「…………」

 

 

 目敏くフォーゼに見つかっていた。

 数度に及ぶお節介にクリスも諦めの境地に入ったのか、最早怒号を飛ばすでもなく深く溜息を付くばかりだった。

 

 

「助けに来てくれたんだろ! サンキュー!!」

 

「ンなわけ……」

 

 

 ねぇだろ、と呆れ100%で反論しようとするクリス。

 ところがその言葉を言いきる前に、クリスの元へ駆けよってくる影がまた1人。

 

 

「あ! やっぱりあの時の!!」

 

「あぁ? ……ゲッ」

 

 

 さも知り合いのような言葉を発する戦士の1人に訝し気な目をくれてやるが、数秒もしない内にクリスはその戦士を、その仮面ライダーの事を思い出した。

 ある時、自分をお節介にも介抱したアイツである、と。

 上下3色の戦士、仮面ライダーオーズだ。

 

 

「元気だった?」

 

「ん? 映司先輩もクリスと知り合いなんスか?」

 

「うん、ちょっとね。えっと、クリスちゃんって言うんだ、君」

 

「あ? 何だよクリス、お前映司先輩に名前言ってなかったのか?」

 

「ンなのアタシの勝手だ。ってかアタシを巻き込むんじゃねぇ!」

 

 

 話を勝手にすいすいと進めていくフォーゼとオーズ。

 心底迷惑そうな表情で苛立ちを隠さずに文句を飛ばすクリス。

 そしてそんなクリスの感情を弄ぶかのように、さらにそこに1人が加わった。

 

 

「お、なーんか見覚えあると思ったら。まさかこんなとこで会うとはね」

 

「……は? 誰だお前」

 

「ん? あ、そっか。こっちの姿を見せるのって初めてか。

 俺だよ、おーれ。一緒にドーナツ食べたり、迷子の子を届けたりしたじゃん?」

 

「……テメェ……! まさかあの時の、胡散臭い魔法使い……!!」

 

「いや、酷くない?」

 

 

 クリスの取り巻きに増えたのは仮面ライダーウィザード。

 いきなり胡散臭い扱いされた事に異議を申すウィザードに対し、クリスの目線は肩を竦める宝石の戦士を睨み付けるように見ていた。

 というかいつの間にか、クリスは前後左右4方向のうち、3方向を仮面ライダーに塞がれている状態になっている。

 

 

「クーリスちゃーん!!」

 

「ッてぇな! 何を飛びついてきてやがる馬鹿が!!」

 

「アイタッ!!」

 

 

 そして最後の1ヶ所、現状のクリスの右側から立花響が満面の笑みで飛びついて思いっきり抱き付いた。

 結局その頭を叩かれて突き放されるのだが、響は頭を押さえていたがりつつも笑顔を崩さない。

 

 

「ありがとね、クリスちゃん!」

 

「だから! お前等の為に来たわけじゃねぇって何度言やぁ分かるんだ! どいつもこいつも!!」

 

 

 呆れの境地にまで達していたクリスの感情が一週回ったのか、いつの間にか再び怒りに戻って来ていた。

 さらにそこにもう1人。

 

 

「響ちゃん! あ、クリスちゃんも!!」

 

「あ、ヨーコちゃん!」

 

「だあぁぁぁぁぁ! これ以上増えんなッ!!」

 

 

 最初のフォーゼへの呆れかえった態度は何処へやら。

 キャパオーバーとでも言うべきか、遂に完全に囲まれたクリスは吼えた。

 何でどいつもこいつもアタシに構うのか、という意思を籠めた心の底からの叫び。

 

 そんなてんてこ舞いなクリスと彼女を振り回す彼等彼女等を遠巻きに見つめる2人がいた。

 アルティメットDにやられた傷がそのままで満足に動けず、疲労困憊の士と翔太郎だ。

 翔太郎はユウスケに、士は夏海にそれぞれ肩を貸してもらい、辛うじて立っている状態である。

 特に士は吸血マンモスに血を抜かれた事もあり、より辛そうだ。

 

 

「ははっ、後輩達は雪音クリスちゃんにご執心みたいだぜ? 士」

 

「フン、どいつもこいつも物好きだな……」

 

 

 先輩2人の言葉は呆れのようにも聞こえるが、その口角は上がっていた。

 後輩達の行動を理解はしているという証拠だろう。

 結局、囲まれたクリスは唯一空いていた上に向かって大きくジャンプし、その場から脱出。

 そのまま何処へともなく去って行ってしまい、その場の誰もが遠くなっていく彼女の姿を見送る事になったのだった。

 

 そしてまた一方、要件は無くなったとばかりに去ろうとする者がまた1人。

 謎の魔弾戦士、リュウジンオー。

 そこに声をかけて引き留めたのは、変身を解いてボロボロの姿が露わになった剣二に肩を貸す、仮面ライダー2号だった。

 

 

「よう」

 

「…………」

 

「お前は、こいつ等の仲間じゃないのか?」

 

「馬鹿な事、言うなよ……。だぁれが、こんな奴……!」

 

「ああ。俺もこいつ等と馴れ合う気はない」

 

 

 剣二の言葉に賛同するリュウジンオーだが、それはお互いに拒絶の意志。

 やれやれと息を吐きつつ、2号は両者を見やる。

 一触即発。少なくともすぐにでも相容れるようなビジョンは全く浮かばない。

 そういうレベルの拒絶が見て取れた。

 そんな3人の元へ割って入る者が1人、シンフォギア装者の風鳴翼だった。

 

 

「待ってください」

 

「…………」

 

「目的がどうであれ、貴方もまた奴等と敵対している。

 ならば、私達がいがみ合う理由は無い筈です」

 

「何が言いたい」

 

「手を組みませんか。私達と」

 

 

 翼の突然の提案。その眼差しは真剣そのものだ。

 しかし。それに剣二が食ってかかる。

 

 

「待てよ翼……! 何もこんな奴……!!」

 

「落ち着いてください剣二さん。敵対する必要が無いのなら、その方がいい筈です。

 それに、貴方も魔弾戦士。ならば……」

 

 

 現状、敵はどんどん強くなり、複数の組織が手を組んだ事で戦闘の規模自体も大きくなっている。

 グレートゴーバスター、FS-0O、サンダーキー、マダンダガー、そして仮面ライダーを中心とする多くの協力者。

 こちら側も強くなってきてはいるが、それでも今回の戦いは辛勝と呼べるほどにギリギリだった。

 ならば1人でも仲間はいてくれた方がいい。

 より確実に世界を守り、より確実に勝つために。

 

 

「くだらん」

 

 

 しかし、リュウジンオーはその言葉を一笑に伏した。

 

 

「言った筈だ、馴れ合うつもりは無い。それに、俺はS.H.O.Tが……」

 

 

 無感情無機質な、本当にどうでもいいのだと感じさせる平坦な声色。

 しかしS.H.O.Tの名前を出した時に、ほんの少しだけ彼の言葉に感情が乗ったように感じたのは翼の気のせいだろうか。

 

 

「……S.H.O.Tが?」

 

「……いずれ分かる」

 

 

 それきりリュウジンオーは翼達の方を向く事は一度もなく、その正体も現さぬままにこの場を離脱してしまった。

 何なんだよ、と吐き捨てる剣二の顔は険しい。

 一方で、翼の顔は何処か引っ掛かりを覚えたように疑問を抱えた表情だった。

 

 

(S.H.O.T……何故、S.H.O.T『だけ』を……)

 

 

 翼達の組織は混成部隊だ。

 組織の一部としてS.H.O.Tは加わっているが、それだけである。

 にもかかわらず、リュウジンオーはS.H.O.T『のみ』に何か含みがあるかのような言葉を残していったのだ。

 彼が魔弾戦士だからなのか、それともS.H.O.Tそのものと、あるいはS.H.O.Tの誰かと何かがあったのか。

 彼の正体の手掛かりになりそうな言葉ではあったが、翼にはそれが何を意味するのかは分からなかった。

 

 

 

 

 

 多くの助っ人が来てくれた中で、明確な味方というわけではないクリスやリュウジンオーは撤退。

 そんなわけでこの場には、明確に味方と定義できるメンバーのみが残っていた。

 数名の仮面ライダー、及びパワーダイザー。

 ゴーバスターズとリュウケンドー、シンフォギア装者の2人、そして高町なのは。

 変身をしているメンバーはその変身を解除。

 パワーダイザーはエネルギー残量と操縦者である隼の体力の事もあり、既に帰投済みだ。

 

 そんな中、唯一変身を解いていない仮面ライダー2号の元に全員が集まっていた。

 2号は重傷で動けない剣二をヒロムの肩に預けると、愛車である新サイクロン号へと跨り、その場の全員をぐるりと見渡した。

 

 

「凄いな、お前ら!」

 

 

 そして開口一番、後輩を褒め称える言葉を口にした。

 声色も仮面の奥の様子がまざまざと分かるのではないか、と思えるくらいの明るい音。

 突然の称賛にキョトンとした表情を見せる一同。

 そんな反応を余所に、2号は自分の想いを並べていく。

 

 

「ホント言うとな、俺を頼るんじゃないかって思ってたんだ。

 ロッククリムゾンとまともに戦えてたのは俺だけだし、お前等だって万全じゃなかった。

 だから正直、奴の相手は俺がしないとって思ってたんだよ」

 

 

 2号の自信は驕りではなく、これまでの戦いで積んできた経験による確かなものだ。

 実際、2号のパワーでなければまともに戦えていなかったのは事実。

 しかし彼等はそんな2号の予想を上回って見せたのだ。

 

 

「でも、リュウケンドー……だったよな? お前はロッククリムゾンを倒した。

 他の連中だって、俺の手なんか借りなくても戦いを切り抜けて見せた。

 こんな頼もしい奴等がこんだけいるんだ。スゲェと思うぜ、俺は」

 

「いや……俺の力じゃねぇ。不動さんがこの鍵を届けてくれたからだ。

 ロッククリムゾンを倒したのだって、マダンダガーがスゲェ力を持ってたから……」

 

 

 剣二の言葉は、彼らしくなく弱気な文面だった。

 勝利は事実だ。

 だが、鍵の力に頼り切ってしまった事も、また1つの事実。

 マダンダガーが強力だった事も、それを使う為に銃四郎に無理をさせた事も。

 今回の戦いで自分は鍵を使っただけだと、彼なりに反省していた。

 

 

「まあな、武器に『頼り切る』ってのは褒められたもんじゃない。

 だけどそれを『使いこなす』なら、話は別だ。

 それに自分のそういう弱さを自覚してるなら、きっとお前は強くなれる」

 

 

 2号は剣二の言葉を肯定した上で、彼の強さも肯定する。

 そして剣二に肩を貸しているヒロムの脳裏に、以前マサトからかけられた言葉が甦った。

 

 ──────『強さってのは、弱さを知る事だ』。

 

 家族の幻影を見せつけられて、自分の脆さを突きつけられたヒロム。

 そのウィークポイントを自覚したからこそ、ヒロムは1つ強くなったのだとマサトは語った。

 そんな経験があるからこそ、ヒロムには剣二の成長への確信があった。

 剣二もヒロムと同じだったから。

 ジャークムーンとの戦いで見せた心の弱さ。

 ロッククリムゾンとの戦いで感じた己の実力不足。

 しかしそれらを乗り越え、その両方を剣二は打倒して見せたのだから。

 自分の経験と剣二の成長を想うヒロムはフッと笑うが、剣二はそれに怪訝そうな顔を向けた。

 

 

「何だよ、急に笑いやがって……」

 

「いや、『お前も成長したんだな』と思っただけだ」

 

「んだよそれ、俺がお前より未熟みたいに」

 

「違うのか?」

 

「ッの野郎……怪我治ったらギャフンと言わせてやるぜ……」

 

「模擬戦くらいなら、いつでも付き合ってやるさ」

 

 

 笑み混じりの2人のやり取りを見て、2号も思わず仮面の奥で笑みを零した。

 そしておもむろに自分のかつてを、未熟だった頃の自分を語り始めた。

 

 

「未熟云々だったら、俺も昔は結構だったぜ。

 怪人にコテンパンにやられて、怖気づいちまった事があるんだ」

 

「アンタが……?」

 

「情けない話で恥ずかしいんだけどな。俺だって未熟な時はあったし、きっと今もそうさ。

 だけど、そんな時に檄を飛ばしてくれる人や、特訓に付き合ってくれる仲間もいた」

 

 

 2号の昔話は、まだかつて仮面ライダーが1号と2号しかいなかった頃の話。

 彼も負ける事があった。怖気づく事があった。

 その度に、『恩師』から叱咤激励を受けた。

 そして奮起した2号の特訓に付き合ってくれる『友』がいた。

 今の2号はまるで、自分も同じなのだと剣二へ論しているようでもあった。

 

 

「お前等もそうだった、って事なんだろうな。

 良い大人や良い師匠にも恵まれてるみたいだし、な?」

 

 

 言いながら、彼の目線は剣二とヒロムから響の方にも向いた。

 以前の戦いで彼女は言った。「良い師匠を2人も持った」と。

 同時に、彼女達の属する組織の『大人』達がどんな人間なのかも知った。

 

 彼等彼女等は本人達が自覚している通り、まだまだ未熟だ。

 だが、それを自覚している。

 そしてそれを支える大人や師匠がいる。

 だからこそ2号は笑っているのだ。

 

 

「はい!!」

 

「……へっ、おう! あ、イッテテ……」

 

「大声出すからだ」

 

 

 元気よく返事を返す響。

 うっかり気合十分な声を張ってしまったせいで傷に響いた剣二と、それを諌めるヒロム。

 2号は剣二に「無理すんなよ」と声をかけた後、再び全員へ言葉を向ける。

 

 

「追ってきたロッククリムゾンも倒れたし、俺はまた別の国に行く。

 ジャマンガなり財団Xなり、ここ以外でもやらなきゃいけない事は山ほどあるからな。

 これからの平和、頼んだぜ。後輩達」

 

 

 それだけ言うと2号は新サイクロン号を発進させ、みるみるうちに遠くへ、何処かへとその姿を消したのだった。

 赤いマフラーの靡くその姿を、大きな先輩の背中を見つめる後輩達。

 

 これからの平和。

 

 きっとそれは、とても重いものだ。

 1号から連なる仮面ライダーが、多くの人間達が守ってきたもの。

 今の自分達が守ろうとしているものであり、守らなければいけないもの。

 それは世界全体の平和かもしれないし、響が守ると誓った何てことの無い日常かもしれない。

 1つだけ確かなのは、どちらであれ、それを脅かす存在がいるという事。

 2号の言葉がどうであれ彼等彼女等のやる事は変わらないだろう。

 剣二は肩を貸してくれているヒロムに、顔は向けずに言葉をかける。

 

 

「重ェなぁ……」

 

「ああ。だけど、元々そのつもりだ」

 

「へっ、違いねぇ」

 

 

 決意は変わらない。

 ヒロムの13年前を取り戻すという決意も、これ以上誰も不幸にしないという決意も。

 剣二の「俺はヒーローだ」という決意も、町を守りたいという決意も。

 他の皆にもそれぞれの決意があって、守りたいものがある。

 世界なのか、町なのか、見知らぬ誰かなのか、友人なのか、希望なのか、日常なのか。

 全員がその決意をもう一度握り締めて、2号の背中を見送ったのだった。




────次回予告────
此処に集った戦士達は、1つに結集して互い互いを認め合う。
出会いと再会が交錯し、これまでの邂逅も回想される。
けれど傍観するしかない者もいて、その心中は如何ばかり。

EPISODE 69 及び EPISODE 70 総てが集まり、編纂される

定義するには名が必要。
彼等を表すその名前こそ、あらゆる悪への反撃の狼煙。



※今回の次回予告は69、70話双方の予告になります。


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第69話 総てが集まり、編纂される

 エネタワー戦から数時間ほど経ったある時、大ショッカー基地。

 正確に言えば『この世界に建設された支部』という方が適切だが。

 撤退したキバ男爵は、この世界ではなく別の世界の本拠地にいる大首領との通信機である鷲のレリーフの前に跪いていた。

 

 

「申し訳ありません、大首領。みすみすアルティメットDを……」

 

『別に構わない。倒されたのならそこまでだったというだけの話だ。

 出撃前にも、そう言った筈だが?』

 

「はっ……」

 

『どちらにせよ『アレ』は手に入ったんだ。問題は無い。

 そこはよくやった、と言えるな、キバ男爵』

 

「勿体なきお言葉……」

 

 

 レリーフのランプが怪しく点滅を繰り返し、大首領の声が響く。

 敗北に関しての咎めは特に無かった。

 むしろ、大首領としては今回の戦いは『目的を達成できた』と言える。

 頭を下げ、称賛の言葉に感謝を示すキバ男爵。

 

 

「ククク、良かったなぁキバ。勝敗が全ての作戦ではなくて」

 

 

 そこに水を差す様な声が響いた。

 突然の声に、普段のキバ男爵なら警戒するところだ。

 しかし、今回はただ顔を顰めながら立ち上がり、声のした背後へゆっくりと振り返るだけ。

 何故なら一声聞いた時、そしてその皮肉たっぷりの言葉に、すぐに誰なのか判別がついたからである。

 キバ男爵の瞳に映されるのは、スーツに身を包み、サングラスをかけた男性の姿。

 右手にはタバコを持ち、口から煙を吹かせていた。

 

 

「……『タイタン』。貴様、何故この世界にいる」

 

「おやおや分からないか? お前が随分と苦戦しているようだからなぁ」

 

「フン。貴様の助力など」

 

「仮面ライダーに惨敗した貴様がよくも吠える。

 結果が伴わない限り、それは負け犬の遠吠えという奴だ」

 

「……そうだな」

 

「何?」

 

「貴様の言う通りだ。敗北は事実。負け犬の遠吠えというのなら、そうだろう」

 

「チッ……潔い事だ」

 

 

 キバ男爵の敗北を嘲笑ったものの、彼はそれを事実として受け止めた。

 スーツの男性にとって、その反応自体は予想外というほどでもなかったが、少しは食ってかかってくるだろうと思っていたせいか、拍子抜けをしてしまったようである。

 張り合いがない、とでもいうべきか。

 以前から非は認める奴だったな、と男性はキバ男爵の性格を思い返した。

 

 スーツの男性の名はタイタン。真の名を、『一つ目タイタン』。

 見た目は人間だが、勿論これは仮の姿で、本来は一つ目の姿をした黒い怪人であり、大ショッカーの幹部の1人である。

 

 キバ男爵を煽った後、タイタンはタバコを吸って、再び煙を吐いた。

 その態度にキバ男爵は顔を顰め、険悪にも近い空気が流れるが、そこに大首領の声が割って入る。

 

 

『タイタンをそっちに行かせたのは俺だ。

 奴に任せていた、例の『サルベージ』が終わったからな』

 

「そういう事だ、キバ。お前の手に入れたアレと合わせて、これで揃ったというわけだ」

 

「成程……。では、いよいよ、ですか?」

 

 

 キバ男爵がレリーフに向かって話すが、背後のタイタンが首を横に振った。

 

 彼等には『仮面ライダーを排除する』、『世界を征服する』以外にももう1つの目的があった。

 どちらかと言えばそちらの方がメインで、その『目的』が達成されれば、ライダーの排除も世界の征服も容易であると考えられている、目的。

 キバ男爵とタイタンはその為に動いていたのだ。

 

 しかし、『目的』に必要な物こそ揃ったが、それだけでは不十分である事をタイタンは知っている。

 

 

「揃いはしたが時間がかかる、というのが研究班の弁だ」

 

「時間? どの程度だ?」

 

「この世界の時間で数えて、最速で半年。万全を期すなら、1年前後」

 

「長すぎるな」

 

 

 そう、最後に必要なものは『時間』。

 それは手に入れる云々ではなく、単純にそれだけの時間をかけなければ『目的』の完遂ができない、という事。

 幾らなんでも長すぎるとキバ男爵は苦言を呈し、口にはしないがタイタンも同様に思っている。

 が、それを制したのは、意外にも目的完遂を一番に望んでいる筈の大首領だった。

 

 

『構わない。むしろ、下手に早めて不備があったら困る。

 ディケイドやディエンドのように世界を移動できる仮面ライダーをそちらの世界に釘づけにしておけば、本拠地のある世界が特定される事もない。

 後はこっちの目的を悟られない様、適当に遊んでやっていればいい。

 勿論、その間にライダー達を抹殺できるなら、それに越した事は無いが』

 

 

 否、誰よりも目的完遂を望んでいるからこそ、失敗をしないように時間をかけろと言っているのだ。

 大首領はこの『目的』に関しては特に慎重だった。

 

 キバ男爵とタイタンは一瞬お互いに睨み合うかのように目を合わせた後、同時にレリーフの前に跪いた。

 

 

『お前達は引き続き、仮面ライダーやそれに協力する者達と戦い続けろ。

 目的を気取られる事は無いだろうが、一応の注意は払え。

 勝てるならそれでいい。負けるなら戦闘データは取っておけ。

 いずれにせよ、『アレら』が完成すれば、後はそれで十分だろう』

 

「はっ……。では、今後もこの世界の勢力と共闘をするという方針で、如何でしょうか」

 

 

 キバ男爵の言葉に大首領は肯定の言葉を発すると、それきり大首領との通信は途絶えた。

 跪いていた2人は立ち上がると、再び互いに視線を交わす。

 

 

「お前のような獣臭い男と同じ作戦行動とは、大首領の命令でもなければ有り得ないな」

 

「煙臭い目玉男に言われる筋合いはない」

 

「フン、精々吠えるがいい」

 

 

 タイタンはくるりと反対を向いて、何処かへ去っていこうとした。

 ところがキバ男爵がその背中を呼び止める。

 

 

「タイタン」

 

「何だ」

 

「貴様と私は折り合いが悪い。……が、同じく大首領に拾われた身でもある。

 元を正せば私はデストロン、貴様はブラックサタン。

 それぞれ別の世界で仮面ライダーと戦い、それぞれの大首領に仕えていた身だ」

 

「…………」

 

 

 背中を向けたままのタイタン。

 足を止めている辺り、彼の言葉を聞くつもりはあるようだった。

 

 大ショッカーはあらゆる並行世界に存在する仮面ライダーの敵対組織の複合組織。

 ショッカー、ゲルショッカー、デストロン……ありとあらゆる組織の怪人が属し、それらの技術を有している大規模な組織だ。

 その中でこの2人は、それぞれ別の世界の出身だった。

 

 

「私の目的はデストロンを壊滅させた、憎き仮面ライダーを潰す事。

 例え別の世界の仮面ライダーだろうと、私の憎しみは変わらない。

 奴等は私から、全てを奪ったのだから……!!」

 

「だから、何だと?」

 

「貴様も同じだろう、タイタン。

 ブラックサタンを滅ぼされ、唯一生き残った。……私と同じだ。

 境遇も、そして仮面ライダーを憎む思いも。

 いや、仮面ライダーだけではない。それに準ずるあらゆる『正義の戦士』などという陳腐な存在を」

 

 

 タイタンとキバ男爵はそれぞれ、古巣がその世界の仮面ライダーの手で壊滅していた。

 手下も、同じ立場の幹部も、そして大首領ですらも、彼等は失っている。

 仲間意識などというものは持たないが、忠誠を誓った組織を奪われていた。

 

 

「もう一度言うが、私と貴様は折り合いが悪い。

 が、今は同胞だ。共に大首領の悲願を……」

 

「くだらんな」

 

 

 キバ男爵が何を言おうとしているのか察したタイタンは、言葉を言いきられる前にそれを切り捨てた。

 後ろを見やり、横顔を見せたタイタン。

 サングラスの奥の瞳は、キバ男爵をはっきりと捉えていた。

 

 

「公私混同など愚の骨頂。今更確認すべき事項だとは感じん。

 それとも、獣の頭ではそんな事も分からないか?」

 

「愚問だったか。いらぬ世話だったようだな」

 

「……張り合いの無い奴だ」

 

 

 必要のない会話だと思ったから、タイタンはキバ男爵の言葉を一蹴していた。

 性格的な折り合いは良い方ではないが、1つの目的の為に集まった同胞。

 境遇を同じくする彼等の、『悪』なりの信頼感、というものなのかもしれない。

 

 タイタンは再び前方を見て、キバ男爵から視線を外した。

 と、そこでついでの言葉を口にする。

 

 

「そういえば、聞かれていたようだな」

 

「だからといって、どうでもないだろう。我等の『目的』が何かを話してはいない。

 仮にそれを知ったところで、別の世界で行われているそれを捕捉するのは不可能だ」

 

「分かっている。お前が鈍感にも気づいていないと思っただけだ」

 

「フン。そんな事を気にする暇があるなら減らず口かライダーを減らしていろ」

 

 

 タイタンの言葉は、『彼等と大首領の会話を盗み聞きしている第三者がいた』という意味。

 大ショッカーのこの世界における支部、この場所を知っている者は限られている。

 例えば、一度この場所に来た事のある者がそれに該当するのだが。

 

 

 

 

 

 大ショッカーのこの世界の基地にて、影に隠れて会話を聞いていた人物。

 彼は身体をデータ化して移動するという常套手段を使い、既に東京のとあるビルの上にまで来ていた。

 それはエンター。ヴァグラスのアバターの彼だった。

 

 エネタワーでの戦闘において、彼はメガゾード・タイプεが破壊された際の爆発に当然巻き込まれた。

 が、彼は元データ、つまりヴァグラスが存在する限り再生できるアバターである。

 故に彼は何ごとも無かったかのように再生し、再び暗躍せんと活動をしている、というわけだ。

 

 

(成程、大ショッカーも敵の排除だけでなく、別の目的がある、という事でしょうか。

 ……ま、だからどうするというわけでもありませんが)

 

 

 先のエネタワーにおける戦闘でそれなりの戦力を提供してくれた彼等に礼でも言って、次の作戦でも利用させてもらうくらいの気持ちで、彼は大ショッカーを訪れていた。

 その際、偶然にも話を聞いてしまったというのが、彼が盗み聞きをしていた理由である。

 別段、知ったからといって何があるわけでもない情報だったわけだが。

 

 

(むしろ、謎なのは彼女……マドモアゼル・フィーネの事でしょうか。

 何もかもを知っているかのような情報源については当たりを付ける事ができましたが、彼女の目的は何なのか……。

 大ショッカーの1年ほどかかるという目的とは違い、彼女のそれは既に最終段階間近のようにも感じます)

 

 

 エンターが思い返すのはフィーネを名乗る謎の金髪女性の事。

 ノイズを繰り出す奇妙な杖、雪音クリスという少女を使役する、謎めいた美女。

 デュランダル移送任務妨害の一件がきっかけで、フィーネが何故敵の情報に精通しているのかは分かった。

 が、肝心の目的や素性は一切不明。

 雪音クリスという唯一の手駒を切り捨てた事から、既に大詰めに入っている事はエンターにも予想できるのだが。

 

 

(彼女の目的がこちらの不利益にならなければ問題は無いのですがね。

 ジャマンガの方々くらい、何もかもはっきりしていてくれると気にする必要もないのですが)

 

 

 ジャマンガの目的は単純明快に、自分達のボスであるグレンゴーストの復活。

 ヴァグラスもメサイアという首領の現実世界への復帰を目指しているので、目的としては似通っていると言えるだろう。

 

 

(我々とジャマンガ、両方のマジェスティがこの世界に顕現する段階に入れば、自ずとジャマンガとの共同戦線も途切れるでしょう。

 まあ、その時はマジェスティ・メサイアの力と向こうのマジェスティのどちらが勝つかになる、というだけの話。今考える必要がある事ではありません)

 

 

 はっきり言ってヴァグラスとジャマンガ、そして他組織との共同戦線はいずれ崩壊する事が前提で組まれている。

 何故ならそれぞれがこの世界の支配、ないし人類の殲滅を考えているからだ。

 フィーネの目的は謎だが、少なくともヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカーはその算段である。

 つまり、最終的にはこの世界の支配をかけてぶつかる事になるとエンターは考えていた。

 しかしゴーバスターズを初めとした世界の守護者達の集合組織は、どう考えても1組織で太刀打ちできる敵ではない。

 ヴァグラス達の共同戦線はだからこそ成り立っているとも言えた。

 

 

(今、考えるべき事は次の一手をどうするか、というところですか。

 幸いにして、例の宝石……創造する者達曰く、ジュエルシードでしたか。

 あれの利用には成功しました)

 

 

 ジュエルシードの名は創造する者達を通してエンターも既に把握していた。

 それを律する謎の魔法使いが現れたという一点のみ懸念点があるが、それでもあの出力、下手に倒せないという力は有用だろう。

 

 

(残り8個。まあ、元々私達のものではありませんが、無駄にする必要もありません。

 他にも用途を模索してみるとしましょうか。

 次の一手についても、色々と考えなければなりませんからね……)

 

 

 一先ず考えても仕方のない事は脇に置いて、エンターは次なる策を思案する。

 1つの大きな戦いが終わっても、次の戦いはすぐそこまでやってきていた。

 

 

 

 

 

 舞台は変わり、エネタワーでの戦いから数時間が経った後の世界を守る戦士達の側。

 門矢士は二課お抱えの病院の一室のベッドに横たわっていた。

 病院服に点滴と、完全に患者さんスタイルである。

 そのベッドの横に置いてある椅子には、光夏海が腰かけていた。

 

 

「全く、無茶し過ぎです。血を抜かれたのにあんなに動いて」

 

「別に、動けてたんだからいいだろ」

 

「よくないです! あまり心配かけないでください……」

 

 

 フン、と鼻を鳴らすばかりの士を見ていると溜息が出そうになる夏海。

 

 戦場を後にした戦士達の中で、士と剣二は真っ先に病院へ叩きこまれていた。

 アルティメットDからの猛攻の後、キバ男爵──吸血マンモスに血を抜かれ、その状態でW、オーズ、フォーゼ、ウィザードと共に戦ったディケイド。

 ロッククリムゾンとの戦いで来た傷も癒えぬまま、ダガーキーを使わざるを得なかったとはいえ戦場に出てきたリュウケンドー。

 同じく傷が癒えないまま、パワースポットでの任務をやり遂げたリュウガンオー。

 重傷度合いはこの3人がトップである。

 そういうわけもあり、士と剣二と銃四郎は大事を取るという意味でも即刻入院を言い渡されていた。

 恐らく剣二と銃四郎の方もS.H.O.Tお抱えの病院で暇そうにしている事だろう。

 

 エネタワーでの戦いが終わった直後の話。

 バスターマシンの回収は特命部バスターマシン整備班が運んできてくれた、帰投できるだけのエネトロンを補給され、自動操縦で格納庫へ戻っていった。

 今頃は整備班が修理を進めている事だろう。

 また、動力が停止したタイプαも特命部に回収されている。

 

 他の前線メンバーも既に各々の基地へ帰還し、身体検査の為にメディカルルームへ行く事になっている。

 しかし助っ人含めて20名を超えている前線メンバー全員が1つの基地のメディカルルームへ入るのは、人数的な問題で検査に時間がかかってしまう。

 そこで人数を3手に分ける事にした。

 

 響、翼、士、夏海、ユウスケ、翔太郎は二課に。

 剣二、銃四郎、映司、後藤、晴人、攻介はS.H.O.Tに。

 そしてゴーバスターズと弦太朗、流星、なのはは特命部に。

 尚、弦太朗と流星に関しては、後方サポートに当たっていた仮面ライダー部が特命部にいたからというのが理由で、ダイザーのパイロットをしていた隼もそこで検査を受けた。

 また、なのはが特命部に行ったのは、パワースポット並の魔力を持つ宝石、ジュエルシードの簡単な説明と一先ずの回収を行う為である。

 

 重傷の士、剣二、銃四郎は入院。

 他の面々は疲労や傷はあるものの入院するほどのものでもなく、手当てをしてもらって完了。

 そのままそれぞれの家や宿舎へと帰って行った、というのが事の顛末だ。

 本当は顔合わせ等々もしておきたかったが、今日の激戦の事を鑑みて、そういった事は後日行おう、という話に各組織の司令官達の間でなったらしい。

 

 全員の検査が終わる頃には日も暮れかかっており、既に夕陽が病院の窓からも差し込んでいる。

 ともあれ暇になったという事もあり、夏海は士のお見舞いに来ていたのだ。

 ユウスケは「栄次郎さんが心配しているといけないから」と、キバーラと共に先に帰ったが、彼は彼で士と夏海が久しぶりに2人で話せる機会を作ってあげたかったのかもしれない。

 

 

「それにしても、本当に凄い世界なんですね。

 シンケンジャーみたいな人達とか、全然見た事の無い仮面ライダーじゃない人達とか……」

 

「そこは同意してやる。どうやら、随分まぜこぜな世界らしい」

 

 

 プリキュアやシンフォギアは少しだけ目にした事のある夏海だったが、戦場には他にも沢山の戦士がいた。

 魔弾戦士やゴーバスターズ、なのはのような魔導士にダンクーガのような巨大ロボット。

 さらにそこに加えて仮面ライダーが複数人。

 士同様、夏海もしっちゃかめっちゃかな世界に驚きを隠せないでいるようだ。

 

 

「でも、士君。大ショッカーって……」

 

「あれは知らん。前に海東に会ったが、アイツも知らないようだからな」

 

「……やっぱり、ライダーを滅ぼす事が目的なんでしょうか?」

 

「かもな、ライダーを敵視してるのは変わってないらしい」

 

 

 大ショッカーの事は士と共に旅をしていた夏海もよく知っている。

 それが士が元々所属していた組織である事も、それが一度完全に潰えている事も。

 どんな世界の事でも訳知り顔で出てくる海東までも知らないとなると、情報に関しては完全にお手上げだ。

 いつ復活したのか、誰が束ねているのか、その実態は全て謎に包まれていた。

 

 悪びれる士だが、これはこれで意外と人の事を想っていて、時に無茶をする事も多い。

 特に大ショッカーの件は『自分が元大首領である』という点もあって、責任を感じてもいるだろう。

 彼はそういう人だ、と、夏海は少しだけ不安に思っていた。

 

 

「士君、この世界でもやるべき事があるんですかね?」

 

「さあな。まあ、どっちにしても大ショッカーを放っておくわけにもいかないだろ」

 

「そう……ですよね」

 

「別に、お前達は他の世界に行ってもいいんだぞ」

 

「もう、すぐにそういう事を言うのは変わってないんですね。『コレ』しますよ、コレ」

 

「おい、入院患者だぞこっちは」

 

「……分かってますよ。私は士君とは違うので」

 

 

 親指をピッと向けてくる夏海に抗議の声を上げる士。

 笑いのツボという武器もあるせいで夏海は士に対してとても強い。

 士は士で夏海を煽るのだが、その度に笑いのツボを食らっていた旅の頃。

 随分前の事のようにも、つい最近の事のようにも感じられる。

 こうして2人で話すのもいつ以来だろうか。

 

 

「本当、久しぶりですね、士君」

 

「は? この前会ったばかりだろ?」

 

「そうですけど! その……またこうして同じ場所にいるんだな、って。

 私達、それぞれの道に進みましたけど……やっぱり、嬉しいです」

 

「感傷に浸るほど繊細だったのかお前」

 

「少しは真面目に聞いてください!」

 

 

 こういうところは門矢士である。

 照れているのか、本気でバカにしているのか、何にしても士は斜に構える。

 褒められれば調子に乗るし、相手の事は煽るわ見下すわと、書きだすと碌なものじゃない。

 だけど、心の中にある仲間への想いや、身を挺してでも誰かを守るという行動は本物だ。

 偽悪者を気取る、ちょこっとめんどくさい人。

 夏海の目から見ても、やはりそれは変わっていない様だった。

 

 

「はぁ……ホント、相変わらずです」

 

 

 文面とは裏腹な嬉しさが、その言葉には宿っていた。

 この世界で士と最初にあった時、彼はこの世界で新たな居場所にいた。

 白いコートの青年や立花響達のような、新たな人間関係も築いていた。

 それは、何処か夏海の知らない門矢士がいるようにも感じて。

 夕凪町で咲の妹、みのりを探し回っていた時に、未来が語った言葉が甦る。

 

 ────『他の居場所で、誰かと凄く仲が良さそうだったから』

 

 未来は響と喧嘩をした。

 その時の事を振り返り彼女はこう語った。

『隠し事をされた事ではなく心配だった事、そして嫉妬も少しあったのかも』と。

 夏海もそれに同意した。全力で予防線を張った上でだが。

 でも今日の会話で、ほんの少しの会話だったけれど分かった。

 門矢士は変わっていない。夏海の知っている彼なのだと。

 だから夏海は、ちょっと癪だが嬉しく感じていたのだ。

 

 

「とりあえず、今日はもう帰りますね。おじいちゃんやユウスケにも心配かけますし。

 あ、今度は咲ちゃんの家のパンでも買ってきますから」

 

「そうか」

 

「はい。……これから、またよろしくお願いしますね、士君」

 

「……ああ」

 

 

 短い返答を聞いた夏海は椅子から立ち上がると、部屋から出る前にもう一度士の顔を見やった後、病室を後にした。

 自動ドアが閉まり、士と夏海の間にあった視線が途切れる。

 眼前にあるドアから離れて歩き出した夏海だが、もう一度ドアの方を振り返るとほんのりと笑顔を向けた。

 写真館へ帰る彼女の足取りは、心なしか少しだけ軽かった。

 

 

 

 

 

 エネタワーの戦いから2日後。

 0課合流と新たなメンバー加入に伴う人員増加。

 そんな彼等彼女等の歓迎会兼交流会という名目で、特命部の会議室が1つ貸し切られていた。

 二課の伝統というか趣味が思いっきり影響しているのか、組織同士の交流会である割には飾り付けが為されていて、二課的にはいつもの歓迎ムードが全開である。

 また、交流会という事で豪勢な食事やお菓子、飲み物も色々用意されていた。

 大量の円形のテーブルに乗せられたそれらは如何にもパーティー会場といった感じだ。

 バディロイド用のエネトロン缶も万全である。

 

 学校の歓迎会もかくやという飾り付けも相まって完全にパーティーなノリとなった室内を見て、一応正式な場なんだが、と、黒木は溜息を付く。

 そしてそんな黒木の隣には、0課の責任者である木崎の姿もあった。

 

 

「こういった雰囲気とは、意外ですね」

 

「いや、二課の風鳴の意向です」

 

「ははは、まあいいじゃないか黒木。木崎警視は、こういった雰囲気は?」

 

「あまり馴染みは……」

 

 

 黒木と木崎の元に二課の弦十郎とS.H.O.Tの天地もやってきた。

 黒木、木崎、弦十郎、天地それぞれが組織の責任者である。

 言ってみれば一番偉い人の並びの筈なのだが、擬音で表せば『ぽわわん』とした室内の雰囲気のせいでイマイチ締まらない。

 木崎は困惑、黒木は呆れ、天地はのほほんと、弦十郎はいつも通り、と言った感じだった。

 

 

「今回の目的の1つには前線で戦うメンバーの交流会もあります。

 あまり堅苦しい雰囲気になるのは避けたいという風鳴司令の提案でして。

 学生を始め、未成年のメンバーも多いですから」

 

「理解できる話です。彼等が馴染みやすい様にという配慮ですか」

 

 

 説明する天地と納得する木崎。

 天地は天地でマサトと気が合う程度にはノリがいいので、この空気に賛同している様子。

 黒木は「割と毎回こうじゃないか?」と思いつつも、その意見には一応同意だ。

 成人しているメンバーならともかく高校生、果ては小学生が今回加入してしまった。

 確かに厳格すぎる雰囲気は無駄なストレスになりかねない。

 緊張しないでいいといくら言ったところで、人間は緊張するものである。

 ならば場所の雰囲気からリラックスできるようにという配慮なのだろう。

 

 さて、現在会場にいるのは各組織のオペレーターと指揮官に加え、前線で戦うメンバー達だ。

 

 仮面ライダーの士、夏海、ユウスケ、翔太郎、フィリップ、映司、後藤、弦太朗、流星、晴人、攻介。

 フォーゼやメテオと共に戦ってきた仮面ライダー部の面々。

 Jを含めたゴーバスターズの5人と、新規加入のエネたん込みでバディロイド4機。

 魔弾戦士の剣二、銃四郎。

 魔法少女のなのは、相棒のレイジングハート。

 シンフォギア装者の響、翼。そして民間協力者の未来。

 

 士、剣二、銃四郎は頭や服の下に包帯を巻いていたりして、本調子ではない。

 その中でも特に重傷だった剣二に至っては松葉杖をついているという状態だ。

 2日で怪我が完全に回復するわけもないが、少なくとも歩く程度は大丈夫な様なので参加する事にしたらしい。

 ちなみにこの3人は会場に来る際、慎次の運転する車に乗せてもらっている。

 有名人である風鳴翼を特命部まで送るついで、という感じだ。

 

 学生もいるので開始は午後から。

 エネタワー戦の影響がまだあちこちに出ており、関東、特に東京周辺の学校の多くは休校であったり早期終了であったりしたので、集まろうと思えば早く集まれたのだが。

 とはいえ、学生勢も休みになった理由が理由なので全く喜べないようだ。

 

 メンバーが集合して10分程が経っているが、未だ歓迎会兼交流会が始まる気配はない。

 そんなわけで彼等彼女等は勝手に交流を始めていた。

 

 

「うえぇぇぇ!!? お前、ウィザードだったのか!?」

 

「おう、久しぶり」

 

 

 弦太朗と晴人。

 弦太朗はかつて、『自分』にフォーゼドライバーを貸した事がある。

 実はそれは5年後の未来から来た弦太朗自身だったりするのだが、彼はそれを知らない。

 そして5年後の弦太朗と共に戦ったこの時代の晴人は、彼からフォーゼドライバーを受け取り、現代の弦太朗に返却した、という出来事があったのだ。

 それとは別にウィザードが現代の、まだ天高で戦っていた頃のフォーゼを助けた事もある。

 

 そんなわけで弦太朗は『ウィザード』と『フォーゼドライバーを返してくれた青年』は知っていたが、それがイコールで結びついていなかったので、こういう反応になったのだ。

 

 

「へー、そっか。お前がなぁ。……あ、そういや」

 

 

 まじまじと晴人を見やる弦太朗は、ふと何かを思い出して物を1つ取り出した。

 それは指輪。ウィザードが使う魔法の指輪だった。

 指輪にはフォーゼの顔を模した形が彫られていた。

 勿論それには晴人も見覚えがある。

 フォーゼドライバーを返した時、晴人自身が渡したものなのだから。

 

 

「あん時、『また5年後に』とか言ってたけど、あれどういう意味だったんだ?

 つか5年どころか1年も経ってないんだけど……」

 

「あー……まあ、それはまた、一旦忘れていいよ。

 いつか分かるけど、今じゃないから」

 

「? ……よく分かんねぇけど、分かった!」

 

 

 疑問は全く拭えていないが、ダチの言葉は信じるという事か、一先ず納得したようだ。

 晴人の『また5年後に』という発言は、『5年後のお前が5年前に飛んで、そこにいる俺と一緒に戦うから』、というのを婉曲かつちょっと洒落た言い回しで言ったに過ぎない。

 まさかこんな形で再会するとは露とも思ってもいなかったのだ。

 5年後のコイツに先の事、少しくらい聞けばよかったかなぁと晴人は思う。

 

 また別の一角。

 映司と後藤が再会という事もあり、話しているようだ。

 

 

「お久しぶりです、後藤さん」

 

「ああ。お前も元気そうだな、火野。

 木崎警視からはこの部隊にお前はいないと聞いていたが……まさか同じタイミングで合流する事になるとは思わなかったぞ」

 

「俺も驚いてますよ。

 あ、最近は魔法使いのみんなといるって聞きましたけど。鴻上さんと知世子さんから」

 

「クスクシエにも顔を出してたのか。

 0課の木崎警視にスカウトされてな。そこでファントムの事を知って、魔法使いともな」

 

 

 世間話のような、久々に友人が会った時の近況報告のような感じだった。

 後藤は現在共に戦う仲間である晴人達の事も紹介しようと、弦太朗と話す晴人の方へ映司と共に歩を進め、合流。

 向かってくる映司と後藤に2人がそれぞれに反応を示した。

 

 

「オッス! 映司先輩と……」

 

「後藤慎太郎、バースだ。お前の事は火野から聞いてる、仮面ライダーフォーゼ」

 

「ウッス! 如月弦太朗ッス!!」

 

「宜しく頼む、如月。

 火野、こっちが魔法使いウィザード、操真晴人だ」

 

「ども」

 

 

 軽く会釈をする晴人。

 映司はというと、実のところウィザードの事は以前から少しだけ聞いていた。

 実は映司は弦太朗、厳密に言えば『5年後の弦太朗』から、ウィザードの事を少しだけ聞いていたのだ。

 晴人がまだ攻介と出会うよりも前、『アクマイザー』を名乗る敵との戦い。

 その際、晴人がアンダーワールドに入って不在の時、襲われそうになったコヨミを助けに入った事があるのだ。

 

 

「直接会うのは初めてだね」

 

「へ?」

 

「アクマイザー……だったかな? あの時の事件。

 その時の事、あの子から聞いてないかな? ほら、黒髪の長い女の子」

 

「コヨミの事? ……あ」

 

 

 晴人の知り合いで黒髪の長い女の子と言えばコヨミの事になるが、何故映司がコヨミの事を知っているのか。

 そこで晴人は思い出す。アクマイザー事件の後にコヨミから聞いた不思議な男性の事。

 下着を吊るした木の棒を持った、ヘンテコだが優しそうな青年の事を。

 

 

「コヨミを助けてくれたパンツの人って、アンタなのか?」

 

「あはは、パンツの人かぁ。うん、そうだよ」

 

「そっか、コヨミを助けてくれてありがとな。それに多分、俺も助けてもらっちゃってるし」

 

 

 晴人が回想するのは、これまたアクマイザー事件の事。

 アクマイザー事件の際、晴人はアンダーワールドの中でW、アクセル、オーズ、バースと出会った。

 正確に言えば『仮面ライダーの指輪』で召喚されたライダーで本人というわけではないが。

 だからバースを初めて見た時、晴人はその姿を知っていたが、後藤はウィザードの事を知らなかった。

 故に『多分』という曖昧な表現。

 そんな晴人に映司は右手を開いて差し出した。

 

 

「じゃあ、これ」

 

「ん?」

 

「握手しよう。どうやら俺達、遠くで繋がってたみたいだし、これから一緒に戦う仲間でもあるから」

 

「フッ……だな。宜しく、映司さん……で、いいんだよな?」

 

「うん。こちらこそ、晴人君」

 

 

 固く握手を交わす晴人と映司。それを見守る後藤と弦太朗。

 また1つ、映司の手が誰かと繋がれた瞬間だった。

 

 それとは別の一角でも会話を始めているものが数人。

 S.H.O.Tの剣二と銃四郎、ゴーバスターズのヒロム、リュウジ、ヨーコ、そして新メンバーかつ最年少の高町なのはだった。

 そんな彼等彼女等が話しているのは、エネタワー戦で現れた、『宝石を使って動いていたタイプα』の話。

 

 

「じゃあタイプαを動かしていたのは、その小さな宝石だったってわけか」

 

「ええ。先輩も驚いてましたよ、『こんな小さなもので動力賄ってたのか』って」

 

 

 銃四郎の言葉に対し、人差し指と親指で大きさを示しつつ、リュウジが答えた。

 タイプαはジュエルシードの機能を停止させられた事により完全に沈黙。

 そのまま特命部に回収・解体され、内部の宝石──ジュエルシードを取り出したのだ。

 それにはなのはも同席し、封印されたジュエルシードは既にレイジングハートの内部に格納されている。

 それが一番安全であり、かつてそうしてきたという諸々の話も特命部には済んでいるようだ。

 剣二はなのはへ顔を向けた。

 相手との身長差もあって、下を見るのとそう変わらない程の角度で。

 

 

「なのはだっけ? そんなヤベーもんの事、何処で知ったんだ?」

 

「私が魔法少女を始めたきっかけというか……。

 ジュエルシードのせいで、戦いとか、色んな事があったんです」

 

「はー、まだちっこいのに色々大変だったんだなぁ」

 

 

 それこそ今、剣二達が身を置いているような激戦。

 そんな中に少し前のなのはは放り込まれ、沢山の人と出会い、新しい友達を得たり、悲しい事もあったけど、どうにかこうにか世界を救ったという顛末がある。

 小学3年生にして此処にいるメンバーとそう変わらない道を歩んでいるのだ。

 

 

「剣二も若いが、響ちゃんにヨーコちゃんも若いし、そうかと思えば遂には9歳か……」

 

 

 しみじみとしているというか、遠い目をしている銃四郎。

 銃四郎は25歳。なのはは9歳。年齢差は16歳で、干支1週とオリンピック1回分。

 16歳や15歳のヨーコや響から見てもなのはは若い、いや、幼いのレベルだ。

 

 

「不動さん……マジのおっさんみたいだな!」

 

「おっさんって言うな剣二ィ!!」

 

「やめてあげてよ剣二さん! それ、リュウさんにも刺さっちゃう!」

 

「ちょっと待ってヨーコちゃん」

 

 

 いつかに『おっさんとはもう呼ばない』と決意した剣二は何処へやら。

 ついでにヨーコの言葉でまさかの流れ弾を食らうリュウジ。

 余談だがリュウジは28歳。銃四郎から見ても3つ上である。

 ギャーギャーと言い合いだした剣二、銃四郎、ヨーコ、リュウジを、物理的ではなく精神的に離れた目で見るヒロム。

 4人が年齢の話題で騒ぎ出したため、残されたなのはとヒロムが話しだすのは自然な事だった。

 

 

「皆さん、仲良しさんなんですね」

 

「まあ……そうだな。ごめんな、年上が見苦しいところを」

 

「いえ! 全然そんな事! むしろ普通の人達なんだなぁって、ホッとしちゃいました。

 やっぱりその、緊張、しちゃってて」

 

「そうか……緊張しないでいいって言っても、流石に無理だよな」

 

 

 たはは、と笑うなのはだが、緊張はごく自然な事だ。

 どんなに雰囲気が朗らかとはいえ、此処は秘密組織なり政府公認の機関なりと、中々に大層な肩書で活動している組織の集合体だ。

 いくら偉い人が「肩の力を抜いて」と言ったところで、そう簡単に緊張がほぐれる筈もない。

 それもそうか、と、ヒロムも思い直した。

 今でこそこの場にいる事を当たり前に感じているが、此処はそういう場所なのだと。

 

 

「配慮が足りなかった。ただでさえ同年代もいないのに、本当にごめん」

 

「い、いえ! ホント全然、大丈夫ですから!」

 

「なら、いいんだが……」

 

 

 11も上の大人に謝られては恐縮もするというものである。

 両手を胸の前でぶんぶんと振るなのはの挙動は可愛らしいが、やはりぎこちなさが拭えない。

 ところでそんななのはの様子を見て、ヒロムは1つ気になった点があった。

 

 

「……それにしても、緊張はしてるけど、落ち着いてるな」

 

「え?」

 

「いや、もっとはしゃぐか、今以上にガチガチに緊張するかのどちらかだと思ってたんだ。

 俺の中の小学生のイメージでしかないけど。君は冷静だな、と思って」

 

「あ、それはリンディさん……えっと、私が知り合った時空管理局の人の影響かもしれないです」

 

「時空管理局?」

 

「はい。私が魔法少女になってから色々お世話になった人達なんです。

 やっぱりそこも、こういう感じで大人の人もいっぱいいましたし……」

 

 

 場慣れ、とでも言えばいいのだろうか。

 管理局という言葉からして特命部等と同じくらいには組織立っていると推察できる。

 なのはの言葉から、恐らく以前にもこういう事があって、ある程度耐性ができたのだろうというのはヒロムにも想像できた。

 いくら耐性があるとはいえ、なのはが年齢不相応に落ち着いているのは間違いないが。

 

 

「時空管理局か……どういう人達がいたんだ?」

 

「えっと、最初に知り合ったのは……」

 

 

 と、何だかんだでなのはの過去話から会話を弾ませ始めたヒロムとなのは。

 その向こうで依然として年齢合戦が続いているのはご愛敬。

 

 と、面々がそれぞれに会話を広げている中、部屋の入口である自動扉がスライドして開いた。

 また誰か来たのか、と、扉の近くにいたメンバーは何の気も無くそちらへ目を向ける。

 新しくやって来たのは4人。

 彼等が部屋の中へ足を踏み入れると自動扉がゆっくりと閉まった。

 ところが4人を見た時、誰もが頭にクエスチョンマークを頂かざるを得なくなった。

 

 4人のうち2人は女性、もう2人は男性。

 長い髪の女性が1人、ショートカットの小柄な女性が1人、眼鏡で長身の男性が1人、眼鏡の男性よりワイルドな感じがする男性が1人。

 そんな誰もが見覚えの無い顔ぶれに、唯一笑みを湛えて迎え入れたのは弦十郎だった。

 

 

「おお、来てくれたか」

 

「ええ、折角の招待を無下にするわけにもいかないし。

 随分沢山いるのね……と思ったけど、『田中』さんはまだ来てないのかしら」

 

 

 弦十郎の言葉に答えつつ、長髪の女性は部屋の中をぐるりと見渡す。

 誰もが「この人達は?」という疑問を全く解決できない中、彼女の声色にヒロムが内心で反応を示した。

 

 

(……? 何処かで聞いた声だな)

 

 

 それもつい最近、何度も聞いた声な気がした。

 今の一瞬では判断できない、恐らく何度も言葉を交わした相手ではない。

 しかし確実に何処かで聞いた覚えがあるとヒロムが脳内を探り始めた。

 直後、再び自動扉が開く。

 

 

「おや、葵さん達は既に来ていましたか。やー、すみません。遅れてしまって」

 

 

 現れたのは無精髭を湛えた眼鏡の男性。

 わざとらしく右手を後頭部にもっていきながら、何処か胡散臭さを覚える笑みを見せた。

 葵さん、という言葉はどうやら長髪の女性に向けられているようだった。

 

 

「ま、私達も今来たばかりだけどね。……結局、私達に自由意思は無いのね」

 

「いやー、私もびっくりしてるんですよ、ハイ。まさかこうなるとは……」

 

 

 何処か吐き捨てるような葵と呼ばれた女性の言葉に、無精髭の男性はあくまでひょうきんな態度のまま。

 そうこうしているうちにヒロムは葵と呼ばれた女性の声色の記憶を探り当てていた。

 恐らくはこれで正解だ、と記憶を引っ張り出したヒロムは葵達の方へつかつかと歩み寄った。

 

 

「そうか、その声……ダンクーガのパイロットか」

 

「あら、そういう貴方はゴーバスターズのメインパイロットさん……かしら?」

 

 

 ヒロムの言葉に司令官達と特命部の面々以外の全体に衝撃が走った。

 ダンクーガ。各地の戦場に姿を見せ、何故かこの部隊には協力の姿勢を見せる謎の存在。

 凄まじい戦力を持つという点以外は全てが謎に包まれているダンクーガのパイロットが何故此処に、という疑問が多くのメンバーの脳内を駆け巡る。

 この部隊と合流して日の浅い晴人やなのは達だって、ダンクーガという名前は報道で耳にした事があるくらいだ。

 

 此処で意外な人物が反応を見せた。

 元仮面ライダー部の部長、風城美羽だ。

 

 

「Oops! ちょっと待って。もしかしてと思ったけど、飛鷹葵じゃないの!?」

 

「へぇ、私の事……って貴女……風城、美羽……?」

 

 

 お互いに名前を知っているかのような素振り。

 様子を見守る面々の中、ポンと手を叩いて反応を示したのはこれまた意外な人物。

 響の同級生にして親友、小日向未来だった。

 

 

「あっ、飛鷹葵さんって!」

 

「知ってるの? 未来」

 

「美羽さんも葵さんもファッションモデルだよ。響も知ってると思う。

 ほら、この前読んだ雑誌にも確か……」

 

「……あー! そう言えばッ!!」

 

 

 そう、葵は美羽と同じくファッションモデル。

 だから同業者でお互いに何となく顔を知っている美羽や、現役女子高生らしくファッション雑誌を買っている未来や響が誰よりも早く気が付けたのだ。

 その隣で翼も「そう言えば見た事が」と、芸能人としてなのかファッションモデルとして見た事があるのかは分からないが、合点がいったという顔をしていた。

 

 

「風城美羽っていったら期待されてる新鋭じゃない。此処の関係者だったの?」

 

「それはこっちの台詞よ。人気モデルの貴女が、ダンクーガのパイロット?

 ……まさか、モデルと兼業してたレーサーを最近になって辞めたのって……」

 

「想像通りかしらね。

 ま、レーサーの方は一番勢いがある内に辞めておきたかったっていうのもあったけど」

 

 

 飛鷹葵。

 美羽が語ったように、彼女は人気モデルとトップレーサーを兼業する女性だった。

 しかし、ほんの少し前にレーサーの引退を発表。モデル一本の仕事をしていたのだ。

 そんな同業者と思っていた彼女がダンクーガのパイロットとして現れれば、美羽も驚くというもの。

 尤も、同業者が既にこの部隊にいた、という意味で葵も驚いてはいるのだが。

 

 メンバーの間でも「なんだなんだ」とか「また有名人か」とかそんな言葉が飛び交う。

 ざわつく室内の中、手を大きく二度ほど叩いて場を静寂させる弦十郎。

 

 

「驚かせてすまないな、みんな。

 特命部以外のみんなには今日初めて話す、重大な発表がある」

 

 

 誰もが弦十郎を見つめる中、彼は今しがた入って来た5人を指し示した。

 

 

「今後、我々の部隊に、ダンクーガ……『チームD』が参加する事になった」

 

 

 再度ざわつく室内だが、弦十郎がそれを再び落ち着かせた後、今度は黒木が弦十郎の隣に並んで全体へ向けて経緯の説明を開始した。

 

 

「先日のエネタワーでの戦闘後、ダンクーガの責任者……此処にいる田中司令から特命部に向けて『ダンクーガを我々の部隊に預けたい』という要請があった。

 そこで特命部は傷ついたダンクーガを空いていた格納庫に回収し、同時にパイロット達の治療も請け負ったんだ。

 ヒロムを始め、特命部には前もって通達してあったが……顔を合わせるのはこれが初めてだな」

 

 

 ダンクーガを特命部で回収した関係で特命部は既に知っていた。

 しかしゴーバスターズとチームDが顔を合わせるのは初めて、という事らしい。

 経緯は分かったが、メンバーの中に戸惑いはある。

 各地の紛争地域に顔を出して戦力を均等化する、という、少なくとも善行とは言い切れない事をしてきたダンクーガだ。

 今までもイレギュラーな仲間が増える事は多かったが、相手が相手でどう反応していいか誰も分からず、それが戸惑いに繋がっている。

 

 そんな中、平静を崩さずにいつもの明るさを見せる櫻井了子が口を開いた。

 

 

「うーん、やっぱりみんな、色々あってびっくり仰天って感じねー。

 ま! 何はともあれ、よ! これで『全員』揃ったのよね?」

 

 

 目を向けられた弦十郎は肯定の意味を込めて強く頷く。

 どうやらいつまで経っても交流会が始まらなかったのはチームDを待っていたからのようだった。

 頷きを見た了子は口角を上げてニヤリと笑うと、全体へ向けて溌剌とした声を投げる。

 此処で了子は予め用意されていたお立ち台の上に乗って、みんなよりも1つ高い視点を得ていた。

 

 

「さぁみんな! というわけだから、いよいよ歓迎会兼交流会が始めるわよー!!」

 

「何でそんなテンションなんだお前……」

 

「折角なんだから楽しまなきゃ損よぉ?

 士君も、怪我なんて忘れるくらい羽目を外しなさいな」

 

「空気を考えろ、空気を。どう見てもそんな感じじゃねぇだろ」

 

「んもう、だからこうして第一声を高らかに発してるんじゃない。

 ほらほら、みんなも飲み物や食べ物を手に取ってー!」

 

 

 呆れかえる士だが了子はめげる事は無くテンションの高さを持続させている。

 それにつられて室内のメンバーも動揺と戦いつつも、それぞれに食器やグラスを手に取り始めた。

 周囲を見て「うんうん」と満足げに頷く了子は、今度は二課の藤尭や友里、特命部の仲村や森下、つまりはオペレーター陣に顔を向けた。

 彼等は部屋の一室に機材を設置し、それらを操作できるように機材の近くにスタンバイしている状態だ。

 

 

「じゃ、みんな飲み食いしながらでいいから、こっちを見てくれるかしら?」

 

 

 機材も問題なしである事を確認した了子は再びメンバーの方を見やる。

 

 

「これから、このできる女と評判の櫻井了子が! ちょっと色々お話しするわね。

 話す事は大まかに3つ。

 1つ目は何故この部隊が結成されたか。

 2つ目はこの部隊を構成しているメンバーの紹介。

 3つ目はこの部隊が戦っている相手について。

 で、何でこういう事を話すかっていうと、こうしてみんなが一堂に集まるのは初めてだから、情報共有ってこと」

 

 

 了子がそれはそれは得意気に話し始めた。

 説明、それも大勢の前で話せるので妙にテンションが上がっているのか、そうでなくとも普段から割とこんな感じな気もする、と士は1人思う。

 了子が話を進めていく中で部屋の中が薄暗く、同時にプロジェクターから映像が大々的に投影された。

 映像の投影が正常である事を確認した了子は再び満足げに頷く。

 

 

「説明は分かりやすさ重視で映像を交えながらいくわね。

 というわけで早速、1つ目の話題から──────」

 

 

 そんなわけで、了子のちょっと明るい解説が始まった。

 

 まずは何故、この部隊が結成されたかについて。

 理由は2つだった。

 1つは『ヴァグラスやジャマンガのような脅威に立ち向かうなら、組織同士の連携をすればいい。もっと言えば一時的にでも一緒になればいい』というもの。

 もう1つは『二課が動きやすくなるため』というものだった。

 

 2つ目の理由は少し世知辛い話。

 シンフォギアは対ノイズの為の武装ではあるのだが、当のノイズが『災害』判定の為、何より各国政府がその技術を狙っている為、色々と活動にしがらみがあるのだ。

 それをゴーバスターズや魔弾戦士を隠れ蓑にする事で動きやすくしよう、というもの。

 結果、少し無理を通す必要はあったが、何とか形になったという感じである。

 

 次に、この部隊を構成するメンバーの紹介。

 特異災害対策機動部二課所属のシンフォギア装者。

 エネルギー管理局・特命部のゴーバスターズ、及びバディロイド。

 S.H.O.Tの魔弾戦士、及びパートナーの魔弾龍。

 0課の協力者である魔法使い。

 チームD、ダンクーガのパイロット達。

 そして民間協力者という扱いの仮面ライダー達、及び高町なのはとレイジングハート。

 

 尚、門矢士と朔田流星の2人は少々特殊な立ち位置だ。

 基本的に『誰が何処に所属している』というのは組織の一時的な合併により半ば形骸化しているものの、士は二課所属、流星はインターポールからS.H.O.Tに出向しているという扱いになっている。

 士はリディアンの教師を兼任している事やノイズに有効打が与えられるという特異性から。

 流星はS.H.O.Tの大元である都市安全保安局に所属する御厨博士の紹介、という形だからである。

 

 最後の話題は敵勢力について。

 これに関してはヴァグラス、ジャマンガ、フィーネ、大ショッカーの現状判明している点を話した後、少し別の話へと移った。

 

 

「────以上が、私達の戦う相手なんだけど……此処からすこーし番外よ」

 

 

 了子の言葉と共に映像が切り替わる。

 映し出されたのは、1つの画面を4分割して、それぞれに別の人物が映っているという映像だった。

 その4人──正確に言えば3人と1機は、全て1つの共通点で括られる。

 

 

「これらは所謂『第3勢力』。つまり、私達の側でも、敵の側でもないという事よ」

 

 

 1人の映像が拡大される。

 まず1人目は、赤いギアを纏った少女、雪音クリスからだった。

 

 

「雪音クリス。第2号聖遺物、イチイバルの装者。

 元はフィーネの元にいたのだけれど、切り捨てられたみたいね。

 今は敵対行動自体は減ったけれど、仲間と言えるかは……どう? 響ちゃん?」

 

 

 と、了子はおもむろに目を向けた。

 話を振った相手が相手である。答えは恐らく分かりきった上で聞いているのであろう。

 そしてその期待を裏切らないくらい、響は真っ直ぐだった。

 

 

「きっと、分かり合えると思います!」

 

 

 その力強い言葉に、クリスと話した事のある未来と映司と晴人が、響と同じ思いを持つ弦太朗とヨーコが、そして後輩を見守る翼が微笑む。

 敵は同じだが、協力の姿勢を見せる気配は一向にない雪音クリス。

 だが、何度か言葉を交わす中で響は確信していたのだ。

 何より未来と日常の中で出会い、話してくれたというのであれば、分かり合えない道理はない。

 

 

「ん! やっぱり、響ちゃんはそういうわよね?」

 

 

 その回答に了子もにっこりとしっかり笑みを見せると、画面はまた次の人物を映し出した。

 2人目は変身した姿。リュウジンオーと名乗った魔弾戦士だった。

 

 

「じゃあ次はこの人よ。リュウジンオー、と名乗っているみたいね。

 恐らく剣二君達のように魔弾戦士のシステムで変身してると思われるけど、正体は不明。

 実際に会った剣二君達の話から総合すると、今のところ私達の方へも敵意がありそうね」

 

 

 剣二は実に不愉快そうな顔で画面を睨み、銃四郎も神妙な面持ちである。

 クリスと違い、何処か隙というか、甘さのようなものが現状、彼には見受けられない。

 被害など考えずに勝てばいいという言葉を直接聞いている剣二からすれば、リュウジンオーは一片の迷いもなく警戒の対象である。

 さらにリュウジンオーと直接言葉の交わした事のあるもう1人、翼が口を開いた。

 

 

「実は、私も彼とほんの少しだけ話す事ができたのですが……。

 どうにもリュウジンオーはS.H.O.Tに何らかの感情を抱いているようでした。

 もしかすると、S.H.O.Tと、あるいはS.H.O.Tの誰かと何かあるのかもしれないです」

 

 

 リュウジンオーの「俺はS.H.O.Tが……」という言葉が翼の中で引っかかっていた。

 何故、特命部でも二課でもなく、S.H.O.Tだけを名指しだったのか。

 その言葉の後には何が続くのか。

 S.H.O.Tの瀬戸山、鈴、そして司令官である天地の面持ちもやや険しい。

 

 

「私達と……。瀬戸山君、あの魔弾戦士の正体、何とかして分からないの?」

 

「無茶言わないでください左京さん。

 ……確かなのは、使っているシステムは魔弾戦士と同じ事と、強い、という事です」

 

 

 リュウジンオーはマダンダガーをもってして漸く倒せたロッククリムゾンを相手に互角以上の戦いを演じていた。

 下手をすれば、全快のリュウケンドーがマダンダガーを使っても勝てないかもしれない程の実力者なのである。

 

 

(もしや、都市安全保安局ならば……)

 

 

 一方で司令官の天地は、S.H.O.Tの大元である都市安全保安局ならば何か掴めるかもしれないと、考えを巡らせる。

 何はともあれ、少なくとも現状の情報だけでは何とも言えない。

 了子は話を切り上げ、また次の人物──今度は『機体』を映し出した。

 

 

「はい、次よ。これは先の戦闘で出現した紅い────」

 

「『R-ダイガン』……ですね」

 

 

 了子が口にしようとした「紅いダンクーガ」発言に田中司令が口を挟んだ。

 突然の固有名詞に全員の視線が田中に注がれる。

 それに気づいた田中は一瞬真面目だった顔を引っ込ませ、再びあっけらかんとした表情を見せた。

 

 

「あ、いやー、名称が無いと不便という事で。

 いちいち『紅いダンクーガ』と呼ぶより、分かりやすいでしょう?」

 

(にしては、随分とはっきりした名詞に聞こえるけどね……)

 

 

 口には出さない葵の内心。実際、田中を見る目には不信感がある。

 それは葵だけでなくチームDのメンバー全員に言える事だった。

 何せ今日に至るまで、チームDの4人もまた、ダンクーガの事を『何も知らない』のだから。

 

 

「ん、それじゃあR-ダイガンと呼びましょうか。

 高いステルス機能を備えた高機動のロボット……ってとこかしらね。

 判明しているのはダンクーガと同じジェネレーターを使っている、という事だけ。

 こちらも正体、目的は一切不明で、ヴァグラスにも敵対行動をとっているわね」

 

 

 ヒロムはR-ダイガンとダンクーガの戦いを思い起こした。

 あの、あらゆる戦地で圧倒的実力を見せ、メガゾード相手にも互角以上に渡りあっていたダンクーガを完膚なきまでに潰して見せた赤い翼を。

 

 R-ダイガンの行動の理由は一切不明だ。

 何故、ヴァグラスと敵対したのか。何故、ダンクーガにも攻撃を仕掛けたのか。

 

 

「アイツ、ダンクーガと敵メガゾード以外には何もしてこなかったですね」

 

「少なくとも俺達には敵対の姿勢は見せてないね。

 でも、ダンクーガのみんながこの部隊に入る以上、俺達も無関係じゃいられないかも」

 

 

 ヒロムの言葉に対するリュウジの返答は尤もだ。

 ダンクーガが味方になる以上、ダンクーガの現状敵であるR-ダイガンもまた、敵であるという事になる。

 何であれ、チームDの心境はあまりよろしいものではない。

 

 

「やれやれ、何処かで恨みでも買いましたかね。

 思い当たる節は山ほどありますが……」

 

「また現れるのかしらね、コイツ」

 

 

 ジョニーの軽口とは対照的にくららの言葉は鋭かった。

 目的も素性も不明だが、恐らくだが間違いなくまたぶつかる事になる。

 予感に過ぎないが、あの一度だけという事は無いだろう。

 

 

「さぁな。ま、そん時はそん時だろ」

 

「ま、そうね。……このままにしとく気もないけど」

 

 

 どこか冷めた印象を受ける朔哉の言葉と同じく、葵の言葉もクールだ。

 だが、口調とは裏腹に熱も感じさせる「このままにしとく気もない」という言葉と同時に、葵の目つきは鋭いものへと変化した。

 リベンジマッチをするつもりはある、という事だろうか。

 横目でチームDの様子を見やるリュウジはその様子に少し驚いている。

 

 

(……仮にもあれだけの敗北をしたのに、あまり動じてない。

 それだけの使命感があるとか? それとも……かなりの負けず嫌い、とか……いや……)

 

 

 命の危機まで経験しておいて『負けず嫌い』で済ますのは流石に何か違う気がした。

 何であれ、彼女達の闘争心が消えていないのは凄まじい。

 その険しくも熱い空気感を了子も感じ取ったのか、彼女はチームDの4人の顔をそれぞれ見やった。

 

 

「へぇ~、結構クールだと思ってたけど、意外と熱いトコもあるのね?

 やる気十分、若さ全開で結構な事だと思うわよ?」

 

「それ、からかってない?」

 

「ちょっとだけね? さ、それじゃ最後の1人の紹介に移るわよ」

 

 

 葵からのじとっとした目を向けられた了子だが、彼女はヒラリと躱して次に進む。

 画面に映し出された3人と1機のうち最後の1人が拡大された。

 監視カメラの映像を使っているせいか、映像は少しぶれていた。

 しかしそれに見覚えがある者にとっては、それが何であるかは簡単に把握できる。

 だから夏海は「あっ」と声を漏らしてしまった。

 

 

「仮面ライダーディエンド、海東大樹。

 デュランダル移送任務の際、デュランダルを奪取しようとして来た仮面ライダーよ。

 彼に関しては私よりも士君の方が詳しいわね」

 

 

 シアン色の仮面ライダー、ディエンド。

 邂逅したのは一度だけだが、彼も一応は第3勢力の扱いだ。

 夏海もユウスケも呆れから来る溜息をつき、了子から話を振られた士はフン、と鼻を鳴らす。

 

 

「ただのコソ泥だ。火事場泥棒、強盗……まあ、そういう奴だ」

 

「いやいや士、ちょっとはフォローしてやれよ。仲間だろ? な?」

 

「アイツにはそれで十分だろ」

 

 

 困った事に、デュランダル強奪未遂という事で間違った事は言っていなかった。

 性根の優しいユウスケはそれはないだろ、とツッコミを入れるが、士は意に介さない。

 もう1人、ユウスケと同じく苦言を呈するのは旅を共にしてきた夏海だ。

 

 

「士君、あんまり悪く言い過ぎるのもどうかと思います」

 

「否定できないんだからいいんだよ。

 トレジャーハンターなんて気取った名前よりお似合いだ」

 

「……怪我人だからと見逃してきた私が馬鹿でした。

 あんまり言い過ぎる士君には、やっぱり久々に『コレ』ですね」

 

 

 親指を立てる。

 あっ、と声を出して首筋を抑えるユウスケ。

 士も全く同じ危機感を感じるものの、夏海の親指はそれよりも速く士の首筋を捉えた。

 

 

「光家秘伝……笑いのツボ!!」

 

「ぐっ!? ……あっ、はっはっはっはっはっはっ!!」

 

 ツボ押し、一瞬の間、直後に笑いだす士。それも『爆』が付くやつを。

 突然の大爆笑、それも士が爆笑となると、結構な異常事態である。

 特に、1ヶ月以上を士と共に行動してきた響やヒロム達からすれば、クールで皮肉屋な士からはあまりにも想像できないその光景に口を開け、言葉を失ってしまっているようだ。

 

 

「すみません。海東さん、確かに泥棒ですけど、極悪人じゃないんです。

 以前は私達と一緒に戦ってくれた仲間で……。

 今度会ったら、私達からよく言っておきます」

 

 

 士の事を微塵も気にせず、夏海は申し訳なさそうな顔を見せて頭を下げた。

 夏海の大樹に関しての弁明の横で士が大爆笑しているという光景が中々に酷い。

 お陰で全員、夏海の言葉は殆ど頭に入っていなかった。

 あまりの衝撃に漸く響が出せたのは、この状況に対しての説明を求める言葉だった。

 

 

「いや、あの、え? 士先生は一体……?」

 

「えーっと……笑いのツボっていう技、かな。

 無理矢理笑わせちゃう夏海ちゃんの……必殺技?

 おーい、大丈夫か、士」

 

 

 苦笑いで説明するユウスケは笑い転げる士に駆け寄っていった。

 

 ──────いや、どんなツボだよ。

 

 この部隊が一番最初に心を結束させた瞬間だった。

 

 

「はっはっはっ……はぁ……。夏みかんテメェ、こっちは怪我人だぞ……」

 

「そうですね。でも海東さんの事を悪く言い過ぎです。そりゃあ悪い事してますけど。

 仮にも仲間なんですから、もう少し言いようって物があります」

 

「何でそこまで……」

 

「つ・か・さ・く・ん!!」

 

「分かった、分かったからその親指をしまえ……!」

 

 

 漸く笑いが収まった士だが、抗議の声も笑いのツボの前では無力である。

 あの弦十郎ですら「おぉ……」と感嘆なのか引いているのか分からない声をあげている辺り、笑いのツボの不可解さが伺えた。

 ともあれ、そんな士と夏海のやり取りを見た一同は思う。

 

 

(夏海さんには逆らわないようにしよう……)

 

 

 これが二度目の結束であった。

 

 

「……えーっと、とにもかくにも、これで第3勢力のお話は、終了!

 で、大まかな説明はこれで終わったんだけど、実はもう1個!」

 

 

 何だか凄まじい空気になったこの場を何とか平常に引き戻そうとする了子の努力。

 そんな彼女もちょっと動揺を隠せていないが、此処で一先ず、予定されていた一通りの説明が終了した。

 ところが付け加えがある、という了子の言葉の後、またも映像が切り替わった。

 映っているのはひし形の小さな、水色の宝石。

 

 

「ハイ、これでラストレクチャーだからもうちょっと頑張って。

 今、映像に映っている宝石は、エネタワーの戦いで現れたメガゾード・タイプαが持っていた、魔力回路の動力部分に設置されていたものよ。

 正式名称は、なのはちゃん曰く、『ジュエルシード』。

 パワースポット並の魔力を持ってる、っていうアレなんだけど、これは……なのはちゃん、お願いできる?」

 

「あ、はい!」

 

 

 了子に呼ばれたなのはは、早足で彼女の隣に駆け寄るとレイジングハートを起動させた。

 先端に赤い宝玉がセットされた金色の杖。絵に描いたようなマジカルステッキだ。

 その後、レイジングハートの赤い宝玉部分から映像と同じ水色の宝石がゆっくりと排出され、なのははそれを慎重に手の平に乗せた。

 

 

「これが、あのロボットを動かしていたジュエルシードです。

 ちょっと、見えづらいかもしれないんですけど」

 

 

 人数が多いこの空間では、全員が何か1つのものを見る場合には高く掲げるか大きく表示する必要がある。

 なのははジュエルシードの実物を取り出したわけだが、小学3年生の頭身では上に掲げたところでちょっと限界があった。

 その為に映像と実物を同時に使っているわけではあるのだが。

 

 メガゾードと実際に戦闘を行ったヒロムは特に興味深く感じているのか、なのはの近くに寄って、その手の平に収まる宝石を見やる。

 

 

「さっきも言ってたけど、本当に小さいな……。

 これが使い方を間違えれば、町1つ吹き飛ばしてしまうのか……」

 

「あ、私も見たい!」

 

 

 ヨーコも見たいみたいと駆け寄る。

 リュウジとマサトはタイプαの解体の際に既に実物を見ているので、取り立てて前に出て見に行くつもりは無いようだ。

 他にも数名が興味を持ってまじまじとそれを見るが、感想としては「見た目からは想像もつかない」というのが大半だろう。

 なにせ、小学生の手の平に収まるサイズの石が、町や、下手すれば世界を脅かしかねないというのだから。

 

 

「特命部の皆さんの中には知っている方もいると思いますが、もうこれは私とレイジングハートで封印してあるものなので、一応は大丈夫です。

 それで、今はレイジングハートに預かってもらっています」

 

「でも、危ないんだよね? なのはちゃんに持たせておいていいの? 了子さん」

 

「ヨーコちゃんの懸念はとてつもなく尤もよ。

 でも、この場の誰もなのはちゃん以上にジュエルシードの事を知っている人はいないわ。

 餅は餅屋、って言うじゃない? 詳しい人に預けとこうって話で決着がついたってわけ」

 

 

 この場の誰よりも高町なのはは幼いが、この場の誰よりもジュエルシードに関しての知識がある。

 対処方法に関しても、現状、ジュエルシードを完全に封じる事ができるのはなのはとレイジングハートのみだ。

 高校生ならいざ知らず、小学生に任せるのは何かあったら、とは思うだろう。

 それでもなのはを信頼する。そういう方向で話が纏まってのである。

 

 餅は餅屋って何だろう、と頭の片隅で思っているヨーコ含め、メンバーもそれぞれに納得の姿勢を見せていた。

 なのはは一通りジュエルシードを見せた後、再びそれをレイジングハートに回収。

 同時に了子は説明を再開していた。

 

 

「このジュエルシードに関しては『凄い魔力を持ったとっても危ない宝石』で、基本的には間違ってないわ。

 ヴァグラスやジャマンガが悪用してるって事もね。 

 で、問題はこれの出所なんだけど……それもなのはちゃんにパスするわね。

 ちょーっと年上の観客が多いけど、緊張せずにお話ししてね?」

 

「は、はい!」

 

 

 大勢の前で説明をする、というのは大なり小なりの緊張が伴う。

 それを小学3年生が一回り以上の年上が殆どの場所で行うというのだから、当然の緊張だ。

 了子は柔和な表情で緊張を和らげるような言葉をかけ、なのはは頷く。

 一度呼吸を整えて、自分の知る限りを話す準備をする。

 それは年齢以上に大人びた表情だった。

 

 

「そもそもジュエルシードは全部で21個あって、それぞれに番号が付けられています。

 それでその内9個は、私が魔法少女になったきっかけでもある、ある事件で無くなってしまったんです。

 虚数空間……ブラックホールみたいなものなんですけど、そこに消えていって……。

 でも、この前封印したジュエルシードはシリアル『Ⅱ』……消えたはずの番号だったんです」

 

 

 深刻そうな雰囲気を出すなのはの言葉に、メンバーの表情にも深刻と困惑が深まる。

 ただでさえ町1つがどうにかなる危機だというのに、それが元々21個も存在していた事。

 しかも消失した9個の内の1つが戻って来た、という事。

 どの情報であれ、厄介そうな言葉ばかりだった。

 

 

「消えたジュエルシードを、何でヴァグラスさん達が持っていたのかは分かりません。

 ただもし、消えちゃったジュエルシードを全部、あの人達が持っているなら……」

 

「残り8個も、エンター達は持っている可能性がある、って事か」

 

「……はい」

 

 

 ヒロムの言葉に頷くなのは。対し、ヒロムの表情はますます深刻になった。

 もう8回、今回と同じ事を繰り返す可能性が出てきたというのだから。

 でも、なのはは口にする。此処にいる事の理由は、正に『それ』であると。

 

 

「だから、私もお手伝いしたいって思ったんです。

 ジュエルシードの封印は私達にしかできません。

 何か少しでも、役に立てるのならって」

 

 

 その言葉は誰もが分かるくらいに決意を感じさせる言葉。

 驚くほどに芯の通った発言に、誰もが「本当に小学生か?」という戸惑いと「良い子だな」という良い印象の感情を持った。

 ただし、組織の司令官やマサト等の、一部年長者は除いて。

 

 

(……予期はしていた。やはり彼女もまた、響君達と同じ、か)

 

 

 いつぞや黒木と話した事を弦十郎は思い出す。

 果たして、誰かの為だからと自分の命を賭けて戦場に出られる事は、どれほど『真っ当』なのか。

 それが『歪』でないと、何故言えるのだろうか。

 

 だから弦十郎は、黒木は、天地は、木崎は、大人達は胸に刻み込むのだ。

 そんな若い戦士達に頼らざるを得ない現状、自分達にできるのはそれを支える事だけであるという事。

 絶対に命を持って帰らせる、その為に自分達がいるのだと。

 

 決意を固める大人組の向こうでは、なのはに話しかける晴人の姿があった。

 

 

「前も助けようと思って助けられちゃって、なのはちゃんの強さは知ってる。

 でも、君が傷ついたら家族も悲しむんだから、無理はすんなよ?」

 

「はい! 改めて宜しくお願いします、晴人さん!」

 

「あン? 何だよ晴人、元々知り合いだったのか?」

 

「まあ、前にちょっとね」

 

 

 翔太郎の言葉にさらりと答える晴人。

 さて、何であれ、これでジュエルシードも含めた一通りの説明が完了。

 全体の情報共有という目的は達成されたと言えるだろう。

 

 

「ありがと、なのはちゃん。良い説明だったわ!

 将来は教師とか、人に物を教える仕事が向いてるかもしれないわね?」

 

「そ、そうですか?」

 

「うん! その歳でそれだけしっかりしてるなら、似合うと思うわよぉ?」

 

 

 フフッ、と笑いかける了子になのはの顔も笑顔になる。

 そんなやり取りの後、ターンは再びなのはから了子に戻って来た。

 

 

「じゃ、これにてレクチャータイムは終了。

 此処から先は質問ターイム! 天才の私が、ずばりお答えしちゃうわよ?」

 

 

 そんなわけで放たれる了子の宣言。

 此処からは個人個人で聞いておきたい事を聞く時間となるわけだが、一番に手を挙げたのは翼だった。

 

 

「では、1つ」

 

「はぁい! 翼ちゃん」

 

「私と不動さんがパワースポットで発見した、金の石……あれは、どうなったのですか?」

 

「んー……ずばりお答えすると言った傍から何だけど、それに関してはS.H.O.Tの人に振った方が早いかしら?」

 

 

 了子の言葉と目配せは、プロジェクター等の機器を操作する瀬戸山や鈴に向けられた。

 この部隊で魔法の事に関して尤も詳しいのは、魔法エンジニアの彼であろうと。

 そんなわけで手を挙げたのは瀬戸山だった。

 

 

「でしたら、僕が答えますね。

 不動さんと翼さんが持ち帰ってくれた金の石は、パワースポットの魔力の残滓が凝固したものだと推測されます。

 また、0課の方々と調べて判明したのですが、金の石は魔力が固まった石……つまり、魔宝石である事が判明しました」

 

「魔宝石? って事は、俺の指輪にできるって事か?」

 

 

 不意打ち気味に自分と関連のあるワードが飛んできて、晴人は面食らった。

 魔宝石。

 それはウィザードの使う指輪の元となる魔力を秘めた宝石の事である。

 それを面影堂の輪島に指輪の形に加工してもらう事で、新たな魔法の指輪ができるのだ。

 晴人に頷きつつ、瀬戸山は説明を続けた。

 

 

「はい。ウィザード、晴人さんが使う指輪ですよね。0課から話は伺ってます。

 恐らく、指輪の形状にすれば何らかの魔法の発動も可能です」

 

「だったら、輪島のおっちゃんに指輪にしてもらわないとな。

 その石、今は何処にあんの?」

 

「すみません。実は、パワースポットから生まれた石という事で、精密なデータを取る為にヨーロッパの都市安全保安局の方へ送られてしまいました。

 石自体はパワースポットのように魔法爆発や暴走の危険は無いのですが、元が元なので、安全を確認する為です。

 データを取り、安全が確認され次第、こちらに返還されるので、それまでは……」

 

「そっ、か。じゃあ仕方ないな」

 

 

 パワースポットは取り扱いによっては暴走や魔法爆発が起こるものである。

 そこから生まれた石である以上、入念に調べておく事に越した事はない。

 何より、パワースポットから生まれた魔宝石、というだけでも資料的な価値があるのだ。

 そんな諸々の理由を話しつつ、申し訳ない、と瀬戸山は軽く頭を下げた。

 晴人も我が儘を言う事も無く、それに納得したようだ。

 

 

「じゃあ金の石についてはOKかしら? 翼ちゃんもいい?」

 

「はい。新たな力になりうる可能性があるというなら、持ち帰った甲斐がありました」

 

「ん! じゃあ次の質問を募集するわよ!」

 

 

 そこで、バッっという擬音が似合いそうな勢いで手を挙げたのは、またもシンフォギア装者。

 

 

「ハイッ!」

 

「元気がよくてよろしいわね。何が疑問かしら? 響ちゃん」

 

「さっきの了子さんのレクチャーの時とか、『この部隊』って言い続けてるじゃないですか」

 

「ん、そうね」

 

「今の私達って二課とか特命部とか、そういう名前は無いんですか?

 色んな組織が1つになってるから名前どうなるのかなって……」

 

「なぁるほど?

 つまり響ちゃんの疑問は、『この合同部隊に正式名称はないの?』って事かしら?」

 

「はいっ、そうです!」

 

 

 重要度が高いかは別にしても、響の疑問は尤もである。

 4つの組織と多数の民間協力者で構成されたのが今、この部隊である。

 即ち、この部隊は4つの組織それぞれであるともないとも言えた。

 現状、『この部隊』としか形容しようがないのだ。

 

 

「へー、名前なかったのか、此処」

 

「R-ダイガンじゃないですが、確かに名前が無いと不便ですね。

 『この部隊』じゃあ、分かり辛いですし」

 

 

 新規で入って名前が無いこと自体を知らなかった朔哉とジョニーがそれぞれに言う。

 響の質問、朔哉とジョニーの言葉を聞き、了子は「フフン?」と何故か得意気だ。

 

 

「大変良い質問よ! ね、弦十郎君?」

 

「ああ、そうだな。最後に話す予定だったが、折角だから言ってしまうとしよう」

 

 

 弦十郎が了子の立っているお立ち台まで歩いていき、バトンタッチ。

 元々長身の彼がお立ち台に乗ったせいで、了子の時以上に視点の高い弦十郎が、メンバー全体を見渡す。

 

 

「では、響君の質問に答えよう。

 我々はあくまで、一時的に合併したに過ぎない組織だ。

 だが、その『一時』の間、我々は間違いなく1つの組織として機能する事になる。

 そこで、だ。この合同部隊に何か1つ、チームとしての名前を付けようと思う!」

 

 

 メンバーの一部が「おおっ」と声を上げ、一部は冷静にその言葉を受け止める。

 反応を見た後、弦十郎は自分の言葉へ付け加えをした。

 

 

「それ自体に政治的、権力的な意味は全くないが、名前はあった方がいいからな」

 

 

 つまり記号的な意味合いである、という事だ。

 特異災害対策機動部二課とか、そういう仰々しい、組織的、あるいは何らかの役割を示した名前である必要はない。

 もっと砕けた言い方をするなら、何でも好きな名前が付けられる、という事なのだが。

 

 

「はいはーい! じゃあ俺から提案! 『鳴神華撃団』ってのはどうだ!!」

 

「ダメだろ」

 

 

 剣二が提案。銃四郎が却下。

 この間僅か2秒足らずである。

 

 

「早ぇよ! もうちょい考慮してくれたっていいだろ!?」

 

「お前こそ、名前考え付くの早すぎだろ。さてはずっと前から考えてたな?

 ……そもそもカゲキダンって何だ。俺達は舞台役者じゃないんだぞ。歌う連中はいるけど」

 

「ちっちっちっ、不動さん。カゲキダンは『歌う劇団』じゃないぜ。

『華』道の『華』に、『撃つ』の『撃』で、華撃団だ!

 ほら、カッコよくね!? ゲキリュウケン、しかもお前の『撃』だぜ?」

 

『むっ、そうか……私の文字も入っている……』

 

 

 姑息にも自身の腰に付いている相棒のゲキリュウケンを味方に付けようとする剣二だが、却下の姿勢を見せるのは何も銃四郎だけではない。

 割って入って来たのはゴーバスターズのヒロムと、チームDのくらら。

 

 

「騙されるなゲキリュウケン。名前の頭に『鳴神』って入ってるだろ。

 多分、自分の名前を主張したいだけだぞ」

 

「うぐっ」

 

「しかもそれ、紐解いたら殆ど『鳴神と愉快な仲間達』とかって感じの意味にならない?」

 

「ちょっ、新人にまでっ!?」

 

 

 情け容赦なく切り捨てられる剣二は不服そうな表情で抗議する。

 が、剣二と同じくS.H.O.Tの鈴がずかずかと迫り、耳を引っ張って止めを刺した。

 

 

「当然でしょ、そんなアンタが目立ちたいだけの名前却下よ!

 考えるなら、もうちょい真面目に考えなさい、バ・カ・剣・二!」

 

「イッ、テテテテテテ!! 俺、怪我人だっつの! 松葉杖見えてんだろ!?」

 

 

 そんなわけで満場一致で却下となった剣二の案。

 尚も「なんだよー、語呂はカッコイイだろー」とごちるが、鈴の一睨みで黙る事にしたようだ。

 しかし剣二に触発されたのか、名前を提案する者がもう1人。

 ハーフボイルド探偵、左翔太郎だ。

 

 

「だったらこういうのはどうだ? その名も、『ガイアセイバーズ』」

 

「そのまま訳すと、『地球を救う者達』といったところかい?」

 

「まあな。でも、分かり易くていいだろ?」

 

「フム、この手の名前を考えるのは好きだよね、翔太郎は。

 瞬時にそうした言葉が選べる辺り、頭の回転は悪くないんだけど」

 

「そうだろ……ってオイ、フィリップ! 頭の回転『は』ってなんだ!」

 

「おい翔太郎。1つ聞くが、ハードボイルドってのは気取って名前付けるモンなのか」

 

「ぐっ……!?」

 

「ダメだよ門矢士。そこはあまりつつかないでやって欲しい。

 普段から、ただでさえハードからは程遠いんだ」

 

「言いたい放題かお前等ッ!?」

 

 

 フィリップと士から総ツッコミを受ける翔太郎がハーフボイルドかハードボイルドかはともあれ、付けようとしている名前自体は真っ当だと思われたのか、特に批判は無かった。

 と、そんな感じで、剣二と翔太郎を皮切りに、なら俺も私もと、名前を思いついたメンバーが次々と案を出していく流れができてしまった。

 

 最初に2人の流れを汲んで発言したのは、翔太郎からの抗議をさらりと躱しきったフィリップだ。

 

 

「さて、からかうのはこのくらいにして、相棒に倣って僕も1つ提案を出そう。

 『マーチウィンド』、というのはどうだろう?」

 

「西洋の諺ね? 3月の風と4月の雨は5月の花を咲かせる……。

 転じて、辛い事を乗り越えた後に幸せが訪れる、っていう意味合いになるやつ」

 

「その通り。戦って、今を切り抜ける。そんな意味を込めたつもりだよ」

 

 

 過去に検索したのか諺を引用するフィリップと、知識を活かして解説する了子。

 風の言葉が入っているのはフィリップなりの拘りであろうか。

 

 此処で今度は、弦太朗と映司が部隊の名前決めに口を出す。

 

 

「じゃあ俺も先輩達に続くぜ!

 んー……『地球防衛部』! ってのはどう思う? 賢吾!?」

 

「仮面ライダー部と同じノリで名前を考えるな。そもそも、此処は部活じゃない」

 

「俺も何か考えてみようかなぁ。例えば……『リベルタッド』とか?

 スペイン語で『自由』って意味なんだけど」

 

「おぉ、流石映司先輩! 頭よさそーな名前だぜ!」

 

「カタカナ使ってる事に突っかからないのか? 俺にはあんなに言ってきたじゃないか」

 

「いや、それは……映司先輩は、先輩だからいいんだよ! な!?」

 

 

 以前の弦太朗は「カタカナ使えば頭いいと思ってんだろ!」とか「カタカナ多いって!」と言っていたのだが。

 まあ、そういうところも弦太朗か、と、賢吾は呆れているような苦笑いしているような、何とも言えない表情を見せるのだった。

 

 と、それとはまた別でシンフォギア装者の2人と未来が部隊の名前について話し始めていた。

 

 

「こういうのって、やっぱり英語の方がカッコイイんですかね?」

 

 

 響の言葉に翼がふむ、と思案する。

 

 

「格好のつく英単語か……イグニッション、アドバンス、他にはそうだな……。

 複数の組織が集まっているから、クロスという言葉を入れてもいいかもしれないわね」

 

「楽しそうですね、翼さん。ちょっと意外です」

 

「歌詞を考えるようなものだと思えばね。

 この部隊の名前は、私達を表すフレーズになるのだから、しっかり決めたいわ」

 

 

 未来の指摘に対して微笑みつつ返す翼。

 厳格な、ストイックなイメージの彼女がこういった話に嬉々として首を突っ込むのは未来の目から見ても珍しく映ったようだ。

 

 また一方、名前決めの光景を一歩引いて見つめるヒロムと葵は。

 

 

「別に私は何でもいいんだけどね……」

 

「ダンクーガにだってチームDって名前があるんだろ?

 ……そう言えば、Dって何のDなんだ? やっぱり、ダンクーガなのか」

 

「さぁ? デンジャラス、ドリーム、デトネイター……好きなように捉えればいいんじゃない?」

 

「後はダイナマイトとかダイナミックとかか。まあ、強そうではあるな」

 

 

 部隊の命名そっちのけでチームDの名前の由来について憶測を飛ばし合う2人。

 

 とまあ、メンバーは口々にあれはどうだこれはどうだと口々に言い合った。

 特に名前に頓着しないメンバーは、収集が付かなくなるな、と冷静に見つめていたが、同じくそれを見計らっていた弦十郎が数度手を叩き、場を静粛させる。

 

 

「そこまでだ、みんな。それぞれの提案も良い名前ばかりだとは思う。

 だが実は、俺達の方で先に考えておいた名前があるんだ。

 これ以上は時間もかかりすぎるし、一先ずそれで納得してもらえると助かる」

 

 

 一番上の人が名前を付けて話を終わらせる。収拾を付けるには一番良い方法だろう。

 収拾のつかなさは大なり小なりみんなが感じていたらしく、特に反論も無かった。

 士なんかは「だったら先に言っとけばどうだ」と呆れつつ思ったりもするが、弦十郎達からすれば、初めて全員集まったメンバーが話し合う姿を微笑ましく見ていたかった、という理由があったりもする。

 

 

「では、発表だ! 我々の今後の名前、それは────」

 

 

 弦十郎から、これからの名前が告げられる。

 

 

「────『カレイジャス・ソリダリティ』。直訳して、『勇気ある連帯』。

 少々ストレートな名前だとは思うが、どうだろうか?」

 

 

 誰かの為に戦う勇気ある者達が集まった、1つの部隊。

 即ち、『Courageous Solidarity』。

 先にも述べたように、この名前は何らかの役割を表した言葉ではない。

 此処に集ってくれた彼等彼女等そのものを表す、そんな気持ちで弦十郎達が付けた名だ。

 

 そして、その名前に対しての反応は。

 

 

「何でもいい……」

 

 

 と、士が。

 

 

「おぉ、何かカッコイイです!」

 

 

 と、響が。

 

 

「えぇー、やっぱ鳴神……」

 

『いや諦めろよ』

 

 

 と、剣二とゲキリュウケンが。

 

 

「意義は無いです。それに、これで場も纏まる」

 

「右に同じ。長々と続けるよりは良い気がするしね」

 

 

 と、ヒロムと葵が。

 

 反応は様々だが、明確な否定意見が出る事も無く、半分なし崩し的といった感じではあるが、部隊の名前は此処に可決される。

 メンバー全体の反応を見やった弦十郎はニコリと笑って見せた後、大きく声を張り上げた。

 

 

「よし! では、今後我々は、カレイジャス・ソリダリティを名乗る事になる!

 それぞれに生まれや育ち、元の組織、そもそも組織に属していない者など、様々だ!

 だが、こうして1つのチームに集まったのも何かの縁!

 これからは共に世界を守るために、力を貸してほしい!!

 よろしく頼むぞ、みんなァ!!」

 

 

 世界を守る為、それぞれに守りたいものを守る為。

 それぞれの正義を胸に秘めつつも一堂に会した戦士達。

 

 これがこの世界の守護者となる、彼等の名前の始まりだった。



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第70話 総てが集まり、編纂される・2

 それぞれの自己紹介、了子の現状を纏めた講座、そして部隊名称の決定。

 カレイジャス・ソリダリティという名の部隊となった彼等彼女等は、その後はそれぞれに談笑、食事で和気藹々とした時間を過ごした。

 

 そんな時間が過ぎ去り、今回の歓迎会兼交流会が終わった頃。

 面々はそれぞれに帰路につく事になり、会場となっていた特命部の外に出ていた。

 

 それぞれが帰るにあたり、怪我が完治していない士、剣二、銃四郎の3人は、来た時と同じく翼共々、慎次の車で帰る事になった。

 陽が落ちてきて夜も遅い、という理由で、小学生のなのはも近くまで送る事になっている。

 他の面々は帰宅に支障もなく、既にこの場を離れているメンバーも数名いる。

 

 と、慎次の車を待つ士に声をかけてきた者がいた。

 

 

「おい、士。ちょっと顔貸しな。夏海ちゃんとユウスケも」

 

「……?」

 

 

 着々と撤収が進む中で、士を呼び止めたのは翔太郎だった。

 隣には当たり前というべきかフィリップが、そして何故か弦太朗、晴人、攻介、なのは、更に響と未来までいた。

 士が帰るまでいるつもりだった夏海とユウスケも呼び止められ、何の用だ、と思いつつ士は翔太郎達の元へ合流する。

 

 

「何だ」

 

「いや、今のうちにアイツ等の事も話しとこうと思ってな。

 ほら、『プリキュア』の件」

 

 

 ああ、とその言葉で集められた全員が納得した。

 

 ──────『プリキュア』。

 

 それは、彼等がこの部隊とは別で出会った、戦う女の子達の事だ。

 

 弦太朗と攻介はそれぞれに出会ったプリキュアの事を思い出していた。

 美墨なぎさと雪城ほのか、キュアブラックとキュアホワイト。

 ふたりはプリキュア、と名乗る2人組。

 

 

「なぎさとほのかの事ッスよね」

 

「お、アンタも会った事あんのか?」

 

「おう。って、攻介さんもなのか?」

 

「一回一緒に戦った事があんだ。あん時はブラックとホワイトの他にも……」

 

 

 と、3人目の名前を攻介が言いかけた時、響の疑問の声が割って入って来た。

 

 

「あれ? プリキュア、ですよね? 名前違わないですか?」

 

「ん? いや、合ってるはずだぜ。ダチの名前を間違えたりは……」

 

「でも、私達が会ったのは日向咲ちゃんと美翔舞ちゃんっていう子達なんです」

 

「ん、お、おぉ? 初めて聞く名前だぜ?」

 

 

 未来が口にした名前を聞いて、弦太朗はプリキュアと共闘したあの日を思い出してみる。

 なぎさ、ほのか、メップル、ミップル、あとなんか難しそうな話。

 何度記憶をリピートしても、名前に関してはこれしか浮かんで来ない。

 

 見れば響と未来だけでなく、士、夏海、ユウスケの3人もそれぞれ怪訝だったり不思議そうだったりと、同じ疑問を抱えている様子だった。

 

 

「おっと待ちな。実は、プリキュアってのは2組あるんだぜ」

 

「ああ。如月弦太朗、操真晴人、なのはちゃんが出会ったなぎさちゃんとほのかちゃん。

 それぞれ、キュアブラックとキュアホワイト。

 そして、門矢士達が出会った咲ちゃんと舞ちゃん。

 こちらはキュアブルームとキュアイーグレット、だね」

 

 

 話がすれ違いかけた時、翔太郎とフィリップがすかさずフォローに入る。

 なぎさとほのか、咲と舞。

 両者共に『ふたりはプリキュア』を名乗るが、両者に出会った事があるのは仮面ライダーWの2人だけだったのだ。

 正確に言えば天ノ川学園高校での戦いの際、翔太郎はジョーカーに変身していたので、フィリップも直接会ったわけではなく、翔太郎からの口伝と地球の本棚で把握している、という状態なのだが。

 

 そんな2人だからこそ、プリキュアと接触した事のあるメンバーだけを正確に呼び止められたのだ。

 なぎさとほのかの話からウィザードの事は聞いていたし、その晴人を呼び止めた時に、なのはもプリキュアを知っている、という話も聞いた。

 あとは風都や夕凪で一緒に戦ったメンバーを集めれば、プリキュアと共闘経験のあるメンバー勢揃い、というわけである。

 

 片方のプリキュアしか知らない弦太朗達は翔太郎達の説明に頷き、驚愕混じりながらも納得の意を示した。

 しかし、この2人も知らないプリキュアがもう1人存在している。

 それを知る晴人が口を挟んだ。

 

 

「その感じだと、2人はなぎさちゃんとほのかちゃんにしか会ってないの?」

 

「あン? まだ誰かいんのか?」

 

「ああ。な? なのはちゃん」

 

「はい。もう1人、九条ひかりさん。『シャイニールミナス』っていう方がいたんです」

 

 

 キュアブラックとキュアホワイトと共に戦う、もう1人の少女の名前。

 それは唯一Wが接触していない名前だった。

 

 

「シャイニールミナス……名前は既に検索済みだ。

 実際に会った事は、僕達は無いね」

 

「って事は、咲ちゃんや舞ちゃんの他に、3人もいるのか。

 はぁー、2人が知ったらきっと驚くだろうなぁ……」

 

 

 夕凪にいる2人の事を想起しつつ、どんな人達なんだろうと思いを巡らせるユウスケ。

 一方で夏海はこの話そのものに疑問を持っている様子だった。

 

 

「でも翔太郎さん。何で急に、この話を?」

 

「ま、情報共有ってのもあるけど、一番は……」

 

「この部隊……カレイジャス・ソリダリティに、合流させるかどうか、だね」

 

 

 一瞬、沈黙が包み込んだ。

 相手はそれぞれに日常のある女子中学生5人。

 高校生はおろか小学3年生を巻き込んでいる手前、最早どうこう言えるような立場ではないが、それでもやはり心苦しさというものはある。

 

 

「勿論、ただ協力してもらうだけじゃねぇ。

 プリキュアにもそれぞれに敵がいて、俺達もそれと戦った事があるだろ?

 二課や特命部も知らないところで、あんな戦いが起こってんだ。

 あの子達を助けるって意味でも、此処の事を教えるのは1つの手だと思ってる」

 

「それに、特に咲ちゃんと舞ちゃんだが、シンフォギアを見てしまっているからね。

 今のところは口止めをしてもらっているけど、あれは本来、目撃してしまったら二課から口止めの正式な手続きの要求が入る代物だ。

 酷な言い方になるが、向こうの都合を考えるだけでは二課に迷惑がかかりかねない。

 シンフォギアを知っている、というのは、下手を打てば危険な事だからね」

 

 

 翔太郎とフィリップが語るそれが全てだった。

 シンフォギアを目撃していないなぎさ、ほのか、ひかりの3人も、晴人、攻介、なのはと知り合っている以上、多少の接触は避けられないだろう。

 ほんの少しの沈黙の後、慎次の車が近づいてくる音がした。

 

 

「プリキュアはみんな正体を知られたがってなかったから、この話はまだ此処だけだ。

 話は一旦保留にするが……もしかしたらそうなるかもって事だけ考えといてくれ。

 そうなった時、あの子達と話すのは俺達だろうしな」

 

 

 プリキュアを知っている面々だけを集めたのは、プリキュアの正体を隠す為。

 今更この部隊でそれが必要かとも思うかもしれないが、それがプリキュアメンバーからのお願いだったのだから、無下にするわけにもいかない。

 慎次の車の到着を知らせる翼の声で、この話はお開きとなったのだった。

 

 

 

 

 

 慎次の運転する車内。

 今回は運転手の慎次含めて6人という事で、わざわざ6人乗りの車を出してくれた。

 1列目、2列目、最後列の3つに別れ、それぞれが2席ずつのスタンダードな6人乗り。

 助手席に翼、2列目には士、なのは、3列目に剣二、銃四郎が座っている。

 

 車内で最初に口火を切ったのはなのはだった。

 

 

「それにしても、驚きました。まさか風鳴翼さんが二課の人だったなんて」

 

「そう? 高町も私を知ってくれているのね」

 

「勿論です! 私の学校でもとっても有名で、ファンも沢山いるんですよ!

 私もCD、買ってます!」

 

「ありがとう。そう言ってくれるファンがいるから、私はこれからも頑張れるわ」

 

「あ……そういや翼ってアーティストだっけ。すっかり忘れてたぜ……」

 

「失礼だろとは思うが、同感だな。いつの間にか普通に任務を一緒にしてるし……」

 

 

 なのはの反応に対し、剣二と銃四郎は意表を突かれたような顔だった。

 部隊参入間もないなのはからすれば、翼が普通にいるという状態は中々に衝撃的だ。

 対して、既に部隊合流から1ヶ月程が経過している魔弾戦士組、それに特命部のみんなも、それが当たり前となってしまっていた。

 超がつく人気アーティストが日常的にいる事が当たり前。

 そう考えてしまう辺り、慣れの恐ろしさを痛感した2人であった。

 

 

(……そういやアーティストだったな。この世界では当たり前なんだろうが……)

 

 

 士の場合、そこからさらに一歩進んでいるのか後退しているのか分からないが、『風鳴翼は超人気アーティストである』という情報そのものを知らない事から始まった。

 だからというべきか、士の翼への接し方は初対面の頃からあまり変わっていない。

 元々、彼女が有名人であるという先入観が0だったからだ。

 と、そこで士は、翼にとってかなり余計な事を思い出してしまった。

 

 

「そんな有名アーティストが、部屋の片づけはマネージャーに任せっきりか。

 まあ記者の良いネタにはなるかもしれないな」

 

「か、門矢先生ッ! 時折それを掘り返そうとするのはやめてくださいッ!

 ……緒川さんも笑わない!!」

 

 

 窓の外を見つめながらボソリと呟いた言葉だったが翼は敏感に反応し、慎次も少しだけ笑ってしまう。

 翼が所謂片付けられない女である事を知っているのは慎次を含めた旧来の二課メンバーを除けば、響と士のみ。

 士に知られたのはある意味運の尽きと言えるかもしれないが。

 

 

「そういえば僕の代わりのお見舞い、士さんも行ってくれたんでしたよね。

 その節はありがとうございました」

 

「フン、立花に付き合わされただけだ。

 それよりお前、よくあんなのを毎回片付けてるな」

 

「いえ、まあ……慣れ、ですかね。

 響さんと士さんには、少し意地悪をしてしまったかもしれません」

 

「意地悪で済むか。あれだけ惨状なら先に教えとけ」

 

「当人を目の前に好きに勝手に言い過ぎですッ!

 意地悪云々は、むしろ私に対してですッ!!」

 

 

 若干──いや相当必死に抗議する翼。

 先程までのクールなアーティスト・風鳴翼は何処へやら。

 年上2人に翻弄されて頭を抱える普通の人間・風鳴翼がそこにはいた。

 

 その姿は、1ヶ月近く一緒に居て、何度も共に戦ってきた剣二達にとっても意外だった。

 

 

「何の事だか分かんねぇけど……翼もあんなに取り乱すんだな……。

 まだまだ知らねぇことだらけなんだな、ゲキリュウケン」

 

『そうだな。これからも共に戦っていく仲間だ、お互いの事をもっと知った方がいい』

 

 

 知らなくていいです! と翼から声が飛ぶ。

 

 

『風鳴翼の心拍数上昇を確認。緊張状態と思われる』

 

「翼ちゃん。もしスキャンダルなら、ほどほどにしといた方が良いぜ」

 

 

 違います! と翼から声が飛ぶ。

 

 

(……翼さんも、当たり前だけど、普通の人、なんだなぁ……)

 

 

 そんな中、なのははポカンとしつつも、そんな風に感じていた。。

 テレビの中のアーティストの側面しか知らないなのはにとって、取り乱す翼は意外も意外。

 一連の流れは歌番組で見せるクールビューティーなイメージとはかけ離れたものだった。

 

 でも、だからなのはは安心する。

 今日の歓迎会兼交流会にしてもそうだ。

 結局、どんな厳かな部隊にいても、どんな世界に身を置いている人でも、蓋を空ければ自分がよく知っている一面を持っているのだと。

 決して、全く理解できない世界の人ではないのだと。

 なのははそんな事を頭の片隅で思いつつ、アーティストとしての翼だけでなく、人としての翼も好きになれそうだった。

 

 

(ちょっと、フェイトちゃんと声が似てるかも? フェイトちゃんも歌、上手いのかな?)

 

 

 なのはがこんな事を考えたりしつつ、翼は取り乱しつつ、車内の談笑は絶えなかった。

 

 

 

 

 

 慎次の車で送られ、なのはは自宅に、剣二と銃四郎はS.H.O.Tお抱えの病院に、士は二課お抱えの病院に到着した。

 看護師の同伴で自分の病室に到着した士は、再びそこに横になる。

 

 怪我自体はまだ痛むところもあるが、動かすくらいなら問題は無い。

 それでも致死量ではないとはいえ血を抜かれた事や、アルティメットDやキバ男爵に受けたダメージを考えれば、間違いなく軽傷とは言えないのだが。

 とはいえ士本人は「入院までする必要はないだろ」、と思ったりもするが、その辺りは大事を取れ、という医者や弦十郎の言葉に従うしかない。

 

 家に戻ってもアイツ等がいるくらいだしな、と、士はふと、この世界の『家』の事を考えた。

 

 

(……『魔戒騎士』、か。そういや、アイツもそういう力を持ってる奴か)

 

 

 この世界で最初に出会った戦士、『黄金騎士・牙狼』。

 冴島鋼牙という青年は、無愛想で無遠慮な奴だと士は感じている。

 概ねその評価は間違っていないだろう。

 しかし絶対に悪人ではない。

 人を守るというはっきりとした意思を持ち、悪事に手を貸したりするような事もない。

 ただ、人との距離感を図りかねているような、あるいは元来不器用な性格なのだろうという事は、1つ屋根の下で暮らしていれば士にも分かる。

 この辺りの評価は全て鋼牙側からの士への評価としてブーメランしていたりもするのだが、士が知る由もない。

 

 

(……アイツが手を貸せば、俺達の部隊も多少は強くなるだろう。

 癪だが、アイツは間違いなく強いしな)

 

 

 黄金騎士・牙狼の名は、最強の称号だ。

 1つの世代の、世界中に数多存在する魔戒騎士の中で、最強。

 それだけ鋼牙は強い。それは、日々の鍛錬から為るたゆまぬ努力の結晶だ。

 数度のホラー狩りにおいて、間近でそれを見てきた士だからこそ、誰よりもその強さは認めていた。

 

 

(ま、『掟』とやらで無理か。言うまでもなく、断られるだけだな)

 

 

 魔戒騎士の掟は士もゴンザから聞いている。

 人の前で鎧を見せてはいけないという掟がある以上、鋼牙はこの部隊に参加できない。

 仮に参加しても、既に知られている士以外の前で鎧の召喚ができないのだから。

 掟を破れば罰として寿命を削られるような事がある以上、簡単に協力してくれとは言えなかった。

 

 

(『仮面ライダー』、『ゴーバスターズ』、『シンフォギア』、『魔弾戦士』、『魔法使い』、『プリキュア』、『ダンクーガ』、そして『魔戒騎士』……か。

 全く、本当にどうなってんだかな、この世界は)

 

 

 この世界で、力も名前も何もかもが異なる存在を数多見てきた。

 今日の歓迎会兼交流会で出会ったそれらや、今までの出会いを思い返しつつ、士は一先ず、眠りについた。

 

 

 

 

 

 翌日、夕方とまでは行かないが、陽が傾き始めた、そんな時間。

 門矢士は教師としての仕事も二課の計らいで休ませてもらっている。

 一応、リディアン側には『急病』という事で通っていた。

 

 

(……する事もない。撮るものもない。……ったく)

 

 

 入院中の士は大層暇だった。

 こういう時は趣味に時間を費やすのもありなのかもしれないが、彼の趣味は写真だ。

 ところがカメラはあっても被写体は無い。

 とどのつまり、する事は本気で一切ないのである。

 今日起床してからこの時間まで、退屈な時間が続いていた。

 病院内を動き回ろうにも、別に何か面白いものが転がっているわけでもないわけで。

 

 

「門矢さーん」

 

 

 士の病室がノックされ、白衣に身を包んだ女性、要するに看護師が扉をそっと開けて入ってきた。

 

 

「お見舞いの方が来ていますよ」

 

「見舞い……?」

 

 

 大方、夏海かユウスケか、それか立花や小日向の線もあるか。

 一瞬で浮かぶのはその程度だが、旅仲間や関わりの深い二課の連中か、そうでなくともカレイジャス・ソリダリティの誰かだろうという予測を立てる士。

 が、看護師の後ろから現れた青年はその内の誰でもない。

 そしてある意味、一番意表をついてくる人物であった。

 

 

「どうぞ」

 

「…………」

 

 

 看護師に促される形で青年は病室へ入った。

 無言無表情ながら、看護師に軽く頭だけ下げた青年は、ベッドで上半身のみを起こしていた士へ近づく。

 看護師が扉を静かに閉めて去っていく中で、士は呆気に取られた表情で青年を見つめた。

 

 

「……鋼牙?」

 

「何だ」

 

 

 そう、青年は冴島鋼牙。

 魔戒騎士こと黄金騎士・牙狼であり、士の居候先の主であった。

 何やら右手には手提げの袋が握られている。

 

 

「何しに来やがった」

 

「入院していると言ったのはお前だ」

 

「答えになってないだろ」

 

「見舞いだ」

 

 

 鋼牙は士のベッドの横に置いてあった丸い椅子へ座りつつ、短く答えた。

 確かに鋼牙の家に「しばらく入院する事になった」と連絡はした。

 その際、電話で応対してくれたゴンザが「どうかご静養ください……」と心配そうに口にしたのを覚えている。

 勿論、執事たるゴンザが家の主である鋼牙にその事を報告しない筈がない。

 だが、正直なところ、鋼牙が見舞いに来るなどというイメージは、士の中に全く無かったのだ。

 

 

「……ゴンザ辺りの差し金か」

 

『そんなトコだ。今日の分のエレメントの封印を終えた後、見舞いに行ったらどうだってゴンザの奴がな』

 

 

 鋼牙に代わり、彼の左手の中指に嵌められたザルバが金属の顎をカチャカチャと動かした。

 士もそんな事だろうとは思ったが、それ以上に来るのは想定外だった。

 それは例え、ゴンザに促されたものであったとしても。

 

 

「お前が入院するほどの敵と戦ったのか」

 

「フン、怪我の事なら大した事ないのに周りが大げさすぎるんだよ。

 敵の方も、別にどうって事は無い」

 

「体調は問題ないようだな。減らず口も変わっていない」

 

「俺を煽りにでも来たのか?」

 

「俺はお前とは違う」

 

「やっぱ煽ってるだろお前」

 

 

 第三者が聞いたら一触即発、2人からすれば平常運転な会話が繰り広げられる。

 此処で鋼牙は、手提げの袋を近くの小さな机の上に置いた。

 

 

「何だそれは」

 

『見舞いの品って奴だよ。中身は羊羹だ』

 

「早めに食べろ。無駄になるからな」

 

「……本当に、どういう風の吹き回しだお前」

 

 

 見舞いに来るだけでも意外なのに見舞いの品まで用意している鋼牙に、流石の士も本気で困惑している。

 それはあまりにも柄じゃないと感じたからだ。

 今まで鋼牙と顔を突き合わせてきたからこそ、こういう事をする鋼牙はおかしく感じられたのである。

 

 

『お前が思ってるほど、鋼牙も冷徹じゃないって事かもな。

 ま、俺も少し驚いてはいるが』

 

「誰が冷徹だ」

 

「お前だよ。誰がどう見てもそうだろ」

 

 

 ザルバの言葉に一言抗議する鋼牙だが、士は自覚無いのかよ、と、更にツッコミを入れる。

 本人達は一切認めないだろうが、ゴンザやザルバから見れば2人の仲は良い方だ。

 恐らくだが、と、前置きをしたうえで、ザルバは心中で呟く。

 

 

(情でも湧いたのかねぇ。一応、監視してるって名目なんだが)

 

 

 士はホラーにダメージを与えられる、世界の『外』からやってきた異邦人。

 だから番犬所は最大限の警戒を込めて、最強の魔戒騎士である牙狼に見張りをさせている。

 それが2人の奇妙な生活の始まりであったはずなのだが。

 

 と、そんな2人と指輪1つの会話の中、再び扉がノックされた。

 静かに開けられた扉へ2人が振り向けば、そこにいたのは先程と同じ看護師だ。

 

 

「門矢さん。もう1人、お見舞いの方が来ていますよ」

 

「またか……」

 

 

 看護師に促されて病室へ入って来たのは見覚えのある制服を着た女子高生。

 先程のリピートでも見せられているのか、彼女も右手に手提げの袋を持っていた。

 

 

「こんにちは、士先生! お見舞いに……」

 

 

 彼女は士の生徒の1人、立花響だった。

 病室に入った彼女は鋼牙の顔を認識すると、少し驚いて口を一瞬閉じてしまった。

 彼女にとっても鋼牙は決して知らない人ではない。

 一度夕凪で会った事のある、けど素性はよく分からない先生の知り合い、という認識だが。

 

 

「あ、えっと、確か士先生の……お友達の方?」

 

「「誰が友達だ」」

 

「あ、あれ? 違うんですか?」

 

(にしては、ハモったな)

 

 

 響の言葉を同時に否定する2人。

 ザルバは正体がバレぬように口を閉じているが、彼は彼で好き勝手思っていた。

 

 

「お前も見舞いか。ご苦労なこったな」

 

「ホントは未来とも一緒に来るつもりだったんですけど、日直で。

 学校もいつも通りに戻りましたし」

 

 

 特異災害対策機動部やエネルギー管理局から正式に状況終了の報が行われた。

 その為、直接被害のあったエネタワー周辺以外の学校は通常授業に戻っていた。

 リディアンもその例に漏れず、通常の授業が行われている。

 

 響は士と鋼牙の元へ歩を進め、手に持った荷物を机の上に置いた。

 

 

「これ、置いておきますね。中身はお菓子の詰め合わせなので!」

 

 

 見舞いの品を置きつつ士に笑顔を向ける響。

 その後、隣で座る鋼牙の方へ恐る恐る目を向けた。

 

 

「えっと、夕凪以来、ですよね? こんにちは、立花響って言います」

 

「……そうか、お前が」

 

「え?」

 

「士から聞いている。いちいちやかましい変な生徒がいる、と」

 

「どんな伝え方してるんですか士先生ッ!?」

 

「事実だろ」

 

 

 夕食の時、2人はほんの少しだが会話をする時がある。

 どちらが切り出すわけでもなく、実際はゴンザがきっかけを作って話させているのだが、何であれ士は学校の事を話した事があったのだ。

 ゴンザが士に「学校はいかがですか?」と話を振り、士が答える。

 鋼牙にも話を振り、いつの間にか2人の会話になる、といった感じで。

 

 

「未来も翼さんも『残念』とか言ってくるし、みんなして酷いですよぉ……」

 

「本当の事だ。諦めろ、立花」

 

「とても先生の言葉とは思えません! 私だって私なりに頑張って生きてるんですよ!?」

 

「知るか」

 

 

 異議を申し立て続ける響をさらりと躱し続ける士。

 その様子を見続けていた、ある意味話の発端を作った鋼牙が、いつものように無表情なまま口を挟む。

 

 

「だが、お前も『根性だけはある』とか『悪い奴じゃない』とは言っていただろう」

 

「……お、おお!? 士先生がそんな事をッ!? ホントですか!?」

 

「嘘を言ってどうする」

 

「おまッ……! 何言ってやがる。ンな事、言った覚えは……」

 

「言っただろう。何故隠す?」

 

 

 鋼牙は皮肉を言う事も隠し事もするにはするが、基本、隠す必要が無い事は言う。

 彼は「良い風に言っていたのに、何が問題なんだ?」というような態度だ。

 一方で士は少し動揺している。

 面と向かって褒める事の少ない彼だ。

 聞かせるつもりの無かったそれを聞かれたせいだろう。

 

 

「へぇ~、士先生も家ではそんな風に言ってくれてるんですね~。

 あのあの! 他には何か言ってませんでしたか!?」

 

「他か。『少しは強くなった』、あとは……」

 

「もう黙れ鋼牙。本当に黙れ」

 

 

 響の顔が見る見る笑顔に、それも所謂ドヤ顔の、鬱陶しい部類の表情になっていく。

 

 

「フフーン! やっぱり強くなりました? 私!」

 

「そういうのは俺に勝てるようになってから言え。

 言っとくが、まだ本気は出してないんだからな」

 

「うー。じゃあ退院したら、また訓練、付き合ってくださいね?」

 

「気が向いたらな」

 

 

 深く溜息を付く士は鋼牙の方を睨んだ。

 鋼牙からすれば言って問題の無い事を言っただけで何故睨む、と、無表情で視線を返す。

 そんな2人を余所に響はちょっと上機嫌だった。

 

 ところで、響ははたと思い出す。

 そういえばこんな有益なお話をしてくれたこの人の事をまるで知らないな、と。

 

 

「あ、そういえば! まだお名前、お聞きして無かったですよね。

 改めて、私は立花響です! いつも士先生にはお世話になっています!」

 

「……冴島鋼牙だ」

 

「鋼牙さんですね! よろしくお願いします!」

 

 

 鋼牙からの返答は特になかったが、響は嫌な顔1つする事無くニコニコしている。

 魔戒騎士の事を教える事はできないが、名前くらいなら問題は無いと思ったので名前を教えた鋼牙。

 その端的な会話を横で見ている士は、2人を見て思う。

 

 

(……前も思ったが、正反対だな。こいつ等)

 

 

 普段からニコニコして、千変万化な表情を見せて、口数の多い響。

 全く表情を変えず、無表情かしかめっ面の二通りで大体が終わり、無口が主な鋼牙。

 性格的なものを挙げればどこまでも2人は対照的だ。

 

 

(この世界で最初に会ったのも、こいつ等だったな)

 

 

 思えば、士のこの世界における起点はこの2人だった。

 

 この世界に来るときに何処かの廃工場へ出たかと思えば、鋼牙に出会った。

 そのままホラーや魔戒騎士の事を知り、色々とあって鋼牙の家に居候している。

 

 さらにこの世界に入り込んだ際、自分の役目として与えられたのがリディアンの教師。

 世界が決めた役割に従ってリディアンに向かってみれば、ノイズやシンフォギア、初めてガングニールを起動させた立花響と出会い、あれよあれよと二課に入った。

 

 鋼牙は同居人として、響は先生兼もう1人の師匠として。

 士がこの世界で最も関わりの深い2人であると言えるだろう。

 

 

「鋼牙さん、士先生とはどれくらい一緒に居るんですか?」

 

「1ヶ月か2ヶ月程度だ」

 

「へぇー! じゃあ士先生がリディアンに来たのと、殆ど同じくらいなんですねー」

 

 

 この世界での始まりを思い返していた士を余所に、2人は会話を続けていた。

 会話と言っても、主に響が話しをして、鋼牙は無言無表情で時々返答をしたり相槌を打つ程度だが。

 そしてキリのいいところで会話が止まった時、鋼牙はゆっくりと椅子から立ち上がった。

 今日の鋼牙の目的は、入院中の士がどういう様子かを確認する事。

 その目的が達成された以上、長居する理由も無いのだ。

 

 

「……俺は帰る。お前も問題ないようだしな」

 

「ああ、そうか。帰れ帰れ」

 

 

 追い払う様に手をシッシッ、と振る士。

 鋼牙のせいで響に関してのあれやこれやをバラされたせいか扱いが雑である。

 対して鋼牙は、いつも通りの反応だと特に気にする様子もなく、病室を出ていった。

 扉が閉まった後、響は再び士の方へ向き直る。

 

 

「何というか……翼さん以上にキリッとしてて、静かな方ですね」

 

「無愛想なだけだろ。いけすかない奴だ」

 

「その割には、結構仲良く見えましたけど……」

 

「ンなわけあるか」

 

(んー、似てると思うんだけどなぁ……)

 

 

 2人を見ていて口調というか、何がしかは共通しているように見えた響。

 あながち間違いでもないが、士も鋼牙も恐らく、一切認めようとはしないだろう。

 そういうところが似てるとも言えてしまうのだが。

 

 この後、響も士としばらく話をした後、病室を後にしたようだ。

 鋼牙に聞いた事を引き合いに出した響がいちいちドヤ顔を繰り出して士が不機嫌そうな顔を見せていたのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 士の病室から帰路につく鋼牙。

 彼は道を歩く最中、進行方向への視線を逸らさぬまま、ザルバに話しかけていた。

 

 

「ザルバ」

 

『何だ?』

 

「魔戒騎士も、士達の戦っている敵に対処すべきじゃないのか」

 

『ほう?』

 

「アイツが戦っている相手はホラーと同じで、普通の人類で相手にできる敵ではない筈だ。

 ならば、それは……」

 

 

 魔戒騎士の務めではないのか、と口にしようとし、口籠る。

 それができないのは、鋼牙自身が一番に分かっているからだ。

 

 

『掟がある以上、魔戒騎士はホラー以外の事柄に関与できない。

 人間の犯罪であれ、ホラー以外の脅威であれ、だ。

 番犬所から指令が来たのなら、また話は違うだろうがな。

 そんな事は鋼牙、お前が一番良く分かってるはずだぜ』

 

「………………」

 

『アイツが入院するほどの怪我を負ったせいか?

 まあ、士も中々やるからな。そんなアイツが入院……。

 それで心配にでもなったか』

 

「馬鹿を言うな。ただ、魔戒騎士としてそう思っただけだ」

 

 

 それだけ言うと、鋼牙はザルバとの会話を打ち切り、歩く速度をより速めた。

 会話が打ち切られた事に特に抗議するでもなく沈黙するザルバは、そんな鋼牙のある種の『変化』を思う。

 

 

(コイツはコイツで士の実力を認めてる。

 そんなアイツが入院沙汰となって、鋼牙も少し驚いたってトコか?)

 

 

 基本的に魔戒騎士の使命に忠実な鋼牙。

 いけすかない番犬所のやり方に苦言を呈する事こそあるが、明確な反乱などする事も無く、ホラー狩りの為だけに生きてきたような彼。

 そんな彼が、掟の事を知りつつも暗に『士に助力するべきなのか』と聞いて来たのだ。

 

 

(……やっぱ、情でも湧いたのかねぇ)

 

 

 彼は「魔戒騎士も」と、主語を大きくしていたが、本当は「俺も」という言葉に置き換わるのだろう。

 それはザルバの推測でしかなく、本当の心中は鋼牙にしか分からない。

 ただ、幼いころからずっと鋼牙を見てきたザルバからすれば、士を彼なりに気にかけている鋼牙の姿は、間違いなく変化と言えた。



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第70話時点・各キャラクターまとめ

70話が総集編という事で、そこまでの間に登場した各キャラクターの情報です。
基本的なキャラ設定は原作やwikiに書かれている事と相違ないので、未見の原作がある方は原作を見る、あるいはwikiを見る等の手法を取っていただくのが確実と思います。
主に誰が登場しているのか、またはこの作品でどういう経緯を辿ったのか等が記載されたものになります。
抜け等がありましたら、後で加筆・修正するかもしれません。


────仮面ライダーディケイド────

 

・門矢士

本作品の主人公。仮面ライダーディケイド。

『スーパーヒーロー大戦』における事件が終わり、まだ『魔宝石の世界』には行っていない。

その為、この世界でウィザードと初対面を果たしている。

性格は俺様かつ自信家。その自信に見合うだけの実力は持っており、「何でもできる」と豪語しているが、唯一写真だけは苦手。

全ての使命を終えた後、1人で気ままに旅をしていたところ、この世界に行き着いた。

冴島家に居候しつつリディアンで教師をするという生活を送っている。

また、響の模擬戦に付き合わされることが多く、その為か響からはもう1人の師匠としても認識されている様子。

ちなみにディケイドの力でノイズを倒せるという特性がある事やリディアンの教師という立場上、特異災害対策機動部二課に所属扱い。

また、この世界に現れたかつての敵組織、大ショッカーの事が気にかかっている。

かつての大首領である彼だが、今回の大ショッカーの事はまるで知らないようだ。

 

 

・光夏海

仮面ライダーディケイドのヒロイン。また、彼女自身も仮面ライダーキバーラ。

この世界には写真館を用いての旅の道中で偶然に行き着いた。

沢山の勢力が入り乱れている現状、そして偶然にも士と再会した事に戸惑いつつも、彼の力になる事を決める。

一方、鋼牙や響には、『自分の知らない士』を知っているという部分で、ほんの少し嫉妬気味。当人はそれを表に出さないし、認めようともしないが。

士の身を案じているのは今も変わらない。

ちなみに光写真館は夕凪町に現れる形になった事やモエルンバとの戦いの事もあり、咲や舞とも知り合い。ユウスケ共々、PANPAKAパンで買い物をした事もある。

 

 

・小野寺ユウスケ

仮面ライダークウガ。

彼もまた、光写真館で旅をしていたところ夏海達と共に偶然この世界に行き着いた。

みんなの笑顔を守る為、この世界でも彼はクウガに変身して戦う事を選ぶ。

士と夏海の事を気にかけており、2人が話せるような機会を作る事もしばしば。

 

 

・海東大樹

仮面ライダーディエンド。

1人で旅をしていたところこの世界に辿り着き、いつも通りお宝を狙って行動を始める。

デュランダル移送任務中にデュランダルを強奪しようとしたため二課からは警戒対象として見られているが、士や夏海の発言を鑑みて、敵対にまでは至っていない。

勝手気ままに動いているが、実は櫻井了子の『力』を目撃している。

 

 

・光栄次郎

夏海の祖父にして光写真館のオーナー。

ある意味一番実態がつかめない人物だが、今日も今日とて夏海達の帰りを待ち、お菓子を作ったりコーヒーを淹れたりしている。

少なくとも今回はただの穏やかなおじいちゃんである。

 

 

・キバーラ

夏海のパートナーにして彼女をキバーラに変身させる女蝙蝠。

かつては鳴滝と共にディケイド排除の為に動いていたが、今ではすっかり旅仲間。

今も光写真館で旅を続けているようだ。

 

 

・鳴滝

現在未登場。ディケイドを敵視していたもの。

『スーパーヒーロー大戦』における事件後、姿を見せていない。

 

 

・大ショッカー

突如出現したかつてディケイドや他のライダー達に滅ぼされた組織。

今までは士や海東が組織について把握していたが、今回の大ショッカーは誰にも把握できていない全くの未知の組織。

今までと同様、多くの世界の敵組織が融合しているようだが実態は不明。

現在、幹部にキバ男爵と一つ目タイタンがいる事、大多数の怪人を保有している事は判明しているが、それを束ねる『大首領』が何者であるかは完全に不明である。

 

 

 

────仮面ライダーW────

 

・左翔太郎

ハーフボイルド探偵。仮面ライダーWの左側にして仮面ライダージョーカー。

風都の鳴海探偵事務所で変わらず探偵業を営んでいたところ、士の訪問と咲、舞の出会いから、今回の事件に巻き込まれていく。

その後はなぎさ、ほのかと、何かとプリキュアに縁のある様子。

カレイジャス・ソリダリティにおいてディケイドに次いで先輩ライダーであるので、映司や弦太郎からも先輩として慕われており、本人もまんざらでもない様子。

その為、戦闘能力は非常に優れており、戦いにおいても頼りになる存在だ。

 

 

・フィリップ

仮面ライダーWの右側。探偵の頭脳労働担当。

変わらず翔太郎の相棒を続けており、カレイジャス・ソリダリティ参入後もそれは変わらない。

地球の本棚と呼ばれるデータベースを頭の中に保有し、気になった事は検索ワードさえあれば何でも知る事ができ、世界一詳しくなることができる。

今回出会った様々な存在に知的好奇心をくすぐられているらしく、割と検索に熱中している事が多め。

ただ、『広木防衛大臣の暗殺を企てた犯人』についての本に『鍵』がかけられていた事に困惑している。地球の本棚にそういった形で干渉できる人間はもういないはずなのだが……。

翔太郎とフィリップの変身は離れていても可能な為、翔太郎が組織に出向き、フィリップは事務所に残るという形を取っている。

とはいえ、時折フィリップも組織に顔を覗かせてはいるが。

 

 

・照井竜

風都署の刑事。階級は警視。また、仮面ライダーアクセル。

フランスで新婚旅行中に怪人に襲われ、映司、流星と知り合う。

帰国後は翔太郎不在の中、風都を守る為、刑事としても仮面ライダーとしても戦い続ける。

現在は風都で何かあった時の防衛の為、部隊には不参加。

 

 

・照井亜樹子

旧姓は鳴海。鳴海探偵事務所の所長でもあり、竜の妻。

フランスの新婚旅行で怪人に襲われるも、動揺する事無く対応しているのは流石というべきか。

その後帰国し、いつも通り探偵事務所を切り盛りしたり夫を支えたりしている。

 

 

 

────仮面ライダーOOO────

 

・火野映司

世界を放浪する旅人。現在は鴻上ファウンデーションお抱えの調査員でもある。

そして仮面ライダーオーズ。

かつての相棒であるアンクを取り戻す為、各地の遺跡を飛び回り、コアメダルに関しての情報を集めている。

そんな中で怪人騒動の事を知り、フランスに赴いたところで照井や流星と知り合う事に。

その後、日本へ帰国。エネタワー戦で合流し、部隊へ参加した。

帰国後すぐにクリスと僅かながらの交流をした。その際、彼女にも手を伸ばす事を誓っている。

 

 

・後藤慎太郎

警視庁捜査一課の刑事だった。今は0課に引き抜かれておりそちらの所属。

鴻上ファウンデーションから再びバースドライバーを預かり仮面ライダーバースに復帰している。

基本的には魔法使いと行動を共にしており、晴人達と一緒にいる事が主。あるいは0課の木崎の下で働いている。

カレイジャス・ソリダリティ結成に伴い合流した4組織の内の1つが0課である事もあり、0課所属の彼は部隊に参加する事になる。

なお、彼も晴人達と同じく八神はやてと数度の面識がある。

今も世界の平和を守るという夢は変わっていないようだ。

 

 

・泉比奈

仮面ライダーOOOのヒロイン。現在未登場。

夢に向けて突っ走り、快復した兄と共に穏やかに暮らしているようだ。

 

 

・白石知世子

レストラン・クスクシエの店長。かつて映司達が居候していたところでもある。

今も変わらずクスクシエを営業しており、最近は後藤や映司が新たな顔ぶれと共に来店した事で少し上機嫌。

また、良き理解者なのもこれまた変わらない。はやてやクリスにも優しく大らかだった。

最近は観月カオルという新人バイトが入ったようだ。

 

 

・鴻上光生

大企業・鴻上ファウンデーション会長。

『欲望』を愛し、欲望の為に動く男で、その行動原理は何処か人間離れしている。

欲望こそが世界を救うと確信しており、個人の欲望を満たす為の行動を高く評価するなど、判断基準も独特。

勿論会長として会社の利益にならない事はしないようだが、それでもそれが最終的に利益に繋がるのならば独断行動だろうが許容する。平たく言えば変人。

また、欲望と同じくらい『誕生』に重きを置いており、常にバースデーケーキを作る一面も。

オーズの物語の殆どの原因が彼なのだが、困った事に悪意は無く、映司の味方である。

あくまでも『欲望は世界を救う』という持論で動いているので、人命を蔑ろにするような事もなく、基本的に悪い人ではない。

今作品では映司の帰国とカレイジャス・ソリダリティへの参加を許し、後藤にバースドライバーを貸し出している。当の本人は今日も今日とてケーキ作りに励んでいるようだ。

断っておくと、今作品で起きている事件の中で鴻上が元凶のものは1つもない。

 

 

 

────仮面ライダーフォーゼ────

 

・如月弦太郎

現在大学生の仮面ライダーフォーゼ。

リーゼントは相変わらず。ダチに対しての思いも相変わらず。

教師を目指して勉強中。今も何だかんだと学力を付けていっている模様。

念の為に記述しておくが、まだ『5年後=アルティメイタムの時間』ではない。

翔太郎や流星から連絡を受けて、なぎさやほのかと知り合うと同時に新たな戦いの事を知る。

その後、Wと共にデュランダル移送任務の最中に助っ人として合流した。

現在は二課の宿舎で疑似的な1人暮らしをしつつ、大学に通っている。

何もかもを拒絶する雪音クリスとダチになろうと試みている。

 

 

・朔田流星

インターポールの訓練生にして仮面ライダーメテオ。

星心大輪拳という拳法を収めており、今もそのキレは衰えていない。

インガと共に大ショッカーを追う中で照井や映司と知り合う。

さらにヨーロッパのとある場所で起きたパワースポットの魔法爆発を契機に、ジャマンガや大ショッカーを追うという名目で日本へ帰国。そのままカレイジャス・ソリダリティに参加する事になった。

ちなみにヨーロッパに本部を構える都市安全保安局からS.H.O.Tの話を聞いており、インターポールからそちらへ出向という形で帰国しているので、実は一応S.H.O.Tの人間という扱い。

もっとも、二課所属の士共々、誰が何処の組織なのかは殆ど形骸化しているのだが。

 

 

・宇宙仮面ライダー部

流石に人数が多いので纏めて記載。

既に半数以上がOBとなっているものの、仮面ライダー=弦太朗と流星=友達が大ショッカーに狙われている事や周辺人物も無関係ではいられないであろうという事もあり、再び集結。そのまま弦太朗と同タイミングでカレイジャス・ソリダリティに参加。

参謀の歌星賢吾。

弦太朗の幼馴染にして元部長で天真爛漫な城島ユウキ。

お調子者ながら情報屋のJK。

どことなく不気味だがネットの扱いに長ける現部長の野座間友子。

ユウキの1つ上で、ちょっと高飛車ながらリーダーシップ溢れる先々代部長の風城美羽。

美羽と同期でアメフトの経験から体格や体力が自慢の大文字隼。

そして一番後輩である勝ち気で真面目な黒木蘭。

蘭と同じく一番後輩の内気でおとなしい草尾ハル。

そこに弦太朗と流星、及び現在未登場の顧問である大杉忠太を加え、宇宙仮面ライダー部である。

戦力としてはフォーゼやメテオの他、パワーダイザーというパワードワーカーを保有。

単純なパワーだけなら仮面ライダー以上なのだが、乗り手に相当な体力を要求される代物。

ところが隼という最適な乗り手がいるため、相当に頼りになるサポートメカだ。

それに加えて個々人の能力、何よりも『絆』の力で弦太朗と流星をサポートする。

なお、彼等もキュアブラックとキュアホワイトを目撃している。

 

 

・インガ・ブリンク

かつての戦いで一度は弦太朗達と敵対しながらも、最後には共に世界を守った女性。

今は流星と同じくインターポールに所属している。

フランスでの捜査は流星と行動を共にしていたが、日本には付いてきていない。

今はヨーロッパ全域でジャマンガや大ショッカーについての捜査を進めているようだ。

 

 

 

────仮面ライダーウィザード────

 

・操真晴人

魔法使い、仮面ライダーウィザード。

半年前のサバトという儀式の生き残りで、ゲートと呼ばれる特定人物を絶望させて同族を増やそうとするファントムと戦う。

また彼自身も、心の中=アンダーワールドにウィザードラゴンというファントムを住まわせており、それが彼の魔法の力の源である。

カレイジャス・ソリダリティに0課が参入するにあたり、協力者という事でもう1人の魔法使いの攻介共々声を掛けられ、その流れでエネタワー戦にて合流。

部隊入りよりも前にファントムとの戦いをきっかけに、なぎさ、ほのか、ひかり、なのは、はやて、そしてヴォルケンリッターと出会っている。

特に自分と似た境遇を持ちながら、足の不自由という自分以上のハンデを抱えるはやての事を気にかけている。

なお、本来なら『魔宝石の世界』で出会う筈の士と出会ってしまっているが、そこはこの作品のオリジナル、という事でご容赦いただきたいです。

 

 

・仁藤攻介

もう1人の魔法使い、仮面ライダービースト。生粋のマヨラー。

晴人とは異なりビーストドライバーを介してビーストキマイラというファントムと『契約』しており、定期的に魔力を食わせないとキマイラに食われて死んでしまう。

その為にファントムを倒しているのだが、どうやらジャマンガの魔力も食えるようだ。

とはいえそんな事を感じさせない明るい性格で、『ピンチはチャンス』と、非常に前向き。

カレイジャス・ソリダリティに参加した経緯は晴人とほぼ同様。

相違点として、彼ははやてとヴォルケンリッターと直接の面識はない。

 

 

・コヨミ

晴人と同じサバトの生き残り……と、思われる少女。

晴人に魔法を授けた白い魔法使いがベルトと共に託してきた少女。

実は魔力で動いており、定期的に晴人から魔力を貰わないと生きていけない。

ファントムが生まれた際の抜け殻だとされているが、真相は目下のところ不明。

現在は面影堂で晴人や輪島と共に暮らし、ファントムを見抜く特殊能力を使って彼の戦いをサポートしている。

ちなみに、あまり面影堂から出ない事や特別彼女の事がカレイジャス・ソリダリティで語られていないので、正式な部隊参加はしていない。

 

 

・大門凛子

鳥居坂署で働くしっかり者の女刑事。

0課の事を知っているので0課にもよく顔を出しているのだが、そのせいで鳥居坂署の仕事と二足の草鞋状態。

かつて彼女もゲートであり、晴人に助けられた経験から晴人達の協力者になった。

なお、参加予定は無かったものの、0課に通じていたり魔法使いの協力者であるという経緯からカレイジャス・ソリダリティにもなし崩し的に加わっている。

 

 

・奈良瞬平。

凛子と同じく元ゲートで晴人に助けられた経験から、晴人の助手を名乗る協力者。

魔法使いに憧れを持った青年で、性格は天真爛漫。少しおっちょこちょい。

晴人としては、彼の明るさに救われる事もあるのだとか。

 

 

・輪島繁

晴人とコヨミが住む面影堂の店主。

また、魔宝石を晴人の使う指輪に加工できる唯一の人物。

行くところの無い晴人とコヨミにとっての親代わりでもあるのだが、故にこそ、晴人やコヨミの身を案じている。

 

 

・木崎政範

国家安全局0課の刑事。階級は警視で、0課を指揮している。

魔法使いやファントムの戦いを追い、それを世間から隠蔽する事を主な仕事としている。

刑事として市民を守るという想いから0課を率いており、慇懃無礼な態度も多いながら、その実、人一倍正義感が強い。

ファントムの脅威への対抗と魔法使いを合流させるという名目で組織合併に参加。

以後、カレイジャス・ソリダリティの責任者の1人にもなっている。

 

 

・白い魔法使い

今のところ魔法使いとしての姿しか見せておらず、誰が変身しているのか不明。

サバトを生き残った晴人の前に現れ、ベルトとコヨミを託していった。

その後も時折姿を見せては晴人に力を与えている。

全てのファントムを倒す事が目的であると言うが、真偽は不明。

なのはの魔法を見て、プレシア・テスタロッサの事を思い出しているようだが……?

 

 

・ファントム

ゲートと呼ばれる魔力を持った人間が絶望する事で、人間を食い破る形で現れる怪物。

人間がゲートかどうかを判別できる強力な女ファントム、メデューサが現状の幹部。

晴人の前に時折姿を現している飄々とした青年のファントムもいるようだ。

基本的に同族を増やす事に終始しており、その為に必要なゲートの命は奪わないが、逆に言えばゲート以外の人間の事はどうでもいい。

ゲートにしても、最終的にはファントムにする事=事実上の死が目的なので、どちらにせよ分かり合える相手ではない。

ところでなのはは『魔力を持った人間であるフェイトが絶望した』瞬間に立ち会っているのだが、その際には何故かファントムが生まれなかった。

また、多くの次元世界を巡ってきたヴォルケンリッターも『魔力を持った人間が多く存在する世界を見てきたが、伝承ですら聞いた事がない』と疑問を口にしている。

 

 

 

────特命戦隊ゴーバスターズ────

 

・桜田ヒロム

ゴーバスターズのレッドバスターで、リーダーと認識されている。

物事をズバッと言い切ってしまい、良い意味でも悪い意味でも正直。

ついでにやや無愛想なのも相まって、少々とっつきにくい印象があるが良い人。

20歳という若さながら、バスターマシンの操縦技術は卓越したものを持っており、白兵戦の能力も高い。

ワクチンプログラムによって得た能力である超スピードはカレイジャス・ソリダリティ内でも群を抜いた素早さを誇り、それを完璧に使いこなしている。

13年というたゆまぬ努力の結晶でもあり、彼自身の才能でもあるのだろう。

特命部と二課が最初に合流した事もあり、カレイジャス・ソリダリティという組織の中では最も早く参入した人間の1人。

また、組織の中核の1つが特命部であるという理由や、彼自身がチームリーダーという点もあり、前線の音頭を取る事もしばしば。

なお、ゴーバスターズの3人に存在しているウィークポイントだが、ヒロムのそれは今作品ではまだ周囲に伝えられていない。

 

 

・岩崎リュウジ

ブルーバスター。朗らかな青年で28歳という事もあり、前線メンバーの中では年長者。

その為、特にヒロムやヨーコに対しては顕著だが保護者気味。

落ち着いた物言いややんわりとした態度で場を纏める事も多い。

ワクチンプログラムによって得た能力はパワー。その剛力は全力を出せば比類なきものだ。

ウィークポイントは熱暴走。パワーは上がるものの、見境なしに暴れまわる上に攻撃的な性格になってしまうというもの。

13年前の事件の際、唯一10代を超えていた事もあり、陣マサトについてよく知っている人間の1人でもある。

最近は年齢が19も違うなのはの登場に戸惑っている。

あと、歳の近い不動と話が合うようだ。ちなみに不動の方が年下。

 

 

・宇佐美ヨーコ

イエローバスター。明るい少女で高校に通っていれば2年生になる。

ゴーバスターズとの兼ね合いで高校には通っておらず、特命部内で勉強している。

先生代わりは相棒であるウサダなのだが、勉強自体はかなり嫌いでかなり苦手。

ゴーバスターズの中では一番若いが訓練はしっかりと積んできたので戦闘も操縦もしっかりこなす。

ワクチンプログラムによって得た能力はジャンプ力。単純な高跳びだけでなく、蹴りなどにもその威力は活かされている。

ウィークポイントはカロリー切れ。充電切れとも称されるそれは、カロリーを摂取しないと動けなくなる、というもの。その為、携帯できるお菓子をいつも持ち歩いている。

特命部と二課が合流した際、年齢の近い響と仲良くなったようだ。

また、同い年に当たるクリスの事を心配する人間の1人でもある。

 

 

・陣マサト

13年前に亜空間に消えた人間の1人であり、ビートバスター。

帰ってきたわけではなく彼のアバターでしかないが、現実での活動に支障はない。

アバターであるが故に13年前から全く変わっていない姿をしている。

当初は訝しまれていたものの、幾度かの戦い、特にグレートゴーバスターの一件から、特命部への正式な参加を果たし、そのままカレイジャス・ソリダリティにも参加している。

ちなみにアバターの見た目は27だが、実年齢は40。

特命部司令官の黒木や二課司令官の弦十郎とは13年来の仲で、それぞれ黒リン、弦ちゃんというあだ名で呼んでいる。

 

 

・ビート・J・スタッグ

亜空間からマサトによって送り込まれたバディロイド。スタッグバスター。

アバターを転送する際のマーカーであり、マサトとJが使うバスターマシンのマーカーでもある、つまりはマサトにとっての生命線。

他のバディロイドとは違い変身が可能で、かつ、変身しなくてもそこそこの戦闘ができる。

性格は俺様至上主義の唯我独尊。何かとマサトに被っては小突かれている。

 

 

・チダ・ニック

ヒロムの相棒。バイクに変形し、ヒロムの足にもなる。

ちなみに乗り物への変形はJも含めたバディロイドの中で唯一、ニックのみが行える。

バイクなのに方向音痴というウィークポイントがあり、ヒロムは彼のナビを信用していない。

が、13年間共に過ごしてきた兄同然の相棒でもあるので、精神面などではかなり信頼しているようだ。

 

 

・ゴリサキ・バナナ

リュウジの相棒。心配性なゴリラのバディロイド。

発言自体はしっかりとするが言動は少々弱気なところがある。

彼自身はメカニックで機械の整備や開発などを行う。

心配し過ぎるところもあるが、それは彼がリュウジやみんなの事を思っているからでもある。

 

 

・ウサダ・レタス

ヨーコの相棒。ツンデレなウサギ型バディロイド。

他のバディロイドよりも小さく、ヨーコの身長の半分くらいしかない。

ヨーコの勉強を担当してもいるがヨーコ自身が乗り気でないので、それが原因で喧嘩になる事も。

喧嘩の時も含めて時々つっけんどんな態度を取る事もあるが、それは大体ヨーコを大切に思っている事の裏返し。

 

 

・エネたん

初期型バスターマシンのFS-0Oに付属していたカエル型バディロイド。

ウサダよりもさらに小さいが、頭に手を置かれて「失礼なヤツ」と言う辺りプライドは高い。

エネタワー戦前に回収され、そのままエネタワー戦で活躍した。

 

 

・黒木タケシ

13年前の転送研究センターに勤めていた男であり、エネルギー管理局・特命部の司令官。

ゴーバスターズの指揮、及びカレイジャス・ソリダリティの責任者の1人でもある。

二課司令官である風鳴弦十郎、同僚の陣マサトとは旧知の仲。

厳格な態度を崩す事は少なく、時に冷徹な指示をする事もあるが、ゴーバスターズ達の勝利を信じているからこそ。

最近の悩みはマサトが『黒リン』というあだ名で呼んでくる事。

 

 

・森下トオル/仲村ミホ

特命部・男性オペレーターの森下と女性オペレーターの仲村。

若年ながら優秀なオペレーターで、ゴーバスターズ達の戦いを裏からサポートする。

また、年齢が近いという事もあってプライベートでもゴーバスターズと仲が良い。

司令と共に他組織とのやり取りも担当している為、他組織オペレーターともよく顔を合わせている。

 

 

・ヴァグラス

ゴーバスターズ、そして世界の敵。

13年前に発生したメサイア、そして亜空間からやってきた侵略者で、世界に普及するエネルギーであるエネトロンを狙う。

目的は首魁、メサイアを現実世界に顕現させる事。

その為に働くアバターとして男性型のエンター、女性型のエスケイプがいる。

使役する怪人の名はメタロイド。巨大戦力はメガゾードと呼称されている。

なお、メガゾードは本来、転送研究センターで一般的に使われていた人型重機の事。

亜空間に飛ばされた転送研究センターの施設を流用している為、ヴァグラスはそれらを悪用しているのである。

また、幾つかの軍事施設からジェノサイドロンとウォーロイドを奪取しており、それも巨大戦力として活用している。

ジャマンガ、フィーネ、大ショッカーと協力し、邪魔者であるゴーバスターズ達の排除にも力を入れ始めているようだ。

ちなみに、敵組織の協力関係を取りつけたのは全てエンターである。

最近では虚数空間に消えたはずのジュエルシードと呼ばれる魔法の宝石を9つ手に入れ、ジャマンガと共同して使う事で新たな手札としている。

既にジュエルシードという名称も把握しているが、これは亜空間でメガゾードを製作している『創造する者達』から聞いたようだ。

 

 

 

────魔弾戦記リュウケンドー────

 

・鳴神剣二

あけぼの町の新米刑事兼S.H.O.T新人隊員。

あけぼの町に赴任した直後、ジャマンガとリュウガンオーの戦いに遭遇。その際にゲキリュウケンに選ばれた事で、魔弾剣士リュウケンドーへと変身する事に。

それからしばらくジャマンガと戦い続けていたが、S.H.O.Tが組織合併に参加する都合で特命部、及び特異災害対策機動部に合流した。

直情家で人情家で勢い任せという、分かり易いぐらいの熱血漢。

いかにも若さ全開という感じだが、それ故に突っ走り過ぎてしまう事もしばしば。

とはいえ鳴神龍神流という剣の流派を修めており、剣の扱いは一級品。

刑事であるという事も相まって身体能力も高く、実力は高い。

自分の未熟さを自覚しつつもお調子者なところは変わらない。

悪く言えば無鉄砲だが、良く言えばみんなを引っ張っていける勢いがある男。

 

 

・ゲキリュウケン

剣二の相棒。大きめの剣だが、普段はモバイルモードと呼ばれる小型の姿でいる。

変身アイテムであり、剣二を導く教官であり、無二の相棒。

剣二とは対照的なほどに冷静な性格だが、そんな凸凹コンビは魔物をいつも倒してきた。

 

 

・不動銃四郎

剣二におっさん呼ばわりされる事を気にするベテラン刑事。ちなみにリュウジより年下。

魔弾銃士リュウガンオーであり、相棒のゴウリュウガンで変身する。

刑事としてもS.H.O.T隊員としても、そして魔弾戦士としても剣二の先輩であり、おっさん呼ばわりしつつも剣二も彼の事を信頼している。

銃四郎自身もまた、剣二に時々不安を覚えつつも信頼を寄せているようだ。

リュウジと同じく年長者側なので纏め役になる事もしばしば。

最近は剣二のおっさん呼びのせいであけぼの町民からもおっさん呼びされているとかいないとか。

 

 

・ゴウリュウガン

銃四郎の相棒。普段はモバイルモードで、有事の際は名前の通りに大型の銃になる。

ゲキリュウケン以上に冷静で理知的。機械的と言えるレベルだが、しっかり感情はある。

語る事は少ないが、銃四郎とは強い絆で結ばれている。

 

 

・魔弾闘士リュウジンオー

目下正体不明の魔弾戦士。分かっているのは名前と高い実力だけ。

ザンリュウジンと呼ばれる両刃の斧になる魔弾龍と共に戦場を駆け、ジャマンガにもカレイジャス・ソリダリティにも敵対行動をとる。

S.H.O.Tに対し、何らかの因縁がある様子だが……。

 

 

・ザンリュウジン

リュウジンオーの相棒。ゲキリュウケンやゴウリュウガンと同じく魔弾龍である。

軽いノリの口調である事が確認できるが、それ以外は不明。

ただ、魔弾龍に認められなければ変身は出来ないので、少なくともリュウジンオーとの関係は良好であると考えられる。

 

 

・天地裕也

S.H.O.Tの司令官。延いてはカレイジャス・ソリダリティの責任者の1人。

黒木や弦十郎と違っておとぼけた感じを見せるが、有事の際には真剣な顔を覗かせる。

普段はあけぼの署で清掃員をしており、町の噂話に耳を傾け、魔物が現れていないかを探っている。

そのふざけた態度から他の隊員からぞんざいに扱われる事もあるが、S.H.O.Tが機能しているのは彼がキチンと仕事をしているからであるという事を忘れてはいけない。

無論、口でどうこういいつつも隊員からの信頼は厚い。

 

 

・左京鈴/瀬戸山喜一

S.H.O.Tオペレーター。

男勝りで気の強い女性である鈴とマイペースでちょっと気の弱い男性の瀬戸山。

鈴は基本的に戦場で戦うリュウケンドー達をオペレートし、瀬戸山はどちらかというと魔法の開発担当。

瀬戸山がいないとマダンキーは調整できず、リュウケンドー達が使用できる状態にならない。

また、鈴も普段はあけぼの署で勤務している様子。

 

 

・栗原小町

あけぼの署とその地下にあるS.H.O.T基地に住み着く女性の幽霊。

何故か剣二とゲキリュウケンにしか見えず、最初こそ驚いたらしいが、今の当人達は特に気にした様子は無い。

幽霊である為にあらゆるところを通り抜けられるが、それだけに現世に干渉できないので基本的には剣二と話す事くらいしかしていない。

ちなみに生前どういった人物だったのかは、今のところ不明。

 

 

・御厨博士

S.H.O.Tの大本である都市安全保安局に所属する魔法博士。

ヨーロッパのパワースポットの魔法爆発に際し、その調査を行っていた流星とインガの元に現れる。

今も基本的には都市安全保安局本部で勤務しているようだ。

 

 

・魔人軍団ジャマンガ

魔物と呼ばれる怪物達の集まり。

毒虫博士Dr.ウォーム、黄金女王レディゴールド、岩石巨人ロッククリムゾンなどの幹部がいる。

活動内容としては主にウォームが生み出す魔物があけぼの町で暴れ、それによって人々を嘆き悲しませる、時には怒り狂わせる事でマイナスエネルギーを搾取するなど。

その目的はヴァグラスと同じく首魁、グレンゴーストの復活。

マイナスエネルギーが一定以上集まると復活するようだ。

ヴァグラスやフィーネ、大ショッカーと連携を取りつつ、目的に向かって邁進している。

 

 

 

────ふたりはプリキュアMax Heart────

 

・美墨なぎさ

中学3年生のショートヘアの少女。また、プリキュアのキュアブラック。

活発な少女で、ラクロス部のエース兼キャプテンを務める。

運動神経は抜群だがウィンタースポーツのみ苦手。また、勉強も嫌い。

女性にモテる女性といった感じだが、実は内面は結構繊細であったりする。

とはいえ普段は食いしん坊で明るくて、天真爛漫な少女だ。

ひょんなことからほのかと共にプリキュアになり、中学2年生の1年間を戦い抜いたが、再びドツクゾーンが現れた事で再度、プリキュアに変身する。

なのはの家族が経営する翠屋のケーキを食べていたところ、色々あってファントム退治に遭遇。そこで晴人やなのはと知り合った。

また、オープンキャンパスに天ノ川学園高校に向かったところで翔太郎、弦太朗とも邂逅。

その際、翔太郎から『他のプリキュア』の存在を聞かされている。

今のところ、本人達の希望でカレイジャス・ソリダリティに参加はしていないが……?

余談だが、今作品においてなぎさ達Max Heartの面々は『魔法少女リリカルなのは』の舞台である海鳴市在住の設定。

 

 

・雪城ほのか

中学3年生のロングヘアの少女。また、プリキュアのキュアホワイト。

科学部の部長も務めており、なぎさとは対照的に理知的。

そんななぎさとは相棒とも言える関係であり、お互いに強い信頼を抱いている様子。

礼儀正しい品行方正な性格で、なぎさと家族以外には『さん』や『くん』を付ける。

なぎさほど運動が得意ではないが運動神経が悪いわけではない。

また、勉強は学年トップを維持するレベルで、中学生で習わないような知識まで把握している勤勉な学生。

ブラックとホワイトは2人揃わないと変身できないので、基本的になぎさと一緒。

なので仮面ライダーや魔法少女との出会いなどもなぎさと同じである。

 

 

・九条ひかり

なぎさとほのかが中学3年生になった時、新入生として現れた謎の少女であり、シャイニールミナス。

何処か不思議な雰囲気を纏わせているが、彼女の正体はクイーンの命である。

なので厳密に言えば人間ではない。しかし血液型があるくらいには人間と変わらない模様。

今では学校にも少し慣れてきており普通の少女と変わらぬ様子。

本人も自分がどういう存在なのか戸惑っている様子で、クイーンの命と言われてもピンと来ていないというのが本音。

性格は礼儀正しい。少し引っ込み思案で天然なところがほのかと違うところ。

晴人や攻介、なのはとはファントム退治の際に顔見知りになっているが、オープンキャンパスには同行していなかったので翔太郎達には名前だけしか知られていない。

 

 

・藤田アカネ

本編未登場。なぎさ達の通うベローネ学院のOGで、姉御肌の気の良いお姉さん。

TAKO CAFÉという移動式屋台でたこ焼き屋を運営している。

ひかりを住まわせており、本人曰く『いとこ』だそうだが……?

 

 

・メップル/ミップル/ポルン

それぞれなぎさ、ほのか、ひかりのパートナー。光の園という別世界の妖精である。

メップルはワガママで食いしん坊、ミップルは穏やかでしっかり者、ポルンはメップルに輪をかけてワガママで、幼い子供のようだ。

ドツクゾーンとの戦いが終わった後に眠りについていたが、再び戦いが始まったのをきっかけに目覚めた。

これでも勇者、姫君、王子と、凄い二つ名を持っている3匹。

また、決してドツクゾーンから逃げる事も無い勇敢な妖精達である。

 

 

・クイーン

光の園に鎮座し、そこを治める女王。光の意志の具現化でもある。

慈愛と優しさに満ちた女王であったのだが、先のドツクゾーンとの戦いで力を使い果たし、3つの要素、それぞれ『12のハーティエル』、『命』、『心』の3つに分かれてしまった。

プリキュアの今回の目的はクイーンの復活である。

『心』はいつでも『命』であるひかりを見守っているらしい。

故にプリキュアは12のハーティエルを見つける事を主な行動指針にしている。

 

 

・ドツクゾーン

ジャアクキング率いる闇の軍団。

クイーンと対を為すジャアクキングは『闇』そのもの。

先の戦いで消え去ったかのように思われていたが、新たな幹部が出現した。

四天王と呼ばれるサーキュラス、ビブリス、ウラガノス、バルデスの4人がそれである。

目的はクイーンの復活阻止とジャアクキングの復活。

ザケンナーという闇の生物を何らかの存在にとりつかせ、怪物として使役し、プリキュアに襲い掛かる。

また、最近ではファントムにザケンナーを取りつかせるなどもしてみせた。

ザケンナーは通常の攻撃では決して滅びる事は無く、光による浄化が必須。

故に、倒せるのはプリキュアのみである。

 

 

 

────ふたりはプリキュアSplash☆Star────

 

・日向咲

海原市夕凪町に住む中学2年生。また、キュアブルーム。

ソフトボール部で投手と4番打者を務めており、運動神経はピカイチ。しかし勉強は苦手。

明るく元気、マイペースでいつもみんなを引っ張る太陽のような存在。

家がPANPAKAパンというパン屋で、彼女も接客や配達、パン作りもできるようだ。

大空の樹という夕凪町にある大きな木の下で舞やフラッピ、チョッピと出会い、プリキュアに初めて変身。ダークフォールとの戦いに身を投じていく。

ある時に風都を訪れ、翔太郎やたまたま風都に来ていた士と顔見知りに。

また、その後にも翔太郎達を通して響や未来と知り合い、夕凪町に現れた光写真館から夏海達とも出会っている。

彼女達もなぎさ達と同じく、未だカレイジャス・ソリダリティに入ってはいないが……?

 

 

・美翔舞

最近夕凪に引っ越してきて、夕凪中に転校してきた少女。また、キュアイーグレット。

元々、5年前までは夕凪に住んでいたので帰ってきたという表現の方が適切か。

5年前に咲と一度だけ出会っており、その時もフラッピやチョッピと遭遇している。

おとなしめな性格でお淑やか、あと少しだけ天然なところも。

ほのかと同じく咲や家族以外には『さん』、『くん』、『ちゃん』付けを外す事は少ない。

絵を描く事が趣味で美術部に所属。デッサンをしている事も多く、集中している時の彼女は幾ら話しかけても反応が全くない程である。

咲とはプリキュアという事もあり早くに打ち解け、今ではすっかり親友。行動を共にする事も多い。

 

 

・フラッピ/チョッピ

それぞれ咲、舞のパートナー。妖精ではなく厳密には精霊という区分。

滅びの危機に瀕した泉の郷からやってきており、滅びの原因であるダークフォールから支配された泉を取り戻す事を目的にしている。

また、このままでは緑の郷=咲達の住む地球も泉の郷と同じく滅ぼされてしまうので、それを救うためにやってきたという経緯も。

フラッピは花の精。ワガママなところもありつつ、咲よりしっかりした部分を覗かせる事も。

チョッピは鳥の精。舞同様に穏やかでおとなしく、やや天然なところがある。

 

 

・日向みのり

咲の妹で小学2年生。

姉の事が大好きで、一度喧嘩になった時には心の底からショックを受けていた。

舞のフォローもあって仲直りしているが、その時に響達と少しだけ顔を合わせている。

 

 

・ダークフォール

アクダイカーンと呼ばれる存在が支配する滅びの国。

全ての世界と命を滅ぼす事を目的にしており、その為に全ての命を司る世界樹を滅ぼす為、それを支える7つの泉の内の6つを滅ぼした。

プリキュアの目的はこの6つの泉の奪還、及び7つ目の泉の防衛である。

一方でダークフォールの目的は7つ目の泉、『太陽の泉』を滅ぼして、完全に世界樹を滅ぼす事。

闇に染められた精霊が物体や生物に取りつく事で発生するウザイナーという怪物を使役する。

滅ぼした泉にはそれぞれ滅びの戦士と呼ばれる幹部がついており、現在、火の泉を支配するモエルンバがプリキュアと戦っている。

ドツクゾーンの闇同様、ダークフォールの滅びの力にも浄化の力が必要であり、プリキュア以外で倒す事はできない。

 

 

・精霊

万物に宿る不思議な命。ブルームとイーグレットの力の源でもある。

泉の郷、緑の郷問わず本当に何処にでも存在しており、何にでも宿っている。

これが闇に染められると物体、あるいは生物は怪物へと変貌してしまう。

対義語が陰我で、精霊とは異なり人間の負の感情から発生するもの。

陰我もまた万物に宿り、そのバランスが崩れて陰我が暴走するとホラーが現れるゲートが出現してしまう。

普通なら陰我に対抗するように精霊が均衡を守っているのだが、精霊が闇に染められた際、そのバランスが崩れてホラーが現れる事がある。

 

 

 

────魔法少女リリカルなのはA’s────

 

・高町なのは

小学3年生の9歳。ひょんなことから魔法少女へと変身する。

数ヶ月前にジュエルシード事件に巻き込まれ、そこで戦いを経験、新たな友達を得て、何だかんだと事態は終息し、元の日常に戻っていた。

そんな時、ゲートを狙うメデューサに狙われ、晴人やなぎさ達と知り合う事に。

その後、東京エネタワー戦で出現したジュエルシード搭載メガゾードの気配を感じ取り、出撃。

ジュエルシードの封印ができる現状ただ1人の魔導士である為、自分から協力を申し出て、そのままの流れでカレイジャス・ソリダリティに民間協力者として加入する。

9歳とは思えない程にしっかり者で、努力家。勤勉な性格だが運動は少しだけ苦手。

優しく明るい、それでいて友達と無邪気に遊ぶなど、年相応な一面も勿論ある。

当然と言えば当然だが、現状のカレイジャス・ソリダリティで最年少。

 

 

・レイジングハート

なのはのパートナー。インテリジェントデバイスと呼ばれる人格型AIを搭載した魔導士補助の杖。

平たく言えば魔法の杖であり、普段は赤い球状の形態でなのはのペンダントとしてぶら下がっている。

冷静かつ情熱的とも言える性格で、向上心を持って訓練を続けるなのはの教官役でもある。

 

 

・フェイト・テスタロッサ

先のジュエルシード事件、またはプレシア・テスタロッサ事件と呼ばれる事件の関係者。

実質的な実行犯なのだが複雑な事情が絡んでおり、現在は無罪に向けて裁判中。

利用されていただけという背景もあり基本的に無罪放免で固いようだ。

事件の後、なのはと友達に、そして再会を誓い合っている。

実は『アリシア・テスタロッサ』という亡くなった少女のクローン。アリシアが存命なら妹に当たる。

 

 

・アルフ

フェイトの遣い魔。故にフェイトの身を心の底から案じ、フェイトと共に行動する。

人型形態にもなれる橙色の狼で、主に格闘戦やサポート能力を有している。

現在はフェイトと共に裁判中だが、同じく無罪に向けて順調な様子。

 

 

・クロノ・ハラオウン

時空管理局執務官。フェイト達の裁判を受け持っており、先の事件でなのはとも知り合い。

未知の魔力反応があった事から地球で何かあったのでは、と勘付き、友人に地球の資料を頼んだところ、『地球にはかつて魔法文明が存在した』事実を突き止める。

が、それだけで情報があまりにも少なく、何らかの事件の前触れではないかと不安を募らせていた。その不安は的中している事を彼はまだ知らない。

 

 

・ユーノ・スクライア

本編未登場。ジュエルシード事件を独自に追う中でなのはと知り合い、レイジングハートを託した。

いわばなのはにとって全ての始まりであり、魔法の先生でもある。

今はフェイトの裁判で証人をしており、彼女達の無罪の為に頑張っているようだ。

 

 

・プレシア・テスタロッサ

本編未登場。『A’s』以前のキャラクターであり、フェイトの母親。

名前そのままだが、プレシア・テスタロッサ事件という事件の主犯。

その目的は『アルハザード』と呼ばれる伝説で語られる都へと赴き、『真の娘』であるアリシアを蘇らせる事だった。

フェイトは『新たな肉体を造り、そこにアリシアの記憶を転写させる事で蘇らせる』という計画の際に生まれたクローンに過ぎず、そこに愛情は無かった……らしい。

最終的には9つのジュエルシードと共にブラックホールのような空間、虚数空間へと消えていった。

白い魔法使いは彼女の事を知っているようだが……?

 

 

・八神はやて

海鳴市に住む天涯孤独の8歳。6月4日で9歳になった。

足が動かず、家でも1人で過ごしていたのだが、ある日メデューサに襲われた事をきっかけに晴人と知り合う。

それから度々訪れる晴人達の事を少し遠慮しながらも信頼しており、特に晴人に対しては心を許している模様。

実は闇の書の主であり、誕生日に闇の書が起動。

それをきっかけに現れたヴォルケンリッターという4人と不思議な同居生活を始めている。

 

 

・シグナム/シャマル/ヴィータ/ザフィーラ

闇の書の守護騎士。主を守護する4人の騎士である。

順に、厳格な性格のリーダー各、シグナム。おっとりとした参謀各のシャマル。

勝ち気な性格のアタッカー、ヴィータ。冷静沈着な守りの要、ザフィーラ。

ザフィーラのみ男性で、他は全て女性。そんなザフィーラも蒼い狼の姿でいる事が多い。

彼女達は歴代主達から道具のように見られていたのだが、新たな主であるはやては彼女達を家族として受け入れた為、そのギャップに戸惑っているようだ。

今のところはやて以外だと、メインキャラクターの中では晴人としか面識はない。

 

 

・石田幸恵

海鳴大学病院の医師で、はやての主治医。

原因不明のはやての足の麻痺を治療する為に懸命に頑張っており、はやての心も気遣っている優しい先生。

誕生日の際にも連絡を入れており、プライベートでも気にかけているようだ。

ヴォルケンリッターや晴人に怪訝そうな目を向けているが、はやてに危害も無く、本人も楽しそうなので一応の納得をしている。

 

 

 

────戦姫絶唱シンフォギア────

 

・立花響

リディアン音楽院に通う15歳の少女。

2年前のツヴァイウィングのライブの際、胸に突き刺さったガングニールの破片によってシンフォギアを身に纏い、ノイズと戦う事になる。

第3号聖遺物ガングニールの装者として特異災害対策機動部二課に所属。

明るく活発、困っている人を放っておけない性格なのだが、その延長線で戦いに身を投じた辺りを弦十郎からは『歪』と称されている。

最初は素人同然の戦い方だったが弦十郎に師事、そこで学んだ事を士との模擬戦でブラッシュアップしていく事でめきめきと成長していく。

その為、本作品では弦十郎だけでなく士の事も師匠として見ている。

副担任の士とはお互いに二課所属という事もあり何かと一緒に行動する事も多い。

雪音クリスと分かり合えないかと模索し、人と人との戦いに心を痛めている。

 

 

・風鳴翼

リディアンに通う3回生で18歳。第1号聖遺物・天羽々斬の装者。

自他共に厳しく真面目。その実、優しくて泣き虫で寂しがりやとは周囲の談。

特に相棒である奏を喪った事から意固地になっていたフシがあり、奏の力を受け継いだ響との出会いでそれが爆発。一時期、関係は最悪だった。

紆余曲折あったが今ではすっかり響の事を認め、銃四郎との会話を皮切りに良き先輩で在ろうとしている。

大人気アーティストでもある為、部隊に新規加入した面々は彼女に反応する事が多い。

響と未来、それに翔太郎やヨーコなど、部隊内にアーティスト・風鳴翼のファンも多い。

 

 

・雪音クリス

第2号聖遺物・イチイバルの装者。現在は第3勢力として放浪している。

元々はフィーネの陣営だったが見限られ、元々天涯孤独だった事もあり、1人。

響達から差し伸ばされた手も跳ね除け、1人で何処にともなく彷徨い続けている。

そんな中でカレイジャス・ソリダリティに接触する前の未来、晴人、映司と出会い、人の優しさに触れて内心非常に戸惑っている。

フィーネに追われる=ノイズに追われるなので、彼女の行く先は基本的にノイズの戦場。

その為、ノイズによる被害を抑えるために極力誰かと関わろうとはしない。

 

 

・小日向未来

中学時代からの響の親友。クラスメイトでもあるので、士とも関わりがある。

当初は響の戦いをまるで知らなかったが、ある時にそれを知ってしまい、それが原因で2人の仲に亀裂が走ってしまった。

結局、クリスとの出会いを通じて自分の中で答えを見つけ、響と和解。以後、親友に戻った。

その件で色々と知りすぎたため、弦十郎の計らいで二課の民間協力者という立ち位置になっている。

その為、戦闘能力がないながらも二課に出入りできるようになった。

二課の協力者である為、そのままカレイジャス・ソリダリティの参加者にもなっている。

 

 

・風鳴弦十郎

特異災害対策機動部二課の司令官。カレイジャス・ソリダリティの責任者の1人。

元々、組織合併の案は彼が提案したもので、政治のしがらみで動き辛いシンフォギア装者を少しでも動きやすくしようという計らい。

大らかで豪快、黒木や天地、木崎とはまた違ったタイプの司令官。

黒木やマサトとは13年前からの付き合い。マサトからは『弦ちゃん』と呼ばれており、苦笑いしつつも黒木のように拒否反応を示す様子は無い。

超常の身体能力を持ち、翼の最強の一撃を受け止める事すらもできる規格外の男。

そんな彼でもノイズに掠りでもしたら炭になってしまうので、ノイズが蠢く前線には出る事ができないというのが実情。

 

 

・緒川慎次

風鳴翼のマネージャー兼二課のエージェント。忍者だというウワサ。

基本的には礼儀正しく、物腰穏やかで優しい性格の好青年。

翼のマネージャーであるので彼女の移動などの身の回りの世話などもしている。

 

 

・櫻井了子

特異災害対策機動部二課の研究者で、実質的な副司令。

シンフォギアの起動や実戦レベルでの導入に大きく貢献した『櫻井理論』を提唱する自他ともに認める天才研究者。

メディカルチェックなどの医療的行為、考古学などにも通じ、あらゆる分野において知識を有している。

性格は明るく奔放、マイペースで笑顔が絶えない気の良いお姉さんといった感じで、そのノリに士が振り回される事もしばしば。

時折、自室の研究室で普段とは違う顔を覗かせているが……?

 

 

・藤尭朔也/友里あおい

二課のオペレーター。ボヤキの多い男性の朔也と、冷静な現場に出る事もある女性のあおい。

二課の銃後の守りであり、その腕は本物。敵出現から状況終了まで、決して気を抜かずに装者達をサポートする。

現場で事後処理をする中であおいが配る暖かい飲み物は装者達に好評なようだ。

 

 

・広木威椎

日本の防衛大臣で、二課の組織合併を後押ししてくれた人物。

二課の行動には厳しい姿勢を見せていたが、それは偏に異端技術を扱い、誤解を受けやすい二課の事を思いやっていての事。

組織合併もヴァグラスなどの脅威について理解しつつ、二課が動きやすくなるようにと賛同してくれた経緯がある。

が、何者かによって暗殺。親米派の副大臣がスライドしてそのポストに収まっている。

地球の本棚で犯人を捜そうとしたが、本に鍵がかけられているという予想外の事態が起こっており、この件に関しては謎が深まっている。

 

 

・フィーネ

正体不明の美女。

二課の内情を知り尽くしているフシがあり、その情報の出所をエンターは掴んでいる様子。

とはいえ、そのエンターですら彼女の目的には辿り着けておらず、真意は不明。

クリスに起動させたソロモンの杖を使いノイズを操る。

かつて失われたネフシュタンの鎧やイチイバルを保有し、クリスに与えたのも彼女。

現在はヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカーと共同戦線を組んでいる。

少なくともカレイジャス・ソリダリティの敵であるという事だけははっきりしているのだが……?

 

 

 

────獣装機攻ダンクーガノヴァ────

 

・飛鷹葵

元トップカーレーサー。同時に人気ファッションモデル。

ノヴァイーグルの操縦者で、ダンクーガのメインパイロットを務めている。

ダンクーガのパイロットに選ばれた際にカーレーサーを引退し、今はモデル一本。

サバサバした性格でクールというより何処か冷めた印象を受ける。

数回ヴァグラスとゴーバスターズの戦闘に介入し、ゴーバスターズ側に味方する。

自分が何故ダンクーガのパイロットなのか他のメンバー同様に疑問に思いつつも、その疑問は拭えぬままにカレイジャス・ソリダリティに参加する事になった。

 

 

・館華くらら

麻薬捜査官。ノヴァライガーの操縦者で、ダンクーガでは射手担当。

口数が少なく物事を割とずけずけと言う。

これはチームD全員に共通しているが、やはり何処か冷めた印象を受ける。

 

 

・加門朔哉

職業は無し。ホームレスで、自由に奔放に生活しているらしい。

ノヴァライノスに搭乗し、ダンクーガではブーストノヴァナックル担当。

なお、その生い立ちやホームレスになった理由は今のところ不明。

 

 

・ジョニー・バーネット

職業はサラリーマン。ちなみに凄腕らしい。

ノヴァエレファントに搭乗し、ダンクーガでは断空砲のセッティング、及びミサイルデトネイターの発射を担当。

メンバーの中では唯一敬語を崩さない口調。

『月刊・男の○○』という怪しげな雑誌を購読しており、本編では『月刊・男のロボット』が登場。メガゾードについても記載があるようだ。

 

 

・田中

田中とだけ呼ばれているダンクーガの自称・中間管理職。

下の名前は不明で、そもそも名字が田中なのかも怪しい謎の人物。

チームDにとっては司令官なのだがどうやら彼にも上司がいるらしく、そこからの指令を伝えているだけらしい。

おとぼけた性格だが、時折鋭い目つきを覗かせる事も。

 

 

・イザベル・クロンカイト

女性ジャーナリスト。

ダンクーガについて追う記者で、彼女が書く記事は殆どがダンクーガの事。

ダンクーガの出現に際して現場に赴く事も多く、その際は急場ながらレポーターも兼任している。

本編では東京エネタワー戦の際、なのはがスマートフォンを通して彼女の報道を目にしている。

 

 

・R-ダイガンのパイロット

女性である事が一切不明の謎のパイロット。

東京エネタワー戦で突如現れた謎の機体・R-ダイガンのパイロットで、ダンクーガについて何かを知っている様子。

現状、ヴァグラスとダンクーガにのみ敵対行動をとった。

 

 

・エイーダ・ロッサ

本編ではヨーコの口からのみ語られている新人アイドル歌手。

新人ながら人気も高く、テレビでその姿を見る事も多いらしい。

 

 

 

────牙狼────

 

・冴島鋼牙

最強の騎士・牙狼の称号を受け継ぎ、東の番犬所に所属する魔戒騎士。

口下手で無愛想、ついでに無口で士以上に表情を変えない為、厳しい印象を受ける。

門矢士を居候させており、度々ホラー狩りにも突き合わせている

士との会話は一見すると不仲だが、彼をずっと見てきたゴンザからすれば微笑ましいものらしい。

実際、士を心配するような素振りを少しだけ見せており、彼の明確な変化だとザルバも思っている。

夕凪の一件で咲、舞、夏海、ユウスケ、翔太郎、響、未来とも顔見知りになるが、魔戒騎士の掟の事もあって牙狼の事は話さず、カレイジャス・ソリダリティに参加もしていない。

その後、士の見舞いに来た時に響と再び邂逅した。

実力は非常に高く、生身でも並の怪人程度なら一蹴できる。

 

 

・ザルバ

鋼牙の指に嵌っている意思を持つ指輪。

少なくとも先代牙狼=鋼牙の父の頃から牙狼と共にあり、幼少の頃から鋼牙と共に過ごしてきた。

ちょっと偉そうな態度と威勢のいい口調が特徴的な鋼牙の相棒。

同居人であるゴンザや、居候の士ともたまに話している

 

 

・倉橋ゴンザ

冴島家に仕える執事で、鋼牙にとっては亡くなった父の親代わり的存在でもある。

基本的に冴島家の屋敷で働いているのは彼1人なため、掃除も料理も何もかも彼が行っているが、苦にしている様子はない。

士との出会いでほんの少しだが変化を見せてきた鋼牙の事を喜ばしく思っているようだ。

 

 

・観月カオル

ホラーや魔戒騎士とは何ら一切関係の無い画家を夢見る女性。

収入を得るためにバイトを転々としており、今はクスクシエで働いている。

その時、たまたま出くわした映司とクリスの顔を見た事がある。

 

 

・三神官

東の番犬所を統括する神官。

3人の少女の姿をしているが、それが真の姿なのかは不明。

彼女達の悪戯で命を落とした魔戒騎士もいるらしく、騎士達からの評判は悪い。

しかしながら別世界から来た士=ディケイドに警戒心を抱いているらしく、士という魔戒騎士と関係の無い人間に鎧を見せた事で掟に反した鋼牙を『士の事は特例として扱う』として、罰を免除。

悪戯好きの三神官が罰を与えなかった事に鋼牙も内心驚いていた。

 

 

・ホラー

太古の昔から魔戒騎士と戦ってきた魔獣。

別世界である魔界の住人で、人間の負の心が寄り集まった陰我が溜まったオブジェの影をゲートに出現し、心の闇を持つ人間に憑依し、他者を食らい始める。

ただし、日中の魔戒騎士の務めでオブジェの影にある陰我を取り除けばある程度発生を抑止できるので、出現頻度は少ない。

もしも1ヶ月に数回以上現れるようなら異常事態を疑うべきである。

余談だが、陰我はマイナスエネルギーとイコールで結ばれる。

あけぼの町で発生したマイナスエネルギーは全てグレンゴーストに吸い尽くされるので、陰我がオブジェに溜まらず、ゲートが現れない。

故にあけぼの町には現在、一切ホラーが現れていないようだ。

 

 

 

────カレイジャス・ソリダリティ────

 

今作品における正義の味方達の部隊。スパロボで言う自軍部隊。

綴りは『Courageous Solidarity』。

命名者は風鳴弦十郎、及び責任者一同で、意味は直訳で『勇気ある連帯』。

特命部、特異災害対策機動部、S.H.O.T、0課の4組織が一時合併をする事で結成された。

 

当初予定されていた戦力は

 

・エネルギー管理局・特命部のゴーバスターズ(ヒロム達3人のみ)

・特異災害対策機動部二課のシンフォギア装者(翼のみ)

・S.H.O.Tの魔弾戦士。

・0課の協力者である魔法使い、及び0課に新規参入した仮面ライダー。

 

であり、詳しく書くならば

 

・レッドバスター、ブルーバスター、イエローバスター、及びバスターマシン。

・第1号聖遺物・天羽々斬装者の風鳴翼。

・魔弾剣士リュウケンドー、魔弾銃士リュウガンオー。

・仮面ライダーウィザード、仮面ライダービースト、仮面ライダーバース。

 

という計9人とバスターマシンが全戦力になる予定だったのだが、これに加えて

 

・陣マサトとビート・J・スタッグ、及びBC-04とSJ-05。

・第3号聖遺物・ガングニールの新たな適合者(立花響)。

・異世界からの来訪者(ディケイド、クウガ、キバーラ)。

・各地の仮面ライダー達(W、オーズ、フォーゼ、メテオ)。

・各戦場を転々としていたダンクーガの参加。

・ジュエルシード出現に呼応し、予期せぬ魔導士の出現(高町なのは)。

 

以上が正式、あるいは民間協力として加入した事により、当初の想定を大きく上回る戦力を得る事になった。

目的は1つ、ヴァグラスなどの敵組織を全て倒し、世界に平和をもたらす事である。



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第71話 魔法使いの祖母

 カレイジャス・ソリダリティの名の下に、数多の戦士が集まった。

 徒党を組まれたというのは、所謂『悪の組織』と称される面々からすれば厄介な事この上ない。

 特に、戦士が結集していく様を見せつけられたエンターはそれを苦々しく感じている。

 

 そんな彼だが、現在はジャマンガの根城を訪れていた。

 エネタワーでの作戦に協力してくれた彼等だが、その際に幹部の1人であるロッククリムゾンを失った事もあり、一応様子を見に来たのだ。

 エンターがやってきた時、Dr.ウォームは魔物を生み出す炉の上に大きな岩の破片を乗せ、それを見つめていた。

 

 

「サヴァ、Dr.ウォーム。マドモアゼル・レディゴールドは?」

 

「ん、エンターか。さての、奥で休んでおるんじゃろうて。

 ゴーバスターズにそこそこやられたようじゃしな」

 

「そうですか。……して、それは……ムッシュ・ロッククリムゾンの破片ですか?」

 

「なぁに、ロッククリムゾンが倒された後、遣い魔達に回収させたのよ」

 

「ほう、それはまた。埋葬でもするのですか?」

 

 

 冗談を言うような口ぶりのエンターの言葉をウォームは笑い、首を横に振った。

 

 

「馬鹿を言うでない。ちゃぁんと理由がある。ま、その内に分かる筈ぞよ」

 

ジュヴォワ(なるほど)?」

 

 

 フランス語で相槌を打ち、エンターは炉の上に置かれた岩の破片に視線を移した。

 ツインエッジゲキリュウケンの一撃で砕けた、物言わぬ岩。

 それ以上でも以下でもない筈だが、幹部だけあり、まだ何か隠し玉があるらしい。

 

 

(利用方法があるのか、再生の算段がついているのか。

 いずれにせよ、取り立ててご機嫌を伺う必要もないようですね。

 疑似亜空間の件で、ジャマンガに一応の恩を売っておいたのは正解でしたか)

 

 

 エンターはジャマンガの様子を見に来た。

 そもそも何故そんな行動に出たかと言えば、『ヴァグラスの作戦行動に付き合った結果、幹部を1人減らしてしまった』という状態であったジャマンガに、何か難癖をつけられないかというのを懸念したからだ。

 ところがその心配もなさそうである。

 

 ヴァグラス、ジャマンガ、大ショッカー、フィーネによる共同戦線。

 結果として敗北を喫したが、ジャマンガも大ショッカーも特に痛手とは感じていないようだ。

 ヴァグラスとしても益は無かったが、所詮メタロイドやメガゾードは使い捨て。

 良い事ではないが、今回の敗北は軽傷でしかないのだ。

 

 

(しかし、不意を突かれたとはいえεが早々に敗れてしまいました。

 ムッシュ・ロッククリムゾンもこの有様……。

 ノイズも足止めには有効ですが、シンフォギア装者と、ディケイド……でしたか、あのライダーがいる為に絶対的とは言えない。

 大ショッカーも相当数の怪人と、かなりの力を有していた怪人が倒されている……)

 

 

 フム、とエンターは思案する。

 表情に焦りは無く、彼は現状を正確に把握しようと努めていた。

 

 

(こちらも向こうも戦力が増え続けている。

 疑似亜空間のように、こちらが有するアドバンテージもありますが、うかうかしていられませんね。

 ……やれやれ、ゴーバスターズが3人だった頃が懐かしいです)

 

 

 エンターがエネタワー戦で確認できたゴーバスターズ、及びその仲間の合計は20人。

 そこにダンクーガを合体状態で計算するとしてプラス1機。

 単純計算、最初のゴーバスターズの7倍だ。

 ヴァグラス側もジャマンガをはじめとした組織と手を組んでいる為、どっこいどっこいとも言えるのかもしれないが。

 

 

(とはいえ、こちらも引けを取っている戦力というわけではありません。

 ゴーバスターズ側が余所と手を組んでいる限り、こちらの同盟も当面は問題なしと判断して、概ね大丈夫でしょう。

 作戦遂行も今まで通りで、今は問題なさそうですね)

 

 

 実際、バスターマシンのエネトロンを全て使いきらせ、アルティメットDの猛攻はディケイドを一歩間違えば死ぬところにまで追い込んだ。

 ロッククリムゾンも2号の助けが無ければリュウケンドーとリュウガンオーを倒していただろうし、レディゴールドにもその高速に対応するのがやっと、という感じだった。

 ゴーバスターズ側も相当な戦力だが、ヴァグラスも決して後れを取っているわけではない。

 

 結果が敗北だったというのが一番の問題ではあるが、先のエネタワー転送は首元まで迫っていた策ではあったのだ。

 楽観はできないが、悲観するほどでもない。

 それがエンターの出した結論であった。

 

 

「どうしたんじゃ、急に黙り込んで」

 

「いえ、少し考え事を。ジャマンガとしては、今後はどうするつもりですか?」

 

「どうするもこうするも、マイナスエネルギーを集める事には変わらん。

 ま、何をどうするかはこれからじゃがな」

 

「こちらも同じですね。……それではまた、次の作戦の時に」

 

「うむ。……む? 待て、お主何をしに……?」

 

 

 流れで会話をしていたウォームがエンターに疑問の目を向けるものの、既に彼はデータの粒子となって消えてしまった後だった。

 単なる状況報告の会話だけで終わってしまい、特に何も無く帰っていたエンターに首を傾げるウォーム。

 まさかご機嫌を伺いに来ただけとは露とも思っていなかった。

 

 厄介な事になる前にご機嫌を伺い、悪ければ機嫌を取っておく。

 それはメサイアの我が儘に振り回されているエンターならではの思考だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ジャマンガ基地より現実空間、ビルの屋上へ帰還したエンター。

 そこには彼を待ち受けていた人物が1人、もう1人のアバターであるエスケイプの姿が。

 両腕を組んで軽やかに歩いてくる彼女は面白いものをみるように笑みを浮かべている。

 

 

「前の戦いは惜しいところまでいったみたいじゃない?」

 

「これはこれは、マドモアゼル……。先の作戦では姿を見せませんでしたね?」

 

「貴方が何処までできるのか見てたのよ。

 もっとも、今回の結果にパパはとっても怒ってるでしょうけど?」

 

「で、しょうね。マジェスティの機嫌が良い方が稀ですが……」

 

 

 彼等の首魁であるメサイアからは辛抱というデータが欠落している。

 そんな筈は無いのだが、そう例えても遜色ない程にメサイアは待つという事が嫌いだ。

 目の前の快楽を優先して長期的な目的をないがしろにさえしている。

 他組織との共同戦線にしても、かつてあけぼの町で大量のメガゾードを呼び出す為に準備期間を置いた事にしても、説得には難儀した。

 ゴーバスターズが多くの戦士と共闘し、これまで以上の脅威となる事を必死にプレゼンした記憶はエンターの記憶データの中でも鮮明だ。

 

 

「貴女は動かないのですか? 怠慢していては、それこそマジェスティの怒りは貴女に向きますよ?」

 

「分かってるわ。だから次は私の番。そう……イイものを見つける為にもね」

 

 

 なまめかしい笑みを残してエスケイプの姿は粒子となって消えた。

 次は彼女の作戦が始動する。エンターとは異なる理由で造られた彼女ではあるが、メサイアを現実空間へ帰還されるという意思は同じ。

 如何な作戦であれ彼女単独の初陣。

 

 

「……お手並み拝見」

 

 

 虚空にその呟きを残し、エンターは怒るマジェスティが待つ空間へとその身を送った。

 

 

 

 

 

 さらにまた、別の場所。

 何年も使われておらず、人気ゼロの寂れたジム。

 幾つかのトレーニングマシンが残されているが、内部は散乱し、建物そのものも穴が開いている部分すらあるという有様。

 そこに1人、筋肉隆々な屈強な男がトレーニングマシンを使って体を鍛えていた。

 この奇妙な男を尋ねる黒髪の美しい女性が1人、ファントムのメデューサだ。

 

 

「頑張っているわね、『ワータイガー』」

 

「……! メデューサ様」

 

 

 ワータイガーと呼ばれた男は声の主に気付き、トレーニングを中断して女性の前で跪いた。

 メデューサはファントムの中でも幹部に位置するファントムであるから、彼女に逆らう者はそうはいない。

 それでも割と奔放な性格のファントムもいる中で、ワータイガーは珍しいくらいに従順だ。

 

 

「今朝1人、ゲートを見つけたの。手を貸してくれる?」

 

 

 怪しく笑うメデューサに対し、頭を下げる事で答えるワータイガー。

 メデューサには人がゲートであるかどうかを見分ける力がある。

 それでいて実力も相応な為、ファントムがゲートを絶望させる時、その作戦は大抵、メデューサが主導になって行われる。

 

 ヴァグラス、そしてファントム。

 悪の魔の手は、また誰かに伸びようとしていた。

 

 

 

 

 

 一方、ゴーバスターズの側。

 カレイジャス・ソリダリティの正式発足の翌日に、ヒロムは特命部の訓練室へやってきていた。

 広い空間、模擬戦も行える此処で、ヒロムと相対する男性が1人。

 

 

「さぁて。じゃ、お手並み拝見と行きますかァ」

 

「呼びされたと思ったら、いきなりですか」

 

 

 それは陣マサト。ビートバスターその人だ。

 今日は彼がヒロムを訓練室にまで呼び出し、それにヒロムが答えた形だった。

 そして2人が揃うや否や、マサトはモーフィンブラスターを取り出す。

 臨戦態勢、と言ってもいいだろう。

 

 

「前に、もっと強くなってもらわなきゃ困るって言ったよな?」

 

「ええ」

 

「エースパイロットのお前はグレートゴーバスターでも要だ。

 グレートゴーバスターは疑似亜空間で戦う為の形態……なんて、勘違いはしてないだろ?」

 

「……本物の亜空間、ですか」

 

「そ。疑似亜空間の突破はあくまで偶然の副産物みてーなもんだ。

 グレートゴーバスターの役割は、マジの亜空間に突入する為にある」

 

 

 疑似亜空間はヴァグラスが繰り出してきた、ゴーバスターズ側からすれば予想外の一手。

 当然、マサトにとってもそうではあったのだが、そこに本物の亜空間へ突入する為に設計されたグレートゴーバスターが偶然にも噛み合った。

 

 そう、あくまでも偶然。

 グレートゴーバスターの真の役割は、ヴァグラス本拠地への突入だ。

 そしてそれは、ヒロム達の悲願を叶える事にも直結する。

 

 

「お前はまだグレートゴーバスターの負担に長時間耐えられない。

 それにお前、何度かメタロイドにも負けかけてただろ?

 掃除機のメタロイドとか、この前のエネタワーでのメタロイドにだってな」

 

「…………」

 

 

 マサトやJと初めて出会った時のメタロイドであるソウジキロイドにも、先日のスチームロイドにも、確かにゴーバスターズは相当の苦戦を強いられた。

 否定できない、否定する気もない事実を前に、ヒロムはただ、マサトの言葉を聞く。

 

 

「1つ弱さを知って強くなった、グレートゴーバスターも扱えないわけじゃねぇ。

 訓練や実戦を重ねてるから、前よりはお前も強い筈だ。

 でも、まだ足りねぇんだわ。もっともっと強くなってもらわなきゃ」

 

「だから模擬戦、ですか?」

 

「そゆこと。少なくとも俺に勝てないようじゃあ、いっそ諦めた方が早いぜ」

 

「お断りです」

 

「やる気だけあっても、実力もなきゃ意味はねぇぞ」

 

「やってみせます」

 

 

 ────It's Morphin Time!────

 

 

「「レッツ、モーフィン!」」

 

 

 ヒロムのモーフィンブレスとマサトのモーフィンブラスターの電子音声が重なった。

 同時にスーツが転送され、2人は変身が完了する。

 さらにお互いにトランスポッドを押して、武器を転送。

 レッドバスターはソウガンブレードを、ビートバスターはドライブレードを手に携え、構えた。

 

 まずはレッドバスターが駆けた。

 接近、ナイフを扱う要領でソウガンブレードを細かく振るうが、その全てを悠々とした動きで払うビートバスター。

 両者のブレードがぶつかり合う度に火花が散り、金属音が鳴った。

 

 

「ほぉらどうしたどうした? 13年間の訓練はそんなもんか?」

 

「……ッ!!」

 

 

 ブレードを振るうが、攻撃は簡単に受け流されて隙になる。

 力比べだとブレード同士が鍔迫り合えば、その力に押し負ける。

 格闘術を織り交ぜて戦ってはいるが、それも器用に手や足で払ったかと思えば、ひらりひらりと躱し、的確な一撃を決めてくる。

 

 

(直接戦うのは初めてだが、強い……!!)

 

 

 ビートバスターのスペックはレッドバスターの想像以上だった。

 それは恐らく、ビートバスターというスーツの数値以上に、それを使いこなしているマサトの技量によるものが大きい。

 どれだけスーツのスペックが高くても、攻撃をいなす、躱すという動作は、装着者の技量に完全に委ねられる部分だ。

 遅れを取っているのはその部分。つまり、これはビートバスターが強いというよりも、陣マサトが強い、というべきなのかもしれない。

 

 

「くっ……!」

 

「いっとくけど、アバターだからとかじゃねぇぞ? ま、死なねぇのは利点だけど、なッ!!」

 

「ッ! ぐあッ!!」

 

 

 下段から振り上げるような斬撃がレッドバスターのスーツに火花を散らした。

 少し浮き上がり、後方へ転がるレッドバスターだが、すぐさま立ち上がり体勢を立て直す。

 一方でビートバスターは余裕を見せ、ドライブレードの切っ先をレッドバスターへ向けた。

 

 

「そんな程度かぁ? それで亜空間の人達を助けに行けんのかよ?」

 

「まだまだ……ッ!」

 

 

 闘志を見せてはいるレッドバスター。

 しかしながら、どうにもその動きにビートバスターは『甘さ』を感じていた。

 

 

(スイッチが入りきってねぇなぁ。こんなもんじゃねぇだろ、ヒロム)

 

 

 ビートバスターが確認したいのは、メタロイドや人々を襲う敵達に相対している時のような、正真正銘本気のレッドバスターの実力だ。

 でなければ今、この模擬戦に意味は無い。

 というわけでビートバスターは、天才と謳われる知能で考えた。

 こういう場合、一気にスイッチを入れるには、怒らせるのが手っ取り早いだろうと。

 

 

(……はー、気が進まねぇなぁ)

 

 

 レッドバスターを怒らせる方法は簡単だ。

 簡単なのだが、その方法というのがビートバスターとしても気持ちが良いものではない。

 とはいえ、一番手っ取り早いのはそれだ。

 やるしかないか、と、ビートバスターは溜息を吐き、再びいつもの口調で話し始める。

 

 

「……はぁー……ホンットよぉ、何でこんな事になっちまったんだかなぁ。

 お前の親父さんのやった事、知ってるよな」

 

「……亜空間への転送の事ですか」

 

「そうそう。あれさ、マジで迷惑だったんだよ」

 

 

 ヒロムの父親は転送研究センターのセンター長。

 つまり、あの場所で責任者をしていた人物であり、センターのコンピュータが暴走した際、それを抑えるためにセンターごと亜空間への転送を決断した人物でもある。

 ビートバスターが切り出してきた話は、それ。

 しかしその言葉は、まるでヒロムの父親を蔑むかのようでもあった。

 

 

「考えてもみろよ。暴走したシステムを何とかするためとはいえ、勝手に転送して、脱出できたのはお前達子供3人とバディロイドだけ。

 決めたのは、お前の親父さん。巻き込まれた俺達が迷惑してないわけないだろ?」

 

「ッ……!」

 

「英雄的決断だか何だか知らねぇが、お気楽に人を巻き込むなって話だ。

 焦りすぎたんだよ、あん時のセンター長は」

 

「……そこまでいうなら、何で俺達に手を貸すんですか。

 グレートゴーバスターの事も、あのクリスマスプレゼントのオルゴールの事も!」

 

「お前等しかいないからだよ。俺達を助けられんのは。

 だから焚き付ける理由とか要素が必要だったんだよ。

 まさか、慈善事業で協力してるなんて思っちゃいねぇよな?」

 

「こ、の……ッ!! 父さんが、どんな思いで転送を決断したと思ってるんだ!!」

 

 

 それは第3者が聞けばあまりにも酷な罵詈雑言だった。

 父親の事を、あまつさえ、今まで自分達に協力してきた事を、全て覆しかねない言葉の羅列。

 ただ利用する為だけに此処にいるんだ、そう言わんばかりの言葉。

 故に、その言葉にレッドバスターが敬語すらかなぐり捨てて熱くなるのは、当然の事で。

 

 

「ハッ!!」

 

「おぉ、いいねいいねぇ! こんくらい勢いがなきゃあな!!」

 

 

 先程よりもより苛烈に、より過激に、レッドバスターはソウガンブレードを振るう。

 身に沁みついた体術が繰り出され、時折、ビートバスターからマウントを取る事すらも、その勢いは可能にした。

 しかしその姿勢からもビートバスターは抜け出し、決め手といえる一撃が出せない。

 ビートバスターの戦い方は、『巧い』。

 それでいて単純な力もあるので押し負ける事もそうは無い。

 だが、レッドバスターの勢いは、さらに増していっていた。

 

 

「ッ!!」

 

「うおっ、とォ!?」

 

 

 一瞬、ほんの一瞬の隙を見つけたレッドバスターはビートバスターの足元に組み付き、掬い上げるようにして彼を地に叩き伏せた。

 背中と後頭部が地面に打ち付けられて怯んだ瞬間、レッドバスターは右手に持ったソウガンブレードをビートバスターの頭目掛けて突き出した。

 相手はアバター。確かに遠慮する理由は無いし、そうでなくとも寸止めできるだけの技量はある。

 しかしその一撃すら、ビートバスターは左足でレッドバスターの肩を抑える事で止めてしまった。

 

 

「くっ……!!」

 

「惜しいねぇ。でも、今のはちょっと効いたぜ?」

 

 

 肩が抑えられているせいで、右腕がそれ以上前に突き出せない。

 さらに左足を押し込んでレッドバスターを怯ませたビートバスターは、寝そべった体勢から抜け出し、彼と距離を取った。

 

 

「はっ。まあ、勢い任せとはいえ、実力はあるみたいだな」

 

「……フーッ……もう、満足ですか」

 

「ん?」

 

 

 レッドバスターは自分を落ち着かせるように大きく息を吐いたかと思えば、冷静な、そして敬語交じりの言葉を投げた。

 おどけた仕草を見せるビートバスターとは対照的に、レッドバスターは常に落ち着いた動作だ。

 

 

「わざとですよね、さっきの言葉。俺を焚き付ける為ですか」

 

「あー……バレてたか」

 

「亜空間の中にあったオルゴールを持ってきてくれた事、黒木司令や風鳴司令にも信用されてる事。そんな貴方があんな事をいきなり言うのは、幾らなんでも不自然です。

 ……多少は頭に来ましたけど」

 

 

 ビートバスターの罵倒は怒らせる方法としては適切であった。

 ところが、今までの事を考えると明らかに不自然な言動だったのである。

 わざわざクリスマスプレゼントのオルゴールを届けてくれて、信頼できる司令官2人の旧友、おまけに何度か一緒に戦っている人。

 初めて邂逅した時とは違って信用できる要素がある程度揃っている今、彼の言動はヒロムからすれば『わざと怒らせようとしている』と、丸わかりだったのだ。

 とはいえ内容が内容。少し怒っていた事も、また事実ではあるが。

 それを物語るように、レッドバスターはやや不機嫌そうな声色である。

 

 

「なんだ、意外と冷静だったんだな」

 

「怒った俺……本気の俺を見たかったって事ですか?」

 

「まあな。あんだけ焚き付ければ火も点くだろ?」

 

「もうちょっとマシな方法なかったんですか」

 

「悪ィ悪ィ。でもま、それを理解してくれたからマジでかかってきたんだろ?」

 

「ええ、まあ。

 ……あんな事言われなくても、負けるつもりはありませんでしたけど」

 

「おぉ、負けず嫌いだねぇ、ヒロムクンは」

 

 

 ケラケラと笑ってからかうようなビートバスターに対し、レッドバスターは「それに」と付け加える。

 

 

「仮に陣さんのさっきの言葉が全部本心で、陣さんが父さんを殴りたいっていうなら止めませんよ。

 亜空間の人達を助けて全てが終わった後で、ですけど」

 

「へぇ、割り切ってるっていうか、結構しっかり受け止めてんのな」

 

「父さんはそれだけの事はしてます」

 

「ふーん。思ったより肝が据わってるみたいだな」

 

 

 レッドバスター、ヒロムも、父親の決断については思うところがあった。

 その決断が間違っていたと言いたいわけではなく、確かにあの日、あんな事に巻き込まれた人達の中で、転送を決断した父を恨む人がいてもおかしくはないと。

 焚き付ける為の嘘とはいえマサトの言葉でそれを突きつけられたヒロムだったが、動じなかったのはそういう理由もあったのだ。

 

 

「……ま、安心しな。さっきの言葉に本心は少ししか混じってねぇよ」

 

「少し……?」

 

「ああ。『お前等しかいない』って部分だけは、本当だ。

 知っての通り、亜空間への生身の転送に耐えられるのはお前等だけ。

 だからヴァグラスをシャットダウンできるのは、仮面ライダーでも、魔弾戦士でも、シンフォギア装者でもなく、お前等だけだ」

 

 

 それはレッドバスターにもよく分かっている事。

 どんなに仲間が増えても、どんなに戦力が強化されても、最終的にヴァグラスの根城である亜空間へ行けるのはゴーバスターズだけ。

 数多ある力の中で『ヴァグラス』への『ワクチン』となりえるのは、彼等だけなのだ。

 

 

「ま、何にしても、強くなんのが一番の近道ってこった」

 

「分かってます。俺達は必ず亜空間に行きます。

 そしてヴァグラスも、ヴァグラス以外の敵も、全部シャットダウンしてみせます」

 

 

 結局、今回の訓練はビートバスターの優勢のままで幕を閉じる。

 レッドバスターも食らいつけないわけではないのだが、勝つ事はできなかった。

 

 しかしこの訓練で、ヒロムはより一層に決意を固めた。

 そもそも先日のエネタワーでの戦いからしてギリギリのもの。

 だからこそ思うのだ、強くならなくてはいけない、と。

 亜空間に行きヴァグラスをシャットダウンする為にも。

 マサトの発破もあり、ヒロムの想いは強く燃え続けていた。

 

 

 

 

 

 模擬戦終了後、ヒロムとマサトはトレーニングルームを後にした。

 肩で息をするヒロムとは対照的にマサトは余裕の表情。

 これはマサトが手加減をしていたというわけでもなく、単純に彼が人間ではなくアバターなのが理由。

 けれどもヒロムとしては自分が息を上げている横で涼しい顔をするマサトが恨めしい。

 苦々しげな目線を感じ取ったマサトだが、それでもへらへら笑っているので尚の事。

 

 

「アバターはいいですね、疲労が無くて」

 

「まーな。この姿のいっちばん楽な点はそこだ。

 まあ現実の体じゃねーから飯は食えねーし、色々と人間の楽しみはねーけどな」

 

「……すみません、軽率でした」

 

「おっ、気にしちゃった? ヒロム君は優しいねぇ、偉いぞぉ~」

 

「謝罪は撤回します。気にした俺が馬鹿でした」

 

「ひっでーの。年上は敬えよー?」

 

「ええ、黒木司令や風鳴司令の事は尊敬してます」

 

「俺だけハブかよ!」

 

 

 ヒロムとマサトは2人だけの会話。

 珍しいどころか恐らく初めてなのだが、グレートゴーバスターの一件の事などもあってか、意外と会話は普通だ。

 ともすれば軽薄にも近いマサトにクールな態度と反応を示すヒロム。

 2人はこんなやり取りを続けながら特命部の通路を、司令室に向けて歩き続ける。

 

 ちなみに司令室を目指している理由は単にコーヒーを飲む為。

 司令室に備え付けられているコーヒーメーカーを使おうというだけの事である。

 あとは司令官とオペレーターがいるところで暇を潰そうというだけ。

 

 ゴーバスターズは当番と非番が決められているが、当番の時もヴァグラスをはじめとした敵が出てこない限り、基本は暇。

 その間は訓練などに時間を当てるのだが、それも今しがた終わってしまったばかり。

 平たく言えば手持ち無沙汰なのだ。

 

 

「……ん?」

 

 

 ふと、通路の分かれ道の近くでヒロムが足を止めた。

 それにつられたマサトがヒロムの視線をなぞるように目を動かしてみると、分かれ道のど真ん中に同僚の姿が。

 同僚と言ってもリュウジやヨーコのように見知った仲ではなく、最近になって同僚になった程度の、まだよく知らぬ関係性でしかない。

 ヒロムの目に映る女性の名は飛鷹葵。ダンクーガのメインパイロットだ。

 

 

「あら、えーっと……桜田ヒロム君と、陣マサトさん、だったわよね。

 丁度良かった、ダンクーガが入ってる格納庫ってこっちであってるかしら? 道は聞いたんだけど、初めての場所でちょっと迷いそうなの。ここ、複雑すぎない?」

 

 

 ヒロム達に気が付いた葵が確認の為、自分の進もうとした方向を指差す。

 特命部の地下通路は非常に広大で、一口に格納庫と言っても複数の場所が、それも隣接しているわけではなく点々としている。

 内部が複雑な構造となっているのは敵の襲撃などを想定しているからなのだが、初めて内部に入った人間にとっては迷路同然だ。

 

 

「合ってるが、ダンクーガの様子を見に来たのか?」

 

「ま、そんなとこかな、一応自分の機体だし。

 それに、特命部の中を見てみたかったの。これからお世話になりそうだからね」

 

「他の3人はどうした? 一緒じゃないのか」

 

「悪いけど、私達は寄せ集めの他人同士なの。四六時中一緒に居るわけじゃないわ」

 

「……チームなんだろ?」

 

「表面上はね。別に連帯感とかチームワークとか……そういうの求められても困るわ。

 そっちとは違ってね、ゴーバスターズさん」

 

「それでよくやっていけてるな」

 

 

 葵の態度がやや斜に構えている事を差し引いてもヒロムの態度と視線は幾分か刺々しい。

 ダンクーガのこれまでの行いを考えれば自然な反応ではある、と、葵自身も思っている。

 しかしながらヒロムのダンクーガへの思いは少しばかり複雑だ。

 戦争介入による争いの長期化という経歴に対し、ヴァグラスとの戦いに介入して数回助けてもらった、という事実も同時に存在しているからだ。

 

 

「私達が仲間になるのは、慣れないかしら?」

 

「ああ。お前達も何も知らされてないというのは聞いたが、それでもな」

 

「知りたいのはむしろ私達の方よ。何も知らせずに戦わせるって、こっちの方が悪の組織してるってカンジ」

 

 

 ダンクーガの事は特命部をはじめとした各組織だけでなく、パイロットにすらも様々な事が秘匿とされている。

 初めて聞いた時はヒロム達も呆気に取られたものだが、当のパイロットである葵達はとっくの昔に呆れかえっていた。

 どんなに聞いても、どれだけ探っても、結局は何1つ分からないままなのだから。

 

 

「田中さんの言う『上司』に会ったら、思いっきりとっちめてやろうかしら」

 

「ダンクーガ本来の司令官だったか。どんな人なんだ?

 ……まさかとは思うが、それも知らないなんて事は」

 

「はい、そのまさか」

 

 

 何を聞いても返答がなく、葵も他のパイロットもいい加減苛立ちがあるらしい。

 ついでに言えば姿すら現さない事も苛立ちを助長する要因だ。

 正しくお手上げ状態な葵は両手をヒラヒラと上げつつ、呆れかえった表情はそのまま。

 ところで、若い2人の色気ゼロの会話を聞き続けていたマサトはというと。

 

 

(ダンクーガ……能力はバスターマシン並、下手すりゃそれ以上のポテンシャル持ち。

 ンなモンのバックに何がいるのか……機体を調べりゃ少しは何か出てくるかもしれねぇとは思うんだが……)

 

 

 彼は彼でダンクーガの事は以前から気になっていた。

 メガゾードとは異なる技術体系で造られた、今の戦争に用いるには明らかにオーバースペックなロボット。おまけに合体機構持ち。

 マサトの場合ダンクーガ側の目的調査と言うより、エンジニアの血が騒ぐと言った方が適切だが。

 

 

「……っていうか陣さん、黙ってるなんて珍しいですね。普段は黒木司令に怒られるくらいなのに」

 

「おっと。なーに、俺もちょっと考え事をな」

 

 

 いつまでもだんまりのマサトを流石に不審に思ったヒロムが訝し気な口調と共にマサトの顔を覗き込む。

 真面目な顔で思案中だったマサトは一瞬ピクリと反応したかと思えば、いつも通りの軽い笑みを湛えた。

 続いて発せられた言葉は、マサトが何を考えていたのか知る由もない2人にとっては突然の事だっただろう。

 

 

「なぁ葵ちゃん、俺も格納庫まで付いていっていいか?」

 

「え? ……構わない以前に、それを決められるの私じゃないわよね?」

 

「ま、そりゃそうだ。つーわけでヒロム、司令室にはお前だけ行け!」

 

「別にいいですけど……。どうしたんですか、急に?」

 

「ちょいとダンクーガさんを拝みにな。興味もあるし、この前はジュエルシードの事とか歓迎会の事とかもあって、ゆっくり見物ってわけにもいかなかったし」

 

「そ? じゃあタイミングいいかもね。ダンクーガの整備士さんが来てるはずよ。

 『セイミー』さんっていうんだけど」

 

 

 葵が出したのはダンクーガの担当整備士の名前。

 ダンクーガが特命部に預けられた事を知って、自分よりも早い段階で特命部に顔を出している筈、というのが葵の弁。

 名前を聞いたマサトは「ほほー?」と、何故だか口角をニヤケさせた。

 

 

「名前からして女の人だったりすんのか?」

 

「ええ。中々のスタイルと美貌を持った、美人整備士さんってトコかしら」

 

「ほっほう! 俄然、ダンクーガさんのトコに行きたくなってきたねぇ!」

 

「セクハラとかしないでくださいよ。っていうか、そういうとこホント黒木司令や風鳴司令とは違いますね」

 

「あの2人の方がそういうとこで堅物過ぎるんだよー」

 

 

 この不誠実そうな笑顔が本当にあの2人と旧知の仲なのか。

 しかし時折見せる真面目な態度を鑑みると、この雰囲気は一種の『フリ』なのか。

 何にせよ掴みどころがない彼はヒロムに「じゃなー」と後ろ手で右手を振り、格納庫へと去っていった。

 

 

「……おじさんみたいな事言うわね、あの人。

 本当はあの姿じゃないんだっけ? あの、アバターとかいう」

 

「実年齢は40だ」

 

「マジ?」

 

「見た目以上にノリのせいでそうは見えないが、時々おっさん臭いのは否めないな。

 ……陣さんを追えば迷わなくて済むぞ、行ったらどうだ?」

 

「それもそうね。じゃまたね、ヒロム君」

 

「ああ」

 

 

 マサトの複雑な事情も込みで、先の歓迎会でカレイジャス・ソリダリティのメンバーの事は全員が共通して把握している。

 尤も、1回の授業で全てが把握できないのと同じように、全員が全員の事を完璧に覚えているというわけではないのだが。

 ともあれマサトを追う葵の後ろ姿を見送ったヒロムは、当初の予定通りに司令室へと歩を向けた。

 

 

(……そういえば陣さん、何で13年前の姿でこっちに来ているんだ?)

 

 

 マサトとの会話が原因だろうか、葵との会話が原因だろうか。

 ともかく『アバター』とか『年齢』の話をしたせいで浮かんだのであろう。

 ふと湧いたその疑問は、彼の中に小さな引っ掛かりとして残り続けた。

 

 

 

 

 

 例えばシンフォギア装者はリディアン地下の二課本部を拠点としているし、ゴーバスターズは特命部を拠点にしている。

 では、ダンクーガの拠点は? その回答が此処だ。

 

 此処は『龍牙島』。

 ダンクーガの秘密基地が建設されている、地図にも載っていない無人島だ。

 ダンクーガや、それを運ぶ輸送機等の整備をできるだけのスペース、パイロット達や整備士達の居住区、プール等のスポーツを楽しめる場所、果ては露天風呂等々……。

 無人島という広大な空間に様々な施設が存在している。

 

 基地内の司令室も広々とした空間が広がっているが、そこにたった1人だけ中年の男性が立っていた。

 自称・中間管理職の田中。彼は中空に表示されているモニターへ眼鏡を光らせていた。

 普段はマサト以上にへらへらとしている彼だが、今の彼は口角が上がるような気配すらない。

 

 

「R-ダイガンの出現、カレイジャス・ソリダリティへの参加。

 これらも全て、ダンクーガに必要な事象である……という事でしょうか?」

 

 

 モニターへ投げかけられた何処か重たい声色の言葉。

 ゆったりとした声で答えたのは、モニターに映る長髪の男性だった。

 彼は霧を払う者、『フォグ・スイーパー』を略して『F.S』と呼ばれている。

 本名ではなくコードネームのようなものだが、その真の名は田中ですらも把握していない。

 龍牙島の基地、『ドラゴンズハイヴ』の最高司令官である事以外は、完全に不明な人物だ。

 

 彼との通信はF.Sの方から一方的に。

 葵達の前に姿を見せた事も無く、用心深さ、秘密主義っぷりは異常なまでに徹底していた。

 

 

『ああ。ダンクーガは今後、人類に仇なす存在と戦っていく事になる。

 これはダンクーガの『役割』の1つでもある』

 

「特命部にダンクーガを回収していただきましたが、機体を調査されればこちら側の機密も漏れるのでは?」

 

『問題ない。そう簡単に理解できるものでも無い。それに……』

 

「それに?」

 

 

 一瞬の間があった。

 まるで何かに思いを馳せているように見えたのは田中の気のせいだろうか。

 

 

『ヴァグラスとの戦いは、『彼』との約束でもある』

 

「彼、というのは?」

 

『……何、昔の友人さ。今はもういないがね』

 

 

 田中がF.Sに連絡を取るのは、ダンクーガに関しての事務的な報告の為。

 基本的に堅苦しい話ばかりになるせいもあって、田中がF.Sから感情的なものを感じた事は無い。

 無機質。それがF.Sのイメージだったからか、遠い目をしている彼を見るのは少々意外だった。

 しかしながらそれは関係の無い事。田中は引き続き事務的な言葉で応対する。

 

 

「今後の予定は?」

 

『カレイジャス・ソリダリティの出撃要請に従って戦えばいい。

 それ以上の事は無く、私や君のスタンスも今までと変わりなく、だ』

 

「分かりました……」

 

 

 通信はそこで一方的に打ち切られた。

 F.Sの『友』が誰であるか、田中が詮索する事は無い。

 彼自身もダンクーガについて把握していない事は多く、それに関して触れたところで回答は得られないと知っているから。

 あくまでも田中は、中間管理職としての役目を全うするだけだった。

 

 

 

 

 

 司令室に入ったヒロムが最初に抱いた感覚は「いつもと違う」だった。

 司令官とオペレーターの2人は基本的に常にそれぞれの席にいる。

 バディロイドやリュウジ、ヨーコがいる事も多いが、今日のようにいない事もある。恐らく自室にいるか、自分とは別の訓練に励んでいるのだろう。

 違和感の正体は司令官の席、その目の前にいる背広を着た男だった。

 部屋の開く音に気付いた背広の男は振り向いてヒロムの顔を認識すると、彼の名前を呟く。

 

 

「桜田ヒロム……だったな」

 

「確か……0課の後藤さんですよね? 仮面ライダーの。何で此処に?」

 

「先日の歓迎会で大方の事は理解したが、やはり飲み込めていない部分もあってな。

 君達の事やヴァグラスの事……色々と聞きに来たんだ」

 

「マメですね」

 

「こういうところは、キッチリしておきたいんだ」

 

 

 後藤は雰囲気による第1印象で真面目と感じられやすく、そしてそれは大正解だ。

 ヒロム達の能力とウィークポイント、エンターのこれまでの作戦、その他諸々。

 埋めきれなかった分の情報を埋めに来たという事らしい。

 質問に答えていた黒木も感心したように頷いている。

 

 

「味方組織や敵組織、各人の経歴やそれぞれの武装や変身する姿……。

 あれだけの情報が一気に詰め込まれたんだ、不明瞭な点も多いだろう。

 こちらとしても、教えて問題の無い範疇であれば答えない理由もないからな」

 

「成程……」

 

 

 いくら1つになったとはいえ、他組織に話せない最高機密レベルの事があるのは何処の組織も同じだ。だけどもそういった事柄以外であれば味方に伝えない理由は無い。

 納得したヒロムであったが、一方で後藤は納得できていない事があるらしかった。

 

 

「ですが、分からない点も多いです。特に陣マサトの事に関しては」

 

「……! それは俺も気になってました、何で陣さんが13年前の姿のままなのかとか……」

 

 

 後藤の疑問は偶然にも、ヒロムが抱える引っ掛かりに似ていた。

 現在、亜空間の内部がどういう状態なのかは殆ど謎である。

 解析班も努力しているのだが、効果的な情報は得られていないというのが現実だ。

 その為、亜空間の有力な情報源は実際にそこにいる陣マサトに絞られる。

 問題はマサトが自分の状態も含め、殆ど何も話していないということ。

 

 

「それに関しては私も思っていたが、今以上に答えさせるのは厳しいだろうな。

 裏があるのかないのか、中々見せない。真面目な話をしようとしても、スルリと抜けてしまう」

 

 

 黒木は彼の性格をよく知っていた。

 だから彼からこれ以上情報を引き出すのは無理だと知っている。

 だから彼と真面目に取りあおうとしても誤魔化されると知っている。

 

 

「……だが、決して悪意でやっているわけではないだろう。何か理由がある筈だ」

 

 

 だけど彼を、信頼できると知っている。

 かねてよりの付き合いだからこそ分かる事もあるという、彼を見てきたが故の信頼。

 ヒロムと後藤も、誰よりもマサトについて知っている黒木にそう言われれば、押し黙る他なかった。

 

 

 

 

 

 勇気ある連帯という名前の元に集った戦士達は数多く、そのそれぞれにそれぞれの居住区や行動範囲がある。

 1つの組織になったとはいえ、常時全員が1つに固まっているわけではない。

 

 例えば0課の後藤が特命部に顔を出す一方で、魔法使いの操真晴人は全く別の場所にいた。

 それは此処、海沿いの道で開かれた移動式のドーナツ屋・はんぐり~。

 彼は店先に出ている客用の椅子にゆったりと腰かけ、プレーンシュガーを頬張っている。

 

 

「しっかし店長、何だって今日は此処まで来たの? 探すの苦労したぜ?」

 

「まあまあいいじゃない! たまには少しくらい足を伸ばしてみるのも、手なのよ!

 ま、どっちにしても? ハル君はいつもどーり、プレーンシュガーしか買ってくれないけどっ」

 

「そこは譲れないね」

 

 

 オカマ口調の店長は、威嚇するように唇をツンと突き出すが、晴人はあくまで気にしない。

 はんぐり~は車で営業する移動式の屋台である。

 だから場所を転々として営業をするのだが、今日はいつもの行動範囲よりも少し遠い場所、海鳴市にまでやって来ていた。

 なのはやなぎさ、ほのか、ひかりが住まうこの町に来ているのは何の縁か。

 はやての事もあり、最近はやたらと海鳴に縁があるなぁ、と思う晴人。

 

 

(ま、この町とはこれからも長い付き合いになるかも)

 

 

 海鳴市で晴人が出会った面々はそのどれもが独特な経歴を持っている。

 1つは、同じ組織に属する事になった魔法少女、高町なのはと相棒のレイジングハート。

 2つは、闇の書の主となったはやてと、それを守護するヴォルケンリッターの4人。

 そして最後に、プリキュアとシャイニールミナス。

 なのはとは間違いなく今後も共闘するだろうし、はやての家には何度も顔を出しているし、これからもそれは続けるつもりだ。

 

 そしてプリキュアとルミナスだが、これについては翔太郎とフィリップの『カレイジャス・ソリダリティに加えるかどうか』という話が頭をよぎった。

 加えるかどうかはともかく、晴人や攻介と知り合いであり、なのはとも知り合いであるという立場上、どうしても無関係とは言い難い。

 どうなるかは未定だが、少なくともこれから二度と会わないという事はまず無いだろう。

 

 

「あー!? 晴人さん!?」

 

 

 例えば、今まさに会ったりするわけで。

 聞き覚えのある声が晴人の名前を呼び、声の方向へ顔を向けてみれば、そこには制服姿の彼女達。

 

 

「あ、なぎさちゃん達。よっ」

 

 

 3人組の少女達。

 それはなのはと共に出会った、なぎさ、ほのか、ひかり、つまりプリキュアの3人。

 制服姿である事や少しだけ陽が落ち始めた時間帯から、彼女達が下校中である事が分かる。

 はんぐり~の屋台に近づいてきた3人を代表して、なぎさが声をかけた。

 

 

「どうしたんですか? 何で此処に?」

 

「うん、このドーナツ屋の常連なんだけどさ、これが見ての通り動くもんだから。

 で、此処の店長が今日はこの辺で営業するって言ったから、ちょっとね」

 

 

 状況を説明する晴人の言葉を聞き、ひかりが屋台を見ながら反応を示す。

 

 

「アカネさんと同じなんですね」

 

「アカネさん?」

 

「はい。私がお手伝いをしている、TAKO CAFEっていうたこ焼き屋さんで……。

 此処のドーナツ屋さんと同じように、場所を移す事もあるんです」

 

「へー。たこ焼き屋さんか」

 

「スッゴイ美味しいんですよ、アカネさんのたこ焼き! 晴人さんも今度食べてみます!?」

 

「いいね。じゃあ今度、行かせてもらおうかな」

 

 

 ひかりの丁寧な説明の後、なぎさがアカネさんなる人物のたこ焼きを絶賛した。

 熱く語る口調から、とても美味しいのだろうという事は良く伝わる。

 

 

(仁藤でも連れてくか。マヨネーズだし)

 

 

 たこ焼きと言えばマヨネーズをかける事が多い。

 ドーナツにかけるのは如何なものかと思うが、たこ焼きならば無問題。

 彼とたこ焼き屋はベストマッチだろう、などと考える晴人。

 と、そこに店長がひょっこりと顔を出す。

 

 

「ねぇねぇ! ハル君の知り合い?」

 

「ん? まあね、色々あって」

 

「ふーん! この辺の学校の生徒さんね! どう? ドーナツ食べてかない?」

 

「勿論! ね、ほのか、ひかり!」

 

 

 いの一番に反応を示すなぎさは2人にも話を振り、そんな2人もそれぞれに食べてみたいと口にした。

 そんなわけで、はんぐり~は無事、3人のお客さんを確保したのである。

 屋台のケース内に展示されているドーナツを見つめて、3人はあれもいいこれもいいとドーナツを選び始めた。

 晴人はというと、プレーンシュガーを頬張りながら、既にはんぐり~側で用意されている屋外に置かれた木製の椅子に座り、その様子を見つめている。

 

 

「すいませーん! この、『本日のおスペ』っていうのは何ですか?」

 

「よくぞ聞いてくれたわ! それは私が考案した日替わりのスペシャルメニューよ!

 味は確かだから、オススメなの! 何処かの誰かさんはぜんっぜんっ買ってくれないけどね!」

 

「俺はこだわりがあんの。そう不貞腐れないでよ、店長」

 

 

 晴人と店長の冗談っぽい軽い会話から、本当に常連なんだな、というのが伺える。

 そんなやり取りを余所に、なぎさ達はその『おスペ』に興味を抱いたようだ。

 ちなみに本日のおスペは、ミルクチョコとホワイトチョコでコーティングされ、美しい白と黒のコントラストを描く『マーブルドーナツ』という代物らしい。

 

 

「ねぇほのか、これにしない? マーブルスクリューみたいだし。

 ……そういえば、マーブルって何?」

 

「マーブルはそもそも大理石という意味で、マーブル柄っていうのも、その大理石の模様から来ているそうよ。

 確かにこのドーナツはチョコレートで綺麗なマーブル柄を描いていて、素敵ね」

 

「流石は薀蓄女王のほのか。じゃあ、これでいい? ひかりは?」

 

「私は……晴人さんが食べているプレーンシュガーっていうのも、気になります」

 

「んー、じゃあ両方買っちゃおう!

 すみませーん! プレーンシュガーとマーブルドーナツ、3つずつくださーい!!」

 

「「はーい! ただいまー!!」」

 

 

 答えたのは店長と車内の奥で顔を出していなかった男性店員の2人。

 オカマっぽい店長に加え、この若い男性店員がはんぐり~の従業員だ。

 2人は慣れた手つきで3つの袋に指定された2種類のドーナツを詰めて、3人がそれぞれに差し出したお代と交換する形でそれらを手渡した。

 3人は店長達にお礼を言うと、晴人と同じく屋外スペースの椅子に腰かける。

 早速開封、それと同時に鼻腔を刺激する甘い匂いが解き放たれた。

 なぎさは甘さにやられたのか、だらしのない顔を見せている。

 

 

「うーん、甘い匂い! 早速いただきまー……」

 

「なぎさー! なぎさー!!」

 

「すっ……って何よ! メップル!」

 

「僕もお腹が空いたメポ!」

 

 

 そこで声を出したのは、なぎさの鞄にぶら下がっているホルダーに収納された携帯。

 正確に言えば携帯に姿を変えているメップルだ。

 なぎさは鞄を抱き締め、店長達の方を挙動不審気味に確認している。

 メップルやミップルの声は他の人に聞こえない、何て都合の良い事は無く、彼等の姿や声は一般人にも筒抜けだ。

 そうなればこの不思議生物にパニックは免れず、プリキュアの事までバレる恐れがある。

 なので、なぎさはメップルの声に動揺したのだ。

 

 店長の方を確認、特に何かがバレた様子もない事に安堵した後、なぎさは相棒へ声を潜めつつ怒りを向けた。

 

 

「ちょっと! 見つかったらどーすんのよ!!」

 

「でもお腹空いたメポ。お世話するメポ」

 

「あんたねぇ……」

 

「ほのか~……ミップルもおやつが食べたくなってきたミポ」

 

「はいはい、じゃあ気付かれないように……」

 

 

 なぎさとほのかがそれぞれにハートフルコミューン状態の相棒を取り出す。

 一見ただのガラケーにしか見えないが、実態は妖精の変身した姿だ。

 回転開閉するようになっているそれを開き、コミューンの上部装填口にハート型のカード、『プリキュアハート』を入れて、上部を1回転。

 するとシャボン玉のようなものがコミューンから浮き上がり、その内部にはメップルとミップル、そしてもう1人の妖精がいた。

 

 コックのような妖精の名は『オムプ』。

 メップルとミップルのお世話係の1人で、料理担当。デザート類もだ。

 2人はオムプにドーナツを注文すると、不思議な力でドーナツが発生。

 そうして2人は美味しそうにドーナツを食べて、幸せそうな顔を見せた。

 以上全て、シャボン玉のようなものの中で起こっている。

 

 

(……すっごい魔法っぽいよなぁ。俺よりファンタジー……)

 

 

 プレーンシュガーを食べながらそれを見つめる晴人が感心したような、何とも言えない感覚に襲われていた。

 ひかりの方に目を向けてみれば、彼女の相棒であるポルンも同じような状態だ。

 如何にも絵本の中のファンタジーな光景が目の前に展開していると信じられない気分になるが、そもそも彼自身も魔法使いである。

「俺よりファンタジーなんて言葉、普通使わねぇよ」、と自分が心中で呟いた言葉に自らツッコミを入れて、晴人はプレーンシュガーを食べ進める。

 

 

「ふぅー、さ! 改めて、いただきまーす!!」

 

 

 慣れた様子な辺り、いつもの事なのだろう。

 メップルをしまったなぎさは改めてドーナツを手にして、頬張る。

 同じくほのかとひかりもそれぞれに、まずはマーブルドーナツを口にした。

 口に広がる甘さ、チョコの僅かな苦味ともベストマッチといったところか。

 店長の自信に嘘は無く、確かにマーブルドーナツは絶品であるようで。

 

 

「スッゴイ美味しい! こんな美味しいドーナツなら、毎日通っちゃうかも!!」

 

「そうね。甘さの加減も絶妙で、どんどん食べられそう。ひかりさんはどう?」

 

「はい! とっても美味しいです!」

 

 

 はしゃぐような勢いでドーナツを絶賛するなぎさ、冷静ながら朗らかな笑みを見せるほのか、明るく純真な笑顔を見せるひかりと、三者三様の喜び方。

 ともあれ店長のドーナツが気に入られたらしく、常連の晴人も何だか嬉しく感じていた。

 あまりに美味しいのかなぎさはマーブルドーナツを中々の速さで食べきると、口を軽く拭って満足そうな顔を見せたかと思えば、ニヤリと笑った。

 

 

「アカネさんもピンチかもね~。こーんな美味しいドーナツ屋がこの辺にあるなんて!」

 

「うーん、どうかしら? たこ焼きとドーナツじゃニーズも違うと思うし……」

 

「さっき言ってた、たこ焼き屋さん? ひかりちゃんが手伝ってるっていう」

 

「はい。時期によってはスイーツの販売もしていたりするんですけど……」

 

「ならむしろ店長の方がピンチかもな。店長もドーナツ以外の販売とかしないの?」

 

「サイドメニューってやつね? 考えたりもするけど、今はドーナツ1本よ!」

 

 

 何でもない平和な会話が続く。

 できる事なら、こんな風にドーナツを食べて駄弁っているだけでありたいものだ。

 しかし、現実はこの場にいる内の4人が戦いに身を置いているというもの。

 だからこそ、こんな何でもない時間が貴重でもあり、大切であるのだろう。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

 ところがそんな平穏な時間に大声と共に突っ込んできた青年が1人、両手をしっかりと振りながら必死なフォームで走り込んできた。

 誰とは言わずとも、声と見た目で仁藤攻介である事はすぐに分かる。

 攻介は完全に息が上がっており、膝に手を置いて体を上下させていた。

 

 

「あー……びっくりしたァ……」

 

「いや、こっちの台詞」

 

 

 息を整えて最初に発した言葉に、鋭くツッコむ晴人。

 なぎさもほのかもひかりもキョトンとしているし、店長と店員も何事かと顔を覗かせている。

 さて、いきなりの事ではあったが、晴人は何事か、それもかなりの事があったのだろうと推察していた。

 何せ絶叫と共に走り込んできた彼の様子は尋常ではない。

 如何にも何かから逃げてきた、という感じである。

 

 

「で、何があったんだよ? ファントムか?」

 

「い、いや、ファントムより、恐ろしいモンが出たんだ……」

 

「ファントムより……?」

 

 

 息を整えきった攻介は顔を上げ、非常に深刻な顔で晴人の目を見据える。

 普段なら攻介のちょっとオーバーなリアクションにツッコミを入れたりするが、今日の攻介は何やら様子が違った。

 本当に、心の底から怯えているような顔であったのだ。

 自然と晴人の顔も強張り、なぎさ達もその表情に息をのむ。

 

 

「ああ、本当にヤバイ。これはマジでマズイ。ぜってぇ勝てねぇ……!!」

 

「何だよそれ……何者なんだ?」

 

「それは……」

 

 

 くっ、と呼吸を止めた後、息を吐き切る。

 まるで緊張を和らげるかのように行われた攻介の動作。

 そうして長い時が流れたようにも錯覚できる、その重苦しい雰囲気の中。

 古の魔法使いが告げる、その者の正体は。

 

 

「──────ばあちゃんだ」

 

「…………ハァ?」

 

 

 指輪の魔法使いのそれはそれは脱力した声と共に、みんながみんなずっこけた。

 

 

 

 

 

 経緯の説明から入ろう。

 まず攻介は、海鳴市から2駅ほど離れた場所にある、とある喫茶店の前へ呼び出されたのである。

 調子の良い攻介はデートのお誘いだと考え、相当にウキウキ気分だった。

 浮ついた表情を浮かべる攻介、そこに現れる満面の笑顔の凛子。

 

 ──────そして凛子の背後より顔を出した攻介の祖母、名は『仁藤 敏江』。

 

 直後、攻介の絶叫と敏江の説教のスタートが同時だった。

 

 

「ば、ばーちゃんッ!!?」

 

「攻介ッ! 遺跡の調査に行ったっきり帰ってこないと思ったら東京にいただなんて……どういう事か説明しなさいッ!!」

 

「いや、それは、その……」

 

「大学はどうしたんです! 遊んでいるなら、福井に帰りますよッ!」

 

 

 と、こんな感じに。

 その場にいた、連れてきた張本人である凛子ですらも少し攻介に同情するほどの剣幕である。

 それに攻介は耐えられず、凄まじい勢いで逃げてきた……というのが事の顛末。

 

 以上の経緯を攻介は晴人達に説明した。

 祖母の怖さを30倍増しくらいに語られたそれは、誰が聞いてもオーバーだと感じたが。

 

 

(……その待ち合わせ場所、海鳴市の外で、駅2つくらい向こうだった気が……)

 

 

 待ち合わせ場所の件を考え、ほのかが苦笑いを浮かべていた。

 彼女の記憶が確かなら、彼は相当な距離を走ってきた事になる。

 いくら何でも全力が過ぎる気もするが、そんなに苦手なのだろうか。

 

 

「仁藤さん、東京の人じゃなかったんですね」

 

「ん、まあな。つっても今、福井に帰るわけにはいかねぇし……」

 

 

 ほのかの言葉に攻介が答える。

 ファントムは実質的な幹部が東京にいる為、そして半年前のサバトが東京近郊で起こったために東京、ないし関東が主な出現範囲だ。

 その為、ゲートが関東から出ると、ほぼ狙われなくなるのだという。

 ファントム側に日本中を飛び回る足が無い、というのも理由の1つだろう。

 

 問題は、攻介が東京を離れれば彼はファントムを退治できなくなる。

 つまりファントムの魔力を食えず、息絶えるのが待ったなしになってしまうのだ。

 さらに言えば、攻介には魔法使いの事を祖母に話せない事情が存在していた。

 

 

「ばあちゃんに魔法使いの事を話すわけにはいかねぇんだ」

 

「まあ、だよな。ファントムを食わなきゃ死ぬ、なんて言えるわけないか」

 

「ああ。言ったら絶対……怒られる~!!」

 

「いやいやいや。もうちょいなんかあんだろ、心配するとか」

 

「いや、マジで怖ェんだよ!!」

 

 

 攻介の言う事が『ばあちゃん怖い』だけなので失念しそうになるが、実際にこれは少々厄介な問題ではあった。

 

 彼が大学を休学してファントム退治をしているのは人助け以上に自分が生きる為だ。

 命がけの戦いでファントムを倒し続けなければ死ぬ。

 そんな状態である孫の事を、一体どうやって説明しろというのだろうか。

 ストレートに真実を投げても、いたずらに不安を煽るばかりだろう。

 できれば何も知らずに帰ってもらうのが一番ではあるのだが。

 

 しかしながら、攻介はそういう意味での深刻さを全く感じさせない。

 ただ1点、本気で祖母を恐れている、というのが懸念点であるようだ。

 

 

「子供の頃から怒られてばっかでさ、アレすんな、コレすんな~って!」

 

「分かりますー!!」

 

 

 共感の声を意外な人物が挙げた。美墨なぎさだ。

 なぎさは大声で同意の声を上げたかと思えば、腕を組んで思い出す様に目を閉じた。

 回想されるのは、つい先日の母とのやり取りだった。

 

 

「一昨日、夕方ごろにほのかとひかりに会いに行ったんですよ。

 その出掛ける前にママってば、しつこく『傘は持ったの~』って!

 少し会って帰ってくるから大丈夫だって言うのに、何度も言うんですよー!」

 

「でも、実際に雨が降って来てたじゃない。通り雨で結構降ってたし……。

 それでなぎさ、昨日は風邪を引いて休んでたし」

 

「う……で、でも、あの日は曇ってはいたけど、天気予報じゃ曇りのち晴れだったし、傘いらないって思うのも仕方ないじゃない!

 それに、風邪だって雨のせいかは分からないもん。雨に濡れてたのなんて10分も無かったし!」

 

 

 なぎさの母の言葉が娘を心配しているのであろうという事なのは、誰が聞いても明らかである。

 事実として母の不安が的中していたというのもあり、ほのかが指摘を行うも、尚もなぎさは食い下がった。

 親から口煩く言われたくない年頃というのはどんな人にも大体あるものだ。

 特に学生は多感な時期、なぎさの言葉はそういう意味では仕方のない事であろう。

 

 

「うんうん、俺も分かるぜ! ばあちゃんも何かにつけてアレもってけとか、アレは危ないからすんな、とか。全部言ってくんだよな!」

 

「同じですー! ママも全部そう! 少しはこっちを信用してほしいですよねー」

 

 

 攻介となぎさがお互いに共感しあい、自分に口煩く言ってくる母、ないし祖母への文句を言い出し始めた。

 苦笑いのまま顔を見合わせる晴人とほのか。

 ドーナツを食べつつ、キョトンとしながら2人の会話の盛り上がりを見つめるひかり。

 

 

「全く、仁藤もガキだな」

 

「あはは……。でも、意気投合しているみたいですよ。話題はちょっと問題ですけど……」

 

「まあ、そうなのかな。つか、ほのかちゃんの方が仁藤よりずっと大人だな」

 

「いえ、そんな」

 

(いや、そこで謙遜する辺りすげぇ大人だよ。

 なのはちゃんといいはやてちゃんといい、イマドキの子は怖ぇくらいしっかりしてるなぁ……)

 

 

 母と祖母、それぞれへの愚痴を飛ばし合う攻介となぎさを一先ずそっとしておく事に決めた晴人。

 と、彼は彼女達に聞こうと思っていた事を思い出し、ほのかへともう一度顔を向ける。

 

 

「そういえばほのかちゃん、最近はどう?

 ドツクゾーン、だっけ。アイツ等との戦いとかさ」

 

「……はい、最近も何度か。その度に晴人さんに電話するような余裕も無くて。

 今のところ私達だけでもなんとかなっていたんですけど……」

 

「いた、って事は、何かあった感じ?」

 

「実は、新しい敵が現れたんです。

 ザケンナーを作る人達が今までは3人いたんですけど、4人目が現れて……」

 

「強敵出現って奴か」

 

 

 ほのかの脳裏に浮かぶのは、先日の戦いで現れた新たな闇の戦士。

 それまでなぎさ、ほのか、ひかりの前に現れたのは3人の戦士だった。

 1人は長身の男性の姿をしたサーキュラス。

 彼は以前、晴人やなのはと出会った際にも現れたので、晴人達にとっても既知の存在だ。

 そして、唯一の女性である『ビブリス』と大柄で屈強な男性の『ウラガノス』。

 以上3名に加え、さらにもう1人、落ち着いた、厳かとも言える雰囲気を纏う『バルデス』という戦士が現れたのだ。

 

 

「その闇の戦士は、向こうが知らない筈の事を簡単に見破ってきたんです。

 底知れないものを感じました……」

 

「……ヤバそうな感じ?」

 

「正直に言うと、凄く。何だか今までの人達と雰囲気がまるで違って……」

 

 

 その『見破られたこと』というのが、また重大な事だった。

 晴人達には細かい説明を省いているせいで話していないのだが、ひかりは光の園に存在するクイーンの『命』の化身だ。

 クイーンはドツクゾーンが最も恐れる脅威であり、その復活を阻止する事がドツクゾーンの目的でもある。

 命の化身であるひかりがいなくなれば、当然クイーンは復活できない。

 だからこそ、今までドツクゾーン側にそれが知られないようにしてきたのだが、バルデスは一瞬でそれを看破したのだ。

 

 

(他の3人には気付かれなかったのに、何で分かったんだろう……)

 

 

 ほのかは思案する。

 今までの闇の戦士と何かが違う新たな戦士。分かるのは明確な強敵である事。

 ともあれ、戦いの激化が予想されるところではあった。

 そんな風に戦いの話をしている内に、ほのかも晴人の近況が気になりはじめていた。

 バルデスの事は考えても答えが出る事でもないので、ほのかは考えを切り替え、晴人側の近況を尋ねる。

 

 

「晴人さんはどうですか?」

 

「ん? まあ、いつも通りかな。ファントム探して、ゲート守って、って感じ」

 

「そうですか……。あの、この前のエネタワーで起きていた戦いは?」

 

「あー……それにもいたよ」

 

 

 どうにもほのか、先日のエネタワーでの大規模な戦いに晴人もいたのではないかと勘付いていたらしい。

 その後、本当は自分達も向かおうか考えていたのだが、下手にプリキュアの事は露見できない事に加え、ドツクゾーンからの襲撃もあり、救援に行けなかった事を詫びてきた。

 

 

「すみません。力になれたらって思うんですけど……」

 

「いやいや、正体バラすの厳しいんでしょ? じゃあしょうがないって。

 それに、ほのかちゃん達じゃないとあのザケンナーってのは倒せないわけだし。

 俺達じゃ倒せない敵と戦って平和守ってんだから、気にすんなって」

 

 

 晴人の言葉は心の底から出た言葉ではある。

 が、それとは別に、確かにプリキュアの2人、それにシャイニールミナスが味方になってくれれば心強いだろうな、という想いもあった。

 それにそうなれば、晴人だけでなく、数多くの仲間がほのか達を支えられるようになるだろう。

 それをするにはカレイジャス・ソリダリティに入ってもらう必要があるわけだが。

 

 

(その辺は追々って話だったし、今俺が勝手に決めるわけにもいかないよなぁ……。

 機密とかそういうのは伏せとけば、カレイジャス・ソリダリティの事を話すくらいならいいか?

 ……強敵まで出てきたなら、俺達の仲間になってもらった方がこの子達も安全なのかもしれないし)

 

 

 組織の事情はシンフォギアのような国家機密が問題なのであって、多少なら話しても問題は無い。

 とはいえどこから話したものかと晴人が考え始めた時、彼の携帯電話が鳴った。

 何事かと電話を見てみれば、かけてきているのはどうやら大門凛子であるらしい。

 先程の話が確かなら、凛子と仁藤の祖母は一緒に居るはずだ。

 その件かな、と思いつつ晴人は凛子からの電話に応じた。

 

 

「もしもし、どしたの?」

 

『あ、晴人君。そっちに仁藤君いない?』

 

「ああ、いるぜ。ばーちゃんに怯え切ってるマヨネーズが」

 

『じゃあもしかして、話も聞いた?』

 

「まあね。おばあさんが怖いって事と……おばあさんが怖いって事しか分かんないわ」

 

『相当なのね……。仁藤君ったら、携帯の電源まで切ってる徹底ぶりなんだもの。

 今、私も警察での仕事があるから、一先ず瞬平君を呼んで敏江さんの事を任せたの。

 その事、仁藤君にも伝えておいてくれる?』

 

「りょーかい。仕事頑張って」

 

 

 晴人は通話を終えると、未だなぎさと話し続ける攻介に電話の内容を教えた。

 すると攻介は一瞬安心したような顔をしたのだが、直後に顔を青くしたかと思えば慌てて携帯を取り出し、すぐさま電話をかけ始めた。

 相手は瞬平。半ば怒鳴るように「俺が魔法使いって事だけは言うなよ!!」と瞬平に釘を刺しているようだ。

 それを言うだけ言った後、攻介は電話を切った。今度は携帯の電源を入れたままで。

 

 

「はー……事情を言ってない瞬平じゃ、うっかり話しちまうかもしれねぇしな……。

 まだ言ってないみたいで助かったぜ……」

 

「どんだけだよ。全く……家族は大切にしろって」

 

「そりゃそうだけどよぉ……怖ェモンは怖ェよ」

 

「なぎさも。お母さんはなぎさの事を心配して言ってるんだから、ね?」

 

「うー、ほのかはそっちの味方なのー?」

 

「なぎささん、早くお母さんと仲直りしてくださいね?」

 

「ひかりまで……ガックシ……」

 

 

 項垂れる攻介となぎさ。呆れる晴人。苦笑いのほのか。純朴な笑みのひかり。

 それぞれに表情は違うが、追加のドーナツを注文する事だけは同じだった。

 話はまだまだ続きそうである。

 

 

 

 

 

 6月初頭で少しじめじめとしてきた此処最近。

 そんな湿気も感じさせない程に意気揚々とした奈良瞬平は、敏江を東京スカイタワーへと案内していた。

 これは彼なりの気遣いで、折角福井から東京に来たのだから観光でもして気を紛らわせてもらおうというもの。

 最初は東京エネタワーに連れていこうかとも思ったのだが、エネタワー周辺は先日の戦いで復興作業中。その為、もう1つの観光スポットであり、周辺も無事であるスカイタワーに案内したのだ。

 

 福井からあまり出た事の無い敏江にとってスカイタワーは珍しく映るのか、まじまじと超巨大な塔を見つめている。そんな彼女に瞬平は携帯のカメラを向けつつ、明るく声をかけた。

 

 

「敏江さーん、取りますよー! はい、チーズ!」

 

 

 戸惑いつつもスカイタワーをバックにカメラへ目を向ける敏江。

 少々困惑気味の顔で写ってしまったが、これはこれで思い出の写真になることだろう。

 

 

「観光、どうですか? 気晴らしになってるといいんですけど」

 

「ごめんなさいねぇ、あの刑事さんや、瞬平君にまで気を使わせちゃって。

 ……本当に、あの子ったらもう……」

 

 

 凛子からは厳しいお婆様という風に聞いていたのだが、瞬平といる時の彼女は穏やかで落ち着いた雰囲気の、ごく普通のおばあちゃんだった。

 元々明るく人懐っこい瞬平だから敏江が気を許しているというのもあるだろう。

 そしてそれ以上に、彼女の厳しさは攻介のみに向けられている、という事でもあった。

 

 何であれ、自分の孫を追いかけてきたら色んな人のお世話になっているのだから、敏江としては頭が上がらない思いだ。

 敏江の言葉に慌てて両手を振った瞬平は「気にしないでください」と一言。

 実際、まるで気にしていなかった。本気の善意でやっている今時珍しいくらいの若者なのだから。

 

 

「そうだ、こんなものしかないけれど、良かったら受け取ってくださらない?」

 

「へ? カエルの折り紙……ですか?」

 

「『カエル』だから、無事に『帰る』。

 お守り代わりの折り紙なのよ。カエル以外にも、攻介にはよく折ってあげていたわ。

 ……小さかったし、あの子はもう忘れてしまっているだろうけれど」

 

 

 手元の折り紙へ目を落とした敏江の顔が何処か寂しそうなのは、決して視線が下に向いているからなだけではないと瞬平は感じた。

 逃げられた孫との距離を感じてしまっているのだろうというのは強く伝わる。

 だからカエルの折り紙を受け取った瞬平は、にっこりと敏江へ笑いかけた。

 

 

「大丈夫ですよ! きっと仁藤さんとも、お話しできますって!」

 

 

 それは咄嗟に出た言葉だった。

 けれども敏江に元気になってほしいという瞬平の思いは確かなもの。

 ゆっくりと顔を上げた敏江は、ほんの僅かに不安気で寂しそうな顔が混じった笑みを零す。

 

 

「……ふふ、そうかしら?」

 

「そうですよ! この折り紙、大切にしますね!!」

 

「よーく効くわよ。きっと、貴方を守ってくれるわ」

 

「はい!」

 

 

 結果的に瞬平に敏江の事を任せたのは正解だったと言える。

 彼の持つ明るさに彼女は救われているのだから。

 

 ────その朗らかな雰囲気の中に1つの影が迫っている事に、2人は気付いていない。

 

 

「おい」

 

 

 それは突然に始まる。

 見ず知らずの屈強な男が、瞬平と敏江に声をかけた。

 

 

「お前がゲートだな?」

 

 

 瞬平はその言葉に聞き覚えがある。その言葉を口にしたものが、何をするのかも。

 だから一瞬呆然としながらも、すぐに敏江の手を引いて駆けだす事ができた。

 

 彼等が走り出すのと屈強な男が怪物へと変貌したのは、同時。

 

 

「絶望して、ファントムを生み出せぇ!!」

 

 

 ファントム、ワータイガーが町中にその姿を現した。

 その変貌を目の当たりにしたのか、日常的な平和の中に突如出現した異物に反応したのか、周囲の一般人達は蜘蛛の子を散らしたように何処かへ逃げていく。

 その中でもワータイガーの標的は1人しかいない。

 

 瞬平は一度絶望して、アンダーワールドに出現したファントムを撃退された事のある人間。

 ゲートではなくなっているからこそ自分が標的ではないと彼は瞬時に理解できた。

 

 メデューサが今朝見つけたゲート。

 今回の標的は、仁藤敏江。




────次回予告────
「もー! 私達だって平和にドーナツ食べてたいのに!」
「でも、放っておけないわよね、なぎさ?」
「分かってますって! ってなんか、敵も味方も色んな人がいるんだけど!?」
「赤、緑、金色で、何だかとってもカラフルね」
「そんな呑気な……」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『プリキュアと魔法少女と新たなファントム』!」」

「魔法少女って事は、なのはちゃんがいるのかな?」
「ち、違うみたいよ……」
「え?」


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第72話 プリキュアと魔法少女と新たなファントム

 晴人にファントム出現の報が届いたのは、ワータイガー出現から間もなくだった。

 耳に当てた携帯電話から焦った声が聞こえる。電話の主は瞬平。

 瞬平は敏江を連れてファントムから逃げ、一旦物陰に隠れた後、携帯で晴人へ連絡を取ったのだ。

 迅速かつ的確な行動だが、これはファントムとの遭遇が昨日今日に始まった事ではないから。

 一般人ながら幾度かの戦いを潜り抜け、今自分がすべき事をよく分かっていると言えるだろう。

 

 

「何!? 仁藤のおばあちゃんがゲート!?」

 

 

 携帯越しに告げられた言葉を思わず口に出してしまった晴人。

 同様にドーナツを食べていたなぎさ達も思わず椅子を後ろに弾く勢いで立ち上がり、攻介は一番顔を青くしている。

 

 

「場所は! ……スカイタワーの近くだな!」

 

 

 瞬平も焦っているからか大雑把な場所しか分からないが、分かり易い目印が近くにある事が幸いした。その近くまで行けば騒ぎになっている場所も把握できるだろう。

 

 

「ばあちゃん……!!」

 

 

 場所を聞いた後の攻介の行動は非常に速かった。

 晴人が通話を切って携帯をしまうという僅かな動作の間に、既に全力疾走に移っている程に。

 

 

(……ったくアイツ)

 

 

 彼の心境を察し、頭を掻きながら笑う状況ではないと分かっていても、つい口角を上げてしまう晴人。

 口では何だかんだと言っても、長く過ごした大切な家族の危機が見過ごせないようだ。

 そして彼もなぎさ達に「じゃあ、また」とだけ言い残し、駆け出す。

 大切な仲間である瞬平と、大切な命であるゲート。自分を待っている人々の元へと。

 

 

「……なぎささん、ほのかさん」

 

「ホントは自分から首突っ込みたくないんだけど、見て見ぬ振りができますかって!」

 

「フフ、なぎさもそう思うわよね」

 

 

 晴人と攻介の走り去る姿を見送る3人の心は1つだった。

 困っている人がいる。ともすれば、殺されてしまう人がいる。

 戦う力を持っているのに、それを聞いて易々と放っておけるほど冷酷ではいられない。

 プリキュアとしてではない。彼女達が生来持っている性分だった。

 

 

 

 

 

 スカイタワー近辺の広場で瞬平と敏江は追い詰められてしまっていた。

 普段ならば広場で沢山の人が遊んだり、あるいは何かのパフォーマンスを見る人々で溢れかえっているのだが、今日は人っ子一人いない。

 否、いたにはいた。ただ、ワータイガーという異形のせいで誰もが悲鳴と共に走り去っていってしまっただけで。

 

 

「さあ、かくれんぼは終わりだ」

 

 

 低く威圧するような声と共に、異形の姿がにじり寄る。

 広場の最奥、背後に残っているのは壁と数センチのスペースだけ。

 横に逃げようとしてもワータイガーのスピードの方が圧倒的に早いだろう。

 せめて自分が盾になろうと敏江を後ろに庇う瞬平だが、それを鼻で笑いながらワータイガーは右手を振るった。

 怪物が軽く振るった拳でも、何の力も持たない瞬平を突き飛ばすには十分すぎた。

 

 

「うわっ!」

 

「しゅ、瞬平君!!」

 

「人間が、無駄な事はやめておくんだな」

 

 

 アスファルトに倒れ込む瞬平を蔑むように一瞥した後、ワータイガーは再び敏江に迫った。

 恐怖から目を背けるように目を固くつむる敏江。

 何とか晴人が来るまで時間を稼ごうと必死に立ち上がろうとする瞬平。

 

 そしてそこに割り込んできた、数発の銃声。

 

 

「むぐォッ!?」

 

 

 銃声より発せられた複数の弾丸は全てワータイガーの体に命中。

 1歩、2歩と後退するワータイガーへ向けて、さらに追い打ちの銃撃が飛ぶ。

 下がりに下がったワータイガーと敏江の間に数メートルの距離がいた。

 その距離の間、まるで瞬平と敏江を守護するように空から降り立ったのは、翼を背負った1つの銀色の影。

 

 

「無事か、奈良!」

 

「後藤さぁん! 来てくれたんですね!!」

 

 

 その男、仮面ライダーバース。後藤慎太郎の変身した姿だ。

 空を舞う装備、カッターウィングで駆けつけたバースは、先程もワータイガーを撃った銃、バースバスターを構えて警戒の姿勢を崩さない。

 

 

「操真から連絡を受けてな、仁藤のおばあさまの事も聞いている。間に合って何よりだ」

 

「でも、速かったですね! 晴人さんよりも速いなんて……」

 

「偶然特命部にいたんだ。だから各地に通じているシューターを使わせてもらえた」

 

 

 ゴーバスターズが出動する際に使用されるシューター。

 その出入り口がスカイタワー近辺にもあったので後藤の到着は速かったのだ。

 実のところ、特命部の仕組みを知らない瞬平はシューターがどういうものなのか分からないのだが、ともかく頼れる味方が来てくれた事は喜ばしい。

 

 

「チィ、メデューサ様の言っていた魔法使いじゃない邪魔者と言うのは、貴様か!」

 

 

 カレイジャス・ソリダリティに合流するまでの僅かな期間にもファントムの活動はあった。

 その際、後藤はバースとしてファントムとの戦闘、晴人達との共闘を既に数回経験している。

 だからか、ファントム側でもバースの事は噂になっているようだった。

 

 ワータイガーは小さな石を取り出し、それをまるで豆まきのように投げうつ。

 小粒の石の1つ1つは徐々に槍を持った灰色の鬼へと変貌した。

 ファントム御用達の戦闘員であるグールである事はバースにもすぐに理解できた。

 

 数十体のグールと1体のファントム相手に、後ろの瞬平と敏江を守りながらのバース1人では不利だろう。

 しかし、バースは決して焦りを見せない。

 

 

「グールか……。だが残念だったな」

 

「何ィ……?」

 

「お前の相手は俺だけじゃない」

 

 

 後藤が晴人から連絡を受けた時、彼は特命部の司令室にいた。

 特命部の司令室には他にも人がいて、当然その人達にもファントムの出現は伝わっている。

 

 ならばレッドバスターがこの場に出現するのは、何ら不思議な事ではない。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 瞬平と敏江の真後ろにある壁、その向こうには広場から続く階段から通じる道がある。

 そこから跳び込んできたレッドバスターがイチガンバスターでグールの数体を撃ち抜いた。

 着地した彼はイチガンバスターを構え直し、バースと同じく敵に銃口を向け続ける。

 

 

「こいつらがファントムですか」

 

「すまないな桜田、訓練後だったらしいが……」

 

「気にしないでください、敵が都合を考えてくれないのはいつもの事です。

 それに、こういう時の為の訓練ですから」

 

 

 会話を続ける2人へグール達が迫ろうとするが、すかさず引き金を引いて迎撃。

 イチガンバスターとバースバスターの同時射撃がグールの群れを次々と打ち倒していった。

 対し、流石にグールに任せていては埒が明かないと判断したワータイガーは倒された分のグールを新たに補填しつつ、敏江達に迫ろうと接近をはじめた。

 

 

「周りの雑魚は俺が引き受けます。後藤さんはファントムを!」

 

「分かった、頼む!」

 

 

 即時の役割分担の後、レッドバスターがグールの群れに突貫し、バースはその場で迫るワータイガーに対して銃を撃ち続ける。

 

 グールの方はヴァグラスでいうバグラーに相当する存在。使い捨てでしかないそれらに対し、訓練を積んだレッドバスターが負ける道理はない。

 イチガンバスターで確実に1体1体を撃ち抜き、槍の攻撃も複数人による波状攻撃も全てを捌き切って見せていた。

 

 一方でワータイガーはファントム。戦闘員との力は比較するまでもない。

 そして彼は人間態が屈強な、筋肉質な男なのだが、その見た目の印象通り、パワーが自慢だ。

 さらに鍛えた体はスピードでも威力を発揮し、全体的な身体能力は高水準。

 おまけにどこからともなく取り出した剣までも振るってくる。

 

 

「チッ、中々やるな」

 

 

 しかし、そのワータイガーでもそのように評するほどの実力がバースにはある。

 グリードと戦い抜いた後藤の実力は本物で、マニュアルをキッチリ読み込んでいる彼はバースの機能を熟知していた。

 剣をかわし、距離を取りつつバースバスターを数回発射。

 多少の怯みはあっても明確なダメージを与えられない事に気付き、バースバスターを投げ、ベルトにセルメダルを投入した。

 

 

 ────Drill Arm────

 

 

 ベルトを操作し、右腕に装着された大きなドリル。

 電子音声の告げた通り、この装備の名前は『ドリルアーム』。

 相手を削る事で攻撃する、形状通りの性能を持った武器であり、接近戦に効果的な武装だ。

 

 

「武器を腕に、か! こけおどしをッ!」

 

「甘く見るな!」

 

 

 ドリルと剣が鍔迫り合いを演じる。

 剣と拮抗しつつ激しく回転するドリルだが、人知を超えた剣は一切の刃こぼれを起こさない。

 ただただ2人の間で工場の溶接作業のような激しい火花が散り、武器を通しての力比べが展開されている。

 

 

(グールの数が多いな。こいつも油断できる相手じゃない、だが……)

 

 

 ワータイガーと接近戦による戦いを続けながらも、バースは常に周囲の状況を把握していた。

 多数のグールは、レッドバスター1人で全滅させるのに時間がかかるであろうという事。

 ワータイガーは脇目を気にして勝てるような相手ではない事。

 

 そしてもう1つ。

 まだこの場に、ファントムの天敵が現れていないという事。

 

 

 ────Flame! Please────

 

 ────ヒー! ヒー! ヒーヒーヒー!────

 

 

 魔法の詠唱、赤き魔法陣を突っ切って、広場の向こう側から魔法使いが馳せ参じた。

 彼はウィザーソードガンをソードモードで手にし、進行方向のグールを軒並み切り捨てた後、残りをレッドバスターに託してワータイガーへ斬りかかった。

 ワータイガーは一旦バースを無理矢理突き飛ばし、その攻撃を自身の剣で受け止める。

 

 

「指輪の魔法使い! 貴様まで来たか……ッ!!」

 

「そりゃそうさ。今回のゲートはあのおばあちゃん何だって? お年寄りは大切にするもんだ」

 

「面倒をかけさせるな!!」

 

 

 幾度か剣同士の斬り合いを繰り返した後、ワータイガーの左腕から光弾が発射された。

 数発の光弾を軽やかな動きで避けきったウィザードは、ドリルアームを解除しバースバスターを拾って構えるバースと合流。

 片や剣を、片や銃を構えたままで2人の戦士が横並びとなった。

 

 

「先に着いてたのか、サンキュー後藤さん。ゴーバスターズの人までいるってのは心強いかな。でもどうして?」

 

「偶然特命部にいたんだ。それで一緒に出撃してもらっている。

 というか、今後は彼等との共闘が普通になるんだ。いちいち疑問に思わなくてもいいだろう」

 

「それもそうか。昨日の今日でまだしっくりきてなくてね」

 

「分からなくはないがな。……仁藤はどうした? 一緒じゃなかったのか?」

 

「え? あー……いや、アイツはちょっと事情っていうか……」

 

 

 ウィザードの声色は何かを隠そうとしているというより、呆れの度合いの方が大きかった。

 彼は晴人よりも早く走っていたのだ、此処への到着が晴人よりも遅いわけがない。

 実際、彼は既にこの現場に到着していた。ただし、物陰に隠れている状態でだが。

 

 

(あーもう! ここで出てったらぜってぇばあちゃんにバレるだろ!!

 つっても助けねぇとばあちゃんがやべーし……!)

 

 

 攻介は敏江に魔法使いである事を知られるのが怖い。

 また子供の頃のような怒号を聞くのを恐れているという、単純明快だが人が聞いたら呆れかえるような理由だ。

 攻介にとってそれは死ぬほど重要な事であるが、だからといってこのまま自分が出て行かないという選択肢はあり得ない。

 彼はそんな理由で家族を見捨てられるような男ではなかった。

 

 

(どーする!? 何かこう、誤魔化す手は……!!)

 

 

 攻介は脳内をフル回転させる。

 晴人か後藤が今の攻介の状態を知れば、もっと別の事に頭を使ってくれとツッコミが飛んでくるくらいには真剣に。

 誤魔化す手段を探る、その為に今までの経験を探る、これまでの記憶を遡る。

 数瞬の考えの後に彼が辿り着いたのは、白い姿をした『あの子』の姿。

 そしてそれは、この場をどうにか誤魔化せる一手。

 

 

(……これだッ!!)

 

 

 攻介が見つけた、その方法とは。

 

 

 

 

 

 くるりと空中で回転しながら金色のライダーが広場に降り立つ。

 彼は手にしたサーベルを振るい、まずはグール達へと斬りかかった。

 

 

「貴方は確か……」

 

 

 グールの相手をしていたレッドバスターが金の姿を認識して声をかけるが、それに反応する事無く、サーベルを振るってグールを蹴散らしていく。

 

 サーベルの振るい方は優雅だ。

 普段ならば豪快に斬りつけるのに、何故だかフェンシングをしているように突き主体。

 動きも軽やかだ。

 普段ならば男らしく荒い動きをするのに、まるで舞うかのようにくるくる回転している。

 ウィザードのエクストリームマーシャルアーツを思わせる『くるくる』ではなく、バレエとかの『くるくる』である。

 

 何か、おかしい。

 金色のライダー、ビーストの行動に特に違和感を持ったのはウィザードとバースと瞬平。

 

 

「お前か、ファントムを食わないと死ぬという奴は」

 

 

 ワータイガーの言葉はビーストの事も既知であると分かるものだった、

 言葉を聞き、広場全体を見渡せる高所にある足場へと跳び上がるビースト。

 そうして彼は、高らかに名乗りを上げる。

 

 

 

 

「そうよ! 私が噂の魔法少女、ビースト!!」

 

「……は?」

 

 

 

 

 この場の大体がハモった。そう、明らかに彼は様子がおかしい。

 彼は男である。何だ魔法少女とは。

 彼は男である。何だその無理のある裏声は。

 彼は男である。何だその無駄にくねくねした動きは。

 仁藤攻介という人物を知る彼等が一様に思ったそれは、一切合切間違っていない。

 

 

「貴方もパクッと、食べてあげるわっ!」

 

 

 おい、ランチタイムはどうしたよと、ウィザードの言葉が宙に消える。

 

 仁藤攻介の考えた、祖母を誤魔化す為の秘策。それがこれだ。

 ビーストの状態で姿を見せても声色でバレてしまう恐れがある。

 徹底的にビーストと仁藤攻介が紐づかないようにする、その為にはどうするべきか。

 考え考え、苦しんだ彼の脳裏に浮かんだ少女の姿は、まるで女神の助けのようだった。

 魔法のステッキを持つ純白の少女の姿は仁藤攻介に希望と発想を与えたのだ。

 

 平たく言おう。

 これは高町なのはから着想を得た『ナニカ』である。

 

 

「……お前、気持ち悪いぞ」

 

「もう! くーやーしーいー!」

 

 

 ファントムからも苦言を呈された。

 しかし魔法少女ビーストはめげない、うつむかない、絶望しない!

 あくまで彼は可愛らしく、優雅に、繊細に戦うのだ!

 

 ビーストは再び広場の戦線に戻り、ワータイガーへ向けて一目散。

 知人の狂気に身を固めているウィザードとバースは、ワータイガーと対峙するビーストをぎこちなく見つめていた。

 

 

「ほぉら、くるくるくるくる~」

 

「ぐぅお!!」

 

 

 無駄に圧倒している。

 その変則的で無駄にくねくねした動きにワータイガーも翻弄されており、良い様にダイスサーベルの突きを食らっていた。

 何なら普段よりも順調に圧倒しているようにも見えた。あんまりである。

 

 

「……操真、何だアレは?」

 

「仁藤はおばあちゃんに正体を知られたくないらしいから、多分……」

 

「……一応、あの努力は汲んでやるべきか」

 

「まあ、うん、本人の希望だからな……」

 

「分かった。桜田の方には俺から説明しておこう」

 

「マジサンキュー……」

 

 

 攻介の人となりを把握しきっていないレッドバスターが大困惑している様子なので、バースはグールを蹴散らしつつ、状況説明に向かった。

 このままでは攻介が変な人だと思われかねない。いや、変な人なのは間違いないのだが、斜め上の方向に変な人だと受け取られてしまう。

 

 

「桜田、俺達の方でグールを片付けよう」

 

「ええ。……あれが、もう1人の魔法使いですよね」

 

「そうなんだが、アレはだな……」

 

「……大丈夫です。どんな人でも俺達の仲間ですから。性格とか性別とか、関係ないと思います」

 

「違うんだ桜田。聞いてくれ」

 

 

 至極真面目な声色で今のビーストを受け入れようとしているものだから危ない。

 その志は立派だしバースもそうありたいと思いはするが、ビーストは極普通に男だ。

 理由はどうあれビーストは頑張っている。本当に、理由はどうあれ。

 流石にこれでは不憫だと、彼の名誉の為にバースは事情をレッドバスターに話しておいた。

 それはそれでレッドバスターが本気で呆れるのはご愛敬。

 

 一方、ウィザードはビーストの加勢に向かうが、少し足取りが重いのは気のせいか。

 

 

「ぐぅッ! おのれぇ、古の魔法使い……!!」

 

「んーまっ!」

 

 

 強めの一突きで吹き飛ぶワータイガーと、それに投げキッスを送るビースト。

 奇怪な事この上ない彼と隣り合って並びたくない気持ちが先行している。

 

 

「理由は分かるけどやり過ぎじゃねぇか……?」

 

「うふふっ」

 

「いやマジかお前」

 

 

 裏声で笑いかけてくるビーストにはさしもの希望の魔法使いもドン引きだ。

 理由はなんであれファントムを追い詰めているのは良い事なのだが。

 

 

(敵は4人、グールじゃ足しにもならんな。

 メデューサ様には申し訳ないが、一旦退くのが得策か……)

 

 

 一方でワータイガーは圧されつつも冷静に周囲の状況を把握していた。

 グールが頼りになるとは思えないし、間違いなく自分1人の手ではあまるこの状況。

 幹部であるメデューサへの謝罪の念と共に撤退を視野に入れ始めた、そんな時。

 

 

「ハロ~。何だか大変そうだね、い・が・わ・君?」

 

 

 気楽な口調と共にどこからともなく乱入してきた、少年の面影を残す青年。

 白いシャツに黒いベスト、緑の羽をつけた帽子と、そこからはみ出る癖毛のある茶髪、肩に羽織る緑色のストール。

 明るい笑顔を湛えた彼の第一印象はさしずめ、陽気でおしゃれな青年と言ったところか。

 

 彼が口にした『井川』という名はワータイガーの『宿主』の名前。

 絶望してファントムを生み出す前の、人間の名前だった。

 

 

「俺をその名で呼ぶだと。貴様、何者だ」

 

「僕は『ソラ』。この姿で会うのは初めてかな?」

 

「……ファントムか」

 

 

 ソラを名乗る彼も同族であるとワータイガーが看破する。

 そしてその青年に、ウィザードも瞬平も遭遇した事があった。

 ただ、襲ってくるでもなく、他のファントムとの戦闘を唆したりする程度の存在。

 明らかにファントム側であるという行動、言動こそしているが、一度も直接戦闘を行った事がない相手だった。

 

 ソラはその身を怪物へと変化させた。

 彼のファントム態、深い緑を基調としており、両手には『ラプチャー』という片手剣を1本ずつ携えている。

 この姿の名、そして彼のファントムとしての名前は『グレムリン』。

 グレムリンはワータイガーから魔法使い達へと視線をゆるりと移し替えた。

 

 

「指輪の魔法使い達にとっては、こっちの姿が初めましてだよねぇ?

 正真正銘初めましての人もいるし、自己紹介しておこうかな。

 改めまして、僕はソラ。よろしくね?」

 

「あんまりよろしくしたくないんだけどな。その姿になったって事は、そういう事だろ?」

 

「つれないなぁ、指輪の魔法使いは。ちょっと僕と遊ぼうよ!!」

 

 

 彼がワータイガーの助っ人として介入したであろう事は瞬時に理解できた。

 直後、グレムリンはウィザードを標的に接近。ラプチャーを振るって攻撃を仕掛けた。

 対してウィザードもウィザーソードガンで応戦するも、グレムリンの動きは俊敏かつ軽快。

 1本の剣で何とか対応するが、斬り合いの中で圧されているのはウィザードだった。

 

 

(普通のファントムじゃない! こいつもフェニックスやメデューサと同じか!)

 

 

 幹部クラスのファントムと幾度も交戦したウィザードだからこそ、グレムリンの能力がそれらと同等並であると肌で感じていた。

 普通のファントムも決して弱いわけではないが、頭1つ抜けている実力。

 ウィザードは一旦グレムリンと距離を取り、苦戦していた接近戦を無理矢理に打ち切った。

 その後、通常のスタイルのままでは苦戦は必至であるとして、フレイムドラゴンの指輪へと付け替えた時。

 

 

「グレムリン! 何をやっているの」

 

「うん? あ、『ミサ』ちゃん。見ての通り、井川君の助っ人だよぉ。

 邪魔はしてないんだから、怒らないでほしいなぁ~」

 

「フン……。まあいい、さっさとゲートを絶望させるわよ」

 

 

 間の悪い事に、頭1つ抜けた実力のファントムがもう1人。

 戦場となった広場に現れた長く美しい黒髪の女が、その身を怪物へと変化させた。

 ただでさえ幹部クラスが1体いる中で、さらなる増援。

 祖母を誤魔化す為に魔法少女を名乗っているビーストは尚も演技を続けているが、内心は気が気ではない。

 

 

(あー、チクショウ! なんだってこんな時にワラワラワラワラ出てくんだよ!)

 

 

 ビースト的にはキマイラに食わせる食事が増えたという意味で、ファントムの出現はありがたくもある。

 が、問題はそもそも倒せるか怪しい幹部クラスであるという事。

 如何に貴重な食事でも、食えるかどうかも分からない強敵の出現に喜べるはずがない。

 守護対象が祖母であるという状況なのだから尚更だ。

 

 

 

 

 

 広場から少し離れた高台。

 混乱と悲鳴、それを聞きつけてこの場に急ぎやってきた少女が1人、戦場を見下ろしていた。

 銀髪を揺らす彼女はイチイバルの装者、雪音クリス。

 エネタワー戦後もその近辺を根城にしており、たまたま騒ぎを聞きつけられるだけの距離にいたのだ。

 

 

(……ノイズじゃねぇみてーだな)

 

 

 彼女はフィーネが繰り出すノイズに常日頃から追い掛け回されている。

 自分を狙うノイズに他者が巻き込まれる事を良しとしないからこそ、彼女は駆け付けるのだ。

 が、今回の事件は彼女とは無関係なファントムのもの。

 遠目で完全には状況を把握できていないが、見覚えのある戦士達が戦っているのが見えていた。

 

 

(……アタシにゃ、関係は)

 

 

 そう、無関係だ。

 あまつさえ戦っているのは自分が未だ敵だと考えている戦士達。

 助けに行く理由なんてこれっぽっちもない。それでも彼女はその場に立ち尽くし、歯噛みしてしまう。

 これがもしも怪人と被害者だけならば即座に迎撃に向かったであろう。

 だけどそれは今まで敵であった、そして今でも敵だと思っている仮面ライダー達を助ける結果にもなってしまう。都合よく自分が味方面を、善人面をしているようにすら思えてしまう。

 そこで素直に一歩を踏み出せない。けれどもその場から立ち去る事もできない。

 それがきっと、今の彼女が抱える葛藤だ。

 

 

(……ッ!!?)

 

 

 それでも悪意は彼女を否応なく戦場へと誘おうとする。

 今しがた見つめていた戦場に現れた数十体に及ぶノイズ達がそれをまざまざと見せつける。

 まるで、こうすればお前は戦わざるを得ないだろうと、誰かが嘲笑うかのように。

 

 

(アイツ等が邪魔だから、この機に潰そうって腹積もりなわけだ……)

 

 

 現れたノイズ達がソロモンの杖で統率されているのは見れば分かった。

 そしてそのノイズ達はクリスの方へ移動してくる気配もなく、こちらに追加のノイズが放たれる様子もない。

 フィーネにとって今回のターゲットは仮面ライダーをはじめとした戦士達。

 彼等が邪魔であるから、怪人達の手助けをしていると言ったところであろうか。

 

 

(……クソッ!!)

 

 

 ノイズを統率するソロモンの杖を起動させたのは雪音クリスの歌。

 ならば、それは雪音クリスの罪足りえる。

 そうでなくてもそれを用いて数多を傷つけてきたのだから。

 誰が言わずともクリスはそれを背負い込み、そう考えていた。

 ノイズがいる鉄火場は、自分が身を沈めなければいけない場所だと。

 皮肉な事に、その悲壮にも思える決意が、彼女に一歩を踏み出させた。

 

 

 

 

 

 ノイズが出現したのはメデューサの出現後、あまり間を置かずの事。

 これにはファントム側も瞠目するものの、しばらくすると自分達に敵意が無いと判断した様子だ。

 基本的にファントムは宿主の知識をそのまま引き継ぐので、当然ながらこの世界の常識でもあるノイズは既知。

 そのノイズ達が魔法使い達を狙ってくれるのなら好都合である、と。

 

 魔法使い側としては守るべきゲートや瞬平という生身の人間を後ろに抱えている身だ。

 元々無かった余裕が更に無くなった状況に、ようやくグールを全滅させたレッドバスターが苦々し気に吐き捨てる。

 

 

「フィーネか!?」

 

「断定はできないがな。だが、こう都合よく現れるのは……」

 

 

 極僅かでも自然発生の可能性を捨てきれないとバースは言うが、それでも戦場のど真ん中に突如として出てくるのは怪しいなんてものじゃない。

 フィーネがヴァグラスを含む敵組織と共同戦線を張っている現状からしても、こちらを潰そうと目論んでいる可能性は十分に考えられた。

 

 ノイズを積極的に倒すにはシンフォギア装者かディケイドが必須だが、士は入院中。

 ならば頼れる相手は響か翼のどちらかしかいない。

 

 

「ヒロムから二課司令室! ノイズです、シンフォギア装者の出動を……」

 

 

 モーフィンブレスを通しての通信中、目の前のノイズ達が数体、グールを巻き込んで吹き飛んだ。

 ノイズを一方的に撃滅し、広範囲高火力の一撃を叩きこめる存在など知る限り1人しかいない。

 だからか、戦場に姿を現したその人に対し、レッドバスターの戸惑いはあまり無かった。

 

 

「……ヒロムから二課司令室、予想外の救援が来ました」

 

「ハッ、救援? 助けたなどと思うな、何べんも同じ事言わせんなよ」

 

「知ってる。だから当てにもしてない」

 

 

 フン、と鼻を鳴らすイチイバルを纏ったクリス。

 口ではこう言っているが、彼女の乱入は助かるというのが本音のレッドバスター。

 そこにフレイムドラゴンへと姿を変え、グレムリンと戦闘を続けるウィザードが気さくに声をかけた。

 

 

「クリスちゃん! 助っ人どーも!」

 

「余所見してる暇があるの、かいッ!!」

 

「ッ、うおっと!」

 

 

 純粋な感謝の言葉の後、ラプチャーをギリギリで避けつつ、二刀流となったウィザーソードガンで対応するウィザード。

 どうにも自分が姿を見せると馴れ馴れしいのが1人はいると、クリスは疲れたような顔だ。

 最早否定も面倒になり、魔法使いの言葉をガン無視しつつ彼女はノイズとの戦闘を開始した。

 

 続き、バースとレッドバスターもそれぞれの戦いへと駆ける。

 ワータイガーはビーストに任せ、完全フリーのメデューサへバースが、グレムリンに苦戦するウィザードの元へレッドバスターが。

 

 

「ぐっ、がっ、ぐあっ!!」

 

「フフ、どーしたの指輪の魔法使い? そんな程度じゃないでしょー?」

 

「ったく、言ってくれんな……!」

 

 

 数回斬りつけられて胸の宝石型の鎧から火花を散らすウィザード。

 フレイムドラゴンになったとはいえグレムリンの強さには手を焼いている様子だ。

 仕切り直しの為にこの姿になったはいいのだが、彼には厄介な能力が1つ。

 高速移動。目にも止まらぬ速さで動き回るというのがグレムリンの固有能力だ。

 

 

「ほーら、まだまだ行くよ!」

 

 

 ウィザードにワザと構えを整えるだけの余裕を与えた後、再びグレムリンは高速移動に入った。

 周囲を警戒するものの、風切り音と緑色の残像が見えるのみで反応が間に合うような気がウィザードには全くしない。

 故に、撹乱の後に接近したグレムリンのラプチャーは易々とウィザードを斬りつける。

 

 

「ッ!?」

 

「……全く、お前もその手のタイプか!」

 

 

 斬りつけられる、筈だった。

 ところがラプチャーはすんでのところでソウガンブレードの刃と鍔迫り合うという形で阻まれてしまう。

 そう、こちらにもいるのだ。高速移動に対し対等に勝負できる戦士、レッドバスターが。

 彼は数日前に遭遇したレディゴールドやリュウジンオーの事を思い出して内心で溜息を吐きながらも、グレムリンとの接近戦を開始する。

 

 

「へぇ、今のを見切ったんだ! 指輪の魔法使いには凄い仲間が増えてるんだね?」

 

「生憎だが、スピードはお前だけの専売特許じゃないッ!!」

 

 

 スピードに対応するレッドバスターと、その隙をつくのを伺うウィザード。

 グレムリンとの戦いもお互いの共闘も初ながら、上手い具合に状況が噛み合っていた。

 

 それとは別にメデューサとワータイガーを相手取るバース、ビーストの2人。

 メデューサは4人に分身したドラゴンスタイルのウィザードですら倒しきれない程の強敵。

 それにプラスしてワータイガーまでいる現状、バースとビーストだけでは厳しい戦いになっていた

 

 

「クッ……!」

 

「フン……魔法使いでもないお前が、私に敵うとでも思っているのか?」

 

 

 メデューサの頭髪に相当する蛇達が徒党を組んでバースを攻撃する。

 腕を組んで必死に耐えるバースだが、威力も連打も馬鹿にならない。

 バース自体、スペックが高い方ではないのだが、変身者である後藤はグリードとの戦いを潜り抜けた男だ。

 その彼が対応できないメデューサの力量が凄まじい、というべきだろう。

 

 

「くっ、があッ!!」

 

「呆気ないな、メダルの戦士」

 

「後藤ッ!!」

 

 

 蛇の頭髪が振りかぶったように大きく仰け反り、勢いよくスイングされた一撃でバースが宙を舞い、地面に叩き落とされた。

 演技も忘れて叫ぶビーストだが、その一瞬の隙をつかれてワータイガーの剣が下から振り上げられる。

 火花を散らしながら浮き上がるビーストに追撃のハイキックが炸裂し、バース共々地面を転がされる羽目になった。

 

 

「申し訳ありませんメデューサ様、お手を煩わせました」

 

「別に構わないわ。それよりも早く、ゲートを絶望させなさい」

 

 

 頷いたワータイガーは、依然として戦場に留まっていた瞬平と敏江に近づく。

 広場で繰り広げられていた激戦の中、離脱しようにもできなかった2人はその場で待機するのが一番安全だったのだ。下手に動かれるよりも守り易かった、というのもある。

 だが、守り手である戦士達の邪魔が無いのなら、それは格好の的でしかない。

 

 1歩1歩、確実にワータイガーは敏江を目指して接近する。

 立ち上がって戦おうとするバースやビーストをメデューサが叩き伏せる。

 レッドバスターとウィザードも、グレムリンの攻撃で足止めを食らっている。

 クリスもノイズ掃討には彼女以外の対抗策が無く、そちらに集中せざるを得ない。

 

 敏江を庇おうと彼女の肩を抱いて、勇敢にも怪物を睨み付ける瞬平。

 それを意に介す事もなく、ワータイガーは死の恐怖で彼女を絶望させんとするが──────

 

 

「ルミナス! ハーティエル・アンクション!!」

 

 

 出し抜けに響いた声と共に、虹色の光がワータイガーの動きを止めた。

 突然体の自由が奪われた事にワータイガーが焦り、先の虹色の光が何であるか把握できない戦士達も戸惑う。

 不意打ちとしかいえない状況に困惑する他ない一同だが、魔法使いだけは違っていた。

 2人の魔法使いはその光を見た事がある。そしてその光に、助けられた事も。

 

 

「だあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 黒い閃光が、身動きの取れないワータイガーを殴りつけた。

 

 

「やあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 白い閃光が、当惑の中で動きを鈍らせていたメデューサを蹴り飛ばした。

 

 放物線を描きながら、共々に綺麗に飛ばされた2体のファントム。

 ワータイガーは地面に激突し、ギリギリのところで体を回転させて膝から着地するメデューサ。

 苦々し気に、それでいて多少の疑念を含んだ視線で、メデューサは2つの影をキッと睨みつける。

 

 黒い姿の少女と白い姿の少女が並んでファントムに立ちはだかる。

 その後ろに、先の虹色の光を放った金色の髪と桃色の衣装を纏った少女が降り立つ。

 何者なのか、という面持ちの面々に対し、正体を知っているが故の驚きを見せたのはウィザードだった。

 

 

「なぎさちゃん、ほのかちゃん、ひかりちゃん!?」

 

 

 キュアブラック、キュアホワイト、そしてシャイニールミナス。

 先程まで一緒にドーナツを食べていた3人の少女達が救援に駆け付けたのだ。

 

 

「うーん、勢いで出てきちゃったけど……」

 

 

 ところで当人達も困った顔をしていた。

 ブラックがふと後ろを見やると、目を白黒させている瞬平と敏江の姿。

 

 

「正体を隠すどころじゃないよねぇ……」

 

「咄嗟だったものね……」

 

「でも、助ける為だったんですから仕方ないとは思いますけど……」

 

「そ、そうだよね! ルミナスの言うとーり! 結果オーライ!!」

 

 

 正体を隠すのは、自分達がプリキュアである事を知った誰かが戦いに巻き込まれない為。

 言ってみれば、シンフォギア装者が周囲に迷惑がかからないようにと正体を秘匿にしているのを自主的にやっているのだ。

 実際、なぎさ達が正体とは知らずとも、プリキュアの事を知る同級生が戦いに巻き込まれたという事が去年もあった。

 とはいえ人命救助のためだと自分達を納得させ、気を取り直して3人は拳を握る。

 

 新たな乱入者、プリキュア。

 グレムリンはウィザードと交戦を続けつつ、少女達に興味を示したように視線を動かしていた。

 

 

「へー、随分とお仲間が増えたみたいじゃないか。指輪の魔法使い」

 

「まあな。他にもいるから覚悟しとけよ」

 

「それは大問題。何だか雲行きも怪しいし、今日は此処でおしまいにしとこうかなぁ」

 

 

 ラプチャーを持った手首をくるくると遊ぶように回転させたかと思えば、剣を振る事で発生させる斬撃を飛ばしてアスファルトを抉るグレムリン。

 立ち上った土煙に紛れ、グレムリンはその姿を一瞬で消した。

 

 

「チッ……ワータイガー、こちらも退くわよ」

 

「ハッ……」

 

 

 メデューサも同じ判断に至ったようで、武器である『アロガント』という杖を取り出し、エネルギー弾を戦士達に向けて乱射。

 防御姿勢を取らざるを得なくした上で、グレムリンと同様に土煙の中で撤退。

 完全に土煙が晴れた頃には既にファントムや怪物の姿は影も形もあらず、抉られたアスファルトとその破片が散乱するばかりだった。

 

 

「……逃げたか」

 

 

 後藤の一言を皮切りに、2人を除く全員が変身を解く。

 1人は攻介。あやうく変身を解きそうになったが、祖母の手前である。

 此処で変身を解いたら今までの演技が台無しだ。

 右往左往、挙動不審な動きを見せて、何処へ消えようかと慌てている様子である。

 と、彼の元へほのかが近づこうとしていた。あまつさえ、名前まで呼ぼうとして。

 

 

「あの、にと……」

 

「あ、あーっ!! 私も! 帰らないと、いけないわっ!!」

 

「へ?」

 

「フフフ! またね、可愛い女の子さんっ!」

 

「えぇ……?」

 

 

 何とか自分の名前を呼ばれる前に遮って、最後まで迫真の演技を貫いた。

 ほのかは本気で困っている、というか半ば引いている様子だが、今のビーストにそれを気にするような余裕はない。

 

 

「じゃ、じゃあ、私はこれで!!」

 

 

 裏声を残して逃げるように去っていく。

 事情を知らないなぎさ達は呆然と、クリスもその男が出す気持ちの悪い裏声に心底引いたような面持ちだった。

 

 そしてもう1人、イチイバルを解かない雪音クリス。

 此処で馴れ合う理由が無い彼女もまた、いつも通りに去ろうとしているのだ。

 そして大方の予想通り、シンフォギアの超常の跳躍能力でもってして、何処かへと去ってしまっていた。

 

 こうして一先ずの鎮静を見せた現場。

 1人、後藤が缶ジュースのようなものを空けているのを、誰も気には止めていなかった。

 

 

 

 

 

 戦場となった広場は慌ただしく、二課による立ち入り禁止の壁で周囲は区切られていた。

 壁の内部には、先程まで戦場にいた彼等彼女等が一堂に会していた。

 本来ならばファントムを退けた後は事情説明と安全確保の為、面影堂に行くのが普段。

 が、今回、此処まで大事になってしまったのには理由がある。

 

 雪音クリスとノイズ、この2つだ。

 

 単にノイズが出ただけならばよかったのだが、今回は『シンフォギアを纏った』雪音クリスまで現れてしまった。

 

 シンフォギアを見た者に対しどういう措置を取らなければならないか。

 つまりはそういう事なのである。

 今回の対象は瞬平、敏江、なぎさ、ほのか、ひかり。

 現在、二課職員が5人に箝口令に関しての事など諸々の事情を説明しているところだ。

 

 一方で晴人、後藤、ヒロムは少し離れた場所で集まっている。

 それに加えてリュウジ、ヨーコ、葵の3名もやってきていた。

 リュウジ達も特命部を通じてファントム出現を知り出動準備にかかっていたのだが、その間に全てが終わっていた、というわけである。

 リュウジはまず、加勢できなかった事をヒロム達へ詫びた。

 

 

「ごめんねヒロム、間に合わなくて」

 

「結果的に何とかなったんで大丈夫です。で、飛鷹、お前は何でいるんだ?」

 

「私も特命部にいたからね、一応。

 これから戦う敵がどんなものなのか、ちょっと気になったっていうのもあるかな」

 

「陣さんは? 一緒だっただろ」

 

「出動がかかる前にどっか消えちゃったわ」

 

 

 曰く、ダンクーガ整備士のセイミーと幾らか話を交わした後、マサトは「じゃあな」とだけ言い残してデータの粒子となって消えてしまったらしい。

 マサトの事情を考えれば一旦亜空間に戻ったのだろうというのは想像がつくので、それ以上掘り下げる事は無かったが。

 

 そんなやり取りの中、こっそりと二課職員に事情を説明して内部に入ってきた攻介が合流。

 どうやら離れた場所で変身を解き、機を見計らってやってきたらしい。

 

 

「ばあちゃんは?」

 

「話が終わったらすぐに帰れる。その後は面影堂で保護する事になるだろう」

 

 

 後藤の返答に頷いた後に攻介は説明を受け、やや困惑気味の表情の祖母を遠目で見やる。

 あれだけ恐怖していた対象とはいえ肉親。相応に心配しているのだろう。

 

 

「つかさっきの何だよ。魔法少女って」

 

「あ? あー、アレはアレだよ、誤魔化す方法考えてたらなのはちゃんが頭をよぎってな。

 滅茶苦茶疲れたが、我ながら良い発案だったぜ」

 

「……お前今度なのはちゃんに土下座な」

 

「何でだよ!?」

 

 

 なのはちゃんはあんなんじゃないだろ、と、小言の1つも言いたい晴人。

 というか『魔法少女』という一点以外、まるで高町なのはと関係なかった気もするのだが。

 こんな阿保みたいなやり取りの中でも攻介はチラチラと祖母の方を見ていた。

 様子を伺っている様子で、意固地な態度を見せていた分だけ素直になれないのだろうか。

 そんな彼の前に一歩出たのは、攻介が来るまでの間に事情を聞いたヒロムだった。

 

 

「話は聞いた、仁藤とおばあさまの事も含めてな。……心配か?」

 

「いや、そりゃ……」

 

「心配なら傍に行ってあげればいいだろ?」

 

「うー……。そりゃそうなんだけどよォ」

 

「個人の事情だからとやかく言う気はないが、家族は大事にな」

 

「……おう」

 

 

 踏み込まず、ただ自分の経験から来る忠告めいた言葉だけをヒロムは口にする。

 晴人であれヒロムであれ、『家族を大事に』という言葉は重い。

 言葉を聞くだけでも彼等の言葉には深い説得力があり、攻介もそれを感じていた。

 

 

(……家族、ね)

 

 

 ただ1人、葵の表情に影が差していた事に、誰も気づいてはいない。

 

 

「ところで操真。あの3人が変身していたアレは何だ? お前は知っているようだったが」

 

「プリキュアってのらしい。本人達が正体を隠したがってたから言わなかったんだけど。

 俺の他だと、翔太郎さんとか弦太朗、あとはなのはちゃんが知ってるかな」

 

 

 さて、その話は一旦打ち切り、後藤は晴人へ先程から抱いていた疑問を投げかける。

 実際のところは士や響も名前だけは把握しているのだが、晴人達以外で『なぎさ達の方のプリキュア』に会った事があるのはその2人と仮面ライダー部、そしてなのはのみだ。

 『もう1組のプリキュア』である咲や舞の事は一応伏せつつ、なぎさ達に関して晴人は話を続ける。

 

 

「あの子達にも敵がいて戦ってるんだ。詳しい話は本人達から聞いた方がいいと思う」

 

「そうか……。なら、左さん達のいる二課に連れて行った方がいいな」

 

「って、俺達も二課に行くのか? 仁藤のばーちゃんの事もあんだろ?」

 

「その通りだ。だから手分けをするべきだとは思うが……」

 

 

 翔太郎と弦太朗は二課宿舎にいる為、シンフォギア目撃の事も含めて二課に連れていくのが一番だと後藤は考える。

 が、後藤は敏江の護衛の為に面影堂にいかなければならない。晴人と攻介もそこは同様だろう。

 

 

「だったら俺達が二課まで連れていきます。飛鷹、お前はどうする?」

 

「そうね、じゃあ二課に行こうかしら。まだ特命部にしか入った事ないし、興味あるわ」

 

 

 それなら、と、ヒロムがゴーバスターズを代表して名乗りを上げつつ葵に選択を促す。

 彼女としては機体の様子を見に特命部に来た以上の目的もなく、この後何処に行こうが別に何でもよかったりはするのだが。

 そんなわけで純粋な好奇心で二課に行く事を選択した後、それぞれの行き先が決まった。

 

 後藤と攻介は敏江と瞬平を連れて面影堂に。

 ゴーバスターズと葵はなぎさ達を連れて二課に。

 

 と、此処で本来なら面影堂に向かうと思われていた晴人がひょこっと手を挙げた。

 

 

「あ、ごめん。俺、ちょっとだけ寄りたいところがあるから。先に面影堂に行っててくれるか?」

 

「行きたいところ? ……八神か?」

 

「ああ。あの後どうしてるかなーとか、気になってたんだ。

 折角海鳴の近くに来てるわけだし。すぐ戻るから」

 

「分かった。ファントムもすぐにまた来るという事もないだろう。

 留守は俺と仁藤で守っておく」

 

「サンキュ」

 

 

 晴人ははやての家に様子を見に行きたかったのだ。

 本来ならばゲートがいる現状、今度行けばいいだろうと言うべきところなのかもしれないが、はやてもゲートだ。

 安否自体は何ともないだろうし最近では『家族』もできたが、彼女はただでさえ身体的にもハンデがある。そういった面で気になる、という気持ちは後藤にも理解できた。

 その辺りも考慮した後藤は、晴人の願いを特に否定せずに承諾する。

 

 そうこう話している内に、敏江達への箝口令に関する説明が終了。

 各々は各々の行くべき場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 晴人は海鳴市、八神はやての家の前までやって来た。

 片手にはドーナツの入ったケースが握られているが、これは道すがらはんぐり~で購入した八神家へのお土産である。

 

 今日はエネタワー戦、そこから数日後の歓迎会兼交流会、そこからさらに1日経った日。

 つまりはやての環境が激変した『あの6月4日』から1週間と経っていない。

 あまりにも様変わりした状況にはやてはどうしているのか、ヴォルケンリッターはどうしているのか、晴人はずっと気にしていたのだ。

 

 インターホンを鳴らすと応対の声がインターホンから聞こえてくる。

 今までならばはやて本人だったその声。

 しかし今日は、はやてではない女性の声だった。

 

 

『はーい』

 

「あ、操真晴人なんだけど……。えっとその声は……」

 

『あ、シャマルです。今日は何か?』

 

「うーんと、様子を見に来たって感じ。はやてちゃんの事とか、色々あったしさ。

 お土産でドーナツあるんだけど、どう?」

 

『……分かりました。ドアの鍵、開けますね』

 

「サンキュ」

 

 

 しばらくドアの前で待っていると、カチャリ、と鍵の開く音がして、ドアノブが回った。

 ドアの向こうにいるのは大学生くらいの年齢に見える金髪でショートカットな美女。

 はやてではなく、その家族として生活するヴォルケンリッターの1人、シャマル。

 彼女は晴人の顔を見ると、ニコリと笑う。

 

 

「こんにちは、晴人さん」

 

「おう。はやてちゃん達はいるの?」

 

「ええ、みんないますよ。さあ、どうぞ」

 

 

 シャマルに促される形で八神家へと入っていく晴人。

 靴を脱いで、リビングへと向かうその足取りは、何度か八神家に来ているせいかスムーズだ。

 晴人にとっては初めてはやてに出会って以来、数度目の来訪。

 しかしリビングの向こうに広がっているその光景は、そんな晴人にとって違和感のあるものだった。

 

 

(……なんていうか、新鮮だよなぁ。やっぱ)

 

 

 ソファに座るポニーテールの女性と赤毛の少女、床に突っ伏している青い狼。

 そして、此処まで自分の前を歩いていた金髪の女性。

 4人──正確に言えば3人と1匹が、そこにはいた。

 シグナムが、ヴィータが、ザフィーラが、シャマルがいる空間。

 

 

「あ、晴人さん。よう来てくれはりました」

 

「お、はやてちゃん。よっ」

 

 

 自室から車椅子を用いて出てきた八神はやてが笑みを向け、晴人もそれに応じた。

 今までならこの空間には彼女だけだった。

 なのに、今でははやても含めて5人の住まい。

 たった1人の時は広く感じたリビングは、何なら狭いんじゃないかと思えるくらいになっていた。

 

 

「これ、お土産のドーナツ。人数分あるから」

 

「わぁ、ありがとうございます」

 

「……あ、一応言うけど、怪しい魔法とかはかかってないから」

 

「はは、晴人さんをそないに疑う事あるわけないじゃないですか。なぁ?」

 

 

 はやてにドーナツの入った箱を渡し、律儀にお礼を言うはやて。

 念の為、という事で笑いながら言葉を付け加えた晴人だが、その意図はヴォルケンリッターの4人にある。

 以前、最初の出会いの時、この4人は晴人の事を完全に信用しきっていないかのようだったからだ。

 強大な力を持つ闇の書を狙っているのでは、という疑念も含まれているらしい。

 ともあれファントムの件が無ければ完全に部外者である晴人を怪しむのは最もなのだが、それを言いだしたらヴォルケンリッターも大概な気もする晴人。

 

 一方、はやてににこやかな笑みを向けられた4人は一瞬押し黙ると、代表してシャマルが口を開いた。

 

 

「え、えぇ。勿論、ありがたく頂きますね!」

 

 

 ややどもりつつな辺り、やはり少し疑っていたのだろうか。

 あるいは虚を突かれたが故の反応なのか、何であれ晴人には推し量れない。

 

 

「はやてちゃん、あれから何日か経ったけど、どう?」

 

「そうですねぇ……家が一気に明るくなった感じです。

 まだまだ分からない事もありますけど、なんや、こう……楽しいです」

 

「そっか、良かった」

 

 

 本当に、心底楽しそうな笑顔。

 その笑顔は今まで見てきた彼女の笑顔の中でも一番のそれだ。

 はやてにも多少の戸惑いこそあるだろうが、それ以上に『家族がいる』事が嬉しいのだろう。

 晴人も多少の境遇の差はあれど、はやてと同じような悲しみを知っている。

 だから、彼女のその喜びが、その新たな『希望』が、どれだけの意味を持つのかはよく分かった。

 と、そんな事を考えている晴人を余所に、はやてが何かを思い立ったようだ。

 

 

「あ、そうだ。晴人さん、このままウチで何か食べていきませんか?

 晩御飯前やし、晴人さんもどうかなって」

 

「あー……ごめん。実は面影堂にゲートがいるから、すぐ帰らないと」

 

「あ……ファントム、ですか?」

 

「うん、だからごめん。ご飯はまた別の機会って事で」

 

「いえ、そんな。……その、気を付けてくださいね晴人さん」

 

「はは、勿論。心配すんなって、希望の魔法使いはンな軟じゃないさ」

 

 

 不安そうな顔を見せるはやての頭を撫でながら、晴人は車椅子の彼女に目線を合わせて微笑む。

 一連の様子を見ていた守護騎士達はとりたてて反応はしない。

 と思いきや、話が終わったのを見計らい、ソファに座っていたシグナムが立ち上がった。

 

 

「すみません、主。操真と少し話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ん? うん、ええよ。晴人さんも、ええですか?」

 

「全然いいけど、何?」

 

「……此処ではなんだ、ベランダに来てくれ。心配するな、時間はかけん」

 

「ん、おう」

 

 

 シグナムは感情があまり感じられない表情をしていた。

 睨んでいるわけではないのだろうが、目つきも少々怖いものがある。

 まだまだ信用されていないのだろうと晴人はひしひしと感じていた。

 

 

 

 

 

 ベランダに出た晴人とシグナム。

 既に日は落ち、夜に近い夕暮れ、といった感じだった。

 はやてはシャマルと一緒にキッチンで晩御飯を作っているようで、ザフィーラとヴィータは室内にいるが窓越しに晴人を見張っているようにも見える。

 信用されていない事に不平不満があるわけでもない晴人は特に嫌な顔をする訳でもなく、何でもないようにシグナムへ話しかけた。

 

 

「で、俺に話ってのは?」

 

「まず1つ、この家が見張られているのは、ファントムとやらを警戒してのものか? 主はご存じないようだが」

 

 

 シグナム、というよりも守護騎士の4人はファントム対策に派遣した見張りの警官達に気付いたらしい。

 はやての生活に妙なプレッシャーを与えない為にはやて本人にも秘密にしていたのだが。

 周囲を余程気にしなければ気付かれないように警官達も立ち回っていたのだが、それに気づく辺り彼女達の警戒心、延いては主を守るという想いは本物なのだろう。

 ともあれバレた以上は隠す理由もなく、晴人は見張りを付けた理由を正直に説明した。

 

 

「ああ、俺が知り合いの警察に頼んだんだ。シグナムちゃん達が来る前は、はやてちゃん、1人だったし。俺だけじゃ限界あるから」

 

「できればやめさせてもらえるか。

 見張られているのはお前を勘ぐるには十分な理由になる。

 仮にファントムが襲って来るにしても、我等守護騎士が1人は護衛につく」

 

「……一応聞くけどさ、ファントムと戦えるの?」

 

「守護騎士を舐めるな」

 

「はは、りょーかい。警察の方には俺から言っとくよ。でも、何かあったら言ってくれよ?」

 

 

 晴人は思う、自分から言って見張らせたのだから、木崎を説得するのは骨が折れそうだと。

 一方でシグナムは反応が想定内と言わんばかりに眉1つ動かさない。

 

 

(闇の書を監視する為に見張らせていたとも考えていたが、どうやらそれは杞憂か)

 

 

 此処まで簡単に引き下がるなら、監視は本当にファントム対策であったのだろうとシグナムは考えた。

 しかし晴人への疑いが完全に晴れたわけではない。

 彼女は疑いの念をそのままに、晴人へ質問を続けた。

 

 

「もう1つ。最近、大規模な戦闘が行われただろう。東京エネタワーだったか。

 あそこにお前もいたな?」

 

「お、何で分かった?」

 

「シャマルは魔力探知ができる。もしやと思い、エネタワー周辺を探ったら……幾つかの魔力を探知した。お前のものも含めてな」

 

「へー、便利なもんだ」

 

 

 幾つか、という不確定な数字なのは、晴人やなのはだけでなく、魔弾戦士やジャマンガなども含めて結構な数がいたからであろう。

 晴人は素直に凄いな、と思ったが、シグナムの話したい事はそんな事では無かった。

 

 

「話は此処からだ。

 どうやらお前以外にも魔法を扱える者がこの世界には存在しているようだが、お前の身内に、まさか管理局の魔導士はいないだろうな」

 

「管理局? ……確か、なのはちゃんがそんな事言ってたような……」

 

 

 瞬間、シグナムの目つきが険しいものへと変わり、晴人を睨み付けた。

 端整な顔をした彼女ではあるが、今まで以上の鋭い視線には流石の晴人も圧されてしまう。

 

 

「いるんだな、管理局の魔導士が」

 

「お、おう、多分そうなのかな……? 管理局、ってのはよく知らないけど。何かマズかった?」

 

「……管理局は、闇の書を追う組織だ。知られれば私達だけでなく、闇の書のマスターである主はやてにまで、何らかの干渉が及ぶだろう」

 

「追う組織? ちょい待ち、闇の書って追われてんの?」

 

 

 晴人へのシグナムの視線は鋭さを一切抑えないものだった。

 信用しきれていない相手が自分達を追う存在と繋がっていると知れば、それは当然だ。

 ところで一方の晴人としては、そもそも何故闇の書が追われているのか、という部分が疑問なのだが。

 

 

「なぁ、そもそも何で追われてるんだよ? まずそっから聞かないと」

 

「……この前、闇の書の蒐集については話したな。

 その際、他者から魔力を奪うという略奪行為は当然、犯罪に該当する」

 

「ああ、納得。強盗みたいな扱いって事?」

 

「分かり易く言えば、そういう事になる」

 

 

 疑問に答えたシグナムへ晴人は向き直る。

 その顔は先程までの軽い感じの、いつもの表情とは打って変わって真面目なものだった。

 それこそシグナム同様に、睨んでいると形容できるほどには。

 犯罪行為と聞いたら流石に黙っていられない、という事だろう。

 一方のシグナムも怯むことなく、2人の間に流れる空気感は先程よりも些か強張っていた。

 

 

「で、シグナムちゃん達はそれをするつもりなの?」

 

「……それが主の命令であれば、行うだろうな。今までもそうだった」

 

「……そっか」

 

 

 しばらくの沈黙。睨み合うような2人。

 ところがその険悪にも近い静寂は、晴人が見せた予想外の笑みで崩れ去る事になった。

 

 

「じゃ、問題ないか。オッケー、なのはちゃんやその、管理局? ってとこには黙っとくよ」

 

「……は?」

 

「いやだって、はやてちゃんが人を襲う事を許可するわけないし。

 言われなきゃやらないんでしょ? それに過去の事で君達の事、俺は責められないし」

 

「………………」

 

 

 晴人が見せたあっけらかんとした顔と、回答。

 呆気に取られたシグナムは何とか次の言葉を探してみるが、それよりも晴人が言葉を紡ぐ方が早かった。

 

 

「それにさ、闇の書が何かなっちゃったら、はやてちゃんの今の生活が消えるかもしれないんだろ? それはちょっと、俺も嫌だから。

 多分、シグナムちゃん達がいるだけで、はやてちゃんは楽しいだろうしな」

 

「何、だと……?」

 

「家族がいなかったあの子に、こんな大勢の家族ができたんだから当たり前だろ?

 俺はそれを壊したくないし、壊す理由もないから」

 

 

 最後に一言、「何か悪い事をするなら、止めなきゃいけないけどね」と笑って付け加えて、晴人の言葉は終わった。

 

 晴人にもはやてにも家族がいない。もう既に失ってしまったからだ。

 同じような孤独の中で過ごしていた。そして同じように、仲間や家族を得た。

 コヨミや輪島と同居し、瞬平や凛子、攻介と一緒にいる事がどれだけ楽しいか。

 それを考えればはやてが今、守護騎士に囲まれて過ごす事がどれ程満たされているか。

 晴人ははやての気持ちを痛いほど理解できる。

 だからこそ、晴人は今のはやての生活を、どんな形であれ脅かしたくないと考えていた。

 

 晴人の嘘偽りないその言葉を前に戸惑うシグナムは、ようやく言葉を見つけた。

 

 

「……お前の言葉がどこまで真実なのか、私には分からん」

 

「はは。まあ、別にいいけどさ」

 

「だが……疑い過ぎていたかもしれんな。お前の事を」

 

「おっ、信じてくれる気になった?」

 

「……まだ何とも言えない。ただ、この数日で分かった事が1つある。

 少なくとも主はやては、お前の事を心底信頼しているという事だ」

 

「え?」

 

 

 シグナムの表情に笑みは浮かばない。

 だが話し始めた内容は、それまでの晴人を疑うような内容からは離れたものだった。

 

 

「食事の時をはじめ、主はお前や、お前の仲間の事をよく話す。

 我々が現れるよりも以前、お前達がよくしてくれていた、と。

 特に操真、お前の事は本当に嬉しそうにな」

 

「お、おう。何か、照れちまうな」

 

「主がそこまで信頼しているのだ。我々も、疑うばかりでいるわけにもいかない。

 それに今の話を聞く限り、お前は管理局や闇の書に関してあまりにも無知だ。

 演技である可能性もあるが……私は私の感覚を信じる事にしよう」

 

「そっ、か。ま、そう言ってくれるに越した事はないけどさ」

 

 

 照れくさそうに、意外と好かれてたんだな、と晴人は少し嬉しそうだった。

 シグナムも厳格な雰囲気を崩したようだったが、一瞬にしてそれは元へ戻る。

 まだ言っていない事があるから、そしてそれがシグナムにとって、一番大切な事だったからだ。

 

 

「最後に1つ言っておく。

 信頼しているからこそ、お前が何らかの裏切り行為を働けば主はやては傷つくだろう。

 どんな形であろうと、主はやてを傷つける事は許さないという事だけは覚えておけ」

 

「勿論。はやてちゃんを傷つける事も、裏切る事も絶対にしないさ。

 はやてちゃんの希望を守るのが、俺の役目だからな」

 

「希望……か。歯の浮くような台詞だな」

 

「まあね。だけど、マジだから」

 

 

 晴人は腕時計で時間を確認すると、そろそろ面影堂に戻らないと、と、ベランダから室内へ戻ろうとした。

 そこで晴人は何かを思い出したようにシグナムへもう一度顔を向ける。

 

 

「俺からも1つ……いや、2つ。

 はやてちゃんがゲートなのは変わらないから、ひょっとしたらファントムに襲われるかもしれない。

 俺もずっと一緒にいれるわけじゃないから、君達が守っていてほしい。これが1つね。

 もう1つは、はやてちゃんは多分、シグナムちゃん達の事を本当の家族みたいに思ってる」

 

「………………」

 

「だから、大切にしてあげてほしい。主とかそういうのは俺には分かんないけど。

 家族の絆ってやつ、はやてちゃんの欲しかったものだと思うから」

 

「……ああ、分かった」

 

 

 その返答に晴人は微笑むと、改めて室内へと戻っていった。

 そこそこな長話になったせいか、既にキッチンからの良い匂いがリビングにまで漂っており、晴人の空腹が思いっきり刺激される。

 心中では「食べたいなー」と思いつつもゲートの元へ帰るのを最優先に、晴人はシグナム以外の4人に軽く挨拶だけして、玄関へ向かっていった。

 

 遅れてベランダから戻ったシグナムが室内へ入ったのと、晴人が玄関から出たのはほぼ同時だった。

 

 

『どうだった、シグナム。あの男は』

 

 

 狼形態のザフィーラからの念話がシグナムの頭の中に響く。

 はやてに会話の内容を聞かれないようにという配慮。

 質問は『どうだった』という曖昧な表現だったが、ザフィーラが何を聞きたいのかはシグナムにも分かる。

 

 

『信じるに値するかは決めあぐねる。……が、疑い過ぎていたのかもしれん。

 奴が相当に芸達者で演技上手でもない限り、こちらについて無知なのは事実だろう』

 

 

 シグナムがそう感じたのには理由がある。

 晴人は『管理局の魔導士と知り合いなのか?』という質問に対し、あまりにも不用意に『管理局の名前を聞いた事がある』と口にした。

 もし本当に闇の書の事を知っているのなら、闇の書側が管理局の名前を聞いて警戒するのは知っている筈だ。

 何らかの策略を巡らせている、と疑う事もできるが、そこまで疑い出せば何でも疑い続ける事ができてしまう。

 現状の会話だけで素直に判断するならば、晴人は闇の書の力にはなんら興味は無いと考えるのが自然だ。

 

 

『では、我々へのあの対応は……』

 

『ああ、少なくとも打算は無いと考えていい。私の勘でしかないが』

 

『我らが将の勘だ、信用しよう。

 それに、主はやてが操真の事を信頼しているのは確かだ。ならば我等も、それに倣うべきかもしれんな』

 

『そうだな……』

 

 

 ヴォルケンリッターが晴人の事を異常に疑っているのには理由がある。

 魔法文明が『基本的に』存在しない世界で魔法を行使する存在。

 他の誰よりも早く闇の書の主であるはやてと親密になっていた存在。

 これだけでも闇の書を何らかの形で狙っていると疑う理由としては十分だ。

 

 ただ、それに加えて彼女達には1つの戸惑いがあった。

 自分達を『道具』ではなく『家族』として捉える八神はやて。

 そしてその選択を当たり前のように受け入れて見守る操真晴人。

 今までの主の下では触れた事の無い優しさに、彼女達自身が困惑していたのだ。

 どう振る舞っていいのか分からない、身の置き場に困るような感覚。

 

 だから彼女達は晴人に対し、今までの主の下で見せていたような、主を守護して敵対者を許さないという姿勢を見せる他なかった。

 これまではそれ以外の感情を見せる必要も無く、感情の起伏のようなものを終ぞ忘れていたから、そういう風に振る舞う以外にどうしていいか分からなかったのだ。

 しかしそれは優しい主に出会った事で、環境が変わった事で、そして『家族』というものを得た事で、変わろうとしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 一方、二課。

 司令室には弦十郎、了子、オペレーター達。そこに加えて響、翼、未来、慎次がいた。

 ちなみに響と翼は少しだけ訓練を、未来と慎次はその付き添いで来ているようだ。

 士がいないだけでいつもの二課面子といった感じだが、そこへ偶然にも司令室に顔を出した翔太郎。

 

 

「みんないっけど、何かあったのか?」

 

「何か、誰かが来るって師匠達が……。翔太郎さんは?」

 

「まあ……その、何でもいいじゃねぇか」

 

 

 二課宿舎に住んでいる彼だが、風都で依頼が舞い込んできたら風都に戻っている。

 が、そもそも依頼が大量に来るわけでもなく、基本的に翔太郎は暇なのだ。

 加えて二課から出撃要請が無ければ戦う事もないわけで、彼は手持ち無沙汰でここに来たのである。

 まさかそんなカッコ悪い理由を話すわけにもいかずにはぐらかすハーフボイルドっぷり。

 

 そこへ、響の言う『誰か』が登場した。

 司令室の入口が開き入ってきたのは、ゴーバスターズの3人と葵、そして連れてこられたゲスト達。

 

 

「風鳴司令。先程伝えた3人を連れてきました」

 

「あ、翔太郎さん!」

 

「もう、なぎさ。いきなり大声出しちゃダメよ」

 

「ぶッ!?」

 

 

 知り合いを見つけて声を上げる少女が1人、宥める少女が1人、様子を見つめる少女が1人。

 それに対して噴き出すハーフボイルドが1人いて、彼はその予想外の来訪に驚きを隠せないでいた。

 

 

「な、何で……!?」

 

 

 彼女達自身の正体を隠したいという思いを汲んで、慎重に話そうと思っていた矢先の出来事。

 プリキュアの3人が二課へと姿を現してしまった事に、翔太郎は1人、動揺したままだった。




────次回予告────

「た、大変だよほのか! 私達、二課に来ちゃったよ!」
「翔太郎さんもいるみたいだけれど、どうしていればいいのかしら?」
「あ、見て! 風鳴翼さんだよ風鳴翼さん! ヤッバい! サイン貰っておいた方が良いかな? いいよね!?」
「い、今それどころかしら? ほら、仁藤さんとおばあ様も、仲直りできてないみたいだし……」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『家族への想い』!」」

「クラスのみんなの分も必要かな? とりあえずノートにサインを書いてもらって……」
「もしもーし……?」


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第73話 家族への想い

 まずはヒロムから此処までの経緯、攻介の祖母がゲートである事やファントムの戦闘があった事などが簡潔な内容で語られた。

 続いて、ほのかからはプリキュアとドツクゾーンについての説明。

 自分達がプリキュアである事、ハーティエルというものを探している事、そしてドツクゾーンという敵……。

 中々に突飛な内容であった故、事情を知らない一同は困惑している様子ではあったが、ともあれ、この場にいる全員が一先ずの状況を把握。

 その後はそれぞれの自己紹介に移るわけなのだが……。

 

 

「や、やっぱり気のせいじゃなかったよほのか、ひかり! 『あの』風鳴翼さんだよ!

 っていうか飛鷹葵さんもだよ! この前見た雑誌のモデルさん!!」

 

「す、凄いわね……。知り合いを六回辿ると世界中の大体の人に辿り着くって言うけれど、こんな事ってあるのね」

 

「そういえば、私のクラスでも風鳴翼さんの事を話している子が……」

 

 

 御多分に漏れず、翼の名前を聞いた時に3人とも大層に反応を示したりする一幕も。

 翼に葵。双方有名人だ。

 特に取り乱すなぎさと、なぎさほどではないが有名人と会って落ち着かなさそうなほのか。

 本人がこの世界に来て日が浅いせいか一番落ち着いているひかりと、三者三様の顔を見せる。

 

 そんな感じでプチパニックを引き起こしつつ、今度はなぎさ達の妖精を見せた時に二課側が動揺する事になりつつ、お互いの自己紹介は何だかんだと終わった。

 

 

「プリキュア、闇からの敵、光の園……にわかには信じがたいわね。

 妖精なんてものを見せられたら信じざるを得ないけれど」

 

「魔法とか色んなものが揃ってるのに今更って気はするけどね。

 ま、確かにかなりファンタジーだけど。……こうしてると本当にただのぬいぐるみね」

 

「ポルンはぬいぐるみじゃないポポ!」

 

「分かったから、じたばたしないで。……結構抱き心地いいわね」

 

 

 翼はほのかからの説明を思い返しつつ、両手で抱えたミップルに驚きと訝し気を混ぜたような視線を送っていたが、ポルンを抱きかかえる葵からの冷静なツッコミが入る。

 妖精を見せてもらった際に何の気も無く抱きかかえてしまったのだが、特に嫌がる様子もないのでそのままの2人と2匹。

 妖精と女王とか、光と闇とか、如何にも不思議物語チックな言葉の羅列だったのだから当然の反応なのだが、科学もオカルトもないまぜになったこの部隊では気にするだけ無駄なのかもしれない。

 

 一方、不思議なくらいに落ち着いて話を聞いていた響はメップルを抱え、1人で納得するような表情をしていた。

 

 

「へー、咲ちゃんや舞ちゃんと同じ……」

 

「ひ、響。それはあんまり言わない方がいいんじゃ……?」

 

「うわわっ、と!」

 

 

 咲や舞の事も本人達の希望で秘密にしている。

 思わず口を滑らせた響に注意する未来だったが、時すでに遅し。

 その言葉が耳に入ってしまったほのかから追及が来てしまった。

 

 

「あの、『同じ』って……もしかして、もう1組のプリキュアについてご存知なんですか?」

 

「あ、あれ? ほのかちゃんも知ってるんだ?」

 

「俺が教えたんだ。名前はまだだけど、いるって事だけな」

 

 

 以前に天ノ川学園高校で初めて出会った時、翔太郎は『もう1組のプリキュア』に会った事があるとなぎさ達に伝えていた。

 ずっと気がかりではあったのだが、確認を取る術も接触する事も特になく、今日まで経った次第だ。

 

 

「響君。君はプリキュアの事を知っていたのか?」

 

「あー、えっとぉ……複雑な事情というかですね……」

 

 

 さて、この話になってしまうと、じゃあそもそも何で響はそれを知っているのか、という話にもなってくる。

 弦十郎達もそれを不思議に思い尋ねるが、響からすると答え辛い事この上ない。

 何せ、自分がガングニールを見せた事を思いっきり隠してしまっているのだから。

 そこで助け舟を出したのは翔太郎だった。

 

 

「……そうだな。咲ちゃん達には悪いが、こうなった以上、話した方がいいかもしれねぇな」

 

 

 プリキュアの話題が出たこのタイミングが良い頃合いなのかもしれない。

 そう考えた翔太郎は、二課の事情を知らない面々に風都で起こった戦い、そしてつい先日に夕凪で起こった戦いについて語り始めた。

 

 

 

 

 

 咲や舞には申し訳ないが夕凪のプリキュアについての大体を翔太郎は語り終えた。

 泉の郷の事やダークフォールの事なども、自分が把握できている限りの事を。

 口伝をさらに口伝している形になるので大雑把な説明になってしまってはいるが、大枠は伝える事ができた。

 

 さて、夕凪のモエルンバとの戦いの事も話すとなると、当然ながらガングニールを見せてしまった話にも触れざるを得なかった。

 故に響は怒られる事を覚悟したように申し訳なさそうな顔で師匠の前に立っている。

 既にメップルも手放して神妙にしていた。

 翔太郎も同じく、表情こそいつも通りでも、謝罪の姿勢を見せている。

 

 

「……ってわけです。だから、ガングニールの事も無断で隠してた。すんません」

 

「私が勝手に飛び出しちゃったのが悪いんです! 翔太郎さん達は、何も……」

 

「それを言うなら焚き付けちゃったのは私です! 私だって……」

 

 

 それぞれに懺悔する2人に加え、一緒に怒られると約束した未来も名乗りを上げた。

 青年2人と少女1人、それぞれに頭を下げる光景に弦十郎は後頭部を掻きつつ、「やれやれ」と呟いた。

 こうべを垂れる響達へ普段よりも幾分か厳格に、かつ重々しいトーンで口を開く。

 

 

「まず言っておきたいんだが、はっきり言ってそれは非常に危険な行為だ。

 シンフォギアを知っている事が対外勢力に知られた場合、どうなるか。特に響君には説明したな?」

 

「はい……」

 

「人命救助による不可抗力で未来君の件は許したが、それでも未来君には民間協力という形で我々の関係者になってもらっている。

 本来ならば、シンフォギアについて知り過ぎればそうせざるを得なくなるんだ。分かるな?」

 

「はい……」

 

「その日向咲君と美翔舞君に対し、シンフォギアについて何も説明していないという君達の言葉は信用しよう。が、それを知った対外勢力……それこそフィーネを初めとした敵勢力はそう思ってはくれないだろう。

 故に、彼女達の日常が脅かされる危険性もあるんだ」

 

「…………」

 

「再三になるが、我々が守りたいのは機密なんかじゃない。人の命だ。

 無論、君達もその思いは同じだと思っている。

 とはいえ今回の件については、二度としないでほしい、と釘を刺さざるをえん。

 プリキュア達が正体を知られたくないという、彼女達の気持ちを汲んだにせよ、だ」

 

「はい。本当に、すみませんでした……!!」

 

 

 響、未来、翔太郎が揃って深々と頭を下げた。

 そのまましばらく頭を下げ続ける彼女達の後頭部を見て弦十郎は再び溜息を付く。

 しかし今度のそれは、何処か優しい音色の溜息だった。

 

 

「しかし、人命救助の為に行ったであろうというのは分かった。

 日向咲君と美翔舞君には、後日、接触しなければならなくなるが……。

 まあ、不可抗力も多分にあるだろう。人の命を守る為のな」

 

「え……?」

 

「ま、この前も言ったが、人命救助の立役者に小言は言えんさ。

 今回は事情が事情だから言う事になってしまったが……お咎めは此処までにしておこう」

 

 

 頭を挙げた3人が見たのは、優しいいつも通りの弦十郎の顔。

 事実として響が助けに入らなければブルームとイーグレットが敗北していた可能性もある。

 あくまで話という形でしか弦十郎はそれを聞いてはいないが、こういう部分で嘘をつく様な面々じゃないと信じていた。

 お説教を少しばかりして、この話は終えておこう。初めから彼はそう考えていたのだ。

 そんな弦十郎の様子を見て、隣に控える了子がクスリと笑う。

 

 

「甘いわねぇ……」

 

「性分でな。変えられんさ」

 

「よーく知ってるわよ」

 

 

 パチンとウインクをする了子も副司令的な立場にあるのだが、お咎めをする気はようだ。

 お説教を終えた3人は申し訳なさを心に残しつつも、いつも通りに自分を戻す事ができた。

 自分達が悪い事をしたのは間違いないが、それでも許してくれる弦十郎の人柄には感謝しかない。

 一方、一部始終を黙って見ている事しかできなかったなぎさ達は場所が場所という事もあり、少し居心地が悪そうに、身の置き場に困っている風でそわそわとしていた。

 

 

 

 

 

 時を同じくする面影堂。

 こちらではゲートである敏江に、何故ファントムに襲われたか、晴人が魔法使いである事、後藤がファントムに対抗する刑事である事などを説明された。

 二課から説明されたのはあくまでもシンフォギアに関しての箝口令についてのみ。

 それ以外の事柄に関して説明するには、ファントムについて一日の長がある彼等の方が適切だろうという事か。

 

 面影堂の中央に位置するテーブルを挟んだ2つのソファの片側には事件を聞きつけて駆けつけた凛子、もう片側に瞬平と敏江が腰かけている。

 凛子側のソファの近くには後藤が立ち、コヨミはいつも通りカウンターに立ったまま。

 店主である輪島は奥で人数分の紅茶を用意している、といった具合だ。

 ゲートの孫である攻介はというと、ソファから少し離れた柱にもたれかかっている。

 祖母から少し距離を置いている辺り、やはり今でも怖さがあるのだろう。

 

 主な説明は敏江と向かい合う形の凛子が担当していた。

 最後まで話を終えた後、凛子は謝罪の言葉を口にする。

 

 

「すみません、矢継ぎ早にこんな説明を」

 

「いいえ、大丈夫ですよ。魔法使いにファントム……長生きしていると、想像もできない事が起きるものなのねぇ……」

 

 

 攻介の語る祖母とはイメージの違う、穏やかな声で感慨深そうに口にする敏江。

 脳裏に蘇るのは魔法使いだけの事だけでなく、名も知らぬ3人組の少女達や、先程箝口令を敷かれた際、シンフォギアと説明された鎧を身に着けた少女の顔。

 それに災害として名前は聞いた事があったが、実際に会うのは初めてのノイズ等々……。

 ここ数時間で、長く生きてきた敏江ですら経験した事の無い事が山ほど起こったのだ。

 呑気にも思えるかもしれないが彼女の感慨はそういうところから来ている。

 

 

「そういえば、さっきの女の子達は大丈夫なのかしら?

 まだ随分と若く見えたのだけれど……」

 

「え、ええっと、まあ、然るべきところがキチンとやってるので、大丈夫ですよ!

 特異災害対策機動部の方々も、凄くしっかりした方達ですし!」

 

「まあ、警察の方はあの子達とも知り合いなの?」

 

「そ、そんな感じです。魔法使いの晴人君達も一緒ですから、敏江さんは心配しないでください」

 

「そうなの……それなら、いいのだけれど……」

 

 

 真っ当な大人として、学生くらいの少女達が戦場に顔を出す事を不安に思うのは当然。

 しかしながら、シンフォギアの事を知ったとはいえ装者の事など、詳しい事まで話すわけにもいかず、凛子はどうにかはぐらかした。

 晴人達や頼りになる大人がいるというのはあながち嘘でもないのだが。

 少々の不安は残しつつ、とりあえずはそれで落ち着いてくれた敏江にホッとする凛子。

 そこに輪島が人数分のティーカップをお盆に乗せた輪島が顔を出した。

 

 

「いやー、しかし驚かれたでしょう? まさか魔法使いがご自分の……」

 

「わーッ!!? わー! はははーッ!! 輪島のおっちゃん、紅茶早く淹れてくれよー!! 俺もう喉渇いちまってーッ!!」

 

 

 事情を知らない輪島が全力で口を滑らせようとしたので全力で遮りにかかるのは、誰とも言わずとも分かるだろう。

 どうやら先程の魔法少女の演技はしっかり機能していたようで、敏江の中で攻介はビーストとイコールで繋がっていないのだ。

 輪島は盆を置きつつもキョトンとしてしまい、事情を知っている凛子達はジトっとした目で見たり呆れていたりと、それぞれそんな感じの反応を示していた。

 敏江も不審な動きを見せる孫へ怪訝そうな目を向けるものの、ふと、カウンター席で大人しげな少女の方を見やった。

 彼女の手には『プリーズ』のウィザードリングが嵌められているが、その指輪が目に入ったのだ。

 

 敏江は先程の戦場にいた人間の中で唯一、まだ把握できていない人物がいる。

 レッドバスターは報道もたまにされているゴーバスターズ。

 バース、ウィザードに関しては変身を解いたところ目撃しているし、説明もされた。

 クリス、なぎさ、ほのか、ひかりは、そもそも変身している時も顔が出ている。

 つまり、『魔法少女ビースト』のみが完全に正体不明なのだが……?

 

 

「あの……」

 

「? はい……?」

 

「もしかして、貴女が魔法少女ビースト……?」

 

「え? いや、私は魔法使いじゃ……。っていうかビーストって貴女の……」

 

「わーッ!! コヨミちゃんは今日も可愛いねぇ!!? 何か買ってあげよっか!? うん!!?」

 

 

 大慌てで大暴れして大いに人の言葉に被せる攻介。

 普段からお調子者ではあるが今日のそれは明らかに異常で、コヨミもドンが付くレベルで引いている。

 そしてその暴れっぷりに、流石に雷が落ちた。

 

 

「攻介ッ!! さっきから何ですか騒々しい!!」

 

 

 年の功も加わった剣幕、威風堂々とした怒声は自分に向けられたものでなくともその身を震え上がらせそうなほど。

 こと、攻介に対しては非常に厳しく、再会の時に一緒に居た凛子はその剣幕の凄まじさをよく知っていた。

 事情はどうあれ連絡も抜きに勝手に東京に来ていた攻介が悪いと言えば悪いが、その怒りは確かに怖い。

 

 だが、である。攻介としても下らないものではあるが誤魔化したい理由があった。

 何より、自分が死ぬかもしれない瀬戸際にこのややこしい事態を作り上げた祖母に対し、彼も怒りを感じていた。

 

 

「……なんだよッ!! そもそもばーちゃんが東京に出てこなきゃ、こんな面倒な事にはならずに済んだんだぞッ!!」

 

「どういう理屈ですか! キチンと説明しなさい!」

 

 

 思わず怒鳴り返す攻介、一歩も引かない敏江。

 お互いに怒声をぶつけ合っているその様は、正しく喧嘩。

 それに挟まれる形となった面影堂の一同は口を挟む事も出来ず、黙ってそれを見守るしかない。

 

 事情を説明できない攻介。事情を説明してほしい敏江。

 しばしの沈黙の後、まるで懇願するかのように絞り出した声が攻介の口から漏れる。

 

 

「……いいから福井に帰ってくれよ。頼むから」

 

「お前が一緒なら、いつでも喜んで帰りますよ」

 

 

 元々、敏江の目的はそれだ。

 東京から出ればファントムの襲撃は起こらない事も説明されているので、敏江は端から東京に長居する気はない。

 ただ、攻介も頑なにならざるを得ない理由がある。それは命にかかわるものだ。

 結局、両者の意固地が延々と続いてしまい、険悪な雰囲気が変わる事は無かった。

 

 

 

 

 

 面影堂のギスギスとした空気感とはまるで対照的な二課本部。

 あの後、弦十郎はなぎさ達にお説教によって生じたしばしの重い空気を詫び、いつも通りに笑みを湛えて彼女達を歓迎する姿勢を見せていた。

 なぎさ達もホッとした様ではあったが、場所が場所、女子中学生には少々緊張する場所。

 それを解きほぐす目的か、彼女達には紙コップに入ったジュースが配られた。

 同じく、ヒロム達には二課のあおいが淹れてくれたあったかいもの、要するにコーヒーが配られる。

 そうして各々に飲み物を持った状態で、彼等彼女等の話はスタートした。

 

 

「あ、あの、ところで、晴人さん達の方は大丈夫なんですか?」

 

 

 ほのかも緊張が抜けきらない様子ではあったが、何とか言葉を絞り出す。

 口にしたのは先程の件。ファントムに襲われていた敏江達の事だった。

 何だかんだと二課に連れてこられたが、彼等彼女等の安否はほのか達としても気になる。

 答えたのは、このメンバーの中で一番事情を把握しているであろうヒロム。

 

 

「後藤さん達は面影堂というところで、仁藤のおばあさんを保護してる。

 警護もついてるから、心配しなくても大丈夫だ」

 

 

 安心できる情報ではあったものの、ひかりの表情は何処か暗かった。

 

 

「仁藤さんも、仁藤さんのおばあさんと一緒なんですよね?」

 

「ああ。……あの2人の喧嘩が気になってるのか?」

 

 

 暗い表情で攻介が一緒であるかどうかを聞く理由はそこだろうと、ヒロムも察する。

 ヒロムは後藤や晴人から事情は聞いたが、攻介が祖母の事をどれ程恐れているのかは完璧には把握できていない。

 ただ、家族間で何らかの確執というか、擦れ違いが起きている事だけは話だけでも分かる。

 攻介が祖母の事をどれほど恐れているかはむしろ、その話を直に聞いたほのか達の方が詳しいと言えるかもしれない。

 事実、それを思い返したからこそ、ひかりはこうして不安を口にしているわけで。

 

 

「大丈夫でしょうか……。仲直り、できるといいんですけれど」

 

「そうね。仁藤さんも、それになぎさも、ね?」

 

「うっ、今ここでその話をするわけー?」

 

 

 純粋に孫と祖母の関係を心配するひかりへ、ほのかが安心させるように肩に手を置いた。

 何故か流れ弾が飛んできたなぎさは少々むくれたようにそっぽを向く。

 その間、『仁藤の祖母がゲートであった』以上の事情を知らないヨーコ達は頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、ヒロムに何がどういう話なのかと説明を受けていた。

 

 

「ねぇねぇヒロム。仁藤さんとおばあちゃん、何かあったの?」

 

「仁藤は自分のおばあさまの事を怖がってるんだ。厳しい人だったらしい」

 

「そっか……。でも大丈夫だよね? 私もウサダとよく喧嘩するし!」

 

「ああ。まあ、家族の喧嘩なんてよくある話だからな」

 

 

 家族が亜空間にいるヨーコにとってもまた、『家族』という言葉は重い。

 しかし彼女は何でもないかのように自分の相棒との関係を引き合いに出し、きっと大丈夫だろうと口にした。

 彼女にとって育ての親とも言える特命部、そこで一緒に暮らしてきた黒木達やウサダ達は家族同然だ。

 血の繋がりや、例え人間でなかったとしても、共に長く暮らしてきたのなら家族である。

 ヨーコはそこまで深く考えていない。ただ極当たり前に、極自然にそう思っていた。

 

 ところで、ほのかの言葉を聞いた翔太郎はなぎさへと顔を向けた。

 今の話から察するに、彼女も家族と何かあったのか、と。

 

 

「何だ? 家族と喧嘩でもしたのか、なぎさちゃん」

 

「えーっと、まあ……。お母さんとちょっと……」

 

「ハハッ、まあ早めに仲直りしとけよ?」

 

「だって、お母さん口煩いんですもん! 毎回毎回、あれしたの、これしたの~って!」

 

 

 可愛いものだ、というのが、笑う翔太郎の感想であった。

 傍から聞く分にはよくある、何処にでもある微笑ましい喧嘩といった具合でしかない。

 家族との喧嘩。それは非常にありふれた話であり、学生時代に親と喧嘩するなんてよくある事だ。

 家族間の喧嘩と聞き、「最近は姉妹喧嘩を見たなぁ」とか「咲ちゃんとみのりちゃん、元気かなぁ」なんて思い出したりする響。

 と、そこで日向咲に思考が行き着いたためか、響はふと、彼女達の話題を口にした。

 

 

「そういえば……なぎさちゃん達は、咲ちゃん達の事は知らないんだよね?」

 

「え? あ、はい。全然知らないです。私達以外にプリキュアがいたなんてビックリで……。

 詳しく話を聞いたのも今日が初めてだよね、ほのか?」

 

「そうね。いるって事以外は、まだ何も。顔も知らないですし……」

 

「泉の郷の事は聞いた事があるメポ!

 世界樹とそれを支える泉が綺麗な、それはそれは美しい世界らしいメポ!」

 

「ミップルも昔、泉の郷について聞いた気がするミポ。

 クイーンと同じように、そこを治める女王様がいるらしいミポ」

 

 

 光の園と泉の郷に関係があるかは分からないが、メップルとミップルの語る情報は正しい。

 ただし、『ダークフォールに襲われる以前の泉の郷』としてだが。

 泉の郷について直接説明された事のある響や翔太郎達も細かい部分まで聞かされているわけではないので、別世界の事はフワッとしたイメージしかない。

 一方でなぎさ達は他にプリキュアがいるという事を翔太郎から聞いていたが、それがどういう人物なのかはまるで知らないし、想像もつかないでいた。

 

 

「どういう方達なんですか? 私達とは違うプリキュアって」

 

「うーん……印象はなぎさちゃんとほのかちゃんによく似てる気がするんだよねぇ。

 未来はどう思う?」

 

「そうだね。なぎさちゃんは咲ちゃんに、ほのかちゃんは舞ちゃんに似てるかも?」

 

 

 ほのかの興味本位の質問に響と未来が、彼女達の印象を照らし合わせながら答えた。

 実際のところ性格は結構違ったりするのだが、シルエットというか、第1印象というか、そういう部分が似通っているように2人には思えたのだ。

 横で聞いている翔太郎も「そうかもな」と思っており、この場で咲や舞と知り合いの面々が全員そう感じているのだから、それは間違っていないのだろう。

 自分達に似ているという話を聞いて俄然興味が湧いた様子のなぎさとほのかは、お互いに顔を見合わせた。

 

 

「何処かで会う事もあるのかな?」

 

「共通の知り合いもいるんだから、きっと会うんじゃないかしら。

 他のプリキュアと会うなんて、楽しみね」

 

「どんな子達なのかなぁ。ひかりと同じくらい可愛い後輩だといいなぁ」

 

 

 口で伝えるだけではどうしても限界があり、容姿とか性格とか、色々と気になるのだろう。

 咲と舞が中学2年生である事も聞いているが、『中学2年生でふたりはプリキュア』と言えば、なぎさ達からすれば正に去年の自分達を思い出す経歴だ。

 それもあってか、なぎさ達はまだ見ぬ後輩達に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 はてさて、和気藹々とした空気の中で話が進んでいく二課本部。

 夕凪のプリキュアの事や、なぎさ達自身の事など色々と談笑に興じていた面々だったが、タイミングを見計らって弦十郎が時間について口にした。

 

 

「さて、なぎさ君達。わざわざ来てくれてありがとう。

 そろそろ時間も遅くなってきたが、大丈夫か?」

 

「え? わ! もうこんな時間!?」

 

 

 言われてなぎさが携帯で時間を確認すると、既に夜も更けるような時間。

 外に出れば日は殆ど暮れているだろうというのは容易に想像がつくくらいの時間だった。

 ちなみに家族への連絡は既に済んでおり、此処に来るまでの間にヒロムから「遅くなると思うから家族に連絡しておけ」と、なぎさ達は遅くなる事を家族にしっかり伝えてある。

 理由は正直に話せないので、家族を心配させてしまうとは思うが『ノイズ被害に巻き込まれたから』で通してあり、その辺の責任云々は二課が受け持つとも伝えてあった。

 なので遅くなって怒られるという事は無いだろうが、心配はしている事だろう。

 

 

「責任を持って君達を送り届けなければならんな。緒川、頼むぞ」

 

「承知しました。では、僕の方で車をお出しします」

 

 

 如何にプリキュアといえどもうら若き少女だ。

 こちらの都合で来てもらっておいて、下校時間をとっくに過ぎた夜更けに海鳴まで歩かせるなんて大人のやる事じゃない。

 なぎさ達は申し訳なさそうにしていたが、結局はその厚意に甘える事に。

 時間も時間なので慎次は早速なぎさ達を連れて二課司令室を出ていき、残されたメンバーはその後姿を見送る事となった。

 

 扉が閉まり、なぎさ達が完全にこの空間からいなくなった後、最初に口を開いたのは響だった。

 

 

「なぎさちゃん達は、カレイジャス・ソリダリティに入る事になるんですか?」

 

 

 口をついて出たそれは全体の疑問。

 彼女達が悪と戦う、弦十郎風に言うなら『こちら側』である事は明白だ。

 ただ、それとカレイジャス・ソリダリティに入れるかどうかは別の話。

 なのはと同じく民間協力者という形になるだろうが、それはあくまでも彼女達の自由意志だ。

 

 

「それは彼女達による。シンフォギアを所有しているわけでもないから、強制はできん。

 ただ、そうであった方がお互いの為にもなる……とは、俺も思っている」

 

 

 シンフォギアを所有している響ですら、当初は『協力を要請したい』という形で『お願い』されたのだ。

 そこから分かる通り、例えシンフォギアを持っていても完全に強制できるわけではない。

 いや、強制できるかもしれないが、恐らくそのやり方を弦十郎は選ばないのだ。

 部隊最年少のなのはにしても、それは彼女がそれを決断したから加入しているだけで、無理矢理にカレイジャス・ソリダリティへ参加させたわけではない。

 つまるところ、何もかもなぎさ達次第なのだ。

 

 

(一緒に戦えれば心強いし、何よりあの子達を守ってやれる。

 ……その話は咲ちゃん達にもしとかねぇとな)

 

 

 1人、咲達にも同じ事が言えると考える翔太郎。

 こうして話を通してしまった以上、何処かのタイミングで咲達ともう一度合流する時が来る。

 その時に彼女達と話をするのは、以前に自分で言った通り、翔太郎達になるだろう。

 2つの『プリキュア』とカレイジャス・ソリダリティ。

 それらが完全に交わる時は来るのだろうか。

 

 こうして重大な話は終わったが、重大な事件がまだ解決していない。

 ファントムの出現。ゲートへの襲撃。

 これらは既にカレイジャス・ソリダリティ全体で解決に当たらなければいけない問題だ。

 とはいえ能動的にどうこうできる状況でもないので、ヒロムはひとまず基地に戻る事を提案する。

 

 

「風鳴司令。俺達はとりあえず、待機の為に特命部に戻ります。

 ファントムもまた現れると思いますし、ヴァグラス達だっていつ行動するか分かりませんから」

 

「そうだな。しっかり休んで、英気を養ってくれ」

 

 

 響君達も、と、弦十郎は他のメンバーにも帰宅を促した。

 時間が時間なのはなぎさ達だけの問題ではなく、響達にとっても問題。

 そういうわけでそれぞれに自分の居場所へ戻ろうと、空になった紙コップを集めてあおいに渡すなど、帰宅の準備に移った。

 その間にリュウジはヒロムへ、今後の行動について尋ねていた。

 

 

「ヒロム、明日は晴人君達のところに行く? ファントムの事もあるし」

 

「ヴァグラスやジャマンガが現れない限りはそうするべきだと思います。

 ファントム以上に、仁藤と仁藤のおばあさんの間の関係が不安ですけど」

 

「ははは。ま、そこは当人達の問題だし。俺達が口を出す事じゃないよ」

 

「分かってますよ」

 

 

 極論、ファントムは倒せば全てが解決するが、人間関係となるとそうはいかない。

 ヒロムが気がかりなのは家族間の問題の方だった。

 何せ、魔法使いである事を誤魔化す為に魔法少女などという裏声マシマシの奇行に走ったほどだ。どれだけ祖母を恐れているんだと呆れたくもなる。

 本人達がどうにかするしかないのはその通りで、そこは響と翼が喧嘩していた頃も、そのスタンスを崩した事は無い。

 

 

「でも、折角家族なんだから、仲良くすればいいのに」

 

 

 ヨーコの何気ない一言はヒロム達も「そうだな」と思う言葉だった。

 きっと誰が聞いても、「そうだな」で流せるような普遍的な考え方と言葉だっただろう。

 

 

「どうかしら? 家族だから仲良くっていうのも、疑問だけどね」

 

「え……?」

 

 

 だけど、偶然に彼等の近くにいた女性が1人、その独り言にも近い言葉に返答した。

 飛鷹葵。

 飄々としたイメージの彼女が、その印象を崩さぬままに口を挟んできたのだ。

 唖然とするヨーコを余所に彼女の言葉は続く。

 

 

「親が子を否定する、なーんて事もありふれてるし。

 聞いてた限り、おばあさんに色々口出しされてたんでしょ?

 程度にもよるけど、それでいざこざが起こってもおかしくないわ」

 

「それは、そうかもしれないが……」

 

 

 ヒロムにとってもその言葉は意外だった。

 そういう考え方があるのは理解できる。

 家族だから仲が良いという言論が必ず罷り通るなら、DVなんて言葉はこの世から消えている筈だ。

 彼が驚いているのは葵があまりにも突然、かつ淡々と語りだした事そのものに対してだった。

 

 

「どうしたんだ、急に」

 

「……別に。単にこういう一般論もあるわよ、ってだけ」

 

 

 先程と変わらない、クールにというよりも、ただただ興味も無さそうな、冷めた表情。

 ただ、ほんの少しだけ目元に暗さを、翳りを感じるのは。

 

 

「家族が子供にとって素晴らしいとは限らない、って話よ」

 

 

 『冷めている』とは違う感情を彼女から感じるのは、ヒロムの気のせいであっただろうか。

 

 

 

 

 

 二課に集った面々が帰宅の準備を始めた頃、晴人も面影堂へと帰って来ていた。

 彼が店のドアを開けてカランカランと、来店者を知らせるベルが鳴る。

 部屋の真ん中にあるソファに座った瞬平、凛子、敏江、加えてカウンター席にいるコヨミが一斉にドアの方を振り向いた。

 いの一番に晴人の帰宅を迎えたのは瞬平の声だった。

 

 

「あ、晴人さん! お帰りなさい! 今、丁度晩御飯ですよー!」

 

「おう。何かそうみたいだな」

 

 

 テーブルの上には料理が人数分並べられている。

 と、奥の部屋から輪島が出てきて、料理をさらにもう1皿追加で持ってきた。

 どうやらそれが自分の分であるようだと認識するのに時間はかからなかったが、テーブルの上に出ている料理の数には違和感がある事に晴人は気付く。

 

 

「あれ、ひー、ふー、みー……。おっちゃん、1人分足りなくない?」

 

「ああ、仁藤君の分だよ。外で食べるっていうから」

 

「はぁ? あのマヨネーズは……」

 

 

 そういえば部屋を見渡しても攻介がいない。

 恐らく、祖母がいる空間に身を置きたくなかったのだろう。

 自分が原因であろう事は敏江も理解しているらしく、申し訳なさそうに「ごめんなさいねぇ……」と小さく頭を下げながら口にしていた。

 孫に避けられ続けている彼女の心境を思えば、辛いものがあるだろう。

 瞬平も敏江の様子に心を痛めたように、彼女の肩をさすってやっていた。

 

 

「……って、あれ? 後藤さんもいないけど。帰ったの?」

 

「後藤さんは仁藤君を追って行ったわ。ついさっきね」

 

 

 部屋には後藤の姿もなく、その質問には凛子が答えた。

 何処かでテントを張っているであろう攻介を追う形で後藤もいなくなったのだと。

 

 

(全く……。ま、きっと何とかなるよな)

 

 

 あまりよろしくない状態ではあるが、晴人は攻介と彼の祖母の関係をそこまで悲観していなかった。

 攻介が今、何を思っているのか、それは晴人達には分からない。

 それでも祖母のピンチに一番に駆け付けたのは彼だ。本気で恨んでいるわけではないのは明白。

 今は後藤もついているから大丈夫だろうと、晴人は手洗いとうがいをする為に洗面台のある部屋へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 外は既に真っ暗で、6月とはいえ夜は冷える。

 暖を取るために焚き火をしながら、1人、カップラーメンをすする男が。

 テントを張って完全に野宿の体勢に入っている攻介だ。

 オレンジ色の光に照らされる彼の顔は、何処か憂いているように見える。

 攻介に追いついた後藤は最初にそんな事を思ったが、それは気のせいではないだろう。

 

 

「仁藤、此処にいたか。面影堂に戻らないのか」

 

「あそこにいたくなかったんだよ」

 

「……お前が怖がっているとは聞いている。そこまでの事があったのか?」

 

 

 あまり家族間のやり取りに部外者が立ち入るべきではないと後藤も思っている。

 しかし此処まで意固地だと埒が明かないと、彼は掘り下げてみる事にしたようだ。

 聞かれた攻介は、まだ幼い頃から近年に至る過去の事を述懐し始めた。

 

 

「……子供の頃からやたら厳しくて、怒られてばっかでさ。

 俺のやる事為す事、全部反対された」

 

 

 ゆらゆらと揺れ動く焚き火を見つめながら、ポツリポツリと呟いていく過去の記憶。

 幼い頃、ターザンのようにロープにぶら下がって勢いよく揺れながら遊んでいた時。

 

 

「攻介! やめなさい!!」

 

 

 少し経った小学生くらいの頃、屋根に登ろうとした時。

 

 

「攻介! 降りなさい!!」

 

 

 中学生くらいの時、川で水切り遊びをしていた時。

 彼はふと、足元の石が妙な形である事に気付いた。

 

 

「すげぇ~! 化石だ!!」

 

 

 それは本当に偶然にも流れ着いた物。

 けれども、それは少年の頃の攻介を惹きつけるには十分な魅力があった。

 この偶然の出会いが考古学の道へ誘ったのかもしれないと攻介は思うが、記憶の中にはやはり、祖母が出てくる。

 

 

「こら攻介! 1人で川に行くなって言ったでしょう!!」

 

 

 肩を掴んで自分を責める祖母の記憶がそこにはあった。

 ターザンのような遊び、屋根に登る事、1人で川に行く事、確かにどれも危険な行為だ。

 子供ならしてしまいがちで、それでいて注意されてもおかしくない事。

 けれども、敏江は他の子供達の親以上にそういった事柄に対して厳しかった。

 何よりも『怖い』というイメージが先行してしまうほどに、子供の頃の攻介にそれは深く刻まれていた。

 

 そして時は最近、高校時代に移る。

 攻介は祖母の元へ進路の事を話に来ていた。自分が考古学の道に進みたい、と。

 

 

「親父とお袋にはもう話してある! 冒険は男のロマン!

 俺の手で、世界中の遺跡を発掘してやるんだよ!」

 

 

 今までの危険な遊びとは違い、それは攻介が抱いた純粋な夢だった。

 しかし、それに対しても敏江の態度はいつもと変わる事は無く。

 

 

「許しません!! そんな甘えた考え」

 

 

 これまでの鬱憤も溜まっていた攻介は、その時ついにそれが爆発してしまう。

 

 

「みなまで言うな!! 俺はもう決めたんだよッ!!」

 

 

 乱暴に襖を開けて部屋を飛び出した攻介は、そのまま宣言通りに考古学を専攻した。

 大学へ行き、ある発掘調査に同行した時、彼はビーストドライバーを手にする事になる。

 思い起こした全てを話し終えた攻介の顔は一向に晴れない。

 そしてそれらを一言一句、決して聞き逃さぬように真剣に聞いていた後藤。

 彼は話を聞いた上で思った事を正直に口にした。

 

 

「おばあさまがお前の事を心配しているようにも聞こえたが」

 

「だとしても苦手なんだよ、本当に。

 俺は考古学に本気なんだ。これ以上ばあちゃんに反対されたくねぇ」

 

 

 かつての危険行為は注意されてもおかしくはないだろう。

 だけど考古学は攻介の夢。彼が本気で臨んだ事だ。

 それにまで反対された事で、彼の中にある祖母への苦手意識は強まっていた。

 

 

「……確かに全ての親や祖父母が、子供に対して理解があるとは言えない」

 

 

 対し、後藤は彼へ一定の理解を示す様な言葉をかける。

 攻介には分からぬ事だが、後藤の脳裏には1人の親しい友人の事が浮かんでいた。

 

 

「親が自分の為に、子供を利用する事もあるような世の中だ。

 お前とお前のおばあさまの間にある確執も、理解できなくはない。

 家族だからといって、必ずしも親しいわけじゃないからな」

 

「…………」

 

 

 後藤が語るそれは、実際に友の身に起こった痛ましい出来事。

 家族でも確執は生まれる。ともすれば絶縁すらしてしまう事もある。

 そんな友を見てきたからこそ、家族の間に起こる争いを後藤は否定しない。

 

 

「ただ、お前は本当におばあさまの事を嫌ってるのか?」

 

「……それは」

 

 

 それでも後藤は、どうしても攻介が祖母の事を嫌っていると思えなかった。

 理由は晴人と同じ。祖母を助けに来た、という一点に尽きる。

 本気で心配する素振りをずっと見せていたし、後藤もそれを見ていたのだから。

 

 

「無理にとは言わない。だが、おばあさまと向き合えるなら向き合ってやれ」

 

「……できねーよ、今は」

 

「……そうか」

 

 

 諭されても、どうしても苦手意識の方が先行してしまう。

 そればかりは本人に解決してもらう他ないと、後藤は決して強要はしない。

 そうしたところで本当の意味での解決にはならないと分かっているからだ。

 しばしの間の沈黙。その後、攻介はずっと見つめていた焚き火から顔を上げ、後藤を見上げた。

 

 

「後藤さんさ、晴人と一緒に、俺の代わりにばあちゃんを福井まで送ってってくれ。頼む」

 

「お前の方が、いいと思うが」

 

「…………」

 

「……分かった」

 

 

 攻介と祖母の間にあるギクシャクとした関係。

 きっかけ自体は些細な事。その些細な事の積み重ねの結果だ。

 それを今の今まで引き摺ってしまったから、そしてそこに命の危機まで重なってしまったから、普通以上に拗れてしまっている。

 それとも意固地になってしまった手前、引けなくなってしまっているのだろうか。

 ともあれ攻介が祖母と向き合うには、まだ少しかかりそうであった。

 

 

 

 

 

 慎次の運転する車で送り届けられたひかり、ほのか。

 最後に残ったなぎさも自分の住むマンションの手前で降ろしてもらい、無事に帰宅。

 色々あったなぁ、と今日起こった事を回想しつつ、マンションの階段を一段ずつ登っていく。

 晴人と偶然会って、ファントムと戦い、何だか色々あって、有名人と知り合いになって……。

 プリキュアになってからありえない事の連続だったが、今日も今日とてありえない事が身に降りかかってきた、という感じだ。

 

 

(私達とは別のプリキュア、かぁ……。やっぱり気になるなぁ)

 

 

 その中で一番気になるのは、やはりというか自分達とは違うプリキュアの事だった。

 名前と後輩である事以外は不明の2人に思いを馳せている内に彼女は自宅の前に来ていた。

 玄関の扉を開けていつも通りに「ただいまー」と口にする。

 何でもない様な帰宅だが、家族はそうは思わない。

 リビングからなぎさの母、『美墨 理恵』が慌ただしく駆け寄ってきた。

 

 

「なぎさ! 大丈夫だった!?」

 

「もう、大丈夫だよ。何ともなかったんだから」

 

「あぁ、良かった。ノイズなんて聞いて心配で心配で……怪我とかない?」

 

「ないない。大丈夫だって」

 

 

 ノイズは人間にとって致死の災害だ。

 人間だけを的確に狙う特性上、助かる可能性は他の災害以上に低い。

 仮にノイズでなくとも娘が災害に巻き込まれたのだ。母が心配するのも当然だ。

 しかしなぎさとしては巻き込まれたわけではない。

 ノイズに遭遇こそしたものの、ノイズの被害に遭ったのはあくまでプリキュア云々を誤魔化す方便だ。

 だからどうしても、なぎさと理恵の間には擦れ違いが生まれている。

 

 

「それならいいけど……。

 とにかく、今日はもう早く寝なさい。ただでさえ病み上がりなんだから」

 

「えぇー? 風邪なんてもう治ったって!」

 

「ぶり返すかもしれないでしょ。ご飯は作ってあるから、手洗いうがいして、寝て、本調子になるまで無理しちゃダメ!」

 

「もう! 分かったわよ!」

 

 

 口煩く言われた事に苛立ったなぎさは声を荒げ、不機嫌全開で洗面所に向かう。

 元気に歩いているその姿を見てホッとしつつ、言う事を聞いてくれない事に溜息を付きつつ、2つの感情が入り混じった視線を娘の後ろ姿に向ける理恵。

 

 昨日まで風邪で寝込んでいたと思えば、登校した矢先にノイズ被害。

 口煩く、少し厳しく言う理恵だが、それは偏になぎさを思ってこそなのだが。

 親の心、子知らず。そういう事なのかもしれない。

 ともあれ娘が無事で良かったと安堵した理恵は、くしゃみをして背中を震わせた。

 

 

 

 

 

 特命部に帰還したゴーバスターズ一同はそれぞれの部屋で休息を取っていた。

 あの後、葵は自分の家に戻り、響達二課のメンバーも帰路についたそうだ。

 1人、自分の部屋のベッドで寝っ転がるヨーコ。

 既に明かりは消しており、後は眠りにつくだけの状態だった。

 彼女の目は天井を向いているが、決して天井に意識を向けているわけでは無い。

 心に湧き出る思いを整理していて、目線に構ってなどいないというだけの事だった。

 

 

(お婆ちゃん……家族、かぁ。お母さんと喧嘩した事、あったかなぁ)

 

 

 ゴーバスターズ、特にヒロムとヨーコにとって『家族』は重い。

 それは1つの弱点だ。フィルムロイドとの戦いにおいてヒロムはそれを露呈した。

 だが、同時に強さでもある。何故ならそれこそが戦う為の原動力だから。

 ヒロムもヨーコも家族を取り戻す為に戦っている。

 だが、そこにはほんの少しの差異があった。

 

 

(ヒロムはあるのかな。家族と喧嘩した事)

 

 

 13年前の時点でヒロムは7歳、ヨーコは3歳。

 そこが差だ。ヒロムは鮮明な記憶があるが、ヨーコには霞がかったようなぼんやりとした記憶しかない。

 家族との喧嘩。歓迎できるものではないが、ヨーコはそれを少しだけ羨ましく感じていた。

 妬みとかそういうレベルではないが、ほんの少しだけ。

 

 

(なぎさちゃんもお母さんと喧嘩したって言ってたっけ)

 

 

 今日知り合った中学生3人組。歳で言えば2つ年下のなぎさとほのか、4つ年下のひかり。

 その内の1人が母親と喧嘩していると言っていた事を思い出す。

 攻介となぎさ。些細な家族喧嘩だが、ヨーコは純粋に想う。

 

 

「仁藤さんもなぎさちゃんも、仲直りできるといいなぁ」

 

 

 口をついて出たその想いは羨望でも何でもなく、ただただ仲直りを望む言葉。

 家族の大切さを身に沁みて感じている彼女の優しい言葉だった。

 

 

「はわぁ~! 他者を思いやる純粋な気持ち!

 なんてピュアな心の持ち主なんでしょう!!」

 

「!?」

 

 

 唐突に響く声に飛び起きるヨーコ。

 周囲を見渡す。何もいないし、誰かがいるような気配もなかった。

 既に消灯していた事もあって視界も悪いが、誰かが入ってきたような形跡もない筈なのだが。

 

 

「……空耳?」

 

 

 いや、とてもそうは思えない女性の声が聞こえた筈。

 あんなにきっぱりはっきりした声が幻聴なのかと思ったヨーコは、ベッドから離れて部屋の明かりをつけてみた。

 急な明るさに目が痛むが、ほんの少しすれば目も慣れて、見慣れた自分の部屋がよく見える。

 

 ──────ただ1つ見慣れないのは、部屋に浮かぶ手のひらサイズの小さな人。

 

 

「はわ、見つかってしまいましたわ!」

 

「……えっ、あっ、何っ!? 何なの!?」

 

 

 可愛らしい羽を持ってふわふわと浮かぶ、白い妖精のような何か。

 ヴァグラスだのジャマンガだのと見てきたし、メップルやミップルを見た事もあって少しは耐性があるヨーコ。

 あるのだが、だからといって自分の部屋に突然妖精らしきものが現れれば慌てもする。

 

 

「私はハーティエルの『ピュアン』。迷い迷って此処に来てしまったのですわ~」

 

「は、ハーティエル? ピュアン?」

 

 

 何てことなく自己紹介をしてくるピュアンを名乗る妖精。

 戸惑うヨーコだが、ハーティエルという言葉は極最近に聞いた言葉だ。

 ほのか主導のプリキュアに関する説明。その時、ハーティエルというものについても。

 かなり新しい記憶だった事もあり、ヨーコはすぐにそれを思い出せた。

 

 

「貴女、なぎさちゃん達の……プリキュアが探してるっていう?」

 

「まあ! プリキュアをご存知なのですわね! プリキュアは何処に?」

 

「此処にはいないけど……えっと、どうする?」

 

「どうしましょう?」

 

「聞いてるのこっち!」

 

 

 えぇー、と、頭を抱えるヨーコ。

 なぎさ達が探してるといったハーティエル。

 ピュアンもプリキュアと合流する事を目的にしているような口ぶりだった。

 ところが現在時刻は既に真夜中。なぎさ達の家を尋ねられるわけがない。

 とすれば、とれる行動は非常に限られるわけで。

 

 

「……とりあえず、今日は此処にいる?」

 

「よいのですか!? 虹の園の方はお優しいですわ~!」

 

 

 そんなわけで、ヨーコは不思議な妖精と一晩を過ごす事になったのだった。




────次回予告────

「お母さんったら、いつまでたっても子供扱いなんだから!」
「きっと、なぎさの事が心配なのよ。仁藤さんもお婆様と仲直りできたかしら?」
「って、またまた敵!? しかも今度は……」
「メタロイド!?」

「「スーパーヒーロー作戦CS、『母の記憶』!」」

「あれ? ほのか、あれって……?」
「もしかして、ハーティエル?」


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番外編
立花響の誕生日


ビッキー、誕生日おめでとう!(6日遅れ)

※注意
響の誕生日は9月13日=ルナアタック以降なので
この話は現状のスーパーヒーロー作戦CSよりも未来の時系列になります。
ルナアタックまでの展開は既に決定しているのですが、その為、現状で士達に合流していないメンバーが数人ちらっと紛れ込んでいたりしています。

また、響の誕生日という事でシンフォギア1期の展開がガッツリネタバレされています。
もしもシンフォギア1期を未見でこの作品を見てくださっている方がいましたら、お気を付けください。


 9月1日。

 二課仮設本部潜水艦内、自販機近くの休憩所にて。

 小日向未来が雪音クリスと会話しているのを門矢士が見つけたところから話は始まる。

 

 

「あ、士先生」

 

 

 士はそこを通るだけで特に話しかけるつもりは無かったのだが、未来の方から話しかけてきた。

 別段無視するような理由も無いので「何だ」と答えつつ、2人に近づく士。

 

 

「よかったら、士先生にも聞いてほしいんですけど」

 

「……まあ、話くらいならいいだろう」

 

 

 面倒な事を言われるのではないかと警戒しつつも、一先ず話を聞く士。

 未来はクリスにも話したそれを士にも話そうとしていた。

 それは目下、未来の頭を悩ませている事である。

 

 

「実は、響の誕生日なんですけど……」

 

「誕生日?」

 

「はい、もうすぐなんです。それでプレゼントをしたいなって思ったんですけど、中々決まらなくて……」

 

「ンなもん食い物とかでいいだろ」

 

「って、あたしも言ったが、どうやらその手は使っちまったらしい」

 

 

 響の誕生日に何かを送りたいが考え付かない、というのが未来の悩みだ。

 最初に相談を受けたクリスも『好きな物はごはん&ごはん』という響の自己紹介を律儀に覚えていたのか、食べ物を提案した。

 ところが未来は使った手は使いたくなく、その為悩みに悩んでいるらしい。

 

 クリスも『響へのプレゼント』を考えた時に最初に食べ物が思いつくわけだが、逆に言えば他に何をあげればいいのか特に思いつかないでいた。

 

 

「ってか、あの馬鹿の事ならあたしらよりもそっちの方が詳しいだろ?」

 

「確かにな。俺や雪音よりもお前の方が付き合いは長い。それに家でも常時2人なんだろ?」

 

「それは……そうなんですけど」

 

「……そのお前が思いつかないから、聞いてるわけか」

 

「はい……」

 

 

 未来は響の事を誰よりも理解している。

 その未来が思いつかないから難儀な状態なのだ。

 士もそれを理解するが、同時に「何で俺があいつの誕生日プレゼントを考えなくてはいけないのか」とも思う。

 人を褒める、祝うという行為に素直に同調するタイプではないのが彼。

 優しさを兼ね備えている事は事実だが、そこの辺りは変わらないらしい。

 

 心底面倒くさいのか、溜息を付く士。

 悩み悩んで思いつかず、溜息を付く未来。

 意外と真面目に考えるものの結局答えが出ず、溜息を付くクリス。

 

 それぞれに、特に士が違う理由で溜息を付く中、1人の青年がそこに割って入った。

 

 

「どうされました? 3人で溜息なんかついて」

 

 

 通りすがりのマネージャー、緒川慎次。

 基本的にマネージャー業務が無い時には二課にいる彼もまた、士同様、偶然通りがかっていた。

 

 

「緒川さん……。そうだ、緒川さんにも聞いてみたいんですけど」

 

「溜息には何か事情がおありなんですね。僕で良ければ相談に乗りますよ」

 

 

 士とは対照的なほどに朗らかな慎次に、未来は響の誕生日について話す。

 頷きながら話を聞いた慎次はしばし考えると、何かを思いついたように1つ、提案を口にした。

 

 

「それでしたら、誕生日会を開くというのは?」

 

「誕生日会?」

 

「聞くところから察するに、これまで響さんを祝う時には未来さん1人だったのでは?」

 

「はい、その通りです」

 

「ですから今回はそこを根本から変えるんです。

 幸い、この部隊には数多くの人がいますから。

 何処かで部屋を用意して、みんなで大々的に響さんをお祝いするんです。

 これなら今までにないインパクトもあるのではないか、と」

 

「成程……」

 

 

 確かに大人数で響の誕生会などした事は無い。

 中学時代はそれどころではなかった。

 響の境遇もあって、集まってくれる友人などいなかった。

 リディアンに入って初めての誕生日になるわけだが、今はあの頃のようなしがらみも無く、むしろ響は仲間が凄い人数に増えている。

 大きなパーティーをして祝うには絶好の機会だろう。

 

 

「それ、凄くいいです! ありがとうございます、緒川さん!」

 

「いえ、力になれたのなら幸いです」

 

 

 今まで響を支えてきたのは未来だ。

 過去の境遇もあって、響の味方をしていたのも未来1人。

 必然、響を祝っていたのも家族を除けば未来だけだった。

 だからできなかったのだろう。何人もの人で一斉にお祝いをする、という発想が。

 

 

「でもよぉ、その誕生日会をするにしても何処でする気なんだ?

 ……いっとくが、あんまり多すぎるとあたしん家でもキャパ足んねぇぞ?」

 

 

 問題提起をしたのはクリスだ。

 実際、この部隊のメンバーはかなり多い。

 それぞれに仕事もあるから全員が響の誕生日会に出席できるかは微妙だが、だとしてもそれ相応の人数が来る事が予想できる。

 そうなればその人数が入るだけのスペースがどうしても必要になる。

 

 クリスが二課から貰った家は広い。10人前後なら入るだろう。

 しかしこの部隊のメンバーは10人何てレベルじゃない。

 具体的な例を挙げれば、仮面ライダー部のメンバーだけでも10人だ。

 仮面ライダー部だけでこれなのだ。ゴーバスターズを始めとする他の組織のメンバーも勘定に入れたら、どう考えてもクリスの家では足りない。

 

 

「それでしたら、僕の方から司令に掛け合ってみましょう。

 1つくらい大きな部屋を用意できるかもしれません」

 

「え……そんな、いいんですか緒川さん?」

 

「はい、折角の誕生日です。司令もできる限りなら協力してくれると思いますよ」

 

 

 慎次や弦十郎は頼りになる大人だ。

 友達の誕生日を祝いたいと願う子供がいるなら、その願いを無下にする事は絶対にない。

 勿論、彼等も仕事があるからどうしても優先順位は発生してしまう。

 しかし、この部隊は二課、特命部、S.H.O.T、0課の4つの組織が合わさってできているのだ。

 その中から1日だけ1つ部屋を貸す程度なら、大した負担にもならないだろう。

 

 

「では日程の確認もあるので、先に響さんの誕生日を教えてもらっても?」

 

「9月13日です」

 

「9月13日ですね、分かりました。

 それでは、その日に何処かの部屋が借りられないか司令に話をしてみましょう。

 なので、部屋の方は僕の方にお任せください」

 

「ありがとうございます。すみません、何だか……」

 

「いえ、お気になさらないで。場所が取れたら、未来さんに連絡しますね」

 

 

 それでは、と言い残し慎次はその場を立ち去った。

 後に残された未来は、クリスと士に「どんな誕生日会にすればいいか」という話を切り出す。

 司令室に向かう慎次は、手帳を取り出して日程を確認した。

 そこに書かれている日程は、マネージャーとして当然だが風鳴翼の日程。

 9月13日の部分を見た慎次はニコリと笑いながら手帳を閉じ、服のポケットにしまう。

 

 

(翼さんにも声をかけておきましょうか)

 

 

 9月13日。

 その日付に、慎次の手帳には何も書かれていない。

 つまり偶然にも完全なオフである事が示されていたのだった。

 

 

 

 

 

 はてさて数日後、響の誕生日まで1週間を切った頃。

 未来の二課御用達の通信機に連絡が入った。

 

 

『未来さんですか? 緒川です』

 

「あ、緒川さん。こんにちは」

 

『こんにちは。響さんの誕生日会の件なのですが、無事に部屋を確保できましたよ』

 

「ホントですか!? ありがとうございます!」

 

 

 電話越しの穏やかな声が、未来に確保できたという場所を伝える。

 場所は特命部のある1室でそれなりに広い場所であるとの事。

 慎次が弦十郎にこの件を話したところ、何とかできないかと各組織の司令に打診し、基地としてかなり広い特命部が名乗りを上げたという事だそうだ。

 

 念の為に言っておくが、名乗りを上げていないS.H.O.Tと0課も決して非協力的だったというわけではなく、むしろ何とかできないか考えてくれている。

 確かに戦いも続く現状で弦十郎がこの話を振った時、それぞれに驚きはあっただろう。

 特に0課の木崎辺りは誕生日会がどうとか言っているイメージがないくらい厳格だ。

 それでも子供達の為に時間を割き、悩んでくれた。

 しかも響の誕生日会がある事を自らの部隊のメンバーに通達までしてくれたそうだ。

 

 と、此処まで聞いた未来はありがたいと思う反面、どんどん申し訳なくなっていていた。

 1人の女子高生の言葉がきっかけで4つの組織が動いているのである。

 普通に考えれば委縮してしまうのも当然だ。

 

 

「あの、本当にすみません。こんなにしてもらっちゃって……」

 

『僕もその場にいましたが、風鳴司令も黒木司令も、天地司令も木崎警視も、皆さん快く協力してくれました。本当にお気になさらず』

 

「でも……」

 

『風鳴司令は『子供の願いを叶えるのは俺達大人の役目。これくらいなんてことない』と言っていました。他の3組織の司令も同意見のようです。

 未来さんは響さんの事をお祝いしたくて、相談を持ち掛けてきた。

 何より首を突っ込んだのは僕の方からです。

 申し訳なく思うような事、謝らなきゃいけない事を未来さんは何もしていません。

 だから、いいんですよ』

 

 

 優しく語り掛けてくる慎次はそう言うが、やはり多少なりとも気にはなる。

 それもそうだろうな、と思いつつ、慎次は本当に気にしていない。

 弦十郎達司令官組も、慎次の言う通り気にしてなどいなかった。

 それどころか『平和な時間を過ごすのはいい事だ』と、全力で協力している節すらある。

 とにもかくにも、響の誕生日会に対し、この部隊はかなり好意的な反応を示しているのであった。

 

 

 

 

 

 さて、その後に未来がしたのは人数集め。

 それぞれに連絡を取って、誰が行けるか行けないかを確認していた。

 話は本当に通っているようで、連絡をすればすぐに要件を察してくれるのはありがたい。

 しかしどうしても来れる人と来れない人がいる。

 例えば剣二と銃四郎の魔弾戦士組は。

 

 

『すまん、俺は非番じゃないからいけそうにない。剣二、お前は非番だったな?』

 

『おう! 誕生日会かぁ、何か持ってった方がいいのか? 魔物コロッケとかでいいかな』

 

『剣二、相手は女の子だぞ。もう少し考えろ』

 

『んな事言っても思いつかねぇよ、ゲキリュウケン』

 

 

 銃四郎は警察官として仕事の日程がある為来れず、剣二は来れるとの事。

 一方で特命部は。

 

 

『話は聞いてるよ! 絶対行くね!』

 

『ヨーコ、特命部の部屋を使うんだから行けないわけがないだろ。

 ……俺達も参加させてもらう。よろしくな、未来』

 

『場所が此処だからね。飾り付けとかも俺達が手伝うよ』

 

『いいねぇ誕生日会! 俺も勿論参……』

 

『そこにエネトロンはあるのか!』

 

『被んなJッ!』

 

 

 場所が場所だけに、全員参加が決まった。

 他にも参加者はたくさん集まっていた。

 翼とクリスは勿論、翼の付き添いという形で慎次も来てくれる。

 それに夏海、ユウスケ、翔太郎、フィリップ、映司、後藤、弦太朗含む仮面ライダー部、晴人、攻介。

 加えて、なのは、なぎさ、ほのか、ひかり、咲、舞。

 ゴーバスターズはバディロイド込みで全員参加、S.H.O.Tからも剣二が来てくれるし、4組織のオペレーターや司令官組も、状況が許してくれるならできれば参加したいと言っていた。

 これだけでも30人を超えている辺り、今回は相当なお祝いだ。

 

 サプライズにしたいという事もあり、響に見つからないように連絡を取っていた未来は通学路から少し外れたベンチに腰掛けていた。

 一通りの連絡を終えた未来は通信機を置き、一息つく。

 

 

(沢山の人が、響の事を想ってくれている)

 

 

 中学時代。

 ツヴァイウィングのライブ会場の惨劇で生き残った響は、生き残ったが故に迫害を受けた。

 

 ────何故お前が生き残ったんだ。

 

 ────人殺し。

 

 ライブ会場でノイズが大量発生。

 しかしその時の死亡者の大半は、『我先にと逃げようとする人に踏みつけられた』事が原因だと報道された事が全ての始まりだった。

 だから、ライブ会場の生存者は人殺しだと誰もが考えた。

 勿論、響は誰も踏みつけてなどいない。それどころか逃げ遅れている側の人間だ。

 だが、事情の知らない周囲から見ればそんな事は関係ない。

 

 響は迫害を受けた。

 学校でのいじめ、家に投げ込まれる石。

 さらに父親にまで影響は及び、会社内で腫れ物を扱うかのようにされた響の父親は荒れてしまい、人が変わったかのように気性の荒い人となってしまった。

 しかも最後には、何処かへ行方をくらませてしまう。

 

 そんな一番辛い時期を知っているのは、現状では小日向未来ただ1人。

 翼やクリスですら知らない事だ。

 実のところフィリップも皆の事を検索しているので知っているが、事情が事情なので決して口にはしていない。

 未来とフィリップが響の過去について話す事などある筈もなく、結局、響の過去は部隊結成以降、一切語られていなかった。

 

 だからというべきか、未来の想いは人一倍だ。

 誰よりも響を見続け、誰よりも響を想い続け、誰よりも響を知っている。

 そんな響が数多くの仲間に囲まれ、誕生日を祝われるまでになっている。

 それが嬉しくない筈がなかった。

 

 

「……ッ」

 

 

 未来は自然と空を見上げ、ほんのりと涙を滲ませた。

 通信で響の誕生日会に出席できるかという話をした時、それぞれに反応は違った。

 だけど変わらないのは、誰もが響の事を想ってくれている事。

 

 

 ────『誕生日か。なら、しっかり祝ってやらないとな』

 

 

 ヒロムの言葉。

 

 

 ────『誕生日を祝われるって嬉しいもんな! パーッとやろうぜ!』

 

 

 剣二の言葉。

 

 

 ────『ダチの誕生日を祝わないわけにはいかねぇ! ぜってぇ行くぜ!』

 

 

 弦太朗の言葉。

 

 

 ────『誰かと祝えるのは幸せな事さ。もしその幸せに、希望に俺が協力できるなら。……って、ちょっとクサいかな?』

 

 

 晴人の言葉。

 

 他にも沢山の人が、多種多様な返事だったが、響の誕生日会に対してこんな風に言葉をかけてくれた。

 中学時代からは考えられない程に、響は沢山の仲間に囲まれている。

 年上だったり年下だったりバラバラだが、沢山の人と手を繋いでた。

 

 ところで、未来は1つだけ気がかりな事があった。

 それを考えつつ、未来は空から目を離し、通信機へ視線を向ける。

 

 

(……士先生は、来てくれるかな?)

 

 

 士へも勿論連絡はしたし、通信にも応じてくれた。

 しかし知っての通り、士は素直な善行はせず、人を祝う事をあまりしない。

 だからなのか、返答は『考えておく』という言葉をぶっきらぼうに言われるだけだった。

 ともあれ断られていないだけ上等なのかもしれないが。

 

 ともかくこれで一段落。後は誕生日会の飾り付けなんかをするだけだ。

 フゥ、と息を吐いた未来は、ふと思う。

 

 

(……響)

 

 

 今の響に仲間は多い。

 自分だけが響の隣にいたあの頃とは全く違う。

 それは良い事だ。ずっと彼女を傍で見てきた未来は心の底から想う。

 だけど、ほんの少しだけ寂しさを覚えるのは。

 

 

(……ワガママだなぁ、私)

 

 

 そんな自分に蓋をして、自嘲するような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 響の誕生日の数日前。

 冴島邸にて、士は鋼牙と共に夕食を取っていた。

 いつも通りに無言で、食器の音がなるだけの静かな食事だ。

 

 

「聞きたい事がある」

 

 

 士が声を出した。

 珍しい事だったのでゴンザはちょっと驚き、鋼牙も表情こそ殆ど変えないものの、怪訝そうにしていた。

 

 

「何だ」

 

「お前は誰かに誕生日を祝われた事はあるか?」

 

「幼い頃は親父に、今はゴンザに、祝われた事はある」

 

「そうか。……嬉しいか、それは?」

 

「……ああ」

 

 

 切り出してきた話題が『誕生日』という事が余程意外だったのか、鋼牙は完全に食事の手を止めてしまっている。

 士から飛び出てくるとは考えにくい話題だったせいだろう。

 流石に本気で不思議に思ったらしく、鋼牙は疑問を口にした。

 

 

「何だ、突然」

 

「誕生日会をするんだと。俺にも来いってな」

 

「行けばいいだろう」

 

「はっ、何で俺が……」

 

 

 いつも通りに悪態をつく士。もう慣れてしまって気にも留めない鋼牙。

 士が行かないというのなら別に自由だと、鋼牙はあまり深くまで干渉する気が無い。

 そこで口を挟んだのは、2人の食事を見守るゴンザだった。

 

 

「士様、でしたら何故、誕生日の話題を口にされたのですか?」

 

「……フン」

 

「士様は、その方を祝いたいと思っているから、少なくとも気にかけているからではありませんか?」

 

「おい、勝手な事を言うな。誰があんな馬鹿の事を」

 

 

 抗議を申し立てる士だが、右手でそれを制し、遮るゴンザ。

 普段鋼牙や士にあまり意見する事の無いゴンザが見せるその態度は、士にとって少し意外な物だった。

 

 

「差し出がましいようですが、士様はもう少し素直になるべきです。

 祝福したいなら祝福する、それでいいではありませんか」

 

「待てゴンザ、お前何勝手に話を……」

 

「誕生日を祝われるという事は、自分の存在を肯定してくれるという事です。

 『生まれてきてくれてありがとう』と言われるに等しいのです。

 それが嬉しくない筈がない。きっと士様が行けば、その方もお喜びになられますよ」

 

「…………」

 

「何も難しく考えなくても、『誕生日おめでとう』と一言いうだけでもいいのです。

 いえ、『誘われたから仕方なく足を運んだ』。それだけでもいいのです。

 どうでしょうか、士様?」

 

 

 最後にはゴンザの勢いに押し負け、士は完全に黙ってしまった。

 一通り言い終わったゴンザはニコニコと、鋼牙は食事を進めつつも士とゴンザを見やり、士は黙って食事を再開した。

 その後、士は夕食を急いで取り終わると、足早に自分の部屋へと去っていってしまう。

 何処か不愉快そうな、というか照れているのを不愉快な顔で隠しているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 一方で、まだ食べ終わっていない鋼牙は横に立つゴンザに顔を向ける。

 ゴンザは「ほほっ」と笑うと、士が空にした皿と食器を片付け始めた。

 

 

『珍しいな、お前さんがそこまでまくし立てるのは』

 

 

 鋼牙の指に嵌っているザルバがゴンザへ話しかける。

 皿を重ねつつ、ゴンザはにこやかな笑みで鋼牙とザルバの方を向いた。

 

 

「士様は素直な方ではありません。好意を表に出せる方ではないのでしょう。

 誰かを蔑ろにするような言葉こそ口にしますが、本心ではないと私は思っております」

 

「ゴンザ、何故そう思う?」

 

「亀の甲より年の劫……と申しましょうか、鋼牙様や士様よりも、長く生きていますので。

 それに、鋼牙様も何となくお分かりになられているのではないでしょうか」

 

「何?」

 

「士様は決して悪い人ではありません。ただ少し、不器用なだけなのです。

 私めは、ほんの少しだけ背を押しただけにすぎません」

 

 

 そもそも士を家に置いているのは、ディケイドを警戒する番犬所からの命令だからだ。

 黄金騎士と共に置いておく事で監視しようとでも思っているのだろう。

 しかし、始まりこそそんな強制的なものでも、今では家にいるのが普通になっていた。

 鋼牙が機嫌を悪くして強く当たっても士はヒラリと躱す。逆もまた然り。

 淡々と会話する中でも、何処か憎たらしい言葉が飛び交う。

 それでも2人は決定的な仲違いをしない。

 

 不思議で微妙な関係、良好と言える様な関係かと言われれば怪しいところだ。

 だが、1つだけ言えるのは、真に士が悪人ならばこうはならない。

 もっと険悪な仲になっている、最悪、既に剣を交えるところまで行っているだろう。

 仲が良いとは言い切れないが、仲が悪いわけでもない。

 一言では表せない妙な信頼関係が2人にはある。

 少なくとも、共に戦って合わせられるくらいには。

 

 

「…………」

 

 

 鋼牙は片付けを進めるゴンザを見つめる。

 ゴンザは士に、「『誘われたから仕方なく足を運んだ』でもいい」と口にした。

 確かにああ言えば、士が誕生日会に行く事の言い訳になるかもしれない。

 士自身もそう思い込む事で、誕生日会に出席しやすくなるかもしれない。

 それがただの照れ隠しにしかならない事に気付いているのはゴンザだけだが。

 

 士と自分の仲が良いか悪いかは置いておくとして、士をあんな風に言いくるめるゴンザは意外と強かな面もあるのだな、と、鋼牙は食事を再開しながら思うのだった。

 

 誕生日会に誘われたけど行くのに照れが残る士に発破をかけるゴンザ。

 今日の夕食の一幕は、そんな感じだった。

 

 

 

 

 

 はてさて9月13日当日。

 学校も終わり、響は椅子に座ったままぐいっと腕を上へ伸ばした。

 

 

「はぁー、終わったー! 未来、かえろっか! 私お腹ペコペコだよー」

 

 

 隣に座る未来へにこやかに笑いかける響だが、そこで携帯が鳴った。

 何だろうとポケットから出して手に取ってみてみれば、二課からのメールだった。

 

 

「どうしたの、響?」

 

「うん、二課からのメール。えーっと、『特命部で緊急ミーティング』……?」

 

 

 内容は響が読み上げた通り、ミーティングについてだった。

 ところがミーティング場所は二課ではなく、特命部。

 指定されている場所は特命部の1室。それも響は入った事の無い区画にある部屋だ。

 何故わざわざ違う場所でミーティングを? と首を傾げる響。

 

 

「変わった場所でやるみたいだけど……何があったんだろ?」

 

「あ、ちょっと待って……。アレ? 私の方にもメール来てるよ」

 

「え? ……じゃあ、未来も呼ばれたって事だよね?」

 

「うん……何だろう?」

 

 

 未来に戦う力は無い。

 確かに二課の民間協力者扱いではあるものの、未来は二課への出入りは多くはないのだ。

 にも拘らず、未来まで指定されて呼ばれているのはどういう事なのだろうか。

 メールの送信ミスか。

 しかし断定できない以上、ミスだとしても一応行っておく事に越した事はない。

 

 

「うーん、何だろ?」

 

「とにかく行ってみよう、響」

 

「そうだね。行けば分かる! ……お腹空いたなぁ」

 

「ミーティング終わったら、一緒にコンビニでも寄ろうね?」

 

「うん!」

 

 

 緊急のミーティングとは、一体何があったのか。

 何故特命部の使った事の無い部屋なのか、何故未来まで呼ばれているのか。

 疑問に思うものの、答えが出ない響はとにかく行ってみるしかないと足を動かした。

 

 

 ──────この先で何が起こるかなど、響『は』一切知らずに。

 

 

 

 

 

 特命部にやって来た響と未来は二課所属である事を示し、スムーズに特命部内部へ進んだ。

 基地内部では整備士と何度かすれ違った。

 此処とは違う区画だが、いつでも出撃できるようにバスターマシンの整備などをしているのだろう。

 ところでその整備士の殆どが、やたらとにこやかに手を振ってくるのは何なのだろうと響は思う。

 人の良い人達なのかな、と思いながら、「お疲れ様です」と声をかけて指定の場所へ向かう響と未来。

 

 やって来たのは会議室などがある区画。

 綺麗に整備された場所は、本当に会社の会議室前のようだ。

 確かにミーティングとかしそうな場所だな、と思いつつ、普段とは気色の違う場所にちょっと気を張ってしまう。

 一方、未来は特に様子を変える事も無く、指定された部屋の扉を見ていた。

 

 

「行こうか、響」

 

「うん。何があったんだろう……」

 

 

 特命部内部も特に変わった様子は無く、むしろ整備士の様子のせいで平和的にすら感じてしまう。

 だが、緊急ミーティングの知らせが来たという事は相応の事が起きた筈。

 それに未来まで呼んだ理由は一体……。

 答えが出そうもないちぐはぐな状況に響は少し顔を強張らせながら、響は部屋の扉を開く。

 

 

 ──────そして、数発の音が鳴り響いた。

 

 

「……へっ?」

 

 

 音の正体はクラッカー。パーティーで良く使われるアレ。

 そこから飛んできたリボンや紙吹雪を頭に乗せた響は、素っ頓狂な顔をしながら部屋の中を見渡す。

 最初に目につくのは、放ち終わったクラッカーを持って十人十色な反応を見せている面々。

 満面の笑顔で迎えるヨーコに剣二に弦太朗。

 彼等程ではないが、リュウジ、ヒロム、翼も微笑んでいた。

 そして照れくさそうにするクリスも、少しだけ口角を上げている。

 クラッカーを持っていない面々も同様に、響を笑顔で迎え入れていた。

 

 

「え、えっ?」

 

 

 状況がまるで飲み込めず戸惑い続ける響の前に、後ろにいた未来が前に出てきた。

 

 

「みなさん、せーの!」

 

 

 

 

「誕生日、おめでとう!!」

 

 

 

 

 未来の号令で放たれた合唱の意味。

 でかでかと飾られている、『誕生日おめでとう! 立花響!』の看板。

 何だか食事やお菓子に飲み物も用意されている会場。

 

 

「へっ、あのっ、えっと、え? ミーティングは……あれっ?」

 

「もう、響。まだわからない?」

 

「え、未来? え?」

 

 

 突然の事で脳の整理が追いつかない響が慌てふためいている。

 何故未来が訳知り顔なのかとか、ミーティングはどうしたのかとか。

 そうしてようやく響は状況を把握した。

 

 

「あ、あぁ! 私、誕生日!?」

 

「あぁ、やっぱり。響、自分の誕生日なのに忘れてたでしょ?」

 

「いや、あの、うん……。え、じゃあさっきのメールって……」

 

「うん、ごめんね。全部私が頼んだ事なの。

 部屋の中も凄いでしょ? 皆さんが協力してくれたんだよ?」

 

 

 自分が置かれている現状を理解するものの、やたら豪勢な場所に戸惑いは収まらない。

 サプライズで用意してくれたのであろう事は分かる。

 だが、部屋1つを貸し切ってパーティーなど、流石に想定外だ。

 まあ自分の誕生日を忘れていたので、想定外も想定内も無いのだが。

 

 

「私も聞いた話なんだが、立花の誕生日を祝いたいと、小日向が話しているのを緒川さんが見かけてな。

 そこで緒川さん経由でこの場所を借用し、こうして大きく誕生日会を開いたというわけだ」

 

「翼さん……」

 

「それに、私もスケジュールが空いていた。ならば後輩の誕生日を祝わない理由はあるまい?」

 

 

 にこりと微笑む翼。

 周囲を見れば結構な人数が揃っていた。

 10人どころではない。この部隊の前線で戦う仲間の、ほぼ全てが。

 

 

「それぞれの仕事もあるから、全員ってわけにはいかなかったみたいだ」

 

「ヒロム、さん……」

 

「それでも、此処にいる人いない人、みんなが響の誕生日を祝いたいと思ってるのは確かだ」

 

 

 響が周囲を見渡して、それぞれの人と目を合わせる度に、その人は笑みをくれる。

 ある人は豪快な笑み、ある人は優しい笑み、ある人はクールな笑み。

 ただ、共通しているのは絶対に笑顔を向けてくれるという事。

 

 状況は飲み込めてきた。自分が置かれている現状も分かった。

 だが、自分がどういう風に行動していいか分からず、結局慌ててしまう響。

 そんな響の背中を1人の少女が強く叩いた。

 

 

「あいたっ!?」

 

「おら、シャキッとしろシャキッと。いつまでもてんてこ舞ってんじゃねぇ」

 

「クリスちゃんまで……」

 

「ンだよ、あたしがいたらいけねぇってのか?」

 

「……ううん、嬉しい、嬉しいよ! ありがとう、クリスちゃぁん!」

 

 

 ようやくいつもの調子が戻ってきた響は満面の笑みでクリスへ振り返った。

 突然向けられた太陽のような笑みに、恥ずかしそうに、眩しそうに目を背けるクリス。

 しかしそんな事もお構いなく手を握ってぶんぶんと振ってくるものだから、クリスは顔を真っ赤にして手を乱暴に離した。

 

 

「お、おまっ、離せ馬鹿ァッ! いいから早くケーキの方へ行きやがれッ!」

 

「え、ケーキ?」

 

 

 会場の中央にあるテーブルには、1ホールのケーキが置かれている。

 そこには立っているロウソクは響の新たな年齢、16本だ。

 テーブルの横にはなのはが立っていて、彼女も響を祝福するように、それでいて子供っぽい明るい笑顔だった。

 

 

「なのはちゃん、もしかしてこのケーキ……」

 

「はい! 翠屋のケーキです! 響さん、お誕生日おめでとうございます!」

 

「えへへ。このケーキ、わざわざ持ってきてくれたの?」

 

「私にできるプレゼントは、ケーキかなって思って……」

 

「とっても嬉しいよ、ありがとう!」

 

 

 なのはと目線を合わせて、なのはの頭を撫でてやる響。

 撫でられているなのはも満更ではない様で、嬉し恥ずかしなのか顔を赤くしている。

 ロウソクにはまだ火が点けられておらず、ケーキの隣に置かれていたライターを持った未来が1本1本丁寧に火を点けていった。

 

 16本全てに火が点いた事を確認すると、みんなが響とケーキの周囲を囲むように移動。

 そして晴人がコネクトの魔法を使い、部屋の隅にある電気のスイッチを押した。

 

 真っ暗になる部屋。揺らめく16の火。

 それに薄く照らされるのは、ケーキに最も近い響と未来。

 

 

「さ、響」

 

「うん、じゃあ……」

 

 

 息を吸って、勢いよく吹く。そうして16の火が全て消えた。

 明かりが消えて完全に暗くなった部屋の中、再びコネクトを使い、手探りで明かりの電源スイッチを探し当てた晴人が電気を点ける。

 

 明かりに照らされた皆が鳴らす祝福の拍手で、部屋の中は一杯に。

 そして優しく見つめ合う響と未来の姿が、そこにはあるのだった。

 

 

 

 

 

 誕生日の様式美とも言える一連の流れを行った後も、響を祝う流れは止まらない。

 

 

「じゃあ私達からプレゼント!」

 

 

 どうやら、この場にいる中でもプレゼントを用意したものが複数人いるらしい。

 その一番手で声を上げたのは宇佐美ヨーコだ。

 

 二課と特命部が最初に組織として一時合併を果たした事。

 当時、翼と響の仲は険悪で、クリスもいなかった事。

 2つの組織で年齢が近かったのは響とヨーコだった事。

 こんな3つの要素から、ヨーコと響は仲が良い。

 だからというべきか、響を祝うとなった事でヨーコはちょっとテンションが高い。

 

 ヨーコは包装紙で包み、リボンで結ばれた、正しくプレゼントと言わんばかりの代物を差し出した。

 

 

「はい、響ちゃん! 中身はマフラーなんだ。これから寒くなるから、どうかなって」

 

「ありがとう、ヨーコちゃん! 大事にする!」

 

 

 ちょっと似た者同士というか、波長が合う部分があるのだろう。

 黄色い2人は「えへへ」と、元気一杯の笑顔を見せあっていた。

 そこに登場するのは、もう1人の元気一杯。

 

 

「おぉぉっしッ! 次は俺達だぜ、響ッ!」

 

「げ、弦太朗さんッ!?」

 

「俺達からは、これだ!!」

 

 

 ぐいっと押し出すかのように響へ渡したのは、先程ヨーコがくれたものと同じくらいの大きさのもの。

 勿論、これもプレゼント用に梱包されていて、リボンなどで装飾されていた。

 

 

「えっと、これは……?」

 

「俺達が選んだタオルだ! ほら、よく特訓とかしてるから、そういうのがいいかなって思ってな!」

 

「ありがとうございます! ありがたく、使わせていただきますねッ!」

 

 

 弦太朗が「おう!」と答え、響も此処まで一切絶える事ない笑顔を向けた。

 そこに流星とリュウジがやって来て、プレゼントについて付け加える。

 先程からヨーコも弦太朗もプレゼントを渡す際に、『俺達から』とか『私達から』と、複数形だった事についてだ。

 

 

「それは弦太朗個人からではなく、俺達仮面ライダー部からだ。

 全員プレゼントを用意すると、流石にこの人数だからな。

 お前にもかえって迷惑になるだろう」

 

「それは俺達特命部も同じだよ。本当は1人1人渡したいんだけど……ごめんね」

 

「あ、いえ! そんな事! それにお気遣いまで、ありがとうございます!」

 

 

 この場にいる全員がプレゼントを渡すと、響がどう考えても持って行けない量になる事は目に見えていた。

 そこでこの部隊の面々の一部は、組織1つからのプレゼントとして響にプレゼントを選ぼうと考えたのだ。

 決して手抜きではなく、間違いなく響への気遣いである。

 

 一方、その話の横で賢吾は苦笑を浮かべていた。

 

 

「それに俺達の場合、個人に選ばせると何を持ってくるか分かったものじゃないからな」

 

「へ?」

 

「何言ってんだよ賢吾! みんなが持ってくるプレゼントなんだ、すげぇ良い物に決まってるだろ!」

 

「そう言ってる君が一番不安になったんだ、弦太朗。

 君が個人でプレゼントする予定だったものを言ってみろ」

 

「え? いや、宇宙から地球を見せてやろうかなって。アレ、すっげぇいい眺めだろ?」

 

「うえぇ!?」

 

 

 どうやら一歩間違えばプレゼントと称して宇宙送りになっていた可能性があるらしい事に、響は素直に仰天した。

 いや、弦太朗からすれば100%善意のプレゼントなのだろうが。

 シンフォギアを纏えば宇宙でもなんとかなるだろうが、流石にプレゼントしてはやりすぎではないだろうか。

 

 

「分かってくれたか? 弦太朗がこの調子だから、俺達全員で普通の物を選ぼうとなったんだ」

 

「うーん、いいと思ったんだがなぁ」

 

 

 賢吾の言葉に弦太朗は「何がダメなんだろう」と素直に疑問符を浮かべていた。

 シンフォギアもあるし、宇宙に出て死んでしまうわけでもないのに何故、と。

 そんな彼は「常識的なプレゼントを贈れ」と、賢吾と流星からツッコミを受けるのであった

 

 

 こんな調子で、響へプレゼントは渡され続けていった。

 

 

「俺からはこれだ、魔物コロッケ! あけぼの町の名物だぜ!」

 

「ありがとうございます! お腹空いてたんですよぉ」

 

 

 剣二は結局魔物コロッケを選んでいた。

 

 

「俺達からはコイツだ、風花饅頭。風都名物の和菓子だぜ」

 

「誕生日には食べ物のような消え物がいいらしいからね。僕等で選んでみたんだ」

 

「あれ、マジで? 俺もはんぐり~の新作ドーナツなんだけど……」

 

「全部美味しそうなので問題ないです! ありがとうございます!」

 

 

 探偵と魔法使いが和菓子と洋菓子で攻めてきた。

 

 

「私はこれです! PANPAKAパンのパン詰め合わせ!」

 

「私は、響さんと未来さんの絵を描いてみました。未来さんに写真を貸してもらって、それで」

 

「ありがと、咲ちゃん、舞ちゃん!」

 

 

 咲と舞は、それぞれの得意分野を活かしたプレゼントをくれた。

 

 

 と、そんなこんなで響はプレゼントを皆から受け取った。

 プレゼントが多すぎるといけないから、と、配慮してくれたのはいいのだが、それにしたって数が多かった。

 しかしその内の殆どが食べ物である事が幸いし、何とか持って行けるだけの量にはなりそうだ。

 

 それに何より嬉しかったのは、プレゼントそのものじゃない。

 この誕生日会を開いてくれた事。そして、そこに参加してくれた事だ。

 これだけ多くの人が自分の事を祝ってくれる。

 これだけ多くの人が、生まれてきたこの日を祝ってくれる。

 

 

 死ね。

 消えろ。

 いなくなれ。

 何でお前が。

 

 

 そんな言葉を受け続けた彼女にとって、自分の誕生日を、自分が生きている事を肯定してくれる事が、嬉しくてたまらなかったのだ。

 

 プレゼントを渡す人も残り少なくなった。

 最終盤に差し掛かりやって来たのは、翼とクリス。

 同じシンフォギア装者の、ルナアタックを共にした仲間。

 そして、響によって繋がれた仲間達だった。

 

 

「改めて、誕生日おめでとう、立花」

 

「ありがとうございます、翼さん」

 

「思い返せば、立花との出会いは鮮烈なものだった……」

 

「……あの頃は、すみません。私、何にも分かってなくて」

 

「気にするな、私にも非がある。それに今はこうして、共に肩を並べ合う仲間だ。

 ……奏のガングニールを受け継いでくれたのが立花で、本当に良かった」

 

「翼さん……」

 

「それで、その……プレゼント、なのだが。

 情けない事に、何を渡していいか結局思いつかなくて……」

 

 

 プレゼントの話題になった途端、少し自信無さげに渡してきたそれは、CDだった。

 そのCDを響は知っている。

 しかしそれを見た瞬間、響は目を見開いて驚いた。

 

 

「これ……今度発売予定の翼さんのCDじゃないですか!? 発売まだまだ先じゃ……」

 

「ああ。無理を言って1枚だけ貰って来た。

 ……わ、私も自分のCDはどうかと思ったんだ!

 緒川さんや小日向にも相談したのだが、私の歌が一番だろうと、言われてしまって……」

 

 

 色々悩んで主催者である未来や、マネージャーの慎次に相談した結果、2人とも口を揃えて『翼が選んだものなら何でも』と『翼の歌とかいいのでは』という返答が来たという経緯がある。

 正直、気恥ずかしいなんてレベルじゃないのだが、2人の意見を参考にした結果、こういう事になったらしい。

 それを受け取った響は大切そうにCDを持って、翼と目を合わせた。

 

 

「私が、あのライブ会場の事故の後、辛いリハビリを乗り越えられたのは翼さんの歌があったから。そう言いましたよね。

 あの頃からずっと、私、翼さんの歌が大好きなんです。だから、とっても嬉しいです!

 ありがとうございます! 翼さん!」

 

 

 真正面から褒められて、屈託のない笑顔を向けられて。

 自分の歌を大好きだと言われて、自分の歌に励まされたと言われて。

 そんな気恥ずかしさで一杯となったせいか、翼は照れくさそうに顔を背けた。

 

 

(存外……恥ずかしいものだな)

 

 

 それでも響が喜んでいるのを見た翼は、自分も嬉しくなるのを感じていた。

 さて、此処で翼はクリスとバトンタッチ。

 クリスもまた、手にはプレゼントを抱えていた。

 

 

「あー……まあ、その、何だ。誕生日、おめっとさん」

 

「うん、ありがとう! クリスちゃん!」

 

「……で、よ、ほら。これやるよ」

 

 

 渡された小さな袋は綺麗に包装されている。

 丁寧に封を開けて中身を見てみれば、ふかふかの手袋がそこには入っていた。

 柄の入ったオレンジ色の手袋で、見るからに暖かい。

 

 

「あったかそうな手袋だね」

 

「これから、冷えてくっからな。それに、その……」

 

「?」

 

「……な、何でもねぇよッ!!」

 

 

 本当は『誰かと繋ぐお前の手は、それでも嵌めて大切にしろ』と続けるつもりだったのだが、恥ずかしさが勝ってしまったらしい。

 大切な事を言おうとしても、照れてしまって言えないのは流石雪音クリスと言ったところか。

 隣にいる翼や遠くで見守る晴人も苦笑いだ。

 顔をプイッと背けてしまったクリスを見て、いつも通りだなぁ、と、響もまた笑う。

 そしてそっぽを向く横顔に、言葉を贈った。

 

 

「クリスちゃん」

 

「あぁ?」

 

「あったかいもの、どうも」

 

「……おう」

 

 

 CDと手袋の入った袋を見つめる響。

 他にも抱えきれなくなったプレゼントが、空いているテーブルに置かれている。

 食べ物は此処で開けて皆で食べるとしても、それ以外にも沢山のものを貰った。

 響はCDと手袋を他のプレゼントと同じ場所に置くと、一旦、部屋の扉へ向かった。

 

 

「立花、何処へ?」

 

「ちょっと、お手洗いに……すぐ戻りますね」

 

 

 そんな様子に気付いた翼が声をかけるが、響は笑って部屋を出て行ってしまう。

 主役不在となってしまうが、理由がそれなら仕方が無い。

 それぞれに食事や談笑を始めた

 勿論、響へプレゼントした食べ物には手を付けない。あれを開けていいのは響だけだ。

 

 そんな時、ふと、部屋を見渡した夏海が気付いた。

 

 

「あれ? 士君……?」

 

 

 

 

 

 

 

 トイレに行くまでの通路を歩く立花響。

 その頬には、涙が伝っていた。

 ごしごしと涙を拭くが、あとからあとから涙が止まらない。

 

 

「なん、で、だろう。ぜん、ぜん、止まんない……」

 

 

 しゃっくりをあげながら、何とか笑顔を保っていた表情も、どんどん泣き顔へ変わっていく。

 遂には通路の壁に背中を預けて、座り込んで泣きじゃくってしまっていた。

 

 辛いのでも悲しいのでもない。嬉しいのだ。

 こんなに沢山の人が、自分の事を祝ってくれる。自分に笑顔を向けてくれる。

 何てことの無い会話で笑ったり、ちょっとしたバカをやって笑えたり。

 キチンと考えてプレゼントをくれて、みんながみんな、あったかくて。

 

 大分豪勢なパーティーで、みんなはしゃいでいる。

 ただ、浮かれている理由はパーティーだからじゃない。

 響の誕生日だからだ。

 パーティーという空気ではしゃいでいるのではなく、間違いなく『響の誕生日』という理由で皆が笑顔なのだ。

 

 それがどれだけ響にとって救われる事だろうか。

 誰からも生きている事を疎まれていた響にとって、誕生日を迎えた事をこんなに喜んでくれる人達がいる事が、どれだけ心に響いているだろうか。

 

 嬉しくて、楽しくて、幸せで、涙が止まらない。

 鏡は無いが、絶対にぐしゃぐしゃな顔になってしまっている。

 こんな顔見せられないなぁ、と、泣きながら笑ってしまった。

 

 

「何泣いてるんだ、お前?」

 

 

 だけど、通りすがりはそこに通りすがった。

 

 泣きながら顔を上げる響が見たのは、自分を見下ろす門矢士の姿。

 目を擦って何とか涙を誤魔化そうとするが、溢れて止まらない涙の前には意味のない事だった。

 

 

「ハッ、泣くほど嫌な事でもあったか」

 

「ちがい、ますよぉ。うれ、しいんです。幸せ、で……こんなに、しあ、わせで……!!」

 

「……ったく。おら」

 

 

 泣き続ける響に、小さな箱を放る士。

 放るというより、座り込む響に向かって落とした、という方が適切かもしれない。

 ともあれ落ちてきた箱を泣きながら受け止めた響は、これは何ですか、という視線を送る。

 

 

「……ま、他の連中も贈ってるから、仕方なくだ」

 

 

 顔を背ける士。

 響はしゃっくりをあげながらも、士の渡してきた箱を開けてみる。

 中に入っていたのは、ヘアピン。

 響がよく付けているN字のヘアピンによく似ているが、微妙にデザインが違っている。

 分かった事は1つ。これが士からのプレゼントである、という事。

 

 響は涙ながらに士の方をもう一度向きながら、泣きながら問いかける。

 

 

「つか、さ、先生。こ、れは?」

 

「……お前、訓練の時でもシンフォギア使ってる時も付けっぱなしだろ、それ」

 

 

 涙が止まらない響でも、その言葉で何となくわかった。

 日常生活でも、シンフォギアを纏う時も、基本的に響のヘアピンはそのままだ。

 その影響というべきか、響のヘアピンは時々ボロボロになる。

 新しいのを何度か買った事もあるのだが、どうやら訓練に付き合ってくれているもう1人の師匠、門矢士はそこに気付いていたらしい。

 

 

「……さっさと泣き止め。じゃあな」

 

「あ、あり、がとう、ご、ざいま、す……」

 

 

 大事そうに士からのプレゼントを抱え、再び泣き始める響。

 そんな響を見ないように、士は再び誕生日会の会場へ戻っていく。

 

 皆の前で自分がプレゼントを渡すのは気が引けた。

 そんな事をすれば、誰に何を言われるか分かったものじゃないからだ。

 だから、響が部屋を出たタイミングが丁度いいだろうと思い、自分も外に出た。

 そうしたら響が泣いていた、というのが事の顛末である。

 

 誰にも気取られる事無く部屋を出た士は、無事に用意していたプレゼントを渡せた。

 そう、その筈だったのだが。

 

 

「士君」

 

「……夏みかん、何してる」

 

 

 会場の近くの通路に夏海がいた。

 彼女は士へ微笑みながら近づく。

 

 

「用意してたんですね、プレゼント」

 

「……なんの話だ?」

 

「とぼけても無駄です。見てましたから」

 

「フン、覗き見か? ますます趣味が悪くなったな」

 

 

 とぼけようとするも夏海には物理的にお見通しで、それに対してお馴染みの悪態と悪口で返す士。

 普段ならば此処で夏海が怒ったり、呆れたり、酷い時には笑いのツボが飛んでくるわけだが、どういうわけだが今日はそういう気配がない。

 それどころか夏海は「フフッ」と笑っている。

 

 

「何笑ってやがる。マジで気持ち悪いぞ」

 

「いいえ、何でも。ただ、素直じゃないのは相変わらずですね」

 

「おい、何の話だ」

 

「何だか珍しい光景が見れたので、今日は何を言われても許します。

 それじゃ、先に戻ってますね」

 

「おい待っ……。ったく……」

 

 

 鼻歌を歌いそうなくらい楽しそうな様子で会場に戻っていく夏海を、心底怪訝そうな目で見つめる士。

 

 誰かの為に慣れない優しさを不器用に見せる士が何だかおかしくて、それでも『先生』として慕われている士が何だか嬉しくて。

 そんな理由で上機嫌なのを、士が知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 士と夏海が会場に戻ってからしばらくして、響も会場に戻ってきた。

 随分長かったね、と、ヨーコなんかに心配されていたが、泣き止んだ響は「へいき、へっちゃら」で押し通す。

 実際嬉し泣きだったわけだから、別段何か悪い事が起きたわけでもない。

 会場に戻ってきた響は士と目が合うと、その屈託のない笑みを見せる。

 無表情で顔を背ける士だが、誰にも気づかれない程度に口角が上がっている事に、本人は気付いているのだろうか。

 

 プレゼント渡しも完全に終了し、此処からはケーキを食べたり食事をしたりしながら談笑する、そんな状態になっていった。

 勿論響の誕生日を祝っているというところは忘れずに、だが。

 

 響が誕生日祝いに貰った食べ物は、持ちきれない分をその場で封を開けて、みんなで食べきってしまう事になった。

 晴人がくれたドーナツのように賞味期限の短いものを優先的に開けて、消費していく。

 食事はコミュニケーションを円滑にするというが、響の誕生日会というこの環境もまた、似たような状態にあった。

 

 響を中心に皆が会話をする誕生日会。

 手を繋ぐ事を信条とする響らしいというべきか。

 

 響は今日、沢山のものを貰った。

 それはプレゼントだけではない。

 皆がこうして集まって、ただ『誕生日おめでとう』と言ってくれるだけで、響は救われている。

 自分はこんなにも沢山の人と手を繋いでいるんだと実感した。

 いつまでも続いてほしい、幸せな時間と思い出。

 それが今日、響が貰った大切なものだった。

 

 

 

 

 

 響の誕生日会は笑顔の絶えないままにお開きとなった。

 尚、片付けは『響はするな』で満場一致。

 そもそも誕生日の主役に場の片付けをさせるってどうなの? という話である。

 また、そんな響と同室に住んでいるという事で未来も片付け免除を食らった。

 未来当人には「提案者だから」と食い下がるものの、提案者だからこそ、最後まで響と付き合えと言い返されてしまい、片付けに参加させてもらえない事になった。

 

 本来なら片付けはやりたがる人は少ないが、響は感謝があったから、未来は提案者として責任を感じていたから、というのが大きいだろう。

 そんなわけで、2人は沢山のプレゼントと片付けをしている皆への申し訳なさを抱えながらリディアンの寮への道を歩いている。

 

 

「響、楽しかった?」

 

「うん! とっても、とっても楽しかった! これ、未来が提案してくれたんだよね?」

 

「うん。ただ、私は殆ど何も。緒川さんから弦十郎さんや黒木さん達に話がいって、それで」

 

「でも緒川さん、最終的に皆を集めるために声をかけたのは未来だったって言ってたよ?」

 

「それは弦十郎さん達が予め言っておいてくれたから……。私は、ホントに何も」

 

 

 思えば今回、自分は何をしたっけと未来は考える。

 確かに提案はした。誰が参加できるのかの確認も取った。

 だけど一番重要な場所の確保とかは弦十郎達に頼ったし、飾り付けも自分1人でやったわけではない。

 そもそも誕生日会の発案は慎次だ。

 人に頼る事が悪い事と思っているわけではないが、やはり大まかな部分は人の力を借りている。

 だからだろう、未来は自分が何かをした、とは思えなかった。

 

 

「そんな事ないよ」

 

 

 けれども響は、そんな未来の言葉を否定する。

 

 

「だって、未来が私の誕生日の話をしなかったら、今日の事はそもそも無かったんだもん。

 皆を集めたのは未来。この誕生日会があったのは、未来のお陰。

 飾り付けとかだって、私の知らないところで頑張ってくれたんでしょ?

 だから、ありがとう、未来」

 

 

 響の笑顔は眩しかった。

 すっかり日も落ちた道で、自分だけが日に照らされているかのような。

 

 

「やっぱり未来は私の陽だまりだよ。

 未来がいてくれたから、こんなに幸せな事が起こったんだもん」

 

 

 気恥ずかしそうに俯く未来は思う。「そうじゃないよ」、と。

 陽だまりと言ってくれる響だが、そんな響は自分が太陽である事に気付いていない。

 そんな響が時々眩しくて仕方が無かったりもするのだが、それでも思う。

 

 

「ねぇ、響」

 

「なぁに? 未来」

 

「私がいるから幸せって言ってくれたけど、私も響がいて、幸せだよ?」

 

「えへへ、ありがと!」

 

 

 一番辛かった時代から、ずっとずっと支えてくれた未来が大切な響。

 そんな時期から頑張り続けている姿を見て、響が大切で仕方ない未来。

 2人はそんな持ちつ持たれつな関係だ。

 

 今日、この日の為に沢山の人が集まってくれた。

 響は嬉しかった。当然だ、当事者なのだから。

 未来も同じくらい嬉しかった。辛そうな響を見ていた頃があるから。

 

 

「私ね、今日泣いちゃったんだ。あんまり嬉しくて」

 

「うん、知ってる」

 

「うぇ?」

 

「お手洗いに行くって言った後、泣き腫らしてたもん。

 翼さんもクリスも、皆気付いてたよ」

 

「うえぇぇ!!? ちょ、言ってよぉ、恥ずかしい……」

 

「『泣くほど喜んでくれたなら、来年も』って、言ってる人もいたんだよ?」

 

「あー、そういう事言わないで! 絶対泣いちゃう!」

 

 

 笑いあう2人は間違いなく、今までの何時よりも幸せだった。

 プレゼントを右手に抱え、左手を空ける未来。

 それに気づいた響がプレゼントを左手に抱え、右手で未来の左手を握る。

 2人は手を握ったまま帰り道を歩き続けた。

 

 

「響、来年もこんな感じが良い?」

 

「うん。来年も、再来年も、そのまた次も。もしできるなら、これがいい。

 皆と一緒に楽しくお喋りしながら、楽しくご飯を食べたい。

 それで最後は、こうして未来と一緒に手を繋いで、帰りたいな」

 

「……うん、そうだね」

 

 

 完全に照れきってしまった未来。

 そんな未来を知ってか知らずか、響大きな声で口にした。

 

 

「あー、やっぱり未来は私の一番だよっ!」

 

 

 未来の想いが、こうして響に大きな幸せを運んでくれた。

 誰よりも響を想い、彼女の幸せを願った。

 そんな響は今、沢山の仲間に囲まれている。

 素直に祝福する未来もいれば、そんな響の周りが羨ましいと思う未来もいる。

 仲間に囲まれて幸せそうな響の顔を見ていると、もう私だけじゃないんだな、と、嬉しい様な寂しいような気持ちにさせられる。

 

 でも、響は未来を一番だと言った。

 まるで仲間や友達が増えて寂しさを感じていた自分の心を見透かしたかのような言葉を。

 凄く嬉しくて、でも何だか見破られているみたいで悔しくて、でもやっぱり嬉しくて。

 そんな未来はこれからも響を想い続けるだろう。

 どんなに仲間が増えても、友達が増えても、響の陽だまりは未来だけなのだ。

 

 響をこれからも支えよう。響とこれからも一緒にいよう。

 今日という日は、未来にとっても大切な1日になったようだ。

 

 響を大切に想うその心。その心に名前を付けるなら、そう──────

 

 

 

 ──────『愛』だろう。




響のバースデーガチャが来る→書けば出るという話→書こう!

くらいのノリで書いています。
スーパーヒーロー作戦CSの世界観で響の誕生日をしよう、くらいの感じです。
だから響と士の絡み多めにしようと思ったんだけど、いつの間にか響と未来が一番絡んでる! 何故だ。

本編の方は戦闘描写で四苦八苦している感じですね。
既に1万字を突破しているのですが、中々納得できる描写にできていません。

お目汚し、失礼いたしました。


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