どうしてこうなった? (とんぱ)
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プロローグ 第一話

 

 どうしてこうなった?

 

 

 

 

 俺の目の前には果てしなく広がる草原、遠くを見れば日本では見られないような雄大な山脈が連なっている。まるで何がファイナルか分からないファンタジーゲームに出てくるような大自然が目の前には拡がっていた。

 お、落ち着け。まずは素数を数えるんだ。1・3・5・7……あれ? 素数って1からだったっけ? ……まぁそんなことはどうでもいい。まずは落ち着くんだ。目を閉じて大きく深呼吸。

 すぅぅーー、はぁぁーー……うん、目を開けてもやっぱり大自然だった。

 

 う、うろたえるんじゃない。男子高校生はうろたえない! そう、まずは現状の確認だ。

 ……俺の名前は北島(きたじま) (しょう)。東京都内の高校に通う普通の高校生だ。OK、意識はハッキリしているようだ。さて次だ。どうしてこんな場所にいるんだ? 順序立てて思い出してみるか。

 何時も通りに朝起きて、母ちゃんの作った朝飯食って、適当に髪を整えて、出来るだけぎりぎりに家を出て学校への通学路を歩いていた、はずだ。そしたら何の前触れもなく目の前が大草原だ。トンネルも抜けてないし光る鏡も通ってねえ。俺の通っている学校はいつからファンタジーとクロスしたんだ? クロスするならすると生徒には通達しろよ。これじゃ遅刻しちまうだろうが……などと現実逃避した思考をしながら俺は立ち尽くしていた。

 

 

 ……どうしてこうなった?

 

 

 

 

 この異世界? に来てから約半年ほど経った。そう異世界だ。おれはこの世界が俺のいた世界ではないと判断した。

 あの後、なんとか平静を取り戻した俺は、取り敢えず人を見つけようと歩き出した。周囲を見渡すと遠くに煙が立っているのが見えた。もしかしたらそこに人が居るかと思い、煙を目指して歩いた。幸いにして辺りは急な山岳ではなく揺るやかな野原だったが、都会っ子にはかなりきつい道のりだった。2~3時間くらい歩いたらようやく町と思わしき場所にたどり着いた。マジ疲れた。こんなに歩き続けたのは人生で初めてだよ……。

 遠くからも見えた煙は多分石炭か何かを燃やしている煙みたいだな。何かめっちゃ黒いし煙たいし、何となくテレビで見た炭鉱のある町、みたいな感じの町だ。自分で思っててなんだがそのまんまだな。んで、俺がここを異世界だと思った理由なんだが、明らかに周りの人間は日本人とは思えない外人チックな奴らばかりなのに会話は全部日本語に聞こえている上に、店と思わしき建物に書かれている文字は明らかに日本語ではなかったからだ。

 

 なんだこれ? 違和感ばりばりなんですけど。

 取り敢えず周りの人に話を聞いて情報収集しなきゃいけないな。人見知りが多少ある俺だが、この状況ではそんなことも言ってられない。なんせ自身の生死が懸かっているからな。人見知りだなんだと言ってられない。日本語が通じるのが幸いだ。……どうして日本語が通じるんだ? あれか? ご都合主義ってやつかな。どうせご都合主義ならチート能力でも付いてくれよ。

 聞いた所によるとこの町はゴルシェというらしい。主に炭鉱を生業にしているそうだ。ちなみに、日本? なにそれおいしいの? だった。他にもアメリカや中国、ヨーロッパ方面の国の名前を聞いてみたが全部駄目だった。ここはアイジエン大陸だって? 知らんわそんな大陸。やっぱり異世界だワロス。

 

 

 ――どうしてこうなった――

 

 

 とにかく、この世界で生きていくにしても先立つものたる金がない。金がなければ飯も食えない宿にも泊まれない。俺が持ってる金は3652円。なけなしの全財産だが、やっぱりこの世界では使えなかった……。くそ、何だよジェニーって! 円でもいいだろ日本語で会話してんだからよ! これだからファンタジーは……。

 愚痴っても仕方ない。一文無しには変わりない。とにかく働いて金を稼がなくては! ……でも肉体労働はいやだなぁ。

 色々聞いてみて、住み込みで働ける職場を見つけることが出来た。鉱山掘って石炭運ぶ仕事だ。めっちゃ肉体労働ですねありがとうございます。まあ、仕方ない。文字も読めない身分証明も出来ない不審者を雇ってくれるんだ。毎日3食出るみたいだし、文句は言えないか……。

 

 そんなこんなで半年経っていた。いやびっくりだね。自分で自分を褒めてやりたいよ。よくこんな環境で半年も耐えられたもんだ。

 初めの頃はマジ役立たずの足手まといだった。初日が終わっただけで体はぼろぼろ。まともに飯も食えなかったくらいだ。次の日は物凄い筋肉痛でまともに動くことも出来ず、親方に怒鳴られまくった。なんとかクビにされることはなかった。ここをクビにされたらもう行くとこがないと親方に泣きながらすがりついたら何とか許してくれた。

 ……給料はしっかり減らされてたけどな!

 

 

 

 2、3ヶ月もしたらこの仕事にも慣れてきた。というかなんか大分力がついた気がする。確かに肉体労働してるし、無駄な過食は出来ないから身体は鍛えられているだろうけど、筋肉ってこんなに簡単に付いたか?

 少なくとも元の世界じゃ無理だな。これが異世界補正という奴だろうか。もしかしたらその内夢の俺Tueeeeeee! が出来るかもしれん。

 ま、鉱山仲間ではひ弱な方だけど。

 

 

 

 あれからさらに1年ほど月日が流れた。ちなみにこの世界も元の世界と同じく1年365日、12ヶ月で1年である。

 しかし、前にも思ったがよくこんな環境で1年以上耐えられたもんだ。何せネットもないテレビもない漫画もないのだ。多少はオタクの自覚があった身としてはなかなか辛いもんだ。まあ人間は慣れる生き物だ。住めば都とは昔の人は上手く言ったもんだよほんとに。よく分からなかった文字も読めるようになったしな。文字が理解出来ても何か文章とか全部平仮名で構成されてる感じだから読みにくいけど。

 

 力も大分付いたけどある一定からは伸び悩んでいる。限界がきたというより負荷が足りない感じだな。全身に重りをするとかしながら仕事したらもっと力が付くかもしれない。しないけどな疲れるし。もうこの仕事をやってく分には十分だ。魔王退治とかするなら別だけど、この世界魔王とかいないし。魔獣はいるみたいだけどな、さすが異世界。

 仕事仲間とも仲良くなってきたし、後輩も出来た。今じゃ仲間と一緒に仕事終わりに軽い賭けをしながら酒でも飲むのが人生の楽しみになってきている。……ん? 未成年? いいんだよ、この町じゃ15のガキも酒飲んでるしな。世界が違えば法も違う。郷に入れば郷に従えってな。自己弁護終了。

 

 そんな感じで仲間と賭けをしながら酒を飲んでると、物騒な話が聞こえてきた。何でもこの都市の市長が暗殺者に殺されたらしい。おいおい暗殺者いるのか。でも元の世界にも探せばいるかもしれないからな、ファンタジー世界じゃいて当然か。魔獣もいるぐらいだしなぁ。

 なんでもその暗殺者はあの伝説のゾルディック一家では? との噂らしい。なるほど、伝説の暗殺一家ゾルディックか、厨二クセェなハハハ。

 

 

 ……ゾルディック?? ……マジで?

 

 

 ……どうやらこの世界はHUNTER×HUNTERの世界みたいだ。もしくは限りなく似たような世界か。あの後色々調べてみたらハンターだのハンター協会だのとそれらしい用語が出てくる出てくる。よくよく考えればこの世界の金の単位ジェニーはHUNTER×HUNTERのと一緒だし、世界共通の文字もハンター文字と呼ばれている。

 力が急速に付いたのも納得だ。さすが空気にプロテインが含まれていると言われているだけの事はある。ほぼ確定でHUNTER×HUNTERの世界だな。

 どうして気づかなかったんだ1年半も? アホか俺は。……いや、生きてくのに必死だったんだよ。だから仕方なかったんだ、そんなうっかりもあるさ。

 

 さて、HUNTER×HUNTERの世界と知ってしまった俺はどうするべきだろう。正直この世界はやばい。死亡フラグ乱立の世界だ。

 いや普通に生きてく分には大丈夫かもしれないが、少なくとも原作に関わると死亡率は跳ね上がる。なにせ人気キャラでさえクビと胴がお別れしてしまう作品だ。関わると碌な事にはならない。じゃあ関わらなければいいかと言うとそうでもない。関わることによって得られるメリットも存在する。

 

 まずは原作に関わった場合のメリット・デメリットをまとめてみるか。

 

・メリット

①元の世界に戻ることが出来るかもしれない。

 そう、ここがHUNTER×HUNTERの世界ならグリードアイランドがあるはずだ。あれに出てくるカードを使えば元の世界に戻れる可能性がある。で、そのカードを入手するには原作主人公たちと行動を共にした方がいいだろう。俺個人であれをクリアー出来るなんて自惚れはない。ゴンたちのおこぼれをもらうのが一番だ。帰るならビスケが貰う予定のクリア報酬カードを譲ってもらわなきゃならないけど。

  

②原作の色々な場面を自分の眼でリアルに見ることが出来る。

 正直俺はHUNTER×HUNTERが好きだ。特に念がかなり気に入っている。自分だけの能力を作ることが出来て、能力によっては格上を倒すことも出来るし、才能が絶対の世界ではないのがいい(才能あるに越したことはないが)。念の設定は後付設定かもしれないが矛盾や無理矢理感は少ないしな。ナ○トやブ○ーチも見習ってほしいくらいだ。とにかく、気に入っている作品を自身で体験出来るというのはかなり魅力的だ。

 

③好きなキャラに会える。

 ②と被ってるかもしれないけど、好きなキャラに会えるな。特に女性キャラだ。一度でいいからマチ・シズク・ビスケ・ポンズ・ネオンといった綺麗で可愛い女性と会ってみたい。この世界は漫画と違って二次元じゃなく三次元だ。もちろん俺の周りに漫画みたいな顔の人間はどこにもいない。俺たちの世界と同じような人間しかいない。言うなれば実写版HUNTER×HUNTERだな。

 つまり原作キャラも三次元になっているはずだ。絶対美人に決まっている! 上手くやったら原作キャラと……もっとも、危なくて手が出せないがな! マチやシズクに手を出したらその時点でお陀仏だ。少なくともヒソカクラスの戦闘力を手に入れないと如何しようもない。ビスケは……見るだけでいいや。可愛いけど、その、元が、な。ネオンも駄目だ。あれに手を出す=マフィアと抗争だ。リスクが高すぎだよ。可能性があるのはポンズくらいだな。マチが一番好きなのに……。

 

・デメリット

①死ぬ危険性大。

 マジ死亡フラグ満載。原作で死亡フラグがないのはゾルディック家訪問編と天空闘技場編ぐらいじゃなかろうか。それ以外は死神とお近づきになる率が高すぎる。特にキメラアント編なんてどうしようもない。王様どうやったら倒せるんだ? あいつ絶対出てくる作品間違ってるよ。多分B級妖怪以上の実力はあるね。弱虫ラ○ィッツぐらいなら倒せるんじゃね? だれか魔族化した霊界探偵呼んできてくれ。あれならかつる。

 

②……ない

 死ぬ以外のデメリットはないな、うん。

 

 

 

 原作に関わったら死ぬ確率が高いけどメリットがおいしい。特に帰還の可能性があるのが良い。この世界に慣れたとはいえ、やっぱり故郷は恋しい。食事も日本食なんてないし毎日毎日肉体労働するのもなぁ……。

 やべぇ、帰れるかもと思ったらめっちゃ帰りたくなってきた。米食いたいネットしたいゲームしたい漫画読みたい友達と馬鹿話したい……家族に、会いたい……。

 

 

 ……よし、原作に介入しよう! 確かに死ぬかもしれないけど、俺には他の奴らにはない武器、原作知識がある。この知識を上手く利用すればいくつかの死亡フラグも乗り越えれる可能性が高まる。

 今の時期がいつかは分からないが、原作前だとしたら身体を鍛えて念を習得すれば少なくともハンター試験は何とかなるだろう。その後は……まあ状況に合わせて上手くやろう、うん。かなり楽観的かもしれないがなんとかなりそうな気がする。キメラアントなんて遭遇しなけりゃいいんだ。グリードアイランド編が終わればこの世界とはおさらばだしな。

 それにもしかしたらポンズあたりなら念を教えるとかなんとかで仲良くなってあわよくば、とか出来るかもしれないし!!

 

 まさか童貞を漫画のキャラで捨てる日が来るとはな(上手くいくことしか考えていない)。

 

 よし決めた! 原作に介入して俺は、童貞を、捨てる!!!(目的が変わってることに気付いていない)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。

 

 ただいまの年代、1872年2月7日、原作開始まであと約127年……。

 原作? 何それおいしいの? 

 ………………………………………………………………終わった。

 

 

 




主人公が読んでいる原作は単行本29巻までです。


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第二話

 ……どうして気づかなかったんだ。HUNTER×HUNTERの世界だと知って興奮してたのか? この1年半、この世界で過ごしてきて一度もテレビやパソコンに携帯電話といった機器は見かけていないだろうが。原作では普通に流通してたのにこの都市だけないなんて馬鹿げたことがあるわけがない。

 

 まさか原作の100年以上前とは……。

 確かに原作より前の時代が良かったよ? 修行に費やせる時間が増えるからな。でも原作開始まであと127年はないだろう! 原作開始したときには俺145歳だよ。どう考えても老衰してますありがとうございました。

 

 いやネテロ会長やマハ=ゾルディックの例もある。俺が念能力者になれば常人より若さを保つことも出来るはずだ。生きてる可能性もある。

 けどどんなに若さを保っても145歳じゃよぼよぼになってるわ!

 

 くそ、俺の計画(原作キャラで脱・童貞)がこんなことで頓挫するとは……!!!

 

 

 

 ……何か目的が変わってる気がするが、まあいい。それに帰るにしても無理だ。グリードアイランドが完成した頃にはジジイだし、そんな状態で帰りたくはない。

 自力で帰る念を作るなんて出来るとは思えないし、出来たとしても完成した頃にはやっぱりジジイになってる気がする。

 世界の壁を越える念なんて数十年以上修行してようやく完成するくらいじゃね? それも才能がかなりあって数十年ってとこだろ。そうじゃなきゃ世界の壁なんか越えられそうにない。

 俺は簡単に越えて来たけどな。

 

 ……どうした、笑えよべ○ータ……。

 

 そういや元の世界に戻るのに必要な念能力って放出系か? 放出系なら瞬間移動とか出来そうだし。それとも特質系だろうか? 異世界に移動なんてあまりにも特殊だしな。

 そもそも俺の念系統って何なんだろう? 俺的には強化系か特質系がいいんだけど。夢の俺Tueeeeeeee! が出来るかもしれんしな。

 

 ……よし! まずは念を覚えよう。自分の系統を知らなきゃ話にならん。

 そうと決めたら毎日瞑想だ!

 

 ん? 無理矢理なんて怖くて出来ませんよ、ええ。そもそも念能力者の知り合いなんていないしね。

 

 

 

 

 オーラを感じようと瞑想をした俺は瞑想後1時間ほどで何となくだがオーラというものの感覚を掴むことが出来た。おそらく元々念の概念がない世界から来たから感覚的に理解しやすかったんだろう。これなら念の習得も簡単だZE!

 

 

 

 なんてご都合主義はさっぱりなかった。世の中そんなに甘いもんじゃねぇんだよ! 俺にはトリッパー補正もオリ主補正もなかった……。

 

 ……俺には才能がないのがよく分かった。

 少なくともズシよりも遥かに才能は低いだろう。いや、ズシも十万人に一人の才とか言われてるんだ。ゴンやキルアが異常過ぎて比較すると才能なさそうに見えただけだな。

 俺はもしかしたらモタリケクラスの才能かもしれん……。モタリケの才能がどれくらいかわからんがな。

 

 結論から言うと、俺は念に目覚めることが出来た。それはいい。実に喜ばしいことだ。問題は……そう、念に目覚めるまでに掛かった時間だ。

 ゴン、キルアは早ければ1週間(瞑想で目覚めた場合)、ズシは半年で目覚めたが、俺が掛かった時間は……6年だ。

 

 そう、6年も掛かった。俺は何人に1人の才能なんだろう? 世の中自覚なくても目覚める奴はいるのに、目覚める努力をしてこれか……。

 才能ないと思わざるを得ない。

 

 あれだけ毎日瞑想したのになぁ。

 

 朝いつもより早く起きて瞑想(よく二度寝になる)。仕事の昼休憩中に瞑想(よく昼寝になる)。仕事が終わってから瞑想(よく同僚と酒場で飲む)。就寝前もオーラを感じるよう瞑想(気づいたら朝)。

 1年過ぎたぐらいからは、俺は異世界出身だから念に目覚めないんじゃ? とか、もしかしたらここはHUNTER×HUNTERに似た世界で念そのものがないんじゃ? という思いが強くなり挫折しかけた。

 まあ他にやることも特になかったし、途中からはなんか日課みたいになって苦じゃなくなってたけど。

 ちなみに同僚達からはなんか変な目で見られた。まあ、今まで瞑想なんかしなかったのに急にやりだしたら見る目も変わるわな。

 

 

 

 5年ぐらいしたらなんとなく自分の身体を何かが包んでいる感じがしだした。これがオーラか? と感じてからは話が早く、その後1年程で念に目覚めることが出来た。

 まだ纏しか出来ていないが、出来たときはもう感動したね。まさに世界が変わって見える感じだ。

 これが纏か……なんか不思議な感じだ。一般人として生きてきたのにこんな漫画のようなことが出来るようになるなんて。

 今ならかめはめ波が撃てるかもしれない……おらワクワクしてきたぞ。

 

 早速纏の効果を確かめてみよう。纏は肉体を頑丈にする効果があるんだよな。ちょっくら宿舎から出て炭鉱内に入る。んで、いつもつるはしで崩している岩壁に向かって、パンチ!!

 ゴッ! という音と共に岩壁が少し崩れた。

 ……すげぇ。岩壁が崩れたこともすごいが、拳が少しヒリヒリするくらいの痛みしかないのがすげぇ。

 普通こんな勢いで殴ったら擦り傷どころか下手すりゃ骨折ぐらいするだろうに……改めて考えるとよく全力で殴れたな。

 まあそれはともかく、纏すげえ!!!

 

 調子に乗って壁を殴り続けていたら親方に見つかって怒られた。

 いや、痛くないんですよほんとに……ええ、拳は傷めてませんて。

 なんか心配された。くっ! 親方、あんたいい人だよ……。

 

 あ? 頭は大丈夫かって? 野郎、俺の感動を返せチクショウ。

 ちなみに後で聞いた話だが、笑顔で壁を乱打する俺はかなり危ない人に見えたらしい……。

 

 とにかく纏は出来た。後は残りの絶・練を覚えて念願の水見式だ!

 テンション上がってきたぜぇぇぇぇ!!!

 

 いやだから、頭は大丈夫だと言ってるでしょう!

 

 

 

 

 

 ふぅ。仕事は纏をしながらだといつもよりは疲れにくいな。多少はスタミナも上がるのか? しかし、つるはしに念の応用技である周をしてみようとしたが、全然上手くいかん。

 さすがにいきなり応用技は無理があったか。基本の四大行(だったか?)も覚えていないしな。まあ何だ。試すのはタダだし。

 纏は慣れたら寝ている間も出来るようになるのか? 一応寝る前に纏を意識しながら寝てみよう。

 

 休憩中や仕事の後は瞑想しながら絶の訓練だ。もう6年も経つと瞑想する俺を妙な目で見る奴もあまりいなくなった……嬉しいけど嬉しくない。複雑な気分だ。

 

 なかなか難しいな絶は。全身の精孔を閉じればいいんだっけ? でも纏のオーラ量は少なくなるけど完全にはなくならない。

 本当に才能の塊なんだろうなゴンとキルアは。確か簡単に成功してなかったかあいつら? ……まあ、積み上げてきた下地も違うしな。一概に才能だけの問題じゃないか。

 

 愚痴るよりは練習だな。さすがに今度は6年も掛からねぇだろ。

 さあ! 気配を絶つんだ! 俺は壁俺は石ころ俺は空気俺は……なんか悲しくなってきたな。

 

 

 

 

 

 半月ほどでようやく絶が出来た。全身から漏れるオーラも見当たらないし、同室の同僚が居る部屋で絶をして隠れたら全然気づかれなかった。一応出来てると思うけど……。

 絶にも熟練度とかあるんだろうな。俺は動きながらだと絶が解ける時があるし、他には気配の消し方とかオーラを消す速度とか、オーラを隠す技術を上昇させたりとか。要練習だな。

 

 次は練か。これが出来なきゃ話にならない。練が出来ないと水見式も出来ない。

 確か通常の纏よりも多くのオーラを生み出すと練になるんだっけ? 気合入れたらいけるかな?

 

 ふんっ!!

 おお? 少しだけオーラ量が増えたか? でも微々たるもんだな。10が12になったくらいのもんだ。これは練とは言えないだろう。

 何だったっけかなあ? ちょっとコツみたいなもんがあったような?

 ……駄目だ。忘れた。もう7年以上前に読んだ漫画の内容を細かく覚えてるほど記憶力は良くねぇよ。

 一応全巻持ってたんだが……くそっ! どうしてこの世界に来るときに鞄の中にHUNTER×HUNTER全巻入れなかったんだ!? 俺の阿呆!

 

 さて、馬鹿みたいな後悔はやめて練習すっか。

 なぁに。ようは気合だろ? 気配を絶つとかよりよっぽど分かりやすいよ。気配ってなんですか?

 

 

 

 簡単だと思っていたけどなかなか上手くいかないもんだ。

 通常以上のオーラを外に出すのは気合を込めてやったら3日ほどで出来るようになったけど、そのオーラを留めておくのが予想以上に難しい。結局二ヶ月近く掛かったよ。

 

 俺は練より絶の方が得意なんだろうか……? いや、逃げるのにはそっちの方がいいかもしれんが、なんだかなぁ……。

 

 

 

 まあいい。練が出来たのは確かだ。なら早速水見式をしてみよう。

 この日を待ちに待ったぜ。コップも木の葉も水も用意は出来ている。念の為周りには誰も居ない場所を選んである。

 さあ、来い特質系!!!



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第三話

 水がなみなみと注がれたコップに浮かんでいる木の葉が揺ら揺らとわずかに動いている。葉が動くのは確か……操作系だったよな?

 

 操作系か……特質系が良かったのになぁ……。

 

 こればかりは仕方ないか。資質の問題だ。努力でどうにかなるもんじゃないからな。

 取り敢えず操作系と分かったんだ。ならそれに合った発を作るしかないな。

 

 

 

 さて。どんな能力にするか?

 かなり悩むが、実はこんなこともあろうかと! と思って用意していた物がある。瞑想をしだしてからの六年間で白紙の本に様々な系統の念能力を考えて書き溜めていたのだ!

 題名は〈ブラックヒストリー〉!

 

 文字通り黒歴史です。まさに僕の考えたかっこいい念能力とかがたくさん書かれています。これを誰かに見られたら俺は恥死する自信があるね。

 何だよ放出系能力で邪王炎殺黒龍波って……ちなみに本は全て日本語で書いている。これなら簡単に読めはしないはず。

 

 ……ジャポンとかあるけど文字は日本語なんかな?

 

 

 

 まあネタ技や厨二技も多々あるが、真面目に考えた能力もたくさんある。早速操作系のページを読んでみるか。

 

 ……ふむ。やっぱり操作系ならこれとこの能力かな。上手く出来るか分からないけど、制約を付けたら何とかなるかな? これが出来れば修行もはかどるしな。

 

 さあいざ念能力を作ろう……と思ったが。……はて? 念能力ってどうやって作るんだ? こう、自分の考えた念の設定を強く念じればいいのか?

 それとももっと練とかが強くなるまで作らない方がいいのか?

 

 うーむ。悩むが、ようやくここまで来たんだ。おあずけ食らう感じで嫌だが能力はじっくり作っていこう。

 少なくても木の葉がもっと動くようになってから作った方がいい気がする。錬を強くしたらいいのかな? ……特訓するか。

 

 

 

 練を強くするには確か、練を維持し続ければ良かったんだっけか? 取り敢えず、練!

 

 

 

 だ、駄目だ、5分が限界だ。それ以上は無理! こんなに疲れるのこれ!? 挫けそうだ。今までのはそこまで疲れることじゃなかったしなぁ。炭鉱の仕事は生きるためには仕方ないし、纏は瞑想だけだったし。絶もそんな疲れることじゃなかった……。

 

 くそ! ここで頑張らないと意味がない。目標を決めておこう。1ヶ月だ。1ヶ月だけ頑張る。期限を決めたらやる気も多少は出る。良し、やるぞ!

 

 まあ今日は絶して休もう。

 

 

 

 

 つ、疲れた……この1ヶ月、仕事が終わったら練、仕事が終わったら練とその繰り返し。もう嫌だ。せめて仕事がなけりゃまだいいけど生活の為だし、まさか親方に、念の修行で忙しいから1ヶ月休みください、なんて言えないしな。

 

 とにかく1ヶ月やりきったんだ。練も15分は持続するようになったしな。俺超頑張った。

 さて水見式水見式っと。おおっ。前よりも葉が動いてる。揺ら揺らから、揺ら揺ら揺ら揺らぐらいになった!

 

 ……分からん。これでいいのか? 修行法間違ってたか? やはりうろ覚えの独学では限界がある。

 ……作るか。念能力。

 

 

 

 頭の中に強く念能力の設定を描いて……。

 それが発動するよう念じて発を試みる。

 どうだ!?

 

 

 

【原作知識/オリシュノトクテン】発動!

 

 おお! やった!! 成功だ!!!

 頭の中に俺が読んだHUNTER×HUNTER全29巻が鮮明に思い描かれている!

 すげえな。頭の中でHUNTER×HUNTERの漫画を読んでるかの様だ。

 

【原作知識/オリシュノトクテン】

・操作系能力

 術者自身の原記憶を操作し、原作HUNTER×HUNTERの記憶を思い出させる能力。

 それ以外の記憶を思い出すのには使えない。

 

〈制約〉

・原作HUNTER×HUNTERの記憶以外をこの能力で思い出すことは出来ない。

 

〈誓約〉

・他者に原作知識があることを伝えるとこの能力は使用できなくなる。これは記憶を覗かれてばれた場合も同様である(あくまで原作知識があることをばらしては駄目なだけで、この能力によって得た知識を誰かに話すのは問題ない)。

 

 

 

 何とかなったな。原作では確か記憶を読むことの出来る能力者は特質系だったはずだから無理かと思ったけど、自分自身の記憶操作なら特質系じゃなくて操作系でも出来たか!

 人は覚えていた知識や物事を忘れることは多々あるけど、それは思い出せないだけで喪失したわけじゃない。脳の奥底に眠っているだけだと言うのをどこかで聞いた事がある。

 この能力はその思い出せない記憶を呼び起こす能力だ……HUNTER×HUNTERに関する事にしか使えないけどな。

 

 これで念に関する知識を補填することが出来る。取り敢えず一通り読み直すか。

 

 

 

 

 

 ……原作読み直してて思ったんだが、もしかしてネテロ会長って今の時代だとまだ生まれてないのか?

 山篭りしたのが46歳。齢50を過ぎて完全に羽化する。その後どれぐらいの年月山にいたかはわからないけど、道場破りをしているネテロの場面を見ると10年以内には山から下りてると思う。

 それが原作60年以上昔のことと説明されてたから、原作時には大体120歳くらいじゃなかろうか。四巻でもネテロが20年くらい前から約百歳と言ってるらしいとの描写もあったし。

 で、今が原作の約120年ほど前だから、ネテロはまだ生まれてないか、生まれていてもまだ幼子くらいのはず。

 ……つまり俺はネテロより年上ということか? おいおい。あれより年上かよ……とことん生きて原作介入出来る気がしなくなったわ。

 

 ……取り敢えず続き読もう。

 

 

 

 

 

 うん無理。メルエム倒せない。いや別にあれを倒すことを目標にしてるわけじゃないけど、改めて読んでも人類詰んでるとしか思えない。

 ゴンさんならなんとかなるのか? しかしゴンがゴンさんに進化したのはどういう能力なんだろう?

 ゴンは強化系だから自身の肉体と念を強化して成長したのか? 無理がある気がするが……それとも念系統が特質系にでも変わったのか? 強化系から特質系に変わることもゼロではないと思う。

 どちらにしろ制約と誓約がとんでもないんだろうな。ネフェルピトーもそんなこと思ってたし。

 

 まあ100年以上も先のことだ。考えるにしても後でも大丈夫だろう。まずは念に関する情報を〈ブラックヒストリー〉にまとめるか。修行中に毎回【原作知識/オリシュノトクテン】で思い出すのも面倒だし、意外と疲れる。

 念以外のことに関しては必要になったら【原作知識/オリシュノトクテン】を使用すればいい。

 

 

 

 やっと終わったか……念が登場した巻からじっくり確認してひとつずつ書き記したあとに、それを基本・応用・修行用・系統別とまとめ直すのがすごい労力だった。パソコンさえあればもっと楽だったろうに。何時ごろ出回るんだろう?

 HUNTER×HUNTERの世界は科学の発達が元の世界とは違うからな。なんせ核兵器はあるのに空の交通機関は飛行機より遅い飛行船だ。アンバランスすぐる。

 パソコンやケータイなどのネット環境の類は元の世界より発達してそうだから意外と早く市場に出回るかもしれない。全ての人間のデータがコンピュータのシステムに保存されてるって何だよ。

 

 とにかくこれで念の修行もはかどるな。原作に出てないことまでは分からないから穴があることは否めないが、ないよりは遥かにマシだ。

 誰かの指導を受けられたら一番なんだろうけど、そんな知り合いはいないし。念を覚えて約3ヶ月、いまだに他の能力者(纏をしている人)を見たことがない。

 原作であんなにぽんぽん出てきたのはあれが漫画で視点が主人公たちに当たっているからだ。実際は念能力者なんてほんの一握り。そう簡単には出会えないさ。

 

 これで修行に関しては後は俺のやる気のみ。これが一番厳しい。苦痛を伴う修行を何年も何十年もやり続けるなんて出来るとは思えない。

 100年修行した→強くなった、なんて文字に書くように簡単に出来たら苦労はしねぇよ。

 

 やっぱり第二の念能力を作るべきか? この能力が上手く行ったら修行を持続することが出来る……俺の意思を無視してな。

 

 さらに言うなら考えている第三の念能力を本当に作るかどうかだな。これは上手く行く可能性がゼロではないが、失敗する可能性の方が高い。

 念能力は強い思いとオーラ量で色々補えそうだから俺の努力次第。で、努力するには第2の能力を使用しないと無理。

 つまり第三の能力を使用するには第二の能力を使用する必要がある(どちらの能力もまだ作ってはいない)。

 

 

 ……第三の能力が上手く行けば原作に関わる事が出来る。さらに言えば確実に強くなっているはずだから原作の人物と接触しても危険は少ない。つまり当初の目的たる〈原作キャラで脱・童貞〉が実行出来る訳だ。

 

 

 これはおいしい。しかし失敗すれば誓約的にかなり悲惨な目になるかもしれん。だが夢は叶えたい……。

 

 よし。まずは第二の能力を作ってからだ。それから考えよう。

 

 ……考えに行き詰まったら問題を先送りにするのは俺の悪い点だな。

 

 

 

 第二の能力も【原作知識/オリシュノトクテン】と同じで操作系の能力だ。

 その名も【絶対遵守/ギアス】。

 

 ……いや、元ネタと違ってそんなに便利な能力じゃないけどね。そもそもこれは相手に掛ける能力ではない。【原作知識/オリシュノトクテン】と同じく自身を操作する能力だ。シャルナークが自身の操作をしたのを見て考え付いた。

 

【絶対遵守/ギアス】

・操作系能力

 自分自身に命令し、その命令を必ず遵守させる能力。能力が解除されても効果中の記憶・知識・経験は覚えている。精神はギアスが掛かる前の精神に戻る。

 

〈制約〉 

・自身に対してしか使用することは出来ない。

・使用するには鏡で自身を凝で見ながら命令しなければならない。

・同時に複数の命令をすることは出来ない。

・自身に実現不可能な命令をすることは出来ない(例:永遠に生きろ・瞬間移動しろ等)。

・術者の心臓が停止するとこの効果は解除される。

 

〈誓約〉

・この能力は一度使用すると自身では解除出来なくなる。

・この能力は一度使用すると二度と使用出来なくなる(制約によって効果が発揮しなかった場合も同様に使用できなくなる)。

 

 

 最初はこの能力は誓約書を具現化してその誓約書に書いた内容を必ず実行する能力にしようと思ったが、紙に対してそんなに思い入れないし、具現化するのに時間が掛かりそうだからやめた。俺が具現化系だったら話は別だったけど。

 能力を使用するには設定が甘いかもしれないが、代わりに制約を増やしたことで何とか補えるだろう……多分。

 

 これを使えば嫌な修行も頑張れる。何せ“修行しろ”とでも命令すれば俺の意思に関係なく嫌でも修行しなければならない。

 修行しなければならないと理性では分かっているが、辛い努力は嫌だという俺にはピッタリの能力だ。

 

 ……ここまでしなければ修行しない自分が情けないが、現代日本の一般学生なんてこんなもんだと思いたい。

 

 とにかく一度使用すれば二度と使えなくなる上に、効果が発動しなくてもやっぱりこの能力は使用出来なくなる。遵守する命令はよく考えなきゃな。

 

 

 

 【絶対遵守/ギアス】を作ってから3日経った。あれからどんな命令をすれば一番効率がいいか考えた。

 そこで思ったのが、念は精神に左右される、という事だ。嫌々念の修行をするよりも、楽しみながら念の修行をした方が確実に効果は高いと思う。

 これは肉体的な修行に置いても同様だろう。好きこそ物の上手なれ、と言う奴だな。

 ふと思いついたんだが、自分でも納得のいく事だった。

 

 

 つまり、修行を楽しめるように自身に命令すればいいのだ! 所謂強力な暗示だな。この念能力を使えば出来るはずだ。

 

 うむこの命令で決定だな。そうと決まれば話は早い。鏡の前に行って能力を使用するか。

 まずは鏡で自分を見ながら凝をする。

 

 

 

 …………凝が出来なかった…………。

 

 よく考えたら応用技の修行を全然していなかった。それなのに凝なんて出来るわけがない。はぁ。まずは凝が出来るように頑張るか……。

 

 

 

 ぐおおお! すげえ集中力がいるぞこれ! 一部にオーラを集めるのがこんなに難しいのかよ。本当にゴン達との才能の差を感じる。あいつら俺が習得するのに2ヶ月くらい掛かった錬をたったの半日で出来るようになってるしな!

 凝なんて次の日には出来ていた……なんだそれ、笑い話にしか聞こえねぇよ。

 その場面を【原作知識/オリシュノトクテン】で見た時にはあまりの嫉妬でこんな能力作らなきゃよかったと思ったくらいだ……。

 

 

 

 ふう。なんとか1週間で出来るようになった。これで後は【絶対遵守/ギアス】を使用するだけか。おっと、その前に第三の能力を作成しておこう。

 もうなるようになれだ。成功すれば良し。失敗しても今の人生楽しめるだろう多分。

 

 では、鏡の前に立ち、今度こそ。凝! 【絶対遵守/ギアス】を発動する!

 

 

 

 “全力で修行を楽しめ!”

 

 

 

 

 

 

 堅の持続に限界が来た俺は今、部屋で横たわったまま息を整えている。ちなみに部屋は鉱山から一番遠い位置にある借りアパートだ。もちろん1人部屋だ。念の修行時に周りに人がいたら集中出来ないしな。こっちに引っ越したわけだ。

 

 【絶対遵守/ギアス】を使用してから3日。朝はウェイトを付けたままランニング。仕事時もウェイトを付けて穴掘りをし、それが終わると応用技の特訓。その後堅の持続時間を増やす訓練をして、限界になると休憩しながら点と纏を1時間毎に繰り返す。そして絶をしながら休む。

 この3日間これを繰り返していた。今の俺はとても充足している。実に清々しい気分だ。3日前までの俺はどうしてこの喜びが分からなかったのか不思議でならない。

 こんなに楽しいことがあったのか。身体を鍛えるというのはとても素晴らしい事だな!

 

 原作介入だの、脱童貞だの、今思えばなんと虚しい目標だ……。

 

 まあいいさ。俺は生まれ変わったのだ。これからは毎日修行をして過ごすとしよう!

 

 最高にハイってやつだぁ! ふははははははははははははははははははは!!!



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第四話

時間がすっ飛びます。


 この世界に来て早20余年か。

 俺ももうすぐ四十路に近い年齢となった……。

 

 一般的に青春と呼ばれるものを経験することなく唯ひたすらに鍛え続ける日々。しかし俺はそれを不幸と思っていない。むしろ幸福だとすら思っている。自分のやりたいことをやっているのだ。不幸なわけがない。

 帰郷の想いがなくなったわけではないが、今は修行の方が大事だ。それにこの世界の方が修行には向いているしな。

 

 しかし誤算だった。まさか【原作知識/オリシュノトクテン】が使用できなくなるとは思わなかった。

 あれは俺が念の修行の参考になることはもうないかと原作を読んで再確認しようと思った時のことだ。何度発をしても【原作知識/オリシュノトクテン】が発動しなかったのだ。

 この能力は【絶対遵守/ギアス】と違って使用制限はないし、誓約も破ってないはずだ。どうしてかとしばらく悩んで、ふと気づいた。

 

 【原作知識/オリシュノトクテン】も【絶対遵守/ギアス】も、両方とも自身を操作する能力。そして今の俺は【絶対遵守/ギアス】の効果により操作されている。そして操作能力は早いもの勝ちのはず……。

 

 【絶対遵守/ギアス】は俺の心臓が止まるか誰かに除念されない限り効果は消えない……。

 

 死にスキルの完成です。メモリぇ……。

 さすがに、落ち込んだよ……。

 

 

 

 誤算はそれだけではない。基礎身体能力の成長が殆どみられなくなったのだ。それもかなり早い段階で。

 ゴンたちは1ヶ月足らずの間に数トンもする扉を動かせるようになってたが、今の俺はどれだけ鍛えてもせいぜい200キロのバーベルを持ち上げるのが限界だ。

 元の世界では凄い方だがな。

 

 この世界に来てから筋肉の成長は著しかったが、どうやら限界値は元の世界が基準みたいだ。考えたら当たり前だな。この身体はこの世界の人間ではないのだから。念を覚えられただけでも有難いだろう。

 

 だが、その念に関しても行き詰まっている……。

 基本や応用技は習得した。堅の持続時間も初めの頃に比べると雲泥の差だ。今でも徐々にだが上昇している。

 

 しかし問題は系統別修行だ。

 原作に出ていた系統別修行は強化系レベル1と放出系レベル1と5に変化系レベル1のみ。

 系統別修行は自身の系統を中心に山形になるように鍛えるのが理想だと言われている(特質は除く)。

 つまり俺の場合は、操・放・操・具・操のローテーションで一日一系統ずつ行うのが良いのだが……。

 

 ……操作系と具現化系の系統別修行ってどうやるんだ? 他の系統に関してもレベルが最高で5までしかわかってないし。

 操作系に関してはビスケが体内のオーラを操作する修行があることを言っていたのでそれがそうかもしれないけど、どうやったらいいのかわからないから自己流でやるしかない。

 

 仕方ないので操作系に関しては自分で考えた。

 ヒントは変化系の修行だ。変化系のレベル1は形状変化。オーラの形状を変化させて一分間で0から9までの数字を作れるようにする(最終目標は5秒以内)。

 これはオーラの性質を変化させるのではなく形状を変化させている。性質まで変化させる修行はもはや念能力になるだろう(例:ゴムとガムの性質に変化するバンジーガム)。

 

 つまり操作系もオーラそのものを操作するのが訓練になるのでは? と考えたのだ。物や動物や人を操作したら能力になるだろうからな。

 

 なので体内のオーラを一部分に集めて、それを身体中いろんな場所へと操作して動かす、という修行法にしてみた。

 ちなみにこれは流ではない。あれはあくまで凝と堅を応用したものだ。攻撃や防御の瞬間にオーラを集中する技術であり、オーラを操作して動かしているわけではない。

 

 これを元に自己流で系統別修行を行なった。ローテーションは操・放・操・強・操・放・操・変だ。

 具現化系は……捨てた。

 

 修行法が思いつかなかったんだ。あれか? オーラそのものを一般人に見えるように具現化すればいいのか? だれか教えてくれ。

 

 しかし操作系は損している気がする。攻撃・防御ともに他の系統に劣っている。強化系は言わずもがな。変化・放出系は強化系と隣り合わせだしな。具現化系は系統図的には操作系と変わらない強化率だが、具現化した物に特殊な効果を付与することで強い戦闘力を得られるだろう。特質系は考えるだけ無駄だ。

 

 それに比べて操作系はなぁ……何かを操作するにしても俺はすでに自身を操作している。別の物を操作するのも出来なくはないだろうが、何となくメモリの無駄遣いになりそうだし。

 俺の操作系レベルが10だと仮定したら、強化系は10の60%、つまり6レベルが習得の限界だ。習得率と同じ割合で念の精度も減少する。6レベルの60%の精度、俺の強化系の精度は純粋な強化系の3,6レベルと同等になるわけだ。

 単純な殴り合いなら強化系のレベル4に負ける計算だ。

 

 もちろん実際に強化系のレベル4と闘ったら絶対に負けるというわけじゃない。俺の操作系が20レベルだったら強化系は12レベルまで鍛えられるし、身体能力や体術の差、念の技術の差、潜在オーラ量や顕在オーラ量の差、念能力の相性など、戦闘を左右する要素は多々ある。

 それはわかってるんだが……理解はしても納得は出来ないって奴だな。

 

 とにかく念の修行も基礎修行以外行き詰まった。身体能力の向上ももはや見込めない。

 ならばどうするか。答えは決まっている。

 

 力がないなら技を鍛えればいいじゃない。

 

 

 

 

 

 

 己の肉体と武術に限界を感じ悩みに悩み抜いた結果。俺がたどり着いた結果は、感謝であった。

 

 などという事はない。そもそも俺は肉体はともかく武術に限界を感じていない。なんせ武術なんて習ったことないからな!

 ひたすらにオーラと肉体を鍛える日々だった……楽しかったけどね。

 

 俺は今、祖国日本を模した国、ジャポンに居る。仕事は辞めてきた。皆からは惜しまれたし、俺も寂しくはあったが、修行の魅力には勝てなかった。

 餞別までくれたのは嬉しかったな。金は貯めに貯めていたが、多いに越したことはない。

 ちなみにここまでは当たり前だが船で来た。さすがに修行の為だからと泳いでは来たくない。絶対死ぬ。

 

 俺がこの国に来た理由はここなら俺の理想の武術があるかもしれないと思ったからだ。それは柔術・柔道・合気道といった柔の武術だ。

 初めは心源流拳法に入門しようと思ってたんだが、あれは剛の武術だろう多分。俺はこの世界の人間に比べると身体能力の絶対値が限りなく低い。鍛えた12歳の少年に負けるくらいに、低い……。

 つまり俺が剛の武術を学んでもあまり効果は見込めないわけだ。

 

 その点、柔の武術には力はあまり必要ない。理を極めれば力は不要。どこぞの海皇さんも言っていた事だ。

 目指せ渋川or海皇!!

 

 という事で、俺のジャポン全国道場巡りが始まる。その前に一言。

 米うめぇ!!!

 

 

 

 

 ジャポンを巡って早2年。ようやく、ようやく俺の求める道場を発見した。

 その名も風間流合気道場!

 

 数多の道場を巡ったが、大半が大したことはなかった。いや、技術は俺の遥か高みに位置してるんだろうが、念を使用した俺に勝てるものはいなかった。

 念能力者に念の使えない人間が勝てるわけがないのは当たり前だが、俺が求めているのは柔の極み。念が使えるだけの素人相手に負けるようじゃ話にならん。

 中には念を使える奴もいたが、結果は変わらなかった……どうもオーラの総量がかなり多くなっているみたいだ。念の基礎技術も俺を超えるやつはいなかった。

 初めて念能力者と対峙した時はかなり緊張したが、そいつの錬を見て緊張が取れてしまったくらいだ。しょぼすぎワロタ。

 

 今まで比べる相手がいなかったから分からなかったが、やはり18年も欠かさずに基礎修行を続けた成果が出てるのだろう。ビバ修行! もちろん、旅の最中も修行はしている。

 

 これはやっぱり心源流にいくしかないのか? そう思いながらも諦めきれずに数件の道場を巡って発見したのが風間流合気道場だ。

 10名ほどの門下生に齢60は超えているであろう道場主。しかも纏をしている様子もないし、こちらの錬にも全くの無反応。

 ここもはずれかと思いながらも一戦を申し込む。

 

 そこで俺は、本物に出会った。

 

 幾度攻撃を繰り返しても何時の間にか地面に転がされている。堅をしていても脳が揺らされて立つこともおぼつかなくなる。

 力が、力が一切通用しない……!

 

 

 

 気づいたら道場の隅で横たわっていた。どうも気絶していたらしい。まだ道場では鍛錬を続けている様だ。道場主の武はまさに静の武術。どこまでの高みに達しているかなど今の俺では見当も付かない。

 この人だ! この人こそが俺の求めていた武人だ! この人の下で武を学びたい!!

 たった今道場破りに来た者が手のひら返して何を、と罵られるかもしれないが、覚悟の上! 認めてもらうまで何度でも頼み込むのみ!!

 即座に道場主の傍に行き、土下座をする。

 そして全身全霊を込めて、叫ぶ。

 

――どうか私を弟子にして下さい!!!――

――いいですよ。入門費は必要ありません。月謝は5000円です――

 

 

 

 

 

 覚悟を肩透かしにするほど簡単に入門出来ました。



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第五話

さらに時間が飛んでいます。


 私が風間流合気柔術を習いだしてから、どれほどの月日が流れたことか。気が付けばこの道場の弟子の中で3番目の古株となっている。いまだに理を身に付けたとは言い難いが。

 肉体の鍛錬に比べると遥かに長く、気の遠くなる程の鍛錬の繰り返し。しかしそれを苦には思わない。これも修行。ならば楽しむのみ。反復に次ぐ反復。師は既に齢90を超えるが未だに勝てず。それでもいい。それがいい。目標は常に高くあった方が良いに決まっている。

 

 ちなみに、師たるリュウゼン=カザマ〈風間 柳禅〉は念能力者であった。あの時は念を使うまでもないと思っていたらしい。

 筋肉の付き方で闘う為の筋肉ではないと見抜き、足の運びや呼吸から格闘は素人の域と見抜き、オーラの動きから念能力者との戦いも数えるほどと見抜いようだ。

 

 まさに達人……眼を見張った点はオーラの総量とその基礎技術の高さだけらしい。

 

 そんな師のオーラ総量は入門時の私の四分の一以下である。師曰く、堅の持続時間がある一定から伸び悩んだらしく、そのことからオーラ総量が少なくても技術で圧倒すればいいと思い至ったらしい。

 

 それが風間流合気柔術の始まりだとか。

 

 師もいまだに極めたとは思っていないらしく、私や他の高弟とともに修行の日々だ。師が念能力者であったため念の修行も以前よりはかどる事となった。楽しい日々はあっという間に過ぎていく。

 

 

 

 この数年、堅の持続時間が延びない……とうとうオーラ総量も限界に達したか。まあいい。最近は堅の持続時間が長すぎて堅をしながら他の修業をしていたくらいだ。むしろ多すぎるくらいだろう。基礎修行は疎かにせず、さらなる柔の極みを目指すのみ。

 

 筋肉もかなり衰えた。仕方ない、そもそも私も既に60を超えている。あの時、この道場に入門した時の師と同じくらいの歳だ。今の自分なら当時の師を倒すことが出来るのだろうか……?

 

 修行の中で、他流試合をこなす内に心源流にも柔の道に通ずる技もあることが分かった。かつての私は拳法とは、ただ相手を打撃にて打ち倒すものだとばかり思い込んでいた。恥ずべきことだ。心源流拳法こそ剛柔一体の武術と言えるだろう。

 無論、今さら風間流合気柔術から鞍替えするつもりはさらさらないが。 

 

 

 

 師が死んだ……御歳106歳。老衰だった。達人も老いには勝てなかった……。

 死の三日前に仕合を行ない、その結果、免許皆伝の証を授かった。年甲斐もなく泣きに泣いた日だった。

 あれからたったの三日、あまりにも急すぎる……。

 

 おそらく師は自らの死期を悟っていたのではないだろうか……。だからこそ、死ぬ前に私に免許皆伝の証を授ける機会を与えて下さったのだ。そうに違いない。

 

 師の葬式には数多の人々が集まった。弟子だけではなく、町の人々や他の流派の人までもが、師の葬式に来てくれた。それほど人徳に篤く、人々から慕われていたのだ。自らの如く誇らしく感じる。

 

 師の死に顔は、とても安らかな顔であった。私も死ぬときはこのように在りたいものだ。

 

 第二の父というべき師が亡くなったが、悲しみに明け暮れているわけにはいかない。私には使命がある。そう、さらなる柔の理を極めることと、師の教えを世界に広めることである。

 

 既に私より先に免許皆伝を授かった2人の高弟の内1人は師の道場を継ぎ、もう1人はジャポンの地に自身の道場を建てている。

 

 ならば私はジャポン以外の地に道場を建立し、師の教えを世界へと広めるのだ。

 そのために私は自身の名を変えた。師の名前を貰い、私の名の一部を加えた名前。リュウショウ=カザマ(風間 柳晶)が今の私の名前である。この名が広まれば、風間流合気柔術開祖リュウゼン=カザマの名も広まりやすくなるだろう。

 

 これは、この世界に骨を埋める新たな決意表明でもある。

 この世界で過ごした時間は、元の世界のそれよりも遥かに長く、もはやかつての世界を思い出すのも困難なことだ。この世界に骨を埋めるのに躊躇いはない。唯一の心残りは父と母に孝行出来なかったことか。

 せめて一言だけでも謝りたいものだ……。

 

 

 

 

 

 

 私は現在天空闘技場に向かっている。

 

 ジャポンを出て1ヶ月。どこに道場を建てようかと悩みながら旅をしていた私の耳に天空闘技場に関する噂が入って来たのだ。

 天空闘技場。野蛮人の聖地と呼ばれるようになる、現在世界第一位の高さを誇る建物らしい。……第四位だったような? 覚え違いかもしれんな。何せ【原作知識/オリシュノトクテン】を使用したのは50年程も前の事だ。原作など覚えているわけがない。

 

 それにしても天空闘技場か……懐かしいな、原作を思い出す言葉も……。いや、原作というのも間違っているかもしれんな。あれは創作だがこの世界は今こうして現実に存在しているのだ。

 それを原作だの創作だのというのはこの世界に在る全ての存在に対する侮辱。つまりは師に対する侮辱に他ならない。それだけは許されない……。

 

 ともかく、もう天空闘技場が出来ているのならこれを利用しない手はない。あそこで勝ち続ければ風間流の良い宣伝となる。師の教えを広めるのに一役も二役もかってくれるだろう。さらに自身の鍛錬にもなる。まさに一石二鳥だ。

 

 

 

 やはり他流派や我流の人間と戦うのは良い経験になる。今までも他流試合や道場破りと戦ったことはあるが、そのどれもが新鮮だった。初めて見る技や能力、それをどう対処すればいいか。相手によっては合気が通用しにくい能力の持ち主もいる。

 この歳になっても経験不足か。修行のやり甲斐があるというものだ。

 

 

 

 フロアマスターになるのに2年ほど掛かった。200階に上がるのは簡単だったが、そこからが時間が掛かってしまった。別に200階選手が強いわけではない。むしろ念能力者として強いと思えるものは一握りほどだ。

 

 フロアマスターになるのも簡単かと初めは思っていたのだが、そうはいかなかった。

 あのシステムがいけない。最初は問題なかった。こちらを老人と見て侮っていたのだろう。しかし4勝ほどしたらかなり警戒をされてしまい、試合を避けられるようになってしまったのだ。

 

 なんとか準備期間が切れる前に戦う事が出来たので良かった。全く、無駄に時間を浪費してしまった。

 

 これで道場を建てることが出来ると思ったが、ひとつ誤算があった。

 道場建立に必要な経費が今までに貯めていた金と200階に来るまでに得た賞金では足りなかったのだ。

 

 どうしたものかと考えていたが、金策はすぐに解決することとなった。私を後援してくれる方がいたのだ。ただし条件付きだったが。

 条件はたった1つ。ヨルビアン大陸にある後援者の自宅のある街に道場を建てること、だ。

 

 どうやら孫娘が護身のための武術を習いたいと言っているらしい。しかし、あまりに逞しくなられるのも嫌だったので、私のような非力な老人でも出来る武術は後援者にとって理想だったようだ。

 ……簡単に身に付くものではなく、武術ゆえに相手を傷つけること傷つけられることもあるのだが、その点は理解してくれているみたいだ。別に護身が身に付かなくても支援を打ち切ったり道場を差し押さえたりはしないと確約してくれた。また後援者の身内だからと贔屓する必要もないとも言ってくれた。

 

 どうやら信用出来る方のようだ。そういう事なら是非にと支援を頼んだ。

 道場を建設するのには半年ほど掛かるようなので、その間は道場の宣伝と引越しの準備、自己鍛錬に励んだ。……こればかりはやめられないことだ。

 ちなみに天空闘技場を離れる時にフロアマスターを辞退した。これからは弟子育成に忙しくなるからな。

 

 

 

 道場が完成した。もちろんジャポン式の道場だ。師の道場よりかなり立派なのが少し気になる。

 私は未だ師の弟子であり、その私が師より立派な道場を持つのは気が引けるものだ。だが、致し方あるまい。みすぼらしい道場で師の名前を貶めるよりはいい。

 さあ、これからさらに忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 道場を開いて5年。門下生もすでに1千を超す勢いで増えている。

 実際は入門の意を持つものはもっと多いのだが、いかんせんいかに広い道場だとはいえそこまでの人数は許容外だ。

 さらに言うなら指導が行き渡らない。私の体はひとつだが、門下生は数多。一度に複数に指導しても全てに行き渡ることは至難。

 何せ1番初めに入門した後援者の孫娘に指導の手伝いをしてもらっている始末だ。彼女はとてもスジが良く、また努力家なので目覚ましい速度で上達している。そんな彼女に指導員紛いの事をしてもらうのは気が引ける。彼女が自身の鍛錬のみに集中出来ればさらなる上達が見込めるのだが……。

 せめて私以外の指導者、師範代とも言える者がいれば……。

 

 そう考えて、閃いた。そう、ジャポンにいる我が二人の兄弟子を頼ったのだ。筆を執り、こちらの事情を説明し、指導員となれる人材を派遣してはくれないかと手紙を書く。

 

 半年程して3人の武術家が道場を訪ねてくる。3人とも覚えがある。かつての師の道場にて私の弟弟子だった者たちだ。3人は手紙で私の事情を知り、それならばと協力を申し出てくれたのだ。

 

 有難い。このような異国の地だというのに、快く引き受けて来てくれるとは……。

 

 3人とも指導員には申し分ない実力の持ち主だ。おかげで指導員の人数不足は解決した。さらには支部の建設もした。3人の内、もっとも腕の立つものにそこの支部長となってもらった。

 

 全てが順調。そんな折だった。一人の男が道場へと姿を現したのは……。

 

 

 

 ……強い。それも果てしなく……。

 見たところ歳は六十は超えているか? 私が言うのもなんだが老年と呼べる歳だ。しかしその身体は極限まで磨き上げられている。無駄なく引き締まった肉体。ただ鍛えただけでなく、武術のために鍛え上げられた筋肉がそこにはあった。

 ……かつての私が求めていたものの究極……それをこの男は手にしている。

 

 それだけではない。男の顔は自信に満ちているが、それは決して傲慢ではない。足の運び、呼吸、所作の1つ1つが武の極みとも言える領域に至っている事を私に悟らせる。

 

 男はここに腕試しに来たようだ。それを聴いて私は納得する。当たり前だ。あれが入門をしたいと思う者の顔なわけがない。

 

 ……勝てるか、この男に……?

 ふふ、年甲斐もなく、血が滾る。心を静め、挑戦を受ける。

 

 

 

 男と私が対峙してから、5分が経過した。

 周りには門下生が正座しながら固唾を呑んでいる。誰も一言も発さない。

 それも当然。道場を包み込むかの様な気の圧迫。私の全身全霊のオーラと奴のオーラがひしめき合っている。中にはそのオーラに当てられて気を失う者もいる。

 

 奴が挑発するが私は動かない。私の得意な戦い方は相手の動きや力を利用した戦いだ。こちらから仕掛けることも出来るが、それがこの男に通用するとは思えない。ならば全神経を奴の動きを感じることに集中し、攻撃を待つのみ。

 

 

 

 動く……と感じた。その瞬間、眼で捉えることが出来ぬほど、ではない。眼に映すことが出来ぬほどの速度による接近。瞬時に彼我の距離5メートルを無かったものとされる。

 さらに続くは、私の動体視力では凝を以ってしても視ることも敵わぬほどの攻撃。後から考えて正拳突きだと理解出来たそれは、やはり私の眼に映ることはなく、まさに音を置き去りにしていた。

 

 ゆえに私がそれに反応できたのは修練の賜物。敵のオーラの流れ、筋肉の動き、呼吸、全てが超一流なれど、攻撃に転じる瞬間のわずかな差異を感じることが出来た。それが出来ていなければ、もし奴と私の年齢が逆であったならば、私はこの一撃で早々に沈んでいたであろう。

 

 脳が反応するよりも早くに身体が反応。無意識の内に相手の手首を取り技を掛けていた。手首の間接を捻り相手を半回転させる。しかし相手もそれに反応し自ら勢いをつけて跳ぶことで頭から落ちるのを防ごうとする。

 ここで逃がしては勝機を失う。私は相手が回転し頭が地面を通り過ぎようとしている瞬間に頭部を刈ることで回転の更なる加速を促す。

 案の定相手は着地のタイミングを逸す。未だ身体が宙にある相手の顎に攻防力70ほどのオーラを込めた掌底を叩き込み、その勢いのまま後頭部を地面に叩き付ける。

 

 相手も凝による防御と受身は間に合ったようだ。これでは大したダメージにはなっていないが問題ない。脳の揺れまでは完全に防げてはいないはず。即座に追撃を仕掛ける。

 指1本に現在持ちうる顕在オーラ全てを集め、硬をする。これならば確実に奴の防御を上回るはず。

 急所を一突きし、気絶させようと攻撃した、その瞬間!

 私の全身を凄まじい衝撃が襲い、気づけば私は道場の壁を突き破り、外まで弾き飛ばされていた……。

 

 

 

 

 

 

 山を降りて数年。様々な道場を渡り歩いて強者と戦ってきたが、どうも駄目だ。

 いつからか。こちらから攻撃を仕掛けるのではなく、相手の攻撃を待つようになっちまってた。

 いつからか。負けた相手が差し出してくる両手に、間を置かず応えれるようになっちまってた。

 

 そうじゃねえんだよなぁ。俺が求めてる戦い。武の極みってのはよぉ……。

 

 

 

 次の道場はここか。風間流合気柔術、か。なんでも元天空闘技場フロアマスターがここの道場主らしいが。

 フロアマスターか。あまり強い奴はいなかったな。ここも期待外れか、と内心思いながら道場を訪ねる。

 

 そこに居た道場主は老人だった。俺よりも確実に年上。身長は170㎝ほど、体重は50㎏あるかどうかの細枝を思い浮かばせるような爺さんだ。筋肉の付き方を見ても常人よりも脆いかもしれねぇ。

 

 これは本気でやったら壊れるな……。そう思った矢先だ。

 

 っ!! 何という膨大なオーラ……! あの身体のどこにその様なオーラをしまってるっていうんだ?

 それだけじゃねぇ。まるで凪の海を思わせるかの様な静かなオーラだ。オーラ量は俺が上だが、扱いに関しては俺より上か……? それに筋肉は常人並だが、武に関しては違う。足の運び、呼吸、俺とは違った武の極みに達しているのか?

 

 おもしれぇ……!

 まさかここまでの強敵と出会えるとは思わなかったぜ。世界は広いな。

 

 

 

 お互いが対峙して5分は経ったか。俺が仕掛けてくるよう挑発するも相手は一切反応なし。まさに柳に風が如し。

 

 いいさ。これこそが俺の求めていたものだ。相手の攻撃を待つのではない、相手を打倒せんと自らが仕掛ける! いくぜ! この一撃で倒れてくれるなよ!

 

 床を砕くほどの踏み込みによる接近。どうやら相手は反応出来ていないようだ……。だがここで油断はしねえ。何が起こるか分からないのが念能力者の戦いだ。十数年。ただこれだけに没頭して手に入れた珠玉の正拳突きを放つ!

 

 気付いたら手首を取られていた。信じられん。確実に俺の動きは見えていなかったはず! 追撃を放とうにも俺の腕を盾としてそれを防いでいる……くっ、上手い!

 

 手首を捻られる。ただそれだけで投げられようとしているのが解る。このままではまずい。投げに合わせて自ら跳ぶ。これで頭から落ちるのを防ぐことが出来……なんだと!?

 投げてる途中に頭を蹴って加速させやがった!

 

 ちぃっ! タイミングが狂わされた。ならば宙にいる内に攻撃を…と思った瞬間に相手が攻撃を仕掛けてきた。

 つくづく上手い……こちらの意を読んでの後の先。攻防力70は込められたその攻撃を防ぐために顎に凝をする。

 さらに続けて後頭部を地面に叩きつけられるが、これも受身を取ることでダメージを最小限に抑える。しかしこの攻撃はダメージを与えるためのものではなく、こちらの脳を揺らすためのものだった。

 

 まずい。完全に脳の揺れが収まるまでコンマ数秒の時間が掛かる。それは致命の隙! 相手の指先に膨大なオーラが集中している。あれだけのオーラを一瞬で指1つに集めるとは……何という技術!

 これを喰らってはやばい。ガードは間に合わない。硬による防御も同じほどの密度に集中せねば防げない上に、硬をする点を間違えば終わりだ!

 

 

 

【百式観音】!!!

 

 

 

 やっちまった! 思わず百式観音を使ってしまった。いや、使わされたのか……。

 

 それはいい。そこまで追い詰められたのは逆に喜ばしいことだ。しかし相手は硬による攻撃を仕掛けていた。つまり体の他の部分はオーラによる防御力はゼロ!

 さらにあの老人の肉体の耐久力はせいぜいが常人並……これは、死んだか……。

 何ということだ。殺すつもりはなかった。せっかく出会えた好敵手だというのに……。

 

 周囲の門下生の師を心配する大声も碌に耳に入らず落ち込んでいたところ、後方よりオーラを感じた。もしやと振り向くと、そこには自らの足で道場へと戻ってきた道場主の姿があった。

 

 馬鹿な、どうやって? まさか念によるガードが間に合ったのか!? だとすれば何という速さの攻防力移動だ……。

 

 男が構えをとる。まだ戦ってくれるというのか……。

 

 ……この男と出会えたこれまでの全てに感謝を。

 

 この男とは酒でも飲みながらじっくり話したいもんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 死ぬかと思った。

 何だったのだあれは……気付いた時には攻撃を受けていた。ほぼ無意識の内による堅のガード。そうしなければ恐らく死んでいたであろう。それほどの一撃を放ったのだ奴は……。

 

 視認することすら叶わぬ不可避の一撃。あれは私の技術を以ってしても防ぐのが限度やもしれぬ……。ダメージによりふらつく足を叱咤しながら何とか道場へと戻る。

 戻った矢先に数多の門下生たちが駆け寄ってくるが、一喝。心配は嬉しいが、勝負はまだ終わっていないのだ。

 

 相手を見ると、私を確認した時は驚愕、その後嬉しそうな笑みを浮かべた。強敵との戦いに餓えていた男の顔だ。彼の様な武人にそう想ってもらえるのは感謝の極みだ。

 

 さあ、続きを始めよう。

 

 

 

 この戦いを切っ掛けに挑戦者・ネテロと友人となった。好敵手と書いて友と呼ぶ。まさか私にその様な存在が出来るとは思わなかった。素直に嬉しく思う。

 

 あの時の戦いは残念ながら私の敗北に終わった。あの百式観音で受けたダメージは重く、まともに戦うことは出来なかった。そのような状態でネテロに敵うはずも無く、1分と掛からずに負けとなった。

 

 しかしあのネテロだとは……。確かに道場破りをしていた時期があったようだが、それが今であり、私の道場へ来るなど思慮の外であった。本当にHUNTER×HUNTERの世界なのだなここは……。

 

 

 

 それから幾度となくネテロとは武の研鑚を交わした。勝率は細かくは覚えていないが、6対4ほどで私が負け越している。百式観音抜きでこれだからたまったものではない。あんなものを使われたら私に勝ち目は無くなる。

 

 何せ私の肉体の耐久力は常人とさして変わらない。いくらオーラを防御に回してもダメージの全てを防ぎきれるものではない。

 避けるか相手の力を利用出来ればいいのだが、百式観音による攻撃は避けることも出来ぬ不可避の速攻。さらに人体の構造とは関係ない具現化された念。力を利用することも出来ぬ。私には相性の悪すぎる能力だ……。

 

 

 

 ネテロを通じて心源流の協力の下、風間流にも念の指導を取り入れた。無論、念を覚える資格有りと判断された者に、瞑想による念の目覚めを促すようにしている。

 幾人も念能力に目覚めたが、強化系が驚くほど少ない。……単純一途なものはこの道場には殆どいないのだろうか……? いや、一概に性格で決まるものではないのだ、うむ。

 

 

 

 ネテロとの研鑚の日々はとても楽しかった。自身と同等以上の者との戦いは確実に私の糧となる。

 何時の日か、ネテロにハンターにならないかと誘われたが、断った。私は恐らくハンター試験に合格することは出来ないだろう。ハンター試験は至難の連続。ただ強いだけでは合格出来ない。

 私には持久力や耐久力があまりに不足している。持久力マラソン試験などがあったら1番初めに脱落することは目に見えている。

 そもそもそんなことをする暇があるなら修行に時間を割いた方がよほど良い。

 

 ……ネテロに修行馬鹿がと言われた。お前に言われたくはないのだが……。

 

 

 

 そんな毎日にも終わりが来る。私の死期が近いのだ。

 ……恐らく、持って数日。寿命だろう。何せ130を超える老人だ。長生きしたものだ……。

 

 心残りは……ある、な。いまだ後継者を決めていない。このままでは死ぬに死ねぬ。……師も同じ気持ちだったのかもしれない。

 

 道場に人を呼ぶ。来たのは一人の老女。そう、私の一番弟子たる、後援者の孫娘だ。彼女は祖父が死に、祖父の会社を引き継いでからも、ここに通うことはやめなかった。その彼女も、会社を息子に譲ってからは毎日の様にこの道場で鍛錬を積んでいる。

 

 彼女ならば、立場的にも実力的にもこの道場を継ぐことに問題はない。彼女に免許皆伝の証を授け、道場の後継を頼む。

 

 突然のことに驚かれたし、自分より相応しい人がいると一度は断られたが、説得し、そろそろ楽隠居したいと話したらしぶしぶ納得してくれた。騙してしまうのは心苦しいが、私の最後の我侭だ。許してほしい。

 

 後はネテロに手紙を書く。ただ一言、“研鑚を怠るな”と。

 これでいい。彼ならばこの約束を守ってくれるだろう。もしかしたら未来に起こりうる未曾有の大災厄を防いでくれるやもしれぬ。

 不確定な未来は話してはいない。あれが本当に起こる事かは分からぬし、反則で得たような知識を教えるのは彼にも世界にも失礼だ。

 この手紙は一週間したらネテロの下に届くようになっている。これならばネテロがこの手紙を見て不審に思っても、私は既にこの世を去った後だろう。

 

 死ぬ間際の姿は、誰にも見せたくないものだ……。

 

 

 

 そろそろ、か。道場で1人正座している私に、死神が近づいているのがわかる……。心臓の鼓動が徐々に弱くなり、もうじきその鼓動を止めるだろう。

 

 元の世界からこちらの世界に来て、両親と生き別れた私だが、父はいた。我が師・リュウゼンだ。

 

 姉とは二度と会えなかった私だが、兄弟はいた。師より共に学んだ兄弟弟子たちだ。

 

 結婚もせず妻を娶ることはなかった私だが、子はいた。総勢万を超すこととなった弟子たちだ。

 

 元の世界の友はもはや思い出すことも出来ないが、親友はいた。真の好敵手たるネテロだ。

 

 彼らと出会えた事を誇りに思う。

 

 やりたいことをやり切った人生だった。

 

 

 我が生涯に、一片の、悔いなし……。

 

 

 トクン……トクン……トクン……トクン……トクン……。

 

 トクン…………トクン…………トクン…………トクン…………。

 

 トクン…………トクン…………トクン…………。

 

 トクン………………トクン………………。

 

 トクン……………………。

 

 心臓が……止まっ、た…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

【絶対遵守/ギアス】解除

 

 

 

 ……ちょっと待て!!?

 

 何が悔いなしだこら!! ありまくりじゃボケがあぁぁ!!!

 

 何で満足して死のうとしてんの俺!? 馬鹿なの死ぬの??? て死ぬんだよもうじき!! 嫌だよ俺まだ童貞だよ?!

 

 130年以上も清き体で居続けるって魔法使いなんてもんじゃねえぞ!!? もはや童帝の域だわ!!!

 

 し、死ねるか、このまま死んで堪るか!!!!!!

 

 頼む! 発動してくれ第三の念能力よ!!!

 

 この為に新たな能力は作らなかったんだ。頼む。このままじゃ、死んでも死に切れねぇっ!!!!!!

 

 たの、む……もう、だめ、だ、いし、き、が…………………………………………。

 

 ……………………………………。

 

 ……………………………。

 

 ……………………。

 

 ……………。

 

 ……。

 

 

 1985年11月11日 リュウショウ=カザマ 死去。

 

 第三の念能力【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】……未発動。

 

 享年132歳。その葬式には大勢の弟子や友人との噂のハンター協会会長の姿を初めとして、多くの人々が参加したという。

 

 

 




プロローグ終了。次回から本編に入ります。今までは会話なしでしたが、次回からは会話が入ります。
一応未発動の第三の念能力の設定を書いておきます。


【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】
・特質系能力←ここ重要
 死んだ後に新たな命に生まれ変わるという念能力。使用者の知識・経験・オーラ量を引き継ぐことが出来る(身体能力やその資質は転生後の肉体に依存する)
 しかしあまりにも特殊なため特質系に分類され、操作系の主人公には使用できなかった(主人公は後天的に特質系に変わることを期待していた)

〈制約〉 
・死ななければ発動しない。
・死因は何でもいいが、自殺では発動しない。また他者にわざと害されて死ぬことも自殺と捉える。
・長く生きれば生きるほど発動率は高くなる。この世界では長生きするのが難しいからだ。

〈誓約〉
・生きている時に女性と性交したらこの能力は消滅する


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外伝

 1985年11月8日21:35

 

 

 

 本日、道場を閉めた後に先生に呼び出された。何でも二人きりで話がしたいとか。一体どうしたというのでしょうか? 修行に付き合うのならともかく、話がしたいとは先生にしては珍しい事ですね。

 

 

 

 先生……リュウショウ=カザマ先生。私の武と人生の先達。

 初めて先生に会ったのは、もう50年以上前になるのですか。あの頃のワタクシはまだ子どもでしたね。年齢だけではなく、その考え方も。武を学びたいと思ったのも、ケンカで男の子に負けたのが理由でしたしね。

 

 お爺様が紹介してくれた武術がこの風間流合気柔術でした。初めて見た先生は……その、お世辞にも強い方だとは思いもしませんでした。何せお爺様よりも高齢でしたし、見た目もあの当時は普通の老人にしか映らなかったんですもの。

 

 武術も入門当時は理解出来ないものでした。あれほど心源流拳法に入門したいと言っていたのに。始めはお爺様を恨んだりもしたものです。もっとも、今ではとても感謝していますが。

 

 先生を初めて心の内より尊敬の意を込めて、“先生”と呼んだ時の事は今でも覚えています。

 あれは、そう。私が入門して1ヶ月程経った時の事でしたか。

 いつものように役に立つのか分からない武術に疑問を感じながらも習っていた時、道場に道場破りがやって来たのです。先生は天空闘技場の元フロアマスターだったので、先生を打倒し名を上げる為に来たのでしょう。

 

 道場破りの見た目は筋骨隆々の2mを超える大男。対する先生は170cmほどの痩せた老人。勝てる訳がない。そう思っていた私の考えを、先生は意図も簡単に覆してしまいました。

 

 道場破りが何度殴りかかろうともその拳は先生に届かず、逆に何度も宙を回転し地に優しく降ろされていました。大男が先生の胸ぐらを掴んだ瞬間、地に臥せていました。まるで魔法を見ているかの様な光景……私はこの時初めて風間流の魅力に憑りつかれたのです。

 先生の一番弟子になれて本当に良かったと実感しましたね。

 

 それからの月日はとても楽しかった。一度理解できれば柔の理を突き詰めるのはとても楽しい事でした。先生もスジがいいと褒めてくださり、私はまた褒めてもらいたいとの思いでより一層努力したものです。

 

 そんな尊敬する先生が初めて敗北した時はショックでした……。

 ネテロのやろ……ネテロ会長との戦いはとても凄まじく、未熟な私にはとても理解の追いつくものではありませんでした。その戦いの後に先生とネテロ会長は意気投合してしまい、それ以来ずっと研鑚を積む仲となってしまいました……。

 

 いつか必ずネテロのジジ……ネテロ会長を足掛かりとしてさらなる武の極みに立つとワタクシは信じております。実際1ヶ月前に行なわれた試合では先生が見事に勝利なされましたしね。ネテロ会長が敗れた時の筋肉ぶりっ子……ビスケットさんの悔しそうな顔は今でも鮮明に思い出せます。

 

 ……ああ! つい過去の思い出に浸ってしまっていました。これ以上先生をお待たせするわけにはいきません。道場へ急がなくては。

 

 

 

「先生。遅くなりまして申し訳御座いません」

「ああ、構わない。戸締りごくろうだったね」

 

「いえ。大したことではありません。それで先生、話とは一体何なのでしょうか?」

「うむ。リィーナ。お前にこれを授ける。受け取ってほしい」

 

「これは……免許皆伝の証!? そんな! 私はまだ先生より教わりたい事が沢山ございます!」

「リィーナ。お前には私の全てを伝授した。この免許皆伝を受け取るのは師に認められた弟子の義務でもある」

 

「ですが! 私は未だ先生の足元にも――」

「――勘違いするなリィーナ」

「……え?」

「確かにお前には私の全てを伝授した。それゆえの免許皆伝だ。しかし……それを授かった事が武の頂に至った同義と捉えるのはただの思い上がりに過ぎん」

 

「……!」

「私とて師より免許皆伝を授かった頃は現在よりも未熟。数多の研鑚を積めども未だに武を極めたとは言えぬ……それは武の終点ではない。新たなる始まりとなるのだ。慢心せず、さらなる精進に励みなさい」

 

「先生……! ああ、自分の未熟に呆れるばかりです……免許皆伝の証、しかと受け取らせていただきます」

「うむ……実はな、もう1つ話すべき事がある」

 

「もう1つ……ですか?」

「ああ。これはお前への頼み事だ。……この道場の後継者となってほしい」

 

「――!? 何を仰られるのですか! 先生、そればかりは先生の頼みと言えども……この道場は先生の夢ではありませんか! 先ほども自らの未熟を悟ったばかりの私にはとても! 私以外にも適任がございます!」

「頼むリィーナよ。私もそろそろ楽隠居がしたくてな。お前だからこそ頼むのだ。私の一番弟子であり、最も信頼するお前だからこそ」

 

「せ、先生! ……分かりました。この不祥の弟子、全霊を込めてお受けいたします」

「すまないな……あまり気負うな。お前なら大丈夫だ…………今日は、ここまでと、しよう……あまり遅くなっては、いかんからな」

 

「……先生?」

「どうした。あまり家族を待たせてはいかん。夜道に気をつけて帰りなさい」

 

「もぅ……そうやって先生がワタクシをたまに子ども扱いするから、私も1人前だと自覚出来ないのですよ?」

「む。……すまない。私は天涯孤独の身ゆえに、弟子たるお前たちを我が子の様に想っていてな」

 

「え?」

「特にお前は一番最初の弟子だからか……幼き頃より知っているゆえ、つい、な……気に障ったのなら、すまない」

 

「いえ! 先生にそう思って頂けたなら、我ら弟子一同、誇りにこそ思えど気に障る事などあるわけがありません!」

「それならば良かった……そろそろ終わりにしよう。明日は新たな道場主のお披露目となる。緊張せぬようにな」

 

「はい。それでは先生、お休みなさいませ」

「ああ。お休み」

 

 

 

 ……まさかこの様な話になろうとは……! 今夜は興奮して眠れないかもしれません……。

 あ、気付けば頬を涙が伝っていました……いけませんね。歳を取ると涙もろくなってしまうのかしら?

 

 

 

 1985年11月11日01:25

 

 

 

 無事に道場の後継も終わり、先生もゆっくりと休む事が出来る様になった。時々は顔を出して稽古を付けてくれるとの事。それはとても喜ばしい事。何も問題は起きていない。

 それなのに……。

 

 ……どうしたことでしょうか……胸騒ぎが収まりません……。何か分からないけれど、今すぐ道場に行かなくてはいけない気がする……。この様な深夜に道場に行っても誰も居はしないはずだというのに……。

 

 焦燥に駆られ、道場の門を飛び越え、急ぎ道場へと駆け込む……そこには……。

 

「先生!? しっかりなさって下さい先生!!」

 

 道場の奥にて倒れ伏している先生の姿があった……。

 呼吸が止まっている!? 心臓が……動いていない!!

 

 すぐさまメンフィル総合病院に連絡する!

 救急車が来るまでに心肺蘇生法を促す!

 先生! 死なないで下さい先生! 先生!!

 

 

 

 ……必死の措置も意味をなさず、先生はこの日この世を去った……。

 先生……どうして、どうしてあのような無念の表情で逝かれたのですか……?

 それほどまでに……武の頂に至れなかった事が無念でしたか……?

 

 先生……先生の遺志は私が引き継ぎます……必ずや先生が目指した武の頂点へと至ってみせます……。

 だから……どうか、どうか安らかにお眠りください……。

 

 

 

 

 

 

 1985年11月11日15:28

 

 

 

 ジッ! ジッ! ジッ!

 

 ……ふぅ。感謝の正拳突き1万回終了か。

 ……もう1万回いっとこうかのう? おのれリュウショウめ。先月はまんまとワシから勝利をかっさらっていきおって……!

 

 油断した……というのは言い訳に過ぎんのう……全く、相変わらずこちらの意を読むのはサトリか何かかと思うくらいじゃわい。普段は修行マニアのジジィじゃが、こと戦いの事になるととたんに別人じゃなあれは。

 

 しかし……あの浸透掌は効いたのう。

 外部破壊ではなく内部破壊の技じゃが、そこに莫大なオーラを乗せるとマジで一撃必殺の技になるわい……。普通は攻撃が当たる直前にオーラを集中させるのが基本にして奥義だというのに、あやつの浸透掌は当てた後にオーラを集中する技。

 特殊な打ち方により掌より相手の内部に衝撃を叩き込む。その衝撃に合わせてオーラを内部に流す技らしいが……まともに喰らえば死ぬわ!!

 普通の凝の攻撃なら同じ凝で防げるが、あれを喰らった場合は体内オーラを集中して衝撃を防がねばならんからのう。加減はしたらしいが、3日はまともにメシを食えなかったわ……。

 

 ぬう。思い出したら腹が立って来たわい……この悔しさは必ず次の試合にて返すとするか。

 

 そうと決まれば鍛錬を続けるか。さすがに歳には勝てんからのう。少しでも鍛えねばすぐに衰えてしまうわい。

 

「会長! 大変です」

 

 むお? ビーンズか。どうしたと言うのじゃ?

 

「何じゃ騒々しい。政府より何か指令でも下ったのか?」

「い、いえ。そ、それが……」

 

 …………!?

 

「な、何じゃと! リ、リュウショウが……死んだじゃと!!」

 

 ば、バカな! 何をいきなりそのような……!

 

 

 

 1985年11月13日14:20

 

 

 

 ……リュウショウ……本当に逝っちまいやがったのか……。

 馬鹿野郎……勝ち逃げして、勝手に逝っちまいやがって……!!

 ワシは……オレは、これから誰と戦えばいいんだ?

 あの夢のような日々に終わりが来るなんて、考えた事もなかったぜ……。

 

 いや、オレたちも人間ってことだ。いつかは終わりが来る。分かっちゃいたが、考えないようにしてただけだ……。

 

 リュウショウ……。

 

 

 

 1985年11月15日

 

 

 

 リュウショウの葬式が終わって2日が経った。何にもやる気が起こらん……。毎日欠かさず続けていた鍛錬も、協会の仕事にも一切手がつかん。

 ふぅ。一気に歳を取った気分じゃ……。

 

「会長。あの、お手紙が届いていますが……」

「……そこに置いといてくれ。後で読む」

「あの、それが……リュウショウ様からのお手紙でして……」

「なんじゃと!? 早く持ってくるんじゃ!!」

 

 リュウショウからの手紙じゃと!? 一体どういうことじゃ!?

 

 これは……確かにリュウショウの字! 手紙を出した日付が……1週間前?

 中身は……1枚の紙にリュウショウの字で“研鑚を怠るな”と書いてあるだけ、じゃと……?

 

 

 

 研鑚を怠るな、か……ふふふ、リュウショウめ、嫌なくらいにワシの気持ちを読んでおるの。

 いいじゃろう! ワシが武の頂点に立つ所を精々あの世で歯噛みしながら見ておるとよいわ!

 あの世で首を洗って待っておれよ、リュウショウ!!

 

 

 

 

 

 リュウショウ=カザマ。1985年11月11日死去。

 彼の葬式には弟子やハンター協会会長・ネテロをはじめ、数多の人々が集まった。しかし、その中に彼の親類縁者は誰一人も居なかったという。

 

 生きた伝説とまで呼ばれた武人リュウショウ=カザマ。

 彼の足跡を辿ると、必ず風間流発祥の地ジャポンにてその跡は途絶える事となる。それ以前はどこにいたのか、どこから来たのか、彼の過去を知るものはもうどこにもいない。

 

 

『伝説の武人・リュウショウ=カザマの謎にせまる』より一部抜粋。



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本編・原作開始前 第六話

 どうしてこうなった?

 

 俺の周りには果てしなく拡がるゴミの山、遠くを見渡すことは出来ないけどやっぱりゴミの山が拡がっていることは明白だ。お、落ち着け。まずは素数を数えるんだ。2・3・5・7・11……なんかデジャブを感じるが……ま、まぁそんなことはどうでもいい。まずは落ち着くんだ。目を閉じて大きく深呼吸。

 

 ……落ち着けるか!

 

 

 

 ……どうしてこうなった?

 

 

 

 

 あの時、北島 晶としての一生を終える瞬間、無念の想いを残したまま第三の能力【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】の発動を願った。そしたら気付けば眼を開けることは出来なかったが意識は目覚めた。そう、目覚めたのだ。

 俺は確かに死んだはず。ならば意識がある今の状態は……成功したのだ。【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】が上手く発動したのだ!!

 

 やった、これでかつる! 俺は人生最大の賭けに勝ったのだ!!! と、喜んでいたのも束の間だった……。

 【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】の発動に成功したのはいい。実に喜ばしいことだ。しかし、誤算があった……。

 

 母が、この新たな体を授けてくれた母が死んだ。それも俺を産む前に、だ。俺の意識が目覚めた瞬間に放出された膨大なオーラにより母の全身の精孔が開いてしまったのだろう。

 全身から流れ出るオーラを留めなければやがてオーラが枯渇してしまう。オーラとは生命エネルギーそのもの。枯渇すれば全身疲労で気絶、下手すれば衰弱死する可能性もある。臨月を迎えた女性、しかも恐らくは武術など欠片も習っていない母に纏を会得することは難しく、母は衰弱死してしまった……。

 

 不幸中の幸いと言っていいのか、既に産み月に入っていたため、俺自身は死した母の身体から生きて摘出された。

 俺が原因で1人の女性を死なせてしまった……前世において人を殺めたことはなかった。それなのにこんな無抵抗の女性を殺めてしまう原因になるなんて……。

転生してすぐに後悔の念が押し寄せる……。

 

 だが誤算はこれだけではなかった。

 第二の誤算は、自身を覆うオーラが明らかに増大しているのだ。明らかに生前の最盛期よりも多い……なんぞこれ? 死ぬ前のオーラは精々が全盛期の三分の二が限界だったのに、その倍近くはあるぞおい……? まあそれはいい。嬉しい誤算って奴だな。

 

 問題なのはそのオーラの質だ。

 なんて禍々しいオーラ……まるでこの世のあらゆる不吉を孕んでいる様……!!

 ……いやそれは言いすぎか。少なくとも俺自身の意思が乗ってないのでそこまで邪悪じゃない。逆に言えば敵意や殺意を込めてないオーラでこの禍々しさ……!!

 何でだ!? もしかして一度死んだことが関係しているのか? ……多分そうだろうな。もしかしたら母が死んだのはこのオーラの質も関係しているのかもしれない。一般人が浴びるには些か質が悪すぎる……。

 

 そのあまりの禍々しさに医者も看護士も父親と思わしき男さえもが俺に近寄ろうとしません……。絶をすればいいのか、と思い絶をしようにもなかなか上手くいかない……。くそっ! いきなりオーラの質が変わってしまったせいか!?

 

 とりあえずオーラが弱まったおかげか父親(?)が近寄ってくる。ちなみにまだ眼が開かないので全てオーラで察知しています。念の汎用性は異常です。どこぞのチャクラには劣るがな。

 

「何という禍々しい赤子だ! こいつが、こいつがミシャを殺したに違いない!!」

 

 ……ミシャ、今の俺の母の名前か? ……否定出来ないのが辛い。

 

「こんなやつ!」

 

 そう言いながら銃と思わしき物を取り出して俺を撃とうとしている父親……銃? ちょっと待て!!

 

 全力で堅!!

 直後に銃声が聞こえる。が、俺に被害はない。どうやら当っていないようだ。恐らくこのオーラに竦んで手元が狂ったんだろう。なんかガタガタ震えてるし。このままでは埒が明かないのでまたもオーラを沈める。……だんだん慣れてきたな。

 

「こ、こんな場所でなんてことをするんですか!?」

 

 いいぞ、もっと言ってやれ医者。

 

「だ、黙れ! こいつがミシャを殺したに決まっているんだ! 貴様らも感じただろう!? あの不気味なオーラを!!」

 

 ミシャさんか、俺を産んでくれた人の名前だろう。この人の気持ちも当たり前か……誰だって自分の最愛の人を殺されたら怒りに身を任せてしまうものだ……。

 

「そ、それは解りますが、だからといってここは病院です! 人を救うべき場所で人を

傷付ける行為を容認することは、医師たる私には出来ません!」

 

 すごく良いこと言う医者だな。まさに医者の鑑だ……病院以外なら別に殺っちゃってもいいですよ、て意味じゃないよね?

 

「人? この悪魔が人なわけがないだろうが!!」

 

 さ、さすがにそれはないんじゃなかろうか……確かにやばいオーラしてるが。まあ、俺がこんなオーラを持ってる奴に出会ったら絶対に逃げてる自信があるね。

 

「分かった。もういい。殺さなければいいのだろう……おい、私だ。至急メンフィル総合病院に奴らを寄越せ。……そうだ奴らだ! いいか、全員だぞ!! それと飛行船を動かせるようにしておけ。分かったな!」

 

 あ、ここメンフィル総合病院だったんだ。道場から500mくらいの場所にある病院で、よく門下生たちも利用していたな。それより親父の奴、一体何呼んだんだよ? ……まさか?

 

 

 

 10分ほどして、黒服の男たちが親父と共にぞろぞろと部屋に入ってきた。ちなみに医者と看護士はこの時無理矢理下がらされた。

 ……やっぱり念能力者だこいつら……親父が念能力者を呼んだのか! 念能力者を従えられる程の地位にいるのか……銃も持ってたし、もしかしてマフィアか何かですか?

 

 そんなことはどうでもいい。いやどうでも良くないかもしれないが、今は横に置いておく。

 念能力者は不味い!! 如何に膨大なオーラを有していようが、身体は赤子。勝てるわけがない! 生まれてすぐに殺られてたまるか! と、とりあえず全力で堅!!

 

 ……あれ? 何かメッチャ怯えてるんですが?

 

 ああそうか。オーラを感じることの出来る念能力者の方が俺のオーラに反応しやすいのね。しかも今は敵意も混ざってるし。

 こうかは ばつぐんだ!

 

「ひ、ボ、ボス。な、何なんですかありゃ……!?」

「本当に赤ん坊なのかよ……!」

「こ、殺されるかと思ったぜ……」

「……………………(失神してる)」

 

 ……こうかは ばつぐんすぐる!

 

「情けない! それでも俺の護衛か貴様らっ!」

「そ、そう言われましても……私たちが呼ばれた理由は、この赤子ですよね? 一体どうすれば……まさかこれを殺すなどと言うのでは……?」

「ふん! 忌々しいがこいつは殺さない。ここで殺しても国際人民データ機構にデータが残ってしまう。俺の子どもだというデータがな!」

 

 流石に認知してくれないか……まぁ嫌だよな。こんな禍々しいオーラを持って、しかも自分の妻を殺しているんだ。許容出来る人間の方が稀だ……。

 

「お前らを呼んだのは俺の護衛だ。こいつがいつ俺を害するか分からんからな……。おい、こいつを車に乗せろ。左右をダールとザザで固めておけ。ないと思うが、絶対に逃がすなよ」

「お、俺らがですか!?」

「り、了解しました……」

 

 すいません貧乏くじを引かせたみたいで……。

 

「それと、そこの失神したベロムは降格だ。下っ端から出直させろ!」

 

 ベロムェ……。

 

 

 

 さて、車に乗せられた俺。どこへ連れて行かれるんだ? どうやら殺されるわけではなさそうだけど……。することもないので念の確認作業でもしよう。

 

 うん。一通り問題ないな。オーラ量の増大と質の変化には戸惑ったけど、慣れれば生前の感覚でオーラを操ることが出来た。ダールさんとザザさんは在り得ない物を見たかの様に驚愕し怯えていたけどな。

 そりゃそうだ。生まれたての赤ん坊が目の前で纏・練・絶・凝・円・硬と行なっているのだ。それも高速で。悪夢と言わずに何と言う。

 より警戒されるとも思ったが、今更だろう。

 

 車から降ろされた。なんかニトログリセリンでも運んでるかの如く丁寧かつ迅速に運ばれていく。今度は飛行船に乗せられた。本当にどこに連れて行くんだ?

 

 

 

 飛行船に乗せられてどれだけ経ったか。多分5~6時間くらい? いいかげんどこに行くのか教えてほしいものだが、周りには誰もいないし……床にポツンと赤ん坊を一人放っておくとは……人間性がどうかしてるねあいつらは。……まあ、逆の立場になって考えれば理解は出来るけど。

 

 今思いついたんだけど、念能力者がいたならオーラで文字を書けばよかった。そうすれば意思疎通出来たのに……。……なんか意思疎通出来たら出来たでより化け物扱いされそうだけどね。

 

 

 

 しかし、お袋には本当に悪いことをした……。謝ってすむ問題ではないが、一言だけでも謝りたかった……。俺があんな念能力を作ったばかりに、こんな事になってしまった……。今更生きるのを諦めたわけではないが、それと後悔とはまた別だ。

 

 そんな事を考えていると、ウィィィィィン、という機械音とともに床が開いた。全身を浮遊感が覆う。はぁ?

 

 気付けば俺は地面に向かって逆さまに墜落していった!

 

 ちょっ! 飛行船から落としやがった!! 何が殺さないだ! こんな高さから地面に叩きつけられたら普通死ぬわ!!?

 

 ひぃぃぃぃぃぃっ!! 落ちてる堕ちてるおちてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!

 

 くそっ! 死んでたまるか! まずは円! 自身の位置を確認し地面に激突する瞬間を捉える。そして地面が近づいて来たところで、オーラを地面に向かって放出し落下の勢いを弱める。その後全力で堅をする事で落下のダメージを防ぐ!

 

 ……ふぅ、何とかなったか。マジ焦った。こんなに焦ったのは長い人生で初めてではなかろうか?

 

 つうかここはどこだ。円で確認したところ、どうも周りにあるのは大量のゴミの山のようだが……。

 ……ゴミの山?

 全力で円をする! うおっすげえ、1㎞近く伸びたよ! ってやっぱりか! 周囲全てがゴミ、ゴミ、ゴミとゴミの山だ! どう考えても流星街ですねありがとうございました。

 

 

 

 

 どうしてこうなった?(最初の行に戻る)

 

 

 

 

 

 

 流星街に捨てられて(落とされて)、2日経った。

 俺はいまだ布きれを纏った状態で一人で過ごしている……。何でだ? 流星街は全てを受け入れるんじゃなかったのか!?

 

 どうして誰も俺を拾ってくれないんだ? 誰も彼もが俺を見た瞬間に脱兎の如く逃げ出していく……。いや分かってる。明らかに俺のオーラの所為だろう……いくらここの住人でもここまで不気味な赤ん坊は嫌か……。

 中には俺に爆弾を投げてきた奴もいたくらいだ……オーラの放出で爆発する前に弾いたがな!

 

 ……そしたら誰もこの辺りに来なくなってしまった。

 

 

 

 くそっ! 絶をしていれば良かったのか?! しかしそれだとこの明らかにやばめのガスが出ている極悪環境で生身で過ごすという事になる。生後数時間の赤子にそれは無茶というものだ……。この極悪環境を生き延びたらそら強い念能力者も育ちそうだわ……何だっけか、あのなんたらの集団?

 

 はぁ、暇だ。何もしないまま転がり続けるのは苦痛だな。念の修行はこんな状態で出来るわけがない。出来なくもないが、オーラの消耗=生命エネルギーの消耗だ。なにが悲しくて生後2日で自殺せにゃならんのだ。

 

 ……【原作知識/オリシュノトクテン】でも使って暇を潰そう。これぐらいの消費なら微々たるものだしな。

 ……あれ? 発動しない。何でだ? 【絶対遵守/ギアス】は解除されているはずだ! 誰かの操作能力も受けていない! 使用に問題はないはずだ! ……もしかして転生したことで前世の発を使用できなくなった? いや、脳が違うから原記憶に原作知識がない状態だとか?

 

 ……有りうるな。

 

 

 

 はあ、使えないのは痛いが仕方ない。それはともかくこのままじゃヤバイ。いくら念が使えるからとはいえ基本は身体だ。飯も水も無しで長く持つわけがない。いい加減意識が朦朧としている……。

 

 誰か来てくれ……ん? 円に反応有り! 誰か来た! これが最後のチャンスだ。必死でオーラを抑える。絶は嫌だが四の五の言ってはいられない。このままでは衰弱死してしまうんだ。何かに感染してでも生き延びる可能性が高い方を取るしかない!

 お願いだ。ここに居るのは念が使えて前世の記憶を持っててちょっと禍々しくも膨大なオーラを持ってるだけの無害な可愛い赤ちゃんだよ!

 誰でもいいから拾って下さいな。ご恩は必ず返しますよ旦那!!

 

 

 

 

 

 

 最近ここ流星街で妙な噂を耳にする。

 何でも空高くから降ってきたという赤子の噂だ。その赤子は空から落ちてきても無傷で地に降りたと言う。赤子が空から降って無傷で着地などと何を馬鹿なことを、と初めは一笑にしていたが、どうも様子がおかしい。

 

 ここは流星街。この世の何を捨ててもここの住人は受け入れる。なのにその赤子はいまだに落下した場所に放置されてるらしい。

 回収班が幾度かその赤子を回収しようとしたみたいだが、赤子が放つと言われている不気味な力に恐怖してその場から逃げ出しているそうだ。

 中にはあまりの恐怖に錯乱して、その赤子に向かって爆弾を投げた奴もいたそうだが、爆弾は赤子に当たる数m前に明後日の方角へと弾かれてしまい、その赤子は無傷だったとか……。

 

 有り得ん。その様な赤子がどこにいると言うんだ? ……もしや、何者かの念が生み出した念獣の類か?

 面白そうだ。少し見てみるとしよう。

 

 

 

 ……何だこれは? 問題の赤子のいる地域に来たところ、信じられんものを見た。

 円だ。それも果てしなく広い……。中心を考えると1㎞弱の範囲の円だ。これを産まれたての赤子がしているだと? ますます有り得ん……。

 

 どうする? この円に触れてみるか……?

 

 ……行ってみるか。これが本当に赤子なら拾って育てれば面白いことになりそうだ。欲しいと思ったものは手に入れる。それが俺たちだ。

 噂が本当なら今までに回収班に被害が出たという話は聞いていないしな。存外無害な存在かもしれん。

 

 一歩足を踏み出し、円に触れる……化け物か?

 想像だにしたことのないほどのオーラが俺を襲う。こんな不気味な質のオーラは初めてだ。円だというのにウボォーさんの練に匹敵するかの様な密度……!

 

 身体が硬直し、わずか一歩で歩みが止まる……。

 ……?? 円が、解除された……?

 

 何故? 俺が円の領域に足を踏み入れたからか?

 

 何故? 俺を誘っているというのか?

 

 どうする? 乗るか、反るか……。

 

 このまま虚仮にされたまま引き下がることは出来ない、な。挑発に乗り、足を前へと進める。

 

 瓦礫の上に立ち、500mほど離れた場所から円の中心と思わしき場所を見つめる。

 

 いた。本当に赤子だ。生後一週間も経ってないほどか? もし産まれた時からあのようなオーラをはなっていたのなら、ここに捨てられるのも納得のいく話だ。しかも、今のあいつは絶をしている。俺が円に触れた後に絶をする。……自我を持っている証拠に他ならない!

 

 自我を持ち、念を操り、膨大で異質なオーラを持つ赤子? 化け物以外の何がある……!

 

 ……! 眼が合った! 間違いなくこちらを見て、笑った!

 

 あいつの笑みを見た瞬間。俺はホームへ向かって駆け出していた……。

 

 仲間には言っておかなくてはならないな。ここには足を踏み入れるな、と。

 

 

 

 

 

 

 何か500mほど離れた場所から視線を感じる。おお、先ほどの人が来てくれたか!

 

 ほぅら、こんなに可愛い赤ちゃんだよ~。無害だよ~。怖くないよ~。どんな人が来てるのかな? 眼も見えるようになったし、ちょいと確認してみよう。

 

 さすがにまだ視力は低いから、凝で視力強化してっと。おっと、念のため隠も使ってオーラを見えにくくしておこう。

 おお!? ……何というイケメン少年。歳は12,3くらいか? くそ! 腹ただしい程のイケメン度だ!!

 

 いかんいかん。あのイケメン少年は俺の義父になる人だ。笑顔でアピールしなきゃな。

 ちょっ!? 待てよ! 何だあのスピード! 凄まじい勢いで逃げ出したぞあのガキ!! 脱兎なんてもんじゃねぇ! もはやロケットの領域だったわ!

 

 待って! 行かないで! 私の何がいけないと言うの!?

 

 ……駄目だ、円の範囲外に出られた。

 

 

 

 さらに一日が経ったか……? も、もう無理だ……。いい加減限界だ。体力が尽きる……。

赤ん坊でここまで持てばいいほうだろう……。

 あれ以来誰もここを訪れない……何度か円をするがネズミ一匹いやしない。いや、最初はいたけど一度円をしたらこの付近から綺麗さっぱりいなくなった……。

 このままここで朽ち果てるのか……?

 

 嫌だ! せっかく生まれ変わったんだ! 第二の人生を謳歌しないまま死にたくない!! こんなことならあのままリュウショウとして死んで消滅した方がよっぽどマシだった!!

 

 これでは、ただミシャさんを、母さんを犠牲にしただけじゃないか……!!

 誰か、誰か助けてくれぇぇぇぇ!!!!!!!

 

 

 

 

 

【偉大なる母の愛/グレイトフル・マザー】発動

 

 

 

「大丈夫よ、私の可愛い子。あなたはお母さんが守ってあげるからね」

 

 

 

 ………は? どゆこと? 何があったの??? 何で俺美人さんに優しく抱かれてるの? あれ? なんか、すごい安心するんですけど……?

 

 

 

 なんぞこれ???




念能力説明

【輪廻転生(笑)/テンセイ? イイエヒョウイデス】
・操作系能力
 無念の内に死んだショウの無念の思いが作り出した無意識の念能力。
 発動した瞬間の術者を中心とした半径600m以内にいる人間に死者の念と化した術者自身が憑依する。この範囲は生前の術者の円の最大範囲と同じである。
 範囲内に誰もいなければ発動しても効果は現れず、この能力は消滅する。この術を受けた対象が憑依されて一分以上自我を保った場合もこの能力は消滅し、死者の念となった術者も消滅する。、
 また、範囲内に複数の対象がいた場合、憑依しやすいものを選ぶ。術者の意思で対象を選ぶことは出来ない(無意識ゆえに)

<制約>
・死ななければ発動しない。
・死因は何でもいいが、自殺では発動しない。また他者にわざと害されて死ぬことも自殺と捉える。
・長く生きれば生きるほど憑依率は高くなる。この世界では長生きするのが難しいからだ。
・憑依した対象が受けた怪我や苦痛は全て術者も受ける。また憑依対象が肉体的に死んだ場合、死者の念も消滅する(この誓約により、対象の身体を術者の感覚で自在に動かすことが出来る)
・憑依した人物を操作する能力なので、除念を受けると術は消滅し、もちろんこの念の術者も死ぬ。

<誓約> 
・生きている時に女性と性交したらこの能力は消滅する。



【偉大なる母の愛/グレイトフル・マザー】
・具現化系能力
 念に目覚めたがオーラを留める事が出来ずに死んだ母親の我が子を想う強い気持ちが作り出した自身を模した念獣。
 その身からは禍々しい死者のオーラをはなっているが、我が子には安心感を与える。
 子どもの成長・育成に役立つあらゆる能力を所持している。少々教育ママな所が玉に瑕。
 保有しているオーラ量は≪生前のミシャのオーラ量+死者の念による増幅値≫となっている。

〈制約〉 
・他の具現化された念獣のように自由に出たり消えたりとは出来ない。一度発動するとオーラがなくなるまで消えない。
・我が子と定めた子どもの半径10mから離れることが出来ない。
・絶・練・凝・隠・円・周・硬・流などの技術を使用することは出来ない。
・保有オーラがなくなり、消滅した場合二度と出現することは出来なくなる。
・保有オーラを回復することは出来ない。

〈誓約〉
・特になし
 

保有能力
①【愛の詰まった不思議な母乳/ラブ・ミルク】
・変化系能力と具現化系能力の複合能力  
 オーラを愛がたっぷりと込められた母乳へと変化し具現化する能力。愛の内容物は以下の通り。
 栄養満点・滋養強壮・疲労回復・成長促進・感染予防・美容効果・オーラ回復etc……
 なお、味も自由に変えられる。

〈制約〉
・母乳を生成する度に保有オーラ量が減少する。
 
〈誓約〉
・特になし



②【便利な赤ちゃん用具屋さん/コンビニエンスベビーグッズ】
・具現化系能力
 子どもの為になる用具を具現化する能力。
 紙オムツからベビーカーまで具現化出来るものは様々。
 保有オーラがある限り何度でも具現化可能。

〈制約〉     
・具現化出来るのは生前のミシャが知っていた物のみに限られる。
・子どもの育成に必要と思われないものは具現化出来ない。
・具現化する度に保有オーラ量が減少する。消費されるオーラ量は具現化する物の大きさに比例する。

〈誓約〉
・特になし。



③【愛の躾/キョウイクママ】
・操作系能力
 子どものために心を鬼にして躾をする。
 躾を受けた子どもは無意識を操作され、二度とその躾を受けた原因となった行動を起こさないように意識を誘導される。
 この能力は死者の念に対しても有効である。
 同じ対象に何度も使用すると返って反発してしまう。躾も程々が一番。

〈制約〉
・真に子どもを想って叱らないと発動しない。
・同じ対象に何度も使用すると返って反発してしまうことになる。許容回数は対象の精神によって変化するので、さじ加減が難しい。 
・使用する度に保有オーラ量が減少する。

〈誓約〉
・特になし。

 補足:この【偉大なる母の愛/グレイトフル・マザー】は、死したミシャの子を想う無念が死者の念となって発現した念能力であるため、主人公が使用しているわけではありません。


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第七話

「んくっんくっんくっ」

「あらあら。そんなに勢いよく吸って。そんなにおいしいの?」

 

 最高です! 何これ? 母乳ってこんなに美味しいものなのか!? 美人の女の人のおっぱいだとか、大人の精神を持ってて今さら母乳を飲む羞恥プレイだとか、そんな考え一瞬でぶっ飛んだね!! やっぱりあれか? 空腹は最高の調味料ってか? すきっ腹にミルクが響くぜ!! もっと飲ませてください!

 

「んくっんくっんくっ。……ぷぅ」

「はい。ご馳走様でした。じゃあ次はげっぷをしましょうね~。はい、とんとん」

「けぷっ」

「よく出来ましたね~。えらいですよ~」

 

 そんなに褒めるなよ。照れるだろ。

 

 

 

 さて。取り敢えず落ち着いたところで冷静になって考えるか。

 

 何だこの人? さっきまで居なかったのに、急に現れた。さらに言うなら俺のこのオーラにまったく怯えていない。オーラを感じにくい一般人でも怯えるオーラだというのにだ。

 

 ……その事から考えるに、この女の人は俺が作り出した念獣だな。恐らく、このまま死にたくないという俺の強い気持ちがこの念獣を無意識の内に具現化したのだろう。念獣が女性の形をしているのは、俺が無意識の内に母親を求めていたからなのか?

 

 しかし俺が動かそうと念じても勝手に動く。消そうと念じても消えることはない。……自動操作の念獣か? 消えないのは制約のせいかもしれんな。……生まれ変わって最初に作った念が母親の念獣とは。……メモリぇ。

 

 まあ、メモリに関しては仕方ない。諦めるしかない。

 

 しかしこれで生き延びることが出来そうだ! あのまま死んだらここら一帯に念の呪いをぶちまけて死んでいたかもしれん……。とにかく生き延びることが出来たんだ。過去を悔いる事は一杯あるが、とりあえず未来の事を考えよう。

 

 当初の目的である、原作キャラで脱・童貞という気持ちはもはやない。ギアスに掛かっている時にも思ったが、ここは漫画の世界じゃない。この世界はもう一つの現実なんだ。

 

 だが! 童貞のまま居続けるつもりは毛頭ない!! あくまで原作に拘らないだけの事よぉ!! 俺は童貞をやめるぞ! ネテローッ!!

 

 この強大なオーラ! 前世で学んだ武術! この二つを以てすれば、モテモテになることも夢ではないはずだ!!! ふはははは! ハーレム王に、俺はなる!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に思っていた時期が、俺にもありました。

 

 

 

「さあアイシャちゃん。おっぱいの時間よ。今日も一杯飲みましょうね~」

「あ~う~」

 

 …………アイシャ、今の俺の名前だ。お母さんが名付けてくれました。女みたいな名前だろ?

 アイシャが男の名前でなんで悪いんだ!! と、逆切れ出来たらどれほど良かったか……!

 

「今日も可愛いわね~アイシャちゃんは。きっと将来は私そっくりの美人さんになるわよ~。良かったわね~。きっと男の人にモテモテになるわ」

 

 ええ、とっても嬉しくないですね。何が悲しゅうて男にモテにゃならんのだ?

 

 これが転生後第三の誤算……俺の性別は、女だった……。

 

 

 

 どうして、こう、なった……!?

 

 

 

 

 

 よくよく考えたら当たり前だった。転生するのに必ずしも転生前と同性で生まれると決まってるわけがない。それならばそうなる様に念能力を作っておかなければならなかったのだ。

 むしろ人間に生まれ直すことが出来ただけ幸運だったと言える。何せ新たな命に生まれ変わるという設定の念能力だ。下手すりゃ動物とか虫に転生していた可能性もあったのだ……。

 

 お、恐ろしい……。なんて成功率の低いギャンブルをしていたんだ俺は……。もし畜生に転生していたかもしれないと考えると女に生まれ変わったぐらいなんでもないぜ!

 

 

 

 ……ごめん、無理。やっぱりなんでもない訳ないわぁ~。このまま女で生きていくと童貞を捨てるなんて端から無理だ。なんせ捨てるどころか初めから持ってすらいないのだから。しかも男に言い寄られる可能性もある訳だ。……鬱だ死のう。

 

 ……いや待て。よく考えろ俺。念能力で転生出来たんだ。同じく念能力で性転換できるんじゃないか!?

 ん? ……なんか、そんな能力に覚えがあったような。……くそっ! 【原作知識/オリシュノトクテン】が使えたら! 確かにそんな能力があったはず……。思い出すんだ俺! ここで思い出さなきゃ一生女のままだぞ!

 

 ……そうだ! 思い出した!! ゲームだよ、念能力者が作ったっていうゲーム! あの中に確か性別を変える薬みたいなのがあった気がする! それさえあれば! 男に戻る事も出来る!! 童貞を捨てることも出来るはずだ!!!

 よし! 身体が成長したらまずはそれを取りにいこう! 良かった。これで何とかなるな。

 

 ふう。焦った焦った。一時はどうなる事かと思ったぜ。

 

 ふわぁぁ。なんか安心したら眠くなってきたな。赤ちゃんボディはすぐに眠たくなるから困る。

 

「あらあら。おねむの時間かしら? ちょっと待っててね。……はい、用意が出来たわよ。ゆっくりお休みなさい」

「あう~」

 

 わざわざガラガラ天蓋付き赤ちゃん用ベッドを具現化していただき真にありがとうございます。本日のミルクもイチゴ味で大変美味しゅうございました。ちなみにその前のミルクはバナナ味だった。

 ……すごい高性能だな母さん。

 

 

 

 

 

 

 月日は流れ、私ことアイシャはすくすくと育ち5歳に成長した。

 体はとても健康です。これも毎日飲んでいる母さんの母乳のおかげです。……ええ、体が成長して普通食を食べれるようになった今も、毎日の食事は母乳です……。

 

 もちろん普通の食事も食べたい。でもここにあるものは全部ゴミ。食べられるものなんて1つもない。ネズミとか虫はいるけど食べたくない……。

 

 仕方ないので母乳で我慢。……でもこれ本当に美味しいんだよね。昼のは何味かな? 朝はヨーグルト味だった。次は果物系にしてもらおう。

 ちなみに顎が鍛えられないんじゃないかと思ったが、そうでもない。母さんがガムを具現化してくれたのでそれをよく噛んでいる。他の食事は具現化出来ないのか聞いてみたが、母乳が一番栄養あるからだめ、と言われた……ちょっと厳しい。

 

 あ、ガムの成分は母乳のようです。つくづく無駄に高性能。

 

 さらに雨風はどうやって凌いでいるのかというと、この母さん、赤ちゃん用の部屋を具現化しました。……そこまでするかと思ったが、実際その方が助かるし、ハイハイとか掴まり立ちとかはこの中で練習しました。外でやると危ないしね。

 あとここには年月日付きの時計もあるので月日の経過も細かく分かります。水道もお風呂もトイレも鏡や体重計も完備。まさに至れり尽くせりです。

 

 年月も経って体も成長し生活も落ち着いたところで今の私が何の系統の能力者になったか水見式で確認してみた。結果は他の5系統に当てはまらない、木の葉が回転しながら水の中に沈むというものだ。確実に特質系だろう。

 まあ、【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】が成功しているから特質系なのは当然だね。木の葉が動いたのは操作系の名残かな?

 

 

 

 さて、女として生まれて5年。以前の決意、男に戻るという決意は、まだ残っている。もちろん脱・童貞もだ。しかし、自身の口調や思考は女の子らしくなってしまった……。

 

 これには理由がある。普通に喋れるようになるまで成長した私が、自分の事を“俺”と言って母さんに話しかけたことがある。母さんは「女の子が自分の事を俺だなんて言っては駄目よ」と、初めはやさしく注意してくれたが、何度注意を受けても直さなかった私に一度本気で怒ったことがあった……。

 あれは怖かった……。

 それ以来だ。何故か自分の中で“女の子は女の子らしくしなくちゃ駄目”という思いが出来てしまったのだ。

 

 最初の頃はそれでもまだ男の口調を貫こうと頑張っていたんだが、徐々にその気持ちも薄れていき、最後にもう一度同じ注意を受けたときには綺麗さっぱりなくなってしまった……。

 

 ……多分あれも母さんの能力だと思う。明らかに変だ。女として生きて数十年とかの年月が経ったなら分かるけど、生まれて2~3年で男の意識が女の意識になるなんて有り得ないよ……。

 

 オタクの精神→修行馬鹿の精神→老人の精神→もはや植物の域の精神→転生前後にまたオタクの精神→女の子の精神。……我が事ながらぶれ過ぎだと思う。

 

 しかし、男に戻りさえすれば! そうすれば大丈夫のはず!! なにせ“女の子は女の子らしくしなくちゃ駄目”だからね。男になったら男らしくしなくちゃ駄目なのだよ!!

 

 5歳にもなれば大分体を動かす事が出来る。

 これまで生きてきて思ったんだけど、この体、かなりハイスペックだ。他の人と比べた事がないから分からないけど、少なくても前世の私よりは性能はかなり高いと思う。前世の私が5歳の時に1時間も走り続けれるなんて出来るとは思えない。もちろん、念は抜きで1時間だ。

 この体はそれが出来た。部屋の中ですることがなかったから運動がてら自身のスペックを確認しようと思ったのだ。多分スペックは高そうだとは思ってたけど、5歳で、まともな訓練は受けてない状態でそれとは……。

 

 もしかしてこれも母さんの母乳のおかげかな? この母乳、栄養価が高いのか、本当に体がすくすく成長するのだ。

 すでに平均的な五歳児よりも大きく成長しているだろう。だいたい小学生2~3年生くらいにはなっていると思う。

 

 しかし、かつての私はありえないくらい修行したな。オーラ量とかオーラの基礎・応用も滅茶苦茶高いレベルにあるんだけど……。【絶対遵守/ギアス】は大成功と言える。あんな修行はマゾでも出来ないね。

 まあせっかく身に付いたものだし、衰えないようにはしておこう。どうせする事なんて母さんからの勉強以外殆どないし。……今さら算数とか習わされることになるとは。

 

 

 

 まともに動けるように成長した私だが、未だに流星街の中に居る。……もちろん、周りには私と母さん以外の人間はいない。ここは流星街の中でも特一級危険地域になっているみたいだ。

 

 失礼な。こんなにも愛らしい子どもと美人の母さんが住んでいると言うのに……!

 

 ……さて、動けるようになったのにどうして流星街の外に出ないのか? 答えは簡単だ。出ると皆に怯えられた……。

 

 

 

 一度私が3歳になった時にここから出て行きたいと言ったことがある。母さんは「アイシャちゃんがそう言うなら、ここからお出かけしましょうか」と、快く承諾してくれた。

 

 私は意気揚々と流星街の外に出て、母さんと一緒に他の都市に赴いた。都市に近づいた私は即座に絶をした。もちろんこの不気味なオーラを隠すためだ。こんなオーラを撒き散らしていれば誰も近寄ってこない。これなら大丈夫だ。そう思って街に入る私たち。

 

 周りには沢山の人とビルが立ち並んでいる。おお、久しぶりのまともな街だ。人々の歩く音。車が行き交う音。テレビから聞こえるニュースキャスターの声。飛び交う悲鳴。皆懐かしい……。

 

 ……悲鳴?

 

 どうしたんだ? 銀行強盗でも出たのか? 周りを見渡すと、明らかに人々がこちらを凝視している……? なんで? 絶はしている? どうして私に注目するんだ?

 いや違う。私を凝視したなら私はその視線に気付くはずだ。そこまで鈍ってはいない。じゃあ誰を見ている? 決まっている。隣にいる私の母さんだ。何故? 何故母さんを凝視して震えてるんだ?

 

 隣にいる母さんを見ても何も分からない……? いつもの母さんだ。いや、少しうろたえている。母さんも何が何だか分からないようだ。

 

「皆さんどうしたのかしら?」

「分かんない……とにかく一度話を聞いてみる。ちょっと待っててね」

「あんまり離れちゃ駄目よアイシャちゃん」

「大丈夫。そもそも10m以上離れたら母さんも一緒に動いちゃうでしょ」

 

 そう言って近くにいるおっちゃんに話しかける。……おっちゃん腰抜かしてるよ。

 

「あの、どうしたんですか?」

「ひっ!? あ、こ、子供か……? なんだ驚かさないでくれ……」

 

 そういや絶をしていた。びっくりさせてしまったか。

 

「驚かせてごめんなさい。聞きたいのですが、皆さんなんでそんなに怯えてるんですか?」 

「い、いやそれがよく分からないんだ。何故か知らないけど、か、体が勝手に震えるんだ……」

 

 そう言いながら、自分の手で体を包み込むおっちゃん。

 

 ……はて? 私はオーラを発していないから、一般人はおろか念能力者でもオーラに怯えないはずだけど……。

どういうこと?

 

「な、何だこの禍々しいオーラ!? キサマ何者だ!!」

「はあ。何のことでしょう?」

 

 !? オーラを感じている人がいる! 念能力者か!!

 

「美しい女性の姿をしているがこの第一級シングルビーストハンター・ディオウ様の眼は誤魔化せんぞ! キサマ魔獣の類だな!! 人間がこのようなオーラを放つものか!」

 

 ハ、ハンターだって!? しかもシングルの称号持ち! ていうかあいつ母さんを魔獣扱いしたのか!?

 

「大方人に化けて街を襲うつもりだったのだろうがそうはいかん! このディオウ様に出会ったことを後悔するんだな!!」

 

 ハンターはまずい……! 早く逃げなきゃ!

 

「母さん、家に帰ろう!」

「アイシャちゃん……わかったわ」

「子どももいたのか! 見事な絶……! だがこの第一級ダブルビーストハンター・

ディオウ様の名に賭けて逃がすわけにはいかん!!」

 

 なんでさっきよりも称号が上がってるんだ!?

 

「こっちに来るな!」

 

 全力で練! 母さんを傷つける様ならこのアイシャ、容赦しない!!

 

 ……泡吹いて気絶しちゃったよこの人……ほんとにシングルハンターなのかな? とりあえず今のうちに逃げよう!

 

 ふぅ。ここまで来れば大丈夫かな……。

 

「大丈夫、母さん?」

「私は大丈夫よアイシャちゃん。それより駄目よアイシャちゃん。あんなに乱暴なことしちゃあ」

「だってあいつ母さんを傷つけようとしてたし……」

「私のことはいいの。いつも言ってるでしょう? あなたは女の子なんだから、女の子らしくしなくちゃいけないわ」

「……ごめんなさい」

「ん。分かればいいのよ。ありがとう。母さんの為に怒ってくれて」

「うん!」

 

 

 

 こんな事があったわけだ。そこで思ったのが、母さんのオーラも私と同じく禍々しいオーラをはなっているのでは? と推測したのだ。

 

 私にはとても安心感のあるオーラにしか感じないけど、それなら説明がつく……。母さんに絶や隠が使えたらいいんだけど、あれから2年、どんなに練習しても母さんは絶をすることが出来なかった。いや、正確には発以外の念の技術が使えないと言ったほうがいいか。

 

 この5年で母さんが私から10m以上離れることが出来ないのは分かってる。今の状態で街に行けば警察やハンターがやってくる可能性が高い。そうなったら私はともかく、母さんを守りきれるかは分からない……。

 

 仕方ないのでここから出るのはしばらく諦めた。何かいい方法を思いつくまでは今まで通りここを住処としよう。

 

 

 

 というわけで、流星街よ。今後ともよろしくお願いします!



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第八話

 

 ここで過ごして10年程の月日が流れた……。

 ……母さんが消えようとしているのが、分かる。

 

 異変に気付いたのは3年ほど前だ。明らかに母さんを覆う纏のオーラの量が減っているのだ。私に母乳を与える度に、私の為に何かを具現化する度に、少しずつだがオーラ量が減少しているのだ。

 

 纏には顕在オーラの一部が現れる。顕在オーラは表面上に現れるオーラなので、纏だけをみて潜在オーラ量を見抜く事は出来ない。ゆえに気付かなかった。母さんの潜在オーラが徐々に減ってきているなんて……。

 せめて母さんが練を使えたらもっと早くに気付けていたけど、母さんは纏と発以外の念技術は使用出来ない……。纏にまで影響するということは潜在オーラがかなり減ってきている証拠だ……。

 

 残り2割か3割か? もしかしたらもっと減っているかもしれない……。

 

 もう気付いている。この母さんは私が作り出した念獣ではない。私の作った念ならば、私の識らない知識を識ってるわけがない。すでに父さんの名前や父さんが何をしていたのか、母さんとの出会いなどを聞いている。私の妄想と考えるには出来すぎている。

 

 私の念でなければ誰の念だ? 決まっている。あの時、私の所為で強制的に念に目覚め、衰弱死してしまった母以外あり得ない。

 死して尚、私の為に自らを作り出してまで私を育て、護ってくれたのだ……。私の所為で死んだというのに……!

 

 そして今また母さんは消えようとしている。私の為に何かをする度にオーラは消耗されていく……。消耗したオーラは回復する事はなく、緩やかに、しかし確実に消滅への一途を辿っている……。

 

 もちろん、それを許す私ではない。母乳を拒否し、拾った食べ物やネズミを食べようとした。嫌だの何だのと言ってられない。母さんがいなくなるよりはマシだ!

 

 だがその度に母さんは「こんな不潔なものを食べてはいけません!」と叱るのだ……。

 3回も叱られると、“汚いものは食べてはダメ”と強く思い込んでしまった……。

 

 しかも私を強く叱る度に母さんのオーラが消費されていく。……私の行動は母さんの消滅の時期を早めただけだった。

 

 

 

「アイシャちゃん。そろそろお腹すいたでしょう? ご飯の時間にしましょう」

 

 母乳を拒否しても、無理だ、きっとあの叱りを受けて、飲むことになるだけだ……。だから、飲んだ。母さんの最後の愛情を受け取った……。

 もう、母は、消える寸前だ……。私に、最後の母乳を与えて、少しずつ、希薄になっている……。

 

「ごめんね。最後まであなたと一緒にいられなくて」

「なんで、かあさんが、あやまるの? わたしのほうこそ、ごべん、なざい。わたしを、うんだから、かあさんを、じなせちゃった……」

「いいのよ。母親が子どもの為に命をかけるのは当たり前の事よ。あなたが謝ることじゃないわ」

 

 

「……あり、がとう。わだしを、ひぐっ、うんでくれで」

「いいのよ。私がお礼を言いたいくらいよ。生まれて来てくれて、ありがとう」

 

 

「ありがとう……わたじを、そだ、てて、くれ、て」

「いいのよ。当たり前でしょう。母親が子どもを育てるのは。元気に育ってくれて嬉しいわ」

 

 

「あ、ありがとう。わたしを、あ、あいじで、くれて」

「いいのよ。子どもを愛さない母親はいないわ。そんな人がいたら母さんぶっとばしちゃうわ」

 

 

「……や、やだよ。きえちゃやだよ! ずっといっじょ、に、いで、よ! もう、わがまま、いわないからぁ!」

「ごめんね。私もずっとあなたと一緒にいたいけど、もう、むりみたい……」

 

 

「あああ、いかないで、いっちゃやだぁ!」

「いい。アイシャ。これが母さんの最期のお願いよ。よく聞いてね」

「さいご、なんで、いわないでよ……」

 

 

「元気なのもいいけど、おしとやかにならなきゃ駄目よ。アイシャちゃんは可愛い女の子なんだから」

「……うん」

 

 

「健康には気を付けるのよ。決して不潔なものは食べては駄目よ」

「……うん」

 

 

「アイシャちゃんは優しいけど、誰も彼もを信用しちゃだめよ。相手を良く観て話を良く聴いて判断すること」

「わたし、そんなに、ばかじゃないよ」

 

 

「それならいいわ。あとはそうね。……幸せになりなさい。辛い事や悲しい事は生きてる限り必ず訪れるわ。でも、そんな困難は乗り越えて、幸せになってちょうだい」

「むりだよ……かあさんが、いないのに、しあわせになんて、なれないよ」

 

 

「大丈夫。あなたならきっと乗り越えられるわ。だって母さんの自慢の娘だもの」

「……がん、ばっでみる」

 

 

「いい子ね。……そろそろおわかれみたい……」

「かあさん!? もっと、もっどおはなじしでよ!」

 

 

「ざんねんなのは、あなたのはなよめすがたをみれなかったことね。きっと、すてきだったでしょうに……」

「だったら、それまでいきていて、わたしの、おーらなら、いぐらでもあげるがら!」

 

 

「わがままばかりいわないの。……これがさいごのおねがいよ。なかないで。あなたのえがおを、みせてちょうだい。さいごにみたむすめのかおが、なきがおなのはいやだわ」

「う、うん。……こ、これで、いい?」

 

 

「うん、とってもかわいいわ。……あいしゃ、あなたは、わたしの、じまんの、こよ、だいじょうぶ、わたしは、ずっと、あなたのことをみまもっているから……………………」

「?! ああ、かあさん!? かあざんきえないで! わだじをひどりにじないでよぉ!!」

 

 

 

 その日の流星街には雨が降った。だから私の頬を伝わる水は雨だ。私は母さんと約束したのだから。泣かないと。だから、これは、雨だ。

 

 

 

 

 

 

 母さんが消えてから丸一日が過ぎた。まだ悲しいが、少しは心の整理がついた。

 人は強い感情を保ち続ける事は出来ない生き物だ。どんなに強い感情も、時の流れは残酷にそれを磨耗させてしまう。もちろん、この悲しみが完全になくなるわけじゃないが。

 

 ……何時までも悲しみに明け暮れているわけにはいかない。私は母さんと約束したのだ。幸せになると。辛い事や悲しい事を乗り越えて、幸せになると。ならばここで何時までも呆けているわけにはいかない。ここにいては母さんとの約束を守れないから。

 

 でも、ここを出て行く前にしなければならない事があるな。

 

 

 

「はじめまして。もしかしたら昔会ったことがあるかもしれませんが、もう10年以上も前の事なのではじめましてと言っておきます」

「……何用だ少女よ。ここを流星街の議会室と知ってここまで来たのか?」

「はい。ここにいるあなた方がこの流星街の方針を決定しているのですよね? 少し用があって来ました。安心してください。別にあなた方に危害を加えるつもりはありません」

「……どうやってここまで?」

「気配を絶って。ここを見つけたのは外の人たちの話を盗み聞きしながら調べました。ああ、門番さんは気絶しているだけです。外傷は一切与えていませんし、後遺症もありません……用件を言ってもいいでしょうか?」

「……なんだ?」

「その前に一つ質問が。ここから北西に20㎞ほどの場所にある危険地帯を知っていますか?」

「!? ……ああ、10年ほど前に出来たあの……」

「用件は、そこには一切手を出さないで下さい、と言った簡単な要求です。お願い出来ますか?」

「……それは構わない。元々我々は協議の上であそこには手を出さないと決めている」

「それなら構いません。では「待て少女よ」……なんでしょう?」

「君の要求は分かった。だが君は一体何者だ? 流星街で君の様な少女は見た事がない。少なくとも、君の容姿で目立たないわけがない」

「……もしかして褒められてるのでしょうか? 母さん以外に褒められた事がないから照れますね。ああ、すいません。質問に答えていませんでした。このまま立ち去るのもあまりに無作法ですし、お答えします」

 

「私はその危険地帯に住んでいたのですよ。これでお分かりでしょうか?」

「……!? まさか、噂にあった悪魔の親子の!?」

「……私の母は天使の様に優しい人でした。次に母を侮辱するような事を言えば命までは取りませんが、腕の一本や二本は覚悟する事ですね……!」

『っ!』

「……すいません。思わずオーラを放ってしまいました。すぐに抑えます……」

 

「とにかく、しばらくこの流星街から離れるつもりなのですが、その間に私の母が眠る地を他人に汚されたくないんです」

「……わかった。皆に厳重に伝えておく……」

「ありがとうございます。……そうだ。こちらのお願いを聞いてもらってばかりなのもどうかと思うので、あなた方の要求も聞くことにします。何かありませんか? 私に出来ることで無茶な要求じゃなかったら、聞きますよ」

「……では我々が今後我々のみで対処困難なことがあれば、そちらの力を借りる、というのは……?」

「……分かりました。なかなか上手いですね。ですが私は連絡方法を持ってないのですが……」

「連絡方法はそちらが用意出来たら我々に伝えてくれたらいい」

「分かりました。あなた方がそれでいいのなら。では、そろそろ失礼するとします。皆さん、お達者で」

『……』

 

 

 これでいい。これならあの場所から離れてもあそこが荒らされる事はないはずだ。もし母さんとの思い出の地が荒らされたら、私は怒りのあまりに暴れてしまうかもしれない……!

 

 本当に変わったな私は……これも母さんの教育が行き過ぎていた所為に違いない……全く、困った母さんだった。あれはしちゃ駄目これはしちゃ駄目、あれをしなさいこれをしなさいと、教育ママにも程がある。

 

 

 

 ……母さん。私、頑張るから、ずっと見守っててね……。



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第九話

 ぬぬ! これはなかなか……おお? そう来るか!? く、これはまずいか? やられてたまるか! そ、そんな!? 技が通用しない!? この投げが外されるなんて……!

 

「……シャ……ま1……5……とう……じ……まで……そ…………こしく……い……」

 

 ああ! やられる! くそ、逆転するには必殺技に賭けるしかない! 逝くぞ!

 

「アイ  様。あと 分以内  6 階闘 場までお越し  さい」

 

 さっきからうるさいな。ゲームに集中出来ないじゃないか! ああ? 敵の超必に当ってしまった! ユールーズ……負けてしまった……。

 もう、せっかくラスボスまで行けたというのに。さっきの放送の所為で集中が乱れてしまった。一体何だったんだ?

 

「アイシャ選手は不参加の為、ゴメス選手の不戦勝となります」

 

 ……ああ! しまった! 試合を忘れていた!

 ふ、不戦敗になってしまった……く、これも何もかもこのジョイステが悪い! 久しぶりにゲームをしたら昔の血(ゲーマー)が騒いでしまって、ついのめり込んでしまった……。

 

 いやあ、ようやくゲームが出来るようになったんで、我を忘れて熱中してしまうとは。……恥ずかしい。次は気をつけよう……。

 

 

 

 あの後、流星街を出てから私は何とか日雇いの仕事をして食い繋いでいた。幸い私は母さんの母乳のおかげか成長が早く、実年齢は10歳程でも見た目は16~18歳くらいには成長していたので、年齢は誤魔化して働く事が出来た。

 しかしそれも長続きはしない。表の仕事は身分証明が出来ない者には厳しい。まともな仕事に就くのは難しい。裏の仕事なら大丈夫かもしれないけど、あまりそっちには関わりたくないし……。

 私に何の取り得もなかったら仕方なかったかもしれないけど、幸い私にはとびっきりの取り得がある。

 武術である。

 

 という訳で、天空闘技場に来た。来た理由はいたって簡単。お金稼ぎと修行のためである。お金稼ぎに関しては言うまでもない。生きていく為にはお金がいる。ここはそれなりに腕の立つ者には絶好の金稼ぎポイントだ。ゆえに天空闘技場だ。ここなら190階以下の階層を行ったり来たりすれば簡単に億の単位を稼げてしまう。

 

 修行に関しては、もう十分じゃね? と思うかもしれないが、実はそうでもない。……私は確実に前世の私・リュウショウ=カザマよりも、弱い……。

 

 身体能力では今の私の方がすでに上だ。私はまだ11歳だが、前世でもっとも肉体を鍛え上げた時よりも遥かに高い身体能力を持っている。

 ……これは前世の私は元の世界の肉体で、今の私はこの世界で生まれ変わったことでこの世界の肉体を手に入れたことが原因だろう。明らかにおかしいスピードで成長し、筋肉の限界とか体の許容量とか無視したような筋力になっている。身体のスペックは圧倒的に現在が上だ。

 

 さらに言えばオーラ量も現在が上。生まれた時からすでに前世の私を越えていたオーラ量は、この11年でさらに成長していた。……堅の修行はしてはいたけど、一番の原因は母さんの母乳にあるかもしれない……なんか飲むたびに潜在オーラが少しずつ増加していた様な気がする……。

 

 ともかく、それでもリュウショウの頃の私と今の私が戦えば、恐らくリュウショウが勝つ。原因は、私の技術と肉体の関係にある……。

 私の持つ技術はリュウショウが90年近くに渡って磨き上げてきた努力の結晶。それは反復に反復を繰り返した結果、当時の私の肉体に最適の動きを刻み込んだ技術だ。

 今の私の肉体に最適な技術ではないのだ。それゆえに、どうしても技がぎこちなく、以前の様にしっくりとこない。肉体と技が喧嘩しているかのようだ。そもそも転生してから誰かと技の稽古をしてはいないのだ。鈍りに鈍ってる。まさか母さんを技の稽古台にするわけにはいかなかったし。

 

 それはまだいい。その点に関してはこうして天空闘技場で戦いながら、前世の技術を今の私の肉体に最適になるよう調整している。 

 一番の問題は私の精神性の差だ。

 以前のリュウショウの精神はもはや植物の域と言えるほどの高みにあった。だが、今の私の精神は普通の女の子……とは言えないが、確実にリュウショウの頃の領域にはいない。

 戦闘において精神の在り方は重要なファクターの1つだ。心の乱れ1つで技が乱れ、相手に必殺の間を与えることとなりうる。これはそこら辺の雑魚ならともかく、一級品、それもかつての我が友ネテロクラスになると致命的だろう……。

 

 

 

 ……まあ、あのクラスの化け物がそうポンポンいたら堪らんな、うん。これに関しては杞憂だったかもしれない。

 そういやネテロ元気かな? 久しぶりに会いたい気持ちもあるな。今の私を見てリュウショウだと気付く事はないだろうけど……。

 

 とにかく、まさに心技体ともにばらばらなのだ。ここでしばらく戦って体を慣らすとしよう。それに身体能力が上がったのは悪い事だけではない。以前の私では出来なかった事も今なら出来るだろう。体の調整も兼ねて色々ここで試してみよう。

 

 その後はどうしようかな?

 グリードアイランド(一応ネットで調べた)を手に入れたいけど、あの値段は今の私では手が届かない。何とか入手したいけど、バッテラという大金持ちが買い集めているらしく、たまにブラックマーケットに出品してもあっさり最高額で手に入れている……オノレバッテラ。

 一応、時々ネットでグリードアイランドに関する情報を集めておこう。買う以外にももしかしたら上手い方法が見つかるかもしれない。

 

 今はそれでいいとして。本当にどうしよう? 別にフロアマスターに興味はないし。今さら道場とか建てたりしないし名誉だとかはいらない。

 色々世界を廻ってみようかな? 世界全国ぶらり旅も面白そうだ。

 

 それともハンター試験でも受けてみるか? ハンター自体にそこまで興味はないけど、ハンターライセンスは今の私には必要になるだろう。持ってるだけで身分証明として最高の証明証になり、グリードアイランドの情報を調べる上でも役に立ってくれるはず。

 あの時、ネテロに誘われた時は断ったけど、今なら受けても合格出来るかもしれない。今は1997年2月27日だから、受けるとしたら来年の試験か。

 

 ん~?

 確か再来年、1999年の試験になんか有った様な気がする……。未来の事が気になるという事は、恐らくあの知識が原因だな。今さらこう言うのもなんだが、いわゆる原作開始だったはずだ……。

 

 ……あの知識は殆ど覚えていない。なんせ100年以上前に見た漫画の知識。これが実際に経験した記憶ならともかく、そんな漫画の知識を100年以上も記憶しておくなんて不可能だ。それが出来ていれば前世の私は【原作知識/オリシュノトクテン】なんて能力作ってはいないよ……。

 

 せいぜい覚えているのは、始まりがハンター試験であること。主要人物が少年2人(4人だっけ?)。あとは……確か天空闘技場とグリードアイランドが関わってたかな。そして色々あった後になんか凄いヤバイ生き物がでてきて世界がやばかったくらいか。

その場面をみて記憶と照らし合わせれば、少しは思い出すかもしれないけど。

 

 ……ヤバイ生物(確か蟻?)どうしよう? 今の私なら勝てるかな? でもネテロでも勝てなかったはず。ならネテロより弱い私が勝てるわけがない。

 

 いや、念能力者には相性もある。私はネテロの【百式観音】相手には勝つことは出来なかったが、ネテロの【百式観音】が通じなかった相手に私の技術が勝る可能性はある……。さらに今の私の心技体が完全に一致すれば、確実に前世の私より強くなってるはずだ。

 もっとも、技と体はともかく心は厳しいかもしれない。当時の精神にまで至るのは難しそうだ……。本当は戦うことなく発生前に潰したいのだけど、そんな細かい事覚えているわけがないよ。はあ……。

 

 暇つぶしになんか新しい念能力でも考えてみようかな?

 

 

 一応ここに来る前に作った能力はある。あまりにも燃費が悪すぎる能力だけど……普通に生きてく為には便利なんだけどね。

 

【天使のヴェール】

・特質系能力

 自身のオーラを覆い隠し、体から出るオーラを感知できないようにし、一般的なオーラに見せかける念能力。念能力者が見てもただの垂れ流しのオーラとしか確認できない。ONとOFFの切り替えは可能。

 

〈制約〉

・この能力の発動時は纏の状態でも通常時の練と同じ量のオーラを消耗する。

・この能力を発動した状態で念を使用するとその念を使用するのに必要なオーラ量は通常の10倍となる。

・体から離れたオーラにはこの能力の効果は及ばない。

 

〈誓約〉

・特になし

 

 ……いや、いざ流星街を出てから他の街に行ったんだけど、常に絶をするか隠をしていないと普通に過ごせなかったんだ。でも、常時絶や隠をし続けながら生活をするなんて精神に負担掛かりすぎる。

 そこで、このオーラをごまかす事の出来る念能力を作ればいいと思ったわけだ。

 

 最初はオーラの質を誤魔化すだけの能力を作ろうと思っていたんだが、いざ色々考えながら作り上げてみると凶悪な能力に仕上がってしまった。

 この能力を発動しているとこちらが堅をしても凝をしても、硬をしてさえも相手は無反応。もちろん相手は念能力者だ。こちらが念能力者であるとさえ気付かなかった。これだけでこの能力の凶悪さが分かるというものだ。

 

 その分デメリットも多くなってしまったが。並みの能力者なら纏をしているだけで一時間もしないうちに倒れるだろう。私の膨大なオーラ量でさえ、この能力を発動した状態で練をすれば6時間ほどしか持たないからなぁ。

 ……10倍の消耗率で堅が6時間持てば十分過ぎるか。

 

 まあ所詮は通常時。臨戦態勢時はオーラの消費量は応用技も使いながら戦った場合、通常の6~10倍のスピードで減っていく。私の場合は、まあ戦い方にもよるけれど、これが60~100倍のスピードになるわけだ。

 

 消費が激しすぎて戦闘時に纏以外は出来るだけ使わないようにしてます。まあその辺の相手でしたら纏すら必要ないけどね。弱体化したとはいえ、元風間流師範を舐めてもらっては困るな。

 ワタシtueeeeeeeee。

 

 さて、新しい能力はどんな能力にしようかなぁ?

 なんか参考になるものがあればいいんだけど。ん~、なんかないかな?

 

 ……はて、かつてもこんな風に念能力について色々考えたようなことがあった気がする。なんか、とてつもなくまずいことを忘れてる気がする……。

 

 だめだ。思い出せないな……。ま、いっか。思い出せないならたいしたことないってことだし。多分……。今は新しい能力について考えよう。

 

 

 

 天空闘技場に来て2週間。新しい念能力が出来た。いやあ。考えた考えた。何を考えたかと言うと、どうすれば自身の危険を減らせるか。別に戦いから逃げるとかではなく、戦いの中での危険を減らす方法を、だけど。

 

 念能力者の戦いは何が起こるか分からない。これの一番の理由は、相手がどんな能力を持ってるか分からないから。操作系ならこちらを操る能力かもしれないし、具現化系ならなにか特殊な能力を持った道具を具現化するかもしれない。いくら強くても操作されたり特殊な念を喰らったりすれば負けるだろう。

 

 そこで作ったのがこれ。

 

 

 

【ボス属性】

・特質系能力

 自身に及ぼされる念による状態異常や特殊効果を無効化する念能力。自身の用いた念は無効化することはない。この念は常時発動している。

 

〈制約〉

・無効化するたびにオーラ量を消費する。消費されるオーラ量はその念に込められたオーラ量×nのオーラ量を消費する(nは強い影響を及ぼす念能力ほど高い数になる)

・死者の念による特殊効果を無効化することは出来ない。

・自身の意思で無効化する効果を選ぶ事は出来ない(治癒能力なども無効化する)

 

〈誓約〉

・この能力によりオーラが枯渇した場合、即座に気絶をしてしまい、かつ30日間絶状態となってしまう。またその間は【ボス属性】も発動しない。

 

 

 

 これなら特殊な効果を持った念も怖くない! もっとも、念で防げるのは特殊効果のみで念による物理的なダメージは普通に通るけど……。

 そこまで便利には出来ない。しかもこれまた燃費悪いし、【天使のヴェール】発動中にこの【ボス属性】の効果が出てしまったら……。消費されるオーラ量にもよるが、あっという間に私のオーラは枯渇してしまうだろう……。

 

 ON/OFF出来ないのは結構厳しかったかもしれない。でもそれだけの制約がないとこれほどの能力は作ることが出来ない。自由に受ける能力を選べないことがいい制約になっている。自身の念能力も無効化する様にすればもっと強力に出来たかもしれないけど、それだと【天使のヴェール】が無意味になってしまうし。

 

 もう一つの問題は念とは関係ない通常の毒とかは無効化出来ないことか。

 なにせそれを無効化してしまえば性転換の薬も無効化してしまうかもしれないしなぁ。仕方ないから通常の毒に関しては自分が気をつけるしかない。逆にその方が完全に油断しない分いいかもしれない。

 

 しかし見事に攻撃系の念能力がない。まあ、これ以上念能力を作るのは難しいかもしれない。出来てもたいしたレベルの能力にはならないだろうしね。

 

 

 

 

 

 

 さて、私は現在天空闘技場から逃げ出している……。

 

 あの後はお金稼ぎの為に190階と180階を往復していた。わざと負けるのは気が引けたけど。すでにお金は10億近くになっている。こんなに貰っていいのだろうか? なんか炭鉱で働いていたのが馬鹿らしくなるほどだ。

 

 しかし190階に来て三度目の時に警告を受けた。これ以上負けるようなら意図的に負けているものと判断し1階層よりやり直しとなり、その後もまた同じ事をすれば闘技場の参加資格を剥奪する、と。

 

 どうやら露骨過ぎたようだ。……仕方ない、次の試合には勝って200階に上がるとしよう。お金は十分に稼いだし、念能力者相手の稽古もしておきたいしね。そう思って勝ちはしたのだが、200階で妙なのに出会った。

 

 ピエロだ……。なんかもう、とても嫌なオーラをはなってる変なピエロがいた……

こっちを見る目がなんかキモい。

 変なピエロが話しかけてきた。

 

「くくく、200階にようこそ♥」

「……なんの用でしょう? 特に用がないならどいてくれませんか。登録出来ませんので」

「んー、そうさせてあげたいんだけど、君にはここは少し早すぎるかな? ボクの横に何があるか分からないだろ♠」

 

 ……念で作った髑髏。見たところかなりの実力者。今戦っては苦戦はまぬがれないかも……。戦うならもう少し体と技を馴染ませたいところだ。

 

「何の話ですか?」

 

 ここは引く。何というか、負けるとか勝つとか戦うとか以前にこいつとは一緒に居たくない。なんか絡みつくような粘着質なオーラをはなっているし。

 

「君は今でもおいしそうだけど、将来はもっとおいしく育つ。ここで壊れるには少々おしい♦」

 

 うわぁぁぁぁ!? ぞわっとした! 気持ち悪いよこいつ。なんだろう、生理的に受け付けないタイプだ!

 

「なんだったらボクが君を育てても……」

「全力でお断りします!!」

 

 脱兎の如く200階から逃げ出す! そのままの勢いで天空闘技場から出て行ってしまった。今さら戻る気持ちはない。なんだあの変態ピエロは……!?

 

 ……なんかまたも記憶を刺激されている気分? 変態ピエロもあれ(原作)関係かもしれない……。

 

 とにかく、こうなった以上は仕方ない。お金も十分貯まったし、することもないから世界全国ぶらり旅でもしよう。

 

 さらば、天空闘技場よ!!

 

 

 

 

 

 

『アイシャ選手! 華麗な投げによる一撃でクリティカルヒット! 合計11ポイント先取により190階突破ァァァァ!!』

 

 ふぅん。勝ち上がって来ちゃったんだ……♥

 最初に見た時はわざと負けて180階と190階を昇降してたからかまわなかったけど、200階に上がってくるなら話は別だね♣ ここで戦ったらいくら強くても初心者じゃ壊されちゃうからね♠ せっかく美味しく実りそうな果実なんだ。じっくり育ったところを頂かなきゃ♦

 

 

 

「くくく、200階にようこそ♥」 

 

 来たか。くくく、直接見るとまあ、なんて美味しそうなんだ……♦

 

「……なんの用でしょう? 特に用がないならどいてくれませんか。登録出来ませんので」

「んー、そうさせてあげたいんだけど、君にはここは少し早すぎるかな? ボクの横に何があるか分からないだろ♠」

 

 オーラを髑髏の形に変化させる。彼女はオーラが垂れ流しの状態で常にいる。念能力者ではないはず♣

 

「何の話ですか?」

 

 案の定、念は使えないようだ。だとしたらこのオーラの流れは天然か。ますます美味しそう♥

 

「君は今でも美味しそうだけど、将来はもっとおいしく育つ。ここで壊れるには少々おしい♦」

「なんだったらボクが君を育てても……」

「全力でお断りします!!」

「逃げられちゃった……少し念を放出しちゃったみたいだね♠」

 

 仕方ない。また会う機会もあるさ。その時はもっと美味しく育っている事を期待しよう♣

 

 しかし、垂れ流しとはいえオーラの流れに変化がなさすぎた。もしかして彼女使えたのかな? だとしたら勿体無かったかな……♥



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ハンター試験編 第十話

 カタカタっと。これでよし。これで287期ハンター試験申し込み終了だ。あ、もう通知が来た。ええっと、試験会場はザバン市か……これだけしか書いてない。後は自分で調べろってことか。毎年何百万人も受験者がいるんだ。それぐらい調べられない者にハンターになる資格はないって事ね。

 

 私が1999年に行なわれるハンター試験に参加しようと思ったのは、確認のためだ。何の確認かと言うと、私の他にこの世界に来た人たちはいるのか、という確認だ。今まであまり考えてなかったけど、世界を巡りながらよくよく考えてみたらその可能性はある。

 その確認がもっともしやすいのがこのハンター試験だろう。

 

 ……今さら元の世界に帰りたいとは思わない。私はここで死に、ここで生まれ変わったのだから。しかし気にならないと言えば嘘になる。もしいたら会って話をしてみたい気持ちはある。

 

 とりあえずザバン市を調べてみるか。ええと場所は……ここからだと飛行船で向かうのが一番早いかな? さっそくチケットの用意をしますか。

 

 

 

『ザバン市ハンター試験会場直行便・ハンター試験受験者専用飛行船はまもなく出航いたします。搭乗されるお客様は……』

 

 なんかチケットを予約して空港で待ってたらそんなアナウンスが流れた。

 

 はて? 試験会場直行便なんてそんな便利なのがあるの? 周りを見渡すと明らかに堅気の人間じゃない人たちがぞろぞろと列をなして飛行船へと進んでいる。……いいのかな? なんか簡単すぎる気がするんだけど。

 

 そう思って躊躇していると、何人かは残ってボソボソ話している……聞き耳立てよう。

 

「……ルーキーか。こんな単純な罠に引っ掛かるなんてな」

「全くだ。試験会場直行便なんて便利なものがあったら苦労はしねえよ」

「まあそう言うなよ。ライバルは少ないに越した事はないだろ?」

 

 ……まあ、当然引っかかるわけがありませんよ、ええ。さすが私。この程度の罠見抜けなくて何が風間流か!

 ……嘘じゃないぞ。引っ掛かってないんだから。

 

 

 

 飛行船が出航してから10分ほど待っていると再びアナウンスが流れた。

 

『ハンター試験受験者の方たちは、5分以内に空港入り口へと集合してください。繰り返します……』

 

 おお、こっちは本物の案内の様だ。さっきの人たちも入り口へ向かっている。……2回目の引っ掛けはないよな?

 入り口で待つ事3分。正面に1台のバスがやって来て、バスからガイドが降りてきた。

 

「お待たせいたしました。このバスはただいまからトネリ港へと向かいます。トネリ港には試験会場最寄の港・ドーレ港へ向けて出航する船があります。ハンター試験受験者の方は空港のチケットをこちらにお渡しの上で、バスにご乗車下さい」

 

 良かった。残って正解だったか。……でも実はこれも罠だって事はないよね? さっきの罠の後だと穿った物の見方をしてしまうな。実はこのバスはトネリ港には着かないとか?

 

 ……ありそうだ。トネリ港はここから10㎞ほどの距離にある港。走っていっても間に合うかな? トネリ港に船があること自体が嘘だったら仕方ないけど、それだったら乗っても同じ事。だったら乗らずに走っていったらもしバスが罠だった場合は回避できる。

 とりあえず確認してみよう。

 

「すいません。トネリ港から船が出るのは何時頃でしょうか?」

「……12:30頃となっております」

 

 ……一瞬オーラが強張った。当たりかな?

 

「分かりました。では私はこれで失礼します」

 

 そう言ってそこから離れる。12:30に出航なら走っていっても十分間に合うし、10㎞くらい走っても疲れる事はない。これが間違いならその時はその時だ。諦めよう。

 

 到着っと。時間は……12:15か、ゆっくり走りすぎたかな。間に合ったし、いいか。船は……あった。港には1隻しか船はない。あれかな? 近づいてみよう。

 なんか船の前に一人の男の人がいる。白い髭を蓄えた赤い鼻の如何にも船長風な男だ。

 

「お前さん。受験者か? 受験者なら船のチケットをだしな」

「これでいいでしょうか?」

 

 言われて飛行船のチケットを出す。……これしかチケットは持ってない。これで駄目なら失格かな?

 

「よし。合格だな。あの試験を突破した奴はお前さんくらいか」

「やっぱりあれは引っ掛けだったのですか……」

「まあな。一つ目の罠の後に二つ目の罠を用意しておいたのさ。罠を突破したと思って油断した奴はそこで終わりだ」

 

 ……良かった。穿って物を見るのも必要な時もあるんだな。

 

「では私は……」

「ああ、お前は俺が責任を持って試験会場最寄の港まで送ろう。船に乗りな。もうすぐ出航の時間だ」

「分かりました」

 

 船が出た。結局この船に乗っている受験者は私だけ……。空港でルーキーを馬鹿にしてた3人はいなかった。あなたたちのおかげで罠に気付く事が出来ました。あなたたちの犠牲は忘れません……多分。

 

「お前さん。まだ聞いてない事があったな。名前とハンター資格試験の志望理由を聞かせてもらおうか」

「名前はアイシャ。ハンター試験を受ける理由は身分証明の為です」

 

 まあ転生者の有無なんて言っても阿呆扱いされるだけだろう。

 

「……正直なんだな。まあ取り繕ったかの様な奇麗事の理由を並べられるよりはいいか」

「嘘は好きじゃないんですよ」

 

 吐かない訳ではないけどね。

 

「ふん、まあいい。ドーレ港までは一日といったところだ。それまではゆっくりしてな」

「わかりました。……そうだ、どうせ試験会場は自力で見つけないといけないのですよね? ヒントみたいなのくれませんか?」

 

 少し思い出してきたから、確か試験会場入り口が定食屋かなにかだったはずだけど、そこへ至るまでの道筋が分からない……。それを探すのも試験の内なんだろうけど、それが人に聞いてはならないという答えにはならないだろう。人脈もまた力なんだ。

 

「……ぶわっはっはっはっはっ!! 本当に正直な嬢ちゃんだな! いいだろう。ヒントだけなら教えてやる。ドーレ港に着いてからだがな」

「おお。言ってみるものですね。ありがとうございますおじ様」

「おじ……!?」

「感謝の気持ちを込めてみました。駄目ですか?」

「船長と呼べ船長と! 絶対に他の船員の前でそんな呼び方すんじゃねぇぞ!」

「分かりましたおじ様」

「てめぇ……! それ以上言うと失格にするぞ!!」

「そんな……!? 言われた事を守って他の船員の前では言ってないのに!?」

「揚げ足を取るんじゃねぇ! さっさと船室に入ってろ!」

「はぁい。分かりました」

 

 これ以上からかっては本当に怒るかもしれない。ここは素直に従おう。……しかし、誰かと楽しく会話したのは久しぶりだ。

 ……時間があればまた話そう。

 

 

 

「おじ様色々ありがとうございました。おかげで楽しい船旅となりました」

「俺はもうお前と一緒の船旅はしたくねえな……」

「失礼な。まるで私が迷惑をかけたかのような言い方を」

「迷惑だったに決まってるだろうが!」

「こんな美少女と一緒にいたのに何たる言い草……」

「自分で言ってりゃ世話ねえな……ま、二度もお前を案内するのはご免だからな。今回の試験で合格するよう祈っといてやる」

「……(デレた?)ありがとうございます」

「あの山に見える一本杉を目指せ……それが試験会場への近道になる」

「分かりました。それでは、本当にお世話になりました。体に気をつけて下さいね」

「ふん。さっさと行きな」

 

 おじ様と別れ一本杉を目指す、と言っても今からだと山の中で夜になるかな。この街で一泊してからにしよう。

 楽しい船旅だったな。もし試験に落ちてまた試験を受ける事があったらもう一度おじ様に案内してもらいたいな。

 

 

 

 

 

 

 やれやれ行ったか、まったく。結局半日はくっ付いて話してやがったなあの嬢ちゃん……。俺なんかと話すのがそんなに楽しかったのかね? ニコニコと話しかけてきやがって……。

 おじ様……か。……悪い気はしねぇな。

 ち、なに考えてんだ俺は……。さっさと次の目的地に行くか。次は二つの港を廻った後にくじら島に行くんだったな。くじら島か、ジンの奴が居た島だな。あいつの息子ってのは今どうしてんのかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 一本杉を目指して歩いているとなんか廃墟の様な場所に着いた。……廃墟の様と言っても、視線は感じるし息づかいも衣擦れの音も聞こえる。円で確認するまでもない。隠れる気はない様だ。

 案の定ぞろぞろと人が集まってきた。一人のお婆さんを先頭に変なマスクを被った人たちが前の道を塞ぐ。……劣化流星街の住人って感じだ。

 

「ドキドキ……」

「はい?」

「ドキドキ二択クイ~~~~~~ズ!!」

 

 うわっ! まずは私の心臓を攻撃する気か!? なかなか出来るお婆さんだ。

 

「お前はあの一本杉を目指しているんだろ? あそこへはこの街を抜けないと絶対に辿り着けないよ。他からの山道は迷路みたいになっている上に凶暴な魔獣のナワバリだからね」

 

 ……凶暴な魔獣か。負ける気はしないな。迷路と言っても木の上を跳んで行ったら大丈夫なんじゃ……?

 

「これから一問だけクイズを出題する。考える時間は五秒間だけ。正解したらここを通してやる。もし間違えたら失格だ。今年のハンター試験は諦めな」

 

 まあ問題を無視してももしかしたら失格かもしれないし、ここはクイズに答えよう。

 

「①か②で答えること。それ以外のあいまいな返事は全て間違いとみなす」

 

 選択問題か。これならどんなに難しくても半分の確率で合格出来るな。……逆に駄目だろ? これもハンター志望者をふるい落とす為の試験なんだろうけど、問題が分からなくても合格出来るようにしていいのか? 運も実力の内という奴だろうか。

 

「父親と母親が崖から落ちそうだ。一人しか助けられない。①父親 ②母親 どちらを助ける?」

「②。母親です」

 

 ……速攻で答えてしまった……でも仕方ない。その質問でそう答えないなんて私の選択肢にはない。問題を聞いてこの試験の意味が理解出来た。でも……それでも本当にどちらかしか助けられないなら、母さんを選ぶだろう。

 

「なぜそう思う」

「別に父が憎いわけではありません。私を捨てた理由はよく分かっていますし、納得していますから。しかし死んでも私を護ってくれた母さんと比べる事は出来ません」

 

 そうだ。そんな状況が在ったら私は確実に母さんを助けるに決まっている。

 ……もっとも実父ではなく養父(リュウゼン)だったら話は別だけど。その時は何が何でも両方助けるね。

 

「例えこれが不正解と分かっていても、この問題では必ず母さんを助けると答えるでしょう」

 

「……何故不正解だと思うんだい?」

「人によって答えの変わる二択。正解なんて選びようもない。ゆえに真の答えは沈黙。問題に答えない事こそ正解となるのでしょう?」

「……問題の意味に気付いていたのかい……それが分かっていて、何故答えたんだ?」

「先ほど答えたでしょう。それが理由です。例えハンター試験に落ちることが分かっていても、あの問題で私には沈黙を選ぶ事が出来なかった。それだけのことです」

 

 もう話す事はない。不合格となるのは残念だけど、転生者や漂流者の確認をするのはハンター試験以外でも出来る。背を向け、元来た道を戻ろうとする。

 

「……待ちな」

「何か?」

「こっちが本当の道だよ。一本道だ。2時間も歩けば頂上に着く」

「……私は不合格では?」

「答えは分かっていたんだ。少々あんたには問題の方に問題があったみたいだしね。補欠合格ってやつさ」

 

 補欠か……。いや、合格出来るだけマシか。

 

「いいのですか?」

「あたしがいいって言ったらいいんだよ」

「……分かりました。お言葉に甘える事にします」

 

 合格出来るならそれに越した事はないし。このお婆さん意外にいい人だ。長生きしてくれるといいな。

 

 山道を歩いていると一軒家が見えてきた。お婆さんが言うにはここにナビゲーターの夫婦がいるらしいけど……。確実に気配が3つある。気配の主はそれぞれ動いていないな。……1人が離れた位置にいて、1人が別のもう1人の側で立っている状態でジッとしている。シュールだ。

 

 明らかに私を待ち構えているだろうこれ。どう考えてもこれも試験の一つとしか思えない。……あまり待たせると悪いので中に入ろう。ノックしてもしもお~し!

 

「入りますよ~」

「キルキルキルキ~ル」

 

 なんか狐っぽい魔獣が女の人を掴んだまま飛び掛ってきた。出待ちしてくれてたみたいでありがとうございます。取り敢えず撃退しよう。突進してくる相手に風間流は相性いいぞ。己が力をそのまま喰らうがいいわ! ……一応加減はしておこう。女の人も助けておくか。

 

「ふっ」

「がっ!?」

 

 魔獣をぶっ飛ばして宙に飛んだ女の人を抱きとめる。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ。お、夫も、夫も助けてください……」

「はあ……助ける必要あるんですか?」

「え……?」

「いや、あなた方は私がここに来るのを待ち構えていたじゃないですか。皆さんグルなんでしょう?」

 

「……よく分かりましたね」

「まあ、気配を察知するのは得意なんで」

「なるほど。こちらが襲いかかった時といい、攻撃に巻き込まれた者への対応といい、合格だ。君を試験会場まで案内しよう」

 

 壁まで飛ばされた魔獣がそう言ってくれる。

 

「よろしくお願いしますね」

 

 その後は羽を生やした魔獣(凶理狐というらしい)の足に掴まって試験会場のある町まで空中遊泳を楽しんだ。いいなこれ。私も自分で飛んでみたいな。

 

 

 

 

「この建物が試験会場の入り口だ」

 

 人間に化けた凶理狐さんに案内されたのは、大きくて立派な建物……の横にある小さな定食屋だった。うんうん、これだこれだ。ちょっとだけ思い出してきたぞ。ここで合言葉を言えば試験会場まで案内してくれるんだよな。

 

「じゃあ早速中に入ろうか」

「あ、ちょっと待ってください」

「どうしたんだ? 今さら怖気ついたわけじゃないだろう?」

「えっと、一つ聞きたいんですけど。試験は1月7日から開始なのに早くに会場に着いた人たちはどうしてるのですか?」

「そりゃ、開始までずっと待ってるだろうな。もちろんその間の寝食はハンター協会が持ってくれるだろうが」

 

 うーむ。それなら試験開始日まで時間を潰していてもいいかな。それに長丁場になるだろう試験だ。水や携帯食料なんかも用意しておいた方がいいしね。何せ私は母さんの言いつけで汚い物は食べてはいけないとなっている。長い試験中に綺麗な食事が何時もあるとは言い切れないからな。

 

「試験日までこの町で時間を潰します」

「……まあ、それは構わない。しかし早く会場入りして他の受験者の情報を集めたり、試験の傾向を練ったりするのもハンター試験には必要だと思うが……」

「大丈夫です。問題ありません」

「君がそれでいいなら構わないが。そうそう、合言葉を言っておこう。いいか、この“めしどころ ごはん”に入ってから注文を聞かれたら、ステーキ定食を注文する」

 

 ふんふん、忘れないようメモしておこう。

 

「その後に焼き方を聞かれるので、人差し指を立ててから“弱火でじっくり”と頼む。これで試験会場まで案内してくれる」

「分かりました。それでは、案内ありがとうございました」

「ああ、試験の締め切りに遅れないよう気をつけな。試験がんばりなよ」

 

 行ったか。さて、試験開始まで何してっよかな。時間はたっぷりあるし。よし。まずは腹ごしらえでもしよう。

 

「すいませ~ん。ステーキ定食ひとつ」

「……焼き方は?」

「ミディアムレアで。あ、後ご飯大盛りでお願いしますね」

 

 ふふふ、ちょっと冷やかしてやった。悪い客かもしれない。ゴメンね店員さん。

 お、美味い! やっぱりお肉はミディアムレアに限るね! ご飯があればなお良し!

 

「すいませ~ん。ご飯お代わりお願いしま~す」

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。試験になったら美味しい物を食べる機会もないだろうからここで一杯食いだめしておこう。

 

「すいませ~ん。このホルモンと野菜の炒め物と豚肉の生姜焼きを二つお願いします。あと、ご飯お代わりで」

 

 うん。肉が美味いと飯も進む進む。

 ……なんか妙な眼で見られてるけど、なんか変な所でもあるのかな? まあいいや。今はご飯に集中だ。一つたりとて残さない。食とは命を喰らうことなり。なんてね。

 

「あと焼肉定食を二つ追加で。勿論ご飯は大盛りで」

 

 なんか昔と比べると一回の食事量が増えた気がする。我慢は出来るけど、食べられる時に食べた方がいい。

 ……太るのは嫌だから町の散策をする時はランニングしながら散策しよう。



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第十一話

 街で大量の保存食と水分、一応予備の服を数点補充しておいた。背中のバックが結構な重量になったけど仕方ない。これくらいあれば多少試験期間が長くても食料と水は持つだろう。

 さて、準備も出来たしめしどころに行きますか。

 

「いらっしぇーい!! ご注文は――?」

「ステーキ定食」

「焼き方はミディアムレアかい?」

「弱火でじっくり」

「あいよー」

「お客さん奥の部屋へどうぞー」

 

 ……覚えられていた。なんか恥ずかしい。

 奥の小部屋に入ると既にステーキ定食が用意されていた……あ、ご飯が大盛りになってる。……嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい。そんなに大食いに見られてたのかな?

 

 エレベーターになっている部屋で下に着くのを待ちながらステーキを食べる。うん、美味い。弱火でじっくりも中々いける。しかし、この店ってハンター試験の為に作られたのかな。だとしたらすごいな。普通の定食屋って感じだったのに。一回の試験でどんだけの金が動いてるんだろう?

 

 そんな事を考えているとエレベーターが止まった。着いたのか? B100……地下100階か、どれぐらい深いんだろう?

 

 開いた扉の向こう側には……おお、予想以上の人数がたむろっている。これ全部受験生なのか。そんな彼らが入ってきたばかりの私を鋭く睨みつける。こっち見んな。まあすぐに興味を失ったように視線を外したけど。

 

「はい、番号札です」 

「! ……どうも」

 

 おおビーンズ! ネテロの秘書のビーンズじゃないか! 久しぶりだな! 元気そうで何よりだ。変わってないな相変わらず。……本当に変わってないな。あれから13年以上経ってるのに。成長しきってこの姿なんだろうか?

 

「あの、何か質問でも?」

「い、いえ。なんでもありません」

 

 思わず凝視してしまっていた様だ。ごめんねビーンズ、久しぶりだったからつい。でもビーンズは今の私のことは知らないんだよな……。少し寂しい。

 

 ……気を取り直そう。私の番号は……401番か。

 

 おっといけない。ハンター試験を受けた目的を果たさなくては。恐らく転生者や漂流者と言われる存在がいるとしたら、念を覚えて試験に挑む可能性が高い。なら纏をしている者を探せばいい。

 

 ……いないかな? いた。纏をしている。誰だ? 転生者か、それとも……。

 

 変態ピエロだった。

 どうして? どうして変態ピエロがここにいる!? もしかしてあいつ……そうだ思い出した! あの変態ピエロ、確か物語に関わっていた! それも結構重要な位置にいなかったか!?

 

 やばいよ。あれがここにいるなんて予想外だよ……。強さはともかくなんか気持ち悪いんだよアイツ。っ! ひぃぃぃぃ! 眼が合ったよう! こっちに来る!? 助けてネテロ! 今こそ百式観音の使いどころだ! 親友の貞操の危機だぞ!!

 

「やあ久しぶりだね♣」

「人違いではないでしょうか。私にあなたの様な変態ピエロの知り合いはいませんが」

「くくく。つれないなあ。ところで君、やっぱり使えるんだね♦」

 

 なんでだ? 念を使える事がばれた? 私は【天使のヴェール】を解いていない。念能力者には垂れ流しのオーラしか見えていないはず……。

 

「前にもそのような事を言ってましたね。何の話ですか?」

「とぼけても無駄だよ。君のオーラはあまりにもボクのオーラに無反応過ぎる。いくら念が使えないからといっても、オーラの動きは多少なりとも見て取れるはずだからね♠」

「……」

 

 そんな僅かなことで見抜くか……。ちょっと想像以上の使い手だな。

 

「つまり君はオーラの制御が出来ている、ということになる。あと、“前にも”って言ったね。やっぱり覚えてるんじゃないか♥」

 

 余計な事を口走ってしまったな。まあバレバレだったから別にいいけど。

 

「いいねぇ。君すごくいいよ。今すぐ食べちゃいたいくらいだ♠」

 

 うわぁぁぁ……。もうやだこの変態。こんな変態に食われるくらいなら帰ったほうがマシだよ……いや、いっそヤるか? その方が後顧の憂いが残らない分いいかも……。

 いやいや。なに危険な思想をしている私。

 

「私なんておいしくないですよ。ほら周りを見てください。私なんかよりも歯ごたえがありそうな人たちが一杯います」

 

 ……なんか周りから余計な事を言うな! といった感じの無言の圧力を感じる……ごめんなさい、変態の視線に耐え切れずつい……。

 

「周りにいるのでおいしそうなのは一人だけでね。他は今のところどうでもいいかな♥」

 

 誰だその可哀想な人は。っていうか私以外にいるならそっちに行って下さい。

 

「とにかく。私は試験に集中したいので失礼させてもらいます」

「残念。嫌われちゃったかな♦」

 

 さっさと変態ピエロから離れる。出来るだけ一緒にいたくないタイプの存在だ。長い私の人生でもああいう変態はそうそう見ないぞ?

 

 いけない。あいつの所為で目的を忘れるところだった。他に纏を使える人はいないかな。お、いた……顔面針男だ。……あれが転生者だとは思いたくない。ましてや漂流者だとは認めたくもない。あれが同郷の出身だったら軽く絶望するよ。

 

 

 

 その後も何人かエレベーターから人が降りてきたけど念能力者じゃないな。あ、またエレベーターが開いた。今度は3人組だ。

 

 ……つんつん髪の少年と渋めの青年と美形の青年だ。もしかして……多分あれがそうかな。いわゆる物語の主人公たちかもしれない。物語だとか主人公だとかの言い方は嫌だけど、他にいい表現がないし。

 ……う~ん、主人公(名前忘れた)たちの中にも纏が使える人はいない。やっぱり私以外にはあの世界から来た人はいないということかな?

 

 無駄足だったかな?

 まあいいや。取れるならハンターライセンスは取っておこう。あれは便利だ。公共施設の95%はタダだし。素敵すぎる。

 そう考えているといきなり銅鑼か何かの音が大きく響き渡った。ハンター試験の開始の合図だろうか?

 

「受付時間は終了だ。これからハンター試験を開始するぜ」

 

 なんか無精髭生やした四角い鼻のおじさんが試験の開始を宣言した。……あれはおじ様とは言いたくないなぁ。船長さんの渋さには敵わないね。

 

「オレは1次試験担当官のトンパだ。よろしくな」

 

 ……なんか、こんな人だったっけ。1次試験の試験官って? なんか違う気がするんだけどなぁ。でもこの人の名前も何となく覚えがあるから、多分私の勘違いだろう。それにあの知識どおりに進むなんて限らないしね。

 

「今から始まる1次試験は至って簡単。2次試験会場まで俺について来ることだ」

 

 ああ、そんなのだったな。やっぱりこの人が試験官であってたか。記憶なんて曖昧なもんだからね。あれだけ昔の事なんて覚えてなくても仕方ないか。

 

「結構な距離を走るから頑張るんだな。そうそう、途中に水分補給の為のコーナーをいくつか用意してある。そこのドリンクは自由に飲んでいいぜ」

 

 ふぅむ……親切というよりは罠と見るべきか? ハンター試験でそんなスポーツの様な配慮があるとは思えないし。

 

「さて、それじゃあ早速始めるか。ついて来な」

 

 その言葉と共に走り出すトンパさん。後を追いかける受験生たち。トンネル内に凄い音が響き渡る。……私も行こうっと。

 

 

 

 

 

 

 おお、中々集まっているな。受験生は412名か……こいつらの何人が合格するのやら。

 

 オレはトンパ。かつては“新人つぶしのトンパ”と言われていたハンター試験のベテラン……だった。

 

 ハンター試験で俺が求めているのはほどよい刺激。合格する気なんかハナからなかった。ベテランの動向をチェックし常に危険を察知しながら自分の安全を守り、すぐ側で死の瞬間を見物する。

 新人の夢や希望が失われる時の絶望の表情を見るのは最高のショーだったね。次第に自分から進んで新人の夢を刈り取るようになった。

 

 そんなオレが本当にハンターになるなんて夢にも思わなかったぜ……。

 

 ……あれは7年前の試験の時だったか。当時の試験でも例年通りオレは新人に様々な罠や嫌がらせを行なってきた。あいつもその対象、新人の一人だった。

 

 何時ものように俺はその新人を罠に嵌めようとした。しかし、そいつはオレがどんな罠を仕掛けてもことごとく回避しやがった。いや、それはいい。オレの罠を回避する奴は今までもいた。別にそいつだけが特別ってわけじゃない。

 

 問題はそいつが合格した後だった……。

 オレは試験の危険が増してきた時に試験を降りたから、そいつが合格したのは後から直接そいつから聞いた……。

 

 そう、直接聞いたんだ。あいつは合格した後にわざわざオレを探していやがったんだ。探した理由は、オレの性根を叩き直すのが理由だった……。それを聞いたオレは即座に逃げ出したね。あっさり捕まったけどな……。

 そしてオレは精神修行の名目であいつの入門している道場。風間流合気道場へと強制入門させられた……。

 

 3年間に及ぶ厳しい鍛錬だった……。脱走も何度も企てたが、修行中はあいつがほぼ四六時中付きまとってオレを監視して無理だった……なんでも一度やると決めた以上は最後まで責任は持つらしい。夜寝静まっている時は様々なセンサーを張り巡らしてやがって猫の子1匹出入りするのも無理だった……そこまでするか?

 

 3年も陸の孤島で缶詰になって訓練したおかげで体は大分すっきりしちまったよ。あいつが言うにはまだ搾れるらしいが、勘弁してくれ……。

 

 とりあえず合格をもらってハンター試験を受けた。あいつからは新人つぶしとかしたらオレのピーーをつぶすと脅しを喰らった……。あの眼はマジだった。恐ろしくて新人つぶしなんて考える暇もなかったね。

 

 結果は合格。まさかのハンターライセンス入手だった……。その後はまたあいつに捕まった。まあその時の試験官だったし、待ち構えていたんだろう。合格したその日にまたも道場へ直行。

 そのまま今度は念(その時初めて知った)の修行をやらされた。

 

 こんなものがあるとは思わなかったぜ。3年の修行で念の基本を修めたオレはハンター資格の裏試験なる物に合格した。これで正式にハンターになったってわけだ。

 

 しかし、ハンターになってもやりたい事なんて今さら思いつかなかったオレは、何をしようかと考えていた……。

 その時だ! まさに天の啓示の如く素晴らしいアイディアが俺の脳に浮かんできた。

 

 

 

 ハンター試験の試験官になれば新人の絶望に染まった顔を見る事が出来るじゃないか!

 天恵を得た気分だったねあの時は。どうして今まで思いつかなかったのか不思議なくらいだ。 

  

 すぐさま試験官を申し込んだ。無償らしいが全く問題ない。むしろこっちが払いたいくらいだ。

 

 こうして、オレの初の試験官が始まるわけだ。試験のために発、能力まで作った。これで試験内でのオレの安全は確実だし、受験生の絶望の表情もじっくり観察出来る。一次試験が終わっても最終試験まで付いていけばもっと楽しめるしな。

 

 ……あいつにはばれないようにしないとな。ばれたら想像するだに恐ろしい罰を与えられるに決まっている……。さあ、1次試験を始めるとするか。

 

 

 

 

 

 

 皆が走り出したので私も走りだそうとする。

 そこでふと思いついた。最後尾を走れば変態ピエロに絡まれなくてすむのでは? と。もし変態ピエロが最後尾まで来たら全力で前に行けばいい。

 ついでに絶もしておこう。【天使のヴェール】をしたままだと纏の状態でもオーラを消耗する。絶ならオーラも消耗しにくい上に変態ヒソカにも見つかりにくくなるだろう。

 

 それに何だかオーラの消費がいつもより少しだけ早い気がする。ハンター試験に対して緊張しているのかな? 精神状況でオーラの消費速度は変わってくるからな。そんなに柔な精神じゃないと思っていたけど……まあいいや、オーラの消耗を抑える為にもやっぱり絶でいよう。

 

 

 

 感覚的には50~60㎞は走ったかなぁ。前世の私ならここら辺でばてばてだったかな? 確か若かりし頃の持久走自己ベスト距離が100㎞ほどだったはず。

 もっともこんなスピードではなくもっとゆっくり走ってだけど。今のスピードならもっと早くにギブアップしてるよ。やっぱり前世の私にはハンター試験合格は無理だったかもね。

 

 しかしこの体のスペックの高さときたら……。こんだけ走ってもぜんぜん疲れません。でも他の受験生たちもまだ誰も脱落していない。やっぱりこれくらいの身体能力がこの世界の標準なのかな?

 

 そんな事を考えながら走っていると、少し前を走っていた渋めの青年が隣を走っていた。……かなり疲れてるな。呼吸が荒いし、汗もかなり出ている。あ、コーナーにあるドリンクを取った。水分補給は確かに大切だけど……。

 

「あの~」

「うお!? はっ、はっ、なん、だよ、はっ、はっ、ねーちゃん!?」

 

 あ~。絶をしていたのでびっくりさせてしまったか。すいません。

 

「そのドリンクなんですけど、多分毒かなにかが混入されている可能性がありますから飲まない方がいいと思いますよ」

「はあ!? はっはっ、ま、マジ、かよ!?」

「多分ですけど。ハンター試験でドリンクなんてそんなサービスのいいことあるのかなって思いまして」

「レオリオ~。今試しに味見してみたけど、なんか味が変だよ。そのおねーさんの言う通りに飲まない方がいいと思う」

 

 お、つんつん髪の少年よ。ナイスフォローだ。でも味見するなよ。猛毒だったらどうするんだ。

 

「はっはっ、くそっ! あのクソ試験官め!!」

 

 なんか可哀想だな。結構な距離を走って汗も大量にかいたところに水分が置いてあったんだ。飲みたいと思うのは当然の欲求だ。罠と分かり易い仕掛けな分、飲みたくても飲めないという状況に追いやられる。精神を削る嫌な罠だな。

 

「よければこのジュース飲みますか? 私が試験前に購入したやつですが」

「はっはっ、い、いいのか!?」

 

 このままでは体力よりも精神が折れてしまうかもしれない。買っておいた水分はかなりあるからペットボトル1本くらい問題ないしね。

 

「はい。構いません。あ、でもこれ私の飲みかけでした。すいません。開封してないのを渡しますね」

「! い、いや! それで、いい!」

「え、いやでも開いてるやつだと……」

「いいから、その飲みかけのをくれ!」

 

 あ、私の手から飲みかけのペットボトルを取って勢い良く飲んだ。そんなに喉が渇いていたのか。しかも開いてるペットボトルを飲むなんて……。もし私が毒を入れていたらどうするんだ? 初めて会った私をそんなに簡単に信用するなんて……。

 

 単純だけどいい人なんだな。

 

「ぷはぁっ、あ、ありがとよねーちゃん! この礼は、必ずするぜ!」

「いいですよ。別に大したことをしたわけではありませんから」

「よ~し。気合入ったぜ! 絶対ハンターになったるんじゃーーーーーー!!」

 

 おお、すごい勢いで走っていった。そんなスピードで走るとまたばてちゃうよ?

 

「おねーさん。レオリオを助けてくれてありがとう」

 

 お、つんつん髪の少年が話しかけてきた。レオリオさんと言うのかあの渋めの青年は。

 

「構いませんよ。先ほどの方にもいいましたが大したことではありません」

「あんたお人好しだな。ハンター試験で赤の他人を助けるなんてな」

 

 銀髪の美少年が話しかけてきた……きっと以前の私ならイケメン氏ねなどと思っていたことだろう。ふ、私も成長したものだ。

 

「お人好しですか……余裕があるだけですよ。本当のお人好しは自身が窮地に陥った時にも他人を助けにいく事が出来る人です」

「はあ? 自分がピンチなのに他人を助けるなんてお人好しじゃなくて馬鹿のすることじゃねえの?」

「……そうかもしれませんね」

「とにかく、おねーさんがレオリオを助けてくれたことに変わりはないよ。だから、お礼は言っておかなきゃ」

「そうですか。では素直に受け取っておきますね」

 

 う~ん。いい子だ。確か物語では主役の……名前なんだったっけ?

 

「おねーさんはさ――」

「――アイシャです」

「……へ?」

「私の名前です。何時までもおねーさんでは言いにくいでしょう」

「そっか。オレはゴン! よろしくねアイシャさん!」

「オレはキルア。ま、短い間だろうけどよろしく」

「よろしくお願いします。ゴン君、キルア君」

「ゴンでいいよ。おねーさんが年上なんだし」

「別にオレも呼び捨てでいいよ」

「なら私もアイシャでいいですよ。歳もそんなに変わらないはずですし」

『え?』

「……なぜ2人とも驚くのですか」

 

 まあ、大体理由はわかるけど……。

 

「いや、あんた何歳なんだ? オレはもうじき12歳だけど……どう見ても同い年には見えないね」

「オレももうじき12。アイシャは?」

 

 ゴン君……ゴンは慣れるのが早いな。許可は出したけどすでに呼び捨てとは。なんか自然な感じで嫌ではないけど。

 

「同い年ではないですね。私は13歳です。今年で14歳になります。二人より1年ちょっと年上ですね」

「13!? 1つだけしか違わないのかよ! 5つは上かと思ってたぜ……」

「……早熟だったんですよ。11歳くらいには今の見た目でしたし……」

「そうなんだ」

「まあ11歳過ぎた辺りで成長がかなり緩やかになりまして、身長は殆ど伸びていませんね。せいぜい胸が大きくなってるくらいです」

 

 多分母さんの母乳を飲まなくなったからかな。身長が伸びなくなったのは。あれには成長促進の効果もあったに違いない。胸だけはいまだに成長している……正直いらないんだけど。

 

「胸って……」

 

 はて? キルアの視線が胸に集中している気がする。

 

「ふぅん。いいなあ。オレももっと背が欲しいよ」

「元々女性の方が成長期が早いんですから。ゴンやキルアは今からが成長期でしょう。これからどんどん背が高くなりますよ。3、4年もしたら私の身長などすぐ追い抜きますよ」

「そっか。それならいいや」

 

 う~ん。ゴンは素直ないい子だ。

 

「へっ、あっという間に追い抜いてやるよ」

 

 ……キルアはちょっぴり生意気な子だ。少しはゴンを見習え。まあでも子どもだからこれくらい生意気でも可愛いものかもしれないな。

 そういやゴンは最初に何を言おうとしてたんだろう。その後の会話で言いたい事を忘れたのか?

 

「おい、あんまとろとろ走ってるとおいてくぜ」

「構いませんよ。私は私のペースで走りますから。2人は気にせず先に行ってください」

 

 あまり前に行くと変態ピエロとエンカウントしてしまうからね。

 

「んじゃ。先に行こうぜゴン」

「う、うん。またねアイシャ。頑張ってね」

「はい。2人も頑張って下さい」

 

 2人とも行ったか。ゴンとキルア……確かに記憶の底にあったな、この名前は。この二人が中核となって物語は進んでいたはずだ。

 しかしこの世界ではどうかわからない。生きた人間がいるこの世界は紙の中の世界とは違う。

 この世界で生きている全ての人間に、その人だけの物語があるのだ。変化なんていくらでも起こりうる。例え私という異物がなかったとしても、物語通りに進むとは限らないのだから。

 

 

 

 ゴン達と離れてスローペースで走っていると、少し前にパソコン持った人がフラフラと走っているのが見えてきた。

 

「ゼッ ヒューッ ゼーッ ヒューッ ゼヒューッ」

 

 うわっ? 大丈夫かこの人? ……いや駄目だな。レオリオさんの時よりも遥かにひどい……。これはもう無理じゃないかな?

 あ、コーナーにあるドリンクを取った。一応止めておこう。

 

「あの~」

「ンゴッンゴッげほっげほっヒュー、ヒュー、ングッングッ!」

 

 あ……止める間もなく一気に飲んでしまった……。大丈夫なんだろうか?

 

「しん、じない、ヒューッ、オレが、ゼーッ、負け犬に、ゼヒューッ、なるなんてっ」

 

 ……大丈夫なのかな。もしかしたら普通のドリンクも置いてあったのかもしれない。

 

「い、いや……たくない…………うっ!?」

 

 あ、お腹を押さえてうずくまった……。やっぱりなんか入っていたか……。さすがに命に関わる毒ではないと思うけど……そこまではしないだろう?

 

「あの、大丈夫で……」

 

 ピーゴロゴロゴロギュルリリリリリ!

 

「水をここに置いておきますので自由に使ってくださいそれではさようなら」

 

 全力前進だ!! 後ろでなにか聞こえるのは気のせいだ! 前だけを見て走れ!!

 ……私にも、助けられる人と助けられない人がいる……。ああ、なんて無力なんだ……。

 

 

 

 お、階段だ。あ~、もしかしたらエレベーターで降りてきた分昇らなきゃいけないのかな。何人かここでリタイアしてるな。さすがに階段はキツイよね。私は今のところは大丈夫だな。でもペースは上げない。変態ダメ絶対。

 

 なんか前の方から話し声が聞こえてきた。マラソン中に会話なんて余裕あるな。あ、私たちもしていたか。うすらうすらとクルタ族がどうのこうのと聞こえてくる。クルタ族ってあのクルタ族か?

 

 ……大分脱落している人が増えてきたな。すでに100人近くは脱落したか。今のところ変態とのエンカウントはない。良し、このアイディアは大成功だ。……ん? 明かりが見えた。出口か?

 これで薄暗いトンネルからもおさらば出来るな、ってちょっと待って! なんでシャッターが閉まってくの!? 時間制限あるなんて聞いてないよ!? ダッシュだ間にあえー!

 

 ふう。滑り込みセーフだ。あ~びっくりした。冷や汗出たよ。間に合わなかったらシャッター破壊するところだった。

 

 

 

「さて、ここからが本番だ。ここはヌメーレ湿原、通称“詐欺師の塒”と呼ばれる場所だ。二次試験会場へはここを通ってしか行く事は出来ない」

 

 トンパさんが説明をしてくれている。ヌメーレ湿原か。……どうしてそんな湿原とあの定食屋の地下が繋がっているんだ? 今回の試験の為だけに作ったわけじゃないよね?

 

「ここにいる動植物たちは特殊な進化をしていてな。その多くが人間を欺いて食料にしようとする狡猾で貪欲な生き物たちだ」

 

 なんでこんな人が住んでなさそうな場所の生物がそんな進化してるんだろう? 明らかに進化の方法を間違っていると言わざるをえない。

 

「十分注意してついて来ないとだまされて死んじまうぜ」

 

 あなたももしかしてここの出身なのでは? ……ありうるかも。

 

「ふぅん。だったらボクらも騙されてないか確認しないとね♦」

 

 なっ! 変態がトンパさんに向かってトランプを投げた!? 何してんだこの変態は! しかもあのトランプしっかりと周してるし! 

 ……へ? 投げたトランプがトンパさんの体から全部逸れた。……何をしたんだトンパさん? 変態がわざと外したとは思えないし、何かの発か?

 

「……何をしたのかな?」

「そいつは秘密だな。あと言っておくが、いくらオレが本物の試験官か確認するためとはいえ、試験官に攻撃するのは許されない。次に俺に攻撃をしたら失格にするぜ」

「くっくっく。仕方ない。先ほどのが何なのか気になるけど、キミ自体はあまり好みじゃないしね♥」

 

「さあ、二次試験会場へ行くとするか。しっかりとついて来な」

 

 

 

 うわ、ぬかるみがうっとおしいな。霧も濃くなってきた。前もほとんど見えないくらいだ。これはあまり後方だと前とはぐれるかもしれないな。気配を辿ればいいけど、一応円を使うか。これなら多少後方でも大丈夫だろう。

 

 ……うわぁ、すでに何人も別の方向に走っているよ。なにか人間とは違う生き物があちこちにいるな。周りから悲鳴が聞こえてきた。まさに詐欺師の塒、こんなに多種多様な生き物が人を騙すための進化を遂げてるって意味分からん。

 

 っ! ……殺気。それもかなり強い。これは獣ではない、人特有の殺気だ。

 

 誰だ。こんな場所で殺気を放つなんて?

 

「ってえーーーーーー!!!」

 

 !? ……この声は、レオリオさんの声! 殺気の強い場所から聞こえた!! この殺気の持ち主から何かされたのか? くっ、少しだけど会話をした人が危ないとなると助けに行きたくなってしまうな。そう遠くないようだし、様子を見に行こう!

 

 遠くから悲鳴と一緒に変態ピエロの笑い声が聞こえてきた……。ってこの殺気は変態ピエロのか!! 道理で粘っこいやな感じの殺気だと思ったよ! レオリオさんは変態ピエロに狙われてるのか……。

 ん? 変態がレオリオさんを狙ってるってことは……まさかの両刀か!? お、恐ろしい……どちらもいけるなんて、まさに真正の変態だ……。

 

 うわぁ……あれがいると分かった瞬間に助けに行きたくなくなっちゃったよ。でもあんないい人を見捨てるのも嫌だ……。

 

 相手が確認できる離れた場所で様子を見よう。絶をして気配を消していれば真・変態にもばれない、はず。もしレオリオさんが殺られそうになったら助けにいこう。そうでないなら静観だ。何でもかんでも私が助けたらハンター試験にならないし。……いやでもこれは試験とは関係ないから大丈夫か? ヒソカは試験官じゃないしな。

 

 お、いたいた。茂みに隠れて様子を見る。いるのは変態とそれに対峙しているレオリオさん、美形の青年、濃いおっさんの3人か。良かった、レオリオさんは無事だったか。

 

 お、3人がばらばらの方向に逃げた。いい判断だ。変態も追いかけずに待っている。余裕の表れだな。

 ちょっ! なんで戻ってくるのレオリオさん!? うわ、突っかかっていったよ! そんな攻撃があの変態に当たるわけない! 無理無茶無謀の三拍子そろってますよレオリオさぁん!

 

 仕方ない、援護射撃をするか。石を投げて変態の気を逸らそう。その間に逃げてくれ!

 あ、変態の顔に何かが当たった。私の石じゃない。……私の石は何かが当たって仰け反った変態の顔の側を通り過ぎてレオリオさんの横顔に当たった。……あ、レオリオさんが気絶した。

 レ、レオリオさーーーーーーん!?

 

 ど、どうしてこんなことに!? 私はただレオリオさんを助けようとしただけなのに……今のは、ゴンの釣竿か! レオリオさんを助けに来たのか。く、本当にいい子だけど、タイミングが悪すぎた……。

 

 はっ!? こ、こっちに視線を感じる。……明らかにこの茂みを見ている……この粘っこい視線、変態のだ。

 

「そこにいるのは誰だい? なかなか上手に隠れていたね♠」

 

 まだ私だとは特定出来てはいないようだけど時間の問題だな……。

 

「さっきの石。本当はボクを狙ったものだね。そこの釣竿のボウヤといい、先ほどの彼といい、意外と期待できるのがいるね♦」

 

 私には何も期待しないで下さい。あとこっち来んな。

 あ、ゴンが変態に釣竿で殴りかかった。いけ! そこだ! ぶっ飛ばせ! 私が許可する! まあ無理だろうけど。……やっぱり避けられた。このままじゃゴンも殺られる? 殺気は感じられないから大丈夫かもしれない。けどもしもの時は私が止めるしかない。

 

「仲間を助けにきたのかい? いいコだね~~~~~♣」

 

 うわ。またも粘つくかのような嫌なオーラを放っているよ……。これはゴンもロックオンされたかな? 可哀想に。

 

「うん! 君も合格♥ いいハンターになりなよ♣」

 

 やっぱりか。どうもあの変態は強者か強者になりうる可能性を持つ者に執着するみたいだ。ゴンとレオリオさんは変態のお眼鏡に適ったと言うことかな? あ、こっちに来る。くそっ、こうなったら仕方ない。私も出るか。

 

 ――ピピピ――

 

 ん? この音はケータイかな。あ、変態のケータイみたいだ。

 

 “ヒソカそろそろ戻ってこいよ。どうやらもうすぐ二次会場につくみたいだぜ”

 

「OKすぐ行く♦」

 

 変態の名前はヒソカ、か。思い出したくない名前だったよほんとに……。

 

「お互い持つべきものは仲間だね♥」

 

 変……ヒソカの仲間、やっぱり変態なのかな?

 

「あとは……」

 

 おっと! こっちにトランプ投げてきたか!

 

「っ!」

「なんだ。誰かと思ったらキミだったのかいアイシャ♠」

「……なんで私の名前を知っているんですか? あなたの様な変態に教えた覚えはありませんが?」

「変態とは随分だね。キミの名前は天空闘技場にいた時に知ったよ。普通に選手紹介されてるだろ♦」

「……そうでしたね。それで、まさかここで私と戦う気ですか?」

「そうしたいところだけど、今は我慢するよ。2次試験が始まるまでに終わるとは限らないし、さすがに三度も試験を受けるのはボクも面倒だからね。キミと殺り合うのはまたの機会にするよ♥」

 

 そんな機会は永遠に訪れないでほしいものです。

 

「自力で戻ってこれるかい?」

「大丈夫ですからさっさと行ってください」

「くっくっく、つれないな♣」

 

 笑いながらヒソカは霧の向こうに去っていった。はぁ、難儀な奴に目をつけられちゃったな……。

 

「ゴン!?」

 

 あ、美形の青年が戻ってきた。この人もレオリオさんを心配してきたのか。仲間思いの人だな。

 

「クラピカ……」

「どうしてここに……ヒソカは?」

「もういないよ。二次会場に行ったんだと思う」

「そうか……レオリオ!? ヒソカにやられたのか……」

 

 いえそれは私がやりました……。

 

「あ~、すいません。それは私の所為です……」

「……キミは?」

「その、レオリオさんの怪我は、私が投げた石が当たってしまって、その、え~と……すいませんでした……」

「レオリオを助けるために投げたんでしょ。オレの釣竿がヒソカに当たらなかったら、アイシャの投げた石が当たっていたよ」

「ゴン、知り合いか?」

「うん。トンネルの中で知り合ったんだ。その時もレオリオを助けてくれたんだよ」

「そうか。礼を言わせてくれ。レオリオを助けてくれたみたいで感謝する。私の名前はクラピカだ。よろしくな」

「いいえ。今回は助けたと言うより危害を加えてしまいましたから。……あと、私はアイシャといいます。よろしくお願いしますね」

 

 美形青年の名前はクラピカか。

 

「アイシャ、さっきの大丈夫だった?」

「あのトランプですか? 当たってないから大丈夫ですよ。ゴンこそ大丈夫ですか?」

「うん。オレは平気だよ……」

 

 心拍数が上がってるな。さすがにアレを目の前にして平常ではいられなかったか。

 

「とにかく、いつまでもここにいても仕方ないな。はやく二次会場に行かなければ失格になってしまう」

「レオリオは……ダメだ。完全に気絶してるや」

「あ、レオリオさんは私が背負って行きます。私の所為で気絶してしまいましたからね」

「しかし、君の様な女性にその様な事は……」

「大丈夫ですよ。私そこそこ力ありますから……すいません、バックを持ってもらえますか?」

「……本末転倒な気がするが、分かった……」

 

 うう、重量的には問題ないけどバランスが悪くて一緒には背負えない……。

 

「こ、このバッグ、一体何を入れているんだ?」

「えっと、保存食と水分と他数点ですね」

「そ、そうか……(こんなのを背負ってあれだけ走ったのか……)」

 

 レオリオさんを背負う私。うん。これくらいなら大丈夫だ。早く追いかけないと失格になってしまう。円でヒソカの位置を確認できるかな? ……ダメだ。ヒソカは既に円の範囲外に行ったみたいだ。でもヒソカが行った方向にたくさんの動物の死骸と思わしき物が転がってるな。これを追跡すれば大丈夫かな?

 

「さあ、早く行きましょう」

「うん」「分かった」

 

 さて、間に合えばいいんだけど。

 

 




 バタフライ効果現る。
 まあ、主人公は結構世界に影響を与える事を前世?で行なっているので、バタフライ効果も出て来ます。トンパが大分前に新人つぶしをしなくなった所為で受験生の人数にも変化があります。原作ではトンパの所為で挫折して二度と試験を受けなかった新人っていたと思うんですよ。
 しかしバタフライ効果が現れても原作の基本的な流れは極端には変わりません。完全なオリジナルを作れない作者の力不足です……。

念能力説明
【箱庭の絶対者】
・特質系能力
 ハンター試験中にハンター試験会場の中でしか使用できないトンパの念能力。発動中はまさに強靭! 無敵! さいきょー! になれる(あらゆる攻撃・念能力を無効化する)。自分が担当している試験なら罠も自在に配置でき、自由に試験会場で起きた出来事を鑑賞することも出来る。

〈制約〉
・この能力が発動している時に直接他者を攻撃する事は出来ない(罠は大丈夫)
・他者を直接死に至らしめるような罠は配置出来ない。
・ハンター試験中にハンター試験会場の中でしか使用できない。
・試験会場で起きたことを鑑賞出来るのは最終試験までの間となる。また鑑賞で手に入れた情報を他者に伝えてはならない。

〈誓約〉
・鑑賞で手に入れた情報を他者に伝えると今後三年間試験官になることは出来なくなる(試験官になろうと思う気持ちが三年間なくなる)。


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第十二話

 しばらく走っていると大きな建物のある場所についた。他の受験生たちもいる。間に合ったか。

 

「良かった。間に合ったみたいだね」

「どうやらそのようだな」

「さて。ここビスカ森林公園が2次試験会場となる。俺の試験はこれで終わりだが、しばらく様子は見させてもらうぜ。俺の試験を突破した奴らがどこまでいけるか興味があるしな」

 

 トンパさんはどうやら1次試験が終わった後も試験を見守るようだ。意外と面倒見のいい人なんだろうか?

 

「う、ぐ、いてて、あれ? 俺はなんでこんな……?」

 

 あ、レオリオさんが目を覚ました! 良かった、このまま2次試験が始まったらどうしようかと思っていたよ。

 

「大丈夫ですかレオリオさん?」

「あ? あれ、あんたは……なんで俺はねーちゃんに背負われてるんだ!? い、いてて、か、顔が痛い?」

 

 あ~。取り敢えずレオリオさんを降ろしてから事情を説明しよう。

 

 

 

「なるほど。この傷はそういうことか」

「すいませんでした……」

「あ~、気にすんなよ。あんたも俺を助けようとしてくれてたんだろ?」

「それはそうですが……」

「結果的に助けてもらってるんだ。ここまで連れて来てくれてるしな。最初の借りもあるし、こっちが礼を言わなきゃいけないくらいだ。ありがとうな」

 

 ……怪我をさせた私を気遣ってくれるなんて……レオリオさんは本当にいい人だな……。くぅ。こういう人にはぜひともハンターになってもらいたいものだ。

 

「わ、私の名前はアイシャです。あの、レオリオさん! 絶対ハンター試験合格しましょう!」

「お、おう。アイシャだな。お互い頑張ろうぜ」

「はい!」

 

 いやあ、いい人に出会えたものだ。もしかしたら転生後初めての友達になってくれるかもしれない。ゴンもいい子だし。キルアは小生意気だけど。クラピカさんも仲間思いのいい人だし。ハンター試験は出会いの場かもしれない。受けてよかったハンター試験。

 

 

 

 さて、さっきから猛獣のうなり声のような音があの建物から聞こえてくる。なんだこの音は? 2次試験は本日正午に始まるみたいだけど……もうすぐだな。

 あ、扉が開いた……山の様な大男と髪型のおかしい露出狂の美女がいた……。もしかしてこの音はあの男の人のお腹の音か? ありえん。

 

 

 

 2次試験は料理試験か。一応1人暮らしは長かったから、多少は料理ぐらい作れるけど。でも複雑な料理は無理。懐石とか高級レストランで出るような料理は全然分からない。

 私に出来るのは極一般的な家庭料理が精々だ。

 

「オレのメニューは豚の丸焼き!! オレの大好物」

 

 ……複雑、ではないのかな? いやでも、豚の丸焼きって、作るだけなら簡単だけど、美味しく作るのって難しいんじゃないか?

 

「この森林公園に生息する豚なら種類は自由。それじゃ、2次試験スタート!!」

 

 まあいいや。取り敢えず豚を捕まえてから考えよう。

 

 

 

 豚や~い。どこですか~? あ、豚いた………豚、だよね? どうみても3m以上の大きさなんだけど……。

 

 まいっか、豚に違いはあるまい。突進してきた豚に対して当たる直前に回避。通り過ぎようとしている豚の側面に一撃、豚昏倒。あっさり捕獲。所詮は豚よ。悔しかったら飛べる様になって出直して来い。

 

 あとは焼くだけなんだけど……。おいしい豚の焼き方なんて知らないし、もういいか。どうせ他の受験生たちも知らないだろう。普通に焼こうっと。

 

 

 

「あ~食った食った。もーおなかいっぱい!」

 

 ……豚の丸焼き70頭完食? 良かった。私は大食いと呼ばれる領域には至ってなかった様だ……。あれが真の大食い……! 美食ハンター恐るべし!

 いや、もしかしたら念能力だったりしてね。たくさんの食事を食べたいが為に胃の容量を増やす能力とか。はは、あながち間違いじゃないかもしれない。念能力は決して戦闘のみを目的として作るものじゃないからな。

 

 

 

「2次試験後半。あたしのメニューは……スシよ!!」

 

 スシか。ジャポン発祥の料理だ。元日本人の私には馴染み深い料理だが、この世界ではジャポンは辺境の島国扱いなのでスシも世界的に見て全然広まっていない。……美味しいのに。

 

「ふふん。大分困ってるわね。ま、知らないのもムリないわ。小さな島国の民族料理だからね」

 

 アンタ遠まわしにジャポン馬鹿にしてるのか? 私の第二の故郷にして我が敬愛する師・リュウゼンの眠る地だぞ。ケンカ売ってんなら買うぞ?

 

「スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!! それじゃスタートよ!! あたしが満腹になった時点で試験は終了!! その間に何コ作ってきてもいいわよ!!」

 

 これってスシの事を知ってる人にはすごい有利じゃないか? 何を求めている試験なんだろうか。どうしよう。作ったら合格になるのか? 作っても美味しくないと不合格なのか?

 

 ……いいや。作ろう。それで合格するもよし。不合格になるもよし。後は流れに任せよう。あ、そうだ。どうせならレオリオさんたちにもスシの事を教えよう。他人に教えちゃ駄目とは言われてないしね。

 

 

 

「(レオリオさん、クラピカさん、こっち来て下さい)」

「あ? アイシャじゃねーか。どうしたんだ?」

「(静かにしてくださいね。私、スシがどんなのか知ってるんです)」

「な!? マジかもががが……!」

「(静かにしろこの馬鹿リオが! 他の受験生に気付かれたらどうする!)」

「(わ、わりい……て誰が馬鹿リオだこらぁ!)」

「(二人とも器用ですね。小声で怒鳴るなんて。とにかく、寿司について教えるので外で待っててください。私はゴンとキルアにも声掛けてきますから)」

『(わかった)』

 

 ゴンたちを連れて早く外に行こう。ここにいるとヒソカの殺気に当てられそうだ。

 

 

 

「ここなら誰もいませんね」

「スシ知ってるって本当かよあんた」

「あんたではなくてアイシャです。生意気言ってると教えませんよ」

 

 キルアは本当に生意気だな。ゴンの爪の垢を飲ませてやりたいくらいだ。

 

「いいですか。寿司とは……」

 

――少女説明中――

 

「というものです。分かりましたか?」

「なるほど。文献で読んだことがあったが、確かにアイシャの説明の通りだったな」

「よおし! これで2次試験も合格だぜ!」

 

 そう上手くいかない可能性の方が高そうだけどね。

 

「スシを美味しく作るのは素人ではまず無理だと思います。私も食べた事は何度もありますが、実際に作るのは初めてですし。知ってるからといって合格出来るとは限りませんよ?」

「それでもスシのことを知ってるのと知らないのとじゃ大違いだよ。ありがとうアイシャ、オレたちにも教えてくれて!」 

 

 おお、眩しい笑顔だ。良いってことよ。その笑顔で報われる思いだ。

 

「ま、礼は言っとくよ」

 

 このがきんちょはまっことどげんとせんといかんね。

 

 

 

 さて、材料も手に入れたし、早速作ってみようかな。ん? なんか騒がしいな。

 

「メシを一口サイズの長方形に握ってその上にワサビと魚の切り身をのせるだけのお手軽料理だろーが!! こんなもん誰が作ったって味に大差ねーーーべ!?」

 

 ……説明口調でわざわざ他の受験生に聞こえるように言ってくれて本当にありがとう忍者よ。おかげでこそこそしていた私の努力がパ~になりましたよ……。あ、みんな外に魚採りに行ったし。

 

「ざけんなてめー鮨をマトモに握れるようになるには10年の修行が必要だって言われてんだ!! キサマら素人がいくらカタチだけマネたって天と地ほど味は違うんだよボゲ!!」

 

 それが分かってるなら味で判断しないでよ……。どれだけの受験生がそのレベルに達していると思っているんだ。いるわけないだろ?

 

「さあ、次の挑戦者いらっしゃい!!」

「次はオレだぜ!」

「あ~、あんたも見た目はそれっぽく作ってるし。もー、ハゲのせいで作り方がバレちゃったじゃないの!! こうなったら味で審査するしかないわね」

 

 初めからそのつもりじゃなかった事にびっくりです。レオリオさん、がんばれ!

 

「ダメね。お酢がキツすぎ! 食えたもんじゃないわ!」

「ちょっ!」

 

 やっぱり無理か……。1流の味を知っている人を初心者が満足させられるわけがないよね……。

 

「これもダメ! 握りが遅い! タネが温まっては美味しい鮨は出来ないわ。やり直し!」

「何だよそれ! んなこと知るかよ!?」

 

 私も今知ったよキルア。だからこっち睨むな。私は悪くない。

 

「シャリの形が悪い! 地紙形かせめて船底形に握りなさい!!」

 

 私も撃沈。地紙形ってなんですか? おいしいの?

 

「切り方が……形が……タネが……」

 

 

 

「ワリ!! おなかいっぱいになっちった」

 

 第二次試験後半メンチさんのメニュー合格者なし!!

 

 

 

 いやこれ無理でしょ。素人に要求するレベルじゃないよ。

 うわっ! ヒソカの殺気が一段と膨れ上がった。今すぐにでもメンチさんを攻撃しそうな感じだ……。メンチさんも殺気に気付いているのかピリピリしてるな。まさに一触即発だ。

 

 あ、賞金首ハンター志望って人がメンチさんに殴りかかった。今のメンチさんを刺激するなんて自殺志願者か? 止めようかと思ったけどブハラさんが割って入ってくれたのでやめておいた。結構な怪我をしたみたいだけど、あれくらいで済んだなら御の字だろう。

 

「賞金首ハンター? 笑わせるわ!! たかが美食ハンターごときの一撃でのされちゃって」

 

 まあ、念能力者と非念能力者の差以前に身体能力で劣っていましたからね、あの賞金首ハンター志望の人。ブラックリストハンターになりたいなら、今回のをいい教訓だったと思って本腰入れて修行すればいいと思う。

 

「武芸なんてハンターやってたら嫌でも身につくのよ。あたしが知りたいのは未知のものに挑戦する気概なのよ!!」

 

 途中から味の審査に変わっていました。まあ忍者の人のせいかもしれないけどさ。

 

『それにしても、合格者0はちと厳しすぎやせんか?』

 

 こ、この声はまさか!!

 上空にはハンター協会のマークの入った飛行船。その飛行船から一人の老人が飛び降りてきた! 周りの人はあんな高さから飛び降りてどうして無事なのか驚愕してるけど、私は別の意味で驚いている。

 

 おお! ネテロ、ネテロじゃないか! かつての我が生涯の好敵手(とも)よ!!

 元気そうでなによりだ。オーラの流れを見るに、最後に見たときよりもさらにオーラの流れが静かに、かつ流麗になっているな……。私の伝えた最後の言葉“研鑚を怠るな”をしっかりと受け止めてくれているみたいだ……嬉しいな。

 今すぐこの喜びを言葉にしてネテロに伝えたい。伝えたいが、“私がリュウショウです”なんて言って信じるはずもないし……。

 

 

 

 私が葛藤している間に2次試験が別の試験に変わったみたいだ。

 飛行船に乗って山に行く。なんでもゆで卵を作るのが課題らしい。いきなり難度が下がったな。これもネテロのおかげか。さすがネテロ!

 

 山に到着。目の前には深い谷がある。マフタツ山……その名の通り二つに分かれている山だった。この山に生息するクモワシの卵をとってゆで卵を作れば試験合格。

 

「あーよかった」

「こーゆーのを待ってたんだよね」

「走るのやら民族料理よりよっぽど早くてわかりやすいぜ」

「そうですね。これなら合格できそうです」

 

 最初からこっちにしてれば良かったのに……あ、でもそれだとネテロには会えなかったのか。メンチさんよくやった!

 

 これで第二次試験も合格! クモワシの卵はとってもおいしかったです。

 

 

 

 第2次試験後半メンチのメニュー合格者43名

 

 

 

 

 

 2次試験が終わるとまたも飛行船に乗り込んだ。次の目的地はこの飛行船で行くらしい。

 明日の朝8時頃に到着する予定とビーンズが教えてくれた。それまでは自由時間らしい。なにしよっかな? ゴンとキルアは飛行船の中を探検するみたいだ。

 特に疲れてないから私も飛行船の中を見物しようかな。飛行船に乗るのは3回目だけど、2回目はさっきマフタツ山に行くのに乗っただけだし、1回目なんて赤ん坊の時に乗せられて流星街に落とされただけだしね。

 まともに乗るのはこれが初めてだ。色々見て廻ろう。……ヒソカからも離れられるしね。

 

「それじゃ私も暇なので飛行船探検に行こうと思います」

「お前もか……ゴンといいキルアといい、元気な奴らだ……」

「そうだな……私はゆっくり休みたいものだ。おそろしく長い1日だった……」

「俺もとにかくぐっすり寝てーぜ……て言うかお前も探検って歳じゃねーだろーに……」

「……私、13歳ですよ」

『え?』

「……どうせそんな反応が返ってくるだろうと思ってましたよ……」

 

 成長が早かったものだから、流星街を出て以来一度も年齢どおりに見られたことがない……。

 ……まあ、成長が遅いよりはマシなのかな?

 

 

 

 おお~夜景が綺麗だ。絶景かな絶景かな。こんな景色は中々観れるもんじゃないな~。飛行船には嫌な思い出しかなかったけど、これはいい思い出になった。いつか個人で飛行船を手に入れて世界中を廻るのはどうだろうか?

 ……すごくいいかもしれない。飛行船っていくらだろう? 今の貯金で足りるかな?

 

 ん? あれは……ゴンとキルアと、ネテロ? 3人でどこに行くんだろう? なにか面白そうなことが起こりそうな予感。付いていこう!

 

「ゴン、キルア、ネテロ……会長」

 

 あやうくネテロを呼び捨てにするところだった。今の私はネテロとは何の面識もないのだ……。悲しいけどね。

 

「あれ、アイシャ。どうしたの?」

「あんたか。何の用? 今忙しいんだけど」

「ふむ……(チチでけーな)」

 

 なんかネテロの視線が胸に集中している気がする……。

 

「いえ。3人で歩いていたのでなにかおもし……どうしたのかな、と思いまして」

「ほっほっほ。なに、今からゲームをしようと思ってな。なんならお嬢ちゃんも参加するかね? ワシに勝てたらハンターの資格をやるぞ」

 

 なんと! ネテロに勝ったらハンターライセンスが貰えるとな!?

 戦闘なら難しいだろうが、ゲームならルール次第では勝ちの目は多いだろう……これに勝てばもうハンター試験を受けなくていい。つまり変態から早く離れる事が出来る!

 

「やります!」

「うむ了解じゃ。では3人ともこっちじゃ」

 

 

 

 ちょっとした広さのホールに着いた。ネテロはどこからかボールを持ってきていた。あのボールを使ってゲームをするのだろうか?

 

「この船が次の目的地につくまでの間にこの球をワシから奪えば勝ちじゃ。そっちはどんな攻撃も自由! ワシの方は手を出さん」

 

 ボールを取るだけ? 良かった簡単だ。前世の技もこの体にだいぶ馴染んだけど、さすがにネテロ相手に勝てるかと言われたら少し厳しかったかもしれない。けど、ボールを取るだけなら大丈夫だ。

 そうだ。どうせだったら最初の内は技術を使わず身体能力だけで挑んでみよう。ネテロも本気は出さないみたいだし、今の私の身体能力でどこまで通用するか確認できるいいチャンスだ。

 

「ただ取るだけでいいんだね? じゃ、オレから行くよ」

「御自由に」

 

 うわ。キルア怒ってるな。当然か、こっちを舐めてるみたいな条件だもんね。

 ん? キルアのあの歩法! あれは、風間流奥義・柳葉揺らし!? ……いや違う。柳葉揺らしとはまた少し違う歩法だ。しかしどちらにしてもあれほどの動きをあの歳で身に付けてるなんて!?

 すさまじい才能と努力によるものだとしても、この歳でこれ程とは末恐ろしい……私が前世で柳葉揺らしを覚えることが出来たのは60過ぎくらいだったぞ。とんでもないな……。

 

 それでもネテロには通じていないか。あの歩法から攻撃に転じる瞬間の意が消しきれていないし。才能はあるけどさすがに経験が足りないな。これで勝ててたらあんなに苦労はしなかったよ。

 でもキルアならいつかはネテロよりも高みにいけるかもしれない。あれほどの才能を磨き続ければいつかは……。

 

 キルアがいったんゴンと交代した。さて、ゴンはどのようにしてボールを取ろうとするかな?

 

「行くぞ!!」

 

 真正面から突っ込んだ……それはいくらなんでも……あ、ジャンプした……そして天井に頭ぶつけた……。

 

「ってえ~~~っ!!」

「ジャンプ力がすげーのはわかったからちゃんと加減してとべよゴン!!」

「そうですよ。せっかく会長が油断してたのに」

 

 今ネテロのやつ完全に油断していた。もしかしたらボール取れてたかもしれないのに……。てゆーかネテロめ。完全にこっちを舐めてるな。いくらなんでもあの程度のフェイントに一瞬とはいえ引っかかるなんて。しかも右手と左足を使っていないし。

 

「次は私の番ですね。会長さん、よろしくお願いしますね」

「ほっほっほ。いつでもいいぞい」

 

 よし。私の身体能力はどこまでネテロに通じるかな?

 

「ふっ!」

 

 全力でダッシュ! とにかくボール目掛けて動く! 避けられてもただひたすらにボールを追う! フェイントも何も入れずにただ真正面から行く!

 しかし……。

 

「ふむ。お嬢ちゃんもなかなか。しかしそんな単調な動きではのう」

 

 やはりネテロには通じないか。まだまだ純粋な身体能力ではネテロには劣るな。くそっ、オーラを使ってやろうかな?

 

 

 

 最終的に3人がかりで挑むがボールは奪えない。こうなったら技術を使うしか……。

 お、ゴンの一撃がネテロのアゴにヒット! まさか靴で蹴りの間合いを伸ばすとは! ナイスです! さらにキルアの追撃が炸裂。今がチャンス!

 

「チャンス!!」

「なんの」

 

 キルアがボールを取ろうとするもボールを蹴る事でそれを防ぐネテロ。だけどこっちの攻撃は終わっていない!

 

「喰らえ!」

「ふおっ」

 

 体勢を崩したネテロにさらに蹴りを叩き込む。これでネテロはボールから離れた!

 

「今です!」

「もらったァーーー!!」

 

 よし! 取った!

 

「ふん」

 

 おい! ネテロの足にオーラが!

 一瞬の内に加速してゴンとキルアを追い抜きボールを奪うネテロ……オーラ使うなよ大人気ない。

 

「努力賞、といったとこじゃな」

 

 昔から負けず嫌いだったなコイツは。一般人相手にゲームで念を使うかこら。

 

 キルアがギブアップした。どうやらネテロが右手と左足をほとんど使ってないことに気付いたみたいだ。

 

「行こうぜゴン」

「あ、オレもうちょっとやってく」

「私もまだやります」

 

 ……私には行こうぜと言ってくれないのか……寂しくなんかないぞ!

 

 キルアが去った後はまたもボール取りゲームが再開した。もっとも、ゴンはボールではなくネテロに右手を使わせるのが目的になったみたいだけど。……そのワリには不意をついてボールを狙っていたけどね。

 

「お嬢ちゃんはボールを取りに来ないのかね?」

「私は少し休憩中です。それにゴンの目的も変わっていますし、休憩がてらゴンが目標達成出来るか見学させてもらいます。ゴン、頑張ってくださいね」

「うん!」

 

 元気でよろしい。お姉さんは少し休みます。ちょっと疲れた。……うわ、汗でびしょびしょだよ。気持ち悪いなぁ。シャワー浴びてこようかな?

 

「すいません会長さん」

「ん? どうしたんじゃ?」

「いえ、少し汗をかいたのでシャワーを浴びて着替えてきたいのですが、かまいませんか?」

「ひょっ!?」

「スキあり!」

 

 あ、一瞬ネテロに隙が出来た。その隙を逃がさずゴンがボールを奪おうとしたけど、残念。1歩届かずか。でもなんでネテロに隙が出来たのかな? 急に話しかけた所為か?

 

「危ない危ない。全く、今のは狙ったのかの?」

「はい?」

「(天然かのう? いい谷間じゃったわい)別に構わんが、早めに帰ってくるんじゃぞ」

「ありがとうございます!」

 

 いやあ良かった。どうせまた汗かくかもしれないけど、このままでいるのも嫌だしね。着替えも持ってきて正解だったな。さすがに試験中は我慢するけど、機会がある時は別だよね。

 

 

 

 ふうさっぱりした。さて、ゴンは頑張ってるかな?

 

「お待たせしました。ゴン、調子はどうですか?」

「……」

 

 ……返事がない。すごい集中力だ。私が声を掛けたのに気付いていない。ただネテロだけを追っている。この子もすごい才能の持ち主だ。今はキルアの方が抜き出ているけど、才能という点ではキルアにも劣っていない。成長すればきっとかつての私などよりもずっと高い領域に至れるだろう。二人ともそれほどの才能の持ち主だ。

 ……少し羨ましいな。

 

 

 

 私が帰ってきて3時間後。とうとうゴンがネテロに右手を使わせることが出来た。最初の目的とは変わってるけど、目標達成出来て満足したゴンはそのまま寝付いてしまった。おめでとうゴン。ゆっくり休んでね。

 

「さて、お嬢ちゃんもまだ挑戦するかの?」

「もちろんです。ここからが本番ですよ」

「ほほぅ。そりゃ楽しみじゃわい」

 

 さて、勝ちにいかせてもらいますか。

 無造作に歩いてネテロの前まで行く。思ったとおりネテロはこちらが行動に移るまでは何もしない。

 ふ、油断大敵だぞ。ゆくぞネテロ! 風間流歩法の奥義:柳葉揺らし!

 

「!?」

 

 いきなりの柳葉揺らしに驚き隙を作るネテロ。すかさず死角、背後に回り込む! すぐに反応するネテロ。だが、時すでに遅い! 研鑚は怠らなかった様だが慢心が過ぎたなネテロよ!

 振り向こうとするネテロの腕を掴み柔! 宙に半回転するネテロ! そのままがら空きのわき腹に浸透掌を叩き込む! 安心しろネテロ、三日寝込むくらいに抑えてやるわ!(目的を忘れている)

 喰らえ!!

 

 ……この時の私はどうかしていた。きっと久しぶりのネテロとの戦いに昔の血が騒いだのだろう。思わず多量の闘気をネテロに叩きつけてしまった。そのおかげで……。

 

 

 

 

 

 

「さて、お嬢ちゃんもまだ挑戦するかの?」

「もちろんです。ここからが本番ですよ」

「ほほぅ。そりゃ楽しみじゃわい」

 

 ふむ。この娘もまだ諦めぬか。今までの動きをみてもスジはいいが、まだまだ経験不足といったところじゃの。

 これからの修行次第では大化けするかものう。今期の新人はまっこと豊作じゃな。

 

 ふむ。ただ無造作にワシの前まで歩いてきた。なにか策でもあるのか? 今までは特にフェイントなども使っておらんかったな。いったいどうゆうつもりじゃ?

 

「!?」

 

 こ、これは! 肢曲!? いや違う! これは風間流の柳葉揺らし!!

 かつての我が友リュウショウが好んで使っておった歩法の奥義! それをこの娘が使うじゃと!? リュウショウでさえ使えるようになったのは齢六十を超えてからと言っておった奥義を!

 い、いかん! 背後を取られた! ボールが……ぬおっ! 柔を使いおった! いや柳葉揺らしが使えるのじゃ、風間流の技が使えて当然か。しかし、これではボールが取られてしまうのう。どうしよう。まさか本当に取られるとは思わんかったわい……てちょっと待て!

 なんでワシに攻撃しようとしてんの!? ボールは!? しかもこの攻撃、これもリュウショウの得意技の1つ浸透掌ではないか!?

 外部破壊ではなく内部破壊を目的とした技! 以前これを喰らった時は3日はメシが食えなかったわい! タマ(ボール)はタマ(ボール)でもワシのタマ(命)を獲る気か!?

 むぅ! オーラは発していないが分かる! この娘から溢れ出る闘気が!! これはまさにリュウショウの……!

 

 

 

【百式観音】!!!

 

 

 

 やっちまったわい! 思わず百式観音を使ってしまった!!

 い、いやあの闘気を受けてリュウショウとの戦いを思い出してしまって……つい……。飛行船の壁に叩きつけられたお嬢ちゃん……ピクリとも動かん……ヤッチャッタ?

 

 prrrrr……prrrrr……。

 

 ! で、電話か……。

 

「う、うむ。ワシじゃが……い、いや、今の衝撃は、うむ、ちとこちらで不手際があってな。……うむ、大丈夫じゃ。飛行に問題はないのじゃな? ……そうか。少し頼みたいのじゃが、かなりゆーっくり飛んでくれんか。……うむ、目的地に到着するのが遅れても構わん。では頼んだぞ」

 

 ふう、とりあえずはこれでよし。

 

 ……さて、どうしよう?

 

「殺す気かぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐほぁぁぁっ!?」

 

 ぐおおおお!? いきなり背中に衝撃が! なんじゃ!?

 

「い、いたいけな受験生になんて事をするんですか!? 一瞬死ぬかと思いましたよ!!」

「い、生きておったのか!?」

 

 おお、生きておったとは! そういえば体から流れ出るオーラは消えてなかったのう。ワシとしたことが動揺して見過ごしておったわい。

 いや良かった良かった……待て、なんで生きとるんじゃこの娘?

 あの一撃を受けて、いくら鍛えているとはいえ常人が無事でおるとは思えん。並みの念能力者でさえ耐えられぬ一撃のはず。

 

「オヌシ、どうやって今のを防いだのじゃ?」

「どうやってって、それはもちろんね……企業秘密です」

 

 どこの企業じゃ!

 間違いない。この娘、念能力者じゃ。この娘の体から流れでるオーラは一切の澱みもない。それは非念能力者ではあり得ない現象じゃ。

 いかに念が使えなくとも無意識の内に多少はオーラの流れも変わるもんじゃ。それがこの娘にはない。つまりはオーラを制御しているというほかあり得んわけじゃ!

 とするとこの娘は何かしらの念により今の一撃を防いだことになるのか……。

 

「お嬢ちゃん、オヌシ使えるじゃろ?」

「はて、何のことですか?」

 

 しらばっくれようという気か。

 

「いやさすがにその言い逃れは……」

「いたたたた! うう、全身がぼろぼろです……このままでは次の試験もままならないので休ませてもらいます! それでは!」

 

 ぬお! 逃げおった!

 追いかけようにもあやつを傷つけたのはワシ。あんな言い方をされては追いかけて問い詰めるわけにもいかぬ……。

 

 しかし、あれほどの風間流の体術……百式観音を防ぐほどの念能力……。

 まるでリュウショウの生まれ変わりの様な娘よな。それにあの技、浸透掌は風間流でも危険な技の一つゆえリュウショウも一番弟子たるリィーナにしか伝授していないはず……。

 リィーナが教えたのか? あとでリィーナに確認してみるとしよう。

 

 ……はて、生まれ変わり? どこかで聞いたことがあるような?

 

 ……あ、そういやワシ手を出してしもうたからゲームは反則負けになるんじゃ……。

 

 出したのは手じゃなくて念じゃし、気付いとらんようじゃったし、だまっとこ。

 

 

 

 

 思わずネテロから逃走してしまった。能力者ってばれちゃったかな?

 しかし、一瞬意識が飛んでいたよ……とっさの防御が間に合わなかったら死んでいたかもしれない……。ネテロのやつめ! 普通百式観音を使うか!?

 ……いや、まあ私も思わず浸透掌を使おうとしてしまったけどさ……。そこは、その、若気の至りというやつだな、うん。 

 

 う~ん。痛いけど、特に骨とかに異常はないか……堅による防御と身体の脱力による衝撃吸収防御が間に合わなければこんなものじゃすまなかったな。

 おのれネテロめ! いつかこの痛みを倍にして返してやるからな!




このネテロは原作よりも多少強くなってます。


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幕間話

「懸り稽古ののちに乱取りを行います。皆気を引き締めるように! はじめ!」

 

 ふむ。道場本部の千人近い門弟の内、指導員に当たる者は20数名。それも師範代以上となると僅か4名……足りませんね人手が。

 リュウショウ先生から道場主を任されて早十余年、支部も増え、門弟も多く増加しましたが、それに対する指導員が足りなさすぎる。至急、支部より人を催促した方がよさそうですが、果たして都合の良い人材がいるかどうか……。

 数があれども、質がともなわなければ――いや、これは贅沢な悩みでしょうか。

 

 私が指導のみに本腰を入れられれば多少はマシになるかもしれませんが、この人数では焼け石に水。そもそも私自身の鍛錬を疎かにするわけにもいきませんし。鍛錬のみに時間を費やせられれば良いのですが、そういうわけにもいかない。

 ふう。道場主の座を引き継いでくれる程の者がいれば良いのですが、それは最低条件として心身共に私以上の腕前でなければいけません。

 というか許しません。私よりも弱き者が私の後継、つまりリュウショウ先生の後を継ぐなど断じてあり得ません。

 ああ、1日が48時間あればもっと鍛錬を積めるというのに……時間が足りませんね。

 

「リィーナ先生! 事務より先生にお電話が入ったとの連絡が。ただ今お待ちいただいておりますので、至急とのことです!」

「……至急とは穏やかではありませんね。先方のお名前は?」

「そ、それが、ハンター協会のネテロ会長からだと……」

「――! 分かりました。すぐに向かいます。ご苦労様でした、あなたは鍛錬に戻って結構です」

「は、はい!」

 

 あのジジ……ネテロ会長から至急の要件とは。一体何用だというのでしょうか?

 

 

 

「――もしもし。お電話代わりました、リィーナでございます」

『おお! リィーナ嬢ちゃんか。忙しいところをすまんの。わしじゃ、ネテロじゃ!』

 

「忙しいと思っているなら電話など寄こさないでください」

『相変わらず辛辣じゃのう。実は聞きたい事が2つ程あっての。それで電話させてもらったんじゃよ』

 

「聞きたいこと? 一体なんですか、クソジジ……ネテロ会長」

『いや、今クソジジイって言おうとしたじゃろ!? ひどくね?』

 

「気のせいですよネテ……クソジジイ会長」

『今の言い直す必要なかったじゃろ! どうして言い直したんじゃ!?』

 

「失礼噛みました」

『ワザとじゃろうが! そんな噛み方があるか!』

 

「話が進んでいませんよ。無駄話をする為に電話をしたのなら切りますよ」

『ええい! もうええわい!』

 

 からかうのもこれ位にしておきましょう。本当に時間が無駄になります。

 

「それで、聞きたいこととは?」

『ふむ、その前に盗聴されてもやっかいじゃ、特殊回線に切り替えてもらってもよいかの?』

 

 特殊回線? 確か先生の部屋にあるネテロ会長との直通の回線でしたね。それを使用するとなると、よほど重要な内容なのですね。

 

「分かりました。少しお待ちください」

 

 一体どのような件でしょう。特殊回線を必要とする程の重要な話……もしや、《黒の書》についてでは……?

 

 《黒の書》。先生が考案された様々な念能力や念の修行法が書き記された書物。タイトルは何度も読み返されたうえ、経年劣化により擦れて読めなかったため、表紙の色にちなんで《黒の書》と呼称されている。

 先生の遺品を整理していたら出てきたものだ。中に書かれていた文字も大分薄れており、また、破損している箇所もあった為、いくつかは解読出来ないものもあった。

 《黒の書》には常人では想像も出来ないほどの念能力が数多に記されていた。念能力者にとっては垂涎のお宝でしょう。

 ゆえに――奪われてしまった。解読のために研究所に出したのですが、それ以来行方がしれなくなってしまった。ハンター協会に依頼して捜索しているのですが、いまだに吉報はありません……。

 しかし、ネテロ会長からの直通の電話。それも特殊回線による。もしや――

 はやる気持ちを抑えきれず、つい足早になってしまう。

 

 

 

「お待たせいたしました。これで大丈夫ですね」

『うむ。これが使われるのも久しぶりじゃのう。まさか盗聴されることもあるまい』

「それで、聞きたいこととは?」

『……1つ目に聞きたい事はの、浸透掌についてなのじゃが』

 

 《黒の書》の件ではないのですか……いえ、2つ目の件がそうかもしれません。気を落とすのは早いですね。

 

「浸透掌がどうかしましたか? ああ、その身で味わいたいと仰られるのですか。分かりました。先生に比べたら未熟な一撃ですが、全力で打ち込ませて頂きます」

『殺す気か!? あんなものもう二度と喰らいたくはないわ!!』

「二度も何も……あなたは一度も受けていませんよ。全力の浸透掌を。もし先生が全力で浸透掌を放っていたならば、今頃あなたは墓の中です。あれは風間流でももっとも殺傷力の高い技の1つですからね」

 

 まあネテロ会長なら体内オーラをうまく操作して防ぐことも出来るかもしれませんが。

 

『……殺傷力が高い。それゆえに、使い手は厳選されねばならぬ。そうじゃな?』

「? ええ、その通りです。先ほど言った通り、浸透掌はあまりにも殺傷力が高い技ですから、風間流でも秘中の秘となっています。先生から教わったのも私だけです。他の者はその存在すら知りません」

 

『……お主が誰か弟子に教えたとかはないのかの?』

「誰にも教えていませんよ。浸透掌を伝授するともなれば、それは私の後継者とも言うべき者のみです。残念ながら今のところそれほどの者は現れていません」

 

『ではジャポンにある風間流の源流の方はどうじゃ? そちらに使い手がいるのではないのか?』

「それもあり得ませんね。浸透掌は正確にはリュウショウ先生のオリジナルの技です。何度も言いますが、現在の使い手は私のみです……先程から回りくどいですね。一体何を言いたいのですか?」

 

 ……まさか、ネテロ会長の伝えたい事とは――いや、そんなはずはない。浸透掌を使える者は私以外はいないはず!

 

『実はの。先日、浸透掌の使い手と闘った』

「馬鹿な!! そんなことがあるはずが……!! 本当に浸透掌なのですか!? 何か別の技と勘違いされたとか……」

『ワシが見間違うわけなかろう。リュウショウから何発喰らったと思っておる』

 

 確かに……ネテロ会長の実力ならば見間違えるとは思えませんが……!

 

『それだけなら偶然同じ技を開発したとも考えられるがのう』

「それだけではない、と?」

 

『……柳葉揺らしを使いワシの死角を取り、さらにワシに柔を仕掛けおった。紛れもなく風間流の柔を、な。油断をつかれ、見事に宙を舞ったわい』

 

「あ、ありえません……柳葉揺らしまでも。しかも油断していたとはいえ、腐っても心源流拳法師範のあなたに柔を?」

『さりげに毒吐くのう……』

 

「その者は一体どこの誰ですか!? 風間流の使い手と思わしき者となぜ闘ったのですか!?」

『正確には闘った訳ではないのじゃ。ハンター試験の合間に受験生とちょっとしたゲームをしてのう……』

 

 ハンター試験中にゲームなどと、ネテロ会長らしいですね。

 

「では……その者は受験生なのですか?」

『うむ。名前はアイシャ。ピッチピチの黒髪きょぬー美少女じゃ!』

 

「死んだ方がいいのではないですかクソジジイ」

『とうとう取り繕うことすらなくなった!?』

 

「すいません。つい本音が出てしまいました。死んで謝ってください」

『何でワシが!? ゴホン! ま、まあそれは置いといてじゃ。とにかくそのアイシャという少女が――』

 

「――風間流の秘中の奥義を使用した、と……ちょっと待ってください、少女、と言いましたね?」

『……試験申込書に書かれておる本人の年齢は、13歳、だそうじゃ』

 

「じゅ、13歳? その様な若さであなたを投げるほどの合気と浸透掌を? それこそあり得ません! あってたまるものですか!! それでは、それでは先生の積み重ねてきた百数十年はその少女の十数年と同等だという事ではないですか!」

 

 そんな事、認めるわけには――

 

『落ち着かんかリィーナ! ……お主が納得出来んのもよく分かる。実際に体験したワシとて筆舌にし難い気持ちじゃ。じゃが、現実にアイシャ嬢ちゃんの技の冴え、静かに燃ゆる闘気のそれはまさにリュウショウに匹敵しておった』

 

「……」

 

 ネテロ会長が言うのならば、そうなのだろう……この人は先生の唯一の好敵手にして友なのだから……。

 

『……聞きたいことは2つと言ったのを覚えておるか?』

「ああ、そう言えばそうでしたね。先程の一件が余りにも衝撃的でしたので、すっかり頭から抜けていました。しかしまだ先程の話をもっと詳しく聞きたいのですが」

 

『《黒の書》についてなのじゃが』

「――! 見つかったのですか!?」

『いや、そうではない。捜索はしておるが、今だ発見されておらぬ……』

「くっ! あなた方は何をしているのですか! プロハンターの名が泣きますよ!」

 

『済まんの。2年前にブラックマーケットに流れたとの噂を入手したきり、情報が入ってこんのじゃ。すぐさまハンターを派遣したが、すでに別口に流れて元を辿れなかったんじゃよ』

「その報告は聞いています。派遣されたハンターがあの似非副会長の息がかかった協専のハンターだということもね……あの男が副会長という立場になってなければぶちのめしていますよ」

 

『……いや、本当に済まん。途中でいつの間にか協専のハンターに任務が入れ替わっていたのじゃよ。ワシのミスじゃ』

「もういいです。それよりも一刻も早くあれを取り戻してください。あれは先生が遺した大切な遺品なのですから……本来なら私自ら探しに行きたいのですが、その様な時間もありませんし、物探しは専門ではありませんから……」

 

『うむ分かっておる……話がそれたのう。リィーナ嬢ちゃんは《黒の書》の内容についてどれだけ覚えておる?』

「解読出来た内容は一言一句違えずに覚えていますよ。一番弟子として当然の嗜みです」

『そ、そうか。それは良かった。ワシも読ませてもらったが、さすがに内容の全てを覚えている訳ではなかったからのう』

 

「それで、それがどうかしましたか?」

『ほらあれじゃ。確かあの中に有ったじゃろ? その、生まれ変わりの念能力という設定の念が』

「ああ、【輪廻転生】の事ですね。《黒の書》にはこのように書かれていましたよ」

 

 

【輪廻転生】

・特質系能力

 死んだ後に新たな命に生まれ変わる能力。使用者の知識・経験・オーラ量を引き継ぐことが出来る。

 

〈制約〉 

・死ななければ発動しない。

・死因は何でもいいが、自殺では発動しない。また他者にわざと害されて死ぬことも自殺と捉える。

 

 

「これが解読出来た限りの【輪廻転生】の設定です。残念ながら誓約部分は破れていたため詳細は不明ですし、他にも欠けている部分もあり正確ではないでしょう。これが本当に可能ならば、誓約をどれだけ重くすればいいのやら……いくら特質系能力とはいえ、さすがに実現不可能でしょう」

 

『……ワシがなぜ今回の話を持ち出したかというとな、アイシャ嬢ちゃんにリュウショウの影を見たからなんじゃ』

「まさか、本気で言ってるのですか……そのアイシャと言う少女が、先生の生まれ変わりだと……!」

『その可能性は少なからずあると思うておる……』

「馬鹿な! 生まれ変わり、それも知識と能力を保ったままの転生など、さすがの先生と言えど……そもそも先生は操作系です。特質系の能力を覚える事は出来ないはず」

『後天的に特質系に変わったのやもしれぬ』

「だからと言って――」

『お主、リュウショウの念能力、発がどの様なモノか知っておるか?』

 

 ――! その言葉に息をのむ。そう、知らない。私は先生の念能力がどの様なモノか知らないのだ。

 

「……いえ、幾度となく聞いたのですが、ついぞ教えていただけませんでした」

『そうじゃろう。あ奴はワシとの戦闘時において、一度たりとも発を使った事はなかったからの。本人に確認しても戦闘用の発はないと言いおった』

 

「戦闘用の発はない……つまり、戦闘用以外の発を持っていた可能性が高い、そうあなたも思っているのですね」

『その通りじゃ。あ奴ほど強くなることにひた向きな男が、戦闘用の発を作らないなど考えにくい。じゃが、作らなかったのではなく、作れなかったのだとしたら?』

 

「――! 戦闘用の念を作る程の容量がなかった……?」

『そうじゃ。つまり、それほど容量を喰う念を作っていたということじゃ』

 

「そしてそれこそが【輪廻転生】だと……!」

『極めつけにアイシャ嬢ちゃんの年齢じゃな。リュウショウが死んでもうすぐ14年。そして嬢ちゃんは現在13歳。死んで転生したとなればちょうどキリのいい年齢じゃの……ここまで条件がそろっていては否定する方が難しくなってしまうわい』

 

「……まさか、本当にリュウショウ先生の生まれ変わりなのですか?」

『まだ分からん。しかし、じゃ』

「?」

『【百式観音】を防ぐほどの者がリュウショウ以外にそうそういるとは思えん。ましてや13歳という若さで、な』

 

 ――は? 何を言ってるんですかこのじじいは?

 

「【百式観音】を、防ぐ?」

『……あれ? い、言ってなかったかの?』

 

「初耳ですよ!? 何を考えてるんですか貴方は! 13歳の少女に【百式観音】を使う馬鹿がどこにいるんですか!! 殺す気ですか?」

『い、いや、じゃって、あやつワシが回避出来ぬ時に浸透掌を使ってきたんじゃもん……そ、それに殆ど無傷じゃったから大丈夫じゃよ』

 

「無傷だったら良いという問題では――! ……無傷?」

『う、うむ。まあ、細かな傷はあったし、体の内部までは分かりかねるが、喰らった後にぴんぴんして走っていきおったわ……』

「た、確かに【百式観音】を防いだともなれば、リュウショウ先生以外考えにくいですね」

 

 先生が、生まれ変わった? ――だとすれば何故――

 

「――何故、先生は私たちに何も仰ってくれないのですか?」

『……まだ本当にリュウショウが転生したと決まったわけではない。仮に本当に転生していたとしても、リュウショウの意識や記憶がない可能性もある。なにせ会話した限りでは本当にただの少女じゃったからな。あ奴にあの様な演技が出来るとは思えんよ』

 

「……分かりました。ならば直接会って見極めます。現在のハンター試験会場はどこですか」

『いやいや、直接乗り込む気か。さすがに今すぐには無理じゃよ。試験も未だ三次試験に入ったばかり。ここで対面すればアイシャ嬢ちゃんのハンター試験が台無しになるやもしれぬしの。とりあえず最終試験の前ならば、多少の時間が取れる。それまで待ってほしいのう』

 

「くっ、分かりました。ではその時が来たら必ず私に連絡を入れてください。もしぬかっていたらタダじゃおきませんよ?」

『分かった分かった。そう凄むでない。そちらの移動時間も考慮して連絡をするわい』

 

「いっその事、そのアイシャさんを今すぐハンター試験合格にすればよろしいですのに。あなたの権力なら出来るでしょう? 実力も十二分の様ですし」

『さ、さすがにその様な例外を認めるわけにはいかんのぅ!』

 

「何を動揺しているのですか?」

『い、いや、何でもない。では話の区切りもついたところで回線を切るぞい。またの~』

 

 ブツッ――

 

 一方的に電話を切るとは何と失礼な。

 しかし、今回の話、本当にリュウショウ先生が生まれ変わっていたのだとすれば……。

 姿形は違えど、先生に再び会える? また、先生に稽古を積んでもらえる!?

 

 ああ、なんと素晴らしい事でしょう! そうだ! この道場を先生に継いでもらいましょう! 元々先生の道場です。何の問題もありません。そうして私は再び先生のご指導を賜る……はふぅ……。

 い、いや、焦ってはいけません。アイシャという少女が先生の生まれ変わりではない可能性も大いにあります。

 ですがその場合も私の後継者にして道場を継いでもらうというのはどうでしょうか?

 話を聞く限りかなりの実力者。しかも風間流の使い手。素性が分かりませんが、それに問題がないのならばとても名案です。

 

 もし素性や精神性に問題があればトンパさんのように矯正してしまえばいいだけのこと……。いや、あれの矯正は失敗だったかもしれませんが。

 あとは年齢がネックになるかもしれませんが、それはまさに時間の問題。そして私は自らの鍛錬に時間を費やす……。

 ああ! 早く、早くアイシャさんと会いたい! これほどの高揚は何年ぶりでしょうか? ふふふ、しばらく眠れない夜が続きそうですね。




 主人公の黒歴史、世界をめぐる……。
 黒の書(笑)は見られたら危ない箇所が破損しているご都合設定。


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第十三話

 しかし……やっちゃったな。あそこで浸透掌を出さなくてもよかった。いや、私を身体能力だけの素人と油断していたネテロ相手にボールを奪うのに、そもそも柳葉揺らしすら必要なかっただろう。それなのにどうしてそんなことをしてしまったのか?

 

 ……やっぱり、ネテロと久しぶりに会ったからだな、きっと。リュウショウの時代において最も楽しいひと時がネテロとの勝負の最中だったからね。精神は変われど、記憶や思い出は変わらないからな……。

 

 けどどうしよう。あれではネテロに確実に怪しまれるな。なにせ風間流において浸透掌も柳葉揺らしも殆ど使い手がいない(現在は増えているかもしれないが)はず。浸透掌に至ってはリィーナだけに伝授した禁術。見た目はただの掌底に見えるから分かりにくいが……。

 ネテロのことだ。あれが浸透掌だと気付いたことだろう。そうじゃなきゃ【百式観音】による迎撃なんてするはずがない……しないよね? 今ネテロは私が何者かを考えていることだろう。リュウショウの生まれ変わりという答えに行き着く可能性も有り得る……それはまずい。

 

 ……? まずい、のかな? 確かに転生なんて普通有り得ないし、自分から言っても信じてもらえず狂人扱いされるだけだろう。だからネテロには言えなかった。でもアイツが自分から気付くのなら問題ないんじゃ……?

 いや、でも、拒絶されるかもしれないし、ネテロに拒絶されるのはかなり堪える……やっぱりばれない様にした方がいいのか? けどもう色々やっちゃったしな……。

 

 ……ええい! こうなったらなるようになれだ! ばれたらばれた時のこと、ばれてなかったらそれはそれで良しだ! 

 

 ふう。考え事をしている間に3次試験会場に到着したみたいだ。結局一睡もしてないよ。

 天高くそびえる塔。トリックタワーという塔だ。ここが3次試験会場か。凶悪な犯罪者なんかを収容する刑務所になってるらしいな。

 試験内容は72時間以内に生きて下まで降りること、か。下に降りる階段とかはないし、隠し扉でもあるのかな? ……中の囚人が脱獄出来るような秘密の通路は流石にないよな?

 さて、どうやって降りようか。

 

 あ、壁を直接降りてる人がいるよ。すごいな、もし落ちたら死んじゃうよ?

 

「うわすげ~」

「もうあんなに降りてる」

「……でも大丈夫ですかね。向こうからなんか妙なのが来てますが」

「あ、本当だ」

 

「うわぁああぁあ!!!」

 

 あ、怪鳥に囲まれた。このままじゃ殺されちゃうなあの人。仕方ない。

 

「ふっ」

 

 怪鳥に向けて石を投げつける。あの鳥気持ち悪いな……お、全弾命中。

 

「今の内に上に戻ってください!」

「す、すまない!」

 

 どうにか戻って来られたか。焦って落ちたりしないか心配だったよ。無事で何より。

 

「た、助かった。恩に着るぜあんた……」

「別にいいですよ。試験頑張ってくださいね」

「ああ、あんたも頑張ってくれよ。オレに出来る事があるなら何でも言ってくれ。この借りは必ず返させてもらうぜ」

 

 礼を述べてロッククライマーの人は別の道を探しにいった。別の道で死んでしまうかもしれないけど、そこまでは私も面倒は見切れない。今のもただの偽善だしね。自己満足みたいなものさ。

 

「……なああんた」

「あんたじゃありません、アイシャです。もう二度目ですよこのやり取り」

「どうでもいいよそんなの。それより聞きたいんだけどさ。どうしてそんなに他人を助けるんだ?」

「……助けてはいけないのですか?」

「別にそう言ってる訳じゃないけどさ。1次試験の時もそうだし、2次試験でもあのプロレスラーみたいなのを助けようとしてただろ?」 

 

 よく見てるなこの子。2次試験で試験官に殺されそうだったプロレスラーを助けようと動きかけたその僅かな動作に気付くなんて。大した洞察力だな。

 

「赤の他人なのにどうして助けたりするのか疑問に思ってね。見返りを求めてる訳でもなさそうだし」

「……」

「別に言いたくなければ言わなくてもいいぜ。ちょっと聞きたかっただけだからさ」

 

「……母さんの教えです。自分に出来る範囲で助けられる人がいたら助けてあげなさいって……自分を第一に考えて、それでも余裕があるなら他の人に手を差し出してあげなさいって……。だから、助けました。私にとって今は余裕がありますから。もし私自身に危機が訪れたなら私は他の何においても私を優先しますよ、きっと」

 

「いいお母さんなんだね。アイシャのことを一番に愛してくれてるんだ」

「ええ、自慢の母です」

「……そっか。羨ましいぜ。そんなこと言ってくれる母親でさ。うちのお袋と交換してくれね?」

「だが断る」

「いやマジで返すなよ」

 

 マジですよ。私の世界一の母さんと誰とも知れぬ人を交換するなど冗談でも言えないよ。

 

「あとさ、なんでそんな馬鹿でかいリュックサック背負ってるの?」

「え? だって、ハンター試験って長いでしょ? その間の着替えとか食事とか水分とか入れたらこんなになっただけですけど?」

「……いや、何㎏あるんだよ」

「さあ? 量っていませんからよく分かりませんが、50㎏はあると思います」

「すごいんだねアイシャって……」

「いや服とかそんないらないだろ? 食事だって飛行船で食えたし」

「そ、そんなの分からないじゃないですか。もし試験中に何も出なかったらどうしてたんですか?」

「そんときゃ適当なモンでも食べるよ。ゴンもそうだろ?」

「うん。何か木の実や魚とか、その場にある食べられそうなモノを採って食べるよ」

 

 この野生児どもめ! くそう、残飯とか虫じゃなくて、狩って獲ったもので安全な食べ物なら食べられるけど……。

 

「うう、私は出来るだけ清潔な食べ物を食べなきゃいけないんです……」

「なんだそりゃ?」

 

 仕方ないんですよ! 母さんが、母さんがぁ……!

 

 

 

 さて、どうしようかな。屋上には結構な数の隠し扉があるようだ。既に何人もの受験生が隠し扉を見つけて塔の中へと入っている。しかしそれだと下に降りるのに結構手間がかかるよね。いっそのこと飛び降りるか。

 オーラを放出すればその勢いで空中でも機動することが出来なくもない。結構オーラの消費が激しいし、【天使のヴェール】を使用しているから更にオーラを消費するけど。これくらいなら問題はない。

 

 そうと決まったら誰も私を見ていない時を見計らって飛び降りるとしよう。誰かに見られたら後が面倒だし。

 まずは絶。これで私を見つけるのは困難になる。その後は隠し扉を探すフリをしながら神経を研ぎ澄ませて私を見ている人がいないか確認。それとなく塔の淵へと移動し、私への視線や注意が途切れたら即アイキャンフライだ。

 

 

 

 円で確認しても神経を研ぎ澄ましても、現在私を見ている人はいない。すでに結構な人数の受験生が隠し扉で下に進んでいるし、他の受験生も隠し扉を探すのに夢中だ。今がチャンスかな。

 最後まで油断せず……あらよっと~!

 勢いで飛んだけど意外と恐怖心は少ないな。むしろ楽しいくらいだ。マフタツ山から飛び降りた時も特に恐怖は感じなかったし。ま、この程度でどうこう言ってたらネテロ相手に闘えないよね。

 そうだ。どうせ誰も見ていないのだから【天使のヴェール】を解除しよう。たまには解除しないと疲れる。それに何だか分からないけどハンター試験が始まってからオーラの消費量が上がってるんだよな。もしかして緊張してるのかな。出来るだけ絶で消耗を抑えていたけど、予想以上にオーラが減っている。

 

 そろそろ地面も近づいてきた事だし、着地の準備といきますか。地面に向かってオーラを放出。勢いが弱まったところで足にオーラを集めて地面に着地。

 ふぃぃ。着地成功。ネテロが飛行船から普通に着地していたから、わざわざオーラを放出しなくても大丈夫かと思ったけど、念には念を入れてみた。今の感じだと、堅だけでも着地出来てたかも? もし次に高所から飛び降りる機会があれば試してみよう。そんな機会そうそうないと思うけど。

 

 さて、降りたのはいいけど入口はどこだ? ……まさか、入口はない、何てことないよね? と、とりあえず塔をぐるっと廻ってみよう。どこかに入口があるはずだよ、うん! おっと、【天使のヴェール】を使用しておこう。どこに人がいるか分からないし。

 ……ネテロに転生がばれても、このオーラの質だけは隠したいなぁ。ほんと、何でこんなに嫌なオーラしているんだろう? やっぱり一度死んだのが原因だろうか? それ以外考えられないし。

 

 ふぅ、良かった……! 入口あったよ! そりゃそうだよね。ここ刑務所になってるんだし、入口ないと困るよね。まさか囚人を屋上の隠し扉から入所させるわけにはいかないだろうし。

 さて、入口あったのはいいけど、どうやって入ろう? 刑務所だけにすごい頑丈そうな扉なんですけど……当たり前だけど鍵もかかっているし、壊したら駄目だよねやっぱり。

 

「あのー! すいませーん! どなたか居ませんかー?」

 

 扉に向かって呼びかけてみる。刑務所なら監視カメラとかあるはずだし。

 

『……何者だ? なぜこの場所にいる?』

 

 お、良かった返事が来た! 無理やりこじ開けることにならなくてすみそうだ。

 

「私はハンター試験受験生です。ほら、番号札もありますよ」

『……なぜ受験生が塔の入口にいるんだ? 屋上からスタートしたはずだ』

「入口から入っては駄目とは言われていませんが?」

『いや、そういう意味ではなくてだな……』

「……駄目なんですか?」

 

 駄目なら屋上まで登らなきゃいけなくなる。正直勘弁してもらいたいんだけど……。

 

『……番号札は本物と確認された。入口を解放する。すぐに入れ……』

「ありがとうございます!」

 

 いやぁ、良かった良かった。これで3次試験も合格だ。あとは3日間待つだけ……3日?

 

「あの、すいません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

『何だ? 早く言いたまえ』

「試験が終わるまでの間、食事とかはどうなっているんです?」

『……試験終了者には食事提供の用意がある。安心するといい』

「それは良かった。保存食はあるけど、やっぱり味気ないんですよね」

『囚人食だから期待しない方がいいがね』

「え?」

『扉が開いた。早く入りたまえ』

 

 

 

「……え?」

 

『401番アイシャ、3次試験通過第1号!! 所要時間1時間02分』

 

 

 

 

 

 

 俺は三次試験が終わるまでの間することもなかったので、トリックタワーの休憩室でゆっくりと鑑賞をしていた。もちろん鑑賞しているのはこれまでの試験の映像だ。

 俺の念能力【箱庭の絶対者】は試験中ならばその試験の過去から現在のリアルな映像まで自由に鑑賞できる能力を有している。これで受験生の絶望に歪む表情がたっぷりと楽しめるってもんだ。試験官になって正解だったぜ、くくく。

 

 俺が1次試験の映像を鑑賞して満喫している時に、不思議なモノを視た。

 あれは受験番号190番のニコルだったな。こいつは最高だった。なにせ俺が用意した下剤入りジュースに引っ掛かった唯一の受験生だからな。ニコルがあれを飲んだ時の俺の顔はきっと愉悦に歪んでいただろうな。

 

 だがそこでよく分からない現象が起こった。ニコルの目の前にいきなりペットボトルが出現したんだ。催眠術とか超スピードとかじゃねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を……いや、念があったか。

 つまりあれはニコルが具現化したペットボトル! 漏らしたくないという必死の想いがニコルに念能力を目覚めさせ、あのペットボトルを具現化したのだ!!

 

 ……いやねえよ。念なめんな。そんな馬鹿げた事で念に目覚めるなら、俺の3年間は何だったんだ? 邪念を払うとかほざきながら俺を徹底的に扱きやがって! いっそ殺せと何度願ったか……。

 ふう、落ち着け。とにかくあのペットボトルはニコルが出したものじゃない。あいつは纏すらできていないからな。そもそも念能力者が1次試験で落ちるわけがない。

 じゃあ、あのペットボトルは誰が出したんだ? 明らかに念が関わっているはずだ。何もない空間から急にペットボトルが現れるなんて念以外では考えられない。だが俺の眼には、【箱庭の絶対者】にはニコル以外の誰も映っていない……一体誰の念能力だ?

 

 そんな風に思いながらペットボトルが出現した場面を何回かリプレイしてみると、奇妙なモノを見つけた。ものすごく存在感がないため今まで気付かなかったが、そこには馬鹿でかいリュックサックを背負った服が走っていた……。

 

 頭が悪くなったとか眼に異常があるとかじゃねえ。本当に見たまんま服だけが走ってやがる。なんだありゃ? まるで透明人間が服を着て走っているかのようだ。

 ……あのリュックサックには覚えがある。確か受験番号401番のアイシャ、だったか。特に目立つ所はない普通の……いや、かなり美人の少女だった。

 

 つまりアイシャは念能力者。自分の身体を透明にする能力を持っているのか? 服だけは透明に出来ないってところか? だとしたらなんて中途半端な能力だ。いくら透明になっても服が見えたら効果半減だろうに。

 しかし……その場にいると分かってもかなり存在感が薄いな。服だけが走っている異常な光景なのにここまで気付きにくいのはよほど絶が上手いんだろう。

 401番アイシャ……こいつはかなり要注意の受験生だぜ。

 

 

 

 次にアイシャを視たのは2次試験の映像でだ。

 俺が視ていたのはヒソカが試験官ごっこをしている場面だった。

 ヒソカ……ありゃ化け物だ。念に目覚めてからあそこまで際立ったモノに会ったのは3人目だ。俺より強い念能力者なんてゴロゴロいるだろうが、あれは別格だね。ハンター試験以外で出会ったら即逃げるよ。

 幸いあいつは俺への興味が少ないみたいだからな。多分敵対しない限り大丈夫だろう。ヒソカに攻撃された時は内心焦ったぜ。

 何せ攻撃は効かないと分かっていても、あの殺気に禍々しい念だ。正直死ぬかと思った。やっぱり【箱庭の絶対者】は最高の能力だぜ。

 

 そんな化け物ヒソカが試験官ごっこに興じているのを鑑賞。

 いやぁ、自分に降りかかるのは最悪だが、他人の不幸は蜜の味ってのは本当だな。この映像を肴に一杯やりたいもんだぜ。

 アイシャを見つけたのは、ヒソカが草むらにトランプを投げつけた後の事だ。その場には誰もいないのにヒソカは確かに草むらに向かって話しかけている。いや、それだけじゃない。ヒソカのトランプが草むらに当たる瞬間、草むらから服が飛び出した……。

 そんなとこに隠れてたのかよ。本当にすごい絶だな。あの時ヒソカに飛んできた石はアイシャが投げたってことか。わざわざヒソカの興味を引くことはないだろうに。自殺志願者か?

 

 だが予想に反してヒソカは2次試験会場に向かって去って行った。アイツが殺らないって事はアイシャは合格ってことか。俺の中の危険人物リストに載せておくか?

 ……いや、さっきのもどうやらあの受験生、レオリオ……だったか? そいつを助けようとして石を投げたみたいだからな。強いのかもしれないがただのお人よしだ。危険人物に挙げるほどじゃねえな。

 

 

 

 そして俺は三次試験会場トリックタワーを鑑賞している所だ。

 隠し扉に気付いた連中が段々と下へ降りている。あいつらの中で一体何人が俺を楽しませてくれるのか。そんな風に思っていた時、ふとアイシャの事が気にかかった。

 あいつはこの3次試験でどう動くのか? ちょっと確認してみるか。

 

 見つけた。意外と簡単に見つかったな。絶を使っていないようだ。そりゃ服だけが動いていたら目立って見つけやすいわな。……ん? おかしいな。こんなに目立つなら周りの連中ももっと注目してもおかしくないはずだ。なのに他の受験生はアイシャの事を特に気にしていない……。

 もしかして透明になる能力ではない? じゃあなんで服しか映っていないんだ?

 ……だめだ分からねえ。念能力にはそこまで詳しいわけじゃないからな。リィーナ先生に聞けば分かるかもしれないが……。

 いやだめだ。今やっていることがばれたらまたあの地獄の日々に逆戻りだ。それだけは勘弁願うぜ。

 

 おっといけない。アイシャを見失った。どこだ?

 ――いた。また絶をしてやがる。恐らく、服だけ目立つ様じゃなかったら俺は見つけることが出来ないだろうな。見事なもんだぜ。隠し扉を探しているのか。だが徐々に塔の端へと近づいている気がする。何でだ?

 

 ――!? ウソだろおい! 飛び降りやがった! 本当に自殺志願者だったのか!?

 あーあ。こりゃ死んだな。あの高さから飛び降りて生きていられるなんて念能力者でも無理だよ。例外はあのネテロ会長ぐらいだよ。空でも飛べるなら別だけどな。……もしかして飛べるのか? ちょっと確認してみよう。

 

 どんどんと地上に近づくアイシャ。飛んでる様子はねえ。マジで死ぬ気か? そう思った時! アイシャの身体からオーラが噴き出した!!

 なんだありゃ!? あんな禍々しいオーラをなんであんな少女が!? さらに恐ろしいのはその後だった、アイシャが地面と衝突する瞬間! アイシャから有り得ないほどのオーラが放出された! 信じられねぇほど濃密なオーラが!

 オーラ放出の勢いで落下速度を緩めたアイシャは悠々と地面に降り立った……。放出されたオーラの量、そして……ヒソカと見紛わんばかりの禍々しいオーラの質!

 お人よし? とんでもない! あいつはヒソカと同レベル、下手したらそれ以上の危険人物だ!

 俺は即座にアイシャを危険人物リストの上位に入れた。あいつとは絶対関わらない様にしなきゃな……。

 

 

 

 

 

 

 ……やっぱりおかしい。絶をして休息しているのに体内オーラがほとんど回復しない。常に減り続けてるのは有り得ない。

 最初は緊張している為、普段より消耗が激しいのかと思ったけど、さすがにそれは考えにくい。

 

 ……何らかの特殊な念能力を受け続けている? それなら納得がいく。【ボス属性】で無効化していたらオーラが消費されるのも分かる。

 問題はその念能力がどのような能力かだ。だれが使用した念だ? 私だけに念をかけているのか? 一体何のために? 監視か? 恐らく1次試験からこの念は使用されている。試験が始まってからオーラの消耗が増えたからだ。

 幸い【ボス属性】で無効化してもそこまでオーラは消費されていない。【天使のヴェール】を発動しなければハンター試験最後まで保つだろう。

 あまりにも消費が少なすぎたとはいえ、【ボス属性】が発動しているのに気付かなかったのは問題だな。最近弛んでいるかもしれない。気を引き締めよう。

 

 ……念能力者が誰なのか。試験官か受験生の可能性が一番高い。試験官ならトンパさんが第一候補だ。1次試験からずっとここまで着いてきている。現役ハンターなので念能力も使えるだろう。

 第二候補はあの顔面針男だ。ヒソカだとは考えにくい。あいつはこんな回りくどい念能力を覚えたりしないだろう。他の受験生で念を覚えている者がいる可能性もある。私みたいに隠しているかもしれない。

 

 誰が能力者か。結局可能性だけで断定は出来ない。そもそも私の知らない人かもしれないのだし。今、私に出来ることは少しでもオーラが回復する様に精神を落ち着かせて休むだけだ。

 久しぶりに禅でも組むか……リュウショウ以来だな、禅を組むのは。



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第十四話

 …………徐々に意識が浮上してくる。禅に没頭すると完全に意識が飛んでしまう。

 飛ぶと言うより己の中に埋没すると言った方がいいかな。精神統一の仕方によっては意識が拡がって世界と一体になるような感覚に陥る事もある。我が師リュウゼンより精神統一に良いと促されて始めたものだが、結構気に入っている。特に意識が徐々に戻ってくる感覚は心地良さも伴う。

 

 意識が戻ってくる中、ふとリュウショウの時の事を思い出す。思い出すのはもちろんネテロとの闘いの場面だ。

 アイツとの闘いの一時は至福だった。なにせ私が気兼ねなく全力を出せる相手なのだから。リュウショウの時、どれほど鍛錬を積み、技の研鑽を重ねようとも、それを全力で揮える相手はいなかった。

 ただの投げならいい。手加減すればいいだけだ。だが柔術は当たり前だが武術。ゆえに相手を壊す技も多々ある。全力で放てば相手の身体を壊し、二度と武術が出来ない身体にしてしまうどころか、命を奪ってしまうことすらある。

 だから道場での鍛錬はもっぱら危険性のない合気術が主だった。

 ネテロに会えたのは僥倖だったな。アイツならどれほど危険な技を仕掛けようとも、見切り、躱し、受け流し、逸らし、いなし、耐え抜いてくれた。壊れる危惧がなかったので大いに全力をぶつけれたものだ……。

 

 今思い出しているのはネテロに竜巻落としを仕掛けている場面か……。

 相手の手首を捩り、かつ肘関節を壊しながら螺旋状に対象を宙に投げる、空中で逆さになっているところを踏み込みつつ体重を乗せた靠撃(はいげき:肩や背中を使用した体当たり)、これにより相手の体勢を崩し反撃を防ぐ。靠撃にダメージは期待していない。そのまま壊れていない腕を受け身に使用できないよう固定、逆さになった相手の顎にオーラを込めた掌底を叩き込む。そして自身の体重を加えて地面に勢いよく叩きつける。

 見事にネテロは地面へと突き刺さった。手応えばっちりだ。しばらく起き上がれまい!

 

 ……はて? 確かこの技はネテロに防がれたような気が……? それ以前に【百式観音】による迎撃を喰らったはず……。それなのにどうして技が成功した場面が思い出せているんだ? 思い出すも何も、一度もネテロには通用しなかった。なのにこの抜群の手応えはいったい……?

 

 あ、意識が、完全に戻ってきた……ゆっくりと眼を開ける。そして光とともに私の眼に入ってきたのは――!

 

 

 

 ……なぜか床から下半身が生えている異常な光景がありました。こ、これは一体どういうことだ? この人はだれ? 何かのパフォーマンスだろうか? ヨガ的な修行かもしれない。

 

 ははは。修行なら邪魔しちゃいけないね。さ、ここから離れるとしよう、うん。

 ……うん。やっぱり私が原因だよね。現実逃避はやめるとしよう……。

 や、やっちまったぁぁぁ!! な、なんてことを……! これが試合や闘いの結果なら致し方ないかもしれないけど、ぼけてやってしまうなんて!

 

 ああ、師に、母に合わせる顔がない……!

 

 ……ん? お、おお! 体からオーラが漏れている! つまりこの人は死んでいない!

 早く応急処置をしたら助かるかもしれない。そうと分かればこの人を地面から抜かなきゃ! そう思いながら私は焦りつつも慎重に床に埋まってしまった人を引き抜いた。

 

 ……後に抜かなきゃ良かったと後悔した私は悪くないと思います。

 

 

 

 

 

 

 拍子抜けするなぁ。簡単すぎて♠ せめてあの試練官がもう少し歯ごたえがあれば楽しめたのにね♣

 

『44番ヒソカ、3次試験通過第2号!! 所要時間6時間17分』

 

 これで3次試験も終わりか。残りの時間トランプでもしてようかな? ……第2号? つまりボクより早くゴールした人がいるんだ♥

 それはいいね。一体誰だろう? イルミかな。でも出来るなら別の人がいいな♦ だってその方が楽しみが増えそうだからね♥

 

 ……いない? 一体どこにいるのかな? 気配を探っても周りを見渡してもどこにも……いた♣

 あれは、アイシャか♥ キミが第1号か。これはいい。退屈せずにすみそうだ♠ しかしすごい絶だね。遮蔽物のないこの空間で、これほど周りに溶け込んでいるなんて♦ 馬鹿でかいリュックサックが横になかったら気付かなかったかも♥

 やっぱりキミはいい……♥ ゾクゾクするよ♣

 

「やあアイ……」

 

 ――声を掛けようとして躊躇った。これは……すごいな♥

 今のアイシャは完全なる無。ボクにはよく分からないけど、これを無我の境地とでも言うのかな♠ 恐らく今声を掛けても返事は返ってこないだろうね♦

 触れようでもしたなら何故か投げ飛ばされてるボクが幻視出来たよ♣

 

 こんな綺麗なモノを壊すなんて勿体ない♠ しばらく眺めていよう♥ 時間は一杯あるしね♦

 

 

 

 どれほど眺めていたかな♣ 1つのモノをこんなに集中して見るなんて初めてかも♥ 彼女の凛とした佇まいはとても美しい。これを壊すのは本当に勿体ない♠

 

 ――だからこそ! とてもとても壊したくなる!

 ああ、どうしてこんなに壊すのが勿体ないモノほど壊したくなるんだろう? 彼女は充分に美味しそうに熟れている。でももしかしたらもっともっと美味しく熟すかもしれない♦ でももう我慢できそうにもないよ。こんなにも美味しそうなキミを見続けていたんだから♥

 

 少し殺気を送ってみようかな? それとも直接触れてみようかな? どちらにせよこの美しいモノは壊れてしまうだろう。残念だけど、それが楽しみなボクがいる♣

 

 

 

 そう思い、彼女に殺気を向けた瞬間――手首を取られていた――

 

「え?」

 

 速い? いや違う。確かに動きは滑らかで速かったけど、反応出来ないスピードじゃなかった。でも事実反応出来なかった。それほど自然に懐に入られた――! 手首が外された。この一瞬で外すなんてすごいや。不味いね。肘も極められてる♠ このままじゃ肘が砕けるな。仕方ない。自分から飛ぶとしよう♦

 っ! 肘関節を捩るのに合わせて回転しながら飛んだのに、それに合わせてさらに捩る速度を上げるなんてね♥ 結局肘をやられちゃった。回復不能までには至ってないのが幸いかな♣

 とにかく一旦体勢を立て直さなきゃ。くくく、こんなすごい反応をしてくるなんて思わなかったよ。キミって意外と激し――まさかこの状態から追撃するとはね。あばらが三本持ってかれちゃった♠ バランスも崩されたし、これは危ないかも♥

 

 しかし思考が何時になく加速してるね。この一瞬の時間が凝縮された様な感覚。味わうのは久しぶりだよ♦

 

 顎に掌底か。オーラは籠めてないようだけど、念の為に凝でガードしよう。これ以上ダメージを喰らうのは少しばかりいただけない。アイシャとの闘いが楽しめなくなっちゃう♣

 っ!? 顎が割れちゃった。オーラは籠められていないようだったのに、どういうことかな? この勢いのまま地面に叩きつけるわけか。受け身も取れないし、脳もかなり揺れている。まともに喰らったら死んじゃうかも♥

 【伸縮自在の愛/バンジーガム】も間に合うかどうか。アイシャの身体にくっ付けても勢いが少し削がれるくらい。周りの壁は遠すぎる♠

 頭部を凝でガードした後に地面に【伸縮自在の愛/バンジーガム】を拡げて衝撃を吸収。これで――!

 ……い、意識が飛んじゃいそうだよ。ここまでしてもダメージは防ぎきれなかったか。すごい攻撃だった♦

 

 このまま終わりたくないな……アイシャ、キミは、絶対に、ボ、クが……♥

 

 

 

 

 

 

 ……埋めたい。

 抜いて出てきたのは、恍惚の表情をしたまま気絶しているヒソカという名の変態でした……。いっそのことこのまま放置……いやダメだダメだ。いくら変態の上に戦闘狂でかつ殺人狂なヒソカだとはいえ、私が無意識下で行った攻撃で死なせてしまうのはさすがに心が痛む。

 とりあえず状態を確認しよう。

 

 右肩と左脇腹に刀剣類による傷。これは私ではない。恐らくトリックタワーの中で付いたものだろう。傷口は完全には塞がっていないが出血はほぼない。

 さすがは念能力者。自己治癒能力を強化したか。これはとりあえず放置しても問題ないね。

 肘は見事に砕けている。まあ、自分から飛んでいる分、致命的なまでには壊れていない。手首は関節を外しただけだからすぐに嵌め直せる。右肋骨の8・9・10番が折れてるか。まあこれは内臓に刺さってない様なので大丈夫。靠撃の衝撃で若干内臓を痛めてるな。まあこれも念能力者なら回復も早いだろう。

 顎は……割れてるね。しばらくは喋るだけでも痛みが走るな。でもどうやらしっかりと凝でガードしていたようだ。これもまあ命には関わらない。

 問題は頭部だけど……ふむ。あの勢いで叩きつけられたにしては損傷が少ない。多少裂傷しているくらいだ。どうにかして防いだのかな? 完全には防ぎきれなかったようだけど。

 気絶しているのはダメージのせいではなく、顎と頭部への攻撃による脳震盪のせいだろう。脳に異常がないかどうかはここでは診断出来ないな。……いや、こいつの脳は最初から異常だったな。

 

 まずは止血かな。頭部の傷は出血が激しい。血がなくなってしまえばどんな強者も死んでしまう。リュックサックの中にある応急手当キットで止血を施す。その為にヒソカの頭に手を伸ばしたところで手を掴まれた――

 

 ――ので、反射的に投げてしまった……。

 

「あ」

「ごふっ! ……ひどいなぁアイシャ♥ トドメをさす気かい?」

「その、すいません……あなたに触られた嫌悪感から、つい」

「……本当にひどいね♠」

「ああ~、その、ええと……だ、大丈夫ですか?」

「くくく。心配してくれるのかい? キミがしたことなのに♦」

「いえ、その、無意識の内にやっちゃったと言いますか、気付いたら事後と言いますか……申し訳ありません……」

「くっくっく。まあとりあえず大丈夫だよ♣」

「……そのようですね。とにかく、出来るだけ治療します。まずは頭部の出血を抑えましょう」

「ああ、それには及ばないよ……ほら、止まっただろ♥」

 

 ん? 確かに出血が止まっている。オーラで傷口を覆った? でもそれだけで出血を抑えれるわけがない。よほどのオーラ量で覆えば話は別だろうけど。

 何らかの念能力のようだな。強化系の癒しではない。傷口は塞がってないから。オーラを何らかの性質に変化させているのか? それが止血の効果を促していると。

 まあ推測の域は出ないな。

 

「確かに頭は問題ないようですね。しかし手首の関節と肘関節がまだ残っています。嵌めますよ」

「へえ。外された時も思ったけど、すごい一瞬だね。見事なもんだ♠」

「……どうも。次は肘ですが、このままだと妙な形で固まってしまいますので、骨と筋を元の位置に整えます。これは痛みますのでご注意を」

「ん~♥ キミから与えられた痛みなら心地よさに変わっていくよ♦」

「もう一回砕きますよ?」

 

 ああなんでこんなのをたすけてしまったんだあのままなにもみなかったふりしてもういちどうめればよかった……。

 

「あとは肋骨と顎の骨ですが――」

「これぐらいなら大丈夫だよ。キレイに折れてるから自分で治療できる♣ あ、でもせっかくアイシャが献身的な看護をしてくれるんだから、お願いしようかな♠」

「……今回は私の落ち度です。応急処置はしますよ。……はぁ」

 

 ……どうしてこうなった?

 

 

 

 あれから数十時間が経った。一応の治療を施したヒソカは、予想と違って私に積極的に関わってこなかった。少しでも回復を早めるために無駄な体力を使わず休息しているんだろう。

 ……他の受験生が段々と合格して集まってきたから興が削がれたのかもしれないけど。

 

 未だにゴンたちは来ない。残り時間は約10時間ほど。そろそろ来ないと危ないな。

 もしかしたら途中で失格したのかもしれない。それは残念だけど、死んでさえいなければいい。生きてさえいれば何度でも挑戦することは出来るんだから。

 原作では合格していたはずだけど、ここは既に原作とは乖離している世界。何が起こっても不思議はない。

 ま、そもそも原作自体ほとんど覚えていないけど。

 

 あまり美味しくない囚人食を食べながらそんな事を考えていると、扉の向こうに人の気配を感じる。新たな合格者が来たようだ。扉が開くと出てきたのは……ゴン達か! いや良かった。合格出来たみたいだね。

 ん? 5人出てきた。ゴンとキルアにレオリオさんにクラピカさん。あと1人は……確か寿司の時に調理法を軽々とばらした口の軽い人だ。なんでその人と一緒にいるんだろう?

 

「皆さんお疲れ様です! 3次試験突破おめでとうございます」

「あー! アイシャ! お前どこにいたんだよ!? 屋上でずっと探していたんだぜ?」

「え? レオリオさん、どうして私を探していたんですか?」

「ゴンの奴が隠し扉を5つも見つけたからアイシャも誘おうとしてたんだよ。それなのにどこにもいやしないし」

「キ、キルア!!」

 

 私はキルアの言葉に反応してつい声を荒げてしまう。だけどそれは仕方のない事だ。なぜなら……。

 

「な、なんだよ?」

「ようやく……ようやく私の事を名前で呼んでくれましたね……」

 

 くぅ! あの生意気なキルアが……感動した! 

 

「はぁ!? そんな事で大声出すんじゃねえよ!」

「そんな事とは失礼な。私にとってはとても重要なことです。それよりもゴン。すみません、せっかく私も誘ってくれたみたいなのに」

 

 そんな誘いがあると知っていたら飛び降りなかったのに……。

 

「ううん。気にしないでよアイシャ。俺が勝手にやったことだからさ」

「ま、どちらにせよ誰か1人は隠し扉に入れなかったがな。オレが先に入ってたんでな」

 

 口の軽い人が話しかけてきた。ゴン達と一緒に塔をクリアしたのか。羨ましい……。

 

「え~と、初めまして? と言うのもなんかおかしいですね。私はアイシャといいます。あなたの名前は?」

「まあ受験生なら顔ぐらい合わせているからなぁ。オレの名前はハンゾー。今回はこいつらと縁があって一緒に3次試験をクリアした仲さ。実のところこう見えてオレは忍者でな。幻の巻物《隠者の書》を探すためにハンターになりたいんだ。あ、忍者ってのは秘密だぜ? 忍は忍んでこそ忍者だからな。まあここでこうして話したのも何かの縁だ。お互い合格出来るといいな。おっと、試験で対戦とかあっても勝負は譲らねぇぜ?」

「は、はあ」

 

 ……忍者も時代の流れとともに変わるのかなぁ? こんなに口の軽い忍者もそうはいないと思う。

 

「しかしアイシャは随分と早く試験を突破したのだな。私たちもかなり急いだのだが……それに大分余裕もありそうだ」

「そうだね。服とか全然汚れてないし」

「服は飛行船の時に着替えていましたし、3次試験では特に汚れませんでしたね」

 

 ……さすがに飛び降りたことは黙っていようか。信じてはくれないだろうし。

 

「特に汚れなかったって……どんだけ簡単だったんだよお前の試験は?」

「レオリオさん達はどんな試験だったんですか? 5人いなきゃ出来ない試験ってどんなのか興味ありますね」

「お? 俺たちの試験はな、多数決の道っていってな。またこれが嫌らしい試験でよ。あの時俺が左を押したのに他の奴らがよ……でな……そんときゴンが……」

 

 ふぅ。誤魔化せたかな? すいませんレオリオさん。嘘は吐いていないんで勘弁してください。

 

 

 

 そうしてゴン達と色々と話している内に時間が過ぎていった。こんなに長い事話をしたのは久しぶりだった。すごく楽しかった……人と話すのがこんなに楽しいモノだとは。

 母さんが消えてからはずっと1人だったからなぁ。リュウショウの時もそんなに話すことはなかったし。それよりも修行三昧だったからね。【絶対遵守/ギアス】マジぱねぇ。

 ……あれ? 私ってもしかして100年以上ぶりに談笑しているのか?

 

 やばい、なんか悲しくなってきた……なんて寂しい人生を歩んでいたんだ私は。

 よし! 絶対に今回の人生では友達を作るぞ!

 

 あ、ネテロは一応友達なのかな? いや、どちらかと言うとあれは強敵と書いて親友と読むってやつだしな。ちょっと違う気がする。こんな風に和気藹々と無駄な話をして笑いあえる仲がいいんだよね。

 そんな風に思っていると3次試験終了の知らせが来た。次は4次試験か。さて、どんな試験だったか?

 

 

 3次試験通過人数25名

 

 

 

 

 狩る者と狩られる者。それが4次試験らしい。内容を察するに恐らくハントが試験の概要だろう。具体的には分からないけど。

 

「それではタワーを脱出した順にクジを引いてもらおう」

 

 私からだな。クジを引きに前に出ると後方が少しざわついた。

 ……ゴン達だな。私が1番だとは思わなかったんだろう。いや、他にも何人か驚いているようだ。女という事で侮られていたか?

 ま、過大評価より過小評価された方がやりやすいからいいんだけどね。

 

 クジを引いて出てきたものは……401と書かれたカード。私の受験番号と一緒だね。……なんでだろう。すごく嫌な予感がするんだけど?

 

「それぞれのカードに示された番号の受験生がそれぞれのターゲットだ」

 

 うん……うん?

 

「奪うのはターゲットのナンバープレート」

 

 ……すでに持ってますが?

 

「自分のターゲットとなる受験生のナンバープレートは3点。自分自身のナンバープレートも3点。それ以外のナンバープレートは1点」

 

 私は6点分のプレートを持っている解釈でいいのかな? ……ないだろうなぁ。

 

「最終試験に進むために必要な点数は6点。ゼビル島での滞在期間中に6点のナンバープレートを集めること」

「質問があります」

「何だね?」

 

 聞いておかなきゃならないことだ。とても重要だ。

 

「1つのナンバープレートが4点以上になることは有り得ますか?」

「いったい何を……ああ、そういうことか。残念ながら1つのナンバープレートは1つ分としてしか計算しない。意味は分かるな? それは不運だったと諦めてもらうしかないな」

 

 ああ、やっぱり……私のターゲットはこの試験ではいないと。ひでぇ……3人狩るしかないのか。はぁ。

 

 私の質問の意味を分かっている人は何人かいるようだ。怪訝そうな顔をしている受験生の中で、幾人かが納得した顔をしている。クラピカさんも気付いたようで、気の毒そうな表情をしている……。ゴンやレオリオさんは理解出来ていないようだ。

 この質問の意味を理解できた人たちは私を狙うことは多分ないだろう。何せ私は誰のターゲットにもなりえないのだから。

 ……1点欲しい人は別だろうけど。

 

 船に乗ってゼブル島へ行く。皆ピリピリしてるなぁ。既にほとんどの人が自分のプレートを隠している。誰が自分を狩る者か分からないから当然だけど。

 その点私は大丈夫だね。自分を狩る者はいない(3点的な意味で)し、誰を狩るかも適当に選んで決めればいい。一応プレートはリュックサックの中に入れておこう。

 

 とりあえず適当な人を選んでプレートを奪おう。ゴン達は心情的に狩りたくないな。甘いかもしれないけど。

 狩る候補を確認するため周囲を見渡す……ヒソカと顔面針男はやっぱり抜きんでてるな。次点にハンゾーさん。この人は念を覚えて修行したらかなりの強者になるだろう。その次にキルア。この年齢でこの強さ、まさに天才の言葉が相応しい。いや、真に天才たるのはその才能だろう。ゴンも同様。彼らは宝石の原石に等しい。磨けばどれほどの高みに昇れるか……クルーガーさんに見せたらさぞかし喜んで鍛えるだろうね。

 だがゴンやクラピカさんにレオリオさんは才能はともかく現時点では磨かれてなさすぎる。そこらの受験生と比べても極端な差はない。状況次第では簡単に負けるだろう。今回の様なサバイバルでは尚更だ。

 

 狙いどころはゴン・キルア・レオリオさん・クラピカさん・ヒソカ・顔面針男以外の受験生。この人たちからは正直脅威を感じない。プレートを奪うのもさして難しくはないだろう。来年の試験会場無条件招待券が貰えるみたいだし、悪いけど来年頑張ってもらおう。ヒソカと顔面針男はちょっと面倒な相手だ。勝てないとは思わないけど、1週間という長い滞在期間で無駄に疲れたくはない。

 

 3次試験の通過時間が早い者からスタートしてその2分後に次の者が。つまり先に行く者ほど有利というわけだ。しかし、滞在期間が1週間か……ほんと、たくさん保存食買ってきて良かったよ。

 

 それじゃ、4次試験も頑張りますか。




 竜巻落とし……自分のネーミングセンスのなさに絶望……。
 ゴンたちはハンゾーが加わったおかげで3次試験をスムーズにクリア出来ています。最初の軍人くずれはハンゾーが瞬殺。次の連続爆弾魔も原作通りにゴンが。次はマジタニが出る予定が連敗に業を煮やしたジョネスが出陣。キルアに心臓抜かれてお陀仏。後は50時間以上余っていたので長くて困難な道を5人でクリアした訳です。描写は完全カットですが。
 あと4次試験のクジはイレギュラー入りまくりだから結果も変わっています。


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第十五話

 私はスタート直後に森に入って速座に全力でダッシュした。出来るだけ痕跡を残さないレベルでの全力でだ。もちろんヒソカから一刻も早く離れるためだ。アイツは私のすぐ2分後にスタートする。あれとまた一緒になるのは勘弁してほしい。

 

 ……もういっその事ここでプレートを奪って試験不合格にしてしまえば……? いや、プレートを奪っても他の受験生から手に入れるだけだ。ヒソカなら簡単に6点分のプレートを集めるだろう。ならプレートを奪えないくらい戦闘力を削ぐ様に痛めつける? ……それで他の受験生に殺されても寝覚めが悪いしなぁ。まあ、ヒソカは死んだ方が世の中の為かもしれないけど。

 

 

 

 ここがどこかは分からないけど、とりあえずヒソカからは離れることは出来ただろう。後は受験生を探すだけだ。円は……あまり使わないでおこう。やっぱりオーラは消費され続けているし。緊急を要する時以外は絶でいるとしよう。オーラの消耗も防げるし、襲うにしても逃げるにしても気付かれにくい方がいいしね。

 

 絶を行い気配を絶ちながら受験生を探すこと約2時間。依然として受験生は見つからない。まあそれも仕方ない。あんなに一気に離れたんだからここら辺に受験生がいる可能性は少ないだろう。

 円を使って探すか? ……いややっぱり駄目だ。ただでさえオーラの消費が激しいのにさらに円を使えばかなりの消耗になる。これが【天使のヴェール】と【ボス属性】の不便なところだよな。それにこの場所は円をするには不利だ。体を隠す場所が多すぎる。円は物体を透過する事は出来ない。何かで体を覆ってしまえばそれだけで円の索敵から逃れることが出来る。

 もちろん明らかに不自然な何かがあれば分かるけど、この森の中だと草むらの中に入ったり木の枝や葉で体を覆えばとても分かりにくくなる。

 1㎞に達する私の円なら普通に移動している受験生を見つける事は簡単だろう。だけど先程のデメリット、オーラの消費がやはり痛い。出来るだけ絶でいるべきだろう。円は最終手段だね。

 

 しかし……先程から何となく誰かに視られているような……。

 

 ……気のせいか? 気配は感じない。円を使わなくてもある程度の距離なら気配を探ることは出来る。いるのはせいぜい小動物くらいだ。

 視線も……やっぱり感じないか。多分気のせいだな。自慢じゃないけど気配探知はかなりのモノだと自負している。少なくとも周囲数百mの範囲に人はいないな。小動物の気配と勘違いしたのか? 人と動物の気配を間違うなんて鈍ってんのかな……?

 

 まあいい、気を取り直して受験生を探すとしますか。

 

 

 

 受験生3人倒してプレートゲット!

 これで試験終了までの間プレートを盗られないように注意すればよしと。ふう。丸2日動き通したから少し汗かいたな。

 途中で泉が湧いていたのを見つけてたな。そこで少し水浴びをして汗を落とそう。

 

 ……周囲に人の気配なし。大丈夫そうだな。別に見られても困ることはないけど、裸を見られるのは男とか女とか関係なく多少は恥ずかしいからね。母さんなら女性がむやみに肌を見せてはいけないとか言いそうだし。

 

 母さん……まだ本当の母さんのお墓にお参りも行けてないな……。

 ……いつか必ずお墓を見つけよう。そして報告しなきゃね。私は元気ですって。

 

 

 

 ふう。冷たい水が火照った身体に気持ちいい。

 そうだ。ついでに服も洗っておこう。このままじゃ臭いが……視線!?

 何者だ!? 距離は……約50mか。ここまで接近されて気付かなかった。かなりの手練れ! 

 ちっ! 私が気付いた事を察知されたか……気配が完全に消えた。恐らくすでに離脱しているな。

 

 受験生か今のは……? それにしてはレベルが違いすぎる。

 

 とにかく一旦ここから離れるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「本当に会長が出られるのですか?」

「うむ。401番の監視はワシがする」

「し、しかし」

「これは決定事項じゃ。異論は認めん」

「は、はぁ。分かりました」

 

 4次試験において受験生1人1人につける監視。目的は4次試験における受験生の対応を見ることで様々な資質や能力をチェックすること。

 これを利用せん手はない。401番……アイシャ嬢ちゃんを尾行する事でアイシャ嬢ちゃんがリュウショウの生まれ変わりかどうかの確認が出来るやもしれん。

 本当にリュウショウの生まれ変わりなら言いたいことは山ほどあるんじゃ。確実に見極めさせてもらうぞ!

 

 ……死んで勝ち逃げなんぞ認めてなるものかい。

 

 おっといかん。彼らに言っておかねばならぬ事があったのう。

 

「今回受験生を尾行するハンターに告ぐ。自分の管轄の受験生の近く。およそ500m以内に401番の信号が来れば即座にそこから離れるように。これは厳命じゃ」

 

 アイシャ嬢ちゃんがリュウショウだと仮定して事を進めておかねばな。ワシの尾行が気付かれんでも、他の受験生を尾行している試験官に気付かれては意味がないわい。

 そこからワシの存在に感づかれる可能性は大いにあるからの。

 

 さて、受験生も全員出発したようじゃし、ワシもそろそろ行くとするか。

 一応、体には布を覆いその上に木の枝や葉を付けて偽装しておこう。円対策じゃ。リュウショウの円は半径500mはあったからの。

 発信器を確認すればアイシャ嬢ちゃんの居場所はすぐに分かる。……随分奥に行っておるの。少し飛ばすか。

 そうしてワシはアイシャ嬢ちゃんを追って森の奥へと消えていった。

 

 

 

 アイシャ嬢ちゃんのプレートに仕込んでおる発信器を目指して来たのじゃが……無理じゃ。これ以上近づけぬ。

 確実にこれ以上距離を詰めたらアイシャ嬢ちゃんにばれる。それが分かってしまう。気配を察知する範囲が広すぎじゃろう! これより少し前に進んだだけでワシに気付きかけおった!

 ますますリュウショウとしか思えんわ! 絶をしているワシにこの距離で普通気付くか? 並どころかトップクラスの実力の持ち主にも気付かれん自信はあるのにのう。視線だってアイシャ嬢ちゃんに直接合わせず上手くぼかしているというのに……。

 

 大体なんじゃあの絶は! 発信器がなかったら見つけるのも困難じゃわい! 少しは尾行している者の身にもならんかい!

 全く……念のためそこらにいた小動物を嬢ちゃん方面に向かって放した甲斐があったわ。どうやら監視はばれていない様じゃの。

 アイシャ嬢ちゃんが移動を再開した。つかず離れず、この距離を何とか保ちながら尾行する。正直めっちゃ神経けずるわい……。

 

 

 

 ……どうやら受験生を発見したようじゃ。

 相手は……駄目だなあれは。嬢ちゃんに気付いておらんのは仕方のないことじゃが……それ以前に弱すぎる。あれでは嬢ちゃんは実力の一分も出さずに倒すことが出来るじゃろう。

 

 ほれ、言わんこっちゃない。一瞬で近づいて首筋に手刀を一線。簡単に気絶させられおった。風間流を使うまでもない様じゃ。不甲斐無い。少しは粘らんかい。

 

 まあ良い。そもそも実力は十分理解出来ておる。なにせ竜巻落としすら使って見せたのじゃからな。監視カメラにばっちし映っとったわい。

 あのヒソカに同情するとは思わんかった。よくあれをまともに喰らって生き延びていたもんじゃ。いや、そもそもリュウショウはあんな殺し技をワシに仕掛けておったのか?

 ……マジであいつタダじゃおかねぇ。

 いや、【百式観音】使うワシも似たようなもんか。

 

 おっと、感慨に耽っていてはいかん。嬢ちゃんがまた移動を再開した。さあ、いつボロを出すかの?

 

 

 

 わずか2日でいとも簡単にプレートを集め終わりおった。犠牲になった受験生が哀れと言うほかないの。レベルが違いすぎる。

 ほとんど休みなく動いておるが疲れた様子はなし。スタミナや身体能力はリュウショウとは比べ物にならぬ。この歳でこの身体能力、確実に成長の余地はあるじゃろう。……リュウショウ並の技術に類稀なる身体能力。何の冗談じゃ?

 

 ワシがリュウショウに勝てた最大の要因がリュウショウの身体能力じゃ。打たれ強さや反射神経に動体視力。これらは並の人間よりも鍛えられているがそれでも達人クラスになると遥かに下。

 それをあ奴は持ち前の読みの深さと圧倒的なオーラ量、そして世界最高峰のオーラ技術で補っておった。リュウショウのオーラの流れから次の攻撃を予測できる者はおらんかった。攻防力移動など有り得ぬ速度じゃ。何せワシの【百式観音】にすら間に合う圧倒的速度の流をこなすのじゃからの。

 

 それらを駆使してもワシが【百式観音】を使用したらワシの勝ちは決まっておった。どれほど読みが深かろうと、オーラ総量が多かろうと、オーラ技術が凄かろうと、避けられぬ攻撃を受け続ければいずれ倒れる。リュウショウの耐久力ならば尚更の事。

 ……それでも最大12発耐えたのはすごいと思うわ。一瞬でも油断すればワシがやられておったのだからの。

 

 アイシャ嬢ちゃんがリュウショウだとすると……あのリュウショウの最大の弱点がなくなったと……?

 

 いやいや、一体それはなんの冗談じゃ? 【百式観音】を受けてかすり傷程度じゃったぞ? ふざけてんの?

 

 ……く、くっくっく。面白れぇ。最近はめっきり張合いもなくてつまらなくなってきたところだ。

 ワシの全力の全力を受け止めてくれる相手が更なる成長を遂げて復活をした。最高じゃねぇか。例えアイシャ嬢ちゃんがリュウショウでなかったとしても実力者であることに変わりはねぇ。

 俺のこの疼き。止めることが出来ることを望んでいるぜ?

 

 ん? いかん! 嬢ちゃんが神経を集中して周囲を警戒しておる! もしやワシがおることがばれたか? すぐにこの場から遠ざからねば!

 ……いや、どうやらばれていないようじゃの。ふう、焦らせおって……むお! こ、これは、ま、まさかぁぁ!?

 

 

 

 か、観音様が……!!

 

 おお! 齢13とは思えぬ豊満な胸! まさに全てを包み込む母性の象徴! この歳でこのバスト、確実に成長の余地はあるじゃろう!

 細すぎず、かつ太すぎず、女性の魅力たる胸と尻を強調するかのごとく括れた腰! 

 桃の果実を思わせるような、思わず齧り付きたくなるほどの張りと柔らかさを秘めた魅力溢れる尻!

 何というプロポーション! 鍛えられた肉体と女性の魅力が合わさった均整のとれたその身体は芸術の極み。

 さらには水に濡れた事により濡烏(烏の濡れ羽色とも言う)となった流れる様な黒髪が白い肌に合わさり、まさに美の結晶じゃあぁぁぁぁぁ!

 

 ほ、ほほう。下はまだ生えておらぬようじゃのぅ。そこは年相応といったところか。ふむ。先っぽは綺麗な桜色――む! ええい。服を取りに行ったのか! 位置が変わって木々が邪魔で良く見えんわ!!

 早くこっちに戻ってこんか!

 

 ――! やば、気付かれた! 思わず興奮してしもうた。気配が漏れてたか?

 くそう! まだワシの正体がばれた訳ではない。口惜しいがここは撤退じゃ! 

 

 残り5日もある! 必ず好機(水浴び)は巡ってくるはず!! 

 絶対にアイシャ嬢ちゃんのその全貌を暴いてくれるぞ!

 

 

 

 

 

 

 あの視線を感じてから4日が過ぎた。残りは既に24時間を過ぎている。あれ以来さらに注意して周囲を警戒しているが、視線も気配も感じない。いや、何人かの受験生と思わしき人の気配は感じていたが、私を監視していた者の気配ではない。

 あれは桁が違う。あの隠行、下手すればネテロや私並の使い手。自画自賛になるが、その様な使い手がハンター試験にいるとは思わなかった。

 

 顔面針男か? ヒソカなら確実に見つかって逃げる性格ではない。

 それとも試験官? どちらにせよ私を監視していた理由は分からない。

 憶測ぐらいならいくつかつくけど。

 

 とにかく私が気付かないだけで未だに私を監視・尾行している可能性は大いにある。おかげでおちおち気を休める事も出来ない。この4日間一度も水浴びが出来なかったよ……。

 それ以前に……眠い! 正直殆ど眠れなかった。

 熟睡するといつあの監視者が襲撃者に変わるとも限らない。そう思うと中々……寝てても気配は察知出来るけど、あれは別格だ。さすがに自信がない。

 

 まあいい。気を取り直して残りの試験時間を過ごそう。試験が終わってから熟睡すればいい。ここで落ちたら今までの時間が無駄になっちゃうからね。

 最後まで気を抜かない様に……ん? 人の気配。それも複数……数は3人か。

 周囲を探索している様だ。恐らく受験生を探しているのだろうが……3人というのが気になるな。協力しているのか? だとしたら大したものだ。このサバイバルで協力関係が取れるなんて状況判断と理性が高い証拠。

 

 どれ、ちょっと様子を……ゴン達か!

 ゴン・レオリオさん・クラピカさんの3人組だ。確かにあの3人なら一緒に協力し合えるよね。

 

 いいなぁ。ああいうのを友達とか仲間とかって言うんだよなぁ。

 羨ましいなぁ。

 

 ……ちょっと声を掛けてみよう。ゴン達を見たら人恋しくなっちゃったよ。

 そうだ。どうせなら少し驚かせよう。それくらいの悪戯ならいいよね?

 

 

 

 気配を消してゴン達の真上の木の枝に移動する。どうやら気付かれていないな。このまま一気に地面に降り立ち……。

 

「わっ!!」

「うおぉぉっ!?」

「くっ!?」

「しまっ!?」

 

 おお。予想以上の驚き具合。でもきちんと警戒していた様で、すぐに皆さん臨戦態勢を取ってらっしゃる。

 ……ちょっとやりすぎたかな?

 

「わわ、すいません! 私です。アイシャです!」

「……なんだよアイシャかよ。ビックリさせんじゃねえよ。敵かと思ったじゃねえか」

「ふう。ほんと。ここまで近づかれたのに全然気づかなかったや」

「……おめでたいなお前達は。まだアイシャが味方と決まったわけではないのだぞ。我々のプレートを奪いに来たのやもしれん」

 

 おおう。レオリオさんとゴンはちょっとビックリした、で済ませてくれそうだけど、クラピカさんには疑われているようだ。

 こんな試験じゃ当然の反応だから仕方ないけどね。

 

「本当にすいません。この辺りを通っていたら皆さんが見えたもので、つい……プレートは既に6点分集めてますのでもう要りませんよ」

「おいおいクラピカ疑いすぎだぜ。アイシャが騙し討ちなんてそんな汚いことするわけないだろ?」

 

 ……えっと、このプレートは受験生から不意打ちで奪ったものですが……騙し討ちと不意打ちは違うよね?

 

「大丈夫だよクラピカ。アイシャがその気なら最初の時に攻撃出来てたよ?」

「……そうだな。すまないアイシャ。少し過敏になっていたようだ」

「いえ、試験が試験です。それにプロハンターになるのなら慎重さも求められるでしょう。先程のは当然の対応ですよ」

「そうか。そう言ってくれると助かる」

「おいおい、まるで俺達が慎重じゃないみたいじゃねえかよ~」

「レオリオ。達を付けるとゴンに失礼だぞ?」

「んだと~!」

 

 レオリオさんとクラピカさんのやり取りに私とゴンから笑いが零れる。それを境にクラピカさんとレオリオさんも笑みを浮かべる。

 ああ、いいなぁ。やっぱりこういうの、憧れるなあ。

 

「ところで3人ともプレートは集まりましたか? ……見たところ受験生を探していたようでしたが」

「……それがなぁ」

「私とレオリオは既に合格分のプレートは集まっている。問題は……」

「うん……オレのプレートが……」

「ああ。ゴンの3点になるプレート。標的となるナンバープレートを持った受験生が見つからねぇんだ」

「私達は上手く合流し協力関係を結ぶことが出来た。その後運良く私とレオリオの標的からプレートを奪うことは出来たが……」

 

 なるほどそういう事情か。

 

 しかし……クラピカさん……優しい人なんだな。

 他の2人は恐らく考えてすらいないだろうが、クラピカさんは私のプレートを奪う事を一瞬だが思考に捉えていただろう。最初の問答で私がプレートを必要ないので敵ではない、となったが、実は違う。彼らの方はプレートが必要なのだ。

 ならばプレートを持っている私は彼らにとって敵となるはず。その答えにクラピカさんなら確実に行き着いたはず。

 でもそうしなかった。それだけでクラピカさんがどれだけ優しいかがよく分かる。

 

「なるほど……ところでゴンが探しているのはどのナンバープレートなのですか?」

「90番だよ」

 

 ん? ……90番? それってもしかして。

 リュックサックの裏ポケットの中を探す。出てきたのは4枚のプレート。その中の一つに書かれた数字が90だった。……おおぅ。

 

「えっと、私、そのプレート持ってるんですが」

『え?』

「ほら」

 

 すっとプレートを前に出す。それを食い入る様に見る3人。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が場を支配した。適当に見つけた受験生から奪ったものだけど、確かに誰かの3点分のプレートを奪う事になるよね。それがたまたまゴンだったと……。

 

 どうしよう? これを譲るのは簡単だけど……確実にゴンは受け取らないだろう。きっとそういう子だ。

 けど今からゴン達が3点分のプレートを集めるのは不可能に等しい。何せ残り24時間切っている中でプレートを3枚集めなければならないのだから。

 しかしまともに渡しても受け取らない事は目に見えている……。

 

 そうだ! これならいけるかもしれない! 少しゴンには悪いけど……。

 まずゴンに勝負を挑む。ゴンが勝てばこのプレートをゴンに渡す。私が勝てば私の言うことを何でも一つだけ聞くようにする、という条件を付けてだ。

 そうして私が勝ったうえでゴンにプレートを受け取れと命令すればいい。わざと負けては余計にゴンのプライドを汚すだろう。

 これでゴンにプレートが渡ってもゴンは私に対して負い目を感じるかもしれない。でも他にゴンにプレートを渡す方法は思いつかない。プレートを渡してしまえば私が合格出来なくなるけど、ゴンと違って私はプレートを一枚手に入れればいいだけだ。それなら何とかなるだろう。

 これで行くしかない。

 

「ゴン。勝負をしませんか?」

「え? 勝負?」

「ええ。勝負です。その勝負にゴンが勝てばこのナンバープレートをゴンに譲りましょう」

「ええ!? そんなの悪いよ!」

 

 いや、すでに勝ったつもりで返されても困るのですが……。

 

「アイシャが勝った場合はどうするのだ? すでにプレートは必要ないだろう?」

「私が勝てばそうですね……1つ私の言うことに何でも従ってもらう、というのはどうでしょう? これならプレートと釣り合う内容だと思いますが」

「なるほど……勝負内容は?」

「クラピカ! オレは勝負するなんてまだ――」

「落ち着けゴン。これ以外にどんな方法がある。もはやお前が合格するにはこの案に乗るしかあるまい」

「でも……」

「(まあ聞け。このプレートを手に入れなければ我々に必要なプレートは3枚。これは分かるな)」

「(……うん)」

 

 何やら小声で相談している様だ。ひとまず待っていよう。

 

「(ここでプレートをアイシャから手に入れたとしても、アイシャが新たに必要なプレートは1枚のみ。その1枚を我々で協力すれば手に入れる可能性は大いにある)」

「(あ。……でも、もし手に入らなかったらアイシャが)」

「(だがそれが全員で合格するには一番効率的だ。4人で協力すればプレートの1枚くらいなら手に入れるのもかなり楽だろう)」

「(4人で……うん、そうだね)」

 

 ん? 相談は終わったかな?

 

「分かったよアイシャ。その勝負受けるよ」

「おいマジかよ! それじゃアイシャが――!」

「(こっちにこい馬鹿リオが! いいか……)」

「(誰が馬鹿リオじゃこらぁぁー! で、なんだよ?)」

 

 ……仲良いなあの二人。

 

「勝負を受けてくれるのですね。それでは勝負内容ですが……賭けの内容を決めたのは私ですから、勝負内容はゴンが決めていいですよ」

「いいの?」

「ええ。二言はありません」

「どんな勝負でも?」

「はい。構いません」

 

 私は一向に構わん! 勝っても負けても問題ないしね。

 まあ勝負事だからわざと負ける気はないけど。

 

「じゃあ……そこの泉に魚がいたから。釣りで勝負しよう」

「はい。釣りですね分かりまし……はい? 今、何と?」

「釣りで勝負。あ、制限時間を決めておいた方がいいよね。今から制限時間10分以内に魚を何匹釣れるかで勝負。レオリオ、時間を計って」

 

「釣り?」

「うん」

 

「魚を?」

「うん」

 

「釣竿で?」

「うん」

 

「手は?」

「竿で」

 

「足は?」

「竿で」

 

「竿は?」

「自前で」

 

「時間は?」

「10分」

 

 ……鬼がおる。

 

「もう始まってるから早くしないと時間なくなっちゃうよ? レオリオ、残りどれくらい?」

「あ、あと9分15秒だ(え、えげつねぇ)」

「は、はは(これはひどい)」

 

「うわぁぁん! ゴンのバカヤロ~!」

「よし! まずは1匹!」

 

 竿を手作りしている私の後方からそんなゴンの声が聞こえてきた……。

 

 

 

 10分後。はれてプレートはゴンの物となりましたとさ。

 ふっ、全ては計算通り!

 だから、くやしくなんか、ない……!

 

 

 

 

 

 

「ごめんねアイシャ。本当にプレートをもらって」

「い、いいんですよ。勝負の結果です。それも自分から持ち掛けた。そこに文句を言うつもりはありませんよ」

「いや、俺は文句言ってもいい気がする……」

「私もだ……」

 

 やっぱり少しズルかったかな? でも、アイシャと闘って勝てるイメージが湧かなかったんだよね。

 何だろう。ヒソカみたいな怖さやゾクゾクするものを感じないんだけど、なんか打ち込めないっていうか……。闘う前から相手に負けをイメージさせてるなんて……アイシャはすごいや。

 オレももっと強くならなきゃ。そうじゃなきゃジンに会うなんて出来っこないよね、カイト。

 

「まあ終わった事は仕方ないとしよう。それよりもアイシャ。今更こんな事を言うのも何だが、私達と協力しないか? アイシャはあと1点分のプレートを手に入れればいいのだろう。4人で協力すれば手に入れる確率も上がると思うが?」

「そうだよアイシャ! オレ達に協力させてよ!」

「ああ。このまま別れるなんて出来ないしな」

「……いいのですか?」

「もちろん」

「では……よろしくお願いしますね」

 

 うわぁ。すごくいい笑顔だなぁ。レオリオがアイシャの笑顔見て鼻の下を伸ばしてるや。アイシャってこうして人と話したことはあんまりないのかもしれない。オレ達と話す時っていつも楽しそうなんだよね。

 オレも友達とこうして話をするのはすごく楽しいんだよね。くじら島には同年代の人がいなかったから。……レオリオはちょっと年上だけど。キルアもいたらもっと楽しいんだろうなぁ。今頃どうしてるんだろ? キルアの事だからきっと問題ないと思うけど。

 

 いけない。アイシャの為にも早く他の受験生を探さなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 残り時間は20時間を切ったか。

 ここからが正念場だ。例え6点分のプレートを手に入れてもそれを試験終了まで守れなければ意味はない。ここまでくれば恐らく合格点を満たしていない受験生は死にもの狂いでプレートを奪おうとするだろう。

 それを許すわけにはいかない。オレは絶対にハンター試験に合格して幻獣ハンターになるんだ。ここまで来て今更リタイアしてたまるか。

 

 気配を消しつつも周囲に気を張る。……どこにオレを狙うやつがいるか分から――敵! 気配を感じて振り向くと長身のサングラスをかけた一人の男。甘かったな、気配が消し切れてなかったぜ!

 構えていた弓に矢を番え即座に――! 後ろからも気配! くそっ! 2人掛かりか! このままじゃ――右からも人が!? 3人? いやちょっと待て! 狼狽している俺の肩を誰かが叩く。慌てて振り向くとそこには――!

 

 申し訳なさそうな顔をしている4人目の襲撃者がいた……。4人掛かりて……はは、ふざけてんのか?

 

 そうしてオレは後頭部に強い衝撃を感じ、瞬く間に意識を失った……。

 

 

 

 ――受験番号54番ポックル、ナンバープレート紛失。結局彼は今回の試験に不合格。本来の歴史と違いこれよりさらに2年後の試験に合格してプロハンターとなる――



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第十六話

 ここがネテロ会長が仰った場所。今期ハンター試験の最終試験会場ですか。普段は審査委員会が経営するホテルのようですが、今は最終試験の為に貸切になっているようですね。

 

「現在当ホテルは貸切の為通常の営業は行っておりません。真に申し訳ありませんが、お引き取りを……」

「私はリィーナ=ロックベルト。ネテロ会長より私が来訪した時の通達が来ているはずですが……伝わっておりませんか?」

 

 身分証明証、ハンターライセンスを渡し、確認を促す。もしあのじじいが伝え忘れていたならどうしてくれようか。浸透掌か? それとも竜巻落とし? いやそれとも――

 

「大変失礼いたしました。ネテロ会長より話は仰せつかっております。まだ会長は到着していませんので、到着までこちらへ――」

「リィーナ!」

 

 ホテルマンが案内をしようとした矢先の事、聞き覚えのある声がしたので思考を中断し振り向く。

 

「ビスケ。一体どうしてこちらに?」

 

 そう。何故ここにビスケがいるのでしょう?

 

「それはこっちのセリフだわさ! なんであんたがこんな所にいるわさ! あんた約束を忘れてたの!?」

 

 約束……? ……ああ!!

 

「そう言えば、3日前はエステの予定の日でしたね」

「……呆れた。ほんとに忘れてたのねあんた。……あのねぇ、あたしだって暇じゃないのよ。それなのにこうして毎月最低1回はあんたの所に出向いてあげてんのに、約束の日に行ったら留守ときた。しかも長期不在の予定を入れて」

 

 これは……少々怒っていますね。それも致し方ありません。約束を違えたのは私なのですから……色々と思うところがあったとはいえ、約束を破ってしまうのはいただけません……。

 

「申し訳ありませんビスケ。今回は私の落ち度です……この埋め合わせは必ずしますので、今は許してもらえませんか?」

「……はあ。仕方ないわさ。普段こんなミスをするアンタじゃないモノね。ま、埋め合わせは今度してもらうわ。ちょうど欲しいモノがあったのよね~」

「すみませんねビスケ。……ちなみに予算は1000万ほどにしてくださいね」

「……もう一声。ちょっとした情報屋を雇ってようやく移動先が分かったんだから。それの分も含めてほしいわさ」

「はあ、2000万までですよ?」

「よっしゃ!」

 

 全く、この子ときたら……2000万くらい軽く持ってるでしょうに。

 

「それで?」

「はい?」

「なんで約束すっぽかしてこんな所に来たの? ここ審査委員会が経営してるホテルでしょ? これからハンター試験会場に使われるみたいだけど」

 

 ……まだ根に持ってるみたいですね、約束を忘れていたのを。

 

「……」

「……?」

 

 ……そうですね。ビスケも今回の件。リュウショウ先生の件は他人事とは言えないでしょう。彼女もネテロ会長を通じて先生と深く関わりのある人でしたから。

 それに……あの時、リュウショウ先生が亡くなって意気消沈としていた私にずっと寄り添ってくれたビスケになら……話をしてもいいでしょう。

 

「その説明をするのに立ち話もなんですね。話は部屋についてからにしましょうか」

「それもそうね。と言う訳でそこのあんた。早く部屋まで案内してちょうだい」

「は、いえ、その、こちらの方は?」

「私の連れです。通しても問題はありません。彼女もプロハンターですし」

「いえ、しかし、ネテロ会長からの話ではロックベルト様のみとの……」

「会長には私から伝えておきますので問題ありません。案内をお願いいたしますね」

「は、はい! 畏まりました!」

 

 顔を赤くして私達を先導するホテルマン。はて、一体どうしたのやら?

 

「……あんた、あんな年下弄るなんて趣味悪いわね~」

「弄るとは人聞きの悪い事を。私は誠心誠意お願いするために微笑んだだけですよ? 70を越えるお婆ちゃんに微笑まれて顔を赤くする方がどうかと思いますが?」

「いや、今のアンタを見てお婆ちゃんて言える奴いないから」

「そういうビスケは初対面の人だというのに猫を被っていませんね」

「ぐ、あれはアンタがいないから苛立って……」

「なるほど、寂しかったと。それならそうと仰ってくれればよろしかったですのに」

「誰が寂しいって言ったわさーー!!」

 

 ふふ、やはりこの子は弄ると可愛いですね。やりすぎると怒ってしまいますから気を付けなければいけませんが。

 

「ちょっとー! 聞いてんのリィーナ!」

 

 

 

 

“ボーーーー!!”

 

 船からの汽笛、そして試験終了の合図。やっと終わりか。つまんなかったし、期間長すぎ。待ってる間が暇でしょうがなかったよ。さて、ゴンの奴はどうなったかな?

 

「キルア!」

「ゴン! 合格したのか」

「うん! 皆のおかげで何とか」

「お、アイシャにクラピカに……リオレオ! 皆も合格できたのかよ」

「レオリオだ!」

 

 あれ、そうだっけ? まあいいや。どうやら皆で手を組んでいたわけだ。

 ちぇ、何だよ。俺だけ仲間はずれかよ。いや別にいいけどさ。

 

「キルアも合格出来て何よりですね」

「まあね。楽勝だったよ。アイシャも三人狩るのめんどかっただろ? 運がないなぁ。オレなんて適当に狩った奴が標的だったぜ」

 

 普通一番最初にくじ引いて自分の番号を取るか? 確率4%だぜ。

 

「う、うるさいですね! 確率的にないわけではありません。そういう時もあるんです!」

「運が悪い奴の常套句みたいだな」

「う、うぐぐ!」

 

 ははは、ぐうの音も出ないとはこの事だな。

 

「はは、実はなキルア。もっと面白い話があるぜ」

 

 レオリオが意地悪そうな顔でこっちに近づいてくる。何だ一体?

 

「まさか……レオリオさん!?」

 

 アイシャのこの動揺。どうやらよほど話されたくない事みたいだな。

 ……面白そうだ!

 

「へえ、どんなんだよ?」

 

 オレはこの話の楽しさを予感しながらレオリオに話をするよう促す。

 ああ、やっぱり殺しなんかやってる時よりゴンと……こいつらと一緒にいる方が断然楽しいな……。

 

 

 

 

 

 

 私の目の前で笑いながら地面を転げまわっているキルアがいる……。ゴンとクラピカさんは申し訳なさそうにしながらも苦笑している。レオリオさんはキルア程じゃないけど私とゴンの勝負を楽しそうに笑いながら話している。

 

 ……レオリオさんの裏切り者~。

 

「レオリオさん。どうして話しちゃうんですか……」

「わりぃわりぃ。ついぽろっと口から出ちまったんだよ」

「は、腹いてぇ! じ、自信満々に勝負を挑んでおいてあっさり負けるなんて!? ご、ゴンはゴンで釣り勝負って何だよ!? アイシャ釣竿持ってないじゃん!」

 

 ぐおぉ~! 聞けば聞くほど恥ずかしい! 今の私の顔は赤に染まっているだろう。

 

「いや、勝負方法は何でもいいってアイシャが言うからさ」

「た、確かに“何でも”だな。こりゃ文句は言えねえわ」

「ですから、文句など言っていませんよ……」

「しかもその後たった一人の受験生に四人がかり。同情するねそいつに」

 

 だって、皆さん協力するって言ってくれてるのに、断るなんて悪いじゃないですか……でもなんでだろう。あの人にはすごく申し訳ないこと(4人がかり)をしたのに、何故か良い事をした様な気がする?

 

「あ~、笑った笑った。こんなに笑ったの初めてかもしんねぇ」

「それはようございましたね」

「怒んなって。ほら、飛行船が迎えに来たみたいだし、早く乗ろうぜ」

 

 くぅ。キルアの笑い顔がそこはかとなく腹立たしい……。

 

 

 

 私達を乗せた飛行船は最終試験会場へと向かっている。

 この後すぐに試験が始まるんだろうか? 正直寝たい。この1週間碌に寝ていない。

 

「アイシャはさ」

「はい? どうしましたゴン?」

 

 何か聞きたいことでもあるのだろうか? 答えられることなら答えるけど。

 

「どうしてハンター試験を受けたの?」

「ああ、オレも気になるね」

 

 何故ハンター試験を受けた、か。……まあゴン達なら正直に言っても問題はないか。

 

「受けた理由ですか。大層な理由はありませんよ。身分証明するものが欲しかっただけです」

「身分証明?」

 

 よく分かっていない顔のゴン。他の皆は怪訝な顔をしている。どうして身分証明が必要か知りたいのだろう。

 

「私、流星街の出身なんですよ」

「!」

 

 驚く3人。……ゴンはやっぱり分かっていないようだ。流星街を知らないのかな?

 

「流星街とはですね……」

 

――少女説明中――

 

「という訳なんですよ」

「そうか。だから身分証明が必要なんだね」

 

 ……私の身の上話をある程度聞いてこの反応。なんとも不思議な子だ。普通なら同情するか、申し訳なさそうな反応をするところなのに。

 ……でも嫌な感じはない。その人そのものを受け入れてくれる、そんな包容力を感じる。

 

「……アイシャだけ話すのもあれだな。オレ達の志望動機も話そうぜ」

「そうだな~。つっても大した理由なんてないぜ。ただの暇つぶしだしな~」

「オレは親父みたいなハンターになりたいんだ。親父がどんなハンターか詳しく分からないけど」

「オレは金だよ。ハンターになれば見た事もねえ大金が手に入るしな」

「わざわざ悪ぶって言う必要もあるまい。素直に医者になるための金が欲しいと言えばよいのだ」

「るっせ!」

 

 キルアは何となくそんな感じがしたなぁ。

 ゴン、お父さんを知らないのに、その人みたいなハンターを目指してるって……。

 レオリオさんは……想像以上に優しい人だった。この人は一緒にいて何か落ち着けるな。

 クラピカさんは――

 

「私は……幻影旅団。奴らを捕まえるためにハンターに志望した」

 

 ――! 復讐、か。幻影旅団の名を口にした瞬間、とても重く暗いオーラに変化していた……。

 

 幻影旅団。賞金首の中でもA級首といって上位に位置する者達。熟練ハンターですら手を出すのを躊躇うほどのレベルだ。

 流星街を出て何度か耳にした事がある。物語に置いても強い関わりを持っていたはず。恐らく全員が念の使い手。それもかなりの腕前のはず。ハンターが未だ捕えていないというのはそういう事だ。

 今のクラピカさんでは手も足も出ない。少なくとも念を習得しない限りは。習得したとしても勝ち目は少ないだろう。よほどの才能差がない限り、念は修行に費やした年月が物を言う。私がいい例だろう。

 

「復讐をとやかく言うつもりはありませんが、幻影旅団は……」

「分かっている。だが死は怖くない。今の私で無理ならば、可能なくらいに強くなればいいだけの事だ」

 

 ……そこまで言われてしまえば強く止める事は出来ない。他人がいくら復讐は虚しいだとか言っても、クラピカさんの心に届くとは思えない。私は誰かに復讐したいと思ったことはないのだから……。

 

 復讐される側ではあるだろうけど、ね。父が、私が生きている事を知ったらどうするのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 ふむ。どうやら最終試験会場のホテルに着いたようじゃの。恐らくリィーナ嬢ちゃんも到着しとるじゃろ。あまり待たせて文句を言われるのも嫌じゃし、さっさと行くとするか。

 

 ホテルマンに言付けておった部屋に着いた。中にはリィーナ嬢ちゃんがおるのじゃろう。気配が……2つ?

 はて? 何故2つの気配が? 1つはリィーナ嬢ちゃんじゃろうが、もう1つは……?

 

 何故だか嫌な予感がするのう……入りたくないわい。しかしこれ以上時間を置いてはリィーナ嬢ちゃんに何を言われるか。

 

 仕方ない。意を決して入るとするか。

 

「待たせたのリィーナ嬢ちゃ――」

「くそじじぃーー!! あんたどうしてあたしにも話さなかったわさーー!?」

「ぬお? び、ビスケか! 一体なんの事じゃ!?」

 

 もう1人はビスケじゃったか! 嫌な予感的中じゃの……リィーナとビスケが揃ったら口では一切勝てぬ……。

 

「何もへったくれもないわさ! リュウショウ先生の件よ! そんな大事、どうしてあたしに連絡しなかったのよー!?」

「そ、その件か。しかしの、話すも何も未だ確証のない事じゃ。事が事ゆえにあまり吹聴するわけにも――」

 

「あたしだって関係者でしょうが! 何年じじぃやリュウショウ先生と関わってきたと思っているわさ!」

「私の方から既に聞き及んでいる事は話し終えています。確かにあまり多人数に話すのは憚られますが、ビスケになら問題ないでしょう」

 

「う、む。……すまんのビスケ。ワシも少し考える事があって気が回らんかったようじゃ」

「……まあ、話が本当ならじじぃがそのアイシャって娘に気が取られてもしょうがないわね。リュウショウ先生が転生したともなれば、ね」

 

「前々から思っとったのじゃが……何故ワシはじじぃでリュウショウが先生なのじゃ? リィーナ嬢ちゃんはともかく、ビスケ、お前ワシの弟子だよね?」

「尊敬出来るかどうかの違いじゃない?」

 

「ネテロ会長ですからね。仕方ない事でしょう」

「……ワシ、泣いていい?」

 

 オノレリュウショウ。

 

「泣くなうっとうしい。ま、あんまり苛めてほんとに泣かれてもめんどくさいからこれ位で止めとくわさ」

「ビスケの優しさに全私が感動中です」

 

 ……本当に涙が出そうじゃ……。

 

 しかし、仲良いのうこやつら。リュウショウが生きておった時は良いライバル関係ではあったが、結構いがみ合っていたもんじゃがのう。こうして見ると今は仲の良い姉妹にしか見えんわい。

 全く。二人とも年齢詐称にも程が――

 

『今なにか言った?』

「イエナニモ」

 

 ワシの心を読むでないわ!

 

「それよりも今後の予定なのじゃが!」

「話を逸らそうとしてませんか?」

 

「何の事じゃ? とにかく今後の予定じゃが、今から受験生の面談を行うつもりじゃ」

「面談、ですか」

 

「うむ。最終試験の組み合わせを決める為に最後の確認をと思っての。……アイシャ嬢ちゃんはその面談の最後に回す予定じゃ」

「その面談、もちろん私達も――」

 

「分かっておる。参加してよい。ただし、参加するのはアイシャ嬢ちゃんの時だけじゃぞ」

「もちろんです。それ以外に興味はありません」

 

「本当は飛行船の中で面接をする予定じゃったが……そんな事をすれば怒るじゃろ?」

「良い判断です。命拾いしましたね」

 

 ……良かった。考え直して。

 

「ではそろそろ始めるとするか。アイシャ嬢ちゃんの番が来たら合図するのでお主らは奥の部屋で待機しとってくれ」

 

 これで後はアイシャ嬢ちゃんを待つばかり。……ふふ、年甲斐もなく興奮してきおったわ。もし本当にアイシャ嬢ちゃんがリュウショウの転生した姿であるというのならば……言い逃れ出来ると思うなよリュウショウ!!

 

 

 

 

 

 

“受験生の皆様。お休みのところ申し訳ございません。これより会長が面談を行います。番号を呼ばれた方はホテル15階の会議室までおこし下さい”

 

 ホテルの一室で休んでいるところに突然の放送。ネテロの面談、だと。何の面談だろう? 最終試験は3日後だと言ってたから、ゆっくり休めると思ったのに……。

 ま、そんなに時間かからないだろう。終わった後に眠ればいいか。

 

“受験番号44番の方。44番の方おこし下さい”

 

 44、ヒソカか。

 ……あいつネテロ相手に攻撃仕掛けないよな?

 やりそうだなぁ。ネテロなら攻撃されても大丈夫だと思うけど。あいつの心配なんてするだけ無駄だしね。早く私の番来ないかな~。

 

 

 

“受験番号401番の方。401番の方おこし下さい”

 

 ……最後って何さ。嫌がらせか? 何かわざと私を最後にした様な気がする。罠か!!

 

 ……いやいや、罠ってなんだ。疲れてるな私。たまたま私が最後になっただけ。それだけの事だ。さっさと面談終わらせてゆっくり休もう。

 

 会議室の前まで来たけど……明らかに室内に3人の気配。

 はて? 何故3人もの気配が? 1人はネテロだろうけど、残りの2人はだれだろう?

 何故だか嫌な予感がする……入りたくないなぁ。でもここで入らないでハンター試験不合格となったらもっと嫌だし。

 

 仕方ない。意を決して入るとしますか。

 

「失礼します。受験番号401番です」

 

 中を見渡すと、部屋にいたのは……ビスケットさん!? 何でここに? もう1人は……いや、まさか、でも確かに……り、リィーナ! な、何で!? ここにいるのはまあいい。そんな事よりも……。

 

 なんで若いの!? あなた確かもう71歳だよね!? どう見ても20代なんですけど!! 私が道場の後継を頼んだ時よりも明らかに若返っている……どゆこと?

 

 いきなりの展開に私の脳がついていけない。試験の疲れと睡眠不足による眠気も強い。だからだろう。ネテロの次の言葉に普通に答えてしまったのは。

 

「うむ、よく来たのリュウショウ。まぁとりあえず座るといい」

「あ、はい」

 

 ……ん? 今何か違和感が……?

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 4人分の静寂が部屋を包む……。

 今、ネテロは、なんて、言った?

 

「りゅ、リュウショウ?」

「せ、先生?」

「ほ、本当に?」

 

 ……はは、ばれてーら。

 

「今のなし、てのは駄目?」

 

 駄目だろうなぁ。どうして分かったんだろう? やっぱり浸透掌とか柳葉揺らし使ったからかな? でもそれだけで私がリュウショウだと思うか? 転生なんて普通考えないと思うけど。

 

 まあ、ここまで来て誤魔化すこともない、か。

 

「リュウショウ、なのか?」

「せ、先生? ほ、本当に先生なのですか?」

「ええ。……久しぶりですねネテロ。研鑽を怠ってない様で何よりです。リィーナも元気そうで何よりです。……ところで、あなたなんで若返ってるんですか?」

 

 いや、ほんとそこ気になるわ~。

 

「そんなのどうでもいいわさ! 本当にリュウショウ先生なのあなた!?」

 

 かなり気になる事なんだけどな。

 まあ転生に比べたらどうでもいいことではあるか。

 

「ここまで来て下らない嘘は吐きませんよ。確かに私は前世でリュウショウ=カザマを名乗っていました」

「では、やはり【輪廻転生】を使用して転生されたのですね?」

 

 あれ? なんでリィーナが【輪廻転生】を知ってるの? 読み方であるツヨクテニューゲームは知らないみたいだけど。

 

「それはそうですが……どうして【輪廻転生】を知っているのですか?」

 

 疑問は聞くに限る。凄まじく嫌な予感がするけど……。

 

「やはりそうじゃったか……ワシの勘も大したものじゃな」

「ええ。その点は褒めて差し上げますよネテロ会長。先生、お忘れですか? 先生の遺した黒の書に【輪廻転生】の事が書かれていましたので、そこから先生が転生したのではないかと思い至りました」

 

 ……黒の、書?

 え、なにそれ? 初耳なんですけど?

 いや待て。【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】が載っている本と言えば……。

 

「ま、まさかその本、黒い表紙の古書では……?」

「はい。その通りです。先生が書き記した様々な念が書かれた本です」

 

 ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!

 わ・す・れ・て・た!!!

 

 私の厨二の塊! 前世の負の遺産! 

 〈ブラックヒストリー〉!!

 

 使用しなくなってからずっと部屋の奥にしまっていたからすっかり忘れていた! なんで前世の私はアレを処分しなかったんだ!? この2人が知っているって事はアレを読んだということ!

 

 ああ、恥ずかしい! 穴があったら入りたいとはこのことだ!

 

「リィーナ! ブラ……黒の書は今どこに!?」

「は、はい! ……そ、それが……」

 

 なに? どうしてそこで言いよどむ?

 

「リュウショウ先生。リィーナを責めないで下さい。……実は黒の書は盗まれてしまい、行方知れずなんだわさ」

 

 リィーナの代わりにビスケットさんが答えてくれる。なんか以前より仲良くないこの2人? いやそれよりも、だ。

 ……盗まれた? 行方が分からない?

 

「なん……だと……?」

 

 あ、あれが別の見知らぬ人の手に渡っている……だと? 一言一句全てにおいて読み込まれているかもしれない……だと?

 身体の力が抜け、がくりと膝をつく。虚脱感が私を襲う……。

 

 

 

 ……………………………………………………死にたい。

 

 

 

 

 

 

 ああ! 先生が落ち込まれている! 私が不甲斐無いばかりに先生の大切な書物を奪われてしまったから!! くっ! 一番弟子として情けない!

 

 でも本当に先生が転生されていたなんて! 今日はなんと良き日なのでしょう!

 

 はっ! 駄目ですよリィーナ! 先生が私の不手際で意気消沈されているというのに、私が喜んでいては不敬にも程があるというもの!

 

 ……ですが、転生して女の子になっているリュウショウ先生が落ち込んでいる姿は何ともかわい……。いけませんいけません! 大恩ある師に対して何たる考えを!

 

 冷静に、冷静になるのですリィーナ。落ち着いて深呼吸を。

 ひっひっふー、ひっひっふー。

 

「いや、なにラマーズ法してるのよアンタ」

「はっ! いえ、少し動揺していたようです」

 

 お、思った以上に動揺しているようですね……。と、とにかくまずは謝罪をせねば!

 

「先生。申し訳ありません。先生の大切な私物を勝手に取り出したばかりか、奪われてしまうなんてお詫びの言葉もございません……どうかこの愚かな弟子に罰をお与えください!」

「リィーナ。……あれは前世の私、つまりは死んだリュウショウの物。そしてあなたにはリュウショウの後継を頼みました。あの道場にある物は全てあなたに譲ったのです。だからあなたがそこまで気に病む事はありませんよ」

 

 せ、先生! なんと寛大な……!

 

「ああ、先生のお優しい心に感銘いたしました! ですが奪われてしまった事には変わりありません! 必ずや愚かな盗人に誅罰を与え黒の書を取り戻し、汚名をそそいでみせます!」

「そ、そうですか……頑張ってくださいね……いやほんとに」

「はい!」

 

 先生からの激励のお言葉! 何としても黒の書を取り戻さねば!!

 

「ところでリュウショウよ。聞きたい事があるのじゃが」

 

 む? ネテロめ。せっかくの先生との幸福の一時を邪魔するとは。

 ……まあいいですか。先生に聞きたい事は私も山ほどあります。恐らくネテロ会長が聞きたい事も私とさして変わりないはず。ここは寛大な心で許してあげましょう。

 

 

 

 

 

 

「聞きたい事、ですか。まあ、何を聞きたいかは分かりますが」

「うむ。お主今まで何をしておったのじゃ? 何故転生をした? 何故転生した事を話さんかったのじゃ?」

 

 やっぱりそんな質問が来るよね。ネテロ以外にもリィーナもビスケットさんも興味津々の顔をしている。話さない訳にはいかないだろう。

 

 何をしていたか。まあこれは大体話しても問題ない。

 転生した事を話さなかった理由。これは普通信じてもらえると思わなかったから。

 転生した理由? 童貞のまま死にたくなかったからです!

 

 ……言えるか!

 

「まあ、掻い摘んで説明します。転生した事を言えなかったのはやはり信じてもらえるとは思わなかったからです」

「そんな! 先生の言う事を疑うなど!」

「落ち着くわさリィーナ。実際前情報がない状況でいきなりリュウショウ先生の生まれ変わりですと言われても信じないのは当然だわさ」

「それは! ……そうかもしれませんね」

 

 ふむ。暴走気味のリィーナを上手くコントロールしている。見た目はビスケットさんが妹なのにお姉さんみたいだ。

 

「今までは……流星街にいました。正確には3年ほど前にそこを出奔しましたが」

「流星街じゃと? 何故その様な場所に?」

 

 驚いているな3人とも。あのリュウショウが流星街で暮らしていたともなれば仕方ないか。

 

「生まれて直ぐにそこに捨てられまして。それからある程度成長するまでそこで暮らしていました」

 

 母さんの事は……話さなくていいだろう。あまり話したい事でもない……。

 

「それからは天空闘技場に行きしばらく資金集めを、その後は世界各地を転々としました。今回ハンター試験を受けたのは身分証明が欲しかったからですね」

「なるほどのう……」

 

 納得したように頷き、続きを促すネテロ。どうして転生したか早く聞かせろって事か。

 

「転生した理由ですが……」

 

 ゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。

 

「……も、もちろん武を極めるために決まっています!」

 

 ……嘘ついた方が幸せな事も、ある。

 

「や、やはりそうでしたか!」

「ま、そんなとこじゃと思っとったわ」

「リュウショウ先生だしね~」

 

 こ、心が痛い! 特にリィーナの感激に溺れた瞳が突き刺さる様だ! もうやめて! 私のライフはゼロよ!

 

「あ、あと聞きたいことが1つあったの」

 

 え、まだあるの?

 

「何ですか一体?」

「それじゃよそれ。その口調じゃ。以前と全然違うではないか」

 

 おう。そこを突かれたか。まあ、これも多少ぼかして言うか。

 

「女性として生まれ変わってはや十余年です。育ててくれた母にも女の子らしくしなさいと躾けられましたからね。郷に入れば郷に従え、ですよ」

 

 特に嘘ではない。躾けられたのは本当だし。

 

「あと、私の事はリュウショウではなくアイシャと呼んでください。もうリュウショウはいないのですから……」

「リュウショウ……いや、分かったわいアイシャ」

「先生! 例え姿形が変われど、先生は先生です!」

「あんたもほとほとリュウショウマニアだねぇ。ま、そういう事なら了解だわさアイシャ」

 

 うむうむ。皆納得してくれたようで何より。リィーナは……もう諦めた。

 

「じゃあ、アイシャがリュウショウの転生体だと納得したところで、後はやる事は一つだな」

 

 ニヤ、と好戦的な笑顔を浮かべるネテロ。おい、まさか……。

 

「武を極めんとするのならば、オレを倒してからだろう? お前の手紙の通りに研鑽は怠っていねぇ。勝ち逃げされたままで大人しくするなんざ武人じゃねえからな!」

 

 うわ~お。戦闘モードに移行しやがった。

 いやいやちょっと待て。確かに雌雄を決するのは吝かではない。だがしかし――!

 

「落ち着いてくださいネテロ。確かにあなたとの闘いは心躍りますが、今は無理です」

「何でだよ?」

 

 そう不満そうな顔するなよ。私だってお前と戦いたいさ。

 

「今の私は本調子とは程遠い状態です。オーラ量は残り3割を切っていますし、この1週間睡眠も取れていないんですよ」

「え、今期のハンター試験ってそんなに難しかったの? リュウシ……じゃなくってアイシャがそこまで消耗するなんて」

「どういう事ですかくそ……ネテロ会長。事と次第によっては……」

「い、いや、そんなはずはない! 確かにハンター試験の難易度はその年々によって多少の上下はあるが、アイシャが苦労するほどではないはず! 現に4次試験では悠々と受験生を狩っておった……はっ!」

 

 おい、こいつ今なんて言った?

 

「ネテロ。何故あなたが私の4次試験の内容を知っているのですか?」

「い、いや。あの時にはリュウショウじゃと当たりを付けておったから、そう予想しただけじゃよ?」

「……そうか、道理で絶の達人なわけだ。……あの監視者はお前だなネテロ」

「監視者? 何の話ですか先生?」

 

 私の一言に動揺したな。オーラの動きがわずかだが揺らいだぞ!

 

「そ、それはその……うむ、実はアイシャがリュウショウかどうかの確認が出来ぬものかと、4次試験の間こっそり監視しとったんじゃよ」

「やはりネテロだったか。全く、おかげで碌に寝れやしませんでしたよ」

「それについては済まんかったの! いや、さすがはリュウショウ! ワシの気配に気づくとは大したもんじゃ! そう思わんかリィーナ?」

「ええ全くです。さすがは先生。ネテロ会長の浅慮な行動などいとも容易く見抜いてしまうとは」

「そうじゃろうそうじゃろう!」

 

 ん? なんかネテロの奴話を誤魔化そうとしてないか?

 

「いえ、さすがはネテロ。正直水浴びしている最中に視線を感じなかったら気付かな――」

 

 ネテロが神速で扉に向かってダッシュ! いきなりどうした!?

 だがさすがはネテロの弟子か。ネテロの行動を読んだか、もともとネテロより扉から近かった事もあり、ネテロが扉に着く前にビスケットさんが立ち塞がる! そこをリィーナがすかさず後ろから逆関節を決めながら投げる! これは雷迅か! この後逆さになった後頭部を蹴――!

 

 おいおい……リィーナとビスケットさんで顔面と後頭部を挟み込むように蹴ったぞ……なんだこのツープラトン技は? 明らかに雷迅より威力あるわ~。しっかり足にオーラ籠めてるし。名前を付けるなら、風間流合気柔術奥義:雷迅・双龍とかこんな感じか?

 うわ。私の厨二はまだ死んでいなかったのか? でもネテロは死んだかもしれない。

 

「このエロジジイが! アンタの弟子だなんて恥ずかしくて声にも出せないわさ! 一回死んで来い!」

「何が監視ですかクソジジイ! 先生が手を下すまでもありません! そのまま三途の川を渡ってきなさい!」

「う、ぐぐ、わ、ワザととちゃうんじゃ……た、たまたま……」

「まだ言うかこの! この!」

 

 ああ、ネテロが一瞬でボロ雑巾の様に!

 もうやめて! ネテロのライフは0よ!

 

 

「ひ、ひどい目におうた」

「自業自得です。先生の慈悲に感謝しなさい」

「全くだわさ」

「まあまあ落ち着いて二人とも。私は別に気にしてないから」

 

 裸見られたくらいで死にはしないし。

 積極的に見せたい訳じゃないけど、不可抗力なら仕方ないさ。

 

「と、とにかくすまんかった。まさかそこまで疲弊するとは思わなんだ」

「まあ、睡眠不足はそうなんですが、オーラ不足はネテロのせいではありませんよ」

「ひょ? ではどういう事じゃ?」

 

 ……これを説明するには私の念、【ボス属性】について話さなければいけない、か。

 あまり自身の念能力は他人に話すべきではないけど、この3人ならいいか。

 

「実は私の念能力が原因となっているんです」

「!」

 

 おお? 3人とも驚いている。

 そういえば私は前世でも自分の念能力、発を一切教えていなかったな。そりゃ【原作知識/オリシュノトクテン】とか【絶対遵守/ギアス】に、ましてや【輪廻転生/ツヨクテニューゲーム】なんて言えるわけがねぇ。

 

「当然ですが他言無用ですよ? ……私の念に“自身にかかる特殊な念を防ぐ”というモノがあるのです」

「なんじゃそりゃ!?」

「念を、防ぐ?」

「反則じゃないそれって?」

 

 反則って。確かに強いけど、欠点もあるから完全無欠ってわけじゃない。完全無欠の念なんて作る事は出来ないだろう。

 

「そうでもありません。特殊、と言っている様に、物理的な念は防げません。あくまで私の身体に作用する特殊な念を防ぐだけです」

「ふむ。つまり、具現化したモノによる攻撃は通常通り効果はあるが、それに付与された能力、例えば攻撃した対象を麻痺させるといった効果は無効化されると?」

「まさしくその通りです」

 

 さすがネテロ。理解が早いね。

 

「うわ、操作・具現化・特質あたりが聞いたら切れそうな能力だわさ……」

「素晴らしい能力です! さすがは先生!」

「まあ、欠点もあります。無効化する念は自身では選べませんし、オーラの消耗も激しいです。常時発動なので強い能力を無効化し続けるとオーラが枯渇する可能性もあります」

 

 実は今もオーラは徐々に減っているんだよね。

 

「む? ではオヌシのオーラが消耗しとるのは……」

「はい。この能力が発動しているからです」

「では先生は何らかの念能力を受け続けていると?」

「その通りです……誰が能力者かは分かりませんが、ハンター試験が始まってからずっと能力を受け続けています。恐らく受験生か試験官の誰かだと思うのですが……ネテロ、心当たりはありません?」

 

 試験官だったらネテロが知っている可能性はあるんだけど。

 

「……そう言えば、1人心当たりがある」

 

 え! マジで!

 

「誰なんですかそれは? 場合によってはその者を矯正しますよ?」

 

 怖い……リィーナの笑顔が怖いよ……。

 

「うむ。ハンター試験の試験官をやりたいと直接頼み込んだ奴でな。本来なら審査委員会がプロハンターに頼み、了承してくれた者が無償で試験官になるのじゃが、そ奴は試験官になる為に試験専用の念能力まで作りおってな。あまりに面白くてつい今期の試験官に選んでしもうたんじゃ」

 

「いやアホですかその人は? 試験専用の念って普通作りますか?」

「ば、馬鹿がいるわさ……」

「というか原因の一旦はやはりあなたにあるのですね会長」

「お、落ち着け! まだ話は終わっとらん! そ、それでじゃが、その念能力が、試験中に発動し続ける念なのじゃよ。試験会場全てを範囲としてな。その効果が範囲内の監視・鑑賞、だったはずじゃ」

 

 なるほど、それが原因か。恐らく監視カメラの様な能力。私ももちろん範囲内にいたので映像に残るはずだが、【ボス属性】で無効化していた、と。

 そんな効果なら僅かなオーラで無効化出来るわけだ。

 

「とことん分からないわさ? 試験を鑑賞して何が楽しいわけ?」

「それは本人に聞いとくれ。ワシはそ奴の試験官にかける情熱が面白かっただけだからの」

 

 ネテロなら面白がるよなぁ。

 私の関係者なら殴ってでもそんな念を作るのを止めるよ。

 

「それで、その者の名前は?」

 

 ん? ……リ、リィーナのオーラがどす黒くなってる!?

 何だ? 何がそこまでリィーナの怒りに触れたんだ!?

 

「と、トンパという名じゃが、一体どうしたのじゃ?」

「ふふ、やはりそうでしたか……」

 

 おお!? オーラがさらに黒く!?

 暗黒面に堕ちちゃってないかこれ!?

 

「ではネテロ会長。そのトンパとやらをここに呼んでくれますか?」

「わ、分かった」

 

 逃げてぇ! トンパさん超逃げてぇぇぇ!!

 

 

 

 

 

 

 ホテルの一室でゆっくり休みながら【箱庭の絶対者】を鑑賞している時にネテロ会長から連絡が来た。至急15階の会議室まで来い、だと?

 

 全く。オレの至福の一時を邪魔するなよな。

 あと3日もすりゃ今年の試験も終わる。そうすれば【箱庭の絶対者】も来年の試験まで使えねぇ。少しでも多くの受験生が絶望に堕ちる顔を眺めていたかったのによ。

 

 まあ仕方ない。相手は協会のトップ。オレはただの一般プロハンターだ。立場が違いすぎるから断る事も出来ねぇ。

 それにオレの印象を悪くすると来年の試験で試験官が出来なくなるかもしれないからな。逆を言えばここで印象を良くする事で来年以降も試験官が出来る様に計らってもらえるかもしれない。

 早く行くとするか。

 

 

 

 会議室の前まで来たが……ネテロ会長以外に誰かいるのか? 話し声がする。どうにも複数人の気配がするぜ。一体誰がいるんだ?

 何故だかとてつもなく嫌な予感がする……入りたくねぇ。だがここで入らない訳にはいかない。会長をこれ以上待たしては印象を悪くするだろう。

 

 仕方ない。意を決して入るしかねぇ!

 

「失礼しま――」

「お久しぶりですねトンパさん。壮健そうで何よりです」

 

――終わった。オレの試験官ライフ――

 

 

 

 

 その後トンパの姿を見たものは誰もいなかった。



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第十七話

 あの後。そう、リィーナによるトンパさんに対する質問(と言う名の拷問)により、トンパさんは自身の念能力【箱庭の絶対者】について洗い浚い話し、その能力を解除する事を余儀なくされた。

 ……少し同情するが、オーラ消耗の原因が取り除かれたので正直私的には大助かりだ。これで一晩ぐっすり眠ったら体調も回復するだろう。

 

 ……ちなみにトンパさんは心神喪失した後、完全に意識を手放して気絶している。今はリィーナの手によって鋼鉄入りのワイヤーで縛られ床に転がされているところだ……妙に手馴れていたのは気のせいだと信じたい。

 この後は道場本部に連行されて徹底的に扱かれるのだろう。……生きろ。

 

「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません先生」

「いえ、まあ、その、気にしてませんよ?」

「……さすがに同情するわねそいつに」

「ある意味男の生き様を見た気分じゃ」

 

 確かに。一度リィーナに矯正されていて、まだ新人潰しとやらに楽しみを見出すなんて筋金入りとしか思えない。ネテロの言うとおり、ある意味では尊敬できるわ。

 

「先生。先生はこのハンター試験が終わったら如何なさるのですか?」

 

 ん? いきなりの質問だな。でも確かに気になるのは当然か。

 

「先生には是非とも道場を――!」

「あ、それは駄目ですよ?」

「な、何故ですか!? あれは先生の……」

 

 リィーナ。私に風間流合気道場の総責任者にもう一度なってほしいのだろうが……。

 

「風間流はあなたに託しました。今後あの道場を引き継いでほしいのなら貴方がそれに相応しい人物を見つけ、育てなければならない」

「で、ですが」

「それも道場を率いる者の務めです。……貴方になら出来ると信じているからこそ後継を頼んだのですよ?」

「! 分かりました。このリィーナ、必ずや先生のご期待に応えてみせます!」

 

 ……私の言葉は全肯定なのは変わらんなぁ。この子、私が死ねと言ったら喜んで死にそうで心配だよ……。

 

「しばらくは世界を廻りたいと思います。リュウショウの時では出来なかった事もしたいですしね」

 

 主に童貞卒業だがな! その為にも早くグリードアイランドを手に入れなきゃ。

 

「おいおい。その前にやらなきゃいけない事があるだろ?」

 

 不敵に笑うネテロ。ああ、分かってるさ。

 

「ええ、忘れていませんよ。あなたは勝ち逃げ、とかほざきましたが……全体的に負け越してるのはこっちなんだ。勝負に拘っているのがお前だけと思うなよ?」

「そうこなくちゃな! ……3日後だ。3日後に決着を着けようぜ」

 

 3日後? だがその日は最終試験の日じゃ?

 

「最終試験はどうするのですか?」

「信用の置けるハンターとビーンズに任せる。試験概要は出来ているからな。後は組み合わせやルールの細かい通達をすればいいだけだ」

「いや、私の試験は? まさか試験後に決闘をするわけではないのでしょう?」

「安心しろ。お前は合格にしといてやる。実力は十二分だしな。……ああ、負けてライセンス貰うのが嫌なら試験の後でもいいぜ?」

「……いいでしょう。その挑発に乗ってあげます。勝って気持ちよくハンターライセンスを頂くとしますよ」

 

 そんな挑発に乗るのは馬鹿かもしれないが相手がネテロなら話は別だ。こいつから逃げたと思われるのは屈辱だ。

 

「へ、後悔するなよ? 精々この3日間で本調子に戻しておくんだな」

「ネテロこそ万全の態勢で来るように。武術家が闘いにおいて態勢を万全に整える事は本来ありえない……だが」

 

 そう、武術家は常在戦場。不意打ちや体調が悪い時に敗れたからと言って言い訳にはならない。試合とは違う、負けた方が未熟なのだ。だが――

 

『最高の状態のお前を倒せないと意味がないからな!』

 

 2人の闘志で部屋が軋む。

 ああ、楽しい。心躍るとはこの事か! ゴン達との楽しい会話とは違う。このピリピリとした緊張感を含むやり取り。こいつでしか味わえない至高の一時。

 やっぱりお前は最高だよネテロ!

 

 

 

 

 

 

 全く、嬉しそうな顔しちゃって。こんなじじいを見るのは何年ぶりかしら?

 

 そうね。リュウショウ先生が死んで以来、こんな風に笑う事はなかったわねぇ。そりゃいたずらしたり、人をからかって楽しそうに笑うクソジジイを見たことは何度もあるけど、こんな風に本当に心の底から楽しそうに笑うことはなかったわさ。リュウショウ先生の手紙を読んでからは修行を欠かさなかったみたいだけど、それを放てる相手はいなかったものね。

 そりゃ十余年ぶりに自身の武を思う存分に揮えるのだから嬉しくてしょうがないのは当然だわさ。

 

 ……もしかして転生を見越してリュウショウ先生はネテロのじじいに手紙を書いたのかもしれないわね。転生後、己が最強のライバルとまた闘うために。だとしたら、リュウショウ先生には感謝しなきゃね。

 

 それにしてもリィーナと来たら……。

 せっかく還って来たリュウショウ先生が獲られたとでも思っているのか、嫉妬たらたらの顔しちゃって。ああもう、本当にリュウショウ先生の事になると駄目ねぇ。普段は凛としてクールなくせに。

 

 先生が死んだ時もどれだけ落ち込んでいた事か。あまりの落ち込み具合に思わず叱咤してしまったわさ。それからは何だかんだでしばらく一緒にいたわねぇ。

 あんなにムカつく奴だと思っていたのに。いつの間にか一緒にショッピングにいったり、食事をしたり、ただいがみ合って闘うだけじゃなく、ジジイとリュウショウ先生みたいに研鑽を交える仲になったのよね。

 

 ま、悪い気はしないからいいけど。あーあ。また頬を膨らませて。あんた70越えのお婆ちゃんだって事忘れてない?

 ほんと、世話が焼けるわさ。

 

 さて、3日後にジジイとアイシャの決闘ね。くふふ、楽しみねぇ。ジジイとリュウショウ先生の決闘は何度見ても勉強になったわさ。その上今回はリュウショウ先生はアイシャとして転生している。聞けばアイシャは身体能力ではリュウショウ先生の時よりも圧倒的に上とのこと。

 つまりリュウショウ先生の欠点を補っているということになる。今度の決闘、今までの比じゃないかもしれないわね!

 

 期待を込めてアイシャを見る。…………うん、女の子ねぇ。あのリュウショウ先生が、こんな美人さんになるなんてね。……人生面白いわね!

 それにしても……駄目ね。なにあの服装? 色気の欠片もないじゃない。郷に入っては郷に従えって言ってる割に全然女の子らしくしてないわね。まあリュウショウ先生が自分から女性らしい服装を着るとは思えないけどね。

 そうね。どうせアイシャも今日1日は修行ではなく休養に費やすでしょう。オーラも回復しなきゃいけないしね。だったら少し買い物にでも誘いましょうか。色々と着せ替えしたら面白そうだしね、くふふ。

 

 

 

 

 

 

 

 私はネテロとの闘いに備えて休息し英気を養っている……はずだった。

 

 今、私は前世含めた145年の中で最大の危機に陥っている……!

 このままでは私は尊厳を踏みにじられ、精神をズタズタに切り裂かれ、身も心も地に堕とされてしまうだろう。

 誰か……! 誰か助けてくれ! 誰でもいい! この際ヒソカでもいい! この危機を救ってくれるなら私は悪魔にだって魂を売るぞ!!

 

 

 

「こっちの方がいいんじゃない?」

「それは少し派手すぎます。こちらの方が先生にはお似合いです」

 

「それは逆に大人し過ぎだわさ。こっちの方が可愛いって」

「先生はまだ13歳、子供なのですよ? こちらの方が良いに決まっています」

 

「何言ってるのよ。アイシャの見た目で考えてごらんなさいな。それにリュウショウ先生の頃も含めると子供なんて言えるわけないでしょ?」

「……それもそうですね。ではこちらはどうですか?」

 

「うん。いいじゃない。色は赤よりも白っぽい方が髪の色に合ってるんじゃない?」

「ふむ。……いっその事両方買いましょう。もちろんビスケが選んだ服も。そちらも先生にとても良く似合うでしょう」

「でしょでしょ!」

 

 タスケテ!

 

 

 

 私は現在最終試験会場から数㎞離れた場所にある総合デパートに来ている。ネテロと決闘の約束を交わして既に丸1日が過ぎている。あの後たくさんの食事とたっぷりの睡眠を取って、今の私は万全の状態に戻った。

 そもそもただの睡眠不足とオーラの消耗だけだったので1日もあれば完調するのは容易い事だ。

 

 明後日の決戦に向けて念のため今日1日は休息する事にした。明日は心身と技の最終調整をしようかと思っていた矢先の事、リィーナとビスケが入室して来たのだ。

 用件は一緒に買い物に行かないか、との事だった。時間の余裕もあったし、買い物程度で疲れる事もないだろう。出かける事で気分転換になり、心の休息にもなるだろう。

 それにリィーナには道場の件で苦労をかけたであろうから、それくらいはと思い快く承諾した……のが間違いだった。

 

 ここは、地獄だ。

 

 

 

「いや、あの、私は別に今ある服で十分――」

「何言ってんのよアイシャ! 女の子があんな色気の欠片もない服しか持ってなくてどうするのよ!」

「ビスケの言うとおりです。あまり派手すぎるのがお嫌いなのは重々承知ですが、さすがに運動服ばかりというのは……」

 

 う、動きやすさを重視しているのだけど……女物を着ないのは私の精一杯の抵抗なのに……。

 

「何度も言いますが、私は元男です。この様な服はあまり着たくないんだけど……」

「郷に入っては郷に従え、だったっけ?」

 

 うぐっ! そ、そこを突くか!?

 

「せ、せめてもう少し活発そうな服をお願いします……」

 

 ああ、駄目だ。この二人が手を組んだら口では勝てない。

 て言うかリィーナ! お前私の弟子だろう!? 弟子が師の嫌がる事をするとは何事だ!

 

「こんなのもいいんじゃない?」

「そ、それはいくらなんでも! ビスケットさんなら似合いますが、私には無理です!」

 

 誰がゴスロリ服なんて着るか! 年齢はともかく見た目がマッチしてなさすぎる! いやそれ以前の問題だ! そんな服着るくらいなら私は裸で外に出るぞ!

 

「ビスケットさんだなんてそんな他人行儀に呼ばなくても。ビスケでいいわよ」

「……ビスケ、とにかく私はそれを着ませんよ」

「分かったわよ。そこまで言うなら仕方ないわさ。じゃあ、こっちの服は? この服は諦めるからせめてこれぐらいは着て欲しいわさ」

 

 ……ゴスロリに比べれば遥かにマシか。

 

「はぁ、分かりましたよ。それだけですよ?」

「では先生こちらへ。試着コーナーがございます」

 

 ……あれ? なんか論点すり替えられてない?

 どうして着たくないのに着る羽目になったんだ?

 

 

 

「ああ、とても良くお似合いです!」

「うん大したもんね。元がいいから服も見繕いやすいわ~」

「もういいでしょう……そろそろ帰り――」

「では次はランジェリーショップへ――」

 

 タスケテッ!

 

 

 

 

 

 

 明後日にはもう最終試験か。よくここまで来れたもんだぜ。初っ端から脱落するかと思ったもんなぁ……。

 ここまで来れたのもゴン達のおかげだな。あいつらには感謝してもしきれねぇぜ。おっと、最終試験に合格する前に感傷に耽ってちゃ意味ねぇな。じっとしてるからこんな考えになるんだ。

 気分転換に部屋から出るか。

 

 ホテルのロビーで少し寛いでいると、ホテル正面玄関からアイシャが入ってきた。なんだ? 外に出かけてたのか? えらい余裕だな。

 て、おい! なんだあの服? えらい……か、可愛い服着てるじゃねぇか!? 今までは動きやすそうな色気の欠片もない服だったのによ。

 

「ようアイシャ!」

「ああ、レオリオさんですか……お疲れ様です……」

 

 ……いや、お疲れなのはお前みたいだが?

 

「どうしたんだよその服? もしかしてそれもあの馬鹿でかいバックの中に入っていたのか?」

「いえ、これは、その、知り合いからの貰い物でして……」

「貰い物~? ……おいおいこれチャネールの服一式じゃねぇか! 貰い物ってこれだけで軽く6桁いくぞ?」

「はあ、そうなんですか?」

「そうなんですかってお前……」

 

 ああ、アイシャは今まで殆ど流星街にいたから分かんねぇのか。

 

「私としては普段着で十分なんですが、その知り合いはそれでは勿体ないとこの服や他数点……いえ、数十点もの服を見繕いまして」

 

 数十点だぁ!? どんだけ金持ちなんだよその知り合いは! 紹介してくれオレにも!

 まあ、勿体ないってのには賛成だな。こりゃいい眼の保養だわ。

 

 ……おいおい。相手は13歳(自称)のガキだぞ! 何考えてんだオレは!

 

「私にはこんな服似合わないと思うのですが……」

「いやそんな事はない。めちゃくちゃ似合ってるぜ!」

「え?」

「オレが保障する! アイシャは自分の容姿に自信を持った方がいいぜ!」

 

 ああ、なに言ってんだオレは! がぁぁ! 顔が赤くなってんのが自分でも分かるぜ!

 

「えっと、その、ありがとうございます?」

「いやなんで疑問文なんだよ?」

「いえ、男の人にそう言われたのは初めてですので」

 

 ……世の男の眼は節穴か? 流星街にはまともな美的感覚を持った奴がいないのか?

 

「そ、そうだ! アイシャには礼を言っとかないとな!」

 

 何となく気まずい雰囲気になりかけていたから無理やり話題を変える。こんな空気の中で居続けるのはオレには無理だ!!

 

「え? お礼?」

「ああ。……オレがここまで来れたのは皆の、お前のおかげだからな」

「私は大したことはしていませんよ。ここまで来れたのはレオリオさんが頑張ったからです」

「それでも礼はさせてくれ。……ありがとよ。お前やゴン達と会えて良かったぜ」

 

 こいつらと会えたのはオレの一生の宝になるだろうな。恥ずかしくて言えないけどな。

 

「私も……私も皆さんと、レオリオさんと出会えてとても嬉しいです」

「お、おう」

 

 やべぇ。心臓がバクバクいってやがる! あんな笑顔反則だろう!

 

「あの、私、レオリオさんの事……」

 

 え、何この展開? マジで? でも相手はまだ子供だぞ? いや何を言っている。そんなの時間の問題だろう? それに見た目も性格も十二分に申し分ない。どこに問題がある!

 

 わが世の春が来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 

 

「と、友達と思ってもいいですか!?」

 

 ああ分かっていたさ、そんな落ちだろうとはよぉぉぉ!! 夢ぐらい見てもいいじゃねぇか! どちくしょう!!

 

「も、もちろんだぜ! 何を言うかと思ったら、オレ達とっくにダチだろ? 少なくともオレはそのつもりだったぜ」

「れ、レオリオさん! ありがとうございます! 私、今までこんな風に話せる友達居なかったんですよね!」

 

 嬉しそうに悲しい事を言うアイシャ……。

 ああ、こんなに喜んでよ。全く、オレなんかと友達になれた事がそんなに嬉しいのかよ。

 ま、悪い気はしないけどよ。

 

 ダチ、か。

 ……絶対にハンターに、そして医者になってやる。アイツみたいな患者を少しでも減らすためにもよ。

 

 

 

 

 

 

 やったやったやった~!

 祝! 転生人生初の友達が出来たぞーー! 思わず嬉しくてスキップで部屋まで帰って来ちゃったよ。

 

 いやぁ、勇気を出して言ってみるもんだな。まさかレオリオさんが私の事を友達だと思っていてくれたなんて! まともな友達(ネテロはまともではない)なんてどれくらいぶりだろう!

 

 ああ、こんなに嬉しい事は何十年ぶりか! この気分の高揚、もう何も怖くな――! はっ!

 それ以上いけない!

 

 ……今、恐ろしいほどの悪寒が?

 あれ以上言葉を発していたらネテロとの対戦時に頭をもぎ取られて死んでしまうかのような……そんな幻視が見えた気がする。

 

 疲れてるのかな?

 

 いかんいかん。気持ちを切り替えて明後日の決闘に集中しなければ。ネテロは全身全霊で闘いに臨むだろう。私もそれに応えるべく残りの時間は全て決闘の為に費やさねば。

 

 今日は精神的に物凄く疲れたけど収穫がなかったわけではない。この決闘は恐らく私の長い人生の中でも最も激しい闘いとなるだろう。だから今日の買い物で女性物の服だけではなく、これも購入したのだから。これはわが師リュウゼンに教えを乞うていた時よりデザインに一切の手を加えていない。これを着るだけで当時を思い出し、集中力も増すというもの。

 

 明日はリィーナと稽古の予定も入れているし、少し早いけど着てみよう。こんな服とはとっととおさらばしたいしね!

 

 うん。やっぱりこれを着ると神経が研ぎ澄まされるようだ。リィーナが来るまで座禅をしつつ、さらに神経を集中しておくとしよう。相手はネテロだ。最高のコンディションにしておかなくては勝てるわけがない。あの時の、リュウショウの感覚を取り戻さなくては。

 

 

 

 

 

 

 明日は先生とネテロ会長の決戦の日。先生ならば必ずやネテロのくそじじいを打倒し、名実ともに武の頂点へと至られる事でしょう!

 

 今日は先生より明日の為の最終調整に付き合ってくれと頼まれています。トンパさんの阿呆は既にプロハンター3名の監視付きで道場本部へと連行されている。これで憂う物もないので1日中先生と一緒に居られます!

 

 ホテルにある大ホールを借り切り、そこで最終調整を行うとの事。約束の時間まで後1時間ほどありますが、弟子が師よりも遅れるわけにはまいりません。早く行かねば!

 

 大ホールに到着し扉を開けると、そこには既に先生の姿があった。ああ! 先生をお待たせしてしまうとは! 何と不甲斐無い弟子!

 

「先生! 遅れて申し――!」

 

 これは!? 部屋の中心で座禅を組んでいる先生。そこから発せられているのは膨大な闘気! むやみやたらに闘気を振りまくのではなく、先生の中へと闘気が蓄えられているのが分かる!

 

「来てくれましたか。早かったですねリィーナ」

 

 そう言いながらゆっくりと立ち上がる先生。

 

 ああ、昨日買われた風間流の道着を着込んで佇むそのお姿……! 動きの所作、その闘気、言葉の端々に僅かだが現れる先生の口調の名残。

 まさに、まさにリュウショウ先生の生まれ変わり!

 

「少し早いが、始めるとしよう。ネテロも今頃は闘気を充足していることだろう」

 

 っ! 先生! 先生が還ってこられた!

 今まで以上にそれが実感できる! また先生と修行が出来る! 先生の教えに触れられる! 今、私は人生最高の幸福に包まれている!!!

 

「どうしたリィーナ? 鍛錬中に呆ける様に教えた覚えはないぞ?」

「はい! 先生! 申し訳ありません!」

 

 そうだ。呆けている場合ではありません! 先生との一時を一瞬たりとも無駄にしてなるものですか!

 

 

 

 

 

 

 ふう。やれやれ、会長にも困ったものだ。今期ハンター試験最終試験会場の近くに居たというだけで私を強引に最終試験官にするとは。

 しかもそれでいて既に試験内容は用意してあると?

 

 ただ試験を監督するだけにこの私を使うか普通? 私とて暇ではないのですがね。

 

 まあいい。会長の無茶に付き合わされるのも慣れた事だ。

 さて。ビーンズに確認したところ会長はこの部屋にいるらしいな。

 

「失礼します。会長、最終試験について詳しく――!?」

 

 これは! 「心」Tシャツ! 会長が本気で戦う時だけ身に着ける勝負服……!!

 かつて一度だけあのリュウショウ=カザマとの戦いに赴く時に着ていたのを見た事があるが……! それを何故今また身に着けているのだ!?

 

「おお。忙しいのにすまないなノヴ。お前ぐらいしか頼める奴がいなくてな」

「会長のいきなりにはもう慣れましたよ。……それよりもその服は一体?」

 

 一体誰と戦う為に着ているのだ? 正直ネテロ会長が本気で戦うほどの者がいるとは。ハンター協会のトップ。老いてなお世界で最も強い念能力者。

 そのネテロ会長が全力で戦うなど、一体誰が相手だというのか?

 

「疑問か? ワシの相手が。ワシが全力で戦うのが」

「! 恐ろしい人ですね。私の心を読まないでいただきたい」

 

「ひょっひょっ。顔に書いておったぞ? まだまだ修行が足りんのう」

「私をして修行不足とは。プロハンターの何割が未熟者になるのでしょうかね」

 

「ワシから見れば皆ヒヨコよ。さて、ワシも忙しいのでな。用件を終わらせておこう」

「……最終試験の試験官に私を任命したのはもしや」

「邪推するのは構わんがのう。止めても無駄じゃぞ?」

「分かっていますよ。そんな事をしても無駄なのは。さっさと試験内容について細かく教えていただきたい」

 

 私が言って止める様な人なら苦労はしていない。

 

「ほっほ。すまんのう」

 

 やれやれ。試験官をする事は構わないが、惜しむらくはネテロ会長が全力で戦う場面を見る事は叶わない事か。

 ……近くにモラウがいれば試験官を押し付けていたものを。



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第十八話

 最終試験会場より北に約80㎞程の位置にある鉱山。今は鉱脈も尽き、廃れてしまった為に人気はなく、ただ静寂だけが拡がっていた。

 そんな、本来なら誰もいないはずのその鉱山の採掘広場に、4つの人影があった。

 

「ここが決闘場所ですか」

「ああ。ここは既に廃棄された鉱山だ。ここなら誰にも迷惑をかける事もねぇ」

 

 そう。ここはアイシャとネテロ、2人の決闘の地として選ばれたのだ。選ばれた理由は極単純。試験会場から程よく近く、かつ周囲に人気がない。ここが最も条件に適していただけのことである。

 

 極端な話、誰にも迷惑をかけないのであれば最終試験会場のホテルで戦っても良かったのだ。

 だがこの2人――人類最高峰の念能力者が全力で戦うとなるとそれは無理というものだ。余波だけで周囲の建築物は損壊し、直撃した物は塵芥と化すやもしれない。ホテル全壊の可能性も大いにある。

 物的被害だけで済めば御の字だろう。周囲に人がいれば念能力者でない限り……いや例え念能力者であっても生半可な実力では多大な被害を被るだろう。

 故に見物人などおらず、ここにいるのは決闘の当事者である2人を除き、巻き込まれても対処する事が出来、決闘の立会人となったリィーナとビスケくらいであった。

 

「では、此度の決闘。風間流合気柔術本部長リィーナ=ロックベルトと――」

「心源流拳法師範ビスケット=クルーガーが見届けます」

 

 その声が響くと同時に、相対していた2人の空気が一変する。

 徐々に高まりつつある闘気に緊張感を顕わにするリィーナとビスケ。今まで幾度となく2人の決闘を見届けていたが、ここまでのプレッシャーを感じるのは初めてのことだった。

 

「思えば……長らく待たせましたね」

 

 高まるプレッシャーの中。ふと、アイシャが呟く。

 

「あん? ……ああ、14年だ。お前が一度死んでから14年近く経った。全く、待たせやが――」

「違いますよ。待たせたのは……お前が全力を出す機会、だ」

「……なに?」

 

 疑問に思うのはネテロ。当然だ。今までアイシャ……リュウショウとの闘いで手を抜いた事など一度たりともなかった。決闘で手を抜くなど武人にあるまじき事をするはずもなし、そもそも手を抜いて勝てる相手なら初めから好敵手などと認めてはいない。

 

 だがアイシャはそうは思っていなかった。

 勿論アイシャもネテロが手加減していたと思っている訳ではない。そうであるなら、ネテロが負けた時にあんなに悔しがってはいないだろう。

 だが全力の全力を出したのかと言うと、そうではないだろう。何せネテロは己が能力の真骨頂である【百式観音】を使用すれば確実にリュウショウに勝利していたのだから。

 

 それも余力を残して、だ。

 

 【百式観音】を使っての対戦でもネテロは一度たりとも油断した事はない。一度でも発動を遅らせたら必殺の一撃を喰らっていたからだ。だが、【百式観音】を使用して勝った決闘ではネテロに余力があったのも事実だった。

 それがアイシャは気に食わなかった。

 

 余力を残していたネテロが、ではない。

 

 最高の好敵手に余力を残す程度の実力しかない自身が、だ。

 

 だが今は違う。確かに身体が変わり、技との整合性を取るのに苦労した。精神性に至ってはあの領域にたどり着けるかは分からない。今は以前とほぼ変わらぬ技術を取り戻したが、純粋な風間流のみの優劣ならアイシャとリュウショウではやはりリュウショウに僅かだが分があるだろう。他ならぬ己自身だ。それはよく分かっている。

 

 だが、戦って勝つのは今の自分だ。

 自信を持って言える。さらなるオーラの増加、転生してから得た新たな技術、身体能力の向上による最大の弱点であった耐久力の克服。

 総合的な戦闘力に置いて、今の自分はリュウショウよりも上だと!

 

「来いネテロ。お前の渇きを癒してやる」

「く、くくく! ああ、期待しているぜアイシャ!!」

 

 ここに、人類最高峰の念能力者による決闘が開始された。

 

 

 

 お互いが無言のまま対峙して既に5分。未だに2人に動きはない。この状況に既視感を覚えたのはリィーナだった。そう、2人が初めて戦ったあの日。あの日の決闘の始まりと何ら変わらぬ光景が目の前にあった。

 ただ違う点は、周りの風景とアイシャの姿、そして何よりそのオーラだった。

 

 膨大な、まるで針で突き刺すかのように研磨されたオーラを発するネテロと対象的に、アイシャは一切のオーラを発していなかった。正確に言うならば纏すら行わず、ただオーラを垂れ流しているだけ。

 元より圧倒的な速度の流をこなすアイシャだ。オーラの動きを読まれない様にするためだろうか? だが昨日の鍛錬においても一度も念を使用しなかったことにリィーナは疑問を抱く。

 

 そんな疑問を余所に闘いは加速しだす。

 初めに動いたのはネテロ。まさに初戦の再現と言わんばかりに神速の踏込みからの正拳突き。リィーナもビスケもそのあまりの速度に一瞬ネテロの姿を見失う。

 離れた位置にいる、世界でも上位に存在する達人たる2人が見失うほどの速度! 相対しているアイシャにはどれほどの速度で映っているのか。いや、映っているかどうかも疑わしい。

 

 だが次に2人が見たのは宙に舞うネテロだった。あの一撃を瞬時に見切り柔を仕掛ける。それがどれほどの神業か。リィーナは感動しビスケは畏怖を覚える。

 10数年以上見る事のなかった頂上決戦に、2人はこれ以上一瞬たりとも見逃してなるものかと全力の凝を行っていた。

 

 柔を仕掛けられたネテロの次の行動は素早かった。手首、肘の関節を砕かれぬよう流れに逆らわず飛ぶ。その勢いを利用して宙にて逆さのまま蹴りを放つ。その一連の動作は手馴れたもので流れる様な動きだった。

 

 対するアイシャは蹴りを僅かな動きで躱し、高速で通り過ぎようとしている足首に指を1本添える。それだけでネテロの身体が高速で回転する――前にアイシャの足首を掴み動きを止める。残った手で地面を掴み、身体を固定して蹴りの連撃。

 だが蹴りを放つ前にネテロがアイシャの足首から手を放す。脚で柔を仕掛けられそうになったのに気付いた為だった。脚で柔などと非常識な、とは思わないネテロ。そんな神業を平然と成すからこその好敵手なのだから。

 

 上手く柔から逃れたネテロに感嘆するも、アイシャはそのまま手を緩めずに追撃を行う。攻撃の途中に行動を切り替えた為にわずかに出来た隙を突き、さらに一歩踏み込み体重を乗せた肘打ちを繰り出す。その一撃を足首から離した腕でガードしようとした瞬間、ネテロに悪寒が走った。

 

 今まで幾千幾万もの戦いを潜り抜け、百戦錬磨という言葉ですらおこがましい程の経験を積んだネテロだからこそ感じた悪寒。その経験に基づく直感に身を委ね、ガードしようとした手を勢い良く地に打ち付け、その反動によりアイシャから距離を取る。

 

 その行動に違和感を感じたのは立会人の2人だ。

 あの肘打ち。確かに喰らえばダメージを負うが、その後に反撃をすればアイシャにより大きなダメージを与える事が出来たであろう。もとより打撃はネテロに劣るアイシャだ。いかに身体能力が上がったとはいえ、いまだネテロには及ばない。打撃が当たる瞬間に凝をしようにも、同じように凝をしたネテロの防御力を上回る事は有りえない。

 前世に置いて2人のオーラ量はほぼ互角。顕在オーラも差は殆どなかった。念の系統では強化系に属するネテロが純粋な打撃戦では有利になるのは明白。

 此度の決闘も以前と同じようにネテロの剛拳をいかにアイシャが受け流せるかが勝負の分かれ目になるだろう、というのが2人の見解だった。

 

 故に今の肘打ちはアイシャの悪手。リィーナも何故あの様な一撃を放ったのか疑問に思ったほどだ。だがあのネテロがアイシャの攻撃を避けたのは事実。一体なぜ?

 その疑問に応えるかのようにアイシャが言葉を発する。

 

「さすがはネテロ。今の攻撃の危険性を感じるとは」

 

 この言葉の意味を察するならば今の攻撃は傍目には分かりにくいが、かなり危険性の高い一撃だったのだろう。

 新たに開発した奥義であろうか? ならば早く教わりたいですね、などとどこぞの先生マニアが考えている間にもアイシャは言葉を紡ぐ。

 

「……何時かは知られる事でもある、か。それにお前相手に“この状態”でオーラが保つとは思えないしな」

「……? 何言ってやがる?」

 

 まさか奥義のネタばらしでもする気か? だとしたら興醒めだ。止めてくれ。そう言おうとしたネテロは、目の前の光景に絶句する。

 いや、ネテロだけではない。リィーナも、ビスケも、まるで有りえない物を見たかの様に息を飲んだ。

 

 そこに居たのは……リュウショウとはかけ離れた異質で禍々しく、莫大なオーラを放つアイシャだった。

 

「な、なんだ、それは……?」

「せ、先生?」

「じょ、冗談でしょ?」

 

 あまりの光景に驚愕する3人。今、アイシャがネテロに仕掛ければ恐らく一瞬で決着が着いただろう。

 だがそれも仕方ないと言える。

 ネテロもただ敵がこの様なオーラを発していたならば驚きこそすれど、攻撃を受ける程の隙は与えないだろう。問題は“あのリュウショウ”がその様なオーラを発している事だった。

 清廉潔白、質実剛健、生涯修行を謳い文句にしているような男がこの様な禍々しいオーラを発するとどうして思える。

 

 未だ驚愕に身を委ねる3人。それも当然か、と思いつつもアイシャは独白する。

 

「恐らく転生の副次効果でしょう。……この世に再び生を受けた瞬間よりこのようなオーラの質に変わっていました。転生と言えば聞こえはいいが、やはり私は死人という事でしょう」

 

 オーラを隠さなければ日常生活もままなりません。苦笑しながらそう呟くアイシャ。

 

「……っ! 今までお前のオーラに変化がなかったのは!」

「お察しの通り。私の新たな念能力【天使のヴェール】の効果によるもの。この能力が発動している間、私のオーラは如何なる方法を以てしても感知する事は出来なくなる」

「は、反則すぎだわさ」

 

 ビスケの言葉ももっともだろう。念能力者の戦いにおいて最も重要な要素の1つ、それがオーラの動きだ。

 相手がどの様にオーラを動かしているか、それが分かれば実戦においてどれほど有利に働くか。攻撃の虚実を見抜き、攻防にどれほどのオーラを籠めているかを見抜き、闘いの流れを支配する。それこそがオーラの動きだ。

 それを一切感知できないとなるとどれほど不利となるか。言うまでもないだろう。

 

「本来ならこのオーラを隠すために作った能力ですがね」

 

 そんな目的だけでそんな反則能力作るな。リィーナも含めた3人の気持ちが一致した瞬間である。

 

「……成程な。さっきの肘打ちには大量のオーラが乗っていたってわけだ」

「まさしくその通りです」

 

 それならば頷ける。今のアイシャを覆うオーラは明らかにリュウショウの時よりも遥かに上。これならばネテロの防御力を上回る可能性もあるだろう。

 

「へへ、おもしれぇじゃねえか」

「……軽蔑、しないのですか?」

「あん? 何言ってんだ?」

 

 馬鹿なこと言ってないでさっさと続きをするぞ、と軽く流すネテロに戸惑うアイシャ。このオーラについてどう説明しようか、受け入れてくれるだろうかと悩んでいたアイシャにとってネテロの軽い一言は予想外だった。

 

「どうして軽蔑するんだよ? 確かに姿は変わった。性別も変わった。オーラの質も変わった。だが――お前はお前だろう」

 

 その言葉を聞き、意味を十全に理解した時、アイシャは心は歓喜に満ち溢れた。自分の最大の友が、好敵手が、今の自身を受け入れてくれた。それだけで十分だ。

 もはや己の中に僅かなわだかまりもない。正真正銘全力を尽くすのみ!

 

「ところでその【天使のヴェール】とやらはもう使わないのか? オーラが見えないなんて相当有利だぜ?」

「何を分かり切ったことを。どうせ私の攻撃全てを硬として扱うつもりだろう?」

「当然だ。元々圧倒的な速さの流を使いこなすお前と幾度となくやり合ってきたんだ。他の奴ならいざ知らず、オレにはさほど脅威には感じねぇよ。やりにくい事に変わりはないがな」

「だろうな。それにこの能力にも弱点はある。お前との勝負では使わない方がいい」

 

 なにせオーラの消耗が10倍になるのである。いかに圧倒的なオーラ量を誇るアイシャといえど、ネテロ相手にオーラが保つとは思えなかった。

 

「いくぞネテロ。……他人に全力の練を見せるのは初めてだ」

 

 その言葉とともに、アイシャの身体からさらなるオーラが迸る。

 最早言葉も出ないリィーナとビスケ。恐らく人類最大と言える程のオーラ量。それがさらに増大した。ネテロの知り合いのハンターにオーラを数値化する能力者がいるが、今のアイシャは一体どれほどの数値に達しているのか。皆目見当もつかない。

 

 だが、その莫大なオーラを見て笑みを浮かべる者がいた。

 

「受け止めきれるか? オレの全てを!」

 

 アイシャに呼応する様にオーラを全開にするネテロ。

 ここから先の戦いは前世の再現にはなりえない。

 もう、リュウショウ対ネテロの構図は消え、アイシャ対ネテロとなったのだから。

 

 

 

 またも相対した2人。だが、前回とは違い先に仕掛けたのはアイシャ。

 風間流の構えを維持したままネテロへと接近する。

 

「!?」

 

 またも驚愕。アイシャが行ったのは前世よりの得意技・柳葉揺らし……ではなかった。

 独特の歩法により体捌きや重心を錯覚させる事で敵の読みを外し死角を取る荒業。それこそが柳葉揺らし。

 だがこれは違う。柳葉揺らしに及ばず、人が何かしら行動する時には必ず身体の一部が動く。それは生き物である限り当然の理だ。

 アイシャはその理を無視するかのごとく微動だにせぬまま、まるで地面が縮んだかのように高速で近づいてきたのだ。

 

 この動き――と言っても身体は動かしていないのだが――の秘密はもちろん念能力であった。もっとも、一般的に発と呼ばれる類のモノではない。オーラ技術の応用である。

 足の裏にオーラを集め、高速で回転する事で身体は一切動かさずに移動する。言葉で説明するのは簡単だが、それを実行するとなると相応の技量が必要となる。

 逆に言えば相応の技術とオーラさえあれば誰にでも出来る技である。極端な話、念の応用技の一種と言える。

 

 元よりリュウショウにはそのような技術しかなかった。柳葉揺らし然り、浸透掌然り、リュウショウが使える技術は全て誰にでも使える技術の極み。戦闘で有利になる能力を覚えていないので、技術で勝るしかなかったのだ。

 それはアイシャとなった今も変わらぬ道理。故に転生後も新たな技の研鑽は行っていた。その成果の1つがこれ――縮地――である。

 

 当然その様な動きは初めて経験するネテロ。だが、初体験は初めてではない。念能力者の戦いに何が起こるか分からないのは当然の事。接近戦は望むところ。このまま迎撃するのみ! 裂帛の気合を籠め、迫り来るアイシャに向けて拳を放つ。アイシャも合わせる様に拳を放つ。お互いの拳がぶつかり合った結果、ネテロの拳は一瞬の均衡も許さずに弾かれた。

 

 特質系のアイシャの拳が、強化系のネテロに打ち勝つ。

 このレベルの念能力者でそのような理不尽が起こるなど本来なら有りえない。だがこの圧倒的なオーラ量の差。さらにインパクトの瞬間に硬に切り替えるアイシャの超高速の流がそれを可能とした。

 

 拳を弾かれバランスを崩したネテロに更なる追撃。ありったけのオーラで全身を強化しつつ打撃の弾幕を生み出す。

 だが相手はネテロ。いかに強化しようとも打撃戦ならば一日の長があるのは当然。まともに打ち合って負けるのならばまともに打ち合わなければ良いだけのこと。全ての攻撃を最少限の動きで躱し隙を探る。

 

 攻撃が当たらないことを悟ったアイシャの次の行動は縮地による移動だった。ネテロの周囲を高速で移動する。

 並の、いや達人と言われる者でも眼で追うのは困難な速度。その速度で移動しながら身体は一切動かしていない。その有りえない現象は確実に対象の眼を撹乱する。

 故にネテロは待った。攻撃の瞬間を。いかにアイシャとはいえ攻撃する為には身体を動かさなくてはならない。動きを読めないのならば攻撃の瞬間を捉えればいいのだ。

 

 だが、眼前にて急に動きを変えるアイシャ。縮地による高速接近から柳葉揺らしへと繋げる。瞬時にネテロはアイシャの姿を見失う。ネテロが己が攻撃を止めるのに掛かった時間は僅かコンマ数秒。だがそれは致命の隙となった。

 

 虚をつき、必殺の一撃を撃つ絶好の好機! 全霊を籠め、がら空きの背に自分が最も信頼する技の一つ、浸透掌を撃つ。

 

 通った! そう確信するアイシャ。回避も防御も出来ない完璧な一撃。これを喰らえば例えネテロといえど倒れるだろう。

 しかしそこでアイシャに疑問が浮かぶ――何故【百式観音】による迎撃を行わなかった?――

 間に合わなかった? そんなはずはない事はアイシャ自身が百も承知。後方への攻撃を行う型もあったはず。

 

 ――まさか!?――

 

 次はアイシャが驚愕する番だった。

 そう。ネテロは浸透掌を防いだのだ。対象の体内に掌底とともに直接オーラを流し込む浸透掌を防ぐには、体内オーラを操作しそのオーラを打ち消す他ない。

 完璧に虚を突かれたネテロは次の攻撃を躱すことは不可能と悟り、浸透掌を防ぐ準備をしていたのだ。

 あの必殺のタイミングでアイシャが必ず浸透掌を放ってくると確信して。

 

 ネテロが【百式観音】による迎撃を行わなかった理由はたった1つ。ただの意地である。

 何度この浸透掌にやられたことか。ネテロの敗因のおよそ五割以上が浸透掌によるものだった。その浸透掌を破る。これはネテロが決戦前に己に課していた試練だった。

 

「くっ!」

 

 即座に後方に下がるアイシャ。だが僅かに遅い。アイシャの顔にネテロの反撃の裏拳が命中する。アイシャはとっさに凝によるガードを行う。オーラ量の差もあり殆どダメージはないようだ。

 だがアイシャの精神には確実にダメージが通っていた。

 

「……浸透掌を破ったか」

 

 自身が修行の末に身に着けた珠玉の奥義。非力な己にとって如何なる敵をも倒しうる最も信頼する技。

 それが破られた。

 アイシャの身に衝撃が走っていた。

 

「あれには何度も苦汁を飲ませられたからな。破る為の修行は欠かさなかったぜ。……お前がいなくなってからもな」

 

 その言葉にネテロの意地と執念を感じるアイシャ。それほどまでに想っていてくれていたことにある種の感動すら感じる。

 

 だが――

 

「苦汁? それは私のセリフだ。……【百式観音】を使えネテロ。お前の最強の技を私が破る……!」

 

 そう。辛酸を舐めてきたのはアイシャとて同じ。【百式観音】を使われたら必ず負ける。それがどれほど悔しかったことか。

 己の研鑽を打ち破られたならば、今ここで同じようにネテロの研鑽を打ち破るのみ。

 

「……へ、いいだろう。挑発に乗ってやるぜ!」

 

 この時点でビスケはネテロの勝利を、そしてリィーナはアイシャの敗北を強くイメージした。

 それも当然。かつてのリュウショウにも破る事は出来なかった【百式観音】。それは不可避の速攻。相手の如何なる攻撃にも勝る速度で放たれるそれは、つまるところ如何なる攻撃にもカウンターを行えるという事。

 敵の攻撃は受けずに自らの攻撃を当てる。まさに攻防一体の能力。

 いかにアイシャがリュウショウよりもオーラが増し、肉体の強度も増したとはいえ、いつまでも防ぎきれるモノではない。何時かは力尽き、倒れ伏すだろう。それがオーラが尽きるのが先か肉体が保たなくなるのが先かは分からないが。

 

 だがネテロは己の勝利を確信しない。あのアイシャが、リュウショウが、勝算もなくあの様な大言を吐くわけがない。

 

 故に、全力の一撃を放った。

 

――【百式観音 壱の掌】!――

 

 瞬時に現れた観音像よりアイシャに向かって手刀が振り下ろされる。その一撃は確実にアイシャに直撃し大地をも砕いた。

 

「先生!!?」

「まず!? あれはやり過ぎよ!!」

 

 2人が狼狽したのは、今の攻撃がリュウショウに放っていた攻撃とは種類が違ったからだ。

 リュウショウが【百式観音】に僅かだが耐えられたのは、それが横からの打撃だったからだ。横からの攻撃ならば身体の脱力による衝撃吸収によって威力を分散する事が出来た。その上で堅によるガード。柔と剛、2種類の防御法を組み合わせる事で何とか耐える事が出来ていたのだ。

 だが今の攻撃は打ち下ろし。衝撃を逃がそうにも下は地面。威力は分散されるどころか地面に挟まれた事によりさらに増大したであろう。

 

 決着は着いた。一刻も早くアイシャを救出せねば。

 そう慌ててアイシャの下に向かう2人の心配を余所に、クレーターの中からゆっくりとアイシャが姿を現した。

 服はぼろぼろ。全身にも細かい傷は多々あれどその足取りは確かなもので、瞳に宿る闘志に僅かな揺らぎもなかった。

 

「どんだけ頑丈なのよ……」

 

 今日1日でいったいどれだけ驚愕すればいいのか。もう一生分は驚いたと思うビスケであった。

 

「成程、堅ぇな。だが、それだけで【百式観音】を破れると思うなよ?」

「そう急かすな。瞬時に破れる類のモノなら今まで苦労はしていない、さ!」

 

 その言葉を言い終わると同時にネテロに接近するアイシャに対し、ネテロは即座にその攻撃に対する最適な型による【百式観音】で迎撃をする。

 壱の掌は使えない。正確には使えない位置にアイシャがいた。いかに頑丈とはいえ衝撃を分散出来ないあの一撃を何度も喰らう訳にはいかない。

 ならば壱の掌が使用できない角度で攻撃をする。そうアイシャが判断したのは当然だった。

 

 そうして何度も【百式観音】による反撃を喰らいつつ、型を把握していく。全てを把握する必要はアイシャにはない。全ての型を把握しきれないと言った方が正確だが。衝撃を受け流せない型のみを覚え、それが放てない角度を模索しまた攻撃。

 そうして幾度となく愚直とも言える特攻を仕掛け続ける。

 

 

 

 初めに違和感を感じたのはネテロだった。

 百を超える【百式観音】を放った事により、アイシャにとって最も注意すべき型は全て知られてしまった。だがそれはいい。型は有限なれど組み合わせの数は甚大。全てを潜り抜けて己に到達するなど不可能に等しい。その前にアイシャが力尽きるだろう。

 

 今もまた【百式観音】によって弾き飛ばされたアイシャ。だがそこでネテロはまたも違和感を感じる。アイシャが弾き飛ぶ方向が不自然だったのだ。

 物理法則に則るならば、衝撃を加えられた物体はその衝撃を加えた方向に動くのが必然。右から衝撃を与えられたなら左へ、逆ならば右へ。

 だがアイシャは違った。【百式観音】を受けた後、あらぬ方向へと弾き飛ぶ。まるで物理法則を無視しているかの如く。それも攻撃を受ける度に違う方向へとだ。

 

 そしてネテロは気付いた。攻撃を受ける瞬間のアイシャの身体を包むオーラが、独楽のように高速で回転している事に。

 信じがたいことにどうやらアイシャは【百式観音】の攻撃を堅でガードしているだけではなく、オーラを高速回転する事で衝撃をさらに分散していたのだ。

 一部分ならまだしもそれを全身のオーラで、しかも堅を行いながらやってのける。正しく世界最高のオーラ技術と言えるだろう。

 確かにこれならば【百式観音】にも耐えうるかもしれない。いや、現に耐えきっている。一撃で大地を割り岩を砕く攻撃を幾度となくその身に受けてもアイシャの動きに陰りは見えないのだから。

 

「……おもしれぇ」

 

 ここまで自身の攻撃が効かない敵は初めてのネテロ。アイシャがこの攻撃を潜り抜け己に辿り着いた時、敗北の二字は己が身に降り注ぐだろう。

 だが、敗色濃い難敵にこそ全霊を以て臨む! それこそが己の求めた武の極み! そう。今のこの状況は、ネテロが最も期待していた状況だった。

 さあ、どうやって【百式観音】を破る? 期待を胸にネテロは迎撃を続ける。

 

 愚直なまでの特攻を続けるアイシャの攻撃に変化が訪れる。

 空中に跳んだのだ。対空の型がないと判断したのだろうか? だがそれで破れる程【百式観音】は甘くない。ネテロが即座に新たな型を行う直前。空中にてアイシャが急速に移動した。

 

 アイシャがした事は至って単純。ただオーラを放出し、その勢いで宙を移動しただけである。尤も、それをするためには莫大なオーラと熟練した放出系の技量が必要だが。

 それを繰り返す事で宙にて高速機動を行うアイシャ。最早ここまでくれば発の領域だろうと感心するも呆れるネテロ。恐らくアイシャに聞けばこれも誰にでも出来る技ですよ? とかほざくであろう。

 

 だがそれすらも【百式観音】の隙を突く事は出来なかった。【百式観音】の型は360度全方位に対応していたのだ。頭上という本来なら攻撃を受けることのない角度すら対応出来るからこそ【百式観音】を使用したネテロは無敗なのだ。

 

 様々な角度から幾度となく攻撃しようとも弾き飛ばされるアイシャ。だがその度に高速でネテロに接近する。さすがのアイシャもその身にダメージを蓄積し、潜在オーラも半分近く消費していた。この移動法、そして回転による防御法は著しくオーラを消耗する。

 オーラの消耗を最小限に抑えていても、幾百もの攻撃を防いだらオーラもそれに応じて減少するのは必然だった。

 自分の作戦は上手くいっている。もう少しで感覚が掴める。これさえ上手くいけばネテロに一撃与える事も可能なはず。そう確信するアイシャに対し、そうはさせじと言わんばかりにネテロが迎撃ではなく、攻撃の為の型を取った。

 

――【百式観音 九十九の掌】!!――

 

 アイシャのさらに上空へと跳びあがり、型を取る。初めて見るその型にアイシャの全身に悪寒が走る。

 

 まずい! そう思っても回避出来ないのが【百式観音】である。

 観音像が繰り出す掌底の嵐。一撃目をオーラの高速回転――廻(かい)とアイシャは名付けている――で防ぎあらぬ方向へ弾き飛ぶことで残りの掌底を回避しようとするも間に合わず。嵐に巻き込まれた木の葉の如く宙にて弾かれ続けるアイシャ。

 十数発目にしてようやくその攻撃範囲から離脱するも、連続して受け続けたことによりかなりのダメージを負う。

 もしあのまま掌底の嵐に飲み込まれ、地に叩きつけられたならば勝負はそこで決していたやもしれぬ。地を砕き続ける【百式観音】を見てそう思わずにはいられないアイシャ――砕き続けている?

 

 そう。【百式観音】は未だ地に掌底を放っていた。既に対象であるアイシャはその場にいないというのに。

 一瞬にして好機と悟る。【百式観音】はあらかじめ設定された型を取る事でその操作を行っている。つまり型通りの動きしか出来ないのだが、幾つもある型を無数の組み合わせで行う事で隙を無くしているのだ。

 だが、一度発動した型を途中で変える事は出来ない。それこそが【百式観音】の唯一の弱点!

 

 即座に宙に居るネテロに高速接近。ネテロが次の型を取る前に攻撃を加えられれば――!

 だが、アイシャの攻撃が当たる直前にネテロが新たな【百式観音】を繰り出した。

 

 

 

 さすがに肝を冷やしたネテロ。

 まさか九十九の掌から抜け出されるとは思わなかった。ほとほと厄介な技を身に着けたものだ。ここから先は1手たりとも間違う訳にはいかない。

 そう思うも、アイシャが攻撃する前に次なる型が間に合ったネテロは油断していた。最適な型にて【百式観音】が繰り出されればアイシャは弾き飛ばされる。確かに与えるダメージは少ないが、これまでの戦いにおいてそれは変わらぬ摂理。

 

 そう、この攻撃でもそれは変わらない。違ったのは……飛ばされる方向だった。

 

 【百式観音】による攻撃を受けたアイシャがネテロの眼の前にいる。

 何故? 何故今アイシャが己の眼前にいるのだ? 【百式観音】は命中したはず!?

 驚愕に身を包まれながらもネテロはその解に辿り着いた。

 

――まさか、まさか回転を利用してこちらに弾き飛ばされる様に角度を調整したというのか!?――

 

 ネテロは気付いていなかったが、アイシャは【百式観音】の攻撃に対して廻による回転の流れを一撃ごとに変えていたのだ。

 どの角度でどの様な回転で受ければどこに弾かれるか。それを何度も攻撃を受ける度に調整していたのである。地道に続けていたその行為は、今ここで実を結んだ。

 アイシャが把握した型でしか反撃出来ない角度から攻撃し、発動した型に対してネテロのいる方向に弾かれるようにオーラの回転を調節する。

 

 結果は成功。今、アイシャの眼前にネテロがいる!

 

 【百式観音】は発動したばかり。新たな型を繰り出すのには僅かなクールタイムが必要。その刹那の瞬間をアイシャの執念が穿った。

 渾身の一撃がネテロの腹部に突き刺さる。

 

「ぐぶぁっ!?」

 

 大量の吐血をしながら地へと叩き落されるネテロ。

 硬による一撃を同じく硬による防御で防いだ。前述したように打撃においてネテロはアイシャの遥か上。故に予測は容易く、オーラの防御も間に合った。

 それでもこのダメージだ。肋骨がいくつか砕け、内臓も強く痛めたことをネテロは悟る。

 

 地に降り立ち態勢を整えようとするネテロにさらなる追撃。今まで空中移動のみに費やしていたオーラの放出を初めて攻撃に使用、人1人を悠々と飲み込むほどのオーラ砲がネテロを襲う。

 とっさに【百式観音】で弾くネテロ。オーラ砲と掌底が宙にて衝突し、激しい音を立てながら拮抗しながら、徐々にオーラ砲が消滅していった。

 

 だが、オーラ砲が消滅する前にアイシャは次の手を打っていた。

 僅かでも時間を掛けたら【百式観音】で反撃を喰らってしまう。そうなっては元の木阿弥だ。次も同じ手が通用するかは分からないのだから。

 ネテロはアイシャがダメージを負っているのか疑問だったが、実のところアイシャの身体はかなり損傷しているのだ。いかに技を駆使し攻撃を防いでも、衝撃を全てなかったことにする事は出来ない。

 表面上は擦過傷程度しか確認できないが、蓄積された衝撃はいくつかの内臓を痛めており、口内では鉄の味が広がり、骨にも微細な皹が何か所も入っていた。

 ここで決めなくては恐らくもう勝機はない。己が放ったオーラ砲に並行するように地面に向かって高速機動。ネテロにばれない様に隠を使用し、オーラ砲で己の姿を隠して。

 

 アイシャの予想通り【百式観音】でオーラ砲は防がれた。だが、アイシャはすでに地に降り立っていた。

 空にアイシャがいない事に気づき周囲を索敵するネテロだが、時既に遅く、アイシャはネテロの懐に踏み込んでいた。【百式観音】は間に合わない。反撃も無理。【百式観音】が間に合わぬ攻撃に通常の反撃など出来る訳がなかった。

 

 だがネテロはアイシャの動きを見て光明を得た。

 見覚えのある動きからアイシャが浸透掌を放とうとしている事を看破。即座に体内オーラを集中し浸透掌に対応する。一度は破った奥義だ。二度破れぬ道理はなかった。

 

 それが通常の浸透掌だったなら、だが。

 アイシャは右の掌にて浸透掌を放つ。そして、その浸透掌による衝撃が防がれる前に、右の掌に重ねる様に左の掌で浸透掌を放った。

 

――浸透双掌――

 

 これこそアイシャが、いや、リュウショウがいずれネテロに浸透掌が破られる事を予期して編み出していた奥義である。

 2つの浸透掌により増幅された衝撃。いかにネテロが体内オーラを操作したところで防ぎきることは出来なかった。

 

「通った……!」

「……ごふっ」

 

 大量の血を吐きながらゆっくりと崩れ落ちるネテロ。

 そんなネテロを見てビスケは慌ててネテロに駆け寄った。浸透掌の威力はビスケも知っている。自分自身もリィーナにやられた事があるからだ。だから今のが致命傷になるのも良く分かった。浸透掌の重ね打ち。それはどれほどの威力になるのか。下手すれば死ぬ可能性もあった。

 

「まだ、やるか?」

 

 そう確認するアイシャだが、ネテロの闘志が折れていないことはオーラを見るまでもなく分かっていた。

 

「と、当然だ。オレは、まだ全てを、見せちゃ、いねぇ!」

 

 続行の意思を見せるネテロ。それに応える様にオーラを高めるアイシャ。

 

「ちょっと待つわさ! ジジイ! あんたもう限界だわさ! それ以上戦ったら命にかかわるわよ!!」

「ええ。決着は着きました。この決闘。先生の――」

『黙れ!』

 

 ネテロを止めようとしたビスケを、アイシャの勝利宣言をしようとしたリィーナを一喝するアイシャとネテロ。

 

「限界かどうかは、オレが決める! いま、最高に楽しいんだ。邪魔、するんじゃ、ねえ!」

「ネテロの全てを受けきって初めて私は勝利したと言えるのだ。ここで決闘を止めたなら例えお前であっても許さん!」

 

 2人の気迫に飲まれ言葉を失うリィーナとビスケ。もうこの闘いを止める事が出来るのは当事者である2人だけだった。

 

「行くぞアイシャ。オレの全て、百式の零を見せてやる!」

「来いネテロ。お前の全てを受け止めてやる」

 

 すでに2人とも満身創痍。だがお互いの表情はとても楽しげなものだった。

 

 ネテロが放つであろう最大の一撃を耐える為にアイシャは全力の練を行う。これを凌ぎ切れば勝利すると確信する。

 ダメージで弱ったネテロに猛攻を仕掛ければもっと楽に勝てるだろう。だがアイシャはそれを選択しなかった。ネテロの全てを受けきる。ネテロが全てを出し切ってなお勝利する。そうしてこそ初めて胸を張ってネテロの好敵手だと言えるのだ。

 

 決意を胸にしたアイシャに対し、ネテロはただ感謝していた。

 ここまで出し尽くしたのは人生で初。歳を取り、肉体の衰えを感じる日々。もう己が全力を出す機会などないのかと落胆する事も珍しくはなかった。

 それがここに来て最大の好敵手の復活だ。気分は高揚し、オーラに張りが出てくるのを実感する。まるで若返っているようだった。

 自分の全盛期はもはや過ぎ去ったと思っていた。だが違う。

 実力が伯仲する者との戦いの最中に確信した。肉体は衰えた。オーラ量も減少した。だが、今の自分はかつての自分よりも強い、と。

 己をここまで引き上げてくれた相手に感謝し、渾身の一撃を放つ!

 

――【百式観音 零の掌】!!!――

 

 ネテロの攻撃を待つアイシャの身を、背後から現れし観音が有無を言わさぬ慈愛の掌衣でもって優しく包み込んだ。身動きが取れなくなったアイシャはそれに驚愕する前に、己の背後で急速に高まりつつあるオーラに驚愕する。

 回避は不可。このまま受ければ防御したところで恐らく――!

 

 ネテロがこの決闘の地に到着したのが2日前。その間行っていた精神統一の業を経て蓄積した渾身の全オーラ。それを目も眩む恒星の如き光弾に変え撃ち放つ!

 無慈悲の咆哮が、アイシャの全身に降り注いだ。

 

 

 

「あ、ああ……」

「……これは、むりよ」

 

 濛々と土煙が舞い上がる中、2人が見たのは円状に抉れたクレーターであった。

 オーラの高まりに反して、クレーターの跡は小さいと言えるだろう。

 だがそれは威力が弱かったからではない。ごく限られた空間に威力を圧縮して放ったからこその結果であった。現にクレーターの表面は、まるでアイスをスプーンでくり抜いたかの様に綺麗なモノだった。

 

 それを見て、いや、それを見る前から二人はアイシャの生を絶望した。あれを受けて生きていられるとは到底思えなかった。

 

 だが――

 

「はぁ、は、ぐ、はあっ」

 

 土煙を割って人影が見える。

 まるで幽霊でも見てるかの様にそれを見続けるリィーナとビスケ。

 無論、それは幽霊ではなかった。

 身体の至る箇所に傷を作り、全身から血が滴り、もはや身を包んでいた道着も微塵と化していた。だが、確かに2本の足で立っているアイシャがそこにいた。

 

「す、素晴らしい、ぐ、一撃、だった……」

 

 覚束ない足取りで、ゆっくりとネテロに近づいていくアイシャ。生きているのも不思議なほどの傷。だがその意思は未だ折れず。アイシャを心配して近づいてきた2人を気迫で押しのけてゆく。

 

「へ、へへ、ぜ、零でさえ、ぜぇー、た、耐えきり、やがったか」

 

 その声に反応してネテロを見やるリィーナとビスケ。

 絶句。ネテロを見た2人の心象はその一言に尽きた。

 そこには枯れ木の如く痩せ細ったネテロの姿があった。

 

「さ、さすがに、死ぬかと思った、よ」

 

 アイシャが零の掌に包まれた時に行ったのは3つだ。

 

 オーラの高まりを感じ、回避不能と悟った瞬間。出し得る限りのオーラを背後の観音像に向かって放った。

 直後に放たれる無慈悲の咆哮。それとアイシャのオーラがぶつかり合う。元より操作系だったアイシャは隣り合わせの放出系は得意としていた。離れた敵と戦うための一手段として練り上げておくのはリュウショウとして至極当然である。

 実のところアイシャ(リュウショウ)の場合、身体を強化して攻撃するよりもオーラを放出した方が威力は高いのだ。

 だがその自慢のオーラ砲は、光弾に触れると僅かな拮抗も許されずに貫かれた。

 

 アイシャはオーラ砲を放ってすぐに次の行動に移った。あれが時間稼ぎにもならないのは予測出来る。僅かなりとも自身に降りかかるオーラを減らしてくれればいい。

 オーラを円錐状に変化させ、自身の後方に配置。威力を分散する為である。苦手な変化形ではあったが、だからと言って修行していない訳がない。これ位の形状変化は瞬時に行えた。

 だがそれも一瞬で打ち砕かれる。大滝から流れ落ちる水を一本の傘で受け止める様なものだった。

 

 最後に行ったのは単純明快。

 最早小細工は無駄。後は全霊のオーラを籠めてその身を守るだけだった。

 

 そして……現在に至る。

 

 

 

「ふふ、ふ」

「ひゅー、そんなに、ひゅー、嬉しいか?」

 

 急に笑い出したアイシャに問いかけるネテロ。

 そんなに零の掌を耐えた事が嬉しかったのか?

 アイシャの答えはそうであり、そうでなかった。

 

「ああ、う、嬉しいさ。……ようやく、ようやくお前の全てを、受け止められたのだから」

 

 そう。アイシャが笑ったのは零の掌を耐えたから、だけではない。

 ネテロの全てを受け止めきれたからであった。

 

「ネテロ」

「……なんだ」

 

「出し尽くしたか?」

「この姿見りゃ、わかんだろ?」

 

「渇きは、癒えたか?」

「ああ、感謝しか、ねぇよ」

 

「そうか……待たせて、悪かった」

「間に合ったんだ、文句は、ねえ、よ」

 

 最早お互い意識も朦朧とし、相手の姿すら認識できていなかった。その中で、2人は同時に言葉を紡いだ。

 

『だが覚えてろ』

 

『次は私(オレ)が勝つ!』

 

 そうして2人は同時に意識を手放した。



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修行編 第十九話

 ……ああ、夢、か。

 懐かしい夢を見たものだ。あれから……そう、ネテロとのあの最後の決戦からどれだけの時が流れたのか。もう100年以上も昔のことだったか。さすがに永く生きると細かな記憶も抜けてしまうが、あれだけはいまだ色褪せぬまま私の中に残っている。

 

 私ももう120歳になるか。あの時のネテロと同じ程の年齢か? 前世を含めたら250年以上を生きたんだな。……少し永く生き過ぎたと思う。こんなにも永く生きてしまうと、数多の別れと付き合うことになる。皆において行かれるのはやっぱり寂しい。

 

 ネテロはあの戦いのあと、治療の甲斐なく死んでしまった。私が殺したことになるが、闘いの結果だ。悲しみはしたけど後悔はなかった。

 あいつは、あいつはとても安らかな顔をして逝った。満足そうに、もうなにも思い残すことはないかの如く。私の気持ちも知らずによくもそんな顔で逝ったものだと当時は怒りもしたが、思えばネテロも私(リュウショウ)が死んだ時同じ気持ちだったのかと思うと怒りも消えた。

 ただ、寂しさだけが残った。

 

 リィーナはしばらくはビスケと共にいたな。師が死んでしまい落ち込んでいるであろう彼女の心の支えになりたかったんだろう。その後は弟子育成に勤しんでいた。早く後継を育て上げて私とまた鍛錬を積みたいと言っていた。全く、困った子だった。そして、私の自慢の子だった。

 彼女が死んだ時はそれは皆悲しんでいたな。大勢の弟子や知人、はては世界の著名人までが彼女の葬式に来ていた。

 

 ビスケはネテロの死後しばらくリィーナと共に旅をし、吹っ切れてからは自分らしく生きていた。大好きな宝石を集める為に世界中を飛び回っていたな。彼女の最期を私は知らない。何時の日か顔を見なくなってしまった。どこかで死んでしまったのか。捜索はしたが、終ぞ見つかる事はなかった。

 

 私はあれから様々なことをした。グリードアイランドに行き、蟻の化け物と闘い、外の世界にまで足を踏み入れた。荒事ばかりをしていたせいか、この体で50歳になる頃には精神が疲れてしまい、そういった世界からは足を洗った。

 やることもなくなった私は所有していた個人資産で孤児院の経営に乗り出した。武術しか能のない私だが、僅かなれども人の役に立てればと思い至っての事だ。

 たくさんの人々の助力もあり、なんとか孤児院経営も軌道に乗る事が出来た。

 

 特にレオリオさんには多くの子を助けてもらったなぁ。

 プロハンターに合格したレオリオさんは、その後見事に医者になる事が出来た。他人を助ける為に努力を惜しまない彼にはとても好感が持てた。

 レオリオさんは定期的に孤児院に診察に来てくれた。世界中を飛び回ってとても忙しいのに、自分の身体を顧みず人々を助け続けた。お金がなく治療費が払えない人からは一文たりともお金を受け取らなかった。それだけではない。多額の寄付金を孤児院含む慈善団体に寄付していたので彼自身はとても慎ましい生活をしていた。

 そのせいかよく私の料理を食べに来ていたからな。寄付してる孤児院で食事するって本末転倒だよね? と彼に言ったが苦笑いするだけだった。

 

 ゴンは父親を見つける事が出来た。かなり苦労したらしいが、見つけた事を報告するゴンはとても喜んでいた。彼はその溢れる才能を伸ばし、ハンター協会において最強の名をキルアと二分していた。

 キルアとはいつまでも親友のようで、常に2人一緒に世界中を旅して廻っていた。この2人が外の世界に飛び立ってから便りはない。だが、例えのたれ死んでいようとそれはそれで満足なんだろうと思う。

 

 クラピカさんは蜘蛛に復讐を果たした後、一族復興に励んだ。

 遺されたクルタ族は彼1人だったが、故郷の近くの町にクルタの血を引く女性を見つけたのだ。混血故に緋の眼になることはない彼女だったが、彼女の祖父の遺言、そしてDNA検査の結果からクルタ族の血を引いている事が分かった。

 その彼女とクラピカさんは結婚。殆ど愛がない結婚かと思ったが、意外と夫婦仲は睦まじく、14人もの子供と51人の孫に囲まれていた。私も早く結婚したらどうだ? といらぬお節介を焼いてくれたものだ。

 

 

 

 ……こんな風に昔を思い出すのは、死期を悟ったから、か。もう私も長くはないようだ。仕方ない。よく生きたものだ。

 孤児院の経営も信頼できる人に任せてある。好敵手も、弟子も、仲間も皆逝った。もう思い残すことはない。遺していく子供たちには悪いけど、これも自然の摂理だ。いつかは誰もが通る道。これを経験に大人になってほしい。

 

 あの世があるならば皆に会えるかな? そしたら久しぶりに闘ってみたい。ネテロはもちろん、ゴンやキルアとも。

 

 リィーナとビスケは仲良くやっているかな? リィーナには伝授しそこなった奥義があるから教えてあげよう。

 

 レオリオさんにはあなたが助けた子ども達がどれだけ立派になったか話してあげよう。きっと喜ぶ。

 

 クラピカさんは奥さんと共にいるのか? だとしたらあまり見せつけないでほしいな。

 

 ああ、そろそろお迎えが来たみたいだ。

 意識が、薄れていく……。

 うん、永い人生色々あったけど、まあ、満足できたかな。

 

 ……それじゃ、おや、す、み――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――という夢を見た。

 いやいや、何が満足なのか? 確かにネテロとの決闘は満足のいくモノだったけど、だからと言って人生の目標たる脱童貞を達成してないんだ。勝手に逝くな私。

 しかし夢の中で夢を見るなんて器用だな。というかなんだ今の夢は? 予知夢か何かか? かなりリアルだったんだけど? ネテロがあれで死んだなんて縁起でもない。

 

 ……ネテロ!? そうだ、あの戦いからどれだけ経った? ここはどこだ? 私はなんで寝ている!? もしかしたら今のは正夢かもしれない。そう思ったら居てもたってもいられず、思わず勢いよく起き上がった――

 

「~~~~~~~っ!!」

 

 ぎにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! い、痛い! 全身が痛い! 声にならないほどに!

 

「う、うぐぅ」

 

 あ、涙が出てきた。くそ、ネテロの奴め、しこたまやりやがって。いたいけな少女に何たることを。

 ……ここだけ聞くとアイツが性犯罪者みたいだな。

 

 ふぅ。落ち着いてきた。

 ここはどうやら病院かな? 部屋の雰囲気がそれっぽい。あの後リィーナとビスケが病院に搬送してくれたんだろう。それはともかくまずは現状を把握しなくては。身体の状態は、と。

 

 ……四肢や指に欠損はなし。神経も問題ないようだ。骨は数えるのが馬鹿らしくなるくらい折れている。全身ギブスと包帯でぐるぐる巻きだ。まさにミイラ女。でもくっ付きかけてるのもあるな。

 内臓はかなり損傷。いくつか破裂しかかっていたようだ。内出血、および擦過傷はわからない。ギブスで見えないし、そういった感覚もない。もしかして自然治癒したか?

 傷の治り具合、腹の空き具合からして細かくは分からないけどかなり眠っていたようだ。

 

 とにかくここが病室ならコールボタンがあるはず。何とかして人を呼ばなきゃ。どうやらさっきので点滴も外れてしまったようだし。

 と、そんな時に部屋の外に人の気配。この気配はリィーナか、これは都合いいな。

 

「先生、失礼しま――!?」

「リィーナ。良く来てくれた」

 

 私を見て驚愕するリィーナ。その後歓喜の表情へと。分かりやすいなぁこの子は。

 

「先生! お目覚めになられたのですね!!」

「ええ、たった今ですが。……ところでここはどこ? あれからどれだけの時間が経ったんです?」

 

「はい。ここは試験会場近くにある病院です。先生はあの決闘の後、1週間も眠られていたのです」

 

 1週間? 寝すぎだろ私。いや、そんな事よりもネテロだ! あいつはどうなった!? 生きてるのか、それとも……!

 

「ネテロは? ネテロはどうしている? あいつもここに入院しているのか?」

「ネテロ会長は、もう……」

 

 ――! ……リィーナの表情を見ればその先は聞かなくても分かる。

 そう、か……。勝手に逝くなよ。馬鹿野郎……。

 

「もう、勝手に自主退院してしまいました」

「……はぁ?」

 

 いやいや、何言ってんのこの子? え? 死んだんじゃないの?

 

「そうだ。先生が目覚めた事をビスケにも教えましょう! あの子もとても先生の事を心配していましたよ。……まあ、一応ネテロ会長にも伝えておきますか。気にしていましたからねアイツも」

「いやいやいやいや。ちょっと待て」

 

「はい? ああ、やっぱり会長には伝えないようにした方がいいと?」

「違うよ! ネテロ生きてるの!?」

 

「ええ勿論。ぴんぴん……とは言えませんが、2日ほど前に目覚めてます」

 

 何だそりゃ! 私の悲しみを返せ! 全く、思わせぶりな言い方と表情をしおってからにこの子は。そんな私の心の声を余所にリィーナはビスケに連絡を取ると言って退出していった。

 

 ふう。そうか、生きているか。それなら良かった。あんな夢が現実になるなんて嫌だぞ私は。

 安心してきたからか。……少々生理現象が私を襲ってきた。……右足動かない、左足動かない、右腕左腕同じく。

 やべぇ。

 

 いや諦めるな! ここで諦めたらお終いだぞ!? この歳でお漏らしだなんてそんなのは絶対に嫌だ!

 ……精神年齢百云十歳でオシメ替えてもらってたけどね! でもあれは赤ちゃんだからノーカウント! まともに動ける歳でそれは御免こうむる!

 全身をオーラで強化して這ってでもトイレに行くぞ私はぁ!

 

 

 

 結論、尊厳は守りました。でもトイレを出た後痛みで悶えてるところをリィーナとビスケに発見されて怒られました。

 しかも寝ている間は下の世話を看護師だけでなくリィーナとビスケもしていた事を知りました。

 

 ……Please kill me。

 

 

 

「まあ、無事で何よりだわさ」

「……」

 

「先生、まだ治ってないんですから危ない事をしては駄目ですよ」

「……」

 

「ネテロのジジイは内臓関係はアイシャよりぼろぼろで肋骨もほぼ全損してたけど、四肢は無事だったから勝手に抜け出したわさ。困ったものよね」

「……」

 

「全くです。先生が目覚めた事は一応伝えておきましたのでその内来訪するでしょう」

「……」

 

「いや、仕方ないじゃない。あんたずっと眠ってたんだから。いい加減機嫌直しなさいよ」

「……お前達には分からないでしょう。自分よりも遥かに年下の弟子とその親友に下の世話をされた私の気持ちは」

 

 せめてこの身が老人ならまだ納得いったのに。ああ、リュウショウに戻りたい。切実に戻りたい。

 

「と、とにかく先生! 決闘お疲れ様でした!」

「そ、そうね! ほんとお疲れ様。あれ程の決闘に立ち会えた事に感謝するわさ!」

 

 話題を変えようとしてるのが見え見えだけど……はぁ、仕方ないか。世話してもらって文句ばかり言うのも不義理だしね。

 

「ええ。私もネテロと最後までやり合えた事がとても嬉しいですよ。次は負けない様に一層励まなければならないですね」

「何を仰るのですか先生。あの決闘、勝利したのは先生でしょう」

 

 はは、弟子の想いは嬉しいけど、あれで勝利とは――

 

「いやいや、何言ってんのよリィーナ。どう見てもジジイの勝ちでしょ? アイシャの方が重傷なんだし」

 

 ……あれ? なんか空気おかしくない?

 

「ビスケこそ何を言っているのですか? ネテロのクソジジイはあなたの【魔法美容師/マジカルエステ】がなければオーラの枯渇で死んでいたでしょう? それに比べて先生は通常の医療行為のみで回復されてます。差は明らかでしょう」

 

 リ、リィーナさん? どうしてオーラが強まってるの?

 

「別にあれは念の為にした事だし。アイシャにもしたけど無効化されただけだし。それでじじいの負けって決められてもねぇ? どちらが多く相手にダメージを与えたかは明白でしょ」

 

 ビスケさん? ここで練をする必要はないんじゃないかな?

 

「……思えばあなたとは久しく決闘していませんでしたね」

「……そうね。手合せぐらいはしてたけど、決闘とまではいかなかったわねぇ」

 

「確か私が126勝102敗で勝ち越していましたね?」

「それ私が本気出してないのも含んでいるわよね? 本気の決闘なら大体五分五分でしょ?」

 

「大体、ですけどね」

「……上等よ」

 

 ……うん、大丈夫か。言葉だけ聞くとあれだけど、オーラに互いを悪く思っている感じはない。まあこれも仲の良い証拠だろう。

 でもここで本当に暴れられても困るから釘は刺しておこう。

 

「2人とも、仲がいいのは分かったから少し落ち着いて。病院ですよここは」

「も、申し訳ありません先生」

「あ~、悪かったわさ。ちょっと羽目外しすぎたわさ」

 

 うんうん、分かればいい。

 それはそうと聞いておかなきゃならない事があるな。

 

「そう言えば、ハンター試験はどうなったのですか? 私のライセンスってあるんですか?」

 

 ゴン達はハンター試験に合格出来たんだろうか? 合格出来てるといいんだけど。

 私は引き分けだからライセンスはなし、てな事になってたら面倒だな。来年もう一度受けるのも何だし。でもハンターライセンスは正直欲しい。

 あれがあれば色々便利だ。調べものをするにも通常のインターネットで調べても分からない裏の情報も得る事が出来やすい。グリードアイランドを入手するのに使えるかもしれないし。

 

「ご安心ください先生。先生のハンターライセンスはきちんと発行されております。これで先生も私と同じプロハンターですね」

「おめでとうアイシャ。一応この道の先輩として聞きたいことがあるなら色々教えるわよ?」

「2人ともありがとうございます。……リィーナ、あなたプロハンターだったんですか?」

「はい。黒の書を探すのにライセンスがあった方が何かと便利と思いまして」

 

 なるほど。でもそれでも見つかっていない……情報が出回っていないって事はコレクターが所有してるわけではないのか? マニアとかコレクターなら自分の集めた品を誰かに自慢したがるだろうし。そしたら自然と情報は洩れるはず。人の口に戸は立てられないものだ。

 うう、誰が持ってるんだ私のブラックヒストリー……見つけ次第焼却処分してやる!

 

「さっきビーンズに連絡しておいたから。アイシャが退院する時にライセンスを持って来てくれるそうよ」

 

 退院時か。重傷人にライセンスを渡したりしないのはこちらを考慮してくれてのことかな? 早く退院したいなぁ。ゴン達にも会いたいし。電話番号聞いてたら良かったよ。

 

「邪魔するぞいアイシャ」

 

 ん? ネテロか。本当に生きてたか、良かった良かった。枯れ木のようになってた身体も元に戻ってるし。

 

「元気そうで何よりですネテロ」

「そっちもな。零を喰らって無事だなんて正直驚いたわい」

「無事なもんですか。あんなのは二度と御免です」

 

 いや本当に。ネテロと戦うならあれは禁じ手にしてもらわにゃいかんですたい。

 

「安心しろ。ワシもあんなのは早々使いとうないわい。ビスケがおらなんだら死んでおったわ。……死ねばオヌシと戦えんからのぅ」

「いや、死んでも戦えるかもしれませんよ?」

「お前と一緒にするな阿呆!」

 

 それはそうか。普通転生なんて出来るわけないしね。

 

「それよりもネテロ。あなた退院したと聞きましたが、傷は大丈夫なんですか?」

 

 見たところ表面上は普通だが、ネテロの怪我の殆どは内部だ。肋骨と内臓は私よりも重症のはず。

 

「ん、まぁな。正直かなり堪えてるが、四肢が無事なのが幸いじゃ。会長の仕事をする分には問題ないわい」

「それならいいのだけど、無理はしないように。内臓関係は身体に響きますよ?」

「心配ないわい。ワシよりもアイシャの方が重傷なんじゃ。人の心配よりも自分の怪我を治すことに専念するんじゃな。医者が言うには全治半年との事じゃが、オヌシならひと月程度で十分じゃろう」

 

 私はネテロの最後の一撃のせいで全身の骨がボロボロだからな。しばらく動けそうにない。とりあえずしばらくは点と纏、そして絶をしながら体を休めよう。

 

「そう言えば先生は世界を巡ると仰っていましたが、どこへ行くかもう決められているのですか? もし行先が未定ならば是非一度道場へと」

「行先はまだ決めていませんが、道場に顔を出すのはまだ無理ですよ」

「そ、そんな……!?」

 

 いやそこまで残念がらなくても。

 

「私にも予定があるのです。行先もライセンスを手に入れ次第調べます」

 

 とりあえずグリードアイランドについてハンターライセンスで調べよう。通常のネットでは情報に殆ど規制がかかっている。でもプロハンター専用サイトならもっと詳しい情報が手に入るに違いない。

 

「予定? それは一体どの様な?」

「はい。その予定はもちろん――」

 

 ごくり、と誰かが生唾を飲んだ。

 一拍置いてから私の目的を話す。

 

「男に戻――」

『――それは勿体ない(わい・です・わさ)!!』

 

 突っ込み速いなおい!!

 

「な、何故ですか!? 私は元々男ですよ!? 男に戻ろうとして何が悪いと言うのですか!?」

「何を言うか! 元が男とはいえ転生後の性別が女性である事に変わりはない! ならばそれは天命なのじゃ!」

「そんな愛らしいお姿なのに男になるなど勿体ないです! 今回ばかりは会長に賛同です!」

「リィーナの言うとおり! わざわざ男にならなくても十分生きていけるわさ!」

「そもそも女として生まれ育てられたことに対し、郷に入っては郷に従え、と言ったのはアイシャではないか!」

 

 う!? 全員でまくし立てる様に責め立てるなんてあんまりだ! くそう! 負けるものか! 絶対に男に戻ってやるー!

 まずはとっとと退院だ! 強化系で治癒能力でも作ってりゃよかったよ!

 

 

 

 というわけで退院しました。

 いやぁ、バキバキに折れた骨が完治するのに3週間近くかかったよ。医者は化け物か? とか言ってたけど。失礼な、それはネテロに言ってくれ。

 ネテロの奴はハンター協会の仕事に追われているようだ。勝手に1週間ほど休んだから溜まっていた仕事以外に副会長とやらの仕業で仕事がさらに増えたらしい。おかげで私のところにはあれ以来一度も顔を出していない。

 

 リィーナも道場へと帰った。私を置いていくのに物凄く抵抗があったようだが、ビスケに強引に連れられて道場本部へと強制送還された。

 まああまりに長いこと道場から離れるわけにはいかないしね。トンパさんも待っている事だし。いや、トンパさん的にはリィーナが帰ってこない方がいいんだろうけど。

 

 3人とも最後に顔を合わせた時は男への性転換なんて絶対にNO! と釘を刺して行きやがった。この病院の医師にも性転換手術をしない様に徹底して言いつけているようだ。あの様子なら世界中の手術可能な医師全員に通達してそうで怖い。

 だが残念だったな! 私の性転換の方法は手術などではない! 手術では性転換出来ても完全に男になれる訳ではないからな! まあ、調べた限りではヤる事は出来るみたいだけど。

 

 とにかく私が目指すのは完全なる男性化だ。さっさと荷物をまとめて病院から出るとしよう。と、いったところでビーンズがやってきた。どうやらハンターライセンスを持って来てくれたようだ。

 

「わざわざすみません。病院まで来てくれるなんて」

「いえ、アイシャさんには会長がお世話になりましたし。……その件は本当にご迷惑をお掛けしました。治療費並びに入院費はこちらで全額負担させて頂きます」

 

 え? それは何か悪いな。入院したのはお互い様だし。

 

「お互いに合意の上での事ですから、それには及びませんよ?」

「大丈夫ですよ。協会からではなく会長個人のお金ですから」

 

 ……それで大丈夫ってのは秘書としてどうなんだビーンズ? いや、ハンター協会会長の秘書としては間違っていないのか? 協会の金を私事に使用しないという意味では。

 

「そ、そうですか。ではありがたく受け取らせてもらいますね」

「ええ、どうぞご遠慮なく。それではハンターライセンスについて説明しますね」

 

――豆男説明中――

 

「以上です。これであなたも新たなプロハンターとして認定されました。また、アイシャさんは念能力を修めているので裏ハンター試験も合格となります」

「ありがとうございます」

 

 おお、これで私もプロハンターか。

 おっと、感慨に耽っている場合ではない。ゴン達がどうなったか聞かなきゃ。

 

「あの、ゴン……他の受験生はどうなったのですか? 誰が合格して誰が不合格になったのか聞きたいんですけど」

「ああ、合格者……というより不合格者を教えた方が早いですね。不合格者は1人だけ、それ以外の方は皆……死亡した1名を除き合格されています」

 

 え? 不合格はたったの1人? だったらみんな合格してるかもしれないな。でも死者が出たのか。ゴン達の誰かが死んだ可能性もあるのか……。

 

「不合格者は、受験番号100番のキルアさんです」

「! ……キルアが不合格? 何故です? 彼ほどの実力の持ち主がそう簡単に不合格になるとは思えません」

 

 最終試験がペーパーテストとかなら話は別だけど。

 

「……反則による失格です」

「……詳しく聞かせてもらえますか」

 

 反則? いったい何をしたんだキルア? そもそも最終試験の内容もルールも知らないから何が反則かも分からない。くそ! 【原作知識/オリシュノトクテン】が使えたら! ……いや、既にその知識とは乖離している可能性の高い世界だ。意味はないかもしれないな。

 とにかく、今はビーンズの話に集中しよう。

 

 

 

 

 

 

「それでは最終試験を始めます。私は最終試験の試験官を務めるノヴといいます。以後よろしく」

 

 ノヴさんに試験官を任せて会長は何をしているんでしょう? 全く、会長の気まぐれにも困ったものです。しかし、自分で決めた試験だというのに他人に試験官を任せるなんて、面白いことが好きな会長にしては珍しいことですね。本当に何があったのでしょうか?

 

「試験内容は1対1のトーナメント形式で行う。組み合わせはこれです」

 

 意地が悪い組み合わせですね、会長らしいといいますか。

 案の定皆さん驚いていますね。まあこんなに偏った組み合わせなら当然でしょう。ですが会長の意地悪さは組み合わせだけでなく試験のルールに表れているんですよね。

 

「最終試験のクリア条件は至って単純。たった1勝で合格です。つまりこのトーナメントは勝者が次々と抜けていき、敗者が上に昇っていくシステムです。……何か質問はありますか?」

「つまり不合格者は1人と?」

「その通りです」

「組み合わせが公平でない理由は?」

「この組み合わせは今まで行われた試験の成績を元に作られています。成績のいい者にチャンスが多く与えられている訳です」

「ちょっと待ってくれ。どうしてその組み合わせの中にアイシャの……401番の番号がないんだ?」

 

 やっぱりそれを疑問に思いますよね……はあ、説明するのが億劫ですねぇ。みなさんが素直に納得してくれればいいのですが。

 

「それについては私から説明します。受験番号401番のアイシャさんは最終試験前に合格をいたしました。よって最終試験は免除されています」

 

 この言葉の後にざわめきと驚愕の声が室内に響く。さすがにそうなりますよね。

 

「どういう事だ? 納得のいくように説明してもらいたい」

 

 ……ですよね。……これを納得させなきゃならないなんて。会長、恨みますよ。

 そもそも誰もがプロハンターになりたいから試験を受けているのです。凄まじい倍率を誇り、年に1人の合格者すら出ない年も珍しくないのがプロハンター試験。そんな受験生の誰もが望む合格を、最終試験を受けずに得ることが出来るなんて簡単に納得出来るわけがありません。

 

「皆さんお静かに。……アイシャさんは会長とのゲームに勝利したため合格とみなされました」

「ゲームだぁ? 何だそれは?」

 

 いえ、私も知りませんよ。ただ会長からこう言えば大丈夫じゃとか言われただけですよ。これで納得してくれるなら苦労なんて――

 

「あ! キルア、あの時のゲーム!」

「……マジかよ。つまりアイシャの奴あのじじいからボール奪ったのか?」

 

 あれ? これで本当に通じるとは。さすがは会長と言いますか。……でも今苦労しているのも会長のせいなんですよね。

 

「どういう事だゴン、キルア」

「実はね――」

 

 ……なるほどそんな事が。そのような遊びで合格にするなんて。

 まあ会長からボールを奪えるなんてかなりの実力者ですけど。不用意にそんな約束をするからいけないんですよ。これを機に少々反省してもらいましょう。

 ……どうせどんなに愚痴っても意味ないでしょうけどね。

 

「皆さんご理解いただけましたか? 納得は出来ないかもしれませんが、会長自身が約束したことです。アイシャさんの合格は決定事項です」

「話を戻しますよ。トーナメントの戦い方ですが、武器使用可、反則なし、相手にまいったと言わせれば勝ちです。ただし、相手を死に至らしめた者は即失格です。その時点で残りの者が合格となります」

 

 上手くノヴさんが話を最終試験に戻してくれたので皆さん納得はしてないかもしれないけど、アイシャさんのことについては言及されずにすんだようです。

 

「それでは最終試験を開始します」

「第1試合! ハンゾー対ケンミ!」

 

 ……素晴らしい実力の持ち主ですねハンゾーさんは。これで念能力に目覚めたなら1流のプロハンターになる事も可能でしょう。ぜひとも頑張ってもらいたい。

 ケンミさんもかなりの実力者、どうやら風間流の使い手のようですね。ですが、ハンゾーさんには及ばなかったようです。まだチャンスはあるので合格できるといいですが。

 

「第2試合! ゴン対ヒソカ!」

 

 これは……実力差は圧倒的ですね。私程度が見ても現時点でゴンさんがヒソカさんに勝てるとは思えません。善戦はしていますが、遊ばれていると言った方が正しいでしょう。

 

「ゴン。今のキミじゃボクには勝てないよ♣」

「分かってるよ! でも、ぜぇ~ったいにまいったなんて言わないもんね!」

「ククク、ああ、分かってるさ。だから――まいった♠」

 

 え? ヒソカさんが降参した? 何故?

 ……いえ、このような試験のルールでは案外良い手なのかもしれませんね。どうもゴンさんは頑固そうな様子です。素直に負けを認める可能性は少ないでしょう。無駄な時間を掛けるよりもさっさと次の相手を降参に追い込んだ方がマシという判断でしょうか。

 

「え?」

「まいった。降参だよ。キミの勝ちだ、合格おめでとう♦」

「な、なんで?」

「だってキミ諦めないでしょ? だったら次の試合で合格するよ」

 

 やはりそうでしたか。しかし、これは次の対戦相手であるボドロさんが貧乏くじを引くことになりましたね。

 

「そんなの納得出来るわけないよ!」

「仕方ないなぁ。……今のキミは相手にするまでもない。もっと美味しく実ったら収穫してあげるから頑張って修行しておいで♥」

 

 そう言いながら凄まじい一撃でゴンさんを殴り飛ばした! ……ゴンさんはどうやら気絶したようだ。気絶してしまえば文句も言えませんよね。

 

「というわけで審判。ボクの負けを宣言するよ♣」

 

「第3試合! ケンミ対クラピカ!」

 

 これはクラピカさんの辛勝ですか。ケンミさんはハンゾーさんに腕を折られたのが痛かったですね。それがなければケンミさんが勝利していたかもしれませんが。

 このトーナメントでは負けても次のチャンスがあるので負けるにしてもダメージを少なくして負けた方がいいのですが、そう簡単に降参する人がここまで残るとは思えませんし。

 本当に意地が悪い試験を考えるなぁ会長は。

 

「第4試合! ヒソカ対ボドロ!」

 

 これはまた一方的な試合ですね。ボドロさんも諦めていないようですが、ヒソカさんには勝てそうになさそうです。それにしてもヒソカさんはゴンさんに対して本当に手加減していたのですね。そう思えるほどにボドロさんが痛めつけられています。

 ん? ヒソカさんがボドロさんに耳打ちをするとボドロさんが負けを認めた。いったい何を言ったのでしょうか。

 

「第5試合! ケンミ対キルア!」

 

 キルアさんのいきなりの戦闘放棄。戦う気がしないから負けを宣言するなんて。次で合格できると踏んだのでしょうか?

 

「第6試合!――」

「――ちょっと待ってくれ」

「……なにか?」

「俺の対戦相手はボロボロだ。少しでも休む時間を与えたい。だから先に次の試合をやってくれねぇか?」

「……レオリオ殿」

 

 なるほど。レオリオさんは心優しい人のようですね。このような人がハンターになってくれると私も嬉しいですが。

 

「いいでしょう。多少順序が変わっても問題ありません」

「レオリオ殿、かたじけない」

「良いってことよ。ただし、試合じゃ手加減はしないぜ」

「望むところよ」

 

「第6試合! キルア対ギタラクル!」

「久しぶりだねキル」

「!?」

 

 これは!? ギタラクルさんが顔の針を抜くと容姿がどんどんと変わっていく! どうやらギタラクルさんは念能力者のようですね。この現象は念以外では説明がつきません。

 

 

 

 ……なるほど、ギタラクルさんはキルアさんの実の兄でしたか。しかし熱を持たない闇人形。人を殺した時のみ喜びを覚える、ですか。会長もゾルディック家の人とは面識がありますが、その中の1人、ゼノさんは家業を継いで以来仕事以外で人殺しはしたことがないと言っていたらしいですが? 聞く限りでは結構人間味もある方との認識だったんですけど。

 

「ゴンと……友達になりたい。もう人殺しなんてうんざりだ。ゴンと……ゴンと、レオリオと、クラピカと……アイシャと友達になって、普通に遊びたい」

「無理だね。お前に友達なんて――」

「――ふざけんな!」

「ん?」

「何言ってやがるキルア! ゴンと、俺達と友達になりたいだって!?」

「あ……」

「寝ぼけんなよ! 俺たちゃとっくにダチだろうが! ゴンだって、アイシャだってそう思ってるはずだ!」

「その通りだキルア。私達は苦楽を共にした仲間だろう?」

 

 ……いいですね。友情というものは。あのような圧倒的実力者を相手にタンカを切れるなんて、簡単ではありません。それなのに友の為に怒り、それを素直にぶつけられるなんて。キルアさん、そういう友達は本当に少ないんですよ。良かったですね。

 

「そっかまいったな。キミたちはキルの事を友達と思ってるんだ。……401番も?」

「たりめーだ!」

「うーん。仕方ない。キミたちを殺そう……と、キミたちを殺したら不合格になっちゃうか。それは困るな。仕事の関係上オレには資格が必要だし、オレが落ちたら自動的にキルが合格しちゃうしね。そうだ! まず合格してからキミたちを殺そう!」

 

 ここまで簡単に人を殺そうとするなんて、ゾルディック家は何とも恐ろしく、悲しい教育をしているんですね……。

 

「それなら仮にここの全員を殺しても、オレの合格が取り消されることはないよね?」

「ええ。ルール上は問題ありませんね」

「聞いたかいキル。オレと戦って勝たないと、友達を助けられない。友達のためにオレと戦えるかい?」

 

 ……結局、キルアさんは負けを認めた。

 仕方ない事でしょう。あのプレッシャーの中、圧倒的実力差の相手に対して勝とうと思うのは無理というもの。

 そして次の試合。レオリオさんとボドロさんの試合開始と同時にキルアさんがボドロさんを殺害。キルアさんの不合格が決定してしまった……。

 

 

 

 

 

 

「というわけです」

「……」

 

 そう、か。そんな事があったのか。私がその場にいればあの顔面針男をぶっ飛ばしていたのに! それにキルアが私とも友達になりたかっただって? なんて嬉しいことを! レオリオさんといい、私に2人目の友達が! いや、話を解釈するにゴンやクラピカさんも私を友達と思ってくれてるかも!?

 もう何も怖くない! ゾルディックだろうがなんだろうがかかってこい!

 

「アイシャさん?」

「ああ、すいません。……今ゴン達はどうしてるか分かりますか?」

「説明会での会話を聞く限りではどうやら実家へと帰ったキルアさんを連れ戻しにゾルディック家へと赴いたようです」

 

 何だって! 彼らの実力でゾルディック家に行くなんて自殺行為だ!

 

「いつです!? 彼らはいつゾルディック家へ!?」

「説明会が終了してすぐです」

 

 つまり3週間前に出たと。……く、もしゾルディック家と敵対していた場合絶望的だ。生き残っている可能性は極わずかだろう……。

 でも、それでも行くしかない! 彼らは私の友達だ! 友達を助けないでどうする! わずかでも可能性があるならそれに賭ける!

 もしゴン達が殺されていたら……その時は――!

 

「ありがとうございましたビーンズ。私は急ぎますのでこれで失礼します」

「……まさかゾルディック家に行く気ですか?」

 

 その言葉には答えずに私は空港に向かって全力で走って行った。

 ……途中で空港の位置が分からずタクシーを拾ったのは言うまでもない……。

 

 

 

――ゴン達の現在位置――

 

 ゴン&キルア……ヒソカより強くなるために天空闘技場へ。現在飛行船で移動中

 クラピカ……雇い主を探すためまずは情報屋へ。現在汽車にて移動中

 レオリオ……国立医大に受かる為故郷に戻って勉強を。現在船にて移動中

 

 

 

――とある老人の秘匿回線――

 

「――久しぶりじゃの――うむ、ワシじゃ――いや、仕事の依頼ではない。少し聞きたいことがあってな」

「――うむ、2、3週間ほど前にそちらに数名の男性、1人は少年じゃの。名前は――そう、キルアを連れ戻しに行った奴らじゃ。そ奴らまだ無事か?」

「――いやいや、心配しとるのはそ奴らではなくての。確かに有望株な連中じゃが、プロの名目を抱いたからには自分の命は自分で守るもの。ケツの青いひよっこの尻拭いなどせんよ」

「――そうか、キルアを連れて旅立ったか。それなら良かったわい。血を見んですむのぅ」

「――そう、心配しとったのはおぬし等じゃよ。もし彼らの誰か1人でも死んでおったなら……ゾルディック家に香典を送らねばならなかったかもしれんからの」

「――はて、何のことかのう? そうそう、近々お前んとこにアイシャという少女が赴くことになっとるんじゃが、くれぐれも粗相の無いようにもてなしてやってくれんか? まあ、嫌なら構わんが――ほっほ、すまんのう」

 

 

 

 




おまけ

――ネテロとの面談――

・ヒソカ
一番注目しているのは?

「アイシャ♥ 彼女以外考えられないね。早く戦いたいよ♣」

今一番戦いたくないのは?

「それは……100番だね。412番も美味しく育つかもしれないけど……うーん、甲乙つけがたいや♦」

・キルア
「ゴンだね。あ、412番のさ。同い年だし」
「……401番かな。女殴るのもあれだし……ンだよ! 文句あんのかよ!」

・ボドロ
「44番だな、いやでも目につく」
「412番と100番と401番だ。女子供と戦うなど考えられぬ」

・ギタラクル
「100番」
「44番……401番」

・ケンミ
「401番ですね。女性でありながらここまで来れたのは素晴らしいと思います」
「それも401番ですね。女性に武を揮うのは躊躇われます」

・ゴン
「一番気になってるのは401番のアイシャかな」
「う~ん。100・401・410・411番の四人は選べないや」

・ハンゾー
「401番だな。下手すりゃ44番よりやばいかもしれん」
「戦いたくないのは44番だな。」

・クラピカ
「いい意味で412番、悪い意味で44番」
「理由があれば誰とでも戦うし、なければ誰とも争いたくはない」

・レオリオ
「401番だな。恩もあるし合格して欲しいと思うぜ」
「そんなわけで401番とは戦いたくねーな」

最終試験受験生
44番ヒソカ    原作44番
100番キルア   原作99番
195番ボドロ   原作191番
299番ハンゾー  原作294番
306番ギタラクル 原作301番
368番ケンミ   原作362番
401番アイシャ  原作何それ美味しいの?
410番レオリオ  原作403番
411番クラピカ  原作404番
412番ゴン    原作405番


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第二十話

 飛行船に乗ること3日、空港からさらに汽車で移動し、ようやく伝説の暗殺一家ゾルディック家があるデントラ地区へと到着した。

 ここから見える死火山、ククルーマウンテンの麓にその道では有名な正門・試しの門がある。ここまで来ればあとは麓に向かって道なりに進むだけだ。道中観光バスが出ているらしいが時間が惜しい。走った方が早い。

 

 この3日、気が気ではなかったんだ。さすがに空中をオーラで移動出来るとはいえ飛行船で3日かかる距離を移動し続けることは出来ない。そもそもあれは瞬間的にオーラを放出する事でその場からブーストダッシュしているのであって、飛行している訳ではないからな。

 とにかく、飛行船で移動している間は待つことしか出来なかった。仕方ないのでしばらく入院してなまった体をほぐしていたけど。……もしかしたら全力を出す必要があるかもしれないからな。

 

 

 

 ククルーマウンテンに向かう道を道沿いに走り続けると、やがて巨大な門が見えてきた。これが試しの門か。この門の先は全てゾルディック家の敷地というわけだ。

 門の横に小さな小屋があるな。中には人もいるみたいだけどあのおじさん、守衛さんか何かか?

 

 ……それはなさそうだ。こう言っては何だがそこまでの実力者ではない。あのゾルディックの門を守るともなればそれなりの実力者を置くだろう。

 どうやら私に気付いたみたいだ。ちょうどいい、この人ならゴン達の事を知っているかもしれない。話を聞いてみよう。

 

「あ~、キミ、こんな所で何をしているんだい? ここは危ないから帰った方が……ああ、確かあと1時間くらいで観光バスが来るから、それに乗って帰りなさい」

 

 ……優しい人だな。こんな場所にいる得体のしれない者を心配してくれるなんて。

 でも、そういうわけにはいかないんだ。

 

「すいません。少しお聞きしたいのですが、今から3週間ほど前にここに……3人ほどのプロハンターが来ませんでしたか?」

「ん? ああ、ゴン君達か。うん、確かに来ていたよ」

 

 やっぱり来ていたのか。もしかしたら考え直したとかを期待していたけど。

 まあ、来てないって言われても納得していなかったかもしれないが。

 

「彼らはまだゾルディック家にいるのですか?」

「……お嬢さん、お名前は?」

 

 名前? なぜ名前を確認するんだろう?

 

「アイシャといいますが……」

 

 名前を知る事で発動条件を満たす念能力もあるだろうが……まあいい。恐らくこの人は念能力者ではない。仮に念能力者だったとしても、この条件で発動するタイプの能力は私の【ボス属性】で無効化できる物が多いはず。

 名前を知るだけが条件では効果も低いものにしかならない、教えても問題はないだろう。

 

「――! そうですか、あなたが……失礼しました。少々お待ちください」

 

 へ? なんでいきなり敬語になるの? しかも私のことを知っている様子。いったいどういうことなの? 疑問に思う私を置いて小屋の中に入っていくおじさん。

 何やら電話をしているようだけど……。

 

「お待たせしました。中で旦那様方がお待ちになっております」

「――は? 何を言っているのですか? それよりも先程の質問に答えてもらえませんか?」

「申し訳ありません。私の口からは何も話すことは出来ません……そう、言いつけられておりますので」

 

 そう言いながら悲しそうに顔をしかめるおじさん。この人はゾルディックに雇われている身だろう。雇い主、しかもゾルディック家の命令に逆らえるわけがない。

 

 とにかく、3人の事を知りたければ中に入ってこい、と。

 私のことを知っていたのも、恐らくゴン達から聞き出した情報……くっ! もしかしたらひどい拷問でも受けたのかもしれない!

 あの3人がそう簡単に人を売るとは思えない! 相手は暗殺一家だ、有り得ない話じゃない。……もしそうだとしたら――!

 

「分かりました。中に入ればいいのですね」

「申し訳ありません。ただ今屋敷の執事の方がこちらに迎えに来ていますので、少々お待ちを」

「いいえ、それには及びません」

 

 扉の前に立ち、全身にオーラを籠めて強化する。門に手を当て、ゆっくりと門を押す。

 ゾルディックよ。もしゴン達がひどい責め苦を負うていたならば、もし、その生命が失われていたならば――!

 相応の代償を払ってもらうぞ!

 

 ゆっくりと、だが確実に門が開いていく。後ろから息を飲む音が門が開く音に混じって微かに聞こえる。

 それも当然だろう。門を開く力が強ければ強い程、それに応じて大きい扉が開く作りだったはず。目の前で私のような少女が全ての門を開いているのだ。驚いて当然の事だろう。

 

「な、なんと……」

「時間が惜しいので、こちらから出向きます。それでは失礼しますね」

「あ……そ、そうだ、山に向かって道なりに進んで下さい! そうすればお屋敷に辿り着くはずです!」

 

 その言葉に頷きを以て返し、私は山に向かって歩き出した。

 

 

 

 ……視られている。試しの門を越えてから感じる僅かな、本当に僅かな視線。

 私でも気付きにくい程の絶、何という気殺。この隠行はネテロにすら匹敵するかもしれない。さすがはゾルディックか。伝説の暗殺一家の名に恥じないなこれは。

 

 仕掛けては……来ない、か。隙を窺っているのか? どうやら見に徹しているようだ。このまま仕掛けてくるまで無視してもいいけど、この実力だと恐らくゾルディックの一族に連なる者だろう。

 だったらこの人に話を聞いた方が早いか。ゾルディック家の人ならばゴン達のことを知っているはずだ。

 素直に話すとは思えないが、何もしないよりはマシだ。質問に答えてくれたならそれに越したことはない。

 相手が初めから私と敵対するつもりなら仕方ない。その時は全力で戦うまでだ。

 円で確認したところ周囲1㎞に他の人はいない様だ。もし敵対した場合は多対1になる前に出来うる限り人数は減らした方がいい、か。

 

 ……私への監視が弛んだ! 今が好機!

 

 

 

 

 

 

 3日前、ネテロのジジイから電話があった。何でも近々アイシャという少女がこの家を訪問するらしい。

 その少女を丁重にもてなせと来たもんだ。あの電話での口振りからするとその少女はキルを連れて出て行った3人組と親しいようじゃ。その3人に危害を加えていたらゾルディック家が多大な被害を被っていたやもしれんとのこと。

 

 あのジジイがワシらの力を過小評価するとは思えん。つまりその少女はワシらをも上回る程の実力者――の庇護下にあるということ。

 恐らくはジジイ本人。確かにあのジジイは強い。奴のオーラの流れから次の一手を読むことはワシにも出来んし、【百式観音】に至っては避けることも不可能。

 あれとまともにやり合うくらいならシルバが言うとった旅団とやらとやり合った方が千倍マシじゃろうな。

 

 アイシャとやらを傷つけたらネテロがワシらと敵対する。そう受け取った方が納得のいく話じゃが、ネテロの話を解釈するにそれはしっくりこない。どちらかというなら、その3人を傷つけられて激怒したアイシャがワシらを害する、と解釈した方が妥当な話し方じゃった。

 つまりその少女はワシらを害する程の実力を持っているということ……それが正しければネテロにも匹敵する可能性もあるということじゃ。

 少女というからには相応に若いだろうに、そのような実力を持っているとは思えんな、普通は。

 ……見た目だけで実はネテロより年上とかじゃねぇのかそれ?

 

 とりあえず家族・執事を含めたゾルディックの敷地内に居る者にはアイシャという少女が来た場合は丁重にもてなせと通達はしておいたが。

 あのジジイがあれほど念を押して言うほどの相手じゃ。警戒しておいて損はないだろう。相手がワシらを害するつもりで来るなら話は別じゃが、無駄に敵を増やすつもりもないわい。下手するとあのジジイを敵に回す可能性もある。

 それにネテロがそこまで言うほどの少女に興味がないと言ったら嘘になるしの。

 

 

 

 そろそろ件の少女が訪問する頃じゃろう。パドキア共和国に入国する船の名簿にアイシャという名が載っているかミルに調べさせたところ、本日入国の飛行船にその名を確認したようじゃ。

 ここでアイシャとやらが来るのも待ってもいいが……やはり気になるな。どれ、門の近くで潜み、どれほどのモノか観察させてもらうとするか。

 

 ほう、大したものじゃ。見たところオーラで強化してるわけでもないのに7の門まで開きおったぞ? 確かに見た目は少女。年齢は10代半ばから後半といったところか。もっとも、念能力者に見た目の年齢なんぞ有って無いような物だがな。

 穿たずに見ればキルより少し年上の少女。それがオーラで体を強化することなく試しの門を7まで開けるのは正直感嘆するわい。

 

 どうやらネテロのじじいが言ってたのはこの少女がワシらを害するに十分の実力を持っている、という可能性の方が高くなってきたの。力があるというだけでワシらよりも強いとまでは思わんが、身に纏う雰囲気が常人のそれじゃないわい。見に来て正解だったわ。

 ……いや、オーラを纏ってないところを見るに、もしかしたらネテロ秘蔵の弟子なのかもしれんの。これから念能力を修めるとしたら、確かに大成はしそうな才を持っておりそうじゃしの。

 

 ふむ、山に向かって進むか。ミケを見ても動じぬし、肝も据わっているようじゃの。

 目的も果たしたし、ワシは先に屋敷の方に戻るとするか。後は執事共があの少女を案内するじゃろう。

 

 そうしてワシは少女から視線を、意識を外した。

 

 ――瞬間、背後を取られた。

 

「動かないでください。少しでも動けば……」

 

 まさかあの一瞬の隙に背後を取られるとは、な。

 いや、そもそもワシに気付いておったことが驚きじゃ。家業が家業ゆえに気配を消すのは得意なんじゃがな。

 この程度の脅しに屈するつもりはないが、気になるのは少女がワシの背に掌を当てていること。その状態でこの脅し。刃物を当てるなり、どこぞの関節を取るなりするなら分かるが、ただ掌を当てているだけ。

 つまりこの態勢からワシの命を脅かす程の一撃を繰り出せるという事。念か、それとも体術か、はたまた両方かは分からぬが、そう考えた方が妥当じゃろう。

 

「……」

「聞きたいことがあります。素直に答えてくれたら命は奪いません」

 

 ふむ。思考に集中して動かなかったワシを先程の脅しに肯定したと判断したか。

 まあよい。そもそももてなすつもりの客人を監視していた負い目もあるし、聞きたい事とはあの3人組の事じゃろう。隠しておく必要もない。

 

 しかし、ワシの気配を察知し、そしてワシに気付かれぬうちに背後をとる。

 これで見た目通りの年齢ならば末恐ろしいとしか言えんな。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした!!」

 

 私は現在誠心誠意心を籠めて平謝りしている。

 あの後、縮地を使い老人の背後を取って話を聞いたところ、ゴン達はすでにキルアを連れてさっさと出て行ったとの答えを聞いた。老人のオーラ、そして眼を見ても嘘を言っている様子はなく、ゼブロさん(守衛ではなく掃除夫らしい)に聞いてみたところ、口止めされていたから言えなかった、と謝られた。

 

 老人はともかく、ゼブロさんはオーラの動きで言っている事が嘘か本当かの変化が分かりやすい。恐らく本当のことしか言っていないはず。

 感情の動きはオーラに出やすいんだよね。熟練者なら話は別だけど。細かな感情は分からないけど、動揺した時の揺らぎならわかる。

 

 つまり私のしたことは、客人として招いてくれるはずの家に案内が来る前に乗り込み、その不法侵入者を監視していた家人を武力で脅した、となる。

 ……犯罪者じゃないか!

 

 うう、どうしてこんな事に。

 

「まあ、気にする事はないて。暗殺者のくせに背後を取られるワシが悪い」

 

 ……そういや暗殺一家だったな。確かに強いのだろうけど、意外と人間味があるというか、あんまりそんなイメージが湧かないな。今もこうして私の事を許してくれているし。暗殺者ってからにはもっと殺伐とした雰囲気があるものかと。

 

「不思議そうじゃの」

「え? ああ、その、暗殺者だったら侵入者紛いのことをした私を殺すんじゃないかな、と」

 

 ……かなり失礼な事を聞いている気がする。

 

「ワシらは仕事で殺しをやっておるんでな。無駄な殺生は御免じゃわい。それにおぬしは客人だしな」

 

 仕事で殺し……か。分からないな。どうしてそんなに忌避感もなく人を殺せるんだろう……?

 私には無理だ。戦いの果てに相手を死に至らしめるのなら武術家として許容出来るかもしれないけど……。私が初めからこの世界で生まれ育っていたら理解出来たんだろうか?

 

 ……いや、やめよう。こんなこと考えても意味のないことだ。

 私は殺人とは縁の少ない平和な環境で育ち、この人達は殺人が隣り合わせの環境で育った。彼らの気持ちが理解出来ないのは当然のことだ。

 

 それよりも、どうして私がここに来る事が分かってたんだろう? 客人として招かれる理由が分からない。

 

「……疑問なんですが、どうして私が客人なんですか? ゴン達やキルアから私のことを聞いたとしても、もてなされる理由が分からないのですが?」

 

 私が来るのが分かっていたのはおかしい。ゴン達は私がどこにいるか知らないはずだし。私がゴン達がここに向かったのを知ったのをゴン達が知るのもおかしいだろう。

 

「ん? 聞いとらんのか? ネテロのジジイがおぬしがここに来る事を伝えてきおったのだが」

 

 ……それで、か。あいつめ、ゴン達が無事なのを知っていたな? それでいて私には伝えず、ゾルディック家には私をもてなすよう伝えた、と。

 ふ、ふふふ。初めから私に話しておけばゾルディック家に来る必要もなかったものを! おのれネテロ、この借りは必ず返させてもらうからな。

 

「まあ良い。そろそろ執事共が到着する頃じゃが、ちょうど良い。ワシが屋敷まで案内してやろう」

 

 えっと、ゴン達が無事と分かったらこんな危険地帯からさっさと出て行きたいのだけど……先程の事もあるし、わざわざもてなしの用意もしてくれてる様だし、断るのも失礼か。

 

「分かりました。よろしくお願いしますね」

「……ふむ、暗殺一家に招かれて動じずついてくる。本当に肝が据わっとるの」

 

 いえ、軽い興奮から覚めたら結構内心ビクビクですよ?

 

 

 

 と、いうわけで現在私はゾルディックさんの家に招かれています。

 いやはやなんとも広大な土地をお持ちで。屋敷に着くまでどれほど移動したやら。途中で見かけた大きな家が屋敷かと思ったら執事用の住まいとのこと。

 笑っちゃうくらい金持ちだね。悪い事をすると金が集まるというのは本当なんだろうか?

 

 そうして移動すること30分、ようやく屋敷に到着した。歩いて、ではなく、そこそこの速度で走って30分。何だそれは? どんだけ広いんだこの庭は。下手すれば小さな国くらい入るんじゃないか?

 

 そしてなにより……でかい! これと比べると執事用の住まいが小屋と呼べるほどの大きさだよこれは。屋敷なんて呼んだら罰が当たりそうだ。お屋敷様だねお屋敷様。

 

「着いたぞ。遠慮せんと入るといい」

「……では、お邪魔します」

 

 老人についていくと何人もの執事風の……というより執事なんだろう人達を見かけた。通り過ぎる私達に対して皆一様に頭を下げていたが、どの人も私の一挙手一投足をさりげなく、そして細かに監視していた。

 さすがはゾルディック家の執事という事か、動きやしぐさ1つとってもどの人もかなりの使い手だ。

 私が老人に対して僅かでも敵意を見せたなら即座に自身の命を賭してでも私に立ち向かうだろうことは容易く予想できる。

 

「ここでしばし待っておれ。今飲み物を用意させる」

 

 そうして案内された客間だけど、意外と落ち着いた雰囲気の部屋だった。

 もっと、こう、なんていうか、煌びやかな調度品や美術品に囲まれた豪奢な部屋かと思ってた。まあこっちの方が私は好きだけど。あまり派手なのは好きじゃない。

 でも使われている家具は一級品なんだろう。椅子の座り心地が半端ない。

 ひとしきり座り心地を堪能していると女性の執事が飲み物を持って来てくれた。この匂いは紅茶かな?

 

「心配せんでも毒は入っとらんよ。おぬしのにはな」

「いや、あなたのには入ってるんですか?」

 

 言葉の意味を深読みするとそういうことになるんだけど?

 

「うむ、ワシらゾルディックは飲食物に毒を混ぜるのが習慣でな」

「……想像以上の家ですねここは」

 

 念能力者の最大の弱点、毒を克服してるとか。弱点あるのこの人達?

 私も毒に対する抵抗力を強くしておこうかな? 念能力による毒は【ボス属性】で防げても、通常の毒はそうはいかないしね。念能力者だから多少は抵抗力もあるだろうけど、それにも限度があるからなぁ。

 

「暗殺者が毒殺されるとか洒落にならんじゃろ」

「そういうものですか?」

「そういうもんじゃ。……そう言えば自己紹介がまだじゃったな。ワシの名前はゼノ=ゾルディック。キルアの祖父じゃ」

「ああ、そう言えばそうでしたね。失礼しました、私の名前はアイシャ。姓はありません。キルアとはハンター試験で知り合った仲です」

 

 お母さんの姓……正確にはお父さんの姓を使うわけにはいかない。お母さんの旧姓は知らないし、姓がなくとも不便はないしね。

 

「ふむ……アイシャよ。おぬしあのジジイとどういう関係じゃ?」

「……ネテロのことですか?」

 

 正直に話していい物か少し悩んだけど、言われたくない事ならネテロが釘を刺しておくだろうし、別に私は知られたところで問題はない。

 

「強敵と書いて友と呼ぶ。好敵手と言ってもいいですね。そんな関係ですネテロとは」

「……本気で言っておるようじゃな」

 

 その言葉に頷きを以て肯定の意を示す。ネテロも私の事をそう思ってくれているはずだ。

 

「オヌシ、本当に見た目通りの年齢か?」

「……何歳ぐらいに見えます?」

 

 見た目通りの年齢で見られたことは殆どないけど、恐らくゼノさんが言っている意味は見た目よりも遥かに年上なんじゃないか? ということだろう。

 まあそう思うのは当然だな。この歳であのネテロと渡り合えると言っているのだから。普通は信じられないはずだ。

 

「そうじゃのう。17、8といったところか。見た目はな」

「残念、見た目通りの年齢ではないんですよ」

「やはりそ――」

「――13です」

「……は?」

「ですから、私は今13歳、今年で14歳になります。少し早熟でして、実年齢よりも上に見られるんですよね」

 

 おお、唖然としている。あのゾルディックの人間がこんな顔をしているのを見られるのはかなりのレアではないだろうか。

 

「嘘では……ない、か。いや、末恐ろしいという言葉すら当てはまらんな」

 

 まあ前世の経験丸ごと持って来てますから。でもさすがにそこまで話すつもりはない。これを話すのはあの3人くらいだ。

 話をして喉が渇いたな。冷めない内に紅茶を頂こう。毒が入ってないのは本当だろう。

 

「頂きますね。……あ、美味しいですねこれ」

 

 私は紅茶よりもコーヒー派なんだけど、これは美味しい。こんな美味しい紅茶を飲んだのは初めてだ。コーヒーよりも先にこの紅茶を飲んだら紅茶派になっていたかもしれない。

 ……ん? 人の気配か、誰か来た様だな。

 

「それは何よりじゃ。……どうやら家の者が来たようじゃな」

「邪魔するぞ親父」

 

 そうして部屋に入って来たのは2m近い身長に鍛え抜かれ引き締まった筋肉を持つ1人の男性。キルアに似た髪の色に、猫科を思わせる様な風貌。キルアを小生意気な猫とするならこの人は獰猛な獅子といったところか。

 

「シルバか……紹介するぞアイシャ。現ゾルディック家当主シルバ=ゾルディックじゃ。キルアの父でもある。シルバ、こやつはアイシャ。話していた通り大事な客人じゃ。丁重にな」

「分かっている。……シルバ=ゾルディックだ。キルが世話になったようだな」

「初めまして、アイシャといいます。こちらこそキルア君にはお世話になりまして」

 

 いや、お世話されたわけではないけど、社交辞令というやつだな。

 ……暗殺一家と社交というのもすごい話だ。

 

「ふむ……なるほどな」

 

 上から下まで全身を一瞥された後になんか納得された。お眼鏡に適ったとみていいのかな?

 しかし、この人強いな。私が今まで見てきた中でも十指に入るだろう。もちろんゼノさんもその中に入っている。ゾルディックに来て一気に私の中の強さランキングが変動したよ。恐ろしい家だよホントに。

 

「キルから話は聞いている。……楽しそうにお前たちのことを話していた。あのようなキルを見るのは初めてだ。礼を言う」

「……いえ、私もキルアと一緒にいて楽しかったですから」

 

 そうか、キルアが私たちの事を楽しそうに……嬉しい事を言ってくれるじゃないか!

 うーん、早く再会してこう、なんか頭を撫でてやりたい気分だ。生意気な弟が出来たらあんな感じなのかもしれない。

 

「外も暗くなっている。今日は泊まっていくといい。夕飯時に他の家族を紹介しよう」

「え、いや、そこまでお世話になるわけには……」

「気にするでない。シルバが他人を夕飯に誘うなんざ初めてのことなんじゃ。遠慮すると勿体ないぞ?」

「一言余計だ親父」

 

 それはそうだろう。この人が和気藹々と人を食事に誘う様子なんか一厘たりとも想像出来ないよ私は。

 まあ、ここまで言われて断るのも失礼かなぁ。私って押しに弱い気がする。

 

「では、お言葉に甘えさせてもらいます」

「そうか。なら客室まで案内させよう」

 

 ゾルディック家で一泊か。どうしてこうなったのやら……。

 

 

 

 

 

 

「……どう見た?」

「自然体でいながら一切の隙が見当たらなかった。相当に場慣れもしているな」

 

 オレ達の家にいながらあそこまで自然体でいられる。相応の修羅場を潜っているだろう。

 

「親父こそどう見た」

「念を見ん限りには断定できぬが……敵対せんで正解じゃろうな。むろんやらなければならない時はヤルが、むやみに敵対したい相手ではないな」

 

 親父もそう見るか。あの歳でオレ達にそう思わせる使い手か。いないことはないが、中々見ないのも事実だな。幻影旅団の1人を殺した時に相対したあの男もその1人だ。

 

「茶目っ気を出して気配を消して様子見しとったら、油断した隙に背後を取られてしまったからのぉ」

「……老いたか親父?」

「わしゃ生涯現役じゃ!」

 

 それは分かっている。親父が老いたのではなく、アイシャの実力のなせる業だろう。見たところキルアよりも年上。それでも10代後半、念能力者というのを含めて多く見ても20代といったところか。

 そのような若さでこの領域。才能の言葉だけで片付けていいモノではないな。

 

「驚くなよ? あやつ、あれで13歳じゃとよ」

 

 ……信じがたいな。キルアとさして変わらん歳か。話を聞くにハンター協会会長の庇護下にある様子。秘蔵の弟子なのかもしれんな。

 

「念も含めて実力を見てみたいものだ」

「試しの門も7まで開けおったしのう」

 

 ……そういう事は早く言え。肉体も鍛えこんでいる。念に頼り切ってはいないということか。

 

「未だ纏をしている様子はなかったが、念は使えるようじゃな」

「ああ、オーラに一切の澱みがなかった。念も知らずにそのようなことが出来るなら天性の演技屋だろうよ」

 

 心の底まで偽らなければそのようなことは有りえない。念に目覚めてない人間でも感情によってオーラが僅かなりとも動くものだ。アイシャのオーラは垂れ流しとはいえ、常に一定に保たれていた。念の心得があると見ていいだろう。

 

「それにネテロのことを好敵手と言っておった。恐らく幾度となくやり合っているじゃろうな」

「……親父の話は半分に聞いておかないとな」

「ワシが言ったのではなくアイシャが言った事じゃわい」

 

 弟子ではないのか? オレは戦った事はないが、アイザック=ネテロは確かマハ爺とやり合って唯一生存している人間。親父の話を聞くに恐らく世界最強の念能力者の1人に数えられるだろう。

 それを好敵手扱い、か。

 

「……やり合って勝てるか親父?」

「……さて、な。勝てぬ、とは言えんよ。じゃが――」

「勝てる、とも言えんか」

 

 アレの暗殺依頼が来たとしたら――割に合わない仕事になるな。

 

「手段を選ばなんだら付け入る隙はあるが……」

「性格、か」

 

 まだ僅かしか接していないが恐らくアレは親しい人間を見捨てることは出来まい。キルやその友達の為にここに乗り込んで来たことがそれを示唆している。

 そういった情を突けば暗殺は不可能ではないだろう。

 だが――

 

「そしたら絶対ネテロのじじいが出張ってくるぞ? アレとは出来る限り敵対しとうはないな」

「……」

 

 やはりそうか。

 まあいい。アイシャの暗殺依頼が来た訳でもない。

 初めから殺す事を前提に話を進める必要もないだろう。

 

 ……だが、敵対した時の事を考えておくに越したことはないな。

 

「アレを嫁というのは……」

「無理だろうな。敵対した者を殺す事は出来るかもしれないが、仕事で人殺しは許容出来ないタイプだろう」

「……じゃな。ワシが家業の話をしたら僅かだが表情が曇ったしな。味方に引き込めるならそれに越した事はないのじゃが」

 

 アレをゾルディックに引き込むことはまず無理だろう。

 まあいい。相容れないならば無理に入れても仕方がない。わざわざ内に不和の芽を入れる必要はない。

 

「無駄に敵愾心を煽らなければ大丈夫だろう」

「ま、それが一番か。ちとつまらんがな」

「オレ達は暗殺者であって武術家ではない」

「お前に言われんでもわかっとる。誰がお前を育てたと思っているんじゃ」

 

 そう、オレ達は暗殺者だ。武を競い合う武術家ではない。強くあるのはいいことだが、それをひけらかす必要はなく、またむやみに敵を作る必要もない。

 

 ……だが、つまらないと言った親父の言葉に賛同している自分がいるのも確かだった。

 

「旦那様!」

 

 慌ただしく部屋に入ってくる執事――ヒシタか。

 騒々しいな、何事だ?

 

「何だ?」

「そ、それが、奥様が凄い剣幕でお客様の所へ……」

 

 ……それは少しまずいな。

 

 

 

 

 

 

「こちらでしばしお休みください。夕食の用意が整い次第お呼びいたします」

「ありがとうございます」

 

 そうして客室に案内されたんだけど……客間の時も思ったけど、ゾルディックにお客専用の部屋とかあったんだな。

 使用頻度が極端に少ない気がする。部屋に塵や埃はないから定期的に掃除されているみたいだけど、意外と使われているのか? ここにそんなに客人が来るとは思えないけど。

 

 さて、夕食まで待つのはいいけど、それまで何をしていよう?

 部屋の中には大きなベッド・立派なクローゼット・立派な花瓶に綺麗な花・高価そうな絵画・トイレにバスルームまで完備されていた。でもTVとか本はないから暇を潰す事は出来ない。クローゼットの中は……当たり前だけど空っぽか。

 さて、どうしたものか。

 

 ん? 誰か近づいてきている。夕食の用意が出来たのかな?

 ……いや、この気配からは怒気を感じる。穏やかではないな。

 今更相手が敵対してくるとは思いにくいが、場所が場所だけに私も自然と臨戦態勢に入る。

 

 そして勢いよく扉が開き、1人の女性が入室して来た。

 

「あなたね! 私のキルを誑かした女狐は!!」

 

 ……は? いやいや、何だこの人は?

 見た目はシックな黒いドレスに身を包み、顔は口周り以外に包帯を巻いてその上に何かゴテゴテしたゴーグルを着けている。そんなよく分からない女性が勢いよく部屋に入って来るなり凄まじい剣幕で怒鳴り散らして来た……。

 

「え?」

「ああ! あなたのせいで私の可愛いキルは家を飛び出してしまって……! どう責任取ってくれるの!?」

 

 いや、貴方の息子……でいいのか? キルア君は自分の意志でここを飛び出したのでは? 私が会ったのは家を飛び出した後ですよ?

 

 そう、反論したが――

 

「おだまりなさい! せっかくイルがキルを連れて戻って来てくれたのに、あんな凡夫共と一緒にまた外へ!」

 

 凡夫ってゴン達の事か? ひどい言われようだな。

 

「あなたがその身体でキルを誑かしたんでしょう!? そうに決まっているわこの雌犬!!」

「雌!? いや、誑かすだなんて」

 

 ひどい言われようは私の方だったようだ……生まれてこの方雌犬なんて呼ばれたのは初めてだよ。

 

「お養父様やシルバさんにあなたを客人として丁重に扱えと言われましたからあなたに危害を加える事はしません。が……」

 

 が? わざわざ一拍置いて次の言葉を強調するキルアママ。

 

「今後もしキルに色目を使う様な事があるならば、ゾルディックの全勢力を掛けてでもあなたを暗殺します! 分かりましたね!?」

「えっと、はい、言われなくても色目なんて使いませんよ……」

「まあ!? キルにそんなに魅力がないって言うの!? なんて失礼な小娘!」

 

 じゃあなんて言えばいいんだ? そもそもこっちは貴方の何倍も生きてるよ。

 

「とにかく、先程の私の言葉をよく覚えておく事です」

 

 そう言い残して入って来た時と変わらぬ勢いで部屋から出て行った……。

 

 ……つ、疲れた。なんだったんだあの人は? あれがキルアの母親か……。

 以前、キルアが私に母親を交換しない? と冗談で言った事があったけど……アレを見るに半分以上本気で言ってたかもしれない。確かに相手にするのは疲れるな……でも、息子を愛しているのは間違いがないようだ。愛し方に問題はあるかもしれないけど、その点だけはとても好感が持てた。

 かと言って積極的に関わり合いになりたくはないけどね。ああ、さっさとここから出ていきたい……。

 

 

 

 

 

 

 何だよ、大事な客人が来るから家族全員でそいつと一緒に食事をするって。別に家族で食べるのはいいけど、見も知らずの人間と一緒に食事するなんて面倒にも程がある。

 大体うちに客人が来ること自体滅多にないのに、その上一緒に食事を摂るなんて初めてじゃないか?

 

 何か3日くらい前に親父が客が来るとか言ってたけど、興味ないから聞き流してたよ。客なんて依頼だけで十分なのにさ。わざわざ家にまで来るなんてどんな馬鹿だよ?

 

 あ~、早くゲームの続きしたいなぁ。まだ作っていないフィギュアだってあるのにさ。さっさと食い終わって部屋に帰りたいよ。

 

 そうして食卓で不機嫌さを隠さずに待っていると、爺ちゃんと親父に連れられてママとカルトもやって来た。

 

「全く、キキョウには困ったものだ」

「ああ、あなたごめんなさい。でもキルを取られると思ったらつい……」

 

 何かあったのか? ママが親父に注意されるなんて。

 いや、よくある事か。

 

「おお、ミル待たせたな。もうすぐ食事の用意も出来るじゃろ」

「別にいいけど。客人ってどんな奴なのさ?」

「ん? ふむ。……それは見てのお楽しみにしておくとしよう」

 

 何だよそれ。ふん、面白くない。大体待たせるくらいならギリギリまで部屋に居ても良かったじゃないか。予定通りに物事が進まないのってイライラするんだよな。

 

「そろそろ時間だな。ゴトー、客人を案内しろ」

「畏まりました」

 

 やっとか。こんな面倒事さっさと終わらせて部屋に帰ってゲームをしよう。

 

 

 

 そうしてゴトーに連れられて客人とやらが入ってきた。

 全く、お前のせいでオレがどんだけ迷惑したか分かっ、てんの、か……。

 

「よく来たなアイシャ。先程はキキョウが迷惑を掛けた。改めて紹介しよう、オレの妻キキョウだ」

「フン……謝る気はありませんよ」

「……こっちが次男のミルキ。長男のイルミは今は不在だ。そしてこれが――」

 

 親父が何か言ってるけどオレの耳には全然届いていなかった……。

 そんな事よりオレは眼の前の人間に意識を奪われていた……。

 

 スラリとした身体に大きな胸。お尻も程よく張っており、腰もキュッと括れ、大きな胸を強調するかのようだ。

 見た目はオレとさして変わらないくらいか? 容姿も整っている。あんなオッパイをしているとは思えない程可愛い。

 眼はぱっちりとしており、眉の形すらもオレ好みだ。口と鼻のバランスもいい。

 胸も、眼も、バストも、眉も、乳も、口も、胸部も、鼻も、おっぱいも、腰も、母性の象徴も、尻も、そして胸も、全部ツボに嵌った……。

 いつの間にかオレは左腕を上下に動かしていた。よく分からないけどなんかしっくりくる。おっぱいおっぱい!

 

「えっと、アイシャといいます。よろしくお願いしますね」

 

 ん? 何時からここは天上の調べが聞こえる様になったんだ? ああ、あの娘の声か。それなら当然か。そうか、名前はアイシャって言うのか。……アイシャ=ゾルディック。……悪くないなおい。

 

 ああ、どうしてこんな可愛い子がこんな場所にいるんだ? そもそも3次元にこんな可愛い子がいていいのかいや良くない。

 そうだ。きっとこれはオレの妄想が生み出した幻覚だ。そうだそうに違いない。最近ギャルゲーや美少女フィギュアばかり作っていたからこんな幻覚を見るんだ。

 

 ふう。そう考えると惜しいな。この天使がオレの妄想の産物だったなんて……これを忘れないように記憶して後で等身大フィギュアを作ろう。

 そうだ。どうせだから触ってみよう。感触はないだろうけど、幻覚ならいつか消えてしまう。そうなる前に触ってイメージだけでも味わっておこう。

 そうしてまともな思考も覚束ないままアイシャに向かって歩いていく。

 

「えっと、どうかしましたか?」

 

 疑問そうな表情で顔を傾げてこちらを窺うアイシャ。やべぇ、オレの妄想はオレを萌え死させる気か?

 だがオレは負けない。幻覚に負けてなるものか。オレにはこの天使のフィギュアを作り上げる使命があるんだ!

 

 そしてオレは幻覚に向かって手を伸ばし、胸を触った――

 と思ったら避けられていた。

 もう一度伸ばす。だが避けられる。また伸ばす。避けられる。

 

 ……オレの妄想の癖にどうして避けるんだ!?

 

「ミル、何をしている?」

 

 底冷えするかの様な親父の声。え? やばい、これは本気で怒りかけてる……?

 え、ちょっと待て? これは幻覚じゃないのか? 冷静になった頭でもう一度目の前を見てみる。

 

「あの、何でしょうか?」

「うわぁぁっ! ほ、本物!?」

「はい? いや、偽物なつもりはないですけど」

 

 え!? オレの妄想の産物じゃなかったの!? じゃあなんでこんなオレ好みの美少女がこんな場所にいるんだよ! ゾルディックだぞここは!

 

「ミルキ、どういうつもりだ……?」

 

 やばいやばいやばいやばいやばい! 親父の客になんてことをしようとしたんだオレは! 親父に殺される! その前に謝らなくちゃ! 明らかに胸を触ろうとしてて、謝って許してもらえるとは思えないけど、何もしないと本当にやばい!

 

「ご、ごめん! そ、その、か、可愛かったから、つい!」

 

 どんな言い訳をしているんだオレは!? 可愛かったから胸を触ろうとしましたって変態か!

 

「……すまないなアイシャ。この非礼は詫びよう。ミルキには相応の罰を与えておく」

 

 ……終わった。殺されはしないだろうけど、かなりひどい目に遭う事は確定だ……。

 

「いえ、その、少しビックリしましたけど、気にしてないから大丈夫ですよ」

 

 女神がいる……何だこの生き物は? やっぱりオレの妄想が具現化したんじゃないのか? そうかこれはオレが作り出した念じゅ……駄目だ、これ以上暴走したら確実に親父に殺される。

 

「そうか、それは助かる……ミル、もう一度謝ってきちんと挨拶をしろ」

「あ、ああ! さ、さっきはごめん、気が動転してたんだ……オレの名前はミルキ、その、よろしく」

「よろしくお願いします。先程のはもういいですよ。気にしてませんから」

 

 笑顔で優しくそう言ってくれるアイシャ……ああ、なんていい子なんだ。

 駄目だ、完全にやられた。オレはアイシャに、惚れた。

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折あったけど、ようやく晩餐が始まった。ミルキさんの行動には吃驚したけど、まあ男だったらそういう欲求もあるんだろう。私も元男だ、少しは分かるさ。

 ……今の私は女性に性的欲求が湧かないけどね、まことに残念ながら! かと言って男性に対しても性的欲求は湧かないんだが。

 まあそういうわけでミルキさんの気持ちも分からんでもないし、実際に触られたわけでもないので許してあげた。私もそういうやりたい盛りの気持ちというものを原動力に今を頑張って生きている所もあるからな。勿論母さんの教えもあるけど。

 “童貞を捨てる”“幸せになる”両方やらなくっちゃあならないってのがTS転生者の辛いところだな。覚悟はいいか? 私は出来てる。

 

 ……意味不明なことを考えてないで食事を楽しもう。

 

 食事の内容は中華風……と言ってもこの世界に中国なんてないけど、似たような食文化の国の食事なんだろう。

 箸もあり、食べやすく、味も抜群! いやぁ、食事は白米が一番だね!

 

「すいません、おかわりいいですか?」

「うむ、遠慮する事はない。よく食べるといい」

 

 ゼノさんが優しく許可してくれる。この人本当に暗殺者? 普通に優しいおじいちゃんに見えるよ。

 

「……よく食べるな」

 

 う! やっぱり6杯目のおかわりはそっと出すべきだったか……? シルバさんに突っ込まれてしまった。

 でも本当に美味しいんだよなぁ。外の食事なんて比べ物にならない。1流レストランよりも美味しいんじゃないか? 1流レストランで食事したことないけど。

 

「す、すいません。少し図々しかったですね……」

「いや、そうではない。暗殺者の家で出た物がよくそんなに食べられるな、と思っただけだ。毒が入っているとは考えなかったのか?」

 

 ああ、そういう意味か。おかわりのし過ぎを突っ込まれたわけではないのね。

 

「それは心配していませんね」

「……なに?」

「ゼノさんと一緒にお茶を飲んだ時に確信しました。あなた達は殺すと決めたらそのような回りくどい事をせず殺しに来るでしょう。もちろん毒殺を手段の1つとしない訳ではないでしょうが」

「ふむ。ワシが毒を入れてないと言ったのはこの食事で油断させるための嘘じゃったかもしれんぞ?」

「ゼノさんは……シルバさんもですが、そのような嘘を言う人には見えませんでしたから」

 

 私なりにオーラを見て判断した結果だけど。この人達の性格だとわざわざ嘘や騙しをしてまで暗殺をするとは思えなかった。……キキョウさんは別だけど。

 

「見た目だけで人を判断すると痛い目に遭うぞ?」

「その時は私が未熟だっただけです」

 

 常在戦場を常とする武術家が毒殺されたら、それは未熟だっただけの話だ。その時は自分の不甲斐無さを嘆きながら死ぬだけのこと。

 

「やべぇ、益々いい……」

「え? 今何か?」

「い、いや、オレもおかわりを、てな!」

 

 何だ。何かぼそぼそ言ったかと思えばミルキさんもおかわりか。

 

「本当に肝が据わっとる奴じゃ。……まだ食べるなら遠慮するでないぞ?」

「いいんですか? ではおかわりを!」

「……ミルキより食うとりゃせんか?」

「……エネルギーは動いて発散しているようだな」

「……食い意地が張って! ますますキルには似合わないわ! ……でもミルになら」

「……オレの大食いが目立たない……いい」

「……ボクもおかわり」

 

 お、カルトちゃんもおかわりか。どんどん食べてどんどん大きくなるといい。将来はきっと美人さんになるだろうな。男の子に言うセリフじゃないから言わないけどね。

 こうして意外と楽しい晩餐はあっという間に過ぎていった。ご飯美味しかったです。








おっぱいおっぱい( ゚∀゚)o彡°


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第二十一話

「あ、アイシャはさ! その、ここから出ていったら何をするんだ!?」

 

 食事も終わり、そろそろ部屋で休ませてもらおうかと思った矢先にミルキさんからそんな質問がきた。

 

「ここを出てから、ですか? ……そうですね。欲しい物を手に入れる為に色々と奔走すると思います。あ、あとゴン達……私の友達ですね、彼らを探したいです」

 

 グリードアイランドを手に入れるのは当たり前だけど、ゴン達にも会っておきたい。別れの言葉もなく離れてしまったから、一言謝っておきたいし。

 ……友達に会いたいし。

 

「そ、そうか……欲しい物って何なんだ?」

「知ってるでしょうか? グリードアイランドっていうゲームですけど」

「! あれか……」

 

 お、やっぱり知ってるんだ。さすがはゾルディック。それにミルキさんってなんかゲームとか詳しそうだし。……偏見かな?

 

「グリードアイランドを手に入れるのは難しいかもしれないな……」

「そうですね。でもハンターライセンスも手に入ったので、それを使って情報収集して行こうと思ってます」

 

 これがあれば今までよりも精度の高い信頼性のある情報が手に入るだろう。ライセンス様々である。

 

「……よ、良かったらさ、お、オレが調べてやろうか、その、グリードアイランドとゴンって奴らの居場所をさ」

「え?」

「いや、オレ結構コンピューターには詳しいし、ウチの情報網とか使えば人探しも簡単だぜ! アイシャが1人で調べるよりも断然早く調べられるよ!」

 

 そ、それは魅力的な提案だけど。でも今日知り合ったばかりの人にそんな事を頼むのは悪いしなぁ。

 

「いえ、ですがそれだとミルキさんやゾルディックの方にご迷惑を……」

「いいって! 迷惑なんて思ってないからさ! いいだろ親父!?」

「……ミルに許された権限の中でならば構わん」

 

 ええ!? でもそれって結構な金額が動くんじゃ?

 

「ですが、人を使うのにもお金が……」

「大丈夫だって! 動く使用人もそれが仕事の内だし。これも給料分の働きって奴だよ! そ、それで納得がいかないなら、その、貸し1つって事でいいからさ!」

 

 貸し1つか……ゾルディックに貸し1つは怖いけど、この場合ミルキさんに貸し1つってことだよな。それなら私に出来ることで何かしら返すなら大丈夫かな?

 

「分かりました。そこまで言ってくれるなら、借りておきます。この恩は必ず返しますね」

「ああ! いいってことさ。し、調べるまで少し時間が掛かるだろうから、それまでここに泊まっていてもいいぜ!」

「分かりやすい奴だ……アイシャ、聞いての通りだ。グリードアイランドとやらはともかく、人探しとなると少々時間も掛かる。しばらく逗留するといい」

「……いいんですか?」

「ああ」

「では、しばらくお世話になります」

 

 深々と頭を下げて礼をする。まさかゾルディック家で一泊以上するかもしれないとは思わなかった。

 でも確かにゴン達を探すともなれば私1人では難しいものがある。この後彼らはどこに行ったんだろう? 原作知識で僅かに覚えているのは、『天空闘技場』『グリードアイランド』『蟻の化け物』これ位のものだ。他にも色々あったと思うから、今現在彼らがどこにいるかは予測できない……。

 ここはミルキさんのお言葉に甘えさせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 ミルの奴、分かりやすいのぅ。アイシャに惚れおったか……。やれやれ、厄介なのに惚れおったな。アレはミルの手には収まらんよ。

 しかしアイシャの奴、かなりの鈍感じゃな。あのミルキを見て自分に惚れたことに気付いておらんようじゃ。ワシの気配に気づいておきながら、それはあんまりじゃろう……。

 

 まあよい。ミルのせいと言うか、おかげと言うか、アイシャがしばらくこの家に逗留するとなれば、色々と聞き出せそうじゃしのう。さっそく明日にでも話をしてみるとするか。

 

 

 

 アイシャが一泊して一夜が明けた。既に朝食もすまし、今は家族各々が自由に動いておる。アイシャはする事もないだろうから、ワシと一緒に散歩に行かんかと誘ったらホイホイ付いて来おった。

 ……ワシらが暗殺者って本当に分かっとるのかこやつ?

 ちなみに散歩に誘ったワシをミルキが凄い睨んでおったのは言うまでもない。

 

「いい天気ですねぇ」

「うむ。絶好の散歩日和じゃな」

 

 ……ほのぼのしとるのぅ。

 いやいや、こんな話をする為にアイシャを散歩に誘った訳ではないわい。

 

「時にアイシャ。ネテロのことなんじゃが」

「ネテロですか? あいつがどうかしましたか?」

 

 ネテロをあいつ呼ばわり。接した時間は短いが、アイシャが他人をあいつ呼ばわりするような輩ではないくらいは分かる。アイシャが他人をそのような呼び方で呼ぶとは、やはりかなり親密なようじゃな。

 

「うむ、オヌシあやつの好敵手、と言っておったが……アレの念能力は知っておるのか?」

「まあ、知っていますが……教えはしませんよ? 念能力は他者に容易く話すモノではありませんから」

 

 ふむ。やはり知っておるか。それにアイシャが念能力者なのもほぼ間違いなしかの。

 

「いやいや。ワシもあのジジイの能力、【百式観音】は知っておるよ。あれには一度痛い目におうたからのぅ」

 

 さすがにいきなり念能力を話す程迂闊ではないか。じゃが相手が知っておったなら話は別じゃろ?

 

「そうなんですか? いやぁ、私もアレには何度も煮え湯を飲まされまして」

「そうじゃろうな。戦闘においてネテロの最も厄介なモノが【百式観音】じゃろうて」

 

 なるほど。【百式観音】相手に何度もやり合っていると。煮え湯を飲まされるとの言葉から攻略は出来てはいないが、それでもアレを相手に闘えるほどの実力を持っているようじゃな。

 ……うむ、十分すぎる実力じゃな。

 

「時にアイシャよ。オヌシなら【百式観音】をどう攻略する?」

 

 これは純粋な興味じゃ。ネテロと幾度となく対戦していると思われるアイシャなら、あの【百式観音】の攻略法を考えているだろうて。簡単に教えてくれるとは思えんが、まあ物は試しとも言うしな。

 

「それはさすがに禁則事項です」

 

 やはりか――

 

「――ですが……そうですね。私なりの攻略法は教えることは出来ませんが、それ以外の攻略法なら構いませんよ」

「ほう。……よいのか? ワシらがその攻略法とやらでネテロを暗殺するやもしれんぞ?」

「それは大丈夫でしょう。教えたところで実行出来るかは別ですし。……それに、ネテロと敵対したら私もネテロと共に戦うのみです」

 

 ――!

 これは……凄まじいプレッシャーじゃな。これほどの圧力をワシに与えるとは。

 

「まあ、無駄にあのジジイを敵に回すつもりはないぞ。……もちろんオヌシともな」

「ありがとうございます。あなた達とも出来れば敵対したくありませんから。……一宿一飯どころかしばらく御厄介になるので、この攻略法はそれの代金代わりという事で」

 

 その攻略法が使えるかどうか、また使う状況があるかどうかは置いといて、代金代わりにはちと多すぎるくらいじゃな。

 

「そうですね。前提としてまず【百式観音】に耐えうる耐久力が必要となります」

 

 ……まあ当然だろうな。しかしそれは攻略法と言えるのか?

 

「まあこれは数発ほど耐えられればいいでしょう。【百式観音】は不可避の速攻。こちらの行動の前に初手を叩き込まれますので」

 

 そういうことか。何発かはワシでも耐えられるわな。防御に徹すれば十数発はいけるか? まあ実際にやってみんと分からんが。

 

「そして【百式観音】とて一瞬の間もなく放てる訳ではありません。技と技の繋ぎにほんの僅かですが間があります」

 

 まあ、それも予測しとったことじゃ。しかしその間は本当に極僅かじゃぞ?

 

「一撃を耐え抜き、一瞬の間の内にこちらの一撃を入れる事さえ出来れば勝利の芽は出ます」

「……は?」

 

 いやいや。それをどうやってやるのかが知りたいのじゃが?

 

「まあこの時に出来ることは人それぞれ異なるでしょう。この一瞬の間にネテロの懐に瞬間移動する、ネテロを操作する条件を満たす、ネテロを無力化する能力を発動する等々」

「……それは」

「はい。ほぼ不可能と言っていいでしょう。【百式観音】の技の繋ぎは本当に極々僅かです。その瞬間にネテロ相手に能力を発動させるのは至難の業……どころではありません。なぜなら、その能力を発動する為に必要な間よりも圧倒的に早く、ネテロの次なる【百式観音】が発動するでしょうから」

 

 そう、あの連撃の間を縫って能力を発動する。それも相手を無力化するタイプの。それにはいくつかの細かい条件が必要となる、刹那の瞬間にそれを行うのは不可能に近い。

 

「それとも最初の一撃を喰らう前に発動する? それも無理でしょう。ネテロはまさに百戦錬磨の言葉もおこがましい程の戦いを潜り抜けています。相手が能力を発動しようとするとすかさず【百式観音】を放つでしょう。そして【百式観音】を喰らった状態で通常通りに能力を発動するのもまた至難」

 

 詰まる所【百式観音】を破るのは不可能と言っとりゃせんかこの小娘? 【百式観音】の攻略法を聞いとるはずなのに、ネテロの自慢を聞かされとる気分じゃ。

 

「そもそも相手を無力化する能力者は皆強化系と相性が悪い。つまり【百式観音】を一撃も耐える事が出来ない方が多いでしょう。まあ、まともに戦って【百式観音】を破るのはまず無理でしょうね」

「結局惚気話を聞かされたみたいじゃな……」

「惚気!? なんであいつのことを私が!?」

 

 あんなに嬉しそうに話されては惚気にしか聞こえんわい。

 まあ、ええ暇つぶしにはなったかのぅ。

 

「ちょっと! 聞いてるんですかゼノさん!?」

 

 

 

 

 

 

 全く、ゼノさんときたら! 私がネテロ相手にそんな気を持つ訳ないじゃないですか!

 まあ、そりゃ自慢気に話した気はしますが……それは、まあ、自慢のライバルといいますか、ねえ?

 

 ……ああ、もういい! この件はこれでお終い! これ以上考えても意味がないよ。

 

 しかし、先程のゼノさんは明らかにこちらを探っていたな。私の実力を少しでも知る為に探りを入れてきたんだろう。まあ、あれぐらいなら話しても支障はないかな。

 能力には知ることで対処出来る能力と知ってても対処の出来ない能力がある。ネテロのは後者だ。あれほど対処出来ない能力も他にあるまい。

 私自身の能力も話してはないし、あの説明の仕方では私を強化系と受け取った可能性もある。なにせ【百式観音】にある程度耐えていると明言した様な物だ。自ずと強化系やそれの隣り合わせの放出・変化のどちらかと捉えるだろう。

 

 

 

 さて、散歩から帰って来たのはいいけど、する事がない。

 散歩がてらに色々案内してもらえたけど、まだ午後の4時だ。夕食まで時間もある。

 日課の修行はもう終わったしなぁ。ゼノさんと散歩しながら念の修行をしてた。【天使のヴェール】マジ使える。

 これのおかげで堅の持続時間を延ばす修行がしやすいことしやすいこと。なにせ通常の状態だと堅をし終わるのに3日以上かかる。そんなの修行になる訳がない。でも【天使のヴェール】を発動していたらオーラの消耗は10倍に。さらに堅と並行して基礎と応用をすればさらに消耗が早くなる。

 

 意外な【天使のヴェール】の副産物だった。おかげでこの3年でオーラ量がさらに伸びたんだし。まあ、ここでオーラを使い切るつもりはないからある程度で修行は切り上げたけど。でも本当に何しようかな?

 

 そうしてぼぉっとしながら与えられた部屋で寛いでいると、部屋に客人がやって来た。……客の私が客人って言うのはおかしいな。

 

「アイシャ、その、入っていいか?」

 

 やはりミルキさんか。気配である程度は分かる。まあ、足音もすごいし……。

 

「どうぞ。……どうしたんですか?」

「ああ、実はグリードアイランドについて色々分かったんでその事で話が」

「本当ですか! すごいですねミルキさん! 昨日の今日で分かるなんて!」

「い、いや、アイシャからハンターライセンスを借りていたからだよ」

 

 ああ、ライセンスか。あれでハンター専門サイトに入ったのかな?

 

「と、とにかく色々話す事もあるから、一度オレの部屋に来てくれるか?」

「ええ、構いません。こちらからお願いしたいくらいです」

 

 わざわざ呼びに来てくれるなんて。いい人だなぁ。執事を使ってもいい立場の人だろうに。

 

「それじゃ付いて来てくれ」

「はい」

「あ、あと、オレのことはミルキって呼び捨てでいいよ」

「いいんですか? では改めてよろしくお願いしますミルキ」

 

 おお? 私が呼び捨てにしたら物凄く嬉しそうな顔に!?

 ……そうか。ミルキもキルアと一緒で友達がいなかったんだな。こんな環境にいたら友達が出来なくて当然だ。大丈夫だ! 今日から私が友達だよ! そう笑顔で応えてみせた。そしたら急に顔を背けてずんずんと前に進みだした……あれ?

 もしかして嫌われているんだろうか……?

 

 

 

「ここがオレの部屋だ。は、入ってくれ」

「それでは失礼しますね」

 

 ミルキの部屋に到着。中に入ってみると失礼かもしれないが意外に綺麗に整っている部屋だった。

 

「あ、すごい。綺麗に整頓してますね」

「ま、まあな」

 

 室内のインテリアはお洒落というのだろうか、中々感じ良く纏まっている。

 部屋の奥には大きなパソコンがあり、私も見たことないような色々な機械と繋がっているようだ。周りにはたくさんの本が整頓して棚に置かれている。漫画とかもあるかな? 予想していたよりオタク風の部屋じゃなかった。ごめんね、偏見だったかもしれない。

 

「じゃあ分かったことを話そう。さすがにアイシャの友達はまだ見つかっていない。今回はグリードアイランドについてだけだ。人探しの方も見つかり次第教えるよ」

 

 そうか、まあ昨日の今日で世界のどこにいるかも分からない人を探し出すのは難しいよな。グリードアイランドについて少しでも分かれば御の字だろう。

 

 そうして私はミルキの説明を聞いて行く内に絶望に包まれていった。

 

 グリードアイランドは念能力者が作ったゲーム。ゲームをスタートすると念が発動し、ゲームの世界へ引きずり込む。念能力者以外はゲームをする事は出来ない。プレイヤーが生きている限り例えコンセントを抜いてもゲームは止まらない、ただし死ねば止まる。セーブポイントを見つければ戻ってこれるらしい

 

 ど、どうしてこうなった!?

 念が発動してゲームの世界に引きずり込む!

 そうだよ! グリードアイランドは念でゲームの世界に行くんじゃないか!

 なんで忘れてたんだ私の阿呆!! 一番重要な事だろうが!

 

 ……【ボス属性】で無効化してしまう……!

 

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 もうだめだぁ……おしまいだぁ……。

 

 い、いや諦めるな。諦めたらそこで童貞永遠ですよ? そんな事を認める訳にはいかない! まず情報の段階で間違っている可能性もある。もしかしたら、限りなくないに等しいけど【ボス属性】があってもゲームをプレイ出来るかもしれない。

 絶望するのは本当にグリードアイランドが出来なかった時だ。諦めるにはまだ早い!

 

「あ、アイシャ! どうしたんだ? 顔色が悪いぞ?」

「え、ええ。大丈夫です。すいません、話の続きをお願いします」

「あ、ああ」

 

 とにかく、まずはグリードアイランドを手に入れることに集中しよう。あれがないと話にならない。

 

「じゃあ続けるぞ。現在グリードアイランドを入手するのは困難だ。理由は品数が少ないことと、死なない限りゲームが止まらない為、一度手に入れられるとまた市場に出回る可能性が非常に低いのが原因だ」

 

 ……確かに。さらに市場に出回った数少ないグリードアイランドをその有り余る資産で買い続けているのが――

 

「そして大富豪バッテラ。こいつが僅かに世に流れたグリードアイランドを買い漁っている。さらにグリードアイランドに関する情報も操作して一般にはあまり情報が行き交わないようにしている」

 

 とことんこいつのせいか。オノレバッテラ。

 

「……今年の9月に行われるヨークシンのオークションで数本、あるいは数十本ものグリードアイランドが流れるって噂があるが、恐らくバッテラが全部競り落とすだろうな」

「それではグリードアイランドを手に入れるのは……」

「非常に困難だ。まともに手に入れるならそれこそバッテラを上回る資金を用意しなくてはならない。まあ、総資産を上回らなくてもある程度あればいいが。1本競る度に最大金額を出し続けて、バッテラの資金が切れるくらいの資金さえあれば、な」

 

 それは無理だ。私の総資産なんて精々が6、7億くらいだったはず。バッテラの総資産がいくらあるかなんて分からないが、この程度ではそもそもグリードアイランドを手に入れる最低基準にすら達していないはず。

 リュウショウの時に有った資産が使えたらなぁ。個人資産は全部寄付してしまったし、道場はリィーナに譲ったし……。

 ……どうしよう?

 

「1つ聞きたいんだけど、アイシャがグリードアイランドを手に入れたいのはグリードアイランドをプレイしたいからだよな?」

「ええ、そうですけど?」

 

 正確には男に戻りたいからだけど、まあその為にはプレイしないと話にならないしね。

 

「だったら別にアイシャがグリードアイランドを入手しなくても、プレイさえ出来ればいいわけだな?」

「そうですね。でもその為にはグリードアイランドを持っている人が……! そうか!」

「そう、バッテラだ。アイツが何でそんなにグリードアイランドを集めているかは分からないが、それは今は置いておく。グリードアイランドをするには念能力者が必要だ。そして今までバッテラはグリードアイランドを入手する度にそのグリードアイランドをプレイする人間を選ぶ為の選考会をしていたらしい」

 

 そうだ。グリードアイランドが手に入らないなら、持ってる人にやらせてもらえばいいんだ。バッテラは大量にグリードアイランドを持っているなら大量に念能力者が必要になる! その中に入る事が出来れば!

 

「そしてすでにバッテラは9月に選考会を開く事を示唆している。もう手に入れた気になっているようだが、まあ間違いなく手に入れるだろうな」

「9月に選考会。場所は?」

「ヨークシンだ。細かい場所はまだ決まってないが、分かり次第連絡するよ。……そ、そうだ。連絡先を教えてもらってもいいか?」

「それはもちろん。これが私のケータイ番号です。ミルキには本当に世話になりますね」

「いいってことさ! こっちがオレの番号な!」

 

 後の問題はグリードアイランドをプレイ出来るか出来ないか……こればかりはやってみないと分からない。

 ……いや、大体分かっているけど、分かりたくない……。何とか方法を考えておこう。

 

「とりあえずこっちでもまた色々調べてみるよ」

「本当に助かります。このお礼は必ずしますね。私に出来ることなら何でも言ってください」

「な、何でも!? 今何でもするって言ったよな!?」

「い、いや、私に出来ることなら、ですよ?」

 

 さすがに出来ないことを言われても困る。

 

「大丈夫だ! お、お願いがあるんだが、その、お、女の子らしい服を着てくれないか!」

 

 ……わっつ?

 

「いや、アイシャって、その、か、可愛いのに、そんな服じゃ勿体ないと思ってさ!」

「あ、ありがとうございます、その、それがお願いで本当にいいんですね?」

「もちろん! よかったら家にある服を貸す、いやあげるからさ!」

「いえ、それには及びません。私服として一応持ってますから」

 

 まあこれも貰い物だけど。はぁ。まさかまたあんな服を着る羽目になろうとは……。せっかくリィーナやビスケもいないから以前の服装に戻していたのに。

 仕方ない。私に出来ることなら、なんて言ったんだし。この程度出来ないなんて今更言えない。お世話になっているんだ。これくらい我慢しよう。

 

「では少し着替えて来ますね」

「ああ! 待ってるからさ!」

 

 すっごく嬉しそうだな……これも男の性だろうか?

 まあ、確かに女の子が可愛い服を着ていたら男なら喜ぶか。いや、女でも喜んでる奴らはいたな。はぁ、まさか私が男の人を喜ばす為に服を着替える事になろうとは……。

 

 さて、どの服にするか。一応全部持って来ているけど……多いよ。どんな組み合わせかとかも忘れた……ん? なんだこの紙切れは?

 メモ用紙? 中には……服の組み合わせについて事細かく書かれている……! さらには穿く下着まで! いつの間にこんな物を入れたんだ!? 何々? 男を落とすのに効果的な下着? 誰がそんなもの穿くか!

 

 全く、下らない事に力を入れて! これは絶対ビスケの仕業だろう。

 女性物の下着を穿かないのは私の男としての最後の一線だ! あのデパートでの買い物でもそれだけは死守した。……代わりに色々と着せ替えさせられたけど。

 取り敢えず着るものだけでもこのメモに書いている組み合わせで選ぼう。女性の服のコーディネートなんて出来ないしね。

 

 

 

「は、入りますよ?」

「ああ!」

 

 うん、めっちゃ興奮してるよね? し、しょうがない、これも男の性だ……よね?

 

「ふう、恥ずかしいからこれっきりですよ?」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 共通語でおk。

 いや、今のどうやって発声したんだ? 一種の念能力か?

 

「やばい、魂が抜かれる。そうか、ここが俺の理想郷(アヴァロン)か」

「いや、死なないでくださいね? これで死んだら私のせいなのか?」

「答えは得た。大丈夫だよアイシャ」

 

 何の答えだ? そして明らかに大丈夫じゃない。

 

「取り敢えず落ち着いてください」

「あ、ああ。悪い、少し動揺していた様だ」

 

 いや、少しどころじゃなかった気がするんだけど?

 

「ふぅ、落ち着いた。もうだいじょ……あ、アイシャ、そ、その」

「ん? どうかしましたか?」

 

 はて? 先ほどよりも遥かに挙動不審になってるけど、どうしたんだろう?

 

「し、失礼な質問になるけど、その、ブ、ブラは着けているのか?」

「いえ? 着けていませんが」

「我が生涯に一片の悔いなし!」

 

 ミルキーー!? なんか満足した表情で右腕を掲げて意識を失った!?

 悔いは持とうよ! やり残したこと一杯あるだろう!?

 私のノーブラ程度で逝くなぁーー!

 

 

 

 私が立ち往生したミルキに慌てているとミルキの部屋に執事が入ってきた。

 良かった。これでミルキをどうにか出来るか? そう思った私は完全に浅はかだったと言えよう。

 

「ミルキ様、失礼します。夕食の――!? 貴様! ミルキ様に何をした!?」

「え? いや私は何も――」

「やはりゾルディック家を狙う刺客だったか!」

 

 あ、駄目だこれ話を聞かないパターンだ。私が言い訳をする前に執事さんは何かのボタンを押した。……やべぇ。

 

「待ってください! せめて話を――」

『何事だ!!』

「ミルキ様が意識不明! 犯人は客人だった女だ! 方法は不明! 念能力の可能性あり!」

 

 あ、駄目だこれ問答無用のパターンだ。

 ……どうしてこうなった?

 

 

 

「逃げるな!」

 

 冗談言わないでよ。逃げなきゃやってられんわ。

 後ろから放たれた念弾を躱し、前から来る執事達を飛び越える。

 ええい! どの人も念能力者か! 面倒極まりないな!

 大勢の執事を飛び越えた先にも大勢の執事。前も後ろも執事だらけだ。広いとは言え廊下だからこれだけの人数に囲まれると行き場がないね。

 

「取り押さえろ!」

 

 案の定まとめて掛かってきたか。だが、まだまだ甘い!

 

『がっ!?』

 

 飛びかかった全員を合気にて床に叩き付ける。多人数相手だろうが合気は不可能ではない。全員の呼吸をわざと合わせるように動けば容易いことよ。

 止めは刺さず、だが意識は奪ってその場を逃走。……ミルキ! 早く目覚めて!

 

 

 

 執事はいるよどこにでも~。

 

「お前ら! まともに飛びかかるな! 相手は手練だ、旦那様達がくるまで足止めに徹しろ!」

 

 的確な指示ありがとうございます。でも、コインをマシンガンのように飛ばすのはやめてもらえますか?

 

「よっ! はっ! とっ!」

「……オレのコインを全部受け止めるだと……」

 

 だって避けたり弾いたりしたら周りの執事さんや高級そうな飾りに当たりそうなんだもん。コインの回転は尋常じゃなかったから、そういう念能力だろうね。ま、私のオーラと見切りなら何とかなるレベルで良かった。

 

「いくらやっても無駄ですよ。調度品を壊さない内に止めることをお勧めします」

 

 あんまり防いでいるとオーラも消耗しちゃうからこれ以上は勘弁してください。昼間に訓練したせいで今のオーラ量は半分以下なんだ。……もう【天使のヴェール】切っちゃおうかな?

 拾われてまた飛ばされても面倒だし、手にしたコインは全部コネコネしちゃおうねー。

 

「てめぇ……!」

 

 激高しつつも警戒して私を襲いに来ることはない。他の執事も手をこまねいているようだ。良し良し、このままミルキが起きるか、ゼノさんやシルバさんが来れば状況も変わるだろう。

 そう思っていた私はやっぱり浅はかだった。やってらんないねほんとに。

 

「何をしているのですか! 早くあの女狐を殺りなさい!」

 

 はい、キルアママの登場です。拮抗した緊張状態が一気に傾きましたよ。私への攻撃という方向へな!!

 

「やはり本性を現しましたね女狐め! キルはおろかミルにまで! 絶対に許しませんよ!」

「あの、誤解……」

「さあ! やってしまいなさい!」

『はっ!』

 

 ああ、話を聞かないのは分かってたさ。ちくしょう。

 

 

 

 逃げて逃げて、ようやく屋敷の外に到着。一定の広さの屋敷内で戦う方が大勢を相手にするにはやりやすいけど、色々と壊しそうでちょっと却下。ここならそれなりに動けるしね。

 そう思って外に出るとそこにはゼノさんがいた。よかった! これでどうにか――

 

「中々楽しそうなことをしとるの。ワシも混ぜてもらおうか」

 

 もうどうにでもな~れ。

 

 

 

 ゼノさんのオーラが高まる。手に集中させたオーラをドラゴンを模した形態へと変化させる。ゼノさんは変化系かな? まだこの程度の変化では確定出来ないな。

 ……試してみるか。

 

「りゃっ!」

 

 腕の動きに合わせてドラゴンが伸びて凄まじい勢いで私に迫ってくる。それをギリギリで躱すが、躱した方向へと動きも変化して私を追ってくる。

 なるほど。大した使い手だ。これだけで変化系としての技術が並の念能力者よりも抜きん出てるのが分かる。手からオーラを放さないのも変化系が放出系をあまり得意としていないからだろう。いや、そう思わせて放出して射程を伸ばし意表を突く可能性もあるな。油断禁物だ。

 

 幾度かギリギリで躱し、タイミングを計ってゼノさんのドラゴンにわざと触れてみる。勿論触れる時はオーラでガードしてだ。

 

「ぬ?」

 

 私がわざと攻撃に触れたことに疑問を抱いたのだろう。ゼノさんの動きが止まった。

 こんなことで動きを止めるなんて、ゼノさん本気で私を殺す気はないな。絶対面白がってやってるんだ。……歳取るとそういう悪戯心が出てくるもんなのかね、ネテロみたいに。

 

「今のはどういう意味じゃ?」

「いえ、ただゼノさんの得意系統が何かを確認しただけですよ」

「ほう。して、ワシの得意系統は分かったかの?」

「ええ。変化系が得意のようですね」

「ふむ。変化させるのが上手な強化系か具現化系かもしれんぞ?」

「それはないと確信してますので」

 

 見たままの攻撃で変化系が得意とは分かっていたが、触れたことで完全に確信した。変化系が得意でなければ、例えば強化系だとしたら、どれほど熟練しても変化系の威力は80%になる。相手がどれほどのオーラを籠めているかは経験則のおかげで観れば大体分かる。そこから実際の威力を触れてみることで計測し、籠められたオーラ量と実際の威力の差を計れば、自ずと答えは見えてくるわけだ。

 

「なるほど……嘘ではないようじゃの。楽しくなってきたわい」

「お養父様! 助太刀いたします!」

「大旦那様! 加勢いたします!」

「どれ、オレも混ぜてもらおうか」

「……私、全然楽しくないです」

 

 ああ、早く目覚めてミルキ……。あと、さりげに入ってくるなシルバさん!

 

 

 

 

 

 

 ミルキが男立ちをしたまま意識を失った日から1週間が過ぎた。あれは思い出したくない事件だった……。

 幸い2時間ほどでミルキの意識は戻り、事なきを得たが……執事さんからは謝られたけど、キキョウさんは舌打ちしてたなぁ。ゼノさんは大笑い、シルバさんも苦笑していた。

 キキョウさんに至っては私がミルキを操作系で操ったとまで言い出す始末。この人は本当に苦手である。

 

 まあいい。もうゾルディックから出て行くんだ。キキョウさんと会うことはもうないだろう。ようやくゴン達の現在位置が分かったのだ。

 

「長い間お世話になりました」

「うむ。また来るといい。歓迎するぞ」

「キルに会ったらよろしく頼む」

「いいですか。キルを危険から命を賭けてでも守りなさい。そうすればあなたの今までの無礼を許しましょう。……色目を使ったら殺しますよ」

「……兄さんに手を出さないでねアイシャ姉さん。ミル兄さんならいいよ」

「おいカルト! あ、アイシャすまないな! ガキの言うことだから気にしないでくれ!」

 

 カルトちゃんとももう少し仲良くなれたらなぁ。大抵キキョウさんと一緒にいるからあまり話せなかった。でもなんで私を姉さんと呼ぶのさ?

 でもこんな小さな子どもから姉さんって呼ばれるのも悪くないな。

 

「いいですよ。私もそう言われるのは嫌じゃありませんし」

「ほ、本当か!?」

「ええ」

 

 可愛いものじゃないか。兄弟に姉がいなかったから私をそう呼んだのかもしれないし。

 

「でも本当に良かったんですか? ゾルディックの私用船まで借りてしまって」

 

 何から何までお世話になってるなぁ。やばい、どうやって借りを返そう?

 

「構わんよ。どうせ行きだけじゃ。それに、前の一件で迷惑も掛けたしの」

 

 あ、そう思えば借りを返す必要がない気がしてきた。まあ、何日も逗留してたからそっちの借りは返したいけど。

 

「それでは、皆さんありがとうございました。お元気で!」

「うむ、達者でな」

「さらばだ」

「せいぜい死なないように気をつけなさい」

「……ばいばい」

「グリードアイランドについて分かったらまた連絡するからさ!」

 

 皆さんに別れを告げて飛行船に乗り込む。何だかんだで楽しい時間だった。

 ミルキとは友だちになれたし、色んなTVゲームも楽しめた。シルバさんは厳格そうだけど、家族の話をした時にふと見せる優しい笑顔が良かった。ゼノさんとは一緒にいて一番安らいだなぁ。お茶を飲んでのんびりするのがほっとする一時だった。キキョウさんとカルトちゃんとはあまり仲良く出来なかったけど……。

 あと、時々見かける妖怪のような老人は誰だったんだろう? 

 

 まあいい。次の目的地に向かって出発するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 ……行ったか。不思議な娘だった。年頃の少女のようでありながら、老獪な老人のようでもあり、鈍感かと思えば、鋭くこちらの意を見抜く。独特の魅力を持った人間だったな。

 ミルも見た目以外の所にも惚れてしまったようだな。それも本気でな。

 

「親父……頼みがある」

「……何だ」

 

 まあ、言いたいことは分かる。コイツも男だったと言うわけだ。

 

「あと半年でオレを使えるようにしてくれ」

「地獄を見るぞ?」

「んなもん生まれた時から見せてるだろ?」

 

 決意は堅いようだな。たまに見せる本気の眼をしている。

 

「いいだろう。半年後には一端の使い手にしてやる。お前がオレの修行に付いて来られたならな」

「やってやるさ!」

 

 これもアイシャがもたらした変化か。これがゾルディックにとって吉と出るか、それとも……。

 先の事は誰にも分からない、か。

 

 

 

 

 

 

 飛行船で飛ぶ事約4日。ようやく目的地に着いたようだ。

 目的地、というか、目的の人がいる場所と言ったほうが正しいか。

 

 私が会いに来た人はクラピカさんだ。

 ミルキに彼らの捜索をしてもらって1番最初に見つかったのはゴンとキルア。彼らはあの天空闘技場で選手として参加しているらしい。目的はよく分からない。修行か何かだろうか? ある程度の経験を積むにはいい場所だと思うし。

 

 次に見つかったのがレオリオさん。レオリオさんはどうやら故郷に戻って医者になる為の勉強をしている様だ。ハンター専用サイトに載っていたレオリオさんの住所を調べるとすぐに見つかったらしい。

 

 そしてクラピカさん。

 彼はどうやら仕事の斡旋所、それもかなり特殊な斡旋所を探していたようだ。千耳会といい、見つけるのも困難な場所にある仕事斡旋所。裏から表まで様々な仕事を実力者に斡旋しているようだ。

 

 これを聞いて私はすぐに思いついた。クラピカさんの復讐と悲願を。

 幻影旅団への復讐。そして恐らくは緋の眼の回収。これがクラピカさんが何としても成し遂げたい悲願だろう。

 

 だが今のクラピカさんでは幻影旅団が相手では万に1つの勝ち目もないだろう。

 念能力者と非念能力者の壁は厚い。さらには相手はA級犯罪者だ。実力は念能力者の中でも上位に入るはず。復讐を止めたところでクラピカさんが復讐を断念するとは思えない。彼の意思は途轍もなく硬いものだった。

 力ずくで止めることも出来るが、その為にはかなり過激な事をしなくてはならないだろう……。

 

 止めるのは無理。だがこのままではクラピカさんは確実に死んでしまう。

 だったら、彼に力を与えた方がいい。そう、念と言う名の力を。

 幸いにしてクラピカさんはプロハンターの資格を持っている。念を教える口実としては十分だ。

 

 復讐の為の助力をするのは少し躊躇われるが、クラピカさんの命には代えられない。そのせいで幻影旅団の誰かが死ぬ事になろうとも……。知らない犯罪者よりも友達を優先させてもらうだけだ。

 

 クラピカさんを尾行しているゾルディックの手の者の反応はここか。彼が持ってる発信機から送られてくる信号をミルキにもらった受信機で見ながら辿る。

 

「お疲れ様です。これがミルキの受信機です。どうぞ」

「……ありがとうございます。目標は現在前方約30m付近を移動中です」

「はい。こちらでもすでに確認しています。ありがとうございました」

「……仕事ですから」

 

 そう言ってゆっくりと去っていく黒服さん。……渋い。

 さて、クラピカさんとの再会だ。

 

 

 

 

 

 

 ……どういうことだ?

 ようやく目的を達成出来そうな仕事を斡旋する紹介所を見つける事が出来たというのに、門前払いだと? 最低条件を満たしていないと言うが、一体何が最低条件だと言うんだ?

 ライセンスを持っているだけでは駄目。そして彼女が言った言葉に、私の試験はまだ終わっていないとあった。

 試験が終わっていない? つまりプロのハンターとしてまだ何かが足りない? それは何だ? 力か? だが単純な力ではなさそうだ。彼女の横に何があった? 私には何も見えなかったが、それが見える様になるのが最低条件。

 つまりプロハンターの者ならば――正確には今年度のプロハンターではなく、熟練のプロハンターなら見えぬモノが見えるということ。

 ……ハンターサイトを使って調べてみるか。何か分かるかもしれない

 

 そんな時、聞いた事のある声が私の耳に届いた。

 

「クラピカさん!」

「――! アイシャか!?」

 

 何でここにアイシャが? 今まで一体何をしていたんだ!?

 

「お久しぶりですクラピカさん」

「あ、ああ。久しぶりだなアイシャ。元気そうで何よりだ。ハンター試験の後、どこを探してもいなかったから皆心配していたんだぞ?」

「す、すいません……実は大怪我を負って1ヶ月ほど入院していたんです」

「なに!? もう体は大丈夫なのか?」

 

 見たところどこも悪そうには見えない、試験の時と変わらぬアイシャだな。……いや、服装が大分違うな。こんな服を着るのか。やはりアイシャも女性という事だな。

 

「はい。もう治りましたから」

「そうか。それなら良かった。しかしそういう理由が有ったなら仕方ないか」

「クラピカさんも試験に合格したようで何よりです。……キルアは残念でしたが」

「そうか、試験の顛末は聞いているのか?」

「ええ。……皆さんがゾルディック家に訪問をしたことも聞きました」

 

 そこまで聞いているのか……アイシャがここにいるのは偶然か? 何か……そう、何か作為的なモノを感じる。

 

「アイシャ、どうしてここにいるんだ? 私達が再会したのは偶然か?」

 

 単刀直入に聞いてみるか。アイシャが私を騙すとは思いにくい。……いや、思いたくないと言った方が正確か。仲間を信じたいんだろう。センチメンタルな事だ……。あのような短い期間で友と呼べる仲間が出来るとは思ってもいなかったな……。

 

「いえ、偶然ではありません。実はクラピカさんに用が有ってここに来ました」

 

 どうやら意図的に私の所へ来たようだ。だが、どうやって私の居場所を知ったのだろう?

 

「あと、クラピカさんの居場所はゾルディックの方達に調べてもらいました。すいません、勝手な事をして」

「何だと? ……ゾルディックとどういう繋がりがあるんだ?」

 

 あのゾルディックにそんな頼み事が出来るなんて!?

 アイシャ……お前は一体何者なんだ?

 

「繋がりも何も……私も今回初めてゾルディックに行きましたよ……皆さんがゾルディックに訪問なんて無茶をしたと聞いたから追いかけたんです……着いた時には皆さん出て行った後でしたけど……」

 

 そうか……私たちを心配してゾルディックまで。それなのに私はアイシャを疑ってしまった……。

 

「……すまないアイシャ」

「いや、いいんですよ。私が勝手にしたことですから。それよりも皆さんが無事で良かったです。自殺ものですよ? 今の実力でゾルディックに行くなんて」

 

 いや、謝ったのはそういう意味ではないが……まあいいか。

 

「しかしよくあのゾルディック相手に人探しなんて頼み事が出来たな」

「話すと意外といい人達でしたよ。職業はちょっと許容出来ませんけど」

 

 いい人達、か。いや、私もゾルディック家の人間をそんなに知ってる訳ではないが、そう言えるのはアイシャくらいではないのか?

 

「それで、私に何の用が有ると言うんだ?」

「ええ、そうですね。本題に入りましょうか。まず1つ確認が。クラピカさんは幻影旅団への復讐を諦めたりはしていますか?」

「諦めるわけがない……! 諦められるモノか!」

 

 そうだ。例え誰に何を言われたところで幻影旅団に対するこの黒い感情を捨て去る事など出来るわけがない! あの連中がのうのうと今も生きていると思うとそれだけでこの眼が緋の眼に変わりそうだ!

 

「そうですか、分かりました……やはり貴方には念を教えないといけない様です。クラピカさんは“念”というモノをご存知ですか?」

「念? 何かの隠語か?」

 

 感謝の念や念願といった用途で使われる意味合いの念とは違うのだろう。それならこんな風に話を切り出す意味がない。

 

「やはり知らないようですね。……“念”とは、生命が持つオーラと呼ばれるエネルギーを自在に操る能力の総称です」

 

 ……いきなり胡散臭くなったのだが?

 もしやアイシャは何かの宗教に入っているのだろうか? ならばここはアイシャには悪いが、私がこの手の勧誘を断る為に使うお決まりの文句を言わせてもらおう。

 

「すまない。私は部族で崇める精霊が――」

「――宗教の類ではありません!」

「そ、そうか。それは済まないが、いまいち信用ならないモノだったので、つい」

「ま、まあ突然あんな事を言われたらそう思うのも当然ですね。……ちょっと付いて来てください。実際に見せた方が早いです」

 

 そう言って私を街の外に連れ出すアイシャ。実際に見せると言われてもな……アイシャが下らない嘘を吐く奴じゃないのは分かるが。

 

 街から離れ、誰もいない荒野まで辿り着いた。どうやら念とやらはあまり他者に見せていいものではないようだ。本当にそんなモノが有ったとしたならばだが。

 

「いいですか? 今から私がこの岩を殴ります」

「この岩って……この大岩をか?」

 

 どう見てもアイシャの背丈の五倍はありそうな大岩だ。まさかこれを殴って砕くと言うのか!?

 

「いえ、殴るのはこっちの岩です」

 

 大体アイシャの半分ほどの岩だ。これならば時間を掛ければあの試しの門を開いた今の私なら壊すことも出来そうだ。

 

「いきますよ。ふっ!」

「――! 流石だな。まさか一撃で砕くとは」

 

 やはりアイシャの実力は私を上回っているようだ。いや、力だけで全てが決まる訳ではないが。だが力は最も分かり易いパロメーターの1つだからな。

 ……もっと鍛えよう。女性に力で負けているというのはやはり辛い。いや、もしやこれが念とやらの力か? なるほど、アイシャの力の秘密はここにあったのか。

 

「確かに。念とは凄まじいモノだな」

「え? 今のは念を籠めていない普通の打撃ですが?」

 

 ……鍛えよう。絶対に鍛えよう。

 

「今の私では生身でこの程度の岩を砕くのが精一杯ですが」

「いや、充分だ。とても充分だ。大事な事なので2回言わせてもらう」

「あ、ありがとうございます。次は念を使ってこの大岩を砕きます。少し離れて下さい、破片が飛んで来るかもしれませんから」

 

 その言葉に従い大岩から離れる。本当にあんな巨大な岩が人の力で砕けるのだろうか?

 

「見ててくださいね」

 

 アイシャがそう言いながら大岩に向かって軽く、本当に軽く拳を振るった――瞬間、大岩は粉々に砕け散っていった。

 

 ……いま、私は開いた口が塞がらないという言葉を文字通り実感している。

 人が、こんな大岩を砕くだと? そんなことが……だが現実に目の前で起こった事実だ。大砲を使ってもここまでの破壊にはならないだろう。

 

「これが拳をオーラで強化した結果です。……納得してもらえましたか?」

「あ、ああ」

「それは良かった。これで無理なら次は空でも飛ぼうかと思ってましたよ」

「念はそんな事まで可能なのか!?」

「いえ、それは人によります。細かい事は後で教えますが、念は人によって出来ることが変わりますので。私に出来ることがクラピカさんに出来るとは限りませんし、逆もまた然り。クラピカさんに出来ることが私には無理という事も当たり前に有り得ます」

 

 どうやら念と一言で言っても色々とあるようだ。

 

「この念というモノを私に教えてくれるのか?」

「ええ、その通りです」

 

 それは本当に有難いことだ。私が事を成すには力が必要だ。それも誰にも負けない、幻影旅団にも負けない力が。

 だが――

 

「どうしてアイシャは私に念を教えようと思ったんだ?」

 

 そう、アイシャが私に念を教える理由が分からない。これほどの力だ。一般的に広まっていれば私が気付かない訳が無い。つまり念とは一般的に秘匿されるべき力だろう。そんな物を気軽に私に教えてもいいのだろうか?

 

「……元々念能力はプロハンターに必須の能力です。プロハンターは危険と隣り合わせの仕事ですから、念を習得していない新米プロハンターにはそれぞれ講師が就くことがあります。もちろん例外もありますが」

 

 ――! そうか、あの斡旋所での女性の言葉! あれは念のことを指していたのではないか!?

 

「アイシャ! そのオーラとやらは目に見えないモノなのか!?」

「念能力者であるならばその眼に捉える事は出来ます。というか念能力者以外は見えません」

 

 やはりか。これで疑問が解けた。これだけでもアイシャには礼を言わなくてはならないくらいだ。

 

「そして念を教える一番の理由ですが――」

「幻影旅団も念を使えるのだな」

「……その通りです。プロハンターは皆、資格を持ったばかりの新人を除き全員が念能力者です。そんな彼らでも捕えるのが至難と言われるA級犯罪者幻影旅団。彼らが非念能力者であるはずがありません」

 

 ……アイシャが前置きに幻影旅団について話したのはそういう事だ。

 

「今のクラピカさんが幻影旅団に挑んだところで敗北は必至。……私は貴方に死んで欲しくない。と、友達ですから」

「アイシャ……ありがとう」

 

 ああ、本当に私のような人間には勿体無い友人だよ君は。

 



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第二十二話

今回はオリキャラが登場します。


「――と、以上が念の基礎的な要素となります」

「……纏・絶・練・発の四大行か」

「はい。纏で普段垂れ流しになっているオーラを肉体の周囲に留めます。基本中の基本ですが、最も大事な技能です。これが出来て初めて念能力者への道が開けます」

「私にも出来るのだろうか?」

「もちろんです。念は誰もが内に秘めている力。努力さえすればどんな人間にも使うことが出来ます。……それ故この能力は一般に拡めてはならないという暗黙の了解があります」

 

 もし一般人に念の知識が拡まったらとんでもない事態を引き起こすだろう。混乱するだけならまだいい。だが確実に犯罪は過激化し、念を使って様々な事件が多発してしまうだろう。

 それは殆どの念能力者が望んでいないことだ。例えブラックリストに乗るような念能力者でも無駄に念を拡めるような真似はしない。それが巡り巡って自分の首を絞める事になりかねないからだ。わざわざ自分のアドバンテージを捨てるバカはそうはいないだろう。

 

「そして絶。纏で作った念や肉体から漏れ出ているオーラを絶つ技術です。気配を消したりするのに便利ですし、疲労回復の効果も望めます。オーラを外に出さず内部で循環させる事で疲労や怪我が癒えやすくなるのです」

「ふむ。便利なものだな」

「隠密をするには必須の技術ですね。戦闘に置いてもかなり重要になりますよ」

 

 絶を応用した隠は高度な技術が必要だが戦いの中で虚を突くのに非常に有効だ。熟練した隠の使い手なら並の凝を以てしても見抜くことが出来なくなる。

 

「練は纏で生み出したオーラを増大させる技術です。纏よりも莫大なオーラを生み出すので潜在オーラ――これは術者が内包しているオーラ総量のことです――が多量に消費されますが、それに見合う効果を持ちます。練で増大出来るオーラ量の過多で戦闘の勝敗が決まる場合も多々あります」

 

 いかに技術で勝ろうとも100のオーラで10000のオーラに勝つのはまず不可能だろう。潜在オーラと顕在オーラを増やすのは念能力者にとって当然の理となる。

 

「そして発。生み出したオーラを自在に発する技能。これによって出来る事は千差万別。誰もが出来る発もあれば、その術者にしか出来ない発もあります」

 

 誰にでも出来る発とは凝や硬による攻撃や念弾にオーラの形状変化といった、威力や精度に個人差はあれど修行さえすれば誰にでも出来る念技術のこと。

 誰にでも出来ない発は私の【天使のヴェール】や【ボス属性】、ネテロの【百式観音】といった個人の思想や性格、資質等によって作り出された念能力のことだ。これは個人の才能や能力の難度によって習得出来る限界がある。これらの発も再現出来ないことはない。同じ能力を考える人間もいるだろうし、資質さえ合えば可能だろう。まあ特質系に至ってはそれもほぼ無理だろうが。

 

「あとは基本の四大行を使った応用技もあります。ある程度のレベルになると応用技をどれだけ自在に使えるかが勝負の決め手となるでしょう。まあ、これに関しては基本を修めてからですね」

「分かった。……ところでアイシャ。念の修行はもう始めるのか?」

「ええ、時間は1秒でも惜しいですからね。……何かあるんですか? やり残したことがあるなら待ちますけど」

「いや、そうではないが……修行をするのならアイシャの事を師匠と呼んだ方がいいのだろうか?」

 

 はい? し、師匠!?

 

「そ、そんな! 今まで通りアイシャと呼んでもらって結構ですよ!」

「だが私は君に教えを乞う身だ。ならばやはり師匠と呼ぶべきだと思うのだが。いかに親しき仲といえど、けじめはつけるべきだろう?」

 

 そうかもしれないけど、そんなのはご勘弁だ! 友達にそんな呼び方されるのはちょっと辛い。なんか壁があるみたいだ……。

 

「友達同士でそんなのはおかしいですよ。是非呼び捨てでお願いします」

「……ではせめて修行の間だけ師匠と呼ぶのはどうだろう? 修行以外の時間は今まで通りアイシャと呼ぶというのは?」

「ですがそれだとクラピカさんは私のことを常に師匠と呼ばなくてはならないじゃないですか」

「え?」

「え?」

「何それ怖い」

 

 ……? あ! 前世の修行時代を参考にしてしまっていた!

 あれを修行の基本にしちゃいけないよね。あんなのマゾにしか……いや、マゾでも出来ないか。

 

「いえ、先ほどのは失言です。とにかく、私のことはアイシャで通してください。それが念を教える条件とします」

「そ、そうか。そこまで言うのなら分かったよアイシャ。ただし、私のこともさん付けではなく呼び捨てにしてくれないか? ……友達だろう?」

「――! はい! 分かりましたクラピカ」

「今後ともよろしく頼むアイシャ」

 

 良かった良かった。やっぱり友達ってのはこうじゃなくっちゃ。

 

「それでは念の目覚め方について詳しく教えます」

「ああ。頼む」

「念に目覚める為に必要なのは己のオーラを感じ取ることから始まります」

「オーラを? それはどうやって?」

「瞑想や禅といった精神を集中出来る状態で自分の身体にあるオーラを実感します。これは才能のある者でもかなりの時間を掛けて行われます」

 

「瞑想や禅か。自分の身体にあるオーラを感じ取る……難しいな。時間が掛かると言うが、どれほどの時間が必要なんだ?」

「そうですね。才能のある者だと半年ほどで目覚める事も出来るでしょう」

「半年!? そんなに掛かるモノなのか……」

「はい。ですがクラピカの才能、そして集中次第ではもっと早く目覚める事も出来るでしょう。ここで大事なのは信じることです。精神を落ち着け集中し、疑わずに信じること。オーラは誰しもが持っている力なのですから」

 

 それが念に目覚める一番の近道だ。HBの鉛筆をベキッとへし折ることと同じように出来て当然と思うことが大事なのだ。

 かつての私は集中なんて出来なかったから目覚めるのに長い年月が掛かったが、クラピカなら恐らく私などより遥かに、そう、比べ物にならない程早く念に目覚める事が出来るだろう。もしかしたら1週間足らずで纏を習得してしまうかもしれない。

 

 無理やり念に目覚めさせる方法もあるけど、これは正しいやり方ではない。確かに早く目覚めることは出来るが、このやり方で目覚めるよりも本来の順序で目覚めた方がいい。

 瞑想による点――心を一つに集中し自己を見つめ目標を定める――を行うことで、より纏が力強く安定しやすくなる。纏と点は密接に繋がっている。心の持ち様は念に事細かく現れる為だ。

 座禅を組むほどまで没頭はしないが、私でも点と纏は出来るだけ欠かさないようにしている。

 

「では道中は出来るだけ瞑想をしてオーラを感じるようにしましょう」

「分かった。……道中? どこへ行こうというのだ? 聞く限りには念の修行はここでも出来そうだが」

「はい、行き先は……天空闘技場です」

 

 天空闘技場に行くのには勿論理由がある。

 あそこは様々な格闘家や喧嘩屋がやってくる。その数は1日に4千人にもなるらしい。それだけの選手がいたならばそれなりの戦闘経験も積める。……あくまでそれなりだが。

 200階からは選手全員が念能力者になる。その実力は高いとは言いにくいが、それでも念能力者には変わりない。やはりこれも念能力者との実戦の足しにはなるだろう。

 それに人間の集中力には限界がある。常に禅をしたままいる事は難しいだろう。息抜きと修行を兼ねた一石二鳥と言ったところか。

 

 さらにあそこにはゴンとキルアもいるはずだ。もし彼らが念を習得せずに200階まで到達していたら大変だ。キルアなら無謀な戦いを挑まないとは思うが、ゴンは何か無茶をしそうで怖い。

 出来るだけ早めに行って様子を見なくては。

 

 

 

 と、言うことでまたも飛行船を乗り継ぎしながら1週間空の旅。ようやく天空闘技場に到着した……。

 

 才能って、やっぱりあるんだなぁ。あれか? 天に選ばれた人間って奴なのか? これほどの才能に出会ったのは久しぶりだ。リィーナでも2週間は掛かったのに……。

 まさか本当に1週間で纏を身に付けるとは……く、悔しくなんてないやい! ……ちくしょう!

 

「これがオーラか。不思議な感覚だ」

「……すぐに馴染みますよ。慣れれば寝ていても纏を維持する事は可能です」

「な、何か機嫌が悪くないか?」

 

 そんなことないよ~。ちょっとやさぐれてるだけだよ~。

 

「すいません。私は念に目覚めるのにかなりの年月が掛かったものですから、つい……」

「そ、そうなのか。意外だな。アイシャなら私よりも早く目覚めてそうなモノだが」

 

 いえ、私は皆さんより長く修行しているだけなので、才能という点では遠く及ばないんだよなぁ。

 

「とにかく、まずはおめでとうございます。これで貴方も念能力者への一歩を踏み出しました」

「ありがとう。だがまだ先は遠いのだろう?」

「勿論です。念は奥が深い。今のあなたはようやく両の足で歩き出した幼児に過ぎません」

「道は険しそうだな。だが、必ず成し遂げてみせるさ」

 

 クラピカの才能ならかなりの速度で上達するとは思うが、慢心は禁物だ。

 例え念そのものを極めても、それを使った実戦経験が伴わないと意味がない。少しでもここで経験を積めればいいのだけど……。

 ここで学ぶモノがなくなったら風間流の道場にでも行こうかな? リィーナに言えば念能力者の門下生を借りる事も出来ると思うし。

 

「取り敢えず天空闘技場で選手登録をしましょう」

「確か200階の選手は皆念能力者だったか」

「ええ、ですがそこに行くまでも修行ですよ。まずは200階まで到達してもらいます。……条件付きでですが」

「条件?」

 

 そ、条件付きだ。今のクラピカの実力なら200階に到達するのは簡単だろうけど、無駄に戦わすつもりはない。これも修行の内だ。

 

「はい。200階に到達するまでは全ての試合で敵の攻撃を避け続け、一撃も攻撃を受けずに勝ち上がってもらいます。これはガードしても駄目です」

「……もし一度でも攻撃を受けたら?」

「その時はギブアップをしてください。あと、纏はしたままで結構ですよ。戦闘中も纏を維持する訓練になります。あ、試合時間は確か3分間だったので、最初の2分間はこちらから攻撃をしないように」

「2分間も? それはかなり厳しいな……」

「これの目的は様々な攻撃に慣れることです。念能力には一撃受けると致命的な攻撃もありますので。敵の肉体をよく観て観察し、呼吸を読み、敵意や殺意といった意を感じとり、全ての攻撃を分析し、察知して下さい」

「……分かった。やってみよう」

「頑張ってくださいね。……ちなみに2分間逃げ続けるのは禁止ですよ? きちんと相手の間合いにいるように」

 

 例え格下相手とはいえ、攻撃を制限された状態で相手の攻撃を全て避けるのは難しい。上の階に上がれば上がる程困難な修行になるだろう。200階に到達するのは順当にいって2~3ヶ月、遅くて半年といった所かな。

 ……今何かフラグを立てたような気がしないでもない。

 

「そして試合のない時間は全て念の修行にあてます」

「ああ、無論だ。そう言えばアイシャは天空闘技場には参加しないのか?」

「え? 私は以前参加した事がありますが……また参加しても得るものはお金ぐらいしかないですし……どうしようかな?」

 

 お金が手に入ると言っても別段欲しいとは思っていない。現在も充分にあるし、ここで稼いだところでグリードアイランドには遠く及ばない。

 でも待ってるだけなのも暇なのは確かか。私が試合している時は私の試合を見学してもらえばいいし。他人の試合を見るのもいい経験になるだろう。それに天空闘技場に来る機会なんて多分もうないしね。

 

「そうですね。どうせだから私も参加しましょう」

「そうか。勿論アイシャも2分間攻撃を避けるんだよな?」

「え? え、ええ、勿論ですよ」

 

 ……やれと言った手前断ることが出来なかった。2分間攻撃を避け続ける……果てしなく面倒だ。まあ私の避け方が参考になればそれでいいか。

 

「では私が試合している時は必ず見学すること。観ることもまた修行ですよ?」

「ああ、では行くとしよう」

 

 

 

 そして天空闘技場での修行の日々が始まった。

 最初の試合は2人とも楽々勝利。この程度の相手に苦戦しているようでは話にならない。まあ、極端に運が悪ければ最初の試合で強者とぶつかる事もあるだろうけど。

 

 初戦に勝利したクラピカは10階へと登った。初戦で実力を見せると一気に上に登ることがあるが、まあ時間を掛け過ぎたのが原因だろう。

 私もクラピカに合わせて10階へと登ることにした。以前200階まで到達したことがあった為、いきなり100階まで行けと言われたけど。同じ階に合わせた方が都合がいいしね。

 

「取り敢えず何とかなったな」

「最初からつまづかれては困りますしね。今日はまだ時間もありますし、私たちは無傷です。恐らくもう一度試合が組まれるでしょう」

「そうなのか? まあ先ほどのレベルの相手ならば問題はあるまいが」

「大差はないはずですよ。むしろ最初の試合よりも安心です。何故なら強者は10階なんて飛ばして上に行きますからね」

「……ここにいるのはさしたる連中ではないと言う事か」

 

 そういうこと。でもあまり口に出さない方がいいと思う。周りの視線が痛いよ。……まあ、私の発言でも充分怒るか。

 

「さて、次の試合が終われば今日は試合もないでしょう。その後は念の修行……の前に、1つ私用があります」

「私用? 一体何の用事があるんだ?」

「ええ、実はここにゴンとキルアもいるんですよ」

「!? 本当なのか!?」

「はい。ゾルディックに調べてもらった結果なので信頼できる情報です」

「そうか。……ゴン達がここに来たのは恐らくヒソカに勝つ修行の為かもしれないな。彼らなら200階に到達するのも……待て、それはまずいのではないか?」

「はい。200階クラスは全員が念能力者です。ゴン達が念を知らずに200階に到達していたらかなり危険です」

 

 まだ200階に到達してなければいいんだけど……ゴンはともかくキルアなら確実に到達出来る実力を持っている。ゴンとてあの試しの門を開いているんだ。よほどの敵と当たらなければ200階到達は可能だろう。

 

「……次の試合が終わったら早速探してみよう。かなり目立つ2人のことだ。見つけるのは難しいことではないだろう」

「ええ……ん? どうやら私の試合のようです。それでは行ってきますね」

 

 特に苦戦はなくさくっと勝利……まあ、2分は掛かったのは仕方ないけど。

 続くクラピカも難なく勝利。ただ無為に攻撃を避けるのではなく、敵の動きをよく観察しようとしているな。感心感心。

 

 それではゴン達を探しに行くとしようか。

 

 

 

 

 

 

 ゴンとキルアはすぐに見つかった。

 どうやら既に200階の選手になっていたようだ。

 200階選手はあまり人数も多くはないらしい。さらにはあの2人の年齢だ、目立たない訳が無い。聞き込みをしてわずか数分程度で居場所が分かった。

 

 そしてアイシャの危惧していた通り、ゴンはもう200階で試合をした後だった。

 結果は惨敗。粘りはしたものの、相手選手から1ポイントも奪えずに敗北してしまったらしい。その時の怪我のせいで現在は療養中だそうだが、かなりの重傷らしい……。

 

「……」

「アイシャ……」

「……行きましょう。ゴン達は200階です」

「ああ。……ゴン達に念を教えなかった事を後悔しているのか?」

 

 そこまで気にすることもないだろうに。聞いた限りでは確かに不用意に教えるべきではない力だ。まだプロハンターの資格すらない当時の私達に秘密にするのは当然のことだろう。

 

「……そうですね。伝える機会を潰してしまったのは私のせいです」

「ハンター試験最終日のことか? ……あまり気にするな。君のせいではない。これは他の誰でもない試合に臨んだゴンの責任だ」

 

 誰かに強制された訳でもない、自分の意思で臨んだ戦いで負った傷だろう。ゴンも誰かのせいにするつもりはないだろうさ。

 

「さて、200階についたはいいが……ゴンのいる階は何階なんだ? 受付に問い合わせてみるか」

「……いえ、その必要はありません。もう少し上の階にゴンとキルアの気配があります」

「そこまで分かるのか? すごいな、私には分からん……」

「ええ、まあ。よく知っている人の気配なら……おかげで嫌な人間がここにいるのも分かりましたよ」

 

 嫌な人間? アイシャが他人をここまで悪し様に言うのは珍しいな。

 

「一体誰のことを言ってるんだ?」

「変態です」

「そうかよく分かった」

 

 ヒソカがここにいるのか。

 試験の後、蜘蛛についていい事を教えようと呟き、追いかけようとする私に“9月1日にヨークシンで待つ”と言い残し去っていったアイツがここにいる……。

 

 何か肩透かしな気分だな……9月に会おうと言っていたが、3月の今に会いそうなんだが?

 まあいい。気になっていたことだ。早く会えることは歓迎すべきだろう。

 ……アイシャは嫌がってそうだが。まあ私とて好んで会いたくはないな。

 と、考え込んでいる間にゴン達の部屋に着いたようだ。

 

「はいよー」

 

 ノックをすると中から返事が聞こえてくる。間違いない、キルアの声だ。こんなに早く彼らと再会するとは思わなかったよ。

 

「失礼します」

「失礼する」

 

 中に入ると、そこには椅子に座ったキルアとベッドに腰掛けて包帯で包まれたゴンの2人がいた。

 2人とも驚いているな。当然か、こんな場所で私達に、特にアイシャに会うとは思いもしなかった事だろう。

 

『アイシャ!? それにクラピカ! どうしてここに!?』

 

 ……息の合うことだな。綺麗にハモったぞ?

 

「……お久しぶりですね2人とも」

「あんな別れ方をしておきながら、意外と早い再会だったな」

「あ、ああ。そんな事よりアイシャ! お前今までどこにいたんだよ!? 色々聞きたいことがあるから全部聞かせてもらうぞ!」

「良かった。アイシャ無事だったんだね。試験の後どこにもいなかったから心配したんだよ」

 

 ああ、そういえばキルアは私達とゾルディック家で再会した時にアイシャのことを気にしていたな。……素直じゃないが、意外と可愛いところもあると思ったものだ。

 

「私のことはまた後でお話しします。それよりも……ゴン、あなたは念というモノを知っているのですか?」

「え? アイシャも念のことを知っているの!?」

「マジで? もしかしてアイシャも念を覚えたのか?」

「! お前達ももしかして念を覚えたのか?」

 

 キルアの言葉。これは自分も念を覚えたことを意味しているとしか思えない。

 名前も知っているとなると、誰かに教わったのか?

 

「……どうやら念のことは知っている様ですね。何時覚えたのですか?」

 

 ……怖い。アイシャから何か寒気のような物を感じるのだが?

 

「えっと、その……6日程前だけど?」

「ああ、私より少し早いな。私は今日覚えたばかりだ」

「へぇ、そうなんだ。一体誰に教わったんだよ? アイシャはどうなんだ? もう覚えたのか?」

「そうですか。……それで、試合をしたのはいつです?」

 

 ……キルアの質問を軽く無視してゴンに問い詰めるアイシャ。だから何か怖いのだが?

 

「……5日前だよ……です」

 

 語尾が何故か敬語になっているぞゴン。冷や汗もかいているようだ。いや、何故か私もキルアもかいているが……。

 

「……つまり念を覚えて次の日には試合をしたと。……念は独学で?」

「う、ううん。その、ウイングさんって人が教えてくれたんだけど……」

「そのウイングという人には念の危険性を教えてもらわなかったのですか? その人は念能力者との試合を許可したのですか?」

「いや、ちゃんと教えてくれたよ! 試合も2ヶ月は我慢しろって――」

「――だったら何故待てなかったのですか!!」

 

 ――!?

 アイシャが……あのアイシャがここまで怒ったのを見るのは初めてだな。それだけゴンの危険な行為に憤り、そしてそれ以上にゴンのことを心配しているんだろうな。

 

「念について甘い認識をして! 大怪我で済んだのは運が良かっただけです! 五体が不満足に、いえ、死んでいたかもしれないんですよ!?」

「……ごめんよアイシャ」

「まあこの馬鹿も反省してるよ。アイシャに言われたこと、オレにもウイングにも言われてるしさ。許してやってくれよ」

 

 素直に謝るゴン。さすがに自分が悪いと思っているようだ。キルアが言うに他の人にも散々言われたみたいだしな。

 アイシャもキルアの言葉を聞いて少し落ち着いたようだ。

 

「……そうですね、私も強く言い過ぎました。ごめんなさいゴン」

「ううん。アイシャは悪くないよ。オレが馬鹿な事したから」

 

 こうして叱ってくれる存在がいるのはいいことだぞゴン。

 

「思い込んだら迷わないのはお前の美点だが、少しは考える事も覚えなくてはな」

「う、クラピカまで」

「何を言う。私もアイシャから念について学んだが、あんなモノに覚えたての念で挑む気にはなれないぞ?」

 

 あんな大岩を粉々に砕くような奴らに念初心者の私達が挑むなんて自殺行為だろう。もっと研鑽を積んでからでないとな。

 

「え? クラピカってアイシャに念を教えてもらったの?」

「ああ、1週間程前にアイシャと再会してな。その時に教えてもらった」

「何だって? ……アイシャは何時念について知ったんだ?」

 

 そう言えば私も知らないな。ハンター試験の時には既に覚えていたようだが。

 

「……そうですね。もう、大分前のことです。昔過ぎて細かい事は忘れてしまいました」

「そんなに幼い時から念を覚えていたのか」

 

 そう言えば彼女は流星街の出身だったな。もしかしたら念能力者に拾われて育てられたのかもしれないな。

 まあ、ここは詮索しないでおくのがいいだろう。誰しも知られたくない事の1つや2つはあるものだ。

 

「じゃあハンター試験の時も念を使ってたのか!?」

「少しだけですが。まあ、ほとんどは絶で過ごしていましたが」

「なんだよそれ~! だったらオレ達に教えてくれたら良かったじゃんかよ~!」

「ええ、申し訳ありません。私もこんなことになるならもっと早く教えておけば良かったと思っています……」

 

 キルアの言葉に落ち込むアイシャ。

 それを見て慌てるキルア。

 ……うむ。傍で見ている分には面白いな。

 だがそろそろフォローを入れておこう。そうでないとキルアが可哀想だ。キルアも育った環境が環境だからな。女の子に対してどう接していいか良く分からないのだろう。

 

「まあそう言ってやるなキルア。本来、念とは悪用を禁ずるためプロハンターになって初めて教わる資格を得るモノらしい。アイシャも軽々と教える訳にはいかなかったんだ。念の危険性を知った今なら分かるだろう?」

「……分かったよ。そういうことなら、まあ、許してやるよ」

「そうですか。それなら良かった」

 

 ようやく部屋の空気が良くなってきたな。

 せっかく再会したのに雰囲気が悪くなるのもなんだろう。

 

「それでアイシャ。アイシャは今まで何をしていたの?」

「それだよ。お前本当にあのネテロ会長からボール奪ったのかよ? 試験の後はどこに行ってたんだ?」

「そうですね。取り敢えず私のことについて話しておきましょう」

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけです。ここに来たのもあなた達に会いに来たのとクラピカの修行を兼ねてのことです」

 

 ネテロとの戦いをぼかしつつ、試験後の私の近況について皆に説明した。

 さすがに全てを打ち明ける勇気は私にはない。これで彼らに避けられたらショックで寝込んでしまいそうだ。

 

「……つまりボールを奪ったわけじゃなく、会長が攻撃しちゃったから相手の反則負けになったんだ」

「ええ、おかげで合格出来ましたよ」

 

 後から思えばあれってネテロの反則負けだったんだよな。あの時は【百式観音】を喰らったことで気が動転して気づかなかったけど。今回はそれを上手く説明に使わせてもらった。

 

「そしてその後会長にリベンジして重傷を負ったから1ヶ月程入院してた、と」

「はい。そういうことです」

 

 ……まあ、間違ったことは言っていない。リベンジも重傷を負ったのも本当のことだ。

 

「すいませんキルア。迎えに間に合わなくて……」

「別にいーよ。まあ、理由も分かったしさ」

「あの時のキルア、アイシャがどこにもいなくて不満そうだったもんね」

「んなことねぇよ! あ、アレはアイシャが試験にどうやって合格したか聞きたかっただけだよ!」

「ははは。まあそう恥ずかしがる事もないだろう。もっと素直に――」

「うっせぇ!」

「……やれやれ」

 

 ふふ。こうして皆で揃って話すのは楽しいなやっぱり。

 でもレオリオさんがいないのがちょっと寂しいかな。

 

「ていうかよくウチの実家に行って無事だったな」

「意外と話の分かる人達でしたよ? ゼノさんとは茶飲み仲間になれましたし、シルバさんとも時々話をしましたよ。キルアをよろしく頼むと言われました」

「ジイちゃんとオヤジと? お前どんだけだよ」

「ミルキにも色々とお世話になりましたし」

「ミルキに!? ……アイシャ、アイツに何かされたりしなかっただろうな?」

 

 ミルキに? どちらかと言うとキキョウさんに何かされそうだったけど……。

 

「何もされていませんよ。こうして皆と会えたのもミルキが居場所を調べてくれたからですし」

 

 強いて言うなら服の着替えぐらいか。今はまた元の服装に戻してるけど、あれはもう勘弁だ……。

 

「……ブタくんがねぇ」

「ゾルディックには本当にお世話になりました」

「あそこでそんな思いをするとは私には想像出来ない……」

「いいなぁ。オレもキルアの家族と会って話したかったなぁ」

 

 あそこの住人と会って話がしたいと言えるゴンも大概だな。

 

「それで、アイシャは念についてどこまで知ってんだ?」

「基本と応用については全て熟知していると思いますが」

 

 念は奥が深い。さすがに固有の念までは知り尽くすことは出来ない。いや、応用でさえもしかしたら私の知らないモノも有るのかもしれない。

 私が開発した『廻』も応用の1つ。誰かが新しい応用技を考案している可能性もあるだろう。

 

「そっか……なあゴン。ウイングじゃなくてアイシャに教わるってのは――」

「駄目だよキルア。どうせそんなこと言って、ウイングさんとの約束をなかったことにするつもりでしょ?」

「ちぇっ。お堅い奴だなぁ」

 

 ウイングっていう人との約束? 一体何の話だろう?

 

「その約束というのは?」

「ゴンがウイングとの約束破って勝手に試合したもんだからさ、今後2ヶ月の間は試合禁止、念の修行はおろか念について調べるのも禁止。それを守れなかったら念を教えないって言われたんだよ。この馬鹿のせいで」

「なるほど。ウイングさんという人はとても良い指導者の様ですね。きちんと念の危険性を理解しています」

 

 これは一度会って話をした方がいいかな? ゴン達が世話になってるようだし、一応どんな人か確認もしたい。

 

「ウイングさんはどこにいるか分かりますか? ちょっとお話したいのですが」

「ん~、近くの宿だけどさ。止めとけば? ちょっとイヤな奴もいるし」

「シオンさんのこと? でもあの人は正しい事しか言っていないよ」

 

 シオン……? 聞いたことがある名前だな。……まさか? いや、シオンなんてどこにでもいる名前か。

 

「シオンとは一体誰なんだ? その人も念能力者なのか?」

「ああ、ウイングと一緒にいた奴でさ。ウイングに念を教わろうとしているオレ達に止めた方がいいとか、間違ったことをとか、ウザってぇことばかり言うんだよ」

「でもオレ達を心配して言ってくれたことでしょ? 無理やり起こすのは本当は良くないってウイングさんも言ってたことだし」

「まあ、そのシオンという人がいるにせよいないにせよ、ウイングさんに会いには行きます。クラピカはここでゴン達と話をしていて下さい」

「だったらオレが案内するよ。宿の場所分からないだろ?」

 

 取り敢えず会って人となりを見てみよう。ゴンが信用しているから大丈夫だろうけど。

 

 

 

「ここだよ。中にいるみたいだな」

「そうですね。話し声も聞こえますし」

「おーいウイングさん、中に入るぜー」

「キルア君ですか、どうぞ」

「失礼します」

 

 中に入るとそこにいたのはウイングさんと思わしき男性と、ゴン達と同い年くらいの子ども。そして私の知るあの子の面影を持つ人がそこにはいた。

 

「いらっしゃい。おや、そちらの方は?」

「初めまして。私はアイシャといいます」

「これはご丁寧に。私はウイングといいます。よろしく」

「押忍! 自分、ズシといいます!」

「ボクはシオンだ。……よろしく」

 

 ふむ、やはりこの男性がウイングさんか。そしてこの子がズシ君と。そしてこっちの人が……。やっぱり私の知ってるシオンに似ているな。あの子が成長したらこんな感じになるだろう。本当に本人かもしれない。

 

「ゴン達がお世話になった様で、どうもありがとうございます」

「いや、お前はオレ達の保護者か?」

「何を言うんですか? 私はあなたのお父さんからあなたのことをよろしくと言われたんですよ? それに私の方が年上ですしね」

「1歳しか違わねぇだろうが!」

 

 ははは。実は130歳以上は年上だよ。

 

「おや、この歳で彼女がいるとは……キルア君も隅には置けませんね」

「それよりも自分はこの女性が自分より1つしか変わらないことに驚きっす……」

 

 彼女? ほわい? 誰が? 誰の?

 

「か、彼女じゃねぇよ! こいつはただの友達だよ!」

「ただの友達……」

 

 友達……キルアが私のことを友達と……。

 

「なんでてめぇは喜んでんだよ! それはどっちの意味で喜んでんだ!?」

「こんなに狼狽えてるキルアさんを見るのは初めてっす」

「ははは。いや、私は安心しましたよ。キルア君も年頃の少年だということです」

「うっせぇよ!!」

 

 ツッコミが忙しそうだなキルア。

 

「騒々しい。結局キミ達は何の用でここに来たんだい?」

「……アンタには用はねぇよ、用があんのはウイングさんにだ」

 

 シオンさんの言葉に対して険のある返し方をするキルア。何か本当に嫌ってるな……。

 

「私に? 一体どうしたんですか?」

「用があるのは私でして。ゴン達が迷惑を掛けたことのお詫びと、ゴン達に念を教えたウイングさんと少しお話がしたくて参りました」

「……君も念を学びたいのかい?」

「いえ、私はすでに念を修めています。失礼ですが、ウイングさんの流派は? それとも念は独学でしょうか?」

 

 もし独学ならゴン達に念を教えるのは辞めてもらおう。彼らは今が一番大事な時期だ。生半可な知識を与えて放り出されては困る。

 

「いえ、心源流にて師の下で念を学びました。一応は師範代として弟子の指導を任せられている者です」

「ああ、それなら良かった。心源流の方なら安心して任せられます。ゴンとキルアをよろしくお願いします」

 

 どうやらとても性根の真っ直ぐな好青年のようだ。

 オーラも力強く安定しており、周りを包み込むように暖かい。信頼出来る人で安心した。それに師範代ともなれば念についても問題ないだろう。

 

「ええ。彼らの様な才能の持ち主を腐らせるのは私としても惜しいと思っています」

「だったら尚更ゆっくりと目覚めさせるべきだったのだ。キミともあろう者があのような外法なやり方で念を目覚めさせるなど……」

 

 シオンさんがウイングさんに詰め寄って抗議している。どうやら念の目覚めさせ方に文句がある様だ。まあ私も外法なやり方で念に目覚めさせるのは反対だけど。今回はまあ仕方ないとしよう。

 

「それは……申し訳ないとは思っています。ですがあの時目覚めさせなければ彼らは念に目覚めぬまま能力者と戦っていたかもしれない」

「だからその戦いこそを諦めさせれば良かったんだ。君なら多少強引にでも止めることが出来ただろう。彼らに才能があるのはボクにも良く分かる。だが、だからこそ正しい教えを与えなければならないのだろう? 念を軽んじた結果があれだ」

「……これだから嫌だったんだよここに来るの」

 

 成程、キルアが嫌がったのはこういうことか。

 言ってることは正しく、決して間違ったことじゃない。でもその言葉の中には正しさが前に出すぎて相手の事情や感情が入っていない。シオンさんがゴンやキルアを案じているのは本当だろう。けど、それで納得出来るキルアじゃないんだよな。

 キルアは感情で動くことが結構あるからな。苦手なんだろうなこういう人が。

 でも何だかシオンさんを見ていると違和感を感じる。一体なんだろうこの違和感は?

 

「あの、貴方も心源流の方ですか?」

「いや、ボクは風間流の門下だ。心源流ではないよ」

 

 やっぱりか。多分間違いない、この人は私の知ってるあのシオンだろう。

 いやぁ、懐かしいなぁ。こんなに成長して……最後に見たのはこの子が12、3歳だったから、今は26歳くらいかな? リィーナに憧れていて、小さいながらも懸命に修行していたのを覚えているよ。リィーナもシオンに才能を感じたのか指導に熱を入れてたよなぁ。

 

「シオンは私の古い友でして。よく共に武の研鑽を積む仲ですよ」

「フ、勘違いするなよウイング。ボクとキミは好敵手であり、決して友などと言う間柄ではない」

「また貴方はそういうことを……確かに好敵手ではありますが、お互いの師も仲睦まじいのですから、長い付き合いでもありますし私たちも――」

「巫山戯るな! そのような戯言を聞くと思っているのか!」

 

 顔を赤くして怒鳴るシオン。何でそこまで怒っているんだろう? そんなにリィーナとウイングさんのお師匠さんの仲が良いのが嫌なのか?

 ……ん? リィーナと仲が良い心源流の人間? それってもしかしてビスケのことかな?

 

「……失礼した。少し頭を冷やしてこよう」

 

 そうして踵を返して退出するシオン。

 うーん。カッとなりやすいところは治ってないなぁ。興奮するとどもったり緊張して慌てたりとかしてたな昔は。

 

「いや、申し訳ない。時々ああして怒られまして。長い付き合いですが未だに彼の怒りのツボは中々分かりません……」

 

 ……ん? 今、何かおかしな点が。

 

「やだねぇ。ああ言うヒスな男ってさ。オレの母親みたいなヒスな女も嫌だけどよ」

「はは、そう言わないでやってください。彼も悪い人ではありませんから」

「シオンさんには念の手ほどきでお世話になる事もあるっす! いい人っすよ」

 

 ……うん。もしかしてウイングさん。いや、キルアもズシ君も勘違いしているな。

 

「あの……」

「どうしましたアイシャさん?」

「いえ、その……」

「何だよアイシャ、歯切れが悪いな。はっきり言えよ」

「ええ、シオンさんの事なんですが……」

「シオンさんがどうかしたっすか?」

 

 これは言ってもいいことなんだろうか? もしかしたらあの子が秘密にしていることなのかも……。

 でもそんなことは……あの子はアレが残念だからなぁ。本当にただウイングさん達が勘違いしているかもしれない

 

「彼がどうしたんですか?」

 

 ……ああ! もういいや、言っちゃえ!

 

「シオンさん、女性ですよ」

『……………………え? ……………………いや、え?』

 

 ……まあ、勘違いしても仕方ないかもしれない。成長していたけど、胸は残念だったしなぁ。分けてあげたいくらいだ。正直こんなのいらないし。まだ大きくなるしなぁ。

 

 

 

 

 

 

 ああ~、私のバカバカバカ!

 どうしてあんなイヤミな言い方ばかりしちゃうのよ! はぁ、ウイングに嫌われたりしないかな……?

 

 あんな風に出て行って……うう、もし嫌われたらどうしよう……。

 でもウイングが悪いんだよ! わ、私と仲睦まじいなんてそんなことを言うから!

 ……なか、むつまじいウイングと私……。

 

 あ、いけない鼻血が……。

 

 落ち着いて、落ち着いて素数を数えるのよシオン。

 2・3・5・7・11・13・17・19……。

 

 ふぅ、落ち着いた。幼き頃にリュウショウ様に教わったこの精神安定法はとても良い効き目ね。さすがはリュウショウ様! リィーナ様の師だけのことはある!

 

 でも、ウイングの前にいる時のあがり症はこれでも何ともならないんだよね……。あんなセリフも言ってしまうほどテンパってしまうし……。

 

 “フ、勘違いするなよウイング。ボクとキミは好敵手であり、決して友などと言う間柄ではない(キリッ”じゃないよ!

 せっかくウイングが友達って言ってくれたのに……でも、友達なんて関係じゃ嫌なのは確かだし。その、やっぱり、こ、こここ、恋び、キャアアアアアア! ダメ! これ以上恥ずかしくて考えられないよぅ!

 

 もしウイングとそ、そんな関係になれたら、もう死んでもいい!!

 いややっぱりダメ! 死んだらウイングとの幸せな結婚生活が出来ないもの!

 子どもは何人がいいかな? 私は最低でも5人は欲しいな。ウイングも子どもが好きだろうし。ズシ君との会話を聞いていれば良く分かる。

 そう言えばズシ君には私も念について手ほどきしているんだよね。

 2人で一緒に子供の教育。こ、これは子育ての予行練習と言えるのではないかな!? そしてゴン君とキルア君も一緒に修行しながら家族の団欒を!

 

 ぐ! ダメだ、想像が膨らんでまた鼻血が!

 クールだ! koolになるのよ!

 23・29・31・37・41・43・47・53・59……。

 

 ふぅ、何とか収まった。私のこの鼻血癖も何とかならないものかな?

 

 でもこれもウイングが悪いのよ! ウイングが、あ、あんなにも格好良いから!!

 ああ、どうしてウイングはあんなに格好いいんだろう?

 凛々しい顔に鍛えられた肉体。健全な精神に少しずぼらな格好。よく寝癖が出来るのもシャツがはみ出ているのもチャームポイントだよね! それでいていざとなったらとても男らしい……こう、守ってくれるって感じ? 普段は優しいし、試合の時も私が女でも遠慮する事なく全力で戦ってくれるのもいい。手加減されるのは武術家の恥だものね。

 ああぁ、何もかもが素敵。ウイングが素敵すぎて生きるのが辛い……。

 

 はぁ、ウイングとずっと一緒に居られたらなぁ。

 でもリィーナ様から出来るだけ早く本部に戻ってくるよう連絡が入ってるし……。

 

 延ばせても精々1ヶ月くらいかなぁ。

 せめてそれまでにたっぷりウイング分を補充しとかなきゃ!

 




リィーナの直弟子シオンちゃん(26)。恋に生きる乙女(26)です。
ひんぬー担当でもある。ビスケ? あれはゴリ……ロリババァ枠だから……。


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第二十三話

 …………………………。

 静寂と混沌が場を支配している。

 私の一言。シオンが女性というこの一言で3人の男性が困惑している。こちらを見るその顔に題名を付けるとしたなら『なん……だと……?』といったところか?

 

「は、ははは。なるほどな、あまり笑えない冗談だぜアイシャ」

「あ、ああ。そうでしたか。いや一本取られましたね」

「じょ、冗談だったっすか! 自分、見抜けなかったっす!」

 

 ようやく意識が戻ったと思ったら私の言葉を冗談と受け取ったか。

 だが残念。現実は非情なのだよ。

 

「いえ本当の事ですが」

『……』

 

 いや、そこまで鎮痛な表情をしなくても……。シオンが女性なことをそんなに認めたくないのか?

 

「むしろどうして気づかなかったのかと。キルアとズシ君はともかくウイングさんは長い付き合いなんでしょう?」

「いや、その、確かに10年以上の付き合いですが……その、シオンは一度も自分の事を女だとは……」

「でも男とも言ってないのでは?」

「……そうですね」

 

 どんだけ鈍感なんだこの人? 10年以上一緒にいて、しかも武を研鑽しあった好敵手なんでしょ? それで性別を間違えて覚えてるって相当だよ?

 

「アイシャが勘違いしてるだけってのは?」

「それはないですよキルア。相手の骨格や重心を見れば性別を判断する事は出来ますから」

 

 まあ、これも長い時を武術に浸って生きたことで身に付けた技能だな。人によっては骨格とかだけじゃ判断しにくい人もいるけど。

 もっとも今回の場合は初めから女性だと知っていたからだけどね。

 

「それってかなりすごいことだと思うっす……」

「で、では本当にシオンは女性……?」

「マジかよ……胸なんて全然なかったぜ……」

「胸で判断するのは失礼ですよキルア。そういう人もいるんです。むしろ希少価値と思いなさい」

 

 まあ、残念なことに変わりはないが……人によってはそれがいいと言う人もいるだろう。きっと。

 

「ま、待ってください。師範に確認してみます。あの人なら知っているかもしれない」

 

 そう言いながら誰かに電話をかけるウイングさん。師範という事はウイングさんのお師匠さんか? もしかしたらビスケかもしれないな。

 ……ちょっと会話を聴いてみよう。耳に全力で凝をして聴力を強化だ!

 

「……もしもし、お久しぶりです師範。今少しお時間よろしいでしょうか?」

『何よひよっこウイング。アンタが電話してくるなんて珍しいじゃない』

 

 うん。やっぱりビスケだな。縁は奇なものとは言うが、世界は狭いもんだ。

 ウイングさんがビスケの弟子ならシオンと近しい仲になっても不思議じゃないね。何せシオンはリィーナの直弟子に選ばれた子だったし。中々いい才能を持ってたもんだよ。順調に行っていれば師範代にはなってるとは思うんだけど、どうなんだろう?

 

「ええ、少しお聞きしたいことがありまして。……シオンのこと、覚えていますよね?」

『そりゃ当然だわさ。リィーナの愛弟子でしょ。私が忘れるわけないじゃない』

「そうですか……それで、お聞きしたい事なんですが……シオンって、その、じょ、女性の方なんでしょうか?」

『……あんた、どうやってそれを知ったの?』

「――っ! そ、それではやはりシオンは女性……!」

『そんなことは良いから答えなさい! アンタがそれに気付いたのはどうして!? 自分で気づいたの? それとも、誰かに教えてもらったの?』

「え? その、恥ずかしながら人に教えてもらい初めて気付きました……」

『……何てことだわさ!』

 

 えっと。何か話の雲行きがおかしいような。

 何でそんなにビスケは驚愕しているんだろう?

 

「師範? 一体どうされたので? な、何か不都合でも?」

『不都合も不都合よ! あんた何で自分で気付かなかったのよ!!』

 

 うわっ!? 聴力を強化しなくても聴こえる程の怒鳴り声!

 ど、どうしてそこまで怒っているんだ? シオンが女性だと気付かなかったウイングさんの鈍感さに怒っているんだろうか?

 

「も、申し訳ありませ――」

『――リィーナとの賭けに負けちゃったじゃない!』

「……は?」

 

 ……は?

 

『賭けよ賭けー! 私はアンタが自分で気付くのに賭けてて、リィーナは他人に教えてもらう方に賭けてたの! 弟子を信じた師匠の信頼を返しなさい全く!』

「……弟子で賭けをする事で失う信頼があることにも気づいてもらいたいのですが?」

 

 いや全くだ。何かと思えばくだらない。リィーナ、今回は少しお仕置きをしなきゃいかんようだな。

 

『ああもう、リィーナと約束していた2000万の買い物もパァ~よ! 大赤字じゃないこの鈍感ウイング! スープで顔を洗って出直して来なさい!』

 

 怒声とともに電話を切る音が響く……ビスケ、さすがに酷いと思うよ……。

 

「……はは、どうやら本当に女性のようですね。何故今まで気が付かなかったんでしょう……」

「ま、まあ仕方ないさウイングさん。オレだって男だと思ってたんだ」

「そ、そうっすよ! 自分も全然気付かなかったっす! 師範代がそこまで気に病む事はないっすよ!」

「シオンさんにも多少の原因はありますね。少しは女性らしい服装をすればもっと早く気付けたでしょうし」

 

 服装に関しては私が言えたことじゃないかもしれないけどね。

 

「そういえば以前心源流の道場にシオンが来ていた時、女子トイレに入っていくのを見たことが……」

『いや、それで気づけ(っす)』

 

 馬鹿なのかこの人は? 鈍感のレベルが一桁違うぞ? 絶対この人強化系だ。賭けてもいい。

 弟子のズシ君にさえ突っ込まれて落ち込んでいるようだが、フォローのしようがない。

 

「あの時はてっきりトイレを間違えただけかと……10年以上気付かないなんて……」

 

 ……こればっかりは自業自得というしかないな。

 

「と、とにかく一度シオンに会って謝らなくては!」

「……オレも謝っとくわ」

「自分も素直に謝るっす……あれだけ面倒を見てもらって気付かなかったなんて」

 

 キルアやズシ君はともかく、確かにウイングさんは謝った方がいいな。さすがに10年以上気付かないのはちょっと……。

 強化系って思い込んだら一直線な人って本当に多いなぁ。もうこの人が強化系以外には思えないよ。

 

 おっと、どうやらシオンが戻ってきたようだ。頭も冷えたかな?

 

 

 

 

 

 

 ようやく落ち着いた。鼻血も収まったし、これでまたウイングと顔を合わせられる。鼻血が出ている顔なんて見せられないもんね。

 

 ん? なんか部屋の空気が違う。ウイングも何故か緊張した面持ちで私を見ている。心なしかズシ君とキルア君も緊張しているようだ。

 変わりがないのはアイシャちゃんくらいだけど……一体どうしたんだろう?

 ……もしかしてさっき私があんな事を言ったから皆怒っているんじゃ!? た、大変だ! ウイングに嫌われたら生きている意味がなくなる! 早く謝らなくちゃ!

 

「すまない、先程は言いすぎた。少し冷静さを失っていたが、もう大丈夫だ」

「シオン……申し訳ありません!!」

「い、いきなりどうしたんだウイング!? ボクが怒鳴ったことを気にしているのかい? あれはボクが悪いのだから、キミが気にすることはないさ」

 

 突然謝るから一瞬告白の断りでもされたかと思っちゃったよ!

 すぐにそんな事はないって気付いたけど。何せ告白なんてした事ないものね。妄想の中でなら何万回もしてるけど……勿論答えは全部OK!

 でもたまには私からじゃなくてウイングから告白してくるパターンもありね!

 

 ああ、夢が拡がる……いけない、またも鼻血が……。

 61・67・71・73・79・83・89・97……。

 ふう、セーフセーフ。

 

「いえ、そうではありません。私はあなたに謝らなくてはならないのです……」

「……一体どうしたと言うんだい?」

 

 ど、どどどどうしたんだろうウイング!?

 こんなに思い詰めた顔をしたウイングは初めて見るよ!

 ああ、ウイング、そんな顔をしないで。貴方の笑顔を見るのが私の生きがいなのに……。

 

 でもこんな表情のウイングも素敵すぎる……。

 取り敢えず【映像記憶/オタカラフォルダー】を使って即保存っと。

 レア画像ゲット!! 今日はこれでしよう。

 

 それで、ウイングはどうしてこんなにも思いつめているんだろう?

 

「……申し訳ありません! 私は……私は今まで貴方の事を男性だと思っていました!!」

 

 ……ぱーどぅん?

 

「わりぃ……オレも勘違いしてた」

「申し訳ないっす! この通り、伏してお詫びを!」

「……キミ達は何を言っているんだ? ……ボクが男に見えていたと言うのかい?」

 

 ちょっと何言ってるか分かりませんね!?

 

 いや、え? その、なに? つまりどういうことなの?

 

 あれ? 私今までウイングに女として認識されていなかったの?

 

 え? ずっと私のことを男だと思っていたの?

 

「……アイシャさんに教えられ、初めて気付きました。このウイング一生の不覚です……なんとお詫びをしたらいいのか……」

「それは……あんまりだろうウイング。ボクはずっとキミと一緒にいたというのに……」

 

 そんな……ひどいよウイング。

 ウイングは、ウイングはやっぱり……………………。

 

 

 

 おっぱいの大きい女の方がいいんだ!! アイシャちゃんみたいに! アイシャちゃんみたいに!!

 

 ちくしょう! なんでこんなに成長しないんだ私の胸は! 乳製品は毎日飲んでいるし、バストアップ体操だってしている! 通販で買った胸が大きくなる薬もずっと飲んでいるのに……!

 

 どんなに努力してもちっとも成長しない……。

 うう、いっそ胸を大きくする念能力でも作ろうかな?

 

「……返す言葉もありません。友の……ライバルの性別すら間違えるなんて。私に出来ることがあれば何でも言ってください。せめてもの罪滅ぼしがしたいのです」

 

 ん? 今なんでもするって言ったよね?

 

 あ、やばい鼻血が!

 

 101・103・107・109ダメだ全然収まりそうにない! 刺激が強すぎたんだ!

 鼻血ブーな顔を見られるわけにはいかない! 早くここから逃げ出さないと!!

 

 何でも……。

 き、きききき、キスとかも、いいんだろうか!?

 っ! ダメだ! 何も考えるな! は、鼻血が吹き出そうだ!

 って!? 何でウイング追ってきているの!? 追いかけてくれるのは嬉しいけど今はそっとしておいてほしいよぅ!!

 

 

 

 

 

 

「あ! 待ってくださいシオン!」

 

 ウイングさんの声にも反応せず部屋を出て行くシオン。

 さすがにショックが大きかったか……。

 

「皆さん! 私はシオンを追いかけます。今の彼……いえ、彼女を放っておくわけにはいけません。わざわざ来ていただいたアイシャさんには申し訳ありませんが、話はまた後日に!」

「は、はい」

 

 そう言い残してすごい勢いでシオンを追いかけていくウイングさん。

 どうなるんだろう? 追いかけない方が良かったかもしれないけど……時間を置いた方がいい場合もあるだろうし。これは私でも予測出来ないことだ。ウイングさんが無事許してもらえるといいんだけど。

 

「えっと、それじゃあもう遅いですし、私達はそろそろ帰りましょうかキルア」

「ああ、そうだな。じゃあなズシ。早く200階に上がってこいよ」

「押忍! 色々とすいませんっす! 早くキルアさんとゴンさんに追いつけるよう、一層努力するっす!」

 

 何とも真面目でいい子だ。素直だし、ウイングさんとの相性も良さそうだ。

 このまま弛まぬ努力をすれば、ズシ君は将来きっと武道家として大成するだろう。

 さ、ゴン達も待っているだろうし、そろそろ天空闘技場に戻りますか。

 

 

 

「ウイングもすげぇよな。いくらなんでも10年以上一緒にいて気付かないってのもよ」

 

 天空闘技場まで道ながらにキルアと話しながら歩く。話題はやっぱりさっきのことだ。当事者の2人には申し訳ないが、第三者の立場からするとどうしても話題に上げてしまう。

 

「そうですね。まさか女子トイレに入るのを目撃しているのに疑問に思わないとは……」

「だよなぁ! はは、こりゃゴンとクラピカに話すのが楽しみだぜ」

「こらこら、あまり人の失敗を面白おかしく話すのは良くないですよ。ふふ」

「そういうアイシャも笑ってんじゃねぇかよ」

 

 それは仕方ないだろう。だって思い出すとやっぱり面白いし。

 

「まあ、ウイングさんは仕方ないとして、シオンさんは可哀想ですね」

「ん……まあな。ずっと勘違いされてたってのはキツイだろうな。でもシオンも紛らわしいと思うぜ。だって口調はああだし、服装も女らしくないしよ」

「まあ、それはそうですが……服装に関しては私もそうですよ?」

「いや、お前は……色々あれだからな。口調も顔も完全に女だし。シオンは顔は美形だけど、男にも見えなくもないって感じだし。こう、中性的っての?」

 

 確かに……何ていうか、その道に行けばものすごい人気が出るタイプだ。人気の元は主に女性だが。

 私だって小さい頃にシオンを見た時は男の子かと間違えそうになったくらいだしな。

 

「ところでさアイシャ」

「なんでしょうか? 念に関しては教えませんよ? ウイングさんとの約束があるんでしょう?」

 

 何だろう? 聞きたいことでもあるのかな?

 

「あの約束はゴンだけだからオレには関係ないよ。……まあ、念についてじゃない。いや、念も関わっていないわけじゃないけど」

「……? どうしたんですか一体?」

 

 本当に何を聞きたいんだろう? 念は関係してるけど、念について聞きたいわけじゃない?

 

「クラピカが念を覚えたのは今日だよな。アイツはアイシャ以外の念能力者を見たことがあるのか?」

「いえ、見たことはないはずです。念を覚えてからは、ですが」

 

 念を覚える前ならそうと知らずに念能力者と遭遇することはないとは言わないだろう。でもそんなことを上げていたらキリがないな。

 

「やっぱりそうか。……アイシャ、お前……どれだけ上にいるんだ?」

 

 ……え? 私がどれだけ上、高みにいるか。それが気になると。でもそれとクラピカの話に何の関係が?

 

「どれだけ上……ですか。まあ、少なくとも念初心者のキルアよりも上ですよ」

「だろうな。多分、お前はオレが想像出来ないくらい上にいる。そんな気がする……」

「どうして……そう思うんですか?」

 

 ……正直、いくらキルアが鋭いからといって、今の私の実力の底を見抜けるとは思っていない。だったらどうして? どうして私がそこまでの強さを持っていると思えるんだろう。

 

「正直、オレはゴンが戦った奴に脅威を感じなかった。勿論今のオレ達よりは上にいるのは分かる。だが、それは念に関してだけだ」

 

 どうやら天空闘技場の能力者の質はさして変わっていないようだ。中には強者もいるとは思うけど、思ったほどクラピカの実戦経験にはならないかもしれない。

 

「その念も大したモノじゃなかった。ヒソカやウイングの念と比べたら下の下。覚えたてのオレ達よりも少し上ってくらいだ。あんなのすぐに超えられる」

「そうでしょうね。キルアも、そしてゴンも素晴らしい才能の持ち主だと思っています。正直に言うと嫉妬したこともあるくらいですよ」

 

 もし、もし私に彼らの半分もの才能があったなら……そう思わずにはいられない程に圧倒的才能。天賦の才。

 

「でもその話と私がどれだけ上にいるかの話、どう繋がっているんですか?」

「……お前、クラピカに念を教えたんだよな」

「ええ、彼も非常に素晴らしい才能を持っています。わずか1週間で纏を身に付け――」

「――それだよ」

「……え?」

 

 クラピカの才能の高さと私の実力がどう結びついているんだ?

 

「ウイングが言っていた。オレ達なら1週間、もしかしたらそれより早く念に目覚められるかもしれないってな」

「……」

「そしてクラピカは1週間で目覚めた。つまりアイツはオレ達に匹敵するほどの才能を持っているわけだ」

「ええ、そうなりますね」

「そしてここが肝心のポイントだ。クラピカがゴンの部屋で言ったセリフを覚えているか?」

 

 クラピカのセリフ? 色々話したけど、気になるような事を言ってたかな?

 

「『私もアイシャから念について学んだが、あんなモノに覚えたての念で挑む気にはなれないぞ?』クラピカは確かにこう言っていた」

 

 ――! 素晴らしい……!

 あの何気ない会話の中から貴重な情報を見つけ、自身の経験と結びつけ、よくぞそこまで!

 

「オレ達と変わらない才能のクラピカが、挑む気にはなれない。そしてオレはゴンと戦ったような奴等相手に今でも負ける気はしない」

 

 ここまで予測出来るとは……正直侮っていたんだろう。どれほどの才能を持っていようと、まだ経験が足りない半人前と。

 

「ここまで言えばもういいだろ? つまりアイシャはクラピカやオレ達から見て遥かに高みに達しているってことだろう?」

「……脱帽です。僅かな情報でよくぞそこまで。感服に値しますよ」

「やっぱりかよ。他にも薄々とあったぜ? あの会長から攻撃を受ける程に追い詰めることが出来たんだろ? これだけでオレ達より強いってのは分かったよ」

「ああ、ただのマグレと受け止めてもらえたら良かったのに」

「アホか。んなわけあるか」

 

 だよねー。

 でも、今それを言うってことは……隠し事してた私とはもう友達じゃないなんて言い出すんじゃ!?

 

「そ、そそそそれで、わ、私が強さを隠していたかりゃもう絶交だと!?」

「いやなんでそうなんだよ! てかめちゃくちゃ焦ってんな!」

 

 マジで!? 絶交じゃないの?

 

「ふ、ふぅ。焦らせないで下さいよ」

「お前が勝手に焦ったんだよ。……別にそんなのでダチやめたりしねぇよ。誰にだって言いたくないことくらいあんだろうしな」

 

 おお……! キルアに後光がさして見える。

 

「ありがとうございます……いつか、いつか必ず皆に話しますね」

 

 ああ、そうだ。きっと話そう。友達に隠し事はないなんて、そんなことは言わないけど、それでも皆には話したい。それで拒絶されても……仕方ないさ。

 

「ああ。絶対だぜ」

「ええ。約束です」

 

 何か少し心のしこりみたいなモノが軽くなった気がする。

 キルアに感謝だな。

 

「キルア」

「あん? 何だよ?」

 

「ありがとう」

「べ、別にいいよ。……ダチだかんな」

「ふふ、そうでしたね。友達ですからね」

「嬉しそうにしてんじゃねぇよ! やっぱお前友達いなかっただろう!」

 

 な、何を馬鹿なことを! それを言うならキルアだって……はっ! そうだ。キルアに友達が出来たのは最終試験! そして私に友達が出来たのは!

 

「ふ! 甘いですねキルア! 私はあなたより早く友達がいましたよ!」

「嘘だろ! 誰なんだよ!」

「レオリオさんです! 最終試験の3日前に友達になりました!」

「……いや、馬鹿かお前は? それを言うならオレは試験初日にゴンと友達になったかんな!」

 

 なん……だと……?

 

「そ、それは卑怯です! 友達になろうなんて言ってないんでしょう!?」

「ばっか。レオリオが言ったんだよ。オレらはとっくにダチだってな! 友達ってのは、作ろうと思って出来るんじゃねぇ! いつの間にかなってるもんなんだよ!」

 

 キルアの言葉にがくりと膝が折れる……ふ、深い、何て深い言葉なんだ……!

 

「わ、私の負けです……」

「ああ、そしてオレの勝ちだ」

 

 くっ! キルアの勝ち誇った顔が小憎たらしい!

 

「ですが覚えておくことです。例え私を倒したところで第二・第三の私が……」

「いや、お前はどこのラスボスだ」

「いや、お前たちは何をしているんだ?」

『へ?』

 

 

 

 どうやらすでにゴンの部屋まで着いていたようだ。

 クラピカに突っ込まれるまで話に集中しすぎて2人共気付かなかった……恥ずかしい。キルアも心なしか顔が赤いようだ。

 

「全く。ここ200階にはあまり利用者がいないからいいものの。あまり迷惑になるようなことをするのはどうかと思うぞ」

「……ていうか何時から気付いてたんだよ」

「あ、友達がどうたらって辺りからかな」

「……ゴンもそこまで聞こえてたのなら声を掛けてくれたらいいのに」

 

 おかげで恥ずかしい思いをしてしまった。

 

「いやぁ、何か楽しそうだったし」

「まあ、友達がいるというのはいいことだぞ」

「うっせ!」

「ほっといてください!」

 

 こうしてしばらくは談笑しながら楽しい時間が過ぎた。

 だがそろそろ夜も遅い。私たちも宿に行かなければ。

 

「クラピカ、名残惜しいですがそろそろ行きましょう」

「ん、ああ、そうだな。そろそろ宿をどうにかしないとな」

「そういや2人ともまだ20階だったか。100階以上にならないと個室ないからなぁ」

「2人ともゆっくり上がっているんだね。2人ならもっと早く上がれるのに」

 

 仕方ない、それもクラピカの修行の為なのだ。

 

「2人が念の修行を再開する前に200階まで追いついてみせるさ」

「お、言いますねクラピカ。あと2ヶ月足らずであの条件の下にそれが達成出来ますか?」

「全部の攻撃を避けるんだっけ。大変だね」

「そうか? 結構簡単だろ?」

 

 キルアは戦闘技術はこの3人の中でもずば抜けているからな。多分同条件でも一度も負けることなく200階まで到達出来るだろう。

 

「勿論達成してみせるさ。それくらい出来なくてはな」

「そうこなくっちゃな」

 

 どうやら気負い過ぎているわけでもない。ゴン達に会ってモチベーションもいい感じに上がったようだ。これなら予想よりも早くに200階まで上がれるかな?

 

「あ、そうだ! ねえ、2人ともまだ宿はとってないんだよね?」

「ええ、そうですけど?」

「それがどうかしたのかゴン?」

「いいこと思いついたんだ! 2人ともこの部屋に泊まればいいんだよ!」

 

 え? でも眠る場所は? 見たところベッドは1つしかなさそうだけど。

 

「おいおい。また何言ってんだよお前は。そもそも眠る場所がないだろ?」

「え? ソファじゃダメかな?」

「ははは、気持ちは嬉しいがゴン、私はともかくアイシャは――」

「いいんですか? 一度友達とお泊りとかもやってみたかったんですよねぇ」

「なん……?」

「だと……?」

 

 今キルアとクラピカがかなりのシンクロ率だったような?

 

「ほ、本気で言ってんのかアイシャ?」

「ええ。ちょうどソファも2つありますし。先程見ましたが、お風呂も結構大きかったですよ。さすが200階選手の部屋ですね。豪華な部屋です」

「だが、アイシャは女で私は男なんだぞ?」

「私は気にしないから大丈夫ですよ。宿代の節約にもなりますし」

『いや私(オレ)が気にするんだ!』

 

 ん? どうしてキルアまで気にするんだ? 別の部屋のはずだけど?

 

「いいじゃんそんなの気にしなくても。それにやっぱりこうして休んでるだけって暇なんだよね。誰かいてくれると嬉しいし」

「ほら、ゴンもこう言ってることですし、遠慮せずお世話になりましょう」

「いや、遠慮してるわけではないのだが……」

 

 うーん、そこまでソファで寝るのが嫌なら仕方ないか。宿をとるとしよう。

 

「分かりました。それでは宿を取りましょう。幸いこの天空闘技場の周りにはたくさんの宿がありますし。……ゴン、すみませんがキルアもいるので大丈夫でしょう?」

「ふう……ところでアイシャ、宿は何部屋取るつもりなんだ?」

「え? それは1つのつもりで――」

「ゴン、すまないが個室を貰えるまで少し厄介になる」

 

 なぜに? 嫌じゃなかったのか? それとも私と2人きりになるのが嫌なんだろうか……?

 修行の効率と宿代節約を兼ねた一石二鳥のアイディアなのに。

 

「クラピカ!? ちぃっ!」

 

 キルア? いきなり部屋を飛び出したけど、どうしたんだろう?

 

「どうしたんだろうねキルア?」

「さあ? 何か気に障ることでも言いましたかね?」

「駄目だこいつら……早くなんとかしないと」

 

 お? 何かキルアがすごい勢いで戻ってきてるようだ。何しに出て行ってたんだろう?

 

「はあっはあっ! オレもここで泊まらせてもらうぜ!」

 

 そう言いながら恐らく自分の部屋にあったであろうソファを床に降ろすキルア……。

 わざわざそこまでしてここで泊まりたいなんて……キルアもお泊り会をしたかったんだな。

 

「全くそれならそうと言えばいいのに」

「お前が何を考えてるか分かんねぇが、全く見当外れな事を考えてる事は分かった」

 

 ははは。照れるな照れるな。

 

「それじゃ、ゴンの傷に障るといけませんからそろそろ休みましょう」

「うん。皆、お休み」

「どうしてこうなったんだ……?」

「駄目だ、天然は集まると手に負えねぇ」

 

 何か失礼な事を言ってる気がするけど、まあいいや。お休み~。

 

 

 

「すぅ、すぅ」

「ん……くぅ」

『羊が3211匹。羊が3212匹。羊が……』

 

 

 

 ……ん、ああ、日の光が眩しいな……朝か。

 くあぁ。ああ、よく寝た。今日もいい天気だし、体の調子もいい。いい1日になりそうだ。

 

「いいなクラピカ。絶対に最短で100階まで上がれよ!」

「無論だ。全力で試合に臨もう!」

「無傷だ。無傷で勝利しろ。そうすれば1日に2回試合を組まれる時もある。ある程度は時間短縮になるはずだ」

「ああ、分かっている。そう、全ては――」

『全ては快適な安眠の為に!』

 

 ……えっと。なに、あれ?

 

「ゴン、どうしたんですかあの2人?」

「分からない……オレも今起きたばかりだから……」

 

 何だか分からないけど……2人とも何か前より仲良くなった気がする。

 良いことなんだろうけど……本当に何があったんだろう?




新たな念能力の詳細を書いておきます。これも立派な念能力さ……多分。
ちなみにシオンは変化系が得意系統です。

【映像記憶/オタカラフォルダー】
・操作系能力
脳の記憶を司る部分を操作し、術者が見た映像を寸分違わず記憶して保存する能力。
保存した映像は術者の意思で自由に思い出せる。また設定した通りに映像を連続して脳内に映し出すことも可能。
頭の中に映写機があるようなもの。

〈制約〉
・ウイングを視界に入れている映像でないと保存出来ない。

〈誓約〉
・特になし。


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第二十四話

「これでこのお泊り会も終わりと思うと名残惜しいですね……」

 

 たったの5日で100階に登っちゃった……個室も与えられたから今日からそこで寝泊りすることになった。まあ仕方ない。無傷で1日2回勝利したら最短5日で100階に到達するよね。クラピカもここまで順調に勝利している。少しは手古摺るかと思ったけど、100階以下だとまだまだ余裕のようだ。

 

「5日間……長かったな」

「良くやったクラピカ。オレは感動している……」

「本当にすごいねアイシャもクラピカも。あんな条件でこんなに早く100階まで登るなんて。オレは相手を思い切り押してただけだったから簡単だったけどさ」

 

 私はともかく、クラピカは本当にすごかった。何というか、鬼気迫る勢いで戦っていたな。相手選手もクラピカの気迫に飲まれていたところもあったと思う。

 

「皆で一緒にいるのは楽しかったんですが、まあこれも丁度いい機会でしょう。そろそろ点と纏だけでなく、次の修行にも移りたかったところですし」

 

 クラピカも纏には大分慣れたようで、寝ている間も纏を維持し続けることが出来るようになった。この5日間は念の修行は点と纏の繰り返しに努めさせていたからね。

 いくら才能があるといっても何事にも前段階というものがある。点と纏を疎かにした能力者に大成はない。

 

「ちぇっ。オレ達もゆっくりやってんだからクラピカものんびり行けよ~」

「悪いなゴン、キルア。2人が休んでいる間に先に進ませてもらおう」

「すぐに追いつくよ! だから先に行って待ってて!」

「ああ。私も200階まですぐに追いつく。だからゴンも早く怪我を治せよ。皆で強くなろう」

 

 うんうん、厚い友情に乾杯だ。私ももっと強くならなくちゃな!

 

「はい! もっと強くなりましょうね!」

『いや、アイシャは少しゆっくりしていてもいいぞ』

「あはは! 2人とも酷いや」

「2人とも、何か最近息があってませんか?」

 

 主にツッコミ役として。このお泊り会が始まってから妙にキルアとクラピカの仲がいい。まあ良いことなんだけどさ。

 

「それではこれで失礼しますね。ゴン、泊まらせてもらってありがとうございました」

「ではな。200階で待っていてくれ。世話になったなゴン」

「いいよ、また泊まりに来てもいいからねー!」

「やめろこのバカ。そんじゃな2人とも、早く上がってこいよ~」

 

 いやぁ楽しい5日間だった。これでまた1人部屋だと思うと寂しくなるな。

 仕方ない。またこうやって遊ぶ機会もあるさ。今はクラピカの修行に専念しなきゃね。

 

「それでは早速次の修行に移りますよ」

「ああ、望むところだ」

 

 

 

 それからは順調に進んでいった。

 試合も、修行も、両方とも順調に……本当に順調だった。……絶に掛かった時間は2日……練に至ってはたったの1日。もう凝とか出来るんじゃないか? その上、190階で一度相手の攻撃を受けたことによるギブアップでの負け以外は全て勝利。

 天空闘技場に着いてからわずか18日で200階に到達してしまった……。

 

「アイシャに2日遅れてしまったが、これで私も200階選手だな」

「ええ、そうです。まだ登録しに行かなければなりませんが」

 

 分かっていたけど本当にすごいな。

 対戦相手は確かに弱かったけど、それでも天空闘技場に来る前のクラピカではあの条件で勝利するのは至難の業だったはず。

 凄まじいスピードで成長している……! 相手の動きをよく観察し、動きを読み、様々な武術を学習し、さらなる強さへと変えている。それは強さの頂きを志す者なら誰もがすること。だが、そのスピードが並を遥かに凌駕している。

 

「少しずつ相手の動きが分かるようになってきた。何をしようとしているのか、どういう攻撃を繰り出そうとしているのか」

「どうやら観察眼が養われてきたようですね。ですがそれを過信しないように。生半可な実力で増長するのが一番危険なのですから」

「む……そうだな。私より強い者などいくらでもいるだろうしな」

 

 どうやら一度攻撃が当たった事が良かったみたいだ。もし一度も攻撃を受けずに全て勝利して200階まで到達していたら下手な自信を付けていたかもしれない。

 

 自信を持つのは良いことだ。何事も自信がなければ実力を発揮することは出来ない。

 だが持ちすぎるのは駄目だ。過ぎた自信は過信となり、慢心を生む。それは何時の日か己に災いを呼び込むことになりうるだろう。

 

「纏と絶の切り替えはどうですか?」

「ああ、初めは絶への切り替えが難しかったが、今では違和感なくスムーズに行える様になったよ」

 

 そうして目の前で纏と絶を何度も切り替えて見せる。ふむ。確かに上出来、あくまで初心者としてはだが。

 

「そうですね。まだ絶を覚えて2週間とは思えないほどスムーズです。取り敢えず合格ですが、この鍛錬も毎日怠らないように」

「ああ、分かった。……ところでこの鍛錬にはどのような意味があるんだ?」

「師の教えには疑問を抱かない……と、言うのは前時代的ですね。以前にも説明したように、絶は応用技でも重要になります。絶の練度を高めておくと応用技の時に非常に便利になります」

 

 例えば硬。これは纏・絶・練・発・凝を組み合わせた高等技術だが、この時、絶の切り替えが早いと硬へと至る速度も早くなる。攻防力移動の速度は念能力者にとって重要な課題だからね。

 

「練も見せてもらえますか」

「ああ。……ふっ!」

 

 ……成程。毎日欠かさず点と纏を繰り返しているようだ。力強さが練を覚えた時とは大違いだ。これなら初心者狩りと呼ばれる200階選手程度の攻撃なら全て弾くことが出来るだろう。

 

「ええ、これも合格点です。内部で練って蓄えたオーラを外へと出す速度も申し分ない。勿論これもまだまだ要修行ですよ」

「本当か! これで私も水見式とやらをやらせてもらえるのだな」

「ええ」

 

 嬉しそうだなクラピカ。修行の成果を認められたらそうなるよね。それに自分の系統も気になっていただろうし。

 

「それでは水見式を始めます。……このグラスに手を近づけて練を行ってください」

「こうだな。……グラスの中に不純物が出たが?」

「これは具現化系を表す反応ですね。クラピカは具現化系を得意とする系統だということです」

「……そうか。出来れば強化系がいいと思っていたのだが」

 

 一応前もって系統の説明はしていたけど、クラピカが望んでいたのは強化系だったか。クラピカが強化系を望んでいたのは恐らく強化系が戦闘において最も有利だと判断したからだろう。

 その考えはあながち間違っていない。攻撃・防御・回復と、純粋な戦闘で有利になる点が最もバランス良く整っているのが強化系だろう。極めれば通常攻撃が他の系統の必殺技と遜色ないレベルにまで高まる戦闘向けの系統だ。その上で他の系統を組み合わせた能力を作ると隙も少なくなるだろう。いい例がネテロだな。まあ、あれは別格すぎるか。

 その代わり大成するのに時間が掛かるのが欠点と言えば欠点かな。他の系統は一発逆転出来るような能力、ハマると強い能力を作りそれを活かせば大物食いも出来るけど、強化系はそうはいかないからな。純粋な実力が伸びるのは早いが、意外性が少ないとも言える。

 

「具現化系には具現化系の強さがあります。強化系と比べて見劣りするわけではありませんよ?」

 

 そう。純粋な戦闘で強化系に勝ち目が薄いのは確かだが、それなら純粋な戦闘をしなければいいだけの話だ。

 具現化系は具現化した物質に様々な効果を付与する場合が多い。それには上手く行けば相手を簡単に無力化することが出来る能力もある。

 

「だが、やはり蜘蛛と戦うとなれば安定した強さを持つ強化系が理想だったな」

「まあ、強化系の能力が覚えられないわけではないのですが……」

「習得率だったか?」

「ええ。この六性図に書いているように、能力の習得率はそれぞれの系統を頂点として最大100%。そこから隣へと移るごとに20%ずつ低下します。つまり貴方は強化系を最大で60%まで習得し、発揮出来るわけです」

「つまり純粋な肉体での戦闘では私は強化系に勝てない、と……?」

「いえ、そんなことはないですよ?」

「なに?」

 

 習得率が低かったらそれを得意とする系統には勝てない? そんなのは幻想だ!

 

「そもそも先ほどのは得意とする系統を100%極められるならの話。正直極めたなんて言える能力者は私の知る限りでもほんのひと握りしかいませんよ」

「……」

「さらには習得率で劣っているなら、60%で100%に勝るほどに実力をつければいいだけのことです。具現化系や操作系で強化系にガチンコで勝てないなんて決め付けるのは良くないですよ」

「く、ははははは! そ、そうか、確かにそうだな。私の強化系が60%しか極められなくても、それが強化系の100%を上回ればいいだけのことだな」

 

 むぅ。真面目に言ってるのに、笑うのいくない!

 

「潜在オーラの差、顕在オーラの差、攻防力移動の差、念技術の差、身体能力の差、体術の差、精神の差。例え体調をベストと仮定しても、これらの差で系統の差などひっくり返ることは大いにあります。……勿論系統の差が大きいのは否めませんが」

「分かったよアイシャ。私は私の系統で強くなる」

「それが大事ですよ。何事にも揺るぎない確固とした自分を持つことです。オーラは感情で大きく変わりますから」

 

 感情によってオーラが増大したり激減することは多々ある。普段以上の力を出すことも出来るけど……あまり無理なオーラを出すとそれは歪みとなって己自身に返ってくる。

 クラピカが蜘蛛への憎悪のあまり、感情を暴走させなければいいんだけど……。

 

「どうしたんだアイシャ?」

「あ、いえ……そうそう、具現化する物はよく考えた方がいいですよ。物質の具現化には凄まじい集中力・想像力を以てしても大量の修行が必要となりますから」

「……鎖がいいな」

「鎖?」

「ああ、具現化系と聞いた時にふと頭に浮かんだ……」

「それは今でも?」

「そうだ。これ以外はしっくりこない、そんな感じだ」

「分かりました。そのインスピレーションは大事です。これからは鎖を具現化する修行を行いつつ、他の修行を並行しましょう」

 

 何せ伝えなければならないことは沢山ある。

 制約に誓約。様々な応用技。どの系統でどんなことが出来るか。さらにはそれに合わせて基本の修行もしなければならない。堅の持続時間も伸ばしたいな。最低でも3時間は出来なきゃね。

 

 やっぱりビスケの助けを借りよう。私1人では時間が足りなさすぎる。ビスケの【魔法美容師/マジカルエステ】があれば修行のかなりの短縮が可能になるし。後で連絡してみよう。

 

「取り敢えずクラピカも200階の登録を済ませておきましょう。今日中にしておかないとまた1階からやり直しですよ」

「それは勘弁してほしいな。また攻撃を避け続ける苦行をしなくてはならない」

 

 2人でそんな会話をしつつ200階にあがる。

 ――が、どうやらすんなりとは行かないみたいだ。

 

「どうしたんだアイシャ?」

 

 急に立ち止まった私にクラピカが疑問の声を掛ける。だが私はそれに答えず目の前にある曲がり角を睨みつけて言葉を告げる。

 

「……いるのは分かってますよ。出てきたらどうですか変態」

「くくく。変態だなんて、相変わらずつれないなぁアイシャ♥」

「ヒソカ!」

 

 ……はあ。私が登録した時は出てこなかったのに。まあ、いないのを見計らって行ったんだけど。今回はどうやら待ち伏せしてたな? ずっと気配が動いていなかったし。

 

「それで、一体何の用ですか? 用がないならとっとと退いてください」

「確かにキミには用はない。いや、本当はすごくあるけど、ここじゃなんだしね♣」

 

 本当に嫌になるオーラだな。身の毛もよだつとはこのことだ。

 ま、人のことは言えないか。

 

「今はクラピカに用が有ってね。いや、まさか天空闘技場に来るとは思わなかったよ。意外に早い再会だったね♥」

「再会したいとは思っていなかったがな。どうせここで会ったんだ。蜘蛛について知ってることを洗いざらい話してもらうぞ」

 

 蜘蛛について? 幻影旅団について何か知ってるのかヒソカは? そしてそれをクラピカに教えようとしている……何かに利用しようとしてるな。クラピカもそれは分かっているだろうけど、それでも蜘蛛についての話なら聴かないわけにはいかないか。

 

「ああ、もちろん。でもこんな場所じゃなんだろ? ボクの部屋においでよ、そこで話そう♠」

「……分かった。アイシャはここで待っていてくれ。すぐに戻る」

「いえ、私も付き合いますよ。この変態が何をしでかすか分かったもんじゃありませんし」

「ボクはいいよ。むしろアイシャなら大歓迎さ♥」

 

 ……どうしよう。早くも帰りたくなってきた。

 

――変態説明中―― 

 

「――と言うわけさ。団長と殺り合いたいんだけど、ガードが固くてね。キミと手を組めば旅団を引っ掻き回せると思ったんだけど……♣」

「それを私が許すと思ってるんですか?」

「だよね♦」

 

 ふざけてるのかこいつは? 蜘蛛の団長と殺し合いをしたいがためにクラピカを利用しようとするなんて!

 

「待ってくれアイシャ。少しヒソカと話をさせてくれ。……ヒソカ、お前は旅団の一員なんじゃないのか?」

「うん。外面上はね♣」

「外面上?」

「団長と殺り合いたくて入っただけだし。今だって蜘蛛ってわけじゃない♠ ……まあ、キミ達にならいいか。信用を得る為に証を見せよう♦」

 

 そう言いながら服を脱ぐヒソカ。

 おい変態、何をするつもりだ? 襲ってきたら全力で排除するぞ?

 

「あれ? 恥じらったりしないの? そういう反応を楽しみにしていたのにな♥」

「マジで殺しますよ?」

 

 ダメだ、本気で殺意が湧きそうだ。もう殺っちゃってもいいんじゃないかなって思えてくる。……ああ、駄目だこいつ。私の発言で余計に興奮しちゃってるよ。誰か何とかしてくれ。

 ん? 背中に数字の入った12本足の蜘蛛の刺青。これが旅団の証か。

 

 っ! クラピカのオーラが!? 蜘蛛の刺青を見た瞬間に増大した!?

 眼が……緋の眼になってる。蜘蛛を見て感情が昂ぶったからか? しかし、だからと言ってこのオーラの増大は明らかに異常だ! 感情の変化で増大するオーラを遥かに上回っている! 心なしかオーラの質も変わっていないか? これは一体……?

 

「……すごいね。念を覚えてまだ1ヶ月足らずだろうに……ゾクゾクするよ♥」

「ふざけるな。さっさと証とやらを見せろ」

「分かったよ。……ほぅら。これでボクは旅団じゃない♠」

 

 蜘蛛の刺青が剥がれた? これは念能力か?

 

「これがボクの能力さ。紙に色々な質感を再現する能力でね。これで蜘蛛の刺青を偽造していたのさ♣」

「なるほど、よく分かった。お前が蜘蛛にとっての身中の虫だということがな」

「クラピカ!?」

 

 まさか本当にヒソカと手を組む気か!?

 

「安心していいよアイシャ。キミの大事なクラピカをどうこうしようと言うわけじゃない。情報交換を基本としたギブアンドテイクさ。互いの条件が合わなければ協力は無理強いなし。これなら安心だろ?」

「それに嘘偽りはありませんね……?」

「もちろんさ♥ じゃあボクと組んでくれるかなクラピカ?」

「……いいだろう。では早速お前の知ってる情報を聞かせてもらおうか」

「ああ。ボクの知ってる団員の名前、そして能力を教えよう。と言っても能力を知ってるのは7人だけだけど♦――」

 

 

 

 話を終え、ヒソカの部屋から出て登録を済ませた私達は与え得られた部屋へと移動する。

 ……やはり気になるのはクラピカのオーラの変化だ。あそこまでオーラが増大するのはありえない。クラピカがそういった念能力を作ってるわけがない。緋の眼になったとたんあの変化……切っ掛けは緋の眼か?

 

「……すまないアイシャ。勝手なことを……」

「あ、いえ。……もういいですよ。確かにクラピカが蜘蛛に勝つ為には相手の情報があった方が断然勝率が上がるのは当然ですし……」

「そうか……ずっと黙っていたからてっきり怒っているのかと」

 

 ああ、確かに部屋を出てから話をしなかったな。オーラの増大について考えていたらつい思考に没頭していたようだ。

 

「すいません。少し考えを纏めていたものでして」

「考え?」

「ええ。……クラピカ、あなた自分が緋の眼になった時にオーラが増大していたのに気付きましたか?」

「なに? ……いや、良く分からない。だがそう言わると、確かに何時もよりも力が漲っていたような……」

 

 ふむ。クラピカもまだ分かっていないことか。だがおぼろげながら感じるモノがあるんだろう。

 

「部屋に着いたら確かめてみましょう。……もしかしたら」

「何だというのだ?」

「……いえ、まだ確証のないことです。とにかく一度部屋へ行きましょう」

「あ、ああ」

 

 もしかしたら、クラピカは後天的な特質系なのかもしれない。もう一度、今度は緋の眼の状態で水見式をしてみよう。

 

 

 

 

 

 

「やはりそうでしたか」

「これは……! 先ほどとは水見式の結果が違うだと?」

 

 どういうことだ? アイシャに促され、緋の眼になってから水見式をすると、先ほどの具現化系の反応とは違う変化を見せている。

 

「クラピカ、もう一度通常の状態で水見式をしてください」

 

 言われた通りに精神を落ち着けて緋の眼を元に戻す。そして水見式をすると……水の中に何かが具現化している。最初に水見式をした時と同じ結果だ。緋の眼になると水見式が変化する? 一体どうしてだ?

 

「……クラピカ、貴方は特質系です。正確には、緋の眼の状態だと特質へと変化するようですね」

「緋の眼の間だけ? そんな事が有りうるのか?」

「特質系は先天的なモノと後天的なモノがあります。これは後天的なモノに含まれますが、本来なら一度特質に変わると元の系統には戻らないのです。これはかなり珍しいですね」

「そうなのか。……特質系はかなり特殊な系統らしいが、どうやって能力を作ればいいんだ?」

 

 どうやら他の系統に当て嵌らない特殊な能力を使えるらしいが。その分能力の作り方が分からないな。

 

「能力もまた特殊ですね。初めから能力が確定しているパターンと、本人の潜在意識が能力として現れるパターンがあります。自ら考えて作り上げることも出来ますが、それも潜在意識が強く関わっていますね」

「なるほど……私はどちらのパターンなのだろうか?」

「それは分かりません。取り敢えずもう一度緋の眼になってもらえますか?」

「これはかなりしんどいのだが……仕方あるまい」

 

 緋の眼にならなければ話にならないからな。蜘蛛を見るとすぐに緋の眼に変わるのだが、別に蜘蛛を見なくても緋の目にはなれる。強く憎めばいい。蜘蛛を、私の家族を、仲間を、友を、全てを奪った蜘蛛を!

 

「……すいません。検証の為とはいえ、辛いことをさせています」

「気にすることはないアイシャ。これが蜘蛛を倒す力となるのなら、むしろ嬉しいくらいだ」

 

 そうだ。蜘蛛を倒す為なら私はどんな苦痛も厭わない。だから、だからそんな顔をするのは止めてくれアイシャ。憎悪が薄れてしまうよ。

 

「ふう、ようやく緋の眼になったか。これは訓練が必要だな」

「どうですか? 何か変わった事はありますか? 能力が発現しそうだとか、何か具現化しそうだとか?」

「そうだな……ああ、何時もよりオーラによる強化が強い気がするな。いや、これは確実に強化率が上がっているぞ?」

 

 通常時よりも身体が強化されているのが良く分かる。ここまで違うと差は明白だ。

 

「それは……何らかの能力が発現しているのかもしれません。恐らく常時発動型ですね。緋の眼に変わると自動的にその能力が発動する。問題はどのような能力なのかですが……」

「しばらくは検証するしかないな。……緋の眼の状態もあまり長くは続かないしな、短時間で何回も変わったからそろそろ限界が近いようだ」

「そうですね。とにかく今日のところは一旦休みましょう。クラピカ、検証が完全に終わるまで200階での試合は厳禁ですよ」

「了解した。幸いあと90日の準備期間がある。その間に色々と調べてみよう」

「ええ、それではゆっくり休んでください。お休みクラピカ」

「お休みアイシャ」

 

 私が特質系、か。思った以上に運が向いてきた。少なくとも具現化系のままよりは確実に強くなるだろう。緋の眼の状態だとオーラ量が遥かに増し、また強化率も上がっていた。具現化系の系統がなくなったわけではないから鎖を具現化する事も変わらない。

 これで、これで蜘蛛を倒す力も手に入れやすくなる!

 

 ……だが、過信は禁物だな。アイシャに何度も言われているように、私はまだ念を覚えてわずか1ヶ月足らずの初心者だ。いくら才能が有るからといってそれに胡座をかいていては勝てる戦にも負けてしまうだろう。今はまだ牙を磨く時だ。焦るなクラピカ。私は確実に強くなっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 あ~、暇だなぁ。試合は出来ない修行は出来ない。ウイングとの約束まであと1ヶ月以上あるし。クラピカは今頃オレ達より先に行ってるんだろうなぁ。ちくしょう、早く念の修行がしたいぜ。

 

 暇つぶしにアイシャ達のとこにでも行ってみるか? ……ん? あれは……シオンか? こっちにトボトボと歩いて来てるけど……覇気が全然ねぇな。もしかしてウイングと上手く仲直り出来なかったのか?

 

 ……気になるな、ちょっと声を掛けてみるか。

 

「はぁ……ウイング……」

「ようシオン……さん。こんなとこで何してんだ?」

「え……? あ、キルア君。久しぶりだね。元気だった?」

「いやお前誰だよ?」

 

 シオンじゃねぇ! アイツはこんな喋り方じゃねぇ! 明らかに偽物だろうが!

 

「ははは、嫌だなぁ。私だよ、シオンだよ。さっきキルア君も私を名前で呼んでたじゃない」

「違う。お前はシオンじゃない。もっと優しい何かだ」

 

 こんなのオレの知ってるシオンじゃねえ!

 あいつなら、こう、『ふ、久しいなキルア。壮健そうで何よりだよ』こんな感じになるだろ!? 何だこの気持ちの悪い話し方は!

 

「え? で、でも私はシオンだし」

「嘘だ!! オレ達と一緒にいたアンタはそんな話し方じゃなかった!」

「……ああ! そう言えばそうだったよね。……私のこの話し方にはわけがあるのよ」

「わけ、だぁ?」

「うん、実はね――」

 

――乙女説明中――

 

「……つまり、アンタはウイングの前だと緊張のあまりに喋り方があんなんになっちまうと。で、今の喋り方が素だと?」

「うん。そういうことなの」

「アホだな。それも真性のアホだ」

 

 いくら好きな相手の前だからって口調がガラッと変わるほど緊張してんじゃねえよ!

 

「あ、アホだなんて……酷いよキルア君」

 

 駄目だ、調子が狂ってやりにくいコイツ……。

 

「仕方ないの……これも何もかもウイングが……か、格好良すぎるのが悪いのよ!」

「分かった。付ける薬がないというのがよく分かった」

 

 もういい。突っ込まねぇ。大体最近ツッコミが多いんだよ! こんなのオレのキャラじゃねぇ!

 

「それで、あの後出て行ったアンタを追いかけてきたウイングさんに鼻血顔を見られたくない一心で風間流とやらの奥義を放ったと……」

「う、うん……や、山崩しっていってね、その名の通り山のような大男も一撃で倒せるっていう、締め・打撃・投げが合わさった大技だよ! 実際にはそんなに大きな人には技がかけられないと思うけど……」

 

 いや、嬉しそうに言ってるけど、その山崩しとやらを喰らったのは大男じゃないウイングだからな?

 

「そうか、逝ったかウイングさん……良い人だったのに」

「死んでないよ! ちゃんと防御も受身も取ってたよ!」

 

 あ、生きてたのか。それは良かったな、人殺しにならなくてよ。

 

「それで、それからどうしたんだ?」

「……半死半生のウイングを宿に連れ帰ってズシ君に渡してからは……気まずくて会ってないの」

 

 防御も受身も取って半殺しかよ。照れ隠しでそんな恐ろしい奥義を使ってんじゃねえよ。おっかねぇ女だ……。

 

「ああ、ウイング分が足りない……もう326時間22分はウイングに会えていない。【映像記憶/オタカラフォルダー】があるからまだ耐えられるけど、近くにいながら会えないのはもはや拷問だ……あ、326時間23分になった」

「怖えよ」

 

 何だよウイング分って。会えなかった時間を分単位で覚えてんじゃねえよ。オタカラフォルダーって何だよ。ツッコミどころ多すぎんだよお前。て言うかつっこみまくってんじゃねぇかオレ!

 

「そんなに会いたいなら会いに行けばいいじゃん」

「で、でも、もし嫌われていたらどうしよう。その時は私自殺する前にショック死してる自信がある……」

 

 嫌な自信だなおい。何て面倒くさい女だ、これに惚れられたウイングには同情するぜ。

 

「大丈夫だって。ウイングだってアンタに謝りたかったんだし。アンタを追いかけたのだって心配してたからだぜ? それに――」

「……それに?」

「あのお人好しが早々人を嫌うわけないんじゃないか? それは付き合いの長いアンタの方がよく分かってんだろ?」

「つ、付き合ってるだなんて、そんな~!」

「お前の脳内は常時ピンク色なのか?」

 

 駄目だ、まともに会話できる自信がねぇ、誰かオレを助けてくれ。もう暇だなんて言わないからさ。

 

「そうだね。ウイングなら……きっと許してくれるよね!」

「だろうね。……それよりアンタはどうなんだよ? ずっと男と勘違いされてて怒ったりしないの?」

 

 明らかにウイングよりシオンが怒って当然なんだが? お前は許しを乞う立場じゃなくて逆だろ?

 

「それは、確かにショックだったけど仕方ないよ……だってウイングだもん」

「把握」

 

 そうか、それで納得出来るレベルの鈍感なんだな。ウイングさんが残念すぎる。

 

「それに鈍感なところも可愛いと思わない!? 強さと逞しさと凛々しさと格好良さと可愛さを兼ね備えたパーフェクト超人だよねウイングって!」

「オレとお前とでは眼球の光の屈折率が違うのかもしれないな」

 

 コイツに見えてるウイングはオレの知ってるウイングとは違うもっと別の何かだ。あばたもえくぼなんてもんじゃねぇぞ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

 

「そんなに好きならとっとと告白しちまえばいいじゃん。あの鈍感だぜ? 直で告白でもしないと絶対に伝わらないと思うけど」

「こ、こここっこっここっこ」

「落ち着け。お前は人間だ、鶏じゃあない。ゆっくり深呼吸して心を沈めろ」

「うう、2・3・5・7・11・13・17・19」

「なんで素数数えてんだよ」

 

 教えてくれ。オレはいったい何回ツッコミを入れればいいんだ? オレは何回ツッコミを入れればこの女から解放されるんだ?

 

「ふう、落ち着いたよ~」

「分かった。もう理解を捨てる。お前はそういう人種だと思う」

 

 どうして素数数えて落ち着くんだよ!

 

「こ、告白か。かつて何万回としてきたけど……」

「マジで! それでも気付かなかったのかウイングさんは!? てか何万!?」

「うん。私の想像の中で」

「いい加減にしろよお前? だから怖えって言ってんだろ!」

 

 それは想像じゃなくて妄想って言うんだよ!

 

「ああもう、いいからとっととウイングさんの所に行って来い! そんで告白でも何でもしてくりゃいいだろ!」

「は、はい! えっと、どんな事を言えばいいんだろう……」

「シンプルに好き、とか愛してる、とか言って抱きつきゃいいんじゃね?」

「こ、断られたらどうしよう」

「はあ、あのなぁ、断られる事を考えてたら何時までも前に進まないだろ? まずは当たってみなきゃよ。それに……もたもたしてる間にウイングが他の女に取られるかもしれ――って速っ!!」

 

 オレの言葉を聴き終わる前にすごい速度で飛び出して行きやがった。そんなにウイングが好きなのか。

 好き、ねぇ。オレには分かんないな、恋愛なんてよ。

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっ」

 

 走る。ウイングのいる部屋に向かって。

 考えた事もなかった。ウイングが他の女に取られるだなんて。最近はずっと一緒にいたから、いつの間にか一緒にいるのが当たり前に思っていた。

 

 でもそれは間違いだった。ウイングは私の気持ちなんて知らない。それどころか性別すら間違えられていた。もしかしたらすでに他の女に惚れている可能性だってある。

 

 そんなの耐えられない!

 いや、ウイングが他の女性と付き合うなら、嫌だけど、本当に嫌だけど祝福してもいい。でも私の気持ちを一度も伝えずにそうなるのは絶対にイヤ!!

 

 だから……だから断られてもいい。

 ……告白しよう。

 

 今まで想像の中で何回も何回も告白してきたことを、本当にしよう。これが断られたら……リィーナ様の所に戻ろう。残りの一生を武に捧げよう。

 

 

 

 ……ウイングの部屋に着いた。ウイングは中にいるようだ。彼の気配を間違えるわけがない。ノックをして返事を待つ。

 

「はい、どなたですか?」

 

 ああ! 326時間44分ぶりのウイングの生声! ぐ! ダメだ、脳がとろける……!

 

 き、気合を入れろシオン! ここで何時もの調子で鼻血を出してしまえばおしまいだぞ!

 

 23・29・31・37・41・43・47・53・59・61・67・71・73・79・83・89・97……よし!

 

「ボクだ……入ってもいいかい?」

「シオンですか!? ええ、どうぞ中へ!」

 

 ああ、良かった。この様子だと私は嫌われていないようね。ひとまず安心したよ~。

 

「よく来てくれましたシオン。……あの時は誠に申し訳ありませんでした」

「よしてくれ。ボクの方こそ、謝ってくれたキミに酷いことをした。……許してくれ」

 

 あ~ん! どうしてこういう話し方しちゃうんだよ~! もっと何時もの口調で話せればいいのに!

 

「許すも何も……シオンが怒って当然ですよ。私はそれだけのことをしたと思っています」

「もういいさウイング。終わったことだ。これからはボクを女性として見てくれたらそれでいい」

「そうですか、ありがとうございます。しかし良かった。しばらく会えなかったから、てっきり嫌われたのかと思いましたよ」

「な、何を言うんだウイング! ボクがキミを嫌うわけがないだろう!」

「あ、ありがどうございます!」

 

 ぐはぁっ! な、なんて破壊力の笑顔だ! ウイングは私を萌え死させるつもりか?

 だが負けん! このシオン、ここで終わるつもりはない! 終わらせてなるものか!

 

 101・103・107・109・113・127・131・137・139・149・151・157・163・167・173……た、耐えたぞ! ここまで耐えたのは初めてだ。

 

「そう言えば、ズシ君はどうしたんだい?」

「ズシなら少し前にランニングに行きましたよ。2~3時間は帰って来ないでしょう」

「……そうか」

 

 つまり今が好機! ズシ君には悪いけどこの機に告白をさせてもらう!

 

「ウイング!」

「ど、どうしました?」

「ああ、聞いてほしいことがある」

 

 ぐ、緊張で心臓が止まりそうだ……いや、あまりの鼓動の速さに心臓が裂けるかもしれない。

 

「はい、どうかしましたか?」

「ぼ、ボクは……」

 

 違う、私よ、私! ボクじゃダメじゃないか!

 あれ? 何を言おうとしてたっけ? こ、告白の言葉が出てこない!? あんなにエア告白で練習してたのに!

 どんな告白だったっけ? えっと、その、ああーーっと、そうだ! キルア君にアドバイスをもらってたっけ。そう、確か……。

 好き、愛してるって言って抱きつく。

 好き、愛してるって言って抱きつく!

 好き、愛してるって言って抱きつく!!

 

「ウイング! ぼ、ボクは……私は!」

「え? わたし?」

 

 リュウショウ様! リィーナ様! 私に勇気を! い、いけぇぇぇぇぇぇぇ!

 

「私は、う、ウイングが好き! 愛してる! 抱いて!」

「……え? ……え!?」

 

 い、言った! 言っちゃったよー!!

 ……あれ? 今何かとんでも無いことを言ったような?

 そこからしばらくは記憶がない……どうしてこうなったの?

 

 

 

 

 

 

「へぇ。シオンさんってウイングさんのことが好きだったんだ」

「そうだったんですか。それは驚きですね」

 

 クラピカが200階に登録してからすでに3日。修行をしつつも、時折息抜きにゴンやキルアと話をしたりしているが、キルアからとんでもない話が出てきた。

 

 そうか。シオンがウイングさんの事を……。キルアの話では告白に行ったようだけど、上手くいくといいな。

 

「驚きなのはあの話し方だよな。ウイングの前だと緊張してあんな喋りになるんだってよ。いきなり女口調で喋りだすから偽物かと思ったぜ」

 

 ああ、あの話し方はそうだったんだ。小さい頃とは全然違っていたから、てっきり大きくなって話し方を変えたのかと思ったよ。

 

「私はあまりその両名を知らないが、告白は上手くいきそうなのか?」

「うーん、無理じゃねぇの? ウイングの鈍感さは半端ねえぞ? 告白しても気付かなかったりしてな!」

 

 有りうるのが怖い。あの人の鈍感具合は達人の域に達しているだろう。鈍感の達人、恐るべし!

 

「ウイングさんの鈍感をどうにかしないとシオンさんの恋は実らないかもしれませんね。なんであそこまで鈍感なんでしょうか?」

『お前が言うな』

 

 解せぬ。

 

「まあアイシャの場合鈍感って言うより無自覚って言ったほうが正確か?」

「そうだな。環境が悪かったのかもしれん……」

「育った環境は確かに良くなかったとは思いますが、一体何の話です?」

 

 流星街の環境が良いのなら、世界の大半は幸せに包まれてるだろうよ。

 

「何故か2人に馬鹿にされている気がします」

「この2人って最近仲がいいよね。きっと皆で泊まったのが良かったんだね! また一緒に泊まろうよ!」

『おいやめろ馬鹿』

『え~』

 

 せっかくまた遊べると思ったのに。そうだ! いい事を思いついた!

 

「ゴン、今度はレオリオさんも含めて5人が揃ったらやりませんか!」

「あ、それいいね!」

「レオリオはこちら側に来るだろうか?」

「どうだろうな。案外喜びそうなイメージがあるけど。あの天然どもとは違う意味でな」

 

 ん? シオンの気配。どうやらここへ向かって来ているようだ。

 しばらくゴン達と楽しく会話をしているとノックの音がした。

 

「どうぞ~」

「お邪魔しますね」

「あ、シオンさんいらっしゃい!」

「ゴン君久しぶり。傷の具合はどう?」

 

 ああ、本当に話し方が全然違うな。リィーナや私(リュウショウ)と話している時はもっと畏まっていたから、これが素なのかな?

 

「うん! もう大分治ってきたよ!」

「そう、良かった。ちゃんとウイングの言うことをしっかり守らなきゃ駄目だよ? 念は本当に危ないんだから」

「う、うん。……本当に全然違うね」

「だろ。それでシオンさん。今日は何の用で来たんだよ?」

 

 さすがのゴンもあまりのシオンの変わりように面食らっているな。それも仕方ないだろう。まるで別人だしね。

 

「今日は皆にお別れの挨拶をしようと思ってね。それとキルア君へのお礼を言いに来たんだよ」

「別れ?」

「お礼?」

「どういう事です?」

 

 お礼は告白の件だろうか? では別れって? 文字通りここからいなくなるんだろうか?

 

「実はもうすぐ天空闘技場を離れなくちゃいけないの」

「え、どうして?」

「まさかウイングに振られたせいか!?」

「ち、違うよ! そうじゃなくて、師匠に呼ばれてるんだ。もう1ヶ月前から呼ばれているから、そろそろ戻らないといけなくて……」

 

 リィーナに? 一体何の用でシオンを呼んだんだろう?

 

「そっか。元気でねシオンさん! オレ、シオンさんに言われたこと忘れないから!」

「ま、そのうちどっかで会えるだろ? それまで元気でな」

「2人とも頑張ってね。ウイングはとてもいい指導者だから、きちんと教わったらきっと2人とも強くなれるよ」

 

 ふむ。そう言えばシオンは弟子を取っていないんだろうか? 大分鍛錬も積んでいるようだし、師範代の資格ぐらい取ってそうなんだけど。

 

「それと、キルア君には本当に世話になったね。キルアくんのおかげで告白する勇気も出て来たし」

「そういや告白どうなったんだ? あの後気になってしょうがなかったんだよ」

「それは……失礼ながら、私も気になりますね」

 

 顔を赤くしながらモジモジしている様子を見れば……上手く行ったのかな?

 

「それは……その……キルア君のおかげでね……きゃあ! 恥ずかしいよぅ!」

「マジで上手くいったのかよ!?」

「すごいですねキルア。どんなアドバイスをしたんです?」

「ふむ。キルアにそんなアドバイスが出来るとは。意外と経験豊富なのか?」

「じゃあ、シオンさんとウイングさんって、もう付き合ってるんだ! おめでとう!」

 

 いやめでたいめでたい。私も早く男に戻って相手を見つけたいもの――

 

「うん! 私達結婚するの!」

『いや、それは色々とおかしい』

 

 なんでだ! 何か色々とすっ飛ばしてないか!?

 告白→結婚の間にある過程はどこに消えた!?

 

「おかしいだろ! どうして告白したら結婚してんだよ! お前が女だって分かったのだって少し前だろうが! 段階飛ばしすぎてんだよ! あのアドバイスでどうしてこうなった!?」

「すごいですねキルア。どんなアドバイスをしたんです……?」

「……キルアがそんなアドバイスをするとは。経験豊富なんてものじゃない様だ」

「じゃあ、シオンさんとウイングさんって、もう夫婦になるんだ! おめでとう!」

 

 ブレないゴンがすごいよ。

 

「ウイングがね! 責任は取りますって言ってくれたの! 一生面倒を見てくれるって!」

「……ダメだ、脳内がお花畑になりやがった。こうなるともう手遅れだ」

「短い間によくシオンさんのことをよく理解してますね」

「理解したくなんてなかったよ」

 

 気持ちは良く分かる。こんな子だったんだ……私の知ってるシオンじゃない。

 

「一体なんの責任なんだよ……」

「え、それは、その……きゃああああ! 言えないよぅ! あ、やばい鼻血が――2・3・5・7・11・13・17……」

 

 いきなり素数を数えだしたぞこの子。大丈夫か?

 ……ん? そう言えば、昔シオンが緊張して試合で勝てないと落ち込んでいた時に、素数を数えると心が落ち着くと教えたような……?

 どうして素数で心が落ち着くと教えたんだろう? あまりにも昔のことでど忘れしてるな。

 

「ふぅ、落ち着いた。本番をこなした私に隙はなかった」

『本番言うな』

「? 何の話なの? 本番って?」

 

 ゴンが純すぎて辛い。

 

「それじゃ、そろそろ行くね。残り僅かな時間をウイングと共に過ごさなくっちゃ!」

 

 そう言って場を無茶苦茶に引っ掻き回してから部屋を出て行ったシオン。

 

「嵐の様な女だった……」

「幸せそうだったし、いいんじゃない?」

「ゴンは器が広いのか、それとも器に穴が空いているのか……」

「両方かもしれませんね」

 

 何かどっと疲れた。今日はもうゆっくり休みたい……。





シオンクリムゾン!
『シオンクリムゾン』の能力の中では、この世の時間は消し飛び……。
そして全ての人間は、この時間の中で動いた足跡を覚えていないッ!

『結果』だけだ!!この世には『結果』だけが残る!!


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第二十五話

「ヒソカの試合ですか。もちろん見に行きますよ」

 

 部屋でクラピカの修行を見ているとゴンとキルアがやってきた。どうやらヒソカの試合観戦に誘いに来たようだ。

 

「ヒソカの試合は観戦するだけでもいい修行になりそうですしね」

「もちろん私も見に行くぞ。と言うか私の場合は強制参加だろうが」

 

 当然だ。私よりもクラピカの修行のためだからな。格上の試合を通して観ることも修行になるだろうしね。

 

「んじゃ、今から行こうぜ。優先券が手に入っても中に入るまで時間が掛かりそうだしさ」

「かなり人気みたいだねヒソカの試合。ダフ屋まで出来ているみたいだよ」

「怖いもの見たさだろうな。そういう物に惹きつけられる人間は多いだろう」

「対戦相手の大半が死んでそうですね」

「お、アイシャ正解。11戦して8勝3敗6KO、KO数イコール死人の数だってさ」

 

 やっぱりか。まったく、人殺しの何が楽しいのか分からないな。殺さなくても勝てるだろうに、これだから快楽殺人者は。まだ仕事以外で殺しはしない分ゾルディックの方がマシかもしれないね。……殺された側にとってはどっちも人殺しに変わりはないか。

 

「でもいいのか? キルアはともかく、ゴンは試合を見ても? ウイングさんとの約束があるのだろう?」

「う~ん、そうなんだよね。試合観戦もダメかなぁ?」

「大丈夫だろ? 修行じゃないし、ただ試合を見るだけなんだからさ」

「いえ、キルア。試合観戦も充分に修行になりますよ?」

 

 ていうか、この会話ウイングさん聴いてるし。柱の影から……あ、出てきた。

 

「ダメです」

 

 びっくりしているなぁ。さすがはウイングさん、師範代だけの事はあって気配を消すのも一流だ。……しかし、ウイングさん何かやつれてないか? 頬の辺りがげっそりしてるんだけど?

 

「試合観戦も念を調べる行為に相当します。ゴン君、キミはあと1ヶ月治療のみに専念なさい」

「うん、わかった。……ところでウイングさん。どうしてそんなにやつれてるの?」

「ああ、顔色悪いぜ? 真っ青なんてもんじゃねぇ」

「体調が悪いならしっかりと休むことを勧めるが」

「自己管理が出来ない方とは思えませんが、風邪でもひかれました?」

 

 明らかに体調が悪いな、オーラもかなり弱っているし。見る影もないぞ?

 

「……いいですか皆さん。簡単に何でもする、等と約束してはいけませんよ。これは人生の先達からのアドバイスです」

「あ、ああ(搾り取られたのか)」

「了解した(搾り取られたんだな)」

「肝に銘じます(搾り取られたんだろうね)」

「分かったよ!(早く念の修行したいな)」

 

 シオン……しばらく会えないからって、これはやりすぎだろう。どう考えても徹夜コースですね分かります。

 ……ズシ君はどうしていたんだろう?

 

「そういや、よくシオンさんと結婚まで約束したね。さすがに早すぎない?」

「キルア君。いえ、ここはゴン君とクラピカ君にも言っておきましょう。……男には、責任を取らなければならない時があるんです」

 

 哀愁を漂わせる背中を見せながらウイングさんは去っていった……。ある程度は自業自得とはいえ、さすがに少しむごい気もするな。

 

「……さて、ウイングさんはいいとして、ゴンは試合の録画をしといてくれよ。後で見ればいい」

「そうだな。今回は私達だけで行くとしよう。ゴンには悪いが、チケットもタダではないのでな」

「すいませんゴン」

「仕方ないよ。オレは点をしながら待ってるね」

 

 ゴンは残念ながら部屋で居残りとなった。約束破ったからしょうがないことだけど。

 

「それで、ヒソカの対戦相手なんだけどさ、ここで唯一ヒソカからダウンを奪った奴みたいだぜ」

「ああ、カストロという名前だったか。あのヒソカからダウンを奪えるとはかなりの使い手だな」

「今から大体2年程前の話らしいですね。恐らくその時に念に目覚めたのでしょう」

「因縁の対決って奴だな。どっちが勝つと思う?」

 

 ふむ。カストロという人を見たことがないので確定は出来ないが……。

 

「十中八九ヒソカでしょう」

「へぇ、言い切ったな。根拠は?」

「カストロが念を覚えて2年、さらにはそれまで念について知らなかったでしょうから師もいないはず。それで極められるほど念は浅くありません」

 

 念は膨大な学問のようなモノだ。過去の数多の積み重ねの末に現在の念が築かれている。それを独学で学んだところで辿り着ける先はたかが知れている。

 

「例えカストロが才ある人でも、たった2年ではヒソカのいる領域にはたどり着けないでしょう。せめて師がいれば話は別ですが」

 

 ここの念能力者の大半がカストロと同じだ。念を知らずに200階まで到達し、念の洗礼を受けてしまう。運が悪ければ死、良くても五体不満足になる可能性が高い。

 仮に何ら障害を受けなかったとしても、念について何も知らなければその修行方法も分かるわけがない。

 

 ゴンの試合をビデオで確認してみたが、対戦相手は酷いものだった。碌なオーラを練ることも出来ておらず、得意系統も噛み合っていない能力を使用。これでまともな念能力者になれるわけがない。

 

「つまりカストロではヒソカに勝てる可能性は無きに等しいということです」

「なるほどね。……師匠がいる分俺たちは幸運だったってわけだ」

「確かに。スタートラインからすでに整えられていたのだからな」

「師に出会えるかどうかは周りの環境や運次第ですね。念能力者の数は本当に少ないですから」

 

 私もリュウゼン先生に出会えなかったらどうなっていたことか。あのまま自己流で修行していたら、確実に現在はここにはいないだろうな。どこぞで野垂れ死にでもしていただろう。

 

「試合まであと1時間はあるが、すでに満員だな」

「ああ、こりゃ優先券がなけりゃ入れなかったな」

「2人とも! あっちにポップコーンとジュースが売ってましたよ! 買っていきましょう!」

「お前は野球かサッカーの試合でも見に来たのか?」

「私は遠慮しておくよ。この戦いに集中したいのでな」

 

 え~。こういう試合観戦の時には何かを飲食しながらの方が気分がいいのに。

 まあ2人はさすがに観ることに集中した方がいいか。私だけ買っておこうっと。

 

 

 

『さぁーーいよいよです!! ヒソカ選手V.S.カストロ選手の大決戦!!』

 

 もうすぐか。

 あれがカストロ選手……なるほど、ヒソカに勝負を挑む自信を持つだけのことはある。正直見くびっていた。ここで念に目覚めた人に強者はいないと。

 

「2人とも、前言……モグモク……撤回します。あの人は……ムグムグ……私の予想以上に、強いです」

「喋るか食べるかどっちかにしろや」

「行儀が悪いぞアイシャ」

「すいません……久しぶりにポップコーンを食べたものだから、つい……」

 

 ちょっと反省。モグモグ。

 

「それで、アイツ強いのか?」

「ええ。纏を見れば充分に分かります。洗練された力強いオーラが淀みなく体の周りを覆っています。ヒソカを前にして軽い興奮はあれど、それも戦いには悪くないコンディションを生み出しているようです」

 

 一度負けている相手なのに必要以上の気負いがない。点を欠かさず行っている証だ。師もいないのに独学で行き着いたというのか? それとも、もしかしたら師がいたのかもしれないな。

 

「念の技術を見なければまだ分かりませんが、少なくとも念に胡座をかいて努力を怠ってはないようです」

「……予想以上に善戦するかもしれないと言うことか」

「おいおい、下手すりゃヒソカに勝つんじゃないだろうな?」

 

 いや、さすがにヒソカがまだ優ってはいるが……お互い全ての技術や能力を見たわけではないから断定は出来ないな。……能力によってはもしかするかもしれない。

 

 それに……あのグローブ。

 服装は普通の道着。恐らくどこかの流派の物だろうが、動きやすく袖のない道着を着ているのに手にはグローブを、それも肘近くまで覆う長さの物をはめている。何かの武器か? 中に何か仕込んでいるとか。材質は……さすがに分からないな。薄く手に張り付いているレザータイプのようなグローブだから、そこまで手や指の動きを阻害はしないと思うが……。何を狙ってのものだろうか。

 

「感謝するヒソカ。お前の洗礼のおかげで、私は強くなる切欠を手に入れられた」

「……くくくく♣ どこまで強くなれたのか……熟成したワインを開ける好事家の気持ちが良くわかるよ♥」

 

 ヒソカも感じているようだ。カストロの実力を……。

 恐らくカストロが五体満足に念の洗礼を終えたのもヒソカが狙って行ったことだろう。カストロの才能を感じ、そこで潰すのは惜しいと思ったというところか。

 

 そして2年の月日が流れ再びあいまみえると、そこには以前より遥かに強くなった獲物がいる。ヒソカの心中は狂喜に満ちてるだろうな。抑えてはいるんだろうけど、オーラのおぞましさが段々と膨れてきているよ。

 

「まだ念を極めたというほどおこがましくはないが、それでも貴様に届く牙を身に付けたつもりだ……行くぞ!」

 

 審判の試合開始の合図と共にカストロが練を行う。……かなりの練! やはり念能力歴2年とは思えない!

 そのままヒソカに向かってダッシュ。踏み込み時に足にオーラを集めて爆発的なダッシュ力を発揮している。その勢いを維持したままヒソカに対して攻撃を仕掛ける。右・左・フェイントを入れて左・そして右の回し蹴り。

 どうやらカストロは打撃を主体とした格闘家のようだ。それも拳を作らず、手刀や掌を使って攻撃している。あの掌の形からして虎咬拳の使い手か?

 

 体術はかなりの腕前だ。それに……オーラ技術もよく研磨している。

 攻撃1つ1つに流を使っている。あの攻撃速度に間に合う流、かなりの攻防力移動だ。ヒソカも今は様子見の為か防御に徹しているが、カストロも油断していない。攻撃の合間合間に凝を行っている。ヒソカが何らかの能力を使ってもすぐに対応出来るように!

 

 む? カストロがさらに攻勢に出ようとしているな。

 フェイントが……4つか。目線で1つ、体捌きに3つ……。いや、オーラでもフェイントか!

 

「!!」

「クリーンヒットォ!!」

 

 ヒソカがまともに喰らった! 凝によるガードも間に合っていない。カストロの攻撃時のオーラ量も少なかったがダメージは通っているようだ。

 

「本気を出せヒソカ。武術家として、本気の貴様と決着をつけたい」

『先手を取ったのはカストロ選手!! フェイントを交えた攻撃をヒソカ選手避けきれずポイントを奪われました!』

 

「おい! 今なんでヒソカの奴は攻撃を受けたんだ? オレにだってカストロが左手で殴るってのは分かったぜ!?」

「ああ、いくつかのフェイントを入れていたようだが、それでも右を囮にして左で殴るのは分かった。ヒソカがそれに気づかないとは思えないな」

 

 2人がそう思ったのも仕方ないな。念について知らない者や、念初心者では引っかからないフェイントだからね。

 

「ええ、その通りです。カストロは念能力者にしか、それもある一定以上の実力を持った者にしか通用しないフェイントを入れてたんです」

 

 カストロがしたフェイントはオーラによるフェイントだ。

 念能力者は戦闘時に攻防力を移動させて戦う。攻撃する時にオーラを集中すればするほど威力は高まるし、防御時はもちろん防御力が高まる。故に攻防力をどれだけ素早く、かつスムーズに行えるかは戦いにおいて非常に重要になる。

 攻防力移動を見てどこから攻撃が来るかを見切るのは上級者の第一歩と言ったところか。

 

 もちろんヒソカもその見切りを行っていた。

 体捌きでは左手で攻撃する動きを見せていたカストロだが、その実オーラは右手に強く集まっていた。それを見抜き、右の攻撃を警戒していたヒソカだが、カストロはそれを逆手にとり、そのまま左手でヒソカを攻撃したわけだ。

 

 ヒソカもカストロをまだ侮っていたのだろう。いくら強くなったとはいえ、それでもまだ念を覚えてわずか2年、と。そんなフェイントを使うとは思ってなかったヒソカの侮りが攻撃を受ける結果となった。

 さらにはこれまでの攻撃は全て凝で攻防力を高めていたのも一役買っている。それまでの攻撃すらフェイントに使用したわけだ。

 

「――と、いうことです。もっとも、フェイントとして上手くいきましたが、オーラの少ない左手で攻撃したせいであまりダメージも通ってませんが」

『……』

 

 さすがにまだ彼らでは着いて来られないか。まだオーラの攻防力移動なんて習っていないからな。

 

「く、くくく♥ なるほど、2年前とは違うわけだ♠」

「そういうことだ。……全力で戦う気になったか?」

「そうだね、かなりやる気出てきちゃったよ。……ここまで育つとは思わなかった♦ キミの師匠には感謝しなきゃね♣」

 

 そうだな。ここまで来てカストロに師がいないなどということはないだろう。独学でこの領域まで到達するにはどんな才能があっても2年ではまず不可能だ。今もヒソカの動きを警戒して凝を怠っていない。よほど良い師がいたのだろうね。

 

「感謝か……残念ながら私に師はいない」

 

 な!? そんな馬鹿な! 本当に独学でここまで!?

 

「し、信じられません。どれほどの才能があれば……」

「アイシャ……」

「おい、これって本当にヒソカが負けるんじゃないだろうな?」

 

 分からない……油断しなければヒソカの方が実力が上なのは確かだ。でも……ここまでの才能の持ち主だと、どのような念能力を持っているか予測がつかない。もしかしたらこれぐらいの実力差をひっくり返す能力を持っているかもしれない。

 

「師がいない……それが本当なら大したモノだね♥」

「嘘を言う必要がないな。……もっとも、師と仰ぐ方はいるがな」

 

 え? どういうこと? 師はいないんじゃなかったの?

 

「……どういうことだい?」

「ふ……いいだろう、教えてやる。貴様に敗れた私がここまで強くなれた理由をな」

『おおっとぉ! カストロ選手、試合中に過去を語りだしたぁ!! こんな試合は見たことなぁい!!』

 

 いや本当にな。でも気になるのは確かだ。ここは話に集中しておこう。

 

「私が貴様からの洗礼を受け念に目覚めたあと、私は念についての情報を集めた」

 

「これって話してる最中にヒソカのダメージ回復してないか?」

「すでに回復し終わってそうだな」

「まあ、いいんじゃないですか? 本人が話したがってるみたいですし」

 

 案外誰かに言いたかったのかもしれない。自分の苦労秘話を。

 

「念の名前は同じ200階選手から聞くことは出来たが、その修行方法までは教わることは出来なかった。独自に調べてみたが、情報は手に入らなかった……独学で修行するしかない、そう思っていた私だが、偶然ある物を見つけたのだ」

 

 ふむふむ。

 

「ブラックマーケットに流れていたそれは、一冊の書物とは思えない程高額な品だった。だが、その品の説明書きを読んだ私は藁にも縋る思いでそれを購入した。幸いにもここでそれなりに稼げていたからな、購入する金額は何とかなった」

 

 はて? 何故か激しく嫌な予感がするんだけど? 嫌な予感のせいか、緊張のあまり喉が渇いてきた。持っていたジュースを口に含み乾きを癒そう。

 

「それこそが! かの伝説の武人・リュウショウ=カザマが著した念の指南書《黒の書》だったのだ!」

 

 ブフゥーーーーーーー!

 “ウワッナンカカカッタ!?” “ダレダキタネェ!” “ン? ナンダビショウジョカ” “ダッタラモンダイナイナ” “ムシロゴホウビデス” “アイシャタンペロペロ”

 

「げほっげほっ!」

「大丈夫かアイシャ!?」

「おい後半の変態はどこのどいつらだ。怒らねえから前に出てこい」

 

 あまりの驚きにむせ返ってしまった! 前に座ってる人たちに散ってしまって申し訳ないけど、今はそれよりも気になることが!

 黒の書? 黒の書って言ったよね!?

 

「黒の書には様々な念能力に、念の修行法まで事細かく綴られていた。私はそれに倣い、念の修行を行ったのだ」

 

 や、やっぱり黒の書って言ったよ!!

 ふ、ふふふ……ふふはははははは! み・つ・け・た・ぞ!

 お前だったのかカストロ……! お前が私の黒歴史、〈ブラックヒストリー〉を持っていたのか!

 

「強いて私の師を上げるのなら、故・リュウショウこそがそうと言えるだろう。……生きている時に彼の人と出会いたかったものだ」

 

 お前なんか弟子に持った覚えはねえ!

 ……いや、尊敬されてるっぽいし、悪い気はしないけどさ。

 

 でもこれで納得がいったよ。〈ブラックヒストリー〉には私が【原作知識/オリシュノトクテン】で手に入れた念の修行法を書き記している。もちろんそれだけでは色々と抜けている部分がある。だがそれもリュウゼン先生から教わった正しい修行法も新たに書き記していたので足りない部分も補完されている。それを読み、弛まぬ研鑽を積めば確かにこの練度には納得がいく。

 ……それでも才能が豊かなのは確かだが。

 

 いや、そんなことは今はどうでもいい! どうにかして〈ブラックヒストリー〉を取り戻さなくては! あんなもんとっとと焼却処分してやる!

 くそっ! でもどうやって取り戻そう……。自室に置いてあるのか? でも部屋が何階のどの部屋かは分からないし、スタッフに聞いたとしても不法侵入するのもさすがになぁ……。

 こうなったら……試合が終わったら譲ってもらえないか頼んでみよう。全財産を出してでも! それで足りなければ借金してでも払ってやる!

 

『な、ななな何とぉー! ここでまさかのあの伝説の武人・リュウショウ=カザマの名前が出てきたーー!』

 

 あんまり大声でその名前を言わないで! 厨二の塊を作ったのがリュウショウだと世間に知られちゃうからーー!!

 

『リュウショウ=カザマはかつてこの天空闘技場でフロアマスターになったほどの実力者! 残念ながらフロアマスターはなって早々に辞退したそうですが、もしバトルオリンピアに参加していれば優勝も夢ではなかったでしょう! そんな彼が著した奥義書をカストロ選手が手に入れていたとわぁーー!』

 

 わざわざ観客に説明してんじゃないよ! サービス精神旺盛なのはいいけど私にはサービスどころかただの拷問だ!!

 

「正しい念の修行法にてこの2年、血反吐を吐きながらも私は修行し続けた。2年で極められるほど念は浅くはないが、それでも貴様と戦える力は身に付けられたようだな」

「ふーん。確かに強くなったね♥ 今も話をしながらも凝を怠っていない。……生かしていた価値があったよ♦」

 

 む、ヒソカのオーラがどんどんと膨れ上がり、かつ禍々しくなってゆく。どうやらもう抑えるつもりはなくなったようだ。予想以上に育っていた獲物の粋の良さに興奮が止まらないといったところか。

 

「これが、ヒソカの――!」

「くそ、なんてオーラしてやがる!」

 

 ……うーん。私のオーラってあれよりはマシだよね? あれと違って負の感情を込めてないし……いや、込めてなくても禍々しい分、私の方がヤバイのかな?

 や、やっぱり見せたくないよなぁ。でも、その内秘密を教えるって言ったしなぁ。はあ、先の事を考えると憂鬱だ。

 

「ぐっ、それでこそだ、これが私の望んだ戦いだ!」

「ふふ、行くよ。簡単に壊れたら駄目だよ♣」

 

 ヒソカに先ほどまで有った侮りが消えている。ここからが本番といったところか。

 

「2人とも、ここからは良く眼を凝らして観るように」

 

 これほどの念能力者が戦うことは滅多にない。出来るだけ見逃さないように念を押しておく。

 

「ああ、分かってるよ」

「……眼を『凝』らしてだな。分かった」

 

 どうやらクラピカには通じたようだ。この人もう凝出来ちゃうのよね。これだから才人は……。

 

 

 

 戦いは加速していく。

 先ほどとは打って変わって攻勢に出るヒソカ。打撃を中心とした戦法の様だ。素早い動きに乱れ打つかのような連撃。その戦闘速度に対し流も同等の速度で動いている。かなりの速度の流をこなしているな。

 

 連打の割に一撃一撃が手打ちになっておらず、体重が乗ったいい一撃を放っている。どうやら特に流派のない我流のようだが、それはそれで洗練されているモノだ。型に嵌った格闘家には嫌なタイプかもしれないが、それで対応出来ないのは2流だ。

 

 その点カストロは……どうやら1流の様だ。型のない動きにも惑わされず対応出来ている。上手く攻撃をガードし、負けじと反撃を試みている。

 

 ん? ……なんだアレは? ヒソカとカストロを繋ぐかのように細長いオーラの糸が伸びている?

 

「こ、これは!?」

 

 どうやらカストロも気付いたようだ。あの反応からしてあれはヒソカの念か。ヒソカの右拳からカストロの左腕へとオーラがくっついている。一体どういう能力だ?

 

「くくく、気付いた時にはもう遅いよ。ほぅら♠」

「なにぃ!?」

 

 ヒソカが右腕を強く引くとそれに合わせてカストロの左腕が動いた!? 急な動きにバランスを崩されたカストロはヒソカの攻撃をガードも出来ずに喰らってしまう。

 

「ぐはっ!」

「クリティカル&ダウン! 3ポイントヒソカ! 3-1!!」

 

 ……なんだあの能力は? カストロに貼り付いて、伸び縮みしている? オーラを粘着性のあるモノに変化させているのか?

 

 伸縮し、粘着する。かなり厄介な能力!

 しかも拳で殴った時に貼り付けたようだ。これは近接戦闘が主体の人には相性が最悪の能力だ。何せ拳で殴った時にあの能力を相手に付けられるのなら、全ての攻撃を避けなければならない。ガードも出来ないなんて面倒極まりないな。

 いや、下手したらヒソカに直接攻撃した時にも付けられるんじゃないか?

 

「こ、これは!?」

「ふふ、さてどうする?」

 

 

 

 

 

 

 くっ! 何だこのオーラは!? 私の腕に貼り付いて、引っ張っても伸びるだけで一向に剥がれん! ヒソカの念能力なのだろうが、何時の間に付けられたんだ!? 凝は怠っていないというのに!

 

「そら!」

「うぐっ、はぁっ!」

 

 ちぃっ! 粘着しているだけでなく、伸縮もする! こちらが引っ張っても伸びるだけだが、ヒソカが引っ張ると縮み、私を引き寄せる! 何とか攻撃はガードしているが、全てを防ぐことは出来ん! このままではポイントで押し切られてしまう!

 

「いいのかい? 不用意にガードしても?」

「なに?」

 

 ガードしなければ……はっ! 右腕にも奴のオーラが!!

 くそっ! 拳に触れた時に付けることが出来るのか! 何て厄介な能力だ!

 これでは凝で見ても意味がない! 攻撃の時に付けられるのではオーラを隠す必要がないということか!

 

「ほら、こっちにおいでよ♥」

「うおお!?」

 

 奴に引き寄せられる! 両腕は左右に広げられ無防備な状態だ、だが奴も両手を動かして私を引き寄せている! ならば攻撃は蹴りか!

 

「舐めるな!」

 

 奴の蹴りに合わせてこちらも蹴りで対抗する。上手く一撃を相殺し、間を取る。

 

「へえ、良く受けたね♦」

「言ったはずだ。2年前とは違うとな」

『素晴らしい攻防が続きます!! まさに近年稀に見る好勝負! これほどの戦いは天空闘技場でも滅多にありませーーん!!』

 

 ああは言ったものの、この念能力をどうにかしなければ勝ち目はない。恐らくオーラに粘着性を持たせたもの。変化系の能力だな。粘着だけならまだしも、伸縮自在というのが厄介だ。試しにこのオーラを殴って見たが、伸びるだけで意味がなかった。

 

 殴っても駄目なら……あれを試してみるか! もう出し惜しみをしていられる状況でもない!

 

「貴様の能力、良く出来たものだ。正直、これほどやりづらい能力もそうないだろう」

「うん? それはありがとう♣ でも、だからと言ってギブアップとか止めてよね♥」

 

――そうなったら興ざめだからさ――

 

 くっ、何と禍々しいオーラか!

 怯むなカストロ! 引けば! 臆せば! それだけ勝利が遠のくと知れ!! 例え実力で劣ろうとも、気概で劣ってなるものか!

 

「安心しろ、それはない。……せっかくこの能力を破る手立ても思いついたことだしな」

「へえ、それは楽しみだ……どうやるんだい?」

 

 貴様のその何時いかなる時も平静でいられる精神には驚嘆せざるをえんよ。

 だが、これを見ても驚愕せずにいられるか!?

 

「はあぁぁっ!」

「!?」

 

 両の手でそれぞれ反対側にある奴のオーラを……焼き切る!

 ……よし! 成功だ! 打撃には強かろうが、高熱と手刀による斬撃の併用にはさすがに耐えられなかったようだな。

 

「それは……黒い、炎?」

「ふ、ようやく貴様の驚く顔が見れたな。……これぞ黒の書に記されていた、我が心の師・リュウショウが考案した念能力! その名も! 【邪王炎殺拳】!!」

 

 “きゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!?”

 “アイシャ!?” “ドウシタナニガアッタ!?”

 

 む、女性の歓声が聞こえる。この女性にも分かるようだ、このネーミングの素晴らしさが。私もこのネーミングはとても気に入っている。さすがはリュウショウ師といったところか。

 

「そして【邪王炎殺拳】に私の虎咬拳を組み合わせることで完成した真の虎咬拳。その名も、【邪王炎殺虎咬拳】!」

『おーーっとカストロ選手そのままのネーミングだーー!』

 

 うるさい黙れ! かっこいいだろう!

 

 “いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!?”

 “オチツケアイシャ!!” “ダメダサクランシテヤガル!”

 

 ほらこの歓声を聞いてみろ。分かる人には分かるものだ。

 

 

 

 

 

 

 いっそ殺してくれ! どうして今更遥か過去の汚点を目の当たりにせにゃいかんのだ!? うう、羞恥で顔が真っ赤だよ!

 

「だ、大丈夫かアイシャ?」

「え、ええ。……少し取り乱しましたが、もう大丈夫です」

「少し? 絶叫してたように見えたのはオレの気のせいか?」

 

 あまり突っ込まないでくれキルア。私とてあれは忘れたい出来事なんだ。

 カストロがあんな念能力を使うなんて予想外だったよ……。

 自分の黒歴史が掘り返されているなんてあんまりだ……あまりのショックで思わず叫んでしまった私は悪くないと思いたい。

 

 しかし、まさか【邪王炎殺拳】を習得しているとは! 私が著した詳細の通りに正確に再現したのか? だとしたら……あれ? そもそもどんな制約とか付けてたっけ?

 ……駄目だ、100年以上前に書いた内容なんて覚えているわけがない。

 

「黒い炎……オーラを炎に変化することも出来るのかよ」

「はい。形状変化に比べ性質変化は難易度が高い能力です。オーラを炎に変化させるのは相当苦労したでしょうね」

「色が黒いのには意味があるのだろうか?」

「……ないんじゃないでしょうか?」

 

 オーラを変化させた炎に色による温度差があるわけがないし、そもそも黒い炎なんて実際にはないし。黒にする明確な理由はないよな。

 

 ……いや、自分で書いておいて何なんだが、本当にどうして黒にしたんだろう? 私が考えたわけではなく、あの能力にも何か元となるネタがあったと思うけど……。

 

「行くぞ!」

 

 またも攻勢が入れ替わる。邪王えn……いや、名前を思考に入れるだけで背筋が凍る。とにかく、念能力を発揮したカストロがヒソカに向かって先ほどのお返しと言わんばかりに猛攻を仕掛ける。

 

 ヒソカの能力もなくなり、動きを阻害されることもなくなったカストロ。これで1つ有力な情報が手に入った。あの伸び縮みするオーラは打撃には強いがオーラを込めた鋭利な刃や炎などならば対処も可能だということだ。

 後者の能力は早々使い手はいないが、オーラを鋭い刃状に変化させたら切り裂くことは出来そうだ。あとはヒソカに純粋に力勝ちした場合も伸縮を利用して引き寄せられることは少ないか。対処法がない能力はほぼないからな。

 

 

 

 幾度となく繰り出される攻撃を躱し続けるヒソカ。一切のガードはせず、反撃もせず、回避に集中しているようだ。

 

「どうした! 臆したかヒソカ!」

 

 ヒソカが回避に専念している理由は良く分かる。受けをすることが出来ないからだ。

 カストロの拳を覆っている炎、どうやらかなりの高温に達しているようだ。周りの大気が歪んで見える。触れれば火傷を負うのは必定。ガードをしてはその部分が焼け爛れてしまうだろう。単純な炎ならオーラで防ぐことも出来るが、あれは人が作り出した念の炎だ。防ぎきるには相応のオーラと技術がいる上に、例え炎を防げても熱までは完全に防ぐことは難しい。

 ヒソカの念能力と同じようにガードは出来ず、しかも攻撃力では圧倒的にこの能力の方が上。かなり厄介な能力だぞこれは。

 ……当時の私は多分ネタで〈ブラックヒストリー〉に書いたんだと思うんだけど、良くそれを完成させた上に自分のモノにしたなぁ。

 

「成程、これは厄介だ♦」

「どの口がほざく。そう思うのならばその笑みを消してから言うんだな!」

 

 ヒソカが楽しげに笑みを浮かべている。厄介と言った言葉に嘘はないんだろう。だが、それ以上にこの状況を楽しんでいる。戦闘狂のヒソカらしいな。

 

 ん? ヒソカからカストロに向かって伸びる細いオーラがある。隠で見えにくくしているようだ。カストロは気付いていないか?

 

「厄介だけど、弱点がないわけじゃない♥」

「!? ちぃっ!」

 

 気付かぬ内に左足にオーラを付けられバランスを崩すカストロ。瞬時に体勢を直し、すぐさまヒソカのオーラを焼き切るが時すでに遅し。強力な蹴りを喰らい後方へと吹き飛ばされた。

 

「クリーンヒットォ! 1ポイントヒソカ! 4-1」

「ぐっ、お、おのれ」

「両手に集中しすぎだよ。それじゃ注意が散漫になっちゃうね♠」

 

 さすがにヒソカの方がカストロよりも戦闘経験が高いな。その弱点にすぐ気付くとは。

 

 両手のオーラを炎に変化させるためオーラを強く集中しなくてはならない。そして、両手を炎から保護する為に装着しているであろうあのグローブの強化の為にもまたオーラを集中させている。そのため、両手に回している攻防力は80といったところか。

 攻撃力は凄まじいものだが、その分他の部位に回すオーラは極端に少ないため防御力はガタ落ちだ。さらには眼の凝をすることも出来ないため、先ほどのように隠に対応することも難しい。

 

 極めつけはオーラの消耗の速さだろう。オーラを常に集中し続けることになるので消耗が激しい能力となっている。攻撃の瞬間にオーラを炎へと変化させる事が出来たのならばこの弱点もなくなるのだが、まだカストロにそれを求めるのは酷だろう。

 

「弱点って何だよ? そんなにすぐに分かるもんなのか?」

「確かに弱点はありますが、説明は後ほどします」

 

 さすがに戦闘中にそこまで説明するほど暇はないしね。

 

「まだだ! まだ終わらん!」

「そうこなくちゃ♣」

 

 炎を纏った拳にて連撃を繰り出すカストロ。フェイントを織り交ぜ、右、左、右、右、両手、左と鋭い攻撃をするも、すでにヒソカには見切られているのかクリーンヒットには至らない。両手のみに攻撃が集中するのも弱点だな。場所がもう少し狭ければ追い詰めやすいが、広い闘技場の中だと戦闘経験が上の、それも回避に専念してる相手に両手のみに縛られた攻撃を当てるのは難しいだろう。

 

 ……いや、それはカストロも重々承知だろうが。

 

「この一撃が当たりさえすれば!!」

「ふふ、当ててみなよ♦」

「おのれぇぇ!!」

 

 ヒソカの挑発に乗って大振りをしてしまったか。これでカウンターを取られてヒソカの――

 

 いや!? 違う、誘いか!

 激昂したフリをして両手で攻撃をする。だがそれはフェイント、いや、恐らく拳のみで攻撃をし続けたのもフェイントの一環なのだろう。挑発に乗ったと思ったヒソカはカウンターを入れようと動いていたため、急に動きを止め蹴りへと攻撃をシフトしたカストロに反応しきれていない。

 両手の炎を解き、足に凝をしての一撃は確実にヒソカの左側頭部へとヒットした! 強烈な一撃を受け、ダウンしてしまうヒソカ。その隙を見逃さずに両手にまたも炎を纏い追撃をするが、脇腹を掠めるだけに終わってしまう。

 

 惜しいな。もう少し能力発動が速ければまともに当てられていたのに。だが、掠りでもヒットはヒットだ。炎の効果によりヒソカの衣服が燃え始めた。

 さらに虎咬拳は素手で生木を引き裂くほどの攻撃力を誇る。掠っただけでも猛獣の爪に裂かれたような傷が出来ている。多少の火傷も受けているだろう。

 

「クリティカルヒットォ&ダウン!! 3ポイントカストロ! 4-4!!」

「自分の能力だからな、弱点くらい把握している。それを補う戦い方くらい考えているさ」

「……」

 

 ……? ヒソカの様子がおかしい? まさかあれくらいの攻撃で参るような奴ではないだろうに。むしろ喜ぶん――! 

 こ、これは、ヒソカのオーラが!?

 

 

 

「どうしたヒソカ? まさかこれしきで――!?」

「……ああ、いいよキミ。これほど楽しめるとは思わなかった。……もう、ここで壊しちゃいたいくらいだ!」

 

 本気ではないと思っていたけど……ここまでオーラが増大するとはね。確実にカストロの倍以上の顕在オーラを発しているな。練の勢いだけで燃え上がった衣服の火も掻き消えた。禍々しさすら増大している。キルアもクラピカも言葉が出ないみたいだ。

 

 オーラを見ることの出来ない観客達もヒソカの異様な雰囲気を感じたのだろう。会場が静まり返っている。そしてカストロも……ヒソカに呑まれかけているな。

 

「う、あ……」

「誇っていいよカストロ♥ たったの2年で良くここまで熟れたね♠ でも――」

 

 ――実戦経験が圧倒的に足りないね♣

 

 その一言と共に今までよりも遥かに速くカストロに接近するヒソカ。

 カストロは急な攻撃に対応しきれない。先ほどの衝撃もあり、体も心も固まっていた瞬間だったようだ。そこをついたヒソカの一撃が腹部を穿つ。

 

「ぐ、はぁっ!?」

「おやおや、注意が散漫してるよ?」

「う、おおおぉぉ!」

 

 即座に反撃をするも、あっさりと見切られ最小限の動きで避けられる。そして二度、三度と顔面にヒソカの連撃。カストロも全てを凝でガードするが、その防御力を至極簡単に貫いている。これほどの顕在オーラの差があれば仕方のない事だろう。

 

「うぐっ? はあっはあっ! お、おのれ……」

「息切れかい? もう少しスタミナを付けた方がいいね♥」

「クリティカルヒットォ&ダウン! 3ポイントヒソカ! 7-4!!」

 

 余裕の態度を崩していない様に見えるヒソカだが、決して油断はしていないな。相手の動きを眼を『凝』らして良く観ている。2人の戦闘スタイルだと攻撃の距離は完全に噛み合っている。ヒソカの攻撃が当たる位置はカストロの攻撃も当たるということ。カストロの念能力は喰らうと今のヒソカの顕在オーラでも突破出来る可能性を持っているからね。

 

「黙れ!」

 

 昂っているせいで攻撃が短調になっているが、少なくともヒソカのオーラを受けたせいでの怯みはなくなったようだ。だが、ダメージは大きいようだな。後退するヒソカを追う足が出ていない。肋骨の何本かはイっているのだろう。さらには脳も少し揺らされている。……さすがに厳しいな。

 

 遠距離攻撃でもあればまた話は違うのだろうけど。

 

 ……あ! ま、まさか! いや、あった! 確かにあったぞ! 【邪王炎殺拳】にも遠距離攻撃の技が!

 

「はあ、はあ、流石だな、ヒソカ……! 今の私ではまだ貴様に劣るようだ……だが!」

 

 裂帛の気合と共にカストロのオーラが膨れ上がり、その全てが両の手に集まっていく! まさか、あれまで習得しているのか!?

 

「勝つのは私だ!! 喰らえ! 【邪王炎殺虎咬砲】!!」

「もうやめてよ!? 私の心が折れちゃう!!」

「お前今日はどうしたんだよ?」

「ふむ……かなり情緒が不安定だな(もしやあの日か?)」

 

 私の叫びなど戦闘に何の影響を与えるわけもなく。カストロの両手の黒い炎が形を変え、巨大な虎となってヒソカへと放たれた!

 

「!?」

 

 ヒソカもさすがにこの距離で攻撃する手段まで持ってるとは思ってもいなかったか。

 2年でここまでの実力を身に付けるなんて……地獄のような修行を己に課したのだろう。全てはヒソカに借りを返す為に。

 

「はああぁああぁぁぁ!!」

 

 残りのオーラも少ないのだろう。炎虎を放ったあとは堅の維持も出来ていない。最後の力は全てあの炎虎の制御と維持に回しているようだ。

 まさに全霊を込めた一撃がヒソカを襲う!

 

「あはははは! 本当にいいよカストロ!!」

 

 素早い動きで虎の牙から逃れるが、すかさず炎の爪がヒソカを追撃した! そこまで自在に操作出来るのか。だが――

 

「ふふ、敢闘賞といったところだね♦」

 

 ……ヒソカの頬をえぐるだけに終わった。

 そのまま炎虎は勢いを殺しきれずにヒソカの後方へと駆けていく。すぐさま軌道を修正してヒソカを追おうとしているが……それを許すほどヒソカも甘くはない、か。

 

 カストロが後ろへと後退しようとしているな。接近するヒソカから離れて炎虎が戻ってくるまでの時間を稼ごうとしたかったのだろう。

 だが、すでにカストロの足元の床には……。

 

「ちぃっ! なっ? あ、足が動かない!?」

 

 すでにあの粘着のオーラが広がっていた。恐らく後方に離れる前に設置していたのだろう。周到なことだ。変化系を得意とするであろうヒソカは放出系はあまり得意ではないが、それでも僅かな足止めをするには充分だったようだ。

 

「がはぁっ!」

 

 強力なアッパーにより宙に吹き飛ぶカストロ。そしてすぐさまオーラで引き寄せられる。そしてヒソカは地面に墜落しようとするカストロに振り下ろしの拳を叩き込んだ。

 

 地に倒れ臥すカストロ。さすがにもう動けないか。いや、たとえ動けたところで勝負はヒソカの勝ちだな。

 

「クリティカルヒットォ&ダウン! プラス3ポイント! 10-4!! TKOにより勝者ヒソカ!!」

「楽しかったよ。だからまだ生かしておいてあげる♥ もっと実戦経験を積むといい。そしたら今度は……ルールのない場所で殺り合おう♣」

 

『けっちゃぁぁぁーーく!! カストロ選手、雪辱ならず! しかし、ヒソカ選手を追い詰めたその実力はさすがと言えましょう!』

 

 ポイント制による決着。カストロをかなり気に入ったようだな。ここでは殺さず、いずれもっと強くなった時に殺し合いをしたいんだろう。確かにカストロはまだまだ強くなるだろう。基礎を怠らず実戦を積んで経験を高めればいずれはヒソカをも超えられる可能性は大いにある。

 

「……すごい戦いだったな」

「ああ。ヒソカがあそこまで強いなんてよ」

「敗れはしたが、カストロも私達等より遥かに強い……少しは強くなったつもりだったがな」

「大丈夫ですよ。2人の、いえ、ゴンも含めたあなた達の才能はヒソカやカストロにも劣らないモノです。いつの日か必ず彼らに届きますよ」

 

 この戦いを観て焦りでも感じたのだろうか?

 だが、さすがに念を覚えて1ヶ月程度ではヒヨっ子なのは当然だ。

 

「あなた達はしっかりと基礎を行う段階です。焦ってはいけませんよ?」

「……そうだな。すまないアイシャ、これからもよろしく頼むよ」

「オレはその基礎すら学べないけどな」

 

 そればかりは私に言われても。ウイングさんとゴンに言ってくれ。

 

「さて、そろそろゴンの所に戻るか。腹も減ったしな」

「そうだな。4人で食事でも摂ろうか」

「あ、すいませんが私は少し用事があるので、2人で先に戻っておいてください。食事も先に始めててもいいですよ」

「用事? 何しに行くんだよ?」

「それは……秘密です」

 

 これは誰にも言えない。言うわけにはいかない……。

 試合は終わった……そしてカストロも生きている……ならばすることは1つしかない。

 

 〈ブラックヒストリー〉を取り戻す!!

 そしてもう誰の目にもつかないように処分してやる!!!

 

 

 

 2人と別れてから医務室を目指して移動する。恐らくそこにカストロは搬送されているだろう。かなりの大怪我だったからな。もしかしたら面会謝絶かもしれないけど、取り敢えず居場所だけでも確認しておこう。

 

 係りの人に確認するとやはり治療を受けていたようだ。だが既に自室に戻ったらしい。……タフだな。結構ボロボロだと思ったんだけど? まあいいや。面会謝絶ではないそうなので早くカストロの所へ行こう。

 カストロの自室は係りの人に聞くと簡単に教えてくれた。こんなに簡単に教えてもいいんだろうか? ……押しかけるファンとかいたらどうするんだろう?

 

 ……ここか。うう、緊張するな。もし〈ブラックヒストリー〉を返してくれなかったらどうしよう? とにかく今は頼み込んでみるしかないな。取り敢えずノックしてと。

 

「すいません。カストロさんはいらっしゃいますか? 少しお話がしたいのですが?」

「……すまないが、今は誰にも会いたくなくてね。また後日に――いや、キミのその声は……」

 

 声? 私の声がどうしたんだろう?

 

「先ほどの言葉は撤回しよう。入ってきても構わないよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 良かった! 取り敢えず話をすることは出来るみたいだ。

 

「いらっしゃい。不格好ですまないが、何ぶん怪我人でね。勘弁してほしい」

「いえ、そのような時に押しかけてしまい、私の方が謝らなくてはいけませんので……申し訳ありません」

 

 こうして包帯で巻かれている姿を見ると後日でも良かったんじゃと思ってしまうな……。でも、もしかしたら明日にでもカストロさんが天空闘技場から離れないとは限らないし。

 

「キミは……アイシャさんだね。今日はどんな用があってここに?」

「私のことを知っているんですか?」

「もちろんだよ。同じ200階クラスの選手はチェックしてるのさ」

 

 なるほど。そういや私も200階選手だったわ。登録はしたけど特に戦うつもりもなかったから忘れてた。クラピカの付き添いのついでみたいなものだったしね。

 

「用件なんですが……単刀直入にいいます。私に黒の書を譲って頂けませんか!?」

 

 思いっきり頭を下げてお願いをする! なんなら土下座してもいいよ!

 

「……そうか、やはりな。……頭を上げてくれアイシャさん。悪いが、キミに黒の書を譲る事は出来ない」

「お金なら言い値で払います! どうか!」

 

 タダで手に入れようだなんておこがましい事は言わない!

 私の全財産は10億近くあったはず! そんなの全部あげるから!

 

「いや、すまないが金の問題ではないんだ」

「ではどうすれば!?」

 

 どうすれば譲ってくれるんだ?

 

「あの時、歓声を上げてくれたキミになら黒の書を譲ってもいい。そう思っている……だが――」

 

 歓声? 悲鳴なら絶叫した覚えはあるけど?

 いや、そんな事より譲ってくれるの? くれないの? どっちなの?

 

「すまない。黒の書は既に私の手元にはないんだ」

「そ、そん、な……」

 

 目の前が真っ暗になりそうだ。ようやく、ようやく見つかったと思ったのに……。

 

「では、今はどこにあるのですか?」

「……あれは今から2ヶ月ほど前の事だ。私は打倒ヒソカのために秘境にて武者修行をしていた」

 

 ……この人は過去を語りたがる癖でもあるんだろうか?

 まあいい、黒の書に関する貴重な情報だ。黙って聞いておこう。

 

「そして修行の末、【邪王炎殺虎咬砲】を会得した私は秘境から離れ、天空闘技場に戻るために船に乗った。しかし、そこで私は体調を崩してしまってね。恐らく、秘境で取ったキノコを食べてしまったせいだろう」

 

 確認もせずにキノコを食べたら危ないよ? 素人には食べられるキノコとそうでないキノコは見分けられないから。

 

「不覚だった。このままヒソカに一矢報いる事なく死んでしまうのか――そう思っていた時、1人の青年が私を介抱してくれたのだ」

 

 もしそれで死んでいたら死者の念を生み出していたかもね。その青年に感謝しなきゃ。

 

「薬を飲み、一晩経つと具合も良くなってね。彼には感謝してもしきれないよ」

「えっと。それと黒の書にどういう関係が?」

 

 聞く限りでは黒の書が出てこないんだけど?

 

「それはここからだ。彼に礼を述べ、謝礼をと思ったが、彼は礼はいらないと言った。何とも清々しい今時では見かけない好青年でね。何としても恩を返したかった。そして色々と話をしている内に彼がプロハンターだと聞いてね。念について知っているか聞いてみたのだよ」

 

 ま、まさか。これは、そういう事なのか!?

 

「だが彼は念能力の存在を知らなかった。そこで私は彼に念の存在を教えた。そして――」

「く、黒の書を?」

「ああ、譲ったんだ」

 

 神は死んだ。





新たな魔改造キャラクター、カストロ! 魔改造の結果、ヒソカに一層気に入られてしまいましたがw カストロの念能力の詳細を書いておきます。

【邪王炎殺拳】
・変化系能力
オーラを黒い炎に変化される念能力。オーラを炎に変化させるには並大抵の努力では出来ないが、カストロの才能と情熱(厨二)がそれを可能にした。
炎の色を黒にする理由はない。強いて言うならかっこいいから。メモリの無駄使いの様だが意外とカストロの想いも篭っており、威力が増す結果となった。
自身の身体(両手含む)も燃やしてしまうため、両手に特殊素材で作られた不燃グローブを装着し、極薄の耐熱テープでテーピングしていないと術者が火傷を負う。

〈制約〉
・手の周り以外のオーラは炎に変化出来ない。
・この炎は自身の身体にも効果を及ぼす。

〈誓約〉
・特になし



【邪王炎殺虎咬拳】
・変化系+強化系能力
名前そのまんま。邪王炎殺拳に虎咬拳を組み合わせたもの。高熱の炎で覆ったグローブを周で強化して相手に攻撃する。
この攻撃をガードしても熱によるダメージまで防ぎ切る事は至難。

〈制約〉
・【邪王炎殺拳】と同じ

〈誓約〉
・特になし



【邪王炎殺虎咬砲】
・変化系+放出系+操作系能力
【邪王炎殺拳】で生み出した炎を虎の形に変化させ放出し、対象を攻撃する能力。
自在に操作し、対象を執拗に追いかける事も可能。形の通り、牙や爪で攻撃も出来る。
本来は邪王炎殺黒龍波という名前だったがカストロが変更した。オーラの形も龍から虎へと変えている。
意味のない変更だが、やっぱりカストロのフィーリングに合ってるため、変更したほうが威力が強まった。

〈制約〉
・一度使用すると24時間経たないと使用出来ない。

〈誓約〉
・特になし

※下記の条件を満たした場合、【邪王炎殺虎咬砲】に特殊な効果が発生する。

① 【邪王炎殺虎咬砲】に使用した顕在オーラが、【邪王炎殺虎咬砲】を放ったあとの自身の潜在オーラ以上である。
② ①の【邪王炎殺虎咬砲】を受けた相手が無傷である(避けられた場合は無効となる)。

以上の条件を満たした時、放たれた【邪王炎殺虎咬砲】は術者自身に還り、莫大なオーラを生み出す餌となる。効果は5分間。
使用条件の厳しいまさに必殺の能力。
・強化系能力

〈制約〉
・上記の条件を満たす。

〈誓約〉
・効果が切れると強制的に絶となる。この絶は6時間以上の睡眠を取らないと回復しない。


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第二十六話

 ぬふふふ、これは中々。おお、いい筋肉してるじゃない! あ~、良い目の保養になるわさぁ~。やっぱり暇つぶしにはこれよねぇ~。リィーナもどうしてイケメンと筋肉の良さが分かんないのかしら?

 

 prrrr……prrrr

 

 んもう、何よ。せっかく人がいい気分に浸っていたのに。一体誰が……あれま! アイシャからなんて珍しい! て言うか初めてじゃない。何の用なのかしら?

 まあアイシャなら私の幸せな一時を邪魔したとしても許してあげるわさ。

 

「はいはい。こちらビスケ、どうしたんだわさアイシャ?」

『ああ、ビスケ。忙しかったらすいません、今大丈夫ですか?』

 

 相変わらず律儀ねぇ。ジジイなら問答無用で用件を言うのに。ま、その場合は私も速攻でぶち切るけどね。

 

「大丈夫よ。それで、何の用かしら?」

『ええ、実は……ビスケをしばらく雇いたいのです』

 

 へえ? アイシャが私を雇いたいなんて。一体どういう要件かしら?

 

「それはまたいきなりね。雇うと一口に言っても色々あるわよ?」

『はい。実はあなたの能力が必要なんです』

「私の? ……そう! クッキィちゃんのエステ効果が欲しいだなんて貴方も女の子になったわねぇ! でも、残念だけどアイシャには私の能力は――」

『断じてそうではありません!』

「……何よ、面白くないわね~」

 

 ちぇ! もしそうだったら徹底的に着せ替えしようと思っていたのに。アイシャも元がいいんだから磨く努力をしなきゃね~。いくら前世が男だからって、現在は女の子なんだからいいかげん諦めたらいいのに。

 

『全く。……実は今、弟子を1人育成していまして。それの修行に貴方の能力を使わせてもらいたいのですよ』

「はあ!? ちょっ! マジで!?」

『え、ええ。そんなに驚くことですか?』

 

 当たり前よ! あんた自分が何なのか忘れてるの!?

 伝説の武人・リュウショウ=カザマよ!? それが弟子を取って、それもたった1人を付きっ切りで育てているなんて、驚いて当然でしょう!

 

「それって流派を教えているの?」

『いえ、あの流派は一切教えていません。〈アレ〉についての師、というだけです』

 

 それだけでも充分に贅沢よ。その弟子が誰だか知らないけど、自分がどれだけ恵まれているか分かっているのかしら?

 ……リィーナが知ったら嫉妬に狂いそうね。あの子アイシャに指導してもらうのを今か今かと待ち続けているんだから。確か後継者を育てるのに躍起になっているのよねぇ。さっさと後継者を育てて自由の身になってアイシャと一緒にいようという魂胆が丸見えだわさ。

 

「その弟子は知っているの? アンタが[アレ]だってことを?」

『……いえ、教えていません。さらに言うなら、オーラについても教えてはいないのですよ』

 

 ああ、なるほどね。前世の事も話していないし、オーラも隠していると。そういうことか。つまりアイシャは私に念の実演もしてほしいってわけね。

 そいつが誰だか知らないけど、確実に念については初心者。そんな奴にアイシャの素のオーラを浴びせたらどエライことになるわね。

 例えアレに耐えられたとしても、アイシャがそれを教えるのには抵抗がある、と。

 

「そういうことなら私が実演もした方がいいわね」

『さすがですね、私の言いたいことを理解してくれているようです。……その人はハンター試験の同期で、その、友達なんです……いずれは話したいと思っていますが、今はその……』

 

 あらまぁ。

 ……本当に変わったわね。リュウショウ先生とは本当に別人ね。精神が肉体に引っ張られているとでもいうのかしら? 友達に嫌われたくないからオーラを隠しておきたいなんて、あの先生がここまで女の子になるなんてねぇ。

 

「分かったわ。そういうことなら雇われましょう。でも、私にも都合があるから9月にはこの契約を切らせてもらうわよ」

 

 ヨークシンのオークションで、あのバッテラ氏なら確実にグリードアイランドを競り落とすでしょう。ならば次にあるのはプレイヤーの選考会のはず。

 ああ、噂では世界で類を見ない程の美しさと言われている希少宝石! グリードアイランドでしか手に入らないと言うそれを手に入れる為にも、選考会に遅れるわけにはいかないわさ!

 

『はい、それでも構いません。元より私たちも9月には用がありましたから』

「そ、ならいいわさ。それじゃ、契約における重要な点、報酬なんだけど」

 

 いくら気心が知れている相手、尊敬する先生とは言え契約は契約。プロとしてそこはしっかりしておかなくちゃね。

 

 ……鈍感ウイングのせいで消える予定のお金を少しでも補填しなきゃいけないし。

 ああもう! 思い出すだけでも忌々しいわね! あのバカ! 今度会ったら一発ぶん殴らなきゃ気がすまないわさ!

 

『ええ、拘束期間は約4ヶ月。指導の補助、及び能力の使用。さらに能力を他者に明かす点も含めて試算してもらって結構です』

「分かってるじゃない。それじゃ……そうね、1ヶ月5千万、と言いたいところだけど、知り合い価格で2千5百万にしとくわ。9月までできっかり1億でどう?」

 

 アイシャがお金を持っていなかったらこんな契約を持ち出しては来ないだろう。だからきっちり報酬は取らせてもらうわさ。

 

『分かりました、それで結構ですよ。それでは契約成立ということで。証文は用意しますか?』

「そこまではいいわよ。アイシャを信用してるもの」

 

 いくら性格や性別が変わっても根っこは変わってないものね。下らない嘘で人を騙すような人じゃないのは分かってるわよ。

 

「それじゃ明日にでもそっちに移動するわ。場所はどこなの?」

『ええ、天空闘技場です。受付に私の名前を出したら部屋の番号を教えてくれるので、よろしくお願いしますね』

「はいはい~。それじゃ、またね~!」

 

 そうしてアイシャとの電話を終える。

 

 ふふ、面白くなってきたじゃない。ちょうどすることもなくて暇してたんだし、いい時間つぶしになりそうね。それにアイシャが念能力を教えているだなんて中々素質がある奴かもしれないし。

 磨きがいのある原石ならいいわねぇ~。ついでにイケメンならなお最高ね! 女だったら残念だけどね。

 

 しかし……盗聴を警戒して念を言葉に出さずにアレソレで喋るのも面倒だわね。聞かれたところで問題ないと思うけど、無駄に無知な馬鹿どもに情報を渡すのも癪だしね。

 特にアイシャ=リュウショウだと知られたら面倒なんてもんじゃないわよ。

 

 さて! 取り敢えず明日の為に準備をしなくちゃね。持ってくものはっと~。

 そうして色々と荷物を整えている私の目の前に、1つのカメラが眼に映った。ふむ……アレをこうすれば……リィーナに売れるわね! 上手くいけば賭けをチャラに出来るかもしれない。そう思った私が速攻でカバンにカメラを入れたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 ぬぅ! 悪寒が!

 ビスケとの会話を終えた直後に悪寒が走った……この手の悪寒が走った時は大概嫌なことが起こる前兆だ。嫌な予感ほどよく当たるんだよなぁ……。

 

 黒の書も取り戻せなかったし、それどころかあれがさらに拡大感染しているかと思うと……。唯一の救い……いや、あるいはさらなる絶望かもしれないが、それは黒の書を手にしたのがあの人である可能性が出たことか。

 

 カストロさんの証言によると、ブラックヒストリーを譲った青年は身長約190cmほど、黒髪短髪で少し髪を立てている。黒いサングラスをかけたスーツ姿の青年だという。どう考えてもレオリオさんですありがとうございました。

 

 ……これでプロハンターでなければ他の人かもしれないが、プロハンターで念を知らない、つまりは今年受験して合格した人で先ほどの特徴を持つのはレオリオさん以外いないだろう。というかそこまで分かっているのにどうして名前を聞いていないんだ?

 

 レオリオさんが持っているのなら、9月にヨークシンでレオリオさんと合流するらしいから、そこでブラックヒストリーを譲ってもらえるかもしれない。それは救いだろう、だが……。

 

 あれをレオリオさんに読まれていることは確実! 友達にあんなのを読まれるなんて赤の他人に読まれるよりよっぽど辛いよ!! うう、絶望が私を包む。これでレオリオさんが何らかの能力を身に付けてでもしていた日には………………ぐ、想像しただけで目眩が!

 

 駄目だ、今考えてもどうしようもない。気が滅入ってしまうだけだ。だったら初めから考えない方がいい。ここからしばらく離れられない以上レオリオさんと合流するのはヨークシンしかない。だったらそれまではクラピカと自身の修行に集中することにしよう。

 

 もっとも、クラピカの修行は現在鎖の具現化に入っているから私が手伝えることは少ないが。具現化には凄まじい集中力を要する。私が割って入ってアドバイスをしても逆効果になるだろう。具現化に必要な修行法はすでに伝えてある、後はクラピカから助けを求められた時に手を貸すだけだ。

 

 ビスケと契約を交わし呼びはしたが、今来てもまだクラピカの修行は出来ないかもしれない。とにかく具現化の修行を始めたらそれのみに集中した方がいいからな。精々出来るのは纏と練くらいか。それでも早めに呼んでおくに越したことはない。時間のロスは少ないし、クラピカなら1ヶ月もかからずに具現化しそうだし。

 

 問題は制約と誓約だな。これについても一通り教えてはいる。だが、どのような制約と誓約にするかは私から指示はしていない。これは他人から言われるよりも自分で決めた方がいいからだ。己の覚悟を以て決めた方が効果は高いだろうからね。

 

 そう言う意味ではあまりブラック……もう黒の書でいいや。黒の書に書かれている念能力をそのまま作り上げるのはオススメはしないんだが……。いや、参考にする程度だったり制約と誓約を自分なりに覚悟を決めてアレンジすればまた話は別かな。

 

 一体どのような制約と誓約を考えているのだろうかクラピカは。

 ……気になるのはあの時、制約と誓約について教えた時に感じたクラピカの暗い覚悟のオーラだ。話しかけるとすぐにそのオーラは霧散した。しかし……。

 

 あまり他人の能力に口出しはしたくないが、事が事だ。やはり一度クラピカに確認してみよう。

 

 

 

 クラピカは部屋の中にいるようだな。恐らく具現化のための修行に励んでいるんだろう。誓約はすでに決めているんだろうか? あまり重たい誓約を考えてなければいいんだけど。

 

「クラピカ、失礼しますね。修行の方、は……」

 

 ドアを開け、中に入る。するとそこには――!

 

「ふむ。鎖を噛むとこんな感触か……次は味も見ておこう。……ん? アイシャか一体どう――」

 

 パタン。

 ………………いや、分かってはいるんだ。あれが具現化系の修行だということくらい。教えたのは他の誰でもない私だからな。

 でも味も見ておこう、とか言いながら鎖をレロォ~っと舌で舐め上げるクラピカを見続けるのは少し、いやかなり堪えた……。思わずドアを閉めてしまった私は悪くないと思いたい。

 

「アイシャ、一体どうしたんだ? 何か用が有ったんじゃないのか?」

「ああ、いえ、すいません。少し思うところがありまして。……中に入りますね」

 

 気を取り直してもう一度入室する。

 今度は……大丈夫だ。鎖は手に持ってはいるが特に何もしていない。

 

「修行の妨げをしてすみません。成果の方はどうですか?」

「いや、気にすることはない。成果と言われてもまだまだだな。具現化というのは本当に難しいな」

「それは仕方ありません。恐らく具現化系は能力の発現までにもっとも時間の掛かる系統ですから。その代わり一度発現したら出し入れも自由で便利なのが具現化系です」

 

 手ぶらを装って武器を具現化することも出来るし、隠を使うと見えにくくすることも出来る。何らかの能力を付与したモノを具現化することも多いので、熟練した具現化系の使い手はとても厄介だ。

 

「――と、講釈をしに来たのではないのでした。……今日来たのは貴方に確認したい事があるからです」

「……確認したいこと?」

 

 私の言葉に怪訝な表情をするクラピカ。今更何を確認するのか疑問なのだろう。

 

「はい。……貴方は自らの能力を既に考えていますか?」

「……ああ。鎖を具現化するに当たって、鎖にどのような能力を付けるかはある程度は考えている」

 

 そうか。聡明なクラピカのことだから既に能力を決めているとは思ってはいた。問題なのはどのような能力か、そしてどのような制約と誓約を課しているかだ。

 

「……本来能力は他人に教えるものではありません。念能力が他人に知られてしまうリスクの大きさは分かるでしょう? 私も自身の能力は貴方にも教えていませんしね。……ですが、それを承知の上で聞きたいのです。クラピカは鎖にどのような能力を付与しようとしているのですか?」

 

 例え師と言えど弟子の能力を知らないということはよくあることだ。それほど念能力が他人に知られてしまうリスクというのは大きい。もちろんヒソカのように知られたところで大したマイナスを生じない能力もある。だが、それでも知られてしまうと対策は多少なりとも立てられるだろう。知っていると知らない、その差は限りなく大きいものだ。……世の中知らない方が良かったということも多いけどね。

 

「……具現化する鎖は5つとしている。右手の指にそれぞれ1本ずつ、形状はそうだな、この絵を見てくれたら早いか」

 

 そうして見せてくれたのは1枚の画用紙。他にも床に大量の画用紙が散らばっている。鎖を写生していたのだろう。これによって鎖のイメージをより強くしていたのだ。見せてくれた画用紙には、右手の指1つ1つに嵌めた指輪から鎖が伸びたモノが描かれていた。

 なるほど、既に完成系は出来上がっているわけだ。問題はその能力とその内容、つまりは誓約なんだが……。

 

「5つそれぞれを違う能力として作ろうと思っているんだが、まだ全ての能力は決めていないんだ。いくつかは【絶対時間/エンペラータイム】を利用しないと使用出来ないようにするつもりだ」

「そうですか【絶対時間/エンペラータイム】を。……既に決めている能力もあるんですね?」

 

 しかし【絶対時間/エンペラータイム】か。これまた凄まじい能力を発現したものだ。

 緋の眼になり、特質系へと変化した時にのみ発動する念能力。検証の結果、緋の眼の間のみ全ての系統の能力を100%引き出せる能力というのが判明した。

 

 正直ありえないと言ってもいい能力だ。クラピカが強化系が不得意でも、この能力が発動すると強化系の能力も100%引き出せる。鍛錬を積めば積むほどその効果は高くなっていくだろう。強化系の肉体の強さを誇り、具現化した鎖に能力を付与してそれを操作、放出、変化させて戦う。

 

 何それ怖い。

 

「……ふぅ。分かったよ、話そう。アイシャも意外と強情なところがあるからな」

 

 私が【絶対時間/エンペラータイム】について考えていると、クラピカがそんなことを言ってきた。どうやら私の沈黙を勘違いして受け止めたようだ。

 しかし強情とは失礼な。クラピカを心配してのことなのに。まあ丁度いいから良しとしよう。

 

「……私が考えているのは鎖で捕縛した対象を強制的に絶にする能力だ」

 

 な! 強制的に相手を絶にする能力!?

 それは……確かに強い。オーラを絶たれた能力者なんて言わば陸に打ち上げられた魚のようなものだ。

 いや、絶になっても戦えはするから正確な言い回しではないか。まあどうにせよ、そうなればどうあがいても相手の勝ちはなくなるだろう。だが……。

 

「それを実現するにはかなりのリスクを課したルールが必要です。それについては?」

「……私の目的は仲間の眼を取り戻し蜘蛛を捕らえること。この能力は幻影旅団以外には使わない」

「それは……制約としては問題ないです、でもそれだけでは少し弱いですね。例え絶に出来たとしても鎖の強度は大したモノにはならないでしょう。相手によっては引きちぎられますよ?」

「ああ、それはただの前提条件だ。それを破った場合の誓約も決めてある」

 

 クラピカから流れ出る覚悟の気配。これは、まさか!

 

「……命を賭ける」

「! ……本気で言っているんですか?」

 

 いや、こんなことを聞いたところで答えは分かっている。こんな下らない嘘や冗談を言う様な人ではないのは百も承知だ。

 でも、下らない嘘であってほしいと思う私がいるんだ。

 

「勿論だ」

 

 ……やっぱり、か。私の質問に対しての答えに全く揺ぎがない。これは既に覚悟を決めているオーラだ。でも、そんなものを認めるわけにはいかない!

 

「旅団以外には使用出来ず、もし使用してしまったら死んでしまう。それならば具現化された鎖は凄まじい能力となり、幻影旅団相手には劇的な効果を発揮するでしょう。ですが!」

「そうしなければ勝てるとは思えないんだ!!」

 

 !? 私の言葉を遮って部屋に響くクラピカの絶叫。クラピカがここまで激しい感情を見せるなんて……。

 

「アイシャも見ただろう。ヒソカの力を。私よりも遥かに強い、あの実力を。仮初とはいえ奴は旅団に属している。それはつまり旅団員の力は少なくともヒソカに近しいものだということだろう。それが12人もいるとなれば、命くらい賭けなくては……勝てるとは思えない!」

 

 血を吐くかのように絞り出されたクラピカの思い。それは……あながち間違ってはいないだろう。

 ヒソカは旅団の中でも上位に位置する実力者ではあろう。ヒソカが旅団でも弱者の部類に入るのならば、トップである団長に拘らなくてもいいだろう。他にも歯ごたえのある者が大勢いるのだから。

 故にヒソカは旅団でもトップクラスの実力だと推測される。そうでなくては団長と戦いたい等と思わないはず。この際実は団長はさして強くないという仮説は捨てておく。

 

 だが、だからと言って他の団員がヒソカよりも極端に弱いはずはない。全員が同じ領域にいるのは想像するに容易い。あの時のヒソカとカストロの戦いを観たクラピカが焦るのも無理はないかもしれない。

 

「……すまない。少し感情的になりすぎた」

「いえ、クラピカが焦るのも無理はないですし、その誓約を考えたのも分からなくもありません」

「では――」

 

 私が同意を示す答えを返した事にクラピカが安堵の表情を浮かべる。

 だが!

 

「だけどそのルールを課すのは許せません」

「何故だ!?」

「そのルール、先程も言いましたが確かに旅団相手には圧倒的に有利になるでしょう。……ですが、あまりにも諸刃の刃に過ぎます」

「それは……」

「もしも旅団に能力の詳細がバレてしまったら、容易く対処されてしまう。例え綿密な計画を練り、能力がバレない様に旅団員と1対1で相対したとしても、何があるのか分からないのが念能力です。どこで能力の詳細がバレるとも限りません。旅団と相対した時にその場に旅団以外の敵がいるかもしれない」

「それでも……それでも旅団に勝つには――」

「――私が貴方を強くします!」

「っ!?」

「命を賭けなくても奴らに勝てるくらいに強くします! そうすれば、わざわざ命をリスクとした能力を作らなくてもいい。……当然のことでしょう?」

 

 私の言葉に絶句するクラピカ。それも仕方ない。今のクラピカに、ヒソカに勝つ自分を想像するのは無理だろう。

 

「貴方の才能。そして、緋の眼による特質系能力【絶対時間/エンペラータイム】。これらを有する貴方ならば不可能ではありません」

「……本気で言っているのか?」

 

 先ほど私がクラピカに言った言葉が返ってくる。そして私の返答もまた、クラピカと同じだ。

 

「勿論です」

 

 クラピカを強くする。例えヒソカクラスが12人いたとしても勝てる程に!

 私だけでは時間が足りない。技術はともかく練の持続時間は私でも短縮は出来ない。でもビスケの助けを借りられたら。

 ……いや、それだけではない。風間流の本部に行きリィーナの協力も得よう。対念能力者を経験して実戦経験を積まなくては。天空闘技場だけでは物足りないだろう。

 

「命を賭けなくても旅団に勝てる程に、私は強くなれるのか?」

「勿論、戦いそのものは常に命懸けなのは当然です。蜘蛛の全てと同時に敵対して勝てる程に強くなることもさすがに難しい、でもそれは貴方が命を誓約とした念を作ったとしても同じこと。策を練り、多対1にならないように戦えば、勝てます。勝てるようになります! それほど貴方の才能は素晴らしい」

 

 長いこと念能力者を見て育てて来たが、クラピカやゴンにキルア、彼ら3人に匹敵する才を持った人は殆んどいない。徹底的に鍛え上げたら世界有数の能力者になれるだろう。

 

「だが、奴らは13、いやヒソカを除いて12人か。それだけの人数がいる相手をどうやって分断し、1対1に持ち込めば……」

「何もクラピカ1人が全てをこなす必要はありません。私がいるじゃないですか。いえ、私だけじゃない、貴方には頼りになる仲間がいるでしょう?」

「それは!? 無理だ……これは私の復讐だ、他人を巻き込むわけには……」

「他人じゃない。私達は仲間だ、友達だ! 友達を助けて何が悪いんですか?」

「し、しかし!」

「例えクラピカが止めたとしても構いませんよ。私は勝手にするだけです。ゴン達もきっとそう言うでしょうね」

 

 そう、笑いながら言うとクラピカも二の句が出てこないみたいだ。ゴン達を巻き込むのは気が引けるけど、あの2人なら旅団クラスになるのにさほどの時間はかからないだろう。順調に行けば2年ほどでヒソカに匹敵とは行かなくても、遅れを取るほどではなくなるはず。

 

「……本気、みたいだな。……分かったよアイシャ。命をリスクとした能力を作るのは止めにする。その代わり……徹底的に強くしてもらうぞ?」

「ええ! 勿論です!」

 

 良かった! 思い直してくれて本当に良かった!

 もう、無茶な能力を考えて! 心臓に悪いよ。こんなに心配させるなんて悪い弟子だよ全く。

 

「そうと決まればまずは鎖の具現化を済ませましょう。これは私でも時間短縮は出来ませんので、クラピカに掛かっています」

「ああ分かっているさ。能力をしっかりと考え直して具現化に挑むとしよう」

「……本当に無茶な誓約を課してはいけませんよ?」

「ふふ、分かっているさ」

 

 どうやら嘘ではなさそうだ。クラピカなら約束は守ってくれるだろう。後は修行に専念するだけだな。

 

「だが、1つだけアイシャに確認したい事がある」

「え? 確認って、何でしょうか?」

「……アイシャ、キミの実力を知りたい」

「! ……そうですか」

 

 とうとう来たかこの質問が。今まで共に過ごした時間で、クラピカは私の念を一度も見ていない。疑問に思っていただろうな。纏すら行っていない私のことを。

 勿論私は纏はおろか練や流の修行もしていたのだが、【天使のヴェール】の効果により、傍目には垂れ流しのオーラしか確認出来ていない。それでは私がどれだけ強いか理解するのは無理だろう。

 

 これまでは私を信用して何も言わなかったんだろうが……。

 

「アイシャが私よりも強いのは良く分かっている。だが、アイシャがヒソカよりも強いかは分からない。強ければ師として優秀、というわけでもない。だが強ければ師として有利なのは確かだろう」

「……そうですね。理論や育成が優れていても、強くなければ教えられない事は山ほどあるでしょう。……いつかは話すことと思っていましたが、今がその時ということでしょうかね」

 

 覚悟を決める時が来たようだ。確かにクラピカの決死の想いを否定し、私の我を押し通したんだ。これくらいは当然の代償だろう。

 

「分かりました。私の実力を見せます。ただ、ここではちょっと無理ですね」

「……? 何故だ? 別にオーラを見るだけだろう?」

「オーラ量=実力と決め付けてはいけませんよ? 技術が優ればオーラ量の有利も覆ることはありますので。とにかく、ここでオーラを解放するわけにはいかない理由があるんです」

 

 もしこんな所で【天使のヴェール】を解除してしまえば確実に変態がやってくる。あいつが私のオーラに萎縮するわけがない。嬉々として参上するだろう。

 他にも沢山の念能力者に感知されるだろう。全力のオーラを見せたら阿鼻叫喚の地獄絵図になるかもしれない。

 

「何があるかは分からんが、了解した。場所を移そう」

「では、周囲に誰もいない広い場所は近くにないでしょうか? 出来れば周囲数十kmに渡って人気がない所がいいのですが」

「それならここから東に約120kmほど行くと広大な山脈があるはずだ。そこなら人気もないだろうが……そこまで用心しなくてはならないのか?」

「ええ、誰の目があるかも分かりませんからね」

 

 

 

 

 

 

 アイシャと共に天空闘技場より東に向かって走る。

 車をレンタルしようと言ったのだが、少しでも鍛錬になるので走っていくと言われた。しかも、凝を怠らないようにしながらというおまけ付きでだ。

 

 凝も出来るようにはなったが、さすがに走りながら、それもこれだけの距離をずっと凝をし続けるのは辛いな。まあアイシャに言ったら“辛くなくては修行になりませぬ”と返ってきたが。

 

 ……アイシャの説得を受け、命をリスクとした能力を作るのは止めにした。確かに言われる通り、私が奴らより強くなればそこまでのリスクのある能力にしなくてもいい話だ。焦っていたんだろう。ヒソカの実力を知り、旅団には勝てないのでは? とな。

 

 だが、今すぐに勝てるようになる必要はなかったんだ。地力を高め、奴らを超えてからでも遅くはない。修行の間は焦らず仲間の眼を探すことに専念すればいいだろう。

 

 復讐に囚われ、目先のみを追っていたようだ。

 アイシャには感謝しなくてはな。

 

 本来ならそれで話は終わっていたが、私には常々気になっていたことがあった。

 それがアイシャの実力だ。アイシャが私よりも強いのは分かる。だがヒソカよりも強いのか?

 別にヒソカよりも弱くとも師として不満がある訳ではないが、私が念に目覚めてから一度もアイシャのオーラを見たことがないのが疑問に拍車をかけていた。

 

 アイシャがどれほどのモノか見てみたい。

 アイシャが私にオーラを見せないのは何か理由があってのことだろうと、そう思い疑問は心の底に沈めていた。だが今回の話を聞き、疑問が浮き上がって来てしまったのだ。

 

 アイシャが自ら話すまで待とうと思っていたが、好奇心に負けてしまいついあのようなことを言ってしまった。悪いことをしたとは思うが、この詫びは別の形で返すとしよう。

 とにかく今は凝に集中しよう……い、息が大分切れてきたからな。

 

 

 

「はあっはあっ!」

「クラピカ大丈夫ですか?」

「ああ! はっはっ、問題、ない!」

 

 くっ! まさか山の麓ではなく、山を1つ越えて本当に誰もいない谷間まで来るとは! 距離にしたら150kmほどだが、山岳の緩急ついた高低のある道を一定のペースで走るのはかなりキツイな。凝さえしていなかったら問題なかっただろうが……。

 とにかく今は絶をして少しでも体力を回復させよう。

 

「ここまで来れば大丈夫でしょう。尾行者もいませんでしたし、もっとも近い人里もかなりの距離を離れています」

「ふぅ。周到だな」

「誰かに見られるわけにもいきませんので」

 

 ……いくら何でも用心しすぎではないか? オーラを見せるだけでそこまで用心するとは思えない。

 私に実力を見せるのだから何らかの能力を出すのかもしれないな。それが他者に知られたら致命的な弱点を持つ能力ならばこの用心深さも頷けるというものだ。

 

「まず私の能力について説明しておきます。……当然ですが他言無用ですよ?」

 

 その言葉にごくり、と自然に唾を飲み込む。私が直接知る能力はヒソカの粘着・伸縮自在のオーラとカストロの【邪王炎殺拳】とその応用技のみ。アイシャから様々な能力の詳細を今後の参考にと教わったが、所詮は話として聞いただけだ。やはり直接見て経験した方が能力を知ったと実感が湧くものだ。

 さて、アイシャはどのような能力を有しているのか。楽しみであり、怖くもあるな。

 

「私の能力は【天使のヴェール】といって、効果は自身のオーラを他者に認識出来ないようにするものです」

 

 ……………………は?

 

「いやいや、何だそれは? つまりそれを発動すればアイシャのオーラは眼で見ることも肌で感じることも出来なくなると?」

 

 それはどんなふざけた能力だ? オーラが見えなくなったらどうやって攻撃を防げばいいんだ?

 

「ええ、そういうことですね。今も纏をしているんですよ? ただ【天使のヴェール】を発動しているので垂れ流しのオーラにしか感じないわけです」

「では今までアイシャは纏をしていなかったのではなく……」

「はい。クラピカの考えている通りです。今までもこの【天使のヴェール】を使用していました。貴方が修行している最中に私も練の持続時間を伸ばす修行や流の修行などをしていたのですよ」

 

 ……無茶苦茶だな。

 恐らく特質系の能力。というか特質系以外考えられない。いかなるルールを組み込んだらそんな能力を作れるんだ?

 

「では、今から【天使のヴェール】を解除します」

 

 ん? これは……恐怖? アイシャが怯えている? どうして怯えたりなんか――!?

 

 こ、これは!? 何というオーラの質だ! あの時、カストロとの戦いでヒソカが見せたオーラに迫る禍々しさだぞ!? 思わず後ずさってしまったほどだ!

 オーラにはその者の感情や内面が表れると聞いたが、アイシャからこのようなオーラを感じるなんてどういうことだ?

 

「これが私のオーラです。……吃驚しましたか?」

「……正直驚いているよ。これは……どういうことなんだ?」

 

 今もアイシャの表情からは怯えや恐怖の色が伺える。それなのにそのオーラは真逆。むしろ恐怖を撒き散らしているかのようだ。感情がオーラに表れるのならこれはおかしいだろう?

 それとも……アイシャが実はヒソカ並の狂人だというのだろうか?

 ……いや、そんなことは流石に考えにくい。

 

「……詳しい事情は話せませんが、私のオーラは常にこのような異質で禍々しいものとなってしまいます。纏をしているだけで一般人にも怯えられるため、普段は絶か【天使のヴェール】をして過ごさなくてはならないんですよ」

「それはつまり、このオーラにアイシャの意思は乗っていないという事か?」

「その通りです」

 

 なるほど。……それは逆に言えば負の感情を乗せたらもっと恐ろしくなるということでは? 殺気を乗せたらそれだけで敵を倒せそうだな。

 

「……すいません、今まで黙っていて」

「気にするな。誰しも話したくないことはあるものだ」

「ですが……」

 

 恐らく先ほどのアイシャの怯えと恐怖は私の拒絶を恐れてのことだろう。私がアイシャのオーラを知ることで自分を恐れ、離れるのではないのかという危惧から来るものだ。

 今までにも経験しているのかもしれないな。親しかった人がアイシャのオーラを知った途端に離れていくことを。

 

「確かに驚きはしたが、それだけのことだ。気にすることはないさ」

 

 だから私は受け入れよう。この程度で怯むようでは幻影旅団を捕らえようなど夢物語だ! 何より、仲間を裏切るような真似は出来ないからな。

 アイシャを拒絶しない。そう言う意味を含めて後ずさった分よりもさらに前に、アイシャに近づいていく。

 

「クラピカ……」

「さあ、これで私にオーラを隠す必要はなくなったな。修行も捗りやすくなるというものだろう?」

 

 実際のところ、アイシャがオーラも隠した状態では出来ない修行もあるだろう。

 私が考えただけでも相手のオーラ量を読む修行、隠を見破る修行、凝に込められたオーラを見切る修行と様々に浮かぶ。

 

「……ありがとう」

「礼を言うのは私の方だよ」

 

 私を信頼してくれたから秘密にしてあった能力とオーラを見せてくれたのだ。信頼している相手からの信頼には応えなくてはならない。それは当然のことだ。

 

「ふふ。では、私の実力の一部をお見せしますね」

「ん? ああ、それが本題だったな」

 

 正直【天使のヴェール】とオーラのインパクトで忘れていたよ。

 しかし実力の一部と言ってもどのようにして私に見せるのだろうか? あの時のように大岩を砕きでもするのか? 当時は念に目覚めてなかったから分からなかったが、あれにはどれほどのオーラが込められていたのだろうか? 興味はあるな。

 

「少し離れた方がいいですよ? 危ないですから」

 

 言われて少し後ろに下がっていく。やはり何かを壊すのだろうか? 手頃な岩はないので地面か? それとも岩壁でも砕くのか?

 いくつもの思考を巡らせている内に、ふと1つの疑問に辿り着いた。

 

 【天使のヴェール】を鑑みるにアイシャは特質系のはず。他の系統と違い、特質系能力は特質系を得意とする能力者にしか作ることは出来ない。

 私は特質系に転じた後も元々の得意系統である具現化系に戻ることは出来る――いや、一時的に特質系になることが出来ると言ったほうが正確か――が、本来は一度特質系に変化すると一生特質系のままのはず。

 私のようなケースは稀とのアイシャの談から、アイシャも特質系から元の系統に戻ることは出来ないのだろう。

 

 つまりアイシャは特質系なので……肉体を強化する強化系はもっとも苦手とするはず。この結論に行き着いた時、あの時アイシャが大岩を砕いた事をもう一度思い浮かべる。

 

 ……思いっきり矛盾してないか? あれがもっとも苦手な系統で成せる業なのか? それともアイシャも私のようにどの系統の能力も100%引き出せるとか?

 だが私の能力が判明した時のアイシャの驚きようを見るとそれもなさそうだ。

 

 そんな私の疑問を一蹴するかのような答えが、目の前のアイシャから返ってきた。

 

「行きますよ。……『練』」

 

 一言。そうたった一言を呟いた瞬間。アイシャからオーラが溢れ出た。

 

 気付けば私は地に手をついていた。口も阿呆みたいに半開きとなり、傍から見ればさぞマヌケな絵が見れただろう。

 

 カストロよりも遥かに、いや、明らかにヒソカすらも超えるオーラ量! こんなオーラを私よりも年下の女性が発しているというのか。

 

 ああ、これなら納得だよ。これだけのオーラを纏えば特質系だろうと大岩の1つや2つ砕くことも容易いだろうな。

 

「……すか? 聞こえていますかクラピカ?」

「――!? あ、ああ。すまない、少し呆けていたみたいだ……」

 

 アイシャに話しかけられていたようだが、あまりの光景に我を失っていたようだ。

 

「……どうやってそこまでのオーラを……その年齢で……」

「すいません。それはまだ言えません。……もう少し待ってもらえますか? いつか、いつかきっと話しますから」

 

 アイシャが秘密にしていることはアイシャにとってよほどのことなのだろう。いつか話すと言ってくれているんだ。その時まで待つのが礼儀だろう。

 

「分かったよアイシャ」

「すいません。……それで、どうしましょう。クラピカが望むのならもう少し実力を示しますが?」

「いやこれほど分かり易い見せ方もないだろう。もう充分だよ」

 

 オーラ量の多さ=強さなどと妄言を吐くつもりはないが、さすがにあれほどのオーラを見ると話は別だ。今の私では何をしたところでアイシャにダメージを与えることは出来ないだろう。どれほど技術を身に付けたとしても、アリで獅子に勝つことは出来ない。私がアイシャに挑むというのはそれと同じだ。もっとも、技術においてもアイシャの方が上なんだがな。

 

「……それならいいんですが」

 

――全力を見せなくてもいいのかな?――

 

 そんな呟きが風に乗って聞こえてきたが幻聴だと思う。むしろそう思わせてくれ。

 

「ではクラピカも納得してもらえたようですね。これで貴方の師として充分な資格があると思ってもらえますね?」

 

 ああ、そう言えばそういう名目だったな。元より師として不満を持ってはいなかったのだし、アイシャの実力を知るための方便みたいなものだったのだが。

 

「勿論だ。これからも厳しく頼むよ」

「ええ。徹底的に鍛え上げますよ。特別講師も呼んでいますので、楽しみにしてくださいね」

「特別講師? いったい誰のことだ?」

「クラピカは知らない人ですよ。それよりもここにはもう用はないので天空闘技場に戻りましょう。クラピカは鎖の具現化に専念しなくてはいけませんからね」

 

 そう言ってオーラを垂れ流しにするアイシャ。感じるオーラの禍々しさもなくなっている。【天使のヴェール】を使ったのだろう。かなり便利な能力だな。

 

 さて、帰りも凝をしながら走るのだろう。行きよりも体力もオーラも減っているからな。途中で倒れないように気を入れなくては。

 

 

 

 

 

 

 アイシャの依頼を受けてから8日、ようやく天空闘技場に着いたわさ~。飛行船ってもうちょっと速くならないのかしら? 空の旅も悪くないけど時間が掛かりすぎるのよね~。

 さて、取り敢えずアイシャのところ……に……?

 

「それで、カストロという愚物の部屋は何階の何番なのですか?」

「は、はい! え、えっと、その、か、カストロ選手は、223階の……」

「もっとハキハキと話してはいかがですか? 無駄に時間が過ぎてし