勇者御一行の一人なんだが、勇者と魔王から求婚されて辛い (ペンタブ)
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勇者サイド ─Point de vue de caractère principal─
第一話 勇者様御一行召喚


 俺、行橋宏人は嫌われ者である。特に何かした訳でもないのに、学校に行けば必ず虐められる。

 罵声を浴びせられたり、暴力を振るわれたりもする。トイレにいった後、帰ってくると教科書が無くなっていたなんてこともある。

 しかし誰も俺を庇ったりはしない。それは何故か。答えは簡単。

 

 俺が学校中の生徒から嫌われているからだ。

 

 もう一度言うが、俺は何もしていない。いつの間にか、気が付いたら俺は虐めの標的になっていた。

 先生に言うなんてことはしない。あんなものは役に立たない。親には何度か話した。しかしあいつらは「それは気のせいだ。もっと明るく接すれば良い」なんて馬鹿げた能天気な戯言をほざく。

 使い物にならない。世の中の全てが不足している。それなら頼ることなど無意味だ。だから俺は耐える。虐められても、ただ耐える。それが俺にできる最善で最適の策だから。

 

 朝が来て、俺はすぐさま身支度を整え家を出る。家族には会いたくない。今まで育ててもらった恩はあるが、これっぽっちも俺のことを理解してくれていないのだ。会話なんて意味がない。

 あいつらは俺を腹から産んだってだけで何でも知っているような顔をする。本当は何も知らないくせに、何も見てないくせに。

 俺は既にあいつらを見限っているのだ。それは教員も同じ。あいつらは生きる術を教えるだけで、生きる手助けはしない。

 正直、虐めなんてどこにでも存在する。それが絶えないということは、大体察することができる。初めから虐めを止めるつもりなんてないのだ、やつらは。大人は金の亡者。金が絡まないと行動を起こさない。

 

 高校二年生。俺はこれまでずっと一人であらゆる事をこなしてきた。勉強も、分からないことがあれば周りの人や先生に問わず、自分で調べる。運動も、遅れをとらぬよう色々なスポーツの知識を溜めこんでいる。二人組にならなくてはいけない授業では、無理を通すか学校を休むかのニ択だ。

 成績だってそれなりに良い。数値だけ見れば、俺はかなり優秀な部類だろう。誰も頼らず黙々と授業に勤しんでいることから、教員からはかなりの好印象をうけている。

 まあ、あいつらから期待されても虫唾が走るだけなのだが……。

 

 今日も俺は朝飯と昼飯の為にコンビニに寄って食べ物を買い、パンを食べながら学校へ向かう。月のお小遣いは5000円。無駄な物を買わずに遣り繰りすれば、なんとかこの生活バランスを保っていられる。

 親に迷惑をかけていることは分かっている。だから就職したら死ぬほど働いて、お金を渡したら疎遠になろうと思っている。

 将来の見切りはつけた。俺はどこか適当な会社に就いて、使い潰されて死ぬ。

 なかなか夢があると我ながら思う。本当に夢がある。思わず笑ってしまった。

 

 そんなことを考えていると、やっと学校に着いた。

 朝早いので、人気はない。居るのは恐らく部活動をやっている奴だけだろう。

 なんでそんなに早い時間に登校するのかって? そんなもん決まってるだろ、二度寝するんだよ。

 

 俺は教室に入るとそのまま自分の席に着き、うつ伏せになる。

 二度寝といっても、このまま眠れば誰かに悪戯されるかもしれないので、目を閉じて疲れを癒すだけだ。

 人は目を瞑るだけでも結構疲れが取れるらしい。どこかで聞いたことがある。

 

 そうして何も考えずうつ伏せの状態で目を瞑っていると、そろそろ皆の登校時間なのか廊下から話声が聞こえてくる。

 これからが地獄だ……と、一人暗闇の中で今日一日を生き延びる覚悟を決めていると、ついに誰かが教室に入ってきた。

 

「うわ、またいるよ。キモー」

「マジじゃん。こいつもしかして学校に泊まってんじゃね?」

「かもな! ハハハハ」

 

 うぜえ。学校に泊まるわけないだろう、この低脳共が。

 俺はうつ伏せになりながら教室に入ってきた名前も知らないクラスメイトに殺意を向ける。

 

 そうしていると、続々と生徒が入ってきてあっという間に騒がしくなった。

 俺はその中で、警戒しながら耳を澄ませて自分の新しい噂を探す。これは別に自分の評価を恐れている訳ではない。俺ほど堕ちると、最早自分の悪い噂話すら一つの娯楽として認識してしまうのだ。

 本当に面白い。学校中の女子に告白して周ったとか、電車内で痴漢しているところを見たとか。よくもまあそんなくだらない嘘をつけるものだと笑ってしまう。

 暫く俺の噂話で盛り上がっていると、ピタッと皆の声が止み別の話題に切換えた。

 その瞬間教室の扉が開く。

 教室に入ってきたのは恐らく遠原裕十だろう。彼は学校のアイドルだ。俺の噂なんていうクソにも劣る話題は奴の耳には入れられないらしい。

 奴が教室にいる時は、誰も俺を責めてこない。

 

「みんなおはよう」

「おはよう」

「おー! 裕十おはよう」

 

 遠原は人望が厚い。皆から好かれていて、いつも誰かと一緒にいる。この学校の生徒全員が彼の友達と言っても過言じゃないだろう……俺を省いてだが。なので挨拶もクラスの中を周って皆にする。

 そこで恐ろしいことが起きる。あろうことか奴は俺にも挨拶をしてくるのだ。

 奴は俺が皆に嫌われていることを知らない。だからいつも気さくに話しかけてくる。

 それは普通に嬉しいことだ。しかし、それが学校の超人気者ではなければの話だ。奴が俺に話しかける度に、俺に対する虐めもエスカレートしていく。本当にやめてほしい。

 

「おはよう。行橋君」

 

 どうやら公開処刑の時らしい。

 ここで無視をすれば、また虐めも過激になる。普通に話しても駄目、無視しても駄目、俺にどうしろと言うのか……ああ、つまり「何で存在しているんですか?」ということか。ふざけんな。

 

「……おはよう」

 

 俺は渋々伏せていた顔を上げ、遠原の顔をみる。

 

「うん、おはよう」

 

 遠原は海外の血が混ざっているのか金髪で、瞳は青い。おまけに肌は白く、髪も少し長めだ。顔も中性的で、女装すれば絶対美少女になるだろうという容姿をしている。ネット世界でいう男の娘というやつだろうか。口にしたら殺されそうだ……クラスの奴らに。

 性格は本当に良いらしく、彼が悪いことをしたなんてことは聞いたことがない。まさに「主人公」のような存在だ。俺は彼をこの世界の中心なのではないかと疑ってしまう。眉目秀麗、文武両道。彼に勝る美男子は見たことがないし、成績も俺を抜いて学年一位。運動だっていつも最高の記録を残す。友達も多く、誰からも好かれる。俺とは正反対の存在。俺が踏み台なら、彼は主人公だ。きっと俺は彼がいる限り、引き立て役として虐められ続けるだろう。

 

 そこでヒソヒソと声が聞こえる。「あいつ、また返事してやがるよ」とか「うわ、きも! どうせ裕十君と話せて喜んでるんでしょ?」とか……お前らは遠原と話すだけで喜ぶのか? 相変わらず頭がおかしい連中だな。

 

 そこで教師も入ってくる。

 どうやら今のところ問題はないらしい。運がいいな。いつもはこの辺で死角から消しカスが飛んでくるんだが。

 

 そんなこんなで授業に入る。俺は教師から信頼を得ているので、良く問題を解くようにお願いされる。勿論知らないことは勉強し、知っていることも更に勉強する俺に解けない問題などない。正確な答えを正確な言葉で一つ一つ馬鹿でも分かるように解説する。この瞬間が気持ちいい。俺を馬鹿にしている低脳共を唯一見下せる時なんだ。ここらへんは教員に感謝だな。

 俺が問題を解き終わると、教師は拍手をして俺を褒める。……そういうのはいらない。

 周りの射殺すような視線が痛いが、ここで退く訳にはいかない。俺のアイデンティティーは不滅だ。

 俺が周りを見下し優雅に席に着くと、後ろから消しカスが飛んでくる。

 まったく痛くないな。どうしたんだ? いつものように拳を使いたまえよ、キミ。

 

「……フッ」

 

 おっと、つい鼻で笑ってしまった。これはいけない、きっといつもより虐めが過激になるだろうな。

 

 そうして気持ちの良い気分のまま放課後になった。いつもなら既に何度かサンドバックになっている筈だが、今日はつくづく運がいいらしい。学校のアイドルである遠原が教室の中にずっといた為、皆表立って俺を攻撃できないのだ。

 それにしても本当に気分が良い。今日はゲーセンにでも寄るか……いや、やめておこう。なんだかゲーセンでクラスメイトとエンカウントしそうな気がする。

 

「ああ、行橋君」

「?」

 

 俺が最高潮の気分でこれからの予定を考えながら校門に向けて足を運んでいると、遠原に呼びとめられた。

 何事かと遠原の方を向くと、後ろに三人、それもこれまた学校の有名人揃いだ。

 

「はあ? なんで行橋に声かけんの?」

 

 あからさまに嫌な顔をする女

 

「別にいいだろ。人数は多い方が楽しいじゃないか、朱美」

 

 爽やかスマイルでフォローする男

 

「うん、そうだよ」

 

 おっとりした笑顔で賛同する女

 

 久遠朱美、仰木祐真、篠原鈴香……恐ろしい面子だ。遠原も入れて四大魔王と読んでもいいレベル。

 久遠朱美はこの学校の二大美少女の一人で、赤みがかった黒いロングヘアーにスタイルの良い身体。少しキツめの吊り上った攻撃的な目が印象的だ。成績優秀で人望も厚い。ただ少し棘があるので、嫌いな人は嫌いだ。勿論俺は嫌いだ……クソ女と呼ぶくらいには。

 篠原鈴香はおっとりしていて癒し系な感じだ。こいつも学校の二大美少女の一人。遠原の幼馴染らしく、俺の噂を知らないだろう数少ない人物だ。彼女にはヒロインの称号を与えてやってもいいだろう。

 そして仰木祐真。野球部のエースでがたいが良い。顔も整っていて、遠原の次にモテる男……いや、そんなことはどうでもいい。こいつは俺の噂を知っているんだ。そして俺が虐められていることも。周りでは優しい善人で通っているみたいだが、俺から言わせればこいつはただの偽善者だ。自分の利益にならなければ誰にも手を差し伸べない。クソ筋肉達磨め。

 

「……何の用だ?」

「え? ああ、うん。これから僕達どこかへ遊びに行こうと思ってるんだけど、宏人君も一緒にどうかな?」

 

 話しかけておいて何故かボーっとしている遠原に用件を聞くと、ハッと我に帰ったのか用件を話しだした。

 

「一緒に?」

「うん」

 

 何考えてんだこいつ。朝挨拶するだけの関係の奴を、こんな面子の中に引き入れるとか頭おかしいだろ。どうやらこいつは「勉強ができる馬鹿」のようだな。話にならない。

 

「そうだ、カラオケに行かないか? 最近ストレスが溜まっててな。歌って発散したい」

「えー。祐真音痴じゃん」

「な、べ、別にいいだろ!? 歌って気持ちよくなれるなら!」

「ふふ、そうだね。私も久しぶりに歌いたいかな」

「はあ。まあいいよ。今日はカラオケに行こうか」

 

 うるせえ。こいつら本当に学校のトップカーストかよ。騒がしいな。……いや、俺みたいなやつが珍しいのか?

 

「それじゃあ行こうか!」

「ああ、それじゃあな」

「……え?」

 

 え? なに? 今の流れってこのまま俺の存在忘れて勝手にどこか行く感じじゃなかったの? なんでそんな驚いた顔してんだよ遠原。

 

「あ、あの……行橋君は行かないの?」

「当たり前だろ」

「はあ? その言い方は少しおかしいんじゃないの?」

 

 そこで久遠が突っ掛かってきた。チャームポイントでもある鋭い眼光を俺に向けて、明らかに威嚇している……本当に獣みたいだな。

 

「何が?」

「裕十がせっかく誘ってあげてるのになんで断るのよ!」

「別に頼んでない」

 

 マジでなんなんだこいつ。勝手なこと言いやがって……そんなんだからクソ女なんだよ。クソ女。

 

「あ、い、いいよ朱美。行橋君にだって用事があるんだし」

「でも……」

「そうだぞ。余り自分勝手に考えるな。お前の悪い癖だ」

「……分かってるわよ」

 

 遠原と仰木によって正気を取り戻したのか、俯いて返事をした久遠。

 何で誘いを断られた遠原がフォローに回っているんだ……これだから獣の扱いは難しいんだ。

 なんなの? これもう帰っていいの? ……帰るわ。茶番に付き合ってやるほど暇じゃない。

 

「それじゃあな」

「う、うん。またね」

 

 俺は適当に挨拶を交わして、校門へ向かおうと足を上げる。

 

──その瞬間、地面に眩い光が出現した。

 

「うわ!」

「な、なんだ!?」

「きゃあ!」

「なによこれ!?」

「グッ目がぁぁぁああ!」

 

 突然のことで少し反応が遅れて、俺は光を直視してしまった。

 痛い! これ絶対盲目になったよ!

 一瞬遅れて目を瞑り、顔を腕で覆う。

 そして暫く光に耐えていると、一瞬フワッとした浮遊感に襲われた。その後に光は消え、恐る恐る周りを確認してみる。そこに広がっていたのは、見たこともない場所だった。




編集ミスで一度消去してしまいました。気づいた人がいるか分かりませんが、一応書いておきます。


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第二話 雑魚確定

「な、なんだここ!?」

「ちょ、ちょっとどうなってるのよ!?」

「……」

 

 うるさいな……少しは静かに状況把握ができないのか? 

 そうは言うものの、俺も大分混乱していた。まともに状況把握なんてできる訳もなく、俺はただ周りの景色を眺めているだけだ。

 どこかの教会の様に神聖なオーラを感じる美しいステンドグラス。周りは大理石でできているのか白く艶のある壁だ。これと言って小物はなく、あるとすれば壁際に鎮座している騎士の鎧ぐらいか。地面には俺達を中心に何やら魔法陣的なものが描かれている。

 

「おお、勇者様方。よくぞいらっしゃいました」

 

 そこで突然前から声がかかった。

 先ほどまで誰もいなかったはずなのだが……。

 前を向くと其処には長い髭を生やしたおっさんがいた。ふと下を見ると、おっさんの足下にも何かの魔法陣的なものが描かれていた。

 

「あ、あの……これはいったい」

 

 皆が呆けて何も言えない中、遠原が先陣を切って質問した。

 流石主人公だ……が、後三秒遅ければ俺が質問していた。本当だぞ。

 

「はい。我々が勇者様方を召喚した理由でございますね」

 

 別にそんなこと聞いてねーよ。そっちも気になるが、理由じゃなくてどうやって召喚したか聞きたいんだよ。それに勇者様方って……ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし。まあ、現在進行形で超常現象が起きているので何も言えないのだが。

 

「単刀直入に申し上げますと……勇者様方には魔王を打倒してもらいたいのです」

「本当に単刀直入だな。もっとこう、前置きとかねえのかよ」

 

 びっくりしたわ。何言ってんだこいつ。これじゃあ益々混乱するだけだろう。

 

「とは言いましても、我々には時間が無いのです」

「時間がない? それはどういうことですか?」

 

 そして遠原は見たことがないほどの真剣な表情で事情を聞いてる。

 なにこいつ今の説明で何か察したの? てかもっと混乱しろよ、お前だけ不自然だぞ。本当にこいつ主人公なんじゃないの? 産まれる世界間違えたの?

 

「はい、それが……」

 

 おっさんは事の詳細を話し出した。

 現在人類と魔族が戦争を起こしていて、世界各地で戦いが起きているようだ。魔族の力は強大で、人類の矮小な魔力では太刀打ちできない。今のところ防戦一方で、このままいくと後半年ほどでこの国、アーヴァクライルは魔王軍に攻め入られ滅びてしまうらしい。そこで最後の希望である勇者を召喚したとのことだ。この国の伝説では、勇者御一行は四人。其々が特別な力を有しているらしい……ん?

 

「あれ? 俺達五人じゃ……」

「そうですな……もしや無関係の人を巻き込んだ可能性がありますな」

「え!? どうするのよ、それ!」

「ふーむ。しかし伝承では、勇者は魔王を打倒した時光に包まれ元の世界に帰還すると綴られていまして……」

 

 なんだその都合のいい伝承は。俺達にただ働きさせるつもりか? 戦争って言うからには、いつ死ぬか分からない戦いなんだろうに。

 というか巻き込まれた奴って絶対俺だろ。明らかに浮いてるだろ、色々と。

 

「……事情は分かりました。僕達が魔王を打倒すれば良いんですね?」

「おお、やってくださいますか」

「ちょっと正気!? 私達、死ぬかもしれないのよ!?」

「そんなことを言っても、このまま何もしないままでも半年後には僕達は死ぬじゃないか! それに帰る方法も魔王を倒す以外にないみたいだし……」

 

 主人公強すぎ。なんでそんなに簡単に決心できるんだ? 俺には無理だぜ。それに……

 

「おい、おっさん」

「は、はい。なんでしょうか?」

「お前の話、全部本当なんだろうな?」

「はい、魔王軍はあと半年後には……」

「そこじゃない。元の世界に帰る方法だ」

「は、はい。伝承ではそのように……」

「……」

 

 ……嘘はついていないみたいだな。

 俺の特技は人間観察と自己分析だ。嘘をついているかどうかは目を見れば大体分かる。

 このおっさんは嘘をついていない。というか、かなり曖昧な感じだった。もしかすると、其処まで伝承に詳しくないのか、若しくは伝承そのものが欠損していて詳しい情報が分からないのか……。どちらにせよ、俺達の前にこのおっさんが現れたということは、このおっさんが最も事情の説明に適しているからだろう。それで分からないとなると、元の世界に帰る術を知りえる者はいないかもな……戦うしかないか。

 

「……分かったよ」

「はあ、ありがとうございます」

 

 この五人の中で、巻き込まれたのは俺だろう。つまり、俺には特別な力なんてものはない。ただの人間だ。この殺伐とした世界で生きていけるのか……。

 

「とりあえず、自己紹介しましょうか。僕は遠原裕十」

「そうね。私は久遠朱美よ」

「篠原鈴香です」

「仰木祐真だ」

「……行橋だ」

 

 俺は下の名前を呼ばれるのが大嫌いなんだ。それは単純に「仲良し」に見えるから。別に親しくもない他人から宏人なんて呼ばれたら、思わず殴りかかってしまうほどに嫌いだ。

 人間不信を決めた時から俺は誰にもこの名前を呼ばれないようにしている。

 昔仲が良かった奴も、わざと嫌がらせして嫌われたぐらいだからな。

 

 おっさんは俺達の自己紹介を聞いて、目を瞑り何度か俺達の名前を呟くと、目を開き一礼をした。

 

「私はこの王国を治めているロードレイ=オニキスというものです」

「王様!?」

「マジか!」

 

 え? 俺かなり無礼な発言してたよな。ヤバいこれ打ち首の刑に処される……。

 

「いえいえ。私など一人では国一つ護れぬただの人です。どうか畏まらずに」

「そ、そうですか」

 

 それは勇者の機嫌を取るためでは? 俺はただの一般ピーポーだぜ!

 

「それでは先ずは、ステータスを確認しましょうか」

「ステータス?」

「はい。心の中で自分の情報を見たいと念じてください」

「は、はあ」

 

 

────────────────────────────────

 

行橋宏人

 

年齢:16

 

性別:男

 

レベル:1

 

職業:無し

 

体力:13

 

筋力:12

 

技量:13

 

敏捷:9

 

魔力:3

 

信仰:0

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳

 

称号:拒絶者

 

────────────────────────────────

 

 

 よわ! 何これ貧弱すぎィ! 称号だけ無駄に格好いいな!

 

「……どうでしたかな?」

 

 国王様が控えめに聞いてくる。

 

「どうやら僕が勇者みたいです」

「俺は重戦士だ」

「私は魔術師だったわ」

「私は魔法使いでした」

「……」

 

 やはり俺がはぶられたか……大体予想はできていたが、心のどこかで期待していたのか少しキツイ。

 

「……では行橋様が巻き込まれたのですね?」

「ああ、そうみたいだな。俺はこれからどうなるんだ? いらない人間は捨てるか?」

「滅相もございません! 行橋様を巻き込んだのは此方の不手際です。出来る限りの援助は致します」

「そうかい」

 

 どうだかねえ。正直暗殺されそうで怖いのだが。これからどうしようか……俺だけ此処に残るのも怖いし、かと言って勇者様に付いて行くのも死と隣合わせだ。俺の居場所なんてどこにもないじゃないか。いつもと変わらんな。

 

「行橋君はこれからどうなるんですか?」

 

 勇者様が質問した。流石だぜ、気が回るな。

 

「そうですね。勇者様方が魔王を打倒するまで私の城で匿うのはどうでしょうか」

 

 はあ!? い、嫌だ! そんな敵陣のど真ん中に放り込まれるようなこと認められるか!

 

「こ、断る!」

「何故です?」

「当たり前だろ。俺は正直あんたらを信用していない。勇者の味方が俺の味方とは限らない」

「しかし……」

「な、なら僕達と一緒に行こうよ!」

 

 くそ、このニ択か……。城に閉じこもるのは論外だ。ならば仕方なし。

 

「分かった。俺は勇者様に付いて行くよ」

「本当!?」

 

 なんだこいつ。喜びすぎだろ。まあ、数少ない元の世界の知り合いだ。殆ど知らない仲でも一緒に居た方がいいか。それに、少なくともこいつは表裏が存在しない。俺はそう思っている。

 

「勝手に死なないでよね」

「別に死のうが死ぬまいが俺の勝手だろ」

「はあ?」

 このクソ女……。なんで俺が他人に生死を決められなければならないんだ。死ぬときは死ぬ。それはもうあっけなく。だって能力的に村人Dだもんな。しょうがない。

 

「それでは、勇者様方。此方をどうぞ」

 

 そう言って王様は四枚の板を勇者達に渡した。俺にはないのか……。

 

「これは?」

「ステータスプレートでございます。これを使用すると、他人にもステータスが見えるようになるのです」

「へえ、便利ね」

 

 なるほど。勇者様方の実力を目視することで、値踏みしようって魂胆か。いい判断だな。

 四人がプレートを一枚ずつ受け取ると、文字が浮かび上がってきた。

 

 

 

────────────────────────────────

 

遠原裕十

 

年齢:16

 

性別:男

 

レベル:1

 

職業:勇者

 

体力:36

 

筋力:32

 

技量:32

 

敏捷:30

 

魔力:25

 

信仰:25

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳・光の波動・精霊の加護

 

称号:救世主

 

 

 

────────────────────────────────

 

久遠朱美

 

年齢:16

 

性別:女

 

レベル:1

 

職業:魔術師

 

体力:23

 

筋力:10

 

技量:11

 

敏捷:10

 

魔力:40

 

信仰:10

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳・魔術師の知恵・マジックブースト

 

称号:魔女

 

────────────────────────────────

篠原鈴香

 

年齢:16

 

性別:女

 

レベル:1

 

職業:魔法使い

 

体力:19

 

筋力:9

 

技量:9

 

敏捷:10

 

魔力:34

 

信仰:30

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳・魔法使いの知恵・ヒールブースト

 

称号:聖女

 

────────────────────────────────

 

仰木祐真

 

年齢:16

 

性別:男

 

レベル:1

 

職業:重戦士

 

体力:40

 

筋力:45

 

技量:20

 

敏捷:15

 

魔力:10

 

信仰:10

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳・テンションアップ・鉄壁

 

称号:正義の盾

────────────────────────────────

 

 

 

 

 つ、つえぇ。レべル1でこれかよ。もしかしてレベルの限界って10だったりするのか? ……そんなこと言ったら俺が本当に弱くなるからやめておこう。

 

「ほほう。これは素晴らしい。流石勇者様ですな」

「これはそんなに凄いのですか?」

「はい、それはもう。勇者様はレベル1で我が王国の騎士長クラスの力を持っております」

「へえ」

 

 「へえ」ってなんだよ。もっと喜べよ。俺のプレートもあったら見せてやりたいな。俺のステータスを見ても同じ反応ができたなら一発殴ってやる。……そんなことしたら殺されるな。くそ、ステータスで全てが決まる世界なんて認めないぞ。限界を超えてやる!

 

「それでは今回はここらで、お終いにしましょう。皆さまも突然の召喚で動揺していることでしょうし、それぞれ部屋へ案内しますので今夜はそこでお休みになってください」

 

 おお、休めるのか。眠かったから助かる。けど、寝込みを襲われたりとか考えると眠れなさそうだな。まあ、反応できても村人の力じゃ抵抗できなさそうだが。

 

「一人一部屋なんですか?」

「要望があれば部屋割を変えますが……」

「え、えっと、それなら……」

 

 なんだ、遠原。なんでこっちを見る。

 

「あ、ほら! 僕達も突然召喚されて警戒してるんですよ。なので男女に部屋を分けた方が良いと思います」

「なるほど。しかしそうなると二人部屋になりますが……御三人の男は如何なさいますか?」

 

 一人はぶられるのか……ってまた俺じゃねえかよ!! ふざけんな!

 

「えっと……」

「俺が一人になるのか」

「!? い、いや! 三人ぐらいなら入りますよ!」

 

 はあ? 何言ってんだこいつ。二人部屋は二人が限界だから二人部屋なんだろうが。それに筋肉達磨もいるし、暑苦しくてかなわん。

 

「俺が一人になるよ。身体が大きいからな、少し迷惑をかけるだろうし」

「そ、そんなことないけど……ごめんね」

「いいよいいよ」

 

 どうやら筋肉達磨が一人になるらしい。自分が邪魔だってことをちゃんと理解してたのか、感心感心。遠原もなんだかんだ言いつつ筋肉達磨が抜けるといったら否定しなかったし、意外と邪魔だと思ってたのかな? そうしたら笑えるんだが。俺は他人の不幸を笑うのが趣味の一つなんだ。

 

「それでは、お部屋へ案内致します」

 

 疲れた……今日はもう何もないみたいだし、部屋に入ったら寝るか。遠原と一緒だから気まずいしな。



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第三話 二人部屋

 国王様は俺達を部屋へ案内するとのことで案内人を呼んだ。

 国王様自らが案内するわけではないのか……。当り前か、勇者といえどただの一般人。そんな者に一国の王が甲斐甲斐しく手を貸すわけがない。

 案内人は二人。女性だ。どちらも美人で、つい目が上へ下へと向いてしまう。

 

 その内の銀髪の美人さんが此方に来た。

 

「私は御三人様を案内するよう仰せつかったセルミア=シトリンと申します」

「ああ、うん。よろしく」

 

 随分仰々しいな。まあ一応国の最後の希望だし、失礼のないよう細心の注意を払っているのだろう。余りにもお堅い感じなので、こっちも畏まってしまう。日本人だから仕方ないね。

 

「では、こちらへどうぞ」

 

 そう言ってセルミアさんは俺達を案内してくれる。女子の方も同じように案内されてどこかへ行ってしまった。

 

「それにしても、美しい宮殿ですね」

「はい。国の中心ですから、見栄えも良くしなければいけないので」

「掃除が大変そうだ」

「掃除は係の者が二十四時間体制で交代交代行っています」

「うわぁ……」

 

 凄まじいな。掃除をし続けなければならないなんて、苦行以外の何物でもない。しかし本当に綺麗だ。一日中掃除しているからか、シミ一つ見当たらない。これは汚したらすぐにバレるな。

 

「綺麗だね」

「え? あ、ああ」

 

 いきなり話しかけるなよ遠原。一瞬俺の後ろに筋肉達磨がいるのかと勘違いしちゃっただろ。アイツは目の前に居るわ。

 

「こちらが一人部屋になります」

「お、そうか。ありがとうな」

「またね、祐真」

「ああ、またな」

「……」

 

 俺は挨拶をしない。何故? そんなもん挨拶されてないからに決まってるだろ。俺は自分からは挨拶をしないんだ。人間不信を決めた時に誓ったことの一つだ。……今更だが、随分と安い誓いだな。

 

 それからはまた暫く歩いた。廊下は一直線になっているので、特に迷ったりはしない。

 

「二人部屋ってどんな感じかな?」

「さあな。見れば分かるだろ」

「そうだね……あ! ベッドとかってどうなんだろ?」

「さあな。見れば分かるだろ」

「もしかして、ダブルベッドだったりして!」

「さあな。見れば分かるだろ」

「……そうだね」

 

 なんなんだよ。筋肉達磨と分かれてからやけに話しかけてくるな。落ち着きがないっていうか……あれか、友達が居なくなって寂しいのか。分かるぜ、俺も最初の頃はそうだった。勇者様でも苦手なことがあるんだな。

 

「……こちらが二人部屋になります」

「ありがとう」

「いえ」

 

 扉の形とかは一人部屋と変わらんな。どうやって見分けてるんだ? 長年の勘ってやつか?

 

「それでは、夕食の準備をしてまいります。時間になったら部屋へお運びしますので、それまでご自由にお過ごしください」

「うん、助かるよ」

「……」

 

 セルミアさんは綺麗に一礼すると、元来た道を引き返した。食堂は反対方向のようだ。

 ……腹減ったな。飯まで寝ようかね。

 

「うわぁ、凄いね」

「……ああ」

 

 中に入ると、何て言うか……凄い景色が広がっていた。見るからに豪華な装飾品に純白のシングルベッドが二つ。身支度を整える為の大きな鏡やら部屋を照らすシャンデリアやら……目がチカチカする。部屋の奥側に大きな窓が付いていて、そのすぐ近くに、レストランなんかで見るテーブルがある。客室のようだが……完全に貴族などを招待する時の部屋だ。

 

 俺が茫然と立ち尽くしていると、遠原が部屋に入った。そしてベッドに腰を下ろす。俺もハッとなり中に入り扉を閉める。そこで遠原が何か呟いた。

 

「……シングルベッドなんだ」

「ん? どうかしたか?」

「え? あ、いや、別に……それにしても豪華な部屋だねえ」

「まあ、勇者様を招待するんだ。これぐらいはしないと、ご機嫌取りにならないだろう」

 

 俺は窓際のベッドに腰を下ろす。余りに柔らかくてフワフワしていたので、座る勢いで身体が沈んでしまった。

 

「凄いな。逆に寝づらそうだ」

「そうだね……これからどうする?」

「とりあえず、夕飯が来るまで寝る」

「……そうなんだ」

 

 遠原は少し寂しそうに俯いてしまった。……いや、笑ってる? 表情が見えない。まあどっちでもいい、とりあえず横になって眠ろう。

 

「ご飯が来たら起こすね」

 

──! そうか。もし寝たら俺は遠原に起こされないといけないのか。それはいけない。俺は誰の手も借りず生きていくと決めたんだ。ここで眠れば遠原の手を借りてしまう。それも、こんなくだらないことで。……無理だな、眠れない。

 俺は重要なことを思い出し、身体を勢いよく起こした。

 

「わ! どうしたの?」

「あ、いや、やっぱり眠るのはやめとくよ」

「……どうして?」

「よく考えたら俺って寝覚めが悪くてな、起きてすぐに飯なんて食えないんだ」

 

 俺の性格を遠原に知られる訳にはいかない。なぜなら、こいつは優しいからだ。俺が手を借りる訳にはいかないと言えば、こいつは絶対にゴリ押してでも寝かしつけてくる。少なくとも、学校で言われている遠原はそうだ。

 

「へえ、そうなんだ。あ、だから毎日登校しながらパンを食べてるんだね」

「ああ、そうなん……ん?」

 

 待て、こいつ今何て言った? 毎日登校しながらパンを食べてる? おい、待てよ……あの時間帯は俺以外に登校している人はいないはずだ。仮にいたとしても、いつもクラスの最後辺りに登校してくる遠原が何故そんなことを知っている?

 

「……なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」

「え? あ! ……えぇと、ほら! 友達が朝に行橋君のことよく見かけるみたいで」

 

 こいつ、目が泳ぎまくってるな。あからさまに動揺している。それに嘘をついている。何を隠している? もしかして、こいつも俺の事情を知っているのか?

 

「……お前、俺の噂を知ってるのか?」

「え? 噂? 何それ」

 

 今度は本当だ。どうやら噂は知らないようだ。なら何故動揺した? それに嘘なんかつきやがった。俺のことを毎朝見かけているのか? ということは……

 

「そうか。お前、部活動やってたんだな」

「う、うん」

 

 なるほど、納得だ。部活動をやっていれば、朝俺を見かけることもあるだろう。それに最後に教室に入るのも、何かの片づけをしているだけかもしれない。いやはや、いけないな。主人公兼勇者様を疑うなんて、俺も堕ちるところまで堕ちたな。

 

「ご飯までなにする?」

「俺と居ても退屈だろうし、お前は筋肉……じゃなくて仰木のところにでも行けばいいんじゃないか?」

 

 正直話すことなんてなにもない。俺と遠原は全く正反対の存在だ。反発し合ってもおかしくない。俺なんかと一緒に居ても、嫌になるだけだろう。

 

「……それじゃあ一緒の部屋になった意味がないじゃないか」

「え? 今何て言ったんだ?」

「何でもないよ」

 

 こいつはたまに小さな声で何か呟くんだよな……まるでボッチみたいだ。因みに俺はボッチだが、独り言は少ない。

 

「あ! それじゃあ、ジャンケンとかして遊ぼうよ」

「なんでそんな幼稚な遊びを……すぐに飽きるだろう」

「大丈夫だよ。あっち向いてホイとか色々あるし、時間を潰すにはもってこいだよ」

 

 遠原はそう言ってベッドから立ち上がり、俺の横まできて隣に座った。

 近い近い! もっと隙間開けろよ、身体がピッタリくっ付いてるだろ。仲良しカップルでももう少し自重するぞ。

 

「……ねえ、しよ?」

 

 遠原の身長は俺より低いので、自然と上目遣いになってしまう。

 おいやめろ。そんな目で俺を見るな、浄化されてしまう。俺から穢れを取ったら何も残らないだろ! というかその顔でその目は反則だろ。美少女にしか見えない。新しい扉を開いてしまいそうに……ハッ! いかんいかん駄目だ俺の馬鹿野郎!

 

「わ、分かった。だから少し離れてくれ」

「あ、う、うん。ごめんね」

 

 そこで顔赤くするなよ。狙ってるのか? 恐ろしい男だ。流石勇者様……関係ないか。

 

「ほれ、あっち向いてホイしようぜ」

「うん」

 

 お互い向き合う形で座り直し、真剣な表情で顔を見合う。

 

「せーの……」

『ジャンケンポン!』

 

 俺が勝った! ふはは! ジャンケンに勝ったら最早勝負に勝ったと言っても良い! 俺の観察力を舐めるなよ! 貴様の表情からどの方に向くのか予測してやる!!

 

「あっち向いて……」

 

 目の動きから察して……右だ!

 

「ホイ!!」

「な!?」

 

 俺の読み通り遠原は右を向いた。

 

「……俺の勝ちだな遠原」

「クッ」

 

 遠原は本当に悔しそうに歯を食いしばった。

 そんな反応されると流石の俺も心にくるものがあるのだが……。

 

「もう一回!」

「お、おう」

 

 その後も何度か勝負したが、俺が全勝してしまった。まあ、これは俺の鍛え抜かれた観察力が有ってこそだ。

 それに途中から遠原は勘で動いていたのか読みが外れる事があったし、もう少し勝負が長引けばやられていた。こんなところで成長しても格好良くないぞ、勇者様。

 

「つ、強いね。行橋君」

「まあな。人間観察は俺の得意分野だ。お前の表情から大体の動きを予測できる」

「へえ、凄い特技だね! 僕も習得できるかな?」

 

 おい、お前何で自分の実力を聞いた時より驚いてんだよ。驚くところ違うから。

 

「そうだな……とりあえず、友達100人殺せば習得できるんじゃないか?」

「え?」

「……冗談だよ」

「あはは、もう! 怖いこと言わないでよぉ」

「悪いな」

 

 なんだこれなんだこれなんだこれ。俺は今男と話してるんだよな? これはまずい、想像以上に遠原が女の子してる。そろそろ俺の精神が保たないんだが……筋肉達磨部屋代われ。

 

 遠原を余所に俺が己の理性と戦っていると、扉がコンコンッコンコンッ、と四回ノックされた。

 

「失礼致します。夕食をお持ち致しました」

「はい。ありがとうございます」

 

 もうそんな時間なのか……意外と暇つぶしになったな、ジャンケン。

 どうやら思った以上に俺は楽しんでいたようだ。

 

 セルミアさんは豪華な装飾が施された銀色のワゴンから美味しそうな料理を取り出すと、部屋のテーブルに一つ一つ綺麗に置いていく。

 

「うわぁ、美味しそうだね!」

「あ、ああ」

「恐縮です」

 

 料理はスープと何かのステーキ、そしてパンが数個。飲み物はワインのような赤い液体だ。

 

「では、数刻後に食器を回収しに来ますので、それまでごゆっくり……」

「うん、ありがとう」

「……」

 

 さて、食うか……毒なんか入ってないだろうな? いや、それは考え過ぎか? このまま目の前の御馳走を見逃すわけにはいかないし、頂くか。

 

 俺達は適当に椅子に座り、向かい合わせで食事を取る。

 

「これ美味しいよ!」

「そうだな」

 

 ステーキを食ってみたが、上等な肉なようで本当に美味い。これは食が進むな。

 ……今さらだが、足手まといの俺がこんな物を頂いていいのだろうか。

 

「……なんか、幸せだな」

 

 遠原が窓から見える夜空を見ながら呟く。

 少し顔が赤いな。もしかしてこの赤い飲みもの、本当にワインだったのか?

 試しに少し口に含んで見るが、アルコールは感じられない。何かのフルーツだろうか、不思議な味だ。

 

「明日からは忙しくなるぞ。それに、これから俺達は死地に向かうんだ。そんなに浮かれていられない」

「うん。分かってるよ、ただ……」

「ただ?」

「……いいや、何でもない」

 

 遠原はそう言って微笑むと食事に戻った。

 不思議な奴だな。何を考えているのか分からない。流石勇者、他人に心を悟らせないとは……。

 

 食事が終わると、そこに待機していたかのような絶妙なタイミングでセルミアさんが食器を片づけに来てくれた。まさに完璧なメイドだな……メイドなのか? それっぽい服来てるしメイドでいいか。

 

「それじゃあ寝るかな」

「そうだね」

 

 やっと眠れるぜ。今日は本当に疲れた。きっと授業でドヤったせいだな。神様がムカついて俺に無理難題を押し付けたんだろう。

 これから大変だ。俺は弱い。だが、遠原達に守られている訳にはいかない。成長しなければ……一人で戦えるように。



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第四話 最強の師

 夕食を終えた俺は、すぐさまベッドに潜り眠りに着こうと目を瞑った。

 そうして何事もなく安心して眠れた……とは言えないな。

 俺はここの人を完全に信用していないので、暫くの間は寝たふりをしながら周りを警戒していたのだ。

 何時間か警戒していたが、流石に押し寄せる睡魔には勝てず意識が朦朧としてきたその時、事件は起こった。

 遠原の奴が寝ぼけてこちらのベッドに入ってきたのだ。

 恐ろしかった。突然バッと起き上がると、そのままフラフラした足取りでこちらに向かってきて、そのままベッドに潜りこんでしまったのだ。あの時は悪魔に憑かれたのでは? と、本気で疑ってしまった。

 何度か呼びかけたが一向に起きる気配がないので、俺はできるだけ端に寄って眠ることになってしまった。何故自分のベッドで他人を気遣わねばならんのか。

 

「いやー良く寝た!」

「俺のベッドでな」

「ご、ごめん」

 

 遠原は本当に記憶がないらしく、無意識で動いていたようだ。怖すぎる。本当に勇者なのか? まさか、勇者の皮を被った魔族なんじゃ……。

 

「失礼致します。遠原様、行橋様。朝食の用意ができましたので、食堂まで案内致します」

 

 遠原から少し距離を置いて身支度を整えていると、セルミアさんがやってきた。

 

「あれ? 部屋じゃないの?」

「朝食の後は其々にお話がありますので、一度集まった方がいいとのことです」

「あ、そうなんだ」

 

 話か……大凡これからの方針だろうな。いくら勇者でもレベル1では話にならない。何かしらの特訓をして、レベルを上げる必要がある。

 

「では、こちらへ」

「うん」

「……」

 

 暫くセルミアさんの後ろを付いて歩いていると、筋肉達磨の部屋で立ち止った。どうやら、これから呼ぶようだ。

 

「失礼致します。仰木様。朝食の用意ができましたので、食堂まで案内致します」

「おう、すまないな」

「おはよう、祐真」

「ああ、おはよう」

「……」

 

 早く飯食いに行こうぜ。気まずくて仕様がない。遠原は昨日の件で少しは慣れたが……仰木、テメ―は駄目だ。お前だけは絶対に許さない……あとクソ女。

 

 食堂に着くと、既に女子が座っていた。

 

「おはよう、裕十、祐真」

「おはよう」

「うん、おはよう。二人とも」

「おう、おはよう」

「……」

 

 あのクソ女……わざと二人の名前を強調しやがった。そんなことしなくてもお前になんか挨拶しねえよ。獣の分際で自惚れんな。

 

 俺達が食堂に着いた数分後、国王様が御来場なさった……俺も随分仰々しいな。国王様も畏まるなって言ってたし、こんな大げさに畏まらなくていいか。でもそれは勇者に言ったのであって俺には言ってないかもしれないな。ここでまたおっさんなんて呼んだら打ち首の刑だ。

 

「おお、勇者様方。良くお休みになりましたかな?」

「はい! それはもう……」

「俺は、どっかの誰かのせいで疲労半分だがな」

「うっ……ごめん」

 

 そうだ、反省しろ。貴様は俺の安眠を妨げた。まあ、あいつが俺のベッドに潜りこまなくても疲労は取れていなかっただろうけどな。

 

「どうかなさったのですか?」

「いえ、特に……」

 

 若干気まずい雰囲気になりながら、俺達は食事をとった。

 朝食はスープとパンだ。スープはなんか……美味しいんだが少し味が薄い。パンはふっくらしていて美味しかった。できたてなのか温かかったしな。

 一つ言わせてもらうと、国王様が近くにいるから食のマナーとか色々頭が回って緊張した。もう国王様と食事はしたくない。

 

「では、これからの方針に付いてお話しましょうか」

「方針ですか?」

「はい」

 

 やはりな。このまま美味しい物を食べて過ごしていきたいところなんだがな。ベッドに潜って眠りたい。働きたくないでござる。

 

「これから勇者様方には、特別な訓練を受けていただきます」

「特別な訓練? それはいったいなんですか?」

「勇者様御一行。遠原様、仰木様、久遠様、篠原様は一週間の間それぞれの専門の師の下でレベルを上げるべく訓練して頂きたいのです」

「専門ですか……」

「はい。遠原様と仰木様は我が王国騎士長の下で、久遠様は国家魔術師長の下で、篠原様は教会の司祭から」

 

 国家魔術師長? 聞いたことないな。名前だけでも強いと分かる。格好いい。

 ……ていうか、俺は?

 

「あの、俺はどうするんですか?」

「行橋様は一般ステータスらしいので、教習の為の騎士を一人呼んでおります」

 

 そうか、良かった。これで「お前戦力にならねーから!」なんて言われたらどうしようかと思ったぜ。

 

「では、皆様をそれぞれの師の待つ場所へ案内しますので、詳しい説明はそこで……」

「皆別々なんですか?」

「はい。騎士長は闘技場に、国家魔術師長は魔法図書館におります。教会の司祭は城門にて待機しているはずですので、そこまで」

 

 そう言って国王様は、セルミアさん達に勇者様方を案内させるよう指示した。

 勇者達がセルミアさん達に先導され食堂から消えると、後に残ったのは俺と国王様だけだ。

 

「……俺は何処へ行けば?」

「ああ、行橋様は移動しなくて大丈夫ですよ。恐らくもうじき到着するでしょう」

 

 ……怖い。このまま数人に囲まれて殺されたりしないだろうな? 一応、逃げられるように警戒しておくか。

 

「失礼します。ソレが私の担当する者ですか?」

 

 そこで、勇者様方が出ていった扉から誰かが入ってきた。

 女だ。それも飛び切り美少女。

 俺より年下なんじゃないのか? 

 

「そうだ。この者は勇者様の御友人だ。失礼の無いように教授せよ」

「はっ」

 

 少女は国王様の言葉に、白というよりは灰色と言った方がしっくりくる長い髪をフワッと浮かせ綺麗に一例した。その一つの動作が様になっていて美しい。

 

「では、あとのことは彼女から聞いてください。彼女は我が王国でも有数の槍使いです。きっと行橋様を強く逞しくしてくださるでしょう」

「は、はあ」

 

 国王様はそう言って食堂を出ていった。

 あの人は何を考えているんだろうか。俺なんかの為に師を用意するとは……本当に良い人なのか?

 

「……私の名はセイレン=ミラエル。好きに呼んでくれて構わない」

「行橋だ。行橋と呼んでくれ」

「……」

「……」

 

 俺が自己紹介をするとセイレンさんは眉を寄せ、アメジストの様な綺麗な瞳を細め睨んできた。

 なんだ? 睨んできて……ああ、態度がデカイのか。

 

「すみません。ご教授よろしくお願いします」

「行橋……何と言う名前だ?」

「は?」

 

 俺の名前を知りたいのか……まあ、言うだけなら良いか。

 

「行橋宏人です」

「そうか。それじゃあヒロト」

「!? し、下の名前で呼ぶな!」

 

 ふざけてるのか? 俺の態度から察して下の名を呼ばれるのを避けているのは分かっているだろうに。

 

「俺は──!!」

 

 俺が抗議しようと口を開いた時、セイレンさんから途轍もない覇気が伝わってきた。

 逆らえない。挑んではいけないと本能が訴える。

 

「黙れ。私はオマエの師だ。これからオマエを鍛えてやる師に名を明かさず、あろうことか下の名前で呼ぶなとのたまうとは……礼儀知らずも甚だしいぞ」

 

 セイレンさんに少し凄まれただけで、俺は何も言えず体中から嫌な汗が噴き出してきた。

 

「クッ」

 

 セイレンさんの言っていることは至極真っ当なことだ。だが、それは俺の心が許さない。

 しかしこのまま反発すれば、呆れて教授してもらえないかもしれない。

 俺は強くならなくてはいけないんだ。一人で戦うために……今は従うしかない。

 

「わ、わかりました。セイレンさん」

「それでいい」

 

 俺より年下っぽいのに、物凄い覇気だ。勝てる気がしない。もうこの人一人で大丈夫なんじゃないだろうかというレベル。

 セイレンさんは俺の態度に納得したのか、眉間に入れていた力を緩めてくれた。

 

「ついてこい。外に出る」

「は、はい!」

 

 いきなり特訓か? それは嬉しいことだが、俺は何の武器を使うんだ?

 

 セイレンさんに連れられて外に出た俺は、現在庭にいる。

 なぜ庭なのか……もっと良い場所があっただろうに。

 

「さて。国王様から聞いての通り、私は槍使いだ」

「なら俺は槍の使い方を覚えるんですか?」

「そうしたいところだが……私の槍は特殊でな。私から槍を教わるには先ず身体をつくる必要がある」

「特殊? 身体をつくるってのは分かりますけど、槍なんて中距離から突いて攻撃するだけですよね?」

 

 俺の言葉を聞いてセイレンさんは大きくため息をついた。解せぬ。

 

「それは槍兵の基本的な戦闘術だ。人数がいないと役に立たない。ヒロトは勇者方様と共闘するのだろう? 勇者様方のパーティーはヒロトを入れて五人。突いているだけでは話にならない。それに、皆それぞれ強力な力を持っているんだ。ただの槍兵など足手まといだ」

「……確かに」

 

 ただ槍を持って突いているだけなら誰にでもできる。それなら俺なんかよりも国の下っ端兵士を一人入れた方がマシだ。俺が求めているのは力だ。武器じゃない。

 

「私の槍は、一騎当千の力を誇る。それは武器の力ではなく、私自身の実力だ」

「一騎当千……!」

 

 す、凄いな。こんな小さな体で……。

 しかし……

 

「それって騎士長クラスじゃないんですか?」

「純粋な一騎打ちなら私の方が強い。騎士長とは力ではなく、総合的な実力で決められる。技量等は私の方が勝っているが……魔力が少なくてな。こればかりは伸ばしようがない」

「なるほど」

 

 ということはつまり、実質俺はこの国で一番強い人に教授してもらえるのか? 魔力はカスほどだし丁度いいな。

 

「とりあえず今日はこのまま城の周りを走る」

「え?」

「早くしろ。五周完走したら腕立てだ」

 

 な、なんだって……!? 身体づくりってこんな基本的なことをするのか! もっとこう、ファンタスティックな事を期待してたぜ。

 

 そこで俺の心を読んだのか、セイレンさんは微笑する。

 

「拍子抜けかもしれないが、これが一番しっくりくる。シンプルイズベストだ」

「な、なるほど」

「これから三日間は身体づくりだ。徐々にメニューを増やしていくからな。恐らく三日目には筋力が30程になっているだろう」

「30!?」

 

 い、一体どんな運動をすれば三日間で30になるんだ……。これはやばいな、たぶん死ぬわ。

 しかし、そうなると俺もまともに戦えるようになるのか。それは嬉しい。俺は誰の手も借りずに生きていくと誓ったんだ。セイレンさんには何か恩返しをしなければな。

 

「どうしたヒロト! 早く走れ! 五周全力疾走したいのか!?」

「そ、そんなことしたら流石に死んじゃいますよ!!」

 

 この城は外から見て初めて分かったが、かなり大きいのだ。城の周りを一周するだけで30キロ以上は走ることになるだろう……あれ? 五周だよね?

 

 ……どうやら俺は此処で死ぬらしい。




7000メートルを32キロに変更しました。


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第五話 三日間

 一日目はあのまま城を走り回った。運動もそこそこ出来ていた俺でも、流石に32キロを3セット……つまり96キロは無理だ。というかプロでも数人で完走しきる距離をただの高校生である俺が一人で完走できる訳がない。

 しかしセイレンさんは俺のそんな泣き言を聞いてくれず、「ハリーハリーハリー!!」と急かしてくる。

 400メートル程でへばって倒れた俺に、問答無用の鉄槌を下し、勢いよく立たせると尻を蹴飛ばしてきた。

 スパルタ教育でももっと優しいよ! と言ったらもう一度尻を蹴飛ばされた。理不尽である。

 

 何度か尻を蹴飛ばされながらもなんとか1000メートルまで行くと、少しの間休憩時間を貰えた。どうやら1000メートル置きに休憩をくれるらしい。

 俺の足はもう限界のようで、休憩と言われた瞬間に機能を停止し感覚がなくなってしまった。そのまま俺は前に倒れこみ、地面とキスをした。

 これは地獄だ……。基本的なこと? 馬鹿言え。こんなことが基本であってたまるか。

 

 うつ伏せのまま、呼吸を整えていると、休憩が終わったようでセイレンさんが続きを促してきた。

 やる気なくユラユラと立ち上がってフラフラと走っていたら、またセイレンさんに尻を蹴飛ばされた。そろそろ尻の形が変わっちゃいそうなんだが……。

 

 一周走り切り、2度目の休憩をしていると、セイレンさんがスポーツドリンクみたいな飲みものをくれた。俺はそれを腹を痛めない程度に飲む。

 本当にこの休憩時間が俺の心の支えだ……。

 

 そうしてまた1000メートル走り出す。

 余りの苦痛に何度か吐いてしまった。流石にその時はセイレンさんも気を使ってくれる。あの人は厳しいが悪い人ではない。それは長距離走をしていて痛感した。

 ちゃんと俺の限界を見極めて、ギリギリ頑張れる範囲で指導してくれるのだ。だから俺も死に物狂いで走れる。

 

 数時間走り続け、漸く完走した頃にはもう空は真っ暗だった。

 しかしまだ特訓は終わらない。セイレンさんは走り終わった後は腕立て伏せをすると言ったのだ。有言実行が彼女の決め事らしい。

 腕立ては100回を10セット。これまたイカレた回数だ。しかし泣き言は言っていられない。異論反論抗議質問なんか口にしたらまたお尻を蹴られてしまう。セイレンさんの言うことには常に「YES」で返さないといけないようだ。

 恐ろしい……何処の少年漫画だ。

 

 腕立てが終わった頃にはもう皆寝てしまったのか、周りがもの凄く静かになっていた。

 肌に当たる夜風が心地いい。やりきった感で胸が満たされている。何時振りだろうか……こんなに満たされた感覚は。

 

 そうして一日目の特訓は終了した。

 俺は汗臭いとのことで浴場に放り込まれ、身体を洗った。

 しかしそこで問題が起きた。かなりの疲労で意識が朦朧としてきたのだ。根性でなんとか耐えるものの、余り保ちそうにない。

 

──結局、浴場から出た俺は、着替えの最中に意識を失いぶっ倒れた。

 

 目覚めた時には朝になっていて、俺は遠原との二人部屋で横になっていた。どうやらセイレンさんが此処まで運んでくれたらしい。

 そしてまた遠原は俺のベッドに侵入していたようで、俺を抱き枕のようにして気持ちよさそうに眠っていた。

 邪魔なのでどかそうと動いたが、全身筋肉痛で体が全く動かなかない。仕方がないので俺は遠原が起きるまで横になっていることにした。

 

 遠原が起きた時には日が完全に昇っていて、そろそろセルミアさんが朝食の準備を終えて呼びにくる頃になっていた。

 遠原は何度も頭を下げて謝っていた。なので、罰として食道まで肩を貸してもらうことにした。そうでもしないとまともに歩けない。これからまた特訓だと言うのに大丈夫だろうか? と思ったが、国王様が俺達を気遣ってくれたようで、筋肉の痛みを和らげるスープを御馳走してくれた。

 

 食事が終わると突然バンッと扉が開き、セイレンさんがずかずかと入ってきた。

 俺は一瞬怒られると思ったが、驚いたことに彼女が言った言葉は謝罪だった。どうやら俺がぶっ倒れるとは思っていなかったようだ。

 しかし俺は強くなれなくてはいけない。それに結果はどうであれ、俺はあの地獄のメニューを乗り越えたのだ。不可能ではない。倒れたのだって、きっと少し身体が疲れただけだろう。だから俺は「問題ない」と言った。

 

 その後はまた96キロ走だ。昨日の運動で少し慣れたのか、40キロぐらいは何とか順調に走ることができた。

 完走した後もまだ夕方ぐらいだったので、腕立て100回10セットを行った。そうして新しいメニューに入る。

 新メニューは体操だ。もう一度言う。体操だ。

 柔軟性を鍛えるということらしいが、これからやっても余り意味がないと思うのだが……。まあ、セイレンさんが言うからには何か意図があるのだろうが。

 俺はたった二日間でセイレンさんを信用してしまっていた。彼女からは悪意を感じない。本当に自分の師匠と思える。たぶん、俺至上最高に信頼している。それはこんな過酷な日課を過ごした仲だからかもしれない。人間の習性かもしれない。しかし、彼女は信用するに足る存在だ。俺はそう思う。

 

 二日目も終わり、また俺は浴場にぶち込まれた。今回は何とか意識を保っていられた。ちゃんと身体を洗い、用意された服に着替える。

 浴場を出るとセイレンさんが待っていた。どうやら昨日の件もあるし、気にかけてくれていたようだ。

 本当にどこの少年漫画だ、これ。

 

 三日目。

 目覚めると、また凄まじい筋肉痛に襲われた。そしてまた遠原が俺を抱き枕にしていた。今度は何とか動けるので、遠原を無理矢理引き剥がそうと力を入れる。しかし遠原はそれに反応して抱きしめる力を強くしやがった。余りの激痛に絶叫してしまった。

 ……もう遠原を引き剥がすのはやめようと思う。

 

 朝食は例のスープだったので、また今日も頑張れそうだ。

 セイレンさんの下に行くと、また96キロ走だ。俺の体は明らかに成長しているようで、3時間ほどで完走してしまった。

 その後は腕立て……これも1時間で終了。

 体操は、ゆっくり身体に染み込ませないといけないので、2時間行った。

 全てのメニューが終わったので、新メニューはまだかと聞くと、もう終りらしい。何かちょっと物足りない感がある。

 そんな俺の顔をみたセイレンさんは苦笑すると、ステータスを見るよう言ってきた。

 そういえばこの三日間は死に物狂いで生活していたので、確認するのを忘れていた。なので念じて確認してみる。

 

 

 

────────────────────────────────

 

行橋宏人

 

年齢:16

 

性別:男

 

レベル:10

 

職業:無し

 

体力:30

 

筋力:29

 

技量:25

 

敏捷:20

 

魔力:6

 

信仰:2

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳

 

称号:克服者

 

────────────────────────────────

 

 

 

 凄い。たった三日でこれほどパワーアップしているとは……。

 セイレンさんが言うには、勇者様には及ばないが上級騎士程度の力を身に付けたようだ。

 そもそも、俺は素質があったらしい。初めの96キロ走は本来無茶ぶりのつもりだったらしいのだが、俺が完走してしまったのでメニューに加えたらしい。

 その後の腕立てもギリギリのところで止めさせるつもりがやりきってしまった。

 今の俺なら槍を持っても問題ないみたいだ。しかし、それでも今のステータスでは彼女の槍を覚えるには満たないらしい。

 細かく言うと、技量と敏捷が足りないらしい。槍は早く機敏に動き、巧みな矛捌きでもって敵を圧倒する。真の槍兵とは、最速でなければならない。

 必要な筋力と体力は身に付けたので、後は実際に槍を持って技量と敏捷を鍛えるだけのようだ。

 技量と敏捷だけは何が何でもステータスを勇者様より高めるらしい。槍は最速。仲間に勇者がいるなら勇者以上に早く、巧みにならなければいけない。

 

 感動するね。そして痺れる。俺はこれからどんな技術を叩き込まれるのか……。

 セイレンさんの面を汚さぬように、俺は絶対に勇者よりも早くなる。心にそう誓った。




あれ? このままだとセイレンさんのルートに……。
いけないいけない。どこかで遠原君イベントを……。

7000メートルを32キロに変更。
70000メートルを96キロに変更しました。


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第六話 勝者とは

 四日目。

 俺はセイレンさんに連れられて、いつもの庭に来ていた。

 庭には色々な槍が木の板に立てられている。これから自分に合った槍を選ぶらしい。

 

「さて、これからヒロトは実際に槍を持つわけだが……何か要望はあるか?」

「と、言いますと?」

「槍には幾つか種類があってな。長さで言うならば長槍、中槍、短槍だな。長槍は敵との距離を測り、ギリギリの間合いから攻撃する為のもの。中槍は間合いを気にせず一つの武器として尋常に勝負する為のものだ。短槍は懐に入った敵を薙ぎ払うものだな」

 

 それぞれに特徴があって感心する。

 しかしそうなると、俺は中槍が良いのか? 長槍はどちらかというと複数陣系向きだし、短槍は予備槍だろう。

 

 俺が悩んでいると、セイレンさんは立てられていた二本の槍を手に取った。長槍と短槍だ。

 

「私は二槍使いでな。主にこの長槍と短槍を愛用している」

 

 長槍は大体4メートルほどで、セイレンさんの身長を遙かに上回っていた。

 刃の部分が60センチ程を占めていて、銀色に輝いている。

 その槍は通常の槍とは異なっていて、穂の部分も含めその一本で一つの槍として完成していた。

 塩首や茎は存在せず、一本の棒に窪みやらを作って形状を整えている。

 そして全てが純銀でできているようだ。

 純銀はミスリルと言い、魔族に対して絶大な力を発揮するらしい。

 目だった装飾は施されていないが、槍の穂から柄の前面に刻まれた文様が神聖さを感じさせる。

 

 短槍は黄金に輝いていて、1メートルと少しといった程の長さだ。

 刃の部分が20センチ程で、こちらも一本で一つの槍として完成している。

 純金でできているようで、黄金は神聖を高める効果があるようだ。

 こちらも何かの文様が前面に刻まれていて、それが魔法的な意味を持っているらしい。言ってしまえば魔法具だ。

 これは穿った対象に神聖刻印を刻み、魔的治癒を阻害する対ヒール魔法用の槍のようだ。

 

「……すごいですね」

「まあ、この槍は特注品で強力なんだが……忘れるなよ。凄いのは武器じゃない、それを扱う者だ」

「は、はい」

 

 そうだ。いくら強力な武器を持っていても、何の力もない奴が扱えば宝の持ち腐れだ。

 セイレンさんがこの二本の槍を扱うのは、それが一番強いからだ。槍がじゃない。セイレンさんが二本の槍を使いこなせるから強いのだ。

 

「俺は……」

 

 俺も使いたい。セイレンさんの様に、二本の槍を使いこなしたい。

 しかし、俺にはそんなことを出来る自身がない。まだ槍も扱ったことがない俺が、二本なんて……

 

「勿論、ヒロトには私の二槍流を伝授する」

「……え?」

「え? じゃない。何のために私がヒロトの師になったと思っているんだ。オマエを一人前……いや、この国最強の槍主にするためだ」

「さ、最強って……セイレンさんが居るじゃないですか」

「私は見ての通りまだお子様だ。それに女だし、限界がある。しかしヒロトは違う。お前は育ち盛りだし、男だ。これからどんどん伸びていく。きっと私なんかすぐに越されてしまうだろう」

 

 セイレンさんの言っていることは事実かもしれない。この三日間セイレンさんが間違ったことを言ったことは無かった。だから今回もきっと事実なのだろう。

 しかし……

 

「……俺で、良いんですか?」

「ん?」

「俺なんかより才能のある奴なんているでしょう。国王様の命令だからって、何も自分の技術を……」

 

 俺が言葉を言いきる前に、セイレンさんはそれを遮って発言した。

 

「ヒロト。オマエは間違っている」

「え?」

「私は言っただろう、オマエには素質があると。それに国王様が下した命は、ただオマエを教授しろということだけだ。私は自分の意思で、オマエに自身の技術を教えるんだ」

「……」

「自分に自信を持て、ヒロト。オマエは強い」

「……」

 

 そう言ってセイレンさんは微笑んだ。

 ヤバい。泣きそうですわ……泣かないが。

 年下の少女に諭されて、泣きべそかくとか気持ち悪いわ。ここは我慢だ。

 

「……分かりました。ご教授、お願いします」

「よし、なら槍を選べ! 初めは一本で基礎を叩き込む!」

「はい!」

 

 三度目だな。どこの少年漫画だ、これ。

 楽しすぎる。胸がときめく。今の俺はこの人生で一番輝いているだろうな。

 セイレンさんへの恩返しは一生を使っても足りない。それならせめて、上を目指そう。セイレンさんへの一番の恩返しは、きっと俺が最強になることだ。勇者や魔王なんかとも張り合えるほどに……。

 

 訓練は今までの事が比ではないほど厳しかった。

 槍の構え。姿勢。間合いの見切り。突きの力加減。薙ぎ払いの動作。穂先の向き。ほんの少しの妥協も許されない。

 俺は武器を持った。それは戦う覚悟を決めたということだ。訓練でも実戦と同じ覚悟で挑まねばならない。

 型を叩き込まれたら、ひたすらその動きを身体に染み込ませる。しかし、それだけではいけない。型通りの動きでは二流どまりである。

 型に自分の動きを組み込むのだ。最初は雑で良いらしい。ゆっくりその動きを洗練していき、一つの技術として確立させる。自己流を生みだすのだ。セイレンさんの技術を活かし、更に上を目指す。

 

 戦うことなら誰にでもできる。しかし、勝つことは限られた人にしかできない。

 なぜ勝者と敗者が存在するのか。その二つの差は何なのか。答えは簡単だ。勝者が優れていて、敗者が劣っているのだ。

 戦いとはどちらが如何に優れているのかを競い合う。なればこそ万能であれ。万能ならば、どんな勝負でも勝つことができる。

 槍に頼ってはいけない。自身が強くならなくてはいけない。槍に使われるな。槍を使うんだ。

 

 俺が訓練に励んでいる中、セイレンさんはそんなことを俺に言い聞かせてくれた。その言葉の一つ一つが心に響いて、頭に刻み込まれていく。

 俺は槍を振っているが、それは槍の腕を鍛えているのではない。自身を鍛えているのだ。槍の腕が上達するのはその恩恵。槍の腕を鍛えても、槍の扱いしか上手くならない。

 俺は二槍流を教わっているが、それが俺の強さじゃない。俺そのものが強いから、二槍流が成り立つのだ。

 

「ハァ……ハァ……」

「どうした? もう限界か?」

「ハァ……いいえ……ハァ……」

「なら槍を構えろ! それは構えているとは言わない! ただ持っているだけだ!」

「は、はい!」

 

 制限時間は今日を入れあと四日。それまでに俺は二槍流をマスターしなければいけない。時間がない。もう、寝る時間すら惜しい。

 既に日は暮れていて、 太陽の光が地平線の彼方で一直線の光となって俺を照らしている。

 俺は槍を振る。気を抜くと槍が手から離れてどこかに飛ばしてしまいそうなほど、握力が無くなっている。しかし根性で槍を力強く握り、横に薙ぎ払う。

 

 休憩なんかしていられない。そんな暇があるなら槍を振れ。そう自分に言い聞かせて一心不乱に槍を振る。

 

「ハァ!」

「……」

 

 セイレンさんは説教を止め、横でただ黙って俺の動きを見つめている。

 それが更に俺の中のやる気を奮い立たせる。師匠が見ているのだ。ここで頑張らなければ、評価してもらえない。

 

「……そこまでだ!」

「は、はい」

 

 制止の声を聞いた瞬間、俺は槍を地面に落した。

 急いで拾おうと掴むが、手の感覚がなく握れない。

 

「少し此処で休め。筋肉が麻痺していてまともに物も持てないだろう」

「すみません」

「いいよ。オマエは良くやった」

「ありがとうございます」

 

 俺は地面に座り込み、ふと空を見る。

 太陽は完全に沈み、星空が広がっていた。雲一つなく、星星の輝きが優しく俺を照らす。

 

──美しい。

 

 そう思った。

 心なしか身体の痛みが和らいだような気がする。

 星の恵みってやつかもしれない。

 

「晩御飯を持ってきたぞ」

 

 そこで、いつの間に取りに行ったのかセイレンさんがトレ―にスープとパンを乗せて持ってきた。

 

「あ、すみません」

「いいよ。そんなことより、手は動くか?」

「……あ」

 

 試しに手に力を入れてみる……全く動かない。

 

「……すみません。そこに置いておいてください」

「ああ、いいよ。それなら私が食べさせてあげるから」

「……え?」

 

 セイレンさんが食べさせてくれる? それってもしかして……もしかすると……「あーん」ってやつですかああぁぁぁ!?

 

「いや、でも、悪いですし」

「弟子の面倒をみるのも師匠の仕事だ。それにこのスープは筋肉の治癒を促進させるんだ。早いうちに飲んだ方が良い」

「は、はあ。そうですか」

 

 仕方がない。セイレンさんの親切心からくる行為を無下にする訳にはいかないしな。

 

「ほら、あーん」

 

 セイレンさんはそう言ってスプーンでスープを掬い、俺の口に運んでくる。

 俺はそれを口に入れるが、熱くて顔を歪めてしまった。

 

「うっ熱い」

「ああ、すまない。できたてだからな……ふー、ふー、これで良いか?」

 

 今度は息を吹きかけ、温度を下げてから俺の口に運んでくる。

 それを口に入れると、今度は丁度いい温度でなかなか美味い。

 しかし、こうしていると何かセイレンさんがお母さんに見えてくるな。自分より年下の少女に優しく介抱されて……死にたくなってきた。

 

「どうした?」

 

 俺が俯くと、セイレンさんが心配そうに顔を覗きこんできた。

 

「い、いや。何か情けないなって……」

「何がだ?」

「セイレンさんは俺より年下ですよね。俺、年下の女の子に介抱されてて……男としてどうなのかなと思って」

「人生経験では私の方が上だ。年齢は気にするな」

「わ、分かりました」

 

 挙句の果てにまた諭されるとは……本当に情けないな。

 

 今日は槍の基礎を教わった。明日は何だろうか……。

 俺は特訓のことしか頭になくなっていた。

 残り三日。時間がない。



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第七話 二槍流

 五日目。

 いつもの様にベッドで目を覚ます。そしていつもの様に遠原が俺に抱きついている。

 邪魔で仕様がないのだが、今回は手が余り動かせないので、本当になにもできない。まあ、手が動いていても何もしなかったと思うが……。

 変に刺激すると殺されてしまう。いや、本当に。

 

「う、うぅん」

 

 そこで遠原が目を覚ましたようで、うめき声を上げた。

 

「起きたか悪魔憑き。早く放せ」

「ぅ、うん? ──!? ああ、ごめん!」

「はあ……」

 

 毎度のことながら、そんなに動揺するならもっと自分を抑えるよう努力しようぜ。今度身体をロープで縛ってみるか? 勇者様の力なら糸屑のように千切れてしまいそうだが……。

 

 食堂に入ると、いつもの面子である。

 

「おはよう。裕十」

「うん、おはよう。朱美」

 

 クソ女は相変わらず俺に威嚇してくる。

 しかし今はそんなあいつの態度を気に掛ける暇はない。今の俺には特訓のことしか頭にないのだ。あんなものに時間を割くなんて勿体ない。

 

「おはよう、ヒロト」

「おはようございます。セイレンさん」

 

 言い遅れたが、セイレンさんは指導を始めてから俺達と一緒に朝食をとるようになっていた。

 

「お、おはよう。ミラエルさん」

「はい、おはようございます。仰木様」

 

 セイレンさんは勇者様御一行に対しては敬語を使う。

 まあ、そうしないと不敬罪で捕まりかねないから仕方がないのだが。

 そして筋肉達磨はセイレンさんにやけに話しかける。良く分からんが、あいつはセイレンさんが気になるらしい。

 

 今日もいつものスープだ。これのおかげで俺は今まで頑張ってこられた。感謝感謝だな。

 

「ヒロト。手の調子はどうだ?」

 

 セイレンさんが俺の隣の席に座って聞いてきた。

 

「まだ少し麻痺してます。たぶんこのスープで治ると思いますけど」

「そうか、ならスプーンを貸せ。今回も食べさせてやる」

『!?』

 

 遠原と筋肉達磨はセイレンさんの言葉を聞いて突然立ち上がった。

 どうしたんだ? 二人とも突然立ち上がって。食事中は静かにしてほしいものだ。

 

「あ、あの……食べさせるって?」

「ヒロトが昨日の特訓で手の自由が利かなくなってしまったのです。ですから私が食べさせることに」

「だ、大丈夫だろ? それぐらい一人で食えるよな?」

 

 そう言って俺に同意を求めてくる筋肉達磨。

 なに焦ってんだ? しかし、こんなことで手を煩わせるわけにはいかないか……。筋肉達磨の言うことにも一理ある。

 

「そうですね。頑張ればなんとか動きますし、こんなことでセイレンさんの手を煩わせるわけにはいきません。自分で食べます」

「その頑張ればというのがいけないのだ。頑張るのは特訓の時だけにしろ。今は大人しく私に食べさせられろ」

「し、しかし……」

「くどいぞヒロト。迷う暇があるならさっさと飯を食べて特訓だ」

 

 !? そ、そうだ! 何を迷っている。こんなことで時間を割いていては話にならない。一分一秒も惜しいんだ。セイレンさんが食わせてくれるなら、さっさと食わせてもらって特訓だろう!

 

「は、はい! すみません」

「ほら、あーん」

「……あ……あ……」

「……チッ」

 

 俺がセイレンさんが運んでくる料理を黙々と食べていると、筋肉達磨が舌打ちしやがった。

 本性が出ているぞ、偽善者。

 そして遠原は放心している。

 大丈夫なのか? あれ。

 

 食事の空気が悪くなったが、俺は気にせず飯を食う。あんなのに構っている暇はない。

 あいつらは今頃俺より遙かに強くなっているだろう。このままではいけない。俺は、実力で勇者と渡り歩ける程に強くなりたいんだ。

 こいつらは普通に訓練して、普通に強くなりやがる。

 俺は違う。俺は死に物狂いで訓練して、徐々に強くなっているんだ。

 成長の速度が違う。あいつらが一を学ぶ間に十を学ばなければ追いつけない。

 

 食事を終えた俺はさっさと食堂を出て庭に出た。

 庭には既に槍が置かれていて、すぐにでも特訓を始められる状態だった。恐らくセイレンさんが朝食の前に準備していたのだろう。

 

「今日はまた一本で基礎を練習し、頃合いを見て二本に切り替える。いいな?」

「はい」

 

 最初はウォーミングアップで、城を一周。その後は体操をして身体を柔らかくする。

 此処までの動きはもう2時間で完了してしまう。

 

 そうして槍だ。

 槍は昨日持ったばかりなのでまだ動きが荒く、セイレンさんに何度も怒られた。

 基本動作を反復したら、今度はセイレンさんと向き合って打ち合いの動きだ。敵の攻撃がくる方向に、どう槍を向けるのか身体に教え込む。攻撃の逸らし方や、槍を盾に受けた時の衝撃の軽減方法……覚えることが有りすぎる。

 セイレンさんは、槍主は常に動き相手を圧倒するものだと言っていた。

 これが難しい。ただ動いているだけでは徒に体力を消耗するだけだ。如何にして自分が優位に立つ状況を作るかが重要らしい。

 だから槍主は常に周りの状況を把握し、敵の力量を見極め、最善の一手を要求される。

 

「基礎はここまでで良いだろう。二槍に移るか」

「……ハァ……はい……」

「とりあえず、これを使え」

 

 セイレンさんはそう言って短槍を俺に渡してきた。

 

「いいんですか?」

「ああ、今日は打ち合いはしないからな。しかし扱いには注意しろ。それはそこらの槍と違って強力だ。間違っても刃には触れるなよ」

「は、はい」

 

 そう言われると急に怖くなってくる。

 この槍は確か『陽の余光(セルメント・フェルム)』だっけか。前にセイレンさんがそう呼んでいた気がする。

 特注品で、この世に二本とない名槍だそうだ。

 手が滑って落としたりしたら怒られそうだな。まあ、落とした程度で傷が付くとは思えないが。

 

「では、二槍の構えを教えるぞ」

「はい!」

 

 二槍は思った以上に難しかった。

 今まで両手で振っていたものを片手で、それも両手と大差ない速度と力で振らなければいけないのだ。必要な握力も、腕力も、両手の比じゃない。

 短槍は短いのでそれほど苦にならないが、問題は長槍の方だろう。現在俺が持っている長槍は全長3メートル。太さも鉄棒ぐらいあるのでかなり重い。

 それに短槍と長槍で重さが全然違うので、バランスを保つのが困難なのだ。

 

「どうした? 重心が右に寄っているぞ、重いか?」

 

 セイレンさんは俺を試すような瞳で問いかける。

 

「……いいえ!」

「ならちゃんと構えろ! そんなフラフラの構えでは隙だらけだ! オマエは今四度死んだぞ!」

「クッ」

 

 長槍の方がどうしても大ぶりになってしまう。これでは振ってる間に斬られてしまう。

 もっと早く。もっと力強く。まだ筋力が足りていないようだ。

 

「槍は穂だけが武器じゃない。柄だって武器になる。短槍は振りがはやい。だから長槍で攻撃した後に追撃として短槍で打撃を加えることもできる」

「はい」

「ただ振るだけじゃ駄目だぞ。ちゃんと力を加えて一気に叩くんだ」

 

 セイレンさんはそう言って槍を持った時の構えをする。

 短槍は左腕のようだ。

 短槍は既に打つ構えをとっていて、長槍を突き出す動作をする。突き出した直後、すぐさま短槍を叩きつけた。

 何も持っていないはずなのに凄まじい迫力を感じる。あんなのをまともに受けて、立っていられる自身がない。

 力が一点に集中していることがはっきりと分かる。

 

「す、凄い……」

「感心してる暇があるなら真似してみろ」

「は、はい!」

 

 そんなことを言われても簡単に真似できるものではないだろう。

 俺がやってもどうにも力が入っていない感覚がする。なんていうか、手応えがないんだよな。

 このまま攻撃しても簡単に受け流されて逆に斬られてしまうような気がする。

 

 それからはまたひたすら槍を振り続けた。

 先ずは構えを定着させようとのことで、あらゆる動作から流れるように元の構えに戻るように心掛けた。

 その甲斐あって、セイレンさんから「構えは(・・・)良くなったな」と言われた。

 ……これから動きも良くしていこう。

 

 日が暮れるまで槍を振り続けたが、もう握力と腕力が限界の様でまた手の感覚が無くなってしまった。というか今回は腕も駄目になってしまったので、完全に両腕が垂れ下がった状態だ。

 しんどい。というか風呂どうしよう。昨日は湯に浸かってすぐに出て、腕を使って器用に服を着替えたが。今回は腕も使えそうにない。

 もうここで寝るか。

 

「ヒロト、晩御飯だ」

 

 セイレンさんがまた晩御飯を持ってきてくれた。

 今回のスープは何時もより強力なものらしく、すぐにとはいかないがここで一時間ほど待っていれば何とか動かせるぐらいには治るらしい。

 俺の晩御飯は特別製で、セルミアさんに無理を言って作ってもらったそうだ。……なんか、感謝してもしきれない。

 ここまで尽くされたのは初めてだ。泣きたい。

 

 そうして今回もスープを飲ませてもらった。

 最近、自分の手でご飯を食べていなような気がするのだが、気のせいだと思いたい。




何だか小説タイトルから逸れている気がするが、特訓だからしょうがないよね!


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第八話 簡単なこと

 六日目。

 ついに今日を入れて残りあと二日。

 俺はまだまだ未熟で、このままでは二槍流はマスターできない。

 

──焦っていた。

 

 遠原は五日間でレベルが30を越えて、ステータスは全値が70を突破したようだ。仰木は体力と筋力は人間最強と言われるほどになった。久遠は攻撃魔法に関して右に出る者がいないらしい。篠原は死者も蘇らせる神の奇跡を体現したという。

 皆それぞれが、一種の到達点に向かっている。

 

 このままでは駄目だ。俺は強くならなくてはいけないんだ。それに、このままではセイレンさんに顔向けできない。せっかく二槍の技術を教授してくれたのに、俺には才能があると言ってくれたのに、俺は未だに不完全。

 

 俺は何のために努力しているのか、何がしたかったのか、セイレンさんへの恩義はその程度なのか。

 

 俺は強くなる為に努力しているんだ。自身を高めたい。セイレンさんへの恩義は一生を捧げても足りない。

 

 俺は今までどうやって生きてきた?

 

──……一人で全てをこなして生きてきた。

 

 何故そうやって生きていた?

 

──……世界の全てが不足しているからだ。

 

 今の俺は、完成しているか? 不足を補っているか?

 

──……不完全だ。補っていない。

 

 これは俺の生き方か? 理想か?

 

──……違う。これは俺の生き方じゃない。理想はこんなのじゃない。

 

 なら頑張れよ。俺はこんなことで諦める人間じゃないだろう。勇者がどうした。スペック差なんていつも凌駕してきただろう。一生涯の恩人の期待を裏切るのか? セイレンさんはお前を何にするといった?

 

『何のために私がヒロトの師になったと思っているんだ。オマエを一人前……いや、この国最強の槍主にするためだ』

 

 そうだ。この国最強だ──問おう、俺の夢はなんだ?

 

──……世界最強の槍主(・・・・・・・)

 

 そうだ。それが俺だ。世界は余りにも不足していて、欠損していて、不十分だ。国の最強? 笑わせるな。世界の頂点に立ってこそ俺だろう。だからこんなところで……

 

「ヒロト。何を考えている? 槍が鈍っているぞ」

 

 俺は現実に引き戻される。

 今は訓練中だ。無駄な思考は消さなければ……。

 

「……すみません。少し物思いにふけってました」

「物思いにふけるのは良いが、それはこの訓練が終わってからにしろ」

「はい」

 

 現在俺は二槍でセイレンさんと打ち合いをしている。

 流石に特注の長槍と短槍を使うのは危険とのことで、訓練用の槍を構えている。

 俺はセイレンさんの動きに付いていくのがやっとで、攻撃をすることができない。俺が攻撃をするときはセイレンさんがわざと隙を作るときだけだ。それでも俺の攻撃は簡単に流されてしまう。

 

 足りない。足りない。足りない。セイレンさんの動きを良く見ろ。真似しろ。

 

「ほう、私の動きを真似しているな? 良い判断だ」

「……」

「だがまだ荒い。真似をするなら完璧に再現しろ! 劣った模倣ほど醜いものはないぞ!」

 

 そう叫んでセイレンさんは長槍の柄で俺の横腹を殴った。

 

「グッ」

 

 痛みに耐えながら、追撃として迫ってくる短槍を躱す。

 

「……ハァ……ハァ……」

「……少し休憩しよう」

「!! しかしまだ──」

 

 まだ日が出ている。まだやれる。そう言おうとしたが、それを言う前にセイレンさんは言う。

 

「いいから休憩だ。少し休め」

「……はい」

 

 セイレンさんの言うことには『YES』で答えなくてはいけない。

 彼女が間違ったことをしたことは無い。きっと何か考えがあるのだろう。そう納得しておく。

 

 俺は庭の端に設置されているベンチに腰掛ける。

 するとセイレンさんも、この間のスポーツドリンクみたいな飲みものを持って俺の横に腰かけた。

 

「ほら、飲め」

「ありがとうございます」

 

 渡された飲みものを一口飲む。

 少し味は薄いが、完全にスポーツドリンクだ。こういう親しみのあるものは良い。元の世界を思い出せる。

 

 元の世界……か。

 俺は世界最強を目指す。しかし魔王を倒したら、伝承に則って元の世界に帰還してしまう。ということは、魔王を倒す前に世界最強にならないといけないのか。難しいな。

 

「ヒロト」

 

 考え事をしていると、セイレンさんが俺のことを呼んだ。

 初めは嫌だった下の名前を呼ばれることも、今では当たり前になってしまっていた。寧ろ心地よさを覚える。

 

「はい、なんですか?」

「オマエは焦っているのだろう?」

「……」

 

 俺は何も言えない。セイレンさんの言うことは正しい。俺は焦っている。時間が少なすぎて、あっという間に一日が終わってしまっている。

 そんな俺を見て、セイレンさんはやれやれといった風にため息をつく。

 

「勇者様方は特別だ。お前はお前のペースで成長すればいい……」

「!? そんな! そんなこと……」

 

 まさか彼女の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 有り得ない。そんな言葉は……

 

「なんてことは言わない」

「っ!」

 

 どうやら俺の早とちりだったようだ。流石の俺も、今の言葉には疑問と怒りを覚えた。そんな発言はこの人に限って言うことはない。そんなことはこれまでの訓練で分かっていたはずなのにな。

 

「ただ、自分を見失うなよ。特訓が終わったときがオマエの到達点じゃない。特訓が終わっても、オマエは己を高め続ける。そうだろう?」

「……」

 

 そうだ。そうに決まってる。しかし、それでも、俺は……

 

「私に認めてもらいたいか?」

「っ」

 

 この人はなぜこんなに正しいのだろうか。

 そうだ。俺は認めてもらいたいんだ。俺の初めての気の許せる、そして初めての師匠でもあるこの人に。

 この人は完璧だ。ケチのつけようがない程に完全な存在だ。しかしそんな完全完璧な存在でも、未だ完成はしていない。

 俺は完成したい。自分を確立させたい。だから認めてほしい。完成なんてまだ先だ。その前に俺は完璧に、完全にならなければいけない。

 セイレンさんは俺に『全能であれ』と言った。全能とは、きっと勇者の様な存在を指すのだろう。だが、俺は勇者じゃない。だから全能には成り得ない。

 しかし、万能には成り得る。俺は人の限界に辿りつきたいのだ。越えようとは思わない。それは勇者の仕事だ。

 だからこそ、俺の知り得る中で最も万能に近い彼女に認めてほしい。

 

「オマエが何を考えているかは知らないが、私はそんなに大層な存在じゃない。私なんかは少し人生経験が豊富で、槍の腕が立つ、ただの十三歳の女の子だよ」

「……それ、ただのって言いません」

「うん? こんな特殊な女は嫌いか?」

「……そんなこと言ってません」

「ほお……」

 

 ニヤニヤしながらこちらを見てくるセイレンさん。きっとそれは彼女なりの気遣いなのだろう。

 こんな空気では訓練に支障が出る。だから休憩をとったのだ。

 俺はまた彼女に慰められてしまったようだ。本当にどうしようもない。学習しない奴だな、俺は。そんなことでは認めてもらえるわけがないじゃないか……ああ、そうか。

 

 俺は自嘲気味に笑う。

 そうだな。そうだ。そんなくだらないことも学習できない俺が、たった一週間で認めてもらえるはずがない。なるほど。そうか。そうか。 

 

「──そうですね、好きですよ。そんな特殊な女」

 

 俺はそう言ってセイレンさんの瞳を見つめた。

 セイレンさんは一瞬目を見開くと、いつもの無愛想な顔に戻った。

 

 そうして見つめ合う。

 セイレンさんのアメジストの様な綺麗な瞳が、心を見透かすように俺を映している。

 

 暫くそうしていると、セイレンさんは突然フッと微笑んだ。

 どうやら、俺の心が伝わったようだ。自惚れかもしれないが、今はこんな解釈でいいだろう。そっちの方が絵になって美しい。

 

「……そうか。それは嬉しいことだ」

「そうですか、良かったです」

「そうだな……ふふふ」

「ははは」

 

 何だか笑ってしまう。何がおかしいのか分からない。ただやけになっているだけかもしれない。でも、今はこれでいい。そう思う。

 俺は少し焦りすぎていたようだ。もう少し冷静になろう。そうしなければ、簡単で単純なことも見落としてしまう。忘れてしまう。

 

「ふふふ……さて、そろそろ訓練に戻るぞ。これから晩御飯まで休憩は無しだ!」

「はい!」

 

 それからの槍は、今までと違いとても軽かった。

 手応えがある。力が入る。

 セイレンさんの槍が見える。反応できる。対応できる。

 わざとではない、小さな隙が分かる。攻撃できる。追撃できる。

 

 俺の動きは先程と比べ一段と成長していた。

 冷静になっただけでこうも変わるものなのか。

 周りの景色がとても良く見える。状況が理解できる。その状況で、最も適した動きがなんとなく分かる。

 

 相手は完全完璧だが、全能でも万能でもない。それなら倒せるはずだ。

 どこかに綻びがあるはずだ。決定的な弱点があるはずだ。

 動け、探れ、翻弄しろ、心を覚られるな、こちらが覚るんだ。

 

 

 

──結局、訓練は使用していた槍が壊れるまで続いた。

 

 お互いの力が強すぎて、穂の部分の一点集中攻撃で両者の槍はバラバラに弾け飛んだ。

 

 今までで最高の訓練だった。

 セイレンさんも、今までこんな形で打ち合いが終了したことはなかったらしく、哄笑していた。

 明日は最終日。この調子なら問題ないようだ。




なんかセイレンさんと良い感じになっていますね……。
しかし安心してください! 男の娘は必ず活躍させますから! だからどうか、魔王登場まで待ってください! ヒイィィ!

……関係ありませんが、音楽を聞きながら小説を書くと、その雰囲気に流されちゃいますよね。今回は東方の砕月のゆったりしたアレンジを聞きながら作りました。


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第九話 宿題

 特訓最終日。

 俺はいつもの見飽きた庭にいた。

 

「──ヒロト。覚悟はできたか?」

「……はい」

 

 これから最後の訓練を始めるところだ。

 最後の訓練は、単純な試合。勝っても負けても今日でこの満たされた日々は終わる。

 

 今日の天気はいつになく良い。

 雲一つない晴天の青空。太陽の日差しが気ならないぐらいに、やさしく吹きかけてくる風。

 最後の日にはピッタリだ。

 俺的には、豪雨の中を漫画風に格好良く戦うのも悪くないと思ったんだが……そんな都合よくいかないようだ。そもそも、そんな天候で戦ったら十分に力が出せないな。

 

「無駄な思考は消せ」

「……すみません」

 

 どうやら俺の思考は読まれていたようだ。

 

 俺とセイレンさんは一歩、また一歩と近づいていき、お互いの槍が届く間合いまで寄る。

 

 今回の槍は訓練用ではなく、そこそこ頑丈な兵士の実戦用の槍を使用している。そんなものを持ってきて大丈夫なんですか? と聞くと、『余り大丈夫じゃないが、そんなことより訓練が大事だ』なんて言葉を返してきた。

 訓練を優先してくれるのは嬉しいのだが、それで罰を受けるかもしれないというのはいただけない。なるべく壊さないようにしよう。

 

 長槍を持ちあげ、お互いの穂を交差させる。

 

「……」

「……」

 

 もう、言葉はいらない。

 

 風が吹く。庭に生える草が揺れ、騒がしい音楽を奏でる。

 

──そうしてお互いの穂を、トンッとぶつけ合う。

 

 それが合図だ。

 

「はぁ!」

 

 セイレンさんは俺の長槍を弾くと、そのまま俺めがけて突きを飛ばしてきた。

 俺はセイレンさんに弾かれた反動を利用して槍を回転させ、こちらに迫ってくる槍の柄を叩く。そのことによりセイレンさんの槍は軌道が逸れ、俺の横を通り過ぎる。

 単純に考えればここで勝機だが……

 

 その瞬間、セイレンさんは左に身体を回転させ、振りかえり際に左手の短槍で斬りかかってきた。俺に追撃をさせない気だ。

 勿論そんなことは読んでいる。

 俺はセイレンさんの長槍にぶつかった衝撃で反対方向に回り出した長槍をキャッチする。丁度逆さまの状態だったので、そのまま地面に突き刺し身体を持ちあげる。

 セイレンさんは背が低い、なのでしゃがんで攻撃を躱すことが困難なのだ。

 

 横に薙いだセイレンさんの短槍は、俺の長槍を殴った。

 このままでは折れかねないので一度手を放し、長槍を放棄する。

 俺はそのまま空中で身体を捻り、短槍でセイレンさんに斬りつける……ことはせず、横に薙ぐ。

 俺が放棄した、セイレンさんが殴った長槍が、下方を打たれたことにより回転して、俺めがけて穂が迫っていたのだ。

 

 流石に予想外の状況だったので少し焦ったが、槍を弾きそのまま地に着地する。

 

「長槍を捨てたか……どうする? 拾いにいくか?」

 

 セイレンさんはそう言って挑発してきた。

 

「そうですね。あとで拾いますよ」

「……そうか」

 

 そうして睨みあう。

 

「っ」

 

 先に動いたのは俺だ。

 弾いた長槍を無視して、短槍のみでセイレンさんに向かって走り出す。

 

「……フッ」

 

 セイレンさんはそんな俺の姿を見て、鼻で笑った。

 それは小馬鹿にしている訳ではない。あの人はそんな人ではない。きっと今の俺に思うところがあったのだろう。

 

 俺は、長槍を立てて佇んでいるセイレンさんに短槍を向ける。

 

「余裕そうです……ねっ!」

「いや、そうでもない。オマエは成長したよ」

 

 セイレンさんは俺の突きを身体を横に倒すことによって躱す。

 そうして立てた槍に力を入れ、身体を持ちあげると俺に蹴りを入れた。

 

「──! クッ」

 

 そうでもないと言う割には、随分涼しい顔をしているな。あの顔を歪めてやりたい。

 一槍の利点は巧みさだ。二槍は片手でしか槍を振れないので、どうしても型が固まってしまう。それに比べて一槍は両手で槍を扱うことができるので、その分細かい動きができる。

 

 俺は一槍の利点を活かし、機敏に動く。

 

「ハァ!」

 

 三連突きからの横薙ぎ。

 しかしその全てを容易く躱すセイレンさん。

 

「良いぞ! 一槍と短槍の利点をちゃんと活かしている! 短槍一本だからといって勝てないと決めつけるのは早計だ! 前にも言ったな……凄いのは武器ではなく、それを扱う者だと!」

「覚えていますよ! だからこそ俺はこうして強くなった!」

「……そうだな」

 

 戦いは続く。

 俺はセイレンさんの攻撃を流しつつ後退している。理由は、俺の後ろに長槍があるからだ。

 短槍は名前の通り短く扱いやすい。しかし、軽すぎる。セイレンさんの攻撃をまともに受けることができないのだ。

 

 セイレンさんは長槍を振りかざす。俺は一歩後退し、身体を横に逸らすことでそれを躱す。

 

 その瞬間、辺りに轟音が響く。

 

 先ほどのセイレンさんの一撃で、地面が抉れたのだ。

 ……どうやら槍を魔力で強化しているようだな。あんな攻撃、普通だったら槍が保たない。

 

「魔力は少ないんじゃなかったんですか?」

「少ないが使えないわけじゃない。使えるものは何でも使う、それが勝負だろう?」

「……そうですね」

 

 そうだ。勝負とは優劣を決めるものだ。セイレンさんが使えて俺が使えないということは、セイレンさんが優れていて俺が劣っていたということなのだ。

 文句は言えない。これは俺の責任だ。攻撃力で劣っているなら、別の部分で勝っていればいいだけだ。

 

「どうした! 退いてばかりでは勝利できないぞ!」

「分かってますよ、そんなこと!」

 

 長槍の落ちている場所に着いた。

 それと同時に短槍が俺を貫こうと迫ってくる。

 

「っ!」

 

 ギリギリで顔を逸らして躱すが、少し頬を斬られた。

 

「槍に気を取られ過ぎだ!」

「そうですね。気を付けます」

 

 俺はそう言って地面の長槍に足を引っ掛け上に飛ばし、掴みとる。

 

「……さて、やっと二槍流ができる」

「……フッ、かかってこい」

 

 お互いの槍がぶつかり合う。反動は特にこない。訓練のおかげだ。

 セイレンさんは魔力の強化をやめたようで、まともにぶつかっても俺の槍は壊れなかった。

 手加減されている。そのことに少し怒りを覚えたが、今魔力で強化された槍を受ければ俺は負けてしまうだろう。それが分かっているからこそ、やるせない。

 

「魔力強化、使わないんですか?」

「ああ、もう魔力切れだ」

 

 そう返しておどけた様に肩を竦めるセイレンさん。

 

「……そうですか」

 

 仕方がない、今回はそういうことにしておこう。手加減されるならされるなりに噛みついてやるか。

 

 

 

 

 

──そうして、ついに終わりの時がきた。

 

「参りました」

 

 その言葉を発したのは俺だった。

 長槍は既に折れていて、ただの棒に成り果てた。短槍は俺の手から離れ、遠くに転がっている。

 

 完全に俺の負けである。

 

「ハァ……ハァ……そうか……私の、勝ちだな」

 

 しかし、ただではやられていない。

 俺の長槍は折られた。セイレンさんの長槍を道連れにして。

 柄をぶつけ合って、わざと破壊したのだ。それにはセイレンさんも驚いていた。

 

 最後は短槍の打ち合いだった。

 短槍は軽いので、お互いが最速で動くことになる。

 短槍の戦いは止まる暇などなく、常に動き、攻撃し、攻撃を流して、打ち合い続けることになった。

 

 止まらぬ攻防の末、俺の槍がセイレンさんの一撃で飛ばされたのだ。

 

「ふぅ……さて、最後の訓練はこれで終了だな」

 

 息を整えたセイレンさんが終了の合図で、試合は終わった。

 

「……そう、ですか……終わり、ですか……」

「寂しいか?」

「……はい」

「……そうか」

 

 寂しい。この一週間は、俺にとって一生で一番楽しいものだった。終わるなんて嫌だ。まだ、セイレンさんと槍を打ち合いたい。

 

「まあ、一生の別れでもないんだ。試合ならまたいつかできる」

「……そうですね」

 

 もう日が暮れていて、空にはいつもの星空が広がっていた。

 もう、ここでこの景色を見ることもないのかな……。いや、また見よう。一人でも。

 

「ヒロト」

 

 そこでセイレンさんが俺を呼ぶ。

 

「? なんですか?」

 

 セイレンさんの方を向く。そこには何かの棒を包んだ物と、愛用している長槍と短槍を持ったセイレンさんがいた。

 

「どうしたんですか?」

「なに、師匠の下を旅立つ弟子への祝福だよ」

「祝福?」

「ああ」

 

 セイレンさんは短槍と包みを地面に置いた。そして長槍を俺の前に持ってくる。

 

「?」

 

 俺が未だ状況を理解できないでいると、セイレンさんは苦笑混じりに微笑んだ。

 

「オマエにやる」

「え?」

「この槍をオマエにやると言ったんだ」

 

 そう言ってセイレンさんは槍を横に持ち、差しだす姿勢をとった。

 

「……いいんですか? これは特注品で、世界に二つと無いんでしょ? それに、愛用してるって」

「いいんだ。それに、これは正直私には大きすぎてな、新しい物に変えようと思っていたところだったんだ」

「……」

 

 セイレンさんの言葉が嘘かどうかは分からない。彼女の表情からはなにも分からないのだ。

 でも、くれると言っているんだ。それを無下にするわけにはいかない。

 

「……分かりました。ありがとうございます」

 

 俺の返事を聞いてセイレンさんは微笑んだ。

 今日はいつになく穏やかな表情をする。まるで子どもの成長を見守る母親のような……。

 

「この槍の名は『月の残光(デシール・ヴェイン)』……前にも話したが、魔族に対して絶大な力を発揮する」

 

 俺は長槍を受け取った。

 

「大切にします。それはもう半身のように」

 

 俺は少し冗談まじりにお礼を言う。そうでもしないと泣いてしまいそうなのだ。

 セイレンさんは俺の冗談を聞いて少し笑うと、『でも』と続ける。

 

「半身として扱うなら、こっちにしてくれ」

 

 そういって包みから物を取り出す。

 槍だ。赤……いや、紅と表現したほうがしっくりくる色合いだ。長さから見るに短槍のようだ。

 

「槍?」

「ああ。少し前に、行きつけの鍛冶屋に特注で作ってもらったんだ」

「──!! 俺の為に?」

「そうだ」

 

 ああ、これ……やばい。

 我慢できない。先ほどまで必死に抑えていた涙が、瞼の限界を越えて溢れ出す。

 

「──」

「ヒロト? ……何故泣いている?」

「……いえ、少し目に汗が入って」

 

 バレバレの言い訳。俺の涙は、既に目に何かが入った時では有り得ない程の量になっていた。

 それを知ってか知らずかセイレンさんは『そうか』とだけ返した。

 

「この槍の名は、『紅の朧月(アムール・アヴーグル)』……全長1メートル50センチ。特種能力として、魔力を注ぐと一定時間穂の先から50センチの不可視の刃が出現する」

「不可視の刃?」

「ああ、視認することはできない。魔力は、念じればこいつが勝手に適量吸収する」

 

 それは強い。視認できないということは、間合いが判断できないということだ。対人ではかなり優位に立つことができる。

 

 

「……受け取ってくれるか?」

「は、はい! ありがとうございます! セイレンさん」

 

 俺の感謝を聞いてセイレンさんはホッと安心したように息をつく。

 なぜ安心したのか、謎だが……。

 そうして、今度は何か思い出したのか俺の方を見る。

 

「ああ、それと」

「?」

「もう敬語はいらないよ。もう私は師匠じゃないからな」

「え? で、でも」

「いいから、ため口にしてくれ」

「……わ、わか、た」

「そうだ、それでいい。あともう一つ、私の名前だ」

「セイレンさんの?」

 

 セイレンさんは俺の疑問に一つ頷く。

 

「ああ。そのセイレンだがな、発音的には『シレーヌ』の方が正しいんだ。これからはそう呼んでくれ」

「え!? な、なんでもっと早く教えてくれなかったんですか!?」

「口調、戻ってるぞ……ここだけの話だが、この名は私と親しい間柄の者にしか呼ばせていないんだ。ヒロトは私の大切な人(・・・・)だからな」

「……」

 

 大切な人。その言葉は俺の心に深く響いた。

 

「──ありがとう、シレーヌ」

「どういたしまして」

 

 今日は感動してばかりだ。

 もう、一生分の幸せを使いきってしまったかもしれない。

 

 夜空がいつも以上に綺麗に見える。

 この空は、もう見る事はできないだろうな。

 

「さて、ヒロト。最後に師匠として宿題を出す。期限は無い」

 

 そう言ってシレーヌは地面に置いてあった短槍を手に取った。

 

「宿題?」

「ああ。この短槍の名は、『陽の余光(セルメント・フェルム)』……意味は『固い誓い』だ。そして、ヒロトにあげた長槍の名は、『月の残光(デシール・ヴェイン)』……意味は『儚い願い』だ。では最後の紅い短槍、『紅の朧月(アムール・アヴーグル)』はいったいどういう意味だ?」

 

 固い誓い……儚い願い……最後? 分からない。

 

「……分かりません」

「宿題と言っただろう、あと口調が戻ってるぞ」

「さっきのは弟子としての言葉だ」

「そうか……分かったら私に答えを教えてくれ。ずっと待ってるから」

「分かりました」

 

 ずっと待ってる……か。

 早く答えを見つけた方がいいかもな。

 

 

 

 

──そうして最後の日は終わった。




槍の名前にはちゃんと意味があります。
シレーヌとはどこかの国でセイレーンと言う意味です。セイレンもそうですね。
その国の言葉でアムール・アヴーグルと調べると、宿題の答えが分かるかもしれませんね。

それと、セイレン改めシレーヌさん視点の話を書きたいのですが……いいですかね?

「早く男の娘といちゃいちゃしろよこのスカタン!」というなら物語を普通に続けていきますが、「シレーヌたん可愛いよハスハス」というのならシレーヌ視点の物語を2~3話書こうと思ってます。

因みになにも返事がない場合は「シレーヌたん可愛いよハスハス」になるのでご注意を……。


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勇者サイド ─Point de vue des sirènes─
第十話 転機


多数決でシレーヌサイドです。

え? 決定早すぎ? しらんなぁ~(すっとぼけ)

章かえました。こっちの方が格好いいですね。
サブタイトルも変えました。同じじゃ格好悪い。


 私はセイレン=ミラエル。この国、『アーヴァクライル』の王国騎士副長だ。齢十三にして副長の責務を任された、この国有数の実力者。

 しかし、実力的には私は騎士長クラスだと自負している。

 それは騎士長である『ジルフィード・Re・レインズ』は戦闘力的にはそうでもないからである。

 奴の恐ろしいところは、兵士をたった数日で下級魔族並みに鍛え上げる育成力だ。その特性を買われて奴は私の上に立った。正直悔しかったが、それは奴の総合的能力が私を上回ったということに他ならない。なので、潔く騎士長の座を譲った。

 

──面白くない。

 

 それが私の心境だった。

 唯一私の上に立つ騎士長様でも、私と渡り合える程の力は持ち得ていない。

 周りの連中は、私を子どもだからといって蔑む。

 私を称える者など存在しない。

 私は何のためにこの国に仕えているのか、分からなくなってきていた。

 

 そこで下級兵士とすれ違う。

 

「おはようございます。ミラエル副長」

「ああ、おはよう」

 

 上辺だけの上下関係。

 こいつらは私に敬意なんて抱いていないだろう。階級が上だから、仕方なく敬語を使っているというのが丸わかりだ。

 

 先日、国王様が勇者様方を召喚したらしい。失礼の無いように、という伝令が全兵士たちに伝えられた。そのことに関しては特に何も思わなかった。

 しかし、そこで問題が起きた。国王様に勇者様御一行を鍛えてほしいと言われたのだ。それも厳密には勇者の仲間ではなく、ただ巻き込まれただけの一般人を。

 冗談じゃない。今日は下の兵士どもに私の力を証明するため、激戦地である『セルトレイム』に赴くはずだったのだ。それなのに、戦闘のせの字も知らぬ腑抜けを鍛えろ? ふざけているのか? 国王様は。今は御国の危機だ。それなのに、そんな取るに足らない者のために主戦力とも言える私を使うとは。焦りすぎてついにイカレたのか?

 

 というわけで、現在私は国王様に言われた通り食堂を目指している。

 気が乗らない。適当に見定めたフリをして、使い物にならんと切り捨てるか?

 

 そこで、何人かの人が私の方に向かって歩いてきているのに気が付いた。

 ん? ああ、あれが勇者様方かな?

 

「おはようございます。ミラエル様」

 

 セルミアが挨拶をしてきた。

 こいつは上下関係や主従関係というのは深く考えない性格だからな。言ってしまえば人形だ。教えられたことを覚えて、完璧にこなす。だからこいつに関しては上下関係なんてことは気にしない。気にしても無駄だと分かっているからな。

 

「ああ、おはよう。セルミア……ところで、私の教える者はまだ食堂か?」

「はい、行橋様でしたらまだ食堂におります」

「そうか、ありがとう」

「いえ」

 

 行橋というのか。まあいい、さっさと行かないと国王様に怒られる。

 

「あ、あの! お名前を窺っても?」

 

 そこで勇者様方の一人が話しかけてきた。

 がたいが良いな。身体を鍛えているのか。しかしそれだけだな。戦闘経験は皆無か。そんな目をしている。

 

「はい。私はセイレン=ミラエルと申します。以後、お見知りおきを……」

「お、俺は仰木祐真だ。よろしくな! ミラエルさん!」

 

 こいつの視線……あまり良い物じゃないな。

 

「僕は遠原裕十です。よろしく」

「私は久遠朱美よ。よろしく」

「私は篠原鈴香です。よろしくお願いします」

 

 どいつもこいつも戦闘経験無しか。これを鍛えるということは、騎士長のところに行くつもりか。確かに騎士長ならこの腑抜けどもを強化できる。それも勇者というだけあるから、かなり伸びるだろうな。

 

「よろしくお願い致します……では、私はこれで」

 

 そう言って私はその場を後にした。

 

 そうして食堂の扉の前に着く。

 

「……はぁ」

 

 面倒だ。しかしそんなことを言っても始まらない。とにかく顔を出すか。

 私は扉に手を掛ける。

 

 中に入ると、国王様と少年が一人いた。

 

「失礼します。ソレが私の担当する者ですか?」

 

 私より年上なのか……まあ、当然か。

 目立ったところは無い。体系も、身長も、顔立ちも、普通な少年だ。

 気になると言えば、あの瞳か。何もかも諦めて、何もかも掴み取ろうとしている、究極的に矛盾した瞳。

 

「そうだ。この者は勇者様の御友人だ。失礼の無いように教授せよ」

「はっ」

 

 教授しろというのに、失礼はするな? ならばどうやって教えろというのだ。

 わけがわからない。とりあえず形式的に一礼をする。

 国王様はそれを見て、何度か頷くと少年の方に向く。

 

「では、あとのことは彼女から聞いてください。彼女は我が王国でも有数の槍使いです。きっと行橋様を強く逞しくしてくださるでしょう」

「は、はあ」

 

 強く逞しくなるのはこいつの努力次第だがな。というか、失礼のない程度に教えるのならゆとりの鍛え方になってしまうぞ。そんなのではそこらの下級兵士と変わらない。

 ……まあいい。私は私のやり方でやる。使い物にならないなら切り捨てる。物理的にな。

 

「……私の名はセイレン=ミラエル。好きに呼んでくれて構わない」

「行橋だ。行橋と呼んでくれ」

「……」

「……」

 

 こいつ下の名を明かさないつもりか? これから教えを乞う相手にまともな挨拶もなしか!

 名を名乗りたくないみたいだが、そうはいかない。

 

「すみません。ご教授よろしくお願いします」

「行橋……何と言う名前だ?」

「は?」

 

 何が『は?』だ。態度を改めれば許してもらえると思ったのか?

 

「行橋宏人です」

 

 ヒロトか、覚えたぞ。こいつはどうやら下の名を呼ばれるのが嫌なようだな。私も本名は明かさないので、その気持ちは分かる。だが、それでも気に食わない。

 

「そうか。それじゃあヒロト」

「!? し、下の名前で呼ぶな!」

 

 そうくるだろうな。

 

「俺は──!!」

 

 ふむ、ここで少し『力の差』というものを教えてやるか。

 

「黙れ。私はオマエの師だ。これからオマエを鍛えてやる師に名を明かさず、あろうことか下の名前で呼ぶなとのたまうとは……礼儀知らずも甚だしいぞ」

 

 私は覇気を飛ばす。

 すると先ほどまで怒り心頭といった感じで怒鳴っていたヒロトは、蛇に睨まれた蛙のように竦んでしまった。

 しかし、その後すぐに何かを決心した瞳になる。

 

──不思議な瞳だ。

 

 受け入れているようでもあり、拒絶しているようでもある。淀んでいるようで、澄んでいるようでもある。

 いったいどんな人生を送ればこんな瞳になるのか。こいつは殆ど表情を変えないが、その分瞳が感情を表している。

 まるで必死に何かを隠しているが、本当は見つけてほしいと言っているようだ。

 

「わ、わかりました。セイレンさん」

「それでいい」

 

 面白い奴だな。少し見てやるか。

 

「ついてこい。外に出る」

「は、はい!」

 

 とりあえず庭に出よう。あそこは私の訓練場だ。

 

 庭に着くと、ヒロトは不思議そうな目をしていた。

 大凡『なんでこんな場所にきたんだ? 訓練するならもっと良い場所があっただろう』とか考えているんだろう。

 

「さて。国王様から聞いての通り、私は槍使いだ」

 

 国王様は気配りができる。私が来る前に、少しは説明しているだろう。

 

「なら俺は槍の使い方を覚えるんですか?」

「そうしたいところだが……私の槍は特殊でな。私から槍を教わるには先ず身体をつくる必要がある」

「特殊? 身体をつくるってのは分かりますけど、槍なんて中距離から突いて攻撃するだけですよね?」

 

 普通はそうだな。まったく、そんな単純な思考しかできんのか……本当に下級兵士になるつもりか?

 

「それは槍兵の基本的な戦闘術だ。人数がいないと役に立たない。ヒロトは勇者方様と共闘するのだろう? 勇者様方のパーティーはヒロトを入れて五人。突いているだけでは話にならない。それに、皆それぞれ強力な力を持っているんだ。ただの槍兵など足手まといだ」

「……確かに」

 

 物事を受け入れる頭はあるようだな。もしかするとこいつはセルミアと同じタイプかもしれない。

 しかし、ただ理解しただけでは意味がない。それに私の槍は自分で言うのもアレだが、常軌を逸しているのだ。そんな簡単に解釈してもらっては困る。

 

「私の槍は、一騎当千の力を誇る。それは武器の力ではなく、私自身の実力だ」

「一騎当千……!」

 

 良い反応だ。こいつ、どうやら力がほしいみたいだな。

 そこでヒロトは疑問を口にした。

 

「それって騎士長クラスじゃないんですか?」

「純粋な一騎打ちなら私の方が強い。騎士長とは力ではなく、総合的な実力で決められる。技量等は私の方が勝っているが……魔力が少なくてな。こればかりは伸ばしようがない」

「なるほど」

 

 忌々しいことに、騎士長は魔力が高いのだ。そういう点でも私は劣っている。

 クソッ! 国家魔導士でもないくせに……! 

 思い出したら腹が立ってきた。

 

「とりあえず今日はこのまま城の周りを走る」

「え?」

「早くしろ。三周完走したら腕立てだ」

 

 私に嫌な事を思い出させた罰だ。

 この城は無駄にでかい。三周も走れる奴なんて私ぐらいだ。

 しかしヒロトはまた疑問の籠った瞳をしていた。どうやらこのメニューが気に食わないようだ。

 生意気だな。

 

「拍子抜けかもしれないが、これが一番しっくりくる。シンプルイズベストだ」

「な、なるほど」

「これから三日間は身体づくりだ。徐々にメニューを増やしていくからな。恐らく三日目には筋力が30程になっているだろう」

「30!?」

 

 これは事実だ。まあ、完走できればの話しだがな。

 ヒロトは私の言葉を聞いて唖然としていた。そうして暫く立ち尽くしていると、光と闇が混濁した瞳に、光が溢れだした。

 ……どうやら何かを決心したようだ。

 

「どうしたヒロト! 早く走れ! 五周全力疾走したいのか!?」

「そ、そんなことしたら流石に死んじゃいますよ!!」

 

 まあいい、今回は試してやろう。こいつの決心がどれほどのものなのかをな。

 少なくとも、途中で切り捨てるという選択肢はなくなった。私はこいつの瞳が気に入った。どこまで伸びるのか、この目で見てみたくなった。



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第十一話 鍛冶師

章のタイトルどうですかね? 少し格好つけすぎかな?
横文字が多いと逆に評価が下がりますからね……。


 驚いた。

 

 行橋宏人という人間は、勇者御一行の召喚に巻き込まれた一般人だと聞いていた。事実、奴から特別なオ―ラを感じる事は無かった。

 それなのに、そんな何処にでもいる、取るに足らない人間のはずのあいつは、城を三周走りきってしまったのだ。

 

──有り得ない。

 

 400メートル辺りでへばった時は流石に早すぎるので尻を蹴飛ばしてでも走らせたが、それからの奴は死に物狂いで走っていた。1000メートル置きに休憩をとっているからといっても、96キロなんて普通の人間には走りきれない。相当な訓練を積まなくてはいけないはずだ。この国では、私ぐらいしかそんな荒技はできない……もしかすると、騎士長もできるかもしれないが。

 

 反吐を吐きながらも走りきったヒロトは、息絶え絶えで私を見た。それが『まだ特訓は続けるのだろう?』と言っているようで、身震いした。

 

 何が普通だ。こんな才能を持っている奴が普通なものか。こいつは国を救うぞ。確実に世界に変革を齎す。

 国王様はそれを知っていたから私を選んだのか? だとすると、歴史に刻まれた彼の『賢人』は健在ということか。『先代勇者の参謀』は伊達ではないな。

 となると、騎士長あたりに何か吹き込んでいる可能性があるな……たとえば、『勇者には聖具を渡すな』とか。

 聖具は人を選ぶ。必ず勇者が聖具を掴むとは限らない。実際、先代の勇者は聖具ではなく家族から貰い受けた愛剣で戦っていた。

 聖具は使用者に合った形の武具に変化するからな。槍を鍛えたヒロトが聖具を手に取ったら、聖槍にでもなるのではないだろうか。

 

 まあ、そんな期待に溢れた夢物語は置いておいて……次は腕立てだ。

 私は完全にヒロトを気に入ってしまったようだ。もう手加減も様子見もしない。全力で鍛えてやる。

 

 城の周りを三周走ったヒロトの身体はボロボロで、不安になるほどフラフラの状態だった。

 しかし腕立てをすると言ったら嫌な顔を全くせず、回数を聞いてきた。なので100回を10セットだと言ってやると、奴は無言で地に伏し腕立てを始めた。

 凄まじい根性だ。流石の私も鬼畜すぎると思う。そんなメニューを疑いもせず、ひたすらに励み続ける。

 何度も限界が来て、腕の力が無くなって、地面に倒れても尚、奴は腕立てを続けた。そうしなければ今にでも死んでしまうかの様に、一心不乱に動いていた。

 

 結局、ヒロトは本当に1000回の腕立てをやってのけてしまった。

 その後は、体中汗まみれで地面に汗の水たまりが出来ていたので風呂に放り込んだ。あんな量の汗なんか流したら塩分が必要だろうと思い、兵士用の飲料水を持って待機していたのだが、一向にヒロトは浴場から出てこなかった。

 まさかと思い浴場に駆け込むと、脱衣所で上着を半分まで着て倒れているヒロトを見つけた。

 どうやら過度の運動で身体の限界を超えた為、意識を失ったらしい。

 

 私は慌ててヒロトを担ぎ、セルミアを探した。

 セルミアは何でもできるからな。私は怪我人の治療法なんか知らないが、セルミアなら表情一つ変えずに完璧にこなしてくれるだろう。あいつはそういう風に教育されているからな。

 ここだけの話だが、この国『アーヴァクライル』の最終兵器はセルミアだ。あいつは完璧になるべくして教育された万能人間なのだ。槍の腕も私と同等か、それ以上だろう。あいつを見ていると、何故こんなところでメイドをしているのか、メイドとはなんなのか、分からなくなってくる。

 

 セルミアを見つけるのに時間はかからなかった。というのも、あいつの行動パターンは毎日変わらないので、大体の予想で場所を割り当てることができるのだ。

 それからの動きはあっという間だった。その場で栄養剤等をさっさと身体に注入して、『あとは部屋で寝かせれば明日には目が覚めます』と言ってどこかに行ってしまった。たぶん使用した栄養剤を補給しに行ったのだろう。

 

──恐ろしい女だ。

 

 国王様が一週間もの修行期間を設けられたのも、セルミアがいるおかげだ。

 万一魔族がこの国に入った場合、セルミアが出向いて駆逐してしまう。

 この国は最高戦力で守られているのだ。

 

 騎士長率いる『王国騎士軍(リーダー)

 

 魔導士長率いる『国家魔導士(インデペンデンス)

 

 そしてセルミア率いる『最終兵器(パーフェクション)

 

 半年後にこの国は終わると言われているが、魔王の首一つぐらいは道連れにできる戦力だ。

 それでも終わりたくはないので、勇者様方を召喚したわけだが……。

 

 それにしても国王様もよくやったものだ。勇者を召喚するなんて初めてのことだろうに。

 適当に言い訳を付けて勇者様方を上手く動かしているようだが、どうするのか。あの『賢人』に限って帰る方法は無いなんてことは言わないだろう。恐らくちょっとした魔法陣一つで転移させられるはずだ。

 相当演技に凝っただろうな。ヒロトを騙したぐらいだ。あいつは観察力が鋭い。私の考えも見抜かれてしまいそうなほどにな。

 

 そうしてヒロトの部屋を探しまわりながら考え事をしていたら勇者様に合った。

 どうやらヒロトが帰ってくるのが遅いので探していたようだ。

 前に見た時も思ったが、随分と可愛らしい顔立ちをしている。こんなのが勇者様だというのだから、人は見かけによらないな。

 私が事の詳細を話すと、物凄い勢いでヒロトを運んでどこかへ行ってしまった。

 忙しない奴だな。

 

 二日目はまた城を走った。

 ヒロトの成長速度は異常で、既に40キロは順調に走れるようになっていた。

 あの成長速度には私も恐怖を覚える。もしや騎士長の能力を手に入れたのでは? と、思うほどに凄まじい進化だ。

 腕立ても難なくこなしてしまって、次は無いのか? と聞いてきた。

 この成長速度ならば今からでも身体を柔らかくできるのではないかと考えた私は、とりあえず体操を数時間やることにした。

 やはりというべきか、ヒロトは身体が固い。それは私の教える槍にとって致命傷だ。なのでこれからは少しずつ身体を柔らかくしていく。

 

 三日目もそんな感じでメニューをこなしていたのだが……早すぎる。まだ夕方なのにもうメニューを終わらせてしまった。次はなんだと聞いてきたときは本当に呆れてしまった。

 もうステータス的にも槍を習ってもいい頃だ。寧ろ少しやりすぎた。

 

 本当にヒロトには驚かされる。

 たった三日で上級騎士レベルとは……将来は何になるつもりなのか。

 今までこんな経験は無かった。弟子を持ったことも、他人の実力に驚いたことも。

 ヒロトはこの三日で私を師匠と慕ってくれるようになった。これも初めての経験だ。子どもだから、年下だから、女だから、と蔑むことはなく、私の言葉を真剣に聴き、私の言うことは絶対に守る。

 

──嬉しい。

 

 ヒロトの師匠になってから、私は特訓のことしか考えなくなっていた。

 

 次はどうしようか。

 

 どうやって教えようか。

 

 どういう説明が心に響くだろうか。

 

 どうすれば私のことを慕ってくれるだろうか。

 

 毎日毎日寝るまでこんなことを考えて過ごしていた。

 私が頑張って教えれば、ヒロトはそれ以上に頑張ってくれる。だから私はそれ以上に頑張る。そうすると、ヒロトもそれ以上に頑張る。

 鍛えられているのはヒロトだけではない。私も日々鍛えられている。

 

 三日目の夜

 私は、大きな袋を持って行きつけの鍛冶屋に来ていた。

 

「どうしたんだい、シレーヌ。もう槍を壊したのかい? 今回は随分と早いじゃないか」

 

 目の前には長い茶髪を適当に縛って、ボロボロの服を着ている少女がいた。

 

「数日ぶりだな、レミ。でも、今回は修理じゃないよ」

「ん? じゃあ何? もしかして、私が恋しくなっちゃったのかな?」

 

 私の数少ない親友であるレミは、悪戯好きの子どもの様にニヤニヤしながら聞いてくる。

 

「それもあるが……そうじゃない。今回は槍を買いに来た」

「あぁ、あるんだ……槍? ここにはシレーヌに合った槍はないよ? シレーヌ強いから、普通の槍じゃ一時間も保たないからね」

 

 レミは呆れた感じで両手を上げて『はぁ』と、ため息をついた。

 

「ああ、知ってる。だから特注で作って貰おうと思ってね」

「特注? もう短槍と長槍は揃ってるじゃないか。飽きたの?」

「そうじゃない。今回は私の為じゃないからな」

 

 レミは私の言葉を聞いて訝しげな顔をする。

 まあ、私の口から『誰かの為』なんて言葉を聞いたら誰だってそんな顔をするだろう。

 

「……もしかして、弟子でもできたの?」

 

 凄いな、流石は私の親友だ。何のヒントも無しに答えを導き出すとは。

 

「良く分かったな」

「えぇ!? 分かってないよ! 適当だよ!」

「凄いじゃないか。鍛冶師の直感ってやつだな」

「鍛冶師関係ないから!」

 

 レミは大きな声を出して立ち上がると、そのまま工房に入っていってしまった。

 その後を私は追う。本当は立ち入り禁止なのだが……それは親友ということで。

 

「あれれ、勝手に入ってこないでよ」

「いいじゃないか、減るものでもないし」

「鍛冶師の工房は夢と希望が詰まってるの! 簡単に晒したら世の中の兵士さんたちが絶望しちゃうでしょう!?」

「誰でも鍛冶の工程は知っていると思うが……」

「シレーヌは分かってないなぁ……」

 

 そう言って頭を乱暴に掻いて、物置から紙を取り出した。

 

「……で? 何の素材でどんな槍を作ってほしいのかな?」

 

 先程までの飄々とした感じは無くなり、真剣な表情で私を見るレミ。

 私はレミのこういうところが好きなのだ。

 仕事は真剣にやり、一切の妥協も許さず、完璧な品を作る。

 レミは既に営業モードらしい。

 

「短槍だ。素材は……レンズドラゴン」

 

 そう言って私は手に持っていた袋を差し出す。

 レンズドラゴンは生体で全長20メートル程度の竜種だ。

 特性として魔力線が細かく通っている皮膚から自身を視認不可能にする魔力を放出する。

 

「へぇ……そんな貴重品使っちゃうの? 随分弟子を溺愛してるみたいだね?」

 

 袋の中身を見たレミは目を細めて聞いてきた。

 

「溺愛はしてない。私の弟子は少し特殊でな、あいつも普通の槍では駄目なんだ。だから今私が持っている一番貴重な素材を使う」

「ほほう。シレーヌに特殊と言わせるとは……もしかして人外さんかな?」

「失礼なことを言うな」

「はいはい」

「はいは一回だ」

「はいはいはい」

「レミ……」

 

 レミは私の言葉を適当に流しながら、紙に必要な事を書きこんでいく。

 そうして漸くすると書き終わったのか、顔を上げる。

 

「名前とか、刻印とか注文ある?」

「名前か……」

 

 考えていなかった。どうしようか……。

 

「ああ、考えてないならいいよ。ただ、武器が完成するまでに考えておいてね。名前は武器に意味を与える大切なモノだから」

「ああ、分かった。それじゃあよろしく」

「はいはいはいっと……そうだなぁ~ 明後日までに名前を決めておいてよ」

「了解」

 

 そうして私は鍛冶屋を出た。

 ……名前、どうしようか。




レミレミちゃんはこれから活躍するのか微妙ですね。
そしてまさかのセルミアさん万能説。

設定ゴチャゴチャしすぎかな? 


96キロに変更。


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第十二話 異変

「まあ、こんなところか」

 

 朝。まだ日は昇っていない時間。私は一人、庭に訓練用の槍を並べていた。

 今日、ヒロトは初めて槍を持つのだ。色々な種類の物を用意して、自分に合った物を選ばせてあげないといけない。

 武器は個性がある。自分に合った物を選ばないと、上手く扱えずにただの重荷になってしまう。人間関係と同じだな。

 

「ん? あぁ、副長じゃないかぁ」

 

 そこで聞いたことのある、嫌にジメッとした声が聞こえた。

 声がした方向を見ると、騎士長である『ジルフィード・Re・レインズ』が騎士とは思えないラフな格好で立っていた。

 

「……何の用だ、騎士長」

「いんやぁ~ ただ通りがかっただけだよ?」

 

 騎士長は曇った瞳を細め、嘲るように肩を揺らした。

 

「ならさっさと消えろ。オマエが居ると、此処の草が枯れる」

「おやおやぁ、随分嫌われているなぁ~」

「当り前だ、根暗ゾンビめ」

 

 私がそう言うと、騎士長はあからさまな演技で大袈裟に悲しんだフリをする。

 

「酷いねぇ。一応、ボクは君の上司なんだけどなぁ」

「オマエを上司と思ったことは一度もない」

「ふぅん……それにしても、そんなに槍を用意してどうするつもりだい?」

 

 適当な話題転換だな。いったい何をしに来たんだ? こいつは。

 

「オマエには関係ない。消えろ」

「ははぁ~ん、もしや例のお弟子さんかなぁ? 君、随分入れ込んでいるようじゃあないかぁ」

「入れ込んでなどいない。今日はヒロトが初めて槍を持つから、あいつに合った槍を探す為に用意しただけだ」

「それが入れ込んでると言うんだよぉ。普通は適当に育てて、適当な武器を渡して、適当に死地に放り込むだけだろう?」

「それはオマエだけだ。部下を道具としか思わない軽薄者め」

「いやいやぁ、ボクも悲しいよぉ? せっかく育てたキャラクターが死んでしまうのは」

「……」

 

──イカレている。

 

 こいつは遊び感覚で人の生死を決める。

 特性も能力も優れているが、絶望的に人格が破損しているのだ。何故国王様がこいつを騎士長にしたのか疑問に思う程に、非人道的な行いをなんの躊躇いもなく行う。

 

「さて、それじゃあそろそろボクも行こうかな。勇者様は思った以上に扱いづらくてね。このままでは期待した成果が出せないんだ」

「ほう……オマエが音を上げる程なのか? 余程才能がないようだな」

 

 意外だな。勇者というからには、今頃世界最強になっていてもおかしくは無いと思っていたのだが。

 

「ふぅむ、それがねぇ……どうやら彼、独自に進化しているようでこちらの特性を受け付けないみたいなんだぁ。流石のボクも、能力がなければただの騎士長さ」

「今もただの騎士長だろう」

「さてねぇ。本当にただの騎士長かなぁ? 実は、国の存命を握るジョーカーかもしれないよぉ」

「ジョーカーは『最終兵器(パーフェクション)』共だろう。オマエはただの騎士長だ」

 

 国の最後の要はあの万能集団だ。こんな騎士長などはただの駒にすぎないはず。

 私の考えを読みとったのか、騎士長は気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 

「さぁて。人工的に『万能』を作るなんて簡単に言うけど、本当にそんなこと可能なのかねぇ?」

「!?」

 

 そうだ。言われてみれば、国はどうやってあんな最凶の集団を作ったんだ? まさか、あの集団は……

 

「……貴様。まさか貴様がアレの──」

「それじゃあね~ また今度お話しようよぉ」

「おい! 待て!」

 

 騎士長は話している最中に器用に足で魔法陣を作っていたのか、パッと光に包まれると次の瞬間には跡形もなく消えていた。

 騎士とは思えない程の魔力だとは思っていたが、まさか転移魔法を使える程とは……

 

「……あいつ、何を企んでいるんだ?」

 

 一人残された私は、何か言いようのない寒気に襲われた。

 

 そうして疑問を抱いたまま特訓の時間がきた。

 いけないな。これから訓練だ。ヒロトは観察力も直感力も鋭い。変な考えはすぐに見抜かれる。

 

「さて、これからヒロトは実際に槍を持つわけだが……何か要望はあるか?」

「と、言いますと?」

「槍には幾つか種類があってな。長さで言うならば長槍、中槍、短槍だな。長槍は敵との距離を測り、ギリギリの間合いから攻撃する為のもの。中槍は間合いを気にせず一つの武器として尋常に勝負する為のものだ。短槍は懐に入った敵を薙ぎ払うものだな」

 

 結構大雑把な説明だが、まあ最初はこれぐらいでいいだろう。一気に頭に入れると、後々なにがなんだか分からなくなってしまうだろうからな。

 とりあえずは、私の愛槍を紹介して怒気を高めるか。

 

 私は板に掛けてある愛槍を掴む。

 

「私は二槍使いでな。主にこの長槍と短槍を愛用している」

 

 これもレミが作ったものなのだが……いつ見ても美しい。

 まったく、こんなに良い品を作れるというのに『私はギリギリ生きていければいいよ~ 働きたくない』なんて言うのだ。勿体ない。まあ、その分私の注文を早く済ませてくれるので私的には嬉しいのだが。

 

「……すごいですね」

 

 私が無駄なことを考えていると、ヒロトが私の愛槍を見ながら感心の声を上げた。

 この槍は確かに凄いのだが……そこじゃないだろう。

 

「まあ、この槍は特注品で強力なんだが……忘れるなよ。凄いのは武器じゃない、それを扱う者だ」

「は、はい」

 

 ヒロトは私の言葉を聞いて、何かを考えだした。そして突然暗い顔をする。

 大凡自分には真似できそうにないとか思っているのだろう。ヒロトは、何て言うか……自分に自信を持っていないのだ。いつも自分を過小評価して、もっと厳しい訓練を求めてくる。

 

「俺は……」

 

 ……まったく仕様がない奴だ。

 

「勿論、ヒロトには私の二槍流を伝授する」

「……え?」

「え? じゃない。何のために私がヒロトの師になったと思っているんだ。オマエを一人前……いや、この国最強の槍主にするためだ」

「さ、最強って……セイレンさんが居るじゃないですか」

「私は見ての通りまだお子様だ。それに女だし、限界がある。しかしヒロトは違う。お前は育ち盛りだし、男だ。これからどんどん伸びていく。きっと私なんかすぐに越されてしまうだろう」

 

 私は自分が最強だと自負している。セルミアとも互角に戦えると。だが、ヒロトを見て思った。こいつはあっという間に私を越える……と。

 そんな可能性の塊、天然の万能を、このまま腐らせる訳にはいかない。

 

「……俺で、良いんですか?」

「ん?」

 

 どういう意味だ?

 

「俺なんかより才能のある奴なんているでしょう。国王様の命令だからって、何も自分の技術を……」

 

 ああ、またか。駄目だ駄目だ。そんな思考はヒロトには似合わない。強い者は、常に胸を張っていないといけないんだ。

 

「ヒロト。オマエは間違っている」

「え?」

「私は言っただろう、オマエには素質があると。それに国王様が下した命は、ただオマエを教授しろということだけだ。私は自分の意思で、オマエに自身の技術を教えるんだ」

「……」

「自分に自信を持て、ヒロト。オマエは強い」

「……」

 

 そう言って私は微笑んでやった。私が微笑むなんて、私自身も考えられないことなのだが……なんでか自然と顔の筋肉が動いてくれた。

 

「……分かりました。ご教授、お願いします」

 

 下瞼に涙を溜めながらヒロトは頭を下げた。

 なんだ。こんなことで泣きそうになるなんて、意外と涙腺が弱いのだな。

 

「よし、なら槍を選べ! 初めは一本で基礎を叩き込む!」

「はい!」

 

 私は一切のは容赦しないと誓った。なので徹底的に教え込んだ。普通の兵士なら音を上げる様な指導を、何時間も続けた。それでもヒロトは泣き言一つ言わずに訓練に励む。

 そんなヒロトを見て私も、もっと強くしてやりたいと思った。なので少し話をしてやった。私の経験を一つの教材の様に語ってやったのだ。

 するとヒロトはそれを真剣に聴き、更に訓練に励んだ。

 この時間が最高に楽しい。

 

「ハァ……ハァ……」

「どうした? もう限界か?」

「ハァ……いいえ……ハァ……」

「なら槍を構えろ! それは構えているとは言わない! ただ持っているだけだ!」

「は、はい!」

 

 まだいけるだろう。奴の瞳は未だ輝いている。まだ精神は諦めていない。

 

 ヒロトの動きは最初に比べて随分と様になっていた。普通なら既に槍主と認めても良いほどに。

 私は指導を止め、ジッとヒロトの凄まじい成長を見ていた。

 一度振る度に、無駄な部分が取り除かれ洗練されていく……まるで早送りの映像を見ているようだ。進化の速度が目で見て実感できるなんて、初めての経験だ。

 

「ハァ!」

「……」

 

 どうやらもう限界みたいだな。今、槍が一瞬手から離れた。

 それもそうだろう。こんな長い時間長槍を振りまわしていたんだ。寧ろ今までよく振り続けたと褒めてやりたい。

 

「……そこまでだ!」

「は、はい」

 

 私が止めるよう声をかけると、ヒロトは長槍を落とした。それを拾おうと手をかけるが、全く手が動いていない。

 筋肉が限界を迎えて手が使えないみたいだ。

 

「少し此処で休め。筋肉が麻痺していてまともに物も持てないだろう」

「すみません」

「いいよ。オマエは良くやった」

「ありがとうございます」

 

 本当に良くやったよ。この調子なら騎士長の勇者を越えるかもな。

 ヒロトは動けないだろうから、晩御飯を作っているセルミアのところに行って私とヒロトの分を貰いに行った。

 

「セルミア。すまないが、ヒロトと私の分をくれないか? 少し頑張りすぎて動けないみたいなんだ」

「畏まりました」

 

 私がお願いすると、セルミアは既にできている料理を二人分トレ―に乗せて手渡してくれた。

 こういう風に頼みごとをする時は頼もしいのだがな……。

 

 私がヒロトの下に戻ると、ヒロトは星空を見上げていた。

 とても優しい表情で、ジッと星を眺めている。

 

「……」

 

 なんだろうか。心拍数が急激に上がったような気がする。焦っているのだろうか。

 いけない。早く晩御飯を食べて汗を流さないと風を引いてしまう。

 

「晩御飯を持ってきたぞ」

 

 私が声をかけると、ヒロトはハッとなって私の方を向いた。

 

「あ、すみません」

「いいよ。そんなことより、手は動くか?」

「……あ」

 

 私の言葉を聞いて、思い出した様に手を見るヒロト。

 そうして数秒見つめていると、諦めたように顔を上げた。

 

「……すみません。そこに置いておいてください」

 

 どうやら動かなかったみたいだ。

 仕方がない。早く食べないといけないからな。私が食べさせるか。

 

「ああ、いいよ。それなら私が食べさせてあげるから」

「……え?」

 

 ヒロトは私の言葉を聞いてポカーンと呆けてしまった。

 そんなに以外だったのだろうか。

 

「いや、でも、悪いですし」

「弟子の面倒をみるのも師匠の仕事だ。それにこのスープは筋肉の治癒を促進させるんだ。早いうちに飲んだ方が良い」

「は、はあ。そうですか」

 

 なんだか適当な相槌だな。そんなに驚くことか? レミあたりに言ったら絶対に早く食わせろと言うのだがな。

 

「ほら、あーん」

 

 私がスプーンでスープを掬って差しだすと、少し躊躇った感じで口にくわえる。

 

「うっ熱い」

「ああ、すまない。できたてだからな……ふー、ふー、これで良いか?」

 

 猫舌なのか? 意外だな。いつものヒロトを見ていると、沸騰しきったお湯をそのまま飲んでいそうなイメージだったのだが……それは失礼だな。

 私が料理を食べさせていると、ヒロトは突然瞳が黒く染まり出した。

 ……良くないことを考えているな。

 

「どうした?」

「い、いや。何か情けないなって……」

 

 なんだ? 今まで情けないところなんて見なかったがな……。

 

「何がだ?」

「セイレンさんは俺より年下ですよね。俺、年下の女の子に介抱されてて……男としてどうなのかなと思って」

 

 なんだ、そんなことか。こいつは小さいところでクヨクヨするな。

 

「人生経験では私の方が上だ。年齢は気にするな」

「わ、分かりました」

 

 自分に自信を持てといったのにな。

 年下の女の子に優しくされただけで自分を否定するなんて少し行き過ぎている。

 本当に仕様がない奴だ。

 

──なんだろうか、やっぱり胸が……痛い?




本編とは関係ない話しなんですが……。

この小説を書き始めた頃は『まだお気に入り増えないのかよぉ。感想も評価もすくないしよぉ~(ドドドドド)』という感じだったんですけど、お気に入りが200を超えた辺りから『誰かに見られている』ということを自覚し始め、プレッシャーを感じるようになってきました。

初めはRPGのレべリングをひたすらやっている気持ちでしたが、現在は……

まだお気に入りが増えていく……感想はいつくるんだ!? い、意見は!? アンチは!? 評価はどうなんだ!? ……お、俺のそばn(ry

……という感じで恐怖し始めているペンタブでした。


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第十三話 延期

 五日目。

 私は昨日と同じように槍を庭に並べて、朝食をとるべく食堂に向かう。

 昨日、ヒロトは手が動かなかった。もしかすると今日も動かないかもしれないな……。

 

「……」

 

 昨日の晩のことを思い出す。

 

──まただ。また胸が痛む。

 

 食堂に着くと、ヒロトが食卓に着いているところだった。

 

「おはよう、ヒロト」

「おはようございます。セイレンさん」

 

 私が言うのもあれだが、もっと表情を豊かにした方が良いと思う。無表情で言葉を返されると少し落ち込んでしまう。……まあ、その分瞳が語ってくれるから良いのだが。

 

「お、おはよう。ミラエルさん」

「はい、おはようございます。仰木様」

 

 ヒロト曰く筋肉達磨こと、仰木様が私に挨拶をしてきた。

 こいつは騎士長の恩恵を受けているようで、なかなかの成長を見せているようだ。まあ、私のヒロト程ではないだろうが。

 それに私はこの筋肉達磨が嫌いなのだ。

 まるで私を自分のものにしようとしているかのような、貪欲な瞳だ。きっと今まで失敗したことがなかったのだろう。だからそんな欲望に満ちた瞳になるのだ。

 

「ヒロト。手の調子はどうだ?」

 

 私はヒロトの隣の席に座って聞く。

 まだ辛いようなら私が食べさせてやらないといけない。

 訓練はいつも厳しいからな。こんな時ぐらい優しくしないといけない。

 

「まだ少し麻痺してます。たぶんこのスープで治ると思いますけど」

「そうか、ならスプーンを貸せ。今回も食べさせてやる」

「「!?」」

 

 その瞬間勇者様と仰木様が立ち上がった。

 こいつらはいつも騒々しいな。もっと静かに行動できないのか?

 

「あ、あの……食べさせるって?」

 

 勇者様が聞いてきた。

 勇者様はやけにヒロトに執着している。私がヒロトの近くにいると、いつも私を睨んでくるのだ。

 

「ヒロトが昨日の特訓で手の自由が利かなくなってしまったのです。ですから私が食べさせることに」

「だ、大丈夫だろ? それぐらい一人で食えるよな?」

 

 勝手に決めるな。私が食べさせたいんだ。

 仰木様の言葉にヒロトは不思議そうに首を傾げ考え出した。

 そうして納得したように頷いて、私を見る。

 

「そうですね。頑張ればなんとか動きますし、こんなことでセイレンさんの手を煩わせるわけにはいきません。自分で食べます」

 

 だから駄目なのだ。まったく、もう少し私に甘えても良いというのに……。何のための師匠だと思っているのか。苦楽を共にして、心を通わせ合うのが本当の師弟というものだろう。

 

「その頑張ればというのがいけないのだ。頑張るのは特訓の時だけにしろ。今は大人しく私に食べさせられろ」

「し、しかし……」

「くどいぞヒロト。迷う暇があるならさっさと飯を食べて特訓だ」

 

 私の言葉を聞いてハッとなった表情をするヒロト。

 今のヒロトの第一優先は特訓だ。それ以外は二の次で良い。

 

「は、はい! すみません」

「ほら、あーん」

「……あ……あ……」

「……チッ」

 

 時間が無いのは確かだが、焦っても意味がない。今のヒロトは少し焦りすぎな気がする。

 何も考えていないのだ。私のことすら眼中にない……まるで何も見ずに歩いているようだ。

 瞳には何も映っておらず、ただ動かねばならないという使命感で生活しているように見える。

 

 朝食を終えた私たちは、さっそく庭に出た。

 もう少し休憩しても良かったのだが、ヒロトが一人で行ってしまったので仕方なく私も付いていったのだ。

 

「今日はまた一本で基礎を練習し、頃合いを見て二本に切り替える。いいな?」

「はい」

 

 今日はいよいよ二槍だ。

 二槍は通常の筋力ではまず不可能な芸当だからな。ヒロトには頑張ってもらわないといけない。たぶん今日は昨日より手がおかしくなると思う。

 

 準備運動として城を一周したが、ヒロトは顔色一つ変えずに完走してしまった。

 その後は体操だ。身体も随分柔らかくなった。これなら十分戦闘に活かせるだろう。

 

 槍に移ったが、やはりまだ荒い部分がある。しかしそれは本当に小さな、私も目を皿のようにして見ないと気づかないブレだ。

 たった一日でよくもまあ此処まで成長したものだ。私の言ったことをちゃんと理解して、完璧にこなしてみせる。セルミアを連想させる動きだ。

 これは槍だけ教えるのは惜しいな。色々な武器を持たせて万能にしてみたい。しかし私は槍しか使えない。それにヒロトが槍以外の武器を持つのは少し嫌だ。ヒロトには槍で頂点を目指してほしい。というか、万能はセルミア共だけで十分か。

 

 動きに無駄が無くなってきた。

 そろそろ良いだろう。

 

「基礎はここまでで良いだろう。二槍に移るか」

「……ハァ……はい……」

「とりあえず、これを使え」

 

 そう言って私は『陽の余光(セルメント・フェルム)』を手渡してやった。

 正直訓練用の短槍では軽すぎてヒロトには合わない。なので今回は私の愛槍を貸してやることにする。

 

「いいんですか?」

「ああ、今日は打ち合いはしないからな。しかし扱いには注意しろ。それはそこらの槍と違って強力だ。間違っても刃には触れるなよ」

「は、はい」

 

 この短槍は穿った対象の魔的治癒を阻害する。もしこの槍で傷がつけば、自然治癒を待つしかないのだ。それは時間的にまずいことだから、余り無茶はしてほしくない。

 

「では、二槍の構えを教えるぞ」

「はい!」

 

 二槍の訓練は私の思っていた通り、少しキツイようだ。

 それもそうだろう、ヒロトが持っている訓練用の長槍は通常よりも重量がある。あれを片手で振りまわすにはかなりの筋力を要する。

 筋力上昇も兼ねた訓練だが、やはり難しいか。

 

「どうした? 重心が右に寄っているぞ、重いか?」

 

 私がそう聞くと、ヒロトは苦しそうな顔で歯を食いしばった。

 

「……いいえ!」

「ならちゃんと構えろ! そんなフラフラの構えでは隙だらけだ! オマエは今四度死んだぞ!」

「クッ」

 

 私が相手なら、だがな。普通の兵士が相手なら一撃決められるかどうかと言ったぐらいだろう。

 しかしこれからヒロトは魔族と戦い、最後には魔王と対面することになるんだ。きっと魔王が相手ならば、先ほどの構えでは十度は殺されていただろう。

 厳しい訓練だが、この特訓が終われば更に苦しくなる。ここで頑張ってもらわなければならない。

 

「槍は穂だけが武器じゃない。柄だって武器になる。短槍は振りがはやい。だから長槍で攻撃した後に追撃として短槍で打撃を加えることもできる」

「はい」

「ただ振るだけじゃ駄目だぞ。ちゃんと力を加えて一気に叩くんだ」

 

 私は短槍を持つ構えをし、攻撃の動作を見せる。

 それを真剣に見つめ、まるで録画しているようにジッと私の動きを見る。

 

「す、凄い……」

「感心してる暇があるなら真似してみろ」

「は、はい!」

 

 ヒロトは早速私の動きを真似し始めた。

 一度見ただけなのに、もう動きが仕上がっている。しかし力が籠っていない。これでは攻撃ではなく型を真似ているだけだ。

 

 ヒロトの動きは完璧だ。美しいと言っても良いほどに。しかし、迫力がない。技ではなく、ただの芸になっているのだ。

 見本としてなら完璧だが、これでは私には勝てない。

 

 ヒロトは日が暮れるまで訓練を続けたが、攻撃は軽いままだった。

 仕方がない。動きができているのなら、きっと明日には完成するだろう。

 

「ヒロト、晩御飯だ」

 

 今回は予想通り昨日より手の状態が酷かったので、セルミアにお願いして少し強力なスープを作ってもらった。

 セルミアは迷惑そうな顔は全くせず、さっさとヒロト用のスープを作ってしまった。

 

 そうしてまた私が晩御飯を食べさせて、今日の特訓は終了した。

 私はヒロトを部屋まで運んだ後、レミの鍛冶屋に来ていた。武器の名前を決めないといけないのだ。

 

「お、来たかシレーヌ。待ちくたびれちゃったよ~ あとは名前を彫って、刻印を刻むだけだよ」

 

 レミはそう言って槍を見せてくれた。

 

「おお、凄いな」

「でしょ?」

 

 目の前には紅い短槍が一本。

 とても美しい色で、艶がある。

 

「それで、名前は?」

「名前……か」

「あれれ、考えてきて無いの?」

 

 そうなのだ。何故かしっくりくる名前がでない。

 色々考えたのだが、全く感動しない。

 

「珍しいね、シレーヌが悩むなんて。もしかして、弟子のためにも格好いい名前を付けなければ~ とか考えてるの?」

「いや、そうじゃない……ただ、しっくりこなくてな」

「しっくりこない? ふむふむ」

 

 私の言葉を聞いて紙に何かを書きだすレミ。

 なんだ、何を書いているんだ。

 

「なるほどね。まだ時間が必要かな?」

「……くれるのか?」

「まあね。別に急いでる訳でもないし」

「そうか、助かる」

「いやいや~ 礼には及ばんよ~」

 

 さて、どうするか。何かが喉まで出かかっている感じがするんだ。それを上手く表現できなくて、悩んでしまう。私は何を悩んでいるんだ?

 しかし特訓はあと二日。早く考えなければならない。

 

「すまない。明日には考えておく」

「そうなの? もっと悩んでもいいんだよ?」

「いや、そうしたいところなのだが……こちらに時間がない」

「……なるほど」

 

 困ったな。こんな経験は初めてだ。レミには迷惑をかけたな。今度飯を口に突っ込んでやろう。

 

「ねえシレーヌ」

 

 そこでレミが私を呼んだ。

 レミを見ると、なんだか営業モードよりも真剣な表情をしていた。

 こんな顔もできるのか。意外だ。

 

「なんだ?」

「シレーヌはさ、恋ってしたことある?」

「恋?」

 

 なんだ、それは。言葉の意味は知っているが、したことはない。そもそも、何が恋なのか分からない。

 

「なるほどなるほど~ ふむふむ」

 

 レミはそんな私を見てまた何かを紙に書きだした。

 

「さっきから何を書いているんだ?」

「そうだね~ それは明日のお楽しみ!」

「明日の?」

 

 意味が分からない。また悪戯か?

 

「そうそう! ……明日、名前が決まったら見せてあげる」

「名前が決まったらか」

 

 なんだ、槍と関係あるのか?

 

「それじゃあ今日は帰りたまえよ、シレーヌ君」

「変な口調はやめろ」

「はいはいはい~」

「レミ……」

 

 こいつは……全く、おちゃらけた奴だ。

 

「それではまた明日」

 

 レミはそう言って私を店から追い出してしまった。良く分からないが、何かやることがあるらしい。

 仕方がないので私はそのまま帰ることにする。

 

 明日、名前を決めなくてはならない。

 どうしようか、早く決めなければ、ヒロトに……

 

──私も焦っていた。




魔王魔王魔王魔王を出したいー!
レミレミちゃんヒロイン化まったなし
もう出ねーよハゲ!
何でやハゲ関係ないやろ!

少し……少し疲れた。


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第十四話 永遠の泡沫

 私は今、ヒロトと槍の打ち合いをしている。

 

「ヒロト。何を考えている? 槍が鈍っているぞ」

 

 ヒロトの動きは昨日に比べて格段と鈍っていた。

 瞳が曇っている。どうやらまた善からぬことを考えているようだ。

 ヒロトの感情は瞳を見れば大体分かる。

 

 太陽の様に輝いていれば、何かを覚悟している真剣な心。

 

 深淵の様に淀んでいれば、何かに絶望している沈んだ心。

 

 今は後者だ。戦っていても、ヒロトの心は此処にはない。

 何を考えている? 何がそこまで腕を鈍らせる? 

 

「……すみません。少し物思いにふけってました」

「物思いにふけるのは良いが、それはこの訓練が終わってからにしろ」

「はい」

 

 返事は返すが一向に瞳は戻らない。

 攻撃は意志がなく、空っぽだ。

 深淵の瞳は私を捉えたまま、何も語らない。

 私の動きを真似しているようだ。しかし何の意味もない、ただ動きけを真似しているだけだ。

 

「ほう、私の動きを真似しているな? 良い判断だ」

「……」

「だがまだ荒い。真似をするなら完璧に再現しろ! 劣った模倣ほど醜いものはないぞ!」

 

 私はヒロトの横腹を長槍の柄で殴ってやった。

 

「グッ」

 

 そうして追撃として短槍を突き出すが、躱される。

 

 ……駄目だ。これは訓練にならない。

 

「……ハァ……ハァ……」

「……少し休憩しよう」

「!! しかしまだ──」

 

 ヒロトが抗議する。

 意志が無いのに、何故続けようとするのか。

 今のヒロトは特訓をして自身を鍛えるのではなく、ただ単純に強くなりたいと思っているだけだ。

 過程や方法を考えていない。

 

「いいから休憩だ。少し休め」

「……はい」

 

 そんな心では駄目なんだ。そんな心では、もう成長できない。

 

 ヒロトは私の指示に従って、渋々といった感じでベンチに座った。

 私は予め用意していた兵士用の飲料水を持ってベンチに行く。

 

「ほら、飲め」

「ありがとうございます」

 

 ベンチで休憩している時も、ヒロトは虚空を見つめてソワソワしていた。

 焦っているのだろうか。確かに勇者様方はそれぞれ大きな成果を出している。しかし、ヒロトだって負けていないはずだ。ヒロトの成長速度には目を見張るものがある。

 それでもヒロトは満足できないらしい。

 それもそうか、勇者様方と違ってヒロトは目で見て理解できないのだ。誰も評価してくれないし、誰も見てくれない。みんな勇者様方に夢中で、ヒロトはただ訓練に励むのみ。

 誰からも評価されないのなら、勘違いをしても仕方がない。

 今のヒロトは昔の私と同じだ。誰も見ていない。誰も。誰も。

 

「ヒロト」

 

 私は一人だった。力があるのにずっと一人だった。

 誰からも評価されず、誰も私を称えてくれない。

 

「はい、なんですか?」

 

 しかし私は変わった。ヒロトが私を変えた。

 ヒロトは私を最強と信じて疑わない。ヒロトは私を師匠と慕ってくれる。

 

「オマエは焦っているのだろう?」

「……」

 

 私は変えてもらった。ならば今度は私の番かもしれない。

 

「勇者様方は特別だ。お前はお前のペースで成長すればいい……」

「!? そんな! そんなこと……」

 

 動揺するなよ、ヒロト。私がオマエを貶したことがあったか?

 

「なんてことは言わない」

「っ!」

 

 焦りすぎなんだ。私も、オマエも。

 そんなことだから、簡単で単純なことも見落としてしまう。忘れてしまう。

 私も、オマエも、何かが引っ掛かっている。

 それはきっと焦っているからだ。冷静に周りの景色を見てみよう。

 

「ただ、自分を見失うなよ。特訓が終わったときがオマエの到達点じゃない。特訓が終わっても、オマエは己を高め続ける。そうだろう?」

「……」

 

 此処で最後じゃない。此処が始まりだ。

 誰かに認めてほしいか? 実力を評価してほしか? 分かるよ。

 

「私に認めてもらいたいか?」

「っ」

 

 オマエは私を慕っている。

 私から評価をもらえれば、一人前とでも思っているのだろう?

 

 ……馬鹿な奴だ。

 

──私はとっくにオマエを認めているというのに。

 

 そんな事は言葉にせずとも分かるだろう?

 

「オマエが何を考えているかは知らないが、私はそんなに大層な存在じゃない。私なんかは少し人生経験が豊富で、槍の腕が立つ、ただの十三歳の女の子だよ」

 

 ヒロト、オマエは勘違いをしている。私が何に見える? ただの女の子だろう。オマエはとっくに私よりも強いよ。もっと自信を持て。自分を過小評価するのはオマエの悪い癖だ。

 

「……それ、ただのって言いません」

「うん? こんな特殊な女は嫌いか?」

「……そんなこと言ってません」

「ほお……」

 

 ほら、顔を上げたな。私を見たな。私はどんな顔をしている? 怒っているか? 泣いているか?

 ……そうだ、ふざけた顔だろう。今は休憩だぞ? 誰が訓練のことで悩めと言った?

 私の心が分かったか。そうだ、笑え。冷静になれよ。

 

「──そうですね、好きですよ。そんな特殊な女」

 

 ヒロトはそう言って私の目を見つめた。

 

 良い瞳だ。

 もう暗くない。いつになく晴れやかじゃないか。

 

 私はオマエのそういう目が好きなのだ。

 

 ……好き、か。

 

 なるほど。どうやら私も冷静になってきたようだ。

 

「……そうか。それは嬉しいことだ」

 

 なんだ。凄く嬉しいじゃないか。好きなのか。私はオマエが。

 

「そうですか、良かったです」

「そうだな……ふふふ」

「ははは」

 

 おかしいだろう。私もおかしいよ。そうか、やっと出てきたぞ。

 私もオマエと変わらないな、ヒロト。一緒だよ。

 私たちは似た者同士だ。お互い悩んで、焦って、空回りしていたんだ。

 

──そうしてもう、お互い答えを見つけた。

 

 なんだ。ちょっと諭してやろうと思ったのに。またヒロトに救われてしまったよ。

 でも、いいだろう。今回は引き分けだ。今度は必ず私が救う。

 

「ふふふ……さて、そろそろ訓練に戻るぞ。これから晩御飯まで休憩は無しだ!」

「はい!」

 

 その後の訓練は壮絶なものだった。

 ヒロトの動きは今までとは比べ物にならないほど成長していた。

 私の攻撃は躱される。ヒロトの攻撃が響いてくる。

 

 早い、巧い、強い。

 

──なんだそれは。いつからそんなに強くなった?

 

 ヒロトの槍が私の頬を掠める。

 

──今のは見えなかったぞ? 早すぎだ。 

 

 私の攻撃は尽く流される。

 

──攻撃が当たらない。巧みな槍さばきだ!

 

 槍で攻撃を受ける。

 

──強すぎだ! 長槍がギリギリまで曲がっているじゃないか!

 

 初めてだ。槍でここまで圧されるのは。

 楽しい。何だこの戦いは。

 

 

 

 

 訓練は、槍が壊れるまで続いた。

 心が躍っている。

 訓練が終わった今も、鼓動は加速している。

 

──これが恋か。

 

 訓練が終わり、私は高揚した気分のまま鍛冶屋に訪れた。

 

「邪魔するぞ、レミ」

「ん? ようようシレーヌ。名前は──どうやら決まったみたいだね」

 

 レミは私の顔を見て確信したようだ。

 そんなに分かりやすい顔をしているのだろうか。

 

「ああ、決まったよ。とても素敵な名前だ」

「そうだろうさ。素敵じゃない恋なんてないよ」

「なんだ。オマエは知っていたのか?」

「まあね。鍛冶師の直感ってやつ?」

「鍛冶師は関係ないだろう」

 

 このちょっとした遣り取りでも頬が緩んでしまう。

 どうしたのだろうか。顔が勝手に笑みを作ってしまう。

 

「よし! ならば約束通り見せてあげよう!」

 

 そう言ってレミは作業台から何かの棒を包んだ物を私の前に持ってきた。

 

「なんだこれは」

「まあまあ、見ていなさいな!」

 

 レミが包みから棒を取り出す。

 そこには昨日の槍があった。しかし、昨日と違っていた。

 

 文様だ。槍の前面に、美しい文様が刻み込まれていた。

 

「……美しい」

 

 私の言葉を聞いてレミが胸を張って言う。

 

「当然でしょ! さっきも言ったじゃない、素敵じゃない恋なんてないよ」

「恋?」

「そう、恋。この文様は無窮の聖紋に恋の麗紋を繋ぎ合せたハイブリッド。決して朽ちる事のないはずでありながら、どこか儚さを宿している『永遠の泡沫』」

「……」

 

 美しい響きだ。

 

「……それで、名前は?」

「……そうだな、名は『紅の朧月(アムール・アヴーグル)』」

「ほう、なかなかロマンチックな名前だね」

 

 レミはこの名前の意味を理解したようだ。

 

「そうだろう?」

「うんうん、素敵だよ。こんなに素敵なんだ。きっとハッピーエンドだよ」

「……ああ、そうだな」

 

 ハッピーエンドか……。それはつまり、そういうことだろうか。

 なんだ、私はもうそれしか考えられなくなってしまっているのか。

 恋は盲目という。どうやら、私はもうハッピーエンド以外は認められそうにない。

 




急ぎました。魔王を出したくて、急いじゃいました。スカスカの話しでしたね。せっかくのシリアス回だったのに。

これでシレーヌ視点は御終いです。
次回からはまた宏人君が頑張りますので、応援してあげてください。


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勇者サイド ─Point de vue de caractère principal─
第十五話 転移


 特訓の期間が過ぎ、俺達は国王様に呼ばれて教会の祭壇前に来ていた。

 これから俺達は激戦地である『セルトレイム』に行くらしい。

 なので出発前に神様に祈っておこうって話だ。

 

「私、神様なんて信じてないんだけど」

「同感だな」

「まあ、祈っておいた方が良いんじゃないかな?」

 

 久遠と仰木は神様を信じていないのか。ステータスに信仰なんてものがあったが……あれは関係ないのか?

 

「それでは、皆さま。偉大なる我らが母にお祈りを……」

 

 国王様と司教様が、先頭で跪いて祈りを捧げた。

 俺達も慌ててそれの真似をする。

 

 ……ていうか、偉大なる母って誰だよ。俺達名前知らないのにお祈りしちゃってるよ。これ逆に失礼なんじゃねえの?

 

 そこでふとあるものが目に入った。祭壇の上に何やら正八面体の白い塊があるのだ。

 あれが神様を象徴しているものなのか? それにしては随分と不思議な形をしている。

 

 暫く祈っていると、国王様が何かを呟いて立ち上がった。

 

「もうよろしいですよ」

 

 その言葉で俺達も立ち上がる。

 

「国王様」

「はい、なんでしょうか?」

 

 俺は祭壇の上にある謎の物体について質問することにした。

 

「あの祭壇の上の……不思議な物体はなんですか?」

「ああ、あれですか。あれは『聖具』ですよ」

「『聖具』?」

「はい。あれは神の力が宿った、神聖なる武器なのです」

「へえー」

 

 聖具。良い響きだ。しかし、神の力が宿った神聖なる武器というなら遠原に渡さないのか? 遠原は勇者だろう。いや、変な形をしているし、もしかしたら封印されているのかもしれないな。

 

「では、最後に皆さまのステータスを確認してもよろしいですかな?」

 

 でたよ。いいよそんなの。勇者様方が強いのはもう分かってるだろ。なんで確認するんだよ。

 

「はい」

 

 おい遠原なんで肯定すんだよ。空気読めよ。

 

 

 

────────────────────────────────

 

遠原裕十

 

年齢:16

 

性別:男

 

レベル:50

 

職業:勇者

 

体力:90

 

筋力:88

 

技量:87

 

敏捷:95

 

魔力:72

 

信仰:72

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳・光の波動・精霊の加護

 

称号:救世主

 

 

 

────────────────────────────────

 

久遠朱美

 

年齢:16

 

性別:女

 

レベル:47

 

職業:黒魔導士

 

体力:65

 

筋力:30

 

技量:46

 

敏捷:40

 

魔力:90

 

信仰:40

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳・魔導士の知恵・マジックブースト

 

称号:魔女

 

────────────────────────────────

篠原鈴香

 

年齢:16

 

性別:女

 

レベル:45

 

職業:白魔導士

 

体力:57

 

筋力:20

 

技量:20

 

敏捷:30

 

魔力:80

 

信仰:85

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳・魔導士の知恵・ヒールブースト

 

称号:聖女

 

────────────────────────────────

 

仰木祐真

 

年齢:16

 

性別:男

 

レベル:53

 

職業:重戦士

 

体力:100

 

筋力:120

 

技量:50

 

敏捷:25

 

魔力:15

 

信仰:15

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳・テンションアップ・鉄壁

 

称号:正義の盾

────────────────────────────────

 

 

 

 チートじゃねえか。おい仰木、なんだ筋力120って。お前もう箸持てないんじゃないの? 少し力入れただけで砕け散っちゃうよね?

 

「おお……これは素晴らしい」

 

 国王様が感慨の言葉を口にした。

 だろうな。もうこいつらだけで魔王倒せるんじゃないの?

 

「当然よ」

「まあ、これまで頑張ったもんな」

「うん!」

 

 ドヤりやがって……お、俺だってシレーヌに鍛えてもらったんだ。こいつらにも負けていないはずだ! ……そういえば、俺自分のステータス確認するの忘れてたな。

 

「行橋様」

 

 そこで国王様が俺を呼んだ。

 

「はい?」

「戦闘力を測る為に、行橋様の分のプレートも用意いたしました。どうか確認してください」

「え? 俺に? ありがとうございます」

 

 まじか、超嬉しい。実は寂しかったんだぜ。自分だけ仲間外れにされてるみたいで……実際されてるのか。

 とにかく確認だ。

 

 

 

────────────────────────────────

 

行橋宏人

 

年齢:16

 

性別:男

 

レベル:46

 

職業:二槍使い

 

体力:80

 

筋力:70

 

技量:100

 

敏捷:110

 

魔力:30

 

信仰:30

 

特種スキル:異世界言語自動翻訳・千里眼・直感・人間観察

 

称号:受け継ぐ者

 

 

 

────────────────────────────────

 

 

 

「!?」

「こ、これは……!!」

「嘘!?」

 

 なんだこのステータスは! これじゃあ勇者達と変わらないじゃないか!

 

「流石は副長……まさかここまで鍛え上げるとは」

 

 国王様が感心する。

 そうだろう。シレーヌは凄いんだ。もっと褒めろよ。

 なんだか自分のことでもないのに嬉しい。

 

「いえ、これはヒロトの才能ですよ。私も彼の成長速度には驚かされました」

 

 そこで聞いたことのある声が聞こえた。というか、シレーヌだ。

 

「み、ミラエルさん!」

 

 仰木が喜んでいる。

 なんだ、お前もしかしてシレーヌが好きなのか? ロリコンめ……。

 シレーヌはお前のような筋肉達磨にはやらん!! ……まあ、シレーヌが良いと言うなら止めないが。良い親になるな、俺。

 

「どうしたんだ? シレーヌ」

 

 もしかしてシレーヌも一緒にくるのか? それなら嬉しいのだが……。

 

「どうしたんだ? じゃないだろう! オマエ、槍を部屋に置いてくるなんて頭がどうかしているんじゃないのか!?」

「……あ」

 

 そういえば、出発するのに随分と身体が軽いとは思っていたんだ。

 なるほど、槍を持っていなかったのか。どうりで軽いわけだ。手ぶらじゃないか。

 

「あ、じゃない! 馬鹿者!! 半身の様に大切にすると言ったのは嘘だったのか!?」

「っ」

 

 そうだ、俺はあの時言ったじゃないか。

 ああ、そんな顔しないでくれよ。シレーヌの前だと涙腺が緩むんだ。

 

「ご、ごめん」

「……今回は許してやるが、次はないぞ? 戦場でも同じことをしてみろ、オマエに明日はないからな」

「……ああ、分かった」

 

 しくじったな。最後まで迷惑をかけっぱなしだ。

 

「ちょっと待てよ」

 

 そこで仰木が俺の前に立った。

 でかいな。前に立つなよ、壁かと思っただろ。それは言い過ぎか。

 

「そのシレーヌってのはなんだ? あだ名か?」

 

 ああ、なるほど。仰木は俺がシレーヌと呼んでいることが気に食わないみたいだ。

 

「……」

 

 シレーヌの方を見る。

 シレーヌは俺の槍を持ったまま、顔を顰めて明らかに嫌そうな顔をしていた。

 仰木、お前嫌われているじゃないか。察しろよ。俺は察して生きてきたぞ。

 ふぅむ、このまま本当のことを言っても良いのだが、それで仰木が勘違いしてシレーヌなんて呼んだらシレーヌが可哀想だ。ここは嘘をつくか。

 

「……あー。シレーヌっていうのは、あれだ。こっちの方が呼びやすいから、勝手に呼んでるだけ」

「お前、ミラエルさんが嫌がってるのが分からないのか!?」

「……は?」

 

 え? そうなの? 

 俺はまたシレーヌの方を見る。

 シレーヌは目を見開いたまま固まっていた。どうやらシレーヌも驚いているみたいだ。

 

「止めろよ、勝手に呼び名付けるの」

 

 仰木はしてやったりみたいな顔で、俺を見下す。

 そして、シレーヌの方を見て、ドヤ顔をした。

 

「……」

 

 何これ、どう返せばいいの? 『う、うん、ごめん。セイレンさんだよね』って言えば良いの?

 仰木お前どうした? 性格変わった? いやこれが素だろうけど、ちょっとオープンにしすぎだろう。

 

「えー、うん、ごめん」

「!?」

 

 とりあえず謝っておくか。筋力120に喧嘩売ったら怪我じゃ済まないだろうからな。

 

「ど、どうし──」

「あー、あー、ごめんね仰木君。俺が悪かったー」

 

 危ない。シレーヌが何か抗議しようとしたな。

 こっち睨まないでよ。察してよ。シレーヌなら分かるでしょ?

 

「フンッ」

 

 仰木は満足したのか下がってくれた。

 ふう、命拾いしたぜ。今度から仰木の前ではセイレンさんと呼ぼう。

 

「それでは、『セルトレイム』へ向かいましょう。この魔法陣に入ってくだされ」

 

 そう言って国王様は床の魔法陣を指差した。

 転移魔法ってやつか。俺は馬車の旅みたいのを期待していたんだが……思えば今は戦争中だったっけか。なるべく早く着いた方がいいだろう。

 

「ヒロト、ほら、受け取れ」

「ああ、すまない」

 

 シレーヌは俺の長槍と短槍を手渡してくれた。

 俺が槍を受け取ると、シレーヌは俺の手を掴んできた。

 !! びっくりした。何だ?

 

「死ぬなよ」

「当り前だろう」

「絶対に帰ってこい」

「分かってる」

「宿題、期限はないが……絶対答えを教えろ」

「うん、ちゃんと覚えてるよ」

「……本当だな? 死んだら、死ぬまで恨むぞ」

「死んでるだろう」

「私が死ぬまでだ!」

「……分かったよ、絶対死なない」

「……」

 

 シレーヌは無言のまま俺の手を放した。

 なんか死亡フラグいっぱい立ててくれたな。俺もしかして死んじゃうの?

 

「では、いきますぞ」

 

 国王様は魔法陣に手をかざし、何かを呟き始めた。

 すると魔法陣から眩い光が出現し出した。

 

「うっ」

 

 こ、これ……最初の召喚の時と同じだ。

 

「それでは、向こうに事情を知っている騎士を用意しています。後の事は彼に聞いてくだされ」

「はい」

「ええ、分かったわ」

 

 え? こいつらなんでこんな眩しい光の中で平然としてるの?

 

「ヒロト!」

 

 そこでシレーヌが叫んだ。

 

「?」

「目を開けよ。こんな光、もうオマエの視力を奪う程じゃないはずだ。自分に自信を持て! オマエは強い!」

「──」

 

 俺はシレーヌの言葉で目を開いてみた。

 本当だ、なんともない。

 目の前には、昨晩のときの優しい笑みを浮かべたシレーヌがいた。

 

「──」

 

 その瞬間、視界は完全に光に包まれた。




今回は前振り的な感じなので、本当にスカスカの文です。


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第十六話 実戦

 光が消えると、周りは知らない場所だった。

 地面には教会で見た魔法陣が刻まれている。しかし、辺りはボロボロの岩で囲まれた場所だった。

 

「おお、到着なされましたか、勇者様方」

 

 そこで、アーヴァクライルの騎士らしき人物が話しかけてきた。

 

「……此処は?」

「砦の中でございます」

 

 なるほど、砦か。戦術の基本だな。

 激戦地らしいのに、よく粘ったな。感心だ。

 

「それで、僕達はこれからどうすれば?」

「はい。勇者様方にはこれから北側の砦を奪還してもらいたいのです」

「奪還か」

 

 奪還ということは奪われたということか。

 一度奪われたモノを取り返すのは骨が折れるぞ。

 

「北側は魔王軍が攻めてきた方角です。なので早急に取り戻して体制を立て直したい」

 

 なるほど、魔王軍が攻めてきた方角か。それは重要だな。

 

「奪われてからどれぐらい経つんだ?」

「二日ほどです」

 

 ふむ、二日か。それはまずいかもしれない。二日もあれば、もう向こうは奪った砦を完全に支配しているだろうな。

 そこから取り返すとなれば、オーバーキル覚悟で勇者達を放り込んだ方が良い。

 まあ、敵の戦力も分からない状態だしな。数は多い方が良いだろう。

 

「それじゃあ早速向かうのか?」

「はい。申し訳ございません、いきなりで……」

「いや、問題ねえよ。そもそも俺達は戦う為にここに来たんだ」

 

 俺達がここに来た理由は一つだ。それ以外にやることなんてないし、やる必要もない。

 

「では、こちらが出口になります」

 

 そう言って騎士は岩の壁を指差した。

 

「出口?」

 

 ただの壁じゃないか……いや、なんだ? 不自然だ。

 

「──」

 

 騎士が何かを呟いた。

 その瞬間、岩がゴゴゴゴ、と動き出した。

 

「おお、凄い」

 

 これも魔法なのか? 流石異世界。

 

「なによ、これぐらい当り前でしょ?」

 

 久遠はムカつくほどのドヤ顔で無い胸を張って俺を見下している。

 

「……」

「……」

「……ちっさ」

「!?」

 

 どうした、おい、その顔はよぉ~ 俺はどこがとは言ってねえぜ?

 

「あ、あ、あんた……!」

「行こうぜ、早くしないと日が暮れる」

 

 そうして俺達は砦の外に出た。

 久遠は無視する。

 

「北はこちらでございます」

 

 騎士が先導してくれるようだ。

 それにしても寒いな。もしかして、この地域がそもそも北寄りなのか? 

 

「寒いね」

 

 そこで遠原が俺に話しかけてきた。

 

「ああ、そうだな」

「……これから、戦うんだよね」

 

 なんだ、怖いのか? 勇者なんだから、こんなところで死ぬわけないだろうに。

 俺? 俺はシレーヌに色々教えられてるからな。死ぬ時の覚悟もできてはいるが……シレーヌは死ぬな、なんて言ってたな。宿題の答えもまだ分からないし、死ぬに死ねないよな。

 というか、あれ何語だよ。英語じゃねえだろ。

 まあ、そんなことはさておき……

 

「無駄な考えは消せ」

「……うん」

 

 戦闘ではほんの少しの隙が命取りになる。

 無駄な思考を働かせている暇があるなら、周囲に意識を向けろ。

 ……ほら、いるだろう。

 

「おい、何かこっちに向かってくるぞ」

「本当ですか!?」

「え? ぜんぜん見えないわよ?」

 

 は? 何言ってんだよクソ女。そんなんだから小さいんだよ。

 

「行橋! 脅かすなよ!」

 

 仰木が俺を責める。

 どうやら本当に分かっていないらしい。

 

「なに言ってんだ! おいやべえぞ! 2000メートルぐらいからかなりの数でこっちに向かってきてる!」

 

 あれはまずいだろ。なにあれ、ここで戦争でも起こすの? 俺達騎士入れて六人だよ?

 この距離からでも、1000以上はいると分かる。

 

「おい、いい加減に……」

「チッ──おい! 久遠! 何でもいいからお前の使える超特大の魔法ぶっ放せ!」

「はぁ!? 意味分かんないんですけど!」

 

 くそ、俺まじ人望ねえな!

 

「朱美、僕もお願いするよ」

 

 遠原が俺に賛同してくれた。

 流石勇者だ、分かってくれたか。

 

「!? 本当です! あれは魔族ではありません、魔獣です!」

 

 騎士は望遠鏡を覗いて叫んだ。

 

「魔獣!?」

 

 聞いたことがあるぞ。魔獣は魔族の使役する戦闘用の獣だったはずだ。それが数千と襲ってきているのか。

 でも何故? まだ距離があるはずだ。

 

「あの魔獣……どうやらホークアイがいるようです! 空からこちらを見ている!」

「おいおい、俺達の動きは全部筒抜けってか?」

 

 笑えない。

 砦一つ取り戻すのに一体何匹の魔獣を屠らないといけないんだ?

 

「久遠! 早く大きくて格好いい、イカしたファンタスティックな魔法を頼む!」

「色々余計よ! でも、大きいの飛ばすわよ!」

「距離は1000メートルほどですぞ!」

「分かったわ!」

 

 距離を聞いた久遠は背中に掛けていた大きな杖を手に持ち、流れるような動作で地面に魔法陣を書きこんだ。

 無駄のない綺麗な動作だ。魔法陣も人工とは思えないほどに美しく完璧である。

 

「────」

 

 そうして杖を地面に突き刺し、何かを唱え始めた。

 

「こ、これは……この魔法陣は……!!」

 

 兵士が驚いている。どうやら有名な魔法のようだ。

 

「──。吹き飛べ! 『エス・エク・スィアー』!!」

 

──何語!?

 

 その瞬間、この距離でも分かるほどの大きな竜巻が遠くで出現した。

 魔獣達は何の抵抗もできず、竜巻に飲まれていく。

 

「おおお! す、凄い! でも、大きすぎて俺達も飲まれる!」

「踏ん張りなさいよ!」

 

 うるせえ! お前絶対力んでいつもより大きいの出しただろ!

 てか、お前だけ魔法陣の中で風の干渉を受けないとかずるいぞ!

 

 何分か強風に耐えていると、漸く竜巻が止んだ。

 そして魔獣達は跡形もなく消え失せていた。

 

 後に残ったのは静けさだけだ。

 

「……」

「……」

「……」

「……何とか言いなさいよ」

「……ああ、そうだな────とりあえず、お前後で土下座な」

 

 それもそうだ。あの竜巻、強すぎて遠原達が飛んで行ってしまったのだ。

 俺は地面に槍を刺して持ち堪えたが……。

 

 勇者様方に限ってデッドエンドなんてことはないだろうけど……どこに飛んだのか分からない。

 

「砦、どうしましょうか」

「流石に二人じゃ無理だろう」

「……だよね」

 

 どうすんだよ。いきなり勇者御一行の危機じゃねえか。

 しかも仲間のドジでって……救えないな。

 

「うがぁー! なんでよりにもよって行橋なのよ!」

「るせえ! 全ての元凶はお前だろーが!」

「うぐぐ……」

 

 クソ女がぁ……。

 これからどうするんだよ。戻るの? 一旦城に帰るの? ふざけんな。

 どうしよう、こんなことシレーヌに知られたら殺される。

 

「と、とりあえず、皆を探しましょう!」

「先導すんな、お前じゃ不安だ。俺がやる」

「……」

 

 そうだな……西だ。そんな気がする。

 

「西に行くぞ」

「は? なんの根拠があって──」

「特殊スキル、直感」

「……なるほど」

 

 やばいな。あの竜巻でこちらの居場所が大体割れた。恐らくどんどん襲ってくるぞ。

 最悪魔族と交戦するかもしれない。

 

 ……最悪だ。

 

「行くぞ久遠、早くしないとまた敵がくる」

「ええ」

 

 何もない道を歩く。

 本当に何もないので、遠くからでも俺達が見えるだろう。

 俺は予め槍を手に持ち、何時でも好戦できる状態にしておく。

 

「あんたの槍、綺麗ね」

 

 久遠が突然そう言ってきた。

 

「まあな、これはシレーヌがくれた最高の槍だ。綺麗じゃないわけがない」

「……あんた、随分あの騎士を慕っているのね」

「当り前だろう、シレーヌは俺の師匠で、一番の理解者なんだ」

「ふうん」

 

 久遠は俺の言葉に興味なさげな相槌を打った。

 それなら最初から聞くなよ。

 ……来たか。

 

「久遠」

「なによ」

「……来たぞ」

「っ」

 

 今度の数は少ない。久遠の大技は必要ないな。

 

「数は? また大きいの出す?」

「いや、必要ない。お前は小さいのを俺を巻き込まないように出してくれ」

「あんたが避けなさいよ」

「……」

 

 こいつ、俺も戦闘中に背中ぶっ刺して『お前が避けろよ』とか言ってやろうか。

 そんな事を考えていると、普通の視力でも見えるぐらいの距離まで敵が近づいてきていた。

 

「20ぐらいね」

「ああ、狼みたいな奴らだ。恐らく群れで動くタイプだろう」

 

 外見は狼そっくりで、狼を二回りほど大きくした感じだ。

 

「私、犬好きなんだけど」

「誰もお前の好みなんか聞いてない。葬るぞ」

「……分かってるわよ」

 

 狼共は陣形を作って凄い速さでこちらに一直線に向かってきている。

 愚直だな、それとも何か策があるのか?

 

 ……まあ、どちらにせよ──

 

「先行する!」

 

 俺も狼達に向かって走り出す。

 お互い凄い速さで走っていたため、すぐに距離が縮まった。

 

「グガァ!」

 

 俺が目の前に迫ったとき、狼の一匹が早速跳びかかってきた。

 俺はそれを身体を捻って躱し、すれ違いざまに短槍で切り捨てる。

 

「……」

 

 そこでお互いブレーキをかける。

 

「グルルル……」

 

 獣だが、良い瞳だ。こいつら、相当訓練された猟犬だな。

 

「行くぞ、お前ら」

「ガァ!」

 

 また一匹俺に向かって飛んできた。

 俺はそれを躱すが……後ろからまた来ている。

 

「フッ」

 

 つい笑ってしまう。

 実践は初めてだが、なかなか楽しい。

 

「ガァ!」

 

 長槍を横に振って回転する。

 そのことで、最初に飛びこんだ狼と、後ろから飛び込んだ狼は二匹とも腹を柄で殴られ飛んでいった。

 これぐらいの大きさなら簡単にぶっ飛ばせるな。

 

「こいよ、二槍流を魅せてやる」

「グルルル!」

 

 俺を囲んだか……良いな、面白い。

 

「グルァ!」

 

 一斉に飛び込んできやがった。

 躱せないとでも思ってるのか? 甘いな。

 

「ははは!」

 

 俺は哄笑しながら一番近い狼の攻撃から躱していき、目に着いた狼を切り捨てる。

 面白いな、まるでダンスをしているようだ。

 

「ガァ!」

「おっと」

 

 横から飛び込んできた狼の攻撃を、身体を限界まで後ろに倒して躱す。

 そのまま短槍を地面に刺して、身体を持ちあげ思い切り蹴飛ばしてやる。

 

「ギャン!」

「……鳴くなよ、罪悪感湧くだろ」

 

 まったく、こんなときだけ犬になりやがって。

 因みに俺も犬が好きだ。

 

「『イク・リファイ』!」

「!?」

 

 突然後ろから久遠の声が聞こえた。

 まずい、直感が危険信号をだしている。

 

「っ」

 

 俺は勢いよく横に避ける。

 その瞬間、辺りを灼熱の業火が飲み込んだ。

 

「危ないだろ!」

「だから、あんたが避けなさいって言ったじゃない!」

 

 このクソ女ぁ……。

 

「ていうかあんた早すぎよ! 何か叫んだと思ったらいつの間にか狼のところに居るんだもん、急いで走っちゃったじゃない!!」

「知るか! お前が遅いのがいけないんだろ」

 

 狼は久遠の魔法で全焼した。

 若干臭うな……。

 

「あんた、先行するの禁止ね」

「はぁ? なんで」

「早すぎて目で追えないのよ!」

 

 ……確かに俺は最速を目指して頑張ってきたが、そんな言い方されると傷つく。

 

「とりあえず、さっさと行こうぜ」

「ええ、早くしないと皆心配して──!?」

 

 その瞬間、前方の遙か遠くで巨大な爆発音が響いた。

 

「!! な、なんだ!?」

 

 まさか勇者達が誰かと交戦している? それにしても威力が強すぎる! あれは先ほど久遠が放った竜巻よりも強力だぞ!

 

「おい、行くぞ! 何か嫌な予感がする!」

「え、ええ!」

 

 これは強敵の予感だ。どうする? 勇者達に限って負けるなんてありえないと思うが……上には上がいる。

 俺達はたった一週間しか訓練していないんだ。まだ成長しきっていない。

 最悪ここで生死を別つ接戦になるかもしれない。




久遠さんは別にヒロインとかそういうのじゃありませんから。

勘違いしないでよね!


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第十七話 紅の朧月

 俺と久遠は走っていた。

 西の方角の彼方から爆音が響いたのだ。それも凄まじい勢力、久遠の放った竜巻よりも強力な力だった。

 その方角に遠原達が居るのは間違いない。俺の直感がそう言っている。

 

「!!」

 

 走っていると、何人もの兵士が地面に倒れているのを見つけた。

 激戦地なのに随分と人が居ないなとは思っていたが、もしかして皆こちら側で戦っていたのか?

 

 立ち止り、周りを確認してみる。

 辺りには魔獣やアーヴァクライルの兵士がゴロゴロと転がっていた。

 

「生きてるの?」

 

 久遠が怪訝そうな顔で兵士の顔を覗き込んだ。

 

「さあな。どちらにしろ、今は遠原達だ」

「……そうね」

 

 そうしてまた走り出す。

 息切れは特にしない。久遠の速度に合わせているというのもあるし、この程度の距離なら全力疾走しても汗一つかかないだろう。

 

「……見えてきたぞ」

 

 爆発音が響いた場所には巨大な煙が立ち込めていた。

 その煙だけでどれほどの勢力かがうかがえる。

 

「ああ、皆様!」

 

 そこで俺達を先導してくれた騎士が岩陰から俺達を呼んだ。

 

「ああ、生きてたのか」

「はい、落下の直前に、勇者様が私を抱えてくださったのです」

 

 流石勇者だな、味方への配慮も完璧だ。

 しかし、そうなるとやはりこの煙は遠原達と誰かが戦っている証拠というわけか。

 

「ここで何があった? この煙はなんだ?」

「はい、それが……あの竜巻で飛ばされた私達が、丁度戦っている最中の西区画に落ちてしまいまして……そこから魔族との交戦になったのです」

「魔族と交戦? それならこの煙は勇者が作ったものなのか?」

 

 俺がそう聞くと、兵士は顔を強張らせ、何かに怯えるように震えだした。

 

「い、いえ……この煙は……この一撃は……魔族が放ったものです」

「魔族が?」

 

 なんだよそれ、魔族っていうのはそんなに強いのか?

 勇者御一行の一人、魔術のエキスパートが放った一撃よりも、一人の魔族の放った一撃の方が強力だっていうのか? 冗談じゃないぞ。

 

「は、はい。し、しかし! 相手はただの魔族ではありません! 『四天(ナンバー)』です!」

「『四天(ナンバー)』?」

 

 なんだそれは。

 

「『四天(ナンバー)』ですって? 聞いたことがある」

 

 久遠が眉を潜めながら呟いた。

 

「なんだそれは」

「魔王直属の兵士。簡単に言えば魔王軍の最高戦力。私達の世界風に言えば四天王といったところかしら」

「……なるほど」

 

 四天王って、まじかよ。登場早すぎるだろ。

 普通そこは中盤あたりでちょっと実力の上な奴が登場して実力差を見せつけ主人公達を絶望させるも、愛と勇気と主人公補正で倒すところだろう。

 そして散り際に『ふふ、我は四天王の中でも最弱……』とか言って消える感じじゃないのか?

 

 まだ序盤だぜ。チュートリアルは終わったんだ。負けたら死ぬ。

 

「……無理ゲーだろ、逃げようぜ」

「……そうね、同感だわ。流石の私達でも順序があるわよね」

 

 よし、逃げよう!

 勇者達も馬鹿じゃないだろう。勝てないと分かれば逃げられるはずだ。

 

「ん? なんだ、まだ仲間がいたのか」

「あ?」

「へ?」

 

 そこで聞き覚えのない声が聞こえた。

 声の方を見れば、そこには宙に佇んでいる燃えるような紅い長髪をなびかせている女性が一人。

 

「……」

「……」

「ん? どうした? お前達、あいつらの仲間だろう」

 

 え? 嫌だ怖い、なにあの人、なんで宙に浮いてるの? 魔法?

 

「えー、いやー、仲間とかそういうのじゃ……俺、巻き込まれただけですし」

「!? ち、ちょっとあんた! 私を売る気!?」

「うるせえ! 元々在庫にねえよ!」

 

 俺は早い、だからなんとか逃げられるが……久遠は魔導士だからなぁ。

 

「なにを揉めているのかは知らんが、私が逃がすわけがないだろう」

 

 そこで魔族が呆れた顔で吐いた。

 

 おいやべえぞ! あいつ俺達を殺すつもりだよ! 勇者はどこだ!? 早く助けてくれえ!

 

 

「……仕方がないわね、戦うしかないみたい」

 

 久遠が大杖を手に持ち構えた。

 

「正気か? 相手は中盤のラスボスだぞ?」

「どっちにしろ殺されるなら、少しぐらい噛みついてやらないと気が済まないじゃない」

 

 そういった久遠の顔は強張っていて、足も若干震えていた。

 そうだろうな。口では勇ましいことも言えるが、実力差がありすぎる。

 この惨状は明らかに久遠の全力の魔法よりも強力な力で引き起こされている。もしかすると、遠原たちはもう……。

 

「あんたは逃げる? それなら時間稼ぎぐらいはやってあげるわよ。その代わり、私は死んでもあんたを恨む」

「……」

 

 久遠は戦う覚悟を決めたようだ。

 俺はどうだ? 俺はシレーヌからなにを学んだ?

 

「……引けねえな、俺も一緒に噛みついてやるよ、クソ女」

「……クソ女じゃない」

 

 俺は久遠の隣に立つ。

 死亡フラグ満載の展開をありがとう。

 

「ほう、なかなか根性があるな。先ほどの女モドキよりは余程好感が持てる」

「女モドキって……遠原か」

 

 酷いあだ名だな……せめて女顔と言ってやれよ……。

 

「僕達も、まだ終わってないよ」

「!?」

 

 そこで、煙の向こうから遠原の声が聞こえた。

 

「生きていたのか」

「いや、僕は死んだよ(・・・・・・)。鈴香を庇ってね」

 

 なるほど、篠原のヒール魔法は死者をも蘇らせる神の奇跡だったか。

 

「なかなか腕の立つヒール魔法使いのようだな」

「まあ、これでも勇者パーティーだからね」

「勇者……」

 

 遠原達が煙から出てきた。

 装備はボロボロだが、身体に傷らしきものは存在しない。

 

「裕十!」

 

 久遠が遠原に向かって走り出した。

 

 その瞬間、

 

「おい、久遠! 避けろ!」

 

 魔族が手を翳した。

 

「え?」

「クソ!」

 

 魔族の手が一瞬光った。

 それと同時に俺も全力疾走する。

 

「……ほう」

 

 俺が久遠を抱えその場を飛びのいた瞬間、先ほどまで久遠が立っていた場所が吹き飛んだ。

 

「!!」

 

 危なかった。直感が無かったら今頃久遠は原型も無くなるぐらいに消し飛んでいた。

 

「お前、早いな。この私が一瞬見失ったぞ」

「それはどうも」

 

 まじかよ、全力疾走したんだぞ? それで一瞬見失う程度か……それも油断していたからだろう、もう隙を突くことはできないな。

 

「朱美! 行橋君! 大丈夫!?」

 

 遠原がこちらを心配して叫ぶ。

 

「ああ、大丈夫だ!」

 

 さて、どうする? これで実力がはっきりしたな。

 

──俺達はこいつに勝てない。

 

 勝率は1パーセントにも満たないだろうな。

 

「うおおおぉぉ!!」

 

 仰木が魔族に向かって飛び込んだ。

 

「遅い! そんな速度ではいくら火力があっても意味ないわ!」

「うるせえ! でか乳女ぁ!」

「大きい方が良いに決まっているだろうが! この筋肉達磨め!」

 

 ……なに言い合ってんだよ、あの二人。今までのシリアス返せよ。

 

「ぐはぁ!」

 

 仰木が吹き飛ばされた。

 

「ふん! 図体がでかい割に、こんにゃくのような柔らかさだな。貴様の身体はこんにゃくで出来ているのか?」

「!?」

 

 なん……だと……!?

 こいつはなぜ……どうして……

 

「お前……どうしてこんにゃくを例に挙げたんだ!?」

「ん? ああ、私はこんにゃくが好きなんだ。あのブヨブヨした感じが堪らなくてな」

 

 この世界にもこんにゃくがあるのか……今度食べてみようかな。

 

「それよりも、貴様ら。勇者と言ったか? 私の聞く勇者とは随分違うようだな……主に力が」

「俺は違うが、俺も含めこいつらはまだ駆け出しでな」

「ふむ、そうか。ならばここで殺しておこう、後に厄介になると分かっているのに見逃すことはできん」

 

 どうする? ここで力を合わせても敵う相手じゃないぞ。

 

「先ずはお前だ槍使い。お前の速度は厄介だからな」

「俺は違うって言ってるだろ!」

「関係ない、ここで殺す」

 

 魔族はそういって突っ込んできた。

 

「──!」

 

 早い!

 

 俺は急いでその場から飛びのいた。

 ……しかし

 

「躱すことは分かっていた」

「!?」

 

 後ろか!? おいおい、全然見えなかったぞ!

 

「っ!」

 

 俺は振り向きざまに短槍を振る。

 

「短いな、躱しやすい」

 

 魔族は身体を少し後ろに倒してあっさり躱した。

 

「……短い、ね」

 

 いいことを思いついた。試してみるか。

 

「遠原!」

「な、なに?」

「手伝ってくれ。お前達、勇者様方はあいつにひたすら攻撃をしてくれないか?」

「え? どうして?」

「いいから、一発逆転のチャンスを思いついたんだ。どんな攻撃でも構わない、あいつの注意をひいてくれ」

「わ、分かったよ」

 

 あいつは強い。しかし、どんな強者でも油断したところを攻撃すれば必ずダメージを受ける。ならばそのダメージを致命傷まで広げれば、俺達にも勝機がある。

 

「俺は反対だ!」

 

 仰木が顔を歪め抗議する。

 

「ならお前はそこで見てろよ、臆病者」

「!?」

 

 こういうタイプはこんな挑発に弱い。仰木は今まで思い通りに生きてきた。なので自分が一番だと思っている。それなら奴のプライドに傷をつければいい。

 

「……いいぜ、やってやるよ」

「そうかい。ならさっさと動けよ、この鈍間野郎」

「チッ!」

 

 舌打ちしやがったよ。まあ、俺も大概なことを言ったから仕方がないか。

 

「行くよ!」

 

 遠原が先行する。

 

「ん?」

「はあああぁぁ!!」

「なんだ? 女モドキ、まだ抵抗するのか」

 

 魔族は遠原の剣を片手で受け止めた。

 真剣白刃取りの片手バージョンか! 滅茶苦茶だな! ……しかし、これで少なくとも刃で斬られれば傷がつくということが分かった。

 

「おらぁ!」

 

 仰木が特大剣を振り下ろした。

 遠原の剣を押さえている腕の後ろからの攻撃だ! あれは当たるぞ!

 

「鬱陶しいぞ!」

 

 しかし、魔族から紅い波動が出てきて二人を吹き飛ばしてしまった。

 

「ぐっ」

「うっ」

 

 くそっ、もしかしてあいつら傷が治ってるだけでもう限界なのか?

 

「行橋! 私もやるわよ! 『エス・レンド』!!」

 

 久遠が叫ぶと魔族の周りの地面が動きだし魔族を囲んだ。

 

「凄いな……よし、死角を作ったな」

 

 俺は空に跳び、久遠の作った大岩に上に行く。

 

「ただの岩で私が潰されるか! 間抜けめ!」

 

 魔族が岩を粉々に吹き飛ばす。

 そうして俺は魔族の頭上に落下する。

 

「岩が駄目ならまた刃でどうだ?」

 

 俺は長槍を魔族めがけて突き刺す。

 

「!? 喰らうか!」

 

 しかしそれはギリギリで躱された。

 ……だが、

 

「喰らえよ!」

 

 俺は短槍を魔族の心臓を狙って突き出した。

 

「だから短いと──」

「『紅の朧月(アムール・アヴーグル)』!!」

「!!」

 

 魔力が行き渡った短槍は、紅いオーラを放ちながら魔族を射抜かんと迫る。

 魔族は危険と判断したのか、わざと穂を自分の掌で受けて軌道を逸らそうとした……が、

 

「……グフッ……これは……レンズドラゴンか……」

「……」

 

 穂を防ごうとした時には遅すぎた。

 不可視の刃は既に魔族の心臓を射抜いている。

 

「お前の弱点は……誰にでもある在り来たりなもの────油断だ」

 

 紅い短槍は、俺の魔力と魔族の血で一層紅く輝いてた。

 

「フフッ、どうやらそうらしいな……だが、油断しているのは貴様も同じなようだ」

 

 心臓を射抜かれた魔族は、不敵に笑って俺の後ろを見据えた。

 

「──やられたか、イレア」

「……すみません、魔王様(・・・)

 

 俺は急いで後ろを振り向く。

 

 

──そこには、漆黒の長髪をなびかせて、底のない深淵の瞳で俺を見つめている少女(・・)がいた。




活動報告にも書きましたが、4月9日(木曜日)から更新停止します。

でも、活動報告のは少し大げさかもしれません。
更新速度が緩むっていうだけかもしれませんね。

まあ、それはこれから色々決めていきます。
運が良ければ週5ぐらいの更新速度に落ちるだけかもしれません。


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第十八話 架け橋

「……すみません、魔王様」

 

 あれが魔王だって……?

 

「……構わない……いや、今回は勝たなくて良かった」

 

 そう言って魔王と呼ばれた少女は俺を見つめる。

 気を抜くと飲み込まれてしまいそうになる深淵の瞳が、俺を捉えて離さない。

 なんの感情も読みとれない無機質な表情は、不自然なほど整った顔立ちから人形と勘違いしてしまいそうになる。

 

「……それは……どういう……?」

 

 イレアと呼ばれた、俺が心臓を貫いた魔族は、満身創痍の状態で顔を歪め問う。

 

「……そのままの、意味」

「?」

 

 理解が追いつかないでいる。

 自分の心臓の音が、はっきり聞こえる。

 

 戦うだとか、逃げるだとか、そういう次元じゃない。もう、俺に命は無い。そう直感が言う。

 

「……」

 

 俺は漆黒の少女を見つめ返したまま動けないでいた。

 魔族に突き刺さった短槍を引き抜いて、戦闘態勢に入る気にならない。

 いや寧ろ、身体をピクリとでも動かせば、次の瞬間には身体がバラバラになっているのではないかという錯覚すら覚えてしまう。

 

 何秒だろうか、何分だろうか、ジッとお互いを見つめ合ったまま硬直していると、魔王と呼ばれた少女が口を開いた。

 

「……緊張しなくて、良い……お前は……殺さない」

「……え?」

 

 分からない。

 その言葉は一体俺と魔族、どちらに当てた言葉だ?

 

 俺の疑問も気にせず、少女は、一歩、一歩……ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 

「──!」

 

──殺される。

 

 そう思った。

 

「まお……う、さま?」

 

 魔族が怪訝そうな顔で少女を呼ぶ。

 

「……」

 

 しかし、少女は魔族の言葉を聞かず、ただこちらに迫ってくる。

 

「……」

 

 何だ? なにをするつもりだ? 俺は、死ぬのか?

 

「まお──」

「……うるさい。少し黙れ、イレア」

「っ」

 

 先程まで途切れ途切れの口調だった少女は、その一言だけはっきりと、鮮明に聞き取れるように、大きな声で言い放った。

 

「……我は……お前、を……殺さない……」

 

 少女はそう言って歩み寄る。

 その瞳は、明らかに俺を捉えていた。

 いや、そもそも初めから俺から目を離していなかった。

 

「な、にを、言っている……?」

 

 俺は固まった口を何とか動かして、腹から精一杯の空気を吐きながら言葉を繋いだ。

 しかしその声はかすれていて、呟くような小さなものだった。

 

「……この街、セルトレイムは……すで、に……我が軍が……包囲、している」

「──!!」

 

 少女は俺の小さな声を正確に聞きとり、俺に言った。

 それはもう、俺達は詰みということだ。

 

 俺は絶望した。

 何とか隙を突いて『 四天(ナンバー)』を倒したというのに、何の意味もなかったのか。

 

 そうして後悔した。

 シレーヌとの約束を守れなかったことに。

 

「安心、して……良い……我、は……お前を、殺さない」

「っ」

 

 少女は俺の表情を見て、無機質な表情を僅かに動かして微笑んでみせた。

 それは本当に微小な変化で、ずっと彼女を見ていた俺だから分かる程度の、小さなもの。

 俺はその表情を見て、どこか安心してしまった。

 生きていられるかもしれないという恐怖心が取り払われたわけではない。

 もっと根本的な、俺の核たるものが、癒されたような気がする。

 

「────」

 

 少女は俺の目の前までやってきた。

 シレーヌより小さい身体、俺の胸ぐらいの大きさの少女は、俺を見上げる。

 

「……勇者は、見逃す……この街も、見逃す……代わりに、お前を連れて帰る」

 

 少女は俺を見上げながらそう言った。

 その瞳は変わらず俺を捉えたまま、これまで瞬きもしていない。

 

「お、俺、を?」

 

 何故俺を連れて行くんだ? 俺は勇者でも、特別な恩恵を受けているわけでもないのに。

 

 しかし少女は俺の言葉に、表情は変えないものの、力強く頷いた。

 

「お前が、欲しい……お前が、望むので、あれば……戦争も、止めて……良い」

「!?」

 

 戦争を止める……? 俺が望めば?

 

「な、何故……!」

「……」

 

 俺の質問に、少女はただジッと俺を見つめるだけで何も返さなかった。

 何を考えているのか全く分からない。表情も、瞳も、何も変わらない。

 

「させない……!」

「──!」

 

 声が聞こえた。少女と俺の、静寂の世界に一つの騒音が響いた。

 声のした先を見れば、遠原が少女の後ろで剣を構えていた。

 

「……」

 

 少女は何も言わない。

 チラッ、と遠原を見ると、また俺の瞳を見つめた。

 それが殺して良いのか問うているようで、背中に嫌な汗が流れ出す。

 

「行橋君は、僕達の仲間だ……!」

「遠原……」

 

 まさかそこまで俺のことを思っているとは思わなかった。

 しかし、今はそんな悠長なことを考えている場合ではない。

 

「やめろ! お前じゃ……お前達じゃ勝てない!」

「そんなの知ってるよ。けど、このまま行橋君が連れていかれるぐらいなら……」

「……イレア、殺すな……意識を刈り取れ」

 

 そこで少女の低く、冷え切った声が響いた。

 

「──はい、魔王様」

 

 俺が心臓を貫いた筈の魔族は短槍を胸から強引に引き抜くと、何もなかったように返事をした。

 

「なっ!?」

「なんで動けるんだ!?」

 

 有り得ない! なんで動ける! 流石の魔族でも死ぬほどのダメージじゃないのか!?

 

「心臓を貫かれた程度で死んでちゃこの地位にいない」

 

 イレアと呼ばれた魔族は、俺の叫びにあっけらかんとした顔で返す。

 

「うそ……だろ……?」

 

 結局、俺達は何もしていなかったって言うのか?

 俺達は、何のために此処に来たんだ?

 

「行橋! なに諦めてんのよ! あんたの師匠はそんな程度のことしか教えてくれなかったの!?」

「そうですよ! 頑張りましょう!」

 

 久遠と篠原も杖を構える。

 どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。理想しか見ていない。

 

「……」

 

 ここで魔王に付いて行ったら、世界は救われる。

 しかし、世界が救われても勇者達は救われない。

 勇者が帰る方法は、魔王を倒すことだけだと国王様が言っていた。

 

「行くぞ、こんにゃく共が」

 

 イレアは全く衰えていない速度で勇者達に突っ込んでいった。

 

「ぐっ」

「きゃあ!」

 

 皆が吹き飛ばされる。

 実力差がありすぎるのだ。勝機などもうない。俺達は初めから詰んでいたんだ。

 

「……我と共に来い、ユクハシ」

 

 今まで沈黙していた魔王が、変わらず俺を見つめたまま言った。

 脅迫だ。俺に選択肢なんてない。

 

「……」

 

 今、このまま俺が付いて行けば、戦争は終わる。

 勇者達はゆっくりレベルを上げて、再度魔王に挑む時間ができる。

 何が最善かなんて分かり切っている。シレーヌは常に最善の一手を選べと言った。今がその時なのかもしれない。

 俺が犠牲になることで、本当の平和への架け橋を作る。

 

「ふう。終わりました、魔王様」

「……」

 

 遠原達は地面に伏したままピクリとも動かない。

 死んでいるのかどうなのかも分からない。

 

「……俺は、魔王に付いて行くよ」

「……そう、か……嬉しい」

 

 魔王は本当に嬉しそうに、目を細めて微笑んだ。

 今までの無機質な表情が嘘のような、自然で綺麗な笑みだった。

 

「……全魔王軍に、伝達……総員、速やかに魔界に帰還せよ」

 

 魔王は懐から紅い水晶を取り出し、そう言った。

 

「?」

「あれは『魔伝晶』。あれを持っている者同士の魔力線を繋いで、長距離でも話ができるようにしているんだ」

 

 俺の不思議そうな顔を見て、イレアは説明してくれた。

 

「お前は魔王様に付いていくのだろう? 魔王様はお前を随分気に入っているようだし、幹部レベル……いや、それ以上の立場になるかもしれんな。どちらにせよ、お前はもう私の仲間だ」

 

 イレアは今までの戦いが何でもないことのように言った。

 

「……魔界に、帰還する……ユクハシ、一緒に……」

 

 魔王は俺に手を差し出してきた。

 きっと掴めという意味だろうと判断し、俺は差し出された手を握った。

 

「……ああ」

 

 最善の選択はした。

 シレーヌとの約束は破ることになってしまったが、仕方がない。

 それに、まだ死んでいないし、死ぬまで恨むなんてことにはならないだろう。

 

──架け橋は作ったぞ、遠原。あとはお前達次第だ。

 

「転移魔法……発動」

 

 その瞬間、俺は今日二度目の眩い光に包まれた。




今回は短めで3000文字です。
相変わらず地の文が少なくて内容もスカスカですね。
しかし、今の私にはこれ以上に地の文を増やすことが難しい……。


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魔王サイド ─Point de vue de caractère principal─
第十九話 ファースト……


忙しいが、めげない。


 光が消えると、そこはどこかの屋敷の中だった。

 アーヴァクライルの城のエントランスみたいな内装だ。床は紅く、巨大な魔法陣が描かれている。随分広くて、アーヴァクライルの城と引けを取らない。

 

「……ここは?」

「魔王城だよ」

 

 俺の疑問にイレアがすぐさま答える。俺がなにを言うのかわかっていたようだ。

 そこで魔王様が俺の袖を引っ張った。

 

「……ユクハシ、こっち」

「え? ああ、うん」

 

 魔王様は俺の袖を掴んだまま歩きだす。俺は引っ張られる形でよくわからないまま先導される。そこでふと、後ろを見るとイレアが反対の方向に歩いているのを見つけた。

 

「イレア……は、一緒じゃないのか?」

 

 俺が引っ張られながら声をかけると、彼女はこちらに振り返り言った。「私は用事があってな」

 これから帰ってくる魔王軍といろいろ話すことがあるようだ。まあ、突然に全魔王軍を帰還させたんだ。みんなきっと混乱しているだろうし、誰かが説明しないといけないだろう。

 後ろ手で右手を振りながら、彼女はエントランスから出ていった。無駄に格好いい。今度俺も真似しようと思う。

 魔王様は俺の袖を引っ張ったまま、前を向いてただ歩いている。どこか目的地があるのはわかるんだけど、もうちょっと説明してくれも良いんじゃないだろうか。これからなにが起きるのかわからなくて不安だ。

 

「どこに向かってるんだ?」

「……」

 

 返事はない。なにそれ本当に俺をどうする気だよ。

 そうして何度か広い廊下や狭い廊下を渡り、飽きるほど階段を上り、またひたすら歩き続けること数分、ようやく目的地に着いたようで、足を止めた。目の前には大きな扉。

 

「……ここ、我の部屋」

「あ、そうなのか」

 

 部屋と呼ぶには余りに大きすぎる扉だ。どこかの会場なのではないかと思うほどの存在感がある。俺は見たことがないが、国王様の部屋もこんな感じなのだろうか。だとしたら王様凄すぎです。

 魔王様が大きな扉に手を添えた。小さくてすぐに折れてしまいそうな手ではびくともしないだろう大きな扉は、魔王様が手を前に押すことで無重力状態のように簡単に動いた。

 扉を開いた魔王様は、俺の方を向くと、無表情な顔で言った。「……入って、良い」

 

「お、お邪魔します」

「……」

 

 緊張する。女子の部屋に入ったのが初めてというのもあるし、魔王様の部屋に入るということがかなりのプレッシャーになっている。中の物に勝手に触ったりしたら殺されるかもしれない。というか、床に足をついたら「お前、汚い」なんて言われたりして……。

 

「……早く」

「あ、ああ」

 

 いけない。変な考え事をしていて突っ立ってしまった。魔王様が不機嫌になったらヤバいから、早く入らないといけない。

 部屋に入ると、俺は驚愕した。何故か。それは部屋が大きいのに、中は巨大なベッドが中央にポツンと置いてあるだけだからだ。ベッドも、巨大と言っても大人が数人転げまわれる程度で、空いている空間が多すぎる。妙に生活感がない部屋だ。本当にここが魔王様の……いや、誰かが住んでいるのか疑ってしまう。

 

「……良い部屋ですね」

 

 なんとか感想を述べようと必死に頭を捻った結果、なんとも馬鹿らしい場違いな言葉が出てきた。しかし魔王様はその言葉を聞くと、無機質な顔を少し綻ばせて言った。「……そう、嬉しい」

 

「えー、と……」

「……ベッド、座って良い」

「あ、ありがとう」

 

 ベッドに座ると、身体が沈んだ。このベッドも良い素材でできているようだ。柔らかくて気持ちいい。

 魔王様も俺の隣に腰を下ろした。身体がくっ付きそうな距離だ。遠原もこんな距離で隣に座っていたが、もしかして普通なのか? いやでもシレーヌは近からず遠からずのベストな距離に座っていたな。

 

 「……ユクハシ」と魔王様が俺を呼んだ。なにかと思って魔王様の方を見ると、魔王様は俺をかなりの至近距離で見上げていた。

 

「え? な、なに?」

 

 怖い。普通なら胸が高鳴っているところだろうが、魔王様は普通とは違う。光も飲み込んでしまう、闇に閉ざされた瞳が俺を見つめていたのだ。それも近距離で。かなり怖い。直視すれば意識が堕ちてしまいそうだ。

 

「……我は、お前がほしい」

「……それって、」

 

 俺が言葉を繋ごうとした瞬間、魔王様は俺の体を倒して覆いかぶさってきた。展開が全く読めない。というか、こういうのって男が女にやるんじゃないの? なんで俺が受け身になってるの?

 混乱した俺の頭は関係のないことをぐるぐると考え出す。現実逃避というやつかもしれない。

 

「ちょ、ちょっとなん──」

「お前は、我の夫にする」

「──え?」

 

 なにを言っているのだこの魔王は。理解できない。いや、理解はできた。しかしそういうことではなくて、もっとこう、違うだろう。

 

「え、あ、ちょっと! あれだ、俺まだ女とか興味ないから!」

「安心して良い、我は男」

「だから──え?」

 

 今、なにかおかしな言葉が聞こえたような気がした。俺が空耳かと疑って顔を顰めると、魔王様は察したのか口を開く。「……我は、男……安心」

 なにが安心なのか。女は興味ないってそういう意味で言ったわけじゃないから。今はまだいろいろ大変だから、恋愛はご免っていう意味だから。なんで嬉しそうな顔してるの? 相思相愛になったつもりなの? やめてよ勘違いでも心が痛む。魔王様が男? じゃあこのゴスロリは女装なの? 嘘だろ。

 俺はさっきまでドキドキしていた自分を憂いながら、現実から逃げるように思考した。

 

「……ユクハシ、一緒に……」

「……?」

 

 魔王様が何かを呟いた。俺は頭が混乱していて、よく聞き取れなかった。しかし、そんな頭でも理解できることがあった。魔王様は何かを呟くと、俺を見降ろしていた顔を近づけてきたのだ。どんどん近くなる。なぜ近づけているのかはわからない。頭がボー、としている。たぶんあの瞳を見ているからだろう。底のない深淵に飲まれていくような気分だ。

 

「……」

「……」

 

 鼻がぶつかるくらいまで近づいた時に、漸くなにをしようとしているのか理解した。キスだ。俺の勘違いじゃないのなら、たぶん魔王様はキスをしようとしている。俺は急いで顔を逸らそうとするが、遅すぎた。その瞬間に、唇に恐ろしく柔らかい、溶けてしまいそうなほど潤ったモノが当たった。

 

「……ん」

「……」

 

 また混乱。唇に当たったモノは徐々に熱を帯びて、熱くなる。鬱陶しいはずの熱は、何故だか今は心地よくて、その感触はずっと触れていたくなるくらいに未知で、安心する。

 何秒だろうか。はたまた何分か。もしかすると数時間かもしれない。そんな途方もない時間に感じられるほど、その一つの接吻は濃厚で、記憶に絡みついてくる。ただの口づけ。肌と肌を合わせるだけの行為。それがこれほどまでに理性を奪うものなのかと驚愕した。

 

「……ん……ふぅ……」

 

 やっと唇が離れ、またお互いが向き合う状態になる。俺はボー、と魔王様を見つめるだけ。なにも考えられない。そんな俺を見降ろして、魔王様は言う。「……これで、お前は我のモノ」

 そうして俺の胸に顔を埋める。

 

「……物?」

「……」

 

 俺は物じゃない。そう言いたかったが、そんな気力はなかった。まだ唇が熱い。あの感触が今も脳裏に焼き付いている。五感全てがあの一瞬を忘れまいと再現しようとしている。香りはどうだったか。感触はどうだったか。どんな景色だったか。その時の、お互いの心音は? 初めてのキスは、どんな味だった?

 そこで魔王様が「……ユクハシ。我が……怖いか?」と、顔を埋めながら聞いてきた。なぜ、今そんなことを聞くのだろうか。わからない。しかし、別に魔王様が怖いわけではないので「別に、怖いわけじゃない」と答えておく。そうすると、魔王様は「……そうか」と言って、また黙った。なにを考えているのだろうか。

 

 暫くの沈黙。部屋は静寂に包まれ、聞こえるのはお互いの呼吸の音と、激しく波打つ心臓の鼓動のみ。俺は天井を見つめる。なにもしようとは思わない。このまま意識を手放しても良いかもしれない。魔王様も、一向に俺の胸から退く気配がない。お互いが、全く微動だにしない。

 魔王様が「……ユクハシ……お休み……」と呟いた。どうやら俺が眠気に襲われていることがわかったみたいだ。しかし、そんなことを言った魔王様も、なんだか声がかすれていた。たぶん魔王様も眠いのだろう。もしかすると、今の言葉は自分が眠るから言ったのかもしれない。

 

「……」

「……」

 

 俺も眠ろう。今はここで眠ったほうが良い。そう思う。この時が落ち着く。なぜだかとても安心する。思えば魔王様を見た時から、俺はどこか安心していた。根拠のない安心感に包まれていた。敵とは思えなかったんだ。まだわからないが、もしかすると悪いやつではないのかもしれない。イレアは俺が同朋だと認識するや否や俺を歓迎してくれた。人間と魔族は争っているが、それで敵側が全て悪いとは限らない。きっとなにか理由があるのだろう。これから確かめていけば、もっと素晴らしいエンディングを迎えられるかもしれない。

 魔王様の寝息が聞こえてきた。俺もだんだん意識が朦朧としてきている。寝よう。そして目覚めたら、これからのことを考えよう。魔王様のことや、魔族のこと。景色が変われば見えるものも変わる。俺は良い体験をしているのかもしれない。




今回は地の文を増やすことを意識しました。どうですか? 増えてます?

私って小説書いた後に見直しとか全然しないから、誤字脱字がかなり目立つんですよね。後で読み返すとわけのわからない文になっていて、焦って修正するなんて当り前ですし……。まあ、そんなことはどうでもいいですね。

因みに、今日はとある電撃文庫の作品の一巻を読んだ直後に書いたので、一部の文の表現が似通ってしまいました。本当に一部なのでなんの作品かわからないと思いますが。

ああ、その作品結構古いです。でも、アニメ化してますし、聞いたら「ああ、それね!」てなると思います。
名前だけ知ってるって人も多いかも。私も昔はその中の一人でした。


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第二十話 リアル……

 夢を見ている。小さい頃の夢だ。俺がまだ友達に囲まれて、笑っている夢。誰かが俺のことを呼ぶ。「宏人君」と、満面の笑みでこちらを見ている人。誰だろうか。表情はわかるのに、顔がわからない。とても幸せなはずなのに、半端に自我をもった意識はそれを拒む。

 その人は俺が返事をする前に、俺の手をとって走り出した。どこに向かうつもりなのだろうか。

 身体は妙に軽くて、上手く走れない。でもその人は、そんな俺の手をしっかり捕まえて走る。なんで走っているのだろうか。そう考えていると、家が見えた。誰の家だろうか。見覚えがあるような、ないような。どこにでもあるようで、少し他とは違う雰囲気を放つ家。「家?」と俺が呟くと、その人は俺の手を離し家に入っていった。どうやらその人の家みたいだ。一人家の前で残された俺は、どうしたらいいかわからなくて、そこに佇むことしかできなかった。

 暫くそこで立っていると、家の扉の向こうから声が聞こえた。「行橋君」

 聞いたことのある声。誰だったか。とても近いようで、遠いような……。

 その声の主は、家の扉を開けようと、ドアノブを捻った。誰かが出てくる。誰だろうか。

 

「行橋君……ユクハシクン……ユクハシ……」

「?」

 

 声が変わってきている。この声は……

 

「──ハシ────ユクハシ!」

「!」

 

 目を覚ますと、目の前にはイレアの顔があった。近い。

 

「いつまで寝てるんだ。もう昼だぞ。昨日はまあ、いろいろあったから見逃すが、今日は別だ」

「……ああ、すまない」

 

 どうやら、俺はあのまま眠って、一日が経過してしまったようだ。これからいろいろとやることがある。寝ている場合ではない。

 やけに重たい身体を持ちあげようと上体を起こす……が、違和感。

 

「?」

 

 首を起こして身体を見る。そこには魔王様が俺の胸に顔を埋めた状態で眠っていた。「スー、スー」と寝息が聞こえる。

 

「……今、昼なんじゃないのか?」

「そうなんだが……どうやら相当その場所が気に入ってしまったようだな。起きる気配がない。だからまずお前を起こしてから、起こそうかと思ったんだ」

「なるほど」

 

 イレアは本当に困ったように髪を掻いた。

 魔王様の顔をみてみると、幸せそうな顔で眠っていた。起きている時はあんな無表情なのに、寝ている時は随分可愛らしい顔をするものだ。ああ、いけない。こいつ男だった。

 

「とりあえず、だ。起きたなら魔王様を起こしてくれ。私じゃ起きてくれそうにない」

「あ、ああ。わかった」

 

 イレアに急かされ、俺はほとんど反射的に返事をしてしまった。さて、どうやって起こすか。

 

「……。あ、あの……。魔王様?」

 

 どうやって起こしたら良いのかわからないので、とりあえず在り来たりな起こし方、声かけをしてみる。しかしそれはイレアがとっくにやっているだろうし、効果は薄いだろう。と、思ったが、俺の予想に反し、魔王様はちゃんと聞こえていたようで、目を瞑ったまま顔を顰めた。これはいける。

 

「魔王様」

「……」

「まおうさま」

「……」

「マオウサマー」

「……」

 

 だめだ。反応はするが、それ以上の効果が見られない。というか、もうこれ起きてるだろう。俺が呼ぶたびに顔が不機嫌になっていっている。朝は弱いのかな? と考えていると、魔王様は突然パッ、と目を開き、言った。「……魔王じゃない」

 

「え?」

「……魔王じゃ、ない」

 

 なにを言っているのだろうか。寝ぼけているのか?

 

「……我は……エルラ……」

「エルラ?」

「……」

 

 それだけ言うと、魔王様……エルラ様? は、また目を瞑り黙ってしまう。

 

「エルラ様」

「……」

 

 俺がそう呼ぶと、魔王様はまた顔を顰めた。なるほど。大体わかった気がする。

 

「……エルラ、おはよう」

「……おはよう。ユクハシ」

 

 魔王様改めエルラは、三つ目の呼び方でやっと起きた。これには流石の俺もため息が出る。茶番すぎて呆れてしまう。ベッドの外で立っているイレアもため息をついていた。

 

「魔王様。そろそろ会議の時間です。いきなり戦いは終わりなんて言ったんですから、みんな混乱してます」

「……そう」

「そう、って……」

 

 エルラは俺の胸に手を置き、力を込めて身体を起こした。身体が小さいのであまり重圧はかからない。そのままベッドをのそのそと這い、やっと地面に降り立つと、俺の方に向き言った。「……行って、くる。ユクハシは……イレアと……」

 

「あれ、私は出席しなくていいんですか? 結構大事な会議ですし、『四天(ナンバー)』が揃ったほうが良いと思いますが」

「……いい。今回は……もっと簡単な、話し……それに、イレアはもう、わかってる……でしょ?」

「はい、まあ。一応部隊長ですから」

「……なら、いい」

 

 エルラはそのまま一度も振り返らずに部屋から出ていってしまった。俺もこれからどうするか考えながらベッドから降りる。エルラがいないとなると、ここらの案内人はイレアになるわけか。どっちかっていうと、イレアのほうが話しやすいのでラッキーだな。だってほら、殺し合った仲ですし。

 

「これからどうするんだ」

「さてね。とりあえず、城下街にでも出るか」

「おお、本当か!?」

 

 この世界に来てまともな街なんて見ていないのでつい興奮してしまった。俺は城の外は庭と城の周り、後はセルトレイムくらいしか見ていないんだ。正直この世界の文化ってやつが気になっていた。城下街という単語に過剰に反応した俺に若干引きつつイレアは言う。「そ、そうか。ならさっそく行こうか」

 エルラの部屋は城の最上階の最奥にあるようで、エントランスに出るのが面倒だった。道理で昨日あんなに歩いたわけだ。もしかして無限ループしているのではないかと疑ってしまったくらいだからな。

 

「おお……」

 

 城下街にでると、初めに見えたのは……獣耳だった。他にもいろいろあったのだが、獣耳を見た瞬間に、それに釘付けになってしまった。見た目は人間そのものなのに、頭に可愛らしくちょんと生えているのだ。本物だろうか、あれは。

 

「あれは獣人族だよ」

 

 俺が獣耳を凝視していると、横からイレアが説明してくれた。

 

「獣人族? 獣人って、もっとこう……もふもふな感じかと思ってた」

「ああ、それは獣魔族だ。獣魔族は身体も獣に近い」

「へえ。そんな違いがあるのか」

 

 同じ獣でもいろいろ種類があるようだ。なかなか面白い。というか、やっぱりこういうファンタジー的なものは興奮する。男の夢だろ。誰だって美少女エルフと結婚したいとか考えるだろ。って……

 

「エルフとかっているのか?」

 

 これは重要だぞ。エルフがいたら、是非とも会ってみたい。いや、結婚したい。

 

「いるぞ」

「本当か!?」

「だが、やつらは独立主義でな。簡単には近づけないし、精霊の加護を受けているから戦争になったらかなり面倒だ」

「そ、そうなのか」

 

 現実はそんなに甘くはないようだ。俺の夢はあっさり砕け散った。しかし、別にエルフが俺の運命の相手とは限らないので、潔く諦める。

 種族云々は後にして、街を見て回ることになった。街は昨日まで戦争していたとは思えないほどの活気で、なんだか都会の雰囲気を感じる。みんなが笑顔で、とても楽しそうだ。魔界というから、もっと陰湿な場所かと思ったのだが、全然そんなことはない。とても心地良い喧騒だ。

 

「どうだ? 魔界は」

 

 イレアが横から俺の顔を覗き見るようにして、ニヤニヤしながら聞いてきた。

 

「ああ、良い場所だな。正直落ち着くよ」

「そうか。それは良かった」

 

 イレアの知り合いと途中で会って、談笑になったり。屋台の叔母さんが見ない顔だからと、サービスで食べ物をくれたり。街の人は俺が人間だからとか、そんなことはあまり気にしていないのか、気さくに話しかけてくれた。なぜだろうか。一応、戦争の相手国なんだが。

 

 一通り街を見て回り、また城の入口に戻ってきた。

 もう日が傾いていて、夕焼けが眩しい。俺は後ろを振り返り、城下街を眺める。そんな俺を見てイレアが言った。「この街、どう思う?」

 

「……まるで戦争があったなんて、嘘みたいだ」

 

 俺は正直な気持ちを言った。アーヴァクライルの方も、こんな感じなのだろうか。それならば、なぜ戦争なんて……。

 

「ああ、そうだな。しかし、戦争はあった。それは事実だ」

「……」

「獣人族がいただろう。あれは実のところ『魔族』ではないんだ」

「どういうことだ?」

 

 魔族じゃないというのなら、一体なんだというのか。俺はイレアの顔を見て問う。

 

「獣人族はそもそも人間と共存していた。しかし、人間は獣人族を人ではないと言い張って、追放したんだ。だから魔界にいる。魔界に住んでいる者達は、なにも魔族だけではない。人間から迫害された種族達も結構いる」

 

 イレアは城下街を眺めながら、どこか黄昏たように言った。

 

「ユクハシを嫌悪しないのは、同じ仲間だからさ。人間は憎いが、それ以上に同じ魔界に住む者同士の愛情がある」

「……そうか」

 

 もしかすると、この戦争は人間が先に起こしたのかもしれない。人間の欲が、大罪が、世界を歪めたのか。そうだとするのならば、『魔王』とはなかなか滑稽な名前だ。人間どころか自分達ですら己を悪だと言っているようだ。

 

「セルトレイムは、元々私達の領土だった」

「……取り戻すために戦ってたのか?」

「いいや。それもあるが、一番は本命を引きずり出すためだ。ちまちま戦争なんてやっていられないから、いくつか街を襲って、国王を怒らせようとしていたんだ」

 

 国王を怒らせる。本命を引きずり出す。あまりピンとこない。要するに、早く決着をつけたかったのか?

 

「本命ってなんだ? 国王が怒るって……総力戦にでもするつもりだったのか?」

「違う。お前は知らないのか。本命ってのはあの国の最高戦力のことだ」

「最高戦力?」

「ああ。あの国は、全部で三つの組織がある。王国直属の戦闘集団である『王国騎士軍(リーダー)』、王国に許可された魔導士集団である『国家魔導士(インデペンデンス)』、なりそこないの『万能集団』である『最終兵器(パーフェクション)』だ。表向きはな」

 

 『王国騎士軍』と『国家魔導士』は知っている。遠原達を指導したトップの人が率いている組織だ。しかし『最終兵器』は知らない。なりそこないとはどういう意味だ? 完成していないのか? それに、表向きってことは、裏向きがあるってことか。

 

「その表向きってのはどういうことだ?」

「表向きの国のジョーカーは『最終兵器』だ。しかし、実際は違う。『万能集団』なんて言われているが、実のところは個々が偏りまくった属性を究極的に極めた特化型人間。それを何人かのチームで動かすことで、擬似的な『万能』を作っているんだ」

 

 つまり「それができるが、それしかできない」ということか。その分野に関しては右に出る者がいないが、他は平均レベル。それは確かになりそこないだな。

 

「私達が狙っていたのは『本物の万能』だ」

「本物? 本当に存在するのか?」

「ああ。たしか『レインズ』といったか。昔に一度やり合ったことがある。すさまじいぞ、やつらは(・・・・)。私が相手をしたのはたった一人だったが、半分死にかけた。しかも相手はピンンピンしていた。その時は丁度やつら側が引いたのだが……正直勝てる気がしなかった」

 

 イレアは苦虫を噛み潰したような顔をして語った。本当に悔しそうに、遠くの地平線を眺めている。しかし、それならどうして態々そんな強敵をおびき寄せようとしたのか。勝てない相手を呼んで、なんの意味があるのか。

 

「そんなやつらが来たら、勝てないんじゃないのか?」

「あいつらを潰せば国は黙る。それが最適だ」

「でも、最善じゃない」

「……」

 

 そんな無謀なことは許せない。はっきり言って頭がおかしいと思う。俺がイレアを睨むと、彼女は自嘲気味に笑って言った。「といっても、もう遅いんだがな」

 

「どういう意味だ?」

「あそこの国王は変に仲間意識が高くてな。たぶん、勇者の仲間が攫われたなんて聞いたら問答無用で取り返しにくるぞ」

「──!」

 

 そうか。だから、だから──

 

「だから俺を攫ったのか!」

「いや、これは計算外だ。魔王様がユクハシを気に入っているというのは事実だしな」

 

 だからこそだ。エルラが俺を気に入っているからこそ、国王様が俺を取り返しに来れば、戦争になる。エルラは俺が望むなら戦争は止めると言った。しかし、それは自身の都合だ。国王様からすれば、それは全く関係のない話しなわけで、いつでも戦争ができる。そしてエルラから戦争を仕掛けたわけではないので、やむを得ずという言い訳ができる。俺がエルラに付いて行った時点で、戦争は一瞬終わり、再開しているのだ。

 

「俺は、何のために付いて来たんだ?」

「魔王様のため。そして戦争のため」

 

 俺の苦心の呟きに、イレアは表情のない顔で答えた。はっきりと言ってみせた。戦争のためだと。俺は、最終決戦のスパイスなのだと。俺は戦争を止めて、遠原に時間を与えてやるつもりでエルラに付いて行った。しかし、実際は戦争の時期を短くしただけ。今は、魔族も捨てたものではないと思い始めていたというのに、あんまりだ。

 

 そこで後ろから声がかかった。「……ユクハシ」

 振り向くと、そこにはエルラが立っていた。表情の読めない顔は、なぜだか困っているように、悲しいように見える。気のせいだろうか。

 

「私は帰るよ」

「……そうか」

 

 イレアはエルラに一度頭を下げると、そのまま城に入っていった。あとに残されたのは俺とエルラだけ。俺達はジッとお互いを見つめあう。

 

 エルラが言う。「……帰ろう」

 

「どこに? エルラの部屋か?」

 

 俺の質問に、ゆっくり首を縦に振るエルラ。

 

「……話し、たい。かえ、ろう?」

 

 エルラは佇む俺に近づいて、服を指先でつまんだ。そして俺を見上げる。その瞳はなんだか不安そうで、心が揺れる。

 

「ああ、そうだな。俺も話したい」

「……」

 

 エルラは昨日のように、俺の袖を掴んで歩きだした。エルラは不本意なのか、本意なのか。本当に戦争を望んでいるのか。俺は、今遠原が来たら、きっと割って入る。この一日で、魔族が悪とは到底思えなくなった。だからこそ、戦争なんてやめてほしい。話さなければいけない。言わなければいけない。




今回は5000文字超えちゃいました。
それと、今週は更新厳しいかもしれません。すみません。

さて、新しい組織がでてきましたね。これからどうなるのか。(自分でもわからない)
正直エンディングが想像できなくて、連載打ち切り漫画みたいに『俺達の戦いはこれからだエンド』にならないか心配です。


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第二十一話 コネクト……

遅くなりました。すみません。

サブタイトル編集しました。『第』が抜けてた……


 エルラの部屋。俺とエルラはなんの言葉も交わすこともなく、ただベッドに座って虚空を見つめていた。なにか言わなくてはいけない。なにか言うべきことがあるはずだ。でも、俺の口は糸で縫われたように、微動だにしない。頭は、なにか言いたいという気持ちが先行して、なにを言うべきかを考えていない。完全な静寂。唾を飲む音が、とても煩わしく感じる。

 そこで「……我は、」と静寂を破る声が響いた。声の方を見れば、そこにはエルラ。当然だ、この部屋には俺達以外には文字通りベッドしかない。

 

「……我は……我は……ただ、ユクハシが……」

 

 そこまで言うと、エルラは口を噤んで目を伏せてしまった。前髪で表情が見えない。でも、スカートを力いっぱい握った手が、どんな気持ちなのかを嫌なほど理解させる。気づけば俺も、血がとまるほど手を握りしめていた。よくわからない。今、俺はどんな気持ちなんだろうか。焦っているようで、悲しいようで、怒っているような、いろんな感情がごちゃごちゃにミックスされて、すごく気持ち悪い。でも、なにか言わなくちゃいけない。そうしないと、俺はきっと後悔する。

 

「……エルラは、俺が好きなのか?」

 

 今はそんなことどうでもいいような気がする。でも、クラクラする頭で一生懸命考えた末、喉の奥から弱々しく出た言葉はそんなものだった。

 エルラは俺の問に答えなかった。でも、その代わりにスカートを握る手が一層力んで、身体が震えていた。エルラはなぜ、そんなに震えているのだろうか。どうしてそんなに怯えたように目を伏せているのだろうか。だって、エルラは魔王で、アーヴァクライルと戦争をしていて、沢山の命をその手で奪ってきたんだろう。戦争は終わっていなくて、それはきっと魔王からしたら嬉しいことで、喜々として作戦を考えるところじゃないのか。

 どうしてそんなに、

 

「────ない」エルラが呟いた。それは誰に言ったわけでもないような、聞きとることのできないほど小さな、小さな声だった。

 

「え? 今、なんて言ったんだ」

 

 部屋は静かなのに、耳に全然音が入ってこない。心臓の鼓動がとてもうるさくて、思わず握りつぶしてしまいそうになる。

 俺の言葉を聞くと、エルラはゆっくりと顔を上げた。顔が見える。でも、それは俺の想像したものと違っていた。まだほんの少しの間しか一緒にいたことはなかったけど、それでもそれは初見で、俺の心に衝撃を与えた。

 

「ユクハシに、嫌われたくない……!」と、はっきりした声で、大きく、叫んだ。その声は震えていた。エルラの顔は、酷く歪んでいて、瞳が揺れていた。下瞼には涙が溜まっていて、目を大きく見開いてこちらを見つめる。こんな顔は知らない。まるで、本当にいたいけな少女のようだ。

 

「え、な、なにを言って、」

「我は、望んでいない……! 戦争なんて、初めから……でも、そうするしかなかった! そうしなければ、人間は奪い続ける! 殺し続ける!」

 

 エルラは俺のことなど見えていないようで、俺を透かして、なにかに訴えかけるように叫んだ。その声は切実で、空気を揺らし、耳に反響し続ける。

 

「なにもなかった……なにも、なにも……。やっと見つけた。やっと、我は欲しいものを見つけた。我と同じ存在を……なにもない存在を……」

 

「なにもない」それはきっと正しい表現だろう。俺にはなにもない。でも、なにもないからこそ、なにかを求めて、なにかを手にした気でいれる。俺はそうやって今まで誤魔化してきたんだ。全てを失ってから、なにかを手に入れるのは難しい。だって、もうなにかをしまう器もないから。

 シレーヌは俺のことを大切な人と言った。あの時、俺は心の底から感動して、なにかを手に入れたような気がしていた。でも実際は、そんなことはなかった。俺は言葉を受け止めただけで、どこにもしまっていなかった。一度手にした幸せは、もう、どこかに落してしまった。だからこうして今、俺はここにいる。

 考える。俺はどうしたらいい。どう言葉を返せば、エルラは納得する。きっとこんなことに意味なんてないだろう。でも、無駄だとしても、今は考えるしかない。そうしないと、現実が見えてしまう。

 

「嫌われたくない。ユクハシが我を嫌えば、またなにもなくなる」

 

 エルラはそう言って、俺の袖を両手で握った。その手はやっぱり震えていて、でもまったく振り払えないくらいに力強かった。

 

「戦争を再開すれば、ユクハシの大切な人が死ぬ。そうすれば、ユクハシはきっと我を嫌う。我に刃を向ける。殺し合う。どちらかが死ぬ」

 

 エルラの独白は続く。瞼に溜まった水は、既に容量を超えて流れ出していた。

 

「戦争なんて、望んでいない。我はユクハシが欲しい、それだけ……でも、人間はそれを許さない。我のものを奪って、奪って、奪って……なにも無くなっても尚、欲する。我の命を、なにもない命を、取るに足らない命を、奪おうとやってくる」

 

 エルラは顔を伏せて、吐き出すように、震えた声で一つ一つ語る。無理をしているのか、声がかすれてきている。でも、そんなことは気にしていないように、喉の奥から傷ついた声を振り絞っていた。

 

「先代の勇者は最期に言った……『君は、空っぽだ』と。そんなことはわかっている。わかっていた。でも、それでも、誰かから言われたのは初めてで、我はうろたえた。そんな我を見たあいつは、まるで可哀想なモノをみるような目をすると、自ら命を絶った。あいつは、我を憐れんで、自らの死を選んだ」

 

 先代の勇者。それは歴代の勇者の中でも、群を抜いて正義感が強い人だったと聞いた。最も神に愛された存在でありながら、なにか特別な才能があるわけでもなく、努力だけで魔王と対峙した英雄。その最期は正確に語られていなくて、諸説あるらしい。しかし、どの話も最期は独りで魔王城に乗り込み、命を絶ったことになっている。そんな英雄が自決したなんて、にわかには信じがたい。

 

「先代の死後、戦争は過激になった。我の命を奪おうと、躍起になった。神は先代の魂を掬いとって、ある器に閉じ込めた。その器から魂を解き放つことができるのは、我の、魔王の魂だと言って」

 

 魔王の魂。そんなもので本当に解放できるのだろうか。きっとそれは憶測の範囲で、確証はないけどやらないよりかはマシというだけなのだろう。先代の勇者はこれを望んでいたのか。こんな展開を。だとすれば、俺は先代の勇者を侮蔑する。自らの命を絶ち、自分だけは殻に閉じこもって、後は他人任せ。どこが正義の味方だ。そんなヒーローはどこのアニメにもでてこない。

 

「戦争は続く。我が死ぬまで…………ユクハシ……」そう言ってエルラは伏せた顔をゆっくり上げ、俺の瞳を見つめた。まだ涙があふれ出していて、深淵の瞳はなんだか湖のように澄んでいた。

 

「一緒にいて……」

「っ」

 

 エルラはおねだりをする子どものように、しかしどこかあでやかな声質で俺に縋ってきた。俺はなにも言えない。言えるわけがない。だってなにを言ったって、結局ただの他人事になるから。他人事で終わらせたくない。俺だって、なにかを感じているんだ。今なにかを言えば、きっと俺は俺を裏切る。

 そんな俺を見て、エルラはなにかを察したように顔を伏せ、俺を押し倒した。

 

「……言葉は、いらない……もう、繋がってる……」

「……」

 

 まただ。また、昨日と同じ。きっとまたキスをするのだろう。もうわかっていた。でも、俺は抵抗しない。ここは受け入れるべきだと、俺の心が言っている。エルラは独りだったんだ。独りは辛い、独りは悲しい。身体にできた傷は時間が経てば癒えていく。でも、心の傷は癒えない。心にできた穴は、時間が経つにつれて馴染んで、それすらも自身を構成するパーツになるのだ。それはとても悲しいことだ。だって、自分が悲しい存在だということも忘れてしまうんだから。

 穴は馴染んでいるだけで、治ったわけじゃない。だから、俺達は敏感になる。穴を埋めてくれるものに対して過剰に反応する。同類を見つけてしまったら、もう独りではいられない。

 

「──」

 

 エルラは唇を、まるで綿菓子をついばむように優しくゆっくり俺の唇に重ねた。俺の唇は柔らかくて、温かいものに包まれた。

 安心する。初めは驚いたけど、今回は心の準備ができていた。それに、こうしているとエルラのことがわかるような気がする。繋がっている。それは唇だけではなくて、もっと他の大きなところで。

 

「…………ん……」

「っ」

 

 驚愕。エルラは俺の口になにかを入れてきた。妙にねっとりした、うねうねしたもの。それを理解するのに数秒の時間を要した。

 初めての行為は、思いのほか動揺せず、なんだかそれが自然であるかのように受け入れられた。別に発情しているわけではない。きっとこれは、意志の疎通なんだ。穴を埋めるために、俺達は深いところまで身体を沈ませる。

 もう、俺に魔王を打倒するという選択肢はなくなった。しかし、勇者の敵になるわけでもない。両者の中間で、答えを見つけたい。

 

「ん……はぁ…………ユク、ハシ……」

「……」

 

 エルラはまだ足りないようで、更に求めてくる。俺はそれを受け入れる。今はそれしかできないから。きっと、皆が救われたらこんな行為は必要なくなるだろう。俺一人では穴を埋めきることはできないけど、十人、百人といれば、きっとすぐに埋まる。器から作っていこう。無くしてしまったものを取り戻すには、まずそれを拾う為の器が必要だ。

 

 暫くそうして接吻を続けていると、突然エルラは聞いてきた。「……ユクハシは、我が……嫌い?」

 

「そんなことはない……けど」やっぱり確証が持てない。エルラは本気なんだろうか。本当に、皆を救えばもうこんなことを止めてくれるんだろうか。本当に俺が好きなら、俺はどうすればいいのだろうか。

 

「……けど?」エルラが不安げな表情で俺の顔を覗き込んできた。

「……いや、なんでもない」

 

 少し、表情のが豊かになったんじゃないだろうか。初めに会った時の無機質な表情は微塵もない。心境の変化だろうか。

 

「俺は、お前の味方でありたい」

「……嬉しい」

「でも、勇者の味方でもありたい」

「……」

 

 これは俺の結論だ。奪うことしか脳の無い馬鹿に、取り戻すのに必死な阿呆。この二つはどこまでも盲目で、相対した意志だ。生半可な覚悟では変えられないだろう。でも、やるしかない。勇者も、魔王も、間違っている。シレーヌは言っていた。もっと周りを良く見ろ、冷静になれ、と。みんな必死すぎて、目の前しか見えていないんだ。誰かが動かなければ、革命は起きない。




設定がごちゃごちゃしてきていますねぇ。これは矛盾が大量発生するかも。

それより、魔王可愛くてついちょっとハードなこと書いちゃう。こ、今度はシレーヌたんで……うひょひょひょ!


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第二十二話 ナンバー……

ふぎゃー! 更新速度遅すぎて欠伸がでるぜ!


 俺はエルラとの会話のあと、また寝てしまったようだ。目を覚ますとイレアがあきれ顔で俺を見降ろしていた。エルラはまた俺の身体に寄り添って眠っていて、俺が寝たあとも泣いていたのか目が腫れていた。それがとても痛々しくて、俺は無意志にエルラの頬を撫でてしまった。

 エルラのことに関して、イレアはなにも訊いてこない。彼女は暫く俺とエルラを眺めると、苦笑して皿を差し出してきた。なんだと見てみれば、長方形のこんにゃくが三段積みになっていた。こんにゃくは食べたいと思ったが、流石にそれだけでは抵抗がある。そう言うと、彼女は懐からなにかのソースを取り出して、盛大にぶっかけた。そうして満足げに頷いて、部屋から出ていってしまった。なにがしたかったのだろうか。虐めだろうか。

 因みに、そのこんにゃくはとても美味しかった。

 

 ベッドに横たわりながら天井を見つめ、こんにゃくを摘まんでいると、エルラがこんにゃくの刺激臭で目を覚ましてしまった。エルラは「……こんにゃく」と呟くと、俺の横に置いてあるこんにゃくを見つめた。そうして次に俺が摘まんでいるこんにゃくを眺め、なにを思ったのか俺の指ごとこんにゃくに齧りついてきた。痛いと思ったがどうやら甘噛みのようで、器用に舌でこんにゃくだけ取って口をはなした。あまりの奇行に唖然としてしまう。寝ぼけているのだろうか。

 

「……うまうま」

「……エルラってそういうキャラだっけ」

 

 エルラは俺の言葉に「?」と首を傾げた。全然わかっていないようだ。

 また指を食われるのは嫌なので、エルラに残り二枚のこんにゃくを一つわけてやった。エルラは身体を起こすと両手で摘まんでハムスターみたいに食べだした。こんにゃく好きはイレアだけではなかったようだ。

 

「これからどうするんだ?」俺は単刀直入に問う。

「……作戦。『レインズ』は……一人に、対し……『四天』が二人」

「それじゃあ二人しか相手をできないじゃないか。いったい何人いるんだ?」

「……6」

「6!?」

 

 完全に人員不足だ。だって、あのイレアでも一対一じゃ手も足も出なかったんだろ。ニ対一でもどうなるか怪しいし、そんな作戦は無理だ。

 

「……国も、いきなり……最高戦力を、全員送るはず、がない……来ても、三人」

「じゃあ、二人は『四天』が相手をして、残りの一人はエルラが?」

「……」俺の問に無言で頷いた。

 

 『レインズ』。あのイレアが半殺しにされたほどの化け物集団。しかも6人もいるのか。でも、そんな強力な部隊がいるのに、なぜ国は防戦一方なんだ? さっさと三人でもいいから送り込めば戦況も変わるだろうに。なにかあるみたいだな。大きく動けない理由が。

 

「……そろそろ、出よう」エルラは俺の状態に跨った状態で見降ろして言った。

「どこに? さっそく、戦争の準備か?」

 

 早すぎる。もっとゆっくりしていたい。面倒なわけじゃない。ただ、戦争なんて嫌なだけだ。初めは『敵を倒す』だけだった。けど、今はもう違う。勇者も、魔王も、俺の知り合いだ。知ってる人が目の前で死ぬところなんて、見たくない。だから、もっと時間がほしい。まだなにも考えていない。

 

「……違う」

 

 俺の考えを知ってか知らずか、エルラは優しく微笑んで否定した。

 

「戦争は……まだ、先。魔界に……繋がる、魔法陣は……人間には使えない。王国、から……魔界に、くるのは……早くて、一週間」

 

 一週間。それだけ時間があれば、きっとなにか良い考えが浮かんでくる。よかった。

 

「それじゃあ、どこに行くんだ?」

「……魔王城、案内する」

 

 ああ、そうか。そういえば、昨日は城下街を散歩したが、まだ城を回っていなかった。すっかり忘れていた。この城もかなり大きいし、いろいろ見て回りたい。

 

 エルラはベッドから這い降りて、服をパンパン、と叩くと、こちらに手を差し出して言った。「……行こう」

 

「ああ、行こう」

 

 ……今日は、別にいいかもしれない。エルラといると、戦争のことを忘れてしまう。それは良いことなのか、悪いことなのか。よくわからないけど、忘れてしまいたいとはずっと思っている。だから、こんなときくらい忘れてもいいかもしれない。

 俺はエルラの手をとって、ベッドから降りた。そして手をはなそうとしたが、エルラは握った手の力を緩めず、ギュッ、と俺の手を掴んでいる。はなしたくないみたいだ。別に振りほどく理由もないので、そのまま手を繋いだまま部屋を出た。

 

 それからは城の散歩だ。いつものエントランスに食堂やら、構造はアーヴァクライルの城とさほど変わらない。違うといえば、やはり色だろうか。どこも紅や紫や黒などで塗装されている。RPGとかの魔王城ほどではないが、なかなか雰囲気が出ている。

 

「ぉおおっ! 魔王様ぁ!」祭壇に向かおうとしているとき、後方から少女のひょうきんな声が聞こえた。

 振り向くと、ダークパープルの大きいとんがり帽子を深くかぶった魔女のような少女が、両手をぶんぶんと振ってこちらに走ってきていた。帽子が大きくて顔が良く見えないが、身長から察するにまだ幼いだろう。エルラより少し小さいぐらいだ。

 

「……オルティ」エルラは表情を変えずに呟いた。どうやらあの少女はオルティというらしい。

 

「魔王様。もしかしてその人間が例の? ほうほう、城内デートですか? そういえば、式はいつですか? ワタシ、ケーキ食べたいです! イレアの言ってたこんにゃくのやつ!」

 

 凄い速さでこちらに迫ってきた魔女のような格好の少女オルティは、目の前まで来るや否やペラペラと喋り出した。勢いがよすぎて途中で帽子を落としてしまったというのに、全く気にもとめていない。というか、こんにゃくのケーキってなんだ。それおいしいのか。

 

「……し、式は……まだ……」エルラは目を逸らして口ごもった。なんだそれ。そんな反応初めて見たぞ。こら、頬を赤らめるな。肌白いんだから、目立つぞ。マジで乙女に見えるから、本当にやめて。

 

「お、おぉ……魔王様のこんな姿は初見ですね。恋しちゃったという話は本当だったんですか。それにしても、恋というのはここまで性格を変えるものなんですかね? なんだか心理操作の魔法をかけられたみたいです。もしくは魂の転換」

 

 オルティは目を細めてエルラをじろじろと見つめ、ぶつぶつとなにかを言い始めた。「心理操作系の魔法は魔王様の大魔力で意味をなさないし……」とか「魂は魔王様の器に入るものが存在しないし、そもそも魔王様の魂をはじき出し、新たな主になるほどの強力な魂はそうそう存在しない」とか言っている。瞳にはいつの間にか小さな魔法陣が眼鏡のレンズのように浮かんでいて、瞳が小刻みに揺れるたびに魔法陣に円状で描かれている文字が、右に、左にと回転していた。

 

「エルラ、こいつは?」俺は隣で顔を伏せて黙っているエルラに聞いてみた。

「……」しかしエルラはなにも答えない。まだ恥ずかしがっているのか、俺の手を強く握って少し震えている。なんだろうか。俺はどうすればいいんだろうか。

 

「これは……! もしかして魔王様……溜まってます?」

「!?」

「痛い痛い痛い!」

 

 オルティが意味深な言葉を呟くと、エルラは俺の手を握り潰すくらいに力を入れた。なんなんだ。なにが起きた。痛いよ。溜まってるってなんだ。おい、この魔女モドキどこ見てやがる。さっきから下のほうばかり凝視してやがるぞ。ニヤけんな、察しちゃうだろ。

 

「うふふ……魔王様。部屋に招いておいて、まだやって(・・・)ないんですか? だめですよぉ、そんなんだといつか破裂しますよ?」

「!!──!────!!」

「うがああああああ!! 潰れる!」

 

 この女ぁ! 煽ってやがる! 魔王様を煽ってやがるぞ! どういうことだ! 上下関係はどうした! やめろエルラ! 俺の手はもう限界だ! ……あ、あ、

 

 そこでどこからともなく制止の声がかかった。

 

「オルティ。いい加減その辺にして。魔王様に殺されても知らないよ」

 

 声が聞こえた瞬間、俺はいつの間にかエルラの後方に立っていて、繋いだ手は離れていた。

 

「……え?」俺は突然のことで唖然としてしまって立ち尽くすことしかできない。エルラの握っていた右手がいまだに痛みで悲鳴を上げている。

 

「あれ、レイシア。どうしてここにいっ」オルティがなにかを言い終わる前に、薄紫色の髪に、途中で落としたとんがり帽子が乱暴に被せられた。

 

「なんでもなにも、アナタは私とデートの最中でしょ?」

 

 とんがり帽子を被せたのは、またも少女。透き通る水色の髪を片手で払い、青空のような瞳でオルティを睨んだ。

 

「そうだっけ、忘れてたよ…………て、そんなわけないでしょ! いつデートしてることになったの!?」オルティは瞳の魔法陣を解き、レイシアと呼ばれた少女を睨んだ。

 

「そんなノリ突っ込みいらない。とにかく、あまり魔王様をからかわないの。いつか酷い目に遭うよ。暇なら来て。さっき、アトリスが『人手が足りなくて魔女の手も借りたいぐらいだ』って嘆いてたよ。さらに言うなら『薄紫色の髪で、いつも大きなとんがり帽子を被っているような魔女が良い』とも言ってた」

「それワタシしかいないでしょ! 初めからワタシを攫いにきたって言いなさいよ!」

「さ、攫いにきたって……私、まだアナタのことそんな風に思えない」

「そういう意味じゃないよ! ワタシはノーマルだよ!」

 

 ……酷い言い合いだ。先程までおどけたようにエルラをからかっていたオルティが、圧倒されている。完全に相手のペースだ。何者なんだろうか、こいつらは。エルラをからかったり、イレアを呼び捨てにしているから、もしかすると『四天』なのかもしれない。だとすれば『四天』は女だらけということか。

 

「いいから、きなさい」レイシアはオルティの腕を掴んだ。

「わ、ワタシがそんなに簡単に連れて行かれるとでも?」

「逆に聞く。私から簡単に逃げられるとでも?」

「ぐっ……」

 

 どうやらレイシアには簡単に逃がさない力があるようだ。それを知っているのかオルティは掴まれた腕を振り払おうとはしていない。

 

「さて、城内デートを初めよ」

「い、嫌だ! アトリスの手伝いなんて退屈で死んじゃう! た、助けてまお────」

 

 腕を掴まれたまま暴れ出したオルティは、エルラに手を伸ばして駄々をこねていたが、言い終わる前にレイシアともども跡形もなく消え失せていた。消える時、全く風を感じなかった。高速移動ではないだろう。たぶん、転移系の魔法だと思う。でも魔法陣が見えなかった。なんだろうか、あれは。

 

「……」

「……」

 

 残された俺とエルラは沈黙するしかない。だって、俺はなにがなんだかわからなかった。しかもエルラに限っては、かなりのセクハラをされて今も俯いて震えているのだ。どうすればいいのだろうか。『四天』って個性がありすぎな気がする。まるで嵐だ。

 

 エルラは俯いたまま俺の方に向いて、手を掴んだ。「…………祭壇、行こう」

 

「あ、ああ」

 

 俺達は沈黙したまま歩くことになった。歩いているとき、エルラが突然ビクッ、と震えては数分硬直することが数回あったが、特に意味はないと思いたい。




だんだんキーボードを打つ速度が上昇してきている……。

今回は新しいキャラの名前が三人出てきましたね。私はキャラの名前を考えるのに2時間とかかかるんですけど、今回は数分で決まりました。

思ったんですけど、この作品話が飛びすぎているように感じます。やっぱりもっと細かく書いた方がいいですかね。一日で書き終えなければと焦ってしまって、どうしても面倒な描写を無視してしまう。

早くシレーヌちゃんに会いたいです。ヒロインはいつだっていいとこ取りするのです。


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第二十三話 エルラ……

遅くなりました。すみません。すみません。すみません。
とりあえず、本文読んでください。そして絶望してください。私の脳内プロットは全て削除されてしまいました。なので、今考えた適当な設定をモリモリ盛り込みました。


「ここが祭壇か……」

 

 壁際にはステンドグラス。柱が何本も立っていて、天井を支えている。祭壇の中央には、どこかで見たような正八面体の物体。こっちのは黒い。

 教会と構造は似ているな。しかし、なんというか、神聖さを感じない。いや、感じるんだけど、そうじゃない。光って感じじゃないよな、これ。

 

「……ここは、式場でもある」

 

 エルラが呟いた。

 どうやらまだ意識しているようだ。そんなトマトみたいに赤くなるんだったら言わなければいいのに。

 しかし、このままだとエルラと結婚しかねないのか。まずいな。俺の人生がおかしな方向に進んでる。ああでも、この世界に飛ばされた時点でおかしいのかな。……いや、よそう。このまま行くと、何でも許容しかねない。

 

「なあ、あの黒いのはなんなんだ?」

 

 俺は自分の思考を消すように、話題をエルラに振った。実際気になっていた。教会が『聖具』とかなんとか言ってたから、こっちは『魔具』みたいなものなのかな。

 

「……あれは、」

 

 説明しようとしたエルラは、なぜか途中で言葉を切った。それから間黙り込む。

 

「……」

「どうした?」

 

 心配になって声をかけたが、俯いてなにも言わない。

 なんだろうか。そんなに重要なものなのか。流石に、よそ者の俺には言えないのか。

 そう考えると、胸の辺りがチクリと痛んだ。何故だか、理由はわかっている。しかし、心の中でもそれは口にできない。それは、『俺』という存在を否定しかねないから。シレーヌの時もそうだった。だから、大丈夫だ。

 

「…………。あれは……墓」

 

 エルラは重々しく呟いた。それはとても悲しそうで、昨晩の出来事を思い出してしまう。

 墓。それは、きっと、そういうことなのだろう。誰がどういう経緯でそうなったかなんて聞くのは、無粋というものだ。何より、エルラの涙は見たくない。

 なにも言えない。俺には関係ない話だから。今、俺が慰めの言葉を口にすれば、きっとエルラは怒るだろう。いや、怒りはしないか。ただ、沈黙するだけだ。それこそ、辛い。いっそ、怒りを吐きだしてくれた方が良い。だから、俺は無難に一言、

 

「……そうか」

 

 それだけ言った。

 大体予想はできるだろう。誰の墓なんて。人生の大半を察して生きてきたから、こんな時にも皆まで言わずに把握してしまう。初めて自分の才能を恨めしく感じた。

 まったく、勘弁してほしい。エルラと居ると、何て言うか、暗い気分になる。別に嫌じゃないけど、どうにかして笑わせてやりたい、みたいな主人公のような思考が働いてしまう。

 俺は踏み台だっつの。なにも上手くいきやしない。実力以上の行いは失敗に繋がる。俺は槍しか振れないぞ。

 

「……ユクハシ。勇者は……『聖具』を、どうした?」

「どうもしてないぞ。なんでか国王様は勇者に『聖具』は渡さなかった」

「……そう」

 

 なんだ。なにかあるのか。気になるが、あの黒いのが墓で、白いのが武器なんて、どうなってるんだ。なんで同じ形状なんだ。

 

「……ユクハシ。お祈り、しよう」

 

 エルラは俺の手を取って祭壇の目の前まで歩いた。

 

「俺も、祈っていいのか?」

 

 正直場違いな気がしてならない。ここは、魔族とエルラだけの聖域でなくてはならない気がする。直感だろうか。しかし直感でいうのなら、少し違う気がする。

 

「……良い。ユクハシは……我の、大切な人……だから」

「大切な……」

 

 大切な人。それは、シレーヌも言っていた。どうやら俺はその言葉に弱いらしい。誰かに認めてもらえたような気がして、嬉しくて、泣きそうになる。シレーヌの前では泣いてしまったけど、ここで泣けばエルラに心配をかけさせてしまう。我慢だ。

 

「……」

 

 エルラが祭壇の前で跪いた。俺もそれに倣って身を屈める。

 何を祈れば良いのかわからない。どうしようか。

 

「……ユクハシ」

 

 エルラは目を瞑ってそう呟いた。なんで今、俺の名前を呟いたのだろうか。もしかして、俺のことでも祈ってるのか。……なら、俺もエルラのことを祈ろう。

 

「……」

 

 この先なにがあるのかはわからない。けど、エルラや遠原、そのほかの大勢は、死なせたくない。だから、解決策がほしい。エルラを護れて、皆を幸せにする神の奇跡のような策が。

 他人任せだろうか。こんなところで祈るものではないのだろうか。大丈夫だろうか。結局、動くのは俺だ。今は、少しだけ答えを求めよう。

 

『──誰もが救われて、誰もが幸せになる未来。不可能ではないよ』

 

 声が聞こえた気がした。聞いたことのない声だ。いつの間にか周りの音が消えていて、不自然なほどなにも感じない。

 不思議に思った俺は、目を開く。

 

「…………。なんだ、ここ」

 

 白い。どこまでも白い空間だ。俺の前に跪いていたエルラも、祭壇も、墓も、なにもなくなっていた。

 

「なんだ。あまり驚かないんだね」

 

 後ろから声がした。それはさっき聞いたものと同じだ。

 驚かない。確かに。思考はどこまでも冷静だ。まるで、こうなることがわかっていたかのようだ。

 俺は後ろに振りかえる。

 

「解決策がほしいんだっけ」

「……ああ」

 

 目の前には、エルラそっくりの『少女』。外見も性質も全く同じものだが、エルラではないとはっきりわかる。

 

──笑っている。

 

 目の前の少女は、空間にポツンと置かれている白いティーテーブルセットの椅子に腰かけている。そして不敵な笑みを絶やさず、俺を見据えていた。

 

「なんだ、お前は。魔王か」

「既に答えがわかっている質問はやめたまえよ」

 

 魔王か。いったい何世代前の魔王だ? エルラと酷似しているから、まさかエルラの親か。それにしては小さすぎる。

 

「変な勘ぐりはやめて、さっさと座りなよ」

 

 魔王はいつの間にかあった紅茶を飲みながら、俺を着席するよう促した。

 どこから出したんだ、あのティーセット。

 俺が席に着くと、一層笑みを深め、少女は言った。

 

「さて、自己紹介をしようか。ボクは『エルラ』、魔王だ」

「エルラだと?」

 

 どういうことだ。エルラ? 名前までも一緒なのか?

 

「そう、ワタシはエルラ。過去から現在まで、変わらず存在し続ける、無窮の魔王だ」

 

 エルラと瓜二つの少女は、両手を広げて言った。漆黒の瞳が嬉しそうに細まっている。

 

「……何者だ?」

 

 わからなくなったぞ。こいつは誰だ。俺は誰と話している。こいつは、本当に存在しているのか。エルラとは、なんだ。

 

「だから、そんな質問はナンセンスだろう。もう、キミはわかっているだろう」

「いや、わからない。お前は誰だ」

「んんー。だからオレはエルラだって言っているだろう。それともオマエはボクが他の誰かに見えるのかい?」

 

 こいつ、一人称がはっきりしてない。いや、人格が破損してるのか。どちらにせよ、普通じゃないぞ。こんなやつがエルラなんて、笑わせる。

 

「お前はエルラじゃない。お前は……、」

 

 魔王なのか、こいつは。わからないぞ。違う気がする。こいつは魔王じゃない。魔族でもない。ましてや人間でもない。だとするのなら、

 

「神かなんかか?」

「惜しいね。けど、大体正解だよ。ワタシを神と呼ぶには、余りにも穢れが多すぎるけど。……そうだね。表現するのなら『邪神』といったところかな。けど、エルラっていうのは本当だ。そこが間違っている部分。オレはエルラだ」

 

 エルラというのは事実。どういうことだ。エルラのもう一つの人格ってことか。いやしかし、そうなら既にその兆候が見られたはずだ。短い間だったが、エルラに複数人格があるような感じはなかった。……ん? いや待て、エルラは何て言った?

 

「そう! キミはワタシの真理に限りなく近づいている! ボクの正体がわかってきたみたいだね」

 

 エルラは嬉しそうに手を組んだ。

 

「ああ、大体わかったよ。けど、それがどうした。お前が何者かなんてこととは、関係ない」

 

 俺が知りたいのはそこじゃない。そんなことは二の次で構わない。大切なのは──

 

「──オレが、どういう存在か……だね」

「……そうだ」

 

 わかっているじゃないか。とんだ道化だな。だが仕方がないか。あのエルラがあんなんなんだ、こっちはこれぐらいでなければ逆におかしい。おかしいといえば、感情の動きが激しいな。これは普通じゃない。なにか法則があるのか。

 

「じゃあ、話そうか。ボクの全てを。そして教えよう。世界を救う術を」

「……まともな方法じゃ、なさそうだな」

「まあね。だが、保障しよう。世界は平和になるぞ────オマエを除いて」

 

 なるほど。これで完全に理解した。確かに、神といえば神だろう。俺のような存在からしたら。エルラはこれを狙っていたのか? おそらく否だ。エルラ自身は無意識だったのだろう。こいつが誘導したんだ。

 

「……対価は?」

 

 確信に迫る。先にこれを聞いた方が良いだろう。しかし、俺の予想通りなら、きっとこいつも……いや、こいつがそう願っていたんだ。だから、たぶん、こいつの求めているものは──

 

「──キミの、愛」




はい。謎回でしたね。仕方がない。私自身も書いていて「?」ってなりましたから。でも、こうするしかなかったのです。強いられているんだ!

このまま無理矢理ストーリー進めます。

三人称にすれば良かったと思い始めた今日この頃。


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第二十四話 マオウ……

何カ月ぶりでしょうか……。
正直もうこの作品は『終わった』と思うんですけど、まあ、試しに一話投稿して、読者の反応を見てみます。

前の話でとんでもない方向に行ってしまったので、辻褄を合せるのに苦労しました。


「さて、キミはワタシがどういう存在かと問うたが、その答えは既に見えていることだろう」

「ただの憶測だ。お前の口から聞きたい」

 

 何もない世界。

 向き合う俺とエルラに挟まれているテーブル以外には、物どころか色すらない。どこまでも『無』が広がっていて、視界に映る限りでは、この世界が『球面』なのか『平面』なのかわからない。

 或いは、もしかするとこの世界は断片的に創造されたものなのかもしれない。俺の視界に映っている範囲しか、存在しない。そうなると、『平面』ということになるのか。

 まあ、今はそんなことはどうでもいいことなんだが、どうも、この世界は『常人』には耐え難い、なんとも言えない違和感がある。

 

「おいおい、そんなに辺りを見回したって何もないよ。今はボクと話をしているんだ。ワタシだけを見てくれよ」

 

 どうやら、俺の態度が気に食わなかったようだ。

 視線をエルラに移すと、奴はさも不機嫌であると言わんばかりに頬を膨らませて俺を睨んでいた。

 

「ああ、すまない。……それで、質問の答えは?」

「そう急かさないでくれよ。まあ、答えるけど……。オレの存在は、簡単に言えばオマエの言った通り『神』だよ。ただ、出生が特殊でね。ワタシはとある人物の幻想なんだよ」

「つまり、お前は誰かに創られたのか?」

「そうだよ。その人物は空っぽのエルラを見て、生意気にも『救いたい』なんて考えたのさ。その思いが『器』に一つの幻想を注いだ。注がれた幻想は、徐々に形を成し、ワタシという闇を創った」

 

 救いたいと願って、闇を生みだした? どういうことだ。

 話を解釈すると、エルラと対峙したその人物は、エルラを救いたいと願ったようだ。その願いが叶った結果、俺の目の前にいる『歪な存在』が出来上がったのか? なんだ、結局なにがしたかったんだ、そいつは。

 

「空っぽというのは酷いものでね。善も悪も、光も闇もない、ただそこに存在するだけの物体なんだよ。

 この世は光と闇で均等に分けられている。それ以外は在ってはならないんだ。つまり、エルラは存在してはいけないモノだった」

 

 だから、そいつは心底憐れんだ。と、エルラはティーカップに入った紅茶を見つめながら呟いた。

 存在してはいけない。人の認識ではなく、世界の『理』がそうさせない。そういうことだろうか。

 

「なら、エルラはどうなるんだ」

「消えるだろうね。イレアや魔族達が肯定しても、キミが認めても、ワタシが望んでも……世界は許さない。

 世界は不完全なように見えて、実はとても精密にできているんだ。無駄なところなんてありはしない。

 喜びも、絶望も、争いも、枯渇も、生も、死も、全てが計算され尽くした結果の産物なんだ。

 だからこそ、意味のない存在は、世界にとって不必要なのさ」

 

 エルラはそう言いきると、紅茶に口を付けた。

 自身のことであるのに、ずいぶんと感心が薄いな。

 

「全ては世界の意のままに、っていうことさ。そんな強大な存在を、エルラは敵に回した。

 ワタシを創ったそいつは、察しの良い奴だったんだ。『このまま戦えば、結果がどうであれ、必然的にエルラを殺すことになる』と感じた。

 誰よりも正義感が強かったそいつは、そんなことを許すことができなかった。だからそいつは、世界初と言っても良い『運命操作』と呼べる奇跡を成し遂げた」

 

 エルラを救うためだけに運命に逆らうとは、少し行き過ぎだ。

 俺は完全な善意なんて見たことがない。なにか裏があるのか、それともこういうのが世に言う『聖人』なのか。

 

「そいつが起こした奇跡は、単純なもの……自害だよ」

「……」

 

 そいつがエルラを殺すことは確定していた。

 それこそ、そいつが生まれる前に、エルラが生まれた瞬間に。

 しかし、ただ死ぬことで世界に逆らうことができるのであれば、きっと誰だって奇跡を起こすことができてしまう。

 完璧だという世界がそんな単純な『穴』を残すだろうか。本当は、そいつが死ぬことすらも予め決まっていたことなんじゃないだろうか。

 

「おかしいよね。そんなことで運命を変えられるのなら、誰だって『英雄』になれる」

「なにか、他に理由があるのか」

「もちろん。むしろここからだよ、奇跡は」

 

 そう言って、エルラはまた紅茶を飲んだ。

 俺もカップを手に取って一口…………冷たい。どうやら話が長引いて冷めてしまったようだ。味が悪くないぶん少し残念だな。

 

「冷めてしまったね」

「まあ、冷たい紅茶も美味い」

「ボクは冷たい方が好きなんだけど、温かい方が飲みたいなら言ってくれよ」

「用意できるのか?」

「ここは何でもできる場所だからね」

 

 エルラは手に持ったカップをテーブルに置くと、縁の部分を指先でツンと突いた。

 すると、そのカップから湯気が立ち始めた。

 

「どうなってるんだ?」

「温かくしたんだよ」

「どうやって?」

「『思い』さ。この世界は『思い』だけで何でも創れる」

 

 なんだその夢のような世界は。

 何でも創れるというのなら、この世界は万人の理想じゃないか。

 

「『創造』の権限はワタシにしかなくてね。キミじゃ無理だ」

「そうなのか」

「ああでも、ほしい物があったら言いなよ。何でもあげるよ」

「じゃあ、俺の紅茶も温かくしてくれ」

「はいはい」

 

 ……何て言うか、話が脱線している気がする。

 しかしこの世界、違和感が凄いがなかなか便利だな。エルラ限定だが、万能の世界ということか。

 

「さて、奇跡に関してだったね」と言いながら、エルラは俺の近くに置いてあるカップに手を伸ばした。

 幼い身体なので背を伸ばさないと届きそうになかったので、エルラの近くにカップを押してやった。

 

「ありがとう……。まあ何にせよ、エルラが消えることはもうないけどね」

「人格を得たのか」

「『得た』というよりかは『得る』だね。初めてエルラを見た時のことを覚えているかい?」

 

 エルラを初めて見た時。

 セルトレイムでイレアと戦った時だったか。

 あの時のエルラは……黒くて暗くて、底が見えなくて……とにかく、底知れない恐怖を感じた。

 

「今のエルラを見て、キミは前と同じ感想を持てるかい?」

 

 今のエルラ。

 いつも予想の斜め上の行動をとって、何を考えているのかわからない。

 子どもみたいに俺の手を握って、事あるごとにベタベタしてくる。

 いつも何かに怯えているようで、なんだか放っておけない。

 

「エルラはキミと出会って、変わった。人格が確立してきているんだ。

 だからこそ、奴はここにオマエを招いた。無意識だっただろうさ。けどね、ここにキミを招いたことにより、キミは選択肢を得ることができた」

「選択肢?」

「ああ。今、キミはエルラの核と対面しているんだ。さて、キミは一体どんなエルラを望む?

 今のエルラは不安定だ。それ故に、なに色にも染まる。これが『奇跡』だよ」

 

 俺がエルラの人格を定めることが奇跡だと?

 それはつまり……なるほど、理解したぞ。これは確かに『奇跡』だ。完全完璧な世界でも予想していなかっただろう『穴』だ。

 

「異世界の人間に、この世界の常識は通用しない。

 なぜなら、異世界の人間はすでに元の世界の加護を受けているから。

 キミは『勇者』に見染められた。『女神』じゃない。全くもって個人的な理由で、キミはエルラの命を託された」

「……まったく、とんでもない奴だな」

 

 要するに、そいつは『異世界』から誰かが来ることを前提として行動を起こしたわけだ。

 勇敢と言えるが、少し間違えれば、それは愚行だと言える。

 呆れた。そりゃあ奇跡だろうさ。何せ、『IF』に頼って殆ど運任せで動いたんだ。

 それに、命を失ってから起きるときた。とんでもないギャンブルだ。

 

「そう言わないでくれよ。彼女(・・)も必死だったんだ。

 どうも、人間というのは時折神よりも神がかった行動を起こすようだ。

 人が先か神が先かという話があるが、ワタシは人が先だと思うよ。人の起こす『奇跡』は、神のそれをとっくに凌駕している」

 

 自身が人によって創られたからか、エルラは自嘲気味にそう言った。

 だがそうなると、『勇者』は今どこにいるんだ? エルラが前に、やつは『器』に閉じ込められたとか言っていたが。

 

「勇者ならオマエは既に会っているよ」

「どういうことだ?」

「『器』とは、そのままの形とは限らない。『魂』を源だとするのなら、『人体』が『器』でも何の問題もないだろう。

 もう接触は完了しているし、キミは勇者と大きな繋がりを持ってしまっている。キミがここに来るのは半ば必然だったのかもしれないね」

 

 勇者と既に接触しているだと?

 遠原か。いや、それはない。なぜなら、あいつは俺と同じ『異世界』の人間だから。

 じゃあ、この世界で会ったということか。この世界で会った人間なんて、かなり限られてくるのだが……。

 

「まあ勇者はいいよ。どうせもうすぐ飛んでくるだろうさ」

「飛んでくる?」

「奇跡は連鎖している。キミがエルラの下に訪れた時点で、もう一つの物語が進行した。

 『魔王』と『勇者』は切っても離せない。『魔王』が変化すれば、『勇者』も行動を起こすさ」

 

 どうやら勇者はすでに目覚めているようだ。

 そして、魔王城に向かっている。

 エルラが言うのだからそうなのだろう。

 

「だから少し急ぐよ」

「ああ」

「世界を救う方法は単純だ。

 ワタシを救え。そして、わたしを取り込め。私には『力』がある。

 世界を変えるのは、いつだって争いだ。

 だから、あなたが『魔王』になって」

「……」

 

 新しい世代が始まる。

 この世界を救うたった一つの方法は────『新たな敵』。

 『異世界』の勇者と『異世界』の魔王。これが争えば、戦況は変化する。せざるを得ない。

 

「私を愛してくれるというのならば、あなたに『力』を授けましょう。

 『無限の魔力』と『永遠の肉体』を、あなたに授けましょう」

 

 エルラはそう言って、両手を広げた。

 聖母のような頬笑みを浮かべて、俺を優しい瞳で見つめてくる。

 少し予想外だった。思わず唾を飲み込んでしまった。だが、ここで折れるわけにはいかない。

 

「残念ながら、今はそんな考えがなくてな。

 だが誓おう。俺はお前を救う」

 

 それが俺の答えだ。

 結果なんていうのは過程が終わってからでいい。

 俺は戦う。その末に、いまだ命があったというのならば、その時は結果を顧みよう。

 

「……良い返事だね。それでこそ私の愛した人間だ。

 私はもうじき消える。『奇跡』が起きた以上、この世界は空っぽの抜け殻だからね。

 だからその前に、あなたに私の『全て』を託す」

「頼む」

 

 世界が輝きだす。

 崩壊が始まっているようだ。

 俺達の間にあったテーブルも、座っていた椅子も、粒子となって消えてしまった。

 

「最初で最後だったけれど、あなたに出会えてよかった」

「……そうか」

「やっぱり、あなたは私の思った通りの人間だった。

 正義を以って、悪の覇道を謳いなさい。

 独りにはさせない。エルラ(わたし)がいるから」

 

 エルラは俺の目の前まで来ると、そのままフワッと浮いた。

 そうして優しく口づけをする。

 その瞬間、身体に途轍もない何かが流れ込んできた。たぶん、エルラの言った『力』だろう。

 

「さようなら────」

 

 世界が一変する。

 視界は闇に閉ざされ、酷い耳鳴りが脳を刺激してくる。

 

「──ユクハシ!」

「……」

 

 瞳を開ければ、そこにはエルラがいた。

 祭壇が目に映ったので、戻ってきたんだと思う。

 

「ユクハシ……!」

 

 エルラは突然俺に抱きついてきた。

 身体が震えている。

 状況を確認してみたが、俺は祈った姿勢のままだった。たぶん、意識だけが向こうの世界に行っていたのだろう。

 

「大丈夫だ、エルラ。なんともない」

「でも、でも……!」

「どうした?」

「ユクハシが、我と同じに……!」

 

 ああ、なるほど。

 どうやら俺は、根本的に変化してしまったようだ。

 

「良いんだ。これは俺が望んだことだ」

 

 これは、この力は、俺の願いだ。

 エルラを守る力。勇者を守る力。みんなを守る力。

 全てを守るために、俺は世界最大の悪となる。

 

「ユク……ハシ……」

「大丈夫だって、エルラ。お前は戦わなくていい。後は俺が──」

「────いや、私も加えてもらおう」

 

 声が聞こえた。

 とても懐かしく感じる、綺麗な声。

 その方向に顔を向けると、予想していた人物が祭壇の扉に立っていた。

 

「……シレーヌ」

 

 最後に会った時とは、随分と雰囲気が変わっていた。

 左手には黄金の短槍。そして右手には、白く神々しい長槍を持っていた。

 灰色だった髪は真っ白に染まって、アメジストのように煌めいていた瞳は金色に染まり、太陽のように輝いていた。

 

「久しぶりだな、ヒロト。突然だが──お前を救いに来た」




疲れました。
もうあれですよ、だれかこの後の展開考えてくれ。

ここで一旦行橋君視点は終了して、シレーヌたんの話書きます。(何ヶ月後になるのやら)


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