それが答えだ! (ウサギとくま)
しおりを挟む

1話

 ――熱い。

 熱が俺の下半身を轟々と焼く……。

 

 これで終わりなのか………嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――!

 まだ俺にはやるべきことがある。

 やらなければならないことがある――!

 だから………俺は――!

 

 

「茶々丸さーん、こたつの温度高すぎるよー」

 

 

 そう言ったのだった。

 

 

 

 

第一話 こたつから始まる物語

 

 

「――申し訳ありません……。ただいま温度を下げます」

 

 茶々丸さんがこたつ内のスイッチを調節し、こたつ内の温度が適温になっていく。

 おぉ……いい感じだ……。

 じわじわと程よい熱気がゆっくりと下半身を暖めていく。

 

「お茶のおかわりはいかがですか?」

 

「頼むよ茶々丸さん」

 

「――茶々丸、私にも頼む」

 

「では少々お待ちください」

 

 俺に続いて大層偉そうな感じで言ったのは、俺から見てこたつの左側に入っている金髪の少女だ。

 どうでもいいが偉そうではなくエロそう言ったなら「私、にもっ……頼、むっ。あっ…ん……ら、らめぇ――ひらめぇ!」みたいな感じになるのだろうか?

 ほんとにどうでもいいな……。

 で、このエロそうな少女の名前は……。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェーールゥゥゥァァァァァァァンン!!! 2代目!」

 

「何故いきなり人のフルネームを叫ぶ!? 何故2代目!? 初代はどこにいった!?」

 

「唐突に人の名前を叫んでもいい。自由とはそういうことなんだぜ? あと初代とか……ちょっと何言ってるか分かりませんね」

 

 俺がそう言うとエヴァは俺をジト目で睨みつけつつ「相変わらず頭がアレな奴だ……」と吐き捨て、テレビの方へ目を向けた。

 アレってなんだアレって、人をパーみたいに言って! まったく!

 俺の頭がパーならお前の頭はグーだ! 石頭って意味でな。 

 ……何かうまい事言えた気がするぞ。

 

<いえ、まったく全然うまいこと言えてないですよ、マスター>

 

 俺の耳に届いたのは、聞くものの心を落ち着かせる可憐な少女の声。

 その声は俺の胸から聞こえた。

 別に俺が自分の胸から声が聞こえてくる様な新人種、もしくは○ん吉をシャツに飼っているわけでもはなく――声は胸に掛けている時計から聞こえてきた。

 銀色に輝く懐中時計。

 

「時計が……喋った!」

 

<何ですかその第1話的なリアクション!? いや第1話には違いないんですけど、今の状況は物語的には既に10話辺りで……いや、そもそも私とマスターの関係はこの世界より来る前から続いているわけで……年数にすれば10年以上一緒にいるわけで……最早付き合いの深さやるや結婚カッコホンキをしてるレベルなわけで……>

 

 唐突に北○国からの物真似をしつつ、俺を取り巻く環境について軽くネタバレをしてくる時計。

 すぐ近くに座っているエヴァよりも遥か昔から付き合いのある、まあ一言で言えば……腐れ縁の相棒ってやつだ。

 

 名前は――『ド・まり子』だ。時計だけに。

 

<ち、違いますっ! 誰ですかまりこ!? 私の名前は――クレオ小町妃ですよ!>

 

「お前も厚かまし過ぎる嘘つくなよ! 何その世界3大美女を足して3で割ったキメラ生物!? ふざけたこと言ってるとお前ん中の歯車(パーツ)を歯車に模した豆腐と入れ替えんぞ!?」

 

<ご、ごめんなさいぃぃっー! 私の名前はシルフです! シャイニング、ルート33、フェイトの頭文字をとった……シルフです>

 

 元ネタは確か風の妖精であり、シャイニングでもなければルート33も運命も関係ない。

 この嘘吐き妖精が! 殺虫剤かけてやろうか!

 

「――さっきから真横でキャンキャンうるさいわ! TVの音が聞こえんだろうが!?」

 

 俺とシルフのやり取りにとうとうエヴァが怒った!

 あのエヴァが! 

 どのエヴァだろうか。

 

 エヴァに怒られてシュンとしている俺とシルフの前に、コトリとティーカップが置かれた。

 見上げるとお盆を胸に抱えた茶々丸さんが無表情の中にうっすら笑みを浮かべて立っていた。

 

「お待たせいたしましたナナシさん」

 

「ああ、ありがとう茶々丸さん」

 

「む……中々いい香りだ。腕をあげたな茶々丸」

 

「勿体無いお言葉です」

 

 茶々丸さんが淹れたお茶を飲む。

 エヴァもいい香りにすっかり怒りを抜かれたのか、大人しくお茶を飲み始めた。

 そして茶々丸さんはこたつの右側に入った。

 ロボットだけど暑さとか感じるのかな……。

 

「ああ、うまい。相変わらず茶々丸さんの紅茶はうまいなぁ」

 

「ありがとうございます」

 

 少し頬を染めたように見える茶々丸さん。

 しかし……。

 

「これだけうまい紅茶だとラムネが食べたくなるなぁ」

 

「何故だ!?」

 

 ギョっとした目でエヴァが突っ込んできた。

 

「そりゃ……好物だからな。隙あらば食べていたい」

 

「紅茶は全く関係ないだろうが!」

 

 まあ関係ないとも言える。

 しかし、だ。

 

「世の中に関係無いものなど存在するのか……俺は全ての物がお互いに関係していく、そんな世の中になって欲しいと思ってるんだ」

 

「やかましいわっ」

 

「私はとても良いお言葉だと思います」

 

<いい台詞だと思いますが、びっくりするほど脈絡がありませんね……>

 

「こういう時はシルフ、お前が脈絡を作れ」

 

<だから無茶を言わないで下さいよ……>

 

「……ふぅ」

 

エヴァがため息をつく。

 

「若いのにため息ばかりつくとはげるぞ」

 

「はげるか! それに私がため息をついているのは貴様のせいだ!」

 

「そうやって人のせいにばかりして、お父さん怒るよ。なあ母さん?」

 

「そうですねお父さん」

 

「――茶々丸まで! もういい!」

 

 ぷいっとそっぽを向くエヴァ。

 そんなに怒ることないのに。

 カルシウムが足りてないのかな? 色んな意味で。

 エヴァもラムネをもっと食べればいいのに、俺みたいに。

 

「しかしラムネ、ですか。……申し訳ありません。既に買い置きは空になっていたかと。気が利かず、申し訳ありません」

 

 本当に申し訳なさそうな顔の茶々丸さん。

 逆にこちらが申し訳なってくる。

 

「いや、いいよ。自前で用意するから。シルフ、まだ門の中にラムネの在庫あったよな」

 

<ん~~、はい。けっこう、ていうか大量にありますね>

 

 そういえば特売で安かったから大量に買い込んだったっけ。

 それじゃそれを消費しよう。

 俺は右手を突き出し、シルフに告げた。

 

「開けろ――セルフ」

 

<……>

 

シルフは答えない。ここは本来ならシルフが返事をする流れだ。

 

 

「お前……無視とか、いい度胸だな」

 

<えっ、セルフっていうから自分(セルフ)で開けるものかとてっきり……>

 

「いらん気の使いかたすんな! お前の名前を間違えただけだよ!」

 

<えぇー!? 10年近く一緒にいて名前を間違えるのもどうなんですか!?>

 

 俺がギロリと睨むと慌てた様子で――シルフが発光した。

 そして俺の目の前の空間がグニャリと歪む。

 

<ひ、開きましたー!>

 

「よし」

 

 俺は目の前の歪み――『門』と呼んでいるそれに右手を突っ込んだ。

 俺の肘辺りから先はグニャリと何かに飲み込まれたかの様に消失している。

 

「相変わらず不思議な光景だな」

 

 機嫌が戻ったらしいエヴァがテーブルに肘をつけ、手に顎を乗せながら言った。

 俺は門の中をごそごそと手探りで探す。

 

「おい、無いぞ」

 

<も、もっと奥ですっ。――んん、あっ、あぁ……んんー! ひぃっ、らめぇ……ひらめぇ!>

 

「……」

 

 シルフを無視しつつ、奥の方まで手を突っ込む。

 

「ん」

 

 何かが手の先に当たる――これか?

 その何かを掴み、歪みの中から手を引き抜く。

 手に握られていたのは――

 

「セミの抜け殻か。ハズレだな」

 

「何故セミの抜け殻が……」

 

 エヴァがあきれたように言った。

 

「んなもんこっちが聞きたいわ!」

 

<逆切れですねっ、マスター!>

 

 シルフがやたら嬉しそうだ。

 何で嬉しそうなんだ。

 しかし、セミか……。

 抜け殻を弄びながら、ぼんやりと虚空を見つめる。

 

「思いだしたよ」

 

「思い出した? ほー、鶏よりも忘れっぽい貴様が何かを思い出すとはな」

 

 エヴァがからかう様に言うがスルー。

 

「これ、カブトムシ取りに行った時に拾ったやつだ。二年前、だったかな」

 

 茶々丸さんが興味深そうな様子で身を乗り出してきた。

 

「カブトムシですか?」

 

「ああ、何ていうか童心に戻って、みたいな? へへっ」

 

<テレビでカブトムシが高く売れるというにを見たんでしたよね、マスター?>

 

「ばらすなよ!?」

 

「………」

 

「童心に戻ることはとても素晴らしいことだと思います」

 

 茶々丸さんのフォローが地味に心に染みる。

 そしてエヴァの視線が痛い……。

 別にいいじゃん一攫千金目指してたって。

 

「そのお金でさ二人にプレゼントでも買おうと思ってさ」

 

「……あ」

 

「おい茶々丸騙されるな。大体だ、普通はプレゼント云々の前に家賃を払うところだろうに」

 

 ちっ。

 それにしても家賃か……家賃!?

 

「家賃……だと……!?」

 

「ああ家賃だ」

 

「ただで泊めてくれると聞いた所存で御座いますがね!」

 

 動転してわけわからん言葉に!

 初耳だ!

 

「ああ、確かに言ったさ。……だがな貴様がこの家に来てどれくらい経ったと思う」

 

「時間とかさ、俺たちの間には無意味なものだと思うんだよ」

 

 ――ごつん。

 

 頭をぶたれましたよグーで。

 超痛い。

 真面目に答えないとその先に待っているのは死か……。

 

 俺は宙を見つめながら、指を一本ずつ折った。

 一本、二本、三本……

 

「今日で――3週間だっけ?」

 

「……あ?」

 

「すいません。3年です」

 

 エヴァの視線が刃物を連想させる鋭さになったので、真面目に答えることにした。

 

 ――そう、俺とこのシルフがこの世界に来て3年が経過している。

 まずは俺たちがこの世界に来て、如何にこの金髪の少女に出会ったかを説明せねばなるまい。

 そう始まりは3年前のあの日だった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

 そう始まりは3年前のあの日だった……。

 あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。

 そう――あの日は雨が降っていた。俺の心を覆っていた悲しみと同じく、冷たくて凍えそうな雨が。

 

 

 

第二話 こたつから動かない物語

 

 

 

 それはそれとして、俺が飲んでいる茶々丸さんが淹れた紅茶は旨い。

 

「茶々丸さん、おかわりお願いできる?」

 

「はい喜んで」

 

<あ、あれ……?>

 

「何だシルフ? 俺がおかわりするのがおかしいのか? ハンマー的なもので壊すぞ?」

 

<壊さないでください。……そ、そうじゃなくて回想は?>

 

 回想? 何を言っているんだコイツは……?

 シルフはぶつぶつと不思議そうに<前回からの流れで……あれぇ?>と呟いている。

 

「マジに壊れたか? 1度分解するか……」

 

<しないで下さい……もういいですっ>

 

 シルフは何やら言いたいことがありそうだったがそれきり黙りこくった。

 そして俺はエヴァの方を向いて言う。

 

「家賃か……少し待ってくれないか?」

 

「まあ、かまわんが。そもそも貴様、一銭も金は持ってないのか?」

 

「宵越しの金は持たないアウトロー主義なんだ」

 

 そう言うとエヴァは「何言ってんだコイツ」みたいな顔をした。

 ……が何かを思い出したかの様に言った。

 

「貴様、普段から大量にラムネやら漫画やらを買買っていただろう。その金はどうした?」

 

「茶々丸さんにお小遣いもらってだが、何か?」

 

 俺は胸を張って言った。

 

「何が?じゃないだろう!? 何故そんなに誇らしげなんだ!?」

 

「へへっ」

 

「照れるな! 微塵も褒めとらんわ!」

 

 何だ、褒めてないのか……。

 ちなみに幾ら貰っているかは内緒だ。だが特に不自由しない額を貰っている。本当に茶々丸さんは優しい。大好きだ。

 

「茶々丸もコイツを甘やかすな!」

 

「……申し訳ありませんマスター」

 

「あまり茶々丸さんを責めないでくれ。悪いのは俺なんだからさ」

 

「分かってるならいい年して小遣いをねだるな!」

 

 こたつを跨いでエヴァのパンチがとんでくる!

 その数およそ8。

 すかさず俺は防御を展開した。

 シルフガードである。

 

 シルフガードとは、文字通りシルフで防御する技である。

 欠点としては、シルフが懐中時計なので、防御範囲が狭いことだ。

 

<いたたたっ! マスター、私を盾にしないで下さいっ!」

 

「横ならいいのか?」

 

<そういう意味じゃないです!>

 

 ひとしきり攻撃してきた後、エヴァは唖然とした表情でこっちを見てくる。

 

「な、なんという硬さだ……。岩を砕くほどの力で殴ったというのに」

 

<まず岩を砕くほどの力で殴ってくるエヴァさんの人間性が問題過ぎる件について>

 

「まあな、コイツは俺の世界で最も硬い金属『アルミィ』で出来ているからな」

 

「……凄まじい敗北感を感じる名前なんだが」

 

 エヴァは自分の拳を見ながらつぶやいた。 

 

 アルミィは希少金属で滅多に採取できない。

 加工するとアルミィホイールというタイヤが作れる。

 竜の炎でも傷一つ出来ないぜ!

 しかし噛むと気持ち悪くなる。

 

「まあ、お前の金の出所は分かった――が」

 

「何だ?」

 

まだ何かあるのか。

 

「お前が金を持っていないというのは、やはりおかしい!」

 

「おかしいなら笑えばいいさ」

 

<あっはっは!>

 

「……」

 

「どこがおかしいんだ?」

 

 スルーされたので話を進める。

 人間関係を円滑にするにはこういった気遣いも大事なのだ。

 

「お前ジジイからたまに仕事を請けていただろう」

 

「ああ、ファッション関係のやつ?」

 

「警備関係のだ! ……その報酬は結構な額だったはずだが?」

 

「……むむむ」

 

「私に隠し事をするのか?」

 

<……むむむ>

 

 シルフと二人して唸る。

 ……痛いところをつかれた。

 痛い所を突かれると精神的に疲れるなあ……。

 

「疲れたから寝るか」

 

「待たんか!」

 

「何だよ、明日早朝会議があるんだよ……」

 

「嘘付けニート! 金の事を聞くまで今日は寝かさんぞっ」

 

<寝かさないって、いやらしい台詞ですね>

 

「俺もそう思う」

 

 さて……どうするか。

 あと、ニートじゃない。ないったらない。

 こたつを経由して、接近してきたエヴァに、俺の逃げ場はない。

 そんな絶体絶命の俺を助けたのは、予想外の人物の声だった。

 

「待って下さい、マズター!」

 

「何だ、茶々丸!?」

 

 茶々丸さんである。

 茶々丸さんにしては珍しく声が大きい

 茶々丸さんがこんなに感情を出すなんて……。

 俺はその事に驚きつつ、茶々丸さんが台詞を噛んだことに少し笑った。

 

「……ふふっ」

 

「何がおかしい!?」

 

「すいませんでした」

 

 俺は素早く、それでいて深くエヴァに謝った。

 自分が悪いと思ったらすかさず謝るのも人間関係を円滑にする重要なことだよ。

 

<誰に言ってるんですか?>

 

 俺達の視線が茶々丸さんに向かう。

 

「それで何を待つんだ茶々丸? コイツの死刑か?」

 

「異議ありっ、異議ありっ」

 

「貴様は黙ってろ」

 

 ヒュッ。

 俺の異議は拳と言う名の風で鎮圧された。

 しかし茶々丸さんは何を言うつもりだ?

 まさか!?

 茶々丸さんの次の言葉で、俺の危惧は当たっていたと知らされた。

 

「ナナシさんが今まで稼いだお金――そのお金は貯金されています」

 

「貯金? ほう……何の為だ?」

 

「それは……」

 

 茶々丸さんが言い辛そうに、視線を彷徨わせる。

 すかさず俺は援護することにした。

 

「そんな事よりサメの話しようぜ!」

 

「それは? それは何だ茶々丸?」

 

「それは……」

 

 当たり前のように流される。

 秘密がー機密がー! らめぇ! ひらめぇ!

 

「マスターの為です!」

 

 ……ああ言っちゃったよ。

 俺は空を仰いだ。

 

 茶々丸さんの力の入った告白に、エヴァは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。

 

「……私の、為?」

 

「はい、事情は話せませんが、ナナシさんはマスターの為に貯金をしています」

 

「私の為に……貯金を……?」

 

 ……言っちゃったよ。

 あとナナシって俺の名前な。

 何か突っ込み所のあるこの名前については後ほど語るかもしれない。

 

 <その時が楽しみですねっ>

 

 眉を寄せ、少し混乱気味の表情をしたエヴァが俺を見る。

 

「……本当なのか?」

 

「んん、……まあ、そういう事だったりなかったり……」

 

<マスター、照れてますねっ>

 

「うるせえっ、スクラップにするぞ!」

 

<ふふっ、マスターったらかーわいい!>

 

「いや、マジだから。明日燃えないゴミの日だから、収集車に放り込んでバキバキにしてもらう」

 

<すいませんでした!>

 

 エヴァはこっちを見ている。

 心なしか頬が赤い。

 まるでケチャップをかけたトマトの様に……。

 

 <そこ普通にトマトでよくないですか?>

 

 ぼんやりとした表情のエヴァに、俺は「ゲホン!」と少しわざとらしく咳をして言った。

 

「だから家賃は少し待ってくれないか? あとこの事も……できれば忘れてくれ」

 

「……家賃? ――あ、ああっ、家賃か。ああっ、私は優しいからなっ、いくらでも待ってやろうじゃないか! あ、あとこの事はもう忘れたっ!」

 

「そうですか」

 

「ふふっそうか……なるほどな。私の為、か……くくくっ」

 

 もう忘れとか健忘症を疑う速さだな……。こいつこそ鶏以下の記憶力だな。

 こたつから出て立ち上がる。

 

「ど、どこへ行くんだ? ついて行ってやろうか?」

 

 エヴァのテンションがおかしい。変に優しくて怖い。

 

「トイレだよトイレ」

 

「そ、そうかっ、さっさと行って好きなだけ出してこいっ」

 

「女の子が下品なこと言うな!」

 

 なんか部屋にいると俺もおかしくなりそうだったので慌てて部屋を出る。

 

「く、くそう……何か照れくさいな」

 

 廊下の鏡を見て自分の頬も赤いことに今さら気づくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

「この大嘘つきめ!」

 

「何と馬鹿げた男だ!」

 

「追放せよ! 追放せよ!」

 

「貴様なぞここにいる資格も無いわ!」

 

 俺は間違ったことは言っていない、こんな事を言われる筋合いも無い。

 だが現実、俺は罵声を浴びせられている。

 まるで一方的な裁判のように、上から降ってくる罵声と嘲笑。

 何が奴らの琴線に触れたのか。ただ彼らが知らない理論を提唱しただけなのに。

 分からない。

 俺は俯いたまま、ただその罵声を聞くだけしかできないのだった。

 

 

 ――悔しい。

 

 ――ただ、悔しい。

 

 

 

第三話 こたつから離れた物語

 

 

 

 声が聞こえる……。

 俺を呼ぶ声が。

 その声は俺のすぐそばから聞こえてくる。

 

<マスター! マスター! どうしたんですかー! マスターってばー! 元気ですかー!?>

 

「……何だうるさいな。溶鉱炉に放り込むぞ」

 

<こわっ……ってマスターがぼんやりしてたから声を掛けたんじゃないですかー。どうかしたんですか?>

 

 ……さっきまでのは、そうか。

 どうやら夢を見ていたようだ。昔の、ずっとずっと昔の夢を。

 

「少し寝てた」

 

<寝てたんですか!? 歩きながら!? 廊下で!? 突如として!?>

 

「別に歩きながら寝ても、誰に迷惑をかけるわけじゃ無いだろうが」

 

<いやぁ、結構かかると思いますけど。多分ガンガンに肩とかぶつけまくると思いますけどねぇ。……何か機嫌悪いですね>

 

「そう見えるか?」

 

<それはもうべらぼうに>

 

 べらぼうて……いいけど。

 さっきまで見ていた夢、あれは悪夢だ。

 現実にあった……悪夢だ。

 

「嫌な夢を見ただけだ」

 

<靴の中にあふれんばかりのうなぎゼリーが入っている夢ですか……>

 

「それは嫌だな!」

 

 ぐちょ、ぬめろんといった感じだろうか……。

 嫌な夢でそれが思い浮かぶコイツはどうなんだろうか。

 少し付き合い方を考えたほうがいいかもな。

 

 下らないことを喋りながら家の中を歩く。

 ぺたぺた、ぺたぺた。

 ぺたぺた、ぺたぺた。

 ちゃりちゃり。ちゃりちゃり。

 静寂で満たされた廊下に響くのは俺の足音とシルフから伸びている鎖が擦れあう音だけ。

 

 ――ふと無人のはずの廊下で、何かの気配を感じた。

 

「なあ、ちょっと」

 

<はい? ちょっと? ――まさかちょっとだけ漏らしちゃったんですか!?>

 

「漏らすかアホ! ……何かさ、変な感じがしないか?」

 

<はあ、膀胱のことには詳しくないんで……多分膀胱炎じゃないですか?>

 

「そこから離れろ!」

 

 コイツ、本当に解体してやろうか……。

 

<変な感じですか……? 具体的には?>

 

「こう、何かに人ならざるモノが背後に立っているような……」

 

<古そうな家ですから、そういうモノもいるんじゃないですか?>

 

「お前、けっこうドライだな……」

 

<金属ですからね>

 

 金属だけに……か。ウマイこと言うじゃないか。

 ……。

 ……いや、言えてないな。

 全く上手くないな。

 

 しかし本当に背筋が寒くなってきたぞ。

 廊下も暗いし、本当に何か出そうだな。

 

<意外と後ろに何かいたりするんじゃないですか?>

 

「こ、怖いこと言うなよ! ぺちゃんこにするぞ!」

 

<ぺちゃんこて。マスターは意外と怖がりですっ、かわゆい!>

 

「ああ、こう見えても8歳まで一人でトイレに行けなかったからな」

 

<うわぁ、知りたくなかったです……そんなに怖いなら、さっさと後ろを確認すればいいじゃないですか?>

 

「ふっ、簡単に言ってくれるな」

 

 もし、本当にお化けな何かが後ろにいたら、俺は衝動的に放尿する自信がある。

 それもこれもこの後ろに何かいるかもしれないとか言い出したシルフが悪い。

 

 よし、大丈夫だ。もう覚悟した。

 見てやるぞ!

 幽霊なんかいないんだ。

 後ろをっ、見てやるっっ!!。

 

「おらぁ!」

 

<後ろを見るのにどんだけ気合入れてるんですか……>

 

 シルフが何か言っているが無視。

 

「ふう」

 

 後ろには何もいなかった。

 ただ暗い廊下が広がっているだけだ。

 当たり前だ、幽霊なんかいないし。お化けなんてないさ。

 ていうか怖くないし。

 本当に怖いのは――人間の方だからな(どや顔で)

 

<もういいですか、ならさっさとトイレに行きましょう。……何でどや顔なんですか?>

 

 コイツ急に偉そうになったな。

 お化け的な物を怖がっている俺を見て、少し馬鹿にしているのだろう。

 

 そして俺は再び前を向いた。

 だが映画でもこういう状況では、安心しきった時に来るんだ。気を抜いた瞬間に客を驚かせる。

 俺は決して気を緩めるべきではなかった。

 そう、俺が気を緩め前を向いたときソイツは……そこにいた。

 白い、白い、人ならざる気配をしたその少女は……俺の目の前に……。

 

<いやああああああああああああああ!!!>

 

 シルフの悲鳴が響く。

 反対に俺は冷静そのものだった。

 何故なら……。

 その少女は――

 

「茶々丸さんじゃないか」

 

「はい茶々丸です」

 

<いやああああああああああああああ!!! 助けてぇぇぇぇぇ! ぬぅべぇぇぇっ!>

 

 目の前にいたのは、お化け的な存在ではなく、この家のメイド的存在の茶々丸さんだった。

 暗闇のせいか病じみた白い肌が一層白く見える。

 

「どうしてここに?」

 

「いえ、ナナシさんが部屋を出て、すぐ追いかけたのですが……」

 

<いやああああああああああああああ!!! にゃああぁぁぁっぁぁ! おかあさぁぁぁぁん! ダリアちゃぁぁぁん! 魔王城にいた頃マスターに内緒で買ってたスライムのポチィィィィッ!>

 

「何か用事かな? ――つーか恐ろしいほどうるせえよ!」

 

「も、申し訳ありません」

 

「いや、茶々丸さんに言ったんじゃないから」

 

 俺が声をかけるまでも無く、シルフは黙った。

 見ると、何やらエクトプラズム的な何かを吐き出している。

 気を失ったのか。

 人を散々馬鹿にしておいて……。

 つーかダリアってまた……随分と懐かしい名前を聞いたな。そうか、もう3年も会ってないんだな。

 

「で、茶々丸さん何か用事?」

 

「はい……謝罪をしに」

 

 ……謝罪?

 俺は茶々丸さんに謝られる様なことをしただろうか。

 考えてみるが、全く思い当たらない。それどころかいつもお世話をしてもらっている俺が謝罪をしたいくらいだ。

 

 目を伏せ、申し訳なさそうにしている茶々丸さんに問いかける。

 

「謝罪って何が?」

 

「マスターにあの事を喋ってしまって……」

 

「あぁ……」

 

 ああ、その事か。

 てっきり俺の部屋のガンプラを誤って壊したことを謝るのかと思った。

 まあ、本当に壊してたとき、例え相手が茶々丸さんだとしても、俺は自分を抑える自身が無いけどな……。

 

「その事はいいよ。結果的に本質的なことはバレて無いし。それに命が助かったし。エヴァデレが見れたし」

 

「ですが……」

 

「いいって、謝罪をされるどころか俺がお礼を言いたいくらいだよ」

 

「……はい」

 

 それでも茶々丸さんはとても気にしているようだった。

 いい子だなあ。

 頭をなでてあげよう。

 

「……ぁ」

 

 なでられた茶々丸さんは俯いてしまった。触れている部分が熱を持って暖かく感じる。

 

「どうも、ありがとう、ございました。その……撫でて頂き、嬉しかったです」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

 変な会話だなぁ。

 それにしても――

 

「なあ、茶々丸さん?」

 

「はい」

 

「エヴァはどうしていきなり家賃なんて言い出したのかな」

 

 俺がそう聞くと茶々丸さんは少し考え。

 

「私には何も言っていなかったので真実は分かりません……ただ」

 

「ただ?」

 

「推測することは出来ます」

 

<私にも出来ます!>

 

「何だ、もう復活したのか」

 

 いきなりの会話に割り込み、そして自分の意見を主張。

 本来なら捨て置くところだがその積極性には目を見張るものがある。

 

「発言を許可する。茶々丸さんはシルフの後に」

 

「はい」

 

<珍しく寛大なお言葉! これは失敗できません!>

 

 何か気合入ってるな。

 対抗心でも燃やしてるのか? 

 

<エヴァ……さんが急に家賃と言い出した理由っ、それは!>

 

 今コイツ呼び捨てにしようとしてなかったか?

 後で言いつけてやろ。

 

「それは?」

 

<それは!!>

 

 一拍溜めて――

 

<大家さんプレイをしたかったに違いありません! 『もうっ、ナナシさん? 今月のお家賃がまだですよ』『す、すいません大家さん……! あと二日! 二日だけ待って下さい!』『いーえ、だめです』『そ、そんなぁ……お、俺ここを追い出されたら行くところ無いんです! 速やかにホームレスなんですぅ!』『ふふふ、追い出しなんかしませんよ。ただ――何か別のもので支払ってもらいます』『ええ!? 一体何を――ってわあ! どうして僕のズボンを脱がしに!?』『フフフ……代わりの物は、若いエキスよ。三ヶ月分のお家賃を滞納してるから……ね、分かるでしょ?』『ゴ、ゴクリ……』――みたいなプレイですよ! わっ、エヴァさんったらやーらしい!>

 

「お前マイナス20ポイントな」

 

<どえぇぇーー!? ひ、酷いです!>

 

「ひどいのはお前の頭だよ……」

 

 全く期待して損したよ……。

 

<ちなみにマスター、そのポイントって何のポイントですか?>

 

「俺の中の、その人に対する評価、ポイント。略してOSPだ」

 

<PSPを伏字にしているみたいですね!>

 

「マイナス5ポイント」

 

<ヤブヘビでしたぁっ!>

 

「あの……」

 

シルフの涙混じりの声を遮るように、茶々丸さんがおずおずと手を挙げた。

 

「何かな?」

 

「その……私のポイントは如何ほどでしょうか?」

 

「む、ちょっと待ってね」

 

 茶々丸さんも気になるのか。

 俺は門に腕を突っ込み手帳を取りだした。

 

<何ですかそれ?>

 

「これに書いてあるんだ。えっと、シルフ、マイナス30ポイント、と」

 

<増えてますっ>

 

無視して手帳に書き込む。

 

「四捨五入したんだよ――で茶々丸さんは……48ポイントだな」

 

「48ですか……多い方なのですか?」

 

「かなりね。あと2ポイントでイベントが起こるよ」

 

「イベント、ですか?」

 

「そうイベント。俺が料理作ってくれたり、俺が風呂覗かれたり、俺が起こしに来たり……」

 

 その他色々盛りだくさん! ポロリもあるよ!

 そして100ポイント溜まると、俺ルートに突入するのだ。

 

<何でマスターがヒロイン側なんですか?>

 

「それはまあ、そういうもんだし。上が決める事だしね」

 

<上ですか>

 

「そう上、超上。神様的な存在がな。ライターとも言う」

 

 俺達はその存在に操られるだけの哀れなピエロなのさ……。

 

「――私、頑張ります」

 

<茶々丸が気合を入れた!? 何でですか!?>

 

 何が茶々丸さんをやる気にさせたのか。

 グッと小さくガッツポーズをとる茶々丸さんを見ていると、少し穏やかな気分になる。

 

 っと、話がずれたな。

 どうしてエヴァが家賃なんて言い出したのか、だったな。

 

「んで茶々丸さんの推測は?」

 

「はい、おそらくですが……何か繋ぎ止める物が欲しかったのでは」

 

「繋ぎ止める? 船?」

 

<何でこの流れでそうなるんですか……マスターをですよ>

 

……俺を?

 

「はい、あくまで私の推測ですが。……急に不安になったのではと」

 

「不安?」

 

「マスターは昔、親しい人を失っています。――ですから、ふとナナシさんがいなくなる事を考えてしまった――あくまで私の推測ですが。そしてナナシさんが自分の下から去らないように、家賃と言う名の鎖で繋ぎとめようとしたのかもしれません」

 

 茶々丸さんは「……私の推測です、実際はどうか分かりせんが」と釘を差すように言った。

 

 ああ……成る程な。

 そういうことか。

 あいつとの付き合いも結構長い。

 付き合いが長い奴が急にいなくなると寂しくなるから。それは俺にも……凄くわかる。

 ずっと一緒だった相手がいなくなった時の喪失感は……それこそ悪夢に魘されるくらい辛い。

 

 エヴァもそういう経験をしてるのか……。

 

「こんなに誰かとずっといるのは久しぶりなので、だから、多分……」

 

 急に不安になった、と。

 なかなか可愛いとこあるな。

 ポイントプラス30だな。

 

「何度も言いますが、あくまで私の推測なので……」

 

「分かってる。でも、急にいなくなったりはしないよ。消えるとしてもちゃんと話す」

 

「いつか……いなくなってしまうのですか?」

 

 胸の前で拳を握り、不安そうにこちらを見る茶々丸さん。

 

<ぐっときたんじゃないですか?>

 

 やかましい。めちゃくちゃぐっときたけども。

 

「今のところその予定は無い、これからも多分ね」

 

「そう、ですか……」

 

 茶々丸さんは、握りしめていた拳を開き、その手を胸に当てた。

 そしてジッと俺の目を見つめてくる。

 

「――よかった、です」

 

 その時の茶々丸さんの顔を、俺は一生忘れることはないだろう。

 ほんのわずかに頬を動かし形作られたその笑顔は――俺の心を揺さぶった。

 廊下が暗くてよかったと思う。

 明るかったら、今の俺の真っ赤な顔を見られてしまうから。

 

<あ、マスターってば顔あかーい。ケチャップをかけたトマトみたいですよー?>

 

「お前空気読めや」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

 長年勤めていた研究所を追放された。

 無能で愚者のレッテルを貼られた。

 既に俺の事は伝わっているらしく周りの人間から侮蔑の目で見られる。

 ……そんなのはどうでもいい。

 どうでもいいんだ。

 ただ、本当に悔しいのは、誰も信じてくれなかったこと。

 誰一人も俺を信じてくれなかった。

 それが自分の全てを否定されたようで、悲しくって仕方がなかった。

 

 敷地の外で膝をつく俺に誰かが近づき、声をかける。

 

「私は信じます。マスター」

 

 一人だけいた。

 どんな時でも俺を信じ、側にいてくれた少女が。

 顔をあげてその少女を見る。

 少女の顔はいつも通り無表情だが、それが俺には何よりも嬉しかった。

 

「……ありがとう。シルフ」

 

 俺は涙を堪えて言った。

 この少女が側にいれば、俺は大丈夫。

 まだ、大丈夫。

 大丈夫だ。

 これからもやっていける。

 

 

第四話 再びこたつへ――

 

 

<――はっ、何か今凄い夢を見ましたよ、マスター! 超シリアスな展開ですよこれ!>

 

「夢って……寝るなよ。――お前時計だろ!? 何で寝るんだよ!?」

 

<別にいいじゃないですか。時計だって休みたい時があるんですよ>

 

 時計だって休みたい……か。

 何だか深い台詞に聞こえるぞ。。

 じゃなくて。

 

「それは毎日休まず働いている時計が言っていい台詞だ。よく考えたらお前、毎晩普通に寝てるだろ?」

 

<夜は寝る時間ですよ、マスター>

 

「お前が寝ると俺が困るんだ!」

 

<……困る? 夜に、私がいないと……。はっ!? すいませんでした! マスターも男の子なんですよね。わ、私

の身体で良かったら……そ、その……大丈夫ですよ?>

 

「何を想像しているか、知りたくもないが違うと言っておこう。お前が寝ると時計としての機能が停止するんだよ。朝の9時に約束してて、起きて時計見たら12時だった時の気持ちが、お前に分かるか!? 何とか言え!」

 

<何ってナニですけど?それに、マスターが言ってる事はおかしいです。10時に起きるとちゃんと10時になってますもん>

 

「それは、俺が起きてからお前の時間を合わせてるからだよ! 朝起きて、まずする事がお前の時間を合わせる俺ってなんだよ!?」

 

 大体何でコイツは俺より起きるのが遅いんだ。

 従者を名乗るのなら、普通は主を起こすものだろうに。

 

<はあ、私が寝ている間にそんな事を……どおりで朝起きると、体に違和感を感じると思いました……マスターが寝てる間に私を弄くりまわしていたんですね>

 

「誤解を招く言い方はやめろ。そもそも、お前に睡眠機能をつけた覚えは無いんだ。というか時計に睡眠機能をつける発想がまず無い」

 

 それ言い出したら、時計に喋る機能つけるのもどうかと思うが、まあいい。

 

<女の子は常に進化する生き物なんですよ。その内、きっとマスターの子供が出来るようになりますっ>

 

「怖っ!」

 

 コイツが言うと本当になりかねないから困る。

 それにしても……夢か。

 時計が見る夢、非常に気になる。

 

「どんな夢を見たんだ?」

 

<それがですね、若いマスターが出てきました。あと私と同じ名前のかわゆい子も出てきたんですよー>

 

「それは本当か!?」

 

 俺はシルフの胸倉を掴んで叫んだ。

 

<は、はいっ、本当ですけど。どうしたんですかマスター、も、もしかして私と何か関係があるんですか? 同じ名前ですし>

 

「……いや、お前は気にしなくていい。――それにしても今になってメモリーコアとソウルドライブが同調したのか?」

 

<マスター!? 何か凄い重要っぽい台詞が丸聞こえですけど!? 何ですか、その凄そうな機関は!? 私に搭載

 

されちゃってるんですか!?>

 

「お前は気にしなくていい――だがこの調子でいけばセカンドのディザスターにマテリアライズするのは近いか?」

 

<マテリアライズ!? 私、マテリアライズしちゃうんですか!? 言葉に意味は分かりませんけど、凄いかっこいいです! 何かワクワクしてきたんですけど!>

 

「……シルフのマテリアライズが間に合わなければこの世界も……。クソっ、忌々しい、魔王ヴェネルブルガリアヨグルトめっ」

 

<それラスボスですか!? なんか乳酸菌たくさん含んでそう! そして凄く言いにくいです!>

 

 やたらテンションが高いシルフ。

 もちろん完全にネタであり、メモリーコアなんて機関は積んでないし、マテリアライズもしない。

 シルフは基本的には喋るだけのただの時計だ。

 もともと拾い物だった古い時計を改良しただけだしな。

 

<私にそんな魔王を倒す勇者的な使命があったとは――よーし! 私頑張っちゃいます! 打倒魔王ヴェネルブベッ、ブルベッ、ブルヴァッ――ああっ、言いにくい!>

 

 シルフは来るべき自分の戦いに向けて萌えている。

 未来永劫そんな機会は訪れないんだが、これを機にちょっとは真面目になってくれるとありがたい。

 

「あの……お手洗いには行かないんですか?」

 

 そんなアホなやりとりをする俺たちを、不思議そうな目で見ている茶々丸さん。

 今気づいたが、シルフって俺の首から下げてるから、胸倉掴むって要するに俺自身の胸倉を掴むってことなんだよな……。自分で自分の胸倉掴む人とか、かなり頭のおかしい人だ。

 そりゃ、不思議そうな目で見るわ。

 

 しかし、トイレか。

 あの部屋を出る口実が欲しかっただけで、別にトイレに行きたかったわけでも無いんだが。

 あのエヴァと一緒にいるのが照れくさかったからって、正直に話すのもなあ。

 

<もう、マスターはトイレに行く必要は無いんですよ、茶々丸>

 

 一通りテンションを上げ終わったシルフ。

 どうやら俺のフォローにまわるようだ。

 私に任せてください!、という気持ちが伝わってくる。

 お前ってヤツは……ここぞという時には頼りになる。

 上手くフォローしてくれよ?

 

「必要ないとは?」

 

<はい、マスターは歩きながら膀胱内の尿を、分子レベルで体外に放出できる特技を持ってますから>

 

「俺に変な設定をつけんな! 茶々丸さんが軽くひいてるだろ! 自分のマスターがそんな特技を持ってるのはやだろ!?」

 

<私は構いませんが。それすらも受け入れる寛大な心がありますから。普通の人ならドン引きする特技を持ってる主人を受け入れるシルフちゃんマジホトケ!って褒めてもいいんですよ?>

 

 期待した俺が馬鹿だった。もうシルフにフォローを期待するのは諦めよう。フォロー係はクビにして、星屑辺りを係りに任命しよう。

 星屑は俺が空間の狭間に保管している『遺物』の一つで、喋る槍だ。

 そういえば星屑、前に茶々丸さんが物干し竿がないって困ってるときに召喚して物干し竿代わりに使って……あれ? それからどうしたっけ? もしかしてそのまま……だったり? ……まさかな。

 

 そのあと、茶々丸さんに頑張って弁解しつつト結局イレに行った。

 いらん事を茶々丸さんに吹き込もうとするシルフを殴り、無駄に硬いシルフに手を怪我し、部屋に戻った。

 

 そして今エヴァ、俺(withシルフ)、茶々丸さん、チャチャゼロでババ抜きをしている。

 誰が最初に提案したのか覚えてないがそういう流れになった。

 

 

 

――10分前――

 

 

 何となくババ抜きがしたくなったので、今日はババ抜き記念日だ。

 というようなことを全く脈絡無く言ったので、全員が『!?』を頭に浮かべたように驚いてこっちを見た。

 俺も対抗して『!?』って顔をした。

 

「何故提案をした貴様が驚いた顔をする!?」

 

 当然のツッコミをエヴァがした。

 俺が脈絡ないことを言い出すのは、この家での恒例行事のようなものなので、ツッコミを入れたエヴァはため息を吐きつつ了承してくれた。エヴァはこう見えてカードゲームやボードゲームといったゲームが好きなのだ。

 エヴァが言う。

 

「しかし……ババ抜きをするのはいいが……たった3人でか?」

 

 ちなみに「3人でか?」に小さいつを入れて「3人でかっ!?」になってエヴァが3人の巨人に対して驚いていることになるが……どうでもいいなこれ。

 

 エヴァは3人でゲームをするのは不服なようだ。

 俺と茶々丸さんとエヴァ。確かに3人だ。

 

<おーい私! 私を忘れてますよー! 時計だからゲームに入れてくれないとか、イジメですか? いいんですか?

 

 私のバックには時計愛護団体がついてるんですよ? その気になればこんな小さい家なんて、団体が有する超巨大振り子時計の振り子でドーン!ですよ? その威力たるや工事の時に使うクレーンの先に鉄球が付いてるアレの3倍の威力! しかもアレですよ! 時間で威力変わりますからね! 長針と短針が重なった瞬間の一撃なんて12×12×3で……2000万パワーですよ!>

 

 意味不明な脅しをしてくるシルフに対してエヴァが「こいつ超うるせえ」みたいな目で見てきた。

 目の前にいるエヴァでうるさいと感じるのだ。首元という距離からその言葉を聞かされる俺はもっとうるさく感じる。

 まあ最悪シルフも入れるとして4人か。

 

<私を合わせて4人ですか……。うーん、そうだ! マスター、今すぐ私と子供を作りましょうか。それで人数の問題は解決ですよ!>

 

「お前何言ってんの?」

 

「子供を作る。……確かにそれで人数の問題はクリアできますね」

 

「どうした茶々丸!?」

 

 天然かボケたのか、いきなりの茶々丸さんの発言にエヴァが目を剥いた。

 そういう俺も驚いた。

 俺とエヴァの視線を受けた茶々丸さんは、顔を赤くして俯いてしまった。どうやらボケたらしい。

 うーん可愛い。

 

「まあ、人数の問題は俺が解決しよう」

 

<じゃあマスター。ベッド行きます?>

 

「お前ほんと黙れ」

 

「……増やすと言ったがどうするんだ? 使い魔でも召喚でもする気か?」

 

 問いかけてくるエヴァに俺はニヤリと笑みを浮かべつつ頷いた。

 エヴァが小さく目を見開いた。

 

「――ほう、面白い。貴様使い魔の召喚もできたのか。見せてもらおうじゃないか」

 

<ククク……お手並み拝見といきます、か>

 

 シルフのポジションが謎だ。

 

 俺は目の前に門を作りだし、腕をつっこんだ。

 ゴソゴソと漁る。

 

「召喚 、そういうことか……」

 

 何やら期待はずれな声を出すエヴァ。

 恐らくはこう『我が呼びかけに応えよ!(魔方陣がピカー!)』みたいな光景を想像していたのだろう。

 サモンナイトでもやってろ。

 

 目的の物が手の先に当たり、ソレを一気に引きずり出す!

 

「フィーーーッシュ!!!!」

 

 魚を釣り上げる要領で、引き上げる。

 引き上げられたソレは、ベチャリと音を立てて俺達が囲んでいるテーブルの上に落ちた。

 

「どれどれ貴様の使い魔とやらは――ほう、チャチャゼロに似ているな」

 

「まあチャチャゼロだからな」

 

「だろうな!? やっぱりそうだよな!?」

 

「ヨウ、御主人。久シ振リダナ」

 

 カタカタと笑いながら、かつての主(あるじ)に挨拶をするチャチャゼロ。

 対するエヴァは驚愕の表情でチャチャゼロを見つめ、俺を見て、チャチャゼロをもう一度見たあと、俺を見た。

 

 胸倉を掴んでくるエヴァ。今日はよく胸倉を掴まれる日だな……。

 

「ナナシ! 何故貴様がチャチャゼロを!? そ、そういえば最近めっきり姿を見ないと思っていたが……」

 

「学校の帰りに拾ったんだ」

 

「嘘をつけ! 大体貴様、学校に行っとらんだろが! というか何故動いている!?」

 

 学校か、なつかしいな。

 ホントのところは、近所の散歩をしているときに猫に咥えられたチャチャゼロを発見して保護したのだ。 

 話を聞くに、もう長い間エヴァから魔力の供給をされていなくて動けなかったらしい。家で置物と化していたとき、進入してきた猫にゲットされてしまったとのこと。

 流石に不憫に思った俺がチャチャゼロに、魔力を注いでやったのだ。

 

「オレガ頼ンダダヨ。動ケナクテクソ暇ダッタカラナ」

 

「……むぅ」

 

 唸るエヴァ。

 長い間の付き合いの従者を忘れていたことに、少しは罪悪感を感じているのだろう。

 そして今のエヴァには魔力が無い。

 

「私からもお願いできませんか、マスター。チャチャゼロ姉さんが側に居れば、もしナナシさんに何かあった時も安心かと思われます。……本当は私が常に側にいたいのですが」

 

「いや、コイツ基本的に家を出んからそういう心配はいらんと思うが……はぁ」

 

 ため息を吐くエヴァ。

 

「……勝手にしろ。どうせ今の私ではチャチャゼロに魔力を供給出来ないからな。だが、そいつは私のモノだ。今は

 

貸してやるだけだ。それだけは覚えておけ!」

 

「分カッテルヨ、御主人。取リャシネェッテ。」

 

「チャチャゼロに言ってるんじゃない!」

 

 とにかくこれで5人揃ったぞ

 

「ソレニシテモ何デ、オレヲ呼ンダンダ? 御主人ニ自慢スル為カ?」

 

「俺、どんだけ嫌なやつなんだよ。ババ抜きをしようと思ってな。その人数確保のためだ」

 

「ババ抜キ? ジャア、御主人ハ抜キダナ、ケケケ……痛エ!」

 

 チャチャゼロがエヴァに殴られた。

 今なんで怒ったんだ……?

 

 

 そして遂に始まる、命を賭けたババ抜きが!

 

<賭けてるのは、罰ゲームですけどね>

 

 ちなみに罰ゲームは勝った者が負けた者に命令するというものだ。

 普通にやっても面白くないということで、エヴァが提案してきた。

 エヴァはよく勝負事に何かしらの賭けを要求してくる。こういうところ子供っぽいよな。まあ実際子供だけど。

 

「エヴァは勝ったら俺に何を命令するんだ?」

 

「ククっ、教えてほしいか? 後悔するぞ」

 

 ニヤリといつもの笑みを浮かべるエヴァ。、

 

「全裸に首輪をつけ一緒に町内散歩をするる気か?」

 

「せんわ! それ私もヤバイだろがっ! そ、それにしても貴様、まずそんな罰ゲームが浮かぶとは……まさかそういう趣味でも持ってるのか?」

 

 エヴァがちょっとヒキ気味に聞いてくる。

 ……俺?

 あとさっきから茶々丸さんが、じっとこっちを見ているんだが……。

 茶々丸さんの視線から、何を考えているかを読み取ってみる。

『ナナシさんにそんな趣味が……。わ、私で良ければ……そ、その……お付き合い、します』だと!?

 いやいや茶々丸さんがそんなこと考えるわけないか。

 

 しかしエヴァは何かを勘違いしているな。

 

「俺にはそんな趣味ないが――ちなみに首輪をつけるのはタカミチだぞ?」

 

「何故だ! おかしいだろうが!? 何故タカミチなんだ!?」

 

「……じゃあじいさんでいいよ」

 

「じゃあとはなんだ! じゃあって! 貴様に対する罰ゲームなのだから首輪をつけるのは貴様のはずだろう!?」

 

「いやぁ、俺にそんな趣味は無いし」

 

「じゃあ言うな!」

 

 違うのか……。

 エヴァの罰ゲームとは一体……。

 

「だったら……全裸で授業を受けるのか……エヴァが」

 

「だから何で自分じゃなくて他人に罰をなすりつける前提なんだ!? そして何故自分に罰ゲームを出さねばならんのだ! 私はMか!」

 

<エヴェさんMだったんですか?! これからはMさんって呼びますね!>

 

「呼ぶな! そしてさりげなく名前を間違えるな!」

 

 これも違うのか。

 あとエヴァが出しそうな罰ゲームは……

 

「全裸で1年を過ごすのしか無いぞ? これは本当に辛い。お前にその覚悟があるのか、エヴァ?」

 

「無いわ! しかもまた私か!? 大体なんだ、全裸全裸って! そんなに全裸が好きか!? 全裸マニアか!? 全裸教か!?」

 

「あまり、全裸全裸って連呼するなよ。ご近所の評判が悪くなるだろ? あと全裸教って何だ?……どうやったら入れるんだ、教えてくれ>」

 

「知るか! 貴様が言わせてるんだろうが!?」

 

 全裸を連呼するエヴァ。

 それはさながら、もうすぐ始まるゲームの狂気に満ちた内容を示唆しているようで、俺は体をブルリと震わせたのだった。

 俺たちは知らない。このゲームに待ち受けているのが、どれほど恐ろしい結末かを……。

 

<意味深なモノローグきましたコレ!>



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。