茨の鬼と邪な仙人の昔話 (BNKN)
しおりを挟む
茨の鬼と邪な仙人の昔話
春告精が仕事を終え、いよいよ太陽の畑の向日葵達が一斉にその顔を太陽に向ける頃、一人の仙人がとある人物に会うべくその家を出た。
その手には初対面の時に手渡された名刺を持っている。
「仙人どうし今後ともよろしくね〜♡」
そう言って渡された名刺に書かれている連絡先に向かおうというのだが、1つ気になることがあった。
名刺にはこうある。
[命蓮寺の裏の墓地にいる子に言えばその子が私を呼んでくれます。]
なんとも面倒な手続きが必要なものだ。直接に家の場所を書いてくれれば自分から向かうのに。と少しの疑問を抱きながら片腕有角の仙人、茨木華扇は山を下りていく。
途中人里で土産に甘味を買って行き、無事命蓮寺裏の墓地へと辿りついた。
華扇は何度か[墓地にいる子]を見かけたことがある。と言うのも今日はその子の話をしにあの邪仙に会いに来たのだ。
いざその子を探そうと足を動かしたその瞬間
「うらめしやー!!驚けー!!」
横から愉快な忘れ傘、多々良小傘が元気に声をかけてきた。
「....」
驚いたのではなく呆気に取られ暫く呆然としてしまう。
遠くで山彦が「驚けー!!」と繰り返しているのが虚しさを引き立たせた。
「........なんで驚いてくれないのよー!!」
ここでやっと、小傘さんは驚きを食べてお腹を満たしているんだったと思い出した。
「い、いやほらちゃんと驚いてましたよ?驚いてたから止まってたんですよ。」
取り敢えず誤魔化してみる。
「....嘘だよ。だって私のお腹が膨れないもの...。」
「あ、あーそれは...」
駄目だったみたいだ。しょぼんと俯く彼女を見ていると驚いて上げてればなと思う。そう思ってる時点で驚けはしないのだが...
「別にいいよ...気なんか使わなくても。大体の妖怪は驚いてくれないもん。それに、ここに肝試しにくる子供達なんかは驚いてくれるもん。」
「私は妖怪ではなく、仙人なんですが....」
「それはそうと、どうしたの?こんな所に何か用事?」
「ええ、実は人に会いに来たのです。人と言ってもその人も仙人なんですが。その仙人に会うためにここにいる子に会いに来たのですが...。」
「あーもしかして、あのキョンシー?」
「ええそうです。もしかして居場所を知ってますか?」
「あれならもっと奥にいるよ。今日もつったってたよ。」
「(…あれって...)そ、そうですか。ありがとうございます。」
「あっ!!そうだ。あなたよく人里にいるよね?なら子供達に怖い妖怪が墓地にいるから肝試しに最適だよ。って言ってくれたら助かるわ!」
「え、ええ。では。(普通怖い妖怪と聞いたら誰も行かないと思うんだけどなぁ。)」
この2日後から暫く墓地に人が全く寄り付かなくなり、小傘がひもじい思いをしたのはまた別の話。
奥に進むこと暫くして、開けた場所に出た。
「見つけた。」
そこには小傘の言うとおり背筋よく、腕を前に突き出しつったっている忠実な死体、宮古芳香の姿があった。
「こんちには。.....久しぶりですね。」
「おー?ひさしぶり?」
「ああ、いえ、気にしないでください。」
「おー。せーがに会いたいのかー?」
「....ええ、お願いします。」
「しばし待てー。」
そう言うと芳香は大きく息を吸った。
「せーーーがーーーー!!!」
(なんて原始的な....)
そんなあまりに愚直な方法に華扇は苦笑いしか浮かべることが出来なかった。
(第一、大声で読んだだけで出てくるわけが...)
「はーい、どなたー?」
(えぇ...出てくるの...)
そう言って地面に穴を開けて出てきたのは今回の目的である無理非道な仙人、青娥娘々こと霍青娥である。
「あら、どなたかと思えば、華扇さんじゃないですか。こんちには。」
「ええ、こんちには。変わりないようで安心しました。」
「変わるわけないですわ。仙人なんですもの♪まあ、立ち話も何ですし上がって下さいな。」
そう言って先ほど地面にあけた穴に入っていく青娥。
(これじゃあ上がっているのか、下っているのかわからないわね。)
そんなことを思いながら華扇もその後についていった。
神霊漂う欲の世界、豊聡耳神子の創った仙界にある青蛾の家で華扇は腰をおろしていた。
「ごめんなさいね。あまりここには長居しないものですからあまり片付いてないのよ。」
「いえいえ、こちらこそすいません。いきなり押しかけた私が悪いですから。こちらつまらないものですが....」
そう言って道中買ってきた土産を渡す。
「あら〜。気にしなくていいのに。でもそうね、折角ですから頂きますわ。お茶を出すので少し待っていて下さる?」
「ええ…」
そう言って暫くして青蛾はお茶と共にお茶請けとして先程の土産の甘味を出してきた。
「あの、これは?」
「おっちょこちょいな仙人さんは忘れている様なので説明しますわ。私も仙人ですから〔食〕には意味はありませんし取っておりませんわ。」
「あっ...」
「その様子では完全に失念していた様ですわね。まあ好意ですので断るのもどうかしらと思ってね。それに、あなたこの甘味好きでしょう?時々人里で食べているのを見かけますわ。」
「....」
図星である。
「さて、お茶請けの話は置いておいて。今日はどうしました?」
「え、ええ。実は芳香についてお話というか、聞きたいことがあります。」
華扇の真剣な空気を読んでか青蛾は座りなおす。
「芳香ちゃんがどうしました?人は襲わないように命令しているはずですが....」
「ああ、いえ別に誰かを噛んでキョンシーにしたとかそんな話じゃないんです。」
「?では...」
ここで華扇は一息入れてから
「あの死体...都良香の体をどこで手に入れたんですか?」
「....どこというのは?死体なんてどこにでもありますわ。それこそ墓地にたくさん。」
「この際、墓荒らしがどうのということは置いておきましょう。ただ、都良香の死体は墓にあるはずがないのですよ。」
「.....。」
「彼女は大峰山と言う山に篭もり、長い時を経て仙人になった筈です。彼が百数歳を迎えた時に見た姿は若い頃のままでした。それは即ち仙人へと昇華した証です。 」
「.....なぜあなたはそれを?芳香ちゃんのご友人だったのですか?」
そう聞かれ、華扇は徐に自らのシニョンのリボンを外した。
そこにあったのはあらゆる妖怪の長たる証、二つの角が頭から生えていた。
「なるほど、あなたがかのご高名な茨木童子でしたか...。でしたら芳香ちゃん、いえ都良香はご存知の筈ですね。」
「...私達は羅生門の前で出会いました。私が元々門の前に立っていた時に良香が通りかかり、
『気霽れては風新柳の髪を梳る』
と読み、私が
『氷消えては波旧苔の鬚を洗ふ』
と返しました。
そこから私達は何度か一緒にお酒を飲むようになりました。...お酒の席で酔っ払うといつも彼女は言っていました。『死ぬのは嫌だなぁ。お前さんが羨ましいよ、鬼のお前さんが...。』彼女は常日頃から不老不死になりたいと考えているようでした。しかし、当時の私は唯の鬼元より長命が約束された肉体を持っていましたから、人間が長く生きる方法なんて知りませんでした。...いえ、正確に言えば一つだけ知っていました。」
「?」
「それは私の持つ茨木の百薬枡についだ酒を飲むことで体を治し、体を鬼に変えていくという方法です。ただ、私も友人を鬼に変えたくはありませんでしたし、良香もそれを望みませんでした。」
「まあ、単に鬼になっただけなら退治されて死ぬか封印かされるのが落ちでしょうね。」
「ええ、そこで良香と私は人間が不老不死になる方法を探しました。そして見つけたのが...」
「…仙人になることだった。」
「そうです。それからの良香は生き生きとしていましたよ。そしていつからか仙人になるための修行をするため山へ篭もりました。それが大峰山です。私は友人が短い命の中でたった一つのモノを目指している姿に憧れや羨望を抱きました。....私は人に近づくために私も仙人になろうと良香とともに山にこもりました。そうして私より先に良香が仙人となりました。私は鬼ですから、仙術と相性も合わなかったのでしょう。暫く修行していると、私の仲間たちである酒呑童子、星熊童子らが討伐されたという噂を耳にしました。その噂を確かめるために私は一度山を降りることにしました。...良香とまた出会う約束をして。」
そう言って華扇はお茶を一すすりして、また話始める。
「数十年彼らを探し漸く地底に見つけ、無事を確認で きたので山へ戻ってみるとそこには良香の姿はありませんでした。勿論探しました。しかし、仲間たちの時とは違い見つけることは叶いませんでした。そこから私は1人仙人になり、この幻想郷へとやってきました。そして、貴方達の起こした...異変となってしまった事件が起きます。異変解決は博麗の巫女が赴くのが常ですので、私は霊夢の跡をつけ様子を見ていました。...するとそこでもう二度と会うことはないだろうと思っていた良香を見つけました。それもキョンシーとなり、盾として使われている姿で。
.....私の話はこれで終わりです。次は貴方から聞きたいものです。芳香ちゃんの話をね。」
暫く青蛾は黙っていた。そして、静かに話始めた。
「....私は力の強い人が好きですわ。」
「?」
「権力、腕力、財力、どんな力でもいいのだけれど、力を持っている人をみるとお近づきになりたい、そんな風に考えていましたわ。そこで大陸からこの島国に来て聞きつけたのが都良香でしたわ。彼女の力が強いのはご存知でしょう?都でも有名でしたから。私はいつものようにお近づきになろうと探っていると突然彼女が姿を消してしまいました。諦められない私は探しました。すると仙人になるために山にこもって既に何十年という話を聞きました。それを聞いて私は一気に不安になりました。」
「不安?一体何に?」
「あなたは鬼から仙人になったので、まだ経験したことがないかもしれません。」
「だから、一体何が?」
青蛾の遠回りな発言にイライラを募らせた華扇は続きを催促する。
「人間から仙人になり寿命を伸ばすと地獄から使者が来てそのものを殺してしまうのです。あなたも見たでしょう。私が水鬼鬼神長に水攻めされていた様子を。」
「まさか...」
「私もその現場は見てませんが、恐らく良香は使者に殺されたのですわ。私が彼女に会いに行った時には既に息はありませんでしたから。私は倒れている良香を見て、チャンスだと思いました。」
「....」
「今ここで私が良香をキョンシーとして使役出来たら、仙人の盾が手に入ると思ったのです。そしてやるなら早い方が腐食もなくて済む。そう思いその場で良香をキョンシーにしました。そして防腐の術をかけようとしたのですが、脳の構造が分からず脳だけには術がかけられませんでした。最初は芳香ちゃんは意識がはっきりしていて会話も容易かったのですが、次第に脳が腐っていったようで会話が難しくなり、今のような姿になりました。」
「...ということはその内喋る事も出来なくなるかもしれないのですか?」
そう言う華扇の声は震えている。
「....。」
対する青蛾の答えは沈黙だった。その沈黙が全てを暗示していた。
もはや二人に交じわす言葉はない。青蛾が殺したわけではないと知ることが出来ただけでも華扇は満足だった。
「....分かりました。今日はありがとうございました。」
「....私に何も言わないのですか?あなたのご友人をキョンシーに使役しているのですよ?怒らないのですか?」
「死を冒涜するという発想は人間のものです。我々鬼にはありませんし、強いていうなら殺された本人の責任ですから。」
「しかし....」
「それに。鬼は嘘を付く人が嫌いですからね。」
華扇はそう言って苦しそうに微笑んだ。
「でも、最後に芳香ちゃんと話をさせて下さい。」
「ええ、構いません。ただ、対して話は出来ませんが...」
「大丈夫です。一言二言ですので。」
そう言って華扇は立ち上がる。お邪魔しましたと言って出ていこうとすると青蛾がふと、呼び止めた。
「顔の札を剥がせば、歌を読みます。いつも同じ歌なのできっと何か意味があるのでしょう。私にはその歌に込められた良香の気持ちはわかりません。...あなたならわかるかもしれませんわ。」
元来た道を辿り墓地まで戻ってきた華扇。
「おー。終わったかー。じゃあなー。」
「さよならの前に少しだけいい?」
「おー?」
「貴方は今幸せ?」
「おー!!せーがは優しいぞー!!」
会話は成り立っていなかったが芳香の満足そうな笑顔が質問の答えとなっていた。
「そう...。あと1つだけ。少しの間札を取るわ。」
そう言って華扇は芳香の顔についている札を取り払った。途端芳香のまとう空気が懐かしいものに変わっていった。そして静かに歌を読み始めた。
「気霽れては風新柳の髪を梳る....」
「!!」
華扇があっけに取られ黙っていると同じように読み続ける。誰かが下の句を返してくれるのを待っているかのように。
「気霽れては風新柳の髪を梳る...」
華扇は声を震わしながらもしっかりと返す。
「氷消えては波旧苔の鬚を洗ふ」
そう言うと良香は芳香よりも幸せそうににっこりと笑った。
これから暫く命蓮寺裏の墓地に毎日通う、山の仙人の姿が見られるようになった...。
目次 感想へのリンク しおりを挟む