Muv-Luv AlternativeGENERATION (吟遊詩人)
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プロローグ

初めての方は初めまして、以前読んでくださっていた方はお久しぶりです。

以前投稿していた小説を再投稿しました。今度は頑張って完結させたいです。

なので、よろしくお願いします。

感想をいただけると作者が喜ぶので感想お待ちしています


「ふわぁ…平和だなぁ。まぁ良いことか」

 

 艦橋から見える宇宙の光景を眼にしながら、一人の青年が欠伸をする。青年の容姿は黒髪に黒目、整った顔立ちをしているが、だからと言って美青年と言うわけではない。精々、中の上からギリギリ上の下と言ったところだ。

 

「平和!平和!イイコト!イイコト!」

 

 そんな青年の共に艦橋に居る青い球体型のロボットが青年の言葉を肯定するように言葉を発する。この球体の名前は「ハロ」。優れた人工知能を有し、青年が搭乗する戦艦「キャリー・ベース」のコントロールを任されている。

 

「OK、これならもうすぐ戻れそうだな」

 

 ハロの言葉に機嫌を良くし、青年は艦橋の艦長席に身体を預ける。

 

「(しかし…俺がこの世界に来てからもう五年か…)」

 

艦長席に座った青年はこれまでの自身が歩んできた道のりを思い出す。青年――氷室涼牙(ひむろ りょうが)は本来、この世界に居ないはずの人間だった。彼にとって、此の世界は「Gジェネレーションオーバーワールド」と言う所謂ゲームの世界だった。

 

だが、ある日突然涼牙はこの世界に来た。理由や原因は一切解らない。今から五年前、彼が十六の時のことであった。突如として異世界に来た涼牙は仲間と出会い、「ジェネレーションシステム」と呼ばれるシステムを巡る戦いに巻き込まれ、数多の出会いと別れを経験した。そして自身と仲間を護るために戦った。そういった全ての戦いが終結したのは今から半年前のことである。

 

「さて、っと。相棒の様子でも見に行くかねぇ」

 

 涼牙は軽く身体を解すと艦の格納庫に居る愛機の下に行こうとする。現在、この艦に居るのは彼を除くとハロのみである。このキャリー・ベースは一番最初にこの部隊で運用されていた戦艦で、所謂「練習艦」と呼ばれるものである。艦の大きさ自体も小型に分類され、そのためにハロ一体でも最低限のコントロールは行える。とはいえ、流石に本格的な戦闘となると辛いものがあるが。

 

 もっとも現在の涼牙は部隊の人間と言うわけではなく、言ってしまえばフリーのMS乗りだ。戦いの終結後、世界を見て回ることを望んだ涼牙に対し、部隊の人間達が餞別として彼の愛機と予備機のMS計二機とすでに使われなくなっていたキャリー・ベースを与えてくれたのである。

 

「ハロ!ハロハロ!!」

 

「ん…どうしたハロ?」

 

 艦橋を出ようとした涼牙はハロの異変に気付く。艦橋の出口から移動し、ハロの傍に来て外の光景を見る。

 

「なんだ、こりゃあ?」

 

「解析不能!解析不能!」

 

 キャリー・ベースの外の光景、本来ならばそこに広がっているのは漆黒の宇宙と遠くに見える星の光のはずだった。時折、太陽や月の光も見えるが、現在艦橋から見える方角には太陽も月も見えないはずだ。

 

 

――――…けて…

 

 

「っ!?」

 

 その光を視認した次の瞬間、涼牙の脳内に突如として声が鳴り響く。涼牙の能力が何かを感じ取った。

 

 

――――…ちの……い…けて…

 

 

「ぬ…ぐ…!お前は…お前達は…誰だ?」

 

 次第に、脳内に響く声が鮮明に聞こえ始める。それと同時に、艦橋から見えていた光もさらに眩いものへと変化し、キャリー・ベースを包み込み始めた。

 

「涼牙、ドウシタ!涼牙、ドウシタ!」

 

 必死に頭の中に響く声に耳を傾ける涼牙に、ハロが心配そうに声をかける。そんなハロに涼牙は心配ないと、頭を撫でる。

 

「お前…達は…」

 

 

 

涼牙が必死に声の主に問いかける中、遂に光はキャリー・ベースを包み込んだ。

 

 

 

 そして、光が晴れた先には何も残っていなかった。

 

 

 

 



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設定資料集

今回は設定と最新話を同時に投稿します。

設定はキャラとMS設定です。設定資料はある程度話数が進んだら更新する予定です。


名前

氷室 涼牙(ひむろ りょうが)

 

年齢

二十一歳

 

外見

黒髪黒目。髪型はボサボサの腰まで届く長髪を後頭部で一つに纏めている。眼つきは切れ長。顔は一般的に見ると中の上から上の下。

 

詳細

 現実世界からGジェネレーションオーバーワールドを経由してマブラヴオルタネイティブの世界にやって来た転生者。

 性格は飄々としていて冗談好きな自由人。ただしコレはGジェネ世界で常に余裕を持つようにしてたらこの性格が定着してしまった。Gジェネ世界に行った直後は予想外の状況に取り乱す、ごく普通の高校生。

 Gジェネ世界では当初戦いを拒否していたが、自分を保護してくれた仲間達を護るために戦いを決意。その後はマーク・ギルターとラナロウ・シェイドの二人に兵士としての戦い方を教わった。

 最初期の搭乗機はネモ。その後、兵士としての実力を付けてからはデルタガンダムに搭乗。その後の戦闘でデルタガンダムが大破した後はガンダムデルタカイに搭乗する。

 転生前はガンダムに関しては全てを見るほど好きで原作知識もあるが、一方でマブラヴに関する原作知識は皆無である。

 

 

 

名前

 青ハロ

外見

 青い塗装のハロ。大きさは宇宙世紀のハロと同じなのでデカい。

詳細

 涼牙がGジェネ世界から連れている相棒。捨てられていたハロを涼牙が拾い、塗装を変えて修理した。

修理の過程で整備士のケイ・ニムナッドの手によって大幅な魔改造が施されており、一機で小型艦の制御やハッキング。さらにアタッチメントを付ければMSの整備も熟せる。ちなみにアタッチメントはガンダム00のハロが使っているのを大型化したもの。

小型艦の制御は出来るものの、やはり一流の艦長や通信士、操舵士が操縦したものに比べれば数段劣る。

 戦い終結後、フリーのMS乗りとして部隊を離れる涼牙のサポートをするためについてきた。この青ハロの存在に涼牙も癒されることが多い。

 

 

 

機体名

 ガンダムデルタカイ

型式番号

 MSN-001X

詳細

 Gジェネではオーバーワールドで新たに追加された機体。時系列的にはガンダムUCの機体。

 涼牙の三番目の愛機で以前はデルタガンダムに搭乗していた。ちなみにゲーム内ではデルタガンダムからデルタカイは開発できず、デルタプラスを経由する必要があります。

 武装はビームサーベル、高威力のビームライフル「ロングメガバスター」、プロト・フィン・ファンネル、60mm頭部バルカン、さらにビームサーベルをシールドにマウントした状態で使用するビームキャノン。また、シールド付属の各種オプションを変更することで三種の武装、メガ・マシン・キャノン、炸裂ボルト、ハイメガキャノンを選択で使用できる。涼牙が最も愛用しているのはハイメガキャノン。

 本機のプロト・フィン・ファンネルは僅か二基しかないが、その代わり発射されるビームが拡散式になっている。

 デルタカイ最大の特徴であるサイコミュ、「ナイトロ」システムは搭乗者であるオールドタイプを強化人間に強化していくシステム。これによってオールドタイプでもファンネルの使用が可能。

 最後に、本小説ではオリジナル設定として「ナイトロ」システムのオンオフが自由。また、オールドタイプが使用すると強化人間に強化され、強化人間が搭乗するとさらに能力が強化される。

 

 

 

機体名

 アークエンジェル

型式番号

 LCAM-L1XA

詳細 

 機動戦士ガンダムSEEDに登場した戦艦で分類は強襲機動特装艦。ティターンズが世界各国に赴いて戦うという部隊の特性とMSの運用を考えたアズラエルが、既存の艦を改造するだけでは不十分判断し、涼牙からもたらされたデータを元に建造した新造艦。開発はMSと並行して行われていたが、部隊正式運用開始の一年前には完成していMSに比べて完成が遅れてしまい、光州作戦への参加が援軍と言う形になった最大の原因である。

 武装はオリジナルのアークエンジェルと同様でゴッドフリート、バリアント、複数の種類のミサイルを発射できるミサイル発射管、イーゲルシュテルン、ヘルダート、ローエングリンを備えている。ちなみにローエングリンは環境への影響の少ないタイプのものを使用している。

 カラーリングがオリジナルと変わっており、ティターンズを意識した濃い青をメインに一部がグレーで塗装されている。

 

 

 

機体名

 105ダガー

型式番号

 GAT-01A1

詳細

 マブラヴ世界においてティターンズで正式採用となったMS。地球ではヘリウム3があまり手に入らず、核融合炉搭載機は量産に不向きだった為にバッテリー駆動機である本機が採用された。カラーリングはティターンズカラーである黒に近いカラーリングとなっている。

 ストライカーパックは現状採用されているのはソードストライカー、ランチャーストライカー、ジェットストライカーの三つ。エールストライカーではないのはジェットストライカーの方が火力を増強でき、大気圏内ではエールより優れておりビームサーベルもダガーに固有で装備されているので現状利点がない為。

 現在は隊員達それぞれにパーソナルカラーやパーソナルマークが用いられている。パーソナルカラー、パーソナルマークは以下の通り。

●ウルフ・エニアクル→全身純白

●ゼハート・ガレット→真紅

●アンドレイ・スミルノフ→吼える熊

●エドワード・ハレルソン→二本の交差した剣。ソードカラミティに書いてあるアレ

●ヤザン・ゲーブル→青。ハンムラビの色

●ジェリド・メサ→赤い星

 



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第一章 異世界来訪
第一話 出会い


「う…あ…?」

 

 少しずつ、涼牙は目を覚ます。身体に感じるのは冷たい床の感触。そうして彼は意識を失う前のことをうっすらと思い出す。

 

「…確か、俺は光に包まれて…」

 

「涼牙、起キタ!涼牙、起キタ!」

 

 頭を押さえて起き上がる涼牙を出迎えたのは耳をパタパタと動かしているハロの姿だった。

 

「ハロ、俺はどれぐらい寝てた?」

 

「三時間二十四分三十四秒!」

 

「そんなに長く寝ていたわけでもないのか…」

 

 ハロに自身が意識を失っていた時間を聞いた後、涼牙は艦橋の外に広がる景色に目を向けた。

 

「は…?」

 

 そこに広がるのは山々が連なる山岳地帯。その中に隠れるようにキャリー・ベースは着陸していた。

 

「おいおい、俺達はいつの間にコロニーに入ったんだ?」

 

「違ウ、地球!違ウ、地球!」

 

「解ってる。言ってみただけだ」

 

 涼牙の間違いを指摘するハロ。だが、涼牙自身もコロニーの中ではないことは解っている。そもそもスペースコロニーの中にも森があったりするのはあるが、眼前のような山岳地帯はない。

 

「ハロ、マーク達への極秘回線は繋がるか?」

 

「接続不能!接続不能!」

 

「そうか…俺達が此処に居るのは…あの光のせいか」

 

 宇宙にいたはずが、目を覚ませばいた場所は地球。しかもキャリー・ベースには大気圏突入能力はない。となれば原因が何なのかはすぐに解った。あの時、キャリー・ベースを包み込んだ光。そして、誰のものかもわからない声…

 

「あの声の主は…俺に何を伝えたかったんだ?」

 

 どれだけ考えても、答えは出ない。今ではあの声も聞こえないし、声が訴えてきた言葉も解らない。

 

「ま、その辺考えるのは後にするか。今は…っ!?」

 

 涼牙が思考を切り替えようとしたその時、何かを感じ取った。

 

「何だ…この気持ち悪いのは…」

 

 それは、今まで感じたことのない嫌な感覚だった。敵意とも、悪意とも判断しきれない禍々しい気配。多少距離はあるが、一つや二つではない。

 

「…行ってみるか。ハロ、カタパルトの発進準備してくれ。何かあったら艦を動かして避難しろ」

 

「了解!了解!」

 

 ハロに指示を出すと涼牙は艦橋を出てノーマルスーツに着替えて格納庫へ向かう。現在、

キャリー・ベースに存在するMSは別々の種類の機体が二機存在する。一機は以前の世界から涼牙が愛機として搭乗している機体。そしてもう一機は愛機に問題が発生した際に搭乗する予備機である。

 

「よっと、行くぜ相棒」

 

 手早くノーマルスーツに着替えた涼牙はすぐに自身の愛機の前に来ると、リフトに乗ってコクピットまで上がって行く。

 

 彼の愛機――白と青のカラーリングが施され、右腕には主力武装である「ロングメガバスター」と呼称されるビームライフル。左腕には武器として使用できるシールドを装備し、頭部にはV字のアンテナと特徴的な顔。「MSN-001X ガンダムデルタカイ」と呼ばれるMSである。この機体の特徴としては、豊富な武装の他にも搭乗者がNT能力を持たない者でも人工的にNT能力を与える、所謂「強化人間」に変貌させるシステムである「ナイトロ」が存在する。最も、現在の搭乗者には必要ない為このシステムは今の所OFFの状態になっている。

 

涼牙は愛機のコクピットに搭乗すると機体を起動させる。すると頭部のツインアイが光り輝き、薄暗かった機体内部が明るくなり、全天周モニターから外の映像が鮮明に映し出される。それを確認した涼牙は愛機を動かしてカタパルトに機体を接続する。

 

≪カタパルト接続、オールグリーン!発進ドウゾ!発進ドウゾ!≫

 

 艦橋に居るハロから通信が入り、涼牙も改めて操縦桿を握る。

 

「氷室涼牙、ガンダムデルタカイ…GO!」

 

 身体にGを感じながら、機体がカタパルトによって加速。そして大空へと飛び立つ。その瞬間、涼牙は愛機を戦闘機形態であるウェイブライダー形態へと変形させ、自身の能力を頼りに、先程の邪気を感じた場所へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦一九九六年 七月 ユーラシア大陸

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 走る走るただ走る。少女の頭の中はただそれだけだった。かなりの距離を走っているが、それでも少女の頭の中には「立ち止まる」と言う選択肢は存在しない。立ち止れば、それだけ自身の命を縮めると理解しているからだ。

 

「っ…ちくしょう…!」

 

 見た目は幼く十を少し過ぎた辺りの少女。褐色の肌に黒い髪、日本人や中華系ではないがその顔立ちはアジア系のそれだ。まだ歳相応に未成熟な、簡単に言ってしまえば凹凸のない小さな身体で、右手には拳銃を、その身にはボディラインがハッキリと解る強化装備と言うものを纏っている。

 

「ちくしょう!」

 

 そんな少女の口から、何度目かになるか解らない悪態の言葉が漏れ出る。少女はその表情を恐怖と怒りに染め、必死になって森の中を逃げていた。ふと、後方を見る少女の眼に、忌々しい捕食者の姿が僅かにだが確認できた。頭が大きく筋骨隆々の両腕を持ち、歯を剥き出しにして追ってくる異形。それと並ぶようにまるで象のような鼻を持つ異形が少女の跡を追ってくる。双方の異形に共通していることは、非常に生理的嫌悪感を感じさせる容貌であると言うことだ。

 

「くそぉ!この野郎!!」

 

 走りながら少女は右手に持っていた拳銃を異形に向けて発砲する。弾はどうにか数発は異形に当たるものの、異形は倒れる気配を見せず、何より数があまりにも違いすぎる。あとからあとから湧き出る異形の数は少女の拳銃に装填されているであろう弾丸よりも遥かに多い。

 

 少女を追う異形――通称「BETA」は、数十年前からこの地球を侵略し始めた地球外起源種――平たく言ってしまえば「異星からの侵略者」だ。そして、この少女はそんなBETA共を駆逐するため、そして数年前にBETA達によって故郷であるネパールを取り戻すために国連軍に所属したのである。

 

 故郷を滅ぼされ、難民となった少女には生活するために軍人になるか娼婦になるかしか道はなかった。そして、直情的な気性のこの女性には娼婦になる道など考えてもいなかった。あったのは軍人としてBETAを駆逐することだけだった。

 

「ぐ、くそぉ!」

 

 一向に数の減らないBETAの群れに少女は再び悪態を吐いて必死に逃げ回る。彼女の脳裏にはほんの数時間前の光景が思い出されていた。

 

 この世界における主力兵器――戦術機を操縦する衛士になってから数年、彼女は様々な戦場を生き残り、その技量はベテランの域に達していた。しかし、戦場では不測の事態は付きものである。彼女は小隊に配属されたばかりの新人衛士をBETAの攻撃から庇ったのである。幸か不幸か少女自身は怪我を負わずに済んだものの、搭乗していた「F-4E ファントム」は行動不能になり、フレームが曲がったのか強化外骨格の使用も不可能となった。

 

 そんな状況で戦術機の中に残っていれば無数に群がってくる中型BETA、戦車(タンク)級に戦術機ごと喰われるのは眼に見えている。幸いにもハッチの開閉に支障はなかったので女性は意を決して戦術機から脱出、徒歩で基地までの距離を走り始めた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 しかし、戦術機ならば十数分で移動できる距離も人間の足では数時間以上かかる。しかも、途中で前線の戦いを区切り抜けたのであろう小型種の闘士(グラップラー)級と兵士(ソルジャー)級に遭遇してしまった。それらのBETAから逃げようとするあまり、森の中へと迷い込んでしまい、現在に至るのである。

 

「くそ!この化け物がぁ!」

 

 少女とは思えない荒々しい口調で彼女は逃げながら拳銃の引き金を引く。

 

「(っ!?弾が!)」

 

 カチカチ――っと、引き金を引いた少女の耳に弾切れの音が響く。すぐに少女は拳銃を兵士級に投げつけて逃走を再開する。拳銃を投げつけた所で足止めにもならないが、今の彼女にそれを判断できるほどの冷静さはなかった。

 

「は…うあ!」

 

 拳銃を投げつけて走り出そうとした直後、少女の身体が地面に倒れ込む。此処まで長距離を走ってきたことに加えて極度の緊張状態に普段以上体力を消費していた少女の足がもつれ、転倒したのだ。急いで少女は立ち上がろうとするも、兵士級と闘士級の群れはすぐ傍まで近付いて来ていた。

 

「あ…っ…あ…」

 

 恐怖の感情で少女の身体が小刻みに震える。もうあと数分で自分の身体が兵士級の歯でかまれ、食い千切られ、捕食される。そんな自分の姿、その際に自身を襲うであろう痛みに少女は恐怖し、その瞳に涙すら浮かべた。

 

「…っ、ちくしょう!」

 

 だが、少女は恐怖に震え、涙を浮かべながらも自身に近付くBETA群を歯を食いしばって射殺さんばかりに睨みつける。だが、どれだけ睨みつけるともBETAが止まることはありえない。じわじわと兵士級の腕が少女を捕えんと伸ばされる。

 

「…え…?」

 

 BETAが少女まで数十mと迫ったとき、彼女の眼前が白い何かで覆われた。次の瞬間、BETAは頭上から降り注ぐ銃撃によって掃討され、ただの肉塊へと成り果ててゆく。

 

「いったい…何が…」

 

 つい先程まで自身を追い詰めていたBETAが瞬く間に駆逐されていく光景に、少女は眼を丸くする。一方、BETAを一掃するのに大した時間はかからずものの数分で兵士級等BETAの群れは完全に駆逐された。

 

 そして、BETAが駆逐されて安心したのか少女の意識がゆっくりと闇に沈んでいく。そうして彼女が最後に見たのは――

 

 

 

 

――自分の方に振り向いた、今まで見たこともない戦術機――

 

 

 

 

 

――いずれ、世界に名を轟かせることとなる「ガンダム」の姿だった――

 

 

 

 

 

――青年と女性の出会い…それは誰も知らない「あいとゆうきのおとぎばなし」の幕開け――

 

 

 

 



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第二話 保護された少女

投稿です。今回はヒロインの名前が最後で出ます

少しお知らせで、本小説は以前のものより設定変更に伴い僅かに台詞や地の文を変えてますがプロローグと一話を修正しそこなっていたので修正しました。

では、感想お待ちしています


「よっと、とりあえずこんなもんか」

 

 キャリー・ベース内の通路、そこを涼牙は医務室に向かいながら歩いていた。その手にはお盆の上にお粥が乗っている。少女が保護されて数時間が経過し、すでに夜になっているのでとりあえず消化に良い食べ物を作って持ってきたのだった。

 

「しっかし、あんな子供が兵士とはねぇ」

 

 現在、医務室には先程謎の異形に追われていた女性が寝かされている。あの後、キャリー・ベースを出た涼牙は悪寒がする場所に急ぎ、その場所で異形に追われている女性を見つけた。明らかに少女の命が危ないと考えた涼牙はすぐさま彼女と異形の間に割って入り、異形の群れをデルタカイの頭部バルカンで一掃。気絶した少女をキャリー・ベースに連れてきたのである。

 

「…まぁ、歳で行ったらウッソと同じくらいだったが…それでも、嫌なもんだ」

 

 Gジェネ世界で戦争を経験した涼牙は子供を戦場に出すのに強い抵抗を感じていた。ゲームやテレビで見ていた時も多少は感じていたが、実際にそう言う世界に行って明確に子供が戦場に出ることへの抵抗感が生まれていた。しかも、同じ部隊に幼子である「カチュア・リィス」や「シス・ミットヴィル」がいたこともその抵抗感の一員となっていた。

 

「しっかし…」

 

 次いで、涼牙の脳裏に浮かんだのは自身が殲滅した異形のことでもなければ、この世界のことでもなかった。それは…

 

「可愛い子だったなぁ」

 

 それは自身が保護した少女の姿だった。濃い茶色の髪に褐色の肌、活発そうな顔立ち、歳相応に未発達な肢体――そこまで思い浮かべ、涼牙は頭を振ってその妄想をかき消す。

 

「う~ん、俺ってロリコンの気があったのか?カチュアやシスをそう言う目で見たことはないんだけどな」

 

 実際、カチュアやシスに対しては妹のように感じていたが、あの少女に対しては違うように感じていた。

 

「一目惚れって奴なんかねぇ。ま、それは今のとこ置いとくか」

 

 呟きながら涼牙は医務室に入って行く。そこには未だ眠ったままの少女と、彼女が目覚めた時に話し相手になればと置いていったハロの姿があった。

 

「ハロ、起きたか?」

 

「マダ、マダ」

 

「そか」

 

 ハロと一言二言話した後、涼牙は医務室に備え付けられている椅子に腰を下ろし、机の上に食事を置く。

 

「…にしても、凄い格好だな。これがこの世界のノーマルスーツなのか?」

 

 改めて少女を見た時に涼牙の口から出たのはその少女の着ているものへの感想だった。涼牙は知らないことだが、少女が纏っているのは強化装備と呼ばれるこの世界の主力兵器「戦術機」に搭乗する衛士は必ず身に着けるものであり、衛士の身を護るために多彩な機能を有している。のだが、そのデザインは装着者の身体のラインがモロに出るもので涼牙は驚いた。ノーマルスーツにも身体のラインが出るものはあるが此処までではない。ちなみに涼牙の感想は「見る分には良いが自分が着るのはなぁ…」と考えている。

 

「ん…んん…」

 

 涼牙がどうでも良いことを考えているうちにベッドの中の少女が身動ぎを始める。そしてゆっくりと、彼女の瞼が上がって行く。

 

「お、気が付いたか?」

 

「あれ?アタシ…!?」

 

 眼が開いた瞬間、少女は勢いよく起き上がる。どうやら、先程の自分が置かれていた状況を思い出したらしい。

 

「此処何処だ!?アタシは確か…」

 

 少女の脳裏に先程まで自分が置かれていた状況が思い出される。異形に追い回され、命の危機に瀕していた自分。そして、突如自身の前に現れた謎の戦術機。そこまで思い出して、少女の身体が少しずつ震え始めた。

 

「…アタシ、生きてんだ…アタシ…」

 

 少女は自身の身体を抱き寄せ、恐怖に震える。恐怖体験と言うのは、実は実際に体験したときよりも後になって思い出す方がより恐怖を感じる。特に命に係わる恐怖と言うのはそれが顕著だ。実際に体験している時は自身や仲間が生き延びることで精一杯だが、終わってから思い出すとゆっくり考えることができる分、様々な想像をしてしまう。自身の死、仲間の死、それらを明確に想像してしまって恐怖感が強くなるのだ。

 

 すでに数多くの実戦を経験してきた彼女であったが、それでも死ぬことへの恐怖心がないわけがない。何より、彼女は戦術機でBETAと対したことはあったが生身でBETAと対したことなどなかった。

 

「よく、頑張ったな」

 

 自身の身体を抱いて震える少女を優しく抱き締めた。涼牙は少女のことは何一つ知らないが、それでも彼女が震えている理由ぐらい察することができた。だから、涼牙は抱き締めた少女の頭を優しく撫でる。

 

「っ…あ…あああぁぁぁあぁぁぁぁ!!」

 

 涼牙に抱き締められ、少女は堰を切ったように大声で涙を流し始めた。涼牙に抱き締められたことで、自身が生きていると言うことをより実感できたのだろう。涼牙は少女が泣き止むまで、ただただ優しく彼女の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後、一通り泣き終わったのか少女は涼牙から離れていた。

 

「……」

 

 少女は顔を紅くしており、その瞳は涼牙を睨んでいた。睨むと言っても、別段敵意を見せているわけではなく単なる照れ隠しの意味合いが強い。つまり、少女は涼牙の前で大泣きしたのが恥ずかしかったらしい。

 

「…とりあえず、食わねえか?もう冷めちまってるけど」

 

 そんな少女に対し、涼牙は自身が持ってきた食事――お粥を彼女に差し出す。持ってきたときには立ち上っていた湯気はなく、中のご飯はある程度温くなっている。

 

「…食う…」

 

 涼牙の問いかけに少女は肯定の意を示した。あれだけ走り回って、数時間意識を失い、さらに先程も数十分間大泣きしていたのだから多少なりとも空腹は感じていたのだろう。彼女はすんなりとお盆を膝の上に置き、レンゲを手に取ってお粥を口に運んだ。

 

「はむ…!?」

 

 お粥を口にした瞬間、少女の顔が驚愕に染まる。そして、すぐさま彼女は涼牙に視線を移した。

 

「お、おい!これ…天然物か!?」

 

「はぁ?」

 

 少女が驚愕の表情をするのに対し、涼牙は質問の意味が解っていなかった。何か言われるとすれば、料理に付きものの「美味い」か「不味い」の評価であると思っていた。だが、少女からの言葉はそのどちらでもなかった。

 

「天然物?…言ってる意味がよく解らん。まぁ、人が育てたものであることは確かだが…」

 

 正直、何と言う風に答えればいいのか解らず涼牙は首を捻る。が、あまり深く考えずに涼牙は少女に食事を続けるように促す。

 

「まぁ、その辺は後で話すとして…今はさっさと飯食っちまえよ。それ以上冷めたら、あんま美味くねえぞ?」

 

「別に、これなら合成食より全然美味いから問題ねえよ」

 

 涼牙に促されるがままに少女は食事を続ける。今度は途中で止まることはせず、がつがつと凄まじい勢いで口の中に掻き込んでいく。

 

「落ち着いて食えよ。誰も盗ったりしねえから」

 

 一応、言っては見るものの少女は涼牙の言葉など意にも介さずにお粥を食べ尽くしていく。そして、食事を再開してからものの数分で彼女は食器の中身を全て食べ尽くした。

 

「ふ~、食った食った」

 

「お粗末さん」

 

 少女が食事を終えたのを確認し、涼牙は空になった食器を机の上に下げる。そして涼牙と少女は改めて向き合った。

 

「んじゃま、とりあえず自己紹介と行きますか?氷室涼牙だ、よろしくな?」

 

 自身を見る少女に対し、涼牙は笑顔を浮かべて自己紹介する。一方の少女は警戒こそほとんどしていないが、彼女の頭の中には涼牙への疑問で一杯だった。自身が何処に居るのかと言うこともそうだが、先程の食事に自分が見たあの戦術機。聞きたいことがありすぎて逆に何から聞けばいいのか解らない状況だった。

 

「ヒムロ…リョウ…ガ?お前…日本人か?」

 

「ん、解るのか?」

 

「そりゃあ、日本人の名前は特徴的だしな」

 

「あぁ、確かに」

 

 改めて考えてみると日本人の名前は特徴的だ。ある程度知っている人間なら、名前を聞いただけでも日本人だと解る。涼牙が納得したのに満足したのか、今度は少女が自身の名を名乗ろうと口を開いた。

 

「アタシはタリサ…タリサ・マナンダルだ」

 

 

 



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第三話 情報交換

「…マナンダル…アジア圏なのは解るけど何処の国だ?」

 

 女性――タリサの名前を聞き、涼牙は首を傾げる。正直、涼牙にはその辺の人種の区別がつかない。ごく普通の学生だった頃は外国人との交流などほとんどなかったし、Gジェネ世界ではその辺りは全然気にしたことはなかった。なのでアジア系だと言うのは解るが、詳しい国までは解らなかった。

 

「…ネパールだよ。BETAの糞野郎どもに滅ぼされた国だ」

 

 涼牙の問いにタリサは悔しそうな表情を浮かべながら、自身の故郷を口にする。そんな彼女に涼牙の表情も真剣なものになる。

 

「…悪い、何か嫌なことを思い出させちまったみたいだな」

 

「気にすんなよ」

 

 対するタリサも、涼牙の申し訳なさそうな顔に居心地悪そうな表情になった。

 

「ところで、聞きたいことがあるんだが…」

 

「何だよ?」

 

「BETAってのは、あの気味悪い化け物共のことで良いんだよな?」

 

「…はぁ!?」

 

 BETAはあの異形の名前である――それぐらいは予想できていたが、涼牙は確認の意味も込めてタリサに訊ねる。すると彼女から返ってきたのは驚愕に染まった声だった。

 

「ちょ、ちょっと待て!まさかお前、BETAを知らないのか!?どんな世間知らずでもBETAのことは普通知ってるぞ!今までどんな生活送って来たんだよ!?」

 

 酷い言われようである。が、タリサの側からすればこの世界に生きている人間でBETAを知らないなどあり得ないことなのだ。しかし、「この世界の人間ではない」涼牙にとってはまるで知らないことである。

 

「天然物まであるし…お前、いったい何もんだよ?」

 

 呆れたようにタリサが溜息を吐く。そんな彼女に対し、涼牙は苦笑いしながら頬を掻く。

 

「まぁ、ぶっちゃけ知らん。で、俺が何者かだが…質問に答えてくれりゃあ俺も説明しやすいんでな。だから、教えてくれないか?」

 

「…解ったよ」

 

 正直、タリサの方は余り納得していなかったがとりあえずBETAのことについて説明を始める。「BETA」とは今から三十年近く前に地球を侵略し始めた地球外起源種――平たく言えば異星人であり、現在人類はその人口の五十%以上を減少させていること。そして、欧州大陸はすでに完全にBETAによって制圧され、さらにユーラシアはBETAによる侵攻に晒され、その中で滅んだ国も幾つもあると言う。タリサの故郷であるネパールもその一つだ。

 

 また、タリサが先程のお粥で何故驚いていたのかも涼牙は聞いた。現在、BETAとの最前線となっている国々である天然の食べ物は少なく、合成食と呼ばれているものが主流であると言う。ちなみにタリサ曰く「合成食は天然物に比べてすっげえ不味い」らしい。

 

「お前さん、今歳幾つ?」

 

「歳?十四だけど…」

 

「十四か…」

 

 それを聞き、涼牙は「やはりか…」と内心で溜息を吐いた。年少の少女が戦場に出ているという事実は彼の気を重くするのに十分だった。如何に、前の世界でそういった実例を見てきていても慣れることなど決してない。 

 

「まぁ、とりあえずあいつらのことは理解した」

 

「じゃあ今度はこっちの質問に答えろよ。BETAを知らねえとか…お前何もんだ?」

 

「…そうさなぁ、解りやすく言うと「異世界人」ってところか?」

 

「は…?」

 

 涼牙の言葉にタリサは疑問符を浮かべる。そんな彼女に対して涼牙は笑顔を浮かべながら解りやすく説明していく。

 

「つまりは、此処とはまた違う歴史を辿った地球から来た人間ってわけだ。俺の居た世界にはBETAは居なかったからBETAを知らないって訳だ」

 

「なんだよそれ!そんなの信じられる訳…」

 

 正直、荒唐無稽な話だ。普通に話せば信じられないどころか頭が可笑しいと思われるかもしれない。タリサもそう言おうとしたが、その直前に思い留まった。自分が意識を失う前に見た見たこともない戦術機、先程のBETAを知らないと言う涼牙の発言もタリサには嘘を吐いてるようには見えなかった。何より、嘘を吐くならもう少し現実味のある嘘を吐くのが普通だろう。だったら、BETAを知らないなんて言うのは可笑しい。

 

「…まぁ、信じられないのも解る。正直、俺も最初の頃は頭が可笑しくなりそうだった」

 

 そうして、涼牙は語り始めた。かつて、此処に来る前の世界での戦いを。

 

「実を言うと俺は二回異世界に行ってる。俺が此処に来る前に居たのは、異星人との戦いじゃなく、人間同士の戦いがいつまでも続いてる世界だった」

 

 涼牙は思い出す。此処に来る前の世界での数々の戦い、自分達の意志を貫くために延々と戦い続けていた人間同士の戦争。その中で生まれ、活躍した機動兵器「MS」…

 

「じゃあ、アタシが見たあの戦術機は…」

 

「俺達の世界で言うMSって兵器だ。俺達の世界ではそれが主力兵器になってた」

 

 話を聞いているうちにタリサの方も涼牙の話を信じるようになったらしい。今では興味深そうに彼の話に聞き入っている。

 

「けど、BETAか…同じ異星生命体でもELSとは偉い違いだな」

 

「えるす?何だよ、えるすって?」

 

 新たな単語にタリサは興味深そうに質問してくる。

 

「俺達の世界で地球に現れた…この世界で言う地球外起源種だよ」

 

「お前らの世界にもBETAみたいなのが攻めて来たのか?」

 

「攻めて来たってのとは違うけどな」

 

 涼牙は疑問符を浮かべるタリサにELSについての説明を始める。もともとELSは母星が死を迎えたために生きる道を探して地球に来ただけであり、人類への敵対心はなかった。だが、僅かな勘違いから人類はELSと戦ってしまった。しかし、それも涼牙達の世界ではジェネレーションシステムとの戦いの後に刹那・F・セイエイとダブルークアンタによって対話がなされ、共存の道を選ぶことができていた。ちなみに不幸の勘違いとは、人類側からの攻撃をELSが人類のコミュニケーション方法と勘違いしたのである。

 

「じゃあ…BETAも…」

 

「いや、あいつらとELSは違う」

 

 一瞬、タリサはBETAがELSと似たような理由で地球の来たのかもと考えたが、その考えを涼牙は一蹴した。

 

「ELSは常に叫び声を上げていたが、敵意も悪意も持っていなかった。けど、あいつらは意思を感じなくて嫌な感じだった」

 

 それは、涼牙が感じ取った感想だった。ELSに感じなかった禍々しい気配を涼牙はBETAに感じ取った。だから解るのだ。ELSとBETAはまるで違うものだと。

 

「嫌な感じ?」

 

 だが、タリサには涼牙の言葉の意味がよく解らない。再び疑問符を浮かべて涼牙を見ていた。

 

「あぁ…一般的にNTって言ってな。俺達の世界では「人類の革新」とか言われてる力だ。そう言う力を持つ人間は、生き物が放つ敵意とか悪意とか…そう言ったもんを感じることができる。まぁ、だからって良いことばかりでもないし…俺のは紛い物だけどな…」

 

 後半の台詞は聞こえなかったらしく、タリサは呆れたような顔をしていた。

 

「なんか…もう何でもアリだな」

 

「ははは、俺もそう思う」

 

 タリサが溜息を吐くと、一方の涼牙も呆れたように笑みを浮かべた。

 

「けど、良いのかよ?アタシにそんな色々喋って」

 

「別に、こっちが質問するだけってのもアレだしな。それにお前が周りに言っても多分信じないぞ?」

 

「う…確かに…」

 

 涼牙の言葉にタリサは納得せざるを得ない。タリサとて、自身の眼で見て、涼牙と言う人物に触れなければまず信じなかっただろう。そんな話を別の誰かにしてもまず信じるわけがない。逆に頭の心配をされて終わりである。

 

「さて、もう一つ聞きたかったんだが…」

 

「ん?」

 

 涼牙が真剣な表情になり、タリサもそれに釣られて真剣な顔になる。いったい何を聞かれるのか…緊張感がタリサを包み込む。涼牙の質問の内容、それは…

 

「その格好…恥ずかしくないのか?」

 

「…は?」

 

 拍子抜けするほどどうでも良いものだった。涼牙が指しているのはタリサの着ている強化装備のことだろう。

 

「いや、だってそのスーツってボディライン丸解りだし」

 

「んなぁ!?」

 

 改めて言われて、タリサは顔を真っ赤にしてシーツで身体を隠す。これまでタリサの周りにはわざわざ強化装備のことを気にする人間はいなかった。初めのうちは恥ずかしさもあったが、次第に気にならなくなってきていた。だが、改めて指摘されてタリサの羞恥心に火が付いたのだろう。現在のタリサは顔を真っ赤にして涼牙を睨んでいる。

 

「こ、これは強化装備っつってこっちの世界の衛士は皆着てんだよ!っつーかそっちじゃこういうのねーのかよ!?」

 

「いや、あるにはあるしある程度身体のラインが出るのはあるが…そこまでじゃないな」

 

 こうして、涼牙の異世界での夜は和気藹々と更けて行くのだった。

 



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第四話 涼牙とタリサ

 

「よっと…」

 

 タリサを保護した日の翌朝、涼牙は自身の愛機であるガンダムデルタカイのコクピットの中である作業を行っていた。スパナを片手に額に浮かんだ汗を拭う。

 

「ふぅ、一人でやんのは結構疲れんな」

 

 涼牙が行っていること、それはデルタカイのコクピット内にサブシートを取り付けているのだ。このサブシートはメインシートの真後ろに付けられており、パイロットの視界を阻害しないようになっている。

 

「あ~、腰痛ぇ~」

 

 ずっと中腰で作業していたためか、涼牙の腰に思った以上の負荷がかかっていたのだろう。作業を終えると彼は立ち上がり、腰を叩いて痛みを和らげる。

 

「あ~!!またやられた!」

 

 そうして一通りの作業を終えた涼牙の耳に幼い少女の声が聞こえる。勿論、先日保護した少女・タリサである。

 

「何だ、まだやってたのか?」

 

 涼牙がリフトを使ってコクピットから降りてくるとそこには強化装備を来たタリサの姿があった。彼女は大きな、MSのコクピット大の箱型の装置の中から出てきた。

 

「タリサ、残念!タリサ、残念!」

 

「くっそ~」

 

 装置から出てきたタリサは悔しそうな顔をして傍に置かれていたドリンクを飲む。

 

「どうだ、MSの操縦は?」

 

「やっぱ戦術機とは全然違うな。戦術機程飛べないけど、戦術機よりもスムーズに動くし」

 

 タリサが入っていた装置、それはキャリー・ベース内に設置されている訓練用のMSシミュレーターである。涼牙が作業を終えるまで暇だったことと、タリサがMSの操縦に興味を持ったことから暇潰しとしてタリサはMSシミュレーターを体験していた。ちなみにシミュレーターでタリサが搭乗していたのは一年戦争後に生産された高等量産機のジム・カスタムである。

 

「戦術機とそんなに違ったか?一応、ジム・カスタムの設定は一般の兵士が乗ってるのと同じなんだが…」

 

「戦術機はもっと動きが硬ぇよ。MSの方が滑らかに動くし、滑らかすぎて逆に最初は動かし辛かったし」

 

 ちなみにタリサは初搭乗時に、戦術機と同じ感覚で操縦したらその場で転倒し、開始数秒で撃墜されていた。

 

「ふむ…だったら多分、戦術機とMSはOSが大分違うんだろうな。OSだけでもかなり動きが変わるし」

 

 例にするならストライクガンダムだろう。当初ストライクガンダムに搭載されたOSの性能が低く、動くことすらままならなかった。それを搭乗者で、当時民間人だったキラ・ヤマトがOSを組み替えることで格段に動きが良くなったのである。その事からも、OSの性能如何で動きが格段に良くなるのである。

 

「…っと、そろそろ行くか?とりあえず基地の近くまでは送ってくからさ」

 

「あ、そうだな。頼む」

 

 もともと、涼牙がデルタカイにサブシートを取り付けていたのはこのためだった。タリサをいつまでも此処に置いておくわけにもいかないので、デルタカイでタリサが所属していた基地の周辺まで送って行こうと涼牙は考えたのだ。

 

「………」

 

 しかし、一方のタリサは少し無言になり、涼牙に視線を送る。

 

「なぁ、リョウガ…アタシと一緒に来ないか?MSの技術があればBETAの野郎共だって…」

 

「…悪ぃ」

 

 タリサの誘いに涼牙は申し訳なさそうな顔で謝る。彼女の言いたいことは解る。この世界よりも遥かに優れた技術を有する涼牙が手を貸してくれればBETAとの戦いも有利に進められると考えたのだ。しかし、そんな彼女に対する涼牙の答えは否だった。

 

「そ、そうだよな。別に、此処はリョウガの世界じゃねぇし…」

 

「…ってちょっと待とうか?」

 

 涼牙の答えに対してタリサが漏らした言葉に待ったをかける。

 

「もしかしてタリサ、断ったのはこの世界のために戦うつもりはないとか…俺がそう考えてると思ってる?」

 

「…違うのかよ?」

 

 タリサは若干、拗ねたような表情で答える。どうやら彼女は「涼牙は自分の世界ではないこの世界のために戦うつもりはない」と言う風に捉えたらしい。そんなタリサに涼牙は溜息を吐きながら否定の言葉を口にする。

 

「あのなぁ、俺が断ったのは…この世界のことをもっと詳しく知りたいからだ」

 

「詳しく…?」

 

 首を傾げるタリサに涼牙は首を縦に振って肯定する。

 

「正直、俺はこの世界のことはほとんど知らん。一応タリサからBETAや戦術機のことは聞いたが、もっと細かいところは解らないからな。だから、色んな国の現状や実状を自分でしっかり調べたいんだよ。

 実際、戦うにしても俺一人じゃ限界がある。一応、前の世界の量産型MSのデータはあるが…それを造るにも相応の設備や資源、資金が必要だ。BETAに勝つなら、その辺キッチリやらないとな」

 

 タリサと共に行けばネパール軍、もしくはネパール軍が属する連合組織に所属することになる可能性がある。だが、BETAの侵攻が激しいユーラシアではMSを開発する時間も資金も資源も心許ないと言うのが涼牙の考えだ。ならば未だBETAの侵攻を受けておらず、尚且つ資金と資源を豊富に持つ国もしくは組織に所属したほうがBETAに勝つ可能性は上がる。

 

「じゃ、じゃあリョウガはこの世界のために戦ってくれんのか?」

 

「まぁ、そうなるか。流石に俺も、知っちまったからには見過ごすなんてできないしな」

 

「そっか…」

 

 涼牙の言葉にタリサは安堵する。それほどに涼牙が所有する力に期待していたのだろう。

 

「んじゃ、そろそろ行くか。ちょっと待ってろ、準備してくるから」

 

「お、解った」

 

 タリサが頷くと涼牙は小走りで格納庫を出て更衣室へ移動。そしてノーマルスーツに着替えてヘルメットを小脇に抱えて戻ってきた。

 

「へぇ、それがリョウガ達の世界の強化装備なのか?」

 

 初めてノーマルスーツを見たタリサは物珍しそうにジロジロと涼牙の着ているノーマルスーツを見る。ちなみに涼牙が着ているのは宇宙世紀0090年代の地球連邦軍のものと同じデザイン(色は濃い青)である。

 

「あぁ、俺達の世界じゃ「ノーマルスーツ」って呼ぶんだけどな。MSは宇宙での戦闘も多いから宇宙服も兼ねてるんだ」

 

「…確かに、それ見てると強化装備って恥ずかしいな」

 

 改めてノーマルスーツと強化装備を見比べて、タリサは複雑な表情をする。ノーマルスーツも確かに身体のラインは出る。出るとこ出て引っ込んでるとこ引っ込んでる女性ならば尚更だろう。だが、それでも強化装備の方が遥かに恥ずかしい。何せ完全に身体に密着している上にかなり生地が薄いのだ。ノーマルスーツと強化装備を見比べ、タリサはそれを実感した。

 

「でも悪いことばかりじゃないぜ?俺は目の保養になるし」

 

「そりゃあ男の意見だろうが!?アタシには良いことねぇ!」

 

「いやいや、女でも同性愛者なら…」

 

「もっと良くねえよ!」

 

 涼牙の軽口にタリサが顔を真っ赤にしながら反論する。そんな彼女に対して涼牙はケラケラと笑っていた。

 

「だいたい、アタシのなんか見ても面白くねえだろ?」

 

 顔を紅くしながら、タリサは自身のスタイルに視線を落とす。もう十九であるのにほとんど凹凸の無い自身の身体。しかし、涼牙は首を横に振ってそれを否定する。

 

「ん~、別に俺は嫌いじゃないぜ?俺は基本的にスタイルとかあまり気にしないし」

 

「え…?」

 

 涼牙の予想外の答えにタリサはさらに顔を紅くする。今まで周りの男性達はことあるごとにタリサの子供なスタイルをからかってきた。だから涼牙も同じかと思ったのだ。

 

「さて、そろそろデルタカイに乗り込むか」

 

「…おう!」

 

 涼牙の問いかけにタリサは未だ顔が紅くながらも明るい表情になって答える。実は彼女はデルタカイに乗るのを楽しみにしていたのだ。

 

「ほら、こっちだ」

 

 涼牙はタリサと共にリフトでコクピットまで上がると彼女の手を引いてコクピットの中に乗り込み、サブシートに導く。

 

「さっきシミュレーターでも思ったけど、MSってシートベルトついてんだな」

 

「戦術機にはないのか?」

 

「ないっていうか、座席に着くと固定される」

 

「…成程」

 

 涼牙はタリサの言葉に納得する。この世界とガンダム世界にはこういった微妙な技術の違いもあるのだろう。

 

「さて、行くか」

 

 喋りながらもテキパキと涼牙は機体の機動準備を進め、タリサもしっかりとシートベルトを締める。勿論、デルタカイの「ナイトロ」は例によってオフにされたままである。

 

「システムオールグリーン、ガンダムデルタカイ…起動」

 

 涼牙が手元の機器を操作してデルタカイを起動する様を、後部サブシートのタリサは頭だけ横から出して「おぉ」と目を輝かせて見ている。するとデルタカイの全天周モニターが起動し、周囲の光景が鮮明に映し出される。

 

「すげぇ…こんなに全部見えんのかよ!?」

 

「まぁ、コレは一部の世代以降の機体だけだけどな」

 

 実際全天周モニターは宇宙世紀の機体が主であり、それ以外の機体には搭載されていない。ちなみに、この艦に搭載されているもう一機の予備機は全天周が搭載されていない機体である。

 

≪ハッチ解放!カタパルト接続!発進ドウゾ!発進ドウゾ!≫

 

 通信でハロからの通信が入り、涼牙達の視界に青い空が見え始める。

 

「タリサ、カタパルトで結構なGがかかるけど我慢しろよ?」

 

「おう!」

 

 涼牙の問いかけにタリサはサムズアップして答える。そんな彼女に気を良くしたのか、涼牙は笑みを浮かべた。

 

「氷室涼牙、ガンダムデルタカイ…GO!」

 

「ぐぅ!!」

 

 カタパルトの起動と共に強いGが二人を襲う。涼牙はすでに馴れているが、初めてのタリサは目を瞑り、歯を食いしばってGに耐えた。

 

「よしっと…」

 

 キャリー・ベースから発進し、Gが落ち着くと涼牙はデルタカイをウェイブライダー形態へと変形させる。

 

「うわ…すげぇ…」

 

「デルタカイは可変MSだ。長距離飛ぶならこっちの方が良いからな」

 

 突如変形したデルタカイにタリサはさらに目を輝かせる。

 

「…こんなに高く飛んだの初めてだ…」

 

 さらにタリサの視線は全天周モニターに映った空に向く。普段、戦術機は光線級を警戒して此処まで高く飛ぶことはない。光線級の脅威を教え込まれていたタリサにとって、空は恐怖の対象でしかない。だが、今はそんなこと気にする必要はない。遮るもののない青空に彼女は只々感動していた。

 



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第五話 ガンダムの力

三連投です。もう少しで以前更新していたところまで更新できます。

感想お待ちしています。


 

 キャリー・ベースを飛び立ってから数十分、タリサは涼牙の操縦するウェイブライダー形態のデルタカイの中で空中散歩を楽しんでいた。

 

「なんか、こうやって空飛ぶの初めてだな。シミュレーターでもこんな飛ばないし…」

 

「光線級…だっけか?戦術機で戦う上で気を付けんのは?」

 

「あぁ。あいつらがいるから戦術機の訓練はとにかく高度を低く保つのが大事なんだよ」

 

 昨日、タリサに聞いたBETAでも人類が最も警戒するであろう光線級。このBETAにより人類は航空戦力を無力化されたと言う事実がある。

 

 しかし、涼牙にはあまり実感が沸かなかった。何せ、以前の世界ではビームやレーザーを避けるなどは日常茶飯事であったし、下から以上に全方位からビームが飛び交う宇宙での戦闘も熟していたのだ。

 

「…で、タリサの居た基地ってのはあとどのくらいなんだ?」

 

「もうそろそろだと思う。予想以上にこいつが速いし」

 

 一応、タリサにかかるGを考慮してある程度緩やかに飛んでいるが、それでもデルタカイの速度はかなりのものがあるのでそれほど距離もないのだろう。彼女の言葉に納得した涼牙が視線を元に戻す。

 

「…っ!?この感じは!」

 

「リョウガ?」

 

 昨日感じたばかりの不快感を感じ取った涼牙は操縦桿を操作してデルタカイの進行方向を変える。そんな彼に疑問を感じたタリサが横から顔を出す。

 

「BETAが居る。多分、戦闘中だ」

 

「っ!?ホントかよ!」

 

「あぁ、この嫌な感じは間違いない。少しスピード上げる、Gがきつくなるが我慢してくれよ?」

 

「わ、解った!」

 

「良い子だ…行くぞ!」

 

 涼牙の言葉を聞き、タリサは目を瞑って来るであろうGを覚悟する。それを確認し、涼牙はさらに強くフットペダルを踏み込む。

 

「ぐっ!」

 

 強いGにタリサが苦悶の声を上げる。そんな彼女のことを案じながらも、涼牙は急いでデルタカイをBETAが居るであろう場所に急行させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうそろそろだな」

 

 涼牙がBETAの存在を感じ取り、現場にデルタカイを急がせてから数分が経過した。涼牙はデルタカイのスピードを緩め、タリサの様子を見る。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、結構Gキツイな」

 

 溜息を吐き、ウェイブライダーのスピードの感想を口にする。すでに乗りなれている涼牙は当然苦にしないが、初めて乗ったタリサには結構な負担であった。

 

「確かに俺も初めの頃はきつかったけどな。ただ、MSにはもっとGのかかる奴もあるぜ」

 

「…そんなすげえのか?」

 

 涼牙の言葉にタリサは冷や汗をかく。本人にとってはデルタカイのGもきつかったのに、それ以上があると言うのは想像がつかなかったのだろう。

 

「くく、まぁな。っと、見えた…!」

 

 二人の視線の先には三機の戦術機の姿が映っていた。機体の種類は「F-4E ファントム」――タリサが乗っていたのと同型の戦術機である。

 

「…!あれは…」

 

 何か思い当たる節があるのか、タリサは三機のファントムを凝視する。それを察し、涼牙は手元の機器を操作する。

 

「今、あの三機の通信を傍受する。聞けば知り合いかどうか解るだろ?」

 

「っ…リョウガ…」

 

 タリサの呟きを背に涼牙は手元の機器の操作を続ける。そしてすぐにデルタカイの通信機から声が聞こえてきた。

 

≪こちらビーグル2、38ミリ残り残弾100です!≫

 

≪ちぃ!此処まで来て、BETAの糞共がぁ!≫

 

≪不味いですよ!このままじゃ!?≫

 

 通信機から聞こえてきたのは一人の壮年の男性の声と、二人の若い女性の声だった。すでに武装も尽きかけているようでかなり焦っている様子なのが解る。

 

「サーシャ!ミリス!隊長!」

 

 そんな通信機の声を聞き、タリサが声を荒げる。どうやら、彼等はタリサの仲間であるらしい。タリサは今まで生き残っていてくれたことを嬉しく思う反面、現在の危機的状況にある彼等に非常に取り乱していた。

 

「リョウガ!」

 

「解ってる、安心しろ」

 

 タリサが何を言いたいのかは涼牙にはすぐに解る。彼女は仲間達を助けて欲しいのだろう。涼牙とて、目の前で命の危機に瀕している人間達を見捨てる程冷たい人間ではない。

 

「まずは…そこ!」

 

 デルタカイをウェイブライダー形態からMS形態に変形させ、右手に持ったロングメガバスターをタリサの仲間達に近付くBETAに撃ち込む。着弾地点に存在していたBETAはその瞬間に跡形もなく蒸発し、付近の小型種はその余波でズタズタに引き裂かれた。

 

≪な、何!?≫

 

≪あの戦術機は!?≫

 

 

――ビー!ビー!

 

 

 戦術機に乗る、サーシャと呼ばれた女性と小隊長が空を見上げて驚きの声を上げる。それとほぼ同時にデルタカイのコクピット内で熱源接近のアラームが鳴り響く。

 

「っ!光線級!?」

 

 機体の真下から一直線に光線級の攻撃が接近してくるのをタリサが悟る。戦術機ならまず間違いなく蒸発させられる一撃。その攻撃にタリサは思わず目を瞑る。

 

「だいじょーぶだって、心配すんなよタリサ」

 

 

 しかし、そんなタリサの不安など気に懸けないようにデルタカイは空中で身を翻して光線級の攻撃を回避する。その後も、次々に地上から放たれる光線級の攻撃をデルタカイは危なげなく回避していく。

 

≪嘘…≫

 

≪空中で…光線級の攻撃を避けるだなんて…≫

 

 そんなデルタカイの機動をタリサの仲間であるサーシャとミリスが唖然としてみている。だが、驚いているのは彼女達だけではなくデルタカイのコクピットに居るタリサも同じだった。

 

「…光線級を…避け…てる?」

 

「このくらいで感心されても変な気分だな。向こうじゃ、これ以上の弾幕の攻撃なんざザラだったぜ?」

 

 口ではそう言いながらも涼牙は空中で光線級の攻撃を回避する。Gジェネ世界では数十機の敵MSが一斉にビームライフルを乱射してきたり、全方位からビームが飛んでくるファンネルやドラグーン。さらには高速で飛来する数万を超えるELSの大群に比べれば光線級の弾幕を回避するなど容易いことだった。

 

「けど、やっぱ鬱陶しいなぁ…そこ!」

 

 光線級の攻撃を回避しながらデルタカイはロングメガバスターの引き金を引く。放たれた黄色いビームは光線級へと直進してその存在を蒸発させ、その余波で周りに居た小型種のBETAを吹き飛ばす。

 

「まだまだぁ…!」

 

 立て続けに涼牙は自身を狙ってくる光線級に向かって次々にロングメガバスターを発射する。数秒後にはデルタカイを襲う光線級の攻撃は完全になくなっていた。

 

「すげぇ…」

 

光線級の攻撃を回避するどころか、逆に光線級を殲滅する涼牙とデルタカイにタリサは感嘆の声を漏らす。そうしている間にもタリサの仲間達にBETAが迫っていた。

 

「へ、させるかよ…行けよファンネル!」

 

 涼牙の言葉と共にデルタカイのバックパックに装着されていた二基のプロト・フィン・ファンネルが飛翔する。

 

「な、何だアレ?」

 

 初めてファンネルと言う類の武装を見たタリサは眼を見開く。飛翔したファンネルはデルタカイに先んじて急降下。そのままタリサの仲間達に近付くBETAに攻撃を開始する。デルタカイのファンネルは従来のファンネル搭載MSと違って僅か二基しか存在しない。しかし、そこから発射されるビームは拡散式であり高い面制圧能力を誇る。

 

「消えろ…!」

 

 その高い面制圧能力故に、複数のBETAを一気に撃ち抜き蒸発させる。そうして縦横無尽に飛び回るファンネルは涼牙の意志の通りに動き、次々とBETAを殲滅する。

 

≪何…あれ?≫

 

≪なんか小さいのが飛び回って…BETAを殺してる?≫

 

 その光景にタリサの仲間であるサーシャとミリスは唖然とする。しかし、それも無理はない。ファンネルのような自立誘導武器はこの世界では考えられてすらいない。

 

「………」

 

 そしてその光景を見て唖然としているのは彼女達だけではなく、デルタカイのコクピットに居るタリサ自身も唖然として口をパクパクさせていた。そんな彼女に涼牙も面白そうな笑みを浮かべていた。それを理解したタリサは顔を紅くして拗ねたように頬を膨らませて視線を逸らす。

 

「くく、アレはファンネルって言ってな。NTが脳波でコントロールすることができる誘導武器だ」

 

「…ってことは、アレはNTじゃねえと使えないってことか?」

 

「まぁそうなるな。最も、NTじゃない人間でも似たような武器が使えるようにした奴もあるけどな」

 

 そうしている内に二基のファンネルは一時デルタカイの下へと帰還。もとあった場所に装着され、デルタカイはロングメガバスターを射ちながら急降下する。

 

「そら!」

 

 そのままデルタカイはロングメガバスターを腰にマウントし、ビームサーベルで三機のファントムに近付いていた突撃級と要撃級を斬殺、さらに群がる小型種もビームサーベルで纏めて蒸発させる。

 

「ちっ、まだ結構数いんな」

 

 しかし、それでもBETAの数は膨大でデルタカイに近付く大量のBETAの姿が涼牙の目に映る。

 

「だから言ったろ!BETAの数は異常なんだよ!」

 

「だったら…薙ぎ払わせてもらう!」

 

 タリサの言葉に答えるようにデルタカイは自身の左腕をBETAに向かって突き出す。

 

「リョウガ、何する気だ?」

 

 デルタカイ――引いては涼牙がとった行動にタリサは疑問符を浮かべる。デルタカイの左腕にはロングメガバスターが持たれているわけでもなく、ただシールドが装備されているだけだ。デルタカイの武装を知らないタリサには彼の行動が理解できなかった。

 

「まぁ見てなって」

 

 そんな彼女の問いに笑みを浮かべる涼牙。BETAへと向けられた左腕に装備されたシールド。そこにはオプションとして装備された、単純な破壊力で言えばデルタカイ最強の武器が存在する。

 

「こいつで終わりだ、消えなよ…この世界から…!ハイメガキャノン、ぶち抜けぇ!」

 

 デルタカイの左腕に装備されたシールド。その砲門から極太のピンク色のビームが吐き出される。そのビームは一直線にBETAへと向かい、数十体――その余波で消滅した小型種も含めれば数百体のBETAが一気に飲み込まれる。

 

「まだ、まだぁ…!」

 

 しかし、デルタカイの攻撃はそれだけでは終わらない。デルタカイはハイメガキャノンを発射したままその左腕を横に移動させ、周囲のBETAを纏めて薙ぎ払っていく。それでもBETAはただ愚直に直進を行なおうとするが、所詮は無意味。全てのBETAはデルタカイに近づく前にハイメガキャノンによって薙ぎ払われ、その体液すらも残らずに蒸発してこの世界から消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 BETAの殲滅を終えた涼牙は改めてタリサの仲間達が乗る三機のファントムに向き直る。一方、自分達の方に向いたデルタカイに三機は明らかに警戒の色を強めてそれぞれ残された武装を向けている。いきなり攻撃するなどと言うことは間違ってもないだろうが、デルタカイが自分達に危害を加えようとすれば間違いなく抵抗するだろう。

 

「まぁ、そりゃあ警戒するだろうなぁ」

 

 如何に自分達を助けてくれたとしても、見ず知らずの相手である。警戒するのは軍人としては当然の反応だ。彼等の行動に納得しながら、涼牙は手元の機器を操作してオープン回線を使用する。

 

「俺の名は氷室涼牙、こちらには貴官等との交戦の意思はない。貴官等の隊長殿と話がしたい」

 

 オープン回線で三機に呼びかける涼牙。それを受け、一機のファントムが一歩前に出る。そしてすぐに涼牙へオープン回線での返答が返される。

 

≪私がこの小隊の隊長、ブライアム・ウードル中尉だ。貴殿の救援には感謝する。しかし、そのような戦術機は見たことも聞いたこともない。貴殿の所属と目的を明らかにして貰いたい≫

 

 通信で壮年の男性の声が聞こえる。その声音からも彼が歴戦の戦士であることは涼牙にも理解できた。

 

「…あ~…信じて貰えるかは解らんが、俺は何処の軍にも所属していない。此処に来た目的は、昨日保護した貴官の部下を返還することだ。本当は、基地の近くまで送るだけの予定だったが途中で戦闘を確認。勝手ながら援護させて貰った」

 

≪何処にも所属していない?それほどの戦術機を所持しながら…いや、それよりも私の部下を保護したと?≫

 

 ブライアムが心中で「まさか…」と予想する。当然その脳裏に浮かんだのは長年共に戦ってきた、破損した機体から脱出して行方知れずになった褐色の少女のことであった。部下を失ったブライアンは自身の力の無さを痛感したものだ。

 

「タリサ…」

 

「あ、わ、解った」

 

 涼牙はタリサに声をかけるとすぐにデルタカイのコクピットハッチを開き、タリサは三機から顔が見えるように外に出る。

 

「ウードル隊長、サーシャ、ミリス!アタシだ、タリサ・マナンダルだ!」

 

≪ま、マナンダル少尉!?≫

 

≪そんな…本当に生きて…≫

 

 タリサの顔を見て、サーシャとミリス。二人の女性が涙声になるのが解った。サーシャと呼ばれた女性にとってタリサは長年共に戦ってきた戦友であり、ミリスは配属早々にフレンドリーに接してくれた先輩で、自分を庇てくれた恩人だった。そんな彼女がMIAとなり、ミリスは昨日延々と涙を流していたし、サーシャも必死に悲しみを押し殺していた。それが生きて自分達の前に現れてくれた。彼女達にはそれがたまらなく嬉しかった。

 

≪…正直、先程の貴殿の言葉を信じることは出来ん。だが、部下を保護してくれたことには礼を言う…ありがとう≫

 

 震える声でブライアンが涼牙に礼を言う。その声音からでも彼がタリサの帰還を喜んでいることがよく解る。

 

「出来るなら、彼女を引き渡したい」

 

≪…了解した。サーシャ≫

 

≪はい!≫

 

 涼牙の提案を了承し、サーシャの機体がデルタカイに近付く。そしてある程度近付くとタリサを乗り移らせるためのデルタカイのコクピットに右手を伸ばす。

 

「さて、しばらくのお別れだな」

 

「リョウガ…」

 

 笑顔を浮かべる涼牙に対し、ファントムの右手に飛び乗ったタリサは複雑な表情を浮かべる。仲間達と再会できたのは嬉しいが、タリサにとっては涼牙との別れを惜しんでいるのだろう。ましてや、此処で別れれば次に生きて会えるかどうかどうかも解らない。もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれない。

 

「んな顔すんなって…ったく…」

 

 そんなタリサの顔を見て涼牙は溜息を吐きながらヘルメットを外してコクピットの外に出る。

 

「わぷ!りょ、リョウガ!?」

 

 コクピットを出てタリサに近付いた涼牙は彼女を抱き締める。一方のタリサは涼牙に抱き締められて顔を真っ赤にしてワタワタしている。

 

「心配すんなよ。俺は死なない、だからお前も死ぬなよ?」

 

「リョウガ…」

 

 優しく頭を撫でる涼牙にタリサも落ち着き、頷く。もっとも、彼女の顔は未だに真っ赤のままだが。

 

「そんでもって、次に生きて会えたら俺の女にならねぇか?」

 

「はぇ!?」

 

 突然の告白にタリサの身体が硬直し、ようやく落ち着いた脳内がまたもやパニックを起こす。

 

「(は?付き合う?って…え?)」

 

 思考が追いつかず、タリサの顔はまるで湯気が出そうなほどに紅く染まって行く。それから数分して、ようやくタリサは言葉の意味を理解したのか再び慌て始めた。

 

「ちょ、ちょっと待て!じょ、冗談止めろよ!」

 

 タリサは大慌てで涼牙から離れる。そんな彼女の反応に涼牙は苦笑いしながら頭を掻く。

 

「おいおい、俺は女に嘘を吐いたことは…まぁ、あるっちゃあるが…」

 

「ってあるのかよ!?」

 

 涼牙の言葉にタリサは鋭く突っ込みを入れる。ちなみにタリサの仲間達は余りの展開に呆然としていた。

 

「けどなぁ…こういう恋愛事で冗談言う程、性質悪い性格はしてないつもりだぜ?」

 

「あ…う…あ…」

 

 暗に、それは先程の告白が涼牙の本心であることに他ならない。今まで男性に告白されたことのないタリサは顔を真っ赤にして困惑する。

 

「まぁ、答えは今すぐじゃなくていいさ。だから「また会えたら」って言ったんだしな」

 

 そう言いながら涼牙は自身のノーマルスーツの胸元を開けて何かを取り出す。それは銀色に輝く小さなプレートだった。

 

「…ドッグタグ?」

 

 それを見たタリサが呟く。ドッグタグ――それは軍人の認識票であり、そこには「Ryoga Himuro」の文字が刻まれている。

 

「こういう時、ホントは「ハウメアの護り石」でもあれば恰好がつくんだろうけどなぁ」

 

 涼牙の脳裏には、「ガンダムSEED」の登場人物であるカガリ・ユラ・アスハがアスラン・ザラに御守りとして「ハウメアの護り石」と呼ばれる石を渡した光景が思い浮かぶ。後々、アスランが命の危機に瀕しながらも悉く生き残っていることからもあの石の御利益は確かにあったのだろう。

 

「ハウメア…?」

 

「なんでもねぇ」

 

 苦笑いしながら涼牙は疑問符を浮かべるタリサの手に自身のドッグタグをしっかりと握らせる。

 

「けどまぁ…散々泣き喚きながらしぶとく生き残ったクソガキの名前が彫ってあんだ、きっと生き残れる。だから、また生きて逢えたら…答え聞かせてくれよ?」

 

 最後にタリサの頭を一撫ですると涼牙はデルタカイのコクピットに戻ってハッチを閉める。それを見て我に戻ったサーシャもファントムを操作し、タリサをコクピットに収納した。

 

「あ~、それと隊長さん。ちょっと頼みがあるんだが…」

 

≪…何かな?≫

 

「出来れば、俺のことは報告しないで貰えると助かるんだけどなぁ…」

 

 涼牙の頼みにブライアムはしばしの間無言になる。本来、軍人ならば正体不明の強力な兵器の存在を報告するのは当然だろう。しかし、ブライアムには仲間を助けてくれた目の前の青年の頼みを聞きたいと言う想いもあった。

 

≪隊長…≫

 

 しかも、サーシャのファントムに収容されたタリサも懇願するような視線をブライアムに向けて来ていた。恐らく彼女も涼牙の頼みを聞いてほしいと思っているのだろう。

 

≪それで、私がその頼みを拒否したらどうするつもりだ?≫

 

 ある程度、答えが解りきった質問をブライアムは涼牙に対して投げかける。その問いに涼牙は溜息を吐いて答えた。

 

「言ったろ?コレはあくまで「頼み」だ。聞き入れてもらえなくてもアンタらに危害を加える気はないさ」

 

≪……≫

 

 涼牙の答えを聞いてブライアムはホンの数秒無言になる。しかし、少しすると口を開いた。

 

≪…我々は撤退中、昨日MIAとなったタリサ・マナンダル少尉を発見・保護。その後、速やかに基地への撤退を再開した。なお、戦闘記録は戦闘の影響で一部が欠損してしまった。また、我らの撤退後に何者(・・)かがBETAを殲滅したようだが…そのことに関して我が小隊は一切関与していない≫

 

 ブライアムは目を瞑って独り言を呟く。それは自分と、他の二人の小隊員に向けたものなのだろう。それは涼牙とデルタカイのことを報告しないと言うブライアムの決断だった。

 

≪お前達も、それで良いな?≫

 

≪了解です、隊長≫

 

≪命を救われたんですから、それぐらいの頼みを聞いても罰は当たらないですよね≫

 

 ブライアムの問いかけにサーシャとミリスの二人も了承する。そんな仲間達にタリサは笑顔になって喜んでいた。

 

「…礼を言う、ありがとう」

 

 笑みを浮かべるとデルタカイは少しずつその機体を上昇させる。

 

「じゃ、またなタリサ」

 

 そしてデルタカイはウェイブライダーへと変形し、空の向こうへと飛び立っていった。

 

 

 

 

 この後――涼牙とタリサ、この二人が再会するのに数年の月日を擁することとなる。

 

 

 

 

 

 

 



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第二章 部隊設立
第六話 情報収集


更新です。

本小説ではガンダムのキャラクターがマブラヴ世界の人物として登場します。

感想お待ちしています。


――カタカタカタ

 

 

 キャリー・ベース内の一室にキーボードを叩く音が響く。そこは涼牙の自室であり、傍らには相棒であるハロの姿もある。

 

「…思ったより酷いな」

 

「ヒドイ!ヒドイ!」

 

 涼牙の見ているモニターにはこの世界における様々な情報が映し出されていた。この世界における大まかな歴史と、現在の各国の状況。さらには各国要人のデータまでも揃っている。

 

 あの日、タリサと別れてから数日。涼牙はキャリー・ベースの場所をユーラシアの山岳地帯から太平洋の無人島へと移動させていた。…と言うのも、あのままあそこに居てはBETAに襲撃される可能性も有るし、逆に人類側に見つかる可能性も有る。如何にタリサ達が何も喋らなくても別の部隊が偶然見つけてしまう可能性も有るのだ。

 

「しかし…大まかな歴史は似てるが、やっぱり細かいところで違うな」

 

 現在、涼牙が見ている情報の多くは数日掛けて各国のコンピューターにハッキングして得た情報だ。高度な技術によって魔改造されたハロや宇宙世紀を初めとするガンダム世界の技術に触れてきた涼牙にはこの世界のセキュリティを突破するのはそれほど難しいことではなかった。現に、国連軍の極秘計画と言う明らかにこの世界での最高機密のようなものまでハッキングで情報を得てしまったのだ。

 

「日本帝國に…ソ連か…」

 

 涼牙の目に留まったのは、彼が一番最初に居た世界での故郷である日本と、すでに滅んだはずの国だった。涼牙が居た世界で日本は過去に大日本帝國とは名乗っていたが二次大戦後は日本と言う国名になったし、ソビエト連邦は一九九一年のゴルバチョフの大統領辞任でその歴史を終えている。だがこの世界では日本は日本帝國と言う名で存在し、二次大戦ではアメリカによって原爆を落とされていない。一方のソ連もBETA侵攻の影響か未だに現存している。

 

 続いて、涼牙は人類とBETAの戦いの歴史に目を通す。月面での戦いに、一九七三年に中国のカシュガルに造られたハイヴ。そこから現れたBETAとの戦い。当初、中国は航空戦力によって優位に立っていたものの新たに現れた光線級によって航空戦力は無力化。以降、人類は敗北を重ねていくこととなった。

 

「中ソ連合が戦術核による焦土作戦を試みるも実質効果はなし…か…」

 

 核――その単語で涼牙は顔を顰めた。当時の中国やソビエト連邦の現状から仕方がなかったのかもしれないが、Gジェネ世界では核を使うのは禁忌のようなものだった。もっとも、戦っている相手が人間か、まるで言葉の通じない異星人相手では違うと言うのも涼牙は解っている。

 

「カナダに着陸ユニットが落着した瞬間、アメリカは戦略核を集中運用。BETAの殲滅に成功するもカナダの半分は汚染されて人が住めなくなる…」

 

 再び、核に関する情報を見て涼牙は顔を顰める。戦略として見れば効率的だが、この方法はもう使えないだろう。着陸ユニットが落着するたびに戦略核を使っていたらそれこそ地球は死の星に変わる。

 

「現在、ソ連はアメリカから借用したアラスカに国家機能が移転。欧州はすでに全ての大陸がBETAの支配下に…」

 

 次々に表示されるBETAに侵攻された国々の状況に涼牙は苦い顔をする。

 

「現段階でBETAの侵攻を受けていないのは日本帝國、アメリカ、オーストラリア…」

 

 そうして、涼牙は顎に手を当てて考える。MSを開発するのに必要な技術、資源、資金を十分保持している国に行くことが重要だ。

 

「まず…日本帝國は除外かねぇ」

 

 すぐさま思考の中から日本帝國を除外する。技術はある程度あるが、資源や資金は少しばかり心許ない。何より、日本帝國はBETAの侵攻が激しいユーラシア大陸とは目と鼻の先である。恐らく、アメリカやオーストラリアに比べ早い段階でBETAの侵攻を受けることになるだろう。そうなると余計に資源や資金が限られてくる。

 

「となると…やっぱ此処か…」

 

 他のBETAの侵攻を受けていない国の中で一番条件を満たしているのはアメリカだった。この世界における対BETA戦の主力兵器である戦術機を開発した国でもあるし、資金や資源も豊富だ。しかし、涼牙がアメリカに行くのを躊躇わせる要因が存在した。

 

「…五次元効果爆弾、通称「G弾」」

 

 それは各国のコンピュータをハッキングしている中で、アメリカのコンピュータから得た情報。国連の機密データから得た「オルタネイティブ計画」の五番目の計画で使用される、実質アメリカの切り札。

 

「BETA由来のG元素を用いて作成された新型爆弾であり、十一番目に発見されたG元素「グレイ・イレブン」を材料としている。臨界制御解放後グレイ・イレブンの反応消失まで、多重乱数指向重力効果域(爆発域)は拡大を続け、それに伴いML即発超臨界反応境界面(次元境界面)も広がり、接触した全ての質量物はナノレベルで壊裂・分解される。

 これより以前に開発されたML(ムアコック・レヒテ)機関よりも安価で、省資源、運用も容易である」

 

 アメリカのコンピュータに記録されたデータを閲覧し、涼牙の顔が険しくなる。この「G弾」こそが涼牙がアメリカに与するのを躊躇う理由である。

 

「はっ、笑えねえ…核よりも遥かに危険じゃねえか。しかも、試したことがねえからどんな影響が出るのかも解らねえときてる」

 

 触れた物質を壊裂・分解する。それだけでも威力は核よりも遥かに上位の威力を持っていることは理解できた。さらに、「G弾」が発する重力異常による影響もまるで予想できない。実際、アメリカが国連の「オルタネイティブ計画」にこの「G弾」を使用した計画を提出したが、ハイヴの存在するユーラシア各国が猛反対して不採用となっている。

 

 「オルタネイティブ計画」――その一番目の計画はBETAの言語・思考解析による意思疎通計画であったが、解明することができずに失敗。二番目はBETAを捕獲しての調査・分析だが、多大な犠牲を払うも解ったのはBETAが炭素生命体だと言うことだけだった。

 

 次いで三番目、ソビエト連邦主導で行われたのはESP能力者――所謂、超能力者を用いてBETAと意志疎通するという計画だった。しかし、リーディングには成功するものの人類側の訴えは一切無効であり、投入された能力者の帰還率も僅か6%であった。

 

 そして現在、三番目をシェイプさせた四番目の計画が日本で行われることとなっている。責任者は日本人の香月夕呼(こうづきゆうこ)。歳は二十二歳で十七歳の頃にはその論文がオルタネイティブ計画招致委員会の眼に留まり、帝都大学に編入した天才である。

 

「けどなぁ…ソ連も御免だし」

 

 ハッキングで得た情報だが「オルタネイティブ3」を行ったソビエト連邦では、現在も第三計画で生み出された人工ESP能力者による研究が行われていた。それが涼牙にはNT研究所で行われていた強化人間と被ってしまったのだ。ましてや、そう言った研究職の人間がNTの存在を知った場合も宇宙世紀やアフターウォーの二の舞になりかねない。

 

「けど…オーストラリアもなぁ…」

 

 そこで唯一残ったオーストラリアだが、BETAに侵攻こそされていないものの技術力ではアメリカや日本に比べると見劣りしてしまう。

 

「あ~、どうすりゃいいんだ?」

 

 涼牙は溜息を吐きながら頭を抱える。

 

「(技術力、資金、資源…アメリカなら全部満たしてる。だが、それをG弾の使用に使われんのは避けたい…)」

 

 そこまで考えて、涼牙は再び手元のキーボードを操作し始める。そこに映し出されるのはやはりハッキングで得たアメリカの要人の情報。

 

「(…悲観的になんのはやめよ。条件を一番満たしてんのはアメリカなんだ、その中でG弾に反対している人を探せばいい。国が完全に一枚岩なんてそうそうある訳ないんだ、どこかに反G弾派の人間がいるはず…)」

 

 思考を切り替えた涼牙は次々に表示されるアメリカの要人情報を事細かに閲覧していく。だが、中々涼牙が目当てとする人物は出てこない。

 

「(ちっ、やっぱそう簡単には見つからないか…ん?)」

 

 ふと、涼牙の視線が一点で止まる。そこに記された名前は涼牙も良く知っている名前だった。

 

「(ちょっと待て…何でこいつが此の世界に居る?)」

 

 疑問符を浮かべた涼牙はキーボードを操作してその人物の情報を引き出す。そこに映し出された顔写真は特徴的なゴーグルに一切毛の生えていない禿げ頭の男性。涼牙が凄まじく嫌っている人間の一人だった。

 

「(いや、この際こいつが此の世界に居るのはどうでも良い。こいつが居るんだったらもしかして…)」

 

 涼牙は改めてキーボードを操作し、要人リストの中からある人物の名前を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要人リストを細かに調べ始めてから数分後、涼牙はようやく目当ての人物を発見することができていた。

 

「やっぱり、居たか…」

 

 涼牙はその人物の情報を引き出す。階級はアメリカ軍中将でかつて、G弾の開発と運用が会議に出た際にはG弾が齎すであろう地球環境への影響を懸念してG弾推進派と真っ向から対立。アメリカ国内の反G弾派急先鋒としてG弾推進派から警戒され、軍内でも孤立気味である。BETAの襲来前は地球環境保護の運動にも参加。

 

「…よし!」

 

 自身が捜していた人物が、自分の知る通りの人物であることに涼牙は拳を握りしめる。これで涼牙は誰に接触するかを決めた。

 

「…となると、手土産を見繕う必要があるな。それも、あちらさんの興味を引くようなものを…」

 

 その顔に笑みを浮かべながら、涼牙は顎に手を当てて考え込む。その頭の中では、この世界の状況も考えて目的の人物への手土産を何にするかを考えていた。

 

 それから数時間後、アメリカ軍のとある人物の下へ一通のメールが送られた。

 

 

 

 

 

――――その人物の名は、アメリカ軍中将

 

 

 

――――ジャミトフ・ハイマン

 

 

 

 

 



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第七話 日系の少年

更新です。二人目の原作キャラが登場。彼の未来が大きく変わります。

あと設定資料も更新したので興味があったら見てみてください。

感想お待ちしています。


 アメリカ合衆国バージニア州ペンタゴン――アメリカと言う大国の国防・軍事を統括する場所、その廊下を二つの人影が歩いていた。

 

 片や、アメリカ陸軍中将の地位を持つ人物「ジャミトフ・ハイマン」。もう片方はそのジャミトフの補佐官を務める男性「アジス・アジバ」が歩いていた。

 

「やはり、会議の内容はG弾に関するものばかりでしたね」

 

「うむ…まだ実戦では実戦でこそ使われていないが、軍部はG弾を戦術ドクトリンの中心に据え始めている」

 

 アメリカはG弾を開発して以降、G弾による攻撃を中心とした戦術ドクトリンに変更されており戦術機の運用はG弾の攻撃から生き残った敵を殲滅することへと変わっていた。

 

「ハイマン中将…」

 

 廊下を歩くジャミトフのアジスの前に一人の男性が現れた。眼に特徴的なゴーグルを着用した禿げ頭の厳つい男性である。アジスはその男性に苦手意識があるのか、少々萎縮した。

 

「貴公か、儂に何の用だ?」

 

「何故、G弾の導入に頑なに反対なさるのですか?アレこそが下等生物を殲滅する切り札であると言うのに!」

 

 男性の名は「バスク・オム」。アメリカ陸軍の中佐であり、G弾推進派の一人である彼は多少なりとも知った仲であるジャミトフにG弾推進派として活動するように再三に渡って説得していた。

 

「儂とてBETAを殲滅することに異論はない。アレはこの惑星を食い荒らす癌だ、それを殲滅することに躊躇いがある筈もない」

 

「ならば何故!?」

 

「だが、ではG弾は地球の癌足り得ぬと言うのか?研究ではG弾を使用すれば爆心地から数十kmは植物も生えぬ空間になるらしいではないか。そんなものを儂が容認するとでも思ったか?」

 

「馬鹿な!BETA共を殲滅できるならばその程度の犠牲が何だと言うのです!」

 

 ジャミトフの言葉にバスクは強硬に反論する。そもそも、バスクが此処までBETA殲滅に拘るのには理由があった。かつて、バスクは戦術機の衛士として大陸の派遣部隊に籍を置いていた。その時の戦いでの負傷がもとでバスクの両目の視力が著しく低下してしまったのである。それ以来バスクはBETA殲滅のために手段を選ばない人間になったのだ。

 

「貴公に何と言われようが儂は地球を汚すような真似は断じて認めん。貴公も儂の説得は諦めるのだな」

 

「(ぬぅ…ここでハイマン中将の力を得られぬのは残念だが…)」

 

 バスクがしきりにジャミトフの説得を続けていた理由はその能力にあった。ジャミトフは非常に高い政治力・指揮能力を持っている。その能力をG弾推進派に引き入れることができればと考えていたのだ。

 

「…良いでしょう。どの道、通常兵器でのBETA殲滅など不可能…BETAを殲滅するにはG弾が不可欠なのですからな」

 

 それだけを言い残し、バスクは背を向けて去って行く。その姿をアジスは睨みつけていた。

 

「失礼な人ですね、上官に向かって…」

 

「構わん、いちいち目くじらを立てるほどでもあるまい。それに…いつまでもG弾推進派の好きにはさせんよ」

 

 ジャミトフの口元に僅かな笑みが浮かぶ。その脳裏に思い浮かぶのは数日前に届いた謎の人物からのデータが原因だった。

 

「あの「ストライクダガー」と言う戦術機のデータですか?」

 

「うむ、スケジュールはどうなっている?一刻も早くあの人物との会見を行わなければな」

 

 ジャミトフの言葉にアジスがすぐさまこれからの彼のスケジュールを確認する。ジャミトフは中将と言う役職である以上、多忙だった。時間を空けるにはそれなりに無理をしなければならない。

 

「どうにか予定を調整していますが、それでも十日程の時間が必要かと」

 

「ふむ、思ったよりも時間がかかってしまうな…」

 

「致し方ありません…閣下はG弾推進派に睨まれています。少しの弱みも見せるわけには…」

 

 現在、アメリカの大多数を占めるG弾推進派はその考えに真っ向から対立する反対派のジャミトフを警戒している。これが無能な人間なら放っておくのだろうが彼はすこぶる優秀だ。故に僅かな失態も見逃さずに失脚を狙っている可能性も有る。

 

「…そうだな、では先方にその旨を伝えておいてくれ」

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 一方、ジャミトフへのメッセージを送ってから数日後。涼牙はアメリカのとある街へと入り込んでいた。

 

「あ~、視線が鬱陶しいな」

 

 片手でホットドッグを口に含む涼牙は先程から感じる周りの視線に辟易していた。それは明らかな嫌悪を含んだ視線。しかも涼牙のNT能力も周りからアリアリと嫌悪の感情を感じ取っている。

 

「ちっ…」

 

 涼牙がこの街に居るのには理由があった。ジャミトフに連絡を取ったところ、会談まで十日程が必要だと告げられた。勿論、ジャミトフが多忙だと言うのは理解できたので時間が必要なのは理解できた。また日程と同時に会談場所はジャミトフの自宅があるこの街に決まったのである。涼牙は会談場所の下見としてこの街を訪れ、ジャミトフの家の場所も確認している。ジャミトフの自宅はアメリカ軍の高官なだけあって警備員が門を護っているそれなりにデカい家だった。

 

「(まさか此処まで差別が酷いとはな…)」

 

 涼牙は自身に向けられる感情の正体を理解している。それは謂わば人種差別だ。アメリカで黒人が差別されていたのは有名だが、どうやら黄色人種への差別も酷いらしい。先程、この街で食事を摂ろうとした涼牙も何軒か「ジャップに食わせるもんはねえ!」と言う言葉と共に入店を拒否され、ようやくホットドッグを購入できたのだ。

 

「…ったく、嫌なもん思い出すぜ。…ん?」

 

 不意に、涼牙の眼が街の一角を捉えた。そこでは複数の学生揉めている。それだけならただの喧嘩だが、問題は人数が六人ほどで一人を囲んでいるのだ。しかもその一人は黒髪で顔立ちも日本人のそれに近い…まず間違いなく日系人だろう。周りの人間は誰一人として助けようとはしていない。

 

「はぁ…」

 

 そんな周囲と、一人を囲む学生たちに見かねて涼牙は学生達の所へ近付いて行った。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「このジャップが!目障りなんだよ!!」

 

「ぐう!?」

 

 少年は頬を殴られ、尻餅をつく。少年はこの近くに通うジュニアハイスクールの学生で、彼を囲んでいる六人はそのジュニアハイスクールの同級生だった。

 

「へへ、ジャップはこの国から出てけよ!」

 

「パパから聞いたぜ!ジャップってのはどうしようもない屑野郎なんだろ!」

 

 同級生達は口々に少年を、そして日本人と言う存在を罵りその中の一人が彼の胸ぐらを掴む。

 

「(どいつもこいつも…!)」

 

 そんな同級生達に対し、少年の眼は痛めつけられる恐怖ではなく怒りに染まっていた。

 

「俺は…アメリカ人だ!」

 

「おっと!」

 

「ぐほっ!」

 

 どうにか殴りかかろうとするが、それを遮るように横に居た同級生が膝蹴りを少年の腹部に叩き込む。格闘技をやっていない限り、ただの喧嘩では人数が多い方が有利なのは当然。少年が一人に殴りかかろうとすると他の同級生が攻撃してそれを遮る。

 

「どうしたよぉ、腰抜けジャップ!」

 

「ぐ…クソ…」

 

「おいおい、それぐらいにしとけよ」

 

「あ゛ぁ!?」

 

 少年の胸倉を掴んでいた同級生の肩に突如として手が置かれる。その手の主はこのやり取りを見かねてやって来た涼牙だった。

 

「お~い、こいつもジャップだぜ?」

 

「へぇ、同類を助けに来たってか?泣かせるねぇ…けど、身の程ってもんを知れよ負け犬ジャップが!」

 

 掴んでいた少年の胸倉を放し、今度は涼牙に殴りかかる。だがその拳が涼牙の顔面を捉えることはない。

 

「止めとけよ、お前らみたいなチンピラに負けるほど…俺は弱くねえ」

 

 パシン――っと、軽い音と共に涼牙はその拳を受け止めた。そしてそのまま受け止めた拳を握りしめる。

 

「づっ!?イダダダダダダダダ!!!!」

 

 受け止めた手を捻って関節を決めると彼は激痛で顔を歪める。

 

「この野郎!」

 

「そら…!」

 

 仲間を助けようと一人が殴りかかるが、涼牙はそれに対して関節を決めていた同級生の背中を蹴り飛ばしてぶつける。

 

「テメエ!」

 

「このジャップが!」

 

 さらに周りの同級生達も殴ろうと接近する。しかし…

 

「がっ!?」

 

涼牙は拳を回避して裏拳で顎を殴って一人を昏倒させ…

 

「ぐふっ!」

 

そのまま逆の相手の鳩尾を殴る。

 

「がはっ!?」

 

そして正面から来ていた同級生に蹴りを叩き込んだ。

 

「ひ、ひい!」

 

 仲間がやられ、残った一人が恐怖の声を上げる。そんな彼に対し、涼牙は不敵に笑う。

 

「さ、どうするよ…まだやるかい?」

 

「っ!?お、覚えてやがれ!」

 

 定番な捨て台詞を吐きながら倒れている仲間達を助け起こして逃げていく。その後ろ姿を見ながら涼牙は溜息を吐いた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 涼牙は振り返ると少年に手を差し伸べる。

 

「あぁ、サンキュ」

 

 少年は差し伸べられた手を握ると、逆の手で口から流れる血を拭いながら立ち上がる。

 

「大変だな、ああいう奴らが周りに居ると…」

 

「別に、絡まれるのは馴れたよ」

 

「そか…」

 

 余程しょっちゅう絡まれているのだろう、少年はすでに諦めたような表情を涼牙に向けた。

 

「お前さん、その顔立ちと言い黒髪と言い…日系人か?」

 

「…っ!?…まぁな…」

 

 一瞬、涼牙を睨んだが少年は肯定の意を示す。初めは殴りかかって来るかと考えられたが、先程助けてくれた人間であるため思い留まったようだ。

 

「…アンタもか?」

 

 涼牙も日系人なのか?――そんな疑問を投げかける少年。だが、涼牙は首を振って否定した。

 

「いや、俺は日本人だ。純血のな…」

 

「っ!!??」

 

 そう告げた瞬間、少年はまるで親の仇でも見るような視線を涼牙に向ける。恐らく少年は日本人に対していい感情を持っていないのだろう。それはNT能力で感じ取らなくても察知することができた。

 

「ユウヤ!」

 

「…ママ…!?」

 

 するとそこに一人の女性が駆け寄ってきた。金髪のブロンドの髪に美しい容姿、涼牙は少年の姉かとも思ったがどうやら母親であるらしい。彼女は自身の息子――ユウヤが傷を負っているのを見て駆け寄ってくる。

 

 これが氷室涼牙と、長い付き合いになるユウヤ・ブリッジスの出会いだった。

 

 

 

 



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第八話 ブリッジス

更新です。今回は少し短め

感想お待ちしています


 

「どうぞ、ゆっくりして行ってくださいね?」

 

「あ、お構いなく」

 

「………」

 

 アメリカのとある街の一軒家、そこに涼牙はお邪魔していた。こうなった経緯は単純で、涼牙が助けた日系人――ユウヤ・ブリッジスの母親である女性、ミラ・ブリッジスの好意であった。息子を助けてくれた恩人にお礼をしたいと言うことだ。助けられた当の本人――ユウヤは不満気であったが、助けられた手前文句は言わなかった。

 

「ふん…」

 

「あ、ユウヤ!?」

 

 しかしやはり不満であるのかユウヤはすぐに二回の自分の部屋へと向かってしまう。ミラが声をかけるもユウヤはそれを無視して自室に篭もってしまった。

 

「…これ、旦那さんですか?」

 

 軽く家の中を見回したユウヤが見た物、それは写真立てに飾られた若い頃のミラと恐らく旦那であろう若い男性の写真だった。その隣には恐らく日本のものであろう日本人形も飾ってあった。

 

「えぇ、日本の由緒ある武家の人なんですよ」

 

 成程――と、涼牙は納得する。つまりユウヤは日本人とアメリカ人のハーフだったのだろう。この世界での情報を収集したとき、この世界の日本では未だに武士が存在しているのは解っていることだった。

 

「けど、障害は多かったんじゃないですか?」

 

「…解りますか?」

 

 ミラの問いに涼牙は頷く。調べた結果、この世界の日本の武家は昔からの伝統を重視しているし、アメリカでも日本人に対する差別が多いのは先程のユウヤとその同級生達の姿を見れば理解できる。

 

「ホントに、色々ありました」

 

 どうやら、色々込み入った事情があるらしい。ミラは特別詳しくは語らず涼牙も必要以上に聞こうとはしなかった。ただ唯一聞けた話では元々、大の日本嫌いだったミラの父は彼女を責め、日本人の血を引くユウヤにも辛く当たっていたらしい。

 

「…すみません、少し無神経でした」

 

「いえ、いいんです。日本人の方と話したのは久しぶりでしたから少し楽しいです」

 

 少しだけ、ホンの少しだけだが明るい表情になったミラに涼牙は安心する。恐らく、ミラには今日までこうして何かを話せる相手が居なかったのだろう。愛する人と同じ日本人と言うことで涼牙には抵抗なく話せたようだ。

 

「…じゃあ、息子さんが(にほんじん)を敵視してるっぽいのは…」

 

「あの子は父親が自分を捨てたと思っていますから…」

 

「成程な…」

 

 実際のところはどうだかわからないが…幼い頃から日系人と言うことで差別を受けてきたユウヤには父親が自分達を捨てたと思っているらしい。

 

「つまり、息子さんは父親を恨む気持ちがそのまま日本人にも向いていると…」

 

「えぇ…」

 

 深くは聞いていないため、涼牙には何も言えない。だが、ミラの様子を見るにユウヤの父親が単に彼等を捨てたようには思えなかった。

 

「…ところで、ミラさん。この辺でホテルとかってありますかね?」

 

 自分が考えても仕方がないと思ったのか、涼牙はとりあえず別の話題を切り出す。涼牙はジャミトフとの会談までこの街に滞在する予定なのである。

 

「あるにはありますが…恐らく日本人は…」

 

「…やっぱり…」

 

 ミラが言うには、アメリカでは前大戦の影響もあって日本人への差別意識が強い。しかもこの街は元々差別意識が根強い地方であったらしく、日本人の涼牙ではホテルを取るのは難しいと言う。実際、何軒もの飲食店に入店拒否された涼牙は予想していた。

 

「しかし、参ったな…」

 

 最悪、野宿か…そうでなければ一旦キャリー・ベースに戻ることになる。ちなみにキャリー・ベースは付近の無人島に隠蔽されている。

 

「もし良かったらうちに泊まりませんか?ユウヤを助けて貰ったお礼もしたいですし、幸い開いてる部屋も多いので」

 

 にこやかな表情を崩さず、ミラは涼牙に自宅への滞在を提案する。この提案は涼牙にとっても渡りに船だった。一度キャリー・ベースに戻るのは流石に手間がかかる、なので数日でもこの街に滞在できるのは有り難かった。

 

「ん~、じゃあよろしくお願いします。でもタダで泊めてもらうのもあれなんで色々お手伝いしますよ。あ、それと敬語も使わなくていいですよ。年下なんだし」

 

「そう?じゃあお願いね」

 

 こうしてトントン拍子に、ユウヤの知らないうちに涼牙のブリッジス宅への滞在が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「…何でまだアンタがうちに居るんだよ…」

 

 涼牙の滞在が決定してから数時間後、ブリッジス家夕食の席。夕食のために一階に降りてきたユウヤは不機嫌そうな顔で頭を抱えていた。その原因は今現在目の前に居る青年だった。

 

「ん、ミラさんの御好意で数日間泊めて貰うことになってな。よろしくな坊主」

 

 ユウヤに対し、すでにフランクな態度をとるようになった涼牙は笑顔で答える。彼はミラから予備のエプロンを借りて夕食の支度を手伝っていた。

 

「…けど、これはなんなんだ?」

 

 疑問符を浮かべるユウヤ。ブリッジス家の食卓にはコンロとその上に置かれた鍋の中に入った、茶色い液体の中に浮かぶ肉や野菜。日本の伝統料理である「すき焼き」が準備されていた。

 

「日本の料理ですき焼きってんだ。幾つか足りない食材もあったが、まぁ味は問題ない」

 

「ふふ、話には聞いてたけど実際食べるのは私も初めてなのよ♪」

 

 アメリカ生まれのユウヤはすき焼きを知らなかったらしく、目の前の料理に目を白黒させている。ミラはすき焼きの存在は知っていたが食べたことはないらしく、楽しみにしている。

 

「…日本の…料理…」

 

 すき焼きが日本の料理だと聞き、ユウヤは顔を顰める。どうやら彼は日本人だけでなく日本にまつわるモノにも拒否感が出ているらしい。

 

「…坊主、お前が日本嫌いなのは知ってるがとにかく食えよ。せっかく作ったんだからな」

 

「…解ったよ…」

 

「んじゃあまずは食い方だ。まずな…」

 

 涼牙は手早くすき焼きの汁を取り皿に居れ、さらに卵を割ってかき混ぜる。

 

「ほれ、後は肉なんかをそこに付けて食ってみろ」

 

「……」

 

 ユウヤは箸で鍋の中の肉を掴み、取り皿に居れると口に運んだ。

 

「!!…美味い」

 

 すき焼きの汁の程よい甘さと、そこに上手く混ざった卵。そしてそれらに漬けた肉の味の美味さにユウヤは眼を見開く。

 

「あら、本当に美味しいわね。あとで作り方教えてくれないかしら?」

 

「いいですよ、と言ってもそんなに難しいもんじゃないんですけどね。汁さえ作っちまえばあとは切った野菜や肉をぶち込むだけなんで」

 

 正直、涼牙本人としては鍋料理は入れるものさえ間違わなければ不味くはならないと考えている。勿論、闇鍋なんぞは論外だが。

 

「嬉しいわ、私が作れる日本料理って肉じゃがだけだから」

 

「けど、鍋料理は分量間違えると食べきれませんよ?肉じゃがはある程度保存できるけどすき焼きはそうもいかないし」

 

 ちなみにミラが肉じゃがを作れる理由は別れた旦那が好きで必死になって作り方を覚えたからであるらしい。こうして涼牙とブリッジス一家の食卓の時間は過ぎて行った。

 

 

 



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第九話 変わりゆく者

更新です。

だんだんストックがなくなってきました…でも頑張ります。

感想お待ちしています。


「ふぅ…」

 

 アメリカのとある街に存在するジュニアハイスクール。その校門から涼牙の下宿する家の少年、ユウヤ・ブリッジスが出てきた。彼は現在十六歳、来年にはジュニアハイスクールを卒業することになっている。

 

「おい、ジャップ!」

 

「…ちっ…」

 

 校門から出たばかりのユウヤに数名の男子生徒が声をかける。その数名は数日前、ユウヤに絡んで涼牙に痛めつけられたあの同級生達だ。

 

「こないだは余計な邪魔が入ったが、今日は逃がさねえぞ」

 

 ニヤニヤと笑いながら同級生達はユウヤを囲み始める。明らかに問題がある行動だが、同じく下校中の生徒達は横目でチラリと見るもののそのまま帰路に就いていく。元々人種差別が激しい地域であるこの街では好き好んで面倒事に首を突っ込んでまで黄色人種や黒人を助ける人間はそうそういないのである。

 

「この腰抜けジャップが、イエローモンキーはさっさと田舎に帰んな!」

 

「っ…!俺はアメリカ人だって言ってんだろうが!!」

 

「へっ、そんな黄色い肌のアメリカ人がいるかよ!この薄汚いジャップ野郎!」

 

 ユウヤの反論を意にも介さずに同級生達は囲んで彼を糾弾していく。

 

「おいおい、そんぐらいにしておけよ」

 

「あ゛ぁ?…げ…」

 

 そんな集団に声をかけたのは例の如く涼牙であった。その片手にはしっかりと買い物袋が握られていた。突如現れた日本人に下校途中の生徒達も驚き、注目している。

 

「お前等も飽きないね。そんなんして楽しいか?」

 

「ぐ…テメエ…」

 

 先日、涼牙に痛めつけられた一件を彼等はよく覚えていた。彼等は涼牙から距離を取るように後退りする。

 

「アンタ…」

 

「ほら、さっさと帰ろうぜ坊主」

 

「…あぁ…」

 

 涼牙の言葉に頷くとユウヤはその横に並んで歩きはじめる。

 

「なんでこんなトコにいんだよ…?」

 

 ある程度、同級生達と距離を取ったところでユウヤは涼牙に訊ねる。ちょうど下校時間に都合よく涼牙が来たことに疑問を持っていた。

 

「ん~、見て解らんか?買い物帰り」

 

 そんな質問に答えるように涼牙は自身の持つ買い物袋を見せる。その中にはこの日の夕飯に使われるであろう食材が入っていた。

 

「(まぁ、まるっきり偶然って訳でもないんだけどな)」

 

 そうして買い物袋を見せながらも涼牙は心の中で呟く。実際、涼牙がミラに買い物を頼まれたのは事実だがユウヤのジュニアハイスクールに来たのは偶然ではない。ミラからユウヤのジュニアハイスクールの場所を聞いていた涼牙は少しでもユウヤの日本人嫌いを治すために買い物帰りを装って足を運んできたのだ。

 

「ちっ、お節介な野郎だな…」

 

 そんな涼牙の行動はユウヤにも見透かされていたのか、彼は無表情のままで悪態を吐く。

 

「ははっ、バレてたか」

 

 自分の思惑を見透かされ、涼牙は苦笑いしながら頭を掻く。

 

「アンタが何と言おうと、俺はアイツを許すつもりはない」

 

「あぁ、それは構わん。ただ、俺は日本人を嫌いでいて貰いたくないだけだ」

 

 涼牙にはユウヤの言う「アイツ」が彼の父親であることは解っている。そして人の感情がそう簡単に割り切れるものではないことも。

 

「…俺達を捨てた親父は…日本人だ」

 

「…俺はその辺の事情は知らんから何とも言えん。本当にお前の親父さんがお前達を捨てたのか…それとも、何か事情があったのか…けどな、たとえどんなひどい日本人が居たって…全部の日本人がそう言う奴等ばかりじゃないぜ?」

 

「…それは、解ってるけどよ…」

 

 涼牙の言葉にユウヤは肯定の意を示す。

 

「(正直、涼牙(あんた)と暮らし始めて日本人へのイメージ変わったしな)」

 

 当初、ユウヤは日本人のことを堅物で伝統に五月蠅い人種だと思い込んでいた。しかし、涼牙と生活する中でそんなユウヤの日本人像は一気に変わったのである。

 

「坊主、差別なんかしたって碌なことにならないぜ?」

 

 涼牙の脳裏には、かつての世界で経験した人種の違いによる戦いを思い出していた。アースノイドとスペースノイド、ナチュラルとコーディネイター、宇宙世紀やコズミック・イラの世界での差別を伴った戦いを涼牙自身幾度となく経験している。そして、その結果生まれた悲劇と憎しみも。

 

「お前が父親を嫌うのは構わん。けど、だからって関係ない日本人にまで偏見持って嫌うのは止めとけ。な?」

 

 無表情のユウヤに対し、涼牙は笑顔を向ける。そんな彼に対し、ユウヤは目を逸らす。

 

「…努力はしてみる」

 

 どうやら、ユウヤの日本人嫌いは改善の傾向にあるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーラシア大陸 国連軍基地 

 

 

 ユーラシア大陸で活動する国連軍の基地。此処にはかつて涼牙に救われたタリサの在籍するビーグル小隊も滞在していた。

 

「はぁ…」

 

 タリサは基地の待機所で一人溜息を吐く。その手には「RyogaHimuro」と刻まれたドッグタグが握られていた。

 

「リョウガ…」

 

 ポツリと、彼女は今現在に置いて自身の心を支配する男の名前を呟く。別れ際、彼がタリサに言った言葉はあれから数週間経っているにも拘らず彼女の脳裏に何度もリフレインしていた。

 

 

『次に生きて会えたら俺の女にならねぇか?』

 

 

「っ~~~~~~~!!」

 

 思い出すたびにタリサは自身の顔が熱くなるのを感じる。あの時の言葉は誰がどう聞いても愛の告白で、その言葉を向けられたのは自分自身だった。恋愛事に免疫がまるでないタリサは思い出すたびに赤面してしまう。

 

「タ~リサ?何してるの?」

 

「うわぁ!」

 

 顔を赤くして一人悶えるタリサに一人の女性が声をかける。その女性はタリサと同じ部隊に所属する彼女の友人、サーシャだった。彼女はタリサと同年代で肌や髪はタリサと同じ褐色黒髪だが、その女性的な部分はタリサとは大きく異なり出るとこは出て引っ込むところは引っ込んだ抜群のスタイルをしていた。

 

「ふぅ~ん…また愛しの彼のドッグタグを見てたの?」

 

「愛しのって、リョウガはそんなんじゃ…!」

 

「じゃあ好きじゃないの?」

 

「っ…!?」

 

 サーシャの言葉にタリサは無言になる。実は此処数週間、涼牙と別れてからタリサが悩んでいることがそれだった。涼牙の告白、それに対してタリサ自身がどう思っているかだ。

 

「でもタリサ、ドッグタグを見てるときの顔は恋する乙女そのものよ?」

 

「なぁ!?」

 

 タリサはその一言で顔を真っ赤にする。どうにか否定しようとするタリサだが、否定したくないと思っている自分に気が付いた。

 

「あ、アタシは…」

 

 「リョウガを好きではない」――その一言を言うのは簡単なはずなのに、口に出すことができなかった。

 

「じゃあタリサ、ちょっと目を瞑って?」

 

「な、なんだよ?」

 

「良いから早く、ね?」

 

 疑問符を浮かべながらもタリサはサーシャの言葉に従って目を瞑る。

 

「瞑ったぞ?」

 

「はい、じゃあ…彼に抱き締められる自分の姿を想像してごらんなさい?」

 

「ぶっ!?」

 

 タリサの耳元で囁かれたサーシャの言葉に彼女の顔が真っ赤になり、目を開ける。

 

「な、なななななに言うんだよいきなり!?」

 

 しっかりと想像してしまったのかタリサの顔は耳まで真っ赤だ。

 

「ふふ、予想通りの反応ね。じゃあ今度は、彼が自分以外の女性を抱き締めてるところを想像してみなさい?」

 

「っ…!?」

 

 根が単純なタリサはサーシャの言われたことをすぐさま想像する。自分以外の、自分の知らない女が涼牙に抱き締められている。そう考えるだけで胸の奥がざわつくのを感じる。

 

「…凄く嫌みたいね?」

 

「……」

 

 無言のまま、タリサは頷く。彼女の感情がそのまま表情に出ていたのだろう、サーシャはタリサの感情を理解したようだ。

 

「(そっか、アタシは…リョウガのこと…)」

 

 いくら経験がなく、こういったことに鈍いところがあるタリサでも自身の感情を自覚する。

 

「…自覚できたみたいね?」

 

「…うん…よし!」

 

 タリサは頷くとドッグタグを握りしめ、いきなり立ち上がる。

 

「サーシャ!これからシミュレーターするから付き合ってくれ!」

 

 先程の悩んでいる表情はどこへやら、タリサはサーシャの手を引っ張って格納庫に向かう。

 

「(絶対にリョウガとまた会う!それまで死んでたまるかよ!)」

 

 これから先を生き抜くためにタリサは改めて自身を鍛え抜くことを誓う。その裏で…

 

 

――ピキィン!!

 

 

「…?」

 

 一瞬、脳裏に感じたイメージ…それを気のせいと感じて気にも留めないタリサ。彼女の中で、新たな力が目覚め始めていた。

 



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第十話 会合

更新です。今回、主人公の所属する部隊名が決定します。設立はもう少し先ですが

ではでは、感想お待ちしています。


 

「ふぅ…」

 

 ユウヤ達が住む町にある小さな公園、そのベンチに涼牙は一人で座っていた。彼は今回、この町に来ることになった本来の目的を果たしに来ていた。

 

「さて、どうくるかね…」

 

 涼牙の懐にはGジェネ世界から所持していた拳銃がホルスターに入っていた。万が一、自身の身に危険が及んだ際はこれを抜くことになるだろう。

 

「はむ、もぐもぐ」

 

 その場所で待ち人を待ちながらホットドッグを頬張る。ちなみに、このホットドッグは何軒か周ってようやく購入できたものである。日本人への差別にいい加減辟易としてきた涼牙だった。

 

「ふむ…」

 

 ホットドッグを食べ終わり、涼牙は自分に近付いてくる気配に気付く。日本人と言うことで周りからの視線は感じていたが、近付いてくる人間は初めてだった。

 

 この差別意識の強い町で自身に近付いてくるのは日本人を見下し、絡もうとするアメリカ人か或いは…

 

「Mr.ヒムロで、よろしいですか?」

 

 涼牙の目的の人物のどちらかだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「(ふむ、危険はねーかな)」

 

 公園に現れた男性――アジス・アジバの案内で涼牙は町の郊外にある屋敷に来ていた。

 

「此処がジャミトフ閣下のお屋敷です。どうぞ」

 

 アジスは屋敷の扉を開けると涼牙を中に招き入れる。この日は涼牙が接触しようとしていたジャミトフ・ハイマンとの会談の日なのである。

 

 数分間、無言のまま屋敷の中を進んでいくとしばらくして一つの部屋の前でアジスは足を止めた。

 

「閣下、Mr.ヒムロをお連れしました」

 

「入れ」

 

 アジスの言葉に部屋の中からすぐに返事が返ってくる。その声は涼牙自身が聞いたことのある声だった。当然だ、ガンダムの世界では会ったことはなかったがそれ以前は何度も画面の向こうから聞いた声なのだから。

 

「よく来てくれた、儂がアメリカ陸軍中将のジャミトフ・ハイマンだ。貴公があのデータを送ってきたリョウガ=ヒムロかな?」

 

「はい、私が氷室涼牙です。今日は時間を作っていただきありがとうございます」

 

 ジャミトフの挨拶に涼牙も敬語で返す。それはミラのような通常の目上の人間に話すのとは別の、上官に話すような口調だった。

 

「ふふ、しばらくこの街に滞在していたのだろう?街の印象はどうだったかね?」

 

「正直、差別が酷過ぎて嫌になりますね。外に出れば白い眼で見られますし、俺が今世話になってる人達も辛い思いしてますし」

 

 ジャミトフの問いに涼牙は溜息を吐きながら答える。そんな彼に対し、ジャミトフは口に笑みを浮かべていた。

 

「はっはっは、随分と正直に言うな」

 

「食いもん買うのにも何軒も門前払いされましたからね。たかだか肌の色が違うってだけでこんな対応されたら嫌にもなりますよ」

 

「ふむ、確かにそれには同感だな」

 

 涼牙の言葉にジャミトフは首を縦に振って同意の意を示す。その姿は少なくともジャミトフが人種差別をするような人物ではないことを現していた。

 

「閣下は何故この町に住んでるんですか?」

 

 涼牙はジャミトフが何故この町に住んでいるのか…その疑問を素直にぶつける。

 

「ふふ、儂はこの町の生まれでな。確かに差別は煩わしいが、引っ越すよりも先に優先するものがあるのでな」

 

 実際、ジャミトフも何度か引っ越しを考えたことがあるのだろう。だが、彼にとってはそれよりも優先するものに自身の資産を使っているのである。

 

「閣下が優先するものってのはなんなんです?」

 

「ふむ、昔は地球環境保護運動に参加していてな、稼いだ金に大半はそちらに使っていた。今はBETAを殲滅するための研究や兵器開発に投資しとるよ。もっとも、これと言った成果が出ていないのが現状だがな」

 

「…確か、アメリカ軍は高威力の爆弾「G弾」を開発しているって聞きましたけど…閣下は関与していないんですか?」

 

 涼牙の言葉にジャミトフと、彼の後ろに控えるアジスの表情が変わる。本来、「G弾」の情報はアメリカ軍内でも最高機密である。その情報を有している目の前の涼牙に二人とも警戒の色を強めたようだった。

 

「貴公…何処でG弾のことを知った?」

 

 警戒心丸出しで涼牙を見つめるジャミトフ。そんな視線に当の涼牙は何処吹く風だった。

 

「あの程度のプロテクトなら、突破するのは造作もないですよ。俺の世界にはアレよりももっと強固なプロテクトがありますからね」

 

「俺の世界…?何のことだ?」

 

 ジャミトフの問いに、涼牙は以前タリサにしたのと同じ説明をする。自分が此の世界とは別の世界から来た人間であること。そして、手土産としてジャミトフに送ったストライクダガーもその世界の産物であると言うこと。

 

「馬鹿な…そんなことを信じられるはずが…」

 

 秘書のアジスが本音を口にする。それは常人からすれば当然の反応だった。

 

「だが、本当のこと…なのだろう?」

 

 しかし、一方でジャミトフは涼牙の言葉を完全に信じていない訳ではないらしい。

 

「閣下は、Mr.ヒムロの話を信じるのですか?」

 

「寧ろ、嘘を吐くならもう少しマシな嘘を吐く。普通なら到底信じられないことをこのような場で言う…其れだけで可能性はゼロではないと考えられる」

 

 あまり信じていないアジスに対し、ジャミトフの方はある程度信じていた。

 

「無論、本当の事です。その証拠の一つとして、かつての世界での戦闘データを持参しました」

 

 涼牙は一枚の記録ディスクを渡す。そのディスクにはかつての世界でのMSによる戦闘、その一部が映像として記録されていた。

 

「…此れは…」

 

「なんと…」

 

 映像の中の戦闘に二人は驚愕する。宇宙で、地上で、大空で、無数の巨人達が戦う。此の世界の戦術機を超える機動で動き回り、放ったビームが敵を貫く。此の世界とはまた違う、人間同士の戦争…その姿が其処にはあった。

 

「…成程、貴公の居た世界ではBETAが居ない代わりに人間同士の戦争が続いていたと言う訳か…」

 

 此の世界でも、人間同士の争いはある。だが、それでもガンダムの世界の様に大規模なものは現状存在しない。そんなことをしていれば、BETAに対応できないからだ。

 

「はい、俺の居た世界では様々な理由で人類は争っていました。人種、宗教、利益…そして戦争の中でMSが生まれ、技術は進化し続けました」

 

「成程な…」

 

 皮肉なものである。戦争、それ自体は忌むべきものであると言うのは誰でも解る。だが、その忌むべき戦争が様々な技術を向上させることもある。

 

「俺が何故此の世界に来たのかは定かではありません。ですが、此の世界に来た以上…人類が、そしてこの地球が荒廃していくのを見ていたくはありません」

 

 ジャミトフの協力を得たい…その一心で自分の本心を明かす涼牙。そんな彼のことをジャミトフは真っ直ぐに見つめていた。

 

「一つ言っておこう。儂は別段、人類の為に戦っているわけではない。BETAが現れる以前は、地球を汚し続ける人類に憤ったことも決して少なくはない」

 

 それは、ジャミトフ以外にはアジスしか知らない彼の真意。あくまでも地球環境を第一に考えるジャミトフの思想。その思想故に彼はG弾の存在を容認できない。

 

「だが、現状この地球を護れるのが人類だけだと言うのも理解しているつもりだ。そして、環境を壊さずにBETAを駆逐できる兵器が手にできるのならば…悪魔の手でも借りよう」

 

「では…!」

 

「うむ、契約成立だ。儂は貴公に協力する。貴公も儂に力を貸してくれ」

 

 ジャミトフの差し出した手を、涼牙が握り返す。此処に、ジャミトフと涼牙の協力関係が成立した。

 

「しかし、どうなさいますか?MSを運用するにしてもそれを開発できる施設が必要ですが」

 

 アジスの疑問に対し、ジャミトフは余裕の笑みを浮かべていた。

 

「なに、開発に関しては問題ない。儂と同じような思想を持ち、経済的に問題のない男を儂は知っておる。彼奴に持ちかければ問題はあるまい。そして開発したMSはまず儂の設立する独立部隊で運用する。他の者の干渉を一切許さぬ独立部隊をな」

 

「態々部隊を設立するのですか?」

 

「新兵器の登場には演出も必要だ。G弾等不要だと思わせるには、独立部隊と言う特異な状況と実績を持って世界に衝撃を与える。そしてMSの開発は登場まで極秘裏に行う。万が一、G弾推進派に知れればG弾運用の先兵にされかねんからな。少なくとも独立部隊の初実戦まで極秘にせねばならん」

 

 淡々と語るジャミトフ。その内容は涼牙にしてみても問題など一切ないものだった。

 

「しかし、閣下を疎んでいる者達が部隊の設立を許すでしょうか?ましてや他の干渉を許さぬ独立部隊など…」

 

 それは当然の懸念。元々、ジャミトフを警戒している連中は彼に無用に権力を持たせたくないと考えている。

 

「無論、考えはある。独立部隊を組織するに当たって、儂は正規の部隊の指揮権を放棄する。つまり、儂は正規軍の兵士は一兵たりとも動かせんと言うわけだ。奴等からすれば儂はただ階級があるだけで命令も下せぬ人間になる。傍から見れば軍内での権力の大半を失うわけだ。奴等には願ってもないことだろう」

 

 確かに、ジャミトフを疎む者達にとっては彼が権力を失うのは願ってもないことだ。MSの存在を知られさえしなければジャミトフの失策ととるだろう。

 

「そしてヒムロ、貴公には階級と軍籍を用意する。儂は後方で部隊の動きを支援する故、貴公には実働部隊の指揮官として動いてほしい」

 

「了解です、期待に応えて見せますよ」

 

 涼牙の立ち位置はMSに搭乗することを覗けばガンダム世界でのバスクと同じ。だが、最大の違いは涼牙がバスクと違ってジャミトフの思想を理解していると言うことだった。こうして、ガンダム世界とは違い信頼できる部下を得たジャミトフ。この日のうちに部隊名も決定した。

 

 

 

――それは、ガンダム世界で数多の悲劇を起こした部隊――

 

 

 

――されど、此の世界では地球の守護者となる者達の名前…その名を――

 

 

 

――ティターンズ――

 

 

 

 

 



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第十一話 協力者

少し早目の更新です。夜には更新できなさそうなので…そして今回でストック切れです。まぁ、次の話はほとんどできているんですが。

タイトル通り今回、協力者登場です。この協力者は環境の違いが最大限影響しているかと…

感想お待ちしています。


 アメリカの首都・ワシントンに存在するアズラエル財団が所有するビル。其処にジャミトフ・ハイマンは訪れていた。

 

「協力、感謝するぞアズラエル会長」

 

 ビルの中を歩く二人。一人は先日、涼牙から協力を打診されてそれに応じたジャミトフ。そして彼が会長と呼んだ人物、それは会長と言う役職には不釣り合いな程若い人物だった。

 

「いえいえ、此方こそ大きなビジネスチャンスを与えていただき感謝しますよ。中将殿」

 

 優しげな笑みを浮かべ、水色のスーツに身を包んだ金髪の青年。彼こそ、若くしてアズラエル財団を取り仕切るアメリカ屈指の企業家――ムルタ・アズラエル。ジャミトフがMS開発の協力者として連絡を取ったのが彼であった。

 

 この二人の接点――それは自然保護の運動だった。ジャミトフは若い頃から個人で自然保護の運動に参加していた。一方でアズラエルの方は彼の父である先代アズラエル財団の当主が自然環境を愛する人物であり自然保護団体「ブルーコスモス」に出資していたことから、先代の代からジャミトフとは親交があった。無論、現当主であるムルタ・アズラエル自身も自然環境を愛する人物であるためにジャミトフとは友好関係にあった。

 

「しかし、儂としては少し意外だったな。貴公がこのような話を意図も容易く信じるとは…」

 

「異世界からもたらされた兵器、ですか」

 

 ジャミトフの疑問にアズラエルは笑みを浮かべる。

 

「貴方から見せられたこのデータ、これに記された機体のデータは既存の戦術機の技術体系と余りにもかけ離れています。此れならば、隠れて建造されたよりも異世界から持ち込まれたと言われた方が信憑性は高い。何より、貴方がこのような大事なことで嘘を吐くとも思えませんし…貴方が信用した人物なら大丈夫と僕も判断したまでですよ」

 

 既にアズラエルの手元にはジャミトフの手によってストライクダガーのデータが送られていた。そしてジャミトフを通して涼牙のことや異世界のことも伝えられていた。

 

「しかし、そのヒムロ君と言う人もやり手ですねぇ。万が一のことを考えて奪われてもそこまで痛くない機体のデータを手始めに送り、尚且つビーム兵器と言う此方の興味を引く武装のデータも備え付けられている。悪い事態に備えつつ、取り引きを上手く進めようとする。中々有能な人物のようだ…早く会ってみたくなりましたよ」

 

 アズラエルの中で、涼牙への評価が上がって行く。

 

「あの者と会うのはそう遠くあるまい。それより、MSの開発に使える環境は問題ないのか?」

 

「それに関しては御心配なく。アズラエル財団も独自に戦術機研究は行っています。その研究をMS開発に転換し、施設もそのまま使用します。場所は資材の運び込みを考えて海に面した場所になっています。データは此処に」

 

 そう語ると、アズラエルはジャミトフに施設の場所が書かれたフロッピーを渡す。

 

「そうか、感謝する」

 

 ジャミトフは笑みを浮かべてそのフロッピーを受け取る。彼が態々アズラエルの元を訪れたのもMS開発を極秘裏に進めるためだった。

 

「ふふ、お気になさらず。僕の方も貴方やヒムロ君に感謝しているのですよ。自然環境を壊さずにBETAを殲滅できるならそれに越したことはありません。G弾等と言う得体の知れないものを使われたくないですしね。それに、MSは兵器の革命になります。そして、それを開発する我々にも多大な利益が生まれる。此方にも悪いことはありません」

 

 アズラエル自身、G弾にあまりいい感情は持っていなかった。自然保護団体ブルーコスモスの代表も兼任している為に、地球上で核やG弾を使うのに否定的である。また、経営者としても通常兵器で勝ち目がないならともかく、勝ち目が出て来た以上はG弾を使うのは悪手だ。なんせ、G弾の影響で他国に影響が出ては世界を相手に商売するアズラエル財団にとっては不利益になる。一方、MS開発に成功すれば世界相手に新たな商売ができる上に戦後もMS販売のトップシェアとして莫大な利益を生み出すことができる。その可能性が出た以上、MS開発に乗るのは公的にも私的にも悪くない賭けであると彼は考えたのである。

 

「ところで、貴方の方はどうですか?独立部隊の設立…上手く行きそうですか?」

 

「うむ、初めは大分渋られたが…儂が正規軍の指揮権を放棄すると言ったら手応えがあった。結成に影響はあるまい」

 

 ジャミトフの方もすでに軍上層部の方に独立部隊設立の話を通していた。当初こそ、自分達の警戒するジャミトフが他の干渉を受けない直属の独立部隊を結成するのに難色を示していたが、正規軍の指揮権放棄を聞いて大分態度が軟化したらしい。

 

「それは何よりです。何でしたら、独立部隊の制服等も此方で承ります。御安くしておきますよ?」

 

「ふふ、商魂逞しいな…考えておこう」

 

 アズラエルの台詞にジャミトフが愉快そうに笑う。こうして、順調に計画は進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、涼牙はブリッジス宅で私物のノートPCに向かい合っていた。

 

「やはり、部隊に配備する機体は汎用性や戦況への対応力を考えて此奴にするか…」

 

 画面の向こうには幾つものMSのデータが映し出されていた。現在、涼牙が行っているのは独立部隊で運用するMSの選出だった。

 

「初めは数が少ないからな、出来るだけ性能が良くて様々な戦況に対応できそうな機体が望ましい。そして、動力はバッテリー駆動が最もいい。それと、機体にはムーバブルフレームを採用して、と…」

 

 性能を第一に考えるならデルタカイと同じように核融合炉を動力源とする機体が望ましい。しかし、肝心の核融合炉を製作するのに必要なヘリウム3は木星でなら問題なく採れるが、地球上では少ない数しか入手できない。その為、コスト面や量産に向かないことからバッテリー駆動機――ストライクダガーと同じくSEED系列の機体に決定した。さらに、其処にムーバブルフレームを導入して関節の可動範囲や強度を改善する。いわば、SEED系列の機体に宇宙世紀の技術を盛り込むことを考えていた。

 

「(それと、アレのパイロットも探さないとな。この状況で性能の良い機体を遊ばせとく訳には行かない…)」

 

 涼牙の脳裏には現在キャリーベースに予備機として眠っている機体の姿があった。その性能は此れから生産しようとしている量産機よりも格段に優れている機体だった。

 

「(やっぱり…此れから確保する人員の中から選ぶのが一番いいか?それとも、他に適した人材がいるか…)」

 

「おい、リョウガいるか?」

 

 ノートPCにデータを入力していると、部屋の外から声がかかる。その声の主はユウヤだった。

 

「ん、どうした?」

 

「飯出来たぜ?早く来いよ」

 

 どうやら食事に呼びに来たらしい。それを聞いて涼牙はノートPCを閉じて席を立つ。

 

「あいよー、今行く」

 

 そう返事をしながら扉を開く。するとそこにはユウヤが立っていた。

 

「アンタ、最近何やってんだ?こないだから部屋に篭もり気味だぜ?」

 

「あぁ…ちょっとな」

 

 ユウヤの言うこないだと言うのは、涼牙がジャミトフの元を訪れた日のことである。それ以降、涼牙はジャミトフと連絡を取りながら私物のノートPCにこれから開発するMSを考え、データを打ち込んでいたのだ。

 

「…別に、深く聞く気はねぇけどよ。あんまり篭もりすぎると心配するぜ。ママも、俺もな…」

 

「…そうだな、悪かった…」

 

 ユウヤの言葉に、涼牙は苦笑いする。思えば、当初は険悪だったユウヤも随分心を開いたものである。今では日本人である涼牙の身を案じるまでになっていた。

 

「いい機会だし、お前とミラさんには言っておくべきかもしれないな」

 

「ん?」

 

 疑問符を浮かべるユウヤだが、それを訊ねる前に夕食の場に着いた。

 

「来たわね、もう準備は出来てるわよ」

 

 台所から料理を運んでくるミラ。食卓にはサラダを初めとする野菜料理に加えて日本食である肉じゃがが並んでいた。

 

「お、美味しそうですね」

 

「ふふ、最近はユウヤも日本食を出して嫌な顔しなくなったから料理が楽しいの♪」

 

 笑顔で語るミラだが、一方のユウヤは複雑な表情である。以前のユウヤは父親の関係から日本に関するものを嫌っていた。それは料理にまで及んでいたが、涼牙が暮らし始めてからは少なくとも父親以外の日本に関するものには嫌な顔をしなくなったのだ。それからミラが楽しそうな顔をするようになったのを見てユウヤは、母に迷惑をかけていたことを改めて痛感した。

 

「えっと、実は二人に伝えたいことがあるんだが…」

 

「何かしら?」

 

「そう言えば、さっきも何か言ってたな」

 

 食卓に着いたミラとユウヤに、同じく食卓に着いた涼牙が口を開く。そして、彼は語った。自身の出生と此れから成そうとしていることを。

 

「異世界…?」

 

 それは、語らなくても良いことだったかもしれない。だが涼牙は此れまで世話になり、本人も心を開いている二人に隠しているのは耐えられなかった。それに、自身が喋ってもこの二人なら決して口外しないだろうと信頼していた。だから語る、自身の此れまでと此れからのことを。ただ、自身のことで僅かに喋らないこともあったが…

 

「そう…じゃあ貴方は此れから、その独立部隊に入って戦場に行くのね?そのMSに乗って」

 

「…ってか、そう言うのって俺達に喋っていいのか?」

 

「ははは、ホントは喋っちゃいかんのだけどな。ただ、隠したまま戦場に行くのも嫌だったんだ…」

 

 ユウヤの指摘に涼牙は苦笑いで答える。そんな彼の姿にユウヤは呆れて頭を抱えた。

 

「大丈夫よ、ユウヤ。要は私達が喋らなければ良いだけなんだもの。それに、喋ってくれたって言うのはそれだけ私達を信頼してくれてる証よ」

 

 頭を抱えるユウヤに対して、ミラの方は時折MSに興味深げな表情を浮かべたものの基本的に笑顔だった。

 

「それで、すぐに此処を出なければいけないの?」

 

「いえ、部隊設立とMS開発に数年は掛かるのですぐと言うわけでは…」

 

 ミラの問いかけに、涼牙は答える。するとミラは再び笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、それまで此処で暮らしていて?此処はもう、貴方の家でもあるんだから」

 

 笑顔で提案する彼女に、涼牙は苦笑いしてその提案を受け入れる。しかし、そのミラの隣ではユウヤが何か悩んだような表情をしていた。

 

「あら、ユウヤ?どうしたの?リョウガ君がうちに住むの嫌だったかしら?」

 

「は?いや、そんな訳ねぇよ。いるんだったら好きなだけいりゃいいし…」

 

 不意のミラの言葉にユウヤは自身の素直な気持ちを吐露する。もはや、彼にとっても涼牙がブリッジス家に滞在することはまるで問題のないことだった。

 

「そう、なら良いわね」

 

「うん…」

 

 返事を返すユウヤ。だが、その表情はやはり悩んでいるようで…その表情を涼牙は忘れることができないでいた。

 




というわけで協力者は盟主王と悪名高いムルタ・アズラエルでした。

ちなみに、本小説でのアズラエルのSEEDとの相違点は以下の通り。

・コーディネーターがいないので幼少期のトラウマがない

・コーディネーターがいないのでブルーコスモスが大規模ではあるが普通の自然保護団体のままで、そこの代表をしているのでアズラエルも自然保護活動をしている

・SEEDのように軍内部に食い込んでおらず、純粋に企業家

大まかに書くとこんな感じ。アズラエルは自然保護活動をしているのでG弾や核を地球上で使うのは嫌っています。一方で宇宙とか地球に影響のないところならまるでためらいませんが


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第十二話 病人

お待たせしました、更新です。

ストックはもうないので少し時間はかかるかもですが頑張って更新するのでよろしくお願いします。

感想お待ちしています。


「はぁ…」

 

 平日の昼間、ユウヤの通うジュニアハイスクール。その昼休み時間、ユウヤは机に頬杖をついて溜息を吐いた。此処数日、涼牙から話を聞いてからユウヤはしょっちゅうこの調子だった。

 

「(リョウガ、戦場に行くのか…)」

 

 その内容は勿論涼牙のこと。彼がそう遠くない未来に戦場に出る――いくら異世界で戦っていた兵士だとしても、死ぬ可能性がないわけではない。そのことがユウヤを悩ませる。

 

「(俺に、出来ること)」

 

 ユウヤは、戦場に行く涼牙に対して出来ることはないかと考えている。彼にとって、涼牙は長い間の日本人への偏見を取り払ってくれた恩人だった。彼のおかげでユウヤは心に余裕を持つことができるようになったし、同級生のいじめも受け流せるようになった。言ってしまえば、涼牙はユウヤにとって頼れる兄貴分のような存在になっていた。

 

「(アイツなら…どうするかな…)」

 

 ふと、その脳裏に一人の少年の姿が浮かぶ。それは、ユウヤにとって初めて友達になった人物だった。二年前に、一ヶ月と言う短い期間だけこの町に引っ越してきた少年。銀色の長い髪に黄色い瞳の、一言で行ってしまえば美形と呼べる外見の少年。頭も良くて、運動もできてクラスどころか学校中の女子に人気があって多くの男子生徒からの妬みを買っていたのをユウヤは覚えている。

 

 当初は、ユウヤは彼に何の興味もなかった。どうせその少年も自分を日系人だと差別する。そう考えていたユウヤだが、その考えはすぐに変わった。

 

 

――くだらない真似はやめろ

 

 

「(あぁ、そう言えば…アイツと友達になったのも、リョウガと同じような状況だったな)」

 

 少年とユウヤが仲良くなったのは、少年がユウヤに対する同級生達のいじめを止めたことが切っ掛けだった。それから、彼と話して…少年が差別をしない――寧ろ、嫌う側の人間であると知ってユウヤは少年に心を開いた。

 

 それから一ヶ月、少年が家の都合でワシントンに戻るまで二人は親友と呼べる間柄になっていた。互いの家に遊びに行ったことも何度もあり、少年の母親とも仲良くなった。

 

「(アイツ…兄貴や父親とは上手くやれてんのかな?)」

 

 ユウヤと少年が仲良くなった要員の一つには、共に家庭環境に問題を抱えていると言う共通点があった。少年には兄が一人居り、父と兄は揃って差別主義者であった。対して、少年とその母親は差別をしない人間であった。少年がこの町に引っ越してきたのも、そう言った環境からの家族内の不和が原因であるとユウヤは聞いていた。

 

 だからこそ、少年が兄や父の元に戻ると聞いた時は非常に心配だった。だが、心配するユウヤを尻目に少年は逆にユウヤの心配をしていた。

 

 

――ユウヤ、何時までも日本人を憎むなよ?疲れるだけだぞ

 

 あの時、ユウヤは複雑そうな顔をするだけだった。結局、あの時はまだ日本人への偏見が消えていなかった。だが、最終的に日本人である涼牙と関わることでようやく偏見をなくすことができた。だから、少年にその報告をしたいとユウヤは最近思い始めていた。

 

「(…と、今はリョウガのことだな…)」

 

 自身の思考が少年との思い出だけになっていたのを自重し、思考を戻す。しかし、その前に一人の教師が教室に入ってきた。

 

「おい、ブリッジス!すぐに家に帰れ!」

 

「…は?」

 

 教師の突然の発言にユウヤは疑問符を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間を遡ってブリッジス宅、涼牙は再び自室でノートPCに向き合っていた。

 

「…まさか、協力者がアズラエルとはな…」

 

 ノートPCに向かい合いながらもその思考はジャミトフから告げられた協力者のことで占められていた。涼牙は知っている、嘗ての世界でアズラエルが行った凶行を。

 

 ブルーコスモスの盟主としてコーディネーターを弾圧し、核を使って彼等を抹殺しようとした人物。ビジネスマンとしては非常に優秀だが、人物としては決して褒められた人間ではない。

 

「けど、此の世界のアズラエルは違うのかもな」

 

 だが、涼牙は考える。そもそも、アズラエルの凶行の原因はコーディネーターを嫌う家に生まれ幼少期にコーディネーターによってトラウマを植え付けられたことに起因する。だが、此の世界にはコーディネーターは居らずブルーコスモスも自然保護団体のまま。トラウマを植え付けられずに、歪んだ教育もされていない彼はもはや嘗ての世界のアズラエルとは完全に別人なのではと考えた。

 

「閣下も、問題ないって言ってるしな」

 

 ジャミトフの話では、個人的にG弾に否定的な上にG弾を使わせるよりもMS開発の方が最終的に遥かに利益が上がると考えている――とのことだった。

 

 だが、良く考えてみればかつての世界でもブルーコスモスの盟主であるロード・ジブリールは地球上で核は使わなかった。地球上にもザフトの重要拠点は多数点在していたにもかかわらず――だ。

 

 其処で涼牙は考える。彼等はあくまでも環境に影響の出ない宇宙だからこそ核を躊躇いなく使ったが、地球上で使って環境に影響が出ることを嫌ったのではないかと。元々、ブルーコスモス自体が自然保護団体であったことを考えるとあながち無くもない想像だった。だからこそ、地球環境に多大な影響の出るG弾の地球上での使用にもいい感情は持っていないのではないかと。

 

「まぁ、此れは俺の勝手な想像か…少なくとも、コーディネーターと言う差別対象が存在しない以上アズラエルを信用する価値はあるか」

 

 そう呟くと涼牙はノートPCを閉じて部屋を出る。彼はこうしてデータを纏める時間をあらかじめ決めておき、残りをミラの手伝いをすることで過ごしていた。部隊が設立するまではこの家で世話になる以上、手伝いをするのは当然だと考えていた。

 

「ミラさん、何か手伝うことありますか?」

 

 階段を下り、一階にいるであろうミラに声をかける。だが、返事がない。

 

「…ミラさん?」

 

 もう一度声を掛けるが、返事は帰ってこない。買い物にでも行ったのかと考えながらリビングに近付いていく。

 

「はぁ…はぁ…!」

 

 リビングの扉に手を掛けようとしたその時、其の向こうから苦しむような声が聞こえてくる。

 

「ミラさん!」

 

 異変を察し、急いでリビングに入る涼牙。其処には床に倒れ、息を荒くしているミラの姿があった。涼牙は急いで彼女を抱き起す。

 

「はぁ…はぁ…大丈夫…よ…少し…休めば…」

 

 そう語るミラだが、その顔色は明らかに大丈夫と言えるものではない。その姿に涼牙はすぐに電話の受話器を手に取る。

 

「とにかくすぐに救急車呼びますから、病院行きましょう!俺が付き添います!」

 

 すぐに救急車に連絡しようとする涼牙。だが、それをミラが制止した。

 

「無理よ…この町には…一軒しか病院がないわ…結構大きな病院だけど…そ、そこの院長はこの町でも特に…有色人種が嫌いなの…ユウヤを生んだ私は…受け入れ拒否されるだけよ…」

 

 苦しそうに語るミラ。一方、涼牙はそんな病院側の思考に憤りを覚える。

 

「(ふざけるな!人の命をなんだと思ってるんだ…!)」

 

 余りにも度が過ぎた差別意識。それはコーディネーターとナチュラルの確執を髣髴とさせるものだった。

 

「…ユウヤが…病気になった時は…隣町まで…診て貰いに行ってたけど…」

 

 ミラの病状が詳しく解らない以上、のんびりしている暇はない。隣町に行くにしても病人のミラに道案内をさせるわけにはいかない。そう考えた涼牙の行動は早かった。涼牙は携帯端末を取り出すとあるところに連絡を取る。数回のコールの後、相手が通話に出た。

 

「…もしもし、氷室です」

 

≪おぉ、貴公か。どうした?≫

 

「実は、折り入って頼みがありまして」

 

≪…ふむ…ただ事ではなさそうだな≫

 

 通話相手は涼牙の声音から何か緊急の事情があると察する。

 

「この町で俺を世話してくれてた人が病気で…町の病院は差別で受け入れてくれないようです。何とかなりませんか?」

 

 ミラを助けることに必死な涼牙。そんな彼の言葉に、通話相手はしばし思案した後に返事を返した。

 

≪成程な…よし、儂の主治医に見せてみよう。すぐに屋敷まで連れて来ると良い≫

 

「…ありがとうございます」

 

 涼牙は心からの感謝の言葉を告げると、すぐにミラを抱えて車に乗り込み家を後にする。

 

「リョウガ君…何処に…」

 

 一方、涼牙に連れ出されて背もたれを倒した助手席で横になるミラには彼が何処に向かっているのか見当もつかなかった。

 

「助けてくれるところを見つけました、すぐにそっちに向かいます。坊主には後で連絡しますので、今はゆっくり寝ててください」

 

 そう語りながら車を走らせる涼牙。しばらくして、目的地であるジャミトフの邸宅が見えてきていた。

 




以上、最新話でした。

病院に関してはやりすぎだったかなと思いましたが…差別が激しいとこういうこともあるのかなと思いました


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第十三話 療養と決断

更新です。少し遅れて申し訳ないです。

あと、お知らせとしてユウヤの年齢を変更しました。彼が入隊したのが中卒の時だというのを忘れていて高校生にしてしまったので

今回は突っ込みどころが多いかもしれませんが大目に見ていただけると嬉しいです

では、感想お待ちしています


 

「ブリッジス少年をお連れしました」

 

 ミラがジャミトフ邸に運び込まれてから数時間、彼女が運び込まれた部屋に訪問者があった。一人はジャミトフの秘書官であるアジス・アジバ。そしてもう一人はそのアジスの案内でこの屋敷にやって来たユウヤであった。

 

「ママ!」

 

 部屋に入るや否や、ユウヤはすぐにミラの下に駆け寄った。教師からミラが倒れたことを聞かされたユウヤは大急ぎで自宅に戻り、其処で待っていたアジスに屋敷まで連れてきて貰ったのだ。

 

「大丈夫よ、ユウヤ」

 

 駆け寄ってきたユウヤをミラはベッドに座ったまま笑顔で迎える。その傍らには涼牙、ジャミトフ、そしてジャミトフの主治医の姿があった。

 

「あの、ママの容体は?」

 

 いったい何があったのか――ユウヤはすぐ近くにいた主治医に訊ねる。すると、主治医は笑顔で答えた。

 

「御心配なく、命に別状はありません。ですが、しばらくの間は安静が必要です。発見が速かったのが幸いでした。Mr.リョウガが御自宅に居なかったらどうなっていたことか」

 

 そうして主治医は語る。家に涼牙が居て、すぐに気が付いたから命に別状がなかったと。もしも発見が遅れ、ミラ自身がその病気を隠してたら命に関わる事態になっていたらしい。

 

「リョウガ、ありがとう…」

 

 それを聞いたユウヤは涙を流して涼牙の手を握り、頭を下げる。

 

「俺だけじゃないさ、閣下が快く受け入れてくれたから良かったんだ」

 

 そう語ると、今度はユウヤはジャミトフに必死に頭を下げる。そんなユウヤの姿にジャミトフは若干照れくさそうにしていた。

 

「では、私は此れで」

 

 少しして、主治医が部屋を出て行く。さらに、それに続くように涼牙とジャミトフも話があるとのことで部屋を出て行った。

 

「ママ、本当に良かった…」

 

 部屋に二人きりになると、ユウヤは嬉し涙を流してミラの手を握る。そんな彼にミラもまた嬉しそうに微笑んでいた。

 

「心配かけてごめんね…ユウヤ」

 

「ゆっくり治してくれよ?ママは、無理しすぎなんだから」

 

 それを聞いたミラはユウヤの頭を優しく撫でる。この上なく穏やかな時間が、二人の間に流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はありがとうございました」

 

 部屋を出た後、涼牙はジャミトフに頭を下げる。ジャミトフが受け入れてくれなければミラの命が危なかったかも知れない――そう考えると感謝の念が堪えなかった。

 

「構わんよ、貴公が儂らにもたらせてくれた利を考えればこの程度はな。しかし、もしやとは思っていたが貴公が世話になっていたのはやはりブリッジス家だったか…」

 

 ジャミトフの口ぶり、それは明らかにブリッジス家のことを知っている感じだった。それを疑問に思った涼牙は疑問を投げかける。

 

「閣下は、ブリッジス家のことを御存知で?」

 

「ん…?あぁ、異世界から来た貴公は知らんか。ブリッジス家はアメリカでは有数の名家の家だ。国の上の方にも知っているものは多い」

 

「成程…そうだったんですか」

 

 ブリッジス家――アメリカ有数の名家で政治的にも有力な家である。自分が世話になっていた家がそんな名家だと言うのに驚くが…同時に疑問が沸いた。

 

「そんな名家なのに、病院の受け入れ拒否されるものなのですか?」

 

 それは、有力な家でありながら病院側の受け入れ拒否がまかり通っていること。有力なれば、ブリッジス家を敵に回すのは不利益が大きすぎると感じていた。

 

「貴公の言いたいことは解る。実際、ブリッジス家は先代――つまり彼女の父親が生きていた頃はそのような事はありえなかった」

 

 ジャミトフは語る――先代の当主であったミラの父親…即ち、ユウヤの祖父は政治家や軍部に繋がりを持つ人物だった。日本人に偏見を持ってはいたが、有能な人物だった。

 

「彼女は技術者としては傑物だが…政治的な繋がりを持っていない。何より、日本人の子を産んだ女として政治家や軍部にも彼女を嫌うものは多い」

 

 アメリカに蔓延する白人至上主義。その思想はアメリカ上層部の政治家達も持っていた。勿論、全てと言うわけではないが日本人を嫌う彼等はミラを疎ましく思っていた。だが、一方でミラとユウヤの親子に利用価値を見出してもいた。

 

「儂も先代から聞いた話だがな、あの少年の父親は日本でも有力な武家の出身だ。故に、政治的な利用価値は高い。だが、先代はそうならないように手を回していた」

 

「…ミラさんの父親は坊主――ユウヤを嫌っていたと聞きましたが」

 

 涼牙の返答に、ジャミトフは笑みを浮かべる。

 

「先代も人の子だ。大してあったことのない日本人は憎めても、愛娘の産んだ孫を心の底から嫌いになれなかったのだろう。手を回すことには成功したが、一方で政治的利用を考えていた者達は面白くなかろう」

 

 ジャミトフは其処まで語って溜息を吐く。

 

「この町の病院を経営する院長は名家の出身であり、黒い噂の多い人物だ。恐らく、彼奴も政府と強い繋がりがあるだろう。だからこそ、彼奴は何も気にせず受け入れ拒否などできるのだ」

 

 ジャミトフ曰く――院長も相応の名のある医者一家の出であり、政府にパイプを持っているとのこと。背後に政府の要人がいる――故に、ブリッジス家の受け入れ拒否をしても不利益を被らないらしい。

 

其処まで語ってジャミトフはその瞳に怒りを宿す。地球を何よりも優先するジャミトフだが、だからと言って人道的な考えを持たない訳ではない。病気の人間を見捨てる医者に激しい嫌悪感を持っていた。

 

「如何にかできないのですか?」

 

「難しいな…奴は中々尻尾を見せん。摘発するには時間がかかるだろう」

 

 元々、用心深い性格な上に政府とも繋がりがある。そんな人物を摘発するのには相応の時間と人手がいる。それは政治に疎い涼牙でも理解できた。

 

「…そう言えば、ミラさんは技術者なんですか?」

 

「む、聞いていなかったのか?」

 

 ジャミトフは涼牙の問いに驚いたような表情をする。彼はミラが元技術者だと言うことを涼牙が知っていると思っていた。

 

「はい、ミラさんの過去のことはユウヤの父親が日本の武家出身だと言うことしか…」

 

 その返答に、ジャミトフは苦笑いした。

 

「成程な…まぁ、話す必要がないと判断したのやもしれんな」

 

 そう言うと、ジャミトフはミラの大まかな経歴を語りだした。

 

「彼女はアメリカでも有数の技術者だぞ。ボーイング社に所属するフランク・ハイネマンに師事して世界初の第二世代戦術機F-14の設計者の一人でもある」

 

 F-14トムキャット――世界初の第二世代戦術機。かつて失敗作とされたF-11の後継機として開発され、その性能は当時厳しい要求仕様を出したアメリカ海軍を驚喜させた。その性能は「F-14の登場で此れまでの戦術機は旧兵器になった」とまで絶賛された傑作機である。

 

「そうだったのですか…」

 

「うむ…かつて、曙計画の折りに行方を晦ましたと聞いたが…実家に戻っていたのは先代から聞いていた」

 

 曙計画とは、アメリカに同盟を結んでいる各国が戦術機開発研修チームを派遣した計画である。アメリカ側も戦術機供給不足解消の為に研修チームを受け入れた。ミラはその曙計画にアメリカ側として参加していたのだ。

 

「と言うことは、ミラさんはその計画で…」

 

「可能性は高い…」

 

 涼牙とジャミトフは二人とも同じ考えに達する。即ち、ユウヤの父親はその曙計画に参加していた日本人である可能性が非常に高いと考えた。

 

「…閣下、ミラさんの件は…」

 

「無論、解っている。乗りかかった船だ、彼女が回復するまでは面倒を見よう。儂としても先代とは少なからず親交があった。知らぬ仲ではないからな」

 

 涼牙の願いを察し、ジャミトフは快く答える。その返答に涼牙は安堵した。

 

「そう言えば、部隊の人員の件ですが…確保は出来そうですか?」

 

 部隊を効率よく運用するためには優れた人材が必要となる。しかし、敵の多いジャミトフの設立する部隊に上手く人員が回って来るかは涼牙にとって心配なことだった。

 

「案ずるな、儂に考えがある。まず、二人…二つの小隊を指揮する人材には目星がついている」

 

 設立して実績を上げるまでは部隊の規模は少数精鋭で行くことになっている。その為、前線指揮官である涼牙に加え、二小隊八名の計九名が今の所確定している戦闘部隊である。それに加えて、艦の艦長やそのクルー。整備士がティターンズに属することになっている。

 

「後の六名は、士官学校に出向いて人員を得る」

 

 小隊長には指揮能力を考えて経験のある人間を、そして残りはMSの操縦に慣れやすくするために戦術機に慣れ切っていない士官学校の人間を獲得すると言うのがジャミトフの予定だった。

 

「涼牙!!」

 

 そうして部隊のことを話していると、背後からユウヤが走ってくる。

 

「どうした、坊主?」

 

 何をそんなに急いでいたのか――そう問いかける涼牙に対し、ユウヤは息を整えて真っ直ぐ涼牙を見据える。

 

「涼牙は、ハイマン中将の部隊に入って戦場にいくんだよな?」

 

「…あぁ…」

 

 嫌な予感がする――それが涼牙の感想だった。一方、ジャミトフの方にはブリッジス家の人達に涼牙が色々と説明したことは伝わっていた。なので、このユウヤの発言に驚くことは無かった。

 

「俺も…俺もその部隊に入れてくれ!俺も一緒に戦わせてくれ!」

 

 その予感は、見事に的中してしまった

 

 

 

 

 

 



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第十四話 少年の覚悟

更新です。バイトの連勤で更新が遅れました。申し訳ない。

ではでは、感想お待ちしています。


 

 数十分前、ミラが滞在している部屋。そこでユウヤは思いつめたような顔をしていた。

 

「…ユウヤ、どうしたの?」

 

「いや…その…」

 

 ミラが此の部屋に滞在して治療に専念することになってから、ユウヤは以前からの悩みを口にするか迷っていた。

 

 否、ユウヤの中ではすでに悩み自体の答えは出ている。だが、その答えをミラに伝えることに思い悩んでいた。

 

「ふふ…ホントにユウヤは隠し事ができないわね」

 

「え…?」

 

 笑みを浮かべたミラに対し、ユウヤは疑問符を浮かべる。そして悟った、母は全て理解していることに。

 

「リョウガ君と一緒に戦いたいんでしょ?」

 

「…あ…」

 

「ユウヤが何を考えてるかぐらいは解るわ。貴方の母親だもの」

 

 柔らかな笑みを浮かべる母にユウヤは泣きそうな表情になる。

 

「ママ…俺は…」

 

 ユウヤが口を開こうとしたその時、それよりも早くミラが口を開いた。

 

「行きなさい。もう、決めてるのでしょう?」

 

「…!?」

 

 ミラの言葉にユウヤは言葉を紡ぐことができなかった。

 

「昔、ユウヤは立派なアメリカ人だって認められたいって…だから軍に入りたいって言ってたわね。正直、あの時の貴方は凄く危うく見えたわ。周りに多く敵を作ってしまいそうで怖かった」

 

 涼牙が来る以前…ユウヤは父親と同じ日本人を疎み、自身のことを日本人或いは日系人と呼ばれることを嫌いそう呼ぶ者達に喧嘩をふっかけていた。だが、それも涼牙と接することで変わっていた。父親に関する悪感情は消えていないが、少なくとも日本人や日系人と呼ばれて他者にぶつかることは無くなっていた。

 

「けど、今は違うのでしょう?今の貴方は、リョウガ君を助けたいから軍に入りたいと思ってる。大事な人を護りたい、それは人として一番大切な感情だと私は思うわ」

 

 そう語りながら、ミラはユウヤの頭を優しく撫でる。

 

「その代り、約束して?リョウガ君は勿論、貴方も無事に帰って来るって」

 

 ミラが浮かべた優しい微笑…その微笑にユウヤは力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、自分が何言ってるか解っているのか?」

 

 そして現在、涼牙はユウヤの申し出に困惑していた。

 

「俺達が行くのは戦場だ、最悪死ぬことになるんだぞ!」

 

 戦場の過酷さを知っている涼牙は、ユウヤを戦場に出すのは反対だった。故に、声を荒げる。

 

「解ってる。でも、アンタと…リョウガと一緒に戦いたいんだ!」

 

 しかし、ユウヤは引き下がらない。彼もまた、散々悩んで出した結論なのだ。

 

「っ…俺達の相手はBETAだけじゃない。人間とだって戦わなければいけないかもしれない。それは解ってるのか?」

 

 BETAによって蹂躙される此の世界においても、人間は同族同士での争いを止められていない。権力闘争による争いもあるし、難民解放戦線やキリスト恭順派のようなテロリストも存在している。軍に入ると言うことは、そう言った人間とも戦うと言うことだった。

 

「俺の手はすでに血で真っ赤だ。けど、お前の手はまだ血に染まっていない。だから…」

 

 言葉を続けようとする涼牙の眼をユウヤは真っ直ぐに見据えていた。

 

「解ってるよ。俺だって、軍人になるってことが過酷なんだってことぐらい。けど、アンタが戦ってるときに平和なとこにいるなんて俺には出来ねえ」

 

「…このこと…ミラさんには…?」

 

「もう言った。ママは俺を送り出してくれたよ」

 

 ユウヤの言葉に、涼牙は拳を握りしめる。彼には、ミラが息子がそう望むなら送り出してしまうだろうと言う考えがあった。

 

「リョウガ、アンタは俺達家族を救ってくれた。俺の日本人に対する偏見を無くしてくれて、ママの命を救ってくれた。その恩を返したいんだ。何より…」

 

 言葉を紡ぐユウヤの瞳には、力強い覚悟の炎が宿っていた。

 

「もう、アンタは家族みたいなもんで…俺の兄貴みたいなもんなんだ。だから、俺はアンタを助けたいんだ。家族が戦ってるのに、自分だけ何もしないなんて嫌なんだ」

 

 そう聞かされ、涼牙は無言になる。その脳裏には、過去の記憶が浮かんでいた

 

 

――――もう、ただ見ているだけなんて嫌なんだ!!

 

 

 それは、嘗て異世界に飛ばされた少年が…戦うことを決断した時のこと。嘗ての自分自身の言葉が脳裏に響き渡る。

 

「ふっ…貴公の負けだな、ヒムロ」

 

 その二人の会話に、傍で聞いていたジャミトフが言葉を挟む。

 

「貴公にも解ろう?ブリッジス少年の瞳に宿る覚悟が。であれば、相応に対応せねば不誠実であろう?」

 

「…はい、閣下」

 

 ジャミトフの言葉を受けて、涼牙は改めてユウヤに向き直る。

 

「坊主、部隊の正式な運用開始にはまだ二年ぐらい時間がある。だから一年だ。此れから一年間俺がお前にMSの操縦を叩き込む。それで、俺を納得させられる腕になれなかった場合は潔く諦めろ」

 

「…!?」

 

「それと、泣き言を一言でも言ったら同様に叩きだす。良いな?」

 

 振り返り様の涼牙の眼光に身体をビクリと震わせながら、それでもユウヤは力強く頷いた。

 

「解った、必ず認めさせてやる」

 

「なら、今日はもう帰れ。特訓は明日からだ」

 

「解った」

 

 そう言い残すと、ユウヤは踵を返してその場を後にした。

 

「ふふ、良い眼をした少年だ。貴公は彼がモノになると思うか?」

 

「さぁ?それは見てみないと何とも…」

 

 ジャミトフの問いに、いつもの調子に戻った涼牙が答える。

 

「ところで、部隊員の方は集まりそうですか?」

 

 ティターンズの運用開始時は少数精鋭で動くことが決まっている。その数は涼牙を除いて二小隊。ユウヤがモノになるかどうかまだ解らない為、その二小隊の中にユウヤを入れるわけにはいかない。故に、集める人員が肝心になってくる。

 

「小隊長の二人は実戦経験豊富な者が確定しておる。軍上層部の人間が随分持て余しておるようだったからな」

 

 ジャミトフが言うにはその二人は保守的な上官に反抗的だが、優秀で周りから慕われている人材だと言う。軍上層部も疎んでいた為にジャミトフが引き抜くことに何ら問題なかったらしい。

 

「士官学校からの人員引き抜きも決定しておる。あとは誰を引き抜くかだ」

 

「なら、当初の予定通りですね。運用開始までは訓練でMSに慣れさせます」

 

 戦術機とMSは根本的に違う。機体の設計思想もそうであるし、OS自体も遥かに高度な物が使われている。故に、訓練でやることは多かった。

 

「うむ、その点は貴公に任せる。儂は小隊員以外にも部隊員を集める。機体の方はアズラエル会長が開発を待つ」

 

 部隊の運用開始まで二年――その間にやるべきことは山のように存在していた。

 

「では、俺はこれで…手のかかる坊主の訓練内容考えなければならんので」

 

 頭を掻きながら、涼牙はその場を後にする。一つ、キャリーベースのシミュレーターだ。それを利用してユウヤに特訓を課さねばならない。

 

「閣下、大丈夫なのですか?」

 

 其処に、事の次第を聞いていたのかアジスが問いかけてくる。だが、当のジャミトフは笑みを浮かべていた。

 

「問題はあるまい。あの男は確かに甘い男だが、それ故に訓練に手心など加えまい。ブリッジス少年が生き残る可能性を上げるためにも、厳しい訓練を課すであろうな」

 

 そう話しながら二人は、去って行く涼牙を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背中に二人の視線を受けつつ、涼牙の脳裏には幾つかの考えが浮かんでいた。一つは、明日からのユウヤの訓練内容に関することだが、もう一つはまったく別のことだった。

 

「(…まったく、坊主を見て昔の自分を思い出すとはな…)」

 

 昔――まだ、異世界に転移したばかりの頃の自分。散々みっともなく泣き喚いて、それでも戦うことを決断したあの時…

 

「マーク、ラナロウ…昔の俺も、あんな眼をしていたのか?」

 

 虚空に呟いた言葉は、誰に聞かれることもなく消えて行った。

 



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第十五話 それぞれの今後

ようやく更新。お待たせして申し訳ありません。

今回は久々登場のあの子が…!?

感想お待ちしています。


 

「ぐ…この…!!」

 

 キャリー・ベース内のシミュレーター、其処ではユウヤが涼牙の指導の下にMS操縦技術を学んでいた。

 

≪投げやりになるなよ!考えることを止めるな、敵の動きやレーダーを見ながら常に頭をフル回転し続けろ!≫

 

 通信越しに涼牙の声が響く。ユウヤはその声を頭に留め置き、限界まで思考をフル回転させながら敵の動きに対応しようと尽力している。

 

「そこ!!」

 

 ユウヤの搭乗する105ダガーの放ったビームが敵のストライクダガーを撃ち抜き爆散させる。彼が涼牙の指導を受け始めてからすでに三ヶ月が経過した。当初はMSの基本的な操縦法を学んでいたユウヤは、ある程度動かせるようになってからはシミュレーターでデータ上の様々な戦場で戦っていた。

 

 ユウヤの搭乗する機体は基本的に105ダガーである。これはティターンズの正式採用量産機がダガーシリーズであることからの選択だった。結果、戦場として選択されるのはコズミック・イラの世界の戦場が多かった。

 

「っ…!ぐ…!!」

 

 105ダガーの四方からビームが襲い掛かり、それをギリギリで回避しシールドで防御しながら逆に敵を撃ち抜いていく。

 

「(落ち着け、相手の動きを良く見て予測しろ…)」

 

 敵の攻撃による衝撃に歯を食いしばりながら、ユウヤは必死に冷静さを保とうとする。

 

「そこ…!」

 

 ユウヤの放ったビームはストライクダガーのコクピット部分を撃ち抜き、爆散させる。

 

「…ええい!」

 

 さらに、接近してきた敵をビームサーベルで迎撃する。ビームサーベルは接近していたストライクダガーの脚部を切り裂き、体勢を崩したところにビームライフルで撃ち抜く。

 

「くそ…!キリがねえな!!」

 

 敵を倒した傍から次々に敵がかかってくる。このデータの難易度はかなり高かった。続々とかかってくるダガーシリーズに対し、ユウヤは悪態を吐く。戦場の名前は第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦――コズミック・イラ71の時代…地球連合とザフトが行った最終決戦。ユウヤはその中にザフト側として戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(三ヶ月でこれか…)」

 

 シミュレーターの外、戦闘を行うユウヤの姿を涼牙は映像で観察していた。訓練を始めてはや三ヶ月、ユウヤの操縦技術は日に日に上達していた。

 

≪はぁ!!≫

 

 特に目を見張るのは射撃であった。近接戦闘に関してはまだ並み程度だが、射撃はすでに準エース級と呼べるものになり始めている。

 

「(素質はあったってことか…)」

 

 ユウヤを戦場に出したくないと言う想いは変わらないが、一方でユウヤの才能が稀有なものであることも涼牙は理解していた。特に射撃の才能は特筆すべきものがあった。それは狙撃ではなく、高機動戦闘と精密射撃の併用である。高速戦闘装備のエールストライカーを装備し、高速で動きながら的確に敵のコクピット部分を撃ち抜いているのである。

 

「(…なんか、複雑な気分だな)」

 

 眼前で繰り広げられるユウヤの戦闘…それはすでに並みの兵士を置き去りにしていた。まだまだ回避に甘いところはあるが、この分なら涼牙の示した期日までに十分な腕を身に付けるだろう。

 

「(にしても、坊主ももうすぐ卒業か)」

 

 既にユウヤがジュニアハイスクールを卒業するまでもうすでにひと月を切っている。現在は勉学と訓練の双方に必死に取り組んでこれほどの成長を見せているのだ。卒業後、訓練に集中すればより成長速度は増していくだろう。

 

「ハロ、次からもう少し訓練のレベル上げるぞ」

 

「了解、了解!」

 

 涼牙の言葉に傍らにいたハロが跳ねながら了承する。訓練の間、涼牙は常にスパルタだった。本人もこうして操縦技術を教わったのでそれをユウヤにも課しているのである。

 

「さて、俺はもう少しデータを纏めてくる。ハロ、坊主の訓練が終わったら教えてくれ」

 

 そう言うとシミュレーターに背を向け、部屋の片隅に用意したPC端末に向かう。既にアズラエルの下にMSのデータは送り終えており、MSの開発は始まっている。

 

「(こっちもとっととOSを組み上げないとな)」

 

 現在、涼牙が取りかかっているのは戦術機用の改良OSであった。MSの開発が出来ても、やはり戦力の多くは現状用いられている戦術機である。故に、戦術機の動きを格段に良くするOSの開発を涼牙は行っていた。開発と言ってもゼロからではなく、コズミック・イラで用いられていたナチュラル用のOSを独自に改良しているのである。これが中々大変な作業である。そもそも、涼牙はプログラミングが得意と言うわけではない。幾らデータの元があってもこれを戦術機用に改良し、雛形が出来たら今度はアズラエルの抱える戦術機のテストパイロットと協力して仕上げなければならない。

 

「(しかし、ユウヤの戦い方…アレならアイツを任せてもいいかもしれないな)」

 

 涼牙の思考の中には一機のMSの姿。予備機として仲間から受け取り、現在は格納庫で静かに起動の時を待つ機体が思い浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

「タリサ、お疲れ様」

 

 ユーラシアの国連軍基地、其処では数ヶ月前に涼牙に救われたタリサが仲間達と共に任務を終えて一息ついたところだった。

 

「お、サーシャか。お疲れさん」

 

 同僚であるサーシャから差し出されたドリンクを受け取り、タリサはそれを一気に飲み干していく。

 

「今日も問題なく任務完了ね。他の部隊も噂してるわよ?」

 

「らしいな~、まぁ悪い気はしねぇな」

 

 サーシャの言葉にタリサは笑顔で返す。実際の所、タリサ達ビーグル小隊の戦果は此の基地にいる国連軍の中では群を抜いていた。小隊員の欠員はゼロ、それどころか機体の損傷も目立ったものはなく一方でBETAを撃破したスコアもトップクラスだった。

 

「それもこれもタリサのおかげね。貴女に助けられたことも一度や二度じゃないもの」

 

 タリサのおかげ――それは決して誇張でもなんでもなかった。タリサは戦場ではまるでBETAの動きを読んだかのように味方のサポートを行い、被害を抑えながらスコアを伸ばすことに成功していた。そう言った戦果は他の部隊にも知られており、一部ではタリサを「幸運の女神」と呼ぶ者も出始めている。

 

「ん~、何となく解るんだよな。BETAが近くにいると、何か気持ち悪い感じがしてよ」

 

 それは数ヶ月前から感じ始めた感覚だった。初めは不思議な違和感を感じ始め、次第にその感覚は強くなっていった。そして遂にはBETAの存在を感じとることができるようになっていた。

 

「(この感覚を感じ始めたのは涼牙と別れてしばらくしてからだったな)」

 

 涼牙に出会う以前はこんな感覚は感じたことがなかった。故に、タリサはこの感覚のきっかけは涼牙だと考えていた。

 

「(これが、涼牙の言ってたNTの感覚って奴なのか…涼牙に会えれば何か解りそうなんだけどな)」

 

 此の数ヶ月、タリサは涼牙のことを考える時間が増えていた。それは自身の身に付けた感覚の正体を知りたいと言う考えでもあり、そして単純に涼牙に会いたいと言う考えでもあったが――離れている間に、涼牙の心が変わらないかが気掛かりで…一刻も早く会って自分の想いを伝えたいと言う乙女の思考であった。

 

「………」

 

 脳裏に浮かぶ涼牙の姿。その姿を想像して胸元に光るドッグタグを握る。普段も、そして戦場に行く時も彼女はこのドッグタグを肌身離さず持っていた。

 

「タリサ~?またあの人のことを考えてるの?」

 

「うぇ!?」

 

 そんなタリサをからかう様にサーシャが声をかける。そんな彼女の発言にタリサは顔を紅くした。

 

「まったく、タリサは解りやすいわよね~?彼のことを考えてるときは絶対ドッグタグに触ってるんだから」

 

「え…あ…」

 

 自分の手の中にあるドッグタグに視線を移し、そして顔をさらに紅くする。どうやら、無自覚の行動だったらしい。だが、事情を知っているビーグル小隊の面々は皆タリサの癖を見抜いていた。

 

「でも、まさかタリサに先を越されるとはね~。性格的にも体形的にも縁がないと思ってたのに」

 

「…おい、体形的にもってのはどういう意味だ?」

 

「…あ」

 

 先程、羞恥に紅く染まっていたタリサの顔は怒りに染まる。彼女自身、体形が年齢不相応に幼いのは非常に気にしていることである。ましてや、好きな相手ができた今では猶更であった。故にサーシャの言葉はタリサの逆鱗に触れた。

 

「サーシャ、テメエ!今すぐ模擬戦だ!ぼっこぼこにしてやる!!」

 

「ごめんごめん!」

 

 怒りに燃えるタリサと謝るサーシャ。模擬戦でタリサに敵わないサーシャは逃げ回るが、其処に思わぬところから助け舟が出された。

 

「マナンダル少尉!すぐに司令室に出頭しろ!!」

 

「「え…?」」

 

 声の主はビーグル小隊隊長のブライアムだった。その言葉に呼ばれた当人であるタリサと、傍にいたサーシャは疑問符を浮かべた。

 

「(アタシ、何かやったっけ?)」

 

 タリサからすれば身に覚えがなかった。最近は命令違反も犯していないし、ましてや司令室に呼ばれるようなことをやらかした覚えはない。もしかしたら涼牙のことを報告していないのがばれたのかもと思ったが、それなら自分だけが呼ばれるのもおかしいと考える。

 

 結局、何も心当たりがないままにタリサは司令室に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転属!?」

 

 司令室に呼ばれたタリサを待っていたのは衝撃の言葉だった。司令官から告げられたのはタリサの転属と近々ビーグル小隊に補充要員が来ると言うことだった。

 

「そうだ。マナンダル少尉、貴様にはインド東部アンダマン諸島にて開発衛士(テストパイロット)の任について貰う。貴様の高い技量と戦歴を評価しての転属…云わば栄転だ。私も鼻が高いよ」

 

 司令官の言葉に嘘はない。開発衛士は戦術機の問題点を洗い出して改善する為には必要不可欠な存在であり、故に開発衛士に抜擢されると言うことは衛士としての技量を認められたと言うことに他ならない。開発衛士としての腕が良い程、問題点が改善され最前線の衛士達の命を護ることにも繋がるのだから。

 

「そんな!アタシは…!?」

 

「此れは決まったことだ、辞退は出来ん」

 

 タリサの反論を司令官は封殺する。司令官自身、タリサの様に腕の良い衛士が前線に拘る理由は理解している。しかし、それと同時に腕の良い衛士に開発衛士になって欲しいと言う想いもあった。だが、司令官は知らない。タリサが前線に拘る理由はもう一つあると言うことも。

 

「(開発衛士が重要なのは解ってる…けど…)」

 

 前線に居れば何処かの戦場で涼牙に会えるかもしれない。そんな淡い期待があった。だが、そんな明らかな私情で上からの命令が覆る筈もない。

 

「マナンダル少尉、開発衛士に選ばれると言うことは多くの衛士の命を背負うことでもある。其処から背を向けて、彼に胸を張って会えるか?」

 

「あ…」

 

 隣にいたブライアムがタリサに静かに語る。開発衛士は技量が認められた証であり、同時に大きな責任が伴う。開発衛士が機体の欠陥を見抜けなければそれはそのまま前線の衛士の命に影響するからだ。だからこそ、その責任ある立場に背を向けて好意を向ける青年に胸を張れるのかと。

 

「………」

 

 そんなブライアムの言葉に、しばらく沈黙したタリサだが…意を決したように顔を上げる。

 

「タリサ・マナンダル少尉、謹んでお受けします」

 

 瞳に強い意志を宿し、タリサは敬礼する。こうしてタリサは開発衛士としてアンダマン諸島へ向かうことになった。

 

 

 

 

 



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第十六話 決定

初めに…大変お待たせして申し訳ありません。

構想をねったりバイトが忙しかったりで結局こんなに時間がかかりました。

次回はもう少し早く投稿できるかと。

あと、あとがきに少しお詫びを載せますのでよかったら読んでください。


 アメリカ政府の会議室。そこでは政治家や軍部の高官たちが集まって会議を行っていた。その内容は、ジャミトフが設立しようとしている独立部隊についてだった。

 

「さて、本日の議題はハイマン中将の設立しようとしている独立部隊についてだが…」

 

「認めることはないのでは?あの男は我々の計画に邪魔だろう?わざわざ直属の部隊を与えることはあるまい」

 

 政治家の一人に対し、軍部の人間は反論する。自分達が進めるG弾を主軸とした戦術ドクトリンへ反対するジャミトフの存在は彼等にとって非常に邪魔だったのだ。しかも、そんな彼に他者からの干渉を許さない部隊を持たせるなど危険すぎると言うのが軍部の考えだった。

 

「無論、彼も無条件でそんなことが認められるとは思ってはいない。条件として、独立部隊以外の正規軍への指揮権の放棄を申し出てきた。また、独立部隊の初期の戦術機部隊の人員は九人から十人程度…二小隊と少しだ」

 

「それならば問題ないのでは?彼から正規軍への指揮権を奪えるのは大きい。何より、高々十人程度の部隊では何もできまい。大した戦果も挙げられず人員を減らすのがオチだ。寧ろそれを理由に失脚に追い込めるのではないか?」

 

 ジャミトフの出した正規軍の指揮権放棄。それはあまりにも魅力的であった。自分達にとって障害であるジャミトフは中将という立場上かなり大きな指揮権を有している。にもかかわらず、その彼が正規軍の指揮権を放棄して小規模の独立部隊の指揮しか取れなくなるのは普通に考えれば彼等G弾推進派に有利な条件だった。

 

「ふむ、ではこの話を認めるということでよろしいかな?」

 

 政治家の一人が周囲の人間達に同意を求める。多くの人間達が頷く中、僅かに異を唱える人間がいた。

 

「これだけでは不十分では?」

 

「と、言いますと?」

 

「如何に指揮権を奪おうとも、彼をこのままアメリカ軍に残しておくのは不安があります。ジャミトフ中将の政治力は並ではない。此処はさらに我が軍との繋がりを薄めるべきです」

 

「ほう…つまり…?」

 

 この一人の政治家の意見は他の推進派からの同意を受け、この条件を呑むなら部隊設立を許可するとジャミトフに告げられたのだった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 ジャミトフの邸宅、その一室ではジャミトフをはじめ涼牙、アズラエルが集まって何度目かの会合を開いていた。その内容は当然ながら、独立部隊及びMS・戦術機用装備開発状況の報告である。

 

「独立部隊の話だが、奴ら予想通りに動きおった」

 

「というと?」

 

「儂らの予想通り、独立部隊設立を認める代わりにその部隊の所属をアメリカ軍ではなく国連軍の所属にすること。加えて、アメリカ軍だけでなく国連軍の他の正規部隊への指揮権剥奪を付け加えてきおった。ふふ、その場ですぐに飲んでやったがな」

 

 アズラエルの問いに、ジャミトフは笑顔で答えた。これがアメリカのG弾推進派が出した条件。独立部隊設立を餌に、ジャミトフを国連軍に所属させてアメリカ軍への影響を少しでもなくそうという考えだったのだが…そんな彼等の対応は全てジャミトフに予測されていた。自分と正規軍の繋がりを完全に断つために国連軍の所属にするだろうと…最も、万が一アメリカ軍のままでもそれはそれでやりようはあったのでどちらにしろジャミトフ達が困るようなことではなかった。

 

「独立行動権の方はどうなんです?国連事務総長や安保理からの干渉は?」

 

「その辺りも奴らは呑みおったわ。どうやら、独立部隊で大したことはできないと高をくくっておるらしい」

 

 涼牙の問いに、ジャミトフは上機嫌で答える。本来ならば破格の権限だが、現状国連軍の実権はBETAに侵攻されていないアメリカが握っている為にこのような権限を与えることができるのだ。何より、高々十人程度の戦力でできることはないと思われていることが幸いした。

 

「人員の方はどうなってます?」

 

「うむ、すでに小隊長となる二人には辞令を出しておる。訓練校からの引き抜きについてもすでに候補となる人材のリストアップは済んだ。あとは勧誘するのみだ」

 

 ジャミトフが涼牙に書類を手渡す。そこには十数名の訓練校生のデータが記載されていた。その中に、涼牙が知っている人物も数名いたのは彼しか知らないことである。

 

「アズラエル理事、開発の方はどうなってますか?」

 

 涼牙の問いかけに、アズラエルは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「えぇ、問題ありませんよ。すでにMSはテスト段階に入りました。OSや戦術機用装備の方もぬかりなく」

 

「早いですね」

 

「いやぁ、うちの技術者達も未知の技術に興味津々でしてね。技術吸収の為に寝る間も惜しんで働いてますよ」

 

 本人曰く、「自分の部下にはメカ好きの変態が多い」らしく。そのおかげでMS開発は順調を通り越して異常な速さで進んでいるらしい。

 

「ところで、リョウガ君。例の彼はどうなんですか?使い物になるんですかね?」

 

 アズラエルのいう例の彼というのはユウヤのことである。彼もまた、涼牙がユウヤに訓練を施していることを知っていた。

 

「問題ありませんよ。あの坊主には才能がある。そして、努力も惜しみません。独立部隊入りも問題ないでしょう」

 

 そして、この日はもうしばしの話し合いの後に解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!!」

 

 漆黒の闇が広がる宇宙空間、其処でユウヤは強大な敵と戦っていた。四方から襲い来る無数の攻撃、近接・射撃双方に隙のない一機のダガーが相手であった。

 

「クソッ!やっぱ鬱陶しい!!」

 

 悪態をつきながら、頭では冷静に敵の動きを読む。視野を広く保ち、得意の射撃で敵の攻撃を潰す。ビームライフルを撃った方向は敵のダガーがいる場所とは別方向。しかし、しばらくすればその攻撃が何かに当たり、爆発する。其処に浮かぶのはオレンジ色の残骸。今回、ユウヤが相手取っているのはコズミック・イラのエースパイロットである「月下の狂犬」と恐れられた人物。その戦闘データである。

 

 思えばユウヤは眼前のガンバレルダガーに幾度もやられてきた。初戦では四方八方から襲い来るガンバレルの攻撃に困惑して落とされた。それ以降、幾度も戦闘を重ねてようやく渡り合えるところまで来たのである。

 

「これで!!」

 

 シールドを前面に構えながら、ビームライフルによる射撃と同時に突撃する。当然ながら相手は回避するが、それはユウヤも予測してのことだった。

 

「其処だ!!」

 

 ガンバレルダガーのいた場所を高速で駆け抜けながら、正確な射撃を放つ。その攻撃は寸前の回避行動によって脚部を撃ち抜くに止まる。しかし、脚部を撃ち抜かれた際の爆発で態勢を崩したところをユウヤは見逃さない。

 

「はあ!!」

 

 その態勢からとれるであろう回避行動を予測し、引き金を引く。するとその射撃はガンバレルダガーの胸を貫き、爆散させた。

 

「はぁ…!はぁ…!…ふぅ…」

 

 戦闘に勝利したユウヤはゆっくりと息を整えると、そのままシミュレーターから出る。此処最近のユウヤの訓練はこうしたコズミック・イラのエースパイロットとの対戦が多くなっていた。

 

「よう、坊主。随分腕が上がったな」

 

 其処にジャミトフ達との話し合いを終えた涼牙が立っていた。傍らには専用端末に接続されてシミュレーターを操作していたハロの姿もある。

 

「そうか?何とか二回に一回は勝てるようになってきたが…」

 

「十分だよ。モーガン相手にそれだけ渡りあえりゃ、大したもんだ」

 

 月下の狂犬――モーガン・シュバリエ。其れがユウヤが対戦していたデータの人物で、そのデータは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦当時のものである。彼はコズミック・イラ世界ではパイロット能力、指揮能力ともに優れた地球連合トップエースの一人である。そのエースパイロット相手に五割勝てるようになったユウヤもまた、十分エース級の実力を持つに至っていた。彼に足りないものはあと実戦経験のみである。

 

「…………」

 

 その成長速度の速さは涼牙にとっても誤算であった。出来ることなら、独立部隊に入れたくないのが涼牙の本音である。しかし、ユウヤは訓練での努力と持ち前の才能によって短期間で十分すぎる実力を手に入れた。ユウヤとの約束に加えて、優れた人員が一人でも必要な現状、ユウヤの能力は非常に魅力的である。

 

「さて、坊主…モーガン相手に此処まで戦える以上、実力は申し分ない。あと、お前の独立部隊入りを拒む理由は…俺の私的な感情だけだ」

 

 それでも、やはり彼を独立部隊に入れたくはない。誰が好き好んで子供を戦場に送りたいものか――涼牙の内心はそんな感情で満たされている。そんな感情はガンダム世界で何度も味わってきたことだが、やはり馴れることはなく。その甘さを捨てられなかった。

 

「其処で、改めて聞くぞ。独立部隊では、前線に出るパイロット――衛士は精々十人程度だ。結果を出せば後々増員はされるだろうが、しばらくの間はその人数で最前線を戦うことになる。そうなれば恐らく、世界中のどの部隊よりも戦死の危険は増すだろう。それでも…お前に、戦う覚悟があるか?ユウヤ・ブリッジス…!」

 

 真っ直ぐに涼牙の視線がユウヤを貫く。其処には、数々の死線を潜り抜けたエースパイロットとしての姿があった。ユウヤの頬を汗が伝う…其れでも、彼もまた真っ直ぐに涼牙を見つめ返した。

 

「当然だ、俺は戦う!一度決めた以上、変えるつもりはない…!」

 

「死ぬかもしれないぞ?」

 

「死なないさ、俺は必ずアンタと一緒に生きて帰る。俺はママを置いて行った親父とは違う」

 

 拳を握りしめ、涼牙を見つめるユウヤ。そんな彼の姿に涼牙は溜息を吐く。

 

「ミラさん悲しませたくなけりゃ、志願すんなよ…」

 

「ママはアンタが死んでも悲しむさ、だから…俺がアンタを護るんだ」

 

 真っ直ぐに言い放つユウヤに涼牙は再び溜息を吐いた。そして諦める。この手の男には何を言っても無駄だと。ならば、ユウヤが死なないように鍛え上げるのが自分の役目だと改めて心に決める。

 

「解ったよ…ユウヤ・ブリッジス、お前の独立部隊入りを認める。このことは俺の方から閣下に話しておく」

 

「…おう!」

 

 涼牙の言葉に、ユウヤは元気よく返事をする。

 

「…と、あとお前に渡すものがあるついてこい」

 

 喜ぶユウヤに、涼牙は手招きをする。その行動に疑問符を浮かべながら、ユウヤは涼牙の後をついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩き始めてから数分――涼牙はユウヤを連れてキャリーベース内にある自室に来ていた。そして、其処に置いてある金庫の中にあるものを取り出す。

 

「ほら、受け取れ」

 

「うわっ…と」

 

 ユウヤが投げ渡されたもの――それを見ると彼は再び疑問符を浮かべた。それは青をメインとし、所々赤や白のカラーリングの入った…一個の操縦桿だった。

 

「そいつは、此れからお前が乗る機体に必要なものだ。これからはお前が管理しろ。無くすなよ?無くしたら動かないからな?」

 

「俺の…機体?」

 

「一応、この艦には俺の機体の他に予備機が一機ある。そいつをお前に回す。お前の戦闘スタイルと噛み合ってるし、使える機体を遊ばせとく余裕もないしな」

 

 そう告げると、涼牙は再び格納庫へと歩き出す。その後をユウヤは慌てて付いていく。

 

「此れからはその機体を乗りこなしてもらう。言っとくがダガーよりずっと高性能な分、操縦の難度も高い。もしも部隊稼働までに乗りこなせなかったらダガーで出てもらうからな」

 

「っ…!?」

 

 ダガーより高性能な機体を任せられる。その言葉にユウヤは内心で歓喜する。特別な機体を任せられるというのは、目の前の男に認められた気がして嬉しかった。その感情は、或いは父親に認められた子供のような喜びであったのかもしれない。

 

「あ…それと並行して生身での戦闘技術も叩き込むから覚悟しとけよ?」

 

 そんな喜びも束の間、ニコリと微笑んだ涼牙の笑顔にユウヤは冷や汗が流れるのを感じる。

 

 そしてこの日以降、ユウヤの身体に生傷が絶えなくなるのだが。それは余談である。

 




というわけで十六話でした。ユウヤの機体には気付いた方もいるかと。わかりやすいですしねー

あと、お詫びを。

今回の話で分かる通り、ティターンズは国連軍として動くことになりました。これは私も散々迷いましたが、ストーリーの展開のしやすさを考慮した結果です。

ずっとアメリカ軍で行くと思っていた読者の方々には期待を裏切る真似をして申し訳ありません。ですが、結局どのみちやることは変わらないしアメリカ軍でいるよりは他国の人材を得やすいためこうなりました。

はい、すみません。ヒロインであるタリサをティターンズに入れたかったのが理由の大半です。やっぱり、国連の方が転属させ易いので。

とにかく、此れからもう少し頻繁に更新できるよう頑張りますのでよろしくお願いします。


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第十七話 部隊設立

更新です。一週間過ぎてしまった…

ティターンズの人員については半分ぐらい宇宙世紀ではない人間を出してます。あまり好きではないキャラが出てきた場合でもどうか生暖かく見ていてください。

次回から新章に入りますのであとがきにSEED風に予告を載せてみます。あまり期待しないで見てください。


アメリカカリフォルニア州沿岸部――ジャミトフが部隊の設立を上層部に打診してより約一年。このカリフォルニア州沿岸部に存在する基地は国連軍に接収され、国連軍特殊戦闘独立部隊ティターンズの基地となっていた。ジャミトフは国連軍の部隊を任せられるにあたり大将へと昇進している。この昇進は結局のところ形式的なものであるが、後々の事を考えれば大将という階級を得られたのはジャミトフにとって幸運であった。

 

「到着しましたよ、少尉」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 そして、このカリフォルニア基地の滑走路に一機に輸送機が到着した。中からは数人の軍服を着た人間が下りてくる。彼等は皆、士官学校からジャミトフに勧誘されティターンズへの配属を了承した者達である。

 

「此処がティターンズの基地か…」

 

 真っ先に輸送機から降りてきた青年は、空から降り注ぐ太陽の光に目を細める。

 

「おい、立ち止まらないでとっとと降りろよ」

 

「…あぁ、すまない」

 

 立ち止まっていた青年に、後ろから出てきた金髪の青年が早く降りるように促す。もう一人の青年はそれに謝罪すると、すぐに階段を降り始める。そして金髪の青年の後ろからは美しい女性と少々老け顔の青年が降りてきた。

 

「しかし、お前も大将からの勧誘を承諾するとは思わなかったな」

 

「はっ、訓練校ではお前に負けっぱなしだったからな。勝ち逃げなんかさせるかよ」

 

 この会話から解る通り、彼等は同じ士官学校の同期である。共にジャミトフからの勧誘を受け、同じく了承した為に通常の士官学校卒業者よりも早く任官することになっていた。彼等の後ろにいる二人も同じく勧誘され、承認した二人である。

 

「お、来た来た」

 

「ん?」

 

 そうして降りていく彼らの前に二人の男が待っていた。片方は黒い肌に黒い髪の黒人の青年、もう一方は茶色っぽい髪に、白い肌の真面目そうな青年だ。

 

「君達は?」

 

「あぁ、俺達も多分おたくらと同じさ」

 

 問いかけに、黒人の青年が自身の後方にあるもう一機の輸送機を指さす。彼等は別の場所に存在する訓練校からジャミトフに勧誘を受けた青年達であった。

 

「お待ちしていました」

 

 そんな彼等の前に二台のジープを用意したアジスが現れる。

 

「私はジャミトフ・ハイマン大将の秘書官、アジス・アジバ中尉と申します。これより、貴官等にはハイマン大将への挨拶の後に各員の部屋へと案内。そしてヒトヨンマルマルに第一格納庫に集合していただきます。それと、各員の自室には我等ティターンズ専用の軍服が準備されているのでそちらに着替えていただきます」

 

「了解しました、中尉」

 

 アジスの説明に青年達は敬礼を持って返す。そして彼等はジープへと乗り込み基地へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後、ジャミトフへの挨拶と自室へ荷物を運びこんで簡単な荷解きを終えた彼らはティターンズの軍服に着替えて時間通りに指示された第一格納庫の入り口付近へ集まっていた。其処には彼等だけでなく、さらに白い髪の男性と金髪の野性味溢れる男性の二人が集まっていた。

 

「よし、集まってんな」

 

 合計八人が集まる中、格納庫に二人の人影が入ってくる。涼牙とユウヤである。共にティターンズの軍服に身を包んでおり、その胸には階級章が光っている。

 

「「……!?」」

 

 八人のうちの七人が明らかな日系人が入ってきたことに僅かに驚く中、ユウヤと一人の青年は別の理由で驚いていた。その理由は、互いに互いの顔をよく知っていたからであった。

 

「さて、とりあえず自己紹介だな。俺は氷室涼牙少佐、このティターンズ実働部隊の指揮を執らせてもらう。知っての通り、この部隊のトップはジャミトフ・ハイマン大将だが大将は後方で政治方面で動いていただき、現場での指揮は俺が執ることになる。ちなみに俺は日系人ではなく純血の日本人だ。まぁ、俺は堅苦しいのは苦手だから、公の場ではともかく普段はフランクに接してくれて構わない。よろしくな?」

 

 笑みを浮かべながら涼牙は敬礼をすると八人も敬礼を返す。

 

「それと、ユウヤ?」

 

 敬礼を終えると、涼牙にも挨拶を促す。それに対しユウヤは表情を引き締めて口を開く。

 

「部隊長補佐を任せられているユウヤ・ブリッジス少尉です。若輩者ではありますが、よろしくお願いします」

 

「まぁ、こいつに関してもフランクに接してやってくれ。さて、じゃあ一人ずつ自己紹介頼むわ。一応データで知ってても、こういうのはきっちりしないとな」

 

 その言葉を聞き、まずは金色の野性味溢れる男性が口を開く。

 

「はっ!自分はヤザン・ゲーブル大尉であります!と、堅苦しい挨拶は最初だけでよろしいのですかな?少佐殿?」

 

「…あぁ、構わない。フランクで良いって言ったのは俺だからな」

 

 ヤザン・ゲーブル――アメリカ軍海外派遣部隊から勧誘されたエースパイロット。腕は確かだが保身的な上官の元にいたために疎まれていた過去がある。逆に部下からの信頼は厚い。第一小隊の小隊長を務めることになる。

 

「自分は、第一小隊所属ジェリド・メサ少尉であります。よろしくお願いいたします」

 

 ジェリド・メサ――士官学校に通っていたエリート。ジャミトフの勧誘と、当時の士官学校No1がこの部隊に入ることを選んだ為に配属を決める。成績は良いが素行に多少問題があり、教官からはあまり好かれていなかった。

 

「同じく、第一小隊所属マウアー・ファラオ少尉であります」

 

 マウアー・ファラオ――ジェリドの同期生。ジェリドの恋人であり、成績優秀で素行にも問題はなく教官達からも将来を有望視されていた。危なっかしいジェリドの背中を護るためにティターンズ行きを決める。

 

「同じく、第一小隊所属カクリコン・カクーラー少尉であります」

 

 カクリコン・カクーラー――ジェリドの同期生。ジェリドの親友であり、成績優秀。ティターンズ行きを決めた理由はマウアーとほぼ同じ。

 

 第一小隊の面々が自己紹介を終えると、今度は第二小隊に涼牙の視線が向く。すると白い髪の男性がまず口を開く。

 

「第二小隊小隊長、ウルフ・エニアクル大尉であります。よろしくお願いしますよ、少佐殿」

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 ウルフ・エニアクル――ヤザンと同じく海外派遣部隊から勧誘したエースパイロット。色々と素行に問題があり、模範的な軍人ではない。また、過去に勝手に自分の戦術機を真っ白に塗ろうとして罰せられたことがある。ヤザンと同じく、上層部からは嫌われているが部下からの信頼は厚い。

 

「第二小隊所属、エドワード・ハレルソン少尉であります」

 

 エドワード・ハレルソン――南米出身の黒人青年。訓練校出身者で同校でもトップクラスの成績の持ち主。特に近接戦闘に光るものがある。ジャミトフの勧誘に興味を持ちティターンズへの参加を承諾。

 

「同じく、第二小隊所属アンドレイ・スミルノフ少尉であります」

 

 アンドレイ・スミルノフ――ソ連出身の青年。訓練校出身者であり、エドワードとは同期。両親はソ連軍のエース衛士であり、両親の友人を頼って米国に疎開。その後、国連軍への参加を目指してアメリカの訓練校に入校。ジャミトフの勧誘と国連軍の部隊ということでティターンズへの参加を承諾。

 

「同じく、第二小隊所属ゼハート・ガレット少尉です。よろしくお願いします」

 

 ゼハート・ガレット――父と兄がアメリカ軍のエリート軍人であり、ジェリド達と同じ士官学校出身者。同期の中でもNo1の成績を持つ。素行も問題なく、将来を有望視されたが兼ねてより不仲だった父と兄との関係を断つためにティターンズへの参加を承諾。

 

「(ゼハート…)」

 

「(ユウヤ…まさかこんなところで会うとはな)」

 

 ゼハートの自己紹介を聞きながら、ユウヤは彼を見る。一方のゼハートもユウヤを見ていた。彼等はかつて、非常に短い間であったが同じ学校で親友として過ごした仲で、当時、日系人ということでイジメられていたユウヤを唯一庇ったのがゼハートだった。元々が転校生である上に僅か数ヶ月で再び転校してしまったものの、ユウヤにとっては同年代初の友人であった。

 

「よし、じゃあ親交を深めるのはあとにして…大将から聞いてると思うが、お前達には戦術機とは全く違う新しい機動兵器に乗って戦場に出てもらうことになる。こっちだ、付いてこい」

 

 歩き出す涼牙に従い、ヤザン達八人はその後をついていく。そして、格納庫の一番奥に辿り着いた。

 

「…こいつは…」

 

 其処に立つ八機の機体。黒に近いカラーリング――所謂「ティターンズカラー」に塗装されたMSが鎮座していた。

 

「『GAT-01A1 105ダガー』、戦術機とは全く違う概念で開発された機動兵器『MS』だ」

 

「『MS』…?」

 

「運動性、装甲、火力の全てにおいて既存の戦術機を大きく上回る機体だ。また、この機体の特徴として複数のストライカーパックと呼ばれる装備を換装することで様々な戦局に対応することができる。お前等には正式な部隊運用開始までの間、この機体の慣熟に努めてもらう」

 

 その説明の中、ゼハートが手を挙げる。

 

「その機体の性能は、それほどのものなのですか?」

 

「あぁ、詳しいカタログスペックはあとで渡すマニュアルを参照してもらうとして。一番お前等が驚きそうなのはビーム兵器を標準装備していることだな」

 

「「!?」」

 

 涼牙の発言にその場の八人の顔が驚愕に染まる。此の世界ではビーム兵器など発明すらされていない。そのビーム兵器を標準装備している機体というだけで十分驚くべきことだった。

 

「此のビーム兵器の威力は突撃級の装甲も容易く溶解させることができる。勿論、戦術機の装甲等は掠っただけでもただでは済まない。だからこそ、乱戦時のフレンドリーファイアには十分に気を付けてもらう」

 

 ゴクリ――と、彼等は涼牙の語るビーム兵器の威力に息を呑む。

 

「また、OSに関しても現行の戦術機に搭載されているものよりも高度なものを搭載している。これに関しては戦術機に慣れている衛士には特に違和感が強いだろう。これに関しても明日からの訓練で慣れて行ってもらう。まずは今日一日、マニュアルを熟読して機体特性を頭に叩き込め」

 

「「「はっ!!」」」

 

 八人が揃って敬礼をする。そして八人全員に105ダガーのマニュアルが配られていく。

 

「あ、少佐。ちょっと良いですかい?」

 

 マニュアルを受け取った後、何かを思い出したかのようにウルフが手を挙げる。

 

「ん?どうした、エニアクル大尉」

 

「俺のことはウルフで良いですよ。で、ものは相談なんですがね…俺の機体、真っ白に塗ることはできませんか?どうもあの色はイケてないんでね」

 

「………」

 

 その発言に涼牙は呆然とする。そして思い出す――向こうのウルフもこういう性格だったなぁ――と…

 

「そうだな…まぁ、それでウルフのやる気が出るなら俺の方から進言しておくが…その代り落とされるなよ?パーソナルカラーに塗れば、誰が乗っているかは一目で解るようになる。だからこそ、落とされれば味方の士気に関わる」

 

「当たり前だ、初めから落とされる気で戦う奴が何処にいる?俺は最高が似合う最高の男…ウルフ・エニアクルですよ」

 

 別世界でもやはりウルフはウルフだ――そんなことを考え、涼牙は顔を綻ばせた。

 

「よし解った。ただし、白く塗るのはお前が俺の納得のいくレベルまでダガーを使いこなしてからだ。その方がモチベーション上がるだろ?」

 

「約束だぜ、少佐殿?」

 

 涼牙の返事に満足したのか、ウルフは敬礼する。そして涼牙は次にその場にいる他のメンバーに向けて言葉を発する。

 

「お前等もだ!落とされず、何処までも戦い抜く覚悟があるなら俺のとこに来い!お前らの望むパーソナルカラー、パーソナルマークを機体に入れて貰えるように頼んでやる!」

 

 今、異世界で新たなティターンズが誕生した。そしてその存在は一年後、世界を騒がせることになる。

 

 

 

 




次回予告

部隊設立から一年--ついにティターンズが動き出す


戦場は大規模作戦の展開される光州


異世界の空をMSが翔ける


次回、初陣


今、世界はガンダムを知る




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第十八話 初陣

大変お待たせしました、申し訳ありません。正直難産でした。戦闘描写は難しい。

あと、あとがきの次回予告ですが前回のがSEEDより00っぽいと言われて自分でも納得してしまったので00風で行こうかと思います。




 西暦一九九八年――此の年、ティターンズは正式な部隊稼働を迎えていた。格納庫内では整備士達が慌ただしく動きまわり、来る出撃に備えてMSの整備を行っていた。

 

「ふぅ…俺達の出撃はまだなのかねぇ?」

 

 そんな中、その整備士達を見ながらウルフが一人呟いた。部隊としての――引いてはMSの初陣を心待ちにし、彼は自身の乗機である真っ白に塗装された105ダガーを見上げる。

 

「仕方がないでしょう。新造艦の完成が僅かに遅れたのですから…それでも、朝鮮半島に発進するはずです」

 

 そんなウルフに、彼の部下であるゼハートが答える。現在、ユーラシア大陸では光州作戦と称される大規模撤退作戦が開始されていた。ティターンズは新造艦の調整が終了次第、援軍として同作戦に参加の為に発進が予定されている。

 

「それにしても、態々部隊の為に新造艦が造られるとはな」

 

「ティターンズは世界各地を飛び回ることを前提にされていますからね。今までの輸送機や空母では限界があるのでしょう」

 

 ゼハートの言った通り、それが新造艦製造の理由であった。世界各地で独立行動をとることを前提に創設されたティターンズは長距離をできるだけ早く移動でき、かつ高い戦闘力を持つ戦艦が必要となる。そしてジャミトフとアズラエルの話し合いの結果、ティターンズで運用するための専用新造艦が製造されたのである。

 

≪各員に通達!本艦はこれより発進準備に入る!衛士各員はノーマルスーツを着用の上待機!繰り返す、衛士各員はノーマルスーツを着用の上待機!≫

 

「…っと、いよいよか。しかし、ノーマルスーツはまだあまりなれねーな。だいたい、強化装備と違って目の保養になりにくい」

 

 ティターンズで正式に着用するようになったノーマルスーツ。その姿を思い出してウルフは一人溜息を吐く。当然、目の保養とは女性が強化装備を着た場合である。

 

「そんなこと俺に言われても知りませんよ」

 

 呆れながら先を歩いていくゼハート。すると、同じように格納庫から出ようとするユウヤと鉢合わせた。

 

「ゼハート、ウルフ大尉」

 

 二人に気付いたユウヤは軽く敬礼し、三人並んで格納庫から出て通路を歩いていく。

 

「ユウヤ、ミラさんは大丈夫なのか?以前は療養してるという話だったが…」

 

「あぁ、今はもう回復して基地の近くの街に引っ越して来てるよ」

 

 此の基地の近くには街が広がっており、ユウヤの母であるミラは病状回復後に此の街に引っ越して来ていた。そうすることでユウヤとも比較的に会いやすくなるし、何より此の街の人間は以前の街に比べて比較的差別感情は少ない。また、ティターンズに配属が決まった人員の家族も多くは此の街に移住してきている為に近所付き合いも楽になっていた。

 

「此の間なんか御隣さんの食事に呼ばれたって喜んで話してたぜ」

 

「そうか、それは何よりだな」

 

 以前、ミラに会ったことのあるゼハートからすれば彼女が元気なのは喜ばしいことだった。故に、ユウヤの話を聞いて笑顔を浮かべる。

 

「そう言えば、お前の親父さんと兄貴は…」

 

「あぁ、俺がティターンズ行きを決めて激怒していたよ。結局、俺はもう勘当同然だ。もっとも、ティターンズが表舞台に立てばどうなるか解らんがな」

 

 ゼハートは傲慢で、身勝手な父と兄を思い出す。そもそも、そんな父兄との関係を断ちたくてティターンズ行きを決めたのもあり勘当同然なのはゼハートにしても願ったり叶ったりだった。

 

「ったく、話題が暗くなってんぞ!」

 

 次第に話題が暗くなる二人に対し、ウルフが肩を組みながら制止する。

 

「此れから初出撃なんだ、暗くなんのは止めようぜ?」

 

「それも…そうですね」

 

「了解です」

 

 そんなウルフに対し、ユウヤとゼハートも笑みを浮かべて答える。

 

「ところでよ…ユウヤ、お前の御袋さんってのは美人か?」

 

「…紹介はしませんよ?」

 

 女好きなウルフに、ユウヤは当分母を紹介するのは止めようと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「発進準備完了しました、艦長」

 

 オペレーターの女性が現在の艦の状況を簡潔に艦長に伝える。すると艦長は傍らに置いていた帽子を被る。

 

「よし、構わないな隊長?」

 

「勿論、頼みますよ艦長」

 

 艦長席の横に立つ涼牙に確認をとると、艦長は席に備え付けられている受話器を手に取る。

 

「各員、聞こえるか?艦長のガディ・キンゼー少佐だ。本艦は此れより光州作戦援護の為に朝鮮半島に向かう。到着した時には既に作戦は開始されていることが予測される。よって、到着と同時に主砲発射準備及びMS隊の発進を行う。諸君等も自覚している通り、我々は人数の少ない少数精鋭の部隊だ。恐らく、他の連中は我々を戦力としては当てにしていないだろう」

 

 ガディは苦笑いする。そもそも、ティターンズは新造艦の調整が遅れていることから光州作戦への参加に組み込まれていなかった。しかし、ジャミトフの進言から援軍として参加することが決まった。だが僅か十人程度の衛士と一隻の新造艦では大して期待はされていない。もっとも、それはあくまでも他の部隊がティターンズの真の戦力を把握していないからこそだった。其処まで話したガディは受話器を涼牙に手渡す。

 

「隊長の氷室少佐だ。諸君、キンゼー艦長より聞いての通りだ。ティターンズの力を甘く見ている奴等に目にものを見せてやろう」

 

 其れだけ話すと、涼牙は受話器をガディに返す。ガディは其れを元に戻すと発進の号令をかけ始める。

 

「気密隔壁閉鎖!最大船速!離水…アークエンジェル…発進!!」

 

 ガディの号令と共に港に停泊していた船体が前進し、次第に空へと飛び立っていく。アークエンジェル――不沈艦としてコズミック・イラの世界を戦い抜いたその艦は、本来純白であったその船体をティターンズカラーである濃い青とグレーに塗装され、ティターンズの旗艦として異世界の空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝鮮半島――国連軍と大東亜連合軍の合同で大規模撤退作戦・光州作戦が展開された此の地で国連軍は窮地に立たされていた。

 

「帝国軍は何をしている!!」

 

 国連軍司令部からの怒声が飛ぶ。其の原因は現在、避難民の救助に当たっている彩峰萩閣中将等日本帝国からの派遣部隊であった。本来、避難民の救助は軍人として当然のようにも思える。しかし、最大の問題は此の避難民達が朝鮮半島からの脱出を拒否しているという実情だった。彼等は朝鮮半島を脱出して難民となるよりも故郷で死ぬことを選んだのである。一方、脱出を拒否する避難民達を如何にか脱出させようとする大東亜連合軍と其れに同調した彩峰中将率いる日本帝国軍。結果、国連軍の護りは手薄になりBETAの猛攻に晒されていた。

 

≪ひ…!!た、助けて!戦車級に取りつかれたあ!!≫

 

≪やだやだやだ!死にたくない!死にたく…!!≫

 

≪いやあああああ!!た、たす…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!≫

 

 通信からは前線でBETAに殺されていく衛士達の断末魔の声が入ってくる。此の悲鳴に司令官であるアメリカ人の男性は拳を強く握りしめる。

 

「CP!!帝国軍を呼び出せ!此のままでは司令部は保たんぞ!!」

 

 怒鳴り散らしながら、司令官は指令室の机を思い切り叩く。しばらくして、彩峰中将に通信が繋がる。

 

「彩峰中将!!すぐに帝国軍を援護に向かわせたまえ!でなければ司令部は持たん!!」

 

≪申し訳ありません、ですが帝国軍は無辜の民を見捨てることはできません!≫

 

「馬鹿な!帝国軍は本来国連軍の指揮下にあるのだぞ!!」

 

≪軍人の務めは、民を護ることだと心掛けておりますので≫

 

 其れだけ言い残し、彩峰中将との通信が途絶える。そんな彼に司令官は再び机に拳を叩きつける。

 

「馬鹿な…!確かに、民衆を護るのは軍人の責務ではある…だが、生きることを諦めた死にたがり共の為にいったいどれだけの部下達が死ぬことになるのか解っているのかあの男は!!」

 

 もし、避難民が協力的に避難を行っていれば此処まで時間は掛からなかったろう。寧ろ、此の司令官も避難民救助に協力したかもしれない。だが、肝心の避難民は脱出を拒否して故郷で死ぬことを選んだ。司令官の言葉を借りるなら単なる死にたがりである。そんな彼等の為に此れから先もBETAと戦い続けなければならない前線の衛士達が死んでいく。それが司令官には許せなかった。

 

「司令、国連軍特殊独立戦闘部隊より入電!」

 

「なに…!?あのティターンズとかいうハイマン大将の私兵部隊か!読み上げろ!」

 

「は!『我等、戦場ニ到着セリ。此レヨリ援護ヲ開始スル』とのこと!!」

 

「ちい!了解した…高々十機程度の戦術機と船一隻に何ができるか…だが、いないよりはマシか…!!」

 

 現状、僅かでも戦力の欲しい司令官はティターンズへの返信の後…そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪お前等!戦況は思いの外切迫している!帝国軍は大東亜連合軍と共に脱出を拒否した避難民の救助を敢行、国連軍司令部は陥落寸前とのこと!≫

 

 通信から聞こえるガディの声。それを聞き、涼牙はすぐさまMSに搭乗している隊員達に対しノーマルスーツのヘルメットに内蔵された通信機を使って声をかける。

 

「聞いての通りだ。MS隊は順次発進、戦闘中の友軍を救援する。戦場は乱戦が予想される。ライフルを使うときは気をつけろよ。当然のことだが、此れは訓練ではなく実戦だ。如何に優れた腕があろうとも、どれだけ高性能な機体に乗ろうとも死ぬ可能性をゼロにはできない。だから、決して油断はするな」

 

 涼牙の言葉を聞き、ウルフとヤザンを除く新兵達の顔が引き締まる。

 

「各員…死ぬなよ」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 隊員達の返事に満足そうな顔をし、涼牙はデルタカイをカタパルトに進める。

 

≪カタパルト接続、オールグリーン!ガンダムデルタカイ、発進…どうぞ!≫

 

「氷室涼牙、ガンダムデルタカイ…GO!!」

 

 カタパルトで加速し、デルタカイは発進後すぐにウェイブライダーに変形して戦場に向かう。

 

「………」

 

 涼牙が発進するのを見て、ユウヤは一度深呼吸をする。そして、右手に持った操縦桿を機体に接続する。

 

≪カタパルト接続、オールグリーン!ガンダムX発進…どうぞ!≫

 

「了解!ユウヤ・ブリッジス、GXディバイダー…出るぞ!」

 

 次いで、ユウヤが乗る機体――ガンダムXディバイダーが艦から発進していく。

 

≪ストライカーパックはジェットストライカーを使用!第一小隊、第二小隊…順次発進どうぞ!≫

 

 現状、ティターンズのストライカーパックはジェットストライカー、ソードストライカー、ランチャーストライカーが存在する。当初はエールストライカーも考えられていたが、大気圏内ではジェットストライカーの方が性能が高い為にこちらが開発されていた。

そして、第一カタパルトからはヤザン達第一小隊が…

 

「ヤザン・ゲーブルだ!105ダガー、出るぞ!」

 

「ジェリド・メサ!105ダガー、出る!」

 

「マウアー・ファラオ…105ダガー、出ます!」

 

「カクリコン・カクーラー…105ダガー、行くぞ!」

 

 第二カタパルトからはウルフ達第二小隊が発進する。

 

「ウルフ・エニアクル…ホワイトダガー、出るぜ!」

 

「ゼハート・ガレット…105ダガー、発進する!」

 

「エドワード・ハレルソン…105ダガー、行くぜ!」

 

「アンドレイ・スミルノフ…105ダガー、発進します!」

 

 

 パーソナルカラーに塗られた機体、パーソナルマークを入れられた機体が入り乱れて戦場へと向かっていく。各機が発進してからものの数分で戦場の上空へと接近した。

 

「戦場には光線級も確認されている。各員、警戒を怠るなよ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 そうして戦場に到着するティターンズのMS隊。その姿を見て声を荒げるものがいた。

 

≪援軍!?たった十機かよ!≫

 

≪例の私兵部隊だとよ!≫

 

≪あいつ等馬鹿か!あんなに高度をとったら光線級に狙い撃ちにされるぞ!≫

 

≪私兵共ってのはBETA戦の常識も知らねえのかよ!!≫

 

 上空から戦場に近づくティターンズに、戦場の衛士達は驚きと侮蔑の声を上げる。本来、戦術機でBETAと戦う際には高度をできるだけ低く保つことが重要となる。高度を高くとれば光線級に狙い撃ちにされ、戦術機は容易く撃墜されるからだ。それこそが航空戦力が無力化された最大の原因であった。故に、現在の戦闘で上空からの爆撃を行う場合には先に戦術機が光線級を殲滅する必要がある。

 

「所詮は私兵部隊、役に立たんか…ましてや、戦闘機なんぞ投入して何のつもりだ?」

 

 その彼等への侮蔑の言葉は国連軍司令官の口からも零れていた。実際、ティターンズの行動は戦術機の運用をする上での常識からは外れたものだった。しかもその部隊の先頭に立つのは一機の戦闘機。BETA戦では戦闘機が大した役に立たないことは戦場にいる者ならば誰もが知っている常識だ。

 

「照射警報!各機散開、俺とユウヤで光線級を狩る!第一小隊、第二小隊は地上の戦術機部隊を掩護だ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 だが、そんな常識は所詮それまでの常識にすぎない。戦術機とはまるで違う兵器・MSとそれに搭載された新型OS。そして此の一年でそれらを手足の如く使いこなせるようになったティターンズはそんな常識に囚われる道理はない。涼牙の指示を受けた隊員達はすぐに散開、涼牙のデルタカイとユウヤのGXはそのまま空中で光線級の攻撃を回避しウルフやヤザン達は光線級を回避しながら地上へ急降下する。

 

≪お、おい…俺達は…夢でも見てるのか?≫

 

 その姿に戦場の衛士達は驚きを隠せない。此れまで、幾人もの衛士を葬った光線級のレーザー照射。其の攻撃を十機の見たこともない戦術機はいとも容易く回避していく。

 

≪はは…夢だとしたら俺達は全員同じ夢を見てんのか?≫

 

≪嘘だろ?レーザー照射を避けるなんて…≫

 

 此れまでにありえなかった105ダガーの行う回避機動。此れまでの常識を打ち破る彼等の行動に此の戦場にいるものは例外なく驚愕する。

 

「MS全機戦場への到着を確認しました!」

 

「よし、本艦も前進!」

 

 MS隊の戦場到着を確認するとガディもアークエンジェルを動かし、戦場へ向かわせる。

 

「前線のBETAはMS隊が対応する!本艦は後方から湧き出るBETAを攻撃、少しでもMS隊や戦術機の負担を軽減する!前方の友軍に警告!バリアント一番二番、ミサイル発射管スレッジハマー装填、ゴッドフリート照準!」

 

 ガディの号令に合わせ、アークエンジェルの武装が展開し後方のBETAに照準を合わせる。

 

≪な、なんだありゃ!?≫

 

≪飛行戦艦!?≫

 

「撃てえええええええええ!!」

 

 その瞬間、アークエンジェルの砲火が発射される。スレッジハマーがBETAを蹴散らし、バリアントとゴッドフリートが其の身体を貫いていく。其の光景を尻目に、MS隊も各々戦場での戦いを開始していた。

 

「いぃやっほおおおおおおお!!さあ、狩りの時間だ!第二小隊各員!第一小隊に遅れんなよ!」

 

 ウルフの乗る105ダガー――通称「ホワイトダガー」は地上の戦術機部隊に近づこうとするBETAにビームライフルを撃つ。さらに、ビームライフルでは巻き添えにしてしまうほど戦術機に近づいたBETAには着地しながらビームライフルをマウントし、ビームサーベルを抜き放って両断する。

 

「おらよ、ビームとミサイルを大量に食らわせてやるぜBETA共!!」

 

 さらに戦術機を護るように立つとビームライフルと無誘導ロケット弾ポッドを発射。ビームの熱量とミサイルの爆風がBETAを吹き飛ばしていく。

 

≪おい、なんだよあの戦術機!レーザーを撃ったぞ!≫

 

≪光学兵器とでも言うのかよ!んなもんが完成してるなんて聞いたことないぞ!≫

 

 105ダガーが撃つビームライフルに戦場にいた衛士達は先程のレーザー照射回避以上の驚愕を露にする。

 

「ちっ、やっぱり射撃は苦手だぜ!」

 

 一方、エドワードの乗る肩に二本の剣が交差したパーソナルマークを入れられた105ダガー。彼の機体はビームサーベルを抜き、高速で移動し始めると次々にBETAを両断していく。

 

「そら、此れでどうだい!?」

 

 両断されたBETAの死骸に僅かに足を鈍らせるBETA。其処にエドワードは空対地ミサイル・ドラッヘASMを叩き込んで爆葬する。

 

「まったく、二人共突っ込みすぎです!」

 

「あぁ?お前等が援護してくれんだろ!」

 

 真っ先に突っ込んだ二人を掩護するため、吼える熊のパーソナルマークが入れられた105ダガーがビームライフルで二人に近付くBETAを精確に撃ち抜いていく。其の機体に乗る衛士・アンドレイが苦言を呈するが、ウルフは何処吹く風とビームライフルとビームサーベルを駆使してBETAを倒していく。

 

「あの二人に言っても無駄だろう、此れが俺達なりの連携ということだ。それに、なんだかんだでウルフ小隊長は視野を広く戦況を見ている。問題はないだろう」

 

「まったく…こんな疲れる連携は御免被りたい」

 

 地上でBETA相手に切り込むウルフとエドワード。そんな二人を冷静な視点で援護するゼハートとアンドレイ。シミュレーターの頃からこの調子なので、もはや完全に慣れ切った二人だった。また、ただ突っ込んでいるように見えるウルフは実際にはきっちり戦局を見据えており隊員にはちゃんとフォローを入れられる男である。

 

≪ひっ!!たす…助けてくれ!戦車級がぁあああ!!!!≫

 

 そんな時、105ダガーの通信に味方の戦術機に乗る衛士の叫び声が入る。

 

「アンドレイ、援護を頼む!」

 

「ゼハート!…全く、手のかかるのは二人だけではないな!」

 

 呆れながらアンドレイはビームライフルで戦術機の元へと向かうゼハートを掩護する。

 

 

――ギュイン!!

 

 

「…見えた…!!」

 

 僅かに戦術機の動きの先が見える。その感覚を不思議に思いながらも、ゼハートは自らの愛機である真紅に塗装された105ダガーを走らせる。

 

「其処ッ!!」

 

 瞬時にビームサーベルを抜き放ち、戦術機に取りついていた戦車級を全て切り落とす。

 

「動けるか!?」

 

≪あ、あぁ…≫

 

「よし!」

 

 戦術機がまだ動けることを知るとゼハートはすぐにビームサーベルをビームライフルに持ち直し、近付いてくるBETAをビームライフルで蒸発させる。

 

「ヌハハハハハ!ウルフ達も派手にやっているな!」

 

 青く塗装された105ダガーに乗るヤザンは嗤いながらBETAを上空からの射撃で撃ち抜き、ドラッヘで吹き飛ばす。

 

「此の、化け物共があ!」

 

 さらに左肩に赤い星のパーソナルマークの入った105ダガーに乗るジェリドが戦術機を護るように前に立ち、ビームライフルで要撃級と突撃級を。さらにイーゲルシュテルンⅡで小型種達をズタズタにしていく。

 

「ジェリド、突っ込みすぎるなよ!」

 

「解ってる!」

 

「なに、ジェリドが突っ込んでも私が背中を護る!気にするな!」

 

「すまん、マウアー!」

 

 第二小隊とは対照的に、第一小隊は突出しがちのジェリドの背中を護るようにカクリコンとマウアーが連携する。

 

「ヌハハハハハ!あまり無茶するなよヒヨっ子共!」

 

「なぁに、ジェリドは第二小隊の連中よりもまだ可愛いもんでしょう!」

 

「違いない!!」

 

 カクリコンの返答に上機嫌に笑いながらヤザンはBETAを次々に殺していく。突出しがちなウルフとエドワード、さらに場合によっては突っ込むゼハートを冷静なアンドレイが援護する第二小隊。対して小隊員の三人が連携を行い、ヤザンがそれを冷静な視点で見つつ時折援護するというスタイルをとる第一小隊。この二つの小隊は戦い方こそ違えどもこれまでの戦術機では考えられない速さでBETAを駆逐していく。

 

「ははっ、あいつ等は順調だな!」

 

 そんな両小隊の様子を見ながら、涼牙の乗るデルタカイはウェイブライダー形態でレーザー照射を回避し続ける。

 

「其処だなっ!」

 

 デルタカイは空中でMS形態に変形すると、ロングメガバスターでレーザー照射の来た場所を撃ちながら地上へ急降下する。

 

≪な、なんだあ!?≫

 

≪戦闘機が…戦術機に!!≫

 

 そんな衛士達の驚愕を尻目にデルタカイは地上ギリギリで急停止し、ハイメガキャノンを発射しながら腕を横に振るってBETAを纏めて薙ぎ払うとそのまま急上昇する。

 

「行けよファンネル!」

 

 さらにデルタカイのフィンファンネルを射出。ファンネルは様々な場所に飛んでいき、BETAを撃ち抜いていく。

 

≪な、なにが飛んでるんだ!?≫

 

≪奴等の戦術機はビックリ箱か何かか!?≫

 

 もはや理解の範疇を超えたデルタカイの戦いに唖然とする衛士達。彼等がそんな風に思っているとはなんとなく予想しながらも涼牙はデルタカイを駆ってBETAを殲滅していく。

 

「そぉら、食らっとけ!」

 

 地上で戦術機に取りついた戦車級をビームサーベルで排除しながら、振り向きざまに再びハイメガキャノンで纏めて薙ぎ払う。

 

「ふぅ…」

 

 さらに、GXに乗るユウヤは上空を高速で移動しながらひたすら精確無比な射撃を行っていく。BETAの密集している場所にはビームマシンガンの連射モードで面制圧射撃を行い、戦術機に近付いているBETAには威力重視の単射モードで撃ち抜く。

 

≪ひっ!?≫

 

 するとGXのメインカメラが要撃級に攻撃されている戦術機を捉える。

 

「…狙い撃つ!」

 

 ユウヤはすぐに単射モードで要撃級の前腕を精確に撃ち抜く。次いで、そのまま要撃級のもう一方の前腕。さらに身体を撃ち抜いて排除する。

 

≪な、なんて精確な射撃を…!?≫

 

 ユウヤに救われた衛士はその射撃の腕に驚愕する。百m以上離れた上空から要撃級の前腕のみを、しかも動きながら撃ち抜いたのである。もはやユウヤは射撃の腕ではティターンズでもトップクラスの腕前になっていた。

 

「…すぅ…ふう…」

 

 上手く撃ち抜けたことにユウヤは深く息を吐く。初陣で、涼牙から特別な機体――ガンダムを任されたというプレッシャーが其の身体に圧し掛かる。しかし、ユウヤは其のプレッシャーに決して屈しない。自身の最も得意な射撃で次々にBETAを撃ち抜き、友軍の戦術機を救っていく。

 

「要塞級、ならこいつで…!」

 

 ユウヤの視界に巨体を誇るBETA、要塞級が映る。其の内部にBETAを輸送する能力を持つ此のBETAは倒した後も中からBETAが出てくる可能性があるので油断はできない。

 

「ハモニカ砲で一気に叩く!」

 

 GXが持つ特徴的な巨大な盾――通称「ハモニカ砲」を構えると其の前面が二つに割れ、複数の砲口が顔を出す。そして其処から放たれる集中放射で要塞級の胴体部分を一気に撃ち抜き、中のBETA諸共排除した。

 

「光線級は片付いたな。よし」

 

 ロングメガバスターを撃ちながら、涼牙は全てのMSに通信を入れる。

 

「各機、聞こえるか?俺は此のまま帝国軍と大東亜連合軍の避難民救助を支援する。必要な機体は補給を順次終わらせろよ」

 

 涼牙は指揮を出し終えると其のままデルタカイをウェイブライダーに変形させ、避難民支援へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間を遡って――避難民の救助に当たっていた日本帝国軍と大東亜連合軍は遅々として進まない避難に悪戦苦闘していた。

 

「ぐ…此のままでは…」

 

 日本帝国軍を指揮するのは彩峰萩閣中将。中将と言う立場にありながら戦術機に乗って前線に立つ人物であり、其の人格と能力から軍部での人望も厚い人物である。彼は自身の乗機である不知火でBETAを倒しながらも現在の戦況に歯を食いしばる。

 

≪彩峰中将!!すぐに帝国軍を援護に向かわせたまえ!このままでは司令部は保たんぞ!≫

 

 通信で再三司令部からの援護要請が入る。しかし彼は其の指示に従おうとはしない。

 

「申し訳ありません、ですが帝国軍は無辜の民を見捨てることはできません!」

 

≪馬鹿な!帝国軍は本来国連軍の指揮下にあるのだぞ!!≫

 

「軍人の務めは、民を護ることだと心掛けておりますので」

 

 其れだけ言うと彼は通信を切る。彼自身、此の戦いの指揮官に明確な不満があるわけではない。此れだけ大規模な撤退作戦の指揮を任せられる人物が無能な訳がないのだから。しかし、其れでも彩峰は此の場を離れるわけにはいかなかった。彼の背後には未だ多くの避難民がいる。何の罪もない無辜の民を見捨てることは彼の帝国軍人としての誇りが許さなかった。

 

「(司令官の憤りも解る…彼等は死にたがっているのだ…だが、それでも!)」

 

 それでも目の前にいる民を見捨てることができなかった彩峰は大東亜連合軍に同調して避難民救助に当たる。

 

「(此の戦いが終わったら、命令違反で軍法会議か…致し方無し。だが、民を護れるならば!)」

 

 此の戦いの後の自身に降りかかるであろう事態に苦笑いを浮かべ、其れでも行動を変えようとはせずに長刀でBETAを切り捨てる。

 

「味方の被害状況はどうか!?」

 

≪はっ!すでに斯衛軍一個大隊の半数以上が討たれ、帝国陸軍と大東亜連合も被害は甚大です!≫

 

「避難状況は!?」

 

≪避難民は未だ避難を拒否しており難航しています!まだ時間は掛かりますね!≫

 

「了解した!全帝国軍機、聞こえたな!我等は此の場を死守する!一匹たりとも後方に送るな!我等の背には無辜の民の命が掛かっているのだ!!」

 

≪≪≪了解!!≫≫≫

 

 綾峰の檄に帝国軍人達は一斉に返事をし、BETAを相手に食い下がる。

 

≪ああ!?せ、戦車級が…!≫

 

≪うわ…!?き、機体が動かない!ひい!?やめ…来るなあ!!≫

 

≪いやあ!!助けて…≫

 

 しかし、圧倒的物量を誇るBETAを相手に次々に帝国軍や大東亜連合軍の戦術機は撃破されていく。

 

「ぐぅ…保たんか…!!」

 

 何体倒しても後から後から湧き出るBETAに彩峰の頬を嫌な汗が伝う。だが、その時だった。空から一条の光の柱が降り、其のままBETAを纏めて薙ぎ払った。

 

「な、何が…!?」

 

 自らの眼前に降り注いだ光の柱と、纏めて薙ぎ払われたBETAの群れ。其の光景に彩峰は目を丸くする。

 

≪聞こえるか!帝国軍!指揮官はどちらか!?≫

 

「っ…!?私が帝国軍の指揮をとる彩峰萩閣中将だ!」

 

 通信に入った若い男の声に驚き、彩峰は慌てて返事を返す。

 

≪此方、国連軍特殊独立戦闘部隊ティターンズの氷室涼牙少佐です!避難民救助の状況を教えていただきたい!≫

 

 ハッキリと告げられる日本人の名前に彩峰は驚愕する。彼もティターンズの事は聞いていた。アメリカ人であるジャミトフの創った独立部隊――其の特性からジャミトフの私兵と揶揄されている事も知っている。其の指揮官たる人物が自らと同郷の日本人なのが彼には信じられなかった。

 

「…未だ避難民は脱出を拒んでおり、遅々として進まぬ状況だ」

 

 だが、自身の中に渦巻く幾つもの疑問を押し殺し彩峰は簡潔に現在の状況を説明する。現在最も重要なのは避難民の救助、故に彼は己の疑問を一切口にはしない。

 

≪了解しました。此れより援護を開始します≫

 

 そう返答するとデルタカイはロングメガバスターを発射し、BETAを蒸発させる。

 

「…!アレは…光学兵器か!?」

 

 彩峰の驚愕を尻目に、デルタカイはファンネルを飛ばして帝国軍及び大東亜連合軍に近付くBETAを攻撃。さらにハイメガキャノンでBETAを薙ぎ払う。

 

「何故…国連軍に…米国に支配された、国連軍の部隊指揮官に君のような…日本人の若者が…」

 

 誰にも聞こえないような声で彩峰は呟いた。

 

 

 

 

 此の日、此の時――光州作戦は成功を収める。否、それどころかBETAの前に敗北を続けてきた人類は遂に勝利の美酒を味わうこととなった。其の勝利の美酒をもたらしたのは――たった十機のMSと一隻の戦艦。

 

 此の戦いは後に人類の反撃が始まった戦い――光州の奇跡として、人類の歴史に刻まれることとなる。

 

 

 

 




以上でした。設定資料の方にアークエンジェルやダガーの事を載せました。


次回予告

遂に表舞台に立ったガンダム

その圧倒的な力は各国に大きな波紋を広げていた

そして、その波紋は国だけでなく反体制側の人間達にも及ぶ

次回、世界の反応

ガンダムの力に、世界が揺れる


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第十九話 世界の反応(改)

最新話でなく申し訳ありません。

実は今回、出すはずだった人物を出し忘れてしまったので新たに追記して更新しました。

最新話は現在執筆中ですのでもう少々お待ちください。


 光州作戦終了後、ティターンズの司令官であるジャミトフのもとには様々な国から説明を求める声が集まっていた。当然、その説明の内容は光州作戦で活躍し作戦を成功に導いたMS及びアークエンジェルに関してであった。戦術機を遥かに超える空中での光線級の攻撃回避を可能とする機動性。そして何より、どの国でも実用化の目途すら立っていないビーム兵器を標準装備していた為である。

 

「あの兵器の名称はMS。戦術機とは全く違う概念を持って開発された新型機動兵器です」

 

 そうして説明を求める声に対し、ジャミトフはアズラエルと共に臨時に開かれた国連総会で各国への説明を行っていた。説明を行う二人の後ろにある巨大モニターには光州作戦におけるMSの姿が映し出される。二人は機密に触れないレベルで其々の機体の説明を行う。

 

「MSは装甲から駆動系に至るまで戦術機とは全く違う技術や概念で開発された機体です。現状、ティターンズのみに配備されているこれらの機体は我等アズラエル財団とティターンズの実働部隊長である氷室涼牙少佐が共同で開発した機体であり、其の機体を運用する為にハイマン大将が部隊を設立いたしました」

 

 アズラエルが真剣な顔で各国の代表達に説明していく。そんな彼の説明に各国の代表達はざわつく。

 

「ティターンズの主力量産機は此の機体、105ダガーです。此の機体は汎用性を重視し、複数の装備を換装することで様々な戦況に対応できます。当然、どの装備の場合でもビーム兵器を標準装備しています」

 

 映像の中で次々にBETAを撃破していく105ダガー。その姿に各国代表は皆一様に難しい顔をしている。高々十人程度の衛士しかいない部隊が凄まじく高性能の兵器を所有している。此れは彼等にとっては由々しき事態であった。可能であれば一機でも入手したいと其の脳裏で考えを巡らせている。

 

「次に、ティターンズの旗艦であるアークエンジェル。此の戦艦は此れまでの艦と違い、空を飛ぶことで広範囲での作戦行動を可能としています。当然、此方も主砲にビーム兵器を採用しています」

 

 次いで映し出されるのは後方からの援護射撃を繰り返すアークエンジェル。戦闘の行える空中戦艦など此れまで空想の中にしか存在しなかったが故に各国代表は食い入るように映像を見つめる。

 

「最後に…」

 

 其れまでアークエンジェルが映されていたモニターが切り替わり、二機のMSが映し出される。

 

「戦闘機への可変機構を有するのがガンダムデルタカイ、巨大な盾を有するのがガンダムX。これらの機体こそが我等ティターンズの象徴ともいうべきMS――ガンダム。此の地球の守護者として生み出されたエース専用の機体であります」

 

 アズラエルの言葉を引き継ぎ、ジャミトフが口を開いた。各国の代表は105ダガーを遥かに凌駕する二機の性能に目を奪われる。

 

「此の場を借りて各国の皆様方にお伝えします。我等ティターンズは此れより先、我々が保有する独立行動権を持って世界各国を駆け回りBETAと戦うことをお約束いたします。無論、未だ規模の小さい部隊故に至らぬこともあるでしょう。ですが、未だ世界各地で奮闘する皆様方をお助けする為に此のティターンズは起ったのです。故に、全力を持って世界各地に急行し戦うことを此処の宣言します」

 

 立ち上がり、各国の代表を見渡しながら語るジャミトフ。其の姿に再び各国の代表達は困惑する。

 

「私の方からも一つ――現在、我がアズラエル財団では105ダガーの簡易量産機を販売する準備を進めています。当然、これらの簡易量産機もビーム兵器を標準装備しており、BETAと戦う前線国の方々に優先的に販売いたします。また、MSに使用されている新型OSの戦術機版の提供も予定しており、此のOSを搭載すれば現行のOSよりも遥かにスムーズな動きを可能とします」

 

 アズラエルの宣言に、各国代表――特に前線国の代表達は歓声に近い声を上げた。そんな中、一人の代表が手を挙げて質問する。

 

「アズラエル代表、105ダガーではなく簡易量産機を販売する意図とは?販売するならばより性能の良い機体のほうが良いのでは?」

 

「御尤もな疑問ですね。最大の理由はコストです。105ダガーは少数精鋭の部隊で運用する為に開発したためにコストが高く、また各ストライカーパックも準備しなければならない為に販売額も大きくなります。よって、コストの低く数の揃え易い簡易量産機の販売を行うのです。無論、ゆくゆくは105ダガーの販売も視野に入れておりますが…如何に簡易量産機とはいえ戦術機を大きく上回る性能を持っているということは御約束いたしましょう」

 

 代表の質問に対して淀みなく答えるアズラエル。其の返答に一応納得したのか、代表は其のまま座る。そうして、臨時の国連総会は閉幕した言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカ合衆国では軍部のトップや政治家達が集まって話し合いを行っていた。当然、其の内容はティターンズの事である。

 

「あの私兵部隊(ティターンズ)が光州作戦を成功に導いたってのは本当なのか?」

 

 未だ、ティターンズの戦闘映像を見ていないのだろう。其の問いに戦闘映像をすでに見ていた者達は忌々しげな顔で頷いた。

 

「無論だ。此れが其の映像だ」

 

 其の言葉と共にMSの戦闘映像が流される。するとすぐさまその場の全ての人間の顔色が変わる。

 

「…おいおい、此れはSF映画か?私は光州作戦の映像を見せてほしいのだが?」

 

「信じられないのも無理はないが…此れが其の光州作戦の映像だ。奴等は未だどの国でも開発されていないビーム兵器を搭載し、光線級の攻撃を回避できるだけの性能を持った機体を配備しているのだ!しかも、開発に携わったリョウガ・ヒムロはジャップだという」

 

 そう語りながら、彼は拳を強く握りしめる。此の事態は此の場にいるすべての人間達にとって予想外すぎたのだ。

 

「おのれハイマンめ!元より此の兵器の配備があったから正規軍の指揮権を放棄してまで独立部隊の設立を行ったのだ!」

 

「どうする?アズラエル財団は前線国に此の機体の簡易量産機を優先販売するという。此れでは我が国の戦術機の需要が激減するぞ!」

 

「決まっている!奴等に命じてMSを接収すれば良いだけの話だ!」

 

「馬鹿を言うな!奴等には何者も介入できない独立権を与えてしまっている!それを、予想外の戦力があったからと無視しては我が国の信用問題だ!何より、あの男がそんな言葉に従うわけがない!最悪、あの力が我等に向くぞ!」

 

「そもそも!国連に所属させよう等と言わなければ彼等は我が軍の一員として使えたのはないのか!?」

 

「そうとも!悪戯にハイマン大将を排斥しようとするからこうなるのだ!」

 

「ではあの時点であれ程の戦力があると予測できたというのか!?」

 

「だいたい、我が国の戦術ドクトリンはG弾を基本としている!どのみちハイマン大将とは解り合えんよ!」

 

「其れが間違いなのだと言っている!G弾に拘りすぎればいずれ我が国の首を絞めることになるぞ!」

 

 ティターンズにどう対処するかを話し合うも、全く解決策が出てこない。ジャミトフのことを知っている彼等は、ジャミトフが必要とあらばアメリカに牙を剥く可能性があることを理解している。故に強硬策にも出れなかった。さらに、G弾推進派と此れまで表立っていなかった反対派も対立し始めていた。

 

「そうだな、強硬策に出るとしてもことを急いではいかんだろう。君、我が国で開発中のラプターとの戦力比はどのぐらいだ?」

 

「は、はい…戦闘データからの計算ではありますが…少なく見積もっても50対1…ティターンズの105ダガーに乗っている衛士がエース級であることを考えると此の数値となります」

 

「…成程、つまり105ダガーに搭乗する衛士の腕が新兵レベルならばもっと下がるというわけだな?」

 

「はい…また、アズラエル財団が販売するという新型OSの性能如何ではさらに戦力比は縮まるでしょうが…其れでもラプターでは105ダガーに歯が立ちません」

 

 研究者に訊ねた男性のこめかみがぴくぴくと震える。映像データでも解る105ダガーの性能。戦術機を遥かに上回る機動性と火力。恐らく装甲も戦術機とは比べ物にならないだろうことを彼は予測する。あの機動性に撃墜できるまで攻撃を当てなければならないとなると此の戦力比は仕方がないと頭では理解していた。

 

「…我等が最新鋭機として開発を急がせているラプターが、手も足も出ない機体がすでに実戦配備されているだと…ハイマンめ…!ガンダムとの戦力比はどうなっている?」

 

「は…恐らくは…1000対1にはなるかと…105ダガーをも大きく超える機動性にあの殲滅力…現行の戦術機で太刀打ちするのはまず不可能です」

 

 忌々しい事実に怒りの形相を浮かべる。だが彼は如何にか平静を保ち、冷静に頭を働かせる。

 

「とにかく、ラプターの性能をできる限り向上させろ。其れと、簡易量産機の販売が開始したらせめて一機でも手に入れて解析に回すのだ!新型OSも入手次第、教導部隊に回して検証を行わせろ!ええい、忌々しい…ハイマンにアズラエル、そしてリョウガ・ヒムロ…薄汚い黄色猿が…!」

 

 その後も、彼等は必死にティターンズへの対抗策を練るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ヨーロッパでも欧州連合各国の代表が集まってティターンズに関する話し合いが行われていた。

 

「諸君、知っての通り光州作戦は成功に終わった。たった十機の兵器によって」

 

「戦闘データを見たが、あの力は異常だろう。特に、ガンダムと言ったか?たった一機の戦術機にあれだけの火力を持たせるとは」

 

「スペイン代表、戦術機ではなくMSです。此の機体は戦術機とはそもそもの設計概念からして違うとのことなので」

 

 スペイン代表の間違いをフランス代表が指摘する。

 

「いや、此れは失礼…して、此の部隊をどうするかだが…」

 

「とにかく、まずはユーラシア奪還の為に共同戦線を張るのが重要だろう。ハイマン大将は前線国の支援を大々的に発表してくれたのだ。人数が少ないから常にと言うわけにはいかんだろうが…其れでも此れまで以上の戦果は挙げられるだろう」

 

「それでも、いつまでもティターンズに頼るわけにもいかん。此方もアズラエル財団からMSを購入して研究するしかあるまい。其れまではティターンズとの共同戦線を行うほかあるまい。其れと、OSの方の購入もな」

 

「しかし、アメリカの狗である国連がこれほどの部隊を結成するとは」

 

「いや、そうとは言えまい」

 

「というと?」

 

 イギリス代表の言葉にフランス代表が聞き返す。

 

「ハイマン大将がアメリカの軍内で孤立していたのは諜報部の調べで解っています。其のハイマン大将が国連に移ってまで結成した部隊。アメリカとは全く別の部隊と思った方が良い」

 

「成程…」

 

 ティターンズの登場に危機感を募らせるアメリカに対し、ヨーロッパ諸国は彼等を上手く利用する方針で纏まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、アラスカのソ連首脳部でもティターンズに対する考察が行われていた。

 

「資本主義の狗め、此れほどの兵器を隠し持っていたとは」

 

 映像データを目にし、書記長は忌々し気に顔を歪める。

 

「しかし、あの部隊はアメリカとは関係が薄い…或いはないと考えられますが」

 

「ほう、何故そう言えるのかね?同志アブラモフ」

 

「はっ…KGBの情報によればジャミトフ・ハイマンはアメリカ軍部で孤立していました。その彼に、あれだけの兵器を有する部隊を指揮する権限を与えるとは思えません。何より、正規軍の指揮権を剥奪した点も彼がアメリカ軍部との関係が断たれていることの証明になるかと」

 

「成程」

 

 書記長は其の説明に納得し、頷く。

 

「とにかく、当面は此れより販売されるMSの解析と新型OSの検証だ。そしてティターンズへの共同戦線の打診を行う。もしもあの部隊の機体が撃墜された場合、回収することを視野に入れてな」

 

 こうして、ソ連でもティターンズを上手く利用する方向で考えを纏めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ティターンズに対する考察は此処でも行われていた。日本帝国である。

 

「MSか…国連もとんでもないものを投入していたな」

 

 国会の会議室で、内閣総理大臣の榊是親は溜息を吐く。

 

「やはりあの部隊は、アメリカの部隊とは言えないのでしょうか?」

 

「うむ、まず間違いあるまい」

 

 議員の言葉に、榊は頷く。

 

「情報省からハイマン大将が米国軍部で孤立していたという確証は得ている。その彼が、今更米国に素直に従うとも思えん。寧ろ、米国から離れる為に国連に移ったと考える方が自然だ」

 

「…確かに」

 

「ところで、氷室少佐についてですが…城内省からはなんと?」

 

 彼等、日本帝国は他国以上に涼牙に対して関心が強かった。何せ、日本人である涼牙が実働部隊長でありMSの開発関係者なのである。自国の者がそんな地位にいることに関心が行かないはずがない。

 

「それがな…城内省のデータベースには彼のデータはないらしい。いや、無論氷室と言う姓の人間は数多くいる。だが、氷室涼牙と言う人物のデータは一切存在しないらしい」

 

「そんな馬鹿な!!」

 

 榊の返答に、議員は驚きで声を荒げる。城内省のデータベースには全ての日本帝国民のデータが入っている。しかし、涼牙に関してはその痕跡は一切発見できなかったとのことだ。

 

「それでは彼は、国外に渡った日本人の子孫とか?」

 

「それもない。データベースの氷室姓の人間には移住したという記録がないのだ」

 

「では…彼はいったい…」

 

 まさか異世界の人間だなどと想像できるはずもない。涼牙に関して何も知ることができなかった。

 

「彼のこともそうだが…MSに関しても考えなければなるまい。軍部はアズラエル財団から購入し、解析をしたいという考えだ」

 

「それは当然でしょう。寧ろ、一切異存はないかと」

 

「うむ、其れと新型OSも購入し富士教導隊で検証を行うことも軍部では考えている」

 

「そうですね、それも必要でしょう」

 

「異存はありません」

 

 榊の言葉に異存はないと議員達は頷く。

 

「それと、もう一つ…彩峰中将に関してだ。結果的にティターンズのおかげで司令部陥落は免れ、光州作戦も成功。避難民も無事に救出できたが、国連軍からは彩峰中将の命令違反に対して厳罰を求める声が多い」

 

 彩峰の行動は大東亜連合や帝国軍からは称賛を受けたが、一方で国連軍からは司令部陥落の危機を招いたとして日本帝国に厳罰を求める声が寄せられていた。

 

「幸い、国内で厳重に処罰するということで国連を納得はさせた」

 

「処断なさるのですか?」

 

「仕方あるまい、逆らえば帝國主導のオルタネイティブ4が失速するし国連に参加している多くの国からも批判が出る。だが、此れで軍部の反発は免れんだろうな」

 

 榊は溜息を吐く。彼自身、彩峰とは知らぬ仲ではない。だが、帝國の為に私情を挟むことはできなかった。そうして、重々しい空気が蔓延する中で会議は遅くまで続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…シャワー浴びて来ねえとな」

 

 インド東部アンダマン諸島アンダマン基地。其処ではテストパイロットとして転属となったタリサが日々、試作機の運用テストを行っていた。彼女は此の日のテストを終え、シャワーを浴びようと通路を移動している。すると、前方の三人が何やら話しているのが見えた。

 

「おい、聞いたか?此の前に行われた光州作戦だけどよ、なんでも十機の戦術機が成功させたらしいぜ?」

 

「あぁ、その話なら俺も聞いたぜ。なんでも空中で光線級の攻撃を回避したり、光学兵器を使う戦術機を国連が使ったって話だろ?」

 

「(…空中で光線級回避?光学兵器?)」

 

 そんな彼等の会話が耳に入り、タリサはピタリと立ち止まる。

 

「あと、何でも戦闘機に変形する戦術機がいるらしいぜ?確か…ガンダムとか言ったな」

 

 恐らく彼等はまだ噂で聞いたレベルなのだろう。実際、MSに関することは今のところ国家や軍の上層部と光州作戦に参加した人間以外には詳しくは知らされていない。しかし、彼等が聞いた噂は殆ど間違っていなかった。

 

「(戦闘機に変形する…ガンダム…!?)」

 

 其処まで聞いて、タリサの脳裏に想い人の姿が思い浮かびすぐさまその場を駆け出す。

 

「へぇ~、そんな戦術機があんのか。整備士としては是非とも弄ってみたいもんだな」

 

「其の話は本当か!?」

 

「うお!?マナンダル少尉!!」

 

 いきなり大声で問いかけられ、三人は驚愕する。どうやら彼等は整備兵であるらしく、休憩中に此処で談笑していたらしい。

 

「さっきの話本当かよ!戦闘機に変形するガンダムって!?」

 

「は、はい。俺達も噂で聞いただけですが…なんでも其の戦術機が光州作戦で大暴れしたとか…」

 

「そっか、ありがとよ」

 

 整備兵に礼を言うと、タリサは三人に背を向けて其の場を後にする。

 

「(デルタカイだ…涼牙、来たんだな!)」

 

 彼女は確信していた。彼等が話していた戦闘機に変形するガンダムと言うのは涼牙の愛機であるデルタカイであると。

 

「リョウガに…会えるかもしれない…!」

 

 彼の顔を思い出すだけで胸が高鳴り、首に掛けた涼牙のドッグタグを強く握り締める。

 

「そう言えば、国連軍って言ってたな…」

 

 其処まで考えて、タリサは歓喜する。涼牙は現在国連軍にいる――ならば、自分も其の部隊に転属することができるのではないかと。

 

「そうと決まれば!!」

 

 そして、タリサは駆け出した。件の部隊の事を調べ、其の部隊に希望転属する。そして彼に自分の想いを伝えようと。

 

 しかし、悲しいかなタリサはすでに別の場所――アラスカはユーコン基地への転属が決まっていた為に、其の転属願いが聞き届けられることはなかった。結果、彼女が涼牙と再会するのはさらなる時間を要することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「国連め、こんなものを開発していたのか…」

 

 薄暗い部屋の中、何人かの男達がモニターに映し出されたMSの映像を見ていた。彼等の表情は一応に怒りの色が見えている。

 

「難民達の生活を無視して、いつの間にこんなものを…!」

 

 彼等は難民解放戦線。現在、BETAによって発生した難民に対する扱いに不満を抱きそれを改善させようとする所謂テロリストである。

 

「………」

 

 そんな中、一人だけ会話に参加せずにモニターを食い入るように見ている金髪に真紅の瞳を持つ青年がいた。彼は男達の会話にまるで興味を示さず、後ろの椅子に胡坐をかいて座ってモニターを見ている。そしてその隣には銀色の髪の幼い少女が座っていた。

 

「同胞から流れてきた情報では、此奴はMSっていう戦術機とは全く別の兵器らしい。開発はアズラエル財団とリョウガ・ヒムロ――此の変形する機体、ガンダムの衛士の共同開発らしい」

 

 傍らに立っていた男が映像をデルタカイのところで停止させ、さらに何処かで入手した涼牙の顔写真も画像に映し出される。

 

「…おい、此のヒムロって奴の経歴は解るか?」

 

「いや…帝國に潜入している同胞の情報では一切データがないらしい。他にも色々調べてはいるが、経歴不明とのことだ」

 

「へぇ…」

 

 青年は其の質問に答えて貰った後、再びモニターに目を移す。

 

「しかし、アズラエル財団は確かに大企業だが…戦術機開発の実績はないはずだ。にも拘らず、こんなものを…」

 

「案外、アズラエル財団が開発したんじゃないのかもな」

 

 不意に口を開いた青年に周りの人間達は一斉に視線を向ける。

 

「ジュニア、どういうことだ?此の機体はアズラエル財団が造ったのではないというのか?」

 

「いや、確かに造ったのはアズラエル財団だろうな。だが、妙なことがある」

 

「妙なこと?」

 

 其の問いかけに頷くと、ジュニアは不敵な笑みを浮かべる。

 

「此の105ダガーって機体だけなら極秘開発してたって可能性もある。だが、問題は此のガンダムだ。此奴は105ダガーと技術系統が違いすぎる。明らかに、全く別種の技術で建造された機体だ」

 

「其れが?」

 

「解んねえか?普通、ワンオフ機にするとしても量産機と多少の互換性は持たせるはずだ。じゃねえと、修理なんかで苦労するしな。だいたい、此れだけ性能の高い機体だ。ガンダムなんぞ造らんでも十分な戦果を挙げられる。にも拘らず、全く技術体系の違うガンダムと全く同時に実戦に投入された。此れは、ガンダムが後に開発されたんじゃなく105ダガーが出来る前にガンダムが存在していたからだ。其処で俺が出した結論だが…此のガンダムを持って来た奴が105ダガーの設計図をアズラエル財団に持ち込み、財団が其の設計図通りに造ったって訳だ。完成された設計図通りに造るなら、一から開発するよりも遥かに早く」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、ジュニアは自身の考えを周りの人間達に聞かせていく。

 

「それ、見ただけで解るのか?」

 

「まぁ、凡人には無理だろう。目の前の現実すら見ようとしないからな。だが、俺様には見える。どんな不都合な現実からも目を逸らさない。そう…俺様には全てが見える」

 

 ジュニアの傲岸不遜な物言いに、傍らの少女を除く周りの人間達が不快な表情を浮かべる。だが、ジュニアはそんなことは気にせずにモニターに視線を向けている。

 

「そして、ガンダムと設計図を持ち込んだのは此奴だ」

 

 ジュニアは迷うことなく、モニターに移された涼牙を指さした。

 

「此れまでの経歴が一切不明のガンダムの衛士。恐らく此奴が、MSをアズラエル財団に持ち込んだ張本人だ」

 

 其の言葉に、周りの視線はモニターに映された涼牙に向く。

 

「だが、其れが真実だとして…此のガンダムはいったい何処で造られたんだ?105ダガーにしたって設計図があるってことは何処かに設計者がいるってことだろ?」

 

「…案外、此の地球で造られたもんじゃねぇかもな」

 

「…は?」

 

 ジュニアの突然の発言に周りが唖然とした。

 

「此奴は、明らかに今の地球の技術で造れるレベルじゃねえ。だとすると、BETAみたいに他所の星から来たか…或いは異世界から来たか…」

 

 其れを聞き、其の場には暫しの沈黙が訪れる。そして…

 

「「「ぷ…あはははははははは!!!!」」」

 

 其の沈黙は周りの人間達の爆笑によって破られた。

 

「お、おいジュニア!そりゃあSF小説の読みすぎだぜ!」

 

「何を言うかと思えば…そんなことあるわけねーだろ!」

 

 腹を抱えながらジュニアの考えを否定する人間達。其れをジュニアは冷めた目で見ていた。

 

「へっ…まぁ、お前等が信じるとは思ってねぇよ」

 

 そう語るとジュニアは席を立って部屋から出ていき、其の後を少女が追いかける。

 

「よぉ、お前は如何思う?」

 

「先程の他の天体、或いは異世界から流れてきた技術と言う話ですか?」

 

「あぁ…他所から持って来た設計図で其のまま同じのを造ったとしたら、地球に良く似た星か…別世界の地球と考えるのが妥当だろうな」

 

「正直、論理的にはあり得ないと思います」

 

 少女はジュニアの言葉をすっぱりと否定する。しかし、其の言葉にジュニアが気を悪くした様子はない。

 

「他の天体、或いは異世界からあれだけの兵器の実物及び設計図を保持したまま地球に現れる可能性は限りなくゼロに近いと思われます。恐らく1%に満たないと考えます」

 

「だが、ゼロじゃねえ」

 

 ジュニアの発言に、少女はハッとした様に彼の顔を見る。

 

「もし、異世界から持ち込まれた技術だとすれば…あそこまでの高性能機が突然、何処の諜報機関にも察せられずに現れたのにも説明が出来る。恐らく、設計図が持ち込まれて二年か三年程度で実機が造られたんだろうな。それぐらいなら或る程度完璧に隠すことはできる」

 

 其処まで語り、ジュニアは凶悪な笑みを浮かべ始める。ティターンズの――否、涼牙の存在が彼の好奇心を大いに刺激したらしい。

 

「面白ぇ…ガンダム…リョウガ・ヒムロ…!俺様に、お前の全てを見せろ…!あげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、アメリカ国内のとある一室。其処でも光州作戦におけるティターンズの戦闘映像を見ている一組の男女がいた。

 

「MS…此れほどの兵器だとは…」

 

 眼鏡をかけた理知的な女性が其の顔を驚愕に染める。しかし、もう一方の男性は涼しい顔で映像を見ていた。

 

「成程…ハイマン大将が無理を押して部隊を設立するわけだ。彼等には其れだけの価値がある」

 

 彼は何処か納得したような顔でモニターの中で戦うガンダムの姿を見つめる。

 

「ですが…此れがいつか貴方様の物に「其れは違うな」…は?」

 

 女性が呟こうとした言葉を男性が遮る。

 

「そうではないよ、彼等は同志なのだ」

 

「同志?」

 

「そう…私と同じく、地球と人類を護りたいと願う同志。故に、彼等は私の物になるのではない。いつか…私と共に戦ってくれるであろう同志なのだ。其れが何時になるかはわからないが…いつか必ずその日は来る。其れまで、私は裏方に徹するさ」

 

 いつか来る其の日を待ち望むように、男性は目を細める。

 

「申し訳ありません、出過ぎたことを…」

 

 詫びる女性に対して、男性は優雅に気にしていない――と口にする。

 

 

 

 

 こうして、世界の様々なところでティターンズやMS…そして涼牙に興味を持つ者達が動き出していた。

 

 

 

 

 

 




以上でした。最後の人物、誰だか…まあ解る人は解りそうですね(汗)

次回予告

ティターンズに新たな指令が下された

向かう場所は北の大地、カムチャツカ半島

故郷の戦地に、アンドレイは何を思うのか

次回、北の戦場

今、一つの再会が成る



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第二十話 北の戦場

申し訳ありません(土下座)、本当に申し訳ありません。結局一年以上お待たせしてしまいました。私生活でいろいろとごたごたがあり、その間に何とか少しずつ書いてはいたのですが筆が進まず投稿できず…とりあえず僅かなストックもでき、私生活の方も落ち着いて来ましたので投稿を再開します。


今回は原作キャラも登場します。そして微妙に原作乖離も…どうぞお楽しみください。


最後に、一年以上投稿が止まっていたにもかかわらず感想で更新を待っていると言ってくださった読者の皆様、心の底からお詫びとお礼を申し上げます。


 光州作戦後、ティターンズは各国の求める声に応じて様々な戦場へ派遣されては多大な戦果を挙げていた。実戦を繰り返すごとに連携が良くなる二つの小隊、そして圧倒的な性能を持ってBETAを殲滅する二機のガンダム。其の強さに各国は複雑な感情を抱きながらも、其の力に頼ることで以前とは比べ物にならない程に被害が減り続けていることを実感していた。そして現在、ティターンズの旗艦アークエンジェルは次の戦場に向かうべく太平洋を進んでいた。

 

「次の戦場はソ連か…確か、アンドレイの故郷だったよな?」

 

「あぁ、と言っても子供の頃のことだからおぼろげにしか覚えていないけどね。其れに、BETAの侵攻もあったから一つの場所に長くは暮らせなかった」

 

 アークエンジェルの格納庫に向かう廊下をアンドレイとエドワードが歩く。彼等は既にノーマルスーツに着替えており、現在は機体の中で待機を命じられ其処に向かう途中だった。其の二人の話す話題は次の戦場であるソ連についてだった。

 

「そっか、アンドレイはガキの頃に疎開してきたんだっけか」

 

「父の友人を頼ってね。両親共に軍関係者だから私が一人で疎開してきたんだ」

 

「へぇ~…」

 

 アンドレイの言葉にエドワードが相槌を打つ。真面目なアンドレイと奔放なエドワード、正反対に見える二人だが不思議と気が合っていた。

 

「軍属なら次の戦場にいたりしてな。現地の軍と親睦を深める機会でもあったら会えるんじゃないか?」

 

 現在、いくつかの任務を行ってきたティターンズは機密に触れることがないレベルで現地の軍と親睦を深めるように努めている。此れは各地の戦場を回るティターンズと現地の軍との連携を強化し、二度目以降に共闘する際に問題が起きないようにと言う配慮である。

 

「有り得なくはないな…機会があれば会いたい。だが、私は軍人だ。肉親との再会よりも軍人としての責務を貫く」

 

「はぁ…真面目だねえ、あんまり生真面目だと疲れるぜ?適当にガス抜きはしねえとな」

 

「ふっ…なら問題ないよ、君に連れまわされて私も楽しんでいる」

 

 アンドレイの言葉通り、エドワードは休みなどがあると基本的に独り暮らしであるアンドレイを気遣ってか自宅に招待したり共に遊んだりして過ごしていた。どうやらそれがアンドレイにとってちょうどいいガス抜きになっているらしい。そうして二人で話しているうちに食堂に到着する。アークエンジェル内に併設された食堂は娯楽の少ないクルー達に食事によるストレス解消を狙ってかなり充実したメニューを取り揃えていた。

 

「くそ…まだゼハートに届かないか…」

 

 そんな食堂内にはすでに先客がいた。アンドレイ達と同じくMS隊に所属している三人、ジェリド、マウアー、カクリコンだった。彼等のうち、ジェリドは前の任務における戦闘での自分のスコアを自身が目標とするゼハートのスコアと見比べていた。

 

「まぁ、落ち着けよ。お前だってすぐにゼハートを超えられると思ってるわけじゃないだろう」

 

「そうだがよ…ゼハートの野郎は任務の度にスコアを伸ばしてるんだぜ?いつまでも負けてられるかよ」

 

 ジェリドにとって、ゼハートは士官学校時代の同期生であると同時に必ず超えてみせると決めた目標だった。当時、彼等の在籍していた士官学校ではトップがゼハートであり、次席にジェリドがいた。しかし、ジェリドは一回もゼハートに勝つことはできなかった。故に、ジェリドはゼハートという目標を超える為に同じ部隊であるティターンズに所属することを決めたのである。

 

「………」

 

 そんな三人を見て、アンドレイは溜息を吐きながら食事を受け取ると彼等から離れた席に座る。その隣に「やれやれ」と言わんばかりに苦笑いしたエドワードが座った。

 

「お前、本当にジェリドのこと嫌いだよな?」

 

 三人に聞こえない程度の声量でエドワードが訊ねると、アンドレイは其れを首を横に振って否定した。

 

「別に、嫌っているわけじゃない。スコアに拘る気持ちもわからないわけじゃない」

 

 そう語りながらも、やはりアンドレイはジェリドが苦手だった。アンドレイ自身は戦う中で一般市民や味方を護ることを第一に考えている。一方でジェリドは何よりもBETAを倒したスコアにこそ拘っていた。無論、アンドレイ自身もスコアに拘るのが悪いとは思っていない。自分の成長を知る上で撃墜スコアは成長を実感しやすいものだ。しかし、一方でアンドレイはジェリドはスコアに拘りすぎているとも感じていた。そんな考えに加えて、生真面目なアンドレイと気性の荒いジェリドの性格は相性が悪く互いに苦手意識を持つに至っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪隊長、間もなく作戦領域に入るぞ≫

 

「了解した。MS隊各員、聞こえるな?」

 

 それから数時間後、今回の任務先であるソ連領へと入ったアークエンジェル。既にMS隊の発進準備を整え、衛士達は全員自身の機体で待機していた。

 

「もう一度作戦を説明する。今回の俺達の任務はソ連軍の支援だ。知っての通り、ソ連軍はペトロパブロフスク・カムチャツキー基地…長いからカムチャツキー基地に略すぞ…カムチャツキー基地を拠点に絶対防衛線を敷いている。其処でソ連軍はBETAの大規模侵攻に懸命に耐えているわけだが…今回俺達は予測された次の大規模侵攻でソ連軍を援護、BETAを撃滅する」

 

 涼牙は通信を通して今回の任務の内容を再度隊員達に説明する。

 

「今までも如何にかソ連軍は侵攻を防いでいたわけだが、ソ連軍側もかなりの出血を強いられていた。其処で今回の任務で俺達の手を借りて出来る限りBETAに損害を与え、かつ自軍の損害を減らすことが目的だ。また、損害を減らすことで補充を早めることもソ連側の狙いだろうな。損害が減れば補充する人員・機体も少なくて済むし、其の状態で余分に補充できれば基地の戦力を向上できる。其れにBETA側の損害を増やすことで次の大規模侵攻まで多少なりとも時間を稼げるかもしれないという目論見もあるだろう」

 

 隊長である涼牙の言葉に、それぞれ操縦桿を握る手に力が入る。彼等も次の戦場が近付いていることを肌で感じていた。

 

「…此処までいろいろ説明したが…まぁ、結局やることはいつもと変わらない。俺達はBETAを殲滅し、仲間を助けるだけだ」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 隊員達の返事に涼牙は満足気に微笑む。すると、其のまま涼牙は一機の105ダガーに個別通信を入れる。

 

「少佐?」

 

 其の通信の相手は第二小隊のアンドレイだった。

 

「アンドレイ、今回はお前の祖国での任務になる。気負い過ぎるなよ?」

 

 アンドレイにとってソ連は祖国であり、此の国ではまだ彼の両親が最前線で戦っている。其の情報を知る涼牙はアンドレイが気負い過ぎていないか心配していた。

 

「少佐、御心遣い感謝します。ですが、自分は大丈夫です。自分には頼れる仲間がいますから」

 

 そうして心配する涼牙に、アンドレイは感謝の笑みを浮かべてウルフやゼハート、エドワードの乗る105ダガーを見る。

 

「そうか、なら良い」

 

≪隊長!作戦領域に入る!すでにソ連軍がBETAと交戦を開始した!≫

 

 艦橋のガディから通信が入ると一様に涼牙達の表情が引き締まる。

 

「了解!全機、発進と同時に兵装自由!BETAから仲間を護りに行くぞ!」

 

≪≪≪≪了解!!!≫≫≫≫

 

 其の言葉と共に、デルタカイを先頭にティターンズのMS部隊が戦場へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方其の頃、ソ連の戦場では戦いが始まっていた。上陸しようとするBETAの群れに地上の戦術機及び戦車部隊、さらに洋上の艦隊が一斉砲火を仕掛ける。しかし…

 

「ちっ…(やはり手が足りんか…)」

 

 此の戦場に参加している部隊の一つ、「ジャール大隊」の指揮官であるフィカーツィア・ラトロワ中佐は舌打ちする。其の原因はソ連側の戦力であった。本来、此の絶対防衛線での戦いは最初に海を渡ってくるBETAに対して洋上と地上からの一斉砲火で数を減らすのがいつものやり方であった。しかし、今回は前回の侵攻の傷が癒えない内での侵攻であり前回失った戦車部隊の補給が間に合っていなかったのである。故に、圧倒的に火力が足りず多くのBETAの上陸を許すこととなった。

 

「くそ、こいつら!!」

 

 年若い少年の声が戦場に響く。ソ連側の衛士達は其の多くがユウヤよりも年下の少年少女で構成されていた。と言うのも現在のソ連は支配民族であるロシア人と其れ以外である被支配民族に分かれている。そしてロシア人で構成されたソ連上層部はロシア人を後方へ避難させ、被支配民族を前線に立たせているのだ。其れも、年若い少年少女関係なしにである。此の体制に異を唱え、自ら前線に出て彼等と共に戦おうとするロシア人もいるが其れは圧倒的に少数であった。

 

「くそ、撃ち漏らしが多い…!各員、孤立するな!囲まれたら終わりだぞ!!」

 

 ラトロワは周りに指示を飛ばしながら次々にBETAを撃ち殺していく。彼女――フィカーツィア・ラトロワ中佐もまたロシア人であるが、現在の民族蔑視に異を唱えて前線に来た衛士の一人であった。故に、彼女は同じ部隊の人間達から強く慕われていた。

 

「この…きゃあ!」

 

「トーニャ!!」

 

 そうして奮戦していたジャール大隊の衛士達だが、遂に戦車級に組み付かれるものが出始めた。戦車級に組み付かれた戦術機の衛士――トーニャを救おうともう一機が戦車級を排除しようとする。

 

「ターシャ、後ろだ!!」

 

「っ…!?しまっ…!!」

 

 トーニャを救おうとした少女――ナスターシャ・イヴァノワの機体に背後から戦車級が飛び掛かる。他の味方は遠く、もはや助けは間に合わない。そんな時…

 

 

――――ギュウン!

 

 

「え…」

 

 上空から降る閃光が戦術機を傷付けず、正確に戦車級だけを貫いた。そして次の瞬間、二機の戦術機を護るように巨大な盾を持った白亜のMSが舞い降りた。ユウヤの駆るGXである。

 

「其処の戦術機!動けるか!?」

 

「は、はい!トーニャ、其方は!?」

 

「こ、こっちも動ける!」

 

「よし!」

 

 二機がまだ行動できることを確認すると、GXはすぐさま前方に迫るBETAにビームマシンガンを発射して数を減らす。ハモニカ砲を使えば早いが、射線上にまだ別の戦術機がいるのでまずはビームマシンガンでBETAの数を減らすことを優先した。

 

「此方、国連軍特殊独立戦闘部隊ティターンズ隊長補佐のユウヤ・ブリッジス少尉です。此れより貴官等の援護を開始します」

 

「(ティターンズ!間に合ったのか!?しかし…若いな…)…助かる…ジャール大隊指揮官のフィカーツィア・ラトロワ中佐だ。よろしく頼む」

 

「了解です!」

 

 ユウヤはラトロワと僅かな通信で会話をすると、すぐに戦場のBETAに意識を集中する。的確に友軍機の位置を把握し、やられそうな友軍機は其の正確な射撃で援護を行う。さらに第一小隊の面々も既に参戦しており確実にBETAの数を減らし始めていた。

 

「すげぇ…」

 

「アレが…ガンダム…」

 

 特にソ連軍の衛士達は皆一様にGXの戦いぶりに目を奪われる。上空で光線級の攻撃を回避し、さらには決して味方を巻き込まない凄まじく正確な射撃で敵の撃破だけでなく味方の援護・救助まで行っていた。

 

「何をしている!動きを止めるな!!」

 

「は、はい!!」

 

「すみません中佐!!」

 

 GXに目を奪われる衛士達をラトロワは叱責するも、一方で目を奪われるのも仕方ないと内心で納得してしまう。

 

「(あの動きは機体の性能だけではない…特に射撃の腕前、アレ以上の人間は少なくとも私は見たことがない)」

 

 時折視線をGXに向けながら、ラトロワは口元に笑みを浮かべる。

 

「成程な…ティターンズ。機体だけでなく、衛士も一流と言う事か…!」

 

 もはやラトロワには此の戦闘に対する不安は消えていた。そして、ティターンズばかりに任せられないと部下に檄を飛ばしてBETAを狩るべく機体を奔らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方其の頃、ジャール大隊から僅かに離れた場所でも別の部隊がティターンズの援護を受けていた。

 

「此方、国連軍特殊独立戦闘部隊ティターンズのアンドレイ・スミルノフ少尉です!援護します、傷付いた友軍機の救助を急いでください!」

 

 ウルフとゼハートの105ダガーが大型BETAを殲滅し、エドワードとアンドレイの二人が損傷した友軍機に群がろうとする小型BETAを掃討する。そして損傷した戦術機から衛士達がベイルアウトしていく。

 

「其の声…アンドレイなのか…!?」

 

「…っ!?」

 

 そんな中、アンドレイ達と共に戦うチェルミナートルから通信が入る。アンドレイは其の聞き覚えのある声に一瞬、声を失った。

 

「父…さん…!?」

 

 其の声の主はアンドレイの父にしてソ連の英雄として広く知られる人物――セルゲイ・スミルノフ大佐のものだった。彼もまた、自らの率いるジーズゥニ大隊を率いて此の戦闘に参加していた。

 

「…アンドレイ…ティターンズに入っていたのか…」

 

 冷静に、そして優しい声音でアンドレイに問いかけるセルゲイ。其処には父として、息子を案じる親の感情が込められていた。

 

「……っ!?」

 

 セルゲイの言葉に、アンドレイは必死に口に出しそうになった言葉を飲み込んだ。そして自分に対し――此処は戦場で、今は任務の最中だ――と言い聞かせる。

 

「と…スミルノフ大佐…申し訳ありませんが、今は任務の最中です…お話は、然るべき後に…」

 

 父さん――そう呼びそうになる己を必死に律して、アンドレイは軍人としての返答を返す。其れを聞き、セルゲイは最初こそ驚いたもののすぐに優しい笑みを浮かべた。

 

「…そうだな、貴官の言うとおりだ。すまない、スミルノフ少尉…」

 

 そう言うと、すぐにセルゲイの表情は父親のものから歴戦の軍人のものへと変わる。

 

「ジーズゥニ大隊全機、此れより我等はティターンズを援護する!我が国の市民を護る為の戦い、彼等だけに任せるなよ!」

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

 セルゲイの指示に対し、大隊の隊員達からはすぐにやる気に満ちた返答が返される。其れを聞くと彼は最後に一度だけ、アンドレイに通信を入れる。

 

「アンドレイ…立派になったな…」

 

「…!?…ありがとうございます、父さん…!」

 

 僅かに交わされた親子の会話――其の会話を最後に二人は互いの為すべきことを為すために機体を動かす。アンドレイのダガーは空高く飛翔し、セルゲイのチェルミナートルは友軍を率いてティターンズの援護に回る。

 

「良かったのかい、アンドレイ?親父さんだったんだろ?」

 

「…構わない、私も…そして父さんも民を護る軍人だ。此処で為すべきなのは、言葉を交わすことじゃなく戦うことだ」

 

 エドワードの問いかけに笑顔で返すアンドレイ。其の操縦桿を握る手には、いつもよりも力が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光線級、確認!排除する!」

 

 一方、先陣切って出撃した涼牙のデルタカイは上空を駆け抜け真っ先に光線級の排除に向かっていた。其の姿を確認するとデルタカイをMS形態に変形させてロングメガバスターを撃ちながら急降下する。

 

「戦闘機から戦術機に…あの話は本当だったのか…」

 

 初めて実際に目にする可変MSを前に驚嘆するソ連軍の兵士達。そんな彼らをしり目にデルタカイは時にロングメガバスターで光線級を撃ち抜き、時に味方部隊に突進するBETAに対しハイメガキャノンを発射しながら横に薙ぐことで纏めて薙ぎ払う。

 

「よし…此のまま行けば問題なく行けそうだな…っ!?」

 

 次々に殲滅されていくBETAの群れを見て、涼牙は操縦桿を操作しながら安堵の息を吐く。しかし、不意に彼は違和感を感じとる。BETAとは全く違う、何処からか頭の中を覗かれているような違和感を。

 

「…誰だ、俺の中を覗こうとしているのは…?………そうか、君達か…勝手に人の中を覗くのは感心しないな…クリスカ・ビャーチェノワ、イーニァ・シェスチナ…!」

 

 其の言葉と共に、感じていた違和感が霧散する。

 

「…ソ連のESP能力者…だが、あの感じは強化人間に似ていた…どの世界でも人は同じような事をやるんだな」

 

 そう呟くと、涼牙は操縦桿を操作して残存BETAの殲滅に向かって行った。

 

 

 

 

 一方、涼牙が違和感を感じるより数分前。前線の僅か後方に数機の戦術機が存在していた。中央に存在する一機を護るように他の戦術機が配置されている。

 

≪ビャーチェノワ少尉、シェスチナ少尉、リーディングを開始しろ。どんな事でもいい、あのガンダムの衛士から情報を得るんだ≫

 

「了解。始めよう、イーニァ」

 

「うん」

 

 先頭に立つ戦術機の衛士から通信を受け、複座の戦術機に搭乗する二人の少女…クリスカとイーニァはデルタカイに向かって相手の思考を読み取る能力――リーディングを実行する。彼等の目的は自軍の救援に来たティターンズ、其の隊長である涼牙をリーディングする事により少しでも多くのガンダムを始めとする兵器の情報を得ることだった。その為に態々、此の最前線まで極秘に赴き二人がかりでのリーディングを行う。だが…

 

「………!?」

 

「な…!?」

 

「どうした…!?」

 

 少ししてイーニァの身体がビクリと震え、クリスカは驚愕で固まる。其の様子を通信越しに感じた先頭の戦術機に乗る男性――イェージー・サンダークは僅かに語気を荒げながら二人に訊ねる。

 

「…怒られちゃった…」

 

「……相手衛士の妨害により…リーディングは失敗しました…あのガンダムの衛士は…此方のリーディングに気付いたものと思われます…」

 

 叱られた事に悲しそうな表情を浮かべるイーニァ、対して動揺しながらも上官に報告するクリスカ。そんな彼女達の報告にサンダークは驚愕する。

 

「(リーディングに気付いた…?…馬鹿な…リョウガ・ヒムロもESP能力者だとでもいうのか…!?…だが…同じESP能力者とはいえ、リーディングに気付く等…ヒムロは彼女達よりも上位の能力者だとでもいうのか?)」

 

 僅かな逡巡の後、サンダークは撤退を決意する。もし仮に涼牙がESP能力者だとすれば自分達の思考を読まれることでソ連軍の機密――何より自身の計画が漏れるのを恐れた為だった。撤退する中、サンダークは涼牙への警戒心と同時に強い興味を抱く。そして、クリスカとイーニァの二人は初めて現れた自身の力の通じない未知の相手に対し恐怖を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後――あの戦闘は結果的にソ連側の大勝利で終わった。救援に来たティターンズと其れを効果的に援護して見せたジーズゥニ・ジャールの両大隊の活躍によってソ連軍は今までにない程の最小限の被害をもってBETAの群れを殲滅に成功した。

 

 そして今、戦闘に関わったソ連側の部隊とティターンズは小さな祝勝会を開いていた。祝勝会と言っても、非常に簡素なものでありどちらかと言えば親睦会といった感じではあるが。ちなみに此れはティターンズ側からの申し出でもあった。短時間の親睦会と言うこともあってか全員ノーマルスーツや強化装備を着用したままであった。

 

 そんな僅かな時間の親睦会で、ティターンズの面々は少しずつソ連の軍人達と馴染んでいた。年少の少年少女の兵士が多いジャール大隊が集まっている場所では先程多くの隊員が助けられたということ、またガンダムに乗っているというインパクトもあってかユウヤが少年兵達に懐かれていた。寧ろ、少女の兵士達の何人かが熱っぽい視線を向けているあたり此れから先も苦労しそうである。さらにそんなユウヤに付き合ってゼハートやエドワードもジャールの少年少女達と交流していた。

 

 一方、ジーズゥニ大隊も少年兵はそれなりに多いが其れよりも長年セルゲイに付き従ってきた年配の衛士達も多かった。彼等は彼等でウルフやヤザン等の荒っぽい隊員達と親睦を深めていた。そして、そんな中に再会を果たしたスミルノフ親子の姿もあった。

 

「アンドレイ、大きくなったわね…!」

 

「はい…母さんもよくご無事で…!」

 

 アンドレイの母、ホリー・スミルノフが息子を抱き締めて涙ぐむ。其の横には強化装備のままのセルゲイの姿もあった。

 

「しかし、驚いたぞ…お前がティターンズにいるとは…ハーキュリーから士官学校を早く卒業したとは聞いていたが…」

 

「すみません…」

 

 最近になり、ティターンズの隊員の名前も知られ始めていたがまだアンドレイの名前は其れほど広くは知られていなかった。

 

「構わん…元気でいてくれただけで十分だ」

 

「…はい…!」

 

 笑顔で親子の会話を交わすアンドレイとセルゲイ。しかし、互いに真面目な性分の両者は決してその会話の中で軍に関する話題を出すことは極めて少なかった。せいぜい、ダガーの乗り心地を聞かれた程度である。

 

「ごめんなさい、アンドレイ…貴方を護る為とは言え、寂しい思いをさせてしまったわね」

 

「いえ、僕のことを想ってやってくれたんだと言うのは解ります。其れに、寧ろ感謝しています。アメリカに疎開したおかげで僕はティターンズに入り、こうして父さんと母さんを助けることができたんですから」

 

 アンドレイがアメリカに疎開した理由――其れは一重にスミルノフ夫妻が我が子を護る為だった。無論、BETAから護ると言う意味合いもあるが…同時にソ連の上層部からも護る為だった。ソ連の上層部はロシア人で構成されており、彼等は被支配民族を差別している。其れは被支配民族が優先的に最前線に配置されていることからも明白だった。実際、ジーズゥ二大隊やジャール大隊の少年兵達もそうした被支配民族の出身である。彼等は年端もいかない内から被支配民族と言うだけで此の最前線に送り込まれてきたのだ。

 

 勿論、そんな上層部のやり方に反感を抱くロシア人もいる。其れがスミルノフ夫妻やラトロワであった。彼等は被支配民族の兵士達を護る為に自ら希望して最前線に赴いたのだ。そして、そんな中でスミルノフ夫妻が行ったのがアンドレイを旧知であり怪我で退役していたパング・ハーキュリーに預けてアメリカに疎開させることだった。当時、既にセルゲイの名は軍人で知らぬものがいないほどのソ連の英雄だった。故に、そんな英雄の息子であるアンドレイを上層部に利用されない為の措置であった。高名な英雄の息子ともなればプロパガンダに使うなりなんなり使いようは多いからである。

 

「父さん、母さん…僕は此れからもティターンズで人々を救い続けます。そして、父さんと母さんのような本当の軍人になって見せます」

 

「そうか…アンドレイ…本当に立派になったな」

 

 

 スミルノフ親子が互いに笑顔で会話に花を咲かせているのを、少し離れた場所から涼牙が微笑みながら見ていた。

 

「(良かったな…本当に…此の光景、ピーリスにも見せてやりたかったな)」

 

 かつていた世界で、すれ違いの末に悲劇を生んでしまった親子。其の親子がこうして仲睦まじくしている姿を見るのは涼牙には非常に感慨深いものだった。

 

「邪魔するぞ…」

 

 そうしてアンドレイ達スミルノフ親子を見守っていた涼牙に、不意に声が駆けられる。其の方向を見ると、其処にはジャール大隊のラトロワが立っていた。

 

「ラトロワ中佐、どうなさいました?」

 

「なに、幾つか貴様と話したいことがあってな。先ずは礼が先だな、ティターンズの救援…改めて感謝する。それと、あの親子の事もな」

 

 そう言ってラトロワは談笑するスミルノフ親子に視線を向ける。

 

「中佐はアンドレイ達をご存知で?」

 

「あぁ…昔、まだアンドレイがソ連にいた頃に家族ぐるみでな。だからこそ、スミルノフ大佐達がどれ程子供のことを想っていたか…そしてアンドレイがどれだけ両親を慕っていたかも知っている」

 

 そう語るラトロワの眼は、心の底から懇意にしていた家族の再会を喜ぶ優しい眼だった。

 

「本来、アンドレイがアメリカの士官学校を経て国連軍に入っていたとしても再会できる確率はかなり低かっただろう。だが、ティターンズと言う特殊な部隊にいるおかげでこうして再会できたことには正直に感謝している」

 

「いえ…アンドレイが優秀だったからこそです。でなければ彼を部隊には誘っていませんでした」

 

「…そうか、流石はロシアの荒熊の息子だ。血は争えんと言うやつか」

 

 涼牙の返答にラトロワは苦笑いで返す。

 

「それと、感謝ついでに聞きたいことがある」

 

「なんです?」

 

「何故、大した時間も取れないのに親睦会など開いた?よもや、アンドレイの為だけというわけではあるまい?」

 

 そんなラトロワの質問に今度は涼牙が苦笑いで返した。

 

「…そうですね…勿論、アンドレイの為と言うのもあります。前もって前線に出るであろう部隊の指揮官の名は聞いていましたから。ですが、其れと同時に我々ティターンズと現地の部隊の連携を深めるという理由もあります」

 

「ほう?」

 

「今、ティターンズは良くも悪くも世界から注目されています。特に、各国の上層部には色々と黒いことを考えているものも多いでしょう」

 

「…だろうな」

 

 其の言葉にラトロワ自身も祖国の上層部に思い当たる節があるのか頷いていた。

 

「ですが、現場の兵士である俺達には其れをどうこうすることはできません。俺自身、政治関係(そちら)には疎いですし…何よりハイマン大将なら問題なく対応できます。ならば俺は、少しでもBETAとの戦争を有利に運ぶために現地部隊との連携を強化した方がいいと考えました。今回の親睦会はその一環ですよ」

 

「…ふ、成程な…」

 

 涼牙の答えに納得したのか、ラトロワは穏やかな笑みを浮かべる。

 

「最後の質問だ。貴様等は其れだけの力を持って何を望む?」

 

「BETAの殲滅と人類の生存…そして此の星の再生を」

 

 最後の問いに、涼牙は真っ直ぐな視線で返す。其の瞳に映る覚悟の色にラトロワは満足気に微笑む。

 

「ふふ…成程、本気のようだな」

 

「勿論、こんなこと冗談で言えやしませんよ」

 

 互いに笑い合う両者。そうしてる内に親睦会が終了する時間が近付く。

 

「少佐、私は現場の指揮官に過ぎんから確約はできんが…共に前線で戦う時はティターンズとの連携がしっかりとれるよう尽力しよう。ではな…」

 

 手を振って去っていくラトロワに対し、涼牙は見送る。此れからしばらくしてアークエンジェルは出航。其の姿を今回共闘したソ連軍の衛士達が敬礼をもって見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 




以上でした!原作キャラであるジャール大隊の登場と交流、そしてスミルノフ親子対面の回でした。では次回予告を



次回予告


次の戦場に備えるティターンズ


新たに部隊に加わる衛士達


今、ゼハートに一つの転機が訪れる


次回、任命


彼等は未来の為に、牙を研ぐ





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第二十一話 任命

最新話更新です!そして新キャラ登場回です!

なお、此の話で部隊設立編は終了で此の後に幕間を二話ほど挟んでから新章に入ります。


「ユウヤ!同じ機体なら負けやしねえぞ!」

 

「俺だって負けないさ、ウルフ小隊長!」

 

 次の任務へ向けてシミュレーターによる訓練を繰り返すティターンズ。現在行われているのは第二小隊の二対二に分かれて行う戦闘訓練。だが、其処には本来いるはずのゼハートの姿はなく代わりに片方のチームの指揮をユウヤが執っていた。

 

「く…!」

 

「おら!もっと他の隊員の位置をしっかり把握しろ!」

 

 機体の性能による有利不利をなくす為にユウヤは105ダガーに搭乗して指揮を執っていたが、同性能の機体を駆るウルフのチームにユウヤ達は圧倒されていた。其れは単純な操縦技術ではなく、明らかな指揮能力の差だった。

 

「(く…気を抜くとアンドレイの援護が来る!ウルフ小隊長の位置取りが上手いんだ!)」

 

 アンドレイがエドワードの相手をしながらでも時折援護できる絶妙な位置にウルフはユウヤを誘い込む。其れは明らかな指揮経験からくる差だった。正規の士官学校を出ておらずに涼牙からの訓練でGXを乗り熟せるだけの操縦技術を手に入れたユウヤは単純な操縦技術ならば部隊内でもトップクラスだ。しかし、同じ性能の機体で互いにチームを指揮しながらの戦闘となると明らかにユウヤのチームが不利になる。其れはやはりまだまだ経験の浅いユウヤと、最前線で部下を率いて戦ってきたウルフの明確な差だった。ウルフは普段の素行の悪さから中尉と言う階級に甘んじていたが単純に能力だけを見るならば十分左官クラスの実力は備えている。勿論、其れはヤザンにも言えることではあるが…故に操縦技術はユウヤが僅かに上だとしてもチーム戦に於ける指揮能力の圧倒的な実力差が此の戦闘訓練の状況となっていた。

 

「貰った!!」

 

「ぐ…!?」

 

 ウルフ機のビームサーベルがユウヤ機の胴体を切り裂く。此の瞬間、ユウヤのチームの敗北が決定した。

 

「…くそ…!?」

 

 シミュレーターから降りてきたユウヤは悔しそうに天井を見上げる。ユウヤ本人も自分の指揮能力がウルフに及ばないことは理解しているが、其れでも負けたことに対する口惜しさが湧いて来ない訳がない。そんなユウヤにウルフが背後から近付く。

 

「よぉ、ユウヤ。また俺の勝ちだな?」

 

「…ぐ…はい…」

 

 強引に肩を組んできたウルフにユウヤは前につんのめりそうになりながらも踏み留まる。

 

「そうしょげた顔すんなよ。お前は頭が良いし、どんな不利な状況でも考えるのを止めようとはしねえ。場数を熟しゃ、すぐに指揮官としても一人前になれる」

 

 笑みを浮かべたウルフがユウヤに語り掛ける。其れは彼の率直な感想だった。涼牙の教えによりユウヤはどんな困難な状況でも常に考える癖を身に着けている。そしてそれが指揮官に最も必要な要素の一つだとウルフは考えている。実際、ユウヤは一人になると部隊指揮に関する書物などを読み漁っていることもあって知識も順調に蓄えている。其れを知っているウルフは敢えてシミュレーターによる戦闘を繰り返してユウヤに経験を積ませることを重視していた。

 

「さて、んじゃ次は対BETA戦のシミュレーターだ。キッチリ指揮を執って、損害を出さずに任務完了してみな」

 

 ユウヤの肩から手を放すと、ウルフは笑顔をのままにユウヤにそう告げる。ウルフの訓練はかなりのスパルタだが、ユウヤの顔には一切の躊躇いはなかった。

 

「(よし…俺は俺のできる最大限をやる!やってやる)」

 

 表情にもユウヤのやる気が見て取れる。まさしく向上心の塊、そんな彼を見てウルフも面白そうに笑みを浮かべた。

 

「(…へっ…此奴は化けるな、其れもそう遠くないうちに…まぁ、俺様も簡単に抜かれてやる気はねえがな…くくくく)」

 

 ユウヤの成長を喜びつつも、まだまだ指揮能力で負けてやる気はないと…サディスティックな笑みを浮かべて此れからもユウヤを扱くことを固く決めるのだった。そして…

 

 

 

 

「(ぶるる…!!)」

 

 

 

 

 そんなウルフの考えを無意識の内に察したのか、ユウヤはぶるりと身体を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方其の頃、同じようにティターンズの基地内のシミュレーターの前には四人の少年の姿があった。一人はティターンズの衛士であるゼハート。そして残りの三人は新たに此の部隊に着任した新任の衛士達である。

 

「俺はゼハート・ガレット、階級は中尉(・・)だ。此れからお前達を指揮することになる。よろしく頼む」

 

 自身の名と階級、そして自分が小隊の隊長だと告げると三人は納得できなさそうな表情をする。此の三人だが、御世辞にも品があるとは言えなかった。見るからに柄が悪く、まともな環境で育ってきていないことは一目瞭然だった。

 

「納得がいかない…と言った顔だな」

 

「当たり前だろ…?大して歳が変わらない上に立つ?世間じゃ、『真紅の閃光』とか言われているけどよ…こっちは力のない奴に従って死ぬのはごめんだぜ?」

 

 三人のリーダー格の金髪の少年が不満気な感情を隠そうともせずゼハートに物申す。ちなみに『真紅の閃光』とはゼハートに付けられた二つ名であり、其の機体カラーと高機動戦闘を得意とすることから付けられた二つ名だった。

 

「だろうな…確かに、噂で聞いていても実際に目にしなければ…と言う気持ちはよく解る。俺自身、自分が隊長として何処まで出来るか判らん。だが、指揮する以上はお前達を死なせるつもりはない」

 

「「「…!?」」」

 

 力強く語るゼハートに三人が僅かにたじろぐ。しかしゼハートは気にすることなく次の言葉を告げる。

 

「シミュレーターに入れ、三対一だ。お前達に俺の実力を見せる、其れが一番手っ取り早いだろう?」

 

「…へっ、上等!」

 

「…へぇ…言うじゃん…」

 

「吠え面かいても知らないからね?」

 

 ゼハートの提案に笑みを浮かべてシミュレーターに乗り込む三人。そしてゼハートはシミュレーターに乗りながら数週間前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺が小隊を…ですか?」

 

 アークエンジェル内の涼牙のいる隊長室に呼び出されたゼハートは自分に下された命令に目を丸くしていた。

 

「あぁ…実は少し前にハイマン大将から新たに三人の訓練校の人間を部隊に加えるって連絡があってな。MSの慣熟訓練も無事に終了してもうすぐ部隊に合流できるんだが…其の三人の指揮をゼハート、お前に頼みたい」

 

 そう言いながら涼牙は机の上に三人の新たな隊員の情報の記載された書類を置く。その書類をゼハートは涼牙に断りを入れてから目を通していく。

 

「…全員、スラムの生まれですか…」

 

 書類には全員の経歴が記載されていた。三人共十六歳と若く、さらには全員がスラムの生まれだった。

 

「あぁ、スラムに居た頃もかなりの悪ガキだったみたいだが…食って行くために軍人になったらしい。だが、腕は確かだ。そいつ等三人は訓練校でも常にトップ争いをしていたからな」

 

「よくそんな有望な人員を引き抜けましたね」

 

「そりゃあ、解るだろ?問題児だったんだよ、三人共例外なくな」

 

 溜息を吐く涼牙にゼハートも苦笑いする。彼にもだいたいの想像はついた。スラム出身者は総じて気性の荒いものが多い。勿論中には例外もいるが、スラムでも有名な悪ガキだったのなら相当気が荒い部類だろう。結果、腕は良いが素行の悪い訓練性として訓練校でも問題視されたのだ。書類に書いてある訓練校での問題行動を見ればそれなりに問題児であったジェリドが可愛く見えるレベルの物だった。

 

「ただ、全部が全部連中が悪いわけじゃねえ。ハイマン大将が色々調べたところによるとだ…スラム出身者ってことで相当差別があったらしい」

 

「やはり…」

 

 涼牙の答えをゼハートも予想していたのだろう。ジャミトフが念の為に三人について調べたところ、此の三人がしょっちゅう起こした問題…要は暴力行為なのだが、それ等は全て原因は他の訓練校性による三人へのスラム出身者へ向ける差別だった。訓練校入学当初は三人共、悪戯に自分から喧嘩を吹っ掛けるような真似はしなかった。しかし、スラム出身である彼等が訓練校のトップにいると言う現実を妬んだ周りの訓練校性が喧嘩を吹っ掛けて返り討ちにされると言うことが続いた為に三人は周りを敵視し始めてしまい日常的に喧嘩をするようになってしまったのだ。

 

「そういう境遇だからか、他の国への差別意識も持ってないし腕も良い。こっちがキッチリ受け入れてやれば問題ないってのが俺やハイマン大将の見解だ」

 

 基本的にティターンズは実力を第一に考える。そして実力があると判断されてから更に身辺調査が行われ、特にG弾推進派との関連がないかどうかを調べられるのだが今回の三人はそう言った背景はなく、また他国への差別意識もないことから入隊する運びとなった。後は入隊後に問題が起きないかと言う事だったが、幸い涼牙を始めとして隊の中で出身で差別するような人間はいないので其処まで気にすることではない。まぁ、血の気の多い人間もいるので多少の衝突はあるだろうが少なくとも訓練校に居た頃のようにはならないだろうと判断されていた。

 

「しかし、俺が抜けた後の第二小隊はどうするのですか?」

 

「其処は考えてある。しばらく、ユウヤを第二小隊の指揮下に入れる」

 

「ユウヤを…ですか…?」

 

 涼牙の返答にゼハートは困惑する。そんな彼に対して涼牙はすぐに其の理由を話し始めた。

 

「あぁ、ユウヤは衛士としての操縦技術ではもう一人前だ。だが、正規の軍人として訓練を受けた訳でもないから指揮能力がない。今はまだいいが、此れから先ティターンズの人員が増えていけばユウヤが指揮をする場面も必ず出てくる。そうなったときに困らないように一時的に第二小隊に編成してウルフに鍛えて貰う。まぁ、アイツは頭が良いからすぐにモノにできるとは思うけどな」

 

「成程…しかし、何故俺に小隊の指揮を?指揮能力ならばアンドレイも高いと思いますが」

 

 ユウヤに対する疑問が消えたゼハートは次に自身への疑問が浮かぶ。彼の言うようにアンドレイも冷静で思慮深く、指揮官に向いていると判断できたからだ。

 

「アンドレイはまだ少し視野が狭い。もう少しだけウルフのところで鍛えて貰う予定だ。其の点、ゼハート。お前は操縦技術、指揮能力、視野の広さが一番バランスが取れていると判断した。やってくれるな?」

 

「…解りました。全力を尽くします」

 

「よし、新隊員到着したらお前の階級も小隊長として中尉に昇格になる。いろいろ手を焼くだろうが、頑張れよ?」

 

「はっ!」

 

 涼牙の言葉にゼハートは敬礼で返す。すると涼牙は思い出したようにゼハートの肩に手を置く。

 

「そうそう、一つだけアドバイスだ。今回の連中みたいな気性の荒い奴らは最初にキッチリ実力を見せといた方が後々面倒がなくて良いぜ?」

 

「ふっ…ご忠告、感謝します」

 

 涼牙のアドバイスに笑顔で返すゼハート。こうしてゼハートはMS隊の中でも一番早い昇進を経て中尉となりティターンズ第三小隊の小隊長に就任したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ!なんだアイツ!」

 

「未来でも見えてんのかよ…うわっ!」

 

「…当たらない…」

 

 そして現在、三対一のシミュレーターでの対戦を始めた彼等はゼハートに一発も攻撃を当てることが出来ないでいた。

 

――――ギュイン!

 

「(…見える…!)」

 

 ゼハートには全ての攻撃が見えていた。いや、攻撃だけではない。相手がこれからするであろう攻撃や回避を先読みして其の方向に回避と攻撃を行う。其れは経験による予測とかそんなレベルではない、ハッキリと見えるのだ。相手がこれから行う動作が確かに見える。そしてその動作に対してゼハートは最適な動きを選択して行う。

 

「(此の感覚は何なんだ?)」

 

 少し前の戦闘から其の兆候は現れ始めていた。最初は漠然と何となく見えるだけだったのが今ではハッキリと見える。其の感覚に困惑しながらも、其の力もまた自分の物であり先頭に役立つものだとすぐに割り切ってゼハートは105ダガーを操って操縦する。結果、此の日三人はゼハートに只の一撃――いや、掠る事すらもできなかった。

 

「はぁ…はぁ…くそ…!」

 

「あ~、もう…強すぎでしょ…」

 

「…はぁ…」

 

 そして何度目かの三対一のシミュレーター戦闘を終えて、三人は疲れ果てた面持ちでへたり込んでいた。そんな彼等にゼハートが近付いていく。

 

「此れで解ったか?お前達は確かに筋が良い。だが、まだまだ戦い方がなっていない。其れでは俺には勝てないぞ」

 

「ちっ…くそ…」

 

「まぁ…こんだけ良い様にやられたら言い返せないよねぇ…」

 

「…だね…」

 

 ゼハートの言葉に三人は渋々ながらも納得する。涼牙の言った、まずは実力を示すというのは上手くいった。此れで彼等はゼハートの実力を疑うことはない。

 

「先程も言ったが、俺は隊を預かる以上お前達を死なせるつもりはない。其の為にはお前達の協力も必要だ。俺に力を貸してくれ」

 

「「「………」」」

 

 先程、圧倒的な実力を示して自分達をコテンパンにした相手が今度は一転して頭を下げている。其の光景に三人はただ茫然とした。そして、そんな中でリーダー格の少年が口を開いた。

 

「良いのかよ、小隊長が頭なんて下げて…命令すりゃいいだろ、ましてや俺達みたいなスラム出身のガキにはよ」

 

 少年はぶっきらぼうに、困惑しながら答える。だが、その問いにゼハートは関係ないと答えた。

 

「スラム出身者か等関係ない。此処ではスラム出身も名家出身も等しく同列だ。必要なのは力だけ、そして小隊として力を発揮するにはお前達の協力が必要だ。…後な、隊員の信頼も得られていない内から頭ごなしに命令するなんて出来るほど…俺はウルフ隊長やヤザン隊長みたいに経験豊富じゃないんでな」

 

 最後に苦笑いしながら答えたゼハートに三人も笑みを零した。

 

「しょうがねぇな…ま、精々新米隊長を盛り立てるとするか」

 

「…俺達も新米だけどね」

 

「っつーかさ、素直じゃなさすぎでしょ?もうとっくに認めてるくせにさ」

 

「うるせえ!」

 

 わいわいと言い合いを始める三人。だが、其処には険悪なムードは一切なくじゃれ合いと言う印象が強かった。恐らく、此れが彼等のいつも通りの姿なのだろう。

 

「よし…なら休憩を挟んでシミュレーターを再開するぞ。あと、うちは言葉遣いには寛容だが…公の場では敬語も喋れるようになれよ。特にオルガ」

 

「ちっ…わーったよ…」

 

「うわっ、だっせえ。名指しで言われてやんの!」

 

「んだとこらクロト!」

 

「…ぷ…」

 

「シャニ、てめえも笑ってんな!」

 

 此の三人の新米衛士――オルガ・サブナック、クロト・ブエル、シャニ・アンドラスもまた…いずれ世界に名を轟かせるエースとなるのだが、其れはもう少しだけ先のお話…

 

 

 

 

 

 

 




以上、ゼハートの小隊長就任とSEED三馬鹿登場回でした!ちなみに三馬鹿の性格は原作よりもGジェネDSのライバルルートを元にしています。



次回予告


北の大地アラスカ


其処で多くの衛士達は新たな剣を鍛える


そして、あの少女もまた…


次回 北に降り立つ少女


彼女はひたすらに強さを求める




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幕間の章
第二十二話 北に降り立つ少女


最新話更新です!お恥ずかしながらストックは此れで終了。今後はできるだけ週一で更新できるように頑張ります。

あと、今回のメインである彼女の年齢ですが色々と迷走した挙句に15~16歳で落ち着きました。理由としてはヴァレリオがだいたい23歳ぐらいだと解ったこと、彼女は小隊最年少と言われていたからです。ユーラシアの生まれだしジャールの子供達と同じかそれ以下の年齢で前線に出ててもおかしくはないかなと思ったので。

幕間は此の話ともう一話で終了で其の後から新章に入ります。だんだんマブラヴの原作キャラも出てきますのでご期待ください。





 西暦一九九八年六月――輸送機が一機、インド洋アンダマン基地から北の大地アラスカに存在する国連ユーコン基地へ向けて飛び立った。ユーコン基地は先進戦術機技術開発計画――通称「プロミネンス計画」が行われている場所でもある。此の地には世界最高峰の戦術機開発部隊が集結し、最先端の戦術機の試験運用が行われている。彼の地に開発衛士(テストパイロット)として派遣されるということは其の腕前を認められた証でもある。そんな栄誉ある場所に一人の少女がスカウトされ、輸送機で向かっていた。其の少女、タリサ・マナンダルは…

 

 

 

 

「………ちっ…」

 

 

 

 

 すこぶる不機嫌な顔で窓の外を眺めていた。数日前、インド洋アンダマン島にてテストパイロットの任についていたタリサはテスト中の乗機の損傷から後方のバルサキャンプにて衛士に適性のある子供をグルカ兵の慣例に倣い衛士訓練課程に推薦するという任務に就いていた。

 

さて、此処で一つ説明する。山岳民族グルカ族と呼ばれる彼等だが、実はグルカと言う民族は厳密には存在しない。グルカはグルカに生まれるのではなくグルカに成る(・・)のである。グルカとは本来、山岳民族で固められた陸戦部隊の名であり、そして白兵戦に長けた傭兵集団である。彼等――通称『グルカ兵』は故郷がBETAに滅ぼされた後も其の勇猛さから世界中で重宝され、大戦初期に衛士として選抜された者も数多く存在する。さて、どのようにしてそのグルカ兵になるかだが、グルカ兵は志願制ではない。ネパールの同郷の先達に資質を見出され、厳しい訓練を経て一人前と認められた時、彼等は其の証たるククリナイフを渡されると共に晴れてグルカ兵になるのである。無論、タリサ自身もそんな慣例に倣って先達に見出されたグルカ兵である。グルカ兵が勇猛たる所以は幼い頃に資質を見出され、厳しい訓練を受けたことに起因するものである。成りたくて成れるものではない、其れがグルカ兵であった。もっとも、本来であればこのような慣例は既に廃れ始めていたのだが…BETAの襲来によって民族意識を維持する為に逆に復活を果たしたのである。

 

このような経緯もあり、バルサキャンプのタリサと同郷の子女からグルカに成り得る者を選抜するという役目を何だかんだで果たしていたタリサだが…実は此の任務は乗機が損傷したタリサに休暇を与えると碌なことにならないという基地上層部の思惑から下された任務だった。勿論、今回の任務は必要の無いものでは決してなかった。グルカに成り得る有能な衛士の選抜は必要であるし、将来有望なグルカ候補生達に前線を経験した歴戦の衛士と触れ合わせるというのも大きな意義がある。だが、既に転属が決まっていたタリサに問題を起こさせないように任務を与えたというのも紛れもない事実だった。

 

さて、こうして任務完了前日の夜に今回の経緯と転属の話を聞かされたタリサは上層部に憤慨する反面、喜んでもいた。転属が認められた――其れはもしや自分が転属願を出していたアノ(・・)部隊への転属が決まったのではないか?そんな期待に胸を膨らませたタリサだが、現実は非情だった。

 

 

 

 

『アラスカ……?……っざっけんなあああああああああああ!!!!!!』

 

 

 

 

 騙されて任務を押し付けられた事実と、自分が希望したのとまったく違う場所への転属と言う怒りが凄まじい勢いで爆発し、彼女が上げた咆哮に此の数日彼女と接してきたバルサキャンプの少年少女達は飛び起きたらしい。

 

 こんな感じでアラスカ行きの決まったタリサの機嫌は最悪だった。もしも此れがティターンズへの転属であったのならば逆に落ち着かない子犬のようであったろうが、今の彼女はすこぶる機嫌の悪い狂犬である。

 

「(ったく、なんでアタシがアラスカなんかに…だいたいずっと転属願いだしてたのに全く別のとこに飛ばされるってどういうことだよ!)」

 

 彼女自身、此れは衛士として栄転であるということは理解している。先にも言ったように最先端戦術機の集まるアラスカに開発衛士として転属するということは衛士としての腕前を認められた証であるからだ。だが、其れを理解してもなお彼女はアラスカに行くよりティターンズに行き、最前線で…そして好きな相手の下で戦いたいという想いが強かった。

 

 勿論、彼女自身も基地司令に直接聞いた。何故自分の希望が通らないのか――と。其の返答に対する答えは、今はまだ受理できない――と言うものであった。そう、未だ世界は決めかねていたのである。即ち、ティターンズの戦力を増強して良いものか…僅か十機のMSだけでもあれだけの戦果をたたき出す者達に今以上の戦力を…特にタリサのような歴戦の衛士を転属させて良いものかと。結果、今回の希望転属は保留と言う形で処理され、以前から話の在ったアラスカ行きの方が決定したわけである。勿論、このような形でティターンズへの転属が保留となったのはタリサだけではない。他にも数名、ティターンズへの転属を願いながら保留となった衛士達はいる。

 

「(クソッ…!)」

 

 不機嫌な表情を隠そうともしないタリサは着陸態勢に入った輸送機の中から溜息を吐いてアラスカのユーコン基地を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーコン基地に到着し、基地司令にして「プロミネンス計画」の責任者であるクラウス・ハルトウィック大佐へ着任の挨拶を終えた翌日、タリサは自身の所属することになる小隊「アルゴス試験小隊」のブリーフィングに出向いていた。ブリーフィングルームにはタリサの他に理知的でブロンドの髪にタリサとは対照的に起伏の富んだ抜群のスタイルを誇る女性と、黒くウェーブのかかった長い髪に軽薄な笑みを浮かべた男性が座っている。恐らく彼女達がタリサのこれからの同僚となるのだろう。そんな彼女等に僅かに視線を向けつつ、タリサは決意を新たに拳を握り締める。

 

「(いつまでも腐ってても始まんねえ…此処でもっと腕を磨いて、今度こそティターンズに…!)」

 

 一日経って、流石の彼女も気持ちを切り替えていた。配属されてしまったものは仕方がない。ならば、此の環境を利用してさらに腕を磨いて今度こそティターンズに行く。ただそれだけを想い、タリサはブリーフィングの開始時間を待っていた。

 

「うむ、揃っているな」

 

 そしてブリーフィング開始時刻、部屋には黒髪に褐色の壮年の男性が入ってきた。

 

「私が、此のアルゴス試験小隊の指揮を執るイブラヒム・ドーゥル中尉だ」

 

「(イブラヒム・ドーゥル…)」

 

 聞いたことのある名前にタリサは思わず息を飲み、隣に座ってる青年も「ひゅー、ロードスの英雄が隊長かよ」と小声で独り言を漏らす。

 

 「ロードスの英雄」――其れは難民救済の英雄と呼ばれる人物の二つ名ことであり、中東出身者では知らぬものはいないと言われるほどの人物である。無論、中東出身者でなくとも其の名前を知っているものは知っている。其れほどに名の知れた人物が、此のイブラヒム・ドーゥルと言う男性であった。タリサ自身も衛士になる過程で教えられたことがあり、其の名前を知っていた。

 

「諸君も知っての通り、此のユーコン基地では更なる強力な戦術機を開発する為の…所謂「プロミネンス計画」が行われており、諸君にも其の計画の一翼を担って貰うことになる。諸君が担当する機体は「F―15・ACTVアクティブイーグル」。名称からも解る通り、世界で最も多く運用される戦術機「F―15イーグル」から発展した機動力強化型だ。アメリカのボーイング社が安価で高性能機を生み出すという「フェニックス構想」の下に開発した機体であり、性能自体は準第三世代戦術機並みとのことだ」

 

 イブラヒムは淡々とアルゴス試験小隊が担当することになった機体の説明を続けていく。

 

「しかし隊長、ティターンズのMSが活躍してるのに戦術機を安価で強化する計画というのは…」

 

 そんな中で、ブロンドの髪を持つ女性がふと頭を過ぎった疑問を口にする。既に各地で活躍するティターンズのMSと戦術機の性能差は周知の事実である。故に、新しい戦術機を開発するならともかく安価で既存の戦術機を改修するという計画に思うところがあるようだ。

 

「ふむ…そう考えるのも無理はないかもしれん。当然だが…準第三世代機と言ってもティターンズのMSに敵う代物ではない。だが、現状MSの配備数は未だ少なく多くの戦線を支えているのは戦術機だ。故に、安価で高性能戦術機を生み出すというのは決して無意味なものではない。MSが各国の軍に十分配備されるのはまだ先のことになるだろうしな。それと、諸君にはもう一つやって貰うことがある」

 

 一度顎に手を当てて、女性の質問に答えるとイブラヒムは次の彼等の役目を説明する。

 

「もう一つ?」

 

「そうだ。其れは、アズラエル財団から提供された新型OSの慣熟訓練だ。此方も並行して行い、諸君には一刻も早く新型OSに慣れて貰い、行く行くは新型OSを搭載したアクティブイーグルの試験を行って貰う予定だ」

 

「つまり、隊長は既に新型OSの訓練を受けていると?」

 

 手を挙げて発言した女性に対し、イブラヒムはしっかりと首を縦に振って肯定する。

 

「うむ。各小隊の隊長は一ヶ月前、アズラエル財団から派遣されたテストパイロットの教導を受けて新型OSを扱えるようになっている。無論、完全に使いこなしているティターンズと同等とはとても言えんレベルだがな。だが、其れでも要点は抑え諸君に最低限の指導を行えるレベルには達している。後は、諸君と共に行う訓練や試験でより腕を磨くという段階だ」

 

 イブラヒムの言う通り、アズラエル財団は新型の戦術機用OSを各国に提供した後に其の開発に携わったテストパイロット達を各地に派遣して新型OSの教導を行っていた。と言ってもテストパイロット達の数はそう多くはない。ユーコン基地のような後方基地での滞在時間は少なく、各小隊の隊長陣を他者へ最低限教導が可能なレベルまで指導したら前線の基地を回って衛士達に教導をしていく予定である。また、勿論此れから衛士になる新平候補達の為に士官学校等の教官達にも教導を行いに行っている。なのでアズラエル財団のテストパイロット達は激務と引き換えに多額の特別手当を得ていた。

 

「(新型OS…ジム・カスタムみたいな感じか…?だったら願ったりだ、使いこなせばもっと強くなれる!そしたら、ティターンズにも…)」

 

 無意識の内に、タリサ自身の物とは別の…服の中に隠されたもう一つのドッグタグを握りしめる。

 

「MSに使われてるOSの戦術機版って事か…どれ程のもんかねぇ」

 

「楽しみね…」

 

 ふとタリサが視線を向けると左右に座る二人も新型OSの訓練を楽しみにしているのが解る。当然だ、彼等もユーコン基地に転属になって来たと言うことは一流の衛士であることは間違いない。そんな彼等がさらに強くなる可能性を知って楽しみでないはずはなかった。

 

「さて、任務の説明は以上だ。最後になったが、それぞれ自己紹介をして貰う。何せ、しばらくは共に戦う仲間なのだからな」

 

「了解です、隊長。じゃあまずは自分から…」

 

 イブラヒムの言葉を受けて、まずはタリサの左隣に座っていた青年が立ち上がる。

 

「イタリア共和国陸軍、ヴァレリオ・ジアコーザ少尉であります。よろしくお願いしますよ、隊長殿」

 

 青年――ヴァレリオはキッチリと敬礼をしながらも何処か軽薄な笑みを浮かべる。次にヴァレリオとは逆隣りに座っていた女性が立ち上がる。

 

「スウェーデン王国軍、ステラ・ブレーメル少尉です。よろしくお願いします」

 

 女性――ステラは綺麗な姿勢でスッと立ち上がると見惚れるような美しい笑みを浮かべて敬礼をする。立ち上がる際、其の余りにも豊かな双丘にタリサはイラっとし、ヴァレリオは若干鼻の下を伸ばして目を奪われたのは余談である。

 

 そして最後にタリサが元気良く立ち上がって敬礼する。左右の二人が比較的長身なのもあって其の小柄さがより際立っていた。

 

「ネパール陸軍、タリサ・マナンダル少尉であります!」

 

 タリサが堂々と敬礼し、自身の名を告げると左右からは「ほう」「へえ」等と言う声が呟かれる。

 

「ほうほう、お前さんがねえ?」

 

「なんか用かよ、ジアコーザ少尉?」

 

 ジロジロとタリサを眺めるヴァレリオを彼女はジロリと睨みつける。

 

「いやいや、噂の「グルカの黒豹」がまさかこんなに小さいとは思わなかったからな。全体的に」

 

 そう呟いたヴァレリオにタリサは凄まじい速度で反応して詰め寄る。

 

「小さいは余計だ!しかも全体的にってなんだ全体的にって!?」

 

 気にしてること――それも涼牙に恋心を抱いてより余計に気にするようになったことを言われてタリサは狂犬の如く今にも噛みつかんととする勢いである。しかもすぐ横にステラと言うタリサとは真逆にスタイル抜群の美女がいることで若干イライラしていたのも拍車を掛けていた。

 

 ちなみに、ヴァレリオが言った「グルカの黒豹」と言うのは言うまでもなくタリサのことである。涼牙と出会い、帰還してから其の野生の獣のような勘の鋭さで部隊の窮地を幾度も救い、さらには基地内でも抜群のスコアを残したタリサに同基地の人間達が命名し広めた二つ名。其れが「グルカの黒豹」である。始めは「勝利の女神」とか言われた時期もあったが、本人の気質が余りに女神からかけ離れていた為に此の二つ名が定着し、いつの間にか基地の外まで広まったのである。言うまでもないが、由来はタリサがグルカ兵であることと其の特徴的な褐色の肌から来ている。

 

「其処までだ。友好を深めるのは構わんが、どうせならより衛士らしく行かんか?」

 

 今にもヴァレリオに飛び掛かりそうなタリサを諫め、イブラヒムは笑みを浮かべて提案する。彼の提案を聞き、アルゴス試験小隊の面々はブリーフィングルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、あの野郎ボコボコにしてやる」

 

「意気込みは買うけど、もう少し落ち着いた方が良いわよ?マナンダル少尉」

 

 ブリーフィングルームでの出来事からしばらくして、タリサ達アルゴス試験小隊は強化装備に着替えて戦術機へと搭乗していた。事の発端はイブラヒムの提案で、「友好を深める為に互いの実力を知るための模擬戦を行おうではないか」ということだった。要は互いに全力で戦わせた方が遺恨が残り難いだろうというイブラヒムの判断である。

 

「とにかく。ブレーメル少尉、援護頼むぜ?」

 

「解ってるわ。接近戦が得意な貴女を援護するのが一番効率がいいしね」

 

 彼女――ステラ・ブレーメルは遠近バランスのとれた衛士だが最も得意とするのは其の狙撃能力からの援護射撃である。此れはステラの提案で、「まだ知り合ったばかりで複雑な連携は取れないから単純に行く方が良い」と言う理由であった。一方のタリサも自分の持ち味が生かせる為に反論することはなかった。

 

 ちなみに、チーム分けに関して綺麗に男女に分かれてしまったのは単純にタリサがヴァレリオを物凄い勢いで睨みつけて仲間割れを起こしかねない状況だったからである。また、全員搭乗している機体はストライクイーグルであり此れは戦術機の性能に左右されずに実力を確かめ合うための配慮でもある。

 

「…ったく、あの野郎人が気にしてることをズケズケと…絶対ぶっ飛ばす」

 

「ふふ、あまり気にすることないわよ?ああやって、女性を見た目でしか判断できない男の言うことなんてね。そんなの気にしなくても、貴女の良いところを見てくれる人はきっといるわよ」

 

 未だに怒りの収まらないタリサだが、ステラが笑顔で口にしたフォローの言葉で脳裏に涼牙の顔が過ぎる。すると先程までの怒りが僅かに和らぎドッグタグに手を触れ、我ながら単純だと自嘲する。

 

「そう…だな…サンキュー」

 

「あら?其の反応は…もしかして、もうそういう相手がいるのかしら?」

 

「え゛…それは…」

 

「…へぇ~、マナンダル少尉も隅に置けないわね」

 

 タリサの反応から当たりを付けたステラはニマニマと笑みを浮かべて顔を赤くするタリサをからかう。

 

「で、どんな人なの?やっぱりネパールの人?其れとも他の国の?」

 

「…~ッ!!そ、そんなのどうでもいいだろ!?」

 

 タリサの反応を面白がり揶揄うステラと顔を真っ赤にするタリサ、そうこうしているうちに模擬戦開始の時間が迫る。

 

「…と、此の話はあとで聞くとして…援護は任せて、思い切り突っ込んでね?」

 

「…勿論、其のつもりだぜ」

 

 ステラの言葉にタリサが笑顔で返す。散々揶揄われてまだ若干顔が赤いが、其れでも意識はしっかり模擬戦に向ける。まだ知り合ったばかりで、其の腕も見たことがない相手だがステラの援護の腕は信頼できると…涼牙と知り合って以降、鋭くなったタリサの勘が言っている。何も不安はなかった。あるのは、世界最高峰の衛士達に自分の力がどれだけ通じるかと言うことだけだった。

 

「さぁ、始まるわよ」

 

「あぁ…」

 

 演習区画に両チームが配置につき、しばらくすると開始の合図が鳴り響く。

 

「…いくぜえ!!」

 

 開始の合図と共にタリサが飛び出し、其の後をステラが追従する。互いにレーダーを警戒して敵の姿を探し続ける。そうしてしばらくするとレーダーに二機分の戦術機の反応が現れた。

 

「来た、二方向から!」

 

「挟み撃ちって訳ね…」

 

 レーダーの反応はそれぞれ別方向から、ちょうど左右から挟み込むように接近してくる。イブラヒムもヴァレリオも共にどちらかと言えば近接戦闘が得意な衛士であり、必然的に近接型と遠距離型のタリサとステラとは別の作戦を考えていた。

 

「マナンダル少尉、どうする?此のままじゃ挟まれるわよ?」

 

 挟み撃ちと言うのは実に有効な戦術である。別れれば一騎討ちになるし、片方に戦力を集中しようとすれば背後から攻撃される。相手の腕が大したことなければ其れでもなんとかなるだろうが、相手は間違いなくエース級の実力を持つ二人である。しかも、どちらかに戦力を集中させれば片方は生き残ることを第一に考えて味方が背後を突く時間を稼ごうとするだろう。如何にニ対一でも逃げに徹するエース相手では撃破するのに時間がかかる。其の間に背後を突かれれば危うい。故に、タリサは直感的に前者の方法を選択する。

 

「ブレーメル少尉、もう片方の相手…時間稼げるか?」

 

「…其れは、ちゃんともう一機を倒してきてくれるって事かしら?」

 

 瞬時にタリサの意図を察したステラは笑みを浮かべて聞き返す。そんな彼女にタリサも笑みを浮かべた。

 

「おう!すぐにぶっ倒して助けに行くぜ!」

 

「そう…じゃあやってみるわ。落とされたらごめんなさいね?」

 

 それだけ言葉を交わすとステラはレーダーに映るもう一方の敵に元へと機体を走らせる。其れを確認し、タリサもまた一方の敵の元に機体を急がせる。

 

「おいおい、ずいぶん思い切ってきたな!」

 

 オープン回線で軽薄な男の声が聞こえる。其の瞬間、タリサは口を釣り上げた。散々自分を馬鹿にした男をボコボコに出来るという喜び、そしてイブラヒムよりも楽な相手だからだ。当然、ヴァレリオ自身も優れた能力を持つ衛士だがやはり長年の経験値の差でイブラヒムよりは劣る。故に、ステラを助けに行くのが幾分楽になる。その分ステラの相手はイブラヒムと言うことになるが、逃げに徹すればそうそう簡単に落とされはしない。如何にイブラヒムよりは劣ると言っても格段に実力が離れているわけではないのだ。

 

「覚悟しろよイタリア野郎!!」

 

 同じくオープン回線で叫びながらタリサは得意の近接戦闘へと移行する。そして其れを迎撃しようとヴァレリオも突撃砲を構えた。

 

「おいおい、ただ突撃するだけとは…俺も舐められたもんだな!」

 

 其の言葉と共に、ヴァレリオは高速で移動しながら突撃砲を発射する。正確な射撃…少なくと今まで共に戦った仲間達の誰よりも正確な射撃がタリサを襲う。しかし、其の攻撃は全てタリサに回避され次第に接近を許していく。

 

「(なんだ?こりゃあ…)」

 

 其処でヴァレリオは違和感に気付く。可笑しいのだ。回避されることがではない、回避のされ方(・・・・・・)が可笑しいのだ。ある程度距離が開いている時はさほど不思議ではなかった。だが、距離が縮まるにつれて其の違和感が大きくなる。目の前のタリサの回避…其れはまるで先が見えているかのような回避だった。現在、戦術機に搭載されているOSはMSに比べて格段に反応速度が遅い。操作してから機体が動くまでのタイムラグが大きいのだ。故に可笑しい。タリサの回避はもはや先が読めていなければできないレベルの回避だった。前もってヴァレリオの動きを読んで、コマンド入力を行う。結果、現在の完璧な回避が成り立っている。

 

 

――ピキィン!

 

 

「(悪ぃな、見えてるぜ…全部よぉ!!)」

 

 そして、其れは当たっていた。タリサには見えている。ヴァレリオがどう動くか、其の先が見えている。

 

「おらあ!!」

 

 ヴァレリオの弾幕を回避すると、お返しとばかりに突撃砲を発射する。

 

「ぐ、この…!?」

 

 先程の回避と同じように此方の動きを読むような射撃に僅かにヴァレリオ機の体勢が崩れる。其れをタリサは見逃さない。

 

「貰ったぁ!!」

 

 急速に跳躍ユニットを吹かして急接近、其のまま模擬専用の短刀がコクピットを直撃する。

 

≪ジアコーザ機、コクピットブロックに被弾。致命的損傷により大破と認定≫

 

「な…!?」

 

「よっしゃあ!さて、次だ…今行くぜブレーメル少尉!」

 

 CPの声を聞くと二人は対称的な声を上げると同時にタリサ機はすぐに機体を翻してイブラヒムの足止めをしているステラ機の元へと向かう。

 

「おいおい、アイツは化け物か?…アレが、『グルカの黒豹』か…」

 

 タリサの異質さに溜息を吐きながらもヴァレリオは笑顔を浮かべる。

 

(こりゃあ、退屈はしなさそうだな)

 

 そんなことを考えながら、身体を休ませるように深く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、其の頃…タリサ達と同じように一騎討ちを繰り広げていたステラとイブラヒムだが、其の勝敗はなかなか着かない状態が続いていた。

 

「ッ…!(流石ドーゥル中尉、強い!?)」

 

「(ブレーメル少尉のあの動き、時間稼ぎが目的か。しかし、強引に突破できるものでもない…!)」

 

 単純な力量で言えばイブラヒムの方が上だが、ステラ自身もエース級の腕前であり容易く勝てる相手ではない。そんなステラがあくまで時間稼ぎに徹しているのでイブラヒムはさらに決め手を欠く状況となっていた。彼女の行動が時間稼ぎを狙っていることはイブラヒムにも解っているが、かと言って強引に突破してヴァレリオと合流しようとすれば狙撃を得意とする彼女に狙い撃ちされるのは目に見えている。結果、時間稼ぎをしたいステラの思惑通りに進んでいた。

 

「ブレーメル少尉!まだもってるよな!?」

 

 そうして時間稼ぎを続ける彼女に元気のいい少女から通信が入る。其の瞬間、ステラは機体を大きく後方に跳躍させる。自身の得意とする狙撃によってタリサを援護する為に。

 

「(ほう…もうジアコーザ少尉を倒してきたか。やはりマナンダル少尉の実力は此の小隊の中でも飛びぬけているな)」

 

 ニ対一と言う圧倒的不利な状況になっても諦めず機体を動かしてステラの狙撃の的にならないようにしながらタリサに銃口を向ける。だが―――

 

「悪いな、ドーゥル中尉!見えてるぜ!!」

 

 先程のヴァレリオとの戦いと同様に、放たれる銃撃をまるで予知していたかのようにタリサは回避する。其の光景にイブラヒムも、味方であるステラも驚愕する。

 

「(凄い…あの距離でまったく被弾しないなんて!!)」

 

 既にタリサとイブラヒムの距離はかなり縮まっている。にも拘らずタリサは至近距離で放たれた銃撃を完璧に回避していく。其れはもはや、予測などと言うレベルの問題ではなかった。

 

「(成程…此れが、『グルカの黒豹』の真の力か!!)」

 

 銃撃を回避し、タリサがイブラヒムに肉薄すると互いに短刀を取り出して切り結ぶ。だが、其の僅かな瞬間。動きが止まったのを見逃さずステラが狙撃してイブラヒムの体勢を崩す。

 

「むう!?」

 

「貰ったあ!!」

 

 そして、タリサ機の模擬戦用の短刀がイブラヒム機のコクピットに突き立てられる。アルゴス試験小隊最初の模擬戦はタリサ・ステラチームの完勝に終わった。

 

 

 

 

 

 




以上、タリサ及びアルゴス試験小隊の結成話でした。ちなみにタリサの異名は前々から考えていました(笑)では次回予告を





次回予告


結成されたアルゴス試験小隊


彼等は新たなる力を求めて新型OSの訓練を開始する


果たして彼等は此の力を使いこなせるのか


次回 アルゴス試験小隊


彼女はひたむきに、ティターンズを目指す


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第二十三話 アルゴス試験小隊

お待たせしました、最新話投稿です!これで幕間は終了し、次回から新章に突入します。


 

アラスカ、ユーコン基地歓楽街リルフォート。ユーコン基地に所属する軍人達の憩いの場でもある此の街で、特に夜は多くの軍人で賑わう人気のバー「Polestar」。其処では初日の歓迎会と言う名の模擬戦を終えたアルゴス試験小隊の面々が改めて親交を深めるべく集まっていた。

 

「諸君、今日は御苦労だった。明日からは新型OSの訓練に入る。明日に響かないレベルで存分に楽しんでくれ。では、乾杯!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

 イブラヒムの短い乾杯の挨拶の後にタリサ達三人は各々自らが注文した酒を飲んでいく。ちなみに、本来はアラスカでの飲酒可能年齢は21歳からなのだが…現在、多くの国々では軍人に限り此の飲酒年齢が引き下げられていることが多い。其の理由としては前線にいる衛士の年齢が年々低下していること。其の為のガス抜きとして飲酒年齢を引き下げて少しでもストレスが溜まらないようにと言う配慮だった。無論、此の飲酒年齢引き下げは全ての国で適応されているわけではなくアメリカや日本帝國等の未だ国内にハイヴを抱えていない国では行われていない。

 

「ぷは~!うめえ!」

 

 そうこうしている内にタリサがジョッキに入っていたビールを一気に飲み干す。そんな彼女をヴァレリオが笑顔で見ていた。

 

「おーおー、良い飲みっぷりだねマナンダル少尉。で、一つ聞きたいことがあるんだけどよ」

 

「ん?なんだよ?」

 

 空になったジョッキをテーブルの上に置き、早速とばかりにお代わりを注文するタリサ。そんな彼女はヴァレリオからの問いかけに怪訝な表情を浮かべる。

 

「いやな、あのすげえ回避や攻撃はどうやってんのかと思ってよ。何かコツでもあるのか?」

 

 ヴァレリオの質問の内容。其れは此の日に行われた模擬戦に於けるタリサの常識離れした攻撃能力・回避能力に関することだった。現行のOSでは中々できるはずのない、まるで予知したかのように攻撃を回避し、逆に相手の回避機動を先読みする力。其処に何かコツがあるのかとヴァレリオは訊ねる。

 

「あ、其れは私も気になるわ」

 

「ふむ…誰にでも出来ることではないかもしれんが、参考までに教えて貰えると助かるな」

 

 さらにステラやイブラヒムも模擬戦でのタリサの動きを見ていて気になったのだろう。もし良ければとタリサに訊ねてくる。周りの人間――特に英雄と呼ばれるイブラヒムにまで注目されるのは悪い気がしなかったが、タリサはバツの悪そうな顔で返答する。

 

「…ん~…ンなこと言われてもなぁ…なんとなく解るとしか言いようがねえんだよな」

 

「なんとなくって…」

 

「いや、ホントだぜ?ホントになんとなく相手の攻撃してくる場所やどう撃てばどう回避するかが解っちまうんだよ。アタシも最初は変な感じだったんだけどよ、変なアクシデントでもねえ限りは当たるもんだから今では此の感覚の通りに戦ってんだよな」

 

「変なアクシデントって?」

 

「相手が回避機動中に躓いたりとか」

 

 それはつまり、偶然の助けがない限りは確実にタリサの感覚は当たることを意味していた。そして、此の感覚こそがかつて前線に居た時に何度も部隊を救ってタリサが「グルカの黒豹」の異名で呼ばれるようになる切っ掛けであった。

 

「感覚ねえ…しっかし、それじゃあ真似すんのは無理か」

 

「仕方ないわ、元々コツがあっても真似できるかは解らないんだし」

 

「そうだけどよ…惜しいよな…」

 

 残念そうに項垂れるヴァレリオと少しだけ…本当にほんの少しだけ申し訳なさそうなタリサ。すると、そんな彼女達の元に一人の人影が近付いてきた。

 

「はぁい、お酒飲みに来て何を暗い雰囲気出してるのかしら?」

 

「おぉ、ナタリーか」

 

「ナタリー・デュクレールよ。折角の親睦会なんでしょ?元気に行きましょうよ」

 

 近付いてきた女性――イブラヒムにナタリーと呼ばれた彼女は可愛らしい笑顔を浮かべて手慣れた手つきでテーブルの上に注文された料理を乗せていく。

 

「おお!!」

 

 ナタリーの姿を見た瞬間、項垂れていたヴァレリオが一転して歓声をあげる。無論、其の対象は運ばれてきた料理ではない。勿論、料理も全て美味しそうに調理されているがヴァレリオが眼を奪われたのはもっと別の物だった。ナタリーの容姿は非常に整っている。ステラやタリサも整っているがタイプが違った。タリサは幼さ故の可愛らしさが目立つ容姿、ステラはクールビューティーな印象を与える美しい容姿だが…一方でナタリーは元気な大人の女性と言う印象を与える容姿で亜麻色の髪とソバカスがチャームポイントの女性だ。何よりも目を引くのは其の巨乳。ステラに負けず劣らずの大きさを持つソレは軍服に身を包むステラとは対照的にタンクトップに胸元の空いたエプロンと言う出で立ちから胸の谷間が完全に見えている上に動くたびにそれが揺れるのである。そんな彼女に女好きのヴァレリオが反応しないわけがなかった。

 

「「………」」

 

 そんなヴァレリオの姿にタリサとステラはジト目を向ける。さらにタリサはナタリーに目を向けると其の谷間を忌々し気に睨んでいた。

 

「(…ったく、男はどいつもこいつも…なんであんな脂肪が良いんだか………リョウガは、違うよな?)」

 

 あまりにも違う自分の胸とステラとナタリーの胸を見比べる。自分にも膨らみが全くないわけではない。ないが、ナタリーや軍服の上からでもはっきりと大きいと解るステラに比べれば明らかに小さい。なんせ、軍服を着ていると膨らんでいるのが解らないのだ。強化装備やタンクトップの時に僅かに確認できるレベルである。だからこそ、タリサは二人の巨乳を忌々しく思うと共に不安にもなる。自分の想い人――涼牙もああいうのが好きなのではないか――と。

 

「…へへへ、マナンダル少尉よぉ。そんな暗い顔すんなよ、世の中にはマニアもいるからなぶ!!」

 

 思い悩んでいる表情のタリサを見てヴァレリオが笑いながら声をかけるが、全て言い終わる前にタリサが投げた空のビールジョッキが顔面にクリティカルヒットする。そして其のジョッキは傍に立っていたナタリーの手の中に納まった。

 

「…ビールお代わり」

 

「…ふふ、はいはい。でも、あまりこう言う人の言うことは気にしない方が良いわよ?貴女、可愛いもの。きっと良い人が見つかるわ」

 

 タリサの注文を聞きながら、ナタリーは笑顔でフォローを入れる。一方でヴァレリオはジョッキの当たった額をさすっていた。

 

「いてててて…」

 

「今のはジアコーザ少尉が悪い」

 

「そうね、あまり女の子の特徴で態度を変えないことよ?」

 

 イブラヒム、ステラもどうやら擁護する気はないらしい。ヴァレリオも味方がいないと理解したので別段タリサに文句を言うことはしなかった。

 

「でも、その内なんて言う必要はないわよね?マナンダル少尉にはもう良い人がいるわけだし」

 

「ぶ…!?」

 

 タリサが食べ物を口に入れたところでステラが爆弾を投下する。どうやら先程の模擬戦前の会話をしっかりと覚えていたらしい。其の彼女の言葉に其の場の全員の眼がタリサに向いた。

 

「ほう…マナンダル少尉も隅に置けんな」

 

 イブラヒムは良い、特に揶揄う事もなく感想を言うだけだった。面倒だったのはもう一人だ。

 

「本当かよ!何処のどいつだよ、其の物好きはよ?」

 

 ニヤニヤと揶揄う気満々の嫌な笑顔を浮かべているヴァレリオにタリサはウンザリしつつジト目でステラを見る。

 

「あら、良いじゃない。減るもんじゃないし、良い人がいるってことぐらいなら、ね?」

 

 非常ににこやかなステラには完全に悪意はなかった。単純に人のコイバナに興味津々なだけだ。

 

「え、なに?マナンダル少尉、だっけ?貴女恋人いるの?どんな人?」

 

 其処にナタリーもビール片手に戻ってきた。面倒が増した。何処の世界でもコイバナは女性の大好物なのだ。

 

「さっきはじっくり聞けなかったしね。ほら、教えて?どんな人?」

 

「…別に…まだ恋人じゃねーけどよ…告白は…された…返事はまだ…」

 

 ビールをタリサに手渡してぐいぐいと聞いてくるステラとナタリーにタリサはビールに口を付けながらも顔を紅くして当たり障りのないことを答える。

 

「ふ~ん、其れでマナンダル少尉も其の彼のことが好き…と。中々会えないってことはやっぱり他国の人?」

 

「…ん、まあな」

 

 此の手の話は全く答えないと追撃の手が緩まないことをタリサは知っている。今まで所属した部隊の女性衛士達のコイバナがそうだったからだ。だが、其れでもタリサは肝心な情報…何処の国の人間であるか、なんという名前であるかは口が裂けても言わない。其れは勿論、行った時のリスクを十分承知の上だからだ。相手が今最も注目されているティターンズの前線指揮官だなんて知られたら、そして其れが他国の上層部に漏れたらどうなるか解ったもんじゃない。其れはかつてのビーグル小隊の隊長からしっかりと教えられたことだった。

 

「アタシの話はもういいだろ!あ、悪いけど水くれ。少し飲み過ぎた」

 

「ふふ、かしこまりました~」

 

 しばらく質問攻めを受けていたタリサは酔いを醒ますためにナタリーに水を注文する。

 

「お、なんだよマナンダル少尉?もう限界か?」

 

 未だにビールを飲んでいるヴァレリオが揶揄う様に訊ねるが、タリサは呆れたように返した。

 

「明日が休みならもっと飲むぜ。けど、明日は新型OSの訓練だろ?むざむざ二日酔いをする気はねーよ」

 

 タリサは持って来られた水を一気に飲み干して酔いを醒ましながら答える。

 

「ほう…マナンダル少尉、良い心掛けだな」

 

「そりゃあ、アタシの目標はティターンズ入りですから。其の為に強くなりたいんで、変なとこで躓いてる余裕はないですよ」

 

 堂々とティターンズに入ることが目標だと語るタリサ。実を言うと、ティターンズへの配属を望みながらもこうして堂々と公言する者はあまりいない。ティターンズのことを評価する者がいる一方で、彼等を快く思わない人間も多い。そう言った人間達との衝突を避ける為に転属願は出しても敢えて公言しない人間が多いのだ。だが、タリサはそんな細かいことは考えてはいなかった。そもそも彼女は他者との衝突を恐れるような質ではないし、衝突するなら其れを糧に強くなれば良いとすら思っている。今の彼女は強くなることに対してひたすらに貪欲だった。

 

「成程ね…マナンダル少尉はティターンズ志望か…」

 

「悪いかよ…?」

 

 そんなタリサに対してヴァレリオが笑みを浮かべる。自分の目標に対して何かちゃちゃを入れられるのではないかと身構えたタリサだが、彼の答えは予想外だった。

 

「いーや、なんせ俺もティターンズ志望だからよ。同類がいたのは嬉しいぜ」

 

「は…?」

 

「あら、ジアコーザ少尉もなの?私もよ」

 

「え…?」

 

「…ふむ、小隊全員(・・・・)がそうか。大した偶然もあったものだな」

 

「ええ…!?」

 

 周りのメンバーの告白にタリサは眼を丸くする。勿論、そう言う人間がいるだろうとは思っていたが…まさかアルゴス試験小隊全員がティターンズ行きを望んでいるとは夢にも思わなかった

 

「そう驚くなよ、あれだけのもん見せられて乗ってみたくない衛士がいるわけねーだろ?」

 

「其れにあちこち飛び回る彼等のところにいた方が祖国奪還の助けにもなるしね」

 

 全員がティターンズ志望。其れを聞いてタリサは驚きに頭を抱えた。

 

「しかし、そうなると案外…此のメンバーとの付き合いは長くなりそうですね」

 

「ふっ…全員がティターンズに入れればな」

 

「あら、其れは問題ないんじゃないですか?此処に居るのは性格はともかく、腕は一流の人間ばかりだし。噂ではティターンズは腕が良ければ変に差別意識がない限り向こうからの拒否はしないそうですよ?」

 

 イブラヒムの言葉にステラが自分の聞いた噂を語りながらヴァレリオを見る。

 

「おい、ブレーメル少尉…?性格はともかくってのは俺のことじゃないよな?」

 

「あら、自覚があるならもう少し治した方が良いんじゃなくて?」

 

 ヴァレリオは彼女のセリフを聞いてがっくりと項垂れて頭を掻く。

 

「ったく、ブレーメル少尉は手厳しいな~」

 

「…ふふ、ステラよ。長い付き合いになりそうだし、階級は同じなのだから普段は呼び捨てで良いわ」

 

「…へへ、なら俺もVGって呼んでくれよ。国の軍に居た頃はそう呼ばれてたんだ」

 

 ステラの返しに笑顔で自分のニックネームを教えるヴァレリオ。其処にタリサも加わる。

 

「アタシもタリサで良いぜ。二人だけ名前呼びなのにアタシだけってのもアレだしな」

 

 笑みを浮かべて自分も名前で呼びように申し出るタリサ。そんな三人をイブラヒムは微笑ましそうに見ていた。

 

「(最初はどうなるかと思ったが…思ったよりも良いチームになりそうだな…)」

 

 こうしてアルゴス試験小隊最初の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、アルゴス試験小隊の面々は格納庫で各々の戦術機に搭乗していた。全員、新型OS訓練用のストライクイーグルに搭乗している。

 

「うぅ…頭痛ぇ…」

 

「お前、馬鹿だろ?」

 

 コクピットの中で頭を抱えるヴァレリオにタリサから痛烈な突っ込みが入る。何のことはない、ヴァレリオは昨日のイブラヒムの忠告を守らずに酒を飲み過ぎて二日酔いに陥っていた。本人からすれば小隊員全員が同じ目標を持つ者同士で嬉しかったからなのだが、当然ながらそんなことは関係ないとイブラヒムに大目玉を食らった。現在は二日酔いの薬を飲んでいるので多少はマシになっているが其れでも頭痛と僅かな気持ち悪さは残っていた。

 

「はぁ、まったく…まぁ、良い。以前伝えた通り、本日から新型OSの慣熟訓練を行う。実機で行うから、各員転倒しすぎて機体を壊さないように注意しろ」

 

「いや、流石に転ぶわけないだろ?」

 

「ねぇ?此れでも経験には自信があるんだし」

 

「(…こりゃ二人ともこけるな、巻き込まれないようにしねーと)」

 

 イブラヒムの言葉に、いくらなんでも転びはしないと笑みを浮かべるヴァレリオとステラ。そんな二人の姿に昔の、涼牙の元でシミュレーターに乗った時のことを思い出したタリサは巻き込まれないように細心の注意を払う。

 

「では…訓練を開始する!まずは格納庫の外まで出るぞ」

 

「へいへい…しっかし、新兵じゃあるまいしイ!?」

 

「ッ…キャア!?」

 

 訓練開始の号令と共に機体を動かすヴァレリオとステラ。しかし二人の乗るストライクイーグルはものの見事に転倒した。

 

「…私は言ったはずだぞ、転倒しないように注意しろと」

 

 イブラヒムは溜息を吐きながらも、内心では仕方ないと感じていた。なんせ、新型OSと従来のOSでは戦術機の動きの滑らかさや反応速度が格段に変わってくるのだ。従来のOSでは操作入力から行動まで若干の誤差があり、動きも硬かったが新型OSは其れがない。無論デルタカイを始めとするガンダム等のエース機程ピーキーではないが、従来のOSに慣れきっている衛士達では例えその腕がエース級と言えど初見で乗り熟せるものではない。実際、イブラヒム自身も初めて動かした時にはしっかり転倒したのだ。

 

「まさか、此処まで違うなんて…今までの戦術機とは比べ物にならないわ」

 

「あぁ、だが…お陰で実感できたぜ。此処まで滑らかに動けるのを自分の物に出来たら今まで出来なかったことが出来る…オロロロロロ」

 

「…ちょっと、真面目な話の時に汚いもの見せないで」

 

 新型OSの性能に驚く二人。そしてヴァレリオが其の性能を実感して決め顔をしたところで二日酔いが祟り、色々とリバースする。其の光景を見てしまったステラはげんなりしていた。

 

「(ふむ、やはりエースと言えどもそう簡単には…)…ほう?」

 

 二人を見てエースでも一筋縄ではいかないと考えた矢先、イブラヒムは一つの光景を見て感心する。其の視線の先にはタリサの乗るストライクイーグルの姿があった。

 

「よ…と…」

 

 まだぎこちない動きではあるものの、タリサは転倒することなくしっかし歩いて格納庫の出口まで向かっていた。

 

「(思い出せ…あの時の感覚、ジム・カスタムに乗った時の感覚を)」

 

 既に其れなりに時間は経過し、さらに体験した時間も僅かではあった。だが、タリサはしっかりと其の時の感覚を思い出して機体を動かしていく。

 

「ちっ…こりゃあ負けてらんねえな」

 

「そうね…VG?次吐くんなら先に言ってね?通信切るから」

 

「…ホントにつれねぇなぁ…」

 

 そんな他愛のないことを話しながらも、ヴァレリオ達はタリサに負けじと機体を動かす。今度は転ばないように、まるで新兵の頃に戻ったかのように戦術機の動きに細心の注意を払う。

 

「(ふふ、此れは…思いの他早く訓練が終わりそうだな)」

 

 其のイブラヒムの予想は当たることとなる。此の後、タリサは過去の感覚を思い出しながら誰より早く新型OSの操縦をモノにし、其れに触発されたヴァレリオとステラもタリサに僅かに遅れながらも新型OSをモノにした。其の速度は現在ユーコン基地に滞在している試験小隊の中でも最速であり、何処よりも早く本格的にアクティブイーグルの試験に着手していくことになる。

 




以上、第二十三話でした。ナタリーとか上手く書けたか不安です。

では次回予告



次回予告


此の地球に、安全な場所はない


其れを証明するかのように極東の帝國にも破滅の足音が近付く


父の故郷の土を踏むユウヤ、其の胸に去来する想いとは…


次回 帝都燃ゆ


今、運命の歯車が廻り出す





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第三章 日本帝國
第二十四話 帝都燃ゆ


大変お待たせしました!!色々と構想を練りつつ、体調不良に見舞われたりなんか違うと書き直したりしているうちにこんなにも時間がかかってしまいました。申し訳ない…

と言うわけで帝國編突入です。原作キャラも出始めます!




 一九九八年 七月――此の日、極東の島国「日本帝國」に遂にBETAの魔の手が伸びようとしていた。重慶ハイヴより東進した大規模BETA群が朝鮮半島から北九州に上陸したのである。当初、日本帝國側はBETAの進軍を予測して九州に戦力を配置。さらには四方を海に囲まれた四国の戦力が側面から戦線を支える予定であった。

 

≪此の化け物共が!!≫

 

≪やれる!やれるぞ!!≫

 

≪人間を舐めるなよ!≫

 

 当初、ティターンズから齎された新型OSの性能でBETAを圧倒し始めていた日本帝國軍。其の姿に衛士達は改めて其のOSの性能の高さを思い知り、BETAを倒せるかもしれないという希望を抱いていた。だが…

 

≪くそっ!こいつ等!?≫

 

≪うわぁっ!!た、助けてくれ!!戦車級が…いやだああああああ!!!!≫

 

≪やだやだやだ!!!痛い痛い痛い!あぎいいいいいいい!!!!≫

 

北九州に上陸したBETA群に遅れて中国地方にも散発的にBETAが上陸、此れにより帝國軍はBETAからの挟撃を受けることとなる。新型OSのおかげで優位に立ち始めていた帝國軍だったが、挟撃されたという事実による混乱と挟撃其の物によって戦線は崩壊。その予想外の速度のBETAの侵攻に四国と本州を結ぶ巨大橋群の爆破が成らず、四国方面にも陸地と同様の速度での侵攻を許すこととなる。其れでも日本帝國は必死に戦闘を行い、避難民の避難も急がせるものの事態はさらに最悪なものとなった。

 

「避難民の収容を急げ!」

 

「ダメです、間に合いません!!」

 

「ちくしょう、なんでこんな時に台風なんか!?」

 

「うわああああ!!BETAが、BETAがあああ!!」

 

 大型台風が日本帝國に上陸。複数方面からのBETA侵攻に加えて此の台風の影響も重なり、避難民の避難もままならず2500万人――日本帝國の20%がBETAの犠牲となった。当初、北九州上陸時にティターンズは日本帝國への救援を帝國政府へ申し入れていたのだが…帝國軍と在日米軍のみで対応できるとの判断、日本帝国内の存在するアメリカの影響力、さらには日本人でありながら其の技術を帝國ではなく国連軍で振るう涼牙への一部帝國上層部――主に城内省――の不信感等複数の要素が影響してティターンズの入国を拒否。結果、多くの不測の事態が重なり僅か一週間で九州、中国、四国を失う結果となってしまった。

 

≪だから、核や我らが新たに開発したG弾を用いた焦土作戦を展開すべきだと言っておろう!≫

 

≪ふざけるな!我が帝国内でその様なことが容認できるか!≫

 

 此の現状に、アメリカ軍は度重なる帝国内に於けるG弾、或いは核兵器を使用した焦土作戦を提唱。此れに対して当然ながら日本帝國は猛反発。友軍や避難民を犠牲にするような作戦は取れないと断固として反対した。そして日本帝國は此れ以上帝國軍と在日米軍だけでは戦線を維持できないと判断し、遂にティターンズへの救援要請を余儀なくされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェル格納庫――其処では機体の最終チェックの為に慌ただしく動き回る整備士達と、そんな彼等の邪魔にならないように格納庫の片隅に固まるウルフ達三つの小隊の面々が集結していた。日本帝國領海までは残り僅か、涼牙はガディと最終的な打ち合わせの為にまだ来ていない。

 

「しかし、日本帝國も勝手なもんだ。最初はこっちの申し出を断っておいて今更救援要請とはな」

 

 機体の最終整備が終わるのを待つ中でジェリドが不満気に口を開く。其れは此の場の全員が思っていたことではあった。最初のティターンズの申し出を受けてさえいればもっと被害を少なくできた。其れは此の場の全員が理解していた。

 

「そう言うな。帝國は条約でアメリカと結びついていた。其の状態で簡単にアメリカの意向を無視することはできないだろう」

 

「政治的な問題って奴か…俺らにはわかんねーなー」

 

 ゼハートの言葉にオルガ達スラム出身者はピンと来ていない様子だった。

 

「だよねぇ、困ってんなら素直に助けてって言えばいいのにさぁ」

 

「国同士ともなると、そう簡単でもないんだ。まぁ、簡単な方が好ましくはあるがな。其の方が民間人への被害も減る」

 

 ボヤくクロトにアンドレイがフォローを入れる。そうして雑談している中で、ユウヤだけが神妙な面持ちで俯いていた。

 

「よう、どうしたよユウヤ。暗いぞ?」

 

「ウルフ隊長…」

 

 そんなユウヤにウルフが肩を組みながら話しかける。そんな二人に周りの眼も集まってきた。

 

「やはり…父親のことか?」

 

「…あぁ…」

 

 ゼハートの問いかけにユウヤが短く答える。日本帝國はユウヤの父親の国…もはや日本人への偏見等欠片も持っていないユウヤではあるが、其れでもやはり父親の国に行くとなれば思う所があるのだろう。其の表情は暗かった。

 

「ユウヤの父親ってあれでしょう?母親とユウヤを捨ててったっていう」

 

「ミラさんは捨てたわけではないと言っていたがな…本当のところはどうか解らん」

 

 クロトの言葉にユウヤではなく、ゼハートが返事をする。ユウヤを気遣っているのだろう、そんな彼にユウヤは心の中で礼を言った。

 

「けっ…父親が勝手にいなくなったのが捨てたんじゃなくて何だってんだよ」

 

 ゼハートに反論するようにオルガがイライラした口調で返す。そんな彼にクロトやシャニも同意するような表情を浮かべた。スラム出身の彼等は皆、父親か母親か、それとも両方かに捨てられた孤児ばかりだ。だからこそ、子供を捨てる親と言うのに敏感に反応する。

 

「そう噛みつくな、オルガ。世の中色んな事情の奴がいるんだ。もしかしたら本当にのっぴきならない事情があるかもしんないだろう?」

 

 イライラするオルガをエドワードが如何にか抑えようとする。だが、当のオルガは鋭い目つきでエドワードを睨みつけていた。

 

「しかし、ユウヤの親父ってのは武家なんだろう?案外、同じ戦場に出てきたりしてな」

 

「それは…」

 

 苦笑いするエドワードと睨みつけるオルガを横目にふと思いついた疑問をジェリドが口にする。其れを聞いたユウヤは再び沈黙してしまう。もしそうなった時、もしも父親に会った時に自分は冷静でいられるだろうか…彼は其れが不安だった。

 

「生きていれば、可能性はあるだろうな。まぁ、こんな御時世だ。もう死んでても不思議じゃないがな」

 

 そんなユウヤを見つつもヤザンは口を開く。確かにBETAの蔓延する此の世界では人が容易く死んでいく。もしかしたら今回のBETA侵攻ですでに死んでいる可能性すらもあった。

 

「お前等、雑談は其処までだ」

 

 そうしている内に、其の場にいた部隊メンバー全員に声がかかる。声をかけたのは勿論部隊長である涼牙だった。

 

「まもなく日本帝國領海に入る。各員、MS内で待機しろ」

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

 涼牙の言葉を聞くと隊員達はすぐにノーマルスーツのヘルメットを被って自身の搭乗するMSに乗り込んでいく。

 

「各員、聞こえるな?知っての通り俺達は此れから帝國軍の支援に入る。帝國は既に帝都を放棄して撤退の準備に入っているが…BETAの侵攻が凄まじく現場の帝國軍と共に此の攻撃を防ぐ」

 

 日本帝國帝都「京都」――其処は古来から日本帝國の中心として栄えた都であり、日本帝國の最高権力者である皇帝や其の皇帝から政権を預かる政威大将軍の住む場所である。

 

「また、既にいくつかの前線は食い破られ始めているとのことだ。俺は広く戦場を回って遊撃に徹する。各小隊は小隊長に指示に従い臨機応変に行動せよ」

 

≪隊長、まもなく日本帝國関西付近に近付きます≫

 

 大まかな指示を出すとタイミングよく艦橋からの通信が入る。

 

「了解。聞いての通りだ、全員全力を尽くして生きて帰ってこい!」

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

 こうしてアークエンジェルは日本帝國へと到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、其の頃…日本帝國の前線では日本帝國軍と在日アメリカ軍がBETAと戦闘を行っていた。

 

「ユニオン1よりユニオン2!突出しすぎるな!」

 

「了解!」

 

 突撃前衛を務めていたストライクイーグルが短刀で要撃級を引き裂きつつ、隊長機の元に合流する。辺り一面には夥しい数のBETAの死体と体液が撒き散らかされていた。

 

「ユニオン3よりユニオン1!突撃砲の残弾、推進剤共に残り僅かです!」

 

「…此方もだ。補給に戻らねばならんか」

 

 既に隊の人間達の武装は弾切れが近付いている。此の状態では使用できる武器がいずれ短刀のみになる。さらに推進剤が切れれば戦術機の機動性も殺されてしまう。其れを案じて補給に戻ろうとするが、今部隊が補給に戻れば戦線に穴が開き、BETAの更なる侵攻を許すだろう。そうなれば友軍や民間人が犠牲になる為に容易く戦線を離れられずにいた。

 

「ユニオン2よりユニオン1、私の小隊で如何にか戦線を維持します。其の間に補給を」

 

 突撃前衛を務めていた、此の部隊でもトップの実力を持つ衛士が隊長に具申する。自分達が時間を稼ぐので其の間に補給を済ませるようにと。勿論、隊長とてそんな提案を飲むことはできない。

 

「馬鹿を言うな!たった一小隊で何ができる!!」

 

「時間稼ぎくらいはできます!お急ぎを!」

 

 自分の小隊で残ることを譲らない隊員と、そんな隊員達で残すわけにはいかない隊長。だが、此の二人の問答は簡単に中断されることとなる。

 

「…!?機体反応…?上から!!」

 

 レーダーに映った機影、其れを隊長が確認する頃には部隊の眼前に迫っていたBETAが纏めて焼き払われた。

 

「アレは…!?」

 

 当然、そんなことが出来るのは決まっている。天空にはロングメガバスターを構えたデルタカイが佇んでいた。

 

「おっと…!」

 

 上空にいるデルタカイを光線級が容赦なく狙い撃ちにする。しかし、其の攻撃がデルタカイに当たることはない。寧ろ光線級の方が逆に攻撃を受けて瞬く間に全滅していく。

 

「此方、国連軍特殊独立戦闘部隊ティターンズ。隊長の氷室涼牙です。此の部隊の指揮官は何方か?」

 

 涼牙からの通信を受け、此の部隊の隊長であるユニオン1が其れに応える

 

「此方ユニオン大隊のスレッグ・スレーチャー中佐だ。氷室少佐、救援感謝する」

 

「…いえ、自分は当然のことをしたまでです」

 

 涼牙はスレッグの名前を聞いて内心で驚いていたものの、表情に出すことなくデルタカイを操作して新たに迫ってくるBETAの群れに相対する。

 

「スレーチャー中佐、此の場は自分が受け持ちます。中佐達は其の間に補給を」

 

「…一機で出来るのか?」

 

「問題ありません。お早く」

 

「…了解した、感謝する。全機、補給に戻るぞ!補給が終了したらすぐに帝國軍の支援に向かう!遅れるなよ!!」

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

 スレッグの命令に隊員達が返事をし、小型種や高度に気を付けながら補給の為に退いて行く。そんな中で一機だけデルタカイを見上げる者がいた。先程、自分の小隊のみで残ろうとしていたユニオン2である。

 

「ユニオン2!急ぐぞ!

 

「はっ!…ガンダム…武運を祈る」

 

 僅か一言、其の一言だけを残してユニオン2も退いて行く。

 

「さて、害虫駆除と行くか!」

 

 一機残されたデルタカイはスラスターを噴かしながらBETAの群れに吶喊、其の圧倒的な火力でBETAを薙ぎ払い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本帝國帝都、其処では政威大将軍を輩出する五摂家の一つ、煌武院の当主であり次期政威大将軍と目されている煌武院(こうぶいん)悠陽(ゆうひ)が次々に上がってくる戦況の報告を聞いていた。政威大将軍――其れは此の日本帝國において皇帝の代わりに政権を預かる元枢府の長であるが、戦後となりBETA襲来の影響で政権は内閣へ移り名誉職に等しい扱いを受けている。

 

「やはり、戦況の挽回は難しいですか…」

 

「はい…帝國軍や米軍も防戦を続けていますが、BETAが帝都に到達するのは時間の問題かと」

 

 部屋の中には悠陽の他に独特な髪形の巨漢で帝國軍斯衛軍大将である紅蓮(ぐれん)醍三郎(だいざぶろう)と技術廠に所属する巌谷(いわや)榮二(えいじ)中佐、そして悠陽の護衛として仕えている月詠(つくよ)真耶(まや)中尉の姿があった。

 

「巌谷中佐、MSの解析の方はどうなっているのですか?」

 

「はい、全霊を持って解析に当たっておりますが…何分、設計思想から違う兵器です。やはり、既に配備されている戦術機に技術を流用するのは難しいです。ですが、開発中であった武御雷には試験的にムーバブルフレームを生産し使用することは出来ました。今後も研究を続け、此れから先に生産する戦術機に反映させるつもりですが…やはり今回の戦闘には…」

 

「そうですか…」

 

 悠陽は巌谷の言葉に少し残念そうに答える。もともと設計思想の違う戦術機にMSの技術を使用するのは難しい部分があった。何せ、MSの武装はもともとMSで使用することを前提に開発されている。例えば、MSで使用する実弾兵器の場合はMSならば問題なく耐えられる反動にも戦術機では耐えられない可能性もある。ビーム兵器も同様でMSの方が優れたバッテリーを積んでいる分、戦術機ではすぐにエネルギー切れになる可能性が高い。その他にもそもそもMSと戦術機に互換性があるわけではないので流用は難しかった。一方で、現在まだ実戦配備のされていなかった新型戦術機にMSのムーバブルフレームを試験的に導入するなど、其の解析作業が無駄になることはなかった。だが、少なくともまだまだ試験的な段階であり本格的に導入するのは難しいというのが実情である。

 

「失礼致します」

 

 そんな中で、部屋に一人の兵士が報告の為に現れる。悠陽達はそんな彼を見咎めることなく、其の言葉に耳を傾ける。

 

「何事か?」

 

「はっ…先程ティターンズが戦線に参加し、各地の帝國・アメリカ両軍と避難民の支援行動に入りました」

 

「そうですか…彼等が…」

 

 其の報告を聞いて悠陽は安堵する。一度、援軍の申し入れを断ってしまった手前ティターンズが援軍に来ない可能性を危惧していたからだ。

 

「紅蓮、直ちにティターンズに現在最も窮地の部隊の情報を伝えて救援を請うてくださいませんか?一度救援を断った身で身勝手かもしれませんが、彼等の力があれば多くの兵士や民が救われます」

 

「はっ…!」

 

 悠陽の頼みを受けて紅蓮は其の場を後にする。そして其れに続くように巌谷と報告に来た兵士も続き、部屋の中には悠陽と真耶だけになった。

 

「…宜しいのですか?ティターンズに頼ってしまって…」

 

「良いのです、月詠。今は国家存亡の時。民を救うことが出来るのならば誰の手であっても借りねば。其の為ならば、本来彼等の最初の援軍の申し出を受けるべきだったのです」

 

 ティターンズの存在に月詠も若干ではあるが渋い顔をする。元々、帝國は他国に対して少々排他的な面がある。無論、軍事行動を一緒にするのなら問題化するモノではないがハーフ等は特に阻害されることが多い。其の中でも米国に対する悪感情は大きく、日本人である涼牙がアメリカ人が設立したティターンズに所属して新兵器の開発に携わっていることに良い感情を持つものは非常に少なく、特に頭の固い城内省はティターンズを毛嫌いして様々な策を弄して今回のティターンズからの最初の援軍の申し出を断ってしまった。其のことは比較的他国への差別感情の薄い悠陽からすれば痛ましいことであった。

 

「今回のことで、帝国の人間達もティターンズの力と必要性を認識するでしょう。帝國の為にも、彼等の力は絶対に必要なのです」

 

 そう語る悠陽の眼には強い光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此の場はなんとしても死守せよ!」

 

 帝國斯衛軍中佐の檄が通信で其の場の全ての帝國軍兵士へと伝わる。そして彼は黄色に塗装された戦術機・瑞鶴を駆って次々にBETAを長刀で切り刻む。山吹色の戦術機――其れは政威大将軍直属の帝國斯衛軍の中にあって、譜代武家に与えられる機体である。既に彼等の部隊は友軍の一時撤退を支援して殿となった為に甚大な被害を出してはいるが、其れでも其の場を通さないという気概で如何にかもたせていた。

 

「う、うわあああああああ!!」

 

 奮戦するもまた一機、突撃級の突進を受けて爆散する。戦場に散った部下を見て彼は苦々しく顔を歪めた。

 

「もはやもたんか…唯依…」

 

 誰にも聞こえないような声音で彼は愛娘の名前を呟いた。そして、其の心の中でさらに別の女性を思い描く。

 

「(彼女は…元気でやっているだろうか?…覚悟はしていたが…やはり心残りだな…)」

 

 心の中にかつて愛した女性を思い浮かべながら、一匹でも多くのBETAを道連れにしようと長刀を振るう。其の時、彼の視界は光に覆われた。

 

「な、何が!?」

 

「隊長、アレを!!」

 

 目の前に降り注いだビームの光、其れに驚く彼に対して部下の一人が上空を見上げる。そして其の部下の言葉に彼自身も上空を見上げ、其の光を放った者の正体を知った。

 

「ガン…ダム…」

 

 其処には映像でしか見たことのなかった巨大な盾を持ったガンダム――ガンダムXディバイダーが105ダガーと共に連射モードのライフルを構えていた。

 

「ティターンズか…!?」

 

 飛来したMS達の姿に彼はようやく援軍が来たのだと理解する。するとすぐにガンダムXのユウヤから通信が入る。

 

「此方、国連軍特殊戦闘部隊隊長補佐のユウヤ・ブリッジス少尉だ。貴官等を援護する。今のうちに補給と怪我人の移送を!」

 

「…ブリッジス…!?」

 

「?」

 

 ユウヤからの突然の通信と其処に移されたユウヤの顔、何より其の名前を聞いて彼は一瞬硬直し、其の姿にユウヤは疑問符を浮かべる。

 

「(…まさか…いや、面影がある…やはり…彼女の…)了解した、援軍感謝する」

 

 衝動的に口から出そうになる言葉を押し留めて、彼は軍人としての返答をユウヤに返す。其の言葉に満足したのか、ユウヤはすぐに機体を駆ってウルフ達と共にBETAの殲滅に戻っていった。

 

「近衛軍、補給が必要な機体や戦闘が厳しい機体は順次撤退せよ!まだ余裕のあるものは彼等の撃ち漏らしを叩きつつ撤退する!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 隊員達の返答を聞きながら、彼の操縦桿を握る手に力が入る。彼は部隊を預かる者として撤退するのは隊員が退いてからと心に決めていた。

 

「…ふっ…子供()のいる戦場で…此れ以上無様は晒せんな…」

 

 瑞鶴を操り、山陰に隠れてティターンズが撃ち漏らしたBETAを殲滅して一機でも多くの友軍の撤退支援を開始する。此の山吹色の戦術機を操る彼の名は――(たかむら)祐唯(まさただ)と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、第二十四話でした。本当は嵐山の方も書きたかったんですが思いのほか長くなりそうなので分けました。では次回予告を



次回予告



熾烈を極める帝都防衛線


其処に在る年端もゆかぬ少女達の姿


彼女達との出会いがもたらすものとは


次回 嵐山の少女達


真紅の閃光が、帝都を翔ける


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第二十五話 嵐山の少女達

最新話更新です!

今回はスムーズにできました。次回もこれくらいのスピードで更新できたらなぁ…

今回は遂に彼女達が登場です!


 

「…嵐山補給基地?」

 

 ティターンズMS隊出撃後、各小隊は各々分散して各地の帝國軍の救援に赴いていた。今回は広域での戦闘と言うこともあり、全機ジェットストライカーで出撃している。そんな中でゼハート率いる第三小隊にアークエンジェルのオペレーター、ノエル・アンダーソンから通信が入った。

 

≪はい。帝國軍からの情報では嵐山補給基地方面の前線が食い破られ始めているとのことです。しかも、嵐山補給基地にいるのは繰り上げ任官した新兵ばかりで早急に救援をと≫

 

「成程、そりゃあやばいな」

 

 ノエルの通信にオルガが其の場に残ったBETAをマシンガンで撃ち抜きながら答える。繰り上げ任官ではまだ実戦経験も少なく、他の基地よりも危険度が高いと帝國の方でも判断されていた。

 

「了解した。第三小隊は此れより嵐山補給基地の救援に向かうぞ」

 

「わったよ」

 

「は~い」

 

「ん…」

 

 三者三様に何処かやる気のないような返事をするオルガ達だが、逆らうことなく油断することなくいつも通りにリラックスしていた。まだ数度の実戦しか熟していないのに此の精神の図太さにはゼハートも苦笑いする。ちなみに現在のゼハート達の105ダガーの装備だが、長期戦になることを見越して各機ビームライフルとは別にエネルギー節約の為の120mm重突撃機銃を装備している。此れは主にザフトのジンが装備する76mm重突撃機銃の改良タイプであり、ジオンのザクマシンガンと同経口の120mm弾を使用することが可能となっている試作兵装である。装弾数では戦術機の突撃砲に劣るものの、威力は段違いである。此の装備をゼハートとクロト、シャニは一丁ずつ、オルガは二丁装備して出撃していた。

 

「よし、一度二手に分かれるぞ。私とクロト、オルガとシャニに分かれて嵐山補給基地に近付くBETAを迎え撃つ。もしかしたら別方面から接近している可能性もある。警戒を怠るな」

 

「よ~し、ついて来いシャニ!」

 

「…はいはい」

 

 ゼハートの指示を聞いてオルガはシャニを引き連れて基地に近付いた辺りでゼハート達と離れて別方面の警戒に向かう。そうして二人になったゼハートとクロトの機体のモニターに嵐山補給基地から出撃したであろう戦術機の姿が映し出された。

 

「…む、既に出撃していたか。クロト、解っているな?」

 

「アイツ等の援護でしょう?面倒だけど仕方ないよね…って、何やってんだアイツ!!」

 

「クロト…!?ちい!!」

 

 ゼハートに返事をした瞬間、クロトは機体を最大速度で前進させる。そして其れに僅かコンマ数秒遅れてゼハートも事態に気付き急行した。二機の向かう先には飛び上がって突撃級を背後から撃ち抜く一機の白い戦術機。其れは良い、戦術機の突撃砲では突撃級の甲殻は撃ち抜けない為に生身の部分を狙うのは基本であり効率的な戦法だ。だが、其の戦術機はあまりにも高度(・・)を取り過ぎていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嵐山補給基地――此の場所にはつい先日訓練校から繰り上げ任官した多くの武家の少女達が配属されていた。補給基地とあって、一応は後方ではある。だが、BETAの侵攻を許している現在ではもはや後方であろうと此の程度の距離では安心できるものではなくなっていた。

 

「突出したBETA群が鷹峯付近まで来てるって…」

 

「鷹峯!?もう目と鼻の先じゃない!」

 

 BETAが近付いているとの情報に少女達は一度外に出て戦場の方を見る。其の視線の先には既に肉眼でも確認できるほどに燃え盛る戦火が見えた。

 

「どうして…?防衛線は…?」

 

「…食い破られたんだわ…」

 

 少女達の脳裏にBETAに食い荒らされる戦術機の光景が浮かび上がる。

 

「おい、あれ!」

 

「補給…?いえ、違うわ!?」

 

彼女達の目の前に飛んできていた二機の戦術機が光線級に撃ち抜かれて撃墜される。それからすぐに基地内で警報が鳴り響き、少女達は己が機体である斯衛軍専用機『瑞鶴』に乗り込んでいく。

 

「進軍速度が速すぎる!?」

 

「なんで後方の補給基地にまで…!」

 

 BETAのあまりの進軍速度の速さ、そして食い破られた防衛線に少女達が困惑する中で一人の少女はすぐに覚悟を決める。

 

「…いいえ…此処はもう最前線よ…回せええええ!!」

 

 少女達の乗る瑞鶴と、彼女達嵐山中隊を指揮する中隊長の乗る赤く塗装された瑞鶴が戦場に出撃する。彼女達は交戦の為に一丸となってBETAの迎撃に向かう。山間部に陣を張った彼女達は警戒を強めながら万全の態勢でBETAを迎え撃つ為に敵を待ち伏せた。深呼吸をして気持ちを落ち着ける者、流れ出る汗を拭う者、様々だが彼女達は皆BETAが来るであろう方向から視線を外さない。そして…

 

「来た…アレが…BETA…!」

 

 初めてBETAと接触する嵐山小隊の面々。其の醜悪な姿に顔を顰めながら、十分に引き付けて…迎撃シフトを敷いて迎え撃つ。戦闘は強固な甲殻を持つ突撃級。すると一機の瑞鶴が突撃砲の36mmを乱射するが威力が足りずに全て其の甲殻に弾かれる。

 

「志摩子、訓練を思い出して!」

 

「…あ…!?」

 

「突撃級は…」

 

「解ってる!」

 

 山吹色の瑞鶴に乗る仲間の言葉に突撃砲を乱射した白い瑞鶴に乗る少女――甲斐志摩子(かいしまこ)は訓練で習ったことを思い出し、他の仲間と共に跳躍して突撃級の弱点である後方の生身の部分を突撃砲で撃ち抜いていく。

 

「あ…」

 

 目の前で次々に倒れていく突撃級の群れに喜びを露にする志摩子。だが、彼女は気付いていなかった。自分が一機だけ、明らかに高度を取り過ぎていたことに…

 

「レーザー警報!?志摩子、高すぎる!!」

 

 管制ユニット内に鳴り響く警報。其の警報を聞いて仲間が高度を取り過ぎている志摩子に慌てて声をかけた。

 

「へ…?」

 

 突撃級を倒したことに浮かれていた志摩子は自分が高度を取り過ぎていることにも、そして警報にも気付いていなかった。そんな絶好の的を光線級が見逃すはずもなく、容赦なく光線級の攻撃が志摩子の瑞鶴に放たれる。

 

「志摩子!!」

 

 仲間の悲痛な叫び。だが、もはや高度を落として回避することは出来ない。其れほどまで致命的に志摩子は気付くのが遅れてしまった。しかし…

 

「あっぶねえ!!」

 

「え…?」

 

 志摩子の瑞鶴が撃ち抜かれるまさにその瞬間――間一髪、クロトの機体が飛来してシールドを突き出して戦術機の壁にする。そして光線級の照射を防いだ瞬間にクロトの機体はシールドを捨てて戦術機を抱えて地上に降りた。

 

「え…あ…!?あ、あの…」

 

「此のばーか!光線級を避けれる腕もない癖に高度取り過ぎなんだよ、死にてえのかテメエは!!」

 

「す、すみません!!」

 

 如何にかシールドを捨てることで戦術機の救助に成功したクロト。其のシールドはそのすぐ近くに落下して地面に突き刺さった。迂闊な行動をした戦術機にクロトは口調を荒げて怒鳴りつける。一方の志摩子も此処に来てようやく自分の迂闊な行動と目の前の相手に庇われたことを理解し、クロトの怒声に慌てて謝罪した。

 

「貴官等は…!?」

 

 嵐山中隊軍の中の一機、五摂家に近しい武家にのみ許される赤い色に塗装された瑞鶴に搭乗している衛士から通信が入る。此の人物もまだ若い女性の声だった。其の声を聞きつつもゼハートは彼女達に接近するBETAを纏めてビームライフルで焼き払いながら通信に答える。

 

「此方、国連軍特殊戦闘部隊ティターンズ第三小隊小隊長、ゼハート・ガレット中尉です。貴官等の援護に来ました」

 

「ティ、ティターンズ…!?」

 

「あの、ガンダムがいる部隊の…」

 

「…紅い機体…もしかして『真紅の閃光』!?」

 

 ゼハートの言葉に嵐山中隊の衛士達は口々に驚きの声を上げる。今話題の国連軍最強部隊、其れが目の前にいるのだから其の驚きも仕方のないことだった。

 

「…救援感謝する。自分は嵐山中隊中隊長の如月佳織(きさらぎかおり)中尉だ」

 

「キサラギ中尉、あまり話している時間はない。光線級は私達が受け持つ、地上のBETAを任せたい」

 

「光線級を…全て、二人でか!?」

 

「悪いが議論の余地はない。見たところ其処まで数はいないし、私達ならば二人でも数分で片が付く。貴官等は地上のBETA迎撃に専念してくれ。光線級を片付けたら私達も加わる。行くぞクロト!」

 

 佳織に簡単な指示を出し、ゼハートはクロトに呼び掛けてから上空へ飛翔する。そしてクロトも其の後に追従する。

 

「もう油断しないでよね、面倒だからさ」

 

「はい!」

 

 一言だけ先程助けた衛士――志摩子に声をかけたクロトはすぐにゼハートに従って上昇する。

 

「さーて、片づけますかねえ。滅殺!!」

 

 クロトは叫びと共に光線級の攻撃を回避しながら重突撃機銃を乱れ撃ち次々に光線級を撃破し始める。

 

「手早く終わらせる!」

 

 一方のゼハートも正確な回避と射撃によってクロト以上の速度で光線級を殺し始める。そんな光景を見ていた嵐山中隊の面々はただ驚いていた。

 

「アレがティターンズ…本当に光線級を避けてる」

 

「私達も此のOSを使いこなしたらあんな動きが出来るのかな?」

 

「…さあ…」

 

 ホンの先頃まで訓練兵だった彼女達は訓練課程で新型OSの訓練を受けていた。だが、ほぼ同じOSを使ってなお圧倒的な強さを誇るティターンズには驚く外は無かった。

 

「貴様等、ぼさっとするな!我等は此れより地上のBETAを迎撃する!上空で彼等が光線級を引き付けている分、多少は高度が取れる!確実に敵を撃て!」

 

「「「「りょ、了解!!!!」」」」

 

 驚く彼女達を佳織が叱責する。無論、彼女にも驚きがないわけではない。自分と同じ、或いは年下かもしれないゼハート達の強さには驚いた。だが、いつまでも驚いている場合ではないと中隊の衛士達と自分自身に活を入れて迫りくる地上のBETA迎撃に全力を注ぐ。光線級をゼハート達が受け持ってくれているために彼女達は地上から接近するBETAに集中することが出来る。しかも光線級はより脅威となるゼハート達を狙う為に多少高度をとっても光線級から狙われることはなくなっていた。其のことも彼女達の生存率を上げることに一役買っていた。

 

「志摩子、左!」

 

「解ってる!!」

 

「ごめん、唯依!残弾がない、リロードする!」

 

「解ったわ、カバーは任せて!」

 

 先程クロトに救われた少女、甲斐志摩子と其の親友であり訓練校の同期でもある篁唯依(たかむらゆい)石見安芸(いわみあき)能登和泉(のといずみ)は唯依を隊長とする同じ小隊の仲間でもあり、共に連携してBETAを順調に倒していく。

 

「死の八分…死の八分を超えなきゃ…」

 

 初陣となる衛士が最も死亡する時間帯…其れが死の八分と呼ばれる時間帯。初陣衛士にとってはまずそれを超えることが目標になってくる。其の死の八分を超えようと安芸は要撃級を突撃砲で撃ち抜く。

 

「安芸、落ち着いて!死の八分を超えてもまだ戦いは続くのよ!」

 

「解ってるよ!でも…!」

 

 死の八分を超えることに焦る安芸、そんな彼女の様子を心配して声をかける唯依に安芸は声を荒げて返事をしてしまう。彼女――安芸には双子の弟がいた。だが、弟は派兵された大陸で死の八分を超える前に錯乱して味方に被害を出した上に戦死してしまった。そんな彼を石見家は末代までの恥として戸籍抹消してしまった。其れを聞かされていた安芸はとにかく死の八分を超えることに焦っていた。

 

「でやあああああああ!!」

 

 弾切れになった突撃砲を投げ捨てて長刀で要撃級を切り裂く。要撃級が動かなくなるまで何度も切り付ける。そして彼女は気付いた。自分が其れを乗り越えたことに。

 

「…やった…やったよ唯依!」

 

「安芸…?」

 

「死の八分を乗り越えたんだ!これで私達…」

 

 死の八分を乗り越えた喜び、其れを親友と共有しようとして油断した。油断してしまった。超えなければと思っていた目標を超えたことで周囲への注意が散漫になっていた。戦場(ここ)はそんなことは許されない場所なのにそれすら忘れてしまった。そして、そんな油断した衛士に等しく訪れるもの――それは、死だ…

 

「え…?」

 

 レーダーに映る反応にようやく安芸の意識が向く。横から突進する突撃級は今にも安芸の瑞鶴を轢き殺そうと猛進してきていた。其のことに安芸は反応できず、仮に反応できたとしてももうどうしようもない距離に来ていた。

 

「…邪魔…」

 

 だが、そんな突撃級の攻撃を防ぐものが飛来する。一機の105ダガーが猛スピードで急降下すると其のスピードのままに突撃級の甲殻を上から思い切り踏みつける。其のスピードによる破壊力から踏みつけられた突撃級は地面に押し付けられ、甲殻は罅割れて足は圧し折れ体液が噴き出す。突撃級の突進はギリギリ瑞鶴に当たる直前で止まっていた。

 

「まだ生きてんの?ウザいよ…」

 

 踏みつけられながらもいまだ動こうと圧し折れた足を動かす突撃級。そんな突撃級を見下ろして105ダガーの衛士――シャニはセミオート状態の重突撃機銃の弾丸を二発撃ち込んで黙らせる。其の攻撃を受けて今度こそ突撃級は動かなくなった。

 

「あ…え…あ…」

 

 一方、安芸は自分の目の前で動かなくなった突撃級の姿に困惑し、そして気が付く。もう少し、あとホンの僅かに遅ければ自分の命はなかったという事実に。

 

「…油断しすぎ…死にたくなかったらもっと頑張んなよ…」

 

「あ…は、はい!」

 

 突撃級の上から降りるとシャニは一言だけ安芸に通信を入れると周囲を警戒しつつ再び上昇する。

 

「オラオラオラァ!!」

 

 其の頃、上空ではオルガがフルオートの突撃機銃を両脇に抱えてBETAの群れに弾丸の雨を降らせていた。

 

「ティターンズ…別の部隊が合流してきたのか?」

 

≪此方CP、嵐山1聞こえるか?≫

 

「!?此方嵐山1、聞こえている」

 

 新たに現れたオルガとシャニに目を奪われていると、佳織の元に嵐山補給基地のCPから通信が入る。

 

≪其方とは別方面からBETAの群れが接近。ティターンズの衛士の御蔭で撃退できたが此れ以上の戦線維持は困難な為、基地の放棄が決定した。基地からの離脱準備はまもなく完了する。貴官等も機を見て撤退せよ。撤退場所は京都駅だ≫

 

「…其れしかないか…嵐山1、了解した」

 

 突如CPから告げられた通信内容…其れは現在嵐山中隊が相手しているのとは別のBETAの群れが別方向から基地に迫っていたという事だ。此の群れは嵐山中隊の相手する群れほど数が多くなかった為にオルガとシャニの手で殲滅したが、次に来ても防ぎきれる確証は無い為に基地の指揮官は嵐山補給基地の放棄を決断した。そして撤退命令が嵐山中隊にも届けられたのだ。

 

「全機、聞こえるな!我々は此れより此の場から撤退する!此処まで一機も欠けていないんだ、やられるなよ!」

 

「「「「了解…!」」」」

 

「…キサラギ中尉」

 

「…ガレット中尉…?」

 

 撤退を中隊全員に伝えて撤退しようとすると佳織にゼハートが話しかける。

 

「足止めは我々が務める。そうすれば光線級の標的は我々に絞られて撤退中の危険性は減るはずだ」

 

「…良いのか?その分貴官等が危険に…」

 

 佳織自身、ゼハートの提案は非常に魅力的だった。より脅威なものを狙う光線級の習性を考えれば、彼等が足止めをしてくれれば撤退の成功率は飛躍的に高まると冷静な部分で判断していた。しかし、一方で此処まで助けられていて尚且つ此れ以上彼等に負担を掛けるのは心苦しいと感じている自分もいた。其れが彼女のゼハートに対する返答を遅らせる。

 

「問題はない。我々四人ならば、それくらいは遂行できる」

 

「…すまない、感謝する。武運を祈る…!」

 

 跳躍ユニットを吹かしながら、佳織の瑞鶴が――否、中隊全員の瑞鶴がゼハート達四人に敬礼して其の場を飛び去る。そんな彼女達を見送った四人は未だ迫りくるBETAに向き直る。

 

「聞こえたな?我等は此れより彼女達の撤退を支援し、光線級を優先的に排除する」

 

「はいよ!」

 

「はーい…」

 

「しょうがねぇなぁ…!」

 

 三者三様の三人からの返事に笑みを零すと、ゼハートは上空に飛翔しオルガ達も其の後に続いて行った。

 

 

 

 

 

 




以上、第二十五話でした!ちなみに実を言うとガンダムキャラ×マブラヴキャラとか考えてたり…では次回予告です!




次回予告



撤退し、京都駅に向かう嵐山中隊


だが、決して油断してはいけない…其処はまだ戦場の中なのだから


油断が招く少女の窮地にゼハートは…


次回 救出


其れは一つの運命の出会い




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第二十六話 救出

大変お待たせいたしました!!

今回遅れた理由としましては…データが飛びました…前回の更新の後、やたらモチベが上がって一週間ぐらいで六話ぐらい書き溜めたんです。なので其れを小出しにしつつさらに続きを書こうとしていたら…データを保存していたUSBが壊れて…データがアボン…もともとモチベが高まっていただけに突然データが消えて一気にモチベが急転直下した結果、再び書き始めるのが遅れてしまいました。

此れからまた頑張りますのでよろしくお願いします!


 ゼハート達ティターンズの助けを受けた嵐山中隊の面々、彼女達は佳織を先頭に帝國軍の集積所である京都駅方面へと向かっていた。比較的開けている場所であり、光線級もいないことから遭遇するBETAを駆け抜けながら撃ち殺して目的地へと急いでいた。

 

「凄かったね、ティターンズ…」

 

「うん…噂では聞いてたけど…あんなに…」

 

 不意に中隊の一人が口を開く。思い出されるのはゼハート達の圧倒的な強さ。彼等の活躍がなければこうして脱落者がゼロのまま撤退することなどできなかっただろう。特に志摩子と安芸、クロトとシャニに直接助けられた彼女達は彼等がいなければ自分達は死んでいたであろうことを強く感じていた。

 

「量産機の衛士であの強さ…ガンダムの衛士は一体どれだけの…」

 

 唯依は量産機である105ダガーに乗るゼハート達の強さを目の当たりにして、其れ以上の性能を持つと言われるガンダムの衛士達はいったいどれほどの強さを持つのか…其れを考えて戦慄する。

 

「(もし万が一…あの人達が敵に回ったら…帝國は勝てるの…?)」

 

 不意に唯依の脳裏に最悪の状況が思い浮かぶ。あれだけ強大な力を持つ者達が万が一敵に回ったらと思うと勝てる気がしなかった。

 

「あの強さ…単純に機体の性能が良いとかいう次元ではありませんでしたわね」

 

「私達にも…あんな強さがあれば…」

 

「…なら、強くなろうぜ」

 

 己の無力を痛感する上総や和泉の言葉に安芸が力強く返事を返す。其の瞳には強い意志が宿っていた。

 

「身の程知らずかもしれないけどさ…強くなって、今度は私達がティターンズを助けるんだ」

 

「そうだね…助けられっぱなしじゃ、ダメだよね」

 

 安芸の決意にまずは志摩子が同調する。彼女達二人は先程自分を救ってくれたティターンズに強い恩義を感じていた。そして、そんな二人の決意に他の嵐山中隊の隊員達も同調する。今よりももっと強くなることを。

 

「(そうよね、まだ敵に回ると決まった訳じゃない。ううん、敵に回さないように頑張らないと)」

 

 先程まで最悪の状況を想像していた唯依は思いなおす。ティターンズと敵対する未来を考えるのではなく、どうすれば敵対しないように出来るかを考える。

 

「(…此奴らは大丈夫だな…こんな目が出来るなら強くなれる)貴様等、お喋りは此処までだ!」

 

 そんな彼女達に佳織は感心し、心の中で嵐山中隊の新人達の決意に笑みを浮かべる。だがすぐに気を引き締める。彼女達の目の前には京都の街が見えてきていた。

 

「此処からは市街戦になる!殲滅する必要はないが、奴等が何処から現れるか解らん!周囲の警戒を怠るな!一応は光線級を警戒してビルの合間を抜ける!石見少尉と甲斐少尉は私と先頭を、篁少尉と山城少尉は後方を!他はビルの上からBETAが降ってくるかを警戒しろ!」

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

 佳織の指示を受けて嵐山中隊はすぐに隊列を組み直して周囲を警戒する。すでに弾薬も少なくなり始めている彼女達は集積所への到達を第一に考えて行動を開始した。

 

「後方より要撃級!」

 

「最低限の迎撃で良い!弾の無駄遣いはするなよ!」

 

「了解!!」

 

 後方を警戒していた唯依の報告に素早く佳織が指示を出し、唯依と上総は突撃砲を要撃級の生身の部分に数発叩き込んで動きを止める。そしてすぐに其の場を後にする。

 

「前方!要撃級二、戦車級五!弾幕を張るぞ!」

 

「「了解!!」」

 

 次いで、道路の前方から現れたBETAに対し佳織の命令に応えて安芸と志摩子が突撃級を乱射してBETAを無効化する。後方は最低限の攻撃に留めているが前方の敵は後続の隊員の為に確実に排除していく。

 

「頭上から反応!降ってきます!!」

 

「回避!大した数ではない、落ち着いて速度を落とすな!」

 

 さらにはビルの上から戦車級が降ってくるも機体の速度を殺さずに最低限の回避で潜り抜けることで回避できないほどの数が降ってくる頃には既にそのビルの下を全機が駆け抜ける。

 

「よし、集積地までまもなくだ!各員、気を抜くなよ!」

 

「「「「「了解!!!!」」」」」

 

 集積地までもうそう遠くない位置に来た。其の事実に嵐山中隊の面々は安堵した。否、安堵してしまった。

 

「!?左方向にBETAの反応!」

 

「何っ!?」

 

 レーダーの反応を察した隊員の声に全員が反応する。次の瞬間、ビルを突き破って戦術機とは比べ物にならない巨体が姿を現した。

 

「っ!?要塞級だと!こんなところに!!」

 

 佳織は驚愕しながらも必死に要塞級の巨体を躱す。だが先程の一瞬の油断で反応が遅れた三機が要塞級、或いは要塞級が破壊したビルの瓦礫にぶつかって体勢を崩す。

 

「きゃあ!!」

 

「うわああ!!」

 

「大丈夫!?」

 

「今助ける!!」

 

 激突の衝撃で墜落しようとする三機の内の二機は別の隊員によって捕まえられて墜落を免れた。だが一機だけ、和泉の乗った機体だけが間に合わずに後方に吹き飛ばされる。

 

「「きゃああ!!」」

 

 さらに悪いことに、其の和泉の機体が後方にいた唯依と上総の機体に衝突して三機ともコントロールを失う。

 

「みんな!ぐ…っ!?」

 

 寸前のところで安芸が和泉の機体の手を掴んで墜落から救う。だが、勢いのついていた瑞鶴を無理に助けたことで安芸の機体の腕にも相当の負荷がかかって使い物にならなくなってしまう。

 

「安芸、和泉!!」

 

 そんな彼女達をすぐに志摩子がフォローに入るが、助けることが出来たのは和泉だけ。唯依と上総は京都の街へと墜ちていった。

 

「唯依!返事して、唯依!」

 

「山城さん!山城さん!」

 

 和泉の乗る瑞鶴を支えながら安芸と志摩子は必死に墜ちていった二人に通信で呼びかけるが繋がらない。落下の衝撃で機体に異常が発生したのか、他に原因があるのか…だが其れを気にする余裕も残された嵐山中隊の面々にはなくなっていた。

 

「くっ、石見少尉と甲斐少尉は能登少尉を護れ!残りは要塞級を殺すぞ!」

 

「了解!和泉、機体は動く!?」

 

 佳織の指示を聞き、安芸と志摩子が和泉の機体を近場のビルの屋上に下すと通信で呼びかける。

 

「駄目…手足は動くけど跳躍ユニットが…」

 

 先程の衝突の影響で和泉の機体の跳躍ユニットが故障したらしい。此の後の行動も考えれば跳躍ユニットが機能しないのは致命的であるために志摩子はすぐに和泉に指示を出す。

 

「なら、私の機体に移って!安芸は周囲の警戒をお願い!此処もいつBETAが来るか…!」

 

「う、うん!」

 

「わかった!和泉、急いで!」

 

 志摩子は和泉に自分の機体の管制ユニットに移動するように、さらに安芸には周囲の警戒を指示する。安芸の機体は先程真っ先に和泉の機体を受け止めた衝撃で片方の腕がイカれており、その分神経を使うからこそ自分の方に和泉を乗せることで安芸の負担を軽くしようという判断だった。

 

「(今は此れがベスト…此れが一番生き残る可能性が高い!)」

 

 先程、最初の交戦で冷静さを失い危うく光線級にやられそうになった志摩子は今度こそ冷静さを失わず自分に出来ることをしようと務めていた。当然、唯依や上総への心配はあるが冷静さを失えば二人との再会が叶わないことを理解してきている。

 

「急いで!少しずつだけどBETAの反応が近付いてきてる!」

 

 一方の安芸も周囲の警戒をしながらビルの屋上に続く道を封鎖して小型種の到達を阻止し、壁を登ってくるかもしれないBETAに備えている。安芸もまた、一度BETAに殺されかけたことで必死に冷静さを保とうとしていた。

 

「ごめん、ありがとう!」

 

「ううん、しっかり掴まってて!安芸!」

 

「うん、解った!」

 

 和泉の移動が完了すると志摩子が安芸に合図を入れて、安芸もまた其れに呼応して跳躍ユニットを吹かして上昇する。そして二人が要塞級と戦う嵐山中隊に目を向けると、まだ仕留め切れてはいないまでも全員無事な仲間達が眼に入った。

 

「戻ったか!?」

 

「「「はい!!」」」

 

 戦線に復帰した二機を見て佳織は少しだけ安堵して、そして再び引き締める。既に何機かは弾切れを起こしている此の状況で要塞級の相手は正直辛いものがある。一気に倒すには単純に火力が足りないのだ。だが、一方で時間をかけてもいられない。唯依と上総が墜落して多少なりとも時間が経っている。此れ以上時間を掛ければ二人の救出を断念せねばならなくなる。

 

「(ならば一気に勝負を…いや、しかし…!)」

 

 だが、焦って勝負を急げば逆に現在無事なメンバーを危険に晒すこととなる。確実に要塞級を倒すなら慎重に戦うべきだが、そうすると今度は墜ちた二人の身が危険だ。

 

「(ならば…!)私が奴を引き付ける!其の間に全員で攻撃しろ!」

 

「中隊長!?」

 

 一気に勝負を決める為に佳織は自ら最も危険な囮の役を買って出る。其の危険性に中隊の人間が引き留めようとするが其れよりも早く佳織が要塞級に向かおうとする。だが次の瞬間、閃光が要塞級を撃ち抜いた。

 

「あの攻撃は!?」

 

 閃光が来た方向に嵐山中隊の人間達が視線を向ける。其処には四機の機影、先程自分達を救ってくれたゼハート達が追い付いてきていた。

 

「おら、止めだ!」

 

 真っ先に到着したオルガの105ダガーが要塞級の体内に残っていたBETAを一掃する。其の光景を見ながらゼハート達は嵐山中隊との通信を開く。

 

「間に合ったか…キサラギ中尉、隊員の数が少ないようだが…」

 

 佳織と対面したゼハートはすぐに先程会った時よりも中隊の数が減っていることに気付く。其のことに対して佳織は暗い表情で要塞級と遭遇した際に唯依と上総の二人が墜落したことを伝えた。

 

「そうか…了解した…貴官等は此のまま集積地への撤退を続けてくれ。クロト、シャニ、お前達は彼女達の援護だ」

 

「ん…」

 

「はーい」

 

 ゼハートの命令にシャニとクロトは何処か気だるげにしながらも返事を返す。そして次にゼハートはオルガへと視線を向けた。

 

「私とオルガは墜落した隊員を捜索する。キサラギ中尉、両名が落ちたと思われる場所のデータを」

 

「…!?な…あ…!」

 

 佳織はゼハートの言葉に絶句する。彼等は自ら行方不明になった隊員の捜索を申し出たのだ。其れも、要職についている人間ではなく繰り上げ任官したばかりの新人衛士をだ。日本帝國側からすれば、唯依に関しては譜代武家の一角であり相応の名家の生まれではあるがそんなことは他国の人間であるゼハート達には関係ない。にも拘らず、ゼハートは迷いなく彼女達の救出を決断した。

 

「…私が聞くのも変な話だが、良いのか?他国の一兵士に為に其処まで…」

 

 其の質問の意図を察したゼハートはフッと笑みを浮かべる。

 

「構わないさ。私達はどの国にも属さない独立部隊だ。人を救うのに国の利益と言うしがらみには縛られない。そして、私は全ての人類を同胞と考えている。同胞を救うのにそう理由は要らないだろう?」

 

「…そうか…」

 

 其の言葉を聞いて佳織は内心で自分を恥じた。いや、彼女だけではない。嵐山中隊の中にもティターンズは実はアメリカの手先なのではないかと思っている人間もいた。だが、彼女達は其の考えを改める。真っ直ぐな瞳で己の意思を語るゼハートが嘘をついているようには思えなかったからだ。

 

「…ガレット中尉、部下達をよろしくお願いします」

 

 佳織は其の言葉と共に二人が墜ちたと思われる地点のデータをゼハートに送る。すぐにゼハートは其のデータをオルガにも転送する。

 

「了解した、行くぞオルガ!」

 

「わーったよ!」

 

 悪態をつきながらも反抗することなくゼハートについていくオルガ。二人を見送ると佳織も機体を反転させる。

 

「我々も撤退を急ぐぞ!アンドラス少尉、ブエル少尉…手間をかけるが…」

 

「はーい…」

 

「解ってますよ…ちゃーんとお仕事しないとゼハートが煩いしね」

 

 どことなく気怠げに返事をする二人だが、任務を放棄するつもりは勿論手を抜くつもりもない。何だかんだで彼等もゼハートと同じ気持ちではあるのだ。

 

「唯依、山城さん…」

 

「無事に帰ってきてよ?」

 

 嵐山中隊が撤退を開始する中で志摩子と安芸、和泉は二人が墜ちた方向を心配そうに見ている。

 

「ほら、とっとと行く!後ろは俺達が見るからさ」

 

「あの二人に任せとけば大丈夫だよ…」

 

「は、はい!」

 

「よろしくお願いします!」

 

 そんな彼女達にクロトとシャニが声をかけ、二人は慌てて機体を動かす。そしてクロトとシャニもまた、ゼハートとオルガが降りて行った方向に一瞥するとすぐに嵐山中隊の後を追って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、ゼハートとオルガは二人が墜落したであろう地点の上空に来ていた。眼下には既に人気がなくなった京都の街が広がっている。

 

「ちっ…しかし、ある程度場所が解るとはいえめんどくせーな」

 

「ぼやくな、一人でも多くの味方を助けるのも私達の仕事だ」

 

「へいへい…じゃあどうするよ?」

 

 ゼハートの言葉にオルガは肩を竦めて返事をする。そして此の後の指示を待つ。

 

「此の近辺に墜ちたことは間違いない、二手に分かれて捜索するぞ。レーダーを注視して生体反応を見逃すなよ?」

 

「わーってるよ。さ、行こうぜ」

 

 オルガは返事をするとすぐにゼハートと別れて京都の街に降下していく。其れを見届けてゼハートもまた京都の街へと降りる。

 

「…反応はないか…」

 

 辺りを見渡しながら、同時にレーダーにも反応がないかと注意する。神経を尖らせ、戦術機、人間、BETA、あらゆる反応を見失わないように心掛ける。

 

「もっと低く飛ぶか…」

 

 ゼハートはさらに高度を下げてビルの上すれすれを飛び始める。其の状態でレーダーを注視すると、すぐに反応が現れる。

 

「…反応…!だが、、此れは…!?」

 

 反応があったのは地を這う数体のBETAだった。すぐさまゼハートは急降下してビームライフルで精確にBETAを撃ち抜いて沈黙させる。

 

「…やはりそれなりの数のBETAが入り込んできているか…」

 

 あまり時間に猶予はない、時間を掛ければ其の分だけ唯依や上総の生存率が低くなることを改めて実感したゼハートは再び捜索を再開する。

 

「…ん?此の反応は…」

 

 捜索再開から程なくして、ゼハートのレーダーが新たな反応をキャッチする。

 

「居た…!」

 

 BETAとは違う反応の下に居たのはビルの谷間に墜落して機能を停止している山吹色の瑞鶴の姿だった。

 

「山吹色の機体…タカムラ少尉のものか…」

 

 機体が嵐山中隊のものであると確認するとゼハートは其のすぐ傍へと機体を降ろす。幸いにBETAに攻撃された痕跡はなく、コクピットも閉じていることからまだ中に衛士がいるものと考えられた。

 

「タカムラ少尉!聞こえるか!タカムラ少尉!」

 

 瑞鶴へと通信を繋げて唯依に呼び掛けるゼハート。するとしばらくして瑞鶴の方からも声が返ってきた。

 

「…ん…んん…此処は…」

 

 どうやら意識を失っていたらしい唯依の声が通信越しにゼハートの耳に入る。

 

「タカムラ少尉、聞こえるか?」

 

「え…?紅いダガー…ガレット中尉!?」

 

 ゼハートの問いかけに唯依はモニターに目を向けて、其処に映された真紅の105ダガーに目の前にいるのが自分達の中隊を助けてくれたティターンズのゼハートであると初めて認識した。

 

「ど、どうしてガレット中尉が…!?」

 

「落ち着け、自分の状況は解るか?」

 

 慌てる唯依を通信越しに宥めながら自分に何が起こってか認識できているかと質問する。

 

「…あ…確か…横から要塞級が出てきて…和泉の機体がぶつかって…」

 

 少しずつ冷静になり始めた唯依は自分の身に起こったことを思い起こす。要塞級に和泉の機体が衝突し、飛ばされてきた彼女の機体に巻き込まれたこと。そして機体の制御が効かずに墜落したことを思い出す。

 

「そうだ。君とヤマシロ少尉の機体が巻き込まれて墜落した。其の後に我々は嵐山中隊と合流し、君とヤマシロ少尉の捜索に来た」

 

「…!和泉は!和泉は無事なんですか!?」

 

 ゼハートの言葉の中に含まれていなかった、要塞級に衝突した親友の安否が気にかかり慌てて問いかける。そんな彼女にゼハートは安心させるように笑みを浮かべる。

 

「心配はいらない。ノト少尉は他の隊員に救われて墜落はしなかった。墜ちたのは君達二人だけだ」

 

「あ…そうですか…和泉…良かった…態々私達の為に…申し訳ありません…」

 

「気にすることはない。味方を護る、其れが俺達の戦いだからな。機体は動かせるか?」

 

 申し訳なさそうな表情の唯依に対してゼハートは笑顔のままで気にするなと告げて、次いで機体の状況を確認するように促す。

 

「…駄目です…各部のダメージが大きすぎて…もう…」

 

 唯依は機体の状況を確認するが、既に各部のダメージが限界に達しており機体は動かすことが出来ない状況になっていた。其れを聞き、ゼハートはすぐに機体のマニピュレーターを瑞鶴の管制ユニットの前に移動させる。

 

「そうか…了解した。なら機体を放棄して此方のコクピットに移れ」

 

「え…?あ、あの…」

 

 ゼハートの指示に唯依は困惑するがあまり時間を掛けたくないゼハートは反論を聞かずに指示を出す。

 

「急げ、すぐにヤマシロ少尉の捜索に当たっている隊員と合流する」

 

「は、はい…!」

 

 反論を許さないゼハートの言葉と上総への心配から唯依はすぐに頷いてコクピットを出ると105ダガーのマニピュレーターの上に乗る。そして其のままマニピュレーターは105ダガーのコクピットまで動き、ゼハートはすぐにハッチを開ける。

 

「こっちだ、狭いだろうが我慢してくれ」

 

「はい、失礼します…て…!?」

 

 ゼハートは唯依の手を引くと自分の膝の上に横抱きの形で座らせる。

 

「あ、あの…」

 

「すまないな、見知らぬ男と触れ合うのは気が進まないだろうが我慢して欲しい」

 

「…あ…はい…」

 

謝罪しながらもゼハートは手早くハッチを閉じて機体を動かす。ゼハート本人は自身のするべきことを考えているので余り気にしていないが、膝の上の唯依はそうではなかった。

 

「(…どうしよう…!男性にこんなことされたの初めてで…心臓が破裂しそう!)」

 

 必死に声に出さないようにしているが唯依の顔は真っ赤である。其れもそのはずで所謂名家のお嬢様である唯依は此れまで男性との接触など殆どしたことがない。其れこそ父親や其の父親の親友ぐらいで後は屋敷の使用人と年に数回会うかどうかの親戚達である。勿論、親戚の中には年の近い男子は要るが皆武家であるが故に其処まで親しくしたことはなく、こうして若い男性と触れ合うのは初めての経験だった。

 

「(…其れに…)」

 

 しかも、下から見上げる唯依の眼にヘルメットから僅かにゼハートの顔が見える。美形である。間違いなく親戚の同年代の少年達より圧倒的に美形である。唯依自身、美形に黄色い声援を送るほどミーハーではない。だが、だからと言って眉目秀麗な男性と触れ合っていると思ってしまうと流石に胸が高鳴ってしまう。

 

「(…って、私は何を考えて!?)」

 

 しばらくゼハートに見惚れて、顔を紅くしていた唯依だが…今はそんな状況ではないと思い直して視線をモニターの向こうに向ける。もしかしたら上総の機体を見つけることが出来るかもしれないと…そんな希望を抱いて必死にモニターの外の街を見渡す。そして二人を乗せた105ダガーはオルガとの合流を急いだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…く…此処は…」

 

 少しだけ時間が遡って、上総は墜落した白い瑞鶴の中で目を覚ました。墜落の影響か、身体中に痛みが走る。眼前には管制ユニットのモニター…ではなく、むき出しになった外の景色が見て取れた。どうやら管制ユニットの全面が落下の際に何処かに衝突して破壊されてしまったらしい。恐らくは何処かの建物に落下したのだろう。月の光も最低限しか差し込まない建造物の中に彼女はいた。

 

「…機体は…駄目ね…」

 

 軽く見渡しただけでもわかる。見るからに管制ユニットの機器は何ら反応を示しておらず、機体が機能を停止しているのがすぐに理解できた。

 

「…脱出を…ぐっ…!」

 

 機体から身体を動かそうとして、手足に激痛が走った。元から痛みはあったが、力を入れたことで余計に痛みが酷くなる。

 

「腕が…脚も…痛っ…!!」

 

 其の痛みはもはや打撲と言ったレベルではなかった。腕も脚もまともに動かせない、動かそうとすればするほど激しい痛みが身体を襲う。

 

「…折れてるの…?こんな…時に…!?」

 

 其の激しい痛みとまともに動かない己の手足を見て上総は折れているのだと確信する。其れも両腕両脚全てだ。其れと同時に脱出も絶望的になった。四肢が使い物にならなければ外に出るのは不可能だ。此れではもはや救助を待つことしかできない。だが、彼女の絶望は此れで終わりではなかった。

 

 

――がりがり…

 

 

「…?何の音…?」

 

 まるで何か、硬いものを噛み砕くような音が上総の耳に届く。其の音の元を探そうと、彼女が目を凝らして外を見る。其処には…

 

「…ひっ!?」

 

 大量のBETAが存在していた。小型種である無数の兵士級、そして赤黒い身体を持つ最も多くの衛士を食い殺したという戦車級の群れだった。そして悟る、あの噛み砕くような音は戦車級が瑞鶴を噛み砕いている音なのだと。

 

「…此のままじゃ…あ…!?」

 

 咄嗟に身に着けていた拳銃を手に取ろうとして、落とした。無情な金属音が管制ユニットの中に響く。当然だ、折れた腕で銃を持つことなどできるはずがない。

 

「っ…此れじゃあ…あ…」

 

 満足に動かすことのできない身体、眼前に広がるBETAの群れ。もはや脱出は不可能と考えた上総の脳裏に「自決」と言う単語が過ぎる。だが、すぐに其の思考は「どうやって?」と言う疑問に埋め尽くされた。最も確実な自決は銃によるものだが、上総は銃を持てない。両腕が使えないのだから当然だ。では他の方法は?管制ユニットから身を投げる?其れも今の彼女には難しい。両脚が満足に動かせないのだ。仮にできたとしてもかなりの時間がかかる。もはや八方塞がりだ。脱出も自決もできず、次第に機体を噛み砕く音が上総に近付いてくる。

 

「いや…いや…!?やだ…!!」

 

 じわじわと迫ってくる音と、其の音の現況が自分の元に到達した後の…生きたままBETAに貪り食われると言う地獄を想像して…上総は恐怖から歯をカチカチと鳴らして、涙を流した。生きたまま、腕を、足を食い千切られて激痛の中で死を迎える。想像してしまった其の未来にまだ十四歳の彼女が耐えられるはずがなかった。如何に武家の出身とはいえ、訓練校でトップクラスの成績を誇るとはいえ、彼女は…上総はまだ幼い少女なのだから。

 

「助けて…誰か…!誰か私を…殺して…!」

 

 迫りくる捕食と言う恐怖に怯え、助けられることを願い…そして、一思いに殺して欲しいとも願ってしまう。もはや彼女の精神は限界だった。だが…

 

「こんなとこに居やがったか…」

 

 怯える上総の視界に何かが突然入り込んできた。紺色のカラーリングを施されたMS、105ダガーが派手に天井を突き破って降りてきたのだ。結果、足元に居た何匹かのBETAを踏み潰していた。

 

「え…?あ…?」

 

 突然の乱入者に上総は呆然として現状を飲み込めない。だが、そんなことは気にせずに105ダガーの衛士――オルガ・サブナックは瑞鶴の胴体を両手で掴む。

 

「悪ぃが、少し乱暴に行くぜ」

 

 オープン回線で上総に告げると、105ダガーは瑞鶴を抱えて飛翔する。其の勢いで瑞鶴に組み付いていた戦車級は振り落とされ、辛うじて組み付いていたものも105ダガーによって叩き落される。そして其のまま105ダガーは一度、BETAの反応のないビルの屋上へと着地した。

 

「おい、生きてるか?」

 

 通信が通じない相手の安否を確かめる為、オルガは105ダガーのコクピットから出るとすぐに管制ユニットの中を覗き込む。其処には未だ呆然としている上総の姿があった。

 

「ちっ、生きてんなら返事ぐらいしろよ。嵐山中隊のヤマシロカズサで合ってるな?」

 

「あ…は、はい!」

 

 名前を呼ばれて、ようやく上総は我に返る。そんな彼女にオルガはすぐに次の質問を投げかける。

 

「よし、動けるか?」

 

「あ…痛っ…其の…腕が…あと脚も折れているみたいで…」

 

 オルガの問いかけに咄嗟に身体を動かしてしまった上総は痛みに顔を歪める。そして申し訳なさそうに手足が折れていると告げた。そんな彼女の姿にオルガは大きく溜息を吐く。

 

「…しょーがねーな…おら、持ち上げるぞ。痛ぇのは少しは我慢しろ」

 

「え…!わ、ちょ…っ!!」

 

 動けないことを把握するとすぐにオルガは次の行動に移った。管制ユニットの中に入り、上総の身体を抱きかかえたのだ。所謂お姫様抱っこである。其の行動に対する羞恥と驚きから咄嗟に身体を動かそうとしてしまい…痛みで悶絶した。

 

「何やってんだよ?大人しくしてろ」

 

 悶絶する上総に呆れながらオルガは105ダガーのコクピットへと戻る。シートに座り、彼女の身体を横抱きに抱えたオルガは出来るだけ上総の身体に負荷を掛けぬようにゆっくりと機体を上昇させた。

 

「………」

 

 オルガに抱きかかえられて、上総が感じたのは唯依のような恥じらいではなく…安心だった。オルガの身体から伝わる体温が、自分は救われたのだと…助かったのだということに安堵する。眼前に迫った死の恐怖から救われたのだと実感した彼女の身体は震えていた。

 

「…ちっ…無理すんなよ。泣きたきゃ泣きゃ良いだろうが」

 

 震える上総に気付き、オルガは彼女の顔を見る。其処には泣くのを我慢している彼女の顔があった。其の様子にオルガはバイザーを開けて顔を出すと、ぶっきらぼうに語り掛ける。其の言葉に上総は涙声になりながらも懸命に答える。

 

「わ…わた…くしは…武家です……涙など…流すわけには…」

 

 其処には、武家と言う誇りから必死に人前で泣くのを耐える少女の姿があった。其の姿にオルガは声を荒げて反論する。

 

「馬鹿か?武家だろうが何だろうが、死ぬのが怖いのは当然だろうが。生きてんのが嬉しくて泣くことの何が恥ずかしいんだ?」

 

 オルガの言葉を受けて上総の瞳から少しずつ涙が零れ始める。其の表情は「泣いて良いのか」と、「泣くのは恥ではないのか」と戸惑っているような表情だった。

 

「良いから大人しく泣いてろ。誰にも言わねえでおいてやるからよ」

 

「う…あ…あぁ…うあああぁぁぁ…!」

 

 其の言葉が最後の止めだった。其の言葉を聞いた瞬間に上総はオルガの胸に顔を埋めて声を上げて泣き始めた。

 

「怖かった…!死にたく…なかった…!」

 

 泣きながら己の心情を吐露する上総。其処には武家の人間ではなく、まだ幼い山城上総と言う一人の少女の姿があった。そして…

 

「ありがとう…ございます…!助けてくれて…ありがとうございます…!」

 

 最後にはひたすらに、オルガへの感謝を口にする上総だった。

 

「…おう…」

 

 一方、当のオルガ本人は自分で存分に泣いて良いと言って置きながら実際に涙を流す上総の姿に上手く言葉を告げられず、ぶっきらぼうに頷くことしか出来なかった。今までスラムの中で生きてきた彼にはこの手の経験は皆無なのである。

 

「オルガ、聞こえるか?」

 

 そうしているとオルガの乗る105ダガーに通信が入る。其の送り主は勿論、唯依を救出して来たゼハートだった。

 

「そろそろ、落ち着けよ…おう、聞こえてるぜ」

 

 小声で軽く上総に通信に出ることを伝えると、オルガはゼハートの通信に出る。其処にはゼハートと唯依の姿が映し出された。

 

「此方はタカムラ少尉の救助に成功した。其方も問題はなかったようだな?」

 

「あぁ、ヤマシロカズサは助けたぜ。怪我はしてるが、命がどうこうなるもんじゃねえ」

 

「…山城さん!」

 

「篁さん…!よく御無事で…!」

 

 オルガとゼハートが互いに報告を行い、一方で唯依と上総は互いの無事を喜び合う。そして二機の105ダガーは嵐山中隊が向かった集積所へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其の頃、嵐山中隊が退避した集積所では志摩子や安芸、和泉達嵐山中隊の面々がゼハート達の帰還を今か今かと待ち侘びていた。初陣の疲れが残る彼女達は集積所の警戒任務は与えられなかったが、仲間が帰らぬ内には休めないとばかりに全員が京都の街の方向の空を見上げている。

 

「お前等、少しは休んだら?」

 

「…初陣だったんでしょ?疲れ、取れないよ」

 

「あ…ごめんなさい…でも唯依達が心配で…」

 

「うん…気になって休めないんだ」

 

 105ダガーに搭乗して集積所の護衛をしつつゼハート達の帰還を待つクロトとシャニは彼女達の休むように言うが、其の言葉に嵐山の少女達は申し訳なさそうにしながらも誰一人其の場を離れようとはしなかった。

 

「おっと…噂をすれば…かな?」

 

「…だね…」

 

 そんな中で、クロト達の機体のレーダーがいち早く味方の反応をキャッチする。其れは当然、自分達の隊長のものだった。

 

「来た…!」

 

 少し遅れて、二機の105ダガーの姿を肉眼で確認した安芸が声を上げる。其れと同時に彼女達は仲間が無事なのかと言う不安に駆られた。そんな彼女達の前に二機が着地してまずはゼハート機のコクピットが開く。

 

「立てるか?窮屈だっただろう?」

 

「あ…い、いいえ…ありがとうございます」

 

 唯依がコクピットの出口に立つと、ゼハートは機体を操作してマニピュレーターをハッチの前に付ける。そして唯依がマニピュレーターの上に乗ったのを確認すると、其のままゆっくりと地面に降ろす。

 

「…!唯依!!」

 

「唯依ぃ!」

 

「唯依、無事だったのね!!」

 

 無事な唯依の姿を確認して志摩子、安芸、和泉の三人は涙を流して喜び、地面に降りた唯依に抱き着いた。

 

「良かった…無事で良かった…!」

 

 特に自分が激突した為に危険な目に遭わせてしまった和泉の喜びは相当なものだった。

 

「ありがとう…みんなも無事でよかった…私も山城さんも大丈夫よ」

 

「やっぱり、山城さんも無事なんだね!」

 

 唯依の言葉に嵐山中隊の少女達はさらに歓声に包まれる。すると、オルガの機体のハッチも開く。オルガは変わらずお姫様抱っこのまま上総を抱えて出てきた。

 

「おい、帝國軍!こっちは生きてるけど重傷だ!とっとと手ぇ貸せ!!」

 

 礼儀も糞もないオルガの言葉にゼハートは溜息を吐くが、其れと同時に機体を動かしてオルガをマニピュレーターの上に乗せると先程のようにゆっくり地面に降ろした。ちなみに、此の時の上総の顔は林檎の様に真っ赤であった。

 

「山城さん!」

 

「…ふふ、無様を晒したわね…篁さん、皆…」

 

 帝國軍が用意した担架に乗せられた上総は駆け寄ってきた嵐山中隊の仲間達に向けて苦笑いする。

 

「そんなことない、私達だって…今日はティターンズの人達に助けられてばかりで…」

 

「…そうですわね…改めて、自分の未熟を思い知りましたわ」

 

 唯依の言葉に上総は同意する。そして、其のまま自分を運んで来てくれたオルガに視線を向ける。

 

「ん…?なんだよ?」

 

「…サブナック少尉達は、此の後も前線に行かれるのですか?」

 

「だろうな、其れが俺達の仕事だ」

 

 ぶっきらぼうに答えるオルガに上総は優しく微笑む。

 

「今日の御恩は一生忘れません。どうか御武運を、オルガ様…」

 

「…ちっ…サンキュ…」

 

 笑顔で礼を言われたオルガは照れ臭そうに自らの機体へと戻っていく。まだまだ戦いは終わっていない、彼等は此の後一度補給に戻ってから再び前線に戻るのだ。

 

「山城さん…もしかしてサブナック少尉の事…」

 

「『オルガ様』…なんて言ってたしね~」

 

 オルガに対する上総の態度にいち早く志摩子と安芸が反応し、ニヤニヤと笑う。

 

「っ…知りません!」

 

 一方の上総はオルガに言葉を伝えたい余りに周りの状況を失念していたことを理解して、再び顔を紅くする。そして同じように微笑ましく上総を見ている衛生兵たちに救護所へと運ばれていった。

 

「あれ…?でも志摩子と安芸もブエル少尉とアンドラス少尉のこと気にしてたわよね?」

 

「「!!??」」

 

 上総を見てニヤニヤしていた二人は、和泉から投げかけられた言葉にびくりと身体を震わせる。

 

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 

「そ、そうだぜ!直接助けられたから恩は感じてるけどさ!」

 

 今度は二人が顔を紅くし、其の二人を和泉がニヤニヤと眺めている。そんな彼女達を唯依は苦笑いしながら、親友達が無事であることに安堵していた。

 

 

 

 

 

 一方、其の頃…

 

「「「ぶえっくしょん!!」」」

 

「風邪か?健康管理は怠るなよ」

 

 少女達に噂されていた三人は仲良く同時にくしゃみをしてゼハートに注意されていた。

 

 

 

 

 

 

 




以上、ニ十六話でした。はい、順調にフラグが立ってます!では次回予告




次回予告



帝國千年の都…その威容は燃え尽きようとしていた


数多の文化が炎の中へと消えていく


だが、其れでも人は抗い続ける


次回 帝都陥落


狼と狩人が、侍と舞う




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第二十七話 帝都陥落

お待たせいたしました!前よりは多少早く更新できたかと。理想は週一更新なんですが…仕事が其れを許してくれない…


 涼牙に救援されたアメリカ軍の空母内の通路を一人の青年が不機嫌そうな顔で歩いていた。彼は先程、味方の補給の為に足止めを志願した青年だった。彼は通路を歩きながら別の兵士と会話する目的の人物を見つけると足早に其の人物の元へと駆け寄る。

 

「スレーチャー中佐!」

 

「…ふう、すまんが先に行っていてくれ…一応聞くが…何の用だ、若造…?」

 

 青年の目的の人物とは自分が所属する部隊の隊長であるスレッグ・スレーチャー中佐其の人だった。

 

「決まっています!アメリカ軍の全軍撤退…安保条約の破棄とはどういうことです!!」

 

 青年が憤慨しているのは、ほんの少し前に兵士達に告げられたのは「安保条約破棄により日本帝國軍にいるアメリカ軍の全軍撤退」の命令だった。未だに戦いは終わっておらず、ティターンズや日本帝國軍が戦場で戦闘を行っている中で自分達だけが撤退するという命令に納得がいかなかったのだ。

 

「一体どういうことです!アメリカは彼等を…日本帝國の人々を見捨てるのですか!?」

 

 信じがたい言葉に青年は真っ先にスレッグに抗議するが、スレッグは辛そうな顔のまま首を横に振る。

 

「『日本帝國軍は再三に渡る核を使用したBETA殲滅命令を拒絶し、命令不服従を行った為にアメリカ軍の被害を抑える為に安保条約を破棄、在日軍は速やかに撤退せよ』…其れがアメリカ司令部と本国からの命令だ」

 

「馬鹿な…!」

 

 スレッグから告げられた内容、核兵器の使用を日本帝國側が拒否しているという事実は青年も――否、此の場にいる全員が知っていた。そして、日本帝國が拒否するもの当然だと思った。かつて、カナダに墜ちたBETAの落着ユニット。其れを迎撃する為にアメリカは核兵器の集中運用を行った。結果、確かにBETA殲滅は為された。代償としてカナダは人が住めるような場所ではなくなったが…其れに加えてアメリカは日本帝國軍や避難民の犠牲を巻き添えにしての焦土作戦を決行しようとしていたのだ。自国の人間を犠牲にして核を使用するなど容認できる国はいない。

 

「帝國が自国内での核兵器使用を認める筈がないのは当然です!カナダの二の舞となれば、日本帝國の民は故郷に住めず移民となるしかない!しかも、上層部は帝國軍や避難民の巻き添えを承知の上だったと聞きます!そのようなことを帝國の人間が許すはずがない!聞けばティターンズの到着で帝國軍の被害も格段に抑えられていると聞きます!今ならばティターンズと協力すれば被害を最小限…否、上手くすればゼロに出来るかもしれません!其れは上層部も解っている筈…被害を抑える為等、撤退を正当化する為の姑息な手段です!そもそも、帝國は同盟国ではあっても属国ではない!命令不服従を理由に同盟破棄等と!」

 

「そんなことは解っている!!だが、此れは正式な命令だ。我々在日米軍は此れより撤退を開始する。置き土産として最低限の援護はするが…其処までだ」

 

「…くっ…!」

 

 青年は義理堅い性格だった。如何に他国の人間とは言っても、命懸けで戦っている者達がいるのに其れを見捨てて逃げるような真似は出来ない男だった。

 

「何処へ行く?」

 

「私は我慢弱く、落ち着きのない人間です。さらに姑息な輩が大の嫌いと来ている…軍人としてはナンセンスでしょうが…動かずにはいられません…!」

 

 其の言葉を残して青年は己の愛機に向かおうとする。たった一機でも友軍の支援に向かう為に、例え其れが軍人としての在り方に反していたとしても。

 

「生憎だが、貴様の機体は動かせんぞ」

 

「…どういう事です?」

 

 そんな青年をスレッグが溜息を吐きながら呼び止める。

 

「貴様のことだ…そう言うと思って機体のシステムにロックを掛けさせて貰った。貴様の機体は動かせん」

 

「…くっ…」

 

「貴様の言うことは正しい。苦境にある味方を見捨てるなんてのは最低のやり口だ。だが、其れでも俺達は軍人なんだ。上からの命令には従わなけりゃならん」

 

「…貴方は…姑息な人だ…」

 

「ふん、上に立つには…正しいだけじゃいられんさ。気に入らんなら…そうだな、自分の立ち位置でも変えてみたらどうだ?グラハムよ…」

 

 それだけを言い残して廊下を歩いて去っていくスレッグの背中を見届けながら、青年――グラハム・エーカーは拳を強く握りしめる。

 

「日本帝國、ティターンズ…君達なら大丈夫だと思うが敢えて言おう…武運を祈る」

 

 一人呟いた其の言葉は誰にも聞かれぬままに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方其の頃、戦場で戦う第一小隊、第二小隊の元にもガディから通信が届いていた。

 

「斯衛軍と共同戦線?」

 

≪そうだ。民間人の避難は完了し、皇帝や政威大将軍を始めとする帝國軍の首脳陣も撤退を始めた。第一小隊と第二小隊は其の殿を務める斯衛軍と共同戦線を張り、帝國軍の撤退を支援しろ。第三小隊と氷室少佐は其のまま友軍として各地で取り残されている部隊の支援に動く≫

 

「成程、つまり斯衛軍を援護して少しでも損害を少なく殿達も撤退させろって事か」

 

「良いんじゃねえか?解りやすくて」

 

「油断はできませんね」

 

 ユウヤの言葉にエドワードが笑みを浮かべ、アンドレイは気を引き締める。そんなやる気満々の隊員達にウルフも笑みを浮かべてヤザン達第一小隊に通信を入れる。

 

「おい、ヤザン!聞こえたか!?」

 

「聞こえてるよ!俺達で斯衛軍のお守りをしろって話だろう?うちの連中もやる気満々だ!」

 

 ウルフの問いかけにヤザンは威勢良く返事をし、他の第一小隊の面々を見る。三人共通信越しでも解るほどにやる気に満ちていた。

 

≪…其れともう一つ…アメリカ軍は日本帝國との安保条約を破棄し、在日アメリカ軍は撤退の準備に入った≫

 

「はあ!?撤退!この忙しい時に何してんだ!アメリカ軍はそんなに被害を受けたのか!?」

 

 続けてガディから告げられたアメリカ軍による安保条約破棄と其れに伴う在日アメリカ軍撤退の報を受けて真っ先にジェリドが声を荒げる。

 

「落ち着けよジェリド。だが、アメリカ軍はそんなに被害は受けてねえ。俺らも幾らか援護したが、少なくとも軍全体を退かなきゃならない程の損害はない筈だ」

 

「つまりまた政治的なものが絡んでいると…そう言うわけですね、艦長?」

 

 激昂するジェリドをカクリコンが宥めて、マウアーはアメリカ軍が撤退する理由をなんとなくだが察する。

 

≪其の通りだ。アメリカ軍は再三日本帝國に核弾頭の使用によるBETAの殲滅を打診していたが…帝國軍はこれを拒否した為に被害を抑える為に撤退するとのことだ≫

 

「核弾頭…!?いくら何でも…BETAを殲滅出来たとしても…其れでは日本列島に人が住めなくなる危険性が高い…最悪カナダの二の舞になります」

 

「なんだそりゃ!アメリカは正気かよ!」

 

 ガディの言葉を聞いてアンドレイが驚愕しながらも分析し、ジェリドは更に激昂する。

 

「はん…!アメリカの上層部はな、他国のことなんざ利用価値があるかどうかしか考えてねえんだよ。BETAへの盾に使えるから支援はするが、従わないんなら切り捨てる。其れがアイツ等のやり方だ」

 

「どうせ、今回の核弾頭使用ってのも黙って帝國滅ぼされてハイヴ造られるくらいなら日本を生贄にBETA殲滅しようとか思ってんだよ」

 

 激昂するジェリド達とは裏腹に長年アメリカの正規部隊で戦ってきたヤザンとウルフは冷静に言い放つ。彼等自身、そんな考え方の上官を持った経験があった為にアメリカ上層部に蔓延する白人至上主義には辟易としていた。

 

「其れが…アメリカ上層部のやり方って訳ですか…」

 

 冷静なユウヤも流石に其の表情を怒りに染めている。現在、此の場にいる全員の中にはアメリカ上層部に対する強い不信感が渦巻いていた。

 

「とにかく、俺達は此れから日本帝國の援護に向かうぞ!各機、遅れるなよ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 ウルフの言葉を受けて全員の操縦桿を握る手に更に力がこもる。そして八機のMSは京都で最後の撤退戦を開始しようとしている日本帝國斯衛軍の元へと急いでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其の頃、帝都京都では殿を任せられた斯衛第十六大隊が集結しBETAとの会敵の時を待っていた。

 

「閣下、部隊はいつでも戦闘を始める準備が出来ております」

 

「そうか、御苦労」

 

 真耶の搭乗する紅い瑞鶴が指揮官機である青い瑞鶴に搭乗する五摂家の一人、斑鳩(いかるが)崇継(たかつぐ)中佐に声を掛ける。真耶に対して短く返事をすると、今度は別の場所から崇継の元に通信が入る。通信先は撤退を開始しようとするアメリカ軍からだった。

 

「此方、斯衛第十六大隊指揮官・斑鳩中佐だ」

 

≪此方アメリカ艦隊指揮官のジョン・コーウェン中将だ。イカルガ中佐、我等は此れより命令により撤退を開始する≫

 

「…了解しました、此処までの支援は感謝します」

 

 崇継自身、今回のアメリカ軍の一方的な安保条約の破棄と軍の撤退に思う所がない訳ではない。いや、寧ろ其れを命じたアメリカの上層部に強い怒りと失望を抱いている。

 

≪…次の援護が最後になる。可能な限りの武器弾薬を送る、使ってくれ≫

 

 其の言葉を証明するかのように艦隊所属の戦術機が武器を届けに来る。急ピッチで行っているのでアメリカ軍の戦術機が帝國軍の戦術機に突撃砲を始めとする武器を手渡す。日本帝國の戦術機は所持している突撃砲をマウントしてアメリカ軍から届けられた突撃砲を受け取った。

 

「助かりますが…宜しいのですか?我々を援護して」

 

≪上層部からは撤退は命じられたが、援護するなとは命じられては居りませんので…衛士の中には貴官等の助けになろうと飛び出して行こうとした者も居ましたがな。言い訳になりますが、アメリカ軍の全てが今回の命令に納得している訳ではないことはどうか…解っていただきたい≫

 

 沈痛な面持ちのコーウェンに崇継は笑みを零す。其れは心からの感謝の笑みだった。

 

「承知しています。軍人として、祖国の命令に逆らう訳には行かないのは必然…援護、感謝いたします」

 

≪うむ…では…≫

 

 崇継の言葉を受け取り、コーウェンとの通信が切れる。

 

「閣下…」

 

「…儘ならんものだな、月詠…我々も、アメリカ軍も…」

 

「は…」

 

 日本帝國はティターンズの協力を拒み、台風の影響もあって被害は甚大。アメリカ軍も現場の将兵が望まないにも関わらず上層部からの命令で撤退しなければならない。両国ともに、思うようにいかない現状に崇継は溜息を漏らす。

 

「そう言えば…学徒兵はティターンズに救出されたそうだな?」

 

「はい、嵐山補給基地の部隊は奇跡的に一人の死者も出ず…他の場所でも氷室少佐の助力で学徒兵も撤退が完了しています」

 

 元々、日本帝國上層部は前線に出ていた学徒兵を見捨てて撤退するつもりだった。其れに内心で反発していた崇継は秘密裏に救助の部隊を出そうとしていたのだが…其の前にティターンズが学徒兵の元に救援に向かい、彼女達の撤退を援護したことで其の必要もなくなっていた。

 

「そうか…彼等には頭が上がらんな…一度助力を拒んだ我等に力を貸してくれるとは…其れでも頭の固い者達は彼等を好かんのだろうがな」

 

「閣下…」

 

「氷室少佐か…一度、顔を合わせてみたいものだ」

 

 以前、写真で見ただけの若いティターンズの指揮官の顔を思い浮かべて笑みを浮かべる崇継。そんな彼の元に再び通信が入る。今度はティターンズ第二小隊、ウルフからだった。

 

「此方、ティターンズ第二小隊のウルフ・エニアクル中尉です。此方の部隊の指揮官は何方で?」

 

 噂をすればなんとやら、ティターンズから入った通信に崇継は笑みを浮かべて答える。

 

「私が此の部隊の指揮官である斑鳩崇継中佐だ。高名な白い狼殿と会えるとは光栄だな」

 

「ははっ…日本帝國の指揮官にまで知られているとは此方こそ光栄ですよ。早速だが、俺達ティターンズ第一、第二小隊は此れより貴官等の援護に入ります」

 

「…そうか、心強い限りだ。アメリカ艦隊も最後の援護を約束してくれた。よろしく頼む」

 

 ウルフといくらかの言葉を交わして崇継は通信の切る。通信を切った崇継の目線の先にはユウヤの乗るGXの姿があった。

 

「ガンダム…ですか…」

 

 崇継が見ているものを察した真耶が声を掛けると、崇継は目線をGXから離さずに口を開く。

 

「うむ、見事なものだな…衛士としては一度乗ってみたいものだ」

 

「…同感です」

 

 崇継の言葉に真耶も同意を示す。ティターンズに対して全く思う所のない訳ではない彼女だが、其れでも圧倒的な性能を持つガンダムには一衛士として興味があるようだった。

 

「斯衛第十六大隊、聞こえるか?たった今、ティターンズが救援に来てくれた。例のガンダムも一緒だ。だが、彼等が居るからと油断するな。優れた友軍が居るからこそ、我等斯衛軍もまた奮起せねばならない。友軍の足手纏いになる等、其れは斯衛軍の恥でしかない。全機、我こそが皇帝陛下と政威大将軍殿下を護るのだという気概を示せ!」

 

「「「「はっ…!!」」」」

 

 崇継の檄に真耶を始め斯衛第十六大隊全員の瞳に闘志が宿る。そして、そんな中でCPからの通信が入る。

 

≪閣下、BETA接近!光線級の姿も確認できます!≫

 

「来たか…」

 

≪斑鳩中佐、我等帝國艦隊も艦砲射撃を仕掛ける。京都に艦砲を撃ち込むのは忍びないが…≫

 

「承知しています。帝國艦隊の苦渋の決断、痛み入ります」

 

≪うむ、後は頼む≫

 

 崇継達のいる場所にBETAが近付いてくる。同時に、琵琶湖に展開していた日本帝國の艦隊からも艦砲射撃による援護が入った。迫る砲弾を光線級も撃ち落とすが、全て撃ち落とすことは出来ずに確実に数を減らしていく。

 

「よぉし!俺達も出るぞ!!」

 

「遅れんなよヒヨッコ共!」

 

 艦砲射撃を抜けたBETAに対し、第一小隊、第二小隊も機体を動かして突撃する。

 

「閣下、頃合いにございます。御下知を」

 

 真耶に促されて、崇継も笑みを浮かべながら操縦桿を握り締めつつ斯衛軍全機に通信を送る。

 

「皆の者、此れが最後の攻勢ぞ。殿を預かる我が斯衛の戦い…此の千年の都に刻み付けて往けい!!」

 

「「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」」

 

 崇継の号令の下、斯衛第十六大隊は全機がBETAに向かって出撃する。

 

「光線級は俺達がやります!そっちは地上の敵を頼みますよ!」

 

「心得た!聞こえたな!光線級はティターンズが受け持ってくれる!心置きなく地上のBETAを撫で斬りにせよ!」

 

「「「「「はっ!!!!」」」」」

 

 崇継の言葉に即座に返事を返した斯衛第十六大隊は殿を任せられるだけあって流石に精鋭であった。光線級を気にしなくてよくなった分、跳躍ユニットを存分に活用して地上のBETAを撃破していく。

 

「ぐ…取りつかれたか…!?」

 

 時折、一体の戦車級が足に取りつかれる、だが其の時は…

 

「無闇に動くなよ!」

 

「すまない、感謝する!」

 

 上空から視野を広く持ち、光線級を排除しているユウヤが同時に戦車級に取りつかれた友軍を其の射撃で戦車級のみを撃ち抜くという神業で次々に味方を救っていく。

 

「素晴らしい射撃の腕だな…」

 

「はい、あれ程の射撃の名手は帝國には居ません」

 

 崇継の称賛を受けているとは知らないユウヤは次々に上空から的確な射撃でBETAを撃ち抜いていく。

 

「はああああああ!!」

 

 ティターンズが光線級を排除し終わると彼等も地上の帝國軍に加勢して他のBETAの排除に加わる。ジェリドが地上すれすれを飛行して腰のビームサーベルを抜き、友軍の瑞鶴に接近するBETAを切り捨てると素早くビームライフルに持ち替えて射撃、同時に無誘導ミサイルポッドの同時発射で眼前のBETAを一掃する。爆風で吹き飛ばされ損傷の少ないBETAも居るが其れもすぐに上空からの一撃で止めを刺される。

 

「大人しく死んでろよ、化け物が」

 

「帝國軍!損傷した機体は下がって援護を!命を無駄にするな!」

 

 ジェリドの攻撃から運よく生き残ったBETAをカクリコンが打ち抜き、マウアーは損傷した帝國軍機の援護に徹する。

 

「くっ…しまった!」

 

 一機の瑞鶴が地面に流れ出たBETAの体液に足を滑らせて体勢を崩すと其の隙に戦車級が群がってくるが…

 

「あらよっと!」

 

「す、すまない!」

 

 エドワードが両手に持ったビームサーベルを駆使して戦車級に押し倒されていた瑞鶴を救い出す。

 

「良いってことよ。機体は動くかい?」

 

「あぁ、何とか!」

 

 エドワードの言葉に帝國軍衛士が頷くと機体を立ち上がらせる。片腕を失っていたが動くのに支障は無いらしく、其のまま他の友軍と連携して戦闘を継続していく。

 

「成程、流石は斯衛軍(インペリアルロイヤルガード)。他の部隊とは練度が違う」

 

 上空で地上の部隊を援護しているアンドレイは眼下で戦闘を繰り広げる帝國斯衛軍の姿に感心する。既に新型OSを使えており、此処に来るまでに救援した帝國軍とは明らかに違う強さを誇っていた。時折、BETAの攻撃で損傷する機体は要るが完全に圧倒されているわけではない。ティターンズも帝國斯衛軍の援護と同時に次々とBETAを葬っていく。

 

「はあ!」

 

 崇継の乗る瑞鶴が要撃級を斬り殺すと彼の機体を巨大な影が覆う。

 

「…!要塞級か!」

 

 見れば数体の要塞級が攻め込んできていた。目の前の難敵を倒すために崇継の機体が長刀を構えるが…其の前に純白の狼が要塞級に襲い掛かった。

 

「イイヤッホウウウウ!!」

 

 ウルフの乗るホワイトダガーがジェットストライカーの生む加速の勢いのままに二本のビームサーベルを引き抜くと擦れ違い様に要塞級の脚を全て両断して行く。当然、脚を失った要塞級の身体は音を立てて地面に落下する。さらに其処にヤザンの105ダガーがビームライフルと無反動ミサイルポッドの一斉掃射で要塞級の体内に居るBETAごと要塞級を抹殺する。

 

「…なんと言う腕だ…」

 

 崇継はウルフやヤザンの技量に感嘆する。ウルフの高速近接戦闘は下手をすれば要塞級の脚にぶつかって墜落しかねない代物だ。其れを平然と、しかも他の要塞級にも連続で行っているし、ヤザンはヤザンで他のBETAを殺しながらもウルフが切り裂いた要塞級を見落とすことなく仕留めていく。獲物を見逃さない其の姿はまさに狩人そのものだった。

 

「白い狼と青い狩人…異名通りだな…」

 

 崇継が二人の技量に感心していると崇継の元にCPから通信が入る。其の内容は日本帝國皇帝や政威大将軍を始めとした帝國首脳陣が安全圏まで離脱したとの報告だった。

 

「…よし、全機に通達!皇帝陛下や政威大将軍殿下の離脱が完了した!我等も此れより撤退戦に入る!」

 

「了解しました!」

 

 崇継の命令に真耶を始めとして大隊の隊員達からも了解の声が上がる。其れと同時にホワイトダガーが崇継の瑞鶴に通信を入れる。

 

「イカルガ中佐、そういう事なら此処は俺達に任せて先に撤退してくれ!」

 

「…!?しかし…」

 

 ウルフの申し出に崇継は逡巡する。

 

「(帝國軍は此処までティターンズに大いに助けられている…其の上、殿部隊の撤退支援まで彼等に任せるのは…)」

 

 そんな崇継の悩みを察したかのように今度はGXから通信が入る。

 

「イカルガ中佐の考えてることは何となく解ります。けど、此処は俺達に任せてくれた方が被害は出ません。お願いします」

 

「…了解した…帝国軍人として…此の恩は決して忘れない。全軍撤退だ!損傷している機体には手を貸せ!」

 

 ユウヤの言葉に崇継は渋々頷くとすぐに大隊各機への通信を送る。其の間にもティターンズは着実にBETAを迎撃して斯衛軍の撤退を支援していく。

 

「まったく…勝手に決めやがって。結局俺達が殿の殿かよ」

 

「問題あったか?」

 

 悪態をつくヤザンにウルフが苦笑いしながら通信を入れるが、一方のヤザンは言葉とは裏腹に獰猛な笑みを浮かべて嬉しそうにしていた。

 

「ねえな!ようやくお守りから解放されるってもんだ!ヌハハハハハハハ!!」

 

 もはや斯衛軍の安否を気遣う必要はない。其れだけでヤザンは歓喜に震えた。此れで心置きなく目の前の化け物共を血祭りに出来るという喜びを隠すことなく表している。

 

「全機!こっからは友軍を気にするこたねえ!BETAを血祭りにあげるぜ!ただし、後方には一匹も通すなよ!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

「斯衛軍の退避確認…ハモニカ砲で一気に数を減らします!」

 

「おう!存分にやっちまえ!」

 

 GXがハモニカ砲を構えると、次の瞬間に大量のビームが照射されて眼前のBETAの大多数を薙ぎ払う。そしてハモニカ砲の照射が止むと同時に、ティターンズはBETAを殲滅戦と突撃した。

 

 

 

 

 

 此の日、殿に参加した斯衛第十六大隊は多少戦術機に損傷はあったものの死者はゼロ。さらには重傷者もゼロと理想的な結果に終わった。勿論、此れはティターンズや撤退間際のアメリカ軍の援護があってのものではあるが…

 

 そして、こうしたティターンズの度重なる救援によりティターンズを嫌う城内省等とは対照的に前線の帝国軍人達や一部の帝國軍上層部の人間達からティターンズに対する嫌悪の感情は減っていくこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、第二十七話でした!では恒例の次回予告




次回予告



帝都での戦いの終結、だが彼等に安息は無い


次期政威大将軍との謁見、そして遂に訪れる邂逅の時


其の時、彼は、父は、妹は


次回 運命の邂逅


ユウヤは運命と対峙する




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第二十八話 運命の邂逅

年内に更新しようと思っていましたが色々とあって遅れてしまいました。

あと、前回のアメリカ軍の援護内容を艦砲射撃から武器の譲渡に変更しました。いろいろと自分で読み直して違和感もあったので。

あと、今回と次回…つまりユウヤ関連の話は賛否あるかもしれませんがこんな感じで進めますのでご容赦ください。


 

「日本帝國から?」

 

 帝都に於ける戦いから数日、日本帝国の首都は京都から東京へと移されていた。其の中でアークエンジェルは日本帝國軍白陵基地に停泊し、補給と休息を摂っていた。其処へ日本帝國から涼牙の元に会談の申し入れが来ていた。

 

「はい、会談を申し入れてきたのは五摂家の煌武院悠陽様。近々政威大将軍になられると言われている方です」

 

「…大物だな…」

 

 オペレーターのノエルが日本帝國から申し入れられた会談の内容を伝える。しかも相手は次期政威大将軍と目される煌武院悠陽、涼牙が驚くのも無理はなかった。

 

「彼方からは今回の件での事で正式に謝罪と感謝を伝えたいと…また、MSを始め機密に関することは一切聞かないとの申し出付きです」

 

「…そうか…其処までの大物からの申し出だ。其れに、上手くいけば日本帝國との友好関係も築けるか…」

 

 頭を掻いて涼牙はノエルに会談の申し出を受けると伝えると、彼女はすぐに其の場を離れて日本帝國に会談申し入れの返事を伝えに行く。

 

「さて、じゃあ行くか」

 

 一方の涼牙は服装を整えると同じようにティターンズの軍服に身を包んだ隊長補佐であるユウヤを伴って会談へと向かって歩き始める。

 

「しかし…其のコウブインユウヒってのは次期政威大将軍なんだろう?なんで東京じゃなくて白陵基地に居るんだ?」

 

「なんでも、今回の会談の為に無理に残ったらしい。俺達はBETAを警戒しなきゃならんから東京に行く訳にもいかんからな。つまり、次期政威大将軍殿下は俺達ティターンズとの会談にそれだけの価値があると考えてるってことだ」

 

 涼牙はユウヤと共にアークエンジェルの廊下を歩いていき、其の中でユウヤが感じた疑問に涼牙が答えていく。

 

「しかし、アメリカが安保条約破棄をしたのは正直驚いたけどな…」

 

「そうか?俺は連中が核を民間人や友軍の犠牲関係なく使おうとした時点でだいたい想像できてたけどな」

 

「え…そうなのか?」

 

 疑問符を浮かべるユウヤに対して、涼牙は首を縦に振って肯定する。

 

「大方、今頃――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼牙が自分の考えをユウヤに聞かせている其の頃、アメリカ合衆国では政府や軍の上層部が集まって会議を開いていた。議題は当然ながら今回の日本帝國侵攻のことである。

 

「やはり、帝國は核攻撃を容認しませんでしたか…」

 

「まったく、大人しく従ってくれていれば此方もやり易かったものを…」

 

「まぁ良いではないですか。核攻撃等は所詮実行できれば儲けものと言うだけの話です。少なくとも、今回の安保条約破棄で帝國内の反米感情は煽れた。ティターンズの介入は忌々しいが、想定の範囲内ではあります」

 

「しかし、今回もティターンズのMSは一機も堕とされず残りましたか…」

 

「上手くガンダムでも撃墜しされてくれれば何としても回収したのですがな」

 

「仕方あるまい。焦って仕損じた方が此方の被害も大きくなる。先ずは様子を見ることも肝心でしょう」

 

「其の通り、まずは今回の目標である日本帝國の反米感情は煽れた。一先ずは良しとしましょう」

 

「此の後も予定通りに?」

 

「ええ…日本帝國の反米感情を煽り、クーデターを起こさせる。そして其のクーデターを国連を通じて我等が派遣した部隊に鎮圧させる…戦時中に自国を纏め切れない日本帝國を我等の傀儡にすれば…第四計画も行えなくなるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってなこと考えてんだろうな」

 

 涼牙がユウヤに言って聞かせた予測は寸分違わずアメリカの上層部の思惑を見抜いてのものだった。

 

「其処までわかんのかよ…」

 

「まぁ、冷静に考えればな。先ず第一に、最初の核兵器の使用。一見、敵の殲滅を考えるなら戦略上は悪くないように見えるが…今回の核の使用は民間人の避難や友軍である日本帝國軍の撤退を許さず、彼等を犠牲にすることをアメリカ軍は命令していた。其の時点で、アメリカの思惑はだいたい察しがついた」

 

「…?どう言う事だ?」

 

「解りやすく言うと…民間人がBETAに殺されたら憎しみはBETAに向く。じゃあ、味方であるはずのアメリカが核攻撃で民間人を巻き添えにした上に日本帝國も其の犠牲を容認していたとしたら?」

 

 涼牙の言葉にユウヤは顎に手を当て、自分の思いついた言葉を口にする。

 

「アメリカと…帝國に恨みが行く?」

 

「そうだ。政府の連中は仕方ないと言う奴もいるかもしれないが、国民が…本来自分達を護る側である筈の国が民間人の巻き添えを容認した…しかも、爆風から助かっても放射能で二次被害のある核攻撃にによる攻撃を容認したなんてなったら…仮にBETAを撃退しても政府への不信感とアメリカへの反米感情は決定的なものになる。最善で政府の人間達の挿げ替え…最悪は内戦が起こる可能性すらある。ましてや、光州作戦の時もそうだが…帝國軍は総じて民間人を護ると言う意識が強い。民間人への犠牲を容認した政府への不信感による内戦はかなりの確率で起こるだろうな」

 

 話しながらアークエンジェルを降りた二人は軍用のジープに乗って出発すると会談場所となっている基地へと向かいだす。

 

「じゃあ…アメリカの核攻撃は…」

 

「あぁ、日本帝國内に政府への不信感と反米感情を植え付けて内戦を誘発する。其処に介入して内戦を治めて見せることで日本帝國を傀儡にすることだろうな。そして、内戦の際に邪魔になりそうな人物を消せれば一石二鳥…アメリカの傀儡になった日本帝國では…第四計画の実行は難しくなるだろう」

 

 第四計画――オルタネイティブ4と呼ばれる其の計画は日本人である香月夕呼の案が採用され、日本主導の元に行われている。BETAに対する諜報員育成計画である。

 

「まさか…アメリカが日本帝國を傀儡にしたいのは…」

 

「あぁ、戦時中でありながら内乱を許し…其れを自分達で解決できない国にオルタネイティブ計画を任せられない…そんなところだろう。そうして第四計画を中止に追い込んでアメリカ主導の第五計画を発動するつもりだ」

 

 第五計画――オルタネイティブ5は第四計画の予備案であり、其の概要は全人類から選抜した10万人を地球から脱出させた上で大量のG弾を用いてBETAを殲滅するという作戦。脱出した10万人は他星系に移住させるという事だが、それ自体は実質オマケでありアメリカの目的はBETAをG弾で殲滅することである。多くのハイヴやBETAがユーラシアに集中しており、アメリカに被害が出ないことを計算しての作戦である。

 

「BETAを殲滅した後は、国土が無事でG弾を保有するアメリカが戦後の世界を牛耳ろうって魂胆だろうな。だから連中は如何にか第五計画を発動させたいのさ」

 

「けど、もしも核の攻撃の影響が予想以上で日本列島全域がカナダみたいになったら?」

 

「それはそれで構わないんだろう。そうなれば、作戦の責任者である香月博士も無事じゃない。作戦責任者や主導する国がなくなった後で第五計画を発動すれば良い」

 

「どうなっても、アメリカにとっては悪くないって事か…」

 

「そうだ。だが、アメリカにとっては日本帝國が核の使用を許さないのは想定の範囲内だったんだろう。核の使用は理想だが、ダメなら次善策として命令不服従を理由に安保条約を破棄すれば核を使う程ではなくとも日本帝國の反米感情を煽ることは出来る。後は帝國内での工作次第だ。聞いた話じゃ、日本帝國内にもアメリカのシンパは相当数いるらしいからな」

 

 淡々と説明しながら、二人を乗せた車が基地の前に到着する。其処には壮年の男性が立っていた。

 

「ようこそ。私は基地内の案内を仰せつかった巌谷榮二中佐です」

 

「御出迎えありがとうございます、巌谷中佐。ティターンズ隊長の氷室涼牙少佐です。こっちは隊長補佐の…」

 

「ユウヤ・ブリッジス少尉です」

 

「では此方へ…」

 

 挨拶もそこそこに巌谷は涼牙とユウヤを連れて基地の中に入っていく。基地内の通路を歩いていると、巌谷が口を開く。

 

「つかぬことを聞くが、ブリッジス少尉の母親はもしやミラ・ブリッジス女史ではないかな?」

 

「…!?母を知っているのですか?」

 

 榮二の言葉にユウヤは眼を見開いて驚く。見ず知らずの男性の口から母の名が出た、其れも日本人から…

 

「私は昔、戦術機の研修でアメリカに行っていたことがあってね。其の時は親友共々彼女には十分御世話になった。そう、もう十数年前のことだったかな」

 

「っ…!?」

 

 其の言葉にユウヤは確信する。目の前の男性は自分の父のことを知っていると…そして其れは涼牙も察していたようだった。

 

「巌谷中佐は、ミラさんとは親しかったので?」

 

「ええ、友人(・・)として親しくさせていただいたよ。まぁ、私より親友の方が仲が良かったがね」

 

 涼牙の言葉にも巌谷は軽く振り返って笑って答える。だが、涼牙は気付いた。巌谷の眼は真剣だ。少なくとも思い出話をする眼ではなく、何か重大なことを伝えようとしている眼だ。

 

「もし良かったら此の後、君のお母様の思い出話でもどうかな?私としても旧友の息子と話したいと思っているのでね」

 

 巌谷の申し出にユウヤは逡巡する。此処で巌谷の申し出を受ければ父親の話を聞けるかもしれない。だが、今の自分はティターンズの隊長補佐として此処に来ている身だ。個人としては受けたいと思っていても、軍人としては話を受けるべきではないと考えて…そして涼牙に視線を向ける。

 

「良いんじゃないか?母親の旧友と話をするくらい。其れくらいの時間は取れるしな」

 

 だが、涼牙本人からの返答は簡単なものだった。彼は此の思い出話の申し出を二つ返事で受け入れたのだ。其のことにユウヤは一瞬驚いて、そしてすぐに苦笑いした。そう言えば涼牙はこう言う男なのだと思い出したのだ。身内に対して出来得る限りのことをしようとする。現在、最も注目されている部隊の部隊長でありながら実に軍人らしくない男だった。

 

「ありがとう。勿論、此れは私人としての申し出だからね。決して軍事的、政治的方面での詮索はしないと約束しよう」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 何処かホッとした様な表情の巌谷に対して涼牙は変わらず笑顔を向けている。そうして歩いていると基地の中にある応接室へと到着する。

 

「此の向こうに煌武院悠陽様が待っておられる。私は会談の間に部屋を準備させるとしよう」

 

「解りました。では後程…」

 

「うむ…巌谷です。ティターンズの氷室少佐とブリッジス少尉をお連れしました」

 

 巌谷が扉をノックしてから部屋の中に声を掛けると、すぐに中に入るようにと言う声が聞こえる。

 

「失礼致します」

 

 返事が来てから巌谷が扉を開けると、応接室の椅子に紫の髪をした美しくもまだあどけなさの残る少女と其の左右に特徴的な髪形の壮年の大柄な男性と緑色の髪の眼鏡をかけた女性が少女を何時でも護れるように座っていた。

 

「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、お掛けください」

 

「はっ…其れでは、失礼致します」

 

 涼牙とユウヤ、共に緊張の面持ちで対面の椅子に腰掛ける。

 

「私は此れで…」

 

「はい。御苦労でした、巌谷中佐」

 

 少女の労いの言葉に巌谷は深々と頭を下げると其のまま応接室を後にした。そして、改めて両者は応接室の机を挟んで相手を見据える。

 

「改めて…煌武院悠陽でございます」

 

「ティターンズ部隊長の氷室涼牙少佐です。此方は私の補佐の…」

 

「ユウヤ・ブリッジスです」

 

 少女――悠陽の挨拶に涼牙とユウヤも深々と頭を下げながら答える。

 

「(本当に此の子が…次の政威大将軍なのか?)」

 

 ユウヤは目の前のまだ幼さの残る少女が次の政威大将軍なのかと信じられないような様子であった。

 

「此度はティターンズの方々には深く御詫びと感謝を申し上げます。一度、救いの手を振り払ってしまった我々を救って頂いたこと…日本帝國の民に代わって、誠に感謝いたします」

 

「いえ、我々の立場の特異性は重々理解しているつもりです。結果、このような弊害が起こりえることも…」

 

 涼牙は余り気にしすぎないようにと伝えるつもりだったが、当の悠陽は首を横に振る。

 

「全ては我々日本帝國の不徳の致すところであります。日本帝國の民がティターンズの方々に救われるのは此れで二度目…一度目は光州作戦の折りに…そして此度で二度目…一度救われた恩があるにもかかわらず、貴方がたの申し出を断った挙句に此の体たらく…申し開きのしようがありませぬ」

 

 深々と頭を下げる悠陽と其れに倣って頭を下げる紅蓮と真耶の姿に涼牙は困ったようにユウヤと顔を見合わせる。そして、涼牙は溜息を吐くと口を開く。

 

「…承知いたしました。煌武院悠陽様の感謝と謝罪、有難く受けさせていただきます。そして、もし叶うならば今後は友好的な関係を築いていきたいものですね」

 

「はい、勿論です。まだ城内省を始めティターンズに否定的な意見を持つ者はいますが今回の一件で少なくとも軍部や政府はティターンズへの悪感情は減少しています。私に出来ることは多くありませんが、今後はティターンズの方々との友好に向けて全力を尽くさせていただきます」

 

 悠陽の返答に涼牙は満足そうに笑みを浮かべて頷く。

 

「今後は米国との安保条約破棄の影響もあってティターンズの方々に助力をいただくことも増えると思います…どうかよろしくお願い致します」

 

「いえ、前線国の支援は我々の任務ですので。日本帝國と友好的な関係を築ければ支援の方もし易くなります」

 

「しかし、此方の見通しも甘かったですな。よもや米国が此処まで強硬な手段を取るとは」

 

 悠陽の後ろに立つ紅蓮が口を開くと涼牙とユウヤも彼に対して視線を向ける。

 

「確かに…民間人や友軍を犠牲にしての核弾頭使用の指示に、其れが果たされないと見るや一方的な条約の破棄…いくら何でも手段が強引だな」

 

「其れだけアメリカの連中…正確には政府上層部の大半を占める第五計画派が第四計画を潰したがってるって事です」

 

 紅蓮の発言を受けて顎に手を当てて考えるユウヤに溜息を吐きながら涼牙が答える。

 

「其れもあるでしょうが、同時に第五計画派はティターンズの存在に焦っているのではないでしょうか?ハイマン大将がアメリカ上層部と不仲なのはすでに周知の事実。ティターンズの戦力が増強し、第四計画に協力し始めれば第五計画派にはかなり不利になります」

 

 其処に悠陽の背後に控えるもう一人、真耶が自らの考えを口にする。其れは実際のところ当たっていた。ジャミトフが第五計画に協力するなどありえないと確信している彼等は圧倒的戦力を持つティターンズが第四計画に協力することで第五計画が用無しになることを恐れているのだ。

 

「でしょうね。此方としてもアメリカの第五計画を実行させるわけにはいかないです。其の為にも日本主導の第四計画には頑張って欲しいですから、そう言う意味でもハイマン閣下は日本帝國と友好的な関係を保ちたいと考えています」

 

「其れは此方としても願ってもないことです。どうか、今後もよろしくお願い致します」

 

「いえ、此方こそ…」

 

 涼牙の言葉に悠陽は優しく微笑みながら頭を下げる。そして其れに応えて涼牙とユウヤも頭を下げて此の日の会談は終わりを迎える。

 

「では、我々は此れで」

 

「はい、本日はありがとうございました…最後に、氷室少佐に伺いたいことがあります」

 

「…なんでしょう?」

 

 なんとなく質問の意図を理解しながらも、涼牙は温和な態度を崩さずに聞き返す。そんな彼に対して悠陽は真っ直ぐに眼を見つめて口を開いた。

 

「氷室少佐は、何故米国に?何を願って戦っておられるのですか?」

 

 其の質問は多くの日本帝國の人間が抱く疑問であった。日本人でありながら、アメリカ人であるジャミトフやアズラエルに協力して国連の独立部隊に所属する理由。もしも其の力を日本帝國で発揮してくれればと思うだけに悠陽や、彼女の後ろに控える紅蓮と真耶も気になっていたことだった。

 

「人類と…何よりも此の地球を救う為です。其の為に国に縛られない考え方のできるジャミトフ閣下に協力を仰ぎました」

 

「地球を…」

 

 地球を救う――言われてみて悠陽は気付いた。日本帝國の人間達を始めとして、多くの国の人間達は祖国の為、人類の為と言って戦う者が多いが…地球の為と言って戦う者は少なくとも悠陽は見たことがなかった。そして、其れは紅蓮や真耶も同様である。

 

「人類は、今まで地球から多くのものを貰って繁栄してきました。其の代償として、地球を汚しながら…そして今、地球はBETAの影響でさらに荒廃してきています。だから、俺は地球を救いたい。此れまで人類(おれたち)を育んできた地球を元の青い星に戻したい」

 

 其れはかつての世界で多くの戦いを経験し、そして地球のことを考えて戦ってきた者達を間近で見てきたからこその言葉だった。

 

「しかし、BETAの侵攻を受けた地は草木も生えぬというが…?」

 

「其れこそ、人類と地球が生き残れば原因を究明して改善する可能性も残ります。ですが、人類や地球が滅べば其の可能性すらも失われる。其れに…此れはまだ完全に確定しているわけではありませんが…アズラエル財団の研究で第五計画によるG弾集中運用を行った場合のシミュレーションで、地球環境が改善不可能な程に悪化する可能性があると…そのような結論も出ています」

 

「…そう言う事ですか…其れでティターンズの方々は第五計画を阻もうと…しかしBETAに汚染された土地の改善…簡単にはいかなさそうですね」

 

「俺達に出来なければ、次の世代がやってくれます」

 

 真っ直ぐ悠陽達を見据える涼牙の瞳に、悠陽は笑顔を浮かべた。そして彼には自分達に見えていなかったもの――即ち人類と地球の未来が見えているのだと理解して、涼牙が日本帝國を選ばなかった理由に納得した。

 

「成程…引き留めて申し訳ありません、ありがとうございした。どうか、御武運を」

 

「はい、貴方がたも…」

 

 最後に改めて涼牙とユウヤが部屋を出る前に頭を下げて退室していく。そんな二人を見送って、悠陽は紅蓮と真耶の二人に向き直った。

 

「あの真っ直ぐな瞳…嘘は言っていないようですな。祖国を救う、人類を救うというのは聞いたことがありますが…地球を救うとは…なんとも大きな話です」

 

「…はい。私たちは少し視野が狭かったのかもしれませんね。祖国を、人類を…と言うだけで母なる此の地球を救うとは考えていませんでした。お恥ずかしい限りです」

 

「ですが、其れも彼等の戦力が現れてこそのものです。現行の戦力では地球はおろか人類を救うことも難しかったのが事実ですから」

 

 困ったような笑顔で少しだけ落ち込む悠陽に真耶は励まそうと声を掛ける。

 

「そうですね…彼等のお陰で希望は見えました。そして、同時に理解もできました。彼等が何故一つの国に所属することを良しとしないのか…何故各国に等しく手を差し伸べ続けるのか…」

 

 納得し、改めてティターンズとの友好関係構築を心に決める悠陽。現在、政威大将軍はお飾りの存在と言われてしまっているが…自分が政威大将軍になった際には其れを変えてみせると心に誓う。

 

「そう言えば、巌谷が言っておりましたな。此の後、氷室少佐やブリッジス少尉と思い出話をしたいので人払いをお願いしたいと…」

 

 ふと、紅蓮は此の会談が開始される前に巌谷から頼まれたことを思い出す。

 

 

―――どうか…何卒…お願い致します。事情を聴かず、聞き入れていただけませぬか

 

 

巌谷は涼牙達を迎える前に悠陽達に二人と思い出話をしたいので人払いをお願いしたいと、深く頭を下げて必死に頼み込んできたのである。真剣な面持ちで、何も聞かずに聞き入れて欲しいと…日本帝國の不利益になるようなことはしないと何度も頭を下げたのだ。

 

「あの巌谷があそこ迄必死に頼むとは…よほど其の思い出話は大事な話なのでしょう」

 

 其の光景を思い出して悠陽はクスッと困ったように笑う。其の姿に真耶は溜息を吐いた。

 

「しかし、本当に宜しかったのですか?巌谷中佐の頼み通り何も聞かずに受け入れて」

 

「巌谷があそこ迄必死になるのです。きっと、本当に大切で…大事な事なのでしょう。であれば、詮索するのは無粋と言うものです」

 

「ふむ…其処まで必死になる…そう言えばブリッジス少尉は確か日本人と米国人との…」

 

「其処までです、紅蓮…」

 

 以前、帝國が独自にティターンズ構成員を調べた時の情報を頭に思い浮かべる紅蓮。其の中で、ユウヤの情報には母親のことは書いてあったが父親は日本人と言うだけで誰なのかは不明のままだった。其のことを口に出そうとした瞬間に悠陽は彼を制止する。

 

「どの道、此れは我々が詮索してはならぬことです。其れに万が一、其の考えが正しくとも我々に出来ることは口を噤むことのみ。其れを政治に利用しようとすればたちどころにティターンズとの友好は断たれる危険があります」

 

「申し訳ありません…」

 

 悠陽の叱責に口を閉ざす紅蓮。悠陽はただ、巌谷との約束の為に人払いを命じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、此処で少し待っていてくれ」

 

 会談を終えた後、涼牙とユウヤは巌谷に連れられて別の部屋へと通されていた。部屋には向かい合わせで備え付けられたソファーと其の間に置かれた横長の机からして、来客用の部屋の一つなのだろう。其のソファーの片方に並んで座り、一度部屋から出た巌谷を待つ。

 

「…なぁ、リョウガ…良かったのか?此の話を受けて…」

 

「ん?巌谷中佐の言ってた思い出話のことか?構わないさ、こうでもしないとお前の親父さんの話は聞けないだろうからな」

 

 ユウヤの問いかけに涼牙は構わないと手を横に振って応える。涼牙自身も常にユウヤの父親について気になっていたので今回の思い出話はまさに渡りに船だった。

 

「…やっぱ…親父の話だよな…」

 

「だろうな…まぁ、さっき言ってたミラさんの友人ってのは本当みたいだったし…巌谷中佐が親父さんって線は無いだろうが、関わりがあるのは確かだろう」

 

 父親のことであると改めて考えてはユウヤの気持ちが沈む。ユウヤの脳裏には此れまでのことが思い浮かんでいた。

 

 

――――始めに抱いたのは憧れだった、母から父は日本と言う国の優しく勇敢な侍だと聞かされていたから

 

 

――――次に抱いたのは戸惑いだった、母と祖父が言い争う姿…自分と母を捨てたと言う祖父と違うと言う母…厳格な祖父の涙を見た時、本当のことが解らなくなってきた

 

 

――――戸惑いは憎しみに変わった、日本人の血を引いていることで受ける迫害と自分達を助けに来てくれない父に憎しみを抱き、其れは何時しか日本人全体への憎しみと嫌悪になった

 

 

――――其の憎しみは再び戸惑いになった、自分が想像していたのとは全く違う…飄々としているようで優しく厳しい日本人との同居生活が始まったからだ

 

 

――――憎しみの形は変わった、父への悪感情はあれど少なくとも日本人全体へのものではなくなっていた…共に暮らしている日本人…涼牙と接するうちに日本人も人それぞれなのだと改めて理解した

 

 

――――そして、今…胸に抱く感情を何と言っていいかは解らない…恐らく、父のことを知れるという僅かな喜びもあるし、其れを大きく上回る悪感情もある…でも、少なくとも此処で自分の過去にとって一つの決着がつくと…そう思う…だからとりあえず話を聞いて、其の後で一発ぶん殴ろうと思う

 

 

「…待たせてすまない」

 

 其処まで考えて、部屋に巌谷が戻ってくる。さらに巌谷に続いて、黒髪の壮年の男性と黒く短い髪を切り揃えた、まだまだ幼さの残る少女が入ってきた。三人は涼牙達の対面のソファーに座る。巌谷ともう一人の男性は覚悟を決めたような面持ちだが、対称的に少女は困惑の表情を隠せていなかった。恐らく少女は何故自分が此の場に呼ばれたのか理解できていないのだろう。

 

「アンタは…!」

 

「先程は、救援感謝する。ブリッジス少尉」

 

 男性の顔を見てユウヤは驚く。彼はティターンズが日本帝國に上陸したときにユウヤが最初に救援したあの部隊の指揮官――篁祐唯だった。

 

「…まさか…!」

 

 何故彼が此処に居るかを考えて、そして思い出した。戦闘中は意識を戦闘に集中させていたこと、さらにユウヤの家にある写真はユウヤが生まれる以前の…もう二十年近く前のもので随分歳を取っていたので咄嗟には気付かなかったが…確かにユウヤの家にある写真の人物だった。

 

「………」

 

 ユウヤの驚く表情を見ながら祐唯は真剣な表情で口を噤み、その娘であり先の戦闘でゼハートに救われた少女――篁唯依はただ困惑するばかりである。其の状況に巌谷は溜息を吐いて口を開いた。

 

「祐唯、唯依ちゃん。さっきも話したが、彼等がティターンズの前線指揮官である氷室涼牙少佐と其の補佐をしているユウヤ・ブリッジス少尉だ」

 

 まず、本格的な話の前に巌谷が祐唯と唯依に涼牙達を紹介する。其れに応えて涼牙は頭を下げ、少し遅れてユウヤも頭を下げた。

 

「氷室少佐、ブリッジス少尉…此処に居るのは俺の同僚で、親友の篁祐唯中佐と其の娘の篁唯依少尉だ」

 

 次の今度は祐唯と唯依の二人が紹介され、二人とも揃って頭を下げる。

 

「そして、此処からが本題だが…唯依ちゃん、何も説明せずに連れてきてしまってすまないね」

 

「あ、い…いえ…あの、私が此処に居ても良いのでしょうか?」

 

 優しく微笑む巌谷の謝罪に唯依は慌てて逆に自分が居て良いのかと言う疑問をぶつけるが、巌谷は首を縦に振って肯定する。

 

「勿論だ。今回のことは君にとっても他人事ではないからね。本来なら、君のお母さんも呼びたかったが…まぁ、其れは仕方ない」

 

 そう、巌谷としては祐唯の妻にして唯依の母である(たかむら)栴納(せんな)も呼びたいところではあるが…流石に軍属ではなく、既に東京へと避難している彼女を呼ぶことは出来なかった。

 

「(篁中佐の娘…ってことは…篁少尉は…)」

 

 困惑する唯依に声を掛ける巌谷を見ながら、ユウヤは目の前の祐唯が自分の考えている通りの人物ならば…唯依は…と其処まで思考していたところで巌谷が涼牙達に向き直る。

 

「唯依ちゃん、此れから言うことは他言無用だが…紛れもない真実だ。其のことを頭に置いて、聞いて欲しい」

 

「は、はい…!」

 

「氷室少佐、ブリッジス少尉もよろしいですか?」

 

「勿論です。話の内容は想像がつきますし、今回のことを言い触らす気はありません」

 

「…俺も…同じです…」

 

 巌谷の言葉に慌てて頷く唯依と冷静に返す涼牙、そして暗い表情のユウヤ。彼等は巌谷が紡ぐであろう言葉を待つ。

 

 そして…遂に――

 

「ブリッジス少尉…此処に居る篁祐唯こそ、君の母親――ミラ・ブリッジスのかつての恋人であり…そして、君の父親でもある男だ」

 

 

 

 

 

――――彼等は、運命と対峙する

 

 

 

 

 

 

 




以上、ニ十八話でした。遂にユウヤが父親と出会いました。結構独自設定で進めますので次回以降、否の意見もあると思いますがお手柔らかに願います。では次回予告




次回予告



男は女を愛し、女は男を愛した


例えそれが茨の道であろうとも


語られる過去は、遠く離れた父と母の物語


次回 過去の記憶


そしてユウヤは、真実を知る




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第二十九話 過去の記憶

大変お待たせいたしました。更新させていただきます。

今回、かなり難産でした。何度も書き直しましたが、うまく表現できているかわかりません。

また、賛否別れる内容かもしれません。というか、賛の方が居るといいなぁ…

では、どうぞ。感想の方もお待ちしています。


 

「…え…?お父様が…ブリッジス少尉の…?」

 

 巌谷の言葉に真っ先に反応したのは唯依だった。涼牙とユウヤはある程度予測していたが、そもそも此の場に何故呼ばれたのか分からなかった唯依にとってまるで予想していなかった言葉が出たのがただただ驚きだった。

 

「巌谷の叔父様、どういうことですか!?お父様が、ブリッジス少尉の父親と言うのは!」

 

 声を荒げて立ち上がる唯依に対して巌谷は真剣な面持ちで、祐唯は申し訳なさそうな沈痛な面持ちをしていた。

 

「(そりゃあ驚くか…自分の父親が…今日会ったばかりの日系アメリカ人の父親だなんて言われたら)」

 

 そんな唯依の姿にユウヤは心の中で同情する。なんせ、祐唯がユウヤの父親と言うことは唯依にとっても兄妹だと言うことになる。そんなことを急に言われて受け入れられる訳がない。彼女は何も知らなかったのだ。流石にユウヤも何も知らなかった妹に悪い感情など持つ筈が無い。

 

「其れに…その…ミラと言う方がお父様の恋人だった?では、お母様は…」

 

「落ち着いてくれ唯依ちゃん。此れから全てをキチンと話す。だから…頼む」

 

「…叔父様…」

 

 取り乱す唯依を巌谷が真っ直ぐ見つめて、話を聞いて欲しいと頭を下げる。其の姿に唯依は混乱しながらもソファーに座りなおす。

 

「すまない、唯依…いずれは話すつもりだった…お前に、兄弟が居ることを…すまない」

 

「お父様…」

 

 祐唯は此れまで黙っていた罪悪感からか、唯依に頭を下げて謝罪する。巌谷と祐唯、尊敬する二人に頭を下げられて唯依も如何にか表面上は冷静さを取り戻すが…やはり頭の中では混乱したままだった。

 

「まず先に言っておくが…唯依ちゃん、祐唯がミラ――ブリッジス女史と恋仲にあったのは君が産まれてくる…いや、祐唯と君のお母さんとの縁談が持ち込まれる以前の話だ。少なくとも、祐唯が結婚した後で不貞を働いたわけではないことは解ってくれ」

 

「…はい…」

 

 巌谷の言葉に唯依は絞り出すような声で返事をする。

 

「(不貞じゃない…其れは良かったけど…じゃあ、お父様はどうして恋人と…其の間に生まれたブリッジス少尉と離れて日本で…お母様と一緒になったの?まさか…)」

 

 父は米国で出来た恋人と其の子供を捨てたのではないか?――そう考えた瞬間に唯依の中で初めて父への嫌悪感が生まれる。国の壁と言うのは解る…だが、其れでも恋人と子供を捨てると言う行為を唯依は許容できない。真っ直ぐな気質で、優しい少女だからこそ許容できるはずもない。何よりそれは、武士としても人としても恥ずべき行為だ。そんな思考が頭の中を支配すると同時に、巌谷が口を開く。

 

「…ふぅ…唯依ちゃんが何を考えているかだいたい解るけどそれは違う。少なくとも、祐唯は二人を捨てた訳じゃない」

 

「…!?」

 

「ふふ…唯依ちゃんは解りやすいからね。氷室少佐もそう思うだろう?」

 

「くく…まぁ、確かに…そう言う子は好ましくはありますけどね」

 

「む…唯依ちゃんはやらないぞ?」

 

「御心配なく、既に他に心に決めた相手が居ますから」

 

「お、叔父様!?氷室少佐まで!」

 

 巌谷は唯依を諫めると同時に涼牙に話を振ると、涼牙も笑顔で返しては楽しそうに会話する。此の二人、どうやら相性は良いらしい。

 

「榮二…唯依をやらんと言うのは私の台詞のはずだが?」

 

「馬鹿、そんな暗い顔で言っても場が和まないだろう。タダでさえ愉快な話ではないんだ…馬鹿話をした方が逆に冷静になれることもある」

 

「…すまん」

 

 どうやら、先程のやり取りは悪いことを頭の中でぐるぐる考え出した唯依を多少なりとも和ませる為であったらしい。其れに気付いた涼牙も話に乗ったのだ。実際に唯依はまだ表情は暗いものの先程よりは冷静に話を聞く姿勢にはなっていた。

 

「さっき、篁中佐が…俺とお袋を捨てた訳じゃないって言ったのはどういうことだ?」

 

「ユウヤ…」

 

「俺達は…アメリカで…差別に遭ってきた…日本人の血が混ざった俺と…そんな俺を産んだお袋…そのせいでお袋は命が危ない時だってあったんだ…!俺達を捨てたんじゃないなら、なんでアンタは俺達の傍に居てくれなかったんだ…!」

 

 だが、冷静になった唯依と対照的に先程の巌谷の「捨てた訳ではない」と言う言葉にユウヤが反応する。脳裏には病に倒れたミラの姿が思い浮かぶ。病院に受け入れられず、涼牙が居なかったらと思うと…何度もユウヤはそう考えていた。だから、そんな時に傍に居てくれなかった父へと怒りをぶつける。

 

「…ブリッジス少尉…私には、ミラも君も見捨てるつもりはなかった…其れは本当だ…」

 

「っ…!?なら、なんで…!」

 

 祐唯の言葉にユウヤはさらに怒りで表情を歪ませてソファーから立ち上がる。

 

「落ち着け、ユウヤ」

 

「リョウガ…だが…」

 

「まだ、話の途中だ。まずは全部聞こう」

 

 そんなユウヤの肩に手を置いて、涼牙が穏やかに諭す。其れを聞いてユウヤも此れ以上の追及を止めてソファーに座り込む。すると今度は巌谷が口を開き、そして巌谷と祐唯、ミラの過去を話し始めた。

 

「俺と祐唯がミラと出会ったのは二十年以上前、日本帝國の曙計画の時だった」

 

 曙計画――1976年に日本帝國が帝國軍と民間企業合同で行われた戦術機開発及び運用技術研修プロジェクト。当時、世界的な戦術機供給不足解消の為にアメリカは同盟国に戦術機開発の奨励と各国技術研修チームの受け入れを開始したことに端を発する此の計画の研修チームの中に巌谷と祐唯は居た。

 

「当時、米国へ渡った俺達を待っていたスタッフの中に居たのがミラだった。正直あの時は驚いたよ。まさか、F-14の設計者に直接教えを乞うことが出来るとは…とね」

 

「え、F-14!?ブリッジス少尉の母上が!?」

 

「そう、ミラこそがF-14の設計者だったんだ」

 

 F-14トムキャット――1982年に配備された世界初の第二世代戦術機である。第一世代戦術機に不可能だった三次元機動を可能とし、配備当時は世界最強と称され現在でも戦術機に限れば有数の性能を誇る名機である。其の性能は『海軍に於ける戦術機の父』と呼ばれるラスコー・ヘレンカーター提督に「F-14の登場によって此れ迄の戦術機は一夜にして旧式になった」と称された程である。

 

「ただ…まぁ、其の点は有り難かったんだがね…」

 

「何か問題でも?」

 

 渋い顔になる巌谷に涼牙が疑問をぶつけると彼は苦笑いしながら答える。

 

「当時のミラは大の日本嫌いでね…日本人への差別感情も強かったんだよ」

 

「え…お袋が?」

 

 巌谷の言葉にユウヤは耳を疑った。ユウヤは日本人である父を――ひいては日本人にも好意的感情を持っていた母の姿しか知らない為に日本人に差別的な母など想像もできなかった。

 

「いや、よくよく考えれば不思議な事でもないだろう?」

 

 だが、困惑するユウヤをよそに涼牙は成程と一人で納得していた。

 

「ミラさんの親父さん…つまりユウヤの祖父さんは相当の日本人嫌いだったんだろ?それに加えてあの差別意識の高い土地で育てばミラさんもそうなるのが普通だ。寧ろそんな所で子供の頃から育って親日家にはならないだろう」

 

「そう言えば…そうだな…」

 

 涼牙の説明にユウヤは納得し、巌谷もそれを肯定するように頷く。

 

「ミラは其れまでほとんど日本人と関わったことは無くてな。まぁ、彼女は米国の名家ブリッジス家の一人娘だったから余計かもしれん。そうして、日本人嫌いのミラと…良くも悪くも真っ直ぐな此の祐唯が真っ向から衝突してな。そりゃあもう顔を合わせれば言い争いはするわギスギスした空気を生むわで大変だった」

 

「…すまん…」

 

「其れは…母が御迷惑を…」

 

 昔のことを懐かしそうに笑顔で語る巌谷に祐唯がと、ついついユウヤが申し訳なさそうに頭を下げてしまう。実際、当時日本人嫌いだったミラと真っ直ぐで日本人であることを誇りに思っていた若い祐唯は幾度も衝突した。そんな中で双方の考えに一応の理解を示していた巌谷は両者の仲裁を何度も行っており、胃に穴が開きかけたという。

 

「ははは、まぁ其れも今となっては良い思い出だよ。だが、そんな我等の関係にも時期に変化が起き始めた。何度も衝突し、長く行動を共にする内にミラは真っ直ぐで真面目な祐唯と接することで日本人への考えを改め始めたんだ。そして、態度が軟化し始めたミラに対して祐唯も次第に気を許していった。其れから二人が異性として惹かれ合うのにそう時間は掛からなかったよ」

 

 しみじみと巌谷は其の時のことを思い出す。二人から交際を始めたと報告を受けた時は自分のことのように喜んだものだった。

 

「まさか、堅物だった祐唯から恋愛相談をされる日が来るとは思っても居なかったよ。だが…」

 

 しばらく微笑ましい思い出を語っていた巌谷だったが、途中で真剣な面持ちに変わる。

 

「あの日、祐唯とミラが交際を報告に来た時に俺は言ったんだ」

 

 そう語る巌谷の脳裏には未だに鮮明に当時、祐唯達に言った言葉が蘇る。

 

 

――――交際は目出度いことだ。友人として心から祝福する

 

 

――――だが、お前達二人には公に結ばれる為の壁が多いのも事実だ

 

 

――――良いか?正式に結婚するまでは清い交際を保ち、くれぐれも一線は超えるなよ?

 

 

 そう語って、巌谷が唯依に眼を向けるとまるで茹蛸のように赤くなっていた。どうやら彼女にはまだ一線を超えるだのと言った単語は刺激が強すぎたらしい。唯依の反応に笑みを浮かべた巌谷は、次いで額に青筋が浮かぶ。

 

「そう俺は二人に言い聞かせた。如何にか二人が公に結婚できるように力を尽くすから其れまでは…とな」

 

「ちなみに、巌谷中佐はどのような方法で二人を結婚させようと?」

 

 青筋を浮かべて震えていた巌谷だが、涼牙の質問に対して息を深く吐いて心を落ち着かせると其の方法を語り始める。

 

「…二人がそれぞれ名家の出なのは知っての通りだ。祐唯は日本帝國の譜代武家の当主、ミラは米国有数の名家ブリッジス家の一人娘…他国の名家同士の恋愛が実ることはそうは無い。もし、何方か一方が一般家庭の出ならばもう少し変わっただろうが…名家同士では本人達の感情だけでは話は進まん」

 

「最悪の場合、スキャンダルになって国際問題ですか…」

 

「そうだ、かと言って駆け落ちなども論外だ。日本や米国では探し出される可能性が高く、当時から既にユーラシアの多くはBETAの手に落ちていた状況ではユーラシアの諸国は危険すぎる。オーストラリアなどの候補もあるが、どれも不確定要素が余りに多すぎた」

 

 巌谷は語る。名家同士の人間の駆け落ちともなればそれぞれの名家に関わりのある人間達はこぞって二人を探すだろう。そうなればまず日本とアメリカに二人の居場所はない。かと言って他の国に行こうにもBETAの危険性がある上に出国前に発見されて掴まる可能性も大きい。名家とはえてして様々なコネクションを持つ為に駆け落ちで其れを回避するのは不可能だった。

 

「だから俺は考えた。純粋な恋愛結婚が無理ならば、二人の結婚に政治的な価値を付ければ良いのではないかと。つまりは政略結婚の体を装うわけだ」

 

「なるほど…上手く二人が結婚することで両国が利益を得る形にすると?」

 

「其の通り…当時の日本帝國はまだ戦術機の技術に疎く、米国と同盟を強固にすることでより多くの技術を学べるという利益があり、米国はユーラシアからのBETA侵攻に際して防波堤となる日本帝國との関係を強化することが出来る。少なくとも当時、同盟強化は双方の国に確かな利益があった。そして、其の同盟強化の一環として日本帝國と米国…双方の名家の子息を婚姻させる。その際に日本帝國では祐唯が、米国でミラが名乗り出る。勿論、相手とは単なる顔見知りでしかないと装って貰ってな」

 

 当時、まだ日本主導の第四計画は存在すらしておらずアメリカが日本との同盟を切るメリットは少なかった。寧ろ、ユーラシアからの防波堤となる国と友好関係を強固にしておけばより壁として機能するという打算はアメリカ上層部にも生まれていたことだろう。一方で日本帝國も同盟強化による戦術機技術の向上を目指せる可能性もあり、此の巌谷の提案は実現する可能性はあった。

 

「無論、上手く行かない可能性も十分にあった。だが、私は祐唯の親友として…そしてミラの友人として二人の為に出来る限りのことはしようと決めていた…の…だが…」

 

 其処まで語って、再び巌谷の額に青筋が浮かび上がる。しかも今度は二つだ。今にも血管が切れそうである。

 

「…二人の交際発覚から半年以上経った後のことだ…我々の研修期間も僅かになり、帝國に戻れば二人の結婚の為に動こうとしていた矢先に…突然ミラが我々の前から姿を消したのだ」

 

「…!?お袋が…?」

 

 巌谷の言葉にユウヤは言葉を失う。何故母が姿を消したのか…其の理由が見えてこない。其れは唯依にも同様のようだが、涼牙は其の理由に見当がついていた。

 

「成程…其の時既に、ユウヤがお腹の中に居たって訳か…」

 

「「…!!??」」

 

 涼牙が呟いた言葉にユウヤと唯依の二人が同じような表情で反応する。其の姿に涼牙は思わず吹き出しそうになってしまう。なんせ二人の顔がそっくりなのだ。腹違いとはいえ、やはり兄妹なのだと妙に納得してしまう。

 

「…恐らくは…な…思えば兆候はあったのだ。ミラが時折青い顔でトイレに駆け込むのを見かけたこともあった。だが、二人が忠告を守ってくれていると思っていた当時の俺はミラが単に体調を崩しているとしか感じなかった。其の後、祐唯にミラが失踪する理由に心当たりがないかを話し合って…もしやと思って問い詰めたら…」

 

「…一線を超えていた…と…」

 

 巌谷の言葉に続いて涼牙が呟いた瞬間に全員の非難の意味を込めた視線が祐唯に注がれ、祐唯は弁解の言葉なく申し訳なさそうに項垂れる。まぁ、端的に言うと当時の若かった祐唯はミラと二人で過ごすときに見せる彼女の愛らしい姿に我慢できなかったのだ。

 

「…いやぁ、俺はあの時初めて親友を渾身の力でぶん殴ったよ」

 

 笑顔で語る巌谷だが、額には青筋が浮かんでいる。どうやら思い出しても怒りが込み上げる出来事の様だ。其れでも祐唯の親友を続けているあたりは器がデカいというかなんというか。

 

「巌谷に殴られたときは頭をしたたかぶつけて脳震盪で気絶したな…」

 

 当時を思い出しつつも親友との約束を破ったことに罪悪感は感じているのか祐唯はひたすらに申し訳なさそうにしている。

 

「…お父様にだらしないところがあるのは理解しましたが…ブリッジス少尉のお母様は何故失踪を?」

 

 微妙に父親に失望の眼差しを向ける唯依の辛辣な言葉にショックを受ける祐唯。だが、そんなことはお構いなしに唯依は思った疑問を口にする。

 

「まぁ、十中八九政治利用されない為だな」

 

「政治利用?」

 

 涼牙の言葉にユウヤと唯依が反応し、巌谷は其れを頷いて肯定する。

 

「恐らくな…ミラはブリッジス少尉を妊娠し、気付いたのだ。其のまま出産すれば祐唯に迷惑がかかること、生まれてきた子供が政治に利用されることを。だから我々の前から姿を消して、ブリッジス少尉の父親が明確に誰なのか解らないようにしたのだろう」

 

「成程、篁家もブリッジス家も両国で有数の名家だ。其の当主と一人娘が婚姻も結んでいない内に出来た子供…利用価値は高いだろうな。反米派はこぞってミラさんを篁家の当主を誑かした悪女、反日派はブリッジス家の子女を強姦した鬼畜とでも喧伝するだろう。そしてその影響は間違いなく外交にも出てくる。ミラさんは其れを懸念して姿を消したってところか…」

 

 巌谷の説明に涼牙が納得したように頷きながらミラが姿を消した理由を考察する。其の考察は正しく、ミラは愛する人との子供であるユウヤが政治に利用されることを恐れていたのだ。

 

「…お袋…」

 

 一方、姿を消したのは祐唯ではなくミラであったと言う真実を聞いてユウヤは呆然としていた。だが、其れも自分が政治に利用されない為と聞いてはミラに対して複雑な感情が募る。

 

「あの…お父様はブリッジス少尉のお母様を探そうとはしなかったのですか?」

 

 困惑しているユウヤを見ながら、唯依が気になったことを口にする。

 

「いや、当然だが俺や巌谷もミラの行方を捜したよ。日本帝國に戻ってからも…だが、見つからなかった」

 

「恐らく、ミラの父親が手を回していたのだろうね。ブリッジス家の力ならばミラの行方を隠すことは十分できる」

 

 唯依の疑問に祐唯、巌谷の順番で答える。そう、当然ながら二人も手を尽くしてミラの行方は探していた。だが、結局当時の二人はミラを見つけ出すことは出来なかった。

 

「結局、俺達はミラの捜索を断念せざるを得なかった。長期の捜索は帝國や米国にミラと子供の存在を知られる危険性があったからな…そして、捜索を断念して数年後に唯依…お前の母さんと婚姻を結ぶことになったんだ」

 

 そう語る祐唯の表情は悲痛そうなものだった。無論、唯依や今の妻である栴納を愛していないわけではない。栴納とは政略結婚でこそあったが、其れでも確かに愛情は持っているし娘である唯依には溺愛するほどに愛情を注いでいる。だが、だからと言ってかつての恋人であるミラと息子のユウヤに辛い思いをさせたという事実に後悔があることも事実だった。

 

「…お袋は…なんで…」

 

 父親が居なくなったのではなく、母の方が姿を消したという自分が一切知らされていなかった事実にユウヤは呆然とする。だが其の言葉に涼牙が答える。

 

「まぁ、万が一にも政府に知られる訳には行かなかったんだろ。真実を知る人間が少なければ少ない程、秘密ってのは漏れにくいからな。ミラさんだけじゃなく、お前の祖父さんもお前の為に色々と手を尽くしてたみたいだし」

 

「…祖父さんが?」

 

 涼牙の言葉にユウヤは疑問符を浮かべる。祖父が日本人を嫌っていたのは知っていた、直接的な暴力は受けたことはないが怒鳴られた事なら何度もあるし少なくとも可愛がって貰った思い出などなかった。其の祖父が娘であるミラだけでなく自分のことも気に掛けていたというのが信じられなかった。

 

「前にミラさんから聞いたんだよ、お前の祖父さんが色んな伝手でお前を政治に利用されないように手を回してたってな。例え嫌いな日本人の血が入っていても、大切な一人娘の産んだ子供なんだ。憎み切れなかったんだろう」

 

「祖父さん…」

 

 自分に優しさなど一切見せてくれなかった祖父がその実、自分を守るために動いてくれていたという事実にユウヤは胸が熱くなるのを感じた。そんなユウヤに対して、祐唯は席を立つと彼の目の前まで歩いて行って土下座をする。その行動に巌谷は冷静に、そして唯依は戸惑った様子で見つめている。

 

「…!アンタ…」

 

「…すまなかった…あの時、私は家を捨ててでも「おい…」…?」

 

 謝罪する祐唯の言葉を遮ってユウヤが立ち上がり、彼の胸倉を掴んで持ち上げる。そして其のまま祐唯を思い切り殴り飛ばした。

 

「ぐっ…!?」

 

「お父様!!」

 

 殴り飛ばされた祐唯に唯依がすぐに駆け寄る。一方で突然祐唯を殴ったユウヤの巌谷や涼牙も驚きを隠せずにいた。

 

「ブリッジス少尉!何を!?」

 

 ユウヤの行動に唯依が非難の眼差しを向けるが、ユウヤは意にも介さずに再び祐唯の胸倉を掴んで持ち上げる。

 

「アンタ、いったい何を謝る気だよ…!あの時、タカムラ家を捨ててでもお袋を探せばよかったとでも言う気か?ふざけんな!そんなこと謝られても、今更遅いんだよ!」

 

 激しい怒気を孕んだ目で祐唯を睨みつけるユウヤに対して彼は言葉を発せずにいる。そしてそんなユウヤを止めようと唯依が掴みかかろうとする。

 

「唯依ちゃん…」

 

「おじ様!?」

 

 しかし、其れを巌谷が制止した。今、このユウヤの行動を止めるべきではないと彼は察していて涼牙も其れに同感なのかユウヤがやり過ぎないように見ているだけだった。

 

「其れに…其れはアンタが家を捨てずに日本に帰ってきたのが間違いだったって認めることになる…解ってんのか?其れが間違いだって認めるってことは、タカムラ少尉が生まれてきたことが自分の間違いの結果だったって言ってるようなもんなんだぞ!」

 

「「「!!??」」」

 

 ユウヤの言葉に、祐唯も唯依も…そして巌谷や涼牙すらも驚きの表情を浮かべる。誰も考えていなかった、ユウヤは自分のことではなく…唯依が…初めて会った妹が生まれてきたことを間違いだったかのように言われたことに激怒しているのだ。

 

「確かに、アンタがやったことは正しくはねぇ…親友のイワヤ中佐の忠告を無視して、結果的に俺もお袋も苦労した。けどな、だからって…親が自分の子供が生まれてきたことを何があっても間違いだなんて言うな…!」

 

「っ…あ…すまない、唯依…」

 

 ユウヤの言葉を聞いて、感情のままの行動と言動が危うく愛娘まで傷つけてしまうところだったっと悟った祐唯は俯いたまま唯依に謝罪する。

 

「いえ…大丈夫です。お父様が私を大切にしてくれているのは、解っていますから…」

 

 祐唯の謝罪に唯依は微笑みながら返す。此れまでの生活で、父が自分に愛情を注いでくれていることは十分理解できている。だから、祐唯の謝罪を素直に受け止めることができた。

 

「…最後に聞かせろ。アンタは、確かにお袋を愛していたんだな?遊びなんかじゃなく、本気で将来を共にするくらい愛していたんだよな?」

 

 確認するように、ユウヤは落ち着いた声音で祐唯に語り掛ける。そんな彼に祐唯も顔を上げて、ユウヤを見上げながらハッキリと口にする。

 

「あぁ、私は確かにミラを愛している。どれだけ時が経とうと其れは変わらない。今の妻も、唯依のことも…そして其れと同じようにミラや、ブリッジス少尉。君のことも愛している」

 

 真っ直ぐ、ユウヤの眼を見つめてそう答える祐唯の姿に嘘はない。本心からの言葉で、其れをユウヤも感じたのかゆっくりと溜息を吐く。

 

「なら、良い…其れがアンタの本心なら、俺の恨みつらみはさっきの一発でチャラにしてやる。其れに、確かに苦労はしたけど…今は、産んでくれたことには感謝してる。お袋にも、アンタにもな」

 

「…そうか…」

 

 何処か照れ臭そうにしながら、ユウヤは祐唯に背を向けて涼牙の隣に戻る。其の姿に人知れず巌谷は微笑んでいた。

 

「(まったく…照れ臭そうにしているところはそっくりだな…)」

 

 自分の知る祐唯とユウヤの姿がダブって見える。本当に此の二人は親子なのだと再認識できた。唯依も祐唯と似ているが、ユウヤも祐唯に良く似ていると…巌谷は思う。

 

「(もっとも、ブリッジス少尉の方がしっかりしているようだがな)」

 

 先程の祐唯との問答や、唯依のことで激怒したところなどユウヤの方がしっかりしていると巌谷は苦笑いしてしまった。

 

「さて、そろそろ失礼するとしようか。明日もあることだしな」

 

「あぁ…そうだな」

 

 すでに時間は夜、翌日もBETAとの戦いが控えている以上はあまり長居するわけにもいかず涼牙とユウヤは席を立つ。

 

「では私が見送りをしよう。唯依ちゃんも、今日は驚いただろう…急に呼んで済まなかったね。だが、話しておいた方が良いと思ったんだ」

 

「いえ…私も、何も知らないよりはずっと良かったです。ありがとうございました。氷室少佐とブリッジス少尉も、今日は本当にありがとうございました…」

 

 やはり何処かまだ複雑そうな顔をしながらも唯依は頭を下げる。次いで巌谷はユウヤに殴られた場所を押さえている祐唯に向き直る。

 

「祐唯、もう少し唯依ちゃんと話しておけよ?」

 

「わかっている…見送りを頼むよ、榮二」

 

そして唯依と祐唯を残して巌谷は涼牙とユウヤを見送るために基地を出てアークエンジェルまで車で送り届け始めた。

 

「しかし…少し意外だったよ、ブリッジス少尉」

 

「ん…?何がですか?」

 

 車の運転をしながら巌谷はユウヤに向けて口を開く。その言葉にユウヤは首を傾げた。

 

「君が唯依ちゃんの為に怒ったことがさ。血が繋がった妹とはいえ、初めて会った唯依ちゃんの為に怒ってくれるとは思わなかった…」

 

 巌谷はユウヤが唯依の為に怒ったことに何処か嬉しそうな顔をしている。そんな巌谷に対してユウヤは若干照れ臭そうにしながらも言葉を紡ぐ。

 

「別に…俺はアイツのことは嫌いだけど…だからってタカムラ少尉まで嫌うつもりはないだけだよ。タカムラ少尉は何も悪くないし…それに…」

 

「それに…」

 

 一度ユウヤは口を閉じると、横に座る涼牙に視線を向ける。涼牙もユウヤが何を言うのかと興味津々で聞いていたので、ユウヤは観念して喋り始める。

 

「自分が辛い思いしたからって…何の罪もない異母妹が産まれてきたのを否定したら、自慢の親友や俺を救ってくれた兄貴に呆れられちまう」

 

「…兄貴?」

 

 ユウヤの言葉に巌谷は疑問符を浮かべる。ユウヤは一人っ子だった筈だと少し考えて、そして涼牙を見て納得した。

 

「初めて俺の友達になってくれた親友と、日本人全部恨んでて腐ってた俺を正してくれた、お袋の命を救ってくれた人に情けない奴だと笑われちまう。俺は恩人に顔向けできない生き方はしたくない」

 

 其れを聞いて隣に座っていた涼牙は驚いた表情を浮かべた後、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべてユウヤと肩を組む。

 

「…へぇ?お前、そんなこと思ってたんだ?へぇ~、俺が兄貴ねぇ」

 

 ニヤニヤと笑う涼牙に対してユウヤは再び反対方向に視線を向けて無言になる。そんな二人を見ては巌谷も微笑ましそうに笑っている。

 

「氷室少佐、良い弟を持ったな?」

 

「えぇ、こいつは俺の自慢の弟ですよ」

 

 自慢気に語る涼牙に対して、ユウヤはずっと無言だったが…其の表情は何処か嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの親子の会談からしばらくして、眠れなかった唯依は建物を出て夜風に当たっていた。あの後、唯依は祐唯から真剣な謝罪を受けて彼女自身も多少のわだかまりはあったものの受け入れた。そして今、唯依の脳裏はまさに先程の会談のことでいっぱいだった。

 

「(ブリッジス少尉が…私の…)」

 

 あの会談で知った真実…祐唯がアメリカでミラという女性と出会い、恋に落ちたこと。そして其のミラとの間にユウヤと言う子供が…唯依にとって腹違いの兄が居たこと。

 

「(お父様…)」

 

 今回の件で唯依は父である祐唯に多少なりとも失望を覚えていた。現地の女性と恋に落ちるのはともかくとして…親友である巌谷の忠告を効かずに一線を越えて結果的に子供が出来て、最終的に愛した女性と其の子供に苦労を背負わせてしまったこと。勿論、ミラの方にも責任はあるが此れ迄祐唯のことを軍人として…そして父としても尊敬していた唯依には父への感情の方が大きかった。まだ軍人として様々な功績を上げていることは尊敬しているが…父としては此れ迄と同じようには尊敬出来そうになかった。

 

「(其れに比べてブリッジス少尉は…)」

 

 次いで、ユウヤのことを思い出す。初めて会った兄は確かに父に似ている。後で巌谷に唯依自身にも似ていると言われて鏡を見てみれば確かに似ていた。そして、父の情けない過去を聞いた後だからか…最後に初めて会ったばかりの異母妹である唯依の為に怒った姿を見て立派な人だと感じた。嬉しくも感じたし、心の何処かでユウヤが兄であることを誇らしく思ってもいた。

 

「(しかし…)」

 

 一方で、其の兄にどう接していいか解らない。立派な人物だと感じた、兄であることを誇らしいとも思った。でも、一方で複雑な感情も抱いている。父がアメリカで愛していた女性の子供…兄と呼んで慕ってもいいのか…本心では両親の愛情を直に受けて育った自分を疎んでいるのではないのか…そんな思考が頭を支配する。

 

「…タカムラ少尉?」

 

「…っ!?ガレット中尉?」

 

 不意に掛けられた声に身体をびくりと震わせて反応する。顔を上げてみればフェンスの向こうには先日自分を助けてくれたゼハートの姿があり、其の奥には停泊しているアークエンジェルの姿もあった。どうやら思い悩んでいるうちにこんなところまで歩いてきてしまっていたらしい。

 

「タカムラ少尉、こんな時間にこんなところでどうかしたのか?」

 

「あ、いえ…少し眠れなくて…ガレット中尉は?」

 

「私も似たようなものだ…何か、思い悩んでいたようだが大丈夫か?」

 

「っ!?…いえ…」

 

 どうやら思い悩んで此処まで歩いてきたところを見られていたらしい。ゼハートの問いかけに唯依は一瞬息を飲むも、意を決して口を開く。

 

「…ガレット中尉、私には兄が居ます…私も今日知ったことですが…腹違いの兄が…」

 

「…そうか…君が…」

 

 誰かに聞いて欲しかったのかもしれない…そう思いながら唯依は名を明かすことはなく、腹違いの兄が居ることを語る。一方のゼハートも唯依の言葉だけで全てを悟った。目の前の少女が親友であるユウヤの異母妹なのだと。別にユウヤから名前まで聞いていたわけではない。だが、ユウヤから父親と異母妹に会ったという話は聞いた。そして、ユウヤはそのまま自室に戻っていったのだ。だから名前までは聞いていない。しかし、改めて見ると唯依はユウヤに似ていた。男女の違いはあるが、兄妹と言われれば納得できる。

 

「兄は…立派な人でした。父親のいない生活で苦しんだ筈なのに…父を嫌っている筈なのに…怒りに囚われず私を気遣ってくれて…恩人に誇れるように生きている人でした…」

 

「そうか…そうだろう…彼は、私の自慢の親友だからな」

 

「…!…ガレット中尉が…」

 

 自慢の親友――其の言葉に唯依はユウヤが言っていた「自慢の親友」がゼハートのことだと理解する。そして、彼女はそのまま言葉を続ける。

 

「私は…兄を尊敬しています…会ったばかりですけど…此の人が兄で誇らしいと思いました…けど…」

 

「…けど?」

 

「…あの人を…兄と…呼んで良いのか解りません…」

 

「どういう事だ?兄であって誇らしいのだろう?」

 

 ゼハートの問いかけに唯依は悲しげに俯く。そしてぽつぽつと言葉を紡ぎ始める。

 

「…だからこそ…です…あの人は理由はどうあれ、私の父のせいで苦しんできました…なのに…其の父の下で、両親の傍で育った私が…お母様と共に苦労を重ねたあの人を、兄と…兄様と呼んで良いのか…」

 

 唯依自身、ユウヤを立派な人物だと思っている。だからこそ、ユウヤが辛い思いをする原因であった父の下で安穏と暮らしていた自分が兄と呼んで良いのか解らなかった。

 

「…そう言うことか…まぁ、君の言いたいことは解った。だが、其れならば無用の心配というものだ」

 

「…え?…っ!?」

 

 予想外のゼハートの言葉に顔を上げる唯依、その瞬間思わず月明かりに照らされる中で微笑むゼハートの姿に見惚れてしまう。

 

「私の親友を舐めるなよ?確かにあの男は父への蟠りを完全に捨てることは出来んだろうが…其れでも唯一人の異母妹を拒絶するような小さな男ではない。君が兄と呼びたいのなら、そう呼べばいい」

 

「…っ…はい…」

 

 ゼハートの穏やかな言葉に思わず唯依は返事をしてしまう。思えば、唯依は誰かに言って欲しかったのかもしれない。自分はユウヤを兄と呼んで良いのだと。あの立派な男を兄と呼んで良いのだと。そして、そんな彼女の返事に満足げに笑いながらゼハートは唯依に背を向けた。

 

「明日、出撃前に此処に連れてくる。恐らくこの後は簡単には会えないだろう…君の言いたい言葉を掛けてやれ」

 

「…はい…!ありがとうございます、ガレット少尉…」

 

 心からの感謝の言葉を口にして唯依もまたゼハートに背を向けると、温かな気持ちのままその場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ユウヤは出撃までの僅かな時間の間にゼハートに連れ出されていた。目的地は勿論、昨夜ゼハートが唯依に会ったあの場所である。

 

「おい、ゼハート。こんな時間に何の用だよ?」

 

「すぐに済む、黙ってついてこい」

 

 有無を言わさぬゼハートに訝しみながらもユウヤは後を付いていく。そして目的地に到着すると、其処には強化装備を身に纏った唯依が居た。

 

「…タカムラ、少尉?」

 

 ユウヤの問いかけに唯依はびくっと身体を震わせるも、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。昨夜、ゼハートと別れた後に散々考えて此の場でユウヤのなんと伝えるかを決めてきたのだ。

 

「(落ち着くのよ、唯依…大丈夫…其れに、緊張して途中で噛んだりしたら恥ずかしすぎる…!)」

 

 何度か深呼吸をして自分を落ち着かせる唯依。そして彼女は言葉を口にしようとして…

 

「あにょ…!」

 

 …噛んだ。一言目に普通に噛んだ。噛むまいと心を落ち着けたはずなのによりによって一言目で噛んだ。其の事実に唯依の顔がまるで茹蛸のように赤くなる。

 

「ぷ…くく…」

 

「………」

 

 ユウヤは噛んだ事実よりも其のことを恥ずかしがっている唯依の姿に笑いを堪えている。ゼハートは目線を外して無言だが同じように笑いを堪えているのだろう、肩が震えていた。其の事実に唯依は更に羞恥で赤くなる。尊敬する兄と、気になる異性に笑われたらそうもなる。

 

「…申し訳ありません…お見苦しいところを…」

 

 顔を真っ赤にして唯依は謝罪する。そんな彼女の姿に笑みを浮かべながらも如何にかこみ上げていた笑いを押さえて二人は彼女に向き直る。

 

「…もう、しばらく会えないので…お伝えしないとと…兄様…!どうか、御武運を…!」

 

 しっかりとユウヤを兄様と呼ぶ唯依にユウヤはしばし呆気に取られて…そして優しく微笑んだ。

 

「あぁ…タカムラ少…じゃないな…ユイも…元気でな?」

 

「…!はいっ…!!」

 

 拒絶されず、名前で呼んで貰えたことに嬉しそうに笑う唯依。其処には確かに微笑ましい兄妹の姿があった。続いて唯依はゼハートの方を向いて頬を赤くして声をかける。

 

「あの…ゼハート様も…どうか御無事で…御武運をお祈りしています」

 

「…あぁ…君も元気でな?」

 

 別れの挨拶を済ませた唯依は顔を赤くしたまま基地へと戻っていく。

 

「ふふ…ユウヤ、可愛い妹が出来たじゃないか?」

 

「…煩い…お前こそ、ユイを泣かせるようなことするなよ?」

 

 ふと、最後の唯依のゼハートに対する態度を見て何かを悟ったのかユウヤはそんなことを言うがゼハートは解っていないようだった。

 

「…?どういう意味だ…?」

 

「…鈍感野郎…」

 

 将来、自分も他者からそう言われるとは露も思わず二人はアークエンジェルへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、二十九話でした。うまく描写できてたかどうか…とにかくユウヤの成長を描きたかった回でした。では次回予告



奮戦を続ける帝國軍とティターンズ


しかし、其れを嘲笑うかのように地獄が生み出される


人々の悲鳴の中で運命の二人が駆ける


次回、地獄の横浜


今、運命が変わる




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