保護した喰種はヤンデレでした (警察)
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1話

(まじで何やってんのぉおおおおおおおおおおおおお)

 

 俺の名前は青履勇。

知らない人はいないと思うが

喰種捜査官という職業に就いている。

喰種というのは人を喰う化け物と

一般的には理解されているが

人間と大して変わらない。

奴らも人間と同じ言葉を話すし

家族だってもっている。

 

あっ、クインケは尾赫を使ってます。

得意なスタイルは類まれな身体能力にあぐらをかいた一撃離脱のスピード型です。

 

 いや、違う。

何自己紹介なんかしてんだ。

落ち着け。

どうやら混乱状態にあるらしい。

この現実が発するやっちまった感が半端ない。

 一人暮らしのせいで部屋は、適当に脱ぎ捨てられた服

煙草の吸殻が詰まった空き缶

飲みっぱなしのアルコール飲料で散らかっていた。

男一人で暮らしている典型的なダメ人間の部屋だ。

普段から寄り付く人などいない。

 なのにあろうことか小さな女の子が存在した。

隅の方で三角座りでうずくまり目が死んでいる。

見た感じ12から14あたりの中学生あたりだろう。

この時点でアウトなんだがもっとヤバい事があって

この子が”喰種”だということだ。

 

 

 

 

もうおしまいだぁ

俺下手しなくても普通に職失うんじゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は部屋に女の子が存在するという犯罪者確定な現実より少し前まで遡る。

俺は上官と同僚とともにとある喰種を追っていた。

正確にはとある親子の喰種を誘き出すため、雨の中傘を手に待機していた。

20区に逃げたとの情報をもとに俺たちも20区に移動し

ありとあらゆる方法で調査。ようやく親子の手がかりを得たのだ。

 まずは父親の喰種を発見・殺害を行った。

鑑識の報告にはこの喰種は家庭を持っていた可能性が高いとの証拠があり

残りの家族目標の駆除を目的とした。

被疑者は限られた証拠では多数に渡ったのだが、

そこは英語名「Commission of Counter Ghoul」通称CCG 二十区支部喰種対策局の捜査能力の高さよって、720番/722番/721番/723番に絞り込むことに成功。

 中でも特段、目下有力視されていた723番が動きをみせた。

戦闘職ではない20区の喰種捜査官の中島さん’ズが尾行に成功。

 

被疑者は電車を使い5つ目の駅で下車

さらに移動しB地点へ移動、一度は見失いかけたが

資料C地点”石碑のようなもの”の前で再確認

十数分の滞在後徒歩での移動を開始

知人の車に乗り合わせ帰宅した模様

 

 との成果報告を行ったのだ。まぁ、亜門の野郎に叱咜されていたがな。

 

「車のナンバーは?」

「それと石碑は実際は”墓”では? 埋蔵品の中に696番(父親の喰種)の喰種との関連性が見出せれば723番は”クロ”と確定する。何故そこまでやらなかったんです?」

「貴方がたは墓を掘り起こす程度の”倫理”に囚われたのですか……?」

「”倫理”で”悪”は潰せません」

「我々は”正義”。我々こそが”倫理”です」

ってな。

 亜門は喰種によって生み出される悲劇を誰より憎んでいる。

それは親を喰われて局で保護されている子供のためであったり

俺たちの同期で殉職した女のためだったり。

 常に人のためを考えて休むことなく職務を行う

自分の事なんて一切顧みずに。

出来たやつであり同時に悲しいやつなのだ。

 

 

 まぁそんなこんなで、

亜門がまさかの墓を一人で掘り起こしに行くなどという

前代未聞の暴挙に躍り出たあげく

”696番”のマスクを発見する大金星で”723番”はクロ確定。

 

 ようやく喰種を殺せるねぇ……と自分のクインケにスリスリと頬ずりして興奮している上司と

 やるべきことをやったまでです。喰種捜査官として…

とドヤ顔で手柄を誇っている同僚に囲まれながら今現在出撃しているわけだ。

作戦は父親のマスクを囮にして目標を呼び出すという策だ。

 俺は反対した。

五感に優れる喰種の特徴をうまく踏まえているとしても

遺留品から発する父の匂いに誘われたところを殺すなんて間違っていると。

 顔も割れていることだし普通に出向き殺せばいいんじゃないかと。

何より喰種対策法・13条「”喰種”に対し必要以上の痛みを与えることを禁ずる」

 これは心の痛みにも適応されるのではないかと。

亜門には鼻で笑われ、真戸さんには目をギョロギョロさせながら説教された。

『駄目だろう?その間に罪のない一般市民が捕食されたらどうするんだい』

……確かにその通りだと思った。

人と喰種なら比べるまでもない。

 

 

 

現在地は東京、十字の交差点。作戦決行の場だ。

ここには5人の人間がいる。

戦闘を主とする俺、亜門、真戸上官の3人。

非戦闘員の中島さんと草場の2人。

戦闘員と非戦闘員を見分けるのは簡単で

科学者のような白服を着ているのが戦闘員。

着ていないのが非戦闘員だ。

一応、中島さんと草場もHG(ハンドガン)を装備しているが

喰種相手には効果がない。

だから役割は戦闘が始まったら周りの人たちを避難させることだ。

 

 戦術はこう。

亜門・真戸班は地上で戦闘要員として待機。

俺は4階建てのテナントビルの屋上で待機。

敵の応援がないかを監視、又不足の事態に備える。

中島・草場は真戸班の反対側で待機、挟み撃ちにする形だ。

 

 

 

 

雨の音に混じって、声が聞こえてくる。

足音とともに。

 

ーーーぉ……さん、、に……ぉぃ!! むか……にきて………!!

ーーーまちな……いっ!!

 

「真戸上官! 来ましたよ!!」

 

「そうか……ありがとう青履君。亜門君、構えなさい」

 

「はい!」

 

現れたのは2人の親子。

ほぼ喰種で確定……でいいだろう。子供はすごく幼いじゃないか……。

少しだけ気分が悪い。

母喰種は2人の白服を見て子供を背に庇い戦闘態勢に入る。

 

「いい雨ですなぁ。だがこれ以上強く降られるのは困る……。

あなたがたの断末魔が聞こえなくなるからなぁ」

 

中島さん達が退路を断つように移動しながらジリジリと距離を詰める。

母喰種は子供の肩に手を置き、微笑む。

まるで最後の別れかのように。

そして次の瞬間、決意に満ちた表情で白服を睨みつけ

自分と子供を包むように赫子を展開させる。

 

「ほぅ……あれは良いクインケになりそうだ」

 

「真戸さん、収集癖は後にしてください!」

 

母喰種の赫子が中島さんを襲う。

 

「中島さん!」

 

「ぐっ……! 大丈夫だ! 右腕を掠っただけ! かすり傷だ!」

 

中島さんが怯んだ一瞬のスキを突き子供は走り出す。

 

ーーーひなみ、逃げて

 

ーーーお母さん……

 

ーーー大丈夫、先に……に逃げてて。

お母さんもあとで行くから。

 

ーーー嫌…嫌っ!……お母さんといっしょがいいっ……

 

ーーー行きなさい!!!

 

ーーーぅ………ぅぅ

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

「親子愛のつもりか? 反吐がでる

青履君、君は追いたまえ!」

 

「はい」

 

屋上からテナント看板を足場に飛び降りる。

向かったのは大通りの方か。

距離は100m程。これならすぐに追いつける。

全速で追う。

ものの10秒で子供に並走し追い抜き、対面する。

 

「止まってくれ。お嬢ちゃん。

喰種対策法12条1項、赫眼および赫子の発生が確認された対象者を

第Ⅰ種特別警戒対象”喰種”と判別する……。一緒にいた女の人に赫子が確認された。お嬢ちゃんに関係者の疑いがかかっている」

 

「なんでっ! なんで私たちを狙うの!」

 

「ーー同条2項、喰種と判別された対象者に関してあらゆる法はその個人を保護しない。

無駄な抵抗をしなければ、いや。

もがいてくれても構わない」

 

「ひっ……! 私を………殺すの?」

 

「……」

 

「なんで……迷惑をかけないようっ! 生きなさいって……

私たち、人を殺したこともないのに……!」

 

「……っ」

 

大丈夫。

こんなケースは初めてではない。

何回も親子を殺したことはある。

今更だ。

大丈夫。

 だが……人を殺したことがないだと?私たち(・・)が?

アタッシュケースから片手剣のようなクインケを展開する。

赫眼や赫子が発見されていない以上、

威圧目的でしか使えないが、終わったと思った。

あとは真戸上官らと合流してこの子を捕獲する。

 

 

 

だが予想外なことが起きた。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「なっ!」

顔に眼帯をした一般人が殴りかかってきた。

慌てて頭を低くし避け、反射で鳩尾を突くように殴る。

 

「うごっ!!うぼぇぇぇぇぇ」

 

「誰だお前は! くっそ一般人が相手は喰種だぞ!!」

 

 たまにいるのだ、正義感のあふれる無知な一般人が

我々を犯罪者か何かと思って攻撃することが。

たまにが今回遭遇するなんてついてない!

殴られた高校生位の男は足にしがみついて離れない。

 

「くっ……許せよ! 少し痛いぞ!」

 

緊急措置的に足で倒れている男の顎を蹴る。

男は脳を揺らされ体の力が抜ける。

足を掴む手を振り払って拘束から抜けるも子供の姿はなかった。

見失ったか?

……いや。ギリギリ追えそうだ。

 

「すいません! だれかこの人に救急車と警察を呼んでください!

事情は後からやってくる白服の男に話しててもらえますか! お願いします!」

 

軽く手を携帯所持していた拘束テープで固定し

子供の跡を追う。

雑音に混じる小さな足音を頼りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺は気がついたら子供を気絶させ、家に運んでいた。

 

あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!

 

「おれは喰種の子供を追っていたと思ったらいつのまにか誘拐していた」

 

な…何を言っているのかわからねーと思うが 

 

おれも何をしたのかわからなかった…。

 

頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとか

 

そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

 

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

一日更新なんて命削っちゃう


 気絶したまま目を覚まさない女の子を家に残し、俺はすぐに現場へ戻った。先ほど戦闘の場となった十字路は人が集まっていた。野次馬は一目みようと黄色いテープぎりぎりまで近づきそれを警察が押しとどめている。 どうやら真戸上官達が殺ったようだ。近くにいる警官に話しかける。

 

「CCG20区の青履二等捜査官です。通してもらえますか」

「はっ! 真戸上等捜査官より話は伺っております。……おーいそこの人だかり! 道を開けてください!」

 

警官が人だかりに割って入り道を空けてくれた。お礼を言いながら規制線の中へと入る。

「ところで、大通りを少しいったところに一般人が転がってませんでしたか? 特例措置で手を縛って転がしておいたんですが」

「別の班の者がすでに回収済みです。現在、パトカーに乗せています」

「意識の方は?」

「回復しています」

「ありがとうございます。多分、悪質な輩ではないと思うので優しく対応してください。ワッパもいらないです」

「了解しました」

 

 中に入ると見慣れた惨状が広がっていた。

壁、地面とあたり一面に血液が飛び散り、血溜まりには一人の女性が沈んでいる。少し離れた所には切り落とされた首っ玉が転がっており、

その表情は泣きながら微笑んでいた。

それをチラと見たあと真戸上官のもとへ報告しに行く。

 

「やぁ青履君。どうだったね。捕まえたかい?」

「すみません。見失ってしまいました」

「ふむ。君が取り逃がすとなると相手はそうとう足が速いね」

「もしくは何らか組織が関与しているかもしれません。青履の足は並ではありません。あの子供が独力で逃げ果せるとは考えにくい」

 

(うっ!二人の信頼に胸が痛い……)

 

「じつは、その。一般人に殴り掛かられまして…………その隙に」

「なんだとっ! 喰種を取り逃がしたのか!?」

「まあ落ち着きたまえ、亜門君。こういう事はたまにあるものだ」

「すまん。亜門」

「い、いや。私の方こそすまん。熱くなりすぎた。……なら今からでも探しにいきましょう! そう遠くへは行っていない筈です!」

「いや、その必要はない。

すでに顔、身長、服装を把握している。見つかるの時間の問題だろう」

 

 

「それよりも……」

 

 真戸上官がパトカーの傍に行き、車体に手をのせる。

 

「この子へのお仕置きが先だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはCCG20区支部喰種対策局にある取調室の一室。机と椅子だけの殺風景な風景だ。窓には鉄格子があり、取り調べをうける人間はそちら側に座らされる。取調室は普通対面には警察官が座り、場合によっては他の二人三人がかりで取り調べが行われる。

だが今回は特殊なケースなので、俺と供述調書を記録する係、金木研(さっき聞いた)の三人しかいない。あの二人には先に帰ってもらった。

戦闘をこなしたのでお疲れでしょう後の事はやっときます、とは言ったものの実際は目の前の金木君を真戸上官から助けるためだ。真戸上官は一分一秒あったら現場におもむき喰種を殺し尽くしたい人で、それが尋問するとなったら……この子は生きては帰れまい。精神的に。それを避けるためにわざわざ面倒くさい尋問なんて引き受けたのだ。

あれ。そんな真戸上官と似たような生真面目亜門と同じ班に入れられてる俺って、厄介事押し付けられてね?…………ブラックすぎるよぉ。

 

「あ、あの。大丈夫ですか?」

「ん。何がかな?」

「泣いてらっしゃるみたいですけど……」

「ちょっと同僚と上司に引っ張られる俺の勤務時間について考えてしまってな」

「…………すいません。僕のせいでこんな残業までさせてしまい」

 

うん。

さっきから話してる感じできた子だな。ちゃんと敬語を使ってるし、専門家じゃないけど反省してるようにしか見えない。やっぱあの行動に含みはなさそうだな。

早めに帰してあげるか。

 

「幾つか聞くことがあるから正直に答えてほしい。と言っても緊張しなくていい。

ふざけてあれは故意です。なんて言わない限り君を帰してあげることになっているから。一つ目、なぜ俺に殴り掛かってきた?」

 

「……ちいさな女の子が悪い人に襲われていて、どうにかしなきゃと思ったからです」

 

「二つ目、喰種に同情したり捜査の妨害をしている自覚はあった?」

 

「いえ、知りませんでした」

 

「三つ目、あの子供の喰種と知り合い?」

 

「…………違います」

 

「最後に反省している?」

 

「反省しています」

 

「おっけー。んじゃ帰る前に誓約書を書いて終わりだから。お疲れ様。確か、大学生だったよな。親御さんに連絡いれるから番号教えてくれない? 若しくは祖父方の」

 

「あっ、両親は……あの、物心つく前に亡くなっていて。両方の家にも縁を切られていて……えっと」

 

「まじか……。お前、大変だったんだな……」

 

「え、っと。そう思うこともありましたけど、今は大学にも行けますし大切な親友もいるので幸せです」

 

「……」

 

「青履さん?」

 

「いやっ、何でもない。

俺こいつを車で送ってくるから。調書はまとめて俺のタブレットに送っといて…………ほら金木行くぞ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はぁぁ、緊張した…。まさか喰種の僕がCCGに居るなんて誰も思わなかっただろうな。この人も。

「どうかしたか?」

「いえ、なにも……」

ヒナミちゃんがこの人に殺されると思って無我夢中で突進したら、あっさりと反撃されて。気を失って、気がついたらパトカーの中で。起きたら窓の外には…………リョーコさんが血の海に倒れていて……僕は……。

 

「ほら早く乗れ。この車に乗れるやつは少ないぞ。俺の知り合いでも真戸上官と亜門位だしな」

仮に、僕じゃなくてあの場所にいたのがトーカちゃんだったら………。

のそりと助手席に座る。すると唐突に頭に重みを感じた。僕は重みを乗せた主へと視線を向ける。

 

「シケたツラすんなって。大丈夫。経歴には残らないようにするから。丸出さんのせいにしとけばいい」

 

そうなったら、青履さんは死んでしまっただろうか。

青履さんはヒトの平和のために”喰種”を退治している。

世間的に排除されるべきは”喰種”の方なんだ。

悪いのはヒトを殺して喰らう”喰種”じゃないか……。

喰種捜査官は何一つ間違っていない。

間違ってなんか………。

……………僕は……僕は 何もできなかった……。

 

「青履さん…」

 

「うん?」

 

「喰種は生きていてはいけないんでしょうか……?」

 

 

 

 

「そうだな」

 

「っ!!」

 

 

 

 

「俺は喰種捜査官で、人々を守るのが仕事だ。奴らは人を喰う。それだけで殺す理由になる」

 

「……」

 

「金木はどう思う」

 

「僕は……命を奪われて怒るのは当然だと思います。確かに多くの喰種が数えきれないほどの悲しみを生み出してきたんだ思います。でも、喰種にだって感情はありま……あるんじゃないでしょうか。悲しみの連鎖を止めるにはお互いを理解しあ…………っ!! 僕だけ……?」

 

「何を驚いてるのか知らないが、人間しか喰えない生物を認める訳にはいかない。逆に言えば、何か一つでも人間以外の主食を見つければいいという事だ。既存の物が無理なら新たに作ればいいと思うんだが。ま、当分の時代は殺し合うしかないだろうな」

 

僕だけなんだ。

それに気付けるのも、それを伝えられるのも……

”喰種”の僕だけだ。

人間の僕だけだ。

多くの喰種は道を誤った。

僕も喰種が正しいなんて思わない。だけど、相手のことを知らないまま間違ってるって決めつけてしまうなんて、そんなのが正しいなんて僕には思えない。

……もっと…知るべきなんだ。みんな。

僕が伝えなきゃ。

そのためにもっと強くならないといけない……。誰も寄せ付けないくらい。

喰種も人間にも分からせるくらい……。

僕にしかできないんだ。

 

「おい! 金木!」

 

青履さんの声に意識が現実に戻る。青履さんは僕に向かってなにか丸いものを投げた。

 

「それ、俺の連絡先だから。何か困ったことがあれば相談してくれて構わない」

 

 

ーーー今は正体を打ち明けることは出来ないけど、

ーーー何時か青履さんとも分かり合いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は金木を送ったあと家に帰った。時刻は夜の9時をすぎた頃だ。いつもは8時くらいには終わる。

さて

 

「ただいま」

返事はない。返事を期待はしていなかったのでそのままドアを閉める。運動性に優れた支給品の皮靴を脱ぎ、コート掛けに白服をかける。ネクタイを緩め廊下の途中にある浴室の洗濯機に靴下を投げ入れる。リビングについた俺はそのまま冷蔵庫へ向かい酒をボトルで2本と賞味期限の切れた枝豆を手にテレビの前へ座る。目の前のテレビの前にある小さなテーブルにそれらを置き、元からのってあった煙草に火をつけ咥える。酒も飲む。

 

ーーーーお母さん……お母さん……お母さん……お母さん……お母さん……お母さん……お母さん……お母さん

 

「はぁ~……」

まだ声変わりも終えていない、幼い声が聞こえてくる。お母さんと一回聞くたびに俺の人間としての良心がガリガリ削れていくような感覚に陥る。忘れていたかったが今更事態はどうこうできない。覚悟を決めて一応横に置いていたクインケを持たず、リビングの奥にある和室へと歩みをすすめる。さすがにこれでクインケ持っていったら人としてどうかと思ったのだ。

 

 襖を開けるとそこには小さな女の子が三角座りしていた。連れてきた時と寸分も動かずに。俺が入っても顔を上げない。それはまるで自分の世界は意識の中にあるんだと言わんばかりに抗議しているように思えた。手も足も目も拘束はしていない。喰種相手にそれごときの拘束は無意味だ。赫子を持っていたら背中のどの部分から出てくるか分からずに手を打ちようがないから。背中全面に甲赫でできた特殊金属でも張り付ければ話は変わるが。

 何が言いたいかというと、この子はいつでも俺を殺すことができるにもかかわらず全くその気配がないという事だ。さっきの金木の話…………喰種にも感情はあるのか。きっとあるんだろうな。これが何よりの証拠なんじゃないだろうか。

 

「起きてくれ。聞きたいことがある。どうやってお嬢ちゃんは人を殺さずに生きてきた?何を食べていた?

私たち、と言うことは母も殺しはしていなかったんだろ?

俺はそれが知りたい」

 

「お母さん……お母さん………お母さん」

 

はぁ。女の子に近づき顎を掴み、強引に上を向かせる。まるで汚染しまくった東京湾のようなドロリとした暗い瞳をしていた。光が二度と出てこれないような。この顔はよく見たことがある。局に保護されてきた子は大なり小なりこんな顔をしていた。

……感情をなくした顔か。

こんな顔にさせた原因の一端が自分である業の深さを知り、恐ろしくなって顎を掴んでいた手を離す。

どうするかなと呟いた後、また明日来るからと言っておいた。

俺はその部屋から立ち去った。

 

 

 



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3話

ー二日目ー

 

 母喰種の殺害が成功した翌日、俺は有休を取らせてもらった。真戸上官と亜門のチームに加わってからというもの、ろくに休みを与えられず働かされていたので申請はすぐに受理された。

何ヶ月ぶりだろうか……。

こんなに朝からゆっくりできるのは。

ここ(20区)に配属されてから毎週ある休みは亜門と組み手したり、真戸上官のクインケ作りを手伝ったりで消えていったしな。

確か、俺が前に組んでいたチームの上官が殉職したのが2年前だから、……2年振りか。

 

 朝っぱらから酒を飲んで昨夜の続きといきたいがそうもいかない。今日はやることがあるのだ。それをさっさと終わらせて、心労の種をのぞいて、平穏な日常に戻りたいものだ。

適当に朝食を済ませてからお嬢ちゃんのいる和室へ向かう。マス縁でも叩いてから入べきだろうか、と一瞬逡巡するが相手は喰種だと結局せずに襖を開けた。

 

「入るぞ」

 

 中は4畳ほどの小さな部屋だ。障子や襖(ふすま)で囲まれただけで、置いているものは机と布団だけ。壺などを置く床の間、違い棚、天袋もあるがなにも置いていない。そんな部屋の隅で蹲る嬢ちゃんはまだ起きていなかった。三角座りのまま眠っている。随分とあどけない顔をしているもんだ。こんな顔を見せられたら、喰種なのに俺達が守るべき子供に見えてきて困る。生まれつき色素が弱いのであろう茶髪は染料ではだせない明るさをだしており、幼い雰囲気のこの子によく似合っている。肩口まで伸ばされた髪は真っすぐ下ろされてストレートボブに。肌の方も色素が薄いのか白い肌をしているし、トレードマークの髪飾りは花があしらわれてお洒落だ。服もカーディガンっぽいセーターに丈の短いスカート、足は黄色いストッキングに全て守られいる。肩には誰かの手作りのように見えるマフラーが巻かれていた。

そのマフラーが巻かれている肩に手を置き揺する。

 

「う……うぅん。お母さん?」

 

 顔をあげたお嬢ちゃんと至近距離で目が合う。相変わらず目が死んでいる。

「……お嬢ちゃんの母ではないな」

「……」

 どうでもよさげに顔を俯かれる。ご丁寧に腕で顔を隠してまるでダンゴムシだ。しかし、俺もこの子に聞きたいことがある。でなければ喰種を家に連れ込むなど危険なことはしない。

 やや強引だが腕の隙間からほんの少し覗ける空間へ顎を掴むために手を入れる。

(ここか?それとも、こっちか?)

 見えない空間に腕をつっこんでいるため現在地が確認できない。感触を頼りに顎を探す。手のひらをなんどもひっくり返したりベタベタと触ってみたりする。

(顎だから尖ってるはずなんだが……。お。これか?手触りはウールのようなツルンと滑らかな布地、まるでユニクロで買い物している時のようだ。それに結構柔らかいものがフニフニと手を押し返してきて。

………ん?あぁ、これこの子の胸か)

 

 瞬間、手にチクリと痛みが走る。人よりも発達した歯の感触。鋭い犬歯に噛まれているようだ。

 

「反応するって事は、話は聞いてくれてるんだな」

 少女は何も答えない。

「お嬢ちゃんは何を食べて生きてきた? 人間を殺していないなら、それはなんだ?」

「……お母さんは生きてるの?」

 蚊の鳴くような小さな声だった。静かなこの部屋でも、聞き逃しそうな位の。少女は顔を少しあげながらそう言った。垂れた前髪から赫眼を覗かして。俺の右手を咥えながら。嘘を言ったら食いちぎられそうだった。

 無事な左手でポケットに入っているタブレットを操作し、一枚の写真を見せる。この娘の母親の死んでいる写真だ。

 

 

「っ!」

 俺の口から苦悶が外に漏れる。お嬢ちゃんは画面の方に眼球を動かし、久しく合ってなかった焦点が合った瞬間身を震わせ噛む力を強めた。成人した喰種は人間の6~7倍の筋力を持つ。子供であっても顎の力は人間の比ではない。手に逆三角形の歯が深く食い込み、ブチブチッと肉が抉れる音がした。

 

 多分、軽く肉を持っていかれた。俺の反射神経をもってすれば力が入り始めた頃に手を抜くこともできた。だが不思議とこれは罰なんだと思った。

そんな事を思ったのはわずかの間で、すぐに正気に戻り手を抜いたが。

 

「なぜ俺を殺さない……俺はお前の母を殺した奴の仲間だぞ」

 

 

 黒と赤の眼が俺の目を捉える。眼の周りに血管が浮き出るそれは生理的嫌悪を与える。同時に生物として頂点の存在の証明である。そんな眼が敵意を孕み俺を睨みつける。犬のうなり声のような低い音が響く。

 

来る、と思った。

 

 刹那、そいつの肩甲骨辺りから赫子が飛び出た。白色の見覚えるのある……母と同じ甲赫か。甲赫は防御に優れるが動きが遅い。冷静に見極めれば回避は不可能ではない、アカデミーで習ったことを冷静に反芻する。

 合計2本の甲赫がバラバラに迫る。一本目、頭部を狙った攻撃を膝の力を抜くことで体を斜め後ろにずらし避ける。二本目が足を狙っていると勘を付け、逸らした上体の動きを利用し手をつきバク転。直径2m幅60cmの歪な形をしている甲赫から距離を取る。あれで殴られたら防具服を着ていない今、余裕で内蔵が破裂するだろう。

 

「なっ!?」

 十分距離をとった。二擊目が来る前にクインケを……そう思い顔を上げた時には槍が突きつけられていた。 

ありえない事だった。

連結した脊髄のようなモノに突起がついたそれは、紛れもない鱗赫だった。

 思考停止した俺を現実に引き戻したのはまたしても痛覚だった。なにやら左手が重い。痛みの発生源を辿れば鱗赫にえぐられ血まみれの手があった。掴んでいたタブレットは粉々になってしまっていた。痛みを顔に出さないようにし、活路を探すが見当たらない。攻撃力がある分脆いといわれる鱗赫だがそんなものは喰種どうしで戦った時の話だ。人間の柔らかい身体なら2、3人はまとめて貫かれる。

 

(2種の赫子だと…………すいません真戸さん、隻眼探しもう手伝えそうにありません)

 

 

 

 目をつぶって衝撃に備える。甲赫による打撃か……鱗赫の刺殺か……。

 

 しかし、待てども痛みは来ない。うっすらと薄目を開け状況を確認すると

 

 

 

ーーーー喰種が泣いていた。

 

 両手で顔を覆いぐすんぐすんと泣いていた。

 

「もう……やだよ。傷つけあうのはいや……。あなたに仕返ししても…………このモヤモヤは消えてくれない……」

 

 俺は、こんな顔が一番辛い。

 

「……復讐なんてどうでもいいっ」

 

 こんな顔を俺は普段よく見ている。

 

「わたし……悲しいだけなの…おとうさんとおかあさんにあいたくて……悲しいだけなの…」

 

 局に保護された子は、この顔と全く同じだ。 

 

「3人で暮らしてた時にもどりたい……ひとりはさびしいよ………………おとうさん……おかあ…さ…ん……っ」

 

 




胸がぁぁぁぁぁ。


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4話

「優しいな……。お嬢ちゃんは」

 俺はショックで言葉を失ったあと少しの間を経てなんとかそう呟いた。年端もいかない者でも喰種なら殺す俺と、そんな人間を殺さない喰種。今在るこの状況で果たしてどちらが人間らしいのか……と。

 右手は食いちぎられて手根骨の肉が削がれ、左の手のひらは鱗赫に大きく切り開かれた。重症度でいえば左の方が重い。神経も何本か持っていかれたし、激痛は常に走っている。

 だがそれだけだ。鱗赫の直撃をうけて原型が残っている事はまずない。なのに今も繋がっている。

 この子の先ほどの攻撃はタブレットを狙っていたのだ。俺の左手を落とすこともせず、そのまま右に動かして心臓を突くこともしなかった。

俺はその事を優しいと評した。

 

「うぅ……ごめんなさい………ごめんなさい…………傷つけてしまって」

 

 少女は顔を伏せ泣きじゃくっている。目は赤いし、背中には化け物の証が生えている。だがおぞましいとは思わなかった。俺は痛みを堪え、何を思ったのかその子に歩み寄った。

 

「っ…………来ないでっ!」

 

 ほんの10歩程だ。大丈夫。怖くない。

 

「それ以上来たら、攻撃します…………いやぁ……やめてっ」

 

 あと5歩。4、3、2、1……………0。

 

 

 

 近づけば口元に俺の血であろうモノが滴っていた。それを手で拭ってやる。だが生憎俺の両手は血だらけだ。拭けど拭けども新たに血が塗られてしまう。お嬢ちゃんは舌で血を舐めとる。その度に震えながら、おいしい。嫌だ……。おいしい……と呟いている。

 悲しいけどきっとこうなんだろうと思った。どこまで行っても人間は喰種に傷つけられるし、血ぬれた手では抱きしめてあげる事はできない。喰種はその手ごと人間を喰べてしまうだろう。分かり合えても、共存できない。優しい人間と優しい喰種が出会っても周りは残酷だ。

 その残酷さがこの子の母を奪い、真戸上官の奥さんを奪い、亜門を狂わせた。

 

 

 お嬢ちゃんの頬を拭ってやっていると舌先が伸び親指を舐め始める。狙っているのだろう。俺はそのまま指を頬からスライドさせ口に差し込む。お嬢ちゃんは初めて顔を上げた。目を見開いて俺を見ている。

 

「……いいぞ」

 

「や、やだ……嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌いやいやいやいやいやだ……」

 

 赫眼と黒目が合う。

言葉では拒否するが口元がまごついている。

左手にもはや感覚はないが咀嚼音が聞こえる。

 

「その代わり…今は親指だけで許してほしい。俺にはやる事があるんだ。真戸上官との約束は絶対に守らなければいけないし、亜門は危なっかしくて見てられない。……見守ってやりたい。その後ならお嬢ちゃんに食べられても、構わない」

 

 喰種に笑顔を向けるなんて初めてだ。局の子供にやるように自分の出来るだけの笑顔を見せる。亜門と違って自分は子供に好かれない。うまく笑えているだろうか。きっと出来ていないだろうな。

 

「ア……アァァアァアアアアアアッ!!」

 

 赫眼から大粒の涙が生まれる。両手で身体をかき抱き、赫子をそこらじゅうに展開する。狂ったように叫ぶ声からは理性が感じられない。それでもこの子は俺を攻撃しないという確信があった。

 

 

 

「すまない、お嬢ちゃんの大切なご両親を奪ってしまって……」

 

 最後にそう言うと、お嬢ちゃんは糸が切れたように意識を失った。俺の方に倒れ込んでくる小さな身体を抱きとめる。目元まで垂れている前髪を抑えてやると赫眼は消えていた。この子は完全に闘う意思をなくしていた。

 

 

(笛口リョーコさん。笛口アサキさん。貴方方を殺した者に預けるのは本位ではないでしょう。ですが勝手ながらにお願いします。この子を俺に保護させてください。この優しい子がどう育つのか見てみたくなりました)  

 

 

 

 

 

 

 その後、自宅にCCGから電話が入り草場さんの凶報を伝えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「草場一平三等捜査官は捜査中に兎面の”喰種”の凶行により命を落とした。おそらく母娘”喰種”の件に関わる者の仕業だろう」

 

「草場捜査官の勇気に敬意を表し、一分間の黙祷を捧げる。

一同……黙祷!」

 

「……………………………………………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 CCGの緊急病院で傷の手当を受けたあと、会場に向かうと帰ろうとしている真戸上官と会いどうにか告別会に引っ張て行った。終わった今は俺、亜門、真戸上官の3人で会場ホールの出口で佇んでいた。

 亜門や真戸さんに両手の包帯に突っ込まれた時、クインケで怪我をしたと言っておいた。左手の裂傷はそのまま、問題は右手の噛みちぎられた痕だった。このまま病院に持っていくとややこしい事になるので、自宅にある麻酔を射ち傷跡を刃物の断面にするため包丁で撫でてきた。ひとまずバレることはないだろうと思う。

 

「亜門さん、青履さん……それに真戸さんまで……」

 

「中島さん……」

 

 草場さんの上司であった中島さんに声を掛けられる。亜門が生気のない中島さんを気遣うように返答する。

 

「…………メシ、一緒にどうですか。お三方」

 

「あぁ。私は遠慮しておく。それなら一分一秒でも仕事をしていたい」

 

「真戸さんっ!」

 

「真戸上官、俺も後日手伝いますんで。もう少しだけ付き合ってくれませんか」

 

「ふむ。

そっちの方が効率がいいか。分かった、御相伴に預かろう」

 

「……ありがとうございます。いいうどん屋があるんで、着いてきてください」

 

 

 

 

 

 中島さんのオススメのメシ屋は小さな定食屋だった。内装もこれといって特筆するところがなく、従業員は店主一人のカウンターのみ。至って普通の居酒屋のような店だった。

「ここが、オススメの店ですか?」

「……えぇ、草場とよく来てたんです」

 俺はそういう事かと気付いた。ここは草場さんが殺された現場のすぐ近く。この行きつけの店で飯を食ったあと喰種に襲われたのだと。

一泊置いてそうですか。と謝るように言った。

 4人で座ると所狭く感じる店内で中島さんが注文を頼む

「……店主いつもの4つ」

「はいよっ!」

「あっ、店主。俺は握り飯かなんかでお願いします」

「あいよっ、うどん定食3人前に握り飯セット1人前ね」

 真戸上官以外は重苦しい雰囲気に押し黙る。中島さんはお冷を見つめていた。

 

「……あいつが独身で良かった。嫁さんなんかいたら…哀れで……」

 

「あいつ……尊敬してたみたいですよ。…亜門さんのこと。楽なデスクワークじゃなくて現場に行きたいって……あなたみたいに頑張りたいって」

 

「……私など…」

 

「お待ちどう。なんでぇ、今日はいつものニイちゃん一緒じゃないんだね」

 

 店主ができたメシを運んでくる。再び閑静とした場になる。中島さんがうどんを一口すすりまた話し出す。

 

「……俺はここではいつもこのセットを頼むんだ」

 

 

「草場の野郎は俺が注文する度に『またですか中島さん』ってうるさくってな……あのバカ 毎回 俺に奢らせるクセしてよ……黙って食えっつの…ったく……」

 

 

「奢る相手なくなっちまったじゃねーかよ…バカヤロー」

 

 

「相棒だろーが……どーすんだよ仕事……なぁ……チクショウ……」

 

 カウンターに肘をつき頭を抱える中島さん。その姿は苦悩に満ちていた。自分を慕ってくれた若い部下。そんな男が自分より先に死ぬなど何かの冗談だ。男泣きしている中島さんに俺は何も言えなかった。

 俺も前の上司が殉職した時、頭が現実に追いつかなかったから。

 

ズゾゾゾゾッ!!

亜門がものすごい勢いで麺を啜る。一息で食べ終え

 

「草場さんが殺されていい理由なんてない……。

こんな世界は間違っている。

俺たちが正すべきだ。

中島さん、今度私にも食事を奢ってください。

…………草場さんよりずっと食いますが」

 

「……」

 

「なんだ亜門。面白い一発芸だな」

 

「うるさい」

 

「まぁ、中島さん。草場さんの仇、俺らに任せてください」

 

「私もやってやります」

 

「フッ……草場のヤツも喜びます……。こんなに想ってもらって」

 

「私を忘れてないかね。ラビットとは既に一度交戦している。次こそ仕留めてやるさ」

 

「真戸さんまで……。っ! ありがとうございますっ! ありがとうございます……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 車で家に帰ってきた俺は普段着に着替え、パソコンを片手に和室へ向かう。

 

「よく寝ているな」

 

 お嬢ちゃんは家を出る前に布団に寝かせておいた。近くに座布団を敷いて座る。安らかとは言い難い顔で眠るこの子の傍で、インターネットでCCG本部へログインし真戸上官とラビットの戦闘記録を探す。

 

「これか……。なるほど。ラビット、タイプは”羽赫”。典型的な羽赫の喰種で俊敏性に頼り切った単調な攻撃が特徴。持久力不足。長期戦に持ち込めれば優位。真戸上官の挑発に乗った、と。結構な情報だな」

 

 情報を元に戦い方をイメージする。きっと俺の身体能力なら引けを取らない。1対1、1対2、逆に2対1、3対1……とシチュエーションごとに突き詰めていく。

 そしてイメージの中でラビットを殺すと、天国の草場さんが喜んでくれている気がした。

 

 

「まずはこの手を直さないとな」

 

 完治には2週間はかかるだろう。CCGの最新医療を駆使してもだ。それまで安静にしておかなければ。

 

 そんな事を考えながら、お嬢ちゃんの頭を一撫でしてから俺も眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5話

 朝、目が覚めると首が痛かった。昨日はあれからこの子の隣で座ったまま寝ていた。当然といえば当然で寝違えたのだろう。嫌なもんだ。立って歩けば痛みに顔を顰めるし、真戸さんに教鞭してもらった武術のお陰で身体の軸がズレることに違和感を感じながら過ごす事になる。今日一日は憂鬱に過ごすだろうと予想した。

 

 

「なにはともあれ、飯でも食うか」

 

 いい朝食はいい朝を。いい食事は日々に潤いを。そう信じる俺は料理には少々こだわりがある。といっても作るのは下手なんだが。食べるのが専門というやつだ。

 綺麗な和室を出るとモノが散らかっているリビングが存在する。机の上にあるのは出しっぱなしの喰種関係の書類、その隣にビールの空き缶、吸殻でいっぱいの灰皿、地面には主に雑誌が散乱している。大体はファッション誌だ。とにかく汚い部屋なのだ。

 そろそろ嫁さんでも貰うかと考えるが、喰種捜査官なんて職業に付き合わせる訳にもいかないし、難しいものがある。上手い飯と掃除さえやってくれれば誰でもいいんだが。誰か嫁に来てくれないだろうか…………無理だろうな。

 

 これでもアカデミー生時代は亜門と一緒にブイブイ言われていたものだ。と言ってもどこかの堅物さんのせいで2:2にならなくて後一歩足りなかったんだよな。

 全く、顔しかウケるところがないんだからこっちが気を揉んで色々セッティングしたというのに、

 

『いえ、自分は他の事に気をとられている時間はありませんので。それより貴女方もそんなものに時間を使うのなら訓練したらどうですか。生存率が上がりひいては貴女方の幸せにつながるでしょう』

 

 と言う始末。なんだよ”自分”って一人称”俺”だったのに変えんなよ、とか訓練が恋人なのは同期でお前くらいだからと思っていた。

 亜門はあれで真摯に想って言ったんだが勿論女の子には伝わらない。女の子ってのは、慣れないと男には難しいものがある。ただでさえデカい図体なのだから笑えば良いと思うのだが、あいつは笑わない。

 亜門が付き合えるのは30過ぎて渋みが出てからだな。賭けてもいい。ま、亜門に先越されなければ結婚なんてまだまだいいか。 

 

 そういえばこの部屋に来たときの真戸上官も面白かったな。絶対同類だと思ったのにあの顔で子煩悩だというのだから。世の中分からないものだ。

 

「くっくっく……駄目だ!ツボにハマった」

 

 真剣に娘への想いを語る真戸上官の顔を思い出し、笑いながら台所へ向かう俺は気づかなかった。

 

 

 首のあたりのうっ血した噛み跡を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ……。お嬢ちゃんも飲みもんか」

 

 台所にいくと、先に目覚めたお嬢ちゃんがいた。両手で水の入ったコップを持っていることから喉が渇いたんだろう。

 

 

「…………」

「……うぅん、困ったな」

 

 どうやら心を許しているわけではなさそうだ。相変わらず目は死んでいるし……いや、少しはマシになったように見える。昨日までと違うといえば話している時に俺の顔を見てくれるようになったことだろうか。

 

 

「俺、子供の相手は下手なんだよな……。児童心理の本でも買ってくるべきか。いや、でも子供は千差万別だし」

「…………」

「はぁ」

「…………あの」

「ん、何だ?」

「………おなまえ、何て言うんですか」

 

 初めてお嬢ちゃんから話してくれた。このチャンスを逃すわけにはいかないと思った。

 

 

「そういや言ってなかったか。青いに履く、それに勇気の勇で青履勇。名前は勇往邁進って意味で普通なんだが、苗字はどうにかならなかったのか……先祖様も何を考えてつけたんだろうな」

「ゆ……ゆうおう……まいしん?」

「あぁ。勇気の勇に往来の往。邁は……なんだろうな、思いつかないな。んで最後に進むって書くんだ。確か意味は」

 

 そう言って俺は辞典を取りに行く。戻ってくると何故かお嬢ちゃんは口を半開きにし驚いていた。

 

 

「あった……。目標に向かって、わきめもふらず勇ましく前進すること。だってさ。いい言葉だよな。この名前をつけてくれた俺の両親は中々にセンスがあったというわけだ」

 

 言ってからしまったと気付く。この子は親を失ったばかりじゃないかと。相変わらずな子供への配慮に呆れる。だがお嬢ちゃんが答えたのは意外なことだった。

 

 

「お兄ちゃんみたい……」

「ん?」

「! な、なんでもないっ!」

 

 少し小さな声だったが俺の耳には問題なく届いた。一瞬聞こえない振りをしてしまったがそれは考える時間が欲しかったため。

 そうか……、この子には兄がいるのか。CCGの調査表には書かれていなかったが。ましてや生きているのだろうか。もし死んでしまっていたらこの子はまた……。

 そう言ってからお嬢ちゃんは誤魔化すように水を一気に口に含む。頬がリスみたいに膨らんで少し面白い顔になっている。それっきり話すことはないというようにそっぽを向かれた。

 多分、俺と話さない理由には両親の事があるのだろう。2人が死んだ原因は俺なのだから。そんな人と仲良くするなんて親に申し訳ないと思っているところではないだろうか。

 本当に優しい子だ。

 

 

「優しいな、お嬢ちゃんは」

「っ~!」

 

 少し笑みを溢しながら、そう言った。お嬢ちゃんは少し肩を震わせたがそれだけだ。こっちを向いてくれることはない。

 意地っぱりなくせに反応するところに苦笑しながら当初の朝飯を作る目的のため冷蔵庫を開けようとする。だがそこで自分の両手は扉を開けられないほど怪我をしている事実に直面する。ほ、包帯を解くわけにはいかないよな。そんなことをしたらCCGのナースさんに怒鳴られてしまう。はぁ。冷蔵庫を開けれないとなると色々不便だな。ビールも飲めやしない。

 仕方がないのでカウンターにある鍵と財布をポケットに入れて外出の旨をお嬢ちゃんに伝える。

 

 

「俺、外で適当に食べてくるから。留守番してること。

いいか?知らない人が来ても出ないこと。CCGだったら目もあてれんし。分かったか?」

「…………」

 

 お嬢ちゃんは再び無言に戻るようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 今日も返事はない。それが少しさみしいと思った。俺のやってしまった事を思えば仕方のないことだと思い直し、靴を脱ぐ。

 私服のダッフルコートを立てかけに掛けそのままリビングに向かう。食事は近くのカレー屋ですませてきた。チェーン店ならではの大味に店員の接客で星五つ、と言いたいところだが途中亜門から電話がかかってきてしまったので星四つ。店には申し訳ないが飯が不味くなってしまった。

 なんでも『連日有休を使うだと……。両手が使えなくても出来る事はある。明日、局の子供達へのセミナーがあるからお前も来い』とのことだ。仕事熱心なのはいいがこっちにも要求するのは止めていただきたい。

 俺はお前と違ってそこまで熱心に参加しないのだ。まぁ、もう慣れたけどな。ともかく約束を取り付けられてしまった訳だ。

 亜門への悪態をつきながらお嬢ちゃんを探すがいない。なら和室かと移動する。入ればお嬢ちゃんはまた蹲っていた。

 

 

 

 

 

「また三角座りか」

「…………」 

 

 俺は近づいていき、一人分空けて隣に腰を下ろす。適当にあぐらをかく。

 

 

「……お嬢ちゃんは何を食べてきた?」

「…………」

 

 駄目か。

 

 

「今日はカレーを食べてきた。あ、て言っても分かんないよな。白い米の上に茶色のドロっとした液をかけてあるのがカレーだ。……言葉にすると不味く感じるな」

「…………」

「味は、そうだな。ピリッとして口が痛くなるんだ。これはカレーに入っている香辛料が痛覚を刺激するんだ。知ってたか?辛さを感じるのは味覚じゃなくて痛覚なんだ」

「…………」

「でも痛いというほどでもない。刺激だな。その刺激でご飯を掻き込むのが美味しいんだ。そうやって人間はカレーを食べる」

「…………」

 

 そこで俺はカレーとは違う臭いに気付く。ん……これは、汗の臭いだな。自分はまさかの臭いという事実に慄き首元を嗅ぐが変な臭いはしなかった。まさか、と思って嗅ぐとあたっていた。

 

 

「お嬢ちゃん。風呂入ろっか」

「……っ」

 

 さすがに女の子の部分が反応したのだろうか、息を飲む音が聞こえたが動かない。

 

 

「風呂はリビングをでた廊下の進行方向の右側にあるから」

「…………」

 

 梃子でも動かない!と体で表現している。ほう、俺に対する挑戦か。俺はお嬢ちゃんの髪をくしゃっと撫で抱っこする。

 

 

 

 

「…………」

「これは俺が勝手に連れてくだけだから」

 

そう言って二人で風呂場に向かった。



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6話

ザアアアァ……

 

 シャワーの水がわたしの体を伝って落ちる。……水の音が恐い。お母さんが殺された日は雨だったから、あの時の事を思い出してしまう。

 

 アンテイクから本屋さんに行って本を買ってもらって、外に出たらお父さんの匂いがした。お父さんが帰ってきてくれたんだ!と私は思った。お母さんの制止の声も聞こえず急いで匂いの元へ走った。なのに居たのは白い服を着た人達と黒い服の人達で。皆恐い顔して私たちを見てた。鬼の顔をした白い髪のおじさんも怖かったけど20歳位の男の人も同じくらい怖かった。あの人たちのヒトじゃないナニカを見る冷たい目がとても怖かった。

 

 あの時お母さんの言うことをちゃんと聞いてたら…………っ。

 

 

「ひぐっ……ぅ」

 

 思わず涙が流れる。もう散々泣いて、泣いて、一生分泣いたせいかまぶたが開かない位だったのにまだ涙が溢れてくる。どうして……どうしてお母さんは死なないといけなかったの?私達は人間を殺して食べたりなんかしてない。いつもアンテイクで死んだ人のお肉をわけて貰っていたのに。人に、迷惑かけないようにひっそり生きていただけなのに……。

 

 

ーーー大丈夫か?

 

 部屋を挟んだ扉の向こうから男の人の声が聞こえる。その心配そうな声を聞いて、安堵しそうになる自分をどうにか押さえ込む。

 

 

 

 

……良かった。この人は喰種の私にも優しくしてくれる。

 

違うっ!この人はお母さんを殺した人の仲間!心を許したりしちゃだめだよ……。

 

違わないよ。……だってこの人は抱きしめてくれたよ。喰種のひなみを。

 

……でもお母さんが。 

 

それに、ずっと。ずぅーーーーーーっと、一緒に居てくれるんだぁ。

傍に居るって言ってくれたぁ。

 

 

 

 横に流れそうな思考を頭を振って止めさせる。駄目…っ!この人はお母さんの敵なのに……。優しい言葉を掛けないで。貴方に敵意を持てなくなりそう。心を開いちゃいそうで、お母さんをないがしろにしているようで。それはいけないことなんだ。どうしようもなく弱い自分の心が嫌い。誰かに守られないと生きていけない小さな自分。

 きっとお父さんは私とお母さんを守るために去っていった。お母さんは私を逃がすために守ってくれた……。……もう家族はいない。

 

 

 

…………世界で一人ぼっちなんだ。

 

 

 そう考えて、同時に外から雨の音が聞こえた時が限界だった。雨の音に反応してお母さんの姿が脳裏に映る。私に微笑んでくれた最後の光景も、そこから家族3人の穏やかな日常へと移っていく。皆で笑って、泣いて、ゴハンを食べて、たまにお父さんに怒られて。そんな光景も一時で2人とも消えてしまった。

 

 

「お母…………さん。会い、たいよ。もぅ…………耐えられない……。ひなみもそっちへ行きたい……」

 

 静かに姿見を壊す。鏡は音を立てながら割れて浴室に破片が散らばる。その中から一際鋭く尖ったガラス片を手に取る。これで喉を一突きすれば……。恐い、恐いけど、お母さんに会いたい…………お父さんに会いたい。震える両手でガラス片を握り込む。震えがガラス片に伝わって先端がブルブルと定まらない。顔の前で揺れる凶器を見て、お母さんを殺したあの白い服の2人を思い出す。

 

(これでいいんだよね……?幸せでしょ?喰種のひなみが死んで、嬉しいよね)

 

 2人組は笑って頷いた。……やっぱり。喰種は生きてちゃいけないんだ。化け物なんだ。

 

 でも……、最後に優しくしてくれたあの人は嬉しかったな……。最初は怖くて、でも2人組の人とはちょっと違って。家に連れてこられた時は何がなんだか分からないまま。気づいたら争ってたり、私は黙ってたけどおしゃべりしたり……。お兄ちゃんとは違った優しさだった。

 

 お兄ちゃんはきっとなんでも助けてくれると思う。でもあの人は違って、全部は手助けしてくれなくて……えっと、そう。お父さんみたいな感じかな!

 

 恐怖を紛らわすためにわざと元気に振舞って、死ぬ勇気を付ける。

 

 

………………………うん。

 

 狙うのは首元。痛いのは怖いから、やるなら一気に。呼吸を整え目をつぶる。すぅ……はぁ。

 

 

「っ!!」

 

 

 一気に振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はお嬢ちゃんを風呂場に連れて行った後、浴室の扉に背中を預けもたれ掛かっていた。何度か会話を試みるも、結果惨敗。敗残兵のごとくみじめにお嬢ちゃんの上がりを待っていた。

 だが少し静かすぎる。シャワーの音の波に揺らぎがない。変だと感じた俺は何度か呼びかけるも返答はない。まぁ悲しい事にいつものことなんだが、真戸上官ではないが勘で何かおかしいと感じた俺は浴室に入る。もし誤解だったら後で謝ればいいだけのこと。何もなければそれでいい。そうして浴室に入るとスライドドアを挟んでぼやけてお嬢ちゃんが見える。

 

 

パリンッ

 

「なっ!」

 

 ドアを開き、中に入る。するとまさにお嬢ちゃんは鋭利なモノを自身の首に振りかざしているところだった。

 

 

「何やってんだっ!!」

 

「え?」

 

 足元に散らばるガラスに気をつけながら近づき包帯で巻かれた手でお嬢ちゃんの持つガラス片を殴り飛ばす。飛ばされたガラス片は壁にあたって粉々になった。お嬢ちゃんはこちらを向きながら何が起こったか分からない顔で放心している。その小さな肩に両手を載せ大きく揺する。意識を此方に戻すように。

 

 

「馬鹿なマネはよしてくれっ……」 

 

「あっ……」

 

膝をつき目線を合わす。焦点の合わない眼はなにかを探しているように見えた。

 

 

「自殺なんて絶対にするもんじゃない……! ましてや、泣く位嫌なんだろ!?」

 

「あっ、あっ……」

 

お嬢ちゃんの頬に流れる大粒の涙を包帯で吸ってやる。……一人の親を奪うとはこういうことだ。その子供が受けるダメージは永遠に消えない。自殺に追い込まれるほどの。喰種に奪われる子供を守るために、喰種の子供から親諸共命を奪う。俺がやっているのはこんな仕事なんだ。守るために奪う。……俺は全く正義じゃない。だからこそ、

 

 

「ほら、暖かい。人の体温は安心するだろ? そこに人間も喰種もないんだ。お嬢ちゃんの体温は心地良いよ。お嬢ちゃんの良いところ……少しは知っているつもりだから。だから、今はそうじゃないだろうけど生きてれば楽しいこともたくさんあるんだ」

 

「ぁぁぁ……」

 

「だから、間違い……だらけだけど。一緒に生きてみないか……?」

 

「ひぐっ……。……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

「う、うん。もう大丈夫です」

「じゃぁ、ちょっと待っててくれ」

「あ……」

 

 部屋着のまま抱き合ってたのでびしょびしょだ。一回浴室を出て、タンスから海パンを引っ張り出し着替える。比較的軽傷の右手の包帯を親指の部分を残し巻いて取る。そのまま右手にバスタオルを持ち風呂場に戻った俺をお嬢ちゃんはなにやらもじもじしながら迎えてくれた。

 

 

「あ、あのっ」

「はいこれ、バスタオル。身体隠すのに使いな」

「!!?」

 

お嬢ちゃんは勢いよくバスタオルをウケとり身体に巻きつける。そして腕で胸を隠すように交差し蹲った。顔には恥じらいが浮かんでいた。

 

 

「まぁセーフだろ。見てない見てない」

「うそっ!!!」

「くくっ、嘘だよ。洗ってやるから椅子に座ってくれ」

「うぅ~……」

 

お嬢ちゃんは大人しく椅子に座る。その後ろに俺は立ち、片手にシャンプーを入れたところで思い直し水で洗い流す。来客用のコンディショナー&シャンプーの方を手に取り泡立てる。そのままお嬢ちゃんの髪の毛を洗う。

 

 

「俺は妹が2人いるんだ。小さい頃はよくこうやって洗っていた」

「…………」

「片手だけだと難しいな」

「……ひなみ自分でできるよ」

「いいって。遠慮するな。気持ちいいだろ?」

「う、気持ちいい」

「素直だなぁ……」

 

 キューティクルが痛まないようにサラサラの茶髪を揉んで洗う。それに気持ちよく感じられる様にマッサージの動きも付け加える。

 

 

「痒いとこはないか?」

「気持ちぃぃ……」

 

 さっと頭皮まで水で洗い流し、今度は自分の頭を洗う。その間にお嬢ちゃんは自分で身体を洗い始め、後から俺も洗う。お嬢ちゃんは遠慮しているのか風呂に入らないので両脇に手を入れ持ち上げる。そのまま二人で湯船に浸かる。俺の上にちょうどお嬢ちゃんが乗っかる形だ。

 

 

「えっ? えっ?」

 

 

 驚くよな。一緒に湯に浸かるなんて昭和的な家族コミュニケーション。

 

 

 

「はぁぁ、生き返る」

「…………」

「ふぅ」

「あの、ね。私、殺されるのかな?やっぱり喰種だから?」

 

 お嬢ちゃんは水面に映る自分の顔を見ながら呟く。

 

 

「あの白い服の人達っていっぱいいるんでしょ。だから逃げないと……ずっと、ずっと」

「俺が守るから逃げないでいい」

「っ……」

 

 お嬢ちゃんは歯を噛み締めていた。今の言葉に何を思ったのかはわからなかった。

 

 

「それに、さっきは自殺するなとか言ってすまなかった。俺の立場で言えることじゃないな」

「ううん。嬉しかった」

「そうか……。そういや、初めて会った時の本あったろ。あれもって帰ってきたから。まあ……お母さんの形見になればと」

 

 その言葉にお嬢ちゃんはゆっくりと振り向く。

 

 

「ありが……とぅ」

 

 抱きついてくるので右手で頭を撫でてやった。するとさらに力強くくっついて来た。今日は特別だ。好きなだけ甘えさせてあげよう。お嬢ちゃんはそのまま安心したように目を閉じる。

 

 

 

 

俺も少しの間眠ろう。

こんな良い子を育てるのが俺なんかに勤まるだろうか不安だ。もっと精進しないとな。



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7話

ーーーピピピピピ

 

 

「んぅ。ふぁぁ~」

 

 朝を知らせる目覚ましのアラームが聞こえてくる。もう朝だ。朝ごはん作らないと。最近までよく二度寝の誘惑に負けてしまっていたけど今は一回ですっきり起きれるようになった。

 これも大人になるための練習だったり。

 

 お布団をのけて隣を見ると男の人が寝ている。お父さんでも、お母さんでもない。朝一番に目に入る人が変わったのにも慣れてきた。

訳あって、家族になってくれた大事な人の顔。

 

 

ツンツン。

 

 つつかれても起きる気配はなさそうで、キリッとした顔で寝ている。

そのシュールな光景に笑い声が漏れてしまう。

 始めて会った時と変わらない真面目な顔で性格も同じように見えるんだけど、実は少し面倒くさがり屋だったりする。

 ヒナミは知ってるよ。ごはんだってインスタントっていう体に悪いものばっかり食べてるし、部屋も散らかりっぱなしなんだもん。もしかして世間一般では駄目な大人だったりするのかな。

 

 

「でも、世間なんて関係ないよね。世間っていうのは………えぇっと……………周りの人達?だから、ヒナミとお兄ちゃんはこれからずっと一緒にいるから家族だもん」

 

 家族。そのフレーズを心の中で何回もリピートする。その度に胸がぎゅっと温かいものに包まれていって、空いた穴に入っていくのを感じる。失った隙間がお兄ちゃんで埋まっていく。えへへ……。片手を頬に当てて熱を逃がすように顔を振る。こんな姿見られたらどうしよう。顔に熱がのぼっていく。

 

 

 「お兄ちゃんは家族お兄ちゃんは家族お兄ちゃんは家族………えへ」

 

 ずっと一緒にいてくれるお兄ちゃん。今も横で一緒に寝てくれるお兄ちゃん。笑いかけてくれるお兄ちゃん。温もりをくれるお兄ちゃん。優しいお兄ちゃん。そしてワタシ(・・・)だけの

 

 

 

 

 

 

ーーーーピピピ、ピピピ、ピピピピピピッ

 

 

「あっ! 朝ごはん作らないとっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チンっと金属がはじける音がしてから、食パンを1枚とりだす。綺麗な狐色に焼けたパンの表面にバターを伸ばして完成。さっき作っておいたサラダを持ってテーブルに運ぶ。

 そうしてテーブルに1人分のスプーンと食器を並べて準備完了。

 

 

「ふわあああ」

 

「おはようっ!ご飯、できてるよ!」

 

「……おはよう」

 

「まだ食パンとサラダ位しか作れないけど、頑張って覚えるね」

 

「……自分より一回り小さい子に毎食作ってもらっちゃって、なにしてんだか……」

 

「ヒナミが料理したいだけだから気にしないで。それにお兄ちゃん、美味しそうに食べてくれるからすっごく嬉しいの。

だから、もっとヒナミに頼ってね」

 

「馬鹿。俺は大人で雛実は子供。

お前が甘える側だっつーの」

 

 お兄ちゃんは美味しい美味しいって言いながらサラダを口に運ぶ。それを私はもいつものように見つめる。私は喰種だから人間の食べ物は食べられない。

 だからご飯の時はこうしてお兄ちゃんが食べる光景を見ていることにしている。それでお腹は膨らまないんだけど心は満たされる……ってちょっと詩的かな。

 

 

「そういえば、今朝目が覚めたら鼻が濡れていたんだが何か知らないか」

 

「うぅん。知らない」

 

「それに少し痛むんだよな」

 

「大丈夫?」

 

 お兄ちゃんは鼻をさすりながら言う。確かによく見ると鼻の先端が凸凹になっているような気がする。

虫刺されかな?

お兄ちゃんはサラダを完食したあと、パンを食べ始める。そのままパンを食べている途中なのに話し始めた。

 

 駄目だよお兄ちゃん。食べてる時にお話するのはエチケット違反だってお母さん言ってたのに。 注意したいけどお兄ちゃんは賢いから分かっててやってるんだと思う。そう。これは遠慮なしの関係だっていう暗喩だよね。あれ? 暗喩であってたかな……。本で読んだのに忘れちゃた。

 

 

「今日は帰ってくるのは5時位になると思う。雛実はどうする」

 

「本を、読む?」

 

「そうか。帰ってからだけど、前言ってた携帯買いに行くか」

 

「ほんとっ!? 行きたい行きたい! ありがとうっお兄ちゃん!」

 

「じゃあいい子にな」

 

「はぁい……」

 

 

 お父さん以外の男の人に甘えるのは今でもちょっと恥ずかしい。

お兄ちゃんはお前に金銭面での不自由だけは絶対に掛けないって、こうしたプレゼントはすごく多い。

私も、プレゼントしてくれる時の嬉しそうなお兄ちゃんの顔が見たくて、ついおねだりしてしまう。 

顔、赤くなってないといいな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雛実に玄関まで見送ってもらった俺はCCG20区捜査局、所謂職場にいた。

今日の会議はいつものメンバーで草場さんを襲ったラビットの捜索状況の進展具合の確認と、おそらく雛実の捜索活動の詳細について詰めていくことになるだろう。

 雛実をかくまってから日は経過している。

その間俺は怪我の治療をかねて有休を取らせてもらっていた。現場の人間が事務仕事をしようにもそれ専門の職員に任せたほうが効率がいいのだ。

 

(雛実の件は何一つ進展していないはずだ。

あれから家から出ていないのだから目撃情報が集まるはずがない……はずがないのだが)

 

 広いロビーを抜け関係者以外立ち入り禁止区域に入り、その最上階に俺たちのデスクがある。

すれ違う職員に怪我のことについて二・三話して挨拶しながら【真戸上等捜査官・亜門二等捜査官・青履二等捜査官】とネームプレートが貼られた個室のドアを開ける。

中は無人で、どうやら俺が一番のりらしかった。

 重症の左手を気遣いながら、日常生活では問題なく比較的治ってきた右手で椅子を引き、座る。クインケは椅子の横に置いておく。

 

(やはり神経が傷付いたのは痛かった。

未だピクリとも動きはしない。こんな事では捜査の役に立つのはまだ先だな)

 

 思わず、上を見上げ溜息。

 

 草場さんの仇討ちに大きく出た割にこの体たらく、不甲斐ない。だが、少し不甲斐ないだけで悔しさに震える訳でもない。

草場さんと俺は親交があったわけじゃない。冷たい言い方になってしまうが言ってしまえば知り合い未満だ。

 だがあの時の中島さんがどうしても見ていられなくて仇討ちに名乗りを上げていた。それ自体に後悔は1ミリもない。ただ亜門なら、と考えてしまう。

あいつならきっと今も執念を燃やし骨を粉にしてラビットを追いかけているだろう。

 

 俺には、もう以前ほど喰種を殺すことに情熱を注げない。

喰種は殺せる。だが例外ができてしまった。

ならその境目は? どういう基準で決めればいい?

そのズレが俺自身気づかないうちにストレスとして溜まっていた。

 

(この仕事、向いてないのかもな……。訓練学校の頃から周りと違いを感じていた。誰かの役に立てるならとか甘い考えだった。周りは何かを奪われた人が多すぎる。覚悟が違いすぎるんだ)

 

 

 

 

「考え事かね。青履君」

 

 近くで聞こえた声に慌てて立ち上がる。

 

「お早う御座います。真戸上官」

 

「ふむ、おはよう。ところで怪我の方はどうかね。まだ痛むかい」

 

「いえ、痛みの方はすっかり」

 

 真戸上官は一見猫背な姿勢からは伺えない重心を下に置いた歩きで、丁度向かいの椅子に腰をかける。

いつも通りのグレーのロングコートに白い手袋。先程まで両手でもっていたクインケは自身の両隣に置いてある。白髪から覗くやせ細った骸骨のような容貌から、見る人を怯ませる双眼が俺に向く。両手をテーブルに載せリラックスした状態で話し出す。

 

 

「君にも連絡は端末を通して伝わっているだろうが一応言っておくよ。ラビットの方は足取りはつかめていない。

だが一度交戦して分かった。あれは若い。CCGを何人か殺っているようだが煽りに簡単に乗ってくる。

所詮下等な化け物だ。我々の敵ではない。放っておいてもいずれ勝負を挑んでくるだろう」

 

 そこまで言って真戸上官は俺に考えを述べさせるかのように間を置いた。相変わらずその眼は俺を見つめたままだ。

 

 

「つまり、問題は723番の娘の方だと」

 

「君の足は信頼に値する。それからあのガキが逃げおせたとは考えにくい。何らかの組織が関与しているなら……それも潰すのが私たちの仕事だ」

 

 そして先ほどより長く間を置き、

 

 

「それと喰種のガキを人間のように【娘】と呼称するのは辞めたまえ。それは君のためにならない」

 

 俺は返事を返すことができなかった。自分の意見を述べることも、真戸上官の優しさに流されることもできなかった。俺の視線は気持ちに相乗するかのように下を向き、ただ観察されているかのような視線を受け続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらいか後、だんまりとした空間に小石を投げ入れるかのようにドアの開く音が響いた。入ってきたのはこの部屋の最後のメンバー、亜門だった。

亜門はこの部屋の重い空気に違和感を覚えたのか入るなり真戸上官に問いかけた。

 

 

「これは……一体どうかしましたか」

 

「いや、なに。青履君の体調が思わしくなくてね」

 

「そうでしたか。青履、大丈夫なのか?」

 

「あぁ。心配される程じゃない、と言いたいところだが左手は未だ安静にだそうだ」

 

 左手を掲げながら答えると、その手を少し心配そうに見ながら亜門は俺の横に座った。

そしてクインケとは違う用途のケースから書類を人数分取り出しそれぞれの前に置いた。

 

 

「これは先日、集優高校の生徒から提供のあった目撃情報です。

ぼろぼろのクローバーの服を着た女児を重原小学校の近くにある河沿いで見かけたようです。これは723番の子どもと思わしき人物と一致します」

 

「重原小学校ねぇ。20区の端じゃないか。怪しいねぇ」

 

「現在他に情報もありません。調べてみる必要はあるかと」

 

「ふむ。なら今から行くとしよう」

 

 真戸上官が立ち上がると共に俺達も腰を上げる。

戦闘には不安が残るが捜索なら十分可能だろう。そう思って亜門と並んで真戸上官の後を追うように部屋を出た。



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8話

 大丈夫。

CCGに手配書も貼られてあった。顔が見られたのは最悪だけど、雛実はまだ捕まってはいない。

店長は24区に移すなんて言っていたけどそうはさせない。あんな肥溜めで雛実を一人になんてさせるもんか……。

じゃあどうすればいいか。

”白鳩”を殺せばいい。あいつらが見つける前に、一人残らず。

そのあとは私が守ってやればいいだけ。

 

 

「トーカちゃん。本当にやるの……?」

 

「うるせぇ。集中して持ち場につけクソカネキ」

 

「でも、やっぱり僕は反対だよ……。捜査官を殺すなんて」

 

「今さら怖気づいたのかよ。なら一人で帰れよ。もともと私だけやるつもりだったし」

 

「……何もできないかもしれないけど、トーカちゃんを放っておけないよ。」

 

「チッ」

 

 あの日からもう数日。

店長も四方さんも動いてはくれない。雛実の居場所も分からない。ないないないない。ない事づくしだ。

この状況でちんたらやってる余裕はないんだ。

そんな荒れてる私にコイツは協力を申し出てきた。僕にも出来ることがあるなら何か手伝わせてほしいってさ。

……馬鹿だよね。何の力もないくせに。

 

 

 仲間が殺されたのに黙って指をくわえて見てるのが正しいとは思わない。

雛実はお父さんもリョーコさんも”白鳩”に殺された。

 

 仇が討てなきゃ可哀想よ……!!

 

 

 

 

 

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「あーー。川に入るなんていつぶりだろうなぁ。

亜門、お前も子供の時にザリガニ獲ったりしたか?」

 

「していない。俺は孤児院育ちだからなそんな暇は無かったんだ。

真戸さん、こっちにも何もないです」

 

 亜門が川の水草に頭をつっこみながら報告する。俺も近くの水の中を覗き込むが、小魚や水生生物が存在するのみだ。

 

 

「どうやら川に収穫はなさそうだ」

 

 そう言って真戸上官はジャブジャブと水をかき分け陸に上がる。俺たちも肌寒いこの季節に寒水に使っていたくはないので習って川から出る。

しかし、重原小学校付近への聞き込み調査も芳しくなく、防犯カメラによる目撃情報もいまのところない。

真戸上官のお得意の感で川の捜索に乗り出したが成果は上がらなかった。

まぁ、当たり前なんだが。なんたって俺の家に居るからな。

 

 

 ……上がったら余計に寒いな。

中島さんも、寒い寒い言いながら腕を擦り合わしている。

 

 これは特別手当モノじゃないだろうか。

もし降りたらこれで雛実の服でも買いに行こう。しかし女児のファッションなんて分からないぞ。

ダサいものを与えるわけにはいかないしな。

やはり事前に勉強してから行くべきだな。

うん。

 

 

「おい、聞いているのか青履……」

 

「何がだ?」

 

「真戸さんが二手に別れようと言っているぞ!

俺たちは向こう!真戸さん達はトンネル内だ!」

 

「あぁ。オーケー。了解です」

 

「ふむ。青履君、君は怪我をしているから亜門君と離れないようにしなさい」

 

「 分かりました。ほらさっさと行動するぞ〜亜門」

 

「き、貴様っ。元はといえばお前が聞いてなかったんだろうが!」

 

 

まずいぞ。職場で雛実の事が頭によぎるなんて。

弛んでるぞ!俺!

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、行ったか。なぜ貴様らがここにいるのかは知らないが丁度いい。

こちらから赴く手間が省けた。

そろそろ出てきたらどうだね?

喰種君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜門を伴って向かった場所はトンネルとは反対にある土手だ。

多分真戸上官の感ってやつだろう。あの人のアレは馬鹿にできないからな。

 

 

 俺達が移動した先には一人の男が立っていた。半身で此方に対峙するように構え、頭にはパーカーを目深く被せている。身長170cm程度の体にどこにでもいそうな出で立ちにも関わらずそいつは言い得ない不気味さを醸し出していた。

そしてなにより、喰種の悪趣味な仮面をつけている。

 

 その姿を遠目から発見していたので大して驚くことはない。隣にいる亜門の横顔をチラと覗き見る。

その瞳は薄く威圧するように細められ、眉間には皺を寄せていた。

 

「何だ、貴様は」

 

 仮面の男は答えない。

 

 

「邪魔だ。消えろ」

 

 相方が言い終えると同時にこちらへと駆け出してきた。その速度は一般人のそれと変わらなかった。俺は隣にだけ聞こえるよう声を落とし、任せると短く伝えた。

 

 男の振りかぶった右腕を亜門はガードしなかった。

 

「えっ……? がはッ!!」

 

 突っ込んでくる勢いを自らの体で殺し、男の襟首を掴んでから地面に叩きつけ無力化する。CCGで喰種捜査官なら誰でも習う対人柔術だ。

 

 

「捜査官をやっていると……貴様みたいに”喰種”の真似事をする馬鹿な輩が現れて困る。

悪趣味なマスクだ」

 

 しかし男は抑えられた腕に蹴りを入れ拘束から逃れる。少々一般離れした跳躍で亜門から距離を取り、四つん這いで着地。こちらを見据える。

その瞳は赫かった。

 

 

「あいつ、喰種か。全然気づかなったな」

 

「余りに非力でてっきり人間かと思った。

だが”喰種”なら放っておくわけにはいかない」

 

 俺と亜門の手から金属の擦れるような歪な音を出しながらクインケが展開される。

俺のは西洋の片手剣のような尾赫のクインケ。亜門のはハンマーのヘッドを縦にしたような身長ほどもある巨大なクインケだ。

 戦闘は長引かせたくない。クインケを持つ右手の握力を確かめ、一気に接近する。

相手の眼球がこちらの動きを捉えていることを確認しながら側面に回り込む、と見せかけて背後から横薙ぎに切りつける。

 

 

「なっ!」

 

 クインケは男の首筋を薄皮を撫でるように傷つけた。赤い血が舞い散る。

相手はフェイントに引っかかったことが理解できないようで傷つけられても動こうとしない。その隙に後続の亜門が接近しクインケを大きく振りかぶり男の側頭部にクリーンヒットする。ぐ……ぁ……、と声をもらしながら男の体が吹っ飛ぶ。

 

 

「………仮面をつけた悪鬼。貴様らに一度聞いてみたかった。

罪のない人々を平気で殺め……、己の欲望のまま喰らう。

貴様らの手で親を失った子も大勢いる。

残された者の気持ち……悲しみ……孤独……空虚……。

お前たちはそれを想像したことがあるか?」

 

「……」

 

「貴様と同じ”喰種”で『ラビット』と呼ばれる者がいる……。

奴が私の仲間を殺した。……ほんの数日前だ。

……………………………。

彼はなぜ殺された……? 捜査官だから? 人間だからか?

ふざけるなッ!

彼のどこに……!! …どこに殺される理由があった……ッ」

 

「この世界は間違っている……!!

歪めているのは貴様らだ!!」

 

 亜門は涙を流しながら叫ぶ。

そうか。お前もそのことを考え始めたのか。

一体どっちが正しいんだろうな。俺も雛実と関わっていく中で心境に変化が芽生えた。きっと亜門もそうなるのだろう。

俺は脳震盪で起き上がれない男を見ながら亜門に耳打ちする。

 

 

「もしかすると、真戸上官の方が本命かもしれない」

「ッ!?」

「前に言っていただろ。背後に複数犯関わっているかもしれないと。

様子を見に行くべきだろう」

「ならお前が行ってくれ。今は一刻が惜しい。お前の足にかけるべきだ。急げッ!」

 

 

 俺はこの場を任せ全速力で来た道を戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が到着した時に見た光景は

”兎面”の喰種の足元に倒れ伏す中島さんと、羽赫から放たれた赫子に両足を切断される真戸上官の姿だった。

 

 

 頭が恐ろしい程真っ白になる。音も聞こえず、ただ視覚からの映像のみをスローモーションで頭でリフレインされていた。

 

 

 ハッと我に返り俺は被りを振り、立ち止まった足を再稼働させた。

 

 

「真戸上官ッ!!!!!」

 

 駆け寄り虫の息の真戸上官を背負いその場を離脱する。

後ろから来る赫子の第二波を片手剣で幾つか叩き落とすも何本か体をかすめて被弾する。

”兎面”の喰種はスタミナが切れたのか赫子の発射を止めた。その隙に水のない通行路に真戸上官の体を横たえさせる。

 

 

「あぁ……青履君。手ひどくやられてしまったよ」

 

 喰種を視界に収めながら、血がドクドクと噴き出す足を止血のために縛る。それでもブシュブシュと溢れ出す血は出血性ショックないしは失血死が危ぶまれる勢いで出ている。それを念入りにキツく携帯テープで縛りつける。

 

 

「青履君。今は目の前のことに集中したまえ……」

 

「……」

 

 真戸上官の傍らから立ち上がり喰種を見据える。細い一本のジャリ道の先に女学生風の喰種が中島さんの頭に足を乗せながら此方を見据えていた。女は前髪が垂れ下がるせいか目元まで影になっており、暗がりから赫く光る眼と鬼のような形相は俺を威圧する。肌に寒気が走る。それは以前何度か感じたことがある強者の証だった。

 だが俺にも勝機はある。コイツは羽赫で短期戦型。真戸上官との連戦では本来の力を発揮することはできないだろう。もう一つ良い事に明らかにダメージを負っており尚且スピード勝負に持ち込めることだ。そこは俺の十八番だ。

 

 

「……動くなよ。ここに転がってるコイツがどうなってもいいのか」

 

「なぜお前のような喰種に真戸上官が負けたのかと思えば成る程。そんな姑息な手を使っていたというわけか」 

 

「っへ。強がんなよ。

あからさまに手に包帯巻いてるお荷物がきたところでなにができんだよ」

 

「お前だな。草場を殺した”兎面”」

 

「なら雛実の母親を殺したのはあんたもだな。あーぁ、イイよな。

人間はさ。そっちが被害者でこっちが加害者。ほんとっ気に入らねぇ、

私たちの苦しみなんて理解しようともしない癖にさっ!!」

 

「確かにな」

 

「は?」

 

「お前今なん「だが」」

 

「どんなに言おうが、草場の仇をとるのはこちらも同じだ。お前を捕まえるのに議論の余地はない。投降しろ」

 

「ほざくなよ……ニンゲンの分際でッッ!!!!」

 

「どんなに弱っていてもお前みたいな喰種如きに負けたりしない」

 

 こんな安い挑発でもいいのか。

拍子抜けするくらい俺の安い挑発で頭に血が上った喰種は人質を放って踊りかかってきた。

その化け物の身体能力を駆使し右へ左へフェイントを織り交ぜさせながら向かってくる。俺の側頭部を狙った回し蹴りを躱し、今度はこちらから足を狙い回転切りで反撃に出る。

 

(きっと次は空中……ッ!)

 

 女は空中に逃れることで回避し、かかと落としの予備動作に移行しようとする。その土手腹に膝蹴りを繰り出す。

 

 

「うぐぇ!!」

 

 くの字に折れたまま滞空する女の後頭部へとおまけに回し蹴りをお見舞いする。中々の勢いで飛んでいった女は何回か地面を転がった後ヨロヨロと立ち上がった。

 

 

「ころ……すぞ……。クソヤロウ……」

 

「……」

 

「生きたい……って……思って……何が悪い……。

こ……んな…………んでも…、せっかく……産んでくれたんだ。

……育ててくれたんだ……。

ヒトしか喰えないならそうするしかねえだろ……。

こんな身体で……どうやって正しく生きればいいんだよッ。

どうやって……!」

 

「テメエら何でも上からモノ言いやがって…………テメエ自分が”喰種”だったら同じこと言えんのかよッ……ムカツク……!

死ね……!

死ね死ね死ね死ねッ!!クソ白鳩野郎みんな死んじまえッッ!!!」

 

「クソが……。畜生、ちくしょ……”喰種”だって」

 

「私だって、アンタらみたいに生きたいよ……」

 

「それはそれは……ごふっ。聞くに、耐えん……おぇっ……な」

 

 真戸上官が血反吐を吐きながら喰種に向かって言う。

 

 

「バケモノ、の分際で……穏やかな生活など…………させるものか」

 

 血の抜けた顔色で話す真戸上官は、とても正気とは思えなかった。

これ以上は真戸上官の様態に悪い。

早く医療を受けさせるためにCCGの特殊回線で医療班を呼びながら喰種を拘束するために近づく。

俺が近づくともう力がないのだろうか、女は顔だけ上げると口をパクパクさせて声にならない言葉を発する。

 先ほどの女の自白から聞いてみようと思った俺は耳を近づけると、女は頬に齧み付いてきた。紙一重で回避したものの頬に歯型のような切り傷ができて出血してしまう。

 

 

「……気を抜いた俺が悪かった」

 

 そのあとは油断せずに手足の関節を外してカーボンチューブ製の拘束バンドをつける。

だが、なんとなく。医療班が到着するまでならとこの女の喰種と話したくなった俺は独り言のように話しかける。

 

 

「土手の男と雛実ってやつはお前のなんだ」

 

「……」

 

「なら俺から話してやるよ。雛実は捕まっていない。

どころかなぜか捕まることもなく、安全は保証されてる未来があるぞ。

勿論陽の下でな」

 

「……どういう事…だよ」

 

 きっとこの女は一生コクリアで留置されることになるだろう。

最後に希望を見たって罰は当たらないだろう。

 

 

「さぁな」

 

「なっ……、 この野郎………」

 

 そこまで言ってから女は遂に気絶した。

俺は真戸上官の応急処置へ向かおうとした。



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