花襲 -はながさね- (雲龍紙)
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残花の序
花雫の紗梅雨 -黄龍-



 さらさら、さらさらと。
 金砂の煌めきが、ゆったりと巡り続ける。数多の生命の躍動の中を、あるいは深海の底や大気の中を、果ては地表に転がる巨石の中にさえ。
 さらさら、さらさらと。
 流れ、巡り続けるそれを、いつの頃からか人はエーテルや氣や、エネルギーと呼ぶようになった。名付け、解明し、利用しようと手を伸ばしても、それは変わらず星を、宇宙をさらさらと巡り続ける。

 生まれては朽ちていくモノたちの、一瞬の煌めきを見守りながら。






 

 

 鮮やかな深緋(こきひ)色の番傘に、名残の桜のひとひらが再び貼り付いた。

 やわらかな霧雨の中、時折山の高所から風に運ばれて迷い込んでくる薄紅の花片に笑みを零す。何とは無しにくるりと傘を回し、雨で張り付いた桜花の影を楽しんだ。

 

「――水に輪をかく波なくば けぶるとばかり思わせて 降るとも見えじ春の雨」

 

 何気なく思い出した唱歌を口遊(くちずさ)みながら、自らの住処(すみか)に通じる山の小道を辿る。時折まとわりついてくる精霊たちと戯れていた時、ふと『何か』を感じて薄曇りの空を振り仰いだ。

 

 ――――チリ、と。

 

 本日幾度目かの肌を刺す違和感に、すっと目を細める。そのまま瞑目し、意識を自らの本体ともいうべき龍脈――《氣》の流れに合わせれば――何か、異常な負荷でも掛かったかのように所々で引き攣れ、寸断し、歪んでいる。そんな状況になっていることをざっと確認し、目を開いてゆるやかに瞬いた。ふむ、と口元に片手をやり、指先で顎を撫でる。

 

「…………まぁ、これだけ乱れれば、花も紅葉も狂うか」

 

 言葉と共に苦笑を零せば、頭上で賑やかな羽音が聞こえた。視線を転じれば、苔むして森と一体化しているような石灯籠に2羽の鳥が舞い降りる。雨を弾いて金色に輝く鳶と、漆黒の闇を切り取ったかのような、三本足の鴉。

 その姿を確認し、思わず首を傾げた。

 どちらもこの国の神話では『太陽の使い』であり、『先導するモノ』という性質が強い神の鳥である。それがこんな、半ば隠棲しているような自分の許へ来る理由が判らない。――神氣が滲んでいるので、何者かが形だけを模した式神である可能性は考えなかった。神話に登場する本人たちで間違いないだろう。だが、何故ここにいるのか。

 首を傾げたまま、じっと見つめていると、やがて2羽の鳥も首を傾けてこちらを見返して来た。双子のように揃った動きに思わず笑みが滲む。

 

「――何の用だ?」

 

 カァ、と烏がひと声、啼いた。そのままバサリと地面に降り、翼をたたんで身体を揺らしながら歩き出す。金鵄(きんし)の方は石灯籠の上に留まったまま、羽繕いをしだした。

 

「……ついて往けばいいのか?」

 

 問えば肯うようにピュイ、と金鵄が鳴き、八咫烏は催促するようにカァ、と再び啼いた。思わず肩をすくめて空を仰ぐ。

 雨は降り続けているが、やわらかい紗のような雨だ。この霧雨なら木陰に入ってしまえば、じかに雨に打たれることは無いだろう。第一、山の中では傘など逆に危ないだけだ。軽く息を吐いてから傘をたたみ、石灯籠に立て掛けて小道を逸れて八咫烏の姿を追う。

 

 うねるように地から浮いた大樹の根を潜り、群生する山葵(わさび)が茂る小さな沢を渡り、苔や蔦に覆われた鳥居を抜け、枝垂(しだ)れる藤波の房を掻き分けたところで目にする筈の無いモノを見つけて思わず息を呑んだ。

 

 咄嗟にここまで自分を導いた八咫烏の姿を探せば、朽ちた注連縄の残骸が掛かった大岩の上に乗った八咫烏は、カァ、と啼いた後、力強い羽音を立てて飛び去ってしまう。――――どうやら、コレを教える為に先導したらしい。

 深く息を吐き、改めてそれに目を向ける。十中八九、龍脈が乱れている原因はコレだろう。

 

(――――さて。どうするか……)

 

 泉に半ば半身を沈めるように倒れているモノは一応、外見は人間と同じ形をしている。だが、それが既に『人間』という括りには入らないものであることは一目見れば知れた。単純に、人間とするには有する力の気配が大き過ぎる。この国の神々の大半も太刀打ちできないであろうことは、容易に想像できた。

 

 つまり、自分はこの『客神』の対処を諸々の存在から丸投げされたらしい。

 

 広がる見事な黄金の髪はしかし、衰弱具合を示すかのように翳り、何処かくすんで見える。だが、おそらくはこれでも多少は回復した後なのだろう。この泉は龍脈に通じており、その龍脈から豊富な氣が溢れている。

 ふと。金の客神の肩に、揺れる影を見つけて視線を向ければ、白い小蛇が鎌首をもたげて身体を揺らし、こちらを威嚇するように牙を向けていた。

 

「……なるほど、」

 

 どうやら『客』は二柱だったらしい。姿こそ可愛らしい小蛇だが、これはこの国の神々も裸足で逃げ出すだろう。かろうじて踏み止まるのは三貴子くらいか。ついでに同等なのは天之御中主神に当たるだろうか。どうだろう。

 そっと膝を着き、右手を軽く握って地面に着く。出来るだけ目線の高さを近づけて、柔らかく微笑んだ。それで小蛇の姿をした神は困惑するように牙をしまう。

 

「ようこそ、異世(ことよ)の神よ。私はこの世界に流れる龍脈の象徴。【黄龍(こうりゅう)】と呼ばれることが多い。――――随分と古き御方であるようだが、だいぶ弱っておられるご様子。あばら家でも構わなければ、お招きさせて頂きたいが、どうだろう」

 

 人間の知り合いに見られたら「お前誰だ!?」とか言われそうなくらい、丁寧に申し出てみる。というか、この国の神々は自分より上の存在には丁重に丁重を重ねて接するのが、基本姿勢なのだ。特に、正体の良く判らない――つまり、崇り神の可能性のあるモノに対しては、その傾向が強くなる。誰だって謂われない崇りを(こうむ)るのは御免だ。

 まぁ、だからと言って自分を卑下してしまうと、それはそれで面倒なことになるので匙加減が大変なのだが。

 蛇の姿をした神は、ふっと力を抜くように鎌首をおろして蜷局(とぐろ)を巻く。その姿に微笑し、そっと両手で掬い上げるように持ち上げた。そのまま着物の(あわせ)から懐に入れれば、物言いたげに尻尾の先で肌を叩かれる。どうやらご不満であるらしい。

 軽く苦笑して懐から出し、自分の肩の上に載せれば、蛇はスルリと身を這わせて首を囲むように陣取った。――これは、脅されているんだろうな、たぶん。

 

 思わず嘆息し、次いでもう一柱の人型の神を泉から引きずり上げ、非常に困った。

 単純に、日本人な自分の体型では、異人さん体型である相手を運べない。それに気付き、息を吐く。

 

「――白虎、来い」

 

 とりあえず近くにいるだろうと思って呼べば、案の定、すぐ傍の茂みが揺れて通常の虎よりもひと回り大きい白虎が姿を見せた。その頭を軽く撫でてやれば、満足そうに目を細める。

 

「この客人を乗せてくれないか?」

 

 そう告げれば、仕方がないな、とでもいうように息を吐き、体躯を伏せた。その背にどうにか金の髪の客人を乗せて白虎に合図すれば、のっそりと立ち上がり落とさないよう慎重に歩き出す。

 その後に続いて歩き出し、来た道を戻る。雨は降り続いているものの、もとより激しいものでは無く、そうであれば山に生い茂る木々の枝葉に遮られてあまり届くものでも無い。

 ツン、と首筋をつつかれ、視線を落とせば物言いたげな小蛇の視線とかち合い、思わず苦笑が滲んだ。

 

「――あの白虎は、四方を守護する四神のひとつだ。結界においては西の街道を象徴し、属性は金――鉱物、と言うべきかな。私が中央に棲む黄龍(こうりゅう)だから、頼みを聞いてくれるだけだ。お前たちに危害は加えない。――ただ、御身はあまり動かない方が良いかもしれない。あれもネコ科だから、本能的にじゃれ付く可能性もある」

 

 そう応えれば、小蛇は少し動きを止めた後、スルスルと自分から懐に入っていった。――うん。そっちの方が落とす心配もないから、ありがたい。

 しかし、会話が成立しないというのも、なかなか不便である。なんでまた、こんなボロボロの状態でなお、星ひとつ砕くのも苦労しないであろう力を持つ異邦の神々がこんな処にいるのか不明だが、正直、あまり気にしていない。他の神精妖魔も気にしてはいないだろう。興味深くは思っているだろうが、今はまだ遠巻きに視線を向けて様子を窺っている程度だ。

 

(――が、しかし……)

 

 こんな面倒極まりないことを丸投げして寄越したのだから、当分の間は構ってやる気は無い。しばらくは放置しておこう。結界を張り直しておくのも良いかもしれない。ちょうど修繕の時期だったし。

 

 ――――ピューイ、と。

 

 行きに傘を置いた石灯籠に留まって待っていたらしい金鵄が、鳴き声を残して力強く飛び立ったのが見えた。金に滲む翼が木々の間から見える空に消える。

 

「……触らぬ神に崇り無し、か」

 

 この状況、どう言い繕ったとしても、その一言に落ち着くだろう。この様子では当分の間、こちらから呼んだとしても『四神』と数種の神獣くらいしか姿を見せないかもしれない。

 ――――が、それはそれで普段と変わらないし、むしろ急な来客も無い分、いくらか楽だ。

 軽く息を吐き、石灯籠に立て掛けておいた赤い番傘を取って開く。隣を歩く白虎に乗せた客が濡れないように傘を翳しながら、夕飯の献立に思いを馳せた。

 

 ――――菜園で食べ頃なのは鮎河菜(アイガナ)とサヤエンドウ、少し家の周りを歩けば野蒜(のびる)明日葉(あしたば)、ワラビ、コゴミも採れるだろう。芋類も暗所に保存してあるし。さて、何を作ろうか。

 

「――あ。蛇は当分、ダメか。鳥でも獲るかな」

 

 思わず小声で漏らせば、懐で蛇神が凍り付いたように硬まったのが判った。申し訳ないとは思うが、普段から自給自足な生活だった為に出た言葉である。許してほしい。

 おそるおそる顔を出して来た蛇神の頭を指先で撫で、軽く苦笑を零した。

 

「――すまない。御身を食すつもりは無いから、安心して欲しい。第一、今はそんな姿かたちでも、本来は違うのだろう?」

 

 この神の本性は、こんな可愛らしい小蛇ではないだろう。

 どちらかというと、人の目では目視することも不可能なほど――それこそ、宇宙を囲むほどに巨大であったはず。――形は、蛇っぽい気がするが。そして自分よりはるかにご長寿な御老体である、とも思う。

 そんなことを考えながら、もう一度小さな頭を撫でれば、白い蛇神はジト目で睨むようにしてから、大人しく懐に戻っていった。

 

 

 





【アンチ・ヘイトに関して】

 アンチ・ヘイトに関しては、念の為です。が、若干1名のみ、雲龍紙的には確実にアンチ・ヘイトになるんじゃないかな、という奴がいます。結構先の話ですが。
 ……波旬? 奴は素直で正直じゃないですか。だからまだ許せます。
 外法帖の柳生? あいつもラスボスとしてはごく普通ですよね。復讐ですし。
 獣殿? もう、あそこまで突き抜けてたら、いっそ清々しいです。むしろ神々しいですよね。流石神様。神様らしい傲慢っぷりです。
 水銀? ……うん。歴代の中で一番頑張ったよね。神様は人間に興味関心持たないのが人間としては一番ありがたいと思うんです。

 ……だが、奴だけは赦せんのです。一番最初はそこそこ好印象を持っていた為に、裏切られた感が凄まじいのです。プレイヤーとしては。おのれ九条綾人…っ! イナミンを使い潰す気か……っ!!



 ……ところで、この場合の緋勇さんは『オリ主』に該当するのでしょうか?


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花時雨 -黄龍-


 もろともに あはれと思へ 山桜
 花よりほかに 知る人も無し


  ――――前大僧正行尊





 

 雨が、地面を叩く。

 軒先から滴り、地面を打つ雨の音が響いていた。そこに時折、庭木の枝葉から滴り落ちる雫の高い音が混じる。本格的に降り始めた雨に煙る庭を眺め、そっと溜息を吐いた。

 障子を閉じても、雨の匂いが部屋に残る。

 

「……今日は、出られないな……」

 

 小さく呟き、身体を伸ばしながら欠伸を噛み殺す。白藍の寝間着から千歳緑の着流しに着替え、布団をたたんで部屋を出た。

 

 正直、少し前なら来客も無いのをいいことに惰眠を貪っていたりしたのだが、今はそういう訳にもいかない。一番奥の間の襖を静かに開き、部屋の中を確認する。

 

 黄金に輝くような髪。

 

 真っ先に目に入るのはその色彩で、その人物は部屋の真ん中に敷かれた布団で眠っていた。丸窓は開かれた様子も無く、枕辺に置いた水差しからも水が減った痕跡はない。

 

 どうやら、まだ目覚めてはいないらしい。それらを確認しつつ、空気の入れ替えの為に丸窓を開けた。すぐ脇の柱に掛けた、一輪挿しの菖蒲(アヤメ)が風に揺れる。窓の外では雨に濡れながら藤が波のような花房を揺らしていた。

 

「……さて、」

 

 こんな天気では洗濯も出来ないし、出掛けることも出来ない。かと言って、別にしなければいけないようなことも、実は無い。

 

 星が動かなければ、この人里離れた場所でひっそりと朽ちるまで過ごす。それだけが、この身に課せられたものだった。だからこそ、別にしなければならないことは無い。極論、何も飲み食いせずにゆるやかに衰弱していくような自害を試みようと、誰にも咎められることは無い。人間からすれば死ねば別の適任を用意するだけだろうし、神霊たちからしてみても、それは同様だろう。それでは例え死んでみても全くの無意味だ。よって、とりあえず退屈を凌ぎ、暇を潰す何かをしたい。

 

 正直なところ、この『客』を拾って来たのは、退屈凌ぎの為である。よって、効果的に暇を潰すなら、世話を焼けばいい。だが、その相手は数日たっても眠ったまま。氣の巡り具合から見ても、徐々に回復はしているのだろうが、外傷がある訳では無いので手当も出来ない。

 

 腕を組んで柱に寄り掛かり、じっと金髪の『客』を眺める。やはり異人さんは日本人と比べて体格が良い。しかもこの御仁は均整の取れた鍛えられた身体つきをしている。なんというか、こう……嫉妬しても良いだろうか。

 そこまで考え、ふと思い至った。この家に、この御仁に合う衣服は――無かった気がする。というか、自分独りしかいないのだから考えるまでも無く、ある訳がない。

 

 ならば、やることは決まった。この御仁に似合う服を作らなければならない。これはなかなか良い暇潰しが出来そうだ。この御仁だけでは無く、小蛇殿の分も作っておいた方が良いだろうし。

 ツン、と足首を何かにつつかれた。視線を落とせば、滑らかな白銀の小蛇の姿。こちらも徐々に回復しているらしく、拾った時よりは大きくなっている。

 軽く笑んで屈みこみ、片膝を着く。そっと頭を撫でれば、ゆらりともたげた鎌首を揺らした。

 

「――どうした? 影藤(かげふじ)殿」

 

 何度か『小蛇殿』と呼んだら無視されたり尾で叩かれたりしたので、少し悩んだ後に、こう呼んでいる。からかった自分も大人げなかったと思わないでもないが、この呼称も実は皮肉的な要素を含んでいた。だが、流石にこちらは解らなかったらしい。今のところ困惑された後、諦めたような溜息を吐かれた程度である。――いや、こっちの呼び名の意図はバレても怒られたりはしないと思うが。

 そんなことを思い返しながら小蛇を撫でていると、不意にかぷり、と指先に噛みつかれた。痛いというより、ムズ痒い。

 

「…………小蛇殿?」

 

 あえて不満がっていた方の呼び方をするも、噛む力がより強くなった程度で何も変わらなかった。会話が出来る訳では無いので、仕方なく眺めてみる。どうやら、自分の血を舐めているらしい。――いや、これは正確には血だけでは無く、血と一緒に流れ出る氣も舐めているのだろうか。確かに、回復するには手っ取り早い方法ではあると思う。体液の摂取が魔力だとかの回復手段として用いられるのは、洋の東西を問わず昔からの常套手段であるわけだし。

 

 ――が。

 

「……たぶん、悪酔いするからそろそろ止めた方が……あ、」

 

 ようやく離れたと思ったら、ぽてっと小さな音を立てて畳の上に落ちた。どうやら眼を回してしまったらしい。可愛らしい姿に、少しだけ和む。

 そっと両手で掬い上げて金髪の御仁が眠る布団の端に運び、撫でてから部屋を出て戸を閉めた。薄暗い廊下を歩きながら、これから手がける衣の色を考える。

 あの見事な金の髪では、同じような色彩はよろしくない。黄櫨染(こうろぜん)は合うだろうが、あれは一応禁色(きんじき)であるので除外する。

 

(……金色の髪、か)

 

 あの髪の色をより引き立てるのならば、濃い緑が良いだろう。洋装でならば白や黒でも良いかもしれないが、自分には洋装を作る技術は無い。よって自然に和服になる訳だが、そうすると白や黒は正装の類になってしまう。青は少し違和感があるし、紅はあの金糸の髪と合わせると少し安っぽく見える気がする。――うん。やはり緑系統の色が良い。それも、少し暗めの緑であれば、あの金の色をより引き立てるだろう。

 

「……小蛇殿は、」

 

 人間の姿かたちを見ていないので、何とも言えない。――が、なんとなく、わかる。当人の雰囲気は、おそらく金髪の御仁とは正反対と言って良いだろう。ならば白系の色か――いっそ白藤が良いかもしれない。あるいは瓶覗(かめのぞ)きか水浅葱あたりか。

 

 光には陰を、陰には光を。そう在れば、より互いを引き立て合う。

 

「――うん。確か、使わなかった布も蔵にあったな」

 

 蔵、とは言っても1階の大部分は作業用の工房と化しているので、本当の意味で蔵なのは2階部分だが。――まぁ、今回はただの縫い物なので、布を持って来て炉端でやればいいだろう。

 

 そこまで考え、ふと朝餉(あさげ)をまだ摂っていないことに気が付いた。

 

「あー……昨日の汁がまだあったか。小蛇殿はしばらく起きて来ないだろうし……」

 

 自分の血と氣とを一緒に摂取すれば、まぁ、回復は速いだろう。ただ、それは例えるならば泡盛(あわもり)()のまま一気飲みするような行為である、と認識している。ウワバミと云われる蛇ならば多少の耐性はあるだろうが、それでもちょっと不味かったんじゃないだろうか。

 

「……ま、いいか」

 

 特に問題は無いだろう。悪酔いをしようが二日酔いになろうが、死ぬ訳でも無い。……流石に、蛇神が急性アルコール中毒とかにはならないだろうし。たぶん。

 

「朝餉……も、いいか」

 

 自分独りしかいないなら、別に抜いても構うまい。正直、自分の分だけを用意するのは面倒臭いし。だが、まぁ……流石に昼時には腹が減るだろう。

 

 居間に寄り、囲炉裏の埋火(うずみび)を掻き起こす。軽く炭を足して、自在鉤(じざいかぎ)に昨日の残りの汁が入った鉄鍋を掛けた。火に直接触れない事を確認してから、草履を引っ掛けて土間に降りる。戸口を開け、脇に置いてあった赤い傘を広げれば、貼り付いていた最後の名残りの桜がひらりと舞い落ちた。それを惜しむような気持ちで見送り、傘をさして雨の中に出る。

 

小さな石橋の掛かる池の傍を抜け、藤の下を潜り、咲き始めた紫陽花を見て、もうそんな季節か、と苦笑した。やがて蔵が見えてくると、扉の脇に植えられた山吹が黄金に煙って視界に入る。ちょうど見頃であったらしい。その色彩に、あの金色の御仁が脳裏をよぎる。

 

「――帰りに、少し貰って活けようか」

 

 口に出して呟けば、(うべな)うように黄金(こがね)の花々がサワリと揺れた。どうやら、活けて貰いたいらしい。

 思わず微笑み、鉄で作られた重い扉を開けながら、軽く窘めるように話し掛ける。

 

「喧嘩は、するなよ?」

 

 さわさわ、と応えるように花が揺れた。

 

 

 





『影藤』…水に映った藤。

 影は陰。虚像。光が強ければ、影もまた濃く深くなる。

 藤。蔓状の植物、紫や白などの花房を垂らす。
 古来、日本では蔓状の植物は蛇や龍の力を表すものでもあった。
 藤は『風散』とも書く。



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花衣 -黄金-


※病み上がりで寝起きな珍しすぎる状況の獣殿視点です。

※上記に拒絶反応が出た・脳が理解を拒否したなどの症状があった方は、速やかにブラウザバックで脱出し、お気に入りの作品を眺めて精神力の回復をすることをおススメします。そしてそのままこのシリーズについては忘れましょう。

Q:キャラ崩壊ですか?
A:キャラ崩壊はしてないと思います。ただ、他の二次作品の獣殿と比べるとだいぶ穏やかと云うかマイペースと云うか……ゆったりしているような気がします。あくまで気がする程度。たぶん。






 

 ――――初めに、柔らかな風が頬を撫でる感触に気が付いた。次いで意識してゆっくりと呼吸すれば、芳しい花の香りが鼻腔に広がる。あたりに人の気配が無いのを確認してからそっと目を開けば、木目の美しい天井が目に映った。

 

 戦場の気配は、微塵も無い。

 

 蛇が閉した世界の既知感も遠く、女神に抱かれた理の気配も無く、刹那の凍てついた法の気配も感じられず――――ただ、小さくも輝かしい、無数の生命に満ち溢れている気配だけが、強い。

 

 身体を起こせば、自分が見慣れぬ服を身に纏っていることに気付いた。たしか、極東の――浴衣、と云っただろうか。視線を転じれば、枕元にはガラスの水差しとグラスが置かれていた。

 

 ――――雨風を凌げる場所で、寝床と衣服を与えられて、水差しまで用意されている。ついでに拘束されている訳でも無く、部屋を見渡しても特に閉じ込めておく意図を感じさせるものは何一つなく、部屋の端には花瓶に黄色い花まで飾られていた。

 助けられ、面倒を看て貰っていた、と解釈するのが正しいだろう。色々と疑問は尽きないが、それでも礼には礼をもって報いねばなるまい。

 

 毛布の上に置いた右手に、スルリ、と何かが触れた。視線を落とせば、小さな白銀の蛇が鎌首をもたげて見上げている。その姿はともかく、気配には充分に覚えがあった。

 

「――カール、か?」

 

 頷くように頭を動かし、肯定の意を伝える。

 

「これはまた、随分と愛らしい姿だな」

 

 小蛇姿の親友は、「やれやれ」とでも言いたげにチロチロと赤い舌を出した。その仕種は、どうみても普通の蛇にしか見えない。だが、同時に気配はどう探っても親友のモノ。

 その親友はスルスルと移動すると、枕元の水差しに近付き、こつん、と口先でつついて見せた。そうしてこちらを見上げてから、もう一度水差しを示す。

 

「――飲め、と?」

 

 頷く蛇を眺め、ふむ、と少し考える。――この親友は、どうやら言葉も使えない程度に消耗しているらしい。だが、特に周囲を警戒している素振りは無い。つまり、少なくともこの場には自分たちを害するモノは無い、と考えていいだろう。

 そう考えて軽く笑む。水差しに手を伸ばし、グラスに透き通った水を注いでまずは軽く匂いを嗅いでみた。――ほんの微かに、爽やかな柑橘系の香りがする。ひと口含み、毒物にありがちな妙な苦みなどが無いことを確認してから、一杯分の水を飲み乾した。

 

 カールの様子を見る限り不要である可能性が高いが、それでも此処がどのような場所なのか判らない以上、警戒するに越したことはないだろう。

 

「……して、カールよ。此処の主は何処だ?」

 

 ユラリ、と身体を揺らした白蛇は木と紙で作られた丸い窓へ頭を向けた。おそらくは外なのだろう。紙の窓には、庭木のシルエットがまるで絵画のような配置で映り込んでいる。――いや、これは窓と云うには大きい。もしかすると庭に通じる戸でもあるのかもしれない。

 とりあえず立ち上がって近付き、木枠に彫り込まれた取っ手のような個所を見つけてそっと横に滑らせてみる。何の抵抗も無くなめらかに開いた戸の先には、磨かれたような板を張った狭いデッキと見事な花房を滴らせる藤の樹の庭があった。

 おそらくここは、庭を観賞する為の場所なのだろう。藤の大木と、その木陰が掛かる池。地面にはところどころに濃い緑の苔が広がり、デッキの目の前には庭と家とを区切るように卵サイズの白い石が敷き詰められていた。

 庭のあちこちで小さな雫が陽射しを受けて輝いているのを見るに、おそらくは雨でも降った後なのだろう。圧倒的に緑が多い庭の中、細い道が通っているのを見つけて視線で辿れば、藤の向こうに白い壁の建物が見えるのに気が付いた。――が、窓の無い造りからすると、あれは倉庫のようなものだろう。

 

 騒々と木々が揺れる音だけが響く。時折、小鳥の囀る声も耳を撫でた。

 こういった風景の中にいると、時の流れもゆったりしたものに感じられる。――こういう時間を好みそうなツァラトゥストラを思い出し、その事に思わず笑みが零れた。

 木の床に座り、柱に背を預ける。しばらくすると、2、3羽の小鳥が警戒も無く肩に舞い降りて来た。小首を傾げ、チチチ、と鳴き交わすと間違いを悟ったかのような調子で慌てて飛び立ち、藤の花房の向こうへ消える。小鳥の向かった先に、何かの気配があった。カールに確認するように目を向ければ、蛇姿の親友は素知らぬ素振りで蜷局(とぐろ)を巻いて日向ぼっこをしていて、その様子で改めて危険は無いのだと知る。

 

 やがて見事に咲き誇り、風に身を踊らせる藤の帳の向こうから、淡い紫の花房を片手でそっと掻き分けて人影が現れた。陽射しに照らされた黒髪が、時折銀のような煌めきを零す。手には周辺で摘んだらしい山菜を込めた籠を持っていた。

 肩や差し出した指先に止まる小鳥たちと戯れながら藤の中に現れた青年の姿に、花や森の精霊の御伽噺を思い出す。

 20代半ばの青年。――いや、東洋人は若く見えるというから、20代の後半なのかもしれない。とにかく、その程度の年代に見える青年はしかし、どうあっても人間とは思えなかった。

 姿こそ人間を模しているが、人間らしい気配が感じられない。気配が無い訳では無いが――その気配は、人気(ひとけ)の無い、山深い森のイメージが強かった。あるいは、この庭がヒトの姿を得たとしたら、この青年のような形をとるかもしれない。そう思えるほど、人間よりは森や山に近い気配。

 その青年の視線が、こちらに向いた。少し驚いたように瞬き、次いで柔らかく微笑する。

 

「――目が覚めたようで何より」

 

 (しず)かな森を思わせるような、深く澄んだ声が耳に届いた。

 

「しかし、まぁ。ここまで自己主張の強い破壊神に会うのは久々だな。眩しいからちょっと気配を抑えて貰いたいんだが、どうだろう」

 

 要点を突いた、しかし何かが決定的にずれている言葉に、思わずまじまじと青年を眺める。青年は何度か瞬くと「まぁいいか」と言ってゆったりと近付いて来た。

 石の擦れ合う音が響き、青年の肩に止まっていた小鳥が軽やかな羽音を立てて飛び去る。青年はそれを見送ると抱えていた籠を降ろし、屈託なく笑みを向けて来た。

 

「はじめまして、異世(コトヨ)の神よ。私は大地に流れる龍脈の化身。黄龍と呼ばれることが多い。差し支えなければ、呼び名を教えてほしい」

 

「……なるほど、『呼び名』か。で、あれば『メフィストフェレス』『黄金』『獣』『至高天』『修羅』――このあたりが、卿の云う『呼び名』に当たるであろうな」

 

 本名ではなく『呼び名』を訊かれたという事は、それだけ『名』というものの扱いに注意が必要である、ということに等しい。古今東西、『名』は広く呪術に用いられる場合が多いことから、おそらくはそれを念頭に置いての『呼び名』だろう。

 

「まずは、礼を述べよう。我等の面倒を看てくれたこと、感謝する」

 

「いや。――俺は押し付けられて、暇潰しになりそうだから拾っただけだ。それに、お前たちみたいなのが放置されていた方が、要らん面倒が起きる」

 

「ほう」

 

「とりあえず、回復するまでは此処で休むと良い。たまに騒がしいこともあるかもしれないが、此処にお前たちの敵に成り得るものは存在しないだろう。――という訳で、何か食べられそうか?」

 

 思わず瞬き、次いで頷く。随分と長い間、『食べる』という行為をしていなかった気がするが、別に食べられない訳でも無い。

 だが、なんだろう。――おそらく、この青年としては、病人に対して「食欲はあるか?」というような意味で訊いたのだろうが、そのような扱いを受けたのが逆に新鮮だった。その事実に思わず笑みを零す。

 青年も軽く笑うと足下に降ろしていた籠を持ち上げ、蜷局を巻いているカールを片手で撫でると花の咲き乱れる庭の垣根の向こうへと消えた。

 

「……ふむ」

 

 何やら、こう――毒気の無い、さっぱりとしたカールと話しているような、妙な気分である。

 

「……カールよ。若い頃はあんな感じだったのか?」

 

 そう問い掛けてみれば、白蛇姿の親友は恨みがましい眼差しを向けて来た。おそらくこれは、言葉にすると『そんなワケないだろう』あたりであると判断する。

 そんな応えにゆっくりと頷き、込み上げて来る笑いを堪えた。

 

「であろうな。カールであれば、あそこまで淡白ではあるまい」

 

 溜息を吐くように頭を動かした白蛇を撫で、視線を再び庭に向ける。うららかな陽射しに照らされ、見事な藤の滝が風に花を揺らしていた。

 

 

 



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花雨の抄
花翳り -黄龍-



※腐海はまだ発生しておりません。

※腐海は発生していませんが……人によってはニートが口説かれてるように見えるかもしれません。


Q:黄龍殿は口説いているんですか?

A:口説いているつもりはありません。口説き文句っぽいな、という自覚はしているようです。しかし、思ったことを素直に口に出しているだけで、口説こうと思っている訳ではありません。
 今のところは。





 

 柔らかな陽射しを受けて、物干し竿に掛けた白い衣が風に揺れる。

 ひらひらと庭木の花に飛び交う蝶を時折 眺めながら無心に手を動かしていると、いつの間にか布の端まで縫い終わっていた。それに気付いて、ぷつり、とひと段落した縫い物から糸を切る。縁側に座り、陽だまりの中で欠伸を噛み殺しながら、失敗している箇所が無いか検めていると、不意に手元に影が落ちた。

 

「……ふむ」

 

 降ってきた声に、視線を上げる。黒い襤褸布を身に纏っただけの、影法師のような男の姿を見て思わず瞬いた。

 

「――思っていたよりも、美人だな。 小蛇殿」

 

 姿は違うが、気配は変わらない。小蛇殿で間違ってはいないだろうが、正直、思っていたよりも女顔な美人で驚いた。

 いや。所謂『蛇神(へびがみ)』と呼ばれるモノたちは、基本的に妖艶な美女・美形なので、美人であることには驚いてはいない。だが、こう……美人ではあるが『妖艶』とは言い難い、という部分に驚いた。なんというか、『蛇神』にはあるまじきことに、雰囲気からして『枯れて』いる。

 

「んー……白くなるまで乾燥した流木、みたいだな」

 

 海を渡り、浜に打ち上げられ、日照と潮風によって乾燥した流木。時に不可思議な曲線を描く骨のような色の流木は、火を灯せば炎色反応で蒼や緑の炎を見せる。えびす――即ち、『外より来たる流れの神』。

 

「……御身(おんみ)は妙なことをおっしゃる。この身は大抵、影に例えられるのだが」

 

「ん? まぁ……ぱっと見の外見はそうだな。影法師のような、と」

 

 何気なく手を伸ばして闇色の髪をひと房、手で掬い上げる。ひと通り感触を確かめてから、改めて顔を上げて微笑んだ。

 

「――まぁ、ある程度は回復なさったようで、安心した」

 

「ふむ。確かに、快調にはほど遠いと言わざるを得ないが、」

 

「それはそうだろう。本来の状態からすれば、砂一粒程度の欠片になって更に、薄皮一枚で辛うじて首が繋がっている状態――と言ってもまだ足りないほどに、弱っているんじゃないのか? どれだけ控えめに言っても『辛うじて奇跡的にまだ消えていない』という表現くらいしか思い浮かばないんだが」

 

 しかも、と思わず笑みが洩れる。いや、心境的には笑うしかない、というべきか。

 

「――そんな状態でなお、この星を潰すのは腕の一振り程度で済むんじゃないのか?」

 

 いや。もっと簡単なのかもな、と呟いて長い髪を手放す。さらりと流れた感触は、やはりというべきか、弱り具合を反映してだいぶ傷んでいるものだった。綺麗なのにもったいないと思う。

 

「……御前(ごぜん)は、」

 

 一段落した縫い物を片付けていると、再び声が掛かった。どういう思考の下なのかは解らないが、呼び方が変わったな、と認識する。――この手の存在を相手にする時には、こういった細かい言動から許容範囲にアタリをつけて、その範囲内に収まるようにしなければ痛い目を見る事は経験的に判っていた。特に『呼び方』には意識を向けておく必要がある。

 

 ―――が……良く判らないな。

 

 『御身』から『御前』へ変わった訳だが、こう、評価が上がったのか下がったのか、良く判らないチョイスである。

 言葉の意味を紐解けば『御前』の方が格式は高い。だが、現在では『お前』にまで格下げられた言葉でもある。その上、『高貴な者の細君。妻』などの婦人を敬う際に使うこともあれば、神の名前や白拍子の名前にも付けられる敬称であり――正直、どういうつもりで、そう呼ぶのか判断に困る。

 とりあえず片付けの手を止めて、改めて闇色の髪を流した麗人を見上げた。

 

「御前は、妙だな」

 

「端的過ぎて意図が判らない」

 

 即座に切り返してしまった言葉に、だが相手は気を悪くした様子も無く口元に微笑を浮かべる。それを見て、思わず顔を(しか)めて眼を逸らし、溜息を吐いた。それに益々、相手は笑みを深める。

 このパターンは、身に覚えが多分にあった。それも、個人的には有り難くない方向で。

 

「……ひょっとして、気に入られたのだろうか。小蛇殿」

 

「私に対する態度としては、非常に珍しい部類に入るのでね。こう、朗らかに明け透けな態度で接されるのは、非常に新鮮でもある。――ああ、中々に面白い」

 

「…………蛇は、執念深くて面倒臭いからな……」

 

 まぁ、多分。何処からともなくユラリと現れては、相手にとって嬉しくない話で絡んだり、警戒心しか抱かせないような話題を提供したりしていたのだろうな、とは思う。人間は蜘蛛か蛇かのどちらかに生理的嫌悪を抱く、という話も聞いた気がするし。

 ――どうも自分は嫌悪、という感情には縁も遠い様で、良く解らないが。

 

「――やはり、御前は面白い」

 

 その言葉に、改めて視線を向ける。影法師のような蛇神(へびがみ)は、口元に翳りのある微笑を刻んだまま、言葉を続けた。

 

「御前は、私が如何なるモノかを理解している。理解してなお、まるで友人に対するかのような態度を崩さない。――それは、万人に出来る事では無いし、第一、御前は我等を厄介だ、面倒だなどと言いながら、恐れてもいなければ畏怖している訳でも無い。――手負いとはいえ、毒蛇と獅子が傍にいても気にしないのは、余程の器量の持ち主か、単なる愚者か、あるいは道化か。――御前は、いずれもあり得そうで、私としても判断しづらいのだよ」

 

「私は【黄龍(こうりゅう)】だ。東洋の龍の姿形を知っているなら、蛇も獅子も無闇に恐れない理由としては単純だろう?」

 

「……ふむ。(ワニ)のような顔に、鹿の角。獅子の(たてがみ)を持ち、蛇のような胴体に、猛禽類の爪――という姿だったかな? 心境としては、獅子も蛇も同族扱いであるとでも?」

 

 問われ、考える。

 

(――いや、『同族』と云うよりは、むしろ……)

 

「……親? 兄弟? に近いような……」

 

「……く、くくく…っ」

 

 一瞬、瞠目した蛇神は、すぐに込み上げて来たらしい笑いを堪えようと肩を震わせている。それを横目で眺めながら縫い物に使っていた道具を部屋の鏡台(きょうだい)脇に片付け、ふと目についた櫛を手に取って縁側に戻り、蛇神に声を投げた。

 

「悦に浸っているところ申し訳ないが、ちょっと隣に座ってくれないか?」

 

 ちょいちょい、と手招きすれば、蛇神は面白そうな顔で言われたとおりに横に座ってくれる。何か言われる前に蛇神の背後に回り、膝立ちになって闇色の髪をひと房すくい上げ、軽く櫛を通してみた。

 やはり、あまり通りが良くない。

 

「蛇神でも、長生きしすぎると身嗜みはどうでも良くなったりするのか? せっかく綺麗なのに、もったいない」

 

「……私などよりも、獣殿の方がよほど美しいと思うのだが」

 

「系統が違うだろう。あっちは華麗、絢爛、煌びやかな美形で、御身は単純に綺麗だと思う。あちらが輝石をふんだんに散りばめた王冠なら、御身は水、というくらいには、『綺麗』の系統が違うな。――いや、水と云うよりは、(ソラ)か」

 

「…………」

 

「言われ慣れてなくて落ち着かない、とでもいうような顔だな」

 

「…………御前、扱い難い、と言われないかね」

 

「失礼な。私以上に扱いやすいモノなど、なかなか存在しないと思うぞ?」

 

 ゆったりと髪を梳かしながら他愛無い言葉を交わし、小さく笑う。自らに対する皮肉が混ざるのは、我ながら自嘲するしかない。

 

 ――それにしても、と思う。

 

 自分とはまた違う黒の髪を指に滑らせながら、ふと呟いた。

 

「……花よりも、珊瑚や貝、真珠が似合いそうだな」

 

「…………何やら非常に嫌な予感がするのだが」

 

「これだけ長い、綺麗な髪なんだ。いじりたくなるだろう、普通」

 

 組み合わせを考えてる、と応えれば、蛇神は何とも言えない沈黙を返す。頭の中で反論しているのか、それとも思考停止に陥っているのか。その内心を思えば、くつくつと肩を震わせて笑みが零れた。

 

 どこか深海の淵を思わせるような、紺碧(こんぺき)を帯びた闇色の髪。

 この髪ならば、薄縹(うすはなだ)よりも白藤(しらふじ)の色の着物が映えるだろう。飾りは真珠と翡翠が良いかもしれない。

 あるいは、いっそ蒼闇の地色の衣も良いかもしれない。黒にしてしまっては面白くないが、限りなく黒に近い蒼ならば、似合うだろう。

 

「……っと、」

 

 するり、と手から櫛が滑り落ちる。縁側の床を転がり、庭へ滑り落ちて縁石の上でカラン、と音を立てて止まった。

 それを蛇神は身を屈めて拾い上げ、おや、と声を上げる。束の間、逡巡したような間の後、半身で振り返ってソレを差し出した。

 

「……中々に良い品のようだが、実に惜しい事だ」

 

 歯の欠けた櫛を見止め、ふと思い返す。

 

 ああ。そう言えば。

 ――――これをくれたのは、神子だったか。

 

 もう、顔も、姿形も声も――交わした言葉さえ、褪せて擦り切れ、明瞭には思い出せないけれど。

 

「……そう、か。そうだな……」

 

 ぼんやりと遠い日を思い返しながら、歯の欠けてしまった櫛を受け取る。僅かに目を伏せ、淡い笑みを浮かべた。

 

「――やはり、残念だな……」

 

 ふと我に返り、櫛を懐にしまって蛇神に笑い掛ける。束の間の追憶は、違和感はあったとしても、訝しむほどの間ではなかった筈。

 

「――ところで、勝手に『小蛇殿』やら『影藤殿』と呼んでいた訳だが、私は御身をどう呼べばいいだろうか」

 

 後は、話題を変えて違和感など埋没させてしまえば良い。――だが、蛇神はじっとこちらを見つめた後、やれやれとでも言うように息を吐いて見せた。

 

「――――もしや、想い人か何かの形見だったかね?」

 

「違う」

 

「御前にしては余裕の無い返答、と言えそうだが」

 

「…………流石に、無駄に年経た蛇は、油断がならないな。だが、想い人では無いし、形見でも無い」

 

 言いながら、軽く笑う。意識して普段通りの態度を装っているように見えたりするのだろうか。実のところ、本当にいつも通りでしか無いのだが。我ながら、淡白だし薄情だと思う。しかし、だ。

 自分としては、薄情ながらも自分に人間らしい感情が在ることの方が、想定外である。ずいぶん長い事、人間に混じって生活していた所為なのだろうな、と理解しているが。

 

「……だが、そうか。それなりに、長い付き合いではあるのか。あの魂とは」

 

 ではやはり、『形見』と言えるような、言えないような、と呟きつつ、考えるような素振りで視線を落とす。

 

「まぁ……強いて言えば、『形見になる予定』だったのか。そろそろ今生でも寿命だろうし……って、なんだ、その顔は」

 

「――いや。少々、想像していたよりも斜め上な回答だったのでね。……というか、臨終の場に居合わせなくて良いのかね?」

 

「ん? ……あぁ、それは無理だ。どうあっても、平穏な逝き方は出来ないだろうし。経験上、いつ死ぬかは判っているが場所とタイミングはいつも変わる。第一、私も此処から動けないし」

 

 ああ、でも。

 今回は丁度、結界を張り直すタイミングか。なら、十三連座か富士のどこかになる。であれば、《龍脈》を通じて、死に目くらいは何とかなるだろうか。

 

「それより、私としては蛇殿の呼び名を聞きたい。それから是非とも身なりを整えて飾ってみたい。もちろん、あの山吹の君と一緒に並べて」

 

「――いや。ちょっと待て」

 

「ああ、でも。着せ替えの前には風呂かな。――生憎とこの家には湯船など無いから、裏山の温泉に行かなければならないが。そもそも、その前に体調は大丈夫か?」

 

 強引な流れなのは承知の上だが、とにかく適当に話を流す。正直、こちらの事情に突っ込まれるのは面倒だ。

 ――――少ない情報で真実に気付いてしまうような相手には、下手に秘匿するよりも適当な情報を過分に流してしまえば良い。そうすれば過剰な情報に翻弄されて、当分は大人しくなる。――そんな事を考えながら立ち上がり、ふと思い至って訊いてみた。

 

「とりあえず、夕餉(ゆうげ)の時はその姿のままだろうか?」

 

 ……こくん、と。勢いに圧されたかのように、蛇神は無言のまま、微妙な顔で頷いた。だが、すぐに我に返ったように苦笑を零して首を振る。

 

「ああ――いや。時間切れのようだ」

 

 ゆらり、と陽炎のように揺らぎ、姿が掻き消えた。視線を落とせば、白銀の蛇が蜷局(とぐろ)を巻いている。チロチロと赤い舌を見せる蛇神に微笑し、そっと掬い上げればスルスルと首の周りに陣取った。その小さな頭を指先で撫で、不意に翳った陽射しに空を仰ぐ。

 稜線の向こうが暗く翳ってきたのを見て、思わず息を吐いた。

 

「……また降って来るか。まぁ、そういう季節だから仕方ないが……」

 

 雨は、嫌いでは無い。だが、洗濯物が片付かないのは少し困る。――幸い、昨日、今日と晴れていたので今回は庭先で干している分で終わりだが、それでもまた数日降り続けるようなら竜神に苦情を言うかもしれないなと考え、思わず苦笑を零した。

 ちらりと稜線の向こうの曇天を見つめ、ここらに雨が降って来るまでのおおよその時間を計る。

 

「……うん。まだ少し時間はあるな」

 

 改めて縁側に腰を下ろし、柱に背を預けて空を見上げた。片手で小蛇を構いながら、もう一方の手で懐に仕舞った櫛に触れる。――――はて。これをくれたのは、何代前の神子だったか。

 もはや明瞭には思い出せない擦り切れた記憶の断片の中、白い欠片が降り頻っていたことは覚えている。懐からは出さないまま、つ、と指先で櫛をなぞり――ふと、かつては感じられた神子の気配の残滓(ざんし)すら、消えていることに気が付いた。

 その事実――――残滓が消えたことよりも、それを今更になって気が付いたという事実に、思わず瞑目する。

 

(――――嗚呼……こんなにも、遠い……)

 

 すり、と。ひんやりとした温度に頬を撫でられ、思わず瞬く。視線を向ければ、小さな蛇神が内実の読めない眼差しを向けていた。それに軽く笑みを零し、優しく頭を撫でて応える。

 

「……ああ、先に片付けてしまおう」

 

 徐々に暗くなっていく空を見上げ、軽く息を吐いて立ち上がれば、微かに遠雷(えんらい)の音が耳に届いた。

 

 

 

 ――――そういえば、今代の神子にはまだ、会っていない。

 

 

 

 

 

 





 前回までの投稿分の閲覧数を話ごとに分けてみると、獣殿が強すぎて「……うわぁお」ってなりました。ここまであからさまに差が出るのか……、と改めてしみじみ思ったものです。

 あ。でも言わせて下さい。
 雲龍紙が書くと、双首領は基本的にほのぼの要員になります。
 ……理由? 雲龍紙が知りたいです。何故だ、何故なんだ。解せぬ。なんなんでしょうね、本当に。

 そんなんでも宜しければ、引き続き次回の投稿を気長にお待ちくださいませm(_ _)m





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花山吹 -黄金-

※病み上がりで寝起きな珍しすぎる状況の獣殿視点です。

※上記に拒絶反応が出た・脳が理解を拒否したなどの症状があった方は、速やかにブラウザバックで脱出し、お気に入りの作品を眺めて精神力の回復をすることをおススメします。そしてそのままこのシリーズについては忘れましょう。

Q:キャラ崩壊ですか?
A:キャラ崩壊はしてないと思います。ただ、他の二次作品の獣殿と比べるとだいぶ穏やかと云うかマイペースと云うか……ゆったりしているような気がします。あくまで気がする程度。たぶん。

※というか、獣殿も黄龍殿も軽いジャブで挨拶しているだけなような……? 先制は獣殿。しかし黄龍殿もカウンターを発動します。
 が、どちらもあくまでにこやかに言論で遠まわしに、です。

※シュピールドーゼ。ドイツ語でオルゴールのこと。




 ぱたぱたと軒先から滴が落ちるたび、キン、と鉄を打つような澄んだ音が小さく響く。

 あまり聞いたことのないこの音に気付いたのは、今朝だった。一定の間隔で高く澄んだ音や低く鈍く反響するような音が耳に届き、何かの楽器だろうかと思ったのが気付いてから30分近く過ぎた頃。――楽器かと考える程度には、音階があるように思えた。

 興味が湧いて音のでどころを探り、雨の降り頻る外から聞こえているのだと気付いて考えを改める。流石にこの雨の中、外に楽器を持ち出す筈も無いだろう。そう思って、すっと紙と木で出来た戸を開ける。濡れた土と草木の匂いが、ふわりと部屋に流れ込んだ。

 ――キン、と。鉄を叩き、反響するような音が小さく響く。どうも、その音は軒先から地面に雫が落ちるたびに響いているらしい。――――たしかに、雫が水面を打つ時の音にも似ている。

 

「…………ふむ、」

 

 軒先から滴り落ちる雫は、ちょうど庭と家屋を隔てるように敷かれているらしい白い砂利のラインに染み込んでいく。それから僅かに間をおいて、キン、と高い音が響いた。

 ――これは、下が空洞になっていて、そこで音が反響しているのではないだろうか。しかも音の響き方から察するに自然に出来た訳では無く、大きめの壺か何かを土の下に埋め込み、わざわざ空洞を作っているものと思われる。おそらくは、この音を楽しむ為の仕掛けなのだろう。なかなかに手が込んでいる仕掛けである。

 板張りの床に腰を下ろし、柱に背を預けて目を閉じた。――――高く低く、水滴の音が雨の音に混じって響く。時折、風に揺れてこすれる梢のざわめきも耳に届いた。

 人の気配は、微塵も無い。

 

(――――にも、かかわらず……)

 

 スッと部屋の戸が開かれた静かな音に、目を開く。ゆったりと視線を巡らせれば、ここの家主が手に盆を持って入って来たところだった。ぱちりと目が合い、家主はゆったりと瞬いて淡く微笑む。――本当に、この御仁には人間らしい気配が無い。皆無と言う訳では無いが、それでも草木や花のような気配に近いと感じられた。

 

「おはよう。――どうかしたか?」

 

「なに。少し、音が気になってな」

 

「音?」

 

 呟きながらゆるりと瞬き、ふと思い当たったのか、「ああ」と言って苦笑する。

 

水琴窟(すいきんくつ)だな。そうか。異国には無い仕掛けだったかな。――耳障りなら、部屋を変えようか?」

 

「いや。珍しい音だったのでな。――最初は、鉄琴か何かだと思ったのだ」

 

「確かに、(きん)の類ではあるが……」

 

「シュピールドーゼかとも思ったのだが、それらしきものも見当たらない。それでよくよく観察してみれば、軒先から滴る雫とどうも関わりがあるようだったので最終的には水滴の音だとは理解したのだが……」

 

「単純に音を楽しむ為の装置だ。『風流』だとか『粋』だとか『侘び寂び』の演出装置のひとつだな。――まぁ、こういう言い方をすると、いっきに無粋になるが」

 

 軽く苦笑しながら、家主は盆を持ったまま歩み寄り、カタリ、と板敷の床に盆を置いた。一人分の食事なのだろう。小さめの土鍋と木彫りらしい椀がひとつ、盆の上に乗っていた。それを見て、わずかに首を傾げる。

 

朝餉(あさげ)は食べられそうか? 山吹殿」

 

「――卿はすませたのか?」

 

「ああ、まぁ。作っている時にちょいちょい味見とかで摘んでたから。もともと、あまり食べないし」

 

 だから気にしなくて良い、と言って笑う家主に、ゆったりと瞬く。――――少し、反応を見てみようか。

 

「ふむ。――では、毒見をせよ、と言えばどうする?」

 

 す、と家主は僅かに眸を細め――だが、それ以上の変化は特に無い。

 この反応は、意味を理解できていない訳では無いらしい。どちらかというと、こちらがこういう事を考える可能性は一応、考慮していた、といった反応だろう。しかし同時に、その考えをこちらがこうも明け透けに提示するとは思わなかった、と。

 ふと、家主の口元に笑みが浮かぶ。しかしその眼差しには、特に笑みは含んでいない。ただ静かにこちらを映している。

 

「――――御身らは、毒殺が可能なのか?」

 

 馬鹿な、とでも言いたげな口調と言葉に、思わず瞬いた。相手は一瞬呆けたこちらに笑みを深くし、こてん、と首を傾げて見せる。

 

「毒など効かないだろう。御身らは、『そういう存在』の筈だ。――であるならば、毒など盛るだけ無駄だ。少し考えれば明白だろうに」

 

 それに、と家主はゆったりと続けた。

 

「山吹殿に至っては、毒の種類まで判りそうだ」

 

 その言葉に、口元に微かな笑みが滲む。

 確かに、人間時代に色々とあったおかげで嫌がらせや暗殺に使われる毒はひと通り判別できるが、まさかそれを出会って数日の相手に看破されるとは思わなかった。

 

「――不安なら、これは下げよう。人の作ったものを口にする習慣が無いなら仕方ないし、アレルギー持ちなら確認しなかったこちらも悪い。ただ、申し訳ないが……この家の台所では御身らは非常に料理しにくいと思う。第一、」

 

 御身らが料理している姿は、あまりにも似合わなかったので……と告げて眉尻を下げる家主に、思わずくつくつと笑い声が漏れた。ひとしきり笑って、いや、と首を振る。

 

「少しばかり、反応を見たかったのだ。許せ」

 

「……だろうと思った。面白みが無くて悪いな」

 

「いいや、充分だとも。――――頂こう」

 

「ずいぶん調子のいい手のひら返しだ。憎茶でも出してやろうか」

 

 口ではそう言いながら、家主は本音では気にしてはいないのだろう。変わらず笑みを滲ませたまま、運んできた小さな土鍋の蓋を開ける。ふわりと立ち昇る湯気と匂いに、ふと何故か違和感を覚えて瞬いた。僅かに首を傾げ――そういえば、人間らしい温かい食事は、いつぶりだっただろうか、と思い至る。

 ほかほかと立ち昇る湯気の下から現れたのは、ほのかに黄みを帯びた粥に緑のネギを散らしたもの。それを木彫りの椀に移し、小さめの木匙を添えて差し出してくる。それを受け取り、ひと匙掬って口に運んでみれば、溶かれて絡んだ卵と出汁の旨味が口の中にじんわりと広がった。

 

「……見た目よりも、手間をかけたのか」

 

「ん? 出汁のことか?」

 

 鰹節と昆布と……と指折り数えだした家主に、思わず苦笑が零れる。どうやら、この御仁は思っていた以上に世話焼きであるらしい。

 黙って食事を続ければ、家主は少し考えた後、慣れた手つきで冷ました白湯をカップに入れて盆に置く。それに瞬けば、彼は「緑茶が飲めるか判らなかったからな」と言ってもうひとつのカップに茶を注いで見せた。ハーブティーよりも濃い緑色の茶に、確かに、と思う。これは苦手な者もいるだろう。

 ゆっくりと食事を続けていると、家主は気を使ったのか、静かに立ち上がり部屋を出ていった。

 

 雨の音と水琴窟と云うらしい雫の音を聞きながら、ぼんやりと食事を続ける。しばらくして食事が終わる頃、ふたたび家主が部屋にやって来た。その腕には鮮やかな橙色の花を抱えている。

 

「……それは?」

 

「ヤマブキだ。――活けようと思って。食器を下げるついでに持ってきた」

 

 ヤマブキ、と呟き、まじまじとその花を観察する。流れるように垂れる細枝に、いくつものあたたかみを帯びた黄色の花を咲かせている様は、確かに観賞用としては良いだろう。どことなくカーネイションやバラの形に近いような気がする可憐な花に、しかし思わず瞬いて首を傾げた。

 

「……卿は、私をその花の名前で呼んでいるが……自分で言うのも難だが、とうてい似合っていないと思うぞ?」

 

 自分よりは、黄昏の女神の方が似合っているのはあまりにも明白だ。この意見に反対する者などいないだろう。自分はこんな可憐な花の名で呼ばれるような存在では無い。

 そんな風に思いながら、微かに笑みを滲ませる家主を見遣る。彼は面白そうに目を細めた後、部屋の片隅にある花瓶へとヤマブキを活け始めた。もともと活けていた花の中からダメになっているものを抜き出し、代わりにヤマブキを差し込んでいく。

 

「山吹色は黄金色という意味を持つ。が、それを抜きにしても、御身を表すのに相応しい名前ではあると思うぞ、山吹殿」

 

「ほう。――して、その可憐な花のどのあたりが?」

 

 ざっと活けた花を整えた後、抜いた花を脇に抱え、食事のすんだ膳を持って立ち上がりながら、家主は応えた。

 

「――七重八重 花はさけども山吹の みのひとつだに なきぞかなしき」

 

 ――――和歌、というものだろうか。あまりにも予想外の返答に、思考が空転する。しかし内容を吟味するより早く、家主は部屋を出る直前で肩越しに振り返り、艶やかに笑って見せた。

 

「確かに八重咲きの花は美しいな。観賞用としては良く映える。――しかし、命を繋ぎ、次代へ残すことが出来ないのなら、果たして生きることに意味はあるのだろうか。……地味な一重咲きは実を結んで種を残すが、人目を引く八重咲きは実を結ばず、種も残さないんだ」

 

 ふと、肚の読めない微笑を浮かべ、今度こそ家主は部屋を出ていった。さぁさぁと、雨が降りしきる静寂の中、ときおり水琴窟の音が響き渡る。

 

「……――――ふむ、」

 

 皮肉、だろうか。いや、そういう気配とはまた違った気がする。では何か、と云われれば、まだ明確な言葉は掴めないが。

 

「……ああ、そうか」

 

 問われたのだ、自分は。あるいは、『自分たち』は。

 その理に、意味はあるのか、と。ヤマブキと云う花の性質に託けて。

 思わず、口元に笑みが滲む。

 

「……【渇望】の意味を問う、か」

 

 ヤマブキの花を見て目を細め、手を伸ばして花をひとつ、摘み取った。しみじみと眺めた後、ぐしゃりと握り潰して風に散らす。

 

「それこそ、意味のない行為だろうに」

 

 滲んだ笑みは、しかし苦笑の色が強いだろうと自覚していた。

 

 

 




 Pixiv版には無いお話でした。まだ、微妙にお互い探り合ってます。

 そして実はこの間、ニートは蛇姿で黄龍殿の懐でねむねむでした。出そうかとも思ったのですが、そうすると何故か
「パパもママもけんかしちゃやだぁ!(泣)」
って状態の子供っぽくなりそうだったので、自重しました。はい。



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昔日の花雨 -黄龍-

※『東京魔人學園外法帖』と『転生學園』要素のクロス?です。

※黄龍殿の追憶的な何か。

※実は結構、黄龍殿も不安定なのが発覚。

※過去のことですが、別に付き合っていたりとかはしていません。

※黄龍殿×天津の神子的な雰囲気に見えたりするのは、錯覚です。おk?

※よって、腐海でもBLでもありません。そもそも当時の神子の性別が不明。

※しかし、わざわざここで警告するという事で、お察しください。

※よろしいですか? ではどうぞ。




 最初に気付いたのは、木々が揺れて擦れあう音。次いで頬を撫でるように過ぎた風の感触。そして次に濡れた土と草木の匂いが届き、最後に強い芳香を放つ花の匂いが鼻腔に残った。

 

 どうやら、少し居眠りしてしまっていたらしい。何度か瞬き、そっと手にしたままの布と針を確かめる。――布はともかく、針を失くしていなくて良かった。落としていたら探すのが面倒だ。

 柱に凭れたまま庭に目を向け、思わず目を細めた。濡れた青葉が陽の光に輝いて眩しい。ぱたぱたと、軒先から音を立てて雫が滴り落ちる。

 

「……雨は、止んだか」

 

 縫い途中の布を膝から退かし、裁縫道具を箱に片付けて立ち上がる。急に立ち上がった所為か目が眩み、踏鞴を踏んで柱に寄り掛かって数秒。何度か瞬き、視界が明瞭になるのを待って息を吐いた。

 自らの失態に軽く苦笑を零し、布と裁縫箱をまとめて鏡台の横に置いて片付ける。

 

 居間から土間に降り、竹で編んだ籠を持って勝手口へ向かった。戸を開け、うららかな日差しに目を細めながら外へ出る。

 

 ここ数日降り続けていた雨は、すっかり上がっていた。洗われたような蒼い空と山の緑が心地良い。菜園脇の小道を歩きつつ、道端に生えている(よもぎ)の柔らかい葉を摘み、野蒜(のびる)を抜く。家の周辺をひと巡りする頃には、籠には充分な量の山菜が採れていた。

 

 ちらりと山を下る小道に目を向け、緑に沈む木陰を眺める。

 この道は小さなせせらぎに繋がっているが、普段はあまり使わない。今も用がある訳では無く、そちらに目を向けたのは単に見知った気配があったからだ。

 見知った――けれど、此処に在る筈のない気配。

 

「……『鹿跳(ししとび)』……」

 

 名を呼べば、大気を揺らめかせて陽炎のようにおぼろげな姿を見せる。

 蒼い体躯に燐光を纏う、大きな鹿。複雑に枝分かれした角を凛と掲げ、静かに佇む姿は『幽玄』という言葉が良く似合っていた。

 ユラリ、と形が揺らぐ。

 水面に映った虚像のようなそれに、理解した。

 

「……神子は、もう刻限か……」

 

 蒼い大鹿が、ゆったりと瞬く。

 

「……そうか、」

 

 静かに歩み寄り、佇む大鹿にそっと手を伸ばした。

 

「――すまない。俺は、」

 

 手が触れる。大鹿はそれを避けるように身を引き、次いで軽く頭を垂れた。そうして、ふわりと風に散らされるように(ほど)けて消える。

 

「…………また、」

 

 零れかけた言葉を呑み込み、伸ばした手を下ろした。少しだけ俯き、言葉の代わりに吐息を零す。騒々と揺れる木々の音を聴きながら、しばらくその場に立ち尽くした。一度は下ろした手を眼前に運び、ぼんやりと眺める。ふと思い出して懐に手を入れ、歯の欠けた櫛を取り出した。

 黒に近い深い藍の地に古びた色彩で金銀の波紋が描かれ、花弁を散らせる桜があしらわれている。風に散り、水面に浮かんで滑るように流れ去っていく桜の図。

 

 ――――だいじょうぶ。

 

 不意に、記憶の深みから、あの日の声が蘇った。

 

 ――――だいじょうぶ。自分はいくけれど、あなたはかわらず在るのだから。

 

 満開の桜。降り頻る花弁は雪のように白く、けれど仄かなぬくもりを纏って終わりゆく春を謳いあげる。

 ふわり、と。天津神々と地上を結ぶ神子の色素の薄い髪が風に舞った。病的に細い腕が伸ばされ、自分の手に触れる。両手で包むように手を取り、そうして何かを握らせた。

 

『…………見つけてくれて、守ってくれて、ありがとう。――――契約でも何でもない昔の口約束を、忘れないでいてくれて、ほんとうにうれしかった。 叶うなら、』

 

 ――――どうか、来世もまた、見つけてほしい。

 

 ごめんなさい、と声を震わせて涙を流す神子の涙をぬぐい、わかってる、と返す。わかっている。だから泣くな、と。

 

 そうして交わした言葉を、最後に叶えたのはいつだったか。

 徐々に人として生きる時間すら短くなっていく神子に、追いつけなかったこともあった。そもそも、産まれてすぐに殺されてしまっては、手を出すも何もない。それでいて死ぬのは常に龍脈絡みだ。つまり、産まれたかどうかは解からなくても、死んだ時だけは確実に解かる。転生したことに気付けず、その死んだ気配でようやく気付いた時の虚しさなど、知りたくも無かった。

 

 ざわり、と。山の木々が風に揺れる音で、我に返った。

 手にする櫛を眺め、目を細めてそれを改めて懐に仕舞う。

 

(――今代には、まだ、会えていない……)

 

 いや。会っていない、が正しい。居場所も立場も、把握している。ゆるやかに使い潰されていることも。それに思うところが無い訳では無い。それでも、ある事実が会うという行動を躊躇わせる。

 

(……会った、ところで……)

 

 自分は、あの魂を救えない。それを、どうしようもないほどに、自覚している。

 万の民が暮らす国土と、たったひとつの魂を、天秤に掛けることも無く、選ぶことすら無く前者を採ると、自覚している。――国の未来の為に、死んでくれと。きっと自分は、迷い無く口に出来る。出来てしまう。

 会って、ほんの束の間を共に過ごして、流れる涙を拭ってやって――そうして、背中を押してやる。自分で、選べと。選んだ先に、神子自身の未来など無いと知りながら。

 痛む胸など、関係無い。良心の呵責など、無縁のものだ。そもそも、自分は人間では無い。人間の形を取ってはいるが、それでも人間では無いのだから――――痛む心など、知らない。

 ――そして、それがもはや、自身に言い聞かせているだけに過ぎない言葉であるのだとも、自覚していた。繰り返し、繰り返し、自分に言い聞かせる。そうしなければならないほどに、自分は人間寄りになってきてしまっているのだと。だから、親しい魂が何度も汚泥(おでい)に塗れるのを見るのは、自分も苦しいのだと。

 幾度も考えた。この苦痛から逃れるには、どうすればいいのか。幾度も考え、出た結論はふたつ。

 きっと人であったなら、神子の運命を弾劾する。神子の手を取り、無理矢理にでも引っ張って、共に逃げるなり抗うなりするのだろう、と。

 しかし自分は、その選択肢を選ばない。その選択の先に流れ着く場所を、知っているから。その選択の先には、もっと深い絶望の風景が広がっていると。そこに辿り着いた時、きっと後悔しか残らない。そもそも、手を取ろうが離そうが、神子の寿命は花の如く短いままだ。延命は可能でも、いずれ死ぬのはどの生命も変わらない。

 畢竟(ひっきょう)、たとえ贄の宿命から逃れようと、神子もいずれ死ぬ。土へ還り花を咲かせ、風に散じて世界へ溶ける。そうしていずれ、世界を巡る『わたし』の中へと還ってくる。

 そこまで考え、この器に収まっている自分は泣きたくなるのが常だった。結局、自分は本当の意味で人間らしく在ることは出来ない。人の器で人と交わっても、本質的には相容れないのだと。

 

 深く息を吐き、梢の間から降り注ぐ木漏れ日を見上げる。小鳥がさえずりながら飛んでいくのが見えた。

 

「――嗚呼、ダメだな……」

 

 このまま戻れば、先日拾ったあの白い蛇の姿をした神に要らぬ勘繰りをされてしまう。その程度には気分が塞いでいる自覚があった。だが、そうも言っていられない。

 

 やがてもう一度だけ溜息を吐き、手にした籠を抱え直す。

 

「――戻るか」

 

 思考を切り替えるために小さく呟き、振り切るように(きびす)を返した。

 

 

 

 

 




作業用BGM

・『忘れられた桜の木』(より子)
・『桜の樹の下』(KOKIA)
・『命奉処』(stellatram)
・『天出処』(stellatram)
・『EXEC_SEEDING/.』(stellatram)
・『Little Sign』(レトクオリア)

 というラインナップでした。知らない方は是非、聴いてみてほしいです。
 あ。でもたぶん、一般受けしそうなのは
 KOKIA>より子>レトクオリア>stellatram
 だと思われます。やはり、多重録音+架空言語は一般には敷居が高いかと。でも雲龍紙は大好物です。


 それはそうと。
 また、花見が出来なかったよ……orz


 幼少期に1度だけ、まさしく『桜吹雪』と云える瞬間を見たことがあります。しかも、丁度その瞬間、自分の視界には人がいなかった。
 やわらかな風が吹いて、公園の桜が一斉に花弁を降らせて、本当に夢のように美しい瞬間でした。あれ以上に美しいものを、未だに見つけられていません。

 またいつか見たいものです。



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金砂の夢 -水銀-

※今回はサブタイトルを見てお分かりの通り、前回の宣言通り水銀視点でございます。

※ほとんど寝てるので、独白状態。

※架空言語(ヒュムノス・星語)が出てきます。本来はアルファベット表記では無いのですが、専用フォントだと表示されないのでアルファベット代用です。


※実は色々とテンパってたり焦ってたりしているニートと、そんなニート(小蛇)を撫でて子守唄うたって落ち着かせてるだけの黄龍殿がいます。端から見れば和める風景です。



sstaary cloowu tier eever
fiitaai siei titaa seefaltann syii tie




 ――――深々(しんしん)と、淡い金の雪が降り積もる。

 

 微睡むような夢の中、降り注ぐものは時折その姿を変えた。時には雨になり、花弁となり、あるいは星屑のような小さな煌めきになり、やわい羽になり、透き通った鱗にもなる。だが、いずれも長く形を留めることは無かった。

 深々と音も無く降り注ぐそれが、あの邪神に砕かれ、在るべき世界から弾き出された自分たちの命脈を繋いだものだと、今では理解している。

 

 夢の中で降り注ぐそれは、触れれば儚く溶け消え、じんわりとあたたかくこの身に染み込んでは傷を癒やした。砕かれ、罅割れた魂にまで染み込み、無数の疵をあたたかい波動で触れて罅の隙間を埋めていく。

 抱きしめるというよりは、ゆっくりと撫でられているような感覚に近い。慰撫されている、と言えばいいのだろうか。ひたすらにゆっくりと、何度も何度も繰り返し、労わるように撫でられているような、そんな感覚。

 

 そんな夢の中でゆっくりと瞬けば、視界には星屑の空が広がった。天上には無数の煌めきが集い、ひとすじの大河のように止め処なくゆったりと流れている。それはまさしく天の川のようだった。そして天上のそれを映すかのように、遙か眼下にも同じような光の道がある。まるで脈打つようにゆっくりと明滅を繰り返しながら、無数の小さな光が流れていく。

 あの無数の小さな輝きが、この世界のあらゆる生命の灯火なのだと、誰に教えられるでも無く理解した。眩い煌めきは、自らの生を懸命に謳いあげているからだと。だが、どんなに眩い輝きであろうと、それは一瞬だった。ひときわ鮮烈な輝きを放った後まるで花のように散り、別の光に溶け込み、また同じように輝いては弾け、他の光に呑み込まれていく。

 それはまるで、輝きを受け継ぎ、受け継いだ輝きをまた別の者に託していくかのよう。そして、それは間違いでは無いのだろう。『この世界』とは、そういう世界なのだと理解する。

 短い生を、ひたすらに繋げていく。その、間断無く、綿々と繰り返される継承が、この世界の根底にあるのだと。

 

 ふたたび瞑目し、淡い雪の如く沁み込んでくる力に意識を向ける。

 

 寄せては返す波。大地に根を張り、天へ向かって枝葉を広げる大樹。湧き立つ雲から降り注ぎ、地表を濡らして循環する水。山野を駆け抜け、吹き渡る風。

 

 春には草花の芽吹きを、秋には実る稲穂の豊穣を。

 生に喜びと悲しみを。死の喪失と寂寞を。

 陽光の恵みと、月夜のやすらぎを。

 

 永劫の時の流れの中、ひたすらに短い時を繋げていく。万象に宿り、巡り流れる、命の奔流。脈打つ鼓動のリズム。すべてが繋がり、星を満たす命となる。

 

 その、あまりにも多くの欠片を内包する、力の気配。その小さな小さなひと粒を、『この世界』は幾百幾千と集め、深く傷付き衰弱した我らに分け与えてくれた。それは、『この世界』にとっては自らの血肉を、魂を分け与えるに等しい行為と云えるだろう。それでも、『この世界』から我らに向けられるのは、優しい労わりと深い慈しみだけ。ごく稀に小さな感情らしき気配も向けられるが、概して感情らしき気配の波は穏やかで――――こう、巨大な老木と対峙しているような、そんな気にさせられた。

 

 ――――だが、そう。

 この力の性質は、愛しい女神のそれに似ていた。その輝きは黄金の獣にも近しい。故に、どうしても親近感が湧く。

 最初こそ、あの邪神を連想させるほどの膨大な力の気配に警戒したものの、どうもその力の大半は『この世界』を維持することにまわされており、しかもその性質は愛しい黄昏の女神に近いものであると察してからは、気にならなくなった。

 

(――――嗚呼、いとしの女神よ……)

 

 彼女は、無事だろうか。彼女に捧げたアレは、きちんと役目を果たしたのだろうか。きっとそうであってくれと思いながら――――それでも、おそらくそれは叶わなかっただろう、と考える。

 自らが総べた時代に比べれば、あまりにも短かったその治世。まさしく自分が例えた花のように短い治世で散ってしまうとは。これも自分が彼女を花などに例えた所為だろうか。

 

(ああ、いや。そんなことよりも……)

 

 早く、戻らなければ。一刻でも早く『あの世界』へと帰還し、あの邪神を排し、自分が神座に就いて再び世界を回帰させなければ。そうすれば、再び女神の治世を迎えることが出来る。

 

 純粋無垢なる、至高の魂よ。黄昏の女神――――私はあなたに恋をした。故に。

 

 幾度となく、世界を繰り返した。愛しい女神に抱かれて死ぬ。それだけを己の終着点を定めて。それに至るためだけに、那由他ほども世界を繰り返し――――そこそこ、満足のいく結果が出せたというのに。

 それを、あの邪神がすべて打ち壊した。おそらく、きっと女神も砕かれてしまっただろう。

 

 ――――否。

 

 認めない。

 私はそんな結末など、望んでいない。あの輝かしい女神の世が、あんな外道に潰されて終わるなど在ってはならない。

 

 ちりん、と。

 小さな鈴の音のようなものが、意識に入り込んだ。同時に、ふわりと風が身体を撫でる感触。

 

 

―――― rlae llar

 

 

 淡雪のような光と共にやわらかく降り注いだ音の連なりに耳をすませば、急速に夢の情景は遠ざかった。その代わり、さわさわと草木が揺れる音と、深い色の声がやわらかな音を口遊んでいるのを知る。

 

 

enu remvia fuff

cuol un wahh remvia tfuff

solf syene sattsa via

pon euxyel ciel clal nouwa

 

 

 ふと、唐突に目が覚めた。もぞもぞと身動ぎし、そういえば今は小蛇の姿だったと思い出す。ついでに何処で微睡んでいたのかと言えば、『この世界』で自分たちを拾い世話を焼いてくれている家主の懐だった。スルスルと身を這わせて懐から顔を出せば、縫物をしていたらしい家主は手を止めて視線を落とし、淡く笑んでそっと指先で頭を撫でる。

 一応、人間の姿も知っている筈なのだが――――どうにもこの小蛇姿の時は、扱いが孫か何かのそれであるように思えて仕方ない。不快かと訊かれれば否ではあるが。

 

 

ydw noze enn

syene f rr fu fuu

cuoln air nm r nm

a il ya iam iyshi

 

 

 知らない言葉を、やわらかな旋律に乗せて口遊む声はひたすらに穏やかで――優しい、と云えるのだろう。眠る者に呼びかけ、ゆっくりと目覚めを促すような旋律を聴きながら、思わず首を傾げた。

 自分はそれなりに言語には詳しい、と自負している。ヨーロッパ諸国は勿論、中東近辺の言語もひと通り問題無く操れるが――それでも、この言語は理解できなかった。だが、それでもひどく原始的な言語であるらしい、とは察せられる。まだ明確な文法が構築されるより前の、古い言葉なのだろう、と。

 不意に、頭上で家主が微笑った気配を感じとり、首を巡らせて振り仰ぐ。彼は手にしていた縫物を脇へ退かして針を片付けると、私を懐から出して膝の上に置いた。そうして普通の蛇でも相手にしているかのように頭を撫でる。ちらりとその指先を見れば、以前に噛みついた時の痕がまだ赤く残っていた。

 

(――――ふむ……)

 

 あの時、流れる血を舐めて素晴らしい純度の力――エーテルだったことを思い出す。いや、東洋的には《氣》というのだったか。言い方などはどうでも良いが、つまりは全くもって人間らしからぬ血であったことは確かである。

 正直、おそらくこの御仁の血を呑んだ方が回復は早い。女神の許へ還るにも、あの邪神を排するにも、兎にも角にもまずはこの身を回復させなければ話にならない。

 ただ、やはり全く違う理の世界に在るモノの血をそのまま摂取するなど、危険極まりない行為ではある。本来は毒にはなっても薬になることなど無いだろう。

 

(……だが、)

 

 時間が無い。

 ゆっくりと悠長に回復を待つ時間は無い。あの邪神はおそらく女神が総べるべきあの世界そのものを消し去ってしまう。女神に捧げたアレは、いくらか時間を稼ぎはするだろう。だが――――それ以上は難しいだろうし、何よりアレが座を握ることは無い。アレは己の生み出す世界の法を忌むべきものとしている。そうなるように仕向けたのは自分だ。だからこそ、アレは全身全霊で時間稼ぎは出来たとしても、神座には就かない、と考える。

 

 ならば、やはり自分が帰還し、再び自分が神座に就いて世界を回帰させるしかない。

 そもそも女神が砕かれた世界など、あってはならないものだ。

 

 その為には、まずは回復しなければならない。

 そして、目の前には手っ取り早く確実に回復出来る手段がある。これを利用しないなど、在り得ない。

 

 ゆったりと自分を撫でる指先を見つめ――――先日のように噛みついた。じわりと滲んでくる甘露のような紅い雫を啜り、舐める。

 相手は噛みついた瞬間に驚いたように動きを止めたが、しばらくすると噛みつかれた手はそのままにもう一方の手で優しく撫でて来た。ちらりと顔を見上げれば、どこか困ったような、あるいは呆れたような笑みを浮かべ、小さく息を吐く。

 だが、それでも手は振り払わなかった。

 

「……小蛇殿。あまりに取り込むと、その身には毒だぞ」

 

 わかっている。だが、それでも猶予は無い。時間が無いのだ。

 もう一度、女神の地平を取り戻せるのなら手段など選ばない。何度でも繰り返し、最適解に辿り着くまで、那由他の果てまでも回帰させよう。

 

「……蛇殿、」

 

 そっと、溜息を吐かれる。だが、やはり振り払おうという気配は見えない。それどころか、労わるように身体を撫でられた。

 

 

hymme yos noese enesse.

 ありのままの想いを謳いなさい

sor lhasya ciel revm.

 それが世界の夢を繋ぐ

 

 

 不意に奏でられた言葉に、思わず身体が硬直する。同時に草木が、風が、水が、空間が、その場のすべてが震え、揺らぎ、ざわめいたのが判った。

 害意も敵意も無い。ただ圧倒的な量の気配が、こちらへ意識を向けた。空間を埋め尽くすほどに無数の何かが振り返り、息をひそめてこちらを窺っている。

 

 

urt ratinaa siary faur sieerr fantu naa

urt ratisyaan tee fee

faur siary faur tututuui

 

 

 旋律に乗せて紡がれる言葉は、解からない。だが、それでも自分たちを労わり、心を砕いてくれているのだとは理解できた。ゆったりとこの身を撫でる手はあたたかく、歌う声は子守唄を奏でているかのように優しい。さわり、と木々が揺れて無数の気配は柔らかな風に溶け込むように散じた。

 おずおずと噛みついた指を離せば、彼はやはり淡く微笑みながら歌いかける。

 

 

fauve syaarn viverr sfaatry clouti revver

tsakaa uhutu cheelnssr kforr tulii veetr

 

sstaary cloowu tier eever

fiitaai siei titaa seefaltann syii tie

 

 

 ゆったり、ゆったり。何度も繰り返しこの身を撫でられるたび、夢の中と同じように細かな金砂のようなあたたかな光が染み込んでくる。労わるように、罅割れた魂を癒やすように。

 その柔らかなぬくもりに、ふたたび眠くなってくる。

 

 

linen yos revm eetor.

 夢の続きを語りなさい

sor lhasya ciel fedyya.

 それが世界の明日を繋ぐ

 

 

 うつらうつらと微睡みに揺蕩う中、やはり優しい歌が意識を撫でて夢の中へと誘っていった。

 

 

 

 




urt ratinaa siary faur sieerr fantu naa
 あなた達の語った理想が 美しい夢が
urt ratisyaan tee fee
 幻想ではないのなら
faur siary faur tututuui
 もっと語って

fauve syaarn viverr sfaatry clouti revver
 幾たび躓いても 挫けず立ち上がり
tsakaa uhutu cheelnssr kforr tulii veetr
 己の信じた道を 歩み続けられるのなら

sstaary cloowu tier eever
 謳いなさい 絶えることなく何度でも
fiitaai siei titaa seefaltann syii tie
 私達へと響き渡るように


linen yos revm eetor.
 夢の続きを語りなさい
sor lhasya ciel fedyya.
 それが世界の明日を繋ぐ




 さて。
 つまりは何が言いたいのかと云うと。フラグとか伏線とか、そういうことです。




【参考楽曲】
・『EXEC_SEEDING/.』
stellatram『PARADIGM SHIFT ~cenjue innna, cenjue ciel~』収録。
・『Ec Tisia ~Tarifa~』
志方あきこ『謳う丘 Ar=Ciel Ar=Dor』収録。



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綺羅の影 -黄金-


※不穏。

※というかモヤモヤ?

※一瞬、黄金×黄龍っぽい横道が見えた気がするんだけど、スルーして普通の道を突っ走ってきました。なので今回もBL臭は無い。……筈。

※とにかく、色々と不穏すぎる。

※雰囲気の明暗の差がヒドイ。


※『Dies irae』のアニメ化プロジェクトが進行中の模様。しかし、待っているだけでは成立しません。詳しくはこちらへ!!
【http://www.light.gr.jp/light/products/dies_anime/index.html】





 

 風が木々を揺らす音に混じり、やわらかな声が聞こえた。

 

 その声が旋律を奏でているのだと気付き、何とはなしに自分に宛がわれた部屋を出て木目の美しい床の廊下を歩く。

 特に何か言われた訳では無いが、目覚めてから今まであの部屋から出たことは無かった。それで不自由を感じなかったのだから、もしかするとあの家主は相当に気を使ってくれていたのかも知れない。それでなくても、あの部屋から見える庭の時と共に移り変わっていく花の様子は目に楽しかったし、いつも家主が何かしらの本を置いて行ってくれるのも暇潰しとしてはありがたかった。だから、こうして自分の足でこの邸の中を歩くのは初めてで――――意外にも、予想していたよりはるかにこの家は小さいらしい。

 まぁ、よくよく考えてみれば、人らしき姿はあの家主以外は見たことも無かった。つまりは、ひとりで管理できる程度の広さでしかない、というのはある意味で当然だろう。ただ、それを考えると少し広いような気がする。部屋数もひとり暮らしにしては中途半端に多いような気がした。

 

 キシ、と時折、床が軋む音がする。それだけ古い建物だというのは見れば判った。だが、それでもきちんと掃除は行き届いているらしく、黒檀の床はしっかりと磨き上げられている。

 

 流れてくる歌声を辿り進めば、開け放たれた部屋の縁側に腰掛けている後姿を見つけた。ゆっくりと腕を動かしているのを見て、膝の上に何かを抱えているらしいと知る。

 

 

Quivale flip, frawrle chs,

en ciel porter ee warma.

 

Colga fernia, plina harmon,

re ini brinch sapon clalliss.

 

 

 特に気配を隠すこともなく近付けば、家主もこちらに気付いたらしく振り返って淡く笑んだ。その膝の上には、白い蛇姿の友がじっとして撫でられている。あまりにも大人しい様子に、どうやら眠っているらしいと知って思わず瞬いた。

 

 

Lirle pak, ptrapile tek,

en ciel porter ee wasara.

 

Sheak chsee, grave clalliss,

en coall tes fowrlle slepial.

 

 

 ――――ちらちらと。

 瞬いた刹那、蛇姿の友を撫でる家主の手のひらから、金色の煌めきが零れ落ちたような気がして、咄嗟にその手首を掴む。家主は驚いたのか硬直し、口遊んでいた歌を息と共に呑み込んだ。

 

「……何故だ?」

 

 そう問えば、家主は瞠目する。まじまじと見返してくる家主の様子に目を細め、ふと掴んだままの手へ視線を落とせば、その指先には小さな噛み痕があった。まだ僅かに血の滲むそれは、明らかに膝の上で眠っているカールにやられたものだろう。それでおおよその状況は読めた。

 

「……えっと、――『何をしている』とかじゃ、ないのか?」

 

 やや困惑したように確認され、ゆったりと瞬く。

 

「解からないのは理由だ。――卿は自らの生命を裂いて砕いてまで、カールの魂を癒やそうとしていた。それは、見れば判る。だが理由が解からない」

 

 それに、と続ける。

 

「こういう事が可能ならば、おそらく私に対しても同じ方法を使ったな? だが、それは卿の心身に負担を掛ける筈だ。――――にも拘らず、卿は見知らぬ我らに現状、いかなる見返りも求めていない。理由が判らぬ故、『何故』と訊いた」

 

 僅かに首を傾げながら応えれば、家主は数瞬の後、ゆっくりと息を吐いた。

 

「…………『時間が無い』」

 

 ぽつりと呟き、家主は静かな眼差しをカールに向ける。

 

「『一刻も早く』『還らなければ』『女神が砕かれた世界など』『認めない』『回帰して』『やり直さなければ』…………」

 

「……カールが、言ったのか?」

 

 問いながら、それは無いだろうと思う。基本的にカールはそういう感情を誰かに話すようなことはしない。案の定、家主は首を振った。

 ――――だが、と考える。

 確かに、その言葉はカールが考えていることではあるだろう。さすがに長い付き合いだ。考えることくらいはわかる。だが、カールがそれを口にすることは無いとも理解している。ならば。

 

「ふむ。――――思念を読んだか」

 

「ちがう、」

 

「ほう?」

 

 咄嗟に否定してから何やら難しい顔で黙り込む家主に、首を傾げる。見る限り、応えるつもりが無いという訳では無いらしい。どちらかと言うと、どう伝えれば良いのか判らない、という反応に近いと見た。これは、少し時間が掛かるかも知れない。

 だが、家主は深く息を吐くと、たぶん、と前置きして口火を切った。

 

「その、――――蛇殿は、基本的に他力本願なタイプだろう」

 

「……まぁ、そうだな」

 

「意識はしていなかったんだと、思う。ただ、強く願っていた。――――だから、応えた」

 

「理屈では無く?」

 

 願っていた。だから、応えた。――なるほど。至極単純だが、それはどういうことなのか。そう思って見つめれば、家主は困ったように苦笑する。そうだな、と少し考えるように瞑目し、しばらく後に改めてこちらへ視線を向けた。

 

「山吹殿は、軍神だろう?」

 

「――――ふむ。まぁ、そう言えなくもないか」

 

「それも、戦場を収めるタイプでは無く、どちらかと云うと戦い、それも命のやり取りを好むタイプじゃないか?」

 

「……む?」

 

「つまり……戦いを終結させるタイプでは無く、延々と戦い続けるタイプ」

 

「ああ、なるほど。その2択ならば、後者であろうな」

 

「うん。――きっと戦場であれば、喜んで戦いだすだろう。たとえば、そこで和平に至る道を探すことは無い。そんな選択肢はいざ戦が始まれば、脳裏を掠めることすらしないだろう。戦場なのだから、全力で戦う。ただそれだけのことだ。――――そんな風に、思っているだろう?」

 

 ああ。まさしく、その通りと言える。ゆったりと頷けば、家主はふとやわらかく笑んで見せた。

 

「戦場にあれば戦う。そこに疑問など無いだろう。――――同じように、私は求められれば応える、という性質を有する――あるいは、強い想いに反応する。それだけの話だ。理屈云々の問題じゃない」

 

「……なるほど。これ以上ないほどに解かりやすい例えだ」

 

「納得いただけたところで、出来れば手を放してもらいたいんだが……」

 

 言われて、手首を掴んだままであることを思い出し、とりあえず放してやる。痕がついてしまっただろうかと思ったが、多少赤くなっている程度で動かすのにも支障はなさそうだった。

 

「……意外に頑丈だな」

 

「いやいやいや。《氣》を巡らせて防御したんだぞ。だから面白い玩具を見つけた猫みたいに目を細めるな」

 

「なに。防御が出来るなら、多少はじゃれても問題なかろう」

 

「問題だ。――――少し、出かけてくる」

 

 言いながら家主は立ち上がり、膝に乗せていたカールをこちらへ放って渡す。さすがにそれで目が覚めたのか、カールはしばらく硬直してからのっそりと鎌首を擡げ、抗議するように牙を向いて威嚇した。

 それをとりあえず腕に抱き上げて宥めつつ、家主を見つめて首を傾げて見せる。

 

「出かける?」

 

「すぐ戻る。あ、いや……遅くとも、明日の夕方には戻って来る。――定期報告ついでに少し釘を刺してくるだけで……まぁ、いつものことだな」

 

「では、そういう事にしておこう」

 

 ゆったりと頷けば、家主は安堵したように息を吐いた。――やはりこの御仁、隠し事はしないが肝心なことを言う性格ではないらしい。

 家主は申し訳なさそうに微笑むと、今度はカールに呼び掛けた。

 

「――蛇殿、手荒に扱ってすまなかった。土産に酒でも買ってくるから、」

 

 ――――バサリ、と。

 

 家主の言葉を遮るように、庭にある岩の上に白い猛禽が舞い降りた。それを見て、家主は何とも言えない様子で嘆息する。

 

「……ふむ。迎えか?」

 

「…………そのようだな」

 

 思っていたよりも低い声が返され、思わず家主へ視線を向けた。だが彼は既に背を向け、手早く着付けを直すと頓着無く草履を引っ掛けて縁側から庭へ下りる。バサリ、と白い鷹のような猛禽が家主の肩に飛び移った。

 

「――そうだ」

 

 不意に足を止めて振り返った家主は少し困ったような微笑を浮かべたまま、僅かに首を傾げる。

 

「留守の間、客人が来るかもしれないが……基本的に、構わなくて良い」

 

 その言葉に、思わず瞬いた。ゆったりと首を傾げれば、家主は苦笑のような、自嘲のような笑みを薄く刷く。

 

「野良猫か何かだと思ってくれればいい。たぶん、自分からは寄って来ないだろうし」

 

「……ふむ?」

 

「家の物は、好きに使ってくれて構わない。食事は……後で、式を遣ろう」

 

 それから、と続ける家主に、思わず笑みが滲んだ。何やら、一般家庭の主婦のような心配のしようである。そこまで心配する必要など無いだろうに。

 

(――――だが、おそらく。そういう事ではないのだろうな)

 

 心配なのでは無く、不安なのだろう。要は監視が出来なくなるのは困る。何を仕出かすかわからないから、と。そういう種類の『心配』であり『不安』なのだろう、と理解する。

 同時に、おそらくこの家主――黄龍殿がいては、不都合な話をしたい者たちがいるのではなかろうか、とも考えた。可能性としてならば、ありえるだろう。何せ、自分たちはこの世界の理に囚われない神格なのだから。

 思わず、口角が笑みの形に吊り上がる。

 

「――――黄龍殿」

 

 そう呼びかければ、彼は口を噤んで静かな眼差しを向けてきた。その眼差しからは内実をはかることは出来ない。いや、人間らしい感情があるのかどうかも、怪しいだろう。事実、人間らしい気配は纏っていないのだから。

 

「かかる火の粉は、祓っても構うまい?」

 

 す、と目を細めた相手は、しかし嘆息すると空を仰いだ。

 

「…………御身らに火の粉が掛かることは無い。そういう類の状況では無いからな。不満だろうが、此処で大人しくしていてほしい」

 

「やはり、正直だな」

 

「これから面倒なことをしに行くんだ。なのに今、面倒なことを増やしたくない」

 

 もう一度息を吐き、彼は一礼して改めて踵を返した。その姿が木立に隠れるまで見送り、腕に絡んでいる親友へと視線を落とす。

 

「――――さて、カール。卿の回復にはまだ掛かりそうか」

 

 カールは実にわざとらしく欠伸をしてみせてからするすると懐へ入り込み、不貞寝することにしたらしい。思わず苦笑が零れる。

 大人しくなった親友を懐に抱えたまま来た道を戻り、自分の部屋へと戻って読みかけだった本を手に取った。

 

 

 

 





Quivale flip, frawrle chs,
冬は過ぎ 春が訪れ
en ciel porter ee warma.
世界はこんなにも暖かくなった

Colga fernia, plina harmon,
融ける氷雪 結ぶ新緑
re ini brinch sapon clalliss.
解れた指先も温もりを懐かしむ


Lirle pak, ptrapile tek,
夏を迎え 秋を辿り
en ciel porter ee wasara.
世界はこんなにも豊かになった

Sheak chsee, grave clalliss,
巡る日輪 赤めく楓
en coall tes fowrlle slepial.
そしてまた安らぎの眠りへと


【参考楽曲】
・『EXEC_SEEDING/.』
stellatram『PARADIGM SHIFT ~cenjue innna, cenjue ciel~』収録。


 はりきって頑張ったら、体調崩しました。てへぺろ☆
 あと、情景描写が足りないと感じる部分があるので、直したい気がします。が、しかし。直そうとすると今度は会話とかのテンポが悪くなる。どうしたものか……orz



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花霞み -天津-


※今回から、ようやく『転生學園』シリーズが絡みます。

※『天津』=『天津の神子』です。原作でさんざん空気扱いされた伊波飛鳥ですね。


※腐海はまだ発生しておりません。

※腐海は、発生していませんが……この雰囲気は、なんでしょう。たぶん、貴腐人な方が見たら「そのまま押し倒……ゲフン! ――キスのひとつでも戯れにしてみればよかったものを…っ!」とか考えてしまいかねない雰囲気な瞬間があるかもしれません。

※しかし、特に何もしてないです。

※相変わらず獣殿が寝起きでのんびりマイペース。表面上は。




 

 

 しっとりと柔い霧のような雨の中、微風に揺れる藤を眺める。小さく息を吐き、そっと視線を転じた。

 その先には、柱に背を預けながら和綴じの本を捲っている、黄金の髪を背に流した男。この国では『鉄色』と云われる深緑の衣を着流し、淡い薄紫の羽織を肩に掛けている。

 

(――えっと……こういう場合、は……)

 

 どうすれば、良いのだろうか。

 今、ここの家主は留守のはずで。だから、さっさと用を済ませて帰ろうと思っていた。元々、ここの家主にも逢う気は無かったのだから、当然、長居する気も無い。

 そして、『在り得ない』ものと遭遇してしまった。言わずもがな、隣にいる黄金の髪の男性である。

 

(――えっと……)

 

 まず、自分を視界に入れる前に声を掛けられた事に驚いた。そういう経験は、片手で足りる程しかない。ここの家主である黄龍殿ですら、自分の気配は見つけ難い、というくらいなのだ。別に故意に気配を絶っている訳でも無いのに、である。

 次に、単純な力の容量の差に、軽く気が遠くなった。桁が違うとか、もはやそんなレベルでは無い。これでも弱っているようではあるが、そんな事実は慰めにならないどころか絶望感を通り越して笑い出したくなる。この時点で、もう色々と諦めた。所詮、世の中とは理不尽で廻っているようなものだし。

 強いて何か言うのであれば、黄龍殿に対する愚痴か文句くらいだろうか。

 

 黄龍殿……あなた、なんてモノを招き入れているんですか、と。

 

 まぁ、ヒトも動物も鬼も基本的には分け隔てない接し方をする黄龍らしい、と言えばらしいが。

 

 ページを捲る乾いた音が、小さく響く。次いで、本が閉じられ、脇に置かれる音。幽かな衣擦れの音に改めて視線を向ければ、黄金の双眸が向けられていた。

 正直、心境としては獅子に追い詰められたウサギに近い。

 

「…………あ、の……?」

 

「――ふむ。口が利けるのならば、いくつか訊いてみたいことがある」

 

「…………なんなりと」

 

 そう、応える以外に、何が出来るというのか。ただでさえ『自分』にとって『彼ら』は絶対的上位者であるのに。その中でも更に輪をかけて別格中の別格であろうこの男性に逆らうなどという選択肢は無い。

 

 黄金の眸が僅かに細められる。優雅な動作で腕を伸ばし、何処か慎重に頬を撫でられた。被っていたフードが軽く払われて背中に落ち、褪せた鳶色のような色彩の髪が微かに揺れる。

 

「――卿は、何者だ?」

 

「……それは、『あなたがた』も、良くご存じでは……?」

 

「卿は、私の知る男とよく似ているようだが、違うな。ツァラトゥストラからはもっと独特な、複雑に混じった気配も感じられたが、卿は殆ど何も感じない」

 

「――良く、『空気のような』と言われますね」

 

「ふむ。なるほど。――確かに、卿の気配を掴めぬ者には、そう感じ取れような。だが、そうではない。違うだろう? 卿は、透明度が高すぎて存在に気付かれない水、あるいは、そう――エーテルの塊、と表現する方が正しいと思うのだが」

 

 故に『我ら』からすれば、判りやすい、と男は笑む。

 それに応えるように、思わず眉尻を下げて微笑んだ。

 

「――『天津の神子』と。そう、呼ばれていました。天上の神々にとっては、地上に干渉する為の傀儡や依代であり、人間にとっては生贄、といったところでしょうか」

 

「ほう?」

 

「一応、この身は人間の肉体ですが……これも一種の枷ですね。天脈からは絶えず力が注がれますが、人間の肉体では長くもちませんし……あまり長く生かすと、逃げるための準備工作の時間を与えてしまうし、第一、力をつけすぎれば自分たちの手に余る。――故に、だいたい二十歳までに肉体は限界を迎える設計です。今生も、そろそろ寿命ですね」

 

 というか、今までの転生経験を踏まえて考えると、むしろ二十歳を超えられたこと自体が僥倖と言って良い確率である。前世の記憶などは――よほど強烈な印象のあったもの以外は基本的に無いし、人格なども引き継いではいない。ただ、それでも転生するたびに同じ死に方をすれば嫌でも魂に刻み付けられるし、何度も出逢えるひとがいれば、懐いてしまう自覚はある。

 黄龍はその筆頭で、何度か巻き込んだり看取って貰ったりした。――だが、そう言えば、彼の方に自分が巻き込まれたことは無かったな、と今更にして思う。

 

「――ここの主とは、知り合いか?」

 

「えぇっと……まぁ、それなりに古い知り合いなので、挨拶くらいは出来たら良かったかな、と」

 

 言いながら、視線を伏せて淡く微笑む。

 本当は、会う気は無かったし、今も無い。ただ、手紙くらいは用意しておいても良かったかもしれない、とは思っていた。

 ただ、そうすると無茶をされそうで怖い。あのひとは基本的に穏やかに笑っているが、目的を定めたらそれに至る手段は意外と選ばないのだ。『意思が強い』とか『頑固』だとかいうタイプのものでは無く、とりあえず最終的に目的を果たせればどんな過程であってもあまり気にしない、という方が近い。なんというか、目的を達成するにあたって、優先順位の低いモノは切り捨てても仕方ない、という思考回路であるらしい。そして、あの人自身は自分の優先順位を限りなく低く見積もっている。だから、あまりこちらから頼ったりはしたくない。

 なにより、一番重要なのは。

 

「――あのひとは、変わらずいてくれるので」

 

 何度となく生きて、死んで――――流転し続ける転生の中で、あのひとだけは変わらずにいてくれた。変わらず、微笑んで迎えてくれる。ただそれだけのことに、随分と救われた。

 

 あまり多くは無い思い出と記憶を思い返し、思わず笑みが零れる。名残り惜しい、とも思うが……そういう訳にもいかない。

 束の間 瞑目し、ひと呼吸おいて目を開く。目の前に座す金色の神は、未だに頬を撫で、髪を指先で梳いたりしているが――――なんというか、こう……珍しい猫を見つけて戯れに撫でている、というような印象だった。

 その大きな手に自分の手をやり、両手で包むように握る。そうして軽く首を傾げながら、視線を合わせた。髪よりは少し薄い金の双眸が、面白そうに細められる。

 

「あなたは、まだしばらく此処にいますか?」

 

「――その予定だな」

 

「では……ひとつ、『お願い』しても良いでしょうか」

 

 相手の口元に浮かんでいた微笑が、僅かに深くなった。視線で促され、首に掛けていた勾玉を片手で外し、そのまま相手の手に乗せる。

 

「――気が向いたらで構わないので、黄龍殿にお返し下さい」

 

「……それだけかね? これはまた、随分と可愛らしい『お願い』だ」

 

 そんな言葉に淡く笑んで静かに立ち上がる。3歩ほど離れてから金の髪の男に向き直り、深く頭を下げて一礼した。

 そうして踵を返すと、背後から男の声が投げられる。

 

「――もう来ないつもりか?」

 

 ここの主も、それは気分を害するのではないか、と。

 『こういった存在』からそんな言葉を聞くのが意外で、思わず足を止め、逡巡する。

 

 フードを深く被り直しながら肩越しに振り返り、小さく応えた。

 

 

「――――機会があれば、また」

 

 

 そして今度こそ、その場を後にする。

 視界の端で、色を変え始めた紫陽花が揺れた。

 

 

 

 






 本当は黄龍殿の出掛け先での話も書こうかと思ったのですが……このタイミングで入れるといっきにSAN値が持ってかれそうだったので、自重しました。

 今しばらく、表面上の雰囲気をお楽しみください。




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雨隠りの抄
花篝り -黄龍-




※振袖を着せられた(=女装させられた)水銀がいます。

※Pixiv版より加筆しました。

※不穏なフラグが見え隠れしています。




 

「……ほう。見事だな」

 

「だろう? いやぁ、夜延べした甲斐があった」

 

 限りなく黒に近い蒼――褐色(かちいろ)の地に、淡く月光を纏って風に揺れる藤が描かれた着物を着付けられた蛇神を鑑賞し、山吹殿は愉しげに頷いた。

 対する蛇神は、無表情のまま沈黙している。おそらく、素のままで突っ込むか道化じみたセリフ回しで自らも悪ノリするかを決めかねているのだろう。

 ――うん。では、言動を決める一手を指してみるか。

 

「ちなみに、その形状の着物は『振り袖』と云う。一般的に、『未婚の女性』が身に纏うとされているものだ」

 

「な…っ!?」

 

「ほう? つまり、女装という訳か。――だが似合っているぞ、カールよ」

 

「……っ、……それ、は……むしろ、この『作品』を作り上げた、そこの――……何をしている」

 

「いや。流石に1人だけ女装させる、というのも申し訳ないので、自分も着替えようかと」

 

 一度部屋を出ようとしたところ、ジト目で睨まれたが気にしない。というか、蛇殿は非常に混乱しているようである。

 ご友人からは褒められてしまったものの、女装ではあまり褒められても嬉しくないというかむしろ屈辱、とか。しかし友人からの言葉では無下にも出来ず……といったあたりではなかろうか。

 

「――ふむ。では、卿は『紅』にしたまえ。よく映えるだろう」

 

「おやおや。それでは、希望に沿うてみるとするか」

 

 軽く応えて、箪笥(タンス)の置いてある部屋へと向かう。部屋を出る間際に見えた二柱の様子から、少しばかり時間が掛かっても良いだろう、と判断した。

 暗い廊下を渡り、離れから母屋へと戻る。自室の戸を開こうと右手を伸ばしたところで、左手に持っていた手燭が滑り落ちた。

 

「――――っ、」

 

 カラカラと手燭が廊下を転がる音で、ようやく落としたことに気付く。幸い、手燭の灯火は、落とした拍子に消えていた。それを確認し、そっと自らの手に視線を落とす。

 別に、震えも痺れも無い。だが。

 

(……感覚が、遠い……?)

 

 ――そういえば。

 最近、目が眩んだり、小物を落としたりすることが度々あったことを思い返す。つい先日も、神子から贈られた櫛を落とし、歯を欠けさせてしまった。

 単なる不注意だと思い、自嘲していたが――――もしや、と予感が脳裏をかすめる。

 

「…………」

 

 その、脳裏をかすめたものを振り払い、手燭を拾い上げて戸を開いた。部屋に入り後ろ手で戸を閉め、静かに息を吐く。閉じた戸に背中を預け、ズルズルと座り込んだ。

 

「――――ははっ、」

 

 思わず乾いた笑い声が零れ、片手で顔を覆う。手の感覚は、既に元に戻っていた。だが。

 

「――――そうか……」

 

 手のひらを見つめ、ぽつりと呟く。

 

「……1年、保つかな?」

 

 感覚的には、それくらいは保つだろう。――――振り返れば、随分と永く存在したものだと思う。

 だが、今は間が悪い。そろそろ龍脈が乱れる時期だし、それに乗じて暗躍する連中も増える。それにもまして気掛かりなのは、現在 自分の許に文字通り別格の異邦神が二柱もいることだ。しかも、思っていたより回復が遅い。衰弱しきった二柱を拾ったはいいものの、なかなか回復しない。蛇殿もようやく人の姿に戻れるようになったばかりだ。そんな状態で放り出す訳にもいかない。だが。

 

「……考えても、仕方ない……か」

 

 苦笑と共に嘆息し、思考を切り替えて立ち上がる。

 改めて手燭に火を灯し、部屋の隅にある行燈(あんどん)にも火を入れた。ぼんやりと浮かび上がった部屋の中、ふと壁に掛けていた古い友人の作品に目を止める。

 

 いわゆる能舞台で使われる、『増女(ぞうおんな)』の面。

 いくつかある『女面』の中でも『増女』は特に天女や神女に用いられる、憂いと神性を帯びた表情の面だと、無口な彫物師の友人から教えてもらった。自分の舞を見て彫ってみた、といって差し出された面。今までで最高の出来だ、と。どこか満足そうに言っていたのを思い出す。あれは――――今からどれほど前のことだっただろう。

 

「…………」

 

 壁に掛けていたその面を手で軽く撫で、ふと思いついたことに笑みが零れた。

 

「――酒の肴程度には、ちょうど良いかな?」

 

 帯を解いて着流しを脱ぎ、着物用のハンガーに掛けて吊るす。そのまま衣装を取り出そうとして、ふと思い留まった。

 

「…………ふむ、」

 

 もう少し、遊んでみようか。どの道、これは酒の席での余興なのだし。

 襦袢(じゅばん)姿のまま鏡台の前へ移動し、抽斗(ひきだし)を開けて化粧道具を出す。軽く整える程度に薄化粧を施し、唇に紅を乗せ、そこでふと髪をどうするかと考えた。

 自分の髪は短いとも言えないが、同時に結い上げられるほどには長くない。普通ならば(かもじ)でも用意するところだろう。だが、流石に本職では無いのでそんなものは持っていない。

 

「さて……」

 

 どうするかな、と視線を巡らせる。ふと、庭の藤が目についた。いや。

 

「――おいで、藤波(ふじなみ)。共に遊ぼう」

 

 藤に宿る精霊と、目が合った。淡く微笑み手を差し伸べれば、ふわりと長い髪の精霊が近寄って来る。

 

「――――此の身は 神の斎串(いぐし)なり」

 

 差し出した手のひらに、藤の精の手が触れた。花びらが触れたような、微かな感触。

 

「 神が我が通路(みち)として 御威津(みいづ)を顕現し給う 」

 

 するり、と藤の精が融けるように自分の中へ入って来る。……どうも、喜んでいるらしい。とても嬉々とした気配が伝わって来た。

 

「 此の身は我が身に在らず、千早ぶる神の御寄代(みよしろ) 」

 

 ――――うたいましょう。おどりましょう。ああ、神楽なんて久しぶり。

 

「…………」

 

 うん。とても喜んでいる。これは、中途半端な舞では悲しむだろう。悲しんだら、ちょっと面倒だな、と心の底でそっと考えた。藤は浮かれて気付かなかったようで、そのことに少し安堵する。

 

 ――――さら、と。長くなった髪が肩口から滑り落ちた。今回のように自分を依代にして招神すると大体、髪が伸びる。場合によっては色も変わるし、瞳の虹彩が変わることもあった。神の《氣》を享ける影響だとされているし、そうなのだろうと思う。実際、髪には『力』が籠りやすい。

 

「……巫女舞でいいか?」

 

 ――――いいわ。あそびましょう?

 

 応えを受けてさっと髪を一本にまとめ、後ろの生え際の下で檀紙(だんし)を使って束ねる。着物用の箪笥から白衣(しらぎぬ)と緋袴を出し、手早く着替えて千早(ちはや)を羽織り、金色(こんじき)天冠(てんかん)を頭に乗せた。

 

採物(とりもの)は――」

 

 ――――鈴が良いわ。

 

「扇でなくて良いのか?」

 

 鈴は(ごん)の属性を帯びる。藤は言わずもがな(もく)属性。五行(ごぎょう)によれば相剋(そうこく)の繋がりだ。(ごん)(もく)(こく)す。だと云うのに、構わないのだろうか。

 

 ――――鈴の音は好きよ。だから、水の上で舞ってちょうだい?

 

「……なるほど。水を挟めば相生(そうじょう)になるか」

 

 金は水を生み、水は木を生かす。確かに水を挟めば相生にはなるが――――これは、相当本格的に舞う事を要求されている気がする。余興の筈だったのだが。

 

「……まぁ、いいか」

 

 仕方ない。ならば、藤たちの気付かない部分であの客神たちをからかって遊ぶとしよう。

 箪笥の脇に仕舞われた箱の中から鈴を取り出し、一度振って音の出を確かめる。――――問題はなさそうだ。

 そうして、最後に壁に掛けていた友人の作品の前に立つ。そっと表面を指先で撫でてから、その(おもて)を手に取った。

 

 




『神が我が通路(みち)として 御威津(みいづ)を顕現し給う――』

 このあたりの文言が、日本系の神霊さんの根本を物語る部分ですね。なんというか、『我』が薄い理由。強固な我は邪魔になる、みたいな。なので、本当に『Dies』系な人たちとは、タイプが全く違うのです。
 かといって別に反発はしません。Dies系な方々が自身の我を通そうとした時、日本系の神霊さんたちは基本的にそれを受け入れるからです。
 単純にDies系な方々は『人間』、日本系神霊さん達は『自然』だと考えてもらえれば、おおよそは理解できるのではないでしょうか。

Q:「呪文?の意味が解らなかったよ!」
A:大体の意味は、『私の身体は神の物。この身を現世への通路として、神はその力を示して下さる。そう、この身体は私の身体では無く、神の依代、器である』という感じの意味になります。
 更に超訳すると『神に此の身を捧げます。どうかその力をお貸し下さい』ってなります。


【能面】
 本来は、能面を付けて舞うのなら化粧はしません。ただ、神楽舞の場合は地域差や継承地にもよるようです。いわゆる里神楽とかですね。

【相生相剋】
 風水や陰陽道の基礎。いわゆる陰陽五行の相性の見方で使われるアレ。もっというと五芒星を円で囲んだやつ。
 五芒星の一番上の頂点から右回りに水・木・火・土・金と当てて、星を描く線が相剋。頂点を円で結ぶと相生になる。詳しくは……専門書でお願いします。

褐色(かちいろ)
 同じ漢字で『かっしょく』がありますが、意味は違います。『かっしょく』は暗い赤茶っぽい色ですが、この『かちいろ』は黒い紫を帯びた青系の色です。一見、黒や墨と違いが判らない人も多いでしょう。
 日本の伝統色のひとつです。




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花篝り -黄金-


※実はこの話は説明回。

※正直、この話が一番、Pixiv版で投稿する時に神経を使った。今も精神力をガリガリ削られて胃が痛いし気持ち悪い。

※Pixiv版の時より、より細かい言い回しに神経を使っている。胃が痛い。

※胃が痛いのは状況整理の説明部分。

※なお、後書きには一応、本編よりは丁寧に説明文を書いてあります。胃をギリギリさせながら。


※後半にBL臭……いや、そもそもボーイズって年齢でも無いのでどういえばいいのか……でも警告タグにはBLしかないし……と悶々しながら、BL臭っぽい何かがあるかも知れないと思う。

※とか言いつつ、単純に黄龍殿が獣殿をからかって遊ぼうとしたら意外にも獣殿が乗ってきて、内心ビビッて自棄になった黄龍殿がいるだけ。でも苦手な人は苦手だと思うので、一応警告。




 

 

「――なぁ、カールよ」

 

「何かな? 獣殿」

 

 いつものように声を掛ければ、いつものように応えが返る。ただ、この国の伝統衣装であるという衣は自分から見れば異国情緒を感じさせるもので、そんなものを身にまとう親友の姿を見るのは新鮮だった。

 カールが身に纏うものは女物であるらしいが、この親友は傍から見れば女に見られることも多い程度には細身で女顔である。よって、違和感は全く無い。

 家主から供された透明な色の酒を妙に平たい朱色の(さかずき)で味わいながら、口を開く。

 

「我等は一度、砕かれた。――そうだな?」

 

「…………ああ。認めるのは業腹だがね」

 

「そして、おそらくは卿の女神も刹那も砕かれたのだろう。第五天(黄昏の世)は崩壊し、第六天の世へと移ってしまった。――――卿が残っていれば、再び永劫回帰の理で呑み込んだのだろうが」

 

「…………」

 

 カールは応えない。だが、応えない事こそが、何より雄弁な『答え』だった。

 既知に飽き、自らの死さえ望むようになった永劫回帰の蛇が、唯一愛した既知――――黄昏の浜に在る、至純の魂。その魂を持つ少女を自らの後継たる女神とし、その腕に抱かれて死ぬ為に、那由他の永劫に渡って世界を繰り返したほどだ。それほどまでに恋い焦がれた女神を失ってしまった可能性など、考えたくもないだろう。

 だが実のところ、いま問題にすべきは別にある。

 

「だが、『此処』には第六天の気配などは無い。無論、黄昏でもないが――もっと根本的な問題として、『我等が【座】と認識しているもの』の気配が感じられない。卿は、どうだ?」

 

「――――流石は獣殿。仰る通り、此処には我等が【座】と認識しているものは存在していない。はじめは単に空位なのかとも考えたが、どうも違うようだ。この点で以ってまず、『此処』は我等が存在していた『神座が統べる世界』では無いという事が解かるが――そんなことは些末な事だ。『異なる世界』であるということ自体は、気にする程のことでも無い。問題は、『我等が【座】と認識していたもの』が存在せず、それとは違うシステムによってこの世界は構築されている、という事だ」

 

「ふむ……具体的には?」

 

「エイヴィヒカイトの発動は可能だ。ただ、質――というか規模は落ちる。創造も可能なものとそうで無いものがあり、原則としていずれも劣化……と言っていいのか微妙だが、劣化が見られる。流出に至っては……発動はするが、おそろしく限定的かつ自らの意思で止めることも出来る」

 

「…………」

 

 思わず、言葉を失った。

 要は、発動出来るものと出来ないものがあり、その基準が不明である、という事になるのだろうが――それにしても、良く判らない。

 いっそ、発動しないならしない、するならするとはっきりしていれば、まだその理由も察しやすい。だが、そういう事にはなっていないらしい。一体どういうことなのか。

 

「――おそらく、だが……」

 

 少し考えながら、カールは続ける。

 

「――まぁ、多少の語弊はあるが、簡単にまとめてしまおう。かつて【座】に在った私は、【座】の交代劇を促すために、『エイヴィヒカイト』と称する魔術を作り上げた。まず、『エイヴィヒカイト』とは私が作り上げたものだというのが、前提だ。そしておそらく、直接的な原因はコレなのだろうね。――この『エイヴィヒカイト』は【座】の機構を前提にしている。言ってしまえば、『【座】が存在する世界』での運用が大前提なのだ。何故ならば、そもそもの目的が『【座】の交代劇に至ること』なのだから」

 

「……確かに。卿にとっては、そうであったな」

 

「――よって、『エイヴィヒカイト』の運用に支障をきたすのは、その前提となる【座】が存在しない、あるいは『我等が【座】と認識していたもの』の在り方、とも言うべきものが、我等の認識するそれとは異なっている、と考えられる」

 

「……後者であれば、部分的には発動することにも説明がつけられる、か?」

 

「おそらくは。発動する部分に関しては――やはり語弊はあるが仮に【座】とさせてもらおうか――おそらく、【座】による規制が緩い、あるいは我等の知る【座】と同じ仕様になっている部分がある、と解釈できる」

 

 あるいは、と一度言葉を切り、息を吐く。手にしていた盃を渡して酒を注げば、愉しげに眼を細めた。薫りを楽しみ、一口呑んで笑みを深める。

 

「――少し、甘くないか?」

 

「家主が言うには『日本酒を呑んだことがあるか解らなかったので、とりあえず初心者でも呑みやすいものを用意してみた』とのことだ」

 

「なるほど。確かに呑みやすいが――ひょっとして、これも女性向けとかいうオチは無いだろうな?」

 

「……その辺は、家主からも聞いていないな」

 

 確かに、聞いてはいない。だが、『これならご婦人方にも呑みやすいだろう』と思った事は、胸にしまっておいた。

 

「それよりも、カール」

 

「わかっている。――と言っても、私の予想を結論から述べてしまうと、正直、頭が痛くなるものでね」

 

 その物言いに、思わず瞬く。この影のような男は、比喩表現として『頭が痛い』という様な時でも、基本的に薄く笑んでいることが多かった。だが、今は本心から微かに顔を顰めている。――珍しい、と言える事だ。

 

「ここの家主――――彼が【座】だ」

 

「ふむ。――だが覇道の神格と云うには……」

 

「違う。そうではない。彼は『【座】に至った神格』では無く、【座】そのもの。より正確には、【座】の機構の一部を統括・制御する為の存在。――これも語弊はあるが、家主殿の今の姿は、かつて私が地上に送り込んでいた『触覚』のようなものだと思われる。――そもそも、解りやすく【座】と言っているが、我等の知る【座】とは違う構造である訳だし」

 

「つまり、我等の知る世界に照らし合わせて考えるならば、彼は【座】にあたる、と言いたい訳か。そう考えた根拠は?」

 

「それを訊かれると、説明が難しい。強いて言うならば、視えてしまったのだよ。彼の御仁の血を頂いた時に、色々と。この世界の構造とも云えそうなものが」

 

 カールが呑み乾した盃をそっと返すように差し出して来る。それを受け取れば、今度はカールが酒を注ぎ込んだ。

 ふわり、と花の香にも似た柔らかな薫りが鼻腔をくすぐる。

 それを愉しみながら、話を続けるよう視線を向けて促した。カールは微かに自嘲のような笑みを零すと、再び口を開く。

 

「……彼はこの世界の中心と直結しており、その中心からは絶えずエーテルが湧き出で、世界を満たして溢れ出し、一部は循環しながらも一部は広がり続けている。――――そんな風に視えた。これは、我等の知り得る言葉にするなら【座】から流出する理に相違無いが――たったひとつだけ、絶対的に異なる部分がある。流れ出しているのは所謂エーテル、あるいは『力』の源とでも称されるモノのみ。もっと解りやすくすれば、『生命力』でもいい」

 

「確かに、我等が【座】より流出させるのは、自らが抱く渇望であり、それを叶えるための世界法則、即ち理。――対し、この世界の【座】から流れ出るものは純粋に『力』のみ。……なるほど」

 

 言ってしまえば、この世界の【座】には個人的な自我など無く、ただ世界を維持し、繁栄させる為に力を与え続けているだけの存在、であるらしい。

 いや。もしかすると『【座】からの『力』が届く範囲にのみ、世界が存在している』という風にも考えられる。

 初めに『力』が湧き続ける源泉があり、その恩恵が注がれる範囲に『世界』が生じた。『世界』にとっての『力の源泉』――これが、我等の世界で言うところの【座】である、と考える方がより自然かもしれない。

 

 それでは、【コウリュウ】と名乗った此処の家主は、どういった存在なのか。

 いや。カールは、『彼はこの世界の中心と直結している』と言った。『力の源泉』と直接繋がっているということは、つまりその『力』を任意に使える、という事だろう。

 何故そのような存在がいるのかは不明だが、存在している以上――それを利用しようと考える者がいるのは、人間の性と云える。

 

「…………なぁ、カールよ」

 

「さて。正直、その先に手を出すのも如何なものかと」

 

「確認する。――つまり、この世界においては彼の御仁を掌中に収めたものは、この世界を統べることが出来ると。そういう事にならないか?」

 

「少なくとも、そのように考える輩は腐るほどおりましょうな。――少々、不愉快にも思えますが」

 

 あの御仁自身がどう考えているのかは関係無い。ただ、『彼』は『人間の姿形で』存在している。ならば『遣りようはいくらでもある』と考える権力者は多いだろう。

 何せ、『彼』ひとり押さえれば、『世界』を統べるも同然の『力』が手に入ると考えられるのだ。お釣りがくる、どころの話では無い。

 

「我等の世界では、流出位階に至った者が神格を有する。その中でも覇道神に類する者が【座】にて流出すれば、世界の理は塗り替えられる。――だが、この世界においては【座】に直結するものを手に入れた者こそが、世界を統べることが出来ると」

 

「そういう事になりましょう」

 

 そう応えて、カールはふと笑みを浮かべた。そうして、ある指摘をする。

 

「――今、敢えて『彼の御仁』では無く、『【座】に直結するもの』とおっしゃいましたが……何か特別な意図がおありかな?」

 

 言われて気付くと同時に、ふと先日見かけた『客』を思い出した。

 まさしく『澄んだ大気(エーテル)』と云うに相応しい気配を纏った、細身の青年。あの青年は自らを依代であり生贄だと言った。それから『テンミャクから絶えず力が注がれる』とも。

 

「……ふむ。つい先日、家主が留守の時にやって来た客も、おそらくは【座】に直結している。だが彼は――飛べぬように翼を折られ、虐げられて捨てられた小鳥のようだったな」

 

 もし、あれが何者かの手に落ちた『【座】に直結するもの』の末路であるならば、なんて愛の無い扱いかと思う。カールにしても「役者を輝かせる事が出来ない筋書などいらん。私が書き直してやる」とか言い出したとしても、あまり不思議では無いような気もする。

 

「また来るように言っておいた故、会ったら声を掛けてみると良い」

 

「――ふむ。では、そのように致しましょう」

 

 互いに笑み交わしたところで、聴覚が微かな衣擦れの音を拾った。視線を部屋の戸へと向ければ、静かに戸が開かれて鮮やかな白と紅を纏った家主と視線が合う。彼はそっと微笑むと戸を閉め、僅かに目を伏せながらこちらに歩み寄り、出ていった時よりも少し距離を置いて両膝を着き、両手を着いて深々と一礼して見せた。

 しゃら、と頭上に乗せた金色の小さな冠飾りが、幽かな音を立てて揺れる。

 緩やかに上げた顔には、薄らと化粧を施しているようだった。さらり、と長い黒髪がひと房、肩口から滑り落ちる。――――これほど髪が長かった記憶は無いから、舞台用の(かつら)でも付けているのかもしれない。

 

「――――宜しければ、」

 

 女の、声。

 薄く(べに)を引いた唇が言葉を紡げば、流れ出たのは少し低めの、だが完全に女の声色だった。

 

「神前に奉ずる舞など一指(ひとさ)し、如何(いかが)でしょう」

 

 黒い双眸を見れば、その奥には他愛無い悪戯を仕掛けている者の愉しげな色。それを見て、思わず笑みが込み上げて来た。

 なるほど。面白い趣向ではある。ならば、こちらも乗ってみるのも一興だろう。

 

「……ほう? それはまた、面白そうだ」

 

 手を伸ばし、細い(おとがい)に手をやって上向かせ、その双眸を覗き込んだ。一瞬狼狽えたようで素が見えてしまったが、それでも直ぐに清純な乙女のような怯えと、それを隠すように毅然とした色の眼差しを向けて来る。――中々に、芝居上手と言えた。役作りも演技も巧い。

 

「魅せてみるが良い。但し、我等を満足させられなければ――……」

 

 するり、と指先で頬を撫で、耳元で小さく囁くように、告げる。

 

 わかっていような、と。

 

 そっと身を離せば、『乙女』は緊張した面持ちで静かに立ち上がり、しずしずと歩を進めて庭へと降りる。手にしていた面を被り、頭の後ろで組み紐をきつく結ぶのが見えた。更に懐から長く五色の飾り布が付いた鈴を取り出し、静かにこちらへ向き直る。

 夜闇の中、白と紅の衣は月明かりに良く映えた。

 

(――やはり、人間の気配はしないな)

 

 最初に見た時に感じた印象は、更に深くなる。だが、何故ヒトでは無いモノがヒトの形をとるのだろうか。

 

 さわり、と藤が風に揺れる音がする。

 同時に、ゆらり、と微かに白い袖と金色の鈴が揺れるように動いた。

 

 

 ――――楽の無い、静かな神楽が始まった。

 

 

 

 





 胃が、痛いです。

 要は、『神座世界』と『この世界』は【座】が干渉できる範囲には無い、非並行世界、並行世界外なので『神座世界』の理の中で生み出された術理であるものの一切は、そっくりそのままで通用する訳では無い、と。
 但し、部分部分では似たような術理が存在するので、世界が勝手に『置き換え』て認識・解釈・理解し、発動できる場合がある。

例)創造
『この位階に達した術者は、心の底から願う渇望をルールとする“異界”を作り出す能力を得る』

→「おk。そういう特殊な結界な」


例)流出
『己が願いによって全世界を塗りつぶす力。創造位階の能力によって作り上げられた“異界”と法則を永続的に流れ出させ、世界を塗り替える異能。流れ出した法則は最終的に全世界を覆いつくし、既存の世界法則を一掃して新たな世界法則と化す。
 世界法則を定めるものを神と呼ぶのであれば、流出とは新たな神の誕生であり、また新たな神が旧神を打ち倒してその座を奪うこと、即ち神の交代劇でもある』

→「えーっと……神域作って良いから、その中で好きにして。教祖見付けて宗教作るのは勝手にどうぞ~。え? 旧神?【座】? そういう制度があったんだ~。うん? ここには無いから、無効だよ。ごめんね?」


 ものすっごく軽~いノリで書いてみましたが、大体こんな感じの誤認識やら世界観の差異やら何やらで、『神座世界』と同一の発動にはならない、という感じで理解していただければよろしいかと。
 似た術理が存在していれば、何となく発動はします。ただ、おそらく過程式(方法)が違うので、勝手が違ってやりづらい事この上ないでしょう。


 嗚呼、ほんとに胃が痛い……。


 あ。あと重要な解説はこちら。

【並行世界】
 パラレルワールド。ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいう。
 『異世界』、『魔界』、『四次元世界』などとは違い、パラレルワールドは我々の宇宙と同一の次元を持つ。(by Wikipedia)

 つまり、『神座世界』にとっての並行世界とは、【神座】が作られた世界軸の、【神座】が作られた以降の並行世界群を示す。
 よって、第四天であるニートが齎した『この宇宙が単一のものではなく、無数の未来のうちの1つを進んでいるに過ぎないという「並行世界」の概念』によって『干渉できる範囲』もまた同様に『【神座】が作られた世界軸の、【神座】が作られた以降の並行世界群』であると考察。

 何が言いたいのかと云うと、『【神座】が作られるより以前に分岐している世界軸に関しては、さすがに支配領域には置けない』のではないか、という事。


 ……原作でこの点は語られていないので実際には不明ですが、とりあえず雲龍紙はこのように解釈しました。なので、この見解に基づいて進めています。

 よって、この考え方が気に入らない、引っ掛かる、こんなこと考えるなんて理解できない、こんな風に思いたくない、という方は、どうぞこのシリーズについては忘れて日常にお戻りくださいませ。m(_ _)m


 い、胃ががががg



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花篝り -水銀-



※前半は水銀の考察回です。

※とりあえずここまでが、雲龍紙にとって非常に胃が痛い流れでした。

※結果として、後半が……人によっては和むしかない感じになってます。はい。なんか、すみません。雲龍紙の精神がシリアスな解説に耐え切れませんでした。はい。

※BL臭なんて何もなかったんや……。





 

 

 ひらり、と白い衣が翻り、金の鈴が円弧を描いて五色の飾り布がなびく。

 

 てっきり酒の席での余興程度かと思っていたが――どうやら舞い手の気が変わったらしく、随分と『本格的な』神楽の様を呈してきているようだった。

 舞い手が動く度に金の粒のような光が零れ、その光に触れた草木や花、水や土も微かな光を放っている。幽かな光がゆっくりと明滅しながら流れを巡らせる様は、まるで星の血流を見ているようだった。

 

 どうやら彼は、表面的な言動よりもずっと繊細な性質であるらしい。ここまで細やかにエーテルに干渉するとは思わなかった。いや。東洋的にはエーテルでは無く、《氣》と称するのだったか。

 だが、そんなことは些末な事だ。

 

 おそらく、彼は自分に『コレ』を見せる為に神楽なんぞを舞ってみせたのだろう。百聞は一見に如かず。お蔭でこの世界における魔術の原理の基本は理解できた。

 

 《氣》の流れを阻害する事無く、出来うる限りそれに沿う形に術式を整えれば、問題無く大抵の魔術は発動する。流出自体も、引き起こされる結果――現世に対する干渉に関しては著しい制限が掛かるか、あるいは『本来とは僅かに異なる効果』としてなら発現可能であると考えられる。この世界に【神座】そのものが無い以上、理自体をそっくり塗り替えることは出来ずとも、《氣》の流れに乗せて発動させるなら、世界に対する自らの影響力を増大させることは出来る――――とでも言えばいいだろうか。

 

 もっと具体的に述べるならば、おそらく『この世界』では『結界』などと同じ分類として認識されるのだろう。よって、『一時的』あるいは『限定された空間内』であれば、本来の流出と遜色ない効果までもっていけると思われる。

 

(――が、やはり『その程度』が限界か)

 

 そもそも、自らが幾度と無く世界をやり直せたのは、やはり【神座】があった為だ。【神座】というモノがあったからこそ、何度も世界を壊し、上書き出来たのだ。『世界』というもののバックアップ――おそらくは、それこそが【神座】が存在した理由だったのだろう。そして、『バックアップ』があったからこそ、世界に対する干渉制限も緩かったのではないか、と推測できる。

 

 だが、『この世界』にはバックアップといえる【神座】は無い。故に、世界に干渉する際の制限も厳しいのではないか、と。おそらくは、個人的な意志で世界の法則を塗り替えることは、原則的に不可能なのだろう。バックアップが無いのだから、再生することも修復することも難しく、故に世界を塗り替えることは、個人の意志のみでは成し得ない。――――いや、『世界の意思』とでも云うべきモノによって、拒絶される、と表した方が近いかもしれない。

 

 つまるところ、【神座】の世界は、『座に就いた神格一人の意思』が世界を統べる法則となる世界であり、『この世界』とは『多くの神格の総意』によって創り上げられている世界なのではないか、と。

 

「……ん?」

 

 幽玄な舞を酒の肴として愉しみながら、ふと、蛍のような光が漂い出していることに気が付いた。青白く小さな光は、ゆったりと明滅しながらフワフワと周辺を漂っている。

 視線を巡らせれば、獣殿の周りにも多く漂っていた。特に、その黄金を流したかのような髪に纏わりついたり、潜り込んだり、絡まっていたり――――要は、じゃれ付いて遊んでいる、ように見える。

 

「……カールよ」

 

「言いたいことは察せますが、獣殿。私もこれについては解らぬ故、許されよ」

 

 ころり、と獣殿の髪から滑り落ちるように転がって来た光を摘み上げれば、首根っこを掴まれて持ち上げられた猫のように大人しくなった。

 目線の高さにまで持ち上げ、観察する。だが、特に生き物らしき気配は無い。しいていえば手触りとしては綿っぽい、と言うべきだろうか。

 

『カミサマ?』

 

 唐突に、ソレが声を発した。思わず取り落とせば、ころころと転がった後、フワフワと寄ってくる。

 

『カミサマ?』

 

『カミサマ?』

 

『むかしのカミサマ?』

 

 一匹が寄ってくると、周りの何匹かもつられるように集まってきた。――いや、そもそも一匹、という数え方でいいのだろうか。

 

『ほしのかみさま?』

 

『そらのかみさま?』

 

『おおきいの?』

 

『なんで? どうして?』

 

『どうしたの?』

 

「……なんだこれは」

 

 思わず呟けば、ころり、と膝の上に転がり落ちて来た一匹が、首を傾げるような気配を返す。

 

『せーれー』

 

『まだ、小っちゃいの』

 

 ――なるほど。

 つまり、この良く判らないモノは精霊である、と。しかも意識をもってまだ間もない、精霊の赤子のようなものである、と。

 

 この時点で、とりあえず今まで溜め込んだ魔術的な方面の知識は一旦封印することにした。放り投げたと言っても良い。【神座】の世界で得て、構築してきた理論のままでは、とてもではないが役に立たない。――あそこには、少なくともこんな風に言葉を交わせる精霊なんていなかった。

 

『かみさま、けがしてる?』

 

『なおす?』

 

 言われた言葉が理解できず――いや。言葉は理解できたが、何故そんな言葉を言われたのかが理解できず、思わず押し黙って瞬く。

 

『おねがいされたの』

 

『わたしたちから、はなれてしまった子たちの魂はだめだから』

 

『おねがいされたの』

 

『いってもいいとおもったら、おねがいって』

 

『かわりに、わたしたち』

 

『いる?』

 

 言葉としては、非常に解りづらい。だが、言わんとしていることは、理解した。出来てしまった。

 

 ―――はらり、と。

 視界の先、闇の中で白い袖が揺れる。舞を終えたらしい此処の家主は、水面の上に佇みながら、金色に煌く眸をこちらに向けて優艶に微笑って見せた。

 

「逸れたとはいえ、我が民の魂は差し出せぬ故……代わりに我等に最も近しい子らを」

 

 ――――それは、つまり。

 人の魂を差し出す気は毛頭無い。どうしても必要ならば、代わりに人の魂よりもエーテル的純度が高いこの子らを捧げよう、と。

 

 確かに、あの邪神とも云うべき存在によって、溜め込んだ力――総軍もほぼ消し飛ばされている。自身の魂すら罅だらけで砕け散る寸前――というか、辛うじて核部分が傷付かずに済んでいる、というような状態ではあった。それもこの御仁のお蔭で、だいぶ回復はしているが。

 

「……ふむ。我等について、話したことは無かったと思うのだが」

 

「衰弱した神が贄を求めるのは、基本的に何処も変わらない」

 

「なるほど」

 

 改めて、視線をフワフワと浮いている精霊へ向ける。きゃっきゃっ、とはしゃいでいるような気配に思わず苦笑が零れた。

 

「――おいで」

 

 手を差し伸べれば、実に嬉しそうにフワリと手のひらに乗り、そのまま融け入るように手のひらに沁み込んだ。じんわりとした温もりの残滓だけが残る。

 

『わす、ぃえ、らー』

 

『うぃー、いぇー、らぁ』

 

『らぁ、ぃえー、らあ!』

 

 くるくると回りながら、楽しげに歌う精霊たちに包まれながら、ふと家主に目を向ける。夜空を閉じ込めたような色の眸に戻っているのを見て、改めて先ほどの金色の色彩を思い出した。

 

 

 

 

 

 







風水――――

 古代中国から伝わる、地相占術。
 陰陽五行――木、火、土、金、水により、地相と方位を占い、相生相剋の相を見て、吉凶を観る。その源泉は、《氣》の流れ。
 龍脈と呼ばれ、龍脈の流れの集まる場所は、龍穴と呼ばれた。

 そして、龍脈を制したものは、陰と陽からなる太極を知り、森羅万象を司ることが出来ると云われた。



 はい。
『東京魔人學園外法帖』のOP冒頭に流れるナレーションです。
 一時期流行りましたね、風水。但し、主に『家相』で。
 たぶん「黄色い財布だとお金貯まるんでしょ?」とか。そんな感じの認識されていそうな最近の風水……言わせてほしい。
 黄色=金色、じゃないんだ。
 黄色は土性を表す色で、五行では土から鉱物が生じるとされているから、だから金回り関係に土性の黄色を使うと、金属であるお金も『生み出される』ようになるかもよ、っていう事なんだと……!!
 つまり、『お金が貯まる』のではなく『稼ぎが良くなる』と捉えるべきで、いくら稼ぎが良くなったとしても、それを使っていたら貯まるわけないぞ、と……っ!!
 そう言ったら、友人が無表情になりました。心当たりがあったようです。はい。


 あ。五行では水は玄(デザイン上では紫の場合有り)、木は青(現代の感覚だと青緑っぽい)、火は赤、土は黄色、金は白で表されます。
 方角に当て嵌めると、北は水、東は木、南は赤、西は白、中央が黄です。
 そして北に玄武、東に青龍、南に朱雀、西に白虎、中央に黄龍あるいは麒麟、となります。
 この中央の『黄龍あるいは麒麟』というのは……文化の変遷、と言いますか。なんと言いますか。
 元々は黄龍だったのです。これは龍脈に関わる思想なので、本来は黄龍が正しいのです。ですが、『四神』という聖獣・神獣そのものが注目されるようになると、『龍が二体もあるのはおかしい』となって中央に麒麟を当て嵌めるようになりました。歴史の文化の上で本来の意義を忘れられ、黄龍は麒麟に中央を追われた形になります。

 しかし、本来は龍脈が基本にある思想です。良く話に出てくる『四神相応の地』というのも、あくまでも風水的に見た地相から見て、厳密に条件が整っていることが要求されますし……。



 …………。
 長くなりそうなんで、後々割烹で解説しますね!!





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花詠み -黄金-



※獣殿が神子に【黄龍】について軽く教えてもらってるだけ。

※獣殿の興味を引いてしまったようです。

※ただ……なんというか、珍しい硝子細工か何かを眺めているような、そんな感じかと思われます。うん。

※一応、恩人の世界の民(=恩人の物と認識)なので、無理強いはしないつもりでいる模様。





 

 

 

 

 カサリ、と下草を踏む音にページを捲る手を止める。視線を庭に向ければ、深くフードを被った人影がひっそりと佇んでいた。その気配は相変わらず透明で――視界に入っているのにも関わらず、見失ってしまうような印象を抱かせる。

 しばらくその姿を眺めていると、居心地悪そうに僅かに身動ぎした。だが、立ち去ろうともしなければ近寄って来ることも無い。声を掛けて来る様子も無かった。姿を見せていながら、どうも困惑しているらしい。

 それを眺めながら、人馴れしていない猫のようだ、と思う。好奇心と警戒心の狭間でこちらを窺っているような。

 

「来ないのか?」

 

 軽く笑いながら問えば、戸惑うように瞬き、ゆっくりと歩み寄ってくる。そして先日と同じように、少し間を開けて隣に座った。

 

「残念だが、今回も家主は留守だ。――間が良いと言うべきか、悪いと言うべきか」

 

 先日の様子からしても、おそらくは留守であると知っているのだろう。あるいは、留守だからこそやって来ているのかもしれない。現に、今も告げた言葉に対して、微かな笑み以上の反応は無い。

 

「……何を読んでいるの?」

 

「この国の神話について、といったところか。此処の家主も神格、あるいはそれに類似するものを有しているようだが、生憎と全く知らんのでな。礼を欠くことがない程度には、把握しておきたい」

 

「――――それなら、記紀には載ってないよ」

 

「……む?」

 

 客人は淡く微笑むと、靴を脱いで部屋に上がった。部屋の戸を開け、小さく「こっち」と呟く。そのまま足を踏み出そうとして、何かに気付いたように視線を足元に向けたままゆっくりと瞬いた。見れば、白い蛇の姿をしたカールが客人の足元に蜷局を巻いている。

 客人は何度か瞬くと、そっと膝を着いて淡く微笑んだ。

 

「えっと……こんにちは。一緒に行く?」

 

 そう言って腕を差し伸べる。カールである白蛇は少し考えるような間をあけた後、スルスルと差し伸べられた腕を登り、首飾りのような位置で落ち着いた。

 

「……あの人も、つくづく大変なのに付き合うね……」

 

 白蛇を指先で撫でて、ぽつりと零す。次いで振り向くと、改めて「案内します」と告げて部屋を出た。それに促されるままについて行けば、勝手知ったるとばかりに廊下を渡り、ある木戸の前で足を止める。

 

「ほんとは隠し書庫とかもあるんだけど。たぶん、あなたたちが知りたいのは、ここので充分じゃないかな」

 

 躊躇いなく中へ入る客人に続き、書庫と思しき部屋へと足を踏み入れた。

 

「……ほう」

 

 部屋としては、広くない。少なくとも、最初から生活を考慮しているスペースは無い。よって、元より物入れか何かとして使う予定の場所だったのだろう。せいぜい人ひとりがやっと通れる程度の幅を残し、左側の壁は書棚として書物で埋まっていた。先に入った客人の向こう、広くない部屋の突当りには小さな卓――文机と云うらしい――が置かれている。

 

 書棚に入れられた本は、どうやら比較的新しいモノであるようだった。装丁を見る限り、ほぼ戦後に出版されたものだろう。――神話かそれに類するもの、という条件で、まさかこれほど新しい本が並ぶ書庫に連れて来られるとは思わなかった。

 

「……その外見だと、たぶん、日本生まれでは無いですよね?」

 

「いかにも。――生まれはドイツであるな」

 

「一応、訊きますが……現代日本語は読めたとして、古典は読めますか? 大体400年前から1000年前のものです。もちろん、現代とは書き方も違えば言葉の意味も異なりますし、基本的に筆での手書きなので、日本人でも読めない人が大半ですが」

 

 こういうのです、と言って差し出されたのは、和綴じと云うらしい独特な製本をされた、しかし真新しい書物だった。パラパラと捲れば、やはり素材としては新しいらしく、傷みなどは全く無い。だが、内容は全く読めなかった。おそらく文字であろうものが、ただの複雑な線にしか見えない。

 

「……読めんな。だが、何故これは傷んでいない?」

 

「あの人の暇潰しの産物です。古くて傷んでしまっているものを、書き写しているんだとか」

 

「――ああ、なるほど」

 

「なので、一応、日本語が読めるとしても現代語である、と仮定して、此処にしました。――読めます?」

 

「それならば、問題無い」

 

 実のところ、此処で目が覚めてから暇だったので覚えた、というのが正確なところだったりする。家主と会話が通じていたのは、向こうがこちらの言語に合わせていたからだ。――発音はかなり怪しかったが。

 

 ざっと書棚のタイトルを眺め――なるほど、と思った。『山の神』『陰陽五行と日本の民俗』『境界の発生』『稲荷信仰』『風水』『日本の神々』『日本古代呪術』など――基本的にカールの得意分野であろう文字が大量に在る。というかむしろ、その手のタイトルしか見えない。

 

 客人は時折考えるような素振りを見せながらも、特に迷うことなく本を抜き出していく。最初に選んだ本には『魔方陣』という文字が見えた。

 

「日本の神話は、ほぼ寓意。表面を見ただけじゃ解読なんて到底無理。他国の神話であろうと、日本に入って来た時点で、何かしらの寓意を意味付けられるのは避けられない」

 

 もう1冊、同じようなタイトルの本を抜き出す。更に『陰陽五行』『道教』『龍』などの文字が見えるタイトルを手に取る。

 

「もともと、この国の神には、個を示す名は無かった。先に在ったのは事象であり、概念だった。だから、非常に様々な名前を与えられた。――他者に伝えやすいように、『事象』や『概念』に名を与えたんだ。それは『名付け』では無く、『翻訳』に近い。何故なら、結局のところ名称自体がブランド化して一人歩きすることは、この国では滅多に起きなかったから。今でも、神の本質は『事象』や『概念』で、名は体を表すけれど、あくまでも名は『ソレ』の本質を説明する為のものでしかない」

 

 困ったように微笑みながら、抜き出した5冊の本を差し出された。書棚に納められた本と比較するまでもなく、少ない。とりあえず差し出された本を受け取り、問い掛ける。

 

「――この国の神話には、彼はいないのか?」

 

 ラインナップを見る限り、この国の神話は含まれていない。それを不思議に思いながら問えば、客人は少し考えるように瞬き、また別の本を取り出した。タイトルは『北欧神話』。まったくの予想外のタイトルに、思わず沈黙する。

 だが、客人は小さく笑うと、再び口を開いた。

 

「――――あの人、なんて名乗ったの?」

 

「……む。たしか、【コウリュウ】と」

 

「うん。――でもその名前の神様は、どこの神話にも登場しない。代わりに、北欧神話だと【ユグドラシル】としての名を持つ。…………世界樹は知ってる?」

 

「流石に、その程度ならば」

 

「こっちで云う【黄龍】の本質は、北欧神話で云うところの【ユグドラシル】の本質に似ているんだよ。だから、日本の神仏統括システムによって、入れ替えが可能となる」

 

 その言葉に、眉をひそめる。何か、非常に聞き慣れない言葉を聞いた気がした。だが、客人は気にせずに話を続ける。

 

「……【黄龍】は、主に古代中国に端を発する伝承や五行思想に現れる黄色、あるいは黄金の龍。四神の長とも云われ、龍脈を統べるとも伝えられる。五行で黄は土性を表し、方位は央。故に【黄龍】自体もその性質を帯びる。――――龍脈とは、《氣》の流れ。西洋の人には、エーテルと云った方が通じるかな? このエーテルは世界を満たし、循環している。世界を形作るすべての力の源。――故に、龍脈に棲む【黄龍】は、その性質をも併せ持つ。つまり、【黄龍】とは、あらゆる力の顕性である、と。中央に在る、世界の源――ここでさっきの、【ユグドラシル】に繋がる」

 

「……何やら、非常に難解だな。こじ付けのようにも聞こえるが――筋は通るのか」

 

「うん。この論理に筋を通してしまうのが、この国の神仏統括システム。余計な面倒に関わりたくなければ、表に出ない事をおすすめします。というか、そうならないように黄龍殿が計らっているのだろうし」

 

 今日、出掛けているのもそうでしょう、と呟く客人の言葉に思わず瞬いた。

 

「お蔭でこちらに付いてた人たちが黄龍殿の方に回されたので、僕としては自由に動けて有り難いんですが……だからと言って黄龍殿が僕と同じ目に遭うのは良い気もしません。早く済むと良いんですけどね、会談」

 

 ――――どうやら、家主が留守の時に現れるのは偶然でも無ければ、狙っていた訳でも無いらしい。単純に、自由になれるのが此処の家主が外出している間しかない、という事だったようだ。しかも、完全な自由、という訳でも無いのだろう。だからこそ、灯台下暗しと云うべきか、監視などの目が付きにくい場所として、此処にやって来るらしい。

 だが、そうであるならば、何故そんな状況を甘んじて受け入れるのかが解らない。訝しんで目を向ければ、客人は小さく苦笑を零した。

 

「…………流石に、何百年もかけて組み上げられた術式を破るのは、ちょっと……。しかも、国土を全て駆使して張り巡らせられているので……破ろうと思ったら、もう国土ごと沈めないといけないレベルなんですよ。――――流石に、そこまでしたくありません」

 

「――それが狙いではないのかね? 卿らを躊躇わせる為に、そのような術式を敷いたと」

 

「どうでしょう。純粋に結界術式で陣取り合戦していただけの時期もありますし。後世、それを利用した人はいましたけど。――詳しくは、その本に書かれてますよ。6割くらい、かな? 考え方としては8割正解しています」

 

 そう言ってから、ゆっくりと瞬き、ふと息を吐く。褪せたような色彩の眸が、微かに揺れた。

 

「――僕たちは、自らの在り方に疑問はありません。ただ、ほんの少しだけ、さびしいと感じることがあるだけです」

 

「疑問は無い――納得していると?」

 

「……理解、しています」

 

「――――なるほど」

 

 自らが負わされたものに、納得はしていない。だが、それを理解し、受け入れることは出来ると。それは許しか、あるいは諦めか。それとも自己犠牲に近いモノか。

 いずれにせよ、自分たち覇道神とは、ある意味で非常に遠い存在なのだと感じた。覇道とも求道とも異なる在り方に、非常に興味深いと思う。

 

「実に、興味深い」

 

「……?」

 

 零した言葉に小さく首を傾げた相手に手を伸ばし、慎重に指先で髪を梳く。慎重に慎重を重ねなければならないほど――――この客人は、脆い。普通に過ごしているだけでも、いつ崩れてもおかしくない、と思わせる程度には脆く、儚い魂。

 おそらく、単純な強度では無く、純度――もしくは透明度を追究した結果だろう。だが、強烈で鮮烈な魂ばかりを見ていた身にとっては、非常に珍しくもあった。

 故に、興味深い、と。

 

「……あの……?」

 

「ふむ。――私からすると、卿は珍しい故、どうやら気に入ったらしい。どうだろう。我がレギオンに加わる気は」

 

「なんだか良く判らないですけど、断りたいです」

 

「そうか。――まぁ、卿には卿の役目があるようであるしな」

 

「というより、その『珍しいペットを見つけたから飼ってみよう』みたいなノリである限り、お断りします。むしろ全力で逃げます」

 

 逃げ隠れするのは得意ですし、と溜息を吐きながら告げた客人に、思わずくつくつと笑いが零れてしまった。

 

 

 

 

 






見立て風水――――

 古来、中国より伝えられた【風水】が日本において独自に深化した呪術。
 大陸より伝来した【風水】とは『天地の意に適うよう、人間を配置する』のが鉄則であったのに対し、この国の呪術は『人の意志こそが、天地に比されて並べ置かれるもの』とされる。単なる地相占術、あるいは哲学であった【風水】に【見立て】という思想を取り入れ、より複雑化させた。
 形、名前、性質――様々なモノを合わせ鏡の如く見立て合い、互いを補完し、補強し、互いが互いを『身代り』とすることによって、呪術的戦略をより高度に複雑化させた技術。


 ――――即ち、人が神仏を管理する為の呪術プログラムのひとつ。




 不穏な解説付き。
 日本の宗教が世界の中でも特異なのは、真面目にこの『人が神仏を管理する』『人が人を神に仕立て上げる』『不要な神を人為的に排除する』ということを平然とやってのけるからだと思う……。
 日本の神仏世界は相当シビアですね。忘れられれば廃され、人間に不要とされれば排除される。回避するには『人間の役に立つ』ということを証明し続ける必要がある。あるいは、『祀らなければ祟る』ことを証明し続けなければならない……これは、疲れるわぁ……。

 さて。
 今回のキーワードは『人が神仏を管理する為の呪術プログラムのひとつ』です。


 ちなみに、神子が獣殿に見繕っていた本は、すべて実在する本です。タイトルの一部しか出していませんが……わかる人にはわかる……かも?




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未明の分龍雨 -黄龍-



※割烹にて宣言した通り、一応黄龍殿の戦闘シーンです。一応です。

※とはいっても……戦闘らしい戦闘はしていません。はい。火の粉を振り払っただけ、的な。しかも久々すぎてちゃんと動けてないという仕様。

※双首領のイライラゲージがあったら、ちょっと上昇傾向にあるかも知れません。

※黄龍殿が水銀に対してナチュラルに黒い。ような気がする。


※BL臭? そんなものはありません。というか、そんな余裕は無かった。





 

 

 

 ――――また、雨が降り出した。

 

 雨は、嫌いじゃない。むしろ好きな部類だ。だが、同時に思考も行動も鈍くなるから、出来れば眠っていたい。ただでさえ面倒な会談があったばかりで、正直、とても疲労していた。薄目を開けて、まだ薄暗い部屋から障子越しに外の明るさを計る。――まだ、未明か薄明か。雨が降っているから誤差はあるだろう。だが、とにかくまだ普段起きている時間では無い。ならば、二度寝しても良いだろう。

 そう思って目を閉じれば、ひんやりと湿った空気と、雨の音が部屋に満ちる。

 

 

 ――――ぱきん、と。

 

 

 微かな音を、意識が拾った。同時に閉ざされている筈のこの空間に、『外』からの【氣】が流れ込んできたのを感じて、目を開く。深く息を吸って、吐いて、ゆっくりと身体を起こした。

 

「…………」

 

 今のは、結界に罅が入った音だ。自然に開いただけなら、自然に修復されるように術式を組んであるし、そもそも『外』の【氣】が流れ込んでくることは無い。ならば、何者かがわざとやったのだろう。だが、生憎と心当たりが多すぎる。

 いつもなら、無視する。その程度の『ちょっかい』でしかない。だが、今は残念ながら放置しておくと面倒なことになりかねない事情がある。

 もう一度、深く息を吐いた。

 毛布を退かして布団から出て、とりあえず寝間着の乱れを直して部屋を出る。冷たい床を歩き、庭に面するところでガラス戸に手を掛けた。頓着なく戸を開き、雨が降り頻る中へと歩き出す。どうせ濡れるし泥だらけになるのは変わらない。下駄も草履も引っ掛けず裸足のままで山中に至る小道を辿りながら、意識を大地に向けた。

 

「――――――」

 

 息を、吐く。

 意識を、足へ。下肢を通り、膝を過ぎ、爪先、足の裏へ。足の裏に捉える地面へ。大地の奥へ。そうして、今度は意識を広げていく。薄く、広く。波紋を広げるように。雨に濡れる大地を撫で、草木を伝い、風と共に。

 そうして捕らえた気配は、山氣の塊と――――陰を色濃く帯びた金の氣の塊。

 

「これはこれは……」

 

 知っている。覚えている。もはやいっそ、懐かしい。思わず、口から笑みが零れた。

 

「――――どこから引っ張り出してきたのやら」

 

 あれは、禁咒に指定させた筈だ。そもそも、まともな感性の生き物ならばアレは本能的に拒絶する。――ああ、だが、そうか。ロボットなどが一部とはいえ実用化されている現代では、嫌悪感も低くなってきているのかもしれない。

 だが。

 

「アレは、ダメだ。――――それは、許さない」

 

 ふ、と息を吐き、雨に濡れて泥濘んだ道を走り出せば、泥が跳ねて白藍の裾を汚す。――後で処理するのが面倒な気がするが、それは今考えることじゃない。とりあえず、思考の彼方へ放り投げる。

 未明――――人里離れたこの場所では、闇の中にいるのと変わらない。それでも自然の中であるならば、自分の眼には【氣】の流れが映る。だから、それを頼りに進めばいい。ただ、人間の視界に慣れていると、この視界はどうしても酔いそうになる。

 

 ユラリ、と。

 視界の先で、凝り固まった山の氣が蠢いた。ひとつ――いや、ふたつ。流石にそれ以上は用意できなかったのだろう。瞬きと同時に人間の視界に戻せば、暗闇の中、紅い眼光を宿す鬼がゆらりと彷徨っている。

 

 本来、自分の気配はかなり目立つ。龍脈を流れる【氣】の奔流こそが本質なのだから、当然と言えば当然だ。だから、普段は出来る限り周囲の気配に溶け込むように調整している。それは今現在も変わらない。そして、あの山鬼は鬼の形をしてはいるものの、別に生き物では無い。だから五感も無く、ゆえに雨の山中に佇む自分を認識することも出来ない。

 ひとつ息を吐き、周囲を見渡す。――――例の陰を色濃く帯びた金の氣の塊は、近くに無い。

 

「――――さっさと終わらせるか」

 

 でないと、あの二柱に見つかりそうだ。結界破損的な意味では蛇殿に、戦闘の気配という意味では山吹殿に。――どちらにせよ、見つかるのは面倒なことになる。ついでに人型であればまだ良いが、万が一にも小蛇姿で現れた場合、少しばかりハードルが上がってしまう。そもそも、自分は今、全盛期ほどには動けないのだし。

 

 ゆっくりと呼吸し、呼気を整える。静かに【氣】を巡らせ、改めて山氣で練られた鬼を見た。やはり、特にこちらには目もくれず、彷徨っている。――ただ、【氣】を動かしたから、間合いに入れば気付かれるだろう。

 

 長く息を吐き、姿勢を低くして鬼の一体に肉薄する。途中でこちらに気付き、咆哮を上げようとした顔を右手で鷲掴みしながら足を払い、体勢を崩す。ついでに溜めていた【氣】を胸部に向かって叩きつけるように放てば、実にあっさりと鬼の形は霧散した。

 所詮は、山の【氣】を凝らせたモノ。ならば、凝った【氣】を掻き消すなり掻き混ぜるなりして散じさせてしまえば良い。普通なら、それだけで形を保てなくなり霧散する。

 それより、人間と変わらない大きさで助かった。これが大鬼になったりすると、的確な場所に攻撃を当てること自体が大変になる。――いや、大変なだけで、出来ない訳では無いが。

 周囲を見渡し、20メートルほど先にもう一体の鬼がいることを確認して軽く瞑目し、【氣】を練り上げる。

 

「……もう少し、詰めるか」

 

 生憎とここ数十年、まともな戦闘をした記憶が無い。相当に勘も鈍っているだろう。ならば、確実を期したほうが良い。

 目を開き、軽く地面を蹴って距離を詰める。――――場所は山。周囲には木々。天候は雨。ならば、木氣が一番、削がれず通る。あるいは水氣か。この状況では木氣が一番目立たないだろうが、殺傷力、という点で少しばかり不安が残る。

 あと10メートル。体内の【氣】を、ほんの少し陰に傾ける。天から降る雨の【氣】と混じり、体内で練った【氣】は容易く凍えるような水の気を帯びた。

 鬼が振り向く。その咆哮を聞きながら、僅かに目を眇めた。腕が振り上げられるのを見て、一瞬、足を止める。振り下ろされる腕を掻い潜って背後に回り、鬼の背中に右手を置いて体内で練り上げた【氣】を解放した。ふ、と息を吐き、言霊によってイメージを確固たるものにする。

 

「――雪蓮掌」

 

 刹那、溢れ出した凍氣で周囲の水が凍り付いた。一拍の間隙の後、鬼も巨大な氷に包まれて動きを止める。それを確認してから手を離し、一歩さがった。ざり、と足元で霜を踏む音がする。右の手のひらを見れば、僅かに朱く霜焼けのようになっていた。――やはり、きちんと制御できなかったらしい。その事実に息を吐き、ぱん、と柏手を打つ。その音で、鬼を封じた睡蓮のような氷塊はあっけなく罅割れ、砕けて消えた。

 

「……――――やれやれ……」

 

 これは、頂けない。

 もう少し真面目に身体を動かしたほうが良いかもしれない。たとえ使う場が無いとしても、ここまで鈍っていると遣る瀬無くなる。

 ひとつ息を吐いて軽く頭を振って思考を振り払い、さてもう一体は――と視線を巡らせた時、視界の端に白い色を捉えた。思わず硬直し、ついで深々と息を吐く。

 

「…………なんで、ここにいるのかな? 小蛇殿」

 

 しみじみと呟けば、白い蛇はスルスルと這いより、鎌首を擡げて首を傾げた。どことなく、咎めるような気配があるが、そんなことはどうでも良い。

 咄嗟に蛇殿を引っ掴み、転がりながら振り下ろされた鉄塊を避ける。すぐさま立ち上がり、木立の後ろに回り込んで呼気を整えた。

 ――――1本の古木を挟んで、ソレを見据える。甲冑をがしゃがしゃと鳴らしながら、機械的な動きでソレもまた、こちらを見た。

 

「……悪い、蛇殿。苦情は後にしてくれ」

 

 鎧兜から目を逸らさず、掴んだままだった蛇殿を懐に入れる。抗議するように暴れる蛇殿に思わず苦笑を零し、鎮静剤代わりに自らの【氣】を金粉のように僅かに降らせてやりながら、着物の上から撫でた。そして、おそらく最も効くであろう言葉を、そっと呟く。

 

「すまない。――『隠れていろ、カリオストロ』」

 

 途端に硬直したように大人しくなった蛇殿を撫で、ゆっくりと息を吐いた。この間、派手に動かなかった為か、向こうにも動きは無い。

 赤黒い【氣】を立ち昇らせる、黒い甲冑。時折、キリキリと歯車を軋ませるような音が耳に届く。手にする刃物はもはや鈍器と言った方が良いような代物で、人の身の丈ほどもある鉈のような形をしていた。

 ――――鬼兵。正式な名は知らない。だが、かつてそう呼ばれていた。

 

「……まいったな……」

 

 アレは、苦手なのだ。

 戦闘的な意味では無く、もう存在そのものが。

 はぁ、と息を吐き、それでも目は逸らさない。逸らした瞬間、間合いを詰められる。真面目な話、手甲も何も身に着けていないので出来れば直に攻撃を受けたくない。アレは全身鋼鉄で出来ているから単純に攻撃力も高ければ防御力も高い。そのくせ機動力も高いので、今の状況では油断すれば軽傷じゃ済まない。――――まぁ、攻撃自体は大ぶりで読みやすいが、それに身体の反応が間に合うかというと、正直、危ういと判断する。

 しかも、今は懐に蛇殿を抱えている訳で――――傷付けない為には、回避方法もかなり限定される。

 

「――手甲くらいは付けてくるべきだったかな……」

 

 軽く嘆息し、鈍ってるなぁ、と呟いた。呼気を整え、ゆっくりと【氣】を練り上げる。

 

「んー……規模は、抑えたいな」

 

 となれば、【氣】の質を、純度を上げるほか無い。

 

「――鬼兵は金。五行に則り、火によって相剋可能」

 

 だが、現在は生憎の雨。基本通りにやれば火性の【氣】は削がれてしまう。しかし、この場は山。周囲には木々。であるならば、この場としては木性の【氣】に充ちている。ならば、問題無い。

 

 ふっと息を吐き、泥濘んだ地面を蹴る。

 やはり大ぶりな上段構えをして見せた鬼兵は、思っていたよりも動きが重かった。それにむしろ嫌な予感が脳裏を掠める。だからといって、もはや引けない。引けば逆に重い一撃を喰らう羽目になる。

 

「――――秘拳、」

 

 振り下ろされる鉄塊の一撃。それを軽く半身を逸らして避け、そのまま胴体に練り上げた【氣】と共に掌打を放った。

 

「朱雀」

 

 一拍の静寂をおき、放たれた【氣】が火の性を帯びて吹きすさぶ火焔の渦を巻き起こす。伝承の朱雀を思わせる色彩――朱金に輝く、浄化の炎。現象としては、火災旋風に近い。要は炎の竜巻だ。

 その渦巻く炎の中から、咆哮が響いた。

 

「――っ……」

 

 炎の中から、黒い鉄塊のような刃が横薙ぎに振るわれる。咄嗟に身を屈めてそれを躱せば、何かに足首を引かれて体勢を崩してしまった。一拍遅れて、足から灼熱と痛みが伝わって来る。歯を食いしばって視線を向ければ炎の中から黒い腕が伸び、左足首を掴んでいた。

 咄嗟に凍気を放ってその腕を砕き、痛みを堪えながら転がるようにして距離を取る。痛み具合から考えて、すぐに立てる気がしなかった。――――これは、もしかすると足が使えなくなるかもしれないと、冷静な思考が告げる。

 

「 …ぁ゛ し……か … れ ぇ゛… 」

 

 酷く聞き取りにくい、しわがれたような声が、炎の中から届いた。ギシギシと軋む音を響かせながら、炎の中で黒い影が巨大な鉄塊の刃を持ち上げる。

 

(――ああ、ちょっと無理だな)

 

 これは、安全に躱す余裕が無い。

 この位置はまだ鬼兵の間合いだし、当たったら確実にスプラッターな状況になるだろう。懐の蛇殿を撫でて確認し、とりあえず自分が出来うる限りで強固な加護を付けておく。抵抗するような気配があったが、気にしない。蛇殿には悪いが、此処は彼らの世界では無いのだし。故に、基本的には正式な手順を踏まない限り、彼らよりも我等の意思が優先される。

 

「ぁ… ざ……わ゛…に゛……」

 

 ぎしり、と鬼兵が軋む。

 死ぬ気はないが――――どうだろう。この器は壊してしまうかもしれない。

 タイミングを計るために、じっと鬼兵を見据える。というか、朱雀の炎でもまだ残っているのは素直に称賛したい。どれだけ禁咒をつぎ込んだのか。

 

 

「動いてくれるなよ、龍殿。――――【 Yetzirah 】」

 

 

 耳に入り込んだ声に、思わず瞠目した。同時に、納得する。あれだけ派手に攻撃したのだ。最小限には抑えたはずだが、軍神(いくさがみ)ならば呼吸するように気付くだろう。――――だから、さっさと終わらせたかったのに。

 

 

「 さ わ゛に゛ ぁ゛し か れ゛ぇぇ゛ぇ…っ!!」

 

 

「【Vere filius Dei erat iste(ここに神の子 顕現せり) ―――― Longinuslanze Testament(聖約・運命の神槍)】」

 

 

 振り下ろされた鉄塊を、金色の槍が弾き返した。金属同士がぶつかり合う音が響き、そして衝撃に耐えかねたように鉄塊が崩れる。ボロボロと崩れていく鬼兵の影から、どろりとした陰の氣が溢れ出した。それを眺めながら、本命はこれかと理解する。

 ふと息を吐き、足の痛みを無視して木を支えに立ち上がれば、懐の蛇殿が苛立ったように腹に噛みついて来た。いや本当に申し訳ないが、まだ休めないんだよ、蛇殿。

 

「――龍殿」

 

 山吹殿に掛けられた声を敢えて無視し、柏手を打つ。乾いた音と共に朱雀の炎は掻き消えた。その中心から、どろりとした嫌な【氣】が溢れて近付いてくる。

 

「――――天地清浄(しょうじょう)

 

 ざわり、と黒い(おり)のような【氣】が震え、微かに波立つ。

 

「天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄 天津神 国津神 八百万神達諸共(もろとも)(きこ)し召せ」

 

 微かに、空間が震える気配。――聞いている、と応えるように。

 じくり、と掴まれた足が痛みを発した。何かに侵蝕されるような、嫌な痛み。だが――そう。この手の痛みには、慣れている。

 

「罪と云ふ罪は在らじと 禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ) 祓い給え 清め給えと申し奉る」

 

 ぱん、と最後にもう一度、柏手を打つ。その瞬間、一陣の風が吹いて凝った【氣】を散らし、それでも残った穢れは雨に洗われるように溶けていった。

 それを見届けて深く息を吐き、そのままズルズルと座り込む。とりあえず蛇殿を懐から出し、最初に仕掛けた『言霊』を剣印で軽く払って切った。その途端、蛇殿は人型になってじっと見下ろしてくる。

 

「――――龍殿、」

 

「悪い、眠い。――放っておいていいから、……くじょうは、あとで……」

 

 睡魔に引きずり込まれながら傾ぐ身体を、誰かに抱き止められたような気が、した。

 

 

 





【多に強暴れ】
 さわにあしかれ。
 鬼兵が叫んでいた言葉。これは日本神話において『まつろわぬ神・民』たちを意味する言葉である。


【黄龍殿によるニート言霊縛り】
 わざわざ自分の【氣】を金粉の如く降らせつつ(←彼の女神の気配に似ているらしい)、『隠れていろ』などとのたまい(←つまり、庇う気満々)、挙句の果てに誰も教えていない筈の『カリオストロ』呼び(←女神が呼ぶ名前なので思い入れも強そう)するナチュラルな黒さ。

 結論:これはニートも怒って良いと思う。
 悲報:しかし黄龍殿も『これは無礼な行為である』とは認識しているので、真っ先に謝罪してから行使している。
 結論2:ニートは怒りたくても怒れない可能性。




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未明の分龍雨 -水銀-


※水銀視点。結構、グルグルしています。モヤモヤ。

※悶々とグルグルしている水銀を、獣殿が珍しそうに眺めている図。

※さり気なく黄龍殿を抱き止める水銀がいたり、抱き上げてる獣殿がいたりする。でも状況的にBL臭とか無い。









※ある仕込みが行われました。




 

 ――――降りしきる雨が、身体を叩く。

 

 基本的に黄龍殿は、一度眠るとなかなか起きない。眠りが浅く、時間も短い獣殿と違って黄龍殿の眠りは深く、時間も長かった。就寝すれば翌朝までは絶対に起きない。それでも朝日が昇る時間には起床するが、逆に言うと夜明け前には深く寝入っている。

 だから、今朝がた――日が昇るよりも先に目が覚めたらしい龍殿が布団の中で身動きするのを見て、珍しいと思った。ちなみに、最近は龍殿の布団に紛れ込ませて貰っている。本人は気付いているのかいないのか、見つかっても特に何も言われない。ただ、着替えが終わると大抵そのまま懐に入れられ、家事や掃除に付き合う事となる。

 いつもなら、黄龍殿は起きる時には自分に気付いて、声を掛けた。だが、今朝は。

 

 ――――ぱきん、と。

 

 微かに響いた音無き気配を、思い出す。

 この感覚には、覚えがあった。結界を破られた時の気配に似ている。それを聞いたらしい黄龍殿は軽く溜息を吐いて起き上がり、手早く寝乱れた格好を整えるとそのまま部屋を出ていった。

 何気なくその後を追えば、土砂降りの雨の中へと裸足のまま出ていく姿。それを見て思わず自分も後を追いかけた。おそらく、破損した結界の様子でも見に行くのだろう、と。

 

 その、先で。

 異形を打ち払う姿を見て、感心した。かつて私が定めた異能の法則とは異なる術理の下に振るわれる力は、まるで極彩色の絵画のように美しい。表面上は属性らしきものを帯びているが、本質はそこでは無いのだとも理解する。

 ああ、未知だ。自分の与り知らないものが、そこにある。

 終わったところを見計らって姿を見せれば、黄龍殿に溜息を吐かれた。その直後、乱暴に引っ掴まれて懐に押し込まれる。その(あわせ)の隙間から、数歩先に別の『敵』の姿を見つけ、同時に黄龍殿の行動の意味を察した。――――冗談では無い。確かに荒事は得意ではないが、それでも足手まといのレッテルはごめんである。

 意地になってもがいていると、龍殿は軽く苦笑を零した。着物の上からそっと撫でて、金色に煌めく気配を降らせる。それは、やはりどこか、愛しい女神の気配に似ていて。

 

「――『隠れていろ、カリオストロ』」

 

 呼ばれた名に、思わず呼吸が止まった。耳の奥に、記憶の淵から女神が自分を呼ぶ声が木霊する。

 これが『カール』と呼ばれたならば、問題無かった。獣殿は普段から自分をそう呼んでいる。だから、黄龍殿も知っているだろう。

 『メルクリウス』でも、驚きはしなかった。何となく、その名には思い至っているような気がしていた。自分たちの情報の断片を繋ぎ合わせて、自分が『そう呼ばれている可能性』はあると判断しているだろう、と。

 だから、逆にその時に『カリオストロ』と呼ばれたのは、完全に不意打ちだった。そして、不意打ちであった為に、『言霊』としての効力をこれ以上無く発揮されてしまった。――――『隠れていろ』と。

 

 その、結果が――――『コレ』か。

 異形との対峙が終わった後、倒れかけた黄龍殿を人型に戻ってとっさに抱き止め、何とも言えない遣る瀬無さを噛み締める。

 

「――カール」

 

 背後から、嘆息する獣殿の気配。

 

「卿が自らの内に籠るのはいつものこと故、いまさら何を言う気も無いが――――このままでは、龍殿は身体を壊すやもしれんぞ」

 

「――あ……」

 

 告げられて、黄龍殿の様子を見る。真っ先に目についたのは、左足首に負った火傷。どことなく手の形に見えるソレには、嫌な気配が残っていた。思わずその気配の残滓に顔を顰める。

 怨念、妄執、呪詛――――おそらくは、そう云った気配の残滓。

 幸い、怪我としてはそこまで重症では無い。おそらくは何らかの手法によって防御するなり軽減するなりはしたのだろう。そうでなければ、熱された鉄に握り潰すような強さで掴まれて、なお足の形が無事である筈はない。

 問題は、である。

 

「…………獣殿。正直、私は困っている」

 

「――ふむ。そういった毒々しい気配は、卿の得意分野ではないのかね」

 

「はい。確かに、得意分野ではありますが……今回ばかりは、……」

 

 確かに、この手の気配は慣れ親しんだものだ。得意分野とも言えよう。

 だが、しかし。

 

「――――浄化、という分野に関しては、どうにも……」

 

「……ああ、」

 

 なるほど、と呟き、獣殿も口を噤む。

 怨念、妄執、呪詛――これらを集めて利用することはあっても、正直、浄化はあまりした記憶が無い。しかも、『此処』はあの神座が統べる世界では無いのだから、余計に勝手がわからない。下手に触ると悪化させることすら考えられる。というか、その可能性の方が高い。

 そこまで考え、龍殿が先ほど行った浄化を思い出す。特に何かしらの術式を組んでいた訳では無い。あれは、ただ『呼び掛けた』だけだ。そしてその声に、周囲の『何か』が応えた。『何か』、と考えて、先日の小さな光のような精霊たちを思い出す。――だが、あれよりもずっと深く何かしらの属性を帯びていたような気がした。

 

「…………」

 

 呼び掛ければ、応えてくれるのだろうか。――しかし、呼び掛けるべき対象を、自分は知らない。

 

「……ん?――カール」

 

 獣殿の声に顔を上げる。その視界に見慣れないものが映って、思わず呼吸が止まった。近い。思わず仰け反るように距離を取れば、それは円らな眸でこちらを見つめてくる。――――蒼い、鹿。あるいは角の形状的には、トナカイやヘラジカの方が近いかも知れない。蒼く半透明な体躯には、奇妙な文字のような、紋章のようなものが無数に浮き出ている。

 生物では、無い。

 むしろこの気配は、つい先日も感じたような気がする。水のように清らかで、大気のように色が無い、澄んだ気配。

 

「…………もしや、神子、か……?」

 

 剥き出しの魂のようなそれは、ゆったりと瞬いただけで肯定も否定もしない。ただ、ゆっくりと頭を垂れ、鼻先で黄龍殿の足首を軽くつついた。すぴすぴと小さな音を出して鼻をヒクつかせている。そうして舌を出して傷口をぺろりと舐めた。

 

「――え、な…っ」

 

 そこには現在、非常に濃い怨念やら妄執やらが纏わりついている訳で――――そんなことをすれば、呪詛が移ってしまう。そしてあの神子は気配からして汚れやすいだろう。まっさらな白い布に、黒いインクを垂らすような行為である。そして、そんなことになったと、この黄龍殿が知ったら、だいぶマズイことになりそうな気がする。

 慌てて止めようとして手を伸ばし、しかしその手は空を切った。蒼い鹿はあっさりと距離を置き、少しだけくすんだ気配を纏って、首を傾げる。しばらくの間そうして我等と黄龍殿を眺めた後、そのまま雨に溶け込むように滲んで消えた。

 消滅した、訳では無いだろう。黄龍殿の足に纏わりついていた負の念もだいぶ薄れているし、それは良いのだが状況的には何も解決していないような気がする。そもそもからして、あの異形は何だったのか。むしろ状況の詳細がいまだ不明で――――ただ、途方に暮れるしかない。

 

「……ふむ、」

 

 背後で、獣殿が動く気配。それにつられて視線を巡らせれば、視線が合うよりも早く黄龍殿を抱き上げ、獣殿は息を吐く。どうやら、いつの間にやら彼の神槍は仕舞ったらしく、その影すら見当たらなかった。

 

「卿は許容量を超えると、動けなくなるのだな」

 

 ――――それは、もしかしなくとも、自分のことだろうか。いや、確かに色々と考えてしまって動けなくなってはいたが。そこまで感慨深げにしみじみと言わなくてもいいのではないだろうか。

 

「我らはともかく、このままではこの御仁は風邪でも引きかねんぞ」

 

「……さて。彼も神格であるならば、果たして風邪など召されるのでしょうかな」

 

 そう返しながら、たぶん引くのだろうな、とは考える。何となく、そういう在り方を採っているのだろう、と。獣殿も同じように考えたからこその発言だろう。珍しくも微かに苦笑を零すのが見えた。そのまま踵を返し、龍殿を落とさないように抱え直してから歩き出す。その後姿を追って立ち上がり、濡れて頬に張り付いた髪を耳に掛けて息を吐いた。

 空はいつの間にやら薄ぼんやりと明るくなったが――――雨は未だ、やむ気配を見せない。

 

 

 

 

 





【分龍雨】
 ぶんりゅうう。ぶんりょうう。ぶんりょうのあめ。
 陰暦五月(現在で云うとおおよそ6月ごろ)に降る俄雨。
 急な大雨で、龍が分かれて棲むからとも伝わる。なお、夫婦喧嘩なのか縄張り争いなのかは不明。

 別伝として、『龍をも分かつ(=断つ)』という詠み方があるとも。


 いずれにせよ、詳細の出典は不明。





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未明の分龍雨 -黄金-


※獣殿視点です。

※背後からの視点で絵面だけ見ると完全に恋人同士のイチャイチャに見える不思議。

※BL臭? 当人たちがBL的な発言も思考も曝してないので、それっぽさは殆ど無いと思われる。但し行動は……読む人次第ですかね……?

※若干変態チックな水銀が出没したり、黄龍殿が獣殿に寄り掛かってうたた寝していますが……文面自体からはBL臭は漂っていない不思議。





 鮎の塩焼きが食べたい季節が近付いて来ました。炭火焼が良いです。


 

 

 邸へ戻る途中で、黄龍殿は目を覚ました。終始ぼんやりとはしていたものの、とりあえず自分で体を拭いて着替えたり、髪を乾かしたりはしていた。ついでにおそらくは我らの為だろう。適当な根菜や葉物を入れた雑炊らしき鍋を囲炉裏に掛け、どこからか持ってきた魚を串刺しにし、それも囲炉裏の火で炙るように灰に挿していた。

 パチパチと、遠火で炙られる魚から油が滲み、熱に弾ける音が響く。

 

「…………眠い……」

 

 ひと段落ついた時、龍殿がようやく零した言葉が、それだった。それまでは茫洋とした眼差しと鈍い動きで食事の支度をしていた訳だが、あまりにも危なっかしい状態だったので包丁も火の扱いもカールが強引に奪い取って代わりにやっていた。――のだが、どうやら本当に眠いらしい。何度も目をしばたかせている。

 

「――――龍殿。救急箱か何かは、どこにある?」

 

「……ん、」

 

 炉端に座っていた龍殿は立ち上がり、左足をやや引きずるようにして部屋にある箪笥の前へと移動した。低めの箪笥の上に置かれた木製の箱を腕に抱え、運んでくる。それを受け取り、思わず苦笑した。

 

「龍殿。とりあえず、ここに座れ」

 

 そう言って自分の横を示せば、やはりぼんやりとした様子で龍殿は腰を下ろす。どうやら、本当に眠いらしい。寝かせても構わないのだが、それより何より、足をどうにかしなければならないだろう。

 

「足を出せ」

 

「…………」

 

 黙って言われた通りに足を見せる龍殿の、その負傷を見て思わず息を吐く。はっきりと手の形が残るその傷は、あそこにカールが現れなければ負う事も無かっただろう、と察していた。

 横に薙ぎ払われた刃。それを屈んで避ける羽目になったのは、懐にカールがいたからだ。確かに、後ろに下がるのは間に合わなかっただろう。だが、龍殿の体裁きを見た限り、上に跳んで避けることは出来たはずだ。それをしなかった――出来なかったのは、懐のカールを落とす可能性があったからだろう。下手に中空で身体を捻れば、カールが落ちる可能性が跳ね上がる。

 よって、龍殿は身を屈める方を選んだ。そして足首を掴まれた訳だが――対応の速さを顧みるに、おそらく予想もしていたのだろう。

 だが、だからと言って、傷を放置するなど言語道断である。放置すれば細菌が入り込み、感染症などの元になりかねない。というか、今現在も行動や返答が鈍いのは熱でも出しているからではないだろうか。そんな様子では、思わず嘆息も零れるというものだ。

 渡された救急箱を開け、中に入っている薬や道具をひと通り確認する。だが、どうやら市販薬では無いらしい。ほとんどの軟膏や丸薬は異なる模様が彫られた木彫りの容器に入れられているが、その内容物を記した語句は見当たらない。――おそらく、彫られた模様で判別しているのだろう。つまり、自分には何が入っているのかは不明である、ということだ。

 

「……ん」

 

 少し考えていると、とん、と軽い衝撃と共に二の腕あたりに微かな重みが掛かった。思わず、おそるおそる視線を向ける。案の定、と言うべきだろうか。睡魔に負けたらしい龍殿が眠っているのが見えた。すやすやと、実に安らかに眠っている。

 

「――――……」

 

 思わず、思考が空転した。こういった状況は、今までに経験したことも無い訳では無い。だが、その大半は誘うようにしなだれてくる女である。こう、こんな風に他意などまるでなく、無邪気かつ無防備に支え代わりにされたことなど無い。――いや。龍殿は寝落ちしただけなので、おそらくはそもそも自分に寄り掛かっているなどとは考えていないだろう。つまり、寝落ちする直前には、既に自分のことなど意識の片隅にものぼっていなかったと思われる。

 

「……っ、ふふ、……くく、くっ……」

 

 口から、笑いが零れ落ちた。盛大に溢れそうになるそれを、片手で口元を覆って何とか堪える。

 

「――――獣殿?」

 

 微かな気配と共にカールの声が届いた。目を向ければ、水を汲んで来たらしく桶を手にしたカールが土間に佇んでいる。しばらく龍殿と私との間を視線がいったり来たりした後、状況を理解したらしく「……なるほど」と言って頷いた。

 

「自分の存在を全く意識されない、という状況に遭遇した気分は如何ですかな」

 

「なかなかに痛快だ」

 

 良くも悪くも常に意識されているのが普通だった自分にとっては、こんな風に接されるのは殆ど無かったと言っていい。いや、『意識していない』と示すかのように演じてみせる輩は何度か見掛けたりもしたが、そんなものは演じている時点で無意味だろう。それに対し、この龍殿は本当に意識していない。

 ――いや。気にしていない、と言う方が正しいだろうか。野生の獅子が傍にいれば緊張するのが人間として普通だ。しかし、龍殿は気にしていないらしい。だから緊張しないし、特に意識することも無い。こういう対応は、今までされたことが無かった。

 

「――――ああ、実に気分が良い」

 

 改めて視線を龍殿に向け、目元に掛かる黒髪をそっと指先で払いつつ、唇に笑みを滲ませる。

 

「いっそ、――……」

 

 (こわ)してしまいたい。

 だが、今そうしてしまうと、今後味わえるかもしれない未知を逃すことになりかねない。それはそれで、どうにも惜しい。それに――と、あの異形と対峙していた時の龍殿を思い返す。あれでもまだ、全力では無いだろう。どうせ(こわ)すなら、全力で戦いたいものだ。叶うならば、あの刹那のように全力で立ち向かって来てもらいたい。それでこそ(こわ)し甲斐があるというもの、と。

 そこまで考え、ふと瞬いた。――――龍殿が、全力で立ち向かってくる?

 

(…………無いな)

 

 少し考え、そう結論付ける。

 何というか、いざ対峙したなら、遁走されそうな気がする。それはもう、いっそ気持ち良いくらいにあっさりと。しかも何か――対峙するのも遁走するのも気が進まない、と言われる気がする。つまり、もの凄く消極的な理由でもって最終的に遁走を選択して、そうして雲隠れされてしまいそうな。

 

(……『戦う理由は無いし、だが壊されるのは困る』……)

 

 そんなことを、言われそうな気がする。そして、遁走されて雲隠れされる未来が見えたような気がした。

 

(……ふむ、)

 

 だが、それも一興かもしれない。

 遁走されたなら、追いかければ良いだけの話だ。――――そういえば、今まで『追う』側に回ったことは無い。ならば、それを楽しむのも良いだろう。徐々に囲い込み追い詰めて――――いや、待て。

 

(…………追い、詰める……?)

 

 無いな。これも無い。

 龍殿は、こう……状況的に追い詰めたとしても、精神的にはまったく堪えないような気がする。

 これが刹那であれば、歯を食いしばって踏み止まろうと足掻いたりもするだろう。だが、それが龍殿となると――――無いな、と改めて思う。

 この御仁は追い詰められたら「しょうがないな」と笑って、改めて対峙するだけだろう。「しょうがないな」だ。しかも朗らかに笑みさえ浮かべながら。

 

 更に言えば。

 壊されるのは困る――という理由が無くなった場合、逆にあっさりと私の槍に貫かれそうである。それも微笑なり苦笑なり、あるいは自嘲なり、つまりは笑みを浮かべながら。

 正直、それではつまらない。

 

「――そういえば、カールよ」

 

 槍、という単語で思い出した。先ほど龍殿を庇って出した神槍には、違和感があった。顕現させる際にあった、拒絶されているような、微かな抵抗感。顕現させてからも、常に微かな揺らぎがあった。

 重要な何かが欠落しているような、そんな感覚。

 それをひと通り魔術の師でもあるカールに告げれば、黙々と龍殿の足を手当てしていたカールは微かに息を吐いてから応えた。

 

「……むしろ、発動したことが僥倖、と捉えるべきでしょうな」

 

「ほう?」

 

「おそらく、この世界にも『ロンギヌス』は存在するのでしょう。そして、この世界にとっての『本物』は、どちらであると思われる?」

 

「――ああ、なるほど」

 

 そう言われれば、理解できるし納得するしかない理由である。要は、この世界においての『本物』が他に存在する場合、他の世界から持ち込んだものはどうあっても『その世界においての本物』にはなり得ない、という事だ。

 

「然り。――――しかし同時に、詠唱の中で宣名がなされた為、おそらくこの世界においての術理法則に則って、私が作り上げた『エイヴィヒカイト』とはまた違う過程でもって魔術が発動したものと思われる」

 

 たとえば『形』を似せ、『名』を『本物』と同じものを冠すれば、『似せもの』もまた『本物』の能力をある程度は写し取ることは出来る――――というような。

 

「――とまぁ、仮説は立てられるが、答え合わせには龍殿の意見が必要でしょう」

 

 そう言って、龍殿の足に包帯を巻き終えたカールは何を思ったか、そのまま爪先に軽く口付けを落とした。少し意外に思いながら、それでもどこかで納得する。

 

「――――確かに、少しばかり借りが多くなってきたな」

 

「この世界に落ちたのは僥倖でしたな。我らのような神格を無条件で受け入れ、尚且つ療養させてくれる場所など、そうそうありますまい」

 

「……本当に、無条件だと思うか?」

 

「いいや、まったく」

 

 我ながら少し意地の悪い問を投げれば、カールは即答した。自分と同じ見解であるらしい親友と視線を交わし、互いの口元に薄く笑みを滲ませる。しばらく後、ゆっくりとカールが改めて口を開いた。

 

「我らは神格を有する。通常、神格というのは発生した世界においてある種の権限があり、その権限に付随する一定の責務を負う事となる。要は王族と同じ。そして、我等の状況は『他国へ亡命した王族』と同じようなもの。――――で、あるならば、受け入れた国からは、何らかの取引、あるいは条件が課せられるはず。今のところその様子は無いが、それはおそらく――……」

 

 カールの視線が静かに動く。その視線を追って自らも龍殿へと目を向ければ、彼は相変わらず静かに眠っていた。

 

「……龍殿が止めてくれたか」

 

「その答え合わせも、龍殿が起きてからになりましょう」

 

 応えながらカールは座椅子に畳まれて置かれていた膝掛けを取り、ふわりと広げて龍殿の肩に掛ける。その際に身動ぎして倒れ込みそうになった龍殿を咄嗟に支え、少し考えてから改めて横たえて太腿の上に頭が乗るようにそっと動かしてみた。それでも起きる様子が無いので、相当深く眠っているのだろう。

 

「獣殿御自らの膝枕とは……」

 

「……変わるか?」

 

「いえ。それはまた、いずれの機会に」

 

 別に正座はしていないので厳密には『膝枕』とは言い難いと思うのだが――まぁ、確かに自分が直接的に誰かの世話を焼くのは珍しいかも知れない。そう思いながら視線を落とし、眠る龍殿の髪を梳く。

 

 

 ――――ぱちん、と囲炉裏の火が小さく弾けた。

 

 

 

 






 黄龍殿と戦ってみたいけど戦ってくれる気がしない、という事に気付いてしまった獣殿の回。
 はい。きっと黄龍殿は戦ってくれません。無理やり戦場に立たせても、たぶん遁走して雲隠れします。

 槍に関しても……フラグが立ってる気がしますが、まだ先の話ですね。テストに出ますよ~。


 爪先への口付け→崇拝の意。
 しかし今回は『軽く』なので本気では無い模様。完全に「なんとなく」の域。



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銀月の庭 -黄金-


※お久しぶりです。たいへん長らく、お待たせいたしました。

※1年近く空きました。が、完全にエタることだけはしません。(と宣言してしまってるので、エタれません)

※BL臭は……瞬間的なミスリードがある程度? 気付かない人は気付かないまま普通にスルー出来るレベルだと思われます。

※あと、何と言いますか。黄龍殿が今回、子どもっぽい振る舞いをしてます。ワザとですが。





 

 

 結局この日、龍殿はまともに目覚めなかった。

 時折、寝惚けながらに起き出して家事をしようとしていたが、即座にカールに諸々の雑事を取り上げられ、結局はすぐに寝かされていた。途中で見かねて、龍殿が普段寝起きしているらしい部屋まで運び、見よう見真似で寝床を整えて寝かせたところ、それ以降はぐっすりと眠ったらしい。暇に飽かせて髪を指で梳いてみても、特に何の反応も窺えなかった。

 

 さて。

 

 であるならば、思考する時間が出来たという事だ。此処で目覚めてからというもの、この龍殿は何かを深く考えるほどには時間を与えてはくれなかった。同時に、こちらが煩わしいと思うほどにはしつこくなかったので、距離の取り方が絶妙だと感心するほか無い。

 だが、今は時間もある。決定的な違和感を覚えたものについて、ゆっくり考えられる時間が。

 

「――【 Yetzirah 】」

 

 唱えると同時に、手の内に黄金の槍が現れる。良く馴染む気配は、多少の違和感を除けば変わり無い。『コレ』は紛れも無く、カールによって己に与えられ、委ねられた『神槍・ロンギヌス』である。

 

 だが。

 

「……ふむ。威圧的な気配は減衰したか……?」

 

 所有者は己である為、さほど気にしたことは無いからか、はっきりとは判らない。だが、どうも周囲を威圧するような気配は、減じているように思う。ついでに眩い輝きも纏っていない。精々、厳粛な空気の漂う博物館に展示されている普通の黄金の品々と変わらない。

 

「…………」

 

 スルリ、と黄金の柄を撫でる。欠損は無い。――だが、接がれ、修復されたような気配が、触れた指先に微かな感触として伝わった。――――ああ、これは。おおよそ察せる。

 

「確かに、一度は砕けた身。それを癒やしてくれたのは、龍殿。ならば、こちらも龍殿か」

 

 思わず、すぐ隣で寝具に伏している龍殿の髪を片手で梳き、笑みを滲ませる。――流石に、これほどまでに面倒を見てもらってしまっては、無碍には出来ない。恩はいずれ返すことにして、ふたたび己の槍へと目を向ける。

 実際に砕け散った訳では無いだろうが、それでも罅を接いで直したような気配が、微かに感じられた。――そう、あくまでも気配である。おそらくは器物としての損傷では無く、霊威の破損だ。人間で言えば肉体に受けた傷では無く、魂に受けた損傷。それを微かとはいえ『感触』として認識したのは、己の認識方法として、それがもっとも理解しやすいと無意識下で判断しているからに過ぎないのだろう。

 そして、その継ぎ目に幽かに滲むやわらかな気配に、嘆息する。淡くやわらかな金色の気配は、龍殿のものだ。察するに、龍殿は破壊するよりも守護や修復に向いた性情の神格なのだろう。だが、あの鋼鉄の異形と戦闘していたことを顧みれば、まるで戦えない訳でも無いらしい。

 

 その、『黄龍』と名乗る、眠ったままの相手に目を向け、何とは無しにその髪を指先で梳く。祖国にも黒髪はいたが、色味や質感はまた違っていた。これは単純に人種の違いによるものだろう。ずいぶんしなやかで、濡れてもいないのに滑らかな髪だ。カールとはまた違う、銀砂を撒いた夜空のような色味で、興味深いとも思う。

 

「…………」

 

 さらり。さらり、と龍殿の銀に煙る黒髪を指先で梳いて、手慰みにもてあそぶ。そうしているうちに、不意に龍殿の瞼が微かに震えたのに気付いた。長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。黒曜石のような、どこか澄んだ黒い双眸を緩慢に瞬かせて眩しそうに目を細めると、そのまま毛布を引き上げてこちらに背を向けてしまった。

 

「…………なぁ、龍殿よ」

 

「眩しい」

 

「、――ああ、これか」

 

「とりあえず、しまってくれ」

 

「しまうのは構わんが……」

 

 どうやら、私の持つ槍を眩しいと感じているらしい。――だが、これでも以前よりだいぶ大人しいはずだ。第一、修繕したのも龍殿自身だろうに。何故、こうもつれない態度なのか。

 

「……私は、目が利くほうだ。瞑っていても自己主張が激しくて眩しいのに、認められている主が手にしている状態でなんて、目にしたくない。目が潰れる」

 

「む……さようか、」

 

 とりあえず槍の顕現を解き、霧散させる。どうやら本当にそれに気を揉んでいたらしい。龍殿はこちらに背を向けたまま、微かに息を吐いた。

 だが、あれを接いで直したらしき気配は、まぎれもなく龍殿のものだろう。それを指摘すれば、もぞもぞと寝床の中で身体を動かし、こちらに向き直った。

 

「……気に障ったか」

 

「否。だが、疑問は尽きないな。しかし、それを楽しむだけの余裕は持ち合わせているつもりだ」

 

「そう言ってくれると、こちらも気が楽だな。――アレは、私の意思じゃない」

 

 応えた龍殿は特に感慨も無いらしい。ただ、告げられた言葉にはこちらが首を傾げることになった。緩やかに瞬き、僅かに首を傾けてみれば龍殿も小さく苦笑する。

 

「――お前は、どちらかというと自身に取り込み、呑み込んでいく性質だろう?」

 

「ふむ。違いない。――――であれば、もしや私が御身から回復する為の力を奪い取ったという事だろうか」

 

「奪われた訳では無いが……まぁ、うん。――不足しているのはわかっていたから、勝手に提供はした。それをどのように吸収したのかまでは、関与していない。無意識の関与はしたかも知れないが」

 

 なるほど。どうやら、この御仁も感覚的に片付けてしまったらしい。それも呼吸をするような感覚で、ほぼ無意識的に。ならば、これ以上は何も答えられまい。第一、今はそれよりも気にかけるべき問題がある。

 

「足の具合はどうかね?」

 

「……、」

 

 ざわり、と。不意に、風に戦ぐ樹々の音が、意識を撫でた。同時に、どこからか吹き込んだやわい風に乗って、甘い花の香りが鼻腔を撫でて通り過ぎる。

 

「――大丈夫だ」

 

 一瞬、風がもたらした変化に意識を向けてしまった直後、そう答えた龍殿の声に、思わず押し黙った。これは、確実に狙って意識を逸らされたのだろう。だが、証拠は無い。証拠が無ければシラを切られて終わりだ。

 

「まぁ、しばらくは多少、不便かも知れないが……なんとかなる」

 

 普段通りの笑みを見せる相手を見遣り、そうかと言って頷く。そのまま何気なく龍殿の頬に掛かる髪を梳いてみれば、きょとんとした表情を見せた。無防備と言える反応に思わず笑みを零す。

 

「……卿は、いまひとつ警戒心が不足しているようだ」

 

「は、――――ッ!?」

 

 片手で龍殿を軽く押さえ、もう片方の手で勢いよく毛布を剥いで露わになった足首を掴めば、龍殿からは短く苦悶の声が上がった。負傷した部分を掴んだ手に力をこめれば、びくりと身を跳ねさせて敷布に爪を立て、痛みを堪えるように背を丸める。

 

「……で、これは呪か?」

 

「ぁ、……ぐ、っ」

 

 包帯の上からとはいえ直に手で触れた傷からは、じくじくと何本もの針でつつかれているような痛みが伝わってくる。同時に、腐った血の臭いのような気配も幽かに感じられた。――まぁ、黒魔術系の材料にするならともかく、この御仁にとっては確実に害毒にしかならないものだろう。

 

「さっさと取り除ければいいのだろうが……」

 

 いかんせん。自分やカールはこの系統のものを利用することはあっても、取り除いて廃棄する、ということはやったことが無い。つまり、安全な切除の仕方を知らないという事だ。流石にそれで手を出しては、余計にこの御仁の状態を悪化させかねない。

 とりあえず足首から手を離せば、龍殿からも安堵したような吐息が零れた。そっと汗ばんだ前髪を梳けば、その髪の隙間から透明な眼差しが向けられる。

 

「……なんでまた、いきなり、」

 

「身構える隙を与えては、確認のしようも無いと判断した。どうせ誤魔化す気だったのだろう?」

 

「…………」

 

「だが、無意味に痛めつけるつもりも無かった。それはすまないと思っている」

 

「……、」

 

「――しかし、卿はもっと警戒すべきだ。今も私に痛めつけられたというのに、警戒も怯えも無い。それは、生物としては失格だ」

 

「……お前は、私を殺したりしないだろう。お前にとっての楽しみが減る。そういう選択は、最期の最後までお前はしない。……気が向いた場合も、蛇殿が仲裁するだろうし」

 

「……く、くくくっ」

 

 ああ、そうだ。そうだとも。全く以てその通りだ。

 私はこの御仁と関わることを、それなりに楽しんでいる。それはカールも変わらない。更に、色々と考えているだろうカールは、この時点で我らを保護したこの御仁を切り捨てることもしない。可能性を吟味し終わり、この御仁にある程度の返礼が済んでいれば考えるだろうが、それはどの道、今では無い。

 第一、この世界に『我らが座と認識するもの』は存在しない。それはつまり、カールには可能であった『やり直し』も出来ないという事だ。それなりに慎重にもなる。

 

「――ただ、痛いことには変わりない。よって、今から拗ねる」

 

「……うん?」

 

 はて。

 今、この御仁は奇妙な言い回しをしなかっただろうか。龍殿を見ればごろりと寝返り、こちらに背を向けている。……本当に無防備な御仁だ。

 

「……拗ねる、とは……宣言するものか?」

 

「知るか。――とにかく、拗ねる」

 

「……さようであるか。なら、言葉を交わしてくれるうちに訊いておこう。何か食べるかね? 食べねば体力も回復しにくいだろう」

 

「、たべる……」

 

「うむ。雨のせいか、今日も冷えるからな。粥で構わないか」

 

「……、」

 

 無言で頷く龍殿に笑みを堪えつつ、先ほど乱暴に剥いだ毛布を改めて掛けておく。その時に小さく礼を言われて、やはり笑いを堪えるのに苦労しながらカールがいるであろう居間に向かった。

 

 






 お久しぶりです。雲龍紙です。しぶはともかく、こちらでは本当に久々です。
 ちなみに、粥が食べたいのは、雲龍紙だったりします。雑炊でもいいよ!! ……っとと。向こうのノリが出てしまいますね。危ない危ない。

 この話、時間が掛かってしまったせいで季節感が迷子になっています。それが気に入らないので、後々、時間があれば手直しするかもしれません。


 あと、ちょっぴり予約投稿とか仕様変更されててちゃんと更新できてるか不安です……。出来てますように。




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銀月の庭 -黄龍-

※お久しぶりです。お待たせいたしました。

※前回から……え、前回5月?? えっと、4か月ぶり、ですか……?

※今回分で『銀月』というワードの意味がわかると思います。Pixiv版からだいぶズレてのご登場。でもこれが済んだら帰るので、あんまり絡んでは来ません。ご安心を。





 瞑目したまま、遠ざかる衣擦れの微かな音と気配に、ゆっくりと息を吐いた。目を開き、身を起こして目元に掛かる髪を掻き上げる。

 

 少々、ワザとらしかっただろうか。だが、あんまり頭も回ってないし、もうこれ以上、長々とこの呪詛に付き合ってやる気は無いし、必要も無い。だから、処理をしようと思って下がってもらった。……平時なら、もうちょっとうまく誘導できたかもしれないが。

 

 無論、向こうも判っているだろうから、後々非礼は詫びようと思う。うん。

 

 そこまで考えて、痛む足に目をやり、もう一度息を吐いた。

 

 正直、この手の呪詛は心当たりがあるというか。まぁ、毒のようなものだ。場合によっては本性を曝すことになるような瘴気を帯びた毒。――――かつての戦友たちは動物姿にされることもあったが、自分は黄色い龍だった筈だ。大きさは成人男性くらいの、龍としては可愛らしいものだった筈だが。さて。

 

「…………今は、どうだろうな?」

 

 あの頃より、もうだいぶ人間的な部分は摩耗している。もしかすると、本物の黄龍(ミニサイズ)くらいにはなるのかも知れない。どうだろう。

 ――――まぁ、この手の呪詛は、もう殆ど効かないが。

 

 ただ、痛いものは痛いし、こう、熱された汚泥が分厚く貼りついているようで、気持ち悪い。ただ、『コレ』では死んだり決定的な致命傷にはならないと判っているから、冷静に分析する精神的余裕はある。

 

「っ、……剣山を叩きつけられてるような、とでも言うべきか」

 

 別に痛みを感じるのが好きだとか、そういう屈折した嗜好は持っていない。というか、いま問題なのは痛みよりも呪詛のほうだ。気持ち悪くて堪らない。無論、怪我としての引き攣るような痛みもある訳だが、それよりも呪詛としての苦痛の方が酷い。

 

「――――は、……っ」

 

 痛みを堪えて立ち上がろうとして、それも出来ずに布団の上に頽れる。だが、ここで折れれば悪化の一途を辿るだけだ。ズルズルと四つん這いのまま片足を引きずって進めば、畳との摩擦で足首に巻かれていたらしい包帯がとれる感触に気が付いた。だが、それを気に掛けるだけの余裕は無い。

 

「――っ、」

 

 障子戸を開けば、外は夜気を帯びてしっとりと湿っていた。いつの間にか上がっていた息を整えて、柱に縋るようにしながら立ち上がる。ふと空を見上げれば、十六夜の月が浮かんでいた。

 

『――――かけまくもかしこき こはくのりゅうよ……』

 

 ふっ、と。

 

 耳に入り込んできた密やかな声に瞬き、夜空に浮かぶ月を仰ぐ。心なしか、山の氣もさわさわと落ち着かない様子でさざめいていた。

 

「……ああ、なんだ」

 

 どうやら、心配させたらしい。ならば、応えるべきだろう。

 

「……ついでに呪詛も祓ってくれると、ありがたいな」

 

 微笑と共にそう零してから月に向かって手を差し伸べ、呼び掛けた。

 

「――――掛けまくも畏き月弓尊(つきゆみのみこと)は上絃の大虚(おおぞら)を司り給ふ」

 

 さわり、と夜気に満ちる大気が震えた。

 

月夜見尊(つくよみのみこと)圓滿(えんまん)の中天を照らし給ふ 月読尊(つくよみのみこと)は下絃の虚空(そら)知食(しろしめ)す……」

 

 月光が、目に沁みる。皓々とした光が増し、月虹が弧を描いた。夜を統べる月が密やかにわらう気配。それを珍しいなと思いながら、目を閉じる。

 

「三神三天を知食せと申す事の(よし)聞食(きこしめし)て――――……」

 

 ひんやりとした手のひらの幽かな感触が瞼を覆った。そのまますっと融けるような感触を残して消える。

 

 

「『 祈願圓滿感応成就無上靈法神道加持 』」

 

 

 そうして紡がれた言葉を契機に、身体の主導権が盗られたことを知った。

 

「『――斯様な毒をうつされるとは……まこと、難儀な器よな』」

 

 自分の口から零れる言葉は、けれど自分のモノでは無く。視界の端にサラサラとかすめる髪は長く伸びて白銀にも似た、夜の新雪の色に染まっていた。それらと現在の条件を顧みれば、降りて来た神威はひとつだけだろう。だが、こうして身体まで奪われるとは思っていなかった。何が目的なのかは知らないが、例の破壊神が来るまでには返してもらいたい。ついでに呪詛も祓ってくれ。

 

「『――この月を扱き使うは、汝くらいよのう……』」

 

 くつくつと笑う白い月の神は足の負傷を無視して庭へ下り、ゆったりと歩く。――痛い。自分は痛みを感じているが、元より肉体を持たない神である月は、痛覚という感覚そのものが無いのだろうか。あるいは遮断しているだけなのか。とにかく現状では痛みなど感じていないらしく、容赦無くこの身を痛めつけてくる。

 

(――いたい、痛い痛いっ!!)

 

「『騒ぐな、黄龍の。この程度の傷を受ける方が悪い』」

 

(そんなこと言ったって、完全にあの状況では不可抗力だ!! というか、絶対にワザとやってるだろう!?)

 

 どうせなら、痛覚も奪って欲しかった。痛いのは好きじゃない。そういう趣味嗜好は持っていない。

 

「『――ほんとうに?』」

 

(、……たぶん)

 

 思わず返した言葉ににやりと笑う月を感じながら、意識の中では溜息を吐いた。どうもこの神霊は掴み難くてやりづらい。

 

 だが。

 

「『――では、はじめるか』」

 

 今日この時点の条件では、祓いや浄化を頼む相手としては最上だ。

 

 水も風も、陰に属するモノは夜の影響を受ける。夜こそは陰の最たるモノ。そして夜闇の宙を統べるのは太陰――太陽の対を成す、陰中の陽たる月である。

 

 その月に盗られた身体が向かったのは、夜空を映す池だった。水面は静謐を保ち、夜天の月を映す鏡ともなっている。――――月読にとっては、もっとも親しみやすい力場のひとつだろう。

 

 ぱしゃり、と。

 

 遠慮無く負傷した足から池の浅瀬へ入り、水が傷に沁みてくる痛みに意識だけで苦悶する。痛い。本当に止めてもらいたい。せめて、もう少し気を遣って欲しい。無理か。無理だな。腐っても神の一柱だ。

 

「『――――掛まくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫(つくし)日向(ひむか)の橘の小戸の阿波岐原に (みそぎ)祓へ給ひし時に成り座せる祓戸(はらいど)の大神(たち) 』」

 

 すっと両腕をひろげ、月の光を全身で浴びる。それだけで、僅かに痛みが引くのがわかった。――仕事はきちんとしてくれるので、最終的には文句も言えなくなる。仕事と言っても、実のところ条件だけ整えた後は他力本願だが。

 

「『 諸々の禍事(まがごと) 罪穢(つみけがれ)有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと(もう)す事を 聞食せと 』」

 

 皓々と注ぐ月光と清廉な水の波動が大気に満ちる。その向こうに、別の神々が潜む気配がした。流れる水と、吹き抜ける風を以て穢れを払うモノたちの気配が。同時に、意識は眠りの淵へと沈んでいく。

 

『――――恐み恐みも白す 』

 

 呪詛の痛みが掻き消えた直後、月神が白い髪を翻して振り返った。その視線の先に佇む二柱の神を認識して嘆息する。

 

 面倒なことになったなと思いながら、それでも意識は薄れていった。

 

 

 

 

 




 お久しぶりです。
 こちらを書き込んでる間に、同居人が増えました。猫です。……引き取りに行った時は猛獣だったのですが、今では膝の上でゴロゴロしてます。というか、ずり落ちてます(笑)

 猫には癒されますー。


 この後は、もう1話入れるか、入れずにPixiv版に加筆修正しながら戻すか……はてさて。




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銀月の庭 -水銀-


※約一年……時の流れは早いものです……お久しぶりです。

※誰も待ってはいないと思いますが、こっそり投稿失礼します……|_-)ノシ





 

 すぅ、と。

 

 静かに、滑らかに、気温が下がった。

 

 暑くも無く、寒くも無く、どちらかというと気温よりも湿気が煩わしいと感じていた最中、はっきりと感じられる程度には、明確に気温がするりと下がったのが判った。

 

 そして、この邸に張り巡らされている結界はそのままに、ただ一部の空間だけが淡く陽炎のように揺らめいている気配がする。

 

「カール」

 

 呼び声に振り返れば、ちょうど引き戸を開けて黄金の獣が入ってきた。背に流れる黄金の髪が眩しい。

 

「おや、獣殿。――龍殿の許にいらっしゃったのでは?」

 

「いや、なに。龍殿が粥を所望だったのでな」

 

「それは丁度よかった。今し方、出来上がったところ。……ですが、」

 

「ああ。この気配は私も察しているぞ、カールよ。――どうやら、逢瀬の邪魔になるからと、追い出されたらしい」

 

「おや。あなたがフラれるとは、珍しい」

 

 軽い言葉の応酬。その間、黄金の獣はくつくつと実に愉しげに笑いを零していた。だが、不意にそれを収めて、こちらに向き直る。

 

「――それで? 龍殿が私よりも優先したらしい相手は?」

 

「ふむ」

 

 まぁ、気になるか。この男のこういう反応も珍しいが、今現在、自分に(なび)かず、あまつさえ他と逢引きされ、しかもその為に邪魔だからと追い払われた為体(てい)であるなどと云う未知を味わっているのだろうから、珍しい反応なのは意外では無い。

 

 とりあえず粥を炊いていた小さな土鍋を火からおろし、卵を割り落してミツバを散らしてみる。見た目に関しては、まずまずの出来か。

 

 しかし、それにしても。

 

「……獣殿。もしや、龍殿に本気になられたか?」

 

「む?」

 

「いや。未知を味わっておいでだろうし、だからこそいつもとは少々違う反応になるのは理解できるのだが……まるで、普通の恋する男のようだ」

 

「……」

 

「ああ、別にそれが悪いと言う訳では無いのだが……なんというか、違和感が凄まじい。そう、まるで嫉妬しているようだ」

 

「、…………カール。そういう卿も、湯呑を割りそうになっているぞ」

 

「おや、失敬」

 

 そう言われて、茶を出すために用意していた湯呑に罅を入れかけていたことに気付いて、そっと力を抜く。――――この湯呑、名の知れた作家の一点物だったらどうしよう。いや、存命中の作家ならば、まだ心情的にどうにでもなるかも知れないが、没後云十年とか製作されて云百年、とかいうような恐ろしいブツである可能性すらあって、少しばかりコワイ。そして何より恐ろしいのは、たぶん、置いてあるもののほとんどが年代物であり、日本という国で年代物と云うからには、百年二百年は当たり前に経過していると思われる。つまり、壊してしまえば弁済不可であるということだ。

 

 ――――まぁ、ここの家主は惜しむことはするだろうが、それで怒り散らしたりはしないだろう。それが逆に、やらかした側からすると非常に遣る瀬無い。

 

「カール。卿の現実逃避はいつまで待てばいい?」

 

「私は、我が女神に恋している」

 

 改めて、自らの根本的な本質を告げる。まぁ、いつもの事なので、獣殿も特に突っ込むことも無く受け流してくれた。それで?と視線が問い掛けてくる。

 

「砕け散った欠片でも掻き集めてこの世界に持ち込めば、龍殿は我らと同じように復活させ、養生させてくれるだろう」

 

 女神の復活――それを心の底から願う限り、『この世界』は叶えようとしてくれる。願えば応えようとする――それがこの世界の本質だ。しかし、世界の魂の総量など、早々変わるものでもない。つまり、私と獣殿、この二柱の覇道神に対しても、同じように自らの血肉と魂を削って分け与えたのだろう『この世界』に、これ以上を望むことなど、とんでもなく厚かましい。厚顔無恥と言っても良いだろう。

 

 しかし。

 

「……龍殿は、願えば叶えようとしてくれるだろう。だが、それは彼の御仁の魂を削り奪う行為に等しい」

 

「――ああ、確かに。自身のことなど顧みず、微笑みさえ浮かべて引き受けるであろうな」

 

「その通り。――ああ、全く以て、その通りだ。だからこそ、――そう、だからこそ、恩人たる()の御仁を損なうと判り切っているこんな願いなど、口に出来よう筈もない……っ」

 

 与えられるばかりで、何も返せていない。返せる当ても、いまのところ判然としない。そんな状況で、更に負担を強いると判り切っていることを望むなど、あり得ない。そこまで不誠実であるつもりも無い。――――我が最愛にして至高の女神のことでさえ無ければ。

 

「――よし、わかった」

 

「……?」

 

 獣殿がゆったりと頷く。それに首を傾げれば、黄金の獣はいささか獰猛に笑って見せた。

 

「いっそ、龍殿に打ち明ければよいのだ。そして助力では無く知恵を乞う。もしそこで、本人が別に苦で無いようであれば、こちらから助力を乞うまでもなく応えてくれよう。――あの御仁、人は良いが無理なことはきっぱりと断る性質であろうしな」

 

「む……」

 

「なんなら、取引でもすればいい」

 

「……、」

 

「それで? カールよ。このタイミングでの龍殿の客だが――――どう見る?」

 

「邪魔だな」

 

 考えるまでも無く、その言葉が出て来た。――そう、龍殿と交流を深めようと思うなら、このタイミングの来客は邪魔だ。踏み込める間合いに出現した壁のようなもので、打つ手が遅れれば龍殿の助力どころか知恵すら借りられなくなる可能性がある。

 

 それでも、今この瞬間まで見逃したのは、気配がひどく清澄なもので、透徹したそれは龍殿の足に纏わりついていた呪詛を祓えそうだと判断したからだ。それ以上でも以下でもない。

 

「――そろそろ、龍殿に纏わりついていた呪詛の如き念も、取り除かれた頃合いか」

 

「ふむ……」

 

 獣殿の視線が、ふと小さな土鍋に注がれる。それで、少し冷めてしまったか、と思い至った。

 

 ――が。

 

「口実の粥も、猫舌な龍殿にちょうど良いくらいか」

 

「……意外にも、よく見ている」

 

「ん? もしや、気付いていなかったのか。汁物も茶も、冷まし冷まし口にしていたが」

 

「……、」

 

 なるほど。やろうと思えばこういう細やかな心遣いも可能なところが、入れ食い状態なほどに女性にモテていた一因なのか。実際問題、いくら外見が良くても、それだけでは靡かない女性も一定数はいる。それでも「女は駄菓子だ」と言えるほどにモテていたのだから、そういう紳士的な対応もしていたのだろう。改めて、我が親友殿は素晴らしいスペックであると言える。

 

 ちょっとズレた思考に耽っている目の前で、獣殿は実にテキパキと流れるような所作で盆に鍋敷きと小鍋を乗せ、その脇に木製の椀と小匙も添える。ついでに龍殿が普段使っている湯呑に緑茶を注いで、それも盆に乗せた。――アレか。その茶をこの場で淹れてしまったのも、龍殿の猫舌対策か。まったく気付かなかった自分が言えたことではないが、なんと小憎らしい手腕。

 

 そして何よりこの男、特に考えてやっている訳では無い。それこそ呼吸するようにしているという、その事実こそが、より一層始末に負えないのだ。

 

 そうこう見守っているうちに、獣殿はさっさと盆を持ち上げて出て行ってしまう。慌てて眩い黄金の髪を流した背を追えば、小さく笑われた気配がした。それでも特に何を言うでもないので、突っ込まないことにする。

 

 何度か廊下の角を曲がって龍殿の寝ている部屋の戸を滑らせれば、龍殿が寝ていたはずの布団はもぬけの殻。寝乱れた布団、開かれた庭へ通じる障子戸、庭に面した板張りの床――と視線で痕跡を辿れば、池の汀に佇む人影が見えた。

 

 微かな月明かりに照らされて、雪色の髪が静かな光を零している。

 

「――、」

 

 声にならずに消えた吐息に、けれど人影はゆっくりと振り返った。

 

「――――何者か」

 

 龍殿の姿形をした白銀の髪の人物を、獣殿が誰何(すいか)した。金色の眸が、ゆっくりと瞬く。その色は、獣殿より僅かに黄色が強く、赤みもある。――炎、という性質を帯びているような。

 

吾等(われら)は双つの(かげ)である』

 

 3つの声が重なって返ってきた。龍殿の声に被さって、別の声がふたつ。深く静かに染入る様な声と、蒼天に良く透るような毅い声。――龍殿の気配は、そこに在る。今は他の強い気配に覆われてしまっているが、それでも常と変わらず穏やかなまま在ることはわかった。

 

 ――ならば、今はそれでいい。これで龍殿の気配が弱まっていたりでもすれば、多少は拗れたかもしれないが。

 

「ふむ。龍殿の足に纏わりついていた恨みつらみの怨念は消えているようだが……それで残っているということは、我等に何か用でも?」

 

 問い掛ければ、龍殿の身体に憑いているらしい何者かはゆったりと瞬いた。ゆらゆらと移ろう気配はふたつ。強大な光と重みの気配を感じる。おそらくはこの国でも高位の神。そして依り憑くものを必要とするなら、地上に姿を持たない類の神威だろう。そういうものは、当然のように限られてくる。

 

 星辰の神。

 

 それも、高位の神は古来より多くの人々がその恩寵を乞い願ってきた存在だ。となれば、その存在はごく限られる。

 

 太陽と月。昼夜の天に在って地上を照らし、時の流れを示すもの。

 

『――此国は、豊葦原の瑞穂の国。大いなる和を以って尊しとする国。是則ち、和を乱すは不義である』

 

 ――うむ。古来より神として崇められてきたものらしく、非常に上から目線のお言葉である。だが、別にこちらを貶めている訳でもなければ、自らの地位と権力によってこちらを押さえつけようとしている訳でもない、とも感じられた。これは、ただ自分たちに忠告してくれているだけなのだろう。親切にも、この国におけるルール、理を伝えているに過ぎない。

 

『汝らの存在は和を乱す』

 

「……断定なさるか」

 

『汝らの在り方を否定はしない。許容も出来る。だが、合わぬ』

 

「、……」

 

 応えが返って来るとは思わなかった。特に獣殿には、それなりに衝撃的だったらしい。――まぁ、獣殿の性質を顧みれば、既存の神々――それも国の最高神と思しき相手に、否定されないということは珍しい部類だろうし、尚且つ許容しても良い、と言われることなど考えたことすら無かっただろう。かく言う自分も、こういう事態は未知である。

 

『吾等は八百万の一柱(ひとはしら)に過ぎぬ。己が領分に無いことには手が出せぬ。故に、吾子(わがこ)ら、そのうがら、その(すえ)らへと望む恩寵を垂れる為ならば、あらゆる神威を迎え入れよう』

 

『――かつて、同じく海を渡って来た八幡の神を先導に、諸々の仏を迎え入れたように』

 

『それで、吾子らが安らぐならば。――なれど』

 

 

『かつての縁を捨て、この国の神となれぬならば、()く還りたまえ』

 

『汝らを掬い、繋いだ、この龍に恩義を僅かでも感じるならば。この龍にこれ以上の苦を負わせることを厭うならば』

 

 

『――――選択を』

 

 

 がつん、と。頭を殴られたような衝撃を受けた。ああ。これは、忠告であり、そして警告だ。この神々は、別に自分たちの地位が脅かされるとか、そういう思惑で接触して来たのでは無い。ただひたすらに、『客』である自分たちを案じている。

 

 災厄としか言いようの無い邪神に砕かれ、流れ着いた自分たちを、本当に心底から案じてくれているのだ。だからこそ、この国の神となるならば、迎え入れても良いと。それが嫌なら、さっさと回復して還れと。無闇に長く滞在されるのは、自分たちが恩を感じている黄龍殿に負担が掛かるのだから、と。

 

 ――ここに残るのも、悪くは無い。

 

 ここは未知に溢れている。故に、それも悪くは無い。

 

 だが。

 

 嗚呼。だが、しかし。

 

 

『新たな神が幾つふえようと、吾等は構わぬ』

 

『それが、和を以て貴しとなすものであるならば』

 

「っ、」

 

 今度は、心臓をひと突きされたような衝撃。

 

 つまり、この神々は、私の未練を正確に見抜き、そしてそれすらも肯定し、共に来ればいいとまで誘ってくれたのだ。

 

(――ああ、マルグリット……っ)

 

 彼女の魂こそ至純であり、至高の存在。我が愛しい女神。可憐で美しい、唯一の花。

 

 私は、どうすれば良い。どうすれば、彼女を救えるのか。きっともはや、間に合わないのは解っている。それでも、あの邪神を排し、再び自分が座に就けば――回帰することは可能なのだ。

 

 だが、自分の力では、あの邪神は排せない。そしてそれは獣殿も同じ。そして、更に『次』は存在しえない。だからこそ、動けないのだ。

 

『――――刻限だ』

 

『疾く、選択を』

 

 ふ、と気配が揺らいだ。金砂と銀砂のような気配の煌めきが、龍殿から舞い上がって夜の空に融け込む。同時に、龍殿の身体が(かし)いだ。横の獣殿はいつの間にか手にしていた盆を畳の上に置いていたらしい。龍殿の身体が大きく傾いだのと同時に駆け寄り、しっかりと抱き止めた。流石である。

 

 その身に別の神々を招いていた影響か、龍殿の髪はずいぶんと長く伸びていた。膝裏くらいまではありそうである。その髪から、さあっと、金とも銀ともつかない色が消え、根元の方から黒髪へと戻っていった。

 

 龍殿を抱え、獣殿が戻って来る。だが、その顔には僅かばかり憂いが滲んでいた。――珍しい。

 

「――熱がある」

 

「は、……なんと、」

 

「とりあえず、共寝(ともね)夜伽(よとぎ)だな」

 

 本当に珍しいほどに端的な言葉ではあったが、それが逆に龍殿の熱が微熱程度では無いことを報せていた。

 

 

 

 

 




 水銀は女神を恋い慕う気持ちがオーバーフロー起こしてるのがデフォですが、同時に義理堅いのもデフォなので、まずモダモダ悩みますよね!!
 ……という回でした。



 そしてお腐れがたへは、こんな例を。

友人A「共寝で夜伽……つまり、雨にずぶ濡れで足に重度の火傷という負傷を負っていた龍殿が熱を出して寝込むのだから、人肌であっためるんですね!!」
友人B「ハッ!! つまり、下着だけor生まれたままの姿で龍殿を抱きしめて温める獣殿の姿を拝める……っ!!?」
雲龍紙「なぜ水銀という選択肢が出て来ないのか」
友人ズ「「だって体温低そう」」

 という妄想が炸裂しているようです。本文と併せてご賞味ください(笑)



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