史上最強の武偵 (凡人さん)
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プロローグ

この話では緋弾のアリアは絡みません


大晦日の夜、古めかしい道場の一角に七人の男女がいる。彼らは皆が皆、達人と呼ばれる人間の限界を軽く超えた埒外の人種である。

そして、彼らがいるこの場所の名を『梁山泊』といい、武術の世界で最強の称号を得ている。

 

その中にあって、明らかに一般人にしか見えない男がいた。彼の名は白浜兼一、この達人たちの集う梁山泊の一番弟子にして、その道では『一人多国籍軍』として不本意ながら名を馳せている正真正銘の達人である。

 

「師匠方」

 

「なんだい兼一くん」

 

おもむろに口を開く兼一に答えるのは柔術着で口元にストレートの髭を生やした『哲学する柔術家』こと岬越寺秋雨。

 

「僕は武偵になろうと考えています。いいえ、違いますね。武偵になります」

 

兼一のその宣言に集まっている他の達人たちは目を見開いて驚いている。それもそのはず、これが『ケンカ百段の空手家』である逆鬼至緒であれば違和感はない。けれど兼一は元々いじめられっ子であり、極度のお人好しでもある。そんな男が荒事の専門家である武偵になると言っているのだから仕方のないことだ。

 

「兼一、お前」

 

「やめたまえ逆鬼くん」

 

筋骨隆々の男、逆鬼が何かを言おうとするのを遮るのは、この道場の中で一番の圧力を持つ髭を蓄えた偉丈夫『無敵超人』風林寺隼人。

 

「そうね、どうやら兼ちゃんの決意は固いみたいね」

 

諦めたように声を漏らすのは、長い口ひげを生やしたカンフー着と帽子の男『あらゆる中国拳法の達人』馬剣星。

 

「そうよ。アパチャイ難しいことは分からないけど、兼一が決めたことならとりあえず応援するよ」

 

 そう言って兼一のことを手放しで支持するのは2メートルを超える褐色の男『裏ムエタイ界の死神』アパチャイ・ホパチャイであった。

 

「兼一……も大人……だから……過保護はダ……メ」

 

 そう語るのはこの中で唯一の女性『剣と兵器の申し子』香坂しぐれであった。

 

「すみません」

 

師の言葉に頭を下げる兼一。誰一人としてその理由を聞く者はいない。聞かなくても分かっているからだ。だからだろうか、痛く重い沈黙が続く。

 

「あれから3年。とうの昔にワシらの教えられるものは全て教え終わっておるし、ついに巣立ちの時が来たといったところかの。まあ、いつでも戻ってきて構わん。どんな道に進もうと、ケンちゃんは梁山泊の一員なのだから」

 

その沈黙を破ったのは、疲れたようでありながら、優しさを色濃く浮かべた瞳で口を開いた隼人だった。その言葉で全てが決したと言ってもいいだろう。

 

「ありがとうございます」

 

そう言って再度、兼一は頭を下げる。そうしてその年は終わりを迎えるのだった。

 

 

 

「美羽さんごめんなさい。でも、僕はどうしても知りたいんです」

 

武偵になると宣言した数日後、兼一は墓地にいた。最愛の人である風林寺美羽が眠るその場所はきれいに掃除がされており、誰かが足繁く通っていることが見て取れた。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

その声は深く静かでありながら、隠しきれていない激情のようなものがあった。

 

「無理だけはしないでくださいね」

 

背を向け歩き出した後、懐かしい声音が聞こえた気がした。兼一は咄嗟に振り替えるがあるのは墓だけのはずだった。

 

「美羽……さん」

 

しかし兼一はそこにその面影を見たのであった。金糸のような長い髪に晴れ渡った空を思わせる蒼い瞳。体の線を強調するようにピッタリと張り付いたスーツは、生前彼女が戦いの場に向かう時に身に着けていたものである。

 

女神のような微笑みを浮かべながら、どこか悲しそうな瞳をしているように見えた。

 

「大丈夫ですよ。また来ますね」

 

そう告げ、向き直り歩を進める。その顔はどこか晴れやかなものになっていた。




次の話から緋弾のアリア一巻に入ります


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史上最強の武偵ケンイチ
準備よし


まあ、最初は頑張りますよ


兼一が東京武偵校に入学してから一年が経った。入学した当初こそ27歳という年齢に見合わない若々しい見た目で驚かれていたが、持ち前の人当たりの良さで溶け込むことができた。同じクラスの生徒達は、年上とは思えない童顔からか気兼ねすることなく話しかけるなど、概ね良好な関係を築いていた。

 

また、兼一も10年近く前の高校時代を思い出しながら、この武偵校での生活を楽しんでいる。裏の世界ではその名を知らない者はいないほどに有名ではあるため、武偵を目指す生徒たちの中――特に上級生――でも当然『白浜兼一』の名前は有名であるが、兼一本人の姿を見るとただの同姓同名の人物だと断じてしまった。兼一も自分からすすんで達人であることを告げるつもりはないため、今現在教師陣を含めて気が付いている人間は皆無に等しい。

 

 

 

現在時刻午前6時50分。兼一は日課となっている走り込みをしている。ただし、その走り込みというのは普通ではない。

 

まず、兼一よりも一回り以上大きい地蔵を背負っている。両腕にも小さい地蔵がしがみついている。

 

次に、その尋常ではないスピード。時速にすると30キロ以上はあるだろうその速度で走っていたのだ。人間の出せる速さとは考えられない。しかも、まだ速度を上げることが可能であるのだ。つまり、マラソンの世界記録を大きく更新することができるのだ。

 

更にはその走行距離。午前4時から始めているこの走り込みはペースを落とすことなく行われているため90キロを優に超え、100キロに及ぼうとしている。

 

加えて走っている場所もふざけているとしか言えない。なぜなら『学園島』を囲う海の上を走っているのだ。ちなみに、水の上を走るには水を蹴った際の反発力が、自分の体重よりも大きくなることが必須条件だ。そんなこと並の人間にできるわけがないのだが、彼は並の人間ではなく達人という人外生物だ。

 

(うーん、やっぱり組手とか実践がないとなまるよね)

 

一般人からすればありえないことを成しているにもかかわらず、本人にしてみれば満足のいく出来ではないようだった。けれど、彼が高校時代から10年余り過ごしてきた梁山泊では、この程度軽く体をほぐすくらいのものなのだ。

 

「っと、そろそろ帰らないと」

 

時間を見て海上の走り込みを終え、陸地に上がり寮に戻るために再び走り出す。その速さは先程の比ではなく、5分と経たずに寮に戻った。

 

「あれ、白雪ちゃん。おはよう」

 

自室の前に武偵校のセーラー服を着た大和撫子――星伽白雪――が前髪を直しながら立っていた。急に声を掛けられたために一瞬肩を揺らしたが、声の主が兼一だと気が付くと柔らかな笑みを浮かべた。

 

「おはようございます、兼一さん」

 

挨拶を返しお辞儀をする。その様は香るように洗練された物であった。

 

「ちょっと待っててね、今開けるから」

 

そう言って兼一が鍵を取り出し開けようとすると、内から部屋の扉が開かれた。

 

「お帰りなさい、兼一さん。白雪もおはよう」

 

兼一の同居人である遠山キンジが顔を出した。

 

「キンちゃん!」

 

花が咲いたような笑顔で、キンジを呼ぶ白雪。

 

「いや、白雪。前も言ったけど、その呼び方やめてくれないか」

 

幼少期の頃のあだ名で呼ばれたため、キンジは頬を僅かに朱色に染めながらそう答える。

 

「あっ……ごっ、ごめんね。でも、キンちゃんのこと考えてて、キンちゃんの顔を見たらつい、あっ、私また……ごめんね」

 

すると白雪は顔を青色に染めながらしどろもどろに謝罪する。

 

「キンジくん照れない照れない。いいじゃないかその呼び方。僕なんか『フヌケン』って呼ばれてたんだから」

 

腑抜けの兼一略してフヌケンとは兼一が高校一年生の一時期、宇宙人の皮を着た悪魔こと新白連合総督新島春男から呼ばれていた呼び名である。そんな過去を苦笑いを浮かべながら告げる兼一。

 

白雪の様子と相まってこれ以上何かを続ける気にはなれなくなり、キンジは扉の前を空ける。兼一は白雪に先を進める。部屋に入りながらキンジと白雪は、談笑のような言い争いをしている。

 

この二人は兼一が達人であることを知っている数少ないこの学園の人間だ。けれどその人の良さや、付き合いの長さから変に警戒や怯えたりすることなく年の離れた友人としていい関係を築けている。

 

「ただいま」

 

そんな様子をまぶしく見ながら、兼一は静かに部屋に入る。

 

 

 

 

「汗流してくるから先にどうぞ」

 

兼一はそう告げると風呂場に向かう。体の火照りを鎮めるように冷水を浴び、その後ぬるま湯につかりながら入念に時間をかけて体をほぐしていく。それが終わると瞑想を始める。

 

兼一の鋭敏すぎる聴覚に届く二人のやり取りが徐々に消えていく。

 

そうして20分程度の時間が経つと瞑想を止める。

 

「兼一さん、お邪魔しました。あと、迷惑かもしれないけど、冷蔵庫の中を見て朝ごはん作っておきました」

 

「いいよいいよ、ありがとうね。あと、気を使わせちゃってごめんね。それじゃ、また学校で」

 

白雪の声に答え、扉が閉まる音を聞くと湯船から上がる。着替えを済ませ脱衣所から出ると、キンジがPCに向かっていた。その様子を見ながら、兼一は白雪の用意してくれた朝食を食べる。

 

「いやー白雪ちゃんは良いお嫁さんになるね。キンジくんが羨ましいよ」

 

兼一のからかいの言葉にキンジがズッコケる。

 

「兼一さん、前にも言いましたけど白雪とはそんなんじゃないですよ。そもそも俺は――」

 

「はいはい、分かってるって。でもさ、いい加減受け入れた方がいいと思うよ、それ」

 

沈黙するキンジを余所に、兼一はテキパキと後片付けを済ませる。

 

「思うところが色々あるみたいだけど……もう時間ないよ」

 

時計は8時を告げようとしていた。

 

 




原作の章ごとに投稿していく予定です。
長いのはわけますけど。


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空から女の子が 前編

早速分割します


7時58分のバスに乗り損ねたキンジは、嫌々ながら仕方なしに自転車で登校することとなった。

 

(悔やんでても仕方ないか)

 

気持ちを切り替えるとキンジはペダルを踏み出す。コンビニとビデオ屋の脇を通りモノレールの駅をくぐると見えてくる海上に浮かぶようなビル群。

 

レインボーブリッジの南に浮かぶ南北およそ2キロ・東西500メートルの長方形型の人工浮島であり、兼一の早朝の走り込みのコースであるここに東京武偵校はある。そのため、学園島と呼ばれてもいる。

 

金さえもらえれば武偵法の許す範囲で何でもする便利屋的存在である武偵。その養成のために、通常の一般科目に加えて、武偵の活動に関わる専門科目を履修できる。

 

例えば、今キンジが通り過ぎたのは探偵科の専門棟。兼一と1年の三学期からキンジが所属するこの探偵科では、推理学や探偵術を学ぶことができる。また、武偵校において一番まともな学科と言えるだろう。加えて、通信科と鑑識科もまた穏便な物である。

 

穏便という言葉が付くということは、その逆である過激な物もあるということだ。

 

キンジが1年の2学期まで所属していた強襲科が、その過激な部類に入る学科だ。

 

どうにか始業式に間に合う見通しが立ち、新学期早々遅刻をするという事態を回避できると安堵した時だった。

 

「 その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります 」

 

不気味な音が聞こえた。

 

「 チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります 」

 

何だというキンジの思いを無視し続けるその音は、ボーカロイドを使って作成した人工音声だった。

 

(爆弾……だ?)

 

冗談だと思ったキンジ。だが、その自転車に並走する奇妙な物体を目にして、これが冗談でないことを悟った。

 

「 助けを 求めては いけません ケータイを 使用した場合も 爆発 しやがります 」

 

無人のセグウェイ。そして、人の代わりにスピーカーと1基の自動銃座が載っていた。

 

UZIと呼ばれるそれは、イスラエルIMI社の傑作短機関銃。その性能は、9ミリパラベラム弾を秒間10発で放つというものだ。

 

「兼一さんの仕業か」

 

一番身近でこんな無茶を行いそうな人物の名を挙げる。非常に失礼なことではあるが、家柄上何度となく顔を合わせたことのある非常識集団の一番弟子にして、その一員である兼一ならやりかねないと思われても仕方のないことだ。けれど、キンジは即座にその可能性を否定する。

 

なぜなら、無理無茶無謀が大好物の人間の弟子であるがゆえに、それらのさせ方を熟知しているからだ。死にそうな……死んだほうがましな修行をさせることはあっても殺そうとすることはない。それに、キンジは別に兼一の弟子でも何でもないのだから、こんなことをさせる理由もない。

 

「キンジくん大変そうだね」

 

さらに言えばセグウェイのその向こう側に何時からいたのだろうか分からないが困ったような顔を浮かべて兼一が並走していたのだ。これで犯人は兼一だというのはよほどのバカであろう。

 

声の直後、銃口が兼一を捕らえその威力を発揮する。

 

常人ならこれで息絶える。

 

そう、常人であるならば。

 

用意されていた弾丸を撃ち尽くした後

 

「っと、危ない危ない」

 

そう言って兼一は無傷でいた。

 

けれど、兼一は達人である。秒間10発の弾丸より速いものなど幾らでも目にしてきた。ましてや、その銃口を向けられているのだから反射的に、体内武術レベルを上げている。そのため、止まっているのと何ら変わりのないものとして見えているのである。また、狙いも頭部に集中しているのだ。これではどうぞ避けてくださいと言っているようなものだ。

 

「大変っていうかこのチャリ、プラスチック爆弾が仕掛けられてるんですよ」

 

キンジは、先程兼一に銃口が向いている数秒で、サドルの裏に仕掛けられている爆弾の存在を確認した。仕掛けられた物が物だけに焦りを禁じ得ないようであるが、兼一は違った。

 

「うん、大丈夫そうだね。セグウェイの方はもう止まったし。でも、念のためにもう少しだけ付き合うよ」

 

ずれたことを言いながら、キンジが死に物狂いの全力でこぐ自転車に涼しい顔をして兼一は付いて行く。

 

「この時間なら第2グラウンドに行きなさい」

 

兼一のその言葉にキンジは脊髄反射のレベルで反応する。

 

そうして第2グラウンドに入る。兼一とキンジ、そのどちらもこの状況を打開する方法が思い浮かばないまま終わりの見えないマラソンをしている。そんな時、二人の目にありえないものが映り込んだ。グラウンド近くの7階建てマンションの屋上の縁に武偵校のセーラー服を着た女の子が立っていたのだ。

 

長いピンクのツインテールを揺らし飛び降りた。

 

(やばっ)

 

(あんな小さい子が……すごいな)

 

その様子に一瞬見惚れたキンジはペダルを踏み外しかけ、兼一はまたしてもずれたことを思う。

 

そうしている間に、あらかじめ準備されていたパラグライダーを空に広げていた。

 

「来るな! このチャリには爆弾が仕掛けられてる! 減速すると爆発する! 巻き込まれるぞ!」

 

言った後に隣に兼一がいないことに気が付いたキンジ。何時の間にと思わなくもないが、それを気にするだけ時間の無駄である。

 

また、そんな事を気に掛けることなくその少女は告げる。

 

「武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』――いくわよ」

 

そう言った少女を見ると、手で引いていたブレークコードのハンドルにつま先を突っ込み、逆さ吊りの状態になっていた。

 

(こいつ、無茶苦茶しやがる……この人たち程じゃないけど)

 

キンジがその意図に気付き表情を変えると、少女は

 

「全力でこぎなさい」

 

少女の言葉に応じ、キンジはあらん限りの力を振り絞ってペダルを回す。

 

 

 

「これで全部かな」

 

少女がキンジを救おうとしている時兼一は何をしていたのかというと、残党狩りであった。

 

兼一の足元にはUZIとスピーカーを載せたセグウェイだった物が7台転がっていた。

 

傷一つなく、汗すら流れていない兼一が一息ついた後、爆発音が轟いた。

 

快晴の空に立ち上る黒煙を見ながら、兼一はキンジを迎えに行く。

 

 




達人なんて存在がいるとこうなりますわ……きっと


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空から女の子が 後編

誰だよあんなところで切った奴
私ですね
というわけで後編です


「痛ってぇ……ここどこだよ」

 

爆発の余波に巻き込まれ、グラウンドの片隅にある体育倉庫の扉を突き破ったところまではキンジの記憶にある。けれど、そこから先については意識がなく記憶にない。

 

どうにか動こうとするも、何かに邪魔をされ思うように動けない。徐々に頭が醒めて跳び箱の中にはまっていることを理解する。

 

(なんつう奇跡だよこれ)

 

確かにキンジの思うとおりだろう。跳び箱の1段目だけを見事に吹き飛ばし、綺麗に収まっているこの状況は神がかっている。しかし、それだけではない。

 

キンジの鼻孔をくすぐる甘酸っぱい香り。脇腹を両側から挟む心地の良い弾力。両肩にある不自然な重み。キンジ本人はまだ気が付いていないが、パラグライダーを用いて映画さながらに助けてくれた少女を抱っこしている状態になっている。

 

時間にして5秒は経っていないだろう、キンジは自身の身に降りかかった事態を正しく把握した。それと同時に危機感を覚える。

 

(こういうのはダメなんだ)

 

だが、そんな意思を嘲笑うかのようにそれは進んで行く。

 

「お、おい」

 

声を掛けるが少女の意識はまだ戻っていないようで返事がない。そして、声をかけるために視線をずらしたキンジは気が付いてしまった。少女がその小学生と勘違いされても仕方のない体格と合わさり、人形の様に可愛らしいことに。

 

自転車をこいでいる時は必死だったため意識することがなかったことだ。そして、天秤が悪い方に傾きそうになった時、キンジの鼻を何かがくすぐった。

 

『神崎・H・アリア』

 

(なんでこんな高い位置に名札があるんだ?)

 

キンジの疑問の答えを眼前の光景から理解した。

 

ここに転がり込んだ時の勢いでブラウスが首の辺りまでめくれ上がった結果、トランプのマークが広がるファンシーな下着が丸出しになっている。そしてそこから出ている『 65A→B 』というタグ等に救われた。

 

生前の兄が詳しかったことからキンジはこの表記の意味を理解した。アリアのつけているこの下着、プッシュアップ・プランジ・ブラというもので、俗に言う「寄せてあげるブラ」だ。つまり、アリアはAカップをBカップにしようと画策していたようだ。結果は言わぬが花であろう。

 

こうして、キンジは危機を乗り切った……かのように見えたが、現実はそう甘くなく、優しくもない。

 

「ヘ……ヘ……ヘンタイ――――!」

 

突如響き渡るのは鼻にかかった幼い声。

 

キンジが呆然としていると、意識を取り戻したらしいアリアが状況を盛大に誤解している。素早くブラウスを下ろすと、腕が曲がっているためにうまく力の籠らないハンマーパンチをキンジの頭に落としだした。

 

「おい、やめろ! 誤解だ」

 

キンジがそう主張するも、羞恥の炎を消そうと必死なアリアの耳には届かない。意識を取り戻した時に服が肌蹴ていたのだから、勘違いもやむなしではある。

 

止むことのないと思われた拳の雨は突然終わった。

 

「どう――」

 

「静かに」

 

キンジの口を手で押さえ、言葉を呑みこませると、声を潜めてアリアは命じた。

 

「『武偵殺し』……は出てこないはず。だったら一体」

「何言ってんだ」

 

キンジに体を押し付け、外から隠れるアリアはそう呟く。その真剣な表情に見惚れていたキンジは、体に触れる感触への反応が1つ遅れた。

 

「おいっ」

 

キンジが言葉を続けようとした時、変化が起きる。ふとももに着けているホルスターから黒の大型拳銃を取り出すと、跳び箱から乗り出し、体育倉庫の入り口に銃口を向けた。

 

(これは、アウトだ)

 

アリアが跳び箱から身を乗り出したため、キンジの顔にその慎ましやかな胸が押し付けられた。控え目ながらその存在を主張する柔らかさが、キンジの心の奥にある禁じられた扉を開いてしまった。キンジにとって忌まわしき力が覚醒し、ヒステリアモードになった。

 

銃弾が何かにぶつかる音がした。

 

「そこにいるのは分かってるわ。ゆっくり出てきなさい。じゃないと風穴開けるわよ」

 

「アリア、銃を下ろすんだ。あの人は敵じゃない」

 

「あんた何言ってんのよ」

 

「兼一さん、出てきても大丈夫ですよ。お姫様は落ち着きました」

 

纏う雰囲気が豹変したキンジに、アリアが怪訝そうな顔を向ける。けれど、そんなことに頓着することなく、扉の影にいる人物を名指しする。

 

「その感じ……入ってるね。そっちも出てきなよ」

 

影から出てきた兼一。その呼びかけに応じ、アリアをお姫様抱っこしてキンジは跳び箱から出る。

 

「怪我がないようでよかったよ」

 

微塵も心配した様子のない表情でケンイチは言う。

 

「アリア姫が助けてくれたからね。そう言えばお礼がまだだったね。ありがとう姫」

 

キンジは普段とは打って変わり、歯の浮くようなセリフとともにアリアへ感謝の言葉を伝える。

 

「あ、アンタ、どうしたのよ!? 頭を叩きすぎておかしくなったの」

 

そんなキンジの様子を見て、狼狽えるアリア。だからと言って、それに構うような人間は少なくともこの場にはいない。

 

「結局、新学期早々遅刻だね」

 

「すいませんね兼一さん」

 

兼一とキンジは肩を並べて体育倉庫を後にしようとする。

 

「待ちなさい! 強猥犯!」

 

跳び箱に隠れたアリアの声がキンジの背中に向かう。どうやら最初の爆発でスカートのホックが壊れたようだ。

 

「アリア。それは悲しい誤解だ。あれは不可抗力ってやつだよ。理解してほしい」

 

言いながらキンジはズボンのベルトを外し、アリアのいる跳び箱に投げ入れた。

 

「あれが、不可抗力ですって!?」

 

ベルトで止めたスカートを押さえつつ、飛び出し、アリアは2人の前に立つ。兼一は、アリアが屋上に立っていた時点でその身長をほぼ正確に把握していたため特に驚きはしなかったが、キンジは改めてその小ささに驚いた。

 

「気絶しているスキに、ふ、服を、ぬ、ぬ、脱がそうとしてたし、そそ、それに、むむ、胸、見てたじゃない! これは事実!」

 

床を仇のように踏みつけながらアリアは絶叫する。それを聞いた兼一はキンジを蔑むように見る。

 

「アリアも兼一さんも冷静に考えよう。俺は今日から二年の高校生。中学生を脱がしたりするはずがないだろう? 年が離れているんだから」

 

諭すように優しく告げるキンジであるが、アリアは口を空回りさせながら手を振り上げた。そして、キンジを睨み付ける。

 

「キンジくん、アリアちゃんはインターンで入って来た小学生だよ」

 

兼一は小さくキンジに伝えるが、その言葉はアリアの耳に届いてしまった。白浜兼一という男の持つ悪癖『他人の心の地雷を無自覚に踏む』が発動してしまった。

 

アリアが戦慄きながら床を踏みつけると、とうとう弾け木片が飛び散った。揮える唇で何かを言っているが、言葉になっていない。

 

突然、アリアは2丁の拳銃を構えると、2人の足元に2発の銃弾を打ち込んだ。

 

「 あ た し は 高 2 だ !! 」

 

叫ぶと同時に床を蹴りキンジに肉薄し、至近距離から銃を向けるアリア。それに対しキンジは突き出された両腕を両脇に抱え込む。するとアリアは反射的に引き金を引く。

 

背後の床が悲鳴を上げる。それとは別の音が聞こえ、キンジは両の拳銃とも弾切れになったことを理解する。

 

キンジとアリアは取っ組み合うようにしている。それも一瞬のことで、アリアが体を捻りキンジを投げる。

 

(すごいな、アリアちゃん)

 

その動きを見た兼一は胸中で感心する。ちなみに兼一は『岬越寺 柳葉揺らし』という技をアリアの接近に際して使用している。この技は柔術特有の重心や動きを錯覚させる動きを、相手の目の動きよりも速く行うことで透けていくように錯覚を見せながら相手の死角に入るというものである。

 

(油断した。この子徒手格闘もなかなか巧い)

 

受け身を取ったキンジはそのまま外に出る。

 

「逃がさないわよ! 私は逃走する犯人を取り逃したことは1度もない!」

 

叫びながら、予備の弾倉を探しているアリア。

 

その探し物は投げられた際にキンジがスリ取っていた。この男もなかなかに常識離れしたことをしている。

 

「ごめんよ」

 

一言謝ると、スリ取ったものを茂みに向かって投げる。それを目にしたアリアは拳銃をホルスターに戻すと、セーラー服に忍ばせていた刀を二刀流で抜いた。

 

それを見て唖然とするキンジに、先程見せたよりも素早く接近し、両肩めがけて突き出してくる。それをどうにか凌ぐも、追撃をするためにアリアが踏み込む。

 

「えっ、わっ、きゃ」

 

しかしそれは地面に転がる銃弾に足を取られ不発に終わる。アリアはすぐに立ち上がるが、その僅かな時間でキンジの姿は消えていた。無論、兼一がキンジを脇に抱え走り去ったというだけである。

 

「強猥男! ともう1人の侮辱男! でっかい風穴あけてやるんだからぁ!」

 

アリアの捨て台詞のような叫びは虚しく空に消えて行った。

 

 

 

それが、白浜兼一と遠山キンジと。

 

後に『緋弾のアリア』として名を馳せる神崎・H・アリアの出会いだった。




原作1巻第1章が終了
雑な戦闘シーンですね。すいません
今の所順調に更新できていますが、書き溜めなしなので今後間違いなく遅くなります
断言できます

ですが、最後まで書ききります
……まあ、アリアの原作がどこまで続くか分かりませんから長丁場は間違いないですね

というわけで次回がいつになるかは分かりませんが、また次回


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神崎・『H』・アリア 前編

原作にいないキャラが絡むため、当然会話などは変化します
ましてやそれが活人拳で多くの修羅場を潜り抜けた兼一なんだから……お察しください


当然のように始業式にでられなかった兼一とキンジは、時間を見て教務科に事件の報告を済ませ新しい教室に向かっている。

 

「キンジくん、大丈夫?」

 

「……」

 

あまりにも鬱々とした気分からか、キンジの口から何か出てはいけないものが出ているような気がする。そのため兼一は心配そうに尋ねたのだが、返事がない。

 

キンジがここまで落ち込んでいるのは体育倉庫での一幕、特に兼一が現れたて以降の自身の状態にある。

 

ヒステリア・サヴァン・シンドローム。キンジが呼ぶところの『ヒステリアモード』

 

この特性を持つ者は、一定量以上の恋愛時脳内物質βエンドルフィンが分泌されると、それが常人の約30倍もの量の神経伝達物質を媒介し、大脳・小脳・脊髄といった中枢神経系活動を劇的に亢進させる。そのため、論理的思考力、判断力、更には反射神経までもが飛躍的に向上するといったものでる。

 

簡単に言えば、性的に興奮すると、一時的に強くなるのだ。

 

とはいえ、真の達人の一人である兼一には遠く及ばない。なぜなら、彼ら達人は常にその非常識すぎる力を発揮することが可能である。

 

つまり、ヒステリアモードと達人を比較するならば、前者は地球にやって来た光の国の戦士で、後者は光の国にいる光の国の戦士という形が近いだろう。地力にも天と地ほどの差があり、また、戦闘ということに対する蓄積もまた達人たちの方がはるかに上である。

 

閑話休題。

 

キンジにとってこの体質を人に知られること――特に女子――は避けるべきことであるのだ。

 

その理由としてはまずヒステリアモード時の2つの欠点があるからだ。2つの欠点の内1つには、女子を何がなんでも守りたくなってしまうこと。もう1つ、キンジにとって最も耐えがたいのは、女子に対してキザな言動を取ってしまうことだ。

 

これら2つの欠点は、ヒステリアモードの大本にある「子孫を残すため」という本能が働くからこそ生まれたものである。そして、キンジはヒステリアモードから醒めると今のように憂鬱な気分とともに死にたいと思うようになる。

 

また、2つ目の理由というのは中学時代、神奈川武偵高付属中学に通っていた頃の出来事が原因だ。この体質を知った一部の女子によって利用され、彼女たちにとっての独善的な『正義の味方』をさせられていたことだ。

 

高校入学後は、事情を知っている兼一の助けもあり今日のあの時までは、最小限の被害でどうにか切り抜けることができていた。そのこともあり、ショックも一段と大きい。

 

しかし、それらを別としてもキンジは自身の持つこの体質を嫌悪している。ごくごく短い期間ではあるが、この力のことを呪ってさえいた。ある時までは、前述している欠点や経験があるものの、使いこなせるように努力をしていた。では、何がきっかけとなって、キンジにそう思わせるようになったのだろうか。

 

その答えは至極単純である。尊敬している兄がこの力のせいで破滅したからだ。

 

「ほらほら、そろそろ教室だから切り替えて」

 

兼一の声によってキンジの意識は現実に引き戻される。言われてすぐに切り替えれるわけはないが、多少なりともましな表情となたキンジは、兼一とともに2年A組の扉をくぐる。

 

 

 

「これは……なんていうか……すごい偶然だね、キンジくん」

 

引き攣った笑みを浮かべながら兼一がそう漏らすのは、担任の粋な計らいによって自己紹介の先陣を切ったピンクのツインテールの発言それに伴って起きた騒動のせいだ。

 

気が付くと、兼一の右斜め後ろでありキンジの右隣の席の住人が車輌科の優等生、武藤剛気からアリアに変わっている。更に、キンジの貸したベルトが返されたことにより、今度は兼一の左斜め後ろにいる制服をフリルだらけの機能性度外視の魔改造を施した、スィート・ロリータファッションにしている峰理子が、2人は付き合ってると騒ぎ出す。

 

そうなると、もう手の付けられないお祭り騒ぎ同然になる。

 

「兼一さん……」

 

キンジが頭を抱え机に突っ伏した時、2連発の銃声が鳴り響き、クラスは水を撃ったかのように静まり返る。何故なのかと問われれば、教卓の前に立つアリアが両の壁に二丁拳銃を撃っていたからであると答える。ただし、単に拳銃の発砲がされたことが原因ではない。

 

「れ、恋愛だなんて……くっだらない! 全員覚えておきなさい! そういうバカなこと言うヤツには 風穴あけるわよ!」

 

その発言のとともに拳銃から排出された空薬きょうの転がる音が、教室中に痛いほど響いた。

 

しかし、その沈黙を破ることが起きる。

 

「ねえ、アリアちゃん」

 

ことの一部始終を傍観していた兼一が、おもむろに口を開いた。名前を呼ばれたアリアは、ただそれだけのことにもかかわらず、体が強張るのを感じた。

 

「今の発砲は必要だったのかな?」

 

話す言葉もその口調も穏やかでありながら、周囲を圧倒する形のない力が秘められていた。

 

1年の3学期に転校してきたアリアはまだ知らないのだろう。白浜兼一という男は、一部の教員たちから一目どころか十目以上置かれていることを。そして、達人であるということを周囲は知らないが、稀にその片鱗を見せていることを。

 

故に、ここの生徒達は『白浜兼一を怒らせてはならない』という認識を共通している。

 

そして、先の発砲が兼一の逆鱗に触れかねないことを理解したために、静まり返っていたのだ。

 

「……ごめんなさい、必要じゃなかったです」

 

アリアは、先程の経緯を顧みる。そして、囃し立てられた気恥ずかしさから行ったことであるため謝罪をする。

 

「間違いを認めて、謝れるのは強い証拠だよ」

 

その謝罪を聞くと軽く笑いかける。クラスが安堵の吐息で満たされる。

 

「ま、みんなも悪乗りが過ぎたみたいだけどね」

 

突如として油断していた彼らに凍てつくような寒気が降りかかってきたことも、ここに追記しておく。

 

 

 

兼一の冷たい言葉により熱を失ったため、昼休みに入ると同時にキンジが質問責めにあうということはなかった。それでも理子は気にすることなく質問を投げつけるが、キンジは今朝アリアの存在を知ったばかりであるため答えられないでいる。

 

「兼一さん……っていないし」

 

助けを求め、兼一に縋ろうとするもその姿はない。

 

「ハマくんなら昼休み始まってすぐに消えちゃってたよ」

 

辺りを見回し兼一の姿を探すキンジに、理子がそう告げる。

 

(あの人は)

 

悪態を外に出しそうになるのを押さえ、代わりに肩を落とすキンジであった。この場にいない人間の悪口を言うことほど、みっともないことはない。

 

では、兼一はどこでなにをしているのかというと……屋上で昼食をとっている。

 

それだけであれば良かったのだが、その体勢がおかしなことになっている。屋上の入り口のある部分の壁に立って食事をしているのだ。何も知らない人が目にすれば気絶しかねない光景である。

 

才能のない兼一は、こうした少しの空いた時間を使ってでも鍛えていなければならない。そうでなければ、才能豊かな友人たちとの間に取り返しのつかない差が生じてしまうのだ。今は師の元を離れているのだから、より一層努力しなければならない。

 

余談ではあるが、兼一は校舎の外壁を歩いて屋上へとやって来たため、誰一人としてここへ来たことは知らない。

 

そんな時、屋上につながる階段を上る複数の音を兼一の耳は捉えた。さすがにこの光景を人に見られるのは気が引けるため、壁から降りると座って食事を再開する。

 

「あ、兼一さんだ」

 

「本当だ」

 

「失礼しまーす」

 

扉が開かれると数人の女子が姿を現した。彼女らは兼一と同じクラスで強襲科に所属する女子たちだ。見知った顔があるのに離れて食事するのも変な気がしたのか、兼一の近くに寄るとそこで弁当を広げる。手を合わせ「いただきます」と挨拶をして食事を始める。

 

「そういえば兼一さんも大変ですね」

 

1人の女子が口を開いた。

 

「うん、そうだよねー。アリア、朝からキンジと兼一さんのことを探ってるみたいですよ」

 

「そういえば私も2人のこといきなり聞かれた」

 

「さっきは教務科の前にいましたよ。たぶん2人の資料を漁ってるんですよ」

 

それを皮切りに他の女子たちも口を開く。兼一は困ったような笑顔を浮かべながら話を聞いている。

 

「キンジくんならともかく、僕のことなんて調べても大した収穫はないよ」

 

兼一がそう言った途端、女子たちは静止画になった。

 

「? どうしたの?」

 

頭の上に大量の疑問符を浮かべながら問い掛ける兼一。しかし女子たちの口から答えは返ってこない。

 

兼一についてアリアに訊ねられた女子はその時「探偵科だけど、強襲科にも劣らない凄みを出す時がある」と答えていた。また、上級生に対して一歩も引かないということも別の人間が答えている。

 

そんなわけで、大した収穫がないという兼一との間にあるズレに驚愕していたのだ。

 

 

 

「兼一さん、酷いですよ。昼休みといい何で見捨てるんですか」

 

空も茜色に染まりだす頃、男子寮の部屋にて恨みがまし視線で兼一の行動を非難するキンジ。

 

放課後、朝には及ばないまでも、ある程度熱を取り戻したクラスメイト達により、大量の質問で押し潰されていたキンジ。そこで、兼一に助けを求めたのだがまたしても姿がなかった。

 

「ごめんね」

 

兼一は謝る。しかし、キンジにはその謝罪が非常に軽いものに感じた。そのキンジの考えはすぐに正しいと証明される。

 

「命にかかわることじゃないから……ま、別にいいかなって」

 

続く兼一の言葉には、反省の色などなかったのだ。これにはキンジも頭を抱える。兼一の非常識さに、また一段と磨きがかかったように感じられたのだった。

 

「もう慣れてますからいいですけど。それにしても、新学期初日から色々あり過ぎて疲れましたよ」

 

物騒なことが何かと多いここでは、殺人未遂程度のことは軽く流されることであり、キンジは強襲科、兼一は梁山泊で変な慣れが付いているので、被害者であるはずなのに今朝の爆弾騒ぎも大したことではないと感じてしまう。

 

ただ、それと疲労とは別の話である。

 

「そうだね。それにしても自転車に爆弾って……愉快なことをする人もいるね」

 

「愉快って……仕掛けられた人の身にもなってくださいよ」

 

「自転車の違和感って、普通気付くでしょ。だから引っ掛かる方が悪い」

 

「それは否定しませんけど。でもあれって、年明けの周知メールであったヤツですかね」

 

「うーん、どうだろうね。それより、いい加減出た方がいいのかな?」

 

会話の影に隠れてはいるが、部屋のチャイムが嫌がらせのように連打されているのだ。居留守を決め込もうとする2人だったが、どうやら通用しないようだ。

 

「俺がでますよ」

 

そう言って玄関にキンジが向かう。すると、何やら騒がしくなってきた。

 

(いやー、もう笑うしかないね)

 

兼一でなくとも聞こえる大きさで行われるやり取り。

 

そして、リビングに姿を現したのは、今日嫌というほど目に焼き付いたピンクのツインテールだった。

 

「――キンジ。あたしのドレイになりなさい」

 

キンジに振り返りそう言った。

 




一応予定としてはここの話は前・中・後の三分割でやるつもりです
どこをどう省き、どう変化させるかが悩みどころであると同時に、楽しみな部分です

ではでは、また次回


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神崎・『H』・アリア 中編

うん、頑張った
自分で自分を褒めたい
質と量は兎も角として、現状更新が続いていることに

というわけで中編です


「――ドレイになりなさい」

 

そんなアリアの発言を受けたキンジの思考は、その発言の暴君っぷりに一瞬止まった。けれど、キンジの思考が差異化する直前別の動きが怒る。

 

「えーっと、午後5時57分、住居侵入の現行犯で逮捕ってところかな」

 

いつの間にかアリアの後ろにいた兼一はそう告げると、その容姿に見合った細い腕を掴む。アリアは顎が外れたかのように口を開いているが、そんな事を気にすることは当然ない。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! あたしはキンジに招き入れられたのよ! だからお客様なのよ!」

 

「はいはい。言い訳は署でお願いします。気が向いたら聞くかもしれないからね」

 

気が向いたら聞くではなく、聞くかもしれないということはつまり、聞かないことを宣言しているようなものだ。

猫の様な犬歯をむき出し、威嚇せんばかりの鋭い視線で兼一を睨みつける。されどそんな視線どこ吹く風、一切気に留めないでいる兼一は、空いた片手で手錠の代わりになるものを探し自身の体を弄っている。

 

兼一が利く耳を持たないと理解するとアリアは実力行使に移る。強引に兼一の手を振りほどこうとする。そうして僅かに兼一の体が動いた時、自身を捕らえる手を掴み、投げる。

 

――が、兼一の体が宙に舞うことはなかった。力任せと言い換えてもいいような強引な技で、足腰を、虐めぬくという言葉ですら生易しい程に鍛え抜いた兼一が投げられるはずなかいのである。

フローリングの隙間を足の指でしっかりと掴んでいたのだ。

 

結果が伴わないことにアリアは再度驚愕する。事前の調査で、強襲科の面々からは「探偵科とは思えない凄みがある」と聞いていた。けれど、実力の方は「探偵科としてはできる」という評価であった。だからこそ、強引な手を打ったのだ。

 

「アリアちゃん、投げ技っていうのはね――こうやるんだよ」

 

そんな声とともに、アリアの視界が高速で揺れる。数瞬の後に投げられていることに気が付き手を放そうとする。そうして、投げられてから手を放し終えるまでの僅かな時間に十回を超える投げを受けていたのだ。

 

キンジは声にならない声を出す。

 

その技の名を『岬越寺 無限生成回帰』という。これは自身の腕が掴まれた状態からその腕を振り回して相手を投げ倒すというものである。そのため投げ技ではあるが、これが投げ技の代名詞だといわんばかりの兼一の言は些か問題がある。

 

余談ではあるが、生みの親である秋雨はこの技を用いて、同格の達人アレクサンドル・ガイダルの脳からの指示が運動神経に伝達されるまでのほんのわずかな時間に数回投げている。

 

本来なら碌に受け身を取れない速さの技であり、肉体の強度が高くないアリアが受ければただでは済まない。ただ今回は兼一がその力をじゃれつく程度に抑えていることが幸いし、大事には至らなかった。

 

「とまあ、こんな具合に相手の重心をきちんと意識して投げないとね」

 

目を白黒させているアリアに説明する兼一。言われたアリアは、現実の出来事なのにいまだに呑みこめないでいる様子ではあるが、安定の無視である。また、たとえ意識がはっきりとしていてもこの技を用いて重心の大切さを説いたところで伝わるはずもないだろう。

 

「それじゃボクはちょっと出てるから後はよろしくね」

 

爽やかな笑顔で部屋を立ち去り厄介ごとを丸投げしてきた兼一の行動に、頭を抱えたキンジはその背中を無言で見送るしかなかった。そもそも、走り去る兼一を捕まえれる気など爪の先程もない。

 

 

 

しばしの後に夕食のために兼一が戻って来ると、状況が愉快な方向に変化していた。

 

「ただいま」

 

「出てけ」

 

兼一が扉を引くと同時に、奥からアリアの声がした。何やらキンジとの話し合いがもめているようであった。そうしている内に、キンジの背中が兼一の視界に映る。

 

「おい待て、何で俺が出て行かなきゃならないんだ! ここはお前の部屋じゃないぞ!」

 

「分からず屋は外で頭を冷やしてきなさい! しばらく戻ってくるな!」

 

剛速球で言葉を投げつけるアリアは、その勢いのままキンジを部屋の外に押し出す。事情を知らない兼一も何か得体の知れない圧力に負けて、キンジとともに外に出ていた。

 

アリアは思い切りよく扉を閉めた。

 

「……なにしたの? キンジくん」

 

「俺が聞きたいですよ」

 

男二人の哀愁漂う声が、まだ冬の寒さがかすかに残る春の夜空に溶けていった。

 

「それで、あの後どうなったの?」

 

凍った空気を溶かすために兼一が口を開く。

 

鍵を閉められていないのだから部屋の中に入ればいいものの、なぜだか入ってはいけない気がしたため2人はそのまま外にいる。

 

「それは――」

 

キンジの話を要約するとこうだ。アリアはキンジを強襲科でのパーティーに誘ったが、キンジにその気はない。そもそも自分は武偵をやめようと思っていることを伝えるも、聞く耳を持たない。その内に日が暮れ、帰るように言うと、首を縦に振るまでは帰らないと言い放った。

 

「アリアちゃんは何をそんなに急いでるんだろうね」

 

話しを聞き終えた兼一の口から零れたのはそんな言葉であった。その言葉を聞いたキンジも改めて考えてみると確かにそうだと思う。

 

考えてもみてほしい、ただ仲間にしたいのであれば後日出直し改めて説得に当たればいい。また、いくら実力があるとはいえ女性が見ず知らずの男性宅に泊まるというのはリスクが大きいことだ。にもかかわらずそうするというのは、出直す時間すら惜しむ理由があるということだ。

 

「まあ、その辺はおいおいってことで」

 

そう言った兼一は急に口を閉じる。訝しむキンジにはわからないが、こちらに向かって人がやってきているのだ。そして、兼一にはその人物が誰であるかもわかっているために声を殺したのだ。

 

「キンちゃん、それに兼一さんこんばんわ」

 

やって来たのは巫女装束姿の白雪だった。その手には何かの包みを持っていた。

 

「こんばんわ白雪ちゃん。何か用かい?」

 

突然の白雪の来訪に動揺を抑えることに必死なキンジに変わり、兼一が尋ねる。まあ、聞くまでもなく分かることではあるが……

 

「はい、あの、お夕飯にタケノコご飯を作ってきたんですけど……」

 

消え入りそうな声で白雪は答える。時間が時間だけにもう食べてしまっているかもしれないという思いもあるからだえおう。

 

「今から買いに行こうと思ってたから、ありがたくいただくね」

 

兼一は柔らかな笑みを浮かべそう答える。こんな時間に外にいることへ、内心不審に思っている様子であることを見通した、無難な回答であると言える。

 

「朝といい、ありがとな」

 

キンジも感謝をするが、兼一と違い既に夕食を終えているため複雑な気持ちでいるのだった。

 

 

 

その後、適当に世間話をした後キンジに白雪を送らせると兼一は部屋に入る。白雪は途中、何度となく部屋の外にいる理由を聞こうとしたが、二人があの手この手を使って丸め込んだのだった。

部屋の中では湯気を漂わせるアリアがソファーに座り、桃のような形をしたあんまん『ももまん』を貪るように食していた。

 

「な、なによ」

 

入って来た兼一をアリアは怯えながらも睨みつける。そんな様子に頬を掻いて曖昧な笑顔を浮かべる兼一であるが、そもそもの原因は自身にあるので自業自得である。

 

ただ、それで兼一が止まるわけがない。

 

「アリアちゃん、君は何を焦っているんだい」

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

取りつく島もないアリア。しかし、兼一は躊躇することなく斬りに行く。

 

「『武偵殺し』として捕まった――」

 

「ただいまーっと」

 

が、振り上げた刀は寸での所で止められた。

 

「あれ、早かったね」

 

「白雪のヤツ下まででいいって聞かなくて。すんません、ちょっと寝ます」

 

戻ってきたキンジはそう言ってベッドに向かう。

 

「そっか」

 

短く返した兼一は白雪から受け取った包みを手に、テーブルに向かう。

 

「あんた……一体」

 

蚊の鳴くような声で漏れたアリアの言葉に反応はない。

 

この日の夜はこうして更けていくのだった……

 




というわけで、中編でした
原作であるラキスケなんてそうそう起きるわけがないんです。強者でありながら弱者でもある兼一くんの勘は凄まじいのです

ではでは、また次回
いつプッツン来てもおかしくない作者がお届けしました


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神崎・『H』・アリア 後編

ここまで順調に更新が続いて自分でも驚いています

というわけで3分割の最後です


翌朝、今日も今日とて海の上での走り込みを終えた兼一は、修行道具である地蔵などを地下倉庫のとある一角に隠すように片付ける。昨日の朝は時間がなかったため、適当な場所に隠していたが放課後にこの場所に片付けている。さて、この地下倉庫、物騒な東京武偵高でもとりわけ危険な場所であるのだが、その理由の一端に兼一の修行道具の数々が含まれたことは言うまでもないだろう。

 

寮に戻り、汗を流していると寝室の方が騒がしくなる。

 

お腹を空かせたアリアが、キンジに朝食を用意しろと言って一悶着おきているらしい。それを察知した兼一はため息1つ、風呂から上がるとなおも不毛なやり取りを続けている様子のキンジとアリア。それを尻目にキッチンに向かい朝食の準備をする。調理を初めて3分、部屋に空腹を促進させる甘美な匂いが充満する。

 

「2人とも、簡単なものだけど出来たからそれ食べて早く出なさい。時間はそんなにないよ」

 

その声の後、準備を終えた2人がのろのろとテーブルに集まり、3人で食卓を囲むのだった。

 

 

 

「片付けはしておくから、いってらっしゃい。乗り遅れたらシャレにならないでしょ」

 

前日の爆弾騒ぎによって、自転車がなくなったキンジは乗り遅れると本当にシャレにならない。始業式から続けて遅刻するという、不名誉極まりないことをなすことになる。

 

……まあ兼一は高校入学1ヶ月で遅刻魔の異名を得そうになっていたが。

 

そんなこんなで2人を送り出し、片付けを済ませて扉に手をかける。すると、狙い澄ましたかのように携帯が震えた。

 

「新島のヤツ……頼んでもないのに余計なことを」

 

悪友からのメールの題を見て、そう兼一はもらした。書かれている内容は、頼んでもいなければ伝えてもいないはずのアリアの情報であった。どんな手を使って兼一の現状を知ったのかは分からないし、兼一自身知るつもりもないが、やはり驚きを禁じ得ない。また、その内容もどうやって調べたのか分からないがアリアの個人情報を事細かに記している物であるのは、開くまでもなく分かり切っている。この男新島春男に隠し事をすることは、息巻く達人の前から逃げるくらいに難しいことである。

 

けれど、兼一は開かない。

 

「今はまだ必要じゃないよ」

 

消えそうな声で呟くと扉を押し開けた。

 

 

 

武偵高は特殊な学校ではあるが、一応は高校に分類される学校であるため、とりあえず午前中は一般科目の授業も行われる。そして、午後一番である5時間目はそれぞれの専門科目に分かれての実習を行うことになっている。

 

「それじゃ俺は依頼にいってくるんで」

 

そう言って校外に出るキンジだったが、探偵科の専門棟を出た所でアリアが待ち構えていることをまだ知らない。アリア対策のために離れようとしたことが裏目に出てしまった。

 

「ねーねー、ハマくん。キンジとアリアって実際のところどうなの?」

 

兼一の後ろから理子の声がする。理子の疑問は、ある意味学校全体とまではいかないが、一部界隈ではもっともな物である。それを裏付けるかのように、周囲の生徒達は聞き耳を立てる、あるいは兼一の近くにやって来た。

 

「どうって言われてもね……今のところは特に何もないよ」

 

どう答えたものかと思案顔をしながら出した答えは、そんなありきたりのものだった。そんな当たり障りのない回答に、周りが納得するはずもなく不満が漏れ聞こえる。

 

「まったく、君たち一応は探偵科でしょ? なら、自分で調べなよ」

 

そんな声など当然気にするはずもない兼一の一言。その言に1里以上あるようで、生徒達は教室を後にし各々が自分のすべきことに向かう。

 

「それで理子ちゃん、実際どうしたの?」

 

教室から兼一と理子以外の姿がなくなると改めて声をかける。昼下がりの温かな風が長い金糸を揺らす。

 

「べっつにー。キーくんと一緒の部屋のハマくんなら、2人の関係について知ってるのかなーって思っただけだよ」

 

無邪気な笑顔を浮かべ答える理子を見て、兼一はぽつりと漏らした。

 

「君も……か」

 

「なにか言った?」

 

風にさらわれた声は理子の耳に届くことはなかった。兼一は軽く首を振り席を立つと、理子を置いて外に向かう。

 

 

 

放課後、園芸部で育てている花壇に水を撒く兼一。今日から恐山に合宿へ行っている部長の白雪の花壇にも忘れずにする。

 

(どうして、若い子が焦らなきゃならないんだろうね)

 

武偵高に通っている時点で、将来もその道を進もうと考えている人が多い中でも、アリアをはじめとする一部の生徒達は生き急いでいるように兼一の目に映る。けれどそれを止めることは、所詮他人であり、また生徒でしかない兼一にできることではない。そのことが酷くもどかしく感じている。

 

「いたいた、たまには一緒に帰りませんか兼一さん」

 

キンジの声に、軽く手を上げ返事をするとじょうろを片付ける。待たせては悪いと思い急いで。

 

すると、兼一の姿がある場所に風が吹く。次の瞬間にはキンジの隣に立ち、

 

「お待たせ、じゃ、帰ろうか」

 

と言って歩き出す。

 

それを目にしたキンジは何も言うまいと、固く口を閉じていた。

 

兼一の感覚ではこれが急いだ結果であるが、世間一般では急いだどころの話ではない。高速移動もいいところだ。

 

(いい加減見慣れたけど、やっぱり心臓に悪いから止めてほしいぞ)

 

文句を胸の奥で吐きだし、兼一の背中を追うのであった。

 

 

 

「遅いわよキンジ」

 

2人が部屋に入る時にテレビの音が聞こえたことから予想はしていたが、そこにはアリアの姿があった。諦めていないことは理解していたが、まさかここまでするとは考えていなかったキンジは頭を抱える。

 

「今年の台風はすごいね」

 

そんなキンジを余所に兼一はニュースを聞きながら部屋着に着替える。制服のシャツを脱ぐ時、アリアの顔が真っ赤になり何か言っているようだが反応することなく着替えを続ける。

 

目の前で着替えられたことにより、あたふたしているためアリアは見落としていたが、細身である兼一の筋肉の発達の仕方は尋常ではない。文字通り鍛え方が違うのだった。

 

兼一の着替えが終わるころには冷静さを取り戻していたアリア。今日も今日とてキンジの説得を敢行する。

 

「そういえば……本当に犯罪者を取り逃がしたことがないんだってな」

 

「あたしのこと調べたのね」

 

自分のことを調べられて何故だか分からないが、嬉しそうにしているアリアは言葉を続ける。

 

「でも、この間生まれて初めて取り逃がしたは。しかも2人も」

 

「へー、すごい人もいるみたいだね」

 

兼一が素直に感心の声をあげる。その言葉をアリアは睨みつける。

 

「あんたたち2人よ」

 

悔しさをにじませるように静かでありながら、どこか隠しきれない喜びを持った声でそう告げた。

 

「だから、調べたの。私から逃げたその実力が本物かどうか。偶然なんて言わせないわ! キンジの実力の裏は取れた! 兼一の実力も私が実感した! それに、あたしの直感に狂いはないわ!」

 

悲鳴のような叫びであった。その言葉の裏側に何があるかは分からないが、兼一とキンジに必死な思いだけは伝わった。

 

「……今はムリだ」

 

けれど、キンジは切って捨てる。苦しそうなその声は、アリアの思いの深さを感じたからに他ならない。

 

「今はっていうことは、何か条件があるのね。言いなさい! 協力してあげるから」

 

「アリアちゃん落ち着いて」

 

顔を赤くするキンジに代わり兼一が告げる。キンジのヒステリアモードのトリガーは『性的な興奮』である。アリアは当然そのことを知らない。だから止めなければならないのだ。それがキンジのためであり、アリアのためでもある。

 

「なんでもしてあげるから! 教えて……教えなさいよ!」

 

けれど、アリアは止まらない。一歩また一歩とキンジに詰め寄る。

 

そんなアリアの様子に中てられたのかキンジの体中の血液が熱くなる。このままではまずいと思ったキンジは、アリアを押しのけ白旗を上げる。

 

「……1回だけだ。強襲科に戻って最初に起きた事件を1回だけ、お前と組んで解決してやる。だから、転科はしない。自由履修で強襲科の授業を取る。兼一さんもいいですか?」

 

「うん、構わないよ」

 

「それじゃ、お願いします。それで、俺が譲れるのはここまでだ」

 

兼一の同意も得てそう宣言する。

 

「……それでいいわ。約束通りこの部屋から出てってあげる。あたしにも時間がないから、その1件で見極めることにするわ。でも、約束しなさい。その1件目がどんな大きな事件でもよ」

 

ここで飲まなければ間違いなくダメになると理解したアリアはその条件を呑む。

 

「わっかたよ。そっちも約束しろよどんなに小さな事件でも1件だぞ」

 

「ええ、ただし手抜きしたら風穴あけるわよ」

 

「ああ、やれるだけの全力は尽くすさ」

 

トランクを手にしたアリアが玄関に向かうのだった。

 




講義がそろそろ始まり就活も慌ただしくなっていくので、今の内に進めるところまで進めたいですね

そんなわけで後編でした。

それではまた何時になるかは分からない次回で会いましょう


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強襲科に戻って最初の一回 前編

どうにかこうにか連続更新中

読んでくれる人がいるってこんなにも励みになるんだなと思いましたね


翌日、キンジとそれに付き合うこととなった兼一は、強襲科にやって来た。『明日無き学科』とも呼ばれるここは、卒業時生存率97.1パーセントという全員が生きて卒業することができない学科だ。

 

その強襲科専用の施設の中では、発砲と剣戟の音が止むことなく流れ続けている。その音を聞きながら、2人は装備品の確認と自由履修の申請を済ませた。

 

もっとも、兼一の本来の戦闘時の服装は道着の下に日本刀と同じ製法で浮くられた鎖帷子を着込み、カンフーパンツにカンフーシューズ、ムエタイのバンテージにおそろしく頑丈な手甲である。それらは、自室のタンスの中に大切に仕舞われている。

 

さて、キンジとしては拳銃の練習程度のことをしておきたかったのだが……結局それはできなかった。なぜならば、キンジが戻ってきたことを喜んだ強襲科の面々が死ね死ねというこれまた強襲科特有の挨拶をしてきて、それに対して1人1人に同じ挨拶を返していたからである。

 

「兼一さんはこの後どうしますか?」

 

「少し走ってから帰ろうかな」

 

(俺等から見れば絶対に少しじゃないよな)

 

火薬のにおいに包まれた連中をあしらい強襲科を出たところで2人は別れる。夕焼けの中待っている小さな影の元に向かうキンジを見送った後に、兼一は動き出すのだった。

 

走り始める兼一。

 

当然いつもの地蔵などは装着している。

 

(今日は空き地島の方に行こうかな)

 

そう考え当然のように海を走る。『空き地島』とは、『学園島』のレインボーブリッジを挟んだ北側にある、同じ形の人工浮島である。どちらの島も東京港湾の再開発に失敗してたたき売りされていた土地であり、未だに空き地であることからそう呼ばれている。

 

さて、そんななにもない所で兼一は何をするのかというと……

 

「せりゃ、はっ、とう」

 

どこから運んできたのか、あるいは引き上げたのか分からないような岩を砕き始める。いや、砕くという表現は誤りである。正しくは粉塵に変えている。一体どんな殴り方をすればそんなことができるのかは分からないが、それをやってのけている。

 

それが一段落すると、今度は風車を腕だけで登り始める。凹凸などほとんどない、命綱も身に着けずそれを行うという無謀すぎるこの行為。人が見ていれば卒倒ものであることは間違いない。けれど、事実として人はいない。兼一がどれだけ過激なことをしても、人さまに迷惑がかかることはないのである。

 

その後、人智を超える数々の荒行を済ませ寮に戻ると、何とも言えない表情のキンジが『レオポン』というタグのついたぬいぐるみを握っているのだった。

 

 

 

翌朝、事件は起きた。

 

「キンジくん、のんびりしてるところ悪いけど時間ないよ」

 

時計の示す時刻は、午前7時44分。7時58分のバスに乗るには余裕がある。それにもかかわらず、兼一はそう告げる。

 

「何言ってるんですか兼一さん。まだ時間はありますよ」

 

だから、キンジがそう返すのは当然のことである。しかし、兼一は何か確信を持ってキンジの言葉を否定する。

 

「わざとやってるのかと思ったから特に言わなかったけど……家の時計5分遅れてるよ」

 

そう言ってテレビをつけると、丁度アナウンサーが今の時間を告げた。

 

『――まもなく7時50分になります』

 

「ちょっと待ってくださいよ」

 

一体誰がこんなことをやったのか見当がつかないが、何の目的でやったのかは予想できる。

 

7時58分のバスにキンジを乗らせないためだ。その奥に潜む動機は分からないが、数年に亘って染みついた武偵としての性が反射的に体を動かす。

 

「バスを止めさせます」

 

大粒の雨が降り始めるバス停に向かい、キンジは駆けるのだった。

 

(どこの誰が何のためにこんなことを)

 

そんな思いを呑みこみ、バス停に着くと普段では見ない人だかりができていた。その最後尾には、見慣れたツンツン頭があった。

 

「どうしたんだキンジ? 傘もさしてねえし鞄も持ってねえじゃないか。慌てるにはまだ時間があるぞ?」

 

そのツンツン頭こと武藤は当然の疑問を投げる。

 

「今整理してるから少し待ってくれ」

 

苛立つように時計を見ながら返す。時間を戻す手間を惜しんでいるため、その針は5分遅れのままだ。それを目にした武藤は

 

「時計遅れてるぞ」

 

キンジの慌てた理由の一端をそこに見出した。そして、その理由の先には想像も及ばない何かがあることを鋭敏に感じ取った。

 

「知ってる。ていうか、俺の部屋の時計が全部ずらされてた。犯人は分からんが、次のバスに何か仕掛けられてると思う。だから、次のバスを少しでいいから止めたい」

 

「ったく、なにもなかったらお前が責任とれよ」

 

何時になく真剣なキンジの物言いに武藤は承諾の意を示し、前にいる生徒達に声を張って告げる。

 

話しを聞いた生徒達は、最初は訝しむものの切羽詰った表情で電話をするキンジを見ると渋々と言った様子で承諾する。キンジの電話の相手だが当然アリアである。

 

「事件だ。家の時計がずらされた。7時58分のバスに何かあると思う」

 

『分かったわ。すぐに向かう』

 

電話を受けて即座の反応を示すあたり手馴れているものである。

 

そして、問題とされるバスがやってくる。

 

運転手に一言謝りを入れると生徒達はバスを検める。車内に異常がないことを確認すると、次は屋根の上を見る。そこにも何もない。そして最後に車体の下。

 

「おいおい、マジかよ。プラスチック爆弾が仕掛けられてやがる」

 

確認していた生徒が頬を引き攣らせながら告げると、その一帯の緊張が高まる。

 

「……外すぞ」

 

意を決したかのように手を伸ばした時。

 

「 その 爆弾に 触れやがりますと 爆発 しやがります 」

 

気味の悪い合成音とともに、バスの車体に穴が開く。

 

「 10秒以内に 出発 しやがらない場合も 爆発 しやがります 」

 

バスの数メートル後ろに、真っ赤なルノー・スポール・スパイダーが無人の座席にUZIを載せてあった。音声は誰のか分からない携帯電話から発されていた。

 

武藤とキンジが咄嗟に乗り込むと、武藤はアクセルを踏み発信させる。

 

 

 

「 速度を落とすと 爆発しやがります 」

 

「なんで野郎と2人きりで命がけのドライブしなきゃなんねえんだよ」

 

携帯から流される音声に、悪態を吐きながらもバスを走らせる武藤は、一歩間違えれば命を落とす状況での運転をしている。乗り物と名のつく物なら何でも運転できると豪語するだけの腕前である。

 

『キンジ、状況報告』

 

「今、青海南橋に向かってる。後ろには赤のルノー・スポール・スパイダー。爆弾は車体の下だ」

 

『分かったわ。もうすぐ着くから』

 

電話越しでアリアと話をつけるとキンジの耳にヘリのモーター音が届いた。

 

そして、屋根の上に落下音が2つ。その直後に発砲音が響き、後ろをつけている真っ赤な車体が回転しながら橋の下に落ちていく。

 

「や、キンジくんに剛気くんお待たせ」

 

そう言ってバスに乗り込んできたのはC装備であるTNK(ツイストナノケプラー)製の防弾ベスト、強化プラスチック製の面当て付きヘルメット、無線インカム、フィンガーレスグローブで身を固めた兼一。その後ろからアリアも入って来た。

 

「ボクの仕事はこれを届けることだけだから」

 

そう言って背中にくくりつけてある同じC装備2つを下ろす。

 

「剛気くん運転変わるから早くそれ装備して。ボクじゃ君みたいに運転はできないから」

 

そう言って運転を代わる兼一。ヘルメットに隠れていて見えにくいが、その瞳は揺れていた。

 

「 ホテル日航の 角を 右折しやがれです 」

 

一瞬の減速の直後、指示が出される。その指示に従い道を進む。

 

「すんません、代わります」

 

それから少しの後、装備を固めた武藤が再び運転席につく。

 

「あたしが潜り込んで解体を試みるから、キンジはサポートをお願い」

 

言うが早い、アリアは返事を確認することなく車体の下に潜り込むために割れた窓枠に足をかける。が、早々うまく事が運ぶわけはない。反対車線から2台目のルノーが現れ、バスの横に回り込んできたのだ。

 

「伏せて!」

 

アリアの叫びに即座の反応をキンジは見せる。その直後バスの窓を薙ぎ払うかのように銃弾が発射された。

 

「大丈夫か武藤!」

 

キンジの呼びかけに左手の親指をあげ答えるが、そこに力はなかった。運転のために回避することができず、左腕に被弾したため一時的に麻痺しているようだ。

 

「 有明コロシアムの 角を 右折しやがれです 」

 

無情にも指示を続ける合成音に答えるように武藤はハンドルを切る。

 

「お疲れ」

 

その横には何時の間に移動したのか兼一が立ち、ハンドルを引き継いだ。

 

「キンジくん、アリアちゃん。ボクじゃそんなにもたないから早めに処理して」

 

心の奥からの叫びであった。兼一はあくまでも武術の達人であり、きわめて不器用な人間でもある。そんな兼一にとってバスの運転、それも高速での運転は未知のものである。故にこの叫びは、紛れもない事実である。

 

武藤は力なく座席に移動し横たわる。

 

そしてそれに答えるようにアリアが2度目のトライ。併せて、キンジが2台目のルノーを撃退する。

 

高速で移動するバスは、豪雨を切り裂きレインボーブリッジに突入しようとする。

 

「おい、アリア大丈夫か」

 

『どうにかいけそうだわ』

 

その言葉に安堵の息を漏らしたキンジ。だが、兼一は叫ぶように伝える。

 

「まだ、終わってない!」

 

その言葉の直後、3台目のルノー・スポール・スパイダーがバスの後方にいたのだ。

 

運転に集中している兼一がこの存在に気が付いたのは、弱者の勘のお蔭だろう。

 

「……!」

 

息を呑み引き金を引くが、焦りのために狙いがそれる。

 

「バカ! 伏せなさい!」

 

声とともに、アリアがその小さな体をキンジにぶつける。

 

被弾音が2つ、車内に響いた。

 

キンジの視界を赤色が染める。

 

「アリアっ! 大丈夫か! なんで」

 

兼一は秘かに唇を噛む。自分の不甲斐無さに怒りを覚えている。けれど、怒りに呑まれるという未熟は犯さない。

 

「キンジくん、後ろの車を片付けて! 爆弾の方は何とかなるから!」

 

指示する兼一の声は確信に満ちている。だからキンジは迷わずに引き金を引いた。

 

バスの後ろで爆発炎上するのを目視で確認した時、

 

『――私は一発の銃弾』

 

抑揚のない声がインカム越しに聞こえた。声の主は狙撃科の麒麟児レキのものである。

 

レインボーブリッジの真横に武偵高のヘリが並走し、大きく開かれたハッチからバスを狙う、線の細いショートカットの少女レキがいた。

 

『銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない。ただ目標に向かって進むだけ』

 

詩のような呟きの後に、レキの構える銃口が3度光る。

 

(相変わらずすごい腕をしてるよ)

 

兼一には何が起きているのか見えていない。だが、何が起きたかを理解している。

 

銃声がなる度に、バスに伝わる着弾の衝撃。

 

それとともに爆弾が部品ごとバスから分離され道路に転がる。

 

『――私は一発の銃弾――』

 

再度聞こえるレキの声とともに、分離された爆弾は宙を舞い、そのまま下の海に落ちていく。

 

轟音と共に水柱が上がるのを確認すると、兼一はバスを止める……ことなく病院に走らせるのだった。




達人の体内時計は原子時計並みに正確ですよ……きっと
ついでに、日の傾きとかからも時間を計れますね……きっと

そんなわけで原作から色々と変化のあったお話でした。

次はシリアスになるのかな?


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強襲科に戻って最初の一回 後編

シリアスってなんだっけ?

そんな感じの後編です
短いです


装備の上から銃弾を受けた武藤とは違い、装備のはずれた所を撃たれたアリアは武偵病院に運び込まれ、そのまま入院することとなった。

 

被弾した場所が額であったため出欠の量は多かったものの、傷自体はそれほど深刻な物ではなかった。それでも、受けた場所が場所であるからMRIなどの検査も行った。その結果も脳内には特に異常が見当たらなかった。

 

翌日、報告書を教務科に提出した後キンジは1人でアリアの入院する武偵病院に向かう。

 

1人で行くのが気まずいために兼一を誘おうとした。けれども、何やら忙しそうに電話をしていおり、本人が後から向かうと言ったため、諦めて一人で向かうことになった。

 

 

 

「それじゃ、頼んだよ」

 

通話を終えた兼一は険しい顔になる。それも数秒で、続いて顎に曲げた人差し指を当てると思考を始める。

 

(何か変だ)

 

今回のバスジャックではなぜキンジを外そうとしていたのか、その理由が見えてこないのだ。そして、それとは別の違和感をぬぐえないでいる。

 

生徒達が行った調査とその結果にも目を通すが、そこには目ぼしい情報は乗っていない。それどころか兼一には意図的に何かを隠している、そんな風にさえ感じるのだった。

 

(……まさか、ね)

 

疑問はあるが、確信はないために保留せざるを得ない。現状、兼一にとって打てるだけの手は打った。

 

ここに残っても特にやることはないためにひとまずは、アリアの入院している病院に足を向けるのであった。

 

 

 

病室の前につくと、なにか物々しい雰囲気が漂っている。どうしたものかと考えているうちに口論は激しさを増す。

 

「――あんたが武偵をやめる事情なんて、あたしに比べれば大したことじゃないに決まってるんだから!」

 

「2人とも、少し、落ち着こうか」

 

キンジの逆鱗に触れるアリアの言葉が発せられた瞬間、兼一はわざと大きな音を立てて病室に入り機先を制する。

 

互いの姿を隠すようにして割り込んだ兼一は、2人にそれぞれ視線を投げる。その視線の大元の瞳からは、冷たい炎を見ることができた。

 

もしも兼一が割り込まなければ、キンジはアリアが女であることを忘れて掴みかかっていただろう。それはその怒りに醜く歪んだ表情を見れば誰でも察することができる。

 

「キンジくん、君は家に帰って頭を冷やしてきなさい」

 

「そう……ですね。そうします。それじゃ、アリアお大事に」

 

兼一の有無を言わせぬ物言いと、キンジ自身これ以上ここにいては自分を押さえられそうにないと思い、退出する。アリアには見えていないが、その背中は震えていた。

 

部屋の扉が閉まり、足音が聞こえなくなるのを確認すると兼一は備え付けの椅子をベッドの横に置いた。

 

「アリアちゃん。確かに君の焦る気持ちは分かるよ。でもさ、よく知りもしないのに人の考えを……決意を否定するのはよくないよね。仮にもキンジくんは、君のわがままに全力で答えていたんだよ」

 

「だけど、あたしはキンジが武偵をやめたい理由なんて知らないわ」

 

子供を諭すような柔らかな兼一の声音を受け、アリアは多少冷静さを取り戻す。

 

「それこそ、自分で調べなきゃ。武偵なんだから」

 

 

 

キンジの家族、もっと言えばその血筋はHSSという特殊な遺伝子の力で力無き人たちのために、何百年と戦ってきた。物心つく前に殉職した父親も武装検事として活躍していた。兄も武偵としてその力を揮っていた。

 

そんな家系であるから、キンジが尊敬する兄と同じ武偵を目指すのは極々自然なことだ。そして、その思いは中学時代にいいようにつかわれた程度で折れる程脆いものではない。

 

だが、去年の冬に起きた浦賀沖海難事故、それがキンジの思いを砕いた。

 

日本船籍のクルージング船・アンベリール号が沈没、乗客一名が行方不明となり、死体が上がることなく捜索を打ち切られた。そして、死亡したのは遠山金一……キンジの兄だった。

 

金一は、乗員・乗客を船から避難させ、その結果逃げ遅れたと警察は言った。これで終われば、キンジも涙を呑みこみ道を進んだであろう。

 

しかし、現実は血も涙もなかった。

 

一部の心無い声は、『船に乗り合わせていながら事故を未然に防げなかった、無能な武偵』と金一のことを非難した。中には遺族であるキンジのもその矛先を向けようとするものさえいた……が、その不埒な者は兼一が文字通り睨み倒し、黙らせた。

 

キンジの心の痛みは今なお軋み続けている。

 

この道の先にあるものの一端、死んだ後も石を投げられる損な役回りを目の当たりにした。そんなキンジが武偵をやめようと考えるのは、自然な流れである。そして、それに異を唱えれる者はそうそういない。

 

 

 

夕日差し込む病室に冷たい風が流れ込む。

 

そこには小さな影が1つあるだけだった。




明日から前期の授業が始まるので、どうにか時間を見つけての更新となります

あと何回かの投稿で一巻が終了です


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隠された傷

感想をくれた読者様ありがとうございます

久し振りの講義で疲労がえらいことになっているので個別に返信する気力が残っていません。
このような形ですが、どうかお許しください


アリアが退院する日曜の朝。兼一の携帯に1通のメールが届いたことから、その日は動き始めた。

 

メールの内容を確認すると、唸りながら何かを考え込む。

 

それから数分、一つ手を叩くと、あの日から物憂げな顔をしていたキンジに出かける準備を命じる。兼一の突然の命令に驚いたキンジが理由を問いただすと、

 

「いやー、いい加減にキンジくんのその顔見飽きたし、正直こっちの気も滅入るんだよね。ここらでちょっと気晴らしでもしようかなって」

 

と答えるのだった。そのまりにもアレな答えに渋々ではあるが納得すると、キンジは亀のように動き出す。

 

兼一の述べた理由は間違いなく本心である。同室の住人が連日悩みを抱えた顔をし、事情を知る故に迂闊に踏み込めないでいれば誰でも兼一と同じ感想に至るだろう。

 

けれど、それが全てではない。

 

今朝の段階で顔つきが変わらないため、元々はキンジ1人を外に放り出そうと考えていた。しかしそんな時に、メールが届いた。

 

メールの差出人の名は朝宮龍斗。兼一の幼馴染にして親友である武装弁護士。

 

そんな龍斗からもたらされた内容は、『神崎かなえのいる場所が分かった。会いに行くから、付き合ってほしい』というものであった。

 

(仕事が早いな)

 

なんとなくそこに行けばアリアに会える気がした兼一は、そんな感想ともにこれ幸いとキンジを連れ出すこととしたのだった。

 

その日の空は不気味な程に青く綺麗だった。

 

 

 

どこに行くのか告げられぬまま、兼一に連れられキンジがやって来た場所は新宿警察署であった。

 

「兼一さん、こんな場所に何の用ですか?」

 

気晴らしのために出かけたはずなのに、何故か余計に気が滅入りそうな場所にやって来たキンジの疑問は尤もである。

 

「な、なんで、あんたたちがここにいるのよ」

 

だが、兼一が何かを言おうとする前に、一度耳にしたら決して忘れることのないであろう声が、背中に投げられた。

 

振り返ったキンジが目にしたものは、この場に不釣り合いなほどめかしこんでいるアリアだった。

 

「お前こそなん――」

 

「やあ兼ちゃん、早いね」

 

キンジが何か聞こうとした時、風と共に車イスに乗った白髪の男――朝宮龍斗――がやって来た。

 

「龍斗くん……なんで車イスなの」

 

「君は相変わらずだね」

 

この状況に戸惑うキンジとアリア。武装弁護士として、こちらの世界では名を馳せている男が目の前に現れたのだから、仕方ないことだろう。

 

キンジは、兼一だから仕方ないと無理矢理納得することができたが、アリアは、兼一が武装弁護士である龍斗と知り合いなのか理解できていなかった。

 

兼一は兼一で、龍斗の車イス姿に疑問を投げるがきちんとした答えは返ってこない。

 

「それじゃ行こうか」

 

マイペースにそう言った龍斗。それに続くように兼一は歩を進める。訳の分からないままにあとの二人も続き、建物の中に入るのだった。

 

空には僅かに雲が出ており、太陽を呑まんとしていた。

 

 

 

アリアの母である神崎かなえとの面会を終えると、4人は二組に分かれた。

 

龍斗と兼一は面会の終わり際にあった些細な問題に関して、お偉い方に抗議を済ませてから外に出る。

 

来た時とは打って変わって黒い空が広がり、今にも泣きだしそうであった。

 

「龍斗君は話さなくて良かったの?」

 

そんな空の下を歩きながら兼一は問い掛けると、龍斗は

 

「ああ、別にいいさ。彼女の担当弁護士は別にいるし……面白いことが聞けたしね」

 

そう答え口の端に微かな笑みを浮かべた。龍斗の言う面白いこととは面会の時、かなえが言った『イ・ウー』という単語を指している。

 

「YOMIにいた時その言葉を聞いたんだが……まさか、こんな所で聞くなんて」

 

「それについて何か知ってるの」

 

「名前だけさ。これから調べてみるよ」

 

「頼むよ……雨が降って来たから、少し急ぐよ」

 

ポツリポツリと滴が落ちてきた。傘を持っていない2人は急ぎ駅に向かうのだが、龍斗の乗る車イスは人力とは思えない速度で滑るような速さで駅まで走ったのだった。

 

 

 

東京が台風に見舞われた週明け、アリアは学校を休んだ。

 

分かれた後に何かがあったのだろうと兼一は考える。何があったにしろ、第3者が介入するのはあまりよくない空気を察し、キンジに追及することはしなかった。

 

元々騒がしいはずの教室だが、今日は少し静かになっていた。

 

先日の面会で色々と分かったことがあり、整理するために兼一は手帳に書き記す。手帳に走るペンが描く軌跡は、多種多様の言語で彩られている。

 

修業時代、長老に連行され世直しの旅に出た際に様々な国を回り、時に秋雨から海外文学の原書を読まされた結果、必然的に見についた語学力の賜物である。

 

また、こうした細工をするのは新島に見られ、それが大事にならないようにするために身につけた技である。ただ、この努力が功を奏すのは十回に一度という極めて低い確率である。

 

話しを戻そう。

 

『武偵殺し』として捕まったアリアの母親かなえの裁判は下級裁隔意制度の適用によって既に二審まで終わり、有罪判決を受けている。

 

下級裁隔意制度とは、証拠が十分に揃っている事件について、高裁までを迅速に執り行い、裁判が遅滞しないようにする新制度のことである。この制度については、施行された今でも賛否が分かれている。

 

そして、判決は懲役864年。つまり、終身刑である。

 

また、かなえには『武偵殺し』以外にも様々な事件の罪を問われている。アリアはそれら全ても冤罪であると断じ、最高裁までにその真犯人たちを見つけ出し、覆そうとしている。

 

また、アリアに言う『ドレイ』というのは、『H』家の人間がその能力を十二分に発揮するために必要な『パートナー』を指す言葉である。

 

そして、今現在アリアにそれはいない。

 

けれど、それも止む無しだろう。

 

アリアは神童と言っても遜色のない優れた才能と、それに見合う努力をしている。そんなアリアに合わせられる人間はそういるものではない。だからだろう、『パートナー』を『ドレイ』と言い換えていたのは。そうすれば、言葉だけを見ると求められるものはかなり違ってくるからである。『パートナー』であれば対等でなければならないが、『ドレイ』であればそうではない。

 

まあ、面会に行かずとも新島から送られたメールを見れば、これらの情報が書かれてあったのだが……

 

その日の最後の授業が終わると、弾けるようにキンジが教室を出て行った。兼一はそれを探偵科の授業にいなかった理子と関係があるとみた。無論正解だ。

 

「青春だね」

 

そう笑って懐かしむ様な顔の兼一。

 

手で切り裂いたような千切れ雲を見て、体の奥で何かが震える気がした。

 

 

 

天気が崩れそうであったため、早めに修行をきりあげる。

 

家に帰りついた兼一は広い部屋の中心で座禅を組み、1人思案に暮れる。

 

新学期から立て続けに起きた事件について彼なりに整理しつつ、解決の糸口を探す。

 

(第一の事件である自転車ジャック。第二の事件であるバスジャック。これは『武偵殺し』の起こした事件であることは間違いない。過去の犯行であるバイクジャックとカージャックをなぞっているのであれば、それは何のためか……いや待て、本当に過去の事件はそれだけか)

 

武偵高に入学してから新聞を読む習慣をつけた兼一は、バスジャック時にアリアの語った過去の事件についての記事を引っ張り出す。

 

(バイクジャックはあの事件……カージャックは……確かあれだよな。そのあとあったのと言えば……まさか)

 

記憶の海の中を深く潜り、どうにかこうにかしてサルベージをする。そしてついに一つの答えに辿り着いた。

 

「まだ、終わらない」

 

時を変わらずして、キンジもまた兼一と同じ結論に達したのだった。




さて、いよいよ一巻も佳境に入ります
わけない方がいいような気もしますが、分割で出します。

それではまた次回


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名を継し者ども 前編

なんだかんだで分割します



『武偵殺し』が過去に行った事件にはバイクジャックとカージャックの2つがある。けれど、それだけではなかったとすれば。

 

あくまでも可能性の域を出ない事件の中に、1つ奇妙な事件があった。

 

その事件、表向きには『浦賀沖海難事故』として処理されたものであるが、仮にこれが『武偵殺し』によるシージャックだとしたら。

 

確たる証拠はないけれど、兼一が自身の違和感を解消するにはこの事件を『武偵殺し』の犯行と仮定する以外に道はない。加えて、キンジの兄遠山金一が逃げ遅れたというよりも、犯人と直接対峙し敗れたという方が真実味はある。

 

今回起きた2件の事件を過去の犯行になぞらえているとすれば、次に予想される犯行はハイジャックである。また、シージャックの時と同様に武偵と直接対決をするはずだ。

 

『武偵殺し』の狙いは理解したが、飛行機など無数にある。そんな中どれに仕掛けるつもりなのか。これ以上の手掛かりが得られない状況で、兼一にターゲットとなる飛行機を見分ける方法はないのだった。

 

しかしそれに対する答えは、突然かかってきた電話が教えてくれた。

 

『よう、相棒。返事とか挨拶はいらねえ。前に情報を送ったアリアとかいう小娘、7時の便でロンドンに帰るみたいだぜ』

 

「頼んでないけど助かった」

 

気味の悪い笑い声とともに何か語るのを聞き流し通話を終えると、絶妙なタイミングでのアシストに僅かばかりの戦慄を覚えつつ、荷物片手に夜の街を風と化して駆け抜けるのだった。

 

そうして羽田空国第2ターミナルに兼一が付いたのは、キンジの数分後であった。

 

 

 

空港のチェックインを武偵手帳についている徽章で突破し、金属探知機の横を抜け、ゲートに突っ込む。そのままボーディングブリッジを走り抜け、閉じたハッチにつかまり、存在を知らせるように窓ガラスを割れない程度の強さで叩く。

 

「兼一さん!?」

 

するとそこには息を切らせ両膝を床についたキンジがいた。

 

キンジはどうにか体を起こしハッチを空ける。

 

「ここにいるっていうことは……君も?」

 

「ええ、ハイジャックですよね。それもアリアを狙った」

 

乗り込んだ兼一は、互いに答え合わせをするように話を繋ぐ。そこで兼一は疑問を持つ。

 

「キンジくん、誰からその情報をもらったの?」

 

「誰って、理子ですよ」

 

「……そっか。ボクはちょっと様子を見に行くよ」

 

そう言って兼一はその場を後にした。その背中には暗い影がかかっているようであった。そして兼一が向かう先は、彼が来る少し前にフライトアテンダントが向かった操縦室や客室のある2階ではなく、1階にあるバーであった。

 

キンジもまた立ち上がり動こうとすると、機体が揺れた。

 

「あ、あの……き、規則で管制官の命令無しでは止めれないって、機長が……」

 

戻ってきたアテンダントが、その小さな体を震わせながらキンジを見ていた。

 

(作戦を練り直すしかない)

 

後手に回った者の定めながら、悔やまずにはいられない状況でキンジはそう決断する。そして、震えるアテンダントを落ち着かせ、アリアの部屋に案内してもらう。

 

余談ではあるがこの飛行機の構造は普通の旅客機とは大幅に異なる。先にも述べているが、1階2階に分かれており、1階部分はバー、2階は、中央通路の左右に合計12のスィートクラスの個室が並んでいる。

 

ある時ニュースで取り上げられたこの飛行機は『空飛ぶリゾート』とも呼ばれているらしく、その名に恥じぬ造りである。

 

「……キ、キンジ!?」

 

案内された扉が開くと、目を丸くしたアリアが出てきた。

 

 

 

アリアと合流したキンジの一方でバーに向かった兼一は隠れていた。キンジとアリア以外に姿を見られてはいけないと何かが告げたのだ。

 

そして、機体が離陸する。こんな場所だから、当然シートベルトはない。けれど、兼一の体はぶれない。

 

機体が安定すると兼一はキンジとアリアに合流すべく動き出す。

 

(さて、アリアちゃんはどこだろう)

 

人の気配がないのを確認しながら探し進む。聴覚を全開にし部屋の中から聞こえる声を頼りに目当ての部屋に辿り着いた。

 

ノック3回。

 

扉を開け顔を出したのはアリアだった。

 

「けんい――」

 

驚きの声をあげそうになるアリアの口を押さえ、部屋の中に押し込む。

 

口を開こうとしたアリアだが、窓の外に雷が鳴り響くと口をつぐんだ。

 

機内放送が流れるがその声は誰にも届いていない。アリアは雷に怯え、兼一とキンジは意外な弱点を知って驚いていたためである。

 

「これでも見て気を紛らわせておけよ」

 

そう告げたキンジの選んだ番組は、たまたまやっていた御先祖様の活躍を描いた時代劇、遠山の金さんだった。

 

遠山の金さんもまたHSSのDNAを持っていたらしく、その引き金はもろ肌を脱ぐというものであったようだ。

 

 

「懐かしいなこの番組。長老の知り合いの活躍を描いたドラマらしいよ」

 

「そ、そんなの、ウ、ウソに決まってるわよ」

 

「……」

 

時折鳴る雷鳴に震えるアリアの言うとおり、普通なら嘘と断言するのが当然である。けれど長老こと風林寺隼人とは多少の面識のあるキンジは違う。その男風林寺隼人なら、そんなことがあってもおかしくないと思ってしまうのだ。だから、閉口するしかなかった。

 

 

 

和気藹々とまではいかないまでも、クラスメイトとして、あるいは友人としての様相を呈してきた時、雷とは違う音が機内に響いた。その音は兼一たち武偵高の生徒にとってなじみのあり過ぎるものだった。

 

すぐさま廊下に出たキンジに対し、アリアは雷に怯え、兼一はこの期に及んでも人の目につくのは不味いと判断し、部屋に残る。

 

「――動くな」

 

何かの落ちる音の後、キンジの叫びが機内に響き渡る。

 

「キンジっ!」

 

いつの間にか部屋から出てきたアリアが、目の前の光景に悲鳴を上げる。

 

何かが転がる音ともに気体が漏れ出す音。ガス缶が投げられた。

 

「――みんな部屋に戻れ! ドアを閉めろ!」

 

そう怒鳴りつけるように言うとアリアともども部屋に転がり込む。扉を閉じる一瞬前に、飛行機が大きく揺れると、機内の照明が消え、乗客たちは弾けるように悲鳴を上げた。数秒の暗闇の後、赤い非常灯が煌々と輝く。

 

「――キンジ! 大丈夫!?」

 

心配そうに声を大にするアリア。それとは対照的に兼一は無言で近付き、キンジの体に手を触れる。

 

「意識、呼吸、脈拍ともに異常なし。体のどこかに異常はないかい」

 

「大丈夫です」

 

キンジは唇を噛んでいた。

 

知識が多いからこそ、危険も熟知している。そこを逆手に取られた形である。

 

「『武偵殺し』だったよね」

 

確信に満ちた声とともに兼一の口から漏れる名前。アリアが息を呑んだ。

 

「そうです、その通りですよ。やっぱり、出ましたね」

 

「ちょっと待ちなさい。やっぱりって、なんで『武偵殺し』が出るってなんで分かったのよ」

 

「前にアリアちゃんが教えてくれたバイクと車の事件あったでしょ。でもあれの後にまだあったんだよ……シージャックが」

 

そこまで言うと、ベルト着用サインが注意音と共に点滅し始める。それを見た兼一は、持ってきた荷物を開き中にある衣装に着替えるため席を立つ。代わりにキンジが続けた。

 

「『武偵殺し』は3件目のシージャックで、ある武偵を仕留めた。それと同じように今度も自転車、バスと続いて同じ3件目のこのハイジャックでアリア、お前と直接対決をするつもりだ」

 

キンジの導き出した回答を聞き、推理の苦手なアリアは、掌で踊らされていた悔しさに歯を食い縛る。

 

そんな中、着替えを済ませた兼一がやってくる。

 

「1階のバーにいるみたいだね」

 

音と点滅は和文モールスを示していた。それを解読すると以下の通りになる。

 

『オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク ダヨ 

 

オイデ オイデ ワタシ ハ イッカイ ノ バー ニ イルヨ』

 

「上等よ。風穴あけてやるわ」

 

眉を吊り上げたアリアは、スカートの中から左右の拳銃を取り出すと高らかにそう言った。

 

「今の俺が役に立つかは分からんが、一緒に行ってやる」

 

「来なくていい」

 

キンジの言葉をすぐさま拒否を示すアリア。けれど、近くで聞こえた雷鳴に身を縮める。

 

「……どうしよっか」

 

「……か、勝手にしなさいよ」

 

控え目に聞き直す兼一に、年相応の少女らしい声音で答えるのだった。




アリアのキャラで達人級っているんですかね?

いや、何名か心当たりはありますけどね
三巻のあの人はフォルトナ的扱いですかね?


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名を継し者ども 中編

読者の皆様お久しぶりです
講義が始まった上に、就活も忙しくなりこちらに対する集中が切れているので、一ヶ月近く時間を擁しましたがどうにか完成した続きです。

予定ではあと2話でアリア1巻の話が終わります。

そこまでをGW中……5月中には終わらせられるといいなと考えています。

前話の後書きに対してコメントを下さった皆様ありがとうございます。


床に点々と灯る誘導灯を頼りに一階のバーに辿り着いた一向。その視線の先、シャンデリアの下に足を組んで座っている小柄な女性がいた。

 

キンジとアリアがその女性に近付き拳銃を向けると、ある事実に気が付いた。

 

女性の着ている服がフリルで過剰に飾り付けられた武偵校の制服だったのだ。またキンジしか知らないことだが、その服は授業後に台場に呼び出された際、理子が着ていた物だった。

 

「今回も、見事に引っ掛かってくれやがりましたねえ」

 

言いつつ、顔に被せていた特殊メイクを自らの手で剥ぐ。中から出てきた顔は見知った者の顔であった。

 

「やっぱり、か」

 

驚く二人を余所に、兼一1人だけ何の感慨もなくそう呟いた。

 

女性の顔の下にあったのは、東京武偵高校探偵科の峰理子だった。

 

「Bon soir」

 

手にした青いカクテルを飲み、キンジにウィンクを投げる。

 

「才能ってさ、けっこー遺伝するんだよね。武偵高にもそういう天才がけっこういる。そんな中でもお前の一族は特別だよ、オルメス」

 

「あんた……一体……何者……!」

 

オルメス、その単語を耳にしたアリアは体を固くし眉を寄せる。

 

稲光によって照らし出された理子の顔は口の端を軽く上げ笑っていた。

 

「理子・峰・リュパン4世ーーそれが理子の本当の名前」

 

理子の告げるその名前に、キンジは驚愕する。

 

教科書に載るほどに有名なフランスの大怪盗アルセーヌ・リュパン。理子はその曾孫であるのだ。

 

そこに至って兼一は、ようやく理子の抱えている何かの答えに辿り着き、アリアを狙う理由も真に理解した。

 

(理子ちゃん、君は君になるために『H』家のアリアちゃんを――いや違う、万全の状態のアリアちゃんを倒超えなきゃいけないのか!)

 

理子の心の叫びを聞きながら兼一はどうするべきか迷う。

 

この限られた空間において兼一が動けば、余程のイレギュラーが無い限り捕らえることができる。それこそこのタイミングで飛び出し投げ倒すなど、瞬き1つする間に終わらせれる。

 

けれど、それをして良いのか決めかねている。

 

アリアと理子、2人の思いが兼一に割って入ることを躊躇させている。

 

(武偵としては間違ってるんだろうな。けど、若いころの無謀は買ってでもしろって、長老も言ってたし、まあ何事も経験かな)

 

しばしの逡巡の後、結論を出した兼一はその場に正座をした。

 

直後機体が揺れ、それを合図に先端が切って落とされた。

 

荒事が専門である武偵は常に防弾服を着ている。そのため武偵法に縛られる武偵同士の近接戦闘において拳銃での攻撃は必殺の物とはなりえず、打撃武器に変わる。

 

そうなると装弾数が多い方が有利になるのは自明である。

 

アリアの持つガバメントの装弾数は2丁合わせて最大16発。それに対し理子の持つワルサーP99もまた16発。ここまでは互角である。

 

兼一は理子にもう1丁ワルサーP99があることを把握していた。そして、それだけで終わらないことも。

 

戦局は次の段階へと進む。

 

銃弾の尽きたアリアは、すぐさま格闘戦に持ち込む。そこに理子の拳銃に注意を払いながら、ナイフを開いたキンジが近付く。

 

「ここまでかな」

 

小さく漏れた音を拾うものはこの場にいなかった。

 

変化は突然だった。

 

「――アリアの双剣双銃は本物じゃない。お前はまだ知らない。この力のことを」

 

理子のツーサイドアップの、片方が意思を持つ別の生き物のようにナイフを持ちアリアに斬りかかる。

 

その一撃を驚きを浮かべながらもどうにか回避するアリア。だが理子には、双剣のもう一太刀が残っている。

 

「キンジくん! 反対側だ!」

 

一太刀目が動いた瞬間に発せられた兼一の声に弾かれ、アリアと理子の間に急ぎ割り込んだ。そのため、二太刀目はキンジの制服と、アリアの側頭部を僅かに掠めるのであった。

 

もしキンジが間に合わなければ、アリアの側頭部を深く切っていたであろう一撃。そのことに僅かばかりの恐怖を浮かべる。

 

キンジの動きに理子は驚く。今のキンジが、初見であるこの攻撃に対応できるはずがないのだ。そう、兼一の声が理子には聞こえていなかったのだ。

 

このカラクリは単純で、兼一がキンジに言葉投げる時声を超音波ビームというごく狭い振動にすることで、キンジにのみ届けたのだ。これを『肺力狙音声(ハイパワーソニックボイス)』と言い、無敵超人風林寺隼人の持つ108の秘技のうちの1つである。

 

だが、理子の驚きも一瞬のことで、髪を使い2人を押しのけるように左右に突き飛ばす。

 

思い切りよく壁に飛ばされた2人。キンジは衝撃を殺しきれてはいないがどうにか無事であるようだが、アリアは強かに背中を打ち付け意識を失った。

 

「アリア……アリア!」

 

キンジの叫びと理子の哄笑がバーに響き渡る。

 

「――理子は今日、理子になれる!」

 

悲痛なまでの叫びと共に止めを刺すべくアリアに近付く。

 

「誰だ!」

 

突然とてつもなく大きくなった兼一の気配がバーを満たしたことにより、その存在を知らない理子の動きが止まる。

 

「午前振りだね理子ちゃん」

 

暗がりから出てくる兼一に、理子は再び驚愕する。

 

「白浜!? なんでお前がここにいる! いや、どうやってここを知った!」

 

理子は叫ぶ。それもそのはず、不確定要素を徹底的に排除するために様々な手を講じてきた。百歩譲ってハイジャックを狙っていることに気が付かれるのは分かる。けれど、この便を狙っていることを知るのはそうできることではない。更に言えば、アテンダントに扮した自分の目をどうやって掻い潜り、この飛行機に乗り込んだのか。

 

「不本意ながら悪友の宇宙人が教えてくれてね」

 

兼一の答えに余計に分からなくなる。

 

「まあいいや。キンジくん、アリアちゃんを連れて退避して。時間はボクが稼ぐよ」

 

「お前が時間を稼ぐ? 笑わせるな! Sランクのアリアでさえ手も足も出なかった! 平凡なお前がどうするつもりだ」

 

そう言っているものの、兼一から目を離すことができず、キンジとアリアを見送ることとなった。

 

「そうだね。君たちはボクと違って才能にあふれてる。それに努力もしてるんだろうね。だからと言って負ける気は微塵もないけど」

 

構えを取る兼一の手に武器の類はない。対する理子は双剣双銃。仮にこの対決の勝敗で賭けをするならば、相当な物好きでもない限り兼一を選ばないはずだ。

 

傍目には圧倒的に有利な理子であるが、その内心は荒れていた。

 

(なんでだ! なんで当たる気がしない!)

 

銃口は兼一の体を捕らえており、距離も十分以上に近いため、普通避けられる道理はない。それにもかかわらず、なぜか当たる未来が見えないのだ。

 

睨み合いを続けること10秒余り、痺れを切らした理子が引き金を引き火蓋が切って落とされた。

 

 

 

アリアを先程の部屋にお姫様抱っこで運ぶキンジは、自分の無力さに歯痒い思いを隠せないでいた。

 

「アリア! アリア!」

 

「キン……ジ……っ」

 

か弱いながらも返事が返ってきたことに安堵の息を漏らす。

 

掠める程度とは言え、頭部の裂傷、それも動脈の1つ側頭動脈である。急ぎ武偵手帳に挟んでいた止血テープで塞ぐ。

 

「しっかりしろ」

 

キンジの声にアリアは力なく笑って返す。

 

「アリア! ラッツォ――行くぞ! アレルギーは無いな!?」

 

半分ほどキレ気味に武偵手帳のペンホルダーに入れている注射器を取り出す。

 

「な……い」

 

力の抜けた答えを聞くとセーラー服の胸元を開く。

 

ラッツォとは、気付け薬と鎮痛剤を兼ねた復活薬である。そのため、心臓に直接打つ日必要がある。

 

トランプ柄の下着がさらけ出されると、キンジの鼓動が一段速くなる。

 

(なんでこんなにも可愛いんだよ)

 

不謹慎と理解していながらもキンジはそう思わずにはいられなかった。

 

胸骨から指2本分上、フロントホックの辺り、そこが心臓だ。

 

「アリア、打つぞ!」

 

迷いを払い殴りつけるように思い切りよく突き立てる。注射器の中にある薬剤が徐々に流れ込んでいく。

 

痙攣とともに、アリアの顔が苦痛で歪む。

 

けれど、確かに助かったのだ。

 

「良かった」

 

感極まってキンジはアリアを抱きしめる。その存在を確かめるように、離さないように強く。

 

「ちょ、ちょっと離しなさい! それより理子を――」

 

アリアの言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

キンジを突き放そうとした時に機体が大きく揺れ、互いの唇が触れ合った。

 

その突然のことに2人の時間が止まった。

 

キンジは体の奥が熱く燃え上がるのを感じる。抗いがたい何かが体中を駆け巡る。

 

(やっちまった……でも、悪くない)

 

忌み嫌っているこの体質を、今回はなぜだか受け入れれそうな気がした。

 

驚きから止まっていたアリアが押しのけるまでの時間2人は繋がったままだった。

 

「すまないアリア。許してくれとは言わないし、責任も取るさ。でもその前に仕事だ」

 

「キンジ……あんた」

 

突き放されるとキンジは口を開いた。その落ち着いた様子にアリアはあの日のことを重ねる。

 

「この事件、解決するぞ」

 

 

 

時は遡り、バーにて理子が引き金を引く。

 

けれど放たれた弾丸は、兼一をすり抜ける。

 

「なっ!」

 

理子の声が漏れる。躱せるはずのないものを躱されたことに加え、姿を見失ったのだから当然である。

 

しかし、そこで手を止めるのは悪手だった。眼前に迫った兼一はその伸びている左腕を掴むと、理子の背中側に回し、自身の左腕を使い二の腕を右手で取り、関節を極める。

 

逃れようと無理に動けば、そのまま関節が破壊される。そのため普通の人間が相手であればこれで終わりだ。

 

けれど生憎理子は普通ではない。

 

自在に動く髪、そこに飼われている2匹の蛇が鎌首をもたげる。その直後、風を斬る音とともに2本のナイフが兼一を喰い尽くさんばかりに襲い掛かる。

 

(とった)

 

自身の一手、それによる必勝を理子は疑わない。が、理子の心の声は現実のものにはなりえない。鈍い光を放つ凶刃が、兼一を捕らえることはなかった。理子からすれば、完全に隙を突いたはずだった。しかしその実、兼一に隙などなかった。

 

理子の背中に嫌な汗が流れる。一端でしかないが、今触れた強さに心当たりがある。普段の兼一しか知らないため、実際にその力を目の当たりにしなければ誰もがその答えを即座に否定するに違いない。

今目にしている現実が、その答えをより確かなものに変えている。

 

「白浜、お前……達人級(マスタークラス)だな」

 

かくして理子は結論に辿り着く。爪や牙のような武器を持たない捕食される側の生き物にしか見えないにもかかわらず、人外と言って差し支えない強さを秘めているという結論に。

 

武偵高でその名を耳にした際、一瞬その可能性を思い浮かべた。けれど理子は、その人物を見てその可能性を切って捨てていた。そのことを今激しく後悔したが、後の祭りだった。

 

「そうだよ」

 

答え合わせは数秒もかからずに終わる。それと同時に、理子はこの状況が如何に絶望的かを改めて理解する。

 

達人という地上最強の種族と対峙した時のマニュアルなど、様々なマニュアル本を世に出している大学館からも出ていない。

 

(殺されはしないだろうから、どうにか逃げる術はある……が、どうやって使うかが問題だ。巧くいけばこのまま無傷で――)

 

ここに至って不可解なことに気が付く。階段付近には兼一が陣取り、ここは密閉された箱のような状態である。それにもかかわらず無傷。

 

(私が達人と対峙して無傷でいられるなんてこと、ありえなるわけがない)

 

理子は思考を始める。

 

この場に、一種の矛盾が生じているのだ。武偵である以上殺すことはない。それ以前に理子は知らないが活人拳である兼一が間違っても人の命を奪うことはない。だから、生きていること自体は何ら不思議ではない。

 

だが、だからと言って、無傷でいられるはずがないのだ。仮に達人が戯れ半分で戦っていたとしても、その鍛え抜かれた手足から繰り出される、磨き抜かれた技は必倒の一撃である。

例を挙げるなら梁山泊の長老、無敵超人こと風林寺隼人である。彼は、その実力を完璧に五十万分の一まで落として修業をつけることがある。そんな加減をした状態でありながら、木を真っ二つに裂いたり、兼一と美羽の二人を相手取りほぼ完封したりと化け物じみている。

 

更に言えば、兼一の方から一撃たりとも打ち込んできていない。体を刺し貫かんばかりの気当たりは感じるが、それ以上がない。

 

「なんで一撃も打ち込んでこない?」

 

ふと湧いた疑問。その答えにここを突破する術があると理子は見た。

 

「ボクは女性を決して殴らない」

 

言い聞かせるように兼一は断言した。

 

それこそが、白浜兼一という武術家の根底にある活人と並ぶもう一つの柱だ。

 

ならばと思い、理子は意を決して一歩を踏み出す。この場を切り抜けるには死中に活を見出すほかない。

 

でも、と理子が動き出す際に兼一が漏らすと、纏っている気配が変容した。

 

瞬間、足を踏み出した理子は前に出た足で強引に床を蹴り後ろに下がる。女の勘がその場を離れろと言ったのだ。

 

「ちょわーーっ!!!」

 

そんな掛け声とともに寸前までいた場所に影が降って来た。影の正体は語るまでもないが、兼一である。

 

しかし、その様子が普段とは少し……いや大きく違っていた。ワキワキと手を動かし瞳を怪しげに発光させ、鼻息を荒くしている。

 

その様子を見た理子は嫌悪感とともに危機感を抱く。

 

嫌悪感の理由は、兼一の動きがまさにエロ親父を体現したこのようなイヤらしいものであったからである。それはそうだろう、なにせ今の兼一は彼の師の一人である馬剣星になりきっているのだから。そして、その馬剣星という男はエロ親父であり、そのエロモードを再現しているのだから。

 

危機感の理由は、兼一の動きが全く読めなくなったからだ。その理由は至極単純。今の兼一には攻撃しようというのではなく、ただ触ろうとしているのだ。これでは気当たりもへったくれもない。

 

勝ち目などないが、乙女の矜持としてとにかく迎撃をしようとする理子。けれどその、双剣による剣戟も双銃による銃撃も当然当たらない。それでも、どうにか触れられずに躱し続けていられるのは女のカンのおかげだろう。

 

そのやりとりも長く続くものではないのだが……

 

この場が無限に広がる荒野であればまだしばらくは逃げ続けられただろうが、残念ながらここには限られた狭い空間しかない。すぐに壁際に追い込まれ、逃げ場をなくすのだ。

 

(何かがおかしい)

 

そう思った兼一であるが止まる理由はない。そして、その予感が的中することとなるのは数瞬後のことだ。

 

理子の動きが止まる。

 

兼一の腕が理子を捕まえるために伸びる。

 

その腕が理子を掴む直前変化が生じる。

爆発音とともに、理子の背中にある壁がスプーンでくりぬかれたように抜けたのだ。

 

狙いをずらされた兼一の手が、豊かな理子の胸を強く押しやった。

 

飛行機の外に飛び出した理子が背中のリボンを解くと、不格好なパラシュートが出来上がる。

 

どうだと言わんばかりの理子の笑顔と入れ替わりに、飛来する影を兼一の瞳は鮮明に捉えた。

 

「ミサイルっ!!」

 

雪崩のように飛び出す酸素マスクやトリモチのような消火剤とシリコンのシートを押しのけ、兼一は飛ぶように後ずさる。地に足付いた直後、轟音とともに自信を思わせるような揺れが機体を襲った。




というわけで中編でした。

1万字行かなければ長くないですから……

あと、ケンイチから2名ほど敵キャラとして出すつもりです。1人は予想できる方が多いと思いますが、もう1人を予想できる方はほぼいないと思います。

2巻の話で1人、5巻の話でもう1人出てくると思いますので、期待しないで待っていてください。

ではではまたその内



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名を継し者ども 後編

2話同時更新ですご注意ください


ミサイルは片翼2基、計4基あるエンジンをご丁寧に左右の内側1基ずつを撃ち抜いた。

 

どうにか飛ぶことはできているが、それも時間の問題である。心臓を貫かれた物が、そう長く生きていられるわけがないことは自明の理である。

 

また、機長、副機長その両名ともに操縦することができないという嫌な要素が重なり、更に絶望的な状況に加速をかけているのだった。

 

そんな状況の中、乗客の大半がすぐ傍まで迫っている死神の鎌に震えあがり、身を縮める。そのため、諦めることなくこの状況に立ち向かう者の姿を見た者はいなかった。

 

キンジとアリアは操縦権を取り戻していた。

 

 

 

理子を取り逃した兼一ができることはこの場にない。故に部屋に戻り、大人しく経過を待つだけである。

 

この先は神のみぞ知る領域であるが、キンジとアリアの二人ならばこの状況でさえもどうにかしてくれるという根拠のない確信を兼一は持っていた。そしてそれは現実のものとなる。

 

「さすがキンジくんだ。彼のためにここまでやってくれる友達がいるんだから」

 

窓の外に広がる闇に光が灯り始めた。その光は誘導灯となり、着陸を導いている。

 

ベルト着用サインが点灯する。

 

『これより着陸を行う。知っての通りエンジントラブルがあったため、非常に困難な着陸になる』

 

キンジの声が機内放送でそう伝える。

 

そして、機体が『空き地島』に降り立つ。

 

 

 

「とまれぇ―――――!!」

 

操縦室に逆噴射をかけたアリアの声がこだまする。それに合わせて、キンジは地上走行用のステアリングホイルを操作し、機体をカーブさせる。

 

風速41メートルに向かってエンジン2基のB737-350が、着陸に必要とする滑走距離はおよそ2050メートル。それに対して、今着陸を行っている『空き地島』の対角線の長さはは2061メートル。計算上はぎりぎりで着陸可能である。

 

しかし、今の雨で濡れている『空き地島』では違う。キンジはそれを理解していてなお止める手段があるとして、この場所を選んだのだ。

 

風力発電の風車に翼をぶつけて、引っかけて、機体を回し停止させる。それがキンジの考えだ。

 

そして目論み通り、機体は風車の柱に翼を引っかけ、回りだす。だが、いまだに停まり切らない。

 

「くそっ」

 

もみくちゃにされながらそう漏らした時、けたたましい音ともに機体が大きく揺れ、止まった。

 

その原因は、やはりというべきかケンイチだった。

 

「いやー、危なかったな」

 

飛行機の外にいる兼一は呟いた。

 

キンジが何をするのかを理解した時、このまま中にいてはちょっとした惨事に巻き込まれそうだと感じた兼一は、風車にぶつかる直前壁に穴をあけ外に出た。

 

そして、弧を描く機体が思いの外速かったため、横から殴りつけるという力技で止めたのだ。当然その時の衝撃は凄まじかったが、ベルトをしっかりと身に着け衝撃を覚悟していた乗客たちには然程被害がなかった。

 

操縦室の法に回り2人がとりあえず無事であることを確認した兼一は、人が集まってくる前にその場を風のように立ち去るのだった。

 

 



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空から女の子が・・・・・・

2話同時更新です




「2人ともおかえり」

 

病院に担ぎ込まれ、警察による事情聴取やマスコミたちの取材を受けた2人が解放されたのは、事件の次の日の夜になってからだった。

 

部屋にはエプロンを身に着けた兼一が、何食わぬ顔で夕飯の準備をしていた。それを見た2人は何とも形容しがたい気分になったのは仕方のないことだ。

 

「兼一さんが急にいなくなるから、壁に空いた穴とか、機体の不自然な凹みとかの説明が大変だったんですよ」

 

面倒事を押し付けられたのだから、キンジの抗議は至極当然のことである。

 

そのことに関しては兼一も申し訳ないとは思っている。だが、それ以上に申し訳ないと思っていることがあるため、軽く笑うだけで流す。

 

「ごめんねアリアちゃん。理子ちゃん捕まえられなかったよ」

 

『武偵殺し』峰・理子・リュパン四世を逮捕できなかったこと、それこそがこの事件で兼一が一番悔やんでいることだ。アリアの母への思いの深さを知っている兼一は、降り立った直後から時間を作り探し続けたが結局見つけることができなかった。

 

「ママの公判が伸びたから、今回は特別に許してあげる」

 

「ありがとう。それじゃ、ご飯食べようか」

 

切り替えの早さに目を白黒させるアリアを余所に、兼一とキンジは準備をするのであった。

 

 

 

「もうこんな時間? ……急がなきゃ」

 

食事を終え他愛ない会話をしていると、アリアがそう言った。

 

「約束でもあるのか?」

 

「ロンドン武偵局が帰って来いってうるさいの。御大層にヘリからイギリスの海軍空母、艦載ジェットまで用意してね。でも、丁度いい機会だしいっぺん帰って態勢を立て直すことにしたの。今回の事件で色々あったし」

 

「そっか、寂しくなるね」

 

「ありがとう」

 

悲しげな笑顔を浮かべ、アリアは部屋を出る。

 

「見つかるといいな。お前のパートナー」

 

扉が開き足を踏み出そうとするアリアに、キンジがそう声をかけた。

 

「きっと見つかるわ。『世界のどこにもいない』ってワケじゃないもの」

 

バイバイ、そう言って大きな音を立て扉が閉まった。

 

 

 

「キンジくんは本当にこれでいいの?」

 

しばらくして、兼一が問い掛けた。

 

「どういうことですか?」

 

「アリアちゃん泣いてたよ」

 

兼一の言葉にキンジはあの崩れそうな笑顔を思い出す。

 

「ボクは君の人生にいちゃもんをつける気はないよ。引き出しにしまってる書類に関してもそうだ。君の人生は君の物なんだからね。でもこれだけは言わせてもらうよ」

 

兼一は言葉を一度切る。

 

「その選択で本当に後悔しないのかい」

 

キンジの胸の奥深くにこの言葉が深く突き刺さった。

 

「少し散歩に行くから、きちんと考えてみて」

 

そう言って兼一も部屋からいなくなった。

 

 

 

一人残されたキンジは思い悩む。その手には、引き出しに眠っていた転出申請の書類が握られている。

 

「後悔しないかだって。するわけないだろ」

 

だが、キンジの胸に突き刺さった棘が鈍い痛みを与える。出会ってからの期間は短いが、アリアとの思い出が湯水のごとく溢れてきているのだ。

 

「違う、違う。こんなのはただの気の迷いだ」

 

首を振り、強く否定する。けれど、その思いとは裏腹に痛みは増していく。

 

机に置かれている携帯についたストラップが目に入る。

 

アリアとゲームセンターに行ったときに取ったものだ。そんな無機質なはずの物が、涙を浮かべているように見えた。

 

「――あぁ、そうか。アリア、お前は俺と似ているんだ」

 

手に持っている申請書類を2つに裂き、ゴミ箱に捨てるとそのまま玄関に向かう。

 

「お前の味方ぐらいにはなってやれるよな」

 

アリアが出て行ってから40分程度経っている。普通の手段ではどう足掻いても間に合わない。だが、外には兼一が立っているに違いないという予想から、

 

「兼一さん、手伝ってください」

 

開くと同時にそう言った

 

「とりあえずは吹っ切れたみたいだね」

 

玄関の前にはキンジの予想通り兼一が立っており、承諾をした。

 

 

 

「ボクが送るのはここまでだよ」

 

そう言って、ヘリポートのある女子寮の前で背中からキンジを下ろす。若干グロッキーになりながらも、エレベーターホールに向かうが、運悪く点検中。止む無く、非常階段を駆け上がり屋上へと向かう。

 

屋上へと続く扉を蹴りあけると、今まさにヘリコプターは飛び立ったところだった。

 

「アリア!」

 

声を大にしてその名前を呼ぶ。回転翼の音に掻き消され聞こえていなくとも関係ないと言わんばかりにその名を叫ぶように呼ぶ。

 

「アリア! アリア!!」

 

届かないかもしれないそう思う暇があるならば声を出す。

 

そして、

 

「遅い! バカキンジ!」

 

勢いよくヘリの扉が開かれ、その姿を現した。

 

そして、ヘリの縁にワイヤーを括りつけると、強風など意に返さず飛び降りてきた。

 

しかし、アリアの突然の凶行によってパイロットが操縦を誤ったのか機体がふらつき、アリアは思ってもいない方向に流された。

 

「ちょっ、お前」

 

「え、あ、あれ」

 

キンジはアリア受け止めるために後退していると、金網にぶつかる。もうこれ以上はどうしようもないと思っていると、アリアがワイヤーを切り離すと、キンジめがけて斜めに落ちてくる。

 

「っ、お前なぁ――」

 

背中に走る痛みを堪え、掴んだアリアに文句の1つでも言おうとするが、上空から降ってくる白人の叫び声によって掻き消された。

 

 

 

女子寮から少し離れた場所に経つ兼一は、屋上での2人のやり取りに懐かしさを感じる。

 

「まるで映画だよ」

 

屋上から飛び降りる瞬間を目にし、かつて師達が自分の戦い方を評した言葉と同じ言葉を呟いた。そうこうする内にシーンは進む。2人の着地した先をサーチライトが照らし出す。

 

「さて、回収しに行きますか」

 

言葉を置き去りにして兼一の姿が消えた。

 

その数秒後、サーチライトが砕け、2人を追って地上に降りたはずのロンドン武偵局の役人がなぜかヘリコプター内に戻っているという不可思議な現象が起きた。

 

 

 

「――だから何なんだよその『H』って」

 

口論をする2人の元に辿り着いた兼一の耳に入ってきた言葉は、あまりにも酷いものだった。

 

「キンジくん前から思ってたけど……探偵科に向いてないよ」

 

だから、こんな辛辣な言葉を投げつけることも仕方のないことだ。むしろ、古いテレビを直す際に使う斜め45度チョップを放たなかっただけましだろう。

 

「アリアちゃんの本名は」

 

「神崎・ホームズ・アリアよ」

 

「つまり」

 

「シャーロックホームズ四世よ」

 

「兼一さん、息ピッタリ過ぎじゃないっすか」

 

兼一とアリアの巧みな語り方に、若干の諦め交じりで苦言を呈す。だが、この場にそんなことで止まる人間はいない。

 

「キンジはあたしのパートナー、J・H・ワトソンに決定したの! もう逃がさないからね! 逃げようとしたら――――風穴あけるわよ!!」

 

この夜、シャーロックホームズ四世こと神崎・ホームズ・アリアのパートナー役が遠山キンジに決まった。本人の希望など構うことなく……




これにて、一応一巻の終了です。実際は後数ページ分残ってるんですが、二巻の頭と被るし、次の更新が分からないしで、そちらにまとめさせてもらいます。

読んでくれた方、感想くれた方、評価してくれた方、みなさんありがとうございます。

活動報告にて、敵キャラとしてやってくるケンイチキャラについて書いてます。気になる方はそちらを見てください。色々ネタバレ的な考察がありますけど……一番下までスクロールすれば問題ないです。

それではまたその内



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白雪襲来

お久しぶりです。
どうにかこうにか書き上げました。
それではどうぞ


「キンジ、あんた頭だけじゃなくて舌もダメね」

 

「な、お前にはこのうなぎまんの美味さが分からんのか。ももまんなんて、ただのあんまんだろ」

 

「2人とも落ち着きなよ。そんなのどっちもどっちでしょ」

 

キンジとアリア、2人の争いに笑いながら火を加える兼一。どこにでもあるような光景だが、兼一が地蔵片手に天井に立っているということによって異常な光景に早変わりしている。

 

3人の奇妙な同居生活は、理子が捕まっていないから『武偵殺し』の事件はまだ終わっていないというアリアの屁理屈により続いている。

 

なんだかんだ言いつつも賑やかなのは楽しいのか、すぐにキンジも何も言わなくなった。

 

下らない争いに精を出しているそんな夜、キンジのポケットに入っている携帯からメールの着信音が上がった。

 

画面を見たキンジは固まった。

 

「キンジくんどうしたの?」

 

そう声をかける兼一に、震えながらその画面を見せる。

 

『現在の未読メール:25件。留守番電話サービス:録音9件』

 

この部屋はなぜか電波状況が悪く、メールの着信が遅れたり、後からまとめて受信することなどはよくある。しかし、これは異常だった。しかも全て同一人物からのものだ。

 

タイミングよく兼一の携帯からもメールの着信音が上がった。

 

「見なきゃダメかな」

 

困ったような笑顔を浮かべる兼一の携帯にも同様のことが起きていることは言うまでもない。

 

「け、兼一さん、どどど、どうしますか」

 

「とりあえず落ち着きなよ」

 

「2人ともどうしちゃったのよ」

 

慌てるキンジと、困り果てた兼一を余所に、何も知らないアリアはのんきにももまんを頬張っている。すると、マンションの廊下を何かが突進するような足音が聞こえてきた。

 

そして、

 

しゃきん!!

 

という音とともに玄関のドアが斬り開けられた。

 

「いやー白雪ちゃん、いつの間にか斬鉄できるようになったんだ」

 

そう言って拍手をする兼一の視線の先には、巫女装束に額金、たすき掛けという戦いに向かうための風貌で仁王立ちする白雪がいた。

 

「兼一さん、ここにいますよね? 神崎・H・アリア」

 

ここまで全速力で来たためか、息を切らしている白雪であったが、この質問には恐ろしいまでの何かが籠められていた。

 

「まあまあ、落ち着きなよ。疲れたでしょ? お茶でもどうぞ」

 

そう言っていつの間にか玄関先に茶会の準備がされていた。師の教えの賜物か、武術だけでなく様々な分野に関して深い教養を主に秋雨から身につけさせられた兼一。その中に当然茶道も含まれており、その腕前は当然達人級だ。

 

そして、兼一の茶も師である秋雨の物と同様にイヤでも相手を和ませることができるという代物である。

 

「あ、はい。いただきます」

 

勢いを削がれた白雪は兼一に促されるがままに、茶を口にする。

 

(あとはキンジくんがアリアちゃんをうまいことやってくれればいいんだけど)

 

だが、兼一のそんな思いは泡沫の夢となる。

 

「ケンイチ、なんなのさっきの音は」

 

「ま、待て、アリア。今は行ったら――」

 

そんな声とともに玄関先までアリアがやって来た。やって来てしまったのだ。

 

すると、ほんの数瞬前まで牙を抜かれていたはずの白雪が息を吹き返した。

 

「兼一さんどいてください。じゃないとそいつを。そいつをこ、切れない」

 

鈍い光を放つ日本刀を構えなおした白雪はそう言うと、一歩を踏み込む。

 

「白雪ちゃん、土足厳禁ね」

 

優しく諭すような兼一の声がした時には白雪の視界に天井と座ったまま体を入れかえた兼一が映っていた。

 

しかし、白雪は諦めない。すぐに立ち上がると履物を脱ぎ、丁寧に揃えて玄関に置くと再びアリアの元に向かう。

 

だが、次の瞬間にはまたしても天井を見ていた。

 

「じゃ、邪魔をしないでください兼一さん」

 

「どうしよう」

 

正座をしたままふざけたようにそう答える。

 

白雪の気がつけば倒れているという現象は、明らかに兼一の仕業だ。

 

兼一は『居捕り』という技を用いて白雪を投げていたのだ。『居捕り』とは座った状態という最も無防備な状態であらゆる攻撃を無力化するために編み出された技である。

 

この技を見たある人物は「意味不明」という感想を漏らした。

 

まあしかし、ある意味では最も兼一に適した戦い方であるとも言える。

 

「私、どうしてもそこにいる泥棒猫……じゃなくてアリアと話さなくちゃいけないんです」

 

自分の行く手を阻むのは核シェルターの如く強固な壁。その壁は、白雪がどう足掻いたっところで突破することはできないものだ。故に、説得を試みる。

 

「う~ん。アリアちゃんだし、ま、いいか」

 

皆一様に目を見開いた。

 

当然である。キンジとアリアはどうにか追い返してくれるだろうと期待し、白雪は無理だと思いながら説得を試みたのだから。

 

兼一とて白雪の実力を知らないわけではない。また、今の白雪が普通でないことも分かっている。それでいて道を開けたのだ。

 

「あれ、行かないの?」

 

素っ頓狂な兼一の声が白雪を動かした。

 

弾丸のようにアリア接近すると刀を脳天に向かって振り下ろした。兼一がいるため峰打ちだ。

 

「ちょっ」

 

そんな声とともにアリアは白雪の刀を両の手で挟み止めた。真剣白羽取りである。

 

それを目にした兼一は感嘆の声とともに、称賛の拍手を送った。

 

「こ……の、バカ女」

 

その言葉を皮切りに二人の戦闘は激化する。

 

「キンジくん、隠れた方が身のためだよ」

 

そのことを敏感に感じ取ってか、兼一は言葉を送る。

 

「ええ、分かってますよ」

 

それに答えてキンジはベランダにある防弾物置に隠れた。

 

 

 

どれくらいの時が経った頃だろう、部屋に響き渡る銃弾の発射音やそれを弾く剣戟、鍔迫り合いの音が止んだのは。

 

部屋の中はどこの戦場跡だろうかという状態になっている。

 

「二人とも気が済んだかな」

 

いつもと変わらぬ声で床に転がる二人に声をかける兼一。当然のように無傷である。

 

疲労困憊の二人はそんな兼一に応える余裕すらない。

 

「いやー、それにしても中々良かったよ、二人とも」

 

「ケンイチさん何したんですか?」

 

部屋が静かになったのを確認したキンジは防弾物置から出てきて、そう尋ねる。

 

「あんまり危ないことになりそうだった時に、ちょっと妨害しただけだよ」

 

(絶対ちょっとじゃない)

 

兼一の答えを脳内で変換しなおしたキンジは二人に手を合わせる。

 

「それじゃ白雪ちゃん、悪いんだけどボクが送って行くよ」

 

そう言って答えを聞かずに白雪を背負うと、兼一は部屋を出るのだった。

 

「おーいアリア、生きてるか」

 

「ギリ……ギリ……生きてるわ」

 

「ももまん食うか?」

 

「うん」

 

兼一が白雪と言うある種の災害を外に連れ出したことで、安息が訪れたのだった。




というわけで、どうにか更新できました。
一巻のラストから二巻の頭です。
個人的に好きな技は、物まね技と居捕りです。あ、あとメオトーデもいいですね
原作でもっと活躍してほしかったなぁ

次の更新がいつになるかは分かりませんが、またよろしくお願いします。

感想の返信ができてなくてすいません。
そのくせになんでも質問版的な物作ってしまいました。
気になることがありましたら、活動報告にあります質問版まで。


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edge catching

白雪襲撃事件からしばらく経ったある日の朝。兼一が日課である早朝の鍛錬を終え、部屋に戻るとそこにはにぎやかな住人の姿がなかった。

 

「そういえば、朝練するって張り切ってたっけ」

 

アリアによるキンジの調教――もといい訓練、その第一幕を飾るのが本日より行われることになった朝練である。それを思い出した兼一は、何をするのか聞いていないためその内容が気になって仕方がない。

 

「よし、見に行こう」

 

故に、即断即決、即行動。どこにいるのかなど知りもしないくせに部屋を出るのだ。

まあ、本人にしてみれば『気』を探るなりして探し当てることも、虱潰しに探し回って見つけることも容易にできるため何の問題もない。

 

家を出ておよそ三分。

兼一はアリアとキンジを見つけた。場所は武偵高の乗る人工浮島のはずれにある通称『看板裏』。上級生が下級生に教育的指導(物理)を行う際に使われているような名前である。

 

そして丁度朝練に動きがあった。

 

「十分経ったし始めるわよ」

 

そう言ってなぜかチアガールの格好のアリアは、キンジの前に立つと刃と峰を逆にしたいわゆる峰打ちの状態で刀を振り上げる。

どうやら真剣白刃取りの練習をしているようだ。

大多数の日本人がご存知の真剣白刃取りだが、見た目以上に難易度が高い。なにせ、頭上に加速しながら迫る刃を素手で止めるのだ、ほんの少しのミスで簡単に命を落とすことになる。そんな曲芸技をするくらいなら、避けた方が比較にならないほど安全である。

余談であるが、とある流派ではこの真剣白刃取りというのはできて当然の技であるらしい。

 

そんな達人技であるため、案の定ヒステリアモードでないキンジにこれができるはずもなく、

「っつ」

振り下ろされた刀は見事に頭頂部に直撃した。

 

「ちょっと、ちゃんとイメトレしたの」

「ああ、したさ。でもな、実際に成功してるところをこの目で見なきゃ、具体的なイメージなんて掴めるわけないだろ」

 

至極まっとうな反論であるため、アリアも口を噤み天を見上げる。

するとそこに答えがいた。

 

「良い所にいたわねケンイチ。ちょっと手伝ってよ」

 

アリアは看板の上で自分たちの様子を見ていた兼一に声をかける。

 

「ははは」

 

乾いた笑いを浮かべながら兼一は二人の元に下りる。

 

「見てたからわかるとは思うけど、真剣白刃取り(エッジ・キャッチング)なんだけど……できるわよね」

「うん、まあ、できるけど」

 

一緒に生活するうちに兼一の非常識さを理解してきたためか、当然のように尋ねるアリア。それに対して当然のように答える兼一であった。

 

「それじゃあ今から手本を見せてあげるわ。その後でまた十分のイメトレをして峰打ち(バック)でやるから」

「お、おう」

 

アリアはキンジにそう告げると兼一と向かい合う。

二人の間を風が吹き抜ける。

 

「ヤアッ」

――パシッ

 

一秒にも満たない時間で振り上げ振り下ろされる刀。

兼一はそれを涼しい顔で止める。

前述してあるとある流派程とまではいかないが、兼一にとっても白刃取りというのはできる技である。というのも『白刃折り三日月蹴り』という技を使用するうえで必要となる技術だからだ。この技は字面の通り刃を折るという動作があるのだ。そのため、一度振り下ろされる刃を止めることになる。

 

アリアは、兼一が見事に成功させたことに一つ頷くと、

 

「という感じよ」

 

それだけ言って、キンジにイメージトレーニングを促し、彼女はナイフや拳銃による演武をチアリーディング風のダンスと組み合わせたアル=カタ(女子たちはチアと言って憚らない)の練習を始めるのだった。どうやらアドシアードでそれをやるらしい。ちなみにキンジは、友人の武藤剛気と不知火亮らとでバンドを組みチアの後ろで演奏することになっている。

 

アドシアードとは年に一度行われる武偵高の国際競技会である。そこでメダルを取れば、武偵としての将来が約束される程度には権威のあるものである。

 

練習風景を見ることができたことで満足した兼一は、そっと場を離れるのだった。

さて、十分後に再チャレンジすることになったキンジであるが、当然のように成功を収めることはなかった。

 

 

 

その日の放課後、兼一はなぜか東京武偵高の『三大危険地帯』の一つ『教務科(マスターズ)』の一室にいた。

 

「なあ白浜ぁー」

「なんですか?」

「何で呼び出されたのか分かってんの?」

 

尋問科の教師綴梅子にそう言われた兼一は、目を瞑り考えること十秒。

 

「分からないですね」

 

そう結論付ける。

 

「それ、本気で言ってんのか」

 

気だるげな声でありながら、獲物を見つめる肉食獣のような視線で兼一を射抜く。

 

「まあいいや。話っていうのはさ、お前が何者なのかってことなんだよ。つい最近さー、向こうの島に飛行機があれしたじゃん。その事件に白浜、お前が一枚かんでるんだってなぁ。そんで、ちょーっと気になって調べてみたらさぁ『一人多国籍軍』ってあったんだよな。単刀直入に聞くけどさぁ、とてもそうは思えないんだけど、お前それだろ」

 

綴の言葉は確信を持ったものだった。

 

「ええ、まあ」

 

兼一はそれを肯定する。別段隠すつもりのないことであるし、自分から吹聴するようなことでもないから今の今まで殆どの者が知らなかったことだ。

 

「そーかそーか。なら話は早い、白浜、お前格闘術の教師やれ」

「お断りします」

 

綴の命令を兼一はバッサリと切り捨てる。

教師をするということは、それだけで多くの時間を奪われることになる。今の、とうよりも武偵になることを決意した兼一に、自身の鍛錬と調べもの以外のことに比重を重く置けるほど時間的、精神的余裕はないのだ。本来は指導する立場に就くことを無駄とは考えていないが、現状無駄なことと断ずるよりない。

 

「お話がそれだけならボクはこれで」

 

まさか拒否されるとは思ってもいなかったためか、あるいは兼一の放った語気に当てられたためか、綴は口を大きく開き咥えていたタバコらしきものを床に落とす。その間に兼一は席を立つと部屋を後にする。

 

兼一が出て行きしばらくしてもなお呆然といている綴であるが、控えめなノックによって我を取り戻したのだった。

 

 

 

(綴先生には悪いことしたかもな)

 

今日の分の鍛錬を済ませた兼一は、そんなことを考えながらぼんやりとした足取りで寮へと向かっている。彼とて出来ることなら力を貸したいと思っている。だが、今それをすることはできないのだ。ただでさえ要領の悪いこの男が教師の真似事などしようものなら、自身の目的の達成に大きな遅れが生じかねない。

逆に言えば、目的を達成することができれば教師をするというのも一つの可能性としてありえるということでもある。

 

ただし、兼一が教える場合生半可な覚悟では一日ともたないだろう。

なにせ、無理・無茶・無謀が大好物な師匠から、梁山泊入門時から死んだほうがましと思える非常識を超えた修業を受けてきたのだ。指導における基準がそれになってしまうのは仕方のないことだろう。

そのことを知っている人間がいれば、一命をとしてでも綴の提案を取り下げさせるだろうが、あいにくそのような人物はこの学校にいない。

 

そうしてぼんやりとしながら歩いても達人という生物の感覚は常人のはるか上をいく。

 

(誰か、見てる?)

 

近くに人影はないが、背後から視線を感じたのだ。

けれど見られているだけで、殺気や敵意を感じないため恐らく監視であろうその視線の主を積極的に探そうとはしない。相手が何者で目的が何であれ、気付いたことに気付かれないに越したことはない。

 

故に帰り着くまでの十数分の間、この奇妙な視線を背中に感じ続けるのであった。

 




どうもお久しぶりです。
五か月振り位くらいの更新ですかね?

原作確認してると時系列がよく分かんないんですよね。今回の話の曜日はおそらくGW前の土曜日だと思うんですよね。

というわけで、次の話がいつになるかは分かりませんがその時にまた


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a bird in cage

名を継ぐ者ども 中編 を加筆修正しました。


「あ、そうだケンイチ。明日からしばらく、この部屋に白雪が来ることになったから、よろしくね」

 

夕食を終えその後片付けをしている兼一にアリアはそう告げる。なんというか、男子寮の部屋なのに女子が来るのはいいのだろうかと甚だ疑問ではあるものの、すでに決まっていることらしいので、兼一にはあいまいな笑みを浮かべて頷くことしかできない。繰り返すがここは男子寮であり、そこに住まう住人に対して事後承諾である。

ふと見る場所を変えると、キンジが非常に申し訳なさそうな顔の前で両手を合わせていた。

 

「うん、まあいいけど……なんで?」

 

白雪とは知らぬ仲ではないためそこまで目くじらを立てることはないが、理由を知りたいと思うのは人として当然であろう。

けれど、兼一の問いは正しく伝わらなかったようだ。

 

「ボディーガードよ」

「…………」

「だーかーら、ボディーガードよ。分かった?」

 

兼一は再びあいまいな笑みを浮かべ頷くことになった。

言葉は通じているのに会話が成立しない。ちょっとした心霊現象である。

 

ちなみにこのボディーガードというものは、武偵の中では割とメジャーな依頼である。

 

「あのですね、兼一さん――」

 

話の通じないアリアの代わりにこめかみを抑えたキンジが口を開いた。

その説明によると、なんでも白雪が『魔剣(デュランダル)』と呼ばれる超偵(超能力を使う武偵のこと)専門の誘拐犯に狙われているらしく、外部からの人の出入りが多くなるアドシアードの期間中だけでも保険としてボディーガードを付けることとなった次第である。

またそれだけなら別にアリアとキンジのペアである必要はなかったのだが、

 

魔剣(デュランダル)はあたしのママに冤罪を着せてるの」

 

という事情があったようだ。

アリアにとって捕まえるべき敵であるため、この機会を逃すわけにはいかないのだ。

 

キンジとアリア二人の説明を受けて兼一はようやく得心がいった。

 

「そっか。それじゃあ今度こそ捕まえようか」

「当たり前でしょ」

 

アリアの母親に対する深い愛情を知っている兼一は、ハイジャックの時のこともあり今回も協力を惜しまない。

 

「いや二人とも待ってくださいよ。そもそも魔剣(デュランダル)なんて都市伝説ですよ」

 

しかし、キンジはその存在そのものに対して懐疑的である。魔剣(デュランダル)の存在を証明する証拠がないのだから、それは仕方のないことである。

武偵は警察権を持っている。そのため、見切り発車や思い込みによる視野の狭まりは避ける必要があるのだ。

また、ボディーガードをするに当たっても障害を一つだけと決めつけるのは問題であろうことだ。

 

「そっか、それならその辺りの真偽についても調べなきゃいけないね。その魔剣(デュランダル)さんじゃないにしても、かなえさんに罪を着せた人がいるのは事実なんだし」

 

キンジの言い方がアリアの何かに触れ、今にも噛み付こうとしているのを感じ取ったのか、取り成すように兼一は告げた。

兼一としても魔剣(デュランダル)の存在について『いる』とも『いない』とも断言できない。けれど、火のないところに煙が立たないように、それに準ずる存在がいるだろうと考えている。

だが、自身の調査能力だけで尻尾をつかめるとも思えない。そのため、宇宙人の皮をかぶった悪魔に頼む必要が出てくるであろう未来予想図に、秘かに顔を歪めるのだった。

 

 

 

翌日、アリアは朝から忙しそうに出かけて行き、昼を少し過ぎたころに戻ってきた。その両手にはそれなりの量の赤外線探知器があった。どうやら購買部に行っていたらしい。

そうしてアリアが要塞化計画のために設置作業に取り掛かり始めると、丁度白雪がやって来る。その出迎えのためキンジは寮の入口へと向かう。

 

車輌科の武藤が軽トラで荷物を運んでくれたらしい。普段の彼を知るキンジとしては、そんなに勤労意欲があるのかと、疑問を持つほどに機敏な動きで荷解きをしていた。

武偵はその性質上各種運転免許が必要となるため、特例として前倒しの取得が可能である。因みにこの男武藤剛気は乗り物と名の付くものなら何でも乗りこなせる(免許の有無は置いておく)。

 

キンジと白雪が合流する際ひと悶着あったが、それは些細なことであるため割愛する。

 

部屋への荷物の運び入れが終わった頃、アリアの要塞化計画も折り返しを迎えたらしく作業の場をベランダに移していた。先日行われた白雪との戦闘でいい感じに壊れていたため予定より早く進んでいるらしい。

手持無沙汰のキンジに対して、危険物のチェックを命じることも忘れない。

 

同室の住人である兼一を使わないのは、これを受けたのが自分たちの独断であり、手伝わせるのはお門違いという考えゆえだろう。更に言えば朝出かけたっきり戻ってきていないから頼むこともできない。

 

白雪はというとその持ち前の家事スキルの高さを活かして、部屋の掃除をしている。ただしその掃除は少しばかりレベルが違っていた。端的に言うと三時間足らずであの戦場跡や暴風の直撃したかのような部屋を元通り以上にしてみせたのだ。

 

アリアより承った指令を実行しているキンジは絶句していた。

 

(えっ、いや、えっ、これはマズイ)

 

途中までは問題なかった。タンスの周囲を確認しても特に何か仕掛けられた形跡はなかった。

こうなった原因はその後だ。

引き出しを開け中身を調べる。最初に開けた引き出しの中身は化粧品の類だった。中を調べるが、当然異常はない。そして、次の引き出しを開けた。

中にあったのは綺麗に一つずつ折りたたまれ、『ふつう』と『勝負』に白木の札で区分けされている白と黒の布だった。白は『ふつう』、黒は『勝負』である。それらはともすれば上等な菓子折りにさえ見えるくらいに折り目正しく整列していた。

それと同時に危険物だった。ただしキンジにとっての……

この引き出しの中に入っている白と黒の布の正体は下着であった。つまり『勝負』とは勝負下着のことであるのだ。

お淑やかで慎ましい大和撫子を体現したようなこの少女。しかしここぞという場面では、Gストリングやローライズと称されるいわゆる大人向けの下着を身に着けるのだ。

 

そしてキンジは始業式の日のことを思い出した。その日やって来た彼女の胸元がはだけた際、黒の下着を身に着けているのを見てしまったのだ。

 

「どうしたのキンちゃん?」

 

見つけてしまった危険物に呆然としているキンジの背中に白雪は声をかける。

 

「な、なんでもないぞ。そ、それよりそっちは……夕飯の準備か?」

「う、うん。今日は中華にしようかなって」

 

制服の上にフリル付きのエプロンを重ねた姿を見たキンジは、ごまかすように口早に言った。けれど、その女性らしい体つきに視線が行ってしまうのは悲しい男の性。そしてその際に、服の下を『勝負』のもので想像することは仕方のないことだ。

 

こうして、キンジの苦悩はしばらく続く。

白雪に対してのヒステリア系の悩みが終わると、アリアとのちょっとしたやり取りが気にくわなかったのであろう彼女のヤンデレ気味の雰囲気に肝を冷やすことになるのは、ほんの少し先の話である。

 

 

 

白雪の引っ越し作業が始まったころ兼一は、昨日感じた視線の主を探していた。

 

(うーん、いるのはあそこで間違いないだろうけど……さすがに行きにくいよ)

 

探すという作業は昨日の段階でほぼ終わっている。適当に寄り道をしながら帰った際に、定点からの視線であることを理解している。そして、その視線がどこから注がれているものかも。

だったらさっさとそこに行けばいいではないかと思うだろうが、そうは問屋が卸さない。兼一も考えての通り生きにくい場所なのだ。

 

「男のボクが女子寮に行くのは気が引けるよ」

 

そう、その視線は女子寮の一室からのものであった。視線を感じた一室の様子を離れた位置から伺いながら兼一はぼやく。

 

これが彼の師の一人である馬剣星なら喜び勇んで突撃をかましただろう。彼は、本能に忠実に生きるタイプ人間なのだ。

兼一も師のそういう一面をわずかながら受け継いでいるが、世間体やらなんやらというものによってそこまでオープンになれない。それが普通なのだが……

また、命の危険が迫っているなどの緊急性が高ければ、そんなもの棚上げして突入しただろう。しかしその実態は、ただ監視されてるだけなのだ。これはますますもって行くことが躊躇われる。

 

そういったわけで現在、手を出すに出せない状況にあるのだ。

加えて言えば、今のところ監視の視線を感じないというのも理由の一つに挙げられるだあろう。

それはつまり、昨日の視線の正体は監視ではなく観察だったという可能性が出てくるということだ。

 

「ま、成り行きに任せようかな」

 

そう結論付ける兼一は、良い感じに梁山泊色に染まっている。まあ、命を狙われるのが日常だった頃があるのだから、ただ見張られているだけなら気持ちとしてはかなり楽になるだろう。

 

「なんか雲行きが怪しいな」

 

急に影が差してきたため空を見上げた兼一はそう呟いて、その場を去るのだった。

 

そのあと軽く(兼一主観の)汗を流した後寮に帰り、そこでまた軽いひと悶着があるのだが……犬も食わないような女同士の醜い争いであり特筆する点もないので割愛する。

 




まずまずの速さなんじゃないかな(棒読み)
文字数をもう少し増やしていきたいと思う今日この頃、平均五千字に持っていくにはこの次からしばらく一万字とか書かなきゃいかん気がするな……

前書きでもありますが加筆修正しました。と言ってもそんな大層なものじゃないですが……

感想ありがとうございます。
前回の更新から感想返し再開しました。

それではまたその内


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Ask, and it will be given to you

1年と何か月かぶりの投稿です
上手くまとまっている気がしないのですが、新年度が始まったということでとりあえず投稿しました。



キンジとアリアによる白雪のボディーガードが始まって数日が経過した。

慌ただしく過ぎた四月は気が付けば終わり、五月が始まっていた。

キンジ、アリア、白雪、この三人の間でいくつかの小さな事件はあったもののそれ以外はつつがなく、いっそ不気味なほど静かに流れて行く日々の中にアリアの警戒する魔剣(デュランダル)を匂わすものは影も形もなかった。

そんな状況であるから、元々このボディーガードに乗り気ではなかったキンジは早々に『ごっこ』と判断すると、形だけのボディーガードと化していた。

 

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を体現している白雪が近くにいることは、キンジにとって歓迎すべきことではないのだが、形だけとはいえそれでも続けているのは依頼を受けたアリアの意向を汲んでのことだろう。更に言えば、白雪を狙っていると目される魔剣はアリアの母親に罪を被せたとされている人物の一人であるとアリア本人に聞かされたのも大きな理由だろう。

 

……もっとも、さぼったらアリアからお仕置きと称しての風穴祭りの開催や、兼一から肉体言語による話し合いがなされかねないという恐怖も続けている理由に挙げられるだろう。

 

アリアはアリアで彼女の第六感が危険が迫っていることを告げている中、真剣実の足りないキンジへの苛立ちを日に日に募らせていた。

もっと言えば、第六感が告げることを論理立ててキンジに説明することのできない自分自身にもいらだちの矛先は向いているのだった。

 

普段であればそんな二人の仲立ちをし、まとめ上げている兼一はというと、ボディーガードが始まった当初こそ気にかけていたのだが、最近は遅刻や早退、欠席をしながら忙しくあちこちを回っているためそんな余裕はなくなっていた。

 

 

 

白雪のボディーガードに励むアリアとキンジの間に少しずつ溝ができる一方で、兼一はあちこちを回りながら痕跡を探していた。

 

それは、白雪を狙う魔剣(デュランダル)のことである。

であるが、それだけではない。もっと兼一の根幹に関わることことを調べていた。

 

「久し振り……と言ってもそこまでではないね」

「そうだね兼ちゃん。そう言えば知っているかもしれないけど、神崎かなえの公判は延期になったよ」

 

都内某所の喫茶店で幼馴染である朝宮龍斗と数日振りに会っている。それは何も旧交を温めるためというわけではない。

二人のいるテーブルの上には圧倒的な存在感を放つ茶封筒が置かれている。

 

「それで、電話で教えてくれた件だけど……本当なのかい?」

「ああ。彼女の件に関してイ・ウーという組織が絡んでいることは十中八九間違いはないよ。君が各地を駆けまわっていろいろ調べていたみたいだから薄々は気が付いていただろうけどね」

 

龍斗はからかうようにそう告げる。

彼の言う彼女、それは今は亡き兼一の思い人である風林寺美羽のことである。

彼女が亡くなってから五年が経とうとしている今、あの新島でさえ掴みえなかった事件の手掛かりが奇跡的にも見つかったのだ。

 

今まで名前すら知らなかった組織について調べて行くと点と点が繋がるようにして、少しずつではあるが自身の追い求めている真相に近づいて行っている。

 

けれど兼一はその知らせに対して懐疑的であった。

あの現代社会の申し子にして情報戦の達人とも呼べる男が、五年弱という時をかけても毛の先ほどの情報を探すことができなかったというのに、たった一つの情報から芋づる式のように、まるでお膳立てされているかの如く都合よく繋がり始めたのだから仕方がないだろう。

そのことは当然龍斗も承知している。

 

「一応、僕の調べた情報はここにまとめているから君の望むようにすると良いさ」

 

承知し、自身も訝しんでいるため、最終的な判断は兼一に任せる。そのための材料として茶封筒の中にある数枚の用紙を取り出し見せる。

 

「ありがとう」

 

小さくそう告げると、紙上に目を走らせる。

そんな兼一を優しげな瞳で見やりながら、少し冷めたコーヒーに口を付ける。

 

数分の時が過ぎた。

時を刻む音とゆったりとしたBGMだけが響く店内に、静かな衝撃が走った。

 

「ごめん龍斗、ちょっと急用ができたから帰るよ」

 

唐突に告げると注文した分の代金をテーブルに置くと兼一は席を立ち、店を後にした。龍斗が調べ上げた成果を置いたままにして。

 

「こんな大事なものを忘れて行くなんて、余程のことなんだろうな」

 

そう言いながら、忘れ去られた資料をまとめると茶封筒に入れる。その際一番上にあったのはイ・ウーのメンバーについて記されているものだった。

 

 

 

『おかけになった電話は現在――』

「キンジくんもダメか」

 

店を出た兼一は走り出すとすぐに携帯電話を取り出し電話を掛けた。しかし電話の相手であるアリア、そしてキンジも電話に出ることはなかった。

兼一の顔にはらしくない焦りの色が見えていた。

二人が電話に出ないことが、言葉にならない不安を大きくしていく。

 

兼一の焦りの理由は先程の邂逅にて知ったとある情報が理由にある。

 

その情報の一つは、魔剣が実在するというものであった。

 

龍斗からもたらされたその情報を一刻も早く伝えるために電話という手段を選んだのだが、こういう時に限って役に立たない。

平日の昼間、それもアドシアードの準備中であるのだから当然校内にいるだろうと当たりをつけて、急ぎ武偵高へと向かう。

 

もう間もなく、学園島に辿り着くという時であった。

一瞬ではあるが、兼一は自身に向けられた視線を感じた。

 

その視線は白雪のボディーガードが始まったあの時に見つけたものとは違う、兼一の行動を監視する視線であった。慌てて周囲を確認するが、気取られたことに気が付いたのか既に何も感じることはなかった。

 

どうするべきか迷ったものの視線の主を探し出すことは困難であると判断し、先に進むことにした。

 

しかし、その足はすぐに止まることとなる。

それは、背後に懐かしい気配を感じたからだ。

不覚にも背後を取られたことを悔やむような表情をしつつも、兼一の口元はわずかに緩んでいた。

 

「久し振りですね、兼一さん」

「そうだね、カナちゃん」

 

振り返るとそこにはある種の美の完成形のような人物が立っていた。




それではまたその内

サブタイトル和訳『求めよ、さらば与えられん』


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