魔法少女リリカルなのはStrikers はじまりの魔法 改訂版 (阪本葵)
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第1話

この物語は、以前"にじふぁん"にて投稿していた”魔法少女リリカルなのはStrikers はじまりの魔法”の改訂版、いわゆる第2版です。
以前の規制に引っ掛かったところや、おかしなところなどは変更していきますが、大筋の物語は変わらない予定です。
以前見たしもういいや、とか、原作を改悪するな!等、不快で見苦しいところがあると思いますが、温かい目で見てやってください。


 ―――その日の空は現在の状況を表しているかのように重く、そして暗かった。

 今にも落ちてきそうな、黒く垂れ下がる曇り空から白い雪がはらはらと儚く落ちてくる。その雪は地面に落ち、かなり気温が下がっているせいか溶けることなく地面を白く染めていく。かなり前から降っていたのだろう、もう地面はかなり白の割合が多くなっている。

 それは、冷たく穢れの知らぬ、純白の世界。生物の体温を奪う、生きることを許さないような、白の世界。

 

 そんな白い地面の上にひとりの少女が倒れていた。降り積もる雪と同じ、白い服を着た少女が。

 その少女は、年の頃は10歳前後であろう。未だ幼さの残る小さな体躯、艶のある栗色の髪は両サイドでまとめ、少女らしくかわいらしい雰囲気は伝わるのだが、今の少女の姿はそれすら吹き飛ばし痛々しい。

 何故ならその少女から、赤いものがとめどなく流れ出ていたから。

 

 鉄の臭いを放つ、人間の体に脈々と流れる命の液体。

 

 血だ。

 

 

 その血が地面を覆った白い雪をも侵食し、少女の周りの白い雪はじわりと赤に染め上げられる。冷たい地面、降り積もる雪、流れる血液、少女の体温はみるみる失われていく。

 

「―――・・・ぁ・・・」

 

 全身に走る痛みに声を上げるが、奪われていく体温に体の感覚が失われていき、大きな声すらあげられない。

 体が動かない。

 手が、足が、指が。

 そして目の前に広がる赤黒い世界。眼球に血液が付着し、まともに見ることができない。

 

「―――・・・はぁっ・・・」

 

 息を吐く度に、肋骨が軋む。肺が、何かを突き刺したようにズキズキと痛む。背中が、火に炙られたかのようにジクジクと痛む。

 

「―――っ・・・・・・はぁ・・・」

 

 胃から逆流し、口から吐き出そうになる不快なものを耐え、その不快感の波が収まるのを待ち、しばらくしてまた小さく息を吐いた。 

 

 そこへ、赤く可愛らしい服、フリルをふんだんにあしらった西洋の人形のような服を着た少女が、倒れている白い服の少女に駆け寄る。

 オレンジ色の長い髪を後ろに二つ、三つ編みで編み上げている髪が少女をより幼く見せる。三つ編みは少女が走るたびにその振動により上下に揺れ、また敷き詰められた雪にすべりながらもこけないように体制を保ちつつ、白い服の少女との距離を縮めようと必死に走る。

 そしてようやく白い服の少女のもとへたどり着くと、三つ編みの少女は必死の形相で白い服の少女を抱き上げた。三つ編みの少女は、手や服に白い服の少女の血が付着するのを気にもとめず、大きく声を張り上げる。

 

「なのは!なのは!おい、しっかりしろ!」

 

 なのはと呼ばれた白い服の少女からは血が流れ続けている。元々色白な少女であったが、血を流しすぎたのか、すでに肌の色は青白く、唇も色を失い始めていた。なのはは小さい声で、必死に振り絞るように、囁くように発した。

 

「ヴィータちゃん・・・だいじょうぶ・・・だから・・・」

 

 そう言い微笑むなのは。だが、口を開いた端から、血が流れ、顎に伝う。それを見た三つ編みの少女――ヴィータ――の瞳から涙があふれ、一緒に任務に来ていた他の部隊員に怒鳴る。

 

「医療班なにやってんだよ!早くしてくれよ!こいつ死んじまうよ!!」

 

 そう叫ぶ間にも、少女たちの周りの赤い世界の侵食は広がり続ける。

 ヴィータは医療班を叱責しつつも、心の中で自分を叱責する。自分は何をやっているのか、と。仲間を守れず、助けられず、傷ついた仲間をただ抱き上げることしかできないのか!?自分の力は、ヴォルケンリッターの騎士の力は親友の少女ひとり守れないのか、と。

 そう思うと、悔しさのあまり、とめどなく涙があふれてきた。気丈に笑顔を浮かべるなのはの顔が、涙で歪んでいく。だんだん涙で視界がぼやけ、世界が見えなくなっていく様に、ああ、これが夢であれば・・・と逃避してしまいそうになる。

 そして、「本局」へ事態の報告と救援要請の連絡を取っていた部隊員がヴィータに駆け寄り、混乱しまともな思考を成していないヴィータに冷静になるよう促す。

 

「今本局へ救援要請をしました!医療班はあと5分でこちらに到着の予定です!それまでに応急処置を!」

 

 ヴィータは隊員の指示に、ハッとした。

 

「―――!?あ、ああ。ああ!そうだな!」

 

 ヴィータは相当混乱していたが、隊員の言葉で、頭が冷えたのだろう、気合を入れるためにパンッと自身の頬を叩き思考をクリアにさせ、いま自分の成すべきことを考え、確認する。

 まず、本局への救援要請は先ほどの隊員がしてくれた。ならば、自分のするべきことは、現状把握と、記録、そして負傷者の処置だ。そう考えて、状況確認のためヴィータは部隊員に「一番聴かなくてはならない」情報を聞く。

 

「おい、なのはを庇ったあの隊員はどうしたんだ?」

 

 なのはの止血作業をしていた隊員がピクッと震え、一瞬手を止めた。だがすぐに作業を再開し、悔しそうな、泣きそうな顔をして言う。

 

「コンドウ曹長は・・・」

 

 隊員は言葉をつまらせ、それ以上口にしなかった。

 ヴィータは、隊員の顔色と、その言葉を詰まらせた「その先」を予想してギクリとした。そして、戦闘の記憶を思い返しす―――

 

 

 

 無事任務を終え、帰路に立っていたいたその時、突然の襲撃。

 多少の混乱はしたが、皆すぐに対処する。自分となのはもそうだ。それがアンノウン――未確認体――だとしても自分が出来ることをする、ただそれだけだ。

 だが、今日のなのははおかしかった。体調が優れないのか、集中力も散漫で、どこか精細を欠く行動。そして、普段からの過密スケジュールによる疲労の蓄積が、積りに積もった疲労が一気に吹き出てしまった。

 

 なのはがアンノウンの砲撃による攻撃を避けることができず、撃墜されたのだ。

 それを見たヴィータは、急いでなのはを助けに飛んだ。だがしかし、距離がありすぎた。必死に駆けつけようとするヴィータを嘲笑うかのように、アンノウンはなのはに止めを刺しに行くために、なのはに近づく。アンノウンとなのはの距離はわずか。それでもヴィータは全力でなのはを助けに全力で飛ぶ。

 

 ―――とどけ

 

 とどけ

 

 とどけ!

 

 とどけ!!

 

 とどけとヴィータは心の中で叫ぶ。

 しかし、無常にもその思いは届かず、アンノウンの体から出ている刃が怪しく光り、なのはにとどめをさそうと刃を突き出した。

 

 やめろおおおおぉぉぉぉーーー!!

 

 ヴィータが届かない手を必死に伸ばし、声にならない声、叫びなのか悲鳴なのかわからない絶叫の言葉を口からだす。

 

 そして―――

 

 目の前で親友が殺されるかと思った瞬間、その刃は『ズブリ』という音と共にヴィータの目の前で肉を切りつけた。

 しかし、ヴィータはそこで信じられないものを見た。

 

 それは―――

 

 墜落しているなのはを抱きかかえ、庇うように、守るように、背中からアンノウンの刃に突き刺された一人の男性部隊員の姿だった。

 

 男性隊員は腹から生えた刃を見るや、反射的に背後にいるアンノウン向けて蹴りを繰り出した。当然アンノウンは避けようとするが、その際、アンノウンはカッターの替刃のように刃を切り離し、男性隊員と距離をとる。

 

 そしてわずかの時間の後、ヴィータはなのはとその隊員にようやくたどり着く。

 

「おい!おまえ、大丈夫なのか!?」

 

 ヴィータはなのはをかばった隊員に近づき聞く。もちろん大丈夫ではない。自分の腕ほどもある大きな刃が背中から腹に向けて体を貫いているのだ。はっきり言って即死でもおかしくない。

 しかし、その隊員はすぐになのはをヴィータに引渡し、こう言った。

 

「・・・大丈夫です。だから、はやくここから離れてください」

 

 なんとも場違いな、とても落ち着いた口調。しかし、口を開いた際に隊員の口から赤い血がゴポリと流れ出る。ボタボタと零れ落ちる血は、男性隊員のバリアジャケットを容赦なく赤黒く汚していく。当然それを見たヴィータは焦る。

 

「なっ!おまえ、大丈夫じゃないじゃねーか!!血が・・・」

 

 ヴィータは混乱して状況把握ができないでいた。男性隊員はそんなヴィータを一瞥すると、ゆっくりと周囲を見渡し警戒を緩めずアンノウンを見据える。現状、こんなに悠長に話している場合ではないのだ。

 なぜなら、アンノウンはまだ健在なのだから。仕方ないといった風に小さく息を鼻から吐くと、男性隊員は自分のストレージデバイスをヴィータ達に向けた。

 

「すいません」

 

 そう短く言い放つと、いきなりヴィータに向けて砲撃を繰り出した。その際に落下ポイントを確認し、しっかりとクッションとなる場所を把握して攻撃したのだからどこまで冷静だったのだろうか。

 

「うわあああっ!!」

 

ドンッという衝撃と共に、ヴィータとなのははその砲撃により吹き飛ばされ、それぞれ別の場所に落ちた―――

 

 

 

 ―――そうだ、あの隊員――コンドウ曹長――があたしとなのはを吹き飛ばして・・・

 ・・・そうだ!あいつ、刺されてた!口から血が出てた!!どうなったんだ!?ヴィータの顔から血の気が引いた。

 

「おい・・・まさか・・・」

 

 そう言い、なのはに応急処置をしている隊員を見る。

 

「アンノウンは撃墜しました。しかし、コンドウ曹長はそのときに発生した爆発を直接受け・・・」

 

 隊員はそこで言葉を切ると、ちらりと横へ顔を向けた。ヴィータもつられてそちらの方へ顔を向ける。

 そこには2人の隊員が倒れている隊員に対し処置をしている姿があった。ヴィータはなのはの治療をその隊員に任せ、力なくゆっくりと、ふらりと立ち上がり、その倒れて処置をうけている隊員のところへ向かった。

 

 足が重い。

 行きたくない。

 踏み出す一歩が躊躇される。

 距離にして約10メートル。

 遠い。

 

 周りの視界が狭くなってくる。

 行くな。

 そう頭の中から警鐘が鳴り響く。

 行けば、良くない光景を見てしまう。

 だから行くな、と。

 しかし、行かなければならない。

 見なければならない。

 あいつはなのはを助けてくれた。

 親友を助けてくれた恩人だ。

 最後にあたしとなのはを吹き飛ばしたのはどうかと思うが、あれはあの場で戦線を離脱させるには最善の策だったのだろう。

 だからこそ、見なければならない。それがあたしの責務だと、義務だと、自分にそう言い聞かせ、歩みを進めていく。

 

 パシャ

 

 パシャ

 

 足元から水溜りを歩いたような音がする。なんだ?と思い、ヴィータは足元を見た。見た色は赤。白く敷き詰められた雪に似つかわしくない色。鉄の匂いのする色。ヴィータはその赤い色の続く道を目で追っていく。

 

 血。

 血、血。

 血、血、血。

 ―――大量の血。

 

 なのはのものではない。その血は倒れているコンドウ曹長に続いていた。明らかに人ひとりが流せる血液量ではない。

 おそらく体外に流れた血の温度により雪が溶け、さらに血が周囲の雪を侵食しているのだろう。だが、今のヴィータにそんな冷静に分析できるはずもなく、みるみる顔を青くする。

 

 そして―――

 ヴィータはたどり着いた。2人の隊員は怒声をあげそれぞれが忙しく動いている。

 

「コンドウ!コンドウ!まだだ!まだ逝くな!!」

 

「曹長!あと少しです!頑張ってください!!」

 

 そんな声が聞こえる中、ヴィータは見た。

 

 右腕が二の腕から下が無くなり

 

 右目が潰れ

 

 腹から刃を突き刺したままの、コンドウ曹長を。

 

 ヴィータはただ、見ているしかなかった。

 

 



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第2話

 高町なのはが撃墜されて三ヶ月がたった。

 なのはは現在も入院中である。そんななのはのリハビリはとても厳しいもので、周りの友人や両親はいつもハラハラしていたそうだ。この娘は、一度言った事は必ず実行する。

 

「また、空を飛びたい」

 

 なのははそう言い、黙々とリハビリをはじめた。もはやリハビリという言葉など生ぬるい、己にストイックな、まさに拷問、それほど厳しいものだった。それでもなのはは自分に科した訓練として一度として弱音を吐かず、なんとこ三ヶ月で日常生活をこなせるレベルまで回復する。なんとも驚異的な回復力である。

 しかし、これに驚いたのは医師達だ。最悪、日常生活もままならないと医師達は診断していたものだから、三ヶ月と言うスピードにただ驚くばかりだったという。

 

 

 そんなある日、ヴィータは悩んでいた。

 なのはに”あのこと”を言うべきかどうかを。あのこととは、なのはが撃墜された日の事、その顛末である。

 あの墜落された日、なのはは隊員から応急処置を受けている途中で気を失っていたらしい。つまり、ヴィータと隊員の会話も聞いておらず、それどころか自分がコンドウ曹長によってアンノウンから助けられたことも覚えていないのだという。それほどの過労で任務に就いていたことに、そうなる前に止められなかった事をヴィータは悔いる。

 だが、優しいなのはのことだ、コンドウ曹長のことを知ったら自分を責めるに違いない。だからといって、なのはに事実を知らせないということは出来ないのだ。真実を知る義務が、責務がなのはにはある。

 なのはには辛いことだが、そうしなければコンドウ曹長が報われない、とヴィータは考える。なにしろ事の当事者なのだから。そんなことを考えながら、あー、うー、と唸りながら歩いていたらいつの間にか病院についてしまった。

 

 今日の見舞いはヴィータ一人だ。いつもならなのはの友人達や家族数人で病院へ押しかけるのだが、今日に限って皆仕事や学校などで都合がつかなかったのだ。

 ちょうどいい。

 今日話そう。

 よし決めた。

 そう決めた!

 ヴィータはウッシ!と拳を握り気合をいれ、病院へ入った。

 

 さて、あの事件の顛末であるが、ヴィータは誰にも話していない。実は、あの事件のあと関係隊員達にかん口令が敷かれたのである。アンノウンという不確定情報のこともあり、あの事件は機密事項となった。ヴォルケンリッターのヴィータの主でもある”夜天の王”八神はやてに事件の顛末を聞かれると、つい口が滑ってしまいそうになるが、はやてもあの事件が機密事項になったのを知っており、あまり詳しくは聞いてこなかった。

 ただ、怪我をした隊員の名前をやたら聞きたがっていた。親友である高町なのはを助けてくれた恩人に対し、一言礼をしたいと思っているからなのだが。もちろん、あの日の事件の参加隊員の名前も秘匿事項なので教えることはできない。同じく時空管理局の局員である八神はやてもその辺の事情は重々承知しているため、渋々ながら引き下がった。

 

 ―――そんな事を思い出しながら歩いていると、とうとうなのはの病室についた。いくら日頃の鬼気迫るリハビリによって日常生活ができるまで回復したとはいえ、そこはやはり病人。大事をとって、あと一週間は入院しなければならないらしい。

 ちなみに、なのはは一般病棟にいる。最初こそ個室だったのだが、なのはを一人にすると勝手に無茶苦茶なリハビリをしようとするので、誰かが目を光らせないといけないということになり、一般病棟に移されたのだ。

 ヴィータは病室に入り、同室の患者さんに会釈をしながら部屋の一番奥のベッドに向かう。そして、大人しくベッドの上で上半身を起こし本を読んでいる目的の人物、なのはに声をかける。

 

「よ。なのは」

 

 すると、なのはは本から目を離し、ヴィータの方へ顔を向け笑顔になる。

 

「ヴィータちゃん。今日も来てくれたんだね!」

 

「・・・っ」

 

 ヴィータは一瞬揺らぐ。この笑顔が、悲しみに染まる話を、今からしなければならないことに。

 しかし、それでもなのはには知ってもらいたい。なのはの命を助けた人間のことを。

 そして、彼がどうなったのかを。

 なのはには強くなってほしい。

 心も、体も。

 

 だから―――

 

「なあ、なのは・・・話があるんだ・・・大事な、話が・・・」

 

 ヴィータは真剣な表情で切り出した。そして、その覚悟が伝わったのか、なのはも笑みを消し、手に持っていた本を閉じる。

 

「なに?ヴィータちゃん?」

 

 

 なのはは姿勢をただし、真剣な表情をした。

 そして、ヴィータの知るコンドウ曹長の現状と、顛末をなのはに話した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 コンドウは漂う。

 全ての境界が曖昧な世界で、一人漂う。自分という形成が曖昧になり、この世界と溶け込むように漂う、色のない世界。

 そもそも色とは人間が視覚で捉え、脳内にて変換するのだ。

 人間とは基本原色を3色しか認識できないという。ならば、現状はどうだ?

 何とも形容しがたい、見たこともない色、いや、これは果たして白と言えるのか?

 そんな如何でもいいような、とても重要な事のようなことを脳の片隅で考えながら現状把握を行う。

 

 俺はどうなったのだろうか・・・

 高町教導隊員がアンノウンに襲撃された・・・

 いつもより精細を欠いた動きの彼女は、撃墜されて・・・

 俺が高町教導隊員から一番近かったから墜落している高町教導隊員を助けようと抱きかかえて・・・

 

 ―――ああ、アンノウンに腹刺されたんだったか?

 そこからは記憶が曖昧だな・・・

 どうやったのか、なんとかアンノウンを撃墜して・・・

 アンノウンが爆発して・・・

 爆発を直で受けて・・・

 死んだな、と思ったんだったな。

 

 ・・・ん?

 俺は生きてるのか?

 というか、ここはどこだ?夢?

 ・・・ま、いいか。

 ―――もう寝よう。

 

 疲れた―――

 

 そう思った瞬間、彼のいた世界は一遍。

 曖昧な世界から、情報の激流という地獄に投げだされた。

 

 

 ダイスケ・コンドウ 陸曹長 18歳

 

 地球名は 近藤 大輔

 

 彼の心は壊れてしまっている。

 誤解を招くような言い方だが、これは彼の生い立ちに関わることなのだが、近藤は第97管理外世界「地球」極東地区日本の出身である。

 彼の両親は彼が6歳の時に次元犯罪者に殺されている。そんな彼自身も次元犯罪者に斬られ、瀕死の重傷を負った。そのときの出来事が彼の体に傷を残すとともに心をも壊し、破綻者としてしまったのだろう。その後、奇跡的に管理局に保護され一命を取り戻し、魔法資質を見出され管理局に入局する。

 

 さて、彼の心が壊れていると言ったが、具体的には彼の恐怖という感情がである。恐怖自体は感じるのだが、恐怖にも大小がある。それこそ「仕事の失敗」という恐怖と「命の危機」という恐怖には大きな幅があるのだが、彼にとって二つの恐怖はイコールであり、感知するには難しい感情になっているだ。そもそも幼少時代の事件により、自身の死に対しての恐怖があまりにも希薄なのである。だからこそ、アンノウンに襲撃され落ちていくなのはを恐怖を感じることなく、躊躇なく助け、アンノウンによって腹に穴を開けられたのだろうが。

 

 そんな破綻者である彼は、現在危篤状態にある。

 

 右腕切断

 右眼球欠損

 内臓破損

 全身の火傷、打撲

 墜落時の骨折数箇所

 背骨が破損していないのが唯一の救いだろう。

 それでも生きているのが不思議なくらいである。

 

 それには理由があった。

 天文学的数字の偶然と、彼の普段からの研究成果「デバイスのブラックボックス解析」による奇跡。

 

 その奇跡が、彼を生かし、そして彼に全てをあたえるのだ。

 奇跡は彼に三つつの力を与える。

 

 ―――ひとつは

 『希少能力(レアスキル)』を。

 それは自身の身を滅ぼす諸刃の剣でもある力。

 

 ―――ふたつめは

 デバイスのブラックボックス封印解除による『アルハザードの知識習得』。

 

 ―――そしてみっつめの力。

 世界を、宇宙を、この世のありとあらゆるものを、過去、現在、未来を知るということ、理解するということを。その力を知る人はそれをこう呼ぶ。

 

 ―――― アカシックレコード ――――― と。

 

 

 

 

 危篤状態の中、彼の脳に膨大な情報が流れていく。

 

 ―――いたい!

 痛い!

 イタイ!

 いたい!

 痛い!!

 神経が焼けただれるようだ!

 目の前が焼けたフィルムのように茶色く、そして黒く、穴を開けていく。

 体を皮膚を、肉を焼いていく。

 むき出しの神経を容赦なく突き刺す激痛。

 激痛が絶え間なく続く。

 脳がかき混ぜられる。

 眼球を握りつぶされるような痛み。

 爪をすべて剥がされ、指を砕かれるような痛み。

 内臓をミキサーでかき混ぜられるような痛み。

 

 体中の穴という穴から血が流れ出る。

 体中が痛い!

 止むことのない激痛という拷問に、コンドウは叫ぶ。

 いやだ!もういやだ!痛いのはいやだ!!

 なんでこんな痛みを受けなきゃならない!

 いったいいつまでこんな痛みに耐えなきゃいけないんだ!?

 彼は狂ったように叫ぶ。

 

 いつからか、いつまでか。

 一分なのか、一日なのか、それとも一年なのか、終わることのない痛みの地獄に叫び続ける。

 しかしその叫びは声にならない。

 声が出ない。

 いくら口をあけても、喉をならしても、口からはただただ、息を吐く音しかしない。

 気がおかしくなる。

 いや、おかしくなったほうが楽だ。

 ああ、楽になりたい。

 殺してくれ!

 もう楽にしてくれ!!

 

 ―――俺を、殺してくれ!!

 

 その瞬間全ての痛みが消えた。

 

 全てが白になる。

 世界が、変わる。

 そして、近藤はすべてを理解する。

 

 ああ―――――

 そうか―――――

 俺は全てを手に入れたのか―――――

 

 そして意識は闇へと堕ちた



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第3話

 近藤が目を覚まして3週間経った。現在は一般病棟へ移動したが、この病室には近藤一人しかいない、何ともさびしい空間であるが、しかし彼はあまり人付き合いが上手いともいえないので良しとしよう。

 彼はあの事件後、約2週間意識不明の重体だった。そしてようやく目を覚まし、意識がハッキリしてきて、自分の置かれている状況を理解、納得するのに1週間を要した。

 

 ―――まず、右腕がない。

 感覚はあるのに、そこにあるべき自分の腕がない。脳が理解を拒否する。

 俺の腕はどこだ?

 なぜない?

 人間は本来あるべき部位がないとどうなるかおわかりだろうか?

 脳が腕の欠如を認識しないのだ。だから、視覚的にないのに、脳内では認識してしまう。頭がおかしくなりそうになったが、義手を用意するということで自分を納得させることに成功した。

 

 ―――次に、右目が無い。

 これは、意外にもあっさりと状況把握し納得した。彼の右目には、何故か彼の所持していたストレージデバイスのコアがめり込んでおり、また何故かそのコアが彼の肉体と癒着、融合してしまい、剥離不能の状態だという。つまり、コアを無理に取り外せば、自分も死ぬということだ。だがそんな状況に、ああ、と近藤は納得する。

 

 近藤は重体の最中、情報の激流にのまれた。その情報は、ストレージデバイスから流れ出たものだったものである。自分が生きているのは、このコアが『自身』のブラックボックスを解放し、『自分』を生き永らえさせてくれているのだと。ストレージデバイスには人口知能・AIが無い。

 しかし、近藤にはストレージデバイスがこう言っているように思えてならない。

 

「生きろ」

 

 ―――と。

 

 ここで、デバイスの『ブラックボックス』について説明しよう。

 そもそも、デバイスには『コア(核)』というものがある。人間で言う、心臓や脳の部分に当たる。大体が宝石のような形状をしているそのコアはその形状を真似て待機状態にしている人が多い。

 実はこのコア、旧暦以前からなんら変わらない精製方法で作られている。これには諸説あるのだが、未だに生成方法が変わらないのは、ただ単にすでに合理的に確立された製法をこれ以上改善する必要がないというのが大筋の見解である。

 だが、これは言い換えれば、コアの中身は失われた旧暦以前の情報―――『空白の歴史』が入っている可能性がある。

 

 それが、『ブラックボックス』だ。ところがこのブラックボックス、非常に高等なプロテクトが掛かっており、このプロテクトを解いて解析を成功したと言う話は聞いたことが無い。それに、別に取り外してもなんらデバイスには支障もなく、デバイス技師たちには『なんだかよくわからないモノ』や、『ゴミ』などといわれる始末。最近の研究結果では、『旧暦以前のデバイス技師によるお遊び、もしくは消し忘れたゴミ』みたいなことが発表され、それが世間一般の常識となってしまったのである。

 だが、コアの精製方法は旧暦以前と変わらないというのは前述したとおりなのだが、これには一つ問題がある。コアを精製すると、必ず『ブラックボックス』という『ゴミ』がついてくるのだ。

目下、これがデバイス技師達の悩みの種である。

 次に、ストレージデバイスとインテリジェンスデバイスの違いだ。これの最たる違いは、量産か、オーダーメイドかの違いにある。インテリジェンスデバイスとは、その名の通り、人口知能が搭載されている。その人工知能が学習し魔導師の補助を自ら考え行うという優れものだが、如何せんコストが馬鹿高い。

 そして、これが結構コアの内容量を食う代物で、インテリジェンスデバイスを作る技師は大抵その『意味不明』のブラックボックスを取り外し、その空き領域に人工知能を埋め込む。ストレージデバイスの場合、量産のためコアについては一切手をつけず、ブラックボックスを入れたまま、一般局員に配布される。これは、ブラックボックスの取り除き作業には手間と時間がかかり、量産のストレージデバイスに対してそんなに時間をかけられないというのが本当のところだが。

 

 そして近藤はストレージデバイスを使用している。曹長と言う肩書きではあるが、実は彼、あまり魔法量は多くない。前回の魔力検定試験でも、ギリギリやっとAランクにアップしたところなのだ。

本来の実力ならばBランク程度である。

 それでも彼は飛行魔法が行使できるという稀有な人間であった。大体飛行魔法は先天資質Aランク未満の魔導師が行使するということがかなり難しく、時間と金がかかるのだが、近藤は何故かすんなりと飛行魔法を習得できた。それは、日頃から魔法に対して研究を重ね、魔力の体内循環機能の見直しや、デバイスの調整、魔法の省エネなどを繰り返し、自身にできるある結論に到達した研鑽の賜物であることは想像に難くない。

 

「削れるところはとことん削り、使うところでガッツリ使い、魔力一滴残さずカスまで使い尽くす」

 

 その結論を、魔力の有効活用を、己の身で実践した。そしてその研究の中にブラックボックスの解析も盛り込まれていたのである。

 もちろん、一介の局員程度が長年研究者たちが解析できなかった問題を解析出来るはずも無い。だが彼は諦めることなく無限書庫へ行き、ありとあらゆる旧暦以前関連の書物を読み漁り、ブラックボックス解析の有力情報をかき集めていった。

 そして、あるひとつのキーワードが導き出された。

 『アルハザード』である。

 アルハザードとは、既に遺失した古代世界であり、卓越した技術と魔法文化を持ち、そこに辿り着けばあらゆる望みが叶う理想郷として伝承される場所である。現存を信じる者たちは少数ながらも存在し、彼らによる片道渡航の試みは後を絶たない。そういう場所なのだ。当然といえば当然の話で、アルハザードは一部の研究者からは『全ての魔法文化の始まりの場所』とまで言われている。

つまりブラックボックスを解析すれば、アルハザードの情報を得られる可能性がでてきたのだ。

 近藤は、何百というプロテクトをひとつひとつ、それこそひとつのプロテクト解除に1ヶ月なんてこともザラで、それでも諦めずに解除していった。そんな解除作業途中に今回の事件が発生し、天文学的確率で奇跡を手にし、残り約800(あくまで表面上)のプロテクトを全てすっとばして開放、さらに自身と融合してしまった。

まさしく結果オーライ、棚からぼた餅状態だ。

 

 ―――さて、現在の近藤はこれまた高町なのは同様、医師達が目を疑うような状況にいる。

 

 目覚めて3週間、骨折していた部分が完治までいかないにせよ、すべてくっついた。火傷も痕が残らず、綺麗に傷跡ひとつ無い。ただし、古傷、昔の次元犯罪者に斬られた傷は残っているが。内臓も回復し、点滴、流動食から一般食へと変わった。近々右腕に義手を付け、本格的なリハビリを開始する予定である。最初の包帯だらけから驚異的な回復である。

 実は近藤の体には異変が起こっている。なんと、デバイスコアと融合してしまったのだ。

 そのため、人体の新陳代謝の速度がより遥かに速い魔力自己修復機能、つまりデバイスが破損した時にコアが魔力を使用して自動修復する機能を近藤の体に使用しているのである。つまり、彼の体は人間の体でありながら、コアによる魔力補助を受けているという、いわば魔法生命体に近い存在となってしまってるのだ。魔法生命体、それは以前の闇の書であった時のヴォルケンリッターのような存在である。。

 

 ―――そして、近藤が目覚めてから1ヶ月。

 近藤の入院する病院に、二人の管理局の人間がやったきた。近藤の上司、ヤン・パオ三佐とリンディ・ハラオウン提督である。

 

 今更ではあるが、近藤はアカシックレコードを覚醒してから、まだ一度も使用していない。理由としては、自分の身体状況確認と回復に専念する必要があり、能力確認まで手がまわらなかったためである。

 だから、これから彼に下される現実と社会の残酷な仕打ちの事など、まだ知る由もないのだ。ヤン・パオ三佐と、リンディ・ハラオウン提督は、近藤の病室に着きベッドで横になっている近藤を確認するなり、前置きもなく彼にこう言った。

 

 ―――――――――

 

 ダイスケ・コンドウ

 

 戒告処分

 陸士113部隊から第46無人世界へ異動

 軍曹への降格

 

 ―――――――――

 

「・・・え?」

 

 いきなり処分だけを言われて少し混乱するが、すぐに考える。

 処分?

 何故?

 何故、処分を受けなければならない?

 俺は何かミスをしたか?

 

 訳がわからない。

 リンディ提督は無言のまま、混乱しつつも状況把握をしている近藤を悲痛な面持ちで見つめている。近藤は、まず聞かなければと、ヤン三佐に問いかけた。

 

「どういう事ですか?何故自分が処分を受けなければならないのですか?」

 

 冷静に言ったつもりだが、声が少し震えていた。

 

「貴様の作戦ミスによる高町なのは教導隊員負傷に対する処分だよ」

 

 近藤の問いに、ヤン三佐は眉間にシワを寄せ、不機嫌だということを隠しもせず吐き捨てるよう言う。

 

 作戦ミス?

 なんだそれ?

 高町隊員の負傷が俺のせい?

 なんだよそれ!?

 

「ちょっと待って下さい!作戦ミスってなんですか!?自分はその高町隊員との合同任務のときはいち隊員であり、作戦など立てておりません!それに高町隊員の負傷というのがあの戦闘時での負傷ならば、アンノウンとの交戦によるもので自分も高町隊員を救出した際に負傷しています!」

 

 近藤は事実をヤン三佐を述べるが、しかし、それをヤン三佐はフンと鼻をならし、腕を組みバッサリと切り捨てる。

 

「貴様の怪我は自業自得ではないか」

 

 そして続けざまに、おかしなことを口にしだした。

 

「よくもまあそうスラスラと嘘がつけるものだな。近藤軍曹」

 

 見下すようにヤン三佐はコンドウを見て、顔をしかめる。

 

「あの若さでAAAという天才魔導士をキズモノにし、彼女の経歴に泥を塗っておきながら、なお自分の保身に走るか!」

 

 ヤン三佐は突然怒鳴りちらすが、当然近藤はわけがわからない。そんなヤン三佐に反して、リンディ提督は目を閉じ、眉間にシワをよせていた。

 

「貴様がいくら自分に都合のいいデタラメを述べようと、こちらには証拠がある!」

 

 ヤン三佐は近藤を指差し唾を飛ばすほど叫ぶ。

 

「証拠?」

 

 近藤が聞き返すと、リンディ提督の眉間のシワがより深く刻まれ、なにか痛みに耐えるかのような表情をしている。しかし今の近藤にそんなことを気にする余裕もなく、証拠という言葉に怪訝な表情をする。

 すると、近藤の前にモニタが現れた。なにかの映像を流し見せるようだが、証拠というのが映像なのだろうか?

 そして、近藤は目の前に映し出される映像を見て絶句する。

 

 映像には、自分が無茶な特攻をアンノウンにかけ、そして無惨にアンノウンにやられ、それに高町隊員がとばっちりを受けて一緒に墜落していくという映像だった。

 

「これはあの作戦時の他の隊員達のデバイスに残っていた映像記録だ。全員にこれと同じ映像が記録されている」

 

 ヤン三佐は無表情で告げ、言葉を続ける。

 

「この映像が動かぬ証拠で、今回の件の全てだ」

 

 吐き捨てるように言う。

 そこまで言われて近藤はわかってしまった。ヤン三佐は事実を知っている。そして知りつつも、近藤を叱責し罵倒する。それで導き出される答えは一つ。

 

 ―――ヤン三佐は俺を切り捨てるつもりなのだ、と。

 

 高町隊員の経歴に汚点を残さないために、今回の件を全て俺のせいにして治めてしまおうという魂胆だ。先程流された映像もコンピュータグラフィックスで作られたフェイクで、恐らく隊員全員のデバイスに残されていた映像記録も消去、もしくは改ざんされているだろう。そしてあの作戦時の隊員全員に箝口令を敷けば、真実は闇の中だ。

 つまり、トカゲの尻尾切りである。

 

 近藤は驚愕の事実にショックを受け俯き、身体を震わせる。もともと色白な顔が今は真っ青になっていた。黒く長い前髪が垂れて目元を隠し、表情が伺えないが容易に想像できる状況だ。手や背中から汗が吹き出て、握っているシーツに力を入れ、より多くのシワがよる。

 

「・・・そんなに・・・高町隊員の経歴が大切ですか・・・」

 

 声が震えている。あれだけ信頼を寄せていた上司に、こうもアッサリ切り捨てられるとは思ってもみなかったため、ショックが隠せない。嘘だといってほしかった。

 しかし―――

 

「当たり前だ。貴様のような、掃いて捨てる程いるBランクの凡人よりも、彼女のような何もせずにAAAの天才のほうが大事に決まっているだろう」

 

 無情にも現実は残酷で。

 

「彼女はこれからの管理局を支えていく大事な存在だ、貴様と違ってな。そんな彼女に小石による躓きなどあってはならんのだよ」

 

 言葉の刃が近藤の心を刺し貫いていく。

 近藤は顔を上げることができない。それを見たヤン三佐は、フンと鼻を鳴らしもう話すことはないとばかりに病室を出て行こうとする。しかし、何か思い出したのかピタリと立ち止まり、振り返りもせず言った。

 

「貴様の荷物は退院まで隊舎に置いておいてやる。さっさと退院して引き取りに来い」

 

 そう吐き捨て、病室を出て行った。

 

 

 

 

 ヤン三佐去った後、広い病室には近藤とリンディ提督の二人しかいない。しかし、お互い口を開こうとせず、ただ無言の重い空気だけが流れる。

 近藤の元々華奢な体が、うなだれている姿が今にもポッキリと折れてしまいそうな、そんな危なげな雰囲気が漂う。近藤は俯いたまま動かない。

 リンディ提督もそんな近藤を痛ましげに見つめるだけで、喋ろうともしない。

 ・・・どれ程無言の時間が経っただろうか。近藤が力無くポツリとしゃべりだす。

 

「・・・リンディ提督・・・」

 

「・・・なにかしら?大輔君」

 

 近藤を大輔と呼ぶリンディ提督。

 実は、近藤が6歳の時の事件の時、保護したのはリンディ提督の船「アースラ」だった。そして、ある男性局員が近藤の保護責任者として名乗りをあげた。その男性局員はアースラのクルーであったため、近藤もリンディ提督とは顔見知りであり、リンディ提督にも近藤と歳の近いクロノという子供がいたため、小さい時は母親変わりとして接していたのである。ちなみにであるが、近藤は普段は地球での名前である「近藤大輔」で通しているが、書類や正式な場などではミッドの方式を採り「ダイスケ・コンドウ」としている。

 

 そんな近藤が、管理局の勝手な都合で未来を潰されたのだ。リンディ提督は俯き力無く話す近藤の姿に心を痛める。なんと儚い姿か。今にも折れて、消えてしまいそうな希薄な姿に、リンディ提督は息を呑む。

 

「自分のしたことは間違っていたんでしょうか・・・」

 

「いいえ。あなたは間違っていないわ」

 

 近藤の問い掛けに優しい口調で答えるリンディ提督。

 

「自分がもっと強かったらよかったんでしょうか・・・」

 

「いいえ。たとえ大輔君に力があったとしても、あの時のアンノウンに勝てたとしても、現状が変わっていたという保証はないわ」

 

 近藤がシーツを握る手に力を込める。

 

「俺は・・・切り捨てられるために・・・管理局に入ったんですかっ・・・!」

 

「―――っ、いいえ!違う!」

 

 悲痛な叫びにも、そう答えるしかできなくて。

 

「じゃあ!なんで!なんで!!俺がこんな仕打ちを受けなきゃならないんだ!!」

 

 近藤は叫び、涙を流しながらリンディ提督を睨む。リンディ提督は苦しそうに顔を歪め、揺れる瞳で睨むコンドウを見据える。

 

「ごめんなさい」

 

 そして、深く頭を下げて謝った。何を言っても言い訳になる。言えば余計に近藤を傷つける。なんとか助けたかった。でも助けられなかった。自分の力が足りなかった。

 そもそも、リンディ提督は時空管理局の「本局」と呼ばれる次元世界(そら)の管轄でる。対して近藤は時空管理局の「地上部隊」と呼ばれる各主要地上世界(りく)の所属なのだ。この本局と各地上主要世界には大きな軋轢が生じている。ここでは多くは語らないが、つまりは同じ時空管理局とはいえ、本局と各主要地上世界は犬猿の仲なのだ。そんな本局所属のリンディ提督が、地上所属の近藤を弁護しようとしても、それは無意味。そもそも本局預かりの高町なのはを巻き込んだ元凶とされる地上の近藤を、本局の提督という要職についているリンディが弁護すること自体が異常なのだ。結果、リンディの弁護は意味をなさず、近藤を守ることができなかった。

 だがリンディ提督は何も言わない。近藤にとって、そんな過程は関係ないのだから。だから、ただ、謝罪するだけ。

 

「ごめんなさい」

 

 近藤は、リンディ提督のその姿を見ると、ガックリと力無くうなだれ、ポツリとつぶやく。

 

 

 

「・・・アルハザードの知識を手に入れても、これじゃあ・・・」

 

 

 

「・・・え?」

 

 

 

 リンディ提督はおもわず顔をあげる。

 近藤はこの一言が、まさか自分の運命を時代の大きなうねりの中へと導くということを、この時まだ知るよしもなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 近藤とリンディ提督のやりとりから2ヶ月後、病室でヴィータがなのはに”あの事件”の顛末を話した。とはいえ、ヴィータがなのはに話した内容は、知る限りの事件の全容とコンドウの容体のみであるが。

 話を聞き終えたなのはは、悲しみに顔を歪めていた。

 

「私のせいで・・・近藤さんがそんな大怪我を・・・」

 

 なのはは今にも泣きそうな顔をしている。自分の体調がもっと良ければ。自分が無茶をしなければ。自分にもっと力があれば。なのはの頭にはそんな後悔の念ばかりが浮かぶ。

 

 ヴィータはそんななのはを悲しそうな顔で見つめる。なのはのそんな顔は見たくない。なのはには笑っていてほしい。でも、なのはには強くなってもらいたい。今回の出来事を乗り越えてもっと強くなってもらいたい。だからこそこの話はどれだけつらくても聞いてもらわなければならないのだ。

 ヴィータはそんなことを考えていると、カツカツと靴の音が近づいてきた。

 

「あら、どうしたのかしら?そんな暗い顔して?」

 

 病室の入口から聞き覚えのある声がしたので、なのはとヴィータは声のした方に振り向くと、そこにはリンディ提督が立っていた。

 

 

 

 

 

「―――どうしてですか!?」

 

 なのはは声を荒げ、リンディを睨む。

 

「そうだ!あいつはなんも悪くねー!!」

 

 ヴィータも大声をだし、リンディ提督に詰め寄る。しかし、リンディ提督は少しキツイ口調言い放つ。二人が激昂する理由、それは近藤の処分である。

 

「それが組織なのよ。理解しなさい。それに、これは決定事項。もう覆らないわ」

 

 すでに彼は軍曹に降格し異動しているしね、と付け加え、二人を相手にしない。

 なのはもヴィータもそんな言葉で納得できる訳がない。なのはを庇い、大怪我をした挙げ句、なのはのミスをなすりつけられて、降格、左遷だという。それなのに、なのは自身はお咎めなし。

 さらに今回の事件が一週間後にはマスコミに情報公開されるらしい。管理局にいいように捩曲げられた捏造情報を、正式な情報としてである。白いものでも黒と言えば、それは黒になる。それが組織であり、今の管理局である。

 

「それが大人の世界、あなた達のいる世界なのよ」

 

 淡々と感情のない言葉が、理不尽な世界がなのはの心に突き刺さり、とうとうなのはは泣き崩れた。

 

「―――っ!そんなのってないよーっ!」

 

 叫びながら泣き続けるなのは。

 なんて理不尽な世界だろう。

 なんて身勝手な組織だろう。

 なぜ自分には力がないのだろう。

 なんて無力なのだ、高町なのは。

 ただ泣くしかないなのは。

 

 ヴィータは身体を震わせ、握っていた拳に力を入れ、やり場のない怒りにダンッと壁を叩く。

 

「―――ちくしょー!!」

 

 自分のふがいなさを責め、憤慨する。

 

 親友を救えず、親友の恩人も救えず。

 なんなんだ、あたしは。

 くやしい、くやしい。

 くやしい!

 でも思いは届かず、

 ただ、ただ叫ぶしかなかった。

 

 リンディ提督もそんな悲しみ絶望するふたりをただ見ているしかなかったのだった。

 

 

 

 

 そして物語は8年後へと移り、彼等は未曾有の事件に巻き込まれる。

 

 

 それは、運命か、神の悪戯か。

 

 

 想いが交錯し絡まりあう。

 

 

 すべては原初の魔法が導く物語なり。



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第4話

「うーん・・・」

 

 

 時空管理局古代遺物管理部機動六課、通称「機動六課」の長たる八神はやて二等陸佐は、目の前のモニタを見ながら、まだ少女の面影残る端正な顔をわずかに歪め唸っていた。

 

「どうしたですか?はやてちゃん」

 

 はやての横でお茶を飲んでいる、人形のように小さいはやてのパートナー、ユニゾンデバイスたるリインフォース・ツヴァイは、難しそうな顔をしてモニタとにらめっこしているはやてに対し大きくクリッとした瞳を向け尋ねる。

 

「・・・いや、さっきメールで辞令の通達がきたんやけどな」

 

「ふむふむ、それで?」

 

 リインがうんうんと大きく頷く仕草にはやてはフッと微笑み、リインの前にモニタを展開する。

 

「まあ見てみ」

 

「んー・・・」

 

 リインが顎に指かけて真剣な表情でモニタの字を読んでいく。途中まで読んだところで、モニタから目を離しはやてを見てこう言った。

 

「えーと・・・機動六課に一人隊員さんが来るですか?」

 

「そやね」

 

 短く答えるはやて。

 

「で、誰が来るですか?」

 

「・・・それがわからへんのよ」

 

 リインの問いにはやては苦笑し、モニタをツンツンとつつきながら、ほれと辞令を指さしながら困った顔をして言う。

 

「辞令には、その転入者の名前が書いてないねん」

 

「なんですかそれ?書類の不備ですか?うっかりさんですか?お茶目さんですか?」

 

 呆れた顔をし、かわいらしく毒を吐くリインを、はやては笑って答える。

 まあ、言いたいこともわかる。本来正式書類において、記入漏れなどの不備があった場合、無効とされても文句は言えない、それほど社会における書類というのは大事なものなのだ。

 

「いや、それはどれもない思うよ。だって差出人がな・・・」

 

 そう言い、モニタの下のほうを指差す。そこには差出人の名前が書いており、その名前を見たリインはすこしウンザリとした顔をする。

 

「あー・・・レジアス中将ですか・・・」

 

 どうやらリインはレジアス中将という人物に苦手意識があるようだ。

 

「この人に限って、書類不備なんかせん思うよ」

 

 真面目な顔ではやては言う。レジアス中将は他人に厳しく、自分にも厳しいを地でいく人だ。こんな書類不備なんてミス考えられない。

 

「まして、うっかりとかお茶目とかは・・・なあ?」

 

 はやてとリインはレジアス中将の顔を思い浮かべる。あのオールバックに、ゴツゴツしたヒゲモジャのコワモテに、うっかりやお茶目という言葉が似合うだろうか?

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「・・・くっ!」

 

「・・・ぷっ!」

 

 どんな想像をしたのか、プッと息を漏らす二人は肩を震わせ、声を噛み殺して笑う。

 

「あかん、レジアス中将があの顔でペロッと舌出して『いやー、うっかりうっかり、てへぺろ!』なんて言うてんの想像したら・・・ぷーっ!」

 

 ついに耐え切れなくなり、机をバンバン叩いて大声で笑うはやて。相当失礼なことをいうはやてではあるが、それにしてもえらい言われようのレジアス中将である。

 

「はやてちゃん笑いすぎですよー!プププッ!」

 

 そうはやてを諌めるリインも、口を手で押さえて笑っている。しばらくして満足したはやては、はーっと一息して落ち着かせ真面目な顔に戻る。

 

「まあ、転入者の名前が書いてへんのはともかく、なんかあからさまやな・・・」

 

 溜息をつくはやてではあるが、レジアス中将の思惑がみえみえなため眉に皺を寄せ不満げな声を出す。

 

「監視・・・ですよね?」

 

 リインは少し困った顔をしてはやてに聞く。

 

「せやな。そもそもレジアス中将は機動六課の在り方を快く思ってないからね。常に監視して私等のアラさがして、潰そういうんやろ」

 

「困ったですね・・・」

 

 過剰な戦力を一か所に集中させることを是としないレジアス中将。そもそもレジアス中将はレアスキルや巨大な魔力を個人で持つ物に良い印象を持っておらず、集団で安定した戦力、規律守る組織を望んでいるのだ。そこはまた本局と地上との軋轢が原因でもあるのだが、それはこの際置いておこう。

 はやてとリインは面倒臭い人物に目を付けられたことに頭を悩ませ、腕を胸の前で組んで同時にハァと溜息をついた。そこでリインは、そういえば、と思い出したように顔をあげはやてに顔を向ける。

 

「で、その隊員さんはいつ来るですか?」

 

「・・・」

 

 はやては答えない。難しい顔をして、口がへの字になっている。

 

「・・・はやてちゃん?」

 

 ハァと、もうひとつ溜息を吐き、辞令とは別のファイルと画面に展開させリインに見せる。

 

「・・・明日や」

 

「・・・え?」

 

 そこに書かれている日付は明日になっている。さらに、出向前に荷物整理ともろもろの手続きのために前日に隊舎へ向かわせるとも書かれていた。

 

「も少し言うたら、今日こっちに挨拶に来るらしい」

 

「・・・ええー!?」

 

 リインは驚きのあまり飛び上がる。まあ、普段からふよふよ浮いているが。

 

「なんですかそれ!?急すぎるです!辞令出すの遅すぎです!サプライズすぎます!やっぱりレジアス中将さんはうっかりさんです!お茶目さんです!ドジっ子さんです!!」

 

 両手を振り上げてプンプンと怒るリインを見て、はやてはまあまあとリインを宥めようとするが、一度癇癪を起こしたリインは止まらない。

 

「リイン・・・言いすぎやそれ・・・」

 

 自分のことを棚にあげて、苦笑するのだった。

 

 

 

 

 そんなはやてとリインのやり取りと同じ時間、機動六課の隊舎の前で男が一人、荷物を地面に置いて隊舎を眺める。

 黒い髪を短く刈り上げ、肌は日に焼けて黒い。体つきもガッシリして、太い首、広い肩幅、分厚い胸板など、服の下は鍛え上げられた肉体があることが容易に想像できる。時空管理局の制服を着ているので、局員であることは一目瞭然なのだが、ただ一部分、目をひくパーツがある。彼の顔の右目部分は大きな黒い眼帯がされていた。顔立ちはハンサムというわけでもなく、かといって不細工でもなく、お人よしの優しそうな目元をしているのだが眼帯が全てを台なしにしている。

 

「機動六課か・・・」

 

 誰に聞くでもなく、つぶやく男性。

 

《(ここが新しい職場ですか?ご主人様)》

 

 そこへ、透き通るような美しい女性の声が念話で男に問い掛け、それに対し、ああ、と短く答える。

 

《(じゃあ、ここに私の妹?がいるのね!)》

 

 女の声質に似合わない、子供っぽい喋り方で聞く。

 

「(そうだな)」

 

 男はやはり短く答える。

 

《(会いたい!すぐに会いたいの!会いに行くの!)》

 

 女の声は男をまくし立てる。

 

「(ダメだ)」

 

《(えー!?やだやだ!会いに行く!会いに行くの!会ってお話するの!!こっちの仕事も飽きたしー!!)》

 

 男は短くバッサリ切り捨てるが、すかさず抗議の声があがる。

 

「(今はまだダメだ。というか、お前仕事してないだろ。『あの人たち』も困ってたぞ)」

 

《(・・・いずれ会わなければならなくなるということですかご主人様?それと、私は仕事をしたら負けかなと思ってますから!)》

 

 女性の声が急に真剣な声音に変わるのだが、後半のセリフがその真剣さを台無しにさせる。しかも仕事の理由が働いたら負けとかもうダメ人間だ。まあそこはスルーする男。大人な対応である。

 

「(そうだ。まあ、まだまだ先だけどな)」

 

 そう言い、声の主を納得させようとするのだが、しかし・・・

 

《(やだ!)》

 

「(え?)」

 

《(やだやだやだ!!私は今会いたいの!もしくは、さっきご主人様がここに来る途中で通り過ぎた店の、シュークリームが食べたいの!)》

 

「・・・」

 

 自分の欲望に素直な声の主に呆れつつ、しょうがないと笑みをこぼす男。

 

「(わかったよ。八神二等陸佐への挨拶を終わらせたら買いに行こう)」

 

《(えー、それじゃあしょうがないのね!シュークリーム20個で手打ちにしてあげるの!)》

 

「(・・・腹壊しても知らないぞ)」

 

 明るい声の主がヨダレを垂らして、にやけてる顔が容易に想像できるので溜息混じりに言う。

 

《(デザートは別腹なの!)》

 

 などと宣う。

 なんだ?胃が二つあるのか?というか増えたのか?一度内臓をじっくり研究させてほしいものだと考えつつ腕時計を見ると、もう時間だと話を切り上げる。

 

「(ほら、もう行くぞ。大人しくしてろよ、ていうか仕事しろ)」

 

《(いや!)》

 

 明るく拒否され、苦笑しつつ男は隊舎の中に入っていった。

 

 

 

 

 シャリオ・フィニーノ一等陸士は浮かれていた。それはもう、スキップをして、鼻唄を歌うほどに。スキップをしているシャーリーを見た他の局員は、なにか可哀そうなものをみるような憐憫の眼差しをシャーリーに向けていたが、当のシャーリーはそんなこと気にすることなく、ご機嫌にスキップを続けていた。

 

(フンフンフン♪いいパーツが手に入ったわ!これでみんなのデバイスも、より効率的になるわ!)

 

 デバイスマイスターのシャーリーは、デバイスの稀少パーツを手に入れご機嫌だ。しかし、この気分が天国から地獄へ急落するとは、この時予想もしていなかった。そう、たまたま受付担当がほかの対応に追われていて、ロビーでたまたま近くを歩いていた暇そうな人間に見えたという偶然が、彼女を地獄へ転落させる。

 

「あの、すいません」

 

 シャーリーは後ろから声かけられ、クルリと勢いよく体ごと振り向いた。

 

「はいっ!なんですか?」

 

 ニコニコと笑顔で答え、声かけてきた人を見た次の瞬間、シャーリーの笑顔がピシッと音を立てて凍りついた。目の前の人物があまりにも衝撃的だったためだ。

 日焼けした黒い顔、ガッシリした大きい体、なにより、顔半分を隠すほどの大きな眼帯。シャーリーは恐怖し、混乱した。

 

(え?え!?なに?なにこの人!?暴力団のひと!?武闘派な人!?やだっ怖い!)

 

 制服を見れば多少誤解も解けるだろうが、シャーリーはパニックになって、制服を見る余裕も無くしている。

 そもそも、時空管理局にがっしりとした筋肉質、ボディビルダーのようないわゆるゴリマッチョな男性局員というのはあまり存在しない。それは、現場担当の隊員は魔法依存が顕著であり、あまり筋力というのを必要としないためである。なぜなら、筋力は魔力によって肉体強化という手段が取れるからである。それほど魔法が万能であり、力の象徴でもあるのだ。必要なのは魔法運用の演算能力、精神力と体力であるため、必然と筋力というものは二の次になってしまうのである。だからこそ目の前に佇む筋骨隆々、いわゆるゴリマッチョな男が異質に見えるのだろう。

 人見知りをしないといわれるシャーリーがこれほど混乱するということは、相当インパクトが強かったのだろう。

 

「あの、お尋ねしたいんですが・・・大丈夫ですか?」

 

 シャーリーが一人で混乱していると、心配になって見かねた男が聞いてきた。シャーリーは混乱したままで、背筋をピンと伸ばす。

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

 なんか変な声を出して答えた。男はそれを無視した方がいいと判断し、要件を言うことにした。紳士である。

 

「八神二等陸佐はどちらにおいででしょうか?」

 

 シャーリーはその名前を聞いてビクッとした。

 

(・・・え、なに?八神隊長に用事?まさか、殺し屋!?ヒットマン!?鉄砲玉!?八神隊長の命(タマ)を殺りにきたの!?)

 

 シャーリーは地球の極道映画等が好きなのだろうか?というか、堂々と玄関から乗り込んでわざわざターゲットの居場所を聞くような、礼儀正しい殺し屋もいないと思うが。

 しかし、シャーリーは落ち着いて受け答えをする。

 

「や、八神隊長に、ど、どどどのようなご用件でしょうか?」

 

 若干声が震えているのはご愛嬌か。

 

(八神隊長は私が守る!この命にかえても!)

 

 シャーリーは心の中で一代決心をして男に戦いを挑んだ。

 しかし、返ってきた言葉は、彼女の決心の斜め上を行くものだった。

 

「いえ、明日より機動六課へ転入となりましたので、ご挨拶にと思いまして」

 

「・・・・・・は?」

 

 シャーリーは固まった。



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第5話

「え、えっと・・・転属って言いました?」

 

 シャーリーは頬をヒクつかせて聞き返す。

 

「はい。そうです」

 

 男は当然と言わんばかりに答える。シャーリーは自分の耳がおかしくなったのかと、耳を指で穿る。

 

「あ、明日からウチに来るんですか?」

 

 耳を穿る手を止め、シャーリーは変な汗をかいた。それこそ滝のように、とめどなくドバドバと。

 

「はい。そう言いましたが?」

 

 短く答える。男は、何を言ってるんだ?という顔をしている。シャーリーはその顔を見て「幻聴」ではないと確信した。

 

「・・・ちょっ、ちょっと待って下さい!今、隊長に確認をとりますから!」

 

 シャーリーは慌てて確認をとるため八神はやてを呼び出す。しばらくしてシャーリーの前にウィンドウ画面が展開し、少女の顔が映しだされた。

 栗色のショートに切り揃えた髪に、クリッとした大きな瞳が特徴の、人当たりがよさそうな、いわゆる美少女を呼ばれる分類に入るであろう少女。彼女こそが機動六課の部隊長たる、八神はやてである。

 

『ん?なんや、シャーリー。なんか報告か?』

 

 八神はやては、年相応の可愛らしい笑顔でにこやかに微笑み聞く。

 

「あの・・・実はですね・・・今ですね・・・明日から転属してくるって言ってる人が・・・ですね・・・八神隊長に挨拶をしたいと言ってましてですね・・・」

 

 シャーリーはしどろもどろに報告する。報告しながらも彼女の背中は緊張で大量の汗が噴出しておりぐっしょりしていた。

 

(お願い!嘘だと言って!私こんな怖そうな人と仕事できない!)

 

 とんでもない理由だが、彼女なりに必死なシャーリーは目を閉じ、心の中で祈る。しかし、神様とは残酷なものなのだ。

 

「ん?・・・ああ、もう来たんか?了解や。隊長室に通してあげて」

 

 シャーリーは、ガラガラとなにかが崩れていく音を聞いた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 いま、隊長室にははやて、リイン、シャーリーと転入者である男の4人がいる。

 全員無言だ。

 そして空気が重い。

 はやては顔を引き攣らせ、男のある部分、眼帯を見ている。リインは涙目になって、はやての背中に隠れて男の眼帯を見ている。シャーリーは顔が青く、やつれ、メガネがずれつつも男の眼帯を見ている。

 

 対して男は直立不動ではやてを見ている。はやては一瞬、どこの海賊さんですか?と口にしそうになり、慌てて自分の手で自分の口を押えた。

 はっきり言って怖い。

 どこが?

 当然、眼帯と体格だ。

 管理局の地上局員が着ているブラウンの制服を纏っているにもかかわらず、その体格はまずお目にかからない程の筋肉質。身長自体180センチ程であろう、平均男性より少し大きめ程度なのだが、その鎧と見間違えるほどの筋肉が、より体を大きく見せ相手に圧力をかけ、さらに眼帯というこれまた滅多に見ないアイテムをより迫力あるように演出させ恐怖心を煽る。よく見れば、優しそうな目をした親しみのある顔なのだが、顔の右半分を覆う眼帯がそれを認識させない。というか、全員そんなにじっくり彼の顔を観察する余裕などないのだ。この空気をなんとかせねばと、はやてがよしと気合を入れ口を開く。

 

「えー・・・と、どちらさん?」

 

 言葉がだんだん小さくなっていくのはご愛嬌として、とりあえず名前がわからなければどうにもならないと、右手の平を上にして手を男に向け、喋ってくださいと促す。

 

「はっ!自分はダイスケ・コンドウ三等陸尉であります!八神はやて二等陸佐殿!」

 

 ビシッと音が聞こえそうな敬礼をして、大音量で返ってきた。あまりの大音量に部屋の空気が揺れ、はやてはビクッと体を硬直させ、リインとシャーリーは「ヒィッ」と悲鳴をあげてはやての背中に隠れる。はやては後ろから服が引っ張られ、痛い痛い破れる破れると呟く。

 

「あ、あー・・・こ、声が大きいんは結構なんやけど、もうちょいボリューム下げてくれません?それと楽にしてください」

 

 後ろの二人も超ビビっとるしな、と心の中で付け足し、はやては両の手の平を水平にし、上下に動かし、音量を下げさせるジェスチャーをする。はやて自身もビビッていたのだが、ほかの二人が自分よりビビッており、それを見て逆に冷静になっていく。

 

「はっ。申し訳ありません」

 

 音量を下げて謝罪し、休めの姿勢をとる近藤。その姿を見て、皆次第に気持ちが落ち着いきたのだろう、このダイスケ・コンドウという男を観察する。

 

(・・・なんや、よう見たら優しそうな顔しとるやんか。筋肉と眼帯で台なしやけど)

 

(・・・よく聞いたら、優しそうな声してるです。筋肉と眼帯のインパクトのせいで気がつかなかったです)

 

(よく見たら、すごく礼儀正しい人だなー。筋肉と眼帯のせいで最初の印象最悪だけど)

 

 それぞれの感想が、すべて筋肉と眼帯のせいになっていた。そして大分落ち着いたのか、思い出したかのように、はやては近藤に質問する。

 

「あ、それでやね、えー、コンドウさんのことやねんけども」

 

「はい?自分が何か?」

 

「ああ、そんな畏まらんでええよ。コンドウさんの方が私より年上やろうし」

 

 たしかに、近藤は26歳ではやては19歳。年はかなり離れている。しかし、近藤はそれを是としない。

 

「いえ、年齢は関係ありません。部下が上官を敬うのは当然のことです」

 

 なんとも取り付くしまもない返答である。はやては苦笑し、とりあえず辞令の不備について聞くことにした。

 

「まあ、ええわ。それで早速なんやけど、レジアス中将からの辞令なんやけどコンドウさんの事一つも書いてないんよ。レジアス中将に限って書類不備なんてそんなミスするとは思えんし、なんか知ってはるかなー、思てね」

 

 近藤は、はやての言葉に少し考えた風の格好をし、一つの可能性を導き出した。

 

「おそらく辞令を作成した局員のミスでは?レジアス中将は指示するだけでそういう書類を作成するのは人事課ですからね」

 

 はやては、なるほどと感心した。だが、そういう書類の不備もレジアス中将のミスとなりえるのだから、一概に人事課の局員にミスを擦り付けるのもよくない。はやてのそんな考えが透けて見えたのか、コンドウがレジアス中将に報告しておくと共に、自身の書類を提出するということでこの件は終わりとなった。

 

 

 

 

 

「うん、今のところはこんなところかな?」

 

 

 近藤に異動の手続きをさせ終わり、はやては書き込まれた大量の書類を確認する。

 

「じゃあ、正式な異動は明日からやから、今日は宿舎に戻って荷物の片付けとかしといたらええわ。明日は隊長達とのミーティング時に顔見せするから、少し早くココに来てくれるか?」

 

「了解しました。八神二等陸佐殿」

 

 近藤はまたもやビシッと音が聞こえそうなほどのキレのある敬礼をする。

 

「堅苦しいなー」

 

 はやては近藤の態度に溜息をつき、指を眉間に持っていく。はやての横でリインとシャーリーもうんうんと頷く。

 

「あのな、別にタメ口にしろとは言わんから、もっと柔らかくならん?」

 

「善処します。八神二等陸佐殿」

 

 ブレることなく真面目に返す近藤に対して、はやては眉をピクリと動かす。近藤の態度が気に入らないようだ。

 

「コンドウさん、ここは機動六課やねん。だから、私のことは二等陸佐やのうて、隊長言うてくれる?」

 

「了解しました。八神隊長殿」

 

 近藤の四角四面な返答に、はやて、リイン、シャーリーの三人は口をへの字にして、近藤を見た。

 

「うーん・・・なんやろう、なんかバカにされとる気がする」

 

「リインもそう思うです」

 

「私も・・・」

 

 真面目に答えたのに、三人のあまりの捻じ曲がった受け取られ方に真面目な近藤は慌てて訂正する。

 

「いえ、決してそんなことは!」

 

 両手を前で振りながら弁解する姿に、はやてはクスっと笑い、なんや、かわいいとこあるやんかと思いつつ、冗談だと言った。それを聞いた近藤は、ホッと胸を撫で下ろし、そんな姿に三人はそれぞれ笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、さっきも言ったけど、他の隊長や隊員への挨拶は明日するいうことで、今日は終わりにしよか」

 

「了解しました。それでは、失礼します」

 

 近藤は再び敬礼をして隊長室を出ていった。

 

 

 

 

 近藤が部隊長室を出ていき、程なくしてシャーリーも仕事にもどって行った。現在部隊長室には、はやてとリインしかいない。

 

「・・・なあ、リイン?」

 

「なんですか?はやてちゃん 」

 

「・・・ホンマにあの人が監視者なんやろうか?」

 

 首を傾けて呟くはやて。

 

「考え過ぎだったですかね?」

 

 リインも首を傾ける。近藤はっきり言っては容姿が目立ち過ぎており、監視などには全然向いていない、とはやては思う。監視は目立たず、影から覗き人の良いところ、悪いところを報告するのが仕事だ。はやてにはどうも、近藤が影でコソコソしている姿が想像できない。それに、とはやては思う。

 

(なんやろうか、あの人と話してたらホッとするねんな・・・)

 

 近藤から改めて提出された自身の書類を眺めるはやて。

 

 そこには「ダイスケ・コンドウ」という名前の横に「近藤 大輔」という地球の漢字で書かれており、懐かしの文字を使った名前を発見したはやては、少し驚いた。

 

(あのひと地球出身・・・しかも日本かいな・・・また何やら運命というか、皮肉というか・・・)

 

 いつの間にか夕焼けが部屋に差し込み、白い部屋がオレンジ色に染め上げられ、座る椅子にもたれかかり傾く太陽を窓から眺め思うのだった。

 

 

 

 

 近藤は宿舎に向かうため一人で歩いている。

 

「(どうだった、会話を聞いてみて第一印象は?)」

 

 前を見て歩きながら、見えない相手に念話で聞く。

 

《(うーん、なんか頼りない感じかな?)》

 

 オブラートに包み隠すということを知らないストレートな答えが返ってくる。

 

「(仕方ないさ。八神隊長はまだ19歳、捜査官をしていたから多岐にわたる仕事の経験は多いながらも人生経験は浅い。それに、あの融合機も生まれてそう日にちが経っていないみたいだしな)」

 

《(お子ちゃまなの!)》

 

「(いや、実際の稼働時間で見たらお前の方が年下だからな)」

 

 元気よく返す女の声に、にべもなく返す。それが気に触ったのか、子供扱いされたことに腹が立ったのかプンプン怒り出した。

 

《(むー!むーむーむー!ひどい侮辱なの!はつげんのてっかいをよーきゅーするの!)》

 

 両腕をブンブン振り回し、頬を膨らましている姿が容易に想像できたので、そういうところが子供なんだと、つぶやく。

 

「(さ、そんなことより、宿舎に行って、荷物整理が終わったら夕食を食べにいくぞ。なにが食べたい?)」

 

 その言葉に先程の怒りも何処へやら、元気ハツラツな声でこう言った。

 

《(ケーキ!)》

 

「(・・・夕食って言ったよな?)」

 

 近藤は呆れるように聞き返す。

 

《(パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない!昔の偉い人の有り難い言葉なの!スバラシイ言葉なの!)》

 

「(・・・肉にするか)」

 

 軽くスルー。

 

《(肉!お肉!賛成!霜降り!カルビ!マトン!食べ放題なの!)》

 

 ・・・マトン?

 

「(その後で、シュークリームを買いに行くか)」

 

《(やった!シュークリーム!30個ね!)》

 

 ・・・10個増えてる。

 

「(そうと決まれば、さっさと部屋を片付けるぞ)」

 

《(りょーかいなの!)》

 

 近藤は、脳に響く元気な声と共に宿舎に向かったのだった。

 

 

 

 ―――その夜

 

《いたいー、おなかいたいー、流石に80人前はやりすぎたー。胃薬ー》

 

 とかなんとか言う女の泣き声が宿舎から聞こえたとか。



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第6話

翌日の朝、機動六課の隊長と副隊長は、八神隊長の部隊長室に招集されていた。

 

「どうしたのはやてちゃん?今日のミーティングは総ミーティングじゃなかったよね?」

 

 はやてに問いかけるのは、教導隊の白い制服を纏うサイドポニーの女性。柔らかい雰囲気の彼女は『管理局のエースオブエース』と呼ばれる、機動六課スターズ分隊隊長「高町なのは一等空尉」である。

 ちなみに総ミーティングとは、各分隊が総て集合しミーティングを行うことである。大体この総ミーティングは半月に一回程で行われている。普段は各分隊単位で隊長、副隊長が申渡し、スケジュール報告等を行い、それをもとに今日一日のスケジュールで訓練や事務を行うのである。

 

「実はな、今日からウチに転属してくる人が来るんや」

 

 その為の臨時ミーティングである、とはやては付け加えなのはに説明する。

 

「え、今頃転属?そんな予定あったの?えらく急だね」

 

 そう言う女性はロングの金髪が美しい、落ち着いた感じの雰囲気持ち、執務官の黒い制服を纏う、機動六課ライトニング分隊隊長「フェイト・T・ハラオウン執務官」である。

 

「いや、急遽地上本部からの異動や。ちなみに通知は昨日来た」

 

 はやてはそう言い苦笑する。

 そんな言葉に含まれる、諦めというか悩んでいるというか、そういった空気を敏感に感じ取り、ピクリと片眉を吊り上げ反応したのは、ピンク色の髪をポニーテールにした、意思の強そうな瞳を持つ女性、地上の一般局員が多く使用するブラウンの制服を纏う機動六課ライトニング分隊副隊長「シグナム二等空尉」は、はやてがそういった態度をとってしまう人物の名前を口にする。

 

「レジアス中将ですか?」

 

 シグナムのストレートな発言にはやては苦笑しながら首を縦に振り肯定する。

 すると、オレンジ色の髪を二つ、三つ編みにした子供のような容姿の、ブラウンの制服を纏う機動六課スターズ分隊副隊長「ヴィータ三等空尉」が、手を頭の後ろに組み呆れたようにため息をついた。

 

「・・・あのオッサンよっぽどウチが嫌いなんだな」

 

 自分たちに直接レジアス中将から隊員を配属ということは、つまり自分たちを監視させることが目的だということがアリアリと透けて見える。自分のところの忠実なイヌを機動六課に張り付かせ、アラ探しをして機動六課を解散させるつもりなのだろう。あからさまな人事異動になのはとフェイトは苦笑し、シグナムとヴィータは憮然としている。

 はやてはそれぞれの反応に苦笑つつも、とりあえずは臨時ミーティングの理由を告げる。

 

「それでや、とりあえずその人を紹介しとかなあかん思て、みんなを集めたワケやねん」

 

 はやての言葉に、四人は頷く。

 

「じゃあ、これから呼ぶけど・・・一つだけ言うとくで。気をしっかり持ちや」

 

 四人は、人差し指を立てて注意事項を言うはやての言葉の意味が分からずに、首を傾げる。

 

「見た目にビックリするけど、泣いたらダメです!」

 

 リインがはやての言葉に付け足すが、ますますわからず、はあ、とそれぞれ気のない返事をする。とりあえず注意はしたので、はやてはモニタを介して近藤を呼び出す。

 

「あ、近藤さん?うん、もうええよ。こっち来て。隊長達に紹介するから」

 

 なのはとヴィータは、はやての言った名前にピクッと肩を震わせた。

 

(・・・コンドウ?)

 

 コンドウ

 

 その名前は、自分たちにとって罪そのものであり、罰を受けるべき名。なのはも、ヴィータもその名前を一日たりとも忘れたことはない。

 自分たちのせいで人生を無茶苦茶にされた人。

 自分たちの罪を被せられた人。

 

 自分たちが助けられなかった人。

 

(・・・まさか・・・)

 

 ミッドチルダを含め、時空管理局が管理している世界では珍しい響きの名前。同じ姓であるという可能性もあるが・・・

 そんなことを二人が考え耽っていると、プシュッと軽快な音と共に、隊長室のドアが開く。

 

 そして部隊長室にいたなのは、フェイト、ヴィータ、シグナムの四人は、入室してきた近藤を見て固まる。

 それは何故か。

 皆顔の右半分を隠すほどの眼帯と、鎧と見間違うばかりの盛り上がった筋肉にくぎ付けになったのだ。

 

 そして、近藤は前日にはやてに行ったのと同じ自己紹介をする。

 

「本日より!機動六課へ配属となりました!ダイスケ・コンドウ三等陸尉であります!よろしくお願いします!」

 

 ビシッと音が聞こえそうな敬礼をし、大音量の挨拶。はやては四人が予想通りの反応を取ったことに、満足そうな顔をした。

 

 フェイトは「ヒッ」と短く悲鳴をあげ、シグナムの背中に隠れる。

 シグナムは「ほう、なかなかいい面構えだ。ハキハキした喋りも気持ちいいな」と、好印象だ。

 

(・・・シグナム、あんた将来男で苦労すんで)

 

 そんなことを思う主のはやてだった。

 

 そして、なのはとヴィータは顔を真っ青にして震えている。

 

(・・・?)

 

 しかし、それははやての期待する恐怖という感情の震えではないような気がした。なんだ?と考えていると、リインがふわふわと浮かびフェイトをからかい始めた。

 

「フェイトさん、情けないですね~♪」

 

 リインはこれでもかというくらいニヤニヤしながらフェイトの周りを飛び、からかっている。シグナムが溜息を吐きつつ、リインに馬鹿にされながらもなお自分の背中に張り付いて隠れるフェイトに呆れた。

 

「何をしているんだ」

 

「・・・怖い・・・」

 

 カタカタ震え、涙目で短く答えるフェイト。まあ、それも仕方がないかもしれない。身近にザフィーラという体格の良い守護獣(男)がいるはやてでさえ、近藤にはビビッてしまったのだから。

 フェイトは優秀な執務官として様々な任務をこなしてきた。それこそ凶悪次元犯罪者と戦うことなどザラである。そんなフェイトでさえ、近藤の持つ鎧のような過剰な筋肉と、恐怖心を煽るかのような眼帯はインパクト抜群であり、凶悪犯罪者にもなかなかいない人物像なのだ。事実、フェイトは今まで近藤程のガタイの良い人間と接したことがない。

 前述したが、時空管理局の局員、特に武装局員の資質にはそれ程筋力というものを必要としない。それは、武力行使の手段が「魔法」であるが故である。

 体格の良い、鍛えられた肉体を持つものは確かに存在するし、実際地上の武装局員は半分以上がたくましい体を有している。地上の最高権力者と言われるレジアス中将などは、歳のせいか最近では腹が出て肥満のように見えるが、実はかなりの筋肉を持っていおり、現在も維持し続ける努力をしているのだ。若き日の彼と、かつての彼の親友との『ポージング対決』とプロの格闘家さながらの『拳での語らい』は当時地上本部の名物だったらしい。

 だがそれはあくまでトレーニングや任務で作り上げられたナチュラルな筋肉、肉体であり、一般常識の範疇での肉体である。対して近藤はその範疇を超えた筋肉なのだ。例えるなら、ボディービルダーだろう。

 魔法は万能である。肉体強化なんて魔法もあるくらいで、魔法行使能力=強者という図式が簡単に成り立ってしまうほどだ。武装局員に必要なのは、魔法を行使する際の高い演算能力と精神力、そして体力である。そこに、鎧のような過剰な筋肉増強は必要ない。

 そしてそれは次元犯罪者たちにも当てはめることができる。次元犯罪者、つまり違法魔導師達も、魔法行使能力=強者という図式を常識ととらえ(実際時空管理局が管理する各次元世界での常識である)、純粋な肉体強化など無視している。

 それになにより、近藤はいい意味でも悪い意味でも「男臭い」のである。フェイトやその親友、家族などの周囲にはこれほど男臭い異性などいなかった。義理の兄であるクロノ・ハラオウンは中世的で童顔、まあ家族ということもあるが、あまり異性という意識はなかった。親友であるユーノ・スクライアも同様である。

 そんなフェイトの常識から外れた男が目の前にいるのだ。執務官とはいえ19歳の小娘であるフェイトに、怖がるなと言う方が難しい。それを、リインはニヤニヤ顔をさらに強めフェイトをからかい続ける。

 

「も~、フェイトさんは弱虫さんですね~♪」

 

 はやては、前日のリイン自身の失態を棚に上げフェイトをからかう姿に呆れた。

 

「リイン、あんたも昨日泣いとったやないか」

 

「わーっ!はやてちゃん、しー!しー!」

 

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、段々部隊長室が賑やかになってきた。そこに話題の人物である近藤がポツリとはやてに質問した。

 

「あの・・・自分の顔は、そんなに怖いんでしょうか?」

 

 ショックを受けたように落ち込んでいる近藤の姿が。どうも、昨日挨拶に来たときは若干緊張していたようで、周りの反応をわかっていなかったようである。今まで近藤は周囲の人間から怖いなどと言われたこがなかったので、衝撃の事実だったのだろう。そんな落ち込む近藤に、はやては慌ててフォローに入る。

 

「いや、ちゃうねん!顔が怖いんやないねん!ただ・・・その、眼帯と・・ゴリマッチョが・・・」

 

 はやてのその言葉に、なのはとヴィータは眼帯という単語でビクッと体を震わせ、青い顔を苦痛に歪めたが、それに気づく者はいなかった。

 

「申し訳ありません。これは事故での怪我でして。あまりお見苦しいものは見せることも憚れますのでご容赦ください。あと筋肉は任務の賜物です」

 

「ああ、そうなんか。苦労したんやな近藤さんも。でもごめんな、私らあんまり近藤さんみたいなタイプの人に耐性無いから、過剰に反応してしもうて」

 

 申し訳なさそうに謝罪する近藤に、はやても謝る。確かに、先天的にしろ事故や病気にしろ、近藤の眼帯で怖がるというのは失礼極まりないし、お門違いなのは確かである。

 筋肉については・・・仕方ない。うん、仕方ないのだ。そこは諦めてもらおう。

 正直はやてはあまり筋骨隆々に興味がない、というかヴォルケンリッター唯一の男性であり守護獣であるザフィーラをも凌ぐあまりのゴリマッチョ具合にむしろ若干引いているのだが、そこは「子狸」と呼ばれる持ち前の精神力で顔には出さないが。

 

 はやてはなんとか空気と気持ちを変えようと、無理矢理話しを変えることにした。

 

「ああ、ちなみに近藤さんは私らと同じ地球の日本出身やから」

 

「ほう、そうなのか」

 

 はやての付け加えた情報に、シグナムが意外といった顔で近藤を見た。地球、つまり第97管理外世界は、言葉の通り『管理外』であるため、ミッドや関連次元世界との接点は限りなく薄い。なのは達のように偶然魔法技術や時空管理局と出会うくらいしかないのである。同郷出身と聞き、なのははより体を強張らせるがはやてたちは気づかない。

 

「ええ、まあ。自分は小さい頃にミッドに来たので地球の記憶はありませんが」

 

 無暗にプライベートに踏み込むほど親しくないのでそれ以上のことは聞かなかったが、シグナムは主であるはやてと同郷という男により興味が湧いたようだ。さらに時空管理局ではまず見ない鎧のような筋肉と、シグナムのような武人だからこそわかる、滲み出る『強者』の雰囲気に心なしかそわそわし始める始末。そう遠くない未来で、シグナムは近藤に模擬戦を申し込むことは容易に想像できたので、はやては苦笑した。

 

「そ、それでやね、近藤さんの部隊への配置なんやけど」

 

 なにやら話が逸れたので無理やり戻すように言うはやては、チラッとフェイトを見て、言った。

 

「ライトニング隊の副隊長をしてもらおうかと、思いまして」

 

 言った途端フェイトの顔が絶望の色に染められる。

 

「・・・っ!?・・・っ!!」

 

 声にならず口をパクパク金魚のように開け、首を左右に物凄いスピードで振るフェイト。

 当初はやては近藤を自分の管轄であるロングアーチに配属させることも考えていた。近藤の異動を指示した人物は、自分たちの部隊を快く思わないあのレジアス中将である。近藤のこんなナリを見て忘れがちだが、レジアス中将から送られたスパイである可能性は否定できない。だからこそ自分の手元に置き近藤の行動を監視しようとも考えたのだが、現状それを行うにも部隊の稼働が思わしくないのだ。稼働が思わしくない、つまり人手が足りないのである。ヘルプとして他部署から局員をレンタルしたりしているが、それでも十分な機能を果たしているとは言い難い現状なのだ。現在の機動六課は、それこそ猫の手も借りたい状況であり、スパイ容疑がかかっている近藤でさえ使わないとダメな状況なのである。特に、ライトニング部隊が一番芳しくない。当初の予定していた半分ほどの稼働率なのだ。

 そこで、仕方なく近藤をライトニング部隊の副隊長という位置に据え置くという処置を取った。優秀な執務官であるフェイトならば、近藤の不審な行動も見抜けるであろうという考えもあるし、副隊長という位置に置くことにより何かと隊長や部隊長と接点を持つことになり、そう易々と不審な行動を取ることもできないと考えたのである。

 まあ、副隊長はそれなりに高い立場であるため機動六課の機密に近づく機会を与えることになるが、そこは副隊長での制限をかければ問題ないだろう。という目論見があることを隠しつつ、はやてはフェイトに対し別の理由を言った。

 

「いや、フェイトちゃんが言いたいこともわかるで?でも、ライトニング隊副隊長のシグナムは、なんやかんやで結構留守が多いから、穴を埋めるには丁度ええ思うんやけど。フェイトちゃんの負担も減るやろうし」

 

「そうだな。私もこの部隊に配属されながらも外回りが多く、テスタロッサや主はやてに負担をかけなんとかしなければと思っていたところだ。幸い近藤は中々骨のある奴みたいだし、私の代行も任せて良いと思うが?」

 

 シグナムが外堀から固める形ではやてに援護射撃を送る。しかし、シグナムの中では近藤の評価はうなぎ登りである。それでもフェイトは抵抗する。

 

「で、でも、きっとエリオもキャロも怖がるよ!きっと泣くよ!?」

 

 なんとか回避しようと必死である。

 

「んー、時間をかければ大丈夫やと思うけどなー?」

 

 そんなフェイトとはやてのやりとりを蚊帳の外で見ていた当事者の近藤は、ますます落ち込む。

 

(そうか・・・俺ってそんなに外見が怖いのか・・・)

 

 ここ数年他人との接触が極端に少なかった近藤にとって、この事実はショックだった。

 

 

 

 フェイトははやてとシグナムの攻撃に進退極まり、結局近藤がライトニング隊副隊長になるのを渋々ながら、本当にゴネにゴネて渋々、了承した。はやてが手をパンパンと叩き、皆の注目を自身に向ける。

 

「よし!じゃあ、紹介もしたし、分隊の配置も決定したし、これで、今朝の臨時ミーティングを終わろか」

 

 軽快な声でこの場を終わらせる。

 

「じゃあ、みんな、今日もお仕事ガンバってや!あ、近藤さんは今日は隊舎の中を誰かに案内説明させるから、ロビーで待っててくれるか?」

 

「了解しました」

 

 そう言い敬礼をすると、フェイトががっくり肩を落とし、シグナムがそれをなだめながら仕事をするために部屋を出て行った。しかし、ヴィータとなのはは動こうとしない。二人は未だに顔を青くして所在なさげに視線を漂わせていた。なのはとヴィータは新人フォワードの朝練があるのに一向に動く気配を見せないので、はやてがまだ何かあるのかと思い二人に聞いてみた。

 

「どないしたんや?なのはちゃん、ヴィータ。あの子らの朝練あるんやろ?」

 

 はやてが訝しんでいると、徐にヴィータが俯き加減だった顔を上げ、はやてを見てこう言った。

 

「・・・なあ、はやて。・・・その・・・近藤・・・三尉の隊舎案内だけどさ・・・あたしが案内していいかな?」

 

 少し挙動不審なヴィータが遠慮がちにそう言うので、はやては怪訝な顔でヴィータを見る。

 

「いや、それはべつにええけど・・・どないしたん?」

 

 案内はいいが、フォワードの訓練はどうするのだろうかと考えていると、許可を取ったと判断したヴィータの行動は早かった。

 

「い、いや、なんでもないんだ!じゃあ、あたしがこいつ案内するよ!ああ、ひよっ子達の訓練は忘れてないから安心していいよ。ほら行くぞ!なのはも来い!」

 

 なにやら慌てた風にヴィータは近藤となのはの手を取り部屋を出て行ってしまった。

 

「・・・なんや?あれ?」

 

「・・・ヴィータちゃんああいうのがタイプなんですかね?」

 

 びっくりした顔で、おもわずリインの方へ顔を向けるはやて。

 

「・・・言うたら悪いけど・・・趣味悪いんちゃう?」

 

「それ、ほんと失礼ですよはやてちゃん。でも言いたいことはわかるです」

 

 あの眼帯と筋肉がなあ・・・

 

 とんでもなく失礼なことをハモるはやてとリインだった。



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第7話

 

 今現在、近藤はヴィータに連れられて隊舎の外を歩いているが、なのはは近藤の後ろを歩いており、一度も近藤を見ようとせず俯くばかりである。

 とりあえず、ついて来いと言われたので素直について来ているが、ヴィータとなのはは隊長室を出てから一言も口を開いていない。

 

「あの、隊舎の案内では?」

 

 近藤がもっともな質問を投げかける。はやてが言ったオリエンテーションにより、機動六課隊舎の案内をヴィータとなのはが買って出たのだが、ついて来いと言われてついていったら隊舎外に出てしまったのだから、当然の疑問である。

 すると近藤の前を歩いていたヴィータは、近藤の方を振り向かずにこう言った。

 

「今から空間シミュレータに行って、フォワード連中におまえを紹介する。案内はそのあとだ」

 

 どうやら、先に部隊の部下への挨拶を済ませようということらしい。納得した近藤は、了解しましたと簡素に答えた。

 しばらく歩くとヴィータは急に道を曲がり、ちょうど建物と建物の間に差し掛かったところで、突然歩みを止めた。立ち止まるが振り向きもせず微動だにしないヴィータに、近藤は不審に思い声をかける。

 

「ヴィータ三尉?」

 

 尋ねると、わなわなと震え始めたヴィータがバッと勢いよく近藤の方へ振り向き、急に頭を下げた。

 

「すまなかった!近藤三等陸尉!」

 

 近藤は突然のことでビックリする。当然だろう、何の脈略もなくいきなり腰を90度折り曲げ頭を下げてきたのだから。なのはは近藤の後ろでヴィータの姿を見て今にも泣きそうな顔をしている。

 

「ど、どうしたんですか、いきなり?」

 

 近藤はただ戸惑うばかりである。

 

「・・・8年前、お前はなのはを助けてくれたのに、あたし達はお前を救ってやれなかった!全てあたしのせいだ!気の済むまで、煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」

 

 ヴィータがそう言うと、慌ててなのはがヴィータに駆け寄り庇うかのようにヴィータと近藤間に割り込んだ。

 

「違うよ!ヴィータちゃんのせいじゃない!私が悪かったの!」

 

 そこで一旦言葉を区切り、なのはは近藤に向き直りゆっくりと目を合わせる。

 

「近藤・・・さん・・・」

 

 なのはは震え、言葉も喉から思うように出てこない。

 急激に喉が渇き始め、カラカラになる。

 思考が纏まらない。

 

 一体、自分は何を言いたいのか。

 

 目の前の命の恩人に。

 自分のせいで人生がメチャクチャになった人に。

 

 謝りたい。

 

 本当なら隊長室ですぐに謝りたかった。

 でも声が出なかった。

 震えが止まらなかった。

 見ることができなかった。

 ごめんなさい。

 私のために怪我をさせてごめんなさい。

 私のせいで罪を被せられてごめんなさい。

 私のために、私のせいで・・・

 

 だが謝って何になるというのだろうか?すでに近藤は自分のとばっちりで人生をメチャクチャにされたのだ。過ぎたことに対し謝ることに意味があるのだろうか?それに謝ったところで許してもらえるはずがない。今更謝るという行為は、なのはにとってただの自己満足であり、自分が謝ったという心の救い、免罪符を手にしたいだけではないのだろうか?

 そう考えると、言葉が喉までせり上がりながらも口から声として発せなくなる。

 

「わ・・・たし・・・」

 

 口を開こうとすると、涙が出てくる。関係ない言葉は出てくるのに謝罪の言葉だけが出てこない。

 なのに代わりに涙が溢れてくる。止まらない。言いたいことがいっぱいあるのに、言葉は出ずに、涙が流れるばかり。ただ泣くだけ。

 女の涙は武器だという。男は女の涙に弱いと兄や父が言っていたことをなのはは思い出した。

 

 最低だ。

 意図せず自分は男が弱いという武器を晒し、相手に罪悪感を与えてしまっている。これでは、『自分は悪くない。近藤の自業自得で処分を受けたのだ。こんなことで何故私が心を痛めなければならないのか』とでも言っているようだ。

 私は最低だ。

 

 もうなのははまともな思考すらできず、ただただ震え、涙を流すだけであった。

 

「なのは・・・」

 

 ヴィータはそんななのはの姿を見るしかないかった。なのはは自分で罪を償おうとしている。自分で、自分から。

 

 ヴィータは知っている。

 

 この8年間、なのはは苦しみ続けていたことに。フェイトやはやても気づいてはいたが、自分たちはただ横に立ち支えるしか出来なかった。

 あの事件の真相は闇の中、関係局員全員に箝口令が敷かれた。それはなのはとて例外ではない。8年前にリンディから厳命されたのだ。

 

「また空を飛びたければ、この事は誰にも話さないこと。それができないのであれば管理局から、魔法から離れ元の普通の生活に戻りなさい」

 

 魔法から離れろ。

 

 つまり、二度と空は飛べないということ。

 

 この言葉はなのはにとって拷問のような言葉だった。

 

 ―――結果、なのははリンディの言葉に従い、事件について一言も口にしなくなった。

 

 なのはは、近藤の人生と自分の夢を天秤にかけ『夢』を取った。まあ、実際なのはが声高に真相を訴えたところで、与太話として皆信じないだろう。

 

 逆に、なのはが近藤をかばっているという認識が周囲に印象付けられ、なのはの言葉など誰も耳を貸さず、近藤の印象はさらに悪くなる。

 事実、管理局が発表した捻じ曲げられた事の顛末によって、近藤の評価は最低最悪になった。さらに色々な噂が尾ひれがつき、近藤とは関係ない不祥事や黒い噂さえ近藤のせいとして誤認識され、近藤という人物を最低人間へと変えていったのだ。

 なのはは近藤のそういった噂を聞くと、くちびるを噛みしめ、爪が食い込み皮を突き破り血が出る程拳を握りしめ心に刻んだ。そして一人で、誰も見ていないところで涙を流した。ヴィータはそんな姿をただ見ているしかなかった。ヴィータ自身も近藤のそういった噂を耳にするといい気分にはならなかったし、悔しい気持ちになったからだ。

 人知れず心を痛め、一人泣いているなのはの事を、親友であるフェイトとはやては当然知っていた。だが、二人は何故なのはがそこまで心を痛めるのか理解できなかった。一体誰に何に対して心を痛め泣いているのか?なのははそれについて一言も二人に口にしなかったのだから。頑なに、貝のように。だから、ふたりはただなのはを傍で支えるしかできなかったのだ。

 

「わた・・・し・・・は・・・」

 

 なのははもう顔を上げていることもできず、近藤の顔を見ることができず俯く。そしてポタポタと地面になのはの涙が斑点を作っていく。

 

「・・・」

 

 近藤は目を細め、なのはとヴィータを無言で見つめていたが、しばらくするとフーッと一つ息を吐いた。

 

「高町一尉、ヴィータ三尉」

 

 近藤の、感情のこもっていないように聞こえる声に、なのはとヴィータはビクッと体を震わせる。

 

「とりあえず、落ち着いて話をしましょう」

 

 そう言いながら、ポケットからくしゃくしゃに皺のはいったハンカチを取り出し、なのはに渡す。

 

「何か飲み物でも買ってきましょう。えーと、自販機は・・・」

 

 そう言いながら周りをキョロキョロしていると、ヴィータが飛び跳ねるように手を挙げた。

 

「あ、あたしが買ってくる!お前等、ここに居ろよ!」

 

 そう言うや、ヴィータは風のごとく走っていった。

 

「じゃあ、こちらでヴィータ三尉を待ちましょうか」

 

 そう言ってなのはに近くのベンチに座るように促し、なのははおぼつかない足取りながらも素直にベンチに座り、近藤から渡されたくしゃくしゃのハンカチを握りしめ、俯いている。

 

「ああ、そのハンカチはちゃんと洗ってますから。ただ乱暴にポケットに入れたせいでくしゃくしゃになってるだけですから」

 

 近藤が場の空気を和ませるようにジョーク交じりに喋るが、なのはは俯くばかりで全く反応しない。時々、なのはから嗚咽や鼻を啜る音が聞こえる。

 近藤は小さくため息を吐きなのはの横に座り、なのはの方を向かずにただ前を見て、静かに語りだす。

 

「高町一尉、今更ですが、自分は8年前の事件の事について、なんら後悔はしていません」

 

 その言葉に、なのはは顔を上げ近藤の横顔を見た。それを感じながらもなのはを見ず、近藤は言葉を続ける。

 

「確かにあのとき、辞令を言い渡されたときは納得できませんでした」

 

「あ・・・う・・・」

 

 なのはが何か口にしようとするが、やはりうまく声が出ない。また視線が揺れ涙を浮かべるなのはに対し近藤は、しかし、と言葉を遮られた。

 

「高町一尉は、戦技教導隊であの出来事を糧に後輩魔導士の育成を行い、二度とあのような事が起きないように、皆に自分と同じ苦しみを味わわせないために指導しておられるのでしょう?」

 

 そう言いなのはに向けた顔は、確かに近藤自身が言った通り、後悔はおろか怒りや悲しみなど感じない、穏やかな表情をしていた。なのはは近藤の顔を初めてしっかりと見てグッと声を詰まらせる。

 確かに見た目、顔の右半分が隠れるほどの大きな眼帯と、鬼かと思わせるような盛り上がった筋肉は身を引いてしまいそうな恐怖を感じてしまう。そもそも、なのはの記憶の中に残る近藤とはかけ離れている。

 しかし、目はあの8年前と同じだった。優しげな、曇りのない黒曜石のような瞳だけはまったく、いやむしろ8年前より透き通っていて、すべてを見透かされているような感覚に、なのはは思わす息を呑んだ。

 

「・・・っ、は、はい」

 

 なのはは近藤の雰囲気に呑まれていたことに気付きハッとすると、短く返事をした。すると近藤はニコリと笑いかけこう言った。

 

「過ちを犯すことが罪ではありません。その後ただ悔い、罪に目を背け、何もしないことが罪なんですよ」

 

 その言葉が、なのはの心を優しく癒していく。

 

「高町一尉、あなたはキチンと失敗を糧にして前に進んでいる。それだけで、自分は満足です」

 

 なのはの曇っていた心が晴れていく。近藤はなのはの前にゆっくりと左手を出し、握手を求めた。

 握手の意味、それは―――

 

「自分は高町一尉を赦します」

 

 なのはが一番聞きたかった言葉。自分への救い。それが『赦す』という言葉。誰にも話すことができず、普段は顔にも出さず、だが近藤の誹謗中傷を聞く度に陰で唇をかみ、涙を流し続けた8年。何もできず、無力な自分を悔い、自分の夢を優先した傲慢で汚い選択。悔いしかなかった事件。

 許されることではない。それが自分のあずかり知らぬところで決められた大人の都合だとしても、すべての責任は自分にあると、なのははずっと心に、魂に刻んでいたのだ。

 だが、この一言で、救われたのだ。

 忘れてはいけない。この痛みを。この悲しみを。

 

 でも、いまだけは・・・

 

 なのはは出された近藤の左手を涙で歪む視界で確認すると、ゆっくりと両手で包み込むように取る。

 そして、ダムが決壊したかのように涙が溢れ顔をくしゃくしゃにして、子供のように泣いた。

 

「う・・・ううっ・・・うあぁぁっ・・・っ!」

 

 それは、いままでの苦悩を全て吐き出すようで、両手で包むように握った手に頭を寄せ流れる涙が手を濡らす。

 

「ごめん・・・なさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさいっ・・・!」

 

 なのはは何度もごめんなさいと言い泣き続け、近藤はそんななのはを無言で受け止めていたのだった。

 

 

 

 

 今ヴィータは焦っていた。

 両手に缶コーヒーを3個抱え全力で走ってなのはと近藤のもとへ向かっている最中であるが、それはもう焦りまくっていた。なにせ、飲み物を買いに行くと言ってすでに15分は経ってしまっているからだ。

 

(ちくしょー!なんで近くに自販機がねーんだよ!?結局隊舎の中まで戻っちまったじゃねーか!)

 

 自分が買いに行くと言った手前、どうしても買わなければならないとあちこち探していたら結構な時間が経っていて、急いで戻るハメになったのである。

 ヤバい。

 何がヤバいのか。

 もし、近藤が8年前のことに恨みを持っていて、キレてなのはを殴っていたりしたら、ただ事では済まない。絶対フェイトあたりに殺される。

 本来ならそんなことありえないし、考えもしない。

 しかし、しかしだ。あの外見がその最悪なシナリオを連想させる。ヴィータは部隊長室での近藤の紹介の際、近藤の登場にビックリしたが、あの外見にもビックリしていたのだ。

 

(ありゃその気になれば、素手で熊を殺せるかもしれねぇ。ていうか8年前の面影が微塵もねー)

 

 このヴィータの推論、実は的外れなことではない。実際、近藤は小型の龍種(2~3メートル)くらいならば苦も無く素手で殺せるのだ。これは左遷された世界でのサバイバル生活の賜物であり、これが近藤の肉体を鬼のような筋肉に仕上げる要因ともなっているのだが、今は関係ないことだろう。

 それはともかく、そんな失礼なことを考えていたら、ようやくなのはと近藤が座っているベンチにたどり着いた。

 

「わりい!遅くなっちまった!」

 

 そう言いながらヴィータはなのはと近藤が座っているベンチに近づく。

 

「あ、ヴィータちゃん。おかえり」

 

 なのはが普通に出迎えてくれる。

 

「・・・え?」

 

 ヴィータはなのはの顔を見てビックリした。目元と鼻は先程まで泣いていたせいで赤いが、顔の表情が何か憑き物でも落ちたかのようにスッキリした顔をしている。

 

「お、おい、なのは。へ、変なことされなかったか?」

 

 何かとても失礼な物言いをするヴィータになのはは苦笑するが、まあ言いたいことはわかるのでスルーした。

 

「ヴィータ三尉、自分を何だと思ってるんですか?」

 

 近藤はジト目でヴィータを見る。

 

「まだ何もしていません」

 

「まだってなんだ、まだって。いや、まぁ、その・・・なんだ、スマン」

 

 素直に謝るヴィータになのはは少し驚きつつ、クスッと笑う。

 

「ヴィータ三尉、自分は高町一尉の謝罪を受け、和解しました。あなたも、もうあの事件の事は気にしないでください」

 

 そう言う近藤を、ヴィータは目を大きく開き見て、すぐに隣のなのはに顔を向ける。するとなのはコクンと小さく頷いた。

 

「そ、そうか・・・そうか!よかった、よかった!!ホントに・・・よかった・・・!」

 

 ヴィータは少し涙ぐんで、一人ウンウン頷いて事の解決に喜んでいる。

 

「高町一尉の今穿いているパンツ一枚で手打ちにしました」

 

「えっ!?」

 

「ふぇっ!?」

 

 至極真面目な顔で近藤はとんでもないことを言ったので、驚く二人。

 

「ホントか!?なのは!?」

 

 まさか本当にそんな卑猥な取引をして赦してもらったのかと、ヴィータは焦った風になのはに聞き返すが、当のなのはは目を剥いておもいっきりブンブンと首を左右に振っている。

 

「嘘です」

 

 その言葉にヴィータは呆れ顔、なのはは苦笑した。

 

「おまえな・・・」

 

「セクハラですよ、それ」

 

 セクハラは社会的問題である。パワハラも同じであるが、この手の認定は相互の思想や一般常識が絡むのでなかなか無くならない。そしてこれらが社会で認定されると罰が与えられる。降格、異動、最悪解雇や悪質なものは逮捕までされる。

 二人が近藤をそう諌めるが、当の近藤はどこ吹く風、はっはっはと笑い飛ばした。

 

「はっはっは。自分はこれ以上落ちることもありませんから、平気です」

 

「うっ!?」

 

 グッサーと胸に刺さる近藤の自虐ネタに二人は胸を押さえる。

 

「さあ、仲直りもしましたし、改めてよろしくお願いします。高町隊長、ヴィータ副隊長」

 

 差し出された近藤の左手を見て、なのはとヴィータはお互い顔を見合わせ、再び笑いながらその手を取った。

 

「よろしくお願いします、近藤副隊長!」

 

「頼むぜ、近藤副隊長!」

 

 朝の清々しく澄んだ空気と共に、空は雲一つなく晴れ渡り、新たな『今日』、希望溢れる『今日』が始まる。それはなのは、ヴィータそして近藤の心象を表しているようだった。

 

 

 

 

 その頃、空間シミュレータ訓練場では新人フォワード四人がなのは達を待っていた。

 

「ねーティア、なのはさん遅いねー」

 

「そうね。てコラ、スバル!座ってないで準備運動でもしときなさいよ!」

 

「何か急な用事かな?キャロはどう思う?」

 

「うーん、そういうことがあれば、すぐに連絡入れてくれると思うんだけど、でも私もエリオ君と同じ意見かな?」

 

 なのは達は訓練をすっかり忘れていた。



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第8話

 

 

 

 なのは達はすっかり忘れていた朝練の事を思いだし、急いで近藤を連れて訓練場に向かった。そしてようやく空間シミュレータに到着し、現在指導している4人の新人フォワード達がストレッチを行っているところに近づきゴメンゴメン、と言いながらなのはは四人に近寄る。

 

「みんな、遅くなってごめんね」

 

 なのはは四人に謝るが、四人は聞いていない。みんな視線は近藤に釘付けだ。それに気づいたなのはは、順序が違うがまず近藤を紹介することにした。

 

「ああ、紹介するね。こちら、今日付で機動六課に配属された近藤大輔三等陸尉さん」

 

 案の定、フォワード四人は近藤を見るなりそれぞれ驚く。ティアナは顔を青ざめさせ、硬直。キャロも同様の反応でエリオにしがみつき離れない。ただしスバルとエリオの反応は今までのそれとは異なっていた。

 

「カッコイイ!」

 

 などと言い、目をキラキラしている。エリオなどは、尊敬の眼差しさえ向ける始末。

 

「えーと、それで近藤さんはライトニング分隊の副隊長になります」

 

 なのはの言葉での反応は様々である。エリオは歓喜し、キャロは気絶した。ティアナはホッと安心し、スバルは「いいなー」と指をくわえていた。

 

「では、近藤副隊長、一言お願いします」

 

 なのはがそう促すと、四人は姿勢を正し聞く姿勢をとる。ティアナは切り替えが速いのだが未だ顔色は悪いし、キャロはあからさまに体が震えて涙目である。

 

「本日付で機動六課ライトニング分隊副隊長に任命されました、ダイスケ・コンドウ三等陸尉です。いたらない点などもあると思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 キャロのような少女に怯えられた事にショックを受け、挨拶もトーンを下げて言った。

 

「ティアナ・ランスター二等陸士であります!」

 

「スバル・ナカジマ二等陸士です!!」

 

「エリオ・モンディアル三等陸士であります!!」

 

「グス・・・キャロ・ル・ルシエ・・・三等・・・陸士・・・です・・・うう・・・」

 

「・・・こんなナリでスイマセン・・・」

 

 事前に隊長陣からこの容姿について言われていたので心構えはしていたが、まさか子供にここまで怖がられるとは思っていなかった近藤は、今にも泣きそうだった。

 なんとも微妙な空気が流れる。なのはとヴィータもさすがに近藤を可哀相に思い、パンパンと手を叩き話を切り上げる。

 

「は、はーい、じ、じゃあ、挨拶も済んだことだし、皆、朝練開始しようか!近藤さんはこちらで見学していてください」

 

「よ、よし!おまえら今日もビシバシいくぞ!」

 

「はい!」

 

 ヴィータの声に四人は元気よく返事をする。 そして、なんだかんだと遅れた朝練がようやく始まった。朝練を初めて見た近藤は、朝練とは思えないハードな訓練驚いたがそんなことお構いなしに続けられる。

 近藤はそんな訓練風景を眺めつつ、忙しくメモをとる。ヴィータは近藤に近付き、何をしているのかと手元を覗き込んだ。

 

「何してんだ?」

 

「四人それぞれの魔力の流れを把握しているんですよ」

 

 近藤は答えつつもヴィータを見ることなく、なのはの展開したスフィアに悪戦苦闘するフォワード達の一挙手一投足も見逃すまいと訓練風景を観察しながら答える。

 ヴィータは聞きなれぬ単語に首をかしげた。

 

「魔力の流れ?」

 

「ええ、空戦の局員は大体空を飛べるので魔力バランスはそれほど問題無いんですが、陸士隊員はどうも偏りがありまして、それをいまのうちに矯正できるようにチェックしているんです」

 

「?」

 

 ヴィータは近藤の言葉があまり理解出来ていないようで、さらに首を傾げる。

 

「つまりですね、空を飛ぶとき、魔力をどこに集めますかということです」

 

「あ、そういうことか」

 

 空を飛ぶときに、どこに魔力を集めるか?足?背中?答えは全身だ。

 体全体に魔力を巡らせていないと、空でのバランス、移動などが難しいのである。いくら足に魔力を集めて空を飛んだとしても、上半身が不安定になり、バランスを崩すと空中で上下逆に飛ぶとかマヌケな飛行ができあがる。

 背中の場合は、どうしても手足が吊られているような感じでブラブラしてしまい、踏ん張りが効かないうえに、攻撃や防御体制をとるときに力が入らない。

 そのため、飛行時は体全体に魔力を巡らせ、空中でのバランス、迅速な移動を行うのである。ただ、これはあくまで一般的な飛行方法であって、空中に足場を展開するように『飛ぶ』ではなく『立つ』というやり方もあるし、ジェットのように常に推進し続ける方法もある。まあ、後者は限りなく燃費が悪くおすすめできないが。

 だが、この全身魔力帯状にはもうひとつ利点がある。

 高速移動の際に術者への空気抵抗を軽減させるのだ。戦闘行為中に高速移動を行い、空気抵抗がありすぎて目が開けられないとかでは本末転倒である。

 『空』の局員はそれを自然と身につける。自分の命に関わることであるから当然である。

 その点、陸は全身魔力帯状はあまり浸透していない。空を飛ぶ者が少ないので必要が無いというのが一番大きい理由ではあるが、どうも陸の局員は一点を究極まで引き上げるとか、長所を徹底的に伸ばすやり方が取られていることが多い。

 確かに長所を伸ばすことは悪い事ではない。しかし、この四人はまだ卵だ。いまのうちに矯正しておけば、魔力のバランスが良くなることにより戦いのバリエーションも増える。

 長所を伸ばすのははそれからでも遅くはない。つまりは基本、基礎の地盤固めなのである。

 なるほどと、感心していると、ふとヴィータが疑問に感じた事を近藤に聞いた。

 

「ちょっと待て、魔力の流れを把握してるっつったか?」

 

「はい」

 

「おまえ、魔力の流れが見えるのか?」

 

「はい。ここからでは少し遠いので、大まかにしかわかりませんが」

 

 ヴィータは驚いた。魔力の流れが肉眼で見える人間などいままで聞いたことないからだ。医療器具や訓練に関する測定器ならばそういったものも存在するが、もしそれが本当なら、魔力の集中する場所が把握でき、相手の攻撃を読むことが容易になり、不意打ちや抜き打ちが難しくなるではないか。。

 

「・・・近藤、それはおまえのレアスキルなのか?」

 

 そんな反則技、レアスキルしかないとヴィータは結論付けるが、近藤はヴィータの問いにNOと言った。

 

「いいえ、誰でもできますよ?ただ、少し術式がややこしいしデバイスの補助とマルチタスクによる並列計算が必須ですので、使いこなせるのに時間がかかりますけど」

 

 なんてことを平然と言うものだから、ヴィータは珍しく動揺した。

 

「ちょ、ちょっとまて。そんなスキルあたしは聞いたことないぞ」

 

「ああ、これは以前頓挫して放置されてた術式を自分が完成させたものなので、正式に管理局には報告してませんから。・・・そうだな、じゃあ教えますよ。ヴィータ副隊長ならコツさえ掴めば、すぐ使えますよ」

 

 ヴィータは驚きのあまり、口をポカーンと開けたまま近藤を見つめる。

 

「・・・おまえ、本当に『あの時』の近藤大輔か?8年前のおまえはただの隊員ていうイメージしか無かったぞ?」

 

 ヴィータはおもわず疑いの目を向ける。当然だろう、一般的な陸士隊員が久しぶりに会ってみれば、自分の知らない反則気味のスキルを使えるという。疑うのも無理はない。

 見た目も180度変わってるし。

 

「まあ、時間はたっぷりありましたからね。暇だったんですよ」

 

「ぐっ!」

 

 カウンター気味に近藤の自虐ネタが飛んできて、大ダメージを受けてしまいヴィータは胸をおさえよろめく。

 

「それに、自分はそういう魔力循環機能なんかの細々した事を考察、研究するのが好きですから」

 

「・・・そうか。」

 

 とりあえず、ヴィータはこれ以上聞くと洒落にならないダメージを受けると判断し話を打ち切った。

 

「はーい、整列!じゃあ、今日の朝練はこれで終了!」

 

 ヴィータは近藤とかなり話し込んでいたようで、なのはの訓練終了の声でビックリしていた。

 

「あ、もう終わったのか?じゃあ近藤行くぞ」

 

「了解しました。ヴィータ副隊長」

 

 ヴィータは少し焦ったように近藤に言い、それに従う近藤はなのは達の所へ向かった。

 

 

 

「どうでした?近藤さん。四人の動きは?」

 

 なのはは近藤にフォワード四人の出来を聞いた。四人共砂やほこりまみれのボロボロの姿で近藤を見つめる。近藤は先程書いていたメモを見ながら、総評を述べた。

 

「そうですね、これは全員に言えることなんですが、デバイスに意識が行き過ぎでいるので、魔力バランスが不安定ですね」

 

 一度言葉を区切り、ひとりひとりの評価へ移る。

 

「ティアナ・ランスター二等陸士は、まだデバイスに慣れていないのか少し動きがぎこちなかったですが、全体を注意し冷静に的確な指示を出していたので素晴らしい指揮だったと思いますよ」

 

 ティアナは賛辞を受け、少し照れる。まさかこの『鬼教官×100倍』みたいな非人間のような、まさに『鬼』のような男に好評価を受けるとは思わなかったのだろう。

 

「ありがとうございます!」

 

 褒められてうれしくないはずはなく、少しにやけながら敬礼した。

 

「スバル・ナカジマ二等陸士は動きが大雑把で、無駄な動きが多いですね。あまり考えずに行動し、力に振り回されているという感じがしました。もう少し状況の把握、予測をし動きをコンパクトにした方がいいでしょう。とはいえ、あのパワーと瞬発力は目を見張るものがあります。これからも研鑽をつめば素晴らしいアタッカーになるでしょうね」

 

 スバルも最初こそ欠点をズバズバ言われてへこんでいたが、長所を褒められて満面の笑みになる。

 

「ありがとうございます!!」

 

 げんきんなもので、勢いよく敬礼をした。

 

「エリオ・モンディアル三等陸士とキャロ・ル・ルシエ三等陸士は先の二人より経験値が足りないのか、全体的に未熟さが目立ちました。指示待ちで判断に迷って行動が遅れる所が何度か見受けられましたが、そのあたりは日々の訓練で解消されるでしょう。しかし、エリオ・モンディアル三等陸士の攻撃力はとてもBランクとは思えないほどの突貫力ですね。思い切りもいい。キャロ・ル・ルシエ三等陸士のサポートも中々でした。召喚獣との連携もよかったです。それと、二人は相性がいいのでしょうね、お互いを助け合うという気持ちが伝わってきました。その気持ちを忘れずに、これからもお互いを助け合っていけば、素晴らしいコンビになるでしょう」

 

 エリオとキャロは欠点については自覚していたので素直に受け止め、さらにそこから褒められたことに頬を染め、恥ずかしそうに敬礼した。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 キャロも、近藤の眼帯と筋肉に見慣れたのか、それとも褒められたからか、いつの間にか怖がることも無くなっていた。

 そしてずっと黙っていたなのはとヴィータは、近藤のフォワード達の総評に目を丸くした。一度の訓練の、所見でしかもあの短時間で、長所と短所をキチンと見分けていたのだ。

 

「おまえ、スゴイな・・・」

 

 ヴィータの素直な感想に、なのはは頷くしかなかった。なのは自身、たしかに近藤に話を振ったが社交辞令程度の評価をすると思っていたのだ。しかし、まさかここまで深くコメントをくれるとは思っていなかった。

 

「相手や周囲を観察し、状況を把握し、情報を整理する。そしてそれをもとに対策をたてる。基本ですよ、別に褒められることではありません。経験と年月を積めば誰でもできます」

 

 当然とばかりに返されたので、「はぁ、そうですか」と言うしかなかった。

 

 

 

 そうして最後は変な空気が流れ、近藤の顔見せと朝練は無事終了したのだった。

 

 



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第9話

 朝練が終わり、近藤はヴィータによる機動六課内の案内終えた。その後ヴィータは仕事があると言って別れ、自身もライトニング分隊についてフェイトもしくはシグナムに聞こうとしたところ、丁度昼食の時間となり食堂へ向かった。

 そこへ、丁度ティアナ達四人のフォワード陣と出会い、スバルやエリオに誘われ一緒に昼食を摂ることになった。

 

「へぇ、君達は一度出動したのか」

 

 パンをちぎりながら近藤はそれぞれに聞く。

 

「はい。リニアレール襲撃事件の任務を担当しました」

 

 ティアナは丁寧に近藤の質問に答える。そんな会話の最中もスバルとエリオが大量のパスタを胃袋におさめていくのを見て近藤は、あいつといい勝負だなと心の中でつぶやく。

 

《(ご主人様が失礼なこと考えてるという電波を受信した!バツとして水羊羹買ってきて!てゆーか私のこと放置しすぎ!私放置プレイ好きじゃない!もっとかまってよね!)》

 

 ・・・なんか幻聴が聞こえるが無視無視。しかしあいつどこからそんな下らん情報入手するんだ?今夜じっくり尋問するか?というか仕事しろ。あとで『あの人たち』にお小言もらうの俺なんだぞ。

 近藤は眉間を揉むように指を動かし、これから『あの人たち』に言われるであろう言葉に頭を悩ますのだった。

 

「ガジェットドローンが出て来て大変でした。」

 

 事件を思い出したのかキャロは苦笑いして言う。

 

「アレはAMF(アンチ・マギリング・フィールド)があるからなぁ・・・」

 

 近藤はちぎったパンをスープに浸しながらしみじみ言う。

 

「近藤副隊長もガジェットと戦ったことあるんですか?」

 

 スバルは口の中のパスタをゴクリと一気に飲み込み、食い気味に聞いてくる。

 

「え、ああ。俺は無人世界とか、観測世界とかでの単独駐在仕事が多かったからな。まぁ、二、三度遭遇したよ」

 

 スバルのあまりの食いつき具合に、近藤は若干引きながら言う。

 

「最初の頃はガジェットが目撃されるのは何故かそういう無人世界のようなところが多くてな。製作者の気まぐれか、はたまた運用試験をしていたのか」

 

 近藤はパンを口に入れながら、まったくバカの考える事はわからん、とつぶやくが、そのつぶやきは四人には聞こえなかった。

 

「どうやって倒したんですか?」

 

 エリオが目をキラキラさせて聞いてくる。エリオは近藤がとんでもない武勇伝を持っていると思っているようだが、そんな自慢するほどの事はしていない。やったことと言えば至極単純なことである。

 

「俺は魔力量が少なくてな。さっきの朝練では偉そうなこと言ったが、俺は総魔力量・魔導師ランク共にBだ」

 

 それを聞いたティアナが、えっと驚きの声を上げた。こんな高ランク魔導師達がいる部隊に転属になったのだから、てっきり近藤も高ランクだと思ったいたのだろう。

 

「え、でも、Bランクじゃあガジェットに近づいたらAMFで魔力形成が・・・」

 

 ティアナは疑問を口にする。

 そもAMF(アンチ・マギリング・フィールド)とは、魔力結合や魔力効果発生を無効にするAAAランクの魔法防御である。フィールド内では攻撃魔法はもちろん、飛行や防御、機動や移動に関する魔法も妨害されるという、魔導師にとって天敵とされる防御であり、このAMF濃度が増すほどに魔力の結合が解除されるまでの時間が短縮される。

 つまり、AMFが発生している場所では魔導師は魔法で対処しにくく、命の危険度も跳ね上がるのだ。AMF内だからといって魔法が使えないわけではない。場合にもよるが、使いにくくなるだけなのだ。ただ、それは高ランク魔導師だからこその力技であり、近藤のようなBランク魔導師ではそうはいかない。実際、ティアナ達がガジェットと接触した際は、新たなデバイスの恩恵によるところが大きかったりする。

 デバイスマイスターが心血を注ぎ、自身の持つ技術の粋を詰めたワンオーダーのインテリジェンスデバイスと、支給品のストレージデバイスや素人のハンドメイドとは雲泥の差なのである。 

 ティアナは、近藤がそんな高性能なデバイスを持っているから対処できたのだと結論付けたが、近藤の口からは到底考え付かない答えが飛んできた。

 

「だから、殴って破壊した」

 

「え?」

 

「AMFで魔法が使えなかったから、素手で殴り飛ばして破壊した」

 

「・・・えぇ~・・・」

 

 シンプルイズベストの回答である。魔法による攻撃手段が取れないなら、別の手段で。それが近藤は『素手』だっただけなのだ。

 ティアナはもう少しためになる方法を聞きたかったのだが、まさか肉体行使が来るとは思っておらずショックを受けた。

 だが、近藤の体格を見てみればその回答も納得してしまうのが悲しい。

 

「あ、あの・・・ガジェットの装甲って金属だから素手で殴ったら痛いんじゃあ・・・」

 

 キャロがちょっと的外れな質問をするが、しかしその疑問ももっともだ。ガジェットドローンはいくらAMFがあるとはいえ、機械兵器である。アームドデバイスや、魔法などによる攻撃でもそうそう打ち破れる防御力ではない。まして素手で攻撃すれば皮は破れ、肉は削げ落ち、最悪骨は砕け折れてしまうだろう。

 だが、近藤はまたもや予想を上回る答えを用意していた。

 

「1センチくらいの鉄板なら楽勝だ」

 

 そう言ってグッと拳を突き出す近藤。その拳はゴツゴツとしていて岩のように硬そうで、まさに『鉄拳』と呼ぶに相応しい男の拳だった。

 だがその拳を見たティアナはドン引きである。まず頭によぎった言葉が「こんな拳で殴られたら死ぬ」という明確な恐怖だったからである。

 

「すげー!近藤副隊長パネーッス!!」

 

「ほんとすごいです!!」

 

 なにやら言語がおかしくなったスバルと、賛同するエリオ。二人の瞳は憧れのヒーローを見るかのようにキラキラと輝いていた。

 そんな二人を見て呆れているティアナとキャロ。同時にため息が漏れたのは仕方のないことだろう。

 

「食事中に何騒いでんだ、おまえら」

 

 声のした方を向くと、トレイを持ったはやてやなのは、フェイト達隊長と、ヴィータ、シグナム副隊長、リインがいた。ヴィータは騒がしいフォワード達に呆れた様な顔を向けていた。

 近藤は相手がはやてだと見るや急に椅子から立ち上がり、またもやビシッと音がしそうな敬礼をした。すると、一緒にテーブルを囲んでいた四人も急いで立ち上がり敬礼をする。

 その姿にはやてとリインはため息を、なのはとフェイトとヴィータは驚きの顔を、シグナムは「ウム」と頷き微笑む。はやてはため息をつきながら、楽にしてええよと言い皆を座らせる。

 

「八神隊長達も今から昼食ですか?」

 

 スバルがそう聞くと、はやては清々しい笑顔をフォワード達に向け、ついでに近藤にはジト目をプレゼントした。

 

「まぁ、な。でも仕事がワンサカあるからな。お昼食べたらすぐ仕事や。あ、後で近藤さんにも手伝ってもらうよ」

 

 八神隊長はとてもアリガタイお言葉を近藤に贈る。

 

「それでやねんけど、後で部隊長室に来てくれへん?」

 

「了解しました」

 

 敬礼を行い返事をする近藤。だが、それがはやてには気に入らないようだった。

 

「近藤さん。私昨日言うたよな?堅苦しいのヤメテて」

 

 はやてはニッコリ笑いつつ、しかしその笑顔からは重苦しい重圧が近藤に向けられる。

 

「・・・はい」

 

 近藤はたじろぐ。声も少し小さい。こんな見た目で勘違いされがちだが、もともとこの男は気が小さく、傷つきやすいいわゆるヘタレなのだ。19歳とはいえ二佐であるはやての圧力は、近藤のスモールハートに重くのしかかった。背中に冷たいものが流れる感覚があり、ああ、自分は冷や汗を流しているなと意外と冷静な分析をしていた。つまりテンパっているのだ。

 

「その辺も少し話し合おか、じっくりと、な?んふふふふ・・・」

 

 黒い・・・

 はやては笑いつつ、違うテーブルに向かった。

 

「部隊長ともなるとイロイロあるのだ。察してやってくれ」

 

 近藤の肩にポンと手を置くシグナム。その目は憐憫を纏っていた。

 

 

 

 

 昼食を採り終え、近藤は重い足取りで部隊長室へ向かった。ドアの前でコールし、プシュッと空気の抜ける音と共にドアが開く。恐る恐る入ると、そこにははやて、フェイトとシグナムがいた。

 

「まぁ掛けて」

 

 ソファへの移動を促され、ソファに腰掛ける。

 前のソファにはやてとフェイト、近藤の横にはシグナムが座る。近藤はちらりとフェイトの顔を見た。フェイトはまだ近藤が怖いのか、若干硬い。いや、はやてもシグナムもその表情は先ほどの食堂での和やかな表情ではなかった。

 

「近藤さん」

 

 はやての声音は真剣さを帯びていた。

 

「私は腹の探り合いとか嫌いやから、率直に聞く」

 

 はやての真剣な態度に、近藤は改めて姿勢を正す。

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 フェイトとシグナムもはやての言動を見守る。はやては目を閉じ、フーッと一つ息を吐き、そしてゆっくりと目を開ける。

 

「近藤さん、あんたレジアス・ゲイズ中将が送り込んだスパイか?」

 

 はやては直球ど真ん中の質問をした。はやてもこのまま泳がせるか悩んだのだが、モヤモヤした気持ちでいたくないという結論に至り赴任初日にいきなり核心を突くことにしたのだ。

 これで、おそらく近藤は否定するだろう。しかしそれはそれで正解だろう。だが、人は嘘をつくとき必ず何らかの変化を見せる。眉や鼻の動き、瞳の揺らぎ、体の強張りや震え、それらを見逃さないように、そして見極め近藤という男を知ろうと、じっと見つめ答えを待った。

 そして、近藤はゆっくりと口を開き・・・

 

「はい、そうです」

 

 近藤ははやての投げた球をフルスイングで打ち返した。それはもうホームランである。

 部屋の時間が止まった。三人共、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしている。

 

「ん?何か?」

 

 近藤は三人が何故そんな表情をするのかわからず首をかしげるが、はやてはガックリと首を擡げソファのひじ掛けにヘナヘナと力無くもたれ掛かった。

 

「・・・こ、近藤さん・・・聞いたコッチが言うのもなんやけど・・・あんた、メチャクチャや・・・」

 

「そうですか?こんなあからさまな人事異動ですから、隠してもしょうがないと思いまして。それに八神部隊長もそう思ったから自分に質問したのでしょう?」

 

「そらそうやけど・・・」

 

 実際、はやて達は今朝のミーティングでの近藤の異動経緯の説明によってスパイだと結論付けていたのだが、まさか、こんなに簡単に暴露するとは思ってもみなかった。

 

「で、でも、そんなこと言ったらスパイ行動に支障をきたすんじゃ・・・」

 

「テスタロッサ、お前どっちの味方だ」

 

 フェイトがもっともな返答をすると、シグナムがツッコミを入れた。まあ、フェイトの言いたいこともわかる。カミングアウトするのはいいが、元々スパイ活動が目的なのに、それを堂々と「スパイしに来ました」と言って、円滑に活動ができるだろうか?それは当然ノーである。

 フェイトとシグナムの漫才のようなやり取りを無視し、近藤はまっすぐはやてを見てこう言った。

 

「自分は機動六課に対し、不利益になるような行動はしません」

 

「・・・その言葉をどう信じろと?」

 

 三人は胡乱気に近藤を見る。すると、近藤は爆弾を投下した。

 

「実は、レジアス・ゲイズ中将の指示とは別に、もうひとつ任務を受けているんです」

 

そう言いながら近藤は立ち上がり、空間投影モニタを展開しさらにこう言葉を続けた。

 

「本局へ連絡をとりたいのですが、よろしいですか?」



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第10話

 

 はやて、フェイト、シグナムの三人は現在の状況に戸惑っている。なぜなら、近藤が突然本局と連絡を取ると言い出したのだ。近藤は地上の局員、しかも一般局員であり三尉とはいえ犬猿の仲である本局に対し、はやてやフェイトのように特殊なパイプがあるとは思えない。

 だが、そんな考えを無視して近藤は本局と連絡を取ろうとする。

 そして、しばらくすると近藤ははやて達の方を向き、繋がりましたと言った。

 近藤はつながった画面をはやて達に見せるようにすると、その画面に映る人物は、意外な人物だった。

 

「はぁい、フェイト、はやてさん、シグナムさん」

 

 はやて達は画面から目が離せない。それは幼いころから自分たちが知る大恩人であり、現在の機動六課設立の影の貢献者。

 

「リ、リンディ統括官!?」

 

 そう、はやて達が小さいときからの、最も信頼できる人物、フェイトの義母でもある、リンディ・ハラオウン総務統括官である。

 どうしてここでリンディ統括官が出てくるのだ?彼女は機動六課設立に際して援助をしてくれたはず。つまりはこちら側の人間である、にもかかわらず近藤が連絡を取った相手。リンディがレジアス中将のスパイ行為を容認するとは考えにくい。

 はやては頭が混乱してうまく結論が出せないでした。

 

「リ、リンディ母さんが・・・なんで・・・」

 

 フェイトも動揺を隠せないようだ。はやて同様、地上側のスパイだと公言している人間と繋がりがあるなんて夢にも思わかったのだから。

 

「彼女がもうひとつの任務の責任者です」

 

 近藤は混乱する三人を置いてけぼりにし、平然と爆弾を投下し続ける。

 

「あら大輔君、もう皆に話すの?」

 

 大輔君?ピクリとはやての眉が動く。

 

「リンディさんが直に説明してくれた方が、皆さん納得してくれると思いまして」

 

 リンディさん?

 ・・・えらく親しそうではないか?自分達には仰々しい態度を取るくせに。なんだ?近藤は年増趣味か?

 リンディは本局において現在かなりの高位に位置する立場にいる。そんなリンディと、一般局員である近藤の接点がまったく見えないのである。いや、もしかしたらその接点のなさを利用してあえて近藤という人間を扱っているとも考えられる。

 はやては不意打ちを食らった事に悔しさを覚え、近藤に対し理不尽に不満を募らせた。内心おもしろくないと思いつつ、しかし決して表情には出さずに、冷静に説明を求める。

 

「リンディ統括官、こちらの近藤三等陸尉とは、どういうご関係で?」

 

 多少言葉にトゲがあるのは若さ故だろう。

 

「大輔君は小さい頃から何かと面倒を見ていたのよ」

 

 ニコニコしながら説明するリンディ統括官。成る程、それほど長い付き合いならばこの親しさは納得できる。

 

「それでは、説明をお願いします。近藤の言う”もうひとつの任務”とやらの概要を」

 

 そう言うシグナムはここに来ても冷静である。最初こそ意外な人物の登場に驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻して情報の収集に努める。シグナムは歴戦の騎士であり、相手の特徴、傾向等を見抜く事に長けているし、不測の事態においてもすぐに冷静に対処できるように努めているし、染付いているいるのだ。こういう所を見習わなければ、と思うはやてだった。

 ちなみに、フェイトはリンディの登場に未だアワアワ言って取り乱している。本当にこの娘は優秀な執務官なのだろうか?

 

「そうねぇ、一言で言うと大輔君には二重スパイをしてもらってるの」

 

「二重スパイ?」

 

「そう、私からの任務を基にレジアス中将の所に潜入し、彼らの任務に従うフリをして機動六課に異動してもらう、といったところかしらね?」

 

「何故そんな複雑なやり方を?」

 

 シグナムは、わざわざそんなやり方をとらずにリンディ統括官の推薦で機動六課へ異動すればよかったのでは?と考えていた。それははやてやフェイトも同様に考えていた。何故そんな回りくどい方法を取るのだろうかと。

 はやては白魚のような指を顎にかけ、シグナムの意見とリンディの言った情報を吟味し、推理し始めた。

 

「恐らくやけど、レジアス中将はホンマにスパイを送ろうとしとったんやと思う。そこへ、リンディ統括官の息のかかった人物(近藤さん)が自分が行くと進言でもしたんか、行かされるように情報操作でもしたんやろ。リンディ統括官が最初から近藤さんを機動六課に寄越そうとしとったんかどうかはわからんけど、近藤さんがレジアス中将からのスパイとして機動六課に来ることにより、ホンマのスパイを来させん上に、リンディ統括官の指示で動ける人間がなんの問題も無く機動六課へ来ることができる。まさに一石二鳥。そんなところやないですか?リンディ統括官?」

 

 機動六課設立の話は、なにもパッと出てすぐに設立したわけではない。何年も前から綿密に計画し打ち合わせし、手回しする。

 レジアス中将は本局のそんな計画を知り、いい気分ではなかったのだろう。どうにかして妨害、もしくは自分も介入して規模縮小を目論んだ。だが、機動六課設立のバックにはレジアスとて慎重にならざるをえない人物たちがいた。査察など理由を付けて難癖付けることは可能だが、それは所詮付け焼刃でしかない。結果レジアスは指を咥えているだけしかできなかった。

 そこへ機動六課へ潜入させる”何らかの機会”が発生した。どういう経緯か、どんな理由かはわからないが、レジアスはそれをチャンスと捉え潜入スパイとして近藤を送り込んだのだ。

 はやての推理に画面越しにニコニコしながら拍手するリンディと、はやての横で目を丸くして拍手する近藤がいた。

 

「スゴイわね、はやてさん。あれだけの情報でそこまで考察出来るなんて!」

 

「さすが八神隊長です。概ね推理通りです。素晴らしい!」

 

 リンディからの賛辞に照れるはやてだが、その表情は微妙である。

 

「いや、なんてことないですよ、こんなもの。でもなんでやろ・・・近藤さんに褒められるとなんや、バカにされとるような気が」

 

 照れ隠しに頬をポリポリかきながらジト目で近藤を見るはやて。

 

「いえ、決してバカになどしていません!」

 

 必死に弁解する近藤。

 

「大輔君、もしかしていつもそんな固い態度とってるの?」

 

 リンディのその言葉に、はやてはピクリと眉を上げる。

 どうやら近藤は親しい人間に対してはこれほど硬い態度は取っていないようだ。現にリンディは意外そうな顔で近藤を見ているのだから。

 これは意趣返しのチャンスとばかりに、はやてはリンディに訴えた。

 

「そうなんですよ!最初なんかこの怖そうな顔と固い口調に驚きすぎて、リインやフェイトちゃんなんか泣いとったんですよ!それはもう号泣!」

 

 事実に多少の嘘を織り交ぜつつ、近藤の行動を報告する。

 

「わー!?何言い出すのはやて!?泣いてない、泣いてないよ私!」

 

「涙目だったではないか」

 

「泣いてないもん!泣きそうになっただけだもん!」

 

「一緒だろうが」

 

「もう!シグナムは黙っててよ!」

 

 フェイトが顔を真っ赤にして取り乱し、的確に突っ込みを入れるシグナム。リンディはそんな我が義理の娘であるフェイトの姿に、執務官になったとはいえまだまだ子供だなと思いクスクス笑う。

 

「わかりました。大輔君、これからはもう少し態度を柔らかくしなさい。そんな態度では相手に壁を作っているのと同じよ。何事もお互い歩み寄らなければ、ね」

 

 ウインクするリンディに、はぁ、と諦めたような気のない返事をした近藤に対して、はやてはいたずらが成功したことを喜ぶ子供のようににんまりと笑みを向けた。

 

「とにかく、私の指示した任務はそういうことです。それから皆さん、近藤大輔三等陸尉は信頼に足る人間です。必ず皆さんの力になるでしょう、それは私が保証します」

 

 強い意志の宿る目でリンディは三人にそう言うと、パチッとウィンクする。

 

「だから、ビシバシコキ使ってあげてね!」

 

 リンディのこの冗談半分の言葉が、後に近藤を労働地獄へと叩き込むことになるとは、このとき誰もわからなかった。

 



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第11話

 

 近藤ははやてによって言動の矯正を受け、強制的にだが多少話し方を柔らかくさせられた。その様子を見ていたシグナムは、別に矯正しなくてもいいのに、と一人ブツブツ言っていたが、はやては無視した。

 

「ああ、年上の男の人、しかもコワモテゴリマッチョをこんなに心置きなく怒れるって・・・私の中で何かが目覚める・・・癖になりそうや・・・」

 

 はやては近藤の矯正中に、何か新しい自分を見つけたようでとんでもないことを口走る。恍惚とした表情で危ない発言を口にし近藤を叱る姿に、皆一抹の不安を覚え黙ってしまった。

 

 

 

 リンディとはやて達の話が終わり、各々仕事に取り掛かるため近藤ははやてと別れ、フェイトとシグナムと共に隊員オフィスへ向かい、ライトニング隊でのデスクワークについてあれこれ説明を受ける。

 時間が経つのは早いもので、そうこうしているうちに時刻は16時に差し掛かろうとしていた。

 

「もうこんな時間か。さて、要領はわかったな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 シグナムは近藤に説明をし、確認を取ると近藤は質問もなく頷く。

 

「それでは近藤、私と副隊長の仕事を振り分けるぞ」

 

「わかりました。シグナム副隊長」

 

 はやてによる矯正はあまり実らなかったようだ。

 

「隊長、そちらの仕事もこちらに回すように。いいな?」

 

「あ、はい」

 

 隊長のフェイトが副隊長のシグナムに指示されている。

 フェイトは何でもかんでも自分一人で抱え込み解決しようとする傾向がある。これはなのはやはやてにも言える事なのだが、自分でできる範囲であるならばそれでいいのだが、明らかに許容量を超える仕事量でも一人で解決しようとするのである。だからシグナムのように周囲の人間が無理やり負担を減らすように気をまわしているのだ。

 フェイト達3人も周囲が気遣いをしてくれているのはわかっているし、自分が許容量を超える仕事を抱え一人で解決しようとしているのもわかっているから、頼ろうとは思っているのだが、いかんせんこれは根っからの性格のようなものでなかなか直せないものなのだ。

 

「テス・・・フ、フェイト隊長、どうかしましたか?」

 

 ぎこちない近藤の喋りに横で見ていたシグナムは苦笑する。まだ言いにくいようだが、そこは慣れてもらうしかない。

 

「い、いえ、何でもありません」

 

 フェイトは慌てて否定し、亀のように身を縮こまらせ畏まる。

 

「この分隊に配属されたからにはなるべくフェイト隊長の負担を減らすよう努力しますから、安心して下さい」

 

 なんとも頼もしい台詞を吐く近藤にフェイトはさらに畏まる。

 

「ほう、いい返事だ。では今日はこれだけやってもらおう」

 

 シグナムが近藤の言葉に満足そうに頷きそう言うと、軽快にキーボードを操作したと思ったら突然近藤の前の画面はズラーっとファイル名で埋め尽くされる。

 

「・・・えー・・・」

 

 近藤は自分の発言に後悔した。

 自分の目の前のモニタに展開される大量のファイルにため息をつく近藤をしり目に、フェイトとシグナムはちらりとアイコンタクトを取る。

 

「(テスタロッサ、あまり先程の統括官の話を引きずるなよ)」

 

「(う、うん。でも・・・)」

 

「(言いたいことはわかるが、近藤はそんな態度を望んでいないと思うぞ)」

 

「(・・・うん、そうだね)」

 

 念話で話すフェイトとシグナムは、リンディの言っていた『真実』を思い出していた。

 

 

 

 

 話は少し遡る。

 

「大輔君、少し彼女達と話がしたいのだけれど、席を外してくれるかしら?」

 

「わかりました」

 

 近藤は敬礼しリンディに言われるがままに部屋を出ていった。

 現在部隊長室に居るのははやて、フェイト、シグナムの三人と、モニタに映るリンディのみである。

 

「さて、先程のスパイのことにも関係する話をしましょう」

 

「関係する話?」

 

 リンディの言葉に三人は身構える。

 わざわざ近藤に席を外させるほどの内容なのかと、ゆるんだ空気がピンと張りつめた。

 

「まず、レジアス中将の事なのだけど、彼はこの機動六課のように一つのところに強大な力、特にあなたたち『エース』や『レアスキル持ち』が集まることをとても嫌う人なのだけれど、今現在彼は、『地上防衛兵器アインヘリアル』の生産計画を推進、建造しているわ」

 

「アインヘリアル?」

 

 聞いたことがない名称が出てきてはやては首を傾げる。

 

「未だ正式発表はされていないけど、近いうちにプレス発表をする予定よ。万年人手不足の魔導士のような、個人に左右される平均的ではない魔力より、個人資質に左右されない大量の兵器こそが、地上を守る最も有効な手段である。そのコンセプトに基づいた兵器がアインヘリアルよ」

 

 リンディの説明通りならば、確かにより安定した能力があれば、日々の安全を個人の資質によるムラが無くなり、一定基準で戦力を供給し成果を残せるのだから当然そちらの方が良いだろう。

 

「確かにレジアス中将は地上の守護者と言われてるし、その理念は管理局の永遠のテーマでもあるから、賛同する部分もあるわ。でも、結局は兵器。レジアス中将という『いち個人』が有する武力の範疇を大きく越えてしまうのよ」

 

「アインヘリアルとはそれ程のものなのですか?」

 

 シグナムはリンディにアインヘリアルの戦力を聞いてみた。リンディは人差し指を顎に当て、んー、と考える仕草をとる。

 

「まぁ、一言で言えば、地上戦艦という言葉が一番合うかしら?」

 

 地上戦艦という言葉に皆絶句する。

 この単語に明らかに過剰戦力だと反応してしまうかもしれないが、しかしレジアス中将がそれほどまでに推し進めるアインヘリアルという戦力を保有せねばならない程地上の平和は紙一重なのだということなのだ。

 

「それで、近藤さんはアインヘリアルについての調査でレジアス中将のもとに?」

 

「ええ、アインヘリアル生産について裏の調査をね」

 

「裏、ですか?」

 

 リンディの含みのある言い方にはやては眉根を寄せる。

 

「レジアス中将は色々と黒い噂が多いから、アインヘリアルも時空管理局とは別の組織に悪用される可能性があるの。だからその辺りの裏付けとなる政界や他組織とのパイプなどの物的証拠を調査してもらってたの」

 

「では、今回の近藤の機動六課への異動はアインヘリアルと関係が?」

 

 近藤がアインヘリアルについての調査を行っていたところで機動六課への異動。なにか繋がりがあるのかと思うのは当然だろう。

 しかし、機動六課はレジアス中将との繋がりなど存在はしないし、アインヘリアルなどという過剰戦力にも全く感知していない。

 だが、もしかしたら自分達の知らない所で何かが水面下で蠢いているのではないか。そんな考えがよぎる。

 表情が固まるはやて達だったが、しかしリンディはニコリと笑った。

 

「いいえ、全然関係ないわよ」

 

 なんとあっさりとリンディは否定する。

 

「はぁ?」

 

 はやて達は訳がわからない。

 

「これは最初大輔君にレジアス中将とアインヘリアルの調査を命じていたのだけど、その後もし大輔君に機動六課への異動があった場合、レジアス中将の調査は中断し違う人物に引き継ぐように、そして機動六課での指示に従うこと、と指示していたの」

 

 はやて達はますますわからなくなる。しかしはやてはリンディの物言いに引っ掛かるものがあった。

 

「リンディ統括官は、レジアス中将が機動六課へスパイとして近藤さんを転属させることがわかっていたんですか?」

 

 リンディの説明がそうとしか思えないとはやては眉間に皺を寄せ自分の考えをぶつけた。しかも、近藤が機動六課へ異動することが決定しているかのような、用意周到に綿密に計画したかのようなものが見え隠れしている感じがするのだ。

 

「まあ、遅かれ早かれレジアス中将は自身の息がかかった人間の異動か査察は行ってたやろうけど、どうもリンディさんは近藤さんが行くことがわかっとるような動きしてますね?」

 

 はやては思っていたことを口に出してリンディに聞く。予想外に洞察力のあるはやてにリンディは素直に驚く。

 そして同時にふむ、と考える。ひとつの要因は隠すほどの事でもなかったので簡単にネタばらしできるが、もう一つの理由を話すべきか悩む。

 これはいわば管理局の汚点であり忌まわしき習慣でもある。これを暴露することにより目の前の次代を担う若き世代が、管理局に対し『負のイメージ』を持ち心変わりしてしまうのではないかという危険性もあるのだ。

 だが、とリンディは考える。忌まわしき負の連鎖は断ち切るべきだと。近藤は報われるべきだと。せめて自分の知る仲間には真実を知ってもらいたいと。

 リンディは表情にこそ出さなかったが、決意を持って言葉を紡いだ。

 

「そうねえ、まあ私が”そうなるように手回しした”ということもあるのだけど・・・」

 

 リンディは一呼吸置き、先ほどまでの朗らかな表情とは打って変わって眉間に皺を寄せ表情を曇らせた。

 

「・・・みんな、8年前の出来事を覚えてるかしら?」

 

「8年前、ですか?」

 

 はやてとシグナムは8年前に何かあったかなと過去を思い出していた、フェイトは8年前という言葉を聞いた瞬間、体を強張らせた。

 

「なのはがケガをした・・・」

 

 フェイトの言葉に、はやてとシグナムはあっと声をあげた。

 

「そう、あの事件よ。あの時の詳細は省くけれど、なのはさんともうひとり、ケガをした隊員がいたのよ」

 

 ここまで言われてはやて達は察した。今この説明をしているときに8年前の話題を出すのだから、察せないほど愚鈍ではないのだ。

 

「まさか・・・」

 

「そう、大輔君よ」

 

 はやて達三人はリンディの口から出た名前に驚いた。予想はしていたがやはり実際にリンディの口から近藤名前が出てくると、構えていてもショックを受けてしまう。

 

「では、あいつが暴走行為を行い、高町にケガをさせたのですか?」

 

 管理局が8年前に情報公開された内容を要約すればシグナムの言った言葉で終わる事件である。

 

 ”任務終了帰還中に遭遇したアンノウンに近藤が無謀にも突撃、その暴走行為により高町なのはが巻き込まれ重傷を負った”

 

 すでに風化しつつある事件だが、シグナムは怒りを露わにする。大事な仲間を、自分勝手な行動によりケガをさせたということに。そして当時、自分にはなにも出来なかったと、なのはを助けられなかったと悩み苦しんだ仲間であり家族であるヴィータのために、シグナムは怒る。

 

「いいえ、違います」

 

「何が違うというのです?」

 

 淀みなく即答するリンディの否定に、シグナムは怒りをこめて言い返す。

 シグナムは怒りによって珍しく冷静に判断ができない状態だったが、隣でははやてが顎に指を乗せリンディの否定の意味を考え一つの答えを導き出さした。

 

「もしかして・・・隠蔽・・・ですか?」

 

 はやては、なのはの8年前に負った痛ましい姿を思い出し心を痛めながらも、リンディに確認をとるように聞いた。

 無二の親友であるフェイトとはやては忘れない。

 あのときの、なのはのあの姿を、また空を飛びたいと地獄のようなリハビリを自身に強いた鬼気迫る姿を。

 そして、なのはの絶望をただ見ているしかなかった自分たちの8年前を。

 

「なのはさんから聞いたの?」

 

 はやてとフェイトは首を横に振る。実際なのはは当時の事件を一言も口にしなかった。貝のように頑なに口を閉ざし、皆の前では感情を一切表に出さなかった。

 だからこそ違和感があったのだ。

 たしかになのは人災によって自分に被害が及んだからといって、その当事者に対し仕返しをするだとか、悪口や陰口をたたくような人間ではない。だが、はやて達が気を遣っていたとはいえ、事件そのものをまるでなかったことのように不自然なほど口にしなかったし、その話題になりかけるとあからさまに話の方向を変えたり、その場から離れたりしていた。

 そして、密かになのはが泣いていたことも知っていた。今思い返すと、それはある人物の悪口や陰口を聞いたときだった気がする。極力はやて達もその話題から離れるようにしていたし、人の悪口を進んで聞きたいとも思わなかったので、悪口を言われていた人物の名前は覚えていなかったが。

 リンディは、なのはが「この事件を口にしないこと」という約束を守っていたことに安心し、同時に長年苦しめていたこと奥歯を噛みしめた。

 

「・・・はやてさんの予想通りです」

 

 リンディは目を閉じ、吐き出すように真実を告げた。

 

「発表された事件の内容は管理局によって改竄されたものです」

 



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第12話

 

 

 リンディは三人に真実を語った。

 それは、管理局が正式発表したものとは全く異なるものだった。

 

―――――――――― 

 

 なのはは日頃の激務により体調を崩していたのだが、それを隠し任務に就いていた。

 任務自体は無事終えたが、帰投の際アンノウンに遭遇。なのはは応戦するが、ここで日頃の激務が祟りついに意識が飛びまともに空を飛ぶことさえできない状態になる。そこを狙われアンノウンに撃墜された。そしてとどめを刺されそうになったところを近藤が助けた。結果、その時の救助で近藤も負傷、さらにアンノウン撃墜の際にさらに重傷を負った。

 その後、上層部は体調管理の不徹底という原因により高町なのはという『エリート』の経歴に泥を塗る事を恐れ、事件の内容を改竄することを決定。

 近藤大輔という『そこらにいる凡人』を人身御供とし、高町なのはのミスをすべて押し付ける。結果近藤は厳罰・左遷、なのははお咎めなし。

 これは本局の上層と近藤の上司、地上本部の部隊長によってまとめられ、記録として残っている映像、音声、画像など事件の内容自体を改竄しさらに当事者たちには箝口令を布き、管理局が新たな『真実』を用意し、発表した。 

 

――――――――――

 

 真実を聞いた三人はそれぞれ怒り、悔しさ、悲しみに顔を歪めた。

 

「腐っている!」

 

 シグナムは肩を震わせ怒りに髪が逆立たんばかりに目を吊り上げ、歯を食いしばり吐き捨てる。

 

「隊員はゲームのコマやない!生きてる人間や!やのに・・・なんで・・・なんでや!!」

 

 はやては俯き地面を睨み、悔しさに拳を握り叫ぶ。

 

「近藤さんはなのはの為に・・・あんなケガを・・・」

 

 フェイトも苦しそうに顔を歪め俯く。

 リンディの語る真実によると、近藤の右目を隠している大きな眼帯は、なのはを助けた後アンノウンとの戦闘で右目を負傷したため、それを隠しているのだというのである。さらに右腕も二の腕から先を喪失し、今の右腕は義手を付けているという。

 よくよく思い出してみれば、近藤は敬礼の時以外はあまり右腕を使っていなかったような気がする。

 なのはは重傷を負ったとはいえ、五体満足であるに対し、近藤はなのはよりも酷い傷を負い、しかも冤罪と左遷という仕打ち。こんなこと納得できるはずがないし、自分なら到底納得などできないだろう。近藤の怒りはどれ程のものか想像できない。

 フェイトは近藤の顔を見て怖がった事を悔やむ。あの眼帯はなのはの為に負った傷であり名誉の負傷だ。感謝こそすれ、恐怖するなど絶対してはならないことだったのだ。

 

「この事実は極一部の人間しか知らないのだけど、およそ1年前にレジアス・ゲイズ中将がこの情報を入手して、他次元世界で駐在任務をしていた大輔君を地上本部に呼び戻したの」

 

 なるほど、とはやては頷く。中将という立場であればいろいろな情報、管理局の裏の情報ですら容易に入手できるだろう。

 

「それで、レジアス・ゲイズ中将は大輔君がなのはさんに恨みを持っていると思い、機動六課へ異動させスパイ活動をさせるように指示したのよ」

 

 後は嫌がらせも含まれるかしらね、とリンディは呟いた。レジアスが思っている通り近藤がなのはに恨みを持っていれば、復讐とばかりに躍起になってアラを捜すだろうが、実際の近藤はそれをしないと言いきった。

 

「大輔君はね、あの時のことはもう何とも思っていないのよ」

 

 三人は驚いた。冤罪、左遷、さらに体の一部を負傷させたのに近藤はなのはを恨んでいないというのだから、当然だろう。

 

「なんでですか?なんで近藤さんはそんな簡単に許すことができたんですか?」

 

 はやては当然の疑問をリンディにぶつけたが、リンディは苦笑しながら、コメディのように肩をすくめた。

 

「確かに、最初の頃は納得はしていなかったわよ。腐ってた時期もあったし。でもね、なのはさんが戦技教導隊で隊員に自分と同じ過ちを犯さないように、しっかりと訓練していると知ると『それでこそエースオブエースだ!』とか言って笑ってたわねぇ」

 

「・・・」

 

 三人はポカーンと口を開けている。

 

「大輔君昔からそういうところがあったから。何て言うのかな、大物?天然?」

 

 昔の近藤を思い出しているのかしみじみ言い、リンディはクスクスと笑う。

 

「だからね、こんな話をしておいてなんだけど、皆あまり深く考えないでいいのよ?ただ真実を知って欲しかったの。大輔君という人間を誤解なく見てもらって、これまで通り普通に接してくれれば」

 

「・・・はい」

 

 三人は思うところもあったが、近藤という人間の一端を知ることができ気持ちを改めるためにしっかりとリンディを見て返事をする。

 

「ま、そういう事で仲良くしてあげてね!あ、そうそう、一応大輔君まだ私の部下扱いだから、ちょくちょく借りる事もあるから。そこのところヨロシクね!」

 

 リンディはウインクしながら言うが、先程までの真面目な雰囲気と真逆のリアクションに「はぁ」と曖昧な返事をしてしまう三人だった。

 

 

 

 

「フェイト隊長」

 

「ひゃいっ!?」

 

 近藤の急な呼び掛けにビックリして思わず大声をあげるフェイト。どうやら考え込んでいたようだ。

 しかし、近藤はそんなことを気にする風も無く淡々とキーボードを叩き言う。

 

「担当の書類ですが、全て終わりましたので確認をお願いします」

 

「あ、はい、了解です。ご苦労様です」

 

「なに?」

 

 フェイトはただ言われたことに反応しそう言っただけだったが、シグナムは少し大きい声で反応した。

 

「ちょっと待て。あの量をこの短時間でか?」

 

 シグナムは信じられないという顔をして近藤を見る。

 

「はい、シグナム副隊長も確認されますか?」

 

 そう言い、近藤は書類データをフェイトとシグナムのデスクに転送する。そしてフェイトとシグナムは転送されたデータに目を通した。

 データに目を通していくにつれ、次第に二人の表情が変わってくる。胡乱げな表情から、驚愕の表情へと。

 

「・・・信じられん・・・」

 

「え、こんなに量あったんですか!?だってまだ一時間も経ってないですよ!?」

 

 フェイトは壁に掛けられている時計を見て驚き、シグナムは驚きながらもじっとモニタを睨んでいる。

 そして驚く二人を余所に、画面には処理された書類が次々と表示されていく。

 

「しかも、ザッと見たところ特にミスのようなものも無いな」

 

「スゴイですね、近藤さん・・・」

 

 二人は画面に表示され続ける書類に目を通しながら近藤を褒めるが、近藤にとってはできて当然のものなので特に反応もなく席を立った。

 

「本日のデスクワークはこれで終わりですか?」

 

「あ、は、はい」

 

 フェイトは人形のようにコクコクと首を頷かせる。

 

「それじゃあ、新人フォワード達のデスクワークを見てきていいですか?」

 

「ど、どうぞ・・・」

 

 そういうと近藤はフェイトとシグナムに敬礼し、フォワード四人の所へ向かった。

 

「あいつ・・・一体何者だ?」

 

「・・・さぁ?」

 

 二人は近藤の背中を見ながらそう呟くしかできなかった。

 

 

 

 

 近藤が自身の仕事を終わらせフォワード達のところへ向かうと、ヴィータがフォワード達の報告書の進行具合を見ながら自分の仕事をしていた。

 ティアナはデスクワークが優秀なため特に問題はなかったのだが、残りの二人が問題外の出来の悪さで、ヴィータは悪戦苦闘している三人を見て小さくため息をついた。

 

「ヴィータ副隊長」

 

 ヴィータは声をかけられたので、画面から目を離し声のした方へ向く。

 

「・・・なんだ、近藤か。どうした?」

 

 いきなり目の前にゴリラのような眼帯男がいたことに少し驚き悲鳴を上げそうになったのは内緒だ。

 近藤はそんなヴィータを気にすることなく、自分が来た理由を話す。

 

「いえ、俺は自分の仕事が終わったんで、よろしければ四人は俺が見ておきますが?」

 

「そうか!そりゃ助かる!なのはの奴はちょっと出かけててな、あたし一人じゃ少しきつかったんだよ。ひよっこ四人は、ティアナはデスクワーク優秀なんだが、あとの三人がな・・・」

 

 ヴィータはそう言うと頭をクシャクシャと掻きため息をつく。

 

「わかりました。見ておきますのでご自身の仕事に集中してください」

 

 では、とヴィータに敬礼し近藤は四人のいるデスクへと向かった。

 四人が固まって座っているデスクに近付くと、慣れないデスクワークのせいか、スバル、エリオ、キャロは画面を見て首を捻っている。作業の遅いスバルは、首を捻り唸りながらも少しずつ進めている。まあ、間違いだらけだが。

 

「?」

 

 だが、エリオ、キャロなどはもうお手上げ状態だ。二人して頭の上に?マークが見えている。機動六課に来て多少覚えたデスクワークだが、エリオは短期予科訓練校で知っているはずだが根本的にこういった作業が苦手なようで、キャロに至っては以前いた自然保護隊ではアシスタント扱いだったためこういったデスクワークはほとんどしていなかった。つまり、未だによくわかっていないということである。

 

「??」

 

 ティアナは既に自分の報告書を書き終え、見るに見かねてスバルを手伝っている。

 

「ちょっと待っててね、アンタ達のも見に行ってあげるから」

 

 そう言いながらティアナはスバルを怒りながら報告書を書き上げさせていく。

 エリオとキャロは恐縮しながら椅子に座り、ティアナを待ちつつ自分でできる範囲はやろうと恐る恐るキーボードを叩く。ふがいない、早く自分一人でできるようにならなければと思う。

 

「エリオ、キャロ」

 

 デスクワークにウンウン唸りながら悪戦苦闘していたエリオとキャロは、つい最近聞いた機動六課では珍しい大人の男性の声がし、驚き見上げた。

 

「近藤副隊長!?どうしてここに?」

 

 エリオの声にティアナとスバルは顔を上げ、近藤がいることに驚く。

 

「ん?なに、ティアナを除くフォワード陣が報告書にてこずっていると聞いてね。手伝いにきた」

 

「いえ、そんな、悪いですよ!」

 

「自分達の仕事は、自分達でやりますから!」

 

 二人は両手を前で交差させ、近藤の手伝いを拒否する。

 だが、近藤は恐縮する二人を見てフッと小さく笑った。

 

「エリオ、キャロ。何事も最初からできる人はいないんだ。わからないからって怒りはしないさ。むしろ、わからないまま放っておく事のほうが怒られるんだ。だから、困ったことやわからないことがあれば俺や他の隊長達に遠慮なく聞いてほしい。俺達はそのために居るんだからな」

 

 そう言いながら近藤は、エリオとキャロの頭を軽く撫でる。

 

「はい・・・わかりました・・・」

 

 二人は大きくごつごつとした手のひらで撫でられていることに驚きながらも、初めて感じる湧きあがるふわふわとした感情に戸惑いつつ、しかし気持ち良さそうに目を細め、少し顔を赤くさせた。

 

「よし、じゃあ一緒に報告書を完成させようか」

 

「は、はい!」

 

 元気のいい返事に近藤はニカリと笑い、そんな近藤とエリオ、キャロのちびっ子二人を見て、スバルとティアナは顔を見合わせてクスッと笑っていた。

 そしてフォワード四人は無事報告書を提出し、その後も特に変わりなく近藤の転属初日は無事終了したのだった。



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ENBOLIUM(幕間) -A anno-

時空管理局、ミッドチルダ地上本部。

 

 地上、即ち各次元世界その最高権力者たるレジアス・ゲイズ中将は、一人執務部屋で目の前のモニタに展開したファイルの内容、その映し出された文字と映像を見て驚き、そして眉間に皺を寄せ嫌悪感をあらわにした。薄暗く、荘厳な雰囲気のする部屋に、レジアスは机に肘をつき、口元を隠すように両手を組む。

 オールバックにまとめた髪、整えられた髭、肉食獣のようなギラついた目、鍛えた肉体は歳によって衰えたが、それでも強者たるオーラは衰えない。そんな威厳ある姿はまるで映画のワンシーンのようである。ふむ、と一呼吸置きレジアスは手元のボタンを押した。

 

「オーリス、入って来い」

 

 短く用件だけを言いボタンを離す。するとすぐにプシュッと空気の抜けるような音と共に大きな扉が開き、一人の女性が執務室へ入ってきた。

 ブラウンの髪を短くショートボブにし、猫の目のように吊り上がった目とかけられたメガネによって些かその女性をきつく見せるが、大概の異性は彼女を美女と呼ぶであろう美貌を持つ。背筋をピシッと伸ばし、出るとこは出て引っ込むところは引っ込む女性らしい、均整の取れたスタイル、スラリと伸びた細く長い足、主に現場に出動しない、主に提督や隊長、内勤、事務等が着る青い制服を纏う女性。彼女がオーリス・ゲイズ三佐である。

オーリス・ゲイズ、名前でわかるとおり、レジアス・ゲイズの娘である。

 父であるレジアスが岩のような厳つい顔に対し、オーリスは色白のほっそりとした美女。とても親子に見えないが、オーリスは母親似のようだ。

 

「お呼びでしょうか、中将」

 

 感情を出さず、クイッとメガネを指で上げる仕草がとても様になっている。メガネを上げたことにより、光の反射でメガネの奥の瞳が見えなくなり、彼女をミステリアスに演出する。

 

「これを見ろ」

 

 レジアスは短く言い、先程まで自分が見ていたファイルをオーリスの目の前でモニタ展開させた。しばらくその文章と映像を見ていたオーリスは、段々とその能面のような顔を驚愕に変えていく。

 

「・・・これは」

 

 本当の事ですか?とレジアスに問おうとしたが、レジアスの顔を見て言葉を飲み込んだ。レジアスが見て本物だと判断したからこそ自分に見せたのだろう。

 つまり―――

 

「7年前のエースオブエース墜落事件は本局の『捏造』だと?」

 

 オーリスの表情が驚愕から怒りに変わる。

 まさか地上の局員である当事者『ダイスケ・コンドウ准尉(当時は陸曹長だったが、降格し軍曹へ)』の正当性を捩曲げ、さらに罪を負わせるとは。

 オーリスはそう思った瞬間にレジアスに怒りの眼差しを向けた。

 

 エースオブエース、本局所属の高町なのはの経歴を守るために、地上本部に所属する部下をスケープゴートに使ったのかと。

 

 レジアス・ゲイズは確かに強引なやり口が多く、本局の反発も強い。だが、それは全て地上平和を守るためであり、ひいては地上、各次元世界で働く局員のためなのだ。

 それを、エースオブエースと下位の局員を天秤にかけ、真実を捩曲げ利益を優先したのか。オーリスは握り締める手に力を込め怒りを抑えながらも、レジアスに向ける眼光を更に鋭くする。

 そんな怒りをあらわにしたオーリスを久々に見てレジアスは驚くが、まあ落ち着けと促した。

 

「儂はコレについて一切関与しとらん。今日初めて、このファイルを見て知ったのだ」

 

 レジアスは苦笑を交えて、自分が意外にも下の局員の事を気にかけていなかったことに、少しながらショックを受けていた。

 

「どうやら7年前のこの事件の事後処理はヤン・パオ一佐と本局だけで行われたようなのだ」

 

「ヤン・パオ一佐?」

 

 その名前を聞いてオーリスは露骨に嫌な顔をした。

 権力のある人間、力ある人間に擦り寄り、あたかも自分の功績であったかのように振る舞う小物。腰ぎんちゃく、コバンザメと揶揄される程の小物だ。現在の地位もヤン自身たいした功績は残していないが、擦り寄った者達の功績に便乗し、現在の地位に上りつめた小悪党。それがヤン・パオ一佐だ。

 そもそも7年前の事件の内容を掘り下げてみると、その発端からしておかしいのだ。

 『別次元世界の任務に、地上本部の部隊を借り出す』これがおかしい。

 

 本局(そら)と地上(りく)は犬猿の仲であるとは以前記したが、それは元を辿れば本局に非がある。なぜなら、才能ある有能な高ランク魔導士をゴッソリ本局が引き抜いていくのだから。そもそも本局の直属部隊である次元航行部隊などの扱う事件は、地上で扱う「単体世界でも事件」とは違い「複数世界を巻き込む事件」を扱うことが多く、つまり事件の規模が大きいのだが、それはイコール多大な危険を伴うということである。それに比例して本局の方が福利厚生などの職場待遇は地上より良いし、給料も高い。そしてなにより管理局としての華がある。

 世間一般の見解では時空管理局の仕事=本局の仕事と言っても過言ではない。逆に地上はどちらかというと、こじんまりとしたイメージを持たれがちであるし、実際担当地区、もしくは世界の治安維持なのだから次元世界を又に掛ける本局に比べるとそれほど目立つ事はない。給料の歩合も本局とは見劣りしてしまう。基本給は変わらないが、特別手当に差がでてしまうのだ。これは、本局と地上の予算振り分けや歩合見直し等の話し合いなどで本局が言いたい放題言い、地上の扱いをわざと悪くしている節があるのである。地上で有能に働く才能ある魔導士が、自分の才能に見合う今以上の給料と地位、そして仕事を与えてくれるのだから、飛びつかない手はない。そうやって本局は常に有能な高ランク魔導士を獲得し、地上は疲弊していく。こんな構図が黎明紀からあった。

 だが、これに待ったをかけたのがレジアスだ。

 

 まだレジアスが少将だった時代、予算編成の場で本局の言い分を突っぱねたのだ。

 

『次元航行には、大変なリスクがある。高ランク魔導士が本局に異動するのは当然であり、予算も地上より多く配分されるのも必然である』という意見に対し、『その発言は地上を軽視したと判断する』とレジアスが反論した。

『別に地上を軽視しているわけではない。だが、次元航行部隊は高ランクの次元犯罪者や集団を相手したり、各次元世界を巻き込んだ巨大事件を担当しなければならない。よって危険度は地上を上回り、それによる人材、予算の配備は当然である』

『地上は本局による、高ランク魔導士を金にモノを言わせる姑息な手段で引き抜かれてしまい人手不足である。それに年々地上での犯罪率も上がってきている。我々地上部隊は凡庸なる局員達でギリギリ現状精一杯の平和を守っている。それに局員の死傷者の比率は地上が圧倒的に多いのに、それに対し相応の予算は反映されないと?』

『そうは言っていない。実際高ランク次元犯罪者との遭遇率はこちらが高い。だからこその人事と予算だ』

『それはそちらが勝手に首を突っ込んでいるだけでは?各次元世界に安定した高ランク魔導士や武装局員を配備すれば次元航行部隊が次元犯罪者を相手しなくても良いだろう?』

『それは極論だ。それに、それでは有事の際に纏まった戦力が必要となった場合はどうするのか?本局が一定の戦力を保有していないと対応できない』

『今まで有事に纏まった戦力を送ったという実績の過去10年分を提出してみろ』

『・・・』

『本局でも次元航行艦は全てフル稼働、武装局員、果ては本局所属の執務官や捜査官ですらほとんど出ずっぱりで、貴様らの言う『纏まった戦力保有による介入』なんぞこの10年一度も実行した試しがないではないか。それで本当に有事の際に対応できるのか』

『・・・それほど本局も人手が足りていないのだ。だからこそ有能な人材と潤沢な予算を・・・』

『本音が出たな。建前がすり替わっているぞ。そんなに足りない程の任務とはなんだ?提示してみせろ』

『・・・機密なので見せられない』

『機密か。ならば言ってやろう。貴様等は『複数世界を巻き込む事件』を担当するのが基本だろうが、何故か『単体世界の凶悪事件』である地上での凶悪犯罪に対し、自分達の功績足りえるものだけを選りすぐり協力要請をしていないにもかかわらず地上に強制介入している。そして成功、完了すれば自身の手柄として事後報告。失敗すれば地上へ責任をなすりつける。違うか?』

『そんな利益優先などという事実はない。こちらとて担当局員の報告と事実確認のため時間がかかるのは仕方がない。それにたとえ事後報告だとしても、それは捜査優先で・・・』

『結果、器物破損は当然、地上の局員を危険に晒し、あまつさえ本来守るべき対象である民間人にさえ重傷を負わせた・・・という報告が儂の所にゴロゴロ舞い込んでくるのだが?これが事実ではないと?』

『・・・そうだ。地上の局員が本局のエリートを妬んだ捏造報告だ』

『そうか。ならば監視カメラに映っている証拠も捏造、民間人の証言も嘘、器物破損の現場に残る残留魔力の検査結果もでっちあげだと言うのだな?つまり、我々の言葉は全て貴様等にとって嘘だと言うのだな?』

『・・・』

『よろしい。ならば今後一切本局の人間は地上で発生する事件に口を挟むな。地を踏むことも許さん。介入するな。信頼関係が築けないのだから仕方あるまい。貴様等は次元宇宙にただ漂っていればよろしい。もし無理矢理にでも地上の事件に介入すれば、その本局の人間は私の権限で逮捕、もしくは強制追放する』

『そんな横暴がまかり通るなど・・・』

『横暴?その言葉、そっくり返そうか。今まで貴様等本局が言ってきた言葉だぞ?”地上の人間が本局の仕事に口出しするな。もし邪魔するならそれ相応の処分があると思え”とな。実際儂も若いときに本局の人間に耳にタコが出来るほど言われたよ。儂はそれと同じ言葉を口にしたにすぎん』

『・・・』

『さて、話を戻そうか?予算配分と人事の再考だが・・・』

 

 

 ―――言葉のみ、しかも大雑把な抜粋ではあるが、概ねこんな感じでレジアスは言葉巧みに本局の人間を言い負かせた。結果、今まで本局には弱い立場を取らざるをえなかった地上が対等以上の立場を築き、大幅な予算アップを勝ち取り、さらに局員の待遇改善にも取り組んだ。これにより各次元世界、地上本部での犯罪率と局員の死傷率も減り、レジアスは地上での発言力を絶対のものとしたのだ。

 それまでの時空管理局というのは管理世界を拡げる事に躍起になり、いざ新たに管理世界を登録するとその世界は時空管理局の基礎となる正義理論を押し付け、保安という名目で管理局の支部を建設し局員は現地調達、そして基本放置。ただ有能な人材獲得と、利益になる資源のみを吸い取る、いわばイナゴの大群のような存在だったのである。

 まあ、このレジアスの一悶着がきっかけで元々仲が良くなかった本局と地上の関係がさらに悪化したとも言えるのだが。

 そんな犬猿の仲であるハズの本局が、地上側に部隊の要請を出す。普通ならばそういった他部所への援助要請などは、まずレジアスの耳に入るハズなのだが、今回のこの7年前の事件はレジアスを介さず行われたのだ。

 当時レジアスが聞いていた報告によれば、記憶が確かならば『ダイスケ・コンドウ曹長は自分から本局の任務同行を志願した』とあったはずである。だからこそ当時のレジアスは近藤を愚かな男で使えない馬鹿な局員だと判断を下し、処分については一切口出ししなかったのだ。

 考えられる可能性としては、ヤンが本局にゴマを擦り、貸しを作ることによって自身の昇進に繋げようとしたというところのだろう。そして不測の事態が発生した場合は地上部隊が全責任を負うとかなんとか言い、その見返りに更に自分への保障を手厚くしろとかなんとか言ったに違いない。

 

「どうも巧妙に隠蔽していたようだな。実際このファイル自体本局では機密扱いだったようだ」

 

「そんな機密扱いのファイルをどうやって手に入れたのですか?」

 

 オーリスの疑問ももっともで、本局の機密ファイルなど、地上の最高権力者たるレジアスとてそう易々と閲覧できるものではない。特にコレは本局の汚点であるし、そもそも何故こんな汚点が未だにデータとして残っているのかが疑問である。それが何故レジアスの元に?

 

「匿名投書だ。」

 

 オーリスは驚く。まさか内部告発とは。しかも巧妙にデータ送付の足跡を消しているため、贈り主の特定は不可能だという。

 

「・・・信用できるのですか?」

 

 改めて問うオーリス。当然だろう、差出人不明の内部告発で、確証がないのだから。

 

「それを儂自ら確かめるために呼び出す」

 

 レジアスは獲物を狙うかのように目を細め言う。呼び出す?誰を?

 

「ダイスケ・コンドウという男、今は第93観測指定世界で単独駐在をしている。オーリス、儂の権限でそいつを地上本部へ強制異動させろ」

 

 

 

 ―――近藤が機動六課へ異動する一年前の話である。

 

 



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