デスゲームに出会いを求めるのは間違っているだろうか (わかめ)
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困惑の兎

ここは浮遊城アインクラッド。ソードアート・オンラインと呼ばれるゲームの舞台となっている世界。

ゲームの開発者、茅場晶彦により構築された世界は現実よりも美しい風景が広がっている。緑に彩られた草原に澄み渡る空。惜しむべくは所々に出現しているモンスターの存在だろうか…

 

このゲーム、SAOはフルダイブ式のMMORPGで、全100層で構成されたダンジョンであるアインクラッドを攻略することを目的とされたゲームである。

βテスターの応募も数多く、正式にサービスを開始する際にも店頭に数多くの人が並ぶほどに注目されたゲームであった…

 

既にサービスは開始され、多くのプレイヤーが好き好きに自身のアバターを作成し、このゲームにダイブしていた。

 

そして、草原にまた一人、新たなプレイヤーがこの世界に降り立った…

 

 

 

「…ここは…」

 

 

白い髪に赤い目、華奢な体にハーフプレート型の防具をつけた少年、ベル・クラネルは周囲を見渡し頭を傾げていた。

 

 

「おかしいな…確か僕はホームで寝ていた筈なんだけど…」

 

 

腕を組み思考にふけるが、猪形のモンスターがポップしたのを見て、腰につけた鞘から赤い刀身の短刀を取り出す。

少年は鋭い目付きでモンスターに迫ると、すれ違いざまに短刀で切り裂いた。

 

短刀、牛若丸弐式を血を払うために振るったのだが、最初から血が付いていなかったことに気付きもう一度頭を傾げた。

気のせいだと判断し鞘に牛若丸弐式を戻すと、現状を確認するために周囲を確認する。

 

 

「うわ!!」

 

 

突然少年の目の前に淡黄色の四角い何かが現れた。

少年は驚き、尻もちをつくが、四角い何かの中に白い文字で何かが書いているのに気付き、立ち上がって文章を読む。

 

 

「見たこともない字…だけど、なんでわかるんだろう」

 

 

『ボア×1 経験値10 20コル』と書かれている。少年は益々状況を掴めずに頭を傾げる。

 

こんな時に仲間がいれば何かがわかるったかもしれなかったのにと内心で呟いた少年はふと視界に何かが映っているのに気づいた。

黄緑色のゲージ、それとその下にはBeru(ベルと言う意味の文字)とLevel2と書かれている。

 

視線をずらすとまたモンスターがポップしていることに気付く。そのモンスターの上にも黄緑色のゲージがある。

 

少年はここがどんな世界であるかを理解は出来なかったが、少なくともここが自分が居たところとは別のところであることを理解した。

そう思い至った理由はいくつかあるが、まず視界に移る謎の情報。彼が知る限りこのような効果が発現するマジックアイテム等は存在しない。次にモンスター…そのポップの仕方だ。

彼が常日頃潜るダンジョンは基本的に壁に囲まれた所で、その壁からモンスターが出てくる。目の前のようにいきなり光を纏って出現するなど聞いたことすら無かった。

 

視界の端にある物を何気なく触れる。

 

彼の目の前に薄灰色の画面が現れた。そこに白い文字で書かれた様々な情報が目に入る。

コルという意味の文字の横に20という文字。

 

取り敢えずStatus(ステイタスと言う意味の文字)を触る。すると彼の前に筋力などの文字と数値が現れた。どれも数字の横にSSなどが表記されている。

筋力:1088 SS

耐久:1029 SS

器用:1094 SS

敏捷:1302 SSS

魔力:883 A

幸運:I

 

それを確認した彼は今度はSkill(スキルと言う意味の文字)を触って確認する。

 

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)ってなんだろ。新しいスキルかな」

 

 

彼の目には憧憬一途(リアリス・フレーゼ)英雄願望(アルゴノゥト)、そしてソードスキルと書かれた物があった。

彼は憧憬一途(リアリス・フレーゼ)の内容を見れないかその項目を触ったが何も反応は無かった。英雄願望(アルゴノゥト)も同様で内容は見えなかった。

少しもどかしさを感じているが、こんどはソードスキルを触ったところ画面が変わった。

 

片手剣などの様々項目があるがそれらの熟練度は全て0と表記されていた。

 

一度最初の画面に戻ったが彼はここで一つおかしい点に気付いた。

通常のプレイヤーではなくてあたりまえのことだが彼にはあって当たり前のもの。魔法の項目が無かった。

 

 

「……ファイアボルト」

 

 

少年は確かめるために手を前に出し呪文を唱える。すると、赤い火が凄まじい勢いで射出され、手の先の草原の一部が燃えた。威力がどれほどのものかはいまいちわからなかったが、それでも彼は魔法が使えたことに安堵の息を漏らす。

次に少年は持ち物を見るが今現在自分が装備しているものが項目にあった。一度牛若丸弐式の項目を触ると腰にあった牛若丸弐式の片割れが鞘ごと消えた。少年は慌ててもう一度項目を触る。すると、牛若丸弐式は少年の腰に元通りに出現した。

 

それからも現状を理解するために少年は画面をずっと見つめ、この世界のルールを本能的ではあるが理解し始めていた。

 

 

既に時間も過ぎ、夕日に照らされた少年は鐘の音を聞く。

それと同時に身体が光り、少年の視界は白く塗りつぶされた。

 

 



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VSフロアボス

突如光に包まれたベルはアインクラッド第1層にある始まりの街へと転移させられた。他のプレイヤーたちも例外ではなく困惑した声を上げている…

しかし、ベルと他のプレイヤー達は精神状態からして違っていた。ベルは自身のコマンド画面を確認した時特に疑問に思っていなかったが、他のプレイヤーには無くてはならないものが喪失していたのだ。

 

ーログアウトー

 

この項目をどれだけのプレイヤーが探したのだろうか。これがない…つまりログアウト出来ないということは何時までたってもゲームを終われないということ。多くのプレイヤーは何かしらのバグを疑い、GM側が早急にこの問題を解決すると思っていた。

しかし、何時までたっても問題は解消されず、挙句の果てにこのような意味の分からない状況で街に集められたのだ。

 

やれ責任者を出せなどの罵声が飛び交う中、いまいち状況を理解できていないベルは、空に浮かぶフードを被った存在に気付いた。

顔はフードのせいで見えない。体格もいまいちわからないどころか、人間とは思えないほどの巨体を持っている。

 

 

 

そのフードの人物から告げられた言葉は衝撃的であった。

 

曰く、このゲームはデスゲームでありクリアするまでログアウト出来ない。

曰く、ゲームオーバー、もしくは強制的なログアウトには死が伴う。

 

 

それを聞いたプレイヤーたちは阿鼻叫喚となる。

既に目の前の存在が尋常ではないと言う事は、アバターの強制的な変換…現実世界の自分への変換により理解していた。

 

認めたくはない、されど認めなければならない状況に絶望の渦が巻き起こる。

 

 

しかし、ベルが考えていた事は違った。

彼は自分が何かの戦い、もしくは催し物に巻き込まれたのだと理解した。

周囲の状況から察するに彼らもまた巻き込まれた存在だと彼は考え、全員が元の世界に帰るにはこの戦いを終わらせなければいけないとわかった。

故に彼は考える。このゲームのクリア条件を…まずは情報を集めなければならない。

彼は人混みに目を向ける。錯乱している様子に碌な情報は得られないと判断し、彼はその場を離れる。

 

ふと、広場から立ち去る人影が見えた。

迷いなく進む人影に彼は付いていく。敏捷値に物を言わせた走り。ものの数秒で彼は人影に追いつく。

 

黒色の髪にハーフプレートを来た小柄な男。背中には片手剣を装備しているのがベルの初見で把握した情報だった。

対する男もいきなり現れた白髪の小柄な少年に驚き立ち止まった。

 

 

「少し聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

 

「…いいぞ」

 

 

驚くほど似た声、本人たちも何処かで聞いたような声だと感じたが特に気にもせずに話を続ける。

 

 

「このゲームのクリア条件って何ですか?」

 

「…そんなことも知らずにプレイしたのか。随分と不運なんだな。あんた」

 

「はぁ…」

 

「まあいい、クリア条件はこの100層で構築されたアインクラッドの頂上に登るということだ」

 

 

それにベルは驚愕した。

100層踏破…一体何年かかるのだろうか。恐らくは今ゲームは始まったばかり。全員が初級冒険者であることはまず間違いない。ならば他のプレイヤーがレベル2に到達するのに少なくとも一ヶ月はかかる。

 

それまで彼は仲間たちを放って置けるだろうか…彼女にますます置いて行かれるのではないか…

 

様々な考えが思い浮かぶ。

 

 

「じゃあ、俺は急ぐから」

 

 

目の前の男が先に進んだのにも気付かずにベルは思案する。

今、この状況でしなければいけないこと…

 

 

「ゲームをクリアすること」

 

 

それは確定してる。だからこそ彼は走った。幸いにも彼は初級冒険者ではない。故に10層程度ならば進めると彼は考え疾走する。

普段ならばサポーターが必要なダンジョンも今回ばかりは必要はない。彼は既にこのゲーム内でドロップ品はバックパックで回収する必要はない事は理解していた。別に回収できなくとも少なからず普段よりはドロップ品に気を配る必要はない。

 

彼は金を稼ぐ必要はないのだ。目的はダンジョンの踏破…

 

 

普段潜っているダンジョンとは勝手が違い、何処へ薦めばいいのか彼にはわかっていない…

 

 

しかし、彼は真っ直ぐ辿り着いた。彼自身わかっていないが、それは偏に彼のステイタスによる恩恵だ。

 

幸運…そのステイタスは間違いなく彼をここまで導いたのだ。

重々しい扉の前で息を整える。彼は見たこともないがこの先が第2層であることを察し、その歩を進める。

道中の魔物は例外なく1撃で屠ってきた。回復アイテムも彼は持ち合わせていない。だけど、彼は扉を開き、中へと進む。

 

 

全ては自分の世界に戻るため…

 

 

 

 

 

 

 

ステンドガラスで彩られた大部屋、彼がおそるおそる歩を進めるとそれは襲ってきた。

 

見上げるような体躯、凶暴そうな角。巨大な斧を持ったモンスターが彼の目の前に現れた。

フロアボスであるイルファング・ザ・コボルド・ロード、取り巻きであるルイン・コボルド・センチネルを3匹引き連れて出現したのだ。

 

彼は直ぐ様牛若丸弐式を構えて対峙する。

 

 

「いきなり大型モンスターなんて付いていないな…」

 

 

脳裏に、ふと彼の宿敵であったミノタウロスが幻視する。しかし、目の前の存在はそれほどまでの威圧を感じさせない。それに少し安堵の息を漏らした後彼は油断はしないと内心で呟き疾走した。

 

迫るのは取り巻きであるセンチネル。しかし、ベルはすれ違いざまに3匹を切り捨て、そのままロードへと突進する。

斧による振り下ろし攻撃を寸での所で躱し胸を切り裂く。途端にロードの真上にあるゲージが減ったのを確認したベルは、それがこのボスの生命力の数値化だと理解し内心でわかりやすいなと呟き、再度斬りつける。

 

2度の攻撃でゲージは1/3程減少した。それの意味を全く理解していないベルは続けざまに斧を躱し切りつけながら跳躍した後、手のひらをロードの顔に当てる。

 

 

「ファイアボルト!!!」

 

 

紅い稲妻が彼の手から放出され、ロードを焼く。怯んだ様子を見せたロードに彼は止めの一撃を入れた。

 

着地し、彼は疾走する。またモンスターが出現する前に彼は先に進まなければならないと考えてのことだが、実のところもうロードは出現しない。

目の前に討伐した証である報酬画面が開いているが彼はそのまま疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、誰もが信じられないことが起こった。たった1日で第1層がクリアされたのだ。クリアしたものは何故か転移門を開かなかったが、それでもその情報はプレイヤーたちに届いた。

それがもたらすのは一体何か…歓喜に包まれる街中で何人かの人物は何かよくないことが起きる予感がし、不安にかられるのであった。

 

信じられなかったというのは何もプレイヤーだけではない。開発者茅場晶彦もまたその一人だ。あり得ない速度でのダンジョン踏破。イレギュラーの事態に彼は歯噛みし、件のプレイヤーへと視線を向けた。

 

 

「…beru…白髪のプレイヤー…か」



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情報屋

ベルは2層の街で一泊すると、今度は3層を目指すために駈け出した。

幸いにも彼は宿に泊まる事ができ、疲れもでていない。この調子ならば今日のうちに6層までは到達できるのでは?と淡い期待を抱いているベルはフィールドでポップするモンスターを一刀のうちに倒し、3層への道を探す。

 

実のところ彼は2層に街がある事を想定していなかった。何故冒険者も居ないのに街が出来ているのかを疑問にも思ったがそういうものなのだと自身で納得し、回復アイテムらしきものを買い込んで散策している。

彼は更にこのゲームについて理解し始める。例えば特定のモンスターを倒すと装備が手に入るとか、この世界でのお金はコルというものだとか…

他にも様々な未知に遭遇しつつも彼は純粋に今の状況を楽しんでいる。

 

思えば彼が本当の意味で冒険をするのは初めてのことかもしれない。彼が普段潜っているダンジョンは言わば既に攻略されたもの。それを彼がなぞるように踏破しているのだ。しかし、今は違う。誰もしらないフィールドを自分の手で踏破する。それに彼は一種の達成感の喜びを胸に抱いていた。

 

 

それも、順調に進めばだが…

 

 

 

 

2日間、彼はこの階層を調べまわった。幾つかの街で身体を休めつつ散策する。それの繰り返しだ。

1層では働いた幸運のステイタスもなりを潜めてしまっている。

 

その日も特に成果も得られなかったことにため息を吐いて2層に来た時に最初に辿り着いた街に入っていった。

 

 

街では何人かの冒険者の姿を確認したベルは心底驚いた。まさかレベル1で大型モンスターをこんな短期間で倒すとは、と内心で感心していたが、実のところそれは間違いである。

街に辿り着いた彼らはある程度のマージンを確保しつつもボスの居ないボス部屋を素通りしてこの階層へと辿り着いていたのだ。

 

今も腕を組んで頷きつつ感心しているベルはここで町の入口にある何かが光っていることに気付いた。

門のような大きな物は青白い光を放っている。不思議に思ったベルは近くに居たフードを被った人物へと話しかけた。

 

 

「あのぉ、すみません」

 

「ん?なんダ?」

 

 

少し独特なイントネーションの言葉を放つ人物は声の方向、ベルへと身体を向ける。

それによって顔が見えるようになった人物。女性はベルの髪を見て少し驚いた。

もう髪の色を変えたのか、と彼女は思ったが直ぐに彼の目を見てその認識を変えた。

 

赤い目、白い髪、彼女はそれによって目の前の少年はアルビノなのだと自己完結し彼の返答を待った。

 

 

「あの光っているのって何ですか?」

 

「は?」

 

 

あり得ないものを見たというように彼女は目を見開く。何故転移門すら知らないプレイヤーが2層まで来ているのだろうか、何も知らずにプレイし始めたのなら昨日の一件で始まりの街に引きこもっているのが妥当だろうにと思ったが、目の前の少年の質問を待つ目に自分が返答していないことに気付き説明する。

 

 

「あれは転移門って言ってナ、あれを使うと階層間で移動が出来るんダヨ。まあ、階層に辿り着いて転移門を開かないと使えないけどナ」

 

「そうなんですか、ありがとうございます!」

 

 

そう言い頭を下げた少年に彼女は疑問を抱く。

 

 

「なあ、アンタレベルは幾つだ?」

 

「僕ですか?level2ですよ」

 

 

全くなんと恐れ知らずなのだろうか、このSAOでは安全なマージンはその階層プラス10以上のレベルだとされている。少なくともプラス3程度は無いと階層を上がるなどの無茶はしないものなのだ。

だが目の前の少年はまだlevel2。戦闘向けではない彼女ですらlevelは6なのだ。

 

何も知らない様子で転移門を眺めている少年に彼女は危うさを感じる。

ここで見殺しにしてしまうのは彼女としては非常によろしくない。主に精神的に。

出来るならば彼女の知り合いである剣士にでも任せるのがいいのかも知れないが生憎と彼は現在体術スキルを獲得するために岩を割っている最中である。

 

ため息を吐いて彼女はベルへと話しかけた。

 

 

「アンタ、暫くの間オレっちと行動シナ」

 

「はい?」

 

「あんまりこのゲームについてわかってないダロ?ビギナーをそのまま見殺しにしたら後味が悪くなるんダヨ」

 

「は、はぁ」

 

 

いまいち要領を得ていない少年に再度頭を掻きながら彼女は告げた。

 

 

「パーティ組めって言ったんダヨ。ある程度のレベルになるまでだけどな」

 

「level…具体的には?」

 

「まあ10を目標にかナ」

 

「ええ!?何年かけるつもりですか!?」

 

「何言ってんダ」

 

 

ガビーンという効果音が似合う顔で驚いている少年を見て再度ため息を吐いた彼女は、この知り合いと声がそっくりな少年の未来を考えて頭を押さえるのであった。

 

 

「で、でもそれくらい強くなれるならなりたいです!!」

 

「決まりダナ。オレっちはアルゴ。情報屋で鼠のアルゴって言われテル。これからよろしくナ」

 

「ぼ、僕はベル・クラネルです!!」




アルゴ姉さんって実は面倒見がいいと自分の中では思っています。

あと、自分の声って他人が聞いている声と違うじゃないですか?だからブラッキー先生もベルくんも声に関して触れなかったんですよ。


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暴走?

「そこっ!!」

 

 

第2層の存在する森。おおよそ同じタイミングでポップし続けるモンスターをベルは狩っていた。無駄のない動きに一撃で敵を倒す攻撃力。彼の異常さには同伴しているアルゴはすぐに気付いた。

 

既に彼とパーティを組んでから1日が経過していた。その間彼女はβテストの時との差異を調べがてらベルのレベル上げに付き合っていたのだが、如何せん彼のレベルが上がらない。

モンスターを倒すのを手助けしている程度のアルゴの方が先にレベルが上がる始末。どんだけ彼がモンスターを倒そうと彼のレベルが上昇したことを知らせるファンファーレはならない。にも関わらず彼の動きは常軌を逸している。

 

そして、彼を異常だと感じる一番の理由は敵を倒す方法だ。彼は一切ソードスキルを発動させていないのだ。システムによる補助を受けずに彼自身の能力で敵を屠っている。これは異常としか言いようがない。

 

もしかすると彼は何かとんでもない存在ではないのか?と考えるも目の前で美味しそうにパンを頬張るベルにそんな大層な存在ではないか、とため息を漏らした。

 

 

「そういやあベル坊はどんな風になりたいんダ?」

 

「どんなふうって?」

 

 

未だにポップしているモンスターを遠目にアルゴは尋ねる。

まだレベルが上っておらずステ振りのタイミングではないが、いつか必要となる時は来る。それに備えて育成の方針を固めておくのもMMORPGのプレイヤーとしては必要なことだ。

 

 

「どんな風に強くなりたいか聞いてるんダヨ」

 

「うーん……英雄になりたいです」

 

「英雄って…」

 

 

呆れたようにベルを見るアルゴに照れくさそうに頭を掻くベル。彼は冗談で言っているわけではない。彼のスキルが物語ってるように、彼自身英雄へ強い憧れを抱いている。

 

しかし、アルゴにとってはその答えは満足の行くものではなく、単に英雄と言われてもアドバイスの出来るものでは無いことに少なからずベルは実は頭が悪いのでは?という疑問を抱いていた。

 

 

「まあそれは置いておくカ。取り敢えずベル坊は問題なく戦えそうだし、移動するゾ」

 

「はい!」

 

 

未だにレベルの上がらない彼へとため息を吐きつつアルゴはその歩を進める。

向かう先はこの階層の到達地点。第2層のフロアボスが待つボス部屋へと進むのであった。

 

 

 

 

 

============================

 

 

「この先ってもしかして第3層ですか?」

 

「そうだナ。まあその前にフロアボスがいるボス部屋があるケド」

 

 

大きな装飾のされた扉の前で2人は話す。2人共視線は扉に向けたままだ。

 

 

「フロアボス?」

 

「なんダ、それも知らないのカ。各階層ごとにいるボスで、そいつを倒して次の階層に行けるんだよ」

 

「そうなんですか。じゃあ前のも唯の大型モンスターではなくてフロアボスだったってことですね」

 

「前の?」

 

「そうですよ?牛みたいな大きなモンスター。アルゴさんも倒してきたんでしょ?」

 

 

それを聞いたアルゴは信じられない物を見たようにベルを見る。

彼は案に言っているのだ。フロアボスと戦ったと。そしてその口ぶりからは勝ったとも聞き取れる。

 

 

「なあ、そのフロアボスと戦った時ベル坊は誰かと一緒に戦ったノカ?」

 

「一人でしたよ?」

 

「…嘘はよくないナ。まあ、もし本当だとしたらラストアタックボーナスを手に入れている筈ダガ?」

 

「ラストアタックボーナス?」

 

「フロアボスにトドメを刺した時にもらえるアイテムダ。そのどれもが使えるものなんダヨ」

 

「ああ、ありますよ。でも僕には必要ないからアルゴさんにあげます!」

 

「は?」

 

 

そう言い自身のコマンド画面を操作しだすベル。一体何処の世界に昨日会ったばかりの相手にレア装備を渡そうと考える者がいるだろうか。

そして自身の画面に映るアイテムの受諾に関する画面が…これにYesと答えれば件のアイテムは手に入る。

 

 

「って、待て待て待て。いきなり過ぎるゾ!ベル坊!」

 

「え?何がですか?」

 

「そのレア装備の価値をわかっているのカ!?」

 

「いやあ、だって別にいまの装備品よりも弱いし、コートって動きにくいんですよね」

 

 

彼が渡そうとしている防具、コートオブミッドナイトは終盤においても使える防具。それをわざわざ手放すなど考えられないのだが、アルゴはそれ以上に聞き逃せない物があった。

 

 

「今の装備より弱いだっテ?」

 

「はい。あ、でもその防具に特殊な能力があるのかもしれないのか」

 

 

確かにそれもベルの言うとおりに特殊な能力があるかもしれないが、それ以上に今の段階で手に入る防具とは比べ物にならない筈なのだ。

しかし、もしベルの言う事が本気だった場合…

取り敢えずアルゴは目の前のYesボタンを押してアイテムを受け取った。貰えるものならば貰っておくに限るというのが彼女の持論である。

だがしかし、それでも疑念は張れず、モヤモヤしたものを抱えたままアルゴはベルを見た。

 

 

「それにしても、ベル坊、お前一体…」

 

「じゃ、フロアボス倒しましょうか」

 

「は?」

 

 

アルゴが止める暇もなく、ベルはボス部屋を開いた。

アルゴの思考が止まって悠々と中に入っていく

ベルはボス部屋の中で現れたモンスターへと視線を向ける。

その姿は彼が過去に対峙したモンスター、ミノタウロスに似ていた。それでもなお、彼はミノタウロス以上の威圧感を感じないことに安堵の息を漏らす。

 

近くには第1層のフロアボスと同じ様に目の前のボス、バラン・ザ・ジェネラルトーラスよりも小さいモンスターが数体いた。

 

 

「何やってるんダ!!ベル坊!!」

 

「何って、だってこのモンスター倒したら第3層に行けるんですよね?」

 

「それはそうだガ、2人で戦うとか正気カ!?」

 

「??まあ、大丈夫だと思いますよ」

 

 

今直ぐ戻れと叫ぶアルゴを置いて彼はボスへと向かう。取り巻きモンスターが彼に突進するが、第1層同様、彼の一刀のもと切り捨てられた。

普通では考えられない光景にアルゴは絶句する。彼はボスの振り下ろしをジャンプで躱し赤い短剣でその腕を切りつける。

 

半ゲージほど減ったのが見えた。

 

あり得ない。フロアボス相手にこんな状況。レベル2であるベルがそのような攻撃力を持っているわけがない事にアルゴは疑念を抱く。

更に、ベルの動きの速さがあり得ない。まるで獣のように縦横無尽に駆け回る彼に一体どんなステータスが備わっているのかを彼女は知らない。

 

何もレベルが上がらないからといってステイタスが上がら無いわけではないのが、ベルの中での冒険者なのだ。しかし、SAOプレイヤーにとってステータスとはレベルが上った際に手に入るポイントを割り振って上昇させるものであり、根本からして仕組みが違うのだ。それに、彼は一つ幸運な事があった。通常、彼の冒険者でのシステムでは、それぞれのファミリアの長である神にステイタスの更新をして貰い、初めて上昇する。だが、何故か今の彼はモンスターを倒す度に更新されているのだ。

 

それには彼自身も気付いていて、それを素直に喜んでいた。

 

 

「ふっ!!」

 

 

更新されたステイタスから繰り出される攻撃はとても強力で、フロアボスの体力をみるみるうちに減らしていき、遂には残りゲージ1本となった。

しかし、そこで新たなモンスターが現れた。見かけは王冠を着けたミノタウロス。名前はアステリオス・ザ・トーラスキング。見上げるほどの身の丈にベルは凄い大きさだと、内心で呟いてモンスターの振り下ろしを躱し、腕を薙ぐ。

 

 

「固い!」

 

 

攻撃が入らない。いや、通常のプレイヤーならば十分な程のダメージだがそれは多数のレイドでボス攻略を行う時の話だ。少数の現状ではその固さは脅威となる。

しかし、いきなり攻撃が入らなくなったのにベルも傍観しているアルゴも疑問に思った。

 

再度武器による振り下ろしを躱したベルは、その腕を伝ってトーラスキングの顔に近付く。

ミノタウロスでも有効だった攻撃ならば通るはずと彼は振り回しの攻撃を躱して頭にナイフを突き刺した。

 

ゲージが一気に減少する。それに今更頭が弱点であると気付いたが、今からやることを止める理由にはならずに彼は、唱えた。

 

 

「ファイアボルト!!!」

 

 

ナイフを伝ってトーラスキングの内部へと放たれた赤い雷は内部からトーラスキングへとダメージを与え、そのゲージを0にした。

 

 

「いまのは、一体…」

 

 

Congratulationの文字が浮かび上がる空間でポリゴン体となって消え去ったボスから飛び降り、着地しているベルを見てアルゴは呟く。

彼女にとって信じられないことだが、確かに目の前でフロアボスをソロで攻略したという事実が行われ、彼女は放心したまま、満足そうに笑うベルを見ているのだった。




ベル坊……何処の魔王の子供かな?


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出会い

「ちょっと待て、じゃあ何か?俺が岩を砕こうと奮闘しようとしている間にフロアボスは倒してしまったってことか?」

 

「ああそうだヨ。しかもベル坊一人でな」

 

 

アクティベートされた第3層の街中の食堂で飯を食べながらアルゴは話す。その横にはベルとβテスト時代からアルゴの知り合いであるキリトが座っていた。

ベルはいまいち話しについていけずに耳を傾けながらも意識は食事の方へ向いてしまっている。

 

そんなベルを見てキリトはこんな奴がソロクリア出来るとは信じられないといった顔を浮かべて腕を組んだ。

 

 

「まあ、昨日1日ベル坊と行動してわかったのは、こいつは普通のプレイヤーでは無いってことダナ」

 

「確かに、こんな短期間でフロアボスをソロ狩り出来るとか異常としか思えないな」

 

「それだけじゃないゾ。ベル坊のレベルは信じがたいことに2なんダヨ。これはオレっちも確認させて貰ったから間違いナイ」

 

「んな馬鹿な」

 

「あんな動きができるのはレベル2ではあり得ナイ。だったら考えられることは…」

 

「チートかバグか」

 

 

テーブルに置かれた椀のスープを啜りつつ二人は視線をベルへと向ける。

一体この少年はどういった存在なのかがわからない。ただ幸せそうにご飯を頬張るベルがとても悪人には見えないし、罪悪感なども見て取れない。

 

2人はこの少年がチート行為を行っているとは到底考えられないと結論づけた。

 

 

「まあ、本人に聞いてみるのが一番じゃないのか?」

 

「そうダナ。なあベル坊。お前ってどうしてそんなに強いんダ?」

 

 

ベルは二人に話しかけられ、食べていた物をごくりと音を立てながら飲み込むと、首を傾げながら答えた。

 

 

「僕、何故かわからないけれど飛躍的に強くなっていると言われました」

 

「言われた?それは誰にだ?」

 

「誰って、神様ですよ?」

 

「神様?何言ってるんダ」

 

「いやいや、僕のファミリアの神、ヘスティア様ですよ」

 

「……なあアルゴ、こいつ大丈夫なのか?」

 

「………なあ一ついいカ?ベル坊」

 

「はい、何でしょう」

 

「お前の髪は地毛カ?」

 

「はい。そうですよ」

 

 

そう答えるベルはアルゴから見て嘘を付いているようには見えない。様々な人と話してきた彼女だから信じられる自身の目。これで嘘を付いているとしたら大したものだが、どうにも彼女にはベルがそんな人間には見えなかった。

 

 

「じゃあもう一つだ。ベル坊はどうしてSAOをプレイしているんダ?」

 

「SAO?……何ですか?それ」

 

「……なあアルゴ」

 

「キー坊は黙ってナ」

 

「(´・ω・`)」

 

「最後に、お前はここにどうして自分がいるかはわかっているのカ?」

 

「わかりませんよ。気づけばここに居ましたし、神様達と一緒にお祝いしてた所までは覚えているんですけど…」

 

 

何故そんな事を聞かれるのか理解できないベルは首を傾げながらアルゴを見つめる。

アルゴは腕を組んで唸りながら考えている。

果たして目の前の少年の話を鵜呑みにするとして、どういった弊害が出るのか。

この少年は紛れも無くここにいる。唯のプレイヤーではない、かと言ってもNPCにも思えない。

そう言えばこの少年はレベルを10にするといった時に何年かけるのか?と言っていた。つまりはこの少年にとってレベルが2というのは普通の事なのだ。

 

このSAOの常識とはかけ離れた少年の常識。つまり少年は自分の能力について知っている。更にあの戦闘能力。一朝一夕の戦い方ではない。

 

 

「ああ、そう言えば二人は冒険者になってどれくらいたつんですか?」

 

「冒険者?……俺達がSAOをプレイし始めたのは1週間前だろ?」

 

「成る程、でもそれくらいなら3層までくるのって危なくないですか?」

 

「まあ、それもそうだが。お前は人のこと言えないだろ?」

 

「いや、僕はもう少しで2ヶ月くらいですから」

 

「2ヶ月?」

 

 

この少年の言い分はおかしい。確かにSAOサービス開始したのは1週間前なのだ。なのに2ヶ月…

 

 

「なあベル坊。お前、そのファミリアってので何していタ?」

 

「何って冒険者ですよ。僕のファミリア鍛冶や調合って分野の人居ないですから。ああ、でも鍛冶なら一人だけ…」

 

 

合点がいく。いや、推測の域を脱していないが、もしこの少年の話を信じるとすれば、この少年は自分たちの世界の住人ではない。アルゴの知る限り、冒険者や神様などのファンタジーな事は現実世界では起こっていない。なのにベル坊の様子を見る限り、冒険者というのは周知の物のようだ。つまり、本当に存在しているとすればアルゴが知らないはずがないのだ。

到底信じられない話ではない。だがしかし、アルゴは見てしまったのだ。この少年がフロアボスにトドメを刺した光景。そう、魔法を。

 

信じない事は出来ない。ただ、この情報を他人に知られる事は危険過ぎる。唯でさえ嫉妬深いMMOプレイヤーが存在しているのだ。もしこの少年が特別な存在であると知られればどうなるのか…下手をすればこの少年という戦力を失うことになるかもしれない。

 

そこでアルゴは一つ思いついた。自分が監視すればいいのでは?

そうなればアルゴ自身が攻略組にならなければならないかもしれないが、間違いなくSAO全体の戦力が上昇する。だが、アルゴ一人では庇え切れない。ならば、ここにいるもう一人の力も借りればいい。

 

 

「よし聞いてくれ二人共」

 

「なんですか?」

 

「何だ?アルゴ」

 

「今からこの3人でギルドを作る。理由としてはベル坊の秘匿だ。こいつが目立つと争いの元になる」

 

 

アルゴの言葉にショックを受けるベルをキリトは見る。まだ少ししか話していないが、この少年が少し自分たちとズレているのを感じていた。それにアルゴが仲間になるというのは彼自身願ってもないこと。その情報量の多さと機転の聞く頭は間違いなく心強い味方になる。

 

 

「俺はいいと思うぞ」

 

「あ、あのギルドってなんですか?」

 

「アインクラッド、迷宮を攻略する為の集団ダ」

 

「それってファミリアみたいなものですか?」

 

「かもしれナイ。だけど安心しなベル坊。何もお前にそのファミリアってのを鞍替えしろって言っているわけじゃナイ。このゲームをクリアするまでの仲間ってことだ」

 

「成る程…パーティみたいなものか、じゃあ受けます!!」

 

「よし、手続きの方はオレっちがしとくから」

 

 

今ここに、最前線攻略ギルド、【極夜の鼠(ミッドナイトマウス)】が結成された。




ギルド名を決める際


「よぉし、じゃあ各自好きな名前考えてくれ」


キリト【極限の夜(インフィニティナイト)

アルゴ「厨二乙」


ベル【英雄団】

キリト「ちょっとそれはどうかと」


アルゴ【鼠の宿】

ベル「…何だか食堂の名前みたいですね」




結局キリトとアルゴのを合体させたのが採用されました


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方針

ギルド、極夜の鼠の一員となったベルは、1層で狩りを続けていた。何故彼が3層で狩りを行わないのか。3層のモンスターが強く、倒せないからではない。寧ろ倒すのは簡単だろう。

ならば何故か…それはプレイヤーたちの平均レベルを上げる為の時間を稼ぐのと、モンスターにやられる初心者達を極力減らすためだ。

 

確かにベルがいれば暫くは順調にボスを倒していけるだろう。しかし、何時ベルでも通用しなくなるかはわからない。その時に平均レベルが低く、攻略組が死んでしまえばこのゲームをクリアするのはほぼ不可能になってしまう。

それを避けるためにアルゴは暫くの間のフロアボスの攻略を禁止した。時期を見て攻略すると言っていたが、ベルは内心で不満に思っていた。彼は一刻も早く自分の世界に帰りたいと思っている。確かに戦闘において仲間というのは大切だとベルは理解している。それでも早く帰りたいという気持ちは強い。ベルはそれをアルゴに伝えた。

 

アルゴはだからこそ待つべきだ、とベルに告げた。ちまちま攻略するのではなく、一度力を溜めてから一気に突破したほうが早いと…

 

ベルは何も言えなかった。自分が持つスキル、英雄願望があればもしかしたら100層までクリアできるかもしれない。相手が強ければ強いほどその威力を上げる逆転の力。今は意味が無いが、後半になればなるほど効果の出るスキル。

まあ、溜める時間が必要だというデメリットはあるが、それでもちょっとやそっとじゃ負ける気は無かった。

 

そこで、ふと思う。自分は何故ここまで強気になっているのかと…ほんの2ヶ月前にはミノタウロスに殺されかけるほどに弱かった自分。1ヶ月前にミノタウロスを倒すまでになれた自分。レベル3の相手を倒せた自分。確かに強くはなっている。しかし、それが今の気持ちに直結するのは果たして良いことなのだろうか…自分は慢心しているのでは?

そうベルは思い、恥ずかしくなった。何故ここまで自分の力を信じてしまっていたのか、自分は本来はまだまだ駆け出しの冒険者。何故かは分からないが成長が早い冒険者なのだ。二つ名が示す未完の少年(リトルルーキー)が良い証拠だ。自分はまだまだ弱い。強者ではないのだ。だからこそ、アルゴの意見はご尤もだと彼は感じることが出来た。

 

ボアを一刀に伏せ空を見上げる。今頃2人もそれぞれの役割を果たしているのだ。自分も役目を務めないといけない。

一時とは言え大事な仲間なのだ。ヘスティア・ファミリアの危機を助けてくれた友人たちのように自分も彼らを助けなければならない。

 

目の前には始まりの街が見える。アルゴの情報から、未だにまだ多くのプレイヤー達がこの街に留まっていることをベルは知っている。

彼らの境遇も知っている。知らぬ内に戦いの世界に放り出された人達。覚悟を持つ時間も無かった人達。そんな人達を助けたいという気持ちもこのゲームをクリアしたいというベルの心を後押ししていた…

 

視界の端でキラービーに囲まれている集団が見える。あの数、少し初心者には厳しいだろう。そう判断したベルは駈け出し、牛若丸弐式を構え、突っ込む。相手が攻撃の意識を向けている証、ヘイトを示すカーソルが目の前の集団の赤い髪の男を指している。曲刀を構えた男、あの集団の中では動きが一番良い男は恐らくは大丈夫だろう。問題は少し腰が引けている人達。そちらを優先して助ける。

 

ベルは距離を詰め、キラービーを背後から一撃で切り捨てる。一度振るえば2,3匹を屠る。

更に三度振るう。キラービーがポリゴン体となっていく、少し離れた位置のプレイヤーに襲いかかろうとしているキラービーが見えた。

 

 

「ファイア……!」

 

 

思わず魔法で消し去ろうとしたが、昨日アルゴに言われた言葉、「魔法は使うな」という言葉を思い出し、止める。足に力を入れ、跳躍しながらキラービーを倒す。

ギリギリで間に合った。残っていたキラービーも赤髪の男が倒していた。

 

息を吐き牛若丸弐式を仕舞う。魔法を使ってはいけない。アルゴの話ではプレイヤー達は嫉妬深く、システム上あり得ない魔法を使うことの出来るベルの事を知れば何をしでかすかわからないとの事だった。

自分も魔法を使えなかったからわかるが、ベルの場合はいつか使えるようになる希望を持って戦ってきた。

偶然魔法の力を手に入れたが、使えない者にとっては羨ましく思うのは仕方のない事なのだとベルも納得していた。

 

 

「いやぁ、助かったぜ」

 

 

赤髪の男は曲刀を仕舞い、ベルに近付く。他のプレイヤー達は安堵したような顔を浮かべてその場に座り込んでいた。

 

 

「あの数に囲まれるのは想定外だったんだ。もしアンタが居なけりゃ俺達はどうなっていたか」

 

 

恐らくこの男だけならば助かっていただろう。まだ戦えない仲間がいたからこそ先程のように追い詰められたのだ。

その事にこの男も気付いているだろう。ベルもまた何故そのような事をするのかも理解している。

仲間を大事にする男をベルは好ましく思い、笑みを浮かべた。

 

 

「通りがかりで貴方達を助けられて良かった」

 

「俺はクラインだ。まだ正式に登録はしてねえけどこいつらとギルドをつくろうと思っている」

 

 

差し出された手をベルは掴む。筋力ステータスの差故にクラインの手に痛みが走るが、クラインは冷や汗を流しながら笑った。

 

 

「僕はベル・クラネル。ギルド、極夜の鼠のメンバーだよ」

 

「ああ、既にギルド入ってたのか、出来れば仲間になって欲しかったが仕方ないな」

 

 

正直に言うクラインに苦笑し、その手を離す。

 

 

「そういやあお前さんその髪は地毛なのか?」

 

「はい、そうですよ?」

 

「へぇ、珍しい。アルビノってやつか」

 

「いまいちわかりませんけど、まあ生まれた時からこの髪でしたよ」

 

 

ベルの世界では普通でもここのプレイヤー達には異常な事態も存在する。その逆も然りだが、それでも驚愕されるのは少数のベルだ。

 

自分がギリギリの綱を渡っている事に気付かないベルは首を傾げながらクラインを見つめる。

 

 

「ってか、あんたキリトと声そっくりだな」

 

「そうですか?自分ではそう思いませんけど」

 

「……キリトと知り合いなのかよ」

 

 

思わず漏れたようなクラインの言葉に反応してしまう。声というものは案外自分が聞いている声と他人の聞く声は違って聞こえる。だから他人からの指摘には少し疑問を持ってしまうのだ。

キリトも同じ様に思っていて、アルゴに指摘されても二人揃って首を傾げる結果に終わってしまっている。

 

 

「キリトさんも同じ極夜の鼠のメンバーですよ」

 

「あいつ、俺の誘い蹴っておいてギルド入ってんのかよ!」

 

「まあ、昨日出来たギルドですけど」

 

「つうことはあれか?最前線のギルドってことか?」

 

「3層が活動拠点ですね」

 

「まじかよ」

 

 

驚きを浮かべる顔のクライン達にベルは何故驚くのか疑問に思いつつ、自分の仕事を思い出しクライン達に告げる。

 

 

「じゃあ、僕はまだやることがあるので、この辺で失礼します」

 

「あ、ああ。俺達も今日のところは帰って休むとするよ。今日は助かったよ」

 

「はい。気をつけてくださいね」

 

 

走りだしたベルの背中を見つめ、クライン達は少しの間その場で突っ立っていたが、空が赤みがかってきた為、街に帰っていった。




文章書くのって難しい


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