東方妖火煉 (超絶暇人)
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一話 幻想入り

東方妖火煉(とうほうようびれん)……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代に、とある放火魔が居た。

 

その者は数々の建物を燃やしてきた。たった一つのオイルライターで…

 

 

ある日、放火魔は捕まった。そして捕まった時、弾みで愛用のオイルライターを落とした。

オイルライターは落とされたまま拾われず、数日たったある日、オイルライターは消えた。

 

そしてオイルライターは幻想郷のある場所に落ちていた。

 

 

全てから忘却されたモノの終着点、“無縁塚”に…

 

 

突然オイルライターはカタカタと揺れた。

その直後、オイルライターの蓋が開き、火が灯ってオイルライターごと燃え出す。

 

暫らくして火は大きくなり、人の形となった。

 

すると火は更に色濃く真っ赤に燃え、次第に剥がれていった…

 

全ての火が剥がれた時、そこに“あった”…いや、居たのは橙色の鮮やかな長髪の全裸の少女だった。

 

少女は閉じていた目蓋を開き、周囲を見渡した。

それから彼女は口を開いた。

 

「ここ…どこ…」

 

様子からはわからないが、少女はとても不安だった。

見知らぬ場所に自分が居る事に大変 驚いていた。

 

「私は……」

 

少女は額に指を当てて記憶を探る…

 

そしてわかった。自分はオイルライターだ と…

 

つまり、彼女は生まれたてのオイルライターの妖怪なのだ。

生まれたばかりである彼女は謂うなら幼い赤ん坊。だが体はちゃんとした成長体。

 

何故だか怖くなった彼女はその場に座り込んでしまった。

 

 

 

 

 

暫らくして、誰かがやって来た。

 

リアカーを引いて少女の方へ向かって来る。

 

と、突然少女の目の前でリアカーと足音が止まった。

 

少女は顔を上げた。

 

 

「これは驚いた、無縁塚に裸の女の子とは…」

 

目の前に立っていたのは男。それも背が高く、白髪で眼鏡を掛けた人間。いや…妖怪か?

 

少女は男から何となくだが、自分と同じようなモノを感じていた。

 

ふとした時、男はリアカーを置いて少女の後ろ方面へ歩き、何かを探し始めた。

少しすると、男は何かを取り出し、少女の方へ歩み寄った。

 

「これを着なさい。袖が破けてるが、裸で居るよりは良い」

 

男は服をそっと少女の目の前に差し出した。

 

言われるままに少女は服を着てみた。

 

紫色で、フード付きの服。袖は両方とも肘の手前で破けている上、妙に服の胴が縦に長く、(もも)の半分まで達する。

 

ついでに男が見つけた長い靴下やロングブーツも履き、これで裸の心配は無くなった。

 

それから男はこう言った。

 

「良かったら僕の家に来るかい? 折角だからご馳走するよ」

 

男は暖かい笑顔を浮かべた。

 

少女は うん と頷き、男の家に行った。

 

 

 

 

 

着いた場所は古びた家で、入り口の屋根上に「堂霖香(こうりんどう)」と書かれた看板があった。

 

少女は変な字の配列が読み辛くて何となくでしか読めなかった。

 

男は家の戸を開けた。

 

「さあ、どうぞ」

 

少女は言われるがままに入る。

 

家の中は見た事の無い物ばかりの物がたくさん置かれていて、まるで道具屋のようだ。

 

「実はここ、僕の店でもあるんだ。見てわかる通りの古道具屋さ」

 

思った通りであった。

男はリアカーから様々な物を下ろすと、店の奥に入って行った。だが戻ってきて奥の入り口前で少女に言った。

 

「今、何か作るから、待っててくれ」

 

少女は男の言葉に頷く。男は微笑んでからまた奥へ行った。

 

 

暫し、少女は男の店の中を眺めた。

自分の記憶に確かな残りモノがあり、それが店の中に置いてある品物とそっくりである事に、無言ながら驚いている。

 

何なのだろう、この感覚は…

 

少女は徐々に胸の中心が熱くなっていくのを感じた。

少女の中で何かが目醒める…いや、“芽生え”ようとしていた。

 

「すまない、待たせてしまったね」

 

男はそう言いながら料理を持って歩いて来た。

 

と、男が料理を持ってきた直後だった…

 

「うぅん、こっちもゴメンね。何だかお世話になっちゃって」

 

そう言ったのは先ほどの無口無表情の少女だった。

 

彼女に感情や性格が芽生えたのだ。

性格は優しくも明るく、感情も喜を中心に押し出されている。

 

男は驚いた。

 

「これは驚いた。君、さっきとは違うね」

 

男の反応に対してクスクスと笑って返した。

 

「だって、これが本来の私だもん。私はオイルライター…私を持っていた元の主はかくかくしかじかで捕まっちゃったの」

 

男はテーブルに料理を置き、興味深そうに眼鏡の位置を中指で突いて直した。

 

「そうかい。取り敢えず、今は御飯としよう話はその後に聴かせてくれないか?」

 

「わかった」

 

少女と男はテーブルの前に座り、いただきます と言った少女は料理を口にした。

 

「美味しい。ねぇ、料理得意なの?」

 

「いやなに、全て本で得た知識だよ。この料理だって、作り方は本を見ながらやったんだ」

 

「へぇ、凄い」

 

少女は黙々と料理を食べた。

作った側である男は少女が美味しそうに食べてる姿を見て嬉しくなった。

 

ふと、男は何かを思い出したかのように少女に問い掛けた。

 

「そうだ、君の名前、まだ訊いてなかったね。僕は森近 霖之助(もりちか りんのすけ)。君は?」

 

男、霖之助に訊かれた少女は周りを見回した。

 

目に入ったのはストーブ の中の火。紅蓮に灯る暖かな火を見て彼女は思い付いた。

 

「レン…煉。私は煉、篝火 煉(かがりび れん)

 

 

 

 

 

 

 

続く




どうでしたか?

もし良ければ感想が欲しいです!


では…


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篝火 煉の資料

紹介ってか、プロフィールの公開


篝火 煉(かがりび れん)

 

 

年齢:不明

身長:161cm

性別:娘(女)

 

スリーサイズ(上から順に)

85.57.86

 

種族:妖怪(オイルライターの妖怪、または火の妖怪)

 

 

特徴・服装・説明

背中まである橙色の長髪

肘の手前で破れた袖で、服の裾が腿まであるフード付きの紫色の服を着ている。

薄いピンクのタイツを履き、茶色の紐ブーツを履いている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

性格は明るく、ギャグも言う。

生まれながらにして既に大妖怪に匹敵する程の力を持つ。

元々の姿がオイルライター、更に所有者が放火魔な為、(たま)にどこかに放火する癖がある。

煉の元の持ち主の名は芹川 睦(せりかわ あつし)。初めて人の家を焼いて以来、10年もの間捕まる事も無く放火魔としてありとあらゆる建物を焼いて逃れ続けた。性格、表情は共に暗く、眠そうな顔がほとんどだが、完全に目が覚めると人間とは思えないほど目つきの悪い顔が拝めてしまう。その目つきは一定の人物を確実に怯えさせるほどで、まだ眠そうな顔をしてる方が生理的にも受け付ける。

煉は持ち主のその真反対の性格と言え、持ち主本人は無口でギャグのギの字すら口からは出る事は無い。

 

煉の口から出るギャグは大抵が現代の記憶に基づいた洒落や出来事である…

「ガラケーやDSみたいにパカパカ開いてポチポチ押すだけが能じゃないってね。コッチは擦って回して火を点けて火を灯すんだから、一緒にされたんじゃ心外ってもンだよ」

現代の比較的新しい情報から今現在の情報、ある程度過去の情報まで知り得ている為、幻想郷の情報通には持って来いの逸材である。

スリーサイズからしてなかなかナイスバディなのが伺える。本人は自身の体の作りは気にしてないが、割と同年代くらいの霊夢や魔理沙からは羨ましそうな目で見られる。ちなみに言うと、服は着ているものの、下着は着ていないそう。何処ぞのパンツ履いてませんでは無かろうて…

 

割と性に関してノーマルな考えを持っているが、ビッチにも見える…? 本人曰く、『そんなの関係ねぇんじゃない?』だそうです。霖之助とは親友並の仲で、会話も良く交わし談笑する。霖之助の話にも煉は問題無く付いて行けるので、唯一霖之助の長話に付き合える人物としても煉は霖之助本人からも信頼されている。

かなり現実の思考を持ち、人の心理を読む事が得意なのか、霊夢と魔理沙やその他の心の内を理解したり、その者達の気持ちの焦ったさに明る気に微妙な毒を吐くと言った気持ちに素直である性分。




次はどうしようかな〜…


未定だし、とりあえずまた…


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二話 なんとなく日常

煉の二日間に渡る平和(?) な日常

これから先は平和では無いワケでは無いが、取り敢えず何かある



近々、おもしろい情報が回った。

 

 

それは“あの朴念仁店主についにイイ人が!”

…と 言う題名が、店主の開いた新聞の最初に載っていた。

 

出始めの部分に写真が載せてあり、それは紫色の服を着た少女が白髪の眼鏡男と向かい合って会話している姿であった。

 

「これは明らかに僕の事だね」

 

霖之助は浅い溜め息を吐いた。大方として誰がこんな記事と写真を載せたか、見当はついている。そしてこの“イイ人”とは煉の事である。

 

「どうりで…って、何で霊夢と魔理沙が煉を睨みつけてるのだろうか。オマケに今日は何だか異様に大量の視線を感じる」

 

状況としては今、霊夢と魔理沙が凄まじい形相でニコニコした煉を睨みつけてる。そして霖之助の真後ろには在る筈も無い奇妙な“穴”が存在した。

 

店の窓の向こう側にも気配が幾つか跋扈している。

 

ピリピリした空気の中、能天気な様子の煉が霊夢と魔理沙の二人に話し掛けた。

 

「ね、あなた達って“幻想郷(ここ)”の人?」

 

お茶をすすっていた霊夢が湯呑を机に強めに置くと、その衝撃音の後に口を開いた。

 

「えぇ そうよ」

 

直後に魔理沙が前に乗り出して顔面を煉に近づけた。

 

「私達は幻想郷では結構有名なんだよ、お前みたいな見た事も聞いた事も無い新参と違ってなぁ」

 

「へぇ〜そうなの? 知らなかったよ。じゃああなた達は有名人なんだね、よろしく」

 

笑顔で煉が魔理沙に握手を求めたところ、直ぐに魔理沙自身によって煉の手が払われた。

 

「気安く触るな」

 

「何を怒ってるの?」

 

キレ気味…いや、もう既にキレてる魔理沙に対し、煉は笑顔でそう訊く。

 

「自分が何をしたかわからないの?」

 

「うん、わからない」

 

それもその筈、煉は霖之助に言われて一緒に住んでいる。煉はただ勘違いをされてるだけである。

 

そして言わずともわかるこの反応。そう、霊夢と魔理沙は…

 

「あ、ひょっとして。あなた達 霖之助さんがーー」

 

その先を言おうとした瞬間、二人は煉の口を速攻で塞いだ。

この時、霊夢と魔理沙の二人の顔は何故か真っ赤だった。

 

「な、何を言ってんのよ! そ そ そ そんな事あるワケ無いじゃない!」

 

「そ、そうだ! それに私は男を見る目はちゃんとあるんだぜ⁈」

 

二人は慌てふためいた様子で誤魔化す。

と、突然最初に煉の口に手を被せていた魔理沙が突然 アチッ と言って手を退けた。

 

魔理沙が手を退けた為、魔理沙の手の上に被せていた霊夢も勢いで手が離れた。

 

魔理沙は自分の手を見たところ、手の平の皮膚が真ん中から半径 約1cmが赤く腫れていた。

 

「私の口に手は被せない方が良いよ。これでもちゃんとした“妖怪”だし、人なんて簡単に燃やし尽くせるんだから」

 

煉は口を僅かに開ける。すると煉の口内から真っ赤な火が溢れ出した。

 

「霊夢、魔理沙。それに煉。喧嘩をするなら他所(よそ)でやってくれないかな」

 

霖之助は無表情で本を見たまま言う。

 

煉はそれに対し はーい と答え、早々に霊夢達と店の外へ出た。

 

「要はつまり、その事情を霖之助さんに言わなきゃ良いのと、霖之助さんと私が良い関係にならなきゃ良いんでしょ?」

 

煉の言葉に霊夢と魔理沙は頷く。

 

「なら大丈夫、あの人 ヒトの気持ちに凄まじく鈍感だし、私が何をしようとなんとも思わないから、安心して☆」

 

煉は笑顔で話した。

霊夢と魔理沙は不安そうな顔をしながら飛んで帰った。

 

「でさ、ウジウジしてるそこの隠れん坊さん達! あなた達はこのままストーカーみたいにずっと霖之助さんを眺めてるつもりなの?」

 

煉は非常に明るい口調でその者達がドキッとする言葉を口にする。

 

一呼吸 於いた後、香霖堂の周りの気配が無くなっていた。

 

「案外モテるんだね、霖之助さんって。にしても、鈍の感が酷過ぎ。好きになる相手も相手で気持ちを伝える事が出来なさ過ぎ。情け無さ過ぎて何も言う事は無い」

 

煉は明るい口調のままスッパリと言葉で切った。

そして何事も無かったかのように店の中へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日……

 

 

 

 

 

退屈そうに煉は香霖堂の品を眺めていた。そのところに、突然 店のドアが開いた。

立っていたのは翼が生えた黒い髪の少女であった。

 

背丈は煉より僅かに小さいくらいである。

 

「居た居た」

 

少女は笑顔で煉に近づく。と、直後に煉の両手を両手で掴む。

 

「お会い出来て嬉しいです!」

 

少女は煉に思い切り握手をする。

 

「ねぇ、誰?」

 

無論、煉は少女に問う。すると少女は咳払いをした。

 

「初めまして。私、鴉天狗の新聞記者、射命丸 文(しゃめいまる あや)でございます! 出会って早速で悪いのですが、あなたの事を取材してもよろしいでしょうか?」

 

少女は目をキラキラさせながら煉に訊いた。

 

「インタビューみたいなもんだね、良いよ。バンバン撮っちゃってよ!」

 

煉も興味が湧いたのか、笑顔で取材を許可した。

 

「では早速! 先ず、あなたの種族、名前、年齢を教えてください」

 

「名前は、篝火 煉。年齢は自分でもわからない。種族はーー妖怪だね」

 

「では、あなたはどうやって妖怪になったか、覚えていますか?」

 

「妖怪になったって…元々の姿が“オイルライター”だった。知ってる? ジッポーみたいなヤツだよ」

 

煉はそう言った瞬間、指先に火を灯した。

文は三角口で頷きながらペンを走らせる。

 

「実に興味深いですねぇ。何か“向こうの世界”で印象に残ってるモノとかあったりします?」

 

「印象…。あぁ、そう言えば最近、“途轍も無く高い塔”を観たね」

 

「“途轍も無く高い塔”?」

 

「うん。名前は確か、『トウキョウすかいつりー』だったかな。雲の高さまで届くほど高かったよ」

 

そう言うと文は おぉ とペンを走らせながら目を思い切り輝かせた。

 

「それは確かに興味深いね」

 

気が付くと、本に集中しっきりだった霖之助すら二人の目の前に現れ、煉の話に興味を示していた。

 

「そちらの世界には何かと高い建物があるのかい?」

 

何故かの霖之助からの質問に煉は戸惑い始めた。

 

「あ、うん。基本的に背が高い建造物が多いね。“山よりビル”って感じ」

 

煉の言葉に文と霖之助は共に目を輝かせた。

最早どっちのインタビューに答えてるのかわからなくなる…

 

そこで煉は一つ訊いた。

 

「あのさ、今これどう言う状況?」

 

「インタビューですけど」

『興味深いから話を伺いたくて』

 

「うん、結果同時インタビューでダメ。どっちの質問にも答えなきゃならないなんてキツいよ」

 

煉は手を叩きながら 終わり終わり と言った。

 

「えぇ〜 まだ私 訊きたい事 山ほどあるんですけど…」

 

「また機会にすりゃ良いじゃない。今日はそれを記事にしちゃってよ」

 

そう煉が言うと、文は渋々 香霖堂を後にした。すると煉が隣に立つ霖之助にこう言った。

 

「霖之助さん、お腹減った」

 

 

幻想郷の日常はいつものように平和であった…

 

 

 

 

 

 

 

続く




次回は未定、構想は零

ま、ゆっくり行こうよ。なんて…


また次回に


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三話 感情の面

今回の話は、心綺楼篇。

暫くぶりに出掛けた煉は人里に向かう、しかし、人里で煉が目にしたモノは…


ーーーー幻想郷、今の天気は曇り気味の晴れ模様と言った、何とも中途半端な天気状態である。近く悪天候が続いた幻想郷からすれば、暫らくぶりの良い天気と言ったところで、雲が空にいくら蔓延(はびこ)ろうと、全く気にされた事では無い。

 

そして香霖堂では、霖之助がいつもの席に座り、本を読み耽っていて、肝心の煉はと言うと、エセ晴天とは言え、暫らくぶり晴れの所為か、香霖堂内の奥から探し見つけ出した薄茶色の革製の斜め掛けショルダーバッグを肩に掛け、必要な荷物を詰めていた。

 

「ん? 煉、これから何処か出掛けるのかい?」

 

「そうだよ、ここ最近雨ばっかだったからねぇ。だから、外に出て散歩でもしようかな〜っと思ってね」

 

さっきまで本に集中していた霖之助が、ふとして煉の様子に気付き、下に向けていた顔を上げて煉に尋ねる。煉は荷物を詰めながら霖之助の問い掛けに答えつつ荷物を詰め終わり、ショルダーバッグのチャックを閉めた。

 

「しかし煉、ここ最近は雨だけで無く、幻想郷の人里の様子がおかしい。何かの異変が起こっているかもしれないから、止めておいた方が…」

 

霖之助は幻想郷の異変を指摘し、煉に散歩は控えるように勧めた。すると煉はその場から立ち上がり、服のフードを被りながら霖之助の居る方向を振り向いた。

 

「心配御無用、私は火の妖怪だよ? 大丈夫、いざとなったら燃やすから!」

 

煉は決め台詞のように言葉を吐き捨て、霖之助の止めとツッコミを受ける間も無く店から飛び出た。この事がキッカケで、煉は様々な出来事に巻き込まれる事すら知らずにーー

 

 

 

ーー香霖堂の入り口扉を閉め、その入り口を背に煉は深呼吸を始めた。ゆっくりと酸素を吸い込み、二酸化炭素を一気に吐き出し、両腕を真上に伸ばし、嬉しそうに唸った。

 

「あぁぁ! 何だか気持ちが昂ぶる! いや、ここはテンション上がる! だね。さて、どこ行こうかなぁ? 実は霖之助さんに教えてもらった人里以外の道は知らない篝火さんなのです」

 

楽し気に独り言をかます煉は、香霖堂を出て右側の人里の方面へと歩いて行った。足取りは非常に軽く、何かの鼻歌交じりにスキップをし始め、まるで遠足をひた待ちにしていた子供のような姿だ。

 

そんな愉快な気分のスキップで道を進んで暫らく、煉は足を止めたーーいや、正しくは"止まった"のだ。ふと左右を見渡し、真っ直ぐに前を見た時、煉は自身の目で"何か"を捉えた。

 

煉が見つめる視線の先には、周囲に幾つもの物体を浮かべ歩く、桃色の長い頭髪を持つ少女の姿が在った。少女は煉の視線に気付いたのか、コチラを振り向いた後に少女の顔面に"何か"が浮かび上がり、直後蜃気楼のように姿を消した。

 

「何今の? ーーまぁ良っか!」

 

かなり距離が有ったとは言え、不思議現象に出くわした筈の煉はあっけらかんとして再び歩みを進めた。さすがは妖怪、自分自身が怪奇そのものの所為か、ちょっとやそっとの事では全く驚かないほど肝が座っている。

 

「何か今珍しいモノ見れたし、気分も上々、これはもう早く人里に行くしかないみたいだね!」

 

無邪気な様子で煉は跳ねながら手を叩き、さっきまでのスキップから走行に切り替えて走り出した。そんな楽し気な煉に待っていたのは煉自身の気分とは天と地の差並の真反対な現実だった。

 

走り出して数分、煉は漸く目的地の人里に到着した。覚えたての道を走り、覚えたての場所に立ち、深く息を吸って人里の入り口を抜けた直後、煉の笑顔は無に帰った。

 

いつも人で賑わっている人里が見渡す限り、誰一人として人の出歩いている姿は無い。ただ空洞のように抜けた人里の家屋の間の道を吹き抜けていく風が在るだけで、そこには"人"が居なかった。

 

「何これ? ひょっとしてこれが異変ってヤツなの?」

 

煉は周囲を見渡しながら"異変"と言う言葉を口にし、暫しの間無言を貫く。その無言の中で煉は俯き、両手に握り拳を作ると、肺の中の空気を全て吐き出し、顔と体を反らせて胸一杯に空気を吸い込み、天を見つめて叫ぶ。

 

「おもしろそう!!! すんごいおもしろそうじゃん! 異変!! この事態、私も混ざっちゃって、良いよね! 答えは聞いてない!」

 

煉は未だ嘗て出した事の無いハッキリとした声で目を輝かせながら雄叫びのように言葉を張り上げた。そうと決まれば、そのような意気込みで煉は自分の入ってきた道の反対方向の出口へと走り抜けて行った。

 

「ん? でも手掛かりも何も無いからなんにも出来ないね」

 

走り始めた煉は頭にハテナを浮かべて立ち止まり、頭を掻きながら考え始めた。その時、どこからともなく女の子のクスクスと言う笑い声が煉の耳に入ってきた。

 

煉は考えるのを止めて耳を澄ますと、女の子の笑い声ならず、次には女の子のシクシクと言う泣き声が聞こえてきた。声は絶えず聞こえ続け、実に怪奇現象そのもの。

 

声が聞こえて後、煉は滅多に下げない口角を下げ、口の形を直線にすると、今度は眉毛の内側を下げ、外側を上げて目つきを鋭くした。この時、煉は初めて自身の表情に"警戒"と"怒り"を持った。

 

声は女の子の声、男の子の声が聞こえ、大人の女性の声、大人の男性の声も聞こえてきた。笑い声、泣き声と、悲鳴、怒号だけで無く、唸り、叫びが人里全体に木霊する。

 

「居るんだよね? そんなに変な声を沢山出して、見つけて欲しいんでしょ?」

 

愉快な喋り口調の煉だが、その表情は厳かで、その手には握り拳が作られていた。すると煉は自身の両手に火を灯し、また初めて"戦闘態勢"をその時自然に身に付けた。

 

「隠れん坊はルールを知らないからわからないんだぁ。だから出てきなよ、じゃないと本気で燃やしちゃうよ?」

 

煉の燃え盛るような意や声が届いたのか、煉の真っ正面の方向から誰かが歩いてくる。長い桃色の頭髪、周囲に浮かぶ幾つもの仮面、そして仮面から覗く無の顔、その姿を煉はその目でしかと覚えていた。

 

「あッ! さっきの不思議ちゃん!」

 

その姿を確認した煉は思い出したように火の灯った右手の人差し指で仮面の少女を指差した。少女は煉の姿を見た後、おかめの面を顔に着け、クスクスと笑い声を漏らした。

 

「またお会いしましたね、篝火さん。待ってましたよ」

 

「ん? 何で私の名前を知ってるの? 私の名前は霖之助さん以外知らない筈だけど」

 

おかめの面を着けた少女は突然に煉の名を口にして、煉の頭上に疑問符を打った。何故彼女は自分の名前を知っているのか、と言った疑問符と共に煉は警戒の念を更に強く色濃く放った。

 

「私はあなたが生まれる時を見ていました。ですから、わかるのです。あなたの名前も、あなたに感情が生まれた瞬間を」

 

「何だかストーカーみたいだね。そんな事してると、ストーカー規制法違反で逮捕しちゃうぞ! いや、燃やしちゃうぞ! って言いたいところだけど、ここは現代じゃないね」

 

「私はあなたの感情が欲しいのです。あなたのその個性豊かで光と暖かみに溢れた感情が。あなたの感情には、他に無いモノがある。出来れば争いたくはありません、だから、感情を譲って頂きたいのです」

 

少女は顔に着けているおかめの面から半分だけ顔を覗かせて御辞儀をする。その姿を見た煉は頭を掻き、それから顎に手を当てて暫し唸った末、素の表情で一言放った。

 

「やだ」

 

その一言は実に煉らしく、その言葉は仮面の少女を少し驚かせたようにも見えた。煉の一言の後、仮面の少女は仮面をおかめの面から狐の面に変えた途端、少女の全身から急激な威圧が放たれる。

 

「ならば仕方がありません、不本意ですが。あなたが万が一"希望"の面である事を考え、手加減しましょう」

 

瞬間、仮面の少女の服の右肩を高速で飛来する焔の弾丸が掠めて焦がす。焔の弾丸は煉が右手から飛ばしたモノで、煉の顔には笑顔と言うより今までに無い修羅の顔が在った。

 

「"手加減"なんて言葉を軽々妖怪の前で言うもンじゃないよ。もし"手加減"なんてしてみなよ、それこそ宣言通りに跡形も無く燃やすから…」

 

無表情に見えるほどの冷たい笑み、斬れ味凄まじい業物のような目つき、付喪神(つくもがみ)である彼女は元の持ち主の状態が移るので、ひょっとせずとも煉は持ち主の表情になっているのかもしれない…

 

 

 

 

 

 

 

続く




極稀に発現する持ち主の"感情転移"。

それは煉であって放火魔の一面を全面に押し出すモノ。果たして、仮面の少女とはどうなる?


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四話 仮面を焼くライター

今回は心綺楼完結篇。


突如煉は仮面の少女に火球を飛ばし、攻撃の様子を見せる。その意思は、放火魔の一面が垣間見えるモノだった。


 付喪神と言うのは、物に命が宿った、言わば“その物”の神と言える存在である。また、物が使い古されていた場合、持ち主と同じ行動を執ったり同じ性格となったりする、それは“物”に持ち主の記憶が刻まれているからだ。

 

「さぁ、来るなら来なよ。無論、本気でね……!」

 

 仮面の少女に向かって指招きを行う煉は手加減無し遠慮無しの模様。だが、一方の仮面の少女は煉の変貌振りに戸惑いながらも一応に本気の素振りとして自身の武器である薙刀を取り出して構えた。

 

「そう、そうだよ……そう来なくっちゃさぁ〜、詰まらないじゃんッ!!!」

 

 ゆらゆら揺れるように仮面の少女に数歩近づいた直後、倒れるように地面に体を近づけ、そこから超速(ちょうスピード)で突進していく。この時の煉が体を地面に近づけた傾斜は45度以上、80度以下だった。

 

 煉は自らの足の爪先を地面に突き刺すように踏み込み、蹴り出す事で摩擦に関係無く蹴り出せる上、体勢を低くする事で体に受ける空気抵抗を最小限に抑える走り方をしている。

 

 また、煉は妖怪である為に、人間を軽く上回る筋力と身体能力を持っている。相手も仮面の付喪神、言わば妖怪と何ら変わりない、だが、この時の煉の余りの速さには目が追いつかなかった。

 

「は、速いッ……!?」

 

 仮面の少女が次にその目で捉えたのは火が灯った左拳を低い位置から上方向へダッシュスイングする煉だった。少女は咄嗟に体を右に逸らして煉の拳を避けるが、煉は少女が丁度自分の隣に来たところで体を右に捻り出した。

 

 捻った勢いで煉の全身は右に素早く回転を行い、自らの靴底を仮面の少女の顔に近づける。自身の体のバネが最大まで縮まった直後に両足揃えて思い切り蹴りを放った。

 

「よいしょォォォォォッ!!!」

 

 押し飛ばされるように顔面を蹴られた仮面の少女は勢いのまま地面に激突して跳ねる。体が跳ねた後に少女は吐血、そこから蹴り飛ばされた勢い余って地面を少し長い距離転がった。

 

 勢いが無くなり、漸く体の回転が止んだ少女はうつ伏せの状態から感情の無い目で煉を見る。煉は仁王立ちの如く立ち尽くし、そこから仮面の少女を見下ろした。

 

「怒面『怒れる忌狼の面』!」

 

 仮面の少女はうつ伏せの状態のままスペルカードを取り出して宣言。即座に立ち上がり、上空高く飛び上がってから犬の面を顔に着け、煉に向かって真っ逆さまに高速降下しながら狼の顎の形を描く霊気を纏って突進する。

 

 しかし、戸惑う事無く、そこで煉は笑みを浮かべた。煉は笑みと共に服の裾を翻し、右足で地面を蹴って左足を支点に高速回転、同時に両腕を伸ばし、自身の周囲に炎の熱気を飛ばして回す。

 

 続けて回転軸にしている左足で地面を蹴って空高く跳び上がり、高速回転を維持したまま熱気の竜巻を巻き起こす。これを見た仮面の少女は知った、これが彼女のスペルカードなのかと……。

 

「スペルカード宣言ってねッ! 遊炎『牙炎超回天(ヴォルケイノアクセル)』!!」

 

 さながら氷上のスケーターの如き回転美、だがその回転は地獄と呼べるほどの燃える熱風。これぞまさに炎上のスケーター、煉獄の回天美が生む燃える竜巻が、仮面の少女の高速降下の勢いを掻き消し巻き込む。

 

「ねぇ知ってる?『アサダマオ』って人。有名なプロスケーターなんだよ! こんな風な回転をするんだよ!!!」

 

 燃える竜巻に巻き込まれた仮面の少女は、服を焦がされ、皮膚の所々に火傷を負ったところを煉の追撃の高速回転からの回し蹴りをぶつけられ斜め下に蹴り飛ばされた。

 

 蹴り飛ばされて仮面の少女はまたもや地面に全身を強く打ち付け、吐血。一回地面をバウンドしてから少し転がり、うつ伏せの状態でまた煉を見る形となった。

 

「つ、強い……これほどまでとは……一体あなたは何者なのですか……!?」

 

「おんや? おかしな事を訊くね、私は妖怪だよ、妖怪。見てわかる通りの火の妖怪、ライターの妖怪、そんてもってかなり特別製。何故なら、私を持っていた人は"放火魔"だからね」

 

「なるほど、火は何よりも破壊の象徴……それがあなたで具現化したとも言えるのですね」

 

「ん〜難しい事ぁわからないけど、そんなんじゃない?」

 

 煉はそう言って右手に灯った火を手の平の中に閉じ込め、自身の顔の前に持ってくる。そしてゆっくり手の平を開くと、そこには火では無くソフトボール位の大きさの火球があった。

 

「ところでヤラレっぱなしだけど、そろそろ反撃したら?」

 

「言われなくてもそのつもりです。憂面『杞人地を憂う』!」

 

 仮面の少女は悲しそうな老婆の面を着け、頭を抱える仕草をしつつ体を起こして座った。直後、煉の足下から大きく青白い霊気が勢い良く噴出してその場に立っていた煉を呑み込む。

 

「イィィィヤッッッホホォォォォイイッ!!!」

 

 煉の楽しそうな声が上空から響いて来て仮面の少女は仮面の隙間から真上を見上げた。そこには青白い霊気が立ち昇るその一番上から放り出され、楽し気に真下の少女に向かって落下する煉の姿があった。

 

「ヒャッハァァァァァ!!!」

 

「そんな!? まさかあの霊気の噴出に呑まれたのにも関わらず、無傷で抜け出したと言うの!?」

 

「どうやら不運(ハードラック)(ダンス)っちゃったみたいだね、不思議ちゃん! 火符『ライターフレア』!」

 

 煉は予め用意していた火球を手で前に突き出し、細かな火球として前方放射状に無数にばら撒いた。すると仮面の少女は即座に仮面を変え、般若の面を着けて立ち上がった。

 

「憑依『喜怒哀楽ポゼッション』!」

 

 仮面の少女は両腕を顔の横まで振り上げてがっしりと構え、仮面や全身から赤い霊気を放出する。放出された霊気は向かってくる細かな火球を全て掻き消した。

 

 煉は落下の勢いに乗ったまま空中で前宙返りを行い、踵を振り下ろす準備をする。少女も薙刀を持ち、薙刀自体に霊気を纏わせて煉に向かって振るうべくどっしりと構える。

 

「行くよッ! 名付けて、天空首筋割り!」

 

「なら、私も名付けて、天空首筋割り破り!」

 

 煉の踵落としと仮面の少女の薙刀の一撃が激突して火炎と霊気が爆発を起こす。二人の繰り出した攻撃の接触面では火炎が火を撒き散らし、霊気は強く発光している。

 

「はぁぁぁぁァァァァァアアアッ!!!」

 

「やぁぁぁぁあああぁぁぁああッ!!!」

 

 暫らく経過してから攻撃の接触面で火炎と霊気が弾け、煉は後方に飛んで着地、仮面の少女は後退って体勢を整える。少女は少し疲労した様子を見せるも、煉は変わらず元気であった。

 

「どうしちゃった? 疲れちゃった? 私はまだまだ元気だよ!」

 

「羨ましいですね、アレだけの力を使っておきながらまだ元気でいられるとは……でも、私にはまだ秘策があります」

 

 仮面の少女の顔の横に福の神の面、上には狐の面が有り、表情は変わらないが、煉には確かに少女が笑っていると感じ取れた。直後から煉は戦いを楽しむ笑顔から一転、戦いそのものの顔となった。

 

「笑っているようだけど、その"秘策"とは何なのかな?」

 

「それは……これですッ!」

 

 唐突に仮面の少女は自分の顔の横に浮いていた福の神の面を掴み、フリスビーの要領で素早く投げた。福の神の面は煉に向かって飛んで行き、面は煉の顔にピッタリと貼り付いた。

 

「うわッ!? 暗い! 見えない! 苦しい!」

 

「これが私の秘策、仮面の舞をその身で(とく)と吟味あれ! 『仮面喪心舞 暗黒能楽』!」

 

 仮面の少女はまず扇子を取り出して煉に対して振り抜いてから開き、もう片方の手にも扇子を持って煉に対して振り抜いてから開いた。次に最初に開いた扇子を開いたまま煉に対して振り下ろし、そこから二番目に開いた扇子で煉を打ち上げた。

 

 更に扇子から薙刀に持ち替え、華麗な薙刀捌きで煉を連続で斬り払い、仮面を次々と変えながら霊気での攻撃も加え、最後には薙刀の一閃で仮面喪心舞の幕を下ろした。

 

「うわぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 仮面が自身の顔から消えた時、初めて煉は痛みによる叫び声を張り上げた。顔を真上に向けて血を口から滴らせ、頬や腕には(アザ)に切創、服は胴が右半分切れ、所々切り裂かれている。

 

「漸く、しかしやっと、あなたに攻撃を与えられました……が、まさか私の秘策で、とは……この秘策が通用しなければ、私は勝つ(すべ)がありませんでした」

 

「────じゃあ、ホントーの意味で為す術(・・・)無くなるんじゃない? 私が立ち上がったらさァ……」

 

 瞬間、仮面の少女の顔が硬く凍り付いた。煉の若干疲労した、しかし変わらぬ元気な声を聞いて、少女は倒れている煉から目を背け、恐怖から冷や汗を一滴、二滴と垂らした。

 

「そんな……私の秘策でも戦闘不能に出来ないなんて、これ以上はもう何も…………」

 

「だろうねェ、私は見ての通り無事、それに私にはまだ出してない技があるしねッ!」

 

 煉は素早く起き上がった瞬間に体を前に倒し込み、地面に突き刺すように前に踏み出した足の一回のみの蹴りで仮面の少女の目前に一瞬で迫る。それから煉は右手で少女の口を猿轡のように掴み上げる。

 

「……ッ!!?」

 

「私の秘策は私の中の持ち主の状態を全面に押し出し、目に付くモノ全てを焼き尽くす事! そして今から魅せる芸当は、人の形をした人と呼べる全てを効率良く後味良く燃やす技! 名付けて……『内部焼却』ッ……!!!」

 

「ンンッ!!!!」

 

 直後、仮面の少女は口の中に燃えるような熱を感じた。口に感じた熱は喉を通って胸、胴、手、足、頭部にまで広がり、熱が血液の如く全身を循環して次第に温度が増して行く。

 

 仮面の少女は直感した、自分は間も無く死ぬ……遺体として残る事無く灰となって散り散りになって死ぬ。目から涙を流す、この世を去る悲しみで、折角付喪神として目覚めたのに、こんな短い時間で去るなんて……。

 

「ーーでも、さすがに放火魔になり切りたくは無いから、私はやらない。生かしてあげる、それが絶対おもしろいから!」

 

 煉は唐突に右手で掴んでいた口を放し、服や体の汚れを手で払ってから仮面の少女に手を差し伸べた。この時の煉は絶える事を知らないいつもの無邪気な笑顔だった。

 

「不思議ちゃん、名前はなんてぇの?」

 

「私は"不思議ちゃん"ではありません、秦 こころ(はたの ココロ)ですよ、煉さん」

 

 こころは無表情ながらも嬉しそうに煉の手を掴み、立ち上がった。ちなみに、その暫らく後に人里に再び人が戻り、感情も戻り、よくわからない宗教戦争も収束したと言う……。

 

 

 

 

 

 

 

続く




次回から煉と良く絡む霖之助を除いたメインサブキャラとの出会い。


煉と関連のあるキャラはこころを除いて他に誰が居たか、覚えてますか?


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五話 ライターと仮面と鈴蘭と

付喪神は古くから日本で言われる『物に宿る神様』を指したもの。ところで、その付喪神に当たる煉とこころ、そしてもう一人……

さてさて、今回のお話は、そんな三人の物語


「びゃあ゛ぁ゛ぁうまひぃ゛ぃぃ゛!!!」

 

 奇声を発しながらメロンを口に運ぶ煉の姿が其処に有った。煉からすれば初めて口にする味で、余程美味しかったのか、満面の笑みから繰り出された咆哮に()しもの霖之助も無言で驚いていた。

 

 煉は霖之助の買い物に人里まで付き添っていた。何か目星い物が無いか品物を観察している時、お店の主が御厚意で今朝採れたばかりだと言うメロンをくれた。

 

 買い物を終えた二人は早速帰ってメロンを食べようと言う事で、急ぎ足で香霖堂まで戻り、霖之助は包丁でメロンを6等分にした。さぁいざ頂きます、煉がメロンの果肉に歯を立てた直後が、今である。

 

「霖之助さん! んまいよコレぇ!!」

 

「甘いのか旨いのかわからないが、とにかく良かったよ」

 

「あ、そうだそうだ!」

 

 ふと煉はメロンに貪りつく状態から何かを思い出したように顔を上げた。種を取られて半楕円状にへこんだメロンの切り身を手に取って一口齧り付いたところで、霖之助は鼻で返事をする。

 

「ん?」

 

「霖之助さん! 私、友達が出来たの!」

 

「友達か、良かったじゃないか」

 

「うん! でね? 今日その友達と遊びに行くんだ♪」

 

「そうか、気を付けて行くんだよ。どうせなら御弁当も作っておこうか?」

 

「良いの!? 霖之助さんやっさすぃぃ!」

 

「キミが此処に住む以上、僕はキミの保護者だ。僕の話にも共感を示してくれる時も有るし、正直今までに無い程キミが来てから日々が過ごし易い。だからこれはホンの御礼に過ぎないよ」

 

 メロンを一切れ食べ終わった後、霖之助は微笑み混じりに席を立って店の奥に入って行った。煉は、霖之助のそんな、隠し事の一切無い言葉や表情(かお)に微笑みを返して霖之助を待った。

 

 暫く後、煉が自分のメロン三切れを食べ終わってから少しして、霖之助は御飯の温もりを帯びた弁当箱を布に包んで煉に渡した。煉は受け取った弁当箱を革製のショルダーバッグに荷物と一緒に詰め込んで陽気に出掛けたのだった。

 

 

「────何か変な事に巻き込まれなければ良いんだが……」

 

 

 それは、凶兆を指し示す霖之助の言葉だった────

 

 

 

 

 

「おーい! 不思議t、えっと、ココローン!」

 

 人里の入り口前で佇む秦 こころに、煉は渾名(あだな)で呼び掛けた。しかも一個を言い掛けて止め、二個目の渾名で呼んだ。これまで『不思議ちゃん』と呼ばれていた彼女が、新しい『ココロン』なる渾名で呼ばれた事に仮面(ひょうじょう)を猿の面に変えた。

 

「あ、あの……その呼び方は?」

 

「良いでしょ? 名前が入ってるし、呼ぶ時に差異は無いし呼び易いし」

 

「あぁぁ……はい、まぁ。そうですね、良いと思います。煉さんの呼びたい様に呼んで頂ければ」

 

「じゃ決まりね! 改めてよろしく! ココロン♪」

 

 煉の様子を見るに、普通の名前で呼ばれる事は到底無いと覚ったのか、煉に対してこころは自身の名前を諦めた。そんなこんなの中、こころは煉の今日の目的を思い出す。

 

「煉さん、今日はピクニックだそうですが、一体何処へ行くのでしょうか?」

 

「それはね────まだ何も決めてないんだ!」

 

 唐突、こころは一瞬だけ両足の力が抜け、前のめりに倒れそうになった。幸い一瞬で抜けた力は一瞬で元に戻り、倒れる前に踏み止まる事が出来た。そのこころの様子を見て、煉は何故か喜んでいた。

 

「それ知ってる! 『ズッコケ』ってヤツだよね! 相手の素っ頓狂な言葉に対して『ツッコミ』じゃなくてつんのめる事でおもしろくするって言う」

 

「わ、私はそんなつもりは無いのですが、体が勝手に……そうか、これが『ズッコケ』。良い発見です、相手の素っ頓狂な言葉や下らない冗談でいつも転げそうになって居たんです、これが『ズッコケ』だったとは……」

 

「でも一応宛が無いワケじゃないんだよねぇ。今から初めて行く場所に赴くよ、行こうココロン!」

 

 煉はこころの言葉を無視して手を引っ張り、意気揚々と歩き出した。こころがまるで凧の様に引っ張られながら到着した場所は、目前で隆々と聳え立つ大きな山だった。

 

 こころには何となく見覚えがあった、この山は確か、『彼の女の子』が住むという、そう、『地霊殿』と言った場所が近いとか……。曽て彼女が体験した希望の面捜索に関した時、途中で出会った緑髪の少女が言っていた。

 

「妖怪の……山」

 

「おん? ココロン御存知?」

 

「あ、いや────煉さんと出会う前に、緑髪の女の子と出会いまして、その時に彼女が口にしていた名前でして……」

 

「へぇぇ妖怪の山かぁ……良いね、モロに私達のホームグラウンドって事じゃない! 宛先は此処だよココロン! さぁ行こう!」

 

「こ、此処なんですか!?」

 

 再び凧の様に煉に引っ張られるままにこころは妖怪の山へと入って行くのであった。しかし何故宛先がこの『妖怪の山』なのか、それは時を遡り、関連を見出せば自ずと気付く答えだ。

 

 暫く走った末に煉はやっと歩きに切り替え、妖怪の山の景色を今一度見直しながら山中を彷徨(ほうこう)し始めた。こころは未だ仮面を猿のまま、少々不安そうに山中の周囲を見渡していた。

 

 と、突然、煉とこころは空気を押し出して且つ風を切る翼の羽撃き音を耳に取り入れた。二人は音の聴こえた方向へと視線と共に全意識を向けて音の正体を肉眼で捉えんとする。

 

「おや、これはこれは、煉さんじゃないですか。何をなさってるんです? こんな所で」

 

 其処に現れたのは、いつかの時、煉の取材で香霖堂に訪れた射命丸 文であった。音の正体が射命丸だと判るや否や、煉は笑顔で手を振り出し、手招きもして文と距離を詰めた。

 

「おーい! アヤヤ! こっちこっち! おいでー!」

 

「はいはい何でしょう? それと、『アヤヤ』とは?」

 

「愛称みたいなモンだよ。私達これからピクニックに行くんだけど、特にこれと言って名所も知らなくてさ、そこでアヤヤに良い場所教えてもらおうかなぁと思って此処に来たの!」

 

「何とそうでしたか。いや上の命令で『山に見た事の無い二人組が侵入して来たので様子を見に行け』と走らされまして、一体誰かと思ったら、まさか煉さんだとは。同じ妖怪だとわからないので、上も色々と危惧しているのでしょう……ところで、そのお連れの方は、もしや……?」

 

 自身の愛称と山に来た理由を二重で捉えて返事をすると、自らの上司に関しての話を少しだけ口にして、ふとこころを見て煉に問い掛ける。どちらも新顔である事に変わりは無いが、こころに至って『件』の事も有ってか、少々知られている模様。

 

「初めまして、秦 こころと申します。貴女の事は常々噂で伺ってますよ。なんでも嘘の記述で有名だとか」

 

「う、嘘!? 嘘なんて私書いてませんよ! まぁ、話を盛る事は多少有りますけど……」

 

「冗談ですよ。最近徐々にのし上がって来ている中堅だとかで、他の新聞社も焦る程目覚ましいらしいですよ」

 

「ほ、本当ですか! いやぁ何だか照れますねぇ、我ながらよく頑張って来ましたよ、えぇ。あ、スポットですね? 人里以外となりますと、この山内の滝か、向日葵畑ですかね」

 

 この『妖怪の山』、と呼ばれる山には、人が踏み入らない事から、原初から存在する環境がそのまま残っている。山内の滝は別名『玄武の沢』と言い、煉達の今居る位置からかなり近い場所に在る。

 

 続いて向日葵畑は、無数に向日葵が生えている土地。幾ら世界広しと言えど、見渡す限り向日葵だらけの草原など此処以外には無いだろう。煉達の今居る場所から真反対にあると言う。

 

「滝の方は見てても仕方が無い気がするなぁ」

 

「そうですか? 静かに水の音を聴くのもなかなか乙ですよ。それに向日葵畑の方は季節が季節ですので、少しばかり殺風景だと思います」

 

「そうかぁ。ねぇ、ココロンはどっちが良いと思う? 滝か向日葵か」

 

「────私は、向日葵が良いと思います」

 

「お、決まったね」

 

「そうですか、少しばかり残念ですね。まぁ良いでしょう! 向日葵畑はこの場所から反対に真っ直ぐ進んでください。多少入り組むでしょうが、煉さんなら大丈夫でしょう。では私は今から上司に報告をしなければいけないので、これにて。ピクニック楽しんでくださいね!」

 

 煉達は射命丸に手を振り、彼女が飛び去る姿を見送った。射命丸の姿が見えなくなると二人は手を振るのを止め、振り返って麓へと下り始めた。と、煉はふとしてこころに先ほどの話について問い出す。

 

「ところでさ、さっき言ってた新聞云々って本当の話? そんなにココロン情報通だったの?」

 

「そんなワケはありません、多少話に乗っかり、多少話を盛っただけです」

 

「え、なにココロン嘘吐いたの?」

 

「嘘じゃありません、仮に嘘だとしても文さんには優しい嘘だと思います」

 

 こころが仮面をお爺さんの顔の面に変え、煉の方を向くと、煉はこころの顔を無表情で凝視していた。仮面を翁から瞬時に大飛出と言う仰天の面に変え、直後に煉が徐々に表情を笑顔にしていく。

 

「そんな嘘吐きの悪い子には……火だるま追っかけっこの刑だぁ!」

 

「ひぃぃ!?」

 

 突如煉は自身の背中をまるでポケ○ンのヒ○アラシの如く発火炎上させ、少し悪い顔をしながらこころを全力で追いかけ出した。嫌な予感を察知したこころも煉が走り出すと同時に全力で逃走を開始した。

 

「どうだぁ! この日の為に編み出した『燃える放課後ライフ』! おもしろい?」

 

「おもしろくありません! と言うかそもそも意味がわかりません!」

 

「えぇそう? 一応『ガッコウ』の"放課後"と放火魔の"放火後"を掛けたスペルカードなんだけど」

 

「結局よくわかりませんよ! それに遊ぶにしても物騒過ぎます!」

 

「えぇい強情な、大人しく捕まれば直ぐ終わるってのに!」

 

「何がですか!? そんなワケのわからない状況が具現化したかのような煉さんに捕まったら絶対碌な事になりませんよね!?」

 

「足の速さで私に勝てると御思いかなぁ? 笑止ッ!」

 

「話を聞いてください!」

 

 そんな騒がしくも楽しいげな追いかけっこは3分弱続き、こころの方が先に草臥れてしまった。それに追いつき、煉は笑顔でこころの肩を叩くと『つーかまーえた』と口にして追いかけっこの幕を閉じた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ッ、煉さんッ、疲れないんですかっ!?」

 

「いや、疲れを知らないだけなのかもねー。それに私ココロンより強いしっ」

 

「それは純粋にっ、傷付きますっ……」

 

「ごめんごめん。ちなみにココロン、着いたよ」

 

 仰向けに倒れ込んで息を切らすこころは、煉が向く方向を見ようと首をゆっくり横に振る。そこには向日葵の花では無く、雑草のみが生い茂る、射命丸の言う通り確かに殺風景な場所だった。

 

「文さんの言う通りでしたね。如何しましょうか煉さん?」

 

「問題無し、折角来たのだし何か堪能しないとね」

 

 煉はこころを引っ張り起こし、向日葵畑と思しき場所へと足を踏み入れた。こころも後を追って敷地に踏み込むが、如何言う事だろうか、幾ら季節外れと言えど、向日葵の残骸一輪くらいはあってもおかしくはない筈なのに、それすらも無い。

 

 それどころか、殺風景に入り混じって見た事の無い様な花が煉達の視線に映った。見るとその花は白く、下を向き、逆に太陽を避けてるかの様な、明らかに向日葵では無いものだった。

 

「何この花?」

 

「この花は、確か……煉さん! 今直ぐその花から離れてください!」

 

「どったの?」

 

「その花は鈴蘭、全草に毒を持つ花です! 触るのは勿論、花粉を吸うのもダメです!」

 

 そう、この白い花の名は"鈴蘭"。根から花まで全てに毒を持つ事で知られる。また、薬草としても名高いが、その毒は迚も強力で、取り扱いは(フグ)と同様に気を付けなければならない。

 

 しかし何故、向日葵畑に鈴蘭が咲いているのだろうか?

 

「誰なの? あなた達」

 

 唐突に誰かの声が聞こえ、煉とこころは声の方向を揃って向いた。声は幼く、実に可愛らしい声質だが、その言葉には二人に対する敵対姿勢が見受けられた。

 

「う?」

 

「え?」

 

「誰なの、と聞いてるの」

 

 

 果たして、彼女の正体は────

 

 

 

 

 

 

 

続く




鈴蘭の如く可憐で、鈴蘭の如く強く、されども幼く、儚い……


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六話 類は友を呼ぶ、あだ名も呼ぶ

ライターと仮面と鈴蘭と……一触即発?


「誰なの、と聞いてるの」

 

 黒紫を基調とした可愛らしくも刺々しい服の少女は、小さい体躯からは想像し難い敵意と殺気を煉とこころに向け、鋭く睨み付ける。少女の顔あたりに浮く彼女を小さくしたような羽根の在る妖精のような存在も同様に睨み付けてくる。同時に一面に生える鈴蘭から香気が目前の少女に集まり始め、嫌な予感がしたこころは口元を手で塞ぎながら煉を連れて一目散に逃げようとした。

 

 しかし逃げ足が途中でつんのめる。煉は微動だにしないのだ。

 

「煉さん何を!」

 

 こころは口を手で塞いだ状態から煉に声を掛けるが、その時煉は生きた空気のみをたっぷり吸い込み、腕を組んでから叫ぶように喋り始めた。

 

 

「何だかんだと聞かれたら! 答えてあげるが世の情け!」

 

「え?」

 

「れ、煉さん……?」

 

 困惑する二人を他所に煉は続ける。

 

「幻想郷の破壊を防ぐ為、幻想郷の平和を守る為。愛と真実の悪を貫く! ラブリーチャーミーなカタキ役……」

 

「ちょ、ちょっと────」

 

「煉ッッッ!!!」

 

「ひぃ!?」

 

 突如始まった前口上の最中、少女が状況が掴めず近づこうとすると、突然煉が力の込もった声で名乗り、彼女に悲鳴じみた声を出させて驚かせた。無論、こころも少女同様動揺して、煉の声にビクッとした。

 

「……あの、本当に何を」

「ちょっとココロン! ノリ悪いよ! 私が名乗ったら大きな声で名前言って、ほら早く!!」

 

 こころが意味の解らないまま煉に問い掛けた瞬間、煉は彼女の問い掛けなど丸々無視してこころも同様の行動を執るよう急かしてきた。突然振られた無茶振りに当然ながら困惑するこころだが……

 

「うぇ、えぇぇ!? く、こ、こころ!!」

 

 煉と同じように腕を組んでみたら、吹っ切れた。

 

「銀河を駆ける"ろけっとダン"の二人には!」

「ホワイトホール、白い明日が待ってるぜ!」

 

 煉、こころと台詞を放った直後、この場の3人の頭の中で"なんてな!"と言う声が聞こえた気がした。

 

(今何か聞こえたような気がしたわ……)

 

「決まったぁ! しかしココロンよく台詞わかったね、やっと私の事わかってきた感じかな?」

「い、いえ、何となくと言いますか、成り行きと流れに任せたら、言葉が出て来たと言いますか……」

 

「ちょっと! あなた達何なのよ! さっきから変な事ばっかり、ここが何処かわかってるの!?」

 

 煉とこころが謎の達成感に満ちて語り合い出したところで、黒紫の少女は怒声を以て煉とこころを黙らせ、中断していた香気の集束を再開する。と、少女の言葉で煉は自身達の目的地と今の場所が全く違う事を思い出した。

 

「お、そう言えば何処なんだろうね此処。わかんないね?」

「煉さん、恐らく此処は【無名の丘】と呼ばれる場所。向日葵畑でないのは明白です」

 

 こころが記憶から探り出した場所の名前を煉に教えた事で煉は初めてこの場が何処なのかわかった。わかったので、バカ正直に少女に応える。

 

「わかった! ここ【無名の丘】なんでしょ? ほいであなたさんはどちら様でしょーか! 教えてつかーさい!」

 

 煉の言葉を聞いて少女は思わず脱力して転びそうになるが、上手く足の縺れを解いて転倒を回避した。そんな最中、こころは一人少女を観察していた。

 目の前の少女は【無名の丘】で遭遇した。鈴蘭と言う毒草の広がる中で。それだけでも異常だが、金髪、ドレスと言ったこの洋風人形のような恰好で、しかも小さい体躯……まさか、彼女もまた、私達の────

 

 幻想郷に然程詳しいワケでは無いこころでも、この場所の逸話は知っていた。なら、その逸話と"自分達"と言うキーワードを繋ぎ合わせれば、答えは簡単だ。

 

「もしかして、あなたも私達と同じ付喪神なのですか?」

 

 こころのふとした言葉を聞いた黒紫の少女は突然静かになり、鈴蘭の香気を集めるのを止めた。どう言う事なのか不意に気になったのだろう、それをしかと理解したこころは続けて言葉を発した。

 

「実は私達も物から妖怪化した者でして。私は仮面、煉さんはライター。見るにあなたも人形の付喪神かと思うのですが、どうでしょう?」

 

 こころの話を聞いた途端、黒紫の少女は先程まで煉とこころが感じていた敵意や殺気を引っ込め、溜め息を吐いて煉達に歩み寄る。ある程度近づいて立ち止まると、小さい体躯故に二人を見上げ、それから口を開いた。

 

「そうよ、私はお人形。名前はメディスン・メランコリー。あなた達が人間じゃないなら、それで良いわ」

 

「メディスン・メランコリーか……うーん。じゃあメディっちゃんで!」

 

 黒紫の少女ことメディスンは、踵を返してその場を去ろうとした直後、煉がいつもの調子でメディスンの渾名(あだな)を考え即座に呼んだ。直後、メディスンは足が縺れたでも無く、足が動かないでも無く、自然と何かに躓く感覚で唐突に地面に倒れてしまった。

 

「メディっ……ちゃん?」

 

 余りに素っ頓狂な渾名に吃驚したと言うか、呆然としたと言うか、とにかくメディスンが転ばずにはいられないくらいの唐突な渾名呼びだった。渾名で呼べて嬉しいのか、煉は満面の笑みだが、その横で心が首を斜めに傾げて白目を剥いていた。

 

「これからよろしくねディっちゃん! ところで転んだけど大丈夫?」

「だ、大丈夫……そんな事より、どうして此処に居るの? 此処に来るのは赤子を捨てに来る人間くらいなのに」

 

 笑顔で駆け寄ってメディスンに手を貸して立たせる煉に、メディスンは狼狽えながらも服の汚れを手で払い、煉に問い掛けた。無名の丘は所謂【姥捨山】のような場所。生活が苦しく、育てられない親がここに赤子を捨て、自生する鈴蘭の毒で眠るように逝く……そんな仕組みだ。

 そんな忌々しい場所に何故来たのか、余程の変人か訳有りかのどちらかだろう。

 

「いやぁね、わっち達は向日葵畑にピクニックに行くつもりだったんだけどね? 道を間違えたのか、此処に来ちゃったんだわさ」

「それで、出来れば向日葵畑の道を教えて欲しいのですが、ご存知ですか?」

 

 煉が一人称と語尾を変えて喋るのを無視してこころは彼女の言葉に続けて言葉を繋げて詳細な内容にした。さすがにこころも煉との絡みと扱いに少し慣れてきたようだ。

 

「向日葵、畑……くふ、ふふふっ、ふふはははははっ!! 道を間違えた? あなた達、もしかして産まれて間も無いの?」

 

 二人の話を聞き、突如笑い始めたメディスン。その笑いは"可笑しい"と言うよりは"可愛らしい"と言う表現の笑いで、二人はメディスンから訊かれ、互いを見つめながら眉を傾げたり両手の平を上に向けたりしてからメディスンの問い掛けに答えた。

 

「はーい、生後1週間でーす」

「私もそのくらいです」

 

 素直に大体の日数を答える煉と、それに倣うこころの返答に受け答えようと笑いを無理矢理押し殺し、3秒後には平静に戻り、最初の時よりホンの少し柔らかな表情になった。

 

「ふぅ、しょうがない。私が案内してあげるわ。と言っても、今の時期じゃまともに咲いてる向日葵は少ないでしょうけど、行きたいと言うなら連れて行ってあげる」

 

「良いの!? メディっちゃんありがとう!」

「面倒お掛けします」

 

 メディスンは煉とこころにお礼を言われた直後、胸の奥が熱く、そしてドクドクと弾んでいるような気がした。

 何だろう、嬉しいとは違う"何か"を、私は感じてる……何だろう、この感じは?

 

「……付喪神の先輩として、私が色々教えてあげるわ。ついてらっしゃい!」

 

 自身の胸の奥に感じた温かさと違和感に囚われながらも、メディスンは嬉しそうに煉とこころについて来るように自信満々に言葉を放った。煉とこころも嬉しそうなメディスンを見て、笑顔になった。

 

 

 

「はい! ディっちゃん先輩!」

「はい! メディスン先輩!」

 

 

 

 

 

 

 

続く




無名の丘から太陽の畑まで、いざ!

メディスン が なかま に なった 


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