魔都聖杯奇談 fate/Nine-Grails【中国史fate】 (たたこ)
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episode zero

ノリだけで続くか微妙(エタ前提)だけど楽しいから書く
逐次更新します 11/22更新


 十年前、上海におけるとある戦争に応じた剣の英霊は、当時を振り返って思う。

 

「もし、これから九鼎戦争に参加したいというヤツがいるなら、先輩として一つ言っておこう。

 もし、最初からお前が人生に悔いがある、たとえば人生をやりなおしたいとか、誰かを救いたい欲望があるならまー好きにしやがれ。九鼎だってくれてやらんこともない。だけど」

 

 

 

「もし、お前が人生にそれなりに満足していた英霊ならば、現世を見たいとかそんな軽い気持ちで召喚に応じるもんじゃない。

 忘れるなよ、お前が今から呼ばれる世界は時は隔てているものの、お前が生きた世界と変わらぬ世界だ。そこへ仮初とはいえ肉体を得て二度目の生を得るんだ。

 たとえお前が幸せであっても、お前の消えた後の世界がお前の望む形でなかったと知ることになる。生前に納得しているからこそ、新たな生で再びの未練が生じるぞ」

 

 彼女も、人生に対し悔いを残した英雄ではなかった。ゆえに召喚に応じる理由は、些細な、むしろ気まぐれと言ってもいいほどのものだった。

 

「生前、私は徹頭徹尾自分のために生きた。皇帝になったのだって、それの延長っていうかデスオアエンペラーって感じだったからだし、天下を治めたのは私が生きるためにはそうしなきゃいけなかっただけだから。だがまあ、なんだかんだ悪くない人生だったわけだ。だからさ、こう延長戦みたいな、オマケの人生ではやったことないことでもしてみっかってな」

 

 生前ならばともかく、英霊は既に死して存在が固定されている。その写しとして召喚されるサーヴァントは、英霊自身が思う以上に生前の行いと人々の幻想に縛られている。

 だから召喚に応じようとした彼女の動機は、その前提と彼女の生前からすればからすれば、成就は少し難しいと思われるものだった。

 

 

「人助けなんて、性に合わないことしよーとするもんじゃねーな」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 青年は、最強たることとと愛を欲した。

 皇帝の鋳型は、ただ一人の救済を望んだ。

 

 少女はただ、祖霊を慰めたかった。

 至仁の皇帝は、生前と変わらず人助けをしたかった。

 

 男は強く、表と裏の支配者たらんと欲した。

 神矢はただ、助けを求められたから応じたまで。

 

 女はただ、己が国の正義を信じていた。

 神勇は、尊敬する者の一番になりたかった。

 

 少女はずっと、一人残った家族を想っていた。

 夷狄はただ、「中華を滅ぼすもの」として存在していた。

 

 男はひたすら、己の栄達を欲していた。

 戦乱の風雲児は、いまだ見果てぬ夢を追いかけていた。

 

 男は家の悲願成就を願っていた。

 狂人はひたすらに血潮と悲鳴と汚濁を愛していた。

 

 男は、祖国のために尽すつもりだった。

 傾国はただ、どんな形でも愛を貫き通したかった。

 

 少年はただ、死にたくなかった。

 粛清の皇帝は―――――

 

 

 

 

 

 

 十年前、上海の裏で繰り広げられた戦いがあるという。

 そして十年の時を超え、その争いは再び上海を血に染める。

 

 あらゆる願いを叶えるという万能の願望器『九鼎』を巡り、七騎のサーヴァントと魔術師――十年前から続く因縁を巻き込んで争いは加速する。

 

 善か悪か、 美か醜か、正義か悪か。

 否、否、否。全ての尺度は強きか弱きか、ただそれだけ。

 

 奇跡を欲するならば、汝。

 己が実力を以て、最強を証明せよ――――!

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 簡易設定

 

【サーヴァント】

 

 女セイバー

 剣士の英霊。「三騎士」の一角で、バランスが取れた能力から「最優」と称される。……はずが異様にピーキーな性能の名ばかりセイバー。生前は男として生きた。黒髪セイバー顔だが中身はオッサンの残念系美少女。

 

 男セイバー

 剣士の英霊。「三騎士」の一角で、バランスが取れた能力から「最優」と称される。こっちは本当に最優セイバー。どの分野でも超一流に至る才能を持つため、パラメータが軒並み高い。素朴な性格で親しみやすく、目立った欠点はないがギャグが寒いのが玉に傷。

 

 アーチャー

 弓兵の英霊。「三騎士」の一角。高い単独行動スキルと射撃能力を持つ。(後日追加)

 

 ランサー

 槍兵の英霊。「三騎士」の一角。最高の敏捷性と高い白兵戦能力がある。赤みかかった長髪を持つ屈強な武人。己の腕に自信を持ち、それに違わぬ実力を持つ生涯無傷の神勇。生前の主君に絶対の忠誠を誓い、彼の願いもそれ絡みだとか。ちなみに口はかなり悪い。

 

 ライダー

 騎兵の英霊。「騎乗兵」とも。高い機動力と強力な宝具を数多く所有するサーヴァント。(後日追加)

 

 バーサーカー

 狂戦士の英霊。基本能力を問わず、ただ狂う事で破壊にのみ特化しているクラス。真明隠す気/Zero。 (後日追加)

 

 キャスター

 魔術師の英霊。基本的にランクA以上の魔術を持つ英霊が該当する。傾国といえる美貌に豊満な肉体をを持つ妙齢の美女。「あざといからいやぁよ」と本人はやらないが、その気になれば狐耳が生えるらしい。

 

 アサシン

 暗殺者の英霊。「マスターの天敵」とされるクラス。一見して「とてもドス黒い・赤黒い」印象を与える三十半ばの男。武器は同じく赤黒い剣で、無限に分裂させることができる。生前は四川の人口をゼロにするほどの大殺戮を行った。

 

 ルーラー

 裁定者の英霊。聖杯自身に召喚され、『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動く、絶対的な管理者。赤い頭巾に僧衣という不思議な恰好をした少年(少年に憑依しているため、本人が少年というわけではない)上海全土に宝具による結界を張り、厳格な(ルール)を以て九鼎戦争を管理する。本人は別に目的がある……?

 

 

 

 

 

【マスター・その他人物】

 

 楊 潤華(よう じゅんか)

 道術(キョンシー使い)の家に生まれた魔術師(道士)。十七歳。自身にかかった呪いと十年前の戦争の真相を知るために九鼎戦争に参加する。

 

 雷 剣英(らい けんえい)

 上海生まれ(?)、日本長崎育ちの少年。十七歳。雷家の人間だが、実際血縁はかなり遠い。雷家の本マスターを補佐するために上海に帰ってきた。あんまり人の話を聞いていない。

 

 エリー・シャルロット

 

 杜 月笙(と げつしょう)

 

 纐纈清正(こうけつ きよまさ)

 

 仲(ちゅう)

 

 雷建良(らい けんりょう)

 

 



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1月19日 オールド・シャンハイ

「租界」とは、外国人居留地のことである。上海が開港したのは一八四二年。当時の中国――清朝がアヘン戦争に敗北した際、和平条約として外国人居留地を設置することが含まれていたのだ。

 当初、清国政府は外国の商人をその居留地におしこめて隔離するつもりだった。しかし、商人たちは中国の法律からの治外法権の特権を拡大解釈して「治外法権を与えられた外国人の自治組織」を作ることをはじめ、その果てに行政、警察、消防からガス、水道の供給まで自分たちで管理するようになってしまったのだ。そうして1つの小国家の如き様相を呈した上海は、今に至るまで中華でもなく西洋でもない、ひとつの自由都市となっている。

 租界には大きく分けて二つが存在し、一つは共同租界――アメリカとイギリスが共同で支配しているエリアであり、もう一つはフランス租界である。ただし、第一次世界大戦の終結後、資本を大きく失ったイギリスとフランスはその支配を弱めた。代わりに進出してきたのは、アメリカと新興国、日本であった。

 そして本国における迫害によって亡命してきたドイツのユダヤ人、同じく本国からの革命から逃れてきたロシア人、さらにこの国の民でありながら、外国人の召使いとして使役される多数の中国人が住まう――まさに、どこの国でもない国となっていた。

 

 さて、この魔都上海における治安は当然の如くよくはない。本国清――辛亥革命を二十年前に経た今となっては中華民国だが――の統治は治外法権の名のもとに届かない。そもそも民国そのものが軍閥割拠、つまりは内戦状態にあるため到底強力な統治など望むべくもなかった。それでも、租界内には強力な警察組織があり、内乱で略奪や殺戮が日常茶飯事と化している中国内部よりははるかにましだった。

 

 上海租界では思想の取締りのようなこともなく、大抵のことを考え、発言するのは自由だった。しかし同時に麻薬や売春といった行為が禁止されていたわけでもない。この地域の利権を持った外国人に迷惑がかからないのであれば「自由」が与えられた。

 まさに混沌とした自由。清濁飲み込んで、華洋の文化を受け入れる素地を得て、一九三〇年において上海は最高の繁栄を迎えていたのである。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 上海の港を訪れた者は、まず埠頭――バンドの光景に圧倒される。埠頭周辺には各国の大型銀行と一流ホテルが軒を連ねて建設されており、天を衝くがごとくの摩天楼を拝むことになる。一般にその建築様式は古いヨーロッパのスタイルのことが多いが、最近の建物は現代的で、例えばパーク・ホテルなどは高層階の外壁が上に行くほど幅を狭めててっぺんの尖塔に達するという洒落たデザインをしていたりする。

 だがしかし、一度その街に足を踏み入れると、次はその雑踏と臭いに圧倒される。真っ先に目につくのはオフィス街だが、そのすぐ近くには貧しい中国人が暮らす「南市」という区域も隣接している。そしていわずもがなの港町ゆえに、そこへ漂う臭いは、下水と海草の腐った海の臭い、ニンニクや香水の香りと複雑な様相を見せるのだ。

 

 

 生憎の曇り空の下、その混沌の都上海の雑踏に1人の女が歩いていた。年のころは十五か十六、白磁の肌を持つ美少女である。夜を切り取ったような黒髪を頭上でシニヨン状にし、それに頭巾をかぶせてリボンでくくっている。

 服装はゆったりした赤の旗袍(チーパオ)――チャイナドレスの原型――にブーツ。一月という季節ゆえ、その上に茶色いコートを羽織っているが彼女は寒さをあまり感じない体である。

 

 この街では真昼間から人さらいが起きる。一人でふらふらあるく美しい少女などそれだけで危なっかしいのだが、当の本人はそんなことを気にするたちではない。

 彼女の歩く一帯はフランス租界。上海の中で最も美しいと評判の区画であり、今丁度彼女が足を止めた先には巨大な建物がそそり立っている。

 キャセイ・ホテル。またの名を華懋飯店。つい昨年竣工したばかりの十一階建ての摩天楼である。上海の不動産王サッスーン財閥の本拠にして、その五階から十階は押しも押されぬ最高級ホテルだ。

 

 彼女はためらいもせず大理石の階段を上る。豪奢な扉の両脇に控えるボーイがわけ知った顔でそれを開き、彼女は中へと足を踏み入れる。ロビーは壮麗な円状のホールで、天井は丸くステンドグラスがはめられて輝いている。おそらくは相手方が話を通していたのだろう、彼女の姿を見つけるなりボーイが迷う間もなく案内をした。エレベーターに乗り込み十回へ向かうが、ここで彼女は一人である。

 チン、という軽やかな音と共に指定された階へと進む。高級ホテル故に、ロビーに入った時点で上海特有の雑然とした空気はかなり霧散していたのだが、最早この階は異界と言ってもよい。

 

「一階まるごと借り切るのが普通とは、ますます以て豪勢だねぇ。そういや旦那、上海フランス租界の重役になってたからかな?」

 

 誰もいない廊下に向かって話しかけるが、もちろん返事はない。されど、確実に人はいる。誰もいなくとも、どこからでも視られているのだ。

 そしてひときわ大きな扉の前に立つと、ここは彼女が自分で押し開けた。その部屋は大きな窓が目立つ一等の客室だ。今はブラインドが下ろされているが、オフィス街の摩天楼や黄埔江の流れが一望できるはずだ。

 部屋の隅にはボディーガードと思しき頑強な功夫服の男がそれぞれ一人ずつ。視界には入らないが、他にも人の気配がある。殺意は感じないが、歓迎されているふうでもない。

 

 そして大きな窓の前に、一人の壮年の男が立っていた。短く刈り込んだ髪に、細い一重の目。年のころは四十前後。黒い功夫服からは、隙のない肉体が想起される。

 彼は振り返ると、彼女に向かって笑顔を向けた。

 

「久しいな、劉鈴季(りゅうれいき)

 

 劉鈴季とは、彼女が現世で生きるためにつけた名前である。マスター曰く魔術的に名を偽ることは悪影響があるらしい。生前より名前などあってなかったような彼女にとってはどんな名でもいいと思っていたため、マスターに適当につけてもらった。

 テーブルをはさんだソファーに座るように勧められ、鈴季は男と合わせて席についた。体が沈み込むほど柔らかいソファである。

 

「久しぶりだね、旦那。にしても急にどうしたのさ。何か事件が起こったとも聞いていないし、私も何かやらかした気はないんだけど?」

「何、最近忙しくてお前に会えていなかったからな」

「あはは、私旦那の愛人みたい。しっかし、羽振りが良くなるってのは忙しいのと表裏一体し、いいことだよ。去年建てた銀行、儲かってるみたいじゃん」

「まあな。ところで本題だが」

 

 使いの女給仕が、男と鈴季に菓子を運んできた。近頃フランス租界の住民に人気のある焼き菓子だった。二人は旧知の友の如く、和やかに笑っていた。男はそのままの空気のまま、話を続けた。

 

「お前、クラブ経営から手を引くのか」

「ん?ああ、そうだよ?先だって伝えたけど、後継のヤツ連れて改めて旦那に挨拶しに来ようと思ってるから、よろしく」

 

 フランス租界の大世界(ダスク)は、博場、手品師、スロットマシーンから床屋、漢方薬局、アイスクリーム・パーラー、写真屋まで何でもそろう庶民娯楽場である。

 鈴季はその近くにロシア人が演奏するバンドを催す、少しリッチ感を出した、しかし手の届かない価格ではないクラブを経営していた。立地の良さとクラブ内の治安の良さがあり、人気を博し施設拡張や分店を持ちかけられたこともある。

 だが、鈴季はそれらを全て断ってきた。余剰金はこの男に納めたり、中国人の住む区域に男の名を借りて配ったりして使ってきた。その野心のなさは不思議がられるほどだった――むしろこの男の名を借りて、決して自分の名前を目立たせないことに意を砕いているようにさえ見えるほどだった。

 

「やめてどうするんだ」

「上海好きだけどちょっと騒がしいなって最近思って。一年くらい静かなところでのんびりしたくなったんだ」

「お前がそんなタマか」

「私をなんだと思ってるのさ!まあ場所は今探してるけど、オススメがあったら教えてほしいな。旦那、色々詳しいし」

 

 それでも鈴季の言葉をまるっきり信じていない風な口調で、男は笑った。いや、これは信じていないのもあるかもしれないが、他に何か目論んでいるのか。鈴季は基本的に考えの深い人間ではない。あっさりと尋ねた。

 

「旦那、何かもしかして私がした方がいいことがあるの?」

「大世界のオーナーの黄楚九が投資の失敗して、代わってオーナーとなったのが錦鏞兄ってことは知っているだろう」

「うん」

「俺たちは大世界を作り変える。それをお前にもやってもらう」

 

 男が大世界を作り変えるという意味を、鈴季はすぐに悟った。今は庶民遊技場である大世界は、この後賭博と娼婦の殿堂になる。しかしそれよりも問題だったことは、男が「やってもらう」と言ったことだ。鈴季の有無はなく、鈴季がやることは彼の中で決まっているらしい。

 

「いやいや、落ち着いてよ旦那、私馬鹿だもん無理だよ。クラブだって自分じゃ全然切り盛りできてなくて、青とか玉祥のおかげで何とかなってる感じなんだって知ってるでしょ」

「確かにお前が阿呆であることに間違いはない」

「そこは否定してくれないんだ!!」

「だがな、お前自身に何の力がなくとも、それを成せるだけの人間が集まってくるとなれば、それはただの阿呆とは言えない」

 

 この部屋に足を踏み入れてから、鈴季が初めて危険と感じたのは今だった。この男は、鈴季が真に何者であるかは知らない。それでも、何かに感づいている。

 かつては「人徳」とかいうそれらしい名前で呼ばれた不可思議な力は、使い魔として現界する今はカリスマの名を借りて存在している。

 

 たとえ九鼎戦争の開幕が今ではなくもっと後だったとしても、彼女は上海を一度去るつもりであった。

 鈴季がこの世界に現れてから十年が経過している。上海においてクラブの経営を始めたのは九年前。そしてその時から、彼女の容姿は全く変化していない。あまり長い間同じ地にいすぎてはそのことを怪しまれる。ゆえに戦争が今だろうとまだ先であろうと、去り時とは感じていたのだが。

 

(……少し遅かったか。十年の呑気な暮らしで鈍ったかな)

 

 この聡明かつ貪婪な男を甘く見ていたか。英雄は英雄を知る――おそらく彼が彼女の生きた時代にいたとしたら、きっと何かしらの名を遺したに違いないと鈴季は思う。としれば、同じことをこの男も感じていたとすれば。

 

 

 人を見る目なるものは、この鈴季だけに備わっているわけではない。

 

 

 殺すか。目の前の男を殺すだけならできる。いくら彼の配下がいようと、その攻撃は神秘を帯びたものではないから、効きはしない。だがしかし殺したとしても、ホテルの人間は鈴季がここにいることを知っており、すぐに足がつく。鈴季は霊体化で逃げられても、マスターや自分のクラブの従業員は違う。この組織の報復がどのようなものかは知っている。

 それに、この男を殺すことは間違いなく上海に大騒動を引き起こす。戦争をを控えている今、上海の裏世界をひっくり返すことは悪手だ。

 

 逃げるか。霊体化が手っ取り早いが、この男の前でそんな不可思議な逃げ方をしてしまえばなおさら男の追及は増す。霊体化しようものなら神秘の問題で今度はマスターに大目玉のおまけまでついてくる。

 

(神秘だのなんだの、これだから魔術師――学者は嫌いなんだ)

 

 ここは穏便に終わらせなければならない。鈴季は大げさにため息をついた。

 

 

「旦那にそこまで言われるとなぁ。いいけど、でも、それ帰ってきてからでもいい?出発前にはどこに滞在するとかちゃんと連絡するからさ」

 

 つまり、鈴季は男に対して「逃げるのが心配だったら密偵でもなんでもつければいいさ」と告げた。幸い、この男はまだ鈴季のことを「何かあるが、まだ普通の女」の範疇でとらえているはずだ。

 

 

「そうか。ならそうしてくれ。せっかくのお出かけだ、一つ酒宴でも開こうか」

「忙しくないのかい、旦那。でもやってくれるとうれしいな。私お酒好きだし」

 

 緊張の空気に包まれていた場は、急に弛緩した。酒宴の日取りを大体のところで決め、そのまま鈴季はホテルを後にした。

 

 

 

 

 

 

 ブラインドを引き上げると、すぐにそびえたつ摩天楼と黄埔江の絶景が飛び込んでくる。少し天気はよくなったらしく、雲のかかったまま沈む夕日が川面に光っている。

 

「すぐに鈴季に密偵をつけておけ」

 

 男は誰にともなくつぶやく。そして部屋から一つ人の気配が消えた。

 鈴季という女。あれの足取りや生い立ちは仔細に調べ上げたが、なぜか十年前からぱったりと追うことができない。十年前と言えば、上海においてとある大事故が起きた時だ。その時期の前後から、彼女を見かけたり時には一緒に酒を飲んだという話が聞かれるようなる。

 

 

 この男、名を杜月笙(と げつしょう)。青年実業家にして社会福祉事業家であり、同時に秘密結社「青幇(ちんぱん)」の大親分の一角にして上海暗黒街の支配者である。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 上海は暑さが厳しく寒さも厳しい、暮らすには苦労する土地柄である。そして冬の今、夕暮れも早く灰色の租界は、今橙色に染まっている。

 共同租界の一角に建てられた瀟洒なマンションの一角に、鈴季は走り寄り鍵が開くのもまたずに霊体化で通過して堂々と侵入する。

 

「あなたのセイバーのおかえりだ……グオオオオオ!!」

 

 だが入るなり、全身を貫く雷にやられてものの見事にその場にうずくまってしまった。

 

「あ、なんだあんただったの。変な入り方するから迎撃用魔術が発動したじゃない」

「ううう……エリーはできる子なんだからその魔術の設定かなんかで私を外すようにしてよう……」

「いやよ面倒くさい」

 

 敢え無く拒否され、雷撃で焦げた体を引きずりながら鈴季ことセイバーは手狭な玄関から移動し、リビングのソファに埋もれた。ソファはテーブルを挟んで向かい合っており、簡素な木のテーブルにはラジオが鎮座していた。

 基本的にシンプルな家であるが、窓は少ない。エリーが魔術的な意味から気密性を重視したらしいが、そもそも神秘の秘匿にうるさいくせにマンションの一室に工房をつくっていいものか、セイバーには謎である。

 

「ああ~ソファーは旦那のヤツの方がいいなぁ~」

「上海の裏ボスのモノと比べないでちょうだい。ところで今日杜月笙に呼ばれてたけど、何かあったの?」

「いんや、クラブ経営止めるって話しただけ。いつもの感じだった」

「ならいいけど。もうすぐ九鼎戦争があるって言うのに、その前に杜月笙ににらまれたらめんどくさいことになるからね」

 

 キッチンから皮をむいたリンゴを乗せた皿を持ってきたエリーは、セイバーの向かいにあるソファに腰かけた。そのリンゴのひとかけらを手に取り、咀嚼しながらセイバーは目の前の主を見た。

 

 エリー。本名はエリー・シャルロット。イギリス人の魔術師であり、上海に来る前は時計塔という魔術の協会で魔術を学んでいたという。現在二十七歳の、セイバーから見ても見目麗しい大人の女性である。自国の風習に頓着せず、背中まであるストレートの金髪を流し青の旗袍を基本のスタイルにしている。

 

 租界に暮らす外国人は、本国からの迫害や革命から逃れてきたのでもなければ、本国の様式を余すところなく取り入れた優雅な生活をしている。

 しかし彼女は、商売をするためにここに来たのではない。十年前に九鼎戦争なるものに参加し、九鼎を得るために死闘をすべくここに来た。そしてそれから十年たった今、再び開かれようとしている戦争に足を踏み入れようとしているのだ。

 

「でも本当にいいのエリー。もうあんたは九鼎に願いなんてないのに」

「願いはないけど、放置はできないもの。無軌道に無関係の人間を巻き込もうとする輩がいるなら」

「真面目だねぇ。まー私も新しくマスター探すのメンドクサイし、そっちの方が助かるんだけど」

 

 モリモリとリンゴを食べるセイバーに対し、エリーは深々とため息をついた。

 

「本当に不本意だけど、十年前に私を救ってくれたのはこのグウタラでダメ丸出しの下品皇帝なのよ。だからそいつが困っているっていうのなら、助けないと英国淑女がすたるじゃない」

「……英国淑女って何だっけ?っていうか英国はやってることかなり……ってアイタァ!!」

 

 いきなりガンドをぶつけられてセイバーは悶えたが、ぎりぎり対魔力でどうにかできる程度だったため大きな被害はない。エリーはむしろ恥ずかしかったらしく、少し顔を染めて咳払いをした。

 

「茶々をいれない!」

「あははは。私学者嫌いだけど、エリーのことは割と好きだよ。なんか仁義っていうか……自分の法則(ルール)で生きている感じは嫌いじゃない」

 

 へらへらと笑われて、エリーは黙りこくった。下品で自分勝手で無駄に偉そうなのに、あまり憎めないのは卑怯だと常々思っている。そう思ってしまうあたり、マスターである己もセイバーのスキルの影響を受けているような気がしてならない。

 

 

「だけど、セイバー。あなた十年間あいつを探していたけど、結局見つからなかったじゃない。いくら助けたいって言っても、その相手が見つからなきゃどうにもならないわよ」

「……九鼎、と聞けばあいつは間違いなく出てくるよ。願いをかなえたいんだから」

 

 何でも願いをかなえる万能の釜。その名は九鼎。夏王朝の始祖禹王が中国全土に命じて集めさせた青銅をもって鋳造したもの。サーヴァントの魂を以て願いを成就させる魔力の渦。願いがあるからこそ人もサーヴァントも戦いにはせ参じる。

 最早セイバーにもエリーにも、九鼎にかける願いはない。セイバーの願いは、九鼎によって叶えるものではない――だが、願いを叶えるためには九鼎というエサが必要なのだ。

 

「……そうでしょうけど、それでもあいつをどうにかできるかはわからないわよ」

 

 セイバーは基本、良くも悪くも人に執着しない。その彼女が助けたいというただ一人の人物。セイバーはがばりとソファから腰を上げた。

 

「あーもう、私別に自分の人生に不満ないし、後悔とかもないのに、現代とか面白そうだなで出てきちゃったばかりになぁ!なんてことだ!なんか腹立ってきたな九鼎壊そうかーーー!!皇帝の命令じゃーーーーーーー!!」

「それ悪くないわね」

「でもそうするとマジメに戦わないとだし、私ちょっと自分でもどうかと思うくらい弱いからなぁ。セイバーが最優なんでとんだデマだよ」

 

 彼女は決して無名の英霊ではない。むしろこの国において、彼女の名を知らぬ人間がいないだろう。自国においての召喚であり、知名度補正も申し分はないはず――それでも彼女は決して強いサーヴァントではない。

 なにしろ幸運と宝具以外のパラメータは全てEなのである。

 生前、彼女が戦闘における逃走を良しとしていたこと、彼女自身の武勇の逸話が聞かれないこと原因であろう。彼女自身、才能としては部下の方が圧倒的に優れていることを認めている。

 

 

「いきなりやる気なくしてるんじゃないの!農民から皇帝のチャイニーズドリームそのものの英雄が無理無理いってんじゃないわよ!!」

「現役だったらもっとかっこつけるけどさ~人が私に何見ようが無理な時は無理だよ」

 

 うだうだとヘタレを全開にするサーヴァントに対し、流石に業を煮やしたエリーはポケットに忍ばせていた宝石を取り出してセイバーに向けた。それを見て焦ったセイバーは両手を突きだして必死の形相で口を開いた。

 

「いやがんばるよ!?誤解しないでね!私だって願いを叶える気は満々なんだから!でも」

 

 かつて、乱世に生きた男たち全てが夢に描いたその姿。

 彼女自身は全く意識していなくとも、「ならば自分も」と思わせるような幻想(ユメ)の体現者。

 

「叶わないことは、絶対にある」

 

「皇帝はかくあるべし」と後世の手本となった「皇帝の鋳型」たるその英雄は、人には散々夢見させておきながら――自らは幻想(ユメ)を描かない。




続くかわかんないんで真名はわかりやすいスタイル。
セイバー顔で黒髪(だが下の挿絵は全く似ていない模様)。一人称「私」だけど、これは現界して十年をかけて口調も含め矯正された結果なので、戦闘時とか宝具開放時には口調と一人称が生前に近くなる(一人称は「儂」)。
見たい人だけどうぞ 使ってみたかった挿絵機能↓

【挿絵表示】


世界史上でも屈指の不思議皇帝現る。案外冷静で煽り耐性高い。「わが身が一番かわいい!!(必死」

身長:155CM 体重43KG
アライメント 中立・中庸


パラメータ
筋力:E 耐久:E 敏捷:E 魔力:E 幸運:A+ 宝具:EX

スキル(一部)
対魔力:E
 魔術に対する守り。
 無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

騎乗:C
 騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 野獣ランクの獣は乗りこなせない。

カリスマ :A+
 大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。
皇帝特権 :EX
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。
 ランクA以上ならば、肉体面での負荷(神性など)すら獲得できる。
 ただし彼女の場合、自分にスキルを獲得するのではなく自分以外の誰かにスキルを付与する。
魔力放出:A―(後述)

異様に低い呪われたパラメータは本人いわく「風評被害」。後年人々の思い描いた「セイバー像」に大きく影響を受けている。
戦前のセイバーは天下統一後の史書編纂において、最大のライバルを鏡にして「腕っぷしはないしメッチャできるわけでもないけど、人が助けたくなる感じで人徳があり民を大事にしたから、天下を取れた」方針でまとめることにしたからそのせい。
本人はパラメータの無残さに「ガチ無能が天下取れるかヴォケェ」と半ギレだが、もう半分は「当初のイメージ戦略割とうまくいってんじゃねーか、大義は我にありフゥハハーア!!」と自画自賛。ダメ人間。


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1月20日 THE DARK RULER

地獄があった。

見渡す限り延々と干からびた大地が続き、木には葉一枚ものこらず裸。

死体が転がっている。骨しか残らぬ小さな遺骸は、子供のものだった。飢えに耐えかねた両親が、他の家族と子供を交換して食った後だった。
死体が転がっている。疫病にかかり、医者に見せようにも金がなくただ弱っていき最後に死んだ女だった。
死体が転がっている。墓を建てたり葬式をしようにも、その金すらなく放置されているだけだった。

その地獄が、日常になった。待てど暮らせど、地獄を変える者はいなかった。


――ならば、己しかいないではないか。

彼は、世の理不尽を憎んだ。罪なき民が搾取され殺される世界を、天災や疫病、飢饉が起きても何もしない元朝を、ただ汚職と遊興にふけるだけの官吏を憎んだ。

――この世界は間違っている。だから、正しき秩序ある世界を立て直さねばならない。
――平穏で皆が穏やかに暮らせる世界を、作りたい。作らねばならない。

彼の抱いた理想は、高邁にして高潔、尊き理想だった。
ただ、誰もがそういう世界を望んでいたかと思えば違う。人それぞれで至上とすることは異なり、統一することはまず不可能だからだ。

ゆえに高き理想であっても、それは現実と折り合いをつけて妥協する。妥協というと聞こえは悪いかもしれないが、それは現実を徐々に変えていく道のりなのだ。


しかし妥協しない高き理想ならどうなるか。自分が現実に殺されるか(絞首台に送られるか)、でなければ―――

絶対の権力を以て、現実を殺すか。


 上海は眠らない。昼は交易等ビジネスやショッピングへ急ぐ人々で栄え、夜はクラブやショーが活況を呈す。そしてさらに深い闇の奥では、麻薬の取引や人攫いと不穏な者たちが常に蠢いている。

 

 その夜の中に1人、闇を衝く摩天楼の頂上に何の危うさもなく立つ男が一人。高所特有に風にはためいているのは、彼が身に纏っている黒い僧衣である。錫杖を片手に背筋を伸ばした偉丈夫であるが、頭を頭巾で覆っており顔はうかがえない。

 そもそもこのような場所に平然と一人で立つ人間がいるはずがない。そう、彼は今を生きる人間ではない。

 

 これより始まる、万能の釜たる九鼎を巡る死闘――再びの(・・・)九鼎戦争に参加するべく呼び出された英雄の魂の一人である。

 望みを抱く魔術師がその英雄の魂――英霊を召喚し、使い魔として使役して戦う。そして最後に残ったマスターとサーヴァント一組が九鼎を使う権利を得る。

 しかし世界を守護する力の一端となった英霊の魂というものは、そのまま魔術師に扱えるものではない。ゆえに、九鼎はそれを呼び出す為にある一つの手段をとっている。

 召喚の際にクラスという枠を定め、それに沿って英雄の魂を流し込むのだ。その枠に沿った力だけを発揮させる――つまりは英霊の力を多少削ぎ落として現界させる。

 いわば、英霊の劣化コピーなるものだ。

 

 そして、呼ばれるサーヴァントのクラスは七つが存在する。それぞれに関する逸話をもつ英霊が、それに合ったクラスで召喚されるのだ。

 

 剣士の英霊、セイバー。

 槍兵の英霊、ランサー。

 弓兵の英霊、アーチャー。

 騎兵の英霊、ライダー。

 魔術師の英霊、キャスター。

 暗殺者の英霊、アサシン。

 狂戦士の英霊、バーサーカー。

 

 

 しかし、男はどのクラスにも該当しない。

 そもそも、男はサーヴァントとして召喚される気など全くなかった。どうしてもかなえたい願いがあるのなら考えないでもないが、願いもなく魔術師などという輩の使い走りをするなど断固拒否する。

 

 話は変わるが、この上海租界の人口は多い。現代の世界に名だたる大都市、ロンドンやニューヨークにその数は及んでいないが、それに比されるほどの人口はあるのだ。その上前の二大都市に比べ、上海租界の土地は圧倒的に狭い。

 こと人口密度という点においては、前の二大都市をも抜き去って上海は世界一の人口過密地域となっているのだ。

 

 さて、サーヴァントはそれぞれ必殺の武器と呼ぶべき宝具を所持している。それは一度真名を開帳すれば、伝説通りの威力を発揮する奇跡の魔術礼装。

 

 そしてこの超人口過密地域である上海において、例えば城をも破壊する宝具が炸裂したらその被害たるや、想像を絶するものがある。さらにこの区域は、列強の国々がひしめき合い、青幇が夜を支配し、中国内部の軍閥重鎮をも訪れる各国利益闘争の最前線。

 ここで理由の説明できない大規模攻撃・大量破壊が起こった場合、魔術を知らぬ者たちは一体何をどのように解釈するだろうか。

 

 有体に言えば、魔術ではなく現代兵器によってこの地が更地となるやもしれないのだ。それだけならまだしも、さらに本格的な戦争が始まる可能性すら孕んでいる。

 

 そのような事態を避けるべく、九鼎は此度戦争に秩序を与える者を必要とした。

 そうして彼は九鼎に応じる。サーヴァントの中で唯一マスターを必要とせず、他サーヴァントを律するための令呪とスキルをも与えられた特殊なサーヴァント。

 

 その名は 裁定者(ルーラー)。戦争に秩序を与え、世界が崩壊する願いを抑止する為に現界した英霊である。

 

 

 上海は眠らない。夜は光るネオンがまばゆく、人びとさえも眠りを忘れているかのようだ。その喧騒から離れた摩天楼――ルーラーは冷たい夜風に乗せて届けるように、両手を広げて唱える。

 

(おお)いなる天帝の命を以て、ここに大明律を施行する」

 

 それはかつて中国全土を多い、そして現代においてこの上海を覆い尽くす皇帝の法。

 

「一つ。神秘を知らざる者に、神秘を明かすことなかれ」

 

 ルーラー自身は、神秘の秘匿云々に関心はない。これは、前述のように「理由の説明できない」事柄を些事であっても極力防ぐためのものである。無用な混乱を呼ばぬためには、神秘の秘匿を掲げたほうが魔術師共にも都合がいい。

 

「二つ。最後まで勝ち残った一組は、九鼎に触れる前に朕に謁見せよ。そして願いを述べ、朕の意に適う者のみに九鼎を賜うとする。何人たりとも朕の許しなく九鼎に触れることなかれ」

 

 これは、世界の崩壊を願う者に聖杯を渡すことを防ぐための処置である。その願いが我欲に基づくものでも、ルーラーは頓着しない。

 

 そして、彼は息を吸う。

 

「三つ。戦争に参加する魔術師とサーヴァントは、戦争に参加せざる者を殺すなかれ。傷つけるなかれ。苦しめることなかれ」

 

 最後の一文こそが、最も大切で最も守るべき法。魔術師はともかく、呼び出される英霊はこの中華に名を遺した英雄たちだ。ルーラーとて彼らが滅多な事をするはずがないと信じて――

 ルーラーはその思いを消す。信じる。何を、どのように。信じるのではない。全てを監視し、それゆえに事実のみを知るだけである。

 故に彼は、躊躇いもなく法を行う。

 

「この何れの法に背きし者は、例外なく凌遅三万刀、滅九族の刑に処す」

 

 光は空に。下界のネオンに気を取られる者たちは、決してこの光には気づかない。そして彼らは関係がないのだから、気付く必要さえもない。

 

「天網恢恢疎にして漏らさず。此れ大明の法は、罪には厳罰を以て報うのみ!」

 

 上海全域を覆う魔力の結界は、ルーラーのクラススキル「知覚能力」も合わさり全サーヴァントの居場所を常時把握する。未だ全てのサーヴァントは現界を果たしていないが、現界のその瞬間にルーラーは居場所を把握し、同時にサーヴァントには今の三条の法が叩き込まれる。

 そしてルーラーの敷いた法を犯す行為を感知した際には、自動的にルーラーの宝具が発動し刑を執行する。いかな並行世界、結界に逃げ込もうと必ず殺す。

 

「……ルーラーが呼ばれるのは、戦争が予期せぬ展開をする可能性があるからともいうが」

 

 一度の戦争において召喚されるサーヴァントは、一クラスにつき一人だけ。総数はルーラーを除き七騎。例えばアサシンが二騎いるが、その代わりにランサーが不在、という事態はありえない。前回の九鼎戦争にルーラーは不在であったが、サーヴァントは全七騎各クラス一名だった。

 

 しかし、此度は既にその正常からは外れ始めている。

 

「既にセイバーが二騎存在している」

 

 繰り返すが、一度の戦争で二騎のサーヴァントが呼ばれることはありえない。とすれば片方は、今回の戦争以外で召喚されたことになる。

 スキル「真名看破」により、既にその二騎の名は知れている。

 

 方や、卑賤の身から皇帝(おう)へと至った皇帝の鋳型。

 方や、皇帝(てんし)でありながら、人でありつづけ仁へと至る皇帝(おう)

 

 片方は前回の戦争に呼ばれたサーヴァントに相違ないと思えど、彼の本意は別にある。正直誰が呼ばれようと関係なく、如何なる異常が見られようと、ルーラーの方針に変更はない。ただ彼は彼の目的のために、その力を振るうだけ。

 九鼎は此度のサーヴァントの好きにすればよい。

 ルーラーはまさしくルーラーらしく、戦いに秩序を与える君臨者であるのみ。

 

 

 ――全き善は存在しない。

 しかし、どうしようもなく救いがたい、手の付けられない悪は存在する。

 

 

 だから、表の華々しい戦争の裏側で。

 

 

 ――アレを必ず粛清(ころ)さなければならない。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「お前は、このままだと殺される」

 

 それはわかる。このような事態はよく聞いていたし、自分の身に起きてもおかしくないとは思っていた。

 

「選べ。このまま殺されるか、それとも」

 

 その声は天の救いか、地獄からの手招きか。その判断はつかなかったけれど、どうせこのまま死ぬのなら、

 

「俺に体を明け渡して、生き残るか」

 

 その声に身をゆだねてもいいと、思った。

 

 

 

 上海租界には教会がいくつも存在する。最も多いのはフランス租界である。イギリスに対抗して協力せずに独自の租界を作ったフランスだったが、商売の面では完全に後れを取ってしまっていた。そこで方針を変え、フランス租界は文化を優先した土地づくりを始めたのだ。その一環でここ一帯には、教会がちらほらと見受けられる。

 

 ここ洋涇浜聖若瑟堂――ヨゼフ教会も、その中にある教会のひとつである。

 

 レンガと木でつくられた教会は、ゴシック様式のの鐘楼が目立ち、その鐘楼のてっぺんには十字架が高々と掲げられている。建てられたのは一八五〇年前後というから、既に八十年近くが経過している歴史ある建物だ。

 

 礼拝堂は高い蝙蝠天井の作りで、扉から真正面奥には祭壇があり、磔にされた神の子が描かれている。今日はミサ等のイベントもないため、堂はがらんとしていて寒々しい。並べられた長椅子に持たれ、こっくりこっくりと船をこぐ男が一人。彼はすぐにはっと顔を上げると、慌てて周囲を見渡した。

 

(……陛下!ごめんなさい!!)

 

 その声は声にならず、心の声にとどめさせられた。須臾の間許されていた権利はあっという間に剥奪されて奥底へと魂はおしこめられる。彼は、己の中にあるもう一つの魂であり、現在この体の支配者である男の様子をうかがう。予想通り、――顔が見えているわけではないが――彼の機嫌を損ねてしまったらしい。

 男は憮然とした口調で問う。

 

(……以前俺はお前に「一日のうちどれくらい、寝る時間が必要か」と聞いた。その時お前は「二刻(四時間)あれば十分」と答えたな)

(……はい)

(お前の身に憑依して一週間が経つが、日に日に行動の精度が下がり疲労の蓄積も早まっている)

(……)

(仲、再び問うが、何時間必要か)

 

 仲と呼ばれた男は、心の中でうつむいた。前にその問いを発せられたとき、男はできることなら睡眠などとらずに動きたいのだと察してしまった。しかし眠らなければ人間は死ぬし、仲の肉体は短い睡眠時間で人並みに動けるようにはできていない。

 多分これくらいなら大丈夫だろうと勝手に信じて二刻と伝えたのだが、数日はそれでよくとも連日の睡眠不足は様々なところに影響を及ぼす。その上、男の行動――彼曰く神秘の行使というものは運動以上に体を疲労させる。

 

(……できれば、三刻はお願いしたい、です)

 

 彼は大きくため息をついた。だが既に機嫌の悪さはきえていた――その代り呆れていたが。

 

(まだ本格的に戦争は始まらない。三刻と少しは眠る――察するにお前は悪意を以て偽ったわけではなかろうが、以降は俺に対し偽ることを許さぬ)

 

 一つの体に二つの魂。このような不可思議な状態になってから、既に一週間が経過している。この一週間の出来事はあまりにも奇天烈すぎて、仲自身飲み込み切れていない。

 

 

 

 仲は今年十六歳になる。もともと安徽省――上海は江蘇省と南北に接しているが、その江蘇省の西に隣接する――の東端に位置する宣城市に暮らしていた。裕福な中国人家族の下働きをしていたのだが、ある日村落が土匪に襲われた。そして仲を含む何十人もが連れ去られたのだ。

 

 土匪とは、地方に巣食う群盗で、無頼の民や職にあぶれた農民が身を投じたものである。ことに安徽省はこの土匪の被害がひどい地域で、以前から賊の噂は絶えることがなかった。彼らは群れを成して裕福な村落を襲い略奪・強姦・放火・殺戮を行うこともままあるが、最も安全で利益をもたらすのが誘拐であった。

 裕福な家の子供や主人――儒教においては子よりも親が優先される――を攫い、身代金を求める。人質は「肉票(ロウピャオ)」、いずれ金になる人形の金券と呼ばれるが、金になるがゆえに概ね優遇はされる。だがそれはあくまで金になれば、の話で、仲のようなただの下働きが金になるはずもない。

 そもそも何十人も一気に誘拐するのは、たくさん攫っておけば何人かは肉票たるだろうという下手な鉄砲数撃てば当たる方式の為だ。食料も有限、抵抗されるのも面倒、結局攫ったものの金にならない者は殺すことになる。

 

 

 土匪のアジトは山に築かれることが多い。銃火器を所持している賊に対し完全に素手丸腰、他の人質未満と見做された者たちと、死を待つしかなかったその時。仲はその声を聞いたのだ。

 

 ――ここで殺されるか、自由を奪われても生きるか。

 

 生家は貧しく、売りに出されて今の下働きとなっている。実の両親とほかの兄弟は、これまた土匪による略奪の惨禍に会い全員死んだと聞いている。姉がいたが、彼女も仲と同時期に別の家に売りに出された。

 

 自分は今まで死ななかったから、生きていた。生きたいと思うのは人間としての本能。この先によいことなどなくても。

 

 だから、「生きたい」という至極簡単な理由で、仲は自分でも気づかないうちに頷いていた。

 

 

 

「――――ここに契約は成立したッ!」

 

 瞬間、仲の意識は体の主権を喪失して奥底に押しやられた。仮にこの意識を魂とするのならば、己のモノより遥かに巨大な魂が無理やり押し入ってきたようなものだ。一つの体には一つの魂――二つが在れたとしても、片方の魂は体の主導権を失う。

 それでも仲にも外界の様子は把握できた。粗末な服を着ていた筈の自分の体は、いつの間にか黒い質素な、しかし素材は上等な僧衣を纏っていた。頭には頭巾をかぶり、手には金の錫杖。

 

「――戦争に関係のない者を殺す気はなかったが、降りかかる火の粉は(みなごろ)す」

 

 

 そこからの展開は圧巻の一言であった。仲、否仲の肉体を得た知らぬ男は、銃火器や鈍器、刃物の武装をした土匪たちを一人残らず(みなごろし)にしたのである。武器は手にした錫杖ただ一つだけ、防具の類は身に着けていない。それにもかかわらず、男が操る体は走る刃をかいくぐり、降り注ぐ銃弾を一つもその身に受けず無傷のまま、錫杖を槍の如くに操り数百人を突き殺した。

 ついでに仲と共に攫われた村落の人間を解放し、各々を元の村に帰らせた。勿論仲の顔見知りもいたのだが、普段と全く違う服装に血塗れとあっては彼と気づく者がいなかった。むしろ行動も唐突過ぎて敵か味方かもわからぬと思われ、蜘蛛の子を散らすように人気はなくなり、土匪のアジトには一人と、二つの魂だけが残った。

 

 アジトは妙に湿って暑く、そして臭かった。死にたてほやほやの死体と、それにまき散らされた血潮と糞尿のためだった。血塗れの僧衣はいつの間にか消え、仲がきていた粗末は中国服の上下に戻っていた。

 仲は――男は何かを探して人っ子一人いなくなったアジトを歩き、そして地下へと続く階段を見つけた。そこで見つけたのは、食糧庫と金庫であった。

 

「とんだところに召喚されたと思ったが、これはこれで悪くない。寧ろ野原で憑依していたら上海まで、また乞食でもしながら進まねばならないところだった」

 

 錫杖を使い、頑丈な南京錠で閉じられた倉庫を力ずくで破壊する。食料庫から日持ちしそうな干物などを回収し、金庫からは札や小銭、金まであったために持ち運べる限り風呂敷に詰めた。アジトを出ると、仲はここで初めて、体を奪われてから話しかけられた。

 

「おい、現代には鉄道とやらがあるのだろう。駅はどこだ」

 

 

 

 

 仲は鉄道に乗ったことがなかったため、駅を見つけるのも一苦労だったのだが、何はともあれ鉄道に乗り込み上海へと向かうことになった。車窓から流れゆく景色を眺めながら、ごみごみした等級の低い客車においてやっと仲はこの男が何者かを知った。

 

 正確に言えば、結局仲にはよくわからなかったのだが。男に名前を言われても、はあそうですかとしか答えられない。その時点でも信じられんと半ば怒られていたのだが、かつて皇帝だったから陛下と呼べと言われてもやっぱり仲にとっては、はあそうですか、でしかなかった。

 幾ら学がないとはいえ、皇帝というものは知っている。今の中華民国となる前、清の国はその皇帝が治めていたらしい。だからとても偉い人だということは知っているが、もう皇帝はいない。そして仮にいたとしても、仲の感想は変わらない。

 ただその感想を言いにくかったのは、命を救ってくれたこの男が「皇帝」であったことに誇りと自信を持っているように思えたからだ。

 だが、強く「申せ」と言われたから、仲は正直に答えた。

 

 

「だって、その「皇帝」って、僕たちに何をしたんですか?」

 

 

 姿かたちは見えなくとも、この男がどんな性格なのかは仲にはなんとなくわかっていた。一つの体の中で隣り合って魂――意識が存在している。そんじょそこらの人間よりも、よっぽど近くに感じるのだ。

 

 気が強くて、負けず嫌いで、一人正しいと信じているのに否定されることが大嫌い。

 たとえ一人きりになっても、何を言われようとも幻想(ユメ)を叶える――とてもとても強い人。

 

 だからこういえば、怒るのだろうと仲は思った。しかし予想に反して、男は逆に黙ってしまった。怒っているのとも違う、何か。

 

(……あの、陛下様?)

(……様はいらん。ふむ、しかしお前もかわいそうな奴だ。この俺の治世に生まれていれば俺の尊さもわかり安寧に暮らせたろうに。生まれるのが遅すぎたな)

 

 不安になって声をかけると、すっかり男は元の様子に戻ってなぜか仲は安堵した。しかし少々話がそれてしまっていたのを、男の方が修正した。男が何者かはわかったが、結局彼が何のためにこんな奇妙な状態になりながら上海に向かっているのか、仲は知らないのだ。

 

 そして更なる未知なる世界への話――魔術師、英霊、全ての願いを叶える九鼎――など、到底仲に飲み込みきれるものではなかったのである。あらゆる荒唐無稽・奇妙奇天烈・奇想天外を詰め込んだ話で、まともな神経をしているなら到底信じられるものではない。男は九鼎戦争という英雄たちの戦いにおいて、戦いに秩序を与えるべく仲の体を借りて危険極まりないその戦いの裁定をするという。それさえ終われば、彼は仲の体から出ていく――正確に言えば消えざるを得ない――という。

 

 モノを知らない仲も半信半疑であったのだが、それでも「そういうこともあるのかもしれないな」と思った。

 

 

 この「陛下」がどんな人かはよくわからない。この体を使って、あっという間に情け無用で土匪数百人を殺した。だからもしかしたら、よい人ではないのかもしれない。

 

 

 それでも。死が目前に迫っていたあの時に、助けてくれたのはこの「陛下」で。

 

「お前が戦争で死ぬことはありえない。今やお前の全ては俺の物。そして俺は俺の物は自分で守るからだ」

 

 身売りされ、下働き先でも粗雑に扱われ。それでもどこかにいるだろう姉を信じて、自分を売っても儚く死んだ親に比べれば、生きているだけでもよかった。

 

 

「皇帝は、発した言葉をなかったことにできぬし、しないものだ」

 

 だから、仲は生きるためにこの「陛下」に身をゆだねると決めたのだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 何故死んだにもかかわらず食事が必要なのだろうか。霊体であるため、通常のサーヴァントは睡眠・食事共に不要であるが、ルーラーは違う。

 まず前提として、霊体がこの現世に残るためには憑代が必要とされる。通常のサーヴァントにとっての憑代は、召喚者であるマスターだ。しかしルーラーはマスター不在のサーヴァントである――それでも霊体には変わりなく、憑代も必要とされる。

 

 憑依顕現。マスターなきサーヴァントであるルーラーを現界せしめているのは、この特殊な方法による。これは現代を生きる人間の一人に憑依――体を借りて行動をする方式である。本来の体の人格も決して抹消されているわけではないが、憑依している間の主導権はルーラーに存在する。

 

 憑依先が学も富もない十六歳の少年だったことは、ルーラーにとって幸いなのか不幸なのか判じかねる。だがいけ好かない魔術師や商人に憑依するよりは、はるかに快適な憑依生活であることに間違いはない。

 憑依先に現在問題はない。しかしルーラーを困らせていることがある。

 

「――腹が減った」

 

 路銀を使い鉄道で上海にたどり着き、知識通りに教会を訪ねた。戦争の開催を知っている教会の神父や修道女はルーラーを快く受け入れた。

 

 九鼎は中国伝来の器。その戦争で何故神の子を崇める教会が一枚噛んでいるのか。それはこの九鼎戦争の原型は、東の島国である日本で企てられた聖杯戦争の仕組みをごっそり換骨奪胎したものである。九鼎となってしまった聖杯は最早聖杯でもなんでもないのだが、それでも願いを叶えサーヴァントを呼ぶ奇跡の釜に変わりはない。

 よって、極めて関心が薄くとも、教会は神秘の漏えいを防ぐという名目で仮初の監督役を置いているのだ。しかし前述のように興味が薄いため、監督役はおよそルーラーの兼任となっている。

 

 話を戻すが、そういうわけでルーラーは教会にて食事や寝所も供されており、その質もなかなかのものだった。

 ただ、いくら食べても腹がへり、いくら寝ても眠いのが問題だった。おかげで常に背負った風呂敷に饅頭やパンを詰めているありさまだ。先程仲に向かって睡眠時間を偽ったことを叱ったが、おそらく仲とて予想以上の疲労に驚いている。

 

(……昨夜の大明律のせいか、今日は酷い。錦衣衛も何体出せるかわからんな)

 

 まだ戦争が本格的に始まるまでには猶予がある。今は体を休め、効率の良いこの体の使い方を考えなければならない。

 何と不便な人間の体だと、かつて自分も地に足をつけて生きた人間であったことを棚に上げて、ルーラーは毒づいた。

 

 

 




ルーラー顕現したのがもしなんもない野原とかだったら、apoルーラーよろしく木の根をかじるか「乞食坊主からのスタートだぁ!ヒャッハー」状態で、出会った人間片っ端から宝具ぶつけかねないくらいに機嫌最悪恐怖の上海道中になるところだったので、本当に匪賊のアジト顕現でよかったですね!


ルーラー「本来は凌遅三千刀だが、相手は中華に名だたる英霊たちだから敬意を払ってゼロ1コサービスしておいた。ありがたくうけとれ」
セイバー「サービスの意味知ってる!?」
ルーラー「特に俺はお前をマジリスペクトしてるから三万刀か草人形か選ばせてもいいぞ」
セイバー「ねえ君本当に狂ってないの??そして何で私にぶっぱする前提!?もうやだこいつ怖い」

※凌遅三千刀……凌遅刑は生きた人間の肉を少しずつ切り落とし、長時間にわたって激しい苦痛を与えたうえで死に至らす刑。かつ三千刀とは三千回切り刻んで殺すこと。
ぶっちゃけ三千回に達する前に死ぬ。四百くらいらしい。ちなみに一日で行われるのではなく、二日三日かけて行われる。一日分が終わって生きてたから牢に戻され、そのまま夕食を食べて次の日の続きで死んだ者もいるとか。
滅九族は九族皆殺し。ググって!

※草人形……全身の皮を剥いでその皮に草を詰めて人形にする。ググって!

ルーラーの選定条件って『現世に何の望みもない事』『特定の勢力に加担しない事』諸々のため、聖人が呼ばれやすいそうな。まあこいつも三分の一聖賢だからな(震え

身長:172cm/体重:60kg(※仲の体)
属性:秩序・狂

クラススキル

真名看破:A 
サーヴァントの真名を知ることができる。
知覚能力:A+
十キロ四方に及ぶサーヴァントに対し知覚が可能になる。この知覚能力はサーヴァントの生存・消滅を確認するためのもので霊基盤を上回るほどの精度があるが、『気配遮断』を持つアサシンの場合、存在することは分かっても具体的な座標をを掴むことはできない。
天帝決裁:A
命令やペナルティを執行するため、召喚された聖杯戦争に参加する全サーヴァントに使用可能で、絶対命令を下せる特殊な令呪を各サーヴァントごとに二画保有する。(要するに神命決裁中華版)

固有スキル
皇帝特権:EX
自分がスキルを得るのではなく、敵サーヴァントの如何なるスキルも一時的に消失させる。Aランク以上であれば神性など肉体面のスキルも消失させる。
中国史上最強の皇帝専制政治の実行者であり、朝野の人材を殺し尽くした史実による。

混沌の魂:A
後世の歴史家に「聖賢・豪傑・盗賊を兼ねたり」と評される複雑な魂によるスキル。これにより狂化しても正常な思考能力を保つことができる。また、同ランクまでの精神汚染を完全に防ぐ。

高速思考:B
 物事の筋道を順序立てて追う思考の速度。
 一日で約六百件の案件を皇帝として処理しうる思考速度を持つ。

カリスマ:A-
 大軍団を指揮する天性の才能。
 恐怖による支配なので能力・統率力こそ上がるものの、兵の士気は減少する。

適合クラス:バーサーカー

そういや1930年代はルーラーの後輩というか青は藍より出でて藍より青しみたいな、けざわひがしという方が生きておりましてね。


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1月20日 至仁の皇帝

理想が、あった。

それは、あまりにも庶民的な理想ではあった。
だが青年にとってそれが叶えば、人生は事足りるほどの理想だった。

そして、青年はその理想を遂げる。ただし、彼の想像をはるかに超える形で。


 ――上海に住まう人々は噂する。

 

 ――イギリス租界には、とある買弁――欧米列強の貿易を支援した中国人商人――の屋敷があり。

 

 ――その豪勢な屋敷の地下深くには、始皇帝陵もかくやといわんばかりの兵馬俑の如き――

 

 

 

 死体の軍団があるのだと。

 

 

 

 

 

 *

 

 

「――ッ、は、――!」

 

 少女が闇の中をひた走っている。年のころは十代後半、長い黒髪を左右で団子にしており、白い旗袍をはためかせている。少釣り目で気が強そうではあるが、顔立ちが整った少女だった。

 ここは上海の南市。有名である地域は豫園、大本は明代に作られた庭園であり、今は中華風の高層建造物が立ち並ぶ風雅な区域だ。少女は疾うにそのエリアを通過し、貧しい中国人が暮らす民家ひしめき合う区域を疾走している。馬桶(おまる)を蹴り飛ばすことも構わず、とにかく全速力で疾走する。

 

 このように騒がしく走っているにもかかわらず、民家からは誰一人として姿を現さない。人払いの魔術がいつのまにか一帯にかけられている。それは少女としても有難いのだが、術者は誰なのか。今自分を追いかけているサーヴァントの主ではありえない。

 

 

「――ッ!!」

 

 彼女の顔のすぐそばを風が斬る。彼女の頬を掠めそのまま前方へと飛んでいき、どこかしらに突き刺さる音がした。

 

 彼女は今まさに身体強化の術を以て――アサシンのサーヴァントから逃走しているのだ。

 否、逃走しているのではなく、逃走させられていると言った方が正しい。魔術師という人間相手に、マスター殺しに特化したサーヴァントがそれを殺せぬはずはない。にもかかわらず彼女の首が今もつながっているということは、あちらが本気で殺しにかかっていないことを意味する。

 

「―――ひひひひひ、モット、モットニゲロ――!!」

 

 蟲が蠢くように耳障りな声が、念話でもないのに直接頭に響いているような錯覚を起こす。冷や汗を流しながら、少女は歯を食いしばる。彼女は今、迷っていた。

 

 少女――名を楊潤華(よう じゅんか)。彼女の左手の甲には、まだはっきりとした形を取らないものの赤い痣が浮かびかけている――令呪の兆しである。

 

 九鼎戦争。どんな願いをも叶えるという万能の釜たる鼎を巡り、七人の魔術師と七騎のサーヴァントが殺し合う戦争。手の甲の痣は、彼女がその魔術師の一人となる資格を得ていることを意味する。

 つまり、彼女は今襲い掛かってきているアサシンのサーヴァントに対抗するサーヴァントを召喚することができるのだ。そのうえこの召喚自体は九鼎が行うため、魔術師――マスターは大仰な儀式をする必要もない。魔法陣さえなくともできる可能性もある。

 

 

 ならばなぜ、潤華はこの状況において召喚を行わないのか。

 それは、彼女がすでに自分の屋敷に第一級の触媒を得ているからである。それを使って召喚を行えば、間違いなく超一流の英雄を召喚できる。

 しかし今、触媒なしで召喚を行えば呼び出される英雄は完全にランダム。酷い言い方をすれば、どこの馬の骨ともわからぬ戦いに不向きなサーヴァントが召喚される可能性もある。

 

 ゆえに彼女は迷っていた。屋敷にて正式な召喚を行うために、本気にならないアサシンをやりすごす方法はないものか、と。

 

 ――ダメそうね。礼装があっても――サーヴァントに通用したかはわからない。

 

 基本的に冷静な彼女の頭は、この非常時にもその冷静さを失わなかった。屋敷に戻ろうにも、今イギリス租界の方向とは全く逆に走らされている状態で、戻れる見込みは薄い。アサシンのマスターが何を思っているのかはわからないが、アサシンは自分を生かす気などない。弄ばれた末に殺されるビジョンしかない。

 

「……う、ぐぅっ!!」

 

 鋭い刃が、潤華の右太ももに突き刺さる。彼女は思わず受け身も取れぬまま、冷たい地面の上に転がった。走る激痛に歯を食いしばるが、呻きが漏れる。決して強化の魔術は緩んでいない、ことはつまり。

 

「ああ、佳い声だ」

 

 刃を抜かぬまま、潤華は上を見上げた。アサシンのサーヴァントは、潤華を見下ろしている。その姿はぼんやりとした霧に覆われていて、姿かたちがうかがえない。それでももし顔が見えたのならば、喜悦に歪んでいるのだろうとたやすく予想できた。

 

 じりじりと這いずりながらアサシンから距離を取る潤華は意を決した。いくら立派な触媒を持っていようと、ここで殺されては意味がない。

 

 自分には、絶対に成し遂げなければならぬことがある―――!!

 

 

 あらゆる詠唱を破棄し、魔法陣もなく、女の魔術師はただ簡潔に詠唱を紡ぐ。本来呪文とは己に働きかけるものであり、意味が通じればそれで成る。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 

 ただ一つの目的の為に、今ひとたび少女は自分の力を信じてこの世ならざる場所に接続する。紫色の輝きが周囲に散る。

 そうして言葉に答えたのはどこの馬の骨か――少女とアサシンの間に眩い光が満ち溢れ、黒く閉ざされた世界を白く染め上げる。

 

「!?」

 

 驚愕はアサシンと潤華も同時。アサシンは様子から喜悦を消しさり、彼女から距離を取った。すさまじい魔力風が吹き荒れ、潤華は思わず目を閉じた。だが、成功かは不明なまでも人ならざる強大な魔力の塊が現前していることはたやすく理解できた。

 

 光と風が終息した時、月明かりを背後にそこに立っていたのは――一人の青年だった。

 

 赤を基調とした甲冑に、具足を纏った二十代半ばに見える青年。鎧と同じく柄が赤い、一メートル程度の刀身の剣が腰につられている。

 背は高くなく、筋骨隆々とした偉丈夫ではない。膨大な魔力を秘めている以外は、体格や人相は何処にでもいそうな、英霊というにはあまりにも普通な青年だった。

 その上名乗る言葉も、あまりにも気が抜けていた。

 

「――召喚に応じ参上しました。どうも、セイバーです」

 

 現代から見れば時代錯誤そのものの衣裳を纏った青年は、なんの神秘も驚きもなく、道でも尋ねるかのようにあっさりと問いを口にした。

 

 

「あなたが僕のマスターですか?」

 

 

 一瞬ぽかんと呆けてしまった潤華だったが、そのような場合ではないことをすぐさま思い出して闇へと向かって指差した。

 

 

「え、ええそうよ!だからあいつをやっちゃいなさい!」

「はい?……!!」

 

 呑気な空気を醸していた青年ことセイバーは、にわかにその雰囲気を変えて赤い剣を強く握りしめて引き抜いた。そして目にも止まらぬ速さで身をひるがえすと、闇に溶けたアサシンへと刃を向けた。

 

 愉悦の気色を押し隠したアサシンの技、潤華を襲った飛剣――しかし彼女を襲った時より遥かに鋭さと速度を増したそれが十本、道の奥から飛び出してくる。潤華の前に立ちはだかったセイバーは、それを全て見切って己が剣で叩き落とした。甲高い音と火花が飛び散り、光が走る。

 

「……感じとしてはアサシンのサーヴァントですか。闇に隠れては恐ろしい敵ですが、一度戦いの姿勢を明らかにした以上、そう怖くはありません」

 

 そう笑って潤華に話しかけると、セイバーは一足に地を蹴った。潤華には闇にまぎれて見えぬアサシンも、セイバーにはっきりと形がわかっているようだ。

 

「……!」

 

 赤黒いアサシンの剣と、セイバーの炎の剣が交わされる。その剣は赤く燃え輝きながら、炎の尾を引いてアサシンを襲う。全く並みの体躯から繰り出されるとは思えないほどの重い斬撃が、アサシンの剣を容易く弾き迫る。その動きは荒れ狂う暴力というよりは、的確に隙をついていくものだ。

 

 このまま戦い続ければ、セイバーがアサシンを殺すことは明白。

 

 金属同士が打ち合う高い音が響いている。上段から叩きつけられたセイバーの剣は、その威力だけでアサシンの剣を地面に落とさせた。そして間髪入れず赤い剣の切っ先がアサシンの首に突き立てられようとしたその時、二つの声がとどろいた。

 

「降参する気はありませんか?」

「……サーヴァントに用はない!!」

 

「降参をしないか」――その暇を与えた瞬間に、アサシンは突き付けられた剣からその俊敏さで逃れた。そして、あっという間に闇にまぎれて消えた。

 残ったのは剣を首に突き付けていた格好のセイバーと、そのマスターである潤華だけである。

 

 南市の、貧しい中国人たちが暮らす区域でありながらこの騒ぎに誰一人起きてこない。その静寂の中、彼女は足を串刺しにされた痛みも忘れて己がサーヴァントを凝視していた。当のセイバーはため息をつきながら、てくてくと潤華の元へと戻ってきた。

 

 

「振られちゃいました」

 

 やはり、どう見てもその様子は普通。英霊であることはわかるが、もしただの一般人が彼を見たら本当に一般人だと思うだろう。召喚できたことは幸いだが、おそらく大した知名度もない英雄か、と少々落胆していたのもつかの間――今や潤華は目を怒らせてセイバーを見ていた。

 

「……あんた、さっきアサシンに向かってなんて言ったの?」

 

 しかし潤華の心境を知ってか知らずか、セイバーは全く違うことを言い出した。

 

「あ!マスター、怪我してるじゃないですか!」

「そんなことはいい!それよりあんたさっき「怪我の方が大変です!」

 

 

 セイバーの妙な剣幕に押され、潤華は一度怒りを押しとどめた。それに剣が腿に突き刺さったままなのも、我慢はできるが痛いことには変わりない。

 突き刺さった剣を引き抜き、途端溢れ出した血を、セイバーが潤華の旗袍の袖を破いて止血した。それでも場所が場所だけになかなか止まらず、急ぎ屋敷へと向かうこととなた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 南市には人払いがかけられていたようだが、共同租界は違った。ちらほらと行きかう人々がいる。しかしそれゆえに実体化して時代錯誤な鎧を身に着け、女を背負っているセイバーは目立った。それでも騒ぎにならないのは、ここがありとあらゆる人種と階層の人間が入り乱れる混沌の街ゆえだろう。

 

 イギリスとアメリカの共同統治する租界に、潤華の屋敷はある。銀行などの重厚なビジネス建築が連なる場所からは少し離れ、低い建物が増える書店・文具の問屋が軒を連ねる場所にある。

 構えはイギリスと中国の様式を折衷した館である。九百平米の敷地に広く庭までつけた、買弁の屋敷だ。現在の主人は潤華であり、使用人も帰らせているためにセイバーを誰かから隠す必要もない。

 

 明かりをつければ、それなりに年代の入ったテーブルなどの家具が迎える、しかし誰もいない屋敷。外は暗闇に包まれているが、租界の屋敷は電気が当然の如く通っており、夜でも明るい。

 

 怪我の手当てを優先して譲らないセイバーのため、リビングに設置した四人掛けのソファにて手当てをさせた。潤華としてはこのサーヴァントに聞き、問いただしたいことが山のようにあったため、正直怪我はどうでもよくなっていた。

 

 太ももに包帯を巻き、しばらく動いちゃだめですよとまるで母親のように言う青年に対し、潤華は厳しい目を向けていた。

 

「……あなた、セイバー?」

「はい、そうですよ」

 

 大して有名でもない英霊を召喚してしまったことはこのさい仕方がない。むしろあの急場でセイバーという最優の札を引けたことは幸運というべきだ。

 

「さっき、あんたアサシンを追い詰めてたわね。結局令呪で逃げられたけど、あのときなんて言ったのかしら」

 

 何を思われていることを知ってか知らずか、青年はあっさりと答えた。

 

「降参しませんかって言いましたよ?」

「あんた、何言ってるの!?」

 

 もし壁が近くにあれば、彼女が壁を殴る音が轟いたろう。だがソファという場所柄、響いたのは潤華の怒声だけだった。

 

「召喚に応じたんだから、知らないとは言わせないわ。この戦争において勝者は一人と一騎だけ。他は全部殺さなくちゃ――少なくとも、サーヴァントは殺さなくちゃいけないの」

「知っていますよ」

「じゃあ、「降参しろ」っていうのはどういうことなわけ?マスターに向かって剣を突き付けて「サーヴァントを自害させ、残る令呪も放棄しろ」っていうならまだわかるわ。だけどサーヴァントに向かってそんなことしたって無意味。むしろあっちだって叶えたい願いがあるから召喚されているんだから、聞くわけないじゃない。何がしたいワケ?」

 

 そう、あのセイバーの言葉はまるで「できれば殺したくなんかない」と、潤華には聞こえていた。潤華とて人殺しをしたいわけではない。だがこの戦争において、マスターならともかく「サーヴァントが望みも諦め、降参する」という図は絵空事にも等しい。むしろ殺せる時に速やかに殺さねば、逆にこちらの窮地を招くのだ。

 

「そもそも、あんた何を望んで召喚に応じたの!?」

「僕ですか?まず現代の世界を見てみたいなぁって思ったのが一つですけど、もうひとつは」

 

 昔からお忍びとか好きだったんですよねぇと、まこと能天気に語るセイバーに怒りを禁じえない潤華であった。語気荒くその続きを迫る。

 

「もうひとつは!?」

「七人のマスターと七騎もサーヴァントが殺しあうって、危ないじゃないですか。できるだけ殺しあわないで終われないかなぁと思って」

 

 

 怪我をして血が足りないせいだと信じたい、この眩暈。あまりに斜め上の回答を得て、潤華は言い返す気力もなくそのままばたりとソファに沈み込んだ。そんな甘いことで旨く行くわけがない、何が何でも殺してもらわなければならない――どう言い聞かせればいいものか。

 大きなため息をつきながら、かつどれだけ平和な世の坊ちゃんなんだと思いながらも、潤華は未だ尋ねていなかった大事な質問を口にした。

 

「……聞き忘れてたけど、アンタの真名って何?」

「すみません!名乗っていませんでしたね。僕の真名は」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 この世にたった一人の天子となること――皇帝になるは、人間を辞めるということ。

 しかしそれは人間であるがゆえに、人間を止めざるを得なくなることである。

 

 ただの人が、己の一声で大勢が死ぬ重圧に耐えきれるか。

 ただの人が、己の一声で全てが灰燼に帰す事実に耐えきれるか。

 己以外の全てに、お前の失策が招いた悲劇とののしられ続ける事実に耐えきれるか。

 

 そう、耐えきれるはずがない。

 そんなことをまともに受け続けていれば、人間の心は崩壊してしまう。

 

 ゆえに皇帝は人を辞める。己は他とは違う、至高にして無上の隔絶した存在となることで、その重圧に耐えようとする。人より格上の存在である自分が成したことは間違いではない、たとえ大勢が死のうと仕方のないことだと思える。

 

 

 逆説的な話ではあるが、皇帝たる者は、人間の心を護るために――人間で居続ける為に、人間を辞めるのだ。

 

 その行いを誰が非難できようか。必死で己の心を護りながら、万民の為に政治に、現実と戦い続ける天子を非難できようはずはないのだ。

 

 

 しかし、一人の青年は思った。「それはいやだなぁ」

 

 

 元来聡明な性質である青年は、皇帝になるとはそういうことだとわかっていた。皇帝にならずとも人の上に立つ立場となり、率いる軍が多くなればなるほど、それは如実に感じられていたからだ。

 

 彼は、乱世の人間には当然のようにあらゆる人の姿を見てきた。飢えゆえに人が人を食らう悲惨を、権力を求めて殺し合う人を、裏切りとその報復の凄まじさを。乱世とはこの世の地獄であり、戦場に救いはなく、人を畜生に落とすもの。

 

 それを見て――それでも彼は、人は尊きものだと信じていた。

 たとえ乱世ではなくとも、人はそれぞれ己の目的のために生きており、その為に人を蹴り落とすことも日常茶飯事である。多くに裏切られ、多くが死に絶え、なんてひどい世界だと思ったこともある。

 しかし世界はうまくできているというのか、最高の飴と鞭の使い手とでもいうのか――その酷い世界にこそ、人間の尊さを見つけてしまうのだ。

 

 結局。

 この青年はどこまでもお人よしであり、人間が大好きな一般人でしかなかったのだ。

 

 

 人が好きだ。人は、人であることこそが尊い。だから皇帝なんかになりたくない。

 彼は本気でそう思っていたのだが、それを押して皇帝となった理由は二つある。

 

 一つは今まで彼について戦ってきた仲間や部下は、青年が皇帝となることで地位や富を手に入れることを願っていたことだ。まだ中華は乱れているが、とにかく帝位につけば好きにそれらを部下に与えることができる。

 美しい志だけでは誰も生きてはいけない。つまり青年がここで「皇帝に絶対ならない」ということは、仲間の離散を招き今まで積み上げてきたものを崩壊させることも意味していた。物惜しみをしない青年も、流石にそれはためらわれた。

 

 

 そして二つは、とんでもないことに、彼はこう思ったことによる。

 

「よくよく考えれば、皇帝になってすることって別に今までと大差ないよね?」

 

 挙兵する前は、先祖の劉邦にかぶれて遊侠で家財を傾けた兄の為にせっせと家で農業に励んでいた。周囲の畑も見てくれと言われたら喜んで見に行く。税金に困った叔父の代わりに減免交渉を行ったり、兄の付き合いで知り合った遊侠の徒をかくまったり逃がしたり。そもそも挙兵自体、その兄に引きずられて「ええいままよ」になってしまったがため。

 

 要するにずっと「人のしりぬぐい」――よく言えば「世話を焼いて」生きてきたようなものである。

 

 

 そして仮に皇帝となり他の勢力を下した際にしなければならないことは、続いた戦乱により荒れ果てた国土の復興になる。思想も何もなく自分の命を守るためだけに立ち上がった農民と、覇を競い争った各地の勢力が暴れて荒廃した土地の後始末である。

 

 

 だから、彼は「天下を取ろう」と思ったことは一度もない。

 彼が皇帝となったのは、ただただ人間の出来うる限りの最大規模で「人の世話を焼く」――即ち「天下の世話を焼く」ためだったのだ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

「……頭が痛いわ」

「やっぱり血が足りてないんじゃないですか?水、持ってきます」

「ああ……うん……」

 

 

 喜ぶべきか、悲しむべきか。いやおそらく喜ぶべきではあるのだろうが、潤華は予想外の混乱の中にあった。

 急場の召喚ゆえに、知名度のない英雄が呼ばれたのだろうと思っていた。だが召喚したセイバーの真名は、確かに多少マイナーかもしれないが、間違いなく大英雄のそれであった。そして真名を鑑みれば、先ほどの究極に平和ボケした答えも納得がいく。

 

(……いや、本当に心からそれを望んでいるんだろうけど)

 

 すうと思考が落ち着いてくる。真名を知ることにより、色々納得がいったこともある。本気で「戦っても殺す気はないのか」と先程まで危惧していたが、おそらくそれはないと潤華は結論づけた。

 

 斃すべき敵にも辛抱強く降伏を勧め続け、統一後も功臣粛清をせず、内政に力を注いだ――中華史上指折りの名君とされる、至仁の皇帝。

 しかし、並み居る群雄を下し国を統一したということは、相手が降伏しなかった場合、戦闘し殺していることを意味する。さらに彼が軍を指揮しただけでなく、皇帝となってからも自ら剣をとり先陣を切って敵を切り捨てている記録もある。

 

 乱世や戦争を知らぬからあの血迷ったことを言っているのではない。知っておいてなお、誰一人死なない方がいいと本気で思っている。そして、それが絶対に成就しない願いであることも、知っている。

 

 絶対に叶わないと知りながら、それでも本気で願っている。

 

 要するに「セイバーはいざとなればきっちり殺す」サーヴァントである――潤華はそう理解し、平静を取り戻した。少々優しすぎる嫌いはあるものの、むしろセイバーを召喚したことは大成功に近い。彼自身、武勇伝には事欠かない英雄なのだ。

 

 

「……よし。とにかく明日は上海を案内するわよ。九鼎から得られた知識はあるでしょうけど、実際に目で見て確認しないとね」

「あの、マスター。僕も聞きたいことが三つあるんですけど」

 

 セイバーから水の入ったコップを受け取ると、潤華は寝転がった状態から座った姿勢に移って、土や血で汚れた服をつまんだ。

 

 

「何?」

「……この屋敷、なんか死体のにおいがするんですけど、何ですか?」

 

 

 緩んだ空気が瞬時に引き締まる。何気なく空いた隣に座ったセイバーの様子は、先ほどまでと変わらず、穏やかなままだ。それでも潤華は息をのみ、心して返答しなければならないと感じていた。

 

「よくわかったわね」

「職業柄です。ただ放置されているのとは全然違う感じがしますけど」

「……あんた、死霊魔術(ネクロマンシー)って知ってる?」

 

 

 死霊魔術(ネクロマンシー)。読んで字の如く、何がしかの死体を材料として神秘の研究を行う魔術である。わかりやすい例として、死者を食屍鬼に作り変え、死体を継ぎ接ぎして生み出した怪物を蘇生させて使役するものがある。

 また、魔術師の死体から礼装を作りだし手軽に持ち運べるようにする術者もいる。

 この魔術は研究する上でも大量の死体を必要とされる。ゆえに、死霊魔術師は大量虐殺や紛争戦争があると聞けば、快哉を叫んで狂喜乱舞しながら死体を漁りに行くことが宿命である。

 さらに言えば、乱世ならそれでいいが、太平の世の場合の死霊魔術師はその点で苦労することになる。他国に赴きせっせと死体を集めるならよい。だが手間を惜しんで手近なところで自ら大量殺戮を成す者も、他の魔術流派より圧倒的に多い。

 

 死霊魔術師としては幸いにも、楊潤華は恵まれていた。中華民国が成立したが、軍閥割拠するこのご時世――彼女は生まれてから、死体に困ったことはなかった。

 

 我が楊家は伝統ある死霊魔術の家系。道術師にして人形師であり、得意とするのは人形(キョンシー)と礼装構築――の一族。

 この屋敷が都市伝説的に、死体が埋まっているだの言われているのは根も葉もなき噂ではない。実際、潤華とその手の者が中国各地から収集している死体が夜な夜な運び込まれているのだから。

 

「私はそういう魔術師だから、死体を魔術的に改装した人形や礼装がこの屋敷の地下にはずらりと並んでいるわ。始皇帝の兵馬俑とまではいえないけど、それのミニチュア版みたいなものよ」

「なるほど」

「言っておくけど、私は死体を集めていてもそのために人を殺したことはないわよ」

 

 セイバーな何か考えている様子であったが、特に魔術についてコメントすることはなかった。潤華はそれをいぶかったが、彼はあっさりと話を続けた。

 

「じゃあ、二つ目です。マスターの願いって何ですか?」

 

 どうも、このサーヴァントとは少し方針が合わない気がする。潤華は渋い顔をしたが、それでも己が願い――否、目的をはっきりと口にした。

 

 

「……ある男を殺すこと。もう一つは九鼎を勝ち取ること。それが私の目的」

「?九鼎に願いがあるんじゃ?」

「九鼎に願うことはないの。この十年間、その男を探してきたけど見つからなかった――でも、戦争が始まるとなればそいつは、十中八九戦争のマスターとして現れる。だから殺す」

 

 

 九鼎戦争。どんな願いをもかなえる万能の釜を巡る戦い――第一回は十年前に開催され、詳しい経緯はわからないが、その時には九鼎に貯められた魔力は使われなかったらしい。そのため、通常は五十年周期とされている戦争がわずか十年で再開にこぎつけてしまったそうだ。

「らしい」「そうだ」という推測と伝聞しか情報がないことが潤華には腹立たしい。十年前にその戦争に、父が参加していた。表向き買弁――欧米列強の進出に伴い、その貿易を支援した商人――として働いていた父は、その戦争によって敗れ死んだ。それどころか、敵サーヴァントに放たれた宝具のせいで――彼女以外の九族は皆殺しにされた。

 

 

「戦争によって殺されたなら、戦争で殺す。そして今は亡き父様と母様、ひいては祖霊の為に私は九鼎を手に入れる。それに、九鼎を手に入れないとどうせ私は死ぬ」

「はい?」

「私、十年前の戦争の時にとある呪いにかかっているの。その呪いはもう術者本人でも解けない」

 

 滅九族の宝具。十年前に彼女の父にそれがかけられたというのなら、潤華が生きている筈はない。その宝具から彼女だけが逃れられたというわけではなく、単に遅らされているだけである。何故遅れているのか、そしていつそれが彼女にたどり着くのかは彼女にもわからない。

 十年前のあの日から、いつ己が死んでもおかしくないと知りながら生き続けてきたのだ。

 

「私は楊家最後の一人。なんとしてでもこの戦争に勝って生き残り、我が家の血を残すという使命がある。絶対に負けるわけにはいかないの」

「ふぅむ……」

 

 セイバーは神妙な顔つきをして黙り込んだ。流石にこのセイバーも中華の人間だけあって、親類の仇討ちまで否む性質ではないのか、それはよくないとは言わなかった。彼女はそっと彼の顔を窺ったが、「滅九族……」と、なにやらぶつぶつとつぶやいて考えていた。

 

 

「ところでマスター、この戦争にルーラーがいるということは知っていますか?」

「?教会から話は聞いて知ってるわよ。見たことはないけど」

 

 裁定者(ルーラー)のサーヴァント。戦争による結果が未知数なため、人の手の及ばぬ裁定者が聖杯から必要とされた場合に呼ばれる特殊なサーヴァントである。想像以上に人口が増えてしまったこの過密都市上海において、『九鼎戦争』という枠組みを護るため、戦いに秩序を与えるべく召喚されたマスターなきクラス。

 

「ルーラーはもう現界しています。召喚された瞬間に、ルーラーがこの戦争において敷いた法が叩き込まれましたから」

「法?」

「まずは戦争に関係ない人間に危害を加えないこと。神秘を秘匿すること。最後の一騎となったサーヴァントとマスターは、九鼎に触れる前にルーラーの前に裁定を願い出ること。遵守しない者は殺す。簡単に言えばこんな感じです『あと』」

 

 いきなり会話が念話に切り替えられて、潤華は面食らった。

 

『あまり人に聞かれたくない話は、念話を活用しましょう。既にルーラーの手の者が、張り付いてこちらを監視している感じがします』

『……!?あんた、なんかルーラーの気に障る事でもしたの!?』

『もう、僕はさっき召喚されたばっかりですよ?だから僕のせいではなくて、ルーラーの人柄というか、方針なんでしょう。手の者は気配は近くにあるってわかるんですけど、具体的な場所までは特定できません。ただ、害意は感じないので見ているだけです』

 

 ルーラーには現界したサーヴァントの位置を把握するスキルが備わっているという。しかし監視を張り付けるとは念の入った英雄である。それでもセイバーに叩き込んだという法の中身は、最後の一つ以外は魔術師としては妥当なものである。

 

『にしても、本当にルーラーというか裁定者気取りな英雄みたいね』

『まあまあ。そういうわけなので、ルーラーとはいえ知られたくないことはこっちで』

 

 まだ見ぬルーラーに対して微かな敵意をにじませる潤華に対し、セイバーはなだめるようにしてから念話を打ち切った。

 

 

「じゃあ、最後の質問です。マスター、お名前を教えてください」

 

 

 

 

 *

 

 

 聞くところによれば、潤華はこの大きな屋敷で一人暮らしだそうだ。十年前に呪いで九族を失った、わずか七歳の少女が一人で生きていけるはずもなく、他人に等しい遠縁が彼女を世話した。潤華にとっての幸いは、彼が善良な人間だったということだ。俗世での処世をわきまえていた両親が作った財を奪うことなく、楊家の家督を正式に潤華が継ぐ年になるまで育ててくれたそうだ。

 ただ、その男は楊本家が魔術の家とすら知らなかったため、屋敷の地下室の存在を知らず、また決して潤華の魔導の師となりえることはできなかった。そのため、潤華の修行は著しく遅れてしまうことになったわけだ。

 

 

 セイバーにあたえられた屋敷の一室は、他の部屋と比べて明らかに主人と目される人間が使う部屋であった。焦げ茶色の板張り床に絨毯が敷かれ、二人でも寝れそうな西洋寝台がある。壁は多くが本棚で埋められていて、セイバーにはなじみのない書名がずらりとならんでいた。

 

「今なら英語もフランス語もなんでも読めますし、ちょっと読んでみよう」

 

 そんなことをつぶやいて、セイバーは与えられた黒の上下の寝巻に着替えつつ窓から外を見た。ぽつぽつと燈る街灯が幻想的に見える。

 

 

 ――潤華さんは、勁草だなぁ。

 

 先程までのマスターとの会話を反芻し、セイバーはしみじみとそう思った。七の年に親族をほぼすべて失い、さらに己がいつ死ぬのかわからない恐怖にさらされ続けながら十年間生きてきた。彼女が抱いている願いは、セイバーとしては手放しで賛成できるものではない。しかし、彼女が十年間抱き続けた強固な思いであり、数時間前に初めてであったばかりの自分が易々と違うと言っていいとは思えない。セイバーはマスターのことをまだ、よく知らないからだ。

 

 それでも、その十年前の呪いから逃れる術が九鼎にしかないのならば、九鼎を手に入れることも吝かではないのだが。

 

「……滅九族の呪い、いや、宝具」

 

 セイバーは潤華に伝えるときにはあえて言わなかったが、既にルーラーの真名を把握している。頭に叩き込まれた法を聞けば、誰だってすぐにわかるのだ。

 順当に考えれば、ルーラーはあくまで裁定者で敵ではない。

 十年前の九鼎戦争における敵サーヴァントの宝具、滅九族。そしてルーラーの真名。

 

 いい予感がしない。いっそ監視をしているルーラーの手の者から、ルーラーに逆に連絡をつかむことができはしないか。しかし問うても、ルーラーがほんとうのことを話すのかはわからない。

 ただあのルーラーは、あまり裁定者として危険が発生した時だけ出てくるようなタイプではなく、もう少し主張してきそうなイメージだ。ただ、これはセイバーのイメージである。どちらにしろ、ルーラーには一度会ってみたほうがよさそうである。

 

 

 ――ま、全部それからですね!

 

 

 そう適当に結論付け、セイバーは明日に備えて眠るべくベッドにもぐりこんだ。サーヴァントとなった今睡眠が必要ないことは承知だが、どうも霊体化は落ち着かず、実体化するなら生前と同じように生活を――と、そこでセイバーは跳ね起きた。

 

 

「まずいっ!!明日の上海観光に向けていきたい場所をリストにしないと!!」

 

 そう叫ぶと、彼は本棚を上から下までくまなくチェックし始めた。観光ガイド、なければ地図を探し出して面白そうな場所を調べ上げるつもりである。

 一つ言っておけば、潤華はセイバーに「上海の地理をじかに把握してほしいから、上海を案内する」と言ったのであり、観光するとは一言も言っていない。しかし太平楽なセイバーの頭はすでに「案内=観光」のご都合変換をしていたのであった。

 

 結局彼は地図とガイドを片手にリストを作るだけでは飽き足らず、近くの本にまで手を付けて流れで読書タイムに突入してしまったために、不眠で朝を迎えることになった。

 

 

 もちろんサーヴァントである彼は、翌朝も元気溌剌にマスターをげんなりさせることになる。




★11/22 アサシンを当初の予定と変えちゃったので、序盤のアサシン描写修正

功臣粛清は完全ゼロかと言われたら微妙だけど、基本失点が少ないやつ。卒なし。

男セイバー「理想つってもあれですけどね。こう近所の美少女と結婚してカッコいい職業についてキャーキャー言われたいっていう理想ですけど」
女セイバー「超個人的な妄想じゃん」

女セイバーがなぜか常識系ツッコミ人に見えてきたけど別に常識人ではない。


リアルチート現る。スイーツ皇帝☆男セイバー。人助けと世話焼きが趣味で娯楽。
欠点はギャグが寒い。朝廷に吹き荒れるブリザード。でも皇帝だから奥さんの皇后くらいしかつっこんでくれない「アンタのギャグは寒い」。

身長:170CM 体重60KG
アライメント 秩序・善


パラメータ
筋力:A 耐久:B 敏捷:B 魔力:A 幸運:A+ 宝具:A++

クラススキル
対魔力:A
 A+以下の魔術は全てキャンセル。事実上、魔術ではセイバーに傷をつけられない。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

固有スキル
カリスマ:A―
 大軍団を指揮する天性の才能。 人間で獲得できる最高峰の人望。だが、本人にカリスマを発揮する気がないため-。

魔力放出:B
 武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、 瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。

皇帝特権 :A
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できるのが本来の定義。しかし彼の場合、元々どの分野でも超一流に達する才能を持っているためにその実「百科専般」スキルに近い。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。ランクA以上ならば、肉体面での負荷(神性など)すら獲得できる。本来EXランクで所持する筈が、本人が皇帝権力を振りかざす気のないためAとなっている。

聖人:D 
 聖人として認定された者であることを表す。彼の場合、聖人ではなく「聖王」。
 本来はCだったが、彼自身が「聖王」と呼ばれることを全力で拒否しているので、
 ランクが落ちている。聖人の能力は“HP自動回復”のみに限定される。

人助け厨だけど士郎と違って強迫観念みたいなもんではなく、最早娯楽・趣味の域。
皇帝スイッチがどこかにあるはずだけど、自分じゃ押せないらしいので誰か押してあげてください。本人にやる気がないせいで「カリスマ」「皇帝特権」「聖人」スキルがランクダウンするという。

女セイバーと男セイバーはパラメータがマスターに左右されにくい。呪いのパラメータ。
男セイバーは「皇帝特権(その実専科百般)」の影響を受けて、高パラメータで固定。士郎がマスターでもBBBAA+くらいになる。
逆に女セイバーはマスターが凛でもEDEEA+くらいにしかならない。

マスターはピンイン読みだと潤華は楊潤華(ヤゥ ルンファ)
歴史ある魔術師の家、イメージ的には凛より時臣 才能はやや秀才くらいだけど努力と克己を惜しまない。ちなみに始皇帝呼ぼうとしてた。


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1月21日 最弱の剣士

 ……しかし勝手なモンだ。

 

 少年のつぶやきは、そのあとに続く「どうでもいいけどよ」という言葉で締めくくられた。

 

 彼が立っているのは、船の甲板だった。日華連絡船・長崎丸――一九二三年から日本郵船によって運行が始まった、上海・長崎間を結ぶ国際連絡船である。従来の貨物運輸優先の船とは異なり、客船としての設備を整えた長崎丸は、遠目に見える中国人のジャンク船と比べれば同じ船とは思えない。総トン数五千二百トン、一等定員百五十五名、三等定員二百名の堂々たる客船だった。

 

 長崎から出発して丸一日が過ぎ、東洋のパリ・イエローバビロンと仇名される自由都市の姿が、肉眼でとらえられるほどの距離に迫っている。音に名高い自由都市が迫っているということで、特に寒い甲板にもぞろぞろと人が顔を出している。

 ただ彼は上海が見えようと見えまいと関係なく、甲板で風を受けて広い海を眺めていたのだが。

 船が波濤を切り裂き、近づく自由の都へと期待を募らせる者ばかりのためか、寒々しい甲板も不思議とそれほど寒くはない。それにも拘わらず、少年はほかの乗客と比べて明らかに不機嫌だった。いや、不機嫌というよりは気持ちが悪かった。

 

 何のことはない、少年がこの寒い中にわざわざ甲板に出てきたのは単に船酔いをしていたからである。船は丸一日海を走り続けていたが、決して海が荒れていたわけでも船が小さいわけでもない。船とは相性が悪いのか、くらいしか原因は思いつかなかった。

 されど吐き戻すほどでもなく、地味に不快な状態で丸一日過ごし続ければ誰でも不機嫌になる。

 

 やがて外灘(バンド)の重厚な建築群が目前に迫り、人々はその威容に息をのむ。船が波止場に停泊し、アナウンスが流れると乗客はぞろぞろと船を下りていく。少年は面倒だったため、周りに人がいなくなってから最後に上海の地に降り立った。

 上海租界はその性質上、旅券(パスポート)やビザが不要とされる地域である。長崎から来た少年も、煩雑な手続きなしにあっさりと船を降りることができたのだ。

 

「ほお」

 

 旅券(パスポート)が不要ということは、良くも悪くも誰でも来れる場所だということだ。上海で商売をしたい西洋人、もしくは犯罪人や、自国の革命から亡命してきたロシア人、ドイツから逃げてきたユダヤ人、内乱を避けてやってきた中国人、そして各国の軍など実に様々な人間が群れあつまっている。

 そして港という場所は、それらが全て織り交ざる場所でもある。海風のにおいはもとより、人口的香料と生臭い魚、生活臭とが混ざりえも知れぬ気体となって漂っている。

 

 この寒い季節に薄着で貨物船から黙々と荷卸しをする中国人労働者の苦力(クーリー)、旅行か移住か、輝かしい噂にひきつけられてやってきた日本人、少年が乗ってきた連絡船よりもはるかに豪華な客船へ乗り込む白人。外国からの商船、中国内地からのジャンク船などで波止場はすし詰め。とにもかくにも、港ならではの活気は同じ――と、少年はあたりを見回した。

 

 連絡船は公式に政府が運営しているため、上海においても船着き場が決まっている。そこへ迎えに来ると、雷家の使用人は言っていたのだが影も形もない。そもそも少年は雷家の使用人の顔などもう覚えていないから、わかりようもないのだが。

 

 少年は五分ほどその場でじっとしていたが、早くも待ち飽きてしまったらしく大股で歩きだした。幸いにも雷家の地図は持っており、かつ地図を読むのは得意だった。目の前を横切る大通りが中山東一路、今右手に見えている緑地はパブリック・ガーデン……と確かめた時に、目の前を一人の少女が横切った。

 

「……っ!?」

 

 赤い旗袍(チーパオ)と茶色のコートがよく似合い、黒髪を頭の上でまとめた少女だった。少年と同系統のアジア系の顔立ちで、健康的な白い肌ををしていた。近くに住んでいるのか、荷物を持たずに歩いていたのだが――「おい!」

 

「えっ、私?」

「そうだ、あんた、これ落したぞ」

 

 彼が差し出したのは、自分で持っている自前の地図だった。勿論それは彼の私物であり、少女のものではない。当然少女は不思議そうな顔をして首をかしげた。

 

「……?それ、私のじゃないよ。ここ人多いし、他の人のだと思う……だけど、この人ごみじゃ見つけるのは無理だねぇ」

「そうか、それは悪かった。ところであんた、今ヒマか」

「まあ暇っちゃ暇だけど。何か用かな?」

 

 警戒心なく、素直にまっすぐ黒曜石のような瞳で少女は少年を見上げている。少女の百五十と少し程度の身長に対し、少年は優に百八十を超えている。その少年から見れば、少女の小ささは少々不安を覚えるほどだ。

 

「行きたいところがあるんだが、案内してくれないか」

「いいよ」

 

 思った以上にあっさりと了解されて、少々面食らったものの少年は内心拳を突き上げる。言葉づかいは令嬢らしい見た目と似合わずざっくばらんだが、むしろ人懐っこさを感じさせる。

 

 少年が行きたい場所は共同租界の商務印書館だ。彼自身はそれが出版社ということしか知らないのだが、彼女曰くビル自体は大きくないが、有名な出版社でシンガポールにも支社があるという。

 そこへ行くためには、右手に石造りの各国の銀行、左手に濁った川面を視つつ大通りの中山東一路を南下し、福州路を右手に入ってまっすぐ歩けばすぐで、歩いて二十分くらいらしい。

 

 自前の地図で大体そんなもんだろうなと把握していた少年は、少女の話にそれらしい顔をして頷いた。

 

「よし、じゃあ行こうか!ねえ君、名前は?」

雷 剣英(らい けんえい)

「どこから来たの?」

「日本だ。長崎」

 

 上海租界が作られて真っ先にやってきた支配者はイギリス人、フランス人、アメリカ人である。しかし第一次世界大戦が終結してからは、被害の大きかったイギリスやフランスを差し置き、アメリカ人――そして新興国である日本人が増えつつある。大戦中に日本が中国に突き付けた対華二十一か条から、反日運動、むしろ帝国主義へと反対する運動がおこった経緯はあるが――まだ各国の小康状態は保たれていた。

 そして、中国どころか現世からすれば客人であるセイバーにとっては、こだわるところではなかったのである。

 

「ん?でも名前は」

「ああ、……生まれは上海で、十年前まではここで暮らしてた。それから今までは東京にいた」

「ほうほう。じゃあ少年、いや雷くんは上海は久々なんだね。十年前とはずいぶんかわったし、道すがら名所教えてあげよう!」

 

 むん、と少女は年の割に成長の見える胸を張った。

 

 少年――雷 剣英は観光しにここへやってきたわけではない。父親の本家、雷家は表向き蘇州における名家である。国内は内戦状態のために雷家も今は上海の別邸で過ごしている――というのは建前で、この地で行われるとある戦いに参加する為に、雷家当主がこの地に屋敷を構えているのだ。

 

 キュウテイセンソウ。剣英はその戦いのなんたるかを知らないが、雷家はその戦争を始め元凶――御三家の一であるという。剣英はその雷家当主をサポートして優勝へ導くというよくわかるんだかわからない役目をさせられる。

 本人としては全く興味もなくやる気もなく、雷家当主が死のうと生きようとどうでもいい。この土地において食事と寝床をくれる存在という認識しかない。どうせ行くのならばいっそ中国内陸の方が――とぼんやり考えていた時に、この少女に出会ったのだ。

 

 艶やかな黒髪、透き通るような白い肌に赤い旗袍が見事に嵌っており――宝石のように輝く黒目が、まっすぐ見つめてくる。小柄なものの、体つきはしっかりしており健康的でもあり。どこぞのお嬢様のような顔立ちを裏切って、言葉はざっくばらんであったがそれもまた悪くなく。

 

 

 要するに――少年はこの少女に一目ぼれをしていたのだった。

 

 

「剣英でいい」

「はい?」

 

 とはいえ彼はナンパに長けているわけでもなく、勢いしかなかった。そして今も勢いのみであり、いきなりの申し出に少女が首をかしげるのも当然であるが――正直少女の方も、あまり深く気にする性質ではなかった。

 

「名前。剣英でいい」

「?じゃあ剣英で。私鈴季。劉 鈴季(りゅう れいき)。好きに呼んで!」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 セイバーが外灘を歩き回っていたのは、確かに暇――時間が空いていたからである。上海にて二度目の九鼎戦争が始まる――そして、この戦争が終われば結果がどうであれセイバーは消える。ゆえにこれまで十年間過ごして築いてきてしまった店の経営や引き継ぎをしなければならなかった。つい先ほど、フランス租界の大世界近くに位置する店に顔をだし、最後の引き継ぎを終えたばかりだった。

 店を始めた時からいた青と玉祥はいまだに名残惜しげにしていたが、こればっかりはどうしようもない。

 

 

 さて夜まですることもなく、発展をつづける混沌の街も見納めだと思うと、流石に名残惜しくもなりなんとなく外灘をふらふらしていた。

 仮初の肉体とはいえ、十年も生き続けていれば色々なものが惜しくなる。いつかは消えると知っていても、やはり自然に思ってしまう。

 

 死にたくないな、と。

 

 そうして外灘を北上して、パブリックガーデンが近くなってきたときに、一人の少年に話しかけられた。

 何人かまでかはわからないが、中国人か日本人か。背中の真ん中まである焦げ茶色の髪を、後ろで一本の三つ編みにしている、精悍な顔立ちをした少年だ。しかし特筆すべきはその黒い功夫服の上からでもはっきりと見て取れる、鍛え抜かれた肉体である。僅か十六、七で成長途上にありながら、完成と未来の可能性も同居させている摩訶不思議な体だった。

 

 落し物をしたと声をかけられたが、その地図はセイバーのものではない。どうやら上海に到着したばかりのこの少年は、行きたい場所があるのだが行き方がわからず困っている――らしいが、何か違う気がする。漠然とした印象だが、迷って困っている感がないのだ。

 しかしセイバーは「どうせ暇だし」という理由で彼の頼みを二つ返事で了解した。

 

 

「けど、何かどっかで見た顔なんだよなぁ……」

 

 セイバーは話しかけられたとき、初対面にもかかわらず妙な既視感に襲われていた。じっと彼の顔を視てみるが、記憶に引っ掛かるものはなかったのだが。気のせいと済ませ、セイバーは外灘に立ち並ぶ豪壮な建物を指さしながら歩き始めた。中山東一路は大きな通りで、幅二十五メートル超の道路がとおっている。

 

「あの灰色で石づくりのでかい建物が中国銀こ……ってわ!?」

 

 唐突に腕を引かれ、セイバーはたたらを踏んだ。かと思えば剣英はいつの間にかセイバーの右側――車道側に立って歩き始めていた。車道側でもう少し近くで建物を見たかったのか、と首を傾げた。

 

「どうした。行くぞ」

「……?うん。っていうか君、やたらとエラそうだな!」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 冬の短い昼は終わりをつげ、長い夜が訪れている。既に日は暮れて星がが美しく瞬いている午後九時過ぎ。エリーと共にくらす瀟洒なマンションに、セイバーは走り寄り鍵が開くのもまたずに霊体化で通過して堂々と侵入する。

 

 

「遅くなったごめ……あばばばばば!!」

「だから実体化しなさいって言ったじゃない。前も同じことやってなかった?」

 

 再び迎撃用の術で黒焦げになりかけたセイバーは、既に半泣きの状態でよろよろとリビングに入ってきた。

 

「忘れてた……」

「……っていうかアンタ、酒臭いんだけど」

 

 ソファに座り読書をしていたエリーは、顔をしかめて立ち上がった。丸いテーブルの上に本を置くと、這っている状態のセイバーの首を締め上げた。

 

「で、出来心で!あっでも平気さっきの雷撃で目覚めたし!!」

「というか今日から偵察を始めるって言ったでしょ~~~~???そして早く帰ってこいって言ったはずだけど~~~~??念話は聞こえなかったのかしら???」

 

 グエーと奇っ怪な悲鳴を上げながら、セイバーはエリーの拘束を解除させるべく必死の弁解――ただの言い訳を紡ぎ始める。

 

「ちょ、ちょっと散歩してたらヘンな男の子に路聞かれて、案内したあとに流れで料理屋でごはん食べてただけだって!!料理にお酒つかったんじゃないかな~~?」

 

 ちなみに剣英の目的地であった商務印書館はの福州路は、外灘近くになればなるほどビジネス街・出版社書店が多いが、離れて奥まっていくにつれて歓楽街の色彩を帯びる。そのうちの上海料理の名店「老正興(ラオヂョンシン)」で、上海炒麺(やきそば)や小籠包に舌鼓を打っていたのであった。

 

「ど~せあんたのことだから二人で茶飲んでてもぞろ人が集まってきて、そのうち流れで昼間から宴会になったんでしょ。そして変なナンパにひっかかってんじゃないわよ」

「あ、なんか変だなって思ってたらそっかあれナンパか。美少女は罪だな!」

「時々あんたのその顔ひねりつぶしたくなるわ」

 

 文句はつけるものの、最早セイバーのその癖についてはあきらめの入っているエリーはセイバーを開放した。先程言った通り、今日の夜は忙しいのだ。

 

 

「ちゃんと店のことはやってきた?」

「そっちは大丈夫!みんなエリーにも会いたがってたぞ」

 

 この十年、セイバーがオーナーとなり経営してきた店にはもちろんエリーも一枚も二枚も噛んでいた。自然店の従業員とエリーも気心の知れた仲である――しかし、生きるか死ぬかの戦争に参加するにおいて、彼女も上海を去ると彼らには告げていた。

 

 

「……そう。ならいいわ。あと少ししたら外に出るから、あんたも準備しときなさい」

「うん。あ、貯めこんだ宝石持ってかなくていいかなぁ」

「十年かけてためたからかなりの量でかさばるし、いきなり使うこともないだろうしまだいいと思うわ」

「そっか」

「私たちは強くないんだから、基本は偵察だけ。明らかに敵わない相手なら、全速力で逃げるわよ。そもそも目的は九鼎じゃないんだから」

「うん、わかってるよ。とりあえず同盟できる奴を探すんだしね」

 

 最優のクラス、セイバー。どのパラメータも安定して高く、使いやすいサーヴァントであるが、彼女の場合は当てはまらない。英霊の格としては大英霊に値するが、生前の彼女の生きざまを反映してか、ことサーヴァントとしての戦闘能力は著しく低い。

 ゆえに戦争を生き残る方法で現実的なものは、他陣営と共闘しながら戦うか、それとも徹底的に影に潜んで姿を現さないかである。

 後者も不可能ではないが、アサシンのクラスでもなく気配遮断のできない彼女はいつしか他陣営に補足される可能性が高い。前者は共闘は基本、互いに利益があってこそ成り立つものである。そしてこのセイバーは、共闘者を強化できるスキルと宝具を持っている。

 ゆえに前者の方が可能性は高いのだが、同盟するにあたり相手を慎重に選ばないとひどい目に合う。あまりに強い陣営であれば「お前の力などいらない」と指一本で粉砕されかねず、また人殺しを良しとする陣営は論外である。つまり「そこそこ強いが不安があり、かつそこそこ善良な陣営」を探さなければならない。

 目的は九鼎でないのだから、良い陣営と共闘してその中で「相手に九鼎を譲る」と信じてもらえるほどになればベストだ。

 

「で、どのへんから探ってみる?この辺、共同租界?」

「……それが微妙なのよね。そもそもこの十年で上海は発展しすぎて人も増え過ぎた。戦場としてはあまりにもふさわしくないのよ……まともな魔術師にとってはね」

「じゃあ、主戦場は租界中心よりも、もっと北――蘇州河のずっと向こうとか、フランス租界のずっと南とかになるかもってこと?」

「……かもね。でもとりあえず初日だし、地盤の確認にしましょう。この共同租界、フランス租界を見て回りましょ」

 

 

 

 不思議と、夜はもう静かだった。否、上海租界の夜に静寂は存在しないのだが、いつもと比較して、ネオンの明かりや繁華街の喧騒も薄暗く空寒く見えるのだ。それが九鼎に満ちた魔力のなせる技なのか、それとも血みどろの戦いに参じようとする彼女たちの心の状態を反映しているものなのか、まだわからない。

 

 エリーは普段の青い旗袍の上から黒のコートを羽織り、セイバーは黒を基調とした戦闘用の服に、鎧を身に着けている。

 

 二人がいるのは、フランス租界東部。フランスというとお洒落な印象を受けるかもしれないが、租界内部はそうとも言い切れない。特に東部はむしろ猥雑であり、漂う空気まで黄色く淀んでいる印象をうける場所だ。フランス租界の運営は共同租界とは全く異なり、租界を束ねる行政機関「工部局」から早々に離脱して、フランス流にやり始めたのである。

 だから共同租界とはインフラから異なるのだが、それは規律も同様だった。外見よりも実利を取ったフランス租界において、店の営業許可は共同租界よりもおりやすかった。ゆえに娼館やら阿片窟が表も裏もなく林立し、混沌とした空間を生み出していたのだ。

 

 共同租界との境目の道路である延安東路に沿った建物の屋根に立ち、エリーとセイバーは注意深くあたりを窺っていた。屋根伝いに東から西へ向かって移動する。

 

「エリー、なんかあった?」

「いまのところはなにも。魔術的結界も感じない。あんたは?」

「サーヴァントの気配は感じないねぇ。そーいやこの近く、旦那のお屋敷もあったな……!?」

 

 セイバーは急に足をとめ、今来た建物をを振り返った。

 

「どうしたの」

「……いや、なんか……!!」

 

 瞬間、セイバーは背中に背負った剣を抜いて飛来した何かを叩き落とした。剣とそれがかち合ったときに高い音が鳴り響き、次に小さくセイバーの足元に何かが落ちていた。

 見ればそれは銃弾だった。

 

「……セイバー、向こうを見なさい!」

「!?なんだあれ!?」

 

 エリーに促されて先を見れば、自分たちが渡って来た建物の屋根から屋根へと、数十人もの人間がやってくる。全員がなぜか高級ダンスクラブにでも行くようなスーツを着込んでおり、かつ手には拳銃を持っているという不可思議な集団だった。その弾を受けたセイバーにもエリーにも、拳銃には何の礼装でもないことがわかった。

 

「あれ、魔術礼装じゃない!私が先に行くよ!」

 

 神秘のない攻撃ではサーヴァントに傷はつけられない。しかし生身の人間であるエリーは違う。セイバーは先に立って武装集団を迎え撃とうとする。

 

「全部の銃がそうだとは限らないわ、死体人形(キョンシー)……!!」

 

 エリーは右手を突出してキョンシーを指さした。発射される黒い弾丸――ガンドの呪いが屍たちに襲い掛かる。全く無意味というわけではない、当たった箇所の動きが鈍ってはいるが、病の呪い如きで進軍を止める人形ではなかった。

 

「セイバー、いつものスキルちょうだい!」

「わかった!」

 

 何者の手によるキョンシーかはわからないが、こちらの命を狙っていることは明白だった。そしてキョンシーたちは、後から後から建物の屋根を飛び越えて迫り、仮借なくその銃を抜き放つ。耳を聾する破裂音と硝煙の臭いが爆発し、二人を襲った。

 しかしただの銃ごときに殺される二人ではない。セイバーは剣で銃弾を叩き落とし、エリーは豹の如き素早さでそれらを回避し、そのままキョンシーの群れの中に飛び込む。

 

 本来、エリーは宝石使いである。今も秘蔵の宝石を旗袍のポケットに忍ばせているが、この程度の敵にいちいち使っていたら、すぐになくなってしまう。だから本当にここぞという時にしか使わない。

 

 だから今彼女がとる戦法は、セイバーのスキル「皇帝特権:EX」を使った戦闘法だ。望むスキルを自分以外の誰かに最大3つまで付与するという、特異なスキルだ。

 

 スキル:「直感:A」「中国武術:A+」「無窮の武練:A」

 

 

「……ッハァ―――!!」

 

 

 彼女の体から魔力が発散される。無色のそれはキョンシーたちを覆い、彼らの動きを鈍らせる。すぐに撃ち殺せるほどの至近距離にありながら、キョンシーたちは引き金を引くことさえできない。

 

 ――気を呑む。周囲の空間を自分の気で満たし、自分の領域とすることで相手の感覚をマヒさせる、中国武術の粋の技である。そこへ片っ端から魔力を込めた掌底を叩き込んでいく――!

 

 魔力のこもった掌底はキョンシーの魔術回路を直接破壊し、そのショックで行動不能に陥らせる。一発当てれば彼女を無力化できる拳銃は、何の意味もなさずにキョンシーの手を離れる。二十体近くのキョンシーを始末したが、来た方向を見ればなんとまた同じような武装キョンシーが現れているではないか。

 

 遠くから放たれる銃弾を叩きおとしながら、セイバーは叫んだ。

 

「エリー!次から次へと来てきりがないよ!」

「……、こういうのは本体をたたかないといけないんだけど、それがどこにいるやら……」

 

 エリーは肩を回して体の調子を確認して、唇をかんだ。セイバーから与えられるスキルはあるが、いくら高次のスキルを与えられていてもそれを行使するのは生身の人間の体である。彼の李書文クラスの八極拳など、それにこたえるだけの肉体と素質がなければ、連続で使い続けて自滅するのは己だ。

 

「セイバー、逃げるわよ!」

「よしきたーー!!」

「そこで元気を出すんじゃない!!」

 

 襲いくるキョンシーの群れを背に、セイバーはエリーの白い手を掴んだ。そして一気に魔力放出による加速で逃げようと、右足で地を強く踏んだその瞬間、エリーが目を見開いた。

 

「危ない――!!」

「えっ」

 

 背を押されたセイバーが次に見たのは、頭から血を撒くマスターの姿だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 あたえられていた直感Aは、戦闘における最適な展開を“感じ取る”能力であり、研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知の域に手をかけている。それゆえに、それを持ってしまったがゆえに、エリーは逃亡を決めた時に気付いた。

 どこからか遠い場所から飛来する、魔力の矢を。

 しかし、その事情をさっぱり知らないセイバーにとっては全く何が起こったのかわからず――彼女の前に現出したものは、脳を太い矢で貫かれたマスターの姿だった。貫通した矢はコンクリートの屋上に突き刺さり、どろどろとした血と薄茶色の半固体物に塗れていた。

 

「お、おいエリー!?しっかりしろよ!何能天気に脳みそぶちぬかれて」

 

 セイバーは気づく。ここで呑気にエリーのことを気にかけている場合ではないことに。今エリーを打ち抜いた魔弾の射手は間違いなくこの光景を見ており、そしてセイバーを狙ってもおかしくない。そして今もなおキョンシー軍団は近づいてきていて。

 

 そこからのセイバーは早かった。剣を持っていない左腕でエリーの体を抱えキョンシー軍団に背中を向けて、一気に魔力放出で加速して逃げだしたのだ。後ろを振り返ることなく、ビルからビルへと戦闘時の動きからは想像できないスピードで疾走する。どこへ逃げようと当てが歩けでもなく、ただひたすらに逃げやすい方――ビルの在る方へと突っ走る。

 

 

 

 流石にサーヴァントの魔力放出に追いつける速度を持つキョンシーではなかったため、セイバーは周囲に人気が無くなったことを確認してその足を止めた。

 

「……復興公園かぁ……」

 

 戦闘を始めたのはフランス租界東部だったが、いつの間にか中央部の公園にまで逃げてきてしまっていた。元々は中国人は入園を許されていなかったが、一昨年入園を許可されるようになったのだが、この夜中には関係ない。

 暖かい季節になればプラタナスの並木が美しいのだが、今は一月の上に夜中である。月明かりだけがしんしんと降り注ぎ人気もなく、ただ恐ろしいほどに静かだった。

 

「……どうしよ」

 

 セイバーは徐々に体温が失われていくエリーを抱きかかえなおしつつ、途方に暮れていた。元々燃費のいいサーヴァントであるが、逃走の為に魔力放出を駆使したせいで魔力が足りなくなりつつある。そして霊体であるサーヴァントは、この世に肉体を保つために憑代が必要なのである。単独行動スキルを持つアーチャーのクラスでもあれば話は変わるが、憑代無きセイバーは数時間で消え去る運命に在る。

 

 

「まだ数時間あるし、がんばって次の「よう、セイバーかお前」

 

 石畳の奥――暗闇から、よく響く低い男の声が聞こえた。この気配は、サーヴァント。月明かりの下に姿を見せた男は、全身から闘気をまき散らしていた。

 

 肩にかけているのは槍――というよりは矛だろう。銀色に鋭く光る菖蒲の葉型をした穂先に、赤い房飾りがついている。

 百九十センチはあろうかという立派な体躯に、黒い鎧と具足を身に着けている。赤茶色の長い髪を一つにまとめ、一つに結んでいる。その眼光は鋭く、声音は笑っているにもかかわらず殺気に満ちていた。

 

 

「さっき、延安東路で戦っていたの見てたぜ。まだ生きてたんだな」

 

 男の様子は覇気に満ち溢れていながら、態度自体は恬淡といっていいほどあっさりしていた。しかしセイバーは気が気ではない。

 

「……見てたの?」

「そこのお前のマスターが、脳天ぶち抜かれるまでな。俺は限界まで遠目で見てたからな、お前らが気付かなくてもおかしかねぇよ」

「……じゃあ、何しに来たの?」

「アーチャーがお前を殺すのを見届けてから、矢の飛んできた方向からアーチャーの居場所を割り出して殺そうかと思ったんだが」

 

 ――武人の中にはたまにいるのだ。乱世に生きたはいいが、それが終わったのち、平和な時代に慣れることができずに乱世を引きずり続ける者が。そういった者が現界すると、とにかく熱い戦いだのどうのを言い出すが、この堂々たる武人はどうやら違うらしい。

 

 アーチャーがセイバーを殺してくれるならそれでいい。そのあと、接近戦でアーチャーを手早く殺す。敵を簡単に、かつ手早く葬り去ろうとしている。

 

 ――こいつ、純粋に願いがあるんだな。セイバーは冷や汗を流しながらもそう思った。

 

 

「だけど、ついたらもうトンズラこかれた。で、お前を見つけたって具合だ」

 

 しかしそうはいっても武人は武人である。このランサーがやたらとやる気に満ちているのは、まさにアーチャーを殺そうと思っていたからだろう。しかし早くも逃げられて、その闘志を持て余している。

 

「アーチャーを追ってったってことは、私のこと放っておこうとしたんでしょ。じゃあ放っておいてもらってもいいかな?ほら、マスターも死んじゃったし、数時間で消えちゃうし、見逃してよ」

 

 セイバーはそういいながらも、おそらく逃がしてくれることはないだろうと思っていた。ランサーの雰囲気がはっきりと語っている。土下座でもなんでもして見逃してくれるならそうすることにやぶさかではないが。

 

「まーそのつもりだったんだが、こうせっかくやる気になったところに逃げられてな。それに色々イライラもしてるしな……こちとら願いがあるもんで、お前に新たなマスターを見つけられちゃめんどうでもある」

 

 長身の男――ランサーは肩にかけていた矛の柄尻を、強く石畳に叩き付けた。覇気が地面を伝い、セイバーをも覚悟させた。

 

「最優のセイバー。さっきまでの戦いが、お前の全てとはいわせねぇ!お前も英雄なら、戦って終わって見せろ!!」

「とんだ脳筋野郎め!!」

 

 ランサーが矛を構え、一閃に突撃するのとセイバーがエリーを前方へ投げつけるのはほぼ同時だった。前方へ投げつける即ち、ランサーへと向かって投げるのと同義である。しかしそれにためらう英雄ではなく、彼は過たずマスターごとセイバーを貫くべく走る。

 

「―――!!」

 

 セイバーは己が剣で、マスターを串刺しにしてなお勢いを失わぬ烈槍を受け止めるが力を殺せず、そのまま後ろへ吹っ飛ばされて石畳の上を転がった。休む間は与えられず、矛を振り回した遠心力でエリーの死体を脇に投げ飛ばしたランサーが地面を砕き、突進してくる。

 

 しかし矛は、先ほどと同様にセイバーの胴体を狙ったものではない。僅かに穂先が下を向いており、立ち上がる前に刺そうとする。だが、間一髪反応の間に合ったセイバーは飛んで地面に突き刺さる槍をよけた。しかし槍は地面に突き刺さったのち、引き抜かれるのではなくそのままガリガリと石畳を砕き――穂先が地面から抜けた瞬間、ランサーは曲芸師の如く胴体を軸に槍を一回転させ、滞空して動きのとれないセイバーの脇へと長い柄を叩き込んだ。

 

「ッぁ―――!!」

 

 セイバーは受け身もなく脇――胸の下に金剛の一撃を受けて横なぎにされて転がった。左の肋骨あたりは何本か折れたのだろう。それでも剣を手放さなかったが、力の差は判然としていた。筋力も、素早さも、魔力の量も、一対一での経験値も、ランサーの方が圧倒的に上なのだ。

 

 逃げるしかない。

 

 マスター不在の状態で、これ以上魔力放出を駆使すればそれこそ消滅が早まる。しかし、このままだと殺されることもわかりきっている。急いで起き上がり魔力放出を目論むが、既に体を痛めているセイバーと無傷のランサーでは、それさえも叶わなかった。

 

 セイバーが立ちあがったその時に、目の前には黒い甲冑があり――その矛が腹の真ん中に突き刺さった。

 

「あ……」

「これはお前が弱いのか、それともマスターのいないサーヴァントってのはみんなこうなのか?今の俺(・・・)でも楽勝だな」

 

 呆れた、むしろ弱い者いじめをしていてばつが悪いという顔をしているランサーが、セイバーの目に映っていた。槍がうずまった自分の腹を、まるで他人事のように見ながら、セイバーは血を吐いた。最早抵抗の方法すら失ったとみたランサーは、冷ややかな目で、彼女を見下ろしていた。

 

 

「他はもっと強いといいけどな」

 

 セイバーはその冷めた声を聴きながら、激痛を自覚しながらぼやける視界で思った。

 

 ――――流石に一人だときついな。

 ――――別に今死んだところで、国を背負ってるわけでもなし、誰も困らんし。

 ――――そもそも楽しくやれればそれで無問題、十年間現世楽しかったで今終わってもいいんだよなぁ。

 ――――助けたい奴がいるのは本当だけど、あいつ自体は儂に助けてほしいなんて思っとらんし。別に本人がいいつってんだし、勝手にさせりゃいいがな。

 

 

 それでも、集中力のない自分がエリーの助けを借りてまで、この戦争を待っていた理由がある。一人じゃ何もできない己でも、数少ないいいところがある。

 

 

 ――百回負けても、投げ出すことはしなかった。

 

 

 セイバーは槍の柄をつかみ、自分の胴体を動かす形で勢いよく槍を引き抜いた。最早痛いのか痛くないのかすらよくわからなかったが、そのまま素早く後ろに下がり身をひるがえすと、渾身の力で魔力を振り絞った。

 最早魔力放出を使おうと、ランサーに追いつかれる公算が大きいことは承知である。それでもあらんかぎりの力で逃げることに決めた。背後にすぐ、死の気配が迫っていることを感じる。あの矛は、今度は必ずこの命を貫くだろうとわかった。それでも、力尽きるまで逃げる。

 

 

 

 ――人は、卑賤の身から皇帝になったことを奇跡や運命と呼ぶ。だが、それを成してしまったものからすれば、それは奇跡でもなんでもない。既にただの現実である。

 ――だから、今見ている光景を、セイバーは奇跡とは思わなかった。

 

 

 知らぬ気配を感じた。ランサーの殺気も急激に薄れ――代わりに動揺している。セイバーはつい、何事かと一瞬だけ背後を振り返った。

 

「何!?」

「テメェ、そいつに何してやがる――――――!!」

 

 闇にまぎれそうな黒い功夫服。鋭い眼光に鍛えられた肉体の少年が、サーヴァントもかくやの速度で、セイバーとランサーの間に割り込んできたのだ。

 

 




男セイバー「同盟?いいですよ!(あっさり」
女セイバー「ああああ持つべきものはチートな子孫んんんんん!!!!」

☆セイバースキル

魔力放出:A-
 武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。魔力によるジェット噴射。竜の子として強い竜の因子を持つたことによるスキルだが、通常は逃走時の加速ブーストにしか使えない。生前、逃走時に無意識に使っていた程度らしく腕力には全く反映されていない。素の因子自体は騎士王と同格。

エリーに付与したスキル

中国武術:A+
中華の合理。宇宙と一体になる事を目的とした武術をどれほど極めたかの値。
修得の難易度は最高レベルで、他のスキルと違い、Aでようやく”修得した”と言えるレベル。+ともなれば達人レベル。
(セイバーのスキルをもってすればA+++を付与することも可能だが、エリーの肉体がついていかないためにこのランクにしている)

無窮の武練:A
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全に近い合一により、いかなる地形・戦術状況下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。

☆女セイバーイメージ「補助呪文とマダンテしかつかえないスライム」 
鯖として弱いだけで大英雄なんだから(震え


☆エリーのガンドはガチ弾丸レベルには至っていない、というかそっちの専門ではない。ちなみにエリーの外見は大人化させた艦これの伊8に青いチャイナ服着せた感じ。
あと黙とう。

☆「戦って終わって見せろ」とかいいつつランサーは戦場で死んでいなくて、女セイバーの方が反乱鎮圧時の矢傷がもとで死んでいるというアレな感じ。これだけじゃランサー誰かわからんな 次回を待て(いつだ)

☆バンドバンドっていってるけど要するに埠頭でウォーターフロント
ついでに地図があったほうがいいなって思ったので、タンブラーにクソ雑な地図を入れたので見たい人はどうぞ。


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1月21日 邂逅の時迫る

それはかつて、羌であり
それはかつて、匈奴であり
それはかつて、五胡であり
それはかつて、契丹、女真、モンゴル、倭であり――


なべてそれらは、この中華を侵すモノ


 中国の法律では売春は禁止されている。しかし上海の共同租界やフランス租界においては公娼制度があったために、中国各地から難民として娼婦が流入してしまっている。そして上海には、七百件を超える娼館が存在する。

 外国人娼婦もいるが、やはりメインは中国人である。その娼婦たちは十七段階にランク分けされ、それぞれによって相手にする客層も違う。

 

 そして共同租界の娼館の一室で、二十歳手前の女が横たわっていた。手足はやせほそっており、顔は恐ろしく青白かった。長い髪は芯がないように細く切れてしまいそうである。かけられた毛布は毛布と呼ぶにも烏滸がましいほどの布きれで、この季節をそれだけで過ごそうなどと拷問にも等しいだろう。

 

 既に女の意識は薄く、ほとんど幽明の間をさまよっているようなものだった。

 

 

 ――いいことなど、なにひとつない人生だった。

 ――そして、誰の役にも立たず、必要ともされない人生だった。

 

 きっと、何も残さず、誰にも気づかれず、誰にも思い出されずに死ぬ。

 

 だから逆に、悔いはない。何の役にも立たないくだらない人間だったけれど、役に立たなかっただけで、大きな迷惑を知り合いにかけたわけではなかったと思う。

 

 生まれた家は貧しかった。地主から土地を借りて耕す小作農だったが、自分は体が丈夫ではなかったから満足に働けなかった。地主の家からも、家族からも使えないと思われてきた。

 

 兄弟は兄が一人、弟が一人いた。二人とも体は丈夫できつい仕事にも耐えられたから、地主からはまだまともな扱いをされていた。けれど天候の具合と治安の悪化で不作、匪賊に収穫物を取られてしまうことが重なって、我が家もいよいよ危機に瀕した。

 一番の穀潰しだった私だけではなく、弟までも売られていくことになった。体の弱い私はあまり働けないが、どうやら容姿だけは人並み以上だったらしい。なんとなく売られた先で何をするのかは、おぼろげながら察しがついた。

 そもそも、もう地主の家の男たちには何度も好きにされていた身だから、今更どうということもない。親からも兄からも、ロクな扱いをされていなかった。だから離別は少しも苦しくない――ことはなかった。

 私と同時期に、しかし違うところへと売られていく弟。同情か憐みかはわからないけれど、弟は優しい子だった。弟は親と離ればなれになることを悲しんでいたのかもしれないが、私は弟と離ればなれになることが一番悲しかった。

 

 

 結局弟とは離ればなれになり、流れ流され、上海の妓楼で体を売って生きることになってももう「仕方がない」と思っていた。見た目は良くとも、昔から要領もよくなく物覚えもわるかった自分は妓楼での技術もなかなか身につかず、売り上げがいい方でもなかった。

 そして、元々体が強くなかったのに日に何人もの客を取っているうちに、体はますます弱っていた。数年はなんとか休みをもらってやっていけたが、体の根本が衰弱していったのだろう。

 

 

 私、死ぬんだろうな。

 

 自分の体だ、これでもわかっているつもりだ。いい治療を受ければ奇跡もあるのかもしれないが、そんな金はどこにもない。自分を売った親は風のうわさで土匪の襲撃を受けて死んだと聞いている。子を売るくらいなのだから、売った子を助ける金などあるはずがない。

 

 かつてのことを思い出しても、弟以外、いいことが見当たらない。そんなことを考えながら死ぬのはいやだなと思い、上海に来てからのことを思い返した。

 

 上海に来てから、レッキョウの外国人を悪しざまにののしる言葉を多く聞いた。けれど、自分には彼らが、客である彼らがそんなに悪い人間には思えなかった。

 体を売っているからだとしても、彼らは故郷の人間のように私を蔑まなかった。

 時には手に入れたお菓子などのお土産をくれる人もいて、つまらない話を聞いてくれた。彼らがここの言葉をどれくらいわかっているのか知らなかったけど、それでも聞くそぶりくらいはしてくれた。

 

 故郷で私をないがしろにしたのは中国人だ。私を売った親は中国人だ。本当に動けなくなるまで体を売らせ続けているのは中国人だ。優しくてくれるのは中国人じゃない。列強は清国、いまは中華民国を蚕食している?そんなことは知らない。どうでもいい。

 

 ――だって、中国人は私に優しくない。

 

 

『中華が憎いか』

 

 

 唐突に地の底から聞こえたこの声が幻聴なのか、それとも本当に何かが話しかけているのか、もはや自分には判断がつかなかった。別に答えたところで何がかわるわけもなし、と私はかすれた声で返事をした。

 

 ――わからない。どうでもいい。考えたくない。苦しい。

 

『中華から奪いたいか』

 

 ――奪う。何を。

 

『お前が望むなら、全てを』

 

 ――奪ったって、私は死ぬ。生きたところで、仕方ない。自分がこんな有様になったことに、きっと理由はない。生まれか、時が、体か、運か、何かが悪かったんだろうな。

 その悪かったことに、理由はない。

 

 

『理由が必要か。奪うことに理由がいるのか』

 

 その声は、蜜のような甘さを伴っていた。その時思ってしまった。

 私は、もしかしてずっと奪われて生きてきたのかと。

 

 ――理由は、いらない。だって私が死ぬことに、理由はいらないんだから。それに今更中国人が何を奪われたって、別に私は困らない。

 

 

 どこから響いているのかわからぬ声が笑った気がした。獰猛で野蛮で、けれど決して嘘をつかぬ素朴な声。決して不快ではなかった。得たり、とばかりに声はさらに問うた。

 

 

『お前が奪いたいモノは何だ』

 

 

 自分は死ぬ。

 だけど、その前にどうしても会いたい子がいる。声は囁く、何でも奪おうと。

 

 

 ――仲を返して。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「紅焼肉二人前お待たせでーす」

「上海炒麺三人前、お待ち~」

「八宝鴨一匹でーす」

「大闸蟹四人前でーす」

「小籠包五人前、お待たせ!」

 

 紅焼肉は、皮付きの濃厚な豚の角煮である。飴色に照り光る甘辛い臭いの豚肉が、山となって鎮座している。上海炒麺は、上海流の甘辛焼うどんである。具はチンゲンサイ程度のシンプルな主食は、山になって鎮座している。八宝鴨は、アヒルの腹にさいの目切りにした鶏肉、豚肉、中国ハム、タケノコ、シイタケなどを詰めて蒸した料理。白く湯気を立てるアヒルが丸ごと一羽、鎮座している。大闸蟹とは、チュウゴクモクズガニ、上海ガニのことである。蒸されて赤く色づいたカニが山盛りにされ、鎮座している。小籠包は、豚の挽肉を薄い小麦粉の皮で包みせいろで蒸した包子である。そのせいろが十段積み重なって鎮座している。そして、デザートはまだ来ていない。

 

 赤く丸いテーブルに着席しているのは、男と呼ぶには少々早い少年が一人だけ。黒い僧衣のようなものを纏い、深紅のフード付きのマントを着ている。上海ガニの料理店「王宝和(ワンパオホー)」の客たちは、その異様な量にちらちらとそのテーブルを窺っていた。

 

 少年は好機の視線に動じることなく、箸を取った。

 

 

 

 共同租界・福州路。美食とエンターテイメントの通りと名高い場所の料理店にて腹を満たしたルーラーは、悠々と夜の上海へ足を踏み出した。

 外灘近くの福州路はビジネス街であるが、奥に行けばいくほど歓楽街となり、妓楼の密集地帯に至る。「紅粉街」――上海屈指の遊蕩の巷である。赤いランタンがともる店が軒を連ね、それには娼婦の源氏名が記されている。

 ポン引きと娼婦、それに引き寄せられる浮かれた男たち――その妖しげでえもしれぬ雰囲気に、仲少年は恥じて目をそらす。彼とて男女の営みは知っているが、それはこれほど扇情的に飾り付けられ売りさばかれるものではなかった。

 

 

(あの……陛下、お腹がいっぱい過ぎて気持ち悪いです)

『動いていれば楽になる。がまんしろ』

 

 先程の料理店で、あの呆れた量の食事をこの陛下は見事に平らげた。食べ終わった時にはなぜか周囲から歓声が上がった。宝具の行使は体力の消費を伴う――それを補うために、ルーラーは半ば常軌を逸した量の食事をとる。同じ体のはずなのに、なぜかルーラーは平気そうにしているのが不思議でならない。

 そして彼が食事をしたのは体力回復のためだが、妓楼街を歩いているのは女を買おうとしているわけではない。

 

 ルーラー曰く「この街をつぶさに観察し把握しておかねばらない」。そのため、ルーラーは暇さえあれば共同租界、フランス租界、南市をくまなく歩き回っているのだ。できるだけ早いうちに蘇州河北の虹口(ほんきゅう)、閘北(ちゃべい)、フランス租界南の徐家淮まで足を延ばすつもりである。

 そこへ、内側から仲が疑問を口にした。

 

(陛下、わざわざ陛下が歩き回らなくても『錦イエーイ』を使って調べさせればいいんじゃないですか?)

(『錦衣衛』だ愚か者。そうしたいのはやまやまだが、あれは俺の分身。一体の維持に相応の魔力と体力がいる。召喚されたサーヴァントそれぞれに一体宛がっているため、それだけで七体同時維持している。これ以上増やせば俺自身の行動に支障がでる)

 

 現在召喚されているサーヴァントはセイバー二騎、ランサー、バーサーカー、アーチャー、キャスター、アサシン。全て召喚されている。

 それらのサーヴァントの戦闘に秩序を与えるために、地理の把握は重大事だと租界を歩いている。それもただ単に歩くのではなく、裏路地や小道にも入り込み建物を触る。もし霊体化できるなら中にも入れるのに、できないことをルーラーは悔やんでいる。

 仲としてはそこまでやらなければならないのかと思っていたところ、それを読んだルーラーが言う。

 

「敵を知り己を知れば百戦危うからず、というものだ」

 

 孫子など知らない仲は、恒例となった「そうですか」と今一つ気の入らない答えを返した。

 

 仲は陛下ことルーラーとは短い付き合いだが、この人は一体いつ休んでいるのかと思うくらい動き回っている。仲の肉体を考え、ルーラーは一日五~六時間は睡眠をとるようになっているが、「生前は三~四時間で十分だったというのにお前の体はだらしがない」と理不尽なことを言われた。

 そして起きている時間は、上海を歩き回って地形を調べる、錦衣衛から届けられる各陣営の映像や情報を再確認する、英国新聞・仏国新聞・日本新聞・中国新聞に目を通し(上海という特殊な土地上、万が一国の軍が魔術師を送り込んでくる可能性、破壊の場所によっては国際問題になる可能性を考慮し情勢を把握したいらしい)、ヨゼフ教会の神父たちに九鼎戦争について根掘り葉掘り聞き、ついでにこの上海に住む魔術師――この戦争に参加する可能性のある者たち――の素性を調べあげるなどなど……実に八面六臂の動きをしている。

 凄まじい働きに呆然とする仲を知ってか知らずか、ルーラーは忌々しげに言う。

 

「俺には知覚能力という、現界したサーヴァントの位置を把握する力があるが――気配遮断のスキルを持つアサシンは、正確な座標がつかめない」

 

 現界を果たしているかどうかは判断がつくが、居場所が特定できない。特定できさえすれば、錦衣衛を送り張り付かせることができる。再びアサシン自体を補足できなくなっても、マスターに張り付かせておいたままにすればいい。

 その為、ルーラーはアサシンの動向をいかに迅速に把握するかを考えているのだ。

 

「だがそれは最初から知っていたことだからいい。最も不可解なことは、ライダーの真名がわからず、座標もつかめないことだ」

 

 座標がつかめない可能性としては、ライダーのサーヴァントも気配遮断のスキルを持っていることがあげられる。真名がわからない可能性としては、ステータス隠ぺいスキルか宝具の所持が考えられる。しかし前者はともかく、後者の問題には引っ掛かる点がある。

 

 正確に言えば、ルーラーには真名がわからないというより――複数の真名が見える。

 

 成吉思汗(チンギス・ハン)耶律楚材(やりつそざい)窩闊台(オゴデイ)忽必烈(フビライ・ハン)妥懽貼睦爾(トゴン・テムル)脱脱(トクト)

 かつてのモンゴル帝国から元朝、そして滅亡に至るまでの歴代カーン・皇帝・宰相の名が移っては消えていく。

 

 ルーラーが思考を止めることはない。それに追いつくなど到底不可能な仲は、ぼんやりとルーラーそのもののことを考えた。

 九鼎戦争なるものを中途半端にしか理解していない彼には、どこまでやるべきなのかは判断がつかない。だが、それでもなんとなくこれまでのルーラーの行いには、ルーラーの人格の一端が現れていると思う。

 

 

 ――すべてを知らなければ気が済まない。すべてを自分でしなければ気が済まない。

 

 

「……サーヴァント同士が交戦しているようだ」

 

 突然そうつぶやいたルーラーに、仲はびくりと驚いた。錦衣衛の視界を通して、どこかの陣営の映像を見ているようだ。それは仲にも共有され、暗い公園で槍を振るう大柄な男と、仲と同い年くらいであろう少年の姿が見えた。

 

 

「――あれはどのサーヴァントのマスターでもないな」

 

 

 仲より遥かにたくましい体をもつ少年は、ルーラー曰くマスターではない。なら何故サーヴァントの戦いの最中にいるのか。

 サーヴァント同士の接触を確認すると、『大明律』で自動的に人払いの結界が張られる。ゆえにそこへ飛び込んで来れるという時点で、少年はすでに一般人ではなく何らかの形で魔術にかかわるものである。

 

「あれは昼間、セイバーに絡んでいた男だな」

 

 セイバーに張り付けた錦衣衛からの情報により、ルーラー及び仲はその男を知っていた。今日の昼に日本は長崎からやってきた少年――名は雷剣英。彼がセイバーとしていた話も雑談の域を出ないものであったため、セイバーと別れてからは新たに錦衣衛をつけることもしていなかったのだ。

 

 しかし今、その少年の行動は明らかに常軌を逸していた。人間であるはずの彼が、サーヴァントであるランサーと戦っているのだ。通常なら瞬殺されるだろうが、少年はその身ひとつで槍兵と渡り合っている。

 だが、その戦いぶりはやはりランサーの優勢、少年は防戦を強いられている。このまま続ければ、槍は少年の体を貫くだろう。

 

 仲は自分と近しい年であろうその少年を、あっけにとられながら見ていた。何故、マスターでもないのにも拘らず、自ら死ににいくように戦っているのか。それに対しルーラーはその戦い以外の光景に目を配っており、ぴくりとその眦を動かした。

 

 

「――早速、本格的な戦争が始まるか」

 

 

 少年と槍兵が覇を競う人気無き深夜の公園。

 一般人が立ち入るはずもない、夜の戦に突撃するは赤き常勝の皇帝。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 日も暮れた上海租界、北に位置する虹口の高級料亭「六三館」。虹口はアメリカやイギリスに遅れて上海に乗り出してきた新興国・日本の租界である(正確に言えば、共同租界の中に日本租界が含まれているというのが正しい)。

 この一帯には日本人が多く生活しており、日本とほぼ変わらぬ生活が送れる。しかしそんな場所に位置するこの料亭には、日本人や中国人より列強の国の人々が多く訪れる。それを反映し、酒はウィスキーやワインがメインで、酒はウイスキーがメインで、カウンター席やテーブル席が多い。しかし料亭というだけあり、日本庭園の見える和室も存在し、特に好まれている。

 そして、九鼎戦争に挑まんとするとある二人組は、その和室に陣取って料理を楽しんだ後であった。

 

 畳に座布団の上で、片手にガラスの器、片手にスプーンを握りしめている黒髪の男は、何やら小刻みに震えていた。

 

「潤華さん、僕、聖杯に願いができました」

「何よ」

「九鼎の魔力を以てすれば、僕の宝具を長時間つかうことも可能なはず。だから宝具で臣下(みんな)を召喚してこのアイスをみんなで食べて、解散します!!完璧な計画です!!」

 

 異様にテンションの高いセイバーを眺めながら、潤華は「好きにすれば」とやる気のない返事を返した。戦争を戦う身としては、むしろこれからの夜こそが本番なのだが、既に彼女は半ば疲労状態であった。

 戦争にそなえ、地理を把握してもらうためにセイバーに上海案内をするはずだったのが――否、案内はしたのだが、最早観光と言った方がふさわしいありさまだった。

 

 まずは外灘(バンド)を直線で歩き、共同租界の百货商店(デパート)を巡り、上海料理を食べ、ちょうど上映していたトーキー映画を鑑賞し、フランス租界の大世界(ダスク)で手品やショーを楽しみ、そして今日本料亭に至るという「三百六十度観光じゃないか」とツッコまれそうな案内であったのだ。

 当初、潤華は強い態度でセイバーをいさめようとしたのだが、期待に満ちたまなざしで印をつけまくった旅行指南(ガイドブック)を持ってきた彼に押されて「まあ、一日くらいならいいか」と思ってしまったのだ。

 彼女自身、十年もこの地で暮らしているから地理自体には詳しい。しかしあまり遊ぶ余裕もなく術の研鑽にいそしんできたため、恥ずかしながら今日の観光で自らも知ることが多く新鮮な気持ちになっていた。

 

「……ま、まあ一回くらい観光もいいわ。で、一通り上海は案内したつもりなんだけど、戦ううえでどう?」

 

 潤華は自分に言い訳するように、少し気まり悪く言った。だがセイバーは能天気に口をとがらせた。

 

「え~またしましょうよ。南市にある明代の庭園とか見てないですし」

「観光から頭を離せッアホ皇帝!!ええい、あんたの好きな観光をするにも、とにかく勝ち残らなきゃ話になんないんだから!」

「……む、痛いところを。そうですね、ちょっと困るなあって思ったことがあります」

 

 セイバーは器の底にたまった溶けたアイスを未練がましく掬いながら続けた。「宝具がつかいにくいかなと」

「?何で?」

「二つあるんですけど、一つ目の方です。威力は申し分ないんですが、対象レンジがやたらと広いので」

「この狭い割に人の多い上海では、余計な被害を出しかねない?」

 

 セイバーは神妙な顔つきで頷いた。寡兵を以て大軍を打ち破ることを得意とした彼の生前を反映した性能だが、こと人口過密地域の上海においてはマイナスになりかねない。

 潤華としても戦争に関係のない人間を巻き込むことは避けたい。その上、セイバー曰くルーラーは一般人への被害を厳しく禁じているため、禁を破れば思いペナルティが課されるとのこと。

 

「やり方はいろいろあります。ビルの上を戦場に選ぶとか、空に向かって放つとか。ただもし周囲に人気のない土地が周辺にあるなら、敵をそっちに持っていくこともできますし」

「……フランス租界の南は徐家淮っていうんだけど、そこらへんはまだ開発が進んでいないから林だらけよ」

「ふむ」

「他陣営が私たちみたいに被害を出さないとする陣営だけとか限らなかったけど、ルーラーのおかげで他陣営もそのルールは守るでしょ」

 

 潤華には伝えていないが、ルーラーの真名を知るサーヴァントたちならルーラーが容赦しないだろうことはわかっているだろう。ルーラーのやり方は苛烈に過ぎるとは思うが、セイバーはその方針自体には賛成である。

 

「レンジの広い宝具を持っているのは僕だけじゃあないと思いますし、敵も人気のない場所を選定すると思います」

「他は何かある?」

「特には。あとはどんな人が召喚されているのか会ってみないと」

 

 会ってみなければ始まらない。潤華も探索の魔術は得意ではないらしく、その方面に魔力を割く気はないため、方針は既に決まっていた。二人は同時に座敷を立った。

 

「じゃ、行きますか!」

 

 

 

 二人はあえてサーヴァントとしての気配を隠さず、むしろ積極的にふりまいて上海を巡回することにした。しかし最初に料亭で話の出ていた林、徐家淮周辺を見て回ってからになる。

 徐家淮区域は夜になれば人気もなく、森閑として寒々しく吹く風だけが通り抜けていく。二人で林の中を歩き回ったが、特に魔術の後もなければサーヴァントの気配もなかった。

 

「……期待していたわけじゃないけど、何もないわね」

「ですね。でもここなら気にせず宝具をぶっ放せそうではあります」

 

 徐家淮はフランス租界の南に面しているため、二人はフランス租界を歩き回ることにした。共同租界にほど近い境界周辺は治安が悪いが、中央部は閑静な高級住宅街である。人種を問わず、裕福な人間はこの区域に住むことが多い。だけあって、周辺は静まり返り二人が石畳を歩く音だけが妙に響いていた。等間隔で道路に立っているガス灯の明かりもどこか空々しい。

 

「人払いがかかっているわけでもないのに、静かね」

「潤華さん、サーヴァントの気配がします。しかも二騎」

 

 セイバーは潤華より一歩前に出て、足を止めた。「多分あの公園の中、交戦中みたいです」

 

 指さされたのは、闇に隠れて分かりにくいが三百メートルほど先にある復興公園だ。大きな公園で、常に清掃されている美しいエリアである。公園内には街灯もあるが、この距離で植林に囲まれていてわからない。

 

「……こっちが気づいたってことは、あっちにも気づかれている?」

「……どうでしょうね。僕は気づいた瞬間に皇帝特権で気配遮断をしましたが、どうだか」

 

 本来自分自身を撒き餌にしてサーヴァントをひっかけるつもりであったが、二騎が交戦中に行き会ってしまうことになるために様子をうかがえる可能性が出てきた。

 

「とにかく行ってみましょう、気配遮断しているならちょうどいいわ」

 

 セイバーは潤華を抱きかかえると、魔力で編んだ赤い甲冑、マントに装束を変えて地をひとっ跳びに蹴った。公園は木々が多いので、身を隠すには不自由しない。二人は木陰に隠れて様子を窺ったが、一度その光景には目を疑った。

 

 ランサーが戦っている相手は、サーヴァントではなく人間なのだ。潤華と同い年くらいのたくましい少年が、ランサー相手にひるまず戦っている。潤華では目で追うことすら難しい瞬殺の槍を、少年は躱して身一つで懐へともぐりこんでいく。しかしランサーに拳を叩き込むには至らず、一進一退を繰り返している。少年の方が劣勢であるのは、潤華からみても明らかだった。それでも、ここまで戦えているのは異常である。

 

「何アイツ!?っていうかサーヴァント!!もう一騎は!?」

「戦ってる少年の後ろに、座っている女の子がいます。あれ、サーヴァントです」

 

 セイバーが指差した先、植込みのそばで力なく座り込んでいる少女。弱弱しく、セイバーやランサーのような強さを感じない。怪我をしているのか、その場から全く動かない。

 

 

「まさか、アレサーヴァントの代わりに戦っているの?……ってあれ、セイバー」

 

 潤華がそうつぶやいた時、隣にいたはずのセイバーが、唐突に姿を消していた。

 

 




☆ライダー枠にはツイッターから趙武霊王コールももらってたんですが、気付いたらよくわからないサーヴァントになってました(アヘ顔) 真名はあってないようなもの 見破ったらえらいっ!(たけ●の挑戦状風)

☆ルーラーは何気にスキル高速思考あるからね、仲じゃ追いつけないよ仕方ないね 
そいや清の法って明の法律を土台にしてるらしいから、とすればルーラーの法って500年くらい使われているってことで、もちろん臣下と一緒に法を練り練りしているとはいえこいつは本当に元ホームレス農民なの?
型月NOUMINやべーけどこのリアルNOUMINヤバスギだな

☆男セイバーは生前も南からはちみつ取り寄せて臣下と食ってたって聞いてからなんだそのスイーツ皇帝
寡兵を以て大軍を破るの最大値は3000VS1000000(内40万くらいが実際戦闘員であとは後方援助?)
セイバー「生前、『なんでいつもは戦いのときにびびっているのに、こんな大軍前にして逆にびびってないんですか?』って聞かれましたけど、ここまで気持ちよく絶体絶命だと開き直るしかないっていうか、生きて大勝か死ぬかの二択で、大暴れすればもしかしたら前者になれるかもって感じで」
潤華とセイバーは何気にガンガンいこうぜだからな

☆次は前回の剣英&ランサー側の続きかな?(予定は未定


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1月21日 英霊集結

「道を教えてくれ」と言った少年、雷剣英を無事商務印刷館へと連れて行ったセイバーは、そのまま別れようとしたのだが――手を思いっきり掴まれて阻まれた。何かと思い振り返れば、本人も何故引き留めてしまったのかわからない顔をしていた。

 鈍くもなく、かつ自分の容姿も自覚しているセイバーは、少年が何を思っているのかうすうす感づいていた。しかし少年がどう思おうと、これからセイバーは九鼎戦争なる戦いに身を投じ、結果がどうなろうと消える。

 

 だからお互いを知りあうことに意味はない――と考えるセイバーではなかった。

 それを言ってしまえば、人間いつかは死ぬのだから全部が無意味となってしまう。

 

 だから、セイバーは掴まれた腕を一度振り払ったうえで、今度は自分から握り返した。「剣英、もしかしてヒマ?」

「……時間はある」

「よし、なら飯でも食べよう。せっかく上海に来たんだ、おいしいもん食べさせてあげよう」

 

 セイバーは意気揚々と再び雑踏の中へ足を踏み出したが、今度は剣英の方が困惑した。「おい、俺あんまり金ないぞ」

「金なんか気にするな。私だって持ってないし」

「?」

 

 わけがわからないと顔に書いていた剣英だったが、食事自体はやぶさかではないためひかれるままにセイバーについていった。

 

 

 セイバーは十年上海暮らしをしているだけあり、馴染みの店も多い。商務印刷館は福州路にあり、その中で上海料理の名店「老正興(ラオヂョンシン)」へと足を向けた。

 

 セイバー、此処での名前は劉鈴季だが――彼女が上海を去るという話は、既に誰もが知っている。ゆえにここでも別れのあいさつや話をしにくる者が次から次へとあらわれて、剣英と二人でまったり食事をするという状態にはならなかった。

 セイバーと剣英よりも周りが宴会状態になっていた。しかし剣英はセイバーの隣から席をはずそうとはしなかったし、セイバーも元々剣英の相手のつもりで来ているから彼を放置することはしなかった。

 

 

 この街において、隣の人間が殺人鬼であっても何ら不思議ではない。旅券いらずの混沌の街では、あらゆる経歴の人間が集まる。犯罪を犯して自国から逃げてきた者、自国の革命から逃れるためにやってきた者――ゆえにいきなり根掘り葉掘り過去の経歴や行状を聞くことは、不適切な行為である。長い付き合いをしていきたいのならば、なおさらだ。

 しかし、セイバーにとって剣英はそういう存在ではない。たまさか行き会っただけの相手であり、この後別れれば二度と会うことはない。

 

 それにもまして、剣英は自分のことを悪く思っていないとわかっているセイバーは、割合あっさりその手のことを聞いた。

 案の定、酒も手伝ってか剣英はあれこれ喋っていたのだが――。

 

「六歳くらいまでは上海にいた。それから日本に行かされて、ずっと山の中で生活してた。してたことは、日々の生活と八極拳とかいうやつの修行。今日上海に来るまでずっとだ」

 

 特に面白そうでもなくぼつぼつと語るが、セイバーが思った以上に妙な経歴を持った少年である。楽しかったかと聞いてみると、「多分」と真顔で返ってくる。

 

「本当に十年間山籠もりしてたの?」

「……一歩も出なかったか、って言われたら違う。一年に一回くらい外に出されたな」

「?何かやることでもあったの?」

「詳しいことは俺も知らないが、人を殺すためだな。大体こいつを殺せって言われて、殺す」

 

 周囲が騒がしくて、まともに剣英の言葉を聞いたのはセイバーだけだった。剣英の顔は赤くなっており酔っていることは明白だったが、意識ははっきりしている。幇の若い下っ端は軽挙でそう言いまわる者もいるが、剣英の口調に自慢の色はなくただ単に事実を語っているように聞こえる。

 セイバーは勢いよく剣英の首に腕を回し、顔を寄せた。

 

「おい剣英、それが事実かどうかはしらんが、あんまりそういうことを軽く言わん方がいいぞ。ハッタリは大事だが、時と場合を考えんと逆効果だ」

「俺はお前に嘘をついてない」

「ホントかどうかが問題なんじゃねーっつの。むやみに敵を増やすと早死にするぞ」

「長く生きることが大事か?それに俺より強い奴はいない」

 

 剣英の黒い瞳が、酒のせいでうるんでいる。酔ってはいるが、正気を失うほどではなく意志を持った視線の強さがセイバーの目を縫いとめている。言うまでもなく、二人の距離はかなり近く、息がかかるほどで――だが、そこでセイバーはものすごいため息をついた。

 

「お前頭の痛くなるコト言うな……つーかいつの時代もいるのか?最強マニア」

「強い男は嫌いか」

「あ?好き嫌いじゃなくて、昔お前と同じこと言ってた知り合いがいたことを思い出してげんなりした」

「じゃあ強い男は好きなんだな」

「お前人の話聞いてる?」

「よし、じゃあその知り合い連れてこい。そいつを倒す」

「……ああそいつ口だけだったから言ってただけで全然強くないから」

 

 全然強くないというのはウソだが、強さ議論に持ち込むと剣英が拘りそうなことは目に見えていたので、セイバーは適当に話を終わらせた。剣英は満足したのか緋色の紹興酒をぐびぐびと飲んでいる。

 

 

 小籠包をつつく剣英を眺めながら、セイバーは思った。ずっと山籠もりしていたというのだから、世間知らずで意思疎通に慣れていないことは間違いない。自分の力を見せたがるのも、十代後半という年齢を鑑みれば納得できる。

 

 しかし一番外れているのは「人を殺した」ことを悪いと思っていないことだ。度胸があることを示そうと「殺した」と言っているのではない。かといって、快楽で殺しをしているのとも違う。最も近いのは、幇の組員や中国内部の軍閥、匪賊のような――よいことではないと理解しているが、そこで生活する以上必然化してしまった殺人か。

 けれどこの少年はそれらの組織にくみしていない。ゆえに彼の倫理は、もっと素朴で原始的。「弱いから死ぬ、強いから生きる」それが絶対で、悪も善もない。

 

 ――その倫理は、ヒトよりも野生の獣。

 

 

 

「……げっ!もうこんな時間だ!」

 

 セイバーが見上げた掛け時計は、既に夜の八時半を指していた。だらだらと飲んでしまうのは生前からの悪癖だが、英霊になっても治らないらしい。セイバーは椅子にひっかけていたコートを素早くはぎ取った。

 

「剣英、私用事あるから帰るわ!縁があれば再見(またな)!」

「おい鈴季」

 

 すかさず剣英は手を伸ばしたが、セイバーはするりとその手を躱してホールを走った。そのさなかに店員が「結局お前一回も金払わなかったじゃねーか!」とどやしつけていたが、本気でないのは剣英以外は周知だ。彼女の料金は集まった知り合いがなんとなく払うのが、半ば慣例化している。

 

 知り合いが集まってきて宴会と化してしまったせいで、隣にいたとはいえセイバーはずっと剣英とばかり話していたわけではなかった。もし、セイバーが剣英に「何故上海に来たのか」をもっと深く聞いていたら、事態はまた違ったものになっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 月下の公園に、対峙するのは男二人。身長は双方同程度、肉体の完成度では槍を持つ偉丈夫の方が遥かに高い――しかし片方の少年の体は、将来の可能性を感じさせる。だがそれは将来の話で、今ではない。

 吐く息も白い夜更けに、張りつめた糸の如き緊張がこの場を満たしている。二人の間は二十メートルほど。矛を持つランサーの間合いまで、ほんのわずかだ。

 

「――なんだ、テメェ」

 

 ランサーの視線は、セイバーに向けていたものよりはるかに厳しい。得体のしれない人間に対し、正体を探ろうとしている。その視線を向けられては、胆力のない者は身動きすら取れなくなるだろうに――相対する少年は、微塵も怖じる様子はない。

 

「セイバーの関係者、同盟しているマスターか何かか?」

「セイバー?誰だそれは。……おい、鈴季、生きてるか」

「お、おう……じゃなかった、うん」

 

 少年――セイバーが道案内をした雷剣英が、ちらりと背後の彼女を見て微笑んだ。

 

 

「そこで寝てろ。片づけてやる」

「が、頑張れ~」

 

 軽く手を振りながらも、セイバーははっきり言って混乱していた。それ以前に、「何言ってんだコイツ、正気か」と思っていた。遠目から見ても明らかにセイバーとランサーは一般人ではない。もし間違えて目撃してしまったとしても、まずは逃げるのが普通だ。

 彼が強さに拘っているのは知っているが、一瞬にして串刺しにされるのが関の山――と思ったセイバーは、次の瞬間、我が目を疑った。

 

「トォォッ!!」

「ッ――!!」

 

 少年は雷の如き素早さで、空手でランサーの懐に潜り込む。予想外の速さに不意をつかれたのか、それとも本当に襲ってくるとは考えていなかったのか、ランサーは少々遅れて飛び下がり、少年の本撃を躱した。そのために大きく踏み込んだ――少年の震脚は不発に終わる。しかし剣英はとどまることなく、ためらうことなくランサーを追う。

 

(――山籠もりで八極拳してたつってたけど……)

 

 八極拳は極めて近距離においての戦闘を得意とする中国武術である。震脚という重心移動法を使い、力の源とする。今一回見ただけだが、少年の震脚は踏込の動作が限りなく浅く、つまり注意してみなければ通常の歩き方と違うとは気づかないほどの熟練した技だった。

 

 ――だが、それはあくまで人間レベルの話。敵が人間を超えた存在、英霊の現身サーヴァントとなれば、話は別だ。確かに少年の速さは人間の枠をはみ出しかけたものではある。だが、ランサーの俊敏さをもってすれば凌駕できないほどではなく、殺せないことはない。しかし。

 

 

「……ランサー、なんか変だな」

 

 

 ランサーは少年に槍を振るっていない。ひたすら避けるだけで、攻撃しようとすらしない。だからこそ攻勢に立てているというのに、むしろ少年の方がイラついているようである。その時、ランサーが忌々しげに叫んだ。

 

「オイッルゥラァーー!!こいつ、殺してもかまいやしねぇよなぁ!?」

「……ルーラー?」

 

 剣英とセイバーの疑問は同時だった。しかし、聞いたのはセイバーだった。

 

 

「ルーラー?……なんだっけそれ」

 

 この戦争において、正規に召喚されたサーヴァントは皆ルーラーの存在、そして真名を知っている。ルーラーの宝具により、召喚の瞬間に「戦争において破ってはならぬ規律」が叩き込まれるからだ。

 そして宝具を開帳するということは、その真名をも教えることに他ならない。

 

 しかしセイバーはこの戦争における正規のセイバーではない――ゆえに、彼女はルーラーというクラスの存在は知っているが、それが召喚されていることを今の今まで知らなかった。

 

「あん?あんのクソ上からの支配者気取りのルーラーだよ。おい聞いてんのか!?……」

 

 空に怒声を投げかけていたランサーは、ふとある一点で目を止めた。橙色の光を湛える街灯の上に、紅い短衣を身に着け黄色の巻物を携えた男が突如出現していたのだ。

 

 その男は巻物を大仰に広げると、低い声で読み上げ始めた。

 

「『そこの雷剣英なる者は、現在マスターではない。しかし人払いの結界を張っているにもかかわらず侵入するは、魔術の者。よって生かすも殺すも好きにせよ』――以上、陛下のご聖断である」

「遅いんだよ」

 

 それだけ告げ、男は煙のように姿を消した。ランサーは悪態をついたあと、鋭い目つきで剣英をにらんだ。ルーラーを知らないセイバーと剣英は、今のやり取りに何の意味があるのか理解できなかったが、ランサーの様子が明らかに一変したことには気付いた。

 今からは殺す気で行くと、その気配が語っている。その殺気を直に受けて竦んでしまわないあたり、セイバーの想像以上に剣英はできている。だがそれでも勝てない。

 

 ほとんど死に体のセイバーに、ランサーは気を払っていない。セイバーは血塗れの指で、剣英を指さした。

 

 スキル:皇帝特権EX

 付与するスキル:「直感:A」「無窮の武練:A」「中国武術:A+++」

 

 直感と無窮の武練は、エリーに与えたスキルと同じである。だが中国武術は、エリーに与えたモノより遥かに高ランクのスキルを与えている。あまりに高いスキルを与えても、それを行使する人間の体が追いつかなければ体が死ぬ。中国武術A+++は、今は亡き黄飛鴻(こうひこう)、南派少林拳の一派を極めた少年英雄とレベルの武術行使である。

 剣英は山籠りで八極拳をしていたから、エリーよりははるかに武術への順応度は高いだろう。それでも、そのレベルの武術を使えばどうなるかわからない。だが、このまま何もしなくては彼はもちろん、セイバーも死ぬのだ。

 

 奔ったのはランサーが先だった。先程までとは比べ物にならない速さで猛進する鋭い穂先が、剣英の体を粉砕せんとする。初めてのランサーからの攻撃、しかし剣英は与えられた直感と彼自身の身体能力で身を躱し――深く踏み込んでいく。相手は槍使いであり、中途半端に距離を取るのはむしろ不利、八極拳の間合いに持ち込むのなら超接近戦しかない。

 

 セイバーは、重く自らにかかる重圧を感じてさらに小さくうずくまった。中国武術は八極拳、太極拳、功夫であれ、気を使う。「中国武術は西洋魔術流にすると、自分の魔力によって一定範囲内を満たし、自分の領域にすること。動く結界、もっと高度になれば動く魔術工房。敵方の魔術工房は即ち死地なのだから、超一流の中国武術の使い手の気の範囲に入ることもほぼ同意義」と、かつてエリーから聞いたことがある。とすれば、剣英に敵意はないとはいえセイバーが座り込んでいる場所も、その気の範囲内なのだろう。

 

 敵意を向けられているランサーの槍の味は、剣英の気の影響を全く受けていない。スピードはランサーの方がやはり上だが、剣英の目と体はその神速に対応する。心臓を狙った猛烈な突きを紙一重で腰の回転で、ランサーの側面に入り込み、右足を滑り込ませる。そのまま振り上げた両腕で槍を突き出したランサーの腕の上から、全力で振り下ろす――振り下ろされる両腕と滑り込ませた足でランサーを挟みそのまま引き倒す『六大開・胯』

 

 剣英の両腕が下腹部に激突し、足で挟み倒される刹那。ランサーは一瞬最高に不愉快かつ怪訝な顔をしながら自ら地面を蹴り、その上片手の槍の尻で地面を突き上げ、その勢いを駆って宙で一回転して鮮やかに拘束から逃れる。そして身低く着地したまま、まだ体勢を立て直せていない剣英の足を狙い、槍を払う。

 剣英は体は追いつかずとも、目と頭は先んじてそうなることを予測している。一つ間違えれば払う槍で足を粉砕される。剣英はあえて足で躱そうとせず、そのまま目で槍を追い――払われて激痛が走るのも構わず、むしろ腕は槍に伸びる――!!

 

 紅い槍の柄を、剣英の手が掴む。足を崩され、地面すれすれを通過した槍をがっしりと掴んだまま、剣英は離さない。ランサーは忌々しげに勢いよく槍を手前に引き、話すならそれでよし離さないならば素手で殴りつけようとした。

 だが、その時ランサーは猛烈な悪寒を覚えた。

 

「――ッ!!」

 

 手前に引くはずの槍を、渾身の力で横なぎに振り切って――剣英を公園の隅へと吹き飛ばしたのだ。三十メートルは先の植込みへ吹き飛んだが勢いを殺せず、その後ろの金網に激突して止まった。

 

 ランサーは鋭くその方向をにらみつけながら、鋭く言った。

 

「――おい、てめぇ、生きてんだろ。……剣英、つったか」

 

 大したダメージでもないといわんばかりに、土ぼこりを払いつつ剣英は微塵も顔色を変えなかった。

 

「そうだ」

「……なら、剣英。一つ聞くが、てめぇは何だ?人間か?」

 

 奇妙な問いだった。人間がサーヴァントと戦えるはずがないという常識から逸脱した今の状態あっての言葉か。剣英に皇帝特権によるスキルを与えているセイバーだけは、わけ知った顔をしていたのだが――

 

 当の剣英は、簡単に答えた。「人間だ。混ざりものがあるらしいが」

 

 その答えに、セイバーは怪訝な顔をした。セイバーもランサーも、道術・魔術・仙術に秀でていない。しかしランサーはふん、と鼻を鳴らした。

 

「――やはり、殺しておくか」

「わけのわからないことを聞くな、お前」

 

 剣英は先程までと全く変わることなく、植込みを踏み越えて再びコンクリートの地に足を乗せる。ゆっくりとセイバーやランサーの方へ歩み、戦意はいささかも衰えていない。しかし、戦力差はやはりはっきりと存在していた。

 

 未だ無傷のランサーと、激烈な足払いと打撃を食らった剣英。スキルを与えたセイバーからすれば、この少年がここまで戦えたこと自体が望外である。しかし、ランサーの現在の様子から逃がしてくれはしなさそうである。

 ランサーが剣英に夢中になってくれている間に、そっと霊体化して逃げることをセイバーは考えていた。しかし、霊体化して逃げたところで魔術回路を持つ新マスターを見つけられなければ、セイバーは消えてしまう。エリーが亡くなった今、たとえマスターではなくとも魔術を知るものに何かしら手だてを尋ねて消滅を防ぎたかった。

 けれども、当の剣英に逃げる気が全くなく、ランサーも逃がす気はない。

 

 公園の道なりに燈っているガス灯が、一つ消えている。星のまたたく音さえ聞こえてきそうな静寂の中に、闘気と殺気だけが満ち満ちている。ランサーと剣英。

 一瞬が永遠にも引き伸ばされる錯覚が途切れたのは一体何時か。双方とも、どちらからともなく地を蹴った。拳と槍が交錯する瞬間の直前に、突然前触れもなしに朗々とした声が割り言った。

 

 

「ハイッ!!そこまでッ!!」

 

 その男は一体いつあらわれたのか。今まで気配すらなく、ここへ向かってくる様子さえ見せず――男は、忽然と剣英とランサーの丁度中間に仁王立ち、両手を左右に大きく広げていたのだ。

 

「!?誰だ、テメェは!?」

 

 槍を構えたままのランサーは、烈しい声で問うた。剣英は黙っているが、「誰だコイツ」と顔に書いている。男――年は二十代半ばの中肉中背、紅い甲冑とマントに身を包み、腰には同じく紅い鞘に納められた一振りの剣を持っている青年だった。その顔はこの場の緊張感にはそぐわず、穏やかに笑っていた。

 サーヴァントであることは、セイバーとランサーはすぐに承知していた。だが不思議なことは、英霊ならば大抵の者が持つはずの覇気、威圧するような気が、目の前の青年からは全く感じられないことだった。

 

「失礼ながら、先ほどからお二人の戦いを拝見していました。お二人ともなかなかの強者と見ました!」

 

 にこにこと言う青年だが、ランサーやセイバーは警戒を深めた。本当に戦闘を見ていたのなら、彼はいつでもランサーやセイバー、果ては剣英を後ろから襲えたことを意味する。その好機を逃してまで、この男は戦いに割って入ってきた。その意味は一体何か。

 

 

「そんなお二方に提案があるのですが、僕に降参しませんか?」

 

 

 場が沈黙で満ちた。剣英はともかく、セイバーとランサーは何か聞き間違えたのかと思い、お互いに顔を見合わせ、それから闖入者の青年へと目を向けた。

 

「具体的には令呪の全廃棄とマスターと契約を切ることで。残ったマスターは微力ながら僕がお守りします」

 

 青年はやはり笑顔で、その上冗談の口調でもなく続けた。あまりにも意味不明な申し出に、最も喧嘩っ早いランサーが口を開きかけたその時、青年の後ろから新たな人物が現れた。

 

 

「何いってんのよこのバカァァ!!」

 

 恐ろしくいい音で青年は頭を殴られた。それをした張本人は、十代後半の美しい少女だった。黒髪を左右でまとめ黒いコートを身に纏って、闇に溶け込みそうないでたちである。それにもかかわらず存在感がはっきりしているのは、この状況とその威勢故だろう。

 

「魔力込めましたね?痛いです」

「『痛いです』じゃない!アンタ、何考えてんの!?敵の背中でも刺すのかと思ったら、降伏の勧め!?そんなの従うヤツいないに決まってるでしょ!!っていうかそういうこと、事前に私に言いなさいよ!!」

「言っても潤華さん、絶対「ダメ」って言うでしょ。だから勝手にやりました」

「何そのドヤ顔!?あんた、サーヴァントはマスターに絶対服従ってこと、忘れたんじゃないでしょうね!?」

「フフフ、令呪ですか?でも僕は対魔力Aに加えてスキルで一時的に神性を得ることで、二画までは踏ん張れる自信があります」

 

 突如現れたサーヴァントとマスターによるコントで、今まで緊張に満ちていた場には一気に白けた空気が漂った。完全に威勢を削がれているランサーだが、放置しておく気もないのか口を開いた。

 

「……テメーが何考えてるのかしらねーが、断る。大体てめぇ、そんだけ言うってことは高名な英雄なんだろうな」

 

 やはり敵意に満ちた言葉だったが、青年は柳に風と受け流し強くうなずいた。

 

「割と有名だと自負しています!多分!クラスはセイバー、生まれは南陽、劉文叔と申します!」

 

 

 今度こそ、時が止まった。降参しませんか以上の衝撃で、面々は――特に潤華は完全に石化していた。

 サーヴァントの真名は、秘匿すべきものである。真名が漏れるということは、正体がばれるということであり、伝説から特技や弱点が判明してしまう。有利に戦いを進めようとするならば、隠し続けるべきなのだ。にもかかわらずこのセイバーは、あっさりと真名を口にした。

 石化から復活した潤華は、先ほどを上回る強さでセイバーを叩いた。

 

「……あんたああああああ!!何言ってんの!?真名ばらすなんて、バカァ!?」

「別に僕の場合、ばれても問題ないですよ?ほら西の竜殺しの英雄みたいに、背中の一分狙われたらダメとかないですし」

 

 姓は劉、名は秀、字は文叔。生まれは南陽(湖北省棗陽市)、前漢王朝六代目皇帝・景帝の末裔であり――後漢王朝の初代皇帝である。諡号は光武帝。王莽による前漢簒奪後の混乱に挙兵し、敵対勢力を全て下し漢王朝を復興させた。

 昆陽の戦いにおいて三千で公称百万の軍を打ち破り、皇帝に即位してからも自ら最前線で剣を振るった敗戦なしの常勝皇帝。

 天下統一後は、荒れた国を回復させるべく内政に力を注いだ。そして「天地之性,人為貴」(人は、人であることこそが尊い)という言葉に表されるがごとく――人身売買を法的に禁止し、奴隷制を実質的に破棄した――至仁の皇帝。

 

 この戦争において、その名を知らぬ者はいないであろう名君にして最優のセイバー。しかし、どこにもモノを知らない人間はいるものだ。剣英はそっと女セイバーの下へと移動し、小さな声で彼女に尋ねた。

 

「劉文叔って誰だ?お前、知り合いか」

「……知り合い……ではない……なぁ」

 

 苦笑いをする女セイバーの心中を剣英が察せるわけもない。剣英はわからないことだけ確認すると、そのまま彼女の横に立っていた。一方、相変わらず降伏を勧める男のセイバーは引き続き力説する。

 

「サーヴァントにも願いがあると思いますけど、応相談で!元マスターと契約を切った後、一時的に潤華さんにマスターになってもらって、現界できる間に僕も微力ながら願いの成就に尽力します!」

「人の話を聞け!つーか元皇帝とはいえ一英雄に叶えられる願いで現界するやつがいるか!アホ皇帝!!」

 

 

 ごくごくまっとうなランサーのツッコミが走った瞬間、弛緩した空気が再び戦いた。戦いと人物の増加でわずかに温まった空気が、氷点下にまで引き下げられる感覚。闇はより深く、光はますます幽くなる。

 

「ランサーの言うとおりだな、セイバー」

 

 若い青年のものでありながら、異様な重みを帯びた声音がそれぞれの背を伝う。

 消えたガス灯の上。黒い僧衣の上に、血を被った様に朱い頭巾。背中に背負われているのは錫杖。そこに在るだけで威圧する君臨者。

 

 それはこの戦争に召喚された英霊ならば誰もが知る裁定者の英霊・ルーラーだった。少年を終えようとする年頃の、細身の男性。まだあどけなさが残るはずのその顔には、冷たい光しか宿っていなかった。

 

 

「貴様に願って叶えられる程度の望みなら、英雄たる者自ら叶えている――」

「でも、僕が他の陣営にそう呼びかけることはいいじゃないですか。あなたのルールにも抵触しない」

 

 ルーラーは青年のセイバーの言葉に返事をすることなく、眼下の者を見下ろした。ルーラー自体は放った錦衣衛でそれぞれの人相を把握しているが、直接見るのはこれが初めてである。青年のセイバーにそのマスター、ランサー、雷剣英という少年、そして――女のセイバー、それぞれを眺める。

 

 

「――おい、ルーラー」

 

 言葉を発する者もなく、再度静まり返ってしまった夜闇に、這いずるような声がする。やたら音が低いのは、声の主が疲労痕杯しているせいでもあり。

 

「何だ、女のセイバー」

「つーか何だ、こっちもセイバーであっちもセイ「お前、どうしてそんなクラスに居すわっていやがる!?」

 

 ――声の主が、驚きと怒りを込めていたからでもあった。女のセイバーの驚愕に何も示すことなく、ルーラーは当然の如く告げる。

 

「俺がルーラーたるにふさわしいからだ」

「バカ言うんじゃねえ、お前がルーラーになれるかよ、ルーラーってのは、願いがない英霊にしか」

 

 裁定者の英霊は、戦争に秩序を与えるクラス。これに自らの欲望があっては、与えられた権限を手にすぐさま九鼎を我が物としてしまう。ゆえにルーラーとなるには、聖杯に望みのない英霊であることが絶対条件である。

 

「どんな裏技でお前、バー「口を慎め、セイバー」

 

 熱湯でさえも凍りつく絶対零度の言葉と共に、目を疑う光景が展開される。ルーラーの背後の暗闇に、次々と水面にしずくが落ちたようにいくつも波紋が広がっていく。水面は鮮血の如く、深紅に染まっている。

 その波紋の一つ一つから、鋭く研ぎ澄まされた刃が覗いていて――それがざっと見ただけでも何千以上も現れている。

 

 それを見て、反射的に剣英は女セイバーの前に立ちふさがった。立ちふさがった程度でしのげる数でないことは、彼とてわかっている。一方潤華は、想像を絶する光景を目の当たりにしながらも、震える声で強く言う。

 

「……ルーラー。あんたはこの戦争における法を敷いた。この女のセイバーは、それに逆らってない。それを殺そうとするのは、どうなの」

「わかっていないな、道士。皇帝とは、何よりも尊く法の上にあるもの。俺自身が法であり、また法を超えるものだ」

 

 完全にルーラーの場と化してしまった公園で、さらに彼は続ける。

 

「さて、お前たちに教えてやろう。俺がわざわざここに出向いたのは、奇怪なことに――ここに多くのサーヴァントが姿を見せるからだ。ルーラーたるもの、管理対象を直接見ておくにしくはない。多くがあつまるならちょうど良い」

「!!」

 

 セイバー二騎、ランサーに加え、まだここに何者かが現れるというのか。戦いは戦いを呼び、サーヴァントはサーヴァントを呼ぶか。ルーラーは遥か遠くの明けぬ夜を眺め、背負った錫杖にて指示した。




女セイバー「先祖より優れた子孫などいねえ(クッソ震え声)」

ZEROの序盤英霊集合好きです(真顔
ルーラーのやつはゲートオブバビロンの金色が全部真っ赤になった感じ
女セイバーの通常時の口調がいかに猫かぶってるかわかりますな 処世術だ


【ランサー】
色んな意味で中華版ホンダム(時代的にはこっちが先) 生前の陛下ガチ勢&戦を駆け抜け生涯無傷
敵の武器を奪うという謎のチート技能持ち 口がくっそ悪い

身長:185CM 体重78KG
アライメント 中庸・善


パラメータ
筋力:B 耐久:C 敏捷:A 魔力:D 幸運:C 宝具:A

クラススキル
対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。


固有スキル
神性:D
 神霊適性を持つかどうか。
 死後、門神(魔除けの神)として祀られ、信仰により獲得したもの。

無窮の武練:A
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。
 心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。その武勇は「神勇」と称された。

心眼(真):B
 修行・鍛錬によって培った洞察力。 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
 逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

ちなみにマスターの質により生前完全再現までは至っていない。


【出てきたスキル】
中国武術:A+++
中華の合理。宇宙と一体になる事を目的とした武術をどれほど極めたかの値。
修得の難易度は最高レベルで、他のスキルと違い、Aでようやく”修得した”と言えるレベル。+++ともなれば達人の中の達人。


奇跡的にちゃんと続けばこのSSそのうち18禁になっているかもしれません。なっても添え物程度ですが、驚かないように!
つーか1930年ってギリギリリアル李書文生きてるんすよね。ランサーなアサシン先生ですね 出す?(特に何も考えていない


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1月21日 戦争、本格始動

  遥か東、ルーラーが金の錫杖で指示した先――全員の視線が漆黒の闇奥へと向けられたその時、予期せぬ方向から予期せぬ気配が現れた。

 それは空から舞い降りてくるのではなく――公園の茂みから颯爽と姿を現した。

 

 

「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ!」

 

 

 その声は大きく、太く。緊張に包まれた沈黙の広場に轟く。

 

 

「我が名は宇宙大将軍フゥハハーァ!!」

 

 

 何処までも堂々と、鮮やかに。銀の甲冑に身を包み、目の覚めるような青いマントをひるがえした男は、傲慢なまでにそう高らかに叫んだ。

 そしてその男に続き、カーキ色の軍服に身を包み、同じ色のマントを羽織り茶色のブーツをはいた青年が指揮刀を抜刀した状態で並び立つ。

 

「我が名は纐纈清正(こうけつきよまさ)!日本帝国陸軍所属、未来の大元帥であるッ!!!」

 

 

 暫くの沈黙を置いて、ランサーは面倒くさそうに槍で闖入者を指した。

 

 

「……ルーラー、お前が言ってたヤツはこいつなのか?」

「違う」

「だよな」

「……もしや貴様ら、吾輩の偉大さを知らぬモグリか!?」

 

 何を勘違いしたのか、自称宇宙大将軍は腰の剣を引き抜くとそれで男セイバー、ランサー、剣英、女セイバーそしてルーラーを順々に指した。当然英霊たちは九鼎から与えられる知識で宇宙大将軍が何者か知っているが、一人だけ違う者がいた。

 

 剣英は、あっさりとそして素直に問うた。「誰だお前」

 

「コラバカ、ああいう狂犬くさい手合いにまともにかかわらろうとすんな!ああいうのはほっときゃいつの間にか消えるから!」

 

 座り込んでいる女セイバーが比較的小さな声で剣英につっこんだが、宇宙大将軍は思い切り剣英に注意を寄せていたためにはっきりと届いてしまっていた。どう考えてもバカにされているのだが、むしろ宇宙大将軍は高く笑った。

 

 

「ふふふ、無知とは哀れなことだ。しかし俺は心が広いから、罰しはしない――その代り括目せよ!そして宇宙大将軍の伝説を脳裏に刻みこむがいい!!そこの光武帝!!」

「はい?」

 

 謎の宇宙大将軍に注意を払っていなかったわけではないが、それよりもルーラーが言及したサーヴァントについて気にしていた光武帝こと男のセイバーは間の抜けた声を出した。振り返った男セイバーに対し、宇宙大将軍は腰の剣を引き抜いてはっきりと宣言する。

 

「お前を殺して今日から俺が皇帝だッ!!」

 

 

 ――あ、こいつバーサーカーだ。

 ルーラーの真名看破スキルがなくても、この場の全員が確信を持った。戦争を勝ち抜き願いを叶えるならまだしも、単にセイバーを倒しただけで皇帝とは意味が分からない。

 

 

「英霊として一対一ならばお前さえも殺せる!ここから新たに我が伝説は始まるのだ!!」

「宇宙大将軍、開戦だな!!」

 

 バーサーカーを止める様子なく、むしろ発破をかけるがごとくにマスター・纐纈清正は指揮刀をぶん回した。

 ルーラーは心の中で嘆息した。言っていることもやっていることも馬鹿らしいが、このバーサーカー、少々スキルが厄介である。言うならば男セイバーの「皇帝特権」に似て非なるスキルを持つ――気配遮断をしていたのだろう――ゆえに、ルーラーはバーサーカーの接近を見逃した。

 

 

 バーサーカー――宇宙大将軍、その名を侯景(こうけい)

 魏晋南北朝時代、彼は北朝の東魏に仕えていたが、自分の領地を手土産に南朝の梁へと鞍替えを目論んだ。結局北朝から派遣された、かつての師匠である慕容紹宗に軍を粉砕され、梁への亡命も断られ絶対絶命に陥った。

 

 しかし彼は何を思ったが、残った千騎程度の兵で梁への進軍を開始した。

 梁の政治自体が既にかなり緩んでいたこともあり、彼は奴隷を解放し加えながら進軍しつづけ、その軍隊は十万を超える数に上った。そしてその軍隊は梁の首都建康にまで迫り、ついに首都を落とし梁の皇帝を弑逆するに至ったのだ。

 

 彼は自ら帝位に上り、国号を漢と号するもわずか一年で起こされた反乱によって殺されることとなった。隋による統一はまだ待たねばならないが、南朝を滅ぼしたことでその時は確実に近づいた。

 弑逆、血の粛清が延々と続く戦国の世に現れた風雲児にして狂犬。それがバーサーカーの正体、侯景である。

 

 しかし、誰相手でも男のセイバーが初めに伝えることは同じであった。

 

「あのー宇宙大将軍、僕に降伏しませんか?」

「あんたこいつにまで降伏進めるの?絶対しないでしょ」

 

 げんなりしている潤華の予想通り、宇宙大将軍ことバーサーカーはセイバーの申し出を一蹴した。

 

「フフフ、貴様を殺す即ち俺が皇帝!!行くぞ清正!!」

「オウ宇宙!……待てッ!!来るぞ!!」

 

 清正の大きな声に、最も早く反応したのはバーサーカー。それに驚いたのは、高みから見下ろしているルーラーだった。ルーラーは既に、これから何が起ころうとしているのか知っている。

 それは先ほど彼自身が「来る」と言った何者かとは全く別のモノではあるが、ここにいるサーヴァントたちには恐るべき黙示録となるサーヴァントであり、宝具である。

 

 

 それは流星か、凶つ星か。ルーラー、清正に続き他サーヴァント全員がはっきりと気づいた。夜空に煌めく幾本、百本、千本、万本の矢。星々の輝き――むしろ恒星にも似た強い光を秘めた必殺の矢雨。

 気づくのが最も早かったバーサーカーから、全サーヴァントが迎撃すべく己が武器を構える。

 

「アーチャーだな、こりゃあ!!」

「天下の宇宙大将軍はここで死なぬ!!」

「潤華さん後ろに!全部叩き落とします!」

「鈴季!後ろにいろ!!」

 

 矢それ自体が燃えている。光は炎を宿し空気を焦して降り注いでいく。

 耳ではなく目を聾する紅蓮の滝が流れ落ちる―――!

 

 

 ルーラーはただそこに立つだけで矢が体をかすめることさえなく、

 男セイバーはその場を一歩も動かずただその剣技のみで降りかかる矢を叩き落とし、

 剣英は体だけを武器に急所をよけながら体に矢が突き立つのも構わずひたすらにへし折り、

 ランサーは卓越した槍裁きで火を掻き消し矢を払落し、

 バーサーカーはぶっちゃけ二三本体に食らっておりかつうっかり燃えた青いマントを必死で消化していて――

 

 

 結果、誰一人として致命傷を負うことなく、燃えすすけた街路樹や植え込みに囲まれて立っていたのだ。

 

 

 

 襲撃は終わった。焦げたにおいが充満するこの夜で、それでも安堵の表情を見せる者は誰一人としていなかった。敵・アーチャーが矢を射かけてきた方角はつかめているが、あまりに遠すぎてルーラー以外正確な位置がつかめていない。

 

 そしてまだ、終わっていない。

 肌が泡立つこの感覚は、まだこれから大きなモノが来ると示している。生前からの経験か、生物としての本能か、マスターもサーヴァントもそれを承知した。

 

 

「まずいぞ宇宙大将軍!こいつはまずい!令呪で逃げるぞ!」

「仕方がないこの俺の伝説はお預けだ!首どころか全身香り付の石鹸で洗って待っているがいいフゥハハーア!!」

「おいくそ女!令呪だ令呪!」

 

 危険を察知したバーサーカーとランサーは、あっという間にその場から姿を消した。しかし女のセイバーと剣英は離れない。令呪など持っているはずもない剣英、現界すらやっとの女セイバーは空間転移ができない。

 

 そして男セイバーと潤華も、また消えようとはしなかった。彼らは女セイバーたちとは違う理由で、ここに立っている。

 そう、全サーヴァントに降伏を勧めると豪語した男セイバーこと光武帝。それはまだ見ぬアーチャーに対しても同じであり、また激突する前に逃げ出しては説得力がなくなる。

 願い、目的があって参じる英雄たちが、わけもなく自らより弱いサーヴァントに屈するはずがない。

 

 ゆえに、常勝にして至仁の皇帝は逃げない。

 

 

「……あんたってのんきだけど、実は自信家よね!」

「だって、自信のないやつが主君――自分の皇帝なんていやじゃないですか?」

 

 それもそうね、と潤華は笑った。もうこうなっては仕方がない、あまりにも幸せな頭をした皇帝を相棒にしてしまった以上、その腕前を拝見すると彼女は決めた。

 

「そこまで大口叩くなら見せてよ!あんたの力!」

「はい!」

 

 セイバーは剣を振り上げ――今まで見た目は普通の長剣だったモノの刀身は、赤い光をまとっていく。

 

 赤龍の因子。先祖より受け継がれてきた最強の幻想種の力を解放し、剣は膨大な魔力を宿して燃える。熱風が吹き荒れ、空間をゆがめていく。そこへ被せるは、セイバー――光武帝自身の高貴な幻想(ノウブル・ファンタズム)

 

 まだ皇帝として即位する前、昆陽の戦にてセイバーは一万の寡兵を以て百万の軍を散々に打ち破るという奇跡を成し遂げた。そして皇帝に即位してからも、彼の軍は四方と戦争を行い続けていたために常に寡兵でもって敵に立ち向かうことが常だった。

 

 自ら先陣を切って戦い、寡兵を以て常勝不敗。最強を謳う武は、誰も隣に並び立つことはない。

 

 

「我、天子たるは――戦の終焉を見るが為」

 

 

 それでいて天下統一後、彼は二度と剣をとることはなかった。戦という言葉をも嫌った。「武」という漢字の成り立ちは「戈を止める」。戦が終われば、戦をやめる。

 誰より強くとも、戦を嫌った彼の武はすべて世の安寧のためにある。

 

 

「『戈止める皇帝の武(ドウヂォンディ・ジェシュ)』!!」

 

 

 昆陽の幻想。最強の幻想。重ね合わさった幻想が、竜の因子によって発生する魔力を束ねて火炎に変換・圧縮して撃ち放つ。空をかける赤い光線として映る一条の焔は、来る宝具もろとも焼き尽くす。

 

 ――――はずだった。

 

 

 

「!!」

 

 

 ――地獄を見た。

 ――灼熱の大地。その壮絶な熱のもとに、何もかもが死に絶えている。

 ――見たことのない景色を幻視した。

 ――空の、十の太陽がすべてを蒸発(ころ)す。

 

 

 ――その矢は、太陽を落とす。

 

 

 赤の地獄。温度は数千、数万を超え蒸発すらもなく消滅を迎える。この宝具の本質は太陽の欠片。猛烈な熱波が球状に広がり、空間ごと抉り取る――!!

 赤き光線と太陽の熱波が、上海上空で激突する。宝具本体は地表にまで到達していないにもかかわらず、壮絶な熱が公園を既に覆っている。猛烈な風が吹きあがり、木々が飛んでいく。

 

 奇しくもセイバーの宝具とアーチャ―の宝具は、炎と同じ性質を持っていた。あとは幻想同士の殺し合い。最強の幻想と神話の太陽。そして、神秘はより古いほど強度を増していくモノであるならば。

 

 されど、皇帝は引かず。ここで打ち負ければ、己はおろかマスターまでも消えてなくなる。振りおろした剣を強く握り、あらんかぎりの魔力を投じる。既にセイバーに背後を気に掛ける余裕はなかったが、轟音吹き荒れる中にどこか親しみを感じる――女のセイバーの声を聞いた。

 

「やべ、風で飛ぶ、そこのかわいこちゃん、令呪を使わないと、そいつーー!!」

「!!」

 

 その声は、灼熱の中で潤華にも届いていた。この力比べがセイバーに武の悪いことは、彼女にもわかる。風に吹き飛ばされぬよう道術で重力を操作しながら、彼女は叫んだ。

 

「令呪を以て命ず!押し切りなさいセイバァーー!!」

 

 炎の光線は勢いを増して、敵宝具の中心たる太陽の矢を打ち砕く。光線は夜空奥深く駆け抜け流れ星のように消えた。敵宝具の熱は広く拡散し、中空から温度差による突風が走り木々を最後にひどく揺らしたが、それきり世界は静寂を取り戻した。

 

 潤華は額から汗を流して、肩で息をした。今の宝具――アーチャーの姿はいまだ見えずとも、真名を聞かずとも正体は容易く知れた。太古の昔、太陽を射落とした弓の神。

 確かにセイバーは常勝の皇帝である。だが、彼とて神と戦ったことはない。

 

「潤華さん!ひとまずここを離れます。再装填には時間がかかると思いますが、二撃目を食らうのはまずいです」

 

 セイバーの切迫した口調に、潤華はうなずいた。セイバーは気配を遮断し、潤華を抱えるとあっという間に公園を後にした。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「……いや~流石に驚きました。まさか神様と戦うハメになるとは」

 

 

 あはは、とのんきに笑うサーヴァントを流石にぶっ飛ばしたくなったが、潤華は大きくため息をつくだけでおさめた。

 セイバーと潤華の二人は共同租界内にある潤華の屋敷に戻っていた。令呪の甲斐あってセイバーの損傷は腕に軽いやけどを負った程度で済んでいた。

 

 あの謎の女セイバーと剣英なる少年も、いつの間にかいなくなっていた。きちんと捜索したわけではないが、一見して公園からは姿を消していた。おそらく宝具による熱波の影響で発生した風で、吹き飛ばされてしまったのだろう。

 

「まったく、真名を暴露した上に降参しませんか~とか言ったくせに宝具を相殺するのがやっとなんて恥ずかしいヤツじゃないあんた」

「うっ、それはちょっと気にしているんで言わないでください。でも方針は変える気ないですよ!」

 

 ばしんと包帯をしたセイバーの腕を叩いてから、潤華は腕を組んだ。降参を進めるとはいえ、セイバーは戦う気だからいい。非戦闘主義ではないのだ。

 しかし、度肝を抜かれたのはセイバーだけでなく彼女も同様だった。アーチャーのサーヴァント、敵は予想を超えて強い。伝説に従えば先の宝具は、使われることのなかった最後の一矢も合わせて残り九本。あと九回しか使えないであろうが、正直それだけあれば十分だろう。

 

 

「……アーチャーは強いけど、別に無敵というわけじゃないでしょ。あっちに付き合って遠距離戦をしなければいい話でしょ。セイバーは近接戦のサーヴァントなんだから」

「はい。だけどあの射撃からでは正確な居場所はつかめませんでした。精々公園より東――バンドの方向だというくらいで」

 

 そこまで話をして、潤華はあることに気付いた。自分たちは戻る際にばれないように気配遮断を使っていたが、もし高い索敵能力を持つアーチャーに万が一拠点を突き止められでもしたら、ここにあの宝具を打ち込んでくるのではないかということである。

 マスターが魔術師的良心――神秘を秘匿する――心得があるものなら、租界内に打ち込んでくることはあるまいが、もし人死にを気にしない相手だとしたら。

 

 しかし、セイバーはその不安を一蹴した。

 

「いや、たぶんそれはないです。だってルーラーがいますから」

「……あ、関係ない人を殺してしまったらルーラーに処刑されるものね」

 

 その真名を潤華は知らずとも、ルーラーはセイバーと同じだ。かつてこの国で頂点に立った者。人を人とも思わぬあの傲岸かつ冷酷な視線を、彼女はよく覚えている。セイバーと一緒にいるせいで忘れそうになるが、多かれ少なかれ皇帝はルーラー寄りになるのではないだろうか。セイバーの方が特殊なのである。

 

「はい。今回大して被害がなかったのは、僕が相殺したせいであることと、仮に着弾していたとしても、そこはすでにルーラーが結界を張った後だったからでしょう」

「だけどそれ、もしアーチャーが事前に「ここ攻撃するから被害でないように結界張って」って頼めばなんでもいいってことにならない?」

「そんなことルーラーはしませんよ。わざわざそんなことしてくれるんだったら、どの陣営もルーラーに注文をつけはじめます。何よりルーラーが僕たちのいうことを聞いていては、僕たちに課した厳罰の意味もなくなります」

 

 公園にてランサーと女セイバーが戦い始めたことを確認したから、当初通りルーラーは結界を張った。そのあと男のセイバーが現れ、顔ぶれを直接確認しようとルーラーも現れた。たくさんサーヴァントが集まっていることを、千里眼で見つけたアーチャーは錦衣衛でルーラーに連絡を取り、宝具を打つと許可を取った。

 おおむねこんなところだろうと、セイバーは語った。

 

「……というかあんた、もしかしてルーラーの真名知ってるの?なんかわけ知ってる感じじゃない」

「いや、かつての同業者として感じるところがあるだけで。ちゃんと話してみたいんですけどね。とりあえず、今日は眠ったほうがいいですよ、僕は起きてますから」

 

 セイバーはにっこり笑うと、二階のあたえられた部屋へと戻っていった。潤華はそれを見送ったあと、深々とソファに身をうずめた。どっと疲労が押し寄せてきて、彼女は大きく息を吐いた。

 

「……これが、九鼎戦争」

 

 かつて一族がことごとく殺された戦い。

 そして、彼女自身の命も賭けて――十年振りの戦争は幕を開ける。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 皇帝は現実しか見ない。あるべき将来を掲げることはあっても、それが絶対だと信じない。一歩ずつ少しずつ、たとえ自分の人生だけでならずとも、人類史の流れに沿いより良い場所へと這っていく。

 それが現実を理想へと近づける、唯一の方策と知っている。

 

「人は皇帝にユメを見る。だが、皇帝はユメを見ない」

 

 政治とは調整であり現実であり無慈悲である。理想主義の皇帝はロクなことをしない。己が理想にかまけるあまり、現実を無視した施策ばかりをなしてむしろ理想からは遠のいていく。そうして最後に、彼は現実に敗れ去る。だから名を残す皇帝は、皆現実主義である。

 

 

 ――けれど、あれは――

 

 

 高く尊き理想を抱いた皇帝がいた。

 誰もが飢えず、のどかに暮らせる世界を願った皇帝がいた。彼はその理想を、死んだ後も、英霊となった後も、サーヴァントとなった後も持っていた。

 

 生前ならば、その願いはまだよかった。だが彼が死後も、九鼎などで願いを遂げようとするならば。

 

 

「お前の願いはダメだ。誰も得しない。お前さえも」

 

 彼の願いが叶えば、きっとこの世界から人が消える。人の形をしたものは生きているが、形だけで中身は全く違う生き物がこの世に残るだけになる。そして願いの張本人さえも、人間ではなくなってしまう。

 

 

「だから性には合わんが――儂がその願いを殺してやろう」

 

 基本的に人の抱く欲望を是とする彼女にとって、その目的は甚だ似つかわしくなかった。

 彼女は弱い。彼の方がずっと強い。だが足掻かず諦めることはもっと彼女に似つかわしくないがために――十年を経て彼女はまだ、ここにいる。

 

 

 

 

 

 

 

「……季!おい鈴季!!」

「……あ?」

 

 

 ゆっくりとセイバーが目を開くと、そこには剣英の顔のアップがあった。自分は一体何をしていて、どうしてひっくり返っているのか記憶がすっ飛んでいた。だが全身の脱力感と、腹部の激痛で思い出した。

 

「~~~!!そうだ、アーチャーの宝具でふっとんで」

 

 慌てて上半身を起こしたはいいものの、覗きこんでいた剣英と額が激突してセイバーは再び悶絶した。腹を抱えながら身を起こすと、そこは先程までの公園ではなかった。

 

 アーチャーの宝具と男のセイバーの宝具の巻き起こした熱風で、剣英もろとも公園の外まで吹き飛ばされてしまったのだ。三十メートル程度先にある公園を見やれば、何本かの街路樹が根から抜かれており、植込みは散り散りになっていた。

 それでも公園外にはそのような被害なく、至って閑静冷たい住宅が広がっているのが奇異であった。

 

 

(……生きてるってこたあ、劉秀は宝具の相殺には成功したらしい)

 

 セイバーは心配そうにのぞきこんでくる剣英に振り返った。「儂……いや私ぶっ倒れてどれくらいで目を覚ました?」

「すぐ眼を覚ました。吹っ飛ばされて、一分かそこらだ」

「さっさとここから去るぞ、私をおんぶしろ」

 

 アーチャーがあのレベルの宝具を連続で撃てるとは考えにくいが、ここにいるのはよくない。とりあえず剣英を連れて、エリーの家に向かう。剣英が何者であるか、この戦争にどうかかわる者かを問いただすのもそれからだ。

 

 

 

 共同租界のマンションは、出発する前と何一つ変わらぬ姿でセイバーを出迎えた。当の家主はもうこの世にいないのに、その帰りを待つ犬のようだった。

 術者が死んでいるため、玄関のトラップも発動しない。セイバーは剣英に指示し、リビングのソファへと下ろさせた。

 サーヴァントは人間に比べ暑さ寒さを感じにくいが、セイバーは全身怠く熱っぽいのは絶対的な魔力不足からくる症状だった。

 

 

(……憑代なし魔力もなし、しかも腹に穴開けて……持ってあと一二時間か?)

 

 サーヴァントは霊体であり、この世に留まるためにはこの世のモノ――憑代が必要だ。通常はマスターが憑代であるが、今やエリーはいない。ゆえにセイバーは半ば剣英を憑代とする気満々であるが、彼はマスターなのか。マスターではない者を憑代にすることはできるのか。そのあたり、セイバーは詳しくない。

 

 

「剣英、ここに座……って何やってんの」

 

 ふと気づけがば、剣英は勝手に棚や引き出しを漁っていた。「包帯とか消毒液とか探してる。お前の傷、放っておけないだろ」

「いや、無意味とはいわないけどそういう手当あんまり私に意味ないぞ。それより魔力と憑代が大事で」

「……魔力って何だ?」

「は?」

 

 あんまりな言葉に、セイバーは唖然とした。九鼎のなんたるかを知らなくても、ランサーとやりあっておいて魔力を知らない?それはありえない。確かにあの戦いにおいてセイバーは彼にスキルを与えたが、魔力を与えたわけではない。

 神秘のない攻撃はサーヴァントには無意味なのだから――剣英自体が魔力を纏っていないはずはない。それにサーヴァントの戦いを見て、物おじせずに乱入できる者が一般人であるはずがない。

 

 

「いや、アホいうなよ、お前が魔力を知らないわけないだろ」

「嘘じゃない。本当に魔力って何だ?それより服を脱げ、手当てする」

 

 剣英はそそくさと箱を抱え、ソファ付近の床に下ろすと自分はセイバーの隣に座り、箱から消毒液と包帯を取り出した。手当てする気満々である。

 

「え?じゃあお前、魔術師とか道術士ってわかる?」

「知らない」

「マスターとかサーヴァントは?」

「……どっかで聞いたな……」

「そんなんでお前、なんであの戦闘へ入って来たんだ!?どー考えてもヤバいだろ!!」

 

 これまでセイバーの問いに、どこか上の空で答えていた剣英だったが、今ここに至りはっきりと彼女の目を見て答えた。

 

 

「だってお前が殺されそうだったから」

 

 

 その真摯さに、セイバーは思わず一瞬返事を忘れた。正直、此処まで裏のない返答を聞いたのは久方ぶりで驚いたのだ。

 

 

「……頭が痛くなってきたな」

「、吹き飛ばされた時にどこかぶつけたか!?」

「いや違う」

 

 目の前の少年は「セイバーが危険な目にあってたから」という理由だけであの場へ飛び込んできたという。若さが恐ろしいのか純粋が恐ろしいのか。

 とにかく、この少年――青年・雷剣英のセイバーへの好意は明白だった。

 

 セイバーとしては好かれる要素は外見以外に思いつかないが、それならそれでよい。剣英は思った以上にずぶの素人のため戦争や魔術について教えなければならないだろうが、それはむしろセイバーの都合のいいマスターにできるという意味でもある。

 それにこの少年、単純な肉体的戦闘力ではエリーよりもはるかに勝る。

 

 

「……オイ剣英、私を助けたいんだろう。じゃあ今から私の言うことを全く同じふうに言え」

「……?」

 

 剣英は首を傾げていたが、こくりと頷いた。

 それを確認し、セイバーは青い唇で詠唱を紡ぎ始めた。

 

「汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。九鼎のよるべに従い、この意、この理に従うのなら」

 

 剣英は、おうむ返しに繰り返す。「汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。九鼎のよるべに従い、この意、この理に従うのなら」

 

 光が燈る。セイバーの黒い目が、一瞬赤く光るのを剣英はみた。彼女の手をとり、ただ後から繰り返すだけだった言葉が、徐々に重なっていく。

 

 

「我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

「我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

 

 

 瞳の奥に、竜を見た。セイバーは剣英の手を握り返し、強く唱える。此れより先は彼女の言葉だと了承した剣英は、その言葉を待った。

 

 

「セイバーの名に懸け誓いを受ける!そなたを我が主として認めよう、雷剣英―――!」

 

 二人の間にひときわ強く閃光が迸り、剣英はわずか目を閉じた。一体何が起きたのかわからない顔をしている彼をみて、セイバーはにやりと笑った。

 

「これで契約完了、君がマスターだかマスターじゃないのかはわからんし魔力があるのに魔力を知らないとか意味不明だけどこれで私は――あれ?」

 

 

 セイバーはすぐさま眉をよせ、剣英と己の体をじろじろと何度も眺めた。しかしその眉間のしわは解消されず、なおさら深くなった。

 

 

 

「……パスはつながったけど、魔力が全然流れてこない!?」

 

 もしここにエリーがいたとすれば「そんなのうまくいくわけないじゃない」と、今の行為を一蹴したことだろう。

 魔術の詠唱とは、世界もしくは自らに訴えかけるもの。多くは自らに訴えかけ、魔術回路を起動し魔術を行使する暗示である。詠唱は術者自身が意味を解して暗示の意味を成せば、かなりの部分短縮・破棄が可能だが――逆に言えば、いくら長々と詠唱したところで、術者が意味を解さねば無駄なのだ。

 

 つまり「魔術って何だ」と言う剣英が形だけまねたところで、詠唱は完全に機能しない。かろうじてパス形成が成ったのは、セイバーがエリーとの契約という経験があるためにまだ機能したからだろう。

 しかしそこまでの理屈をセイバーが知るはずはなく、「何でだ!!」と勝手に怒るしかなかったのだった。

 

 

「これはマズい、ちゃんと魔力を通さないと怪我治らないし消える……あ」

 

 セイバーははと思い出した。かつてエリーから教わった、パスをつなぐ別の方法。その時エリーはいやそうな顔をしていたが、セイバーとしてはそんな簡単なことで魔力供給ができるなら安いものだと思った。

 

「剣英、脱げ!做愛(セックス)するぞ!」

「は?」

 

 ぽかんとする剣英をよそに、セイバーは勢いよく纏っていた黒い戦装束を脱ぎ始めた。慌てたのは剣英で、服を脱ごうとする手を掴んだ。

 

「待て、そんな大けがして何考えてんだ、直してからにしろ」

「細かいことは後で話してやる、いいからお前も脱げ!下半身だけでもいいから!!」

 

 セイバーはセイバーで必死である。剣英の手を振り払って猛烈な勢いで服を脱ぎ棄て、そのまま剣英の腰にかじりついた。功夫服を着ている彼の服を素早くめくりあげ、灰色のズボンの中に手を突っ込んだ。

 正直行為自体には吝かではない剣英であるが、こんな満身創痍の少女をどうこうするのは気が引ける。

 

「鈴季、自分の状態を考えろ!」

「考えてるわァ!!今お前の小弟弟(ちんこ)が私を救うんだ!!あと中に出せ絶対だ!!」

「おいこら、」

 

 セイバーの細い腰を掴んで離そうとするが、剣英は一瞬ためらった。綺麗な顔立ちをしている彼女の体は、傷だらけだった。全て古傷だが、明らかに事故で付けたモノではない。矢を受けた跡か、剣で負った傷か、細かいものを含めれば、数えるのも億劫になる程度には多い。

 

「――っ!」

 

 まあ、最早剣英の思うことなど今は放置することにしたセイバーは、体の傷など全く気にしていなかったのであるが――

 

 




Q:結局剣英って何?
 合体してから考えればええやん

女セイバーはヒロイン(棒)18禁になるかもと言ったな あれは嘘だ


アーチャーの宝具は皆鯖のヤツが好きすぎて名前をそのまま拝借する予定です。性能もモトにして改造する予定です。読み方はいい感じに(適当に)ピンイン探すけど。(あらすじに記載済)

クラス名宇宙大将軍……違ったバサカと男セイバー宝具の詳細は後日此処に載せますちょっと間に合わなかった
名前が面白すぎてキャスティング……いやなんでもない


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1月22日 雷剣英と雷の家

 結局事をし終えたあと、セイバー――鈴季と剣英は余韻もなくソファの上で爆睡していた。眠るのはセイバーの方が早く、その早さは剣英が驚くほどだった。しかし蒼白だったセイバーの顔色が良くなり、出血も止まったのを見て取って彼は胸をなでおろした。理由は全く不明だが、「交わることで傷が治る」と言った彼女の発言は本当だったわけだ。

 

 そして夜が明けた早朝、電気をつけっぱなしにしていたために明るい室内で、セイバーと剣英はソファの上で焼きもしていない食パンを食べていた。ここはエリーの家のため、食事も英国仕様のものが多い。暖房を昨日から入れっぱなし、かつお互いにくっついたままで冬の朝でもそれほど寒くはなかった。ちなみに、二人とも全裸のままである。

 

「全く交合で魔力も因果線もどうにかるたぁサーヴァントは楽なもんだね。しかし君、マスターでも魔術師でもないのに私と契約ができるのはどういうことだ?というか、君自分が何に首ツッコんでるのかわかってる?」

 

 恥じらいも色気もなく、鈴季ことセイバーは口をもぐもぐと動かしながら剣英に問うた。しかしそんなことを言われても、剣英は自分が「マスター」であるとも思えず、「魔術師」であるとも思わない。昨日あの公園へ突撃したのも、料理屋からさっさと立ち去ってしまったセイバーを探して公園近くを通りかかった時、あの戦闘を見たからだ。

 

「知らん。昨日のアレは何……」剣英はそこで一度口を噤んだ。「……もしかして、あれが九鼎戦争ってやつなのか?」

「知ってんのかい!!」

 

 知っていると答えたのに、なぜかセイバーは余計に混乱の中に叩き落とされたようで、胡乱な目つきで剣英を見つめた。しかしすぐに何かに思い至ったようで、まさかという目で剣英を見返した。

 

「……そういえば、君姓は雷だったよね」

「そうだ」

「……この九鼎戦争は、今のこれが一回目じゃない。十年前にも起きてて、その時の優勝候補の一角に雷家っていう魔導の家がいたんだけど」

「ああ。多分俺はその雷家の一員だ」

 

 雷家の使いが九鼎戦争に参加しろと言ってきたから、わざわざ日本から上海に戻ってきたのである。そう剣英は素直に答えたのだが、却ってセイバーは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。

 

「だのになんで君はそんな戦争初心者ですみたいな顔してんだ?」

「俺は雷家の人間だけど、ずっとこっちで育ってきたわけじゃない。言ったと思うが、六歳か七歳から日本の山奥で生活してた」

 

 剣英にとって、日本に渡る前の記憶は薄い。上海に既視感があるかと聞かれればあるようなないようなうつろさで、日本に行くまで上海で育ったかどうかも怪しいと思っている。雷家にどんな人間がいたかもよく覚えていない。

 ただ八極拳の真似事は日本に渡る前からさせられていたと記憶しており、その先生のことはよく覚えている。確か李書なんとかという名前だった気がするが、先生としか読んでいなかったから名前は覚えていない。我ながら覚えていないこと尽くしだと、剣英は呑気に思った。

 相変わらずセイバーはげんなりした顔をしていたが、剣英のからだをしげしげと眺めて言う。

 

「……体を見るところ令呪みたいなものはなかったし……そんなに知らないところを見ると君は雷家の正式なマスターの補佐をするために呼ばれたのかもしれない」

「そうなのか。そういえばそうだったか?」

「いや知らんわ。もうこれは雷家に乗り込んだ方が早いな」

 

 でも本マスターがいるなら、私まで一緒に行くのはちょっとまずいかなどと言いながら、セイバーはひらりとソファーから立ち上がった。隣の部屋へつながる扉を開くと、がさごそと音を立てて何かしている。あっという間に昨日と同じ旗袍に身を包んだセイバーが姿を現した。

 

「ホレ君もブラ下げてないでさっさと着替えな。雷家に行って話を聞こう。君がマジで一般人ならともかく、雷家なんてもんが控えているなら放っておくのも事だ」

「お前、雷家知ってるのか」

「悲しいことに君の話を聞く限り、君よりは知ってると思う」

 

 剣英は脱ぎ捨てていた功夫服をさっと身に着けると、洗面所の場所を尋ねて軽く顔だけ洗った。事の後にも拘らず、セイバーは微塵の怠さも見せずに既に玄関前で剣英を待っていた。セイバーは首の動きだけで剣英を促し、彼もそれに続いた。

 

 

 上海の冬は通常運転――つまり、エリーのマンションがある共同租界は整然とした街並みを保っていた。まだ朝の七時を回った程度で、このあたりに住むイギリス人やアメリカ人はビジネスタイムには至っていない。見かけるのはそれらの屋敷で使われている中国人らしき人々が、洗濯や掃除をしている様くらいだった。

 貿易の為に上海に来たイギリス人やアメリカ人、フランス人は朝十時頃から出勤し、午後四時を迎える前にはバンド周辺のオフィスから退社して余暇を楽しむ優雅な生活をするものが多い。

 テニスやティータイム、そのような文化的生活をするのも同人種とであるため、様々な人種が入り乱れるこの上海と言えど、社交の場は案外閉鎖的である。

 

 閑話休題。朝の凍てつく空気が徐々に和らぎ始めた街を、セイバーと剣英は速足で歩いていた。セイバーは赤い旗袍一枚、剣英も丈夫な功夫服一枚と実に薄着であるが、二人は全く意に介さない。サーヴァントであるセイバーはともかく、剣英も寒さには強いようだ。

 歩きながら、セイバーは公園に放置してきたエリーの死体について考えたが、おそらくもうないだろうと思った。宝具の激突の余波で吹き飛ばされてしまっただろう。それはそれと置いておいて、これからのことだ。セイバーは軽く戦争について話をすることにした。

 

 

 

 九鼎戦争。大本は中華民国より東、海を渡った日本の地にて開催される聖杯戦争――それを換骨奪胎して再構成したものが、この地における聖杯ならぬ九鼎。夏王朝の始祖禹王が中国全土に命じて集めさせた青銅をもって鋳造したもの。

 生前に偉業をなした人間は、死後『英霊の座』に引き上げられ、人間の守護者となる。実在、架空に関わらず人々に信じられてさえいれば、人間の想念によって『英霊』となる。魔術師はこの『英霊』という、この世の外側にある精霊のような存在を現世に呼び出し、使い魔(サーヴァント)として使役して殺しあう。そして最後に残った一組だけが九鼎を使用し願いを叶えられるという、バトルロワイヤルだ。

 一度の戦争で召喚されるサーヴァントは七騎、セイバー・ランサー・アーチャー・ライダー・キャスター・アサシン・バーサーカー。そして一クラスにつき一つの英霊と決まっている。しかし、昨日男でセイバーと名乗る者がいたとおり、この戦争には二騎のセイバーが存在する。つまり、片方は正規のセイバーではない。

 

「この戦争は、今から十年前にも起きていた。私はその時召喚されたセイバーで、それからずっと現界を続けている。正規のセイバーはあっちなのさ」

 

 昨夜、颯爽と赤い甲冑に身を包んで現れたセイバーは、劉文叔と名乗っていた。だがこの国の歴史に疎い剣英が「お前は誰だ」という感想しか抱いていないことは、セイバーも既知であった。案の定、彼は思い出したようにそのことを訪ねた。

 

「そういえばリューブンシュクって誰だ?その英霊ってのになるんだから、すごい奴ではあるんだろうが」

「簡単に言えば後漢の建国者。皇帝、大昔にこの国で一番偉かったヤツって思っておけばよし」

「わかった。だけど、お前はなんで十年も現界をし続けているんだ……」

 

 そこで何か思い至った剣英は、はたと顔を上げた。「最後に生き残ったヤツだけが願いをかなえられるってことは、お前は前回の戦いの勝者なのか」

「それならどんだけいいか」

 

 セイバーは大きくため息をついた。「残念だが私は勝者じゃない。それどころか、前回の戦いがどういう決着をみたのかもわからない。でも多分、前回の戦いで願いを叶えた者はいない」

 

 これはセイバーもエリーから聞いたことだが、戦争開始のための魔力を溜める時間はおよそ六十年周期だという。これは模倣元の冬木聖杯と同じらしい。しかし、此度の戦争は前回から十年しか経っていない。これは、前回分の魔力が願いを叶えることに回されず残り、再充填の時間が短縮されたためだ。

 

「私逃げるのは得意だから、前回わりといい線はいってた。だけどホントの最終局面にはたどり着けなかった。ちなみに九鼎はこの世の内側で完結する願いなら、他サーヴァントを全滅させなくても叶えられる。つまり、前回本当に最終局面までたどり着いたヤツの願いはこの世の内側で完結するものだから、私のことは捨て置いてもいいと思っていたんだろう。それで私は生き残った」

 

 セイバーは世界の内側、外側の話は気にするなとことわり、かつサーヴァントを皆殺しにする必要のある願い――根源に至る――を知っていたが、このさい関係ないため省いた。剣英は頷き、理解の意を示した。

 

「お前が生き残ったわけはわかった。じゃあ、なんでお前はこの戦争で戦う気なんだ。何か叶えたい願いがあるのか」

「願いはあるけど、長い話だから今度話してやる。で、問題は君だ」

 

 エリーのマンションから出てきてから、概ね南にむけて歩いてきていた。既に租界のはずれにまで歩いてきており、そろそろ徐家匯という、まだ開発の進んでいない区域に入る。租界と比べれば、人通りも遥かに少なく樹木が林立している区域だ。

 あと少しで雷家の拠点周囲に広がる、結界のセンサーにかかるであろう。そこでセイバーは足を止め、剣英に向き直った。

 

「君は私と、九鼎戦争を戦う気があるのか?」

「ある」

 

 寸分の躊躇いもなく、剣英は即答した。だからセイバーはさらに問いを重ねる。

 

「死ぬかもしれないぞ。昨日みたいに」

「別に構わない」

「何か叶えたい願いがあるのか」

「ない。強いて言えば、昨日のランサー?みたいな強い奴と戦いたい」

 

 セイバーはじっと剣英の顔を見据えた。背は既に百八十を超えた長身の青年の表情は、真顔で固定されて変化がない。嘘をついているようには、見えない。

 

 男という生き物は、生まれながらに最強という呪いに取りつかれている。強い雄が多くの雌を得て多くの子孫を残すという自然の理論からすれば、わからないこともない。

 しかし人間とサーヴァントは、例えればアリと人間。人間の身でサーヴァントと戦うことは、最強を志すことでもなんでもなく、単に自殺行為である。

 

 しかし目の前の男は、押され気味とはいえ、ランサーと渡り合って見せた。

 

「人間だ。混ざりものがあるらしいが」――と、昨日剣英は言った。

 雷家の正式マスターを補佐する為に使わされた人間――これが、今セイバーが考えている剣英の立ち位置である。仮にこの説が正しいとして剣英の言葉を考えると、彼はむしろ「雷家を助けるために造られた人間」ではないのだろうか。

 

 そう考えれば、剣英が腕っぷしに優れても学がないことにも納得はいく。魔術には金がかかるもので、それを代々受け継いでいくのだから自然魔導の家は地主や名家が多い。同時にそれは学があることを示す。雷家ほどになれば全員が科挙合格……とまではいかずとも、合格者に負けないくらいの勉学はしてしかるべきである。

 しかし、単に戦わせるだけのモノに学は不要である。むしろ読み書きを覚え、書物から様々な見識を得てしまうと、思いもよらぬ思考をしてしまうようになるかもしれない。

 

 だから武術を教えても、学を与えない。山に閉じ込め、修行に専念させる。

 戦うことそれが全て。強ければ生き、弱ければ死ぬ。

 

 セイバーは改めて剣英を見据え、再び口を開いた。

 

「……昨日、君は私を助けてくれたけど、あれは何故?」

「俺がお前を好きだからだ。死なせたくなかったからだ」

 

 照れも恥じらいもなく、剣英は正々堂々、まっすぐに答えた。しかしその愛の告白というべきものに恥じらうほど、セイバーはうら若く純粋にできていなかった。

 

 ――これが、人間の部分か。

 

 戦うことだけで生きてきたのなら、それ(・・)は不要である。あるいは子孫繁栄という意味では、動物のそれかもしれないが――。剣英も自覚していないだけで、それは恋や愛とは全く違うものかもしれないが――

 

 

 

「よしわかった。ならば剣英、お前は儂の剣として戦え」

 

 

 皇帝の鋳型は、それでも彼を是とした。

 

 人間に何を混ぜたか。魔獣か、霊か、神か。セイバーにはわからない。だがそれでも人間ならば、どうにか使いこなしてみせる(・・・・・・・・・)

 仮にこの男が獣であったとしても、彼女の結論は変わらなかっただろう。彼女に猛獣使いの経験はないが、生前、天下取りも四十過ぎてからの話だった。人生死ぬまで、いや英霊になってからも学習である。今あるものでどうにかし、必要ならば力を身につけてみせる。

 

 それに剣英自体は、サーヴァントと戦えるという意味では悪いマスターではない。希望的観測だが、これから雷家で話を聞き剣英自体のことを知れば、もっとサーヴァントに戦闘で肉薄できる可能性もある。その上雷家自体は金持ちかつ魔導の家柄で、イギリスからこちらにやってきたエリーよりも物資量で遥かに上回っている。本拠は上海ではないため開催間近になるまで雷家のマスターを見られないが、そうでなかったらもっと早くから協定でも結びたい相手だった。

 正直セイバーの願いは九鼎を必要としないため、本当に雷家の正式マスターの補佐をして、最後には雷家のサーヴァントに負けても構わない。

 

 問題は雷家がセイバーを信用してくれるかどうかだが、そこは剣英でなんとかならないかと思っていたところ、彼女は剣英の妙な視線に気づいた。

 

「お前、一人称何だ?儂?」

「げっ、生前は一人称儂だったんだ。たまに戻るけど気にするな」

「……そういえば、お前も英霊なんだろう。何の英雄だったんだ?」

 

 剣英は既に、セイバーの裸体を見ている。彼女の外見は深窓の令嬢もかくやという美少女で戦闘には全く似つかわしくなかったが、服に隠れた部分は違った。完治しているものの古傷がいくつも残り、烈しい戦闘の中に身を置いたことがあると一目でわかった。特に左胸に残った矢傷と見えるものは一段と激しい。

 そういえば昨日も、左胸を触ろうとしたら露骨に嫌な顔をされたことを剣英は思い出した。

 セイバーは腕を組んでかぶりを振った。

 

「私の真名な。言いたいのはやまやまだが、今は秘密にしよう。魔術師の中には相手の頭の中を覗けるやつもいる。君は魔術に疎いみたいだから、そういうのにはイチコロの可能性がある」

「そうなのか。だけど昨日の男セイバーは真名言ってたぞ」

「……あんな完全無欠セイバーと一緒にするな。あいつは真名言っても損にならない自負があるんだろうが、私にはない!」

 

 何故かドヤ顔で自信満々に言い放つセイバー。妙な女だなと思いながら剣英も、無理に聞き出そうとはしなかった。聞いたところで、昨夜の男セイバー同様にわからないと思ったからだ。鈴季――セイバーと戦争を戦う、それだけでよい。

 

 

「ん?いやあいつはあいつでデッカイ欠点がありそうなんだが……まあいいや。それより雷家はもうすぐだ。いくぞ剣英」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 九鼎戦争。これは、極東にある片隅の国で行われる「聖杯戦争」を換骨奪胎した夜の戦争――というのが、魔術師道士たちに知られる一般的理解である。

 なるほど大筋では間違いではない。着想は――七騎のサーヴァントに七人の魔術師で殺しあう――聖杯戦争だ。

 しかしこの地に聖杯の概念はない。否、列強によって無理やりに開かされた現在ならばあるといえばあるが、中華に伝わるものではない。

 ならばこの地に相応しい器が必要と選定された概念が「九鼎」である。

 

 中華太古における王権の象徴(レガリア)を元にして、万能の釜を成す神の業。しかし――その術式において、聖杯と同様にはいかなかった。

 そも、聖杯と九鼎では成り立ちが全く異なる。概念と人の抱く幻想は魔術に多大な影響を与えるため、魔術において決して無視できない。

 ゆえに着想は聖杯であっても、内実は全く異なる何モノかに成り果てている。

 

 西洋世界において、神が七日間で世界を創造したとされるために七は完全な数とされている。冬木の聖杯戦争で呼ばれるサーヴァントが七騎であるのは、根源への到達を阻む抑止力を抑えるために必要な守護者の数が七であることと無関係ではない。

 

 されど、こちらは話が違う。この地において、七は西洋世界ほど尊ばれる数ではない。「九」鼎を満たすモノ。陰陽五行において奇数は陽数であり、かつ一桁で表せる最大の数は九。古来より九は皇帝の数字であり、永遠の久に通じるとされる吉兆の数である。

 

 本来九鼎の呼ぶ英霊は九騎、だったはずなのだが――元来の聖杯は七騎のサーヴァントしか呼ぶ力を持たず、九鼎システムもまた九騎召喚を成し遂げることができなかった。

 

 しかし、九鼎成就を目論んだうちのひとりはこう考えた。「一度に九騎すべてを召喚させる必要はない。一度で無理ならば、二度行えばいい」と。

 

 

 そう、此度の戦争は決して二回目の九鼎戦争などではない。

 未だ終わらぬ、十年前の続きである。

 

 

 

 

 

 

 

 徐家匯は、上海租界の南西に面した区域のことで、まだ共同租界やフランス租界ほどの開発がなされていない。よってそこは租界と違って人気が少なく、木立が茂っている。ただ阿片戦争以降、カトリックがこの地に教会を建てたため、それが名を知られている程度である。

 

 ――そのような場所に十年前、宮殿のごとき豪壮な屋敷ががひっそりと、しかし堂々と建てられていた。朱に塗られた塀に四方を囲まれた屋敷は、庭には築山がなされて海棠の木が植えられている。南面して構えられている屋敷はまさに綺楼傑閣というべき楼閣建築で、こちらも赤を基調として竜の意匠がそこここに施されたものだ。使用人、そして道術で使用する礼装やそのほかを全て収納するため、自然と広大になってしまったのだ。

 

 だがこの楼閣を知る者はごく少数で、上記の教会よりもはるかに知名度はなかった。その理由は屋敷から半径五百メートルの範囲に認識阻害の結界が張られており、それを看破できる力をもたない人間には認識されないからである。

 

 上海租界において都市伝説的に語られる「幽玄楼閣」――それが、十年前雷家が九鼎戦争に参加する為に拠点として用意した屋敷の正体である。

 

 

 そして今、その屋敷は混沌の渦中にあった。しかし混乱の中にはあったが、屋敷自体は人っ子ひとりいないかのごとく静まり返っていた。なぜなら、この広大な屋敷にはもう人は二人しかいないからだ。他の使用人、雷家の人間すべては殺されている。この屋敷にある講堂は、今も死臭と血にまみれている。今が冬だからまだいいが、それでもさらに日数を数えれば腐乱臭がそれらに代わり耐えがたい状態となるだろう。

 その屋敷一階、東端の一室。木張りの床は黒く塗りこめられ、薄暗い部屋をさらに暗く見せている。その中で、静かに怒りを込めた声を発するのは、一人の男だった。

 

「あの狗はまだか」

 

 短く刈り込んだ髪に、精悍な顔つきをした男であった。深い皺の刻まれた顔には疲労が窺えるが、その目は鋭さを失っていない。質のいい藍色の絹の功夫服を纏っているが、右腕は芯を失って椅子の背に垂れかかっている。

 名を雷建良――雷家の前代当主である。そして、前回の九鼎戦争の参加者でもある。

 

「そ、それが……昨日から指令自体は送っているのですが、何の返答もなく……」

 

 答えたのは、この雷家に仕える使用人の最後の一人である。しかしただの使用人ではなく、魔術の心得のある――雷家分家の人間だ。建良は本家の人間であり、代々の当主は本家から輩出される。分家のなすべきことは本家の補助――つまり、召使いであり奴隷である。

 

 建良は忌々しげに舌打ちをしたが、使用人の答えは予想の範疇ではあった。むしろそれは育て上げた狗が立派にこの戦争における走狗として活躍しうる性能を示すことであり、喜ぶべきことですらあったのだが――

 

 本当に、大丈夫なのか。

 

 元より、前回の九鼎戦争は不完全であり、今年の本番を経て九鼎は完全なものとなる。よって狗の成長も、今年を標準として合わせてきた。今年で十七の年になる。

 

 

 雷家は遠縁の女に概念を孕ませた。遥か太古の時代、あらゆるものを食らいつくした怪物の概念を。現代にはとうに消え失せたはずの幻想種を、崑崙山脈の奥地深くで見つけ出した――その化物の子が、雷家の走狗にして特攻兵器である。

 

 怪物は悪食にして貪欲にして貪れぬものはなく、それは形があろうとなかろうと変わらなかった。怪物は肉を食らい、財を食らい、概念を食らい、魔を食らう。魔の大敵。

 あれには幼少から雷家の術――強制洗脳をかけ、いつでも自由に操れるようにしていたが、年を重ねてその術を自力で解いている。本人は意識さえしていなだろう。

 あれに現代の魔術は通用しない。むしろ魔力を食われてしまう。今建良たちがあれを魔術で制御し操ろうとしても、あれは無意識のうちにはじいてしまう。

 

 ゆえにこちらから送る指令に何の反応も示さないのは喜ばしいが、逆に操りきれるのかという不安があった。

 

 とにもかくにも、その特攻兵器は昨日上海に到着している。最初はバンドに迎えに行く予定だったが、諸事情あって迎えに行けなかった。しかしあれには地図を渡しており、地図の指定場所――商務印書館にまで行けば、雷家の者がこの屋敷まで案内する手はずになっていた。

 しかし、あれはいつまでたっても商務印書館に姿を現さなかった。

 

 さて、諸事情あってと言うが、一体何があったのか。

 それは一昨日の一月二十日、雷家の正式なマスターである宇雷――建良の息子にして現当主が召喚の儀を行ったときにさかのぼる。

 

 

 

 あろうことか召喚された英霊は、召喚されるなり目の前にいた宇雷を殺したのだ。マスターとサーヴァント、契約の完了を見る時間さえなく突然に、唐突に。出来の悪い京劇でも見ているかのようだった。

 

 あれは常軌を逸している。思い出したくもない一昨日の夜の光景を、建良は思い出す。

 

 宇雷の絶叫と、あふれ出る鮮血。召喚の瞬間に立ち会おうと、雷家の召使いたちの多くが集まっていたあの場所で――悪鬼・サーヴァントアサシンはそれはそれは楽しそうに嗤っていた。

 

 男はどこまで紅かった。体の奥深くにあるような、ドス黒い血の色をしたマントと甲冑を纏い、抜かれていた剣も同じく紅い。人を斬って血に染まった、というよりは血そのものを煮詰めて叩き上げられたような剣。年の頃は三十の半ばといったところで、精悍さも垣間見える悪くない顔立ちの癖に――笑みが、どこまでも醜悪だった。

 

 

「――さて、消滅まで二時間から半日ってところか。アーチャーで呼んでくれればよかったものの」

 

 アサシンは殺して切り取った宇雷の両腕両足を小脇に抱え、周囲の人間を見回していた。それは、同じ人を見る目とは思えなかった。

 

 

「それまでに、無駄な人間を何人殺せるかね?ヒヒッ」

 

 

 血の気が引いた。この英霊、いや英霊ということさえ烏滸がましい悪鬼は、九鼎を巡る戦いに興味などなかった。ただ一時でも肉体を得て現界できる機会だけを求め、その瞬間に、できるかぎりの殺戮を繰り広げてそのまま消滅する気なのだ!

 他の陣営からすれば、勝手に現界して勝手に消えてくれるのだからむしろありがたいだけのサーヴァントだろう。だがこんなものを呼んでしまった雷家は冗談にならない。

 

 手始めに雷家全員を殺し、租界に打って出て神秘の秘匿も何もなく、宝具を展開して殺戮を繰り広げることだけを望んでいる。

 何故このようなモノを呼んでしまったのか、いや今はあれをどうにかしなければ――と建良が思考を必死で展開しようとしていた時、アサシンの動きが不自然に止まった。

 

「……ハァ?戦争に無関係な者を殺してはいけない?……いや、ここにいるのは関係者か。ならば――」

 

 

 血刀が膨れ上がり、部屋中が真っ赤に染まる様を幻視した。汚らわしくも雄雄しい声が行動に木霊して、終戦を告げる。

 

天生万物以養人、人無一物与天、(無用な人間を)殺殺殺殺殺殺殺(殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ)!!」

 

 

 アサシンは宝具さえ展開せずに――――世界を、血の海に変えた。使用人を、雷家の魔術師すべてを、マスターを、絶対の殺意を以て、分裂した赤黒い剣を以て、殺していった。悲鳴は聞こえているのか、飛び散る臓物は見えているのか、そもそも人を殺すとはどういうことなのか、お前は知っているのかと疑問を抱くも、それさえ打ち砕く圧倒的殺害だった。

 

 建良ができることなど何もなく、気付いたら既に周囲は骸の山となっていた。むしろ、何故自分が生きているのか不思議でならなかった。

 敢えて生かされているのだとわかったが、何のために――――?

 

 完全に棒立ちして動けない建良へ、アサシンはべちゃべちゃと血糊を踏み荒らしながら、千切れた手足を蹴り飛ばしながら近づいた。鮮血を浴びて、悪鬼そのものの姿であるアサシン。しかし何故か建良は、それを見て不思議な気持ちを抱いた。

 

 醜悪も醜悪、邪悪も邪悪だが――その顔に、人間という悪性、穢れを消した聖者の姿を幻視した。

 されどそれもつかの間、アサシンは建良に向かい、変わらぬ醜悪な顔で問うた。「魔術師の家はどこだ」

 

 

 結局そのあと、アサシンは建良を殺さずに外へと向かってしまった。元よりマスター不在のサーヴァント、半日と持たずに消えるはず。ただそれまでに何人が死ぬのか、わからない。しかし、それよりも今の状態に建良は頭を抱えた。

 一瞬にして雷家の人間が全滅させられてしまった。いや雷家の本家は揚州にあり、上海のこの拠点は戦争の為だけに造ったもののため、正真正銘の全滅ではない。だが雷家としても九鼎戦争は悲願成就の為に重要な儀式であるため、殆どの人間がここに来ていたのも事実。

 雷家の魔導は、深刻な打撃を受けたと言って差し支えない。

 

 全てが一瞬にして打ち砕かれた。壮年の建良はあまりの事態に茫然自失となり、一刻ほど動くことができなかった。しかしこの非常事態、揚州の本拠に連絡を入れこれからの方針を考えなければと動き始めたのだが、衝撃ですっかり特攻兵器のことを忘れ去ってしまっていた。

 何よりここで此度の九鼎戦争は終わったと考えてしまったことが大きかった。

 

 しかし次の日、昼もすぎて夕方になろうとしている頃、アサシンは平然とした顔で屋敷に戻ってきたのである。弱った様子もなく、屋敷を出てきたときと寸分変わらない姿で。建良を無視してあの惨劇の講堂へと平然と足を踏み入れ、触媒である髑髏を乗せた大理石の台の上に胡坐をかいて座った。血臭も死骸も、何の気にもならないようだ。

 

「忌々しいルーラーめ」

「……ル、ルーラー……?」

 

 此度の戦争でルーラーが召喚される話は、建良も知っている。九鼎戦争において他サーヴァントに対し優位な力を保持するルーラーを、我が陣営の味方にできないかとかんがえていた。しかしルーラーの現界自体数日前である。そしてルーラーに教会を通じて面会をも仕込んだが袖にされ続けており、まだその姿を見たことはない。

 

「ああ、あの皇帝は手前勝手に戦争に法を引いた。それに歯向かう者は例外なく死、だと。ああつまらんつまらん、魔術師しか殺せないなど――」

 

 矢鱈滅多に深紅の剣を振り回す姿はまるで幼児のようだ。どうやらルーラーはこのアサシンの殺戮を許すほど狂気に落ちている者ではないらしく、建良は胸をなでおろした。しかし何故アサシンは現界しつづけているのか。マスターたる宇雷はとっくに息絶えているはずなのに――。

 

「ア、アサシン。お前は何故消滅しない。マスターを殺したお前が、何故」

「ヒヒッ、何を申すか。俺がマスターを殺す?そんなことをするわけがない。マスターを殺せば俺は消えてしまうからな」

「……は?」

 

 意味が分からなかった。現界したその瞬間にマスターを殺してのけたサーヴァントが、一体何を。建良は場所も状況も忘れ、乾いた血の上を走って行動を飛び出した。殺された者を安置した暗室へ飛び込むと、忘れもしない己が息子の遺体を、両腕両足を失った達磨のような体を抱えて戻ってきた。

 

「……、これが、お前のマスターだ!お前が殺した、雷宇雷だ!」

 

 弱冠二十歳――自分から生まれたとは思えないほど優れた道士となった息子を、建良は心の底から誇りに思っていた。自分よりはるかに年若いが、十年前成し得なかった悲願を、続きを、必ず完成させてくれるだろうと思わせる息子であった。魔術師である以上、死は隣りあわせ。死は仕方がないが、目の前の悪鬼は殺したとすら思っていないとは――!

 

 しかしアサシンは、苦悶に満ちた宇雷の顔をまじまじと見たが、首を傾げるだけだった。

 

「誰だこやつは。知らん」

「――!!」

「しかし俺が現界を続けているということは、マスターはいるのだろう。どこにいるのかは知らんが」

 

 怒りと、悲しみと、身の危険と、全ての感情に押されながらも、建良はこの不可思議な現象を理解した。あまりにも怒涛の展開過ぎて聞き逃していたが、アサシンは「天生万物以養人、人無一物与天、(無用な人間を)殺殺殺殺殺殺殺(殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ)!!」と叫んでいたではないか。

 

 

 生前のアサシンは、部下に家族を皆殺しにするよう命じ、翌日家族を呼ぶも当然来ない――自分が殺したことすらもすっかり忘れているという人間だった。

 それと同じで――アサシンは、マスターを殺したことすら忘れている。アサシンにとって、マスターはまだ生きているのだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 アサシンの宝具は、そういう宝具なのであろう。

 

「……ッ!!」

 

 ならばこれをどうしろというのだ。マスターがいなくても魔力供給と憑代の問題が解決されるならば、誰がこれを殺せるというのか。

 ルーラーの縛りで、アサシンは無差別一般人殺戮は行えない。しかし仮にこれからともに戦い勝ちぬけたとしても令呪がないため、雷家の悲願たる願いを叶えるためにアサシンに自害を命じられない。

 

 だが、そこで建良は狗――雷家の特攻兵器の存在を思い出した。あれを以てすれば、最後にアサシンを仕留めることができるかもしれない、と。

 アサシンは正気ではないが理性がある。ルーラーの存在で虐殺を制御し、特攻兵器と共にマスターを屠り、最後に兵器にアサシンを殺させる。これで九鼎を完成させることができる。

 

 まだ終わっていない。アサシンも狗も、操りがたき道具だが希望はある。準備段階である前回優れた結果を残せなかった己ではあるが、逆に言えば前回の経験がある。

 ゆえに不安に駆られながらも、建良はその狗を呼び寄せようとしているのだ。しかし昨日から呼び続けているが、今日一月二十二日に至っても無反応。

 

 指令には答えずとも、まだ居場所はわかる。建良はそばに控える使用人に、強い口調で命じた。

 

「お前、狗――剣英を迎えに行け」

 




★人外コンビ主人公陣営です。いや主人公とヒロインやで?????
剣英と女セイバーの濡れ場で18禁化の危機だったけど、誰も得しないし話長くなるしキンクリされました。左胸の矢傷は生前の死因(致命傷級のもそのまえにも一発)。
ダメ中年クソニートの印象が強い生前の女セイバーですが、皇帝業はサボってない、というかあんまり長安にいないで反乱鎮圧に出てたり匈奴をボコりに行ったり(逆にフルボッコにされる)、結構活動してるからやらなきゃあかんならやるって感じです。逆に言えば目的がない、危機に迫られないとなーんもしない、日がな酒飲んで博打して幸せ満足……ある意味主体性/zero。
一歩間違えればこのSS、生前李書文(ジジイ)出てくる

★アサシン当初と予定変更したんで、「至仁の皇帝」あたりのアサシン表現変えましたサーセン
雷家は触媒に偽物を掴まされたんでしょう。あんなん呼ぶ気ありませんでした。
バーサーカーは明るいマジキチ枠だけどアサシンは暗いマジキチ枠。飛び出してったアサシンは某潤華ちゃんを襲っています。男セイバーに追い払われてから街をさまよってるけど、一般人殺したらルーラーによるお仕置きタイム(ダンロン的な意味で)なので自重。
サーヴァント的にはめっちゃ強いというわけではない。人間殺しは最速かもしれないけど(アンリか)
バーサク宇宙大将軍の方が召喚早かったのでアサシンになっちゃいました(こなみ
スキルは精神汚染と加虐体質絶対ある
ちなみにFGO解析にいるという秦良玉タン(中国史で名前の残る女武将)の大敵でもある。

★日本史fateの方で「チャイナfate鯖でFGOの宝具カードだと何になる?」という細かい質問もらったので。FGO妄想マジとめどない

女セイバー:Arts
男セイバー:Buster
アーチャー:Buster
ランサー:Quick
ライダー:Quick
キャスター:Arts
アサシン:Buster
バーサーカー:Quick
ルーラー:Buster


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1月22日 野望の裁定者

何故だ、何故なのだ。俺が統治する王朝こそが、至上で最も尊く祝福されるべき皇帝であるはずなのに。

何故皇帝となったのに勝てぬ。何故皇いなる帝たる朕に従わぬ。
何故――朕の元から去っていく。

『天生万物与人、人無一物与天、鬼神明明、自思自量』――慈悲深い神は全てを与え、人は天に何も返さない。神は全てを知っている――ゆえに、自ら考え自ら反省せねばならない。

この四川は朕のものであるがゆえに、朕は神にも等しく。
朕は全てを与えようとするのに、民は何も返さない。

ならば、そのような民など害悪。
そして、自分のモノは自分がどうしようと勝手ではないか?


「――アサシン」

「……」

 

夜が明けてから租界の徘徊をやめ、この屋敷に戻ってきてからは血濡れの講堂の台座に乗り、どうしたものかと思案していたのだが少し眠ってしまったらしい。アサシンが目を開くと、そこには右腕のない壮年の男が立っていた。

何やら険しい顔をしている。戻ってきたときになにやらわめきたてていた男であることは覚えているが、それだけだった。

返事をしないアサシンに、男――雷建良は気を決して口を開いた。

 

「アサシン、お前は九鼎に願いはないのか」

「……?ない。俺はただ、人を殺し続けたいだけだ」

 

そうだ、(おれ)に何もなさぬ害悪をひたすら殺して回りたい。幸いにも自分の宝具は人殺しには向いている。しかしアサシンというクラス上の制限もあり、サーヴァント戦では弱い部類に入る。

 

「人を殺したいというのならば、そんな殺し方ではなく九鼎を手に入れて好きなだけ殺せばいいと思わないか」

「ほう、なかなか見どころのあることを言う。だが、仮に俺が九鼎を手に入れる立場にたったとて、最後にはルーラーは立ちはだかる。あれは俺の願いを聞き届けまい」

 

召喚した瞬間に叩き込まれたルーラーの法。――九鼎を得ようとする者は、その前にルーラーの裁定を受けねばならない――しかし、それは建良にとっては知らぬことであったが。

 

アサシンと共になんとか戦争を続ける腹の建良は、恐れながらもアサシンの態度に内心首を傾げた。召喚したての時は九鼎に興味などない様子だったため、建良は説得にあたりどう九鼎に興味を持たせるかを気にしていた。

だが今話したところ、九鼎に興味がないことはないが、手に入らないから諦めているという雰囲気を感じた。九鼎を手にできなくとも、それまでに殺せるだけ人間を殺したい。狂っていながら諦めているような、そういう意思を感じるのだ。

 

「……お前の宝具はある意味破格のものだ。それにアサシンの気配遮断はマスターにとって脅威な上に、ルーラーの特殊スキル「知覚能力」をもかいくぐるだろう。むしろお前というサーヴァントだけが、ルーラーの目をすり抜けうる可能性を持っている!」

 

アサシンの宝具――その名は定かではないが、おそらくマスターが不在でも魔力供給を可能とするものだ。アサシンがマスターが殺されたと認識しないかぎり、マスターを存在し続けていると誤認して魔力の供給と憑代を得る。サーヴァントはいくら強くとも霊体であり、憑代のマスターなしには肉体を保てない。

ゆえに極端な話「マスターを護る必要がない」アサシンは異常なサーヴァントだ。

建良は一歩前に踏み出し、血濡れの男へ左手を差し出した。

 

 

「もっと人を殺したいんだろう!ならば、俺と共に九鼎を取るのだ!八大王!」

 

建良がアサシンの返答を聞く前に走ったものは、悪寒だった。この講堂の扉は閉じられていた筈だが、いつの間にか開かれていてそこから一条の光が差し込んでいた。アサシンの視線の向こう、建良の背後から声が響く。

その声自体は変声期を終えたくらいの、下がりきらない少年の声でありながら――恐ろしく冷淡な色を含んだ声だった。

 

 

「――人を殺したいとな?魔術師」

 

逆光の中で立っていたのは――黒い僧衣に赤頭巾、金の錫杖を持つ少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

蘭々(らんらん)は徐家匯の林の中を、白い息を吐きつつ急ぎ走っていた。中華民国の学生らしい服装――上着は中華風で、縦襟に布ボタンで留め、下は紺のスカート――をしていた。靴は功夫シューズのため、整備されていない林はさぞ歩きにくかろうと思われるが、彼女は簡単な身体強化でそれを苦にしていなかった。

彼女は建良から狗――雷剣英を迎えに行けと命じられたため、今急いで彼の元へと急いでいるのだ。ただ、仮に剣英に来てほしいと言ったところで、彼が断わればそれまでではある。戦闘力でいえば、圧倒的に剣英が上なのだ。

 

彼女は雷家の戦争が危機に瀕していていることに対し、大いに焦っていた。しかし、彼女の心は焦燥一色に染まっていなかった。

 

雷剣英。彼女はただ剣英に十年振りに会えるということに、踊っていたのだ。

 

蘭々が生まれたのは十五年前の上海。剣英が二歳ほど年長で、年かさも近いこともあってお互いに遊び相手だった。

剣英も本家の人間ではないが、その特殊な事情ゆえに特別待遇、言い換えれば腫物扱いに近かった。しかし剣英自身は知らないのか気にしていないのか、ごく普通に蘭々に接していた。その友達が、前回の九鼎戦争が始まるや否や日本に行かされてしまったのだ。

 

蘭々はその理由がわからない。しかし、彼が十年後に絶対戻ってくることは知っていた。彼はそのために生み出されたから。

だからこの二回目の九鼎戦争を待っていた。上海で戦うはずの剣英に再会し、彼を助けて戦い、九鼎を無事に手に入れることを。そうしたら彼はお役御免で、自由に生きることができるから、自分と――

 

できるから、何だ?蘭々はかぶりを振った。ぱちぱちと自分の頬を叩いて、スカートのすそを払って再び走り出した。

 

剣英を強制的に操ることは不可能でも、雷家の術の残滓まで消え去ったわけではないため居場所の特定はできる。蘭々は首から下げた特製の魔力針――魔導器では簡素なもので、魔力の強い方向を指す道具だが、これは剣英のいる方向を指す――を見て、息をのんだ。

 

魔力針が少しもぶれることなく一定の方向を指して固まっている。

 

「……まさか、すごく近い?」

 

その時、樹間から影が二つの影が飛び出してきた。相手も蘭々に気付いて、その足を止めた。

 

 

「……?」

 

焦げ茶色の髪を後ろで三つ編みにしているのは、十年前と変わらない。鋭い目つきも変わらない。ただ体は成長期の青年らしく、蘭々より遥かにたくましく男らしくなっていて……

 

「お前誰だ」

 

声変わりした低い声にあっさりとそう言われて、蘭々は少なからず衝撃を受けた。しかし仰せつかった役目の第一段階を超えることはできて安堵した。

 

「……わ、私は雷蘭蘭と言います。剣英さんですよね」

「おっ、なんか知らんがあっちから迎えに来てくれたみたいだな」

 

剣英の後ろからひょっこり姿を見せたのは、年の頃は蘭々と同程度の少女だった。これまた彼女は衝撃を受けたが、視線を剣英に戻した。

 

「前……いえ、現当主の建良様がお呼びの為、お迎えにあがるところでしたが……あの、こちらの方は?」

「劉鈴季だ」

「それでわかるか!そこのカワイ子ちゃん、わしはセイバーのサーヴァントだ。マスターはこいつ」

「は……?」

 

あまりのことに、蘭々は間抜けな声を漏らした。何故剣英がサーヴァントと契約しているのか、そもそもマスターではないと召喚できないはずでは、などと彼女の思考は一気に混乱に突き落とされた。

……しかし、あの狂ったようなアサシンよりは、正体は知れないもののまだまともそうなこのサーヴァントの方が良いのではないか。それに、うまくいけば二騎の使役が可能なのではないか。短い間に蘭々なりに考えてはみたが、自分の役目は剣英を連れてくることであり、考えることは建良の仕事であると思い直した。

 

 

「……セイバーさんも一緒にご案内します。ついてきてください」

 

 

蘭々はくるりと踵を返して、今来た道を引き返し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

建良は思わず息を殺していた。初めて見る少年にもかかわらず、己は彼に体の芯から恐怖していることを認識した。それでもみっともなく取り乱すことがなかったのは、彼とて一端の魔術師であり、十年前の戦争を潜り抜けた戦士だからでもある。

 

土足のまま、少年は悠然とした態度で建良とアサシンに近づく。この部屋にこびりついた惨劇の跡――色褪せた血液の跡と乾いた臓物の欠片に、眉ひとつ動かすことなく。

 

少年が建良の隣を通り過ぎる時――建良はその横顔をまざまざと凝視した。十年前の戦いを思い出し、あの恐ろしい狂戦士の面影を見る。

まさか、との思いがよぎる。その時、こちらも態度を変えないアサシンに対し、少年が口を開いた。

 

 

「生前も今も、アサシンとは実に不愉快な存在だ。気配遮断とはほとほと煩わしい」

「――ならばなぜ、お前は俺を突き止めた?」

「皇帝にしてルーラーである俺に不可能はない」

 

元々穏やかな雰囲気とは程遠い場ではあったが、一瞬にしてこの講堂は殺気に満ちた。これがルーラー……此度の戦争を支配する管理者。憑依顕現によって、ルーラーは本来の外見で現界していないとすると――建良の背中に、冷や汗が溢れた。

 

「言い残すとは何の話だ、ルーラー」

「存外察しが悪い。お前にはここで消えてもらう」

「俺はお前の法に触れていないが」

「知っている。だが、明らかに法を犯すと判っている者が法を犯すまで待つ道理はあるまい」

 

正直殺すだけならここに来る必要もなかったが、と嘯いてから、ルーラーはいきなりその目を建良に向けた。「このような英霊を呼び出した道士(あほう)を罰するべきかとも思ってな」

 

建良は自分が腰を抜かさなかったことに感動した。疑念は既に確信に変わっていた。このルーラーという英霊は、十年前の九鼎戦争におけるバーサーカーの英霊に相違ないと、彼の全感覚が訴えていた。

なぜあの英霊がいまここに、しかもルーラーとして顕現しているのか。

 

「さて、八大王。何か言い残すことはあるか」

 

サーヴァントに対して圧倒的優位を持つルーラーに対し、それでもアサシンは動揺を見せない。仄暗い声で答える。

 

「俺は九鼎にも召喚された英霊との戦いにも興味はない。ただただ、(おれ)に何も報いぬ民を殺して殺して殺しまわりたいだけだ」

「奇遇だな。俺も英霊の戦いに興味はない。ただただ、無関係な民に被害を加えたくないだけだ」

 

八大王――その名を張献忠(ちょう けんちゅう)。明末、反乱軍の首領の高迎祥(こうげいしょう)の下に投じ、李自成(りじせい)とともに反乱軍を率いた流賊である。しかし李自成が北京を占領した後に袂を分かち、長江流域へ攻め込み湖南、江西から四川に侵入して独立勢力を形成したが、その地において多数の臣下と民を殺戮した。

 

彼の残虐には枚挙に暇がない。虫の居所が悪かった時に、部下に命じて自分の息子や妻妾たちを皆殺しにし、あまつさえ次の日にはそれを忘れている。さらに部下に「何故止めなかった!」と叱り皆殺しにしたなど。

役人を集めその前に犬を連れ出すと、犬が臭いを嗅いだ者を殺し、これを「天殺」と呼ぶなど。

科挙を行うとの触れを発し、集まってきた知識人のうちで身長百二十センチ以上の者を殺した。数万人の学生のうち、助かったのは子供二人のみだった、など。

 

何故彼がここまでの暴挙に走ったのか。粛清に次ぐ粛清は何のためにあったのか。ルーラーは淡々とした声で語る。

 

「天生万物與人、人無一物与天、殺殺殺殺殺殺殺――天は万物と人を産み、人は皆天の恩恵を受けた。だが人は何も天に返さない。そんなモノは殺してしまえ、か。お前の言う天とはお前そのもの。自分の国であるのに、自分の意にならない民であり四川ならば自分で壊してしまえと思ったのか――」

 

元々歪んだ性癖を持っていた彼が、追い詰められて自らの破滅へと走った。かつては民を慈しみ慈愛する心があっても、戦争で追い詰められ彼は「自分のモノ」である「国」ごと道連れにしようとしたのか。

 

(おれ)のものが他のモノになるくらいなら、(おれ)は自分で壊す。その方が民も幸福であろう――(おれ)に殺されるのだから」

 

アサシンの瞳は何処までも真っ直ぐで澄んでいた。己の思いに一かけらの疑いもなく、絶対のこととして信じている。

ルーラーは舌打ちをして、蔑むように口を開く。

 

「……お前では駒にすらなら「七殺碑・(チーシャベイ・)殺殺殺殺殺殺殺(シャシャシャシャシャシャシャ)」」!!

 

ルーラーが言い切る前にアサシンの怒声と共に、世界は深紅に染まった。アサシンの背後に血で染まった――否、血そのもので製造されたと思える剣が百、千、数え切れぬほどに浮かんでいた。宝具は当然ルーラーを指向しているが、場所柄建良もそのレンジ内に置かれてしまっている。その時彼は、強烈な欲望を抱いた。今すぐアサシンの足元にすがり、己が首を撥ねて殺してほしいという奇怪な欲望を。その甘美な欲望に絆されて、建良はふらふらと殺気渦巻くサーヴァントの間に割り入ってしまう。

 

その建良になんら気をかけることなく、ルーラーは手を横に振った。

すると背後に、公園での争いの時の如く――いくつもの紅い波紋が広がり、アサシンと負けず劣らずの数の剣が顔を覗かせた。

 

 

「――三千刀(サンチェインダオ)

 

 

静寂は一瞬だけだった。刹那――ルーラーの剣とアサシンの剣が、一斉に空を駆った。講堂内を埋め尽くすほどの剣、剣、剣の嵐。耳を劈くほどの甲高い金属音が途切れることなく続き、耳を聾するほどの轟音となった。剣は相手の剣に弾かれ弾き、それが無数に繰り返されていく。

しかしその終わりを待つルーラーではなかった。アサシンの宝具につきあってやったのは戯れとばかりに、彼は手を伸ばした。

 

 

「令呪を以て命ず――アサシンよ、己の目を繰りぬけ」

「!!」

 

その瞬間、アサシンはその言葉の通り、己が指で己が目を繰りぬいていた。さらにルーラーは告げる。

 

「重ねて令呪を以て命ず――アサシンよ、己の首を撥ねよ」

 

令呪の強制力に逆らうことはできず、アサシンは己が剣で己が首をあっさりと撥ねた。胴を離れた首はそのままぼとりと紅い床に落ち、それと同時にアサシンの飛剣は形を保てず、立ち消えた。すでに床に落下していた紅の剣も次々と雲散霧消し、ルーラーの剣だけが散らばっていた。

ルーラーは赤い波紋から突き出た剣を一振り掴むと、つかつかと胴だけのアサシンに歩み寄り、剣に首を突き刺して台座の上に置いた。それから抉り取られた眼球を――神経がひも状につながっているそれを剣でひっかけて放り投げ、天井から釣られている橙色の電燈にぶら下げた。

 

 

「――殺した友人の首を眺めて楽しんだお前も、己の首を眺めて楽しんだことはなかろう?」

 

ルーラーは手を振って無限に出した剣を消し、笑みさえ滲ませた声で、最早聞いてはいないであろうアサシンに優しく声をかけた。

 

「お前では駒にさえならぬ、粛清(ころ)すしかない。――さて、魔術師」

 

やおらルーラーが振り返った先には、汚れた床にひっくり返っている建良がいた。あちらこちらに飛び交っていた剣による擦過はあれど、致命傷に至る傷はない。手練れとはいえ魔術師にサーヴァントの攻撃が防げるはずはなく、彼が今存命しているのはルーラーが自分の剣を以て建良に当たる剣を弾いていたからである。

 

 

「貴様は粛清(ころ)すが、選ばせてやる。俺の問うことに正直に答えて死ぬか、答えずに九族もろとも死ぬか」

 

高みから見下ろしてくるルーラーに対し、建良は答える術を持たなかった。驚愕と恐怖、状況の余りの唐突さに完全に狼狽えていた。もしこれがルーラーでなければ、彼はもう少しまともな顔で「問いに答える」と口にしていたはずなのだ。

 

十年前の戦争の悪鬼。最強のサーヴァント・バーサーカー。建良の右腕を奪い、九鼎に最も近付いた英霊。

中華史上最強の皇帝独裁の実行者にして、臣下を官吏を殺戮し尽くした英雄。

その真名は朱元璋。初代明王朝皇帝にして、洪武帝と呼ばれた皇帝である。

 

 

十年前を想起し、建良は必至で声を出そうとしたが叶わなかった。自分は死ぬのはまだいいが、九族殺されるとあっては、揚州に残った雷家の人間も全滅する。この英雄の宝具は、魔術を家業となす者にとっては自身の死よりも辛いものを与える。

 

ルーラーの背後に赤い波紋が広がるのを見て、建良はなおさら焦った。その時――彼にとっては僥倖というべき天の使いが現れた。

 

 

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 

場にそぐわない間抜けな声が、暗い行動の中に響き渡った。開かれたままの出入り口には、二人の少女と一人の少年が立っていた。声の主である黒髪に赤い旗袍の少女は口をあんぐりとあけていて、もう一人の青い女学生服を着た少女はあまりの光景に顔を蒼白にし、最後の少年は得に興味もなさそうに部屋の惨状を見回していた。

 

建良はまたしても驚愕に包まれていた。少年と女学生服の少女はわかったが、赤い旗袍の少女が、何故ここに居るのか。彼女もまた、十年前の戦争のサーヴァントではないか。

 

ルーラーは赤い波紋を消して、機嫌悪げに闖入者たちの方を向いた。「貴様ら、何をしにきた」

「それはこっちのセリフだ!一体お前は何を……うぉっなんかサーヴァントが消えた!?」

 

ルーラーたちの背後で台座に首だけ乗っていたアサシンが、いま消滅を迎えた。学生服の少女もびくりとして驚いていたが、少年の方は無反応だった。

 

「おいルーラー、そこのオッサンに何しようとしてんだ」

「マスターとしてサーヴァントを召喚したにも関わらず、御せずにサーヴァントが危うく関係のない民を殺害しようとした咎で粛清(ころ)す」

 

この屋敷にたどり着く道すがら、学生服の少女――雷蘭々から雷家のいきさつを聞いていたセイバーはうむ、と一度黙った。

 

「理屈はわかった。でもさぁ、わしそのオッサンに用があるんだよ!一日……いや半日だけ処刑待ってくんない!?そのあとちゃんと渡すからさ!」

 

今度はルーラーが黙った。しばし難しい顔で黙考したのち、何を思ったのか殺気を消して僧衣の裾を払い、かつかつとセイバーたちの方へ歩み寄った。じっと背の低いセイバーの目を見据え、簡略に言い捨てた。

 

「……好きにしろ。適当な時に粛清(ころ)しにくる」

 

ルーラーは頭巾を目深に引き下げ、そのまま外へとでていく。ぶつかりそうになった蘭々は怯えたようにさっと身をよけた。一触即発の場ではなくなっているが、重苦しい空気は変わることなく、沈黙だけがルーラーを送るはずだった。

 

しかし、セイバーは振り返ってひとつ尋ねた。

 

「おいルーラー、一つ聞くが、お前の目的は何だ?」

 

その問いに、彼は足を止める。そしてゆっくりと振り返り、頭巾の奥から深く暗い笑みと共にはっきりと答えた。

 

 

「皇帝たるもの、願いなど決まっている――――人民の、そして世界の平和だ」

 

 

 

 

 

 

 

「うへぇ」

 

ルーラーがいなくなった後、溜息をつきながらセイバーは改めて講堂の中を見回した。

 

「てっきりルーラーがはしゃいだよーな光景だけど、蘭々の話を聞くにアサシンの仕業らしい」

 

講堂内を染め上げる朱色は色褪せ乾いており、唯一新鮮さを保つ赤は台座の上――先程までアサシンの生首が乗っていた――と、その周辺だけだ。徐家匯の林の中で蘭々と出くわしたセイバーと剣英は、この屋敷への十数分間の間に、ここ数日で雷家に起こった出来事を聞いていた。

 

アサシン・八大王張献忠のために、上海に来ている雷家の者がことごとく殺されたこと。ここで生き残っているのは、蘭々と前当主の建良だけであること。

しかし、ルーラーがここにやってきていることは蘭々にも寝耳に水だった。

ルーラーの気配を察知したセイバーたちが講堂にたどり着いたときには、全てが終わった後だった。

 

「ルーラーは一体なんの用でここに来たんだ?おい、そこのオッサン立ちな」

 

セイバーはひっくりかえったままの建良に向かい手を差し出したが、我に返った建良はルーラーを見た時ほどではないが、目を丸くして言葉につまった。

 

「おまえは……十年前の、セイバー!何故お前までもがここに!?」

「あーもーめんどくせーな。その点も含めて話したいことがあるから、とにかくここから移動しようや。蘭々、来客用の部屋でもなんでもいいから案内してくれ。ここは生臭すぎる」

「……なんであなたがしきってるんでしょうか……?」

 

セイバーの方針に異論はないが、他人の家で妙に図々しく仕切る彼女に向けて蘭々は首を傾げた。セイバーはそれに取り合わず、剣英を引き連れてそそくさと講堂から出て行った。

 

 

 

 

 

ルーラーは雷家の屋敷を一顧だにしなかった。今は屋敷を取り囲む林を最短距離で走りぬけ租界へと戻る途中である。

アサシンは、気配遮断のスキルでルーラーさえもその座標はつかめていなかった。しかし、一昨日――アサシン召喚の暫く後、租界の外れで攻撃に移ったアサシンは、気配遮断を切ってしまった。アサシンの気配遮断は、影に徹する限りは存在を隠しおおせるが、攻撃する場合はその精度が大きく落ちる。その瞬間ルーラーはアサシンの座標を特定したのだが――近くに錦衣衛がおらず、かつアサシンは再び気配遮断をしたために本拠は突き止められなかった。

 

――しかし、面白いところからアサシンの正体は割れた。

 

雷家はルーラーの面会を協会を通じて求めていた。仮にその申請がなくとも、ルーラーは戦争に参加しうる魔導の家は錦衣衛を送り込んだり、自ら足を運んだりして調べる予定だった。しかし租界の地理の把握に多くの錦衣衛を割いており、まだそちらは完了していなかった。

そして地理調査が済んだ昨夜、公園における激突の後に錦衣衛を雷家に飛ばしたが――明らかなる異常を目撃した、という成り行きであった。

 

 

(陛下……いいんですか?)

 

林の中を疾駆するルーラーの頭の中に、元々の肉体の持ち主の声が響いた。その問いの内容は明白――何故建良を殺さなかったのかということ、それに建良に聞くべきことを聞かないまま、女のセイバーに引き渡してしまったということだ。

 

(……聞きだせるのはアレだけでもない。別の人間でも十分だろう――それに当初の目的はアサシンの抹殺だ)

(でも、建良というひとは生きています)

 

仲は建良をルーラーに殺してほしいわけでも、止めてほしいわけでもない。建良が死のうが生きようが、仲には何の影響もない。

ただ純粋に、「自分で英霊を召喚しておいて御すことすらできない愚かな魔術師など情状酌量の余地なし」と切って捨てたルーラーが、あっさり処刑を辞めたことが不思議だったのだ。

ルーラーは暫し黙考した後、口を開いた。

 

(あのセイバーも、何か目的があり魔術師から何かを聞き出したかったのだろう。あれはアサシンのように、法を破ることはすまい。善人ではないが、いいたてるほど悪人ではない)

 

仲はその言葉を聞き、少し驚いた。大体においてこのルーラーは、馬鹿にしているというか、下に見ているというか、とにかく疑ってかかるのだ。特に魔術師に関してははなから毛嫌いしている向きもある。その彼が、多少なりとも肯定的なことを述べるのは珍しい。

 

(あの人のこと、信頼しているんですね)

(痴れ者が。信頼してはない。信用はしているが)

(……?どう違うんですか?)

 

仲の会話に付き合うのが億劫になってきたのか、ルーラーは「辞書でも引け」と言い捨てて、それっきり仲の呼びかけを無視した。辞書も何も、この体はルーラーの支配下にあるわけで、ルーラーが引いてくれなければ仲も読めないのだが。

 

その時、再びある疑問が仲の中に浮かんだ。

 

-―ん?……建良さんを生かしておくんだったら、聞きたいことはあのセイバーさんと一緒に聞けばよかったんじゃないのかな……?

 

仲はそれを問おうかと思ったが、ルーラーは完全に集中し始めて仲のことを全く蚊帳の外においていたため、無視されるのがオチである。彼はまあ、いいかとその疑問を心の片隅に追いやった。

 

 

危ういアサシンを始末し、ひとつ事案は片付いた。しかしルーラーにやるべきことは山積している。居場所を特定できないのはアサシンだけではなく、ライダーもだった。

否、正確に言えば特定はできるのだが、あまりにも動きが早すぎて、特定した場所がすぐ無意味になってしまうのだ。ただその移動の記録を集積して解析すれば目的や行動パターンを掴めるだろう。

しかし、ライダーは正確な真名は不明だが、間違いなく「中華の敵としての何物か」――アサシンのような危険な気配は現在ないが、何をしうるか不明である。

 

――全く、背中の令呪を以てすべてのサーヴァントを自害させられればいいものを。

舌打ちをして、ルーラーは誰に言うでもなくひとりごちた。何もなければ、ルーラーはルーラーとして上海にたどり着いた瞬間に、それぞれサーヴァントに自害を命じて戦争を終わらせている。こんなバカげた戦争を企てた魔術師もろとも皆殺しにして終わりにしたいのだが、十年越しの戦争はそれを許さない。

 

たとえルーラーが何もしなくとも、各陣営は殺しあい数を減らすだろう。時間は限られている。急がなければならない。

 

「――」

 

キュ、とルーラーは足を止めた。徐家匯の林を抜け、租界の南端へと戻ってきた。既に日はのぼり、フランス租界の美しい街路樹の歩道には人がちらほら見かけられた。

ライダーの動向を追いつつ、さしあたってルーラーが向かっているのは上海租界内、フランス租界のここからさらに北、バンドにほど近い屋敷。

 

 

上海裏社会を牛耳る男、杜月笙の本拠にして――アーチャーのマスターの本拠である。




ルーラー「俺の目的か?…………世界平和だ」(ニタァ……)
女セイバー「ッ世界征服とはいいよる……ってえ?平和?」

ルーラーの三千刀はバビロン風イメージだけど、アサシンの方は東方の咲夜さんのナイフ的イメージ
【CLASS】アサシン
【真名】張献忠【時代区分】明末
身長:180cm/体重:71kg
属性:混沌・悪

クラススキル

気配遮断:B
 サーヴァントとしての気配を絶つ。
 完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。

固有スキル
精神汚染:A
 精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。
 ただし同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しない。

加虐体質:B
 戦闘において、自己の攻撃性にプラス補正がかかるスキル。プラススキルのように思われがちだが、これを持つ者は戦闘が長引けば長引くほど加虐性を増し、普段の冷静さを失ってしまう。バーサーカー一歩手前の暴走スキルと言える。

無辜の怪物:C
 生前の行いから生まれたイメージによって、過去や在り方をねじ曲げられた存在。 能力・姿が変貌してしまう。ちなみに、この装備(スキル)は外せない。
四川にて大殺戮をしたとされるが、明末の混乱の出来事のため、後々史書で清の殺戮を押し付けられた可能性がある。

適合クラス:バーサーカー アサシンの素質、あんまない


【宝具】
誰が家族を殺したか(シェイシャースラ)
ランク:C
種別:対魔術宝具
レンジ:―
最大補足:1人

自分で部下に妻や子を殺せと命じながら、次の日それを忘れ「家族は何処だ」と聞いて殺したことを思い出したことによる逸話の具現。たとえマスターが殺されたとしても、アサシンが「マスターは生きている」と誤認することで、変わらず魔力供給と憑代としての役目を死んだマスターに負わせることができる。アサシンが「マスターは死んだ」と認識した瞬間に宝具の効力は失われる。
実質、マスターを護らなくても戦争続行が可能なある意味凶悪な宝具。

七殺碑・(チーシャベイ・)殺殺殺殺殺殺殺(シャシャシャシャシャシャシャ)
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:1~10
最大補足:1~???人

張献忠は民衆の虐殺をしたのちに『天生万物以養人、人無一物以報天、 殺殺殺殺殺殺殺』と刻んだ石碑を建てたとされる。四川を無人に帰すほどの殺戮の具現。
張献忠は科挙を行う、宴会をするなど標的を呼び出して殺すことが多く、かつ斬殺が多かった。
血で製造された無数の剣が、一斉に放たれ襲い掛かる。またレンジ内にいる者は理由もなく張献忠に殺されたいという強烈な願望を抱き、彼に自ら近づいていく。(Bランク以上の対魔力で抵抗可能)
ルーラーは混沌の魂でレジストしてる感。

七殺碑の方はノッブの三千火縄銃みたいなものだから、ウザイけど対魔力さえあればどうにかなる可能性がデカイからやっぱりマスター殺しをすべきなアサシン。

【補足】だいたい本文でしてたけど
八大王。明末、反乱軍の首領の高迎祥の下に投じ、李自成とともに反乱軍を率いた流賊である。しかし李自成が北京を占領した後に袂を分かち、長江流域へ攻め込み湖南、江西から四川に侵入して独立勢力を形成した。
その四川統治時代、内部の引き締めのために多数の臣下を粛清した。だがこれが大きな反発を招き、さらに大きな反乱を呼んだ。そうして張献忠はさらに粛清を続け、それはいつしか意味あるはずの粛清から粛清の為の粛清となり、四川は無人の荒野に帰したという。






【CLASS】ルーラー
【真名】朱元璋(洪武帝)【時代区分】元末明初
明王朝初代皇帝。生まれは貧農(流民のホームレスまがい)、かつ飢饉と疫病で肉親兄弟をあらかたなくすという中華史上、最も底辺から皇帝に成り上がった人物。紅巾党の乱に参加し、そこで頭角を現し江南を統一し呉王を称する。その後各地の群雄を下したのち、元朝を打倒すべく北伐を成功させ応天府(南京)で即位し、明王朝を創始した。
即位後は重農政策を行い農民を養う一方、官吏や知識人の大弾圧を行った。さらに自分の亡き後を心配してか、二十年近く死の間際まで建国の功臣を粛清し続けた。大粛清において連座した官吏・商人の数は五万~一〇万とも言われる。
(乱世で敵軍十万二十万を殺すことはしばしばあるが、統一後の粛清でここまで多くを処刑したのは朱元璋が初)



【宝具】
皇帝は全てを見ている(ジンイーウェイ)
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:1~999
最大補足:1~10人
生前の皇帝直属の特務機関(秘密警察)。ルーラーの魂を半分に分け、『錦衣衛』の一員として自由に動かし、戦闘をも可能な『皇帝の手足にして目』。生み出せる錦衣衛の数に限界はないが、多く出すほど一体一体の能力値が下がっていく。(錦衣衛一体の時、その錦衣衛の魂量はルーラーと同等(二分の一)。二体の時は、四分の一の魂量となって二体……となる)『百の貌のハサン』のように生前から多重人格・分裂した魂の持ち主であったわけではないのに、力づくで魂をカチ分って生み出しているため、負担が大きい宝具。ルーラードカ食いの主原因。
また錦衣衛を一体でも出している時、ルーラー自身の魂量も半分のため全力での戦闘ができない。
現在10体前後出している。


天網恢恢・大明律(ダーミンリュ)
ランク:A
種別:結界宝具
レンジ:1~999
最大補足:1~???人(というか、レンジ内全て)

ルーラーと生前の臣下が作り上げた明王朝の基本法の具現。
張った結界そのものにルーラーが後述した法律(ルール)を刻み込み、それに違反したサーヴァントをルーラーの宝具で即座に滅殺する。ルーラーは現在三つのルールを刻んでいる。
ルールはルーラーが持つ聖諭を記す布に自動筆記されている。「法より皇帝が上」論でルーラーのさじ加減でいくらでも書き直しができる。
この宝具はルーラーとして呼ばれたから付随した&使用できるものであり、そうでなければあまり意味がない&燃費だけが悪いクソ宝具。そもそも「ルールに違反した者を即座に罰することができる」のは、ルーラーのクラススキル「知覚能力」に依っている。場合によってはアサシンにはうまく働かない可能性がある。
また対象は『此度呼ばれたサーヴァントと、召喚したマスター』に限られる。



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1月22日 基本方針策定

十年前の上海。この土地が自由都市としてすでに繁栄を謳歌している最中に、夜陰にまぎれて行われた戦争があった。

静まり返った外灘のさざ波を見つめながら立つ二人の英霊がいた。片や最優のサーヴァント・セイバー。片や最強のサーヴァント・バーサーカー。
その二人の英霊は、よく似た英霊だった。双方とも卑賤の身から始まり、果ては皇帝にまでなりあがったのだ。そして輝かしい栄達に反し、晩年は粛清に暮れたことまで同様だった。

にも拘らず――二人の在り方には、海溝よりも深い溝が横たわっていた。

セイバー――矮躯の女性は、やや伏し目がちに、それでもはっきりした声で告げる。その色は警告であり、半ば敵意が滲んでいた。

「お前の願いはダメだ。誰も得しない。お前さえも」

欲望の皇帝は、欲望を肯定する。彼女はそれが世界を滅ぼすようなモノでもないかぎり、どんな願いも良しとする。だが、彼女ははっきりとバーサーカーの願いを否定した。しかし、それでひるむバーサーカーではなかった。

「ヒトでは無謬たれないのであれば、ヒトなどこちらから願い下げだ」

そう彼は切って捨てる。捨てたものはセイバーの言葉だけではなく、ヒトとしての己でもある。それでも彼に迷いはない。

「過去は変えられないが、未来は変えられる。九鼎を以て、俺は永遠にして無謬の支配者となる!」

絶対的な自信に満ちたそのまなざしを受けて、セイバーはため息をついた。バーサーカーを倒すなら、こんな問答は不要どころか余計ですらある。自分の勝ちめを減らす愚行であるとセイバーは承知していた。
生前バーサーカーは自分を尊敬していたから、その自分の言葉なら少しは聞き入れるのではないかと思っていたのか――セイバー自身にもよくわからなかった。
これが、心の贅肉というやつか。だとすれば高祖も甘くなったものである――。

しかしここまできた以上、和解は不可能。残るは殺し合い、それだけだった。

「性には合わんが――わしがその願いを殺してやろう」


「茶がうまい。蘭々、お前は茶を入れる才能があるな」

「はぁ……」

 

ぷはーと間抜けな声を出して一服するセイバーだが、褒められた蘭々は釈然としない顔をしていた。移動したセイバー、剣英、蘭々、建良は当屋敷の客間へと移動していた。最も景色のよい部屋で、窓からは庭に造成された池や橋――水郷地帯のような景観が望める。ストーブを炊きだしたばかりで、部屋の空気は冷え切っている。

その中で四角の紅いテーブルに四人とも腰かけ、何とも言えない雰囲気を漂わせていた。

 

「さて、お前たちはこれからどうするんだ」

「その前に、お前たちは何をしに来たんだ」

 

何故か主人面をしているセイバーに対し、屋敷の主である建良はそう切り返した。怒涛のような成り行きの中当然の顔をしてセイバーはいるが、何故この屋敷にやってきたのか建良と蘭々はわかっていないのだ。

 

「質問したのはこっちが先だが、答えてやろう。色々事情があって、わしはこいつのサーヴァントになった。話を聞いたら剣英をここに呼び寄せたのはお前らだという――そこでこいつのことを聞きにやってきたのさ」

 

建良はちらりとセイバーの隣に座る剣英を見たが、彼はずっと無表情のままだ。何を考えているのか、否、何も考えていないのかもしれない。建良たちが求めてきたのは情緒ある人間ではなく、「神秘殺し」の戦闘機械である。

 

「で、お前たちはこれからどうする?聞いたり見たりしたところ、呼んだサーヴァントはトンデモ野郎なうえにもう消滅。この屋敷に連れてきたらしい者たちも、軒並み殺されてるみたいだが」

 

どう考えてもセイバーに主導権を持って行かれていることは自覚していたが、それはいかんともしがたかった。あの講堂であの時、セイバーが現れなければ建良は確実に殺されていたどころか、九族死に絶え魔導も滅されることになっていた。つまり建良にとってセイバーは命の恩人となってしまっているのだ。

それにしてもあまりにも丁度良い時に現れたため、実はもう少し早く来ていたが時を測っていたのではないかと思っている。蘭々から報告を受ける暇がなく、そういった行為があったかどうかは不明だが……

 

セイバーは茶をすすりながら、建良の目を見据えた。

 

「まだ「」とかいうモノを目指すか。今回は見送るか、それともどうにかして九鼎を目指すか」

 

今回は見送ることはなしではない。魔術師として「」を追い求めるものとしては、百年二百年の遅れはよくあることだ。しかし自分の代で遂げることを諦めることにはなる。

しかし、今建良が亡くなったところで本家に代わりはいる。雷家が途切れることはない。ならば、自分は戦いを続けるべきである。これが建良の結論だった。

問題としては、サーヴァントなき今どう九鼎戦争に食い込んでいくかだが――建良は、目の前の美しい少女を見た。

この少女がなぜここに来たか。剣英のことを知るために来た、というがそれだけではないことは分かっている。

 

前回の戦争でのこのセイバーは、実に弱かった。宝具の開帳を見ていないことと真名がわからないため判断は早計であるが、通常の戦闘では人間よりは強いとしか言えなかった。とすれば人外の戦闘力を持つ剣英との組み合わせは妙味ある。

 

――剣英はまだまだ強くなる。それは数年かけて修行をしてという意味ではなく、この上海において数日でという意味である。九鼎が起動して通常ではありえないほどの魔力が渦巻く今の上海は、強制的にでも剣英の半分を神秘へと塗り替えるだろう。

しかしこのことを知るのは建良のみであり、現在の剣英の力はまだまだ未熟なのだろう。セイバーも魔術師ではないため、剣英の力の源を知らない。

雷家は九鼎戦争の首謀者の一である。セイバーもそれは承知で、戦争のからくりについて、ひいては共同戦線を持ちかけにきたのであろう。

 

それは建良にとっても喜ばしいことである。サーヴァントを失っては戦争を続けられないところに、サーヴァントが転がり込んできたのだ。たとえ弱くとも英霊にして奇跡の具現――もろ手を挙げて迎えるべきでもあるのだが……

 

「俺は諦めない。セイバー、共に九鼎を目指さないか」

「それは奇遇だ。わしも同じことを考えていた……お前は魔術と知識を提供し、わしらは戦力として戦うというわけだが」

 

セイバーは息を吸うように軽く言った。「わしは九鼎に願いはない。強いて言うなら世界を破壊するようなヤツに使ってほしくないってくらいでな。そういう意味では雷家(あんたら)は信用できる」

「ほう。なかなか高潔な英霊と見える」

 

「そうでもない。九鼎に願いがないだけで、目的はある。剣英にはもったいぶってヒミツと言ったが、わしはわしの真名がわからない」

「――は?」

 

一瞬建良はあっけにとられ、セイバーの顔をまじまじと見たが彼女の顔にふざけた様子はなかった。嘘だとしたら、真名を隠す意味は――信用されていないか、それとも。

確かに建良は真名を聞くつもりであったから、ごまかすことはできないと先に伝えたか。

 

「お前、前回の戦争でわしが宝具使うとこ見てないだろ。そりゃそうだ、だって自分の真名がわかんねーんだから、宝具だってどう使えばいいかわかんねーんだ」

「何故そのようなことに」

「召喚時が緊急だったからかもな。今だにわからん。だから戦いの中でわかることもあるかもしれんと、わしは戦うつもりだ」

 

ズズ、とセイバーは茶を飲みほした。「さて、共闘するところで確かめておきたいんだが、十年前の戦いにつ「その前に聞きたいことがありますっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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