Going blue road. (CiAn.)
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SHR

勢いで書いてしまった……。


「全員揃ってますねー。それじゃあSHR始めますよー」

 生徒たちの前に立ち、ニッコリと微笑みながらそう告げた女性は自らの名を山田真耶と名乗った。身長はやや低いのに対し身につけている物が若干大きいため全体的に子供っぽい印象を与えている。

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 しかし彼女の言葉には先ほどのものも含めて反応する声はなかった。外からの音は窓に遮られたいるため、必然的に教室が静寂に包まれる。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 空気に耐え切れず狼狽えた山田教諭を気づかう視線が二つ。というよりはそれ以外は山田教諭を視界にすら入れていない者までいる始末だった。

 生徒たちの視線はある二点に向けられていた。教室の真ん中の最前列と最後列そこには二人の男子生徒がいる。そして彼ら以外の生徒は全て女子だった。

(これは……想像以上にきつい……)

 顔をしかめて俯くその少年の名は織斑一夏。世界で初めてISの可動に成功したことで世界中にその名を知られていた。日本人特有の黒髪と今は視線に気圧され伺えない元来の頑固さを秘めた顔が特徴である。そんな少年――織斑一夏は窓際へと視線を向けた。その先には彼の幼なじみである篠ノ之箒がいたのだが一夏の視線を感じるやいなや目を逸らしてしまう。これには助け舟を期待した彼もさすがに凹んだ。心の中でこの何年間か連絡が取れなかった幼なじみとの間にできた心の壁を意識して視線を戻した。

「……くん。織斑一夏くんっ」

「は、はいっ!?」

 取り付く島もなく肩を落としていた一夏は突然かけられた声に驚き大声を出してしまった。失態を裏付けるように教室中から控えめな笑い声が聞こえますます落ち着かなり緊張で汗が滲む。

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ゴメンね、ゴメンね!でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?だ、ダメかな?」

「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

 眼鏡がずり落ちそうなほど続け様に繰り出された謝罪に困り顔で対応すると山田教諭は嬉々とした顔を勢いよくあげて一夏の手を取った。男女が手を取り合う図が余計に注目を集めていることは確実である。

「ほ、本当?本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ。絶対ですよ!」

 クラスメイトに対する挨拶程度でそこまで言質を迫られるとは思っておらず一夏が無言で首肯を繰り返すことでその手はやっと開放された。自己紹介をすると言った以上は覚悟を決めるしかなく、一夏はクラスメイトの顔を見るべく後ろを見た。教室内の一般的な人数であるはずなのだが男女比を意識してしまい気圧されてしまう。

(うっ……)

 分散していた視線が一夏に集中した。先ほどそっぽを向いた幼なじみでさへ僅かに目を向けている。

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 同時に頭を下げた一夏が顔を上げると待っていたのは続きを期待する眼差しであった。しかし残念ながら一夏はその期待に答えれそうにはなかった。期待と緊張が徐々に高まる中、一夏を心配そうに見つめる者がいた。

 もう1人の男子生徒である宍戸朔夜(ししどさくや)だった。目の辺りまで伸びた髪は黒く後ろ髪は肩まで伸びている。山田教諭よりも大きなフレームの黒縁眼鏡をかけているため若干地味な見かけとなっていた。今となっては教室中の興味が一夏に向いていることで空気と化している。ちなみに名前が影響したのか目立たないように生きるのが朔夜の常となってしまい、教室に入ってから一言も喋っていない。背筋も猫背気味で顔は緊張から蒼白になっており、ここに保健医がいたならばおそらく診療所に運ばれているだろう。

(お、織斑君大丈夫かな……。あああ、僕まで緊張してきたよ……)

 なんとか続きを言おうとしている一夏を見つめる視線は本人のものとぶつかると一瞬にして外された。これによって緊張が和らいだのか一夏は静かに息を吸った。

 朔夜も女子生徒たちも何をいうのかと一夏の言葉を今か今かと待ち続けた。

「以上です」

 オーバーに転けて見せる女子が数名。他も落胆したような表情で一夏を見ていた。

「……うそ、ダメなの?」

 思わず声に出してしまった朔夜に周りの生徒が反応した。反射的に俯いて全ての視線をシャットアウトした朔夜に誰かが「喋るんだ……」とごもっともな感想を述べた。

 そんな後列のやり取りを中断させたのは強烈な殴打音だった。机が音を出すほど取り乱した朔夜がまた一段と体を小さく丸めた。

「いっ――!?」

 その音の発生源は一夏の頭だった。当の一夏もたまらずに声を上げたようだ。恐る恐るといった体で振り返った一夏はその顔を見るなりあろう事か――

「げえっ、関羽!?」

 相手の気を逆撫でるようなことを言った。おそらく先ほどの打撃が効いているのだろう。でなければこんな失礼なことを言ってもう一発もらう結果を招くはずがない。

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 そのように返してくれるあたりノリはいいのだろうか。狼のような釣り目と低いトーンの声を聞く限りそうは思えないというのがこの場にいた人間の総意ではあったが。

 ちなみに2打目の音で朔夜は涙目に、女子は大半が顔を引きつらせていた。

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな」

 先ほど一夏に放ったものとは違う優しげな声をかけられた山田教諭は尊敬の眼差しをしていた。

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」

 今までの弱気な姿勢は見せずしっかりと目を見て答える山田教諭の言葉を聞いて、その女性はクラス中に凛と響く声で言い放った。

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠15歳を16歳まで鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 世が世なら教育委員会に訴えられそうな発言をしたその女性の名は織斑千冬というらしい。レディースのビジネススーツから伸びる脚はすらっとしていて長く、それでいて均整の取れた体付きをしていた。生徒たちに向けられた眼光は鋭い刃のようで、朔夜に至ってはすでに目は虚空を見ており脱水症状を危惧するほどの汗をかいていた。

 しかしそれとは相反して女子一同は色めき立っていた。各々が千冬への思いの丈を叫んでおり、その光景に一夏は始めこそ驚きはしたが次第に自分が落ち着く材料になっていった。

「……毎年、よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」

 当事者である千冬は鬱陶しそうにこめかみを抑えた。しかし生徒の方はさらにテンションが上がる結果となってしまったわけだが。

「で?挨拶も満足にできんのか、お前は」

(あ、あの打撃ってちゃんと挨拶できなかったからなの……!?)

 衝撃的な事実にもはや自己紹介にすら恐怖を抱き始めた朔夜を尻目に話は進んでいく。

「いや、千冬姉、俺は――」

 またしても教室中に炸裂音が響いた。獲物となっている出席簿は新しいクラスになったために新品だからか、これだけの衝撃を与えても壊れていない。全国の学校に推奨できるほどの耐久力であった。

「織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

 だが、今のやり取りで生徒たちが注目したのは出席簿による肉体指導ではなく会話の内容――つまり一夏と千冬が姉弟であるという点であった。

 段々と騒ぎ始めた生徒たちに千冬の眉が不機嫌そうに動いた。

「自己紹介の途中だろう、さっさと再開しろ」

「「「は、はい!」」」

 とりあえず一夏の自己紹介は今の一件でうやむやになり、次の者へと移った。女子の自己紹介は自分の趣味や1年での目標、好きなものなど多岐に渡り、これには男子である2人も感心させられるばかりであった。もちろん朔夜のハードルが高くなっていることは言うまでもない。

(ど、どうしよ……。織斑君みたいに名前だけ言って終わるつもりだったのに……)

 しかしそれをするとあの出席簿の餌食だというのは重々承知していたので朔夜は意を決することにした。

「……し、宍戸朔夜です。音楽が好きで、周りの音が聞こえないくらいの音量で聴くと落ち着きます……。い、1年間よろひくおねがいしましゅ!」

 最後の最後で噛んでしまい赤面しながら朔夜は着席した。しかし掴みはバッチリなようで周りからは早くもフォローの言葉が聞こえていた。朔夜自身は手で顔を覆ってしまっていたが。

(これは同じ男子として後から励ましとかなきゃな)

 一夏は密かにそう考えながら朔夜を見つめていた。

 朔夜によって先ほどよりも楽しげになった雰囲気に1人の少女の声が響いた。

「イギリスの代表候補生にして入試主席のセシリア・オルコットですわ。まあ、皆さんは私が教室に入った時点でお気づきだったと思いますからこの自己紹介にどこまで意味があるのか分かりませんけど。ですがあなたたちはわたくしと1年間を共にできる運のいい生徒たちですから、困ったことがあれば特別に教えて差し上げてもよろしくてよ?男子生徒のお二人も、話くらいは聞いて差し上げてますわ」

 自信に満ちた言葉に一同は唖然としていたが、一夏と朔夜は違っていた。

(はぁ……。よりによって千冬姉が担任なんだよな。この先どうなるんだろな……)

(あの人、なんでだろう。見ているとすごく心を掴まれる……)

 こうして自己紹介は和気藹々とした空気で終わりSHRは終了となった。



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小さな計画

(……大丈夫かなぁ僕。初日からこんなので)

 教科書をしまいながら先ほどの授業を思い返す。ここ1週間で詰め込んだ知識はこのペースだと1日で消費されそうだ。

 それに授業が終わると同時に周りの女子が興味深げにこちらに視線を向けてくるから落ち着かない。目が合うのも気まずいしこういう時はどうしたらいいんだろう?

 そう思って織斑君の方を見るとかなり参っているのか疲れた顔をしている。時折女子の方を見ては慌てて逸らされていて、微妙な空気になっていた。やっぱり目は合わせないに限る。

「……ちょっといいか」

 そんな中、1人の女子が織斑君に話しかけた。一言二言交わすとそのままどこかへ行ってしまい、あとは僕と他の女子生徒たちが残されてしまった。

(――って!悠長に見てる場合じゃないよ!この流れで僕も教室から出ればこの視線から逃れれて助かるんだし……)

 そう思って静かに腰を上げようとすると近くにいた女子が話しかけてきた。

「ねえねえ宍戸君!自己紹介で言ってた音楽ってどんなの聴いてるの?」

「それよりもどうやってISを動かしたの?そこらへんニュースじゃあまりやってくれなくてさー」

「もしかして織斑君と親しい仲だったりするの?」

「そういえば織斑君とは制服のデザイン少し違うよね、宍戸君のはフードが付いてるんだ」

「個人的なの聞きたいんだけど好きな女の子のタイプは?」

 あっと言うまに質問攻めにされてしまい、僕は自分の判断の遅さを悔やむと同時に落ち着かなくって目を泳がせた。そこでふと目にとまったのはあのセシリア・オルコットさんだ。椅子に座っている姿さえも様になっていて僕なんかとは大違いだ。彼女のように気丈に振る舞うことが出来ればこんな質問攻めもたちどころに解決できるのだろう。

 考えたところでできるわけではないし、覚えているものから順に答えることにした。

「……音楽は、その、激しいのが好きで、元から音が大きいのならなんでも」

「じゃあロックとかヴィジュアル系?なんか意外とギャップあるね」

「え、ええ……、よく言われます」

「なら次は好きな女の子のタイプ!教えて欲しいな」

 え?もう音楽の話は終わりなの?女子は話の移り変わりが早いって聞いたことはあるけど、男子の偏見かと思ってた。でもよく考えたら好きなもの繋がりだし一応理にかなってるのかな?ダメだよく分かんないや。

「あ、いや……、そういうの考えたことなくって……」

 そう言いながらも自分の視線が何を捉えたかなんて自分が一番知っている。落ち着き払った物腰と内側から溢れ出る自信、そしてなにより目を引くほどの美貌を持った彼女が今の僕にはとても輝いて見えた。話しかけられたらすぐに動揺するし、自信がなくていつも下を向いて過ごしている。見た目だって地味でパッとしないからこんな環境じゃないと人の目を引くこともない僕から見れば高嶺の花だ。そんな彼女に僕は好奇心のようなものを向けていた。

「ねえ、実はオルコットさんのこと気になってる?」

 そう言われてもよく分からない。今まで誰かにこうまで興味を持ったことがないのだから。

「いえ、まだ……分かりません。尊敬はしてますけど」

 この答えもどこまでが真実かは分からない。もしかしたらこの人たちが言ってるように僕の気持ちは純粋な好意かもしれない。

「でも、オルコットさんってちょっと性格きつくない?」

「あの自己紹介だからねえ」

 苦笑いを浮かべながら話す女子生徒を見ていると胸の中でモヤモヤした感情が育まれているのを実感した。

「それは……違うと思います」

 いきなり話したからだろうか、聞いていた人たちが一斉に黙り込んでしまった。僕はあの時感じたことを自分の言葉で言わなければならない。

「多分ですけどそんなに悪い人じゃないと思うんです……。確かに自己紹介はあまり印象は良くないかも知れませんけど……、悪く言われるのはなんかモヤモヤして」

 自分でも上手く言葉がまとまらず歯痒かった。それでもどうにかあの人を庇いたいと、初対面にも関わらずそんな気持ちを抱いてしまった。

「何というか……宍戸君って結構お人好し?」

「もしかしたらやっぱり好きなんじゃないかな」

「そうは言われましても……」

 返事に困っていると予鈴がなった。途端に周りにいた人たちは軽い挨拶を言ってから自分の席へと帰った。そういえば織斑君たちはまだ戻ってきてないけど大丈夫だろうか、次は織斑先生もくるからまた叩かれなければいいけど。

「とっとと席に着け、織斑」

「……ご指導ありがとうございます、織斑先生」

 何度も聞いた音なのに僕はまた驚いて小さく声を上げてしまった。

 

 2時限目もなんとか予習した範囲が役に立ち、ギリギリついていくことができた。

(それにしても教科書がやたらに多くて嫌になるなぁ……)

 ISなんて高性能な機械ができた割には紙媒体を使っているものだからカバンが重くてしょうがない。なのに学習環境は良質なものだからこれは学校の方針かなにかだろう。

 とりあえず目の前のことに集中しようと板書に戻ると山田先生が織斑君の方へ歩み寄って行くのが見えた。

「織斑くん、それと宍戸くんも何か分からないところはありますか?」

「あ、えっと……」

 織斑君は少しの間机の上の教科書を眺めていた。つられて僕も教科書に目を落とすが不安が募るばかりなので視線を元の場所へと戻した。

「分からないところがあればいつでも言ってくださいね。なにせ私は先生ですから!」

 胸を張ってそう言った山田先生はとても頼もしく見えた。さすが先生だと改めて実感すると同時にもしもの時はこの人に頼ろうと思った。

「先生!」

 早速織斑君が手を挙げて山田先生を呼んだ。早めに疑問点を解消することはいいことだし、僕も明日の授業の範囲について放課後にでも聞いておこうかな。

「はい!織斑君!」

 山田先生もにこやかに返事を返す。こういう師弟関係は理想形でもあるし見ているこちらも暖かい気持ちになる。

「……ほとんど全部分かりません」

「ええ!?全部ですか!?」

 織斑君のカミングアウトに山田先生が一気に困り顔になった。僕は何やら嫌な気配を感じて教室の端を見ると、先程まで授業の様子を見ていた織斑先生がゆっくりと壁から背中を離していた。

「織斑、入学前に渡された参考書はどうした?」

 凄みのある声で尋ねる織斑先生は現役時代を彷彿とさせる覇気をまとっていた。それは生徒に向けるものじゃないですよ……。

「古い電話帳と間違えて捨てました!」

 まだ聞きなれない殴打音が鼓膜に伝わってくる。織斑君、もしかして思考回路がやられてしまってるの?適当なところで抵抗しないと取り返しがつかないよ……。

「再度発行してやるから今週中に覚えろ」

「いや、今週中にはちょっと……」

「いいな」

 僅かな間に無理難関を押し付けられている姿を見ていると僕自身も無関係とは思えない。全部覚えたわけじゃないし……。

「宍戸、お前はどの程度まで把握している?」

 2人目の男子ということもあり僕にもその話が向けられた。確かに周りの子たちは高い倍率を勝ち上がって入学したわけだし僕らが授業の進度に影響を与える可能性は十分にあるだろうから当然聞かれるとは思っていた。

「きょ、今日の授業分はなんとか……」

「織斑と共に勉強しておけ。山田先生、放課後この2人の面倒をお願いします」

「はい!分かりました」

 間を置かずに下された命令によって僕の放課後は勉強漬けに決定した。友人を作るのはもう少し後になりそうだ。

 

「ちょっとよろしくて?」

 休み時間。次の授業の準備をしていると誰かから声をかけられた、織斑君が。

「へ?」

 織斑君にとっても突然のことだったらしく、彼の口からは生返事が出ていた。

「まあ、なんですのそのお返事は!わたくしに話しかけられたのですからそれ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 それは彼女――オルコットさんにはとても心外だったらしく、不満をあらわにしていた。まあ、少し態度がオーバーだと思うけど突然入学が決定した男子に声をかけてくれる優しさはやはり彼女の人格が徳の高いものだということを示しているように見えた。

「悪いな、でも俺君のことよく知らないし」

 対する織斑君は正直な言葉で返した。男性がIS関連の知識に疎いことは普通だしこの発言自体に問題はないだろう。しかし彼女は何か不服な点があったのか眉を釣り上げると心のそこから不思議だと言わんばかりに問い詰めた。

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして入試主席のこのわたくしを?」

 気持ちは分からなくもない。大会で優勝したのに名前を覚えられなかったら不満になってしまう気持ちに近いのだろう。才能だけでなんとかなったというならば大した労力ではないが、努力でここまで来たとなるならすごいことだ。推定倍率1万倍のここに主席合格し、おまけに代表候補生ともなれば想像を絶するほどの時間と体力を費やしたことだろう。

「あ、質問いいか?」

「ふっ、下々の疑問に答えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 一転して機嫌が良くなったオルコットさんはそう言って織斑君の質問を待った。

「代表候補生って、なんだ?」

 聞き耳を立てていた生徒たちが数人ズッコケた。織斑君には申し訳ないけど僕もちょっと耳を疑ったくらいだ。

「あ、あなた本気で言ってますの!?」

 先程まであった堂々とした態度が崩れ素で驚いていたオルコットさんはあの気取った感じの時よりも魅力的に見えた。

「お、おう」

 近くにいた織斑君はその剣幕に圧倒されて少し身を引いてそう答えた。

「……信じられませんわ。極東の殿方がここまで無知だなんて。常識ですわよ常識。テレビがないのかしら」

 こめかみに指を当ててため息をつくオルコットさんがこう言うのも無理はない。ISができてからというものその存在は兵器としての可能性を危惧されていた。ただでさえ女性にしか扱えない上に既存の兵器を凌駕するのだからそれがもたらす影響はただならないだろう。

 まずは男子の社会的立場が弱くなる。これに関しては実現してしまっているし、まだ大きな問題にはなっていないがこの先男性を差別する風潮が現れてもおかしくない。

 そして何より危ぶまれているのが発展途上国の技術問題だ。ISが兵器として使われてしまえばそれが作れない国は世界大戦前後のような植民地として大国に飲まれてしまうことも十分にありえる。

 だからこそ、各メディアはISがどのようなものかを開示して見ている人の不安を払拭している。どこまで効果があるかは定かではないが。

「それで代表候補生って?」

「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ。……あなた、単語から想像したらわかるでしょう」

「そう言われればそうだな」

 そう言うと織斑君は納得したように頷いた。そんな態度だとオルコットさんがまた気を悪くするんじゃないだろうか。

「そう!エリートなのですわ!」

 この人、もしかしたら凄く心が広いのかもしれない。日本に不慣れで言葉の壁があるという可能性も否めないけど。

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

「そうか。それはラッキーだ」

「……馬鹿にしていますの?」

 言葉の壁はなさそうだ。ただ、どう答えれば満足してくれるのかは僕も分からないけど。

 それにしても織斑君はさっきから随分と女の子に話しかけられるなぁ。でも男子の僕から見てもとっつきやすい感じだし、全体的に優しそうな雰囲気をまとっているので当然と言えば当然なのかもしれない。

「大体、あなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。唯一男で……、失礼。世界で二人のISを操縦できる男子と聞いていましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね」

 それを言われると辛いところなのか、織斑君は少し顔を歪めた。

「あなたもですわ!」

 オルコットさんの細い指が僕を指さした。急に話を振られた僕と話を聞いていたクラスメイトが驚いた声を上げた。

「今日の分は覚えているなどと言っていましたけど、実際はどうか分かったものではありませんわね。自信のなさそうな顔をして生きているくらいなら休み時間に教科書を開くくらいしたらどうかしら」

「おい、そこまで言う必要はないだろ」

 席を立ち上がって言い返そうとしている織斑君には申し訳ないが、反論する気にはなれない。

「……織斑君、オルコットさんの言うことは正しいと思います。何もしてなかった僕がのうのうと座ったまま貴重な時間を消費しているのは愚かしい」

「あら、物分りがいいですわね。今の世の中の男子としては」

 僕はただこうして自分の非を認めるだけで終わらせる気はない。それとこうして劣等生としてくすぶっている気もない。

「ですから、ぜひあなたにISのことについて教えてもらえませんか?」

「何をおっしゃっていますの?」

 僕の言葉を聞いたオルコットさんは信じられないといったような声音で返してきた。

「イギリスの代表候補生にして入試主席のあなたならば知識量はこの学園の生徒の誰よりも優れているはずです。おまけに教官を倒したほどの技量をも持ち合わせているともなれば戦闘面でもその才能を遺憾無く発揮されることでしょう。ですからどうかご教授願えませんか?」

 妙な間があり少し焦りを感じた僕は頭を下げていないことに気づき「お願いします」と付け加えて腰を曲げて頼み込んだ。

「あなた、以外に多弁な方なのですわね……」

 確かにそれには僕自身も驚いていた。なぜかオルコットさんが絡むといつもの内向的な自分が消え去ってスラスラと意見が言える。

「まあいいですわ。そこまで言うのでしたらわたくしが特別に教えて差し上げてもよろしくてよ?あなたもどうかしら、なにせわたくしは入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートなのですから!」

 どうやら織斑君にも教えてあげるようだ。やっぱり優しい人なんだなと安心しているとその織斑君が口を開いた。

「俺も倒したぞ、その教官」

「なっ!?」

「えっ!?」

 織斑君から発せられた言葉はにわかには信じられないものだった。あの教官を倒しただなんて、もしかして何かの武術でもかじっていたのだろうか。

「凄い……。僕なんて手も足も出なかったのに」

「倒したっつうか、勝手に突っ込んできたのを避けたら壁にぶつかってそのまま動かなくなったんだっけ」

「わ、わたくしだけと聞きましたけが?」

「女子ではってオチじゃないのか?」

 事も無げに言う織斑君を僕は愕然として見ていた。その度にあの時の戦いが思い出されて身震いをしそうになる。

 長いあいだ話をしていたのか、予鈴がなってしまった。

「っ!話の続きはまた後で、逃げたりしたら承知しませんわよ!よろしくて!?」

 そう言って離れて言ってしまうオルコットさんに僕は聞かなければならないことがある。

「オルコットさん、ISのことについて教えていただける話は……」

「この学園の教師かそこの男に聞きなさい!」

 まさかこんなにあっさりとクラスメイトと仲良くなってあわよくばオルコットさんのマイナスイメージを払拭して、友好的なクラスを作る僕の計画が崩れ去るなんて……。

 本鈴が鳴る前に席につくが、どうにも落ち着かない。

(織斑君も教官を倒しているなんて……)

 入試が終わったあと、教員の方たちから教官を倒した人は一人しかいないから負けても仕方ないと説明された。だからオルコットさんが自己紹介の時に自ら入試主席と言った時、教官を倒したのはこの人だと確信していた。

(でも、事実は違っていて織斑君も倒したと言っている。もしかしたら僕の後に織斑君が戦ったのかな?)

 あの時の情景を思い出す。

 瞬間的に距離を詰められ、後退する隙さえも確保できないまま一方的に弾丸を腹部に連続で受けた。ものの一分もしないうちに僕は無残に負けたのだ。武器も出せなかったし、ろくにISを動かせなかったから未だにISについては分からないことが多い。

「……おい、宍戸」

 条件は同じだった。僕も相手も訓練機で戦っていたのにこちらの惨敗、精神的に問題ないかと言えば大いにある。むしろトラウマになっていないのが不思議なくらいだ。

「――!」

 頭部に激しい痛みが襲いかかった。激痛から涙が少し出てしまったが、それよりも体にかかる重圧が僕に危険を伝えていた。

「私の話を上の空で聞いているとは。悩める10代は何を考えていたんだ、言ってみろ」

「ひぃっ!」

 織斑先生の眼光は僕を怖がらせるには十二分な力を有していた。

「何を考えていた」

「た、大したことは……」

「二度も言わせる気か?」

 もはや逃げ道はなかった。答えるより他はなく、どちらにせよあの出席簿はまた僕を襲うだろう。

「にゅ、入試のときのことを!」

 上ずった声でそう答えるとゆっくりと出席簿が僕の頭の上から遠ざかった。どうやら助かったらしい、なぜかは分からないけど。

「では馬鹿者のためにもう一度説明する。今から再来週のクラス対抗戦にでる代表者を選出するが――」

 

 

 

 

「山田先生……」

「す、すみません織斑先生!」

 授業が終わり職員室に戻る道中で織斑千冬と山田真耶は声を潜めて話していた。

「宍戸が授業を受けていられるのが不思議なくらいだ。あそこまでやられてISのことを学ぼうと思える人間はそうはいないぞ。まして知識のない者となればなおさらに」

「し、仕方なかったんです!織斑君のときは男の子を相手にすることに緊張しちゃって壁に突進しちゃいましたから、次はしっかりやらないとと思うと全力で……」

「言い訳は見苦しい、やめておけ」

「はい……」

 反省と羞恥が入り混じった顔を俯いて隠すと山田真耶はそれっきり押し黙ってしまった。

「男に免疫がないとはいえあれは度が過ぎる。次はないように」

「……はい」

 会話はそれで終わり、2人は職員室へと向かっていった。2人にとって今大事なことは別に――先ほどの授業で起きたクラス代表決定戦のことだ。



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クラス代表決定戦?

「……クラス対抗戦?それの代表ですか?」

 僕の疑問に答えるように織斑先生が説明を加える。

「年に一度行われる各クラスから選出されたクラス代表同士によるISを使った対抗戦がある。今はその代表を決めるところだ、分かったか馬鹿者」

「は、はい!ありがとうございます……」

 つまりはこの中で誰がその座に相応しいかを今は考えているわけか。まだお互いを知らない段階だしここは代表候補生であるオルコットさんが無難じゃないかな。

「はい!織斑君を推薦します!」

 早速推薦されたようだ。やはりみんなもその辺りはしっかりと考えているらしい。

「私も織斑君を!」

「私からも!」

 いや、待って欲しい。何で織斑君なの?僕が言えたことじゃないけど知識の浅い人が担っていいものじゃないのは確かだと思うし、それはみんな分かっているはずなのに。

「ちょっと待ってくれよ!どうして俺が――」

「私は宍戸君を推薦します!」

「私も宍戸君にサンセー!」

「ええっ!?」

 何を言ってるの!?僕なんかもっとダメに決まってるのに!オルコットさんや織斑君と違って教官は倒してないしISの稼働時間もみんなの十分の一もないし。

 こうなったら僕がやるしかない。

「……オルコットさんを推薦します」

「納得が――はい?」

 僕の声と同時にオルコットさんが立ち上がったが、何かを言おうとしていたのに途中で止めてしまった。

「あら、分かっているではありませんか。そうですわ!このクラス代表の座に相応しいのはセシリア・オルコット以外にありえなくてよ!」

「はい。僕もそう思います」

 これでお遊びの空気はなしだ。こういうものはしっかりとした人選をしないと後々悔やまれるので強引にでも真面目な方向に持っていかなければならない。

「候補が3人か。残念だが枠は1人だ。どうにかして絞ってもらうぞ」

 しかし織斑先生はあくまでもこの3人から選ぼうとしていた。思わず僕は手を挙げた。

「……あのぉ、僕は辞退しても構わないのですが、というよりしたいです」

 織斑先生が選出を進めようとしていたので助力のつもりで辞退を願い出た。

「他薦された者に拒否権などない。お前たち3人共にな」

「ちょっ、なんでだよ千冬姉!」

 反射で行っているかのようなタイムラグのない打撃が織斑君を襲った。

「織斑先生と呼べ」

「すみません、織斑先生……」

「それでは今選ばれた者で来週の月曜日にクラス代表を決める試合をしてもらう。織斑と宍戸はそれまでにISへの理解を深めておけ」

「はい」

「……分かりました」

 どうしても納得がいかず不承不承といった体で返事をした僕を織斑先生の眼光が射抜いた。

「望む望まないに限らず、選ばれた人間はその期待に答える義務がある。今のお前にはそれが最優先事項だ」

 頭では分かってる。僕に信頼を寄せてくれた人を失望させてしまうから、できることはしっかりやらなければいけない。でもこればっかりはやる気がおきない。

「……」

 そんなはっきりとしない僕をなぜかオルコットさんが見ていた。しかし特に何を言われるわけでもなく、その話は一度打ち切られた。

 

「……山田先生」

「な、なんでしょう、宍戸君?」

 放課後になり、織斑先生に言われたとおり教室に残って山田先生を待っていた。しかしここには織斑君の姿はなく、僕だけが残って放課後の補習を受けることになった。

「どうして僕だけが受けているんですか?」

「実は織斑君は篠ノ之さんとクラス代表決定戦に向けて特訓してるの」

「それって大丈夫なんですか……?」

「ええ!その分宍戸君にもっと多くの時間が使えますから!」

 確かに効率は良さそうだけど、それでいいのだろうか?織斑先生が許してくれるのかも心配だ。

「それでは続きをしますよ、宍戸君」

「はい」

 ひとまず明日の授業で遅れをとらないためにしっかりと勉強をすることにした。それにしてもISというのはかなり面倒なものだと思う。

 それまでの科学的観点からでは説明ができない点が多すぎる。シールドエネルギーだって不可視でありながらもそれ自体はかなり薄く、再利用はできない。物質であって物質ではない、と言ったところだろうか。

 加えて飛行の際に体に掛かるGもISはかき消しているため人体への負荷はほとんどない。これは空気抵抗というものを度外視しているようでもあった。それでいて戦闘機など足元にも及ばないほど速いのだからこれは頭で理屈を考えるよりは、そういう物と認識していた方がいいかもしれない。

「それにしても宍戸君はあまり乗り気じゃないですね」

「何のことですか?」

「クラス代表決定戦。やっぱりオルコットさんが強いから?」

 その答えなら始めから用意は出来ていた。ただ、こんなことを言っていいものかと、躊躇いがあったから言い出しづらい。

 しかし、言わないことには何も始まらないだろう。それに山田先生は僕を心配しているような節があったので適当な答えを出しておいた方が良いはずだ。

「僕には荷が重いと思いましたから……」

「意外と簡単な理由なんですね」

「だからこそ、僕を推薦してくれた皆さんに向けて発言するとなればやや弱いと思いませんか?」

 負けることが嫌なわけでも戦うのが面倒なわけでもない。自分の実力を知っているからこそ辞退したいと思っている。これも理由の1つではある。

「確かにそうですね……。でも、しっかりと話せば分かってくれると思いますよ。皆さん優しいですから」

「機会があれば相談してみます。……織斑先生は許してもらえそうにないですけど」

「あははは……」

 そんな雑談を交えた補習は6時まで続きお開きとなった。これから1週間で全範囲を覚えなければならないために1度の量が多く、終わった頃には体力は底を付き始めていた。

 

「あ、織斑君……」

「お、おう……」

 補習が終わり、自室で休憩しているとかなり疲れた顔で織斑君が帰ってきた。一体何をしていたのだろうか。

「……凄く疲れてますね、織斑君。何かあったんですか?」

「ちょっと幼なじみにしごかれててな。あと俺のことは一夏でいいよ」

「はい、分かりました。それと、僕のことも朔夜でいいですよ……い、一夏君」

 あまり下の名前で人を読んだことがないので緊張してしまう。たった2人の男子なので織斑君――もとい一夏君とは仲良くしておきたい。できることなら一夏君に限らず女子の皆さんとも。

「ああ、よろしくな。朔夜」

「よろしくお願いします……」

「そういえば朔夜はどうしてここに来ることになったんだ?」

 言われて気づく。それについてはまだ誰にも話していなかった。と言っても単純な理由だ。

「……実は一夏君がISを起動したことがニュースになった時に、僕が住んでた地域で男性を中心としたデモが起こったんです」

「大丈夫だったのか?それ」

「はい。デモの内容はISを起動できる人材を探すことだったので」

「つまり俺みたいにISに触れて確かめたってことか?」

「その通りです。まあ、デモに参加していた皆さんは誰もISを起動できなかったんですけどね」

 しかしそれで解決ではなかった。次第にデモに参加していなかった学生もその対象にする流れとなった。

「受験も終わって地元の私立高校に合格していたのですが、一応ISの起動試験も受けることになりました」

「それで動かした、と」

「ええ……」

 あっけなく起動したISは自分の思い通りに動いていた。その瞬間に僕は自分の世界がまるっきり変わったのを感じた。住民表にただチェックマークをつけていただけの職員が目の色を変えて慌ただしく動き始め、僕は別室で待機ということになった。それからだいぶ経って、僕はIS学園への入学を言い渡されたのだ。そしてそこにはもう1人、世界中で話題となったISを動かせることのできる男――織斑一夏がいると。

「しかしまあ、何で俺たちだけなんだろうな」

「……でも女性のみが扱えるという大前提が否定できたことは世界的に見ても大きな実績ですから。それだけでも僕は満足です」

「そのうち男女共学とかになってくれればいいんだけどな」

 冗談めかしてそういった一夏君はどこか希望を持っているようにも見えた。

「ま、それまでは2人で仲良くやっていこうぜ」

 差し出された手を僕はゆっくりと握り返してみせた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「じゃあ、気になってたんだけどその敬語やめにしないか?」

 よろしくと言った手前、この頼みは断りづらかった。なかなかうまい手を使ってくるなぁ一夏君は。

「うん、分かった。よろしくね」

「悪いな、押し付けみたいになったけど」

「気にしなくてもいいよ。さすがに他人行儀だとは僕も思ってたし……」

 そんな話をしていると部屋のドアがノックされた。

「誰だろ?ちょっと開けてくる」

 そう言って一夏君が立ち上がりドアを開けるとたくさんの女子が待っていた。

 何だか大変なことになりそうな雰囲気に僕たちは顔を見合わせて乾いた笑い声を出した。

 

「「専用機?」」

 昨晩のいきなり始まった女子一同の自己紹介タイムを終え、疲れた体で一夏君と朝食を食べていると織斑先生に職員室に来るようにと言われ、そこで僕たちはそんな単語を聞かされた。昨日の補習のおかげで専用機については理解できていた。山田先生に感謝しなければ。

「ああ、学園の訓練機には数に限りがある。月曜日は特に他クラスでも使っているからな。そこでお前たちに学園から専用機が用意されるそうだ」

「……それって大丈夫なんですか?IS学園といえど数はそう多くはないはずですが」

「状況が状況だからな。こちらもデータ収集も兼ねているので問題なく許可は降りるだろう」

「だから専用機が僕たちに……」

「それを聞いて安心しましたわ。まさか専用機を持つわたくしに訓練機で挑もうなんて、と思っていたところですから」

 僕が納得して頷いていると背後から声がかけられた。この声には聞き覚えがある。凛としていてどんなに騒然としている場であってもおそらくその声は誰の耳にも届くだろうそのソプラノに僕は知らぬ間に緊張を解されていた。

「オルコットさんもここに呼ばれたんですか?」

 もしかして話し合いで代表を決める方向に変わったとか?と僅かに期待をする。

「オルコットにはクラス代表戦のことで来てもらった」

「そういえばあんまり決めてなかったけど、どうやって戦うんだ?」

「わたくしは別に1対2でも構いませんわよ。お二人でかかってきなさい」

「男がそんなことできるか。普通でいい」

「僕はもう辞退を……」

 織斑先生に睨まれたので途中でやめた。やっぱり戦わなきゃいけないのかなぁ……。

「あらあら、後悔しますわよ?」

「では決まりだな。対決方法は通常通り、相手のシールドエネルギーを削りきった方が勝ちだ」

「はい」

「分かりましたわ」

「……はい」

 話が終わり職員室を退室する。結局事態は好転しないまま終わった。

「それでは、来週の月曜日まで。それまでに泣いて頼み込むというのなら許してあげてもよくってよ?」

「お願いします許してくださぁい!」

「却下ですわ」

 そう言ってオルコットさんは去ってしまった。確かに泣いてはいなかったから要望には応えてないけど……。

「なあ朔夜。何でそこまで嫌がるんだよ」

「一夏君はこのままでいいと思うの?」

 質問されたのに答えないのはどうかとは思ったけど僕には相手を納得させる答えがない。でも一夏君には決して曲がらない信念のようなものがあるように感じたから、そんな彼の答えを聞いてみたかった。

「俺か?特に理由はないけど……。強いて言うなら千冬姉のためかな」

「織斑先生の?」

 姉弟仲が良かったのだろうか。それとも何か貸しがあるのか。

「さすがに初代ブリュンヒルデの弟が不出来じゃ格好がつかないからな」

「……ああ、そういう」

 でもそれは凄く難しいことだと思った。織斑先生の戦績は今でも賞賛されるほどだし、それは神の領域といっても過言ではない戦闘センスがあった。その弟であるというイメージに応えるのは至難の技だ。

「それで、朔夜は?」

 このまま逃げられると思っていたけどどうやらそうはいかないらしい。

「多分、理解はできないと思うんだ……」

「別にいいよ。人ってそういうもんだろ、全部一致する人間なんてむしろ面白くないしな」

 僕は滔々と自分の考えを、主張を一夏君にぶつけてみた。全部話し終わった頃には何だか胸のうちがスッキリしたような清々しさが僕を包んでいた。

 

 

 

 

「――なぁ、箒」

「なんだ、一夏」

 何やら言い争う2人の後ろで僕はずっと考え事をしていた。今日までずっと僕はISの知識を補修で身につけてきた。しかしそれは不完全だし、ISを動かして特訓したわけでもないから勝てるわけがない。結果はすでに見えていた。

 そして僕たちに用意されるはずの専用機も未だに手配されていなかった。すでにオルコットさんはアリーナで待機していると聞いているので何だか申し訳ない。

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 あの……、僕もいるんですが……。

「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸」

「は、はいっ。す~~は~~、す~~は~~」

「はい、そこで止めて」

「うっ」

 多分冗談で言ったのだろうけど山田先生は本当に息を止めていた。段々と顔が赤くなっていく山田先生を一夏君も困った顔で見つめていた。

「……ぶはあっ!ま、まだですかあ?」

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

「千冬姉……」

「織斑先生」

 一夏君の間違いを指摘するように続けて口にする。それが功をなしたのか今回は出席簿が火を噴くことはなかった。

「そ、そ、それでですねっ!来たんですっ専用機が!……1機だけですが」

「え?」

「1機だけ?」

 僕と一夏君が揃って驚きの声をあげて聞き返すと山田先生は気まずそうに視線を逸らした。

「急なことだったからな。研究用に使っていたISを戦闘用にするのにもそれなりに時間も資金も掛かる。1週間では1機が限界だったということだ」

 代わりに織斑先生がわかりやすく説明してくれた。まあ仕方のないことだろうと思う。

「なのでどちらかは訓練機を使うことになる。構わないな」

「――織斑先生」

「なんだ?」

 口にする言葉を頭の中で繰り返す。ここしかない。そう分かっていても怖くて手が震えていた。

「なら、僕が辞退します」

「まだ言うか。それは許されん、戦え」

「僕は戦ってまで誰かの期待に応える気はありません」

 右の頬が痛んだ。出席簿ではなく平手で織斑先生に殴られたのだ。

「……さっさと消えろ。今から戦おうとする人間の前にお前のような臆病者が立つな」

 返事をせずにその場から離れるために歩き出す。足取りは重みがなく、まるで生きている心地がしなかった。

「朔夜!」

 背中に一夏君の声が投げかけられる。それに答える資格は今の僕にはない。

「俺は確かに、朔夜の考えを理解はできなかった!それでも、お前の夢は、希望は誇っていいものだ!だから……、諦めんなよ!」

 控え室から出て、1人で廊下を歩いていく。僕にはこんな生き方しかできなかった。一夏君ならきっと訓練機であろうとオルコットさんと戦っていただろう。僕とは違う……。

 1組の生徒がいる観客席の入口に入る。ここに来た僕をみんなは目を丸くして見ていた。

「宍戸君どうしたの?」

「もしかして次に戦うからここで待機?」

「いいえ。申し訳ありませんが辞退させてもらいました。ごめんなさい」

 深々と頭を下げて謝る。フードが少しずれて首にかかった。

「そ、そんな謝らないでよ!私たちもノリでやっちゃた感じだったし、こっちが謝らなきゃいけないくらいだよ」

「そうそう!宍戸君の方が正しいって!」

 ゆっくりと顔を上げるとホッとしたようなクラスメイトの顔があった。促されるように一番前の席に座る。両脇には当たり前だけど女子が座った。

 少しして一夏君がその身に白いISを纏って飛び出てきた。対峙するオルコットさんは蒼いISを纏い、空を穿たんばかりの大きなライフルを持っていた。そのさまはまさに弓の代わりに銃を持った現代の天使のような神々しさがあった。

「あれがオルコットさん……」

『あら、最初の相手はあなたですのね』

 防護壁越しに声が聞こえてくる。その声は天使のような慈悲ではなく、暗躍する狙撃手のような体が強張るような声だった。

『いいや、俺が最初で最後の相手だ』

『ああ……、結局辞退しましたのね。まあ無様に負けるくらいなら逃げたほうがマシですわね。あなたも今なら間に合いますわよ?』

『そんなわけねえだろ……!』

 拳を握り、オルコットさんに鋭い眼差しを向ける一夏君は確かな闘志を燃やしている。あれが僕の持てないものの中でも一際大きなもの。

『分かってるんだよ、朔夜だって。負けるよりも、逃げることの方が惨めで格好悪いことぐらい!それでも、それがあいつの道なんだよ』

『でしたら……、あなたも負けて無様で惨めな気分になればいいのですわ!』

 放たれた初弾が一夏君に当たる。その一撃は肉眼では追うことができないほどに速い。間髪入れずに次々と放たれる攻撃に一夏君は逃げるばかりで反撃に移ることができずにいた。

 そんな状況を打破するべく一夏君が出したのは近接ブレード、相性は最悪と言ってもいい武器だ。まして相手が遠距離戦を得意とする代表候補生であるならなおさら。

『さあ、踊りなさい。わたくしとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲で!』

『くっ!』

 刻々と時間が経っているが戦局はオルコットさんが有利。揺るがない自信と強さで一夏君を一蹴していた。

『負けて、られっかよ!』

『見苦しいですわね……。もうシールドエネルギーも残りが少ないのではなくて?』

『俺は絶対に勝たなきゃいけないんだよ』

『あらあら、そんなにクラス代表に興味がありますのね』

 悠然と微笑むオルコットさんに一夏君は未だに屈することなく立ち向かっている。装甲は傷つき見るも無残なものだ。

『違う』

『では何のために戦うのかしら?』

『俺は千冬姉の弟だ。そして朔夜の友達だ!』

『それが、どうしましたの!』

 放たれた自立式のフィン状の武器が4機同時に一夏君に襲いかかる。紙一重で避けながら、一夏君はその1つを切り伏せた。

『あいつは望んでるんだよ!優しい世界を!そのために傷つく道を通らなきゃいけないなら、俺が切り開く!』

『よくもまあ臆病な心をそうまで美化できますわね。……そういうの嫌いですわ!』

『俺は誰がなんと言おうと応援する、あいつの夢を。そのためなら俺は何回だって手を貸してやる。だから胸を張れ、朔夜!お前の夢に!』

 その言葉を聞いて僕は席を立った。

「あれ?宍戸君、最後まで見ないの?」

「ええ。だって一夏君が負けるはずないとたった今分かりましたから」

 温かな気持ちになって、僕はアリーナを後にした。

 一夏君が負けたと聞かされたのはその30分後の自室だった。

 

 

 

 

 シャワーを浴びながら僕はボーっとしていた。

 一夏君に激励された時とは別に何だか胸が熱くなっていたのを感じて僕は落ち着かなくなった。その正体はあの時を思い返せば明らかになっていく。

 友人が苦戦を強いられているそれでも僕は、魅了されていたのだ。繊細で美しく、どこか挑発的でこちらの心を昂ぶらせてくるようなオルコットさんの姿に。

 心では一夏君を応援しようとしているのに、目で彼女の姿を追うばかりだった。

(……美しい)

 僕はきっと、誰よりも戦いを拒んでいる。それなのに僕は彼女の戦う姿だけは美しいと感じてしまったのだ。

 自分を否定する気にはならない。それでも、あの時から抱いたことのないこの感情の正体を知るまで僕はまた悩むのだろう。

 胸にある古傷を撫でる。病室のベットで目を覚ます前、2年前以降の記憶が僕にはない。だからその晩、僕は不安に駆られて眠れなかった。

 そんな不安を取り除いてくれたのは僕の優しいクラスメイトたちだった。記憶をなくした僕を気にせずに親しく接してくれた。その時僕は確信した。この世界は優しさに溢れている。紛争や戦争もきっと何かの行き違いによるものだ。誰も争わない世界はきっと創れるのだと。

 そんな平和を望んだ僕が戦う姿に心を奪われた。酷く混乱する頭を振り切るためにシャワーの水圧を強くした。



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その恋難き、彼女は恋敵?

 何も見えない、何も聞こえない、誰もいない。そんな時に僕は目が覚めた。体を起こそうとすると胸の辺りに鋭い痛みが走った。

 なんとかして人を呼ぼうと手探りで自分のいる周辺をあさっていると指先に硬い何かが当たった。それを握るとカチッと音がして間を置かずに控えめな音がなった。

 ――ああ、これはナースコールみたいだ。そう思っていると廊下から足音が聞こえてきた。それがピタリと止まるとドアが開き、光量が絞られた照明が点けられた。

「宍戸さん!目を覚まされたんですね。体調はどうですか?」

 ああ、あんなところにドアがあったんだ、と悠長なことを考えていたけどその言葉は妙な違和感があった。

「……それは僕のことでしょうか?」

「!?」

 その女性は一瞬驚きはしたもののすぐに冷静さを取り戻して僕に近寄った。

「名前は覚えてないんですよね……。ここに来る前のことは覚えてる?ちょっとでもいいから」

「いいえ。何も思い出せません」

 まるでつい先ほど生まれたかのように記憶がない。むしろ僕に過去があるのかも信じることができなかった。

「じゃあ、質問しますね。日本の首都は?」

「東京です」

「1日は何時間ですか?」

「24時間」

「この携帯の電源を入れてみてください」

 言われたとおり電源を入れるとその女性は納得したように頷いた。

「一般的な知識の欠如は見られません。容態は記憶喪失と見て間違いありませんね。体の方はまだ痛みますか?」

「はい。……あの、僕は一体何があってこんなことになったんですか?」

 なんだか落ち着かなくなって僕はそう聞いてみた。

「あなたは家で出血して倒れていたんです。幸いご家族の方が早期発見に至ったために助かりはしましたが、正直危ないところでしたよ」

 僕のそんな問いにその女性は快く答えてくれた。しかし、出血して倒れていただなんて何があったのだろう?記憶がなくなったのも相まってか随分と気になってしまった。

「ひとまず今日は安静にして眠ってください。下手を打つと傷が開いてしまいますからね」

 そう言われて、僕は再びベットで横になったが、この夜はあまり眠れなかった。

 

 翌日になっても僕の不安は消えなかった。過去に何があったのかを思い出せないというのは精神的にキツいものだった。

 その日の夕刻、僕が居る病室に何人かの同い年の人達が来た。当然その人たちにも見覚えはない。

「あの、さ……。記憶がないって本当なのか?」

「……すみません。何も、覚えてなくて」

 自分すら理解できない僕にはこう返すしかできなかった。

「気にするなよ。ゆっくり思い出せばいいんだ。なんなら思い出さなくったっていい、また俺たちと遊ぼうぜ」

「だから早く退院してくれよ。宍戸がいないとつまんねぇからさ」

 口々にそう言って励ましてくれるみんなは優しくて、面会時間のギリギリまで一緒に話をしてくれた。どうやら僕のクラスメイトだったらしい。過去のことはあまり話してくれなかったけど、それは記憶喪失の僕を気遣ってくれたのだろう。

「ありがとうございます。こんなに遅くまで……」

「いいって、また明日来るよ」

「じゃあな」

「はい。気をつけて帰ってください」

 手を振って病室を出て行った級友は僕が退院する日まで1日と欠かさずに面会に来てくれた。そんな優しいみんなの為に記憶を取り戻したいと思っても、焦るばかりでなに1つ思い出せないまま時が過ぎていった。

 その間もずっと僕を気遣ってくれた。不安に駆られていた僕に与えられたその優しさは今こうして生きるための原動力になっている。

 僕がもらった優しさと同じもので、世界中が包まれることが僕の夢になった。そしてその対岸にあるのは争いだと思ったから僕は人を傷つける行為を酷く拒むようになった。

 

 ――だから

 

(この気持ちは本来あってはならないんだ。まして戦う姿に魅了されるなんて……)

 昨夜にあの時の夢を見たことで僕の中の葛藤はより大きくなっていった。それなのに眼鏡越しの僕の目はオルコットさんを見ていた。

 今はISの飛行演習を一夏君とオルコットさんがお互いの専用機で行っていた。

 一夏君が使っているのは『白式』。国産のISであり、以前のオルコットさんとの試合で見せたようになかなか癖の強い仕様となっている。武器は近接ブレードの雪片弐型だけなのに加えて装備を後付するためのスロットがない。それは機動力や性能にそちらの分に割り振られるエネルギーも使われているかららしい。

 オルコットさんが使っているのは『ブルー・ティアーズ』。その名の通り装甲は青く、フォルムは曲線的で雫を連想させた。イギリスが完成させようとしている思考同調型新装BTを初搭載した試験用のISだ。初期武装としてその新兵装である自立式稼働兵器ブルー・ティアーズがあり、後付けの武装としてスターライトmkⅢが積まれている。

 スペック上の出力では白式の方が上なのだけどオルコットさんの経験が優っているため、ブルー・ティアーズは一夏君より前を飛んでいた。

「よし。続いて急降下と完全停止だ。目標は地表から10センチだ」

 織斑先生に言われてまずはオルコットさんが地表に向かって降りていった。豆粒ほどだったその姿が徐々に大きくなったかと思うと地表のギリギリで止まった。

「……凄い」

 鮮やかな手並みでそれを行ったオルコットさんはやはり自信に満ち溢れた凛々しい表情でISを解除した。

 続いて空高くから白い影、一夏君が降りてくる。が――

「あ……」

 ものすごい音とともに一夏君はグラウンドに撃墜した。クレーターのようにくぼんだ地面は深く一夏君の姿が見えない。

 その時僕の隣を誰かが走り抜けた。

「大丈夫ですか、一夏さん?お怪我はなくて?」

 気がついていた。僕がオルコットさんを好きになってはいけないもう1つの理由。彼女は一夏君に好意を寄せている。

 戦い合って何に触れたのかは分からない。僕にないものを一夏君はたくさん持っているから。

 放課後には一夏君の特訓に付き合ってあげたりと、最初に比べてかなり気を許しているところからも彼女が織斑君に向ける気持ちが伺える。

 そんなオルコットさんを見ていれば僕のやることは決まっていた。自分の気持ちを封じてしまえば悩む必要はなくなる。

(でも、まだ無理そうだな……)

 

「では今日の分は終わりです」

「ありがとうございました」

 いつもの通り放課後の補習を終えて山田先生が出て行って1人だけの教室で体を伸ばす。1週間で全範囲覚えるのはさすがに無理だと山田先生が説得してくれたおかげで織斑先生から怒られることはなかった。ちなみに今は全体の3分の1しか覚えられてない。

 教科書を片付けて教室を出るとオルコットさんにばったりと出くわした。

「あら、宍戸さん。まだやっていましたのね」

「ええ。オルコットさんも一夏君との特訓お疲れ様です」

「あのくらいなんてことはありませんわ。それよりも一夏さんにはクラス対抗戦に向けてもっと強くなって貰いませんと」

 一夏さん、か……。本当に丸くなったものだなと心底思う。僕のことを『宍戸さん』と呼んでいることから一夏君に特別な感情を抱いているのは明らかだった。

 なのにオルコットさんを前にするだけで胸の内の感情が段々と大きくなっていく。早くこの気持ちに終止符を打たなければならない。

 そのためには――

「ところで、ものは相談なのですがISのことについて教えていただけませんか?」

「ああ、そういえば以前はそんなことも言っていましたわね。構いませんわよ。以前は断ってしまいましたから……」

 どうやら一応気にしてはくれていたみたいだ。なんだか嬉しくなった。

「では一夏君も一緒によろしくお願いしますね」

「ええ!?い、一夏さんも!?」

 突然の提案だったからかオルコットさんは目に見えて驚いていた。

「……あなたも一夏君との距離を縮めたいのでしょう?」

「し、知っていましたの!?」

 小声でそう尋ねるとオルコットさんは心底驚いたように声を裏返らせた。この言葉を言ったからには僕は後には引けない。僕の気持ちは表に出てはいけないものになった。

「サポートしますよ。僕にできることならば」

「本当ですの……?自分で言うのもおかしいですけど、わたくしは今まであなたに酷いことを言ってきましたのよ?」

「そうでしたっけ?」

 正直心当たりがない。確かに少し口調がキツかったかもしれないけど別に根に持つほどでもないし、暴言をはかれたわけでもない。

 それに僕からすればオルコットさんに教えてもらえるのだから、これくらいしても当然だと思っている。

「どうでしょう、僕たちの部屋に来ていただけませんか?」

「し、仕方ありませんわね……。特別に一夏さんとあなたに教えて差し上げますわ!」

「ありがとうございます。それでは行きましょうか」

 僕は隣でいつもの表情を作っているオルコットさんをひっそりと見ながら自室に向かった。

 

 

 

 

(お人好し……なのかしら?それとも何か他に考えがあるといいますの?)

 隣を歩く宍戸さんは始めこそ生き生きとしていたのに、今ではいつもの緊張して落ち着きのない表情になっていた。

 まさかわたくしの一夏さんへの気持ちを知っているとも思わなかったし、それを応援してくれるなんて考えもしなかった。

(それにわたくしは宍戸さんを嫌っていましたのに……)

 実を言うと彼の顔色を伺うような態度がわたくしが嫌っていた父と重なって仕方なかった。

 ISができる以前から母はいくつもの会社を経営し、成功を収めていた。若きカリスマ女性企業家として名を馳せていた母に婿入りした父は腰が低く、母の邪魔になることを恐れて積極的に話しかけようとはしなかった。

 そんな父を見たからだろうか。幼少のわたくしは将来は父のような人とは結婚しないと幼いながらも決めていた。

 だから宍戸さんはその象徴のようなものだった。もちろんこの女尊男卑の社会も影響があるかもしれないが、それにしたって自分というものが薄い。

 ――それもあってだからだろうか。一夏さんの決して媚びることのない姿勢がわたくしの目には魅力的に見えた。

 わたくしの前に現れた2人の男子は真っ二つに好きと嫌いで分かれていた。

(だからわたくしも嫌われていると思っていましたのに)

「その……、オルコットさん」

 考え事をしていると宍戸さんが話しかけてきた。いつの間にかフードまで被っていたようだ。

「なんですの?」

「1つ、質問してもいいですか?」

「ええ、構いませんわよ」

 少し周りに目を向けてから口を開いた。

「オルコットさんはどうして一夏君にクラス代表になってもらったんですか?」

「それは以前に教室で話したでしょう?一夏さんにはもっと経験を積んでもらった方が良いのですから、そういった機会が多いクラス代表は適任なのですわ」

「本当にそれだけなのでしょうか?」

「……なるほど」

 ただ人の顔色を伺っているだけではなさそうだ。人の機微を決して見逃さずそれを自分の中で予想を立てる。そしてその予想は当たっていて、今は答え合わせのような段階だろうか。

「わたくしは相応しくないと、そう考えただけですわ」

「一体なぜですか?僕はあなたほど適任な方はいないと思いますけど」

「あなたが代表に技量と経験を求めるのならわたくしでも構いませんわ。でも、違いますの」

 どれだけの技術も、どれだけのキャリアも、上に立つ人間を決めるために必要なことであっても、それで全ての人を引っ張っていけるわけではない。

「わたくしに欠けているもの――、彼には人を惹きつける意志の強さや愚直とも言えるような誠実さがありましたの」

「オルコットさんにも持てないものがあるなんて……なんだか意外です」

「ありますわよ。わたくしも今はただの15歳ですから」

 普通ならこういうことは他人に話そうとはしないが、宍戸さんは協力してくれるみたいだし少しは話してもいいだろう。

「ですから自分勝手に冷たく当たったり、優しくしたりしてしまいますのよ」

「一夏君はもう気にしてないみたいですけどね」

「そ、そうですの!?何か言っていませんでした!?」

「え、ええ……」

 気にしていたことなのでつい声が大きくなってしまった。気弱な宍戸さんが驚いていたので、わたくしは咳払いをして平静を装った。

「と、とにかく……。気にしてないようなら構いませんわ」

「安心されたようで良かったです。……あ、着きましたよ」

 ネームプレートの『織斑一夏』の文字を見て、わたくしは喉の調子を整え始めた。

 

 

 

 

「一夏君、いる?」

「おお、朔夜か。遅くまでお疲れ……って、セシリアもいるのか?」

 一夏君は僕の後ろにいるオルコットさんに気づいてそう言った。想定していたことなので困りはしない。

「うん。ちょっとまだ分からないことがあるから教えてもらおうかなって。どうせなら一夏君もと思って来てもらったんだけどどうかな?」

 同室ということもあってか一夏君とは自然体で話せるようになった。この調子で他の人とも、と行きたいけどそれはまだ後になりそうだ。

「まあ、この前も千冬姉に怒られたし、ちょっとは勉強したほうがいいかもな。よろしく、セシリア」

「ええ。わたくしが教えるのですから大船に乗ったつもりでいて良くってよ」

 これで条件は整った。僕は予備の椅子を机まで運んで一夏君に真ん中に座るように促した。その左隣に僕が、右にオルコットさんが座る。大切なのはオルコットさんの隣に一夏君が座ることだ。この場合オルコットさんが真ん中だと僕も隣に座ることになるので特別感が生まれないから、この配置が大切だ。

「それでは始めましょう。一夏さん、まずはどこから始めましょう?」

「そうだな……。じゃあ明日の予習からしていいか?」

「一夏さんももう少し早く覚えていかないと置いて行かれますわよ」

「仕方ないだろ時間がないんだから」

 そんなこんなで始まった明日の授業の予習ではあるが僕は大体頭に入っているので予習よりは復習という感覚に近かった。しかしオルコットさんの教え方はとても細かくて、気になっていた些細なところまで教えてくれた。僕が『そういうもの』と割り切っていたところも根本の理由などが理解できたことでより深く印象に残っていった。

 これは思わぬ収穫だな、と思いながら横を見るとオルコットさんは教科書を覗くような体勢をとって一夏君に体をくっつけていた。意外と積極的だなと思いながらも、やはりその気持ちは本気なのだと確信する。だとしたら俄然応援したい。それが僕の気持ちを封じることに繋がるのだから。

「しかしISってのはよく分からないな。そもそも動力源は何なんだ?シールドエネルギーみたいに別にあるのか?」

「明確にはシールドエネルギーと同じものですわ。ただそれはシールドエネルギー分、稼働分と言った具合で配分されていますの。ですから一夏さんの零落白夜のようにシールドエネルギーを攻撃に転化することも可能ですのよ」

「そうなのか、てっきり違うものだと思ってたよ」

「この辺りは授業でやるとしたらもう少し後になりますから、その時に詳しく教えてもらえると思いますわ」

「オルコットさんの教え方は丁寧で分かりやすいですね」

 無意識にそんな言葉が口から出ていた。本心ではあるが自分でも驚いた。

「代表候補生ともなれば人一倍ISを理解する必要がありますからこのくらいは当然ですわ。ですが分かりやすかったのなら嬉しいですわね」

「いや、本当に分かりやすいよ。ISの模擬戦の時もこんな感じで教えてほしいんだけど」

「なっ、わたくしの教え方に不満がありますの!?」

「だって右後方に15度とか咄嗟に考えられないしさ……」

 放課後の2人がどのように練習しているのかは分からないけど、聞く限りでは順調ではあるようだ。それにしても僕の専用機はいつになるんだろ?あの日以来その話を一向に聞かない。専用機があってもほとんど使わないだろうから関係はないけど。

「一夏さんは細やかな動きが苦手なのですからわたくしの教え方でなければ改善されませんわ!」

「にしたって限度があるだろ!もう少し順序を踏んでいかないとついていけねえよ!」

 2人は知らぬ間に言い争っていた。険悪なムードというわけではなく、意見交換のような感じなので止める必要はまだないだろう。

「む~、分かりましたわ。では明日の放課後に実際にやってみてどちらが適しているかはっきりさせますわよ」

「やっぱり明日もあるのか……。おっと、もうこんな時間だ。そろそろお開きにしないか?」

「そうですわね。浴場も混んでしまいますし今日はこのくらいで」

「今日はありがとうございました」

 大体30分くらい経っただろうか。集中していたので早く感じる。

「部屋まで送りましょうか?」

 その言葉とともに僕はオルコットさんにアイコンタクトを送る。考えを理解したのかオルコットさんは小さく頷いた。

「気が利きますわね。一夏さんも殿方として見習ってくださいな」

「でも3人で歩くのって邪魔になるだろ俺はここで――」

「そういう無粋なことは言うものではありませんわ」

「分かったよ。部屋まで送る」

「ええ。合格ですわ」

 それを合図に僕は自分の携帯を鳴らす。あたかも電話がかかってきたように2人から離れて少し話して電話を切るふりをする。

「ごめん、ちょっと先生に呼ばれたから職員室に行ってくる。一夏君、オルコットさんのこと任せてもいいかな?」

「呼ばれたなら仕方ないさ。それに歩く分にはこっちのほうがいいしな」

「うん。それじゃあ行ってくるよ」

 小走りで部屋から出て、念のため職員室の方向へ向かってから外に出る。フードを被って目立たないようにして校舎の周りをブラブラと歩く。

 まだ春の名残が残る風が吹いて制服の裾を揺らした。

(オルコットさん、上手くいくといいな……)

 正直廊下での話はびっくりしたけど、人は神ではないしどこか欠けていて普通のことだ。ただ僕が過剰に尊敬していただけだ。おそらくそれは初恋の盲目も加担していたのだろう。

(すっぱり諦めるのって難しいなぁ。向こうが他に好きな人がいる時点で結果は分かってるのに)

 自動販売機が目に入ったので何か買おうとポケットに手を入れたけど、財布は部屋に置いたままだった。喉も渇いたのでそろそろ帰ろうと寮がある方へ足を向ける。

『ちょっと、そこのあんた!』

「ひぃっ!?」

 歩きだそうとした僕の背中に女の子と思われる声がかけられた。入学時のように驚いて声が出てしまった。

「なにビビってんのよ。それよりちょうど良かったわ。総合事務受付って場所まで案内してくれる?」

「え、ぼ、僕ですか?」

「あんた以外周りにいないじゃない。早く転入手続きしないといけないのよ」

 突然現れたその子は初対面の僕に遠慮なく道案内を強いてきた。まあ大して遠くもないし構わないけど、この時期に転入なんて変わってるな……。

「じゃあ、ついてきてください。そう遠くはないので……」

「ん、よろしく」

 明るくなった場所でその子を見ると意外と背が小さかった。あんな態度だから長身で上から目線な感じの子をイメージしていた。

 髪は左右で高く縛ってあり、いわゆるツインテールのような感じだろうか?そういう知識はあまりないので詳しくはないけど。

「あ、もしかしてIS学園に入ったっていう男ってあんた?」

「は、はい。……宍戸朔夜です」

「もう1人いるわよね、ここに入ってきたの」

「一夏君ですね。もしかしてお知り合いですか……?」

「腐れ縁ってやつよ。大した仲じゃないし」

 そう言ってはいるが少し違和感がある。どう見ても嫌がっているようには見えないし、もしかしたらオルコットさんのライバルになるかもしれない。

 試しにかまをかけてみようか…。

「一夏君は僕と違って凄く人気ですよ。特に女子には」

「はぁ!?なんであいつが女子に好かれてんのよ!」

「な、なぜと言われましても……」

 想像していなかった剣幕で睨まれた。しかしこれは確実に一夏君に脈有りと見て間違いないだろう。好きとまではいかなくても気にはかけてるはずだ。

「え~とっ……。あ、着きましたよ!それでは僕はこれで……!」

「あ、こら!詳しく聞かせなさいよ!」

 そう叫んではいたが追っては来なかった。脱兎の如く寮の自室に駆け込んで扉を閉める。中では一夏君が不思議そうにこちらを見ていた。

「どうしたんだよ朔夜。顔色悪いぞ?」

「ちょっと怖い人にあってね……」

「それは物騒だな、鍵でも閉めておかなきゃな」

 そんな会話をしながら僕は就寝の準備を始めた。今日はいつもより体力を使ったから疲れていたようで、シャワーを浴びるとすぐに眠ってしまった。

 

 翌日の朝。教室では1つの話題で持ちきりだった。何でも転校生が来るというらしいのだけど、心当たりがあるのでなんとも反応に困る話だった。

「なんでも中国の代表候補生らしいよ」

「へー、どんなやつだろうな?」

「そんなことより一夏さんはクラス代表戦に向けて今後の練習を考えませんと。あまり時間もありませんのよ」

「やれるだけやってみるよ」

 そういえばクラス対抗戦も残り2週間ほどだろうか。あまり悠長に構えられないし、他のクラスも練習に躍起になる頃だろう。

「でも今のところ専用機持ちは1組と4組だけだから余裕だよ」

「そうそう、優勝しちゃってよ織斑君」

「――その情報古いよ」

 和やかなムードに突如聞きなれない声が響いた。しかしなんだかどこかで聞いた覚えもあるような気もするが、一体誰だろう。そう思い振り向いて後ろを見た。

「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝させないから」

 やっぱり、昨日のあの子だ。でもなんだろう、昨日と少し喋り方も声のトーンも違う。

「鈴……?お前、鈴なのか!?」

「そうよ。中国の代表候補生の凰鈴音、今日は宣戦布告に来たってわけ!」

 新たに登場したその少女にこの場にいた多くの生徒が見入っていた。今回のクラス代表選、一筋縄では行きそうにないようだ……。



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クラス代表対抗戦

結構更新が遅くなってしまいました。
これからかなり立て込むので今以上に遅くなってしまいますが気が向いた時に検索して「あ、続編出てんじゃん」くらいな感じで待ってくれると幸いですw
これで原作の1巻分が終わった感じですね、疲れます(* _ω_)...


「鈴……、お前鈴なのか!?」

 一夏君は目の前の少女を見ると驚きから声を震わせてそう尋ねた。教室の空気も僅かに緊張感が増した気がする。

「そうよ!中国の代表候補生凰鈴音、今日は宣戦布告に来たってわけ!」

 なるほど、あの子が噂の転校生で間違いないようだ。昨日の態度を見ていると代表候補生といえどオルコットさんとはかなり違いを感じる。

 オルコットさんがお淑やかな孔雀なら凰さんは華奢な虎とでも言おうか。うん、分かりづらい。抑えきれない存在感を持っている人と見かけによらず獰猛さを秘めている人ということだ。

「ぷっ!何カッコつけてんだ?全然似合わねえぞ」

「な、何言ってくれてんのよ!」

 このやりとりで大体僕の分析は台無しになったわけだけど。

「って、あんたたしか昨日の」

「朔夜を知ってるのか?」

「昨日道案内してくれたのよ」

(強制だけどね……)

 口に出すと睨まれそうなので心の中だけに留めておく。そういえばもう少しでSHRが始まるな。着席しとかないと織斑先生に怒られてしまう。

「……おい」

「何よ!今話して……」

 後ろを向いた凰さんの顔が青ざめる。心の中で手を合わせながら僕は織斑先生に睨まれる前に自分の席に座る。感化されるように僕の近くの女子も着席した。

「ち、千冬さん……」

「織斑先生と呼べ。さっさとどけ、邪魔だ」

「す、すみません。ま、また来るからね!逃げないでよね一夏!」

 そう言うと凰さんは教室から出て行った。しかし一夏君は随分と知り合いに巡り合うものだなぁ。僕の知り合いの女子はIS学園には1人も来てないので少し羨ましい。

「しかしあいつIS操縦者だったのか……」

「一夏、今のは誰だ?えらく親しそうに見えたが?」

「い、一夏さん!あの人とは一体どういう関係ですの!?」

 話終わった一夏君にオルコットさんと篠ノ之さんが一気に問い詰めた。もうすでにSHRの時間は来ているから着席しないとあの人が……。

 若干聞き慣れた打撃音が2度に渡って響く。ごめんなさい、オルコットさん。僕では織斑先生はどうしようもないんです。

「席に付け馬鹿ども」

 織斑先生に叱られて2人は頭を押さえながら着席した。代表候補生でさえあの痛がりようなのだから凡人の僕が受けたらどうなることだろう。あ、そういえば以前僕もあれの餌食になったんだっけ。思い出しただけで頭部が痛い。

 ひとまず今日もIS学園での生活が始まる。

 

 午前の授業が終わって昼休み。僕はクラスの女子(と多分他のクラスの子も)と一緒に昼食を食べていた。というのも……。

『一夏!そろそろ私たちにも説明しろ!』

『そうですわ!まさかこの方とつ、つつ付き合っていますの!?』

 オルコットさんが一夏君から話を聞きたそうにしていたので4人で話せる空間を作るためにとりあえず周辺にいる人に手当たり次第声をかけて当人以外に聞かれないようにした。そのためにかなりの労力を割いたが、今はそれ以上にみんなからの質問攻めに対応するのに忙しい。

「え!?宍戸くんってまだISの稼働時間が5時間未満なの!?」

「は、はい。放課後に借りられる訓練機は予約でいっぱいなので授業でしか……」

「そういえばデータ収集を目的に専用機が与えられるっていうのはどうなったの?」

 実はそれも関係していたりする。専用機が支給されるという話題がひとり歩きして訓練機が借りられなくなってしまったのだ。専用機で訓練時間を積んだほうが方が効率がいいし、その方がISも自分に順応する。

「専用機の方はまだ話が進んでない状態なんです」

 というのは嘘だ。このことについては織斑先生から箝口令を敷かれている。

 本当は日本では僕へ貸し出す分の専用機が用意できないと確定したので他国からの申請が押し寄せてきていた。どこも男性の可動データは喉から手が出るほど欲しいし、開示される情報を待つよりも自国のISを用いれば量産もしやすい上に技術面でもアドバンテージが取れる。

 なので今は単に僕が150以上の選択肢にずっと悩んでいるという状態だ。だけど僕はそれを選ぶ気にはなれなかった。

 専用機を手にすることが戦いに身を投じることと同義に思えたから。だからとりあえず全部拒否したのだけどその程度で諦めるほど甘くはないようだ。

「でも宍戸くんってしっかり勉強してるしきっとすぐに専用機も使えるよー」

「最近じゃ授業でも回答できてるもんね」

 そう言われるとホッとする。やはりみんなとの差はかなりのものなのでできる限り授業の進行を妨げたくなかったからこう言う言葉は素直に嬉しい。山田先生とオルコットさんに感謝だ。

「そういえばあの凰って子のことはどう思う?織斑くんとは仲良さそうだけど」

 本音を言えば印象としては強引な人という感じだが昨日今日で決め付けるのはあまりいいことではないだろう。

「なんと言いましょうか……。強敵になりそうですね」

 一夏君の態度を見るにオルコットさんよりも関係が近しいのは明白だ。これは今以上にオルコットさんにはアプローチをしてもらわなければ。

「だよねー。代表候補生って言ってたもんね」

「あ、ええ、まあそうですね……」

 さすがにオルコットさんの恋敵とは言えない。僕に手伝ってもらってると知れると気が良くはならないだろうし。

「今回のクラス対抗戦では1番の驚異になりそうだね……」

「でも、僕たちは一夏君に期待するほかないでしょうね」

「うん!織斑くんなら勝てるよ!」

 まさか影でもこうやって期待されてるとは本人も思わないだろうなぁ。相手がオルコットさんみたいな長距離戦闘型のISでなければ勝てる可能性はあるだろう。かなり低くはあるだろうけど。

 とりあえず僕は今みたいにオルコットさんの補佐を続けることに専念しよう。

 

「ふぅ……。今日も疲れたな」

 いつも通り補習が終わり伸びをしながら廊下を歩いていると向かい側からオルコットさんが歩いてきていた。

「お疲れ様ですオルコットさん」

「あら、宍戸さんの方も終わりましたのね。よろしければ今日もわたくしが教えてあげますわよ」

「はい。よろしくお願いしますね、もちろん一夏君も一緒に」

「い、いちいち言わなくいいですわ!」

 頬を膨らませて腕を組むオルコットさんに心を奪われそうになったが慌てて思い直す。彼女は一夏君が好きなのだ、僕が介入する余地はない。

「では行きますわよ」

「はい」

 2人で廊下を歩いて自室に向かう。以前オルコットさんと歩いているところを見られて僕との交際疑惑が浮上していたので学校中を駆け回って誤解を解いた。あまりに必死すぎて途中からは僕が説明する前から他の女子から聞いている子が多かった。

 だからこうして廊下を歩いていて女子とすれ違っても心配しなくてすむ。

「宍戸さん、あなたにですから聞きますけど……凰さんと一夏さんの関係はどう思います?」

「そうですね……。正直手強いと思います、幼なじみというのは」

 呻いているオルコットさんをフォローしようにもやはり旧友というアドバンテージは大きい。僕にできることには限りがあるしその差を埋めるには力不足なんてものではない。

「箒さんでさえ強敵ですのに、そこにまた一夏さんと親しい方が現れるなんて……」

「だ、大丈夫ですよ!オルコットさんだって十分に魅力的ですし、一夏君も心を惹かれているはずです!」

「そういうことを言っているとまた誤解されますわよ?」

「知ってたんですか……」

「あれだけの騒ぎになればわたくしの耳にも入りますわ」

 そうなるとオルコットさんにも迷惑をかけてしまったのだろう。

「申し訳ありません。僕がいたらないばかりに」

「謝る必要はありませんわ。わざわざ走り回ってくれたのでしょう?」

「ええ、まあ……」

「最初はわたくしをはめようとしているのかと思いましたけど」

「そんなことはしませんよ。僕はあなたを応援すると決めましたから」

 自分の気持ちを押さえ込むためにオルコットさんを応援するとあの時に決めていたのだ。今更掘り返してどうこうしようとは考えない。

 そんなことを話しているともう部屋の前に着いた。しかし中が妙に騒がしい。

「なんでしょうか?随分と――」

 すごい勢いで顔にドアがぶつかった。状況を把握する前に激痛が神経を支配していき段々と視界が暗くなっていく。意識が遠のいていくのに抗えず僕はそのまま廊下に倒れた。最後に床に頭を打ち付けたような鈍い音を聞いた気がする。

 

 

 

 

 後頭部の痛みによって僕は目を覚ました。質感的に部屋のベッドだろうか、電気が消えていて分からない。

「何があったんだっけ?」

 息苦しさを感じて鼻に手を当てるとティッシュが詰められていた。あー、段々と思い出してきた……。

(気絶しちゃったのか……。今何時だろ?)

 時計を見て乾いた笑いが出る。午前4時前という絶望的な時間は僕に宿題がまだだということを思い出させる。オルコットさんに教えてもらう時にやろうと考えていたらこのざまだ。

 しかしこの時間に電気を点けるのも一夏君に迷惑をかけてしまうので机は使えない。となると――

(脱衣所……、ここしかないよね)

 少し手狭ではあるけど文句は言っていられない。持ってきた教科書と問題集を床に広げて解き始めるが、普段と環境が違うためか妙に落ち着かない。そういえばシャワーも浴びてなかったしそのせいでもあるかもしれない。

 椅子と机とは違ってかなり腰を曲げなければいけないので集中力が途切れてしまう。寝起きということもあって頭も回らないがそれでもペンを動かしていき、宿題が終わる頃には目を覚ましてから1時間程度が過ぎていた。

 片付けた宿題をカバンにしまい、疲れた体を再びベッドに沈めて目を閉じる。睡眠と気絶では違うようであんなに長く横になっていたのに疲れが全く取れてない。

 ひとまず起きたらシャワーを浴びなければいけない。今は隣の部屋の子や一夏君を起こしても悪いし寝ている方がいいだろう。

 勉強をした直後だったからかなかなか寝付けないので僕は今後のことについて考えた。とは言っても僕は本当にこのままでいいのかと、考えるのはそればかりだ。

(実際これは甘えてるだけなんだよね……。いつまでもこのまま戦わないで通せるはずもない)

 横目で一夏君を見てみるとその右手首には待機状態の白式が付いている。それは一夏君が戦う意志を示した証拠であり、彼の象徴でもあるものだ。放課後にはオルコットさんや篠ノ之さんと一緒にISの可動訓練も行っていることで技術も相応に上がっている。今や初心者はこの学園で僕だけといっても過言ではない。

「……どうしたもんかな」

「どうかしたのか朔夜?」

 僕のつぶやきに答えたのはこの部屋の同居人、一夏君だった。驚いて時計を見るとすでに6時が近くなっていた。この時間なら目が覚めても何ら不思議ではない。

「そういや鼻強く打ったみたいだけど大丈夫だったか?」

「あ、うん平気だよ。心配かけてごめんね」

「そっか、それなら良かったよ」

 そう言って一夏君は上半身を起こすと大きく伸びをした。カーテンからは登り始めたばかりの太陽の光がわずかに漏れ出ている。

「じゃあ僕はシャワー浴びてくるよ」

「おう。それとセシリアが今日の宿題の答えと要点を書いてくれたから書き写しておくといいぞ」

「う、うん……」

 僕は何のために眠た目をこすってまで脱衣場で宿題を片付けていたのだろうか。そんなやるせない気持ちを振り切るように僕は浴室に駆け込むとまだ水のままのシャワーを頭からかけた。

 

「そういや朔夜って結構小食だよな」

 シャワーを浴び終えて制服に着替え、僕と一夏君は食堂で朝食を摂っていた。

「うーん、そうかな……?自分ではいまいち分からないんだよね」

 確かに一夏君と比べてみると少ないかも知れないけど自分の胃と相談してみて自然にこの量になった。どうも消化が遅いタイプみたいで1食を多くすると1日2食になってしまったりするし、あまり運動をしないせいで痩せるのに時間がかかるので食事制限は女子並みに気を使っている。大体みんなこんな感じだと思っていたけど一夏君を見るに僕が標準より少ないのだろう。

 ちなみに今食べているのはペペロンチーノのハーフサイズだ。朝は炭水化物だけで野菜やたんぱく質は昼に軽く摂っている。

「一夏君はいつもこの量なの?」

「俺は朝多く摂らないといろいろキツいんだよ。もとは千冬姉がやってたのを真似たんだけどな」

「へー、姉弟ならではだねそういうの」

 やっぱり下の子は上の兄姉に影響を受けやすいのだろうか。

「ちょ、ちょっといい……?」

 一夏君と朝食を食べながらそんな話をしていると後ろから声をかけられた。この声は多分凰さんだろうか、と思って振り向く。その通りだった。

「えっと……、どうかしましたか?」

「その……さ。昨日は悪かったわね!それだけよ!」

 そう言うと颯爽と凰さんは去ってしまった。何が起こったのか分からずそのまま数秒固まってしまった。

「昨日のことだろうな、多分」

「昨日?何かあったの?」

「朔夜はドアがぶつかって気絶してただろ?あれ俺が鈴を怒らせてあいつが勢いよく開けたからなんだよ」

「あー、だから一夏君のこと全然見てなかったんだね」

 幼なじみということだから喧嘩したとなればかなり深い理由なのだろう。関係が修復してくれることを祈ろう。

 ……いや、ここはオルコットさんの攻め時なのだろうか?しかしこういうやり方をあの人が好むか、あまり下手に手を出しても男性は引いてしまう……はずだし。

(どうしたもんかなー……)

 咀嚼しながらオルコットさんにどう動いてもらうかを考える。別に自然に行動してるだけでも十分に魅力的だけど篠ノ之さんのような幼なじみがいても未だに色恋に疎いと策は必要だろうと考えてしまう。

「ん、んん!い、一夏さん、わたくしもご一緒してもよろしいかしら」

「おお、セシリアか。いいぜ」

 考え事をしているといつの間にかオルコットさんが近くに来ていた。緊張したのか頬が紅潮している。

「そういえば宍戸さん、先日は大丈夫でしたの?」

「ええ、この通り……ご心配をかけてすみません」

「それを聞いて安心しましたわ。廊下と壁に鼻血が散るくらいの勢いでしたから鼻が折れていないか心配していましたの」

 想像してゾッとする。一応鼻を触って確かめたが違和感もなく正常なようだ。

「それと一夏さん。今日の放課後ですけど今日こそはわたくしと2人っきりで――」

 こんなに熱っぽい視線を受けても気持ちに気付かない一夏君を不思議に思いながら僕は静かに食事を再開した。

 

 

 

 

 時が進んでクラス代表戦当日。僕とオルコットさんと篠ノ之さんはみんなとは違う場所で一夏君の試合を観戦していた。織斑先生と山田先生もいるので僕は口の中が渇くほど緊張していた。

「わたくしが指導したのですから一夏さんにはぜひ勝って頂きませんと」

「近接武器しか持たない一夏に長距離戦闘型のお前の特訓が役にたつはずないだろう」

「間合いを把握する能力はどのような相手においても活かすことができますわ!箒さんの特訓こそ代わり映えがしていないのではなくって!」

 オルコットさんたちは相変わらず顔を合わせれば言い合っている。その2人に近づく影は何やら長方形のものを振り上げていた。

「「いっつ……!!」」

 室内で反響する打撃音と悲鳴に関係なく試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。双方の刃がぶつかり合い移動する度に火花が残像のように散った。

 しかし素人目でも一夏君が技術的に劣っているのが分かる。

「さすがに代表候補生ともなれば簡単に勝たせてはくれませんわね」

「オルコットさん、この戦いどう思いますか?」

「そうですわね、どちらも一手隠している感じがしますわ」

「どういうことだセシリア?」

 言われて改めて一夏君と凰さんをそれぞれ見てみる。確かにどちらも動きが小さいように思える。特に一夏君はいつも見ている時より剣が振り切られていない。

「一夏君は凰さんを出し惜しみできる相手とは思っていないでしょうし、タイミングが必要なのでしょうか……」

「ほう、なかなか察しがいいな宍戸」

 僕の呟きを聞いた織斑先生が不敵な笑みを浮かべていた。

「あいつが狙っているのは瞬時加速だ。私が教えた」

「それはいったいどのような?」

「簡単に言えば予備動作なしの爆発的な加速ですわ。零落白夜同様にエネルギーを消費するので乱発はできませんし、不意を突く形で使うのが望ましいですわね。それでも通じるのは1度だけでしょうけど」

「だが使い方によっては代表候補生も出し抜くことができる」

 一夏君の手の内は分かった。それならば凰さんはいったい何を隠しているのだろう?

 ――その時、大気を揺らすほどの轟音がモニターから響いた。その瞬間を見ていたが意味が分からなかった。一夏君は見えない何かに殴り飛ばされていたのだ。

「衝撃砲……なかなか厄介なものを積んでいますわね」

 次々と打ち出される完全不可視の弾丸は地面やアリーナの壁をえぐり取っていく。画面に映し出された一夏君のステータス、そのシールドエネルギーの量がみるみる減っていく。

「反則的なまでに強いですね。肉眼で捉えることができないなんて」

「ISに空気の流れや空間の歪みを探らせれば回避は不可能ではありませんけど、全弾避けるのは操縦者の腕も関わっていますが至難の業ですわね」

 その言葉通り一夏君はいくらかは避けられているようだ。

「っ!一夏は何をやっているのだ!」

「そうですね。防戦一方ではこの戦いは乗り越えられないでしょう」

 そんな僕たちの思いが届いたかのように一夏君の動きが変わった。円を描くように凰さんの周りを飛翔しながら衝撃砲を避ける。

 ちょうど凰さんの背後に回った瞬間に一夏君は一瞬で相手との距離を詰めた。

(これが一夏君の奥の手……)

 その時、一夏君と凰さんの間の空間を一筋の光線が穿った。土煙が充満してアリーナが一時見えなくなる。

 土煙が晴れるとそこには見たこともない異形のISが浮遊していた。モニター越しに目が合い心臓を撫でられたような気味の悪さを覚える。

「織斑先生!遮断シールドのレベルが4に、扉も全てロックされています!」

「ああ、おそらくあのIS仕業だろう。手の空いている者にシステムクラックをさせておいてくれ。私は政府への緊急支援要請を出しておく」

「分かりました」

 ただ困惑している僕とは違い織斑先生たちは不測の事態にかかわらず冷静な対処をしていた。

「歯がゆいですわね……!アリーナに入ることができない以上は出撃は……」

「オルコットさん……」

 そうこうしている間にもモニターに写る2人は襲撃者を相手にしている。喧嘩しているとは思えないほどに息のあった戦いだった。

「織斑先生、現時点ではアリーナへの侵入は困難と考えていいのですか?」

「いいや、そうでもない。ピット・ゲートは開いたままだからそこからなら入れる。逆に言えば向こうもそこからなら学園に侵入できる。そうさせないためにあいつらは応戦しているのだろう」

「それでしたら織斑先生、わたくしに出撃させてください!」

 やはりオルコットさんならそう来ると思った。だが織斑先生は首を縦には振らない。

「お前のISは多対一向きだ。相手が単体の場合は周りの足を引っ張る結果になる」

「そんなはずはありませんわ!わたくしが足でまといなど――」

「オルコットさん!」

 言い争いになりそうなところを呼び止める。振り向いたオルコットさんはその顔に焦燥を浮かべていた。

「なんですの!」

「……篠ノ之さんがいつの間にかいなくなりました。おそらくピットゲートかと思われますが」

 僕の言葉を聞いたオルコットさんは少し思案したあと身を翻して傍聴室を飛び出た。すかさずその後を僕も追う。

「どこに行く?」

「篠ノ之さんがどこかへ行ってしまいました。万が一を想定して捜索してきます」

 返事を待たずに走り出す。全力で走りオルコットさんの背中に追いつくだけで息が少し乱れてしまった。

「……オルコットさん、篠ノ之さんは僕が探しておきます。ですので一夏君の方はよろしくお願いします」

「ええ、任せなさい」

 角に差し掛かったところで真反対に二手に別れ、お互いの成すべきことをするための場所へ向かう。

 急がなければいけない。仮に最悪な事態を招くことがあっては一夏君も深く傷つく。それに僕は人の死や犠牲というのが心底嫌いだ。

 こんなことなら運動くらいしておけばよかったと自分で苦笑してしまうくらいには僕は鈍足だった。息も上がっているし足も痛い。明日には筋肉痛になってしまうだろうと余計なことを考えてなんとか誤魔化す。

 アリーナ前になると生徒がチラホラと見受けられるようになってくる。ゲートはここの裏側なのであともう少しだが、その前には件の解析組の3年生の人たちがいた。

「……すみません、道を開けてください!……道を」

 口から出た声は想像以上に頼りない小さく掠れた声だった。当然真剣に作業をしている彼女たちの耳にはこの距離では届かなかったようだ。今度はと思い隣まで近づくと向こうから気づいてくれた。

「ああ、宍戸くん。今ちょっと立て込んでるから――」

「こ、この先のピットゲートに……、篠ノ之さんが向かいませんでしたか……!?」

「ここは通ってないけど?」

「いえ、いるはずです……、僕が確かめに行きます」

 道を開けてもらって再び走り出す。そこ以外に行く場所がないはずだから必ずいる確証がある。

『――一夏!』

 篠ノ之さんの声が聞こえた。正直に言うといなかったらどうしようと内心焦っていた。

「……篠ノ之さん!危ないです……か、ら」

 切れ切れの声で呼びかけ篠ノ之さんの腕を取り、この場から離れようとした時僕は見てしまった。

(あれが、襲撃者……!?)

 一切の肌が見えないフルフェイス、フルスキンのISを纏った正体不明の襲撃者は一夏君も凰さんも篠ノ之さんも僕にも無差別に殺意を向けていた。殺される、直感でそう感じたのに一歩も動けなかった。これが戦うことなのだろうか?こんなにも死を間近に感じるものだったのか?

『鈴!今だ、撃て!!』

『ちょ、どうして射線上に入るのよ!?死にたいの!」

『いいから撃て!』

『っもう!どうなっても知らないから!!』

 2人の会話がどこか遠く聞こえる。自分の歯が打ち合わせて立てる音が耳障りで聞こえづらい。

 そんな混乱の中、一夏君の斬撃が襲撃者の腕を切り落とした。切断部は紫電が走り小さく音を立てているが、僕は何よりその光景がショッキングで今見たことを脳が受け入れなかった。

「な、んで……?」

 どうしてこんなことをする必要があるのか分からない。確かに相手は得体の知らない襲撃者だけど、それは怪我をさせてまで阻止することなのだろうか?

(分からないよ……)

 急に体に力が入らなくなり地面に伏す。切れかかっていく意識の中、最後に見たのは空に浮かぶ蒼だった気がする。

 

 

 

 

「……ここ、は?」

 激しい頭痛にうなされながら起き上がるとそこは保健室だった。時計は7時を回っていて周りには誰もいない。

「やっぱり、専用機はいらないかな……」

 シーツのこの色を見ると一夏君が放った零落白夜のあの色を思い出す。それとあの切り裂かれた腕も――

 喉元に嫌な気配がせり上がってくるのを自制心で押さえ込む。今からでもこの学園から逃げ出して中学時代の友達に会いに行きたいほどだ。それは決して可能なことではないけれど。

「朔夜ー、お、目が覚めたか」

「一夏君……」

「大丈夫か?顔色すっげえ悪いけど」

 心配して一夏君が僕の顔を覗き込んできた。その顔がいつも通りで僕はつい聞きたくなった。

「あの襲撃者はどうなったの?」

「ああ、あの後セシリアも来てくれてちゃんと倒せたぜ」

「そうじゃなくて、あのISに乗ってた人は大丈夫なの?命に別状はない……?」

「そういや朔夜は知らなかったか……。あの襲撃者、無人機だったんだよ」

 そんな馬鹿な。ISは人が乗らなければ動かないと教わったのに、これでは覚えたことが無意味になる。

「俺も最初は信じられなかったけど、ひとまず怪我人は誰もいないから安心してくれ」

「もし、無人機じゃなかったら?」

「え?」

 自分でも驚く程に低い声が出た。しかしその衝撃では僕のこの気持ちを押さえ込めなかった。

「もし人が乗ってたら一夏君だってここにはいられなくなるし、その人だって普通の暮らしができなくなるかもしれないんだよ?」

「それもそうだけどさ……」

「お願いだからやめてよ……。僕だって誰かがいなくなるのは嫌なんだよ?」

「悪いな、俺そこまで気が回らなくてさ。でも、あの時は俺たちしかできなかったと思う」

「うん、それは僕も分かってるよ。……それでも無茶はしてほしくないんだ」

 だって一夏君はオルコットさんにとって大切な人だから。僕もここで男子が1人なんて心細いし篠ノ之さんも凰さんもこの学園の生徒や教師、一夏君がいなくなればこんなにも影響を受ける人がいる。

 それに僕は誰の悲しい顔も見たくない。僕に人を笑顔にすることはできないけど、誰かの笑顔を守りたいとずっと願っている。だから――

「万が一にも死んだりしたら嫌だよ……」

 シーツを握って振り絞るように出したそのわがままを一夏君がどう受け取ったかは分からない。でも彼はこう言ってくれた。

 

『――簡単に死ぬもんか。こう見えて俺はしぶといしな!』

 

 冗談の混じったその言葉でその時の僕の心がいかほどか和らいだのを覚えている。




今までの平均文字数からするとちょっと多くなりました。どうも切りのいいところまで書かないと落ち着かないのでこれはまあ仕方ないかなあと思います。
そして次回はシャルロットとラウラが出ますよー。箒も少しずつ喋るようになってきたのでもしかした空気キャラ脱出かもしれません!(`・ω・´)
それではまた不定期で更新していきます。今回も読んでいただいた皆さんに感謝!!


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Blond gentle & Platina soldier

※長いです。心してかかってきてください。


 カーテンの開けられた窓から差し込む光で僕は目を覚ました。部屋を見渡せば実に静かで再び寝ようとも誰にも邪魔されることがないのは明白だ。しかしそろそろ起きなければならない。すでに3度寝しているわけだし昼も近いということもあり一旦ベッドとはお別れだ。休日だからといって少し怠けすぎたかもしれない。

 洗面所で顔を洗い、髪も伸びてきたなーとぼんやりと考えながら櫛を通していく。

 黒デニムにフードジャケットというラフな格好で廊下に出る。同じく昼食に向かうのか複数人の女子が歩いて、各々が僕に軽く挨拶をしてくる。

「やっほー宍戸くん。今日は織斑君と一緒に食べないの?」

「一夏君は今日は中学時代の友人と会うって言ってましたけど」

「そっかぁ私も今度久しぶりにあって遊ぼうかなー」

「じゃあさ、私たちと一緒に昼ご飯食べない?」

 断る理由もないので共に学食に向かう。ちなみにこの4人とは何かと気があって親しくしている。

 右側で髪を1つ括りにしているのが瑞園海子(みずぞのみこ)さん。少し抜けているところがあるが優しくてこのメンバーでは中心的な人物だ。今日は膝上のワンピースという部屋着全開のラフさだ。

 黒髪を無造作に垂らしているのが橘六花(たちばなりっか)さん。本人はコンプレックスだと言っている釣り目と冷静な言動からドライな人に見られがちだが、大体その通りなので特にギャップもなく安心して接することができる。橘さんの落ち着いた雰囲気は瑞園さんと相性がいいのか冗談を言い合うところをたまに見かける。

 肩ぐらいの長さの髪に上品な蝶のバレッタをつけているのが美空結花(みそらゆうか)さん。背丈が低く、この中でも一番人見知りでいつも上目遣いになっているためマスコット的ポジションを確立していた。

 眼鏡をかけている三つ編みの子が東城麻衣(とうじょうまい)さんだ。見た目通り真面目な人だが冗談を交えたりと意外と茶目っ気もある人で実は僕も何度かからかわれたことがある。でもその後の笑顔を見ると許してしまうのが人というものなのか、それとも僕が単純なのか……。

 結構明るく話しているように見えるけど、実はみんな内弁慶で初対面の時は僕を含めてみんなオドオドしていたのだが、それのおかげで気があう仲になれたのだと思う。

「そういえば瑞園さん、ISの実習はどうでしたか?」

「うん、なんとか合格できたよー。授業中にできないと放課後か土日だから朝からヘトヘトだよ」

「海子は休みの日は起きるの遅いから……」

「だよねー。顔合わせるのもいつも昼間からだし」

「遅くまで起きているから当然と言えば当然でしょうけどね」

 5人で話しながら学食に向かう。さすがにこの人数だと普通に往来の邪魔になるので2列で歩く。

 最初の方は他の人と仲良くなれるか心配だったけど、2人しかいない男子というのがプラスに働いたのか気にかけてくれる人が多くて助かった。瑞園さんたちは学食で偶然相席した時に話したのが始まりだ。

 そして話にも出てきたがISを実際に使っての授業が本格的に始まる。ちなみに僕たち1組は月曜日からだ。話を聞くところには歩行訓練、武装の呼び出しをするだけではあるらしいのだが、PICを使わずに行わなければならないのでバランスを取るのが難しいらしい。僕の場合は放課後に補習もあるので授業内で終わらせておきたい。

(うまくいくといいけどなぁ……)

「そういえば宍戸くんは休日どこか行かないの?」

「もし暇だったら私たちと一緒に買い物いかない?」

 瑞園さんと東城さんの誘いは嬉しいがもう昼時だし今から出てもさほど遊べない。果たして彼女たちがそれで満足してくれるだろうか。

「何か予定が入ってたりするのかしら?」

 橘さんが心配そうにこちらを見ているので慌てて何か言おうとするが、こういう時はなぜか深く考えてしまう。

「その……、今からでも大丈夫かなと」

「多分、みんな気にしないと思う……」

 美空さんがそう言うなら問題はないだろう。中でも一番周りに気を使っている子だから。

「じゃあ、行きましょうか」

 昼食を食べ終わってから僕たちは駅前の商店街に出かけることになった。ここで僕は初めて女子の買い物の付き添いという恐ろしさを知ったわけだけど……。

 

 

 

 

「えーと、実は皆さんにお知らせがあります。なんとこのクラスに転校生が来ます。しかも2人も!」

 買い物でどっぷり疲れて体力的に少し不安になって迎えた月曜日。SHRで山田先生からそんな知らせが伝えられた。というかいっぺんに2人という点もそうだけどどうして片方だけではなく両方がこのクラスに入ることになったのだろうか?

「では入ってください!」

 山田先生に促されて教室に入ってきた2人はどちらもズボンを履いていた。1人は金色の髪を後ろで結った愛玩動物のように可愛気がある見た目で、もう1人は銀髪で片目に眼帯をつけていて背が小さいのになぜか存在感と威圧感がある。しかしなんだろうかこの妙な違和感は……。

「初めましてシャルル・デュノアです。ここには僕と同じ境遇の方が2人もいると聞いてやってまいりました。至らない点も多いですが皆さんよろしくお願いします」

 すごい、僕の時の自己紹介とは大違いだ。顔も緊張で強ばったり下を向いたりすることがなく口調もはっきりしている。だからもしかすると先ほど言ってたことは本当なのだろうか?だとしたかこの人は――

「……3人目の、男子?」

「はい。そういうことになりますね」

 僕が漏らした呟きに彼がそう返した瞬間、教室が色めき立った。教室が揺れたのかと錯覚するほどの奇声ならぬ喜声がそこら中から発せられて久しぶりに驚いてしまった。

「男子!3人目の!しかもここに来てかわいい系の!」

「金髪の超絶美少年!地球に生まれてよかったあああ!」

「この教室に男子3人なんて!クラス割りの職員さん分かってる人だ!」

 なにこの少し怖い空間。というかもう1人いるけど、あの子はどんな挨拶をするんだろ?

「ボーデヴィッヒ。挨拶くらいしろ」

「はい、教官」

 織斑先生に促されてボーデヴィッヒさんは綺麗な敬礼をしてからこちらを向いた。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「えっと……、以上ですか?」

「以上だ」

 いや、待ってほしい。その言葉で叩かれた人がいる以上容認はできない。しっかりとした自己紹介を――

 乾いた音だった。砂漠の砂の上に落ちたゴムがしなったような習性に従っただけだと言わんばかりの感情を読み取れない音。しかし当事者である彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒの表情は確かに怒りを表していた。突然平手打ちをされた一夏君が状況を把握できずにいた。

「な、何するんだ!」

 我に返った一夏君が立ち上がりボーデヴィッヒさんを睨みつけたが、当の本人はなに食わぬ顔で空いている席に着席する。教室の空気が重くなり先ほどの興奮が嘘のように誰も口を開かない。

「では、今日の授業は事前に伝えていた通りISの可動実習をする。授業開始前にアリーナに集まっておくように。織斑と宍戸はデュノアの面倒をみてやれ」

「あ、ああ……」

「はい」

 やはり釈然としないのか一夏君はしっかりとした返事をせずにボーデヴィッヒさんの方を見ていた。

「えっと、君たちが織斑君と宍戸君だよね。僕は――」

「あー、今は急いだほうがいいぞ。女子も着替え始めるし」

 そう言って一夏君はデュノア君の手を握って廊下を走り始めた。僕もその後をISスーツが入ったバッグを持って追う。一夏君みたいにロッカーに置きに行けばよかったけど朝はどうにも頭が回らないのかすっかり忘れてしまっていた。

「は、初めましてデュノア君……でいいですかね?宍戸朔夜です」

「うん、よろしく。僕のことはシャルルでいいよ」

「懐かしいな、一夏君にも最初同じことを言われましたよ」

「そりゃあ苗字で呼び合うなんて仰々しいだろ。それと俺のことも一夏でいいぜ」

「じゃあ、よろしく一夏、朔夜」

 ナチュラルに下の名前で呼ばれると落ち着かないのはあの時と変わっていない。僕は全然成長してないなぁ……。

 走りながら話していると前から多数の足音が響いてきた。まああんなにうちのクラスが騒げば他クラスの子が来るとは思ってたけどこの早さは予想外だ。

「本当にいた!3人目の男子で金髪好青年!!」

「肌白い!いいなあー羨ましい」

「そんなことより一夏君と手繋いでる!私はこの瞬間をデジカメで抑えられた喜びを忘れないわ!」

 デジカメまで用意してたんだ……。いやそれよりもう撮ったの!?いつの間に!?

 そんな授業前の予期せぬ運動(推定120メートル走全力疾走型)のおかげでアリーナに着く頃には僕の息はきれていた。シャルル君は全然息が乱れてないところを見るとこの学園の男子で体力がないのは僕だけのようだ。

「うわっ、結構時間押してるな。急がないと千冬姉……じゃなかった織斑先生に怒られちまうからな」

「へ?って、うわぁ!?」

 僕と一夏君が着替え始めるとなぜかシャルル君は素っ頓狂な声を上げた。

「どうかしましたか?」

「いや、大丈夫、大丈夫だけど向こう向いててほしいな……」

 確かに見た感じ男性的な筋肉質な体には見えないけど恥ずかしがることではないと思う。むしろ今の時代で男性が筋トレをしても『何に使うの?重いものならISで運べばいいじゃん。あ、男性には無理だね』というジョークのネタになるのが関の山だ。筋肉はそこまでないので実体験ではないけど男性の嘆きを特集した番組でそんな話がわりと上がっていた。

「そんなに気にすることか?まあ男の体を眺めるような趣味はねえけど」

 そう言って一夏君はシャルルくんに背を向ける。それに習って僕も違う方向を向いた。と言っても僕は胸の傷を見られないためにもいつもしていることなので普段と変わらない。

 ボタンを外していると誰かの視線を感じた。誰かわからない分余計にくすぐったい。やけに落ち着かない時間を過ごしながら着替え終わりアリーナに行くとすでに女子のみんなは集合し終わっていた。

「あんた何してたのよ?」

「何って着替えだよ。それ以外ないだろ」

「どうだかね。いつもならこんなに遅くないでしょ」

 自分たちの場所に並ぶと一夏君は早速凰さんに話しかけられていた。2組は1組の後ろに並んでいるので会話はしやすい。

「そういえば鈴さん。一夏さんったら朝から転校生に殴られていましたのよ」

「はあ!?あんた何してんの!馬鹿じゃないの!」

「安心しろ、馬鹿なら私の前に2人もいる」

 オルコットさんと凰さんの顔が血の気が引いたように蒼白になった。なまじ視界に入る場所で起こっている惨劇ゆえに僕まで怖くなってしまう。

 2打連続で響いた打撃音を隣で聞きながら視線を泳がせる。涙目になって頭を押さえている2人に声をかけようにもこの状況では僕もあの出席簿にやられるだろう。ひとまず織斑先生が離れるまでは動かないでおこう。

「ではまずはISの稼働時における手本を見せよう。幸い血気盛んな女子が2人もいることだからな。オルコット、凰」

「ええ!?」

「ど、どうしてわたくしまで……!」

 突然の抜擢に困惑と不満を顕にしている2人に織斑先生が小声で話しかけた。

「まったく……。少しはやる気になったらどうだ。あいつにいいところが見せられるぞ」

 それを聞いて2人の目がギラリとした輝きを宿した。闘志というのだろうか、そんなものが垣間見えた気がする。というか織斑先生もオルコットさんたちが一夏君を好きなのは把握してたんだ……。

「そうですわね!ここはイギリスの代表候補生であるわたくしの出番ですわ!」

「ま、ここらで私の実力を見せておくのもいいかもね!」

「なんであの2人はいきなりやる気になったんだ?」

「一夏君は相変わらず鈍いね……」

 当の本人がこれでは恋が成就するのはかなり難しそうだ。

「それで、相手は誰ですの?わたくしは鈴さんでも構いませんわよ」

「こっちこそ、返りに討ちにしてあげるわよ」

「そう焦るな。相手なら今に来る」

 視線を交差させて火花を散らす2人を呆れながら見て織斑先生がそう言った時、空から金属を打ち合わせたような甲高い音が響きこの場にいた全員がそちらを見上げた。そこには人型の影が――

『わあああああ!と、止まらない、皆さんどいてくださあああああい!!』

 その影の正体はなんと山田先生だった。驚いて目を見開いているうちにその影はみるみる大きくなっていく。直感的に逃げ遅れたと悟ったが体の反応が遅れてしまった。

「危ないっ!!」

 そんな声が聞こえ、右腕が掴まれたかと思うと宙に浮いたような浮遊感が体を包んでから瞬刻遅れて背中に軽い痛みが走った。

「大丈夫、朔夜?」

「でゅ――シャルル君……」

 僕の目の前になぜかシャルル君の顔があった。間近で見るとなぜか顔が熱くなってしまうのが不思議だ。いや、それよりもこの状況はいったい?

「怪我とかしてないかな?」

「え、ええ。なんともないです」

 視線を動かしてみると僕たちから少し離れたところに一夏君と山田先生がいた。間一髪で白式を展開したのか一夏君も怪我はなさそうだ。ただその姿勢が一夏君が山田先生の胸を強引に揉んでいるように見えるのは目の錯覚だろうか。

「ああ!デュノアくんが宍戸くんに覆いかぶさってる!」

「大人しそうに見えてグイグイ行ってるそのギャップがたまんない!」

「やっぱり宍戸くんは受け映えするよねぇー」

 周りのみんなの声に気づいて今の自分を見つめ直すと確かに僕がシャルル君に押し倒されているようにも……見えるだろうか?というか受け映えって何!?

「い、いえ!そういうのじゃなくて……」

 顔を真っ赤にして否定するシャルル君は気が動転しているのか一向に僕から離れようとしない。まあでも助けてくれたわけだしここは僕も誤解をとくのを手伝おう。

「ありがとうございます、シャルル君。あのままだと山田先生にぶつかって大怪我をしていたかもしれません。本当に感謝します」

「え?あ、うん。どういたしまして」

 こういうちょっとしたところで笑顔を向けてくるのはずるい。これは今後のシャルル君の女子人気が急上昇しそうな予感がする。

「なーんだ、草食系2人のイケナイ関係とか楽しみにしてたのに……」

「一夏くんが嫉妬して3人でってとこまで行けたのに……」

 なんで残念がっている人がいるんだろ。いや、多分僕が聞こえてないだけで普通の反応をしている人もいるはずだ。さすがにオルコットさん達以外そっち趣味とかになると女学という分野に偏見を持ってしまいそうだ。

 ――それよりも

「あら、残念ですわね。外してしまいましたわ」

「せ、セシリア……」

「……」

「って、あぶねえ!今の当たってたら本気で死んでたぞ!!」

 なんか向こうはもっと酷いことになってるけど、大丈夫だろうか。そこに織斑先生が入り込みよく通る声で説明した。

「もう分かったとは思うがお前たちの相手は山田先生だ」

「それって2対1でですの?」

「さすがにそれはちょっと……」

 代表候補生2人でというのは抵抗があるのかオルコットさんたちは難色を示した。

「安心しろ。お前たちならすぐに負ける」

 その言葉を聞いて2人の顔が引き締まった。さすがにそんなことを言われたらプライドの高いオルコットさんに限らず黙ってはいられないのだろう。

「いいですわ。負けて後悔しても知りませんわよ!」

「セシリアなんかいなくったって私1人でも余裕だけどね!」

 同時に飛翔した2人は空高くに上がり、山田先生を待ち受けた。同じ高さまで飛び上がった山田先生がアサルトライフルを構えてオルコットさん達に対峙した。

「さて、ではデュノア。さっさと宍戸から離れてラファール・リヴァイブの説明をしろ」

「へ?ああ!ごめん朔夜!」

「気にしないでください。それよりも早く説明を始めた方がいいですよ?」

「あ、うん。そうだね」

 そう言うとシャルル君は僕から離れてみんなの方を向いて説明を始めた。僕もISスーツに付いた土を払って聞く姿勢になる。

「山田先生が使用されているISはデュノア社製の『ラファール・リヴァイブ』です。第2世代最後発でありながらそのスペックは初期の第3世代型にも劣らないもので、安定した性能と戦闘方法、操縦者の適応のどちらにも見られる汎用性の高さ、後付武装の充実を兼ね備えた機体です。現在量産されているISの中では開発が最後期でありながら世界シェアは第3位であり、このIS学園にも配備されています」

「一旦そこで終わらせていい。そろそろ決着がつくぞ」

 織斑先生はそう言うと空に浮かぶ2人と山田先生の戦いに目を移した。つられて僕も見るとオルコットさんがビットで山田先生に攻撃を仕掛けているところだった。その射撃を避けつつ山田先生はアサルトライフルで牽制射撃を行い、オルコットさんを射程範囲外へと追い出した。

 次に斬りかかってくる凰さんとの距離を置いて側面からの射撃に切り替える。龍砲を打ちながら後退する凰さんはビットの有効範囲内に戻ろうとするオルコットさんと衝突した。

 その瞬間を逃すことなく山田先生は新しく呼び出したグレネードを投擲した。濛々と立ち上がる煙の中からオルコットさん達が地面に落ちていった。慌てて僕は傍に駆け寄った。

「大丈夫ですかオルコットさん!?」

「別になんともありませんわ……。それよりも鈴さん!あなた少し前線に出すぎではありませんの!衝撃砲で相手を制圧することに気を取られすぎですわ!」

「セシリアこそ何上手いこと釘付けにされちゃってんのよ!射線固定しすぎだから他の動きが見えてないんじゃないの!」

 お互いで言い合ってはいるが見ている感じではどちらも言っていることは正しいので片方に肩入れするというのはできない。この戦いは2人の欠点を上手くついた山田先生が一枚上手だったということだろう。

「その辺りにしておけ見苦しい。さて、これでこの学園の教員の実力が分かっただろう。以後、軽率な態度を取ることはないように」

 織斑先生に言われて2人は言い争いをやめた。周りの生徒の視線にも気づき気まずそうに視線を泳がせ、ISを解いて立ち上がった2人はなんとも不機嫌そうだ。

「では事前に予告していた班組に分かれろ。デュノアは4班、ボーデヴィッヒは5班に入れ」

「はい」

「了解しました、教官」

 そういえば2人は転校生だったから班員が誰か分からないよね。1つ教えてあげられることがあるなら僕は5班のメンバーだということくらいかな……。あぁ、他の班のみんなはすぐに並び始めてる。

「さっさとしろ宍戸。グダグダしているようなら走らせるぞ」

「……はい」

 ご丁寧に右から班番号順に並んでいるのでボーデヴィッヒさんも5班の最後尾に立っていた。僕もその後ろに並んで小さく溜息をついた。

(転校早々の行動がアレだからなぁ……。ボーデヴィッヒさんは何を考えてるんだろ)

「それでは各班1機ずつISを取りに行ってくださーい。打鉄が3機とラファール・リヴァイブ2機です。早い者勝ちですよー」

 山田先生に言われて生徒たちが動き出す。僕たち5班も駆け足でIS格納庫に向かう。狙うはラファール・リヴァイブだ。別に打鉄でもいいのだけれど、話し合った結果なんとなくフォルムがシャープなラファール・リヴァイブの方が好みだとのこと。ちなみに僕は実戦なら打鉄を使う。理由は銃を上手く扱う自信がないから。

「うわ、結構重いですね……」

 ISが乗せられているカートを格納庫から引っ張り出しながら僕の漏らした声に女子一同も揃って頷く。こういう時に男子として頼りになるところを見せたいけど残念だけど筋力に関してはお手上げ状態だ。

「あ、宍戸くん。右に曲がりたいから少し強く引っ張って」

「分かりまし、……た!」

 ちょっと角度をつけるだけでもかなり力がいる。体重をかけてなんとか曲がることができて、僕たちは5班が訓練する指定の場所にISを運び終えた。そこにはすでにボーデヴィッヒさんが腕組をして佇んでいる。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 ――まずい。すっごく空気が重い。専用機を持っているボーデヴィッヒさんを主体に進めるのだろうけど本人には全くその気がないから何からすればいいのかすら分からない。しかし授業内で終わらなければ放課後に残って訓練をしなければならない。事前に何をするかは聞いているので一応できることにはできるが問題点などを指摘できる人がいないと訓練が成立するのか不安だ。

「……じゃ、じゃあ最初にやりたい人、いますか?」

 緊張しつつも班員に参加を促す。少し目配せがあった後右端にいた橘さんからすることになった。

 訓練の内容は歩行、装備の展開、近接戦闘、射撃だけだが僕も含めて7人がやるとなると効率的に進めなければ時間内に終われない。特に射撃は的に狙いを定めるためにかなり時間を消費するのでそこも考慮しなければならない。

「えっと……、まずは歩行っと……」

 PICを使っていないためバランスを崩すと転けてしまう。集中して歩を進める橘さんは真剣な目つきで足元と前を交互に見比べていた。なにか気が利いたアドバイスが言えたらいいのだけど僕は皆より下手なのでそういったコツというのを全く知らない。というか逆に教えて欲しい。

 次に装備の展開だが、こういう時はラファール・リヴァイブは使いやすい。イメージの具現化とでもいうのだろうか。装備を展開する際に必要なそれが比較的容易に行えるのが強みなのだ。特に銃系統というのは見慣れていないので細部のイメージがしづらいのだが、それが曖昧なものでもある程度までなら意外とすんなり展開できる。

 橘さんは1度小型のブレードを出して、それをまた粒子分解してからライトマシンガンを展開した。思ったとおりスムーズに進められたからかその顔に安堵と自信が見て取れる。次に射撃用の的に銃口を向けてレットドットサイトを合わせる。初弾は見事に的の端を打ち抜いた。冷静な橘さんなだけあってこういった緊張にはかなり強いらしい。ISの補整も助力してはいるが2発目、3発目と次々と的を打ち抜いていく。12発撃ったところで射撃は終わり、橘さんはISから降りた。

「お疲れ様です。とても上手でしたよ」

「ええ、放課後にも自主的に練習してるからこれくらいならなんとかできるわ」

 そうだったのか。放課後は補習で潰れているから全く知らなかった。なんか知識面の差を縮めたぶん技術ではかなり差をつけられていそうだ。

 

 その後も順調に進んで全員の訓練が終わった。ちょうど終業のチャイムが鳴って織斑先生が『そこまで』と声を上げた。

「まあ授業最初のISの稼働訓練としては上々と言ったところだな。時間内に終わらなかった馬鹿者は通告通り放課後に私の監視下で不足した分を行ってもらう。分かったな宍戸」

「え……?って、しまった!」

 うっかり自分も訓練をしなければいけないのを忘れていた。名指しされたところを見るとどうやらまだなのは僕だけのようだ。

「そういえば宍戸は放課後補習もあったな。山田先生、今日の補習は少し遅い時間にしておいてくれ」

「お、織斑先生?補習はお休みにしてあげても……」

「いや、これは僕の落ち度なので……、どっちも受けます」

 多分今回ばかりはいくら山田先生が説得してくれてもどうにもならないだろう。それにしてもいったいいつになったら僕の放課後は自由になるのだろう……。

「では、各班使用したISを片付けろ。訓練の後だからとダラダラしていると昼休みがなくなるぞ」

 昼休みが始まるのはちょうど10分後だ。それまでにISを格納庫に運んでから着替えないと時間がすぐになくなってしまう。

「それでは運びましょうか」

「そうだね。他の班に先越されると並ぶ時間も増えちゃうし」

「こういう時織斑くんとかが持ってる専用機で運んじゃダメなのかなぁ?」

「さすがにそれは、ねえ……」

「織斑先生が見てたらまずいだろうし」

「だよねー……」

 小言を言いながらも体はしっかりと動かしている。しかしISって何kgあるんだろ?7人がかりでこの苦戦っぷりだから400は軽く超えてるだろうか。

 横目で一夏君を見ると男子ということもあってか中心になって運んでいた。デュノア君の方は運動系の部活動に入っている女子が代わりに運んでいるようだ。美形だからだろうか?美形だからなのだろう。

「くうぅ……。ランチの前だから体力が……」

「ちょっと言わないでよぉ!」

「でも食後は食後で辛いし……」

 女子というのも大変だな、と思う。ISができたのも歴史的には随分最近なのだ。基本的に体力面では男性が勝ることの方が多い。

「あと宍戸くんが5人は欲しいよ」

「すみません、1人分しか働けそうにないです……」

「だよねー。でも私は宍戸くん6人欲しいかな」

「いいねぇ、1人1宍戸くん。毎日が充実しそうだよ」

「別に何も役にたちませんよ?」

 しいて言うなら部屋の掃除くらいだろうか。料理も上手なわけでもないし肩たたきは上手い下手の基準が分からない。

「そういうのじゃなくて、普通に話したりするだけでも楽しいのっと、到着!」

「よかった、一番乗りだったねー」

「それじゃ宍戸くん、また後でね」

「あ、はい。それでは……」

 話したりするだけで楽しい……。そういうものだろうか?僕はそんなに面白い話ができるわけではないし、聞き上手かと言われても違う気がする。

「ねえ朔夜」

「シャルル君。どうかしました?」

「実は手持ち無沙汰だから他の班のところを手伝おうと思ったんだけどみんな『大丈夫』って気を使ってくれてなかなか手伝わせてくれなくて」

 待遇がいいのか悪いのかよく分からなくなってきたなぁ。しかし、本人が手伝いたいならどうにかできるかもしれない。

「ひとまず一夏君のところを手伝いに行きましょう。受け入れてくれるでしょうから」

「うん。分かった」

 この会話の終わりに添えられる笑顔はいったいどうやって作っているのか今度聞いてみたい。実践できるかはさておきかなり印象がよく映る。

「一夏君、手伝うよ」

「僕も」

「おお、2人ともありがとな。結構重くて大変だったんだよ」

 両端を担当していた女子に変わってもらい僕とシャルル君もカートを押すのを手伝う。

 しかしこれがきっかけになり他の班の手伝いもすることになるとはこの時思いもしなかった。一夏君は篠ノ之さんとの約束があったらしくかなり急いでの作業になり終わる頃には僕たち3人は疲労からグッタリとしていた。

 

 

 

 

「そういえばシャルルの部屋はどこになったんだ?」

「実はまだ決まってなくて……。なるべく相部屋がいいって要望を出したんだけどね」

 僕の補習と居残り訓練も終わり夕食を摂るために3人で訪れた食堂。一夏君の質問に答えるシャルル君は困った顔を作っていた。確かに基本は女子だけの学園だし話し相手が近くにいるというのは心強くもあるし気も楽だろう。

「でも3人で1部屋ってのは難しそうだな。1人は床に布団敷くことになるし」

「だよねぇ……」

「……よければ先生に掛け合ってみましょうか?」

 突然口を挟んだためか、僕の提案を聞いたシャルル君はすぐに返事をせずに少し間を置いた。

「え?いや、でも悪いよ……。わざわざ僕の我がままで朔夜まで巻き込むのは」

「ですが転入して早々1人っきりの部屋で過ごすというのはなんだか寂しいじゃないですか。それに僕自身、数少ない同じ男子が困ってるのは見過ごせませんし……」

「それはそうだけど」

 シャルル君の性格なのか、なかなか僕の申し出を受けようとしない。しかしこういう人物の扱いは心得ている。なぜなら僕も人の善意を最初は断ってしまうタイプだからだ。

「じゃあ、授業の時に危ないところを助けてくれたお礼でというのはどうでしょう」

「あー、えっと……、うん。じゃあご厚意に甘えて……」

 そう。僕みたいな人間はそこに自分の行動が絡むとなかなか断れなくなる。それは善意であっても悪意であっても変わらない。

「なあ朔夜。掛け合ってみるって言ってもどうする気なんだ?」

「まあ妥当に僕が出て行って一夏君とシャルルくんが相部屋じゃないかな」

「いいのか?朔夜が1人で。別に俺が出て行ってもいいんだぞ?」

「いやいや、僕よりは一夏君の方が適任だよ。僕じゃ気を使ってばっかりでシャルル君も落ち着かないだろうし」

「そこまで言うなら……。シャルル、それでいいか?」

「うん。2人ともありがとう」

 やっと意見がまとまり僕たちは一旦中断させていた食事を再開させた後、職員室に向かうことにした。

 

「それで、宍戸とデュノアを交代したいわけか?」

「はい」

「な、なんとかなりそうですか……?」

「僕からもお願いします!」

 3人で一斉に職員室に押しかけ寮長である織斑先生に交渉に来たのだが別に怒られているわけでもないのに怖くて仕方ない。担任の教師なんだしそろそろ慣れてもいいとは思うんだけどこれは卒業するまでに解決するとは思えない。

「ま、出来んこともないがその場合は宍戸、お前は女子と同じ部屋ということになる」

「え?」

 頭の中でもう1回織斑先生の言葉を再生させて整理する。シャルル君を一夏君と相部屋にするためには僕が女子と一緒の部屋で暮らすということか。なんだ、全然複雑な話じゃないじゃないか、僕の頭の中以外は。

「なあちふ――織斑先生、その女子ってもう決まってるんですか?」

 また家族間の呼び方になってしまいそうになりながら一夏君は織斑先生に質問した。

「ああ、今日転入してきたラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 一夏君はその名を聞いた瞬間にとても嫌そうな顔をした。そりゃあ出会って早々頬を叩かれたら誰だっていい印象は持たないだろう。

「宍戸がそれでいいならデュノアと織斑の相部屋を認めてやろう」

 せっかくここまで来て最後の難関が待ち受けているとは思いもしなかった。しかし協力すると言ったのだから最後まで力になってあげたい。……あれ?前にも似たようなことを考えていたような気がする。気のせいかな?

「いや、ボーデヴィッヒさんとは同じクラスなわけですし……、これを機に親睦を深めてみます」

「良い意気込みだ。ならデュノアの件は何とかしてやろう。宍戸、荷物をまとめておけ。消灯までに済ませるぞ」

「は、はい!」

 話が付いたので職員室を後にする。しかしボーデヴィッヒさんか……。仲良くできるといいけどなぁ、難しそうだな……。

「ありがとう、朔夜。ここまでしてもらって」

「いえ……、気にしなくてもいいですよこのくらい」

 そんなに何度もお礼を言われると落ち着かない。さすがに女子と相部屋っていう状況がずっと続くわけではないだろうし、そのうち新しい部屋が用意される、……はず。

「朔夜がボーデヴィッヒと同じ部屋になるってことはシャルルは元はあいつと同じ部屋割りになってたってことか。部屋が足りなかったのか?」

「IS学園の募集人数も年々増えているからね。それに今年は一夏や朔夜みたいに男子も入ってきたわけだし」

「あとシャルル君もですね。そのうち3人部屋とかになるかもしれませんね」

「あ、うん……。そっちの方が賑やかでいいかもね」

 やけに歯切れの悪いシャルル君の返事に違和感を覚えながらも、僕たちは部屋に戻って荷物をまとめ始めた。と言っても持ってきたのは音楽プレイヤーと少量の小説と着替えと身だしなみに使うための小物くらいなものなので荷物はさほど多くない。

 シャルル君の荷物は後々送られてくるとのことでハンドバック1つに収まっていたので特にやることもなく実質僕の荷物まとめだけだった。

「結構早く終わったな」

「2人が手伝ってくれたからね」

「朔夜の荷物が少なかったってのもあるけどね」

 荷物を抱えてドアの方に足を向ける。確か新しい部屋はここからちょっと遠い場所らしいから教室に向かう時間をはやめたほうが良さそうだ。

「それじゃ、また明日」

「おう、またな」

「おやすみ、朔夜」

 2人に見送られて僕は部屋を後にする。さて、これからどうやってボーデヴィッヒさんと仲良くなろうかな……。そういえば一夏君の話によれば彼女はドイツ軍の人間らしい。その辺の話はさすがにできないだろうけど、体術だとかそういうことは聞けるだろうか?

「あら、宍戸さん。どうしましたの?荷物などまとめて」

「オルコットさん。実は部屋を変わることに――」

 そこで僕は大きな誤ちに気づいた。しかし今更悔やんでもどうにもならない重大事項。

「……すみませんオルコットさん!」

「ええ!?どうしていきなり謝ってますの?」

「いつも一夏君と一緒にISのことを補習の後に教わっていたのをすっかり忘れて部屋替えを進めてしまいました……」

「つまり放課後に一夏さんに会いにいく口実が1つ減ったということですわね。それなら気にすることはありませんわ」

「え?」

 予想だにしてなかった答えに驚いた。あれほど他の女子と差をつけようとしていたオルコットさんが余裕の笑みを浮かべている。いったい何があったのだろうか。

「今回もわたくしの料理が一夏さんに好評でしたの。炊事のできる淑女は日本の殿方が古来から求める妻の条件なのでしょう?」

「……言われてみれば一夏君は多少古臭――文化を重んじるところがありますし、料理ができるのはかなりポイントが高いかもしれません」

「ふふっ、そうでしょう。わたくしが一夏さんの心を射止めるのは時間の問題かもしれませんわ」

「さすがです、オルコットさん!」

「当然ですわ!」

 僕はオルコットさんをどこかで見くびっていたのだろうか。彼女のような女性は他にいないというのに、幼馴染みという情報だけで不安になってしまっていたようだ。

「ですがわたくしもまだ日本の料理には詳しくありませんの。朔夜さん、なにか作り方を知っている料理はありませんこと?」

「そうですね……」

 僕もそこまで料理に詳しいわけではない。せいぜい家庭科で習ったことがあるものくらいなものだけど――

「味噌汁、なんてどうでしょうか?」

「みそしる?それは一体何ですの?」

「一夏君がいつも食べている日替わり定食に付いているスープです。日本では女性が嫁ぐ際に結果を左右するのが味噌汁だそうです。味が濃すぎれば姑から嫌味を言われ薄すぎれば旦那が満足しない、相手の家庭の味に近づければ母親と比較される、作り方からは想像のできない難度と聞いています」

「それがみそしる、ですの……?日本の女性というのはそんな試練を乗り越えて殿方と結ばれますのね……」

「はい。女尊男卑社会になる以前は」

「って、驚かせないでくださいまし!!」

 焦りが安堵に変わったのと同時に少し不機嫌になったその表情にまた魅入られてしまう。慌てて気を取り直して話を続ける。

「ですが一夏君はその女尊男卑社会でも自分を曲げない、まさに失われつつある強き日本男児の魂の後継者と言えます」

「な、なるほど……。つまり今の社会がどうかなど関係ありませんのね。ではみそしるの攻略は絶対……」

 口元に手を当てて思考に耽るオルコットさんの横顔は真剣そのものだ。この表情を見るたびに僕は力になりたいと思ってしまうのだ。

「では宍戸さん。是非とも明日からみそしるの作り方を教えていただきます?」

「はい!僕でよければ、微力ながら力添えします」

 その後僕とオルコットさんは早朝に味噌汁をより美味しく作る練習を明日から始めることを決めた。

 

 

 

 

「宍戸さん、どうして調理室ではなく食堂ですの?」

 そして迎えた翌日の早朝。僕とオルコットさんは食堂に来ていた。

 ちなみに昨日部屋に行ったら思いっきりボーデヴィッヒさんに無視された。というか話題が全く思い浮かばないから会話が続く以前に生まれない。

 閑話休題終わり。話を戻してどうして食堂に来たかというとそれは一夏君の食事に関係する。

「先日一夏君が日替わり定食を毎日食べているのは話しましたよね」

「覚えてますけどそれがどうしましたの?」

「いつも食べている味噌汁が食堂のものということはそれがボーダーラインになるということなんです」

「な、なんですって……!?」

 国税で運営されているこのIS学園の食べ物が合格のラインになっているのはかなり手強い。

「なのでまずは敵から知っていくことから始めましょう」

「あら、敵だなんてひどいねー」

 オルコットさんと話していると後ろから声をかけられた。振り向くとそこには食堂のおばちゃんがいた。

「あ、おはようございます……。早速ですが味噌汁のレシピを教えてくれませんか?」

「随分正直に打ち明けるねぇ。そういうところ嫌いじゃないけどほどほどにしなよ」

「あの、わたくしからもお願いします!ぜひともみそしるの道を極めたいのです!」

 2人で一緒に頭を下げて頼み込む。おばちゃんは少し顎に手を当ててから口角を挙げてニカッと笑った。

「よし!それじゃあ教えてあげようじゃないか」

「本当ですか!?」

「ありがとうございます!」

 これで攻略の糸口が見えてきた。あとは食堂のおばちゃんを超えるだけだ!

 

「まさか合わせ味噌だなんて……」

「何を落ち込んでいますの?」

 場所を移して調理室。膝を折った僕を見下ろしているオルコットさんはどうやらまだ気づいていないようだ。この由々しき事態に……。

「味噌汁というのはその名の通り味噌というものを元に豆腐や蒲などを入れて作られています。その味噌は大抵の家庭では赤味噌か白味噌を使っているのですが……、食堂のおばちゃんは合わせ味噌、ブレンドでしたっっっ!!」

「そ、それはつまり……」

 オルコットさんもこの自体の大きさを理解してしまったようだ。

「このハードルはかなり高いですよ」

 2人で戦慄しながらとりあえず今日は解散ということを決めた。

 

 

 

 

「今日は補習がないなんて思いもしなかったけど、こういう自由な日もいいかな」

 近々行われる個人戦の準備で忙しいらしく僕の補習は当分の間ないらしい。

(そういえば今日はなんだか教室が騒がしかったけどなにかあったのかな?)

 少し聞き耳を立てているといわゆる女子の恋ばなというやつだったけどIS学園は今のところ男女のカップルがいるという話は聞かないし、どういうことなのだろうか?

「ひとまずどこか行ってみようかな。例えばアリーナとかで人の戦い方を参考にするとか……」

 考えてから冷静になる。なぜ僕が戦いについて学ぼうとしているんだ。僕は拒んでいたはずなのにどうして……。

『向こうで代表候補生同士の模擬戦やってるらしいよ』

『うそっ、終わる前に見に行こうよ!』

 僕の横を通り過ぎる女子の会話が妙に耳に残った。胸がざわつくような変な靄が思考をかすめて不安になる。不思議と足が先ほどの女子を追うようにアリーナの方向へと向いていた。

 ギャラリーが多い場所に来たので多分ここが例の代表候補生が戦っているという……。

「あ、宍戸くん。どうしたの?」

 ギャラリーの一人が僕に気づいて声をかけてきた。ちょうど良かったのでその人に聞いた見ることにした。

「ここで代表候補生の方同士が模擬戦をやっていると聞いたのですが……、その代表候補生って誰なんですか?」

「ん?オルコットさんと凰さんのペアとボーデヴィッヒさんが戦ってるよ」

 言われて僕はモニターに目を移す。そこには3人の姿が映っているがなにか様子が変だ。

 オルコットさんが操るブルー・ティアーズを壊すこともなく挑発するように避ける。衝撃砲を放つ凰さんに向かって腕を向けると何事もなかったようにまたオルコットさんの相手に戻る。凰さんの顔には明らかな焦燥が見て取れた。

それもそのはずだ。不可視の衝撃砲が腕を上げただけでかき消されたのだから。

 それでも諦めないのは代表候補生らしい。近接戦闘を仕掛け始めるがワイヤーブレードで足を取り、動きを封じるとそのまま凰さんをオルコットさんにぶつけた。その光景はあの時の授業に似ている。

 大型のレールカノンを構えて引き金を引くその動作には一切の躊躇がない。地面に叩きつけられた2人にボーデヴィッヒさんは一瞬で距離を詰めた。あれはどこかで見た、そうだ一夏君の瞬時加速と全く同じだ。

 至近距離に立ったボーデヴィッヒさんは交互に2人に拳を下ろしていく。見る間に装甲が砕け、始めの綺麗なフォルムは見るも無残なものとなっていた。

 拳を振り下ろすその表情が愉悦に変わった瞬間、僕はアリーナのゲート前に走った。本人が言っていた通りそこには橘さんが放課後の自主練習のためにアリーナに来ていると言っていたがちょうど今日はここだったらしい。

「橘さん!僕にその打鉄を貸していただけませんか!?」

「何を言っているの?申請を出してない生徒が訓練機を使うのは禁止されているのよ」

「お願いします。今度何かいうことを聞きますから!」

「え……?それって……、うん。どうぞ」

「ありがとうございます」

 橘さんの隣で待機状態になっている打鉄に乗り込み、近接ブレードを展開してアリーナの扉に突き刺す。そのまま力任せにねじりゲートに隙間を作り、そのまま蹴り開ける。

「やめろおおおおおおおおおお!」

 何度目か分からないその相手を傷つけるためだけの拳が振り下ろされる途中で捨て身の体当たりをする。予期せぬ闖入者の妨害にボーデヴィッヒさんは体勢を崩したが、一瞬で立て直すと流れる動作で僕の腹部に膝蹴りをお見舞いした。専用機と訓練機の差が出ているのかかなりの痛みが僕を襲った。

「誰かと思えば影の薄い方の男か」

「覚えてもらっていて光栄です……。それと、今すぐこの模擬戦を終わりにしてください。もう決着はついてるはずです」

「なら止めてみせることだ……、できるものならな!」

 プラズマ手刀を発動させて接近してくるボーデヴィッヒさんに対処することもできず、咄嗟に腕で自分を守るように身構えたがそんなものは意味をなさずそのまま切りつけられた。攻撃を受けた両腕が熱を持ったように熱い。

「そういえば、そこで寝ている雌も相手にしなくてはな」

「くっ……!」

 1度下げたレールカノンを再び構えたボーデヴィッヒさんが引き金を引く前にその射線場に向かって飛翔する。しかしそれは僕の浅はかな選択だと思い知らされる。

 首にワイヤーブレードが巻き付き締め上げてくる。始めから僕の取る行動を見透かしていたのか順に腕や脚といった具合に拘束される。腕が動かせないため首に巻かれたワイヤーを取ることもできず意識が落ちかけた時、上空から銃声が聞こえ、僕を苦しめていたワイヤーを断ち切った。

「朔夜!早くそこから離れて!」

「はあああああああっ!!」

 裂帛の気合とともに零落白夜を発動させてボーデヴィッヒさんに斬りかかる一夏君の動きが止まる。それはまるで見えない鎖が巻きついているかのようだった。再び銃声が鳴り響きボーデヴィッヒさんに命中する。1度離脱する選択を取ったボーデヴィッヒさんは僕と一夏君を蹴り離すと上空に浮遊するシャルル君の対処に移った。

 まさかまたシャルル君に助けてもらうとは思わなかった。しかし弾丸で細いワイヤーを打ち抜くって常人離れにも程がある。一応僕たちと同じ男子なのにISの技量が頭3つはずば抜けている。

「なんだあいつ、零落白夜も止められたし……」

 その動揺も無理はない。零落白夜は非物理能力なら大抵のものは打ち消せる。だがその攻撃は見えない何かに阻まれた。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

「一夏君、オルコットさんたちを安全な場所まで運んでおいてくれないかな。それまでは僕がシャルル君と時間をかせぐ」

「素手でやる気か?」

「武器なんて戦いの元だよ。僕は平和的解決ができるならそれが1番いいと思う。今回ばかりは難しそうだけど……」

「分かった。2人は俺に任せてくれ」

 そう言って僕はボーデヴィッヒさんの方へと向かう。シャルル君が驚いた顔で僕を見ていた。

「ダメだよ朔夜!君じゃ絶対に敵わない、相手が悪いよ!」

「安心してください、戦う気は露ほどもありません。ただ、こうでもしないことには――」

「あいつらを戦線から下げられない、か?」

 不敵な笑みを浮かべた。動きを察したシャルル君がその場から後退する。反応が遅れた僕に瞬間的に距離を詰めたボーデヴィッヒさんが先ほどの仕返しとでも言わんばかりにレールカノンで脇腹を凪いだ。その銃口が指した先が自分の予想が当たったことを告げる。ボーデヴィッヒさんはオルコットさんたちを完膚なきまでに潰すつもりだ。

 ――でも、そんなことはさせない。無理やり体をひねって体勢を立て直しボーデヴィッヒさんのレールカノンを押さえつける。銃口は僕の腹部を捉え、仮に射出されようものなら僕は早々にシールドエネルギーが尽きるだろう。だがそれよりも僕は今、1つの感情によって動かされていた。

「……僕はあなたとも分かり合えると思っていました。周りの人間を寄せ付けない理由があるのかと考えもしました。だから何を考えているのか理解できなくても歩み寄ろうと思えたんです、……この瞬間までは!」

「それは随分陽気な考えだな。だが、私はお前のような雑魚など求めていない」

「朔夜、早く離れて!」

「いいのか?そうなるとお前が思いを寄せているあいつはどうなるだろうな」

「!?」

 気づかれていたのか?いや、勘の鋭い人なら見抜いてもおかしくはないが、ボーデヴィッヒさんは他人に興味を示していなかったはずだ……。

「アテが外れたな。私は軍人だ、くだらない情報も重要な情報も把握している。知らずにこんなことする訳無いだろう」

「じゃあ、オルコットさんたちもそうやって焚きつけたんですか?」

「さあな。知る必要はない。死ね」

 至近距離から放たれた光弾がISの装甲を抉っていく。おそらく絶対防御が発動してエネルギーが尽きてしまうだろう。

「え?」

 しかし現実はその上を行っていた。僕が身に纏っていた打鉄は空中で粉々に瓦解していく、まさしく空中分解と言った表現がぴったりな様だ。口の中に広がる鉄の味に抗うこともせず吐き出す。液体よりも早く落ちていく僕は最後にオルコットさんたちを安全な場所へ運び終えた一夏君が戻ってきたところを見て安堵した。

 

 

 

 

「気がついたな」

 朦朧とする意識の中で目を開けるとそこには1組担任こと織斑先生が座っていた。ここは保健室ではなさそうだがいったいどこだろうか?

「訓練機『打鉄』の破損及び無断使用をしたことでお前に訓練機の使用許可が下りることは今後一切なくなった」

「そうですか……」

 分かってはいたけどやっぱり打鉄は壊れてしまったのか……。

「それと、ここからは機密事項だが……宍戸、専用機を持て」

「なぜでしょうか?」

「お前が使った打鉄だがな、使用履歴とデータベースを見てみると防御力が著しく低下していることが分かった。そこで私ととある生徒で解析したところ、お前はISの基本防御力を絶対防御並みにできることが分かった」

「あの、話を聞く限り普通逆じゃないんですか?」

 低下したはずなのに上げられるというのはいささか違和感がある。

「防御力が低下したのはお前が使っていたのが訓練機だったからだ。お前が引き起こす異常な現象に耐えられる器がなかった」

「つまりは専用機なら順応できた、ということですか」

「察しがよくて助かる。宍戸、お前のこの能力はもしかすればISという未だ未知な部分の多い解析に役立つかもしれん。まあ、詳しい話はこいつに聞け」

 そう言って差し出された紙には1年4組『更識簪』と書かれていた。

「手っ取り早く済ませたいなら他の人選もあるが、安全に済ませたいなら、そいつのところに行け。少し手伝うことはあるだろうがな」

 そう言って織斑先生はこの部屋から出て行った。残された僕はしばらく渡された紙を見て、どうするべきか考え始めた。




思ったほど長くはないかなと編集してる時に思いましたが、やっぱり長いかもしれませんね。w
最後に、次回は原作からちょっと離れてオリジナルストーリーを展開します。なんと朔夜くんがあの人とデートです!お楽しみに!!


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防御力向上パッケージ『Zmey』

初めに前回の後書きで今回はデート回というような記述をしたにも関わらず、計画性のない執筆によって次回に持ち越しになってしまったことをお詫び申し上げます。
m(。≧Д≦。)mスマーン!!
次回は絶対にデート回書くぞ、と前書きに誓います!
それでは本編を(∩´。•ω•)⊃ドゾー


「宍戸さん、煮えすぎではありませんの?」

「え?ああ、本当ですね。火を弱めないと……」

 オルコットさんに促され、慌てて弱火にしてゆっくりとかき混ぜる。今は料理をしてる最中なのに他のことを考えるなんてあまりいいことではない。

「さっきからずっと、ぼーっとしてますけど、何か考え事でもありますの?」

「ええ……、でも他言できない話で……」

 専用機を持つべきか、それとも今のまま戦わない選択を続けるのか……。そして僕に秘められているISを強化する能力を解明したとして僕はどうするべきなのか。あとボーデヴィッヒさんとの寮生活が気まずすぎて辛い。

「そうですの……。ですが、あまり1人でどうにかしようとしないほうがいいですわよ」

「じゃあ、いざという時は頼ってもいいですか?」

「ものによりますけど、わたくしでよければ手伝いますわよ。日々のお礼も兼ねて」

 最初は自分の気持ちを諦めるためにオルコットさんの手伝いを始めたのに、ここ2ヶ月で僕の心理状態を見抜かれるまでになっていた。迂闊に表情に出して心配させてしまうのも申し訳ない。

「できたみたいですね」

 鍋の火を止めて膳に味噌汁をつぎ分ける。傍にあったテーブルに着いて味噌汁を口に含むが、オルコットさんはテーブルに置いたまま固まっていた。

「どうかしましたか?」

「直接口をつけて飲みますの?スプーンなどを使わずに……」

 あ、そっか。皿に口をつけて食べる国はそんなに多くないんだっけ。それにオルコットさんは実家がかなりの資産家という話だしテーブルマナーは厳しく教え込まれていることだろう。今までのやり方と違うのはなかなか受け入れづらいからこの反応も頷ける。

「日本ではこの飲み方でも問題ありませんよ。冷める前に飲んでみてください」

「そ、その……、恥ずかしいので向こうを向いていただけます?」

 やっぱりまだ抵抗があるのかオルコットさんは困った顔でそう言った。男性の目を気にしたりするこういうところが普通の女の子みたいで可愛い。

「はい、分かりました」

「お願いしますわ」

 椅子の向きを変えて後ろを向くとオルコットさんが味噌汁を口に運ぶ気配がした。

「お、美味しいですわ!」

「初めての味噌汁作りとしてはかなりいい出来だと思います。この調子でやれば食堂のおばちゃんも超えられるはずです」

「本当に、感謝しますわ宍戸さん」

 顔を逸らしていてよかったかもしれない、自分でも分かるくらい顔が赤く熱くなっている。お礼1つでこれでは自分が情けなくなるというものだ。

「と、とんでもありません……。好きでやっていますから」

「あなたも随分変わり者ですわね」

「そうでしょうか?」

「ええ、とっても」

 オルコットさんが何を言っているのかイマイチ分からなかったけど、まあ変わってはいるのかもしれない。普通は専用機もすぐに用意してもらってISの操縦を練習するのだろうけどそれもしてないし。

「自分よりも強い相手に、しかも訓練機で挑むだなんて普通はできませんわ」

「それはその……、体が勝手に動いてまして……。でも、もっと早く行動できていればオルコットさんは……」

「あなたが気に病む必要はありませんわ。それにわたくしではボーデヴィッヒさんには勝てませんでしたわ」

「……」

 聞きたくなかった。尊敬する人が誰かに劣っていたのを認めたくないから、自分の責任にしたかった。しかしオルコットさんは弱さを肯定して、受け入れた。

「わたくしとしては、宍戸さんの容態の方が心配ですわ」

「僕は大丈夫ですよ。全然、戦えませんでしたから……」

「嘘は聞きたくありませんわ」

 すぐさま見抜かれて呻き声が漏れる。最近やたらとオルコットさんが鋭くなったと思うのはなぜなのだろうか?女性は勘が鋭いと聞いたことがあるけどオルコットさんは最初からそうだったという感じがしない。

「あなたが怪我をして緊急治療室に運ばれたのは聞いていますわ。あまり無茶はしないでくださいな」

「……はい」

(やっぱり僕なんかじゃ及ばない人だな……)

 心の中でそう思いながら、残った味噌汁を流し込んで手を合わせる。同時にオルコットさんも終わったらしく膳を置いた。

「今日はありがとうございます、宍戸さん」

「ええ、ではまた明日の朝もここで」

 オルコットさんと別れて一息ついてから時計を見る。そろそろ来てくれる頃だろう。

「あれ、宍戸くん早いね」

「何作ってるのー?」

 この時間帯になると弁当を作る生徒が調理室に来る。オルコットさんの手料理と言えど1人で食べ切るには量が多い。

「少し朝食に味噌汁を、と思ったんですけど作りすぎてしまって」

「へー、宍戸くん料理もできるんだ。少し飲んでもいい?」

「はい、もちろんです」

 ひとまず何日かはこの方法で対応していこう。でないと水っ腹になってしまうし……。

「あ、普通に美味しい」

「やっぱりそうですよねー……」

 やはりまだ標準の域を出ないか。でもまあそこは誰が作ったか、何が好きかで評価は変わるし一概に未熟とは言い難いのが料理だ。

「それにしてもどうして味噌汁なの?」

「花嫁修業の付き添いで――」

「「「花嫁修業!?」」」

「付き添いです!!」

 なんか最近僕の扱いが入学式の日に比べて変な方向になってるのは気のせいだろうか。もうこの印象を払拭するのも無理なのかもしれないと若干諦めているまでもある。

「付き添いかー、宍戸くんは相変わらず苦労人だね~。ちゃんと自分の恋も成就させないとダメだよ?」

「僕の……?」

 少し考えて察した。まさかとは思うがオルコットさんのことだろうか。

「織斑くんは強敵だけど宍戸くんならオルコットさんとの恋も叶うよ」

「あー……、実は僕オルコットさんのことは諦めたんですよ」

 氷にヒビが入ったような緊張感が張り詰めた。何かおかしなことを言っただろうか?

「宍戸くん、どうして諦めるの?」

 ああ、そんなことか。でも理由は前とは少し変わっていて、自分の恋を諦めるための応援で自分を追い込んでいたけど――

「幸せになってほしいなって、思ったんです。オルコットさんが笑顔なら僕はそれで……」

「なんか、すごいね。そこまで来ると」

「じゃあ宍戸くんは付き合うとしたら他の人?」

「そうですね。オルコットさんを超える人がいれば、付き合うかもしれません」

 多分、この先現れることがあるとは思えないけどそう言っておく。でもその前に僕がオルコットさんを名前で呼べるくらいには肩を並べられないといけないけど。

 話を適当に切り上げてから鍋を洗い、調理室を出る。今日は織斑先生に言われた更識簪さんにも会わなければならない。それと、僕がISに及ぼす能力――

 

 

 

 

 4時間目の授業が終わって昼休みになり、僕は一夏君からの昼食の誘いを断って1年4組に向かった。すぐには終わりそうにないので購買でしっかりパンを買っておいた。

「ちゃんといるといいけど……」

 そう思いながらドアを開けて教室に入る。同時に中にいた生徒が一斉に僕に視線を向けた、1人を除いて。

「えーっと……。こんにちは、宍戸朔夜です。更識簪さんはいらっしゃいますか?」

 突然僕が訪れたためか4組の生徒が驚きの声を上げている。しかしいつまでもここで注目されているわけにもいかないので更識さんの席に向かう。代表候補生ということもありすでに顔は調べられている。

 僕に気づいた更識さんは眼鏡越しに僕を見つめた。同じ眼鏡を付ける者としてかなんだか親近感が湧いてくる。

「更識さん、ちょっといいですか?僕のことについてなんですけど――」

「今は無理。放課後に整備室で」

 端的に必要なことだけを言うと更識さんは投影型ディスプレイに視線を戻した。まあそれもそうか。こんなに人がいるところで話す内容でもないし。

「ねえねえ宍戸くん。せっかく来たんだし私たちとお昼にしようよ!」

「そうそう、普段は1組の人達とばっかりだしさー」

「あれ、今日もしかしてお弁当?じゃあここで食べる?」

 どうするか悩んで更識さんを見ると彼女は作業に没頭していた。邪魔するのは悪いし食事に誘うのはまた今度にしよう。

「では、お言葉に甘えて……」

 そうして、僕は4組のみんなと昼食を撮ることにした。正直接点が少なすぎて全然話せなかったけど……。

 

「……遅い」

「す、すみません」

 放課後になり僕は整備室に向かおうとしたのだが、少し予想外のことが起きた。それは1年1組の教室での出来事だ。

 

『宍戸っ!』

『篠ノ之さん……。どうかしました?』

『頼む、専用機を持って私とタッグ戦に出てくれ!』

『僕と、ですか?あんまり強くないと思いますけど』

『私は今回の大会でどうしても勝たなければならないのだ……。だが私はグズグズしていたせいでタッグを組める者がお前かボーデヴィッヒしかいなくなってしまって……』

『あー、そういうことだったんですか……』

『なんとかできないか?』

『難しいですね……。多分今から手配してもらっても大会当日には間に合いそうにないですし』

『そうか……。それもそうだな、ああ……』

 

 やっぱり篠ノ之さんはボーデヴィッヒさんと組むことになるのだろうか?訓練機が使えれば協力できたけど許可が出ない以上使えない。とまあこんなことがあって少し遅れてしまったわけだ。

「……別にいい。それじゃあ本題に入る」

 そのためにここに来たわけだし、僕も近くにあった椅子に腰を下ろした。逆に更識さんは立ち上がって鎮座していたISのコンソールを開いた。

「あなたは今まで発見された例のない特異体。その能力がどれほどの影響を及ぼすのか、今から確かめる」

 傍にあったプラグを繋ぐとISが発光した。

「その機体は?」

「私の専用機。名前は『打鉄弐式』、でもまだ未完成」

 未完成とはどういうことだろうか?更識さんは代表候補生だから専用機が支給されているのは当然だが、それは通常国家が開発した実験機であったりデータ収集を目的としたものであったりと事情は様々だが、研究段階で渡すことはまずないと言える。ちなみにこれはオルコットさんが教えてくれた。

「……だからあなたのデータが欲しい。私の打鉄弐式を完成させるためにも」

「僕が関わって解決するものなのですか……?」

「少なくともスキンバリアは正常に機能するようになるはず。もしかすると打鉄弐式にもあなたの守護騎士の意志(シェルマンズ・アーロゲント)が影響するかもしれないけど、それに関してはむしろ好都合」

「あの……、そのシェルマンズ……なんとかってなんですか?」

 いきなり聞きなれない言葉が出てきて混乱する僕を見て、更識さんは淡々と説明を始めた。

「これは暫定的に付けられたあなたがISに及ぼす影響の名称。さながら甲羅を纏ったように攻撃を無力化させるという仮定からその名前が付けられた」

「仮定ですか……」

 というか本人である僕が知らない間に結構話が進んでいるんだ……。もう少しこっちにも気を利かせてくれてもいいと思うけど。

「話はこのくらいでいい。乗って」

「乗れと言われましても……、これ更識さんの専用機ですよね?いいんですか?」

「初期設定と最適化は終わってるから私の稼働データが消えることはない。安心して」

 そこまではっきり言うなら大丈夫なのだろう。それじゃあ打鉄弐式に乗ることにしよう。肩部に手をかけてコックピットに座るとウィンドウに様々な情報が出てきた。初めての体験なので全く分からない。勝手にいじることだけはないようにしよう。

「緊張しないで、気負わずにその子に体を預けて」

 その子っていうのは打鉄弐式のことだろうか?まるで人のような扱いをしているのが意外だった。そういうのとは無縁な子だと勝手に思ってた。

「乗っているだけでいいんですか?」

「うん。あと43%だからすぐ終わる」

「早いですね……」

「それもあなたの能力。だから搭乗者が最適化できるはずのない訓練機があの速度で影響を受けた」

 だから打鉄弐式にもわずか10秒ちょっとでここまでの進捗が見られるのか。まあ訓練機の件についてはそのせいで怪我もしたから一概に褒められた能力ではないけど。

「できた」

「もう終わったんですか!?」

「……うん。私も驚いた」

 ちょっと考え事をしている間にウィンドウにData completeの文字が表れている。そして打鉄弐式の防御性能は先ほどの比ではないほどに膨れ上がっている。

「すごい。これなら装甲に傷を付けることさえ難しくなる」

「そんなにですか?」

「もしこれがあなたの専用機ならもっと上の数値になっていたはず」

 それにしてもなんとも極端な数値だ。まるでそのように特化したISと変わりがない。

(もしかして、それって――)

 頭の中に1つの可能性が浮かんだ。それが正しいのかは分からないけど関係性はありそうだ。

「……どうかしたの?」

「仮説ですけど、男のIS搭乗者は僕のように極端な特化をさせるのではないでしょうか?ほら、一夏君の白式も攻撃特化になっていますし」

 一夏君の名前を聞いて更識さんが少し表情を険しくした。気になって声をかけようとしたがそれより早く更識さんが口を開いた。

「その可能性は十分あるかも。でもそれだと引っかかる点がある」

「それは例えばどんなものですか?」

「攻撃のスペックを上げるとしても訓練機への影響が何もなかったのはおかしい。あなたは入学試験では1分も立たず負けたから今に至るまでこの能力は明らかになっていなかったけど、織斑一夏は事前に1時間ほど訓練機を動かしていた」

「そうですか……。時間が僕より多く必要だったりはないですよね……」

「それは実際にやってみないと分からないけど、試すのは無理そう」

 しかしそうかぁ……。意外と自信有りげに言っただけに違っているとなると恥ずかしい。でもそうなると一夏君の白式のあの仕様が気にかかってくる。零落白夜といい近接ブレードの雪片弐型しか装備がないことも気にかかる。

(まあ、違うんだろうな。そもそもISにさほど詳しいわけでもないし……)

「最後に……、明日も来て欲しい」

「え?」

 不意にそんなことを言われて鼓動が跳ね上がったように早くなった。ただでさえ僕は気が小さいんだからこういうのは気持ちの準備が必要なのに……。

「あなたのデータをパッケージ化して誰でもインストールできるようになれば既存の防御型パッケージを超えるものができる。……あくまで可能性の話だけど」

 あー、そう……。うん、先走って1人だけ恥ずかしくなってた。今日は赤面することが多くて疲れるなぁ。

 とにかく今は僕の能力をパッケージ化する話だ。それに対する答えはもう決まっている。

「僕で力になれるなら、協力します」

「ありがとう。いい返事が聞けて嬉しい」

 僕は戦う気はないけど、こういう頼まれごとなら協力する。誰も傷つかないし僕が役に立つなら前向きに請け負えるというものだ。ただ、1つ聞いておきたいことがある。

「どうしてそんなものを作ろうと思ったんですか?」

 代表候補生と言えどIS学園の生徒だ。授業やISの練習で忙しいから、案だけ通して研究機関に任せればいいのではないだろうか。一介の女子が受け持って成功させるのもなかなか気が遠くなるような話だ。

「理由は……、特にない。私は目の前にある可能性を試したいだけ」

 チャレンジ精神が豊富なのか、はたまた他の理由を隠しているのか……。多分、後者かな。少し視線が泳いでたし何より理由がないのにこんなことをすること自体堅実的ではない。

「そうですか。変なことを聞いてすみません。それではまた明日の放課後」

 本人が言う気がないなら別に聞き出そうとは思わないけど。あまり詮索するのも失礼だし。

「その……、今日はありがとう。おかげでこの子の完成に一歩近づいた」

「どういたしまして」

 一歩近づいた、か……。僕1人での助力ではここまでしか無理だったわけか。

(ま、仕方ないかな。不足した分は新パッケージの開発で力になろう)

 それにしても守護騎士の意志、か。自分にそんな能力があったなんて今まで気づきもしなかったな。つい最近まではどこにでもいる一般人だと思ってたし。

 タッグマッチまであと4日。僕は出られないけど、今度は最後まで一夏君を応援しないとなぁ……。

「おい、そこのお前」

 気ままに廊下を歩いていた僕の背中に冷酷さを纏う声がかけられた。今となってはもう聞き慣れたルームメイトの声だ。

「何か用ですか、ボーデヴィッヒさん」

「心当たりはあるだろう。私が直にお前と戦って気付かないと思ったか?貴様の能力を専用機に適応させようとしているのだろう」

「そこまで知っているのならどうする気ですか?」

 彼女が更識さんと同じことをしようとしているとは考えづらい。

「私の目的は訓練機を無力化できるハッキングソフトの開発だ。お前の望む戦いのない世界作りに貢献できるぞ?」

 平和のため、か……。

 

 

 

 

「ねえ、セシリア」

「何ですの?」

 夕食を摂っていると後ろから聞き慣れた少女の声がかけられた。手に持ったトレイにはいつも通りラーメンが乗せられている。それであの引き締まった体なのはなぜなのか、わたくしはマッサージや美容体操に取り組んで今の体型をキープしているというのに。

「ここだけの話、あんた宍戸の気持ちに気付いてないの?」

 向かいの席に座りながら鈴さんは小声で尋ねてきた。若干呆れながらその質問に答える。

「気付いているに決まっているでしょう。わたくしは一夏さんではありませんのよ?」

「じゃあ、どうすんのよ。あんたは一夏のことが好きなら向こうの気持ちだって――」

「どうもしませんわ。彼からのアプローチがない限り」

 何を考えているのか、わたくしが宍戸さんの好意に気付いた後でも応援する姿勢は変えてない。だからもしかしたら、彼なりの考えがあるのではと思うとわたくしからは動けなかった。

「それってどうなのよ。ずっとあんたの手伝いさせてる気なの?」

「それは……」

 どうにか出来たら苦労はしていない。宍戸さんの考えていることが分からないから悩んでいるのはわたくし自身もどうにかしたい現状だ。

「たしかに宍戸も自分の気持ちを隠してるけど、それが誰にバレるかは分からないのよ?もしこれで一夏にでも勘づかれたらどうする気よ」

「鈴さん……もしかして心配してくれていますの?」

「ち、違うわよ!ただ、それで一夏があんたに気を使ったりして私が有利になっても幼馴染みとしての自尊心が傷つくだけよ……」

 あからさまな嘘に少し笑みが漏れてしまった。鈴さんはそんな性格じゃないのは分かっているのに。隠してはいてもやっぱり気を使ってくれているらしい。

「大丈夫ですわ鈴さん。宍戸さんがどういう結果を招いてもわたくしが一夏さんへの気持ちを諦めることはありませんわ」

「ああそう……。じゃあ口出しはしないけどあんまり長引かせない方がいいわよ」

 そう言って鈴さんはラーメンのスープを飲みほしてから席を立つと食堂から出て行ってしまった。しかし言われたことは一理ある。ただ今はまだ2人きりの時か一夏さんがいない時しかわたくしへの好意の視線は向けられないのでバレてはいないだろう。

「でも、あまり宍戸さんの善意を断るのも気が引けますのよね……」

 一夏さんに恋をしてからわたくしは人に心を許すハードルを下げてしまったのかもしれない。だからなのかは分からないが宍戸さんとも随分距離が近くなっている気がする。鈴さんの助言もそのせいか聞き入れる気になれない。

 それでもいつかはケジメをつけなければならないとしたら、その時は彼になんと言えばいいのだろうか?

 

 

 

 

「……お断りします」

 ボーデヴィッヒさんは僕の答えを聞いて口角を上げた。

「意外と利口な方か……。騙せれていればいいものを」

「あなたの話もISが全て訓練機なら僕も協力していますよ。しかし専用機がある時点でそれは単なる戦術の1つへと変わりますから」

「平和主義の頭にしては戦いについても頭は回るようだな。だが私も簡単に引き下がる気はない」

 そう言ったボーデヴィッヒさんから投げ渡されたのは軍用のナイフだった。重量はやや重めなのにグリップは吸い付くように手に収まるのが奇妙だ。

「今の私は丸腰だ。一撃でも入れられれば諦めてやろう」

 鞘から抜いたナイフは刃先を見るだけで胸がざわめいた。血の気が騒いだかと思えば嫌な重圧が襲って来るような掴みどころのない違和感が僕を支配していた。何か、重要なことが隠されているような、そんな気がしてならない。

 ――だが

「……何のつもりだ」

 僕はそのナイフを壁に突き刺して手を離した。ナイフは刃の半分ほどが壁に埋まっていて床に落ちる気配はなさそうだ。

「あなたと戦う気はありません。もちろん今回の話に乗る気もないです」

 返事を聞く前に僕はその場から立ち去った。こうでもしなければ話を終わらせることができないと思ったからだ。

(あー、怖かった……。自分から軍人の前で丸腰になるなんて随分馬鹿なことしちゃったよ)

 緊張で疲弊した心臓を労わりながら僕は自室に戻った。

 

 と、ここまでがさっきまでの話だ。そして今は――

「貴様、馬鹿だろ?」

「ええ、自分でもそう思いますよ……」

 同室だから嫌でも顔は合わせるし逃げても解決にはならないんだった。むしろ密室だから逃げ道が窓以外ないし、この部屋に移ってから全然人が来ないから助けも何かあってからじゃないと期待できないだろう。

「お前といると気が抜けるな。まるで訓練当初の頃を思い出す」

「あまりいい気分ではなさそうですね」

「当たり前だ。兵士が集中力を維持できないなどあっていいものか」

 そうだろうか?今はIS学園の生徒なわけだし少しくらい肩の力を抜いてもいいと思うけど。

「そういえば聞きたかったんですけど、転校初日に一夏くんを叩いたのって何か理由があるんですか?」

「貴様に話す義理はない。さっさと寝ていろ」

「いや、まだ宿題も終わってないので起きてますけど……」

 放課後は何かと潰れてしまうことが多いので基本的に宿題は取り掛かるのが遅くなってしまう。ボーデヴィッヒさんは就寝時間が遅いので消灯までには終わらせることができていたけど、やっぱり早く終わらせたいのは変わらない。

「ご苦労なことだ。ISに関わるといってもこの学園を出れば男などモルモット程度しか需要がないぞ?」

「織斑先生が怖いですからね。……それだけで理由になりますよ」

 それにしてもこんなに会話が続いたのは初めてだ。相変わらず視線は鋭いし無表情だから楽しくお喋りなんてことはできないけど。

「言われたことだけをこなしていればいい」

「はい?」

「教官が言ったことに間違いはなかった。言われたことをこなすだけで上に立てるからな」

「は、はあ……」

 突然どうしたのだろうか?ボーデヴィッヒさんから助言が貰えるなんて初めての経験だ。いったいどんな心境の変化があったのだろう。

(……まあいいや。それより宿題を片付けないと)

 机に向かいノートにペンを走らせる。今夜もまた長い夜になりそうな量だった。

 

 

 

 

 タッグマッチトーナメント当日。僕は整備室にいた。

「更識さん、どうして大会に出ないんですか?」

「専用機がない代表候補生なんてただの笑いもの。私は見世物になる気はない」

 全然戦う気がない僕が聞いているのも変だが、こういうイベントは出場しなかったら点を引かれて最悪留年すると聞いていたけど、大丈夫なのだろうか。

「それに前に言っていたパッケージももうすぐ完成するから……」

「あ、そのことなんですけど、あれって直訳すると甲羅男の傲慢なんですね。Shellman's Arrogentなんて字体は格好良いから騙されそうでしたよ」

「多分それは織斑先生のあなたへの皮肉」

 なるほど、そういうことならこのネーミングも頷ける。たしかに授業以外じゃまともにISを動かしてすらないからなぁ。

「安心して。パッケージの名前はカッコイイのにするから」

「たしかに身内だけで使うならともかくもしかすると世界中の人が使うかもしれませんしね」

「世界……?」

「あれ、そのために作るんじゃないんですか?」

 すっかりその気でいたのでこの返事には驚いた。でもとりあえずどんな名前になるのかは気になっていたりする。

「名前は『Zmey』。東欧・中欧の守護龍と言われるドラゴンの名前と同じ。このパッケージは防御に特化するだけじゃない、搭乗者が傷を負う可能性を少しでも減らせればと私は思ってる」

「だとしたらなお一層世界に向けて作るべきじゃないですか?」

「あなたにはこの4日間ずっとデータを取ってもらっていたのに出来上がるのはたった1つ。はっきり言って効率が悪すぎる。しかもこれはあなたから取れる純正のデータじゃないと作れないから量産は現実的に厳しい」

「なるほど……」

 便利なようで不便な能力だと思う。しかしそこまで手間が掛かるならどれほどの効果を発揮するのだろうか?時間に比例していないならば割に合わないにもほどがある。

 それにはこうやって僕がISに乗ってデータをとっているのも関係しているのだろうか?稼働データならもしかしたら効率が上がるかもしれない。

「あなたは見に行かなくていいの?織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒの試合」

「気になりはしますけど今は更識さんの手伝いが大事ですから」

「……ありがとう。すごく助かる」

 それに一夏君ならなんとかなる気がしていた。シャルル君もいるし、ずっと練習していたのだから。これはかなり一夏君寄りの期待だけど、そう思うまでに一夏君は強い精神の持ち主だ。どんなに不利な状況でも立ち向かう強さを持っている。

「よかったら1番最初にできたパッケージはあなたにもらってほしい」

「え?いや、いいですよ。まだ専用機がない僕が持っていても無駄になるだけですから……」

「なら、逃げずに戦うべきだと思う。あなたならどんな人よりもISを理解できるだろうから」

「ISを理解……?」

「……できた。これはあなたが持ってて」

 更識さんはそう言うと僕の手に強引にパッケージを押し付けてきた。守護龍の名を冠したそれは見た目はただの無機質な正六面体でしかない。これに搭乗者を守る力が備わっているかと思うと不思議なものだ。

「今日は私も連日の作業で疲れたから、これで終わりにするつもり」

「そうですか。ゆっくり休んでくださいね」

 なぜか更識さんに困った顔をされた。なぜなのかよく分からなかったが、少し考えて彼女なりの気遣いだと気付いた。つまり一夏君たちの試合を見に行けということだろう。分かりづらかったがありがたく受け取っておこう。

「じゃあ、僕も少し休んできますね」

「うん。いってらっしゃい」

 小さく頷いた更識さんに手を振って僕は整備室を後にした。アリーナの方から観客の声が響いてきた。どうやら防音性が高かったためか整備室では全く聞こえなかったが、どうやらかなり白熱しているようだ。

「僕も見に行くかな。一夏君を応援しに」

 誰もいない廊下を1人で歩きアリーナに向かうが、どうも手に持っているパッケージが荷物になってしまっていた。

(どこかに置いていった方がいいかな。持ち歩くには少し大きいものだし)

 そう思って自室に1度置くことにしたのだが、この時のタイムロスでアリーナに着いた時にはちょうど試合が終わってしまっていた。そこにはボーデヴィッヒさんを抱えた一夏君とサムズアップをするシャルル君、なぜか仏頂面の篠ノ之さんがいて、客席からの拍手に包まれていた。何があったのか全然分からない。

 

 

 

 

「……何をしに来た」

「ルームメイトの様子を見に来るくらいの優しさは持ち合わせているので」

 保健室に入ると開口一番に邪魔者扱いされているあたり僕もまだ受け入れられていないようだ。でもまあ悲観している時間が今は惜しい。

「まさか頬を殴った相手に惚れるとは思ってもなかったでしょうね」

「貴様、どこで聞いた……?」

「こ、怖い顔しないでくださいよ。立ち聞きなんてしてませんし顔を見ればそれなりに分かりますから」

 剣呑な気配を漂わせるボーデヴィッヒさんをなだめてなんとか身の安全を確保した。相手は軍人ということを失念してはいけない。

「一夏君は女性を惹きつける魅力がありますからね。強引なのに優しくて、いつもはふざけてるのに困っている人を見ると真摯に向き合ってくれますし」

「一般の女ならお前の方を好むのだろうな」

「僕はダメですよ。相手のことを考えすぎて良い人で止まってしまいますから」

「分かっているなら改善することだな。あのイギリス人と仲良くなりたければ」

 残念ながらそれは無理だ。元来からの躊躇いがちな性格はそうそう変わらないのだから。無論どうにかしたいとは思っているけど。

 でも目の前でオルコットさんのライバルへと変わった人がいるとなれば、それはまた遅くなってしまうだろう。

「お人好しだな」

「よく言われますよ」

「それで、そのお人好しは私に何を言いに来たんだ?」

 別に大したことではないが、一言伝えに来たのは事実だ。ルームメイトのよしみ、というのを行使させてもらって。

「頑張ってくださいね。ライバルは多いですよ?」

「ふん。くだらんな、さっさと去れ」

「相変わず怖いですね。それでは体にお気をつけて」

 こうして短い見舞いを終わらせて僕は自室に戻ることにした。おそらくボーデヴィッヒさんは今日1日は保健室で過ごすだろうし、今夜は一人部屋も同然になるわけだ。

 そんなことを考えながら自室へと足を運んでいる途中で一夏君とシャルル君に出会ったけど、何か考え事をしているのか2人とも僕には気付かなかった。悩み事に押しつぶされる前に誰かに頼ってほしいものだ。

 自室がある階に来ると部屋の前に人影が見えた。夕食の誘いだろうか?

「あ、宍戸くん……」

「橘さんでしたか。どうかしました?」

「うん、ちょっと話してもいいかしら」

「ええ。構いませんよ。立ち話もなんですから部屋でゆっくり話しましょう」

「そ、そうね」

 なんだろうか。いつもと様子が違う気がする。なんというか橘さんらしい凛然さが姿を隠した代わりに、可愛さがグッと上がっている。緊張しているのだろうか、まるで入学初日の僕みたいだ。

 部屋の椅子を橘さんに勧めて僕はベッドに腰をかけたのだがなぜか彼女は隣に座った。急な展開に頭がついていかず混乱してしまう。

「こ、この前のアリーナでの約束、……覚えてる?」

「え、ええ……。橘さんにも迷惑をかけましたし、僕にできることなら何でも頼んでください」

 いつも落ち着き払っている子がこうまで恥ずかしがっているとここまで可憐に見えるのだろうか。僕まで手汗が出るほど緊張してしまった。

「7月に臨海学校があるんだけど、その初日は自由時間があるらしいの」

「そういえばSHRで織斑先生が言っていましたね。楽しみです」

「うん……。それで、宍戸くんが良ければ、今度の週末に水着を買うのに付き合ってほしいの」

 頭がショートしそうだった。水着?それを僕と選びに行く……。いや待て宍戸朔夜、誰も2人っきりとは言ってないじゃないか。友達複数なら何も問題はないだろう。

「で、できれば2人っきりで……がいい」

 まさかの僕と橘さんだけの外出だった。これは困った。女尊男卑の社会になってからというもの買い物の付き添いは各地方で都市伝説ができるレベルで男性にとっての鬼門となっていた。荷物持ちから始まり、拒否権のない意見交換会やクレープ調達のための行列に並ぶ炎天下の疲労など季節や場面によっては地獄とも取れるほどの環境になるそうだ。

 しかし、約束は約束だ。それにこれくらいのことが耐えられないで、笑ってこなせないで何が友達か。自分にそう言い聞かせて僕は橘さんに向き合った。

「もちろんご一緒させてもらいます。僕で良ければ荷物持ちでも何でも」

「本当!?……ありがとう、それじゃあ予定は後からメールで送るから」

 そう言い残すと橘さんは僕の返事を聞かずに部屋から出て行ってしまった。取り残された僕はひとまず緊張して高鳴っていた心臓を押さえつけることに従事した。




相変わらずの戦わない系IS小説もとうとう次回は臨海学校というところまで来ました。1話3000文字くらいで投稿していたらどれほどの話数になっていたか、考えるだけでもゾッとしますww
次回はもう少し早く投稿できればいいなぁと思いながらまた頑張ります!それではまた!ノシ

追伸:IS10巻はいろいろと突っ込みたい箇所が多すぎる!


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Even if melt your heart

お久しぶりです!ここ2か月投稿してないので生存確認も兼ねた投稿ですw
今回は原作3巻の途中までです。ちゃんと続きもしっかりと書く気なのでご安心ください!


 多くの買い物客がごった返すこの駅前のショッピングモール『レゾナンス』はたくさんの店が立ち並んでいる。おおよその物はここで手に入り、さながら目で見て手に取れるネットショッピングのようだ。共鳴の名のとおり他の店とも提携しているのでポイントも貯まりやすく学生や主婦もよく訪れる。

 なのでどうしても人の目が気になる。音楽プレイヤーを持ってきていてよかったと心の底から思う。お気に入りのバンドであるSiMさんの曲をイヤホンを付けて大音量で聞いて目を閉じる。こんなことになるなら時間通りに来れば良かったと少し後悔した。

(さすがに1時間前は早かったかなぁ……)

 曲と曲の間になると周りの声が聞こえてくる。やっぱりフードを被っていても世界中に顔が知られているとなるとすぐにバレるのか僕の名前がチラホラと聞こえる。さらに深くフードを被ろうとした時、目の前で携帯端末を片手に右往左往している少女が見えた。青いフレームの眼鏡とキャスケットで分かりづらくはなっているが間違いなく橘さんだろう。

 音楽プレイヤーを一旦止めてイヤホンを外すとなんだかいつもと違う聞こえ方に感じる。

「あの……、橘さん」

「宍戸くん……。良かった、人が多くてどこにいるか分からなかったから」

 週末ということもあり人の過密度は平常時の比ではない。今でも道行く人の体が当たりそうだ。

「立ち止まっていると邪魔になりそうですし行きましょうか」

「ええ、そうね」

 たしか今日は臨海学校の水着選びだったはずだ。そういえば海なんて全然行ったことがないから水着は持っていなかったのでちょうど良かったかもしれない。

 しかしメインは橘さんの用事だ。ひとまず不安なので貯金を下ろしてきたが女子との買い物は初めてなので少し不安は残る。

「宍戸くんはどんなの選ぶつもり?」

「そうですね、あまり泳ぐ気はないのでサイズが合えば何でもいいですね」

「そっか……、実は私も髪が痛むからあんまり海に入りたくなかったのよね」

 さすがに女子ともなると気にすることが多くなるのだろう。そうなるとやっぱり日焼けとかも気になるはずだし、あまり光の反射がキツい海面には近づけないとなると少しもったいない気もする。僕が言えたことではないけれど。

「そういえば橘さん、タッグマッチ勝利おめでとうございます」

「ありがとう……でも、なんとか勝てたけどいつもより動きが硬くなってた気がするわ」

 1回戦だけとはいえやっぱり観客もいたし緊張するのだろう。見ている側からするとそういうのは感じられないのでいつか自分もと思うとうんざりする。

 第一自分の手で人を傷つけることへの耐性が未だに付いてない。それに相手が女性である可能性の方が高い環境であるならなおさら戦おうと思えない。

「宍戸くん、この店でいいかしら?」

「僕は構いませんけど、もう少し見て回らなくてもいいんですか?」

「早く終わらせて他のも見たいの。持っていくのは水着だけじゃないし」

「ここなら大抵のものは揃っていますし、必要なものは今日だけでも買い揃えれそうですね」

 僕が必要なものは替えの下着と部屋着くらいだろうか。最近までは春用の物で良かったけど夏も近づいて少し熱くなってきた。相部屋で暮らしているので寝汗や寝苦しさからのうめき声などで迷惑をかけたくはない。

 ちなみに僕は以前と同じく一夏君と同じ部屋になった。実はシャルル君はシャルロットさんだったらしく、男装をしてIS学園に編入してきたそうだ。なぜそんなことをしていたのかは知らないが、そこは個人のプライバシーを尊重し執拗に知りたがるのはやめよう。

 回想はこの辺りで一旦止めて店に入る。やはり女尊男卑社会の影響か、それともファッションに対する意欲の高い女性は元からターゲットになるのか水着の男女率は圧倒的に女性物の方が多い。しかしこの中から選ぶのもなかなか骨が折れそうな作業ではあった。

「ねえ、宍戸くん。こういうのはどう思う?」

 そう言って橘さんが手に取ったのはトランクスタイプの水着だった。一見普通のボトムスのようにも見えるが、これは更衣室での着替えを嫌う人たちの要望に答えた『車から出てすぐに海に行ける』水着だそうだ。トップは裾が短いタンクトップのような形状で胸囲的な意味でかなり人を選ぶ物と言えた。

 ただ、なんだか普通に似合うという印象しか持てない。別にそれがベストで買い物としては早く決まるし良い事づくめなのだけど、ここで肯定的な意見を出すと橘さんは真っ先にレジに向かってしまいそうだ。臨海学校という1度しかない思い出を作るのだから、ここはやっぱりいっぱい時間を使って選んでもらうのもいいかもしれない。

「良いとは思うのですが、無難という感じがしますね」

「そうなの?結構露出も多いと思ったんだけど、もう少し攻めたほうがいいかしら?」

 そう言うと橘さんは手に取った水着を元の場所に戻した。意外と気に入っていたデザインだったのか次の水着に手を伸ばそうとしてはまた悩むことを繰り返していた。なんとなく僕も傍に立って水着を見てみる。たしかに種類が多くてなかなか決められそうにない。

「宍戸くん、時間かかるかもしれないから向こうで待っててもらっていい?」

「じゃあ30分ぐらいたったら戻ってきますね」

「うん、そのくらいには決まってると思うから」

 誰かに見られていると選びづらいからか、橘さんは1人で選ぶことにしたようだ。とりあえず僕も適当に男性用水着売り場に向かうことにした。

 しかし目当ての場所までが遠い。やはりこれも女尊男卑の影響なのか大抵男物は奥まって目立たない場所に置かれている。

「ちょっとそこの男」

 随分と高圧的な女性の声だ。聞き覚えもないしおそらく知らない人だろうから呼ばれたのは僕ではないだろう。

「そこの眼鏡とフードの地味な男、あんたに決まってるでしょ!」

「えっと……、もしかして僕ですか?」

 振り返ってみるがやはり見覚えがない。多分年齢的にも20過ぎに見えるしIS学園の生徒というわけでもなさそうだ。

「そう言ってるでしょ。あ、これ元の場所に戻しといて」

「は、はぁ……」

 流れるような動作で試着済みと思われる水着を渡されそのまま見知らぬ女性は去っていった。残された僕は渡された水着片手に立ち尽くしていたが、別にそう遠くない場所にあるカゴに入れに行くだけなのでそれくらいのことなら頼まれておこう。断ろうにも相手はもういないのだけれど。

「仕方ないか、今はそういう時代だし」

 ハンガーは外すということなので水着だけをカゴに入れる。ハンガーはその横にあるハンガーラックに適当にかけておく。

 ひとまず頼まれ事は終わったので次は自分の分を選びに行こう。

「あのぉ、この水着の他のサイズありますか?かけてある所になかったんですけど……」

 店員さんも大変だなあ。夏になるとこういう店は忙しくなってくるのだろう。若い女性客が尋ねている声が聞こえる。

 ――しかしどうしてその女性は僕の前に立っているのだろう?もしかして僕を店員と勘違いしているのだろうか……、いやそんなはずはないだろう。

「この店の特徴として色と流行で分けているので黄色の水着が集まっている場所にあると思いますよ。多分他のお客様が違う場所に置いたのでしょうね」

「そうだったんですか、ありがとうございます!」

 事前に調べておいたことが役に立った。橘さんと水着選びをすることは知っていたのでこのショッピングモールにある店はあらかた調べておいた知識をこんなところで使うことになるとは。

「今度こそ自分の用事に――」

「店員さん、少しいいですか?」

「ははは……」

 

 

 

 

「宍戸さん……どうしてここに?」

「何してるのよセシリア。早くしないと一夏見失っちゃうわよ」

 一夏さんがシャルロットさんとお出かけをしているところを追跡している途中、わたくしは店内に宍戸さんがいるのを見かけた。隣にいるのはたしか同じクラスの橘さんだった気がする。

 宍戸さんはわたくしの手伝いをしてくれていると言っても他の誰かと話すこともある。今更わたくし以外の人といても何ら問題はないはずなのに……。

(どうしてこんなに胸がざわつきますの?)

 今朝だって早い時間からわたくしと味噌汁作りを教えてくださったし、一夏さんとの食事の時間を合わせてくれたりしてくれた。本当にわたくしのフォローに抜かりがないところはさすがとしか言い様がないし、宍戸さんのおかげで一夏さんと2人っきりになれたこともたくさんあった。

 感謝してもしきれない恩が知らぬ間に積み重なって、まるでわたくしを捕らえる檻のように、わたくしを誘う花園のように、逃れられなくて求めてしまう掴み所のない感覚がいつまでたっても消えない。

 一夏さんが遠ざかっているのにわたくしは宍戸さんがいる店へと足を踏み入れていた。

「ちょ、ちょっとセシリア!?」

(たしかこの辺りに……。あら?橘さんしかいませんわね)

 その橘さんも1着の水着を手に取ると試着室に向かってしまった。しかし宍戸さんはいったいどこへ行ったのだろうか?

 そう思っていると奥の方で宍戸さんが他の女性と話しているのが見えた。女性はショートパンツにシャツという動きやすそうな格好をしている。見た目からしておそらく年下だろう。気づかれないように近づくと会話の内容が聞き取れた。

「こ、この辺りにあるのがいわゆる勝負水着です……」

「結構際どいですね……」

「やっぱりやめておきますか?」

 まるで店員のような対応の仕方の宍戸さんは布地の少ない水着を見て前に立つ客と共に顔が蒸気していた。

『おいあれ、宍戸朔夜じゃねえの?』

『IS学園ってバイト許可下りるのか?』

『近くで見ると案外かっこいいかも』

 知らない間に人が集まり始めて店の人口密度が高くなってきたので店の外に出た。すでに一夏さんを共に尾行していた鈴さんとボーデヴィッヒさんは先に行ってしまった。

(わたくしももう行きましょうか……)

 おそらく一夏さんが向かったであろう方向にわたくしは足を進めた。

 

 

 

 

「あの、それともう1つ聞きたいことがあるんですけど、もしかして宍戸朔夜さんですか?」

「ええ、まあ……」

 声をかけてくるなり意中の相手を虜にする勝負水着を聞かれて自分なりに答えた後、僕はそんな質問をされた。

「え、えっと、私織斑一夏さんの知人なんですけど、宍戸さんのことは聞いてます!」

「あ、もしかして五反田蘭さんですか?一夏君がよく話してますよ」

 そういえば一夏君が友人の妹として話していた気がする。まだ心を開いてくれないのだと嘆いていたのだが確実に一夏君に好意があるように見える。

「本当ですか!?」

「はい。……もしかして勝負水着も一夏君に見せるためですか?」

「いや、そのぉ……はい」

 まあそうでもしないと一夏君は女性を意識しないし、合理的で思い切った判断と言える。ちなみにオルコットさんもそれは知っていて体を密着させたりしている。一夏君のマニュアルでもあれば特記事項だろう。

「そういうことでしたらあえて落ち着いた色で露出が多い方がいいですね。あまり狙いすぎると引かれてしまうかもしれないので」

「なるほど……。すごく詳しいですね」

「まあ、一夏君のことを調べる機会があるので」

 口に出した後、一人の女性の姿が頭に浮かんだ。彼女の努力の礎となった情報を今ここで誰かに使っているのだ、姿が思い浮かぶのは当然と言えば当然なのだが。

「調べる機会?」

「一夏君に好意を寄せる人は多いですから」

「それって私にアドバイスしても良いんですか?」

「問題がありますかね?」

 ここで水着を選ぶことで五反田さんが有利になることがあってもオルコットさんが不利になることはないはずだ。それに今日は一夏君がデュノアさんと買い物に出かけるということなのでオルコットさんもきっとここに訪れているだろう。

「僕がここで水着を選んでも行動を起こすのはあなたですからね」

「うっ……」

「今は会える機会も少ないとは思いますけど、頑張ってくださいね」

 そう言って僕は五反田さんから離れた。さて、と……。まずは周りにいる客に店員と誤解されている状況をなんとかしないと……。

 

 

 

 

「すみません!橘さん!!」

「……」

 店前のベンチで背筋を伸ばして不機嫌そうに座っている橘さんに僕は手を合わせて頭を下げた。いや、僕もあの場から離れようとはしたんだけど野次馬に囲まれてしまい知らぬ間にサイン会までも開かれる羽目になってしまった。そしてこの時間になってしまったわけである。

「そ、その……、いつから待ってました?」

「3時間前から」

 そんなに前から待たせてしまったという事実に胸が痛くなる。夏場の暑い環境も辛かっただろう。こうして不機嫌なだけで苦情を言われないのが不思議なくらいだ。

「えっと、水着選びはどうしましょうか?」

「もう選んだからいいわ」

「じゃ、じゃあカフェにでも行きませんか?学校の門限まではまだ時間がありますし」

「うん」

 ひとまず時間をかけて機嫌を直してもらうしかないだろう。デザート代くらいは覚悟しておこう。

「ね、ねえ、宍戸くん……」

「はい、なんでしょうか?」

「手、繋いでもいい?」

「はい?」

 突然の提案に驚いていると橘さんの細い指が僕の手に触れた。しっとりと指にかいた汗はサラサラとしたもので僕が知っているものとは違うもののように思えた。壊れ物のように優しく握ると橘さんはゆっくりとした動きで立ち上がった。

「で、では行きましょうか……」

「え、ええ……」

 お互い緊張したままカフェまで歩き始めた。そういえば橘さんはいったいどんな水着にしたのだろうか?結果的に何も相談に乗れなかったし申し訳ないことをしてしまった。

 体格が似ているからか僕と橘さんの歩調はピッタリとあっていた。気を使ったり気を使わせたりするよりは楽でいい……と、思ったのだが緊張で口を開けないこの時間はなかなか耐え難くなんとも言えない。

「宍戸くん」

「は、はい!なんでしょう?」

 緊張している中で話しかけられたので驚いてしまった。そんな僕を一目見てから言葉を紡いだ。

「……名前」

「はい?」

 小さくて聞き取れなかったので距離を詰めようとすると同時に橘さんも一歩踏み出してきた。

「名前で呼んでくれたら、今日のことは……いいよ。まだ気にしているんでしょ?」

「それはまあ、今日はあんなに待たせてしまいましたし……」

 しかしそれと名前で呼ぶことに何か意味があるのだろうか?別にそれくらいなら頼まれればいつでもやるけど。

「六花さん……」

「できれば『さん』はなしで呼んでもらえる?」

 多分敬語もやめたほうがいいのだろう。なんだか思ったよりハードルが高くなっているが乗りかかった船だ、意を決して言うしかない。

「じゃ、じゃあ行こうか、六花」

「う、うん……朔夜」

 後半部分は小さくて聞き取りづらかったが、夕刻で人通りも少ないのが幸いして自分の名前が呼ばれたのが分かった。心なしか脈拍が早くなった気がした。

 ムズムズした心境のままカフェで少しくつろいだ後、僕たちはIS学園に戻った。臨海学校はすぐそこまで近づいている。

 

 

「いい天気になって良かったなぁ……」

 真上に昇った太陽の光が反射して輝く海は見ているだけで肌が焼けそうだ。まさしく夏真っ盛りと言った感じだろうか。

 体を伸ばして軽い準備運動をする。泳ぐ気はないけど海に来たらなぜか体を動かす準備をしておきたくなる。

「お、お待たせ、朔夜……」

「いや、そんなに待ってないよ」

 振り返って六花を見た僕は呆気にとられた。制服に隠されていた白い肌が露になったことで初めて気づいたが結構着痩せするタイプらしい。かなり露出度の高い水着を着てはいるが恥ずかしくなったのか僕と同じようにパーカーをジッパーを開けて着ている。

「そ、その、似合うかしら……」

「うん……、とっても」

 似合うどころかかなり魅力的だ。今自分の顔が赤くなっていないか心配になってくる。どうにかして話題を変えないと気持ちが悟られてしまいそうだ。

 視線を泳がせていると向こう側で一夏君と凰さんがなぜか肩車をしていた。ひとまずあそこに行ってみようか。

「い、行こうか、六花」

「……ええ」

 熱い砂浜の上を慎重に歩いて一夏君の元に行く。肩車は目立つのか多くの女子が集まっていた。

「すごい人だかりだね、一夏君」

「お、朔夜。いやーなんか目立っちゃったみたいでさ」

 それはまあ学園に2人しかいない男子だから仕方ないだろう。一挙手一投足に注目が集まってしまうわけだし。

 しかし肩車はまずいんじゃないだろうか?周りの女子が待機列を作っているのを見るとただ事では済まない気がする。

「あれ?もしかして宍戸くんも肩車してくれるの!?」

「いえ、そんな気はありませんけど……」

「ていうか俺はもう肩車決定なのか?」

 即座に生じた誤解を解いておく。一夏君については仕方ないとしか言いようがないだろう。それに、僕よりは体力もあるしね?

「一夏さん、何をしていますの?」

「ああ、セシリア。別に何もしてないぞ?」

「オルコットさん――」

 声のした方向に視線を向けて僕は息を呑んだ。一瞬呼吸を忘れてしまうほどに美しい少女の肢体に目を奪われ、僕は肺の中に溜まった空気を恋慕とともに絞り出した。まるでこの世に現れた女神のような美貌に言葉は途中で途切れてしまった。

「どうかしましたの宍戸さん?」

「いえ……、その、すごく可愛いですオルコットさん……」

「あら、ありがとうございます」

「本当に似合ってるなセシリア」

「そ、そんな……照れてしまいますわ」

 一夏君にそう言われて頬を染めるオルコットさんは少しした後に我に返ったように咳ばらいをした。

「と、ところで一夏さん。約束は覚えていまして?」

「ああ、でも俺でいいのか?別に他の女子でも――」

「男に二言はないのですわよね?」

「冗談だよ」

「では、お願いしますわ」

 そう言ってオルコットさんは腰に巻いていたパレオをほどいた。隠されていた艶めかしい脚が露わになり、僕はなぜか出てきた生唾を呑んだ。

 シートを敷きパラソルを地面に立てるとオルコットさんはうつ伏せになった。背中に手を回し水着の上を外す仕草で僕は限界を迎えて視線をそらした。しかしそれを見ていられる一夏君はすごいと思う。

 それにしてもオルコットさんの肌は白くて綺麗だな、と思い出す。アジア系の黄色人種しか見たことがなかった僕はIS学園に来てからいろんな国の人を見たが、オルコットさんは群を抜いて綺麗な肌をしていた。

「きゃっ!?い、一夏さん、オイルは手で温めてから塗ってくださいな!」

「わ、悪い。こういうのは初めてだから」

「そう、ですの……。初めてでしたのね」

 オルコットさんの声は少し高い。確かに経験が豊富な一夏君が初めてのことがあるのは少し意外な気がした。大抵のことは織斑先生がかっさらっていると思ってた。

「なんで嬉しそうなのよあんた」

 凰さんも気付いたらしく目を細めていた。ここはオルコットさんが一夏君へのアプローチに軍配が上がったと言っていいだろう。

「な、なあセシリア。背中終わったけどもういいか?」

「いえ、一夏さんがよろしければ前もお願いします……」

「はぁ!?」

 これには唐変木の一夏君も狼狽していた。なんだろう、今日はオルコットさんがいつにもまして積極的だ。しかし、それを許すほど他の女子は甘くはない。中でも凰さんはすぐさま行動に移っていた。

「はいはーい、私がやったげるわよセシリア!」

「ちょ、ちょっと鈴さん!何をしていますの!?」

 オルコットさんの言葉を聞く前に凰さんは手にオイルをつけて塗り始めた。冷たさとくすぐったさでオルコットさんはシートの上で体をくゆらして笑っていた。すごく振り返りたいけど我慢しておこう。最近になると気を抜いたら恋心がまた復活してしまいそうになるからなるべくときめきポイントは回避しなければならない。

「もう!いい加減にしてくださいな!」

 警告を含んだオルコットさんの声が響いた。なぜだろうか場の空気が変わった気がする。そう思って僕は後ろを振り返った――振り返ってしまった。

 その姿がとても美しくて、魅惑的で、艶やかで、誘惑的で――、視界が幸せだった。ただその幸せはまるで神の怒りと隣り合わせのように危険で……。

「きゃああああああああああああっ!?」

 シートに落ちた水着を拾い上げてオルコットさんはその場から走り去ってしまった。残された僕はひとまず誰にも気づかれないうちに少量流れた鼻血を拭った。

(眼福なんだけど刺激が……。ていうか一夏君は何も言う暇なく凰さんに強制退却させられてたけど大丈夫だろうか?)

 とりあえず僕だけでも謝りに行った方がいいだろう。そう思って僕は橘さんに一言かけてからオルコットさんの後を追うことにした。

 

 

 

 

「うぅ……。最悪ですわ……」

 オルコットさんの後を追うと膝を抱えて木の下に座っていた。緊張するけどしっかりと言うことは言わないと。

「あの、オルコットさん……」

「宍戸さん……。今は放っておいてくださいな」

「えっと、とりあえずこれ忘れていましたよ」

 持ってきたパレオを渡すとオルコットさんは静かに受け取った。さて、本題はここからだ。

「さっきはすみませんでした……。まさかあんな事態になっているとは思っていなくて」

 オルコットさんは黙ったままだった。好きな人と他の男にも乳房を見られたことでプライドの高いオルコットさんの気が沈んでいるのだろう。

「その……、今回のことは何かしらの償いをしたいと思ってるのですが」

「そんなことはしなくていいですわ」

「ですが……」

 そうでもしないと僕の気が済まない。そう思って僕はもう一度頭を下げようとするとオルコットさんに止められた。頬を両手で挟まれ、強制的に目を合わせる形になった。

「わたくしの、……を見ましたの?」

「……はい」

 大事なところが聞き取れなかったが多分さっきのことだろう、と思い素直に認めた。落ち込んだ顔をほんの少し僕からそらすとオルコットさんは意を決したように口を開いた。

「その……、どうでした?殿方の目から見て」

「えっ!?」

 突然のことに動転しているとオルコットさんも自分の言葉を思い直したのか顔を赤くした。ただ取り消したりしないところを見ると、気になるところではあるのだろう。

 乾いた唇を舌で濡らす。もちろんこんなことを聞かれたのは初めてだから妙に落ち着かない。

「す、すごく綺麗でした……。バストトップの色もよくて張りがあって大きすぎない膨らみも魅力的で肌も白くて恥ずかしがってる顔も可愛かったですしええっと……」

「も、もういいですわ!分かりました、分かりましたからっ!」

 その言葉を聞いて内心ホッとする。正直気ばかり動転してあれ以上思いつきそうになかったから。頬からオルコットさんの手が離れ、やっと目が離せるようになったので早くなった鼓動を抑えるように静かに深呼吸をする。横目でオルコットさんを見ると自分の胸元に視線を下していた。さすがにストレートに言い過ぎただろうか?

「宍戸さんの言葉を信じるなら、わたくしは自信を持っていいんですの?」

「ええ、もちろんですよ。恥ずかしがる必要なんてありませんし、一夏君だって内心見とれてたと思います」

「そ、そうですわよね……。わたくしったら小さなことで悩んでしまいましたわ」

 そう言って立ち上がるとオルコットさんは優雅な所作で腰にパレオを巻いた。そんなちょっとしたことにでもため息が出るほど僕は見とれてしまった。何をしているのだろうか、僕は。僕が見とれたところでオルコットさんが喜ぶことはないのに。

「こんなことをしていては自由時間が減ってしまいますわね……。そろそろ戻りましょうか」

「ああ、本当ですね。行きましょうか」

 そう思って僕は歩き出そうとすると指先になめらかなで心地のいい暖かさのものが触れた。振り返るとオルコットさんが僕の手を掴んでいた。

「よ、よければでいいのですけど……!前はまだオイルが塗れていませんから、お願いできますかしら?」

「は、はい……」

 その魅力的な誘いは断ることができなかった。オルコットさんはすぐに着替えられるようにここに来ていたのか、はたまた偶然か数分で更衣室から予備のサンオイルを持ってきた。

「では、お願いしますわ」

「了解です」

 動転して変な口調になってしまった。かすかに震える手でサンオイルをオルコットさんから受け取った。

 しかしシートもなければ椅子もないのでどういう手順でやればいいのか分からない。そんな考えを見抜かれたのか、オルコットさんは僕に左腕を伸ばしてきた。

「ど、どうぞ……」

「失礼します……」

 先ほどの一夏君のやり方も忘れて冷たいまま塗り始めてしまった。小さくオルコットさんが漏らした声でそれに気づいた。

「あ……、すみません」

「い、いえ……。さっき握った時もそうですけど宍戸さんの手は冷たいですわね」

「緊張しているので血行が悪くなっているみたいです」

「なんですのそれ」

 僕の下手な言い訳を聞いてオルコットさんは微笑んだ。僕が彼女と話せるようになってこの自然な笑顔を何度見たことだろうか。その度に僕が憧れた人は本当は可憐な少女なのだと気づかされる。

 指先から優しく、慎重に触れていく。手触りはまるで絹のようになめらかで女性特有の柔らかな肌はいつまでも触れていたくなる。

「し、宍戸さん?」

「美しい……」

 自然とそんな言葉が出てきた。

 ああ、ダメだ。今まで自分から遠くにいようとしていたから耐えられていたんだ。この恋という衝動が距離を縮めたことで僕の中で急速に膨らんでしまった。それに僕は一夏君みたいに女性に、特にオルコットさんに心の余裕を持って接することができない。

 耐えなければいけない。こんな形で気持ちを伝えていいはずがないのだから。

「もしわたくしが一夏さんに嫌われたら、そのとき宍戸さんはその心の穴を埋めてくれますの」

 ゆっくりと目が覚めていく感覚がした。そうだ、僕は純粋にオルコットさんに手助けをしたいと思ったはずだ。最初は確かに理由も自分のためだったしオルコットさんに真意を話すこともなかった。

 だから今の僕の答えはもう決まっている。

「オルコットさんが嫌われるなんてありえません。その証拠に僕は今こうして手を握って心を奪われているんですから。そんならしくないことは言わないでください、あなたは僕の尊敬する人なんですから」

 こんなに恋い焦がれた人なんだから……。もしオルコットさんを一夏君が嫌いになるようなことがあるなら僕だって怒るかもしれない。だって――

「あなたはとても素敵な人ですから」

 自分の胸の中にあったものをやっと吐き出せた気がした。それと同時に目の前のオルコットさんの異変に気が付いた。

 その瞳がわずかに潤んでいて、そこから零れ落ちそうになる何かをこらえるようにオルコットさんは僕を見上げていた。そんなに体格差がないからどちらかと言うと上目遣いだ。今にも零れてしまいそうなその涙に惹かれるようにオルコットさんの目の下に人差し指をそえた。いっそ熱いと思ってしまうような涙は、僕の手が冷たいせいだろうか?

「この涙はあなたのせいですわ……」

「え?」

 聞き返そうにも目の前でボロボロと涙を流し始めたオルコットさんを見て動転してしまった。

「宍戸さんのこと、全然分かりませんわ。どうしてそんなに自分を隠せますの?どうして優しさだけをわたくしに向けますの!?」

「……オルコットさん?」

「申し訳ありません……、少し休んできますわ」

 そう言うとオルコットさんは更衣室の方へ走り去ってしまった。残された僕はただ立ち尽くすことしかできなかった。優しさだけでは追いかけられない。真に必要なのはその場で下せる決断力なのだ。そう、一夏君のような――




やっぱり途中で投稿してよかったなと思います。これ最後まで書いてたら2万字パターンでしたw
これからは自分のスケジュールとしっかり話し合って書いていきますのでこれからもよろしくお願いします!

感想もいつでも待ってますよー


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I hope brake a restriction.

モチベーションが回復したので書きました。セシリア様は感情表現豊かなところがいい。というエゴを詰め込んだ話になります。


本当にわたくしは情けない。慣れない優しさを向けられたのが逆にわたくしにとっては辛かった。

 一夏さんへの恋心は本物で、宍戸さんへの気持ちはまだ分からない。彼がわたくしに下心を向けていたのならこんな気持ちを向けることもなかったのに。そんな言い訳ばかり浮かんでは自分を正当化しようとする。こんなわたくしを尊敬しているなんて言われるのは宍戸さんに申し訳ない。

(……今日はもう部屋に戻りましょう)

 そう思い誰もいないシャワー室に入りノズルをひねる。お湯に切り替わる前にシャワーを浴びてサンオイルを洗い流す。この冷たさは宍戸さんの手を思い出す。冷たくて男性にしては小さな、私より少しだけ大きな宍戸さんの手を。

 最初はただ宍戸さんの気持ちが気になっていただけだった。しかし知れば知るほど彼のことが分からなくなった。宍戸さんは他人の悪意を感じ取っていない、出会った時の印象は今でも残っている。優しさ、というよりは無知に近い気がする。

 わたくしが自信がないと話しても、その弱さに漬け込むこともなかった。それどころか嫌われるはずはないと勇気づけてくれた、素敵な人だと。その言葉はわたくしにとって苦しくもどこかで望んでいた甘言だった。

 知らない間にシャワーはお湯に変わっていた。シャワーを止めてかけておいたタオルで髪を乾かしていく。水滴を全て拭き取って戻った9人部屋は誰もいない空虚な空間だった。

 

 

 

(どうしたものかな……)

 結局オルコットさんを追うこともできず僕はまた砂浜に戻っていた。日差しはフードで防げるが気温自体は下がっていないので暑い。これには先ほどのサンオイルの件も影響しているだろう。平静を装ってはいるが僕みたいな気の小さい人間は女性の涙を見せられたら落ち着かない。それがオルコットさんのような人のものともなればなおさらだ。

「なあ朔夜、セシリアどこ行ったか知らないか?」

「ああ、一夏君。オルコットさんなら多分部屋に戻ったと思うよ」

 海に入ったのか若干濡れている一夏君に声をかけられて悶々とした思考から目が覚めた。

「そっか……。謝るついでにビーチバレーに誘おうと思ってたんだけど」

「今はそっとしておいた方がいいかもしれませんね」

 オルコットさんもそんな気分にはなれないと思う。いや、もしかしたら一夏君に誘われたなら参加するかもしれないけど。

「おーい、おりむー。早くビーチバレーやろーよー」

「ああ、今行くよ」

「しどっちもおいでよー」

「シドッチ?イタリア人のカトリック司祭ですか?」

「ん~、ちょっとユーモアが足りないかな~」

 結構辛口なんだな、布仏さんって。ということは『しどっち』っていうのは僕のあだ名ということか。あだ名をつけられるのはこの学園に入学してからは初めてだな、と思う。

「あと、お誘いは嬉しいんですけど僕はやめておきます」

「えー……。残念だなー」

 僕も今日はあまり動きたくはない。しかし部屋に戻るのもなんだか味気ないのでここにいる。まあ初めから泳ぐ気はなかったし、幸いIS学園のみんなは各々が様々な遊び方をしているので見る分には退屈しない。

「そう言わずにさ、俺も男一人じゃやりづらいし頼むよ」

 そんなことを言われても気分は変わらない。沈んだ気持ちは一緒にいる人たちにも影響を与えるから、気乗りしないときに遊んだりはしたくない。つまりは僕のわがままだ。

「ごめん。やっぱり気分じゃないからさ」

「そっか、分かった」

 そう言うと一夏君は布仏さんの方に歩いて行った。和気藹々と行われるビーチバレーを眺めながら僕は自分の行動を振り返る。本当に考えが足りなくて自己嫌悪すら覚える。

 ――もういっそ、自分の気持ちを伝えるべきなのだろうか?その先にある未来が予想できないうちは動かない方がいいのだろうか?

(いや、そもそも上手くいく可能性を考えてる方がおかしいのか……)

 後ろ向きな考えばかり浮かんで溜息をついた。もうちょっとポジティブに生きられないものか、僕は。こんなことではオルコットさんに振り向いてもらえることなどあり得ない。

 真上に昇った太陽を肌で感じながら僕は砂浜に腰を下ろした。

 

「オルコットさん」

 自由時間が終わり夕食前の時間、僕は勇気を出してオルコットさんに声をかけた。緊張して声が震えているのが情けない。

「し、宍戸さん……。どうかしましたの?」

「忘れているわけではないですよね。次は広間で夕食を摂るんですから一夏君の隣の席を確保しましょう」

「ですけど……」

 今の空気のまま顔を合わせればこうなることは分かっていた。だけどそんな理由で彼女への助力をやめるだなんて馬鹿馬鹿しい。

「僕が言ったことは嘘じゃありませんよ」

 また伝えたいことだけを伝えてしまうが仕方ない。不器用なら不器用なりに無理を通すしかない。

「オルコットさんは魅力的です。そんな人が自分の気持ちが燻ぶっているのに目を背けているのは本意ではないでしょう」

「それは、……そうですけど」

「僕のことで悩むのは後でもいいでしょう。今そこにあるチャンスを掴む方が大切です」

 まだ留まろうとするオルコットさんの手を掴んで早足に歩き始める。僕の歩調に初めはおぼつかない足取りで着いてきたが、すぐに慣れて隣に並んだ。

「宍戸さん、わたくしはまだ……」

「心の準備も後です。昼のことは一度忘れて、一夏君との距離を縮めないと」

「話を聞いてくださいな!」

 オルコットさんの声で背筋が伸びる。振り返ると一度息を吸ってから僕を諭すように優しく話し始めた。

「宍戸さんのご厚意は嬉しいですわ。ですけど、今わたくしが一夏さんの所へ行っても満足に話せるとは思えませんわ……」

「たしかに、そうかもしれませんけど……」

「少し落ち着いてからしっかりとお話しした方が確実ではなくて?」

 反論し難い正論に言葉が詰まる。気持ちが焦るあまり僕はオルコットさんのコンディションに気を配ってなかった。自分の行動を顧みて恥ずかしくなる。

「それで……、その、気になっていることがありますの」

「それは僕に関してですか?」

「もちろんですわ。あなたでなくては答えられませんわ」

 ISのこと、ではないだろう。僕なんかじゃ答えるどころか聞く側になってしまう。ではいったいなんなのだろうか?

「わたくし、ずっと気になっていましたの。思い上がりかもしれませんけど、宍戸さんはわたくしに好意を抱いているのではなくて?」

 もしかするととは思っていたけど気付かれてしまっていたようだ。こうなってしまっては仕方ない。それに僕が気がかりで積極的になれないのだから、ここでその疑問を解消しておくべきだろう。

「ええ、あなたのことが好きです。初めて会った時の憧れや尊敬がいつの間にか好意に変わっていました。ただ、オルコットさんが一夏君を好きになったのも知っていましたから自分の気持ちを隠すことにしたんです」

「わたくしのために自分の気持ちを偽ってくれていましたのね……。申し訳ありませんわ」

「いえ、僕の意思で決めたことですから。それにオルコットさんの力になれているような気がして嬉しかったですし」

 思い返せば色々なことをしてきた。それらは苦痛に感じることも面倒に感じることもなかった。本当にやりたいことだったから、こう思えたと今なら言える。

「すごく楽しかったんですよ、僕は。オルコットさんのふとした時に出る歳相応の可憐さを一番近くで見れましたから。もちろんそのせいでこうして自分の気持ちを抑えられなくなっているんですけどね」

 自嘲気味に笑う僕の言葉をオルコットさんは静かに聞いていた。返答がなく僕は視線を泳がせる。

「こんなことを言ってしまっては軽蔑されてしまうかもしれませんけど……」

 やっと発せられたオルコットさんの言葉は自信がなく弱気なものだった。やっぱり彼女のこういう顔は見たくない。

「わたくしも宍戸さんに少しではありますけど気がありましたの。最初は父に似て弱い人だと嫌っていましたのに」

「オルコットさんのお父さんですか……」

 それは意外だ。勝手な想像ではあるけどきっと作法や礼儀に厳しく女尊男卑社会でもそれなりに強く生きているものだと思っていた。

 似ているから僕を嫌いになったということはコンプレックスでもあったのだろうか?

「でも、宍戸さんと接していると分かってきましたの。父は弱い人ではなかったと。自分の意思を表に出さないこと、好きな人を近くで支えること。それは一種の強さでもあったのだと。そしてわたくしは一夏さんの男性としての理想的な強さに、宍戸さんの父なりの強さに惹かれてしまったのですわ」

「ということは親御さんとのわだかまりが解けたんですかね?なら良かったです」

 腐っても親。血は鎖よりも強固に人を繋ぐものだ。親子の繋がりは円満であることが一番望ましい。僕もそうでありたかったから強くそう感じる。

「もっと早く気付けていればよかったのですけれど……」

「何か、あったんですか?」

 余計な詮索とは思いながらも聞かずにはいられなかったので尋ねた。オルコットさんは渋るでもなくすぐに答えてくれた。

「わたくしが幼い頃に両親は他界してしまいましたの。ですから今更気付いても意味がありませんわ」

「遅くなんてありませんよ。まだ15歳の段階で気づけたんですから、これからどれだけ長く嫌わずに過ごせるかと考えればむしろ早いほうですよ」

「ふふっ、そうかもしれませんわね」

 オルコットさんの楽しげな声を僕は久しぶりに聞いた気がした。ただ、1つ困ったことがある。僕の気持ちはもう気付かれているし、オルコットさんも悪く思ってはいない。ここまで聞いて男として何も言わずに話を進めていいのだろうか?

(良くはないんだろうね……)

 そこまで腹をくくっていても足踏みしてしまうのは今までの僕の行動が首を絞めていたりする。ずっと応援していた人と僕が恋仲になろうとすることに躊躇いが生まれ言葉が喉を出かかって止まっている。

 でも同時に相反する気持ちもある。ひと思いに告白してそこに待つ結果を望んでいる僕もいるのだ。

「そういえば宍戸さんはわたくしを呼びに来たのでしたわよね。それでは行きましょうか。わたくしのコンディションも元に戻りましたし」

「え、あ……はい」

 悩んでいるうちに話が進んでしまい機を逃してしまった。気落ちする反面どこか安堵する僕がいた。

(そうだな……。とりあえず一夏君を超えてみることから始めよう。じゃなきゃ今告白してもオルコットさんを余計に悩ませてしまうだけだし)

 自分の臆病さにそう理由を付けつつ、僕はオルコットさんの後ろを歩き始めた。

 

 臨海学校というくらいなので楽しんで終わりというわけにもいかない。しっかりとISの実習も予定に入っていた。思えばこの臨海学校で初めて学園外でISを使うことになる人も少なくないはずだ。残念ながら僕は訓練機は使えないので今回の実習は見学するだけなのだけれど。

「では、これよりISの実習を始める。だがその前に――」

 生徒の前に立ち説明を始めた織斑先生の言葉がそこで止まり、篠ノ之さんに視線を移した。いったい何だろうかと疑問に思っているとその声が響いた。

「やっほーーーーーーーーー!ちぃぃぃいいいいいいちゃぁぁああああん!!」

 信じられない勢いで走ってきた人影は大きく跳躍すると織斑先生に肉薄した。そして当の織斑先生は冷静にその人影の頭部を鷲掴みにすると受け流すように体の向きを変えて衝撃を緩和した。その間にも手から力を抜かず、その細い指が闖入者のこめかみに食い込んでいた。

「やあやあ会いたかったよちぃちゃん!」

「うるさいぞ束……」

 と、辟易とした様子で織斑先生がぼやくと先ほどから騒がしいその女性は軽やかに強力なアイアンクローから逃れるとその容貌をここにいる人間たちにさらした。

 誰かなんてすぐに分かった。世界中の政府、並びにISの開発研究に関わる人間が何年間も捜索している人物、篠ノ之束その人であった。あまりに突然のことで声が出ずただただ驚くばかりだった。

「まったく……。こいつらが混乱しているだろう。束、自己紹介しろ」

「え~、面倒だなぁ。ま、いいや。私が天才の束さんだよ、ハロー終わり!」

 怒涛の勢いで終わった自己紹介はさして意味は持たない。何しろこの地球上で彼女を知らない人間の方が少数派なのだから。もちろん僕もIS学園に来る前から彼女の名前と顔を知っている。そりゃあ歴史の教科書に満面の笑みでピースして載っているのだから覚えないわけがない。それを抜きにしてもこの若さでISをたった1人で開発したその功績があれば人々の記憶に残ることなど容易いだろう。

「あ!いっくんも久しぶりー」

「ど、どうも」

 苦笑いをしながらそう答える一夏君はもしかして篠ノ之博士と接点があるのだろうか?本当にすごい人たちと友好な関係を築いているなと感心する。

「やっほー、箒ちゃん!」

「こ、こんにちは……」

「もー、堅いなあ。姉妹なんだからもっと仲良くしてくれていいんだよ?」

 なるほど。篠ノ之さんと姉妹関係という理由なら面識があってもおかしくない。幼馴染の姉妹となればそれなりに関りもあることだろう。

「それで例のものは……」

「ふっふっふー、安心してよ箒ちゃん。ちゃんと用意してるよー。さあ、大空をご覧あれ!」

 大仰な仕草とともに叫んだ篠ノ之博士の視線を追うように空を見上げる。一拍遅れて風を切る音が響き不思議なシルエットの影が落ちてくる。

 盛大な音を立てて地面に突き刺さったそれは一言で表すと、いや、まるっきりニンジンだった。それも絵本で見るようなデフォルメされたものだ。場違いなのは言うまでもない。

「げほっ!げほっ!」

 土煙が上がり思わずむせこみ、手で粉塵を払いながら目を開くと先ほどのニンジンはなく代わりに見慣れぬISが鎮座していた。

 その装甲は太陽の光さえも飲み込むほど紅く、どこか武士を思わせるようなフォルムは古風でありながら先進的なものだった。そして篠ノ之博士は両手を広げてそれが何かを高らかに宣言し始めた。

「これが箒ちゃん専用機、その名も『紅椿』!そのスペックは現行ISを上回る第四世代でパッケージのインストールは不要だよ!やったねー、箒ちゃん!」

「この馬鹿者が……。あれほどやりすぎるなと言っただろうが」

 説明を聞いた織斑先生が眉間に皺を寄せる。だが、他の生徒や教員は驚愕ばかりで口を開く余裕もなかった。

 第四世代型IS。未だ人類が到達しえなかった境地を軽々と踏破してみせた篠ノ之博士の頭脳に僕はただ慄いていた。圧倒的な才気とそれを惜しげもなく扱う異端さが彼女を彼女たらしめるものなのだろう。だからこその『天才』だと思い知らされる。

「さて、じゃあ初期設定と最適化を始めよっか。箒ちゃん、ちょっと乗ってくれるかな~」

「はい、分かりました」

「堅いなぁ、昔みたいに甘えてくれていいんだよ?」

 姉妹、という割には仲はあまり良くないみたいだ。他人のことなので深入りはできないが複雑な事情があるに違いない。

 そうこうしているうちにも作業は進んでいき、空間ウィンドウが開かれては閉じるを繰り返していた。その速さは目まぐるしく見ているだけで酔ってしまいそうだ。

「そういえば束さん。聞きたかったんですけど俺ってどうしてISに乗れるんですかね?」

 実を言うと僕も気になっていたことを一夏君が尋ねてくれた。ISの開発者であればその謎も解けるかもしれないと思う。

「う~ん、それが私にも分かんないんだよねぇ。ま、ISは自己進化するように作ってあるしそういうこともあるのかな~」

 しかし返ってきたのは予想していなかったほど曖昧な答えだった。しかし僕が聞いたところで答えてくれるはずもないので今はその答えで満足しておこう。

「あ、ナノ単位まで分解してみたら分かるかもしれないよ」

「いや、さすがに遠慮しときます……」

 一瞬僕の方にも視線が及んだけど残念ながら承服できない。篠ノ之博士だと本気でやりそうな気がするからなおさら。

 それに僕みたいな2人目も現れたしそのうち男でISが使える人も増えてくるだろう。それまで気長に待てばいいか。

「ほいっ、おーわり!それじゃあ箒ちゃん乗ってみて」

「はい」

 赤い装甲の肩部分に手をかけて篠ノ之さんが紅椿に乗り込む。軽い音がして腕と足に密着するように隙間がなくなり完全に装着が完了する。

 この時点で紅椿は篠ノ之さん専用機になった。彼女に適するように設定されてかなり使いやすくなっているはずだ。それが専用機というものだ。これから時間をかければもっと扱いやすくなる。まあ全部教科書の受け売りだけど。

「織斑先生!こちらをっ!」

 そんな折、山田先生が血相を変えて走ってきた。そして何やら空中投影型のディスプレイを織斑先生に見せている。

「これは……」

「アメリカで極秘裏に開発されていたISが何者かにハッキングされたようで――」

「静かに、今は他の生徒もいる」

 一通り手話でやり取りをした後で織斑先生は専用気持ち以外の生徒に今後のことを説明した。要約するとイレギュラーな事態が起こったので一旦実習は中止、自室で待機とのこと。

 しかし何があったというのだろうか。そして何より専用機を持っているとはいえ篠ノ之さんまで残るのは引っかかる。次世代機とはいえ先ほど手に入れたばかりなのだ。それほど人員を集めなければならない事態なのだろうか?

 まあ何を言っても僕は待機側だからここにはいれないので自室に戻ることにした。

 

 一応暇つぶし用の本を持ってきていてよかった。もちろん不必要なものは持ってこないように言われているけどその辺は結構見逃されている。カメラだったりトランプだったり意外とみんな持ってきている。ちなみに僕は男子ということもあって一夏君と2人の部屋だ。織斑先生に他の部屋に入ることは禁止と言われたので僕の部屋に来る人はいない。それはそれで退屈なもので小説がサクサク進む。

「はぁ……。それにしてもどうなったんだろ」

 栞を挟んで本を閉じる。ちょうど章の区切りになったので一旦読書をやめて部屋の外を窺うように聞き耳を立てる。教員の気配がないので部屋から出る。廊下には誰もおらず静まり返っている。

(現状を知ってる人……専用機持ちの誰かに会えればいいんだけど)

 足音を忍ばせて廊下を進んでいくと光が漏れる部屋の前に来た。隙間から中を覗くとそこには女性が1人座っている。長い髪の少女は横たわる少年を見つめていた。

「……誰だ?」

 弱弱しい声で少女が語り掛ける。この声は間違いない、篠ノ之さんだ。

「僕です、宍戸です」

「お前か……。笑えるだろう、自信満々で敵に立ち向かっておいてこのざまだ。私が油断したばかりに一夏に怪我をさせてしまった」

 全身打撲に火傷と裂傷、一目見るだけで一夏君は重症だと分かる。ISの絶対防御がありながらこの容体ということはシールドエネルギーの残量が少ない時に大きな攻撃を受けたのだろう。無茶をせずに撤退という手を取らなかったのは判断ミスと言える。

「篠ノ之さんだけの責任にはなりませんよ。戦闘を避けなかった一夏君にも非はあります」

「違う!私が油断をしたから……、私が力におぼれなければ一夏は……」

 一夏君のことだ、そんな篠ノ之さんをかばった結果だろう。

「一度、外を歩きましょう。暗い顔をしていても事態は好転しませんから」

「そうだな……。少し、頭を冷やしてくるとしよう……」

 力ない歩みの篠ノ之さんの体を支えながら、外に出ると真上にあった太陽が傾いていた。あと3時間もすれば夕暮れになるだろう。昨日とは違って誰もいないビーチは波音が寂しげに響いていた。

「篠ノ之さんは昨日泳ぎましたか?」

「……そういう気分ではなかったからな。人気のない所で海を眺めているだけだった」

 それには専用機も関わっているのか、表情がわずかに歪んでいた。それは混じりっけのない悔しさからのものだった。大事な人を傷付けたという自責の念が篠ノ之さんを苦しめている。

「こんな所にいたのね」

 そんな僕たちの元に姿を表したのは凰さんだった。会わせる顔がないというかのように目をそらした篠ノ之さんを気にせず彼女は続けた。

「一夏が怪我したの、あんたのせいらしいわね」

 慰めに来た、というわけではないだろう。会ってそう時間は経っていないが彼女はそういう性格ではないことは分かっている。

「それで落ち込んでます、ってポーズ?馬鹿じゃないの?」

「……もう私は、ISには乗らない」

 やっと口を開いた篠ノ之さんの言葉の直後に凰さんの平手打ちの音が響いた。気力をなくしていた篠ノ之さんは堪らずその場に転んだ。

「ふざけんじゃないわよ!私たち専用機持ちはそんなことで諦めていいほど甘くないのよ!それは代表候補生じゃなくたって同じなの!」

「……ならどうすればいいのだ!敵の位置も分からないのだぞ!」

「敵の位置が分かれば、やる気が出るの?」

 不敵に笑う凰さんは後方に目をやった。

「奴の現在地が分かったぞ。ここから南西の方角に300kmで静止している」

「わたくしもパッケージのインストールが終わりましたわ。万全の状態でしてよ」

「オルコットさん……」

 自信に満ち溢れた、入学当初に何度か見た表情に僕は安心する。やはり彼女はこうでなくては。

「一応言っておきますけど織斑先生の許可を取っていないなら後で大目玉ですよ?」

「それくらいどうってことないわよ」

 凰さんの意見に同意するように他の3人も頷いた。僕はそっと篠ノ之さんの背中を押す。

「行ってきてください。一夏君は僕に任せて」

 数秒の逡巡の後、篠ノ之さんは水平線を睨みつけて言った。

「ああ。負けっぱなしでは気分が悪い」

「良い顔になったじゃない」

 少女たちは飛んだ。ほんの一瞬で遠く彼方へと。その後ろ姿を無力な僕はまた見守ることしかできなかった。

 

 

 

「言い訳を聞こうか、宍戸」

「そりゃあバレますよね……」

 みんなを見送った後、僕は織斑先生に首根っこを掴まれていた。目の前で命令違反を行ったところを見ていながら引き止めなかったのだから当然である。そもそも専用機は持ち主がどこにいるか分かるようになっているのだ。ここから離れればすぐに先生も飛んでくるというものだ。

「言い訳かどうか怪しいですけど、織斑先生が止めてもみんなは向かったと思いますよ」

「だろうな」

 心底呆れた顔をする織斑先生はモニターに移るオルコットさんたちの姿を見つめていた。別の部屋で叱るのも面倒、とのことで僕もみんなが作戦会議で使っていた部屋に入れてもらえた。多分みんなが不安な僕を気にかけてくれたのだろうか。そういう素振りは全く見せないけどそういう事にしておいた方がいいのは確かだ。

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)、それが今回の騒動の原因らしい。暴走したIS操縦者を保護する目的も含まれていた任務は篠ノ之さんから聞いた通り失敗に終わったのだという。力を得たことで生まれた慢心、そのせいで一夏君が傷付いたとなれば篠ノ之さんのあの様子も納得できる。

「宍戸、今どんな気持ちだ」

 嫌なことを聞いてくるものだ。どう見たって幸せではないのは分かるはずなのに。

「良い方ではないですね。ここ最近僕は何も出来ませんでしたから」

「無人機の襲撃、VTシステムによるボーデヴィッヒの暴走、そして銀の福音の無効化作戦。この短期間でここまで騒がしいのは今年くらいだ。力になれる方が少ないのが通例だがな」

 そう。あくまでも通例では。今年の1年生は代表候補生が多いらしく、それには僕たち男のIS操縦者の登場も関係しているようだ。考えてみれば凰さんとデュノアさんとボーデヴィッヒさんは僕たち(主に一夏君)の在学が明らかになった時点で転入手続きを行ったのだから。それが災いしたのか福となったのか、イレギュラーが起きた時の対応は早い。一夏君は全てのそれから逃げずに戦った。対する僕は何1つ参加していない。

「私はISの第1回世界大会で優勝したが、それを成しえたのは相手の精神状態を把握出来たことも大きい。ISは普通の人間では得られないような情報も操縦者に伝えることができる。鼓動、表情の微妙な変化、発汗、体温、目の動きからある程度のことは分かってしまうからな」

「それを瞬時に判断する能力があれば、ですよね」

「その通りだ。そこで私はお前に1つの仮説を立てる。宍戸、さては力になりたい。そう考えてないか?」

 完敗だ。見事に言い当てられた。

「IS学園はどの国家にも属さない。ゆえに教員も母国であろうと友好国であろうと贔屓にはしない」

 僕の目の前に数十枚の紙の束が置かれる。左端に国名の書かれたそれは訳されてはいるが何とも読む気の起きない文体だった。

「以前お前の頬を張ったことがあったな。あの時の軟弱な精神を捨てるなら、自分の意思で選ぶがいい。私は一切の助言も誘導もしない。即断したところで今回は間に合わないから存分に考えることだな」

 機体スペック、搭載されている武装、制作会社、搭乗するにあたって守らなければならない規約事項、契約期間、全てに目を通した。悩みに悩んで選んだ1枚に名前を書き朱肉に指を付けて拇印を押す。

「いい面構えになったな、宍戸」

 僕を見て織斑先生は満足気に笑った。何だか晴れやかな気分だ。

「織斑先生!」

「お前ら!ここは立ち入り禁止と書いてあるだろうが!」

 すぐさま表情を変えると織斑先生は部屋に入ってきた生徒に怒鳴った。この切り替えができなければ教師にはなれないのだろうか。

「織斑くんが、行っちゃったんです!」

「何だと……」

「目を覚ましたんだ、良かった……」

 一時はどうなるかと思っていたが、飛び出す元気があるなら問題ないだろう。

「あいつらは帰ったら指導が必要だな」

 心の中で合掌して、僕はモニターに映るみんなの無事を祈ったのであった。

 

 

 

「理解できませんわ……。どうして正座をして平気でいられますの……?」

 織斑先生の説教(僕も含む)が終わった後、僕とオルコットさんは正座で足が痺れて立てなかった。

「夕食の時間までに治るといいんですけどね」

 織斑先生とみんながいなくなってから数分間はこうして畳の上で横になって足を伸ばしている。

「日本人の宍戸さんまでこうなのですから、わたくしがこうなっても仕方ありませんわね」

 微笑みながら僕を見る彼女にまた心が早鐘を打った。気恥ずかしくなって視線を天井へと移す。

「今日のこと、当たり前ですけど話したらいけないみたいですね」

「こうして関係者だけの場合でも盗聴されている可能性がありますもの。壁に耳あり障子に目ありですわ」

 オルコットさんは銀の福音との戦いで翼状の武器の中で全方位射撃を受け、負傷している。絶対防御により大きな傷は負っていないが巻かれた包帯が痛々しい。

「宍戸さん、専用機をお決めになったのは本当ですの?」

「はい。もう見てるだけなのは嫌なので」

 幼稚な理由だけど、それが全てだ。

「ISは兵器ですわ。傷を負い、辛い思いをすることもありますわ」

 スポーツにしては参加人口は限られているし、現状地球最強の兵器というのは偽ることの出来ない事実だ。使用するだけで誰かを傷付けるリスクが生まれる。

「例えそれでも揺るぐことはありません。守りたい人ができましたから」

「映画みたいなことを言いますわね」

 楽しげではあるが、オルコットさんは決して僕を馬鹿にしているようには見えない。

「分からないことがあればわたくしに何でも聞いてくださいな」

「お願いします。多分、分からないことだらけですから……」

 オルコットさんは痺れる足を気遣うように立ち上がり僕を見て自信たっぷりに言った。

「わたくしの授業は厳しくてよ?」

「足がこんなに痺れてる状態で言われても説得力ないですよ?」

「な、何を言いますの!?ご覧なさい、わたくしはちゃんと立っていますわ!」

 分かりやすいくらい無理をしている。こんなに足をもじもじさせていれば誰にだってバレてしまうのに。

「本当ですかね」

「痛っ……くなどありませんわ!もう平気ですから……」

 冗談混じりに足を人差し指で突くとオルコットさんは大袈裟に片足を上げた。その様子が面白く、微笑ましくてつい笑ってしまう。

「わ、笑いましたわね!許しませんわよ!」

 そう言ってオルコットさんはまだ治っていない僕の足を仕返しとばかりに突く。堪らず僕は身を縮めた。

「ふふふ……、無様ですわね。ですがこの程度ではわたくしの恨みは晴れませんわよ!」

「勘弁してくださいよ!こうなったら僕も抵抗しますから!」

 互いの足を人差し指で刺激しあう奇っ怪な競技が始まり、いつの間にやら夢中になる。

低い姿勢の方が有利と判断したオルコットさんは先ほどまで誇っていた起立をやめ、四つん這いになって攻撃を仕掛けてくる。扇情的な体のラインに目を奪われた隙に猛攻を喰らい、バランスを崩してしまった。好機とばかりに勝ち誇った笑みを浮かべる彼女が仕掛けるより早く、部屋の襖が開いた。

「しどっちー、せっしー。楽しんでるとこ悪いけどみんなもう集まってるよ〜」

「そうでしたわ!」

「そうだった!」

 焦って立ち上がろうとして2人してバランスを崩して転んでしまった。

「もしかしてまだ歩けないの〜?」

「一生の不覚ですわ……」

 心底悔しそうなオルコットさんは恨めしそうに僕の方を見ていた。この2日間いろんな彼女を見てきたけど、また可愛いなんて思ってしまった。

「あの後いろいろあって全然回復してないんです。布仏さん、少し肩を借りていいですか?」

「うん、いいよ〜」

 できるだけ刺激を与えないようにゆっくり歩こうとした僕たちを気にすることなく布仏さんはいつものペースで歩いていく。

「い、いたたっ!布仏さん!あなたいつもより歩く速度が速いのではなくて!?」

「えー、そんなことないよ〜。せっしーが遅いんだと思いまーす」

「わたくしが、遅い……」

 途中、何度か布仏さんに足をつつかれながら僕らは賑やかに移動した。この時間が臨海学校で一番の思い出になったのは言うまでもない。

 

 

 

 バスの中で僕はこれまで以上に真剣に悩んでいた。目の前には5本の割り箸。その中に僕の平穏が隠れている。

「「「王様だーれだ!」」」

 2番。またしても絶対的安全圏である王様を引けなかった僕は苦虫を噛み潰すかの如く苦悶の声を漏らした。

「……すまん、誰か飲み物持ってないか?」

一夏君はまた反感を買ってしまったのか話しかけても無視されていた。

「じゃあ2番は王様のボウタイを結び直す」

「……かしこまりました」

「何で敬語なの?」

「相手が女王様ですから」

 ふざけてないと平静が保てない。バスの中だけで何度恥しい思いをしたことか。

 しかしみんな楽しんでいるのだからこれでもいいか。そう思って、王様改め女王様改め六花のボウタイを外す。それだけで周りのみんなのボルテージが上がっていた。なんで?

「キツくないですか?」

「大丈夫、平気だから」

 力を込めすぎないように蝶結びにして王様ゲームの命令を遂行し終える。顔が近くて緊張した。

 1つの山場を越えて脱力しているとバスが止まった。まだ休憩時間には早いはずだけど……?

「ごめんなさい、少しお邪魔するわ」

 止まったバスに見慣れない女性が乗りこんで来た。見た目からして日本人でないことは確かだ。

「あなたが織斑一夏くんね」

「ええ、そうですけど……」

 どうやら一夏君に用があったようだ。とりあえず展開が気になるのでその女性を見ていることにした。

「私はナターシャ・ファイルス。銀の福音の操縦者よ。今回はあなたたちに迷惑をかけた上に助けてもらって感謝してるわ」

「いえ、別に気にしてもらうようなことでは――」

 後ろからだから見えづらいけどキスしているような気がする。いや、見間違いではなかった。専用機持ちの4人からオーラが放たれているから。

「それじゃあね、白いナイトさん」

 台風一過、されど嵐の前の静けさ。停車中ということもあり4人は席を立ち上がり一夏君の元へと進軍していく。その背中はまるで戦場へ赴く英傑のようだ。

「随分と女にモテるな、一夏」

「本当に、女性との縁が絶えませんわね」

「すごく親しげだったよねぇ。いつから知り合ったのかな?」

「お前には私の嫁としての自覚がないようだな」

 オルコットさんたちの声はいつも通りなのにすごく気圧される。これが恋する乙女の力なのだろうか。

 今気付いたけどみんなその手には中身の入ったペットボトルを持っている。そしてそれを高く振り上げると

「「「はい、どうぞ!」」」

 鈍い音を立てて投擲されたペットボトルが一夏君を襲った。僕はこの平和を神に感謝しながら、王様ゲームを再開した。




また気が向いたら書きます。それでは!


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重なるあの日

 一体どこから間違えていたのか。僕は本来こんなことにならないために行動していたはずだ。

 なのに、僕は今ゆっくりと地面に向かって落ちている。目の前には先ほどまで戦っていた一夏君が驚愕と焦燥を浮かべた顔で僕を見下ろしていた。当たり前だ。突然対峙していた相手が動かなくなればそんな顔もしたくなる。

「ああ……、そっか。僕は昔から弱かったんだ」

 一夏君の零落白夜は真っすぐに僕の胸を突き確実にシールドエネルギーを削っていた。ちょうど古傷がある場所を刺激されて忘れていた記憶がついに蘇り僕の過去が脳裏に次々と現れては泡のように小さくなっていく。だが今回は忘れることはなく頭の淵にこびり付き離れない。

 背中に落下の衝撃が走る。ISの保護機能で緩和されていても何割かは伝わってくるので一瞬肺が圧迫された。

 起き上がることすら億劫になるほどの痛みと倦怠感が僕を支配し見えない鎖で繋いでいた。――僕はどこでこの運命を引き当ててしまったのだろうか?一体何が間違っていて僕はこの最悪の展開に辿り着いてしまったのだろうか。

「おい朔夜!大丈夫か!」

 急降下をして僕に近付いた一夏君は突然のことに狼狽していた。伸ばされた手を取ることもできず空を見ていると不意に力が抜けてきた。

「ごめん、ちょっと浮かれちゃったみたいだ」

そんな言葉で安心できるはずもなく、一夏君は僕の肩に腕を回すとゆっくりと立ち上がらせた。ふらつく足で自分の体を支え周りを見渡す。僕の専用機の初お披露目を兼ねた今回の模擬戦闘は見学者が多い。正真正銘初めての男子同士でのISの戦闘は今日一番のビッグイベントになるはずだった。

「一夏君、ちょっと保健室に行ってくるよ。一人にしてほしいから見舞いとかはいいから」

「お、おう……」

だだっ広い廊下に一人分の靴音を鳴らしながら僕は保健室へと向かう。寂しい道のりだった。退屈な時間だった。痛みにも似た孤独だった。

 IS学園の構造上保健室とアリーナは近い。負傷者をすぐに運び込めるように設計されているからだ。室内は完全防音でイベントなどで会場が騒がしくなっても静かに眠ることができる。今の僕には有難い環境だ。

「ベッド借ります」

事務員の方にそう言ってから僕はベッドに腰掛けた。眠ることはできなかった。横になるともう二度と起き上がれないと思ってしまうほど衰弱してしまった。

 

 

 

 僕は以前クラスメイトに虐められていた。原因はたしか同じクラスで虐められていた子を助けたからだった。やっと思い出せた記憶がそうだと言っている。偶然放課後の渡り廊下で首をベルトで締められて引きずられている光景を見て思わず声をかけて助けたのだ。その時何を言ったのかは分からない。記憶を失う前の僕ですら忘れてしまったのか。それとも怯んでそれ以上は何も言えず見ているだけだったのか。ひとまず彼を助けた僕はそれからというもの二人で虐められるようになった。彼も僕という仲間ができたからか初めて見た時のようになされるままではなく抵抗をしていた。嫌だと声を出していた。やられてたまるかと手足を振り回していた。その度に僕たちへ振り下ろされる拳は強くなっていく。決まって殴られるのは服で隠れる場所。どうやら一度先生に怪しまれてそうし始めたのだというのを彼が盗み聞きした情報を僕に教えてくれた。僕たちはお互い誰かに相談しないという暗黙のルールを敷いていた。助けに来た人もまた被害者になってしまうのでは思うと耐えるという答えしか見つからなかった。

 次第に真っ直ぐに歩くのが困難になった。足が酷く痛んで立ち上がるだけでも苦労した。文字を書くのが困難になった。腕を少し上がるだけで肩や肘が悲鳴を上げていた。言葉を発するのが困難になった。呼吸をするだけで、少しお腹に力を込めただけで内側が痛んだ。いつも続けていた抵抗もだんだんと痛みを伴うだけで無意味なものになっていった。何もかも僕と彼を傷付けるために存在するのだろうかと考えもした。その中でも終わりがあると信じていたのは決して一人ではなかったからだった。二人だからきっと戻れると希望を抱いていた。

 変化は突然やってきた。

 いつも二人で連れてこられていた校舎裏には僕一人しかいなかった。彼の姿は十分、二十分と経過しても現れることはなく僕は孤独な痛みに耐えていた。

「今日から俺らの友達が一人増えるからな」

 そんな言葉で絶望するほど僕は脆くはなかった。たった一人増えようとこいつらは時間がくればやめるから結局いつも変わらない。被害者であるはずなのに斜に構えている僕は無関係のやつが見れば滑稽なものだろう。頭を下げればいいのに、早く解放されるかもしれないのにと考えるはずだ。そうしなかったのは多分まだプライドというやつが残っていたからだ。

「リアクション薄いなー。まあいっか、ほら来いよ」

 自分の目を疑った。白昼夢なのではと目に映る光景を疑った。他人の空似ではないかと人物を疑った。

 どうしてこんなことができるのかとその神経を疑った。

「なんで君が……?」

「なんかさー、お小遣いあげるから仲間にしてほしいって言われたんだよねー。俺たち今週遊びに行きたいからさぁ、特別に友達にすることにしたんだよ。なぁー●●」

 彼の名前を聞き取ることができなかった。もう彼は敵だから手を取り合う仲間ではなくなったから、僕は無意識にその名前を聞かず単なる敵だと認知した。そして今僕は以前の彼と同じ孤独になった。見渡せど味方は存在せず叫べど助けは来ない。諦めるという選択肢だけが残された。

 彼の目を見る。ああ、あれは罪悪感だ。裏切りに酷く胸を痛めている、そんな目だ。僕には何も関係ないがそういう目をしている。次第に彼の顔も朧げになる。立場が変わるだけで人を見る目がこうまで変わってしまう自分に嫌気がさした。嫌なやつだと自己嫌悪をしていると目の前の瑣末な光景などどうとでもなるような気がした。

「それでどうしたの?僕の悲しい顔が見たいからそうしたのなら期待には答えられないよ」

 だって彼はもう僕にとっては他人だから。そんなものにわざわざ気を落としてはいられない。僕は今から独りで耐えるという戦いの準備をしなければいけないのだから表情を変える時間なんてない。生意気に生きて抗って相手の顔を歪めてやるのがささやかな反逆だ。実に小さな生き方だと思う。そして、冷たい人間だと実感する。こうもあっさりと人を自分と切り離して考えられることが怖い。

「あっそ。まあいいや、どうせこれには耐えらんねえだろうし」

 取り出したのは鉄の棒だろうか。そんなに大きい物を運んでくるとは熱心なものだ。殴られると思うと少し身構える。当たり前だが痛そうだ。拳とは違って骨折くらいは覚悟しなければならない。もっともそうなれば向こうはイジメの証拠を残すことになり僕が有利になるので内心ではほくそ笑んでいた。ざまあないと。

「今更謝ってもやめる気ないからな」

 取り出したのはガスバーナーだった。ホームセンターなんかでも見かけるオーソドックスなやつだ。それを鉄に近付け着火する。次第に赤くなっていくそれを見ながら目の前のやつらは笑っていた。自然と僕のこめかみに汗が伝う。見ているだけで熱く、体が身構えてしまう。

「わざわざ熱伝導率の高い金属を用意したんだからちゃんといい表情してくれよ?」

「それ、この前授業で教わったやつじゃないか……」

 影響されやすいな、なんて言える余裕も今はない。自分の選ぶ言葉一つで命でさえも左右してしまいそうな緊張感に頭はショート寸前だった。

「お前がやれよ。俺たちの友達になるんだからよ」

「う、うん……」

 まだ後ろめたさが残る彼の手は震えながらその鉄を受け取った。僕は初めて裏切りの恐ろしさを知った。震えているのに迷いはなく、引け目を感じているのに目は僕を敵として見ていた。

 肉の焦げる臭いが鼻を突いた。言うまでもなく発生源は僕の体だった。口の端から唾液が伝う。体中の水分が出口を求め自然とそこに辿り着いたかのように今までで経験したことのない量が分泌された。熱い、熱いと次第に頭で何かを考えることさえできなくなり、僕はとうとう叫んだ。痛みからの慟哭に自制はなく喉が潰れるまで発せられることは容易に想像がつく。記憶を思い返すだけでそれが明確に分かる。ならば当然対峙していた彼らも何らかの感情を抱いたはずだ。苦しむ僕への愉悦か、想像以上の光景への戸惑いか、きっと何かだ。でなければ我先にと僕を残して去りはしないだろう。

 そこで一度意識が途絶えた。目が覚めれば真っ白な天井、今なら分かる僕が記憶をなくした時に初めて見たのと同じだ。見舞いには僕をいじめていた奴らは当然来なかった。もちろん彼も。

 退院してから学校に行く気にはならなかった。勉強も彼らへの抵抗も全部面倒だと感じて部屋から出ることさえ少なくなった。最低限食事とトイレの時だけ部屋を出てあとは眠るか胸をなぞっては痛みを思い出した。

 ある日家が騒がしくなった。玄関先で母の声が聞こえる。息子は虐めを受けて心を閉ざしていると訴えているようだ。いいや、違う。何もかも面倒になっただけなのだと言えれば全て解決しただろう。でもその時の僕は少しおかしかった。

 この傷がなくなれば虐めを受けたと誤解はされない、そう考えていた。何でも良かった。刃物で削ってしまおうと思い部屋を歩く。彫刻刀、カッター、ハサミ。ろくなものがないと嘆息をついた後、昼にリビングから持ってきたリンゴが目に入る。側には果物ナイフが置かれている。

 やった、とほくそ笑みながら僕はそれを深々と胸に突き刺した。これが今まで忘れていた記憶だった。

 そこからは今まででの僕が歩んできた第二の人生のようなもの。戦いを嫌い、平和を愛し、信じ、目指した愚か者。数々の戦闘から逃げ、つい最近やっと己の武器を手にした。カナダと正式に契約をした専用機『セブンス・メイル』は僕の希望した最高の機体で防御に特化している。それだけなら世界トップクラスにさえなれるがそれ以外は平凡なので装甲の開発に用いられていたものだった。

 凡庸な武器、凡庸な速度、最高の盾をもって僕は一夏君と戦った。善戦していたはずだ。初めてにしては大分上手く立ち回れていた。七つの盾を用いて斬撃を防ぎ、弾き、凌いでいたのだが小さなミスで一夏君に一撃貰ってしまった。

 

 記憶を取り戻してから保健室で走馬灯のように過去を振り返って早一時間。気分は最悪だ。希望が一転して黒になる感覚は頭にこびりついて離れそうにもない。

 次に訪れるのは猜疑心。もしかするとこの学園の人たちも腹の底は彼らのように濁りきっているのではという不安がそれまでの関係を否定しようとする。どれが善か何が悪なのかをまた一から知らなければ僕は以前のようにここで暮らすことができない。

 無垢な子供のように鈍感だった以前がやけに懐かしい。元の僕はこんなにも臆病で卑屈な人間だったようだから。

 相手の表側だけを見ていられることはなんと素晴らしいものだろう。相手の言葉をそのまま受け取れることはなんと難しいものだろう。過去を信じることはなんと美しいものだろう。過去を切り離すことはなんと辛いものだろう。明日を待ち焦がれることはなんと楽しいものだろう。明日を恐れることはなんと情けないものだろう。

 もうあの日の僕には戻れない。出会う人全てに善性を感じていた心はどこにもない。

「朔夜、まだいるか?」

 保健室の扉が開き一夏君が入ってきた。着替えたのか制服姿だった。心配して来てくれたのかその表情は曇りがちだった。

「うん、もう大丈夫だよ」

 咄嗟に嘘をついたがどうにも誤魔化せているか不安だ。僕はよく顔に出てしまうタイプだしこういう時の一夏君は鋭いのですぐに見抜かれてしまうかもしれない。

「そっか。無事で良かったよ、ほんと」

「え?」

 すんなりと彼は騙されてくれた。僕を見ても何も勘付いたりせずに鵜呑みにした。不思議でたまらないが自分から本当のことを言う必要はない。一夏君とはなるべく早く戻ってこいよ、とだけ言って保健室から出ていった。気になって僕は鏡を覗いた。

 僕の顔は見事なまでに薄っぺらだった。喜怒哀楽、が思い通りに出せる。俳優が聞けば羨ましくも思うはずだ。それは全て偽りの感情ではあるが。

「以前の俺は随分と演技派だったみたいだな」

 鏡に映る何食わぬ顔をした自分を見て妙に納得してしまう。そしてなんだか可笑しくなってひとしきり笑った。この笑顔さえも作り物だと思うと自分が何を考えているのか分からなくなった。何一つ僕であるものがないかのような、肉体と心と思考が乖離されたような実に不快な感覚が取り巻いていた。

 記憶をなくしていた僕はもう戻ってこない気がする。これからはこの得体の知れない生き物が俺になる。飼い主のいない獣のような人間が薄っぺらな皮を被り宍戸朔夜()から宍戸朔夜()に変わっていくのだ。

 

 

 

「山田先生、僕の専用機を預かっていてくれませんか?」

 放課後の教室、俺は久しぶりに山田先生の補習を受けていた。その休憩時間にあることを提案した。

「でもこれからは専用機の稼働時間を増やさないと宍戸君に適したものになりませんよ」

「いえ、今からというわけではありません。学園祭の日だけでいいんです。その日は忙しくなりそうですし万が一失くした時には人が多くて探すのも苦労しそうですから」

「うーん、あまり専用機を手放すのは認可しがたいですけど……、宍戸君はまだ不安もあるでしょうし。分かりました。当日は私が責任を持って預かりますね!」

「ありがとうございます」

 表情が完璧だからこそ怪しまれない。誰も疑わない。最近の俺は少しばかり気分が良かった。自分の思い通りに事が進む事がこんなにも清々しいことだと知ってしまうとあの頃の小さなことで右往左往していた時にはもう戻れない。

 ただ今回ばかりは事がことなので人は選んだ。織斑先生ならばすぐに見破ってしまいそうだし他の代表候補生の人たちも前の宍戸朔夜を知っているが故に必ずこの計画が上手くいく保証がない。

 後はイレギュラーをできる限り排除するだけだ。

「それと、できればこの話は内密に……」

 

 

 

「ちょっと会長!そろそろ勘弁してくださいよ!」

「だーめ。まだまだお姉さんの体ほぐしてもらわないとね」

 IS学園生徒会長、更識楯無。その地位は学園の生徒最強を表しその才覚は広く知られている。そのような相手に俺程度の考えが見破れない訳がない。ならば何も伝えなければいいだけの話だ。

「そういえば生徒会の出し物は決まっているのですか?」

「ええ。でも今はまだ秘密よ。今回はサプライズ性が大切だから」

「なんか嫌な予感がしますよ俺は……」

 多分織斑君の予感は当たっている。しかしその準備でこちらの監視が弱まるなら万々歳だ。当日のイレギュラーは多少なら目を瞑ればいい。その程度で崩れる計画は立てていない。

「そういう可愛い後輩ちゃん達は何をするのかしら?」

「僕たちはメイド喫茶を。幸い料理も接客もうちは事欠きませんから」

「俺と朔夜は厨房でいいって言ったのに多数決でねじ伏せられた時はどうなるかと思ったけど、そんなにキツそうじゃないしな」

 俺と一夏君はどちらもシフトは一日たったの二時間。俺が十一時から十三時まで、一夏君は十二時から十四時までとなっている。昼時に男子二人を入れることで集客率を上げ、負担を下げるために一時間ズラすという案を提示したのはシャルロットさんだ。彼女らしい折衷案は見事俺たちをオールタイム常駐という魔の手から救った。

 余談だが裏では密かに俺と一夏君のどちらの集客率が上かを賭けているという噂がある。学園祭終了の際はぜひ織斑先生に調査願いたい。賭け馬になる気など毛頭ないのだから。

「そっかー、じゃあお昼時に二人の働きっぷりを見学に来ようかしら」

「あらかじめ言っておきますけど騒ぎだけは起こさないでくださいね?」

「あら、お姉さんがそんな迷惑なことすると思う?」

 一夏君が心配になるのも無理はない。更識会長がこの部屋に通うようになってから数日、疲労感が増すような事態ばかり起こっている。俺はまだマシな方だが一夏君は運悪く篠ノ之さんに更識会長といかがわしい事をしていたと誤解され随分と成敗されてしまったようだ。

「安心してちょうだい。ちゃんと他の生徒会の子も連れてくるから。売り上げの貢献に役立ててね」

「監視してくれる人がいるなら良かったです」

「一夏君?生意気な後輩にはお仕置きが必要だとお姉さんは思うんだけど」

「ご来店、心よりお待ちしております」

「はい、よく出来ました」

 なんだかんだ仲のいい上下関係を微笑ましく思いながら見ているとほんの少し心が洗われる。こういう世界も中には存在するのだろう、と。

 でも俺が見て来たのはもっと汚れていたものだ。これは極一部でしかない。

 

 

 

「みんなー!この前の朔夜くんの全世界生放送のDVD届いたって!!」

「ほんと!?早く見ようよ!」

「恥ずかしいので気が進みませんね」

 あの時はたしか緊張で顔も強張って舌も回らないしで散々な姿を晒してしまった覚えがある。今の自分ではないとはいえ顔が同じ人間の失敗はあまり観たくはない。

 しかしこれも人付き合いの延長のようなものだ。盛り上がる中にわざわざ水を差さずともいいだろう。そんなことは皆の表情を見れば誰だって察せられる。

 記憶の通り内容は凄惨たるものだった。我が事ながらここまで酷いと前の自分に呆れてしまう。記憶がなく他人より経験が足りないとはいえこれは度がすぎるというものだ。

「いやー、やっぱり恥ずかしいですね……」

「そんなことないよ!あれだけの人の前で喋れたんだからむしろ勲章ものじゃん!」

 すかさず誰かからフォローが入るあたり、ここでの俺は人間関係で随分恵まれている。少し妬けてしまいそうだ。あの時の俺になかった信頼できる友人と世界からの注目、おまけに現代において最強の兵器であるISの専用機まで。むしろ何を持っていないのか甚だ疑問だ。

 画面の中の宍戸朔夜がたどたどしい口調でスピーチをしている。隣には現カナダ大統領がいてその足元には多くの観衆。視界に映るもの全てが人ではないかと思うほどの密度だった。

 時間にしておよそ一分ほどの演説は多くの拍手喝采で幕を閉じた。そのほとんどが男性のもので、彼らはきっとこの演説者に男性でもISに乗れる未来を託している。その期待に応えられる気はしないのだが。

「あー、もう終わっちゃった」

 クラスの誰かが名残惜しそうにそう言った。俺もわずかに寂しくなる。この映像とこの前の一夏君との模擬戦が残された数少ない彼の記録なのだと思うとこうして仮面を被り俺がその立場を得ているのが申し訳なくなる。

「身構えてましたけど意外と短いものですね」

「ですがしっかりとご自分の言葉で話せていたのは十分に伝わってきましたわ」

「なんだかそう言われると、光栄です……」

 オルコットさんと言葉を交わしても以前感じていたであろう胸の高鳴りはない。今の俺にとって彼女は一人のクラスメイトでしかなく、尊敬だとか恋慕のような感情は湧き出てこなかった。

 そもそも最初の不遜な態度を好意的に受け止めていたあれがお人好しなだけで現在の自分が普通なのだ。頭ではそう理解していても納得ができずにいるのだが。

 俺が過去との違いについてダラダラと考えているとオルコットさんがコホン、と一つ咳払いをした。

「突然ですが宍戸さん、今日の放課後は空いていまして?」

「ええ。山田先生の補習が終わった後でなら時間はありますが」

「でしたら、少し頼みたいことが……」

 いったいどうしたのかと思い尋ねようとした時、次の授業の予鈴が鳴った。疑問を残したままだが織斑先生に叩かれるのは避けたいため大人しく席に座る。すると待ち構えていたように新着メールが一件届いた。内容は『放課後にISの稼働練習に付き合っていただけませんか?』というものだった。差出人であるオルコットさんの方を見ると頼みづらい内容であったのかその表情は不安気だ。代表候補生が専用機を手にして間もない俺に頼むというだけでも訳ありそうだが何かそれ以外もありそうな気がする。

(まあ、断る理由もないか)

 以前の自分なら二つ返事で引き受けるだろうし、そうなると断った時に違和感を感じられても困る。俺はそう結論付けて『もちろん引き受けます。僕にできることなら何でも頼んでください』と返信した。織斑先生が入室したのはそれからすぐのことだった。

 

 

 

「まずはわたくしの身勝手なお願いを聞いてくださり、大変感謝しておりますわ」

「気にしないでください。前にも言いましたけどオルコットさんの力になれるのは僕にとって喜ばしいことですから」

 後に知らされた集合場所にはオルコットさん以外の人影がなかった。面倒な申請手続きをすれば三十分だけアリーナを貸し切りにできると聞いたことがあるがこうして目の当たりにするのは初めてだ。俺と一夏君の時はその場にいた人たちが観客席に行ったので実質貸し切り状態ではあったが今回はそういうわけではない。順番待ちの生徒も終了五分前ではないと中の様子が見られないようになっている。これは大会前などに最終調整をする際の配慮によって生まれたシステムだ。

「早速本題なのですけど、一夏さんの白式がセカンドシフトに伴ってエネルギー系統の攻撃を完全に防ぐ盾を搭載したのはご存知でしょう?」

「はい。零落白夜を応用した爪状への変化、弾丸としての撃ち出しも可能にした新兵装ですよね」

「その通りですわ。今日お呼びしたのはそれへの対策のためですの」

 なるほど。話が見えてきた。一夏君の盾を攻略するなら実弾兵装を積めばいいがそうなるとメインであるBTは陽動やストライクガンナーをインストールした時のように推進力に回すことが前提となる。代表候補生の多くはデータ収集と専用機のセカンドシフトを達成することを命じられているのが大半でオルコットさんもその例に漏れない。特にBTは同調型の武器であり適合率によりその在り方は高次なものになる。その主兵装とは別に実弾を扱うとなると効率も悪い。

「本国の開発機関の方たちは頭が硬く、わたくしに実弾兵装を配備することはなさそうですわ。となれば、残される道は一つ。エネルギー弾である現段階の装備を持って一夏さんの盾を攻略しなければなりませんの」

「それならタイプは違いますが防御型の僕の機体の隙を突ければ一夏君の攻略の糸口も見えてくるかもしれませんね」

 オルコットさんからすれば俺も一夏君も自分の攻撃を必ず防ぐという前提条件さえ重なれば訓練の要素を満たせる。違いがあるとすれば機動力と攻撃性。どちらも一夏君の方が上だ。

「それもありますけど、わたくしが宍戸さんに頼んだのはもっと他の理由ですのよ?」

「他の理由ですか……」

 勿体ぶられつい尋ねてしまった。それを見越していたようにオルコットさんは用意していたであろう答えを放つ。

「わたくしが本当に弱い所を見せられるのは宍戸さんだけですもの。一夏さんの前ではいつでも完璧でいたい、そう思ってしまいますわ。好きな人には格好悪い姿は見られたくありませんから」

 そうさせるのはきっと一夏君が強いからだ。彼が強くその意思を見せるなら周りも応えて今より強くあろうとする。たった一度の勝利で彼は人の心を掴んでしまう。そうして自然と周りには多くの人が集まるのだ。対する俺は――

「宍戸さんは弱さを知っています。他でもない自分の弱さを。ですから他の誰かが躓いたり、挫けたり、時に泣いてしまっても隣に来て寄り添ってくれる、それはあなたしかできないことですわ」

 そんなに大層な人間ではない。前の宍戸朔夜ならそうかもしれないが今の俺は卑屈な男だ。優しくいられたのは自分以外の敗者を求めなかったからだ。瓶底に残るワインのように注ぎ足され新たな仲間を迎えるでもなく、時が来て水で洗い流されることを待っているだけだ。

「ですから、その……。わたくしの弱い所を、お恥ずかしい姿を見せてしまいますけど力をかしてくださるかしら?」

「僕で良ければ力になります」

 頭よりも先に口が動いていた。彼女の頼みを聞き入れる時、彼女と言葉を交わす時だけは以前の宍戸朔夜でいられる気がした。

「ありがとうございます!」

 訓練方法は単純なものだった。俺との真剣勝負でどちらが先に一撃を入れるか。俺が上手くオルコットさんの攻めをくぐり抜け懐に入るか、彼女がこの盾を攻略するかで勝敗が決する。

 スタートの合図を機械音声が告げ俺たちは動き始めたオルコットさんのビットが展開され四方からエネルギー弾が射出される。七つの盾で体を囲うようにして防ぎ距離を縮めるために前進するが肝心なところでライフルの追撃で阻まれた。

 さすが代表候補生、簡単には近付かせてはくれない。こちらもまだ被弾していないがこのまま続けていればいずれは負ける。それでは訓練にならないし何より俺が悔しい。記憶が戻ってからというものずっと惨めな思いだけしてきたのだ。この辺りで景気付けにしたい。この感情は以前なら持たなかった。オルコットさんを超えるという野望など彼が抱くはずはない。

「なかなか好戦的ですわね。ですが簡単にこのわたくしは落とされなくてよ!」

 思えばクラス代表決定戦から長い月日が経った。それに応じて成長する皆を後ろから見ていたのだ。どれだけ強くなっているかなど今一度確認するまでもない。オルコットさんのビットとライフルの連携はより強化され、気を抜けば簡単に撃ち抜かれてしまうだろう。

 だからこそ超える価値がある。勝ちたいという欲がでる。歯止めは効かなそうだった。

「これは確かに堅牢な盾ですが、それだけではありませんよ」

 体の周りに浮遊する盾の一つをオルコットさんに向かわせる。浮遊できるということはつまり自立して動けることと同義なのだ。纏う必要のない盾は鎧のように全身を守ることも、投擲武器の代わりとしての攻撃も可能だ。初見の相手なら裏をかくには十分だ。

しかしオルコットさんは冷静に放たれた盾へ銃口を向け引き金に指をかける。ライフルからエネルギー弾が射出され盾の中心に当たるが落とすことはできない。

「何ですって!?」

 あれは堅牢であることが取り柄なのだ。その程度では落とせない。そのまま彼女の肩へと吸い込まれるように軌道を描いた盾は寸前で避けられてしまった。

「今のを見切るなんて、さすがですね……」

「こんなところで遅れを取っていましたら代表候補生の名折れですわ」

 避けられた盾を空中で反転させ背中を狙うがライフルで塞がれてしまう。ISの全方位の映像を見られる機能を忘れていたわけではないがこう簡単に防がれるとは思わなかった。

「ならば攻防の比率を変えましょう」

 攻めの盾を三、守りの盾を四のバランスは今の自分が扱える限界だ。これが攻撃に偏ってしまえば穴が空く。

 三方向から挟み込むようにオルコットさんを狙う。盾を操る間の俺は動けない。だが動く必要もない。何せ被弾さえしなければこの戦法は成立するからだ。攻めて攻めさせて隙ができればまた攻めて攻められれば防ぐ。自らを一つの不沈要塞として戦う。

「この城、落とせますか?」

「もちろん、落としてみせますわ!」

 昂る、なんて簡単な言葉ではあるが今の俺を表すには最も最適なものだった。放たれる狙撃を凌ぐ度に滾り肉薄するほどに心が踊るのがよく分かる。競い合うことが、戦うことがこんなに楽しく感じられる。純心であった自分では気付けない勝ちたいという欲が湧き出てくる。

「楽しそうですわね、宍戸さん」

「ええ、お蔭さまで」

 お互い相手の隙を付くために神経を研ぎ澄ませ疲労が色濃く出ているのに笑っていた。それを理解し一層白熱する。

 楽しい。自分の過去を取り戻した俺が初めて誰かと戦い貪欲に勝利を狙っている瞬間が。幾度となく降り注ぐ銃撃を防ぐ度に気分が高揚した。今、俺は代表候補生と渡り合っている。その実感だけでも専用機を手に入れたことによる今後の困難を含めても十分にお釣りがくる。

 こんなにも戦うことが楽しい。

「さすが代表候補生ですね。付け入る隙が見当たりません」

「そういう朔夜さんも全く崩れませんわね」

 しかし追い込まれているのは間違いなく俺の方だった。オルコットさんは確実に盾が後ろに後退する威力と場所を狙い撃ちしている。その技量には舌を巻く。おおよそ秀でるところのない俺には強大すぎる相手だ。

 だが、一撃当てるだけならどうにかなるかもしれない。

 盾を自分の前に全て集合させ先端を中心に向け隙間が出来ないように並べる。さながらその姿は満開の花のようだ。そのまま俺はオルコットさんに向かって突進した。最高の盾を伴った捨て身の突撃は彼女との彼我の距離を瞬く間に詰めていく。

 オルコットさんは後退しながらライフルで反撃をするがなんとか防ぐことができる。そしてここはアリーナで単純な構造ゆえに移動する方向は予想が容易だ。並のスピードでも時間をかければ追いつける。

 そして俺はとうとうオルコットさんの懐に入った。待ちに待った瞬間、これ以上ない好機、その一瞬に俺は全てをかけナイフ型の武装を展開した。呼吸することも忘れ切りかかる。切っ先が彼女に触れ俺の勝利が確定するかと思った刹那、背中に痛みが走った。

「まさか…このタイミングで!?」

 当の本人が一番驚いていてはこちらはどうリアクションを取ればいいか分からなくなる。まさかビットとの同時攻撃を土壇場で習得するとは驚きなどという安直な言葉では語りきれない。そんなことは予想していなかった俺はまたあっさり負けてしまった、それだけは明白だが。

「さすが同調型武装と言うべきですかね。このような局面でデータを上回る動きをするとは思いませんでした」

「ええ、まさかこの瞬間に同調率が更新されるとは、想定外でしたわ。しかしこのイレギュラーがなければわたくしの負けだったかもしれませんわね」

「終わりよければ全てよしとも言いますし、戦術が広がることは素直に喜んでもいいのではありませんか?」

 挟撃が可能となれば攻撃を無効化する盾にも対応できるかもしれない。

「それに僕の攻撃は通らなかったと思いますけど」

「社交辞令として受け止められたなら少々気分が悪いですわね。まさか、以前はそんなに捻くれていましたの?」

 気付かれた。そんなことに気づけないほど鈍くはない。どうやら彼女は俺が思っている以上に宍戸朔夜を知っているようだ。

「話があります」

「構いませんわ。ですが、もう少しで他の生徒が入ってきますから場所を移しませんこと?」

 言葉通り貸し切りの時間が終わったらしく人がなだれ込んでくる。こちらにどのような思惑があったとしても頷くしかないというわけだ。

「俺はあんたが好きになれそうにない」

 苛立ちで握った拳が悔しいという感情を俺が持っていたことを思い出させる。記憶をなくすまでの俺が真っ当だったんだ。あいつは、あいつこそ偽物なんだ。

 ならばなぜこんなに足取りが重い?まるで今から絞首台にでも上がるかのような恐怖。本物である俺が偽物として生きなければならない不条理が襲い掛かろうとしている。

「宍戸さん、ここでよろしくて?」

「――え?」

「酷い顔つきですわね。いったいどうしましたの?」

 どうしたと聞いたのか。自分から俺を追い込んでおいて何も知らないような素振りで話しかけてくる。

「それと、もう正体くらい現してもよろしいのではなくて」

「俺は宍戸朔夜だ!それ以外の何者でもない!」

 声を荒げてまで言うようなことじゃない。そんなことは分かっているが淡々と答えるには俺は不確定すぎた。この学園でわずかな時間しか存在しなかった俺よりもここでお人好しに誰彼構わず接していたあいつの方が認められてしまう。彼女が俺を否定すれば存在など簡単に揺らいでしまう。

「言い方が悪かったようですから謝りますわ。ですがわたくしが知っている宍戸さんとは違うのは事実でしょう」

「ああ、そうだ。あんたの知ってるあいつは記憶をなくした俺だ。だがもう思い出した。過去も、人の汚さも」

 だから疑う。目に映る全ての人間を見境なく。

 セシリア・オルコット、彼女は俺が最も嫌う人種だ。まず出会いから最悪だ。高飛車で高圧的、自分が一番と信じて疑わない傲慢さ。こんな人間を好きになったあいつのことが一番理解できないが。

「これからは俺の人生だ。好きにさせてもらう。邪魔しないでくれ」

 こうまではっきりと拒絶したのは宍戸朔夜という存在では初めてかもしれない。思えばずっと周りにいる誰かばかり気にしていた。たまには自分中心でも構わないはずだ。

 

 

 

 どうにも引っかかる、そう感じていた。わたくしと目を合わせた朝、僅かにだが敵意を向けられた気がした。それも尊敬していると言ってくれた人から。その異変に気付かずいられるほど鈍感ではない。

 なので二人だけになれる時間を作った。もとより言い出せなかった頼み事を勇気が出ない今に前倒ししただけでいずれ通る道ではあったが疑いを持って相手に接するという点だけはどうしても申し訳なさを感じずにはいられなかった。

 だってわたくしは彼が好きなのですから。

 自分の知る宍戸朔夜は努力家であった。ISのことなんて右も左も分からない状態から補修と自主学習を重ねて周りに遅れないよう必死に学んだ。

 自分の見た宍戸朔夜は勇敢であった。勝ち目などないのに目の前で傷付くわたくしを助けるため格上の相手に挑んだ。

 自分を慕う宍戸朔夜は純粋であった。嫌味なわたくしを優しいと、我が儘なわたくしを素敵だと、時にこちらが驚くようなポジティブさで有りもしない善意まで存在させてしまう。

 そんな彼がもういないかもしれない。その恐怖を拭いたいがためにわたくしは彼と戦った。

その結果わたくしの知る彼はいないと判断せざるをえなくなった。初めて拒絶されたことも合わさりショックが大きい。

 好意を寄せている人が突然他人に変わってしまうことがこんなに辛いとは思ってもみなかった。それに彼の想いもまた理解出来てしまう。消えたくないという純粋で単純な願いをわたくし一人で絶ってしまうのはあまりに酷だ。だからこそ悩んでしまう、今後の彼に自分はどうあってほしいのか。

 戻ってほしいというのは簡単なはずだった。当然だ、わたくしは彼が好きで失われた宍戸さんも直接的ではなかったが想いを伝えてくれている。なのに過去の彼をわたくしは切り捨てられない。

 出口のない自問自答は悠久まで続きそうだ。

 

 

 

 学園祭前日に俺宛に荷物が届いた。カナダの研究所に頼んでおいたISの待機状態を模したダミーを確認してから本物を山田先生に預けた。俺の目の前で山田先生はISを厳重に保管庫に仕舞った。順調に準備が整うことに俺も気分を高揚させた。

 まるで心に凶暴な獣でも放し飼いしているような危うさを伴う負の感情が、俺を覆い尽くしている。誰も止めることはできない、誰も阻むことはできない、そう思うことで自分が完全無欠であるという気分を肥大させていく。要件を終えて自室に戻る間に明日の予定を思い返す。一部不安な箇所はあるが問題はないだろう。

「おい、宍戸」

 俺を呼び止めたのはラウラ・ボーデヴィッヒ。これまた珍しいこともあったものだ。部屋が別れてからは接点も少なくなっていた(というより織斑一夏か他の代表候補生と話すことが圧倒的に多い)のでこうして二人きりで話をするのは久しぶりだ。

「僕に何か用ですか?」

「大したことではない。何を企んでいるのか聞くだけ聞こうと思っているだけだ」

 さすが現役軍人と言うべきかどこで気付いたのか気になることは多いがまだ誤魔化せる。誰も俺の真意など分かるはずがないのだから。

「おそらく明日の学園祭には外部からの諜報員や各国のスパイ、悪の組織なんて面白おかしい存在も紛れ込むことでしょう」

「当然だな。しかも今年は男性IS操縦者が二人もいるとなれば念入りな入場者検査が必要になるが、その程度をくぐり抜けられない下手な侵入者は送り込まんだろう」

 やはり彼女はそのくらいは既に検討済みだった。おそらく学園側も同じような結論に至っているはずだ。

「おそらく学園祭当日、一夏君が狙われる可能性が高いです」

「何を馬鹿なことを言うかと思えば。どちらかと言うなら戦闘経験の少ないお前の方が狙われるだろう」

 そう返してくることは想定している。もちろん返す言葉も用意してある。

「僕は事前に先生に専用機を預けていますから。機体の反応がないとなれば狙うのは後回しになるか、運が良ければ見逃してくれるでしょう」

「では捕虜となった場合はどうする。数少ない男性操縦者ならば国でさえも組織の条件を呑むこともありうる」

「自衛手段くらいは用意してますよ。当日はカナダからボディーガード一人を送ってくれるそうです」

 ここまで話すとボーデヴィッヒさんはふむ、と考えをまとめに入った。最後に俺は畳みかけるように本命の言葉を告げる。

「ですので学園祭当日は一夏君の護衛に入った方が良いかと」

俯いた状態のまま視線だけが試すようにこちらを見据える。やがて観念したのか俺の言葉を受け入れた。

「そうだな。それだけ万全ならば言うことはない。だが実戦というのは予想外のことが簡単に起こるものだ。それを忘れるな」

「ええ。心得ています」

 そう助言だけ残すとボーデヴィッヒさんは俺の前から立ち去った。その後ろ姿が見えなくなるまで俺はその場から移動せず彼女を警戒した。相手が軍人ならばおいそれと隙を見せたくはない。

 完全に見えなくなってから俺は踵を返して自室へと再び向かい始めた。これでもう邪魔なものはなくなった。後は当日に上手くやりきるだけ、それだけで俺は自由になれる、この学園から逃げられる。

 

 

 

 学園祭当日は快晴だった。それも手伝ってかかなりの来場者数で上階から見下ろすだけでもかなり圧倒される。

「生徒が招待できる外部の人間と一部IS企業関係者だけとは思えない人だかりだね」

「この学園の生徒数自体かなり多い方だしな。にしても気が滅入るけど」

 一夏君と共に若干ナーバスな気分になりながら開店の手伝いをする。材料の運搬などの力作業はできるだけ事前にやっておきたいので予め多めに教室に運んでおいた。せっかく集客ができても商品が出せなければ意味がないし、自慢ではないが俺たちの知名度を考えれば絶対に混雑すると予想できたための準備だ。さすがに女子に力仕事をさせるのは気が引けるので俺と一夏君で率先して運ぶがかなり重い。こういう時にISが使えないのは不便だ。

(ま、最後の仕事と考えればいいか。もう世話になることもないし)

 一夏君の話を聞く限りではIS学園の外で暮らすのは多くのリスクを孕むことになるが、いつ自分という存在を否定されるか分からない現状よりはよっぽどマシだ。例え命の危機が迫ろうとも。

「準備が終わったらシフトまで暇だけど朔夜はどうするんだ?」

「僕はとりあえず校内を見て回るよ。顔を出しておきたいところもあるし。一夏君は招待した友達を迎えにいくんだっけ?」

「ああ。多分校門の前で慌ててそうだからさ」

 たしか男友達を呼んだと言っていたからその友人は圧倒的な男女比に戸惑っているかもしれない。そんな状態では早く知り合いと合流したいと思うことだろう。

 雑談を混じえながらも準備はしっかり終わりクラスメイトに引き継いでから俺と一夏君はそれぞれの目的地に向かった。

 いつも学食スペースとして解放されている場所は本日限定で休憩所になっている。そこに俺が招待したボディーガードの女性が座っていた。校門前では混雑するので予め先生に許可をもらって案内してもらっておいた。

 目立たないように黒染めした髪が白い肌と対照的で静かに缶コーヒーを傾ける姿はまさしくクールビューティという感じだ。服装はストレッチデニムと薄手のVネックシャツに半袖のパーカーを羽織っている。動きやすさ重視という感じで特に着飾った感じはしないがベルトやレザーのブレスレットから女性らしさも受け取れる。

 隣を歩かれても怪しまれることのない服装をしてくれたことはありがたい。

「今日あなたの護衛を務めることになったローレンよ。よろしく」

「こちらこそ今日はよろしくお願いします。それと、遠路はるばるありがとうございます」

「そこは気にしないで。私もIS学園の文化祭には興味があったから来れて嬉しいわ」

 どうやら本心で言っているらしいその姿を見るとここで立ち話というのも味気なく思う。どうせこれ以外に予定はなかったわけだから、彼女のリクエストでも聞こうか。

「学園祭開始から一時間で僕のシフトなのでそれまで良かったらお好きな所を回りますか?」

「うーん、一応仕事だからなあ……。申し出はありがたいけど」

「ちなみに特に予定がなければ時間まで僕はここで休むつもりです」

「実は行きたいところがあったの」

 恐ろしく早い判断力だ。思わず笑ってしまう。

 しかし文化祭なのに仕事で息が詰まるだけというのはこちらとしても気が引ける。それなら護衛がてら楽しんでくれた方が生徒冥利に尽きるというものだ。

「後輩が一年二組にいるのよ。だから挨拶だけでもしておこうかなぁって」

「それはいいですね。ぜひ行きましょう」

 二組には凰鈴音という知り合いもいるし俺が足を運んでも違和感はないだろう。最後だし顔を合わせて挨拶くらいしておくのも悪くない。

 というわけでちょうど学園祭開始のアナウンスが流れたところで俺たちは二組へと向かった。まだ校舎内は人が少なく歩きやすい。これがあと十分もすれば大分変わるはずだ。

「どうも凰さん。もう入っても大丈夫ですか?」

「まさか第一号の客があんたとはねぇ……」

「生徒特権というやつですよ」

 列に並ばず店に入れるのは少し得した気分になる。これも最初の一店目だけに使えるものではあるが。

「ところでその人は?」

「カナダでお世話になった方です」

「ローレンと申します。こちらのクラスには知り合いに会いに来ました」

 その挨拶に気付いてか一人の生徒が軽く手を振った。どうやらあの人が目当ての相手らしい。

「まだお客さんも来てないし良かったら話してきたらいいんじゃない」

「お気遣いありがとうございます、凰さん」

 返事の代わりにメニュー表を渡される。写真で見てもどれも美味しそうだ。

「二組は中華料理店をやってるんですね」

「あんたそれ今言う?」

 チャイナ服を着ているので確かにひと目でわかることではあった。それにしてもやはり本家中華娘と言うべきかかなり似合っている。

「コスプレ用とは思えない質感ですけど、もしかして私物とかですか?」

「この日のために買ったのよ、自腹で」

 随分と気合が入っているらしい。しかし想い人に見てもらうならばそれもそうかという気にもなる。

 ひとまず店内が混んでしまう前に食事を済ませよう。朝は一組のメニューの味見で甘い物ばかり食べたから塩気が欲しい。

「それではエビチリを一つお願いします」

「はいはい、五分くらい待ってね」

 そう言うと返事をした凰さん以外の数人が厨房へと急ぎ足で向かった。呆れた様子でそれを見守る凰さんに一体何事かと問いかける。

「結構人気者なんだから自分の手作りを食べてほしいって子はいるわよ。自覚ないの?」

「それは嬉しい限りですね。知りませんでした」

 あまり人気者だという自信は持ちたくないが思ったよりも好かれている立場にいるらしい。少々気恥しいところだが。

「あのさぁ、聞きたいことがあるんだけど……」

「何でしょう?」

「……一夏のシフトって何時から?」

 本人に直接聞けばいいのに、という言葉を胸中に留め周りに聞こえないように小声で答える。

「一夏君は十二時から十四時までの予定です。あと、なるべく早く来ることをおすすめしますよ」

「なんでよ。忙しい昼時は避けた方がいいんじゃないの?」

「生徒会長が来る予定らしいので」

 ああ、と妙に納得した顔で凰さんが頷く。あの人のことだ、何かしでかすに違いない。賭けてもいいくらいだ。

「はい、宍戸くん!お待ちどうさま!」

 話が一段落したところで注文していたエビチリが運ばれてきた。体感では五分も経っていないくらい早かった。

「中華は早い、美味い、安いの三拍子じゃなくちゃね」

 得意気に胸を張る凰さんに相槌を打ちつつ手を合わせる。丈夫そうな陶器の皿に盛られたそれは食欲をそそる香りと姿で俺は早速一尾を口に入れる。

 美味しい。学園祭のクオリティとしての範囲を軽く超えた一品はちょうど甘味以外を求めていたこともあってか食が進む。

「すごく美味しいですね」

 俺の感想に嬉しそうな声と安堵の息が入り交じる。そういえば最初の客だったことを思い出しこの反応に納得する。

「まあ、当然ね。この日のためにかなり準備してきたんだから」

 そう言う凰さんも心なしか表情が柔らかい。どこか不安に感じていた部分もあったのだろう。

「それじゃあ私はゴマ団子で」

 ローレンさんも話ついでに注文を通し俺の隣に座る。護衛としての仕事もしっかりとこなしてくれるみたいだ。視線を集めてしまうのはネックだが仕方ないことと目を瞑る。

 食べ終わった頃にゴマ団子が届き俺はサービスで出された熱いお茶をゆっくりと飲みながら体を休める。最近準備のために忙しなく奔走していたので立ち上がるのも億劫になりそうだ。

「うん、美味しい!」

満足気なローレンさんの顔を見ながら俺はシフトまでの時間を二組ですごした。

 

 

 

「やっぱり背が足りない気がするなあ」

 メイド喫茶として出店する一組で俺と一夏君だけは執事服を着ることになっている。しかしどうにも違和感が拭えない。山田先生のような背伸び感が自分にも存在している気がする。残念ながらここには執事服かメイド服しかないので似合っていなくても大人しく着るしかないのだが。

「いい感じじゃん宍戸くん!」

「結構様になってるねー、写真撮っていい?」

「ええ、構いませんが……」

 自分が思っていたよりは好評のようでなんだかむず痒い。とりあえず裏にいたクラスメイトとの記念撮影を終えてからホールへと足を踏み入れる。その瞬間黄色い歓声が当たりから聞こえ始めた。そしてこちらに期待の眼差しを向けている。

「お帰りなさいませ、お嬢様方」

 どうやら希望には沿えることができたようで拍手によって迎えられる。掴みは上々といったところだ。

「はいはいはい!宍戸くん、注文お願いします!!」

「かしこまりました」

 営業スマイルで最初の接客に取りかかる。しかしコーヒーを一杯頼んだ後目の前の客が言葉に詰まってしまった。そして意を決したように息を吐いてからおずおずと質問を投げかけてきた。

「あの、この『宍戸くん限定!ご奉仕セット』ってどんなのですか……?」

「いわゆるはい、あーんというやつでございます」

 値段が千五百円と中々高いのでかなりぼったくりと思われるメニューだ。オマケに二時間限定と売れ残る可能性が高いので他のメニューでも使う食材で用意ができるフルーツの盛り合わせを提供することになっているので値段のほとんどがオプションという悪魔の所業だ。しかしクラスの女子の大半が無難な金額だと主張したことにより晴れて異常にコスパのいいメニューが生まれたわけだ。

「……じゃ、じゃあこの限定セット一つ追加で」

「かしこまりました。では確認致します、コーヒーがお一つと限定ご奉仕セットが一つでお間違いありませんか?」

「はい、お、お願いします……」

 妙に肩と表情が強ばったまま返事を受け厨房へとオーダーを通す。続いて卓上ベルがなったテーブルへと即座に向かう。

 二組ほどの注文を聞き終えたところで先程のセットとコーヒーが用意できたと連絡が入り、厨房のクラスメイトからトレーを受け取る。先程のテーブルへと運び大きな音をたてないようにソーサーに乗ったコーヒーを机に置く。それより少し奥に件のセットを置き注文の品を読み上げる。

「ご注文のコーヒーと限定ご奉仕セットでございます。お嬢様、生クリームとチョコはどちらがお好みですか?」

「え?あ、えーと……、チョコです……」

 返事を聞いて俺はオルコットさんが用意したらしいフォークで苺を一つ取り溶かしたチョコにくぐらせる。

 それを緊張した面持ちで俺の一挙手一投足を見ていた彼女の口元に運ぶ。

「お嬢様、口をお開き下さい」

「あ、あーん……」

 小さく開かれた口の中に一粒の苺が全部入るのか心配になる。案の定上唇にチョコが僅かに付いてしまった。

「失礼します」

 トレイに乗せてあるおしぼりで口元を拭いチョコを取った。我ながらマニュアルに書いてあった通り上手くできたと思う。

 しばしの沈黙の後、彼女は顔を真っ赤にして俺を見て目を回した。何か言いたげだが言葉にはならずか細い声が漏れるばかりだった。

「あ、あのっ、あ、ありがとうございます……いろいろ」

「しかしこれで千五百円というのは心苦しいですし、もう何度かサービスしましょうか?」

「いえいえ!これ以上は供給過多になりますから!!」

 なんだか煮え切らない答えではあるが断った相手に無理強いするのも良くないだろう。他の客の相手もしなければならないし。

「それではまた何かご用があればお申し付けください」

 一礼をしてその場から去り次のテーブルに向かおうとしたのだがクラスメイトの人に呼び止められた。

「どうかしましたか?」

「実はご奉仕セットの注文が四つ入ってるんだけどお願いできるかな?」

「随分羽振りのいいお嬢様方ですね……」

 言われた通り順番にご奉仕セットをテーブルに運び、一口食べさせては次に向かう作業が繰り返される。

 その度に客の口元にチョコや生クリームが付くので小ぶりなものを上の方に盛り付けてほしいと厨房の女子に頼んだのだがサービスの名の元に断られてしまった。

「ほら、大きい方が印象良いし。ね?」

 というゴリ押しに負けて俺は食べさせては口元を拭うルーティンワークを続けた。

 時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば昼になり一夏君もホールに加わった。

『ダブル執事!この奇跡の瞬間に立ち会えるなんて!!』

『こんなのご奉仕セットを頼むしかないじゃない!ダブルで!!!』

「ちなみに一夏くんのは『執事にご奉仕セット』、はいあーんを一夏くんにしてあげられるメニューでーす」

 メイド服を着て接客をしていたクラスメイトの一人がそう言った途端に注文が殺到した。記念すべき第一号はというと、

「あれ、鈴じゃないか。来てくれたんだな」

「ふん。緊張してるだろうと思って幼馴染のよしみで来てあげたのよ」

「そりゃどうも。まあゆっくりしていってくれよ」

 鈴さんが座っているテーブルの椅子を引き腰掛けて一夏君は落ち着きなさそうに襟元を正していた。

 普段男らしい一夏君に棒状のお菓子を食べさせるというサービスはギャップ萌えの狙いがあるらしく、普段の勇ましさ以外の一面を見せることで集客効果があるのだと誰かが力説していた。俺の方も同様にいつもは大人しいタイプが頑張ってリードしようとしてくれるところを全面に出してほしいと指示が出た。その割には難なくこなしてしまった気はするが。

「宍戸くん、どうかしたの?」

「ああ、お待たせしてすみません。一夏君も頑張っていることですし僕達も始めましょうか」

 先ほどと同じように苺に生クリームをつけて客の口に運ぶ。なぜか口周りに付いたそれを拭い一言二言話してから次のテーブルに向かう。昼時の混雑もあり余裕はないがせっかく来てくれたらのに雑に対応するのも心が痛む。なので一人一人しっかり対応していく。

 思えば最初以外まともにウェイターの仕事をしていない。食べ物を運んだりしている女子がいるのに自分はこれでいいのかと考えずにはいられない。

 昼のピークはこんな調子で何とか乗り切り、2時間のシフトを終え俺は執事服からいつもの制服に着替えた。肩肘張らずに着られる服は落ち着くなと、当たり前のことを再認識しながらローレンさんと共に学園内を気まぐれに歩き回る。

「どこか行きたいところとか見つかった?」

「一時間後の生徒会主催のイベントまでは特には。それまでは校内を見て回るくらいですかね」

 たまに声をかけられることがあるので手を振り返したりしながら一年から三年までの教室を見て回る。中に入って楽しむのも良いが今日は別件があるので残念だが見るだけにした。

 人だかりの中をゆっくりと歩き進み校内を一周するとちょうど良い時間になっていた。そのまま生徒会が使用している第四アリーナに向かう。予想はしていたがかなり人が多い。

「うひゃー、すごい人だかりだ。これで宍戸くんとはぐれたら大目玉食らっちゃうわね」

「ボディーガードも楽ではありませんね」

 これだけいれば何か騒ぎでもあればすぐに見失ってしまいそうなものだが、言い訳にはならないのだろう。

「やっほー宍戸くん。ちょっとお姉さんに付いてきてくれる?」

「更識会長、どうかしましたか?」

 予想通り主催者である彼女は俺の所に来た。おそらく一夏君も既に呼ばれているだろう。

「実は私たちが公演する演劇に参加してほしくって。勿論お礼はするから」

 勢いよく開かれた扇子には『高待遇』の文字が書いてあり更識会長は不敵に笑っていた。何かあるのは間違いないが計画のためにはこれはまたとない好機だ。

「ええ、僕でよければお手伝いしますよ。ところで、演目は何を?」

「フフッ、感謝するわ。そして、気になる演目は『シンデレラ』よ!」

 

 

 

 執事服の次は燕尾服を着ることになるだなんて誰が予想できただろうか。思ったよりも動きやすいのが救いだが、やはりこういった礼服は似合わないと再確認しなければならないのは少々気が落ちる。

「へぇー、意外といけるわね」

 それにしても更識会長はどこで俺にピッタリの燕尾服など見つけてきたのだろうか。やはりこの人は底が知れない。

「楯無さん、そろそろ台本渡して貰えないと台詞が覚えられませんよ」

「安心して一夏君。ほとんどナレーション主体でストーリーは進むから、それに合わせて動いてくれるだけでいいわ」

 飛び入りで参加するので心配であったがそういうことなら一安心だ。自分のことを誤魔化すことなら何とかなるが、演技となると自信がなかったから。

「それじゃ、十分後に開演だから頑張ってね」

 結構すぐだな、と考えながら生徒手帳で非常口を確かめる。何かあった時のために念の為、だ。

 そう、あくまでも念の為に。これから起こることは俺が手を引いたわけではない。だがこうなる可能性が高いというだけの事。もしかすれば何も起きず平和に終わるかもしれない。

(何も無いって方が可能性としては低いけど)

 生徒手帳を閉じ舞台袖に移動する。開演を待ちわびる控えめな話し声に聞き耳をたて呼吸を整える。少し、緊張していた。

 時計の秒針がやけにゆっくりと進んでいるように感じる。人前に出て見せ物になるなんて学芸会以来でその時も端の方で小さく動く脇役程度だったから注目されること自体俺は苦手なのだ。だがこれは必要なことだから避けることができない。俺は平和に身を置かねばならないのだから。

 その為に準備も怠らなかった。できる限りの手は尽くした。後はこれからに身を委ねるだけだ。

開演のブザーが鳴り響く。幕が上がり城を模したステージが証明に照らされた。

『昔々、とある国に美しい男が2人いました』

 ナレーションに合わせて俺たちを照らしていた照明が動いたのでそれに合わせて立ち位置を移す。中央付近で一夏君と一メートルほど距離を開けた所で光が途絶えた。

 二秒ほど間を置いて一夏君だけをスポットライトがその存在を闇の中で浮き彫りにさせた。

『織斑一夏、その国の王子であり王国の騎士団の指揮を任されている身でもある彼は日々弱き人を守るため剣を振るっていました』

 一夏君はそれに合わせてゆっくりと腰に差した剣を引き抜く。レプリカではあるがよく出来たそれは光を反射して煌々と輝いていた。

 眩しいその刀身をじっと見つめる。目を逸らしたくない、そんな風に考えてしまった。

 次にスポットライトが俺を照らした。

『宍戸朔夜、彼はその国の王家に仕え本人は決して目立つことなくひっそりと忠義と共に生きていました』

 その生き方には心当たりがある。まるで、いや……、過去を忘れていたあの日の宍戸朔夜のような。

 頭が少し傷んだ。直立したままの俺にナレーションが加えられる。

『王家のため、身を粉にして従事する姿は自己犠牲にも似た危うさを感じさせられるのです』

 誰かのためにこの身が傷付くことを選ぶなど本来の俺ならするはずがないが舞台の上ではそういう人間らしい。対局を演じられるか少々不安ではあった。

『さて、この二人の男には秘密があります。なんと彼らは国から重大な機密事項を託されているのです』

 急な展開に一瞬、思考が止まる。機密事項とやらの話は聞いていないしそれらしい小道具も渡された記憶がないのだが。

『頭に乗せられた王冠と襟元で輝く王家の紋章はそれぞれに国家機密の手掛かりが隠されている。それらを狙う夜の暗部部隊――灰被り姫(シンデレラ)!今宵、彼女たちが動き出す』

「何ですかその導入は!?」

 一夏君が耐えきれなくなり声を上げる。俺も同じ気持であったので代弁してくれるのはありがたい。そんなことを考えていると人影がものすごい速さで隣を駆け抜けた。

「鈴!?なんでそんな物騒な物振り回してるんだよ!?」

「うるさいわね!いいから頭に乗っかった王冠を大人しく渡しなさいよ!」

 両手に持った刃渡りの大きい片手剣を振り回す姿はシンプルに怖い。そうなればこの場から離れるが吉、そう思いステージ袖へ避難しようとした時視界が白に覆われた。

 やけに肌触りの良いそれが体全体を包むより早く横に飛びのいた。その正体を確かめようと目を動かすがその前に俺の体が押さえつけられた。

「セシリア・オルコット……」

 腕が動かせないのでせめてもの抵抗として睨んでみたものの相手の反応はない。表情もどこか煮え切らず迷っていますとでも言っているようなもので意志薄弱と表すのがぴったりな程だ。

「何も用がないなら離れてくれ。俺は急いでいるんだ」

「用件ならありますわ」

俯いたままそう答える彼女の次の言葉を不機嫌な表情も隠さずに待つ。その口元が僅かに開いては閉ざされるのを幾度か見ているうちにやっと声が出てきた。

「……その襟に付けられた紋章があれば宍戸さんと同じ部屋で暮らすことができますの」

「だから良い育ちの淑女が男に馬乗りになってるって?冗談じゃない。もう前とは違うんだよ。触れ合うだけで喜ぶ青臭いガキでもなけりゃ同じ空間にいるだけで赤面するようなウブでもない」

 俺を押さえていた腕から力が抜けていく。それを払い除け自由になった上半身を起こし彼女の眼前で真実を口にする。

「もう全部過去の話なんだよ」

 今にも崩れそうな力の入っていない足で俺の上から立ち退いた彼女を一瞥するとその瞳が潤んでいた。その未練を見せられて俺は静かに苛立った。この学園に自分は不要だと言われているような気がして今からでも逃げ出したくなってしまう。

 そんな暗い雰囲気の中で突如響いた声は余りにも現実感がなかった。

『では、ただ今より客席の皆さんも自由に参加OK!頑張って王冠を手に入れてね!!』

 状況把握をするよりも早くステージに向かってくる無数の生徒を見れば嫌でも理解出来る。鬼の数が多い鬼ごっこが始まった。要はそういう事だ。

 それに場が混乱した方が当初の計画を遂行する上では都合が良い。無理矢理自分に言い聞かせなければこの光景に圧倒されてすぐに捕まってしまいそうだ。

 なるべく早く反応し舞台袖から外に出たはずなのだが既に待ち構えた女子が追いかけてくる。あまり鍛えられていない体ではいつか追いつかれてしまう。

「君、こっちに!」

 事態の好転は思いの外早く訪れた。手を引かれ曲がり角に差し掛かってすぐの更衣室へと連れられる。長い距離ではないが走ると疲れてしまい息が上がっていた。

「ありがとうござ――」

 そこまで言って俺は宙を舞っていた。腹部に走る痛みと背中を地面に打ち付けた痛みで咳き込んでしまう。

「礼とかはいいんだよ。とりあえずお前のISを寄こせ」

「……渡さなければ?」

 俺の答えを予想していたかのように瞬時に女の腕が首に伸びる。気道が狭められ息がしづらい。

「大体察しはつくだろ?自主的に渡して生きるか、殺されて奪われるかだ。おら、さっさと選べよ」

「初対面に対して酷い仕打ちだな……」

 更に首が絞まる。あまり軽口を叩く余裕はなさそうだ。

「悪いなぁ、最初は織斑一夏を狙ってたんだがもっと楽に奪えそうな奴がいたからつい襲っちまった」

「……分かった。渡す、渡すから離してくれ」

 ポケットからISのダミーを取り出し手渡すと首の圧迫から解放された。

 さて、このダミーだが2つの機能を備えている。一つはISの信号と同じものを発することで本物の場所を撹乱できること。そしてもう一つは

「こんな簡単に終わるとはなあ。リムーバーを使う手間が省けたぜ」

 女を睨みつける。別に悔しいわけじゃない。機が熟すその瞬間を逃さないためだ。

 ダミーが女の顔に近づけられた。その様は戦利品を眺める間抜けな盗賊のように見える。

「死ねよ」

 二つ目の機能である小型爆弾としての役割を最大限に発揮出来る頭部付近での爆破。思わず破顔してしまう。

「あは、あははははは……」

 外部の人間の侵入が可能なこの日に俺が狙われる可能性は高い。いくら政府が介入しこの学園に無理矢理入れられたとしても命の危機に瀕したとあれば安全神話など簡単に覆せる。

 ここから出れば元の宍戸朔夜として生きることができる。やっと戻ることができる。そのための計画が万事上手くいったことに笑う。安堵と感激と喜び、その辺りの感情によるものだろうか。自分でも分かる歪な笑顔だ。

「――やりやがったな」

 唯一、この計画に綻びがあったとするならこの後を考えていなかったことだ。目の前に現れたISは絶望感を得るには十分すぎた。

「は?」

 ぐちゅり、と嫌な音をたて女が操る蜘蛛のようなISの足が俺の太ももを突き刺した。

 絶叫。脳で処理できない過剰な痛みがアラートの如く声という形で口から溢れていた。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 怖い怖い怖い怖い。

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 万が一を考えてISは山田先生に預けてしまった。この危機から脱出する術がない。まだ自分の死を受け入れられない頭が子供のような駄々を無限に繰り返し痛みと恐怖と生への執着で綯い交ぜになっていく。

「死ねよ」

 意趣返しのつもりだろうか。顔の半分を火傷で爛れさせた女の短い死刑宣告を聞き体が強ばる。眼前に迫る蜘蛛の足が心臓を貫かんと迫るその時のまま、時間が止まった。

「早く逃げろ!」

 立ち上がれないため惨めに床を転がってその場から逃れる。苛立ちを表すように床を削った音が遅れて響いたかと思うと今度は上から轟音が響いた。

 そこに目を向けると同時に女に絡まったワイヤーブレードが解ける。レールカノンから放たれる太い光線が天井ごと女を撃ち抜いた。

 ここまで見れば分かる。俺を救ったのはラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 彼女は腕を伸ばし女を空中に縛り付ける。そこに蒼い一撃が悪を貫かんと光の線を引いた。女のISの装甲は既に所々に亀裂が入っている。

 これが戦いか。

 目の前で起こった一瞬のやり取りに俺は戦慄した。続いてISという兵器を甘く見ていたのだと己の無知を恥じる。

 女が拘束から抜け出し更衣室の壁を破り外に出ていったそれを追いかけるボーデヴィッヒさんと入れ替わるようにセシリア・オルコットが天井の穴から舞い降りる。

「立てますか宍戸さん?」

「一人にしてくれ」

 悔しくて直視出来なかった。あれだけ冷たく接したのにまだ俺に手を差し伸べるその優しさが本物だと知ることで己の矮小さが際立ってしまう。

「どうして俺に優しくするんだ……」

 弱々しい声は既に静寂を取り戻したここでは彼女の耳に容易く届いた。彼女は答える。

「この優しさは宍戸さんから貰ったものですわ。あなたが優しくあったからわたくしもそうでありたいと思っていられましたから」

「それは俺じゃない」

「だとしても別人だなんて考えませんわ。あなたもわたくしの大事な人です、だからこんな危険なことは二度となさらないでください……」

 流したくもないのに涙が溢れる。一番見せたくない姿を一番見せたくない相手に見せてしまった。隙の多い男だ、俺は。

「山田先生から預かってきましたわ。ここで、大人しくしていてくださいな」

 彼女はそう言うと俺のISを懐から取り出した。無言でそれを受け取り、力なく勇ましい後ろ姿を見送る。

 同じ年齢とは思えない戦いに赴くその覚悟を格好良いと思った。自分も気高くあれたらと叶いもしない願いを抱いてしまうほどにその姿に心を奪われた。

 俺にも力はある。ならそれをどのように使うべきなのか?

 答えは既に出ている。後は選ぶだけだった。

 

 

 

 わたくしが向かうと既にラウラさんと生徒会長が侵入者に対峙していた。突然のことに眼下の生徒は悲鳴を上げてはいたが教師陣の対処が早く既に半分以上は屋内に避難している。

 市街地に逃げられると一般市民に犠牲者が出る可能性がある以上生徒に危険が生じることを承知で学園内を戦いの場にしなければならない。IS学園が治外法権とはいえそれは日本を含む他の国々からの信用を前借りして得た特別な立場なので、不祥事があれば容易に揺らぐ。

(何としてもここで仕留めなくては……!)

 しかしそのような事情など相手も知った上で潜入している。

 厭らしく広範囲にエネルギー弾を撒き散らしながら離脱に移行していた。

 ラウラさんがAICで生徒会長が水の盾を用いて防ぐが対応出来る範囲には限度があり未だ数十発が地上に向かっていく。

 ブルー・ティアーズを射出しエネルギー同士をぶつけて相殺させるが人間の反応速度ではかき消せた数は十にも満たなかった。どうすれば良いかと思考する時間も着弾までに取れる行動もない。

 

「発破をかけたあんたが簡単に諦めるなよ」

 

 その声はとても苛立っていた。だがこの瞬間において誰よりも心強い助っ人である。

 七つの盾が正六角形を型作り、目に見えない障壁を張った。話には聞いていたがこれが……。

「この機体と俺の力が合わさることで初めて実現する絶対防壁だ。その程度の攻撃では何一つ被害は出ない。後は頼んだぞ」

「宍戸さん……」

 言葉の通り学園と生徒に直撃するはずだったエネルギー弾は全て壁にぶつけられた水風船のように消滅した。それはわたくし達に攻めの一手を取らせることへの躊躇いを無くしてくれる。

「反撃の時間ですわ!」

 元より手負いの相手であり捕らえることは簡単だ。それを妨げていた要因が排除されたとあらば目的は既に達成されたようなものである。

 わたくしの遠距離からの射撃とラウラさんと生徒会長の近中距離に対応する柔軟な戦闘スタイルに相手はまともな応戦もできない。

 プラズマ手刀が腕の装甲を、水を纏ったランスが飛行ユニットを、わたくしの狙撃が動きの鈍くなった体にそれぞれダメージを与えていく。胸部への一撃に絶対防御が発動し相手はかなりシールドエネルギーを消費したはずだ。あと少しもすれば行動不能になるだろう。

「終わりよ!」

 生徒会長が素早い動きで相手の懐へと獲物の先端部を流水の如き滑らかさで突き出した。

 しかし勝利の一撃となるはずだったそれはイレギュラーによって阻まれる。

 ランスに直撃した光線により攻撃がそれた。点での一撃故にその妨害は致命的であった。生れた隙は相手に反撃の機会を与えてしまう。

 生徒会長の背中に襲撃者の二本の脚が襲いかかった。

「させねぇえええっ!!!」

 白く輝く刃が血に濡れる寸前の脚を切り落とした。本来は止めの一撃のために待機してもらっていたのだが襲撃者の援軍が現れた以上は総力を挙げて迎え撃たなければならないと一夏さんも判断したようだ。

「楯無さん!大丈夫ですか!?」

「ありがと。結構危なかったかも」

 一夏さんの零落白夜によって三本の脚を落とすことができたが新手のISにわたくしは既に気が気ではなかった。

 祖国で開発されているはずの機体が目の前にいれば冷静さなど維持できなくなる。このブルー・ティアーズの後発機、厳密に言えば実験機からのデータを基に作られているのだから正規版ともなるものがよりにもよって学園に襲撃を仕掛けるようなテロリストに奪われているという事実にどう向き合えというのか。

「――じゃあなクソガキ共」

 態勢を整えている間に向こうは離脱の準備を概ね終えていた。置き土産のグレネードをばら撒いて高度を上げていく。

「皆さん、下がって!!」

 起爆よりも早く宍戸さんの盾がグレネードを取り囲むように障壁を張った。球体の中で爆発しくぐもった音が脳にまで響いた。反動が届くのかその手にうっすらと血管を浮かべながら爆発を抑え込んでいる。一面に広がるはずだった黒煙が阻まれて正円のように見える。

 なんとか被害は出なかった。宍戸さんの功績によるものがかなり大きく当分彼には頭が上がらない。

 ISを解除した宍戸さんはそのまま片膝をついた。先ほどロッカールームで襲われた時の傷による流血が酷く補助機能を失ったことで立つこともできなくなったようだった。

 地上に降りて宍戸さんに肩を貸す。

「本当にお疲れさまでした」

「これで、貸し借りはなしだな……」

 そう言って彼は意識を失った。力が抜け一層重くなった体を医務室まで運び終わる頃には被害状況の確認も終わり学園祭も再開されていた。

 

 

 

 日中とは打って変わって人気がなくなった学園の敷地を見下ろす。明日の朝に撤去される予定のテントが所狭しと佇んでいる。時折風でカサリ、と音がなるのが静かな夜も相まって耳まで届いた。

「こんな時間にどのような要件ですの?」

「やっと来たか」

 月明りと眼下の街灯の僅かな光を受け淑やかに輝く金色の髪を揺らしながらセシリア・オルコットがやってきた。というか俺が呼んだのだが。

「とりあえず昼間に医務室まで運んでもらったことと専用機を届けてくれたことの礼を言おうと思ってな」

 助かった、と軽く頭を下げると向こうもどういたしましてと自然に返してみせた。

 さて、では本題に移ろうか。時間もない。

「あと、あんたにとっては朗報だ。あんまり大っぴらにはできないけどな」

「朗報?それは楽しみですわね」

 急にこんなことを言ったものだから警戒されているようだ。別に何か企んでいるわけではないのだが今回の一件もあるので疑われるのも仕方がないか。

 半ば諦めた状態で彼女に伝える。

「――そろそろこの人格が消える」

 想像に反して第一声がなかなか出てこなかった。

「それが朗報ですって……?」

「何か不満そうだな」

 やっと帰ってきた反応もやや否定的な雰囲気でむしろ呆れられている気もする。

「確かにわたくしが好きになったのは以前の宍戸さんですし、戻ってほしいという思いがあるのは事実ですわ」

「ならなぜ?」

「あなたの人格も偽りではない宍戸朔夜なのでしょう。その消失が喜ばしいことではないことなどあなたが一番ご存知でしょう?」

 分かり切っていることをわざわざ尋ねること以上に意地の悪いことはない。どうやら最後まで好きになれそうにはなかった。少し見直したところはあるが。

「そうは言ってもおそらく結果は変えられないだろうよ」

 グレネードが爆発する前に何とかしなければならないと動いた時、俺ではない誰かが先に守らなければと思い立った。

「まだ分からないでしょう……」

「分かるさ。これは気持ちが強い方が勝つんだよ」

 生きたいと願ったのも、セシリア・オルコットに会いたいと願ったのも誰かを守りたいと覚悟を決めたのもあいつだ。俺じゃなかった。

「記憶さえ戻れば俺に戻れると思ったんだがな。だがあの時死んだんだよな、この人格は」

 苦しさから逃れるために死んでいた。奇跡的に蘇っていただけでそれももう終わる。

「なあ、死ぬ間際の俺からの頼みだ。話を聞いてくれないか?」

「好きになさってください」

 引き止めるだけ無駄だと悟ったのか彼女は手すりにもたれ掛かりこちらの話を聞く姿勢を取った。ありがたいことだ、これくらい無関心を装ってもらった方が気が楽になる。

「俺さ、あんたのことちょっと見直したんだよ。代表候補生ってんだからすごいのは知ってたけど、成績とかじゃなくて生き方が尊敬に値するものだった」

 言葉にすれば自分の気持ちを俯瞰して理解することになる。

「嫌いだったはずなのにな、気付けばそこそこ好きになってたよ」

「何ですのそこそこって……」

「強がりだ」

 実をいうと割と気に入っているが、最初にあれだけ啖呵を切っていたものだから恥ずかしくなって見栄を張ったのだ。

「嫌いな部分は多いが、芯の通った奴は好感が持てる。最初に比べれば性格も丸くなってるしな」

「一言余計ですわ」

 あいつはこのムスッとした顔も可愛いとか思うのだろう。恋の盲目にも呆れたものだ。

「悪いな。素直に褒める気になれなかった」

 それは宍戸朔夜の仕事だ、俺にその役目はない。思い出だってほんの数日分しかないし気持ちもあいつの方が上だから任せてしまえばいい。きっと期待以上の美辞麗句を並べてくれるだろう。

「あー、眠くなってきた……。もうそろそろか」

 立っているのも億劫になるような脱力感と思考が阻害されるほどの眠気が同時に襲ってきた。このまま眠ればこの存在が消えてしまうのは想像に難くない。

「……もうお別れですのね」

「そうだな……」

 何も話す言葉が浮かばないことが俺たちの関係を分かりやすく示していた。近くにあったベンチに腰掛け空を見上げる。星々が輝いてはいるが眠るにはまだ早い時間に瞼を閉じと意識が段々と遠のいていくのが分かった。これ以上安らかな死は他にない。

「助けてくれて、ありがとう……」

 最後にそれだけは言いたかった。あの時望んでいた誰かが伸ばしてくれる腕。それを叶えてくれたのは他でもないセシリア・オルコットなのだから。

「――気にすることはありませんわ」

 お互いにさよならを言うことはなかった。

 

 

 

 どれくらい眠っていただろうか。夢現の中でいろいろな事を見てきた気がする。

「宍戸さん、気分はよろしくて?」

 やけに近くからオルコットさんの声が聞こえた。まどろみが残りまだ思い瞼をゆっくりと開けると眼前に彼女の見惚れるような顔がある。眉が下がり不安げな表情でこちらを見下ろしているのだが、それはともかくなぜこんなにも距離が近いのかという疑問が残る。

「オルコットさん……。こんばんは」

「ごきげんよう宍戸さん。寝苦しくはありませんこと?」

 そう言われてやけに寝心地が良いなと気付いた。少し高いが程よい跳ね返りのある枕だ。オルコットさんの前でなければもうひと眠りしたいほどに心地が良い。

「いいえ、とても気持ちがいいです」

「まあ、わたくしの脚を使っているのですから当然ですわね」

 遅れて言葉を理解し視線を移すとオルコットさんのお腹が見えた。といっても部屋着に上着を羽織った状態なので素肌を見たわけではないが現状を把握するにはこれだけでも十分だ。

「ご、ごめんなさ――」

 すぐに離れようと上半身を起こそうとしたのだが、まだ完全に覚醒していないのか頭痛に襲われ体がふらつく。

「気を遣う必要はありませんわ。横になってくださいな」

「ご迷惑をおかけします……」

 肩を押さえられオルコットさんの膝の上に戻される。意識すると体を休めるどころではなく心臓も早鐘を打ち非常に落ち着かない。

 顔が真っ赤になっているのが分かるくらいに熱く、どこを見るべきか迷う視線があちこちに移動し景色が目まぐるしく変わっていった。

「少しは落ち着きなさいな」

 呆れたオルコットさんに眼鏡を外され視界がぼやけた。

「まったく……。久しぶりの再会なのですから、もっとちゃんと……」

「オルコットさん?」

 声が震えている。いつも僕の耳に真っ直ぐに届く透き通った声は次第にか細く小さなものへと変わった。顔の上に熱を持った液体が落ちてきたことで彼女が涙を流しているのだと分かった。

 輪郭がぼやける世界で手を伸ばし、壊れないように優しく指で撫でた。変な場所を触ってしまうかもしれないと不安になったが上手く涙を拭うことができた。

「……もう、どこにも行きませんわよね?」

「もちろんです」

「運が悪ければ死んでいましてよ……。あんな無茶はもうしないでくださいな……」

「約束します」

「困ったことがあれば頼っていただきませんと……、心配でたまりませんわ……」

「ご迷惑をおかけしました」

 尊敬している人に、大好きな人にこんなことを言わせてしまったことを反省する。そしてこんなに自分を想ってくれる人がいることがこの上なく嬉しい。

 だから僕も自分の言葉で伝えよう。

「――オルコットさん、大好きです」

「急に何を言いますの……」

「すみません、でも一夏君に渡したくないなって思っちゃったので」

 この人を愛しているという事実はどんなに誤魔化そうとしても、どんなに諦めようとしても消えなかった。ならちゃんと向き合ってはっきりさせたい。

「あなたの恋を応援するという約束を破ってしまうことになりますけど」

 気持ちを落ち着けるために軽く息を吐いてぼやける視界の中で彼女の目を見て想いを伝える。

「――僕と付き合ってください」

 大事な場面で言い間違えることも声が上ずることもなかった。オルコットさんが僕を強くしてくれたから入学初日の弱かったあの頃から変わることができて、告白までできた。次は僕から彼女に与えたい、そんな有り得ない目標さえ抱いている。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 そんな今だからこの返事はすごく嬉しかった。それこそ涙を流してしまうほどに。

「もう、情けないですわよ。わたくしの隣を歩く殿方になったのですから、しっかりしなさいな」

「ごめんなさいっ……。ずっと憧れていたから、嬉しくて……!」

 拭っても拭っても、涙か溢れてくる。こんなに感情の抑えがきかないなんて初めてでどうすればいいか分からなかった。

 そんな僕の顔にさらさらとした何かが落ちてきた。くすぐったくて、花のような上品な香りに包まれて不思議と涙が引っ込んだ。

「こんな大事な時に眼鏡を返さないのはズルいとは思いますけど……」

「え……?」

 開きかけた唇に柔らかな感触が触れた。ぼやけていてもこれだけ近づかれれば何があったかちゃんと見えた。

「ズルい女だと嫌いにならないでくださいますか?」

 なんだか恥ずかしさが限界まで迎えて知らないうちに平静を取り戻した頭はしっかりと僕の気持ちを紡いだ。

「まさか、もっと好きになりましたよ」

 僕の返事を聞いて満足したオルコットさんは立ち上がろうとしたが膝枕をしていることを思い出し、浮かしかけた腰をもう一度ベンチに戻した。

「返しますわ」

 眼鏡を受け取り、かけてみるとクリアな視界に顔を赤くしたオルコットさんが映った。

「……赤面しているところは見せても良いんですか?」

「意地悪な人は嫌いですわ」

 唇を尖らせながらオルコットさんはもう一度僕から眼鏡を取るのだった。




 気が付けば前回の投稿から二年以上経過していました。就職活動や社会人になったことによる忙しさの中でも続きを書きたいという思いは消えずちまちまと頑張っていましたが思ったよりも長い時間を要してしまいました。
 少ない数ではありますが自分の二次創作を楽しみにしていただいている方がいると知っているのでこの場を借りて言わせていただきたく思います。長らくお待たせいたしました。
 さて、読破していただいた方は既に感じているかもしれませんが今回はかなりの文字数になっています。これは記憶を取り戻し現実に絶望した人格を次に持ち越したくないという思いがあったからです。
 宍戸朔夜の設定を作った当初、メタい話ではありますがハマっていた漫画のキャラが記憶喪失でなんとなーくその要素を入れただけでした。本来はこの捻くれた性格のまままたセシリア様を好きになるという筋書きでしたが、この話を書いているうちに純真で善意に満ちた宍戸朔夜に好感を持っていました。
 なので失いたくないな、と感じもう一度彼に戻ってもらいました。
 これが今回の話を書いた心情といいますか動機みたいなものです。

 そして実を言いますと本編は次回で最後にしようかと思っています。原作に合わせてというわけではなく書き始めた当初より定めていた結末に今回で大きく近づいたため、おそらく次で最後になるということなのです。
 といってもセシリア様は好きですしこの話にも思い入れがあるので番外編を気が向けば書くかもしれません。その時はまた読んでいただけると幸いです。
 それではみなさんまた次回に。


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キャラ設定(挿絵あり)

最終話前なのでまとめる事にしました。
あまりネタバレはないようにまとめましたが、僅かに物語に関わる記述もあるので展開をあらかじめ知りたくない方は後々読むことをお勧めします。


キャラクター設定

 

氏 名:宍戸朔夜

誕生日:十一月七日

身 長:162cm

趣 味:人間観察、音楽鑑賞

専用機:セブンス・メイル

適 正:B(異常な機体との同調を除いた場合)

 

 

【挿絵表示】

 

 

本作におけるセシリア・オルコットに対する心の動き

 

 過去の記憶を失っていたこともあり性善説を信じて疑わない。全ての人間は本来争いを好まない優しい心を持っていると本気で考えていた。

 そのためセシリア・オルコットに恋心を抱いた当初は『戦う姿』に魅了された自分の心に酷く混乱し、諦めるために彼女と織斑一夏の恋仲を取り持つ役を買って出たが接するうちに自らの気持ちを隠すことが次第に困難になる。

 始めこそ好きになった理由は戦いの場においてのセシリアの凛々しく美しい姿であったがそれはきっかけにすぎず今ではひた向きに努力する姿勢や普段はあまり表に出さない歳相応の彼女を魅力的に感じており、本心を伝え合うことができる無二の相手だと認識している。

 だが異性との交際の経験がないため距離感やちょっとした接触でさえ取り乱してしまうがいざという時の行動力は身に着けることができた。それも全てセシリアと出会えたからだと本人は思っている。ゆえに宍戸朔夜に対するセシリア・オルコットへの想いは恋愛感情であり憧憬でもあって道標でもあった。

 

 

IS運用時に見られる異常な同調速度について

 

 訓練機、専用機に限らずその使用に際し急激な同期、または同調が行われていることが確認されている。原因については依然として謎に包まれたままであるが主に防御に関する能力値の上昇が顕著であることが分かっていた。

 しかし訓練機ではその変化に耐えられず文字通り瓦解してしまう。

 そこに目を付け長所を伸ばすために『ダメで元々』で送られてきていたカナダの装甲開発に用いられている機体と正式に契約を結んだ。専用機を手に入れた後もこの異常な特性は現れており被弾によるフィードバックは2%まで抑えられている。

 この能力を用いて創られたパッケージはISの装甲を堅牢な盾へと変化させてしまう。

 

 

制服の改造

 

 目立つ制服の変更点は深く被ることができるフード。それ以外は特に織斑一夏のものと大差はないが腰付近の絞り(ベルト)をなくしてある。

 余談ではあるがハンカチとポケットティッシュは必ず持ち歩くタイプ。

 

 

他専用機持ちに対する認識

 

 友人であり、IS操縦の手本として見ている。福音との一件などで助力することができなかったことを後悔しており力を付けるため優秀な他生徒の動きを観察している。



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