ヴォークリンデに一際高く浮かぶ小島に、その少女はいた。赤い髪を風に揺らし、そこから見える風景をのんびりと眺めている。特に何かをするでもなく、じっと座っていた。
少女、レインはそのまましばらく身動き一つしなかったが、やがて小さくため息をついた。
「明日、か……」
ぽつりとつぶやく。それを聞く者は誰もいない。
明日はオーディションの日だ。アイドルを目指しているレインにとって大事な日である。故に歌の練習などやるべきことはあるのだろうが、緊張のあまり何をしても上手くいかず、ここに来てしまっている。誰かに会って気でも紛らわそうかとも思ったのだが、根本的な解決にはならない。明日までに、この緊張を少しは解さなければ間違いなく失敗してしまう。
しかし具体的な方法が思い浮かばず、せめて少しでも気晴らしになればとここに来ている。高すぎる高度のためかモンスターは近寄ってこないので、落ち着くにはちょうどいい。
ぴろん、と軽い音が鳴った。びくりと体を震わせたレインは、すぐにメニューを呼び出し、メッセージ画面を見る。
「キリト君……」
レインにメッセージを送ってきたのは、キリトだった。数ヶ月前、共にここ、スヴァルト・アールヴヘイムを攻略した仲間だ。レインは途中からの参加だったが、キリトたちにはとても良くしてもらった。レインの素性や秘密を知った後も変わらず接してくれる、大切な友人たちだ。
メッセージの内容は、今からダンジョンの攻略に行くけど行かないか、というお誘いだった。現在ログインしている知り合いに送ったのだろう。レインは少し考えた後、メッセージを返信する。
『ごめん。今日は用事があるんだ』
無論、用事などない。明日ならオーディションがあるが、今日は何もない。それでも、今彼らに、キリトに会うと弱音を吐いてしまいそうで、どうしても避けたかった。レインは返信を終えると、また景色へと視線を戻した。
どれぐらいの間そうしていただろうか。この浮島には主立ったものがない。特に用事がなければ誰も寄りつかない場所だ。それ故に一人で考え事をするにはいいのだが、時間の流れが分からなくなる。
ここにいても仕方がない。そろそろ落ちるべきかと思いながらも、視線は変わらず目の前の景色へ。ぼんやりとしていたがために、人が後ろに立ったことに気づかなかった。
「ここにいたのか、レイン」
「うひゃあ!」
突然肩を叩かれ、レインは跳び上がるほどに驚いた。慌てて振り返ると、目を白黒させているキリトがそこにいた。
「す、すまない。そんなに驚くとは思わなくて……」
「わ、わたしの方こそ、ごめん……」
申し訳なさそうにするキリトに、慌ててレインも謝る。そのままお互いに少し黙り、すぐにキリトが口を開いた。
「隣、いいかな?」
どうぞどうぞ、とおどけた口調で了承する。キリトは笑いながら、レインの隣に座った。
「レイン。こんなところでどうしたんだ?」
「キリト君がそれを言うかな? キリト君こそどうしたの?」
先述の通り、この浮島には普通のプレイヤーはまず訪れない。高度も高いので、ここにレインがいることなど誰も気づいていないはずだ。それなのにどうしてここに、と思ったのだが、
「いや、ちょっとレインを探してたんだよ」
「え? どうしてまた? あれ、そもそもダンジョンは? 行ったんじゃなかったの?」
「ダンジョンの攻略は、まあ中止だな。レインを探してた理由は、ちょっと心配だったからだよ」
レインの立て続けの質問に、キリトは苦笑しつつも丁寧に答えてくれる。その言葉にレインは首を傾げた。心配って何が、と聞くレインに、キリトは真面目な表情で言う。
「メッセージの文章からかな。なあ、レイン。何か悩んでないか?」
レインは思わず目を丸くした。まさかあの短いメッセージからそんなことを気にするとは思わなかった。しかしレインは、すぐに首を振った。これは一人で乗り越えるべき問題だ。レインはおどけた調子で言った。
「わたしに悩み事? やだなあ、キリト君。気にしすぎだよ。わたしはいつも通り元気だよ!」
「じゃあどうしてこんなところに、一人でいたんだ?」
「えっと、それは……。ほら! 女には一人で考えたいこととかあるんだよ!」
どうやらキリトは何かしら確信を持って来ているらしい。レインは何とか誤魔化そうと必死になるが、どうにも旗色は悪そうだ。キリトからじっと瞳をのぞき込まれ、レインは目を逸らしてしまった。
「なあ、レイン」
「な、なにかな?」
「レインの悩みは俺だと解決できないものなんだと思う。だからそんなに隠そうとしているんだろ?」
でも、とキリトは一拍おいて、続ける。
「話を聞くだけなら俺でもできるからさ。誰かに話せば楽になることってあるんじゃないか?」
真剣な眼差しでそう言われ、レインはしばらく口をもごもごさせて言い訳を考えた後、やがて諦めたようにため息をついた。恥ずかしそうに笑いながら、言う。
「あはは……。キリト君には敵わないなあ……。まあ、ちょっと悩みというか、緊張というかね……」
「緊張?」
「うん。明日オーディションがあるんだ」
そこからレインは、少しずつ話していく。明日のオーディション、それにとても緊張していること、それが原因かは分からないが、何をしても失敗ばかりしてしまうこと。キリトはそれを、ただ静かに聞いていてくれた。
もともと単純な話だ。すぐに話し終えて、レインはキリトと視線を合わさずに、
「まあ、そんなわけですよ。もう完全にわたしの問題だからね。キリト君は気にしなくていいよ?」
「ああ……。うん。まあ確かに何もできないけど……」
聞き終えたキリトは、悩むように手をあごに当てて考え込む。真面目だなあ、とレインは笑う。その横顔を見ながら、レインは頬を緩めた。
キリトはおせっかいが過ぎる。無論、悪い意味ではない。勝手に心に入ってきて、しかしそれでいて乱していくわけではなく、むしろ落ち着かせてくれる。そんな彼だからこそ、惹かれてしまったりしているのだが。
――本当に、ズルいよ、キリト君……。
今もキリトは自分のことを考えてくれている。そのことを嬉しく思いながらも、同時に申し訳なくも思う。誰に対してかと言えば、当然アスナに対してだ。
叶わない恋に悲鳴を上げる自分の心は、全て無視して。
「だめだ、どうしてもその場しのぎだな……。なあ、レイン。逆にやってほしいこととかってないか?」
そんなキリトの言葉に、レインは少し考えて、
「じゃあさ、キリト君の勇気をちょっと分けてほしいな、なんて」
「ん? そんなに勇気があるわけじゃないけど……。どうやって?」
その問いにレインは黙り、周囲に誰もいないことを確認する。念のためフレンドリストも表示。珍しく、キリトとレイン以外はログインしていない。
「ねえ、キリト君。今日はアスナちゃんは?」
「実家の用事でログインできないらしい。アスナの方が良かったかな?」
「あ、ううん。そういうわけじゃなくてですね……」
口ごもり、うつむいてしまう。どうしたのかと首を傾げるキリトへ、レインは上目遣いに言う。
「その……。ちょっとだけ甘えてもいいですか、って聞いてみたり?」
「甘えるって……。よく分からないけど、いいぞ」
よく意味が分かっていないようだったが、キリトが頷いた。レインは、それじゃあお言葉に甘えまして、と前置きして。
キリトへと体を寄せた。
「れ、レイン?」
「ちょっとだけ……。ちょっとだけ、このままで」
頬を少しだけ染めながら、キリトへと体重を預ける。キリトは慌てているようだったが、特に拒否することはせずに、黙って受け入れてくれた。
キリトの温もりを感じながら、レインは薄く微笑んだ。思い出すのは、SAOのことだ。英雄キリトの名を知らない者は、あのゲームのプレイヤーにはいないだろう。常に最前線で戦ってきたトッププレイヤーの一人。ずっと命のやり取りをしていたはずだ。その緊張感は、レインのそれとは比較にならないだろう。
キリトはそれを乗り越えてここにいる。少なくとも、自分は命のやり取りではない。比較対象がおかしい気もするが、レインはそう思い込むことにした。そうすれば、少しは気が楽になる。
「レイン。その、ちょっと恥ずかしいと言うか……」
「もう少しこのままがいいなあ。だめ?」
上目遣いに聞いてみる。うぐ、と短く唸ると、分かったよと苦笑した。
「撫でてくれてもいいよ?」
「いや、それはさすがに……。えっと、こうか?」
遠慮がちにキリトの手が伸び、レインの頭を撫でていく。レインは少し驚きながらも、くすぐったそうに笑った。
「えへへ。やっぱりちょっと恥ずかしいね」
「全くだよ。誰かに見られたらどうするんだ」
「例えばアスナちゃんに?」
「やめてくれ……」
頬を引きつらせるキリトを見て笑うレイン。少し気が軽くなった。よし、とレインは立ち上がる。
「もういいのか?」
「うん。あ、もしかしてもっと撫でたかったとか? キリト君は変態ですなあ」
「な! お前なあ!」
冗談だよ、と笑うレイン。キリトも全く、と笑う。
「さてと! それじゃあキリト君。ダンジョンに行こっか!」
「え? いや、明日は大事なオーディションなんだろ?」
「いいのいいの! 気晴らしって大事だよ?」
それに今なら二人きりで行ける。流石にそんな本音は出さないが。
少し驚いたようだったが、キリトはすぐに肩をすくめて、笑った。
「よし、じゃあ行くか!」
「うん! がんばろう!」
そうして浮島を飛び立つ二人。
先導するキリトを追いながら、レインは胸にそっと手を当てて、柔らかく微笑んだ。
叶わない恋だと分かっている。ただそれでも、少しだけでも彼の側にいたい。
そう思いながら、レインは空を駆けた。
壁|w・)初めましてorお久しぶりです。
リリなののギフテッドなんて駄作を書いていた龍翠です。
ロストソングをようやっとクリアしたので、その記念にかきかきしました。
いや、レインがかわいくて。マジでお気に入り。強いですし。
棒読みだとかなんとか言われてるけど、慣れればあれがいいんじゃないか。
ねえ、そう思いませんか同志諸君。あ、思わない? そうですか。
キリト君に甘えているレインちゃんを書きたくて、仕事中に書きました。
アスナがいるのでキリト×レインはないのでしょうが、私はレインを支持します。
急ピッチで書いた超短編ですが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。
誰かレインちゃん描こうぜ! あと攻略本早く! イラストもっと見たいよ!
そんな妙なテンションでお送りしました。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
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祭り
空都ラインで、運営主催のお祭りが開催された。大きな通りには多くの屋台が並び、大勢のプレイヤーがその時にしか売られていない食べ物などを購入していく。その中には当然のようにカップルもいて、周囲からリア充爆発しろという怨嗟の声がちらほらと聞こえてくる。見ていて少し滑稽だ。朝方から始まったそれは、夜になった今でもまだ続いている。
レインはそれを、道の脇で飲み物を片手に眺めていた。側には誰もいない。本当なら誰かを誘いたいところだったのだが、生憎と皆用事があるようだった。もっとも、レインが直接聞いたわけではない。数日前、エギルの店で集まった時の会話からだ。レインはちびちびとジュースを飲みながら、その時の会話を思い出していた。
定期的に行われるエギルの店での集まり。最近はセブンも時折顔を出すようになったそれで、その話題を出したのはセブンだった。
「もうすぐお祭りだけど、誰か行くの?」
少しだけ期待のこもった目で問うセブン。その祭りの終盤にライブを行うことはすでに知っている。それを聞いた皆は誰もが目を逸らしていた。
「学校が……ね……」
セブンが肩を落とし、誰もがごめんと謝っていく。そこでクラインが飛びつきそうなものだが、
「俺も仕事なんだよなあ……」
どうやら全員見事に出られないらしい。ちなみにエギルは屋台を出店することになっている。
「お姉ちゃんは……?」
上目遣いでこちらを見るセブン。レインは苦笑しながら、
「うん。見に行くね」
セブンが顔を輝かせ、抱きついてくる。慌てふためくレインと嬉しそうなセブンを、誰もが温かく見守っていた。
誰も行かないならレインも来るつもりはなかった。最初こそ一人で食べ歩きなどしてみたが、それも途中で飽きてしまっている。セブンのライブまでまだ時間がある。こんなことならもう少し遅く来るべきだったと後悔しているところだ。
ジュースを飲み終わり、空になったコップがポリゴンとなって消えていく。レインがそれをぼんやりと見ていると、
「そこの姉ちゃん、俺らと一緒に回らないか?」
レインに声をかけてくる男、三人衆。レインはそれを一瞥して、作り笑いで答える。
「人を待っているので……」
「一時間前もここにいただろ? 女の子を待たせるような奴なんて放っておいて、俺らと遊ぼうぜ」
レインは思わず顔をしかめ、どう断ろうかと考える。この世界ではハラスメント警告もあるので無理矢理連れて行かれる心配はないが、それでもいつまでもつきまとわれるのは面倒だ。どうやって断ろうかと考えたところで、
「ああ、ごめん。その子、俺の友達なんだ」
男たちの奥からまた別の声。聞き慣れた声。
「はあ? 誰だよ、邪魔すんな……」
言いながら振り返った男が言葉に詰まり、そして、
「げえ! 黒の剣士!」
男たちはすぐにその場を退散した。後に残されたのは、声をかけた体勢で固まるキリトと、呆然としているレイン。やがてキリトが、ぽつりと、
「げえって……。さすがに傷つく……」
レインは思わず噴き出してしまった。
「き、気を取り直して……。やあ、レイン。探したよ」
レインは未だ笑いが漏れそうになるのを必死に堪え、改めてキリトを見る。いつもの姿。どうやらログインしてすぐに来たらしい。
「キリト君、学校は?」
「ああ……。先に課題が終わったから俺だけ来たんだ。手伝える課題だったらアスナたちを手伝って、皆で来れたんだろうけど……。俺だけでごめんな」
「そ、そんなことないよ! さっきはちょっと嬉しかったし!」
「え?」
「あ、えと……。何でもない。あはは……」
レインは誤魔化すように笑う。
「レイン。セブンのライブまではまだ時間あるし、一緒に回らないか?」
「いいの?」
「ん? 当たり前だろ?」
不思議そうにキリトが首を傾げる。この少年に他意などないと分かっている。それでも、こうして声をかけてもらえると、やはり嬉しいものがある。レインはキリトから顔を逸らし、早口で言った。
「じゃ、じゃあちょっと着替えてくるよ!」
そうしてその場から走り去る。キリトが戸惑ったような声を上げていたが、それに返事をする余裕はなかった。
少しして。レインは浴衣姿でキリトの前に立った。レインを見たキリトはわずかに驚いたように目を丸くして、
「浴衣なんてあったんだな……」
「ど、どうかな?」
「うん。似合ってるよ」
飾り気のない言葉。それ故にキリトが本心で言っているとわかり、レインは素直に嬉しく思った。それじゃあ改めて、とキリトが続ける。
「行こうか」
「うん」
歩き始めたキリトの隣に、レインも並んだ。
「すごいな……。祭りの食べ物が忠実に再現されている……」
焼きそばを食べながらキリトが言って、レインは苦笑した。言っていることは真面目なことなのに、焼きそばを持っているせいで少し滑稽に見える。キリトもすぐに気づいたのが、少し恥ずかしそうに咳払いをした。
「混んできたね」
レインが言って、キリトが頷く。セブンのライブも近いためか、なかなかの人口密度だ。現実でのお祭りを想起させる。少し歩くだけで人とぶつかってしまうが、もう誰も気にしなくなっていた。
「多分、ライブの後は花火が控えてるから余計になんだろうな。それを目当てで来てる人もいるんだと思う」
「そっかあ……。迷子になっちゃいそうだよ」
言った直後に、駆け足の人にぶつかってその場に転びそうになる。そのレインの手をキリトが掴み、転ばないように支えてくれた。大丈夫かと声をかけてくるキリトに、レインは頬を染めながら何度か頷いた。
「だ、大丈夫大丈夫。だからもう離してもいいよ」
レインが言うのは、助けられた後も繋がれた手だ。キリトはそれに視線を落とし、いや、と首を振った。
「はぐれても困るし、このままライブまで行こう」
「ええっ! いや、それはその、恥ずかしいと言いますか!」
「気にしすぎだって」
キリト君は気にしなさすぎ、という言葉は呑み込んだ。せっかくキリトからこうして手を繋いでくれたのだ。どうせなら、もう少しこのままでもいいだろう。それでも一応念のため、聞いておく。
「ほ、本当にいいの……?」
「何に遠慮してるのか知らないけど、大丈夫だよ」
屈託無くキリトが笑い、ライブ会場へと歩いて行く。レインはその手を握りながら、後に続く。
――これは、そう、はぐれないためだから。
自分に言い訳をしながら、少しだけ強くキリトの手を握った。
「どこにいるかな……」
控え室にて。セブンはこっそりと会場を盗み見ていた。どこかにいるであろう姉を探す。数え切れないほどの人がいるので普通なら見つけられないはずなのだが、
「あ、いた!」
姉妹の絆と言うべきか、運良く見つけることができた。
「あれ? 隣にいるのはキリト君……?」
隣に立つのはキリト。そのキリトの手は姉の手を握っている。その姉は、恥ずかしそうに頬を染めて、キリトから視線を逸らしていた。
「へえ……」
にまにまと意地の悪い笑みを浮かべてしまう。キリトにはアスナがいることはもちろん知っているが、それとこれとは別問題だ。ライブ中にこっそりといたずらでも仕掛けようかと考え、
「…………。やめとこ」
ちらりと見えた姉の横顔はとても嬉しそうなものだった。邪魔をしないことにして、セブンは控え室に戻った。
ライブが終わって。セブンが丁寧に頭を下げてステージを後にする。セブンのライブだけが目的のプレイヤーはその後仲間たちと共に去って行ったが、花火も見ていこうとする方が多いらしく、まだまだ人は多い。
「レイン。こっちだ」
「え?」
我慢して花火を待とうと思っていると、キリトが手を引いてきた。首を傾げながらもついていく。そうして入っていくのは、薄暗い裏路地。え、とレインの表情が凍るが、キリトはお構いなしに歩いて行く。
「き、キリト君、どこに行くの?」
レインの質問にキリトは笑うだけだ。まさかそんなキリト君に限って、と思いはするが、それでもどうしても体が強ばってしまう。だがすぐにキリトは立ち止まった。
「よし。誰もいないな」
小さな四角形の広場だ。特に何かあるわけでもなく、まるで設定でも忘れたかのようにそこだけ物が何もない。キリトは壁際まで行くと、空を指さした。
「ここからならよく見えるはずだ」
何が、というレインの言葉は、大きな音によって遮られた。首をすくめながらそちらへと視線をやる。光の花が咲いていた。
「わあ……」
「特等席、だろ?」
にやりと笑うキリトに、レインは笑顔で頷いた。
「こんな場所、よく知ってたね」
「皆で来ようと思って調べたんだよ。無駄になるところだったけど、レインと来れてよかった」
そんなことを笑顔で言ってくる。他意がないが故に少し腹立たしくも思うが、今は花火を楽しむことにした。
二人で並んで花火を眺める。大きな音が何度も続き、光の花が咲き乱れる。それを、たった二人で眺めている。
キリトと、二人きりで。
そこまで考えたところで、レインは顔を真っ赤にした。
キリトの横顔を見る。ずっと花火を見ている。
「キリト君」
呼びかけると、キリトはすぐに花火から視線を外し、レインを見た。
「どうした?」
「えっと、そのですね……。今日はありがとう、誘ってくれて」
恥ずかしさから言葉に詰まりながらも、何とかそれだけ口にする。するとキリトは笑いながら手を振った。
「今度は皆で来れたらいいな」
「うん……。そうだね」
キリトの言葉に、レインは頷く。本当は次があればその時も二人で来たいと思うが、それは口にしてはいけないことだ。レインは花火へと視線を戻し、今だけは独占できるキリトの手の温もりを感じながら、そっと目を閉じた。
許されない想い、叶わない恋。それでも今だけは、この温もりを大切にしたい。
レインは静かに、花火が終わるのを待った。
壁|w・)二つ目書いちゃったよ……。
一話きりで終わらせるつもりが、二つ目も書いちゃいました。
特に進展があるわけでもなく。
むしろ叶わない恋にレインちゃんの心のHPは0になるんじゃなかろうか。
いっそのこと、両思いのifでも書いてやろうか……!
多分今度こそもう終わりです。口調が掴めなくて若干崩れている気もしますし……。
違和感を覚えてしまったら、ごめんなさい。私の力不足です。
それでも、少しでもお楽しみいただけたのなら、幸いなのです
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
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料理
ある日の晩。虹架はスーパーで買い物をしながら、ふと手を止めた。そう言えば、とALOでのことを思い出す。先日、キリトに料理の話をした時に、是非食べてみたいと言っていた。
「どうしよう……」
キリトの要望なら是非とも作りたいところだが、料理スキルはそれほど高くはない。現実世界ならともかく、ゲーム内での料理の味はスキルによってかなり変動する。今のレインが作ったところで、イメージ通りのものはおそらく作れないだろう。
ただ、それはキリトも十分に知っているはずだ。その時も気にしなくていい、練習台のつもりでいいからと言っていた。
「だったら、作ってみてもいいかな……?」
「虹架?」
一緒に買い物に来ていた母親に声をかけられ、虹架は我に返るとなんでもないよと手を振った。
翌日。レインは早速材料を準備していく。あの時の話題で出たのはボルシチだ。その材料に当たるものをALOで揃えていく。そして早速作ってみた結果は、
「び、びみょう……」
やはりスキルが低いためにイメージ通りのものは作れない。それでも何度か作ってみる。少しだけ料理スキルも上がったが、やはり現実世界の味は再現できない。
「どうだ?」
声がして、レインは顔を上げる。エギルが側に立っていた。ここはエギルの店の厨房で、無理を言って貸してもらっている。レインが力なく首を振ると、エギルはそうだろうなと肩をすくめた。
「レシピさえ教えてもらえれば代わりに作ってやるが……」
「いえ……。自分で作りたいんです」
レインがそう答えると、そうだよなとエギルも頷いた。
「あれ、こっちにいたのか」
また別の声。その声にレインの表情が凍り、エギルの笑みは引きつった。二人揃って同じことを思う。なんてタイミングの悪いやつだ、と。
「あれ? レイン。何か作ってるのか?」
声の主、キリトが厨房に入ってくる。レインは慌てて材料や試作品を片付けようとするが、すでに見られている以上それに意味はない。キリトは素早く試作品の一つを手に取ると、おお、と声を上げた。
「もしかして、ボルシチ?」
「う、うん……」
わずかに表情を曇らせながら、レインが頷く。へえ、とキリトは感心したような声を上げて、
「ちょっとだけ……食べてみてもいいか?」
「いいけど……。あまり美味しくないよ?」
そう声をかけてみたが、しかしキリトは気にせずにスプーンを手に取り、口に入れた。しばらく咀嚼して、呑み込み、ほう、とため息をついた。
「うん。上手い」
「俺にも食わせてくれ」
キリトから皿を受け取り、エギルも食べる。そしてすぐに表情を綻ばせた。
「なんだ、言っていたわりには上手いぞ。何が不満だったんだ?」
エギルが不思議そうに聞いて、レインは首を振った。
「全然美味しくないよ。イメージ通りにいってないもの。やっぱりスキルかな……」
「……十分美味しいと思うんだけどなあ……」
「俺も同感だ……」
キリトとエギルがこそこそと話すが、レインはそれに気づかない。しばらく頭を悩ませた後、やがて力なく首を振った。
「また時間があれば料理スキルも上げてみるよ。ごめんね、キリト君。こんなものになっちゃって」
「え? ……ああ、あの時の話か! いや、気にしなくていいって。十分美味しかったから」
そうキリトは笑いが、しかしレインの表情は暗いままだ。どうしたものかなとキリトはしばらく考えて、そうだと手を叩いた。
「ならレイン。どうせ家が近いんだし、リアルで食わせてくれよ」
「え? ……ええっ! い、いやそれはちょっと何と言うかですね心の準備が!」
慌て始めるレイン。キリトはその様子をおかしそうに眺めながら、
「レインの都合のいい日でいいからさ。約束な!」
「あう……。わ、わかったよぅ……」
最初の料理の話と同じように、いつの間にか約束させられていた。
数日後。虹架はそこにいた。キリトの家の前だ。日時と場所を決める時、キリトは何の躊躇いもなく自分の住所を教えてくれた。信じてくれているのはとても嬉しいのだが、それはちょっと危ないんじゃないかとも思う。
呼び鈴を鳴らすと、すぐに人が出てきた。
「ほ、本日はおまねきいただきいた!」
噛んだ。
「なんでそんなに緊張してるんだよ……。ほら、入ってくれ。えっと……。名前で呼んだ方がいいのかな?」
虹架は少し考え、それじゃあ、と頷いた。
「分かった。よろしくな、虹架」
笑顔を浮かべるキリトに、虹架は顔を赤くしながら頷いた。
台所を借りて、手早く料理をしていく。一部のものは冷蔵庫で寝かせる必要があったので、その辺りは自宅から持ってきている。
昼頃に作り終えて、虹架は料理をテーブルに並べた。
「ど、どうぞ……」
緊張した面持ちでキリトの、和人の前に差し出す。なぜか和人も緊張してきたのか、いただきますと震える手で受け取った。そして一口食べてみる。
「……っ! うまい! なるほど、確かにALOで満足できなかったわけだ!」
和人が勢いよく食べ始める。どうやら気に入ってもらえたようだ。虹架は照れたようにはにかみながら、和人の対面に座った。
食べ終えて、キリトが満足そうにほう、と息を吐いた。その顔を見て幸せな気持ちになりながら、レインは食器を片付け始める。
「あ、いいよ虹架。こっちで片付ける」
「ううん。片付けるまでが料理だから」
そう言うと、和人はしばらく考えて、
「分かった。じゃあせめて手伝うよ」
そう言って立ち上がった。
台所で虹架が食器を洗い、和人がそれを拭いて棚に戻していく。
「他にも何か作れるのか?」
黙々と洗っていると、和人がそう声をかけてきた。レインはすぐに頷いて答える。
「うん。もちろん」
「じゃあまたお願いしたいな。本当に美味しかったからさ……」
味を思い出しているのか、和人の顔がにやけていく。虹架は苦笑しながら、少し嬉しそうに頷いた。
「分かったよ。何でもいいの?」
「ああ。虹架が作りやすいものでいいぞ」
うん、と頷いて、ふと気づく。自然とまた来る約束のきっかけを作ってしまった
そのことに顔を赤くしていると、
「よし、じゃあお礼になるか分からないけど、これからちょっと買い物に行くんだ。一緒に行くか?」
「ええ! いや、それはいいよ! なんだか悪いし!」
いいから、と食器を片付けた和人は虹架の手を取り、歩いて行く。繋がれた手をまじまじと見つめ、気がつけば和人がバイクの準備を終えていた。ヘルメットを手渡される。ここまで来るともう断れない。
大人しく和人の後ろに座ると、和人がバイクのエンジンをかけた。
「よし、それじゃあ行くぞ」
「う、うん。よろしくね、和人君」
名前を呼ぶ。すると和人はわずかに顔を赤くし、なんだか照れるな、とつぶやいてから。
「ああ、よろしく。虹架」
和人の体に手を回す。自然と密着する体。虹架は頬が赤くなるのを感じる。やがてバイクが走り出し、虹架は和人の体に回す手に力をこめ、
「……どうしよう、ちょっと嬉しい……」
一人頬を染めながらにやけていた。
買い物を終えて、自宅に帰って。
「今思ったら、デートみたいだったような……」
そのことに思い至って恥ずかしくなって身悶えしたりするのだが、それはまた別の話。
壁|w・)書いちゃった。
キリトとレインのパーティで放置すると、料理に関する掛け合いがあります。
それの後日談、みたいな感じ?
30分で急いで書いたので色々とおかしなところがあるかもです。言い訳です。
読み直しを一切していませんので誤字が多いかも。
お仕事が終わったら修正しにきますよー。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
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泣き顔
ALOにログインしてすぐに、レインはヴォークリンデの上空へと飛んだ。友人が何人かログインしているが、今は彼らにだけは会いたくない。ラインから出る時に誰かから話しかけられた気もするが、気づかない振りをして転移した。一人になりたいがために、自分しかいかない小さな小島へと向かう。
今は、今だけは誰にも会いたくはなかった。
それなのに。
「キリト君……」
そこに、キリトがいた。キリトはレインに気がつくと、わずかに驚いたような表情を見せる。どうやら彼もレインがここに来るのは予想外だったらしい。
「レインか。って、どうしたんだ?」
キリトがレインの顔を見て、慌て始めた。その理由はすぐに分かる。だからこそ、レインは誰にも会いたくなかったのだ。ならばログインなどしなければよかったのだが、狭い部屋にいると余計に気が滅入りそうだったというのもある。
レインはキリトから顔を逸らしながらも、彼の隣に降り立った。そのままその場に座り込み、顔を伏せる。
「えっと……。レイン?」
「今は……一人になりたいの……」
小さな声でそう答える。キリトは少し悩んでいたようだったが、レインの隣に腰を下ろした。
「さすがに一人にして行けない。そんな泣き顔を見たらさ……」
レインは何も言わず、涙で濡れた顔をさらに伏せた。
そのまましばらく、静かに時間が流れていく。キリトは何も言わず、ただレインの側にいるだけだ。何があったのか、と聞いてくることもない。ただただ時間だけが流れていく。
どれほどそうしていただろうか。いつ設定したのかも分からないアラームが聞こえ、レインは顔を上げた。メニューから時間を確認する。もう夜の七時だ。ここにログインしたのは惨事頃なので、四時間近くもここにただ座っていたということになる。
だがそれでも、レインの心は晴れない。自虐的に笑い、そう言えばキリト君はどうしたのかなと隣を見て、
「え、あれ……? キリト君?」
「ん……。ああ、レイン。もう大丈夫なのか?」
キリトは変わらずそこにいた。そして笑顔を向けてくる。
「よし。じゃあ行くか。あ、それともこのまま落ちるか?」
そのキリトの笑顔が眩しくて、優しさが胸に苦しくて。いつの間にか、またレインは涙を落としていた。
「え、ええ! ごめん! 別にそんなつもりで言ったんじゃなくてだな……!」
慌てふためくキリトを見ていると、自然とレインは笑顔を零していた。
「気にしないで。私の事情だから……」
「てことは、えっと……。オーディションのことか……?」
控えめなキリトの問いに、レインは小さく頷いた。
先日受けたオーディション。狭き門なので落ちることは初めてではない。ただ、最後の最後で失敗をして、最終オーディションで落ちてしまった。それが悔しくて、しかし自分の失敗なので誰にも何も言えず、せめて一人で泣いておこうとここに来たのだ。
そのことをキリトに話すと、キリトはそうか、と複雑そうな表情で頷いた。
「キリト君。別に私のことはいいからね? 明日にはちゃんと、元気になるから」
「レイン……」
「だから今は、もうちょっとだけ、泣きたいな……」
そう言ってキリトに笑顔を見せる。ただどうしても笑顔がうまく作れず、泣き笑いのようなひどいものになってしまった。
レインは、もう少しここにいようとまた顔を膝にうずめようとして、
そっと、温かいものに包まれた。
「え、あ……。きりと、くん……?」
顔を上げる。キリトが、レインの体をそっと抱き寄せていた。
「俺も……何もできないけどさ。でも、せめて側にいるから」
俺だと頼りないかもしれないけど、とキリトが照れたように笑う。レインは呆然とその顔を見ていたが、すぐに苦笑を漏らした。キリトへと、体重を預ける。
「じゃあ、ちょっとだけ……」
「ああ」
キリトの体に体重を預け、彼の体温を感じる。それだけで安心できてしまい、そして自然と涙が止めどなく溢れてきた。
嗚咽を漏らし始めたレインの背中を、キリトは優しく撫でてくれていた。
さらにしばらくして、ようやく涙が止まり、レインはキリトから体を離す。そのレインの表情を見て、キリトは安堵のため息をついた。
「もう大丈夫そうだな」
「うん。ごめんね、心配かけちゃって」
「気にしなくていいよ。俺の調子が狂うからな」
そう言って笑うキリトに、レインも笑みを返した。
「それじゃあ、一度街に戻るか。みんな心配してるみたいだから」
「う……。やっぱり、見られてた……?」
「ああ。まあ、俺も一緒に謝るよ」
そう言って、キリトが手を差し出してくる。レインは行きたくないなと少しだけ思いつつも、キリトの手を取ろうとして。
突然、風が吹いた。
「わわっ!」
「おっと」
バランスを崩して倒れそうになるレインを、キリトがすぐに支える。またもキリトに体を預けるような体勢になってしまい、レインは顔を赤くした。
「ご、ごめん……」
「いや。大丈夫か?」
「う、うん……」
キリトから、体を離す。少しだけ名残惜しいと感じながら。
「それじゃあ、改めて……。行くか」
「うん」
キリトが差し出してきた手を、レインは今度こそしっかりと握った。
さらに短くなりました。
今回書きたかったものは、レインちゃんを抱きしめるキリト君の構図。
でも無理矢理でした。いつかリベンジしたいです。
ちなみに今回も読み直しをしていないので誤字いっぱいかもです。
以下、コンプリートガイドを読んだ方向け。
これ、実は30分で勢いのまま書きました。
いえね、ロストソングのコンプリートガイドが何故か今日届いたのですよ。
これ幸いとばかりに中を見て、じっくり見て。
とてもすてきなイラストを見つけました。
イベントCGの最後のやつですね。
多分アップデートで追加されるサブイベのCGなのでしょう。
破壊力やばいです。勢いのままレインを書くたくなったぐらいには。
これから買う方は是非とも一度見てください。いや、もう、うん。買って良かった。
あの1枚で私は満足だ……!
ああ、くそ、リアルで誰かと語り合いたいなあちくしょうめ!
これ、公式サイトでは未だ隠してるアップデートの追加キャラも書いてるのですが、いいのかな?
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
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