剣士さんとドラクエⅧ 番外編集 (四ヶ谷波浪)
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もしもルゼルが生まれていたら

ルゼルとは、生まれなかった本当のモノトリア家の末裔です。トウカの兄となります。



「俺のこの状況は、簡単に言うと遺伝子疾患だよ」

「……?」

「差別的だけど、近親相姦の繰り返しだから、貴族は。だから俺みたいに体が弱かったりするんだよ」

 

 ルゼルはそういいながら、僕の肩を叩いた。笑いは弱々しく、力も弱い。トウカと似つかぬ灰色の目は爛々と輝いていたけれど。彼は、自負する通り体が弱かった。生きることに精一杯で何度も何度も死にかけたぐらいだった。

 

「なんかあったらトウカをよろしくね?」

「何言ってるの、冗談きついよルゼル」

「エルトには荷が重いのは知ってるけど、それでも頼むよ……トウカはあのままじゃ結婚できないし」

 

 目線の先には、年上の兵士を伸す剣を持った貴族の令嬢がいた。兄の目線に気づいて笑顔で手を振ってくる。僕の親友、ルゼル・モノトリアの妹で僕の、同い年の友達トウカだった。

 

 確かに、兄を守ると決めている勇ましい彼女は……困ったことに「世界最強の剣士」の名を欲しいままにしている。そんな彼女の婿になりたい男……いるだろうか。ちなみに僕にはトウカがただの友達にしか見えない。それはルゼルも分かりきってることだから、紹介を頼んでるんだろう。

 

 すごく悪いんだけど、まったく自信もないしどうにもなりそうにない。それに、庶民の僕に言うよりも貴族でいい人さがしたらいいんじゃないかなぁ……。

 

「トウカに殴られて生きていられる貴族の坊ちゃんがいるの?」

「トロデーン近衛兵でも生きていられる人の方が少ないんじゃないかな……」

「ねぇ、やめてよ。兄ちゃん心配なんだから」

 

 まゆをへの字にして困り顔を作ったルゼルは、杖をつきながらトウカの元へ歩こうとする。それを支えながら輝かしい戦果を打ち立てるトウカの剣が無慈悲に兵士を叩きのめすのを眺めていた。

 

 今日も無敗だったよと笑いかける彼女と、それを褒める兄の姿は家族のいない僕には少し眩しかった。

 

・・・・

 

「なんでさ」

 

 ピンクのドレスを着たトウカは振り返った。目には深い悲しみと怒りが浮かんでいた。涙は、ない。激情にかられているだろうに、怒りや悲しみでおかしくなってしまいそうだろうに、彼女は声をかすかに震わせただけだった。そういえば、彼女が泣いているのを見たことがない。

 

「なんで、私は無事なの? 兄さんはなんで、動かないの?」

「…………、」

「ねぇ、エルト。あなたの親友の兄さんが茨になってるっていうのに、なんで出来損ないの妹だけが無事なの?」

「君は出来損ないなんかじゃないさ……」

 

 やっと絞り出した声はしゃがれていて、とても頼りなく響いた。なんで、なんでと繰り返す彼女は、白い手袋をした手を大理石の床に叩きつけた。びしりと大きな亀裂がはいり、彼女の強大な力が伺えた。

 

 親友ルゼルは、ベッドの中で茨と化し、白い頬を薄緑に染めて目を閉じていた。他の城の人々と同じように。

 

 呪いで姿を変えられてしまった姫と陛下と共に、動ける者が他にいないか確かめに回っていたとき、僕はバルコニーで倒れていたトウカを見つけた。

 

 散乱していた剣を見るに、素振りでもしていたんだろう、星を見ながら。目を覚まして直ぐに大好きな兄を心配して城の二階から飛び降りて屋敷に向かった彼女を追いかけて、見つけたのは兄の前で絶望していたトウカだったんだ。

 

「……誰だっけ」

「何が?」

「元凶さ。私の兄上をこんなにして、城をめちゃくちゃにした奴のこと……」

「ドルマゲスという、道化師らしいよ」

 

 聞いた瞬間、トウカからぶわりと殺気が巻き起こった。肌を刺すように鋭い殺気は、この場にいないドルマゲスに向かって荒ぶった。

 

「そう……絶対に倒そうね」

「……え?」

「私は剣士。戦わない道理があるかしら?」

「そこだけ女の子らしくしても無駄だよ……でも、分かった」

「滅多切りにしてミンチにして、踏んずけてヒールの下敷きにしてやる。腕が疼く……」

 

 パキリと指を鳴らしたトウカが、五分後にはドレスを脱ぎ捨てて鎧を纏った剣士になっていたことにはちょっと引くことになるのだけど。剣士を名乗る貴族の令嬢のお陰でこの先の旅が楽だったことには違いない。

 

 余談だけど、旅でトウカに惚れた聖堂騎士に向かって呪いが解けたルゼルが複雑そうな顔をしながら頭を下げていたことが記憶に残っている。




そう物語で重要な要素でもないんですが、トウカの義父と義母は従兄弟なんです。このままだと子供が血が薄まって「当主」になれないほどだったので……モノトリア家の血を引く祖父祖母もまた従兄弟。ギリギリどころかアウトでした。

ちなみにモノトリア家分家の娘、ライティアは近親相姦の結果の娘です。無茶苦茶なことを繰り返しているモノトリア家は、優秀な者(トウカの義父義母やライティアの両親)と残念な者(ライティア)二極化されています。まぁライティアも……

戦わないルゼルのステータスはトウカの物理を魔法に変えて体力をそげ落とした感じです。ただし魔法を使った瞬間に反動で死にます。遺伝子疾患とか言ってるので分かると思いますが転生者です。原作知識はないですが。

ドレスを着せても女の子らしくならなかったトウカでした。

追記 ルゼルの口調修正


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もしもトウカが剣士さんじゃなかったら1

 茨に変えられた女性の前で座り込む、誰かの姿が見えた。ほかの人達と違って緑色っぽくは見えない。……もしかして、僕以外にも無事な人が居たんだろうか。

 

 姫も陛下も姿を変えられてしまったけれど、あと一人ぐらいは何ともなかった人が居てもいい筈だと、微かな希望に縋って城中を駆け巡っていたところに見つけた白い姿。急いで近寄ってみれば、それは茶色の頭をした見覚えのない少年だった。純白の服は小間使いや下っ端の兵士のものとは思えない。……貴族とかの、偉いさんの息子?

 

「……うぅ、ははうえ……」

「あの……」

「だ、誰だ?」

 

 慌てて振り返ったその顔は、悲しみや恐怖でくしゃくしゃになっていた。それでも泣いていなかったのは意地、みたいだ。僕より少し年下に見える幼い顔つきで、右目は長い前髪に隠されて見えない。……やっぱり見覚えないな。これでもトロデーンに来て長いから一度も見たことのない人なんて珍しいんだけど……行商人さえ、何人も顔見知りなのにおかしいなあ。

 

「僕はトロデーン近衛兵所属のエルトです。貴方は?」

「……ボクは、トウカ・モノトリア……。ねぇ、どうしちゃったっていうの? 君以外の人間はみんな茨みたいになってて……母上も……! 他に無事な人はいないの?」

「……残念ながら、姿を変えられていないのは貴方と僕だけです。姫と陛下は姿を変えられただけで動けますが……」

「あ、ああ……なんてことだ……」

 

 がっくりとうなだれた彼。……にしてもモノトリア、か。名だたる大貴族の名前だ。その息子の名前までは知らなかったけど、本人で間違いなさそうだ。

 

 僕が顔を知らなかったのもなかなか屋敷から出ないような箱入り息子なら納得だ。大方、異変に気づいて飛び出してきて母君を見つけたんだろうけど……ちょっと軽率だね。おかげで見つけれたからいいものの。

 

「……一緒に来ていただけますか?」

「うん……」

 

 力なく座り込んだままの彼に手を差し伸べてみれば、何の警戒もせずに僕の手を取って立ち上がる。それは武器も握ったこともなさそうな、男とは思えない柔らかい手で、生存者を見つけれたことはいいことのはずなのに……なんとも心細くてならなかった。

 

 不安がっている彼にはとても言えないようなことだけど。だって、この時は力強い味方だとは到底思えなかったんだから……。

 

 それは一見か弱そうに見える少年の本性を知らなかったゆえの、楽観に似た、ただの勘違いだった。

 

・・・・

 

「……お久しぶりです、陛下」

「おお、おぬしも無事だったのか、モノトリア」

「はい。……お役に立てるかわかりませんが……」

 

 護身用にと義父上に昔買っていただいた剣を背負い、比較的丈夫な服を着て準備といってもいいのか分からない準備を終わらせた私は、おいたわしい姿に変えられてしまった陛下の前に跪く。使い慣れない武器を持つのも、あまり出ない外に行くのも怖くて仕方ない。

 

 十何年も前の出来事とはいえ、殺されかけるという出来事がすっかりトラウマになった私。義父上や義母上の期待に応えたいのに、言うことを聞いてくれなかった身体。怯えるようにずっと本を読みあさり、せめて使えれば役に立つかと思った魔法は使えず、それどころか耐性がマイナスになっているとかいう意味の分からない状況で……。

 

 あぁ、なんて私は使えないんだろう。今の私は陛下の盾に何回かなれたらいいところで……。無事だった近衛兵のエルトにすら、私は恐怖心を抱いている。

 

「……魔物だ」

 

 びくびくしながら歩いていれば、不幸にも現れた魔物が前世の半分ぐらいしかない視界に入る。恐怖心が一気にこみ上げてきて、吐き気すら感じる。でも逃げれないし……私は逃げてはいけない。こんな役立たずでも「モノトリア」である限り。

 

 剣を引き抜いて魔物に向け、震える足を無理やり押さえつけて向かっていくしかないんだ。

 

 エルトが兵士らしく模範的な、しかし力強い攻撃を魔物に浴びせる。しかしそいつ……恐らくスライム……は可愛らしいフォルムの癖にそれに耐えきって、標的を私に向けたのだ。喉が締まったような感覚がして、目眩やら吐き気やらが一気に高ぶる。だけど、私は逃げてはいけないのだ。

 

 覚悟を決め、攻撃される前に攻撃するしかなかった。体が勝手に動くような良く分からない感覚のもと、慣れない剣で斬りあげてみればスライムをなんとか倒すことができた。

 

 --ドクリ。

 

 何かが私の胸のうちで疼く。その時の私は戦いに勝利できた安堵感でいっぱいで、何も気にしちゃいなかったのだ。私の浅ましい心臓は、私の想いと相反して……戦いを求めていたなんて。

 

・・・・

 

 やっとのことでベッドで寝れる。

 

 陛下の計らいで宿に泊まれることになり、私はふらふらとベッドに近づくとぼすりと倒れた。のろのろと体を起こし、靴を脱いで剣を背中からおろし、習った通りの模範的なやり方で剣の手入れをするともう私の目蓋はくっつきそうだった。

 

 剣は、私をおかしくする。

 

 剣は人を守れるものかもしれない。剣がなければ今日私は殺されていたかもしれない。でも、刃がついた、凶器だ。人の命を奪えるものだ。私みたいな非力な人間でさえ魔物の命を奪える恐ろしいものだ。

 

「怖い、なぁ……」

 

 弱音が口ついて出る。自室に比べれば遥かに狭いその部屋では言葉が良く響いてしまって、思わず耳を塞いだ。誰かに私の弱さを指摘されたかのように、嘲笑われたように、勝手に思ってしまって。

 

 体を縮めて頭を抱えて、なるべく小さくなる。矮小な私に胸を張る資格なんてないのだから。

 

 怖い。死にたくない。戦いたくなんか、ない……はず。何よりも、刃が怖い。

 

「……使わなかったら」

 

 そうだよ。刃を使わずに戦えばいい。私には魔法は使えないけど、なにか方法はあるはずだ。例えば……武道家、とか。

 

 刃が怖いなら、刃を自ら使うのが身が切れそうな程に忌避感を募らせるのならば。素手で魔物を屠った方が余程いいんじゃないか? なんてとんでもない考えが浮かぶ。

 

 疲れきってまともな思考が働いていない自覚はある。だけど、目を瞑って手に残る剣を振るう感覚から逃げよう逃げようと必死になっていくうち、それが名案に思えてきてしまったのだ。

 

「そうだ、殴り殺そう」

 

 私は素敵なアイデアに笑顔になって、今度はベッドに大の字になって寝転んだ。なんだか、いい夢が見れそうに思えてきた。

 

 これが。「拳士」トウカの旅立ちの物語である。




ちょっと弱気なトウカさん、ストレスのあまりぶっ壊れたようです。


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もしもルゼルが生まれていたら2

 自我というのはどこで自覚し、確立するんだろうね。個人差はあると思うけど、俺達兄妹はほぼ最初から異端児だったことは間違いないんだ。

 

 ぼやけた視界、今以上に言うことを聞かない体、理解出来ない言語はまさに赤ん坊の時の記憶だろうね。何故か母親の腹の中での思い出は持ち合わせていないけどね。

 

 一歳。既に俺は弱くて未熟な子供で、なんどか生死の隙間をさ迷っていた頃。トウカがやってきたのはその時だったね。

 

 門の前に捨てられていた哀れな赤ん坊。首には致命傷になりうる程大きな傷、右目は虚ろで視力はなし。それでも左目には僅かながら理性を伺えたし、俺や母や父を本当の親や兄でないと気づき、でも受け入れて眠る姿は俺に、俺と同じだって気づかせたね。

 

 幸い、モノトリアを捨てて去った者の子孫だったトウカは名実ともに俺の妹になった。俺にはそうじゃないって分かったけど、喋れる年齢じゃなかったし。

 

 俺は彼女を、自分より幼く小さく、そして守るべき妹であると認識して、守らなければと決意した。正直なところ、そういう決意は理性的な判断というよりもどちらかといえば本能的に守らなければと感じたからってのが正しいんだけどさ。建前ってやつ。

 

 古くからモノトリア家に伝わる言い伝えには守護者と「真の」主という関係があるのを知ってたし……本を漁って……多分だよ、俺は一族の悲願である守護者で、最後のモノトリア。そしてトウカこそが陛下や幼い姫ではなく本当の主、つまり「真なる主」であり、この出会いは運命なんだろうってね、感じていた。

 

 モノトリアの歴史は古く、千年を超える。きっとその千年以上前に交わされた約束、契約なんだろうね。トウカの右目になって、トウカを守って、彼女を幸せにする手助けをするってことを、誓ったんだろう。

 

 兄として当然の事を使命にするなんて先祖は少しばかり失礼じゃない?俺は弱かったけど、覚えることは得意だったから、知識を組み合わせれば守れるだろうって考えてたし。……思ってたんだけど。

 

 俺、四歳。トウカは三歳。妹は剣に興味を示し、学び始めた。その才能は凄まじく、瞬く間に技術を吸収すると体力作りに励んだ。

 

 剣、勉強。努力家の彼女は何度だって繰り返したし、何度だって努力したし、覚えるのだって早かった。反復練習を怠らないからあっという間に才能と努力のハイブリッドは師を追い越し、齢五の時には国一番だったよね。

 

 信じてない人は多かったけど、俺は信じてた。そして、何より……俺を守るって、笑ってた。言葉通り、暗殺者からも、従姉からも守ってくれた。

 

 仲のいい兄妹であると思うよ。彼女は幸せそうで、それならいいかもしれないとも思っていたよ。

 

「私はね、剣を振るうことが楽しいんだ」

「兄上をお守りすることはとっても嬉しいことなんだよ」

「私は育ててくれた恩を返したいんだ」

「兄上は何だって、一回やったら出来ちゃうから……私は頑張らないと勝てないなぁ」

 

 幼子から告げられたとは思えない言葉。それは俺だってそうだけど。いつの間にか彼女は比喩でなくたくましく、そして優しく育っていた。

 

 反するように体の弱い俺はどんどん何も出来なくなって、勉強ぐらいしか出来なくなって、本の内容を覚えるしかなくなって、ならせめて、もしもの時に……彼女ですらなんとかできなくなる困難に陥ったらこのちっぽけな命を懸けて助けてやろう、それが俺の務めだって思うようになっていた。

 

 彼女は年を重ねる度にどんどん強くなる。国一番の剣士は負け知らず、周りの声で戦わされた近衛隊長との戦いにいともやすやすと勝利したのは六歳の時、七歳の時は魔導師と戦って魔法を斬り、弱点すらその力でねじ伏せて勝利した。

 

 そんな彼女は毎日楽しそうで、だけれども俺と話すときぐらいしか休みがなくて。八歳のときかな、城に引き取られてきて小間使いになった子……つまりエルト……と友達になった時は自分のことを棚上げして安心したぐらいだったから。

 

・・・・

 

「あ、あの……義兄さん?」

「まだ話は終わってないよ。話することしか出来ない俺の話にも付き合えないの? あと義兄さんって呼ばないで」

 

 トウカと似つかぬトウカの兄貴……血が繋がってないから当然だが……は不機嫌そうにベッドの上で溜息を吐いた。挨拶に来て、トウカの両親に歓迎されて、そして一番の難関であると囁かれた兄との面談はなんというか……妹自慢のオンパレードだ。

 

 深刻そうに語られる言葉の端々に「俺の妹強い」、「妹が可愛すぎて生きる」。そしてゾッとするほど整った顔ですごく睨んでくる。俺が色男だとしたら……神の作った人形という感じの美貌は、なんというか残念だった。

 

「あのね、トウカはさっきも言ったけど友達すらエルトしかいなかったんだ」

「はぁ」

「呪いを解く旅? 俺もついて行きたかった! 一発で死ぬけど盾になりたかった! 帰ってきたら女ったらしそうなボーイフレンド連れてくるなんて! エルトは何をしてたんだ!」

「ルゼルさん落ち着いて」

「落ち着けるk……げほっ……。あぁごめんね、取り乱したね」

 

 ルゼル兄上の代わりにならなくちゃと微笑んだのを思い出す。今なら言えるぞ、ならんでいいと。出生のすべてを知った今、むしろ逆なのはよく理解出来た。

 

「トウカを幸せにしなかったら生霊になるし死んだら悪霊になるからね。ふぅ……結婚式いつ?」

 

 今にも呪いをかけそうなほど恐ろしい顔をした後、スッと無邪気そうになった彼はにこにこと……不自然なほど笑って……聞いてきた。

 

 あの妹にしてあの兄あり、最終的に病弱設定どこにいったと言わんばかりの恐ろしい力で腕に痣を残していったりした兄は大きな爆弾を落としていったのだった。



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もしもトウカが敵対したら

90話でトウカがもし呪われしトウカとなって味方に襲いかかっていたら。

残酷描写、バッドエンド注意。

トウカは呪われないので「呪われし」トウカ戦なんてありえないんですけどね!


 光が、私を襲う。瞬間、意識は上書きされていった。

 

 私は私だ。私はトウカ、性別は女、年齢は恐らく十八。それには違いなかったけど、決定的に考え方が変わったように思う。そしてそれを当たり前だとも考えれるようになった。

 

 「嬉しいことに」。私は、これで、義理からの忠誠ではなく本当の主への忠誠を誓えるというわけだ。しかもこの体はかなり具合が良いらしい。ドルマゲスみたいな才能のない、しかも限界のきた男の身体より若くて鍛え上げた伸びしろのある体の方がいいに決まってるだろう?

 

 偉大なる魔神ラプソーン様には、あんな男より私の方がいいに決まってる。

 

 あぁ、杖が。おいたわしや、こんな杖に封じられて、私を通してでしか動けないなんて。なんてことだろう。この世界を支配し、本当の幸福の中でみんな生きるべきだ。いや、ラプソーン様の為には喜んで死ぬべきでもあるけれど。

 

 なら、残りの賢者も私が殺せばいいだけのこと。幸い、ラプソーン様の魔力があるから私も魔法が使えるようになったみたいだ。もちろん、私自身に魔力は……あるにはあるみたいだけど使えない。偉大なるそのお力を借りることで私は……目の前の人間を殺せる。

 

 ま、私はお力を借りなくてもいけると思うんだけど……慢心はいけないね。

 

 エルト、ヤンガス、ゼシカ、ククール。思い入れはある。別れだと思うと悲しい。二度と会えないなんて思ったら悲しくって。でも仕方がないこと。どうせここで見逃したって対峙するだけなんだから。無駄なことをしたって余計悲しくなるだけ。

 

 嗚呼、嗚呼。悲しいな。悲しすぎるよ。別れっていうのは……悲しいものなんだ。

 

 私はトウカ。ラプソーン様が見間違えられたのはアーノルド。アーノルドという男は何者なんだろう。あんなに気になっておられたんだから、きっと悲しい別れをしたんだろうな。別れを悲しいと思うラプソーン様は心のない、助けてもくれない神ではない。理解の深い偉大な方なんだ。

 

「あははっ」

 

 杖を左手に持つ。右手はいつも通り剣を構える。向けるのは、一番後ろにいて、どうしてか、私を凝視して硬直しているククール。どうしてだろうね、彼は私にそんなに思い入れでもあったんだろうか? やっぱりツンツンしてるところもあったけど優しくって愚かだから?

 

 彼とゼシカは敏いから、私が敵対したことにはもう気づいてるかな? あぁエルト、信じられないような顔をして。十年一緒にいた親友だろう、今は別れを悲しもうよ。

 

「別れって悲しいよね!」

 

 ククールに剣を向け、突撃。なんとか躱したククールは、震える手で杖を構えていたけれど、私に攻撃するなんて考えもつかないみたい。哀れだなぁ、愚かだなぁ、バギクロスを撃てばいいのに! 悲しいなぁ!

 

「とう、か?」

「回復役には最初に死んでもらわないといけないよね。悲しくって涙が出そうだけど……君たちには偉大なるあの方のために死んでもらう」

 

 あれあれ、私ってば手元が狂っちゃってるのかな? ゼシカが放った渾身のルカニを躱したものの、まだ一人も殺せていないなんて。あれあれ。悲しすぎて涙がちょちょぎれそうだから?

 

 さてと、魔法を披露はしようか! 初めての魔法、ワクワクするなぁ!

 

「バイキルト!」

 

 エルトが驚きでいっぱいの顔をした。ちゃんと発動したから? それより絶望してくれないと、悲しめないんだけど。

 

 ていうか、魔力は借りれるにしても才能はそうはいかない。使えるってことは魔力はないくせに魔法の才能はあったってこと? それともラプソーン様のお力が素晴らしいから?

 

 ま、いいや。

 

 呆然として杖を取り落としそうなククールから殺そうと思ったけど後回しでいいや。だって回復どころか一歩も動けそうもない。それならより私の動きを知ってるエルトからのほうがいいだろうね。それか魔女のゼシカ?

 

 ククールの前から跳躍し、横薙ぎ一閃でエルトとゼシカの首を刈ろうとする。エルトはやっぱりぎりぎり槍で受けきった。ゼシカ? あぁ……首から血を流して、瀕死かな。避けたみたい。避けきれてないから瀕死。でも殺せなかったのは私が未熟だから。

 

 ヤンガスが腹をくくって私を止めようとしてくる。斧を振りかぶって私の動きを止めようって? そうはいかない。そうはさせないさ。だって止めるための動きで殺そうとしてないじゃないか、迷いがあるんだよ。

 

 鉄板入りのブーツの底で斧を受け止めると、蹴り返しながらメラミ。ほぼゼロ距離から放たれた魔法をモロに食らったヤンガスは命に別状はないけどまぁ、怯むよね。発動が遅いメラゾーマだったらここまで瞬発力がないわけだし、我ながらいい判断。

 

「散れ」

 

 ま、そんなに怯んじゃったら今まで倒してきた魔物みたいにスライスしちゃうんだけどね。横切り3回、輪切りってやつ。これで一人目だ。

 

 エルトから回復してもらったらしいゼシカ対策にマホカンタ。必死で向かってきて、普段めったに使わない短剣を引き抜く前に今度こそきっちり首を切り裂き、胸を一突きして二人目。鮮血が飛び散って、肉片がべちゃっとそこらを汚すのが目立ってきたね。

 

 うーん、ゼシカはヤンガスに比べて斬りごたえがないなぁ。体積の問題? でも死んでも可愛いね。ヤンガスは死んでも強そうだし。

 

 涙を浮かべながら渾身の力で薙ぎ払ってきたエルトの攻撃をひょいと躱し、間髪入れずに雷光一閃突きが眼前に。いくら命中率が高いって言っても普通の攻撃より遥かに隙だらけの攻撃なんだから当たるはずもなく適当に避けて、なんとなく気まぐれで柄で思いっきり殴ってみた。

 

 気絶したのかどうと倒れたエルト。……うーん、脳漿がそこらを汚してるし生きてはないみたいだなぁ。ああ悲しい。エルトには血の色が良く似合うのに。親友だったのにごめんね。

 

「さて、ククールだけだ」

 

 びくりと彼は体を揺らした。味方を生き返らせようともせず、反撃の気すら薄いククール。なんでだろう?優しくって愚かなククールだけど、ちゃんと度胸もあるはずなのになぁ。

 

「どう、して」

「愚問だね」

「……殺すのか?」

 

 そりゃあ殺すんだけど。まぁ、こんな無害なククールならほっといてもいいかもね。でもあの三人を生き返らせたら困るから……。先にやることがあるな。

 

「ベギラゴン」

 

 対象からククールを外して、火葬。まぁさっきまで仲間だったわけだし。死体を消すって意味の方が大きいけど。さてと、泣きそうな顔をしてても綺麗な顔だね、ククール。死にたい? 生きたい? どんな気持ち? 私を憎めばいいのにね。頭が追いついてないのかな?

 

「……」

 

 上から下までククールを眺めた。ほかのみんなは殺してしまったし、焼いたし、反撃してきたからじっくりなんて見れなかった。首のチョーカーを毟り取って、なんとなくククールの前に立つ。

 

 怯えている? 違う。悲しんでる? 違う。なら、ククールは何を考えているんだろう。

 

「全部忘れさせてあげようか。そしたら生かしてあげる」

 

 頭の中で考えていることと、私は違う行動をした。歩み寄って、せめて一撃であの世に送ってあげるつもりだったのに。泣きそうなククールは、私の頬のかすり傷を慣れたように治して、そして、そして。

 

「忘れるのだけはごめんだぜ……」

 

 あぁ、最後の慈悲は君が君の手で潰したわけか。何故か泣きそうなのに笑ったククールは、破邪の魔法を発動しようとしたのか、それともそれは神の裁きたるグランドクロスだったのか。

 

 どちらにせよ、何か害そうとするのなら、させる前に殺してしまう他ない。悲しいけど。

 

 剣を鋭く、その一撃は一番冴え渡って。

 

 赤い服に赤い傷、銀髪を赤に染めてククールは死んだ。

 

・・・・

・・・

・・

 

「……何があったか? あまり言いたくはないんだがな」

 

 あまりにも遅い帰りに痺れを切らしたトロデ王によって生き返ったククールは苦い顔で俯いた。激しい炎が何もかも……ククールの死体以外……を燃やし尽くし、骨の欠片も見つからなかった為、もはや真実はククールの中にしかなかった。

 

「ドルマゲスだよ。ドルマゲスをトウカが倒した。そして本気を出したドルマゲスに俺達はやられたってわけさ。回復魔法が使える俺は最後まで生き延びたが、ザオリクを使えないようにみんな、焼かれちまったんだ」

 

 何故か、口ついて出たのは嘘だった。ひどい嘘だったが、本当のことを言ったところで何になる?ひとりで彼女を追いかけても……また殺されるだけだろう。

 

「初めに『トウカを庇った』ヤンガスが死んだ。次はゼシカだった。エルトはずいぶん頑張ったが、駄目だった。トウカは最後まで俺を逃がそうとしてくれたが、結果はあれだ」

 

 涙は出ない。嘘をつくことは久しぶりだったが、慣れていた。トロデ王は信じた。……信じなかったかもしれないが、追求はされなかった。

 

「またどこかに行っちまったな。流石に追いかけるのは無理じゃないか?」

 

 皮肉気な微笑みは、微笑むと到底言えないような歪みとして真実を示唆しているかのようだった。




ククール生存()。
ククールじゃなくてもトウカは最後に残った人を逃がすつもりでした。なんとかかんとか心で反発。

この後、トロデ王は諦め、ククールはふらっと彼らの前から消えます。


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もしもトウカが剣士さんじゃなかったら2

一応続きみたいな。


 一晩開けて。

 

 滝の洞窟とやらに行くため、準備とかなにやらが二人ともあったみたいで、少し時間が取れた。だからエルトに一応断って、私はアイデアを実行する為に武器屋に向かうことにした。

 

 剣を使わずに殴り倒すにしても、素手で殴ったらそういう経験のない私は弱いのだし、きっと怪我してしまう。そうしたらいくらたくさん回復アイテムを持っていても迷惑だろうし、痛いのは出来るものなら嫌だったから。

 

「お、いらっしゃい」

 

 朝、店を開けたばかりらしい。店の筋骨たくましい男が愛想よく声を掛けてくれた。護身用として剣を背負ってきたからちゃんと客として認識されたみたいだ。

 

「素手用の、グローブのようなものはある?」

 

 知らない人に話しかけるのは勇気が要った。外に出ることがなかったから、養い親や使用人の何人かとしか話したことがなかったから。陛下や姫とお会いしたことはあれど、話のような話もしなかったし。

 

 だから、私の態度が果たして正しいのか?と問われたら答えられない。でも、幸いにも彼は不思議そうに問いかけを返していただけだった。

 

「……そういうのは防具じゃないのか?」

「関節部にトゲのついたような……保護かつ武器となりうるもの。ある?」

 

 武道家が使うような、という説明をした方が良かったのかも。明らかに戦闘どころか人馴れもしていない私に不信感を抱いたのか、彼はなにやらごそごそと探しながら、

 

「見たところ兄ちゃん、戦闘経験もロクになさそうだ。そんな武器で戦うっていうなら死ぬぞ? その背中の剣を使った方が懸命だと思うけどなぁ」

 

 と言った。ああ、そのとおり。でも剣で戦って怯える方が死ぬと思うんだ。刃物に深いトラウマのある私は自分が振るうことすら駄目なのだから。

 

「ボクは死なない。死ぬわけにはいかないから。だけど、剣ではそれを為せないんだ。……どうか売ってはくれないか」

「そうか。……まぁ武器を売るのが俺の仕事だからな。兄ちゃん、好きなのを選べ」

 

 深くは聞いてこなかったことに感謝しつつ、私は見せられた物を眺めた。並べられた「グローブ」はおおよそ私の想像通りの見た目をしている。

 

 私では腕を動かせそうにないようなごついものから、軽そうだけど仕込み武器があって扱えそうにないものとか、いろいろあった。その中でも目を引いたのは手の関節部にトゲのついた、私の考えていたのと寸分違わぬもの。比較的防具に近い構造をしている。提示金額は四百二十ゴールド。

 

 迷わずそれを手に取ると、それを買った。試しもしない、比べもしない姿を見て呆れたのだろうか。彼はお金を受け取るとぼそりと呟いた。

 

「……ご武運を」

「ありがとう」

 

 その時私は剣にモノトリアの紋章がバッチリ刻まれていて身バレしてるなんて思わなかった。装備を変えたおかげでほかの誰にもバレなかったから、彼には助けられたよ……。

 

 人気のないところで剣を仕舞い、グローブを嵌める。どんな魔法が掛かっているのか分からないけどすぐに私のサイズにぴったり合う。

 

 少し考えて手袋からもう一つの、義父から贈られた護身用のものを取り出して装備した。短剣ってやつだ。もしかしたら刃物が必要な場面があるかもしれないから。

 

 よし……。

 

 急いでエルトたちを探さないと。

 

・・・・

・・・

・・

 

 追いついた。

 

 剣を装備していない私を不思議そうにヤンガスが見て、疑問に感じたようにエルトが話しかけてくる。……私より背が高く、しかも若くして近衛に上り詰めた彼は、少し怖かった。もちろん頼もしい味方なのだけど、使えない私を捨てやしないかと、思ってしまって。

 

「剣は、どうしたのですか?」

「事情があって。ちゃんと戦うから、そこは心配しないで。剣はそもそもほとんど使ったことがなくてね……そっちの方が足でまといになってしまう」

「そう、ですか。街に残りますか?」

「陛下と姫の為、そしてトロデーンの国民を守るのは貴族の役目でもあるんだ。ボクはこんなんでも『モノトリア』だ。引くわけにはいかないよ」

 

 エルトの黒い瞳が少し、呆れたみたいだったけど、それ以上は何も言ってこなかった。命の恩人であるエルトを慕うヤンガスも、エルトが私に貴族だから敬語を使う様子を見て……そして多分それよりも陛下のように突っかからないから何も言わない。

 

 私のことを二人とも無視こそしないけど、気にしない。

 

 ……これでいいんだ。これで。仲良しごっこなんて出来ないんだから。死にたくないけど、見捨てられないなら、それでいいんだ。

 

 そこからしばらく歩いて、戦闘して、滝の洞窟に着いた。そこで襲いかかってくる魔物はフィールドで襲ってくる奴ら……なんとか殴り殺せる程度……よりも、強い。

 

 最初と違って迷いがなくなったから、威力が上がった私の攻撃だけど、それでも一撃で殺せないから何度も何度も殴って倒すしかなかった。

 

 そのせいですぐに私の白かった服はなんとも形容し難い赤黒っぽい色に変わった。染料は魔物の血や体液だ。正直、気持ち悪いけど……脱いで性別がバレるのも、守備力が下がるのも真っ平御免、我慢するしかなかった。

 

 そうなってしまうほど過激な戦い方だけど、刃物を使わないから、ちっとも怖くはなかった。……嘘だよ。怖くはなかったけれど、怖く「は」なかったけれど、どうしてか愉快で愉快で仕方がなくて、大声で笑いだしそうになるのを必死でこられるのが大変だったぐらいだ。

 

 でも顔は抑えきれなくて、ずっと満面の笑みだったと思う。そうなってからヤンガスは一度も振り返らなかった。エルトは三回の戦闘に一回ぐらい怪我の心配をしてくれたから薬草ですぐ治して見せた。

 

 お強かったんですねって、少しひきつった顔で言っていた。だから、君ほどじゃないよって返しておいた。

 

 強い魔物を次々殴る。蹴る。首をギチギチと締める。壁に死ぬまで何度でも叩きつける。踏む。心臓を狙って、打ち込む。

 

 ただの一度も短剣を使わなかった。グローブをしていても慣れないから手が痛くなったり、足に血豆が出来たんじゃないかってぐらい傷んだりした。でも全て気にならなかったんだ。煩わしいなら薬草もアモールの水もあるから、治せばいいだけだったし。

 

 エルトとヤンガスがどんどん無口になっていくのも、次々と襲い来る魔物にできるだけ気づかれないようにして戦闘を避けるためだと思った。だから、楽しくって、幸福感すら覚えた私も口をつぐんだ。

 

 血を浴び、魔物の悲鳴を聞き、自分の命をぎりぎりで守り抜くのはあぁ、なんて楽しいんだろう! これが生きてるってことなんだね!

 

 部屋の中でひたすら怯える灰色の日々にはなんて勿体なかったんだろう! 私はここで、こんなにも「生きれる」というのに!

 

 急所を狙って鋭く一撃。めり込んだ拳が、グローブのトゲが魔物の体に穴を開けた。ずぶりと沈んだトゲを抜けば血が溢れ出る。倒れた魔物の首の骨を折ってトドメをさす。

 

 足で思いっきり力を込めて踏みまくれば私にだって魔物の首の骨ぐらい折れるということを学んだ。もし囲まれたなら、連打で目の前の魔物を殴り、蹴り、殺していけばいい。

 

 最初は拙くても今はまぁまぁ洗練されたかな……?少しずつ形になってきて、技として成立してきたかな。正拳突きがモグラを一撃で仕留める。スキッパーは踏み殺せる。

 

 あぁ、あっちが、最深部かなぁ。

 

「……狂われた。ううん……あれが、彼の」

 

 ボソリ、エルトが何かを言ったように思う。よく聞き取れなかった。

 

 勝たないと、すべてを倒さないと。私は生き延びたいんだ。もっともっと、「生きる」ために。そして今度は守るために。




拳士さんは剣士さんと違ってステータスがぎゅいんと伸びます。最終的にはあまり変わりませんが。

結論:戦闘狂(タチ悪い)


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もしもトウカが剣士さんじゃなかったら3

 魔物の血や体液の臭いがぷんぷんする。目の前の狂ったお方のグローブからは赤い液体とも固体ともつかないものが滴り落ち、不自然なほど明るい笑顔がそこにある。

 

 弱いとか、頼りないとか、そんなのは狂気が目覚める前のただの幻想だったんだ。もしかしたら、僕が彼を城で見たことなかったのも狂気を振り撒かないためだったのかも、しれない。それならなんて英断なんだろう。味方にその牙を剥かないのが奇跡に思えるぐらい、彼は恐ろしく狂っていた。

 

 その戦いぶりは鬼と言っても間違いない。残虐さを極めた子供のような無邪気は、凄惨な光景を次々と生み出す。死ぬまで殴る、と言えば分かるだろうか。自分の拳がどうなろうと殴り続ける、蹴り続ける、踏み続ける姿は魔物より遥かに恐ろしい。なのに、笑顔なのだから。

 

 飛び散る血にきゃっきゃっと、喜んで笑い、その肉を殴る手応えに満足げで、殺した時は恍惚だった。その癖僕の持つ剣には憎悪が向いている。僕ではなく剣だったからさっさとブーメランに持ち替えることによってそれは回避できたけれど。剣の方が便利な時でも怖いからやめた。

 

「案外、スライムやザバンみたいに言葉を喋る魔物もいるんだね」

「そうですね」

 

 ぷるぷる震えるスライムを抱き抱えて楽しそうだった様子を思い出す。最初は怯えていたスライムもやはり人間ではなく本質は魔物、すぐに彼に懐いていた。強者に惹かれる……本能の生物。ぷるぷる震えながらスライムも彼も笑う。狂った空間だった。

 

 確かに何もしてこないならスライムは可愛らしい見た目をしていると思うけれど、多分彼の楽しそうな様子はそういう感情ではなく攻撃してこない珍しさからの気まぐれなんじゃないだろうか。彼なら笑いながら握り潰しても僕は何も、驚かないのに。

 

「ボク、足手まといじゃない?」

 

 あと少しで洞窟から出られる、そんな時だった。リレミトの魔力をホイミで使い尽くしてしまったので歩いて帰り、あのスライムの熱烈な見送りを受け、魔物を行きと同じく蹴散らしつつの言葉だった。

 

「いいえ」

 

 足手まといなものか。世間知らずで箱入りで、多分同年代と話したこともないであろう彼には嘘をついたってバレないと思う。でもその嘘はつけなかった。

 

 たとえ、僕の役割も居場所も取られてしまうと今も心が悲鳴をあげていても。兵士として陛下も姫もお守りしなくちゃいけないのに、その役割を奪われてしまいそうでも、……彼に逆らってはならないだろう。地位としても、実力としても。個人的にあの狂気を向けられたくないだけにせよ。

 

「そう、良かった!」

 

 無邪気かつ太陽にまで見える眩い笑顔に、愛想笑いしか返せなくても。

 

 なんとなく、彼か僕のどちらかが違う道を歩んでいたら仲良くなれたのかもしれないな、なんても考える。仲良くなりたいわけじゃないけど……なりたくないわけじゃない、けれど。

 

 どうだろう、なんとなく笑い合いたいような気もする。でもこんな恐ろしいお方に目をつけられたくはなかった、正直。ヤンガスが、肩を少し震わせたのに僕は心の中で全力で同意した。何より、怖い。

 

・・・・

 

「……」

「……」

 

 なんで私はこの強面のヤンガスと向かい合っているんだろう。エルトが助けた元山賊、私と話した事はほぼ、ない。悪く思われてはいないけど、良くも思われてないはず。それともエルトからの言伝でもあるんだろうか。

 

 ルイネロさんのご好意で泊まらせてもらうことになり、エルトはそれを陛下に報告しに行っちゃったし、ユリマさんもルイネロさんも階下だし、ちょっと……誰か助けて。

 

 彼は悪い人だったけど、多分今は悪い人じゃないみたいだけど、顔が怖い。本当に怖い。顔にある傷跡とか本当に怖い。目つきも怖い。髭が怖い。なにより人間が怖い。ひきこもり生活が長くて対人恐怖症めいたことになってる私にはハードルが高いよ……。

 

 えっと、私、なんかおかしいのかな。服は着替えたし、汚れも落とした。グローブの手入れもしたし……。

 

「あんたは」

「……何かな」

 

 やっと話しかけてくれたから、呪縛如く固まっていた体をなんとか動かせた。やっと息ができる。あんたって言われるの、今世で初めてだ。ほら、ひきこもりでも一応使用人とかと接するけど、みんな私の事はお坊ちゃまって言うし。だからって敬語を強要なんてしたくないけどさ。新鮮だ。

 

「正直最初は兄貴と比べてなんて頼りない野郎なんだと思ってた」

「うん」

 

 ご名答としか言えない。今だって頼りないやつでしょう。

 

「だが、トラペッタに来てから変わった。……だから教えてくれ」

「……うん?」

 

 何を?

 

「なんで兄貴はあんたと敬語で話すのか、あんたは何者なのか……何も知らない自分より年下のあんたが、怖いんだ、仲間のことをそんな目で見たくねぇ」

 

 ……えっと。この人は誠実、だね。

 

「……」

 

 え、お話終わり? 質問に答えろって? ……コミュニケーション能力の低い私にそれを頼むなんてなかなか無謀な人だなぁ。にしても、怖い、ね……。私のどこが怖いんだろう。

 

 武器を使って戦うヤンガスの方が私から見たら怖いんだけどな。直接殴り殺さないと怖いよね。まぁ鈍器か。鈍器で殴るのはちょっとは理解できる。私には持ち上げることも出来そうにないけどね。できるなら最初からそっちを選んでる。

 

 今は撲殺の方がいいけどね。

 

「ボクはトウカ=モノトリア。近衛兵のエルトから見たら自国の貴族だから敬語なんだよ」

「……貴族……」

 

 なんでそんなに信じてない目なんだろう。もやし体型に剣も持てない心の貧弱さ、怯え。それで充分信用できる言葉だと思うんだけどな。

 

「別に貴方に敬えなんて言わないよ。エルトだって旅の間はどう呼んでくれてくれたっていいんだけどね。職務中だし、どっちでもいいかって。罪悪感のない話し方をしてくれたらいい。……帰れたらそうはいかないけど」

「…………」

「何者って、言われても。ボク、剣が怖いんだ。剣というか刃物全般がさ。向けられるのも、向けるのも。だから殴り殺してるの。殴り殺せば怖くないし、手応えがある方が安心する。それだけさ」

 

 だからさ。

 

「怖がってるのはボクの方。怖がらないでよ、ねぇ」

 

 なんで最高ににっこり笑ったのに、ヤンガスは目を逸らしたんだろうなぁ。

 

 その日から、ヤンガスは私にも敬語になった。さん付けで。なんでだろうなぁ。エルト、教えてくれる……って、どっか行っちゃった。

 

 父上も母上もいないのに、気安く話してくれる人もいなくなっちゃった。早く、帰りたいな。




対エルト:怖い怖い怖い→怖い……ん?→話したら普通かな?→でもやっぱり戦闘怖い→そういう人なんだきっと→ちょっと仲良くなりたいかもしれないけど怖い→仲良くなったら普通だった(感覚麻痺)→トラウマが原因か……ちょっ、女の子→この人は素手で撲殺するだけで怖くないから大丈夫!(感覚麻痺)

対ヤンガス:軟弱野郎→怖すぎでがす……(敬語開始)→強いでがすね!(感覚麻痺第一号)→?!?!(性別暴露)→背中を預けれる存在でがす!

対ゼシカ:何この人→戦闘スタイル怖すぎ→普段は普通……?→話したらちょっと気弱なのね→戦闘狂なだけなのね(感覚麻痺)→話したら可愛い反応だったし(剣士より気弱なため)そうだったのね(性別暴露)→ククールをうっかり絞め殺さないようにね

対ククール:気弱レディ→(絶句)→猟奇的レディ→性別とかどうでもいいぐらいこいつはやばい→普段は普通にいけるかもしれない普段は(言い聞かせ)→レディは合ってた(虚ろ)→目で追う存在(回復的に)→ほっておいたら俺が気が気じゃない(回復的に「も」)→大好きホールドで腰の骨がやばい(エンダry)

続かないかもしれないのでここに残しておきます。拳士トウカはやばすぎてククールが引き気味になりますがエンドは同じです。(腰骨含め)引き気味というかトウカ自体が話しかけないと喋らないせいでもありますし、社交性が剣士さんのほうがあるせいです。

気弱なおかげでククールが男だと思っていた期間はなく、性別不詳だと思われていたというオチ。あとエルトがライティアにてめぇのせいか!!!!と殴り込みに行きそうです。親友ポジションにエルトではなく、信頼の関係にヤンガスかなと思います。

需要があったら続くかもしれません。


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もしもルゼルが生まれていたら3

※クリア後
※ククールとトウカが結婚している
※本編で出ていない事はぼやかしてますのでご安心ください
※詳しくは書いていないけれど主姫


「ゼシカのことは?」

「大事な友達!」

「ヤンガスのことは?」

「私もあんな力強い見た目になりたい! なんか私が姉貴だけど同士! 大事な友達!」

「……やめてくれ。で、トロデ王のことは?」

「主君!」

「ミーティア姫は?」

「お守りすべき存在! すごく美人!」

「で、エルトのことは?」

「友達! 相棒!」

 

 また始まったなと僕はやれやれと肩をすくめる。みんなで久しぶりに集まろうがこの夫婦、全く自重しないから困る。しかもこの場所はトウカの兄で僕の親友ルゼルの部屋だし。

 

 さっきまでゲホゲホしてたはずのルゼルが固まってる。目が怖いよルゼル。久しぶりに会ったのに僕じゃなくて騎士夫婦見てるのやめてくれないルゼル。

 

 僕疎外感で悲しい。ミーティアはニコニコ笑って二人を見ているけど、ヤンガスなんてすごい顔。トウカが結婚してしばらく経つのにほんと、すごい顔。娘は嫁にやらんな顔を一番してたのヤンガスだったもんね。

 

 ま、自室でもないのにドレスを着たトウカを夫婦のすることだからと騙して膝に乗せていちゃついてるククールのせいなんだけど。なんなのあれ。傍目から見たら見た目麗しい恋人か夫婦なんだけど言動が子供を騙す悪い大人なんだけど。

 

 妬み?そうかも。ゼシカもちょっと見せつけられすぎてイラついてるし。ククールに。まぁ少しは許してあげよう……実るまでの道のりが険しすぎたんだから。

 

 告白するまで気づかない好意、なかなか恋を自覚しないトウカ。ようやっとパーティ公認カップルになったと思ったらもう残るはラプソーンをぶっ倒すだけで、気合いバッチリぶっ倒したらその後立ちはだかるルゼル。むしろ普段は無表情な癖にククールと話してる時怖いぐらい表情豊かだったのには引いた。

 

 え、ルゼルがトウカの前にいる時? そりゃあデレッデレだよ。僕にはツンデレなのに。解せない。何がツンデレって? 「トウカを五体満足に連れ帰ってくれてありがとう」「笑顔が前よりも出るようになったし」「でもエルト、あの不埒者は何」って。不埒者ではないって説得が大変だった。

 

 っていうか、ククールって真面目だよね、ドニの人の話を聞く限り夜遊び好きだったろうに一度も行かなかったよ。カジノからトウカを遠ざけてたし。

 

 嫉妬を引くために結婚した後に行こうとした時とか本当に面白かったけどさ。その結果、ククールの赤い騎士服に似た服でこっそり着いてったトウカが女の人全部かっさらったって。……そして腕相撲でこてんぱんにもされたって、人前で。これは酷い。

 

 あっでも結婚式では熱かったよね、ウエディングドレス綺麗だったし、ククールもムカつくとかそういうの通り越してかっこよかったし、めちゃくちゃ祝福したし。トウカがククールをお姫様抱っこしようとして、ククールがあわてたのとかも。キスのあとの抱擁でアバラやられてたのだれだっけ。

 

 そうそう、あれ結局家ではトウカがお姫様抱っこしたよね?人目につかなくてよかったよね。ルゼルが吐血寸前まで笑ってたけど。主治医に怒られつつヒィヒィ言ってた義兄を持つククールには同情する。世間では繊細なる天才扱いされてるルゼルが結構妹絡みだとロクデナシなこととか。

 

「じゃあ、俺の事は?」

「大好き!」

「……あれ犯罪じゃないの?」

「夫婦だから……」

 

 旅が終わっても相変わらず童顔なトウカは大人っぽいドレスを着ていなきゃ成人には見えない。それが今甘い色のドレスを着ているものだから子供にしか見えない。髪の毛を結んでいる大きなリボンも原因だよね。

 

 で、ククールは今日はムカつくほどイケメンで、赤い服が良く似合う男。あれだ、色男。うん、ヒカルゲンジってやつじゃないの。見た目には。見た目は。対等に見えて敷かれてるようでククールが優勢でやっぱり相思相愛だけど。

 

「ククールがもっと腕相撲強くなったらもっと大好きかなぁ……特訓する?」

「今日は勘弁な」

「えへへーーそうだよね! 今日は剣の手合わせだもんねぇ!」

「そうだな、確か……」

 

 うーん、平和だな。こういう時は見せつけなくていいのに見せつけてくるククールが戦闘狂に甘い予定を崩されてるのは最高かもしれない。

 

「バイキルトなしスカラあり攻撃魔法厳禁の手合わせだよ、ククールくん」

「よ、よくご存知で」

「そりゃあ義弟の予定ぐらいこの俺が把握してないわけないよねぇ。ねぇトウカおいで」

「はい兄上!」

 

 いつもは今までの苦労を思ってこれ止めないけど、ルゼルはあまりにも容赦なかった。これはここでやったククールが悪い。ぴょんとトウカはククールの膝から飛び降りてルゼルの前にやってくる。ククールの手が虚しく空を切る。自業自得だよ、シスコンの前でやるんだから。

 

「いーこだね、トウカ。今日も勝てる?」

「えへへ兄上、ありがとう。無敗の剣士だもの勝てるよ!」

 

 ルゼル、煽ってトウカの頭をお兄ちゃん特権で撫でないの。

 

 あと目と鼻の先に対戦相手がいる時にそういうことは言わない方がいいんじゃないかな……。

 

 ちなみにククールは負けた。トウカから一本とったのは意地だったんだろうけど、それで怪我してたら意味ない気もする……。今日も炸裂したベホマは絶好調だった。

 

「で、甥か姪は?」

「えっと……」

「……まぁいいや。大事にしてくれたら」

 

・・・・

 

「ご飯にする? お風呂にする? そ、れ、と、も、手合わせにする?」

「……ご飯で、トウカ。いつも思うんだが何か違うんだ……」

「あ、そう? じゃあご飯ね。明日から選択肢はご飯か手合わせかちゅーにする?」

「是非」

 

 一緒に帰ってきたくせに毎回のセリフ。楽しそうなトウカに以前の男装めいた様子はない。髪の毛は長く後ろに伸ばして揃いにくくってるし、服装は優雅な騎士の服。ただしピンク色でアクセントは赤。女騎士だと見たらわかるだろう。なぜピンクなのかと聞けばトウカだかららしい。……桃花だな。トウカは桃花ではないらしいが。ややこしい。

 

 どうせなら真っ赤にした方が似合う、という言葉は飲み込んでおいた。トウカは無自覚女たらしだ。いくら服装が揃いでも、いや揃いだからこそそれは俺の沽券に関わる。

 

 トロデーン兵を辞め、結婚し、だが兄の希望通り跡継ぎを破棄したトウカ。まぁ紆余曲折あったが一応当主となるルゼルでモノトリア家は終わりだから仕方ない。だからトロデ王にも好きなことをやれと言われてたトウカは今、俺と僻地に住んでいる。やっている事は魔物退治だ。

 

「今日も人のためになったかなぁ。まぁ、私は私のためだけど」

「さぁな。ラプソーンの残党が減るのはいいことだろうよ」

「うん。さぁーて、ごはん食べてお風呂ーー!」

 

 小さな体が俺の横をすり抜けて走っていく。信じられないことに未だ健全すぎる関係は、そろそろ俺には限界に近かったが……まぁ、なるようになるのは知っていた。鈍感で戦闘のエキスパートの癖に恋愛音痴は初心だったからそれは性急になるのはクールじゃないってわけだろう。照れ屋だし、案外彼女は。

 

 その割には意地悪でセクハラめいた質問も体の仕組みを専門用語で解説してくる程度には鈍感で、意味に気づいてぽかぽか叩いてくるという可愛らしいところもあり……ただし打撲は結構酷かった……なかなかその反応も可愛い。

 

 少し前なら彼女のことを戦歴でしか知らない奴らは馬鹿にしただろうが、まぁ今は可愛い俺だけの奥さんだから、今更結構モテている。

 

 毎度思うが断るのは当たり前にしてもこてんぱんにするのはかわいそうではないか、とも思うものの。お断りしますスラッシュが見ててひどい。

 

 でも、こんな平穏な生活もいいかもな。

 

「ククールーー! みてみて、卵が双子だよ!」

 

 今を俺は結構満足している。ただ子供はトウカ似で性格はトウカ似でもおとなしい子がいいなと願う。




本編ククール「という二本立ての夢を見たんだ……」
ゼシカ「頑張って」

本編ではルゼルが存在しない(トウカは男装している)ので価値観的にもピンクの騎士服は着ないと思いますが。(赤は着る)

トウカって案外スキンシップ好きの照れ屋なんですけど、本編でやることは出来ないし照れる要素に気づかないしって散々なことになってます。そもそもスキンシップ好きでも抱きついたら凶器が相手に刺さりますし。

これはトウカが女の子として育った場合です。剣士さんで付き合ったからって大好きー!みたいな可愛い反応は期待してはいけません。


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もしもトウカが剣士さんじゃなかったら4

時系列飛びます。


 あぁ私は弱い。そういうことをこの旅では何度も突きつけられたよ。オディロ院長の死を何も出来ずに見ているだけで、何故か目をつけられドルマゲスに吹っ飛ばされるだけ吹っ飛ばされて。怪我を治してもらったのに心が痛くて痛くて仕方がない。涙がこぼれそうだけど、私はあいにく泣くことは出来ない人間だ。

 

 だから俯いて、目立たないようにしていることにした。今はなるべく人と話したくない。そんな感じだ。

 

 新たな仲間、ククール。自信に溢れるその言動は眩しくて、きっとすぐにヤンガスみたいに他人行儀になってしまうのだろうけど、せめてゼシカみたいに気安く話して欲しいな、なんて勝手に思いつつも彼が喋るのを見ていた。手にぴったりくるグローブを嵌めたまま拳をひたすら固めて。なんとなく不意打ちが来るかなと思って身構えていたのだけど、それは正解だった。

 

「改めて、俺は聖堂騎士のククールだ。よろしくな」

「うんよろしく。僕達の紹介、いるかな?」

「……あーーっと。エルトにゼシカ、ヤンガスだろ?で、そっちのレ」

「……ボク?」

 

 やっぱりだ。彼とほとんど話もしなかったし、私の名前をわざわざ彼の前で言うことなんてなかったから私の事は知らなかったんだろう。彼に聞かせるのは申し訳なくて、私は割り込むように口を開いた。

 

「ボクはトウカだよ。よろしく」

「あぁ」

 

 それにしても目立たないようにしていたのにそれでもわざわざ気を使ってくれるのは優しいな。態度も堅くないし。ちょっと嬉しい。

 

 出来る限りにっこり笑ってみたら、どうだろ、八十点かな。それでもククールは笑い返してくれたし、純粋にそれは嬉しかった。ヤンガスとか目を逸らすもの。エルトはそもそも笑うことすら許さない堅さ。ゼシカはなぜだかこっちにこないし。仲良く、なれたらいいな。

 

 すぐに後ろに引っ込んだからこの濃いメンバーに大人しいのがいるんだな、なんて軽口を叩いたのにみんなが微妙な態度で返事をしたのに気づかなかった。だいぶ後、話せるようになったエルトに怖かったんだと告白されることになる。でも私はブーメランでライティアを狙うエルトの方がよほど怖かったけれど。それはまた、別の話。

 

・・・・

 

「あ、魔物」

 

 新しい仲間のククールとぽそぽそ取り留めのないことを話しながらアスカンタに向かって進んでいると、魔物が私たちの前に飛び出してきた。見慣れないオレンジ色のスライム、つまりスライムベスや黄緑のスライムに乗ったスライムナイト。そいつらに囲まれてしまった。

 

 ククールって、私がマシュマロが好きなことしか話してないのにもう軟弱さに気づいてくれたみたいで、魔物に気付くと騎士らしく、守って魔物から遠ざけてくれた。嬉しい、旅の始まりの頃ならこのまま守られていただろうね、それぐらい嬉しかった。

 

 でも私、戦わないといけないから。ありがとうククール。ククールも私と一緒に戦ってくれたら守らなくていいよ。私はこいつらを撲殺しないと気が休まらない。

 

 私は力がない。ちょっとずつ付いてきたかなって思うけど、うろこの盾を装備しながら戦えるほど腕力がないんだ。皮の盾ならいけるかな、でもあっても煩わしいだけだろうし。

 

 つまり私は何で補ってるかって、手数。馬乗りになればダメージは増すし、トゲを突き刺せればさらにいい。

 

「ーーーーーっ!!!!」

 

 息を殺してククールの懐から飛び出す。拳を構え、飛び出してきたスライムベスを空中でぶん殴る。うまいことその拳はスライムベスを貫通して、ぼたぼたぼたっと形を留めれなくなったらしい液体が地面に垂れた。口元がにいっと、釣りあがるのがわかる。

 

 幸いというか、なんというか、それを見たのはククールじゃなくてヤンガスだった。わかりやすく目を逸らされたけど、今は構わない。今は戦えればそれでいい。殺せれば言うことなし。

 

「……あはっ」

 

 一撃で倒せるのはいいことだ。次の魔物を殺す時間が出来たってことだから。でも悪いこともあるよね、私の闘志が少しも満たされないし、胸の中で燃え上がった炎が消えないんだから。

 

 目を光らせて迫ってくるスライムナイトが三匹。めいめい構えた剣が私の目を潰さないことだけは注意して、……それだけ。

 

 あとはどこを斬られようと関係ない、刃を向けられて体が恐怖に支配され、怖すぎて、歯がガチガチと鳴る。なのに、なのに、私は、……愉快だ! 愉快でたまらない!

 

 腕が切り裂かれるのも構わずスライムナイトの本体を渾身の力でぶちゅりと踏み砕き、首根っこを掴んだ小さな体を地面に叩きつけ、踏みつける。後ろからほかのスライムナイトに斬られてもどうでもいい。反抗されようがその体に何回でも、何回でも、何度も何度も殴っていればいつか動かなくなるんだから。

 

 スライムナイトもスライムベスも、血が赤くないから見た目が派手にならなくていいよね。派手なのは目立つから嫌いなんだ。魔物の血塗れで街に入っただけなのに悲鳴をあげられるのって嫌だもの。殺人鬼と間違えられてもね……違うよ。

 

 私、怖がりで臆病者で軟弱だから人間に恨みがあったって殺れないし。ちょっと殴ったら魔物が死んじゃっただけなのに大袈裟な! だいたい刃物も使ってないのにさ。

 

 声を上げて笑うのはなるべくしない。目立っちゃうのは嫌なんだ。でもね、でもね。私、我慢したって百点満点の笑顔はやめられない。引っ込めたくても戻らないもの。殴り殺すってやっぱり正解だ。だってちっとも怖くないんだよ。

 

「……猟奇的」

「ククール。あれはまだまだ可愛いお姿だよ。あれは愛犬と戯れてるってところ、だから」

「ハッ、だからお前達遠巻きなのか?」

「……すぐに分かるよ。悪いお人じゃないから、話すのはあまり問題ないけど、外に出たら、近寄らない方がいい」

「ごめんだな。あの柔肌に怪我してるっていうのに」

「……柔肌……?」

 

 死んだスライムナイトだったものを蹴り捨てていただけなのに後ろから話しかけられてびっくりしてしまった。肩がビクッてなったのに笑われて、あぁ、誰かと思えばククールだ。

 

「怪我してるだろ、ちょっと出せ」

「……え?」

 

 最初の頃のエルトみたいに、傷に向かってホイミを唱えてくれた。そのくせ最初のエルトと違ってすぐに背を向けないんだ。なんで?

 

「あのな。怪我しに行くのは違うぜ」

 

 そして肩を掴まれる。真面目な目に、父上みたいに私をまっすぐ見て、私に、私に、目を逸らさず話しかけた。私はといえば、ヒィと言いそうになったのを必死に飲み込んでいた。

 

「怪我っていうのは見てる方も痛いだろ。負ったやつはもっと痛……」

「ありがとう!」

 

 怖かったけど、ククールは優しい人だって分かった。私とお話もしてくれる、必要ない敬語だってしてこない、でもごめんなさい、私人間と目と目を見つめ合うと恥ずかしいし怖いしで……、これが魔物だったら今頃五発ぐらい殴れてるところだけど。

 

「怪我、しないようにするね」

 

 だから本当にごめんなさい、もう少し離れてお話させてくれませんか。そういう気持ちを込めて数歩下がって見上げれば、何故かククールは哀愁を漂わせてそこにいた。

 

「……あ、私対人恐怖症で……」

「対人、ね……」

「魔物とかは撲殺できるけど……」

「あぁ……」

「もう少し、離れてお話しよう?」

 

 なんて言ってたら飛び出してきたはぐれ幻術師に私の思考は奪われた。胸のトキメキは拳に込めて。一発じゃ到底倒せないから、馬乗りになって何度も何度も。普通の魔物より柔らかい手応え、癖になりそう。吹き出す体液が顔にかかったのは拭うけど、体中ベタベタになってもまぁ仕方ない。服はちゃんと洗うけどそれはだいぶあとかなぁ。

 

 だから言ったのに、と言う言葉が聞こえた気がしたけど、戦闘が終われば私はさっきと同じようにククールの隣で取り留めのない話の続きをしたんだけど。何故か、ククールは目を逸らさなかった。

 

 その時は。




拳士さん「ククールもこのあとちょっとの間離れちゃう……」
剣士さん「自業自得かな」
エルト「いやトウカ(剣士)も僕が慣れてたから孤立しなかったってだけじゃないの?!?!」
剣士さん「私あそこまでグロくないし!慣れてた人がいる程度のコミュニケーションしてないのが悪いんじゃないの?!?!」
拳士さん「……だめだ魔物を撲殺するしかない」
エルト「それが原因だよ!」

サイコロステーキの前科者がなんか言ってます。ネガティブマシマシ気弱でその癖剣士さんより狂ったバトルセンスだけのトウカです。技術は今のところありません。


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休日ククールと容赦ないトウカ

 ある日の、よく晴れたトラペッタの草原にて。

 

「ねぇククール」

「……なんだ」

 

 我らがリーダーエルトは目の前で次々と槍の技を出し続け、風を切り裂く音は聞いていて気持ちがいい。かれこれ一時間は続けているのにほとんど息を切らさない様子は流石としか言いようがない。それぐらいできないとこの旅を切り抜けられなかったとも言うが。

 

 ちなみにゼシカは俺と同じくエルトの演舞じみた訓練を見ていて、ヤンガスはトウカとどっかに行ってしまった。大方スライムでも狩っているんだろう。羽休めにやってきたトラペッタ地方の弱い魔物相手に遅れをとるはずがないしな。

 

「ククールってトウカのどこが好きなの?」

「そうよ、あたしも気になってたの」

 

 …………。お前ら実は暇だろ?

 

「暇じゃないしっ」

「あんたってもっとわかりやすい女の子を好きそうなのにね」

 

 わかった、少し話してやるから俺に当たるぎりぎりまで槍を振るのはやめようなエルト。だんだん誰かに毒されてないか?砂塵の槍のせいで砂がだいぶ巻き上がって目が痛いからやるなら別のやつでやってくれ。いいな?

 

「オッケー。じゃあ僕の、夜眠れないぐらい気になること話してよ」

「嘘吐け」

「バレた?」

 

 あははと笑う姿は普段の俺達を率いるリーダーらしい苦労人というよりは近くで腰を下ろして催促しているゼシカに似たものを感じるんだが。年相応だな、普段もそうしときゃいいのによ。

 

「僕はいいから。トウカとは長い付き合いだけど旅立ってからかなり言動、変わってるんだよね。まだトロデーンにいた時の貴族然とした姿の方がまだしも可愛いと思ってさ」

「……あの笑顔を見てなにか思わなかったのか?」

「あー……童顔だよねトウカ」

 

 とても二つ年下とは思えないが、そこじゃない。行動の端々が妙に世間知らずで子供っぽい時があるがそうじゃない。

 

「黒い瞳に吸い込まれそうだった事は? 性別のわからない人間の髪の毛に触れたいと思った事はあるのか?」 

「……それ、ひとめぼれって事かしら」

「…………」

「照れ顔のククールなんて見たくないんだけど」

 

 話せと言ったのはそっちだろ。ともかくトウカの浮かべる表情を見ていたいとでも言えば満足か? 頭撫でたら眩しい笑顔が返ってくるがそんなレディ今までいなかったし、大抵俺の顔を見てイチコロだったからな。

 

 なんて言いつつ髪の毛をかきあげるとエルトが突然ザクッと槍を地面に突き刺し、さっきまで呆れたり納得顔だったりと忙しかった表情が消えた。……そのまま見据えられると背筋がゾクッとする。

 

「顔と身長の話しないでくれる?」

「身長……? 俺身長の話なんて」

「……いいよ、今回は何も言わないから。話してくれてありがとうね。僕もちょっとひと狩り行ってくるからさ」

 

 …………。……エルトもきっとお年頃なんだな。あの姫様は綺麗だったし少しは焦ってイラつくもんか。個人的にはお似合いなんだが立場がなぁ。それは俺も身分の違いはあるんだが王族に比べればまだ、な。

 

 矢のごとく飛び出していったエルトの振りかぶる槍の、早速の餌食となったプークプックが赤い飛沫を上げるのが既に遠い。ブウンと槍を振る音が低くこっちまでびりびり伝わってくるから相当、溜まってんなあれは……。

 

「その顔にそんなに自信があるなら全面に押し出せばいいのに」

「その手があったか」

「……ねぇククール、貴方トウカが絡むと結構ポンコツよね」

 

 おいおいゼシカ、俺は天下のククール様だぜ? 今は本気を出していないだけで恋愛経験のないトウカをコロッと惚れさせることが出来る……かもしれないぜ? こう、壁際に追い詰めて甘い言葉でも囁けば……。

 

 頭の中にゼシカへの練習? と首をかしげてにこにこ笑う姿が浮かんで来たからさっさと首ごと振って振り払った。何事も挑戦、色恋沙汰は俺の戦場なのだから気弱ではいけない、だろ。多分……。

 

「なんで最後尻すぼみなのよ。あんた真面目に頑張ってるし、あたしだって応援してるからね。だから帰ってきたトウカが背後に立っててもびっくりしないで相手したら?」

 

 バッと振り返れば逆光に浮かび上がる笑顔があった。肩に担いだ剣から滴り落ちる赤い液体もいつものこと、そう?と首をかしげて笑うのも何時ものこと、剣を片手に話の輪に自然に入ってくるのも、いつものことだ。

 

「えへへ気づかれてた。ねぇ楽しそうだね、何か話してるの?」

「……特に気にしなくていいぞトウカ。大した事は話してない」

「そうよ、ちょっと恋バナしてただけなの」

 

 おい、ゼシカ!

 

「恋バナ? 悩めるゼシカにククールの恋愛講座って感じなの?」

「んー、好みのタイプについて言ってただけだからあたしじゃないのよ」

「ふぅん」

 

 ……姉妹だ、姉妹がいる。しかも立場逆転してないか。トウカがひとつ、ゼシカより年上だったよな?

 

「トウカは三人もパーティに男がいるけど誰か気になってたり顔が好みだったりしないの?」

「ありゃ、ゼシカの口から出たとは思えない言葉だねそれ。顔は恋愛に気になるものでもないけど、みんなかっこいいなって思ってるよ」

「具体的には?」

 

 トウカはブンと剣を勢い良く振って血糊を吹っ飛ばすと背の鞘に収め、とろける笑顔でかっこよくて眼福だよねと零す。……その笑顔の対象に俺も含まれているよな、な?

 

「エルトは小さい時から期待してたけどやっぱりかっこよくなったから、男装の参考になるよ。しかもお姉さん方に庇護欲を掻き立てさせておきながらあの兵士らしく逞しく、なのに素朴! 素朴なのに地味じゃなくかっこよく適度に可愛い! 可愛いけど間違いなくかっこいい! 隣にいて恥ずかしくなっちゃうよイケメンの隣じゃあ。私みたいな地味顔だとさぁ。ほら、子供っぽいし」

「トウカは可愛らしい顔つきだと思」

 

 俺にしては情けない、だが精一杯の言葉は最後まで言わせてもらえない。マシンガン如く語り始めたトウカに気圧されただけに終わっちまう。

 

「そうかな? ありがとうククール。それでねそれでね、ヤンガスはやっぱりワイルド系としてのかっこよさは私の中では最高。パワフルさも勿論、本人が気にしてる人相も私は好きだな。だって見た目だけで相手を圧倒できるんだよ、羨ましいな! ギロって睨まれたら怖いぐらいがいいよね! もう少し年齢が近かったらもっと見惚れてたかもしれない! 年上のかっこよさもいいけど!」

「……トウカってヤンガス好きよねホント」

 

 もしかして俺に足りないのはワイルドさ、なのか? というか次俺だよな。……キラキラした目で仲間について語るトウカがゼシカに向かって今日最高の満面の笑みを向け、次の瞬間俺は心臓が口から飛び出るかと思った。容姿について褒め称えられるのは慣れっこのはず、だったのにだ。

 

 あーあ、そうだ。ゼシカの言う通りだ。俺ってもっとクールだったよな、クソ。調子崩されっぱなしでモテモテ騎士の名折れに等しいってもんだ。その名前は現在、本命に相手にされていないことで名折れもなにも機能すらしていないがな!

 

「んーん、みんな好きだよ? でさでさ、目の前に本人がいるから言っちゃうのは恥ずかしいけど、ククールはナンバーワンの色男だよね、隣にいたら女の人の嫉妬の視線凄いし、正面から見たら正直おおってなるよ、妖艶な雰囲気って言えばいいの? その銀糸の一本一本まで神様が彫刻した傑作って言われても私納得しちゃうし。毎日見放題って言うのはもうすごい。朝見たら目が覚めるイケメン。匂い立つイケメン。笑いかけられたらどうしようって思ったから対抗してキザな台詞を言っちゃうぐらいイケメン。かっこいいのに綺麗が似合うってどういうことなの詐欺かな。目の色も好き。見てたら色は冷たいのに温かいから。背が高いのもいいよね! ほぼ、完璧な容姿だよね、ほんと」

「ア、アリガトウゴザイマス……」

「そうやって不可侵の女神みたいな見た目なのに人間らしい反応があるククールって好きだよ!」

「……」

 

 最後に真正面からのいい笑顔を食らってちょっと意識がとんだ。アルゴングレートの一撃より効いた。その好きだよの前に面白くて、とか親しみやすくて、が付くのは分かっていたからすぐ我に返れたが、昇天するかと思っちまった。

 

「案外トウカって面食いなの?」

「大事なのは中身だよもちろん。でもってみんな好きだからこそさらに容姿が良かったらもっとかっこよく見えてくるってもんさ。私ももっとかっこよくなりたいなぁ。キャーキャー言われるようなイケメン騎士だったらいろいろもっとサマになるのにね」

 

 ちらりとゼシカが俺を見た。にやけたような表情にひきつけておくから今のうちに動揺した顔をなんとかしなさいと書いてある。ありがたく、そうさせてもらう、が。 

 

 そうか、この顔は有効なのか……。なら迫れば、いけるのか、この裏でキャーキャー言われてる騎士様を俺の物に。相変わらず脳内では壁に追い詰めても肩か背中を踏み台にされてひょいっと脱出される構図しか浮かばないがそれはこっちの勝手なイメージにすぎないし。

 

 ……にしてもなんで俺が言葉でオトされているんだろうな?

 

 と遠い目で考えていればいつの間にやらつかの間の休日は終わりを告げ、目に眩しい夕焼けの中。

 

「見て見て、みんなオレンジでお揃いだね!」

 

 そのくせ何度見てもその笑顔というのは目が潰れるぐらい眩しいのだから、ポーカーフェイスの返事が喜色満面の返事に変わっていないか心配になるぐらいなんだよな。




そこで迫れば少しは照れるのに勿体ないククールと分かりやすいトウカのデレでした。

迫れないのはもし撃退されたら命がないのも原因であり、そこはククール悪くない。


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爆裂錬金釜

※短い


 錬金釜とは。名ばかりの自動アイテム生成装置のことだよね。何故って? 錬金釜で金なんて錬金できないんだよ! 錬金とはこれ如何にと思わないでもないけど口に出したら不敬だから言わない。そこら辺は私、臣下なので!

 

 もっぱら万能薬練成装置扱いのそれは今もぐつぐつ薬草をどうやってか赤い玉に変えている最中。化学も真っ青な魔法的な力って面白いね!

 

「これ、ちょっとぐらいなら別の使い方しても、いいよね……」

 

 万能薬は一応エルトにヤンガスに私が溢れんばかりに所持してるんだ。でもさ、流石はククール、仕事をきっちりこなすデキる男っていうのは容姿だけじゃなくてホントでさ、ちっとも使ってないし。予備がたくさん錬金釜の隣に山積みだし。

 

 よーし、怒られないよね。今日は陛下と姫は不思議な泉で過ごされるらしいから私すっごく暇なんだ。あそことっても安全な上に私、入れないからね。だからこれで遊ん……いろいろ試してもいいはず!

 

 使うものは私物ともう誰も使ってない装備、それから余ってる物。これなら誰の迷惑にもならないさ。最悪自分のお金で弁償するから許して欲しいな! じゃ、錬金キャンセルっと。

 

 カポっとごとごと揺れる釜の蓋を開ければポーンと飛び出してくる特薬草二個。新鮮とは言い難くて少ししなっとしてるような……? ま、錬金途中にいきなりやめて原型を留めてる方がびっくりなんだけどさ。それは今いいや。

 

 さってと。いつもお世話になってるククールに装備を作ってあげようかな? どうせなら回避率が上がるヤツとか良くない?それともヤンガスに斧? ゼシカに杖? エルトに兜でもいいし、トーポにチーズでもいいかも。それか、私の盾とか?

 

 いろいろ想像出来て楽しいな。魔法を使わなくても魔法を使ってるみたいで、しかも錬金ってすっごく楽しいからいいよねぇ。完成させたかったら釜を背負って山でも登ればいいしね!

 

・・・・

・・・

・・

 

 ここはどこかって? まぁいいだろそんなこと。キリキリ進む事もあれば丸一日休んだりする俺達のそこそこある休日が今日ってだけだ。そして朝イチから馬車の中で錬金に大変励んでいらっしゃる剣士さんに気を使って俺達は大惨事に備えているってわけだ。

 

「あれ、何やってるのかしら?」

「さぁ……錬金でいろいろやってるみたいだけど。爆発させないって約束したから大丈夫だと思うよ」

「それ大丈夫なの?」

「何のためにフル装備で待機してると思ってるのさ?」

「……なるほどね」

 

 別に誰も指示しちゃいねぇがなにか起こってからでは遅いというのがエルトの言葉で俺は心の底から同意したな。基本的に俺達は彼女を止めたりはしない。……止めることは出来ない。

 

 今までに止めたのは特にやましい気持ちで始めた訳では無いくだらない猥談に入ってきた時ぐらいか。エルトが撃沈していたが、何でも兵士としてトロデーンにいた時からトウカの父が恐ろしすぎてそういう話をシャットアウトしていたのにそれを無駄にしたら殺される、と。

 

 その時はまだ性別のことを知らなかったが、曰く乳はでかい方が好きだと。……ヤンガスの方を見ながら言っていたからおそらく大胸筋の話だろうと思う。箱入り娘はゼシカに怒られないようにねと爽やかに去っていったが、多分夢か希望を抱くだけ無駄なんだろうよ。

 

 だからこそ頼んだら爽やかにぱふぱふしてくれねーかな……。おいおいゼシカ、冗談に決まってるだろ。案外俺は太もももいけるってことを言っていなかったか? ……挟まれたら首がもげるねと邪気たっぷりに言ったエルトを許しはしない。

 

「ライデインと正拳突きってどっちが痛いかなぁ。ライデインは内臓が生焼けになって正拳突きは内臓破裂なんだけどさ」

「両方食らわせておけば話は早いでがすよ!」

「あんたたち、やめなさいよ。だいたいその時になったらトウカが真っ先に挑むでしょうし」

「それもそうか」

「そうでがすね」

 

 強い人ってかっこいいよね! とトウカの幻覚が見えたが、そこはそれ、俺にはベホマがあるからそこそこ太刀打ちできると信じたい。だからお前らそんなに哀れんだ顔をするんじゃない。

 

「一つできたーっ!」

 

 一撃で倒されたら意味がないって言ったのはエルトだよな? あとで宿裏に来いよ。分かったな?

 

 エルトはともかく楽しそうなトウカの声が近づいてくるのが気になる。さっき見た時は到底錬金釜に入らないサイズのテンペラーソードと鋼の盾を押し込んでいたり、ステテコを五つもぶちこんだりしてたからな……一応警戒だけでもしておくか。

 

「あ、ククールちょうどいいところに!」

 

 鎧らしきものを掲げて走ってくるトウカがぴたっと俺の前で足を止める。今日も元気そうで……それは何よりだ。むしろ元気すぎだ。何よりなんだが。

 

「これ、素肌に着る鎧なんだけどさ!」

「……却下で」

「だよねー! ククールがこんなの着たら笑い止まらないもん。じゃ、次行ってみよっと」

 

 ぽーんとそこらに哀れにも放り投げられたのはダンジングメイルという鎧らしい。装備可能者は無慈悲にも俺だけ。なんとも下せないことにひらひらの布のついた部分が妙にマッチしている。

 

「これっ……回避率が上がる鎧だってっ……」

「笑いこらえながら言うな」

 

 エルトが木の棒で突っついている。エルトって……案外失礼なやつだよな。爆発軟化完成した鎧がするわけないだろう。あと俺がそれを着るわけもないだろう。ちらちら見るな。

 

 ひらひら似合うよとか言ってるが笑いたいだけだろお前。当事者じゃないからってヤンガスは地面を叩きながら笑ってやがるしゼシカは……目をそらさないでくれ。

 

「ほ、本人に着ろって言われなくて良かったわね……」

「まぁな……」

 

 それは本当に幸いだと思うぞ。

 

 歩数を稼ぐためかそこらを釜を持ったまま走り回っているトウカが今、いつも以上に恐ろしいのは仕方の無い事だろう……。贈り物だろうがこれは駄目だ。本当に駄目だ。

 

「ゼシカ! うさみみバンドあげるね!」

 

 ……この差はなんなのだろうな。ぴょこんと揺れるうさぎの耳はよくゼシカに似合っているしな……。

 

 ちなみに数時間後、似非爆弾岩が錬金されてトウカは誰かの監修の元でしか錬金できなくなるのだがそれまでに俺に差し出された装備は能力は全部優れているのにキワモノ揃いだったとここに書き残しておく。ありがたくそれらは荷物の肥やしとなった。




おっぱいはゼシカ 太ももはトウカでいいじゃない おっぱい ハッスルダンスでチチが揺れるなら真空波ですらっとした足に目がいってもいいんだきっと と馬鹿なことを考えておりました。


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魔法を使ってみたい!前編

「昔っから思ってたことあるんだけどさぁ……」

 

 今日も我らがアタッカートウカは軽々と片手で身長ほどもある剣を振り、素早い身のこなしで魔物を翻弄しながら的確に倒していく。

 

 ふわりふわりと服の裾が翻り、その度じゃらりと重く鎖帷子の音も鳴る。食らいかけた魔法を寸前で躱し、見切った魔物の火炎を飛び越え、剣をキラリと光らせて首を狩る。

 

 鮮やかな体さばきに、いくら見慣れても思わず拍手しそうになりながら、トウカのちょっと暗い声に耳を傾けた。

 

 ちなみに、今日も今日とて魔物に囲まれているものだからじっくり話をできる状況じゃないんだけど、そんなの今更なんだよね。

 

「剣とか素手とかで肉弾戦するのはとーーーっても楽しいんだけど、魔法、使ってみたいなぁって」

 

 トウカが大きく剣を振り、発生した大きすぎるかまいたちのような剣気が魔物を全部吹っ飛ばす。お見事。……じゃなくて。

 

「魔力がないのは今更だけどさぁ、ちょっと杖で戦ってみよっかなって! 大丈夫、いざとなったら()()()()()()。物理的に」

「いいんじゃないの?」

「……止めないのか」

 

 やったぁ! と眩い笑顔を浮かべて……いると思う、背中しか見えないし……手袋から召喚するごとく杖らしき武器を取り出した姿を見て、ククール止めれるの? 無理でしょ?

 

「トウカのことだからさ、不利になるようなことはしないさ。戦うことに関しては」

「そうね。それで……あれは魔道士の杖かしら?」

「火の玉が魔物に浴びせられているでがすね……」

 

 おそろしいほどの勢いで振られた杖からぽんぽん飛び出す小さな火の玉。ひとつひとつは小さくてもものすごい勢いで生み出される数の暴力に魔物は次々と丸焼きにされていく。

 

 ゼシカのメラゾーマの方が威力は上だと思うんだけど、的確に受けたくないところにぶち当てていってる分……タチが悪いな。顔を狙って、顔を守ったところに杖で殴ってるし……あれ、魔法ってなんだっけ。

 

「魔道士の杖! 天罰の杖! 雷の杖! マグマの杖! 魔封じの杖! ルーンスタッフ! 復活の杖! まっだまだぁ!」

 

 降り注ぐのはただのメラ。ただのバギマ。そんなところなんだけど、近づくのもいつも以上に危険な戦闘区域になってしまい、僕らは半ば撤退して見ていることにした。後ろは任せて欲しいけど、土砂降りのように降り注ぐメラ、どこにいても切り刻むバギマの嵐に巻き込まれにはいきたくない。

 

 なにより魔物が哀れになるのは……なまじ体力があることだろうね。逃げられない、避けられないのにメラ程度の何発かでは死ねない、と。そしてなかなか倒されないから最終的には杖でザキ()られる、と。復活のの杖とかの、使わなかった杖で。

 

 ……多分その高そうな杖、そういう用途で作られたんじゃないよね? 殴っても使えるだろうけどさ。

 

 だけども、やっぱりというかどうにもトウカはイライラしてきたみたいだ。うん……魔法ではないもんね。それ、道具で戦ってるだけだし。

 

「……違う! 私の望んだのと!」

「だよね!」

 

 今日の魔物達はある意味では幸運だった。そうそうに道具に依存した戦いに飽き、理想との違いを嘆いたトウカが剣を抜いたから。

 

「しゃらくさいよ!」

 

 自分で始めといてトウカは理不尽だ……。

 

 ぼそっと加勢にククールの唱えたバイキルトが血煙立ち上る戦場を余計血なまぐさく彩って、晴れた土埃から現れた、むくれた顔のトウカがダンと足を踏み鳴らして地割れを生む。それを見て、魔物が怯えて逃げ出してしまった。

 

「魔法が使いたいんだよ!」

「……うーん」

 

 そればっかりは、僕らごときで解決できるならとっくにトウカの両親がなんとかしてるからなぁ……。

 

 ヤンガスの慰めに、人情スキルなら良かったのにな、とトウカが愚痴っていた。

 

 そういや……僕は勇気、ヤンガスはそのとおり人情、ゼシカはおいろけ、ククールはカリスマだよね? トウカはなんなの?

 

「え? 何故かバイキルトとかベギラゴンが使える気がするように最近なったけどやっぱり魔法は使えない謎スキルだよ。まともに使えるのは瀕死の時に最高にハイになって痛みがなくなる特技っぽいやつ」

「それは脳内麻薬のせいじゃないかな……。じゃなくて、名称」

「あぁ、そっち? 私の固有スキルは『闘魂』だよ」

 

 へぇ、とてもらしいと思うよ。やっぱりバトルマスターだったんだね。……バトルマスターじゃ魔法は無理なんじゃって思ったけど、言わないでおく。

 

・・・・

 

「あのね、ククール今日のことで協力して欲しいことがあるんだ」

「……おう」

 

 顔や仕草は文句なしに可愛いと思うが、多分させられる事は微塵もレディではないトウカ。ちなみにエルトの言う「ものすごい笑顔」だ。そして惚れていようが関係ない、逃げたいほどの圧力を感じる。

 

 そして絶望的なことに俺の退路は他ならぬトウカが絶っている。仁王立ちで、塞がれて……背中は、壁だ。

 

 ちょっとかがめばキスできそうな距離感だ。手を伸ばせば簡単に抱きしめられるだろう。だが、あまりの純粋にキラキラした……不穏な目を見れば俺はそれどころではなくなっちまった。たとえやったとしてもザオリク沙汰はごめんだ。

 

「魔力を一切持っていない人間は存在しない! そこらの石ころも、数値にしては魔力は持っていなくても少しは魔力を宿してる。空気にはうっすら魔力が篭っているし、生物は個人差はあれど比較的濃厚に魔力を宿している! だよね?」

「あ、あぁ」

「だからさ、ちょっとマホトラしてみてほしいんだ! もしも取れるなら魔力があるってことでしょ? 私、魔法にはすっごく弱いから簡単に奪えるはず。それがどれくらいあるかでいろいろ試してみたいことも変わるんだよね!」

 

 そりゃあもうトウカはキラキラした目で俺を見上げている。腕を壁に付けば壁ドンが成立する体勢で。ちなみにエルトがこの件の監督者なのか……それとも唯一のストッパーのつもりなのか、なんとも申し訳そうな顔でこちらを伺っている。

 

 そんな顔するぐらいなら止めろよ。宿屋で人様に迷惑かける気か。トウカ絡みなら爆発ぐらいなら起こっても俺はなんも不思議じゃねぇと思ってるんだが。壁が爆発したらどうするんだ。物理的に。

 

「今日もククールのベホマで沢山助けられたよ、いつもありがとう。って事は魔力も減ってるよね? 出来るよね?」

「あー……まぁ、な」

「もちろんタダとは言わないからさ、何かして欲しいことがあったらやってあげるよ! 私のマッサージとか効くよ!」

「いえ遠慮します」

「そう?」

 

 マッサージ、と聞いた瞬間に部屋の入口にいるエルトが真っ青になってものすごい勢いで首を振った。つまり「効く」とはそういうことなんだろう。砕け散るのは俺の方だろう。主に骨が。死んじまう。

 

 トウカが俺の背に跨り、乗っかって……とピンク色の妄想の世界に羽ばたく前に俺にも簡単に背骨をへし折られる想像ができてしまった。えいっと可愛い掛け声とゴシャァ!という効果音の組み合わせ、教会での目覚め……そこまでは余裕だった。

 

 ……やれやれ、こんな相手に一目惚れとは、恋愛とは恐ろしいもんだな。

 

「差し支えなかったらでいいんだが……」

「ん?」

「その、声を変えずにちょっとばかり喋ってくれたらそれでいい」

「そんなんでいいの?」

「俺にとってはマホトラなんてその程度のことだからな」

 

 いつの間にかエルトのとなりに現れたゼシカが紙にいい調子!と書いて応援してくれているが、ちょっとでもそちらに意識をやったらどうなるかわからないので、すまないがスルーさせてもらう。……面白がるのはやめて欲しいんだが。俺の心臓と胃が壊滅的なダメージを負ったらどうしてくれる……。

 

 するとにっこり頷いたトウカがしゅるりと首に巻いていたチョーカーを外した。そういえば、傷跡が露出するんだったな、レディに対して迂闊だったか。だが心配する前にただの布の、代わりを巻き付けた様子を見て安堵する。

 

 しっかし……何の変哲もない布だ。もう少し可愛げのあるものでも贈るべき、だろうか。

 

「……あ、あー。これでいいかな?」

「ありがとうございます」

「なんでさっきから敬語なのさ?」

 

 これだ、これ。可愛い。甘い声、高い声。ほんの少し年下とは思えない柔らかい声だ。腰に手を当ててむくれる顔は十八歳には見えないし、年下のゼシカよりも幼く見える。そしてこの高い声。声だけ聞いたら間違いなく俺はロリコンになってしまう。

 

 なんというか……こうしてみたら、可愛い、よな? 俺の目は間違ってないよな? まだ剣を置いてきただけでいつでも戦地に舞い戻れる服装のままだが、こういう感情豊かに接すると行動は小動物、みたいだよな?

 

 それこそ今のトウカはエルトのトーポを見てるような可愛らしさで、そして海千山千のククール様にしてはダサいことに心臓がわかりやすく高鳴る。顔に出るのだけ必死に阻止した。……ゼシカにはバレているようだ。なにが、深呼吸だ、レディ。

 

「じゃー、マホトラお願い! 終わったらゆっくりお話しよ!」

 

 普段トウカと一番長い時間を共にしているのは戦闘だ。宿屋の部屋も当然というか、最初から彼女はなるべく個室を望んでいた。やむを得ない場合……でも意識して気にしてなかったからそんなにゆっくり喋った記憶はない。

 

 つまりこの上のないほど、グッときた。ただでさえ、身長差のせいで上目遣いで期待の目で見上げる恋しい人、だ。

 

 ……そのお望みはマホトラだが。

 

「……マホトラ」

 

 その、まだ戦装束のままの肩に手を置いて小さく唱える。……爆発はしないよな? 魔力のないトウカなら、ないよな? と不安にいまさら思ったが、幸いにしてそんな事はなかった。

 

 幸い、そういうことはなかったが。

 

 マホトラは、間違いなく効いた。魔法の耐性のないトウカには本人の予想通りがっつりと効いて、通常よりも遥かに多くの魔力が吸えた、はずだ。なにしろ、ほぼ枯渇していた俺が……ちなみに杖を装備しているから魔力はさらに多い……魔力が全快になったのだから。

 

「……」

「どうだった? なんか初めて受けるけどマホトラって面白いね! 紫の光で何かがちょっとばかり減った感じ! あ、減ったって事は効いたんだよね?」

「……あぁ」

「数値の上では私、魔力なしってことになってるけど実のところ測れるもんでもないでしょ? 使える魔法とか特技……メラとかホイミとかで計算するじゃない。私なーんにもできないからなしってだけでさ!」

 

 俺の魔力から考えると二百五十以上は、回復したことになる。……一体どういうことなんだ? それだけ魔力があるならどう考えても何か魔法が使えるだろ? トウカは実家が実家だ、理論を知らないはずがない。本人もやったと言っていた。それでももし、壊滅的に魔法の才能がなくても……あのバトルセンスだ、特技で何かしら魔力の片鱗を見せたっていいだろう。

 

 それに俺は、たまにトウカがエルトがヤンガスかの真似をして意図的に会心の一撃を出そうとしているのをこの前見た。失敗もするが、あれだけ試していて発動しないなら……できないってことだろう。

 

 ……ありえるか? そんなこと。

 

 さて、これを言うべきか……言わないべきか。成功したとは言っちまったしな……。

 

「感覚的に、でいいんだよ? そんなに考え込まないで気軽にさぁ!」

「あ、あぁ。……まぁ、そこそこあるような、といった感じだな」

「あるの?!」

「それは、間違いなく」

 

 嘘でも真実でもないことを言った瞬間後悔した。ぶわっとトウカの大きな目から、ボロボロ涙がこぼれたのを見て、うろたえた。だが、爆発に備えていた俺はドニにいた時のようにスマートにハンカチを差し出し、少しかがんで目を合わせる。そして最高にかっこよく見える角度で笑いかけることに成功した。

 

「嬉しいなら泣くんじゃなくて笑ってるほうがいいぜ?」

「うん……えへへ、嬉しくて」

「そりゃあ良かったな」

 

 トウカはなんとも嬉しそうに微笑んだ。いつものような好戦的な笑みでも、純粋に楽しそうな笑みでもなくて、はにかむような、そんな笑顔だった。

 

 その時俺は気づかなかったが、エルトが信じられないような顔をして立ち尽くしていた、らしい。

 

 この、いつも誰よりも勇ましいトウカは、ただの一度も泣いたことがなかったらしい。それこそ、トロデーンが滅んだ日も。

 

・・・・




エルト「うっそだろ」
トウカ「嘘みたいだろ」

この話はもう少し(とはいってもまだまだかかりそうですが)で判明するトウカの出自が判明した後に読むといろいろ納得できると思います。続きます。

それから、ドラクエ9のバトルマスターとトウカの闘魂スキルは関係ないです。


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魔法を使ってみたい!後編

 魔力が、ある。私にもある。そのことはどれだけ嬉しいことだと思う?

 

 すっかり忘れていてもおかしくないけれど、私には前世がある。愚かで弱い、ただの、ちょっと達観してような可愛くない女の子の記憶がある。私自身、「桃華」なんて泣きわめいてうるさいから殺してしまったし、昔だしで薄れすぎて大した記憶もないんだけれど。

 

 あの世界には魔法なんてただの空想だったよね。そういう記憶があるからもしかして、と考えないでもなかったんだ。私がとっくに殺したつもりの弱い私のせいで魔法が使えないんじゃないかってさ。

 

 でも違った! 私には魔力がある!

 

 問題はどんなに完璧に呪文を唱えたってなーんにも発動しないこと、どんなに動きを模倣しても魔力を使う特技が使えないこと! うーん……出力装置が壊れてるテレビとかでアンテナが壊れてないようなもの? 違うかな?

 

 それとも、蓋の開かないペットボトルに水が入ってるみたいな? そもそも蓋がないかも? でもさ、今回わかったよね! 私にもその「水」があるって!

 

「あら、そんなところでどうしたのよ」

「考え事だよゼシカ。どうやったら魔法が使えるんだろうって。今更普通の方法試したって使えないのはわかってるし」

「……アテはあるの?」

「直接魔力の塊をぶちまけるとか……かな。腕切ってさ、傷口から」

「やめなさいね?」

「……最終手段かな」

 

 正直この方法しか思いついてないけどね。でも自傷なんかわざわざしたくないのは確か。痛いし、自分で流した血は気味悪いほどドス黒いし……。魔物に斬られたりしたら鮮血なのにな。あれだ、動脈血とか静脈血とかいうやつなんだろうね。よくわからないけど。

 

 他に……他に。思いつくならやってるんだよなぁ。魔力があるという前提でいけば……ほかの方法、あるかな?

 

「杖を媒介して魔法を唱えるならちょっとはいけるかなぁ」

「あら、杖を?」

「うん。杖って強力な補助効果があるんだよ。ただ、持つだけじゃなくて腹に突き刺して無理やり出力できるようにしたらきっと」

「ダメよ」

「やっぱり?」

 

 これも要するに血と内部で媒介した手段だし。うーん……。

 

「あたしはエルトに頼むのがいいと思うのだけど……」

「え、なんで?」

「デイン系には複数人で唱える魔法がある、と聞いたことがあるの。それなら試す価値はあるかもしれないわね」

「……ミナデイン?」

「たしかそんな名前ね」

「あー……それって伝説の勇者様御用達の呪文だよね」

 

 っていうか、それを言ったらそもそもデイン系が使えるというだけで勇者様認定でいいけどね。……え? 私の親友勇者なの? 勇者エルトか……普通にいそうな名前だね。

 

 顔がかっこいいだけじゃなくて高スペックお人好しなエルトが勇者。しっくりくるなぁ。羨ましい!

 

 でもさ、でもさ! 出来るなら既にやってると思うんだよね! やってくれてるっていうか! 単に知らないだけなの?

 

「あとで試してもらおうかな」

「間違っても血だらけでいかないでよ?」

「やだなぁ、痛いのは嫌だよ」

「ならいいんだけど」

 

 私、信用ないなぁ。そんな無茶なんてしないよ。

 

 あー! 魔力、そこそこあるってククール言ってくれたよね! どれくらいあるんだろうなぁ! バイキルト三回ぐらいできるものかな? 唱えられないけど! 出来る気はするんだけどね、できた試しはないんだよね!

 

 ふふふ、あははは! 嬉しくって嬉しくって顔がにやけちゃう!

 

 すっかり武装を解いた私。剣はもちろん服装だって一応まだ食事をとっていないから寝間着ではないけれどただの布の服。一応短剣を隠し持っているけれどそれだけ。手袋はしていたけれどそれを外せば小さくて頼りない見た目の私の手。

 

 剣の稽古をしても柔らかい子供の手のままっていうのはいつも不思議なんだよね、ちっとも節くれだたないし、タコも豆もない。変なの、そんなのすごくすごく頼りないし。

 

 今も日にも焼けていないから余計弱そうな手だと思うんだけどね、この手に……あるのはただの力だけじゃないんだって思うとさ。不思議と頼りないという気持ちがなくなっていくんだ。

 

 この手は前世と違う、りんごどころか岩だって握りつぶせる。それだけだったけど、魔法の力も持ってるんだなって思うとさ。

 

 魔法を使えないなら力が強くたって前世と何が違うんだろうと思っていたよ。ファンタジーみたいな、ファンタジーそのもので、そんなところで、電子の面影なんて欠片もないこの世界で。

 

 私、魔法を使えない人間なんて世界にごまんといるのに勝手に疎外感を感じていたのかも。魔力が少なすぎて検知できないなんてざらなのにね。

 

 魔力がある、なら私は。

 

 この世界の人間なんだなぁって、思えるんだ。

 

 まぁ、まだこの手でなにか現象一つ起こせたわけでもないけどね。メラ一つ起こせてないけどさ。

 

 ……はやいところエルトを捕まえてやってもらおうかな、ミナデインってやつ。

 

・・・・

 

「ねぇ、トウカって魔法を使おうとした時どういうふうに感じるのかしら?」

「うーんと。なんか出そうなんだけど何も出ないんだよね。つかえてるっていうか、壁があるっていうか……何かあるような気がするんだけど」

 

 ……それはマホトーンの症状、というか効果そのものなのよね……。

 

 あたしはそのときなにか言おうと思ったのだけど、言えなかった。魔法使いのタマゴであるあたしが言ったって、何も無いのよ。

 

 使えないことに嘆いているのに言ったって。解くことはもちろんできないのだから。

 

 それより思うのよ。魔法を使いたいという純粋な気持ちは理解できるのよ、好奇心っていうのは止められないもの。

 

 でもね、トウカ。あなたこれ以上強くなってどうするつもりなのかしら。




トウカ・エルト「ミナデイン!」
トウカ「なーんも起きないね」
エルト「……ごめんね」
トウカ「ううん、私こそ無理言ってごめん。ここでライデインとかで誤魔化されるよりいいし」
エルト「(トウカに嘘つくとか明日の僕が存在しなくなるでしょ)」


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もしもトウカが剣士さんじゃなかったら5

 ベルガラックからあのお方……改めトウカの元気がない。最初の頃はひたすらに彼が怖くて話しかけるのもままならなかった訳だけど、勇気を持って……必要に駆られて……話しかけてみればあぁなったのはクソ野郎……じゃなかった、僕には誰だかわからないトウカの親戚の人間にトラウマを植え付けられた結果と知り、本人はただぶっ壊れている「だけ」だと分かった。

 

 今じゃあその「ぶっ壊れ」も随分慣れてそんなものだと全然怖くないくらいだ。むしろ彼がいなきゃどう戦っていったらいいのかわからないくらい頼りにしているし。

 

 仲間に避けられることなく話せるようになった箱入り息子のトウカは今じゃあ戦ってさえいなければ気弱で庇護したくなるような少年だったし。

 

 趣味も可愛いものだった。甘い菓子と小動物が好きでさ。無害に等しいよね。戦う姿さえ見なければ守るべき対象そのものだよ。まぁそもそも祖国の貴族の息子だけどさ。

 

 あぁそれにしても元気がないね、どうしたんだろう。

 

「サザンビークに向かっているんだよね……」

「そうみたいだぜ?」

 

 何故かトウカを構い倒すククールが肯定。気遣って優しいククールの声と裏腹にトウカのアルトの声は憂鬱そのものだ。

 

「そっか……」

 

 そしてそれに構わずどん底に暗いトウカ。でもいくら嫌でも彼は決して陛下の意向に逆らったりしない。だからそれ以上は何も言わなかった。

 

 その時、その様子を見て僕は少し嫌な予感がしただけだったなんて。

 

・・・・

・・・

・・

 

「ルゼルさまじゃない……!」

「な、何を今更! さ、さ、最初っから、兄上はお生まれになれなかったとお前は何度聞かされれば納得するんだ……っ!」

 

 露出度の高い女と対峙するトウカの目にはただただ恐怖。ひたすら戦き、震え、恐れている。日常から刃物に恐怖する彼女が目に捉えるナイフにはとっくの昔に茶色に変色したのであろう古い血がこびり付いていた。

 

 どんどん深みにはまっているらしく、小さい体は見ているうちにもますます震える。泣きそうなほど怯えて、顔をくしゃくしゃにして、それでも泣かずに震えて立っていた。

 

 その様子に俺は思わずトウカの肩を抱き寄せ大丈夫だと言っていた。

 

 もちろんその行動に他意はない。引き寄せちまってから華奢さや男には到底なく、女特有の体の柔らかさに気づいたぐらいだったもので。これで恋愛に海千山千のククール様とは笑わせる。いや泣かせる、か?

 

 だが幸いにもトウカは突っぱねず、それどころか俺に安心してくれたように薄く微笑んだ。あどけない笑みだった。

 

「ボク、ボクね……頑張ったけど強くなれなかったんだ」

 

 そして俺を振り払うでもなくそのままにしてライティアを見据えた。

 

「でも努力はしたつもり。今なら戦えるよ、ボク変わったから」

「何よ、そんな男を侍らせてそれでルゼルさまの妹を名乗って何様のつもり?!」

「もう、ライティアの影に怯えなくていいよね……」

 

 まずい。

 

 一気に通常から狂気に振り切ったのに全員が気づき、狂気が宿る目は止められなかったが振り上げた手を四人がかりで止めた。それでも正直大変だったが、止められたから良しとしよう。

 

 その後、トウカの口から事の真相を聞いてから。エルトがライティアを暗殺しようとブーメランでひたすら鷹のように狙っていたり、それを止めようとして揉み合ったり、だ。やめてくれ、トウカ以外は止めたくねぇ。もう限界だ。

 

赤ん坊の記憶がこびり付いて、焼き付いて消えないトウカ。忘れられない自分本位の欲望から成るどす黒い殺気。味わう必要もなかったはずの鮮烈な痛み。それらが彼女を壊してしまった。……別に俺は治らなくても構わないけどな。

 

 ただ、彼女がもう少し穏やかに俺と共に歩んでくれるなら……。

 

・・・・

 

「あっは!」

「うわすごい……爆裂拳の一発一発が魔物の体に突き刺さってる……」

「流石は姉貴でがすね!」

 

 まぁ少しはその狂気も抑えて欲しかったりはするんだが、贅沢は言うかよ。あの狂ってしまった笑顔にほっと安心癒されるとまではまだいかないんだよな。



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秋風香る日差しの中で

123話の理由。
時系列→ゼシカ再加入直後

?「にしても、女の子なのにあんなにざんばらに髪を切られて、それを周りも放ってて。せめて手入れぐらいしてあげればいいのに」


「ねえトウカ」

「ん?」

 

 杖からゼシカを解放し、さっさとレオパルドを追う。次の犠牲者を出させる前に杖を取り戻し、ラプソーンの思惑通りにはいかせない。

 

 とかいう、まあ至極まっとうな考えもあるんだけど。あるとはいっても常に気を張ってたらどうかしちゃうので私たちは魔物が少ないときはそれなりにのんびりしているし、語ることは少ないとはいえ休みの日だってある。街に買い物に行くことだって少なくないし、遊びに行っている……というにはちょっと真面目だと思うけど、買い物を楽しんでちょっぴり無駄な買い物をしちゃうことだってある。真面目っていうのは、基本的に食料だの薬草だのを買ってるからだね。

 

 というわけでオークニスへ向かう時でも私たちはピクニックをしゃれこむこともあったんだ。

 

 魔物がとっても多いから、そいつら全部蹴散らして丘を確保するのはちょっと大変だったけどね。

 

「その、ドルマゲスに切られちゃった髪の毛……」

「これ?」

 

 食べられちゃったときに髪の毛が溶かされてわりとばらばらな長さになってるね。左側はまだ長いところが一房残っているけど、右側は肩にもつかない微妙な長さだもの。他のところも結構めちゃめちゃ。前髪がかろうじて原型をとどめてて右目を隠すぐらいは出来てるけど、前みたいなサイドテールはとてもじゃないけど無理だし、ククールみたいに後ろで結ぶのも無理だなあ。

 

「ええ。今整えたほうがいいと思って」

「ゼシカが?」

「そうよ」

 

 ……うーんと。これでも私、お抱えの散髪係がついてたんだ。モノトリアはトロデーンの筆頭貴族だからね。で、ゼシカも名家のお嬢様じゃないか。自分で髪を切るとかやってたとは思えないからちょっと出来が怖いんだけど!

 

「別に困ってないからいいよ」

「それ、変と言うより痛々しいのよ?」

「普通にしてたら男にしか見えないから大丈夫だって。一番短いところに合わせて切っちゃうのは勇気がいるし……」

「それもそうね」

 

 そこに合わせたらエルトより短くなるんだよ。それは……ちょっと。せっかく伸ばしたとはいえ、これじゃあどうやっても切らなきゃいけないのは分かってるけど……。

 

「短いところが伸びてから切ればいいんじゃないか?」

「それだ! ラプソーンをとっちめたらちょうどいい長さかもしれないね!」

「……それで……俺が……」

「なあに?」

「……全部終わったら俺が切ってやろうか?」

 

 ククールが? あ、そっか。修道院じゃ自分で切るんだ?

 

「それ、自分でやってたんだね」

「ああ。ドニでやっても良かったがそっちのほうが手っ取り早いだろ?」

「施術料も馬鹿にならないもんね」

 

 しかも私よりもずっとさらさらだ。どんな手入れをしてるんだろう。肩幅や身長ですぐ男の人だって分かるけど、後ろ頭だけ見たらとんでもない美女って感じだ。……というよりは、後ろ姿すら美人だ。性別不詳のほうが正しそう。

 

 私は知ってる。雑誌のモデルみたいにしてもらおうとしても上手くいかないってことを。でも、親しい人にならうまいことしてもらえるんじゃないかってちょっと期待もある。ほら、よく知ってる人なら顔がとんでもないことになってたら言うし。

 

「じゃあお願いしてもいいかな。その時はざっくりやっちゃってね」

「了解」

 

 ククールが一房だけ長いままで残ってる髪をさらっとすくい上げて……うわあ、気障だ。すごい、本物の気障だ! しかも厭味ったらしくないなんて流石だね!



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もしも幼い時に出会っていたら

トウカ三歳(エルトに会う前)→ククール加入時→ドルマゲス戦前、海竜探し


「はじめ、まして」

 

 お父さんに出来るなら友達になりなさいと言われた。周りの使用人にはあの方を怒らせてはならないと言われた。それも、言い聞かせるように、何度も言われた。必死に、何度も言われた。

 

 だからぼくはその子の名前を知っていた。知ろうとしたんじゃなくて、聞かされて、知った。その子の噂も、本当かわからない、遠い異国でのあれこれも。

 

 剣が強くて、頭が良くって、それで、大人をこてんぱんにしちゃうんだって。そして偉い人の子供だから、怒らせたらどうなるか分からないって。

 

 興味があったらすぐに挑んで、何人も倒しちゃったんだって。変なことをしたらぼくもぼこぼこにされちゃうかもって言われた。痛いのは嫌ですよね、と何度も言われた。その子のこてんぱんは痛いんだと思ったけど、どうなんだろう。そんなことをしたら……良くないってことは分かるんだよ。でも、偉いなら出来るのかな?

 

 だから、お父さんにあぁ言われた時は本当は怖くて、とっても逃げたかった。……その子に、本当に会うまでは。

 

「はじめまして、ククール・××××。ボクはトウカ=モノトリア、よろしくね」

 

 その子は、周りが言うみたいな、すぐに人をこてんぱんにする怖い子じゃなくて。ぼくを見てぱっと笑顔になって、読んでいた本をぱたんと閉じた。そして手を差し出して、握手もした。ぼくと同じ普通の手だった。言われたみたいにぼくの手を握りつぶしたりもしなかった。むしろ、優しくそっと握手してくれた。

 

 その子はちょっと背がぼくより高くて、でも年は下に見えた。

 

 髪の毛がふわふわで、それで目が片方隠れて見えなくて、せっかく良い笑顔なのにもったいなかった。

 

 怖くなくなったから、ぼくもその子に笑いかけた。その子はズボンを履いていたけれど、笑顔が可愛いなって思った。服にリボンが付いていたし、可愛いから女の子かと思ったけれど、履いているのはズボンだし、どっちかわからなかった。その時はまだ、ズボンを履いた女の子がいることを知らなかったんだ。

 

 お母さんやメイドや、たまに見かけるお客さんしか、女の人を知らなかったから。

 

「あのね、ボク、友達、あんまりいなかったんだ。みんな子供は逃げちゃうの。だからキミも逃げていいよ、怖くなったらね」

「……怖くないよ?」

「ありがとう。でも、逃げていいんだからね」

 

 その子は嬉しそうにぽんぽんってぼくの頭を撫でる。大人がやるみたいに。年下なのに変だなぁって思ったけれど、でも、逆らうのはだめだって言われたからされるがままになってた。別に嫌じゃなかったし。

 

 それからお菓子を食べながらお話した。たくさん喋ったのはぼくの方で、その子は聞いて、頷いたりして、そしてたくさん笑った。その子はあんまり外を知らないって言っていた。トロデーンでもあまり出歩かないからって。

 

 それはぼくもそうだけどなぁって言ったら、ならキミは話が上手いんだね、だから全然退屈しないよって言って、また笑った。

 

 甘いものが好きで、本が好きで、穏やかで、大人の人を相手にしてるみたいだって思った。大人しくって、でもどんなことにでも目をキラキラさせて聞いてくれる。嬉しくってどんどん話した。

 

 多分、ううん、絶対、その笑顔が好きになったから。

 

「またね。次はいつになるか分からないけど。トロデーンに来たら寄っていってね。歓迎するから」

 

 その子のお父さんとお母さんの間でその子は言った。その子のお母さんの魔法でびゅーんと消えていった姿を目で追いかけて、ぼくもあの魔法が使えたら何時でもあの子に会えるかなって思って、その魔法を知りたいって周りに言ったら教えてくれた。

 

 ルーラって言うんだって。でも、あの魔法だと行ったところじゃないと行けないんだって。なら、ぼくもトロデーンに行かなくちゃ。でもそれはまだ出来ないや。もっと大きくならないと。大人になったら……向こうは忘れてるかな?忘れてなかったらいいなぁ。忘れてたらまたお話して、そしてまたあの笑顔が見たい。

 

 出来れば子供のうちにあの魔法を覚えて、びゅーんって飛んでいきたいな。

 

 その子と仲良くなったことに満足したお父さんは、ちょっと嬉しそうに見えたけど、あの子のお父さんがしていたみたいにぼくを抱き上げてはくれなかった。

 

 寂しいなって思ったけれど、あの子がする笑顔を思い出したらちょっとマシになった。

 

・・・・

・・・

・・

 

 懐かしい茶色の髪の毛が風にすくわれてさらさら揺れる。やっぱりあの時髪の毛が銀色だったから別人じゃないかとひやひやしたが、ただ緊急事態に目がイカレていただけみたいだな。俺の前に立っていっそじろじろと言って良いほど凝視している姿は少し想定していなかったが。昔よりも無遠慮に見えて、無礼を働いているというよりは……何もそう思われる行動をしているとは考えていないんだろうな、と思うが。

 

 年を重ねるごとに我ながらよく相手にできたと思うからな。特にあの子がわがままだとは聞かなかったが、ふるまおうと思えば小さな暴君くらいにはなれたはずだった。まあ、それも家も覆い隠す勢いで有名なのは……あの背中にあるものの方だったが。

 

「ボクはトウカ。よろしくね……? で、ククール、見覚えないかい、ボクの顔」

「あぁ、それは俺も思ってたところだ」

 

 にしても小さい。幼い日の思い出の友達が。こんなに小さかったか?どうも、見上げてた記憶があるんだが。

 

 俺の言葉を聞くやいなやあの子はぱぁっと笑顔になった。途端、胸のうちからひどく懐かしい感情が湧き上がってくる。

 

「やっぱり? あのちっちゃいククールくんがこんなに背丈が伸びてるなんてボク、びっくり。少しは身長寄越してよ?」

「やなこった。せっかく抜いたのにまた見下ろされなきゃいけないのか?」

 

 あの記憶の子はそれを聞いてまたにっこり笑う。この笑顔だけはちっとも変わりやしない。ただ、なんとなく、あの時よりもなんとなく笑顔が幼く見えた。単に背を追い抜いたからか? もともと年下だったらしいが、もっと大人びていたような……。

 

 大人しくて穏やかな様子はすっかりなりを潜め、どちらかと言うと無邪気で……お転婆、としかいいようのない姿に変わっていた。ついでに別れからしばらく経ってから、やっぱりあの子は女の子だったんだと断定し、密かに初恋と認定していたのだが少し声が低くなっていることから心が砕け散りそうだ。

 

 いや待て、あれはハスキーボイスの範疇だ。声が低めのレディとして充分ありえる範疇だろ。貴族の令嬢でありながらも子供の時にズボンの出で立ちをしていたほどに男勝りならありえるだろ? ほら、昔もあんなに落ち着いていたことだし、声が落ち着いてくるのも……今、全然そのあたりは面影ないな。好奇心でいっぱいという顔だ。

 

 現に今も……やっぱりズボンだな。いや待て、服がひらひらしている。背中側から見ればスカートにも見えなくもない。それも燕尾服よりもかなりスカートっぽいひらひらだ。

 

 エルトとかいうあの子の幼馴染みの方がよほどひらひらした服を着ている事実には目をつぶる。こいつは見間違えようもなく男だが。待て、こいつも声も……そこまで低くもないし、結構可愛い顔……待てよ、あの子と比べてみろ。ほら間違いなくエルトは男だろ、間違いない。血迷うな。それで、あの子は……おん……微妙……。

 

「あれ、二人って知り合いだったの?」

「うん、三歳くらいかな、マイエラに来た時にククールの実家に預けられてね。あの時話し相手になってくれたのがククールだったんだ。あれから会えなかったからどうしてるかと思ったけど……うん、健康そうでそこはなりよりだよ」

「そっちもな。にしても……その」

「あ、剣のこと? 聞いてなかったっけ、あの時点でもボク、剣士してたんだけど……ああ、人様の家で暴れるなんてことはしてなかったから見てないか。」

 

 軽々とあの子……トウカが身長ほどもある剣を引き抜いて見せた。思わず腕を凝視するも、どう見てもヤンガスのような隆々の筋肉があるようにはみえない。ついでに言うと魔法で強化しているようにも感じられない。

 

 どうなってるんだ。

 

 エルトがなんとなく苦笑し、周りもどこか生暖かい目で見ているのはどういうことだろうか。

 

「ボクは兵士でさ。でもって、剣士さ。だからメインウェポンは剣だよ。これでも無敗でね、ボクが騎士として陛下と姫だけでなく君もしっかり守ることを約束しようか。あの日の私は我ながら大人しくって軟弱そうだったけど安心してね?」

 

 ウインク付きで言われ、心の中のなにかが砕け散る音が聞こえた。今度は間違いなく。にもかかわらずウインクした顔が卑怯な程に少女めいていて頭が勘違いを起こす。あの日の面影をしっかり残して成長し、なのに言動が男そのもの。どっちだ。どっちにしたって……神は残酷だ。

 

 その後、間違いなく「あの子」が女の子で間違いなく、致し方ないと言って差し支えない事情で男装していたと知った俺は再びフリーズを起こす頭を再起動させるべく思いっきり振りつつ、ガッツポーズをした。

 

 同時にそれまでの十二分に濃く長い旅の中で幾度となく騎士らしく守ってくれたあの頼れるが小さい背中を思い出し、情けなさがこみ上げてきたのだが……それよりも俺より長い間一緒にいたのにも関わらず、先入観ですっかり信じ込んで気づかなかったエルトを励ます方が先か。

 

・・

・・・

・・・・

・・・

・・

 

 ゆらゆら揺れる船の一室で、ベッドの上で三角座りをしてひたすららしくもなくぼそぼそ言うのを、あたしはあきれつつ聞いていた。

 

「小さい時に可愛いなって思ってた年上だけど弟のように思っていた存在が、成長したら完全に年上の風格を持つイケメンになっていて実は目のやり場に困っている? 実は目で追ってる? そうしたらよく目が合う? それで? 照れ隠しについ割増しで騎士しちゃうって?」

「うん……それに私、昔の方が落ち着いてた自覚もあるし、行動だけなら年齢退行してると思うからね……分かってるんだけど恥ずかしくて、それで余計、その」

「あぁ、抑圧からの解放とか?」

「そこら辺は聞かないでもらえると……その、まぁ、気を張ってたからさぁ、色々と」

 

 もじもじしたトウカが少し頬を染める。それも恥ずかしがって。……その可愛げはククールに見せなさいよ。あたしじゃくて。そしてその相談もなによ。それを直接伝えなさいよ。持ち前の豪胆さで。向こうは女ったらしのプレイボーイを気取ってるだけで実際本命を相手にするとヘタレになってるのよ。見てるこっちがやきもきするんだから。

 

 まあ、無理なのが恋心ってやつなのよ、きっと。お互いにね。面倒よね。

 

「持ち前の思い切りの良さで先鋒で突っ込むごとく言っちゃえばいいんじゃないかしら。好きなんでしょ?」

「すっ……?! いやいやいやいや、あんな世界が羨むイケメンに私みたいな可愛げのない男女が言ったって駄目だよ、見てるだけで十分さ。ただドキドキのせいで……戦闘中とかに手元が狂ったりしたら困るって話で」

「それは顔を隠してるからよ。素材はいいんだから顔を出しなさい。そうしたら自信もつくし、あいつの事なんだからころっと落ちるわよ」

「うぅ、見えてない方の目は抉りとりたいぐらいうっとおしいんだけど、見えてる方がいいのかぁ……その方がいいなら……そうしよっかなぁ……うぅ。でも私、ゼシカみたいに可愛くないよ。だってゼシカのことこそククール、狙ってるじゃん。わかり易くさ」

「……」

 

 男として育てられたからなのか、トウカは鈍いのよね。あの男が最初からトウカにロックオンしてることを気づいてなかったのは……えっと。哀れね、ククール。

 

 駄目ね、みんな鈍すぎてサザンビークに来るまでもなく、マイエラの時点で既にあぁだったのに気づいていなかったわ。あの時はあたしも正直あの時はトウカを男の子だと思っていたから幼なじみの感動の再会だと思ってたんだから同罪かも。ほんと、絶妙なのよね、あの男装。声を変えてなかったらすぐに分かったのだけど。いえ、だからこそ声を変えているのよね……。

 

 そもそも顔よ、顔を半分以上も隠して声を変えてちゃ分かるわけないのよ。あぁ、でもそうね、コンプレックスなのよね、右目。それを出すことを無理強いするのも良くないわよね……。

 

「え?あ、別に目を出してるとか隠してるとかはどうでもいいんだよ?」

「あら」

「無駄だなって、要らない器官だなぁって思ってて、つい前髪を切るのも面倒になってたら伸びてただけでさ。結果的に性別がわかりにくくてよかったってだけ」

 

 なら出してもいいのよね?

 

「じゃ、ばっさりいきましょう。おでこは出さないようにすれば子供っぽくもならないと思うわ、多分」

「えぇ……私童顔じゃん、見えたらどんな髪型でも……」

「黙らっしゃい」

「うぅ」

 

 恋に奥手な女の子は可愛いわ、でも相手は特別にヘタレなのよ。少しぐらいアグレッシブな方がいいわよ。特にトウカは行動面でイケメンポイントを稼ぎすぎてるんだから女の子の可愛らしさを見せなきゃヘタレはヘタレのままよ。

 

「うぅ……」

 

 本当にトウカの方が年上なのかしら。

 

「え、トウカが前髪を切るって?」

「うわどっから来たんだ、エルト」

「いや普通に入り口から」

 

 でしょうね。

 

「切ろうか?」

「あー……その頭、自分でやってたんだっけ。じゃあ……」

「やめなさい、馬に蹴られるわよ」

「あ、そっか。やめとくよ」

「え」

 

 言われるまで気づかないなんてエルト、あなたも相当鈍いわよね。トロデーンはどんな教育方針なのかしら。お姫様は結構自覚も強めなのに。

 

「それこそククールに頼んだらどうかしら。手先も器用でしょうし」

「えー……」

 

 そんな勇気があったらトロルの群れにでも突っ込んだほうがマシって、本気で言ってるの?さすがのエルトもフォローできずに一瞬表情が消えたわよ。

 

「ちょっとククールを焚きつけるか励ますかしてくるね……」

「え、やめてよ!」

「待って、ラリアットは本気で死ぬから! トウカに当て身でもされたら当て身じゃすまないから!」

「なら受け身をとって!」

「無茶言わないで!」

 

 あまりの騒がしさに船の一室にみんなが大集合するまでじゃれあいは続き、そのあとで狩られる羽目になった海竜が有り余ったパワーで引き裂かれるのもある意味仕方なかったのかしら。

 

 そしてくだんのトウカの前髪だけが無事でせっかく伸ばした髪を失ったトウカは今度こそククールに約束を取り付けて……ククールが挙動不審になるのをこらえながら約束を取り付けて……少しは進展したのよ、多分。




ククール「なぜこうならなかった」

トウカがあまりにもむごいのでどうやったら初期から恋をするのか考えました。


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それでも私の罪ではない

時系列→エルト、トウカが兵士となってからしばらく。近衛になる前。


「……やっちゃった」

 

 やってしまった。とりあえず生かしておかないといけないのに。

 

 寝室に転がる死体。首の骨は折れて、顔には苦悶の表情。手には毒の付いたナイフがあって、他にも武器がたくさん吊り下げてあるから、なんの弁明の余地もなく死刑確定の暗殺者の成れの果て。

 

 この際絨毯が血で汚れたことは無視したい。結構肌触り好きだったんだけど、まぁ取り換えだよね。あーあ、無視もできずに未練たらたら。

 

 私は血なまぐささに少々吐き気を覚えたけれど、すぐに落ち着いた。別に死というものは遠い存在ではないし、トロデーンではそう発生しないものの、この世界にも飢餓があり、簡単に貴族ではない人間は死ぬということを理解していたから。

 

 モノトリアの私がたとえ罪のない人を殺しても、それが少ないならばもみ消せるだろう。その程度の、人の命の重さなのだから。

 

 とはいえ私は邪悪ではないので、今までの殺人はほぼ完全に正当防衛である。誰が寝室に忍び込んできた暗殺者に抵抗して殺してしまったことを非難するのか。私はこれでいっそう恐れられるだろうけど、軽蔑されることは絶対にない。

 

 たまに死刑執行してたような気もするけど、モノトリアはシャルル=アンリ・サンソン的な家ではないので本業じゃないし。まぁそれも私がここで仕留めなかっただけの暗殺者なんだけどさぁ。

 

 その点では平和そのものな前世より小気味よい世界だ。恥ではなく罪で裁かれるようなもの。

 

 私は小さなベルを鳴らして、執事を呼んだ。深夜だけど、まぁ、朝までこんな部屋にいたことが父上にでもバレたら貴族としての心構えの足りなさについて少々お説教されることだろうし、母上は私のことを哀れんで女として生きるようにますます主張することだろう。

 

 ベッドの上の剣を抱き寄せて、部屋を出る準備をしながら慌ただしい足音を聞いていた。

 

「如何なされましたか」

「暗殺者を、殺した」

「なんと! 護衛の者は何をしているのですか!

……お怪我はございませんか?」

「ないよ」

 

 暗がりの死体にすぐには気づけなかった執事が取り乱して、その声を聞き付けた部屋の外にいるはずの護衛からなんのリアクションも返ってこないことからすべてを悟ったらしい。

 

 なかなかの手練だった。私がただの貴族令嬢なら死んでいただろう。今日の護衛は亡くなったか、良くて毒か睡眠薬を盛られて意識がないのだろう。

 

「片付けて。父上の報告は朝でいいよ。ボクまだ寝たいから客間を整えさせて」

「かしこまりました。剣の手入れはどう致しましょうか」

 

 枕元の適当な剣を投げて絶命させたんだっけ。別にお気に入りでも業物でもないし、実用性はあるけど飾りみたいなものだよね、それ。私には二回使えない程度の強度だし。

 

「下げ渡して。護衛たちの武器にするといい。気を抜くことがいかに致命的なことかが分かるでしょう。ドアの前の護衛については……沙汰は父上がお決めになることだが」

 

 まぁ私、護衛部隊に恐れられていて、挨拶と命令の関係で愛着ないしなぁ。こんなんだから友達がエルトしかいないのかもね。それが普通なのに受け入れられないから。

 

「ボクとしては生きているなら三ヶ月の謹慎だな。せいぜい療養して、自らの血に役目を問い直させるといい。生きていたら、だけど」

 

 私はただただ自分が悪いわけでもないのに頭を下げる執事をつまらなく思いながら、今日の執事の当番が私の性別を知る親しい人ではないことが良かったのか悪かったのか検討しつつ、愛剣を担ぐと寝間着のまま部屋を出た。

 

 あーあ、彼はただ仕事してるだけなのに私はいけない子だ。

 

 ……目が冴えちゃった。

 

 でも明日は揃って訓練の日だ。モノトリアとしての仕事はないし、寝ないとね。

 

 私はメイドが急いでベッドメイクしたふかふかの布団に倒れ込んだ。硬質な剣の感触を心地よく思いながら。

 

 

 

 

 

 

「おはようエルト。寝癖ついてるよ」

「……はよ……」

「ねぇエルト、昨日何時に寝たの?」

「……」

 

 だめだこれは。完全に意識が寝てる。

 

「起きてってば。朝ごはん食べたの?」

「食べた……」

「詰め込まれてたってのが正解だろ……」

 

 ぼそっと言った君にもう少し事情を聞いてもいいかな。

 

「昨日なんかあったの?」

「はっ、深夜まで『くだらない活動』をしておりました」

「そう、猥談もいいけど、エルト朝弱いしほどほどに」

「わっ……」

「違ったかな、下世話だった?」

 

 同い年はつまらない、というかつまらなくないといけない。私の立場と自分の立場をわかっている貴族の子息は私をそれこそ真綿に包むように丁重に扱う。

 

 だから混ぜっ返しただけなのに、固まらないでよ。

 

 私はここでは男のように振る舞わなきゃならないんだし、ここは兵舎だし。家から通っている私にもベッドが与えられているから、朝ごはんのあと鎧をのたのた着ているエルトをからかうにはちょうどいい。

 

「いいえそんなことは……」

「いやトウカ猥談とか君の口から言わないでよ、びっくりして目が覚めたよ!」

「ボクをなんだと思っているんだ」

 

 なんだと思っているんだ。まぁその手の本は父上がなんとしてでもせき止めているらしくて話が入ってこないのだけど。前世も中学生どまりで頼りにならない。でも私は、結婚していて然るべき年齢だ。なんにも知らないっておかしくない?

 

「純潔の騎士……?」

「OK、虫唾が走る。そう思うのはやめろよ。ど、の、へ、ん、が! そうなんだよ!」

「じゃあ聞くけどどんな異性が好みなの」

 

 どんな異性ね。異性か。答えやすいね、嘘を誤魔化して無理やり本当のことを言わなくていいから。

 

「髪の毛がつやつやしていて綺麗な人は正直少し触らせて欲しくなるね」

「結構普通のこと言うね」

「だろう? 何が純潔だよ、ボクがまるで経験なしの腰抜けみたいにさあ」

 

 まぁまるで経験なしの腰抜けなんだけどさぁ。貴族の令嬢としては純潔はそりゃ当たり前だけど、私は子息と思われている上に、別に近衛兵だから全員貴族出身じゃない。エルトは出身が不明だから例外中の例外だけど、わりと年上の人なら実力派の庶民の人もいる。

 

 だから、まぁ、経験なしの腰抜けって扱いはね、そりゃあ、私にはされないんだけどさ。不敬罪になるよ。

 

 ……エルトいじめられたりしてない? 素朴なイケメンをリードするようないけないお姉さんとかいてないよね? 大丈夫だよね? 心配になってきた。エルトがどうとか知ったことじゃないんだけども。

 

「それから、そうだなぁ、ボクとは違う意味で強いひとに惹かれるな。戦闘力じゃなくていい。戦闘力も強かったらそれこそすぐ惚れちゃいそうだけど、想いの強さというのは尊いものなんだろうね」

「……うん、妥協ラインがそれらしい」

「何が妥協だよ、ボクは愛する人を選り好みできる立場じゃないけど、もし恋をして結婚できるなら……とか考えないわけじゃないのさ。たまには考えるよ、たまには」

 

 ボクは夢みる乙女じゃいけない。だからきっと、どこかの貴族の子息を婿養子にして、結婚するのだろう。まだまだ先だけど。

 

 でも、そうだなぁ、綺麗な髪の、優しい人がいいな。夢を見すぎだけど。

 

 

 

 

 

 

「こいつらがボクの命を狙いに来たって?」

「はい。幸い先に捉えることが出来ましたが」

「縛りが甘い。手首折っちゃっていいよ、それぐらいきつく縛って、見張りを増やしておいて……多分、昨晩のやつの仲間だ」

 

 冷たい声を努めて出した。命を狙われて愉快なわけがなかった。しかも立て続けだ。

 

「私はモノトリア家長子、トウカ。あなたが何者の差し金で、どのような信念を持って私を殺そうと企んだのかは関係ないことだ。私は私の信念を持って、そしてこの家の家訓に従い、トロデーンの法に則ってあなたを処刑する。

それまで悔いろとは言わないが、末期の水くらいは飲ませてやろう。不敬には罪を、だが、苦痛を返すことはない」

 

 私やエルトくらいの年の暗殺者は私を睨むこともなく、拘束を強くされても無言だった。私の死で、益がある貴族はもちろん多い。単純に気に食わないからってこともあるだろう。

 

 私には慈悲はない。私は生きて、恩を返さなければならない。私は血筋という、自分では選べないことによって恵まれた環境にいるんだ。エルトとの差は血筋だけだ。ほかの孤児たちとの違いは何だ? 何もない。

 

 だから私は努力するし、陛下と姫のためには命を差し出す誓いを立てている。

 

 死ぬわけには行かない。

 

 そして彼は口を開く。猿轡を噛ませることはしなかった。私は少し、言葉を交わすことにした。見下しているんじゃない。ただ、知るべきだと思ったから。父上に怒られてしまうな。

 

「お前がいなけりゃ、兄さんは死ななかった」

「私が死ぬ理由にはならない」

「依頼主の言葉に従わなければ結局は殺される」

「そう。私が死ぬ理由にはならない」

 

 私は死にゆく少年に、罵倒をする権利はない。だから受け止める。ただ優しい言葉を返すのではないけれど。

 

「私が死ぬ時は、我が君主の盾となる時」

「いけすかない男だ」

「結構」

 

 男じゃないとわざわざ知らせようとは思わない。私は牢のある部屋から出ようと思った。椅子から立ち上がると、力のない目で見返された。

 

「生きているだけで罪のくせに」

「弁えなさい、罪人よ」

 

 そう思う人もいるでしょう、そう信じる人もいるでしょう。でも、今はあなたそのものが罪人なのに。

 

 私は翌日、親しい執事に暗殺者の少年を処刑したことが伝えられた。拷問はしないし、尋問も形式的なものだったけれど、彼は依頼主のことを吐いたという。

 

 私は彼なりの「弁え方」を受け止めて、非道な依頼主については国の名の元に然るべき償いがあるように取り計らった。

 

 ただ平和に生きていられるのならば、それでよかった。でも、私には叶わない。

 

 平穏の中生きることが出来るのなら、エルトの知らない冷徹な貴族ではなく、エルトの知っている変人の貴族ぐらいでいられるだろうか。



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