胡蝶銀夢 (てんぞー)
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夢から覚めない夜
一夜目


「愉快だねぇ―――」

 

 言葉を吐きつつも荒い息を吐く。背後へと視線を向ける必要はない。何が追って来ているのは自分が良く知っている。だから振り返る事なく、そのまま体力を燃料として燃やす様に全力で走り続ける。諦めが一番簡単な敗北への道だと誰だって知っているから。勝つ。そのつもりが存在し続ける限りは決して諦める事無く動き続けるしかない。だから足は動き続ける。走り続ける。疲労が体に来るのを感じていても決して止める事無く前進し続ける。

 

 月明かりだけが道標となる時間、誰もいない。

 

 住宅街の中を通る様に走ってもほとんどすべての家の光は完全に消えている。光がまだついていたとしてもカーテンが閉じていて、こうやって外で走っている姿を見る事の出来る者は存在しない。寧ろその方が幸運だろう。今、自分が直面している事態を目撃、あるいは遭遇してまともな精神状態でいられる人間は存在しないだろう。

 

「愉、快、だなぁ―――」

 

 走る。目的地は知っている。というよりも目指している所がある。故にそこへと向かって走るだけ。予め知っている場所に―――というよりは状況を想定して調べておいた場所の一つ、そこへと向かって全速疾走で移動している。住宅街から少しずつ人の気配の少ない場所へと、そしてそこから更にもっと人の少ない場所へと移動する。九十年代の建設ラッシュで大量のビルが建築されたが、その途中でバブルがはじけた。その影響により建設途中で放棄された数多くの建築物。

 

 マンションの墓場とも呼べるエリアへと入り込む。もはや建設を続行する金も労力も時間もない。あるのはスケジュール化された破壊の日程だけ。だがそれだってタダではない。順番が来るまでは何年も無言で過去の栄誉を晒し続けなくてはならない。そんな、過去の残骸とも言えるエリアに、息をまだ切らす事なく走り、そして到着する。走るスピードを徐々に落としながら最終的に置く、鉄骨がむき出しになっているマンションの前で足を止める。

 

 そこで漸く、長らく向けていなかった背後へと振り返り、視線を向ける。

 

 そこには人の背丈を超える化け物の姿があった。

 

 全身は緑色であり、細長い胴体を持っている。二本足で大地に立ち、そして両腕は手首の先からは鋭利な刃となっている。ユニークな形の頭に巨大な眼を保有し、胴体よりも太い尻尾で巨大な両腕の刃とのバランスを取っている。それを一言で表すなら虫―――それもカマキリ、巨大なカマキリだと表現できる。ただ人よりも大きいカマキリなんて自然には存在しない。

 

 少なくとも、自分も一般的にもそう認知されていた。

 

 だがいる。目の前にはそんな化け物がいるのだ。それに追いかけられ、そしてここへとやってきた。良く見れば月明かりのみが光源となるこの場所で、その光に当てられてカマキリの背に立っている人物が見える。良く見るブランドの服に身を包んでいるのは中学生ぐらいの少年に見える。その少年がカマキリから降り、此方へと向ける視線は見下した者の表情だ。

 

「―――こんなところへ逃げ込んでくれてありがとう。おかげで遠慮なくこいつを振るう事が出来るよ」

 

 少年はそう言った。そしてそれに反応する様にカマキリが両腕の刃を振るう。見た目からしてかなり鋭いそれは―――あっさりと自分の体を両断してくれるだろう。間違いはない。それぐらいの鋭さはその刃には感じる。そもそも人間を相手する事を考えられていない様な鋭さ、だとも思う。どんな防具をつけていても一撃必殺、成程、これは実に恐ろしい武器であると思う。虫は、

 

 ―――虫憑きの虫は誰もがこんな恐ろしい生き物か、と思う。

 

 虫憑き。それは都市伝説の存在。政府には存在しないと発表された存在。だが逆に言えば”否定しなきゃいけない程存在感を感じる”存在でもある。つまり政府の存在しない、という発表が存在しているという事を証明している、そんな存在。その生態やらなにやらは良く知らない。ただ自分で理解できるのは、この虫憑き、という存在は恐ろしい事だ。このような化け物を飼い慣らし、自由に力を行使する事が出来る。

 

 それはなんとも、

 

「愉快だねぇ……」

 

「……?」

 

「いやいや、何でもない。こっちだけの話だよ。実に愉快だ、ってね。こんな状況愉快としか表現する事もできないだろう。恐ろしいとも表現できるかもしれないが、個人的には愉快、ってのが一番クルと思っている。……いや、だってそうだろ? こんな状況に突入したらどんな風に表現するさお前。愉快以外の何でもないだろう?」

 

「どうでもいいよ。それよりも昼間は良くもやってくれたね」

 

 そう言う虫憑きの少年の顔は―――見覚えがある。今日の昼間、商店街を歩いていたらカツアゲされている別の少年を見つけたものだ。そのまま見過ごすのも気持ちが悪い話だ。だから通りすがりに何度か腹パンして助けてあげた、という実にどこにでもある話だ。勿論目の前の少年はその時殴り倒したほうの存在だ。それがまさか虫憑きだったなんて、思いもしなかった。というよりも想像できた方がおかしいだろう。一般的に虫憑きと言えばもっとアンダーグラウンドな、ダークな存在だ。いかにも闇落ちしてそうなイメージがあるのにまさか普通の学生が虫憑きだなんて、思う人がいる訳がない。

 

 それはそれとして、この状況をどうにかしなきゃ明日がないのだが。

 

「ん? 悪いな。個人的に気持ちが悪いと思う事に対しては見過ごせないんだ。だってほら、一般的に考えてカツアゲとかイジメとか超かっこ悪いだろ。思春期のハリキリボーイするのも悪くはないけどさ、後々考えてみろよお前。中学校高校時代でヒャッハーし過ぎた結果それが内申書に響いたりして、大学とか社会に出る時に影響するもんだぜ? そう、つまり俺の腹パンは祝福、お前の未来の為なんだぁ―――! ……うん? 駄目?」

 

「駄目」

 

 だよなぁ、と呟きながら近くにあった鉄パイプを持ち上げる。廃材でしかないが、こういうものはそこら中にごろごろ転がっている。だから適当に長さがちょうど良いのを拾って武器代わりにする。握るのは右手。そして左手はジーンズに巻いてあるベルトに手を取り、それを一息で抜いて左手で巻きつける様に握る。これで最低限の武装を完了した。安心、安定の武装。使い慣れているだけに心が落ち着く。やはり獲物はなれている物に限る。

 

「え、なに? もしかして戦う気? そんなもので?」

 

「勿論」

 

 そう、それは、

 

「―――良い経験だ」

 

 は、という言葉が聞こえてくるが、それを無視しつつ前へと踏み出す。この場所を選んだのは何も逃げ込める場所を選んだからではない。お互いに全力で、見られず、そして隠す必要もなく戦えるために選んだグラウンドなのだ。故に誰かに見られる心配もなく前進する。虫憑き自身の反応は悪い。しかし本能で察し、迎撃に動く巨大なカマキリの方は違う。前進する此方に対応する様に威嚇の刃を振り上げる。成程、とそれを見ながら思う。主導権を少年の方が握っているだけで、思考は別なのかもしれない。

 

 虫と虫憑きはイコールではなく、別の生物。これがイコールであれば楽だった。

 

 だから踏み込み、十歩ほどの距離を一瞬で詰める。反応したカマキリが刃を殺す為に振るって来る。そこに一切の躊躇はない―――のは辺り前の話なので殺意はスルーし、振るわれる左カマの一撃を拾った鉄パイプで迎撃する。というも、そのまま打ち合うのは間違いなく悪手になる。故に迫ってくる刃に合わせて鉄パイプを振るい、斜めに鉄パイプを振るい、カマキリのその刃と当てる。錆びていても鉄パイプ。人間の筋力では曲げる事が難しいそれに、バターを切るかのような滑らかさで刃が斜めに突き刺さる。

 

 それを利用し、鉄パイプの持ち手を捻り、鉄パイプを切ろうとする刃も纏めて捻る。結果として刃は途中まで切断しようとしたところで方向性を変えられ、流される様に体の切断ルートからその軌道を外す。同時にカマキリの左半身を盾にする様に踏み込んでいる為、既に体はその両腕を駆使する事の出来る領域の内側に入っている。右の刃で切り払おうとすれば体が邪魔になる。左の刃でならギリギリ届くかもしれないが、それにしたって一度大きく戻す、或いは振り上げる必要がある。

 

 故に切り裂かれるまで一秒、或いは二、三秒程時間が生まれる。切り裂かれた鉄パイプはその先端が鋭利になっており、鉄パイプというよりは鉄の槍、とも呼べる状態になっている。

 

 それを迷う事無くカマキリの左手首に突き刺す。

 

 ザクリ、と音を立てながら深く鉄パイプが突き刺さる。体液を流しながら振り返って正面に収めようとするカマキリの動きに合わせて回り込みながら左、ベルトを巻いた拳で鉄パイプの底を殴る。勢いよく叩き込まれた鉄パイプが貫通しながら胴体に突き刺さり、ぶらん、と倒れるカマの背を足場に駆け上がる。カマキリが飛びのこうとするが、それよりも早く左拳をカマキリの眼へと叩きつける。一回目の打撃、それは予想よりも硬い眼の感触によって弾かれる。

 

 二回目、発勁で拳の威力を眼、頭を貫通させる。

 

 頭を蹴るように後ろへと飛びのくと同時にカマキリの上体が倒れるのを目撃する。着地しつつ更にその奥へと視線を向ければ、見下していた少年が顔と、そして左手首を抑えながら大地に転がって苦しんでいた。それを見てほほう、と声を漏らしながら観察する。どうやら虫とその主はダメージ、というか痛覚がリンクしているらしい。虫を痛めつける事ができればそのまま主の方にもダメージを通せる。割と便利なシステムだと思う。

 

 ―――どう足掻いても人間側の方が弱いのでそっち殴った方が楽そうだが。

 

「しっかし虫つってもこの程度か。剣術習った人斬りの方がまだ怖いな、これだと」

 

 一般人からすれば何を言っているんだ貴様、と言われかねないコメントだがそう、自分はそう言う人物だ。

 

 自分の都合、自分の趣味、自分の快楽のみを優先して生きている社会不適合者。人間の屑だ。

 

 しっかり理解しているので問題はない。

 

 カマキリの体液を浴びてしまったハーフジャケットを脱ぎ、ばさばさと振って体液を飛ばしつつ、視線をカマキリと少年の方へと向ける。痛みに悶えてまだ転がっている姿を見るに、どうやらここまでの痛みを感じるのは初めてだったらしい。まぁ、誰だって痛いのは辛いよな、と思いつつハーフジャケットを着なおし、適当に落ちていた鉄パイプを再度右手に握りながら肩に担ぎなおし、

 

「んで、まだやる?」

 

 歩き寄りながらそう言葉を投げかけ、カマキリに近づいたところで少年が顔を持ち上げる。

 

「今だ!」

 

 カマキリが右の刃を振るう。それに合わせて鉄パイプを切らせながらまた槍の姿にし、避けた先で手首に突き刺す。今度は完全に貫通させ、そしてそのまま大地に突き刺す。それを上から押し込む様に踏みつけ、視線を少年へと向ける。やはり苦しがっている。

 

「まぁ、こんな立派な武器があったんじゃ増長するよな」

 

 だったら、

 

「奪ってやるか」

 

 カマキリの両腕のカマ、その刃を鉄パイプで突き刺す様に抉って引き千切る。少年の絶叫が聞こえてくるがそれを無視し、カマキリの両腕からその巨大な刃を引き千切るように切り落とし、千切った二つを立てる様に大地に突き刺す。改めて確認するカマキリも、そして少年も呻くばかりで戦うような力を持っている様には見えない。

 

「ま、ホントならここで一発君自身を殴っても良かったんだけど、それはそれでただの死体蹴りになるかまぁ、勘弁しておくよ。その代わりにこの鎌はトロフィーとして持ち帰らせてもらうな、蛮族的な発想として」

 

 周りを見渡し、紐が落ちないかを確認する。紐が一つも発見できなかったことにがっかりしながらも左手も右手で鎌を一本ずつ背の部分で握り、口笛を吹きながら肩に担いで歩き始める。カマキリと少年の横を抜けて住宅街へと向けてゆっくりと、歩き出す。

 

 もはやカマキリも少年も、此方へと視線を向けるだけで反撃らしい反撃を一切行わない―――武器である両手を失えばそれもそうだ。自分は経験したことがないが、両腕を失う感覚とはとても痛いに違いがない。

 

 もう興味はなく、振り返る事もなく、そのまま去る。また報復か何かでまた会いそうな気はするが、その時はその時で死なない程度で対処すればいい。

 

 

                           ◆

 

 

 自分が他人と違うのは良く知っている。そういうのを知っているからこそ普通のフリというのは出来るのだから。

 

 強いという事に対して特に思う事はない。十何年も鍛えてきたのだからそれは当たり前の話でしかない。

 

 ―――ただ良く、退屈だと思う事はある。

 

 

                           ◆

 

 

 口笛を吹きながら夜の道を行く。夜に口笛を吹けば……なんて言葉もあるが、今更恐れる様な歳でもない。だから堂々と誰も外を見る事のない、寝静まったこの時間帯、道路を占領する様に中央、ラインの上を歩く。小さなイベントが時々発生するが、それでも人生は退屈だ、と思い、

 

 戦利品を肩に担ぎ直すと風が吹くのを感じる。

 

 夜風の涼しさを身に感じ、振り返る。

 

 ―――そこにいたのは少女だった。短パンに無地のシャツと白いコート、そして赤いマフラー姿の少女だ。右手には銀色の槍が握られており模様の様なものが顔に少々見える。いきなり現れた少女の気配は希薄だった、いや、希薄というよりは儚い、と表現した方が正しいのかもしれない。とにかく、そういう感じの少女がいきなりそこに現れていた。

 

 大体中学生くらいかねぇ、と口に出すわけでもなく呟き、そして肩に乗せていた戦利品を握りつつ下ろす。

 

 口を開くのは少女が先だった。

 

「―――”不死の虫憑き”?」

 

「とりあえず殺して見ればわかるんじゃないか?」

 

 その言葉に銀槍を構える少女を確認し、さて、と声を吐き、

 

 ―――愉快だねぇ。いや、ホント。

 

 笑みを隠すことなく一歩目を―――踏み込んだ。




 初戦はかませの法則。大体1話目は戦闘しか書いてない気がする。とりあえずお久です。ムシウタカクタヨー。

 さすがにタイトルがアレすぎるのでそのうちいいタイトル思いついたら直します。思いつかなかったらこのままです(真顔

 タイトルとあらすじとか飾りだけどさぁ! 所でムシウタって年齢とか年表とかないからそこらへん割と適当なんだな。範囲思春期とかでかいよー……。

 このお話は虫憑きに対して腹パンする事のみを原動力にしています。


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二夜目

 ある深夜、

 

 歩いていたら通り魔ロリに襲われた。

 

 言葉にしてみると酷い状況だ。いや、相手を見れば相手がロリというには肉体的な成長を感じる―――身長は低いがおそらくは十五前後、まぁ、そのあたりだと思う。発育の悪さは体を見れば解る。”肉”がついていない。運動をしていないのか、或いは運動ができなかったのか。そういう感じの所だろう。しかし目の前で振るわれる銀槍は早く、鋭く、そして何よりも強い。とてもだが確認する少女が振るえる様な速さではない。

 

 つまり、虫の力で身体能力そのものが強化されているのだろう。それを把握した所で回避動作に入らないと直撃で殺されると判断し、銀槍を飛び越えるように、ワンステップを銀槍の上において跳躍する。特別高い身体能力がなくても、重心移動と体の機能さえ把握していればこれぐらいは問題なく実行できる。故に前転する様に飛び越えながら逆さまになったところで右手で握っている戦利品を―――カマキリのカマを首を一撃で落とす為に振るう。

 

 それに反応した少女が首を逸らす事で回避しつつ、

 

 銀槍の先で破壊を目撃した。

 

 簡単に説明すれば、それは斬撃だった。突きだされた槍の軌跡に沿う様に真っ直ぐアスファルトの道路に斬撃が刻まれていた。少なくとも三メートル以上の斬撃が道路に刻まれているのを確認して冷や汗を感じつつ、飛び越えるという咄嗟の判断に感謝する。挑発したとはいえ、迷う事無く即死攻撃を叩き込んでくる相手に―――特に驚きもしない。そんなものだろう、と着地しながら思考し、

 

 背中を見せたまま着地し、振り返らないままそのまま少女へと向かってバックステップする。そこで背中合わせになったところで一旦足を止め、そして口を開く。

 

「こんばんわ、俺の名前は―――」

 

 言葉を言い終わる前に少女が振り向きながら刃を振るった。四肢を投げだす様に道路に転がって頭上の斬撃を回避しながらそのまま足元を右手のカマで振り払う。それを少女が飛び越えて回避する動作の最中に左手のを切り裂く軌道で投擲する。少女が銀槍を戻す動き、柄でカマを弾きながら砕くのを見て、相手の方が先程戦った小者よりも遥かに強敵であるのを認識する。

 

 楽しい。

 

 そう思いながら帰還アクションに潜り込む様に踏み込む。それに合わせて銀槍が回され、刃の切っ先が両断の軌道で入る。既にそれを読んでいたが故に体はその道から外れ、少女の横を抜ける様に横へと滑り込んでいた。そのまま残ったカマを武器として横へ通りながら滑らせる。この凶器がその性能を発揮するのであれば、このまま握って横を抜けるだけで両断できる。

 

 だが、それは阻まれる。

 

 鱗粉の様な、粉の煌めきが刃が少女に触れるのを拒絶していた。判断は素早く、カマを捨てる事を決意し、手放しながら横を抜け、背後へと回る。その瞬間には鱗粉に阻まれたカマが銀槍によって砕かれるのが見える。しかしそれでアクションを消費するというのであればそれでいい。予想よりも、未熟な相手かもしれない。とりあえずは、

 

「―――鉄比呂(くろがねひろ)十八歳、よろしくな!」

 

 背を押し付ける様にして衝撃をそこから遠し、鉄山靠を叩き込む。少女が車に跳ね飛ばされたような勢いで跳ね跳びながら道路に衝突し、ワンバウンドしながら近くの廃ビルを囲うフェンスに衝突し、突き抜け、その向こう側に転がってから立ち上がるのを見る。ふむ、と声を漏らしながらすぐさま立ち上がった少女を見る。自分と同年代どころか体を鍛えた大人でさえ一撃で気絶させる程の一撃を叩き込んだつもりだったが、

 

 何やら火力のみならず防御力すら化け物だったらしい。これで戦闘センスも悪くない、と来るとチートというやつに違いない。これは酷い。努力の蛮族相手にチート生物を出すとか。

 

 ―――蹂躙したくなって逆に興奮する。

 

 既に立ち上がって銀槍を構え直した少女はそれを振るう体勢に入っている。容赦のないその動作には殺意はない、が、殺すという意思は乗っているのが動作に見える。その事にひひひ、と声を漏らしながら踏み込む。振るわれる銀槍の軌跡に沿う様にその先端から放たれるものが見える。

 

 鱗粉だ。それが銀槍の正体になっている。それが振るわれた直線状の存在全てを完全に切断し、破壊している。それを黙しつつ前進する。体の動きは素早く、だが小さく、最低限の回避動作でダッキング、スウェイ、と技術を合わせながら簡易的な縮地法で鱗粉を潜りながら前へと進む。一歩目、鱗粉の端に引っかかった頬と肩が切れる。二歩目で腿と二の腕が切れる。が、気にする事はない。

 

 切り裂かれ、吹き飛ぶフェンスやアスファルトの塊、それらを足場に四方八方へ跳躍しつつ接近し、

 

 十三歩目で少女の前へ、銀槍を潜る様に到達する。ふん、と満足の息を鼻から吐き出しつつベルトを巻いた拳を握り、シングルアクションでそれを一瞬で、

 

 少女の腹へと叩き込む。

 

「挨拶したんだからちゃんと挨拶しかえせよ基本だろぉ―――!!」

 

「ぐぇっ」

 

 鱗粉に拳を阻まれる感触はあった。しかしそれを発勁でぶち抜き、衝撃を少女の腹に通した。その為にダイレクトなコンタクトは成功していないが、衝撃が貫通したおかげで少女が体を折り曲げながらその体が後ろへ一歩、下がる。その手からは銀槍は離れない。つまり戦闘続行可能な状態となっている。

 

「ネクスト! ダメージ・ヒント! お腹ァ!」

 

 少女が下がる前にマフラーを掴んで引き寄せながら腹パンを再び決める。今度は鱗粉がガードに入らない―――おそらくは一回重い攻撃を受けて意識が回らないからかもしれない。どうでもいい話だ。相手の未熟さ油断、あるいは慢心の結果だ。反省するべきは自分ではなく相手だ。なのでそのまま遠慮する事無く下がりそうな体をマフラーを引っ張る事で引き寄せながら拳を叩き込む事を続ける。

 

「今何時? 今深夜ァ! 通り魔なんぞしてんじゃねぇよ! ご近所の迷惑!」

 

 再び拳を叩き込む。

 

「なんか探し物しているみたいだけど俺、虫憑きですらねぇよ! 見れば解るだろ!」

 

 引っ張って腹を殴る。

 

「第一そこらへんの道路に不死っぽいのがいるわけねぇだろ! 常識で考えろ!」

 

 遠慮する事無く本気で少女の腹に拳を叩き込む。耐久力が人外のものであるという事はもう証明されている。本気で殴っても壊れない相手―――なんとも素敵ではないか。

 

「夜なんだから家に帰って寝ろ! ちゃんと歯ぁ磨けよ!」

 

 発勁で衝撃を通しつつ拳を少女の腹へと叩きこみ、体を吹き飛ばす。何度もバウンドしながら壁を砕いて動きを停止するその姿を目撃し、吐きだしたい言葉を吐きだして満足の息を吐く。やはり我慢はストレスの元。吐き出したい言葉を吐き出さずに置いているのが一番の悪なのだ、と。

 

「あぁ、スッキリした。通り魔だから殴っても犯罪じゃないからな。やっぱ正当防衛って最高だな」

 

 額の汗を拭おうとして、切れた所から流れ出る血が付着してしまったことに気付く。汗を拭おうとすれば逆に気持ち悪くなることにげっそりとしながら、ゆっくりと少女へと近づいて行く。途中で銀槍を離せない様に、握力を固定する様に拳を一撃叩き込んだので、やはり少女の手から銀槍は離れていない。しかしその銀槍の表面から銀色が剥がれ始めている。

 

 触手へと姿を変え、そしてそれは集まって一匹の蝶へと姿を変える。マジかよ、と声を零しながらそれが飛び去ってゆくのを眺め、溜息を吐く。とりあえずはポケットの中に携帯電話が無事である事を確かめ、少女の素顔の写真を何枚か取り、記録を取っておく。何か不都合があった場合はこれで脅迫なり追いかけるなりすればいいのだ。

 

 賢い蛮族はただの害虫である、という父の言葉を思い出して握りつぶす。

 

「しかし実にファンタジーだなぁ、虫憑きってのは。割と真面目な話、先にカマキリと戦っておいて良かった。アレが破壊力を実演してくれなかったら”耐えて接近する”なんて事に手を出しかねなかったし。やっぱ経験って大事だよなぁー」

 

 そう言いながら銀槍から松葉杖へとおそらくは戻ったのを確認し、倒れている少女へと視線を向ける。顔に浮かんでいたマーカーの様な文様はもうない。おそらくあれが戦闘態勢である事の証なのだろうか? しかしカマキリ使いと戦った時はそんな文様もなかった。やはり、今回の戦いと前回の戦いを比べる感じ、虫憑きでもタイプ差は出るのだろうか?

 

 格闘タイプとかドラゴンタイプとかそんな感じの。

 

「ともあれ、お兄さんが勝者だからねー。とりあえず戦利品探しと行きますか。はい、ちょっと動かないでねー、身体検査始めますよー、ぐへへーイヤーンな展開始まるぞ……! ……ツッコミがないから空しいわ」

 

 一人で漫才をしながら近づいて少女を確かめる。どうやら気を失っている、というよりは体に力が入らずに倒れている、という感じだ。立ち上がる事も出来ないのか苦しそうに目を閉じ、口をパクパクさせている。最初に殴った時の強度からして耐えれるかと思ったが―――やはりどこか体が悪いらしい。発勁を叩き込んだあたりからこういう感じになっている辺り、体の中がどこか壊れているのかもしれない。

 

 割と本気で殴った結果、寿命が縮まったなら―――まぁ、しょうがない。襲ってきた方が悪い。

 

 ともあれ、身体検査を始める。マフラーに触れてそこに何かを隠してないか、手、腕、胸、腰、腹、と何か隠していないかを確認する為に触れて行く。セクハラだえっちぃやらと非難の声を普通は浴びせられるところだが、戦利品漁りにも大分慣れてしまったため、悲しい事に特に感じる事はない。特にこんな貧相な胸、

 

 触っていると憐れみすら覚える。可哀想。

 

「お前もっと牛乳飲めよー? 好き嫌いして喰うもん飲むもんちゃんとしねぇと大きくならないからなぁ。まぁ、それはそれとして身体的な問題として大きくなれない場合があるんだけどな! 高校生入ってそのサイズだったら一生縁がないぜ! ……リアクションないからつまんないなぁー」

 

 腹パンでダウンさせたのはこっちだから仕方がないよなぁ、と愚痴りつつもそのまま上半身のチェックを終わらせて下半身のチェックに入る。短パンのポケットを調べたらベルトに何かを隠していないかを調べ、触れて確認したら靴を脱がしてその中に何かがないかを確認し、何もないのを確認したらまた靴を履かせる。その程度の慈悲だったら自分にもある。

 

「とりあえず身分証明書の類は一切持ってないな。もっかいケータイで写真を何枚か取って。っとー……良し、なんかちょっと犯罪チックな写真になったのは忘れよう。とりあえずほかに個人を特定できそうなものは……あった」

 

 松葉杖へと視線を向ける。なんだかんだでこれは個人で所有するのが難しい代物だ。というかそこそこ値段がする。その為に松葉杖や車椅子の様な道具は所有団体等により管理されている……筈だ。少なくとも自分が骨を折って入院したときは病院が一個一個タグをつけて管理していた筈だ。そういうあやふやな知識から松葉杖を握り、確かめる。

 

「うっし、あった」

 

 松葉杖に病院の名前が書いてあった。携帯電話をネットに繋げ、そこから病院の名前を検索して場所を確認する。病院の位置はここからそう遠くはない。少なくとも歩いて十数分という距離ではないが、どこかでタクシーかバスを拾えば問題なく行ける距離だ。いや、しかしこの時間帯でバスを探すのも面倒だ。やはりタクシーだろうか。

 

 と、ここで自然にこの少女を送り届ける事を考えていたことに気付く、

 

 視線を少女へと向け、彼女が苦しそうに呼吸を繰り返している事に注目し、そして溜息を吐く。

 

 自業自得―――とは言うが、やはり自分よりも若い少女を置きっぱなしにするのはどこか心が痛む。クソ生意気な少年を置き去りにするのは正直どうでもいいが、これが少女となると全く違う事になる。

 

 世の中、そういう贔屓で出来上がっているものだから特におかしなことはない。

 

「仕方がねぇなぁ、送り返してやるよ。放っておいたらここで死んでそうだし。俺が蛮族系紳士で良かったな」

 

 よっこらしょ、と声を漏らしながら少女を背に乗せる。ついでに開いている片手で松葉杖を握る。なんだかんだでダメージを喰らって、銀槍によって斬撃された切り傷が痛むが、切り傷が綺麗過ぎたせいか出血が小さい。これぐらいなら特に処置しなくてもほっとけば治るだろう、と経験から軽く当たりをつけておく。

 

「しっかし殺そうとした相手に救われるのってどういう気持ちよ? んン? えぇ? 悔しい? 悔しいのかな? それとも超困惑? ―――駄目だ、リアクションがねぇとクソつまらんわ。売れない芸人って良くこんな空しい事をやり続けられるよな、リアクションも笑いもない芸とか苦痛なだけじゃねーか」

 

 やれやれ、と呟きながら夜の道を歩き始める。

 

 ―――これで少しは楽しい非日常が始まればいいのだが、と思いながら。




 蛮族で紳士で腹パン族で煽る上にどこかファンサービスでゲスで満足というハイブリッド生物。最近主人公が属性過多じゃない? と書いてて思うけど書いてて爽快感があるならもうそれでいいんじゃないかなぁ、と思いつつロリをボディチェック、

 事案です。


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三夜目

「はい、気をつけてね」

 

「ういーっす」

 

 タクシーの後部座席で横になって倒れている少女を引っ張り出し、背負ったら松葉杖を握ってタクシーから離れる。離れた事を確認したタクシーがランプで行く道を照らしながら去って行く。それが完全に消えるのを見届けたら背中に背負った少女の位置を軽く調整し、松葉杖を握りながら歩き出す。歩き出す、とは言うがタクシーに病院の前に泊めてもらったため、そう歩く必要はない。ただ数歩歩き、病院の門を抜ければそれでいいだけの話だ。ただ病院の正面についたところで、足を止める。

 

 このまま病院に入っていいのだろうか?

 

 まず全く見知らぬ血だらけの男が少女を背負っている。この時点でスリーストライク、バッターアウトだ。それのみならず少女の方は暴行の跡が存在する。これで場外ホームランだ。そして男の携帯電話にはちょいエロな少女の写真が記録されている。振るったボールが全てデッドボールの様な勢いだ。これはどう考えてもあかんとしか言えないコースだ。つまりこのまま正面から侵入するのはなし、という事になる。

 

 じゃあ直接病室にスニークするしかない。

 

 という事で、姿勢を低くしながら病院の入り口へと近づく。そのまま入らず、自動ではない事ん位感謝しつつフロントを確認する―――眠そうに片肘をデスクについて半分眠っている姿が見える。この調子なら気配を殺すだけでいいだろうと判断し、自分と、そして触れている少女の気配を引きずり込む様についでに殺す。そのまま足音を一切立てずにフロント前をすり抜けて進む。そのまま階段の前まで移動し、

 

 肩に顎を乗せる様に目を閉じる少女に視線を向ける。

 

「で、病室何号室よ」

 

「……」

 

「狸寝入りしても呼吸で起きてるってバレバレだからな。ついでに言えば今背中に鼓動を感じるから焦っているのも伝わってくるぞぉ……クックックック……睨むのは止めてとっとと俺が紳士的な内に吐けよオラ。それとも物理的に吐くか」

 

「……あっち」

 

 渋々、といった様子で目を開けた少女が指差しで病室を伝え始める。それに従い、誰もいない事を確認しつつ少女の病室へと向かって移動する。階段を上がる必要があったとはいえ、そこまで遠い訳でもなかった。人の気配に注意しながら進む為に少し遅く移動したが、それでも深夜の病院、徘徊しているような人はほとんど存在しない。だから接触する様な心配もなく、そのままするりと病室の前まで移動し、扉が音を鳴らさないように慎重の開け、

 

 そして漸く目的地に到着する。

 

 部屋について扉を閉め、そこで漸く安心してベッドの上に少女を投げ捨てて近くの椅子に座る。一応深夜とはいえ、声が響くかもしれないから声量には気を付けながら声を発す。

 

「はい、お疲れ様ー。もう大体ダメージ抜けてるのは解ってるからさ、狸寝入りしたり猫を被る必要もないぞ」

 

 足を組み、腕を組みながら視線をベッドの上へと放り投げた少女の方へと向ける。放り投げられた少女はごろり、と転がるように仰向けになると上半身を持ち上げ、視線を此方へと向けてくる。間違いなくその視線は此方を睨むものであり、敵意を感じるものだ。しかし個人的に勝利した時点で戦意は完全になくなって、優越感しか残っていないので、気にする事なくタクシーを拾う間に購入しておいた缶コーヒーをポケットから取り出し、飲み始める。少し時間が経過しているから生温くなっているが、味に変わりはない。これでいい。

 

「俺の名前は鉄比呂。中学校卒業したら高校行かずに社会のクズを始めた蛮族だよー。はい、俺の自己紹介は済んだし今度はお前の番だよ?」

 

「……なんで自己紹介されたらしかえす、って思っているんですか」

 

「馬鹿だなぁ、お前。自己紹介すら出来ないとなるとお前社会に出てどうするんだよ! 言っておくけどバイト戦士にジョブチェンジするにしたって自己紹介は必須だぞ? 企業戦士も必須だとして、ホームレスだとしても裏路地のノブさんとかそんな感じの路地裏王への挨拶に自己紹介できなきゃいけないんだぞ。それとは別に拳の挨拶ってのもあるけどな」

 

「……」

 

 少女が呆れた視線を此方へと向けてくる。が、それに取り合う予定はない。さあ、と視線で先を促す。それを受けた少女は悩む様な、困ったような表情を浮かべ、考える。それもそうだ、今目の前にいる自分はこの少女を倒した男であり、もう一回戦闘になれば負ける可能性が高い。その時はどうなるか解ったものじゃない。それを思考したのか、此方からは彼女が会話の主導権が此方にしか存在しない、という事実に気づいたように見えた。

 

「……花城摩理……です」

 

「摩理ちゃんね、なんだ可愛らしい名前持ってるなら挨拶した時にちゃんと言っておけよ。お前、俺お前の事負け犬ならぬ負け虫ちゃんって呼ぼうと思っていたんだぜ」

 

 少女―――花城摩理が呆れた様な表情を浮かべる。警戒はしたままだが、それでも完全に敵ではない、と理解したのだろうか。その表情からは必要以上の力みが消えた。それを見て、今まで持っていた松葉杖を壁に寄り掛からせるように置く。それを見て摩理が口を開く。

 

「……なんで……助けてくれたんですか?」

 

「面白そうだから」

 

 摩理のゆっくりとした質問に、即答した。何故なら真面目に面白そうという理由でしか自分が動いていないからだ。勿論、それを信じる程馬鹿正直な人物ではないだろう、摩理は。ふざけられた、と思い少しだけ怒りを見せる様な表情に変わるが、そんな摩理に対して指を持ち上げ、チチチ、と口で音を鳴らしながら指を横に振る。

 

「割と真面目な話俺は愉快だと思う事でしか動かないぞ。なんて言ったって高校がつまらなさそうって理由でドロップアウトしたからなぁ! 第一俺の様な馬鹿じゃない限り一般人で正面から虫憑きと殴り合おうともしないだろ。俺を勝手に複雑な理由で動く頭の良い人間にしないでくれ。面白そうな事、自分の興味でしか動く事の出来ない家族三代揃っての蛮族ファミリーなんだよ。というわけで答えは面白そう。それだけなんだよ。ボコった相手に丁寧に送リ帰されるのってどんな気持ち? 俺そういう経験ないから気持ちを共有してやれないんだわ、ごめんなぁー……」

 

「一つ解りました。貴方嫌いです」

 

 ―――まぁ、そんな感じの認識でいいよな。

 

 心の中で苦笑しながら摩理へと視線を向ける。今度はちゃんと怒りの表情を表面に見せて、出しているのが解る。弄ると輝くタイプ? たぶんそんな感じだと思う。あまりからかいすぎて印象を悪くするのもつまらない話だ。ここは少しだけいじりたい欲望を抑え、飲み終わった缶珈琲を近くのゴミ箱の中に投げ捨てながらさて、と声を漏らす。

 

「お話しようぜ摩理ちゃん。基本的に夜型の人間だから朝は眠いけど夜は元気が有り余る上に暇で暇でしょうがないんだ。ケンカ屋なんて商売もやってるけど今日は仕事がないしさ、一晩中時間が余ってるんだわ。だから、ほら、戦利品何も獲得できなかったしその代わりに何か面白い話か摩理ちゃんの身の上話でも聞かせてくれよ。それともアレだ、虫憑きに関して話してくれよ。色々と興味があるんだわ、俺」

 

 小さく笑いながらそう言うと、摩理が半眼で睨んでくる。

 

「……馴れ馴れしいです」

 

「そういうキャラだからなぁ」

 

「……ちょっと待っててください」

 

 そう言うと摩理はベッドの横のテーブルに置いてある水差しと薬瓶を手に取り、薬を口の中に放り込むとそれを水で流し込む。おそらく彼女の体を維持する為の薬か何かだろう。病院にいる事も含め、おそらく体の内側に重病でも抱えているのだろう―――あまり興味がない。ほいほい同情するのも精神的にあまり宜しくない。そういうのは本人が望んだ時だけにやっておくものだ―――見た目だけ。

 

「えっと……あまり自分の事は話したくはないので……虫憑きの事で」

 

「彼を知り己を知れば百戦危うからず……って昔の人も言ってたしな。カモンカモン」

 

 笑顔で答えると、摩理は呆れた様な表情を向けてくる。しかしそれにも徐々に慣れてきたのか、溜息と咳を一回零してから摩理がゆっくりと口を開く。

 

 

                           ◆

 

 

 それからゆっくりと、時間をかけて摩理と話した。

 

 話したというには少々語弊があるかもしれない。基本的には聞きに徹していたのだから。摩理は語ってくれた。まず虫憑きとは何だったのかを。夢を食われ、そして虫に食われ続ける代わりに力を、能力を手に入れた存在であると。始まりの三匹というのが原因で多くの虫憑きが存在している事。分離型、特殊型、同化型という三種類に虫憑きは分類できる事。

 

 摩理の語る虫憑きに関する情報はどれも新しく、新鮮で、そして未知の事ばかりであった。特別環境保全事務局なんていう政府組織が虫憑きの対処に当たっている事なんて全く知らなかったし、虫憑きが意外とたくさんいる事も知らなかった。摩理が教えてくれるその話は正直な話、経験さえしていなければただの妄想として捨てる事が出来たかもしれない。しかし、その内容は実に面白かった。自分が経験してきたのとは全く違う世界が存在している、

 

 それはなんとも魅了して心を離さない内容だった。

 

 羨ましい。素直にそう思えた。世界は狭いように思えて、まだ下があったのだ。隠れていて触れる事の出来ない未知が確かに存在していたのだ。今まではそれを見る事も触れる事もできなかった。だがあのカマキリ使いとの事件を通して、漸くその世界に触れる事が出来たのだ。世界は歯車で動くシステマチックなものだと思っていた。

 

 だが違う。剣も魔法も存在しないファンタジーが現代で生きていたのだ。

 

 ゆっくりと、しかし確かに、摩理に負担がかからない様に話を聞きだした。途中で合いの手を入れる事で聞いてますよ、とアピールしつつ摩理が疲れないように途中で休みを入れたりし、そして虫憑きに関する話を聞きだした。予想外にスケールが大きく、面白い話だった。聞き終わってから大きく息を吐きだすと、そこから更に苦笑を吐きだすしかなかった。

 

「なんつーか……実に愉快だねぇ。面白い事を求めて毎晩好き勝手やっているくせに、それでいて漸く思春期ギリギリで虫憑きなんてエキサイティングな存在にエンカウントできるんだから。ホント世の中どんな展開が広がるのかわかったもんじゃないか。まじめな学生以外のルートは割と総当たりでぶつかってみたのに、小さな善意がこんな風に繋がるなんて―――やっぱり腹パンが鍵か」

 

「あまり口を挟みたくないけど、狂ってると思います」

 

 寧ろどんなに長生きしても最終的に死ぬという結果で満たされているこの世の中、好き勝手に生きずに、狂って生きずにどうやって過ごせと言うのだ。どんなに頑張っても結果しか残せないので、そりゃあ狂いもする。そうだよなぁ、と胸の中で呟くと、あの、という声が摩理の方からかかってくる。

 

「―――虫憑きになりたいんですか?」

 

「いんや、欠片も興味ないけど?」

 

「えー……」

 

 いや、だってよく考えてみろよ。

 

「虫ってのは夢を食うんだろ? んで自分の夢を食わせないとその力が使えないんだろ? しかも夢の外部補充は原則的に不可能と来た。これって”弾薬補充できない銃”と一緒じゃないか。力が凶悪で面白い事は認めるけど破壊されたら一緒に死ぬしかない兵器とかどう足掻いても欠陥兵器すぎて欲しくないわ。武器に求めたいのは安定性と信頼性だからな。虫なんて意味不明なもん使ってるやつの気がしれんわ。弱いし。腹パンで倒せるのに虫とかいらんわー」

 

「……やっぱり嫌いです」

 

 そう言って視線を背ける摩理の姿を見て小さく笑う。まぁ、虫憑きという連中が面白いのは認めるが、接する相手としてだ。自分がそれになろうとは欠片も思わない。夢の残量が寿命に繋がるなんて、自分で自分の限界を設定する様なものだ。そんなつまらない存在になりたいとは思わない。しかしもし、

 

 虫憑きになる時が来たら、

 

 それはきっと、虫憑きでしか出来ない事があって、自分の心が本気でそれを求めた場合になる。

 

「―――っと、長く話し込んじまったな。楽しかったから時間を忘れちゃったけど、これ以上残ってたら見つかりそうだし退散すっか」

 

 よっこらしょ、と声を漏らして椅子から立ち上がりつつ自分の体を確認する。いつも持ち歩いている包帯で簡易的な応急処置だけはしておいたから血は出ていないが、アジトに帰ったらちゃんとした処置をしたほうがいいのかもしれないな、と思いつつ窓の方へと向かう。此方へ視線を向ける摩理に対してんじゃ、と声を漏らしながら片手を上げる。

 

「明日の夜も遊びに来るから、夜の街うろついてたら腹パンな」

 

「えっ」

 

 ハッハー、と大声で叫びながら開けた窓から飛び降りる。数階ほどの高さがある病室だったが、受け身さえ取ればダメージは全く問題ない。そんな事よりも、

 

 彼女の存在のおかげで新しい世界が見えた。

 

 即ち、

 

 ―――俺の世界はもっと面白くなる。

 

 その事実に、胸が躍っていた。




 ヒロくん
  蛮族紳士系蛮族。面白い事がしたい。愉快な事が好き。自分勝手に生きれば俺の勝ちスタイル。やっぱり蛮族。

 マリちゃん
  胸が絶望的可哀想だけど腹パンしやすいお腹の子。対応が丁寧に見えるのは困惑八割の状態だから。笑顔にしてから腹パンしたい。

 ボーイ・ミーツ・ガール(拳とお腹)。酷いものを書いている自覚はあるけどタイトルとあらすじの時点で大分吹っ切れている感。

 こんな奴が目の前に現れたら警戒する前にひたすら困惑する。


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四夜目

「ハローハロー! ハローガール! ハローワールドォ! 今夜も窓からこ! ん! に! ち! わ! 君の瞳の蛮族比呂くんだよ! さて、よっこらしょっと」

 

 予め鍵の開けてある窓からよじ登る様に病室の中へと入り込む。摩理の病室は病院の上層に設置されている為、普通は階段なりエレベーターなりを使わなきゃいけないが、身体能力にそれなりの自信があるならパルクールやウォールクライミングの要領で簡単に壁の出っ張りを足場に上り切る事が出来る。一度目は確かめる様に、二度目からはそれを確定させる様に、三度目となればもう完全に覚え、そして慣れる。

 

 そうやって再び、花城摩理という少女の病室へと侵入する事に成功する。そこには患者服姿の摩理がベッドの中から呆れた視線を向けているのが解る。それに一切気にする事無く病室の中へと入ると、背負っていたリュックを前に持ち、それを開けて中からお土産代わりに購入してきたお菓子の類を取り出す。

 

「本日のお土産はマスタードーナッツの新作五種類。あとはコンビニで適当に買ってきたタコスチップスとか色々。消臭スプレーも持ってきたから食べ終わった後に臭いも残さない新説仕様。こういう細かな気配りが俺という蛮族を他の一般蛮族とは違う文明的蛮族である事を証明する。つまり俺は蛮族一号と蛮族二号とは違うレベルに立っているハイブリッド蛮族……!」

 

「……また来たんだ」

 

 おう、と摩理の言葉に応えながら、リュックの中から紙皿を取り出して適当に選んだドーナッツとチップスを乗せて摩理の横、手の届く範囲に置く。その後で前々から食べたいと目をつけておいたドーナッツを手に取る。このドーナッツはなんでも、ドーナッツ生地ではなくクロワッサン生地がベースとなっているらしい。キャラメルにナッツと、それにシナモン。かかっている物どれもが食欲を誘う。コマーシャルで見た時から食べたかった物の一つだ。

 

 という事でお金には幸い余裕がある、遠慮する事無く購入してきた。ついでに珈琲が合うという事だから保温水筒の中に缶珈琲の中身をぶち込んで持ってきた。キャップの部分に珈琲を注ぎ、それを片手にドーナッツを食べる。口の中が甘くなったところで珈琲を口にし、それを流しながらもう一回ドーナッツを食べる。一回珈琲で口の中を流しているので、もう一度あの甘さを感じる事が出来る。

 

 実に幸せである。

 

「あの……」

 

「うん? メシテロにならない様にお前の分も普通に買ってきたんだけど、違うのが欲しい?」

 

「違う、そうじゃない」

 

 そう言いつつ摩理がはむはむ、と可愛らしく小口でドーナッツに齧りついている。ならばなんだろうか、と一瞬だけ考えて成程。こいつも珈琲か、と気づく。あらかじめ用意しておいた紙コップに珈琲を注ぎ、それを解っているんだよ、という一言と共に摩理の横のテーブルに置く。それを手に取りながらも摩理は違う、と言う。

 

「なんでここにいるんですか」

 

「面白そうだから?」

 

「もうそれでいいです……」

 

 ドーナッツを口の中に放り込みつつ笑う。真面目な話、それだけが理由だからだ。だからそうだなぁ、と言葉を置く。こうやって摩理の病室にお邪魔して夜の密会をするのも二回目や三回目ではない。だから虫憑きに関する話題だって尽きている。摩理がまだ情報を持っていて、隠しているという可能性も捨てきれない。しかしそういう事には一切興味はない。虫憑きに関して知れたからそれはそれでいいのだが、

 

「もう知ってると思うけど、俺は快楽と趣味の人間だからな。やりたい、と思ったら実行するし。好きだ、って思ったら遠慮しないし。―――オラ、俺が同情なんかを理由に会いに来るような真っ当な人間に見えるかよ!」

 

「見えない……ですね。うん、どう足掻いてもそういうタイプの人間に見えないです。どちらかというと好き勝手やった挙句借金作って破滅しそうな人の感じがする」

 

「借金は拳で踏み倒すもの」

 

 その言葉に摩理が何とも言い難い表情を浮かべる。なので二個目のドーナッツを食べ終わりつつ、口の中を一旦珈琲で流し、もう一回いいか、と言葉を置く。

 

「お前に俺が会いに来ているのはぶっちゃけお前というキャラを俺が割と気に入っているからだ。こう、言葉として説明できないフィーリングでな。俺の様に医学よりも暴力なスタイルのやつってさ、ほら、もっと本能ちっくなのが磨かれているだろ? だからそういうのにしたがって生きているんだよ。だからぶっちゃけ、あんまり理由とか深く考えないでくれ」

 

 なにせ、

 

「俺でも良く解らない」

 

「蛮族というか動物ですよね」

 

「否定しない。悩む方が馬鹿らしいと思うから好意は素直に受け取った方がいいと思うぞ? タダだし」

 

 諦めたような表情を浮かべる摩理は漸く、という感じに此方の存在に関して納得したのだろう。そうなるとどこか食べ方にも遠慮はなくなり、ドーナッツを食べるスピードが上がったかのように見える。その姿を確認しつつ小さく笑い、四個目のドーナッツに自分も手を伸ばす。なんだかんだでこの体は燃費が悪い。いっぱい動くのだからいっぱい食べなきゃ、という理論で動いているのだったらある程度は理解できるのだが。

 

「そういやぁ、お前の病室ってえらい質素だけど俺以外に誰か来てるの?」

 

「医者」

 

「つまり親はいないか来てない、って事か。心の病気で見舞いに来るのがキチガイ一人とかホント可哀想だな」

 

「なんでだろう、普通地雷を踏んだって流なのに何で笑われているんだろ……」

 

「湿っぽいの面倒だし」

 

「知ってた」

 

「あ、そうだ、マジで踏まれたくない地雷とか話題があったら最低限の配慮は考慮だけはするから、事前に申告しておいてね」

 

「それ、言っている時点で考慮する気ないですよね」

 

 サムズアップを摩理へと向けると摩理から溜息が返ってくる。なんだかんだで摩理とのこの会話の流れは固定化されてきたと思う。それも摩理が慣れてしまえばそれまでの物なのだろうが、まぁ、だとすればそれまで十分に楽しめば良いという話だ。変化を恐れていて人間をやっていられるものか、という所だ。

 

 四個目のドーナッツを食べ終わったところで、最後の一個を摩理用に残し、他に持ち込んだお菓子に手を伸ばす。そこで取り出すのはからさだけを追求した激辛チップス。他の人からの受けが最悪なのであげる事はないが、個人的には愛用している一品となる。袋を開けただけで香ってくる唐辛子の刺激臭に食欲をそそられながらも、手をふくろの中に入れて数枚指で掴み、口の中に放り入れる。

 

 やっぱり辛い。だがこれがいい。

 

「しかし惜しいなぁ、超惜しいなぁ。摩理ちゃん経験と技術が足りてないんだよなぁ。あの鱗粉スラッシャーな感じなのも槍を振るうってアクションが完全に予備動作になっちゃってるから初見殺しを乗り切る事さえできちゃえば、あとは切っ先と視線だけで追えるんだよなぁ。視線を合わせなかったり、タイミングをズラす事を覚えれば俺みたいな鍛えた人間相手にも負けなくなると思うぞ。あの時俺が勝った理由って動作が見え見えだから簡単に避けられたって事にあるし」

 

「そう言われても……」

 

「やる気だせよぉ! 技術を鍛えるとか考えてみろよぉ! ―――その結果体調が悪化しても自己責任だけどね?」

 

「究極的に責任投げ捨ててますね」

 

 それは勿論そうだ。一々言った言葉の責任を求めてくる方がおかしいのだ。究極的に言えば自分以外の全ては他人であり、言って来る言葉はアドバイスでしかないのだ。その全てに強制権は存在しない。特に力を持っている存在、自分の様に生まれつき強く、覚えれば簡単に学習できてしまう怪物や、摩理の様に理解も真似も出来ない虫憑きという力、こういう力を持った存在は好き勝手に生きようとすれば好き勝手に生きる事が出来るのだ。

 

 誰が従わせられるのだ。だから言葉に強制権はない。ただのアドバイスだ。

 

「選ぶのは自分、実行するのも自分、だったら責任を取るのも自分だろ? 尚且つ言葉を付け加えるなら、俺も基本的には無茶推進派だからな。”不死の虫憑き”だっけか? 俺個人としてはアレを探す事に関しては止める事は一切ないさ。探しに生きたきゃ勝手に行けばいいさ。心の底から見つかる様に祈ってるよ」

 

 関わらない部分で人の不幸を願うのは馬鹿の話だ。

 

 関わらないのだったら、せめて幸せになっていれば。その縁が巡り巡って此方に何か幸運を引き寄せるかもしれない。だから無理や無茶を推奨する。

 

「……止めないんですよね」

 

「俺はな。前々からこっそり見ている気配の正体に関しては知らない。詮索しないけど。詮索しないけど!!」

 

「あ、はい」

 

 そこで摩理はベッドの上で動きを止める。そこで今から探しに行くかどうかを迷っているのだろうが、視線が手元のドーナッツやチップスに向けられているのは間違いのない事だ。リュックの中から新たにチップスの袋を取り出し、それを揺らしてみる。摩理の視線が手元から此方のチップスへと向けられ、それを追っているのが解る。それを持ち上げたまま数秒間動きを止め、そして摩理も無言でチップスを睨み、

 

 ゴクリ、とつばを飲み込む。

 

「……探しに行くのはまた今度にします」

 

「あいよ」

 

 チップスを投げるとそれを摩理がキャッチして受け止める。その姿を見ながら思う。

 

 ―――生きているだけなら簡単だ。

 

 ―――目的を持って生きる事も簡単だ。

 

 ―――一番難しいのは妥協せず、満足して生きる事だ。

 

 妥協せず、自分が満足する様に生きる事。それが恐ろしく難しい。言葉にすれば簡単かもしれないが、それを実行するのは予想をはるかに超えて難しい。摩理の事はこの数回の接触で段々と打がその心の形まで見えてきている。心の底まで絶望していながら、善良である。だからこそ焦りを感じてしまっているのだろう。生きて目的を持っている。しかし、その達成が見えない。その焦りが、焦燥感が摩理の精神力を確実に削っている。

 

 自分の様に精神が完全にぶっ飛んでいない限り、見えない目標は精神を削って行くだけだ。

 

 生きているだけは簡単、とは良く言ったものだが―――摩理の場合は生きる事さえ困難だった。

 

「愉快だなぁ」

 

「何がですか?」

 

「いや、世の中の動きの話だよ。焦ったところでどうしようもないのにさ、諦めたりゆっくりしようと決めたところで交通事故の様に一気に時が進むんだ。まるで舞台の上で踊る人形のような気分にでもなるさ。きっとどこかで俺達が見る事の出来ない神様が意地の悪いシナリオを書いているんだ。絶望する一歩手前でゴールだけを見せてまた人参ぶら下げた馬の様に走らせるんだよ。そうするとホラ、餌が見えたから絶望しきれずに全力で走りだせるんだよ」

 

「個人的には内容よりも、そういう知的な事を話せたことに驚きです」

 

「おう、また腹パンされたいようだな、このロンリーロリィガールは、ぼっちのくせして」

 

「ぼ、ぼっちじゃないですし」

 

 摩理を見る。その視線に僅かに揺れた摩理は少しだけ震える様な仕草を見せてから、視線を手元のお菓子へと向ける。事実はさておき、どうやら今はお菓子に逃げる事に決めたらしい。しかし、一時的な話だ。今、摩理をここに置く事が出来たとしても近いうちに、また摩理は徘徊し始めるのだろう、”不死の虫憑き”を探し求めて。生きたい、死なないというのはどんな気持ちなのか、その理由を求めて再び夜の街へ飛び出すのだろう。

 

 果たして摩理は現実からそうやって逃げ続けられるのだろうか。

 

 現実を直視して壊れずにいられるのだろうか。

 

 たぶん無理だろう。絶望しているからちょっとやそっとの事では揺らぎもしないだろう。折れてしまった心を折る事は不可能なのだから。だけどその代わりに、その考えの根底を揺らがせる事は出来る。そして摩理はまだそれを見ていないだけ。それを見てしまった時、

 

 摩理はもう戦えないかもしれない。

 

 その瞬間をどう乗り切るのか、楽しみでもある。

 

 ―――やはり善人を気取っているけど屑だな。楽しいから別にこれでいいんだけどさ。

 

「どうしたんですか?」

 

「いんや、真夜中の密会? お茶会? にも割と慣れてきたなぁ、って。お菓子を持ち込むのにも限界があるから本当は外へ食いに行けたらいいんだけど―――おっとぉ、そういやぁ絶対安静で外に出られなかったなぁ! 食レポだけはするからそれで許してね!」

 

「なんで不必要に地雷に対してサマーソルトを叩き込む様に煽るんですか貴方は。やっぱり嫌いです」

 

 笑い、食べながら、また今夜も夜が更けて行く。

 

 一切の変化を誰にも与えずに。




 軽いメシテロ。インテリ系蛮族紳士系蛮族だったらしい。

 戦闘って割と頭使うと思っている。主に相手の動きを考慮に入れる部分とか。直感任せの感覚派だとそれを考慮に入れた直感殺し系の動きや技術であっさり狩り殺されるから、そこらへんを考慮して先の先を計算と予想している感じな部分はあると思う。

 つまり蛮族のくせに賢い。詐欺だ。腹パンしてろ。

 摩理ちゃんの絶望たっぷりの表情を見ながら腹パンしたいです。


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五夜目

 ―――それからも深夜のお茶会は続く。

 

 話す内容は虫憑きの事には限らず、摩理の感じられない病院の外、その普通の世界の話になる。たとえば新しいレストランを見てきた、今日こんな学生がいたのだが、面白い話を聞いたからちょっと話させてくれ―――そんな、本当に他愛のない話しかしなかった。お互いの価値観をぶつけ合うような話も、何かを主張する様なめんどくさい話も一切する事はなかった。ただ深夜にお菓子を食べて普通に時間を潰す、それだけの夜が続いた。

 

 何の成果もない数か月だった。

 

 会う摩理の警戒心は薄れて、次第に心を開いて行くのは解る。最終的にはただの馬鹿だと確信した摩理が全くの遠慮をしなくなるのも予想通りだ。昼間に見舞いに来てくれる新しい友達を摩理は得たらしい。少し寂しそうに、少し楽しそうに、その事を夜に語る様になった。それは間違いなく摩理の心に色々と自覚を促していた。

 

 だからと言って変われるのが人間ではないのだが。

 

 そう、人間とは非常に度し難い生物である。表面上は全く別人に代わっているようで、その中身に一切の変化はない。摩理も表面上は優しくなった。いや、実際は優しくなった。どことも知らない自分の様な馬鹿に対して普通に察する事が出来るし、新しくやってきた”昼間の友達”に対しても優しく接する事が出来ている。間違いなく、良い方向に進んでいる様に見えるだろう。だが実際は全然違う。摩理の根本は一切変化していない。生きたいという意思は弱まるどころか強くなって行く。

 

 日常という世界につながりが、未練が出来れば出来るほどその意思は強固になって行く。摩理は更に焦り始める。夜のお茶会の回数が最初は週に五日ほどだった。残りの二日は摩理が虫憑きを狩りに行く日となっていた。だが今ではそれも逆転する。お茶会が二日、そして狩りに行く日が週五日となってしまっている。

 

 摩理の探している物の答えは絶対に見つからない。”不死の虫憑き”なんて見つかる訳がない。

 

 そんな存在が丁寧に摩理の前に現れる筈がない。だから摩理のシナリオは希望だけを見せた絶望で終わるに決まっている。だからこそ、その中で足掻こうとする摩理の姿に感銘を、愛おしさを感じるのだろう。

 

 ―――俺には夢と言える夢がないから。

 

 

                           ◆

 

 

「摩っ理っちゃーん! トゥナイトもお茶会しに来たよー。……ってあら、いないわ。今夜も狩りに出かけてるのか。良く頑張るなぁ……羨ましいぐらいに。努力と無縁の男に努力の話は辛い」

 

 よ、と声を零しながら入り慣れた病室へと窓から侵入する。もはや慣れ切った侵入ルートだ。普段は窓が閉じているが、鍵だけは開いてある。それは勿論自分を中にいれるためなのだが、窓が開いている時がある。この時は大体摩理が狩りの為に外へと出かけてしまった場合だ。そういう時は大抵狩りから帰って来ても直ぐにベッドに直行してしまう場合が多いが、なんだかんだで摩理が寂しがりやだってのは解っている。だから基本は帰ってくるまで病室で待っていたりする。

 

 だから座り慣れた椅子に座り、足を組みながら月明かりだけが光源となるこの部屋で摩理の帰りを待つ。何時もはお菓子を持ち込んでいるリュックの中からMP3プレイヤーを取り出し、それにつながっているイヤホンを耳にいれてスイッチをいれる。普段は余り使う事のないものだが、こうやって暇を潰すにはちょうど良いものではないかと思っている。中に入れている曲は適当にネットにつないで購入してきた曲で、ぶっちゃければ名前もバンドも知らない。

 

 感覚派は感覚派らしく、フィーリング的な部分で曲を選び、それが良かったと感じたらそれを聞くのだ。

 

 そうやって病室で摩理の帰りを待っている間―――感じるのは視線だ。

 

 視線、何時もの視線。摩理を見守る視線だ。誰かは知らないが、きっとそれは摩理の語ってはいない大事な誰かなのかもしれない。しかしそこまで興味は持たない、持てない。直接かかわってくる事でもしない限り、自分から話しかける事も探る様な事もしない―――一種のマナーの様なものだ。必要とあれば、あるいはそういう気分であればそこらへんのマナーはガン無視するところではあるが、。しかし、視線は見ているだけで干渉しようとする意思がない。

 

 ならばそれでいいのだろう。お互い、興味があるのは摩理にのみなのだろうし。

 

「ま、そういうもんじゃ―――」

 

 と、言葉を呟こうとし、

 

 素早く窓のふちに着地する姿がある。視線を窓の方へと向ければ、汗をかき、息を荒げながら病室へと帰還する摩理の姿があった。尋常じゃない程に焦っている摩理の様子は病室に返ってくるのと同時に松葉杖を投げ捨て、そのままの足で病室内のクローゼットへと向かう。そのまま視線を一切気にする事無く服を脱ぎはじめ、入院服に着替え、呷る様に薬を一気飲みする。そこで一回言葉でもかけるべきか、と悩み、やめ、そのまま無言で焦燥した摩理の様子を眺め、

 

 素早くベッドの中へと潜り込む姿を見る。

 

 そのまま数秒、無言でベッドの中にいる摩理を眺めてから口を開く。

 

「お帰り。その様子だとあんまりいい成果じゃなかったみたいだねぇ?」

 

 若干あおりを含むような言い方に対して摩理は無言だった。少し震える様な、そんな様子を見せながらベッドの中に潜ったまま、無言で肯定した。その尋常じゃない様子が答えだった。見ていれば解る。摩理はたどり着いてしまったのだ。

 

 自分が今まで何をしていたのかを、その罪悪感に。

 

「あーあ。気付いちゃったかぁ。見ないふりをすれば楽だったのに。気付かなければ辛い事なんてなかったのに。ま、神様は超えられない試練を与える事はないらしいしぃ? 摩理ちゃんもやる気と気合と根性で色々と突っ切ればなんとかなるんじゃないかな?」

 

 小さく笑いながらそう言うと、摩理はゆっくりとベッドの中かあ顔を見せ、此方へと視線を向ける。

 

「ねぇ……私がやっていたことの意味を知ってたの?」

 

「虫憑きを殺すって事は相手の夢を奪ったり未来を奪うって事? 俺の事を初対面で殺しにかかるんだから最初から承知の上でやってたんだと思ったけどね、俺は」

 

 それっきり摩理は黙り、ベッドの中で震えながら丸まっていた。その姿を見て軽く溜息を吐く。今夜はこれ以上この場にいたとしてもする事は何もないし、出来る事もないだろう。つけたばかりだがMP3プレイヤーの電源を切ってリュックの中へと押し込み、そのまま椅子から立ち上がる。

 

「んじゃ今夜は元気がなさそうだし、俺は帰るわ。じゃあな、また明日」

 

 リュックを背負い直し、窓から飛び降りて病院を出る。

 

 

                           ◆

 

 

「さて、一気に暇になったなぁ、どうしよっかなぁ」

 

 病院から出て少しの距離に自動販売機がある。その横に寄り掛かりながら自動販売機で購入した缶珈琲を飲む。珍しく何時ものブランドではなく新しいブランドを飲む事に挑戦してみたが、やはりいつものが一番だなぁ、と思いつつ飲み進めていると、此方へと向かって近づいてくる気配があるのを感じ取る。ふむ、と声を漏らしながら視線をそちらへと向けると、

 

 そこには白衣姿の青年の姿があった。

 

 その姿を確認してから自動販売機へと向き、ポケットの中に入れておいた小銭で自分が愛飲している缶珈琲を購入する。出てきたばかりで暖かいそれを青年の方へと投げる。ちょっと驚いた様子で青年は珈琲を受け取る。その光景を確認しつつ今飲んでいる缶珈琲を一気に飲み干し、二本目を購入する。

 

「えーと……初めまして、でいいんだっけ? 摩理ちゃんの保護者か何かかな?」

 

「いや、彼女のご両親は既に死んでいるよ。まぁ、ある意味保護者のような立場かもしれないけど、まぁ……あまり、細かい事を君は気にしないし、興味を持つわけでもないんだろ?」

 

「まあの」

 

 そりゃそうだ。背景として相手がどういう人物であるかを知るのは身を守る為、そしてコミュニケーションとして必要なのだ。そこに特に興味がある訳じゃない。ただ知っておくことは知らないでおくことよりも重要なのだ。知識を持っているだけでは意味はない、それを運用する事に意味があるのだから。だけど、知識がない事よりはある事の方が遥かに良い事であるのは明白だ。なので情報というものは基本、あった方がいい。ただ興味がないからそこまで必死に集める訳でもない。

 

「んで、白衣のお兄さんは俺に何か用かな? 摩理ちゃんの裸を見ちゃったことに関しては許して。あのロリボディじゃ欲情したくてもできないから」

 

「君の精神がそういうレベルから逸脱しているのは見ていれば良く解るから、そういうのはいいから」

 

 ―――この白衣、意外と言い返すな……。

 

 ふむ、と声を漏らしてから白衣の青年へと視線を向ける。

 

「どーも、鉄比呂です」

 

「こんばんわ、アリア・ヴァレィです―――って君は今、言い返さなかったら迷う事無く殴りに来ていたでしょ」

 

「やっぱ解るかぁ」

 

 なんだっけ、と口に小さく呟き、そして思い出す。確かアリア・ヴァレィとかいうのが虫憑きを生み出せる感じの存在であったと。確かそんな感じの話を摩理から聞いた覚えがある。自分自身、虫憑きになるつもりは全くないので、完全にスルーしていた話だが、確か三人だが三匹だが、そんな感じの虫憑きを生み出す存在がいたはずだ。そしてアリア・ヴァレィがその一人なら、目の前にいる白衣の青年がそのうちの一人である、という事になる。

 

「悪いけど基本的に虫憑きはノーセンキュー」

 

「うん、多分そうだろうし無理やり夢を食べようとすれば多分無事には済まないだろうし、そういう事をしに来たんじゃないんだ。ぶっちゃければ摩理の事を話に来たんだ」

 

「そっか、んじゃこんなところで立ち話するのもアレだし、適当なベンチでも探そうか白衣の兄さん」

 

「……なんか若干テンションが下がっていない?」

 

 テンションが下がる? それもそうだ。何故ならどう考えても面倒な話だ。そして面倒な話とは結局のところ、頭を使う話でもある。拳で解決の出来ない事態というのは基本的に自分の領分の外側だ。考えるし、計算するし、計画だってする。だけど基本的には殴って、食って、笑うだけの蛮族ライフスタイルが一番好きなのだ。それから外れる様なのは面倒だ。

 

 面倒、というよりは”重い”のだ。そういう鎖の様な重さは自分の好む所じゃない。

 

 そんな事を思考しつつ、アリア・ヴァレィと共に近くの公園へと移動し、適当なベンチに座る。やはり深夜の公園には人の気配が一切なく、街灯が僅かな光源として機能している程度だった。ベンチは夜の風が浸み込んだように冷たくなっており、座ると少々気持ち悪かった。が、立っているよりはマシである事に違いはない。

 

 間に一人分の距離を開ける様にベンチに座る。

 

 互いに視線は向けないように、夜の闇を見つめて話し始める。

 

「で、えーと……摩理ちゃんの事だっけ」

 

「あぁ、うん。まずは摩理に普通に接してくれてありがとう。理想としては彼女が飛び出す事を止めてくれる事だったけど、友達が一人もいない彼女に接する事の出来る身近な人物としていてくれてありがとう」

 

「話の切り出し方がめんどくさい」

 

 その言葉にアリア・ヴァレィは一瞬だけ言葉を止めると、小さく苦笑する。

 

「こういう喋り方に慣れてしまってね、申し訳ない」

 

 そう言ってからアリア・ヴァレィは一旦言葉を止め、そして言う。

 

「―――摩理にはあんまり時間が残されていない。具体的に言うと安静にして一ヶ月程度、また外へ飛び出せばそれが最後の夜になりかねない」

 

 へぇ、と声を零す。

 

「まぁ、最初見た時から長くはないって思ってたけど、もうそんな感じか。摩理ちゃんの事、割と本気で好きだったんだけどなぁ……寂しくなるなぁ。ま、生きていれば死ぬ事もあるし、殺していれば殺される事もあるさ。身の上は不幸だけど散々好き勝手やってるんだから妥当な終わりだよ」

 

 早かれ遅かれそうなるものだ。好き勝手やればその因果を受けるものだ。

 

 その言葉を受け、アリア・ヴァレィが言う。

 

「君は……何とかしてあげようとは思わないのかい?」

 

「いや、出来るならするけど?」

 

「人生経験はそれなりにあるつもりだし、人の心に関してもそれなりに知っているから少しは自信を持っていたんだけどなぁ……」

 

「まぁ、俺って存在が特殊すぎるからあんまり気にしない方がいいよ?」

 

「うん、まぁ、なんとなくそこらへんは察した」

 

 胸を張るとアリア・ヴァレィが苦笑する。今までの会話でこの男、この存在の心というものが少しずつだが掴めてきた。心の底から摩理の事を心配し、どうにかしたいと、それを願っている。それが言葉に伝わってくる。だから、

 

「そうだなぁー……」

 

 と、アリア・ヴァレィに対して言葉を呟く。彼が言いたい事、伝えたい事は言葉にしなくても大体伝わってくる。だから自分の率直な気持ちを口にする。

 

「―――割と真面目な話、摩理が羨ましい。夢に対して必死になる事の出来るあの姿勢には惚れてすらいる。俺には絶対無理だ。好き勝手生きているだけのヤツが夢の為に一直線とかどう考えてもないだろ。だから邪魔なんかできないし、やめろとも言えないわ。夢のない奴が夢を持っているヤツの邪魔しちゃいけねーだろ」

 

 どんなにやり方が間違っていても、どんなに酷い結果になろうとも、

 

 夢を追いかけるその姿勢は尊い。

 

 摩理のその姿は苦しいながらも美しい。

 

 きっと、今日の事が原因で摩理は休むだろう、しばらくは。

 

 ―――でもまた夜の街へ出る。それが夢であり、業でもあるのだから。摩理は止められない。

 

「そんな無理している女の子をそっと支える俺はきっとかっこいい。凄くかっこいい」

 

「君、馬鹿だろ?」

 

「良くご存じで」

 

 肯定し、小さく笑い、そうだなぁ、と呟き、空を見上げる。

 

 なんだかんだで摩理と出会い、数か月が経過している。それだけあれば十分だろう。

 

「今は全く、と言っていいほど虫憑きに関しては興味はない」

 

 だけど、

 

「―――”その時”、それでどうにかなるんだったら……夢、食わせてもいいかな」

 

 そう呟き、視線を前方の闇から外して頭上の星空を見上げ様に向け、そして思う。

 

 ―――これってやっぱりロリコンかなぁ……。

 

 自分の感情に、欲望に、そして心に素直に生きる。その為なら適当な夢を見つけ、潰れるまでの短い時間を全力で駆け抜ける。

 

 それもまた、自分らしく楽しいんじゃないだろうか。




Q.蹂躙系? 最強系? チート系? どういうssなのこれ?
A.ロリコンに目覚めた蛮族が好き勝手に腹パンをする原作の空気無視のss

 伏線張ったりする面倒な話を挟めば暴れる話は近いわー。書いていてこういう話が一番疲れて微妙だと思う。しかし話の構成とかを考えるろ少し歪だったりおかしかったりしても入れなきゃ話が唐突になるものよね。

 bugの開始前のお話はあとちょいで終わりますよ。


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六夜目

 ―――やかましく扉を叩く音に目を覚ます。

 

 眠気を振り払いながら重い瞼を開けてみると、顔にかかるのは陽の光だった。その暖かさにうめき声を上げながら両手で顔を覆い、瞼を閉じる。そのまま籠っている布団の中に黙り込んで眠ろうとするが、扉をやかましく叩く音がそれを許してくれない。苛立ちを殺しながら上半身を持ち上げ、そのまま布団から滑るように体をだし、ベッドから降りる。

 

「うるせぇ! やかましいんだよ! 今何時だと思ってんだよ!! 一時だよ一時! 俺は! 夜型! のぉ! 人間! なの! 次ドアを叩いたら地獄まで追っかけて穴が開くまで腹を殴り続けるからなてめぇ!」

 

「そんな事言わないで下さいよぉ! 仕事ですよ仕事!」

 

「支度すっから十分だけ待ってろ! クソ、朝と昼はだるいってのに……」

 

 ぶつぶつと文句を口の中で転がしながら立ち上がり、昨晩から点けっぱなしだったステレオの電源を切る。その足で部屋の端に設置してある鏡の前へと移動し、自分の姿を確認する。寝起きを含めて酷い陰鬱な表情をしている。上半身には何も来ておらず、ボクサーパンツ一枚という姿だ。荒れ狂う様に統一性のないつんつんの黒髪も、寝癖のせいでいつも以上に荒れ狂っている。流石にこのまま外に出るのはヤバイよなぁ、と冷静に考え、のそのそと歩き始める。

 

 そこらへんに放っておいたベルトとジーンズを回収する。それに足を通しながらクローゼットの中に適当に叩き込んでおいた黒いハーフスリーブシャツを取る。少々乱暴に叩き込んだせいか皺がついてしまっているが、そこまで気にする事ではないので確保して袖に手を通す。そこから洗面所へと向かい、歯を磨く時間を短縮する為に軽く口をゆすいで綺麗にし、髪を軽く濡らして落ち着かせる―――といっても髪の毛は全く落ち着いてくれないのだが。

 

 見た目がある程度まともになったところで冷蔵庫へと向かう。十五秒チャージが自慢のゼリー飲料を取り出して一気飲みし、ゴミ箱に飲み終わったごみを捨てて扉へと向かう。

 

 と、その前にもう一回鏡で自分の姿を確認する。一応上着でも着ておいた方がいいか、とコートラックから赤いハーフジャケットを取り、それを着てから扉へと向かい、開ける。その向こう側では疲れた様子で小太りの男が立っていた。服装はいかにもカジュアルなものだが、チームの一員である事を示す様なマークをジャケットの腕の部分につけていた。

 

 どうでもいい話だ。そこまでそこらへんは興味ない。

 

「で、えーと……誰だっけ……サブロウタくん?」

 

「名前一文字もあってないっすよ……! というかサブロウタとかどんだけ古い名前引っ張ってくるんですか! 普通ネタにしたって田中とか加藤とからへんでしょ! って、そうじゃない! 大変っすよ、なんかもうクッソ強い用心棒を雇ったとかで……!」

 

「うん、なんとなく察した。昼間は眠いから嫌なんだけどなぁ」

 

「お金はしっかりだしますからぁ!」

 

 はいはい、と言葉を吐き、ついて行く。めんどくさい話だが、生きて行く以上縁というものは絶対発生する。そしてケンカ屋なんて商売は特にそういう人の縁から仕事を貰っている。その為、仕事が出来る時はしっかり仕事をしてお金を溜めておかないと裏切られた時、どうにもならない場合がある。なのでめんどくさくとも、しっかりとやる必要がある。

 

 

                           ◆

 

 

「―――あー、だるかった……」

 

 眠気を噛み殺しながら路地裏から出て、表通りに戻る。緊急と呼ばれた割には相手は弱かった―――少なくとも虫憑きと比べるとやはり眠くなるぐらいには弱かった。戦闘開始しているのに何かを喋ろうと口を開いたので容赦なく踏み込んで腹を殴りながら発勁、楽な仕事だった。手に入れたばかりの五万円をポケットの財布の中にしまいながら軽く当たりを見渡し、自動販売機を探す。道路の反対側に自販機を見つけ、車に気を付けながらも信号を無視して反対側へと回り込み、自販機の前へと到着する。

 

「これこれ、これがないとやってらんないわぁ」

 

 小銭を取り出して迷う事無くブラックの缶珈琲を購入する。その蓋を開け、口にしてようやく一息がつける。ふぅ、と息を吐きながらカフェインがまだ眠気に支配されている頭を覚醒させる事を祈ってもう一口飲む。これがなきゃ昼はやってられない、と思いつつ未だにまともに動かない頭で体を引きずり、歩き出す。

 

 特に目的地はない。ただ歩くだけ。このまま部屋に戻って寝るのも何かつまらない、というだけの話だ。

 

 軽く街を見ながら歩くだけの時間、直ぐに目に引っかかるものが見える。

 

 ビルの壁に貼られた宣伝用のポスターだ。その内容はいたってシンプル、”貴方もXXXで勉強し、夢へと向かってステップアップしませんか?”と書いてある内容だ。普段なら気にする事もない、そんな内容のポスター、しかし今に限っては違う。

 

「夢、ねぇ」

 

 夢―――それは虫憑きの原動力であり寿命。どれだけ強固に夢をよりどころにしているか、あるいはどれだけ強い夢を抱いているのか。それが虫憑き達の強さと寿命を決めてしまう。形のない、不確かで不確実なもの。それが夢になる。そして自分が唯一交流を持つ虫憑き、花城摩理の夢は”生きる”事、それだけだった。たったそれだけのシンプルな夢なのに、摩理はそれに全力で、命を賭けていた。彼女が自分のやっている事に気付いても、その軸はぶれていない。彼女は生きたい、生きて未来を視たいだけなのだ。

 

 それと比べて自分はどうなのだろうか。

 

「比べると軽くヘコむよなぁ」

 

 まぁ、そういうキャラなのだからしょうがない、と思いつつ後ろへと一歩踏み出しながら振り返る。

 

「うおっ」

 

「あっ」

 

 急すぎる動作だったのか、後ろを通ろうとした誰かにぶつかり、手元の缶珈琲の中身が盛大に飛んだ。

 

 

                           ◆

 

 

「いや、ホント申し訳ないわ」

 

「いやいや、こっちも注意せずに歩いてたのが悪いんで」

 

 場所は変わり近くの公園へと移る。目の前のベンチにはあえて特徴をあげるなら”特徴のない”青年が座っている。その服装はラフなカジュアルなものでありながら、ブランドも、そしてその顔もパっとしない特徴のなさが目立つ青年だった。問題はその青年の特徴のなさではなく、その青年に珈琲をぶちまけてしまったことである。頭から珈琲をぶちまけた結果、そのままにして返すわけにもいかず、頭を洗える公園へと連れてきたという風になっている。

 

 正直眠すぎてやってしまったことなので、罪悪感はある。敵やら知り合いならいざ知らず、これが全く知らない相手となると流石に違う。

 

「とりあえずこれ、クリーニング代なんで……」

 

「あぁ、いやいや、そんなに貰う程じゃないんで。いや、マジで貰っても困るだけだから!」

 

 財布から取りだした一万円を渡そうとするも、相手が拒否。とりあえずそう言うのは何も必要ない、と言われてしまう。しかしそれではやはり自分の気が収まらない。公園の中を見て、そして外を見る。道路の方へ視線を向けると珍しく焼き芋の屋台を見つける。近年では全く見かけなくなった焼き芋の屋台だが、まだ生き残っている事に若干驚きつつ、特徴のない青年を待たせて、小走りで二人前の焼き芋を購入し、そしてそのまま小走りで片方を渡す。

 

「流石にあんなことして何もしないってのも悪い気しかしないから受け取って欲しい。個人的な自己満足だから」

 

「いや、うん、まぁ、自己満足と言うなら……」

 

 そう言って青年は焼き芋を受け取る。新聞紙にくるまれた焼き芋をだし、齧りつく。焼きたての焼き芋は皮が若干硬く感じられるも中身は甘く、そして柔らかい。長い間焼き芋食べてなかったなぁ、なんてことを思い出し、ベンチの成年の横へと座る。なんかこんな風にベンチに誰かと座ったなぁ、という事を思い出しつつ。

 

「普段はこんなぽかしないんだけどなぁ……うわぁ、凄い恥ずかしいわぁ……」

 

「あはは……その、なんというかどんまい? 人間だれしもミスをするもんですから」

 

「いやぁ、ほんと不注意だったわ。らしくない事を考えるもんじゃないなぁー……」

 

 はぁ、と溜息をつきながら焼き芋を食べる。これも全部あのポスターが悪いのだ。脳筋族に対して頭を使う等と無理な事をさせるのが悪い。しかし、悩むのは仕方のない話だ。自分の生き方を二十代続ける事は出来ても、もし三十まで生き残ってしまったらどうしようか、そういう考えも偶にはあるのだ。なるべく考えたくはないが、

 

 客観的に見て自分は強い。少なくとも強さ次第だが虫憑きと殴り合って無傷で勝利出来るぐらいには強い。そしてそれを押し出した生活を続けた場合、生き残ってしまう場合がある。長生きを望んでいる訳ではない。しかし摩理を見ていると羨ましいと思ってしまう事は多々ある。焦りはない、しかし偶に思ってしまう事はある。

 

「夢って何だろうなぁ」

 

「えーと……」

 

「あ、ごめん。関係のない話だったよな。いや、ね? 知り合いの子が大きな夢を抱いて、それをかなえる為に苦悩しながら頑張っているんだけどさ、好き勝手生きている自分はそれと比べてちっと虚しくないかなぁ、って。基本好き勝手に生きてるから夢らしい夢はないし。あったとしても大したもんにはならなそうだし。なんか少しずつ歳を取る度に夢とかいいから、現実見なきゃいけないって気がしてきてなぁー……」

 

 自分は今、思春期ギリギリの年齢だ。

 

 それは思春期が終わりをつげ、青年期に入り、そして大人になる為の準備期間。

 

 夢を見るのをやめて、大人として現実を見始める時。そう考えると自分が悩むのも少しはあるのかもしれない。今まで通り、好き勝手に生きるのは間違いがない。だけどそこには夢がない、そう思うと非常に空虚に感じられてしまう。

 

 胸を焦がす程の夢がないのは、なんだかあの娘とつりあって無い様で悔しいのだ。片思いはかくして辛いものである。

 

「―――そんなに、悩む必要はないんじゃないですか?」

 

「ふぇ?」

 

 横、ベンチに座っている青年へと視線を向けると、言葉を探す様に青年が言葉を続ける。

 

「なんというか……夢、と言ってもそこまで複雑に考えるもんじゃない、というか……。もっと簡単に考えていいんじゃないかなぁ、って。それに夢って言ったって結局は”実現したい事”という意味が大きい。だからもし、夢に迷ったらそこで一旦足を止めて、手を胸に当てて、そして考えればいいと思いますよ。自分がやりたい事、自分が成したい事」

 

 そして、

 

「自分の心がどうしたいのかを。そんな複雑に考えない、そんなので十分すぎると思いますよ」

 

 青年のその言葉に一旦動きを停止し、そして青年を眺める。数秒間そのまま固まって、再び頭が動き出す。複雑に考える必要はなく、心のままに。なるほど―――結局は何時もの自分通りであれ、という事なのだろう。たったそれだけの話だが、誰か、それも自分の心の割合を奪っている相手の事を考え始めるとそのままでいられないのは実に難しい事だ。

 

 しかし、心のまま。その響きは素晴らしく美しい。端的に言えば気に入った。

 

「えーと……なんか外した?」

 

「あぁ、いやいや。言葉に納得していただけだから。心のままに、っての。ホントそうだよな、心のままにってやつ。簡単に思えて難しくて簡単だよなぁ、って話」

 

「結局どっちなんですかそれ」

 

 多分その場のノリと気分次第なのではないだろうか。

 

 突発的な事で軽く悩んだことだが、こうやって答えを得ると非常に楽になる。朝起きた時は眠いしダルイし仕事はクソだし、で非常に嫌な一日なるかと思っていたが、こんな風に有意義な時間を過ごせるとなると早起きも悪くはないのかもしれない。そんな事を思いながら焼き芋を食べ終え、新聞紙を丸めてゴミ箱の中へと向けて投げる。

 

 見事ゴミ箱の中へと入った新聞紙を見てガッツポーズを決め、

 

「なんか引き止めちゃったみたいで悪かったね」

 

「いや、こっちも御馳走になったんでそれで御相子って事で」

 

「んじゃまた縁があったら」

 

 軽く握手を交わしながらサヨナラを告げて、歩き出す。陽が沈むまではまだ時間がある。それまではネットカフェで適当に時間を潰すのも悪くはないかもしれない。

 

 そんな事を思いつつ夜、合うまでの暇な時間を潰して行く。




 戦犯はオフの日だったアイツだったそうです。

 そろそろプロローグ部分の最終夜始まるわよー。


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七夜目

「しっかし、割と有意義な朝だったなー。珍しい事もあるもんだ」

 

 焼き芋を食べ終えてから半日ネットカフェに引きこもり、外に出ると空は大分暮れていた。季節の影響からかもう既に夜空が出ている。しかし、だからといって遅い時間である訳ではない。今頃晩御飯食べるのがちょうどよい頃だろう。少なくとも自分の目に入るレストランは今、客であふれていて盛況を見せている。つまり、

 

 何時もの自分の朝食タイムだ。

 

 何時もは、だろう。生憎と本日に限っては規則正しい生活となってしまっている。朝食は十五秒チャージのゼリー飲料で済ませてしまったが、昼食に関しては大盛りカレー四人前で済ませた。その他にも色々と細かく食べている上に、全く運動を朝からしていない為、まだ夕食の時間と言っても腹が空いていない。

 

 それでネットカフェから出てしまった。どうしよう。ぶっちゃければ、やる事がない。人を殴る事が職業の為、仕事が入ってくるのは不定期だ。抗争だとかの最中だと割と引っ張りだこで人を壁に埋める作業が始まるのだが、今はそういう事がなくて非常に暇な時間が多い。何時も摩理の所へお茶会をしに行くのも深夜になってからが多い。あまり早い時間に病院へ行くと、看護師や医者が偶にやってきて面倒になったりするのだ。

 

 その場合はその場合で気配を遮断するやらで方法があるのだが、ぶっちゃければ面倒という言葉が付きまとう。それでも摩理の顔を見れるという事でデメリットの全てが消し飛ぶような気がしなくもない。つまりは、何時も通りの話だ。自分の気分のまま、心の赴くままに生きる。それだけの話。そして心は摩理の笑顔を求めている。即ち今から会いに行こう、そういう事だ。

 

「んじゃあ、お土産を買うか」

 

 そうと決まったらコンビニへと向かうだけだ。あまりカロリーの高いものは嫌がれるのは解ったので、そこらへん考えて購入する必要がある。ではコンビニへ向かおうとしたところで、足を止める。

 

「んあ、虫の気配だ」

 

 と言っても正確には虫の気配を感じ取っている訳ではない。人間ではない、隠蔽された存在の気配を感じ取る。それはあのカマキリ使いのカマキリが現れる前の感覚、摩理がモルフォチョウを出していない時の感覚と近い。虫の感知能力は存在していなくても、気配の遮断と気配の察知能力、どちらかを覚えておけば出来るようになることだ。それでおそらく虫だと思える存在の気配を察知する。

 

「まぁ、あんまし興味はないんだけど……」

 

 とは言いつつ、視線は気配の主を求めて街中を駆け巡る。喧嘩のネタになるというのなら割と虫憑きとのエンカウントも捨てたものじゃない、というかバッチコイな話だ。何よりこれで”不死の虫憑き”に出会えればそれを生け捕りにして摩理に渡せば好感度アップは間違いなし。物凄い俗物的な理由だが欲望一番の人間としてはこのスタンスに間違いはないと思う。

 

 そういう事もあり、視線を駆け巡らせていると、気配の主を見つける。

 

 路地裏へと消えて行く姿は白いコート姿の存在であった。それを目撃し、そしてその姿に会う存在をそういえば摩理から聞いていたな、と口に出さず思い出し、その名前を口にする。

 

「―――特別環境保全事務局」

 

 通称特環。政府の虫憑きに対抗する組織。毒を以て毒を制する存在。虫憑きに対して虫憑きをぶつける事で多くの夢を奪っている罪深い組織―――らしい。個人的には摩理にさえ関わらなければどうでもいい話だが、ここで目撃してしまえば話は違う。今いる場所から摩理のいる病院の距離はそう離れている訳ではないのだ。ともなると、あの白コートの存在が今、何故街にいるのか。それは実に気になってくる話だ。

 

「んじゃ追うか」

 

 アジトに戻って武装調達する時間もないな、と確認しつつ、夜の人混みに紛れる様に気配を紛らわせつつ、白コートが消えた路地裏へと向かって小走りで駆けて行く。この辺りの地理に関しては地図がなくても自分の手の裏の様に理解している。故に数分遅れて路地裏に入っても、隠れられそうな場所、移動できる場所を把握している。

 

 経験とその知識を合わせて相手の移動ルートを算出し、気配を殺しながら喧噪から離れた静かな夜の路地裏を探索し始める。人の気配は全くしないその場で、相手の気配を見つける事は難しくはなかった。人の気配は消されていても、虫特有の異質な気配に関しては完全に消えていなかった。あるいは隠密能力のない虫は気配を消しきれないのかもしれない。

 

 ともあれ、気配を追えば路地裏を歩く白コートの姿が見える。気配の主はその近くにある、自分の目では見えない虫一匹だけだ。他に人や虫の気配はない。本当ならグルっと回って他に誰かいないかを調べたい所だが、生憎そんな余裕はない。特環が一人で任務に当たる事は本当に少ないらしい。あったとしてもそれは一号指定の”かっこう”等の恐ろしく強い虫憑きが派遣されている場合になる……と、聞いている。

 

 目の前のが”かっこう”ではない事を祈って、

 

 意識外から踏み込み、一瞬で距離を零にし、懐の内側へと着地する。相手が此方を意識していない間に右手の拳を握り、それを下から捻り込む様に腹に叩き込み、そのまま路地裏の壁に叩きつける様にストレートへと相手を殴ったまま替え、真っ直ぐ体をめり込ませる。

 

「ハロー! アンド! グッドイーブニング! ノーサンキュー! 実は英語苦手です!」

 

「っ!?」

 

 相手が口を開く。その前に首を一回殴って音を奪い、足首を砕く様に蹴り、相手が壁から剥がれる前に両手首を握り潰して砕く。そのまま相手の首を掴み、壁に押さえつける。

 

「はい、そこ虫を呼ばない。俺の背後で呼び出そうとしているのはなんとなく察しがつくから。二秒以内に霧散させないと首をへし折る。二……一―――」

 

 背後から殺意が消える。虫の出現が食い止められたところでとりあえずの安全を確保する。いや、相手が通信機の類を持っている可能性がある。その場合、異常が直ぐに察知されてしまう。尋問は素早く終わらせなくてはならない。それを意識し、意思の半分を警戒に回しながら相手へと視線を向ける。

 

「お前に友達はいるか? 戦友は? 職場の仲間は? 家族は? やりたい事はあるかな? 叶えたい夢は? 忘れられない夢は? 捨てる事の出来ない夢は? 見続けたい夢は? ある? あるよな、虫憑きだもん。夢がなきゃ今頃暴走してるか欠落者だもんな。生憎とまだ俺は虫憑きじゃないからそこらへん解ってあげられないけど、素敵だと思っておくぜ。まぁ、それとこれとは別の話なんだけど―――とりあえず夢を見続けたいなら素直に答えた方がいいよ? 脈で嘘をついているか否かを把握しているから。はいなら一回瞬き、いいえなら二回瞬きで返事しよう……オーケイ?」

 

 瞬きが一回。その事によーしよしよし、と口に出して褒める。ブリーダーは褒めるという事を忘れてはならないのだ。

 

 もっぱら絶望ブリーダーだが。

 

「んじゃ質問その一、お前は特別環境保全事務局の一員である……うん、瞬き一回だから肯定だね。よしよし、ちゃんと出来るじゃないか。こんな風にちゃんと答えれば何も問題ない、問題ないんだよ? では君以外にも今、この周辺には同僚がいるのかな? おや、瞬き二回か。うーん、しかし今嘘をついたね? 脈が荒れたもん。これはペナルティだねー」

 

 開いている片手で相手の左手の指をとりあえず三本千切る。その事に悲鳴を上げそうになるが、首を強く押さえつけてその悲鳴を無理やり押し殺す。

 

「ほら、遊んじゃ駄目だよ。俺って割と容赦ないからさ、そこらへん加減が出来ないんだ。今のは警告だからちょっくら派手にやったけど、君以外にもいるってなら別に君にこだわる必要はないんだ。他のお友達とちょっとお話するだけで済むんだよ? ちょっとめんどくさいから君で済ませているだけで。うん? 良し、解ってくれたかな? お友達の事を本当に思っているなら、ここで嘘をつかないのが一番だよ。君が死んだら次の情報源を求めて拷問するだけだからね」

 

 尋問から拷問に何時の間にかシフトしているが、そこは気にしない。

 

 とりあえず、

 

 ―――一番重要な情報を聞きだそう。

 

「お前らの目的は花城摩理、虫憑き”ハンター”である。イエスか、ノーか。答えろ」

 

 瞬き一回、肯定だ。どこから情報が漏れたのかは知らない。しかし”ハンター”という有名な虫憑きを狩る虫憑き、その正体が花城摩理である事が完全に繋がってしまっていた。しかも特別環境保全事務局に。政府組織である以上、潤沢な人員と予算が存在する。それはつまり、摩理に表の世界における居場所を完全に殺すという事実であり、そして病院というライフラインを封じる事でもある。

 

 ―――花城摩理は詰んでいた。

 

「情報ありがとよ。でも情報漏れは怖いんでな」

 

 そのまま首をへし折り、死体を解放する。残酷な事をしている自覚はあったが、摩理がヤバイとなるとそういう事を気にしている訳にはいかなかった。ぶっちゃけた話、摩理は強い。

 

 まともに戦えば自分よりも強い。

 

 というか一撃必殺な攻撃を連射できるのに弱い訳がない。少なくとも”今”の摩理であれば自分を殺す事ぐらい出来るだろう。だからと言って、摩理が特別環境保全事務局に勝利できるというわけではない。摩理の体はボロボロであり、心もボロボロだ。この状態で戦闘でも行えば、間違いなくその体が先に崩壊する。それに数の暴力とは恐ろしい。

 

 どんなに強くても夢という限界値が存在する以上、数の暴力を当てられた虫憑きは死ぬしかないのだ。

 

 つまりこのまま放置していると摩理は死ぬ。

 

 そして自分が介入したとしても摩理は死ぬ。

 

 どう足掻いても摩理は死ぬ。救えない。

 

 救いなんて欠片もないのだ。

 

「とりあえずこいつの服を回収しておくか、何かに使えるかもしれないし……えーと……お、ハンドガンなんかもってやがる。SOCOMじゃねぇか、良いもんもってやがるぜ。後は格闘用ナイフ三本にメタルワイヤーか。全部貰っておくぜ―――っとと、無線機は破壊しておこっと」

 

 ベルトに銃とナイフを差し、腕に何時でも使える様にワイヤーを巻きつけておく。そして回収した白いコートをリュックサックの中に詰めておく。出来る事ならもう少し武装が欲しいからアジトへと戻りたい所だが、そんな時間がある訳ではない。素早く装備の回収を完了させたらそのままリュックサックを背負い、路地裏を通って病院へと向かって駆け出す。

 

 ―――非常に珍しい事に、焦りを感じていた。

 

 そしておそらく、ここまでの焦りを感じるのは人生初だったのかもしれない。

 

 ”ハンター”花城摩理。彼女に狂わされたのは彼女に狩られた虫憑きだけではない。

 

 どうやら自分も、彼女によって狂わされてしまったのだろう。

 

 故に、全速力で路地裏を駆ける。知っている最短の道を走り抜けて行き、体力を使いきらない様に病院へと向かって走って行く。今日、この日は早く起きれた事に軽く感謝しつつ、ゴミ箱を足場に、そこから壁を蹴って、それで加速する様に体を前へと飛ばす。

 

 前へ、前へ、そうやってひたすら体を前へと飛ばし続け、そして路地裏から勢いよく飛び出る。

 

 そこまで来るともはや病院は目視の距離に入ってくる。まだ時間的には病院が機能している時間になる。つまりナースや医者が普通に勤務している時間帯だ。お茶会と称して病室へ忍び込む時間はもっと後になるが、それを気にするだけの暇は今はない。道路を超えて病院へと到着した所で、気配を殺し、病院の裏手へと前庭を突っ切る様に真っ直ぐ走る。

 

 そこで摩理の病室の裏手へと到着すると、でっぱりと窓のふちを利用して一気に体を上へと押し上げ、そのまま大きく開いている摩理の病室の中へと前転しながら飛び込む。

 

 見慣れた病室に摩理の姿はなかった。何時もは自分が座っている席、そこには白衣を着た青年の姿が―――アリア・ヴァレィの姿があった。焦ったような、疲れた様な、悲しむ様な、少しだけ怒ったような、そんな複雑な表情を浮かべつつアリアは此方へと視線を向ける。

 

「君は―――」

 

「俺の事はどうでもいい、それよりも摩理はどこだ。この時間なら外に出てるとかねぇだろ? 検査か? ……いや、そんな表情してねぇもんな。なんてこった、こんな時に限って狩りに出たのかよ……」

 

 せめて病室にいてくれれば逃がす事も出来た。その先でゆっくりと死ぬ運命かもしれないが、少なくとも今、という状況は回避できたかも知れない。しかし、摩理が外へ狩りに出かけたとなると話は違う。摩理の体は限界が来ている。そんな状態で戦闘を行えば、間違いなく今日が命日になる。

 

 よろよろ、と近くの壁に寄り掛かる。その様子を見ていたアリアが此方へと視線を向ける。

 

「……特環か」

 

「正解。今夜摩理ちゃんを捕まえるってさ。いや、摩理ちゃんの状態からすれば捕まればいい方か」

 

 溜息を吐き、寄り掛かった壁から離れる。絶望している暇なんてないのだ。そんな暇があったらこの状況をどうにかしなくてはならない。

 

 そう、それだけ。状況がどんなに詰んでいても動かずにはいられない。動かなくてはいけない。

 

 そう決めているから、心がそうしろと言うから、そう生きると決めているから。

 

 終わった後でも絶対に諦めない、その頭の悪さが自分らしさなのだろうから。

 

「うっし、再起動完了。死ぬ前に摩理ちゃん回収して逃亡だな」

 

「……諦めていないんだね、君は」

 

「オフコース、人生、生き足掻くのが楽しいもんさ。劣勢は楽しんでこそ―――と、言いたい所だけど本気で摩理ちゃんの事をどうにかしたいからな。だったら諦められないさ」

 

 リュックサックを背負い直し、視線をアリアへと向ける。アリアはその視線を受け止め、そして小さく溜息を吐く。

 

「……今日、定期検査の結果が出た。駄目だった。手術を受ければ助かるかもしれない。だけど摩理にはそれだけの体力が残されていなかった。その時、摩理を助ける事を諦めてしまったのかもしれない……だから、いや、だからこそ―――するべきことはすべきなんだろうね」

 

 そう言って、アリアは視線を向ける。そして口を開いた。

 

「―――君の夢は一体どんな味がするんだろうね」

 

「胃もたれすんなよ? 俺の夢は一味違うぜ」

 

 言葉を返し、

 

 ―――そして知覚するよりも早く、喰われた。




 次回、お祭りタイム。摩理ちゃんは、特環は、通りすがりの腹パン魔は!

 タイトルとあらすじをまともにしました。そろそろまともにするべき頃だろ思った。ともあれ、次回から蛮族が真蛮族になりますよ


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八夜目

 ―――特別環境保全事務局という組織を甘く見てはならない。

 

 そもそも政府の組織の力とは偉大である。

 

 資金があり、人員がある。それだけの様でこれは大きい。資金があるという事は装備を用意する事が出来るという事であり、またその資金を以って人員を揃える事が出来る。資金があればその人員も鍛える事が出来る。何をするにしても金の問題はついて回る。しかし政府の様にパワーバランスのトップに立つ存在が保有する組織の場合、潤沢な資金を得る事が出来る。それを通して優秀な指導員、最高の設備、最新鋭の装備を入手する事が出来る。これらを以って揃えた人員が、

 

 果たしてマフィアやヤクザ程度と同列に扱えるだろうか?

 

 否、腐らせずに資金を正しく使えば、それは恐ろしい怪物を生み出す。そして訓練された虫憑きとは怪物を超える兵器になる。そもそもからして、虫憑きを相手にする場合は最低限火器並の火力、あるいは破壊力がないと勝負にすらならない。それが訓練され、倒す筈の為の装備を持って戦える。戦力としてそれを保有する特別環境保全事務局の恐ろしさが解る。

 

 正面からぶつかり合えば軍隊ですら蹂躙できる。それだけの戦力を保有している。

 

 故に決して甘く見てはならない。個人により能力にむらがあったり、練度の違いはあるだろう。だが普通の人間よりは恐ろしく強く、そして普通の虫憑きよりも訓練されている為に強い。鍛えられたからだと用意された装備、支援を受けていない虫憑きのグループと、特別環境保全事務局の虫憑きがぶつかった場合、どうなるか結果は見えている。

 

 ―――その為、状況は異常の一言で尽きる。

 

 三つ巴の戦場、

 

 それをたった一人、訓練をせず、また装備も持たない者が一方的に散らしていた。

 

 ―――花城摩理は最強を名乗る虫憑きに相応しい。

 

 得物は銀色の槍。その体は着慣れたシャツとハーフパンツの姿。脆弱な肉体はモルフォチョウとの同化によって常人以上の状態へと引き上げられている。一撃必殺の破壊力を持った銀槍は振るえば鱗粉を飛ばし、その軌道上にある全ての存在を両断する。また、それだけではなく銀槍は摩理を守る為の鱗粉も放つ。銃弾であろうと弾く事の出来る防御能力に、相手の防御力を無視して斬撃を叩き込める攻撃力。攻防共に摩理の虫憑きとしての能力はすさまじい。

 

 だがその程度では物量差に押しつぶされる。

 

 真に恐ろしいのはそれを運用する能力だった。

 

 踏み込みと同時に銀槍を振るう。それで発生する鱗粉で斬撃を放つ。それが一撃必殺の威力を持っている事は既に把握されている。故に摩理の動きは小さく、そして早い。踏み込む一歩が小さければ、また銀槍を振るうアクションも小さい。故に繰り出される斬撃も小さく、回避が容易い。

 

 それを繋げる。

 

 二歩目と共に繰り出す斬撃は最初の一撃同様、素早く、規模の小さい斬撃となっている。動きは最低限に抑えている為に摩理の動きは軽い。端から見ればダンスのステップを軽やかに二歩取った様にしか見えない。しかし、二発目の斬撃は回避の着地を狙う様に、回避不能の斬撃を繰り出す動きだ。それは正確に狙い通りに着地行動に入ろうとしていた虫憑きを狩り殺す。

 

 その動きを自身の回避行動と同時に行っている。

 

 身を守る鱗粉を最小限に、攻撃のアクションを最低限に、そして確実に殺せる、落とせる相手を落とす。それは簡単に思える様で、摩理の様な強力な能力の持ち主にとっては難しい話だ。薙ぎ払えば倒せる、そういう”慢心”が心の中に存在し続けるからだ。

 

 が、敗北を経験してしまった。敗北を天才に学習させてしまった。それは敵対した相手の動きを覚えるのと同時に自身の動きで足りないものを自覚させてしまった。

 

 故に―――名実共に、花城摩理は最強の虫憑きと化した。

 

 花城摩理、”ハンター”を最強とさせるのはその虫憑きとしての能力ではなく、突出したバトルセンスだった。通常は命という鎖が存在している為に発揮されないが、

 

 それはもうない。

 

 故に摩理は一歩を踏む。刻む様な一歩だ。距離で言えば三十センチ程の一歩。その一歩を踏みながらも四方八方から来る悪意を、視線を完全に摩理は感じ取っていた。攻撃が来るならどこから、どのタイミングで、それを呼吸で意識しつつ鱗粉は広がり、領域が広がる。感知できる範囲、彼女の触覚とも言えるエリアが彼女に情報を届ける。

 

 消耗と動きを最低限に、最大の結果を生み出す為に。

 

「―――っ」

 

 言葉もなく振るわれる銀槍は余裕の現れではなく、もはや呼吸する事に集中しなければ息を吸うのが難しいから。動きを最低限にしているのは最大の効率を叩きだす為だけではなく、漏れて行く命の消費を抑える為。しかしそうやって生み出して行く動きは確実に次を生み出す。それをパズルピースの様に繋げて行き、

 

 大きな絵を生み出す。

 

 繰り出す細かい斬撃は確実に誰かの体に辺り、削り、抉り、そして殺す。戦場が夜の人気のない住宅街付近とはいえ、戦場は広くはない。故に出力を絞って細かな斬撃を繰り出すだけで避けきれない誰かがダメージを喰らう。それを確実に避けつつ削り続ければ相手の戦力は低下して行く。

 

 気が狂いそうなほど精密で緻密な作業を摩理は行っていた。

 

 しかしそれは確実に摩理を優位に立たせていた。特別環境保全事務局という訓練された虫憑きの集団に対して常に先手を奪う事で自身へのダメージを軽減しつつ確実に削り、彼女を倒す為に来た虫憑きグループを特別環境保全事務局の虫憑きから見た自分の反対側に置く事で、攻撃をそちらへ誘導している。

 

 最少の労力で最大の結果を生み出そうとしている。

 

 ―――しかし戦い始めて五分で限界が近くなる。

 

 ”ハンター”は最強である。しかし花城摩理は病弱だ。

 

 故に攻撃を繰り出せば繰り出す程衰弱して行く。限界の近い体で叩けば少しずつ崩壊して行くのは道理だ。

 

 踏み込み、振るい、穿ち、払い、そして突く。動きはシンプルであればあるほど隙が無い。それを直感的に理解し、そして自身のクセと合わせる事で動きに変化を与える―――理想的な戦闘の構築だ。実際そうやって踏み込んでくる敵を軽くいなしながらカウンターを決める、が、それは摩理の持つ体力の”上限”を削る行為でしかない。

 

 故に振るえば振るう程摩理の体を伝う汗の量が増え、口から洩れる苦悶の息が増える。最初は圧倒する程の鮮やかさを見せていた摩理の足取りもどんどん重力に縛られる様に減速し、重くなって行く。

 

 雷撃が迫るのを槍で切り払う。精彩に欠く動きであっても摩理は能力を合わせる事で雷撃を確実に弾く。しかしその動きは最初のそれと比べれば明らかに遅い。故にその隙を突く様に連携の訓練を重ねている特別環境保全事務局の虫付きが動く。仲間の屍を踏み越える事には慣れている。

 

 何よりも”そう”訓練されてる。仲間が夢を失って消えるなんて何時もの事だ。欠落者が生み出されることなども何時もの事だ。慣れている為―――消耗戦を取ったとも言える。

 

 特別環境保全事務局を甘く見てはならない。

 

 目的の為なら手段を選ばない度合いは、何処よりも恐ろしく酷い。

 

 ”ハンター”を討ち取る為にその身体状態を把握する事だって政府機関なのだから病院に頼めば容易に入手できる。それを利用して摩理の状態を把握したら、あとはそれに沿って作戦を構築するのみ、物量で攻めれば殲滅される前に力尽きる。故に、戦う前、準備の段階から摩理の敗北は決まっている。それを察している摩理も突破の為に動きを作る。目的は戦う事ではなく”不死の虫憑き”を見つけ出す事なのだから。

 

 突破を図る為に前に出る。

 

 虫憑きが壁となって道を塞ぐ。

 

 虫憑きが欠落者になる。

 

 攻撃され、それを回避する。

 

 体力が削られ、進めない。

 

 合間に挟まれる虫憑きグループからの攻撃を含め、摩理の行動は無限ループに入っていた。削るが削られる。無理やり突破しようものならその瞬間に体力全てを使い果たす。合間に挟まれる攻撃がそれを加速させ、そして死へと確実な道を強制していた。

 

 消耗戦を強いるという戦術は間違いなく正しい。

 

 ―――たった一つ、イレギュラーの登場を予想できれば。

 

 それは、叫び、破壊、吹き飛ばしながら登場した。

 

「―――摩理ィ―――! 好きだぁ―――! 愛してるぅ―――! 生きる為に全力で頑張っている君が愛おしい! なんかこのタイミング逃したら一生言えない気がしたから今叫ぶぞぉ! アイ・ラヴ・ユ―――! お前を! お前だけをラヴなんだよぉ! 来る前に願掛けにステーキ食ってきたよ! ハッハァ!」

 

 真っ直ぐ、住宅を突き破る様に登場したその姿を説明するには怪物的としか表現できない。

 

 両腕はまるで甲殻の様な鋼鉄に包まれ、片目は機械的な色を持っている。指の先まで完全に鋼鉄で完成されており、その顔は目元を隠す様な鋼の仮面に被っている。簡単にその状態を説明するならば、それは機械、或いは鋼と融合した人間の姿だった。辛うじて顔に刻まれたマーカーがその存在がなんであるかを証明していた。

 

 虫憑き―――同化型虫憑き。

 

 家を、壁を、道路を破壊する様に登場したその異形の姿に誰もが一瞬動きを停止する。だがその瞬間にも登場した怪物は動きを止める事がなかった。この状況で冷静に暴走しながら、誰がこの状況に混乱していたのかを本能的に理解していた。ベルトから抜いた銃が指と、手と融合―――同化して行く。それにより手と同化された銃を真っ直ぐ、

 

 混乱の極みのある存在へと向かって、本来の連射性を超える速度で十発の弾丸を叩き込む。

 

 血飛沫が上がり、死体が増える。その間、

 

 摩理が動いていた。口は何かを言おうとパクパクと動いていた。しかし漏れ出るのは苦悶の声であり、息だけだ。それを察している様に障害物全てを粉砕する様に突進し、弾き飛ばしながら摩理と合流した怪物が摩理へと手を伸ばす。そこで漸く思考の再起動を果たした者達が攻撃の矛先を向ける。

 

 しかしその前に二人が手をつなぎ、そして摩理が戦場の外側へと捨てられるように全力で放り投げられていた。まるで全て、最初から計画されていたかのような息を見せ、摩理は空中で体勢を整えながら屋根の上へ着地し、夜の闇へ目的を果たす為に消えて行く。

 

 その姿を追いかける虫憑きがある。

 

 それを止める為に怪物が地を蹴って追いつこうとする。その体に銃撃が放たれ―――突き刺さる。それに減速する事無く飛び上った虫憑きを怪物は首で捉え、開いている右拳をその腹へと叩き込む。

 

 その拳の衝撃で虫憑きの腹が爆裂し、胴体がごっそりと消える。

 

 壁を純粋な重量のみで踏み潰しながら、怪物が着地する。その立ち位置は摩理が去って行った方向、彼女を追いかけようとする存在の前に立ちはだかる様に位置する場所だ。そこで両腕を組んで立ち、周りの瓦礫から露出している金属に足で触れ、

 

 喰らう様に同化する。

 

 金属が同化し、変形し、変質し、そして銃撃で撃たれて欠損した腕の傷を埋める。まるで最初からノーダメージだったかの様な姿を見せながら首を右へ左へと骨を鳴らす様に動かし、口を開く。

 

「数分ほど前に君達と同じ地獄という教室で夢について勉強する事になった同化型超同化特化個体虫憑きの蛮族―――否、グレェートバンゾックです! 好きなものは摩理ちゃん! 嫌いなものは努力しない摩理ちゃん! 特技は腹パンです!」

 

 そう発言するのと同時に射撃が胸を貫く。虫から放たれる斬撃が腕を斬り飛ばす。投げ放たれたナイフが腹に突き刺さる。

 

 それを同化した。斬りおとされた腕を同化しなおす事で繋げ直した。胸の穴を近くの死体を同化する事で埋める。突き刺さったナイフを同化し、左の手首から剣に変形させて突きださせ、引き抜いて武装とする。

 

 同化。同化型虫憑き、その同化能力。摩理の様な特殊な能力を得ない代わりに、ひたすらそれだけに特化した本当の意味での怪物。

 

 それが鉄比呂という青年が望み、力に成れると思い、そして選んだ夢の形だった。

 

 怪物的過ぎる夢―――その表現だった。

 

「さあ! 体が熱いんだ! 血管をマグマが巡る様に熱いんだ! 本能が抑えきれないんだ! 虫が暴れろ暴れろって訴えかけてくるんだよ! 摩理ちゃんにカッコいい所を見せなきゃいけないんだよ!」

 

 だから、

 

「貴様ら全員死ねぇ―――!! 俺達の敵に生きる価値も、明日を迎える必要もねぇんだよぉ!」

 

 そう咆哮し、泣く様に比呂は笑っていた。助けに入り、摩理を逃がし、敵を殺すのは全く問題はない。

 

 しかし、摩理は絶対に助からない。

 

 絶対間に合わない。

 

 ―――ここで勝っても、摩理の未来に一切の変化は訪れない。

 

「希望なんてないのさ……俺にも、お前らにも」

 

 そして、それが虫憑きの運命だった。




 強いぞ!! 怖いぞ!! 更に狂人だぞ!! グレートバンゾック!

 同化型虫憑き超同化特化個体。エグザイルxブラックドックxウロボロス的なイメージと言えば伝わる人には伝わるんじゃないかなぁ。と言うわけで、敵にも味方にも誰にも希望が一切見えない泥沼の絶望オンリーな戦い、はっじまるよー。


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九夜目

 ―――あーあ……終わっちゃうかぁー……。

 

 荒れ狂う本能と虫とは別の部分で、冷静な部分があった。

 

 血管に直接マグマを流し込められたように体は熱い。唾を飲んでも一瞬で蒸発したかのように喉が渇く。ちゃんと食事はとっているのに、食欲以外の何かで体が飢えている。夢を喰らえ、同化しろ。アレはエネルギーと変わらない。相手を掴み、虫を掴めば、夢もまた同化できる。そうやって喰らえ、と虫が本能に語り掛けてくる。暴走の熱が体を焼き焦がす中で本能を経験と理性の二つで完全に制御しながら自分の心を解放し続ける。

 

 組んだ腕を解放しながら足を少し広めに開ける。左手で握る剣を一度腕と同化し、手の甲から蛇腹剣として変形させて出現させる。それと変わり、右手は何も握らない、鋼の甲殻に覆われた拳として握る。鋼を、鉄や自分以外の人間の死体を同化させた事から体は同化した物質の分だけ質量が増えている。見た目としては同化能力が発揮しない限りは何も見えない。しかし体で感じる重量は人間を遥かに超えるものだと知覚している。

 

 それこそ石壁を着地で粉砕してしまうぐらいの重量が自分にはある。

 

「ここから先へと進もうとするやつは俺が殺す。俺と戦うやつは確実に殺す。この違いが解るか? ま、言葉だけじゃ解らないよな―――」

 

 虫憑きが四人、抜けようと前へと出る。虫との同化を通して強化された身体能力で縮地で駆ける。一瞬で一人目の前に到着する。機械的なゴーグルを装着している顔へ真っ直ぐ右手を伸ばし、

 

 歯を砕く様に手を突き入れて下顎を掴んで引き抜き、それをそのまま鈍器として二人目の顔面へと叩き込み、左手の蛇腹剣で薙ぎ払う様に軌跡を描いて、虫憑き二人を回避行動に入らせる。それと同時に出現する虫―――見向きもせずに無視し、体に突き刺さる銃弾と刃を無視して接近する。一番近かった虫憑きの首を蛇腹剣を戻す動きで撥ね飛ばしながら最後の一人に接近し、腹を殴る。加減したため破裂はしない。しかし内部の骨を砕くには十分な威力はある。

 

 そのまま倒れる相手の顔を掴む。その眼が大きく開かれ、口から絶叫が漏れる。

 

「ゆ、夢がぁぁぁああ―――」

 

 絶叫を漏らしながらビクンビクンと跳ねる体の動きが停止し、そして音もなく虫が塵へと砕け、散って行く。その光景を誰もが無言で、そして言葉もなく眺める。虫の攻撃によって開いた体の穴、ダメージ、それをたった今生み出した死体で補充し、欠損を埋める。視線を持ち上げ、視線を目の前の集団へと向け、

 

「げぷっ」

 

 軽くげっぷをし、失礼、と口を手で押さえてから視線を向け直す。

 

「さて、見てわかったかもしれないけど―――俺は摩理程優しくねぇぞ。逃げたいなら素直に逃げとけ―――残った奴は一人として生かして帰すつもりはねぇからなぁ!」

 

 吠えながら一歩を踏み出す。その動きに逃げる数人が見える。その姿は完全に無視し、見逃す。暴走は今でも続いている。それを制御する事を―――放棄する。虫がすさまじい勢いで夢を食おうと、力を引き出し続ける。それでいいと思う。何せ摩理は戦う事に命を賭けていた。なら自分もまた、存在を賭ける程度の事をしなくては、等価ではない。

 

「さて、殺るか」

 

 勢い良く足元を踏み抜き、道路を砕きながら粉塵とアスファルトを舞い上げる。同時に放たれてくる雷や炎の槍、群体型の虫の攻撃が突き刺さる。体に突き刺さったものを虫の同化能力任せに同化し、体の質量を上昇させる。体の重量が更に増え、その重さに大地が更に砕ける。そこに追撃する様にもう一度大地を全力で踏み、

 

 道路を崩壊させる。

 

 地割れが広がりながら視界を奪う粉塵が巻き上がる。感知能力を持った虫以外からは狙われ難い環境を生み出す。その状況で臭い、音、そして気配を頼りに地を蹴り加速する。迷う事無く、真っ直ぐ、特別環境保全事務局の虫憑き集団、その正面へと衝突する様に飛び込む。一番近くにいた一人目の腹を右手で殴る。拳が腹を貫通し、その向こう側へと抜け、その背後にいた虫憑きの腹をついでに殴る。一人目で減速していたせいか威力が落ち、腹の中身をジュースにする程度で殺害する。

 

 腕を引き抜きながら腸を握り、それを自身と、そして金属、白コートの素材と同化させてワイヤー式の武装に変形させる。それを振り回しながら同化して取り込んだ雷と炎を同時にそれを通す様に吐きだし、被害を拡大させる様に行動しながら左手の蛇腹剣を普通の剣に戻し、それを硬化させながら振るう。踏み込みと同時に長く伸びる刃が三人纏めて両断する。

 

 悪あがきに左眼を銃で撃ち抜かれる。喉にナイフが突き刺さる。直接神経を引き抜かれて、それをストリングに演奏を始める様な、そんな激痛が体を走る。それを笑顔で無視しながら夢を虫に食わせて同化速度を加速させる。

 

「は! は! は! はぁ! 芸術性の欠片もねぇ! これが蛮族式だ!」

 

 武器を両方とも手放し、更に踏み込む。ストレートの一撃がカブトムシに阻まれる。その頭と腕を同化させ、そうして体の中身を掴んだところで同化を解除して引き抜く。同時にダッキングしながら絶叫する虫憑きの首を掴んで握り千切る。武器にも素材にも使えそうにない者には興味ない。必要なパーツだけを同化で取り込みつつ更に奥に踏み込む。

 

 自分から敵へと近づく必要はない。

 

 敵は自ら殺意を持って接近して来る。それを全力で、荒れるアスファルトの粉塵の中で迎撃し続ければいい。

 

 空間を、そして粉塵を超えて衝撃波が体を貫通する様に襲い掛かる。口から洩れる血液を笑いながら吐きだしながら襲い掛かってくるムカデを掌から剣を突きだす事で迎撃しつつ、握り直しながらワンアクションで真っ二つに斬る。その隙を縫う様に二十を超える小型のハチが手段となって襲い掛かってくる。ムカデの死体が消える前にそれを鞭の様にしならせてハチがやってくる範囲を薙ぎ払い、その先で音速を超えさせた衝撃波でハチを一匹残らず死滅させる。

 

「は! は! は! は! 次は誰だ! なんだ! もっとこいよオラァ! 殺せるもんなら殺してみろよ!」

 

 足場が崩れる。視線を向ける事なく、自分の足元が虫の仕業によって砂場と化し、沈んで行くのを理解する。震脚を叩き込んで衝撃を下へ、そこへ潜む虫を殺す様に放ちながら、踏み込んできた虫憑きの心臓を突きで貫通させ、握って引き抜きながら握りつぶす。穴という穴から吹きだす鮮血が体を、髪を、道路を今までにないほどに真っ赤に染め上げて行く。

 

 臓物と血と肉片が散乱していても地獄は終わらない。

 

「アイ! アム! ヘェル!」

 

 一歩で砂地から踏み出しながら頭に狙撃を喰らう。まともに喰らえば流石に死ねる為、事前に察知したその一撃を右手を犠牲に防ぎ、近くの虫憑きの握っている銃をその腕ごと同化し、狙撃のあった方へと向ける。

 

 喰らって同化した衝撃波、エネルギー、夢、それを銃口に詰めながら引き金を引く。

 

 反動に耐え切れなかった腕が肩まで吹き飛ぶ。また絶叫が増えるが、隙だと思って踏み込んできた虫憑きを左手一本で迎撃しながら腕を引き千切り、それを奪う様に同化して再生する。

 

「まだだ、まだ血が足りねぇ! 悲鳴も足りない! 憎悪も痛みも足りない! 未来が存在しないという痛みと憎悪と絶望! 未来を奪われる事で感じてみろ! こいつはクセになるぜぇ! さぁ、死ねぇ! 死んでしまえ! 死ぬんだよぉ!」

 

 笑いながら、返り血さえも同化しながら拳を目の前のダンゴムシに叩きつける。ぐさり、と嫌な音を立てながら拳の方が砕ける。その事実に笑みを浮かべながら砕け、破れ、骨の突き出ている傷跡から血が漏れだし―――そして鋭い刃の突き出る武器腕と化す。

 

 発勁、或いは浸透勁と呼ばれるような奥義をそのまま、刃の手でダンゴムシに叩き込む。それは物質の硬度を無視しながら美しい斬線を刻み込みながら誰かを守るために立ち向かった虫とその主の心を完全に殺す。消え行く虫を掴み、貪るようにその主の夢を同化させ、自身の夢を補充する。

 

 ―――もはや人間と表現するのがおかしい怪物が生み出されていた。

 

「次! 来いよ! まだまだやれるだろ! 特環も! お前らなんか被害者っぽいのも! 残ったって事は戦えるんだろ? 俺を殺したいんだろ? 俺に殺されに来たんだろ? だったらもうちょっと気張って笑顔浮かべて殺しに来いよ! 弱すぎてつまらねぇんだよ! こんなんじゃなんで虫憑きなったか解らねぇじゃねぇかよ! んだよ、こんな雑魚しかいねぇなら虫憑きにならずに良かったじゃねぇかバァーカ! バァーカ! クソが! 死ね!」

 

 逃げ出そうとする虫憑きが見えた。もはや相手が特別環境保全事務局だとか、そうじゃないとか、そんな事は関係なかった。ただただ暴走の熱に体を任せながら前へと踏み込み、そして道路を粉々に粉砕しながら一瞬で逃げる虫憑きの姿に追いつく。絶望に染まった表情は銃を向けながら虫を放ってくる。だがその間に手を伸ばし、顔面を掴んでそのまま握りつぶす。死ぬ前に放たれた弾丸が頬をかすめるが、虫は攻撃が届く前に霧散して消える。

 

 握りつぶした死体を解放しながら振り返る。

 

「で? 次に死にたい奴はどいつなんだ?」

 

 その言葉を聞いて、動く者は一人もいなかった。

 

 戦場となる住宅街は地獄としか表現の使用のない場所になっていた。整備された道路は完全に砕け散っていて下水道が見える状態ですらあった。人が住んでいる筈の住居も粉々に吹き飛ぶものがあれば、半分だけ綺麗に砕かれたものもある。その破壊現場を彩るのは茶色と赤色だ。まずは血と肉片、そして贓物の赤と、ピンクに近い赤色だ。所構わず場所を赤く染める血、そして腹を粉砕したことでぶちまけられた糞。それが戦場となっている一帯に広がって、血と糞の混じって醜悪な環境を生み出していた。

 

 そこで倒れる大量の屍。所属なんか関係なく、全ての共通の事実として、倒れている者は虫憑きだった。普通に考えればありえない。虫憑きがここまであっけなく蹂躙され、殺されるなんてことは。だがそれは今、発生している。目の前で。それが万人の心に恐怖と絶望感を生み出している。そしてそれを目撃し、笑みを浮かべ、

 

 ―――内心で泣く。

 

 どうしようもない。こんなのただの八つ当たりでしかない。こんなことをしたって意味がないのは誰よりも自分が理解している。こんな事を続けていれば自殺まっしぐらでしかない。だけど、それでも、こうやって八つ当たりしないとやっていられない。あと少しだけ自分が早ければ、あと少しだけ特別環境保全事務局の連中が遅ければ、あと少し摩理が狩りに出るのを遅らせてくれれば―――そんな思いばかりで胸の中が詰まってしまう。考えたくはない。頭を空っぽにして暴れたい。だけど出来ない。

 

 どんな状況、どんな精神状態でも考える事をやめてはならない。夢を手放してはならない。絶対に諦めてはいけない。諦めた瞬間を虫は常に狙っているのだから。絶望を嬉々として喰らいに来るのが虫なのだから。

 

 ―――そう、アリア・ヴァレィが言った。

 

 彼らは、決して友好的な隣人ではない、と。

 

「……そうだよな、諦めちゃいけないよな、アリア」

 

 また眠りにつけなかった憐れな元凶の事を思い出しながら口を開き、声を響かせる。

 

 もう摩理は死んでしまったのだろうか? ”不死の虫憑き”と出会う事は出来たのだろうか? 満足する事は出来たのだろうか? それとも涙を流しながら絶望したのだろうか? それが自分には解らない。好きだと、愛しているという感情は間違いなく本物だ。だからそれを信じて八つ当たりをするしか今の自分にはない。

 

 まぁいい。

 

 どうせやる事はいっしょだ。

 

 キレているのだ。血が熱いのだ。悲しいのだ。

 

 暴れるっきゃない。

 

「―――最も新しい同化型か」

 

 言葉に反応するのと同時に前へ一歩踏みながら拳を後ろへと向かって薙ぎ払う。同時に感触は肉を潰し、破壊する感触。しかし、それで終わってはならない、と本能が警報を鳴らす。そう感じれたのはどんな状況であっても、常に冷静に状況を観察し、経験から危機を察知する能力を持っていたからに過ぎない。故にそれに従う様にそのまま振り返りつつ、

 

 全力の拳を頭のない姿へと叩き込んだ。

 

 殴られた姿は数メートル殴り飛ばされると黒い塊となってバラバrとなり、そして赤い大地の上で集合し、醜悪な肉塊から人の姿へと形を変える。スーツ姿に左右で色の違うサングラス、と欠片もセンスを感じられない姿をした少年は成程、と呟く。

 

「これは手古摺りそうだな」

 

「ヘイ、今日のパーティーはメンバーシップオンリーだぜリトルボーイ。名前と住所と何年生か宣言してから参加しろよ」

 

 言葉を返しながら少年へと視線を向け、そして暴走の手綱を握る。本能的に相手が全力を出すべき敵だと察知し、暴れるだけだったら暴力に形、そして指向性を与える。何時でも打撃出来る様に右手で拳を作りつつ、左の同化した腕でトマホークを生み出し、それを千切る様に握る。視線で少年を捉える。

 

「”不死の虫憑き”だ。それ以上に何か言う必要はあるか?」

 

 摩理はどうした、会ったのか、何を話したのか―――聞きたい事、言いたい事はいっぱいあるが、

 

 その前に、

 

「なし! 死ねぇ!」

 

 致死打撃を食らわせても完全再生を果たした”不死”を殺す為に、踏み出す。




 これがグレート化した蛮族のスペックだ!!
・腹パンで爆死する
・有機物無機物関係なく同化
・我慢さえすればエネルギーも同化
・糞燃費だから補充しながらじゃないと戦えない

もしかして:人の形した虫

 誰だよこんなアイデアを電波にして寄越したやつ


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夜の終わり

 踏み込みと同時に”不死の虫憑き”に正面に到達する。左手のトマホークを上から振り下ろし、それを頭に突き刺す。それを手放しながら腹を殴り、少年の体を殴り飛ばす。しかし殴り飛ばされながらトマホークが抜け、そして血や肉、骨ではなく黒い醜悪な虫しか見せないその体を見て、殴った感触を覚え、そして理性と本能、直感の三点でこの相手に対する評価を終える。

 

 ―――相性が悪い。

 

 武器の類はこの相手には意味がない事を即座に理解し、武器の全てを放棄して両手を鋼鉄の甲殻の状態のみとし、そのまま再生を完了させる少年へと向かって踏み出す。重量のせいか踏み込みが若干重く、踏み出す大地が粉砕される。縮地の超速度で一瞬で横へと出現するも、少年、”不死の虫憑き”は涼しげな表情を浮かべたまま拳を握る。

 

「貴様ら下がってろ―――死ぬぞ」

 

 拳を掌底へと変え、それを抉り込む様に胸へと叩き込む。通常なら完全に心臓を破壊する必殺の一撃となるが、まるで衝撃を逃がすかのように少年の背に穴が開いて、そこから破壊が抜けるのが見える。喰らったことで動きを刹那だけ拘束される此方に対してカウンターの拳が来る。威力を図る為にもそれを左の腕、盾の様に構えて喰らい、

 

 両足が地面から浮いて、体が吹き飛ばされる。

 

「お、っと」

 

 左腕が折れるのを知覚しながら予め同化しておいた鋼を腕と再同化させ、再生紛いの修復を行い、空中で一回転しながら体勢を整え直す。そんな此方へと向けて一瞬で相手が踏み込んで接近して来る。その足の踏み込みは此方と似た様な、あるいは同じ様な技術だ。故に踏み込みは軽く、そして此方へと到達するのも一瞬。明らかに見た目とはかけ離れた筋力を有する少年は拳を握り、それを此方へと向けてはなってくる。

 

「よ、ほ、そい」

 

 それを脇の下に通し、左脇の下で掴んで止め、同時に右掌底で衝撃を顎に叩き込む。そのまま衝撃が抜けない様に注意しつつ顎を引いて首を曲げ、移動のエネルギーを体を捻る事で別方向へと転化させる。横向きを強引へ下へ、落下へと変化させる。そのまま少年の体を砕けた大地へと叩きつけながら衝撃が体から逃げないように腕と顎を解放しつつ蹴りを胴体へと叩き込む。

 

 その衝撃派に自分を乗せて後ろへと宙返りを決めて着地し、真っ直ぐ地面へ埋まった少年へ視線を向ける。ゆっくりと道路から体を引きはがす少年の体はぼろぼろに見える。が、一瞬だけ黒く染まった後に元の状態へと復帰している。

 

「意外だな。先程までの暴れていたのは本当の姿ではなかったわけか」

 

 そう言いながら”不死の虫憑き”は埃を祓いながら此方へと視線を向けていた。

 

「いや、キャラ作ってる感は確かに多少は認めるけどよ? 基本的に俺ヒャッハー系よ? まあ、割と気に入ってるし楽しいから基本脳筋蛮族スタイルでやってるけどさ、それを維持した結果死んだらクソもないだろ。まぁ、ヒャッハーできる瞬間があるならするっきゃないんだけどな!」

 

「なるほど、狂人の類か」

 

 頷きながら少年の背後へと視線を向け、笑みを浮かべる。

 

「大! 正! 解! あとちょっと油断し過ぎ。な、摩理」

 

「―――」

 

 ”不死の虫憑き”が意識を本の一欠片を背後へ―――誰もいない背後へと向けた瞬間、本人と虫の、両方の意識を掻い潜って一歩で接近する。息を吐きながら内功を練り、それを必殺の一撃に昇華させて双掌を胸へと触るように押し付ける。血管を、神経を、骨を、肉を、そして内臓の全てを蹂躙して破壊する絶招。そこに一手加え、

 

 内部を蹂躙する衝撃を一気に体の全方位から放出させ、文字通り挽肉へと変形させる。

 

 が、それと同時に生み出されるのは大量の黒い虫の雨だ。爆散すると同時にまき散らされる黒い虫が雨の様に降り注ぎ、飛び散る。その虫が生きているのを確認する限り、虫憑き本人が死んでいるとはどうしても思えない。絶招でさえ殺せないか、と内心で舌打ちをしつつ、震脚を打ち込み、その場で鉄山靠を繰り出し、体に群がろうとしていた黒い虫を一気に吹き飛ばす。

 

 やはり相性が悪い。火力不足だ。殴る潰す程度ではどうもダメなようだ。一瞬で全てを完全に蒸発させるぐらいの超火力でないと殺しきれないみたいだ。

 

 しかもこの虫、

 

「昆虫図鑑で見たぞ! クマムシとかいうクッソ生き汚いクソの様なクソなクソの虫じゃねぇーか! 全くクソの様にしぶといのはクソの様に一緒だなクソ! 黒いからゴキ様かと思ったじゃねぇか!」

 

 群がってくるクマムシの数が急激に増えたのを見て、これキレたな、と冷静に判断しながらもう一回震脚を叩き込み、自身の周囲のクマムシを吹き飛ばし、そのまま逃げる様に背後へと大きく跳躍する。それを追いかけてくる様に黒い虫が―――クマムシがクマムシを踏み、その次のが前のクマムシを踏み潰して迫ってくる。跳躍した此方の体を自分の体で作った橋を生み出し、それを走って追いかけてくる。

 

 それに対応する為に懐から銃を同化して取り出す。銃の爆散と同時に衝撃が先頭のクマムシを散らし、体を更に後ろへと押し戻す。その勢いのまま上昇し、飛距離を伸ばし、電線の上に着地する。

 

 それを千切る様に片手で握り、電線を通る電気の痛みに耐え、電気との同化を進める。体全体が帯電し始め、神経そのものが電気で刺激されるのを精神力で堪えながら破壊された銃を同化修復しつつ同化中の電気をつぎ込みながら、銃撃する。

 

 帯電した同化銃から放たれる弾丸が電磁加速を以って常識を超える速度と破壊力を得る。音速を越えた弾丸が銃を爆散させながらクマムシの大群を正面から貫通しながら爆散させる。しかし大方の予想通り、その全てを殺しきるには程遠い。

 

 とりあえず可能な殺害手段を一通り試したところで、本格的にこの少年が”不死”である事には認めざるを得なかった。少なくとも人体の破壊に特化した絶招、そして新しい技術で得た組み合わせも試したが―――耐電に耐火は間違いなく備えている。そしておそらくだが氷結が通じる相手ではなさそうなため、液体窒素を持って来て殺すという事もできなさそうだ。

 

 そもそも、クマムシという虫がそういう死に難い生物なのだから。

 

 迫ってくるクマムシの大群に対してもう一度、大きく後ろへと逃げる様に跳躍する。それを見たのか、クマムシが電柱の上で人の形を生み出し、少年の姿となる。此方も電柱の上に着地し、周辺から完全に他の虫憑きが姿を消しているのを確認する。―――仕方がないと言えば仕方のない話だ。此方がガン攻めをしているからこそそれなりに余裕があるが、一瞬でも気を抜いたりすればクマムシによって物理的に埋められるだろう。

 

 クマムシに。

 

 ―――この調子だと同化に対してもそこを切り離す事で対応しそうだな。参ったな、手段は思いついても実行する方法がねぇわ。

 

「っつーわけで、逃げます。そろそろ摩理ちゃんが心配しているだろうし」

 

 犬死と無駄死にするつもりは一切ない。摩理が死んでいるにせよ生きているにせよ、ここで自分まで死んでしまってはなんで虫憑きになったのかが分からなくなる。だったらここは冷静に考えて逃げるのが一番だ。

 

 このままこのクマムシ相手に消耗戦を始めるのも選択肢の一つだ。だがその場合は”夢”の消耗戦になってしまう。夢は同化を通して補充できるが、それは近くに同化できる虫憑きがいる場合に限っての話だ。こうやって先に餌を逃がされてしまうと夢は補充できず、夢の消費が激しくまだ慣れていない此方が先に自滅する。

 

 故に逃げる事が最善だと判断する。

 

 それを理解するかのように笑い、口を開く。

 

「逃げられるとでも?」

 

「近くに病院があって、今俺ってばたっぷり電気を溜めこんでるからちょっとエキサイティングしいてもいいんだけどなぁ! ちょっと頑張って光っちゃおうかなぁ! スパァァキング蛮族! ……してもいいんだけどなぁ! っかぁ! 逃がしてくれないならしょうがないなぁ! ちょっとスパァァァキング! しちゃおっかなぁ! それが原因で一体何人死ぬかなぁ!」

 

 ”不死の虫憑き”が黙る。それを肯定として受け止める。警戒を見せる事無く警戒しつつ、足場にしている電柱を蹴って少年の上を飛び越える様に反対側へと抜け、そのまま摩理が消えた方角へと疾走する。逃走をしながらもゆっくりと同化した金属をkらだからはがし、重量を落としながら駆ける。

 

 背後に遠ざかって行く特別環境保全事務局の気配を確かめつつも、走り、そして向かう。

 

 ―――最後に摩理の気配を感じれた場所に。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――大分特別環境保全事務局のいた場所から離れた。

 

 同じ市内ではあるが、もはや追ってこれない距離まで撤退した。同化していて無駄に体を重くしていた金属は全て吐き出し、左腕だけを金属化させたまま虫との同化を解除する。その結果左腕が生態的な義手、の様なものになる―――同化型は何でも媒体となるものが必要らしく、同化する度にメンテナンスが出来るのだからこれでいい、と思いつつ、

 

 最後に摩理の気配がした場所へ到着する。

 

 それは、何の変哲もない住宅街だった。破壊の形跡が一切存在しない、そんな住宅街。ここで摩理の気配は完全に途絶えていた。死んだのか、或いは生命反応が微弱すぎて気配を発していないのか。どちらかだが―――おそらく死んでしまったのだろうと、現実的に判断する。

 

「ふぅ―――……せめて死体だけでも探さなきゃな」

 

 呟き、同化を解除した虫―――トビバッタが肩の上に乗る。たくさん夢を食い荒らしたのにどうやらまだ夢を食い足りないらしく、探すなら同化しろと訴えかけている様にも感じる。

 

 ウザイので足を一本千切る。

 

 我慢は得意なのでダメージも平気な顔で受け流す―――決してダメージがない訳ではない。

 

「―――相変わらず君はホント意味が解らないな」

 

 その声に振り返れば、白衣の青年姿のアリア・ヴァレィがそこにいた。その両腕には力なく目を瞑っている摩理の姿があった。その姿を見て、口を開く。

 

「……死んでるのか?」

 

「いや、欠落しているだけだ。摩理は自分の死を理解していた。だから死ぬ直前にモルフォチョウに自分の夢を全て食わせ、それを次へ託した。欠落者となった摩理の肉体は限りなく死に近いが―――まだ死んでいない。時間の問題だけどね」

 

「なら問題ないな。このために虫ガチャしたんだし」

 

「君だけだろうなぁ、虫憑きになるのをまるでソシャゲの様に扱うのは……」

 

 アリアの前へと進み、摩理の体を受け取る。同年代の女の子にしても恐ろしく軽いその体は、明けたばかりの朝日を浴びてまるで燃え尽きたかのように、儚く見える。目の端に浮かんでいる涙を片手で拭ってから摩理の体を抱きしめ、

 

 再び虫と―――トビバッタと同化する。

 

 トビバッタが触手となって全身と同化し、虫憑きとしての能力、同化捕喰の能力が発動可能になる。それを利用して抱きしめる摩理の体を自分の肉体へ同化させ、取り込む。皮膚と皮膚が結合し、まるで沈み込んで行く摩理の体が完全に同化して消えるまで抱きしめ、同化を完了さる。

 

 完全に摩理の体内への格納が完了してから再び虫との同化を解除する。トビバッタから不満げなオーラを感じるので適当に空へと向かって投げ捨てる。

 

「……うし、これで摩理ちゃんの心臓やら肉体を修復できた。あとはモルフォチョウを確保して、アレを体内で摩理と同化させれば完全な状態で再生出来る筈……だ。初めての試みすぎて何がどうなるか解らないだんけど。とりあえず同化した分の摩理ちゃんの体の正常化は出来たから、あとは夢さえ戻せば元に戻る筈」

 

「すべて計算通り、か」

 

 アリアのその言葉に黙りながら空を見上げる。

 

 もう既に朝になっている―――何時の間にか夜通しで戦い続けてしまったらしい。もうしばらくすれば通勤の為に家を出るサラリーマンやらでこの住宅街も人で潤うだろう。その時までここにいたら返り血やらで酷い姿をしている自分は間違いなく通報されるだろう。それじゃなくてもここでぼうっとしていたらまた”不死”の少年に追撃されるかもしれない。

 

 今の摩理の同化分で割と夢に余裕がなくなってきているから、どこかで虫憑きを襲撃して補充する必要もある。

 

「ま、流石にこんなドタバタするのは予想外だったけどな。ガチャで出る虫も運だったし。狙ってエラーを起こす為に心臓止めて夢食わせたのも賭けだったし。それでも最終的に俺が勝ったって事はまだまだ俺には出番と役目があるって事なんだろうなぁー……」

 

 そうか、とアリアが呟く。

 

「君はどうするんだ? モルフォチョウを捕まえるのかい?」

 

「今摩理ちゃんを再生した所でまた特環の連中に狙われるだけだしな。それに摩理ちゃんが夢を託した子の事に関しても思う事があるし―――」

 

 ―――摩理ちゃんから色々と話を聞いておいてよかった。

 

 おかげで始まりの三匹、”不死”、狩り、と色んなところで話が繋がっているのを理解する。

 

「とりあえずはしばらくの間姿を消して、ちょくちょく特環とモルフォチョウの監視かねぇ」

 

「そうか……」

 

「サードちゃんは?」

 

「その言い方はやめてほしい―――いや、私は疲れたよ。……そろそろ静かに暮らして眠りたいよ」

 

「そっか」

 

 疲れたような表情でそう呟いたアリアを責めるのは少々辛かった。この存在は―――虫を産むには少々優しすぎた。溜息を吐きながら耳を澄ませば少しずつ朝の喧噪が聞こえてくる。これから始まる逃亡生活の事を考えたら、少々急いだ方がいいかもしれない。

 

 なんと言っても特環が来る前にアジトに爆弾を仕掛けておきたい。

 

 こう、突入したら爆発的なアレで。

 

 ―――うっし、悲しい事は忘れないようにしつつ、明るい事を考えて頑張るか。

 

「んじゃ、縁があればまた腹パンしに行くよ」

 

「もう会いたくない」

 

 ははは、と笑い声を上げながらアリアへと手を振る。一難去ってまた一難。特別環境保全事務局とはどう足掻いても敵対するしかない。

 

 それだけではなくあの”不死”を蹂躙する為のメタ手段もどこからか調達する必要がある。

 

 虫に食い殺されないように警戒し続ける必要もある。

 

 摩理を再生する為にモルフォチョウをどうにかする必要もある。

 

 人生、面倒な事にやる事だけはいっぱいある。しかしまだ摩理から告白の返事を聞いていないのだ。それを答えてもらうまでは死んでもらっては困る。

 

「疲れたけどやるしかない、か」

 

 呟きながら目的を果たす為、朝日が照らす世界へ夜の夢から抜け出して歩き始める。




 蛮族vs不死、勝者不死。どう足掻いても夢の消耗戦で負ける。

 と言うわけで誰もが予想していたついにヒロイン同化しやがった感じで、よーやくbugが始まりそうな感じです。閑話いれたらbug本編はじまりますよ。まぁ、どうせ1日1更新なんだけど。

 ぶっちゃけ、このプロローグ部分あってもなくてもいい気がするけど。

 夢を食われる事を虫ガチャと呼ぶ。


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閑話
少女の見た最期の夢


「俺、あの悪魔と天使の本嫌いだわ」

 

「私の一番好きな本なんだけどアレ……」

 

 ―――そういえばこんな話をしたことがあった。主義や主張に関しては暗黙の了解とも言うのか、お互いに話す事はなかった。だけどそれに近い事を触れる時ならあった。その一つが、一番好きな本、”魔法の薬”に関する事だった。彼は以外にも乱読派である事がこの時解ったが、それよりもショックだったことは彼がこの話が、本が嫌いだと言ったことだった。それが認められなくて、頬を膨らませながら怒った覚えもある。

 

 それに対して困ったような表情を浮かべながら彼は齧っていたドーナッツから口を、離し申し訳なさそうに言葉を繋げた。

 

「いや、だってさ……悪魔の薬か天使の薬―――二択で妥協するのっておかしくないか? ん? 俺はそんな理不尽な選択肢嫌だぜ。だから悪魔と天使がそれぞれ薬を用意して来たらこう言うんだ、”おい、悪魔のクソ野郎と天使のペテン野郎。お前らお腹寂しそうだな!”って感じに腹パンして上下関係を教え込んでおくんだ」

 

「なにそれ」

 

「何って……暴力?」

 

「違う、そうじゃない」

 

 半眼で彼を睨むと、彼はそうだなぁ、と勿体づける様に言葉を前置きする。彼の悪い所だ。そういう風に会話を伸ばそうとする事が多々ある。何時もはズバ、っと会話に斬り込むのに、興味がある時に限って焦らすような癖がある。そこら辺に関しては少し、卑怯だと思う。だから何時も通り彼はいいか、と言葉を置いた。

 

「目標があるんだったらそこで妥協しちゃ駄目でしょう。頑張って、頑張った結果力尽きて倒れるのはいいけどさ、楽なアイテム用意されてそれに逃げるってのはかっこ悪いだろ。悪魔と天使が出てきてくれたんだぜ? だったら大体なんでもありえるんじゃないか、クッソくだらない薬でラリるぐらいだったら死ぬ事前提で諦めずに足掻く方が好みって話」

 

 だってほら、

 

「死亡確定で忘れられない薬。誰かに成り替わる事で生きる薬。どっちもクソでしかないなら、第三の選択肢を求めたいじゃない? ―――じゃあとりあえず俺がチャンピオンだ! 的なノリで悪魔と天使ぶっ倒してもっといいもん持ってないか探ろうって感じ」

 

「なんか話がえらく現実的ね」

 

 その時は呆然としながらも怒って、彼の言う事に反発した。馬鹿みたいだと。そんな力も体力もないのだから選べない、と。

 

 しかしきっと―――彼はそういう道を選んだ人なのだろう。妙に言葉に実感がある、というよりはそれを選んだから今もそうしている。そんな感じがした。いや、きっとそうなのだろう。彼が”蛮族”というスタイルを追求しているのは、諦めずにひたすら笑って抗って行く事を選択したからなのだろう。そしてそれだからこそ、彼は何時死んでも笑いながら祝福するのだろう。

 

 生きるも死ぬもまるで祭の様に賑やかに過ごす、そんな彼が羨ましく、そして眩しかった。

 

 殺したいほどに嫉妬した。

 

 きっとそんな心はバレていた。彼女はきっとそんな私の心を知らないだろうし、疑いもしないだろう―――だから彼女の前では薬を飲んでもいいかもと思ってしまい、彼の前では薬を飲まない事を選ぼうとするのだろう。ブレブレの内心はこの数か月で急速に感じ、増え始めた感情から来るものだ。

 

 それが増えれば増えるほど苦しくなって行く。

 

 だけどそれを大事にしなくてはならない。死の間際になってから漸く気付くようになってきたのだから。痛みも、嫉妬も、喜びも、哀しみも、それは自分だけ―――花城摩理にのみ許された感情であり、思いであり、

 

 夢なのだ。

 

 誰かに成り替わって夢を見続ける事は出来る―――けど同じ夢じゃない。

 

 忘れられない様に祈って夢を抱きながら眠る―――誰も同じ夢を抱けない。

 

 諦めたくない。死にたくない。消えたくない。この夢だけは花城摩理の物なのだ。花城摩理だけが抱く事の出来る夢。共有しても教え合っても、決して夢が同じになる事はない。だからそれを虫たちは嬉々として貪るのだ。夢は貴重であり、美しく、だからこそ美味い。

 

「死に……たく……ない、なあー……」

 

 ずっとそう思ってきた。今でもそう願っている。だけどその方向性は少しずつ変わってきている。絶望している心が新たな感情を覚え、それを吸収してさらに絶望した―――だけどそれで終わりじゃない。終わりたくはない。

 

 まだ薬を飲むかどうかは選べない。

 

 だったら、もう少しだけ、第三の道を探してもいいんじゃないだろうか……?

 

「諦、め……な……い……諦め、き、れ……な、い……」

 

 全力を尽くして死ぬなら笑って死ねる。だけどまだできることがあるのに諦めるのは怠慢である。それをおそらくこの地上で誰よりも面白おかしく生きている彼から学んだ。彼女からは日常の大切さを、そこへの渇望の強さを学んだ。

 

 あの日常へと帰りたい。

 

 まだ全力を出していない。

 

 諦めたくはない。

 

 ―――亜梨子とはまた会う約束をした。

 

 ―――比呂の告白にはまだ答えていない。

 

 学校の校庭を全力でマラソンしたい。部活で全力で活動したい。公園で小さな砂の城を作ってみたい。最近流行りのレストランでデートとかしてみたい。ウィンドウショッピングでぶらぶらと一日を潰したい。友達の家へ遊びに行きたい。夏になったら海へ行ってスイカ割りをやりたい。春になったらピクニックへ出かけたい。秋になったら紅葉狩りに山へ登りたい。冬になったら積もった雪で雪だるまを作って転がしたい。

 

 やりたい事が、

 

 諦めたくない事がいっぱいある。

 

 ―――だったら、黙って死を迎える訳にはいかない。

 

「―――モルフォチョウ、夢を食べさせてあげる」

 

 体は動かない。起き上がる力がなければ動く力さえない。残っているのは意識を保つだけの力だ。それも大分弱くなってきている。だから必要最低限の身体機能を残し、それ以外、必要のないものをカットして行く。初めての試みだが、出来ない筈がない。自分は天才であり、化け物なのだ。

 

 出来るという事を自覚しろ。

 

 味覚、嗅覚、触覚、そして視覚が極限まで抑え込まれる。その分、体を維持するリソースが浮く。それを意識的に分配する。最後に見た光景はモルフォチョウの赤く染まった目―――成虫化を目指す怪物の目、それを一切恐れずに、

 

 自分の持つ夢に記憶を、魂を編み込み、それを食いきれぬ密度と濃さで練り上げる。

 

「成虫化……できる、な、ら……出来るといいね?」

 

 繋がっているからこそ解る。モルフォチョウが夢を食いきれぬことに困惑している。だが当然だ、喰いきれるわけがない。虫如きに、この生きたいという気持ちを喰えるわけがない。食べようとして吐いたって無駄だ。もう止められない。諦めないと決まったら、諦めない。

 

 自分と言う存在を欠落者に変え、存在をモルフォチョウへ刻む。

 

 生きたい、その気持ちでモルフォチョウは生まれた。

 

 なら、

 

「―――死ん……で、も、夢は……おわら、ない……!」

 

 意識が消えて行く。いや、夢が消えて行く。欠落者、という絶望へと自分から落ちようとしているのが解る。

 

 だが自分の思惑通りに、計算通りに事が進めば―――欠落する事で命だけは助かる。

 

 このボロボロの体では成虫化したくても無理だろう。

 

 夢がなくなって欠落した体は最低限の機能を残して稼働を続ける為に短い時間だが、寿命を延ばせる。

 

 きっと、彼がその間に何かしてくれるに違いない。毎晩違うお菓子を持ち込んできたように、そこらへんの期待だけは裏切ったことがないのだ。

 

 だから、

 

 夢を全てモルフォチョウに食わせ、

 

「―――お休み亜梨子、比呂―――」

 

 最後の夢を見た。

 

 それはとても暖かく、幸福で、

 

 ―――救いが欠片もない虫と人の夢を。




 欠落者つっても命令があれば動くんだよなぁー。

 閑話なので短め。次回からbug本編時系列ですよ、っと。


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夢の胎動
一匹目


 蒼穹が大空を支配している。

 

 何処までも広がって行く大空の下でへたくそな口笛を吹きながらバケツ、そして竿を片手に歩き、予めチェックしておいた川まで移動する。街の中心を分断する様に流れるその川、中流らへんで適当に椅子を用意し、座って釣竿の糸を垂らす。勿論釣竿の先には餌がついている―――川に魚がいるとは限らないが。

 

「なぁ、太公望ごっこを今してみてるんだけど、もしかして太公望ってドマゾだったのかねぇ。そこらへんどうなんだろ―――摩理ちゃん」

 

 視線を右横へと向ける。そこには短パンにシャツとジャケット、マフラー、と知っている人がいれば”ハンター”と呼ばれていた摩理の姿を思い出すだろう。しかしその眼には色はない。その顔に表情はない。摩理に常に付き従っていた虫の姿もない―――欠落者、夢を失って感情や能動的な思考能力を失った人間。今、摩理はその状態にある。話しかけても答えはない。体に触れても反応はない。全て受動的に対応するだけの肉人形、それが今の花城摩理という少女の正体だった。一度同化して同化している最中に体内の欠損器官や異常器官を修復し、体を健全化した。

 

 だからと言って夢が帰ってくるわけではない。摩理は再び夢を得るまでは欠落者としての人生を送る。

 

「ん? やっぱり摩理ちゃんも太公望はドえらいドMだったと思う? やっぱ俺もそう思うわ。それでもなかったら凄まじい狂人だよ。釣れない釣竿で吊して魚じゃなくてお前をフィィィッシュ! ってどういうことだよ。やっぱ道教の先任ってのは頭おかしいな、仙術ならちょっとだけ齧ってるけど」

 

 齧っている、というよりは見て覚えただけだが。

 

 自分も摩理の様な天才-怪物型の人間に入る。”やろうと思えば出来る”という風に生まれてしまった人間。今使っている戦闘技術だって適当に見て、それを軽く練習したら出来た、と言う風に覚えたのだ。経験すればするほど加速度的に強くなって行く怪物、

 

 生まれる事が間違いだった、と言える様な怪物が俺達になる。

 

「なんだかなぁ……世の中めんどくさい事ばかりだよな、摩理ちゃん。ウン、ソウダネヒロクン。だよな、そうだよな。やっぱそう思うよな」

 

「―――お前一人で何喜劇をやってるんだよ……」

 

 あん、と声を出しながら後ろへと視線を向けると、そこには屈強な男の姿があった。背は高く百九十を超える長身を持っている。黒髪は短く切りそろえられ、涼しくなってきたこの季節にカーゴパンツとタンクトップという格好をしている。ファッションよりは動きやすさを重視した格好だった。筋肉隆々の男は腕を組みながら飽きれた表情を浮かべている。

 

「いや、何って太公望ごっこ。ついでに太公望ドM説を世に打ち出していた」

 

「よっし、おじさんには最近の若者が何を考えているのかが全く分からないって事だけがよーく解ったわ。まぁ、おじさん無職から脱出できたからなんでもいいんだけどさ」

 

 そう言うとどこからか運んできたのか、釣り用の椅子を横に置いた男はそこに腕を組んで座り、煙草を咥えて火をつける。慣れた仕草からこの男が煙草を吸う事には慣れているという事が良く解る。個人的には煙草に関して思う事は特にない、というより不良側の人間なので割と吸い慣れていたりもするが、そこまでこだわる部分がある訳でもない。つまり押し付けないならそれでいい、と言う程度の認識だ。

 

「んで、なんか釣れそう?」

 

「魚の気配ないしなぁ」

 

「まぁ、ドブ川みたいなもんだしな」

 

 つまりこんなところで釣りをしていてもまったくの無駄。時間の浪費でしかない。それを横で無表情で眺めている摩理も心なしか暇に見える―――が、これでいいと思う。生物上、無駄を愛して無駄を実行する生物なんて人間ぐらいなのだ。たまには少し、文化的な事に手を出すのって悪くはない。何より特別環境保全事務局と殴り合っているだけなのも割と疲れるのだ。殺しても殺しても次のやつが来るのだ、キリがないのだ。

 

「おっと、そうだった。えーと……一之黒亜梨子ちゃん? だったっけか? 彼女の周りに関していろいろ変化が出てきたぜ。と言うわけでお待ちかね報告タイムだ」

 

 おぉ、と呟きながら片手で釣竿を握ったままポケットに手を入れ、そこから飴を一個取り出し、口の中に入れる。梅の味の飴はこの季節だと割と珍しいものだ。個人的には好きな味の一つなので寂しい気分もあるが。

 

「―――さて、例の嬢ちゃんだが最近まではホント平和だったらしいな。ただ”大食い”によって彼女の近くの人間が虫憑きになって、そっからなし崩し的に虫憑きに関わるハメになっちまったらしいな。ちなみにもう既に特環の野郎共が出動して問題に対する対処は終わった。聞いて驚くなよ? なんと動いたのはあの火種一号同化型”かっこう”だって事だ」

 

 火種一号同化型”かっこう”。現在存在する虫憑きにおいて最強と呼ばれる存在。その能力は既に広く知れ渡っている。コードネーム通りの”かっこう”を自分と、そして銃と同化する事で戦闘力を上昇させる純ファイター。自分の様な無差別な同化能力はないし、摩理の様な特殊な能力をてんこ盛りで保有している訳ではない。

 

 ある意味”それだけ”としか評価できない虫憑きとしての能力。

 

 が、そうであっても”かっこう”は最強の虫憑きとして呼ばれている。その経歴を、戦果を確認すればそうとしか納得できないものがある。ともあれ、その最強の虫憑き”かっこう”が亜梨子のそばについたという事は、

 

 亜梨子に付いている、あるいは憑いているモルフォチョウ、”摩理”の存在に特別環境保全事務局が一年越しにようやく気付いた、という事なのだろう。そうでもなければ担当区域から”かっこう”を外して、ただの虫憑きの討伐を通してモルフォチョウの現在の主、亜梨子と会わせる事なんてしない。

 

 ―――一体これは誰の考えた、誰の描いたシナリオだろうか。

 

「やだなぁ、めんどくさいなぁ。頭が良いのってメリットの様でデメリットだよな。理解するのはいいけど賢すぎるとめんどくさい。考えるよりも早く答えばかり出てきてしまう。あー、やだやだ。ゲームマスターよりはプレイヤーとして悩む方が好きなんだけどなぁ、俺は」

 

「おじさんにはそういう難しい話は分からないけど、とりあえず話を続けるぞ? ともあれ特環の連中はモルフォチョウを確認してその異常性に気付いたから”かっこう”を監視任務につけたそうだ。まぁ、今ん所はそれだけだが、モルフォチョウを追っかける動きが特環内部で出来ているようだから、関わろうとすればたぶん網にかかるぞ。何より相手はあの”かっこう”だしな」

 

 ”かっこう”かぁ、と呟く。まぁ、いずれは戦う時が来るだろうとは思う。少なくとも摩理の体は此方が確保しているし、最終的にはモルフォチョウをも確保する必要がある。モルフォチョウと摩理を同化させ、モルフォチョウが喰らった夢を摩理へ再同化させる―――おそらくこれで摩理を欠落者から蘇らせる事が出来る筈だ。ただ、今はまだその時ではない。

 

 おそらくまだ”ヤツ”にとってもこれはシナリオの序盤でしかない。ともなれば、まだ動いてはいけない。最終的に勝利する事を狙うなら”全てで勝利する”事を目指さなくてはならない。それは途中で戦闘で敗北してでも達成すべき事だ。

 

 ―――めんどくさい。

 

「考えたくなーい、悩みたくなーい、悩みのない人生をくださーいー。俺に! ひたすら! 敵と気軽に殴る事の出来る相手をください……!」

 

「切実に一体何を願ってるんだこの狂人め。つかいいのか、放っておいたらたぶん、あの嬢ちゃん特環にいつか虫憑き認定されて取り込まれるか消されるぜ。連中のやり方は良く理解しているだろ? それを容赦なく実行する為に”かっこう”を置いているんだろうし」

 

「いや、だってシンプルに何も考えずにヒャッハーできる人生とか最高だろ? 考えるのが嫌で好き勝手やる為に蛮族やってるんだし。つーかアレよ、まだ会ったことないけど”かっこう”や特環が亜梨子ちゃんをどうこうするってのはまだまだ心配しなくてもいい話だよ。舞台に役者が足りないし。それに今舞台に上がっても失敗するだけってのが見えるからな。俺の出番はもっと混沌してからだわ」

 

「はぁ、まぁ、解ってるならそれでいいんだけどさ」

 

 感覚的なものだから言葉に説明するとなると難しい。だがあるのだ、”今こそ!”という感覚が。

 

 まぁ、今は超関係のない話だ。

 

 そんな事を思いつつ釣竿を一度引っ張り上げ、張りに引っかかったごみを川の中へと投げ捨ててから再び釣竿を下ろす。そうやって目を閉じ、そして思う。

 

 ―――摩理が欠落者になってから一年近くが経過した。

 

 

                           ◆

 

 

 摩理が欠落者になった。死にそうだったのをそうする事であと一歩、と言う所で抑え込んだ。それはいい、何故なら生きているならどうとでもなる。実際、摩理を治療する事に成功したし、元に戻す方法も見通しが出来ている。だがそれはそれとして、

 

 自分と特別環境保全事務局を取り巻く環境はさらに面倒に、そして複雑になっている。

 

 まず最初に火種一号として指定されたことにより、常に特別環境保全事務局に敵として認識、追われる身分になった事。それにより今まで使っていたIDや身分は全く使えないどころか銀行の口座まで開けなくなってしまった。アジトだった場所も既に逃げる為に爆破済みだったりする。自分の生活はガラっと変わってきている。完全に夜型の人間だった筈なのに、昼間の内に歩いたり逃げたりしないといけない様になってしまった。

 

 めんどくさい。

 

 定期的に来る特別環境保全事務局からの襲撃者も問題だ。どうやっているのかはわからないが、此方の存在を感知して追いかけてきている様であり、その度に戦闘するハメにもなっている。まぁ、面倒な話ではあるが楽しい事でもあるのは認める。しかし、満たされない。

 

 燃え行く青播磨島。暴れる炎の魔人。”不死”との接触。特別環境保全事務局との戦い。虫憑きの居場所を作ろうとしている集団からの勧誘―――この一年で色々なイベントがあった。それに関わっても、全くと言っていいほど後に影響は残していない。残せていない。

 

 この一年、一体何をやっていたのか?

 

 ―――答えはほとんど何もしていない、となる。

 

 ”不死”の殺し方や戦い方の勉強、医学書を読んだり兵器の造形に関して学んだり、と多少の勉強とかは忘れていない。しかし結局、大勢を決める様な事には一切手を振れていない。やっていたことは本当に欠落者となった摩理を肉体的に修復し、そして好き勝手日本を歩き回る、それだけだったのだから。

 

 つまり、何の解決も進展もしていない。

 

 

                           ◆

 

 

「んー、暇だなぁ。やっぱ昼間はテンションが上がらないなぁ……。”傭兵”のオッサン、ちょっとほら、コンビニまでパシって来てくれないかな。珈琲を10缶ぐらい買って来てくれないかなあとは目が覚める系アレを。四足歩行で」

 

「なんでそんな無駄にダイナミックなお使いをおじさんに頼みたいんだよ。つか眠いんだったら普通に眠れよ!! おじさんも報告終わったから部屋に戻ってAVを見ながら午後を過ごすって予定が入ってるの!」

 

「摩理ちゃんそこ睨んでー」

 

 欠落者摩理が”傭兵”を軽蔑するかのように睨み、無言で”傭兵”が両手で顔を抑えて泣く。なんでそんなにメンタル死んでるんだおっさん、と口に出さずに言い、軽く溜息を吐きながら飴を噛み砕いて飲み込む。

 

「しっかしなぁ、ほんとなんで気持ちよく暴れさせてくれないんだろう。いや、まあ、法律がどうとやらって訳じゃないんだけど……あぁ、いや、うん、そういうシナリオなんだろうし、そういう展開なんだけど。俺はもっと、こう、最初からクライマックス! って感じの方がもっと好きなんだよなぁ」

 

 欠伸を漏らしながらどうなんだ、と声を漏らす。

 

「なぁ、お前はそこらへんどうなんだよハルキヨ」

 

 軽く後ろへと視線を向ければ、何時の間にかそこにはコート姿の成年が立っている。ギラつく目で此方へと視線を向け、笑みを浮かべる。

 

「ってぇ事は”蛮族”と”ハンター”でいいんだな?」

 

「もっとフレンドリーに蛮ちゃんでもいいんだぜ」

 

 意外と太公望のマゾ式釣りも効果があるもんだなぁ、なんてことを思いつつ釣竿に重い反応が来る。お、と声を漏らしながら釣竿に力を入れ、そこに引っかかった存在を力任せに引き上げ、

 

 ―――そして針から抜ける様に飛び込んでくるその姿をキャッチする。

 

 アザラシだった。

 

 それを”傭兵”とハルキヨの三人で眺めて数秒、”傭兵”が口を開く。

 

「それ、最近ニュースでやってた川に入り込んできた野生のアザラシ……」

 

「―――確かアザラシって食えるよな」

 

「なんか俺抜きで楽しそうにしているのが悔しい、俺にもアザラシくれよ」

 

 

                           ◆

 

 

 花城摩理が欠落者となって一年。

 

 漸く、夢の続きが始まる。




 蛮ちゃん
  この一年間欠落摩理ちゃんと日本中をデートという旅をしていた。

 ”傭兵”さん
  無職の傭兵さん。虫憑きではない三十路。趣味はAV鑑賞。

 アザラシ
  おいしかった


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二匹目

 ―――アザラシを食べた結果、肉が生焼けだったこともあって全員その場で倒れる。

 

 数時間後、まともなレストランで食事する事が決定した。

 

 

                           ◆

 

 

 落ち着いた音楽が流れる中華料理屋のテーブルの席についているのは自分、”傭兵”、世果埜春祈代、そして欠落者摩理の四人となる。既にテーブルについてから一時間が経過している事もあり、様々な料理がテーブルの上に並んでいる。既に空になっている皿もあるが、それを一瞥してから更にメニューから二、三品程適当に頼んでおく。”傭兵”はチンジャオロースを皿ごと自分の所へと持って行くように食べ、世果埜春祈代もご飯を丼でもらうと、それに麻婆豆腐を全て乗せ、箸で口の中に入れられるだけ入れて頬張っている。それに負けぬように、こっちもこっちで、片っ端から豚の角煮を生地で挟んで口の中に放り込み、食べている。

 

 敵も味方も疑う事も悩む事も、そんな事が一切ない、ひたすら食べるだけの満たされた時間がしばらく続いた。割と真面目にアザラシを食べた事を後悔しつつ、その味の被害を忘れる為に中華料理を口の中へ放り込み、そしてそれを腹の中へと流し続ける。特に虫憑きとなると消費するエネルギーが尋常ではない。元々大食いだった事を含め、同化型である事もあり、そして摩理を維持する為に摩理と虫の分の食事をしなくてはならなく、

 

 食べる量は昔の数倍になっている。豚の角煮を食べ終わったら炒飯を皿ごと握って蓮華で一気に全部平らげる様に口の中に流し込み、口の中が少々パサついたらお茶を一気飲みして潤す、テーブルの上の料理が減る度に適当にメニューからランダムに頼み、また料理を補充させる。

 

 ひたすらそれを続け、テーブルの絵の料理が半分ほど消えたところで、漸く箸や蓮華の動きを止める。

 

「んっまぁーい! あぁ、生き返るわー。やっぱその場のノリでアザラシなんか食うんじゃなかったね。まさかその場でハライタになるとは予想できなかったわ……つかお前だよハルキヨ! ”火力には自信があるぜ!”とかお前が言うからアザラシを焼くのを任せたんだよ! なのになんで生焼けだったんだよ! お前一回料理のイロハを学んで来いよ!」

 

「はぁ!? 何言ってんだよお前! ”俺知ってるぜ、料理ってじっくり弱火で焼くもんだろ?”とか言ってたのお前じゃねぇか! 弱火にして焼いて我慢できなくなって食ったからお前も共犯だよ! 俺一人じゃなくてお前も学びなおせよ!」

 

「おじさんだけ完全にとばっちり」

 

 自分からアザラシを食べたのだからそれだけは絶対にない。途中、見物客が悲鳴を上げていたような気もするが、これもしかして明日のニュースになるんじゃないだろうか。もしかしなくてもニュースになるだろう。そしてそれでブチギレた特別環境保全事務局がまた遊びにやってくるのだ。考えずに行動すると何時もこんな風に連中を呼び込んでしまう。解っているが楽しいのでどうしようもない。

 

 とりあえず、店員にテーブルが寂しいと言って、追加で料理を持ってこさせる。先程までの様なものスゴイ勢いで食べる事はなく、今度は話す程度の余裕を持って食べる。

 

「んじゃ改めて自己紹介すっか。人間、自己紹介程度ができなきゃ社会に進出する事もできないからな。だから挨拶は超大事だ。挨拶の出来ない奴は出会いがしらにリンチされてもしょうがないほどに」

 

「その挨拶に対するこだわりは一体なんなんだ」

 

「とりあえず、もう知っているとは思うけど火種一号指定同化型虫憑きの”蛮族”です。どーもよろしく」

 

「世果埜春祈代だ。もう言ってるけどハルキヨでもいいぜ。かっこいいけど長いから」

 

 ”傭兵”が生温かい視線を世果埜春祈代へ向けているのは、間違いなく少年時代を思い出し、そして世果埜春祈代のセンスに関する部分を感じ取ったからだろう。自分もまだちょっとだけそちらに足を突っ込んでいる感じがある気がするが、どちらかというと完全にヒャッハー枠なので厨二的な波動は少ない。というより厨二ごっこするぐらいだったら笑いながら路地裏で喧嘩をする中学生時代だった。

 

 改めて考えると酷い中学時代だった。おい、お前ジャンプしろよを普通にやっていたのだから。

 

「えーと、とりあえずハルキヨ君も俺の事もう言ったけど蛮ちゃんでいいよ。なんか蛮族って言われるのは嫌いじゃないけど最近だとそう呼んでくるの敵ばかりだし。だからと言って本名を教えるのも最近色々とアレだし。こう、最近の特環にはフレンドリーさが足りないな! お前敵だけどフレンドリーに殺してやる! って感じの精神が足りないな! どいつもこいつも未来を全く見てない奴ばかりで相手するだけ疲れるわー」

 

「発言がすっげぇジジ臭いのはこの際無視しておくな? とりあえず青播磨島でアリア・ヴァレィに会った」

 

「あー……」

 

 それで大体察した。青播磨島―――それはもはや地図から消し去られた島であり、アリア・ヴァレィが特別環境保全事務局から逃れて平和に暮らす為に隠れていた場所でもある。しかし、それはバレてしまい、特別環境保全事務局による焦土作戦が実行された。自衛隊、そして虫憑きという二段構えの布陣により爆撃と集中砲火、完全殲滅が実行された。そして、地図から青播磨島という島は完全に消滅した。同時に全ての記録からも消去され、人の記憶からも消える様に消去された。

 

 そこに炎を操る一号指定が暴れた、という情報は”同化”した虫憑きの記憶からサルベージしている。だからそれが目の前の青年、世果埜春祈代である事にも結び付く。あの時、一応自分も青播磨島にはいた。しかし相手にしていたのは青播磨島に上陸していた虫憑き達ではなく、爆撃等の攻撃を行っていた自衛隊の方に攻撃していた。

 

 アリア・ヴァレィと会った、という事は世果埜春祈代が青播磨島の方で虫憑きを相手に戦いながら接触した、とかそういう感じなのだろう。ニアミスというやつだ。

 

「なんかアリアのヤツ言ってたか?」

 

「あぁ、なんか”ハンター”に不埒な事をしていたら遠慮なく殴り飛ばしてくれ、だとよ」

 

 そう言って小さく笑いながら、摩理へと視線を向ける。摩理、というよりは欠落者摩理―――摩理の”ぬけがら”だ。とはいえ、これが大事な摩理の体である事に違いはないのだ。となると大事に扱うしかないし、実際今までそうしてきた。空っぽになった心は産めればいい、という理論で日本をぶらついたりもしたが―――結局何も変化はない。だからこの一年は本当に無駄なだけだったが、それはそれで楽しかったから良いと思う。とりあえず、今の所摩理は何も食べていない。欠落者である故、能動的に行動は起こさない。だから箸で適当な料理を持ち上げ、それを摩理の口へと運んで食べさせてあげる。

 

 そうしないと摩理は食べる事が出来ない。一人で体を洗う事もトイレへ行くことも着替える事も出来ない。

 

 これが虫憑きのなれの果てだと考えると首を吊りたくなるのは誰もがそうだろう。

 

「……”ハンター”なら俺の願いを満たせると思ったけど、どうやらそう言う風にはいかないようだな。チッ、期待外れ―――というわけか?」

 

「まぁ、アリアに何を言われたかは知らないけど、今の所”ハンター”って呼べる虫憑きは二人存在するんだよ」

 

 その言葉に世果埜春祈代がほう、と言葉を口から零す。

 

「その様子から察するに戦いたいんだろ? そういう気配があるし、何よりも戦い慣れている体をしているし。だから教えてやんよ。現在”ハンター”は二人存在している。一つはここにある欠落者摩理、欠落者になってしまった摩理、その体だ。そしてもう一つは―――摩理から自由となって解放された摩理の虫、モルフォチョウだ」

 

 世果埜春祈代が今言ったことを飲み込めるように数秒言葉を止め、そして世果埜春祈代が飲み込んだかのように頷いたのを見て話を続ける。途中で疑問を挟み込んでこない辺り、視聴者としては優秀だと判断しておく。

 

「―――そしてこの二人目が現在の”ハンター”としての本体だって言える。摩理の願いの関係でモルフォチョウは摩理の死をトリガーに摩理から離れ、そしてその親友へと取りついた。そのモルフォチョウの中には摩理の夢が、心が、そして記憶が詰まっている。つまりモルフォチョウは外付けHDDの様に機能している訳よ……ここまで言えば大体解るか?」

 

 成程な、と世果埜春祈代が呟く。

 

「つまり”ハンター”に会いたきゃそっちへ会いに行け、って事か。つか死んだんじゃねぇのかよ」

 

「そこらへんは説明がクッソ面倒だから省いてやってるんだよ、察せよ―――あ、すいません! 胡麻団子……あぁいや、クソ、面倒だ。すいません、デザートメニューをリストから片っ端人数分お願いします。あ、はい、出来るだけ早くお願いします」

 

 厨房の方から発狂する様な悲鳴が聞こえるが、お金はちゃんとキャッシュで持ち歩いているのだ。虫憑きになって、一号指定になって、そして指名手配されてからはカードやクレジットなんて使えなくなっている。そのせいで信じられるのはキャッシュだけなのだ。辛い現実だが、定期的に特別環境保全事務局のお金のある銀行を襲撃しているので、実はそこまで貧乏ではない。

 

 しかし、現在の状況は割とややこしい。亜梨子にモルフォチョウがついているが、そのモルフォチョウはおそらく摩理が死んでいると判断しているだろう。そしてそのモルフォチョウ内で眠っている摩理もまた、体の方は死んでいると思っているだろう。ここで俺が亜梨子やモルフォチョウ内の摩理にいきなり会えば、余計な混乱や暴走を引き起こしかねない。もっと事を段階的に進める必要がある。

 

「つかおじさん、さっきから静かだけどどうしたんだ」

 

 横でおとなしいおじさんへと向けると、スマホを片手に弄っている姿が見え、

 

「ん? あぁ、今春のイベントだから暇がある内にイベント進めておこうかなぁ、って。おじさんこう見えて課金兵だから」

 

「傭兵で課金兵とかもう救いがないな」

 

 スマホを軽くのぞきこんでみると百万以上の金額がチャージされていた。自分でも割とゲーム等は遊ぶ方だが、そこまでチャージして使いきれるのか、という疑惑は会った。何やらスマホに映っているアイドルに向かってロシア語で返事を返しているが、本人が幸せそうなのでそっとしておく。きっと、これがダメな大人の一例なのだろう。

 

 と、そこで死にそうな顔の店員がデザートをフルセットで運んできた。テーブルの上を綺麗にしてからそれを並べ、荒い息を吐きながら店員が床に倒れ込み、厨房から出てきた料理人に引きずられる様にそのまま退場する。そう言えば物騒な事ばかり秘匿とか考えずに喋っていたが、何時もこんな感じだし問題ないな、と結論付ける。

 

「ふん……」

 

 胡麻団子を二個口の中に放り入れながらそう世果埜春祈代は息を吐く。

 

「青播磨島から持ってたけど、なんだかめんどくせぇ流れになってるな、これ」

 

「虫憑きになった時点で大分めんどくさい事になってると思うけどな」

 

 蓮華に乗せた杏仁豆腐を摩理の口へと運び、それを食べさせながら面倒なのは嫌だ、と呟く。喧嘩は好きだ。楽しく喧嘩するのが好きだ。殴り合った後笑って床に転がる様な戦いがしたい。だけど世の中、力を認めない連中が多い。そして力に対する制約も多い。実に面倒だ。

 

「因果応報、って奴かなぁ。面倒なのは嫌なんだけどね。何も考えずに頭の中を空っぽにして、大笑いしながら楽しく殴りあえるのが理想なのに、それを目指そうとすればするほど何故か面倒事ばかり絡みついてくる。なんで気持ちよく喧嘩させてくれないんだろうなぁー。特環潰したとしても出来る訳じゃないし」

 

 好き勝手に今でも生きている。

 

 だけど、それ以上しなくてはならない事がある。

 

 それが面倒なのだ。

 

 だけど、

 

 ―――与えられたご都合主義に満足する様なクソの様な展開はいらない。

 

 死ね、死んでしまえ。何故そんな事で満足しなくてはならないのだ。与えられたものに妥協なんてしてたまるか。ご都合主義なんて絶対に認めない。エンディングは泥水を啜りながら自分の両手で掴みとる事に意味があるのだ。

 

 だから面倒だけど、それでもがんばれるのだ。全力を尽くすに値するのだ。

 

「んー―――となると直接赤牧市に直接行くしかねぇか」

 

「今あそこには”かっこう”がいるらしいからタイミングが会うか挑発できれば腹パンできるかもしれんね。あ、会ったら俺の代わりに腹パンしといて。こう、”摩理ちゃんマインドの近くに居やがってクソヤロウ!”な感じに」

 

「お前ら同じ様な事言ってるな」

 

 虫憑きとして考えれば親と子なのだからそんなもんだろう、と納得し、

 

 世果埜春祈代の物語への参戦に、少しずつ部隊が出来上がって行くのを感じる。世果埜春祈代―――火種一号がモルフォチョウに近づけば、それだけ特別環境保全事務局の警戒は上がり、そしてその周辺は更に混沌とし始める。

 

 まずは一手―――モルフォチョウ内の摩理を活性化させ始める事からだ。




 ”傭兵”さん
  オススメはロシアの子らしい。お給料はいっぱいもらっているけどがちゃで溶かすタイプ。なお運は死んでいるらしい。

 摩理ちゃん
  無表情であーんもぐもぐ、介護され系ヒロイン


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三匹目

 世果埜春祈代とエンカウントしてから一週間。

 

 世界は割と平和だった。その裏で”かっこう”やら亜梨子が命懸けで頑張っているのは知っていても遠くで笑っている事にした。

 

 ともあれ、床に座らせた摩理の背後に今、座っている。

 

 男の自分とは違って、摩理は女だ。欠落者となるとそこらへんの手入れを自分では出来なくなるため、誰かが代わりにやらなくてはならない。出来る事なら美容室へと連れて行って面倒を見てもらいたい所だが、欠落者をそんなところへ連れて行くのは割と無理な事だ。だから摩理の髪の手入れ等は日課だったりする。一ヶ月目は本を読んだりして、色々と覚える事もあったが、そこらへんはしっかりと学ぶ気さえあれば問題はない、簡単になれる。あまり難しい事は出来ないが、それでも髪を整えるぐらいは出来る様になっている。ブラシなどを使った手入れで自分の良く知っている摩理の髪型をそうやって維持する。

 

「飽きないなぁ、大将」

 

「好きな子の髪はずっと弄っていたいもんよ。あぁ、それはそれとして汚い思い人の姿を見たくはないというのはあるじゃん? まぁ、そういう事だよ。それに少しはこの状況に関する責任感を感じては―――ないなぁ、まぁ、好きだからやってんだよ」

 

「ほー、あ、テレビつけるな」

 

「あいよー」

 

 鼻歌を浮かばせながら無反応無表情の摩理の髪を梳いていると、”傭兵”のつけたテレビの音が陽の光が差し込むホテルの一室に響いてくる。偽装IDで借りる事の出来たスイートルーム、そこで”出番”と思える時までを適当に交流しながら時間を潰している。今日もまた、特に特環にちょっかいをかける事もなく、平和に時間が過ぎて行くなぁ、と楽しく摩理の髪を弄っていると、

 

 スマートフォンにメールが来る。摩理の髪を弄る手の動きを止めてスマートフォンに手を伸ばし、メールを開く。メールの差出人は世果埜春祈代だった。メールの件名が”ニュースを見ろ”で内容が”やったぜ”という実にシンプルな内容だった。いったい何をやったのだ、と思いながらスマートフォンから視線を持ち上げ、視線をテレビの方へと向ける。

 

「おっさーん、ちょっとニュースかけてー」

 

「今ニチアサ―――あ、うん、真面目な話なのね。はいはい」

 

 ”傭兵”がリモコンでニュースチャンネルへと変えると、そこには燃え盛る東京ドームの姿が映し出されていた。両手を手錠に拘束され、それでいて笑顔の世果埜春祈代がダブルピースを見せながら吠える様な達成感満々の表情を見せていた。その姿を見て、本能的に東京ドームの放火犯が世果埜春祈代である事を確信し、ショックからスマートフォンを手から落とす。

 

『―――犯人は本人を世果埜春祈代と名乗った青年であり、先程から”蛮ちゃん見てるー?”とメッセージを送っている模様―――』

 

「あ、アイツは、派手にやるじゃねぇーか!」

 

「インタビューが来たら何時か絶対にやると思っていました、って言えばいいのかなこれ」

 

 どんな答え方をしてもネタいしかならないし、掲示板の晒し者になるルートしか思いつかない気がする。それはそれで非常に楽しそうだけど、なんだか負けた気がするのが非常にムカつく。今、ハルキヨはDQN度という謎ステータスにおいて本能寺ファイヤーに匹敵するレベルに到達したのだ。これは実に許しがたい自体である。虫憑き一の蛮族にしてDQNという自負が、プライドがぼろぼろである。

 

「これは負けてられない」

 

「負けてもいいから」

 

 ”傭兵”からの鋭いツッコミを受け流しながらどうしようかなぁ、と思っていると、スマートフォンに電話が入ってくる。この電話番号を教えている相手は本当に少ないため、大体誰から電話がかかってきているかは予想が出来る。スマートフォンを持ち上げて呼び出しに出る。

 

「はい、もしもし此方友達が警察に連行される姿をニュースで見て大爆笑している蛮ちゃんですよ」

 

『あ、どうも”蛮族”さん、梅です。ニュースを見ているなら解ると思いますけどハルキヨが中央本部へ潜り込むためにわざと掴まりました。個人的にはもっと小さな感じに納めるべきだと言ったんですけどね。”アザラシに勝つにはこれしかない”とか本人が言ってたので』

 

「アザラシに関しては不可抗力なんで」

 

『いったい何が不可抗力なんですかね……。まぁ、とりあえずウチの馬鹿が”煽れるだけ煽っておけ、愉しいから”って言ってたのでこうやって丁寧に報告しておきますね。なんというか、二人そろって平成の森可になる事でも狙ってるんですか』

 

「それも悪くないかも」

 

『素直に”ハンター”の事を教えてくれないかなぁー……』

 

「ごめん、面白くないからそれは無理。頑張ってね」

 

 通話を終えながらスマートフォンを投げ捨てる。テレビに最後、数秒だけ視線を向けてから再びブラシを握り直し、摩理の髪を梳く作業に戻る。そうしながらさて、と小さくつぶやく。色々とやる事は―――そんなにはない。だけど世果埜春祈代が派手に動くというのなら、此方もある程度は存在をチラ、っと見せた方がいいのかもしれない。

 

 少なくとも此方がこのモルフォチョウの件に関わっている、というスタンスを見せれば”不死”が警戒し、動きを鈍らせてくれるかもしれない。現状敵対者の中で明確に此方を殺せるのは”かっこう”と”不死”ぐらいの存在だろうし。そう考えると、悪くはないかもしれない。

 

「あ、昼間なのに夜の様な表情し始めた」

 

「スイッチ入れたハルキヨが悪い」

 

 摩理の髪を整え終わる。軽く確認して満足した所で立ち上がり、軽く体を捻ったりして動かし、調子を確かめる。最近、あまり体を動かしていなかったから少々運動不足という部分もあるのだ。世果埜春祈代が動くのであれば、それに乗じるのも悪くはない事だろうと思う。とりあえず摩理に椅子に座ってて、と命令をすると機械的に命令に従い、適当な椅子に座って肉体を休ませる。

 

「そんじゃ”傭兵”のオッサンは摩理ちゃんの面倒を頼むわ。俺はちょっくら中央本部を本能寺してくるわ。ハルキヨのやつが間違いなく本能寺して局員を信長するから、獲物たちが松永されちまう前に俺もサクっと中央本部に潜入して本能寺タイムに便乗して来る」

 

「どうでもいいけど歴史家に助走つけて昇竜くらわされる様な言い方やめない?」

 

 そこらへんは楽しんでいるのだからしょうがない。色々と考え始めると割とテンションが上がってくる。特に最近は色々と備えて大きな動きを見せていない。こういう悪巧み、いたずらを考えると段々とエンジンがかかってくる。よし、と呟き、準備運動を完了させる。それを見ていた”傭兵”が諦めたかのような溜息を吐く。

 

「いや、まあ、おじさんは傭兵さんだからお給料さえちゃんと貰えていればそれで満足なんだけどさ、最近リナとかいう強い虫憑きが脱走して中央本部の警戒度上がっているらしいよ? おじさん割とこのゆるーい感じの部下の関係好きだからあんまり無茶しないでくれると助かるんだけど」

 

「安心しろ、ブラックマーケットで入手したサセックス草案をネットに流してテロよりも容易い潜入方法がある」

 

 ポーズを決めながらそう言うと、”傭兵”は課金ガチャを回す指の動きを見ないでつづけたまま、溜息を吐く。心配されているようだが、全くの無用の心配だ。自分の限界は良く知っている。自分の能力は一番最初に把握する為に努力した。出来ること以上の事は自分に要求しない様にしている。だから中央本部への潜入は難しくはない。

 

 ―――自分限定、ではあるが。

 

 

                           ◆

 

 

 同化型虫憑き超同化特化個体”蛮族”それが自分のアイデンティティーになる。摩理を救う為、そして自分の強さを一番よく利用する為に臨んで、そして引き当てた能力。何故、虫憑きという能力がランダムで決定される虫と能力、その中から望んだ能力を引き当てたか―――それにはもちろんからくりが存在する。

 

 そもそも虫憑きの能力とは”夢”から来るものだ。夢を食べるはじまりの三匹の傾向、そして虫憑きとなる個体の持っている夢。それが組み合わさる事によって虫と能力が決定される。故にまず最初にやる事は”夢の調整”だった。既に夢から能力や虫の方向性が生まれるという事はアリア・ヴァレィ、そして摩理から知っていた。

 

 信念はあっても、明確な夢はない。だったらそういう風に自分を信じさせればいい。

 

 ―――悲劇を蹂躙するぐらいの理不尽な怪物になりたい。そう願い、夢見た。

 

 その結果、予想通り、同化型として理不尽な姿を、怪物としての能力を得る事が出来た。自分を暗示で洗脳する様なやり方―――正道な訳がない。アリア自身、不味い夢だと評価したそれは、酷く燃費が悪く、そして夢の残量、上限とも言えるものが恐ろしく低い。それこそ強敵と全力で戦おうとすれば五分も戦い続ける事が出来ない程に燃費が悪い。五分以上戦おうとすれば絶対に、何処からか一般人か虫憑きの夢を食って、夢を補充しなくてはいけない程に。

 

 だがその反面能力は恐ろしいほど凶悪で、そして応用性が聞く。

 

 それが怪物―――超同化特化型個体という存在の正体。

 

 望んで生まれた理不尽。

 

 理不尽じゃなきゃ理不尽を殺せない、という考え。

 

 

                           ◆

 

 

 感知能力と言うものを同化特化型であるが故に持たない。だから特環を探すには自分の足、そして情報屋からの情報が頼りになる。中央本部に潜り込む為には絶対に、まだ出会ったことのない特別環境保全事務局の虫憑きの存在が必要になる。故に半日程時間をかけて探せば、此方を追いかけている虫憑きの一人を探し出す事が出来る。

 

 元々特別環境保全事務局のブラックリストのトップに入っているのだ、追いかけてくる虫憑きなんて腐るほどいる。隠れるのをやめて探しに行けば、見つかるのも見つけるのもさほど苦労はいらない。そうやって接触するかのように適当な街の裏路地へと相手を誘い込み、逃げ場のない行き止まりまで移動する。

 

 そこで同化していない状態で壁を背に、視線を虫憑きへと向ける。そこにいるのは一人の虫憑き。ゴーグルと白コートを装備してはいるが、その背丈、服の下から見える胸のふくらみ、そして長い黒髪から女である事が解る。それを確認し、軽く舌打ちしながらまぁいい、と口に出す事なく呟く。どうせどっちでもいいのだから、と。

 

「……何故戦わないんだ”蛮族”。お前なら私程度、直ぐに殺して逃げれるだろう。それとも例の炎使いの様に掴まりに来たのか?」

 

「悪いけど逮捕歴を作るつもりはないんだ。全部終わって就職する時履歴書に掴まった経験があるって言ったら物凄い不利じゃん? で、応援はいいのか? 誰もこないの? 大体何時もチームで追いに来てたけど」

 

「……」

 

 答えはない。しかし視線は感じない。つまりはもうそろそろ来る、という事だろう。相手としては会話か何かで時間を稼ぐの最善……という感じだろうと判断し、警戒する相手の懐へと一気に踏み込む。反応する様に口を開き、虫を呼ぼうとするその口を手で塞ぎ、そのまま体を頭から壁に叩きつけ、

 

「ファイトォ! いっぱぁーつ!」

 

 左手で腹パンをし、息を吐かせて集中力を奪う。

 

「うし、これでノルマ達成だなー、っと……さて」

 

 脆い体だなぁ、なんて評価をしつつ、少女―――おそらく十五前後程の相手の体を首で掴み、壁に押さえつける様に持ち上げる。その眼を覗き込むように、顔を近づけて、そして口を開く、

 

「さて、質問です―――俺はお前でお前は俺で俺は俺―――さて、君はだぁれだ?」

 

「―――ぁ」

 

「こい、トビバッタ」

 

 ひたすら喰う事を止められない虫が肩の上に降りる。それは一瞬で姿を触手へと変えると、此方の体だけではなく、相手の体を喰らう様にその触手を伸ばして掴み、

 

 そして同化して行く。

 

 

                           ◆

 

 

「―――おい、”きり”、無事か? 返事をしろ!」

 

「ん……」

 

 白コートの存在―――特別環境保全事務局の虫憑きが体を揺らし、”きり”と呼ばれた虫憑きを起こす。壁に寄り掛かる様に倒れていた”きり”は虫憑きの声に目を開き、そして腹を抑える様に立ち上がる。”きり”が視線を起こした虫憑きへと向ける。

 

「くっ……”くれは”か。油断した、逃げられてしまったよ」

 

「大丈夫か? ……生きている事に感謝しておいた方がいい、”蛮族”を相手にして喰われない奴の方が珍しい。今は生き残れた事だけを感謝しよう。……ほら、手だ」

 

 ”くれは”が伸ばす手を”きり”が掴み、立ち上がる。”くれは”の背後にいる他の虫憑き数名がその姿を見て安堵の息を吐いている―――任務とは言え、誰も好んで戦った場合の欠落率が百パーセントの敵とは戦いたくはない。

 

 安堵したのか、一人が口を開く。

 

「しかしあの”蛮族”の野郎を相手に生き残ったのか。運が良かったのか、機嫌が良かったのか」

 

「どっちにしろクソ理不尽な奴だよ。ったく、一回本部へ戻るか」

 

「そうだな」

 

 言葉を放ちながら虫憑き達が背を向けながら戻り始める。彼らは経験上、このまま相手を探しても絶対に見つけられない事を把握しているのだ。故にそのまま諦めて今は戻り、また特定する様な情報を探し始めなければならない。その事に若干憂鬱になりながらも生きていることに感謝している。

 

 そうやって戻る者達の中で、”きり”だけは足を止めていた。それを”くれは”が足を止め、ふりかえって確かめる。

 

「どうしたんだ”きり”」

 

「いや―――」

 

 ”きり”が笑みを浮かべながら歩き始める。

 

「実に理不尽だな、と思っていただけだ。”行こう”、中央本部へ」




 ハルキヨくん
  本能寺タイムに大満足現在のDQN王。

 蛮ちゃん
  怪物的な主人公が書きたいと思った結果生まれた出禁級の怪物。なお怪物属性を願った結果、ヒーロー属性には永遠に変えない運命らしい。

 身内と話し合った結果、どう足掻いてもモンスターという認識で確定した。ここまで怪物的な奴も初めてかもしれない。


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四匹目

 ―――特別環境保全事務局には侵入者を判断する為のシステムが存在する。ウィルスを持ち込んでいないか、変装ではないか、そういうのを判断する為に特別環境保全事務局、特に赤牧市の中央本部には厳重なチェックシステムが存在する。それこそ一般的に言えば頭がおかしい、と評価出来るぐらいに厳重なシステムが。話に聞いていた通りの内容に、思わず失笑を漏らしそうになっていた。全裸にしたうえで消毒のシャワーに脈拍のチェックに健康診断、更にレントゲンなどでの完全な身体のチェックが行われる。こういうテストを始めて通過し、漸く本人だと認められる。何も武器を持ち込んでいない事を証明する為に体のラインを見せる服装を特別環境保全事務局のコートに着せたりと、

 

 ―――正直デザインとシステムを考えた奴は天才だと思う。

 

 ピッチリスーツをしかも政府公認でとか相当頭の狂っている奴か、相当な天才にしか認められない。その欲望丸出しなデザインは実に評価したい。それを眺めるだけ為に特別環境保全事務局に就職したくなるぐらいには認めている。そんな事を考えながら体も、姿も、仕草も、動きも、そして関係も”きり”のまま、

 

 特別環境保全事務局中央本部へと帰還するかのように潜入する事に成功する。記憶を、心を、夢を同化してしまい、もう”きり”という虫憑きだった少女は己の一部となってしまって、帰ってこない。また一人喰らった相手が増えた事を記憶しつつ、同じ任務にいた仲間達に軽く手を振って別れを告げる。”きり”は彼らに関してはそこまで仲間意識を持っていた訳ではないが、それでも”蛮族”に立ち向かう事に対して団結と結束はしていた。

 

 おぉ、何とも涙ぐましい事だ!

 

 全ては無駄ではあるのだが。

 

 用意していた必勝の策、というのもたいしたことはなく、同化した記憶からも対応が出来ると判断している。

 

 ともあれ、中央本部の中央ホールに到着する。そこで一旦足を止め、広く広がる地下の機構に視線を向ける。とおりすがる研究者や職員、虫憑きは一切他人に興味を持っていないのか、此方へと視線すら向けない。余程おかしな行動を取りでもしない限り、三号指定の火種には興味どころか記憶すらしないだろう。

 

「ま、その方が私にとっても動きやすいんだけどね」

 

 意図的に口調を変えながら。歩き始める。ぶっちゃけるとあまり考えていない。世果埜春祈代を助け出す―――必要は一切ないのだ。何故なら世果埜春祈代は強い。戦わなくても解る。アレは強い事に理由が要らず、強くなってしまったから強い、という理不尽なタイプ、

 

 ―――自分や摩理と同じ様なタイプの生き物だ。

 

 故に、世果埜春祈代を助ける必要は一切存在しない。何故なら彼は彼自身の力で勝手に脱出し、そして好き勝手やってしまうだろうから。だから此方は此方で、一歩どころか二歩程真相に近い存在として、果たすべき仕事を果たしてしまおう、と結論付ける。大体八割方ノリのみで中央本部へと乗り込んできたが、せっかくここへ来たのだ、

 

 物理的エレクトリカルパレードを開催するのは少しだけ延期し、ちょっとだけ真面目にやるか、と決める。入口でゴーグルと武器は回収されてしまった上に、潜入の為に同化しておいた金属の類は全部吐き出してしまっている為、有事の際は肉体と現地調達でどうにかしなくてはならないが―――材料なら腐るほどいいな、と確認しつつ歩く。

 

 ”蛮族”としては初めてだが、”きり”としてであれば何度も歩いたことのある中央本部の内部だ。最近”傭兵”が振付を頑張って覚えているアイドルの歌を鼻歌に浮かべながら、ゆっくりとした足取りで情報室へと向かって歩き進める。焦る必要は一切ない、”きり”という少女に対して興味を持っている人間は極端に少ないのだから。そして誰も、同化した人間を見抜く方法はない―――心でも読めない限り。

 

 そしてそういう虫憑きは存在するが、むやみやたら虫を出そうものなら即刻処刑、或いは捕縛されるのがこの環境になる。故に”何時も通り”歩いて情報室へと、エレベーターに乗り換えながら移動を完了させる。白コートの中には”きり”のIDカードがある。それを使用して情報室の扉を開き、情報室の中に入る。既に中には数人の虫憑きや職員が情報取得の為にパソコンを使用していたりするが、その手を緩める姿はない。

 

 此方も遠慮する事無く黙ったまま一つのパソコンに近づき、IDとパスワードを入力して情報の閲覧を開始する。”きり”の権限は火種三号―――つまりそこそこ上位に入るレベルの虫憑きになる為、広く情報が公開されている。しかし、それでも制限される情報はある。手始めに”蛮族”、と検索して調べ始める。

 

 出てくる情報は放火、強盗、襲撃、そして能力に関する情報。

 

「”蛮族”は本人の自称であり、最も新しき同化型と呼ばれる存在……その能力は有機物無機物エネルギー関係なく同化する事で自らの一部とする能力。確認されているのは電線から電気エネルギーを吸収して行う放電や電磁加速砲、延焼手榴弾の炎と同化したことによる爆炎噴射、液体窒素との同化による絶対零度の接触。応用性は恐ろしく広く、そして凶悪極まりない……」

 

 ”蛮族”の評価は残忍であり愉快犯、討伐手段は少数精鋭の虫憑きによる持久戦である事。大人数で戦えば戦う程”蛮族”に対する回復手段を与えているだけであり、五人程度のチームで戦闘し、徹底的に時間を稼いで暴走と成虫化に追い込んでからの集中砲撃による殲滅が現実的、と書かれている。

 

 それを読んで良くそこまで考えられたものだ、と感心する。しかし、その情報には大事な大部分が乗っていない。

 

 何時、”蛮族”が初めて目撃されたのか。”不死”との交戦経験。”ハンター”との関係性。つまりモルフォチョウや”不死”、摩理に関する情報の部分がごっそりと抜けているのだ。初めて出現し、そして襲撃した時に何十人もの欠落者と死者を生み出した、という情報は存在しているが、何が原因で撤退したか、その動機が隠されている。

 

 ―――直接同化すればぶっこ抜けるか……?

 

 パソコンと同化し、夢と虫の出力任せにハッキングすれば大体の情報は抜けるだろうが、その場合、もう二度と”きり”の顔を使用する事は出来ない上に、今から戦闘をする羽目になる。それは少々勿体ないかもしれない。それに”不死”に関する情報はこの一年、ある程度追っていたが、

 

 まるで隠蔽されているかのように見つける事は困難だった。おそらくは中央本部のデータベースに存在するかどうかすら怪しい。そうなると”司書”の方に確かめに行った方がいいのかもしれない。中央本部で得られそうな情報に少々がっかりを感じつつも、そのまま次の情報を検索する。花城摩理―――”不死”―――”かっこう”―――一之黒亜梨子―――”霞王”―――”大食い”―――”アリア・ヴァレィ”―――青播磨島。

 

 ……んー、これぐらいにしておくか。

 

 三号の権限で閲覧できる情報に一通り目を通した所で、自分が知っている事以上の情報はないと確信し、直接”不死”とどこかでコンタクトを取る必要があるな、と思考する。結局の所興味は摩理の復活にしか存在しない訳だが、だが解決すべき問題は多々あるのだ。その一つは”大食い”と”不死”の対処にある。摩理をそのまま復活させただけでは、また”不死”やら”大食い”やらで暴れるに決まっている。

 

 そうじゃなくても一号指定というだけで”かっこう”に狙われる理由になるのだ。怪物系蛮族属性としては悪魔系英雄属性には絶対勝てない法則が存在しているのだ。そういうお約束の犠牲にはなりたくはないから、取れる手段は事前に全部売ってから余裕をもってチャージしておいた腹パン力で気持ちよく腹パンをしないといけない。

 

 腹パンをするときは元気に、カオスで、そして楽しくやらないと意味がないのだ。

 

「ふぅ、少し疲れたわね。ちょっと珈琲でも取ってこようかしら」

 

 ”きり”の声色と口調で呟きながら立ち上がる。パソコンを消しながら軽く体を動かし、調子を確かめながら情報室の外へと出る。小柄な体で、胸も大きくはない。おかげで元の体とそう大差のない感覚で動かせる体だ。いざ、という時はこの体で戦闘を行う事も出来るだろう。性能を再認識しつつも背後で閉じる扉の気配を確認し、歩き出す。

 

 ”きり”の記憶が正しければ、中央本部には職員用のフードコートが存在する。と成れば、そこで一息つくのも悪くはないだろう。中央本部結構いい場所かもしれないなぁ、なんて思いながらフードコートへと向かう。

 

 

                           ◆

 

 

「あら、”きり”じゃないの」

 

「あぁ、”レイダー”」

 

 フードコートは予想外に広かった。”きり”の記憶を通して理解してはいたが、それでも割と本格的だったところがツボだった。某有名珈琲店の店舗もなかにあったり、ここで働く人間に対してリラックスできる環境を用意しようとしていたのは良く解る―――ただし普通の人間は虫憑きを恐れ、絶対に信じないのでそのせいで全てを台無しにしていたが。

 

 その為、虫憑きがいるフードコートに普通の人間は寄ってこない。代わりに虫憑きは来る。そうやって円状のテーブルを一人で珈琲とドーナッツを食べながら占領していると、前方から茶髪、ボブカットの少女が歩いてくるのが目に入る。彼女のコードネームは”レイダー”であり異種五号に指定される虫憑き、そして”きり”の知り合いでもある、と思い出す。めんどくさいな、と思いつつ笑みを浮かべて対応する。

 

「そう言えば腹パン魔に殴られたって聞いたけど大丈夫だった?」

 

「平気よ。一回殴られたらそれで満足したのか”ノルマ達成!”って叫んでどこかへ消えたから」

 

「本物のキチガイね、ソレ」

 

 キチガイで悪かったな。好きでやってるんだよ。そう言うのを笑みで殺して飲み込み、視線を”レイダー”へと返す。

 

「で、どうかしたの?」

 

「いや、知り合いが負傷したって聞いたのにその態度はないでしょう、もう。まぁ、いいわ。無事だって事を確認できたし。何時もの不愛想な”きり”だったし」

 

「不愛想って何よ。笑えているじゃない」

 

「そーゆー意味じゃない、の! まぁいいや。なんか東京ドームを放火したっていう虫憑きが捕まったらしいから、私これから尋問に立ち会わなきゃ。じゃ、またね」

 

 そう言うと”レイダー”が背を向けてフードコートから出て行くのを見る。本当に”きり”の様子を確認しに来ただけなのか、駆け足で去って行くのが見える。”きり”自身はただの知り合いとしか感じていなかったようだが、いい友人じゃないか、と感想しておく。

 

 ―――もう意味はないんだけどな。

 

 心の中でげらげら笑っておく。悪役的に。

 

「しかし東京ドームを本能寺フィーバーしたのはどう足掻いてもハルキヨだから……あぁ、”レイダー”ちゃん心理系統の虫だったな。という事は今からハルキヨに欠落者にされちまうか、可愛そうに。間が悪かった、って奴だな。南無南無」

 

 世果埜春祈代は己の力で脱出するだろう。その時、間違いなく彼は周りにいる虫憑きを容赦なく焼き滅ぼすだろう。彼に手加減を期待するほうが間違っている。そういうのが出来ないから、自分や世果埜春祈代、摩理は本当に救いがないのだ。

 

 やろうと思えばできてしまう。戦えば強くなってしまう。覚えようとすれば使えてしまう。際限なく強さを身に着け、そして磨き上げてしまう。

 

 だから、魔人とも、生まれるべきではないとも言える。

 

「ま、私には関係ないよね、”レイダー”ちゃん。さよなら、っと」

 

 ”レイダー”による尋問が開始すれば間違いなく世果埜春祈代が脱出を始める。そして今の様子からすると、それも間もなく始まる、という感じだろう。どうしようかなぁ、と軽く悩む。このまま情報収集するのも何か面白くはない。この拳を振るうチャンスは近くても、それをただ振るうだけも芸がない。

 

 せっかく中央本部とか言う面白い場所へ来ているのに、本能寺タイムとエレクトリカルパレードするだけでは、こう、満足できないかもしれない。だからと言って普通に破壊をして回ってもワンパターンすぎる。

 

 と、そこで一つ、考えが頭に浮かび上がる。同化した”きり”の記憶を通して考えを確かめ、そして肯定する。思いついたことに笑みを浮かべ、そしてドーナッツと珈琲を一気に食べ終わらせる。くしゃくしゃに丸めたごみをごみ箱の中へと投げ込み、立ち上がって歩き始める。

 

「そんじゃ、”レイダー”ちゃんからヒント貰ったし、蛮族らしく略奪でもしますか」

 

 笑みを浮かべ、世果埜春祈代が暴れだしそうな前に、ササっと移動を始める。




 蛮ちゃん
  情け容赦のないド畜生

 ”きり”ちゃん
  黒髪ロングのふつぬーだったらしいけど、だがもういない!

 
 ”レイダー”ちゃん
  合掌。


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五匹目

 忘れてはならないのは特別環境保全事務局が戦闘集団、である事だ。あくまでも保護や捕獲は活動の一環であり、容赦なく敵であれば殲滅する非情さを持った組織だ。それ故に装備は豊富で、珍しいものを持っている。それこそオーバテクノロジー、と呼べるような武器さえその武器庫には入っている。

 

 その中に”不死”にダメージを与えられるものがあれば上等だ。

 

 武器庫のすぐそばの通路まで到達すると、上の方から爆音と濃密な気配を感じる。世果埜春祈代が暴れだしたのだろう、爆破の衝撃で近くの監視カメラが壊れるのを確認する。それを見て、トビバッタを呼び出す。肩に着地したトビバッタは触手となって体と同化し、マーカーとなって皮膚に浮かび上がる。虫と同化したその状態で一歩目を踏み出しながら、体の変態を始める。

 

 骨は砕ける様にバキ、と醜い音を鳴らす。

 

 皮膚は縮み、伸び、そして色が変わって行く。

 

 断裂する筋肉は本来の姿へと戻って行く。

 

 グロテスクとも表現できる変態は苦痛を全身にみなぎらせる。痛みは自分が存在していると、自己がそこにあるのだと証明してくれる。故にそれを認識しながら、背の低い少女の姿から背の高い男の姿へと、激痛を響かせる音と共に変わって行く。

 

 ”きり”の姿から”蛮族”の姿へと。

 

「コートは性能がいいしそのまま使わせてもらおう。あぁ、でも男であのピチピチスーツはねぇや。同化して―――」

 

 服装もごっそりと、何時も通りのジーンズと白い無地のシャツに変える。コートはそのままだが、色を白から灰色へと変える。コート以外は大体何時も通りのラフな格好に変わった。と、そこで髪を伸ばしたままにしていたのを思い出し、ひっこめる。鏡を確認しないと色とかまで正しいかどうかは解らない。偶に混ざりすぎた結果瞳の色や髪の微妙な色を忘れてしまう場合がある。鏡はないので自分の再現具合がどんな感じ化は解らないが―――大体こんなものだろう、と納得しておく。

 

「オープン・セサミ」

 

 悲鳴や叫び声が聞こえる中、それを一切合切無視しながらヤクザキックで武器庫の扉を蹴る。しかし武器庫の扉は大きく歪む程度で、その扉を開かない。足を扉につけたままふむ、と軽く呟いてから足を下ろし、手を武器庫の扉につけ、同化する。そのまま武器庫の扉、その鋼を体内へと取り込み、扉を消し去る。同時にそれを使って両腕を覆う甲殻や、何時でも武装を作り出せるように意識しておく。

 

 剣や槍、ハンマーの様な簡単な構造は作れるが、銃の様な複雑な物は同化再生出来ても生成は出来ない、一応そう言う制約はある―――脳の容量の問題で。だから武器は、銃の様な複雑な構造をしている武器は同化して体内で保管しておくのがベストだが―――今回は潜入の時点でその方法を捨てなくてはならなかった。

 

「さてさて、秘密の花園にはなにがあるかなぁ!」

 

 ズラリ、と正面には銃と刀剣類が広がる棚がある。そこからライフルを五種類ほど同化させる。剣は見れば大体コピー出来る為、必要なのは材料だけだ。そのまま奥へと視線を滑らし、幻獣に保管されている武装を見つける。あまり同化し過ぎると質量が、体重が増えてしまう。二百キロぐらいならまだ笑えるが、場合によっては一トンを超える事もある。

 

 そうすると電車や車に乗れなくなってしまったり、逃げる時に支障が出るので同化する量は程々にしなくてはならない。

 

 ただ、その考えも吹っ飛ぶぐらい素敵な兵器が、武器庫の奥の箱の中に眠っていた。それを引っ張り出し、右手と同化させるのを完了させるのと同時に武器庫の入り口に気配を感じる。視線を其方へと向ければ白コート姿の虫憑きが見える。男か女かは解らない。だからとりあえず、右腕と同化させた兵器を、

 

 ―――電磁加速砲を向ける。

 

「特環の科学力は化け物かァ!」

 

 げらげらと笑いながら電磁加速砲―――レールガンを放つ。放つのに必要なエネルギーは電力と言う形で体内に同化し、溜め込んでいる。同化を通して再現している紛い物のレールガンではない、本物のレールガンだ。どういう機構の用意された兵器。放たれる弾丸は一瞬で電磁加速を持って加速と同時に空間を抉るように焦がし、そして電撃を撒き散らしながら武器庫内の火薬と反応し、

 

 部位庫内を爆破と炎で満たしながら正面の虫憑きを肉片よりも細かい、血の霧に変える。火薬と反応した爆破する武器庫内の炎で体を焼かれながら、げらげらと笑い、”きり”の肉で自分の体を修復する。

 

「武器ゲェット! 昼間だけど大分エンジンがかかってきたぞハルキヨくぅーん!」

 

 笑いながらそう叫ぶと、上から返事のような爆発を感じる。世果埜春祈代も世果埜春祈代で、楽しく遊んでいるのだろう。いいなぁ、と呟きながらレールガンを体の中へと格納し、近くに落ちていたナイフを握って武器庫の外へと向かって歩き出す。引火に誘爆、その繰り返しが武器庫内を地獄絵図に染め上げていたが、それに気にする事なく体を焦がしつつ、武器庫の外へ出る。そこも炎で満たされているが、足元には何故か死体がある。右半身だけがないのが少しだけ気になるが、使えるものは使えるので、そのまま同化して焦げた部分を再生する。

 

「―――さて、舐めプもおここまでにしないとなぁ。肉も余裕があるわけじゃないし……とっとと合流して帰るか」

 

 一体何のために来たのだろうか、と人は言うのかもしれない。

 

 しかしあえて言おう。

 

 来た事に意味があるのだと。大体ノリと気分で決めているのだから。

 

「んじゃ―――殺りますか」

 

 視線を炎で燃えている通路の先へと向ける。銃を握った白コート姿の虫憑き達が見える。その対応の速さから、彼らが決してただの雑魚ではない事は解っているが、それでも、

 

 役者不足だと言わざるを得ない。

 

 右手で目元をスワイプし、目元を隠す鋼鉄の仮面をかぶり、左手のナイフを一旦体内へ同化させ―――その数を八倍に、八本の短剣として出現させて両手の指の間に握る。同時に体内に溜め込んだ電流を少しずつ解放し始め、帯電しながら前へと踏み出す。動作を目撃した敵が戦闘態勢に入るも、通路は狭い。大型の虫が出現するスペースは存在しない。三歩、一秒かの時間で通路の奥まで到着し、左手で薙ぎ払う様に顔を切り裂き、電気を纏った右の爪拳を腹へと突き刺す。拳が深く腹に食い込み、そして指の間の刃が腸や胃に突き刺さる。

 

 そこから電流が流れ込み、虫憑きがスコープの裏側で涙を流しながら痙攣する。その体を、拳が突き刺さったままの状態で掲げる様に持ち上げる。

 

「さあ、俺は情けも容赦もしねぇぞ! 死にたい奴から来い! 来なくても俺が近づくけどな!」 レッツ! パーティィ!」

 

「き、キチガイだぁ―――!」

 

「おう、ストレートに表現するのやめーや」

 

 痙攣を続けている肉体を生きたまま同化し、肉と夢を補充する。視線を曲がり角の先へと向け、そしてに集まりつつある虫憑きの姿を確認し―――数を数えるよりも早く床を蹴って加速する。炎で燃える通路、その炎がちりちりと肌を焦がす感覚を加速によって生まれる風で蹴散らしながら、二アクションで踏み込む。アクションと同時に付きだす拳で顔面を穿ち、刃が顔を抉りつつも、純粋な腕力で頭を風船のように破裂させる。

 

 脳髄が飛び散り、骨が吹き飛ぶ。殴った拳が気ずつ蜘蛛、そんなものは一瞬で再生する。同化型、そして同化能力の再生力は再生特化と言ってもいいほどの生存力を誇っている。

 

 一人殺している間に銃弾が体に突き刺さる。しかしハンドガン程度の威力であれば同化した肉体で欠損部位を埋めるだけで済む上に、弾丸で鉄を補充できる。ありがとう、と笑顔を浮かべながら言葉にし、振り返りながら次の虫憑きへと接近する。

 

 蹂躙、虐殺、圧倒、殺戮。

 

 純然たる力の差は覆らない。不屈の闘志、代々受け継いできた技術、守るために決めた覚悟。

 

「だけど! その程度じゃ! 俺を! 殺せないんだけどね! ゴチになりまぁーす!」

 

 分離型の虫憑き、虫が衝撃波を放ち、それに合わせて銃撃をしてくる虫憑きは手首からワイヤーを伸ばし、虫に突き刺す。ワイヤーを通して虫を同化して夢を喰らい、一瞬で勝負を決める。技術なんて直接相手をしなければ意味がない。次に出てくる刀を持った虫憑きは武装自体が虫という珍しいタイプだが、攻撃をわざと受けて虫を同化してしまえば無意味。一瞬で欠落者になった二人の虫憑きを肉ごと取り込み、ダメージを回復させる。

 

 次の瞬間には空間が切り替わる―――おそらくはディオストレイの虫憑き―――特殊型虫憑きによる領域の展開と掌握。搦め手で来る事に笑みを蒸らしながら拳を振り上げ、手を開く。掌から剣を一本取り出し、そこに力を夢を込め、そしてありったけの電力を叩き込む。一瞬で刀身を破壊してライトセイバーみたいな兵器と化した瞬間に全力で振り下ろし、領域そのものを攻撃する。

 

 閃光と共に空間が爆裂し、領域が内側から吹き飛ぶ。崩れ落ちる虫憑きの姿に縮地で近づき、踏み潰す様に同化する。

 

「純然たる力の差は相性程度でどうにかなるもんじゃねぇよお前ら! 100レベ相手に50レベぶつけて勝てるとか思ってるのかよ!! まぁ、お前らは俺からすりゃあ30レベもいいところなんだけどな! 一号指定でもなきゃ俺は殺せないぜぇ」

 

「キチガイ! キチガイ!」

 

「誰だよさっきから戦わずにキチガイコールしてるだけのやつは!!」

 

 誰か逃げた気配がする。まぁいいや、と感想を抱きながら横へ体をスライドし、真空の刃を回避しながら接近してきた虫憑きの拳を左手で受け止める。そのまま蹴り上げ、浮かび上がった体に追撃する様にサマーソルトを決め、両足で頭を掴んで床へと投げつけ、落下と同時に回転しながら踵落としを繰り出して頭を砕く。

 

 次から次へと虫憑きがやってくる。このまま相手をするのは悪くはないが―――殺して意味があるのは分離型だけだ。特殊型は出来る事ならあまり殺したくはないのが本音だ。

 

「と言うわけで略奪タイム終―――了―――!」

 

 近づいてくる虫憑きをすれ違いざまに喉を切り裂きながら後退し、ステップで壁際へと移動する。そのまま回転蹴りを壁へと叩き込んで壁を粉砕し、その向こう側へと入る。

 

「失礼」

 

 男子トイレだった。誰もいないのは解っているが言葉を残しつつそのまま進んで、男子トイレの逆側の壁を今度は壁で粉砕する。そこにある女子トイレを更に突き抜けて、壁を粉砕し、

 

 エレベーターシャフトに到達する。

 

 振り返りながら右手に同化させたレールガンを浮かび上がらせ、ランダムに二、三発と弾丸を放つ。視界の先で血霧がいくつか生み出されるのが見える。其方へと視線を向けながらもう三発程レールガンを打ち込み、聞こえてくる悲鳴によし、と頷きながら右手を元のナイフを挟む指に戻す。割と電力消費が激しく、後で充電という名の電力の同化をし直さなければいけなさそうだと思いつつも、エレベーターシャフトの壁を蹴って上へと向かう。

 

 壁に足を同化させるように真横に立ち、扉を粉砕しようとしたところで、

 

 赤白く扉が変色し、融解するのが目に映る。

 

 そうやって誘拐された扉の向こう側から世果埜春祈代が顔を見せた。

 

「お」

 

「あ」

 

「やっほ」

 

 ハイタッチを決める。燃え盛る炎の中で君とハイタッチ、ヒーローショーでやってそうな状況だ。

 

「ういーっす。なんだ、お前も遊びに来てたのかよ。早く言えよ、なら一緒に誘ったのによ」

 

「馬鹿言えよ、お前が東京ドームを派手にやったから俺も何かしたいと思ってちょっと武器庫吹っ飛ばして来たんだよ」

 

「マジかよ、でも規模は俺の方が大きいぜ」

 

「おい、損害額は俺の方が上だよ、俺の勝ちだろこれ」

 

 言葉を止め、反射的に世果埜春祈代と共に上へと跳躍する。次の瞬間大砲の様な轟音が響き、先程まで立っていた空間を射撃が通過する。そして、その場所に黒い姿の青年が降臨した。そのセンスの欠片も感じない黒一色の姿、虫憑きであれば知らない者はいない。

 

「げぇ、”かっこう”」

 

「お前は”蛮族”か」

 

 ”かっこう”が虫と同化している銃の照準を此方へと向けてくる。反射的に鉄板を壁から引きはがし、それを盾の様に下へと落とし、”かっこう”の射撃の壁にする。

 

 轟音が響き、鉄板が貫通され、勢いよく打ち上げられる。

 

「おやつの時間までに帰らなきゃ摩理ちゃんが心配するから!」

 

「じゃあな”かっこう”」

 

 ”かっこう”の射撃によって打ち上げられた鉄板を足場に、乗って一気に上へと押し上げられるように跳躍し、

 

 そのまま上へ、出口へと向かって逃亡する。自分と世果埜春祈代を同時に相手できる存在等”かっこう”以外にはおらず、それも追う事は出来ない。

 

 逃亡は約束されていた。

 

 

                           ◆

 

 

 結果として見れば中央本部には大打撃が与えられた。しかしその当初の目的が一切存在しない、ただの目的のない”遊び”だと知れば憤慨する者もいるだろう。

 

 しかし、理不尽とはそういうものである。

 

 唐突にやってきて、そして唐突に消える。災害を残せば幸運を残す事もある。

 

 そして、

 

 虫にどうある事を望み、夢としたら―――そうであるという形に縛られる。




 蛮ちゃん
  レールガンというサイコガンを手に入れた。これを見つけてぶっ放せただけで割と満足。当初の目的は忘れてしまった。


 実は蹂躙とか虐殺は【描写がどうしても薄くなるから嫌い】なんだ。そう、対等なバトルとかだと長くう描写できるのに、虐殺や蹂躙だと一瞬で終わってしまって、バトルの楽しさが消えてしまうんだ。やっぱり強い相手と戦っているのが楽しいわ、書くのは。

 今まであんまし蹂躙とか書いてなかったし、いい機会だと思ってやってみたけどやっぱり苦手。蹂躙系は最後の最後で空気が微妙になるから、作者的にはそこをどうにかしたいのがなぁ……。

 ただ勝つだけなら蛮族でも出来るんや。文字通り。


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六匹目

「昼からチップスにコーラ!」

 

「不良って最高だぜ!!」

 

 ホテルのスイートはだらしのない空間と化していた。テレビには最新のゲーム機が接続されており、ベッドは横の方へと押しのけられており、持ち込んだソファとテーブルが部屋の中央へと引っ張られて、テレビが良く見える位置に移されていた。テーブルの上にはポテトチップスにコーラ、ピザ、いろんな菓子や出前のジャンクフードが置かれており、コーラをビール代わりに横に座る世果埜春祈代と乾杯してから一気にコーラを飲む。本当ならここでビールでも飲みたい所だが、経験上酔っぱらっていい事があったことがない。なのでここは素直にコーラで我慢する。

 

 約一名、大人が一人摩理とゲームを遊びながら片手でビールを飲んでいるが、アレは参考にしてはいけない大人の類なので、華麗にスルーしておく。ともあれ、コーラを飲んでポテトチップスを食べながら共に中央本部でやらかした事を自慢しあい、そして無事に逃げ出せた事を喜ぶ。

 

「見たかよあの”かっこう”の表情! 追いかけられないって解ってて悔しそうなあの表情! いやぁ、悪魔と言われる”かっこう”さんでも悔しそうな表情はするんですねぇ。笑いが止まらねぇ」

 

「おいおい、そんな事を言ったら俺なんかアイツを一回ぶっ飛ばしたんだぜ? お前はそこにいないから解らなかっただろうがよ、アイツをこう、こうな? こういう感じで掴んでな? ぶぉん! って音が出る感じに全力スイングで投げ飛ばしたもんよ! いやぁ、なんかクッソ偉そうな女もいたから燃やそうかと思ったけどそこで俺様の言葉に感銘を受けた”かっこう”が立ち上がって、覚醒みたいなスイッチがはいったんだよ。どうだよ、この悪役ムーヴメントは。お前には絶対出来ない事だろ」

 

 凶悪なスマイルを見せる世果埜春祈代に対してはぁ、と首を傾げながら言い返す。

 

「結局お前のやっている事って暴れるだけだろ! 俺なんか正面からチェックを突破して潜入してやったぜ? お前できんの? セキュリティーに引っかからず通れるの? ん? 捕まんなきゃ中央本部の中にハルキヨちゃんはいれないでちゅもんねー! それと比べて俺は超頭脳派だよ! セキュリティー突破して情報室で情報を抜いて、その上でノーマークで武器庫を放火したもんな! どっちの方が遥かにクールでかっこいいかはこれで決まったもんよ!」

 

 言い返し、お互いコーラを飲む手を止め、にらみ合い、

 

「はぁ? 俺の方がかっけぇし」

 

「いやいや、絶対俺だって」

 

 もう一度動きを停止させる。そのまま数秒睨みあってから視線をテレビへ、レースゲームを遊んでいる”傭兵”と摩理へと向け、その後ろへと回り込む。摩理を持ち上げて肩車をし、コントローラーを奪うのと、世果埜春祈代が”傭兵”を持ち上げて投げ捨て、コントローラーを強奪するのは同時だった。”傭兵”のぬわー、という断末魔を無視しながらレースゲームのメニューへと戻り、そこからルール設定の部分から取り決めを始める。

 

「シリーズで総合得点の高い奴の方が正義な」

 

「異論なし」

 

 決まったところで一番難易度の高いシリーズを選び、キャラクター選択メニューで容赦なくお互いに裏コマンドを入力して隠しキャラを解放する。そうやってキャラやレースマシンの選択をしつつ、ゲームの準備を進めながら話を続ける。

 

「んで結局どうだったんだよハルキヨ。ただ意味もなく中央本部で暴れたわけじゃないんだろ? 俺は割とお前に便乗して遊びに行っただけなんだけど」

 

「そこらへんお前ほんと性質が悪いよな―――まぁ、中々得るもんはあったと思うぜ。最初は”ハンター”がめんどくせぇ事になってると思ったけど、これが人物がどんな感じだったのかを追いかけはじめると意外と面白れぇ。情報が増える度に最終的な楽しみが増えるってのはゲームとあんまし変わらねぇところだな」

 

 レースゲームが開始される。”傭兵”がのそのそと復帰しながらチップスに手を伸ばし、それを食べながらレースを見始める。相変わらず怠惰なおっさんだと思う―――のは自分が特に仕事を与えていないのが理由だからだ。もう少し仕事を与えれば何かしら働けるのだろうが、現状ボディガード以外には全く役立てていない。

 

 まぁ、そんな関係もいいのではないだろうか。人生楽な方がいいに決まっている。

 

 自分から苦しい事を望むのはマゾかキチガイぐらいだ。

 

「とりあえず噂の”かっこう”が予想よりも面白い奴だってのは解った。あとはそうだな……意外とめんどくさい話だってのも解ったな。まぁ……意外と特環の連中も連中であのモルフォチョウには振り回されている、様な感じはしたぜ。まあ、俺の目的は”ハンター”と戦う事だからとっととお前が復活させてくれれば楽なんだが―――」

 

「そんな楽をさせるわけがねぇだろ。俺だって楽が出来ないってのに。なぁ、摩理ちゃん」

 

 肩車している摩理からの返事はない。欠落者なのだから当たり前だ。しかしそれでも寂しく思う事がある。命令しない限りは動く事も無ければ、言葉を発する事がない。偶に、本当は声を失てしまったのではないか、と思う時もある。だから寂しいという気持ちはそれとなく強い。だからこそこうやって、なるべく一緒に摩理といるのだが。

 

「今すぐ元の摩理に戻せるんだったら戻したいさ。俺だって摩理ちゃんに会いたいぜ。告白の返事を聞かせて欲しいわ。ロリコンにしてくれた責任をとってもらいたいさ。だけどさ、良く考えてみろよ。摩理の意識の本体とも言えるモルフォチョウは親友にくっついてるんだぜ? そのすぐそばには”かっこう”がいるし、そのバックには青播磨島の様な出来事を一切躊躇なく行える中央本部があるんだぜ」

 

 めんどくさい、と思う。

 

「モルフォチョウをパクって意識を摩理の体に戻すのはそう難しくはねぇさ。だけどその結果亜梨子に何かあったらどうするんだよ―――摩理の友達に何かがあったら悲しむのは摩理だぜ? 戻ってきたのに親友が欠落者になってしまいました、とか救いようのないビターエンドは嫌だぜ、おい、ちょっと待てゴール前での足止めは反則だろぉ!」

 

「感動的な話だな―――だけど勝負は勝負なんだ、残念だったなぁ! 話の方に集中している奴が悪いんだよばぁか!」

 

「ぐわぁ! 貴様ァ! クソ、死んだじゃねぇか!」

 

 二レース目、ゴール直前で世果埜春祈代の放った妨害のせいでスピンしてしまい、そのままコースから外れて観客席へと突撃してしまった。その結果、観客がミンチになる事態が発生し、操縦者も鉄パイプが喉を貫通する酷い現場となってしまった。このレーサーは死んでしまったから残りのレースでは使えないなぁ、と冷静に判断しながら次のレーサーを選ぶ。

 

「次のレーサーはもっと上手くやってくれるでしょう。隠しコマンド、っと……。良し、複製完了。これで死んだ奴と全く同じ能力と姿のクローンで勝負ができる」

 

「おじさん、そのゲームさっきまで遊んでたけどそういゲームだっけそれ」

 

 あまり知られていないがこういうエグイ所がまた面白いのだ。

 

「つーかよ、お前は最終的に何を狙ってんだ……あっあっあっ、あー! おい、今のなんだそれ! スピンさせたかと思ったそのまま体当たりして進むとかなんだよそれ! おい、ズリィぞそれ! 俺にもやり方を教えろよ!」

 

「クラッシュなんたらって奴だよ!! 俺の目的としちゃあ最終的に摩理ちゃんを幸せにする事だけに尽きるわ。だけど……こう……色々とあるだろ? 塵芥共に関しては正直どうでもいいけど、最終的に亜梨子ちゃんの安全も確保しておかないと摩理ちゃんが幸せになれないしね? その仮定で中央本部っつーか”不死”のクソ野郎を何とかしないと摩理ちゃんまた無茶しそうだからね? そこらへんを何とかしつつ摩理ちゃん蘇らせないとまたこんな感じの生活に逆戻りだからな」

 

「そう言う割には割と満たされてるよね」

 

 ”傭兵”の言葉に黙って二人でゲームに打ち込む。”傭兵”も黙ったッポテトチップスを食べるパリパリ、という音を室内にゲーム音と共に響かせる。そのままゲームに視線を向けて数秒後、あぁそうだよ、と声を大きくする。

 

「割と満たされている日々を送っているよ!! 中身がないとはいえ見た目は好きな子だし!! 一日中一緒にいられるし! 物理的な意味で俺がいないと生きていけないところは胸がキュンとするし! いいだろ! 何時でも好きな時に文句言われずに手を繋いだりできるんだぞ! 好きな時にお風呂に入れてあげれるんだぞ! これ本人に対してはオフレコな! 多分殺されるわ!!」

 

「そっこでバラす。今度亜梨子に会ったらそっこでバラすわ」

 

「殺すっきゃない、この馬鹿を」

 

 カーブで世果埜春祈代のマシンに体当たりし、そのままコースから外して燃料タンクに衝突させる。大爆発をこしながら世果埜春祈代と後続のマシンがドンドンと爆散しながら燃え上がり、一瞬で会場が火の海に包まれる。燃え上がっている会場を背景に、一位でゴールを決めながら額の汗をぬぐい、

 

「いい仕事をしたぜ……」

 

「リアルファイトを辞さない」

 

「もう勝負ついてるから」

 

「まだワンレース残ってるんだよ! オラ!」

 

 次のレースが開始される。意外と、というよりは見た目通り負けず嫌いを発揮する世果埜春祈代の姿に苦笑しながらゲームを続ける。こうやって、頭を空っぽにして馬鹿をするのも大分久しぶりになるなぁ、と思う。なんだかんだで”傭兵”と二人だった頃は考える事はあった。これからどうすべきか、何処でかき乱すべきか、等。それを世果埜春祈代が勝手にやってくれている為、考える必要がなくなり、同時に同年代の遊び相手もできた―――虫憑きになる前の様に。

 

 ”傭兵”も”傭兵”で割と遊び相手になってくれはするが、それでもやっぱり年齢が違う。あの男はなんだかんだで”大人”なのだ。部分的に対応に大人っぽさが見えるし、完全に頭を空っぽにする事が出来ない。

 

 ―――世果埜春祈代と遊んで、割と久しぶりにただの馬鹿に戻れた気がする。

 

「……やっぱ、こうやって遊んでいるのが一番楽しいよなぁー」

 

「そりゃそうだろ。もっと考えるのを止めてみたらどうなんだよ。きっとそりゃあもっと楽しいぜ? お前ってなんだかんだ表面は馬鹿やっててもキャラ作ってるタイプだろうし。アレだ、”もっと衝動的に生きろ”って奴だよ。俺は衝動でしか生きてないけどな」

 

「超羨ましい……まぁ、切迫した願いを持っているか持ってないか、その差って所かね」

 

「んだな。ま、俺はお前と違って余裕たっぷりだからな―――アテが外れたところで多少イラつきはするけど、それで終わりって訳じゃねぇ、その違いだろ」

 

 後ろで”傭兵”が青春、等と言っているが、此方は年齢的には本来は高校生なのだから、青春していて当たり前だ。寧ろ今、ここで、青春を楽しんでいるのだ。そして摩理もその青春の輪っかの中に入れてあげたい。それは何よりも思っている事だ。

 

 外で走る事ができなかった彼女に、日の当たる舞台を。

 

 その為には”不死”も”大食い”も”浸父”も邪魔だ。アリア・ヴァレィは恩情として腹パンだけで済ませてやる。次見つけたら腹パンしておこう。

 

 最終レースは割と真面目な勝負だった。お中で互いに妨害をいれるも、結局はクラッシュに発展する様な事はなく、僅差でNPCに足を引っ張り合った結果一位を奪われる。そして総合得点で同率一位になったところで争うのも馬鹿馬鹿しくなり、コントローラーを放り出し、

 

 そして世果埜春祈代が話しかけてくる。

 

「結局、”ハンター”に関する事は教えてくれないんだよな」

 

「あぁ、多少は手伝ってあげても答えを教える様な事は出来ない。そうやって動き回ってくれる事に意味があるからな

 

「だけど何もしてくれないわけじゃないんだろ? 結局は”ハンター”を起こして統合する為に何かめんどくせぇ事をするんだろ? だったら手伝え。面白い事を思いついたから、お前がいれば多分成功するぞ」

 

 世果埜春祈代は笑みを浮かべる。最初は接触してきただけなのに、何故かもう既にマブダチの様な感じで話しているよなぁ、なんてことを思いつつ耳を傾ける。

 

「―――モルフォチョウに”ハンター”の意識が眠ってるんだろ? なら一発起こしてみようぜ」




 マブダチになるDQN共

 次の舞台は船の上だってよ。割とサクサク進みます


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七匹目

 黒塗りの高級車が目的地に近づくにつれて速度を落として行く。そこへ近づく前に一度自分の姿、灰色のスーツにボルサリーノ帽姿に何らおかしなことがないのを確認する。多少着崩してはいるが、それでも十分フォーマルという範疇に入る恰好だ。横へと視線を向ければ同じように赤いスーツを着崩した世果埜春祈代の姿があり、世果埜春祈代とは逆側へと視線を向けると、そこには何時も通り無表情で無感情の摩理の姿があるそれを確認し終えたところで車がゆっくりと、その動きを止め、運転手席から何時も通りの恰好の”傭兵”が顔をのぞかせる。

 

「運転するだけでお給料貰えるからおじさん、このお仕事好きだわ」

 

「給料カットするぞオッサン」

 

 苦笑を漏らしながら世果埜春祈代が扉を開けて車から降り、此方も世果埜春祈代の座っている右側から降りる前に摩理へと視線を向け、軽く頭を撫でてから顔を寄せる。

 

「いいかい、摩理ちゃん。食べ過ぎは駄目だ。しっかり”傭兵”のオッサンの言うことは守る事。でもセクハラされそうだったら渡しておいた手榴弾で殺しておくこと。冷蔵庫の中に入れておいたドーナッツは三個までなら食べていい。あとアゾマンに新作のゲームとノベルをいくらか頼んだから、しっかり受け取っといてよ」

 

「なんか心配性の母親みたいだな」

 

 うるせぇ、と世果埜春祈代に応えながら摩理に一回だけ視線を送り、頷きを貰って満足する。車を降り、懐から”蛮族”として戦闘する時に着用する目元を隠すメタルマスク、それを装着する。金属質の鉄色に赤い文様の入ったそれは少々世果埜春祈代に影響されてのデザインかもしれないなぁ、なんてことを思いつつ運転手席の窓を叩き、”傭兵”にゴーサインを出す。サムズアップを向けた”傭兵”はそのまま去って行く。

 

 去って行く車を見送り、摩理を無意味にdレスで飾ってみたけどかわいかったなぁ、なんてことを思いつつ、視線を戻す。

 

 そこには巨大な客船があった。

 

 客船と陸地を繋ぐ乗降口の前には黒服のガードマンが存在し、その横にはほんのおいてある台が存在している。仮面を装着した世果埜春祈代を確認し、視線を合わせて頷いてからガードマンの前へと立つ。

 

「招待状をお願いします」

 

 懐から招待状を二枚取り出し、それを黒服へと渡す。サングラスで顔を隠している為表情は伺い難いが招待状を確認すると本に何かを書き込み、そして招待状を返却して来る。受け取ったそれを再び懐の中へと戻す。

 

「確認が完了しました。"蛮族”様に世果埜春祈代様ですね。基本的に仮面の着用は身分を隠すためのものであり、それを取って身元が判明した場合の責任を我々は取りません。なお船内での戦闘や窃盗、迷惑行為は強制排除にも繋がりますが宜しいでしょうか」

 

 手を軽く振って了承を伝えると、黒服が武器の持ち込みを行っていないか、簡易的なボディチェックを取り、漸く乗降口を通れるようになる。黒服の横を抜けて足場を渡り、そうやって客船へ、

 

 ”裏”のオークション会場へと到着する。

 

 船の甲板に到着し、軽く船内の気配を探り、人の集中している場所を把握しておく―――そこがパーティーの会場だろう。特にうろうろする理由もないため、そのまま言葉を交わさずに真っ直ぐ船内、パーティー会場まで移動する。船内はどこもカーペットが敷き詰められており、黒服やグラスを片手に歩き回る仮面姿の他の乗客たちが見える。誰もがきらびやかなドレスや、高級そうなスーツやタキシード姿から、相当な金が今、この船内で回っているのが解る。

 

 数十秒後、広いパーティー用の空間に到着し、漸く世果埜春祈代が溜息を吐くように口を開く。

 

「俺、こういう雰囲気苦手だわ。なんか背中がムズムズするわ」

 

「俺も基本的に路地裏人間だからなぁ、あんましこういう雰囲気は好きじゃないけど―――まぁ、メシとかは無料だしね?」

 

「それを早く言えよ!」

 

 はっはー、と叫び声を上げながら世果埜春祈代が邪魔な仮面を外してパーティーテーブルへ走って行く。世果埜春祈代の様なフルフェイスタイプの仮面は食べたり飲んだりするのに邪魔になる為、当たり前と言ってしまえば当たり前だ。小さく笑いながら歩き、パーティーテーブルの上に置いてある料理を根こそぎ取り皿の上に乗せ、自分も食べ始める。

 

 招待状を入手するのに数千万かかったのだから、その分は食べて取り戻さないといけない。

 

 結局使っているのは特別環境保全事務局の金なのだが。

 

 だから結局はタダメシなんだよな、と呟きながらパーティールームを見渡す。部屋には割と多くの人がいる。一般的なオークション会場と比べればその人数は少ないが、それでも少なくとも二十人以上はこの部屋に存在している。そして仮面でその素顔を隠す人物達は、仮面を隠していてもその声や、仕草、見えている身体的特徴から同化しておいたデータベースを通じて、どういう人物か、一体誰なのかを把握する事が出来る。少なくとも政治家と思えるような人物がこの会場には今八人以上いる事を確認できた。日本人、外人と区別はつけないが、

 

 割と腐っているな、とは思える。

 

 普段ならここら辺で問答無用の腹パン祭を開催するところだが、今回のイベントは目的があって参加しているのだ、ここで暴れて台無しにするわけにはいかない―――責任と夢は場合によって重い鎖になる事を再確認しつつ、世果埜春祈代に近づく。

 

「お前、ここの話は一体どこから聞いたんだよ」

 

「”司書”からだよ。アイツ、色々と情報を溜めこんでるしな。青播磨島をチラつかせたら色々と教えてくれたわ。まぁ、基本がギブ・アンド・テイクだし、アイツ結構色々と溜め込んでるからそこまで持って行くのがめんどくさいんだけどな。それでも今回のこれは使えそうだし―――利用させてもらう事にするぜ」

 

 ―――裏オークション会場。

 

 合法違法関係なく、多くの高額商品を取り扱うオークション。その中には絶滅危惧種とされる動物の他に人間を、奴隷までも扱うとされている。実際にこうやって参加するのは初めてになるが、それでも噂通りの場所だと認識する。政治家や有名なスポーツマン、お金の余った投資家や、マニアやコレクター、そういった人物達の為に開かれる腐ったお茶会、それがこれになる。そこに今回、

 

 虫憑きが出品されるという話があった。それを利用できる、と世果埜春祈代は判断した。

 

 脳筋で脳死してヒャッハーしている様に見える世果埜春祈代ではあるが、実際は頭のキレる男だ。そもそも世果埜春祈代は存在が自分や摩理と同じ”生まれた事が間違い”のジャンルに入る怪物だ。世果埜春祈代が暴れまわり、馬鹿の様に振る舞っている理由は自分と近い―――あまりに考えすぎると答えが出てしまい、楽しみがなくなってしまうから。

 

 生まれた時から強者が確定していた、故にやろうと思えば出来てしまう、そういう存在の一人。

 

 故に考えれば上手く行く方法は思いつく。それで思いついたのがこのオークションを利用し、花城摩理を―――モルフォチョウに眠る”ハンター”を呼び起こすという話だった。

 

 既に一度、記憶を探られてモルフォチョウの中の摩理が亜梨子を乗っ取る形で目覚めた時があった。その時は偶然発生してしまったが、似た様な方法で人為的にそれを生き起こす事を世果埜春祈代は狙っている。亜梨子の性格を加味し、”かっこう”の優しさを計算し、そしてこの場所、状況、虫憑きが売られているという状況を利用する。非常に賢いやり方だ。ここで亜梨子を追いつめれば、おそらく摩理が出てくるだろう。

 

 ―――それは自分にとっても、色々と確認する為にはちょうど良い事だ。

 

 と、そこまで思考した所で、船に近づく隠しようのない気配を、悪寒と共に感じ取る。”天敵”が近づいてくる感覚に怖い怖い、と内心で呟きつつ、壁の方へと移動し壁に背中を預けながら視線を会場の入口へと向ける。それで意図を理解したのか、ハルキヨが食べかけだったハンバーグを口の中へと放り込み、その上から仮面を被る。

 

「やべ、仮面の内側にソースがついた。すっげぇデミグラ臭い」

 

「笑わせるのはやめろ、それは俺の腹筋を殺す」

 

 笑わない様になんとか我慢しつつ、視線を会場へ入口へ向け続けていると、そこに入ってくる姿が見える。戦闘を歩くのは案内の黒服だが、それにつられる様に歩くのは正装している特徴という特徴のない青年の姿だが、その凶悪なまでの戦闘者としての雰囲気を隠さない存在、”かっこう”だ。それに続く様にドレス姿の少女を二人連れている。一人は外国人に見える金髪の少女で、もう一人が黒髪のポニーテールの少女だ。片方が”霞王”という虫憑きである事は事前の調査で知っている。

 

 つまり、もう片方の黒髪の少女、彼女が一之黒亜梨子になる。写真を通しては知っていたが、こうやって生を見るのは初めてだった。つまり生亜梨子―――何故か響きがエロイ。

 

「生摩理……!」

 

「ついに狂ったかお前。喰いすぎたか? 色々と」

 

「まだ大丈夫。偶に自我境界を見失いそうだけど摩理ちゃんを思うだけで私は元気です」

 

「末期じゃねーか。本当に大丈夫かよお前。色々と不安になってくるぞ」

 

 夢を、記憶を同化するという事は”混ぜる”という事であり、自分の意思の力が、心の力が同化したものに抵抗できないと、そのまま侵食されて逆に体を乗っ取られてしまう。なのであまりに大量に同時に同化すると、文字通り自分を見失ってしまうのだ。今の所、自分に匹敵する精神力の相手というのに出会ったことないからまだ平気だが―――自分の様な精神的怪物相手に同化は無理かもしれない。

 

 そんな事を思っている間に、此方と世果埜春祈代に気付いた亜梨子一行が視線を向けてくる。さり気なく”かっこう”と”霞王”が迎撃姿勢に入るのを認識しながら、両手を持ち上げて交戦の意思がない事をポーズだけでも無言で伝えておく。その間に、世果埜春祈代が仮面を取ってようこそ、と口を開く。

 

「お前なら誘いに乗ってくれると思ってたぜ一之黒亜梨子」

 

 長身故に世果埜春祈代が若干、見下すような位置形で視線を三人へ送っている。その姿に、亜梨子は少しだけ汗を浮かべているような表情を見せ、小さく”かっこう”がやっぱりと呟くのが聞こえる。その手には銃が握られてはいないが、何時でも同化出来る様に、待機済みであるのはその気配から理解できる。

 

 亜梨子の額に汗が流れる。流石に緊張しているか、と思いつつ視線を向けると、亜梨子が此方へと視線を向けていた。

 

「ご招待に預かり光栄だわ。で、此方の方は―――」

 

 壁から背を離し、大きく腰を曲げて礼を大げさに取る。

 

「初めまして一之黒亜梨子ちゃん。本名は鉄比呂、職業は虫憑き、コードネームは”蛮族”。蛮ちゃんとも比呂君とも比呂とも好きな風に呼んでくれ。摩理ちゃんの友人なら俺にとっても友人だかんな。あとそろそろ”かっこう”の視線がマジで怖いからどうにかして。いや、ホントマジで。”かっこう”と戦うと蛮ちゃん即死する運命だからマジ戦いたくないの。止めてください」

 

「お、おう」

 

 自己紹介からの捲し立てるマシンガントークに亜梨子が若干引け腰になるが、そこで一旦動きを止め、そして此方がどういう存在なのかを思い出したのだろう。そしてそれが、”かっこう”と”霞王”が問答無用で此方を殺しに来ない理由。

 

 アリア・ヴァレィが殲滅されたと思われている今、花城摩理、”ハンター”という虫憑きに関して一番情報を多く持っているのが俺だから。

 

 故に最優先抹殺対象でありながら、”かっこう”も”霞王”も殺気を当ててくるだけで動かない。

 

「”かっこう”さんもそんな殺気チラチラしてるとモテねぇぞ! 無個性を厨二系殺気キャラで埋めようとか最悪にも程があるぞ」

 

「亜梨子、こいつを殺させてくれ。頼むから」

 

「待ちなさいよ大輔。こいつ情報持ってるんでしょ? 持ってるのよね?」

 

 亜梨子の視線が此方へと向けられ、そしてそれを受け止めてから世果埜春祈代へと視線を向ける。そこで世果埜春祈代視線を合わせ、そして同時に口を開く。

 

「たぶん! 持ってるといいなぁ!」

 

「かっこ―――」

 

「ストップ、ストップ!」

 

 青筋を浮かべ、迷う事無く虫との同化を始めようとする”かっこう”を亜梨子がチョップで止め、そしてそれを”霞王”が背後からげらげらと笑いながら見ていた。意外と亜梨子一行の団結力は低いのかもしれないなぁ、なんて思っていると、世果埜春祈代が愉快な状況に笑いを零し、言う。

 

「―――ようこそ、最悪のオークションパーティーへ」

 

 こうして、役者を揃えた豪華客船”天鳥”が動き出した。




 亜梨子
  摩理ちゃんの日常の象徴。蛮族はちょっとだけ嫉妬している模様

 ”かっこう”さん
  ヒーロー属性の塊。絶対虫憑き殺すマン。絶対生還するマン。

 ”霞王”ちゃん
  DQNの波動を感じる。


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