【習作・ネタ】狂気無双 (モーリン)
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1話

結構暗いです。けど無双します。
何かもう凄い強い狂った人間を書きたかったのです。
正史でも活躍している人物なのですが、狂っているので閲覧注意です。


 

西暦181年。後漢末期の時代である。

三国時代幕開けより少し早い。けれど、漢の民が官僚に不信感を抱き各地で小さいけれど、

決して見過ごせないような団体が目に付く世の中である。

 

「おい!この商い人いいもん持ってるぜ!」

「へへ、こいつぁ儲けもんだな!」

 

益州のとある場所。荒野が広がり、所々草木が生えている。

そんな大地の真ん中で、馬車が損壊し、馬が血を流し、数人の人間が大地へと沈んでいる。

 

それを行ったのは多数の賊である。数は210。この時代では比較的数が多い盗賊団。

主に商い人を狙い多数で囲んで嬲りながら人を殺し、その商品を奪っていく。

当然、そこに女がいれば犯し、砦へと持ち帰り死ぬまで犯す。

 

その被害人数は数十人以上にも及び、この賊たちがいかに残虐非道なのかが分かるだろう。

 

しかし官軍は動かない。否。動いているが、中々補足出来ないのだ。

地理を理解し、賊にしては統率が取れた動き、さらに斥候を用いて官軍の動きを早く察知し逃げる。

 

そうして生きてきたのだ。上手い汁を啜って。

 

「女がいないのは寂しいが、砦に行けばいるからな」

「ああ、まぁまだ殺さないように扱わないとな!ははは!」

 

殺した商人を更に切り刻み、すでに原型をとどめていない。それでも彼らは笑う。

何故なら目の前に金、宝、食料があり、自分達は最強だと思っているから。

そして、根城にしている砦にはまだ女が数人生きているからだ。

 

 

しかし、彼らは知らない。今日この場所で生を終えることを

 

 

「ん?おい」

「あ?何だ?」

 

形なりの見張りを行っていた賊の一人が荒野の向こうから人影を察知し、近くの者の肩を叩き、知らせる。

 

「ありゃ…人だな」

「へへ、身包み奪って殺そうぜ」

 

鴨が葱をしょってきたとは正にこのこと。この不安定な時代に一人で出歩くなぞ、自殺行為に等しい。襲ってくださいといっているものである

 

「おいおい…ありゃ女だぜ!」

 

一人が声を上げて、周りの賊がその方向を見る。小さい人影だったのが、賊に近づいてきてその形を現した。

髪の毛は腰まで流し、光に反射し青みが綺麗に光っている黒耀色。瞳は深海を思わせる蒼で鼻は高く、唇はルージュを塗ったかのように美しく艶を感じる

身長は目測で7尺程度。服装は体のラインが分かるような白と赤い斑点が特徴的な布を腿の中ほどまである上着で女性らしい起伏が浮かび上がっている。

腿から足先にかけて白いニーソを履いており、これも赤い斑点の模様が特徴的だ。

 

しかし、腰には二振りの剣が帯剣してあり、武芸者だということをうかがわせる。

 

「おいおい…極上の女だぜ」

「ああ。おい!野郎共!囲んでしまえ!」

 

その号令と共に賊全員が商品等を置いて女の周りを囲んだ。男総勢210名が一人の女を囲んだ

 

「近くで見るとたまらねぇな」

「ああ、世にこれほどの女が居たなんて、こいつで数年はこまらねぇな」

 

賊が女を囲み、情欲に溢れる言葉を零す。その眼は女の顔、胸、腰、尻、腿など網膜に焼き付けんばかり凝視する。

傾国の美女…という評価が頭を過ぎる。それほどまで完成された美を持っており、妖艶な雰囲気である。

 

ゴクリと、誰かが唾を飲む音が聞こえる。

 

「へへ、あんた、何者かしらねぇがココを通るには金が必要なんだぜ」

 

賊のリーダーだろうか、先ほど女を囲めと号令した人間が女の一歩手前まで歩み寄り、品定めするような眼で警告する。

しかしこの警告は意味が無い。金があろうと無かろうとこの場で犯しつくし、更に砦までの道すがらも犯し、帰ってからも犯す。

この男はそう頭の中で思い描き、下腹部の一部が硬くなる。

 

「生憎、金は路銀しかない」

 

臆せずして零したその声は、凛と響き、声量が小さかったのにも関わらず男達の鼓膜を刺激した。

そして思う。啼いた声も聞きたいと。

 

「それじゃあ…体ではらわねぇとなぁ?」

 

そうして女に触れようとして右手を伸ばす。

 

 

 

 

その瞬間、その右腕が宙を舞っていた

 

 

「へ?…あ、あああ…あああああああああああああああああ!!俺の腕がああああああああああああ!!!?」

 

根元から切れた腕が宙から地へと落下して大地を赤く染め上げる。

そして男の切断箇所からも血が噴出し、近くに居た賊を赤く染め上げる。

あまりにも一瞬の出来事で状況が理解できていない男達。

 

「こ、こいつ!殺せ!!殺せ」

 

切られたリーダーがそう口にし、最後に雄たけびの如く叫ぼうとしたがそれは叶わなかった

 

「へあ?」

 

金属と金属が擦れる音が小さくなった瞬間に、男の首が飛んだ。

切断面から血を噴出しながら、その場で少し立ち尽くし、やがて重力に引かれて後ろへ倒れていった。

その血は女を少し汚していた。まるで衣服を飾っている赤い斑点のように。

 

「き、きさまあああああああああ!殺せ!嬲り殺せ!!!」

「「「おおおお!!!」」」

 

一斉に女へ襲い掛かる賊はしかし、遂に女にたどり着くことは無かった。

抜刀された剣が霞むような速さで、空気を裂きながら賊の体を両断していく。

あまりにも早く、あまりにも技術があるのか、まるで素振りをしているように滑らかに人を切る。

 

「うぎゃああ!」

「ああああ!?しぬ!?しぬううううううううう!?」

 

女が二振りの剣を振るう毎に、賊が持っている質の悪い剣毎体を両断する。

血しぶきが舞い、少し離れてみると血風が舞い起こっている様な光景だ。

正に地獄絵図といったほうが正しいだろう。

 

「お、おい…こいつ……」

「わ、笑って…いやがる……」

 

賊が怯み、逃げ出した賊がいるが、敵討ちやまだ諦めていない賊が多い中、女と対面していた者がそう零す。

そう、笑っているのだ。この地獄絵図を生み出して笑っているのだ。

 

「ねぇ」

 

動きを止めてそう問いかける女。その声に、誰一人として動けるものはいなかった。

話しかけられた内容を全部聞かなければ殺される。誰もがそう思い、地に足を捕らわれたようになる。

 

「君達が女を犯して快感を得るように、私は…」

 

満面の笑みを浮かべる女は正にこの世の物とは思えないほど美しく綺麗な笑みだ。

更に顔が少し上気し、妖艶さも増している。この地獄絵図ではない所でこの笑みを見れば一目ぼれをしていたであろう。

それほどまで美しく整っている。にも関わらず、今ここにいる誰もがそう見えなかった。

 

「こうやって殺したり、強い奴と戦っていると感じるんだぁ…ふふ、今最高にいい気分……」

 

蕩けるような顔を晒しながら、剣を抱き上げて刀身に着いている血を舐め上げる。

 

「あは、あはははははははははははは!!」

 

剣を手に戻し、笑う。透き通るような地獄の声。

 

「う、うわあああああ!逃げろ!逃げろおおおお!」

「くるなあああああああああ!」

 

その狂ったような笑い声で賊たち全員の心が折れる。生にしがみつこうと必死に逃げようとする賊を嘲笑うかのように

 

笑い声を上げながら切る。斬る。キル。

 

一方的な殺戮だ。少し前……一刻も前は商人を襲い、賊たちが人を嬲り殺していたのに、既に逆転した。

女は逃げる男へ向かって無慈悲に剣を体に滑り込ませ、絶命させていく。

二振りの剣を巧みに操り、演舞を舞っているような美しい動きで、まるで死神の鎌を振るうように賊を切り伏せていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、あの益州のでけぇ賊たちが全滅したってぇ話、知ってるか?」

「益州の…確か200人位のでけぇ賊か」

「ああ、官軍様もお手上げの賊でぇ」

 

益州のとある飯屋。忙しそうに料理を運ぶ人や、注文された料理を一生懸命作っている料理人。

運ばれてきた料理を食べる老若男女。そして溢れる喧騒。

その中で男二人が昼から酒を飲みながら噂話に華を咲かせていた。

 

「全滅って…とうとう官軍様が討伐したってのかい?」

「…それがよ、わからねぇんだ」

「分からない?」

 

噂話を持ちかけた男が杯を持って一気に酒を煽る。

喉を通り抜ける熱さを逃がすように肺から息を吐き出した。

 

「ぷはぁ…ああ、分かってるのは荒野に賊と思わしき死体が転がっていたのを誰かが発見し、土に埋めたらしい」

「つまり、誰が討伐したか分かってないのか?」

 

そう問うた男も残りの酒を一気に煽った。

 

「ああ」

「ふーん、まぁ良かったじゃねぇか。あの賊がいなくなれば商人は安心して行き来できらぁ」

 

そう、あの賊のお陰で商人の行き来が滞っていたのもあり、居なくなったなら安全も確保される。

よって、邑にも商人が来るようになったのだ。

 

「ここからが面白いところよ」

「何だ?」

 

体の向きを変えながら話を振ってきた男を見る。

 

「何でもたった一人の女に殺されたらしい」

「はぁ?それはいくらなんでも、夢を見すぎだろう」

「いや、それがよ、近くの邑に俺の知り合いが住んでるんだけど、そこの邑に女が一人尋ねてきたのよ」

 

何時の間に酒を頼んだのか、食事を運んでくる少女が男達のテーブルに追加の酒を置いた。

それを持ち、ちびりと酒を嗜む。

 

「それがまた別嬪な女だったらしい。赤い服を着ていて、少し土汚れと臭いがしていたが、この荒野を旅していたんだ可笑しくは無い」

「まぁそうだな」

 

別段可笑しくは無い。二日三日も風呂に入らないことは、旅をしている最中ではしょっちゅうあるのだ。

匂いを発していても可笑しくは無い

 

「それで近くに河がないかと聞かれ、その場所を教えて、その次の日に女が帰ってきたのだが…」

「おいおい、もったいぶるなよ」

「ああ、すまねぇ。なんとその赤い服がほっとんど白くなってたらしいんだ…赤い斑点を残して」

 

そういい終わると、口を潤すように酒を一口口に含み、ゆっくりと喉へ運んでいった。

 

「…何か?その赤い服は実は血だったって落ちか?」

 

つまみを食べながら話を聞いた男は、内心そんなことは無いだろうという思いを秘めて落ちを言い当てる

 

「ああ、その次の日に賊の死体が見つかったんだ…ありえるだろう?」

「いやぁ、確かに女で武勇に秀でてる奴は結構居るが、200人以上を一人ってのは…流石に夢物語だろうよ」

「まぁ、俺も実際に見たり聞いたりしてねぇからなぁ。なんともいえねぇ」

 

そうして、酒や食べ物を全て食し、席を立ち上がる。

 

「賊は居なくなった。これだけでいいじゃねぇか」

「確かにな。まぁ所詮は噂よ。当てにならねぇ」

「だな」

 

そうして料金を払い外へ出ようとし、扉を開けて店の外へ出た。

 

店内には蒼黒い髪を腰まで流し、二振りの剣を携えた女がテーブルで食事をしていた。

 

 




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2話

「ふぅー、食べた食べた」

 

食堂の中の客が疎らになってきた時刻に、一人の女性が席を立ち、料金を支払い外へ出た。

腹いっぱいに食べたのか、感想を漏らしながら腹をさする。

 

その名は姓は徐、名は晃、字は公明である。

 

本来の歴史であれば男性で、得物は斧という形だが…この世界は少し、いや、だいぶ違う。

 

まずは有名武将がほぼ全て女性というところだ。

有名どころでは曹操、孫策、劉備といずれも女性であり、その配下の有名どころも殆ど女性である。

しかも全員が全員美しい女性だ。

 

また世界の常識も変わっているところがある。

まずは食事、現代に近い食事が出来、それが提供される食堂が大きな町だと多数配置されていたりする。

 

そして服装。

 

徐晃の服装は和風で丈の短い白い着物に蘭の模様が描かれている。これは先日賊を討伐した際に着ていたものではなく、一般服として販売されていたものを購入したのだ。

 

正確に言うと着物ではないけど…まぁそこらへんは気にしない。そこから分かるとおり女性の服装はかなりコスプレに近い風潮である。

対して男性は時代にあった服装…より多少派手だが、それでも女性の服装より時代が遅れている。

 

刀剣類に関しても同じ事がいえる。

この時代、戟が主流で徐晃が指している刀風な刀剣など本来では存在してないはずなのだが…そこの技術も発展している。

しかし、兵士が持っているものはやはり戟や槍が多く、まだ連弩が開発されていないのか、遠距離は弓矢である。

 

他にも人物の性格等はかなり変わっている。

 

そんな世界である。

 

徐晃はこの世界で生を受けて既に18年。

生まれは辺鄙な邑であった。人口の数は100も届かない邑で、邑全体が家族のような暖かい雰囲気に満ちていた。

そこで普通に暮らしていたり、たまに狩りに参加したりしていた少女であった。

 

しかし、彼女の人生を変えたのは…そう、賊の襲撃である。

 

その時徐晃は歳にして12。

…予めいっておくが、家族が死んだとか邑が壊滅したとか、そういうことでは全く無い。

 

賊が襲撃してきて、徐晃は家族を守るため狩りで使っている粗末な剣を持ち出して、村の若い者と一緒に迎撃に当たった。

賊の人数もそこまで多いものではなかったが、装備が違う。何人かは殺せたが、邑の若い人間も多数死んでしまった。

そしてその中で戦っている美少女と形容できる少女、徐晃に目を付けないはずが無かった。

 

襲ってきた賊に倒され徐晃は衣服を脱がされる。

しかし、徐晃は既に怪力に目覚めており、男を振り切って、頭を無我夢中で蹴りぬいた。

 

賊の頭蓋骨と一緒に粉砕される肉。初めての殺人。その感触が…彼女にとっての転機となったのだ。

 

気持ちいい。もっと、もっと味わいたいと

 

始めは蹴りで賊の骨ごと折ったりしていた。賊もただの少女に負けるのは面子に関わることだったのか、誰一人逃げずに少女に殺到する。

 

だが、彼らの行動は徐晃にとってとても遅く感じた。いや、事実野生動物を相手にしているほうが速い。

しかし、蹴りだけだとどうしても大勢を相手にするのは骨が折れる。

粗末な剣は既に折れていたので足元に転がっている血だらけの剣を拾い、賊の攻撃を掻い潜って一閃。

 

肉、骨、肉と切れる。その感触が徐晃にとって先ほどの蹴りよりも快感を覚えたのだ。

ひしゃげる感触ではなく、すっとした感触。そして断末魔。血の匂い。

 

 

最高

 

 

その一言に尽きた。相手は賊で自分達の物を壊しにきた、奪いにきた悪い奴。

そう認識していた為、一切のためらいは無かった。そしてココで武の才を開花させる。

腕に覚えがある賊を殺すたびに動きに無駄がなくなっていった。

 

そして一刻の半分もせずに賊を全滅させた。数はおよそ42人。

ほぼ全員が体の一部を切断されており、夥しい量の血を撒き散らしながら、大地を染め上げていた。

 

そのむせ返るような肉の匂いと血の匂いの中、徐晃は思った。

 

 

殺したい

 

 

邑の者達は恐怖の目で徐晃を見つめていた。その中には両親も見受けられた。

しかし彼女にとってはあまり関係なかったのだ。その時、血の海に佇んでいたときの願望。

すこし冷静になった頭で考え、一瞬で回答を導く。そう、この邑にはもう自分の居場所は無いと。

 

その日は自分に着いていた血を洗い流し、旅の支度をすぐさま開始した。

その次の日の明朝に荷物を持ってすぐさま旅に出た。

 

当てもなく只ぶらぶらっと…という事ではない。ただただ殺したいと思ったからだ。賊を。

あの醜い顔で醜い断末魔を何時までも聞いていたいと心の底から思った。

幸いなのか、一般市民や自身に害が無いもの達にはそういう欲求は全く沸いてこなかった。

 

そして旅を続けて賊を討伐していった中で、自身が興奮を覚える、快感を覚える条件が分かった。

 

それは自分を見下したりする者や大義名分が立っている殺人とそれと同時に強い人間との死闘。

 

この二つだった。強い人間は賊でも居た。同じ女性であったが、関係なかった。

何時までもこの女性と戦っていたいと思っていたが、それも幾ばくかして直ぐに終わった。相手の死という結果を残して。

 

がっかりしたが、自分の中の欲求を漸く理解したのだ。その死闘をした彼女を丁重に弔った。

 

 

旅は賊から奪った金品と食料で全てまかなっている。商人の護衛とかもやってみたが、襲い掛かってくる賊はあまり多くなかったのが徐晃の印象であった。

しかし、お金は結構手に入ったため慈善活動として活動している。それは今も変わらない。

大好きな殺しができて尚且つお金も安定してもらえるという事実は、彼女にとっても嬉しかった。

 

このことから分かるように、殺し以外はいたって普通の女性なのだ。ファッションも少し悩み、食事も好き嫌いがある。

文字は少ししかかけない。けど、農業については多少覚えがある。そんな女性なのだ。

 

「あ~荊州もあんまり賊を見かけなくなったなぁ…」

 

ぶらぶらと街を歩く。この場所は荊州の江陵。中々発展している場所であり、劉表が収めている街である。

南に行くには大きな河を船で渡らないといけない立地、気候は比較的温暖で過ごすには丁度いいところだ。

 

そんな街の中でポツリと誰にも聞かれることは無い声量でそう零す。

はぁとため息を吐く。まるで恋煩いを起こしているような憂いたその姿は、道行く人の視線を集めていた。

 

しかし実際はそんな青春色の悩みではなく、血みどろの全く方向性が違う悩みだとは誰も知ることは無い。

 

そもそも何故徐晃は数多の賊を討伐したのにも関わらずにその名を広めていないのか。

普通の武人であれば、この荊州の間であれば広まっていてもおかしくない功績である。

先日の盗賊を合わせれば彼女は既に2000以上もの賊を単身で殺している。

 

だが、広まっていない。その原因は彼女にあった。

まず名乗りを上げていない。賊の中では生き残ったものは確かに存在する。しかし9割り以上もの賊はすでに物言わぬ骸である。

だからこそ、危険な人間が賊を通して広まらないわけが無かった。

 

だが、殆どのものはその言葉を信じない。そして彼女が名を上げないということも相まって噂話程度に納まっている。

しかし、その噂話は官僚の者達にも耳にすることがある眉唾物であり、官軍もまったくと言っていいほど信じていない。

よって彼女の偉業…いや、異業は広まっていないのだ。

 

得物の柄をとんとんと叩き、その感触で自分のその感傷を少しでも慰める。

この二振りの剣…いや、刀といったほうが適切か、その刀が二振り。

銘は特に無い。盗賊から奪ってきた金をふんだんに使い、兎に角丈夫で切れる刀剣を作って欲しいという要望を見事鍛冶師が答えた一品もの。

 

刃渡りは70センチ、柄を合わせれば1メートルもの刀二振り。

どちらも長さは同じで、二刀流にて戦うのは些か力が必要になってくるが、徐晃は全く問題ない。

恐ろしい怪力の中に繊細さも光っており、武の神の愛されているのか、その才は計り知れない。

 

舞うように戦うその姿は誰もが見惚れ、誰もが恐怖する。

 

しかし、いくら丈夫な刀剣でも定期的に鍛冶師に見せてメンテナンスを…欠けた部分が無いか点検を行う必要も勿論出てくる。

そう、徐晃はその鍛冶師の所へ向かっているのだ。

 

 

「おーい、おっちゃん」

 

街から少し離れたところに、煙突が在る家屋が一軒ぽつんと建っている。

その中に足を踏み入れて、主たる人物を呼んだ。

 

「あぁ!?…お、嬢ちゃんか。何だ?剣の点検か?」

「はい、つい先日200人ほど賊を切ったので、なんかあったらやだなぁ…って思いまして」

「は!相変わらずの化け物な強さだな。…まぁ一般人に手を出してないからこの場合、英雄といったほうがいいか?」

 

出てきたのは大柄な男。額には鉢巻を巻いており、汗を吸っている。

上半身は薄い肌着を着ており、びっしょりと汗を吸って下の肌が見えている。

 

この鍛冶師の主人と徐晃は既に5年の付き合いだ。

旅に出てから1年ほどで、武器に関してはやはり自分にあった武器が欲しいと思っていた。

今までは賊から殺して奪った粗末な剣や、たまに良質の槍や、戟、剣を振り回しながら戦っていたが、殆どの武器は自分の怪力に耐えられなかったのだ。

 

一戦もてばいいほうである。最悪、殺しながら武器を変えて戦っていたのだ。

だからこそ、欲しいと感じたのだ。…というのは表向きで、簡単に言うと色々変えながらの戦闘は面倒くさいと思ったからだ。

 

そこで、鍛冶師いねぇかー?と探し回っていたらこの主人と出会ったのである。

頑固者で実力者にしか剣を打たないという人物だったが、徐晃の立ち振る舞いとお金に糸目をかけないという言質で徐晃の武器を製作した。

注文は難しく、丈夫で切れるもの。

 

勿論、どんな武器でもそのように作ってきた。しかし、切れ味といったら一般兵士が持っているものや、大剣は斬る。というより、砕くといったほうが正しい。

かといって、斬るために特化させたら脆い事この上なかった。そうして、色々なところを旅して、とある武器が眼に映った。

 

そう、刀もどきの刀剣である。金は徐晃から相当貰っていたし、出来るまで援助するという言葉もあり、武器商人からそれを買った。

その刀剣を一時期徐晃に与えて、どういう感じか聞いてみると

 

「この剣いいですね。しっくりきます」

 

という色の良い返事が来た。が、丈夫さはやはりあまり無いのか、次の週には折れた刀を持ってきた徐晃には若干の殺意が沸いたのは良い思い出らしい。

しかし、折れたところから、どういった技術を使っているのか目で見て肌で感じとり、再現した。

単純に再現するのではなく、材料に丈夫なものと自身の経験で切れ味が増すものなどをふんだんに盛り込んで出来たのが今の徐晃の剣である。

 

銘はあえてつけなかった。

 

普通の鍛冶師は銘を打ち、世に名を残そうとするが、この鍛冶師はそういうことにあまり興味が無かったのと同時に、徐晃が扱っているということで

あまり良い評判にならなさそうと予想していた。…のろい付きなどの噂が流れたら商売上がったりであるし、後世にそんな不名誉で名を残したくなかったのである。

 

しかし彼の人生で間違いなく最高傑作であり、切れ味、頑丈さは折り紙つきである。実際徐晃が使っている場面、試し切りを大木や大きな石なので行ったが、切れる。

鉄も難なく切れた。この事には鍛冶師本人は予想外でうれし涙を浮かべたほどに嬉しかった。

 

…実際は「気」というカラクリがあり、刀身を薄く覆っていたというのは徐晃の中で絶対に墓場まで持っていこうとする秘密である。

 

「英雄なんて所詮は人殺し…でも私にはその肩書きは似合いません。化け物で結構ですよ」

「ま、そうだと思ったぜ。そんな綺麗な肩書きは嬢ちゃんに似合わねぇ」

「それはどうも。…それでは点検をお願いします。先日の盗賊でお金はいっぱい入ったので気合入れていただいても結構ですよ」

 

そうして腰に携えている二振りの剣を鍛冶師に渡す。

 

「はは!そんじゃま、始めるか。明日の…そうだな、昼頃取りに来てくれ」

「はい」

「変わりに俺が作った奴を貸すぜ。無いと寂しいだろ?」

「ありがたくお借りします」

 

そうして徐晃は同じような刀を一本借り受け、鍛冶師の店を出たのであった。

 

 

 




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3話

 

 

 

腰に若干の寂しさを感じながら鍛冶場を出た徐晃が向かう先は、宿である。

既に日没をし始めており、夕暮れがこの江陵を照らしている。仕事もひと段落したのだろうか、道には先ほど鍛冶師を訪ねて行く時より多く感じた。

その人々を見ながらゆっくりと宿へ向かっていく。途中、上手そうな肉まんが販売していたので一つ注文し、金を払って一口。

 

「…旨い」

 

じゅわっと肉汁が出てかつ、ほのかな甘みとまろやかな口当たりが口内に広がる。

皮と肉のバランスがよく、塩味も丁度良い。その旨い肉まんをむしゃむしゃと咀嚼しながら歩いていった。

 

肉まんを全て食べ終わり少し歩くと、目的の宿があった。部屋を一つ借り受けて、ちょっと一休みしてまた宿を出る。目的は食事である。

先ほど食べた肉まんで余計に腹が減ってしまい、お金もまだまだ底を見せないため、今日の夕食は少し豪勢に行こうと決心した。

既に辺りは暗くなり始めている。宿で一休みしたから結構時間がたってしまっていた。

 

大通りを少し歩いていると、喧騒が漏れている酒場があった。喧騒…と言ってもそんなに騒がしい。という程でもないから、この場合活気といったほうが適切か。

他の店はこれほどまで活気に賑わっていなかったのと、美味しそうな香りがしなかったため、この酒場に決めて店内へと入る。

 

広さは結構あり、テーブル席とカウンター席、個室という豪勢に間取りを揃えている店内だ。

 

「いらっしゃい!」

 

主人であるのか、酒場なんて入っても殆ど歓迎されることは無いが、この酒場の主人は気が良い。挨拶をするとは現代日本に通じるところがある。

店内を見回すと、カウンター席の端が開いていたので、その席に腰を落着け、主人に問う。

 

「主人、餃子と酒をお願い」

「はいよ!ちょいと待ちな」

 

そうして、忙しそうに準備を始めながら、他の客の料理を同時進行で捌いていく。その手つきは熟練の技を感じさせる。

 

「はい、お酒です」

 

可愛らしい女性がお酒を片手に徐晃の席へ行き、カウンターテーブルに置く。

 

「ありがとう」

 

にっこりと笑いかけ、僅かながら女性の顔が赤くなる。しかし、その事を気にも留めずに正面に置かれた杯を傾けて、酒を嗜む。

この時代、お酒は何歳で飲んでも咎められることはない。勿論、18才の徐晃も例に漏れず、普通に飲酒をしている。

といっても、この時代のお酒は強いとは言えず、現代でいえば、チューハイ位のアルコール度数レベルなのだ。

 

よって嗜む程度や晩酌程度に飲むことは逆に体の健康を促進する。勿論、度が過ぎれば別だが。

徐晃は酒は好きでも嫌いでもない。普通に飲めるという程度だが、妙に飲みたくなるときがあるのだ。

そういう時には、こうして酒場なので飯を食いながら酒を嗜むのだ。

 

そうしてしばらく待っていると

 

「へい、お待ち!餃子でさぁ」

 

ごとっと豪快に置かれた器は結構大きく、徐晃の拳が5つほど入る。そこに餃子が沢山入っており、汁も旨そうである。

蓮華も付いており、さっそく一口汁を啜る。

 

「…旨い」

 

先ほどの肉まんと同じくらい旨く感じ、餃子も咀嚼する。この餃子も肉汁がたっぷりで、ほのかな香料の香りが食欲をそそる。

しかも熱々なので、夜に食べるのには丁度良く、体が温まる。

これは正解だなと思いつつ、餃子を食べながら、酒をちびりちびり飲んでいく。

 

 

 

 

 

「ああ!?もいっぺん言ってみろ!!」

 

そうして8割りほど餃子を食していたときに、後ろのテーブル席から男の怒鳴り声が上がった。

その声につられてふと後ろを見ると、大男と美しい女性が対峙していた。

 

「貴様のような男に酌など出来ぬ。と、申したはずだが?」

 

挑発的な視線を大男に流す女性。髪の毛は水色で肩まで伸びており、現代風に言うとナース服みたいな感じの服とその手には厳つい槍が握られている。

露出度が徐晃とためを張れるくらいあり、美しい腿が周りを照らしている炎に照らされて妖美だ。

 

「て、てめぇ…死にてぇようだな!」

 

その言葉と共に、男が握っていた杯を横に向かって投げ、結構な速度で宙を走る。

くるくると回転しており、遠心力で丁度中身が出てこない。そして、とある人物に当たった。

頭にあたり、回転力がなくなったため、零れなかった酒が全てその人物へと掛かる

 

「いたっ、つめたっ」

 

そう呟いたのはカウンター席の端に座っている黒髪の女性。徐晃であった。

一瞬だけ状況を見て興味がなくなったのか、残りの2割を食べていた最中であった。

もちろん後ろを向いていたし、殺気も無かったので徐晃には避けるすべは無かった。

 

そうした結果、胸元まで酒で塗れてしまったのだ。

その事実を認識し、後ろを振り返る徐晃。眼に映ったのは先ほどの二人。

思わぬ事に、店内が静かになった。

 

「…そういう事は外でやってよ、うるさい」

 

本当に迷惑そうに本心でそう呟く。

 

「ああ!?てめぇがうるせぇんだよ!ココは餓鬼が来るところじゃねぇ!帰れ!」

 

しかし、怒りで顔が赤くなるほど怒りを感じている男にはかえって逆効果で、更に怒気を上げてしまった。

確かに徐晃は大男が対峙している女性より、少し身長が低い。しかし、年齢に関してはこの世界、見た目幼女でも18才以上な女性は少ないが、見かける。

よってこの言葉は男にとって少し軽率であった。

 

だからと言って、あまりそういうことにプライドを感じていない徐晃はその程度で怒るこはない。

が、やっぱり少し傷ついてしまうのは仕方が無いことであった。

 

「もう18ですよ…童貞」

 

男にとって…いや、この大男の年代にとっては最大級の侮辱を放ってしまったのは、本当に少し仕返しがしたかっただけである。

他意はないのだ。…恐らく。

 

「何だと!この餓鬼が!!」

 

そうして、カウンターへと歩を進めようとした大男

 

「おっと、貴様の相手はこの私だったと記憶してるが?」

 

歩き始めた男にそう声を掛ける美女。手には槍を携えて、男を挑発する。

 

「…お前ら二人!表へ出ろ!ぶっ殺すか犯してやる!!」

 

完全に堪忍袋の緒が切れたのか、額に血管が浮かび上がるほどの怒りを言葉にし、叩きつけ、外へ出る。

 

「この酒場を血で汚すわけにもいかないしな」

 

徐晃を見てそう口にして女性も外へと出て行った。それを見届けて徐晃は残り一割に減った餃子を全て胃へと流しこみ、咀嚼しながら外へと出た。

勿論、徐晃はしっかりと料金を置いていった。

 

 

 

 

 

 

外には既に野次馬が出来ており、その中心には大男と、最初に対峙していた女性、そして徐晃が餃子を全て飲み込んで、女性の隣に立つ。

 

「へへ、良く見るとどっちも上玉じゃねぇか…おい、今なら一晩相手するだけで許してやってもいいぜ」

 

外の夜風に吹かれて若干冷静になったのか、それとも二人の容姿に男の本能が反応したのかは定かではない。

ただ、その言葉を口にした瞬間、徐晃の中の何かのスイッチが入った

 

「ふふ…良く吠える。ねぇ、私が最初にいっていいかな?」

 

顔つきが妖艶になり、服装や、酒を嗜んだことも相まって顔が上気しており、色気が普段の数倍以上も跳ね上がり、周りの野次馬の目が釘付けになる。

 

「ふむ、いいでしょう。私より、貴殿の方が被害を被っておりますし、私は後ろで控えていることにしましょう」

「ありがとうございます。…ああ、楽しみ」

 

最後の一言は女性には聞こえない声量で呟いた徐晃。

 

そうして徐晃は一歩前へでて、大男と対峙する。後ろに控えている女性より幾分か背が低いので、正に子供と大人である。

そして、これほどまで美しい女が男の手で汚される様を野次馬は期待しているのだ。

 

「どっちでもいいぜ、俺は優しいからな、殺しはしないさ…だが」

「御託はいいから早くしない?」

 

何かを徐晃に伝えようとした大男の言葉を遮って、勝負を始めようと促す。

 

「け!…一晩じゃねぇ、死ぬまで俺の奴隷として可愛がってやるぜぇ!!」

 

その言葉と共に、帯刀していた剣を抜き、大きな図体を揺らしながら徐晃へと迫る。距離はおよそ10歩

対する徐晃は構えておらず、自然体である。

 

「取ったぁ!!」

 

図体の割には意外と早く、この決闘に自信を見せていた実力の片鱗をうかがわせた。

しかし、この程度の速度は徐晃にとっては止まっているのと同じである。

僅かな金属と金属が擦れる音を出し、神速の抜刀を行い、男の刀身を切った。

 

あまりにも流麗に斬ったので、男は完全に徐晃の着物を切り、珠の様な肌に傷を入れたと確信していた。

 

しかし、男が思っていた相手の反応が無い。

そう思ったときに、地面に何かが突き刺さる音が男と野次馬全員の鼓膜を揺らした。

その音の根源を見ると、徐晃の後ろに何かが刺さっている…それは刀身であった。

 

男はあの刀身に見覚えがあった。それは自分が何時も腰に刺している剣。そこで漸く、視線を自身が振り切った剣へと向ける。

綺麗に切られており、その切り口は非常に滑らかである。

 

「へ?」

 

そう口から零し、徐晃を見る。その姿は先ほどと同じ自然体。抜刀もしていないし、何かをしたようにも見えない。

 

「て、てめぇ!何をした!?」

 

慌てながらそう徐晃に問う男だが、徐晃は綺麗な笑みを浮かべたままその場を動かない。

 

「お、おい!無視するな!何をしたんだ!?」

「斬ったのだよ。貴様の剣を……な」

 

男の問いに答えたのは徐晃ではなく、後ろの女性であった。

その女性の顔には驚愕が表へ出ていた。

 

「へぇ…」

 

後ろの女性がその事実に気付き、自然と笑みが零れていた。

極度のバトルジャンキーである徐晃は直ぐに目の前の男を始末して後ろの女性と死闘を演じたいと思った。

 

「き、斬った!?…ばかをいうな!金属で出来てる剣を斬るなんて…そんな」

 

その言葉から先は続かなかった、野次馬から悲鳴が上がったからだ。

何があったのか、それは直ぐに分かった。自分の剣が落ちていたのだ…否、自身の右腕ごと地面におっていたのだ

 

「あ、あああああ!?腕がああああああ!」

 

野次馬も蜘蛛の巣のように散っていくものが出てきた。しかし徐晃にとってはそんなものは関係なかった。

 

「や、やめてくれ!俺が、俺が悪かった!だから!」

「あっそ」

 

そう周りの様子も、男の言動も全てどうでも良かったのだ。殺す瞬間の感触だけ得られればこの男に用は無い。

早く後ろの女性と殺し合いがしたいのだ。

神速の抜刀で男の胴体をなぎ払おうと刃を滑らせた。一秒未満で男を両断するその刃は…金属音と共に薄皮一枚のところで止まった。

 

「…既に勝負は付いている。それ以上手を下す必要はない筈だが?」

 

後ろの女性が、槍のリーチを生かして徐晃の後ろから男への攻撃を止めた。

 

「…ふふ、やっぱりいいわ。貴方との殺し合い…とっても感じそうだよ」

 

槍を打ち払い、体を反転させて女性を見る。

その女性は油断なく槍を構えて徐晃の出を伺っている。その顔は険しい。

その間に、腕を切られた大男は野次馬に引きずられながら這い蹲って逃げていった。

 

「……貴様。殺人中毒者か」

「ええ。ただ、一般市民とかには全く興味ないんだけどね。あ、あと強い相手との死闘も凄く感じるわ」

 

女性は険しい顔のまま、冷静に相手の性癖を当てた。その事により、徐晃は更に一段階相手の評価を上げる。

この状態で未だに頭が冷静でいられる人間はいったいどれほどいようか。

殺し合いたいといわれても尚冷静でいられる。その事だけで、徐晃は下腹部に熱がこもる

 

「武人かと思ったのだが…貴様は只の殺人鬼。この趙子龍の槍で成敗してくれよう」

 

そして臨戦態勢を取る女性こと趙子龍。三国志では劉備の息子、阿斗を敵陣中にて救出するという離れ業をやってのけ、半ば伝説と化している人物である。

ただ、この趙雲は女性であり、いまはまだ名が広まっていない。しかしその実力は本物で、この趙雲もまた、数多の賊を葬ってきたのである。

 

「私は…ふふ、武人じゃないからね。名乗るほどでもありません」

 

そうして、刀を鞘へ納刀し初めて構える。

徐晃は趙雲をそれほどの相手と見た。しかし…

 

「いざ、参る!!」

 

その言葉と共に先ほどの抜刀術よりは少し遅いが、閃光のような突きを徐晃へ向かって繰り出す。

初速から最高速度を誇る槍さばきは達人の域へ達しており、一流を超えた超一流という領域である。

 

「ふふ、最高だよ!!」

 

その突きを見た瞬間に、徐晃の全身が歓喜した。先ほどより速い抜刀術でその突きをなぎ払い、そのまま一歩踏み込む。

返す刀で趙雲の首を跳ね上げるように空気を切り裂きながら刀を滑らせる。

 

「ふ!」

 

しかし相手はあの趙雲である。弾かれた槍を立てて柄でその剣閃を防ぎ、槍を回転させて、刀身のほうで一瞬で刀を打ち上げる。

打ち上げる筈の刀は趙雲の力に負けずに、徐晃の手にまだ残っている。だが、打ち上げられたことによっての隙は僅かながらに在る。

常人では決して間に合わないような小さな隙も、この趙雲は付いてくる。そう、相手の腹部へ槍を繰り出す。

 

それを回転しながら避けて、遠心力を利用して地面へと叩きつける。

 

「ぐぅ!?」

 

恐ろしい力で地面へと叩きつけられたが、趙雲の意地なのか、槍から手を離すことは無かった。

しかし、それは悪手であった。

叩きつけられた槍を踏みつけながら趙雲へと切り込む。

 

「く!?」

 

上半身を反らして致命傷は避けるが、切り傷が出来、血が滴る。

上半身を反らした力を利用して、槍を地面から引っ張り、上に乗っていた徐晃をどかす。

それを察知し、徐晃はバック転で軽やかに後ろへと距離を開けた。

 

「あはははは!!」

 

本来であれば綺麗な笑い声な筈だが、この場面では悪鬼が笑っているようにしか聞こえない。

瞳は爛々と輝いており、顔は上気している。されど頭の中は意外に冷静な部分もあり、戦況を良く把握している。

 

その笑い声と共に、地面が陥没するほどの踏み込みで趙雲に迫る。

地面からの切り上げを趙雲はいなし、自身が誇る神速の連撃を徐晃へと叩きつける。

 

「ハイ!ハイ!ハイー!!」

 

しかしその尽くが片手で防がれ、最後に打ち払われて、そのまま一瞬で回転し、遠心力を伴った剣閃を趙雲へと走らせる

 

「くぅ!?」

 

紙一重で槍を剣と自身の間に滑り込ませて、防ぐ。だが趙雲は思った。

 

まずい。趙雲の本能がそれを告げる。ココまで打ち合わせてきて自分と相手の力量を悟った趙雲はこう結論付けた。

 

このままでは確実に負ける。と。

 

力は圧倒的に此方が負けている。速度は僅かながらも向こうに負けているし、戦闘の嗅覚というものなのか、それらは同じくらいと見切った。

だから負ける。

 

(く!?我が武をもってしても、これまでか…)

 

そう思った矢先に、徐晃の足元へ矢が刺さった。

 

「こぉら!そこの貴方達!街の大通りで何をやっているの!?」

 

そう大声が聞こえた。二人ともその方向を向いてみると、妙齢の美女が大きな弓を携えて此方を警戒している。

周りには官軍であろうか、結構な数の兵士が二人を警戒していた。

 

「…時間切れって奴ですね。面白かったですよ、趙子龍」

 

その言葉と共に徐晃は刀を納刀して妙齢の美女達が居る反対のほうへと歩き出す。

 

「こら!待ちなさい!そこの黒髪の女性をひっ捕らえなさい!」

「「「は!!」」」

 

そうして官軍が二人へと…徐晃のほうへ向けて走っていく。その僅かな時間で趙雲は徐晃へ質問をした

 

「…名は、なんという?」

「……徐晃」

 

一瞬間が空いたが、名前を趙雲へと教える。

 

「そういえば、初めて戦った相手に名前を教えましたよ」

 

振り向いて満面の笑みを浮かべる徐晃。あたかも、初めてを貴方にあげちゃった。みたいな背景はきらきらと輝いていそうな感じである。

それに一瞬だが、眼を奪われてしまった趙雲は気を取り直したら既に徐晃の姿はなく、兵士がおそらく去っていったであろう道を走っていく。

 

「徐晃……次は必ず勝つ」

 

そうして趙雲はその決意を胸に秘めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「…御暑いところ悪いのだけれど、あなた、ちょっと屯所まで来て事情を説明してもらうわよ?」

 

いつの間にか後ろに立っていた妙齢の美女に肩を捕まれて趙雲はどう説明したものかと頭を悩まる。

 

「あら、その傷大丈夫かしら?」

 

肩を掴んでいた女性は趙雲の胸の上にある切り傷をみて、そうなげかけた。衣服を赤く染め上げており、結構な出血量を伺わせるが

 

「はい、大丈夫です。血はまだ止まっておりませんが、深手ではないですので止血を施せば問題ないでしょう」

「そう、それじゃあ止血も兼ねて屯所までお願いね」

 

そうして妙齢の女性は趙雲に肩を貸してなるべく負担を掛けない様に屯所へと向かっていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




誤字、脱字等御座いましたら、ご指摘をよろしくお願いします


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4話

 

 

 

 

 

あの趙雲との私闘の後、追ってくる兵士を振り切って堂々と宿に入る徐晃。

 

「あ、おかえりなさい。ご無事そうで何より」

 

まだ寝る時間ではないのか、宿の主が帰って来た徐晃に対してほっとしたような顔でそう投げかけた

 

「何かあったのですか?」

「ええ、何でも人を斬ったという人間がこの辺りで出没して今大変な騒ぎになっておりますよ」

「何と…物騒な世の中ですね」

 

全くです。と店主が思案顔で徐晃の言葉に相槌を打つ。

そうして徐晃は今日借りた部屋へと移動して扉を開け、布団に身を預けた。

 

「あー…趙子龍かぁ……また会えるかな」

 

天井を見つめながら、まるで恋する乙女のようにそう呟く。

今まで会った人間の中で最も強い美女。槍使いで戦闘の熟練も力も速さも全て徐晃が満足するに足りる実力であった。

世にまだこれほどの人間が存在するとはと、徐晃はもっとくまなくこの国内を旅してそういった手合いと戦いたいと思った。

 

「あの感じだと、後ちょっとで、もっと強くなりそうだし…ふふ、面白くなってきた」

 

そうして瞳を閉じて、外の喧騒を子守唄にしながら浅い眠りについてくのであった。

 

 

 

朝になり、朝ごはんを外で軽く食べに行った。

先日の夜みたいに兵士はうようよと巡回していなかったが、それでも昨日よりは目に付く。

それでも徐晃は見つからない、何故なら…現在徐晃は変装をしているからだ。

 

と言っても、あの夜の中で顔なんてみえることは殆ど無理なはず、よって髪型さへ変えれば大丈夫だろうと判断した。

第一、人を殺していないのだからそこまで問題視するなんてことはないとたかを括っていたからだが。

因みに白いリボンでツインテールに仕上げてある。

 

食堂を見つけて、店内に入る。昨日の酒場みたいにいらっしゃいませという出迎えは残念ながら無かった。

店内は結構すいており、客も疎らだ。テーブル席に座り

 

「目玉焼きとご飯と汁をお願いします」

「はーい」

 

客が食べ終わった食器を提げている女性に注文した。かなりフランクに返されたが、徐晃は全く気にしない。

そうして幾許か時が過ぎ

 

「お待たせー」

 

お盆の上にご飯と目玉焼き、肉汁が出てきた。ボリュームは朝には丁度いいくらいだ。

テーブルにそれらを並べられて、早速食べ始める。

行儀良く、されど早く食事が進み、ほんの少しの時間で全て食べきる。

 

最後に水を飲んで、料金をテーブルの上に置き席を立った。

 

徐晃の朝ごはんを食べる速度は速い。この三品であれば現代風に言うと10分以内に全て食す。

別段急いでいるというわけではないが、何故か速く食べて朝の時間をゆっくり過ごしたいと思ってしまうからだ。

ただ、ゆっくりするといっても賊を討伐する以外は殆どあてがない。よって朝ごはんこそゆっくり食べるべきだが…何故か速いのだ。

 

「…予定の時間まで2刻以上あるなぁ」

 

外へ出て、そうぼやっと愚痴る。しかしこういった生活習慣が身にしみているので中々治す事も出来ないし、傍から見るとかなり規則正しい生活だ。

 

(河へ行こう)

 

昨日の騒動で体を拭いていないことに、今になって思い出し、布を雑貨店にて買い、外れの森の中にある川で身を清めようと歩を進めた。

 

「はぁー…気持ちいい」

 

着衣を全て脱ぎ、一応木々で死角になっているであろう川の流れが緩やかな所で徐晃は濡れた布で体を拭いていく。

宿にお風呂はついていない。この時代、風呂はかなり贅沢な代物なのだ。上質な宿や、それなりの民家なら普通に設置されているが…それでも毎日は入れない。

だからこうやって濡れた布で体を拭くのは当然の嗜みである。それも毎日。そこの感覚は女性と全く変わらない。

 

ただ

 

「おい!居たぞ!」

「へへ…良い体だ、はやくやっちまおうぜ」

 

川の真ん中で体を清めている途中、後ろからがさがさっと草木を掻き分ける音が複数なる。

 

「くく、昨日の借りを返しに来たぜぇ」

 

徐晃が半目で後ろを振り返ると、見覚えがある顔。そう、昨日腕を切り飛ばし殺しそこなった大男である。

 

「…何の用?忙しいんだけど」

 

心底面倒くさそうに問いかける。すでに布は股間のほうに巻きつけてあるが、うっすらと隠してある部分が透けていて逆にけしからん状況になっている。

 

「は!…やっぱいいなぁおい。昨日は俺一人だったが、今日は…15人ほど連れてきたぜ」

 

下卑た笑みを裸体を惜しげもなく晒している徐晃へ向ける。既に他の人間が徐晃の武器と、衣服を男達の後ろへと放り投げている。

全員剣を装備して嘲笑っている

 

「てめぇは武器が無い。そして多勢に無勢だ。昨日の借りはてめぇを回しまくってかえさせてもらうぜ」

「おい、早くしろよ!早くぶちこみてぇぜ!」

 

と、下世話な会話をしている。

 

既に徐晃の中のスイッチは切り替わっていた。

 

「…ふふ、いいよ。全員相手になってあげる」

 

そうして徐晃は裸体のまま男達の方へと歩を進める。

 

「へ、流石にこの状況では従うほか無い」

 

その言葉のなかで徐晃は片腕が無い男の手前まで来て、頭部を掴む

 

「へ?」

 

そして万力の力で片腕だけで大男の顔面を地面に叩きつけた。

 

「ぎゃあ!」

 

その言葉とほぼ同時に徐晃の右足が大男の顔を……叩き潰した。

 

肉と骨がひしゃげる音と何かが一気に破裂する音が森を木霊した。

断末魔は無い。大男の体が数回激しく痙攣して…動かなくなった。

 

ここまでほんの数秒足らず。

 

漸く状況を把握した男達は

 

「てめぇ!殺すぞ!」

「いや、手足切り取って犯し殺してやろうぜ!」

 

血気盛んに徐晃に殺到するが、大男が持っていた武器を既に手にしており、気を纏わせて強化し、男達が持っている得物ごと遠目から見ても霞むような剣閃で切り刻んでいく

 

「ぎゃあああ!」

「いてぇえええよおおおお!」

 

断末魔と

 

「逃げろ!にげろー!」

 

逃げることを促す声。どれもこれもが徐晃にとって聞き飽きた台詞だ

しかし、殺すことの快感は何度味わっても飽きることは無い。

 

「ふふ」

 

口元に笑みを浮かばせながら一瞬で男達を切り刻んでいった。

 

 

……そう、徐晃はあまり羞恥心が無い。

いや、あるにはあるが、ああいう手合いの場合はどうせ殺すのだから関係ないと割り切れるくらいの羞恥心しか持ち合わせていないのだ。

これが一般大衆の前であれば普通に局部や胸の頭頂部は必死に隠そうとするのは女性としては当たり前の反応であるし当然徐晃もそうする。

 

「はぁー…さて、全員流そうっと」

 

そうして切り刻んだ死体を全て川へと流し、血に汚れた体を全て綺麗にし、血に濡れた布を川に流して投げ飛ばされた着物を

土ぼこりを払って着込む。さらに投げられた刀を腰に差し、白いリボンでツインテールにして川を後にした。

 

夥しい量の血を残して

 

 

 

 

 

 

 

「おう、点検も終わったし、若干傷ついたところも補修が完了したぜ」

「ありがとうございました。約束のお金です」

「毎度!」

 

約束の時間が来て、鍛冶師の家へ訪問し二振りの刀を受け取った。

 

「所で、人を斬った人間が辺りをうろついているってぇ話…まさか」

「ああ、私です。何か賊と同じ様なことを言ってきたのでつい」

「ついって…まぁいい。兎に角警備は…って普通にココまで来てるし、その髪型だし、大丈夫なのか」

「大丈夫です」

 

鍛冶師の親父は徐晃の髪型を改めてみて、自分の中で納得する。

ここまで普通に歩いてきていたのか、髪にも服にも土汚れはついていない。

 

「それで、これからどうするんだ?」

 

5年もの付き合いなのか、若干情が沸いてしまっている鍛冶師の親父はそう徐晃に投げかけた。

 

「ん~…とりあえず、ほとぼりが冷めるまでここらには戻らない感じです」

「そうかい。ま、ほどほどにな」

「ふふ、善処します」

 

そうして徐晃は鍛冶師の親父に一礼をして外へ出た。

 

現在の季節は春で、旅をするには最適の季節である。各地は暖かくなり、野草も食せる物が生えてくる時期。

といっても、徐晃の場合は賊から殺して奪うのであまり関係ないが。

 

「うん!二振りあると落着くなぁ」

 

とんとんと柄を軽く叩き、感触を確かめる。

借りていた刀より刃渡りも重量も全て上である。だが、その重さが今は心地が良い。

5年も腰に携えていればすっかり馴染んでしまった得物は、これから先も徐晃から離れることは無いであろう。

 

そうして門番に普通に挨拶を行って、江陵を出る。

 

荒野には清涼とした風が吹いており、気持ちが良い。

気分が軽くなり、徐晃の足取りは軽く、そそくさと門から離れていった。

決してばれるかもと不安になったからではないという事を追記しておく。

 

 

 

 

「さて、どっち方面に行こうかな」

 

江陵を出て5里ほどになり、背にはすでの小さくなった江陵がある。

平坦な地面をさがして、徐に腰に刺してある一振りの刀を立たせ…手を離す。

そうして物理法則にしたがって地面へと倒れた刀。それをみて徐晃が一言

 

「北か」

 

丁度、切っ先が北のほうへ向いていた。

そう、徐晃はどちらの方角へいこうか迷ったときや、目的が特に無い時はこうやって神頼みを行って行く先を決める。

 

せっかくだから司隷へと向かおうかと気持ちを改めて、ゆっくりと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるところのとある宿

その一室に三人の美少女が円陣を組みながらうんうんと頭を悩ませていた。

 

「うー…新しい歌詞が思いつかないよー」

 

そう零したのは髪の色が淡いピンク色をしており、露出度は徐晃より高い衣服を纏っている。

体つきは女性の理想に近い体系で顔も相まって10人が10人美人と答えるだろう。

 

「ねえさん。ぶーたれないで、新しいの考えないと」

「私も考えるから頑張って!」

 

紫色の髪と眼鏡を掛けた女性と、サイドポニーをしている女性が桃色の髪の女性を励ます。

 

「むむ…むー…やっぱり思いつかないよーちぃちゃん、れんほーちゃん」

「頑張って天和ねえさん」

 

ぶーたれている桃色の髪の女性…天和という人物に対して、紫色の髪の女性…人和とサイドポニーの女性、地和。

 

彼女達はいわゆる旅芸人という奴である。各地を転々として人々に芸を…歌を提供しているのだが、実はなかなか多くならない。

その事には今は不安がある。この先ずっとこのままでは寂しい。もっと目立ちたいというのは芸人としての自然な欲求だろう。

 

「うー…う?お、おおお!」

「何?どうしたの?」

 

うーうーと唸っていた天和からなにやら奇声らしいものが発しられて眼鏡をくいっと掛けなおしながら尋ねる

 

「思いついたの!いい?ここから……」

「なるほど」

「あーそれ可愛い!」

 

そうして三人が輪になってあれが良いこれが良いと歌詞を作り上げていく。

……そして2年後。この三人が中心となる大きな事件が起きることはまだ、誰も知るすべは…無い。

 

 

時代は動いていく。誰が望もうと誰が望まないとも…時代は動いていくのだ。

 

 

 




誤字脱字等御座いましたら、ご一報ください。


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5話

 

 

 

 

江陵を出て一年。その間に殺した賊の数は…1200

ココ最近、賊の出没数が増えてきている。といっても大方の原因は分かる。

朝廷が原因である。

 

この国はいまや荒れ果て、民は貧しい生活を強いられている。

その中で貧富の差が昔より大分激しくなり、貧しい民が賊へと身を落としていく。

そしてその被害が邑にも及びさらに賊へと、流民へと流れていく。

 

さらにそこから悪循環が生まれて…今の状況へ。

その間に朝廷は対応らしい対応は行っていない。さらに太守やその県を治めている人間も欲に眼がくらんだ人間が多数見受けられる。

中にはまともな人間も居たが…それでも焼け石に水だ。

 

だからこそ、邑の人間は自分達の手で邑を守っていかなければならない事になってしまっている。

本来であれば国が対応することをだ。

 

 

もう末期なのだ。国という名詞で呼ばれるにはぎりぎりな状態なのだ。

 

 

 

「ま、私にはあんまり関係ないけどね」

 

賊の砦に単身で乗り込み、合計154人の賊を全て切り殺し、一休みしている徐晃。

前年から身長の変化は殆ど無い。しかし、その腕には更に磨きが掛かっていた。

徐晃は何時でも死線と隣り合わせである。しかも孤立無援の状態だ。

 

その中に既に7年も身を投じている。

故に第六感というべき感覚…言うなれば「勘」というものが物凄い発達している。

来る。と思えば、予想通りの所へ来るし、居る。と思えば予想通りのところに敵が潜んでいる。

 

この勘と身体能力、怪力、武の才能で今まで生き残ってきたのだ。

しかもまだまだ成長を止めることは無い。どんどん強くなっていくと徐晃は実感している。

 

砦の中に既に生きている人間は誰一人も居ない。

 

今は

 

賊を殲滅した後、地下へ行く階段があった。

そこに女が監禁されており、様々な匂いを発しながら虚ろな眼をしていた。

 

「…どうする?」

 

その姿を見て徐晃は……同じ女として多少は同情する。しかし、そこまで心は揺れ動かない。

これまで何度もみてきたし、今更何をしても彼女達の時を戻すことは出来ないからだ。

 

「……あ…こ、殺して……殺してほしい…」

「分かりました」

 

虚ろな眼を徐晃に向ける女の首に刀を当て、一閃。

このときばかりは徐晃は快感を得られない。だが、最後の情けとして行う。

勿論、そのまま外へ連れ出して邑の近くまで送ることもある。

 

だが、多くの女性は陵辱され尽くされ、自身の死を願った。

 

そしてその結果が、血の海に沈んだ女性である。

 

「……」

 

ままならないものだとそう最後に思い、女性のことを思考の外へと出した。

 

 

 

だからこそこの砦には生きている人間は居ない。あるのは金と食料と武器等である。

しかしあまり多くはもっていけないので一晩この血生臭い所で過ごし、金と食料を拝借して立ち去る。

これまでもこれからも徐晃はそうしていくつもりである。

 

「あー…中々良い布使ってるなぁ…あったかい」

 

そう一言呟いて徐晃は瞼を閉じた。

 

 

 

朝になり、金と食料をまとめて持ち込んだ。幸い馬が生きていたので、それようの食料等を拝借し、荷物を多くまとめて砦を発った。

 

徐晃は馬の扱い方は普通に言うことを聞かせる程度には嗜んでおり、こういったことは初めてではない。

この場合は馬と余分な食料を街や邑に着いたら売りさばき、旅の路銀へとする。だからこそ、徐晃は幸運だなと思った。

 

「さてと、行きますか」

 

打ち捨てられた砦を背にして歩き出す。こういった砦は燃やすか、取り壊されない限り何時の間にか次の賊たちが占領して再利用する。

だからこそこの場所は忘れない。また一年後くらいに行けば賊がウヨウヨ居るに決まっているからだ。

彼らは後を絶たない。それはこの国の常識となりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、報告ご苦労様」

「「は!」」

 

ここは陳留の城の王座の間。王座には少女がひとり、その下段の空間には女性が二人。

臣下の礼を取る前髪をオールバックにした長い黒髪の女性とその傍らに居る水色の髪をした女性。

その二人が臣下の礼を取っている相手は…金色の髪をし、ツインテールの先がカールしている少女。

 

「これで3件目……ね」

「はい、華琳様。この付近を根城とした賊が何れも何者かによって撃破されておりました」

 

水色の髪の女性が、金色の髪の少女…華琳が零したその言葉に礼をとりながら反応した。

 

「秋蘭。この件についてどう思うかしら?」

 

挑戦的な瞳を水色の女性…秋蘭にそう投げかけた。

 

「は!畏れながら申し上げます。まずこの3件で共通する項目は…死体の状態。全員が滑らかに体を切断されており、中には剣ですら切断されておりました」

 

この3件での共通項目。それは死体の状態である。どの死体も綺麗に切断されており、どの表情も絶望に満ちたままの状態であった。

当初発見したときは、あまりにも凄惨で兵の一部はその場で嘔吐したほどであった。

捕らわれていたと思われる女性も綺麗に首が切断されており、その女性は穏やかな表情であった。

 

「私の剣撃でもあれ程まで流麗に斬るのは難しいでしょうが、私も負けておりません」

「そうね、春蘭の武器は斬るより叩き潰すといったほうが適切かもしれないわね」

 

秋蘭の隣の黒髪の女性…春蘭も先ほどの死体の切断面を見てそう判断した。

この春蘭は猪突猛進な正確だが、認める時は認める。そう、彼女が認めるに足るほどの流麗さであった。

 

「姉者の言うとおり、相当な実力者が賊を討伐したものと予想が出来ます」

「そう、秋蘭の言うとおりよ。賊を下した人間は相当な腕を持つ者……ふふ、欲しいわ。その才」

 

爛々と輝くその瞳は華琳が認めうる相手にしか見せない輝き。

 

「か、華琳様!私では華琳様の剣には足らないのでしょうか!?」

 

うるうると瞳を塗らして華琳を見上げる春蘭はまるで子犬のような庇護欲をそそる。

現にその隣の秋蘭はその姿を情欲が混じったような瞳で見る。…極度のシスコンなのだ、秋蘭は。

また華琳もそういった面を見せる春蘭を愛おしく感じる。

 

「いいえ、春蘭。貴方は私の剣。その事実は絶対変わらないわ」

「か、華琳様~!!」

 

感動に打ち震える春蘭。その隣では鼻を押さえて上を向く秋蘭に、微笑ましい者を見るような慈愛の目で春蘭を見る華琳。

しかし、その目をすぐさま切り替える。

雰囲気を察したのか、二人の姉妹もすぐさま切り替え、華琳を仰ぎ見る。

 

「曹孟徳が告げる!この3件に関わる人物を探しだしなさい!」

「は!この夏候元譲」

「夏候妙才。華琳様の命、拝命いたします!」

 

臣下の礼を再度とり、春蘭、秋蘭の二名が退出した。

そして王座の間に残るのは華琳ただ一人となった。

 

「ふふ…我が覇道を語るに足る相手か……楽しみだわ」

 

報告を受けていた時よりも覇気を噴出し、まだ見ぬ相手にそう語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 

勝手に評価が上がっている中、当の事件の中心人物はというと…

 

「このラーメン…いい出汁ね」

 

とある街にてラーメンを啜っていた。因みに塩ラーメンである。

日本人のようにずずっとはいかず、ちゅるちゅると可愛らしい音を立てながら食べていく様は殺し合いとはかけ離れている。

しかし、その傍らに立てかけてある二振りの武器が、彼女はどういった人物かを思い出させてくれる。

 

「ま、出汁しか良く分からないけど、美味しい」

 

そうしてスープまで飲み干して、料金を置き、店の外へと出た。

既に馬や余分な食料は売り捌き、中々なお金が出来た。実は徐晃は必要最低限の手荷物しか持っていない。

殆ど邑や街でその日だけにやっすい布とかを買って使用し、あとは捨てる。

 

たまに体を拭いた布が欲しいと言ってきたが、何かちょっとあれなのでそういうのは断っている。

気にしないっちゃ気にしないが…やはり気分がいいものではないからだ。

 

「久しぶりに鍛錬でもしようかな」

 

店の外へでて、首をこきこきと鳴らしながらそう呟く。

鍛錬…と言っても、筋肉トレーニングや、木を蹴って落ちてきた葉っぱをどれだけ切れるかとか、適当にしている動きを鍛錬と称しているだけだが。

尤も、こういったことは気持ちが大事なので、鍛錬という事実は変わりないだろう。

 

そうして通りを歩くと、綺麗な桃色の髪をした女性が、むしろを背負って

 

「あ、あの、むしろいりませんかー?」

 

道行く人々にそう投げかけている。しかし、殆どの人が無関心で通り過ぎ、そして男はその女性の胸の部分に目がいくが、やはり通り過ぎる。

 

「うう…せっかく街まで来たのに」

 

彼女は結構その場に居たのか、疲れたような顔をして愚痴を零していた。

そんな彼女をみて徐晃は、徐にその女性の下へ歩き出した。

 

徐晃が近くに来たのを察知したのか、うなだれている顔からじゃっかんぎこちないが微笑を浮かべて

 

「むしろいりませんか?」

 

そう口にする彼女を徐晃はみる。

改めてみると相当な美少女である。徐晃より幾分か背が高く、その体系はまさに女性の理想で出ているところが出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる。

むしろはまだ残っているが、彼女の笑顔見たさで男が幾つか買っても可笑しくは無い。

 

現に既に何個か減っている。しかしむしろを完売させないと宿に帰れないのか、家に帰れないのか、それは徐晃には知るすべは無い。

 

「…それではお一つ」

「あ、ありがとうございます!」

 

このむしろはまぁいわば敷物である。

徐晃は旅を行う中で野宿はごくごく当たり前のことであるが、地べたよりもこういった敷物があれば、暖かさも地に直接座るより格段に暖かい。

…といっても一回使えば捨てるか、気分によって持ち帰るかしかしないが、路銀が予想以上にあるのも要因していた。

 

馬と食料。特に馬となれば地方によってはかなりの値がつく。この地域も中々高価に買い取ってもらい、懐は暖かい。

 

「はい、どうぞ」

 

にっこりと綺麗に微笑む彼女は世の男性が見たらさぞかし綺麗に見えるだろう。無論、女性の徐晃から見ても綺麗に思えた。

 

そう、彼女は綺麗なのだ。

 

「つかぬ事を伺いますが…」

「はい?」

「ここへは一人で?」

 

綺麗だからこそ蛾が集りに来る。

徐晃はむしろを一つ買い、彼女の護衛も買おうかと思った。

ここ最近は護衛も行っていなかったし、何か違うことを行いたいと、本当に気まぐれの選択だったのだ。

 

「はい、そうですが…」

「であれば、帰り道私が護衛を買いましょう。腕には覚えがあるので、心配要りません」

「で、でも、お金は自分と家族の分しか…」

「心配無用。私は旅をしておりまして、丁度何処へいこうかなと悩んでいまして、一人で行くのも寂しいので、お美しい方と一緒であれば旅路もさぞ面白くなるでしょう」

 

賊がわんさか出てくる。そう確信している徐晃。

これほどの美

 

「そ、そうなんですか…でしたらお願いします。邑へ帰ったら是非お礼をしますので!」

 

そしてこの無警戒心。

 

良く今まで賊や悪い人間に目を付けられなかったと徐晃は心の中で思う。

しかし、徐晃にとっては賊がこなくても良いとも思っている。国内の有名な都市や、町を見て回り、ちょうど行くあても無くなっていた所であったのだ。

ここの地域内の賊も噂が正しければ全て討伐し終えたが、彼女の故郷の地域ではその限りではないはずである。

 

最悪何事もなく、またこの地域内であってもそれはそれで旅をするきっかけになるので、いずれにせよメリットしかない。

 

 

 

そう、護衛を買って出たがこの女性は殺されても犯されても徐晃にとってはあまり関係ないのである。

 

 

 

が、護衛を買って出たからにはその役割を果たすが、賊が200人位発生した場合は守りきれる自信は無い。

勿論、賊全員を殺しきる自信はあるが。

 

「こちらこそ、宜しくお願いします。通りの宿で部屋を取っておきますので帰る際にお声掛けください」

「はい!…あ、私の名前は劉備です。字は玄徳と申します」

「これはご丁寧に、私の名前は徐晃、字は公明と申します」

 

では、と一言呟き、片手を上げ、通りを歩く。そして手に持ったむしろをみて

 

(…意外に邪魔だった)

 

内心、彼女にかなり失礼なことを思っているが、事実そうだったから仕方が無いのであった。

 

 

 

 

 




誤字脱字等御座いましたら、ご指摘の程をよろしくお願いします


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6話

 

 

「それでは徐晃さん、宜しくお願いします」

 

ぺこりとお辞儀をする彼女の背にはむしろは無い。すべて完売したのかは定かではないが、その顔は晴れやかなので恐らく完売したのだろう。

腰には一応護身用なのか、一般兵士が装備するような剣が携えてあった。

 

「此方こそ、宜しくお願いします」

 

その剣に目線を少し流して徐晃も劉備に向かってお辞儀をする。

 

「私の村はここから南に約三日ほど徒歩で歩けば見えてきます」

「わかりました、食料等の準備は…問題ないようですね」

「はい!」

 

劉備が背負っている筵を入れていたカゴの中に十二分な食料や水等が入っていた。勿論徐晃もそうした背負う袋を用意している。

基本盗賊団の根城にて食料を拝借する徐晃はそれほど手荷物はないし、いざとなったら野草でも食べて飢えをしのげる。

ただし、路銀だけは何時も一定以上か、自分の家…というよりもぼろ小屋だが、そこにお金を隠してある。

 

その場所は陳留のとある外れにある小屋。

 

以前までは鍛冶師が居た、江陵の外れだったが、昨年の事件のお陰で安心して寝泊りとお金を置けなくなったので、馬を一頭賊から拝借して引越ししたのだ。

引越しと言っても家財は殆ど無い。というよりお金だけであり、普段普通の人がみても空き小屋だという認識しか抱けない。

ただ、徐晃が時折帰ってきているので、それを見た子供はお化けがいる!という噂を立てたとか立てなかったとか。

 

「それでは早速出立いたしましょう」

 

その言葉に劉備は頷いて、眼前に広がっている荒野へと足を踏み入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

「涼州はやはり馬の質がいいですね」

「ほへー」

 

取り留めの無い話をしながら、女二人で荒野を歩き、二日目。今まで奇跡的にも何もなかった。

一日目は少しぎこちない感じで歩いていったが、劉備の人柄もあり、その日のうちに打ち解けてしまっていた。

夜になる前に川を見つけて、交代で布をぬらして汗を拭う。女性の嗜みなのか、劉備はカゴの中から香水を出し振りまいていた。

 

徐晃はそんな彼女を見て、女性として羨ましい部分がある事に内心気付き、驚く。

自分の中にそんな感情はとうの昔に消え去ったと思っていた。流石に毎日布で汗を拭っているが。三日間程風呂に入らなくてもなんとも思わない神経だった。

賊討伐でも返り血は流石にすぐさま落としているが、その死体の匂いなど確かに臭いと感じるが、それほどでも無くなって来た昨今である。

 

それが目の前で香水を嗜んでる姿を見ると女性としての心の部分は羨ましいと感じたのだ。

 

だからと言ってこれから女性らしくしようというのはあまり無い。今までもファッションとかにも気をつけていたし、それ以上のことはあまり望んでいなかった。

ただ、なんとなくいいなと感じただけである。しかし、その突っかかりが逆に面白く感じて、その日は朝になるまで機嫌が良かった。

 

 

「…しかし、ここ最近賊が活発になってきているのに、よく一人で遠いところまでむしろ売りに来ましたね」

「えへへ…家って貧乏だから、私が稼がなきゃ!って思って、三日位なら大丈夫かな?って思ってたんですよ」

「なるほど」

 

そして気がついたら徐晃は、劉備の不思議な魅力に若干心を惹かれていた。

ここまで人と喋ったことは人生において、この19年間において皆無である。12歳になるまでの故郷の邑でもこれほど会話をしたことは無い。

その小さな変化を楽しみながら徐晃は劉備との会話を楽しむ。

 

「でも、徐晃さんはこれまで一人で旅をしていたのでしょう?よほど腕に自信があるんですね。いいなぁ~…わたしって取り柄があんまりないから」

 

しょぼんと顔を俯かせる劉備は正に全身で喜怒哀楽を表現している。

 

「ふふ、それなりには、ですね」

 

武力は言葉では表しきれない。徐晃はその事を理解している。

仮に賊を100人切ったという情報があったとしよう。力としては具体的な数字に、相手がどんな常態なのかがはっきりしている。

よって、指標程度にはなると思われるが、それでも個人差で別れる。

 

まずはこれが戦とは離れている一般人や、文官などはどう捕らえるかといえば、やはり化け物と言われるレベルだ。

しかし、武官であった場合、確かに、強いと思うが、文官が思うほどの印象は抱かない。何故ならどんな武官でも自身の武に大小あれど誇りがあり、負けたくないという気持ちがるから。

そうして意識の食い違いが出てくる。だからこそ、文官と武官はそういった面でも衝突しやすいのだ。

 

何れにせよ、その目で見てみないことには何事も正確には把握できないということだ。

 

と言っても徐晃は自身の武には多少なれど自信があるが、それを誇ることはあまりしない。

人殺しの為の行為をそういった示威行為に使いたくないのだ。

 

……とこれまで言ったのは建前で、本音を言えば人を殺せれば、強い人間と死闘できれば、どうでもいいという思いが一番強いが。

 

「まぁ、今に分かりますよ…」

 

そうして徐晃は東の方角へと体を向ける。

劉備もそれにつられてその方角を見る。その方角には森しかなく、辺りに鳥が飛んでいるだけである。誰かが居る気配は…見た感じない。

首を傾げる劉備を尻目に、徐晃はにやにやとその方向を見つめる。

 

そして、ぽつぽつと男達が森の向こうから姿を現してきた。

 

「…え?」

 

何故分かったのか…という疑念は劉備には無かった。劉備の人生において、賊の襲来というのは言伝に聞いたことがあったりした事があるだけで、実際に現場に居たことはない。

むしろ、彼女が現場に居た場合は、それはもう、この世界観通り陵辱されるがままだろう。劉備自身は1対1では負けることは無いと思っている。

その根拠は劉備がこの立場に立つ以前に、とある人から勉学やそういった武術も少しは習ったからである。

 

しかし、迫り来る賊の数は目算で30人は確実にいるし、その後ろからまだ賊が姿を現していれば50人は確実にいるであろう。

その事実を認識して劉備は体を震わせる。そして、震わせながらも剣を手にとり、抜刀する。

 

その隣の徐晃はその光景を意外そうに見ていた。

歩き方や、体力、筋力から考えて劉備は戦闘には向いていない。むしろ、文官という立場の方がしっくり来る。

よって、この状況で…普通の人間であれば絶望的な状況でも逃げずに立ち向かう姿勢を見せるのは、徐晃が関心を寄せるに値した。

 

「徐晃さん…」

 

悲愴な決意を瞳に浮かべて徐晃を見る劉備の顔は既に真っ青だ。

 

「…劉備さん、私が護衛なので大丈夫です。貴方には指一本触れさせませんよ」

「わ、私も戦います。この人数なら一人より二人じゃないと…」

「大丈夫です…腕に覚えがあると先ほども申したはずですよ」

 

そうして一歩前へ出る徐晃。その頼りになる背中を劉備は見つめる。

その視線には憧れを含んでいたが、徐晃には知るすべは無い。

というより、徐晃の言った言葉は強がりでもなんでもなく、全て事実である。

 

むしろ

 

(…若干数が少ないけど、まぁいいや。今夜もいい気分で寝れそう)

 

と、心中は既に劉備の事を忘れて目の前に迫ろうとしている賊達を殺すことで頭がいっぱいであった。

徐晃の目算では51人。後方からも賊が現れたことで数を増やしたが…問題は無かった。

しかし、今回は護衛対象が居る。一定の距離を保ちながら賊を殲滅させるという、無意味で余計な手間な殺しだが徐晃は逆にうきうきしていた。

 

「それでは、万が一そちらへ賊が来ましたら対応お願いします」

「へ?…え、ちょっと!徐晃さん!」

 

徐晃は劉備にそう投げかけ、恐ろしい速度で賊へと突貫していった。

 

距離にして約1.5里。現代風に言えば約600メートルを一分もしない内に距離を詰めた。

 

「ふふ」

 

息切れの一つも犯さずに団体の先頭に居た賊を神速の抜刀で首を飛ばした

 

「あはぁ」

 

その瞬間数日間しか間を空けていないが、久しぶりに人の肉と骨の感触を得たように感じ、今までよりも快感を覚えた。

 

「な!?殺せ!殺せー!」

 

誰かが徐晃に向けて叫ぶ、周辺の賊もそれに呼応して徐晃を殺しに行く。

どうやら遠くに居る劉備より近くに居る徐晃を血祭りに上げるか、戦闘不能にして犯そうと考えたらしい。

 

すぐさま賊は徐晃を中心に包囲を固めた。

 

「へへ、一人殺してんだ…どうなるか、分かってんだろうな?」

 

その質問には答えず、ただただ綺麗な笑みを浮かべる徐晃。久しぶりの殺人の快楽の為、かなり上機嫌な証拠である。

 

「くそ女…その生意気な顔をずたずたに引き裂いてやるぜ!」

 

徐晃が浮かべている笑顔が癇に障ったのか、顔を赤くして剣を振り上げてくる賊、そして周りの賊も動いてくる。

 

「いいねぇ」

 

見下され、犯そうと思われた徐晃は完全にスイッチが切り替わっていた。

腰を落とし、一閃。目の前の賊を剣ごと上半身と下半身を切断し、もう一振りの刀を抜刀しながら、体を半回転させ、後ろから切りかかろうとしていた賊を左右に分断する。

 

徐晃の左右から剣を一斉に振り下ろしてくる賊を両手の剣で受け止め、弾き、二人を袈裟切りで肩から腰にかけ心臓すら両断しながら、手が交差するように切断した。

その時

 

「だめー!!」

「何だこの女!?」

 

聞き覚えがある女性の声が辺りを木霊させた。

その方向を見ると、劉備が剣は携えているが、武器を振るおうとせず賊と、徐晃に制止の声を掛けていた。

一瞬周りの男達の動きが止まった瞬間に一瞬で周りの人間をすぐさま切り殺した徐晃は、劉備の元へ駆けつけようと地を蹴った。

 

道すがら賊の首を正確無比に無駄なく切断していった先に徐晃が見たのは

 

「へへ、おい、そこの化け物。観念しな」

 

人質にされた劉備であった。

一人の男に後ろ手を取られて、もう一人の男に首筋に剣を当てられている。

状況は絶望的であった。

 

「こいつの連れだろ?どうなってもいいのか?」

「あう…」

 

劉備も若干抵抗したのか、その衣服には土が着いていた。だがやはり多勢に無勢で捕まったと、徐晃は推測した。

 

「おら、武器を捨てろ。こいつがどうなってもしらねぇぜ」

「……」

「徐晃さん…ごめんなさい」

 

劉備は本当に申し訳なさそうにしていた。

そも彼女は殺しをまだ経験したことが無い。徐晃に加勢したのは、相手を殺さずに無力化しようと加勢したかったというのは建前で、本当は無我夢中で徐晃を助けようと思ったのだ。

劉備は徐晃の強さを信じきれていなかった。無理も無い。殆どの人間は信じないであろうし、そもそも徐晃からどれくらい強いのかなんて聞いていない。

 

よって劉備の常識の範囲以内での強さで徐晃の強さを決め付けて、流石にこの人数は一人では無理であろう。という結論に至り、この結果になったのだ。

 

劉備はその勇気を奮ったのだ。

だが、それでも現実というのは無常だったのだ。いくら賊一人には負けないと思っても実際、賊と人くくりにしているが、強い人間も弱い人間も居る。

直接賊と戦ったことがない劉備は心のどこかで慢心していたのだ。

 

「しっかし、二人ともすげぇ上玉だぜ、頭。今日はさっさと引き上げて洞窟でこいつら回しちゃいましょうぜ」

「ああ、殺された人数分孕ますのもいいな!」

 

ははは!と笑っている賊を劉備は真っ青の顔でこれから先の地獄を思い浮かべていた。

 

「で、おい、はやく武器を捨てないとこいつの首を掻き切るぞ」

 

未だに武器を捨てていない徐晃に再度警告を放つ。

しかしそれは無意味だ。まず選択を間違えたのだ。劉備を盾にして真っ先に徐晃を取り押さえるべきであったのだ、この賊達は

だが、徐晃のその強さに賊の誰もが近づいて捕縛するという選択肢は思い浮かばなかった。

 

それが命運を分けた。

 

「徐晃さん!ごめんなさい!私のことはいいから、貴方は逃げて!」

「うるせぇ!」

「うぐ!?」

 

悲愴な決意をして徐晃に投げかける劉備に、賊の一人がボディブローを当てた。人体を打つ音は徐晃の鼓膜まで届いた。

 

「さぁ、速く捨てろ!」

「……殺せば?」

「…は?」

 

ポツリと一言、徐晃はそう言ってのけた。

期待する返事とは全く逆の言葉で一瞬呆けてしまった。

そして人質の劉備もまた、目が点になっている。

 

「ただ、劉備を殺した瞬間に…貴方の首をもらう」

 

殺気が形になったといったほうがいいのか、凄まじい気迫を周囲に撒き散らせ、徐晃は劉備を人質にしている賊を射抜くように睨む。

 

「ひっ」

 

一瞬だけ怯む賊。そして劉備もまた、恐怖を抱いた。

そして、一振りの刀を上に投げる。

恐怖を抱いている賊と劉備は防衛本能か、生存本能かどちらか或いは両方の本能に従ってか、目の前の恐怖が行った行為を見て、自然と上へと目線が奪われてしまっていた。

 

数瞬の空白。徐晃にとってはそれだけで十分な時間であった。

 

視線が上に行っている間に3歩も距離を詰め、漸く徐晃が接近していることに気付いた賊が、劉備に当てていた剣を引いて殺そうとした

が、それは叶わない。

 

空気を切り裂くように、されど劉備を傷つけないような精密さですっと、刀の切っ先で劉備の首に当てている剣を両断し、捕らえている賊の首の動脈を掻き切る。

 

「ぐ、ぎゃあああああああ!?」

 

その激痛に劉備を投げ出した。

 

「きゃ」

 

投げ出された劉備は突然の事で地面に転んだが、すぐさま剣を取って賊に切りかかろうと、もう後には引けないと決意を込めて、賊に対して初めて剣を構えた。

しかしその覚悟は無駄となる。

閃光のような速さで劉備の周りにいる賊を切り殺す徐晃の姿が目に飛び込んできた。

 

「うわああああ!」

「ぎゃああああ!?」

 

周囲に断末魔が広がる。正に鬼人。何時ものような笑顔を浮かばせながら賊を惨殺していく徐晃の姿に劉備は先ほどとは違った恐怖を覚えた。

いや、違う。先ほどと今ので、はっきりと徐晃に対する恐怖が合わさったのだ。

 

しかし、これまでの徐晃は劉備にとっても好印象で、できればこれからも交友関係を築きたいと思った。

旅の話や、冗談の話など、このちょっとした旅で劉備は徐晃に対して少なからず気を許していたのだ。

 

だが、目の前の現実はどうだ?

 

嬉々として刀を振るう彼女は今までの徐晃に対しての印象を変えざるを得ない。

旅の時も一人で旅をしていたと徐晃は語っていた。賊は確かに関係あると言ってはいたが、深く語らないその姿は人には言えない事情があるのだと劉備は察した。

そこから一つの結論をはじき出した。

 

徐晃は、賊のせいでこうなってしまったのではないか……と。

 

確かに、徐晃は賊に会わなければ邑の一因として、誰かと結婚し子供を生み、育て、平和な家庭を築いていたであろう。

だがその未来は賊によって既に叶わなくなったものだ。……本人の意思はどうであれだ。

賊が出現した理由は何だ?国が腐敗していく一方だからだ。そう劉備は頭の中で結論を出した。

 

「ぎゃあああああああああああああああ!」

 

一際大きい断末魔が劉備の鼓膜を振るわせた。その根源をみると、徐晃が賊の左胸の辺りに刀を突き刺している姿であった。

上に投げた刀は既に回収したのか、地に落ちる前に受け取ったのか定かではないが、両の手にはしっかりと刀が携えてある。

 

「あ…」

 

劉備はその光景を見つめるしかなかった。

 

「あ…ああ…しに、死にたくな」

 

最後まで言葉を発せられずに、徐晃は刀の刃の部分を回転させて、上へ向かせ、そのまま心臓ごと頭部を切り上げた。

断末魔は無い。声が発せられる前に喉の声帯すら斬ってしまったからだ。

噴水のように吹き荒れる血が徐晃に降り注ぐ。

 

「あは」

 

殺した瞬間の感覚に徐晃はたまらず、声を漏らす。

 

 

劉備は徐晃の姿と、その周りに伏している賊の死体の惨さをココで漸く意識の中で受け止め

 

「う、おえええ」

 

吐いた。

酷く鼻を刺激する血の匂い。そしてばらばらになっている賊と、いくつも首が転がっている元は薄い茶色だった荒野。

その荒野は何処を見ても赤い色。

その場で嘔吐し、頭がくらくらしてきた劉備はすわり、生ぬるい感覚を足と地に付いた手から感じた。

 

ぬるっと目の前に持っていく。それは赤黒い

 

「…あ……」

 

劉備は現実を受け止め、許容できずに…気を失った。

 

 

「おっと」

 

気を失った劉備は重力に引かれて血の海へと倒れそうになった。

それを徐晃は胸の下に腕を回し、倒れるのを阻止する。

 

「……はぁ」

 

色々な思いと共にため息をつく徐晃の顔は、すこし呆れていた。

 

徐晃には良く分からない感覚であった。

賊を皆殺しにして砦から女性を解放したときに、同じような反応をしていた。

それを見るからに察すると、この状況は彼女達にとって、あまり好ましくないという結論であった。

 

しかし、賊は悪い人間で、しかも連れ去られた女性は陵辱の限りを尽くされた後で、賊を殺したいはずである。

だというのにこういった反応は、徐晃にとってあまりよく分からなかったのだ。そう、殺したいほど憎いと思うから。だから殺されていれば喜ぶだろうと思っていた。

確かに、目の前の光景は確かに少しやりすぎたなと徐晃は思うが、このような反応をされるのは、何故だろうという気持ちであった。

 

そして最も徐晃が気になっているのは、賊を殺している時に何故止めに入ったのだろうという事である。

 

徐晃の考えは相手は此方を捕らえて慰み者にし、殺すという意思が見え見えで、こういった手合いは殺すほうが周りの治安向上にも繋がる。

だというのに彼女は止めに入ったのだ。徐晃の頭では何故その結論に至ったかは分からない。

しかし、不思議と悪いとも思えないのは、彼女の人柄ゆえの事か。

 

だが、悪いと思えなくても甘いとは思った。あの状況に陥ったら殺すか殺されるかの二択。その間にはどんな選択肢も入る隙は無い。

 

その筈なのに、彼女は第三の選択肢を取った。徐晃が考え付かない選択。

 

「不思議な人」

 

ポツリと呟く徐晃。それは本心であった。彼女の生き方は理解できない。しかし不思議と悪くない。だが甘い。

自身とはかけ離れた考え、でも悪くない。

 

そう胸中で思いながら気絶した劉備を見て、くすりと綺麗な笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 




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7話

 

 

 

お姫様抱っこで気絶した劉備をあの地獄絵図の場所から運び出した。勿論、置いていった荷物は回収済みである。

そして、賊が出てきた森に向かって歩き出す。賊が根城にしている場所はたいてい近くに水源がある。

水が近くになかったら、賊はそこを根城に出来ない。街で買うわけにも行かず、街で暴れれば官軍も出てくる。

 

だからこそ、水の近くに根城を作るのだ。

その事は既に知っていた徐晃は、さも当然のように森へ向かって歩き出す。

脱力した劉備は…徐晃にとって軽かった。自分もこれくらい軽いのだろうかと、取り留めの無いことを考えながら、川を探す。

 

「う、うーん…」

 

その声が聞こえて徐晃は劉備の顔を覗き見る。

ゆっくりと瞼を開いてその綺麗な瞳を覗かせ、視線が合う。

 

「ひっ」

 

視線が合った瞬間に劉備は恐怖を顔に出した。

それに対して徐晃は、何も言わずに劉備をゆっくりと地面へとおろした。

 

「あ…あ、あの」

 

吐いて気絶して、すこし気分がよくなったのであろうか、木で体を支えながらもしっかりと両の足で立ち、徐晃に声を掛けるが

 

「その前に、血を洗い流しましょう」

 

その言葉で、劉備は自分の体の状態をみる。衣服は血に塗れ、所々に土汚れが付いている。

 

「うっ」

 

気絶する前の光景を思い出し、また吐き気を催したが今回は、何とか耐え切ったようだ。

そうして徐晃の言葉に頷いて返事をして、しっかりとした足取りで水場を探す。

 

「お、あったあった」

 

徐晃の口からその言葉が発せられ、劉備はその視線の先へと体を向ける。その先には確かに、川が流れていた。

川の近くまで来て徐晃が躊躇いもなく、身に纏っていた衣服を脱いだ

 

「え?ちょちょ!?」

 

その事実に劉備は顔を赤くしながら徐晃に向けて言葉にならない言葉を投げかける。

だが、当の徐晃は気にせずに全てを脱ぎ去り、全裸となった。

そこで漸く劉備のほうへと視線を向けた。

 

「大丈夫」

 

劉備にとって何が大丈夫なのかは分からない。しかし、今目の前には劉備から見ても美しい女性が惜しげもなく体を晒しているのだ。

慌てるのも無理はない。

当の徐晃は、先の言葉を発した後は、川に大胆にも全身つかり、布で血の部分を擦って落としていた。

 

「…はぁ」

 

ため息をついた劉備は、川辺で布を濡らし肌に付着している血を拭い落とすのであった。

 

 

 

 

 

夜になり、焚き火を起こし、血を落とした衣服を乾かす。幸い春も終わり初夏に近づいてきた時期であったため、夜の気温は焚き火もあり、丁度良かった。

しかし、劉備と徐晃の空気は若干冷たい。いや、劉備が徐晃との距離を若干空けているのが原因であった。

ただ、その空気は劉備にとってあまり好ましくないのか、ちらちらと徐晃に目線を向け、何か問おうと思って口をあけるが…直ぐに閉じて焚き火をみる。その繰り返し。

 

「……何故殺したか?ですか?」

「!?」

 

劉備のこれまでの行動と、彼女の性格を考慮すれば自ずと分かった。

徐晃の実力があれば、確かに傷を付けるが殺さずに賊を無力化できたかと問われれば、可能であった。

峰打ちをしていけば全員気絶させることも可能だし、その自信も徐晃にはあった。

 

だが、徐晃がその選択肢を取ることはありえない。

 

何故なら彼女は殺人快楽者であるから。

 

 

「…ううん。殺したのは私が捕まったせいです。だから、ごめんなさい」

「?」

 

徐晃の頭は彼女の言動がまるで理解できなかった。

確かに、劉備が捕まったお陰で余計に時間が掛かったのは明白である。

よってその事に対しての謝罪は分かる。現に、その現場で勢いに任せていたが、謝罪は確かに受け取った。

 

しかし、徐晃が殺した事には劉備が原因。だからごめんなさい。まるで意味が分からなかった。

首を傾げる徐晃に対して劉備は言った。

 

「だって私のせいで余計に殺してしまった。貴方を傷つけてしまった。だから」

「意味が分からない。彼らを殺すのは既に決まっていたことだよ。貴方が謝ることは何一つ無いよ?」

「…今までの賊も全て殺してきたのですか?」

「当然。まぁ逃げる奴は居たけどね、大体は殺したよ」

 

劉備は徐晃を見る。徐晃も劉備を見る。

 

「……それ以外の方法を取れなかったのですか?」

「劉備、それは甘い。じゃあ逆に聞こう…何故殺してはいけない?相手は既に此方を犯すか殺すかしか考えていない」

 

徐晃は劉備の真意を見たくなった。

 

「さらに、彼らを生かして捕らえて軍に渡しても、釈放されればまた被害が広がるかもしれない。だったら、殺したほうが今後の為だよ。それなのに、何故?」

 

劉備は徐晃の言葉をかみ締め、理解する。いや、理解している。

誰が考えても徐晃が言っている事は概ね正しいと判断できる。もし、ただ成敗して逃がした賊が他の所で犯罪を犯していたら。

もし、賊を殺さなかったせいで自分達以外にも被害が出たら。考えるまでも無い。取り逃がすや生かすことのメリットはかなり少ない。

 

一度甘い汁をすすった人間が更生するというのはかなり難しい。

 

麻薬と同じなのだ。人が10の努力で得た金品や食料をたった1の行動で奪うその快感。

一度は更生しても、かなり困窮した状況へ陥れば…またその身を落とす事は容易に想像できる。

選択肢が普通の感覚の人間より多いのだ。たった一つだが「奪う」という選択肢が彼らの頭の中で永久に生き残る。

 

その誘惑を振り切るのは至難なのだ。

 

劉備は、馬鹿ではない。そんなものは分かっている。

 

「うん、そのほうが他の人も脅威に怯えないで暮らしていけます…でも、私はそれでも救いたいのです」

 

焚き火に反射され爛々と光る劉備の視線の先には何が映っているのか、徐晃には分からない。

 

「賊に身を落としてしまった人も、元は農民の方が多いはずです。だから救いたいのです」

「無謀だよ、貴方一人で何が出来る?武器も満足に振るえない、身分があるわけでもない」

「…わがまま、何でしょうか。確かに徐晃さんの言うとおりです。でもそれでも、私に出来ることがあるのなら、彼らを…いえ、国を救っていきたい」

 

この国は腐っている。それは一般市民が誰しもが持つ共通の認識である。

しかし、それを表へとは出さない。何故なら官軍に見つかれば死罪になりかねないからだ。

劉備は今まで見てみぬ振りをしていた。いや、違う。彼女は現実というものがまだ完全に分からなかったのだ。

 

そして今日起きた出来事。

 

これがこの国の現実。これがこの国の罪。

心優しい劉備は、彼らを、民を、国を救いたいと、自身の中で始めて決着をつけた。

 

焚き火から視線を外し、再度徐晃へと視線を向ける劉備の瞳は焚き火から視線を外しても爛々と輝いていた。

 

「…貴方は何を言っているのか理解できているのですか?国を救うなんて、貴方がこの国を支配するということですか?」

「違います!私は、救うのです。この国を…そして、あなたも」

 

徐晃は自分を救うと言ってのけた劉備を怪訝な顔で見る。

 

「私を?…何を馬鹿な。私は望むがまま殺人を犯している」

「犯している、という言葉はやっぱり、少しでも罪悪感があるのではないのですか?」

「……」

 

徐晃はその言葉を吟味する。

罪悪感…というものはあまり感じていなかった。強いて言うなら賊に陵辱された女性を殺すときに僅かながらに出る哀れみの事を指せば、罪悪感はあるといえる。

しかし、賊に大しては全くそんなことは無いはずである。しかし「犯した」と徐晃の口からも出たとおり、やはり後ろめたさがあったのか…と考えるが、結論は出ない。

 

だが、徐晃は思う。即断で罪悪感が無いと言い切れないということは迷いがあるのか…と

しかし、やはりそんなものは関係ない。

 

「そうだとしてもやめられません。あの肉を裂く感覚は何者にも変えがたいです」

 

そういいきる徐晃に悲しそうな顔を一瞬だけ見せた劉備

 

「……じゃあ、何故私を切らないのですか?」

「それは…罪の無い一般市民を斬る事には快楽を感じないから……」

「でも、同じ人間ですよ?」

 

確かに、と徐晃は思う。目の前の美しい女性、劉備の腕をこの場で切り落とし、彼女の口から可愛い鳴き声を聞きたい……なんていう感覚は全く無い。

何故か?彼女は犯罪を犯していないから、清く潔癖であるから。でも、今まで切り捨てた人間と同じ体の作りな筈である。

 

「…何故でしょう?良く分かりません。ただ分かることは、賊や犯罪者を斬ることに快楽を覚えることだけです」

「だからこそ、もっと楽しい事がある国にしてあなたをその快楽から…いえ、呪縛から解き放ちたい」

 

常人であれば劉備の引きこまれそうな目を見れば感服していたであろう。それほどの意志の強さやカリスマを出している。

しかし、徐晃はそうは思わなかった。確かにカリスマはある。だが、決定的に自身とは相容れないだろうと確信している。

ようは考え方の違いである。劉備は10全てを救いたいと考え、徐晃は救うのであれば1を切り捨て9を救うほうを取る考える。

 

だからこそ決定的に相容れない。

 

「……ふふ、期待してますよ」

 

だが、認めは出来る。その理想。清濁併せ呑む事を過程にしその果てで10を掴む。

諦めないと言外に言っているその意志の強さ、決意。徐晃はそれを認めた。

 

「はい!待っていてくださいね」

 

にっこりと、綺麗に微笑む彼女を徐晃は今までに出したことが無い優しい笑顔で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、邑が見えてきました!」

 

朝を迎えて、身なりを整え、朝ごはんを軽く食べて出立した。

昨日あれほどの事があったというのに、劉備の足取りは確りとしていた。

無論徐晃も確りしていたが、それでも驚くべきことである。

 

そして歩き続けて夕方にさしかかろうとした所で、劉備がその声を上げた。

徐晃は彼女の視線の先を見ると、確かに、邑が存在している。徐晃の邑と同じくらいの規模であろうか。

ただ木々が生い茂っていて色々便利そうだなと胸中で思った。

 

駆け出した劉備を苦笑しながら歩いて追って、徐晃も邑へと入っていった。

 

 

 

「娘がお世話になりました」

 

劉備の母は劉備と同じく桃色の髪を腰まで流した未だ若々しい姿をしている美女である。

遺伝なのかその体系も熟れていて男だったら間違いなく、胸を凝視するほどである。

 

そんな劉親子が住んでいる家屋はそれほど広くない。と言っても徐晃が借りている家屋よりは勿論圧倒的に広いが。

 

「いえ、此方こそ劉備さんと仲良くなれたので楽しかったですよ」

「ありがとうございます」

「私も、楽しかったです!」

 

親子そろってお辞儀をする姿は微笑ましい。

 

「今日はもう日が暮れるので、何も無い所ですが、もしよければ家に泊まっていってください」

「それでは、お言葉に甘えまして、宜しくお願いします」

 

そうして、その日は劉親子の家に泊まる徐晃であった。

 

その夜

 

徐晃は寝巻きに着替えて庭へとでる、手に持っているのは賊から拝借した濁り酒。

もう一方の手には木製の杯である。

 

手ごろな岩を探して腰を掛けて、杯に酒を注ぎ、仰ぐ。

 

「…ふぅ」

 

あんまり美味しくない。そう思う徐晃であるが、今日は気分が良かった。

人殺ししていないのに気分がいい日は確かに稀にはあった。しかし、ここまで良かった日は今までの人生経験にはない。

だからこそ、その余韻を出来るだけ味わうために酒を嗜もうと思ったのだ。

 

空には満面の星空。

現代では既に失われた、この地球に届き得ない星達が一生懸命輝いていた。

月も綺麗に浮かび上がり、夜だというのに辺りのシルエットは捉えることが出来るほどの明るさ。

 

「……救う…か」

 

思い出すのは劉備が決意を込めて徐晃へと宣言した言葉。

 

救う

 

徐晃はその言葉なんて思いつきもしなかった。

この世界、この時代は残酷である。漢王朝は腐敗の一途を辿り、それに追随する人間も腐りきっている。

その下の役人も、豪族もその土地で好き勝手を行い、農民は農民で生きられない。

 

身売りは当たり前のこと、奴隷にまで身を落としても生きようとしている。

 

尊いことであり悲しいことである。

 

だが、そんなことも今の国には理解できないのだ。いや、理解しているが見ようとしない。

だからこそそれに見限って賊に身を落とす人間が後を絶たないのだ。

 

しかしそんな現実を見ても徐晃は救うという選択を取らなかった。

何故なら彼女は12の時より只一人で生きてきたから。生きるので精一杯であったのだ。

今は生活にも余裕が出来ているが、当初は賊を殺しまわりたいという願望しかなかったため、生活は困窮を極めていた。

 

だが、劉備はそれでも救おうという選択肢を取った。

 

この劉家を見れば分かるが、とてもじゃないが他人に手を差し伸べる余裕なんてある分けない。

 

むしろ、助けを求める側に近い。なのに救う。

 

「…不思議な人」

 

胸中の言葉を一言にまとめて吐露した徐晃は空になった杯に酒を注ぎ、天の星を仰ぎ見るように一口、口内へと流し込んだ

 

 

「……やっぱりもうちょっといい酒が飲みたかったかも」

 

 

そういいながらも不思議と酒の味は悪くないと思っている徐晃が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、お世話になりました」

「此方こそ、楽しいひと時をありがとうございました」

「徐晃さん。また必ず何処かで!!」

 

一晩が開け、邑から出立する際、劉親子からの別れの挨拶を背にして徐晃は出立した。

 

「うーん…世の中には色々な人が居るなぁ……」

 

荒野を歩き半日、一人で旅するというのが久しぶり等と徐晃はありえないけどそう思ってしまっている感覚を楽しんでいる。

たった三日間だけだったが、色々な価値観の人間が居るというきっかけにもなり、充実した日々であった。

そして、劉備みたいにこの国を憂う人たちがああも、輝く人たちなのかと思う。

 

「ま、私にはあんまり関係ない……か」

 

その呟きは風と共に何処かへと流されていってしまった。

 

 

 

 




誤字脱字が御座いましたら、ご指摘の程宜しくお願いします


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8話

 

 

 

 

劉備との邂逅からはや半年、西暦183年の春。

 

徐晃は相も変わらず旅をしていた。

 

漢という国をあっちいったりこっちいったりと、ぶらぶらと賊を討伐しながらである。

しかし此れほどまでに長い間賊討伐をしていた結果が、とうとうというべきか、漸くというべきか、現れてしまったのである

 

曰く、盗賊狩りと

 

この7年…いや、既に8年にさしかかろうとしている旅路の中で彼女が討伐した賊は8000にも上る。

そして死体の状態等、官軍では絶対に出せない切り口。まるで人間業ではない太刀筋がとうとう世間の目に留まったのである。

 

ただその名前は知られていない。

 

容姿は女性で黒髪という以外は謎の人物である。だが、確実にその存在は市井に広がっているのだ。

 

だからと言って徐晃はその盗賊狩りを辞めるつもりは全く無い。

殺人という快楽を得てかつ、官軍に追い回されずに済む。それだけで徐晃は十分であった。

そして今回も、とある賊達を殺しつくし、快楽を得ようとしていた。

 

 

徐晃の目の前には砦があり、うようよと賊が見て取れる。

現在徐晃は、砦を視界に納められる小高い丘の森に息を潜めている。

数は最低でも2000人以上。流石の徐晃もその人数を一人で相手にしようとは……考えていた。

 

(…行けなくは無い……弓矢が容易に打てない所…室内がいい、そこで暴れれば……あは)

 

徐晃の中では賊の2000や3000は条件が揃えば物の数ではない。

これは決してうぬぼれでもなんでもなく、徐晃自身が客観的に自身の武力を見ての判断である。

 

まず彼女のスペックを確認しよう。

身長は劉備より若干低いが、手足がすらっとしており無駄の無い筋肉が付いている。

そしてその怪力は凄まじいの一言である。5石位(110kg)の大岩でも軽々動かせるほどである。

 

刀剣の扱いは絶技と呼ばれるに相応しい程の熟練度。鉄すらも容易く切り落とす腕前はもはやこの国には対等に切り結べるものなど居ないのではないのであろうか。

そしてこの8年間殆ど一人で戦ってきて培った勘、危機察知能力。体力。そして…覇気。

たかが賊、されど賊。殆どが農民からの出が多い賊の中には官軍の正規軍に配属されていた腕っ節の強い輩も極稀に混ざっていた。

 

その者たちすら竦み怯えるほどの覇気も身に着けている。

…王者の風格ではなく、殺人者、魂を狩るものといった風に、相手の生存本能を脅かすような禍々しいものであるが。

 

さらに「気」の扱いも一年前と比べ物にならないほど上達している

原因は五斗米道と呼ばれる宗教団体に所属している者たちが使用する鍼での治療。

その際に使用する「気」を彼らから盗み見て学んだ。

 

盗み見るというのは少し御幣があった。

 

とある賊から女性を助け、邑へと送っていった際に、その五斗米道の者が丁度宿を借りており、そこでその被害にあった女性に治療をした。

その際に見た気の運用方法。正に目から鱗であったのだ。

此れほどまで「気」という者が便利なのかと、目を見張ったのは徐晃の中で記憶に新しい。

 

新天地と呼べるに値する衝撃的であったのだ。

 

徐晃は自然に「気」を扱い、自身の身体能力強化、武器の保護などを行っていた。それを誰からも教わることなく熟練するなど正に天才と呼ばれる者。

しかし、いくら天才でも分からないものは分からないのだ。しかし、一度見れば天才は乾いた砂が水を得るが如く、その技術を吸収したのだ。

 

と言ってもそこまで運用が変わるわけではない。

自己治癒能力を高め、更に居合いでのリーチの増幅…斬撃を飛ばすことにも成功しているが、徐晃はよっぽどのことが無い限り遣うことは無い。

何故なら、人を殺すという感触が手に体に頭に脳に伝わってこないからだ。それに居合い切りの型を取らないといけないので何かと不自由であった。

 

初めて使った瞬間は多少興奮したが、それだけであった。よって斬撃は飛ばさないように心がけている。

 

徐晃は賊を直接その手で殺しに来ているのだから。

 

 

 

「ふふ…でも、矢を射る賊は斬撃飛ばして矢毎斬るのもまた一興かな」

 

 

 

が、厄介なものは自分の手札を使って対応するのも悪くないと思っているのも事実であった。

何にせよ、彼女が殺すという行為を行うのは善意でも悪意でもなく、ましてや軍の作戦でもない。欲求に従うだけである。

よってその時の気分によって殺す方法も違ってくるというのは必然なのかもしれない。

 

「ま、それも叶わなさそうだけど」

 

徐晃が小さく、本当に小さく呟いたその時

 

「ん?おい!そこで何をやっている!?」

「姉者、声が大きい」

 

 

俯いている徐晃の後ろからがさがさっと音がしたと思っていたら草の根を掻き分け出てきたのは

オールバックに髪が長く、大剣を携えている女性と、水色の髪で片目を隠している女性、その手には弓を携えている。

そう、夏候惇に夏候淵である。

 

「…さぁ?」

「貴様…!?」

「姉者、少し落着け。すまん、今からそこの砦の賊を我が曹猛徳様が討伐する関係でな躍起になっていたのだ…それで、貴殿はそこで何をしておられる?」

 

夏候惇が答えをはぐらかした徐晃に向けて殺気を飛ばすが、それを見かねた夏候淵が姉を押さえ、事情を説明し改めて問う。

徐晃にしてみればとんだ邪魔が入ったと思っていたが、曹孟徳という名前は聞いたことがあった。

最近刺子の中でもで有名な人間である。善政を敷いており民にも信頼が厚い人物であった。

 

「…ちょっと賊を殺そうかと」

「敵討ちか?しかし、この人数を一人は自殺行為だぞ?」

「問題ありません…が、ここで暴れられると曹操に目を付けられそうだからね、退散するよ」

「貴様!華琳様を呼び捨てにするとは!そこになおれ!」

 

徐晃が曹操の名を呼び捨てにすると夏候惇が叫ぶ、夏候惇にとっては敬愛する曹操を呼び捨てにされるのはたまったものではないであろう。

此れが名のある人物や、夏候惇が知っている人物であればその限りではないが、相手はただの名も知らぬ女である。憤慨するのは仕方が無い。

が、そうは問屋が卸さない。

 

「姉者!落着け。…ふむ。何もしないのであれば……ん?」

 

夏候淵が何かを言いかけて止まる。

 

「ちょっと待て」

 

既に背を向けて歩き出そうとしている徐晃の姿を見て、夏候淵はある噂と目の前の徐晃を照らし合わせていた。

 

(黒髪と女性…曖昧だが、条件は一致している。何より姉者の殺気を受けて尚動じない胆力。…もしや)

 

そう結論を付け

律儀にも言葉を待っている徐晃の背に対して夏候淵は口をあけた

 

「我らと共に賊を討伐する気はあるか?」

「な、何を言っているんだ秋蘭?そんなこと、華琳様がお許しになる筈が無いではないか」

「責任は私がとる、どうだ?」

 

その言葉に徐晃は後ろを振り返って、提案した夏候淵を見る。

 

「…申し訳ないけど、名前も知らない人間には従えないよ」

「此れは失礼した。我が名は夏候淵。曹孟徳様の臣下である」

「私は夏候惇。華琳様の剣だ!」

「…私の名前は徐晃。……うーん…」

 

徐晃は夏候淵の提案を吟味する。

そもそも徐晃は殺しに来ているのだから夏候淵の提案に従えば目的を達することは容易い。何しろ官軍のお墨付きなのだ。相当暴れられる。

しかし、軍での行動は恐らく束縛が付いているはずだ。さらに賊との乱戦となれば敵と味方の区別が付けるかどうかである。

 

実際戦場で仲間を切るというのは珍しいことでもなんでもない。死という人が決して乗り越えられない概念を目の前にして兵士一人ひとりが冷静に戦える。

それは理想だ。確かに統率した兵ならそれらも可能になるのかもしれない。しかし、混戦になった場合はそういった気配りは不可能である。

全員生きるのに必死だからだ。

 

更にいえば、徐晃は賊と曹操軍の区別が付くかどうかである。確かに軍は同じような格好をしているが、これが乱戦時にも見分けが付くかどうか

そういった点で悩んでいた。

 

「…味方を切り殺しちゃうかもよ?」

「……それは困る。乱戦の時は多少は目を瞑れるが、目に付くようであったら流石に…」

「でしょ?それにここに曹孟徳が居ないと言う事は、作戦があるんじゃないの?」

「……」

 

徐晃の言っていることは最もであり反論する余地は夏候淵には無い。

確かに、夏候淵は目立った人物をヘッドバンディング…つまり、曹操軍の傘下へ置けないか推薦することは可能である。

が、採用するには曹操の目どおりが必要である。そこまでの権利は夏候淵には無い。

 

さらに既に決められた作戦が在るためそれを変更する権限も当然ながら持ち合わせていないし、既に主君である曹操は軍師の献策通りに事を進めようと動いている。

 

が、夏候淵でも取れる行動がある。

 

「ならば…私の矢を華琳様…曹操様へと渡してきて欲しい」

「は?自分でやれば?」

「賊を殺したいのだろう?…華琳様のお許しを得ればその目的は達することが出来るぞ?」

「うーん…どうしよっかな」

 

夏候淵は目の前の女性、徐晃をどうしても曹操の目の前にもって行きたかった。

何故なら、半年以上前に曹操は夏候惇と夏候淵にとある命を下したのだ。そう

 

『曹孟徳が告げる!この3件に関わる人物を探しだしなさい!』

 

曹操がいっていた事件の中心人物こそ、今目の前にいる徐晃だと夏候淵は判断している。

だからこそ、曹操に目通りをしてもらいたいのだ。もし違っていたとしたらその時は判断ミスで罰を受けるしかない。

だが、そうならないことを夏候淵は確信している。

 

「…うがー!もう!まどろっこしい!徐晃といったな!さっさと秋蘭の言うとおりにしろ!」

 

そして今までのやり取りを見ていてうずうずした夏候惇が遂に爆発した。

夏候惇にしては我慢していたほうである。目の前のやり取りは彼女にとってあまり価値が無いように思えていたのだ。

何より、夏候惇自身、ああいったことは苦手である。

 

「…ふふ、わかったよ。では夏候淵さん。矢を一本くださいな」

「ああ…では、宜しく頼む」

 

徐晃は矢を受け取り、夏候淵から曹操がいる位置と簡単な作戦を聞いて、その場所へ向かって歩いていった

 

「…秋蘭。いいのか?」

 

夏候惇は、ああは言ったものの内心ではちょっと軽率だったかな?と今更になり若干後悔していた。

 

「ああ、以前華琳様から受けた事件の人物…恐らく徐晃がそうだ」

 

その機敏を感じ取り姉である夏候惇を安心させる要素を伝える。

 

「事件…事件…ああ!って何だと!?…いや、しかし私の気を受けても平然としていた胆力……うーむ」

 

腕を組んで悩む夏候惇の姿を見て夏候淵はにこにこと見るだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曹操様、御目通りしたい者がこの陣を尋ねていますが」

 

砦から少し離れた所で陣を構えており、作戦の決行時間を待っていた曹操の下へ伝令が赴いた。

 

「私に目通り?」

「はっ、何でも夏候淵様の矢を持ってきたと」

「秋蘭の…分かったわ、通しなさい」

「はっ!」

 

伝令がすぐさま下がり、少し間が空き、一人の女性が入ってきた。

 

「へぇ…」

 

陣の中心にいる曹操からそう言葉が漏れた。

陣に入ってきたのは一人の女性、徐晃である。凛とした佇まいできびきびと行動しており、その手には確かに夏候淵の矢を持っていると曹操は一人納得する。

しかし、それに対して言葉を漏らしたのではない。

 

徐晃の容姿に対して漏れた言葉である。

 

徐晃は夏候惇に似た美人だが、髪の毛はそれより幾分か蒼く、太陽の光に反射して輝いている。

顔もトップクラスの美貌を持っており、体系も出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。

 

「貴方が曹操さんですか?」

 

開口一番、一応お辞儀をして礼を通した徐晃だが

 

「な!?曹操様に対して何たる無礼!」

 

様やもう少し丁寧な礼をとらなかったのがその横に居た猫耳フードを被った少女の勘に触ったのか、激昂して徐晃を糾弾した。

 

「待ちなさい荀彧。…その矢を見せて御覧なさい」

「…はい」

 

そうして徐晃は手に持っていた矢を目の前の曹操へと手渡した。

 

「…ふむ、確かに秋蘭が何時も使っている矢だわ……」

 

そうして曹操は考え込み、どこか納得した顔になった。

 

「…成る程。あなた、ここにはどうして来たの?」

「それは、あの賊を討伐しようと思って砦を見ていたら、夏候惇さんと夏候淵さんが来て今から討伐するという話なので退散しようとしましたが」

「秋蘭…ああ、夏候淵が貴方に矢を持たせて私に会わせた訳ね」

 

なるほど、と曹操は一人納得する。

 

「討伐って…相手は3000も居るのよ!?たった一人でだなんて…自殺願望者?」

「…私はただ彼らを殺せればいいの、数なんて関係ないよ」

 

あっけからんといいのける徐晃に対して曹操は若干微笑んだ。その顔は期待を孕んでいた

 

「ふふ…成る程、ではこの曹孟徳が許す!我が策の内であれば存分に暴れなさい」

 

そう、言い放つ曹操を驚きの顔を浮かべて荀彧は見る。

 

「曹操様!?」

「……はぁ、まあいいか」

 

徐晃は曹操の雰囲気から察してここで引いたら悪いほうで目を付けられると悟り、殺せるのであればいいかと考え了承した。

 

「ただ、貴方方の配下に加わった覚えは無いので、ある程度自由にさせてもらいますよ」

「ええ、いいでしょう。だけど、我が軍は誰も貴方に手を貸さないわ」

「好都合です」

 

そうして徐晃は賊を殺せるという大儀名文と官軍の許可を得たのであった。

 

「それでは、我が隊の殿を任せるわ」

 

その一言で徐晃の配置が決まった。隊の殿とは一番後ろということである。

此れは撤退戦では最前線の位置になり、この策の中ではかなりの激戦区である。

予め夏候淵に今回の策の内容を聞いていた徐晃はその言葉を聞いて若干やる気を出したのは言うまでもない。

 

 

 

 

そして作戦開始時、銅鑼の音がけたたましく辺りを木霊する。

 

 

「「「うおおおお!」」」

 

 

この作戦では曹操隊を囮にして、賊が全員出てき終わったら後ろから夏候惇、夏候淵の両隊が背後からの奇襲をしかけ殲滅するという策である。

此方の戦力はだいたい2000で賊は3000と、数で負けているのでこういった策が必要になってくるのは必然だ。

 

曹孟徳に無駄は無い。

 

よって最低被害で賊を殲滅させることが重要である。勿論、名を売るというのも目的だが、この場ではまだ飛躍するような名は売れないであろう。

だが、今回の策は荀彧が命を賭して曹操へと献策したものである。つまるところ試験の意味合いの方が強いと思われる。

 

そう、荀彧が綿密な作戦を立てその通り進むはずであったのだ。

 

徐晃が来るまでは

 

 

「ふふ…わらわらと……最高だね」

 

曹操隊の殿より、更に砦よりにぽつんと徐晃は腕を組んでみていた。

その顔には満面の笑みである。内心、やっぱり夏候淵の意向に従ってよかったと今になって思う。

 

「ちょっと!あまり突出してると死ぬわよ!?」

 

後ろから大きな声で徐晃を注意する荀彧の声が聞こえてきたが、当の徐晃は気にせずわらわらと沸いてくる賊を見続ける。

既に彼女の頭の中では一人ひとりどう殺していくかをシミュレートしているのだ。

 

「…まぁ、作戦はちゃんとしようかな」

 

シミュレートし終えて、そういば作戦中であったという事をぎりぎりで思い出し

ぎりぎり突出しておらず且つ、夏候姉妹の突撃に邪魔にならない程度の位置を陣取る。

 

「ふふ…さて、始めますか」

 

そして、居合いの構えを取った。雄たけびと共に駆けてきた先頭の賊が徐晃の間合いに入った瞬間……一閃

霞むような速さ…否。遠目から見ても刀の軌跡が全く見えない程の速度の斬撃が先頭の賊を両断した

 

「へあ?」

 

彼の最後はあまりにもあっけなく、その人生という名のステージから退場して逝った。

 

さらに、同じように隣の盗賊を抜刀時に両断した。

 

「あは、あははははは!!」

 

それでも止まらない賊を見て、そして後ろに居る曹操隊の兵士が賊に対して迎撃体制をとり、この死が多数行きかう中心で殺しが出来ることに徐晃は感謝し、興奮した。

 

笑っている間も全く手は休まっていない。超高速で敵を両断し続け、かつ敵からの矢や剣での斬撃、槍での突きをその手に持っている刀で両断し、防ぎ、ステップでかわしながら

血風を巻き起こし、徐晃に血化粧を施している。

 

「最高だよ!!」

 

正に圧巻である。後ろにも目が…いや、全方位に目があるのではないかという位に全方位からの攻撃に瞬時に反応し、無駄は一切無く流麗に賊を両断している。

 

「あああああ!?」

「押せ!数でおせええええええええ!」

 

それでも一人というのはやはり敵に対して希望を与えてくれる。だが、そうは問屋が卸さない。

 

「おおおおお!」

 

曹操隊の人間も賊に対して奮闘する。金属の音と断末魔、血の匂い肉の匂い。そして…死の匂い。

 

「いい!此れほどまでにいいとは!」

 

徐晃は絶頂に達するくらいの快感と興奮に包まれていた。

徐晃が一度に殺した賊の数は最高で512人の大隊に及ぶ程の数である。その時もかなり興奮していたが、今回は相手が3000というかなりの大規模

そして、戦争という死を具現化したような、闘争本能を刺激する場の空気に触発されて、今までにない程の快感を覚えていた。

 

「あっははははは!」

 

既に衣服は返り血で真っ赤になっている。着物の綺麗な蘭の刺繍はいまや返り血でどす黒く染まっている。

いや、もう血で染まっていないところの方が面積として少ないだろう。そして返り血の面積は徐晃が刀を一振りする度に増え続けている。

 

まさに鬼人。いや、鬼神。

 

爛々とした瞳で次に殺す賊を見て、一瞬で距離を詰めて馬や防御しようと眼前に掲げた剣ごと断ち切る。

 

「ば、化け物め!!」

 

そうして、口々に徐晃を罵る言葉は逆に快楽になっている。いや、その罵った賊を殺す際に上げる断末魔を聞いて快楽を覚えるのだ。

 

「ぐぎゃああああ!?」

 

右肩から腕を飛ばされて、激痛で声を上げる賊に対して、隣の賊を巻き込むように首を切断しながら隣の賊にも深く切り込む。

 

「があああ!?」

 

そうしてまた同じ行動を両の手の刀で繰り返しながら戦場に大きな血の華を咲かせ続けた。

 

 

 

 

 

 

「……」

「…な、なによあれ」

「え?え?」

 

後方に控えた曹操、荀彧、許緒の三名は徐晃の凄まじさをまざまざと見せ付けられた。

この距離からでも曹操しかその太刀筋を見れない。他の二名には刀の刀身を見ることすら叶わない。

一振りで賊が二人死ぬか、ぎりぎり生き残る。

 

此れだけ見れば夏候惇の方が多く殺せる。しかし、徐晃の特筆すべき点はその速さ。

 

一秒の間に2回刀を振る。それが二つだ。そう、理論上1秒で8人もの賊を殺せるのだ。

しかも、周りから絶え間なく攻撃に晒されているのに、まるで見えているか如く、その攻撃を捌き、いなし、避ける。

そしてその動作の中でも敵を絶え間なく殺し続けているのだから驚きを通り越して恐怖を抱いた。

 

後方の兵士も血の大輪を咲かせている徐晃を見て恐怖する。

 

まさに化け物。

 

彼女が殺した賊の数は既に100を越している。

そしてそれが今、この瞬間にも増え続けているという異常性。

 

「…まさか……成る程。秋蘭が私に徐晃を見せた真意が漸く分かったわ」

「そ、曹操様、それはどういうことでございますか?」

「…彼女は「盗賊狩り」よ。あの噂の当人だわ」

「盗賊狩り……」

 

そう、ここに来て曹操は確信した。徐晃は以前、夏候惇と夏候淵に課した命を思い出す。

賊の惨殺事件。民衆にとっては治安向上や夜も安心して眠れるというのだから事件にするのは些か疑問であったが、それでも事件である。

当初は眉唾ものの話で誰も信じていなかった、しかし曹操はその事を信じていなかった。絶対に誰かが動いている。そう確信していた

 

 

「これは、流石に予想以上よ…」

 

その曹操をもってしても絶句である。

 

「曹操様!夏候惇隊、夏候淵隊が動き出しました!」

 

ここに来て作戦通り夏候姉妹が動き出し、敵を更に混乱させていく。

更なる乱戦になった。

 

「総員攻撃態勢をとれ!賊を討伐していくわ!ただし、逃げれるように隙間を空けておきなさい!」

「「「了解!!!」」」

 

荀彧の言葉で正気を取り戻し、すぐさま隊に指示を与える。

そして徐晃が居る所に目を向けると…血の大輪は咲かなくなっていた。

 

「まさか…」

 

頭に徐晃の死という言葉がよぎるが…今は目の前の作戦が大事である。

 

「…さぁ!ここが正念場よ!気勢を高めよ!一気に叩き潰すわ!!」

「おう!」

「「「おおお!!」」」

 

そうして一気に攻勢にでた曹操隊。

既に賊の周りには夏候惇隊と夏候淵隊が包囲殲滅しており、中は味方と敵で入り混じっている。

と、様子を見ていた曹操の目の端に徐晃を捕らえた。

 

その徐晃は既に戦うような雰囲気は出しておらず、既に刀は納刀している。

それでも徐晃に切り込んできた賊を神速の抜刀で両断しながら曹操の近くへと歩いてくる。

 

「無茶苦茶ね…」

 

荀彧がそう零すが、曹操も同じような感想であった。近くで見たら剣の軌跡は全く目で追えなかったのだ。

 

そうして、徐晃は曹操の居る位置にまで歩を進めた。

 

「混戦になったから曹操さんの兵士を殺さないように下がったけど、問題ないですよね?」

 

曹操の近くへ来てそう徐晃は言う。

その姿は真っ赤に染まっており、既に血で染まっていないところを見つけるほうが難しい。

その徐晃に許緒と荀彧は思いっきり引いている。

 

「ええ、問題ないわ。貴方のお陰で我が軍の被害も軽微、感謝するわ」

「そうですか。では、私はこれで」

 

すでに作戦は大詰めで徐晃は自分の力はもはや必要ないのと、最高のひと時を過ごせたという事でさっさと帰ろうとする。

 

「お待ちなさい。貴方に礼をしたいわ、是非陳留まで来ていただけないかしら?」

「!?そ、曹操様!危険です!」

 

曹操の言葉を荀彧がその真意を直ぐに理解し、静止の声を上げる

 

「黙りなさい荀彧。まだ貴方の試験は終わっていないわ」

「…はっ。出すぎた真似を致しまして申し訳ありません」

 

そうして、荀彧を叱った曹操は徐晃に目を向けて

 

「どうかしら?」

 

そう問いかける。その目は徐晃を欲していることが丸分かりで艶がある瞳をしている。

その事に対して荀彧は嫉妬し、徐晃に対してきつい視線を送るが

 

「ん~私としては賊を殺せるだけ殺せたのでこれ以上の物は望んでおりません」

 

そうして背を向ける徐晃、しかし曹操は徐晃を返す気は無い。

 

「あら、この曹孟徳の申し出を断るのかしら?」

「…正直言って面倒くさい事になりそうなのでここら辺でお暇したいのが本音です」

「そう、でも貴方が帰るというのならもっと面倒くさい事になるけど、宜しいの?」

 

曹操は徐晃に対して興味を持っていた。

あの鬼神の如き戦闘力を魅せていたと思えば、こうして人間臭い所もある。

そして、曹操は徐晃の性癖を既に見切っている。

 

「私のお礼は此れよりももっと大きい戦場を用意するわ」

 

どう?と早速手札を切る曹操は強かである。

 

「…これ以上の?」

 

徐晃はこれ以上の戦場…いや、これ以上死という概念に近づける場所を用意できるのかと。

たまらず返事を返そうとするがしかし、冷静な徐晃は待ったを掛ける。

 

そして曹操の言葉を吟味する。

 

もっと大きな戦場を用意するという事は恐らく将として配下に加える心算であろうと予測した。

 

「……ある程度自由に動けるのであればその話、お受けします」

「ふふ、頭の回転が速いのね。嫌いじゃないわ」

 

曹操は笑みを作り、徐晃は面倒臭いという表情を前面に出しながらもそう返事をした。

 

 

そうして徐晃は一時的に曹操の傘下へと加わったのであった。

 

 




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9話

 

 

 

「はぁ!?文字が書けない!?」

「はい、自分の名前と、生活で必要な文字しか必要なかったので」

 

あの賊殲滅戦のあと、曹操と荀彧との主従関係がより強固な出来事が(百合的な意味で)あり、曹操軍の内部は結束が高まった。

さらに、許緒を含めその戦力は拡大していった。許緒もこの世界では女の子であり、本当に18歳以上なのか疑えるほど背が低い、いや、体系的にこれは…なんでもない。

ただその力は本物で夏候惇もその武には絶賛をしていたほどである。

 

そして徐晃。彼女は曹操の正式な配下ではなく、客将としての扱いで曹操の下に留まっている。

その徐晃の交友関係は…非常に狭い。あの戦闘を見ていた荀彧と許緒には当初かなり警戒されていた。

それはそうである。徐晃の武勇は曹操軍最強の夏候惇ですら軽くあしらえそうなレベルである。

 

夏候惇は何度か徐晃に模擬戦を仕掛けようとしたが曹操が頑なにそれを許さなかった。

徐晃の異常性と危険性を理解している曹操はその先の結果が見えていたのだ。

それを危惧し夏候惇をどうにか納得させ、模擬戦を行わないように仕向けた。

 

その事に徐晃は何も思わない。

模擬戦なんかで自身の欲求を満たせるわけでもなく、夏候惇の誘いも蹴っている。

 

強い相手との死闘が徐晃にとって甘美なひと時を味わえるのだ。

 

模擬戦は死闘とは呼べない。あくまで純粋に武という点を競うだけのものであり、命をやり取りするわけではないからだ。

それに、もし模擬戦で熱くなったら徐晃は夏候惇を殺してしまうと確信している。

そうなれば官軍から追われる身…いや、官軍より厄介な曹操から追われる身になる。それだけは徐晃も願い下げである。

 

あの溢れ出る覇気は徐晃が今まであった人物では最も輝いて見えた。その思想。その高貴さ。

 

天下を取ると豪語する曹操を見る徐晃は、彼女であれば天下は取れるかもと思わせるほどである。

しかし、彼女が天下を取るということは劉備はどうなるのかと、以前会った知り合いの顔を思い出し、笑う。

 

乱世というものはそういうものであったのだと。

 

戦いの中に身をおいている徐晃がその事を忘れていた事実に可笑しくなり、自分で笑ってしまったのであった。

 

そして、曹操軍で噂を聞いた「天の御遣い」

 

徐晃も勿論噂程度であれば耳にしていた。天から来る使者。

それは皇帝を否定するのと同義である。そんな天の御使いは噂では義勇軍の中で活躍しているらしい。

あくまでらしいだ。実際目で見ていないので徐晃は確信には至っていない。

 

と言ってもその事に対してはあまり関心を寄せていない。

何れにせよ大きな戦の臭いがするだけで徐晃は満足であった。

 

陳留の城で客将として雇われた身だが、徐晃は今まで一人で賊討伐等を行ってきていた

賊を討伐して生計を立てていたので文字を覚える機会はほぼ皆無であった。

邑にいた少女時代の時も勉学より畑仕事にかり出されていたのも原因の一つだ。

 

よって少しばかり警戒を解いてきた荀彧に仕事を…簡単な文官の仕事をやらないかと提案され、冒頭の問答へと戻る。

 

「はぁ…そう、分かったわ」

 

その事実に頭を悩ませる荀彧。

 

 

 

 

 

 

 

荀彧が、徐晃の部屋を覗く前、曹操に徐晃が何をやっているのかと聞かれ

たまに雑事を行うだけで一日中ぶらぶらしているという事実を曹操へ伝えたら

 

「…そう」

 

と、若干呆れが入っていたがそこまでの落胆は無かった。曹操はそもそも徐晃に戦闘面意外での期待はしていない。

出身地はいまや不明で徐晃も殆ど覚えていないと言っていたし、ある程度教養はあるようだが、礼節は殆ど無いといっても過言ではない。

流石に曹操も出来ないことをやれとは言わない。何事も適材適所なのだ。

 

それに曹操の配下には一応加わったが、何時離れていっても可笑しくはない。徐晃は曹操のことを一応主として敬っているが敬意は殆ど感じないのである。

 

だが、曹操はそれでもいいと思っている。

 

何れは徐晃を屈服させ、あの体を堪能し、自身に心酔させるからだ。

 

「であれば、簡単な文官の仕事を与えなさい」

「は!」

 

 

 

 

 

 

と、そういうやり取りがあり荀彧は徐晃の部屋を訪ねてきたのだが、まさか文字を書けないとは露にも思わなかったのである。

徐晃という名前は普通に綺麗な文字で書けていたのでこれは大丈夫であろうという思いが荀彧にあったが、それは裏切られたのだ。

 

「まぁ空いている時間に文字の書き取り練習してるから、いつかは出来ると思うよ」

「あなた、空いてる時間って…殆ど空いてるじゃない。何をしてるのよ?」

「町をぶらぶら~っと」

「はぁ…」

 

ため息をつく荀彧。これで給料を貰っているのだから世の中不平等である。

勿論、各地で賊発生する数が多くなっている昨今。もちろん徐晃も派遣されて動いている…たった一人で

 

普通であれば軍を動かすはずだが

 

「邪魔」

 

という一言で徐晃隊はワンマンアーミー状態である。

 

つまり一人軍隊。

 

まさに一騎当千の力を持っている徐晃。

それに関して夏候惇は認めているが、曹操に対して敬意を見せていないことに対しては不満を露にしている。

ワンマンアーミーに対して曹操は言及する気は無いのか、徐晃の行動を黙認している。

 

結果が伴っているからだ。

 

軍を編成して討伐するという行動でどれほどの物資、人員、金、時間が費やされるのかを考えれば

現時点の曹操軍にとってそれらを最低限に抑えられる徐晃は貴重である。

その他に、緊急時でもすぐさま駆けつけられるというのは魅力的であり、民からの曹操の評価も上がっている。

 

ただ、死体だけは放置できないので数人から数十人の兵を派遣して処理をしている。

 

徐晃が対応する賊は1~1000までの賊が中心だ。と言っても1000まで行けば軍を動かして経験を積みたい。

よって、実質は1~500までの賊討伐に当たっているのが現状である。

 

「…やはり貴方は兵を調練する仕事の方が向いているわね」

「そりゃあそうだけど、したこと無いよ?」

 

徐晃は兵の調練はした事が無いし、調練方法も地方やその武将でやり方は変わる。

基本は変わらないが、陣形等を組む時や、狙い目などは各武将独自なものが多い。

 

しかし徐晃はそういった知識はまるで無い。

 

武術も我流だし、軍に所属することも始めてである。

ましてや、人を育てるという行為は徐晃自身イライラしそうで敬遠していたのだ。食わず嫌いとも言う。

 

「華琳様に掛け合うわ…まったく、何で私がこんな奴の為に」

「お疲れ様ですね」

「あんたねぇ…!」

 

人の気も知らないで…と内心荀彧は怒りに燃えたが、徐晃に対してはあまり意味が無い。

夏候惇のように内政が出来ない時点で同じ脳筋なのだが、徐晃は夏候惇以上に内政が出来ない。

しかし、夏候惇より頭が意外と回りまた荀彧が放つ言葉を吟味して返事をする。

 

その為、反論はあるが概ね荀彧が言っている事が通り、徐晃は形ながらだが反省もするので荀彧は若干肩透かしを食らっているのだ。

 

が、時たまこういった挑発と取れる言動がある事は確かなので、気を抜けないのだ。

 

「…ぐっ……ふぅ。まぁいいわ。華琳様に掛け合うからあなた、春蘭か秋蘭の調練現場でも見て勉強しなさい」

「わかりました。じゃあ、宜しくね」

 

そうして荀彧は徐晃の部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

「どうも夏候淵さん」

「ん?徐晃か、どうした?」

 

訓練所で声を張り上げていた夏候淵の所へと赴いた徐晃。

徐晃の数少ない友好関係を維持している人物である。夏候淵も誘った責任を感じているのか、なるべく徐晃に接するようにしていた。

と、当初は事務的であったが、現在は友とまではいかないが、それでも軍事関連では信頼を置ける人物と評価を改めている。

 

「お仕事を見学させてくれないかなと思いまして」

「……珍しいな」

 

驚いた顔を見せる夏候淵。それもそのはず、夏候淵も徐晃の現状が見えている一人であったからである。

賊討伐以外は町でぶらぶらと、たまに警備の兵に犯罪者の存在を知らせてくれている。

何故徐晃自身がその場で犯罪者を取り締まらないのか、理由は簡単である。

 

殺してしまうから

 

曹操が治めている町でそのような行為は基本ご法度であるし、人殺し以外は屯所へ連行する決まりもある。

よって徐晃は警備の兵に犯罪者がいたと伝えるだけに留まっているのだ。

その事について夏候淵は正直助かっている。殺しなんてしてくれた暁には街の評価、曹操の評価が下がることは明白である。

 

何より徐晃は戦場での殺しが一番快楽を得られると理解しているので、恐らく殺しはしないだろうが、ついやってしまうかもしれない。

そう徐晃は判断し、一応曹操の配下であるので面倒ごとを起こさないようにはしている。

…定期的に沸いてくる賊で日ごろの鬱憤を晴らしているので、その場で殺さなくても大丈夫だと徐晃は思っているだけだが。

 

「荀彧さんが仕事しろって言ってきまして、私って文字をあまり書けないので内政の補助も出来ないのですが、こういった体を動かすことならできそうかなと」

「文字を書けなかったのか…そうか、まぁ珍しいことではない。ただ、調練はイライラしそうで嫌だといっていなかったか?」

 

そういう夏候淵の視線は兵達の動きをちゃんと見ている。

 

「ええ、まぁ。ですが、一度見て出来そうか出来ないかを判断しようかなと、といっても恐らく私が調練する兵は貴方方姉妹が抜けた際の臨時でしょうが」

「成る程、承知した」

 

そうして夏候淵の隣に徐晃が立ち調練の様子を見学する。

調練は基本的には兵の基礎体力や、武器の振るい方、陣形の対応、対人の当たり方から、この夏候淵隊は弓隊も含んでいるので弓矢の訓練も在る。

 

「方円の陣を取れ!」

「「「はっ!!」」」

 

今は陣形の変更に対応するべく、夏候淵が陣の形態を大声で指示し、兵士がそれに答えるといった形だ。

勿論出来ない人物も出てくるが、そこは100人隊長や10人隊長のものが全兵士に指示を浸透させるように、さらに指示をだす仕組みとなっている。

 

「そこ!戦場では一息たりとも時間を無駄には出来ん!ちゃんと部隊長の指示に従え!!」

「申し訳ありません!」

 

通常であれば将が一兵士にわざわざしかりつけるなんていうことはしないが、夏候淵は面倒見がいいのか、こういった場面が見受けられる。

 

それらを横でしげしげと見て調練の仕事ぶりを見る。

流れ的には体力づくりから始まって、武、陣、戦という形を取っていた。

そして一番最後に装備している鎧や武器を点検して終わりという流れであった。

 

流石の夏候淵であり、部隊の兵士は士気が高くまた、かなり統率が取れている。賊とは比べ物にならない程である。

 

(…楽しそう)

 

徐晃はそう思った。……そう

 

(彼ら全員と隣にいる夏候淵との殺し合いは凄く興奮しそうだよ…)

 

という事を胸中で思っていた。

賊とはまた違った動き。曹操に誘われた時の賊討伐戦でも軍隊は中々統率が取れていたと感じていたが、改めてみると実にそそる相手だと徐晃は思う。

 

「それでは、本日はここまでだ!解散!!」

「「「ありがとうございました!!!」」」

 

日が落ち始めたのか夕暮れになり、辺りには優しい光が訓練所を照らしていた。

その中で全ての訓練が終わったのか、夏候淵が終了の合図を送り、兵がそれに返事をして規律が取れた行動で訓練所を後にしていく。

 

「…どうだ?全体の流れは分かったか?」

「はい。…あの、質問なんですが」

「どうした?」

 

一日を通して夏候淵は徐晃に教えられる事は教えたつもりであった。

だが、内心は余り期待していなかった。調練の仕事を「イライラしそう」という言葉で断っていたのだから、まずそんな意欲は無いだろうと思っていたが

意外にも食いついてきたため、僅かながらに驚きがあった。

 

「兵士達と模擬戦闘とかしてもいいのですか?」

「……」

 

夏候淵は判断に困った。

まず徐晃が言っていることは普通であればどうぞどうぞという位の物で、質問する事でもない。

事実、夏候惇は中々な頻度で兵士達と模擬戦闘を行っており、兵士がぼろぼろになる様は幾度と無く見かける。

 

が、それは手加減が出来て尚且つ、殺意が無いからというのが大前提である。

 

徐晃を見てみよう。

彼女は自他共に認める殺人快楽者である。その彼女が模擬戦闘を行った場合の未来を夏候淵は想像する

 

(…訓練所が血の海になりかねん)

 

そう、徐晃は気を操ることにおいても熟練者である。故にどんな鈍らでも一定の切れ味や耐久度を発生させることが可能であるのだ。

つまり、刃を潰した訓練用の剣でも人を切り殺すことは徐晃にとって容易いことである。

その事を頭の中で予測していた夏候淵に、徐晃が口を開く。

 

「…大丈夫ですよ。言いましたよね?見下されるか大義名分が立たなければ殺したいという欲求は出ないと思いますよ」

「……いや、思いますよではなぁ…まぁ一回は私か姉者が監督してやればいいか…」

 

確かにと夏候淵は思った。

徐晃が殺人衝動に駆られるのは見下されたときや、下品な言葉と共に性的対象として見られたときである。

強い人間との死闘は兵士の調練が仕事なのでそれは除外する。

 

ともすれば、兵士相手であればやれない事は無いのか…と思案するが

兎にも角にもまずは調練がちゃんとできるかどうかを確認せねばならない事は必然であった。

無駄が出ていれば、主君である曹操の評判にも悪影響を与えかねないし何より、軍を預かっている夏候淵の秩序にも傷が付く。

 

「…ふむ。では調練する際は私か姉者に声を掛けて欲しい。姉者と華琳様には私から話を通しておこう」

「宜しくお願いします」

 

そうして、徐晃の仕事に賊討伐の他に調練という仕事が新たに追加されたのであった。

 

 

 

 




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10話

 

「それじゃあ、訓練始めましょうか」

「「「「「は!!」」」」」

 

現在、訓練所には夏候惇隊と夏候淵隊の兵士がずらりと並んでおり、その光景は中々に壮観である。

兵士の装備は一式でそろっており、規律が取れて正しく生き物と表しても可笑しくはない。

そんな兵士達に満足するように頷く徐晃。…べつに満足はしていないが、普通に生活をしていたらこれほどの光景は余り目に出来ないであろうという気持ちも含んで頷いている。

 

何故この様な形になったかと言われれば、簡単に終わる

 

曹操が州牧へと昇進したからである。

 

先の大規模な賊退治。そして街の評価。それらを含めて漸く評価された結果、州牧という位に就いたのである。

その為、そういった儀礼の場に出なければならないので、曹操は夏候惇、夏候淵を連れて出かけていった。

因みに、荀彧と許緒は留守番である。

 

以前より夏候淵と夏候惇に調練の仕方を学び、何回か調練を行ってきた徐晃。その中で夏候惇とは何度か衝突したが、以前よりはマシといった仲になった。

読み書きも漸く全てできるようになり、たまに文官としての仕事も請け負っていて、割と忙しい一日を過ごしている。

ただ、客将という扱いなので内政の中枢などには携わっていない。

 

よって文官の仕事は本当に簡単なものである。

 

そして調練。これは既に徐晃一人で任される程度にまでの域に達した。

意外にも調練は計画をちゃんと練っており、どこか機械的ではあるがしっかりと全工程を問題なく終わらせる事が出来ているし

何より、最後の模擬戦闘で兵士達も実際に徐晃の強さを目の当たりにして羨望の目で見る兵士も中には居る位である。

 

此れには曹操も内心驚いた。

あの殺人快楽者の徐晃が兵士を殺さずにきちんと調練をしていたのだから。

最初荀彧から話を聞き、その後、どういった形で進めるかという話を徐晃と夏候淵で決め、その事を夏候淵が曹操に報告をした。

 

曹操はこの対応の早さに満足をした。が、実際に出来るかどうかまではいまいち信用していない。

だが、蓋を開けてみれば驚くほど兵士を匠に動かし、末端までちゃんと徐晃の言葉通り動いているさまである。

よって曹操が直々に徐晃へ調練を行うべしと命を課したのであった。

 

反発したのは夏候惇だけであったが、その夏候惇も今は認めている。

一度夏候惇が少数の兵士を率いて賊討伐する際に、調練の事をどうしようかと頭を悩ませていたときに、徐晃がタイミングよく調練を引きうけた。

賊討伐から帰ってみれば、錬度を落とさずまた、今までにない新鮮な空気を味わった為か、士気も高くまとまっていた。

 

それにより、夏候惇も徐晃の評価を改めたのだ。といっても、曹操に対する行為を改めない限り、友好関係は結べそうに無いとは思っているが。

 

「走りこみが終わったら、各自武器を構えて素振りを100回です」

「「「「「了解!」」」」」

 

走り込みを終えた兵士に、休み無く素振りをさせる。実践では一日が終わるか、相手を殲滅させない限り休みなど無い。

よって走り込みから素振りはノンストップで行わせるのが徐晃のやり方である。

 

兵士達はその事について全く問題は無いと思っている。

 

徐晃のやり方は夏候惇、夏候淵とは少し違うがそれでも理に適っている調練方法である。

そして徐晃の容姿も彼らの士気の高さに影響していた。大人と少女の狭間であるアンバランスな魅力が彼らを刺激している。

が、最も刺激している事は

 

「…おい、今日は黒だぞ」

「何!?…走り込みの最中か」

「ああ……かなりいいぜ」

「く!?俺も覗けば良かったっ!!」

 

訓練所には将が高い位置に昇りそこから指示を出す。徐晃は夏候惇、夏候淵より無防備なため、走り込みや素振りの前列、陣形を組んでいる最中は覗き放題であった。

無論徐晃は視線には気付いているし、それがどういった意味なのかも知っている。だが、気にしていない。

直接声を掛けられればスイッチが入ってしまうかもしれないが、視線程度であれば気にしないのだ。

 

それに徐晃はそういった欲求が中々抑えられないことも良く知っている。

徐晃自身殺人快楽者なのだから、適度な発散は重要だと思っている。そういった理由で徐晃は気にせずオープン…にはしていないが、覗き見る適度であれば問題ない。

だが、視線を送ったものの顔を確りと覚えているので模擬戦闘では彼らだけが他の人よりぼろぼろになっているのは気のせいではない。

 

 

「それじゃあ、100人組になって私と模擬戦闘しましょうか」

「「「「了解!!」」」」

 

そうして訓練所には人が飛び交う異常な光景が見れたとか。

因みに徐晃が使っているのは只の木刀。鉄製のものは兵士の装備を損壊させてしまい、夏候淵からストップ命令が入ったため木刀となった。

その事に兵士は安心し、気兼ねなく模擬戦闘を受けれるようになった。が、それでもたまに武器を損壊させるのは荀彧と夏候淵の小さな悩みの種であった。

 

 

約80組の大所帯を全てノックダウンさせた徐晃の息は全く上がっていない。

しかし、兵達は既にぼろぼろで隊を組むのがやっとの状況である。

 

日も既に落ち始めて夕焼けが美しい。

 

「それでは、これにて訓練を終わります。各自ゆっくり休むように」

「「「「「ありがとうございました!!」」」」」

 

そうして解散させる。

何度か殺人衝動に駆られたが、相手に殺意が無い為、そこまで興が乗らずにそのまま無事調練が終わったのだ。

衝動を抑えられるだけの理性を持てたのはやはり、あの時の戦場での空気を思い出したからである。

 

もし、あの時戦闘をせずに曹操軍の配下に加わっていたら恐らくこの結果は無い。

 

彼女は何時でもより甘美な快感を得たいと思っている。だからこそ、理性で抑えられたといえよう。

それに、曹操がさらに大きい戦場を用意すると言った言葉。曹操はそういったことで嘘は付かない。流石の徐晃もそれは理解している。

よってすこし我慢すればいい。そう言い聞かせて模擬戦闘、賊討伐で発散しているのだ。

 

 

「伝令!徐晃将軍!」

「どうしたの?」

 

訓練所で最後に兵士達が後片付けを忘れていないか、それらをチェックして自室へ戻ろうかと通路を歩いていたら、前方のほうから伝令兵が慌てて走ってくる。

そうして徐晃の前で簡易な礼を取った。

 

「は!1200人になる賊がここ陳留より13里東南にて発生。邑一つが甚大な被害を被ったそうで、至急王座の間へと荀彧様からのご指示です」

「わかりました。直ぐに向かうね」

「はは!!」

 

そうして伝令兵が走り去り、徐晃は微笑を零した。

 

「ふふ…丁度いい。軍も中々面白いかも」

 

欲求が溜まっているところで一気に発散する。これは劉備との旅で見つけた快楽を享受する方法の一つであった。

 

「…ま、荀彧が怒らないように速めに行こうかな」

 

そうして微笑を引っ込め、きりっと引き締めた表情で王座の間へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「皆集まったようね」

 

王座の間に武官、文官、そして荀彧、許緒、徐晃の姿が空の王座の前に並ぶように集合していた。

 

「今回は主君、曹猛徳様が不在の為、この荀文若が軍儀を進めさせていただきます」

 

ずらりと並んだ武官、文官を前に、空の玉座の傍で荀彧が今回の軍儀を進めると宣言した。

 

「さて、賊がこの陳留の13里東南に発生した件について早急に対応しなければならないわ。華琳様の手を煩わせるなんていう愚を犯さないためにもね」

 

勿論、この件については既に荀彧から曹操へと俊馬を出し、伝令を送っている。

 

「はい!私が兵を引き連れてその賊を退治しに行ってきます!!」

 

荀彧が今回のあらましを簡単に説明し、さてどうするかとなった時に許緒が元気良く手を挙げ、自身が賊を退治すると宣言した。

 

「…1200の賊に対して此方は用意できて700。兵士の編成、武器の準備でこれだけだわ。私は徐晃に兵を率いてもらいたいのだけれど」

 

そうして、ちらっと荀彧が徐晃を見る。その目は若干期待を孕んでいるが…

 

「…兵を率いたことが無い私より、許緒さんが兵を率いて殲滅したほうがよろしいかと」

 

徐晃は荀彧の言葉を否定するように言う。

徐晃の言っていることは尤もである。兵を率いたことの無い徐晃は兵の統率が取れないかも知れない。

そして、賊を目の前にして殺人の快楽に確実に身を任せるので、兵の統率は絶対に向かない。

 

統率するのであれば、一人ひとり判断できる兵士を育て上げて徐晃の下へつけるというのが理想だが、生憎曹操軍はそこまで余裕は無い。

 

「徐晃さんもこう言っていますし、桂花!ボクに任せて!」

「……そう…ね。分かったわ、今回の件。季衣に任せたわ」

「はい!!」

 

そうして軍儀は細かいところを詰めて、解散となった。

足早に出る文武官達と許緒。そして最後に残ったのは荀彧と徐晃であった。

 

「…どうせ監視して欲しいといった所かな」

「……はぁ。ほんと、頭だけは直ぐ回るわね。ええ、そうよ。季衣は見た感じ元気だけど、ここ最近の賊討伐では毎回出撃していた。だから疲れは確実に溜まっている」

 

そうして許緒が出て行った扉を見る。

徐晃は何故分かったのか。案外簡単な事である。ここ最近の賊討伐は許緒が中心となって討伐に回っていた。規模が500より多かったためである。

 

よって疲れが溜まっているのは予想ができた。そして何時もであれば許緒が手を上げれば曹操はそのまま許緒に命を下した。その事に荀彧は何も突っ込まない。何故ならまだ余裕が見て取れたから。

 

しかし今回は違った。

 

今回の討伐は徐晃が兵を引き連れて行って欲しい。本来であればありえない選択である。

何故なら彼女は殺人快楽者。指揮なんてできたものでは無いだろう。荀彧もその懸念があった。

しかしそれを差し引いても徐晃に行ってもらいたかったのだ。

 

だが、兵士を運用できる許緒に任せたのだ。

 

それは徐晃の言い分もあったが、荀彧は即座に代案を構築し、許可を出した。そう

 

「貴方には季衣が失敗しないかどうかを見て欲しいの。勿論、危なくなったら助けて欲しいわ」

 

許緒の援護。参軍で徐晃を付けなかったのは許緒のやる気を保つ為だ。

 

「お安い御用です。殺しができれば何でもいいですよ」

 

そうして徐晃は荀彧が見つめていた扉からゆったりと歩いて王座の間から退出した

 

「…分かってたなら代わってやればいいのに…」

 

そう若干不満をぽつりと零す荀彧が、扉に向けて視線を送り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…もうすぐ着きそうだね」

 

馬上で汗を拭う許緒。本来であればこのようなたったの13里の距離で疲れなど知るはずが無かった。

しかし、荀彧が指摘したとおり彼女の中では疲れが溜まっていたのだ。本人も自覚できなかったがじわりじわりと

 

「許緒将軍!報告いたします!盗賊の群れがここより4里いった所の穴倉に向かったとの情報が入りました!」

「よーっし!じゃあそこへ向けて全速前進だよ!」

「「「おお!!」」」

 

騎馬が700。すぐさま方向を定めて駆けて行った。

 

という光景を物陰に隠れて徐晃は見ていた。

 

「…許緒はやはり疲れているみたいだね」

 

そうポツリと零しながら、許緒隊が目指していった方向へ歩き出した。

 

 

「許緒将軍!賊は此方を迎撃する構えです!」

「うん!総員、陣を組んで!」

「「「は!!」」」

 

報告では1200であったが、許緒の目算ではそれより多かった。

それもそのはず、1200では無く、1300もの数が平野に無陣ながらも許緒隊を迎え撃つ構えである。

賊は数の利を利用して一気に押しつぶす心算である。

 

森にてゲリラ戦のような戦闘方法も取れなくは無いが、数や一人ひとりの力を省みると偶然ながらも賊がとった行動は正しい。

 

凡そ2倍の賊に対して許緒は突撃をするべく、蜂矢の陣を敷いた。

 

「皆ー!相手は平和を脅かす悪い奴ら!力を合わせてやっつけよう!!」

「「「「おおお!!!」」」

 

既に許緒の武勇は隊に伝わっており、その士気は数をものともしない。

兵士達も許緒と同じ、平和を憂うもの達なのだ。よって賊の行動は絶対に許せるものではない。

 

「総員!突撃ー!!」

「「「うおおおおお!!」」」

 

馬上戦闘は全員不可能。よって徒歩での突撃となる。

その統率は見事としか言いようが無く、陣の構成もばっちりである。兵士の士気も高い。

 

「てめぇら!相手は俺達よりすくねぇ!全員ぶっ殺せ!!!」

「「「おおおおおおおおお!!!」」」

 

だが士気の高さなら相手も負けてはいない。許緒隊の数が圧倒的に少ないのはちらっと目視しただけではっきりと分かる。

更に先ほど村を襲撃し、女はその場で犯すことしか出来なかったが、食料などの補充は十分で、なおかつ迎え撃つということが出来ているためだ。

 

そして衝突。

 

攻撃力は圧倒的に許緒隊の方が高い。一気に食い破られる賊だが、動きを見せる。

蜂矢の陣で敵陣中へ突撃していった許緒隊を囲むように賊が動いていったのだ。無陣のままで、各個人思うが侭の動きだが、予めそういう予定だったというのが見て取れる。

しかし、許緒は気付かない。目の前の敵と疲れにより、大局を見通せないのだ。

 

許緒を先頭にしてどんどん食い破っていく許緒隊

 

「てやああああ!」

 

鉄球をぶんぶんと振り回し、中々なスプラッタな光景を見せ付けているが、それが逆に士気の上昇。相手の士気低下に繋がっている。

 

が…

 

「許緒将軍!後方より敵が!?」

「ええ!?…まさか、囲まれてる!?」

 

局地的には完全に押していたが、大局を見ていなかった許緒はここで自身のミスに漸く気付く。

 

「く…皆!持ちこたえて!一気に突破するよ!」

「「了解!!」」

 

そうして、一気に賊が出てきたほうへ…つまり、森の方面へと向かって陣を進める。

依然攻撃力は落ちていない許緒隊。この行動は正しい。包囲されたら何としても抜け出す必要がある。

幸い矢の陣を構えていたため突破力は曹操軍の中でも夏候惇に次ぐ力。

 

ぐいぐいと食い破りそうになったとき

 

「はっはー!頭の言うとおりだぜ!こっちに本当にきやがった!おい、お前ら!ありったけの矢をあいつらへぶち込め!!」

「「おおおお!!」」

 

森から150余りの人間が姿を現し、全員が矢を放つ。

 

「ぐわあ!」

「ぎゃああ!?」

 

その矢は許緒隊の先鋒に降り注いだ。

 

「ええ!伏兵!?」

 

許緒は驚く。報告以上の敵がいたから恐らく此れが全てだろうと判断し、賊達が出て行った森へ進軍し、兵士一人ひとりの力を生かしてのゲリラ戦に望もうとした。

包囲された時点で此方がかなり不利の為、障害物を通して押し返そうとしたのだ。間違っていない。

ただ、賊にも頭が回る奴は何人もいる。猪突猛進の許緒を絡め取るのは兵士崩れの人間でも可能な人物は可能である。

 

「く!弓を射る奴を早く倒さないと……!?」

 

自分の軍、相手の包囲、そして相手の伏兵。最後に、許緒自身の疲れ。

それらが相まって許緒の注意力が散漫になり…転倒した。

 

「きゃぁ!?」

 

すぐに体制を立て直そうとするが、現実は残酷である。

 

「へへ、お前が大将か。悪いが、死んでもらうぜ」

 

大男と言っても差し支えないような野蛮な男が、許緒を一刀両断すべく、その剣を振り下ろした。

 

「くぅ!?」

 

しかし、間一髪で許緒の武器、鉄球を繋ぐ鎖でその剣を受け止めるが、周りに居た賊の槍が許緒の体に殺到した。

 

許緒はそれらがゆっくり自身の体を貫こうとしているのが見て取れた。

 

「…華琳様、ごめんなさい。流流……」

 

覚悟を決めてゆっくりと目を瞑り、死を覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい、それは曹操に直接言うべきだよ」

 

連続する金属音と、許緒を守るようにして立つ人物

 

「あ…」

 

呆然と見るその背中は許緒にとって畏怖の対象。

しかし、今は余りにも頼もしく見えた。

 

「ふふ、じゃあ死んで?」

 

その言葉と共に、許緒に殺到していた4人の賊が全員一息で両断された。

戦場に美しく花開いた真っ赤なバラ。いや、血の華。

 

「ぎゃああああああああ!?」

「あがあああ!?」

 

その次の瞬間には許緒の二歩外の周りにいた賊も真っ赤な大輪を一瞬だけ咲かせて地に伏していった。

 

場の空気が変わった。徐晃中心に一気に広がった凍えそうな覇気。

それを受けて許緒、許緒隊、賊の全ての人間が動きを止める。

その光景をにやりと口を弧にしながら徐晃は嘲笑い

 

「……ふふ、いい。やっぱりこの感触は最高だよ」

 

その言葉と共に、徐晃は許緒をそっちのけで回りに蔓延る賊をかたっぱしから切り殺していく。

許緒はその姿を呆然と見ながら、漸く正気を取り戻し、目に溜まっていた汗を拭いながら兵士に声を上げた

 

「総員!徐晃さんが援軍に来てくれました!このまま一気に畳み掛けろぉ!!」

「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」

 

先ほどまでの瞳は無く、きりっと力強さを秘めた瞳で、今度こそ何も逃さないという意志をこめながら目の前に敵を殲滅して言った。

 

その中で徐晃は演舞を舞っているように、流麗で川のように戦場を流れ、真っ赤な大輪を咲かしていく。

血風を巻き起こすその光景は敵味方関係なく見る者全ての視線を奪った。

 

そう、徐晃が来て戦場の流れが一変したのだ。許緒隊ではなく、ましてや賊でもない。徐晃を中心として戦場の空気が流れているのだ。

 

「ふふ…」

 

一振りで敵の剣すらも切り裂き、二人を切り殺す。後ろからの槍は見えているかのごとくギリギリのところで体を回転させ、

その回転を利用して槍の先から、その槍を持っていた賊を両断する。

 

「ぎゃあああ!?」

 

聞こえる断末魔は徐晃の鼓膜を打って更に快楽を引き出させる。まるで麻薬。

圧倒的な強者の風格を見せつけながら、軽い足取りで賊を切り伏せていく。

 

正に一騎当千

 

正に一人軍隊

 

 

 

 

正に狂気無双

 

 

 

 

 

「く、くるなああああ!?」

「化け物めぇええ!」

 

逃げるもの、立ち向かうもの一切関係なく、徐晃が目に付いた賊をその無銘の刀二振りで敵を切り刻んでいった。

 

森にいた弓隊も徐晃を目掛けて矢を放つがそれすらも刀を振うだけで全て打ち落とされる。さらに

 

「やああああ!!」

 

許緒が既に距離を詰めて弓隊を尽く殲滅していった。

 

戦場は徐晃が来て一刻の半分もせずに、終局へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…徐晃さん」

「ん?どうしたの?」

 

賊をすべて殲滅し終わり、騎乗しながら陳留へ帰る途中、許緒がその隣に居る徐晃に話しかけた。

その顔はどことなく申し訳なさそうである。

 

「ありがとうございます!徐晃さんが来なかったら、ボク…」

「ああ、気にしなくていいよ。私は賊を殺せたし、それだけで満足だよ」

 

徐晃は確かに許緒の命を守った。それは荀彧に頼まれていたから。

そして、何となく徐晃も許緒が串刺しになるのが面白くなかったからである。

よって感謝をされることではないと徐晃は既に割り切っているし、何より周りの賊を殺してスイッチが入ったのか、許緒をそっちのけで楽しんでいたのだ。

 

「それでも、助けてくれたことには変わりありません!」

「ふふ、じゃあ素直にお礼を受け取っておくよ」

 

そうして、前を向く徐晃。しかし、許緒は

 

「あの!ボクの、ボクの真名を預かってもらえませんか?」

 

突然の事で徐晃は思わず許緒の方向へと目を向ける。

 

「……本気でいっているの?私みたいな快楽殺人鬼に」

「はい!だって、ボクの命の恩人だし、むしろ預かって欲しいです!」

 

徐晃にとって真名を交換するのは親以外では皆無であった。

村は人口が少なく、また同年代の子供も余り多くなかった。周りに居るのは大人が多かった。

そしてそれは徐晃が狩りを大人たちと一緒に行っていたからそれに拍車を掛けていた。

 

邑からでての8年間は他人との接触は必要最低限にまで留めていた。

あの鍛冶師のおじさんの名前も知らないのだ。

 

故に徐晃は驚いた。自身は殺人鬼。対する許緒は確かに人を殺したことがあるが、それでも自分とはかけ離れた信念をもつ尊い人物である。

じーっと見つめてくる許緒の視線に負けたのか、徐晃はため息をついた。

 

「はぁ…分かりました。……では、改めまして、私は姓は徐、名は晃。字は公明……真名は甘菜だよ」

「はい!ボクは姓は許、名は緒。字は仲康。真名は季衣だよ!宜しくね、甘菜!」

「…ええ、宜しく」

 

うっすらと笑みを浮かべる徐晃。その顔は夕暮れに照らされているのか、ほのかに赤い。

対する許緒も同じく表情は満面の笑みだが、ほほを赤く染めていた。

 

 

 

 




誤字脱字等御座いましたら、ご指摘などよろしくお願いします

……ちょっと強引だったかな。


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11話

 

「黄色い布を被った暴徒…か」

「はい、我らが鎮圧した暴徒は皆黄色い布を頭に纏っておりました」

 

許緒と徐晃が真名を交換し合った日から数週間のことであった。

活発していた暴徒や賊が更に活発化していき、民が安心して夜も眠れない日々が続いている。

そんな中、普通の賊や暴徒とは違った一団が活発に邑などで略奪行為を行っていた。

 

その一団全員が黄色い布を頭に纏っているというのだ。

 

王座の間にて、夏候惇と許緒の報告を受ける曹操の表情は動かない。しかし内心では頭をフル回転させ、その共通する項目の真意が何なのか、頭を悩ませていた。

今この場に居るのは、曹操、夏候惇、夏候淵、荀彧、許緒、徐晃。そして夏候惇隊に付き従っていた武官である。

 

そして同じく、暴徒の鎮圧から既に帰還している夏候淵のほうへとちらりと曹操は目線を向けた。

それを見て夏候淵は口を開いた。

 

「こちらも同じく、黄色い布を持っておりました」

 

夏候淵も夏候惇と同じ報告。

 

「黄色い布を持った…ね」

 

曹操はそれを吟味する。が、すぐさま夏候淵のほうへ視線を向けた。

 

「それで、暴徒達はどれほどの抵抗をみせたの?」

「それが、殆ど抵抗無く、すぐさま鎮圧できる程です」

「そう…」

 

目を伏せて曹操は思案する。

そしてその隣の荀彧もまた険しい顔つきである。

 

「桂花、そちらはどうだった?」

「はっ。面識ある諸侯に連絡を取ってみましたが、こちらと同じような状況でした」

「地域は?」

「は!では、失礼します」

 

そうして一言断り、荀彧が目の前に地図を広げて各諸侯からの情報を元に、出現した暴徒の出現箇所に印を置いていく。

この時代、地図は物凄く高価で貴重なもので、こういった場面でしか中々お目にかかれない。

それもそのはず、紙自体が高級なものであるからだ。

 

しかし、こういった軍には絶対に欠かせないものであり、地理の情報は荀彧に集まっていく。

それらをまとめて荀彧が地図を起こしていくのだ。物凄い技術である。

勿論その広さを凡そに測る測量も行っているが、それは何か物を使うのではなく、人間が歩いて記録していくのだ。

 

よって、そこまで精密な地図を作るのはこの時代では不可能である。

 

ただ、凡そその位置に何があるのか、高低差はどれくらいか。この程度が分かればそれだけで作戦を立てやすくなることは明白である。

 

「それと、一団の首魁の名前は張角というらしいですが、名前以外全くの不明だそうです」

「不明…?」

 

荀彧からの情報を耳にして曹操は怪訝な声質で聞きかえした。

 

「同じ集団だと思われる人物を尋問したのですが、遂にその情報は漏らさなかったようです」

「ふむ…弱いくせに、中々根性がある」

 

余りにも味気なかったがそういった情報を知った夏候惇は彼らの評価を少し上げた。

その言葉に夏候淵は何ともいえない視線を夏候惇へ向けるが、すぐさま切り替える。

 

「華琳様。この一連の騒動。何か大きな背景があると見ます」

「ええ、私もそう思うわ。各集団は一息で鎮圧できるというのに、その首魁の事は黙して語らず…か」

 

一団となって何かの糸口が無いかうんうんと考える。

その様子を徐晃はただただ見つめているだけである。徐晃はこういったことには基本口を挟まない。

というより、余り興味が無いからである。曹操が命じた討伐を楽しむだけ。徐晃はそれが一番大事であった。

 

「…あなたも、少しは考えなさいよ」

 

む、っとした表情でその猫耳フードを揺らしながら若干上の空であった徐晃に的を当てる。

 

「……といわれても、私が考え付くことは殆ど無いのですが」

「あら、殆どという事は何か考え付いたのかしら?徐晃」

 

話を振られ、返事をする徐晃に対して、曹操が目ざとく言葉を拾い投げかける。

 

「…ここで唸っていても仕方が無いということですよ」

「では、どうするべきなのかしら?」

「簡単です。軍備を整えるべきです。尋問をして口を割らなければ彼らを捕らえても仕方が無いはず」

 

曹操の質問に答える徐晃。その返答に目線で続きを促す。

 

「であれば、軍備を整えつつ、集団が発生した邑や近辺の邑で何が起こったのかを聞き込みをしたほうが建設的かと」

「なるほど…一理あるわね。ここでこうやっていても事は進まない…か。分かったわ、桂花!」

 

曹操は徐晃の話を聞いて内心物凄く喜んでいた。

頭は回ると荀彧から話を聞いていたが、まさかここまで回るとは思いもよらなかった。

徐晃の言葉。確かに、それしか選択肢は残されていない。

 

しかし、そこにたどり着く為の頭の回転の速さであれば、荀彧に引けを取らない。

といっても、知識量で遥かに負けているので今回は偶々という事か、徐晃の賊討伐の経験が生かされているのか

どちらにせよ、事を速く進めるに至ったのだから、文句は無い。

 

「はっ」

「糧食、武具の管理、後方の部隊の編成は任せるわ」

「はは!」

「春蘭、秋蘭は軍の編成を急ぎなさい。何時でも出撃できるよう仕上げるのよ」

「「はっ!」

「そして、徐晃と季衣は春蘭、秋蘭の手伝いを」

 

そう、曹操が言いかけたとき、王座の間の扉が勢い良く開き、伝令が走ってくる。

 

「会議中失礼します!」

 

慌しく入ってくる伝令兵を見て、若干曹操の機嫌が悪くなる。

基本この部屋に立ち入る際は静かに、入室するべきであると、曹操は考えているからだ。

しかし、それを表には出さない。何故ならそれほど急を要する案件を運んできたのだと瞬時に判断したからだ。

 

「何事だ!」

 

曹操の意を汲んだのか、それとも夏候惇の中でそれをあまり許容できなかったのか、声を張り上げて伝令兵を迎え入れた。

 

「は!南西の邑にて、新たな暴徒の発生。黄色い布を携えている一団です!」

「ふむ」

 

その報告の後、曹操が小さくため息をついた

 

「はぁ…休む暇も無いわね。さて、この討伐を誰に行かせたものか…」

 

そう、悩む曹操へと向かって一人の少女が元気良く返事をした

 

「はい!ボクが行きます!!」

 

そう、許緒である。

 

「季衣ね…」

 

そして悩む曹操。彼女は今朝方も賊討伐で夏候惇隊の副将として働いたばかりであった。

曹操はちらっと徐晃に目を向ける。その徐晃は本日ゆっくりと起きて軽く文官の仕事をして、ゆっくりと朝食を食べた実績がある。

それを知っている曹操は、色々な意味を含んで徐晃を見た。

 

「…季衣、お前は最近、働きすぎだぞ。ここ最近休んでおらんだろう。それに、この前の一件も在る。確りと休め」

 

曹操が不在だった際の許緒の働きは既に報告をしている。

本人は疲れていないの一点張りだったが、徐晃が報告する内容を省みると凡ミスが多数見受けられたのは事実である。

だからこそ、許緒は言葉に詰まったが、それでも彼女は困っている人が居たら助けたいと思っている。

 

「…うう。でも、春蘭様!」

「華琳様、この件。私が」

 

それでも食いつこうとする許緒を尻目に、夏候惇が礼をとり、曹操へと進言した。

 

「…この件は徐晃、あなたに任せるわ」

「…え?」

「な、何故ですか!?華琳様!?」

 

徐晃はああいっている夏候惇が賊討伐を行うだろうと思っていたが、曹操は徐晃を指した。

それにじゃっかん戸惑いを見せる徐晃と反発する夏候惇。

 

「な、何でですか!?華琳様!私は行けます!その困っている人たちを助けれます!!」

「駄目よ。貴方は今は休みなさい。春蘭は軍の編成に当たってもらうわ」

 

納得したような表情で後ろへ下がる夏候惇。

だが、さらに食いつく許緒。彼女は賊に襲われていた所を曹操軍に助けてもらって現在に至っている。

だからこそ、同じ境遇に立っている人間が居るのが気に食わないのだろう。

 

しかし、それに待ったを掛ける人間がいた。

 

「…季衣は私を信じられないの?」

 

その言葉を発したのは徐晃である。その視線は冷たい。

 

「う…でも、皆が困っているのに……私だけ休むなんて」

「休むことはとても大事なこと。あの時季衣が何故大局を見誤ったか……季衣なら分かる筈」

「……ううー」

 

そう、許緒も馬鹿ではない。馬鹿であったら将なぞできないし、曹操がそこまで立てないだろう。

 

「その為に、季衣以外にも、夏候惇さん、夏候淵さん、他の武官の人たちが居るし…私も居る。そうでしょ?」

 

徐晃は許緒をじーっと見つめる。それを頬を膨らませながら見つめ返していたが、だんだん俯いてきて

 

「それは……うー。そう言われると、返す言葉がないよー」

 

かくんと、肩を落とし、徐晃の言葉に納得した。

 

「へぇ…」

 

それを興味深そうに見る曹操だが、次の言葉でその興味は霧散する。

 

 

 

 

 

「だいたい、殺しは私の領分。安心して季衣。一人残らず切り殺すから」

「なるほど…確かに、お前の分野だな」

「「「…」」」

 

相変わらずな殺人快楽者の徐晃を一同(一人除く)は見て、安心やら不安やら、色々な思いが胸中を渦巻いていった。

 

「…まぁ、いいわ。では徐晃!宜しく頼んだわよ」

「了解。一人残らずやりますよ……ふふ」

 

そうして徐晃はすこし未来を思い浮かべながら王座の間を静かに出て行った。

 

「…全く。それから季衣」

「は、はい!」

「今は休んで次の戦闘に備えること。いい季衣?貴方の肩には我が領内の民の命が乗っているの」

 

爛々とした瞳で許緒を見る曹操。先ほどの呆れていた雰囲気は無い。

その佇まいは正に覇王。

 

「私たちはそれを守る義務がある。季衣、貴方はその肩に乗っている重み。分かってくれるかしら?」

「私は…」

「季衣。大丈夫よ。その為に徐晃が行ったの。そして春蘭や秋蘭、桂花も次に起こる戦闘の準備をする。それは確りとその重みを受けるためにすること」

 

俯いた許緒に語りかける曹操。それを優しく見守る夏候惇と夏候淵。そして荀彧。

全員が全員、許緒に期待しているのだ。だからこそ、此れは必要なことである

 

「貴方は今、その重みを受け止めるには難しい状況なの。分かるかしら?」

「…私が休む事はその重みを受ける為?」

「そうよ。一人では受け止めきれない重み。それを皆で受け止める。それには全員が受け止めれるだけの状態を常に作っておかなければならない」

 

許緒は馬鹿ではない。そう。それは分かっていたが、やはり頑固なところはある。

だけど今、許緒は曹操が言わんとした事を理解した。その事に曹操は若干笑みを作り語り掛ける

 

「今日100人の民を救えても、明日10000の民を救えない。何故なら受け止める力が弱いから。受け止めるなら全て!全てを受け止め、民に安心して暮らせる国を作るのよ!」

「華琳様…」

「だから今の季衣には休息が必要なの、どんな鳥も羽を休めないと何時までも飛べない。そして飛んだら全力で大空を舞い上がるのよ」

「は、はい!」

「ふふ、いい子ね」

 

そうして王座の間の扉を曹操は見る

 

(…徐晃。あなたは何時私の下で羽を休めてくれるのかしら?)

 

そう胸中で思いながらこの場を解散するべく、声を上げたのであった。

 

 

 

 

 

「…あっけなさ過ぎる」

 

徐晃がぽつりと呟いたその一言。

伝令兵が伝えたとおりの場所へと赴き、賊を発見した。その数は1100名。一人で倒すと徐晃の最高記録となる。

徐晃は目算でその数を見極め、突貫して賊を笑いながら切り裂いていったが…

 

「はぁ、600人弱…584人って所かな」

 

そう、大半のものは徐晃が突貫して、すぐさま逃げ帰っていった。徐晃の余りにも現実離れしたその動きと狂気に飲まれたからだ。

その暴徒の肉を裂く感触は非常に快感を覚えていたが、相手にあまり殺意が無く、その殺しもそこまで興が乗らなかったのだ。

徐晃にとって初めて殺人でそんなに楽しくないと思わせたのは、此れが始めてであった。

 

「うーん…でも、このまま帰ったら曹操に何ていわれるか……」

 

正に一瞬で敵を切り殺した徐晃は、死体の山の中心でそう懸念する。

これがもうちょっと600人程度であれば一人も残さず殺せたかもしれなかったが、半分以上も取り逃がしたとなると、何故か嫌な予感がする。

しかも、あんな言葉を残しているお陰で更に帰るのも億劫になっていた。

 

「……そういえば、あれだけ人数が居たら糧食とかどうするんだろ?」

 

そうして徐晃はある一つの事に気付く。

 

食糧だ。

 

あの大人数をまかなう食糧はそれこそ街を襲撃しなければならない。しかし邑の襲撃は報告で上がっていたが街の襲撃はまだ上がっていない。

よって、その食糧の出所が気になったのだ。

 

「……ある程度は自由利くし、ちょっとつけていってみようかな」

 

そうして、一団が逃げ帰っていった方向を見る。

散り散りに逃げていったが、多くはある一定の方向に逃げていったのを徐晃は逃さなかった。

 

少しして、遅れて派遣された死体お片付け隊が到着した。

 

「あ、ちょっといいかな?」

「は、はい!如何なさいましたか?」

 

死体の山を築き返り血を若干浴びている徐晃に対して腰を引いている兵士だが、その事を気にせずに続ける

 

「ちょっと気になることが出来たって、曹操さんへ伝えてくれない?あ、食料は大丈夫ってことも」

「は、は!分かりました」

「では、お願いね」

 

そうして駿馬へと騎乗し、駆けて行った。

 

「…返り血が無ければなぁ……」

「お前の気持ち、よーく分かるぞ」

 

そうして、徐晃の美貌に返り血が掛かっていることに、若干残念という気持ちを乗せて兵士が愚痴る。

それを見かねて近くの兵士も同意する。

 

「まぁ、とりあえず俺たちはこの死体を全て片付けなきゃな」

「だな。徐晃様のお陰で俺たちもかなり助かっているしな」

 

そう。徐晃がいるから兵士達の死亡数が少なくなっている。

何故なら徐晃は兵士を連れて行かないから。

 

そうして徐晃が築いた死体を片付ける兵士達。

通称、死体お片づけ隊は持ってきた専用の物で地面を掘っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

徐晃が賊を追跡して行った道の20里先には、とある町が広がっていた。

通常であれば活気がある町だが、今はその面影は無い。黄巾を纏った賊の襲撃を受けているからだ。

 

その賊に対して奮戦している義勇軍のお陰で壊滅とまでは行かないが、それなりのダメージを受けている。

敵の数は義勇軍の優に4倍以上の数を誇っている。それに対して持ちこたえているのだ。たいしたものである。

そしてその事を可能にしているのが三人の女性である。

 

「くそ…真桜!西の門は大丈夫か!?」

 

そう叫ぶ体が傷だらけの銀髪の女性。その手には鉄製の篭手が装備されている。

 

「おう、うちの所はまだまだ持ちこたえられるでぇ!」

 

そう気合をこめて返事をしたのは巨乳の紫色の女性。上半身は鎧など着ておらず、ほぼ下着同然の格好である。

 

「沙和も大丈夫か!?」

「大丈夫なのー!まだまだいけそうなのー!」

 

間延びした声が特徴的なサイドポニーをした女性…沙和は東の門で義勇兵の指揮を執っている。

その手には二振りの剣が握られている。

 

「しかし、こうまで数が多いと…やはり打って出るしか」

「あかん!死にに行くようなもんや!」

「そうなのー!それに真桜ちゃんが作った柵はまだまだ持ちこたえられるのー!」

 

傷だらけの女性は柵の向こうに見える黄巾の賊達に対して特攻を仕掛けようと思っていた。

何故ならこのままでは確実にこの街は落ちるから。今は兵士達が何とか食いついている状況だ。

しかし、それも柵があって漸く食いついているといっても過言ではないほど状況は悪い。

 

しかし、後には引けない。既に街に篭城しているし、何より街の民を守るため。

だが、そんな無謀な突撃を止める二人の女性。彼女らは傷だらけの女性とは親友の仲である。

だからこそ止める。まだ諦めるには早いと。

 

「だが……」

「なぁに、もう少ししたら官軍様が来てちょちょいのちょいっとあんな賊何て締めるにきまっとるわ」

「あははは、そうなのー。だから私たちは最後まで頑張るのー」

「沙和…真桜……分かった!」

 

そうして、決意を新たにして三人はそれぞれの持ち場へ戻ろうとした。その時

 

「伝令!楽進隊長!」

「どうした!?」

 

必死の形相で東門からの伝令が三人に向かって走ってきて、簡易な礼を取る。

その焦りを感じ取り、語気を荒げてしまう傷だらけの女性…楽進。

 

「東門の先から何者かが此方へやってきます!」

「何!?…敵か!?味方か!?」

「恐らくお味方かと思うのですが…」

 

そう言い淀む伝令兵

 

「官軍なのー?」

 

その伝令兵に首を傾げながら質問をする沙和…改め千禁。

 

「それが……たった一人のようです」

「「「はぁ!?(なのー!?)」」

 

伝令兵の言葉に驚いた一同は、その真相を確かめるべくそれぞれの兵士に激励を送り、東門へと走っていった。

 

 

 

東門に着いた彼女達はその光景に絶句した。

 

「あっはははは!最高!最高だよー!!」

 

門の上から全員で見ると、黄巾の賊に対して容赦なく切り刻んでいる一人の女性。

 

神速を誇る剣閃に誰もが両断され、その抵抗する意志ごと全てを刈り取り、華を咲かす。

東門の人間は殆ど彼女に殺到している。されど、全く止まる気配は無い。その圧倒的な物量を物ともせずに彼女は笑い。殺していく。

たった一秒で片手で数える以上の人数を惨殺していくその様は、本当にこの世の出来事であるのか。

 

そう思わせる程の凄まじさであった。

 

「…なんてお方だ」

 

まさに狂気。しかし、楽進はその人物を見てその言葉を零したのだ。

楽進は武器を持っていない。いや、正確に言うと腕に装備している鉄製の篭手である。

そして、その他にも武器を持っている。

 

「気」である。

 

彼女は気の扱いに長けており、気の弾を打ち出して敵を倒すことが出来る。

 

その彼女をもってしても、敵を嬉々として切り裂いて血風を作っている女性の気の操作は感嘆の息を吐き出させるほどである。

全身を強化しているのは勿論。その武器にも薄く気を張り巡らせて武器の損壊の保護とその切れ味を増している。

事実、何の抵抗も無く賊が持っている鉄製の剣ですら豆腐を斬るように抵抗を感じない。

 

「…西と北に兵を集中させよう。東は最低限の兵と私だけで十分だ」

「……お、おお。ほな、わたしは西の方へ向かうで」

「わかったのー。沙和は北の方へ向かうのー」

 

そうして、東門の兵は二人に連れられてそれぞれの所へ守備についた。

楽進も柵の向こうからではなく、単身戦っている女性の下へと躍り出たのであった。

 

 

 

 

敵陣中の中を一人で踊るように敵を斬っていく女性。勿論徐晃である。

 

「おおお!」

「しねええ!」

 

そう口々に徐晃に対して殺気を飛ばすが、彼女にとっては赤子が泣くより軽いものである。

血化粧で染めたその顔をその言葉が聞こえた方を振り向いて、既に突出された二つの槍を一閃して切り、もう片方の刀で二人の胴体を切った。

 

「あぎゃあああ!?」

「がああああああ!!」

 

その断末魔は徐晃にとって、最高の媚薬であった。

 

「ふふ」

 

手が霞むような速さで敵陣を縦横無尽に駆け巡っていると、一際目立つ女性が賊と対峙し、その気を含んだ手足、そして気の弾で絶命させていく。

 

「みぃーっつっけた!」

 

徐晃の目が見開かれ、口は弧を描く。

その女性を目指しながら邪魔をする賊を尽く切り殺しながらその銀髪の女性の方へ疾走し、目の前を遮っていた賊を左右に両断しながら、銀髪の女性に切りかかった

その銀髪の女性…楽進は突然前方から、賊が文字通り切り開かれ、その赤い華の後ろから神速の踏み込みをもってして相手は自身へと切りかかってきた

 

「何!?」

 

楽進は自身の気を全開にして、徐晃の剣撃を紙一重でその篭手でガードに成功したが

 

「うわああああ!?」

 

その力で東門付近まで吹き飛ばされ、転がる。

 

「いいねぇ…いいよ!」

 

徐晃は自身の攻撃をガードされた事により、更なる情熱が燃えた。

仕掛けてくる賊はもはや眼中に無い。徐晃に繰り出される剣、槍、矢、戟は全て切り伏せられ、それを手にしていた賊も切り刻む。その方向をチラッと見ただけで。

そして、一歩踏み込んで、楽進が吹っ飛んだ距離の半分を詰め、もう一歩でジャンプをして、楽進が転がる所に狙いをつけて両方の刀で切りつける。

 

「!?」

 

徐晃の攻撃のダメージを転がりながら受け流していた楽進に影が差したと感じた瞬間

今までに無い程の自身の中で発する警告を感知し、それに従って宙へ向かって篭手での防御をする。

その目に映ったのは宙で回転しながら二振りの刀を振り下ろそうとしている徐晃の姿。

 

そして衝突。ついで遅れての衝撃音と、衝撃波

 

気と気のぶつかり合い。だが、僅かに楽進の方が気の扱いに長けていた。しかし、その力は徐晃の方が圧倒的に軍配が上がる。

 

「ごはぁ!?」

 

楽進を中心に地面が小さいクレーター状に陥没するほどの衝撃を受けた彼女の内臓は少なくないダメージを受けて、肺に溜まっていた酸素が全て口から吐き出される。

しかし、ここで力を抜いたら確実に死ぬ。その事が彼女に火事場の馬鹿力を発揮させ、ぎりぎり徐晃と拮抗させる。

 

 

「ぐあああああ!?」

 

その篭手が徐晃の力に耐え切れずにひび割れていく。そしてそれほどまでに力が掛かっている腕の骨も悲鳴を上げていった。

 

「ふふ…いいよ。貴方の肉と断末魔…凄く感じそうだよ」

 

そう言葉にしたが、その瞬間徐晃はその場を引いて、剣閃を振るった。

それは止めではなく、周りの賊達が楽進目掛けて槍を突き立てようとしていた残骸が楽進の目に映った。

そう、あの一瞬で四方から来た槍を全て斬り、その賊達も血を噴出させながら大地に還っていった。

 

「…キミ達さぁ……少しは空気を読んでよね」

 

それはお前だという突っ込みを楽進は内心余裕だな…と思いながら、その意識を失ったのであった。

 

 

 




誤字脱字等御座いましたらご一報ください。


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12話

 

 

「……」

「…甘菜ちゃん」

「正直、申し訳ないと思っている」

 

あの後、楽進が気絶しているのを徐晃が気付き、舌打ちしながらも、殺さずに放置をしていたが彼女の仲間の李典と于禁が陣中へ飛び込んできて楽進を救出した。

一見すると楽進を守りながら戦っていた徐晃だが、楽進が気絶している位置…というより、周りの状況が異様であった。

 

まず、ばらばらにされている武器達に切り刻まれた死体。その中心に人が二人寝転べるような陥没…クレーターがあり、その中で楽進は気絶していた。

そして、楽進の篭手はぼろぼろになっており、且つ衣服もぼろぼろで体も所々痛んでいた。

 

しかし、咄嗟に徐晃がやったとは判断できないし、その判断をしている状況でもなかった為、すぐさま回収されたわけである。

 

結局徐晃は、官軍……許緒を将に置き、参軍として夏候淵を置いた部隊の援軍により、黄巾の賊が一旦拠点に戻るまで敵を尽く切り殺していた。

その数は800は下らない。取り逃がした賊以上の賊を殲滅している彼女の強さは相変わらずであった。

 

徐晃は兵を通して曹操に伝令を出していた。内容は簡単。

 

「気になることがあったので賊を追いかけます」

 

だけである。その後消息不明という事で曹操は若干怒りを感じていたが

そも、自分がある程度自由に動くことを許していたという事と客将扱いなのを理解していたためその程度に収まったのである。

此れが正式に曹操の配下であったならハードな夜のお仕置きであったのは確実であった。

 

そうして曹操軍も各将の下、軍備が着々と進んでいっていた中。

夏候惇が飛び込んできて街が襲われている件と、その襲われている街に化け物みたいな女性が暴れている報告も受けた。

 

「…徐晃ね」

 

確信的にだが、少し諦めの入った表情をして曹操が呟いた。

その言葉に荀彧、夏候淵、許緒の全てが曹操の心中を察した。

 

そうして、その街へと援軍を行うべく許緒と夏候淵が先発隊を率いて援軍に参ったという事なのだが

彼女達が見たのは見慣れた、されど見慣れてはならない光景を目にし、陣形を組んで突撃していった。

官軍が来ると少し抗戦をしていた賊だが、日も落ち始めており、若干の不利を悟ったのか、賊の拠点へと引き返していったのである。

 

その事に漸く気付いた徐晃は、満足したのか、刀の血糊を空を斬って全て飛ばし、鞘へと納刀して許緒隊へと合流を果たした。

その時、若干夏候淵から小言を言われたが、その活躍は目に見張るものがあったので大きな声では言えなかった。

 

その後、街へと入り、于禁、李典が率いている義勇軍を夏候淵が褒め称えた。

そこで楽進の状態を聞き、すぐさま治療をするべく数人の兵を連れて許緒、夏候淵、徐晃。于禁、李典が楽進が眠っている所へ行き

 

「…あれ?」

 

徐晃の一言で夏候淵が何かを悟り、問い詰めたところ

 

「……いやぁ、強そうな人物がこれまた気を扱っているから面白そうだなぁ…と」

 

という一言で全員徐晃に対して引いてしまい冒頭へと戻るのだ。

 

「…申し訳ないです。欲求に抗えませんでした」

「…はぁ。此れで彼女が義勇兵ではなければ刑罰ものだぞ……全く」

 

本当に反省しているように見える徐晃の姿に夏候淵は眉間の皺を深くしながら徐晃を見つめていたが、ため息を一ついた。

そう、楽進は正規の軍ではない。よって軍の法は適用されず、その集団は自己責任での行動が原則である。

また、戦闘中でもあり、徐晃は一応正規軍扱いなので、裁くとしたらそれほど罪は重くならない。義勇兵は一人も殺していないし(篭城していたため)楽進も死んでいないからである。

 

だが、それでも街の為に戦ってくれていた楽進が気絶したのは義勇兵の士気に関わっている。

現に、その士気も楽進の姿を見た兵士達中心に下がっていってしまっているのが現状である。

 

「…あの、欲求って……」

 

おずおずと徐晃に対して質問をしてくる李典

 

「…私、殺人快楽者なんですよ。それも極度の」

「……ホンマかい?」

「ええ、といっても大義名分があって官軍に追い回されないような相手じゃないと欲求は発散できませんが」

「むー!そうだとしても、凪を傷つけたことには変わりないのー!」

 

李典は徐晃の告白にドン引きしながら、その隣の于禁は楽進が受けた仕打ちに対して怒りを露にしている。

勿論、李典も内心は晴れないが、それがどんな原因であったかは聞くべきであろうと質問をした結果。ドン引きである。

 

「ふむ。しかし、ここで楽進が目覚めても戦場に出すわけにもいかん」

 

そうして夏候淵の視線が徐晃を射抜く。その徐晃は肩を上下に動かし

 

「じゃあ、代わりに私が戦場に出ますよ。…いや、次は大丈夫です」

「……まぁいい。我が軍の客将であるし、とやかく言うことは出来ん。だが、この件は華琳様には報告させてもらうぞ?」

 

射抜くような視線で徐晃を見ていた夏候淵は、怒気を露にしていた。

それはそうだ。守るべき人たちを守っていた勇敢な兵を徐晃の欲求と言う下らない事で失いそうになったのだ。

しかし、現状敵と義勇軍と曹操軍を見ると…

 

「それで、敵はどれくらいだったか?」

「あ、はい。ええと、敵の拠点にぎょうさん集合してたらしいのですけど10000はおるそうですわ」

「ううむ…敵は此方の三倍以上か…」

 

そう圧倒的にこちらの軍が負けている。因みに数は3600。曹操軍が3000と現在の義勇軍が600である。

もともと二倍以上居た義勇軍兵士はこの一日で半分以上も数が減ってしまっていたのだ。

だからこそ、徐晃の強さを利用しない手はないのだ。

 

「う…」

 

暗い顔の中軍儀を進めていくと、気絶していた楽進から呻き声が上がった。

 

「凪ちゃん!大丈夫なのー?」

 

その声にいち早く于禁が気付き、楽進の傍へ駆けつける

 

「おお!凪っち!いきてたんかい!」

 

そして李典も楽進の元へ駆け寄る。その顔は嬉しそうである。

そうして二人が楽進の顔を覗き見る。

 

「くっ…こ、ここは」

 

瞼をゆっくり開けた楽進は二人に体を支えられながらも上体を起こす。

それを見て、目線を同じ高さまで合わせた夏候淵が、申し訳なさそうに

 

「我が名は曹操軍の夏候淵と申す。楽進殿。この度は家の客将が迷惑掛けた…すまなかった」

「曹操…様!?っ!?」

 

その言葉を理解して律儀にも姿勢を正そうとするが、体がぼろぼろな為、その痛みに顔を顰める

 

「いや、そのままでいい。それで、此方が許緒だ」

「はい。楽進さん始めまして。余り無理しないでボクたちに任せてください」

 

許緒が楽進へ向けて礼をとり、身を案じる。

そして楽進に気絶から起きるまでの状況を説明する夏候淵。その表情は若干硬い。

 

「そして…貴殿を怪我させた人物……徐晃なんだが。実は我が軍の客将でな。本当に申し訳ないことをした」

「あ、いえ。此方も義勇軍の印等分かりやすいものを持っていなかったですし、怪我も自分の実力不足です」

「そういってもらえれば助かる。……ほら、徐晃」

 

そうして、徐晃が楽進の目線の高さまで膝をついた。

楽進は徐晃の瞳を見て、どこか吸い込まれそうな印象を受けた。

 

「言い訳はするつもりはありません。申し訳ありませんでした」

 

そうして真摯に頭を下げる徐晃の姿を見る楽進。

険しい顔であったがふっと表情が緩んだ。

 

「顔をおあげください。貴方がいたからこそ、西と北の門そして貴方がいた東の門は持ちこたえられました」

 

顔を上げる徐晃。目が伏せてあり、そのような姿を見たことが無い夏候淵と許緒は珍しそうにその表情を見る。

 

「それに、城門の上で貴方を見たとき、お声を掛けていればこのような事にはなってなかったかもしれません。なので、許します」

「…ありがとう」

 

伏せられた目を若干潤ませながらはにかんだその顔は見る者を魅了した。

そしてそういった魅力にあまりなれていない楽進は顔を真っ赤にさせて、ふいっと視線を外した。

 

「……本人が許すのなら私もとやかく言うつもりはない。良かったな徐晃」

「うんうん。皆仲良しが一番!」

 

その光景を見ていた夏候淵、許緒も本人が許しているのなら自分達も徐晃に対して怒りを露にしている事は、楽進に迷惑を掛けると思い引っ込める。

 

「于禁さんも、李典さんもごめんなさい」

「まぁーなんや。うちらもあの時みてたもんでな。確かに声を掛けるべきであったわ」

「うー…凪ちゃんがこういっているから、わかったのー」

 

于禁はしぶしぶであったが納得したのか、徐晃を許し、李典も楽進が言ったことを肯定し徐晃を許した。

そして、何ともいえない雰囲気が漂って来たところで夏候淵が、ぱんぱんと手を叩き。空気を入れ替えた。

 

「さて、皆が納得した所で本題に入ろう」

 

ぴりっとしたそれでいてじめっとした戦場独特の空気が軍儀をする場に漂う。

誰もがそれを感じ取り、楽進はそのままだが、円陣を組み互いに顔を見えるように立つ。

 

「まずは先ほども確認したように敵の数は詳細は不明だが此方の3倍以上と見ていいだろう」

 

夏候淵がこの場を仕切る。それはそうだ、彼女が一番適任だし、この状況で許緒の判断は正直完全に信を置けない。

 

「そして、我が軍は3000。義勇軍は…」

「600…明日動けて800位ですわ」

「合わせて3800…」

 

ぽつりと呟く許緒。今回の街は北、西、東の門があり、夏候淵たちは徐晃が切り開いた東門から街へと入ったのだ。

街の状況は倒壊している家屋は余り見当たらなかったが、火矢を入れられたのか、所々焼きただれた家屋が見受けられる。

その倒壊した家屋の材料などを使って李典が各門に柵を用意して徹底的な防衛線を敷いていたという。

 

「あすの昼頃には華琳様…曹操様が軍を率いて援軍に来るはずだ。それまで何としても持ちこたえなければ」

 

そう言い放ち全員の顔を見渡す。そこで徐晃が夏候淵の顔を見て

 

「私は一人なので遊撃で。危ないところの門の外へ出て賊達を惨殺しますね」

「…いやぁ確かに徐晃さんの強さは見たけど、次外へ出たら城の中へひけへんで?」

 

そう、明日の明朝から昼の時間まで持ちこたえれば確実に曹操の軍隊が来る。

夏候淵はそう見切っているし許緒、徐晃もそれは既に信じている。

そしてその彼女達の態度を見て他の三人もそれを信じているのだ。

 

だからこそ一度柵の外へ出たら隙を作るわけには行かないので、街へ引き返すのは難しいのである。

よって外へ出たら最後、6時間はぶっ通しで戦わないといけない。

いくら徐晃が馬鹿げた強さを誇っていても人間である。その時間ずっと戦い続けるのは不可能だ。

 

しかし

 

「12000を3に分けると……あー…」

 

宙を見ながら指を折って計算する徐晃。そうして計算がし終わったのか

 

「そう。4000ずつだとすれば、私でもそうですね…一刻すればそれくらいは殲滅できそうですよ……たぶん」

「ふむ。…それが理論的に可能でも、流石に一人でその数は…しかし、やってくれるのなら……任せた」

「了解」

 

徐晃は冷静に考えて流石に今回は死ぬかな?と思っている。

いくらなんでもそこまで長時間戦えば集中力が落ち体力が落ち集中力もかけてきそうだ。

よって半刻程度過ぎれば時間がたつごとに討たれる可能性も高くなっていくのだ。

 

それは徐晃も理解しているが、内心ではどうしようもなければずっと打って出るしかないと決心はしている。

 

…勿論、自身の欲求を満たす為。もあるが、守るのも一興と考えている徐晃も居た。

しかしその気持ちには気付かない。それもそのはず、その気持ちは楽進を怪我させてしまったという気持ちのせいだと思っているから。

 

「凪が動けへんから、私は今は柵の補修の指揮。で、明日は西門について指揮したほうがええと思うけど、どないしましょ?」

「そうなのー。私たちは今日と同じ動きの方が指揮も安定してできると思うのー」

「ふむ…よし、李典。柵の補修を頼む」

「よっしゃ!まかせとき」

 

そうして李典は軍儀の部屋から駆け足で出て行った。

 

そして、二人の意見に夏候淵は実際に戦場をシミュレートして考える。

まず割くのなら340ずつである。これで東と西は340の兵士がいることになる。

東はそうすると手薄になる徐晃に入ったほうがいいのか…と考えるが、夏候淵、許緒を別隊にして1500

それを二つの門に配置するのはナンセンスである。

 

であれば緊急対応として正規軍を割いて3分割したほうがまだましだ。つまり3800を三分割

約1200である。残りの兵は火矢が打ち込まれた際に消火活動にまわすと考えた。

徐晃は恐らく1000の働きを見せるであろうという予測から、やはりその場の状況に合わせて兵を配置したほうがいいが、基本1200という形に夏候淵の考えは落着いた。

 

「では、兵士を各門に1200人ずつ配置しよう。そこから斥候を出し、数が目測で多いほうに徐晃を投入し、徐晃がいった門の兵士を二つの門へと投入する」

「指揮はどうするのー?」

「指揮は私が中心で情報を管理したり、劣勢になった場合そちらの援軍。許緒は北門の指揮でいこう」

「了解!」

 

そうして細かい所も詰めて軍儀は終了した。

その間大人しくしていた楽進は、申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「すみません…」

「いや、あの徐晃の攻撃から生き残っているだけで大手柄だ。そうだろ?徐晃」

「…そうなの?」

「甘菜ちゃんの攻撃に晒されて生きている人って殆ど居ないと思うよ!だって、甘菜ちゃん戦闘してるとき、華琳様と同じくらい怖いもん」

 

そういう許緒は徐晃が目の前で戦っていた光景を思い出す。あの時の覇気は曹操にも負けないほどであった。

ベクトルは違うであろうが、その殺しとしての才は本物であろう。

 

しかし徐晃は余り自覚は無い。確かに今この場の人間を殺すことは容易いであろう。

まず初速が違うし、この距離でいきなり殺しに掛かってきたら奇襲である。完全に徐晃が彼女達全員を血祭りに上げられるだろう。

…そんな事をしたら曹操と夏候惇に地の果てまで追いかけられそうだから絶対にやらないが。

 

「しかし、私もまだまだ修行不足でした」

「ふむ。その心掛けは立派だ。…それにしても、この兵数でここまで持っていたのだ、どうだ?此れが終わったら我が軍に入らないか?勿論三人とも全員だ」

「え?いいのー?」

「…私が、曹操様の軍へ?」

 

驚く于禁と楽進。それはそうだ。曹操軍といったらこの辺りでは有名な州牧である。

善政を敷き、その采配は見事しかいいようがなく、さらに軍も精強である。そんな有名な軍の右腕たる夏候淵が直々にスカウトしてきているのだ

驚くのも無理は無い。

 

「うむ。この戦が終わったら私が華琳様にお前達を推挙しよう。恐らく迎え入れられるだろうな」

「うんうん!李典さんも、于禁さんも楽進さんも、絶対大丈夫だよ!」

「が、その為にはここを生きて切り抜けるぞ!」

「「「おう!(なのー!)」」」

 

そうしてこの場は解散となり、明日の決戦へ向けて兵士一人ひとりに作戦を伝え、各々体を休めるのであった。

 

 

 

その夜中。楽進が体を休める部屋に一つの影が迫っていた。

 

静かに寝ている楽進の部屋に入った影、しかし

 

「何奴」

 

気配を感知した楽進はすぐに目を見開き、気を溜め、何時でも気の弾を打ち出せるように準備をした。

しかし、月の光に照らし出された姿。その正体は

 

「…徐晃殿でありましたか」

 

そうして安心して布団へと身を預けた。

 

「あ、吃驚させちゃったかな。ごめんね」

「いえ、それでどのような用件で?」

 

楽進は徐晃に対してそこまで恨んではいない。生粋の武人である彼女は正体不明の人物でも戦場のそれも刃で討たれるのであれば本望と思っているからだ。

それに、楽進は三人の中で一番強く、また楽進以上の強い人物に会った事はこの人生で無かった。

 

その自信が根底から覆されたのだ。徐晃によって。

起きて楽進が思ったのは修行不足という言葉であった。井の中の蛙。まさにこの言葉がお似合いであったのだ。

 

その自身の腐った常識を覆した人物。徐晃。それらの理由であまり恨んでいない。

それに楽進も負い目を若干感じているからである。普通であれば門の上からでも所属や此方の所属も表明できる。

といっても不手際は完全に徐晃にあったが、そこは真面目な楽進である。その事に若干の負い目を感じてしまっていた。

 

「あの、その篭手なんだけど…」

「ああ、これですか」

 

そうして机の上に目線を向けると、ひび割れた篭手が鎮座してあった。

気を纏っていたのにこの損壊具合は、楽進も初めてであった。それほど徐晃の力が強かったのだ。

 

「はい、知り合いに凄腕鍛冶師が居るのでこの戦が終わったら修理させてください」

「好意はありがたいのですが……そこまでして頂かなくても」

「そうですか」

 

そう返事をしてしゅんとなる徐晃。その姿が妙に楽進の心にダメージを与えた。

戦場であったときの気迫は何処へやったと言わんばかりの落ち込み具合に流石の楽進も戸惑った。

 

「あ、いや…その。お気持ちは凄い嬉しいのですが、その……」

「お金ですか?大丈夫です。これでもお金持ちなんですよ」

 

と、妙に生き生きした返事をして、流石の楽進もきらきらっと光っている目線に耐え切れず

 

「…それでしたら、ご好意に甘えさせていただきます。ただ、直すとしたら私の知り合いの鍛冶師へとお願いします」

「はい。任せてください」

 

徐晃は何故か嬉しかったのだ。人を殺すとは違った嬉しさ。

劉備との出会い、曹操との出会い。夏候惇、夏候淵、荀彧、許緒、そして三人の少女。

曹操軍へ入る前には面倒くさいという理由で殆ど人との接触を断ってきて、劉備との出会いを切欠に人々を観察した。

 

しかし、観察するだけでは殆ど何も分からない。人というのは難しく、しかし単純である。

その絶妙なバランスをとりながらコミュニティを広げていく。その輪に入らないとその人物がどういった者かは見極められない。

つまり、その新鮮な感覚に徐晃は嬉しさを感じていた。

 

と、同時に人に頼られるという感覚も嬉しく思ってきていた。

 

殺しとはまた違った嬉しさ。楽しさ。しかし、苦しさもある。

そう「不思議」な感覚なのだ。

 

でもまだ徐晃はそこまで理解していない。ただ、何となく嬉しく思っているという漠然とした感覚。

 

12歳の時徐晃は生まれたのだ。初めての殺人で。親に見離されて、信頼されていた人たちからも見放されて。

 

何処かで怖がっていたのだ。徐晃は、人との係わり合いを、自分を拒否する相手の目を。

関係ないと切り捨てていたのだ。しかし、今は漸くその「不思議」な感覚が掴めて来たのだ。

 

楽進の部屋を出て徐晃は空を見る。

 

満面の星空は劉備の故郷に滞在した夜の時と同じ表情を見せている。

 

「…うん。やっぱり不思議だな」

 

そうして自身に宛がわれた部屋に戻っていった。その後姿を星達が暖かく照らしていた。

 

 

 

 




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13話

その次の日の明朝。いや、朝日が昇る前。全ての城門の前に兵士が隊列を組んでいた。

隊列と言っても、弓矢と槍の混合部隊であり、隊列は細長い。基本篭城して対応するので交代で賊と抗戦して行くのだ。

 

「総員!今日を!今日の昼を乗り越えれば我らが盟主、曹操様の本体が到着し理性の無い賊共を全て狩りつくすだろう!

 しかし!それまでの時間を我らで稼がなければならない!胆から力を振り絞れ!この街を好き勝手させるな!我々の矛で、駆けてくる野獣を突き刺してやれ!!」

 

「「「「「おおおおお!!!!」」」」」

 

夏候淵が鼓舞を行う。こうして兵士達の士気を上昇させて兵士の解体を防ぐのと同時に、やる気を高めるのだ。

 

「秋蘭様!お見事です!」

「うむ。ありがとう」

 

鼓舞が終わり各部隊それぞれの配置へ付き、許緒も北門の方へと兵を連れて配置へ付きに行った。

 

「夏候淵様。後方の兵士、全て配置に付きました」

「ご苦労様。楽進。…あまり無理しないように」

「は!お心遣いありがとうございます。しかし、じっとしているほうがもっと辛いので問題ありません」

 

後方の舞台は一晩寝て起きた楽進が指揮をしている。此れによって夏候淵は全体の状況を把握し逐一将へと連絡するだけになったので

夏候淵は楽進が動けることにかなり感謝している。この絶望的な状況を切り抜けるには猫の手も借りたいのだ。

 

「徐晃」

「分かってます…まぁ何時も通り狩り尽くすだけですよ…ふふ」

 

昨夜の事もあり、機嫌が良い徐晃。それもそのはず、様々な面白い事がこの世にはまだあるという自覚と、何事にも変えがたい殺し。

それが両立できる組織は軍を置いて他に無い。そして、まだまだ強い人間がいるということ。

趙雲の他にもまだいたか。と徐晃は歓喜に震えたのは記憶に新しい。

 

そして徐晃は念入りに手入れをした刀を鞘から引き抜いて、刀身を丁度昇ってきた太陽に照らす。

その抜き身の刃は太陽の光に反射して鈍く、しかし力強く輝いている。その刀身から光が失うことは無い。

例え賊の血を浴びたとしても、真っ赤な血液がキラキラと光に反射して光るから。

 

出した刀を納刀し、目をつぶる。

流石に以前見せたように賊が何時来るかはこの状況では分からない。何故徐晃は以前視界に入ってない賊が来ると分かったのか

それは森から飛び出た鳥達によって何か大きなものか集団の何かが森を騒がしていると思ったからだ。

 

もしあのまま賊が来なくても別にいいと思っていたが、全国を旅している徐晃は賊がどういった場所に拠点を作るかは大体察しが付くのだ。

 

 

「伝令!北門に賊が現れました!数は凡そ3000!」

「東門!同じく数は6000!!」

「西門!数は4000です!!」

 

太陽が地平線の彼方から完全に顔を出した明け方の時間に、北東西の方角から同時に伝令兵兼斥候兵士が夏候淵の元へ参じて報告をした。

 

「分かった、すぐに持ち場へ付き、火矢の警戒をしろ!民の資産は一つも燃やさせるな!!」

「「「「は!!」」」」

 

その報告を聞き、すぐに斥候隊を持ち場へ戻す。

そして徐晃の方へ体をむけ、その瞳を見る。その佇まいは凛としており、弓のように張り詰められている。

 

「徐晃……一刻後だ」

「了解。6000なぞ、物の数ではありません」

「……頼む。正直、お前がこの作戦の要だ。……死ぬなよ」

「ふふ…夏候淵さん。貴方は只私に命じれば良い。そう、簡単なことだよ」

 

凛とした瞳の中に徐晃を心配する影がちらつく夏候淵。しかし、徐晃はそんなものは必要ないと断じた。

 

6000

 

普通に考えれば自殺行為である。以前徐晃が3000の数の賊に挑もうとしたのは砦があり、その一室に篭り、死体が多くなってきたら移動してまた篭るという

いわばゲリラ的な戦法で駆逐しようとしていたのだ。しかし今回は平原でもろに6000の物量が徐晃に当たっていく。勿論逃げ場は無い。あるはずがない。

引くことも許されない。しかし、全員を生き残らせる可能性をより多くするには此れしかないのだ。徐晃が打って出ないと言うのは愚策だ。

 

その事は徐晃も理解している。だが陣中に引っ込んでいるつもりも無い。

何より、振るえば肉と骨の感触が脳に直接伝わるのだ。これ以上の舞台は無い。

尤も、強い人間が居ないのが徐晃にとってはそこが残念であった。まさに極度のバトルジャンキー具合なのだ。

 

そして、順調に防衛が出来ている中、漸く一刻の時が過ぎた。

 

「…徐晃。東門の外にて賊の迎撃を命じる」

「了解」

 

そうして、背を向けて東門へと移動する徐晃

 

「ちょっと待て」

 

その背を見つめて夏候淵は徐晃を呼び止めた。

振り向く徐晃の表情は逆光で窺い知る事は出来なかったが、夏候淵は想像することは出来た。

 

その事に小さく笑みを零した。

 

「知っていると思うが、私の名は姓は夏候、名は淵。字は妙才だ。……真名は秋蘭という」

「……うん、秋蘭。私の名前は姓は徐、名は晃。字は公明だよ。真名は甘菜」

 

その言葉と共に東門へと向けて歩き出す。

徐晃の表情は確かに満面の笑みであった。しかしそれは殺しに対する歓喜ではない

人との確かな繋がりを感じたときに覚える、熱い歓喜であった。

 

その背を見つめ夏候淵はポツリと呟く

 

「甘菜……死ぬなよ」

 

そうして凛とした瞳を携えて空を仰ぎ見た。

 

 

 

 

 

 

徐晃は東門へと歩いていき、于禁が兵士を鼓舞し、自身も剣を振るって賊を押し留めていた。

そして、切りかかってきた賊を神速の抜刀で両断し、于禁に切りかかろうとしている賊も抜刀した刀で首をはねる。

 

「わわ!?」

 

突然首が飛んだと錯覚させるほどの速さで斬ったお陰で于禁は若干驚いたように、大地に沈み行く賊の後ろから徐晃の姿を認識した。

その事に若干、む。とした感情が覚えていたが、それは今は余計なものである。すぐに切り替えた。

 

「此方の門から来る賊が多いという情報なので、私が門の外で敵を減らします」

「…でも外に出たら曹操様の軍が来るまで戻れないのー……いいのー?」

「ふふ、問題ないですよ」

 

そうして、やる気マンマンの徐晃を見る于禁。昨日は親友の楽進を怪我させた人物と快楽殺人者と自分で認めていたかなり危険な人物と断定していた。

事実、その認識は間違っていない。しかし、今目の前にいる徐晃を見ると、何とも頼もしく見えてしまう。…その狂気は筆舌に尽くしがたいが。

 

「まぁ、昨日の借りを返すと思ってください。貴方が気負う必要はありません」

「…わかったのー。それじゃあ、柵を一瞬どかすから、その隙に外へ駆けて欲しいのー」

「了解」

 

そうして、二振りの刀を抜刀して、柵が開くのを待つ。兵士が各々の地点について

 

「今なのー!!」

 

于禁がそう号令を発した瞬間に、柵がどけられた。

その隙間を縫って賊が門へと飛び込んできた

 

「はは!とうとう降参した」

 

しかし、その賊は全ての言葉を発するまもなく、首が飛ばされた。

音も無く徐晃が無数に殺到した賊を全て切り殺し、回し蹴りで蹴り飛ばし、後ろの賊も巻き込む。

その空間に、身を踊りだした。

 

「がんばってなのー!!」

 

柵が閉じる前に于禁の声が徐晃の耳に届いた。その瞬間、言い知れない力が徐晃の胆の底からわいてきた。

 

そして

 

 

「へへ…女が一人。こいつで時間稼ぎか?」

「だが、確かに此れでちょっとは俺たちの時間稼ぎは出来るな!」

「旨そうだぜ……」

 

賊が徐晃を取り囲みそう口々に罵り、性的な対象としてみる。

 

徐晃のスイッチが今までに無いほどの勢いで切り替わった

 

そして、音も無く刀を振るった。

 

「ぎゃああああ!?」

「ぎゃ!?」

「ああああ!?しぬうううう!?」

 

先ほど口々で罵っていた賊全ての体の一部を切断する。

 

「てめええええ!殺せ!」

「昨日の化け物か!?だが、こっちはまだ5000以上もいるぜ!殺せー!!!」

「「「「おおおおおおお!!」」」」

 

そうして四方八方から徐晃只一人に向けて槍や剣、矢が殺到する。

普通の人間ではこの状態で既に詰みである。しかし徐晃は一つ一つを冷静に見て、対応する。

 

槍で攻撃してきた一団に槍を切断したと同時に一歩踏み込み、剣をやり過ごし、それと同時に賊を切断する。

血しぶきが舞う中、上体を反らして振るわれる横凪の剣を避けて、回転しながら周りの敵を切り殺し、矢を切断する。

しかし、流石に一度に襲ってきた数が多いのか、何本か矢が徐晃の体を掠めるが、それも計算済みである。

 

風、相手の呼吸。武器のリーチ、矢の数。

 

人間の域を越しているといっても過言ではない。今の徐晃は正にトランス状態である。

いや、此れほどまでのポテンシャルを秘めていたのだ。内なる力ではない。本来の力を出し切っているだけである。

徐晃は初めて兵士になったのだ。歪な兵士だが、その歪が徐晃である。

 

にやりと、笑い。肌が少し露出しているのも構わずに徐晃は前進した。

 

脳内のリミッターが外れたと思われるほどの動きで、剣閃を振るい、大気に鋭い軌跡を描く。

その軌跡通りにあらゆる物、人間、地面すらも切断されていく。

 

脳がフル回転し手に取るように相手の行動の一歩前先へ行き、神速の先制で空間を切り刻む

 

「ば、化け物がぁああああ!?」

「しね!しねえええええええええええええええ!!」

 

次々と殺される賊は怨念をもってして、徐晃へと切り込むが、その全てが彼女の刀の軌跡により拒まれる。

 

彼女中心に今まで見たこと無いような程激しい血風が舞い起こった。

徐晃は賊の無陣の中を縦横無尽に駆け巡り、血の華を咲かす。

 

「があああ!?」

「しねよ!しんでくれよおおおお!?」

 

まるでこの世のものではない。

 

対峙する賊は全てそう思った。歯をむき出しにするほどの笑みを浮かべながらその目は全てを吸い込むほど深い蒼を携えて、赤い軌跡が走る。

 

徐晃が刀を振るうたびに二人絶命していく。しかし、徐晃も雨のように降る矢を数本、体に突き刺さる。だがそれでも動く。

その矢は味方の筈の賊を巻き込みながら徐晃を射抜こうと殺到する。しかし、縦横無尽に、賊を盾に、死体を盾に、刀で、鞘で、その着物の袖で

致命的となる攻撃は全て打ち落としている。その間にも踊るように、血の軌跡を残しながら剣閃を振るう。

 

まるでこの世のものではない。

 

「ひ、ひるむなぁ!奴も血まみれだ!殺せ!殺せー!!」

「もう奴の血なのか、返り血なのか…俺にはわからん……」

 

真っ赤な軌跡。徐晃がその身を血で染め上げて全てを狩りつくす。

 

 

徐晃は敵を切り殺している最中、脳内で

 

(もっと、もっともっともっともっともっともっともっと)

「もっと!もっと!もっと!!」

 

そう叫びながら、歓喜の声を上げながら戦場を舞う。

 

その姿はさながら赤い姫

 

「血を!肉を!骨を!死を!!!私に!!!!」

 

誰に向かっても語っていない。誰かに向けても語っていない。全ては自分の内なる歓喜を吐き出しているだけだ。

 

「私にぃいいいい!!!」

 

目に血が入っても怯まない、足に槍がかすっても怯まない、腕に剣がかすっても、矢が刺さっても、彼女は怯まない。

 

アドレナリンが脳内を蹂躙し、痛覚は既に脳が受け付けていない。

いま彼女の脳が受け付けているのは腕から来る感触と目から、勘から入ってくる情報。それだけだ。

周りは全て敵。これほど死が濃い場所は他には無い。これ以上徐晃が喜ぶ殺しは他には無い。

 

「あは!あははははははははははははははははははははは!!!!」

 

着物の一部は裂かれてその素肌が惜しげもなく太陽の下晒されている。

そこに直ぐ血化粧が施され、その化粧を厚くする。

 

「う、うわああああ!?くるな!?くるなあああああ!?」

 

既に何人切ったかは徐晃にとっては関係なかった。

この手に伝わる甘美な感触、甘い断末魔。鼻をくすぐる肉の匂い、血の匂い。喉を潤す赤い血液。

それら全て徐晃の起爆剤となって、ギアを上げていく。

 

しかし、その中でも冷静に判断する理性は生きている。トランス状態だから。

 

厄介な弓矢を優先的に殲滅していき、既に東門に弓矢隊の姿は居ない。全て大地を彩る芸術となっている。

その次に槍。リーチが長い彼らを優先的に殲滅していく。

 

足元に転がっている死体は彼女にとってなんら障害にもならなかった。

もともと一人で戦ってきた彼女はその死体すらも利用して生き残ってきたのだ。

そして何処を踏んでも関係ないのだ。

 

地面を陥没するほどの踏み込みと同時に死体を踏んでも、その贓物を全て踏み潰し、地面をへこませるだけ。

まとわり付いた死体は蹴り上げて賊に飛ばして戦う。正に狂気。

 

 

そしてその二振りの得物で目に見えている敵を切り刻む。

 

 

しかし、徐晃も人間である。

 

限界は何時か来る。

 

 

「おおおおおおお!!」

 

血風を起こしている徐晃へ向けて賊の一人が突貫し、その身が両断されながらも徐晃の体を押す。

その時、徐晃は態勢を崩し、一瞬だが死の暴風が止まる。

 

「おおおおお!」

「ああああ!!」

 

賊はその隙を逃さなかった。その槍は徐晃のわき腹を抉り、その剣は背中を深く切り込んだ。

 

「し、しん」

 

背中を斬った賊は言葉をつむぐ前にその首が飛ばされた。

 

槍で抉った賊も上半身と下半身が分かれて、絶命した。

 

「ふふ…」

 

しかし徐晃は立つ。笑いながらたっている。

囲んでいた賊は徐晃の間合いに踏み込めないでいた。その異様な雰囲気。血に濡れた体。その眼光。

 

そして、ありえない程の冷たい覇気。

 

最前列にいた賊は既にその雰囲気に負けている。呼吸は荒く、脂汗も止まらない。

そう、まだ絶対的な有利な筈の賊達がたった一人の女性のそれも死に掛けているはずの女性に対して一歩も踏み込めないのだ。

まるで死神。一歩でも動いたら、一言でも声を上げたら、その凶刃が確実に自身たちの命を奪うという確信に対する恐怖。

 

「あは…あはははは…」

 

血を流しながら、徐晃は笑う。

まだやれると。此れくらいの怪我は過去にもあったと。だから

 

「まだ、まだやれるよ?」

 

賊に優しく問いかける。

徐晃の呼吸は不思議と乱れていない。いや、乱れていたが直ぐにペースを取り戻したのだ。

 

まだ動く。そう体は慟哭をあげている。

 

まだ動く。そう頭は慟哭をあげている。

 

「ひ…ひぇ」

 

腰が抜けた賊が弱弱しい声を上げた途端に、その声を首を飛ばして命を摘む。

間合いは十二分に取っていた。普通の人間が動けばすぐさま対応できる距離であった。

にも関わらず誰も反応は出来なかった。全員が徐晃に注目していたのにも関わらず、誰も彼女を止めることが出来なかったのだ。

 

「まだやれるよ?」

 

微笑を携えながら徐晃は囲んでいた賊へと切り込んだ。

一人二人と切り殺し、徐晃にとっては反応が鈍い、されど賊達にとってはこれ以上無い程の動き。

されど徐晃の速さは彼らを圧倒的に上回る。

 

「まだ、まだあああああ!!」

 

敵勢の中を駆け回りながら、槍を携えている人間を肩口から股関節まで袈裟切りで断絶し

その両隣にいた賊を二振りの刀で両断し、徐晃は慟哭を上げながら駆け出した。

 

まだ動くと。

 

まだ殺せると。

 

 

まだ…守れると。

 

 

「ああああああああ!!」

 

最後の力を振り絞って目に付く賊をその絶技で全て切り殺していく。

 

一歩踏み込んで4人、二歩踏み込んで8人、三歩踏み込んで12人。

 

四歩五歩六歩七歩八歩九歩!十歩!!………徐晃は自身の限界まで踏み込み続けた。

 

 

 

 

 

 

徐晃は気付いたら立ち尽くしていた。全身真っ赤に染め上げ、その蒼かった髪の毛も今は真っ赤であった。

周りには賊が地に伏しているだけで、どこからか呻き声が上がっているだけである。

 

静かであった。10000以上もの賊が攻めてきているような光景ではけっしてない。

切れた槍、腕ごと地に刺さった剣。無数の矢。そして…大地を染め上げている紅い血。

その中心に彼女は立っていた。

 

 

そして徐晃は両の手から力がふっと抜け、二振りの相棒が手から零れ落ち

 

 

気で形を維持していた刀身が地面と接触した瞬間二つに折れ、徐晃の身も大地へと沈んでいく。

 

「甘菜ぁああああああああああああ!!」

 

どこか遠くから聞こえた誰かの声に答えるように小さく笑い。地に伏した。

 

 

 

 



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14話

 

「此方西門!柵が残り4つとなりました!」

「矢を厚く展開して敵を寄せ付けるな!全て打ち尽くす気構えで敵に矢を射れ!」

「は!」

 

徐晃が東門へと歩いていった姿を見送りながら夏候淵は、後方部隊と全体の統制に力をそそいでいた。

次々にくる情報に的確に指示を出し捌いていく。

 

「此方東門!徐晃様が賊と交戦し、賊の数が瞬く間に減っております!」

 

徐晃が消えた東門から早速徐晃が暴れている報告が届いた

 

「ふ…では、様子を見てから于禁に『兵を割いて、他の門へ増援として回すように』と伝えてくれ」

「は!」

 

小さく笑みを零し、東門へとかけていく伝令を見る。

しかし、安心してはいられない。夏候淵は徐晃を死なすつもりは無い。しかし、確実には保障できない。

が、その確立を少しでも高くする為、曹操軍本体へ向けて伝令を飛ばしている。

 

「北門!200名の兵士が負傷、許緒将軍の判断で一旦後ろへと引かせますとのこと!」

「分かった。東門の兵士が増援で行くから、持ちこたえてくれ!」

「は!」

 

各方向から怒声が聞こえ、金属の音、断末魔。それらが街に響き渡る。

濃厚な死の気配は、いくら夏候淵といえど慣れるものではない。

 

しかし、将が弱気を見せるわけにはいかない。自分達の肩には民の命が掛かっているのだ。

それにと夏候淵は思う。

 

徐晃を一人突貫させたこの最低な策。本来であればこのまま篭城して敵を迎え撃ったほうが被害は多くなるが、徐晃は失わないで済むのは確実である。

しかし、あえてそうさせたのは、それでは万が一がありえるからだ。夏候淵は主君である曹操は絶対に直ぐに駆けつけていると確信している。

距離的に考えて昼過ぎ…しかし、曹操はその上を確実に行くであろうと理解している。

 

それまでの時間は約3刻。6時間もの時間がある。

確かに各方面賊が散らばっており、持ちこたえられるかもしれない。しかし、確実ではない。

その万が一を取り除いてくれるのが徐晃只一人であった。

 

夏候淵はその事を若干後悔していた。いくら一刻…2時間待機させて行かせたが、実質4時間も場外で暴れられる筈が無いと。

しかし、心のどこかで徐晃を信頼していた。昨夜見せた真摯な対応。夏候淵は徐晃の評価を改めたのだ。

 

彼女は恐らく純粋なのだ。自分の欲求にまっすぐなのだ。

そしてそれしか喜びをしらなかったのだ。確かに殺人快楽者なのだろう。しかし、彼女はそれだけではない。

ちゃんと人と話せてちゃんと感情があって、ちゃんと自身の非を認められる人間性も持っている。

 

そんな徐晃に夏候淵は何だと思った。

 

 

何だ、そんな表情も出来るのか。と。

 

 

今まで不審に思っていた非礼と、自分達の命を預ける徐晃に対して夏候淵は、真名を預けた。

そして、徐晃も真名を夏候淵に預けたのだ。絶対に負けるわけにはいかないと、夏候淵は空を見上げながら決心したのだ。

 

「西門から火矢が!?」

「現場へ急ぎ、すぐさま消火活動を行うぞ!」

 

すぐさま楽進が指示をだして、その現場へと体を引きずりながらだが駆け足で去っていった。

 

「ふ…流石だな」

 

昨日の傷を引きずっても尚、民を思う心に感銘を覚える夏候淵。彼女は、いや、彼女達は絶対に曹操の覇業に役に立つと確信している。

だからこそ部隊を率いることを任せているのだ。

 

「皆、生き残ってくれ……」

 

夏候淵はそう呟き、走ってきた伝令の報告を聞き、すぐさま指示を出した。

 

 

 

「おりゃー!!」

 

柵に取り付こうとしていた賊をその鉄球でなぎ払い、門を死守する北門の許緒。

隊列は門いっぱいを埋め尽くせるように槍を配置し、後ろに弓隊を配置し、ありったけの矢を消費して賊を近づけさせない。

 

「甘菜ちゃんが、頑張ってるんだ!ボクも一歩も引くわけには行かないよ!!」

 

その奮戦を目にした兵士の士気は極限まで高まる。絶対に後ろを通してなるかと。

 

「皆!一人たりとも門へと取り付かせないで!その力で敵をやっつけるよ!!」

「「「「おおおおおおお!!」」」」

 

門から入ってくる矢に怯むことなく、目の前の敵をその槍で突いていく。

 

「いかせるかあああ!」

「おらあああ!!」

 

一斉に槍を突き出しては、すぐさま一歩下がり、新しい列の槍隊が隙間無く槍を突きだし、賊を撃退していく。

しかし、倒せば倒すほど賊が柵を破る為の足場が出来ていく、そう、死体である。

積み重なっている死体を昇り、その柵を壊していく。

 

「く!?柵を一つ放棄して隊列を組んで!その間弓隊は休むことなく敵に矢を放って!」

「「「了解!!」」」

 

やはり数は力である。このままではジリ貧であるのは誰の目からでも明らかであった。

しかし、諦めない。曹操の本体が援軍に来るまではこの柵を全て突破させてはならないのだ。

 

「ここが踏ん張り所だよ!皆!」

「「「「おお!!」」」」

 

そうして、隊列を組みなおし、柵を盾にして、取り付いてきた賊達をその槍で真っ赤に染め上げていく

 

「ぎゃあああ!?」

「くそが!」

 

罵声、怒声。断末魔。怯んでしまいそうな声を上げて絶命していく賊。しかし、一歩も引けないのだ。

 

 

「許緒将軍!我ら東門の兵300、援軍に参りました!」

「援軍!ありがとう!じゃあ隊列を組んで、槍の人は後ろへ、弓隊の人は混ざって厚く矢を展開して!!」

「「「は!!」」」

 

まだまだ戦えそうだと、許緒は自身を鼓舞して前線へと立つ

 

「とりゃー!民を脅かすお前達はこの、許仲康が相手だ!!」

 

その言葉と共に、賊へ対して攻撃を仕掛けていった。

 

 

 

 

 

 

 

「夏候淵様ー!!」

「于禁!どうした!?」

 

息を切らせて走ってきた于禁の姿に何かあったのかと声を荒げる。

既に1刻半位時間は過ぎ去っていて、もう少しで曹操本体が到着するという伝令も既に届いている。

だからこそ、焦ったのだ。もしかして、徐晃の身に何かあったのではないかと。

 

そしてそれは的中する

 

「東門は取り付いていた賊を全て殲滅して既に徐晃さんが残りを殲滅しているのー!けど」

「けど、どうした?」

「姿が見えた徐晃さんは血だらけで矢も何本か刺さっているのー…夏候淵様!加勢しにいってもいいのですかー!?」

「!?」

 

予感は的中した。矢が刺さったまま行動する徐晃は夏候淵の予想では既に手が付けられないであろう。

于禁のこの行動は正しい。夏候淵に指示を仰いだのはそう、正しいのだ。もしそのまま加勢しに行っていたら恐らく徐晃は全てを切り捨てていたであろう。

 

「く…」

 

そして、夏候淵は自身が加勢に行きたいと思った。この弓であれば徐晃の戦闘に支障をきたすことなく敵を殲滅できる。

しかし、自分はこの作戦の情報の要なのだ。動くわけには行かないと既に判断している。

 

それが徐晃の死に繋がってもだ。

 

夏候淵が渋ったのを見て于禁は昨日徐晃が発言した殺人快楽について思い出した。だから

 

「夏候淵様!夏候淵様の弓であれば援護できますのー!」

 

いくら徐晃でもあのまま放置していたら死んでしまうし、既に全身真っ赤に染まっている。

于禁は楽進の件があったとしても、味方の死はいいと思わない。だからこそ、進言する。夏候淵の弓なら彼女を救えると。

 

「それは…そうだが、私がここを離れるわけには…」

 

そう、夏候淵がここを離れたら誰が情報を統括して指示を出すのだ。

 

「いかな」

「私がその任、引き継ぎます」

 

夏候淵がそう言い切ろうとした時に、その言葉を遮った人物が居た。

 

楽進である。

 

「徐晃様のお陰でここまで粘れているのです。救ってあげてください」

「……」

 

まっすぐな目で夏候惇を射抜く楽進の目に宿る意志は強い。

 

「大丈夫です。私は兵を率いるのだけは得意です。夏候淵様が抜ける時間の穴は私が責任を持って塞ぎます」

「…事によっては斬首になるぞ」

 

夏候淵の眼光が礼を取っている楽進を射抜く。

 

「もとより、この命。戦一つ一つに掛けております故」

 

だが、それに怯まず、顔を上げて夏候淵の眼光を真正面から受け止める楽進。

 

「……うむ。…任せたぞ!」

「「は!(はいなのー!)」」

 

そうしてその場を楽進と于禁に任せて夏候淵は東門へと走っていった。

 

 

 

東門には最低限の兵士がそこにいた。その兵士は将の指示が無ければ動けない。だから見守るしかない。

徐晃の働きを。そも、門よりかなり離れているので弓での援護も出来ないし、何より逆に足手まといになる。

 

兵はこの世のものを見ていないと錯覚した。

 

遠目から見ても群がる賊を紙くずのように切り裂き、血路を切り開き、荊の道に踏み込み続ける。

 

その姿は何と美しいことなのか、その姿は何と儚いことなのか。

 

斥候が報告した数の6000。これは少し間違っている。しかしおおよその数はあっていた。

正確な数は6310という数である。しかし一刻でその数を800以上は減らし、残り5500以下となっていた。

それでも門の外を埋め尽くすような大群であったのは間違いない。

 

その中徐晃は飛び込み、紅い軌跡を作りながら賊を殺していったのだ。

 

しらずに兵はその姿に見惚れていたのだ。

 

しかし、それも終焉に近づいていく、真っ赤に染まった体を限界を超えながら動かす彼女の姿

 

「…おい」

「ああ、分かってる」

 

兵士は決断していた。恐らく自分達は死ぬだろう。しかし、あの女性を見殺しにしておめおめ生き残れるのか?と。

 

答えは否

 

自分達は何の為に兵士になった、女にもてるためか?金を得る為か?…そうでも確かにある。

しかし、最もその思いのウェイトを締めていたのは、守りたいからだ。

 

「もう我慢ならねぇ…俺は行」

 

一人の兵士が徐晃の姿を見て言葉を最後まで口にしようとしたが、それは遮られる

 

「待て!」

 

兵士が後ろを向くと走ってくる夏候淵の姿が見えた。

その姿に直ぐに簡易な礼をとった。

 

「今、お前達は何しようとしていた?」

 

兵士の前に来て、徐晃を見ながらそう口にする。

しかしその怒気は兵士に向けられていた

 

「そ、それは…徐晃将軍へ助太刀にと……」

「馬鹿者!!!」

 

それを一喝。夏候淵は徐晃から視線を外して兵士達を睨みつける。

 

「確かに、お前達の心構えは立派だ、しかしそれは許されない。…ここを守る人間がいなくなったら誰がここを守る?」

 

睨みつけながら、されど内心兵士達の気持ちを汲みながら、将として彼らを諭す

 

「お前達の肩には、この街の運命が乗っている。勝手な真似は許されん」

「「「……」」」

 

だが、兵士は納得の声を中々上げない。それはそうだ、この一瞬でも徐晃が討たれる可能性があるのだ。

しかし、それを夏候淵は理解している

 

「ふ…安心しろ、お前達では徐晃に殺されるかもしれないからな。……私が行く」

「しょ、将軍!?」

 

たじろく兵士をその決意を秘めた瞳で射抜く。

その姿勢に兵士は全員自然に臣下の礼をとっていた。

 

「いいか!この東門には敵一匹たりとも通すな!!その命で死守しろ!!」

「「「は!!!」」」

 

そうして、残り少ない柵が兵によってどかされて夏候淵は駆け出していった。

 

しかし、夏候淵の目の前には既に賊の姿は無く、崩れ去る徐晃の姿が映るだけであった。

 

「甘菜ぁあああああああああ!!」

 

叫び走る。まだ生きている筈だと。他の門から流れてきたのだろうか、少数の賊が徐晃目掛けて走ってくるが、それを許す夏候淵ではない

 

「し!」

 

一息で二本の矢を放ち、賊を次々と絶命させていく。

辺りは凄まじい事になっていた。賊はすべて何処かしら切断されてとめどなく血を流し、槍は綺麗に切れているもの、剣は刀身だけが地に突き刺さっていたり

腕ごと剣が地に転がっていたり、そして何より異様なのが、地面が何かで切り裂かれている事である。

 

それらを認識しながら徐晃の下へ駆けつけた夏候淵

 

「甘菜!甘菜!しっかりするんだ!」

 

全身真っ赤に染め上げた徐晃の体は夏候淵が始めてみる徐晃の血も傷口から流れていた。

 

同じ人間

 

そう、同じ人間なのだ。徐晃も。こうやってしっかりと街と義勇兵と夏候淵たちを守ったのだ。

 

その感傷に浸るのを直ぐ振り切って、脈を確認する。

 

「…生きてる」

 

そう確認して、徐晃の体をゆっくりと抱き上げた。その体重を感じて夏候淵は軽いと、そう思った。

 

「ふ、借りができてしまったな…」

 

そうして、徐晃に衝撃が行かないようにされど急いで東門へと向けて徐晃をお姫様抱っこで運んでいった。

 

 

 

 

 

しかし夏候淵が運ぶ行く手を賊の数人が遮る。彼らは他の門へと行っていた賊だった。

 

 

 

「へへ…ここからさき……は…」

 

 

 

そこから言葉は続かなかった。瀕死の女性を…徐晃を抱えている夏候淵の表情は賊から窺い知る事は出来ない。

しかし、彼女から発せられるその威圧は賊が今まで経験したことが無いような冷たく、凍えそうなものであった

 

「…行く手を阻むなら……殺す」

 

俯いていた顔を上げた。その瞳は瞳孔が開ききっていた。

その目を見た瞬間ぞわっと一瞬で賊達を襲う何か。そしてそのまま歩き出す夏候淵

 

賊はその姿に対して何も出来なかった

 

「ひゅー…ひゅー…」

 

脂汗が全身から吹き出る。腰が砕けて、その場で座り込んだ。

その次の瞬間に、自分達がきた門の方から雄たけびが上がり、此方にも少数の旗印が迫ってきたのを確認する。

そこで彼らの記憶は途絶えたのであった。

 

 

 

 

 

 

「秋蘭、季衣!無事か?」

 

周りの賊を殲滅して街へと入った曹操軍本体。

曹操を先頭にその両隣に夏候惇と荀彧を引き連れて夏候淵と許緒の所へ赴いた

 

「春蘭様!助かりましたー!」

 

許緒は夏候惇に返事をし、夏候淵は三人の姿を確認すると、すぐさま臣下の礼を取り曹操と夏候惇に報告をした。

 

「まあ、見ての通りさ。…華琳様、援軍ありがとうございます」

「気にする必要は無いわ。それより貴方達が無事だったほうが私にとっては重要なの」

 

そうして、夏候淵と許緒の無事を確認し、曹操の胸のつっかえが取れた。

 

「…徐晃は?」

 

しかし、曹操の客人として招いていた将の姿が見当たらなかった

 

「甘菜は現在重症故に、療養しております」

「何!?あの徐晃がか!?」

 

それに驚くのは夏候惇。彼女も徐晃の強さを知っている一人であった。

この街に入る際に防柵が見えて篭城して戦っていたのだと直ぐに判断できた、故に徐晃は傷一つ無くぴんぴんしていたかと思っていたのだ。

 

「へぇ…徐晃の真名ね。秋蘭。信を置くに足る人物だったの?」

「はい、華琳様。甘菜は命を預けるに足る相手でした」

 

そうして、にやりと夏候淵を見る曹操。その目は面白いと語っていた。

 

「それで、私が来るまでに何が起こったのか報告しなさい」

「は!」

 

そうして夏候淵は報告を始めた。まず義勇軍についてだ。そして、夏候淵は彼女達を曹操へと推薦する。

 

「この街を守っていた義勇軍を率いていた将三人を我が陣営に推挙いたしたいです」

「そう…その後ろにいる三人かしら?」

「は!楽進と申します」

「李典いいます」

「于禁なのー」

 

そうして夏候淵の後ろにいた三人はそれぞれ自己紹介する。

 

「この者たちは本当に我が軍へ入りたいのか、貴方達の意見を聞かせてくれないかしら?」

 

そこで三人が前に出てきて臣下の礼を取る。

そして語りだした。義勇軍を引いているのはこの時世を憂い、賊に対して立ち上がる為であったこと。

そして、夏候淵から聞いた曹操の覇道のこと、その尊い志。それに着いて行きたいと、純粋に思ったこと。

 

「成る程ね……我が名は曹操。真名は華琳よ。貴方達に我が真名、預けるわ」

「は!ありがとうございます!私の名は楽進。真名は凪と申します!」

「うちは李典。真名は真桜や」

「于禁なのー。真名は沙和っていうのー」

「そう、凪、真桜、沙和。その命、この曹孟徳が預かった!!」

 

そうして全員が真名を交換した。

曹操はこの戦で大きなものを得たと実感していた。夏候淵の話通りであれば鍛えれば一角の将となり得る力の持ち主であるのだ。

人材収集に熱を入れている曹操にとってこれほど嬉しいことは無い。

 

「それで、秋蘭」

「は!」

 

その後、明朝から始まった戦を事細かく夏候淵は報告する。

まず、此方の戦力は3800うち200は後方待機。残りの1200は各門へと配置し、柵を利用しながらの戦法で時間を稼ぐという作戦。

そこで相手がどう戦力を割くかは分からなかったので、斥候をだし大体の数でいいので兎に角無事に此方へ戻ってくるように仕向けた。

 

そうして報告された数は分散されても数は此方の軍より多かった。

その中で徐晃は6000の方面へと単機で切り込んで、正確な数は分からないが4500以上もの賊を殲滅。残りは逃げたり矢で打ち抜かれたり、徐晃を無視して門へ行った者たちだ

その後徐晃を救出した直後に曹操軍本体が来てこの戦を切り抜けたという話である。

 

此方の死者は500は出たが相手の死者は7000以上に昇りその半数を徐晃が討ち取ったと言うことになる。

 

「…飛将軍呂布となんら謙遜無い程の武勇ね」

 

そうコメントを残した曹操。

 

「な、何その軍師泣かせの強さは」

 

頬を引きつらせながらそう言う荀彧は冷や汗をたらしている。

 

「甘菜のお陰でボク達も凄い負担が減ったし、生きていて良かったよー」

 

瞳に溜まった涙を拭うように許緒が徐晃の無事を喜ぶ。

そう、この防衛線。徐晃がいたからこそこの程度の損害で済んだのだ。

 

「その徐晃は何処にいるのかしら?」

「曹操様、まだ甘菜は目を覚ましておりませんが、よろしいのでしょうか?」

「ええ、いいわ。この隙に徐晃の寝顔を記憶に焼け付けるのもいいわね」

 

どこかいたずらっぽく言いながら、夏候淵に目線を流し、暗に案内しろと促す

 

「では、此方です」

 

その目線を受けて夏候淵は曹操達を案内した。

 

少し歩いてとある家屋の中に入る。そして階段を上がり徐晃に宛がわれた部屋には、二人の兵士。

曹操達の姿を確認すると、敬礼を取り、その部屋の扉を開ける。

 

そこに眠っていたのは血化粧をすっかり落とされ、夏候淵や楽進に治療を施された徐晃の姿。

掛けられた布は規則正しく動いており、その様態は安定しているのを物語っている。

 

「…ふう、無事ね」

「はい。二箇所深く傷を負っておりましたが、徐晃自身の気で自己治癒能力が高まっており、傷も命に別状は無いとのことです」

「そう。良かったわ」

 

そして徐晃の近くへとぞろぞろと全員で近づき、その眠っている顔を覗き見る。

規則正しい寝息を立てて眠る彼女の姿は普段戦場で笑い声を上げている同一人物とは思えないほど穏やかな表情であった。

 

「全く。此れがあの徐晃だ何て」

「桂花、これも甘菜なのだよ」

 

荀彧のその反応に夏候淵が訂正する。その表情は柔らかい。

 

「へぇ、秋蘭。貴方は徐晃の事、どう思うのかしら?」

 

夏候淵の方に顔を向けて問う曹操。

 

「そうですね…純粋な子供……と感じました」

「子供!?冗談よしなさい」

 

突っ込みを入れる荀彧。それもそのはず、何回も皮肉を返されているのだ。そのような人物が子供という評価は少し信じがたいと思った。

 

「いや、冗談ではないさ。甘菜は自身の欲求に真っ直ぐだ。殺人というのはあまり褒められたものではないが…」

「そうね。でも、それだけではないでしょう?」

 

にやっと曹操は夏候淵の方を見る。

その間に李典と許緒と于禁の三人は徐晃の顔をぷにぷにと突っついていたり、胸を触っていたりと中々セクハラなことを実行している。

そしてそれをちらちら見る夏候惇と楽進。

 

そんな中夏候淵は語る

 

「はい。私は甘菜の誇りを垣間見ました」

「誇り?徐晃がか?」

 

そう疑問にするのは夏候惇。その表情は疑問に満ちていた。

 

「そうだ姉者。理由はわからないが、彼女は殆ど賊や犯罪者しか斬っていない。それは彼女の欲求と言っていましたが…確かにそれもあるのでしょう」

 

そこまで語り、ぷにぷにされている徐晃を見ながら微笑む

 

「しかし、賊と我らはその思想や性別が違えど同じ人間。なぜ殺人快楽者の彼女は私たちに害をなさないのか。…わかりません」

 

ですがと直ぐに言葉を紡ぐ

 

「それでも、私たちを守ろうとしていたのは間違いないです。門の外で賊を切り開きながら逃げることも十分可能でした。しかし、甘菜はそれをしていません」

 

いつの間にか全員が夏候淵の言葉を聞いていた。

 

「確かに私は甘菜に死地へ赴けと命令しました。しかし彼女は客将。でも我らを守ったのです。一人でも我らを守ろうとした精神に私は誇りを感じました」

 

そうして、寝ている徐晃の頬を撫でて

 

「だから、私の真名を預けるに値する人物だと判断したのです」

 

撫でていた手を離して曹操を見つめる。

その表情ににやりと返して

 

「そう、ますます我が手中に収めたくなったわ…徐晃」

 

全員が徐晃の寝顔を見つめた。その寝顔は少し眉が寄せられていて若干苦しそうだったが、直ぐに規則正しい寝息へと変化した。

 

「まぁその誇りは徐晃自身、自覚してなさそうだけどね」

 

その整った顔をゆっくりとなで上げる曹操。その表情は暖かい

 

「さて、我らはこうしてはいられない。復興作業に目処が付いたら軍儀を行うわ。各自、作業に移りなさい」

「「「「「は!(おっしゃ!)(はいなのー!)」」」」」

 

その言葉と共に気を引き締めた曹操はきびすを返して扉へと向かっていった。

それに続き全員がぞろぞろと出て行った。

 

パタンと締められたその部屋に残っていたのは、規則正しい寝息を奏でている徐晃だけであった。

 

 

 

 

 



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15話

 

 

街を死守した義勇軍の将達を曹操軍に迎えて、敵の重要拠点を叩こうと軍儀を進めていた。

 

「さて、敵の拠点を見つけたというけど…桂花、その中に張角らしき人物はいたかしら?」

「は!…張角らしき人物は見当たりませんでした」

「そう。…まぁ情報が情報だから、焦らず、正確に見極めるのよ」

「はい。必ずや華琳様に張角の情報を献上致します」

 

一部逃げ帰った黄巾の賊。彼らを追うように斥候を放ち、その拠点の所在を掴んだ。

数は多く20000以上もの賊が陣を敷いているとの事である。だからこそ、未だこの街を拠点として兵士の編成、糧食の補充。武具の補充などの準備。

街の補修や、片付け等の復興。そして将兵の休憩を行っている。20000もの大群を動かすのはそれは骨が折れることである。

 

膨大な数の意志を統一して動かすのは至難。そこに、元々賊だったものと農民だったものが混ざっているのだ。

一級の将軍でなければその統率は困難である。そして黄巾の賊には目立った将の情報は出ていない。

十中八九曹操軍の方が行軍速度が速い。しかもその拠点は物資の流れを担っている拠点であり、近日中に動きを見せても準備で手間取ることは必須だ。

 

「秋蘭。街の復興状況は?」

「は!進捗状況は現在6割と町民との連携もあり、予想以上の速度で復興しております」

「流石ね。足りない物資があったら直ぐに報告を上げなさい」

「はは!」

 

街の復興状況は予想以上の早さである。町民の強力があり、さらに防衛戦での被害がさほど出ていなかった為である。

勿論、被害は出た。が、予想以上の少なさで守りきれたのだ。よって家屋は殆ど復興の目処が立っている。

また、流通も回復してきており、商人の姿も見かけるようになった。

 

「春蘭、軍編成の状況はどう?」

「は!部隊編成は大方終わり、後は糧食、武具の手配が終われば黄巾賊の拠点に直ぐにでも攻めいれられます」

「流石は春蘭ね、でも今はまだ手配しなくていいわ。そうね…明日の昼前後に発てるように仕向けてちょうだい」

「はは!そのように手配します!」

 

部隊の編成は概ね終わっている。本拠地陳留が近いことと、街にて兵士が駐屯できるからだ。

後は物資だけである。曹操はそこまで聞いて、数日たった陳留に荀彧を配置して政務を回そうかと一考している。

 

あとは目の前の重要拠点を守っている賊だけである。策が確かに欲しいが、数ではこちらが有利。

であれば、荀彧を戻して政務を回すほうが、今後の為にもなるだろう。

 

しかしと考え直す。

 

現在の政務は主に農地の開拓や、産業の発展。市場の開拓など、長期的な物が主であるしそも、実行に移していない案件が多々ある。

よってそこまで急を要する案件ではないと悟り、このまま荀彧を連れて行くことを内心決定する。

 

義勇軍の三人については現在夏候惇の下に付いて軍編成や調練の教育などを施している。

一角の将を名乗るのであれば、軍事に精通していなければならない。それが苦手分野だとしてもだ。

ただ、夏候惇の内政の進捗の遅さは流石に長年付き合っているだけあって、既に諦めの境地に達しているがその分、軍事方面では曹操軍屈指の実力である。

 

ゆらゆらと揺らめく蝋燭の火を見ながら今後の展開を予測していく。

 

そんな中、一人の人物が曹操が待機している大きな部屋のドアを木がきしむ音と共に開けた。

その音と共に曹操はその金色のツインテールを揺らしながら音が出た方向へと目を向ける。

 

「あら、徐晃じゃない。…体はもう大丈夫なのかしら?」

 

目に映ったのは包帯をまだ巻いている徐晃である。

首から下は包帯で全身ぐるぐる巻きであるが、顔から上は幸いにも傷跡が残っておらず、曹操は密かに安堵する。

 

「ええ…心配掛けちゃったかな?」

「ふふ、まさか。…ただ、貴方が倒れたという情報は未だに信じられないけどね」

 

そう、曹操をもってしても徐晃がたかが賊に重症を負わされて倒れるなど、劉邦が項羽に一騎打ちして勝ったという嘘と同じくらい、嘘だと思っていた。

 

「私も人間ですよ、流石に今回は死ぬかと思いました」

 

やれやれといった具合にため息交じりで曹操の言葉に返事を返す。

 

「実質貴方が倒した数は4500以上らしいわ。正確な数は4781人よ」

 

4500以上。ここまで数の情報を絞り込ませられた理由は単純だ。

死体を全て埋葬したからだ。各門に兵士を派遣して死体を処理させていたが、その中で東門だけは数を数えさせていた。

それは徐晃の働きを正確に見る為である。

 

正確に表すと4781

 

実に5000近い人間を2刻という長い時間動きながら斬っていたのだ。まさに化け物である。

フルマラソンを往復している中、ずっと剣や槍、弓を携えた人間から攻撃に晒されてかつ、自身も攻撃していくという現代風に例えればこうなる。

 

「4781人ですか…そのくらいの数ならもう少し余裕を持って倒さないとなぁ」

 

その戦績を聞いて余り満足をしていない徐晃。夏候淵にあの言葉を言った手前、5000は倒したかったのだ。

が、現実は200以上も足りない。よって徐晃はもう少し自身を鍛えないといけないであろうと、決断を下したのだ

 

「…それはさて置き。徐晃。あなた義勇軍の将に手を出したんだってね?」

 

にやりと、笑みを作る曹操。その表情をみて徐晃は碌な事ではないなと確信する。

事実、罰を受けた荀彧や夏候惇、夏候淵はその翌日には妙に艶がいいのだ。何が起こっているのかは簡単に想像が付く。

 

「…その件については申し訳ないと思っていますし、当人からも許しを得ましたので、曹操さんには関係ないはずです」

「いいえ、あるわ」

 

ばっさりと切り捨てるその言葉。尤もである。

まずこの被害があった街は曹操の管轄内の街であった、その街を守っていた義勇兵を攻撃したのであれば罰則は必要である。

しかし、その義勇兵の実態を掴めていなかったのは事実だが、その事については今は問題ではない。

 

義勇兵を攻撃したという事だけが問題なのだ。

 

徐晃もその事は理解しているが、何とかして罰を脱したかったので先の言葉を発言したのだ。

……そう。徐晃の恋愛等の価値観は至って普通とここで宣言しておこう。

 

「ふふ、観念しなさい。それに別に取って食おうとする訳じゃないわ」

「……その情欲に満ちた目を向けないで下さい。殺したくなります」

「…はぁー……そうだったわね」

 

殺人快楽者。夏候淵の言葉ですっかりその事を失念していた曹操はがっくりとため息を付いた。

罰で徐晃の体を味わい、そのテクニックで悦ばせよう思っていたが、彼女の性癖がそれを邪魔していた。

流石に曹操も殺しに来る徐晃に勝てないことは百も承知である。

 

実際無手の徐晃相手でも負けると確信している。

 

曹操は驕らない。自身を客観的に見て正当な判断を下していると自負している。

だからこそ、徐晃には下手なちょっかいは命取りになる事を今、改めて再認識したのである。

 

しかし、曹操は罰を与えると徐晃に宣言している。

故にその事は何が起こっても罰を与えなければならない。そうしなければ曹操の秩序に傷が付いてしまうからだ

 

「先の暴言も含めて罰を与えるわ、徐晃。貴方には部隊を持ってもらうわよ」

 

徐晃に部隊を持ってもらう。このことは曹操の中で既に決定していたことであった。

これから先、徐晃を絶対に手放すことは無い。しかし、徐晃から曹操の手の中から飛び立つことは十分にありうるのだ

幸い、打算的な考えだが許緒と夏候淵が真名を交換しており、飛び立つことが出来ないような楔はある。

 

だが、いくら真名を交換したとしても敵対同士になるのはこの乱世の掟である。

現に曹操も真名を交換した袁紹とは確実に敵対同士になると確信している。何故なら曹操はこの大陸を制覇するから。

そして袁紹は上に立ちたがる人物だから。

 

だから一つでも多く真名以外の楔を打つ必要がある。

よって部隊をよこして曹操軍の中での地位を確固たるものにしようとしているのだ。

といっても徐晃はその程度のことで楔とも何とも思わないのは重々承知であるが。

 

「……え?」

 

部隊を付ける。予想外であったのか、鳩が豆鉄砲食らったような表情で曹操の方を見やる。

 

「え?じゃないわ。確かに貴方は強い。でも、一人では限度がある。これからの戦は此れよりもっと大きな戦いとなるのは必須」

 

何時ものように挑戦的な視線を徐晃へと流す。

一人では限度がある。それは今回の防衛戦で分かったこと。対集団戦より対個人戦の方が力を出すであろう徐晃の戦闘スタイルで

ここまでの戦果を上げるのは凄まじいが、恐らく4000か5000のラインが徐晃の限界であろうと曹操は睨んでいる。

 

だからこそ、部隊を付けるよう仕向けるのだ。

 

徐晃ももっと大きな戦の所で表情を戻し、期待に胸を膨らませた。

 

「だから貴方には罰を下す。部隊を持ってこれからの戦を指揮し、見事私へその戦果を捧げよ」

 

腕を組んで徐晃をまっすぐ見据える曹操の覇気は凄まじい。

此れほどまでの覇気を持つ者はこの先も曹操只一人であろう。

その覇気に当てられて徐晃は眉を動かした。

 

「…わかりました」

 

この罰という提案は断るつもりは毛頭無い。徐晃自身、この曹操軍という大きな組織に心惹かれつつあったからだ。

何より、この軍隊からは大きな戦の臭いがしてならない。徐晃の勘が叫んでいる。この軍が一番戦えると

よって徐晃はそれに従っている。他の諸侯は遠目でしか見ていないが、曹操を間近で見たときに、そんな予感がしていたのだ。

 

「ですが、その前に楽進と約束をしました篭手の修理と、それと同時に私の剣も修理させてください」

 

確かに部隊を率いる為には必要…とまでは行かないが、無いとかなり不便でもあるしなにより腰がさびしい。

 

「あら、楽進が修理を渋っていた理由がまさか貴方との約束だとはね。…いいでしょう。許可するわ」

 

楽進の篭手が壊れていたのは既に把握していた。その為直ぐにでも修理に出そうとしたところ、楽進はなにやら約束があるため渋っていた。

その約束の相手が徐晃だとは思いもよらなかった曹操。しかし直ぐに納得して許可を出す。二人とも武器が無ければ戦闘は出来ない。

明後日の朝仕掛ける予定の戦には到底間に合わないが、その分他の将達を使うので問題は無いし、その為の準備が着々と進んでいる。

 

「それで、何処の鍛冶師の所まで行くのかしら?」

 

あれほどの品。篭手も刀もその二つとも特注の一級品であるのは曹操の目利きで既に理解していた。

恐らくどちらも違う人間が仕上げたのだろう。特に徐晃の刀はあれほど人を切りながらも最後まで形を保っていたのは驚愕である。

いくら気を纏っていたとしてもだ。そう、気を纏っていたとしても楽進の篭手のように絶対に壊れないわけではないのだ。

 

「江陵の所ですね。楽進さんのはその道すがらの汝南にいる鍛冶師なのでさっと行って来ますよ」

「それは兵士に頼むわけには行かないのかしら?」

 

ここから江陵は往復でも4日は掛かる。更に武器の補修となればその鍛冶師がどの程度の腕前かは分からないが、かなり時間が掛かると見ていい。

よって全て兵士に任せられないのかと問う。流石に文官の仕事はもうできる筈であるし、調練も可能である筈だ。

と言ってもまだ無理をさせないつもりなので、本人が無理といえば休息を与える心算だ。まだ徐晃は客将だからだ。

 

「それはいいですけど、私としては江陵の鍛冶師から修理が出来るまでの間、代えの刀剣を預かりたいのと、休息を兼ねて行きたいですね」

 

徐晃の言葉を吟味しながら考える。

あれほどの戦果を上げたのだ、休養を与えるのは吝かではない

 

「成る程…であれば、徐晃に任せるわ。今の所貴方にやって欲しい仕事も無いし、息抜きにでもいってきなさい」

「ありがとうございます」

「それと、帰還する場所はこの街にしなさい。4日後の昼に伝令を送るから。恐らく戦後の後片付けを行っているわ」

 

にやりと徐晃に向けて笑みを向ける。

そう、明後日仕掛けて二日にはその陣を落とすと明言しているのだ。

 

「了解」

 

それをさも当然とばかりに軽く返して、扉を開けて室外へと退出した。

 

その扉を少し見つめて視線を窓へと向ける。そこから街の一部が見えて兵士達がせっせと街の民達と一緒に作業を行っている姿が見受けられる。

それを見て曹操は満足そうに頷く。この時代、兵士が普通に略奪行為を行うからだ。特に兵士の教育が行き届いてないと目も当てられない。

今はまだ大丈夫だ。しかし曹操はこの程度の規模で納まる器じゃないと自覚している。

 

(…もっと、もっと大きくして我が覇道を切り開いてみせる)

 

そう決意を新たにし、机に残っていた書類を処理し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、私の閻王を宜しくお願いします」

「わかりました。では汝南の鍛冶師へと届けてまいりますので、お体をお大事に」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 

徐晃は直ぐに出立の準備を整えて街の門の所へと馬と共に足を運んだ。

門はまだ戦闘の傷跡が生々しく残っており、血痕が落ちきれないのか、所々付着している。

徐晃も昨日の夜に眼が覚めたところであったが、五斗米道の技術を垣間見てから自己治癒能力が飛躍的に高くなっている。

 

よって動けないほどでもないし、100人程度の賊であったら普通に対応できると確信している。

それに体を動かさないと、流石に筋肉が落ちてきてしまう時期であった為丁度良かったのだ。

 

楽進の閻王を欠片残さず袋に入れて、自身の刀も綺麗に磨き、その鞘へと納刀し腰に携えている。

さらに別の袋には往復分の食糧と依頼する為の金。

 

「それでは、さっといってさっと帰ってきますね」

「徐晃殿こそ、お気をつけて」

 

そうして徐晃は門の外へと馬で駆け出して行った。

何処までも続く地平線。この大陸は相当大きい。しかし、8年も旅をしていたのだ

しかも江陵となればその周辺の地理も明るいし、曹操軍内で地図を見て脳内での地理の補正も掛かった。

 

迷うことは無い。

 

蒼穹の空の下、一頭の馬に跨り、何処までも駆けて行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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16話

馬を走らせて二日目の夕方。途中楽進に頼まれた鍛冶師の所へと赴き、お金を渡してそこからすぐに江陵へと馬を駆った。

そうして見かけた街の宿で休み、半日以上馬で駆けて漸く江陵まで来たのだ。二日ではなく一日半。徐晃にとってちょっと満足できる速さであった。

…無論。馬は相当疲れて既に歩くのも億劫なのか、それでもとぼとぼと、馬小屋まで連れて行き、管理する人間に預けた。

 

久しぶりの江陵はあまり変わっておらず、飲食店の位置も記憶通りであったが、追加されているところや、飲食店ではなくなっているお店も見受けられ

時が進んでいる事を実感する。だが変わってないものも存在する。吹き込む暖かい風、街の喧騒。これらは数年前となんら変わらない。

そうして彼女は実感する。江陵へとやってきたのだと。

 

知っている道を手ぶらでぶらぶらと進み、外れにあるぽつんと建っている家屋へと足を運んだ。

 

中から鉄を叩いている音が聞こえてくる。鍛冶師は健在のようだ。

 

「おーっす、おっちゃん」

 

そして何時もどおり扉を開け

 

「あぁ!?…なんだ、嬢ちゃんか」

 

何時もどおりの返事が返ってきた。その事にクスリと笑みを浮かべて鍛冶師の傍へと近寄る

 

「で?久しぶりにどうした?」

 

剣を作っている最中で丁度区切りがいいのか、顔を上げて徐晃に目を向ける。相変わらずのおっさん臭い顔である。

その事に若干安堵しながら腰に刺してある刀二振りを腰から外す

 

「この刀剣なんだけど」

 

そうして床において抜刀する。そこには、見事に刀身の40センチ位でぽきっと折れた鍛冶師の自信作の姿が彼の目に飛び込んできた。

 

「……おいおい、俺の自慢の一品を見事にまぁ…」

 

若干徐晃に殺意を抱いた鍛冶師だが、気を取り直してその感想を呟く。

そしてもう一振りも彼自身が抜刀して同じようにぽきっと折れている刀を目にして頬が若干痙攣したのは勘違いではない。

 

「これの修理をお願いします」

「軽くそういうが…こいつぁもう無理だ」

「え?」

 

徐晃には鍛冶師が言っている意味があまりよく分からなかった。

 

「ぽっきり折れた時点で一からやったほうが良い。変に弄るとそれこそ駄作になっちまう」

 

そして納得した。刀剣を作ることで目の前にいる鍛冶師以上の人物を徐晃は知らない。

他の鍛冶師の作品などを見てみたことも多々あるが、徐晃が満足するものは彼しか作れないと既に悟っている。

であれば鍛冶師の言う通りなのだろう。

 

「そうですか…それならば一からの作成を宜しくお願いします。お金は心配要りません」

「そうかい。それじゃあ一丁やりますか。そうだな…一ヶ月……いや、三週間後に取りに来い」

「あら、前よりも時間掛かりますね。どうしました?」

「ああ、新しい鍛冶の方法を見つけてな。おまえさんの剣もかなり精錬されるだろうぜ」

 

折れる前の刀は二振りで二週間もしなかった。しかし、今回はその倍の三週間という期間。

新しい鍛冶の方法は単純に「鍛える」という工程が加わった為である。そう、刀の鍛冶の方法にかなり近づいているのだ。

鍛冶師もこの2年間は遊んでいたわけではない。様々な刀剣に触れて様々な打ち方を試していたのだ。

 

その中で見つけた刀に合う鍛冶の方法。

 

どろどろの鉄に輸入した新しい鉄等の素材を溶かしていき、そこから更に密度を上げる為に叩く。

そしてまた同じ事を繰り返して形を整えていくという方法である。不純物が無くなり、その性能をアップさせる。

それで作った試作品は一本だけでまだ誰にも公開はしていない。そう、確実に徐晃が来るであろうと確信していたからだ。

 

「へー…楽しみにしているよ」

「ああ、んでその方法で作ったのが一本ある。それで使い心地を聞かせてくれ」

「了解」

 

そうして鍛冶師が奥へと消えていき、姿を現したときに一本の刀剣が握られてきた。

 

「銘はねぇぜ。試作品だしな」

 

そうしてぽんと投げてきて徐晃は片手で受け取る。

全長は目測で使っていた刀より少し長い5尺より少し低い程度。鞘は白く、鍔は無い。本当に試供品らしいが何となくかっこいいと感じた。

すらっと刀を鞘から抜くと光り輝く刀身が姿を現した。

 

「…綺麗」

 

ほぅとため息を付く程の流麗な流れをしている刀身。重心もかなり均一化されており、癖が少ない。

若干そっているが斬るためにはそっていたほうが斬り易いなぁと思っていたので、この反りは嬉しい誤算である。

刃渡りは77センチと長めであるが、全く問題なく使える。

 

「…あ、この位の刀身の長さでお願いします」

「ああ、確かにお前さん身長がちょっと伸びたからな」

 

そう。徐晃の身長が最初の二振りを打ってもらったときより伸びており、この位の刀身の長さで丁度いいと感じたのだ。

 

「任せておけ。後でたっぷりと金を請求するが俺の全力を注いでやる」

「お願いします。今から本当に楽しみですよ」

 

にこにこと刀身を見ている徐晃をじーっと見つめる鍛冶師

その事に徐晃は気付き、首を傾げる。

 

「…いや、何か変わったなぁと思ってよ」

「変わった……うん。変わったのかもしれない」

 

そう、鍛冶師から見た徐晃はかなり変わっていた。以前は本当に賊を殺すことしか興味が無く、辛うじて自身の命を乗せる刀剣に興味があったくらいだ。

他は女性としての嗜みや、常識といったものだが、それに興味があったといえば首を傾げる。しかし今はこうして刀剣に関心を寄せている。

そして何より、表情をころころと変わるようになっていたのは彼にとって驚きであると同時に、何となく納得した。

 

彼女も人間だったんだと

 

空気を切りながら刀を嬉々として振っている彼女を見ながらふっと笑いが零れる。

 

「そうかい。…さて!一丁やりますか!」

 

その言葉と共に徐晃は刀を納刀し腰に携える。

 

「それでは、宜しくお願いします」

「ああ、ま!任せとけってんだ」

 

その言葉に変わらないなとクスリと笑みを携えて、鍛冶師に向けお辞儀をしてその場を後にしたのであった。

 

 

 

何時もの川で水浴びをして、汗を取り、髪を乾かすと既に火が落ち始めてきているのか、森の中は暗い。

服を着て街へと歩き出す徐晃。その間も髪を乾かす為に布で髪を拭いていた。

その道すがら、男と女の声が耳の鼓膜を刺激した。

 

その音源を見ると桃色の髪をした女性が、大男に迫られている。

その男は黄巾を巻いており、以前徐晃が惨殺した賊と同じ部類の人間だということは一目瞭然だ

 

(…試し切りに丁度良い)

 

殺しの感覚は得物によって感触が違う。徐晃が最も好む感触は、すっと通る感触である。

だからこそ刀ほどの切れ味が一番徐晃の趣向に合うのだ。そしてこの試作品。一品物の刀は徐晃が期待するだけのポテンシャルを秘めている。

よって丁度良かったのだ。

 

 

 

 

 

「へへ…まさかこんな別嬪だとはねぇ。山賊やめてこの賊に入って正解だぜ」

 

男は元々山賊で根っからの略奪者であった。これまで奪ってきた命。物。そして女は両の手では足りない。

そんな山賊だからこそ他の賊に対しての情報に機敏であった。

黄巾賊は既にかなり広まってきており大規模である。だがその実態は殆どが農民である。

 

山賊の彼が入っているのはそうした農民からこの組織の情報をしり、その中で旨く生き残るためである。

何よりここまで大規模だと普通の街ですら略奪対象だから女は犯し放題であったのだ。

だが何時しか彼は上等な女しか狙わなくなった。

 

その中で黄巾賊の農民から得た情報で彼らは旅芸人のおっかけをしており、その旅芸人が可愛いやら美しいやら

なにやら勢い良く語っていたが、それだけの情報で十分であった。そう。彼自身そんな彼らの思想なぞ興味は無い。

 

 

そしてちらりと見た桃色の髪色の女は今まであってきた、犯してきた女の中でトップクラスの美貌と理想の体系をしており

その声も男にとってはそそる声であり、よがり狂わせて見たいと下卑た笑みを浮かばせながらその公演を見ていた。

そうして彼は彼女達に付いていき漸くその機会を得ることに成功したのだ。

 

彼女達は何かと護衛が付いて周り中々チャンスが無かったが

ふらっと桃色の髪の女が川辺へ行き、服を下着にまで脱いだのだ。

本来であれば全て脱ぐまで我慢すればよかったのだが、男は我慢の限界であった。

 

すぐさま女の両腕を取り押さえて木に押さえつけたのだ。

 

「きゃっ」

 

痛みと驚きで涙目になり、男を上目遣いで見やる女に手を伸ばしその体を陵辱しようとする

 

「いや!」

 

女は必死に逃れようとするが力が足りず、びくともしない。

 

「安心しな。直ぐに気持ちよくさせてやるぜ」

 

そうして女の胸に手が伸ばされる、その豊満な胸を触り下着をずらそうとしたところで

 

 

 

彼の右腕が宙を舞った

 

 

 

「え?」

 

先に反応できたのは女であった。男の手が胸に伸びてきてつけていた下着をずらされる寸での所で銀色の軌跡が男の肩口に走った。

それを見たその次には男の手は自身の胸ではなく宙を舞っていたのだ。血を流しながら。

 

男は反応しない。いや、反応はしていた。

急に自身の腕の感覚がなくなったと思っていたら、宙に誰かの腕が舞っていた。

そして自身の右腕を見ると肩から消失している。本来であれば女の胸の感触を楽しんでいたはずなのに

 

天国を味わえるかと思ったら地獄が舞い降りてきたのだ。

 

それを自覚して漸く脳がその痛みを処理しだす

 

「あ……あああああああああああああ!?」

 

女を放り出して、そのまま肩を抑え地面を転がりまわる。

あたり一面に血が舞っているがそれは既に男の眼中には無い。兎に角この痛みをどうにかして無くしたい一身であった。

 

「大丈夫?」

 

男の鼓膜に女の声が響いた。痛みで気絶しそうになるなか、その音の方を見ると髪が黒く、眼が覚めるような美女がいた。

しかしその手に持っているのは刃物。そこで合点がいったのだ。この黒髪の女が自身の腕を切り落としたのだ。

しかも不意打ちで。その事実を認識し、腕の痛みが相まって血管が切れるほど怒気をあらわにした。

 

「てめええええええ!!殺す!殺してその女も殺してから犯してや」

 

桃色の髪の女に手を差し伸べてその場に立たせた所で、男が叫びながらその腰に携えた剣を抜き放ち黒髪の女へと切りかかった

しかし、そこで男の記憶は途絶える。そう、永遠に。

 

「ひぃっ!?」

 

首が飛んで、数歩首無しのまま後ろへと下がっていき、そのまま重力に引かれてその身を川へと落とす。

大きな質量が水へと落ちた音が生々しく森へと響き、川の下流へと一筋の赤い水が流れていった。

その悲惨な光景を見て桃色の髪の女は黒髪の女…徐晃に対しても恐怖を抱いた。

 

「うん。良い切れ味。これは素晴らしい一品」

 

しかしその事に既に眼中が無い徐晃。周りに敵の気配はないし、この女性以外に人間はいないと確信している。

よって女性を守るついでに鍛冶師ご自慢の最新作の切れ味を試し、満足そうに頷く徐晃。

 

「あ、あのー」

 

びくびくしていた女性がその桃色の髪に付いた土埃を払いながら立ち

 

「ありがとうございます」

 

お辞儀をしながら徐晃に感謝する。あのままもし徐晃が通りかからなかったら確実に慰み者になっていたのだ。その相手を排除してくれた点は感謝するべきことである。よって女性は礼をしたのだ。

更に言えば、徐晃は女性を殺そうとしていない。よって、若干警戒心が解けたのだ。

 

「いえ、ちょっと試したいこともあったのでお互い様です」

 

そうして徐晃は血糊を振り払い、鞘へと納刀した。

 

「あ…そうなの?じゃあ丁度いいから街まで案内お願いできないかな?」

 

切り替えが早いのか、さっそく中腰になり上目遣いで徐晃を仰ぎ見る。

胸の谷間は強調され女性の武器をここまでうまく使う人間は徐晃は今まで見たことは無い。

しかし、彼女は女性。徐晃も女性である。

 

「いいですよ」

 

そんなことはお構い無しに、軽く返事をする。流石に女性も同性相手では通用しないと分かっていたのか

気にしていない口調で

 

「わーい!ありがとう!」

 

そうして徐晃の傍によって、付いていく。

ふわっとした女性の甘い匂いに徐晃は香水使ってるのかなと単純に疑問に思いながら

忘れずに着替えて森を抜けていくのであった。

 

 

「あ、いたいた!れんほーちゃーん!いたよ!」

 

大通りを女性と共に歩いていると、後ろから声が上がった、何事かと見ると青色の髪をサイドポニーにしている女の子と

 

「はぁ…全く天和姉さんは」

 

眼鏡をくいっと上げてこちらを見やる紫色の髪の女性

 

「あー!ちぃちゃん!れんほーちゃん!」

 

二人を見つけた女性はぱたぱたと声を上げた二人の下へと走っていった。

 

合流してその女性たちが桃色の女性に何か小言を言っているが、ニコニコしながらそれを聞き流している

中々な猛者だなと徐晃はぼーっとそれを見ていた。

気付いたら三人とも徐晃の目の前まで来ていた。

 

「姉を助けていただきありがとうございました」

 

三人を代表して紫色のボブカットの女性が腰を折り曲げて徐晃へと礼を言う。

その徐晃はこうやって自身の人生となんら関係ない人間から礼を言われるのは未だ慣れていない。

それに、彼女自身正直言えば刀の切れ味を試したかっただけであって、此方としても丁度いいと言わざるを得なかった。

 

「いえ、成り行きですので」

 

その言葉と同時にそういえば、鍛冶師のおじさんに使い心地を報告しなければならないし

刀の独特の反りも反映して欲しいと要望もつけないといけない。

 

「では、私はこれで」

 

そうしてさっと帰ろうかと思ったが、腕に女性しか持っていない兵器がむにっと当てられ、誰かの腕が巻きついてきた。

暖かくやわらかい感触のほうに目を向けると、桃色の髪の女性がこちらを上目遣いで見つめてくる。

 

「ねぇねぇ、私たち旅芸人やってるんだ。もし良かったら私たちの芸を見ていってくれないかな?」

 

にこりと笑うその女性はもし徐晃が男性であったら

 

「う、うむ…分かり申した」

 

と、顔を赤くしながらしどろもどろに返事をする場面が容易に想像できる。

しかし、この徐晃は残念ながら女性であるのだ。

 

「そうですね、機会がありましたら皆さんの芸を楽しませてもらいますね」

 

逆に傾国の美女と言っても相応しい美貌に返り血が付いていない、純粋な徐晃の笑顔を女性に送る。

その笑顔を間近で見た女性はそれを見て頬を赤くし、ぽーっと徐晃を見る。

 

「それでは」

 

やんわりとその拘束を解いて、徐晃はその綺麗な蒼黒の髪を風に靡かせながら爽快に去っていった。

 

「姉さん?」

 

紫色の髪の女性が未だ突っ立っている姉に対して問いかける。

 

「え?あ、ううん!なんでもない!」

 

未だ顔が赤いその女性はもう一度徐晃が去っていった方向を見る。既に徐晃の姿は無く、何時もどおりの喧騒が広がっている。

 

「…名前、聞きそびれちゃった」

 

ぽつりと零すその言葉。その女性は徐晃に若干憧れのような物を抱いたのだ。

武芸に秀でていて自分とはまた違った美貌。凛とした佇まい。そして笑顔。

 

しかし、彼女は知らない。徐晃が殺人快楽者だと言うのは。

そしてその事実を知る機会はもう目前まで迫ってきているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

女性を送り届けて、徐晃は何時もどおり鍛冶師が居る家屋へと足を運ぶ。

 

「おっちゃん」

 

扉を開けて堂々と中へと踏み込む。

目に飛び込んできたのは何やら鉱石を広げて悩んでいる鍛冶師

 

「ああ?嬢ちゃんか。なんだ?もう斬ってきたのか?」

「ええ、これ最高ですね。すっとして頭がほわっとします」

「いや、お前の感覚は分からないからいいよ」

 

すぱっと切り捨てる鍛冶師はいっそ清清しい。

その事に徐晃は何も言うことはない。自身のこの感覚は誰にも分からないだろうとは確信している。

同じ殺人快楽者とはあったことは殆ど無い。略奪に快感を得るや、その成果のもので快感を得る人間なら多く斬ってきたが。

 

すらっと刀を抜刀して

 

「この反りも私の剣に反映させてください」

 

そうして、刀の背を人差し指でつつっと滑らせて反りがある事を表現する。

 

「ああ、そのつもりだったぜ。安心しな」

 

そうして視線を徐晃から外し、テーブルの上に散らばっている鉱石を手に取りながらうんうん言っている

それを暫く眺めていたら、突然勢い良くテーブルを両手で叩き

 

「畜生!!いい奴がねぇ!」

 

その後テーブルに両肘を置いて頭を抱え込むように吠える。

その光景を若干引いた感じでうわぁ…と鍛冶師に視線を送っていたら、その目がぎょろっと徐晃の方へ向かれた

 

「うわ…」

 

目が充血しているのか知らないが血走り、徐晃は何だ此れと心中で思った。

 

「嬢ちゃん……金はいくら出せる?」

 

何やら変な気迫を出しながら徐晃へと投げかける。

 

「うーん……そうですね。貴方が思っている言い値なら出せますよ」

 

その気迫を物ともせずに顎に人差し指を置き宙を見ながら、陳留に置いてある隠し金庫の中身を思い出す。

そう、8年間の賊から拝借してきた財宝が隠されているのだ。…地中に。

かなりの財産になっているのはまず間違いないし、あまり出所がいいお金ではないのでさっさと使おうかなと思っていた所だ。

 

…正直に言えば使い道が殆ど無かったからガンガン貯まっているだけだが。

 

「何!?…ははぁ!よし!じゃあちょっくら仕入れてくらぁ!さぁ帰った帰った!」

 

ハイテンション名まま徐晃の背中を押して外へと出してゆく。

その力に逆らわずに、おっとっとと徐晃も外へ出た。

 

「では、三週間後に私かその代理の者が参りますので、宜しくお願いします」

「おう!」

 

そうして走り去っていった鍛冶師の後姿を見て、元気だなぁと胸中思い、自身も宿へと向かって歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

 



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17話

 

 

 

江陵から二日かけて街へ帰った徐晃を待っていたのは、曹操が寄越した予定通りの伝令兵であった。

この街へ向かう前に楽進の武具が直っているのかを覗きに行ったら既に修復を終えていたのだ。

料金を鍛冶師へと送り、閻王を受け取り街へと急いだ。

 

到着した街は徐晃から見た感じ、かなり修復してきており曹操軍の兵と町民が合わさってせっせと修復をしていた。

 

伝令兵から聞いた話ではここより東北の30里の所にて陣を展開しており、既にその拠点は落ちているそうだ。

だが伝令の報告の中で見知った名前を聞いた

 

「その義勇兵を引き連れているのは劉備で間違いないの?」

「は!相違ありません」

「へぇ」

 

興味深そうに徐晃はにやりと笑う。

 

「それで、将の皆さんはどちらへ?」

「全員陣におります」

「なるほど、では私も向かいますか」

 

そうして馬を新しく借りてその陣へと駆けていこうとしたとき、見知った顔が街から走ってきた。

 

李典と楽進である

 

「ちょちょちょーっとまちぃや!」

「徐晃様!」

 

楽進は怪我が殆ど治り既に健康状態だが、今回出陣を見送られた為、町での復興作業の指揮をしていた。

また李典は欠損した部品などの補修や必要な部品の作成などを行っていた為、まだ街に残っていたのだ。

しかし、それも昨日の夜中に既に町民だけでも大丈夫と判断し、曹操の伝令からも陣へと来るよう達しが着たので

朝一に出発しようと準備をしていたのだ。

 

「楽進に李典。戦は?」

「わたしらは町の復興の指揮とお手伝いですわ。で、今から陣へいこうとおもうとったとこや」

 

成る程、と頷き、楽進へと視線を向け背に背負っている袋から修理が完了した閻王を取り出した

 

「はい、楽進。凄腕の鍛冶師だね。たったの四日で修理するとは」

「ありがとうございます」

 

そうして武器を受け取った楽進は早速装備して気の循環などの感触を軽く確かめ、頷く。

 

「完璧ですね」

「おおーおめっとさん」

 

その感想を聞いて、何故か少し嬉しくなる徐晃

 

「さて、じゃあお二人も行きますか」

「はい」

「ほいさ、馬は……」

 

そうして李典が伝令兵の方を見ると

 

「は!此方へ用意いたしますので、少しお待ちください」

 

その視線だけで意図を理解した兵は、急いで馬小屋へと向かっていった。

その兵は実は元義勇兵であったためその意図に気付き、すぐさま行動できたのだ。

 

そして全員の馬が用意されてすぐさま彼女達は出立したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、徐晃が宿から出て街へと向かおうとしている時

 

その時丁度曹操軍が出陣するべく、その準備や確認に将兵が走り回っていた。

不足は許されない。不備も許されない。それは将兵の命に関わるものであるからだ。

 

「桂花、あと一刻で出陣するわ」

「は!準備はもう直ぐ終わります」

「流石ね…さて、将を集めなさい。軍儀を始めるわ」

「はは!」

 

そうして陣から荀彧が出て行き、曹操はそれを見送る。

 

今回は黄巾賊全体の弱体化、及び解体の切っ掛けとなる大切な戦である。

その為曹操もかなり慎重に軍を準備し、日時も全員に周知しそれに対して動いてきたのだ。

 

「華琳様、将全員が参られました」

「そう、ご苦労様。桂花」

 

そうして礼をして入ってくる将たち。荀彧を筆頭に夏候惇、夏候淵、許緒、楽進、于禁、李典の顔ぶれ。

全員が位置につき、荀彧が曹操の隣へと立つ。

全員既に今回の集まりの趣旨を理解しているのだろう。その面持ちは真剣である。

 

「さて、全員集まったわね。いよいよ黄巾賊の重要拠点に攻撃を仕掛けるわ、桂花。今回の戦について概要を述べなさい」

 

全員集まったことを確認して辺りを見回す曹操。楽進と于禁、李典は始めての軍議だからか、かちこちに固まっていた。

しかし今は気にする時間も惜しいし、何よりこういった場は慣れなのだ。今はまだ雛鳥。大目に見る曹操であった。

 

「は!今回は我が軍が12000。黄巾賊は数を増やしていき、今は20000に上る数です」

 

一歩前へ出た荀彧が並んでいる彼女達を見ながら口を開く

 

「今回出陣するのは華琳様の隊、参軍には私、荀文若が付きます。数は4000です。次に夏候惇隊、参軍には于禁を数は5000」

 

于禁という言葉が出た瞬間に于禁の体がびく!と動き、正しい姿勢がさらに伸ばされた。

 

「は、はいなのー!」

「…于禁。あまり緊張するな……なぁに大丈夫さ。この夏候元譲が付いている。お前はしっかりと今回の戦で学び、楽進と李典にも伝えてやるのが仕事だ」

 

胸を張りながら夏候惇が于禁に向かってそう諭す。

そう、今回の于禁の参軍は決定事項である。楽進は武器もないし、体もまだ完治していない。よって今回の戦からの除外。

李典は街の修復に欠かせない存在であったため、これも除外。残るのは于禁である。

 

彼女は兵の統率に関して光るものがあると曹操、夏候惇は見ている。

調練に参加し、実際に兵士に調練を施している様を見てそう直感的に思ったのだ。

事実、調練に関しては三人の中で于禁が一番巧みに兵を動かしている。

 

よって于禁なのだ。そして今回曹操軍としての参軍で学ぶことが多々ある。

兵の感情、質、行軍速度、他の将兵との連携。そして策の成就。他にも財や国同士のやり取り等の様々な要素が動くのだ。

義勇軍では感じられない正式な軍でのしがらみ。それらを学び、楽進、李典に伝えて欲しいのが今回の戦だ。

 

死ぬかもしれない。だが、その可能性を限りなく少なくする為に今回の作戦は入念に準備をしたわけである。

 

そして曹操軍の誰もが彼女を死なすつもりは毛頭無い。

 

「はいなのー!」

 

夏候惇の思いが伝わったのか、余計な力が抜けてびしっと礼を決めた。

その様子を満足そうに曹操は見つめて荀彧に視線を飛ばす。その視線を受け止めて荀彧は頷き、続きを説明する。

 

「…次に夏候淵隊、参軍には許緒を。数は3000。そして今回の策ですが」

 

そうしてテーブルの上にこの街から黄巾賊の拠点があるところまでの地図を広げる。

色つきの石で部隊を分けて、色が付いていない石で黄巾賊の塊を表す。

 

「この平原に黄巾賊の陣が構えております。無陣形で何処からでも攻撃は可能ですが、数では此方が圧倒的に不利です」

 

そう、戦いは数である。これは常識だ。仕事をするにしても何かをするにしても数が揃っていれば時間短縮が可能になるのだ。

……徐晃は殺人に関しては恐るべきスピードで敵を蹂躙していくがそれはこの軍議では割愛している。本人も不参加だからだ。

 

「確かに。このままだと余計な労力と消費が強いられそうね。それで、敵を一網打尽にする策はあるのかしら?」

 

目が細められて荀彧を試す視線を流す。普段悪戯している目線と同じだが、込めている覇気はまるで違う。

 

「は!簡潔に説明すれば春蘭の隊と秋蘭の隊が敵をおびき寄せ秋蘭隊の方へ華琳様の隊が奇襲を掛け殲滅。春蘭の隊と挟み撃ちで残りの隊を殲滅いたします」

 

地図の上に載っている石を動かして形でも分かるように説明しながら動かす。

賊は平原に陣を構えているが、そこは確かに平原である。だが、その周りは道が出来ておりその道は小高い丘に囲まれている。

そう、交通の要に陣を張っているのだ。流通の妨げになっているが、黄巾賊からしたら他の黄巾賊に物資を送るには丁度いい箇所である。

 

だからこそその地形を利用しない手は無い。

 

荀彧が練った策は簡単である。夏候惇隊に旗印を多く持たせ、数を誤認させる。しかし、それだけだと陣から出ずに一丸となって抵抗するはずである。

よって夏候淵隊が火矢で敵をあぶり出し、そのタイミングで夏候惇隊が顔を出し敵を分散。数が多いほうへと必然的に多く流れるのは必須。

流れる数が荀彧の読みだと3対1で夏候惇隊の方へと流れるはずである。詳細に表せば15000と5000である。

 

夏候惇隊は数での苦戦を強いられる…ということは無い。

地形を省みるとそう。小高い丘にある一筋の道。丘と言っても森林が生い茂っており、団体での行軍には向かない。

よって、迫り来る正面の道に対して専念すればいいのだ。そこで数の利が覆される。

 

夏候淵隊のほうへ5000の兵士が来たとして、夏候淵隊だけでも十分に撃破可能である。さらに曹操隊を投入して短期殲滅を図る。

そこから、陣を落とし神速をもって挟み撃ちを行うという策である。

夏候淵隊を賊の視界の壁とし、部隊を左右の丘に全て登らせるように割る。その先に曹操隊が待ち受けており、攻撃。

 

夏候淵隊は彼女と許緒の指揮で弓を敵に浴びせ続けるということだ。

 

「成る程…数が逆転した場合はどうするのかしら?」

「はい、その場合は春蘭の隊の役割を華琳様の隊が持ち、春蘭隊が神速で敵を挟み撃ちにします」

 

そう、その場合は曹操を矢面に立たせる。が、まず負けることはないだろうと荀彧は思っている。

緊急時には参軍である許緒を曹操の傍へと早急に立たせる事も可能である。

 

なにより総大将がいるのだ。周りの兵士の士気は高い。更に夏候淵隊の援護。例え10000でも押し切ることは可能。

しかもその間に夏候惇隊が必ず突き破ってくる。彼女の隊の突破力は曹操軍の中でも随一なのだ。

 

「何れにせよ挟み撃ちは可能ということね…分かったわ!その策見事成就させてみよ!」

「はは!お任せください!華琳様!」

 

曹操に跪き、自信の程を見せる荀彧。曹操もこの策で問題ないと感じている。逆になったとしても時間が掛かるが完全に賊を殲滅でき、尚且つ陣を占領できる。

占領すれば賊の士気は確実に落ちる。そこからの挟み撃ちであればまず間違いなく負けることは無い。

街道も適度に大きいが周りの丘が丁度良く障害物となり正面から我慢比べをすればいいだけの話である。

 

策はなるべくシンプルの方がいい。

 

それは兵士全員の動きを統一する為。何よりころころと命令を変えればそれこそ部隊が混乱してしまう。

ただ、曹操、夏候惇、夏候淵が率いていれば、ほぼ混乱することはあり得ないだろうと荀彧は思うが、今回は此れでいいのだ。

 

「何か意見がある者はいるかしら?……無いようね。では各将は部隊を纏めなさい。半刻後に出陣するわよ」

「「「「「はは!!」」」」」

 

曹操に礼を取りながら各々が退室をしていき、最後の荀彧が退室しようかと一歩踏み出した。その時

 

「桂花」

 

曹操から自分を呼ぶ声があがり、その声に感銘を受けながらもすぐさま曹操のほうへ振り向く。

それと同時に跪こうとしたが、それを手でやんわりと止められた。

 

「如何なさいましたか?華琳様」

 

簡易な礼をとって曹操を見る。

 

「この作戦、徐晃がいたらどのような策になったのか教えてくれるかしら?」

 

そう、曹操は徐晃を賊以外の実践投入をした場合の策がどうなるのか、興味があった。

これからの戦は確実に徐晃の力を投入する。それは曹操の中では彼女を仲間にしてからの決定事項であり、約束でもある。

一騎当于の彼女を軍師である荀彧がどう使っていくか、興味があったのだ。

 

「あいつですか。…そうですね……今は部隊を持っていないので一人で動く形で進めます」

 

猫耳フードの位置を修正しながら考え、そう口にする。曹操はその視線で続きを促した。

 

「部隊はこのままで策もそのままで進めます。この地形を活かさない手はありません。徐晃には拠点を占領してもらい、二つの賊軍の士気をさげ軍の力を下げます」

「拠点に兵士が残っていたら?」

「その場合でも彼女が賊に負けることは無いでしょう。拠点の物を巧く使い殲滅を図ることは、彼女の経歴から見てもそう判断できます」

 

確かにと曹操は頷く。徐晃の単身の力は4000から5000の賊を相手に出来ること。正規軍でも数は下がるが恐らく殆ど同じ戦果を上げるであろうと曹操は予測している。

また彼女はゲリラ戦のプロフェッショナルでもあり、相手の物を利用することには長けている。

そして荀彧の策で残ったとしても陣を維持する為の最低限の人数1000から5000と予測できる。

 

といっても5000も残すほど相手はそこまで賢くないと悟っている。

仮に5000残っていたとしたら、夏候淵隊か夏候惇隊に挑む人数が少なくなり、徐晃が奮戦途中でも途中で援護できる。

何れにせよ拠点は確実に落とせるのだ。荀彧は徐晃の事を軍事的にはそれほどまで信頼している。

 

「なるほどね。確かに徐晃ならその程度容易く実行してしまうわね」

「はい。平原での戦闘であそこまで戦果を上げるのは凄まじいの一言です。よって障害物があるのであれば容易く行えると思われます」

 

荀彧の予想は正しい。しかしそれは徐晃を巧く使いこなせたらの話である。

彼女は殺人快楽者。そこをどう巧く使うか。しかし、大丈夫だろうと荀彧は睨んでいる。

 

最初の戦闘で曹操軍と賊軍が混戦になったときに彼女はちゃんと切り上げてきて此方に被害を出さなかった実績がある。

よって殺人快楽の性癖自体は彼女の理性である程度抑えられることは間違いないのである。

ただ、事前に知らせておかねばならない。しかしそれは簡単なことだし、曹操軍の兵士の装備も特徴的だ。だからこそ大丈夫だろうと思っているのだ。

 

「しかし何故徐晃に部隊をつけるのでしょうか?」

 

おずおずと曹操へ尋ねる荀彧。そう、徐晃はその素早さでの奇襲と、撤退の速さで敵を混乱に落としいれ、そこから本体の攻撃力で叩き潰す。

理想の運用方法がそれだと荀彧は思っている。徐晃の速さであれば確実に相手の指揮官を潰せるか、怪我を負わせることが出来る

すなわち、部隊の弱体化を図れるということだ。

 

だが部隊をつけるとそうは行かない。

 

まずその素早さを殺すことになっている。ただ、最前線で戦い相手の士気を落として自軍の士気を高めるという運用方法は出来る。

しかし、決定打を与えられるかといえば、首を傾げる。奇襲の速度、撤退の速度も数が多いとその素早さを落とす。

そして徐晃自身にも問題がある。殺人快楽者という所だ。味方はおそらく斬らないで戦えるだろうが、その間に指揮が出来るかといわれれば…出来ないだろうと荀彧は考える。

 

だからこそ疑問に感じたのだ。

 

「そうね、確かに徐晃は単体で投入すれば物凄い戦果を上げるわ。それは認める。でも」

 

そこで一旦止まり、徐晃がいるであろう江陵の方向へと目を向けた

 

「それだと徐晃が討たれる可能性が出てくるわ。彼女は秋蘭が話したとおり、純粋な子供だと私も感じたわ。……約束は守るもの。自分が宣言した事は必ず自分で実行するもの、と」

 

今まで徐晃が命令に違反したかといえばそれは無いと断言できる。最初に会ったときも夏候淵の言葉を汲んでか、味方を殺す前に自制した。

さらに今回の戦いでの傷。それは夏候淵の言葉を間違いなく実行しようと動いたからとも考えられる。

徐晃は客将であそこまでやる義理なぞ何も無い。だが徐晃はそれを最後までやり遂げたのだ。死にそうになりながらも

 

楽進との約束も曹操を目の前にしても忘れることは無かった。

 

荀彧も思い当たる節が多々あった。確かに、彼女が裏切る事は決してなかった。皮肉を返してくるが、こちらの意見は大体通ったし、何かあれば理由をつけて反論をしてくる。

許緒もきちんと守ってくれたのだ。

 

「確かにそれは基本で一番大事。たとえそこに性癖という理由が入ったとしてもね。でも、人間としてそれだけでは駄目よ。

 道は一つではない……そう、徐晃は人を頼らなさ過ぎる」

「!!」

 

荀彧は曹操の言葉で漸く気付いた。

思い返せば、あの強さに隠れて余り気にしていなかったが、彼女は確かに人に頼っていない。調練も荀彧からの提案があったからこそである。基本受身なのだ。

ただ、受けたことはきちんとこなす。それは間違いなかった。

 

「徐晃のその癖を直さないと今後の戦では……必ず討たれるわ。そして我々は同じ軍。彼女には人に頼るという事を学ばせなければならない」

「…」

 

世間とは持ちつ持たれつの関係なのだ。何処へ行ってもそれは同じ。一人で生きていける人間何て誰もいない。

どんな人間でも出来ないことは沢山あるからだ。食事を作る。その為には野菜を育てないといけない。その為には土を耕さないといけない。

その為には土地を手に入れないといけない。何処まで一人で出来る?衣服は?家屋は?それらの材料は?

 

そう、誰しもが誰かを頼って生きているのだ。

 

「そしてそれを学んだ徐晃は必ずや我が覇道を切り開く槍となる」

 

爛々と輝く曹操の瞳。その先に思い描く果てには何を描いているのか。

王佐の才と呼ばれる荀彧ですら、その果ての詳細は想像できない。だが、青写真を描くことは可能だ。

そしてその果てをこの主と共に見てみたいという思いを、改めて胸に刻み込んだ。

 

「…この荀文若。華琳様が描いている果てを、我が知でも切り開いて御覧に入れましょう」

 

曹操に対して臣下の礼をとり、胸中に燻った思いを宣誓する。

そう、そうだ。この人しかいないのだ。荀彧にはこの主しかいないのだ。

 

「ふふ…期待しているわよ……我が子房よ」

「は!!」

 

空間を埋め尽くすほど噴出した覇気に感動し、体を興奮で震わせながら荀彧は返事をしたのであった。

 

 

 

 

 

 

曹操軍はきっかり半刻後に街の外へと布陣し、曹操が兵士を鼓舞するため一番前へ歩み出た。

その姿は正に覇王。周りに居る将より圧倒的に存在感を放つ曹操を目にして兵士達は自然と背筋が伸びる。

 

「我が精鋭の兵達よ!後ろの街を見よ!先の賊襲撃の為に被害を被ったあの街を!門は傷だらけになり、賊の汚らわしい血はいまだその門に付着している

 未だ苦しんでいる我が兵も存在している!死して英雄となった者もいる!しかし!我らは街の平和を守れたのだ!今、街の民には笑顔が溢れている

 平和を謳歌できている!それは貴方達の活躍があったからこそ!我が兵士だったからこそである!恐れるな!背にする平和を、笑顔を二度と奪わせるな!

 平和を奪う獣に、その手に持っている刃を突き立てなさい!全軍、出撃!!!」

「「「「「「「おおおおおおおおおおおおーーーー!!!」」」」」」」」

 

溢れ出る覇気。曹操の鼓舞に呼応して天が地が揺れんばかりの咆哮が軍の兵士から上がった。

 

部隊は三つ。その先頭に曹操。隣に荀彧が馬を駆り敵陣へと向けて走る。

士気は今までにない以上に高ぶっている。負けはない。

 

この広大な大地に地を這う龍が現れた瞬間であった。

 

 

 

 

 




誤字脱字等御座いましたら、ご指摘をお願いします。


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18話

 

 

 

北郷一刀は日常生活を送っていた筈であった。

何時もの朝、何時もの学校、何時もの下校であったはずであったのだ。

しかし、その日に限っては何時も通りではなかった。

 

目の前が光ったと思ったら荒野に投げ出されていたのだ。

 

これには彼も取り乱した。コンクリートジャングルが荒野の更地へ変貌してしまったのだ。

何処の世紀末だと思ったのは彼だけの秘密である。

 

運が悪く、三人組の賊に目を付けられたが、運が良く美少女三人組に助けられた。

 

そこで知る衝撃の真実。

この世界は北郷一刀が済んでいた地球の西暦2007年から約1800年も前の時代であったこと。

それを理解できたのは彼が三国志に付いて最低限の知識と、知恵、そして勇気と度胸があったからであろう。

 

「天の御遣い」

 

そんな聞きなれない…いや、彼が知っている知識にない単語が彼女達から出てきた。

その御遣いは天の国から流星にのってやってきて大陸の平和をもたらすと言う御伽噺みたいな、そんな存在。

北郷一刀という存在は彼女達三人組…劉備、関羽、張飛にとってはそう見えたのだ。

 

服の素材はこの時代にはない筈のもので、分けの解らない単語を使っている。それだけでそう判断したのだ。

いや、劉備にとって彼が天の御遣いかどうかはさして重要ではない。

現状彼女達の力はたったの三人である。それも、世間では全く名も知られていない、無名の三人。

 

何処から力を持ってくるか、劉備は悩んだ。

確かに、劉備を慕ってくれている関羽と張飛の武力は抜きん出ている。しかし、それでも彼女以上の威圧は感じなかった。

いや、彼女以上の禍々しい覇気を身につけている人間はこの世には存在しないだろう。

 

事実、関羽、張飛の威圧は確かに気圧される位には威圧感がある。しかしそれだけだ。

だが、この二人には自身と同じ志がある。それだけでも劉備にとっては心強かった。

しかし、それで何かが出来るほどこの世界は甘くはない。

 

少数の賊退治が自分達には精一杯であった。

どんなに頭を捻ろうとも、どんなに武を振るおうとも、彼女達の名は埋もれたままであったのだ。

 

そんな中聞いた占いの話。そう。「天の御遣い」だ

 

「天の御遣い」のネームバリューを利用し旗を揚げ、この国を救う為に動く。

自身の理想の為に様々な人間を殺すことになるだろう。しかし、それは絶対に避けれない現実である。

その事は当の昔に理解している。

 

彼女に……徐晃に守られたその日に。

 

自惚れでも自己満足でも、その先に人の笑顔があればそれだけでいいのだ。わがままでもいい。何と言ってくれてもいい。

だけど、理想は譲れない。その日に誓ったのだ、世を正すと、彼女を救うと。

 

「…つまり、神輿になってほしいという訳か」

 

劉備と関羽、張飛は飯所で彼を説得した。その中で気付いたのだろう、そして北郷一刀は承諾したのだ。神輿になるということを

ちくりと劉備の心が痛む。彼は自分の理想の為に犠牲になってしまうのだと。

 

だが、それは思い違いであった。

 

この世界は歪んでいる。それを真摯に受け止めた彼は劉備の理想に賛同し、自身の立場を大いに利用してほしいと宣言したのだ。

この度量の広さには驚いた。いや、彼が本当に「天の御遣い」だったのかもしれない。そんな思いが劉備の胸中を埋め尽くした。

 

彼なら、本当の意味で自身たちを受け入れてくれるかもしれない。

 

そんな希望を孕んで、今後の方針を話し合った。

そして劉備の旧友である公孫賛をたずねて、客将として雇ってもらい、実践を経験した。

自身達が相手に出来なかったほどの規模の賊。初めての兵を引き連れての戦争。

 

しかし、関羽、張飛、そして趙雲の活躍で難なく賊を撃破し、街の平和を守れた。

向かい入れてくれたのは街の人の笑顔。その笑顔を見て改めて決意を固めたのだ。

 

絶対に笑顔を絶やさない国にすると。

 

その決意を自分達を認めてくれた北郷一刀に話した。ここだけではなく、この国中の笑顔を取り戻したいと。

そして彼は認め、公孫賛の所から義勇兵を徴兵し、武具などを支給してもらい、旅に出た。

 

その際にかの名軍師、諸葛亮と鳳統を仲間に入れて。

 

旅は順調であった。劉備軍は類稀なるブレーンを二人も手に入れて、義勇軍と天の御遣いという事を生かして各地の賊を討伐して行った。

 

そして現在、たった5里先には今暴れている黄巾賊……別名、黄巾党の重要拠点が陣を張っている。

ここを義勇軍だけで落とせば、劉備という名は各地へと広まる。しかし、リスクが大きい。相手は20000に及ぶ軍である。

対する劉備軍は10000そこそこ。邑からも義勇兵として戦ってくれる者たちが付いてきてくれたお陰だが、二倍も兵力差がある。

 

だが、やるしかない。

 

ここで躍進しなければ劉備の理想は叶えられないからだ。

よって二人の軍師は策を練る。国中の地形は彼女達の頭の中に入っており、ここの地形も大まかに把握している。

とった策は荀彧が曹操軍へと献策したものと殆ど同じ、深く引き寄せての挟み撃ちである。

 

そして作戦が開始された。

 

囮役を関羽。そしてもう一方の隊は張飛での挟み撃ちである。

作戦はギリギリであった。黄巾党のその物量で関羽隊は徐々に押し込まれていく。しかし、ここで救援に行くのは策が成らないのと同義。

黄巾賊の殆どを街道までおびき寄せなければならないのだ。そうしないと逆に挟み撃ちに合い、劉備軍は壊滅の危険性が飛躍的に高まる。

 

それは軍師としてはナンセンスである。

 

だが

 

「雛里……愛紗を救援しにいこう」

「ご主人様!?」

 

雛里と呼ばれた彼女…鳳統はご主人様…北郷一刀の方向へと体を向ける。

彼の表情は渋い。その渋い表情の原因は最前列で戦っている関羽隊が今にも敗走しそうだからである。

4000にまで割いた関羽隊は既に2500を切っている。何時背走しても可笑しくはない状況なのだ。

 

「…駄目でしゅ。今愛紗さんを救援に行く事は軍の敗北を意味します。…信じてあげてください」

「でも!?」

「ご主人様」

 

彼は声がしたほうへと振り向くと、桃色の髪を風に靡かせて抜刀している劉備の姿が目に飛び込んできた。

その表情は険しい。

 

「桃香…」

「ご主人様。今は耐えなきゃいけない時だよ。それに、仲間を信じる事はとっても大切だよ?…大丈夫。天は私たちに」

 

そこまで言って瞳を閉じ、そしてあける。爛々と輝くその瞳には迷いは無い。

その視線の先は北郷一刀を見ているのだろうか、それとも別の何かを見ているのだろうか。

傍で見ていた鳳統には解らなかった。

 

「味方している」

 

その言葉が一刀の耳に届いた瞬間、関羽隊と相対している黄巾賊の部隊の半分が一気に陣がある所へと戻っていった。

そしてその隙に張飛隊が街道へ躍り出て一気に残った賊軍を殲滅しだした。

正に怒涛の勢い、今まで我慢していた鬱憤を晴らすかのように関羽と張飛が暴れだす。

 

「…ふふ」

 

一気に形勢が逆転した義勇軍の士気は高い。関羽と張飛の無双で敵は吹き飛び、相手の士気を下げていく。

その光景をぽかんとした表情で眺める北郷一刀。その胸中は驚きでいっぱいであった。

 

「さぁ、ご主人様!反撃開始だよ!!全軍反転!攻撃態勢をとれ!」

「「「「おおー!!」」」」

 

関羽隊に混じり、総大将の劉備隊も賊を殲滅するため戦線に加わる。完全に戦場は劉備軍へと傾いていた。

 

「桃香」

「ん?何?ご主人様?」

 

驚きから漸く立ち直った北郷が劉備に声を掛ける。

その声に首を傾げて彼の方を見る劉備は先ほどまでの爛々とした瞳はなりを潜めていた。

 

「一体、何があったんだ?」

 

当然の疑問であった。

余りにもタイミングが良すぎる。劉備に何かが舞い降りて来たと思わせるほど、当初会った劉備とはかけ離れていた。

まるで、正史に出てくる劉玄徳その人のような、付いていきたくなるカリスマ。

 

しかし、それは北郷一刀にとっては勘違いであった。

 

そう、彼女こそが「劉玄徳」なのだ。

 

「ん~…女の子はね秘密が多いの」

「は?

余りにも意味不明な答えを聞いて北郷は目が点になった。

くすくすと笑いながら賊の方向を見る劉備は、小悪魔を連想する様だ。

 

「んふふ~…なーんてね」

 

ぺろっと舌を出して北郷を見る劉備。

 

「ただ、朱里ちゃんの献策で「危なくなったら偽の情報を掴ませて引き返させ、その間に敵を殲滅いたしましょう」だって」

 

そう、かなり深くまで引き寄せたのは張飛隊が挟み撃ちにならないようにする為。

だから関羽隊はぎりぎりまで戦線を保つ必要があった。しかし、一旦分離してしまえば後は烏合の衆である。

早期殲滅で向かってきた残りの賊を高い士気のまま迎え撃ち陣を占領する手筈なのだ。

 

張飛隊の参軍に諸葛亮をつけた理由は保険の為である。

ギリギリを見極めて、相手が掛かるであろう時間を算出し、偽報を出す。

彼女にしてみればそれ位造作でもないのだ。

 

「は、はは…流石朱里だ」

 

安心したのか、納得いったのか。力ない笑みを零しながら既に残り少ない賊達を見る。

 

「うん!流石だよね」

 

にこにこしながらそう返事をする劉備。しかし、彼女が見せた輝きは本物だ。

だが北郷はまだ気付かない。その輝きは勘違いだったのかと思っているのだ。

あの一瞬の輝きは刹那の如くであった。そう思うのも無理は無い。

 

「あわわ、ご主人様。私たちの軍の向こう側から旗印が」

 

隣の鳳統が魔法使いのような帽子が落ちないように両手で押さえ、慌てたように二人に伝える。

その声に反応して北郷と劉備は関羽たちがいるその先を見つめると、確かに旗印が見える。

 

ここからだと見えるが、敵と相対している関羽隊とその背の張飛隊は見えていないか、気付いてないか。

何れにせよ素早く近づいてくるその旗印にはとある漢字が一つ使われていた。

遠めでも確認できる蒼い旗印の下に輝いている一つの字それは

 

「…曹?」

 

その文字にピンと来る北郷。この時代で曹で有名どころといえば

 

「あれは、曹操しゃまの軍でしゅ!…噛んじゃった」

 

彼の胸中を読み取ったと思われるタイミングで鳳統がそう伝える。途中で噛んだのはご愛嬌という奴である。

 

「我らが盟主、曹孟徳様が剣!夏候元譲が助太刀いたす!全軍、突撃ー!!」

「「「おおおおおお!!」」」

 

あっという間に賊を関羽隊と張飛隊と協力していって殲滅した。

その際、張飛隊は諸葛亮の指示で曹操軍を邪魔しないように動き、関羽隊と合流した。

 

「「ご主人様!桃香様!」」

「お兄ちゃん!桃香!」

 

前方から軍を率いて劉備たちの元へと駆けてくる関羽、張飛、諸葛亮の三人。

三人が怪我も無く、無事だとわかってほっと一息を付く。いくら彼らが強く、知略に長けていても心配なものは心配なのであった。

 

「皆!」

 

それに呼応するように劉備達もかけてきた三人へと駆け寄る。

 

「ご無事で何よりです」

「愛紗達こそ、無事でよかったよ」

「鈴々は強いから負けないのだー!」

「はわわ…」

 

皆で手にとり、しっかりと生きていることを確認する。あんな死が行きかうところにこんな少女達を投入するなぞ、北郷がいた天の世界

すなわち、未来の世界では決してありえない。それがいくら力があろうとも。だが、この世界はそんな悠長なことを言ってられないほど切羽詰っているのだ。

誰にも悟られないようにほっと息を吐く北郷。その内心は本当に彼女達が生きていて良かったという安心感でいっぱいであった。

 

「伝令、劉備様」

 

そんな中一人の伝令兵が彼女達の元へと駆け込んできた。臣下の礼を取り伝言を伝える為、口を開く。

 

「どうしたの?」

 

全員が伝令兵の言葉に耳を傾けるように静かになる。

その様に伝令兵は緊張してしまい、若干冷や汗を垂らすが仕事はしなければならない。

 

「曹操様が劉備様へと取り次いでもらえないかと」

 

その言葉を聴いて、諸葛亮と鳳統は真剣な顔つきへと変化する。

かの曹猛徳は何をもってして自分達の義勇軍の長、劉備と会いたがっているのか。

真意は解らないがメリットデメリットで考えると、ここは彼女と会っていた方が今後の為だと、判断し互いに頷く。

 

そして口を開こうとしたとき

 

「いいよ」

 

軽く返事をする劉備。あたかもちょっとそこの店で饅頭買うね。といった具合の軽さである。それに驚く面々

 

「と、桃香様。いいのでしゅか?」

 

確かにあっておいて損は無い。しかし、それはまだ自分の…諸葛亮と鳳統の意見であり、主君が頷くかどうかはまだわからなかったのだ。

だからこそ問うたのだ。本当にいいのかと。

 

「うん。会って損は無いし……って、それよりも曹操さんってどんな人物なんだろう?」

 

全身で、私。わかりません。といった具合にクエッションマークを表現する劉備は天然なのだろう。

その姿で全員の力が抜けた。

 

「ええとでしゅね…」

 

そうして諸葛亮や鳳統が曹孟徳という人物に付いて説明をする。

州牧としても有名で、その政治手腕は見事の一言、覇道を歩むものにして、それを誇りとする。

人、金、物と全て揃っている完璧超人なのだ。……と言っても、大きさで言えば公孫賛。財力でいったら袁紹の方が長けているが、それでも特筆するくらいの規模である。

 

「ほえー…すっごいんだね」

「そうでしゅ…すね。彼女の誇り高さは尊いものです」

 

諸葛亮は曹操の誇りを認めている。劉備と思想は違えど、この国を憂いその力で世を太平へと導くその生き様は

どんな人間が見ても鮮烈に映るほど、輝かしい。

 

「あら、褒めて頂けるとは光栄ね」

「何奴!?」

 

この陣営では聞きなれない声。その声に反応した関羽がすぐさま音源の方へと刃を向ける。

 

「控えろ!このお方こそ我らが盟主、曹孟徳様であるぞ!」

 

だが、その刃を向けた関羽に叱咤の声が入る。

全員が振り返ると、そこには金髪のツインテールを風に靡かせ、堂々と歩く一人の少女。曹操。

その両隣には夏候惇と夏候淵を引きつれ、劉備陣営と顔を合わせる。

 

「始めまして、劉備殿。我が名は曹操。覇道を往く者よ」

 

噴出する覇気。もはや形になっているのではないのかという威圧感。それに若干怯んだ関羽と張飛。

諸葛亮と鳳統は北郷の後ろへとじりじりと下がるほどである。その北郷も、冷や汗を垂らして曹操の一挙一動に固唾を呑むほどである。

 

だが、この場でその覇気を正面から受け止める人物がいた

 

「はじめまして曹操さん。私の名前は劉備。劉玄徳と言います。宜しくお願いします」

 

にっこりと笑ってお辞儀をする。その細められた瞳から覗くのは不敵に燃える信念の炎。

その瞳を見た瞬間曹操は、にやりと笑い、思う。

 

 

ああ、ここに居た。ここにも居たのだ…………英雄が。

 

 

それが曹操と、劉備の初めての邂逅であった。

 

 

 

 

 



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19話

徐晃達が町を出て半刻程度時間が経ち、視界に漸く牙門旗が立っている陣が見えてきた。

 

その旗印は

 

「劉…」

 

ポツリと徐晃がそう零す。既に伝令から何が起こったかを聞いているので、他の二人も慌てた様子は無い。

 

そう、緑色の旗印に「劉」という漢字一文字。それが多数風に靡いている。

それを見た徐晃はにやりと笑みを作り、馬を駆る速度を上げる。それに追従するように二人も速度を上げて現地へと急行した。

 

三人が陣の手前まで付き、曹操軍の兵士が居ることをしっかりと確認する。

その兵士に声を掛けて、曹操が居るところへと案内を頼み、三人で付いていく。

陣…前黄巾賊の拠点は中々広かったのだろうか、かなり空白地帯がある。だが、その物資は既に無い。

 

恐らく燃やされたのだろうかと徐晃は思う。曹操であればそうする筈である。

 

その空いた空間に二つの天幕が作成してある。そう、曹操軍と劉備軍のものである。

兵士が案内するのは勿論、曹操軍のほうの天幕である。その天幕に伝令兵が入り、入幕の許可を取る。

 

「おかえりなさい。徐晃、凪、真桜」

 

天幕内に入ると声を早速掛けてくる曹操。それに臣下の礼を取って口上を述べる三人。

徐晃はこういた礼節も着々と身に着けている。当初は目も当てられない状態であったと、荀彧は語っている。

 

「凪ちゃん!真桜ちゃん!」

 

声がしてくるほうを見ると、駆け足で此方へと近づいてくる于禁。どこか自信が付いているその表情。

それを機敏に感じ取り笑顔を向ける楽進と李典。

 

そしてもう一人声を掛けてくる者がいた。

 

「徐晃さん」

 

徐晃は既に入っていた時から気付いていた。短い間だが旅をした桃色の髪の女性。

あれからまた色々成長はしているが、それは割愛する。

 

その声を受けて曹操の表情を見る。そこには若干の驚きが混じっているのを悟る。

また、夏候淵、許緒、荀彧そして、劉備軍の面々も驚きが混じっていた。

 

「ふふ…久しぶりだね。劉備」

 

真名では呼び交わしていない。しかし、この二人には何かを感じさせる物が確かに存在している。

何かが似ている。関羽と夏候淵はそう直感的に悟った。

 

「うー曹操さんの所に居るとは思いませんでした…一足遅かったですね」

 

ぶーと頬を膨らませるその姿は可愛らしい。

そう、劉備は徐晃を自身の軍に誘う予定だったのだ。

間近で見た徐晃の戦闘能力は劉備の記憶に未だに鮮烈に残っている。

 

あの覇気、あの恐怖。

 

義姉妹の契りを交わした関羽、張飛の両名。彼女達の武力もかなり高いし、兵の統率も一級品。そしてカリスマを感じさせる。

いや、事実この二人のお陰でここまで切り抜けられてきたといっても過言ではない。

 

だが徐晃程の力は感じなかった。

 

実際二人合わせても彼女に届くかどうかと言われれば…厳しいと言わざるを得ないほど実力差はある。

彼女達も気が使えて武器を保護しながら戦っているので、打ち合うこと自体は可能である。

しかし、その力と技術は本当に人殺しに特化している。よって二人同時で殺されないと思う。というレベルなのだ。

 

「まさか、知り合いだったとはね…」

 

徐晃が劉備の方を見て不敵に笑っている。その事で曹操は徐晃があちらへと行くことは無いと直感的に判断し、声を掛けた。

彼女が敵に回るとしたらそれこそ万の兵士を消費しないと倒すことは困難である。

だからこそ驚いたのだ、まさか劉備と知り合いだったとは、もしかしたら暇を貰い向こうへ行くのではないかと。

 

「ええ、昔ちょっとありまして」

 

その気配を察知したのかはわからないが、ちらっと曹操のほうを見て零した言葉を拾い、投げ返す。

そして劉備軍の面々に向かって体を向き直して挨拶をする

 

「始めまして、私は徐晃と申します」

 

宜しくお願いしますとお辞儀をする彼女を見て、劉備軍の面々も慌てながら挨拶と自己紹介を行った。

その後遅れてきた二人も挨拶を交わす。

 

「この人が……」

 

その中でポツリと誰にも聞こえないように呟く北郷一刀。

しかし、その口だけの動きで徐晃は悟るが、関係ないので直ぐに記憶から消去した。

 

「さて、改めて現状を説明するわ…桂花」

「は!」

 

荀彧の口から事の端末を知らされる。

陣は劉備軍が先に仕掛け、さらに寡兵で押し勝ちそうになっていた。

その為、援軍として駆けつけた曹操軍の旗印は立てずに、劉備軍の旗印を立てた。

 

何故か。このようなハイエナの如く、戦果を挙げる事は曹操の覇道には不要だからである。

 

まだ機会はある。そう、まだ黄巾賊は全滅していないのだ。名を上げる機会はまだまだ眠っているのだ。

 

曹操軍と劉備軍。双方話し合い、ここから共同戦線を張らないかという提案を曹操軍の方からして劉備軍が承諾したのだ。

共同戦線は黄巾党の張角の首を取り、実質黄巾党が壊滅するまでの間。

 

内容としては物資を此方で用意するから一緒に戦ってくれというかなりシンプルなものである。

利益は向こうの方が多い。しかし曹操はそれでいいと思っている。

 

劉備

 

彼女は必ず自身の覇道を妨げる最大の敵に成るだろうと言う事を直感的に悟ったのだ。

同じ王としての才と英雄としての気質。常人では理解できない直感。

事実、王佐の才といわれている荀彧を始め、夏候惇、夏候淵の両名も曹操の意図は図りきれなかった。

 

「…以上です」

「ご苦労様、桂花」

 

その言葉と共に、顔に笑みを貼り付け後ろへとさがる。

 

「それでは、我らの戦力を確かめましょうか」

「はっ!華琳様の軍の総数は12000。劉備率いる義勇軍が7200とおよそ20000となります」

 

ずいっと前へ一歩踏み出したのは夏候惇。軍事関係なら彼女が全て把握している。

…数は夏候淵が算出したのは言うまでもないが。

 

「将は我ら合わせて…14名。参軍をつけても7隊できる程の規模です。ですが、軍は混ぜず各々足並みを揃えて戦に当たるといった形で進めていきます」

 

夏候淵も一歩前へでて全員に聞こえるように説明する。

将として使える人間は曹操、夏候惇、夏候淵、荀彧、許緒、徐晃、楽進、李典、于禁。劉備、関羽、張飛、諸葛亮、鳳統である。

北郷はまだ戦慣れをしておらず、将としての能力は無いので除外している。

 

此れだけ見れば三国志を少し知っているだけの人でもかなり有名どころが集まっていると解る。正に理想のメンバーだ。

 

「では、我らは我らで動いても宜しいのか?」

 

関羽が一応礼を取りながら夏候淵へと視線を向ける。

 

「確かに各々の判断に任せるけど、策を立て、それに則って動いてもらうわ。その際はそちらの二人を貸して欲しいのだけれど?」

 

荀彧が関羽の言葉に肯定するが、全体としての作戦を立てないと同盟を組んだ意味がまるで無い。

よって、賊に当たる際は策を立て、無駄を無くし、後に必ず控えるであろう黄巾賊との最後の戦までに余力は残しておかなければならない。

 

「はわわ!わ、わかりました!」

「あわわ!了解でしゅ!」

 

顔を真っ赤にして、ぱたぱたと手を振りながら答える。突然振られた事に驚いているようだ。

その二人の姿に場の雰囲気は若干軽いものになる。その姿を見て荀彧はため息を付いた。

 

「そ、それで。賊のトップ…長の情報は何か掴んでいるのか?」

 

場の空気を取り戻そうと北郷が進言する。

北郷が気になっている事、黄巾党の長、張角のことである。

この世界は有名どころが見事に美少女や美女になっている世界である。

 

当然、張角も黄巾の乱を引き起こした人物で有名だし、そのカリスマは曹操、劉備と引けを取らないはずである。

そんな人物が、男のままではないと北郷は思っているのだ。だから、あまり乱暴にはしたくないとも。

 

「……」

 

しかし荀彧はその言葉を無視する。

何も聞こえていないように諸葛亮、鳳統の了解を得られたのと同時に一歩下がり、沈黙を貫いている。

 

「あ、あのー」

 

聞こえていなかったのかな?と思い、もう一度荀彧に声を掛けた。

 

「男が私に話し掛けないでくれる?汚らわしい」

 

まるで汚物を見るかのように北郷を見る荀彧。そう、彼女は途轍もなく男嫌いなのだ。

ただ、男嫌いだからと言って益がある質問や話を聞かないということは無い。

しかし北郷が聞こうとしたことはまだ荀彧の情報網でもはっきりとわからない事であった為、伝える意味がないと判断したのだ。

 

…だからと言って此れはひどい。の一言に尽きるが

 

「な!?」

「き、貴様!我らのご主人様に何と言う…!!」

 

驚く北郷に、その言動が逆鱗に触れたのか、怒りを露にしながら荀彧を睨みつけるが

当の荀彧はどこ吹く風である。

 

「桂花」

「はっ」

 

曹操に呼ばれすぐさま臣下の礼を取る。

 

「全く…同盟を組んだのだから軽率な発言は控えなさい」

「……はっ」

 

体外的な面もあるし、一応同盟を組んだ相手で劉備がご主人様と仰いでいる人物である。

ならばそれなりの礼を尽くさなければならない。そして相手は義勇軍だが、この国を憂い立ち上がった人物たちである。

よって、ああいった発言は此方が有利になることは無いのだ。逆に風評が悪くなりかねない。

 

「愛紗ちゃん」

「で、ですが桃香様」

 

じーっと関羽を見つめる劉備。その目には何か言い知れぬ圧力が宿っていた。

 

「う…申し訳ありません」

「私じゃなくて、荀彧さんに言うべきだよ?」

 

そうしておずおずと先の言動の事を謝る

 

「…申し訳ございません」

「此方こそ、桂花が失礼したわ」

 

変わりに答えたのは曹操であった。当の荀彧は北郷の方を親の敵と言わんばかりの視線で射抜いている。

その視線に辟易している北郷は早くこの場が終わってくれないかなと内心で涙した。

 

「さて、黄巾の長…張角はまだ此方もはっきりとした事が判っていないわ。だから教えられることは無いの」

 

と、きっぱりと先ほどの北郷の質問を返す。そう、まだその正体ははっきりしていない。

 

しかし、一つ分かったことがある。

 

とある邑にての聞き込みの結果、三人組の旅芸人が中心となっているという確かな情報を入手したのだ。

 

その名前が天和、地和、人和。

 

あれほどまでに人間を集められる力は曹操の覇道にとって是非とも欲しいものだ。

それに、三人とも美しい女性という。手に入れない手は無い。幸い世間にも伝わっていない。

この情報は曹操軍のそれも曹操と荀彧、夏候淵しかまだ伝わっていない極秘の情報である。

 

これが外へ出たとなれば彼女達を匿う事はかなり難しくなる。

知らぬ存ぜぬを通せば行けなくは無いが、それでもリスクが跳ね上がることは確かだ。

 

だから伝えないのだ。

 

 

「そう…か。わかった。ありがとう」

 

 

そうしてお礼を言いながら一歩下がる。

 

荀彧はそういって下がる北郷を睨みつけ、視線を外し考える。

天の御遣いと聞いて情報などをどこかで零してくれるかと思ったが、恐らくそれは両隣に居る諸葛亮と鳳統に止められている。

天の知識はどんなものかは想像が付かない。ただ、神輿として崇めるだけの価値はあるという事は確かだ。

 

何故なら天の御遣いの肩書きだけで此れほどまで義勇兵が集まっているのはかなり驚いている。

楽進、李典、于禁の三名が中心で構成されていた義勇軍もこれほどまで大きくなかった。

そして意外に頭が回るということであった。それなりの教育を受けている節が見受けられるが、礼儀作法は全くなってなかった。

 

いろいろな可能性が考えられるが、彼はほぼ天の御遣いと見ても問題ないだろう。

 

あの服は太陽に反射されて光り輝いている。そして先ほどの言動。

トップと聞きなれない言葉を耳にし、同じような意味で此方でも判るような言語へと変えてきている。

異国の言葉と見て間違いないだろう。よって、天の御遣いであるという事は確信に近いのを抱いているのだ。

 

が、真相はわからない。しかし、神輿としては絶大な効果はあるだろう。

 

仲間に引き入れるのかと最悪の想定が荀彧の頭の中で展開される。寒気が全身に走り、そして曹操を見る。

彼女の視線はどうやら北郷には興味なさそうだ。むしろ、その隣の隣。劉備に興味を示している。

 

「これからは賊の情報が出てきたところから片っ端に潰していく為、各自準備をすること。では、解散!」

 

そうして曹操陣営と劉備陣営の集いが解散されて、各々陣へと戻り準備に取り掛かった。

 

準備と言っても曹操軍は殆ど被害なく賊が鎮圧されたのだ。後は物資の援助の確約や街の治安維持

政務を運営する為に荀彧を一度陳留へと戻し、政務を回してもらい、今後の政策を指示して此方へと戻す手配。

その護衛は許緒と親衛隊に任せ、素早く行ってもらうのだ。

 

そして夏候淵には物資の支援等の経路を確保。夏候惇には軍備。三人には調練や後ろの作業を。

最後の徐晃には

 

「徐晃、貴方は少数の規模…そうね、数千人位までの賊討伐を任せるわ」

「…了解です。でも、部隊はどうします?」

「部隊は必要があった時のみで、貴方が単独で動くこと以外は参軍として動く形になるわ。」

 

そう、曹操は以前徐晃に部隊をもって戦に臨む様にと通告していたが、この乱は個人でも動いてもらう形にしたのだ。

此れは荀彧と相談した結果である。まず、部隊を組ませるだけの人員が居ないのが大きい。

が、正直数千の規模であれば全軍を動かさず即対応できるような少数精鋭での殲滅が望ましい。

 

それにそれ以上の賊が出てきたら参軍として部隊経験を積ませるのも悪くない手だ。

 

そして最大の要因は、今回の件で張角を手に入れ兵数を増やして人員不足という面を解決するという、狸の皮算用で見通しを立てているからだ。

……狸の皮算用とは言うが、曹操と荀彧がそれを見通している点で既に高確率でそういう事の運びと成るのは間違いない。

さらに、漢室から賊討伐の為、軍を動かせという命令も来ているのだ。これで兵数も劇的に増やすことの大義名分が出来たのだ。

 

軍の解体が通告されても、何れは必要になるのだ。よって、張角の運用方法は変わらない。

 

……正直に言えば、彼女は臨機応変に、と一言で片付けられるが。

 

「そうですか。……小規模であれば私一人ですよね?」

「それは難しいわ。この乱と呼んでも相応しい事件で名を上げる為、劉備達も軍を動かし少しでも賊を討伐したいはず」

 

その言葉を聴いて徐晃はしゅんと肩を落とす。

数千殺せれば一週間は人を殺さなくても我慢が出来そうだと思って期待していたのだ。

そしてさも当然とばかりに徐晃に説く曹操。

 

無論、徐晃を通して部隊が組める最低限の人数は派遣するが、それらは基本劉備軍内で動いてもらい、曹操軍は他の将兵と徐晃のみの戦力となる。

 

「…まぁ今は一本だけなので丁度いいです」

 

そうして腰に差している得物の柄をとんとんと叩く。

 

「そういえば腰に二本差してないわね。しかも前と形が違うし大丈夫なの?」

「大丈夫です。試し切りしましたが前よりも癖が少なくて直ぐ馴染みましたよ」

 

そうしてゆっくりと抜刀する。すらりと引き抜かれた刀身は日の光に反射して鈍く輝く。

 

その姿は正に日本刀である

 

すらっとしたスタイリッシュな刀身に、湾れ刃の刃紋。そして全体的に反っており、徐晃の戦闘スタイル「斬る」に特化している。

 

「へぇ…」

 

目利きが利く曹操はその刀身を見て感嘆の声を上げた。

自身が持っている二振りの剣。それよりは格は低いと確信できるが、それでも名剣と呼べるほどの物であると一目でわかった。

曹操自身も見たこと無い刀身。それを美しいと感じ取った。

 

刀の背をつつっと人差し指でなぞりながら感触を確かめ、納刀する。

 

「それでは、そういう事態になったら劉備軍と協力して当たればいいですか?」

「そうね、それでいいわ。策は向こうの諸葛亮と鳳統に協力してもらいなさい」

「了解です」

 

あちらの献策でも曹操軍は問題ない。何故なら劉備軍の物資を此方で用意しているからだ。

彼らの支援を行ったのは曹操という名目は既に立っている。よって小さな戦闘は向こうに頼っても風評的には問題ない。

そう、大きな戦で活躍すればいいのだ。

 

「ふふ、期待してるわよ」

「まぁ、味方を切り殺さないように努力します。とりあえず、劉備たちにその旨を伝えますね」

「任せるわ」

 

口を手で隠し上品に笑う曹操を尻目に、今回のことを劉備軍に伝える為に踵を返して天幕から出て行った。

 

 

 

「劉備さんに取り次いでいただけないでしょうか?」

 

劉備陣営の天幕前まで来た徐晃は、そこに居る門番へと声を掛けた。

 

「は!…恐れ入りますが、どちら様でしょうか?」

「ああ、ごめんね。私は徐晃って言うんだ」

「徐晃様ですね、畏まりました。しばしお待ちを」

 

そうしてさっと入り口から姿を消していって、暫く待つとそっと出てくる門番。

 

「許可が取れましたので、どうぞ御入幕を」

「ありがとう」

 

そうして、最低限まで広げられた入り口から陣へと入る徐晃。

 

「徐晃さん」

 

そして正面に居る劉備から声が掛かってくる。その顔はどこか嬉しそうだ。

張飛は何かニコニコしており、関羽は劉備の隣で隙無く佇んでいる。

 

「どうも、とりあえず今後の簡単な動きを伝えに来ました」

 

そう言いながら劉備を見据えて歩く徐晃。

 

「…それは、徐晃さんが関係あるのでしょうか?」

 

徐晃は前方に五人を見据えられる所で止まり、腕を組む。

その際胸が盛り上げられた。しかも、胸元が中々開いているので谷間が強く強調され、それに目がつつっと移る北郷。

その事に気付いた関羽が武器の柄で北郷の足を叩き、その邪な視線を中断させる。

 

男ならしょうがない。

 

「ええ、数千位の賊は小規模なので曹操軍は基本、私一人しか動きません」

 

その瞬間、徐晃と劉備以外の空気が固まった。

 

「何?曹操は此方を捨て駒として扱う心算か?」

 

内心怒りを覚える関羽だが、それでも冷静に徐晃に問う。

張飛は徐晃が言ったことをうーんと悩み、北郷は口をぽかんと開けている。

諸葛亮、鳳統は険しい顔で徐晃を見て、劉備は相変わらず笑顔を保ったままだ。

 

「いえ、此方も私を通して部隊をお貸しいたしますのでご安心を。それに事によっては他の将兵もつけるかと」

「では、何故徐晃さん一人なのでしゅか?」

 

噛んだがそれでも真剣なまなざしで、魔法使いのような帽子がずり落ちないように徐晃を見る鳳統。

そもそも、こういった事態は彼女達二人は予想していた。まず立場がはじめから違うのだ。しかし、それでも客将といえ将を付けてくれるだけでもありがたいこと。

だが、劉備側から見れば先の言葉と徐晃が言っている言葉が合致しない。

 

「そのままの意味です。貴方方に兵士を派遣して貴方方の部隊へと組み込んでください」

「徐晃さんが統率しないのですか?」

 

北郷を挟んで徐晃を注視している諸葛亮が質問をする。

 

「はい。私は基本一人で動きたいので」

「一人は危険なのだー」

「いえ、2000程度であれば今の私でも壊滅させる事は出来ます」

 

張飛が両腕を頭の後ろへと回しながら危険を示唆する。しかし直ぐに反論をする徐晃。

刀一本でもその程度ならいけそうだと自身の体調等を顧みて判断したのだ。

 

「何を仰いますか、徐晃殿。そのような所業、もはや人間業では……」

 

半ば笑いながら徐晃の言葉を切り捨てようとし、彼女を見る。

しかしその瞳は嘘を言っている瞳ではない。その事に関羽は冷や汗を垂らす。

 

「い、いや、ちょっと待ってくれよ。流石に一人では危ないと思うよ」

 

そして北郷もその事に対して意見をする。

尤もなことだ。今回戦った賊は多かったが、その10分の1を一人で倒せると豪語しているのだ。

 

「うーん……一応、4000人斬りしたので大丈夫だと思いますけど」

「4000もなのかー!?」

 

驚く張飛。

その言葉に呼応するかのように、とん。と刀の柄を叩く。

 

「まさか……本当に?」

「ええ、何だったら曹操さんがその事実を知っているので証明しましょうか?」

「いいえ、その必要は無いです」

 

すっと一歩前へ出たのは劉備。

 

「徐晃さんが嘘を言っているようにも思えません。何より私は彼女の強さを目の当たりにしてるし……うん。何とかなるでしょう」

 

にこりと徐晃に笑いかけ、徐晃を信じると宣言する。

 

「し、しかし!」

「なら、曹操さんへ聞いてみる?愛紗ちゃん」

 

関羽の方へと視線を向けて口を開く。

その言葉にうっとなって納得いかないながらも一歩引く形になった。

そう、曹操という人物を出したことによってそれは限りない事実へと変貌したといっても過言ではない。

 

もし此れで徐晃が嘘を言っていたら、必ず罰が下るだろう。最悪斬首だ。

 

それらの危険性を孕んでいるこの公の場でその宣言を堂々としているのだ。真実なのだろうと軍師二人は察する。

 

「まぁ信じられないのであれば、次の賊討伐で証明させましょう。…死んだら死んだでいいですし」

「もう、徐晃さんったら」

 

ふふふ…と二人で笑い合う姿を見た関羽は胸中複雑な思いが駆け巡っていた。

しかしとその思いを止める。義姉があそこまで心開き、信頼している人物なのだ。

だが、4000人は正直関羽でも不可能。一回の戦場で100人以上200人以下の撃破だけでも大手柄だ。

 

それの20倍。

 

既に意味がわからない境地だ。単純に関羽が20人でもその数には達するだろうが、彼女は一人だ。

ありえない。関羽はそう思っている。しかし、嘘を言っているようにも思えないのだ。

 

「じゃあ次の戦、宜しくお願いしますね。徐晃さん」

「ええ、こちらこそ」

 

そうして握手をする劉備と徐晃。

その時、天幕が慌しく開き、伝令兵が駆けてくる。

 

「伝令!」

「何事だ?」

 

胸中に駆け回っていた思いを一旦外に置き、慌ててきた伝令兵に関羽は声を掛ける。

伝令が駆けつけた様子が慌しかった為、全員気持ちを切り替え、伝令兵を注視した。

 

「は!この陣より北西50里にて、賊の陣を確認!数は5100!曹操軍より指令。兵を1500貸すので討伐するようにとの事です!」

「何?…曹操軍は?」

「は!東北63里ほどにも大規模な賊が発生したので部隊を分けての行動だそうです」

「なるほど…わかった。下がっていいぞ」

 

はは!という言葉と共に下がる。

 

「…では、直ぐに編成をして出立致しましょうか」

 

そう言葉を発した徐晃に全員が注目する。

その事を感じ取りにやりと徐晃の口は弧を描いたのであった。

 

 

 

 

 

 



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20話

 

 

蒼い空を飛ぶ鳥。飛びながら視線を下に向けるとそこには漢の広大な大地を駆る一団。

鳥から見れば大きな黒い影が緑の旗を携えて疾走しているように見える。

その一団に滑空して近づき、併走する。

 

そこから視線を前に向ければ同じような黄色い集団が遥か大地の地平線にぽつりと、姿を現した。

 

「前方に陣を確認!黄色い布を纏っている模様!」

「分かった。総員!陣を組め!我らの力で敵を叩き潰してくれようぞ!」

「「「おお!!」」」

 

同盟軍の中で曹操軍は徐晃一人。あとは兵士が1500人だがそれぞれ関羽隊と鳳統隊に統率されている。

それぞれ3000人と小規模の隊だが、その進軍速度は速く士気も高い。人数も同盟軍の方が多いし、曹操軍からの支給品で装備も整っている。

 

負ける要素は何一つ無い。

 

今回の策は必要ない。これは殲滅戦だ。…と、徐晃は思っていたが、今回は蜂矢を敷き、そこから展開し鶴翼の陣での挟み撃ちで一気に殲滅させる策だ。

先陣は……徐晃一人。その後に関羽隊。鳳統隊がなだれ込み、後ろの二隊が陣を突き破ったら、そのまま展開して包囲殲滅である。

 

地鳴りを轟かしながら、攻め入る同盟軍。

それを迎え撃とうと黄巾の賊もどこで習ったのか、魚鱗の陣を敷いていた。

しかし、逆に好都合。賊の逆鱗をそのまま剥がす勢いで攻め入るのだから。

 

「それでは、一足先に敵を錯乱させてきます」

 

陣が組み終わり、進軍速度が速まる頃合を見計らって徐晃は関羽に声を掛ける。

 

「……納得いかないが、私が徐晃殿に指示できる立場ではないのでな」

「あ、愛紗しゃん!?」

 

つんと関羽は徐晃にそう言葉を放つが、徐晃はその気持ちは、まぁまぁ分かる。

強さなんてやはり実際見ないと信じられないものだ。劉備もそうであったと同様に。

 

……因みに鳳統は馬で移動している。

 

「ふふ…では、徐公明突貫します」

 

そして気を使い、極限まで肉体を強化した。先の黄巾賊討伐でまた強さの壁を粉々に砕いたのか、以前の気より力強いと徐晃自身がそう思った。

まだまだ強くなれる。そして、多く殺せる。その事に喜びを覚えながら一気に加速した。

 

「な!?」

 

その加速に驚いた声を置き去りにして姿勢を低くして疾走する。徐晃の耳には風を切る音しか聞こえない。

残り5里の所での爆発的な加速。その距離を5分もせずに埋た。

 

「おい!一人馬鹿が突っ込んできた」

 

ぞ!と言おうとしていた賊の首を一閃。先ずは一輪の花を咲かせた。

 

刀を振り切った徐晃が、ニタリと笑い体勢を整えて一振りの刀を矢を放つように構える。

その瞬間ぞわりと、賊の魂に何かが襲い掛かる。あれは人の形をした何かだ。

あの美しい容貌の皮を被った何か。しかし、ここで引いたら確実に殺されると、賊達は悟った。

 

「こ、殺せ」

 

先頭の槍を持った男が徐晃に切っ先を向けながらそう叫ぼうとした。

しかしその男も全ての言葉を出し切らずに、その空いた口内に刀を突き刺され

頭から刀の刀身が姿を現した。

 

何度か痙攣を繰り返して討ち捨てられたその死体をみて、賊達の士気は下がる。

 

ぴっと血糊を振り払い、また同じ構えをする徐晃。彼らにとって彼女の姿はどう見えていたのか。

 

「ば、化け物だああああ!?」

 

錯乱しながら徐晃に切りかかる賊、それを見て一斉に賊が動きだした。

 

そう、彼女を殺さなければ自分達が死ぬ。…まるで自分達が今まで殺し、犯し、奪ってきた人間のように。

 

「化け物で結構。私は殺しを楽しみに来ただけだよ」

 

その深い蒼を秘めた瞳を見開き、歯をむき出しにして笑う。

その瞬間、目の前で剣を振り下ろそうとしていた賊を神速をもって相手の心臓を突き抜き

そのまま隣の賊の心臓も両断する

 

断末魔も無く崩れ去る。しかし止まらない。徐々に速度を上げて、激しい血風を巻き起こす。

 

「がぁああああ!?」

「ひぎゃ!?」

 

満たされない。あの時より、飢えが満たされない。

 

だから殺す。

 

「しねぇえええ!」

「化け物がぁあああ!!」

 

振り向きざまに二人を切り捨て、姿勢を低くして突き出された複数の槍をやり過ごし

刀を一瞬で納刀してその槍を二つ奪う。

 

その勢いで持っていた賊の腕が付いてきたが、それを振り払い、両手に槍を持ち

気で強化して暴風を舞い起こした。

 

その槍の勢いで人は宙を飛び、肉が断ち切られ、骨が砕ける。

 

 

そこは一瞬で地獄絵図と化した。

 

 

 

 

 

 

「な、何なのだ……あれは」

 

関羽は徐晃の凄まじさを漸く受け止めた。しかし、やはり理解が出来ない。

進軍をして徐々にその全容が見えてきたのだ。

 

そこは既に地獄絵図。

 

夥しい量の血液が地面へと流れ出しており、小さな小川を作る。その川の水源を辿ると暴風が見える。

関羽も人を飛ばせるほどの力があるからあの光景は自身でも作り出せる。

 

驚くべき点はその量である。

 

まるで彼女中心に上昇気流が、竜巻が舞い起こっていると錯覚するほど人と血と武器の残骸が舞い上がる。

 

「…あ、愛紗さん!号令を!」

 

はっと気を取り直したのは鳳統。

関羽の攻撃している風景もあれほどの規模でないにしろ、人間が吹っ飛ぶ。

そして、軍師として策を実行せねばならない。その気持ちで気を取り直し、関羽に指示を出した。

 

「あ、ああ。関羽隊!右翼の部隊へ突撃!!」

「鳳統隊!左翼に突撃でしゅ!!」

「「「「おおー!!」」」

 

気を取り直した関羽は、予定通り部隊が厚めの右翼へと先陣を切って突貫し、それに続いて鳳統隊も、鳳統と親衛隊を残して突貫した。その時、徐晃が生み出した暴風は止んでいた。

 

「徐晃さん…!?」

 

心配そうな声を上げた鳳統。しかし、次の瞬間には何かの軌跡が通った。そして賊の体が切断されていく。

ぼとぼとと体の切られたところが地面に落ち、血を噴出している光景は流石の鳳統でも気分がいいものではない。その血の雨を降らしている所から、血化粧を纏った徐晃がちらりと見えた。

 

 

鳳統からは徐晃が今何を得物にして敵を倒しているのかは判らない。何故なら見えないから。

彼女の動体視力では徐晃の剣撃を見切ることは不可能なのだ。

 

(本当に、一人で4000も…)

 

その光景を見て討伐前の徐晃の言葉を思い出す。

ありえないと思っていた。しかし、現実は目の前に広がっている。

今も流麗に淀みなく動いている彼女を見れば、負傷していないと予想できる。

 

(この戦は長くないですね)

 

鳳統の回りには賊の影は一切無い。その事を確認して空を見上げる

 

 

そこには蒼い大きな空が一面に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

鳳統が思ったとおり、戦自体は凡そ一刻半程度の時間で賊を殲滅した

賊や味方の死体を全て埋め、その場を後にした。

 

徐晃が1000以上の戦果を上げており、劉備軍の負担は相当少なかった。

だからこそ、鳳統は頭をフル回転させて徐晃の対策を考えている。

 

まず、彼女を止めるのは関羽、張飛でも不可能。徐晃一人で最悪、現在の劉備軍に匹敵する力を持っている。

個人のために戦術級の策を練らないといけないと思うと、思わず身震いする

 

しかも、まだ完全に傷が癒えていないのだ。

 

徐晃を倒す為には関羽、張飛が防戦しながら遠くから弓での弾幕で、彼女達もろとも射殺するのが一番手っ取り早い。

 

それが可能かどうかは正直やってみなければわからないが。武官ではないので彼女の強さの正確性がまだ掴みきれていない。

よって、物量を武器に味方もろとも叩き潰す。それが一番だと結論を付けた。…奇しくも賊達がとった行動と一致していたのである。

 

しかも今回で判った彼女の異常な性癖。殺人快楽者。

 

笑いながら敵の体を裂くその声は夢に出てきそうなほど透き通っていて綺麗で…怖い。

賊のほとんどが最終的には混乱しており、その異常性が伺えるだろう。只一人の人間であそこまで出来るのはかの項羽でも不可能である。

 

「雛里?」

 

難しそうな顔で悩んでいるのを見かねた関羽が心配そうな顔をして鳳統の顔を覗きこむ。

さらっとしたポニーテールが風に靡いて、周りの兵はその姿に目を奪われていた。

 

「あわわ、だ、大丈夫でしゅ!」

 

馬の上で帽子を押さえ、固定してガッツポーズをする彼女の姿はほほえましい。

周りの兵士ははぁはぁ言いながら目が充血しているのにも関わらずその瞼を閉じて瞬きをする間を惜しんでその姿を目に焼き付けている。

しかし、鳳統のその視線の先には馬に乗っている徐晃。

 

血糊を落として馬に跨っている彼女の姿は正に天女と言っても差し支え無い程の完成された美貌。

 

だが、兵士達はその美貌に恐怖を感じていた。間近で見た異常性はその美貌はただの内なる狂気を隠す為の皮。

しかし、どこか完成されたそれらは不思議な魅力が出ていた。

 

「……嘘は言ってなかったな」

「はい」

 

徐晃を見ながら関羽はそういう。確かに嘘は付いていなかった。

しかし、底知れない程の実力。止めるには自身の武では足りないであろうとも悟っている。

これが張飛なら戦いたいと言い出しそうだが、関羽はそこまで戦闘狂ではない。

 

無論、武を競いたいとは思うが今はそんなことをしている時期ではない。

 

それにまだまだ機会はある。この先、劉備と北郷一刀を先頭に軍は拡大していくと予想している。

鳳統と諸葛亮を加えブレーンの部分も強化され、野戦でも関羽、張飛がいる。

更に人を惹きつける人間が二人、劉備と北郷だ。

 

時間が経てば自然と大きくなるのは間違いない。

 

「今はまだ味方で良かった」

「はい…恐らく我が軍だけで止めるのは至難かと」

 

頷く関羽。あれほどの武、今まで名前が知られていないのが逆に恐ろしい

 

しかし、ふと少し前の噂を思い出す。

 

「……盗賊狩り」

「愛紗さんも思い浮かべましたか」

「ああ」

 

半年前から噂された盗賊狩り。

一人の黒髪の女性が各地の賊を壊滅させているというでたらめな話。

半年と今の賊の数はかなり違うが、それでも狂っている。曰く1000の賊が瞬く間に殲滅されたとか

 

その眼光は4里先の賊を捕らえ、あっという間に距離を詰められる等

本当に意味がわからないほど噂であった。

 

尾ひれが付いていたのだろうと判断していたが…

 

「噂以上」

 

ぽつりと関羽が零すその言葉。噂以上なんていうものではない。良くここまでの噂で留まったものだと逆に感心する。

 

「…ふ、これからさ」

「はい、これからです」

 

だが、それがどうしたというのだ。彼女は確かに強い。しかし、一人で来るのならばこれから手を考えればいい。

幸い、もう一人の天才軍師諸葛亮を加え、天の知識を持っている北郷一刀が劉備陣営に居る。そして鳳統。

この三人で搾り出した策は正に神算鬼謀の如く。

 

二人顔を見合わせながら頷く。

 

兎に角今はまだ敵ではない。ゆっくりと対策を練れる時間が取れる。

しかもこの戦で名を上げればその勢力を拡大することも可能なのだ。

 

そうして馬を駆りながら本陣を目指して走って行った。

 

 

 

「賊討伐、ご苦労様」

「「は!」」

 

本陣へ戻ると既に曹操が天幕で待機していた。その理由は鳳統が先に伝令兵を放っていた為である。

 

「春蘭、秋蘭、季衣と残りの劉備軍での賊討伐隊も明日には帰還してくるらしいわ」

 

残りの陣営は大規模な賊を討伐する為、軍を編成して事に当たっている。

伝令が既に曹操の所で経過を報告しており、諸葛亮の策を中心にスムーズに事が進んでいるとの事である。

 

その事を曹操が直接彼女達に伝え、ほっと胸を撫で下ろす。その姿を曹操は爛々とした瞳で見る。

 

そう、人材マニアの悪い癖である。この二人の武力と知略は曹操が認めうるほどの者であるから。

だが、勧誘してもそれを蹴るだろうとも予測している……今はと頭に言葉がつくが。

 

「それでは各自、次の戦に備えなさい」

 

その言葉に礼をとり、関羽と鳳統が仲良く退出した。

 

残ったのは曹操と徐晃。

 

「それで、あの二人はどうだった?」

 

二人が完全に退出したのを見計らって徐晃に声を掛けた。

その声に徐晃は軽く臣下の礼をとり、口を開いた。

 

「鳳統さんはかなり頭が回りますね。知識はどれくらい蓄えているかは判りませんが、地図無しで賊がいた地形を言い当てていました」

「へぇ……関羽は?」

 

それ自体は確かに素晴らしい。だが、荀彧も一度見れば覚えられるのだ。

だが鳳統の事より関羽が気になっている。部下に出来るならあの美しい黒髪の女性だ。

その瞳、体、声、武、覇気。全てが曹操の納得いくものである。

 

そう、あの体を味わいつくしてみたいのだ。

 

曹操がそういう気持ちを持つ人物は基本能力が高い人間である。今は男性でその感情を持ったことは無いので、曹操は同性愛者として知られている。

その点を曹操は否定するつもりは無いが、能力があり、美形の男性ならそういった感情を持つ可能性はあるのだ。

 

「関羽さんは兎に角武勇に優れていますね。兵の統率も夏候惇さん並ですし、猪突猛進ではなくちゃんと策や兵の事を考えて動いてる印象です」

 

年齢も20になり、理性が利いてきたのか、色々見ている徐晃。

…理性が利いてきたというより、満足する戦場ではないのと、得物が二振り無い時点で、まぁ楽しめればいいか。程度の期待だったのだ。

故に敵を倒しながら周りを見ることは可能なのだ。

 

「なるほど…ふふ、欲しいわ。関羽」

 

ギラギラした瞳で劉備陣営の天幕がある方向へと視線を向ける。

しかし、無理なのではないのかと徐晃は思うが、さらに火を付けそうなのでその事は言葉に出さない。

 

そう、こちら側へと引き込んだら彼女と殺し合いが出来なくなるから。

 

武器に気を纏わせていたのだ。そしてあの動き。必ず徐晃を満足させてくれると自身で確信している。

そう、まるで数年前の趙子龍との戦いみたいに甘美なひと時になるだろう。

あの時は邪魔が入ったが、敵同士になれば殺すか、殺されるかだ。

 

自然と笑みが浮かび上がる。

 

「……言っておくけど、関羽は殺さずに召し取りなさい」

「…………え?」

 

絶望した表情で曹操を見る徐晃。その顔が妙に曹操のツボを刺激してクスリと笑みが零れた。

 

「完膚なきまでに叩き潰すのよ。彼女の柱を折りなさい。砕きなさい。そして私という存在を彼女の柱とする」

 

徐晃を見据えてそう宣言する曹操の覇気は徐晃も威圧感を感じるほど迫力がある。

あの小さな体にこの覇気を何処に隠していたのだと問いたくなるほどだ。しかし、徐晃はそれくらいでは引かない。

彼女もまた、曹操に匹敵するほどの冷たい覇気を秘めているのだから。

 

そんな覇気を感じ取り、表情を引き締めた徐晃。

 

「…それほどですか」

「ええ、彼女一人引き込めれば我が覇道の明かりとなる……でも、まぁ明かりは無くても道は進めるわ」

 

ふっと表情を緩ませた曹操。実際居なくても何とかなるビジョンは彼女の中にある。

しかし、あれば道を安全に歩くことが出来るということだ。

 

「……殺されないかどうかは相手次第ですよ」

 

にやにやと下卑た笑みを浮かべる徐晃。そう、殺し合いの中で楽進みたいに気絶すれば殺す対象ではない。

…運よく気絶すればだが。

それ以外は自身の快感の為に首や体、腕足などを跳ね飛ばすだろう。

 

「それも天命…か」

 

ポツリと呟いた曹操の一言は誰の耳に届くことなく、風が漢の大地へと運んでいった。

 

 

 

 

 



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21話

徐晃の異常性が劉備軍に伝わった日から数ヶ月経った。

黄巾賊の拡大は留まることを知らずに、漢の大陸の北方中心としてその被害が広がっている。

曹操、劉備同盟軍の奮闘もあり、早期鎮圧の対応がなされているがそれでも追いつかないほどだ。

 

その中で徐晃はきっちりと夏候惇、夏候淵、曹操の参軍をこなし

軍の統率する分野でも光るものがあると、三人は語る程だ。

 

ただ、徐晃本人はあまり乗る気ではない。何故なら自由に動けないからだ。徐晃もここまで自由に動けないものなのかと内心辟易している。

 

それでもある程度、個人で動けるのでその中で一気に爆発させるという形が一番良いということを、徐晃は自覚した。

 

荀彧はその徐晃をみて必ず一人で動かせないとは悟っている。もし一人で動いている際に奇襲など受けたら、徐晃は逆に喜ぶかもしれないがその他の兵達は無駄に消費してしまう。

確かに、暴れてないときは中々光るものがあるのは確かだが、それを差し引いても危険すぎる。

 

だからと言って、徐晃をこのままワンマンで動かすというのもしたくない。主、曹操の考えでもあるし、徐晃を失うとそれはそれで手痛い出来事である。

 

誰か軍を纏めるのが巧く、また徐晃の行動に恐れをなさない傑物はいないのか、と頭を悩ませていたら…一人だけ存在していた。

 

楽進である

 

徐晃筆頭の部隊を作成するなら彼女を付ける事は既に荀彧の中では決定事項となった。…当の本人達はまだ知らないが。

 

兎にも角にも、徐晃にはまだ参軍として経験を積ませるのが一番最適であろうという結論を出し、賊の討伐はそう動かしているのが現状である。

 

彼女達が活躍している中、官軍も重い腰を上げて賊討伐を行っていたが、動きが鈍重であった。

その為、全土にまで広がった反乱はもはや官軍の力をもってしても鎮圧に時間が掛かっている有様であった。

 

それもそのはず、曹操軍や劉備軍、各地で奮闘している軍に対して官軍は経験が少なすぎている。

 

その為、余り戦果を上げることは無いのだ。

しかし、その中で確実に戦果をあげている人間もいる。張遼、呂布、華雄の三将。そしてそれらを纏めている賈駆。その主、董卓であった。

 

その中でも呂布の活躍は凄まじく「人中の呂布、馬中の赤兎」と表されるほどであった。

 

他にも官軍で名を上げている人物はいる。

 

だがそれでも止まらない反乱。そして184年の夏が過ぎた頃に豫州で今までの中で最大数の黄巾賊が集まっていった。

 

その数80000

 

実質戦える人間は70000だが、その規模は一つの軍では到底勝てない程の規模である。

 

その事実を受けて結集したのは曹操、劉備同盟軍の18000

北方の領主、公孫賛。その参軍には常山の昇り龍、趙雲。その数12000

最大規模の袁紹率いる、顔良、文醜。数は25000である。

 

黄巾賊の砦から約40里離れた平原に陣を敷き

そこで各軍の天幕を張り最終調整へと移ったのであった。

 

その際に、劉備と公孫賛が旧知の仲だということと、趙雲と徐晃が顔見知りだという事が判明した。

その中で一波乱あったか…といえば、それは無かった。

 

今回は共に戦う仲であり、趙雲は自分の実力を見せる絶好の機会だと思ったからだ。

というより、趙雲が絡んだと同時にこの同盟軍の雰囲気が悪くなるのは明白であるし、趙雲もそこまで馬鹿ではない。

 

何より今はそんな事態ではないというのは、各州の状況を見れば明らかである。

 

軍議用天幕内に集まったのは曹操劉備同盟軍から盟主曹操、荀彧、諸葛亮。

公孫賛軍からは、公孫賛当人と趙雲。袁紹軍は袁紹、顔良、文醜である。

 

同盟軍の軍議代表選抜はそれ程揉めなかった。何故なら各陣営での軍師を選抜しただけだから。

この数ヶ月で各個人の動きや正確は両陣営とも大まかに把握している。

しかし、最終調整はやはり各陣営で行い動きを細分化したほうがいい。

 

よって話が分かる各陣営の軍師を選抜したのだ。

 

それぞれ陣営毎に集まり、軍議用の大きなテーブルを囲んで、対黄巾賊の作戦会議が始まった

 

「それでは、各陣営の代表者が集まったようね。軍議を始めるわ」

 

全員が集まったことを確認した曹操が声を掛けた。そう、時間は無限ではない。

もしかしたら他の黄巾賊が集まって野戦を仕掛けてくる規模に達するかもしれないのだ。

よって、もたついている暇は無い。

 

……暇は無いはずなのである

 

「ちょーっと待って頂けませんかしら?」

 

入り口から一番奥の場所、つまり上座に陣取っていた金髪のドリルヘアーの女性。

その出で立ちは正に派手の一言。黄金の鎧を着ており、彼女を飾る装飾も見事の一言である。

その女性が曹操の言葉に待ったをかけた。

 

「…何かしら?麗羽」

 

食い付いてきたよ…とでも言いそうな表情で麗羽と呼ばれた女性を見る曹操。

隣の荀彧はどこか悟っている表情で自身の主の心労を心の中で労った。

その隣の諸葛亮も曹操達の表情から色々な事情を察して冷や汗をたらした。

 

「あーら、わたくしの言いたい事は華琳さんなら良くご存知かと思いますわ」

 

「良く」の所を妙に強調し、前髪を掻き揚げ、にやりと笑う麗羽…もとい、袁紹。されど、教育の賜物なのかその上品さは失われていない。

 

後ろに居る、これまた黄金の鎧で身を固めた顔良、文醜はその主を止めることはせず、苦笑する程度。どうやらこれが袁紹陣営の日常のようだ。

 

「はぁ…それじゃあ最大勢力である麗羽の軍から意見を頂こうかしら」

 

袁紹の姿を見たときからこうなることは予想していた

いや、これは予想ではない。完全なる予知だ。こうなるであろうと既に判っていたのだ。

 

しかし、それでも時間を無駄にしたくは無いので曹操から切り出したのだ。

 

曹操は知っている。袁紹は盟主役をやりたいのだと。

 

が、今ここでそれを行うことは状況を不利にすることと同義。

何故なら時間を余計に食ってしまう恐れがあるから、いくら能力がある武将や軍師が揃っていたとしても数というのはそれだけで力になるのだ。

 

それに向こうは砦があるのだ。これ以上増えたら手が付けられない。

 

よって袁紹から自発的に進行役を預かりたいと発言するまで、あくまでも曹操が進めるという形を取るのだ。

 

「全く、そうじゃありませんこと?華琳さん」

 

だがその努力は果たして、実ることは無かった。

その姿を見て公孫賛は半笑いし、趙雲は我関せずを貫いている。

袁紹の後ろの顔良は曹操へ向けて申し訳なさそうな顔をするが、やはり主の意見が大切なのだろう。

 

それを見て、脳内でため息を付く曹操。しかし、現状袁紹が最大勢力というのも事実。

 

「では、この連合の盟主を先に決めましょうか。私は麗羽を推薦するわ」

 

今回の戦いは相手の方が多く、また黄巾賊の将も居るとの話だが、今回の乱の最終目的は張角の捕獲である。

世間的には曹操軍が張角の首を獲るという事であるのだ。よってここで盟主を袁紹にしてもさしたる痛手ではない。よって、ここは袁紹に盟主を渡しても問題は無いのだ。曹操軍にとっては。

 

しかし、この瞬間にも自国の民、及びその周辺の民が苦しんでいる現実は変わらない。

曹操はその事について歯がゆく感じているのだ。

 

「ああ、私も袁紹でいいと思うぞ」

 

赤い髪の公孫賛も曹操の意見に同意である。公孫賛も十分に盟主になる資格があるほどの広大な大地を支配している。

尚且つ今まで北方の異民族を抑えていた実績があるのだ。曹操以上に資格があるのは明白だ。

袁紹と比較しても公孫賛が盟主になったほうがまだましだろうが、袁紹の戦力はこの同盟軍の中では最大だ。

 

異民族対策の為、黄巾賊対策にそこまで兵を割けないのが、今の公孫賛軍の現実である。

現状、趙雲が客将として前線を切り開いてくれているが、それも何時まで続くかも解らない。

だからこそ、趙雲以外の武官にも異民族対策の実績を上げて、経験を積ませたいのだ。

 

「あら、皆さんがそこまで言うのならこの袁本初。今回の同盟軍の盟主となるのも吝かではありませんわ!」

 

簡易な椅子から立ち上がり、片手を上げてそう宣誓する袁紹。その姿を顔良と文醜以外冷めた目で見つめる。

 

「それで、どんな策でいきましょうか」

 

気を取り直してずいっとテーブルに両肘を預けて、公孫賛を見る曹操。

それにいち早く反応したのは袁紹である。

 

「そんなの決まっておりますわ!雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわ!」

「「…」」

 

何時も通りの台詞。しかし、余りにも考えなさ過ぎて袁紹とその配下の顔良、文醜以外は時が止まる。いや、曹操は予想していたのか、直ぐに立て直せたようである。

 

この作戦はあってないようなもの、一言で言うと「突撃」である。

そもそも攻城戦は本来であれば下策なのだ。相手は堅牢な砦に膨大な数。しかしその数だからこそ物流を途絶えさせ、此方が挑発し炙り出し野戦へと持ち込む。

 

これが最も効率的で被害が少なく済むであろう。何故なら相手のほうにはそれ程の人数を従える傑物は存在していない。

 

野戦に誘いだし、指揮官を潰せばもはや烏合の衆。相手の士気を挫いた所で降伏勧告を行えば恐らく従うだろう。

 

そう、策を立てなければどんな名将でも城攻めは難しいのだ。今回は砦…というには些か規模は大きいが、それに当たる内容である。

だというのに突撃は下策中の下策。まず間違いなく、この連合軍に甚大な被害を被るし、下手を打たなくても負ける。

 

此方は万の単位で人が少ないのだ。

 

「さっすが麗羽様!あたい達なら賊なんてばーっと吹き飛ばせるしな!斗詩!」

「いやぁ…ちょっと厳しいんじゃないかな?相手は篭城の構えだし……文ちゃん」

 

腕を組んで自信満々の表情でそう言いきる文醜に対して、顔良は若干焦った表情と苦笑いを含めた難しい表情で首を傾げる。

 

「麗羽、その作戦では我々の軍がついていけないわ」

 

顔を少し振りながら袁紹に意見をする。そう、この作戦では同盟軍が崩壊するほどの被害が出てしまう恐れがある。

故に曹操はその盟主として、それだけは阻止せねばならない。その両隣では荀彧と諸葛亮が難しい顔をしていた。

 

「ああ、私の軍も付いていけないだろう」

 

公孫賛も曹操の意見に同意する。

公孫賛は曹操以上に率いている数が少ない上に、この乱が終わったらまた異民族の対応をしなければいけないのだ。

こんな所で無駄を出して、兵を余計に消費するのは避けたい。

 

「それじゃあ、お二人は何か策がおありなのかしら?」

「それを今から考えよう、という話よ」

 

体を背もたれがある椅子に体重を預けて一息つく曹操。

そう、まだ話が始まってすらいないのだ。あの温厚な諸葛亮ですら袁紹の作戦には辟易している。

 

「では、斗詩さん。我が同盟軍の規模と相手の規模を教えてくださいな」

 

さすがの袁紹もそれを思い起こし、席に着席し側近である顔良にそれを問うた。

 

「はい。現在同盟軍にはおおよそ55000程の規模で、相手は80000程です」

「80000!?」

 

顔良が現状の軍の規模を述べる。そして、その差は25000もある。この事実に公孫賛は驚いた。

この場合、普通なら時間を掛けて相手を挑発し、炙り出したい所である。

が、現状各軍のトップがこの同盟軍に参加しているのだ、長らく領地を空ける訳にも行かない。

 

「公孫賛。落着きなさい、我が軍の細作の情報によれば相手は実質70000程度よ」

「そうか……しかし、それでも相手の方が上となると厄介だな」

 

右手の親指と人差し指の二本で顎を支え、考える。

公孫賛の中でも、どうしたら無駄を省けるかを頭の中でシミュレートしているのだ。

 

「この場合の定石は、相手の補給線を絶ち此方の補給線を確保しながら挑発し、野戦に引き釣りだす。といった所かしら」

「そんな地味なのは華琳さんの軍だけの時にやってくださいな」

 

定石を語ったところで袁紹が却下を出す。一瞬それにむっとした荀彧と曹操だが、黙認する。

そう、確かにそれだけでは決定的ではないし、此方の資源も無限ではない。早期解決が必要なのだ。

 

「奇襲はどうでしょうか?」

 

うんうん唸っている中、公孫賛の後ろに控えていた趙雲が声を上げた。

 

「あら?公孫賛さん、そのお方はどなたかしら?」

「ああ、趙雲だ。家の客将でな」

 

そうして公孫賛が後ろへと顔を向けた。それに反応するかのように趙雲が礼をする。

 

「趙子龍と申します」

「そう。奇襲とはどういった風に行うのかしら?」

 

相手は砦の中に80000も居るのだ。しかも門は締め切っており進入しようにも変装していかなければ難しいし、女性が変装して行くのは正直、潜入しますよと言ってるようなものである。

 

それ程男の方が圧倒的に多い。……中に女性は確かに居るが。

 

「相手は烏合の衆。一日中監視をし、一番手薄な時間帯に少数精鋭で相手を掻き回すといった具合です」

「…ちょっと待ちなさい。いくらなんでも、そんな隙が出来るとは思えないわ」

 

曹操がその提案に否定をする。相手は80000。戦闘員が70000という大規模で見張りに穴があるのかと言われれば…黄巾賊の場合ある可能性はある。

しかし、今回に限ってはそれは絶望的だ。何故なら黄巾賊に将と呼べる人間が、あの砦のトップとして君臨しているのだ。

 

名は波才

 

彼は黄巾賊として確かに略奪行為を行っている。しかし、当初はこの国の腐敗を嘆いて立ち上がった人間の一人なのだ。この数ヶ月で名前を良く耳にするようになった将で、統率やその武勇は中々なものらしい。よって、確かに手薄の時間帯は現れる可能性は高いが、付け入る隙になるかどうかは分からない。

 

「……いえ、華琳様。趙子龍のその案、使えるかもしれません」

 

様々なシミュレートを行っていた荀彧が、机に固定していた視線を曹操の方へ向けて進言する。

その荀彧を見て、視線でもって続きを促す。

 

「はい……まずは地図をご覧下さい」

 

脇へと置いておいた地図をテーブルに広げた。

 

「何と」

 

趙雲が感嘆の声を上げる。そこには今回の砦の中身が簡単にではあるが記されていた。

そう、曹操が出した細作を利用しての情報集めである。此れには元黄巾賊を活用したのだ。

出入りは殆ど自由に行き来できる期間に放ってあるから、緊張感も無く簡単に内部が調べられたのは言うまでもない。

 

その情報を荀彧、諸葛亮、鳳統の三人でまとめて、地図へと起こしたのだ。

 

「砦の規模は非常に大きく、また補修も進んでおり堅牢です。壁には弓隊が張り付いており、その隙は小さいものとなるでしょう」

 

壁を指でなぞりながらそう説明する。この地図を見る限り、壁の上はやはり弓が有利に出来ており、賊を削るのも一苦労しそうである。

 

「その隙を大きくするのが今回の肝で、まず公孫賛様に砦の西側から騎弓隊にて襲撃を行います」

 

各隊の色が分かるように石にも塗装がされており、それぞれ地図上に配置する。

この砦は東西南北に門があり増援を待つには打ってつけの砦だ。援護が着たら複数の門から打って出れるので野戦に繰り出せる数も多くなる。

 

ただ、今回は援軍が繰るかは不明。

 

今の所砦からはそういった伝令兵は出現していないのが現状である。

 

「そうすると賊はある程度統率が取れていたとしても、そちら側に押し寄せるでしょう。何故なら指揮系統が整っていないからです」

「ちょっと待て、賊の将が居るという話だが、それでもなのか?」

 

指揮は通常であれば将がとり、軍を部隊を動かしていく。しかし、将が取るのは全体の方針である。

そこから細く各隊、個人個人に行き渡らせるにはどうしても、それらを纏める人間が必要不可欠。

そう、10人隊長や100人隊長である。今までの賊の行動を見る限りでは殆ど無陣で、そういった人間は確かに存在していたが、それでも少数であった。

 

例え将が居ても末端にまで命令を行き届かせるのは実質不可能なのである。

 

「はい。彼らには分隊長というものが数少ないです。よって、殆どは公孫賛様の相手を取るでしょう」

 

そうして石を動かす。

 

「その隙に東門に梯子を掛け、奇襲部隊が相手をかき混ぜ、内部を混乱させた隙に南門を開けて我ら本体が砦へと流れ込む。といった形です」

「成る程」

 

砦の中に入ってしまえば此方のものである。一人ひとりの戦力は此方が圧倒的に上であり、弓矢も本来の力が発揮し辛い程の近距離。

装備も此方の方が整っており、短期決戦は図れるし、将の首も上げやすい。

 

「あーら、それじゃあ、わたくしと華琳さんの軍で戦うのでして?しかも門も小さいですし、わたくし達の軍が華麗に進軍できませんわ」

「れ、麗羽様~。これが一番いいと思いますけど……」

「あたいは、暴れられれば何でもいいぜ」

 

しかし、納得いかないのが袁紹である。彼女の最初に宣言した作戦。それが彼女の肝なのだ。

そして何より、ライバル意識をしている曹操と一緒に入城するのは、袁紹の性格からにしてまずありえない。

攻めるのであれば堂々と一番に攻め入るのが、彼女の常勝手段である。

 

そんなあほらしい作戦でも成果を上げているのはひとえに、財力のお陰である。

お金があるから兵が買え、糧食が買え、装備が買える。金は力なのだ。

 

顔良は、流石にこの相手では袁紹の我侭は通していられないとは思っている。だからこそ、おずおずと忠言する。

文醜は言葉通りで彼女の性格は猪突猛進である。暴れられればいいのだ。

 

袁紹がその策を却下し、荀彧が若干厳しい視線を送りそうになったが、現在の荀彧がそんなことをすると、曹操の評価に傷を付けかねない。

内心袁紹に対して、罵倒を思う存分吐き出して、ぐっとこらえる。当の曹操も既に呆れ顔であった。

 

その時、曹操の隣の諸葛亮がおずおずと手を上げた。

 

「発言、よろしいですか?」

「あら、その方は?」

「はわわ、しょ、諸葛亮と申します。我が主、劉備様の軍師を勤めさせていただいております」

 

袁紹に当てられて、若干緊張していたのか、顔を少し赤くしながら袁紹に対して礼をしながら自己紹介を行う。

 

「それで、諸葛亮。何か策でもあるのかしら?」

 

曹操が興味深そうにその瞳で諸葛亮を射抜く。それを受けて若干怯んだが、ここで意見を言わなければ自分がいる意味が無いのだ。

 

「奇襲を二段構えに致しましょう」

「……成る程ね」

 

諸葛亮が提案し、荀彧がその一言で全てを理解した。

 

「へぇ…続きを」

 

にやりと曹操が諸葛亮を爛々とした目で見つめる。

既に彼女の才能には気付いており、是非自身の陣営にきて欲しいと勧誘をしたが、にべもなく断られてしまっている。

といっても、彼女の考え方は劉備に近しいものなので、半分冗談であったのだが。

 

それに、その時荀彧が嫉妬で人を殺せそうな程の目つきで諸葛亮を睨んでいたのは、曹操にとって嬉しいやらなにやらであった。

軍師としての能力は、恐らく諸葛亮が上だろう。それ程の鬼才であるのだ。

しかし、それでも曹操の子房は荀彧でしかない。その事を夜の蜜事でたっぷり体に刻み込んだのだ。

 

「はい。まず、袁紹さまの軍が華麗に正面から賊を叩き潰すのは変わりません」

「おーっほっほっほ!わたくしの軍は正面から華麗に叩き潰す軍。良くご存知じゃありませんこと」

 

口に手を当てて上品に笑う袁紹。それをスルーして地図の青と緑の石…つまり曹操軍と劉備軍の連盟軍の石を砦の北口へと移動した。

そこで袁紹と文醜以外の人間がその策の肝について理解できた。

 

「奇襲組みの人数を増強して、南と北に分かれます。北の方は西にて官軍が攻めてきたと情報をつかませれば、手薄になるでしょう」

 

黄色い石を動かして行くと、そこには手薄になった北門。そして北門の外には連合軍が待機している。

 

「さらに、南では袁紹様の軍が賊を叩くので、北はかなり手薄になる事は必須。よって、第二の奇襲が成功する運びとなっております」

 

地図上の石が公孫賛以外全て砦内に入り込んだ。その後、西からも公孫賛の石が入り込んで、作戦終了である。

それを曹操と公孫賛、趙雲、荀彧、顔良が真剣な眼差しで見る。

 

この軍は即席の連合軍である。連携は大まかにしか取れないであろうとは既に予想済みである。

 

では、この作戦を見てみよう。

まず、第一陣の公孫賛軍12000を率いて西の門から騎乗しての弓での攻撃。

 

この騎射に当たる技術はかなり凄い。

 

何故か?原因としてこの時代は鐙が開発されていない。よって馬上での戦闘は困難を極めるのだ。

 

馬の殆どは移動用や、騎乗できる人間が訓練をして漸く使い物になるほどで、馬自体のコストもかなり高い。

が、その性能は凄まじい。馬の機動力に弓の射程でヒットアンドアウェイを繰り返せるという、脅威の機動力。数が多ければ弾幕が厚くなり、より一層その力は増すのだ。

 

それを可能にしている公孫賛は「白馬義従」とも呼ばれている程である。

 

だからこそ今回の西の門でのヒットアンドアウェイで敵を挑発しつつ、しっかりとその数を減らし、尚且つ被害を最小限にまで抑えられるうってつけの部隊。

 

よって、第一陣は公孫賛しか居ない。

 

「そう……だな。うん。私たちの軍が一番槍を貰うとしようか」

「では、次に奇襲部隊ですな。如何致します?」

 

次に奇襲部隊。これは、各群の選りすぐりを選出し、1000以下の数での編成が条件である。

何故1000以下なのか。それは多すぎず、されど押しつぶされずに最適な上幾つか分かれて行動しなければならない。

故に簡単に班を決められる人数が一番丁度いいからだ。

 

役として暴れ役、城門を開ける役、賊に情報を出す役が必要である。

 

まず一番危険なのは暴れ役

此れは圧倒的物量を物ともしないで暴れられる傑物と組織的に動ける腕の立つ部隊が理想。が、一番死亡する確率があるし、策が失敗したら死が確定する

 

次に危険なのが城門を開ける役。少数の敵に見つかりながらも強引に開けれる人間が望ましい。

最後に情報を渡す役。これは北門の壁にいる兵士に情報を渡すので、口が巧い人間が望ましい。

 

何れにせよ、策が失敗すれば死が確定するのでどれも危険なのは間違いない。

 

「公孫賛軍からは私が行きましょう」

 

言いだしっぺの法則なのか、立候補したのは趙雲。しかし、順当である。

 

「私達の所からは…徐晃、夏候惇と許緒を推挙するわ」

 

戦闘能力が高い三人を曹操から推挙する。まず徐晃は確実に奇襲班に投入する。

恐らくにやっと笑いながら了解とか宣言する姿を頭の中に思い浮かべる曹操は、内心小さく笑った。

 

「それでは、劉備軍を代表しまして、鈴々しゃん…張飛さんと関羽さんを推挙いたします」

 

この二人ならばどんな局面も切り抜けられるだろうという信頼と、此方が献策したのだ。

それ相応の戦力を提供しなければ主の面子が保たれない。

 

「なら、麗羽様の軍を代表してあたい、文醜がその奇襲隊に入るぜ」

 

そして最後に袁紹軍を代表しての文醜。確かに彼女は戦闘力は高い。

だが、その隣の顔良は若干不安そうな顔で文醜を見て

 

「危険じゃないかなぁ…文ちゃん」

 

心配そうに呟いた。その事に反応した文醜は、顔良に飛びついて抱きついた

 

「わわ!?」

「もー!斗詩!大丈夫!絶対に負けないから!」

 

顔と顔を擦り合わせて、百合百合しい光景が広がっている。

 

「わかった、分かったから、離して~!?」

「まったく、猪々子さんと斗詩さんったら」

 

袁将軍が顔良を皮切りに和みムードに入ってしまった。

その光景を見てそっとため息を付く公孫賛。その姿は何故か似合っていた。

 

「進めてよろしいかしら?」

 

覇気の一部を垂れ流し、空気を硬くする曹操。その瞬間袁紹軍側の甘い雰囲気が吹き飛び、顔良が咳払いをした。そしてそれぞれ姿勢を正して、元の位置へと戻っていった。

 

「よ、よろしいわよ。華琳さん」

 

冷や汗をたらりと垂らし、曹操を見る袁紹。そして何処か気まずそうな顔良と文醜。

いくらなんでも、各諸侯が集まっている場であのような事は名家としてあるまじきことである。

…と言っても、やはり一番大きい団体なのでそこまで、まずい事とは思っていないが。

 

とはいえ、此れで進めると思うと曹操が威圧した甲斐があるというもの。

 

「それでは奇襲部隊につける兵数について、桂花」

「は!…まず徐晃には単体で動いてもらい、他の将の方々に兵士を付けましょう」

「異論はありません」

 

荀彧がまず前提となる徐晃は単体という事を宣言し、その隣の諸葛亮はそれに同意する。

 

「他の将には各150を付けて六つに分かれて潜入し、それぞれの役目を担ってもらいます」

「ちょ、ちょっと待ってくれないか」

 

重要な部分を決める前に公孫賛がそれに待ったを掛けた。

席を立ち、荀彧と諸葛亮、曹操の方へと視線を向ける。

 

「徐晃っていう将は単体で動かすって……捨て駒か何かなのか?」

 

若干怒気を浮かべている公孫賛。そう、彼女はそういったことはあまり好きではない。

捨て駒として扱うのなら、徐晃にも部隊をつけるか、奇襲隊から外すかしないと納得できないのだ。

 

「あら、問題ないわよ」

 

それをすぐさま否定したのは、徐晃の主たる曹操。その表情は自信が表れている。

そして公孫賛の後ろに控えている趙雲の目つきが少し変わった。

しかし、公孫賛は曹操の言葉を鵜呑みにしていない。

 

「その徐晃はあれか?敵陣のど真ん中で1000人以上も切れる人間なのか?そんなこと」

「あるわよ」

 

しんとなる軍議の間。曹操陣営以外はありえないと、胸中でそう思った。

……いや、一人を除いて

 

「……伯圭殿。曹操殿がこう仰られておりますし、問題ないでしょう」

 

その空気を破ったのは趙雲。そう、以前に徐晃との戦闘をした事がある人物だ。

まさかそれ程とは、と胸中思っていたが、彼女ならありえそうだとも思っていた。

それに曹操が自信を持って徐晃を評価しているのだ。曹操の気質からして、あれが嘘というのはまずありえないだろう。

 

「仮に嘘だとしても、困るのは曹操殿ですからな」

「ふふ…趙子龍といったかしら?貴方、面白いわね」

 

そこでしぶしぶ納得する公孫賛。

そして爛々とした瞳で趙雲を見る曹操。しかし、直ぐに袁紹へと視線を向け

 

「では、徐晃以外の将へ150人…合わせて900人。これらは腕が立つ部隊からの選抜を薦めるわ」

「そうですわね。…斗詩さん。後で選抜しておくようにお願いしますわ」

「わかりました」

 

袁紹も承諾し、顔良へ手配をするように指示する。

その後、公孫賛軍と袁紹軍、同盟軍の大まかな動きを確認した。

 

「それでは、今回の軍議はこれにて締めさせて頂きますわよ。解散」

 

袁紹がこの軍議を締め。各々が軍議用の天幕から出て各陣営に散っていった。

その中で曹操は今回の戦に関しての対策不足、そして乱についての規模の大きさの認識不足を改めて実感した。

 

何故ならたかが農民や賊の集団に対して将と称される人間が、それも一級品の傑物が頭をつき合わせて策を練らなくてはならなかったのだ。

今回の乱は必ず鎮まるだろうとは確信している。何故なら曹孟徳や英雄が動いているからだ。その結末は揺ぎ無い。

 

しかし、これからの戦を考えるとやはり少し舐めて掛かっていたのかもしれない。

 

まず、攻城に対しての対策が遅れている点だ。

 

梯子をかけて奇襲は確かに効率がいい。しかし、それには前条件がある。

そう、武に自信がある人物が多く存在していないとその選択肢は取れないのだ。

曹操軍のみを見てみると、まず徐晃、夏候惇、許緒が曹操よりも強いといえる人物だ。

 

しかし、この三人だけでの奇襲は恐らく失敗するであろう。

それ程城に対しての奇襲は危険が付きまとうのだ。それに、賊以上に警戒が強い正規軍に関してはこの策は取れない。

 

そこで城を攻略する方法を改めて考える。

 

まず一つ目が正攻法。つまり、人数で圧倒するということだ。大群でせめて落とす。これが一番楽だし、相手の策すらも飲み込めるほどであろう。

どんな奇抜な策でも大人数の前では将や兵士が思い通りに動くことは至難であるのだ。

 

次に曹操が最初に述べた、挑発しておびき寄せ、野戦で叩くということ。これが現在一番使えるものである。

 

最後に、攻城兵器での戦闘。正規軍相手では挑発に乗ることはまず無いと見る。そこで強引にあぶりだす為の攻城兵器だ。

幸い、李典がこういった物作りに光るものがある。何か案が無いか聞いてみるのもいいかもしれない。

 

そう考えながら荀彧と諸葛亮を率いて自陣へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 



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22話

 

各々の陣営に戻った諸侯は、将達に今回の作戦を伝えた。

 

決められたことなのでスムーズに人事が決定され、後は砦内に入り込んだ際、いかに賊の将の首を上げるかである。

この連合で活躍しても殆ど袁紹の名声へと繋がる。しかし、将を倒した人間が名乗りを上げれば、その軍の株が上がる。

だからこの天幕内には曹操軍しか居ない。

 

劉備軍は劉備軍で、どう攻略するかを諸葛亮中心に策を組み立てている状況だと思われる。

そして、綿密に誰がどう動くかを決めて、劉備と会い、奇襲組みと分かれて砦の北部8里程の所で陣を敷いたのだ。

 

袁紹は砦南に3里程の所で既に陣を敷いて何時でも突撃できるよう待機している。

これは相手への威嚇である。西からの公孫賛に向かって門が開き、そこから圧倒的な物量で押しつぶされないように

あえて袁紹の軍を見せ付けて、警戒心を高めているのだ。

 

 

 

 

 

「さて、あたいらはここら辺での待機だな」

 

豫州の北部にある、波才率いる黄巾賊80000を擁している砦の東門から東に5里の所で小さな陣を張っている。

人数は907人。各陣営から選りすぐりの傑物を筆頭とする小さな部隊である。

しかし、各々正に一騎当千の力を持っている者が7人。その他の精鋭も実力者揃いの者たちだ。

 

「ふ、関羽。我が武の前ではお前の活躍の場は無いぞ?」

「笑止。夏候惇こそ、私についてこれるか心配だ」

 

そう、実力者揃いだがそれぞれ個性がありすぎて、兵士の統率は困難なのではないのかと、一歩外にいる趙雲がそう思った。

関羽と夏候惇は何故か反りが合わないらしい。いや、関羽は曹操に対して形だけの礼儀しかとっていないから、確かに夏候惇とは反りが合わないだろう。

しかし、戦闘スタイル…というより、軍の統率や武力が殆ど一緒な力である為、何度か小さい衝突を繰り返していたのだ。

 

「お前みたいなちびには負けないのだー!」

「なにおー!わたしもちびっこなんかに負けないよ!」

 

そしてここにも反りが合わない人物が二人。許緒と張飛だ。二人とも大食いで武力も若干張飛が強いが、状況判断は許緒の方に分がある。

互いに互い一歩も引かずに額をつき合わせて威嚇している。彼女達も軍を結成していた当初から同じキャラをしているからなのか

お互い嫌っている…とはまた違う。そう、ライバル意識を持っているのだ。

 

「趙子龍」

 

一歩外でそれらを眺めていた趙雲に声が掛かった。趙雲はその声に聞き覚えがある。そう

 

「徐晃」

 

にやりと、口を歪ませて声がしたほうを見る。そこには、黒い髪を風に靡かせている徐晃。

あの日見た姿よりも少し成長し、大人に近づいた美貌を誇っていた。

腰には二振りの刀。以前戦ったときは一振りしかなかったが、趙雲は余り気にしていない。

 

どんな武器を使おうとも徐晃は強い

 

それは揺ぎ無い事実である。そして曹操が自信を持って彼女を単機で薦めるほどの実力なのだ。

 

「久しぶりですね……あの後、大丈夫でした?」

 

その言葉にきょとんとする趙雲。

意外という言葉がぴったりなほど、昔の徐晃から出るとは思えない言葉。

そして趙雲の表情に若干驚いたのか、逆に徐晃が一歩引いている有様だ。

 

その事にクスリと笑みを零した。

 

「ふ、問題無い。…しかし、その次の日に川から死体が複数流れてきたのだが」

「ああ、それは私です。何か強姦されそうになったので、つい」

「……」

 

気持ちは分からないでもないが、彼女の腕前であれば殺さずに済んだ筈…と、考えたがそれは無いと考えることを諦めた。

そう、彼女は殺人快楽者なのだ。

 

あの時の戦闘風景が趙雲の脳裏でフラッシュバックされる。

 

徐晃の剣を受けていた時、女性の助太刀が無ければ恐らく今この場に居ない。

 

今の実力はどれ程なのか、それを見るのに絶好のチャンスなのだ。

何より今は味方で、共に賊を倒す戦友である。以前襲われた事を忘れて徐晃を見た。

 

「……此度の戦。宜しく頼むぞ」

「…此方こそ」

 

互いに右手を差し出して握手をする。その胸に秘めている思いはそれぞれ違う。

しかし、目標は一緒である。賊の討伐だ。相手は強大である、ならば手を取り合ってこの状況を切り抜けなければならない。

 

…そう、違う軍にいる限り何時か必ず来るのだ……殺し合いが

 

にやりと互いに笑い合う。生きるか死ぬか。それは神のみぞ知る事であった。

 

「あーもう!お前ら!もうちょっと緊張感をもてよ!」

 

各々で行動を起こしている様を文醜が空へと叫びながら、内心顔良に助けを求めながら時間は過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

そして一陣の風が、東側の門へ奇襲を掛ける者たちに届いた。

 

「……来ます」

 

風が来た方向を向く徐晃。そしてその一言が全員の鼓膜を打ち、隊列を一瞬で整えた。

全員分かっているのだ、自分達が成功させなければこの策は成り立たないと。そして、主の顔に泥を塗りかねないのだと。

 

その数瞬後に砦の付近に潜伏していた斥候兵が走ってきた。

 

「伝令!西側より公孫賛軍が攻撃を開始しました!作戦決行です!」

 

その言葉を聴いた瞬間に文醜が静かに合図を出して、全員で草原を駆け始めた。

この作戦は時間が勝負。公孫賛が力尽きても駄目、誰かが反対側の砦へと守備につき始めたら困難になる。

そう、一秒も無駄には出来ないのだ。

 

徐晃もそれには気付いており、全員と同じペースで草原を音も無く駆ける。

だが、彼女には事前にある条件の下で単機での突撃を言い渡されている。その件については勿論、了解の二つ返事である。

 

そして徐晃の懐には、短剣が4本。

 

ぐんぐん近づいて来た砦の壁の上には数十人の見張りが確認された。

 

「おい、何かこっち来てるぞ?」

「ああ?…は!あんな少数でこの砦に対して何が出来るんだ?……構えろ!報告するまでも無い!」

 

最悪の展開であるが、既にその事は予期していた。

相手が弓を構えた瞬間、徐晃が気を使って爆発的な加速を行い、風を切るように直進する。

後ろから驚きの雰囲気が出ていたが、それはすべて無視である。今は一刻も早く壁に取り付くのが先決である

 

「一人突出してきました!…は、速い!」

「馬鹿やろう!怯むな!矢を放って殺せ!」

 

そして一斉に矢が徐晃に向けて放たれる。徐晃の耳に風を切る音が聞こえたのと同時に抜刀し、中る矢だけを全て切り落とした。

僅かな金属音。そして切れる矢。相手がまた攻撃する前に、一瞬で納刀し懐から短剣を取り出し、壁に向かって一本一本素早く投げる。

 

気で強化された短剣は見事壁に突き刺さった。

そして刺さった短剣を足場にして壁の上へと一瞬で駆け上がる。

 

「何!?ば、ばか」

 

徐晃の真上にいた指示を出していた賊が彼女の視界に入った瞬間

最後まで言葉を発せられずに首を掻き切られた。

 

「ひぃ!?」

 

壁の上には目算で120人程度しか賊は残っていなかった。そして壁の下には見た限りでは賊があまり確認されていない。

いや、居るには居るが、全員反対側の西側へと向いており、此方へは気付いていない。

それもそのはず、この砦自体80000も収容できるほどの規模がある。かなり大きいのだ。故に声は近くに来ないと届かない。

 

だが、それも時間の問題である。

 

「ふふ…」

 

数日ぶりの殺人の感触に徐晃は自然と笑みが零れた。そして、もう一振りの刀を抜刀したと同時に、離れた所で逃げようとした賊を斬った。

そう、気での斬撃である。徐晃のそれは殆ど見えない。が、そこまで射程距離は無いのでこういった場しか活躍の姿は見れないのだ。

しかし、相手はその事を知らない。徐晃が刀を抜刀したら後ろの味方が死んでいたという、悪夢のような出来事が目の前で起こっているのだ。

 

「あー、やっぱりこれは好きじゃないなぁ」

 

クスクスと笑いながらそう語る姿は美しい。しかし、恐ろしい。

にやりとその威圧感で一歩も動けない賊に対して笑みを送り、音も無く全員の首を刎ねた。

 

その光景を下から見ていた趙雲はあの時より遥かに洗練された動き、気の扱いを感じた。

そう、自身も強くなったと自負していたが相手はそれ以上。距離は縮まる所か、開いていると直感的に悟った。

 

「ふ…そうでなくては……梯子を掛けるぞ!我々も遅れを取るなよ!」

「「は!」」

 

そして二番目に壁へと取り付いた趙雲隊が梯子を掛けて、駆け上がる。

 

駆け上がった趙雲が見た光景は、地獄絵図であった。

賊は縦横無尽に駆け巡る黒い影に全て惨殺されて続けているのだ。

その中心には見たことも無いような血風が吹き荒れていた。その事で一瞬だけ気を取られていたが、直ぐに気を取り直し

 

「趙雲隊!全て壁へと上がったな、では我らは北門へと参じ、同盟軍の道を開けに行くぞ!」

「「は!」」

 

がらんとしている東側の壁の上を伝って北門へと、予定通りゆっくりと進軍していく趙雲隊。

そう、まずは南門から開けないと奇襲にならない。だからこそ、時間差がはっきり出るように慎重に進軍していくのだ。

 

「く!遅れたか!?夏候惇隊!このまま奇襲を賊に仕掛けるぞ!全員、一人もやられるなよ!」

「「応!」」

 

趙雲が北側へ進軍した直後に夏候惇隊、関羽隊、張飛隊、許緒隊、文醜隊が順番に到着した。

 

「文醜隊、姫様の軍をこの砦へと招き入れるぞ!進撃開始!」

「「はは!」」

 

文醜隊は南門の開門だ。そして南門と北門には戦力確保の為と、万が一に備えてそれぞれ一つの隊が一緒に行く手筈になっている。

 

「うにゃ!?趙雲隊が既に移動を始めているのだー!続けー!」

「「はっ!」」

「ちびっこに負けるわけには行かないよ!文醜さんの隊に続け!」

「「了解!」」

 

許緒隊と張飛隊がそれぞれ南と北に分かれて進軍するのだ。

それぞれ本体を招き入れたら用意されている自分の隊を率いて砦内へと侵入し攻撃するという段取りなのだ。

 

「関羽隊!我らも賊を討つため奇襲を仕掛けるぞ!突撃だ!」

「「おお!!」」

 

壁に備えていた階段を一斉に駆け下りて砦に奇襲を仕掛ける。

本格的な奇襲組みは徐晃、夏候惇、関羽の三隊である。

その中の夏候惇、関羽は砦内部の浅いところに奇襲を仕掛けて相手を混乱させる役目だ。

 

徐晃は砦の外に張り付き、片っ端から賊を切り刻んでいくのが役目である。

これは夏候惇、関羽の退路の確保も兼ねているので、かなり重要であるが

 

「ほらほらほらほらぁあ!」

 

嬉々として、賊達をその二振りの刀で無慈悲に殺していく徐晃。

二人の隊が砦入り口へと入る前に殆ど掃討されており、入り口から少し入ったところも既に死体の山であった。

 

それを尻目に二つの隊は砦内部へと侵入した。

その砦内部は広い。700は軽く入る部屋が出入り口正面にあり、そこまで二つの隊は進軍し賊を迎え撃つ。

奥からわらわらと賊が二人の隊目掛けて駆け込んで来るのが視界に入った。

 

「…ふ、怖気付いたか?関羽」

 

その光景を静かに見つめている夏候惇とその部隊。

…いや、既に二つの部隊が一つの部隊のように展開している。

 

「まさか。そちらこそ、恐怖で足を引っ張るような事はしないで頂きたいものだ」

 

青龍偃月刀を静かに構えて賊を迎え撃つ心算である。

この程度の賊達にやられる様では、劉備の志についていけない。

 

迫り来る賊の大群。その数は1000はくだらないであろう。その後ろからも賊が来ているのが分かる。

しかし、一歩も引く訳には行かないのだ。

 

「……夏候元譲」

「……関雲長」

 

すらりと賊へと向けて臨戦態勢に入り、気勢が静かに高まっていく。

二人を中心に音が無くなる。極限まで張り詰められた覇気に自然と兵達も呼応した。

 

あともう少しで賊が彼女達の陣が影響を及ぼす範囲へと入る。先頭の賊がその範囲へと足を上げて、地へつく寸前に

 

 

その張り詰められた覇気が……

 

 

 

「「参る!!」」

 

 

 

爆発した

 

 

 

一気に賊達の懐へと入る夏候惇と関羽。互いに牽制しあってきた仲なのだ。

そしてライバル意識を置いていた仲なのだ。その呼吸は正に阿吽であった。

 

関羽がその武器を振ると同時に、夏候惇は無意識に範囲外へとステップして敵を横凪に切りつけ、一気に三人を切り殺す

 

「3!」

「ふ、此方はもう5だ!!」

 

返す刀で賊達に対して斜めに切り上げる関羽を尻目に、夏候惇は突き出された槍を一歩斜め前へ踏み込み、流す。

槍を繰り出した人物と周りの人間を七星餓狼で絶命させていく。

 

「7!」

「9だ!」

 

互いに暴風を巻き起こして、殺した数を競う。リーチ差で勝っている関羽に若干のリードを許している夏候惇だが、そうは問屋が卸さない。

更にギアを上げて敵を殺す速度を徐々に上げていく

 

「ふん!13!」

「ちぃ!?12!」

 

その速度を見て舌打ちをする関羽。内心はその討伐速度に歓喜していた。

これほどの武を持つ者と肩を並べられる機会はそうはないのだ。

 

「どうした!ついてこれぬか!?」

「ほざけ!」

 

自然と笑い合う二人。

二人の武が共鳴しあい、無双が始まる。既に二人を止める術は存在していない。

互いに競い合い、主の為にその武を振るっているのだ。

 

しかし、今現在二人の胸中を締めているのは只一つ

 

「「負けてたまるかぁあああああ!!」」

 

極限まで高まった士気で夏候惇、関羽を中心に凄まじい戦果を着実に上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

「でやあ!」

 

砦南門付近。文醜隊と許緒隊が獅子奮迅の活躍をしていた。

視界の端で捕らえている徐晃のお陰でそちらにも兵士が流れていっているのは幸いであったが

それでも南門付近は数多くの賊が未だ残っていた状況であった。

 

「は!文醜様のお通りだ!どけええええ!!」

 

文醜もその大剣で賊をばっさりと切り殺しており、袁家の武を代表する力が存在しているのを証明していた。

だが、許緒も全く引けをとらない。いや、許緒は此れまでの人数的に考え、圧倒的な不利の戦闘をこなしてきたのだ

その経験を生かして自然に身についた立ち回りで、敵を葬っていく。

 

許緒の素の怪力は徐晃と謙遜無い。気での肉体強化をすれば徐晃の方が確かに強いが、それでも追随するほどの怪力だ。

その怪力から繰り出された鉄球は数多の賊をスプラッタにしながら葬っていくが、その勢いは留まることを知らない。

重量物が風を切る音と、賊の断末魔が当たりに鳴り響いている。

 

「許緒将軍の後ろを守るぞ!」

「「「おお!!」」」

 

そして兵士の連携。親衛隊に選ばれるほどの者たちで固めた許緒隊を抜くのは賊にとって至難である。

 

更に

 

「あたいらも負けてらんねーぞ!気勢を高めよ!一気に南門まで賊を突き破るぞ!」

「「おう!!」」

 

金色の鎧で身を固めている文醜隊。その姿が相まって相手に威圧感を与えながら無陣をぐいぐいと食い破るように進撃していく。

その傷口を広げるように許緒隊が縦横無尽に賊を吹き飛ばしているのだ。

 

「くそ!化け物共が!!止めろ!奴ら外の軍を呼ぶつもりだぞ!」

「でも、西にも軍が攻めてきてるぞ!?そっちはどうするんだ!!」

「知るか!!」

 

そして、彼女達のその進撃に恐怖を抱き、さらに南門の弓の射程外だが直ぐそこには大部隊の袁紹軍

西の門は既に公孫賛軍に取り付かれているのだ。混乱しないはずが無い。何より

 

「くそ!くそ!何時の間に入り込んできやがってたんだよおおお!!」

 

一人の賊がそう叫びながら許緒へと切り込んでいく。しかし、無慈悲にもその頭に鉄球が勢い良く当たり、頭蓋骨が砕け散りその生命も砕けた。

そう、賊にとっては警報も無しにいきなり本陣に化け物のような強さを誇る人間を筆頭に、賊が一人二人同時でやっと拮抗できる

人間が百以上も部隊を成して進撃してきているのだ。

 

「皆!一人では対応しないで二人で対応するように!決して命を無駄にしちゃ駄目だよ!!」

 

叫んだ賊の頭を打ち抜き、周りの賊もそれに巻き込んで壁へと吹っ飛ばした許緒が部隊へ檄を送る。

その横で文醜も奮闘しており、互いに背中合わせになった。

 

「やるな!」

「そっちこそ!」

 

一言交わす。それだけで互いの呼吸を理解し、あわせられる。

合図も無く二人で賊に飛び込んで旋風を巻き起こすその姿は、正に圧巻だ。

 

「どけどけぇい!袁紹軍の武勇とは、この文醜にある!その事を地獄で語り継げ!!」

 

二つの部隊が槍となり、南門へ向け一気に進軍を開始した。

立ちはだかる賊を文醜と許緒が叩きつぶして行き、血路を切り開き、荊の道を兵士達が続く。

 

「よし!南門を開門しろ!その間許緒隊と合わせて敵を寄せ付けるな!!行くぞ!!」

「「「おおおおお!!」」」

「許緒隊!文醜隊に合わせて動いて!行くよー!!」

「「「おう!!」」」

 

門に取り付いた二つの隊は予め決めていた門を開ける作業班を使う。その間彼らを死守しなければならない。

故に自然と方円の陣を敷き賊から彼らを守るように動いた。

 

わらわらと襲ってくる賊を斬っては投げの奮闘を維持し、時を待つ。

 

そして

 

「開門!開門!!」

「でかした!」

「やったぁ!」

 

重厚に開かれる大きな門の先に見えるのは黄金の軍隊。そう、袁紹軍である。

 

「壁の上を弓兵が集まる前に占領するぞ!その後本体と合流し敵を殲滅する!」

「許緒隊!袁紹隊にいるわたし達の兵士と合流して敵に当たるよ!」

 

二手に分かれて矢のように目的に向け各隊が走り出した。

ここまで半刻程度も経っていない。まさに奇襲と呼べる攻撃が今成ったのだ

 

そしてそれを待ちに待っていた黄金の軍隊。

 

「おーっほっほっほ!ここまでお膳立てしてくれた皆さんに感謝ですわ!袁紹隊!華麗に進軍ですわ!」

「皆!麗羽様に続いてー!我らの力を賊に刻みつけよう!」

「「「おおおおお!!」」」

 

そして黄金の部隊の進撃が始まった。その数は27000。内2000が許緒隊の人員である。

規律ある進軍は地鳴りを響かせながら賊を飲み込む勢いだ。その姿に賊は圧倒された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「西門に軍が来たぞ!」

 

北門からそう声が上がった。その場にいる賊の数は少ない。何故なら

 

「ああ、分かってる!今から援護に行くから先に行ってろ!!」

 

そう、既に西に軍が来ていることは賊の中で知らないものは居ない。しかし、奇妙だと声を発した賊がそう思った。

既に周知されている事をわざわざ声を張り上げて此方に伝えてくるのか?と。

 

「…おい、お前だれ」

「悪いが、先に逝ってもらおうか」

 

言葉半ばにその意志が途絶える。崩れた賊の後ろから姿を現したのは趙雲。

槍を首に向かって神速をもってしての一閃であった。静かに地面へと投げ出された為、周りにまだらに居る賊は未だ気付いていない。

そう、策は順調に進んでいっているが、それでも全ての人間が西へと集中するわけではないのだ。

 

ただ、その策のお陰で趙雲と張飛筆頭とした二部隊で対抗が可能な人数まで減っているのも事実。

 

ひっそりと砦の影に潜伏していた二つの部隊。張飛隊と趙雲隊が賊が崩れ落ちたのを皮切りに一斉に飛び出した。

 

「……ん?おい!後ろから軍が来てるぞ!」

「何!?は!あんな少数で、馬鹿が!」

「女がいるぞ!捕らえて楽しもうぜ!!」

 

先頭を疾走する趙雲を視界に納めた賊が下世話な事を叫ぶ。

にたり笑みを作る賊が一気に趙雲へと殺到したが。全員閃光に阻まれ、散っていった

 

紅い血潮が散っている中、賊を冷たい目で見下ろす趙雲

 

「…生憎、私は高いぞ?……尤も、もう聞こえんだろうがな」

 

ぞっとするような冷たい声で既に聞こえていない敵にそう吐き捨てた。

そして空気を入れ替えるように視線を上げ

 

「全軍!北門を占領するぞ!その後南門からの伝令兵を待て!合図と共に開門するように準備を怠るな!」

「「はは!!」」

 

その声に呼応するかのように奥から残っていた賊の大群と、砦から疎らに敵が趙雲と張飛隊へと掛けて来る。

 

「賊め!鈴々がお前達をやっつけてやるのだー!!」

 

張飛が突貫し、敵をその大きな蛇矛を手足のように操り、切り刻んでいく。

しかし、流石に物量が多く、中々減っていかない。このままでは直に押し切られるのは明白だ。

その事を見逃す趙雲ではない

 

「全軍!張飛隊を援護するぞ!続け!!」

「「「おおー!!」」」

 

その鼓舞と共に趙雲も張飛が暴れている領域へと神速をもって踏み入れ、隙を窺っていた賊を数人一気にその槍で吹き飛ばす。

 

「ぐあああ!?」

「あああああああ!!」

 

断末魔を上げ、他の賊達を巻き込みながら吹っ飛んでいく様を冷静に見つめながら、その神速の槍捌きで次々と敵を葬り去っていく。

その後ろでは張飛が孤軍奮闘しており、正に暴風と表現しても差し支え無い程の勢いで武器を縦横無尽に振り回し、賊を掃討していっている。

 

「おりゃおりゃおりゃー!次の相手は誰だー!!」

 

人が吹き飛ぶ光景が賊の目の前に広がり士気が下がり、逆に味方にとって何と頼もしいお方だ。という認識を抱き、自然と士気が高まる。

暴れていた張飛が趙雲の存在に気付き駆ける、そして趙雲も張飛に向かって駆けて

 

そのまま交差して互いの背後の賊に一閃。

 

背中合わせになり、互いの呼吸を確認する。どうやらお互いまだやれそうである。

 

「お姉さん、すっごい強いのだ!」

「ふふ、貴殿こそ力溢れる槍捌き…この趙子龍。感服致したぞ」

 

にひるに笑い二人を中心に囲んだ賊を見る。奇しくも張飛も同じ表情をしていた。

 

「何か、すっごい呼吸が合うのだ!…どこかで一緒に戦ったことあったかなー?」

「口説き文句には……まだ早いと思われるぞ、張飛殿!」

 

その言葉と共に二人同時に飛び出し、暴れまわる。北門は南門に兵が集中するまでの間に門を制圧。

もしくは、何時でも連盟軍を砦に招き入れる手筈を整えることが目的だ。

 

「我が槍の妙技!冥土の手向けにしてやろう…掛かって来い!!」

「おりゃー!鈴々の蛇矛の錆になる奴は前へ出てくるのだー!!」

 

二人の奮闘を眼にし、精鋭部隊も気勢が高まり、動きが洗練されていく。

目の前に武の極みに達している人物が目を見張るような働きをしているのだ、武に精通しているものであればわくわくするだろう。

その感覚を胸に灯し、相手を殲滅せんと自身の武技を信じて、前へ。

 

「門を死守しろ!相手に慈悲を与えるな!その武技で尽く食い破るぞ!」

「「「おおおおおお!!」」」

 

二つの隊が一つになった瞬間であった。

完璧な阿吽の呼吸で武の旋風を巻き起こしている趙雲と張飛

それに呼応するかのように軍勢も勢いを増す

 

「くそ!化け物か!?」

 

一人の賊が彼女達を遠巻きに見ながら冷や汗を垂らしていた。

あそこの領域に片足でも突っ込んだら確実に死ぬ。そう悟っていた。

その賊の後ろから一人の男が走ってきた

 

「おい!南の門から官軍が!?」

「何!?…ちぃ!やはり此方が囮だったか!…おいお前ら!南が本体だ!こいつらは囮だぞ!?」

「くそ!官軍共め!」

 

遠巻きに見ていた賊が次々と南門へと走る。目の前の惨状を見れば、殆どの人間はそう行動するだろう。

賊にとってはまるで悪夢のような光景だ。昨日一緒に女を犯していた人間は既に紙くずのように真っ赤になりながら大地へ身を沈めている。

それらの光景が至るところに存在しているのだ。そう、普通の人間なら挑みたくないのだ。

 

「へ、ありがとよ。じゃあ俺らもあんな化け物な」

 

走ってきた男に最後まで言葉を発しようとして、腹に灼熱の何かが通り過ぎた。

見ると陽に反射して輝く白刃の刃。灼熱だと感じたのは己の血液。

 

「ぎゃあ!?……き、きさ」

 

一気に引き抜き、首へ剣閃を走らせた。そして賊の首が宙に舞った。

男は血を振り払い、趙雲が戦っている領域へと足を踏み入れ、賊を切り殺しながら近づく

そしてその身に纏っていた黄巾を捨て去り、口を開いた

 

「伝令!南門より袁紹軍が内部へと侵入成功致しました。北門を開放し、総攻撃を仕掛けよとのこと!」

 

その男は細作の任務をこなした連盟軍の伝令兵であった。

賊の挙動に気を付けながら趙雲に最後の伝令を伝えた

 

「分かった。北門を開門せよ!ここが正念場だ、遅れるな!」

「「はは!!」」

 

ゆっくりと開いていく北門。その先には既に陣を敷き終えている連盟軍。

青と緑のその軍隊は数多の賊軍を排除している歴戦の軍隊。この大陸でも屈指の実力を備える者たちだ。

その先頭に金色の髪と桃色の髪の女性が二人。そして光り輝く男が一人。

 

「漸く出番ね…劉備、後ろへ下がっていなくていいのかしら?」

「問題ありません。何故なら私は劉玄徳ですから。それに、鈴々ちゃんと愛紗ちゃんが一生懸命戦っている。それだけで十分!」

 

すらっと差していた宝剣を劉備は引き抜いた。

太陽の光に反射されて光り輝く刀身は曹操が厳重に保管している宝剣となんら謙遜無い程の業物であると見抜く。

しかし、それ以上に光っているのは劉備のその瞳。信念に燃えるその意志は、曹操をもってしても素晴らしいの一言である。

 

「俺も前線で士気を維持する役目に回るよ」

 

光輝いている衣服を間とている男、北郷一刀は手に剣を携えながら劉備を見て頷く。

 

「あら、ここは男として前線で活躍する。とは言わないのね」

「ああ、分は弁えてるつもりだ」

「結構」

 

にやりと、曹操は笑みを作る。最初は疑り深い男だけという評価だが、彼から出る提案は正に眼から鱗のような新しいく、されど洗練されたようなもの。

天の御遣いの称号は伊達ではなかったのだ。また、自信を誇示する事を必要最低限に留め、ここぞという時に前線へと出るその勇気。

 

だが、まだ甘い。

 

しかし、それは誰でも歩く道筋。誰もが甘い道を通り誰もが現実を知り、乗り越えていくのだ。

 

視線の先の北門が重厚な扉をゆっくりと開いていく。その中、曹操が数歩前へ出て軍の方へ振り返る。

そして、手に携えている「絶」を天へと掲げた。同盟軍の誰もが曹操の覇気に触れ、その動向を見守るように姿勢を正し、曹操を見る。

 

「聞け!同盟軍の諸君達よ!第一陣の公孫賛に始まり、第二陣の決死の奇襲戦。どれも綱渡りの状況を見事、袁紹軍へと渡してくれた。そして最後の幕引きは我らの役目である。

全員武器を引きぬけ!気勢を高めよ!その武勇を下賎な賊どもに叩きつけ、大陸に我らの怒りを轟かせろ!!平和を脅かす黄巾の賊に地獄への引導を渡す時よ!…全軍、突撃!!」

「「「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」」」

 

完全に開門したのと同時にその手の絶が振り下ろされ、覇気が風となり砦へと運んでいった。

 

ここに英雄が立つ。黄金の髪を風に靡かせ、瞳が爛々と輝きを見せる。そう、此れこそが曹孟徳。

 

曹操の覇気に曹操軍、劉備軍全軍が呼応し、天にまで届かんとする雄たけびを上げながら一筋の龍が砦を食い破る勢いで猛進する。

地鳴りは何処までも響き、数里先の砦の中にいる趙雲と張飛の耳に入るほどである。

 

「……あれが、曹孟徳」

 

北門を占領した趙雲が一つの巨大な生物となって砦へと進軍してくる同盟軍を壁の上で見ていた。その様を見た賊は既に砦の内部へ逃げている。

気持ちは分かると趙雲は思う。あれほどまでの覇気。覇王を名乗る人物は正に王と呼ぶに相応しい気風を持っている。

覇気の風に当てられて、趙雲隊、張飛隊も士気が極限まで高まっているのだ。

 

「…趙雲隊!同盟軍が砦へ進入次第、本体と合流し敵殲滅に当たるぞ!」

「「おおー!!」」

「鈴々の隊も本体と合流して桃香様とご主人様の安全を確保するのだー!」

「「はは!!」」

 

二人の隊がそれぞれの方針を伝えて、彼らの到着まで目に付いた賊を討伐していった。

 

彼らの命運は、今日、この日に尽きるのが天命であった。

 

 

 

 



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23話

 

砦内部は既に混沌としていた。

袁紹軍の黄金の部隊、曹操軍の蒼い部隊。劉備軍の緑の部隊。そして黄巾賊。

南と北の砦内部への入り口から三つの軍が黄巾賊を食い破っていく。

 

その中でも夏候惇、関羽は奇襲の時から全く動きが鈍ることなく、その身を血化粧で着飾っていた。

 

「くそおおおお!」

「化け物がぁあ!!!」

 

その声がした方向に二人は同時に閃光を走らせる。

身にまとう簡易な防具毎断絶する武技は妙技と表しても問題ないほどだ。

 

「があああ!?」

「ぎゃああああああ!」

 

断末魔を上げて絶命する賊。そして背中合わせで肩で息をする二人。

 

「はぁ…はぁ…」

「はぁ……ふぅー」

 

しかしその集中力は、その鋭い眼光は全く衰えていない。寧ろ己の限界を超えんばかりに気勢が高まっているのだ。

だが、周りの賊は化け物と表している二人の息が上がっている事を目にして、絶好の機会と判断したようだ。

上の階から呆れるほど賊がどんどん追加されていき、二人を瞬く間に囲んでいった。

 

「は!化け物といえど、所詮は人間。野郎共!この二人を殺せ!!」

「「「おおお!!」」」

 

賊が雄たけびと共に殺到する……その直前に、轟音と共に砦の入り口から人間が数人、彗星の様に吹っ飛んできて、囲んでいた賊を巻き込んで壁へと叩きつけられた。

吹っ飛んできた方向を瞬時に見る賊と二人。その視線の先には堂々と二つの刀を携えて歩いてくる黒い髪を少し赤色で汚し、血化粧を纏った人物。

 

徐晃である

 

「南側の外に賊はもう殆ど居ませんから、殺しに来ました」

 

本当に軽く言葉を紡いだ徐晃は、にやりと夏候惇と関羽を見る。

 

「ふん!余計なことを」

「全く、相も変らぬ強さだな」

 

徐晃が現れてからのやり取りで既に呼吸を整えた二人は、徐晃を皮肉った。

そして先ほど複数吹っ飛んだお陰で穴が出来ている包囲網から一気に駆けて、自分の隊を呼んだ

 

「夏候惇隊!華琳様の本軍と合流し、敵大将の首を献上するぞ!続け!!」

「関羽隊!此方も桃香様の軍と合流し我らが先に首を上げるぞ!!」

「「おう!!」」

 

そう、目的を忘れてはいないのだ。

故に、視界の端で捕らえている各軍の兵隊の色から本陣の位置を大まかに予測し、一丸となって駆ける。

 

「「どけぇえええ!!」」

 

賊の壁へと食い込み、破竹の勢いで二人の隊が徐晃を残して、おそらく居るであろう各軍の本隊に向かって突貫していった。

その様を切りかかる賊を常人では不可視の剣速で切り刻んで見ていた徐晃。

 

「……何となく、仲がいい…のかな?」

 

殺しの快感で脳が少し蕩けている状態での思考は、そこまでの結論しか思い当たらなかった。

そして徐晃はその事を脳内から追い出して、周辺の賊を切り刻みながら、賊が降りてきた階段の方面へと進む。

 

砦の中は非常に広い。出入り口の広場は1000人は優に収容できるスペースを確保してあり、砦より城と言っても謙遜無い規模だ。

しかし、80000もの人数が収容できるのだ。それ相応の広さが無いのは逆に可笑しい。

 

「くそ!止めろ!あれを止めるんだー!!」

 

階段にも多くの賊が徐晃を待ち構えていた。だが、彼女に対してはかえって好都合である。

鎧袖一触で彼らを掃討する姿は畏怖を与え、戦意を喪失させているほどだ。

 

「止めて見せてよ。もっと、もっと!もっと来て!」

 

その戦意喪失に拍車を掛けているのが徐晃の狂気。

残酷非道に賊の一部を切断し、その断末魔を楽しみ、快感を得ている。

まるで自分達の悪意がそのまま自分達へと降りかかっているような錯覚。

 

階段を上る毎に、彼女が歩を進める毎に聞こえる死の足音。

 

満面の笑顔で魂を狩り、阿鼻叫喚を作り出しているその姿は正に死神。彼女が通った階段は既に死屍累々の道が出来上がる。

そして、砦の二階に上がり更に待ち受けていた大勢の賊に対して笑いながら突貫し、目を見開き彼らの最後の表情を楽しむ。

 

「う、うわあああああ!?」

「来るな!来るなぁあああああああ!?」

 

正気は保てなかった。彼女の剣閃の範囲内に一歩でも…いや、つま先が入った瞬間に殺される未来の姿しか彼らには思い浮かばない。

 

「お、おい!全員で掛かれば」

「ならてめぇがいけや!!」

「おい!やめろ、やめろおおおおお!?」

 

混乱した賊に指示を出し、後ろに下がっていた男を別の賊達が腕を抑えて徐晃に向けて押し出した。

にたりと笑った徐晃はその二つの刀をその賊だけに対して動かした。

 

「はへ?」

 

涙と鼻水で汚れた表情で惚けた声を零した。地面に立っていたはずなのに、浮いているという感覚に対してその言葉が零れたのだ。

まるで水溜りに向かって躓き、転倒したように水分を含んだ音が彼の耳に届いた。

 

急いで立ち上がらないと、そう思って手と足を動かそうとするが、感覚はあるはずなのに自身の視界が全く変化が無い。

そう、今間違いなく両腕を動かし、自身の体を持ち上げようとしているのだ。でも、持ち上がらない。

 

そこで彼は気付く。此れほどまで混乱していたのに何故か辺りが静かである。

 

いや、違う。何故か周りがゆっくりと動いているのだ。

 

その様子をちらりと見ていると、視界の端に光るものが見えた。体を転がすよようにその方向へと体を向けると

絶世の美女が綺麗な顔を浮かべて此方へと微笑んでいるのではないか。

 

「あ、ああ……綺麗だ」

 

その言葉と同時に男の頭部へ眼球を貫通するように二振りの刀が彼の頭部を貫いた。

傷口から血が噴出し、男は数度体を激しく痙攣させて…絶命した。血だらけのその体には既に、手足は無かった。

 

「ふふ…おやすみ」

 

静かにそう彼へと言葉を送る。なんてことは無い。ただ単にそうしたかっただけである。

一人で何度も楽しめるのだ。楽しめるという理由で賊を惨殺する彼女の心境は何者にも理解できない。

いや、常人は理解しようとも思わないだろう。

 

「おい!何だよお前!気持ち悪りぃよ!何だよもう!いい加減にしてくれよ!やめろ、やめろよおおお!!」

 

完全に狂気に飲まれた賊の一人が徐晃へ向けて剣を構えながら、支離滅裂な、しかし素直な激情を彼女にぶつけた。

もうこの場に居る賊には徐晃を倒すという意志は既に喪失している。

先ほど殺された男に向けて二振りの剣を振った瞬間に、左右の腕と左右の足がそれぞれ宙に舞ったのだ。

 

そして無様に自身の血の池に体が投げ出され、頭部を突き刺され死亡した。

 

本当に一瞬であったのだ。彼らにとっては。故に悟ったのだ、この化け物には絶対に敵わないと。

 

カタカタと金属が揺れる音が空間に響いた。その音は至るところから発せられている。

そう、彼らの体が震えてその粗末な剣が振動で揺れ、床や壁、隣の剣にぶつかって音が発せられているのだ。

 

賊の言葉に真顔になり、声を上げた賊の方へと体を向ける。そして嘲笑う。

 

「ふふ…あは、あははははははは!やめる?この私が?殺しをやめる?ありえない!ありえないよ!

私が私である限り、そして君達みたいな獣が居る限り私の狩りは終わらないんだよ!わかる?この気持ち、この感触、この心地よさ、この感動!この快感!!」

 

ぞわりと徐晃中心に冷気が発せられる。いや、冷気が発せられたように、賊達の体に冬の水が全身を襲ったかのような冷たい感覚が全身を駆け巡った。

 

「理解なんかされなくて良い、共感されなくても良い……この感動が、この快楽が独り占めできるだけで…………満足だよ」

 

口が裂けたかのように歪な笑顔を浮かべ瞳孔が完全に開ききり、その深い蒼の瞳に誰もが吸い込まれそうになる。

既に魔境と化した空間。空気に錘が付いているように重く、呼吸するのが精一杯の賊。誰も彼もが恐怖という二文字を脳裏に刻み付けられた。

 

事実、その狂気と恐怖を受けて失禁し、気絶するものも見える。

 

そして彼らは既に、我慢の限界であった。

 

 

「あ、ああ……うわあああああああ!!殺せええええええ!ころせえええええええ!」

「「「「ああああああああああああ!!!」」」」

 

 

一刻も早くこの人間を殺さなければ行けない。一刻も早くここから逃げないといけない。

叫喚地獄の様に賊達が雄たけびという慟哭を上げながら、階段へ、徐晃へと一気に殺到する。

 

 

その光景を笑いながら受け止め、気で極限まで強化した肉体を駆使して…紫電となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、我らが波才の首、頂戴しようではないか!全軍、この趙子龍に続け!!」

「「は!」」

 

曹操軍、劉備軍、袁紹軍が賊を駆逐している中、一足先に突出した部隊が存在していた。

趙雲隊である。巧みに部隊を纏め上げ、彼女自身の武勇と知恵で賊を蹂躙し、北側の二階へと足を運んだ。

それでも大群と言えるほどの物量で何とか趙雲隊を押し留めようとしているが、それも彼女の槍の前では紙も同然であった。

 

「ちぃ!?夏候惇隊!我らも二階へと歩を進めるぞ!」

 

本体と合流し、曹操の無事と他のメンバーの無事を確認した直後に残りの夏候惇隊を引き連れて再度、砦へと潜入した。

奥から沸いてくる賊はもはや悪あがき程度の抵抗である。いかに堅牢な砦を持っていても、それを引き剥がせば赤子も同然。

正規に訓練している人間の方が戦闘に関して一日の長があるからだ。

 

「ええい!鬱陶しい!」

 

しかし、趙雲よりも素早さが劣っている夏候惇隊では、賊の物量に捕まり、中々硬直状態から抜け出せない。

切れども切れども奥から賊が軍に向かって、突撃してくるのだ。

 

しかし、そこに救世主が現れる。

 

鈍く光る鉄球が速度を落とすことなく、夏候惇隊を阻んでいた賊をなぎ払った。そう、許緒である。

 

「春蘭様!」

「さすが季衣!でかしたぞ!」

 

その空いた空間に躍り出て階段を上っていく、趙雲に遅れて漸く二回へと進出することが出来たのだ。

既にそこには趙雲隊と関羽隊がそれぞれ賊を相手にしているが、それらを尻目に、新たに向かってくる賊を相手にする。

 

「く!夏候惇がもう来たか!」

「はん!関羽。我らが波才の首を上げるのだ!」

「ぬかせ!」

 

既に一回の賊は鎮圧寸前である。死体もそれ相応の多さで、この砦内は混沌としていた。

彼女達が中心となり、賊を紙切れのように葬っていき、他の部屋を後から来る本体へ任せ

とうとう、最上階へと全軍が駆け足で階段を駆け昇り、その空間へと足を運んだ。

 

「ふ、並ばれましたか」

「ふん、趙子龍といったな、波才の首は渡さんぞ!」

「……待て」

 

そう、運んだのだ。

 

 

関羽が静かに二人に対してそう言った。何を馬鹿なと関羽を見ると、その目が驚愕を語っているように見開いている。

そして二歩ほど遅れていた夏候惇、趙雲は関羽の隣まで歩を進め最上階の部屋を見る。

 

そして、その光景に絶句した。

 

砦周辺、砦内部一階、二階と、踏破してきた。そう、同じ砦の中のはず。

その筈なのに、そこの最上階だけは空気が決定的に何か違っていた。一言で表すのなら……重い。

下の階の喧騒は嘘のように、一番激戦になる筈だった空間が、静かなのだ。

 

最上階の部屋は真っ赤であった。数多の賊が絶命し、微かに息をしている者が、死を待つように呻いている。

 

全員が体の一部を切断されて、もはや誰の手足か分からない、誰の首か分からない、悲惨すぎる有様。

 

「ごはぁ!?」

 

誰かが何かを吐いた音が彼女達の鼓膜を打った。そこで漸く、呼吸を取り戻し音の根源の方向へと視線を移した。

 

そこに居たのは黒髪の鬼。否。徐晃である。

 

片手の刀を大男の心臓…より若干下を刺し、男の体を貫通し、片手で宙に浮かばせていた。

その刀からてらてらと光る血液が刀の鍔を通して徐晃の右手を汚し、床に血の池を作っている。

 

「ぐ、ぐおおおおお!!」

 

最後の気力を振り絞ったのか、雄たけびを上げながら賊の大男、波才は右手で持った剣を徐晃に切りつけようと振りかぶった。

 

その瞬間に彼の腕が宙に舞う。

 

「があああああああ!?」

 

勢い良く傷口から血が噴出し、徐晃を汚すが、彼女は嫌な顔一つせず全てを受け入れていた。

そして切り上げた左手の刀で彼の上半身と下半身を分かれさせ、更に男の絶叫が室内を満たす。

 

「あ…ああ……て、天和……さ…ま。…に、にげ」

 

一時の時間がたち、とうとう叫ぶ気力が無くなり、その体力が無くなって瞳から光を失っていた。

だが宙で血だらけに成りながらも彼は視線を天へと向けて、何かを呟いた。……が

 

最後まで言葉を発せられずに徐晃が右手の刀を一気に引きぬき、重力の檻に引きこまれるように落下する波才の首に剣閃を走らせ……絶命させた。

 

地面に落ちた拍子に首も分離し、勢い良く北の入り口の方へと転がった。

それに気付いた徐晃はその転がった方向へと視線を向け、夏候惇、関羽、趙雲の三人の姿を認識した。

 

「…その首が波才だよ。私は興味ないから、誰か貰っていってもいいよ」

 

この室内には相応しくない、綺麗で穏やかな声が徐晃から発せられる。

だが、誰も言葉を発することが出来なかった。彼女達は本当に徐晃が仲間なのか、一度胸中で問うた程である。

 

危険すぎる

 

南側の入り口から他の兵士が見えていないとなると、一人でこの階まで来て一人で制圧したということになる。

死んでいる賊は目算で2000以上はいる。室内だと矢は殆ど機能せず、また槍もそのリーチで他の人間に当たって使いづらい。

だから死んでいる賊の殆どが剣や短剣を握って絶命しているのが見て取れた。

 

平原では槍、矢、剣と、多彩なリーチ差での波状攻撃と柱などの障害物や、壁など無いから避ける範囲も限られている。

しかし、室内は徐晃の独壇場なのだ。壁や柱を使い、天上すら足場と利用し、三次元的な動きで敵を切り刻むのだ。

 

故にこの数字は徐晃にとって何ら驚くことではない。また、あの防衛戦で限界を突破し、徐々にだがその能力も上がってきているのだ。

 

(…秋蘭、これも徐晃なのか?)

 

冷や汗を垂らして徐晃を凝視する夏候惇。確かに、確かに味方は一人も切り殺していない。

あの時も、味方を巻き込まないように賊をふっ飛ばしている。だが、それを差し引いても、これは危険すぎる。

 

彼女達も賊達の首を刎ねたり、その胴体をなぎ払ったりし、徐晃と余り変わらない様な死体を築いてここまで来ている。

その自覚はあるし、殺人という行為については、各々の「信念」を見出し、それに則って犯しているのだ。

 

だが、徐晃のように殺人を楽しむという事は無い。むしろ、殺人というより、武を命がけで競っているという感覚が彼女達には近いだろう。

だからこそ、徐晃の殺人快楽は彼女達でも理解できないのだ。故に恐れたのだ。

 

「……その首は徐晃殿が上げた首、我々が貰うような人物だと思うのならば、失望するぞ」

 

以前の事もあり、いち早く気を取り直した趙雲が槍の血糊を振り払い、厳しい顔で徐晃を見る。隣の関羽も厳しい表情だ。

 

「そうですか」

 

そうして、転がった首まで歩いていき、生気が無い瞳を虚空に向けている生首の髪を掴み、掲げ

 

「曹孟徳が客将、徐公明。敵将波才を討ち取った」

 

首から血が滴る中、この戦の最後を宣言した。

そのタイミングで徐晃が通ってきた南門から賊達がその手に武器を携えて援軍に駆けつけた。

しかし、徐晃が掲げているその首を見て、自分達を支えている人物が死んだという現実を悟った。

 

波才の首が徐晃に獲られた事は瞬く間に全軍に広がり、賊へと降伏勧告を行い。この戦は決着した。

同盟軍の死者は7000程度に対して、賊の死者は戦闘員の総数の半分以上、37000という数字であった。

 

荀彧、諸葛亮の策が上手く回り、それぞれの兵士が呼応し、士気が高く保てていたのだ。

そして、奇襲組の獅子奮迅の活躍。連盟軍の龍の如くの勢い。

 

最後に徐晃の狂気での結果であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん!此度の戦、大儀でありました!この事は朝廷の耳に入ることでしょう。それでは、解散ですわ!」

 

 

戦後、砦内の捕まっていた女性を全員、専用部隊を作成し、助け、各村へと兵士が護衛に付いて帰っていった。

賊は何人か見せしめで処刑した。その際、劉備が止めに入り必要最低限にまで抑えられた。そして賊の心を完全に折れさせ、それぞれの軍が大量の捕虜として扱った。

全員その場で処刑でも誰も文句は言わないが、曹操は彼らを労働力として使うことを既に決めている。

 

彼らの生涯は既に決まったのだ。一生曹操軍の手足となり従事すること。これが賊の末路である。

だが、それでもかなり良いほうだろう。彼らは命を奪い、女を犯し、物を奪ってきたのだ。

殺されないだけでもましだ。国を憂いてたった人間もいた筈だが、結局は人間権力や力を手に入れれば、こうなることは簡単に予測できる。

 

そう、権力に溺れない者が上に立ち、国を導く。これがこの国にとっては理想なのだろう。

民主主義はこの時代ではまだ早すぎる。何故なら民に学が無いからである。

 

各軍、死体の処理や兵士の手当て、物資の補給などを行い、丁度四日程で陣を引き払い、帰って行った。

 

「徐晃。ずいぶんと暴れたようね」

 

他の軍が全て陣を引き払い、各々の領地へ帰って行ったが、この連盟軍は転戦を行っているのだ。

次の賊の情報まで無駄な出費を避ける為、こうして陣を維持しているのだ。

その各天幕の中で曹操が徐晃を呼んで、開口一言、そう言い放った。

 

「うーん、まぁそうですね。首も上げれましたし」

「……その首を他人に上げようとしていたのは頂けないけど、まぁ義務では無いこと。…その件については今後、気をつけて欲しいとしか私からは言えないわ」

「わかりました。気をつけます」

 

曹操は夏候惇から徐晃の行いを細かく聞いている。今現在、曹操と会話をしている徐晃が残虐非道の限りを尽くした。という事を。

だが、曹操はその事については黙認している。この件では曹操陣営が不利になるような事は、一つも無い。

相手は略奪を繰り返してきた賊だ。そして、討伐命令が既に朝廷から下されているのだ。問題ない。

 

何より、民衆には賊を退治したという情報しか来ないからだ。

 

これがもし、国通しでの戦闘であったら問題だ。戦争に関係ない商人等で情報操作が可能な現状、残虐非道の噂が流れれば、それは曹操にとって不利益となる。

それだけで強引に大義名分として結びつけて他国が侵略してくる可能性も僅かながらあるのだ。

 

首を上げた件もそうだ。

 

幸い、徐晃が差し出した相手は武に重きを置いている人間であったから、突っぱねてくれたのだ。

これがもし、他の人で、一対一であれば…と考えると、これは反省してもらいたい。

 

しかし、あの夏候惇があれほど危険を訴えるとなると、軍内部に影響を与えかねない。

だが、それでも信頼をしている夏候淵と許緒の存在もいる。いくら夏候惇が危険と訴えても一人の意見だけで、徐晃を排除するのは不可能。

それこそ、軍内部の影響が出る。

 

この件は既に荀彧に相談してあるが、今はまだ経過を見守るしかない。という見解だ。

 

荀彧も夏候惇の話を聞いたが、彼女は損得でそれを判断し、まだ得の方が勝っているということである。

よって、徐晃は排除せず、今回の失態の件だけを注意するに留めただけだなのだ。

 

それに、曹操はそれを差し引いても徐晃が欲しいと思っている。

 

だが、まだ物にする時期ではない。必ず彼女を曹操の前に跪かせる機会が廻ってくる筈だ。その時でいいのだ。

 

それに、この位の人物の手綱を引けなくて何が覇王であるか。

 

「分かれば宜しい」

 

だが、この問題を放置するわけにも行かないのも事実。いかに徐晃を夏候惇に認めさせるか、頭を悩ませる曹操であった。

 

 

 

 

 



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24話

 

 

 

 

先日の大規模な黄巾賊を討伐して一週間。同盟軍も陣を引き払い、賊を倒し、その近くの町へと駐屯を決めた。

人数は16000と、当初から徴兵を行って人数を保っていたが、先の戦闘で2000も減ってしまっている。

故に、この先確実に控えている最終決戦に向けて、各々陣営で徴兵を行うのだ。

 

だが、現状劉備軍は治めている土地が無い上に、スポンサーも少ない。故に徴兵一つでも一苦労なのだ。

調練は関羽、張飛が付いていることもあり、錬度が高く纏まっているが、それ以前の段階での問題だ。

故にそこ徴兵は集まった人間がどの陣営につくかをある程度、公平にするように分ける。

 

…尤も、各町へと行く劉備軍の将にも徴兵を行ってもらうが。

 

徴兵のほかにも、兵士の娯楽、息抜き等の休日。更に物資の確保や調整、武具の修理など、やることは盛りだくさんだ。

 

やることが沢山あっても、将にもちゃんと休日というものが存在している。

 

「あー…いい湯だ」

 

その休日を謳歌するものが真昼間の街の宿の、大きなお風呂の施設内に一人。長い黒髪を後ろで縛ってアップにし湯につけないように配慮し

布を畳んで頭の上に乗せている。豊満な胸を湯に浮かべ、湯船に足を伸ばしてリラックス状態の徐晃である。

 

長い遠征は心身ともに疲労が蓄積していくのは必須である。それに、女性であれば一週間に一度は絶対に風呂にだけは入りたいのは真理である。

無論、徐晃もその例に漏れず、久しぶりの休日に久しぶりの湯を楽しんでいるというわけである。

ここで、お酒が好きな人物であれば酒を用意して飲みながら長湯するという、乙な嗜み方もあるだろうが、徐晃はそこまで酒が好きでは無いので、何も持ってきていない。

 

現在この大きい風呂の中には徐晃一人しか居ない。それはそうだ。真昼間から入る人間は殆どいない。

いや、この状況で真昼間から入る人間は、徐晃くらいしか居ないだろう。いくら休日だからと言って、出陣が無いとはいえないのだ。

しかも昼間だとその出陣する可能性が飛躍的に上昇するのだ。他の人間が見たら何をやっているのだと言われるに違いない。

 

だが、徐晃はそんな細かいことは気にしない。軍の編成は夏候惇と于禁。政は荀彧が筆頭で、夏候淵、李典など。楽進は警邏の仕事を行っている。

楽進は非常に正義感も強い一面を持っている。故に天職というべきか、警邏隊長に任命された日から張り切って、街の治安維持を勤めているのだ。

 

徐晃は他の人の手伝いや、本当に小規模の1000人位まで賊討伐が主である。

 

徐晃一人だと、対応が物凄く早い。俊馬を駆り100里以内。つまり、街を中心とした半径40キロメートルの小規模な賊討伐なら、一日で片付けるのだ。

それに、徐晃には曹操軍を名乗るように言いつけられており、評価も順調に上がってきている。また、徐晃の名も売れ始めてきているのだ。

しかし、当の徐晃は名が売れ始めていると聞いても、全く興味を示さない。何故なら彼女はそんな名誉欲は欠片も無いからだ。

 

徐晃は湯を両手で掬い、透明なお湯をじっと見つめて意味もなく、投げる。彼女の気分転換は此れでいいのだ。

体を休める。これは徐晃の殺しにも重要なことなのだ。何故なら疲れた体での殺しは余りすかっとしないからだ。

動きも徐晃が満足するレベルまでに達しない他、殺せる人数も少なくなるという点もある。

 

暖かく、されど熱過ぎない湯船に浸かりながら徐晃は風呂を満喫している中、更衣室へと繋がる扉がガラガラと開いた。

その音と共に水場を裸足で歩く音が聞こえてくる。その音に徐晃はのっそりとその方向を見ると

 

「曹操さん」

「あら、徐晃だったの」

 

金色の髪を下ろした曹操が、全裸で威風堂々と徐晃を見下ろしていた。

曹操の右手に持っているのは、何やら高級そうなタオルで一品物だと直ぐ分かる。対して徐晃はその辺の雑貨屋で買える質の悪いタオルだ。

一目瞭然だろう。その事を尻目に、徐晃が体を曹操の方へ向きなおす。

 

「曹操さんこそ、こんな真昼間にお風呂なんて、どうしたのですか?」

「あら、私が昼間からお風呂に入る事がそんなに意外かしら?」

「ん~…そういう事は、あんまり考えたことはありませんでしたね」

「そう」

 

その間に曹操は体を洗う為、風呂用の椅子に座り、香料を含んでいる石鹸で体を洗い始める。

風呂の中に女性特有の甘いにおいと、清涼感漂う涼しい匂いが徐晃の鼻をくすぐった。

ごしごしと時間を掛けて洗ったのだろうか、ばしゃんと、桶からお湯を体にかける音が数回した。

 

「徐晃」

「何ですか?」

 

徐晃は既に体と頭を洗って、風呂でゆっくりしているだけであった。そのゆっくりしている徐晃に曹操は声を掛けた

くるっと、後ろを振り返り、曹操を仰ぎ見る。

 

「背中を洗うのを手伝いなさい」

「嫌です」

 

徐晃はくるっと反転させて、ゆっくり寛ぐ。その表情には、まだ背中も洗ってなかったのかという思いが、少しは入っていたのかもしれない。

 

「いいじゃない、減るものでもあるまいし」

「んー……何故か嫌な予感がするのでちょっと」

「命令よ」

 

曹操は不敵な笑みを浮かべて徐晃を見る。腕を組んでおりその小ぶりな胸を精一杯主張していた。

その光景に特に思うことなく、ため息を付いて風呂から体を持ち上げた。風呂場特有の湿った空気に触れて、名残惜しそうに風呂から完全に出る。

 

「ふふ…」

 

じろじろと曹操は徐晃を観察するが、それも直ぐやめて後ろを振り返り、専用の布を徐晃に渡す世に後ろに向かって手に持っているタオルを突き出す。

徐晃はその前に他の椅子を持ってきて曹操の後ろへと設置し、そこに座った。

曹操から突き出された高級感溢れる、もふもふした、やわらかい布地で作られているタオルをさわり、何故か負けた気がした徐晃。

 

それを表へと出さずに、丁寧に石鹸をタオルへと馴染ませて、ゆっくりと曹操の背中へと当てて、優しく洗う。

その事に曹操は何も言わず、ただただ受け入れ、身を任せていた。

 

「……徐晃」

 

少し力を入れてごしごしと背中を洗っていた徐晃に、曹操が正面を向きながら声を掛けた。

その雰囲気から、どんな表情をしているのか、徐晃が知る術は無い。

 

「何ですか?」

「…部隊の件何だけど、徐晃はどれくらいの規模を望んでいるのかしら?」

 

そこまで言い切ったところで、桶のお湯を曹操の背中に流す徐晃。水が床に零れる音が室内に響く。

曹操の背中は此れでよし、と徐晃は頷き

 

「んー…そうですね。その時々で良いですよ。ただ、私としては奇襲とかに使ってもらいたいですが」

「なるほどね」

 

こんな時まで曹操は自分の軍の事を考えている。その姿を見て徐晃は忙しい人だなぁと思うが、それは曹操の気質なのでスルーした。

 

「洗いましたので、私はお風呂に浸かってますね」

「待ちなさい。まだ髪が残ってるわ」

「……」

 

体を少し捻り、顔を此方に向ける曹操の表情はにやにやしていた。まるで悪戯をしている子供のように無邪気であった。

しかし、やらせようとしていることは子供よりも幼稚だが、徐晃はあえて黙認する。反論の一つでも言ったら恐らく、何か危険だと悟ったからだ。

 

「はぁ…分かりました」

「…全く、これが桂花や春蘭なら向こうからお願いするほどだというのに…」

「私はそんな気は無いですよ」

 

そういいながら、洗髪剤を徐晃に渡してくる曹操。それを徐晃の中の正論で返して、洗髪剤を受け取り、手に馴染ませてから曹操の髪を洗う。

 

「部隊をつけるのは決定事項だけど、貴方一人では兵士が可哀想になるから楽進を付けたいのだけど、いいかしら?」

「……んー…………いいですよ」

 

髪を両の手でわしゃわしゃと動かしながら洗う。曹操の問答に徐晃は何故迷ったか。簡単である。自分が部隊を引き連れて戦をする姿が中々思い浮かばなかったから。

という、この問答には無関係そうな思いがあった。確かに参軍として曹操の下にも付いた事があったが、実際に部隊を引き連れて行ったかというと、それは無い。

だからこそ、自分が部隊長になって、参軍として楽進が来るという事が中々思い浮かばなかったゆえだ。

 

「基本は、と頭に付くけどね。その場その場で状況や残っている将も変わってくることでしょう。故にどう動くかは、その時になってみないとはっきりとは分からないわ」

「そうですね。とりあえず策通り動くように努力します」

「期待しているわ」

 

曹操は確信している。必ず彼女は策通り動くと。目標を持って動くと。

何故なら今までの経歴がそう物語っているからだ。しかし、と曹操は思う。

 

夏候惇が指摘した徐晃の危険性。

 

大丈夫大丈夫と思っていても、今まで付き合ってきた側近が、曹操が徐晃よりも信を置いている夏候惇がそう進言してきたのだ。

だが、参軍としての実績も残している。この問題は長引きそうだと結論を出し。頭の隅においておく。

現状解決する術は無いからだ。徐晃に対して

 

「あまり惨たらしく殺さないで欲しい」

 

と言った所でどうなるか。恐らくいう事は聞くと思うが、かなり不満が溜まりそうである。

何よりも曹操が直々に「大きな戦場を用意する」といったのだ。しかも徐晃の異常性が分かっていた段階でだ。

 

よってその言葉を徐晃に発してしまうと、王としての価値が下がるのと同義である。

 

王が王の言葉を、約束を守らずして誰が人を裁くのだ。

 

「それじゃあ、お湯掛けますね」

 

難しいところだと一人頷き、徐晃と夏候惇の問題を再認識したところで丁度髪が洗い終わったのか、徐晃が曹操の頭の上から勢い良く桶からお湯をぶっ掛けた。

当然、考え事をしている曹操はそれに、驚き、びくっっと体を震わせた。

そして、髪からお湯を滴らせながら半目になって徐晃を見る。

 

「……流すなら流すといいなさい」

「え?声を駆けて頷いたので流したのですが」

「……そう」

 

若干の気恥ずかしさを感じてしまった曹操は、やっぱり疲れているのだろうかと頭を悩ませながら、滴る水を軽く拭い、立ち上がり風呂へと歩を進める。

徐晃は椅子を元に戻し、少し冷えてしまった体を温めるため、遅れて風呂へと歩を進め。ちゃぷんと浸かる。

 

「ふぅー」

 

染み入るお湯に浸かり、疲れが取れていくのを自覚する。ここ最近は遠征で碌に休息を取れていなかったのだ。

今の現状を省みると、ゆっくりと疲れを癒し、また政務へと戻る方が結果的にいい方へ繋がると予測し、曹操は存分に体の力を抜いた。

また、隣に徐晃が居たのもそれに拍車を掛けた。万が一暗殺者の類が襲ってきても、徐晃を出し抜ける人間なぞ、大陸に一人居ればいいほうであるからだ。

 

隣で寛いでいる徐晃を改めて見る曹操。

 

その体は正に、女性と男性の理想だろう大きい胸に、くびれた腰。すらっとした手足に、雪原ではないが健康的な肌色が逆に艶がでていた。

顔も曹操が見た中で三指に入るほどの美貌で、その声も凛としている。そして曹操が認めうる…いや、この大陸に対抗するものが居るかどうかの武力。

これで彼女の狂気が、性癖がなければ確実にこの場で体を味わいつくすはずだが、先ほど述べた理由によりそれは出来ない。

 

「…勿体無いわ」

「……その視線で何の話かは察しがつきますが、私はそういうことに興味は無いですから」

「じゃあ、貴方は男に興味があるのかしら?」

 

徐晃の恋愛面が気になった曹操は少し突っ込んだ話をふった。

しかし、徐晃は直ぐに首を振った。

 

「それも考えてませんでしたね……ああ、でも男は好きですよ」

「な、何ですって!?」

 

ばしゃん!と勢い良く湯船から立ち上がる曹操。

胸中はこの美貌を味わいつくすのが、よりにもよって自分ではなく、男だということが認められないからだ。

まず、相手が相当いい男性でなければ、曹操が確実に認めないだろうし、そもそれでも認めないだろう

 

だからこそ、憤りを感じたのだ。しかし、それは杞憂に終わる。

 

「ええ、醜い男が惨たらしく断末魔を上げる姿は、本当に好きですよ……ふふ」

「……」

「あと、強い女性の苦しむ姿も楽進を通して興奮することも自覚しましたし…ああ……女性もいいかもしれませんね」

 

一気に冷静になり、ちゃぷっと静かに湯船に戻り体を温めなおす。

曹操は正直、なんとコメントを返せばいいのか咄嗟に思いつかなかった。

しかし冷静に考えれば予想できていた事なのだ。そういえば、徐晃はこんな人物だったと。

 

(…春蘭が言ってたことはやっぱり正しいかも)

 

胸中で徐晃を皮肉った。だが、もう一度徐晃を見ると、やはり綺麗で魅力に溢れている。……ただ一つを除き。だが、その体を味わいたいと思うのだ。

ままならないとため息を付き、しかしたまにはこういった、取り留めの無い考えを自身の頭の中で真面目に考えるのも、悪くは無いと思った。

だからこそ思考する。どうすれば殺されずに徐晃を襲えるか。そんな馬鹿馬鹿しい考えをしていたら、自然と笑みが零れた。

 

「ふふ…」

「……何か可笑しいところでも?」

「そうね……ふふ。いいえ、徐晃は可笑しく無いわ。でも、貴方にも関係がある事は確かよ」

 

本当におかしそうに笑う曹操の姿は、年相応に映った。その姿に徐晃は若干の驚きを浮かべるが、納得する。

 

曹操も人間なのだ。

 

今は何故か知らないが、若干警戒心を解き、笑っている。

不敵に笑う事や、悪戯に笑うことは多々あるが、こうやって年相応に笑っているのも中々似合うと徐晃は思う。

 

「…そうですか。それは、何よりです」

「ええ……本当に、良い湯だわ」

 

リラックスした曹操の表情は今まで見たことも無いような、穏やかな表情であった。

しかし、その表情を何時もの少し、眉を寄せたような表情へと戻し、緊張感と覇気が戻る。

 

「でも、良い湯に浸かり続けることは出来ない。……徐晃。貴方に密命を与えるわ」

「……何でしょう?」

 

正面を向いている曹操の視線の先は何を思い描いているか、徐晃は少しだけだが興味を持った。

 

「張三姉妹を捕獲しなさい」

「張三姉妹?」

「ええ、旅芸人をしている三人の女性よ。名を天和、地和、人和と呼ぶらしいわ。そして、彼女達がこの乱と呼べる事件の中心人物」

 

荀彧を通し、とうとう手に入れた今回の乱の首謀者。それは奇しくも徐晃が会った事がある、人物であった。

しかし、徐晃は分からない。何故なら旅芸人をしている女性としか情報が無いからだ。と言っても、その言葉を聴いて

脳裏に彼女達の姿を思い浮かべた。それが引っかかり、徐晃は顎に手を当てて考える。

 

「…何か心当たりでもあるのかしら?」

「そう……ですね。と言っても確証は無いので何とも。とりあえず、特徴を教えてください」

「分かったわ」

 

そうして教えられた特徴。…特徴と言っても髪の色と、身体的特徴だけだが、それだけで徐晃は頭にティンと来るものがあった。

何のことは無い。江陵であったあの女性と特徴が一致しているのだ。

 

「……あったことあります」

「何ですって?…何処で?」

「江陵です。数ヶ月前に会いました。…確か、旅芸人してるって言ってましたし……と言っても、その桃色の髪の女性しか良く覚えてませんが」

「好都合ね」

 

にやりと徐晃へと向かって笑う彼女の姿は、威風堂々としてる姿へと完全に戻った。

曹操の中では既に黄巾の乱の結末のビジョンが思い描かれているのだろう。張角を手にし、何処まで飛躍するのかは曹操しだいだが

それでも徐晃には、彼女が躓くというビジョンが思い浮かばなかった。

 

「規模が10000以上の賊軍相手に対しては必ず細作を送って内部を調べてながら討伐に当たっているけど、中々尻尾を掴ませないわ」

 

曹操と荀彧は彼女達が居る賊軍こそ、本体であるという事を予測し、細作を情報が掴め次第はなっている。

何故なら彼女達が居るかも知れないからだ。居たらそこに徐晃と部隊を突っ込ませて、彼女達を捕縛すればいい

……が、世の中、中々上手くいかない。

 

細作に気付いたのかは定かではないが、中々そういった場所には姿を現さなくなった。最後の目撃情報からすでに一ヶ月過ぎようとしている。

恐らく朝廷が発した声が彼女達に届いたのだろう。かなり警戒して動いていると思われる。

 

しかし、曹操は確信する。必ず表舞台に出てくるということを。何故なら原因は何であれ彼女達が乱の首謀者であるから。

恐らく最後の戦には出てくると思っている。その前に他の人間に殺されていたらいたで、どうしようもない。

だがそれは無いと思っている。

 

世間一般に広がっている首謀者張角の情報は出鱈目だからだ。

 

この情報は恐らくまだ自分達しかもって居ない。というより、賊に対して細作を放つなんて行為は官軍は確実にしないし

他の諸侯も賊というだけで、中々舐めて掛かる人物も多いので細作なんて放たないだろう。

それに、既にその情報を掴んでいたら必ず名乗りを上げて、朝廷にその情報を売り渡すはず。自身の地位を上げる為に。

 

だが、それが無い現在は、まだ情報が割られていないと8割方安心している。

 

荀彧にも朝廷にそれとなく探りを入れてもらった結果、依然として張角の情報は変わらないままなのだ。

 

「でも、必ず機会は存在する。その時になったら確保を頼むわ」

「了解」

 

そうして、湯船から上がる曹操。その体はほのかに紅くなり、その肢体と合わさって艶を感じる。

そして徐晃も湯船から上がるように立ち上がった。その徐晃の肢体も曹操と違うエロティックを感じさせる。

 

若干曹操の視線が胸に向けられたのを気にせず、先に扉の方へと行って開け放ち、新鮮な空気を吸い込み、吐き出す。

その間に、曹操は開け放たれた扉から更衣室へと足を運んで、体に付いている水を拭いていった。

 

「あー…良い湯でした」

 

満足行く湯船だったのか、ぐぐっと背伸びをして、その布で体を拭いてから更衣室へと入っていった。

 

「そういえば、どうして昼間にお風呂へと?」

 

髪をごしごし拭いている徐晃が、髪を傷めないように拭いている曹操へと問いかけた。

 

「あら?余り考えてなかったのではないのかしら?」

「んー…何となくです」

 

そう、徐晃にとっては何となく。だが、何故か気になった。気になってしまったのだ。曹操が。

宙に視線を向けている徐晃を曹操が髪を拭きながら見る。普段ならこんなことを聞く様な人物ではない筈。

が、余り考えても仕方が無いと思い、苦笑しながらそれに答える。

 

「そう。……桂花と秋蘭、春蘭がたまには休んで欲しいという要望があったのよ。折角だから大きいお風呂に入ろうかしらと思ってね」

「なるほど。お風呂っていいですよね」

「そうね、たまにはゆっくり浸かるのもいいわね」

 

曹操のたまにはゆっくり浸かるという言葉に、色々考えを張り巡らせる徐晃は、取り留めの無い事だったなと思って直ぐに思考の外へと追いやった。

そう、曹操は生粋の女性好きでも有名であったのだ。

 

「さて…と、徐晃。どうかしら?」

 

髪を拭き終わり、さっと着替えた曹操が髑髏の髪飾りでその髪をツインテールにし、クルリと先端を巻いている。

服装も何時も通りである。

 

「何時も通りですよ」

「そう。ありがと」

 

お世辞の一つでも言えれば完璧だと思ったが、徐晃にそれらを求めるのはまだ早いかと考え、礼を言う。

その徐晃も、ぐしゃぐしゃだった髪の毛を丁寧に整え、丈が短い着物を着込んでいた。

そして最後に二振りの鞘が若干反っている刀を腰へと差した。

 

「あ、待っててくれたのですか?」

「ええ。感謝しなさい」

「どうも」

 

そうして、曹操の一歩後ろへと付く徐晃。この辺りの知識は荀彧から既に叩き込まれて即刻直した事である。

以前は堂々と、一人で先に進んでいっていたのだから成長をうかがわせる。

 

が、曹操はそういう気分ではなかった

 

「徐晃。私の隣を歩きなさい」

「…え?……それは荀彧さんに怒られそうで」

「大丈夫よ。怒られたら私の名を出していいわ」

 

その言葉と共に後ろを見る曹操に対して、何だろう?と思いながら、まぁ休日だし、こんなものかと結論を出して曹操の隣に並ぶ。

 

「徐晃。今日は私と店を回るわよ」

「…了解です」

 

曹操のその宣言にクスリと笑い。頷く。

 

 

たまには悪くない。そう、悪くないな。

 

そう胸中で思いながら、曹操と共に街を回ったのであった。

 

 

 

 

 



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25話

 

 

 

 

街などで徴兵を行い、各軍軍備を整えながら周辺の賊討伐を行っていった。

その際は陳留の政務などを遅らせないように、荀彧や夏候淵、李典や楽進等を定期的に送り、月一で曹操がその成果を確かめに帰還する。

各々政務や、陳留の兵士の調練、設備の改築、改良、改案や治安維持、治安向上政策等、やることは山ほどあるのだ。

 

それのローテーションが二回ほど過ぎ、西暦184年も後僅かになり、季節は冬に突入した。

 

その中で曹操、劉備の同盟軍は漸く、黄巾賊の本拠地を見つけ出すことに成功した。

厳密に言うなら、黄巾の将を抱えている拠点を見つけ出した。その中で旅芸人の三姉妹の姿が見えたということである。

しかし、三姉妹の情報は曹操軍のそれも荀彧、夏候淵、曹操そして徐晃の4人しか知られていない。

 

夏候惇と許緒、楽進、李典、于禁にも伝えようかと荀彧に相談するが、それは止めていた方がいいということだ。

まず夏候惇と許緒はつい、口が滑るかもしれないという点。他の三人は知らなくても不便はしないからだ。

 

と言っても、徐晃が楽進を連れて彼女達を捕獲する直前にその事は説明するが。

そしてその事に付いては曹操、荀彧の指示でもある。無用に混乱させる訳にも行かないからだ。

…そう、今回の戦、徐晃隊が始めて発足するのである。

 

黄巾党本体が待ち構えているのは荊州南陽の宛の城である。

……そう、黄巾賊が一挙に攻めてきて宛が占領されてしまっているのだ。

その際の太守は命からがらで逃げる事が出来、この事件が公に広まったのだ。

 

勿論、曹操劉備同盟軍の耳にも入った。それを受け、慎重に準備を整えていく。

時間は掛かっても良いのだ。何故なら相手の規模が史上最大級であるからだ。

 

その数150000という膨大な数だ。

 

この数字は確かに賊の数だが、国を憂いて立ち上がったり、もうその道しかない人間もいる。

そう、この数字が国に対しての民から見た評価に近いのだ。

だからと言って放置すれば、被害が拡大するのは当たり前で、手が付けられなくなる前に鎮圧しなければならない。

 

そして、これが黄巾賊に対して最後の大戦になるだろう。

三姉妹の確保をしてしまえば、この乱はもう長くは持たないだろう。

故に、曹操達は張角達の捕獲さえすればこの戦の目的は成される。

 

逆に、恐らくだが他の諸侯の何れかが「張角」を討ち取るはずである。つまりはでっち上げ。

 

この数を潰せば恐らく黄巾賊と名乗る団体は殆どなくなるだろう。

何故なら、これほどの条件が整う事は今後ほぼ無いと見ていいから。

だからこそ、でっち上げが出来るのだ。それか、三姉妹を庇って将の何れかか、賊の何れかが、「張角」を名乗るか。

 

荀彧や曹操はそれらを視野に含めているが、基本触れない運びを取る事にしている。

確かに、黄巾賊の長を倒すというのは魅力的なものだ。しかし、それにかまけて目的である三姉妹を逃すのはナンセンス。

 

そして三姉妹の捕獲を徐晃隊に任せる形をとるので、必然的に先頭を走る隊が夏候惇隊しかなくなる。

信頼していないわけではないが、それでも難しいといわざるを得ない状況だ。

勿論、狙えるなら狙うというスタンスを表向きには取っているが。

 

何故困難なのか、それは他の諸侯が必ず先行し、でっち上げを獲りに行こうとするからだ。

でっちあげを行うには先行して、これが張角と言い張るしか方法が無いからだ。

 

劉備軍は必ず行うだろう。彼女達は今、名声が喉から手が出るほど欲しいはずである。

この機会を利用しない手は無い。そして、他の諸侯。朝廷からの信頼を得られるのだ。

 

そして今回の大戦と呼べる程の規模。

 

150000という数は本当に奇跡的なものが発生して上手く回った結果なのだ。

偶々姉妹が居て士気が高く、そこで宛を攻めたら落とせた。という形なのだ。

 

だからこそ、黄巾の将と言える頭が回る賊も多数配置されているのだ。

 

そう、ここで対黄巾賊の軍を返り討ちにさえ出来れば、黄巾の乱は国を転覆させるほどの規模となるのは、予想が出来る。

 

故に、しっかりと抜かりなく準備を進めるのだ。これが最後とするために。

 

豫州からの街を出立した曹操、劉備の連盟軍は神速の行軍を持って、情報が入った一週間後に出立し、三日で宛の南に50里程に陣を敷いた。

その数は28000という規模。と言っても賊に対しては決定的に数が足りていない。しかし、心配は要らないと、曹操は判断している。

 

それは直ぐに分かった。着陣二日後に、南から袁術軍を率いる、呉の孫策、周瑜、黄蓋率いる部隊が到着した。

数は25000。その次の日には袁紹軍が到着。数は35000と、先の戦を経て、何処からその兵力を捻出したのだと問いたい数を投入してきた。

最後に、遥々と来た公孫賛軍。数は20000と、数を聞いていたのか、それなりに用意して来た。

 

此れで合計108000という数である。それでも圧倒的に足りない現実であった。

官軍も他の集結している賊の相手を取っており、回せる手が無いのが現状。昨今の黄巾賊は30000以上は徒党を組んで街を襲ってくるのだ。

その為、曹操は陳留に被害が及ばないように、周辺の賊を片っ端から討伐し、彼らを降伏することに成功している。

 

そして、直ぐに情報が此方に届けられるよう仕向け、手を回している。よって、確実という訳ではないが、安全は保障してある。

 

だからこそ、目の前の最大規模の黄巾賊をどう討伐するか、軍議用の天幕を張って、各代表者を昼から二刻の時間にて集った。

 

その天幕に集まった人物は、連盟軍と袁紹軍、公孫賛軍からは以前の波才戦と同じ面子であった。

そして袁術軍……もとい呉軍からは、孫策と周瑜、黄蓋の三人であった。

 

「私たちが最後だったようね」

 

天幕に入ってきたのは褐色の健康的な肌を大胆に露出し、チャイナ服の様な衣装で身を包んでいる桃色の長髪の女性。孫策である。

その後ろから来るのは、断金の誓いを交わした、周瑜。髪は黒く長い、そして孫策同様肌が多く露出している服装だ。

その隣の黄蓋も彼女たちと同じく、健康的な黒さを持つ肌。そして特筆すべき点は、その大きな胸である。

 

「あら、美羽さんではなく、その…」

 

そこで袁紹は言い淀み、顔良の方へと視線を向ける、顔良が前後のやり取りで意図を察知して袁紹に耳打ちをした。

そして、何か解決したのか、直ぐに頷いて、孫策の方へと視線を向けた。

 

「孫策さんなのね。では、席に付いてください。軍議を始めますわ」

「分かったわ」

 

素直に入り口から近い所へと腰を落着けた。天幕内は一番奥に袁紹軍、その手前の右に曹操、劉備連盟。

左に公孫賛。そして孫策軍だ。

 

「全員集まったところで、今回の盟主を決めましょうか」

「袁紹でいいぞ」

「私も、袁紹でいいと思うわ」

 

この連合で一番数が多いのは、袁紹の軍である。従って発言力も一番大きいし、名門という点も大きい。

何より、公孫賛は前回ぜ袁紹の人となりを大まかに掴んだので、今回も袁紹を真っ先に推薦し、軍議を進めようと促す。

それにいち早く賛同したのが、孫策。

 

彼女もまた、袁家には色々な意味でお世話になっているので、大体は察しがついている。

何より、何度か顔を合わせていたのだ。…と言ってもすれ違っただけだが。

故に、どういった行動をとるのかはある程度把握できているのだ。

 

「私も袁紹でいいわ」

 

曹操も、頷きその答えに賛同した。両隣の荀彧、諸葛亮もそれに賛同している。

 

「あーら、先の戦での輝かしい活躍をまた期待なさっているのなら、お任せなさい。この袁本初が皆さんを勝利へと導きましょう!おーっほっほっほ!」

 

顎に手をあて、上品に笑う。その光景を全員が見慣れたように聞き流しながら、曹操が口を開いた。

 

「それで、麗羽。今回の戦、どう攻めるのかしら?」

 

腕を組んだまま袁紹を見る曹操。それに余裕を持って見返す袁紹は何処か機嫌が良い。

 

「あーら。前回の策を流用すれば、賊なんて一網打尽ですわ!」

「前回の策?」

 

胸を張って宣言する袁紹に前回参加していなかった孫策が疑問を浮かべ、曹操を見る。

その視線を感じて、孫策を見る曹操は何処か諦めたような、そんな雰囲気を感じさせながら口を重々しく開く

 

「前回の大きな賊討伐で行った策よ。簡単に説明すると、砦を攻める際に囮を使い、奇襲をし、本体を招きいれ、更に奇襲という形での短期決戦の策よ」

「へぇ…面白そうね」

 

にやりと、曹操を見る孫策はテーブルの上に腕を置いて、若干身を乗り出しその胸が強調される。

曹操の隣の荀彧が誰にも聞こえないように舌打ちをし、さらに諸葛亮も脳内でその胸の大きさを羨ましがる。

曹操はその光景を曹操軍内で一番の巨乳の徐晃と比較するが、やはり、戦闘力では向こうが勝っているという結論をはじき出す。

 

「そう!その策で今回の賊も一網打尽にしてしまいましょう!」

「無理ね」

「無理だな」

 

曹操と公孫賛は一瞬で結論を出した。その事にピシっと固まる袁紹。

予想していたのか、背後の顔良、文醜は冷静に受け止めている。いや、文醜に限って言えばそれより暴れたいなと思っているだけだが。

 

そう、今回の作戦でその策は使えない。何故なら相手が「宛」を占領しているから。

よって、市街戦も考慮に入れないといけないのだ。そう、前回の策の有用性は既に無い。

ましてや、相手は150000という数で、砦より広い城を構えているのだ、物量は以前より遥かに多く押し寄せられる。

 

故に不可能なのだ。

 

「そ、そうなのかしら……であれば、さっさと策を出しなさい。諸葛亮」

「は、はわわ!そ、そんな事いわれましても……」

 

前回、諸葛亮が荀彧の策を元、簡単に出したように見えたが、実際には頭をフル回転させ袁紹が納得するような策を用意したのだ。

と言っても、趙雲の奇襲という言葉で大まかな構想は出来ていたが。それでも、荀彧が形にしたからこそ、あのような策を捻出できたといえよう。

 

そう、袁紹が納得すような策を。

 

実際、荀彧が始めに提示した策でも、全く問題ない。

賊に逃げ道を与えることで此方の被害を減らすことが出来るのだ。

しかし、諸葛亮が提案した策はほぼ逃げ道は無い。東門まで行けば逃げれるが、果たして何名がその門まで辿りつけたか。

 

「麗羽。此方の数と相手の数の情報を共通認識にする為、説明をお願いしたいわ」

 

そこに救いの手を出したのは曹操。現状、仮にも部下に値するのだ。あのような状況から救い出すのは当然である

と言っても、慌てていた彼女を一瞬楽しんだのは秘密である

 

「そうね。では、全軍の数をまず最初に確かめましょう。斗詩さん」

 

その声と共に、後ろへと控えていた顔良が一歩前へ出てきて口を開く

 

「はい。麗羽様の軍の総数は35000です」

「我が連盟軍は28000ね」

「わたし達の軍は20000」

「我らの軍は25000よ」

 

顔良に引き続き、曹操、公孫賛、孫策の順で答える。

その中で、軍馬や弓といった細かいところまでも報告する。

 

「…合わせて108000という数ですね」

 

顔良が頭の中で計算して、合計値をはじき出す。

かなりの大規模な数。しかし、誰も驚かない。何故なら相手の方が多いと言う事を理解しているから。

 

「宛を占領している黄巾賊の数は150000という膨大な数です」

「150000か……良くこれほどの人間を集められたと思うよ」

 

公孫賛が感心するように、されど冷や汗を垂らしながら相手の数に対しての感想を述べる。

他の諸侯も同様だ。多少の違いがあるにせよ、相手の多さは全員が実感しているのだ。

 

「それも戦闘が出来る人間の数よ」

「42000も差があるのね」

 

曹操がそれに注釈を入れ、その差を孫策が呟く。だが、問題はその差だけでは無い。

 

「それもあるけど、占領された宛の市民の救出はどうするのかしら?」

 

曹操が策を考える前に問題点を指摘した。そう、市街を占領されたのであれば、逃げ遅れた市民がいるかもしれない。

黄巾賊は非戦闘員も居るため、皆殺し等は恐らく無いと思うが、それでも恐怖にて支配されていることは容易に想像できる。

逆に、彼らを取り込んだのかもしれないし、そも彼らが既に黄巾賊に身を落としていたのかもしれない。

 

だが、それを考えても全員が全員そうであるはずは無い。何故なら人間だからだ。

確かに、最近の宛の太守の評判は余り良いとは言えない状況であったのは事実だが、悪い。という訳ではなかった。

故に、監禁されている市民がいるはずなのだ。

 

彼らを救えば評判は上がる。そういう打算的なものも確かにあるが、救える者は救うのが曹操である。

 

「各軍部隊を割いて保護するしか無いと思うわ」

「……そうね、孫策の言う通りその場その場で動かなければならないわね」

 

市街戦において策は不要である。何故ならゲリラ戦に近い形態であるからだ。

個人個人で動いて殲滅か、少数部隊を複数引き連れて、ブロック毎に占領していく形である。

火矢は厳禁。賊が行うのは仕方が無いとして、官軍が行うのはナンセンス。

 

早期解決は望めるが、その後の住民の保障は望めない。それでは本末転倒である。

故に、臨機応変での対応が必要となってくるのだ。

 

「民が苦しむのはわたくしとしても心苦しいわ」

 

神妙に頷く袁紹だが、彼女の政策はあまり良いとはいえない。しかし、彼女自身の根元には優しさも確かに存在しているのだ。

 

「軍師の者達も異論は無いかしら」

 

曹操のその言葉に揃って頷く軍師陣。えげつない方法での策は彼女達にはあるが、それは行わない。

何故ならメリット、デメリットで考えればデメリットの方が高いからだ。…といっても単純に「燃やす」という事だけだが。

それでも、隠れている賊などを炙り出すのには丁度良いのだ。

 

「では、市街戦は各軍が連携して当たる事で決定ですわ」

 

全員異論は無いのか、袁紹に向かって頷き次の課題へと促す。

 

「次に、攻城についての策へ移りたいと思いますわ」

「待ちなさい、先に野戦について決めたほうが、攻城戦への流れも見えてくるわ」

 

それに待ったを掛けたのは、曹操。人数差で高確率で野戦に持ち込まれるだろうと予測し、そしてそのまま攻城戦へと移るかもしれないのだ。

野戦で相手を打ち負かしたら、それこそ各門から攻め入れば鎮圧は可能なのだ。故に、野戦から攻城へとシフトする流れも把握しておけば、後々が楽である。

市街戦の作戦は、あくまで保険の意味だ。……まぁ何処から決めても大差は無いが。

 

それでも、野戦から攻城の流れは想定できるのだ。決めておいて損は無い。

というより、市街戦は本当に特殊なのだ。出来れば行いたくないのが本音である。

 

「確かに」

「異論は無いわ」

 

それに同意する公孫賛と孫策。市街戦を考慮に入れたとしても、その流れは自然だ。ならば、策を考えておかねばならない。

 

「伝令!!」

 

野戦の相手の展開を読んで、此方の部隊を決めようとした際、天幕から連合軍の伝令兵が血相を変えて飛び込んできた

 

「何事」

 

一番近かった周瑜がその眼光で伝令兵を見抜く。それに呼応し、礼を取り口を開いた。

 

「黄巾賊が宛から南西4里の平原にて陣を展開中!おおよそ、45000の部隊を三つ確認!列となっている模様!」

「へぇ、丁度いいわね……相手を監視しなさい。動きがあったら直ぐに知らせなさい」

「は!!」

 

元々、相手の陣が展開してから策を決める手筈であった。宛より50里離れた所で陣を敷いている為、たとえ進軍してきても間に合う。

何故なら、そこまでの大所帯を動かすのにはかなりの時間が掛かる。意思の統一というものは難しいのだ。

更に、いま陣を展開しているのだ、まだまだ時間はある。

 

といっても、恐らく本日中の襲撃は奇襲くらいしかない。何故なら、既に日が傾き始めている時間だからだ。

暗くなると、どうしても軍の把握が困難になり、進軍すらも危うい。そして何より、味方を攻撃しかねない。

味方を攻撃すればその軍はもはや烏合の衆。混乱し、手が付けられなくなる。

 

…といっても、統率が得意な将であれば無用な混乱は避けれるが、それでもリスクが大きい。

 

だが、奇襲はそうではない。何故なら奇襲とは一撃離脱を主軸として部隊を展開し、強襲するからだ。

故に自然と部隊人数は少なくなる。だからこそ、混乱は余りしないのだ。

 

……そう。相手が展開したのなら、此方から奇襲を仕掛ける事が出来るのだ。

 

「好都合ね、良い時間に展開してくれたわ」

「相手は漸く此方に気付いた様な気がしなくもないけどね」

 

にやりと、先ほどの伝令を聞いて獰猛な笑みを浮かべる曹操と孫策。

 

「しかし、あちらが展開したとなると、此方も直ぐに動きを決めないといけないな」

 

公孫賛が黄巾賊が動いたのを危惧する。といっても、始めの一歩は此方が確実に遅れるという事は既に自覚していた。

この陣を敷いてから既に一週間も経とうとしているのだ、寧ろ今まで動かなかったのが驚きである。

 

黄巾賊が動かなかった訳は至極単純だ。

 

宛を占領し、そこで三姉妹によるライブや宴を行っていたからだ。

その傍ら、生粋の山賊や盗賊は街の人間を陵辱したり強奪したりしているからだ。

それによって、賊から斥候を出す時期が遅れ、ようやく発見したという運びである。

 

故に、孫策が言っている言葉は概ね正しいのだ。

 

「もう!賊如きに先んじられるなんて、ちょっと華琳さん!どういうことですの!?」

 

しかし、一人冷静ではないものが居た。袁紹である。

賊に先に動かれたのが気に入らないのだろう。何故か曹操に矛先を向けているのは、やはりどこかで意識していたからなのか

 

「麗羽様、でもこれで此方の動きを詰める事が出来ますよ」

 

その怒りを咎めるように指摘したのは顔良である。後ろから一歩前へ出て、笑顔で袁紹の顔を覗き見る。

袁紹は顔良に厳しい視線を飛ばす。しかし、顔良はそれでも笑顔を崩さない。

顔良の笑顔に袁紹はそっぽを向いた。

 

「……ふん。では、どう相手に当たるかを決めましょう」

 

漸く話が進むのかと、軍師陣は全員そう思った。

ここまで決まったことは市街戦。しかも内容は個別に当たることという、あって無いようなもの。

しかし、逆に時間が掛かったからこそ、良いタイミングで相手が動いてくれたという、見方も出来る。

 

「そうね、一番数が多い麗羽の軍は単体で当たっても問題ないわよね」

 

曹操が袁紹の方へと視線を向ける。その目はかなり挑発的である。

そして袁紹は、その視線に見覚えがあった。そう、学んでいた時代に袁紹が曹操に絡み、向けられる視線。

故に、袁紹は内なる炎が付いてしまった。

 

「当たり前ですわ!この袁本初の軍は皆、精強の兵共ですわ!」

「さすが麗羽だわ。それでは此方も細かいところを詰めていきましょうか」

「え、ええー!ちょ、ちょっと待ってください!」

 

しかし、曹操の目論見を止めるものが。苦労性の顔良である。

だが、それを更に阻止する人物が居た

 

「ええー、斗詩。かなり暴れられる内容だと思うんだけどなぁ」

 

顔良の隣に居座る文醜が顔良の言葉を無視するように言葉を零す。

その顔は若干不満そうだ。

 

「もう!文ちゃんも!」

「あら、でも麗羽の軍はこの陣営の中で一番整っているから、問題ないと思うわ。桂花」

「はっ」

 

顔良が必死に二人を咎めている間に、曹操はその有用性を証明する為

袁紹軍で軍師の任に就いていたことがある荀彧に、その回答をさせるべく声を掛けた

 

「袁紹様の軍は35000と、この同盟軍で最も大きい規模です。また、その内訳も騎馬、弓、歩兵と適度に分かれており、野戦において華麗に力を発揮するのは間違いないです」

 

そう、今回の袁紹軍はかなりバランスが取れている軍なのだ。文醜が騎馬を、顔良が歩兵を、袁紹が弓をと前、中、後と揃っている。

財力があるからこそ、この数を用意できたといえよう。そして、宛が占領されたという情報からでも、このようなバランスで進軍することも決定している要素である。

 

「おーっほっほっほ!我が軍がこの連盟で一番華麗で精強であるのは、当の昔に気付いておりましたわ!お任せなさい荀彧さん!我が軍の力を見せてあげましょう!」

 

一気に機嫌を直した袁紹は高笑いをして、その事を認める。

文醜も嬉しそうな顔をし、顔良も最初は唸っていたが、確かに他の軍と比べればバランスがいい事に気付く。

そう、将を除けば、この陣営で最も強い軍が袁紹軍なのだ。恐らく正面から堂々とぶつかっても4万なら打ち勝てるほどだ。

 

「それで、私たちはどう分けるのかしら?」

 

ずいっと体をテーブルに預けるように体重を乗せる孫策。それに反応したのが曹操と公孫賛陣営である。

袁紹の高笑いを背景に、これから細かい箇所を詰めていくのだ。

 

「発言、宜しいでしょうか?」

「あら、冥琳。何か思いついたの?」

「思いついたほどではないが」

 

挙手をしたのは孫策の親友の周瑜であった。それに近くの孫策が反応し、続きを促す

 

「公孫賛様の部隊を二つに分ける運用で、我らと連盟軍にあてれば均等に戦力分散が可能かと」

 

公孫賛軍の軍勢は2万それに将が公孫賛に趙雲だ。丁度1万で分けられる。

しかし、彼女達が名を上げることが困難になることは明白である。何故なら戦力比的に公孫賛軍の絶対値が少ないから。

 

「……うん。それがいいな」

 

公孫賛のその言葉と共に周瑜が驚いた顔で公孫賛を見る。

彼女自身提案したが、それでも通るとは思わなかった。この戦で何を目的とするのか

その事は誰もが同じなはずだ。そう、名誉を欲しているはずなのだ。

 

「おいおい、余り見くびらないでくれよ。私だってそれが一番分かりやすく、均等に配置できると思っているさ」

 

半ば自嘲しながら公孫賛はそう言う。分かっているのだ。今回彼女達の軍が一番小さく、最弱なのだ。

いくら騎馬で固めようとも、数の暴力というものは強大だ。だからこそ、それをひっくり返せるように軍師が存在している。

だからこそ、たかが賊が相手でもしっかりと軍議を行っているのだ。

 

「それにな、名誉も確かに欲しいが、目の前で苦しんでいる民が存在している……ならば、答えは一つしか無いだろう」

 

自嘲していた表情から顔を上げて周瑜を見る。その顔は晴れ晴れとしていた。

その姿を趙雲が見て、クスリと笑った。

 

「…伯圭殿、その志。誠に天晴れですな…この趙子龍。感服致したぞ」

「だったら、私の元へ客将としてじゃなくてだな……」

「おや、それとこれとは別ですぞ?」

「やれやれ」

 

何も含んで無い笑顔で首を振る公孫賛は、何処か吹っ切れている。

…と言っても、彼女なりの考えがあるのだ。公孫賛の将は客将の趙雲しか現在存在していない。

帰還すればいるにはいるが、それでもこの場に集まっている一流の将達と比べると見劣りする。

 

そう、慢性的な人材不足なのだ。幽州を回しているのは実質、公孫賛一人。

故に、この件で領地が増えたりしたらもう、てんてこ舞いに陥ることは予想できる。

だが、名誉を手に入れれば将が集まる可能性もあるが、それだったら今までも集まっていても可笑しくないというのが、彼女の結論だ。

 

「…恩に着る」

「気にするな、私たちは今は同盟軍で同志さ……さて、我らは騎弓と騎馬が各10000だ。どう分ける?」

 

公孫賛の軍は騎兵が20000。内訳として公孫賛率いる騎弓兵が10000で趙雲が率いる騎馬が10000だ。

攻撃力では趙雲。しかし、機動性や遠隔での強力な攻撃は公孫賛である。

 

「我が連盟軍は、騎兵は6000用意できるわ。よって、趙雲隊が孫策の元に就くのが妥当かしら」

「ふむ…此方としても異論はない」

 

孫策軍は歩兵と弓は用意できるが、馬が袁術から借りれなかったのか、用意されていない。

故に、機動性に関しては他の陣営より一歩遅れる運びになっていた。しかし、趙雲がつけばそれは解消される。

前、中、後と揃えられ、波状に攻撃を与えられ、早期殲滅も可能になる。

 

「じゃあ、私が曹操の所だな。宜しく」

「此方こそ、噂の「白馬義従」の力。しかと目に焼き付けておくわ」

 

前回はその全貌を見れなかったが、今回は一緒に追従することとなる。何時か当たるかもしれない軍の戦力をこの目で焼き付けておくのだ。

それに、公孫賛は強い。あの異民族を長期に渡り押さえつけている手腕は光るものがある。だが、王としては甘い。

 

「まぁ、あんまり期待するなよ」

「……」

 

謙遜しすぎだろうと曹操は内心思い、変な汗をかいた。

 

「あら、結論がまとまったかしら。それでは攻城戦へとはいりましょう!」

 

高笑いに満足したのか、意見が纏まったタイミングで袁紹が声を掛け、次の議題へと移ると宣言する。

だが待ったを掛ける人物が居る。

 

「待ちなさい、麗羽。まだ此方の軍の内訳が決まっただけよ。次に野戦での策を」

「何を仰られるの華琳さん。雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわ!おーっほっほっほ!」

「ちょっと、麗羽様ー」

 

前回参加したメンバーはその事が既に分かりきっていたのか、対してアクションは取らない。

そして初参加の孫策たちも何処かで慣れていたのか、寧ろ方針がある事に対して驚いていた。

 

「麗羽。申し訳ないけど、それは出来ないわ。それに、無用な出費は貴方が言うように、華麗では無いわよ」

「キィー!!ならさっさと策を仰いなさい!……諸葛亮さん!!」

「は、はい!」

 

また当てられたせいなのか、気を抜いていたかは分からないが、ビクっと体を反応させて大きな声で返事をする。

その様子に荀彧は頬が引き攣るのを実感した。隣の曹操はその事を気にせず、視線で言葉を促した。

 

「す、すみましぇん。…こほん。……宛の城への潜入経路は四つです。まずは北側の市街地に面した正面門、賊が展開している南門。最後に西と東門です」

 

宛の市街地は賊が陣を展開している反対側の北側に存在している。南門は賊が少し離れた所で展開している。

そこで諸葛亮は自身の記憶から書き起こした地図をテーブルの上に広げて、各軍が分かるように色付けした石を置いていく。

 

「また、この地図から分かる通り、宛は山脈と小さな平野に囲まれており非常に攻め辛いのが特徴です。特に北側まで回るのは難しいかと思います」

 

諸葛亮が用意した地図は宛の地域が大まかに記されている地図である。

 

ここで現状を確認しよう。

 

 

まずこの同盟軍が陣を敷いている場所は宛の南西の博望に近い位置。そこから城へと侵入するためには、山脈に囲まれた平原を一直線に突破するしかない。

しかしそこで待ち構えているのが黄巾軍の135000を三つに分けた陣が展開されて、同盟軍を迎え撃とうとしている。

 

そして宛東側は山脈があり、此方から北側へ進軍するのは厳しいの一言。

その西には関が構えているが、今回は関係ないので割愛している。

 

「ううむ…予想以上に入り組んでおるの」

 

黄蓋がその爆乳を腕で押しつぶしながら地図を睨んでいる。

その光景を見ていた諸葛亮と荀彧は呉の戦力の強大さを再認識した。彼女達は…大きいと

 

「……賊の三部隊はこの南西の所に列をなして陣を敷いておりますので」

 

そこで、諸葛亮は色つきの石を宛の南西にとんとんとんと三つの石を置いた。

 

「この布陣となります。山脈で一気に突破するのが難しいので、一番強力な軍を一番奥の部隊に衝突させるのが得策かと」

「……しかし、この合計90000の人数を突破するのは至難だが、どうお考えになっておられるのですか?」

 

並列をなしている三部隊を突破するのは至難。そこを指摘する周瑜だが、諸葛亮は稀代の軍師。その知略が光る

 

「連盟軍で相手の部隊を釣り、奥の部隊までの経路を開け、その隙に袁紹様の軍が奥の一部隊とその二部隊の間に入り込みます」

「よっしゃ!これは暴れられそうな予感だぜ!」

 

張り切ったのは袁紹軍の文醜。確かに、数の差もあり、相当暴れられるのは確かである。

石を動かして説明する。連盟軍の石を二部隊を覆うように展開し、その二部隊を東側の山脈まで釣るように動かす。

 

「そして、私たちの軍がその間に更に入るわけね。……ふふ、面白そうじゃないの」

 

形として、西側の一番端に賊軍その隣に袁紹軍、孫策軍が並び、賊が二つ並ぶ。最後に東側に曹操軍だ

この形であれば、各軍の力が一対一で発揮されるだけでなく、90000の二部隊を挟み撃ちに出来、かつ相手と孫策、袁紹、連盟軍全ての抜け道も用意出来る。

故に此方が壊滅するのはほぼ無いと断言できる。

 

にやりと諸葛亮を見る孫策はその危険性も認識した。あの知略は自身の右腕の周瑜と並ぶかそれ以上。

その周瑜は諸葛亮を冷静な目で見つめていた。その視線には気付いた諸葛亮だが、諸葛亮の目は二人の胸へと動く。

そして圧倒的敗北感を味わうのだ。さもあらん

 

「…そう、ね。……異論は無いわ」

「同じく」

 

他の軍師たちが声を上げないのを見計らって曹操が結論を出す。それに同意した公孫賛も結論を出した。

 

「……しかし、135000という数は何とか減らせられないものでしょうか?」

 

公孫賛の後ろに立っていた趙雲が、相手の数を指摘して対策が無いかと声を上げた。

尤もである。いくら此方が強くても数は強大だ。ましてや、前回みたいな波状攻撃を行うわけではない。

正面からのぶつかり合いになるのだ。

 

「いえ、減らせるわ」

「何と、誠でございますか、荀彧殿」

 

若干驚いたように声を上げる趙雲だが、半ば予想はしていた。この人員で減らせない筈は無いと。

 

「夜襲を仕掛けるわ」

「へぇ……冥琳。それ私も参加したーい」

 

甘えるように隣の周瑜にのしかかる孫策。その豊満な胸は形を変えて正に変幻自在である。

荀彧は、自分の胸を誰にも気付かれないようにつつく。しかし、あのような事には逆立ちしてもならない。

曹操はそれに気付き、荀彧を愛おしそうに見る。

 

「駄目だ。…全く。少しは自分の立場を考えて欲しいものだ」

「ぶー。冥琳のケチー」

「何を言っても駄目だ」

 

全く取り付く島が無い周瑜に孫策は表面上、へそを曲げた。だが、彼女も分かっているのだ。

しかし、武人として心が奮い立ってしまっているのだ。…そう、彼女も徐晃ほどではないが、バトルジャンキーの気質なのだ。

 

「宜しいでしょうか?」

 

その二人が絡んでいる姿を荀彧は厳しい目で見つめている。その視線は胸に行っているが、内心はまったく別のことを考えていた。

孫策と周瑜。かの孫堅の娘でその器を引く人物。そして隣の周瑜は軍師としても荀彧の耳に届くほど、名が広がっている。

何時か相見えることがあるのだ。しかし、それは今ではない。今は袁術に飼われているが…恐らく、主を食い破るだろう。

 

いや、必ずその時が来ると確信する。彼女が飼われているだけの虎な筈がない。

 

「あら、ごめんなさいね。どうぞ、続けて」

 

そこで周瑜から離れた孫策が、荀彧に向けて視線を飛ばし、その豊満な胸を見せ付ける。彼女達も胸に来る視線は気付いていたのだ。

 

(……我らは相容れない……必ず)

 

悲愴な決意を決める荀彧。そして隣の諸葛亮も同じような感情を抱いていた。

その感情を胸に秘め、咳払いをして続ける

 

「概要は山脈から一番西側の賊に夜襲を駆け、敵陣を横断するというもの」

「何と……些か危険では?」

 

危険どころではない。135000もの大群の中を突っ切るというのだ。まず間違いなく途中で力尽きそうだが

 

「そうでもないわ。まず、夜という事で弓矢は殆ど当たらない筈よ」

「うむ、ワシ位であれば感覚でどうにかなるが、訓練も受けておらん賊に戦果は期待できんの」

 

夜の射撃は困難を極める。明かりが無ければ距離感も分からない。

相手が見えなれば的を絞れないのだ。故に、弓矢はあってないようなものだし

例え放っても賊同士が潰れてくれるのだ。

 

「更に、何時でも離脱できるように浅いところを、賊が追いつけない限界の速度で東の山脈まで横断して自陣へと帰還するという形よ」

「荀彧殿の考えだと、ほぼ横断するだけという形ですが、効果はあるのですか?」

 

そう、浅いところだと奇襲しても大した被害が与えられないのは必須。本来であれば火を用いて陣を焼き払いながら敵に打撃を与えて離脱するという

物的被害を期待するものが多い。が、今回の策は殆ど横断するだけである。…それでも危険には変わりないが。

 

「あるわ。そこに賊と同じ黄巾を巻いた兵士が賊を攻撃する。という一点を与えてあげれば、同士討ちを期待できるわ」

「なるほどね…桂花。その賊に変装する為の準備は出来ているのね?」

「はい。数は多くありませんが、問題ありません」

 

暗ければ隣の人間の顔も見えない。そして、特に親しくなければ135000の数の人間の顔を全て覚えられるわけが無いのだ。

故に同士討ちは成功しやすい。それに拍車を掛けるのは彼らに秩序が無いからだ。

無節操に襲ってきた賊に理性は期待できない。故に暴走することは必須だ。そう、黄巾の将が居たとしてもその制御は困難である。

 

そして膨大な数。45000は一流の将でも制御が難しい。曹操ほどのカリスマがあれば出来なくは無いが、それでも効率という点においては首を傾げる。

適切な数の兵士を割り当て、無理なく敵を攻める。そして、理詰めで相手を陥落させるのだ。そう、これが荀彧の軍略。

相手が多いのなら、同士討ちさせればいい。仮に治めたとしても、その後の連携が取れるほど相手の心情が回復することは、永遠に無い。

 

「…私は異論は無い」

「私もありません」

 

他の軍師二人が同意する。この奇襲で相手の数を減らせるし、その数が少なくとも、相手の連帯感を損なわせることも可能だ。

 

「…ふむ。浅く、深追いをしなければ突破は可能のようですな。私も異論はありません」

 

希望を出した趙雲も賛成の意を示し、奇襲の運びは決定した。

 

「漸く、攻城戦」

「それでは、奇襲部隊を決めましょう」

「ちょ、ちょっと華琳さん!?まだ決まっていませんでしたの!」

 

漸く攻城戦に入るのかと思いきや、今度は奇襲戦の人員を決めなければならないのだ。

袁紹は前回活躍できた攻城戦に興味を示しているが、あれは単に策が成っただけである。

しかし、活躍したのは事実だし、砦の南と西側は殆ど袁紹軍で片付けたのだ。

 

「……攻城戦でやることは単純よ。野戦での動きで城へと取り付く経路が各々出た筈」

「何を仰いますか。まだ決まっておりませんわ」

 

袁紹がそれに突っ込みを入れる。そう、この軍議ではまだどういった経路で城を攻めるかは決まっていない。

しかし、テーブルの上に広げられた地図を見れば、どの軍が何処の門へと取り付くかは一目瞭然である。

西側に展開している袁紹、そして南に展開している孫策、東側に展開している連盟軍。

 

全員が共通認識を持っていたと思ったが、曹操にとっては思い違いらしい。

 

「…では、盟主のご希望通り、攻城戦に付いて先にまとめましょう。桂花」

 

若干呆れた表情を作るが、それに構わず隣の荀彧を呼んだ。

 

「はっ。…まず袁紹様の軍は賊を打ち破った後、西側へと取り付きます。そこから位置的に孫策様は南門。我ら連盟軍は東門からです」

「付け加えると、北側の市街には殆ど兵士が残っていない。それは相手の動きで分かっているわ。故に、此方は私たちが抑えるわ」

「お待ちなさいな。奇襲等はどうするのかしら?このままでは華麗に進軍が出来ませんわ」

 

荀彧が答え、曹操が付け加える。その際に荀彧がその石を動かして、視覚的にも分かりやすく説明する。

だが、身を乗り出して待ったを掛ける袁紹。前回のように華麗に攻城戦が行く運びにしたいらしいが

 

「それは不可能よ。奇襲は不意を突くから奇襲であって、既に相手に悟られていたら奇襲とは呼べない。よってこの流れでの攻城戦はひたすら門を攻める他ないわ」

「……きぃー!」

「れ、麗羽様。確かに奇襲は困難を極めるかと思いますよ」

 

完全に論破されて憤りを示す袁紹に各陣営は辟易するが、顔良はそんな袁紹を宥める様に諭す。

曹操が入っていることは尤もであるのだ。何より相手は将が複数いる…最低でも三人もいるのだ。

篭城すれば兵士を統率することは出来る。故に隙は以前よりも少なくなるのだ。

 

「…分かりましたわ!もう!……では、奇襲部隊の人員を早くお決めなさい」

 

背もたれに体重を預ける袁紹。そっぽを向いている彼女のイライラは取れていないらしい。

しかしそれにはお構い無しで、曹操が口を開く。

 

「奇襲部隊に関しては…そうね、孫策軍以外は、前回の奇襲部隊と同じでいいと思うわ」

「ああ、それでいいぞ。そうだろ?趙雲」

「問題ありません」

「あたいも異論はないぜ」

 

公孫賛と趙雲。文醜が同意し、孫策軍の方へと視線を向ける。

そこにはわくわくしている孫策を押さえつけている周瑜と、それを見て微笑んでいる黄蓋がいた。

そして視線に気付く黄蓋が徐に口を開いた。

 

「なら、孫策軍からはワシが行こう」

 

ぐっと力瘤を作るように腕を上げる黄蓋。歴戦の猛将故、誰もがその意見に反論はしない。

…その隣の孫策が周瑜によって挙手をしないように圧力をかけられているが、それは今は関係ない。

 

「華琳様。徐晃には凪をつけた方がいいかと」

 

奇襲部隊の段階で荀彧が考えていた事を口にする。

徐晃に付いては兵を率いてもらうことは確定しているが、やはり彼女には参軍をつけないと心配の種が取り除かれない。

故に楽進をつけることを曹操に進言する。

 

「そうね。その後の野戦でも慣れる為投入するのもいいわね。それで、数はどうするのかしら?」

「…各将に1000の数を付けて一気に突破が私としては一番理想かと」

 

周瑜が考え、口にする。

 

「へぇ…周瑜。その数の根拠を述べなさい」

「はい。まず機動性の問題です。多ければ多いほどその機動性が失われていきます。その代わりに攻撃力と防御力が上がりますが、それでも20000は付けないと厳しいです」

 

相手は45000という大群が三つだ。半分以下で漸く攻撃力と防御力を持たせる意味が出てくる。

それ以下だと数の圧力で紙も同然なのだ。

 

「であれば少数精鋭の基本を守り、敵陣を撫でる様に駆け抜ける形が理想です。その素早さを保つには1000が一番都合がいいかと」

「うむ。確かに押しつぶされず、速度を維持するのであればその人数が妥当ですな」

 

何も135000を一気に相手にするわけではない。上辺だけなので、数万そこそこの中を突破するという形なのだ。

故にそこまで多くの戦力も必要ないのだ。だからこそ、趙雲は納得する。

 

「それでは、数は1000で異論はないかしら?」

「異論は無いな」

「無いわ」

「ああ、あたいも無いぜ」

 

満場一致に決まった奇襲部隊。各将が1000を持つと8000の数となる。この数で一点突破を果たすのだ。

陣形は相談しなくても大丈夫である。何故なら彼女達は戦場を見て、部隊を見て、自然と形にするからだ。

そう「武人の感覚」で決めて、戦場を駆けるのだ。

 

「漸く決まりましたわね。それでは、他に何かありませんかしら?」

 

袁紹が漸く決まったのを見計らい、早速声を掛けた。既に当たりは暗くなりかけているのだ。

しかし、自身たちの命運を決めるのだ。慎重にならざるを得ない。

 

「それでは、策以外の事をさっさと詰めましょうか」

 

袁紹も馬鹿ではない。流石に決める物はまだ残っていることを自覚しているのか、ふてくされた顔だが、盟主らしい仕事をしてくれる。

それに答えるように全員が頷き、その他の後方の仕事を詰め、軍議は解散となった。

 

既に日が落ち始め、月が顔を出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 



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26話

 

宛の南西の山林の中。暗くひっそりと息を潜めるように広く展開した8009の人間。

山林には月明かりは余り入ってこないしかし所々に月明かりが、カーテンのように地上へと降り注ぎ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

さらに、冬が間近な為、降り注いでいる光に向かって空を見上げれば、満点の星空が顔を覗かせていた。

 

視界を地上に向け、山林から平地へと目を向けると、多くの焚き火や松明が幅広く点在し、地上の星を模っていた。

だが、その星達を一気に崩しに行く為、この森林に大勢の人間が息を潜めているのだ。

見失わないように慎重に進軍し、迂回し、賊に向かって一気に奇襲できる位置へと回った。

 

この山林にいるのは、徐晃、夏候惇、許緒、楽進、関羽、張飛、趙雲、文醜、黄蓋そしてその兵士達である。

 

彼女達を先頭に一気に戦場をかき乱す決死の奇襲戦。趙雲と黄蓋は軍議に参加しており、弓での遠距離攻撃に対しては

昼間よりは安全性は高まっている。それは認めよう。しかし、正気の沙汰ではないのは確かである。

が、此れを行えば同盟軍が勝つのは目に見えている。

 

「……ふふ」

 

皆がそれぞれ胸中で何かしら渦巻いている中、それでも気持ちが全く揺れ動かない人物が居た。徐晃である。

月夜の晩のお陰なのか、その髪は何時もの蒼を見せず、漆黒の長髪を腰へと流していた。

 

賊との距離は…4里。この暗い、電気が無い時代では1.6km先の団体は見えない。

そのシルエットが見えたとしても、今は山林の中である。やはり、見えない。

 

徐晃の後ろに控えていた楽進は相手の多さに身震いをしていた。

本当に奇襲を加えて生き残れるのかどうか。むしろ、死にに行くようなものなのではないのか。

奇襲部隊として名が上げられたときは、今の正反対の心境であったが、今は違う。

 

(怖い)

 

だがそれを表へは見せない。見せてはならない。何故なら後ろで楽進たちを信じて前へと赴く兵士がいるのだ。

 

ならば臆することは将失格。

 

楽進の耳にカチカチと、音が聞こえてきた。何処から来ているのか、周りを見回したが、そんな音が聞こえるような物は無い。

いや、漸く聞こえた。そう、自身の歯から聞こえているのだ。そう、全身が本当に小さくだが、恐怖に震えていた。

 

他の将は皆冷静の中、自分だけ震える何と、なんと情けないことか。そう思うが、震えは中々止まらなかった。

 

「楽進」

 

その声が聞こえてふと、顔を上げる楽進。そこには月夜に照らされている天女が彼女の目に飛び込んできた。

しかし、その天女は美しい外見とは裏腹に、内心は人を殺せることが出来る機会に、何時も通りにわくわくしていた。

 

「ふふ、あんなにわらわら居る中で賊を殺しまくれる何て、本当に最高だよ」

 

本当に綺麗な笑みを浮かべるなこの人と、冷静に見つめる楽進がそこに居た。

言っている内容は、血みどろだが、外見は本当に綺麗なのだ。下手をすればこの中で一番整っていると楽進は思う。

 

「ああ、楽進も暴れたいのかな?ふふ…武者震いってやつでしょ?でも、駄目。先陣は私が切るよ」

 

そして視線を賊が展開している陣へと向ける。暗くてよく分からないが、恐らくあそこには100000以上の賊がいるのだろう。

だからこそ、徐晃は興奮している。部隊を引き連れているのはあれだが、それも楽進が自分の後ろで何とかやってくれるだろうという楽観的な考え。

その何時も通りな徐晃を見て、楽進はふっと笑みを零した。

 

「……徐晃隊長」

「ん?どうしたの?」

 

視線を楽進へと戻す徐晃は本当に何時も通りであった。だからこそ信頼できる。

 

徐晃の部隊の参軍として付けと言われたときには本当に大丈夫なのか?という思いでいっぱいであったが、上司の命令なのだ。やるしかない。

そして、今回が始めての徐晃隊の発足だ。しかもかなり重要な局面での初陣。付いてくる兵士達は恐らくこのまま徐晃隊の一部として扱うのだろうし

上司の言葉の端から既に部隊の兵士は用意されているとも読み取れた。

 

そう、ならば目の前の人物のように迷う必要など無い。

 

彼女が必ず自分の道を先陣で切り開いてくれると、彼女の目と台詞を聞いて、確信した。

 

「我が名は姓は楽、名は進、字は文謙。真名は凪と申します」

 

だからこそ、命を預けるに値する人物だと。此れまでの経緯を経て。そう確信した。

 

「……ふふ。本当に、曹操軍は変な人が多い。…………私の名は姓は徐、名は晃、字は公明。…真名は甘菜だよ」

「甘菜様。我が命、お預けいたします」

「……本当に、不思議な人が多いよ。……参軍、任せたよ」

「は!」

 

部隊もいいかもしれない。ほんのりと思った徐晃。しかし、やることは変わらない。

それは徐晃だから。徐晃が徐晃な限り、この殺しは絶対に止まらないのだ。

にやりと楽進を見て笑う。それに楽進もにやりと憎らしい笑みを返してくる。

 

「凪、隊を纏めて蜂矢の陣を敷いて。……今夜は宴だよ」

「はは!!」

 

それと同時に他の将達も声を上げて部隊を纏めていく。全員蜂矢の陣だ。

矢は一本では軽く折れてしまう。だが、何本も重なり合えば……簡単にはへし折れない。

 

全員が思うのは一点突破

 

恐らく半刻もしない程の短い奇襲戦。しかし、これで後々の戦運びが決まると同義。

 

「関羽」

「夏候惇か…どうした。安い挑発は乗らんぞ」

 

関羽の隣に出てきた夏候惇が、地上の星を見つめながら語りかけた。

 

「ふ、心配は無用だったな。……必ず成功させるぞ」

「無論。全ては桃香様とご主人様へと」

 

青龍偃月刀を突き出し、月の光が反射した。煌くその刀身から夏候惇は、関羽の生き様を垣間見た気がした。

それに答え自身も愛剣を抜き放ち、月の光に照らす。関羽の武器と同じく光るその刀身は、美しかった。

 

「…ほう、やはり何処の軍も統率が取れとるのぅ」

 

隊の一番端に陣取っているのは孫呉の猛将、黄蓋。彼女は弓が得意だが、剣もそれに追随する武技を持っている。

何より、呉で一、二を争う武の持ち主なのだ。その黄蓋から見て、彼女達の武技は光るものがあった。

いや、彼女以上に光っているかも知れないのだ。

 

そして兵士の統率。いくら奇襲でも、恐怖がわきあがる人数差。だが誰も取り乱していない。

逆に闘志が漲っているのが見て取れる。

 

それに笑みを零し、黄蓋も剣を抜き放ち、隣の趙雲へと語りかける

 

「…理想の隊ですな」

「無論。我らこそ、最強の隊ですぞ……黄蓋殿」

 

にやりと趙雲が黄蓋を見て笑う。そう、予感しているのだ。この先、これほどの者達と肩を並べて戦は出来ない。

黄巾賊という国の敵がいるからこそ、今は共に歩をあわせているだけだ。

 

そう、既に水面下では戦の準備が行われているのだ。

 

この国は腐敗しきっている。国を見れば分かるし、上の人間を見ても分かる。

だからこそ、誰かが覇を唱えてくる時代となるのは、少し学んだものであれば理解しているのだ。

 

無論、黄蓋も既に分かっているし、孫策が覇を唱えるに値する人物だと確信している。

 

しかし、あの天幕内で見た。曹操。彼女も孫策以上の王としての風格を感じ取った。

 

そして将来、その者たちと戦となることも、予感している。

言うなれば、この部隊の誰かと殺し合いをするということである。

何とも皮肉な世の中ではないか。こうして肩を並べて平和を守る人物と、今度は剣を交えて殺しあうのだ。

 

だが、黄蓋はそれでいいと思っている。

 

この場の誰よりも人生を謳歌しているであろう黄蓋は、それでいいと思っている。

 

それが、今の世の中なのだ

 

「ふっ。そうであったの」

 

剣を握っていた手に力を込めて、静かに気勢を高めていく。

隣の趙雲もその空気に触発され、槍を走りやすい位置へと構えて、静かに集中していった。

 

「すぅー…はぁー……」

 

小さい体に新鮮な空気を送り込み、体の熱を吐き出し、緊張を抑える。

これほど大勢に奇襲を仕掛けるのだ。緊張して当然だ。故に部下の人間は誰もそれで士気を落とすことは無い。

 

「へへん。緊張してるのかなー?」

 

その光景を横で見ていたこれまた小さい人物…張飛が許緒へと向かって発破をかけた。

 

「もう!集中してたの!ちびっこだって、緊張してるじゃない!足が震えているよ!」

「なにおー!鈴々のは武者震いなのだー!」

 

むーと額を付き合せて威嚇する二人は、だが、一時もせずに笑いあった。

 

二人とも震えていたのだ

 

額から伝わった相手の温度、そして震え。それを自覚して笑ったのだ。

 

「……いけるよ」

「…そうなのだ。鈴々が敵を吹っ飛ばしてやるのだー!」

「あ、私も吹っ飛ばすよ!負けないもんねー!」

 

その光景を兵士達が見て、緊張が解かれる。あの小さな二人がこうも頑張ろうとしているのだ。

ならば、自分達は自分達が信じる将の背中を追いかけて、敵を倒すだけ。前へと進むだけなのだ。

 

二人とも武器を抜き放ち、隊の最前列へと出る。そう、彼女達の小さい肩に大勢の命がのしかかっている。

二人とも理解している。故に自身で自身を鼓舞するように気勢を高めて行った。

 

 

 

 

各部隊が静かに気勢を高めていた中、作戦開始直前の時間となった。

 

「さて、あたいらの出番だな」

 

文醜が黄金の鎧を纏いながら部隊の前へと立つ。

この奇襲隊のトップは文醜だからだ。確かに彼女はこの中に居る女性達より一回り弱い。

恐らく楽進より若干強いといったところだ。しかし、だからといって長を勤められないわけではない。

 

というより、文醜は袁紹の右腕なのだ。ならば文醜が号令を出した方が誰もが納得する。

 

「まぁ、何だ。あたいはあんまり頭が良いから上手いこと言えないけど…………喰らい尽くすぞ」

 

一気に武器を、大剣を抜き放ち眼前の賊達へと向かって構える。

その瞳は鷲のように鋭くなり、強者の気風を起こす。

 

それに呼応するように徐晃を筆頭に、彼女達が先頭へと並ぶ。

そしてその後ろに大きな矢を形成している楽進を筆頭とした陣が臨戦態勢になる。

 

 

 

 

 

山林に一陣の風が吹いた

 

 

 

 

 

「行くぞ!!!」

「「「「「応!」」」」」

 

その声と共に、全員が応と答え、夜の道を静かに駆けていく。誰も彼も軽やかに、その地響きを抑え、駆ける。

風を纏い暗闇を走る彼女達は、ただただ目前の獣へと喰らいつく矢となった。

 

ぐんぐんと視界に賊の灯火が見えてくる。深夜な為、真面目に見張りをしている者が少なく、暗いから発見も困難である。

更に足音も、1里以内にまで来ないと中々把握しきれないというのもあった。

 

 

 

「あーあ…官軍が攻めてきたとか、ほんと間が悪いぜ」

「ああ、明日は三姉妹の芸がみれるってのに……ん?おい」

「あ?なんだ?」

 

簡易な見張り台の上で黄巾賊の男が、西側の方を指差して隣の男に知らせる

そこに映っている黒い塊を漸く月明かりが捕らえた、そう奇襲部隊であった

 

「き、奇襲だ!!おい!奇襲だぞ!!」

 

銅鑼を精一杯鳴らして奇襲を知らせるが、その反応は鈍い。

真夜中でもあり、既に寝静まっている賊が多数なのだ。見張りの交代の人間がぎりぎり起きていた程度で

賊の方が人数が多く、また、この多さでは奇襲は無いだろうと楽観視していた結果であった。

 

「あ、ああ……ああああああああああ!!」

「うあああああああああああああ!!?」

 

黒い強大な暴力が彼らを飲み込んでいった。

 

 

 

奇襲部隊の先陣を走るのは徐晃。その斜め後ろに関羽、夏候惇さらに展開して許緒、張飛、趙雲、黄蓋。そして兵をの先頭を走るのが楽進と文醜。

この奇襲形態はあの場に集合して決められたものだ。まず武力が高いものが先頭。ということで、黄蓋は疑問を浮かべていたが、ほぼ満場一致で徐晃であった。

故に、徐晃が先頭。その次に夏候惇と、関羽。武力が安定しており、体力も抜きん出ている。故に徐晃が討ちもらした敵を薙ぎ倒して進む。

 

更に広く展開して他の者達が賊の混乱を巻き起こす。そして兵達の一部を黄巾賊と同じ格好をさせて突貫させているのだ。

 

「き、きしゅうだああああああ!!」

「くそ!見張りは何してたんだ!!」

 

賊から見れば暴風が形となって大きな陣を食い破っているという認識しか持ち得ないだろう。

灯火で服装がはっきり見えるが、それでも暗いのだ。悪夢でしかない。

 

そして

 

「あっはははははははは!」

 

先頭で笑っている黒い髪を振り回しながら神速で両の剣を振るう何か。

その何かが通った後はぺんぺん草も残らない勢いで賊を刈りつくしている。

そのくせ、進軍速度が全く劣らないのだ。

 

「矢だ!遠距離から殺せ!!」

「言われなくても!行くぞてめーら!」

「「「「おお!!」」」」

 

異常事態で漸く起きてきた賊が漸く矢を構えて発射した。

しかし、暗くて距離感が分からない上に、先頭のものはその矢を軽く避けたり、吹き飛ばしたり、切ったりしているのだ。

 

「クソ!次だ」

 

そう賊が声を上げようとしたときに、彼の頭に矢が刺さった。

…味方の矢が刺さったのだ。

 

「お、おい!誤射してるぞ!?お」

 

その声を張り上げようとした人物も、矢の雨でその顔に数本刺さる。そしてその体を大地に沈めていった。

 

「クソ!クソ!暗くてよくみえねぇ!」

 

一人が狂乱になって、相手に切りかかったが、薄明かりの下よく見たら同じ黄巾を纏っているものであった。

その黄巾を纏っているものは、目の前に躍り出た賊の腕を切断した。

 

「ぐああああ!!…てめぇ!このやろう!!やりやがったな!!」

 

先ほどの黄巾を纏った人物ではない、その隣に居た人物を狂気をもって切りつける賊。

そして、その連鎖が奇襲部隊が去った後でも拡大して行き、そして奇襲部隊を追いかけるように、陣全体に広がっていった。

 

 

 

 

 

「おらおらおらぁ!文醜様のお通りだ!どけどけい!!」

 

兵を率いている文醜と楽進は前方の豪傑たちが切り開いた血路を、割り込んできた賊を殺しながら、駆ける。

群がる賊はこの奇襲を完全に把握し切れていないのか、動きが鈍い。

 

「…強い」

 

楽進も賊に対して気弾を放出したり、その篭手で尽く敵を葬ってきたが、それでも前方を走っている人物達と比べると、遅い。

彼女達は一振りで数人もの賊を殺しながら駆けていっているのだ。比べ楽進は一体一体を確実に殺していっている。

 

(まだまだ世の中は広い)

 

胸中そう思って、しかし確実に敵を殺していく。そう、今は嫉妬をしている場合ではない。徐晃に参軍を任されたのだ。

といっても、決められた中では他の隊も文醜と共に引き連れるといった形だが。それでも、導かなくてはならない

 

「全軍!深追いはしなくて良い!目の前の敵をなぎ払え!!」

「「はは!!」」

 

もはや阿鼻叫喚の陣中で、規律が取れているのはひとえに楽進と文醜の統率が高いお陰であった。

もう一つの理由に、この奇襲部隊はやることが単純である為だ。そう、一点突破。故に兵士は迷うことは無い

 

「一人も遅れるなよ!我らに続け!!」

「は!!」

 

隊全体が一つになった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「45!!」

「48!!どうした夏候惇!以前は遅れを取ったが今回は私が上を行くようだな!!54!!」

「ちぃ!その減らず口、何時まで叩けるか見ものだな、関羽!!51!!」

 

徐晃の後ろを走る二人の武人。いや、武神。

夏候惇と関羽はこの場においてもぶれなかった。以前の雪辱を晴らすように、関羽が敵陣を縦横無尽に、かといって深追いすることなく賊を切り裂く

その隣の夏候惇も、近寄ってくる敵を全て一刀両断し、さらに踏み込んで敵を掃討していっている。

 

二人が起こしている旋風は本来であれば隊を率いてた時には出来なかったであろう、全力全開の動き。

もし隊を率いていたら、それらを気にして行動範囲が狭まってしまう。それは彼女達も承知である。

だが、やはり何処かでフラストレーションが溜まっていたのだろう。

 

そして、それを開放する機会を得て水を得た魚のように彼女達は跳ね上がったのだ。

 

「66!!」

「ふん!68!」

「やるな、関羽!!」

 

暗いにもかかわらず、その輝きは鮮烈に写る。賊の断末魔を演奏するように動く二人は正に演奏者。

彼女達が武というタクトを動かすたびに鳴り響く醜い音は、相手に絶望を与えていくのだ。

 

「止めろ!こいつらを止めるぞー!!」

 

見当はずれの所へと降り注ぐ矢、同士討ちを始める賊達。それでも懸命に声を出す賊。

だが、時既に遅しであった。彼らの油断が招いた結果なのだ。そう、袁紹率いる連合軍の策略に乗り、踊っているだけなのだ。

 

「どけい!!我は曹孟徳様の剣、夏候元譲!その身をもって知るが良い!!」

「我は関雲長!我が武を冥土の土産として、持って逝けい!!」

 

切り込んできた賊達をその武器で薙ぎ倒し、進む。徐晃が狩り残した賊や、間から入ってきた賊などを一瞬にして大地へと返す。

正に無双だ。彼女達の一振りで数多の賊の命が費えていくのだ。

 

「がああああ!?」

「くそがあああ!!」

 

二つの閃光が賊を蹂躙し、風となってその平野を紅く染め上げていった。

 

 

 

 

「何と…馬鹿げた力じゃの……」

 

前の人物達の武勇を見ながら、賊を掃討している黄蓋。この奇襲隊の力は恐らくこの数倍の敵軍相手でも真正面から打ち倒せる力は持っている。

しかも今回は相手の陣を撫でる様に浅いところを突破するというだけだ。火は使わない。ただ、同士討ちを相手全軍に拡散していくのだ。

だから、彼女達に付いていくように黄蓋もその武技を持って賊を仕留めて行く。

 

そしてその零した言葉の先には……一番先陣を文字通り斬って隊の血路を確保する徐晃であった。

 

彼女に群がる賊達はその速度のよって、肉眼では見えない速度で振っている刀身によって全員が両断され、断末魔を上げながら絶命していく。

何時も通りの光景を放っていた徐晃だが、黄蓋は徐晃をはじめて見る。そう、鮮烈に移ったのだ。

 

暗いはずの夜中に、灯火に反射して紅く煌く軌跡を自由自在に操り、血の花を咲かす。

 

純粋に綺麗だと、場違いな感想を黄蓋は抱いた。ああも、綺麗に人を殺せるのかと。

 

その後ろの夏候惇と関羽も一級品であるが、それでも徐晃と比べると一回り…いや、二回り以上も実力差があると分かる。

あの剣風は黄蓋ですらも死の予感しかしない。そう思っている内に

 

「しねええええ!!」

 

少し隙が出来た所に丁度よく賊が黄蓋に斬りかかって来る。

しかし、捌けない速度でもない、音がした方向から勘で防御を入れようとした瞬間に

 

「がああああ!?」

 

隣の趙雲が黄蓋の付近へと近づいていており、その賊の心臓を一瞬で突いた。

断末魔を上げて崩れる賊の後ろから顔を出す趙雲は、苦笑していた

 

「油断大敵ですぞ、黄蓋殿」

「全くじゃ。面目ない」

 

そして前を向いて、気を張り巡らせる。弓で培った相手の動きを読む技能で、素早い先制で敵を切り伏せて言ったり、その弓で遠くの敵も殺していく。

それを援護するように趙雲が狩人のように姿勢を低く素早く動き、神速の槍捌きで数多の敵を葬る。

 

「ふむ。…まぁ大方徐晃殿の武勇であろうな」

 

敵を葬りながら前方を切り開いていく徐晃をちらりと見る趙雲。もはや戦術レベルの戦力を個人で有する彼女の戦い方は凄まじいの一言であった。

自身も徐晃に負けた日から厳しい訓練を自身に課していたが、遂に追いつくことは無かった。もはや人間の動きを超えていると言っても過言ではない。

それを支えているのは彼女の「気」である。趙雲も気を扱えるが、あのレベルや力強さには遠く及ばない。

 

だが、他のところで勝てばいいのだ。

 

そう思って、自身を奮い立たせる。無論、武でも勝ちたいとも思っているが、霞むような素早さで神速の剣を振るっている徐晃を見ると、笑いしか浮かばない。

 

「うむ。あれは本当に、人間なのか疑問だわい!」

 

言葉に勢いをつけて近くに来た賊を切り伏せる。断末魔を上げる賊を尻目に、前二人に置いていかれない様に黄蓋も進軍する。

二人に切りかかれている趙雲は一歩前へ出て二つの剣をやり過ごしたのと同時に、槍を回転させ一気に二人切り殺す。

 

「ふむ。…そうですな」

 

賊を突き殺しながら進軍する趙雲は片手間でも十分らしい。神速をもってして賊を打ち破っていく

 

その中で考え、結論を出す。

 

「……うむ。人間ですな!」

 

その言葉と共に三人を一瞬で突き殺し、黄蓋の一歩前へと出て進軍していく。

脳裏に浮かべるのはあの時の表情。以前逢ったときより生き生きしている表情は、やはり人間のものであった。

 

「…そうか、なら安心じゃの!!」

 

黄蓋はそれで思いを振り切って近くの賊にその手に持っている近接用の剣で敵を両断し、遠くの敵を射止めるため矢を放った。

 

その矢は暗闇にもかかわらず賊の眉間を目掛けて真っ直ぐ飛び、見事命中した。

 

「…まぁ、どんな相手もワシの弓で射止めるまでよ!!」

 

黄蓋の宣誓に趙雲は笑みを深く刻み、二人は嵐となり、進軍していった。

 

 

 

 

 

「とりゃー!!」

「おりゃー!!」

 

左翼の最前列には小さき猛将がその武を極限まで振るう。

鉄球が、蛇矛が前方に居る賊達を尽く食い破るその様は金城鉄壁でも軽く打ち破れるような勢いだ。

その暴風に晒される賊達は紙屑の様に宙を舞い、重力に引かれて地上へと落下し、絶命する。

 

「まだまだなのだー!!」

「なんのー!わたしもまだまだだよ!!」

 

そしてその勢いを増す要素がもう一つあった。それは

 

「絶対、お前なんかに負けないのだー!」

「絶対、ちびっ子なんかに負けないよ!」

 

ライバル意識。夏候惇、関羽より幼稚なやり取りだが、それでもその気持ちは彼女達に負けないくらい大きい。

張飛がその武器で4人纏めて吹き飛ばすと同時に、許緒も4人纏めて賊達を吹っ飛ばす。

遠くから見ると、賊達が宙にぽんぽんとお手玉のように跳ね上がり、血風を作っている。

 

「ぎゃああああ!?」

「ああああああ!?」

 

賊の断末魔が陣へと響いて恐怖を蔓延させていく。

正に魑魅魍魎が跳梁跋扈しているような、賊にとっては地獄のような軍勢がありえない武をもってして自分達を殺している。

 

正に悪夢

 

そして彼女達の活躍のお陰で、それを見ている兵士達の士気が際限なく上昇する。

この大群相手に翻弄するほどの活躍をしている将達。そして兵としての自分達。彼らは戦場特有の高揚感に包まれていく。

その高揚感は動きを洗練にさせ、次々と賊を葬りながら、目的の場所へと向かっていく。

 

そして、135000の陣を8009という極僅かな人数で突破したのであった。

 

 

 

 

 

 

相手は22000と甚大な被害を被った。その半分が同士討ちというのが現実だ。埋伏の毒が賊全体を蝕んだ結果である。

それを各将達が静めたが、その心証は直らない。互いが互いに疑心暗鬼になったその軍は、もはや機能しているとはいえない烏合の衆であった。

 

対する奇襲隊の被害は僅か800という驚異的な数値をたたき出した。これには先陣を突っ切った猛将がそれぞれ獅子奮迅の活躍を見せた結果であった。

 

そしてその将兵達を大いに労い、死した英雄に黙祷を捧げ、見張りを立て眠りついた。

 

賊達も奇襲をしようと躍起になっていたが、それはもはや意味が無い。何故なら連合軍は既にその事を読んでいる。

やったらやりかえされる。賊達のその浅い考えは軍師たちにとって、手に取るように分かる。

そして、黄巾の将も今奇襲を行っても意味が無いと悟っている。

 

だが、最大の原因は数刻経つまで賊の混乱が止まらなかったのだ。その為彼らを纏めることすらも出来なかった。

故に、数千人が連合軍陣営へと奇襲を仕掛けてきたが、対策を立てて見張りを増強していた為、直ぐに鎮圧されたのだ。

 

こうして黄巾賊本体と連合軍の第一戦は連合軍が完勝するという形で夜が明けるのであった。

 

 

 

 

 

そして夜が明ける前、各軍が既に宛から10里程南に隊列を組んで朝日を迎えた。

 

各兵士の吐く息は白く、気温が10度以下ということが分かる。

それでも彼らの内側は冷め切っていない。何時でも出陣できるよう各々体を動かしていた。

 

斥候兵で確認した黄巾賊の三つの陣は夜通して建て直しを行ったのか、陣形は整っている。

しかし、各陣の人数は昨日展開していた人数よりも見劣りしていたのは一目見て分かった。

 

現在黄巾賊の陣三つとも40000の数である。全軍が均等に揃うように、城の中から賊を補充したのだ。

しかしその士気は低い。何故なら殆ど眠れなく、さらに何時また夜襲が来るか気が気でなかったからだ。

そして同士討ち。これが決めてとなり、完全に疑心暗鬼に陥っている陣は体裁こそ保っていたが、もはや機能してない。

 

その事は夜が明ける前に斥候兵と共に偵察へと行った夏候淵が確認してきている。

 

この野戦で先陣を切るのは連盟軍である。そう、前曲だ。そして中曲に袁紹軍、後曲に孫策軍だ。

 

今回の策を軽くおさらいしてみよう。

 

まず先陣を切る連盟軍が、列となして陣を引いている東側二つの軍を舐めるようにして突破し、東側へと釣って行く。

よって、陣を浅く広く展開する長蛇の陣にて神速をもって東側へと進軍していくのだ。

 

中曲はそこから生じた隙間から西側の一陣に突撃を行い、他の軍から引き離し、西側へと押し込んでいくのが仕事である。

 

最後に後曲。袁紹軍と釣れた賊軍が開けた隙間を縫うようにして袁紹軍が挟み撃ちにならないように、孫策軍が間へと入っていき

東側の賊軍を挟み撃ちにするのだ。

 

そこからは殲滅戦だ。挟み撃ちをした黄巾賊8万は曹操、劉備、孫策と後に三国志を飾る英雄達を筆頭とした将達に囲まれるのだ。

更に、南側には何時でも駆け込めるように道を僅かに開けておく。此れにより、窮鼠猫を噛む様な激しい抵抗に見舞われることは無い。

 

故にこの戦は策通りに動けば勝てるのだ。

 

そして曹操軍の徐晃隊は街に蔓延る賊を退治し、民の救出の命も下している。と言ってもこれは表向き。

本当は張三姉妹の身柄を確保するのだ。そう、城に入れば軍が居ない北側から逃げることは必須。

城に居なければ必ず町の何処かに身を潜めている。そう、彼女達が捕まるのは時間の問題なのだ。

 

今の所、張三姉妹が逃げた様子は無い。以前から密名を受けていた斥候兵と細作を使い宛周辺に目を光らせていたが、彼女達の影は確認されなかったのだ。

 

故にこの機会を逃すわけには行かない。

 

改めて連盟軍の面子を確認しよう。

 

前曲が公孫賛の騎弓隊の10000と夏候惇隊、参軍に于禁をつけた騎馬隊6000。

この二隊で先陣を切り、東側への道を切り開いていく役目だ。

 

中曲が徐晃隊、参軍に楽進をつけた歩兵隊5000。関羽隊参軍として鳳統と張飛も加えて6000の歩兵隊。

前が切り開いた道を更に傷口を広げるように、拡大していく役目だ。また、後曲の壁となる為、激戦にもなる。

 

そして最後に後曲が夏候淵隊。参軍に李典をつけての5000の弓隊そして攻城兵器井蘭が付いている。

曹操隊は荀彧、許緒をつけて3000の歩兵、劉備隊は北郷、諸葛亮をつけて3000の歩兵。それぞれ雲梯を運用する

この二つの隊は傷口に残っている賊をすべて平らげて、東側の後ろへと回り、軍の鼓舞を勤める。

 

そして、その後の攻城戦を意識し、兵器を積んでの進軍となるのだ。

 

高い士気を維持しながら賊軍を食い破り、そのまま東側から攻城戦へと向かう流れである。

 

 

 

 

太陽が完全に顔を出し、遂に出陣の時間となった。天気は良好。風も北側へそよ風程度吹いているだけである。

各隊が長蛇の陣を形成し、盟主曹操が軍の前へと歩みだした。

 

その姿を整然とした態度で向かえ、彼女からの言葉を待つ。

 

前へと出た曹操はその手に絶を携え、黄金の髪と一緒に煌いて神秘的な雰囲気を放っていた。

 

しかしそれ以上に彼女の覇気が凄まじく、正に王としての風格も備えている。

 

全軍の気勢が高くなったその時、彼女は口を開いた。

 

「我が連盟軍の精鋭達よ。我々は民の為、平和の為に戦い続けてきたこの半年間、国中を回りながら黄巾賊を討伐してきた。

……この乱とも言える大事件で本当に沢山の命が失われてしまった。民の命、兵の命、友の命、恋人の命。そして、家族の命さえも。

だが、貴方達は見てきた筈。それでもその手で救って来た者達の暖かい笑顔を。そしてその笑顔の影に散っていった命を。

この連盟はそうした者達によって支えられてきたのだ。…ならば、我々が取る行動はもはや一つ」

 

静かにを紡ぐ曹操のその言葉には不思議な力があった。誰もが彼女の言葉に耳を傾け、その内なる気持ちを増幅させていく。

それを感じ取り、曹操はその手に携えている絶を太陽が顔を出し、何処までも蒼い空が続く天へと掲げた。

煌く絶の刀身の輝きは眩しいほどだ。そう、彼女の生き様を物語っているように、これから紡ぐ物語のように…鮮烈であった。

 

「武器を抜き放て!」

 

その言葉と共に全軍が腰に携えた槍、檄、剣、弓、鉄球、篭手、刀を抜き放ち、天へと掲げる

 

「この乱で平和の礎となった英雄達に勝利の歌を聞かせよ!我々がこの乱の終止符を打つのだ!散っていった命の為、平和の為

何より未来の為に!我らは龍となり、賊を喰らい尽くし、天まで雄叫びを響かせてやるぞ!その雄叫びこそが、英雄に捧げる勝利の歌となるのだ!…全軍、出撃!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

何処までも広がる蒼穹の空。目の前に小さく広がっている黄天を飲み込む勢いで、地上の龍が、雄叫びを上げ進撃を開始した。

 

 

 

 

 



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27話

 

強大な龍となった曹操軍の士気は高かった。兵士達は胸中に黄金の輝きが渦を巻いているのではないかと思うほど、輝かしい煌きが宿っていた。

そう、我らは平和の為に立ち上がり、民を守るものだ。ならば進軍しかない。例え相手が強大でも、その足を止めることは無い。

彼らの魂から叫びが聞こえる。そしてその叫びは天まで届く勢いだ。

 

その使命による高揚感が軍を包んでいる中、徐晃隊もその勢いで兵を率いて、中曲の殿に位置する所での進軍だ。

隊の陣は長蛇の陣。作戦通り舐めるように動いていく為だ。決して深追いをする為ではない。

既に前曲は正面の賊部隊に取り付いて、舐めるように進軍しているのが徐晃の目に映った。

 

「徐晃隊、遅れないでね」

「徐晃隊!!遅れるなよ!」

「「は!!」」

 

全軍の勢いと賊軍の勢いは正に天と地の差である。あちらは覇気が全く無く、昨日敷いていた陣もほとんど無陣形である。

何とか体裁を保とうと数人で組んで攻撃を仕掛けてくるが、動きに機敏性が無い。

故に容易く此方の進軍を許してしまっているのは、当然の結果なのだ。

 

「さて、ふふ…徐晃隊。広く浅く展開して、後曲の道を固めていくよ」

「全体!徐晃様に続け!!」

「「おう!!」」

 

中曲がとうとう賊軍と衝突をした、関羽隊の張飛が先陣を切り、関羽は鳳統と共に行動し部隊を巧みに動かし、且つ鳳統を守るようにして戦っている。

そして徐晃隊は、その隣だ。徐晃の目の前に広がっているのは切り殺して良い人間の塊だ。目の前に人壁に一刀を入れるのを、漸くかと言わんばかりに

笑みを張り付かせて、その壁をまるでケーキに入刀するかのような背筋がぞくぞくする感触と共に、神速の抜刀で目の前の賊を二人切り殺した。

 

「徐晃様に続け!我らも武功を華琳様へと英雄達へと捧げるぞ!!」

「「おおおお!!」」

 

徐晃は心の奥底から出る笑いを余り表へと出さないように敵を殺していく。

そして気付く。この焦燥感にも似た。欲望を押さえつけているこの煮えたぎる紅い感覚。

切り殺す感覚には満足しているのに、心では満足していない。

 

しかし、何故か逸る。

 

もっと殺せと、もっと快感をと。気持ちが逸るのだ。そして賊達の断末魔。醜い表情、絶望する瞬間。

それが徐晃の何かを刺激するように、獰猛な笑みを貼り付けながら敵陣を浅く入り込み翻弄する

 

「徐晃隊!関羽隊を見失わないように私に付いて来て!」

 

逸る気持ちを少し開放するように徐晃は声を出す。何故か気持ちいい。殺し足りない感覚が付きまとうのが。何故かいい。

徐晃が発した言葉に隊員が返事をして、彼女に付いていく、楽進もその手足と気の弾で敵を容赦なく殺していく。

そして徐晃と楽進を見て兵士は士気を更に上げていく。我らの将はこれほどまでに強いのだと。

 

故に徐晃隊の背から進軍してくる後曲が東側へと進軍するのは時間の問題であった。

 

 

 

 

 

「麗羽様。ご出陣のお時間ですよ」

「あら、華琳さん達の軍はもう東へと?」

「そうみたいだぜ、姫様」

 

斥候が顔良に臣下の礼を取り、連盟軍が順調に東側へと二軍を釣っている事を伝える。

その事を聞いた顔良は袁紹へと声を掛けた。

 

連盟軍が出陣した位置から南に1里程離れた所で整っている横陣を敷いて、その時を待っていた黄金の部隊。

彼らの装備品は他の軍より質がよく、またお金に物を言わせ、充実した訓練も受けている。

そして、糧食や設備も一番恵まれている。そのお陰で士気が常に高く保たれていた。

 

また、袁紹の独特のカリスマでもその軍の士気が保たれている。

兵士にとっては策でちまちま動くより、袁紹の方針みたいに相手を叩き潰すといった単純明快な指針の方が受けがいい。

それは武官に通じる人間が数多く入っているからだが、それでも確かにこの物量だと有用性がある方針なのは事実だ。

 

整然と整った陣の先頭に立派な馬に駆っている美女が三人。

中心に袁紹、右に文醜、左に顔良だ。太陽に反射して煌く武器と鎧を纏い、彼女達が光っているように見える。

その神々しさも士気を保っている要因の一つだ。

 

袁紹が軍の方へと振り向き、残り二人も振り向いた。

そして三人とも各々の武器を天に掲げた瞬間、軍の全ての人間もその手に携えている武器を天に向かって突き出す。

 

「皆さん!わたくしから言う事はただ一つ!雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわ!」

「「「「おおおおおおお!!」」」」

 

黄金の部隊の進軍が始まった。先陣は文醜隊の10000による騎馬隊が先行し、賊と賊の間を押しつぶすように突破する、

陣は蜂矢の陣を敷き、高い攻撃力でそのまま押しつぶす心算だ。

 

「文醜隊!姫様の部隊が悠々と通れるように敵陣を分断するぞ!続けぃ!!」

「「「おお!!」」

 

そこから大将袁紹隊が進軍する。陣形は魚鱗の陣。袁紹を中心において士気を高く維持し、敵陣にぽっかりと穴を開けていくのが仕事だ。

また、袁紹の周りには親衛隊が置いてあり、その前方に矢を防げるように盾の部隊も配置している。

 

「さぁ、わたくしたちも斗詩さんの隊に続きますわよ!」

「「おおー!!」」

 

最後に顔良の部隊も横陣を敷いて袁紹の部隊を援護するように弓隊を配置している。無論、近づかれても対応できるように

各々短剣も装備している。かなり豪勢な装備はやはり、名家の力があってこそだが、袁紹もそれなりには頑張っているお陰もあるのだ。

 

「麗羽様には指一本触れさせないように!我らも続けー!!」

「「応!!」」

 

袁紹軍が進軍を開始した。騎馬の速さと重さで連盟軍が作った隙間を広げるように賊を押しつぶして行く。

 

「おらおらどけぃ!この文醜様のお通りだ!!」

 

馬上で賊をその手に持っている大剣で一刀両断するその姿はまさに猛将だ。

それに呼応するように騎馬隊も士気を上げていき、進軍が止まる気配が無い。

 

更に、顔良が援護をするように10000もの弓隊での一斉射撃で見る見るうちに賊を減らしていく。

そこに袁紹率いる15000の部隊の軸が怒涛の勢いで押し寄せて賊を潰していった。

 

「オーッホッホッホ!わたくしの名は袁本初!その名を刻み、わたくしの前にひれ伏しなさい!」

 

勢いが違う。賊達はそう認識していた。彼らの士気は解体していないのが本当に不思議なのだ。

陣を解体しないように保った将の手腕は、中々見るところがあるが、一晩で回復できなかったのはそれが彼らの限界である。

元々、軍とは関係ないように生きてきた人間を纏めること自体、困難を極めるのだ。それを省みると、黄巾の将は一角の将へと変わる可能性も持っている。

 

しかし、それはありえない。何故なら今日この日で天命が尽きるから。

 

 

 

袁将軍が賊達を西へと押し込んでいく中で、歩兵8000を率いて孫策軍がとうとう袁紹部隊と賊軍の間へと入り込み、完全に策が決まった瞬間であった。

ぐいぐい押し込んでいく孫策軍と連盟軍。押し込まれている賊軍は身動きすら取れないほど、両軍には圧力がある。

 

さらに孫策隊の後ろに黄蓋隊の弓兵と東側の夏候淵隊と公孫賛隊の弓兵で中央の身動きが取れない賊達は的となり、その数を見る間に減らしていく。

 

賊軍もそれらを突破しようと前へと進撃するが、彼女達が率いる歩兵が壁となり、さらに後ろから一撃離脱を繰り返す騎馬隊で勢いをそがれていくのだ。

 

だからこそ、その死地からどう生き残るかを見つけるように動く人間がいる。

そして見つける、南西に軍が張っていないことに。故に賊軍から離反していく者が出てくるのは当然の帰結であった。

 

離散していく賊達を見て各賊軍の将は篭城することを決断する。幸い南門からはまだ危険性はあるが、入れる余裕がある。

近くの賊に伝令を持たせて、門が開いたと同時に賊軍は、殿の賊達を犠牲にして篭城していった。

 

 

 

 

「…そろそろ頃合ね。徐晃隊に伝令。市街地へと潜入し蔓延っている賊の討伐の命をだしなさい」

「は!」

「それと、例の件も忘れずにとも伝えなさい」

「分かりました。では、出立いたします」

 

順調に賊達を討伐している中賊達が予想通り南側の方へと離反していった賊達。その中で曹操は徐晃に密名を遂行するよう、伝令を回した。

 

「桂花」

「は!」

 

荀彧は隣で戦況を確認し、曹操軍内の隊が連携するように伝令を出していた。

伝令を回した曹操は荀彧の方へと視線を向け彼女を呼ぶ。その声に応じて簡易な礼を取る。

 

「機を見て市街地へと向かいなさい。必ず張角達がいる筈よ。……おそらく徐晃では彼女達を説得しきれないわ。念のため部隊を回しなさい」

「はは!」

 

この城に居るという情報を残し、姿が見えない張角達は必ず北門か市街地に出現する。

篭城した時点で黄巾賊の将達が彼女達を逃がす為に手を打つだろう。それがなくても、必ず誰かが手引きするか、彼女達が逃げるか。

どちらにせよ、状況が動かない限り向こうは動けない。故に、状況が動き始める今、市街地へと手を回せばいいのだ。

 

「賊達が城へ退避している間に攻城兵器を東門へと取り付けるわ、秋蘭、李典。出番よ」

「は!お任せください!」

「よっしゃ!任せといてください!」

 

井蘭と攻城兵器の将として夏候淵、李典を起用し、東門へと取り付くように指示を出す。

攻城兵器が先行して、その後ろに夏候惇と于禁、公孫賛が城へと取り付き、雲梯で内部から扉を開けて本体を呼び寄せるという形だ。

恐らく、なりふり構わず北門からも逃げる賊が居るが、徐晃隊と荀彧が多数の兵士を回しているからほぼ討伐は可能なのだ

 

「さて、どう動くかしら…」

 

その目に期待を孕んで戦場を見る曹操は、既にこの乱が終わった後の展開をその瞳に移していた。

 

 

 

 

「伝令!曹操様より、市街地攻略へ部隊を進めるようにとの事です!」

「わかった。ご苦労」

「はは!」

 

徐晃が徐晃隊本体より突出しており、荀彧の危惧が完全に当たっている形となった。しかし、楽進はそれでいいと思っている。

何故なら、徐晃という人物はこれでいいのだという、悟りを開いてしまっているからだ。

それに、部隊の人間もあの強さを見て奮起し、賊に対して猛攻を仕掛けていたのだ。

 

既に賊達が城へと退避し始めているのが、目に見えて分かる。

つい先ほどまでは徐晃隊として完全に一体となって敵を蹂躙していたが、戦場の空気を機敏に感じ取り、徐晃は楽進に

 

「宜しく」

 

の一言を残し、賊の壁の中へと突貫していったのだ。しかし、今は直ぐにそばの所で賊達を切り殺している。

何故ならいくら見えなくても上空に舞う血煙は誤魔化せない。近いところで徐晃が暴れている事には直ぐに気付くのだ。

 

「徐晃隊!徐晃様を呼び戻しに行くぞ!」

「「はは!」」

 

楽進が気弾で道を切り開き、徐晃が暴れている所へと進軍し、徐晃を見つける。

笑いながら何時も通りに斬る彼女に一歩近づいた。その瞬間その暴風は止まって空間を生むように徐晃は周りの賊を掃討し、楽進の隣へと歩いて移動してくる。

 

楽進は内心、無茶苦茶だなこの人はと思い苦笑しながら徐晃に伝令兵が持ってきた内容を報告した。

 

「うん。丁度一区切りしたし、徐晃隊は市街地に居る賊の討伐を行いますか。あと、あれ……そう、捕獲ね」

「捕獲?」

 

適当に徐晃がその二振りの刀で切りかかってくる賊をその場で気の斬撃等を駆使して切り殺していく。

その中で、冷静になっていく脳内で状況を思考し、判断を下す。そして、密命をとうとう楽進に話すこととなる。

 

「うん。まぁそれは移動しながらね。徐晃隊私に続いて」

「分かりました。…徐晃隊!我らに続けー!!」

「「は!!」」

 

既に賊達は連合軍の策で軍の体裁すらも保てない状況になっている中、徐晃軍が戦線を離脱して少数を生かして神速をもって北の市街地へと歩を進める

 

「これは密命でね、この乱の首謀者を捕獲し曹操軍で起用するという話なの」

「まことですか?そのような危険な人物を起用するなど…」

「ああ、大丈夫だよ」

 

そうして、前を向き、一直線で市街地へと走りながら張角達の本当の姿を楽進に伝える徐晃。

その事実に驚いた表情を作り、納得する楽進。

 

「分かりました。桃色の髪の女性ですね」

「うん。見かけたらその場で判断してね。私を呼ぶか捕まえるかを」

「了解です」

 

楽進はその事を了承し、徐晃が速度を上げたので、楽進も速度をあげ、後ろの兵士達も速度を上げて、そのまま市街地へと行軍していった。

 

 

 

程なくして徐晃隊は市街地へと歩を進めた。そこで見たのは憂さ晴らしにだろうか、襲われている民と襲っている賊の姿であった。

その姿を認識した瞬間、徐晃は神速の抜刀と共に気の斬撃を飛ばして襲われている街の住民を救った。

 

「…街の救援を」

「分かりました」

 

楽進は内心、怒りを燃やした。恐らく定期的に賊が街に現れて好き勝手やったのだろう。道端などに誰とも分からない死体や、陵辱された女性や少女の姿が目に飛び込んだ。

今正に、その弱りきった女性を襲おうとした賊を楽進は気を使い近づいた

 

「あ!?何だ」

「喋るな」

 

その篭手で賊の頭を掴んで壁に叩きつけて断末魔すら許されずに絶命する。そしてそのぐったりしていた女性を抱え、自身の衣服で汚れを拭った、

意識が朦朧としているのか、その女性は特に反応せずに、ただ涙を流した。それを見た楽進は女性を隊の人間に任せて、拳を握り締める

 

「徐晃隊」

「…は!」

 

兵士もその女性を見て怒りが湧き上がる。こんな結末は望んでいなかった。

 

「街の救援を急げ…生きている民を一箇所に纏めて警備するんだ。……私は打って出る」

「……お気をつけて」

「ありがとう。…警備兵以外は町の探索を。…女性は街の外へ出さず保護するように」

「は!!」

 

そして駆け出す楽進。目に付く賊を片っ端から絶命させていく。彼らは許されない。許してはならないのだ。

 

「我が名は楽進!この様な所業をして、おめおめ生きていられると思うなよ!!」

 

そう叫び、彼女は駆け出した。まだ被害にあっていない人間が居るはずだと、希望を持って。

そして、目の前に広がる絶望を打ち砕くように彼らを掃討していった。

 

一方徐晃も目に付く賊達を神速を持ってして討伐していく。彼女は勿論密命を忘れていない。

しかし、この広がっている光景は今まで忘れていた理不尽な世の中を思い出させてくれる。

だが、殺しとは関係ない。徐晃は賊を殺せればいいのだ。

 

徐晃がまた目に付いた賊を殺す。しかし今までとは違う気迫が宿っていた。

 

徐晃はそれがよく分からない。だが、一昔前まで湧き上がったことが無いような、何か。

その何かが徐晃を突き動かす。任務を遂行しろと、賊を殺せと、心が叫んでいる。

それをかみ締めて徐晃は市街地の隅々まで歩を進め、時には屋根に登り、動く。

 

そこで見つける。倒れている黄巾の賊を。しかし、可笑しい。

楽進はまだあそこまで進軍しておらず、兵士もまだ浅いところで救出をしながら街を回っているのだ。

だからこそ、違和感を覚える。そして、すぐさまその倒れている賊達へと駆けていった。

 

 

 

徐晃が彼女達を見つけるその前に、張三姉妹は命からがらに逃げてきた彼女達のファン達と共に城を脱出し、軍が居ない市街地へと足を運んだ。

 

「天和さま、人和さま、地和さま。俺たちが必ず逃がしますんで、安心してください」

「そうなんだな、おいら達に任せるんだな」

「へへ、大役ですね。兄貴!」

 

少人数で動いたほうが良いと判断した彼女達から発足した黄巾賊は護衛を腕が立つ三人に任せて、彼らはその時間を稼ぐ為に城へと残る。

そしてそれぞれの将が張角達の名を名乗って、篭城したのだ。

 

「お願いするわ」

 

冷静に状況を判断して逃げて再起を図ったほうがいいと、姉二人を説得して、この宛の城から逃げ出す。

身の着のままだが、それでも生きていれば設けものだ。

そう、ここまでは彼女の予想の範疇であった。しかし、賊は一枚岩ではない。

 

「へへ…よう、おめぇら。その女連れて何処行くんだよ」

 

ぞろぞろと入り口を出た辺りから賊が彼女達を囲んだ。その数は200は下らない。

丁度軍が隊列を組めるように広い場所が災いして、その大群に取り囲まれたのだ。

 

「な、なんだよ、お前ら。俺は天和ちゃん達を軍から逃がそうと」

「は!それで逃げるのかよ。…まぁいい。おい、殺されたくなかったらその女三人を此方へ渡せ」

 

囲んだ賊はこの市街地で好き勝手していた生粋の山賊や盗賊の類であった。

今までは確かに賊軍に居て戦闘に参加していた。それも門の上で弓を打っていたが、もはやこの宛が落ちるのも時間の問題であった。

故に彼らは最後に軍が守ろうとしているものをぶっ壊そうと思い、同志を集めて街へと繰り出したが、化け物が二人に軍が既に浅いながらも街を探索していた。

 

そこで彼らは悟る。自分達の未来を。故に怒った。この仕打ちに納得できなかったのだ。自分達が蒔いた種とは思いもせずに、この現状に怒ったのだ。

 

どうするかと、街の裏道を使い逃げた先に彼らが見たのは、事情を知らないこの賊の長の女三人にチビにノッポに男。計6人が城から姿を現したのだ。

そこで全員の意思が一致した。女を犯す。官軍に見つかって死ぬのなら、目の前の原因を犯して最後に殺そうと思い立った。

 

そして、もしかすれば、彼女達の首を上げれば生き残れるかもしれない。とも思ったのだ。

 

「……」

「おい、黙ってんじゃねえよ。渡せ。そしたら殺さないで」

「うるせぇよ」

「…何?」

 

この人数で脅せば護衛と見る三人は直ぐに女を渡すかと思った。しかし、帰って来た返答はその逆。

その事に苛立っていたせいか、余計苛立ちが彼を蝕む。

 

「てめぇ…死にてぇようだな」

「はん!俺達はな、例えこの命が尽きても天和ちゃん達を守る使命があるんだよ。お前らみたいに弱者を虐める事しか出来ない、下半身でしか会話が出来ない馬鹿とは違うんだよ」

「そうなんだな!分かったら早く道をあけるんだな!」

「おうおう!俺たちは地和ちゃんたちが居れば無敵だぜ!」

 

しかし、冷静に見ていた張三姉妹は気付いている。彼らの体が若干だが震えていること。剣を抜き放ち、確実に死ぬであろう人数さでも臆しない彼ら。

 

「わたし達もあんたらの様な野蛮人何かとまぐわいたく無いよーだ!」

「ちぃ姉さん!」

 

気丈な地和がその舌をだして、下世話な言葉を吐いている賊に対してそう宣言した。

しかし、今その選択はまずい。人和が直ぐに咎めるように姉の名前を呼ぶが

 

「…は!そうか……嬲り尽くしてやるよ!!殺せ!女は傷つけるなよ!」

「「「おおー!!」」

 

そうして、各人武器を抜刀して、彼らに群がった。

 

「うおおお!天和ちゃん達は逃げろ!」

 

彼らを必死に止めるが、多勢に無勢すぎた。一番小さい黄巾賊がその身で地和を守り、そして引き剥がされて串刺しにされる。

一番大きい賊は複数のほかの賊からリンチを受け、滅多刺しにされる。そして、最後の男も天和を守ろうと、その道を切り開こうと

賊を斬って、その身が切られても、立てるその一瞬まで力を振り絞った。しかし、望みは適わなかった。

 

「いや!離して!!」

「へへ、捕まえましたぜ!!」

 

逃げ出そうとした三姉妹を大勢の男が群がり捕獲する

 

「よし!この街の隅に行くぜ!そこで官軍が来るまで犯しつくそうぜ!!」

「「おおおお!!」」

 

三姉妹の衣服を破く賊。絹が裂ける音と共に女性の悲鳴も彼らの鼓膜を打ったが、それが逆に被虐心を沸き立たせた。そして拘束されて、男達に運ばれていく。

 

「ま……まて…」

 

その姿を死にそうになりながらも、這い蹲って追おうとしたが、すでに力が入らない。

男は悔しかった。以前、1200の賊を引き連れて悪徳の官僚の住まいを襲撃し、進軍する中で一人の女性にあった。

その女性は鬼神の様な強さを発揮して瞬く間にその数を減らされた。

 

直ぐに全軍を逃がして、その被害を最小限まで食い止めたが、それでもあの強さは異常であった。

 

(俺にも、あの女みてぇな強さが……欲しかった…)

 

鼻水と涙でぐちゃぐちゃな顔で連れ去られる天和達を地べたで這い蹲って見ることしか出来ない自分が、本当に嫌いになった。

 

「ぐぅ…うう……」

 

視線をずらせば血が止まらない腹の刺し傷と骨が見えている程の深い切り傷、何時も一緒であった部下の死骸。そして、既に姿が見えない賊達。

やるせない気持ちが彼を支配し、感情があふれ出した。その時、彼を覆うように影が出来た。

 

その原因探るように体をずらしてみると、あの時の鬼神が男を見ていた。

男はそれを認識し、精一杯の力で天和達が連れ去られた方向を指差し

 

「はぁ…あ……て、てん…ごはぁ!……てん、わ…ちゃ……すけ」

 

男は、何かにすがりたかった。…いや、託したかったのだ。しかし、自分達も悪い事を沢山やってきた。だから受け入れてくれるとは到底思わなかった。

霞み行くその視界の果てに、彼はその鬼神が頷く光景を見た。それに満足し、既に言葉にならない口だけの動きで礼を伝え、息を引き取った。

 

その最後を看取った鬼神……徐晃は、死して尚指を指されている方向へと、一遍の迷い無く駆け出した。

胸中に埋め尽くすこの気持ちは何かは分からない。しかし、彼が死しても伝えたい事は確かに徐晃の胸に届いたのだ。

 

そして徐晃は彼が伝えたかった一団を遠目で見つけた。

 

「おら!」

「あぐ!」

 

徐晃のその優れた耳に人体を何かで打つ音が響き、その度に女性のくぐもった声が上がる。それが何度も何度も。

 

「ひひ、いい体してんじゃねぇか」

「いやぁ…」

 

徐晃のその優れた目で捕らえる。裸の女性の体を陵辱しようと、いや既に始まっている男達が行う陵辱劇を。

 

「やめて!やめなさいよ!」

「ああ?お前もああなるんだよ!」

「きゃあ!?」

 

悲鳴と同時に押し倒された紫色の髪の女性を覆うようにして男達が群がる。

 

 

 

 

 

徐晃の内なる何かが爆発した

 

 

 

 

繰り出された右足に限界を超えた力を入れて地面が大きく陥没するほどの踏み込みで、消えるような速度で女性に群がって陵辱を始めている賊を斬る。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

その声と同時に、陵辱をやめてその悲鳴がした方を見る賊達。

そして捕らえる。黒髪の美女を。しかしその手に持っているもので彼女が何者なのかを悟った

 

が、それでも相手は一人なのだ。

 

「へへ、一人でこんな所まで来るたぁご苦労様で」

 

神速の抜刀で気の斬撃を放ち、言葉を発した賊の首を斬った。

金属と金属が擦れる子気味良い音と共にその男の首が跳ね上がり、宙で血を噴出しながら舞う。

 

「こ、ころ」

 

その異常事態に他の賊が徐晃に向かって、大声で殺せと言おうとしたが、それは適わなかった。

 

「ふ、ふふ…あは、あははははははははははは!!!」

 

賊の言葉を遮るように、突如笑い出した彼女の狂気と圧倒的な冷たい覇気。

絶対に死ぬと予測が出来るほど濃密な何かを発しながら笑う。

誰一人動けなかった。暴行を受けていた彼女達も、その恐怖で支配され、動けなかった。

 

「そうか……だから私は…………殺すんだ……いや、関係ないのかな……ふふ」

 

今は襲われていない三姉妹を見て、そうポツリと呟き、また笑う。だが、その顔は無表情。そしてその胸中は誰にも分からない。

しかし、無表情で笑うその姿は、何故か彼女達には悲しく映った。

 

そして笑い声がぴたりと止み、その姿が消えた。

 

「ぎゃああああ!!」

「ぐあああああ!?」

 

風を切る音と共に黒い閃光が賊達の間を縫うように物凄い速度で走っていき、血の霧を作る。

余りにも速く、姿勢を低くして縦横無尽に動く彼女に目が追いつかず、彼らには黒い何かが動いているという認識しか持てなかった。

 

「ひゃああああ!」

「にげ」

 

言葉を発する前に死ぬ賊。動脈を切られて血の海に沈み迫り来る死を恐怖と共に待ちながら絶望し、絶命する賊。

その余りにも現実離れしたその光景に三姉妹は呆然と見ていた。

 

 

 

そして気付いた時には全てが終わっていた。

 

 

 

「……」

 

衣服を破かれた彼女達は傷が付いており、暴行などを受けていた形跡があるが、完全に陵辱はされていなかった。

陵辱後の特有の臭いが徐晃の鼻を刺激しなかったから、そう判断したのだ。

 

呆然と見つめてくる彼女達を自分が身に纏っていた衣服を三等分にして、胸と秘部を隠すように覆う。

そして、彼女達の手を引いて立たせて血生臭い場所から離れる。

 

「あ、ああ……そ、その」

「何も言わなくていいよ」

「は、はい」

 

天和が呆然としながら、しかし面識があった為、何かを言おうとしたが、徐晃は無理する必要が無いと、その言葉を遮る

 

そこで楽進が徐晃の笑い声を聞いたのか飛んでくるような勢いで駆けつけた。

 

彼女の目に飛び込んできた光景は惨殺された賊達に裸に近い格好の女性四人の姿。

 

楽進は何が起こったのかを察した。

 

そして、桃色の髪の女性を見つけ、楽進は納得する。彼女達だったかと。密命が遂行できて良かったと。

 

だが、内心は彼女達には良い心象はない。

 

この乱を引き起こした張本人なのだ。

 

「……お前達を曹操様の前に連れて行く」

「……え?…曹操って、州牧の!?」

 

いち早く気を持ち直したのは余り被害を受けなかった紫色の髪の眼鏡を掛けた女性が驚いたような声を上げた。

 

「ああ」

「そ、そんな……」

「ど、どうしたの?れんほーちゃん」

 

絶望したような表情で呟く人和の隣の桃色の髪の女性。天和が気を取り直して、人和に問う

 

「…曹操は州牧でわたし達黄巾の賊を討伐していた人物よ。恐らく捕まったら…」

「ええー!嫌だよ!ちーほうまだ芸を皆に見てもらいたいもん!」

 

気を取り直した地和が人和のその懸念に反発する。そう、彼女達はこんな乱を起こすつもりは全く無かったのだ。

それに曹操の所へと連れて行かれたら確実に自分達の首を飛ばすだろう。その事は簡単に予期できた。

 

「駄目だ。連れて行く」

 

しかし地和の言葉を切り捨てるように楽進は宣言する

 

「嫌だよ!それに貴方達が本当に曹操の配下なのか分からないもん!」

「ちぃ姉さん!」

 

しかし、駄々っ子のようにそれを却下する地和。無理も無い。あれほどの事があったのだ。

恐らく混乱しているのだろうか、それとも素が混じっているのか定かではないが、冷静になった人和がそれを咎めるように声を出す

 

「…お前達は……」

 

言葉を浴びせられている楽進は俯いて、拳を震わせながら、言葉を振り絞った。

その声を聞いて、静かになる。しかし、楽進にとってそんな事はもう関係なかった。

 

「お前達は!ここで!今まで!何が起こったのかわからないのか!知らないのか!人々が殺され!犯され!奪われた!人も、物も、平和さえも!!」

 

怒りで涙を流す楽進は、その胸中に渦巻いている激しい赤い色の怒りを、拳を限界まで握りながら吐き出す。

そう、見てきたのだ。この半年間。義勇軍から始まり、曹操軍へと入った。そして今まで黄巾賊を相手にしてきた。

街を守ってきた、村を守ってきた。しかし、守れなかったものもあった。その手から零れてしまったものがあった。

 

楽進は、その積もりに積もった気持ちが爆発してしまったのだ

 

「それなのに何故!何故そんなことを言っていられるんだ!!お前は、お前達は!!それでも人間なのか!!答えろ!!」

「そ、そんなこと…言われても……」

「……ふざけるなあああ!」

 

涙を流して訴える楽進に言葉に、うろたえる地和。その曖昧な答えに楽進の堪忍袋がとうとう切れた。

一歩踏み出して、その拳を繰り出そうと思った瞬間に、彼女の動きは止められた。

 

「凪」

 

振り上げられたその拳を包み込むように、徐晃がその手を止めた。

涙を流しながらそれでも前へと進もうと、楽進は力を入れるが、それは叶わない。

その楽進に距離を取るように、三姉妹は後ずさる。

 

「それでも、私たちは……守れた」

 

何かを悟ったような、表情で徐晃は楽進に言う。そう、守れたのだ。目の前の女性と曹操の密命。

そして、民家に隠れていた人や、殺されそうになっていた人を。それにはっとして、拳に入れていた力を抜いた。

 

「…わたしは……」

「大丈夫」

 

その言葉に顔を上げて徐晃を見る楽進。

 

「……ありがとう、ございます」

 

そして、拳を下ろして、その力を完全に抜いた。

そう、今ここで彼女達を殴ったら、楽進が最も嫌う賊達と同じ、感情に任せて行動する人間へと成り下がってしまうのと同義。

だからこそ、止めてくれたこと、そして励ましてくれたことに感謝したのだ。

 

「…さて、付いてきてもらいますよ」

「……」

 

涙を拭って、三姉妹を見る楽進と、声をかける徐晃。しかし、それでも彼女達は動かない。

いや、動けない。あの目の前の惨劇を見れば、自分達の命がどうなるかなんて、分かりきったことであった。

 

「大丈夫です。曹操さんは貴方達を登用するつもりです」

「そ、そんな保障は」

「あるわよ」

 

そこには居ない筈の第三者の声が、人和の声を遮るように入ってきた。

その根源へと全員が目を向けると、猫耳フードを深く被った少女。荀彧が姿を見せていた。

 

「初めましてね。私は荀彧と言う者。華琳様……曹操様の軍の軍師を勤めさせてもらってるわ」

「曹操の、真名…」

 

はっとする人和。その荀彧と名乗ったものが発した言葉の中に曹操の真名とみられる名前が混じっていた。

楽進たちの方を見ると、それに呼応して頷く。そして、少しばかり眼鏡を右手でかけ直した。

 

「…分かりました。従います」

「れんほーちゃん!?」

 

もうどうしようもならない。それが人和の胸中を占めていた。

その心情を知って知らずか、地和は驚きの声を上げる。

 

「わかりました…」

「姉さんも!?」

 

とうとう折れた天和。そして人和が諭すように地和に語りかけた。

 

「ちぃ姉さん。ここに荀彧さんが居るならおそらく、この市街地から抜け出せないわ。……彼女達が真実を言っていることを祈るしかない」

「……あーもー!分かったわ!」

 

漸く観念した地和はふんとそっぽを向きながら、そう言った。

それに苦笑する人和。地和も分かっているのだ。この現状がどうにもならない事なんて。

だけど、それでも人間は文句の一つでも言いたくなるのだ。

 

「納得して頂けた所で、華琳様の元へと参じるわよ。ついてきなさい」

 

そうして三姉妹を護衛しながら荀彧とその兵士達で曹操が待つ陣へと参じていった。

 

「…さて、徐晃隊はこのまま市街地の警備にあたるよ。……賊がそろそろ北門から逃げてくる時期だからね」

 

荀彧がここに来ていたという事は、考えられることは複数ある。しかし、一番可能性が高いのは

曹操に言いつけられたからという事だ。が、緊張状態である戦場で荀彧を外すかといわれれば、それは殆どないと言っても過言ではない。

それらを踏まえて考えると、一つの結論が出る。そう、この戦場はもう長くないと。

 

徐晃隊が移動したのは丁度、賊が離散したり、篭城しようとした時だ。そこから一刻程度は立っている。

故に、この戦争はもう大勢を決した可能性が高いというわけだ。

 

…それ以前に、曹操から市街地の攻略以外の指令を受けていない手前、勝手に市街地から抜ける事は許されないだけだが。

そも、それだったら荀彧がそう伝えてくるはずだ。故に、徐晃は市街地の攻略……いや、防衛を続行する事を決めたのだ。

 

「はっ!」

 

力強く返事をする楽進に迷いは無かった。

まだこの街に残っている民が存在しているのだ。ならば、その命を好き勝手させるわけには、いかないのだ。

 

楽進は部隊を引き連れて行くために、市街地の出口付近に駐屯させていた部隊を呼びに言った。

そして徐晃は、北門の正面口に立ち、二振りの刀をだらりと下げて、駆けてくる賊を待つ。

 

そう、一人もこの町へと足を踏み入れないように

 

その前に、徐晃は気付く。放置されていた三人の死骸。しかし、二人は既に原型を留めておらず、持つところすらない。

だから、徐晃に何かを託した男を持ち上げて、丁寧に民家の壁際へと持っていき、寝かす。

 

そしてまた門の入り口から20歩位離れた所で刀を構える。

 

「おい!北口から逃げれるぞ!!」

「ちょっと待て…おいおい、女が居るぞ!」

「へへ、しかも向こうは準備万端だな」

 

構えて、一息ついたとき、徐晃の鼓膜に下世話な言葉が届く。

目の前の賊が情欲等が混じった視線で徐晃を捕らえた瞬間に、彼女は神速をもって彼らを一息で切り殺す。

 

断末魔は無い。

 

そして後から続いてくる賊達も、楽進たちが合流して片っ端から討伐していった。

 

徐晃たちが賊を討伐している中、張角ら首謀者と名乗る男三人の首が劉備軍の関羽と孫策軍の孫策、曹操軍の夏候惇によって各々上げられた報が、徐晃に届いた。

 

 

 

 

 



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28話

 

一週間後、此度の戦の事後処理がなされている中、漸く全てが終わり、投降した黄巾賊の処遇が決まり、各々の領地へと帰還していった。

最後に残ったのはやはり連盟軍で、その中、曹操が西園八校尉の一人に任命され、劉備は平原の相へと任命された。

領地を持てた劉備は曹操へ感謝し、この半年間一緒に頑張ってきた仲だから、最後に大きな宴を企画した。

 

曹操軍に通達して、全員がそれに了承する。

 

最後の節目に、宴を行う。それは祝杯の意味も確かにある。だが、それ以上に追悼の意味がある。

この乱で散っていった英雄達に、笑い声を聞かせてやるのだ。我々は元気でやっていると、もう眠っても大丈夫だと。天にまで伝えるのだ。

 

「おらー!のめのめ!」

「あー…酒が旨いわー……」

 

準備に二日以上使った大規模な宴は、陣を引き払い、大きな町の近く…かつて救った街の門の外に宴用の天幕を張って、そこで騒いでいる。

広く場所を取り、各陣営関係なく、ドンちゃん騒ぎを起こす。生き残った喜びを分かち合う為。

 

「曹操さん」

 

ドンちゃん騒ぎをしている、将兵達を見ながら夏候淵と荀彧を侍らせて酒を楽しんでいた曹操に、聞きなれた声が掛かった。

 

「劉備。どうしたのかしら?」

 

にこにこして立っている劉備を仰ぎ見て、にやりと笑う。

半年前と全く変わらないその瞳の炎は、連盟を組んでいた時でもその炎は成長していった。

そしてその期間、曹操も中々充足を得た期間となった。

 

しかし、まだまだやることはある。今回見えてきた課題。これらをどうクリアするかを、宴を見ながら脳内に展開していたのだ。

 

「いえ…この連盟。曹操さんから誘っていただき、本当にありがとうございました」

 

お辞儀しようとする劉備を片手を突き出し止める曹操。その劉備の姿に苦笑いする

 

「駄目よ。貴方は平原の相を賜った身分。簡単に頭を下げれば、品位が傷つく事を自覚しなさい」

「私は、お礼をする価値があると思ってます」

「……見なかったことにするわ」

「はい!」

 

そうして、お礼をする劉備。そして、もって来たお酒を曹操へと注いだ。そして劉備の杯に夏候淵が酒を注ぐ。

 

「ありがとうございます」

 

そうして曹操と劉備は、互いに乾杯をする。その乾杯にはどれ程の意味が込められているのか。

それは当人同士にしか分からない。だが、今はこの平和を祝う為だというのは、荀彧、夏候淵両名共に理解した。

 

杯の中の値が張る酒を揺らして、その表面に移っている月を見る。

そこから見る天は簡単にゆらゆらとうごめいていた。

 

「……天は私達の手で動かせる。劉備…貴方もその一人よ」

 

近くに座った劉備に視線を向けることなく、その杯を見てそう呟く。

その劉備は、真剣な顔で曹操を見つめて、杯に視線を落とす。そこに移るのは綺麗な満月と満点の星空。

 

そう、天が映っていた。

 

「そう…でしょうか」

「ええ、私と貴方…そして、孫策」

 

北郷と言おうとしたが、彼はまた何か自分達とは全く違う雰囲気を纏っていた。指導者としては優柔不断な所があるが、その器は大きい。

器としては恐らく劉備といい所で勝負するだろう。しかし、決定的に違う。故に名を上げなかった。

 

そう、立ちはだかるのなら劉備と孫策。その両名だと曹操は確信している

 

「理想があればまた違う理想がある。私が見ている天と、貴方が見ている天がまた違うように」

「私は……」

「焦る必要は無いわ。揺れ動く天もまた一興」

 

沈黙を貫く劉備。救いたいと思っているのは確かだ。此れだけは譲れない。だが、誰しもがそう思っていたのだ。

過程が違うが結果は皆、劉備が思うように「平和」を願っているのだ。

目の前の曹操も天下泰平を謳っている。そして自身もそれと同じように天下泰平を願う。そう平和を願っているのだ。

 

そうすれば徐晃も違うことに眼を向けて、殺しから遠ざかると思うから。

 

杯を見ている劉備を観察する曹操は思う。

 

まだ、まだ彼女は英雄としての自覚が足りない。いや、自身を英雄として見れないといったほうが適切か。

彼女は優しすぎるのだ。部下を仲間と表する人間に、王は成り立たない。

何故なら、王は只一人からなる存在だからだ。

 

しかし、それでも彼女が曹操の覇道の前に立つと予感している。

自身が見えない天が彼女に瞳に映っている。それは誰かを通して映る天かもしれない。

故にぶつかる。大きな理想を通す為には、別の大きな理想を叩き潰さなくてはならないからだ。

 

ふと、北郷を見る曹操。彼は兵士達と一緒に笑いながら酒を飲んでいる。

その隣には諸葛亮と張飛が付き添っており、時折兵士に何か言われているのか、苦笑しながら酒を飲む姿が見られる

だが、その雰囲気は優しいの一言。

 

「頂きます」

 

そして劉備も、杯を傾け、嗜む。その様は北郷と同じような雰囲気を醸し出している。

 

それを見て、少し笑みが零れた曹操もまた酒を嗜んだ。甘い味が彼女の口腔に広がった。

 

 

 

 

 

 

その宴の最中、徐晃は月を見上げながら何時もの杯で手ごろな石に腰掛けて、酒を嗜んでいた。

あの時と、劉備を救った日の月夜と変わらない空。しかし、刻々と変化を続ける月されど、また同じ形へと戻る。

それはこの世の中の動きを表しているような気がした。

 

張三姉妹を助ける前に、賊の一人が死の間際まで彼女達を心配し、徐晃に助けて欲しいと、守って欲しいという意志を託して逝った。

 

その様を見届けた時、彼女は何かを感じ取った。

 

彼らも人を襲い、うまい汁をすすって来た者だ。慈悲を与える何て徐晃にとって到底ありえない行為であった。

本来であればあの時、疑問に思いながらも首を刎ねようと思ったのだ。だからこそ、現場へと向かった。

しかし、結果は死に行く彼の意志を受け継ぎ、張三姉妹を救った。

 

あの時感じた何か。彼らも同じ人殺しなのに何かを感じた。

いや、徐晃以外の曹操軍内は全員人殺しである。あの許緒や荀彧ですら人を殺しているのだ。

しかし、徐晃と決定的に何かが違う。それは自覚していた。

 

そして、彼の最後の生き様を見て、その何かが見えてきた。

 

守る

 

漠然としていた実態。雲の様な塊が雨になり見えてきた様に、その手でつかめる様になった。

だけど、自分の性癖や思考を考えれば、誰から見ても自分から見てもその逆だろうと、徐晃は思い、杯に映る月を見ながら苦笑する。

 

なんと歪んだ月なのだろうか。

 

まるで自身のその歪みを皮肉るような、そんな訳が無いのに、そう思ってしまった。

 

こんな歪んでいる自分が、何かを、誰かを守るなんて出来るのか。いや、出来ない。

今はセーブできているが、もし関羽や張飛などの猛将達が引き連れた部隊が一斉に襲い掛かってきたら。

おそらく理性をかなぐり捨てて、突貫し彼女達の首を上げるのに躍起になる。

 

その場合、楽進と兵士達はどうなってしまうのか。守れるのか。

そう自問自答し、首を振る。そう、守れないだ。彼女達がいるという事は他にも軍があり、動いている。

故に関羽と張飛の部隊を一人で止められたとしても、他の者達を守るような余裕は無い。

 

結局は一人で出来ることなんてたかが知れているのだ。

 

だけど、それは関係ないと切り捨てる。そう、自身の快楽が一番なのだ。

 

しかし心の隅で引っかかるのだ。守るという概念が。

 

悶々と一人で考えても答えが出ず、杯に注いであった酒を一気に煽り、喉の熱を逃がすように息を吐いた

冬に入っている為、その吐いた息は白く掴み所が無い雲の様に、しかし一瞬で消えていった。

 

「甘菜様」

 

一本丸々持ってきた酒を自ら注いで、飲んでいたらふと、後ろから声をかけられた。

徐晃が真名を預けた人物はこの半年以上の期間で三人だ。故に、振り返らなくても誰だかわかる

 

「どうしたの?凪」

 

そうして振り向く徐晃は楽進が持っている空の器に視線を流した。

じっと手元を見つめる彼女に感づいて、その空の器を見せるように前へ持っていく

 

「これは、あの三姉妹に御裾分けです。…それより、甘菜様は何故ここに?」

 

徐晃の内心の疑問に答えるように楽進は答える。

張三姉妹は捕まった当初、まだ混乱が抜けきらずに、まともな答えを出せないと曹操が判断した為

捕虜の扱いとして、他の捕虜とは隔離された所へと収容されている。

 

お世話は後方部隊や、時折楽進が行っている。あの時の叫びはしっかりと彼女達に届いていたのだ。

それに双方どちらも混乱か感情的になっており、冷静な対応が出来なかったという点が楽進の負い目になっていたのだ。

その事について、本人の性分だからと悟っている、于禁と李典は見えない絆で結ばれているのは間違いない。

 

そしておすそ分けの帰りに、徐晃が一人月見酒をしているのが気になり、声を掛けたのだ。

 

遠くから見た彼女は戦場に居るときと打って変わって、酷く儚い印象を受けた。

まるで今にも消えそうなほど揺れている。そんな印象だった。

 

「んー……何となく。かな」

「何となく。ですか」

「そう、何となく」

 

別段、話すことではないと割り切っている徐晃。今までも誰かに何かを相談するようなことは無かった。

そしてこれからも無いであろうとも思っている。自身の力を客観視して考えれば、大抵の事は行えるし、それ以外なら金で解決できる。

精神性の問題は、最終的には自身で結論を出さなければならない事だ。故に、話す必要は無いのだ。

 

「……そうですか」

 

少し引っかかる所があった楽進だが、納得する。彼女の生き様を今まで見てきて、何より武を交えた相手だ。

何かあっても、彼女なら大丈夫だろうと、楽進は確信する。そう、自身の道を切り開いてくれた時のように

徐晃の道は徐晃自身で切り開ける強さを持っていると、楽進は確信しているのだ。

 

ならば自身がすることは何も無い。ただ、待つのみ。

 

「ふぅー……苦いかも」

 

くいっと杯を傾けて酒を煽る徐晃の感想はそれだけだった。

既に儚い雰囲気は出していない。何時も通りに存在している徐晃だけであった。

 

そして、また一口飲んだとき、すっと楽進の方へと杯を差し出した。

 

「いる?」

「い、いえ……少し嗜んできたので大丈夫ですよ」

「そう、何かじっと見てたから、酒でも欲しいのかなと思ってね」

 

その言葉に顔を若干赤くし苦笑する楽進。そんなにじっと見ていたとは不覚だと思ったのだ。

 

「ですが、お気遣いありがとうございます。……それでは、私は真桜や沙和と飲む約束をしておりますので」

「うん。暗いから気をつけてね」

「ありがとうございます」

 

そうして楽進は空の器を持ちながら、喧騒が漏れている天幕へと足を運んでいった。

 

楽進は思う。漸く、民を苦しめていた賊の首謀者を捕まえ、黄巾の賊も後は残党を残すだけ。

一区切りが付いた時代から、どう進んでいくのか。

 

そこまで考えて楽進は考えるのをやめた。それこそ、やることはただ一つ。平和の為に。曹操の為に。

そして、徐晃の後姿を見ながら、時代を走っていく。これだけだと。

 

「凪っち~。遅いで!」

「凪ちゃん遅いのー!もうお先に頂いてるのー!」

 

器を置いてきて、喧騒が漏れる天幕に近づいていた。

その時丁度、李典と于禁が楽進を探しにいこうとして、その出入り口に楽進の姿を見つけ、文句を言ったのだ

その姿にくすっと笑い、今日は二人の面倒を見ようと気持ちを切り替えて、天幕内へと入っていった。

 

「何をわらっとんねん。うちらはな……」

「はいはい、悪かったから、食事を頂くとしよう」

「そうそう!おいしそうな料理がねー……」

 

何時もと変わらないなと、楽進は内心そう思い。それがたまらなく幸せなことだとかみ締めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曹操さん。お世話になりました」

「劉備こそ、達者でね」

 

各陣営が宴用に敷いた天幕を引き払い、後片付けをして、各々の軍に纏まり整列していた。

兵士は元々付いていた形で分けるようになり、劉備軍が結果的には金銭的にも全て得している。

だが、曹操はそんな事で貸しを作らない。

 

「劉備」

 

曹操が後ろへと下がろうとしていた劉備に声を掛けた。

その爛々と光っている瞳から放たれる覇気。それを真剣な眼で見返し、姿勢を正した

 

「貴方はどんな天を見る?」

 

天。それは天下統一した後の事を指す。天の御遣いと呼ばれている北郷一刀から聞いた天の世界。

結論から言えば、あまり変わらなかったというのが印象であった。どの地域でもどの時代でも戦争はある。

平和が維持されるほうが奇跡。しかし、その奇跡を保っている国も存在している。

 

「…私は、ご主人様と私の天をこの眼で見ます」

 

だからこそ、良き所を取り入れて行き平和を実現させる。そう、まだ揺れ動いている曖昧な形だ。

けれど、揺れ動くからこそ、臨機応変に対応が出来るのだ。そして最終的には皆が平和を謳歌し、皆が笑える世界。

それが劉備の揺れ動く天の果てに見えるものだ。

 

「そう……期待しているわ」

 

そうして曹操は自陣へと戻っていった。劉備も後ろを振り返り、自陣へと戻る。

眼に見える四人の女性と一人の男性。全員が劉備にとって宝物以上に大切な人たちだ。

彼女達と一緒に笑いあえたらいいなと、胸中で呟き、何時も通りの笑顔で陣へと駆け出していった。

 

 

「そう……期待しているわよ。劉備」

 

必ず曹操の覇道の前に立つ。だからこそ、その覇道に価値が出る。敵が存在していない覇道は只の道へと価値が下がる。

そんな道を歩むつもりは毛頭無い。曹操は獰猛な笑みを作り、自陣へ悠々と歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、桂花」

「は!」

 

自陣へと戻り、陳留へと帰還している最中、曹操は一つ確認したい事があった。

 

「張三姉妹をここへと連れてきなさい」

 

現在、とある街へと駐屯している。

そこの一級品の宿の一室で、今回の各将の報告書などを纏めている中、荀彧が書類を持ってきた時に曹操は彼女にそう伝えた。

 

「了解しました。…他の将も連れてまいります」

「頼んだわよ」

 

そうして下がる荀彧を見送り、彼女達を、自身の配下達を待つ。

 

そして全員が入室し、最後に楽進と共に連れられてきた張三姉妹。

当初は混乱しており、正直言えば脅迫紛いの事を行って強引に納得させれば良かったが、それでは面白くない。

何より、曹操はその人物の意思を見る。そこに光るものが無ければ、自身の覇道を歩ませる事は出来ないのだ。

 

「久しぶりね。……結論は出たかしら?」

 

食事などは不自由なく配給し、顔色や健康状態は良好だが、この場ではさすがに元気が無い。

まるで蛇に睨まれている蛙のように縮み上がっているのは仕方がないといえば、仕方が無い。

だが、彼女達は蛙ではなかったようだ

 

「…はい。曹操さんのお手伝いをします」

 

何処と無く劉備と似た雰囲気を持つ張角が、姉妹を代表してそう宣言した。

手伝うに当たっての条件は初日に突き出した事。まず曹操領内でしか芸を行ってはいけないという事。

それと、張角、張宝、張梁の名前は捨てて生きていくことだ。

 

そして民を集めて彼らに曹操軍として協力してもらうように働くこと。

 

以上三つが条件である。もし頷かなかったらその場で殺していただろう。

 

「その理由を述べなさい」

 

殺すとも言っているが、怯えながら仕事をしていても余り身が入らないのは必須。

だからこそ、冷静な頭で三姉妹で相談してもらったのだ。……ここで本当のことを言えば、彼女達を殺すつもりは無かったのだ。

張角の首は世間的には既に上がっている。劉備軍の関羽が挙げたのだ。

 

よって既に開放しても問題はないのだ。といっても、また黄巾の乱みたいにならないように、事前に手を打つが。

 

「はい。…私たちでこの一週間話し合って、やっぱり今回みたいな事になったのは本当に申し訳ないと思ってます」

 

そうして三人一斉に頭を下げる。

 

「だからこそ、今度は私たちの芸で平和を謳い、曹操さんの手助けをしたいと思いました。それに、楽進さんが叫んだあの言葉。わたし達が行ってきたその結果を見て

これがどうしようもない現実だと理解しました。…確かに、ここで断ればそれも出来なくなるという理由もあります。

けど、やっぱり私たちは旅芸人です。人に笑顔をずっと届けて生きたいのです。それがどんな形であれ、叶えてくれた曹操さんの手助けをしたい、恩を返したいです」

 

輝いた眼で曹操へと伝える張角。覇気などは無い。そして何処かちぐはぐな言葉だが、それでも曹操が認めうる様な物があった。

そう、彼女達は旅芸人。何を求めているのか、何が出来るのかを理解している。そしてそれを曹操に役立てると、宣言したのだ。

 

「貴方達の所業は許されない。しかし、その咎を背負い謳う平和はどんな形になるのか……期待するわ」

 

平和を奪った自覚がある者が平和を謳う。普通ならありえない。しかし、曹操はその事を今更掘り返すつもりは無い。

彼女達の力は非常に危うい。彼女達三人で、結果的に見れば数十万人以上もの人間を動かしているのだ。

そのカリスマ性は曹操よりも上だ。いや、人を惹きつける才覚が曹操よりも上である事は間違いない。

 

そう、危険なのだ。これが知能を持たない動物であれば可愛らしいものだが、知性を持った人間を集められるのだ。

この乱世においてそれは最大の武器。だからこそ、手中に収める。

 

「ありがとうございます!」

「よかったー」

「ちぃ姉さん。気を抜いちゃ駄目でしょ」

 

一気に気が抜けたのか、余計な肩の力が抜けて素面になる面々。それはそうだ、曹操軍の将が集まり、その中心で思いを語ったのだ。

それだけで評価が出来る。そして、正式に曹操軍へと入った為、その先の展開を脳内で予測していく曹操にふと、声がかかった。

 

「ねぇ曹操さん」

 

既に先ほど見せた真剣な表情を何処に捨てたといわんばかりに、にこにこしながら曹操に問う張角。

それに毒気を抜けられ、苦笑しながら答える。

 

「どうしたのかしら?」

「あのー、お風呂に入ってもよろしいでしょうか?」

「あら、いいわよ」

「わーい!ねぇねぇ、ちぃほうちゃんも、れんほーちゃんも、一緒に入ろう?」

 

そうして三人一緒に、わいわい騒ぎ、失礼しますとと声を上げて扉から出て行った。

 

「…春蘭。あなた、よく声を上げなかったわね」

 

呆然とそれを見ていた荀彧がふと、疑問に思った事を口にした。

そう、曹操に対しての言動と態度が余りにも眼に余るほどであった。

しかし、その事に夏候惇は声を上げなかった。荀彧は純粋に疑問に思ったのだ。

 

「いや…何と言うか……毒気を抜かれたというか」

 

夏候惇は一瞬だが激高しそうになった。しかし、彼女達の表情や言動、声を聞いていると何となく、まぁいいやという気持ちになる。

此れには曹操も舌を巻いた。この場にいる全員が、その才覚に飲まれていたことに他ならない。

……曹操は油断していたというのもあるが。

 

「まぁ、姉者もそんな時があるさ」

 

苦笑しながら、冷や汗をかいている夏候惇を見る夏候淵。確かに何時もなら、華琳様に何と言う無礼を、そこに直れ!!

と、発していたはずなのだ。だが、そんな時もあると夏候淵は結論を出した。何故なら、彼女自身も毒気を抜かれていたからだ。

 

「でも、華琳様の軍もすっごい賑やかになってきましたね!」

 

眼をきらきらさせて、夏候惇へと言葉を投げる許緒。

彼女が曹操軍内へと入ってきた当初よりもかなり賑やかになってきたのは事実だ。

 

「ふふ、季衣。もっと賑やかになるわよ」

「本当ですか!華琳様!…それでしたら、私の親友も華琳様の軍へと推挙したいのですが……」

 

だが、曹操はこの程度の人数だけで満足はしない。何故ならまだ、野には曹操が思いもよらない人材が転がっているのだ。

まだ満足していない曹操を感じ取ってなのか、許緒がおずおずと自身の親友を曹操へと推挙する。

 

「その親友は、どんな人物なのかしら?」

「はい!ええとですね…料理がすっごく上手で……私と同じくらいちっちゃくて」

「料理が上手なの?……それもいいわね」

 

曹操自身も料理の腕前はそこらへんの料亭レベル以上と表現しても全く差し支えないほどのレベルだ。

多数の方面で才能を有する曹操は正に完璧超人である。しかし、超一流にはなり得ない。

故に人材収集を行っているのだ。

 

「はい!典韋っていう女の子です。今度手紙を送って陳留へと呼びますね!」

「楽しみにしてるわ。それでは、解散」

 

何でも食べる許緒だが、その舌で判別する旨い不味いの判断力は中々ある。その許緒が是非と進める相手で、しかも女の子というのだ

会って損は無いし、料理が美味しければ、そのまま食事班として雇っても全く問題ない。

戦場での料理品は基本保存食などが中心で味は悪い。これは士気に関わってくる要因なので、これを解決すればまた一歩、天へと近づける。

 

そう思いながら、この場を解散した。その直後

 

「…餃子が食べたくなってきました」

 

ぽつりと、窓を見ていた徐晃がそう零した。その言葉を拾った曹操が眼を光らせて徐晃の方へと向き、口を開いた。

 

「それじゃあ、ご飯を食べに行きましょうか、徐晃」

 

にやりと笑みを浮かべて宣言する彼女を見る徐晃は、あの時の笑顔と変わらないなと思い、頷く。

 

「何!?華琳様!是非この春蘭もお供をさせてください!」

「華琳様!私も是非ご一緒にお食事を!」

 

それに反応したのは夏候惇と荀彧。それはもう、犬が思いっきり尻尾を振るかのように、臣下の礼をきっちりとり、キラキラとした視線を曹操へと向ける

そして、同じ行動をとった夏候惇と荀彧が、互いを見詰め合った

 

「あー…ほな、私ら先にご飯食べに行きますわ」

「ああ、構わないぞ」

 

楽進、李典、于禁はこれから起こるであろう喧騒を目の当たりにする前に、近くにいた夏候淵に一言申して、その場を後にした。

 

「残念だったな桂花。わたしが一足早かったようだ」

「あら、貴方前も華琳様とご一緒に食事をしたわよね?なら、ここは私に譲るべきだわ」

「全く……」

 

そうして、一瞬の間が空いた瞬間に二人は外にも聞こえるような喧騒をあたりへと響かせていた。

 

「あー……やっぱり何時も通りかも」

 

その喧騒を聞きながら徐晃はまた窓を見て、少し欠けた月を見上げるのであった。

 

 

 

 



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29話

 

 

 

黄巾の乱が終わり、曹操軍も陳留へと戻り、事後処理や滞っていた政務や邑の見回り等、各々割り振られた業務へと戻っていった。

また、朝廷から派遣された陳宮から曹操は正式に、西園八校尉の一人に任命された。その際色々あったが、余り関係ないので割愛する。

 

曹操が懸念していた夏候惇と徐晃の問題は今は表面化していない。

夏候惇は確かに徐晃に警戒心を抱いているが、同時に今回の乱での貢献者でもある為、表面上は普通の対応をしている。

何より、夏候惇が少数を引き連れて邑の見回りを行う際には、徐晃に隊の調練を頼むからだ。

 

故に爆発はしないだろうと曹操は読んでいる。

 

だが、それも何時までも均衡が保つわけではない。何か切っ掛けがあればその関係も修復出来るかもしれないが、今の所はまだ様子見が良いと判断した。

 

というより、その問題が表面化していない現状、そちらに感けていられないのだ。

そう、溜まりに溜まっている政務をこなさなければならないからだ。

連日に渡って睡眠時間が大幅に削られている事実は、曹操をもってしても疲れるの一言であった。

 

荀彧も溜まりに溜まっていた書類に追われて、手が空いていると思われた徐晃すら用いて、その書類を捌いている。

正に猫の手も借りたい状況であった。意外にも徐晃は真面目に書類仕事を取り組んで、二日も経てば聞いてくる事も少なくなり

仕事が捗った事は荀彧にも驚きであった。

 

と言っても、簡単なものなのでこの程度であれば、夏候惇でもそつなくこなすだろう。

……書類仕事に付いての忍耐力は別としてだが。荀彧は隣で仕事をしている徐晃を通して夏候淵を見る。

彼女は夏候惇の仕事も大半背負っているのだ、しかしそれでも何処か余裕がある態度を崩さないのはさすがと言った所か。

 

が、今は人のことを心配している場合ではない。兎に角どんどん書類を捌かないと対外面でも評判が悪くなることは必須。

故に主、曹孟徳に恥をかかせないよう奮闘しているというわけである。

 

そして今日は、朝から徐晃を捕まえて、荀彧の執務室へと連行して、どさっと書類を置いて、手伝って欲しいという、命令を下した。

この件については既に曹操からも許可を得ている。しかし、徐晃はあくまでも手伝い。

調練や、黄巾党の残党がいれば、そちらを優先に対応するのだ。

 

此れまでも何度か残党狩りはあった。

最初の頃は規模が大きく、軍を動かしたことはあったが、既に活動も沈静化してきて、隊を率いての対応となった。

徐晃は率先して参加しており、2000程度の賊狩りであれば、安心して任せられるという実績がある。

 

此れには曹操も大助かりしている面がある。やはり現状一人でも多くの者が、内政に対応してくれる状況が欲しいのだ。

参軍に付いていた楽進は、街の警邏隊の隊長を勤めている為、軍での出陣以外は余り街を離れられないのが現状である。

だからこそ、徐晃を起用しているのだ。

 

「もうお昼ですよ、気分転換に何処か食べに行きませんか?」

 

荀彧が机でぽんぽんと書類やらの処理をしている中、徐晃が立ち上がり、ぐっと背伸びしたのを視界の端に捕らえて

その大きな胸に若干の殺意を書類にぶつけながら格闘しようかと思った矢先に、徐晃からの提案が来た。

そう、荀彧の体内時計でも既に昼を大幅に過ぎ去っており、何時でも昼休憩にいける時間帯である。

 

だが、その提案に驚いたように徐晃を見る荀彧。

 

それもそのはず、まさか徐晃がそんな提案をしてくるとは思わなかったのだ。

曹操とは夏候姉妹や荀彧、許緒と同じくらい、昼食を共にしている姿を見かけているが

それでも一人で食べている姿の方が珍しくない。

 

というより、この曹操軍内にほぼ同時期に参入した時から一度もそんな声は掛かって来なかったのだ。

荀彧も、若干反りが合わないと思っていたし、何より危険人物だというレッテルが貼られていた為、疎遠になっていたのは事実。

 

「……そうね。その提案に乗るわ」

 

少し考えて結論を出した。

ここで断ることは簡単だが、それだと今後、仕事を任せたり手伝わせるときには、若干気まずい雰囲気を出すより

こうしてスキンシップした方が良いと考えた。というのもあるが、最大の要因は夏候惇との不和。

 

彼女の性格やらを知る絶好の機会なのだ。

 

故に断るという選択肢は無くなり、一緒に食事を共にするという事にしたのだ。

勿論、曹操と顔を合わせれば、彼女も誘おうと思った。しかし、基本的には向こうからアクションが無ければ、共に食事をすることは無い。

それでも誘うのは、一時でも主の傍に居たいからだ。

 

「それでは、美味しいところを最近見つけたので、そこにいきましょう」

「任せるわ」

 

荀彧はそういえば最近、街へと出て食事をしていなかったと、改めて自分の状況を省みて、女性としてはちょっと頂けない状況だと反省した。

今度の休みはお店を回って自身の女子力…もとい、流行や服等を新調して、曹操を悦ばせる要素を作らないといけないと、決意した。

 

そうして荀彧も立ち上がり、二人で執務室から出て行った。

 

陳留の城から出ると、そこには活気がある町並みが広がっている。曹操が赴任してから交通の面がが整備され、商人が行き交うようになった。

その為、お金を落としてくれて経済が潤うという形だ。といってもそこまで単純ではないが、簡単に言うとそう表せる。

兎に角、お金というのは使わないと経済が回らない。お金持ちはお金持ちなりに豪勢に食事を取るのは、別段悪いことではないのだ。

 

その豪勢な食事の為に、どれくらいのお金を他の者に落としているのかは、想像に難くない。

故に、お金はどんどん使って、市場を回していけば自然と人も住み着き、更に経済が活性化するのだ。

 

しかし、そうすると流民や貧困層などの下級市民というべきか、それらの民が発生するのは必須である。

そういった者達が発生する原因が、一言で言えばお金だ。このお金をどう手に入れるのか、それは働くことである。

よって、曹操は働く場所の提供や公共事業等も展開しており、貧富の差をなるべくだが、緩和するように努力しているのだ。

 

さらに人が住み着く条件の一つの治安維持。これは楽進が街全体の警邏を部隊で行っており、治安は安定している。

が、やはり犯罪は起こってしまうものだ。教育が一定レベルに達していない市民が多いため、秩序が守れないのだ。

此れに関しては現状、手が回せない状態だ。私塾等は開いているが、それでも多数を占める中級層の市民では、ずっと受けられるほど安くは無いのだ。

 

その活気付いた街を東側へと歩き出した徐晃の隣に並び、荀彧もとてとてと歩いてく。

歩幅が違うので徐晃が一歩前へ歩くと、荀彧は1.5歩歩かないといけないのだ。その為歩き方は可愛らしい歩幅となる。

 

「街の東側に出来た料理店で、可愛い女の子が料理を作って、それがまた美味しいって評判らしいですよ」

「らしいですよって、あんた実際に行って見たんじゃないの?」

 

徐晃の言葉に怪訝な顔を向ける荀彧。

背は徐晃の方が圧倒的に高いので、見上げる形になるのが、荀彧にとってまざまざと胸を見せ付けられる格好となってしまうのは、不本意であった。

 

「行きましたよ。餃子ってあんなに肉汁が出るものなんだと、初めて感動しましたね」

「そ、そう…」

 

それを知って知らずか、両の手を膝にやり、前かがみになって荀彧にその感動を伝える徐晃。

胸が大きく開いている着物の為、その谷間がアップで荀彧の視界に映る。やはり、相容れないと一人で悟りながら

されど、純粋にそう伝えてくる徐晃に、文句が言えるはずも無く、曖昧に答えるのが精一杯であった。

 

いや、荀彧も若干彼女の神秘性…というべきか、その美に圧倒されていたというのもあった。

曹操とはまた違った完成された美は、多くの民を振り向かせるほどである。誰がどう見ても美人と形容できるその容姿は

嫉妬を通り越して呆れるくらいである。

 

「そうなんですよ。今まで国中回ってきて三指に入る美味しさでしたから、心配は無用ですよ」

「なら、さっさと行きましょう。そんな話をしてるとお腹が減ってくるわ」

「はい」

 

圧倒されていた谷間が荀彧の目の前から無くなり、またとてとてと歩き出す。

しかし、と荀彧は思う。そう、徐晃の料理に付いてのこだわりだ。

あの性格からして当初は、人肉を笑いながら食べているというイメージがあった。

 

その事は決して口にはしないが。

 

事実、最初に徐晃と会い、戦闘してきた後は血がべっとり口周りに付いてたのだ。

そこから連想できなくは無い。失礼極まりないが。だが、実際は普通に料理を吟味し、美味しいところを探している女性であった。

 

そう、曹操との買い物も護衛の意味合いが強いが、それでも曹操とファッションに付いては会話できるほどである。

ただし、女性の共通の趣向品。いわゆる香水や軽い化粧に付いては全く付いてこれないが。

その事に曹操は勿体無いと思っているが、強制してもどうせ徐晃を抱け無いから、そこまで拘る必要も無いのだ。

 

また、徐晃自身から何か甘い香りが漂うのだ。むしろそれで大丈夫とは、レズビアンの曹操が内心思っている事である。

 

意外だと思ったのは仕方が無いことだったのかもしれない。

 

「あ、ここです」

 

そうして歩くこと5分程度の近くに、前の店を流用しているのか、少し趣がある家屋に新しい看板とちぐはぐなお店であった。

徐晃が中に入り、荀彧もそれに倣って入店した。中は飲食店なので清潔が保たれているのは当たり前だが、雰囲気は明るい。

赤を基調とした作りになっていて、回りの客はわいわいと料理を食べている。

 

テーブル席が主になっており、店の奥に二人席が空いているのが眼に取れた。

 

その時

 

「いらっしゃいませー!」

 

元気が良い少女の声が二人の鼓膜を打った。

二人がその方向を見ると、髪の毛が緑色でおでこを見せるように前髪を蒼い大きなリボンで結んだ

許緒と同じくらいの身長の少女がエプロンを着て此方にお辞儀をしていた。

 

「こんにちは、また来ました」

「毎度どうもありがとうございます!二名様ですね、此方へどうぞ」

 

その少女に案内されて着席する二人は、テーブルにおいてある目録とお品書きに眼を通して何にするのかを考える

その間、ピークの時間帯でもある為、少女は忙しそうに客を捌いてた。

 

「何がお勧めなの?」

 

荀彧が目録に眼を通しながら徐晃へと問う。色々な種類の料理を取り扱っており、正直何が旨いのかが判断付かなかったのだ。

 

「そうですね…麻婆豆腐とご飯、それに野菜汁が私のお勧めですね」

「それでいいわ」

 

実際に何が美味しいのかは分からないなら、知っている人間に聞けば良い話。

と言っても味覚には個人差があるが、徐晃ならまぁ国中回ったというし、ゲテモノ好きでは無いと思われるので、任せたのだ。

そうして、少女を呼んで、二人とも同じ品を注文して待つこと、半刻程度。

 

少女がお盆を二つ軽々と持ってきて、すっと徐晃と荀彧のテーブルへと支給した。

 

「お待たせしました!麻婆豆腐とご飯と野菜汁です。熱いので気をつけてお召し上がりください!では、ごゆっくりどうぞ!」

 

真っ赤とは言わないがそれでも辛そうな麻婆豆腐を見て荀彧は、ちょっと失敗したかもと思った。

しかし、ご飯はふっくらとしており良い色を出している。更に野菜スープからは食欲をそそるような香りを出しており、美味しそうだ。

 

お盆に載っていた簡易なお手拭で手を拭い、蓮華で野菜スープを掬い一口。

 

「……美味しい」

 

口に入れた瞬間、芯から温まる様な温度で広がっていくのは、野菜と香料の香り。

ふわっと広がる優しい香りの中に、胡椒がぴりっとアクセントを醸し出し、寒くなってきた昨今では丁度良い刺激を与えてくれる。

更に野菜は、歯ごたえがあり、良い野菜を惜しみなく投入しているのは、荀彧でも感じ取れる。

 

喉をこくっと鳴らしてその汁を胃へと流し込む。口の中に残る味わいもしつこくなく、されど薄くない。

 

確かに、徐晃がお勧めするだけはあると思った。

 

「ふふ、美味しいですよね。いい人がこの陳留へと店を出してくれて、感謝ですよ」

 

そうして徐晃も蓮華で野菜スープを飲んで、笑顔になる。食は徐晃にとっても非常に大事な部分である。

やはり美味しいものを食べなければ、日々の力が出ないし、健康を保てない。健康を保つことすなわち、殺しが何時でも出来るということだ。

病気にでもなって、満足する力を出せないなんて本末転倒過ぎる事は、絶対にあってはならないのだ。

 

故に徐晃は食事に人一倍気を使い、拘っている人物でもある。

 

そして、荀彧は目の前にある、メインディッシュ。そう、赤い麻婆豆腐に手をつけた。

まず香りは、刺激的で香辛料が使われていることは明らかであった。

 

そして一口。

 

「あふ!?」

 

熱かった。辛味と熱さが相まって、予想以上に辛いと思い、はふはふと咀嚼していった。

そして首を傾げる。こんなに甘味があっただろうかと。そう、辛さの中に甘み…いや、旨味が濃縮されており、辛味が逆にいいアクセントとなっている。

ふと気付けば辛味が無ければならないと認識しているほど、マッチしている味なのだ。

 

豆腐と挽肉、そして新鮮な葱を使ったシンプルのようで深い味わいは、ご飯とも良く合い、後味はまろやかなものとなる。

 

そしてスープ。

 

此れを飲めば、すっと口の中がすっきりして、口内が非常に落ち着ける状態へと誘う。

この組み合わせは、正に三位一体と思わせる程であったのだ。

 

「んー…美味い」

 

徐晃も麻婆豆腐に口をつけて、ご飯を食べ、スープを飲む。

単品でも美味しいもの達だが、こうも考えられている品々をチョイスする徐晃の舌は本物であった。

綺麗に食べる徐晃を見て、意外に几帳面な一面と彼女の拘りも感じ取れたので、そっち方面でも収穫があったのは僥倖であった。

 

「ここです、華琳様」

「へー、秋蘭がお勧めする程の料理、楽しみだわ」

 

二人でゆっくりと食事していた時、既にお昼のピークは過ぎており、客も疎らになった頃を見計らってか

曹操が夏候淵と許緒を引き連れてその店へと足を運んできた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

曹操が先に入店し、後から二人が入店し、聞き覚えがあるような声に反応し、許緒が視線をそちらへと向けた

 

「あー!!流流だ!」

「季衣!?」

 

驚いたように、流流と呼ばれた緑色の髪の少女を指差した。

そして許緒の声に反応した緑色の髪の少女…流流も許緒の方を向いて驚いた。

 

その後、曹操たちと食事をして、流流もとい、典韋が許緒がいるからと言う事で、城の料理人として雇われた。

そう、あの曹操が典韋の料理が旨いと率直に思ったのだ。そして許緒の推薦という事もあり、直ぐにスカウトしたという訳だ。

この件に関して店長も承諾しているし、何より商い人なのだ。曹操の性癖も理解している。

 

故に若干哀れみを込めて典韋を送り出した店長。その事に典韋は余り疑問を持たずに、簡易な引継ぎをして、退職した。

 

「そういえば流流、何で陳留に居たの?」

「もう!邑で噂になってたわよ。華琳様のお抱えという事で。…私は信じられなかったけどね」

「なにおー!私はちゃんと働いているよ!」

「うん。だから安心して、丁度いいから邑にお金を持っていく為に、料理店で働いていたわけなの」

 

なるほど。と許緒は納得し、典韋がこの店で最後に作った餃子をおいしそうに食べる。

その様子をにこにこしながら見る典韋は、やはり親友の無事な姿を間近で見られて安心しているようであった。

 

「桂花と徐晃は何故ここに?」

「はい、華琳様。徐晃に誘われまして」

「珍しいわね」

 

荀彧と徐晃は既に食事を終えていた。その状況を省みて判断することは一つ。

曹操たちよりも早くに食事を行っていたということである。故にどちらかが誘ったのであろうという事は予測付くが

正直、荀彧からは絶対に誘わないだろうと思っていた。だが、徐晃からも、誘うことは無いだろうとも思っていた。

 

だからこそ、珍しいと返したのだ。あの徐晃が荀彧を誘うなんて日があるというのかと。

 

これは良い方向へと向かっているかもしれない。そう思った曹操は夏候惇との問題も、もはや時間次第の可能性も高いと予測した。

 

「ほう、甘菜からか。珍しいこともあるものだ」

「でも、料理に関しては見る目があるよ、甘菜ちゃんは」

 

両隣の許緒と夏候淵がそう反応する。夏候淵の言葉は曹操と同じだが、許緒はまた違った視点で徐晃を見ている。

といっても、どちらも食事好きという価値観の一致がそれを生み出しているだけだが、それを聞いた曹操は関心を持った。

 

やはり徐晃も人間だと、感じたのだ。

 

「お腹が減ったので、ついでに誘っただけです」

 

無表情でそう言う徐晃の内心は分からない。しかし、少なからず何か思った。という事は確実だろう。

若干顔を外の景色へと向けて逸らしている徐晃の頬は赤く染まってはいないが。

 

曹操は徐晃の無表情を見て、何処か不器用な雰囲気を感じた。それが少し可笑しく思い、内心少し笑った。

 

「それで、桂花。仕事の進捗具合は?」

「はい。今の所徐晃の手もあり、数週間で留守にする前の仕事量になります」

「そう。大変な時期だけど、よろしく頼むわよ」

「任せてください。全ては華琳様の為に」

 

簡易な礼を取り、近況報告をする荀彧。

それを少し細めた目で受ける曹操の頭の中は既に次の計画に移り

どのように今後を展開していくかを予測を立て、日程を大まかに決めていく。

 

やる事は山のようにある

 

それは曹操が思い描いている「天下泰平」の架け橋の為である。

農業、商業は勿論。軍事面や治安、街の体制等山積みであるが、不可能な課題ではない。

 

くすりと内心笑い、部下になった典韋を見る。

 

親友の許緒と談笑をしており、まるで仲の良い姉妹の様にほほえましい。

 

視線をふと外し、徐晃を見る。

 

面倒くさそうに机に肘を突き、ぼーっと窓の外を見る美女。いや、傾国の美女。

曹操の視線に気付いたのか、視線を曹操に向ける。

 

「……さて、そろそろ私たちは仕事へ戻りましょう」

 

憂いた表情を見せる(荀彧目線)曹操をぽーっと見つめていた荀彧は、徐晃の声に気を取り戻し

そういえば、既に昼休みの予定時間を過ぎそうになっている事に慌てた。

 

「それでは、華琳様。我々は執務に戻ります」

「ええ、よろしく頼むわよ」

「はい!」

 

そうして、曹操たちと別れ、徐晃と荀彧はお金を払って見せの外へと出た。

 

天気は良好。季節も春にはまだ届かないが、もう直ぐそこまで迫ってきている。

気温も丁度良く、ぽかぽかと眠くなる時期である。

 

口を開かないように欠伸をした徐晃は、溜まった涙を強引に手で擦り、落とす。

隣の荀彧も猫の手を作って涙を処理していた。

猫耳フードと相まって、道行く人は心温まり、これからの仕事を頑張ろうと思った。

 

城へと戻り、荀彧の執務室まで無言で移動する二人。

既にお昼の時間を少し過ぎて城の中は慌しく仕事をする文官や

遠くから掛け声が聞こえる武官や兵士、そして夏候惇の声。

 

漸く回りだしたと言っても可笑しくない曹操軍。

 

荀彧は町を見て、書類を見て、そして人を見てこう思った。

 

まだまだ大きくなる。と

 

見据える先は曹操の覇道の先と同じなのか。それは分からない。だがそれで良いと思っている。

必ず曹操が荀彧の道を切り開いてくれると、そう信じているからだ。

 

「……始めるわよ」

 

曹操への忠誠を新たにし、荀彧は机に溜まっている大量の書類と格闘し始めた。

それを見て徐晃も、妙に気合が入っている荀彧を尻目に、机の前に座って単純な計算や簡単な書類。それらの整理を手伝った。

 

ふと、徐晃の耳に入った鳥の鳴き声は、春の訪れをまだかまだかと待ちわびている風と共に、青い空へと消えていった。

 

 




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