その人は何処へいった? (紙コップコーヒー)
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1.ある迷子に対する語り

―――ある例え話をしよう

 

 

貴方は『平行世界』というものを信じるだろうか。

よく馴染み深い人もいるだろう。そこそこメジャーな話だからね。

 

並列世界。

 

確立分岐世界。

 

IFの話。

 

二番目の魔法。

 

シュレディンガーの箱……

 

あぁ。ここでは世界の話だから猫では無く、それを覆う箱なのがみそだね。

ま、言い方は無数にあるが所謂「此処」とは違う異世界のことだ。

 

 

ここで私はあえてその世界を『本』に例えるとしよう。

世界を本と例えるなら、そこに住む住人は物語の登場人物達という事になる。

その中にはいわゆる主人公と呼ばれる人物もいるだろう。

 

ここでの異世界とは、つまり本の隣に仕舞われている本の事を指す。

本は一冊で一つの世界として独立していて、原則本から本に登場人物達は移動できない。

……まぁ偶に表紙をぶち抜いて移動する爺さんもいるらしいがね。

 

おっと、話が逸れたな。

 

まぁ何が言いたいかというとだね。

世界を本と言い換えるならば、その本の数はそれこそ無限に存在している、という事だ。

 

もちろんその本にもジャンルみたいなものがある。

恋愛。ファンタジー。伝奇。推理。冒険。戦記。18歳未満のお断りなナンチャラ書院的なものまで。

それらジャンルは区分化できないものを含めると、これもまた無限に存在する。

 

まだあるぞ。

その本の読み手がその本の世界観を基に独自に物語を紡いでいく。

そして新たな本が完成するわけだ。これはもう数えようがないな。

何しろふとその読み手の心に浮かび、紡いだだけで本として現出するのだから。

管理する方の身にもなって欲しいものだ。本がポイポイ出来るもんだから仕事が終わらない。

 

 

…ん?何?

 

さっきから本だの管理だの具体的だなって?

 

あとこの首が痛くなるような本棚の森はなんだ??

 

……ここまで話したら、普通察しないか?

それともただ認めたくないだけ?…まあいいや、その気持ちも分からないではないからね。

 

ここはね。図書館だよ。と・しょ・か・ん。

貸し出しはしていないけどね。

そしてこの四方八方無限の彼方に続く本棚は世界を収納しているのさ。

 

そしてそれを私たちは管理している。言うなれば私は司書だね。

「あっち」の書架群管理責任者。よろしく。

 

…違う。「厚木」じゃない、「あっち」だ。

 

どういう意味かって?

そんな複雑な事情がある訳じゃないけどね。

 

最初さ。本棚にちゃんと番号を振っていたわけよ。

けどねー、本棚の数が急にどんどん増えちゃってさ。

めんどくさくなった館長が「君はこっち。あなたはあっち。お前はそっちら辺。」と言い出してね。

それが名前になった。

 

しょうがないじゃん。無限に番号なんかつけれないよ。

ま、それは置いといて。

そろそろ聞いて良いかな?

 

 

 

―――君は、誰?

 

 

 



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2.迷子と司書

「―――君は、誰?」

 

「…さぁ?一体、誰なんでしょうね?」

 

 

そこは薄暗い、本棚の森の中。

本棚の”森”とはおかしな表現だが、四方八方乱立する、首が居たくなる程高い本棚の群れは、もはや”森”としか言い様がない。

そして、目の前の胡散臭い自称司書の言葉を信じれば、ここは何処かの図書館らしい。

 

 

周りを見渡せば、薄暗い中にそびえ立つ天突く勢いの本棚達。

 

 

明りはどういう原理か。宙に点々と浮かぶランタンの茫洋とした灯りのみ。

 

 

そして目の前には、長々と一人語りを始めた挙句、行き成り誰何してくる謎の司書―――

 

 

その誰何に対し、私はまるで他人事のように返事を返した。

そんな事聞かれても、分からない物は分からないのだ。

寧ろ、図書館なのにランタンは良いのか。火気厳禁じゃないのか、といったどうでも良い事を考えていた。

 

……実は余りの状況について行けず、思考を放棄しているのかもしれない。

 

私は何処から来て、何処へ行くのか。

そういう、哲学とかモラトリアムとかは今は関係がない。

 

本当に自分が何処の誰なのか。何故こんな場所に居るのかが分からないのだ。

 

 

 

           本当に自分は誰なんだろう?

 

 

ここはどこ?

 

わたしはだれ?

 

 

……まさか現実にこんなベタな台詞をいう日がこようとは……いや、昔の記憶は無いんだけどね?

 

 

―――この胡散臭い自称司書と出会う前、私はあの森のような本棚群の中を歩き回っていた。

 

 

何時から歩いていたのかは分からない。

 

何処を目指して歩いていたのかも分からない。

 

気がつけば、私は薄暗い本棚の森を歩いていたのだ。

 

しかし、目的があった。あったはず…だ??

 

言い様のない焦燥感に駆られて、歩きまわっていた。もしかすると走っていたかもしれない。

 

気がつけば歩いていた。

 

 

―――でも何時から歩いていた?

 

 

―――でも何処から歩いていた?

 

 

いつ? どこから? なにを? だれを? どうやって?

 

言いようの無い不快感が全身を這いずり回り、思わず叫び出して頭を掻き毟りたくなる。

もし私が一人っきりでここに立っていればそうしていただろう。

 

 

「あの、君?」

 

「――あ…す、すみません。考え事を」

 

 

どうやらずっと待っていてくれたようだ。

実は良い人なのかもしれない。さっきは胡散臭いとかおもってごめんな。

周囲は薄暗く、光源は茫洋とした明りを放つランタンしか存在しないためか、自称司書の顔の輪郭はぼやけてはっきりと表情が分からない。

 

背は高いようにも見えるし、低いようにも見える。

声ははっきりと透るような声色だが、聞き様によっては男にも女にもどちらにも聞こえる。

 

恰好は奇妙奇天烈な服装で、体をすっぽりと覆った、作業には不向きそうな闇色のローブを肩から羽織っており、頭には魔女が被っていそうな、同じく闇色のとんがり三角帽子を被っている。

 

……。

薄暗いし、気のせいかもしれないが、ローブの裾がうねうね蠢いているように見えるんですけど…?

 

―――考えるのをやめよう。

ランタンの灯りが織りなす陰影の濃淡でそう見えるだけに違いない。うん。

 

そんなとても奇妙で、実に胡散臭い自称・司書。

 

……名前は確か―――

 

 

「厚木さん?」

 

「…何故に厚木?そもそもまだ名乗ってすらいないし。

私の名前は「厚木さん」そうそう厚木さん…って違う!私の「厚木さん」…。…わ「厚木さん」………。

 

―――厚木でいいですよ。もう」

 

 

変な「厚木さん」だ。いきなり名前を呼んで照れたのかな。

…べ、別に名前を覚えるのがめんどくさくなった訳じゃないんだからねッ!

キャラが濃過ぎて覚える気がしないとか、そんな事も無いんだからねッ!勘違いしないでよねッ!

 

 

「ちょっと君。声に出てる」

 

「え?何がです?」

 

「…いや、何でもないよ。―――……疲れる」

 

 

何か厚木さんがぼやいているがまぁいいや。

しかし自分は誰なんだろうか?自分の名前も思い出せないというのはどういう事だ。

 

 

「気がついたらここを歩いていたんです」

 

「…気がついたらとはどういう事です?

歩いていたということは、目的ないしは目的地があったんですよね?」

 

「そうなんですが…。

ウトウトしていていきなりハッと目が覚めるような。いきなり酔いが醒めるような。

何か目的はあったんです。目的地はあったんです。

 

―――何かをしなければ、という言いようのない焦燥感がある」

 

「しかしそれが何かは分からない、と?」

 

「…はい」

 

 

司書の厚木さんは何か思い当たる節でもあるのか、考え込んでいた。

 

 

「自分がどこの誰であるかは覚えていますか?」

 

「それが、さっぱりで」

 

「ここに”迷い込む”前の事は覚えてますか?」

 

「いいえ。一番古い記憶ではすでにこの暗闇の中を歩き回っていました。

時計が無いので分かりませんが、相当歩き回っていたはずです。その後、歩き疲れて本棚に座り込んでいた所を貴方に声を掛けられたんです」

 

 

―――ん?ちょっと待て。

 

 

”迷い込んで”??

 

 

「……なぜ私が迷い込んだと?」

 

 

ここが自称司書の言う様に本当に図書館ならば、私は単なる利用者としてここにいたのかも知れない。

利用者としてここを訪れ、何かしらの事故に遭い記憶を失った。もしそうならば、”迷い込んだ”という表現は使わない。不適切だ。

それなのに何故”迷い込んだ”と断言できる?

 

そしてその答えを司書は口にした。

 

 

 

「―――君は恐らく、本の世界の住人だね」

 

 

 

 

じーざす、ぼくはファンタジーの住人なんだって。ははは



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3.そして迷子は知る

「―――君は恐らく、本の世界の住人だね」

 

「……つまり、私はファンタジーの国の人間だと?」

 

「あぁ言葉が少なかったね。

一応言っておくけど、別に君が虚構/フィクションな存在だと言っているわけじゃあ無い」

 

 

厚木さんは私が内心ちょっぴり傷ついたのを悟ったのか、穏やかに話し始めた。

 

 

「先程も話したようにここに蔵書されている本は世界だ。

本という形態を取っていますが、これはもう一つの命を育む世界なんですよ。

始まりが何であったとしても、その手から離れ独自に世界は進み、そして新しい本が生まれる」

 

 

近くの本棚から厚木さんは一冊の本を取り出した。

そしてその本を広げ、こちらに見せてきた。読んでみろと。

 

―――それはなんとも不思議な感覚だった。

 

本を読んでいくとその場面の情景が鮮明に脳裏に浮かび上がった。

あまりに生々しく、躍動的でこれは自分が思い浮かべた妄想ではなく、実際に彼らがそこに生きているのだと信じられた。

 

 

「どうです?フィクションだと思いましたか?」

 

「―――まさか」

 

 

アレがフィクション?作りモノ?―――馬鹿な。

本を開いただけなのに、命の息吹、草の薫り、優しい風の感触が頬に残っている。

その残滓が、これらの感触が、自分の錯覚でない事を示していた。

 

 

「それは良かった。世界を読める図書館なんてウチだけだよ」

 

「私も実はその世界の住人で、外から知らずに見られていると思うと複雑ですがけどね」

 

 

「まぁ本来それを貴方たちが知ることはないのだけどね。

本来、この図書館は本世界より高次な場所にある存在。そこに本世界の住人が来るというのはほとんどない」

 

「今までこういった事例は無かったのですか?」

 

「2,3周期前に有ったらしい。が、なにぶん大昔の事でね。詳しい事情は知らないし分からない」

 

 

もしかしたら館長なら何か知っているかも、と零す厚木さん。

 

……周期ってナニ?いや待て気にするな。つっこんで話が膨らむとめんどくさい。

それよりも聞きたい事がある。

 

 

「その割にはすぐに私の正体に当りをつけましたね?」

 

「―――その事例の原因が問題なんですよ」

 

「原因が問題?」

 

「本世界の住人がこちらに来てしまう……その原因は恐らく"本の落丁"」

 

「落丁?」

 

 

落丁って本のページが出版や印刷の段階で抜け落ちてたりするあれ?

 

 

「その落丁で合ってるね」

 

「―――そんな事で?たかがページが取れただけで?」

 

「……"たかが"? 恐ろしい事を言うね、君は。

 

なんども言う様に本はイコール世界、つまり宇宙と言い変えてもいい。

 

…つまりだ。落丁というのはそこから銀河を2、3個剥ぎ取るようなものだ」

 

 

妙にスケールがでかくなった。

…いや小さいのか?どうもここに来てから感覚が麻痺してる。

 

 

「恐らく、その落丁時に君は"こちら側"に弾き飛ばされて来たんだろう。

宇宙開闢に匹敵するエネルギーの奔流だ。よかったね。蒸発せずに。君は恐ろしく悪運がいい」

 

 

そして急に物騒になった。

 

 

「…あー。つまり、その時の影響で記憶喪失だと?」

 

「―――正解であり、間違いでもある」

 

「というと?」

 

「弾き飛ばされた時、というのは間違いないだろう。

 

……違うのは記憶喪失になった原因の方だよ」

 

 

そして厚木さんは衝撃的な事をのたまった。

 

 

「恐らく、君は向こうの世界に名前とそれに付随する縁を置いてきたんだろう。

 

人・モノは名によって他者や世界に認識されてる。それによってそれぞれの個体との縁ができる。

君は"名前"という自身の起源を、向こう側に置いてきてしまった事によってその本世界との縁が切れた。

 

……なので君は向こうの世界での記憶が無い。

 

文字通り、今の君は『名無しの権兵衛』『ジョン・ドゥ』というべき存在だ」

 

 

私が呆然としていると厚木さんはさらに沈痛な面持ちで言葉を続けた。

 

 

「初めの記憶が歩き回っている所からというのも、最初から記憶が無いからだろうね。

もしかすると性格や嗜好も元とは違うかも知れない。性格・嗜好というのは、名前や記憶、経験に裏づけされた物だから。

 

焦燥感に駆られてたというのも、名前を無くし世界から弾き飛ばされて、無意識にそこに帰ろうとしたんだろう」

 

 

そして半ば魂の抜けかけた私に止めを刺した。

 

 

 

 

「このままじゃ君。文字通り跡形も無く"消滅"してしまうよ?」

 

 

 

 

もう私のライフは0です。

 

 

 

 

落ち着け。いいか。落ち着け冷静になれレイセンになれあれ?なんか違ううさ耳なんかどうでもいい座薬はもっときらいでもバニーガールは大好物ですほんとうにありがとうございましたツ!!」

 

「ど、どういたしまして……??」

 

 

あ、お、落ち着け俺。ボク。私。

 

 

「……ふー、すみません。ちょっと混乱してしまって」

 

「いや、私の方こそ一気に捲し立ててしまって申し訳なかった。

本当ならこういうデリケートな話は落ち着いてしたいが、生憎と君に"残された"時間も少ない。

 

―――本題に入るよ」

 

「お願いします。」

 

「君が消滅してしまうというのは、君の縁が切れてしまった事が原因だ。

 

縁が切れる。

君と他者を結ぶ縄が切れる。

 

つまり、あなたをあなたとして観測していたモノが無くなるということ。

幽霊は測定出来ないから"幽霊"なんだ。観測出来ないモノは存在しないモノと同義」

 

「―――結果消滅する、と?」

 

「その通り。幸運な事に君は"まだ"消滅していない。

 

……が。君が本世界から弾き飛ばされて、一体どれ位経っているか分からないが余り時間の余裕は無いはずだ。

 

今の君は例えるなら、蝋燭を吹き消した後に残る白煙の残滓の様なもの。

時間が経てば儚く散り散りに搔き消えてしまう」

 

 

辺りの薄暗闇が質量を持ったかのように両肩の重く押しかかった。

喉がカラカラと乾いているのが分かる。

ごくりと大きく喉が鳴った。

 

 

「―――もう、どうしようもないんですか?」

 

 

「いや?方法あるよ」

 

 

軽っ!?

しかも、軽過ぎて『方法あるよ』が『方法アルヨ』に聞こえる。

 

 

「新たに結縁し直してしまえば良い」

 

「結縁?」

 

「新しく縁を結び直すんだよ。そうすれば君は観測され、消滅しない」

 

「それはどうやって?」

 

「君に新しく"名前"をつける。

まあこれは仮縫い程度で本当の名前が見つかれば必要なくなるけどね」

 

 

つまり貴方が名づけ親になってくれると……。

 

 

「ちなみに犬に名前を付けるならどの様な名を?」

 

 

 

厚木さんは自信満々に

 

 

 

 

 

「漆黒の片翼堕天使フェルナンド!!」

 

 

 

 

どうやら厚木さんは重度の中二病の様です。



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4.ヒズ・ネイム・イズ

「あちら」

 

 

え?何所の事かって?HAHAHA!!なかなかナイスなジョークだネ!!!

 

名前だよ。

 

な・ま・え。

 

 

「迷子(まよいご) あちら」

 

 

素敵な名前だろ?本当にこれ名づけてくれやがったんだぜ、これ。

名前の由来は

 

 

『「あっち」書架群で発見した迷子さん』

  ↓

『"あちら"で発見した迷子』

  ↓

『迷子あちら』

 

 

ね?簡単でしょ?

 

まあ漆黒の片翼堕天使フェルナンドとかじゃなくて良かったが、あれは犬用らしい。

飼っているのは白いチワワらしいが。

 

 

「とりあえずこれで結縁はひとまず完了だ。

これから本当の名前を見つけるまでこれが君の名前だ。

 

―――"迷子あちら"さん」

 

 

その名で呼ばれた瞬間、自分の輪郭が定まった様な、地に足を着けた様な感覚が身体を駆け巡った。もう、先程まで感じていた、フワフワした様な軽い酩酊感は感じない。

 

 

「とりあえず、お礼を言います。

 

―――本当にありがとうございました」

 

 

そう、厚木さんが自分の命を救ってくれたのは本当だ。しかも身も知らずの他人を。

感謝してもしきれない。

 

 

「しかし本当に大変なのはこれからだよ。

あちらさんが自分の世界に帰るためには、自分の世界の本を探さなくちゃならない。

おそらく「あっち」書架群にある蔵書の一冊だということは分かるが、私自身正確な蔵書数を把握していなくてね。

さすがに無限には無いと思うけど、千那由他ぐらいはあるかと」

 

「千那由他って……」

 

 

たしか10の何乗だっけ??

 

 

「10の63乗だね」

 

「……その膨大な数の蔵書から一冊の本を見つけろと?

見つけるよりも私が寿命で死んでしまいますよ」

 

「その点に関しては問題ない。私達のような書架を管理する司書には助手の任命権があってね。

あちらさんの結縁時に司書見習いのパスを発行しておいた。現時点で君はここの関係者だ。

ここの職員は本世界を保守管理する作業の効率化のために肉体時間の凍結処理が為されている。

だから寿命にしては大丈夫だよ。時間は腐るほどある」

 

 

まあ、さすがに速読閲覧や検閲術式などの管理者権限は使用許可が出ないけどね、ころころ笑う厚木さん。

 

……何か今、さらっと物凄い事を言われた気がする―――

 

 

―――肉体時間の凍結処理?

 

 

それってつまり……

 

 

「不老不死?」

 

「まぁ簡単に言えばそうだね。あと別に不死じゃないよ。

凍結させていた時間を解凍すると、身体が元の時間の流れに戻るから、豆腐の角に頭ぶつけたら普通に死ぬ」

 

「十分じゃないですか!!」

 

 

不老不死だひゃっほーと若干テンションが上がる。全人類の夢がここに!!

厚木は私も昔はこんな時分があったなぁ、と当時を思い出しながら説明を続ける。

 

 

「では、話の続きを。

私は書架の維持と新たに生み出される本の管理で本世界捜索にまで手が回らない。

だから、あちらさんにはこれから司書見習いとして書架群内の中から自分の世界の本を見つけていただきたい。

 

―――発見された本を私が修繕し、あちらさんは元の世界に帰る。

 

基本方針はこのようになる」

 

「どうやって本を見つければいいんでしょうか。普通に本読めばいいんですか?」

 

「いや。その方法でも良いけど"読み落とす"可能性もある。あまり確実じゃない。

 

―――なので、あちらさんにはその本世界に深く"潜って"頂きます。

 

あちらさんは世界に自分の”名前”を置き去りにしている状態だ。

現地時間で二週間から、遅くても一年滞在すれば縁同士が絡まり名前を思い出します。

それで自分が何者か思い出せなければ縁が無いんでしょう。恐らく違う関係無い世界です。次の本世界に移動してください」

 

「そ、それは、大変ですね……。それを10の63乗…?―――不老で良かった」

 

「見習いではなく、司書の資格を持っていれば閲覧術式を使って比較的簡単に落丁箇所を調べられるんですけどね。

司書の受験資格をあちらさんが満たしていないので一つ一つ本を調べていくしか……」

 

「はぁ……了解しました」

 

「戦記やファンタジーみたいな物騒な本もあるから、一応自衛用の権限も渡しておきますね。

これは見習いでも大丈夫な権限だから」

 

 

そういって厚木さんは人差し指を私の額にくっ付け……くっ付け……それだけ?何をしたんだ?

 

 

「えっと、何をしたんですか?」

 

「権限を委譲、承認っと。はい、これが自衛用端末ね」

 

 

そしてポイと渡された――――――はさみ。

 

 

それは、"はさみ"。

 

 

特別な模様も装飾もしてない……『はさみ』。漢字で書くと『鋏』。

 

あ、ちょっと刃の部分が錆びてる。

 

 

「えっと、自衛用?」

 

「うん」

 

「はさみ?」

 

「うん」

 

「これで剣や銃と戦える?」

 

「うん。自衛用だからね。ドラゴン"程度"の幻想種なら一撃で」

 

 

思わず"はさみ"を地面に叩き付けた私は悪くないはず。

 

 

「どーやって!?

って言うかドラゴンッ!?なにそれ!?そんなん出てくるの!?

はさみなんかで立ち向かったら秒殺されちゃいますよ!!しかも錆びてるし!べとべとするし!!」

 

「おやおや。あちらさん。ちゃんと人の話は聞くものですよ」

 

 

厚木さんは叩きつけられたはさみを拾い上げて説明を始めた。

 

 

「これはね。たしかに唯のはさみです。近所の100均で買いました」

 

「認めた!?てか100均!?」

 

「しかしあちらさんは本の読み手…。そして世界は本で

 

 

――――――紙です。あとは分かるな?」

 

 

「切れと申すか!?あなた本当に司書ですか?どこの司書が本を切れと!?」

 

「……まぁ冗談はここまでにしておいて―――。

 

"はさみを持っている"……その事実自体が大切なんですよ。

 

君が本世界に潜っている間、はさみは"世界/本が切断できる"という概念を世界に持ち込む。

持ち込むのは概念だから姿形はその時々で変化するけど、まぁこれで喧嘩売ってくる相手も居ないだろうね」

 

 

本世界中では任意で何でも切れる上位末端だからねー。

たかがドラゴン程度、まさに"紙を切る"様に簡単さ、あははと朗らかに笑う厚木さん。

 

……自衛用?

オーバーキルにも程があるだろ、常識的に考えて。

なるべく使わないようにしよう。うん。

 

 

「注意事項はこの程度ですかね。

 

―――あぁ潜入中の身分保証は司書見習いとして下位世界である本世界に保護されるから滅多なことは無いと思うよ」

 

 

どういうことだろ?司書見習いとして?本世界の保護?

 

 

「まぁ行けば分かるよ」

 

「分かりました。

 

―――本当に色々として頂きありがとうございました。

 

この御恩は一生忘れません」

 

「…いや、こちらこそ。結局、あちらさんに丸投げした形だしね。

 

―――本当に短い間だったけど、貴方と会えて良かった。

 

そしてこれから多分"長い付き合い"になる。

偶には遊びに来てね。その時はお茶でも飲もうか」

 

「…はい、必ず」

 

「…では、迷子あちらさん。

 

 

―――良き旅路を」

 

 

そう言って、不思議な司書は姿を消した。

出会った時も突然なら、別れの時も突然な最期だった。

 

ならまた、突然ばったり会えるだろうと感傷に浸りつつあちらは思った。

 

それにしても―――

 

 

「……結局あの司書、男性と女性のどっちだったんだろう?」

 

 

そのあちらの疑問に答える者は誰も居らず―――

 

茫洋としたランタンの灯りが照らす薄暗闇の狭間に、司書の高笑いが響いたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ある時、何処かの本棚前

 

 

 

 

男が立っていた。黒髪黒瞳の男。

茶色いコートに身を包み、傍らにはトランクが置かれている。

 

容姿は悪くないが、よくも無い。どこにでも居るようで居ないような。

不特定多数の容貌の平均を取ればこんな感じになるだろう。

平均を取れば美形になると言われるが、男のちぐはぐな雰囲気が台無しにしていた。

 

つまり、言葉を重ねたが平凡そうな男だ。

 

男が口を開く。

 

 

「この本棚に今度こそあるといいなー。けどないだろうなー。

 

―――はぁ……。

無くてもいいからゆっくりしたい……。なんで毎度毎度何かしらのトラブルに巻き込まれるんだ……」

 

 

切実だった。

この間、本棚の間にある閲覧室でのんびりしていたら、恩人で親友である司書に

 

 

「私はこの間生み出された本のお陰で、しばらく寝ていないのだぁよ。カカカ」

 

 

と言われ逃げ出した。

あの司書は気分で話し方が変わる。あれはダメな時だった。

 

 

「…さて、やるか」

 

 

そう言って、男は本棚から一冊の本を取り出した。

立派に装飾された背表紙には見慣れない文字が書かれている。

もし読める人がいればこう読める事だろう。

 

 

 

 

―――『スプリングフィールド英雄譚』と。

 

 

 

 

男は表紙を丁寧にめくり、一ページ目にゆっくりと指を添わした。

 

 

 



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5.迷子と常識人

「ご利用ありがとうございましたー」

 

 

現在、私はバイト中です。

何のために?それは生活費を稼ぐためだよ。

一応、他の世界でもらった貴金属とかを換金すればいいんだろうけど、これを生活費で使うのは何かもったいない。

なら働こうと言うことでバイトです。

 

今の私は司書見習いではなく、麻帆良商店街『まほら書店』店員迷子あちらなのです!ヤッタネ!」

 

「おい、あちら。周りの客が引いてるぞ」

 

 

そこに話しかけてきたのは、今時珍しい大きな丸眼鏡をした中等部の征服を着た女の子だった。

 

 

「おや、これは千雨さん。こんにちは。学校の帰りですか?」

 

「そうだよ。今日は始業式だったから早かったんだ」

 

 

彼女の名前は長谷川千雨さん。麻帆良学園中等部の学生さんだ。

まあ出会った切っ掛けは、簡単に説明すると彼女が思い詰めていたので相談に乗りそれを解決した。

それからも友好関係は続き、今に至ると。

するといきなり彼女が爆発した。

 

 

「オイ、あちら!信じられるか!?十歳の子供が来たんだぞ!?

しかも先生として赴任してきやがった!!!

高畑のヤローも自習がやたら多かったが、これはねぇだろ!!!

いくらエスカレーターで上に行けるっても来年、受験だぜ!!!どうすんだよ!!!」

 

 

あちらの襟元につかみ掛り、首よ折れろといわんばかりに振ってくる。

あっ、ちょっと気持ち悪くなってきた。

 

さっきまで奇声を上げていた店員と、その店員につかみ掛り喚く女子中学生。

どう見ても修羅場です。本当にありがとうございました。

本当はそんな色気は欠片も無いが。

 

とりあえず落ち着かせよう。

 

普段はなるべく目立たず、普通を心がけている彼女がここまで取り乱すとはよっぽど溜め込んでたらしい。

店長に視線を送ると、今日はもう上がっていいよと視線が帰ってきた。

アイコンタクトで伝わる意思。ここは理想的な職場です。

 

昨日の夜、不眠不休で棚卸しさせてくれた恩は、今店長が読んでいる小説のラストシーンを糊付けすることで許してやろう。

読めずに悶々とすればいいのさ!あははは!

 

 

「オックスフォード!?エッて顔してんじゃ無ぇ!!」

 

「はいはい、千雨さん。こっちに行きましょうね」

 

 

18時間労働なあちらは若干テンションを上げつつ、未だに壊れている千雨を引きずって奥に引っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、見苦しいとこ見せちまった」

 

「かまいません。前はもっとひどかったですし」

 

「うッ!?」

 

 

そういって彼女の前にコーヒーを置いた。

ここはまほら書店の二階にある、あちらが間借りしている部屋だ。

ここであちらは住み込みで働いている。

 

彼女は出されたコーヒーを一口啜り、溜め息を吐いた。

 

 

「やっぱ、不思議関係には慣れないな」

 

「……不安ですか?」

 

 

一度、彼女の人生はその所為でボロボロだった。

 

 

「いや、不満はあるが不安はないな。

 

……だって、なんかあったら助けてくれんだろ?」

 

 

彼女は心底信頼しているといった感じで私に笑いかけてきました。

あまりに、綺麗で、無垢で。

 

 

「……まぁやぶさかではありません」

 

「クックク。」

 

 

たぶん顔が赤くなっているのが丸分かりだったのだろう。

彼女はまるでわかってるよと言いたげに満足そうに笑っていました。

この子は本当に中学生なんでしょうか?

 

自分で入れたコーヒーを啜り、一息入れた後、彼女に訊ねた。

 

 

「で?なにがあったんです?」

 

「そう!それだよ!!」

 

 

彼女は溜まった物を吐き出すように話し始めた。

学校で本音を言える友達はいないのかな、いやいないんだろな。

あちらに出会う前の事は彼女に深い傷として残っている。簡単には癒えないだろう。

自分もいつまでもここに入れる訳ではない。

来年の夏には自分がここに来て丸一年になる。そろそろ次の世界に移動しなくてはならない。

 

 

ままならないもんだな。

 

 

心の中で溜め息をついた。

本当はここまで深入りするつもりは無かった。

ただ、自分には悩みを解決できる方法があったのでしただけだ。

それすらも初めはするつもりが無かった。

 

 

ただ、傷だらけになっても背筋を伸ばして歩く姿がかっこいいと感じたから。

 

 

自分もあの様になれたらと。

 

 

彼女を手助けすることで自分がそれに近づいたような気がするから。

 

 

 

気がつけばどっぷり嵌まって、しかもそれが居心地が良い。

どうしたものかと、あちらは思った。

 

 

「おい!あちら!聞いているのか!」

 

 

その言葉で思案の海から自身を引き上げる。

 

 

 

「ええ、つまり新しく赴任した担任と副担任を血祭りにあげたいと……」

 

 

「違ぇーよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、つまり新しく赴任した担任と副担任を血祭りにあげたいと……」

 

「違ぇーよ!?」

 

 

あたしの目の前でとんでもない事をのたまいながら、のほほんとコーヒーをすすっているこの男。

 

 

―――迷子(まよいご)あちら

 

戸籍不明。経歴不明。出身不明。年齢不明。不明、不明分からないことだらけ。

容姿は悪くないのだが、良くも無い。いや、よーく見ると美形なのが彼の雰囲気が台無しにしている。

名前もあからさまな偽名だ。なんだ迷子って。そんな苗字があるか。

よくここの店長はこんな男を住み込みで雇ったものだ。

そこらへんは奴に言わせると「人徳?」らしいがそんなことは無い。

店長もあまり気にしていないみたいだ。そこは流石麻帆良というべきか。

つまりこの迷子あちらという男は端的に言うと正体不明。

だが、一つだけはっきり分かっていることがある。

 

 

―――迷子あちらは、長谷川千雨の恩人である。

 

 

あの二年の夏が終わりかけた曇天の日に、確かに長谷川千雨は迷子あちらに助けられた。

別に命を救われたわけじゃない。

映画のようなドラマチックな出会いがあったわけでもない。

ただ声をかけられただけだ。

そして話をしただけ。

 

時間にすれば10分位の出来事だ。

だけれでもあたしはたったそれだけで救われた気がした。

初めて人前で大泣きしてしまった。

散々のあちらには脈絡の無い暴言を、罵声を吐いた。

だけれでも、あちらはずっとあたしが泣き止むまで傍にいてくれた。

 

……今思い出しただけでも赤面する程恥ずかしいが。

しかしそのお陰かこの学園都市との心の折り合いがつき、前向きにここでの生活を捉えることができた。

 

それでも、やっぱりストレスは溜まるし、認識の違いからか親しい友人は未だできない。

そんな時はあちらに愚痴を言いに会いに行く。

 

あちら曰く、彼も所謂非常識な世界の住人らしく、そういうことを話しても問題が無い。

この麻帆良とは系統が違うらしいのだが、そこは詳しく教えてくれなかった。

これ以上心労を増やす必要もないだろうとの事だが、・・・気に食わない。

いつか聞きだしてやろうと考えている。

 

 

「冗談ですよ。ちゃんと話は聞いてます」

 

「ヤロウ……」

 

「まぁその先生方は十中八九こちら側の人間でしょうね。流石麻帆良です。

こうも堂々と人員を表に送り込んでくるとは」

 

「そっち側の人間は表の人間を巻き込まないんじゃなかったのかよ」

 

「まぁどこでも原則そうですが、ここ麻帆良は彼らの・・・口の悪い言い方をすれば支配地域です。

認識阻害もあることですし、表沙汰になるようなことは無いでしょう」

 

あなたのクラスは一概に一般的なクラスとはとても言えないですし……。

あははと笑うあちら。

 

ちくしょう。笑い事じゃねぇぞ。

こっちはそこに一日の大半は居なくちゃいけないんだ。

 

大体なんだ。

ロボットに忍者にサムライガールだったり、しかも吸血鬼や幽霊まで居るらしい。

おまけに今度は子供の担任と銀髪|金銀妖瞳(ヘテロクロミア)の副担任。

 

……確かに一般的とは言えないなぁ。

なんであたしがこんなクラスに。けどクラス替えとかは無いしなぁ。

この学園都市でも一杯いっぱいなのに、さらにそれを煮詰めたような我がクラス。

 

あたしが意識を飛ばしていると

 

 

「まあそれでも、あのクラスには一般人もそれなりに居ます。向こうもそんな無茶はしないでしょう。

用心していればそちらに巻き込まれることもないでしょうね」

 

「へっ慰めドウモ」

 

「しかしその子供先生にはちょっと注意して置いてください。

こちら側でスプリングフィールドの家名はとても大きい物ですから。

とばっちりが無いとも言い切れませんし」

 

「マ、マジかよ……。あのガキそんなに有名なのか?」

 

「彼の父上が超が付く程の有名人でしてね。その関係です」

 

「じゃあ副担任の方もなんかあったりするのか?なんか出身が同じらしいんだが」

 

 

そこで彼はちょっと困ったような、困惑したような表情で首を傾げた。

彼はコーヒーを啜りながら、記憶を探る様に訊ねてきた。

 

 

「そこなんですがね……。その方の名前は何でしたっけ?」

 

「あー、確か―――スザク・神薙・フォン・フェルナンドだったはず」

 

 

ゲホ、といきなり彼は口に含んだコーヒーを気管に入れてしまったのかむせ始めた。

 

 

「お、おい大丈夫か?」

 

「だ・・・だい、じょうぶ、です」

 

「そ、そうか」

 

 

しばらく彼は何かつぼに嵌ったのかこちらに帰ってこなかった。

ようやく帰ってきた彼は先ほどの話の続きを話し始めた。

 

 

「それでフェ、……。フェルナンド先生についてですが。彼に関しては聞いたことがありませんね。

ウルトラVIPの息子を補佐するんであれば元担任の高畑先生か、他の経験積んでいる先生だと思うんですが……?

……それでも彼に補佐を任せるとなると、よほど優秀か事情があるんでしょうね」

 

 

ま、金銀妖瞳(ヘテロクロミア)なんて多分何かの異能持ちですし、この方にも余り近寄らないほうが賢明ですね。

そういって彼は話を終わらせた。

 

 

「さて、話し込んでしまいました。いい時間です。晩御飯でも食べに行きましょう。

今日は学期初めということもありますし、御祝いにおごりますよ」

 

 

彼は飲み終わったマグカップを流しに浸けて、キーホルダーの付いた鍵をチャリチャリ回しながらあたしに提案してきた。

 

 

 

もちろんあたしに異論はあるはずも無く。

 

 

 

 

この変な男。

 

胡散臭く、飄々としていて、まるで掴みどころがない変人。

 

しかし、確かに長谷川千雨の心を救ってくれた恩人。

 

ほころびそうになる口元を引き締め、恥ずかしくて決して口には出さないが……

 

 

 

 

―――友達だと想っている迷子あちらとの楽しい夕食に思いを馳せた。

 

 

 

 



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6.スプリングフィールドの息子

拝啓

 

桜の花も咲きそろい、心躍る頃となりました。厚木様はいかがお過ごしでしょうか。

そちらの図書館でも桜は見れるのでしょうか?

 

私めは今―――

 

 

 

「あちらァアア!!あのクソ餓鬼をぶっ殺すぞ手を貸せぇエエ!!!」

 

 

 

―――殺人事件の共犯を強要されています。

 

 

 

「ははは待ってろよォ?前頭葉の風通しを良くして余計なことを覚えていられないようにしてやっからなァ?

ぎゃははははっははっははははっははっはははははっははははははっははははははは!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「スプリングフィールドの息子」

 

 

 

 

 

 

「……あー、つまり秘密の趣味を見られた挙句、みんなの前ですっぽんぽん、と?」

 

「すっぽんぽん言うなッ!!!」

 

 

しばらくして正気に戻った彼女に事情を説明され、簡単にあらましを纏めると怒られた。

 

この長谷川千雨という少女は一風変わった趣味を持っている。

普段は人見知りをし、伊達眼鏡まで掛けて自分と世間を遮っているのにコスプレが趣味なのだ。

しかも唯のコスプレではない。

持ち前の情報処理技術をフルに活用して写真を加工・修整し自前のブログにアップするのだ。

 

 

―――ネットアイドル・コスプレイヤーちうの爆誕である。

 

 

なにげにネットアイドルの中でも1、2を争う人気っぷりである。

加工・修正しなくても自前の美貌で十分に通用するのだが、そこは譲れないらしい。

この少女は変なところで自分に自信が無いのだ。

なのでこの趣味に関して彼女は徹底して秘密にしている。

 

 

 

それが子供先生に漏れた。おまけに大勢の前で恥まで晒した。

 

 

 

普段、冷静沈着なクールな女を気取っているが本質はかなりの激情家だ。

プッツン切れてその場を猛ダッシュで逃げ出して、服を着替え、その足で我が家に殺害依頼をしに来たと言う訳だ。

 

だが悲しいかな。ここは本屋で暗殺斡旋屋でなく、私はただの司書見習いだ。

 

 

「まあ就任時から今までの話を聞く限り、彼は少しお子様な所はありますが基本的に善良で良心的です。

言いふらすということは無いでしょう」

 

「ぐぐぐ、ぬ・・・くッ!」

 

 

彼女も冷静になれば頭の回転はかなり速い。

一連の騒動にあの子供先生の悪意が欠片も無いことなんて分かっているのだ。

すべてはクラスで浮いている彼女とクラスメイトの交流を深めさせようという善意の裏返しだ。

 

分かっているし理解できる。

 

しかし感情が納得できない。

 

そこまですぐに感情の切り替えが上手く出来る程大人でもないのだ。

彼女にはまだしばらくの時間が必要だった。

 

 

「私は少し買い物をして来ます。今日はご飯はここで食べていきなさい。

あなたの好きな料理でも作りましょう」

 

「……わかった」

 

 

彼女もあんな事があった後ではすぐには寮に戻りたくないようだ。

私の提案を呑んできた。彼女自身もインターバルが必要だと感じたのだろう。

私の淹れたココアの啜っている。

 

 

「では留守番よろしくおねがいします。」

 

 

そう言って私は部屋を出て商店街に向かった。

買い物している間に、頭に上った血も下がるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、ネギ・スプリングフィールドはとても落ち込んでいた。

 

クラスで浮いている存在であった長谷川千雨をなんとかクラスに溶け込まそうと宴会に連れ出したが、見事に裏目に出て彼女を怒らせてしまったからだ。

謝ろうにもすぐに彼女は走り去ってしまったし、どうやら部屋にも帰っていないようだった。

 

 

長谷川千雨が強制ストリップをする羽目になった原因に大変心当たりのある神楽坂明日菜はその事態にカンカンになって怒っていた。

彼女の場合、もちろん義憤もあるが、自分がそうなった当時の事を思い出して怒りを思い出していたというのもある。これは彼が知る由も無いが。

 

 

副担任であるスザク・神薙・フォン・フェルナンドにも責められた。

 

曰く。

 

『婦女子の部屋に無断で侵入するのは何事だ』

 

『英国紳士として恥を知れ』

 

『教師が生徒のプライバシーを侵害するなど以ての外だ』

 

『しかも本人が秘密にしている趣味を暴くとは』

 

『衆人環視の中で、未熟な魔法で一般人を辱めたのは、マギステル・マギ以前の魔法使いとしてのモラルの問題だ』

 

などなど。

 

 

余りに正論で厳しい言葉に、ネギ・スプリングフィールドに半分涙目になってしまい、彼の言った言葉の中に奇妙な違和感があるのにも気付かない。

 

ネギ・スプリングフィールドとスザク・神薙・フォン・フェルナンドは同じ出身とあるが、別にフェルナンドはウェールズ出身ではない。

六年前の雪の夜、突然現れて村人の石化を魔眼で解いて回ったのだ。

解呪不可能と呼ばれた爵位級悪魔の呪いをどの様な原理で解いたのかは変わらない。

村人達も恐らく秘術に属するものだろうと余計な詮索はしなかった。

ただ、命を救われたという結果だけで十分だった。

 

恩を感じた村人たちは戸籍が無いという彼を住人として迎え入れた。

ネギともそれ以来の付き合いだがあまり仲は良くない。

 

といってもネギは大好きな姉の恩人ということで慕っており、嫌っているのはフェルナンドの方だけであったが。

 

 

話が逸れたが叱責と若干の嫌味と自己嫌悪でネギ少年の心は暗く沈み、物事を悪い方悪い方に考える負のスパイラルに陥っていた。

 

 

「だめだ、なんてだめな先生なんだボクは。せっかく正式な先生になれなのに。

……もうこうなったら誰にも迷惑を掛けない様にウェールズに引っ込んでポテトでも作るんだ……」

 

 

終いには定年退職したサラリーマンの老後生活ような人生設計を始めるネギ。

もし、金髪の吸血鬼が聞いていたら計画が台無しになると卒倒していただろうが、運が良いのか悪いのか、公園のベンチの周りにはネギ少年の暗い雰囲気を恐れて人が近寄ってこない。

 

さらに思考は悪い方に進み、ネギ少年が闇の魔法習得まであと一歩という所で彼を引き止めた人がいた。

 

 

「少年、顔が死んでますよ?」

 

 

そこには買い物袋ぶら下げ、「まほら書店」と書かれたエプロンをかけた男が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少年、顔が死んでますよ?」

 

 

少年に話しかけてみると、少年は俯かせていた顔を上げてこちらを見た。

 

鮮やかな赤毛。

かわいらしい顔立ち。

鼻の上にちょこんと乗っている眼鏡。

そして身の丈ほどもある杖。

 

話に聞いていた通りの容貌だった。

確かにこれでは可愛い物好きの中学生には大人気だろう。

 

しかしその可愛らしい顔は今暗く沈んでいる。

どうやら随分と先ほどの出来事が効いているらしい。

 

私は知らぬ顔で少年に訊ねた。

 

 

「たい焼き食べませんか?」

 

 

少年は、ぽかんとこちらを見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お茶をどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

近くにあった自販機で購入したお茶の缶をネギ少年に差し出すと、彼はそれを恐る恐る受け取った。

ベンチに腰を掛けている彼の隣に座り、たい焼きを手渡した。

彼は魚の形をしたお菓子が珍しいのか、興味深げにたい焼きを見つめている。

 

 

「で、どうしてあんな今にも死にそうな顔していたんですか?」

 

「そ、それは……」

 

 

話を振ると、彼はまた顔を俯かせてしまった。

おやおや少年。そんなにたい焼き握り締めると、口には言えない所から餡子がでてしまいますよ。

 

 

「まぁとりあえずたい焼きを食べなさい。冷めると美味しくないですからね。

甘いものを食べると気分転換にもあるでしょう」

 

 

そういって自分の分のたい焼きを頬張る。うん、おいしい。

学園都市のいい所は安くておいしい店が沢山あることですね。

学生向けなので当然といえば当然なんでしょうが。

 

ネギ少年はじっと自分の分のたい焼きを見つめている。

そしてそっと一口たい焼きを齧った。

 

 

「―――おいしい」

 

「でしょう。お勧めのお店のたい焼きなのです。

食べた後お茶を飲んでまたたい焼きを食べると渋みのお陰でより一層甘味が引立ちますよ」

 

 

ネギ少年はしばらく食べることに夢中になっていた。

たい焼きはあっという間に無くなった。

少し残念そうな彼を見て

 

 

「もうひとつ食べますか?」

 

「ぜひ!」

 

 

楽しい子だ。

そしてたい焼きを食べ、お茶を飲みながら他愛の無いことを話した。

 

 

「見たところ外国の方のようですが、たい焼きを食べるのは初めてだったんですか?」

 

「は、はい。生まれはイギリスのウェールズです」

 

「ウェールズですか、何度か倫敦の大英博物館に行ったことがありますね。

あそこは中々面白かったですよ。スコーンも美味しかったですし。

友人と一緒に真冬のテムズ川に叩き落された事もありましたね。あれは死ぬかと思いました」

 

「え」

 

「犯人はその友人の恋人なんですけどね。

友人はテムズに叩き落とされるのはこれで二度目だとか言ってました。

彼、変な所で人生経験が豊富なんですよねー」

 

「なにそれこわい」

 

 

ちなみに彼も真冬の湖に落っこちた事があるらしい。

どうして落っこちたのかは沈んだ顔をしたので深くには聞かなかった。

たぶんそこまで踏み込むのはマナー違反だし、私の役割ではないと思うからだ。

 

 

「へぇ。お姉さんがいらっしゃるんですね」

 

「はい!とっても綺麗で自慢の姉なんです!!」

 

 

よほどその姉の事が大好きなのだろう。とても嬉しそうにその事を話してくれた。

あと一つ年上の幼馴染がいるらしいのだが、こっちはよくお姉さん風を吹かしてくるのでよく喧嘩するらしい。

たぶんその女の子はネギ少年に淡い恋心を持っているんだろうなぁと感じたが、彼はまったく気付いていなかったようだ。ご愁傷様。

 

 

そんな他愛の無い話をしばらく続けた後、彼に語りかけた。

 

 

「ここで会ったのも何かの縁です。どうです、私に悩み話してみませんか?

事情を知っている人よりも、まったく関係の無い人の話してみた方が気が楽になる事もありますよ」

 

 

彼は暫らく躊躇っていたが、決心がついたのか

 

 

「……話を聞いていただけますか?」

 

「是非に」

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね。

ボクは麻帆良学園女子中等部3-Aの担任をしているネギ・スプリングフィールドといいます」

 

「私は―――まあこのエプロン見ればわかりますね。

麻帆良商店街「まほら書店」に勤務している迷子あちらです」

 

 

私は白々しくも先生だったんですね、若いのに立派だと褒めると、何故かどよーんとまた落ち込んでしまった。

―――思っていたよりも結構根が深いようだ。

 

 

 

・・・?

何かおかしい。聞いていた彼の人物像と少し違うような……?

 

千雨さんに騒動の顛末は聞いていたが、ここまで落ち込んでいるというのは予想外だった。

聞いた話では三学期に彼は何度か失敗を重ねてきている。授業にドッチ、期末テスト……。

つまり悪く言えば、失敗に慣れている。

しかし、それを良しとせず持ち前のポジティブさ、千雨に言わせると能天気さで失敗を乗り超えていると聞いていた。

いままで彼がそれを表に出さず、腹に溜め込んでいた可能性はあるが、今話してみて彼にそういう腹芸は無理そうだ。

 

 

そこまで今回の事がショックだったということか?

それもあるだろうが……これは―――

 

 

 

―――これは誰かに相当怒られたな。

 

話に聞く同室の神楽坂明日菜、もしくは副担任のフェルナンド、或いはその両方に。

 

 

そしてぽつぽつとネギ少年は語り始めた。

 

自分の担当する生徒がクラスから浮いていること。

それが心配だったこと。

その生徒がクラスにもっと馴染める様に宴会に連れ出したこと。

そこでその生徒に恥をかかせて怒らしてしまったこと。

そして生徒や副担任にとても怒られたこと。

 

 

私にとってはすでにその被害者から聞かされた内容であったが、この子供先生の落ち込みっぷりには推測が正しかったと納得がいった。

 

話していてその時の事を思い出したのか、また暗い雰囲気になり始めた。

 

私はネギ少年を慰めるように……

 

 

「それは怒りますね」

 

「はぅ!?」

 

「そのフェルナンド先生の言うことも間違ってません。思慮が足りなかったですね」

 

「げふっ!?」

 

「まぁそれはあなたが短慮で未熟だったという事で」

 

「ひぎぃ!?」

 

 

追い討ちをかけた。甘い言葉をかけるとでも?それこそ甘いぜ!!

 

―――実はあちらも千雨の事でちょっとだけ怒っていたのだ。友達だし。

 

精神的追い討ちによりネギが新たな世界の扉を開く寸前で

 

 

「それでもその気持ちを忘れずにいれば、あなたはきっと良い先生になれますよ。」

 

「ぁん・・・え?」

 

 

―――すこし遅かったか知れない。だが気にせず話を進める。

 

 

「ネギ君、君はまだ幼い」

 

「いくら君が天才でも、僅か10歳の君が3,4歳しか離れていない生徒たちを導いていくには圧倒的に経験が足りない。それはもちろん教師としてのもそうだし、対人関係の経験が」

 

「君の倍は年を取っていて経験のある先生でも、生徒にモノを教え導くというのに試行錯誤しているでしょうし、そこにゴールなんか無いし報われない事だってあるでしょう」

 

「だからネギ君」

 

 

私はネギ君の目を見て語りかける。

しっかりと視線を合わせ、ここに居合わせた大人として子供を導くように。

 

 

 

「まわりの先生方に相談すればいいんですよ」

 

 

 

ネギはぽけっとしてこちらを見上げている。

 

 

「あなたの苦労も心境も失敗も、先生方がすでに経験して下さっているでしょう。

彼らに経験談を聞いて回りなさい。教えを請うて回りなさい。

聞いた話を自分の中で整理して、自分が納得した答えを出して、それを基に行動なさい

 

……あなたは未熟だ。これからも失敗はあるでしょう。だがこれからがある。

自分の出した答えを基に行動すれば、少なくとも後悔はしなくなるでしょう」

 

 

ネギ少年は呆然とこちらの話を聞いていた。

やがて弱弱しくそれは教師の独善ではないんですか?と問いかけて来たが、私はそれを笑い飛ばした。

 

 

「教師なんて大なり小なり独善的なもんです」

 

 

こうだと決めたものを教える訳ですからね、と私は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教師なんて大なり小なり独善的なもんです」

 

 

そう言って目の前で愉快気に笑うあちらをぼーっと見ながらネギは考えていた。

もちろんこれはあちらの意見だ。全員の教師がこう考えている訳ではないことは分かっている。

しかしネギが衝撃を受けているのはその事ではなかった。

 

 

―――これが人に訊くということか。

 

 

彼自身は紛れも無い天才である。一を聞けば十を知る。

魔法学校でも図書館に通い続け、授業では習わないような高度な知識を独自に吸収し続けた。

 

それゆえに彼は人に物事を解らないから訊ねるという事をしたことが無かった。

 

問題が起こっても、いつも自分で解決できたし、しなければいけない。

 

そこは彼に両親がいない事も起因するのかも知れないが。

 

 

とにかく彼の固定観念を打ち崩したあちらの話はとても衝撃的だったという事だ。

 

衝撃に打ちのめされて未だショックから立ち戻れないネギに彼は言った。

 

 

「大丈夫。生徒を思い遣れるあなたはきっと良い先生になれますよ。

 

 

 

―――頑張ってください。ネギ・スプリングフィールド先生」

 

 

そう言って笑いながら自分の頭を撫でる姿に、なぜか一度しか会った事のない父が重なった。

人種も容姿も雰囲気も違うのに何故だろうと考え、すぐに答えが見つかった。

 

 

 

 

―――ああ、困った時に颯爽と現れ、悩みに一緒になって悩み、解決するその姿。

 

 

―――まるで正義の味方(お父さん)みたいだ……

 

 

 

 

 

 

この日、未来の英雄の雛はすこしだけ成長した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7.幕間:ある副担任の困惑

―――スザク・神薙・フォン・フェルナンド

 

新学期より麻帆良学園女子中等部3-Aの副担任に正式に就任。

年は17歳。ネギ・スプリングフィールドと同じくウェールズ出身。国籍は日本。

「フォン」の称号が付いているが、フェルナンドの姓が準貴族に列せられた記録は確認できず。

容姿は銀髪、金銀妖瞳《ヘテロクロミア》。

先天的な虹彩異色症、色素欠乏症を発症している。これによる視覚障害、皮膚疾患はなし。

……最終学歴不明。教員免許は恐らく未取得。

担当教科はなく、ネギ・スプリングフィールドの身辺補佐がメイン。

現在、女子寮管理人室に滞在中……と」

 

 

「突っ込み所が多すぎて逆に突っ込め無ぇよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ある副担任の困惑」

 

 

 

なぜいきなり千雨さんの副担任であるフェルナンド先生の個人情報を調べたのか。

発端はまた千雨さんの趣味にある。

 

今日は日曜日であるため、千雨さんは学園都市の外に買い物に行った。

私はバイトがあったのでついて行かなかったが、外のご贔屓の店に新作コスプレ用の生地を買いに行ったそうだ。いつもはネットとかだが特別に譲ってもらった物らしく、お礼も兼ねて直接取りに行ったそうだ。

目当ての物が手に入り上機嫌で麻帆良に帰ってきたが、麻帆良の駅前で人に盛大にぶつかってしまったそうだ。

 

 

・・・ここまで来るとぶつかった相手は検討も付きそうだが、そう我等が副担任フェルナンド様である。

 

辺りに散らばった荷物を拾い集め早く立ち去ろうとしたが、やけに馴れ馴れしいフェルナンド先生(本人はスザクと呼んで良いと言われたらしい)が執拗に一緒に帰ろうと誘ってきたので、断るのも面倒になって来て了承したそうだ。

適当に話を合わせつつ、やっと寮が見えて来た所で我等が副担任(フェルナンド)は爆弾を落とした。

 

 

 

―――そういえばさっきの奴、ホームページ更新のコスプレ用の生地?

 

 

 

後はもう分かるだろうが、顔を青くした千雨さんはその場を脱兎の如く逃げ出して、すぐに我が家に駆け込み彼の口封じのための殺害依頼をしてきた。

私にフェルナンド先生を海に沈めるつもりが無いと分かると、今度は持ち前の情報処理技術でもってスザク・神薙・フォン・フェルナンドの個人情報をそれはクレジット履歴からレンタルビデオ屋の会員番号までつぶさにハッキング……もとい調べ上げた。

 

おそらく握られた弱みに匹敵するような相手の弱みを握ってやろうという魂胆なんだろうが……。

 

この娘のこういう行動力やスキルは流石麻帆良だなぁと感心するのだが、それを言うと彼女の目が空ろになって暫らく帰ってこないので本人には言わない。

 

彼女が鬼気迫る感じでキーボードを叩いている間、確認のためにこの間茶飲み友達になったネギにメールを送った。しばらくして返信が返ってきた。

フェルナンド先生にホームページの話はした事は無い様だ。

彼も今厄介事に巻き混まれているらしく、それが片付けばお茶でも飲もうと約束をする。

 

 

そうして千雨さんが情報処理技術を裏表関係なく、フルに活用して調べたのが先程の個人情報だという訳だ。

 

そう、これだけ。

 

 

たったこれだけなのだ。

 

 

少なすぎる。

本人の戸籍はあったが、見る人が見れば明らかに偽造。

あんなに目立つ容貌なのに、六年前以前の足取りはぱったりと掴めない。

 

 

「ネギ君の補佐や管理人をしているんです。

こっち側の人間だとは思っていましたが、ここまで見事に痕跡を残さないとは。

その道のプロでしょうか?それにしては・・・妙ですね」

 

 

私の独り言に千雨さんが反応した。

 

 

「確かに妙だな。

ここまで綺麗に自分の痕跡を消せる奴が、六年前から急にそれを辞めちまった。

しかも作られた戸籍もお粗末なもんだ。何か裏でもあんのかと疑っちまう。

 

まるで頭の悪そうなライトノベルの設定(・・)読んでる気分だぜ」

 

「……」

 

 

スザク・神薙・フォン・フェルナンドの足跡は六年前から始まる。

 

 

 

―――まるで突然、この世界に現れたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――どうも上手くいかない。こんなはずじゃないのに。

 

スザク・神薙・フォン・フェルナンドは困惑していた。いや苛立っていたといってもいい。

 

 

彼は所謂転生者、トリッパーと言ってもいい存在である。

 

日々を鬱屈して生きていた彼は自称・神様とかいう幼女の「ごめーん、ヤッチャッタ。てへ☆」という手違いであっけなくその生を終えた。

お詫びにどこでも好きな世界に、好きな能力を与えて行かせてあげると言われ是が非も無く了承した。

 

 

その時の彼の脳裏には彼が良く巡回していたネットのSS投稿掲示板での、魅力的なヒロイン達に囲まれたオリジナル主人公の華やかで心躍る活躍が浮かんでいた。

 

 

 

―――俺もあんな風に

 

 

 

早速彼は魅力的なヒロイン達が多い、魔法先生ネギま!の世界へ行くことを希望した。魔法世界の帝国と連合との戦争は良く覚えていなかったのでネギの村が襲われる夜を指定した。

 

彼は以前自身が考えていたSSの主人公の容姿を望み、望めばいつでも死ねる不老不死の膨大な魔力を持つ吸血鬼してもらった。もちろん弱点などすべて無効で。さすがに完全無欠だと面白くないからとトマトが嫌いという弱点をつけた。

 

次に能力はまず直死の魔眼に、絶対尊守のギアス、エミヤシロウの固有結界にインテリジェンスデバイスのバルディッシュ、さらには境界を操る程度の能力とネテロ会長の感謝の正拳突きと念能力、ギルガメッシュの黄金率とゲート・オブ・バビロンを貰った。

 

貰うものを貰って気が大きくなったのか、いざ出発という段になっててめぇ幼女覚えてろという捨て台詞を吐いて彼はその世界に堕ちて行った。

 

 

降り立った場所は指定されたネギが住んでいるウェールズの山村のはずれ。

そして今まさに悪魔の襲撃を受けているところだった。

 

意気揚々とこれから俺が奴らを救ってやるぜと村に向かおうとしたが、ここまで聞こえてくると人々の悲鳴と悪魔の人を不快にさせる悪意ある嘲笑に気分が悪くなり、後で助ければよいかとナギが来るまでここで待っていることにした。

 

しばらくして村から山に向かって光の奔流が迸り、事態が終息しつつあるのを知った。

気分も良くなり、これからの思案を巡らせていると、向こうから人影が見えた。

 

スザクはすぐにそこに向かい助けに来たと言った。偶然通りがかり助けに来たが間に合わなかったと。

初めは警戒していたナギもネカネの石化を破戒すべき全ての苻(ルールブレイカー)で解除すると、取り合えず敵ではないと分かったのだろう。警戒を解き時間が惜しいとネギと話しを始めた。

 

 

 

 

それからは別に語ることは無い。

ナギは去り、ネギは杖を託された。

 

 

 

 

村の異常を察した救援隊がやって来る前に、スザクは直死の魔眼で村人全員の石化を殺して周り、助けた村人にこの事を他言無用とした。

原作や他のSSを読む限りメガロメセンブリア元老院と関わりを持ちたくなかったからである。

村人達も恩人がそう言うならとこの事は自分の胸にしまい込んだ。

 

余談ではあるが悪魔を送り込んだ犯人(メガロメセンブリア)は石化した者が一人も居ないことに疑問を持ち、突然村に現れたスザクに当然疑いを持つのだが幸か不幸かそれを彼は知らなかった。

 

戸籍や衣食住がないというスザクに村人達はそれらを彼に与え、彼もそれを当然のように受け取った。

ネギやネカネが魔法学校のある街に移り住む事になった時、彼はそれについて行くと言い張った。

村人達は当然それに困惑したが、何か考えがあるのだろうそれを認めた。

 

 

別に彼に深い考えが有った訳ではない。

ただネギが麻帆良学園に行くのに置いて行かれてはたまらないと考えていただけだ。

 

 

彼にとって今の時期、この場所は原作開始までの準備期間だ。

SSにするとプロローグ以前の話だ。さっさと飛ばしても問題が無い。

原作に絵も載らない様なモブな脇役達とこの自分が仲良くするなんて欠片も思っていなかった。

 

当然そのような考えは彼の態度にそれとなく表れ、ネギやネカネなどのような余り人を疑う様な事を知らない人々以外には敬遠されていた。

 

 

 

 

 

 

彼の最大の不幸は、ここはフィクション/マンガの世界であるという認識を崩さなかった事だろう。

 

 

 

 

 

ある図書館の司書は言っていた。

これは本という形態を取っているが、そこは生きた人々が存在する一つの世界である。

 

 

ここを原作(フィクション)だと考え、そこに住む人々が血の通った喜怒哀楽のある人間だと彼は解ったつもりでいて、本当の意味で理解していなかった。

 

 

 

 

もし彼が何事も上手くいかないと感じているならば、そこが一番の原因だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう新学年だってのに、全然考えていたのと違う―――ッ!」

 

 

あのネギに付いて来て麻帆良学園に来ることが出来たのは良い。

今まで助けてやった恩や、俺の実力を見せ付けて3-Aの副担任に就任できたのも当然だ。

ちょっと汚いが学園長にギアスを掛けて女子寮の管理人になれたのも大体計画通りだ。

 

ここまで来ればモデルも逃げ出すような絶世の美貌を持つ俺だ。

3-A生徒の二、三人すぐに俺に惚れるだろう。そうすれば可愛いヒロインに囲まれた楽しい教師生活が待っているに違いないと思っていた。確信していた。

 

 

なのに現実はどうだ。

 

 

未だに告白イベントは起きず、今の千雨においては逃げ出す始末。

千雨は最も好きなヒロインの一人であるため、絶対確保しておきたかったのだ。

この間のHPばれイベントでは毅然とした態度でネギを批判し、千雨の好感度を稼いだはずだ。

さっきも帰りの道中もフラグを立てようとずっと千雨に向かって銀髪オッドアイの美貌をもって微笑みかけ続けても、顔を赤らめる所か興味も無さそうな感じだった。

 

 

 

好きなヒロインの一人であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルにもフラグを立てようと『桜通りの吸血鬼』イベントにも介入しようとした。

 

介入の切っ掛けとして絡繰茶々丸襲撃を直前で阻止しようとし、ネギと明日菜の後を尾行してみたが、カモミールから襲撃案が出されても何故かネギはそれを断固として良しとせずイベントは発生しなかった。

 

 

本屋店員がアドバイスした事をネギが実践し、ネギの中で明確な教師像が出来ていた事が襲撃案を認めなかった要因となったのだが、そんな事は彼は知らない。

ただ原作と違う事態に混乱するだけだった。

 

 

―――ちなみにネギに経験談を求められた新田先生や高畑先生などは、ネギの教師としての成長に喜びその夜飲み明かした。

 

 

 

 

業を煮やし、今度はエヴァンジェリンに直接交渉に赴いた。

交渉カードは「ナギ・スプリングフィールドの生存」、「学園都市結界のからくり」、「登校地獄の解呪」。

 

しかし、流石600年を生きる老獪な吸血鬼か。

交渉などおこがましいとばかりに気が付けば情報を全部巻き上げられた挙句、

 

 

「登校地獄を解呪してやってもいい」

 

「貴様!この闇の福音に情けを掛けるつもりか!!」

 

 

愚弄するなとログハウスから叩き出され、

 

 

「貴様、大停電の夜覚えていろよ。貴様を屈服させてから手段を聞き出してやるからな」

 

 

いらないフラグまで立ってしまった。

 

 

「なにか上手くいかない原因があるはずだ・・・。そうじゃなければおかしい」

 

 

 

何がおかしい?

 

 

時期か?

 

 

必須イベントが足りないのか?

 

 

それともまさか他にも転生者がいるのか?

 

 

存在しない答えを求め、彼は考え続ける。

 

 

「・・・そうさ。

それさえ解決してしまえば彼女達も俺に振り向く。

これは分岐イベントなんだ。

 

 

 

なんてったって俺は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8.幕間:司書とカミサマ

「確かに妙だな。

ここまで綺麗に自分の痕跡を消せる奴が、六年前から急にそれを辞めちまった。

しかも作られた戸籍もお粗末なもんだ。何か裏でもあんのかと疑っちまう。

 

まるで出来の悪いライトノベルの設定(・・)読んでる気分だぜ」

 

「・・・」

 

 

実はあちらにはこういった存在に心当たりがあった。

その存在には大まかに次の様な特徴がある。

 

 

―――様々な規格外の能力や技能を持ち、大抵は美しい造形を持っている。

 

―――まるで未来を知っているかの様に、問題の発生を事前に阻止又は対処を行う。

 

―――ある特定個人の詳細な、稀に本人自身が知らないようなプロフィールを把握している。

 

 

スザク・神薙・フォン・フェルナンドはもしかするとこれに該当するのではないか?

情報が少なすぎて断定は出来ないが、もしそうだとするとこれ以上の深入りは危険だ。

もしフェルナンド先生がそう(・・)だとしたらどんな規格外の能力を持っているのか想像もつかない。

 

 

私を害そうとしても所詮世界の外側の人間だ。

いざとなれば周囲に被害が及ぶ前に逃げればいいが、千雨さんはこの世界のしかも表の人間だ。

彼の正体に疑問を持ち身辺を漁っていると知れば、未来情報保持のために洗脳やギアスといった強行手段もありえる。

 

―――まぁそんな突拍子も無いことをする輩はごく稀だ。

 

実際に今まで何人かに会って来たが、大体はちょっと過激だが普通?の人達だ。

藪を突かない限り、彼と敵対なんて事態はそうそう起こらないだろう。

 

 

ハァ・・・とあちらは心底疲れた様な溜め息をついた。

 

 

いったいどこのカミサマ(・・・・)だ。こんなめんどくさい事を仕出かしてくれた奴は。

 

 

この世界に来る前に厚木さんが仕事が急に増えたとか言っていたが、原因はこれか。

 

 

まあいい。(セカイ)の保全と管理は司書のお仕事だ。

カミサマは厚木さんが対処している事だろう。

取り合えず千雨さんになんとかこの件から手を引くよう説得しないと。

 

とっておきの栗羊羹と玉露で機嫌が直るといいんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「司書とカミサマ」

 

 

 

 

 

―――ある図書館世界、「あっち」方面書架群

 

 

 

 

「し・ご・と・が・お・わ・ら・な・いッ!!!」

 

 

うがーと吼え猛る一人の司書がいた。

 

体をすっぽりと覆った、作業には不向きそうな、気のせいか裾がうねうね蠢いている闇色のローブ。

頭には魔女が被っていそうな、同じく闇色のとんがり三角帽子を被っている。

 

また此処とは別の図書館世界(おはなし)を管理している友人から貰ったその衣装は、見た目と違いとても便利な機能がついている。

 

 

「もう全然眠れないしせっかくあちらさんが来たのにお茶は出来なかったし怖がらせちゃったし・・・

 

・・・くくく、見つけたらタダではおきません」

 

 

目の下に隈を作り、壮絶なオーラを発しているのは、あちらに厚木と呼ばれている司書だった。

厚木が不眠不休で作業に明け暮れているのには理由があった。

 

 

 

 

―――(セカイ)が勝手に増えていくのである。

 

 

 

いや、確かに本は増える。それも際限なく無限に。

 

人々の心に浮かび上がった物語の数だけ世界は生まれ、さらに派生して進化し、さらに分岐する。

そしてその数だけ本が生れ落ち、この図書館に収納されるのである。

 

 

しかし逆を言えば、人が居なければ世界は増えない。

 

無限ともいえる蔵書を管理する司書は、その因果を操作して本の現出スピードをコントロールし、世界を本棚に整理整頓していくのだ。

 

 

 

だが、その制御下に無い本の現出が確認された。それも加速度的に増加している。

 

ある例外を除いて、司書はどのような理由であっても(セカイ)を破棄出来ない。

例え自分の制御下に無い本が現れたとしても、本として形になった以上管理する責任があるのだ。

 

 

なので厚木は通常業務に加え、イレギュラーで発生した本の整理とその原因究明に追われたいたのであった。

しかし原因究明といっても原因はすぐに判明した。

 

 

 

所謂、「カミサマ」の仕業だ。

 

 

そもそも「カミ」とは何か。

 

これは言葉通りの神の事ではなく、図書館の蔵書が長年の時間を掛けて力を溜め込み、意識に目覚めて擬人化もしくは精霊化した存在の事である。

 

ここまでなら、問題はない。

精霊化した本はかなりの数存在し珍しくは無い。図書館員として働いている本もいる。

 

問題なのは、自分自身の内容(ストーリー)に影響を受け、錯乱して共喰いを始めた本だ。

 

これは不味い。

 

早期に発見して処理しなければ、他の(セカイ)を危険に晒し、図書館としての業務にも支障を来しかねない。

 

共喰いを始めた本は、喰った本の影響を受けて内容物(ストーリー)が混ざり合ってしまう。

自身の世界観が破壊され、ごちゃごちゃに狂って正常な思考は出来ないが、世界を喰った事により力は増す。

発見して処理しようにも、奴らは逃げ足が速くて中々捕まらない。

 

 

今も逃げ回っている本は少数存在する。

しかし最近、その本たちの間で流行っている事がある。

 

 

―――神様を気取って、他の(セカイ)から登場人物(じゅうにん)を剥ぎ取り、その登場人物にあれこれ設定を付け足して他の(セカイ)堕とすのだ(転生させるのだ)

 

 

何が目的かよく分からないのだが、恐らくその本の内容が引っ掻き回されるのが楽しいのだろう。

悪趣味なことだが、もっともその所為で新しい分岐した世界が生まれるのだから皮肉な話だ。

 

 

厚木にしてみればそれで眠れないのだからいい迷惑だが。

 

長くなったが、その様な行いをする本を「紙の本が神様の真似事をしている」という皮肉をこめて”カミサマ”と呼んでいるのだ。

 

 

 

 

 

今、厚木はその睡眠不足その他の元凶となったカミサマを探して書架群を飛び回っていた。

闇色に蠢くローブの裾の繊維を解き、辺りの本棚に蜘蛛の糸のように通していく。

そこを通して本棚に精査術式を走らせ、異常が無ければ次の場所へ。

一度に五キロ四方を精査しても地平の先まで本棚があるので、一向に作業が進んだ気がしなかった。

 

 

その時、術式が一つの本棚に異常を感知した。

 

示す異常は「書籍の書架配置ミス」

 

本来そこにあるはずの無い番号の書籍がその本棚にある。

 

 

……ビンゴだ。

 

 

「見つけたぁ!!」

 

 

厚木は音を置き去り、森のような本棚を抜けてその問題の本棚に急行すると、あわてた様子の幼女が逃げようとする所だった。

 

 

「マテや、私の睡眠時間!!」

 

 

厚木はそばにあった本棚から本を引っ張り出すと、その幼女目掛けてブン投げた。

高速回転した本は運悪く(運良く?)幼女の後頭部に突き刺さり、幼女はぐぇと奇声を上げて倒れこんだ。

 

 

「よぅカミサマァ。会いたかったぜぇぇぇえぇ?散々引っ掻き回してくれたなァああ?」

 

 

興奮の余り口調が変わってしまっている。

目線はとんがり帽子の影に隠れ、ただただ真っ赤な三日月が顔の下に張り付いている。

 

精霊化したとはいえたかが本が、それを管理する司書に敵う筈もない。

カミサマである幼女はただ司書の発する恐怖と、これから自身に訪れるであろう本としての潜在的な危機にただただ震えていた。

 

 

「”神様ごっこ”は楽しかったか?ん?

無邪気にも転生だとかはしゃいでいる哀れな人間達が、与えられた力や環境に酔い痴れて破滅していく様を見るのは。

 

……まァ処分を言い渡す。いくら頭が狂って分けわかんなくなっても、世界が幾つか喰われたのは間違いない。

 

 

―――おまえは書き直し(・・・・)の後、禁書庫行きだ。

 

頭ん中ァはっきりさせて反省して来い」

 

 

 

 

―――書き直し

 

図書館内規の中で三番目に重い処分だ。

カミサマは自分がまったくの違う存在に"書き換えられて"しまう恐怖に悲鳴を上げ逃走しようとした。

 

しかし闇色のローブが一斉に解れ、カミサマに覆いかぶさって悲鳴を消していく。

すると覆いかぶさった後にはもうカミサマは居らず、闇色のバンドで固定された一冊の本が転がっているだけだった。

 

 

それを白いブラウスと紺のパンツを着た女性(・・)が拾い上げた。

とんがり帽子を小脇にかかえ、金糸のような髪をかき上げ溜め息をついた。

 

 

「・・・疲れました。」

 

 

とりあえずこれ以上問題が増えることは無いだろう。

これでこの問題が解決した訳ではない。

やる事は無数にある。

この件の報告書を纏め上げ、喰われた本はバックアップからもう一度手で書き直さなくてはならないし、このカミサマも共食いした異常個所を修正して以前の状態に修復し、地下書庫に戻さなくてはならない。

 

ああ引き剥がされた登場人物(じゅうにん)も探し出して元に・・・いや無理だな。

もう分岐した物語は始まってしまっている。その人はもう、そこの世界の登場人物(じゅうにん)として組み込まれてしまっている。

 

出来るとすればその人が元の世界に帰れたという物語(セカイ)を紡いであげる事だけか・・・。

何人かの人生が確実に狂ってしまった事実が重く圧し掛かる。

 

 

ふと先ほどブン投げた本に目が行った。

その分厚い本はページを開いた状態でそこに落ちていた。

なんとはなしにそのページの一文を読み上げる。

 

 

「……世界はこんなはずじゃなかった事ばかりだ、か。至言ですね。」

 

 

そして厚木―――彼女は投げた本を拾い上げ、元の本棚に戻してその場を去っていく。

 

 

 

 

 

後にはいつも通りの静寂が戻ってきた。

 

 

 

 

 



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9.ウェルカム・トゥ・ザ・ブラック・パレード

結果として言えば、あちらは千雨を説得する事に成功した。

 

未だにフェルナンドに対しての羞恥と怒りを持っていたが、彼女自身そこまで怒りを持続できるタイプではなく、あちらに感情的なままこの件に深入りする事の危険性を説かれ、渋々納得した。

 

ホームページがバレてしまった事は自分のセキュリティが甘さが原因だとも考え、フェルナンドに対して怒りを抱くのも見当違いだと考えたからだ。

 

だが、

 

 

「あんな誰が聞いてるか解らねぇ所で、聞く必要ねぇだろうが・・・!」

 

 

だがフェルナンドの無神経さに気分が悪いことには代わりはない。

多少理不尽と感じる人が居るかも知れないが、

 

 

「それはそれ。これはこれ。

納得した理性と乙女心とは違うもの。」

 

 

と完璧に反対意見を封殺されてしまった。

 

溜まった鬱憤を晴らすべく、あちらの出したとっておきの栗羊羹と玉露を千雨は食べ尽くした。

それでも気が治まらぬと、さらに千雨はあちらにイタリアンレストランのディナーを奢らせて、後日修学旅行用の買い物に付き合う事を約束させた。

 

眉間に寄っていた皺が消え、楽しそうに話をしながら夕食を食べる千雨を見て、あちらは一安心してテーブルワインを飲み干した。

 

 

……これでこの件は大丈夫だろう。

基本的にカミサマの被害者達(トリッパー)は堕とされた世界に愛情を持っており、そこの住人に無闇に危害を加えることはあまりしない。

ブッ飛んだ過激な連中もそれなりに居るが、今までの話を聞いている限りフェルナンド先生は大丈夫だろう。

千雨が大人しく気付かないフリをしていれば、彼にとって彼女は唯の一般人だ。

気にも留めないだろう。

 

給仕にテーブルワインのお替りを注文しながら、あちらは安心で緩んだ脳でどうでも良い事を考えていた。

 

 

千雨さん、明日は怖くて体重計乗れないだろーなー

 

正しく、その通りであったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そう、結果として言えば、あちらは千雨を説得する事に成功した。

 

 

 

 

 

だが、あちらは幾つか勘違いしている。

 

あちらが今まで本世界を旅している間に出会った被害者達(トリッパー)は理由は兎も角、悲劇の数を少なくし世界がより良くなる様に行動していた。

 

 

曰く、生き残るため。

曰く、あの人に死んで欲しくない。

曰く、なんとなく気に喰わない。

 

 

それがどんなに因果が重く、回避できない出来事でもだ。

それこそが被害者達(トリッパー)主人公(トリッパー)たる最大の所以である。

 

 

―――貴賎関係なく、常に世界を最善に導こうとする行動こそが人々を主人公にする。

 

 

つまりスザク・神薙・フォン・フェルナンドすでに資格を喪失していた。

あちらの知っている彼ら《トリッパー》とスザク・神薙・フォン・フェルナンドは一線を画していた。

 

 

―――スザク・神薙・フォン・フェルナンドは、自己の利益のために他者の悲劇を容認できる。

 

 

あちらが考えていた「彼らもしなかったから大丈夫だろう」「住人に無闇に危害を加えることはあまりしない」はただの妄想でしかなかった。

 

 

 

次にスザク・神薙・フォン・フェルナンドがすでに長谷川千雨に最大の関心を抱いている事である。

 

これもあちらには想像すらつかなかった。

コスプレが趣味で対人恐怖症気味のこの優しい少女が、この本(セカイ)の中心近くに立っているなんて事は。

しかも英雄の雛を導くという使命を持っているなんてオマケ付きで。

 

未来を知る者にとって、長谷川千雨が唯の一般人であるという主張は失笑モノだった。

普通を愛する千雨からすれば卒倒モノである。

 

 

一般人でありながら裏の世界に巻き込まれ、しかし自分の立ち位置を見失わず、前を見て英雄を導くその姿。

 

その姿は毅然として美しく、スザク・神薙・フォン・フェルナンドはその輝きを欲していた。

 

 

 

 

そしてこれが最大にして一番のあちらの誤算であるが、すでにスザク・神薙・フォン・フェルナンドが迷子あちらに敵愾心を持っていたことである。

 

 

うまく物事が進まない、妨害されている原因として、フェルナンドは第三者の介入という事態を考えていた。

まったく見当外れの解答であったが、この見当外れの答えを補強するような噂がクラスに流れた。

 

 

 

―――長谷川千雨に恋人が居る。

 

内容はこの間の日曜日にレストランで、長谷川が楽しそうに男と一緒にディナーを取っていたというだけだった。しかし早乙女ハルナや朝倉和美といった面々は「ラブ臭が!?」「スクープ!!」と騒ぎたて、次の日長谷川が登校してこなかった事も更に事態を煽った。

 

多くはあの長谷川千雨が・・・と思いつつもここ最近機嫌の良い長谷川を思い出し、唯の噂なら笑い話、本当なら祝福しようと考えていた。

 

 

しかしそうは受け取らない人間が一人居た。

 

本来、長谷川千雨に恋人が居るはずがないと知っている(・・・・・)スザク・神薙・フォン・フェルナンドである。

 

すぐにフェルナンドは校内の風紀を盾に朝倉和美に知っている情報の開示を迫り、朝倉和美はいつもとは様子の異なる副担任に疑問を持ちつつも当たり障りのない情報を教えた。

 

 

最近、長谷川は放課後になるとすぐに何処かに行ってしまう。

たまに二人で出掛けているのを見かけるらしい。

相手の男性は本屋の店員であるらしい。

 

 

聞けば聞くほど自分の考えが正しかった事が証明されていった。

朝倉和美にお礼を言った後、廊下を早足で歩きながらフェルナンドは考えを纏めていた。

 

 

やはり第三者の介入があったのか。

しかし相手は何者だ?

もしかして自分と同じトリッパーか?

それだと原作が始まって数ヶ月経つのに全く接触が無いのはおかしい。

 

・・・恐らく一般人のオリキャラだろう。

 

原作に関りたくない系のトリッパーとも考えられるが、そうだと千雨に関ったら意味が無い。

オリキャラの魔法関係者とも考えられるが、それなら商店街本屋の店員というのはおかしい。

いざという時、自由に身動きが取れない。

恐らく原作では描写すらなかったモブキャラが何かの間違いで千雨の恋人・・・いや、知り合いになったに違いない。

 

念のためにバルディッシュに命じて麻帆良の魔法関係者の名簿を洗い出させる。

結果はすぐに分かった。

 

 

 

「Not Found.」

 

「分かった・・・よく分かったよ。くくく。良い子だなバルディッシュは。ふふふ。」

 

 

こみ上げる笑い声が抑えられない。

周囲の生徒が不審そうこちらを見ている。

どうにか自分を落ち着け、爽やかな笑顔を浮かべる。

それだけで周りの生徒達は顔を赤らめた。

 

そうだ。こうでなくてはならない。

これまでがおかしかったのだ。

 

しかし問題は無い。

問題は原因を取り除けば(・・・・・)解決する。そうすれば彼女も目を覚ますだろう。

 

さてどうしたモノか。

しばらく考えて良い考えが浮かんだ。

 

 

「ふふふ、もうすぐ大停電の日だな。

 

・・・不用心に外を出歩けば危険だな。事故(・・)に遭うかも。怖い怖い。」

 

 

悪いがエヴァには残念だが踏み台になって貰おう。この間、俺の厚意を無碍にしたお仕置きだ。

千雨も少し怖い目に遭うだろうが、大丈夫、守ってやるよ。

ネギや明日菜は・・・ま、いいや。ついでだ。

死んだら原作知識が使えなくなるからな。

 

だが"そいつ"はいらない。わざわざ殺す気も無いが、タダで済ます気もない。

精々無様に足掻いて千雨に幻滅されるといい。

後の事は心配するな。彼女はちゃんと俺が幸せにしてやるからな。

 

 

 

グニャリと銀髪白貌、金銀妖瞳の美貌が歪む。

 

浮かんだ笑顔はとても愉快気に、とても醜悪に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ウェルカム・トゥ・ザ・ブラック・パレード」

 

 

 

 

 

「あたしに恋人だぁ!?」

 

 

学校を一日休んで登校した長谷川千雨を3-Aのクラスメイトは生暖かく迎えた。

登校してきた千雨に、朝倉和美はマイクを千雨に突きつけ開口一番に質問してきた。

千雨の周りには野次馬が出来、それ以外のクラスメイトたちも聞き耳を立てて興味津々である。

 

 

「なんで何所からそんな話が出てくるんだよ!」

 

「いやーそれがさー、柿崎があんたと男の人が楽しそうに食事してたって言うからさー。

 

それで次の日休んだってなったら、ヤッちゃったのかなって。ムフフ。」

 

 

それを聞いて千雨は後悔した。

 

あぁあんなに暴食するんじゃなかった。

日曜の夕食の後、千雨は食べ過ぎで体調を崩してしまっていたのだ。

その結果次の日の授業を休んでしまい、火に油をそそいでしまった、と。

 

 

「で、どうなの!?どういう関係なの!?出会いは!?きっかけは!?告白はどっちから!?初体験はどうだった!?よかった痛かった!?全部吐け、スクープ!!!」

 

「暴走するなバカ!あちらとは恋人じゃねーよ!!つーか朝倉、本音が出てるぞ!!!」

 

「嘘だ!千雨ちゃんからラブ臭が漂っているよ!!」

 

「てめーはしゃしゃり出て来て話をややこしくするんじゃねーよ!!」

 

「逃がさないわよ、次の私のマンガのネタ!!」

 

「てめーもか!?」

 

「でそのあちらさん?だっけ?どーいう関係なの!?

今まで欠片もそんな浮いた話がなかったちうちゃんに、一緒に食事をする親しい男が出来たってことは悪からずおもってるんでしょ!?」

 

「ギャー!てめーちうちゃん言うんじゃねぇ!!!つーかどこで知った!?

 

それにあちらは・・・あちらとは別に・・・・・・ッ!」

 

 

いやいやなぜそこで言葉に詰まるあたし!?

意味深過ぎるだろ!?

そもそもあちらは戸籍不明だし経歴不明だし出身不明だし年齢不明だしけど困ってるやつは何だかんだ理由付けながら助けるほどお人よしだし結構顔は悪くないって言うかまあ良いしあまり良くても他に女が寄ってきたらいやだしって何考えてるんだあたし!?

 

お、落ち着け。

 

 

「・・・あちらは恩人だ。それ以下でも以上でもない。」

 

 

心の機微を敏感に感じ取ったのか、朝倉と早乙女はニヤリと邪悪に笑い

 

 

「ホッホー?間が?気になるけどー?」

 

「ホッホー?今はー?」

 

「それでー?」

 

「誤魔化されてー?」

 

「「あげましょう。だってそっちの方がおいしい気がするから!!」」

 

「さっさと失せやがれ!見せもんじゃねぇぞ!?」

 

 

キャーとわざとらしい悲鳴を上げながら散り散りになっていく野次馬たち。

他のクラスメイトも今はまだ(・・・・)恋人ではないと納得したのか自分の席に戻っていく。

千雨も一気に体力の削られた体を引きずり自分の席に移動した。

隣の席の綾瀬のキラキラした好奇に満ちた視線を意図的に無視し、誰とも目が合わないよう黒板の端っこをひたすら凝視し続ける。

白髪の古い制服を着た、体の薄い女の子がこちらに手を振っていたのは気のせいだ。

 

・・・気のせいだっつてんだろ!

 

 

やっとホームルームの時間になり担任のネギが出席を取りに現われた。

なにやらマクダウェルを見て驚いている。どーでもいいが。

 

早く授業が始まらないかと、いつもは思わないことを考えていると点呼が千雨に回ってきた。

 

 

「長谷川千雨さん。はい、いますね。体調は大丈夫ですか?」

 

「はい、問題ないです。」

 

「それは良かったです。それと・・・」

 

 

瞬間、とても嫌な予感がした。いや、確信といってもいい。

 

 

「恋人ができたらしいですね!おめでとうございます!」

 

 

ガツンと机に額を打ち付けて、千雨は意識を夢の世界に飛ば(シャットダウン)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千雨が気が付くと既に放課後だった。

予想以上に威力が大きく、一日中伸びていたらしい。

痣になっていないのは不幸中の幸いか。

 

千雨が起きた事に気が付いたのか、まだ教室に残っていた朝倉が近寄ってきた。

朝の事を思い出し、千雨が身構えていると朝倉は手を振りながら苦笑した。

 

 

「もう今日は何も聞かないよ。」

 

「・・・今日”は”?」

 

「ま、細かい事は置いといて。フェルナンド先生が呼んでたよー。話があるって。」

 

 

朝倉が物を脇に除ける仕草をしながら千雨に告げる。

 

 

「フェルナンド先生が?なんで?」

 

 

一昨日あちらに口をすっぱくフェルナンド先生には関わるなと告げていた事を思い出した。

しかし、先生として呼び出されたら生徒に拒否権など存在するはずも無く。

学校では何も起こさないだろうと、仕方なしに机を片付け職員室に向かおうと

 

 

「ちうちゃん。気をつけなよ。」

 

 

朝倉に呼び止められた。

ちうちゃんと呼ぶなと怒鳴り返そうと朝倉の方を振り返り、

 

遊びが一切入ってない、真剣な表情をした朝倉を見て怒りは萎んで行った。

 

 

「・・・分かったよ。気をつけようもないが気をつける。」

 

 

千雨は停電前に帰れよーと朝倉にひらひらと手を振りながら職員室に歩み去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去っていった千雨の後姿を見送りながら、朝倉は考える。

 

どうしてあんな事をいったのか。

しばらく考えて思い当たる節が出てきた。

 

 

フェルナンド先生だ。

 

 

朝倉は今までパパラッチの名に恥じない、何人もの写真を撮ってきた。

その今まで積んできた経験が告げていた。

 

去年の三学期からこのクラスの副担任に就任した金銀妖瞳の青年。

いつも爽やかな笑顔を浮かべているフェルナンド先生の写真を撮るとき、なぜかまるで眉目秀麗なプラスチック製の人形を撮っているような感覚に襲われていた。

 

その彼が千雨の恋人疑惑の話が出た時、まるで別人のように人間味を出したのだ。

 

生徒に向ける感情にしては、やけにギラギラして生々しかったような――――

 

 

そこまで考えて朝倉は考えを打ち消した。

いくらなんでも下衆の勘繰りだ。それはジャーナリストがすべき事じゃない。

 

 

彼女の行き先は職員室。大丈夫だ、問題ない。

 

こんな気分にさせた罰だ。明日になればまた千雨をからかってやろう。

 

 

朝倉は気分を切り替え、停電用のろうそくを買い足すために商店街へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な思惑が絡み合った黒い夜の帳が遂に下り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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10.ザ・ブラック・パレード

「―――こちらは放送部です…。これより学園内は―――」

 

 

大停電を知らせるアナウンスが麻帆良学園全体に鳴り響く。

ほぼ同時刻に麻帆良を照らしていた光は消え去った。

いつも暖かな様子の街は冷えた闇黒に沈み、人々が小さな灯りで闇夜を照らすが、それはあまりに儚く今にも闇夜に呑まれてしまいそうだ。

学生たちは普段とは雰囲気の異なる街の様子に、内心怯えながらも軽口をたたき合いながら部屋に引き篭もり、いつもの麻帆良が戻ってくるのをじっと待った。

 

 

―――そしてそれは最も正しい選択だ。

 

 

これからは麻帆良は魔法使い同士の決闘の場と化す。

 

主役はまだ未熟な魔法使いにして未来の英雄の雛鳥。

それに対するは、稀代の魔法使いにして悪の吸血鬼。

 

 

街に住む他の魔法使いたちは息を潜めてその舞台を見守る。

これは未来の英雄に対する試練であると。

多少独善的ではあるが、それほど正義を目指す魔法使いたちにとって過去の英雄(スプリングフィールド)の名は目を晦ませるほどに眩し過ぎる。

決してその場を乱さぬよう、静かに速やかに麻帆良に侵入してくる無粋な輩を排除する。

 

 

そして独自の筋書きを描いて、その舞台を都合の良い様に改変しようとする者。

彼の暗躍はいまだ誰にも気づかれず着々と進行していた。

彼はこれからの起こるであろう出来事、そして未来を想像して喜悦の表情を漏らす。

 

 

 

ただ今は本屋店員である司書見習いだけが、これから起こるであろう出来事を知らなかった。

 

 

しかし諸君、何も心配する必要は無い。

 

 

 

―――彼はあと数刻もしない内に、それらの渦中に放り込まれる事になるのだから。

 

 

 

奇しくも彼女からの着信を合図に、魔法使い達の夜は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ザ・ブラック・パレード」

 

 

 

 

「今から11時に麻帆良大橋にですか?」

 

『ああ、頼むよ。大事な話があるんだ…。』

 

 

いつもと比べ少し眠たげな声で千雨さんが電話を掛けてきた。それに若干の違和感を感じつつ了承する。

 

 

「別に構いませんが。…何か大丈夫ですか?眠そうですが。」

 

『…ああ、大丈夫だ。では11時に麻帆良大橋で。』

 

 

言うだけ言うとブツッと通話が切られる。

 

やはりいつもと雰囲気が違うな。

 

長谷川千雨という少女は口こそ悪いが、普段は礼儀正しい少女だ。

自分から仕事中に電話を掛けてきて、用件を言うだけ言って挨拶もなしに通話を切るなど、彼女らしくない。

11時に寮の門限を破ってまでしなければならない大事な用事なのか。

 

先日、あれほど軽挙妄動は慎む様に言ったばかりである。

にも拘らず、学園中が停電している日に?麻帆良の端っこの麻帆良大橋まで?夜中の23時に?

 

・・・めちゃくちゃ怪し過ぎる。

 

しかしあちらに行かないという選択肢はない。

あの電話の声は間違いなく千雨さんの声だった。

 

 

昨日の今日でもう何か厄介な事に巻き込まれたのか?

確かに今日は学園都市全体が停電しているから、不埒な輩が不穏な事を考えないとも限らないが。

 

しかし、なぜ私を指名する?

ここでは大人しくしていたし、第一私の素性を知っている筈が無い。

 

 

…考えすぎか?

千雨さんが普通に大事な話をするために呼び出した可能性もある。

さっきの電話はイラついていたから?

 

 

情報が少なすぎる。

 

もし何かの罠だったとしても、千雨さんの身柄は少なくとも自分に敵意のある人間の下にあるという事になる。

 

そんな事は許容出来ない。

長谷川千雨は自分にとって掛け買いのない友人だ。

ならば自分は死力を尽くして彼女を取り戻そう。

 

何にもなかったら笑い話で済む話だ。一応準備はしておくか。

 

 

「はぁ結局ここでもドンパチか…。ここでは平和に過ごせると思ってたのに。」

 

 

彼はボヤキながら店長に早退する旨を告げ、部屋に戻るなり押入れからトランクを引っ張り出した。

彼が何かを唱えるとばかんとトランクが開く。

 

そこには銀製のナイフや型落ちした古い拳銃、半ば折れた剣みたいなモノや禍々しい気配を放つナニカの皮で装飾された本、そもそもの用途が良く判らない物までぎっしりと詰まっていた。明らかにトランクの容積と中身の量が釣り合っていない。

あちらはトランクの底の方から茶色いコートを引っ張り出すと、しばらくそれを眺めさっと羽織った。

宝石を幾つかポケットに入れると、彼はトランクを閉じて封を施し、押入れに蹴り入れた。

その光景を、あちらにトランクを贈った瀟洒なメイドが見たら大層お怒りになるに違いない。

 

 

「ふぅ、さて往くか。」

 

 

約束の時間までいくらかの時間がある。

使わないに越した事はないが、年の為に保険を打っておくか。

 

 

迷子あちらが表舞台に立つまであと少しの時間があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらの主役たちの舞台も佳境に入りつつあった。

 

 

「アハハハ!ほんとうによくやるじゃないか、あのぼーや!!」

 

「マスター、残り時間に御注意を。停電復旧まであと72分21秒です。」

 

「わかっている。そろそろ決着をつけてやろう!!」

 

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは上機嫌だった。

久々の魔力全開状態でそれに伴う開放感と全能感に気分が高揚していたというのもあるがそれだけでない。

 

ぼーやと戯れるのが楽しくて仕方ない。

 

最初は忌々しくも愛しいあの男の息子ということで、唯の甘ったれなら死ぬまで血を吸ってやろうと半ば八つ当たり気味に考えていた。

実際初めての戦闘では体液を搾り取る寸前まで行った。

しかしあのぼーやは意外な善戦を見せ、拘束された後でも気丈に涙を見せる事無く、足を震わせながらも歯を食いしばって立ち向かってきた。

 

そしてその結果、神楽坂明日菜が間に合った。

 

初めて麻帆良に来た時に比べ、精神的に成長している様だった。

良い出会いが麻帆良であったのだろう。

 

つい先日も風邪で休んでいる私の家を訪問してきて見舞いだとぬかしおった。

 

おまけにしっかりと私の目(・・・)を見て、私に対して授業に出ろとまで言ってきた。

 

 

 

―――ついこの間、殺意を持って自分を殺そう(・・・・・)とした相手に向かって!

 

 

―――10歳の見習い魔法使い(ひよっこ)が!この闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)に!!

 

 

 

あまりの衝撃にしばらく呆然としてしまったが、心底愉快になって、数年振りに涙を浮かべて大笑いしてしまった。

 

 

間違いない。

 

 

《闇の福音》エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが保障しよう。

 

 

―――この馬鹿はあの大馬鹿者(ナギ)の息子だ!

 

 

少し前に来た愚か者の所為で悪かった機嫌も良くなっていく。

この時点でもう私にはぼーやを殺す積もりが無くなっていた。

 

ただネギ・スプリングフィールドに興味が涌いた。

 

 

この闇の福音を麻帆良の魔法使いどもが出汁に使おうと画策しているのは知っていたが、もうそんなのは関係ない。興味がない。

 

 

ただただ私はお前に興味がある!

 

あの15年の窮屈で退屈な日々も、この日の為のスパイスならば悪くない!!

 

 

さぁ私にもっと魅せて見ろ。

 

これが貴様の限界ではないはずだ!ネギ・スプリングフィールド!!

 

 

「『こおる大地』!!!」

 

 

麻帆良大橋のすれすれ低空を飛んでいたぼーやを、地表に生やした巨大な氷柱で叩き落す。

ぼーやは地面に叩き付けられて動けないのか蹲っている。

ん?ここは…

 

 

「なるほどな。この橋は学園都市の端だ。私は呪いで外に出られん。」

 

 

私は自分自身が思ってもいない事をぼーやに問い掛ける。

 

 

「ピンチになれば外へ逃げればいい…か?意外にせこいじゃないか、先生?」

 

 

何故ならぼーやは傷だらけで倒れ伏しながらも、眼は未だに諦めていなかった。

 

 

「これで決着だ。ふふ。」

 

 

さぁお前の誘いに乗ってやる。

乗った上でその思惑を食い破り、お前を屈服させてやろう。

 

エヴァンジェリンがその一歩を踏み出した瞬間、足元で魔方陣が発動し捕縛結界が吸血鬼とその従者を縛り上げた。

 

 

「な…ッ!?」

 

「……!」

 

 

エヴァンジェリンは発動する寸前まで感知できなかった結界の隠密性と、そこに彼女たちを自然に誘導した手並に驚愕した。

 

おまけに発動している捕縛結界は対象の魔力を吸い取ってより強固になる種類のものだ。

性悪な事に結界を解除しようとすると、術式自体がころころと入れ替わる。これでは時間を掛けて共通解を探すか、一気にすべての式を解くしかない。

 

たかが魔法学校を卒業した見習い程度に構築できる代物ではない。

 

 

「ふふ…はははは、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

さすが、さすがだ。ネギ・スプリングフィールド。

まさかここまでとは思わなかったぞ。

 

だが悲しいかな。

 

お前の敗因は従者の存在を盾ぐらいにしか思わなかったことだ。

 

 

「茶々丸。」

 

「ハイ、マスター。」

 

 

作動音の後、捕縛結界は一気にすべての式の解を暴かれて砕け散った。

 

 

「え?…ッ!! ラス・テルッ!?」

 

 

ネギは最後の勝機があっさりと消失してしまったため、一瞬呆然としてしまった。

それは百戦錬磨の吸血鬼の前では致命的な隙であり、気がついた時にはあっさり杖を奪われて拘束されてしまった。

 

ネギは魔法発動体を奪われ、糸で全身を拘束された。

エヴァンジェリンはネギに馬乗りになり、顔を近づけ耳元で囁く。

 

 

「今日はよくやったよ、ぼーや。だが一人で来たのは無謀だったな。」

 

「これはエヴァンジェリンさんとボクの問題です!生徒の明日菜さんを危険な目に晒せません!!」

 

「…そうか。そこまで言うなら何も言うまい。

さて勝利の美酒は勝利者の権利。そして私は悪い吸血鬼だ。

 

 

―――血を、吸わせてもらおうか。」

 

「うううぅ…」

 

 

やはり怖いものは怖いのか、ネギはギュッと目を瞑った。

 

 

…ほぼ半裸の金髪美幼女が、縛られた涙目の美少年に、馬乗りになって首元に口を寄せている。

 

 

なにやら背徳的で淫靡な雰囲気が周辺に満ち始めた。

茶々丸は後ろで録画機能を全開にしながらも、止めるべきかおろおろしている。

 

正史では神楽坂明日菜とアルベール・カモミールが救援に駆けつけて来たが、彼らはまだ来ない。

いや来れないと言うのが正しいが。

 

 

あわやネギの貞操は停電中の橋の上という、ムードもへったくれもない場所で散らしてしまうのかというまさにその時。

 

 

麻帆良大橋を支える主塔の陰から一つの人影が出てきた。

人影は睦み合っている様にしか見えないネギ達の方を見て一言呟いた。

 

 

「あ―…あまり母体が出来ていない内は、避妊した方が無難ですよ?

ていうかネギ君、10才ですよね?アレ(・・)は通ってるんですか?」

 

「普通、そっちですか?」

 

 

ネギとエヴァンジェリンが突然現れた人影とその台詞の内容の最低さに唖然としている中、茶々丸は人生?で初めて赤の他人につっこんだ。

 

ようやく冷静になったネギが聞き覚えのある声の人影に問い掛ける。

 

 

「あ、あちらさん?」

 

「はい、あなたのメル友、迷子あちらですよ。」

 

 

本屋店員はいつもと変わらぬ様子でそれを肯定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

麻帆良大橋を支える主塔の陰から出て来たあちらは困惑していた。

 

早めに来たあちらは橋の中央に不穏な気配を感じ約束の時間まで主塔の陰に隠れていたが、時間になってやってきたのは千雨ではなく、派手に魔法を射ち合っているネギ君と膨大な魔力を纏った幼女と従者らしきガイノイド。

先ほど不穏に感じていたのはネギ君の仕掛けていた魔方陣で、幼女と従者は捕らわれてけどあっという間に逆転して、そしていきなり濡れ場に突入。精通来てるの?

 

隠れている積もりだったのに、思わず出てきてしまった。

 

ここまでの状況を整理しよう。

 

 

千雨?に呼ばれる

 ↓

麻帆良大橋に来る

 ↓

ネギ君と金髪幼女が戦いながらやって来る

 ↓

ベットシーン突入←今ココ!!

 

 

 

・・・なるほど、わからん。

 

千雨さんはどこだ?これとは無関係なのか?

 

 

「…それよりもネギ君、そして金髪のお嬢さんに機械のお姉さん。

一つお尋ねしたいことが有るんですがよろしいですか?」

 

 

そのとき金髪幼女とガイノイドの瞳が紅く灯った様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうあちらに問われた瞬間、跳ね起きたエヴァンジェリンと茶々丸は臨戦態勢に入った。

 

完全に表情が抜け落ちている。

 

それなのに二人とも瞳は淡い紅に妖しく光り。

 

まるで人形だ。容姿の良さがさらにそれに拍車を掛ける。

 

ネギは二人の雰囲気が変わったのを感じた。

 

 

「エ、エヴァンジェリンさん?どうしたんですか?」

 

「――――――。ここに一般人がいるはずが無い。あれは侵入者だ、ならば排除しなければ。」

 

「――――――。肯定。防刃、防弾コートのようです。一般市民には入手困難かと。」

 

「そんな!あちらさんは唯の本屋さんの店員さんですよ!?」

 

「…迷子あちら、麻帆良データベースから該当一件。

 

迷子あちら。麻帆良商店街「まほら書店」所属。履歴・経歴白紙。

魔法関係者登録はありません。」

 

「ちッ、長期潜伏工作員か。こんな時に。…茶々丸!!」

 

「イエス、マスター。プロテクト解除。モードリリース。オープン。」

 

茶々丸は背中のバーナーを点火し、一気にあちらに肉薄する。

 

 

「ちょ、」

 

 

格闘プログラムに従い慣性モーメントを操作して、勢いを殺さずにすべての速度を拳に乗せあちらに放つ。そのまま教本に載るようなパンチをあちらの顔面に叩き込んだ。

 

哀れあちらは潰れたトマトになってしまいました…とはギリギリならずに、茶々丸のパンチを両腕で受け流しその場を急いで離脱した。

 

 

「お、思い切りが良すぎますよ!!話を聞いてッお!?」

 

 

しかし茶々丸は離脱を許さず、あちらにぴったりと張り付いて追撃を開始した。

茶々丸の拳戟を完璧に受け流している筈なのに、余りのパンチ速度に防御に優れたコートは両腕表面は摩擦熱でズタズタに裂け、何度も拳を受けた両腕は段々威力を殺しきれなくなり骨に罅が入っていく。

 

 

「やめてください!茶々丸さん!その人は魔力を使っていません!普通の人ですよ!!」

 

「普通の人が本気の茶々丸を捌けるものか。

 

茶々丸何をやっている!ハヤくコろセ!」

 

 

茶々丸が拳や蹴りを放つ度に、あちらのコートはボロボロになり、肉体は少しずつ損壊して血まみれに成って行く。

 

本来であればここまで一方的な展開にはならないのだが、戦闘があちらの予期せぬ形で開始されてしまった。

 

身体強化を施そうにもそれも出来ない。

あちらは自前の魔力を持っていないため、外からの供給に頼るしかない。

しかし不用意に近づいてしまった為、準備してあった魔力を込めた宝石をポケットから取り出す事も出来ない。

 

離れて使おうにも、ぴったりと茶々丸がくっ付いて離れない。

今あちらは持ち前の反射神経と動体視力で戦っている。

それでも未だに致命傷を負っていないのは、これまでの旅の経験のおかげと言えた。

 

だが均衡は、切っ掛け一つで簡単に崩れ去った。

 

 

「が!?」

 

 

米神への回し蹴りを間一髪で腕を差し込んで受け止めたが、勢いは止まらずに地面に頭から叩き落された。

代償に右腕が完全に壊れた。

右腕が使えなくなったため、防御が間に合わず顔を蹴り上げられて鼻が削げ落ちた。

その場を転がって頭部への踵落しを回避する。その勢いを殺さずに急いで立ち上がるが茶々丸の裏拳をわき腹に受けなにかの内臓が破裂した。

専門家でもないため、どこの内臓かは解らない。場所からして胃か脾臓か。

込み上げて来る血を白痴の様に口から垂れ流し、何とか倒れず踏みとどまるが、立っているのが気に食わないとばかりに今度は左膝の皿を蹴り抜かれ、たまらずあちらは壊れた人形の様に崩れ落ちた。

 

 

その隙を見逃すはずも無く、あちらを死者の参列(ブラック・パレード)に加えるべく茶々丸は鋼鉄の拳を彼目掛け振り下ろす。

 

 

ゴッガバキッぐちゃ

 

 

あとはひたすら肉を殴打する音が辺りに響いた。

辺り一面には血と肉片が飛び散り、月明かりが惨劇を演出していく。

 

 

「茶々丸さん!やめてください!!あ、あちらさんが、あちらさんが死んじゃいます!!!

 

エヴァンジェリンさんも辞めさせてください!!ボクの血を吸ってもいいですから!!我慢しますから!!!その人を殺さないで!!」

 

「えエい、ハナせ!茶々丸ソこヲドけ!!」

 

 

ネギは自身が縛られている事を忘れているのか、転げ周りながら必死に彼に駆け寄ろうとしている。

主人のからの合図に茶々丸はそこから飛び下がった後には、弱弱しくも砕けた手でポケットから何かを取り出そうともがいているあちらの姿があった。

その様は哀れな糸の切れたニンギョウのようだ。

 

 

「逃げてくださいあちらさん!!」

 

 

ネギの悲痛な悲鳴が辺りに響き渡り、

 

 

「イいかゲンニしネ。『氷神の戦鎚』。」

 

 

 

 

 

ぺちゃぐちゃりと神の戦鎚の名に相応しい巨大な氷塊が彼を押し潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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11.ディグ・ミー・ノー・グレイブ

「逃げてくださいあちらさん!!」

 

 

ネギの悲痛な悲鳴が辺りに響き渡り、

 

 

「イいかゲンニしネ。『氷神の戦鎚』。」

 

 

 

 

 

ぺちゃぐちゃりと神の戦鎚の名に相応しい巨大な氷塊が彼を押し潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシャン。バシャン。バシャン。

 

あちらが巨大な氷塊の下に消えるのを、待っていたかのように学園都市の電力が復旧する。

 

 

「がァ!?」

 

 

当然それに付随するエヴァンジェリンへの学園結界の呪も復活し、さっきまで膨大な魔力を纏っていた偉大な吸血鬼をただの少女へと再び堕とした。

 

封印に伴う突然の激痛と脱力感からエヴァンジェリンはたまらず蹲った。

 

 

「・・・くッ!いったい何が!?」

 

 

さっきまではこの忌々しい呪いを解く後一歩まで来ていたはずだ。

なにやら胡散臭い男が急に現れたのも覚えている。

 

 

―――だがそこからの記憶が無い。

 

 

 

どの様な手を使ったのかは知れないが、誰かがこの決闘の決着に水を差した!!

 

凄まじい程の憤怒が自分の身を焼くのを感じる。

 

ここまでコケにされたのは、久方ぶりだ。

サウザンド・マスターとの時でもこうは感じなかった。

良いだろう。生まれてきた事を後悔させてやる!

 

 

記憶が無くなる直前に見たあの男。

あいつが犯人か。

 

ぼーやの知り合いみたいだったが知った事か。

誰に喧嘩を売ったのかをその体に刻み込んでやる。

 

 

「おい!ぼーや!!あの男はど…こ・・・・・、・・・・な。に?」

 

 

未だ体に残る痛みに耐えつつ、体を起こすとネギは涙に濡れた頬を拭おうともせず呆然としていた。

幾ら呼びかけても反応せず、まるで初めから聞こえていない様子だ。

ただ一点を見つめている。

何をそんなに見つめているのだろうとエヴァンジェリンはそちらに視線を移した。

 

 

 

―――そこには惨状が広がっていた。

 

 

あたり一面の道路は真っ赤に染まり、アスファルトは何かを叩き付けたかのように砕けていた。

叩き付けたモノは柔からかったのだろう、あたりには綺麗な真っ赤な飛沫が描かれていた。

引き摺った様な跡もある。

それが乾きかけた絵の具で道路に無理やり絵を描いたようでおかしかった。

 

なぜペンキがこんな所に?

 

やめろ。

 

自分を騙せない様な嘘は吐くな。

 

吸血鬼の私がその匂いを間違えるものか。

 

 

あれは血だ。

 

道路の所々に衣服の切れ端と肉片らしきモノがこびり付いている。

ではあの白いのは歯か。

 

 

そして―――

 

 

 

―――橋の真ん中に鎮座する巨大な氷塊と、その傍らに立つ血塗れの己が従者。

 

 

エプロンドレスを初めからそうであったかの様に真っ赤な水玉と飛沫模様に染め上げて、呆然と赤い自分の手を見下ろしている。

 

 

 

まずいッ!!

 

 

「茶々丸!!!」

 

「あ、ますたー。」

 

 

とてとてと走り寄ってきた茶々丸をエヴァンジェリンは胸元に抱き寄せた。

このままではこの従者はコワレテしまう。

葉加瀬は魂などないというが、この子は優しい娘だ。人や動物が傷つくのを嫌がる。

その彼女が自分の手が血で染まっていたらショックは一体如何ほどか。

 

ぎゅっと茶々丸を抱きしめながらエヴァンジェリンは考える。

 

恐らくこの惨状を作り上げたのは茶々丸だ。

そして止めの魔法を放ったのは私だ。大方、氷神の戦鎚だろう。

あの氷塊の下から一番濃い血臭がする。なぜか段々薄れてきているが、それまでに血を失い過ぎたのだろう。

 

 

だが、その記憶が無い。

 

 

「ぼーや、なぁぼーや。一体何があった?」

 

 

ネギは涙を流しながら視線を氷塊から一切外す事無く、エヴァンジェリンの質問に答えた。

虚脱状態から抜け出せていないのか、言葉はたどたどしい。

 

 

「・・・あちらさんが・・・・・・聞いてきたら・・・エヴァンジェリンさんが侵入者だって・・・・違うって言ったのに・・・・・・魔力無いから・・・普通の人だって・・・・けど・・・・・・・・茶々丸さんが殴って血が出て・・・・・・」

 

 

ネギはガクガク震えながら

 

 

「止めてっていったのに・・・・・・ボロボロのあちらさんが・・・・・・・氷のに・・・・・・・・・ッ!」

 

 

感情がオーバーフローしたのか、心を吐き出すようにして話しながら、ネギは意識を失った。

 

 

「・・・そうか。」

 

 

エヴァンジェリンは自嘲した。

まさか暗示とはな。魅了の魔眼を持つ吸血鬼が暗示をかけられるとは笑い話にもならない。

 

いつ掛けたかは知らないがやってくれる。

私にあの男を始末させるために仕組んだのだろう。

私も表の人間を殺したんだ。只では済むまい。おそらく処断されるだろう。

 

くッ!?、そんなに己の手を汚すのが嫌か。忌々しい小物め!

 

 

「―――スザク・神薙・フォン・フェルナンドッ!!」

 

 

「ご明察。」

 

 

ぐにゃりと辺りの空間が歪んだ。大橋周辺の位相はずらされ、一種の異界と化す。

 

突然ぐぱりと目の前の空間が裂けた。

 

裂けた空間の向こうは星が瞬く闇黒が広がっており、まるで奈落を覗き込んだときのような怖気が走る。

深淵を覗き込んだ時、深淵もまたこちらを覗き込んでいるのである。

 

いや、本当にこちらを覗き込んでいる。

星だと思っていたものは目だ。目蓋の無い眼球がぎょろぎょろと忙しなく動きながら、こちらの境界線(セカイ)を暴こうとジロジロ視姦してくる。

 

その向こう側から人影が現れた。脇に誰かを抱えている。

ずるりとその人影がこちらの世界に降り立つと、空間の亀裂は何事も無かったかの様に閉じていく。

 

 

「・・・やはり貴様か―――ッ!」

 

「やぁ、よい夜だな。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル?」

 

 

銀髪白貌、金銀妖瞳の美貌を持つ3-A の副担任がいつもと変わらぬ笑顔を浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ディグ・ミー・ノー・グレイブ」

 

 

 

 

「ふむ。どうして俺だと分かった?」

 

「ふん!手口が小物臭かったからな。お前だろうと思っただけだ。」

 

「ほう?俺が小物だと・・・」

 

「―――ああ、すまん。気に障ったか?なら訂正しよう。

たかが表の人間一人殺すのに、ここまで姑息な事をするんだ。

 

大物気取りの臆病な小悪党だガァ!?」

 

「マスター!?」

 

 

エヴァンジェリンはフェルナンドに無造作に蹴り飛ばされ、正気に戻った茶々丸は悲痛な声を上げた。

学園都市で魔力を封印されたエヴァンジェリンはもう見た目通りの幼子でしかない。

咳き込んで胃液を吐き出した。

 

 

「口の利き方に気をつけろよ、エヴァ。

 

寛大な俺でも言って良い事と悪い事がある。それは子供でも知っているぞ。」

 

「げふ、フフ。馬鹿か、そういう所が小物だというのだ。」

 

「・・・少し指導が必要か。」

 

 

フェルナンドが指を鳴らすと、ガチャンと鍵の外れる音がした。

背後の空間が波うって顔を出した剣群が次々と射出され、エヴァンジェリン目掛けて飛翔する。

 

 

「く!?」

 

「マスター!」

 

 

先ほどのダメージから回復できていないエヴァンジェリンは回避する事が出来ない。

エヴァンジェリンの前に飛び出した茶々丸が直撃する剣群を次々と弾き飛ばすが、どの剣も異常に切味が良く、凌ぎ切った時には茶々丸の両腕はボロボロになっていた。

 

 

「大丈夫か茶々丸!」

 

「大丈夫ですマスター。しかし両腕の損傷率が耐久限界を超えました。次は凌ぎ切れません。」

 

「凌いだか。エヴァ、いい従者を持ったな。」

 

「・・・ッ!貴様一体何が目的だ。」

 

「なに。俺は善良な一魔法使いとして行動しているだけだ。」

 

 

フェルナンドは舞台俳優の様に大仰に腕を広げて、朗々と脚本を話し始めた。

 

 

「学園長に言われた通りに手を出さずネギ先生達の戦闘を監視していました。

しかし場所を麻帆良大橋に移した時に悲劇が起こります。

 

たまたま大橋に来ていた市民が巻き込まれてしまったのです!

 

エヴァンジェリンは男を侵入者と早とちり(・・・・)して殺害。戦闘記録は絡繰茶々丸のレコーダーにも残っています。

血に酔い、反転して堕ちてしまったエヴァンジェリンは、錯乱して私に攻撃をしかけて来てきました。

彼は泣く泣くエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを討伐。彼は生徒の死に悲しみにくれました。

 

しかし悲しむ必要はありません!なぜなら彼女はみんなの心の中で生きているのですから!!

 

 

―――くくく、ひひひひははははははああははははははははははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「ちッ、狂人が。」

 

「ひひ、・・・ふぅ。さてエヴァ。お前には二つの選択肢がある。

 

一つ目は先程述べた未来。この場合は(ドライブ)を抉り出して茶々丸も破壊される。

 

二つ目は俺に忠誠を誓う事。俺を唯一の主人として契約し、永劫を共に歩む。

この場合は誰も死なない。あの男の事は只の事故として処理してやる。

 

さ、選べ。考えるまでも無いよな?」

 

「ああ、考えるまでも無いな。」

 

「マスター・・・。」

 

 

フェルナンドはその答えに満足気に喜悦の表情を浮かべた。

自分の思い通りに事が運ぶのが楽しくて仕方ないらしい。

フェルナンドはじろじろと情欲の灯った瞳で私の体を嘗め回している。

もう俺の女とでも言うつもりか。

 

早漏め。

 

あまりこの闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)を舐めるな!!!

 

 

「だが断る。」

 

「・・・・・・何?どういう意味だ。」

 

「貴様にくれてやるほど、この闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)の身は安くないと言ったのだ痴れ者め!!」

 

「イエス、マスター。何処までも。」

 

 

まさか断られるとは欠片も思っていなかったのか、しばらく呆然としていたが、段々怒りに身を振るわせていく。

 

 

「・・・愚か者が。くそッ!馬鹿にしやがって!!!もういい!お前達は要らない!!

 

まだまだここにも魔法世界にもヒロインは腐るほど居る!!てめぇらはここで死ね!!」

 

 

再び指を打ち鳴らすとガチャンと鍵が開く音。

背後の空間が波うって豪華絢爛装飾過多な数多の宝具達が姿を見せる。

 

その威力は力を縛られた吸血鬼や壊れかけたガイノイドの体は愚か、輪廻の輪に帰れぬよう魂を消し飛ばしても余りある威力。大橋は中ほどから消失するだろう。

 

 

「死ね、マンガの作りモンがァァ!!」

 

 

宝具群を射出して慈悲を無碍にした愚か者を、この地上から抹消しようとした、まさにその時。

フェルナンドの脇に抱えていた人影が身じろぎをした。

 

……まさか目を覚ましたのか?

 

フェルナンドは一時攻撃を中止して脇に抱えた人の様子を見る。

エヴァンジェリン達は未だに宝具群に狙われながらも九死に一生を得、誰が脇に抱えられているのかとその人影を注視した。

 

人影は意識が覚醒寸前なのか、抱えられながらもぞもぞしている。

 

 

「あれは長谷川、千雨?」

 

「輪郭、骨格一致。間違いなく本人です。」

 

「くくッ。ちょうどいい。」

 

 

フェルナンドは抱えていた千雨を道路に下ろした。

下ろした衝撃で千雨の意識が完全に覚醒する。

尻餅をついた状態の千雨はなぜ自分がこんな所に居るのかがわからずに回りをきょろきょろ見渡している。惨状はフェルナンドが傍に立っている為、壁になって見えていない。

 

 

「千雨、起きたか。」

 

「あ?フェルナンド先生?どうしてここに?っていうかここは?」

 

「前から言っているがスザクでいいぞ。ここは麻帆良大橋だ。」

 

 

なぜかぼーとする頭を押さえながら、千雨はそこが学園都市の端っこに位置する麻帆良大橋である事を確認した。

 

―――チッ、まだ頭がぐらぐらしやがる。

寝起きにフェルナンド先生のプラスチックみたいな薄気味悪い笑顔はいい気付になるな。

 

 

「なんだってそんなトコに・・・マクダウェルに絡繰?何して・・・、っておい!血が出てんぞ!?」

 

 

千雨は二人に駆け寄ろうとしたが、フェルナンドに肩を押さえられて進めない。

 

 

「おい!先生放せ!生徒が怪我してんのが見えないのか!?」

 

「その傷は俺がやったもんだし、その二人に近寄ると危険だからだ。」

 

「なぁあ!?」

 

「千雨、事情を説明してやるから落ち着いて聞け。」

 

 

そしてフェルナンドは千雨に事情を説明し始めた。

 

 

この世界には魔法があること。

この街は魔法使いが運営していること。

今夜、ここで魔法使い同士の戦闘があったこと。

それに偶然ここに来ていた二人が巻き込まれたこと。

自分が助けに来たときには間に合わず、男はすでにエヴァンジェリンと茶々丸に殺されたこと。

そして自分が気絶した千雨を保護して、殺人を犯した二人を討伐すること。

 

 

フェルナンドは虚実混ぜ合わせて千雨に説明した。

理由はどうあれ事実男を殺した二人は千雨に恋人が居た事を思い出し、殺した男がそうだったのかと愕然として言い訳の一つもしようとしない。

 

じっと話を聞いている千雨は、いきなりの突拍子も無い話と恋人の訃報に精神が追いつけないようだった。

あまりに平然(・・)としている。

 

 

―――これは行けるッ

 

 

歓喜に逸る気持ちを抑え、極力穏やかな笑顔を心掛けて千雨に微笑みかける。

 

 

「ここに来たときには、もうこんな惨状だった。」

 

 

フェルナンドは今まで隠していた光景を見せた。

その光景に呆然として千雨が顔を青くしていると、フェルナンドは混乱している千雨にまるで叩き込む様に、刷り込む様に話しかける。

 

 

「彼の事は本当に残念だった。しかし、彼は本当に勇敢だった。巻き込まれながらも千雨を必死に庇っていた。麻帆良に住む一人の魔法使いとして彼の勇気には心から敬意を表する。

 

・・・泣きたければ泣けばいい。しかし千雨は泣いた後には、先へ向かって進まねばならない。

千雨を庇って死んだ彼に胸を張って生きて行ける様に。」

 

 

フェルナンドの狙いがわかったのか、エヴァンジェリンは千雨に注意を発しようとすると何故か声が出ない。

声は出てるのに、その声がどこかに吸い込まれていくようで。

 

それに気を取られている内に、今度は金色の鎖で雁字搦めにされてしまった。普段の茶々丸ならすぐに鎖を砕くのはわけないが、先程の剣戟で腕を損傷している。破砕には数分かかる。

 

だがフェルナンドにとって数分で充分だった。

目の前のショッキングな光景と話に動揺して乱れた千雨の精神に、魔力を声に乗せて暗示を掛けていく。

 

強力な絶対尊守のギアスはすでに千雨に掛けてしまっているし、それだと面白くない。

あくまで軽く自分に好意を持つ程度でいい。

 

あとはこの美貌で微笑みかけてやれば、それは雪だるま式に大きくなるだろう。

エヴァンジェリン達にはギアスはすでに使ってしまったし、耐魔力が強くて暗示は聞かないだろう。

もったいないが殺してしまおう。

 

 

「だから千雨、辛い時は俺を頼ってくれ。

俺が千雨を支えよう。俺が千雨を守り抜こう。

だから千「なぁ先生。」・・・どうした?」

 

「どうやってあちらは死んだんだ?」

 

 

一点を見つめている千雨はフェルナンドに問い掛ける。

 

あまりのショックに精神がフラットになったのか・・・?

 

なにか想像していた様子と異なる千雨にフェルナンドは戸惑いながらも答えた。

 

 

「遠目でしか分からなかったが、茶々丸に散々嬲られた後あの氷塊に押し潰された様だった。

 

あれでは即死だろう。」

 

 

フェルナンドは沈痛な面持ちを作りながら質問に答えた。

そして次の言葉が理解できなかった。

 

 

たったそれだけか(・・・・・・・・)?」

 

「……千雨、一体なにを言っている?余りのショックに気が触れたか?」

 

 

くっくっくと千雨は笑いながら、胡乱気にフェルナンドを見遣る。

 

 

「くっくっく。そんな事を言うから無神経だと思われるんだよ。

先生、そんなツラして今まで女の子と付き合った事無いだろう?」

 

 

密かなコンプレックスを突かれ、フェルナンドは激昂した。

 

 

「うるさい!黙れ!小娘が賢しげに囀るなァ!!

第一あの男は死んだんだ!現実が見れてないのは貴様のほうだ!!」

 

「うるさい。黙れ。」

 

 

千雨はフェルナンドをばっさり切って、言い切った。

 

 

「あちらがその程度で死ぬものか。」

 

「気も魔力も持たない人間が?ハッ!馬鹿馬鹿しい!

 

・・・もういい。穏便な手は諦める。宝物庫にいくらか恋の妙薬か媚薬があったはずだ。それを試そう。」

 

「安い化けの皮が剥がれてんぜ、センセイ。」

 

 

フェルナンドが千雨に手を伸ばそうとすると、鎖を破壊したエヴァンジェリン達が千雨を守るように飛び出して来た。

 

 

「よく吼えた。」

 

 

エヴァンジェリンは痛む体を無視して、糸と鉄扇を構え。

 

 

「行かせません。」

 

 

茶々丸はレッドアラートのステータスを無視して、ボロボロの拳を構える。

 

 

「貴様らは要らん。さっさと消えろ。

千雨も腕の一本や二本は落ちるかもしれないが、反省すれば後で生やしてやるさ。」

 

 

さっと手を上げ、展開してあった宝具群の照準を再度合わせる。

エヴァンジェリンと茶々丸に絶望的な緊張感が走る中、千雨は氷塊に向かって

 

 

「あちらァアア!!いい加減にィ起きやがれ!!!

てめぇ何時まで寝てんだ!!!

 

 

―――てめぇの最中(もなか)全部食っちまったぞッ!!!!!!!」

 

 

 

「あはは!千雨、緊張で気でもくr

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しゃきん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                ―――――あぁ??」

 

 

奇妙な、澄んだ音が周囲に響き渡った。

それに伴い、先程まで橋の中央に鎮座していた巨大な氷塊が消え去り、何故か代わりに巨大な水溜りが。

 

しかしそんな事はどうでも良い。

 

 

問題なのは

 

 

 

問題なのは、傷一つ無い茶色いコートを着た、傷一つ無い男がそこに立っているということだ。

 

 

代わりにびしょ濡れではあるが。

 

エヴァンジェリンや茶々丸、フェルナンドが唖然としている中

 

 

「千雨さん」

 

 

やっと司書見習い(ボウカンシャ)は舞台上に登った。

 

 

 

「最中はどこ?」

 

 

「うるせーバーカ。」

 

 

 

 

 

 

 



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12.ウィル・キャリー・オン

いきなり目が覚めると、見知らない場所で。

そこには副担任と二人のクラスメイトが居た。

 

そこでフェルナンド先生があちらが死んだと言って来た。

 

 

―――あちらが死んだ?

 

 

なんでもあたし達二人は魔法使い同士の戦闘に巻き込まれて、フェルナンド先生が助けに来た時にはあちらはわたしを庇って死んだんだとか。

 

 

てめぇは一体何を言ってるんだ?

 

目が覚める直前の記憶は無いが、あんたに職員室に呼び出されるまでは憶えてる。

 

それで?

恋人でもないあたしとあちらは?

こんな学園の端っこの橋で?停電真っ最中に真っ暗な橋でデートして?

 

"たまたま"魔法使いの戦闘に巻き込まれて?

 

"たまたま"駆けつけたあんたがあたしを保護した?

 

馬鹿にしてんのか。

前にあちらにフェルナンドには関るなとは言われてたが、それがなくても誰が信じるか。

 

 

だが、目の前の惨状を見せられて心が揺れた。

 

こっちは日々を平穏に過すただの普通の女子中学生だ。

いきなりこんな光景を見せられて心中穏やかに居られるわけがない。

口にこみ上げる物を乙女の矜持から無理やり嚥下する。

 

本当にあちらは死んだのか?

フェルナンドの話はほとんど出鱈目としても、いくつか本当の話があるんじゃないか?

死んだかなんて、嘘ならば直ぐに露見する。

 

 

まさか、ほんとに?

正体不明のあの男が?

 

 

馬鹿(フェルナンド)がなにやら喋っている。

うるせぇ、黙ってろ。考えが纏らないだろうが。それで女が堕ちると思ったら大間違いだ。

臭ぇテンプレな台詞吐きやがって。てめぇは漫画の読み過ぎだ。

 

 

―――気をしっかり持て長谷川千雨。

 

 

あの男は言っていた。

なにかあればすぐに助けに来てくれると。

 

確かにあの男、迷子あちらは胡散臭い。

戸籍不明。経歴不明。出身不明。年齢不明。不明、不明分からないことだらけ。

 

だが、した約束は必ず守る奴だ。嘘はつかない。

 

それに"あの時"、あちらは言っていた。

 

 

―――例え、世界を飛び越えてでも助けに行きましょう。

 

 

ならば信じよう。その戯言(やくそく)を。迷子あちらを。

 

自分が今ブッ飛んだ、まともじゃない思考をしているのは自覚している。

心の何処かではあちらは死んだのだろうと諦観している。

だけれどもあの友達が死んだなど、それこそ死んでも認められない。

 

らしくない。とてもあたしらしくない。

いつもの理知的なちうちゃんはどこへ行った?

 

 

だが、

だが、この馬鹿(フェルナンド)の言う本当を信じる位ならば

 

―――友達(あちら)の戯言をあたしは信仰する!!

 

 

「だから千雨、辛い時は俺を頼ってくれ。

俺が千雨を支えよう。俺が千雨を守り抜こう。

 

だから千「なぁ先生。」・・・どうした?」

 

「どうやってあちらは死んだんだ?」

 

 

今日は御伽噺の様な夜なんだ。

常識非常識云々を語るのは無粋だろ?なら友達を信じて奇跡を願うのも悪くない。

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千雨さん」

 

 

遅いんだよこの馬鹿が。本当にもうくたばっちまったのかと思ったぞ。

 

心配掛けやがって。

 

本当に怖かったんだぞ。

こっちはただの女子中学生なんだ。剣を向けられて平気でいられるか。

 

いろいろ思うこともあるが

 

 

「最中はどこ?」

 

 

―――こっちの気も知らないで。

 

 

「うるせーバーカ。」

 

 

しね。ばか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ウィル・キャリー・オン」

 

 

 

 

「しかし、失敗しました。つい氷を切ってしまいましたが、体の上にある氷を切ったら下に居る私が濡れるのは当然でしたね。」

 

 

失敗失敗とぼやく男に周りは誰も着いていけない。

いや、一人だけ。

 

 

「ちッ!来んのがおせーんだよ!あたしがピンチなら世界超えて来んじゃなかったのか。」

 

「いや、そこにぺしゃんこになって初めからいたんですけどね。

なかなか死に切れなくて、肉体の時間回帰するのにちょっと手間取っちゃったんですよ。」

 

 

下手に回復するよりも一回死んだほうが早いですし。

しかしさすが燈子さん謹製のコート、あんなにボロボロに成ってもちゃんと魔術遮断するんだから困ったモンですね。ははは。

 

あちらは朗らかに事情を説明するが、千雨はさっぱり何のことかわからない。

 

だがここに今の会話を理解できる人間が一人だけ居た。

 

 

「とーこ・・・燈子ッ!伽藍の堂の青崎燈子の事か!?

・・・そういえば、そのコート・・・小川マンションの時に着ていた!?」

 

「?小川マンションの事は良く知りませんが、その青崎燈子さんで合ってますよ。」

 

「何故お前がそれを!!

 

・・・そうか、貴様。やはり貴様もトリッパーか!!

その回復力もコートも神様にもらった物だな。」

 

「残念ながら。これはご本人に頂いた物です。偉そうな本から貰った設定じゃありません。」

 

「嘘をいうな!訳の解らない事を言って誤魔化すな!!」

 

「そんな事は今どうでも良い事です。・・・お嬢さん方、ちょっと失礼。」

 

 

喚きたてるフェルナンドを無視し、あちらはエヴァンジェリン達に近づいた。

エヴァンジェリンや茶々丸は憶えていないが、自分達が一度死に追いやろうとした彼を見て身を強張らせる。茶々丸などは真っ赤に染まった自分の手を思い出したのかガタガタ震えている。

 

千雨はあちらの事をよく理解している。

ただあちらのする事を見守った。

 

あちらは二人からあと1歩という所から立ち止まり、ポケットに手を突っ込んだ。

目当ての物が見つかったのかそれを取り出す。

 

 

出したのは、はさみ。

 

本当に事務仕事で使うようなはさみだった。

 

しかし、何の変哲も無いはさみをこの場で取り出す事自体が得体が知れない。

この場にそぐわないはさみは異様な不気味さを醸し出していた。

 

あちらはすっとはさみを茶々丸に向けた。

向けられた茶々丸は各種センサーには普通のはさみと認識されているソレが怖くて堪らない。

 

 

「ヒィッ!?」

 

「茶々丸!!」

 

 

異様な雰囲気を感じ取ったエヴァンジェリンが、茶々丸の前に身を挺そうとしたが刹那間に合わない。

あちらはソレを行使した。

 

 

「ちょっきんちょ。」

 

 

 

 

 

――――――しゃきん――――――

 

 

 

 

 

・・・・・・何も起こらない。

 

茶々丸の前に飛び出したエヴァンジェリンは恐る恐る目を開けるが何も変化が無い。

自分の体の何処にも怪我は無い。

異常はすぐには解らなかった。

 

ふ、不発?

 

もちろんそんな訳は無く、効果はすぐに現れた。

 

 

「マ、マスター。」

 

 

普段は感情を表に出さない従者の、珍しく困惑した声にエヴァンジェリンは後ろを振り返った。

そこにはどこにも異常は無く立っている己の従者が。

 

 

そう。

 

 

 

―――どこにも(・・・・)異常が無い。

 

 

 

馬鹿な。再封印の影響で私もついに狂ったか。

エヴァンジェリンは自分の目を本気で疑った。

 

そこには"傷一つ無い"己の従者がオロオロしながら立っていた。

ボロボロだった両腕はおろか、あちらの鮮血に染まったエプロンドレスも新品のように白く輝いている。

 

 

「そちらのお嬢さんも肋骨に皹が入っているみたいですね。」

 

 

 

 

――――――しゃきん――――――

 

 

 

 

先程まで感じていた鈍痛が感じなくなった。

この言動を察するに、今のはさみを鳴らした動作で治療したみたいだ。

 

 

 

 

 

意・味・が・解・ら・な・い。

 

 

 

 

 

回復魔法やアーティファクトみたいなちゃちな物じゃない。

もっと恐ろしいモノの片鱗を感じた。

 

 

「おいおい良いのか?

なんかよく分からないがそいつ等お前を殺しかけたんだろ?仕返ししなくて良いのか?」

 

 

呆けているエヴァンジェリンが面白いのか、ニヤニヤしながら千雨があちらに訊ねた。

 

 

「いいんですよ。彼女達もどうやらギアスを掛けられて操られてたみたいですし。

 

・・・千雨さんを助けてもらいましたからね。これでも感謝しているくらいです。」

 

 

フン。何かと理由を付けたがるお人よしめ。

どうせ絡繰の罪悪感に押し潰されそうな顔を見て放っておけなくなったんだろうが。

 

千雨はそれを口に出すような無粋はせずに、ただあちらをニヤつきながら見る。

あちらはその視線を居心地悪そうに避けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺をシカトブッこいてラブコメってんじゃねぇぞォォオオ!!!!!」

 

 

フェルナンドは装備したバルディッシュに命じて魔方陣を展開。周囲に多数フォトンスフィア生成。

 

 

主人公(トリッパー)は俺だけでいい!!その立場(ポジション)は俺の物だァァ!!!」

 

「Fire.Photon Lancer Multishot.」

 

 

直射型魔力弾を斉射。

解き放たれた無数の雷の槍は、一瞬で夜の大橋を駆け抜けあちら達に殺到する。

もちろんミッド式特徴の非殺傷設定はオフにされている。

 

エヴァは封印状態だ。障壁は使えない。

茶々丸は多少迎撃出来るかもしれないが全部は無理だ。

後の二人は問題外だ。魔力さえない。

あのトリッパーは妙な回復型の宝具を持っているらしいが、それだけだ。

今度死んでいなかったら直々に直死の魔眼で殺せばいい。宝具は俺が有効に使ってやる。

千雨はお仕置きだ。生けていれば宝物庫の霊酒と媚薬を使ってやろう。

 

 

 

―――()った!!

 

 

「アハハハハハハハハハ

 

 

 

 

 

――――――しゃきん――――――

 

 

 

 

 

 

            ハハハハハ    ・・・はァ?」

 

 

あちらが再びはさみを打ち鳴らすとフォトン・ランサーは消失した。

迎撃された訳でも、打ち消された訳でも、無効化された訳でもなく。

 

 

―――ただ、世界から消え失せた。

 

 

「・・・え、な、何?それは回復型の宝具じゃなかったのか!?」

 

 

思い描いていた結末と違う光景に、フェルナンドは動揺を抑えきることができなかった。

そんな彼を不思議そうに伺っていたあちらも、フェルナンドが何を勘違いしていたのか得心がいき、自らが持つはさみについて語る。

 

 

「宝具?……ああ、先程のやり取りを見て勘違いなさったのですね。

これはね。何の変哲も無い、100均で売っている様なはさみです。

 

・・・想像した事はありますか?世界が一冊の本だと。

 

 

―――世界を本と例えると平行世界は違う本で、その様な本が無限に存在していると。」

 

 

……だがそれは常人には理解し難く、また理解できても容認出来ない。

なぜならそれは、セカイの成り立ちと法則を"根底から"覆しかねない話だからだ。

 

ゆえに、フェルナンドは恐怖する。

己の価値観が、生命感が、優越感が根底から崩壊しかねないが故に。

 

だが、あちらは淡々と語る。

 

 

「お、お前は何の話をしているッ!」

 

「ならばその世界の観測者は本の読者という事になりますね。

読者は本を手に取り、様々なジャンルの本を読みます。

 

―――楽しい物語。悲しい物語。心躍る物語。」

 

「だから何を言ってッ!?」

 

「だけど、もしその本のある一場面が気に入らないとしましょう。どうします?

 

―――読まない?

 

―――飛ばして先に進む?

 

―――それとも新たにそこから物語を発展させる?いいですね。好みです。

 

 

―――……ですが、実はもう一つあります。」

 

 

抑揚のない語り口で語る黒髪の青年を、フェルナンドは心底恐怖した。

 

―――なんだアレは。

……同じ人間(トリッパー)なのか?それとも―――

いやだいやだいやだ。おぞましい!!あれ以上何も聞きたくないッ!!!

 

 

「ッ!!幻巣!!『飛光虫ネスト』ォ!!!」

 

 

フェルナンドの背後の空間にいくつもの亀裂が走る。

亀裂が広がり、空間が裂けて出来たスキマから、何条もの光弾があちらに向かって迸る。

 

 

―――が。

 

 

先頭に立つあちらが被弾しようかという瞬間に、またしてもはさみは鳴り響きスキマをズタズタに引き裂いた。

もはや唖然とあちらを見ているフェルナンドやエヴァンジェリンを横目で見ながら千雨は思った。

 

 

―――やべぇ。なんかあちらキレてる。

 

 

千雨も先程からの万国人間ビックリショーには驚いているが、それよりも千雨に取ってはそっちの方が問題だった。

まぁ、びっくりするのにもう疲れたという側面もあるが。軽く現実逃避が入っていた。

 

あちらは何事もなかったかのように話を続ける。

 

 

「それはね。

 

―――気に入らないページを切り取ってしまえば良いんです。

 

そうすれば、ほら。少なくとも気に入らない場面は無くなるでしょ?」

 

 

マナー違反ですがね。ころころとあちらは笑う。

しかし、事情を察したエヴァンジェリンの顔色は真っ青だ。

 

……馬鹿な―――。

そんなのは神の領分を越え、否。

この世界の法則とは、全く異なる外側(・・)の法理だ―――ッ!!

 

 

あちらは手に持っていた”はさみ”を目の前に掲げる。

その刃には、錆が浮いており、どうみても鈍ら(なまくら)以下の代物に見えるが―――

 

その鈍い輝きの中には、魅入ってしまうとあちら側(・・・・)に惹き込まれてしまいそうな魔的なナニカがある。

 

 

「このはさみは、それらの概念を応用して具現化した一品です。

 

(セカイ)のあらゆる事象を切り取る』のがこのはさみの能力です。

 

はさみの形である必要はないのですが、私は剣やナイフがうまく使えないので。」

 

「喋るな!!それ以上意味のワカラナイ事を囀るなァ!!!!」

 

「本の登場人物(じゅうにん)の設定にはさみは入れ難し、直接の干渉は内規で原則禁止されているんです。

 

―――だがあなたは別だ。別の本からこの本に堕とされて来たため、若干設定が浮いている。比較的はさみは入れ易い。」

 

 

神様から貰った最強だと思っていた能力が一切通用しない。

すべてはさみによって打ち消される。

 

ゲート・オブ・バビロンも百式観音もミッドチルダ魔法も固有結界もギアスも境界を操る程度の能力も何もかも。

感謝の正拳突きは武術に感謝もしたことも無いし、直死の魔眼にいたっては線さえ見えない。

 

唯一事態を打開する方法があるとすれば、はさみを使わせないほどの高速近接戦闘だが、今まで能力に胡坐をかいていたフェルナンドが高度の格闘戦が出来るわけも無く。

 

 

なぜなぜなぜなぜなぜ!!!

 

こんなはずじゃ、こんなはずじゃない!!

 

俺は主人公(トリッパー)のはずだろう!?

 

最強能力も貰えた!容姿も美形になった!!金もある!!!

 

なのになぜ!!

 

一体こいつは何者だ!?

 

 

「どういう経緯があれ、すでにあなたはもうここの登場人物(じゅうにん)なんだ。

何をしようと責任は総てここに帰結します。好きな様にこの世界でやったらいい。

読み手の私には関係ない。

 

だが・・・」

 

 

ぎろりとフェルナンドを睨み付け

 

 

「貴様、私の友達に手を上げたな?剣を向けたな?ギアスを掛けたな?あまつさえ恋薬に媚薬だと?

所詮、登場人物(フィクション)だから何をやってもいいとでも思ったか?

 

貴様が何時ここに堕ちてきたかは知らんが、それまでに何も感じなかったのか?彼らは同じ人間だと。」

 

「黙れ黙れ黙れ!!」

 

 

今まで無意識の内にこの世界の住人を作り物(フィクション)だと見下していたのだ。

それが今お前もここの世界の登場人物(じゅうにん)だと言われた。

 

……そんな事、認められる訳が無い。

 

ここが優しく楽しい原作(フィクション)ではなく、逃げて来た筈の辛く厳しい現実(ノンフィクション)などと。

 

 

「貴様に与えられえた設定(のうりょく)はすべて切り取る。異論は認めない。

地に足を着けてこれからを考えるがいい。」

 

「ま、待て!何をするのか知らんがそんな事、神様が許すと・・・!!」

 

「カミサマ?私がそんな事知るものか。厚木さんが対処するだろ。」

 

「さっきから貴様は何を言っているッ!!??」

 

「理解出来なければ意味が無いし、知る必要もない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――しゃきん――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ああッ・・・・・・ァあああ!!??????」

 

 

そこには様々な異能を持ち、吐き気を催すような魔力を纏った魔法使いの姿はなく。

 

只のスザク・神薙・フォン・フェルナンドが立っていた。

 

容姿はすでに自己のアイデンティティに組み込まれていたのだろう。

あの銀髪白貌、金銀妖瞳の美貌のまま。

 

―――だが、それだけ。

圧倒的な自信の源であった能力が喪失した事により、以前とすでに雰囲気が異なる。

 

 

ただの青年が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・終わったな。」

 

「・・・ハイ。」

 

 

エヴァンジェリンと茶々丸はあっけない舞台の幕引きに安堵の溜め息を漏らした。

 

フェルナンドの境界操作能力が喪われたため、大橋一帯を覆っていた異界が解けていく。

どうやら異界は時間の進み方が違ったようで、停電が復旧してからまだ一分しか経っていない。

 

今日は疲れた。

今夜は色々な事があり過ぎた。

 

おまけに決闘に水は差され、自分の封印は解けないまま。

まぁ、ぼーやの今後が楽しみだという収穫はあったか。

 

あと、あの規格外の化け物。あちらとかいったか。

事象を無かった事にする能力。

いや、あいつの言った通りだとすると、世界を切り取る能力。

とてもじゃないが相手にしたくない。

しかし今回の件で借りが出来てしまった。

 

ハァ・・・と非常にらしくない溜め息を吐いていると、茶々丸が

 

 

「マスター。目的達成おめでとうございます。」

 

「ああ?」

 

 

こいつは一体何を言ってるんだ?頭でもぶつけたのか?

茶々丸に何のことか問い質そうとして、自身に満ち溢れる魔力に気がついた。

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「なァにィィィィィィ!!??」

 

「恐らく、あちら様がマスターの怪我を治そうと能力をご使用された時、怪我と一緒に呪いも絶ってしまったのかと。異界内での時間誤差で今魔力が戻ったのでしょう。」

 

「・・・また借りが出来てしまったな。それもとびっきりの。」

 

「ハイ。それは追々考えれば宜しいかと。」

 

 

吸血鬼の主従は主人は憂鬱そうで、従者は何故か心なしかうきうきしていた。

 

 

 

これで今夜の舞台は円満に滞り無く終了・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様ァァァァアアアアァアアアァアアアアァアア!!!!!!!!!!!!

 

元に戻せェエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

とは行かなかった。

 

 

迂闊だったとしか言いようが無い。

フェルナンドが茫然自失としていたため、麻帆良の魔法使い達が異常を感じてやってくる前に自分のいた痕跡を消そうと、ちょっきんちょっきん戦闘跡と血肉の消去を優先していた。

 

それがこのような暴挙に出るとは。

 

 

 

―――まさか気絶していたネギ君を人質に取るなんて。

 

卑怯な!許せない!(キリッ)

 

・・・ごめんネギ君。すっかり忘れてた。

先程までの戦闘の余波で少し煤けているネギ君を人質に取り、能力を戻せと喚いている。

 

どうしよう?

犯人(フェルナンド)は凶器なんかも持ってないし、あのはさみは人に向けると完全にオーバーキルだから使いたくない。

第一、はさみは切るだけで設定は書き足せない。自分の領分を越えている。

 

するとそこへ何故か笑顔のエヴァンジェリンさん達が遣って来た。

お前の不始末の後始末を手伝ってやるとか、これで一つ借りはチャラだとか言っている。

なんでも借りを返せる時に返さないと多過ぎて息が詰まるとか。

 

ありがたくその申し出を受け、さてどうしようか?広範囲凍結魔法で人質ごと凍らせちゃう?などと話し合っていると、近くに居た千雨さんがゆらりと幽鬼の様にフェルナンドの方へ歩み始めた。

 

慌てて止めようとすると、物凄い目で一瞥されその場に固まってしまった。

千雨さんが近づいてきた事でさらにフェルナンドは調子を上げる。

 

 

「ああ千雨!

やっぱり千雨は俺に振り向いてくれる信じていた!

さっきまでのは照れ隠しとして不問にしよう!!

だから千雨!!さぁ千雨からも奴らに言ってくれ!

能力を戻せば、この|主人公(オレ)にした無礼な振る舞いはすべて水に流そうと!

 

―――千雨!!」

 

「・・・と・・・・・・」

 

「ん?千雨、声が小さくて聞こえないぞ。」

 

「・・・め・・・と・・・・・・」

 

「と?」

 

 

「千雨、千雨と馴れ馴れしぃんだ!!!クソ野郎ォ!!!!!」

 

「ぅゴォ!?」

 

 

そして見事な弧を描いた回し蹴りがフェルナンドのこめかみに突き刺さり、フェルナンドは強制的に夢の国へと旅立って行った。

 

 

「「・・・・・・ワーオ。」」

 

「とても見事な回し蹴りです。長谷川さん。」

 

 

 

 

 

 

麻帆良大橋の遠くの方から、ネギの安否を気遣う神楽坂明日菜の声とアルベール・カモミールの声が聞こえてくる。

 

 

 

短くも長かった魔法使い達の夜が終わりを告げようとしていた。

 

 

 

 

 



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13.ある物語の結末

麻帆良学園にある一軒のカフェテリア。

 

そこには平凡な顔立ちの黒髪の青年と、今時珍しい丸眼鏡を掛けた中等部の制服を着た女の子が座っていた。彼らの目の前にはコーヒーが二つ。

 

 

「・・・で?つい苛々してフェルナンドの顔面を蹴り飛ばしたと?」

 

「ついカッとなってやった。反省はしていない。

気持ち良かったし、もう二、三発蹴り飛ばしておけば良かったと思ってる。」

 

「はぁ・・・。

あまり心配を掛けないで下さい。

ふらふらフェルナンドに歩み寄っていった時は、またギアスか何かかと肝を冷やしましたよ。」

 

「・・・その、心配掛けて悪かったよ。」

 

「私も蹴っておけばよかったですね。」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あの後は大変だった。

 

千雨さんは闇黒闘気を垂れ流してフェルナンドの頭を踏みつけてるし。

エヴァンジェリンさんは借りを返し損なったと不機嫌になるし。

茶々丸さんは何故かチラチラとこちらの様子を伺ってくるし。

 

ネギ君の怪我と汚れをはさみを使って切り取り、惨劇に関する記憶も切り取る。

あれはまだ精神が十分に熟成していないネギ君には毒でしかない。

彼は私と大橋で会う直前までの事しか覚えていないだろう。

 

 

神楽坂明日菜とオコジョ妖精がネギ君を探しにこちらにやって来ると、私と千雨さんは脱兎の如く逃げ出した。

 

私は身内の千雨さんが巻き込まれたから事態の収拾に乗り出したのだ。

 

最初から麻帆良での騒動になんか首を突っ込むつもりなんかさらさら無かったし、元々私は身分を詐称している部外者だ。ここで私という存在が学園側に露呈して面倒事に巻き込まれるのは御免である。

千雨さんもこれ以上非常識な世界に関るのは御免だと一緒になって逃げ出した。

 

 

 

 

 

―――気絶しているネギ君とフェルナンド、その他諸々の後始末をエヴァンジェリンさんに丸投げして。

 

 

 

全速力でその場を走り去りながら、背中越しのエヴァンジェリンさんの罵詈雑言を聞き流した。

 

おい貴様らどこに行くんだ。まさか私に事情の説明とか全部押し付ける気じゃないだろうなっておい全速力で走り去るんじゃない!!茶々丸そいつらを捕まえろ!え?嫌?あちら様の不利益になることはしたくない?そんな事を言っている場合って速!?もういない!?ええい!どうするんだ!本当の事を言うわけにもいかんし!この馬鹿の事とかはどう説明すればいいんだ!!ちッ、おい!これで借りは全部チャラだ!!後日ちゃんとした説明をして貰うからな!おい聞いてるか!後で覚えてろよ!!!て、おーい!!!

 

 

 

あーあー聞こえなーい聞こえなーい。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あの後は大変だった。

 

 

エヴァンジェリンさんが。

 

 

 

 

 

 

今日の朝方、どうやって調べたのかは知らないが、私に茶々丸さんからメールが有った。

内容は簡潔に指定の時間にこのカフェテリアまで来て欲しいとの事だったが、それにしてはやけにスクロールバーが余っている。

バーを一番下まで下げてみると文字が打ってあった。

 

 

 

      kor s .

 

 

 

・・・エヴァンジェリンさんは一体何て書く積もりだったんだろう?

 

深く考えると戻れなくなる様な気がしたので速攻でメールボックスを閉じた。

きっと茶々丸さんが入力を間違えたにちがいない。うん。

 

これで約束の時間に遅れようものなら・・・・・・考えたくも無い。

身の危険を感じ、かなり早めにカフェテリアに行くと、"なぜか"同じ考えの千雨さんとばったり遭遇した。すこし千雨さんの顔色が悪いが、それを指摘すると私もなのだそうだ。

少し話し合ってメールのあれは茶々丸さんの打ち間違いという確信(願望)にいたると、後はエヴァンジェリンさん達の到着を待つだけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・お前な。あんだけフルボッコにしておいて、まだ足りなかったのか?」

 

「当然じゃないですか。

千雨さんが危険な目に遭わされたんです。足りないぐらいですね。」

 

「ぁ・・・。」

 

 

ストローを持った状態で千雨さんが固まった。ちょっと顔も赤い。視線が横に泳いでいる。

ここでさすがに風邪か?等とは考えない。この普段クールぶっている少女は照れたのだ。

この友達は普段斜に構えている分、ストレートな言葉に弱い。

あーうーと呻りながら言葉を捜している。

 

・・・学校でもこういう姿を見せたら、友人が沢山出来るだろうに。

 

 

「・・・ぁ、ありがとう・・・・・・。あたしも

 

 

「―――貴様ら、私に事後処理を丸投げしておいて乳繰り合うとは良い度胸だなァ?」

 

 

うァわわわわあああああああああああああ!!!!!!??????」

 

 

後ろから声を掛けられた千雨は文字通り飛び上がった。

ぐしゃりとストローを握り潰す。

 

 

「ママママ、マクダウェル!?ててててめぇちちちち乳繰り合うって!!!???」

 

「フン!こっちはさっきまで忌々しいジジイに呼び出されていたんだ。

 

やっとそれが終わって来てみればなんだ?

ストロベリートーク?おい、それはナギに振られた私に対する当て付けか!?

カップル爆発しろ!!!」

 

「意味分かんねぇよ!?」

 

 

この二人、意外に波長が合ってんじゃないか?

ギャーギャー罵り合いを始めた二人を横目に見ながら、あちらはコーヒーを啜る。うまい。

エヴァンジェリンに付き添っていた茶々丸がすっとあちらの方へ近寄ってきた。

茶々丸は流れるような綺麗な動作でお辞儀をした。

 

「改めて自己紹介を。3-Aの絡繰茶々丸と申します。以後お見知りおきの程を。

昨晩の一件は誠に申し訳ありませんでした。」

 

「これはご丁寧に。私は商店街「まほら書店」店員の迷子あちらです。

 

謝罪は確かに受け取りました。これで昨晩の事はもう水に流しましょう。

こちらこそ宜しくお願いしますね。絡繰さん。」

 

「あちら様。どうか私の事は茶々丸と呼び捨てになさって下さい。」

 

「では茶々丸さんと。

私の事はあちらと呼び捨てで結構ですよ。様付けはいりません。」

 

「嫌です。あちら様。」

 

「・・・。まぁお好きな様にどうぞ。」

 

「あちら様。あちら様。あちら様。あちら様。あちら様。あちら様。」

 

「・・・。」

 

「・・・ご主人様?」

 

「なにそれこわい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ある物語の結末」

 

 

 

 

 

 

「では改めて。

もうご存知かもしれませんが、「まほら書店」に勤務している迷子あちらです。」

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。悪の魔法使いにして吸血鬼だ。」

 

 

四人は改めてカフェテリアのテーブルに向かい合って腰を下ろし対談を始めた。

 

 

「ハイデイライトウォーカー、ですか。」

 

「フン。私の事を調べたのか?」

 

「いえ、そこまで失礼な事はしません。真祖の事は知識として知っていただけです。

それに闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)の異名は大き過ぎますからね。この世界に初めて潜った時、表裏問わず情報を集めていた時に小耳に挟んだくらいです。

もっとも千雨さんからクラス名簿を見せて貰った時にあなたの名前が在ったのには驚きました。」

 

 

これはもしかして魔法使い達一流のジョークかなにかなのかと思いましたよ。

あちらがからから笑うと疑問に思ったのか千雨が問い掛けてきた。

 

 

「なぁあちら。マクダウェルってそんなに有名なのか?」

 

「あんまりこっちの裏に詳しくない私でも知っている位ですからねぇ・・・。

なんでも悪い子の所には闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)が来るんだとか。」

 

「・・・なまはげ?」

 

「永い永い歳月を生き抜いてきた偉大な吸血鬼です。

それほど迄にマクダウェルさんの異名は大きいという事ですよ。」

 

「世界を切り取るお前に言われると嫌味にしか聞こえんわ!!

あと、私の事はエヴァンジェリンでいい。恩人に名を許さないほど私は狭量ではない。」

 

「ではエヴァンジェリンさん。

昨夜の騒動はどの様に話が決着したのか教えていただけませんか。

それ如何によっては身の振り方も考えなくてはなりません。」

 

「ふん。丸投げしておいて良く言う。」

 

 

問われたエヴァンジェリンは目を軽く細めて、あちらを一瞥した。

コーヒーで軽く唇を湿らす。

 

 

「心配しなくても貴様らの名前は出していない。」

 

「昨夜の戦闘はあくまでネギ先生とマスターの私的な模擬戦と学園側には通知してあります。

学園側もマスターの計画を黙認し、それどころか一枚噛んでいた状態ですので、そこは問題ありませんでした。しかし・・・」

 

「フェルナンドですか?」

 

「それも在りますが、学園側が一番問題視したのはマスターの封印が解かれた事です。

明言はされませんでしたが、どうやらネギ先生の敗北が確定した時点で結界の電力を即座に復旧させる保険も有った様です。」

 

「ネギ君が勝ったら良し。

負けそうになったら再封印して勝負を有耶無耶にしてしまおうという事ですか。」

 

 

ちらっとエヴァンジェリンさんを見やると彼女は不機嫌そうにコーヒーを啜っている。

見た目は愛らしくて可憐な少女なのに、不穏な気配がそれを全部台無しにしている。

その気配を怖れてか、周囲のテーブルには誰も居ない。

営業妨害ですねわかります。

 

茶々丸が説明を続ける。

 

 

「一部から再度封印せよという意見もありましたが、ナギ・スプリングフィールドとの約定を根拠として提示し学園長がそれを認め、さらにネギ先生の修行期間まで中等部に在籍する事を条件に話は決着しました。

 

しかし一つ問題が。」

 

「どうやって封印を解いたか。」

 

「ご慧眼です。

あちら様の存在を話す訳にもいかず、理由作りには手間取りました。

しかしそこでフェルナンド氏を起用しました。」

 

 

不機嫌そうにコーヒーを飲んでいたエヴァンジェリンさんが、退屈そうに作り話(カバーストーリー)を話し始めた。

 

 

「ぼーやと大橋で交戦後、勝負は私の勝利で決着。しかし私にはぼーやを殺すつもりも無く、引き上げようとした所をフェルナンドが襲撃。

長々と私の殺害計画を読み上げる。これは茶々丸のレコーダーの中に記録されている。

私が要求を拒否すると逆上。その後、交戦。

なんかよく分からない剣が私に掠ると、なんかよく分からないが封印が破壊される。

その後あの馬鹿を撃破。あの馬鹿はその影響か膨大な魔力と異能を喪失。

今に至る。」

 

「なんだそれ。門外漢の私でもめちゃくちゃだって分かるぞ。」

 

 

今まで黙って話を聞いていた千雨さんが、私の心中をそのまま読み上げた。

エヴァンジェリンさんに事後処理を丸投げした私がそんな事を言うのはおこがましいのかも知れない。

 

だがあまりに荒唐無稽すぎる。学園側はこれを信じたのか?

 

エヴァンジェリンさんはだるそうにしながらも話を続ける。

 

 

「聞け。ばかども。

本来、こんな穴だらけの説明では誰も納得しないだろうがな。

あの馬鹿(フェルナンド)に限って言えば、みんな納得するんだよ。」

 

「フェルナンド氏は学園に赴任直後から裏の夜間警備員も兼任されています。

就任直後の顔合わせで彼は魔法先生との模擬戦を要求。

現にガンドルフィーニ先生その他2名の魔法生徒を戦闘不能に追い込んでいます。

 

その時の戦闘に使用されたのが名称不明の膨大な魔力を内包した剣群なのです。

未確認ですが爵位級の悪魔の石化を解く事が出来たとの情報もあります。」

 

「奴もそれらの異能を隠そうともしなかったし、寧ろ誇示していた。

あいつならやりかねんと奴らは思ったのさ。

 

くくっ、それにあの正義馬鹿共。

よっぽど大好きな英雄の卵を得体の知れない男に預けておくのが気に喰わなかったんだろうな。

これ幸いと一部の奴らが馬鹿の本国強制送還を提案している。

アホらしくなって途中で出てきたがな。」

 

「フェルナンドは抗弁しなかったんですか?」

 

 

あちらの問いにエヴァンジェリンは、先程の心底愉快だとでもいう気配は微塵も見せずに、また再び気だるそうにして話を始めた。

もう彼女の中ではフェルナンドは終わった事なのだ。

終わった話をしても詰まらない。

 

 

「あの小心者が?ないだろうな。

プライバシーを主張して前後の映像は切り取ってあるが、提出した茶々丸のレコーダーの内容は本物だ。

奴がお前の存在を話せば、その小娘にギアスを掛けて自分の企みに巻き込んだ事や、好意の暗示や魔法薬を使用しようとしていた事まで掘り起こされかねない。

精神干渉は重罪だ。その他諸々余罪が増えるし、次に舐めた真似をすればどうなるか釘も刺してある。」

 

 

圧倒的自信の源であった能力を喪い心が折れた彼に、もはやエヴァンジェリンに逆らう気概は無い。

黙っていればエヴァンジェリンは元々600万ドルの賞金首だ。

あまり大きな罪にはならないだろうし、罪を償えば静かで平穏な余生を過せるだろう。

 

 

 

―――もはや彼の物語は終わったのだ。

 

 

 

もし彼がこの世界が現実だと認められていればどうなっていただろう。

ここに住む人々は本の登場人物なんかではなく、血の通った人間なのだと。

 

彼は正に規格外の力を有していた。

並みいる魔法使いでは到底達成できない偉大な事が出来ただろう。

 

そして、いつしかその行いは認められ、こう彼は呼ばれただろう

 

 

―――主人公《英雄》と。

 

 

 

だがその未来(可能性)はすでに他の(セカイ)へと分岐して。

この(セカイ)での彼のお話は終わってしまった。あとに残るのは永すぎる後日談(エピローグ)だけ。

 

 

 

 

 

これがあの夜の結末だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、次はお前の番だ。迷子あちら。

 

―――貴様はいったい何者だ?」

 

「何者か、と言われても本「本屋だなんて言ったら張り倒すぞ。」・・・はぁ分かりました。」

 

 

鋭い目線を投げ掛けてくるエヴァンジェリンを尻目にあちらは溜め息をついた。

溜め息をついたあちらは、人生に疲れた老人のようで。

千雨は何も言わず、ただじっとあちらを見つめている。

 

 

「ただ帰るべき家を探す迷子ですよ・・・。」

 

 

あちらは坦々と旅の始まりから之までを話し始めた。

 

目が覚めたら記憶を失っており、見慣れない図書館に居た事。

そこは無限の世界が収められている図書館だった事。

そこである司書に出会った事。

自分が世界から弾き出され、迷子になっていると分かった事。

名前を元の世界に置いて来た為、自分が消滅してしまう事。

それを防ぐためその司書に名を付けられた事。

司書見習いになった事。

不老不死になった事。

本を切るはさみを貰った事。

 

 

―――それからずっと、ずっと自分の世界を探して旅をしている事。

 

―――本当に色んな世界を。色んな物語を。気が遠くなるような時間を掛けて。

 

 

 

なにもこの話を打ち明けるのはこの世界が初めてではなかった。

これまでにも何人か親しくなった人には話したことがある。

恐ろしい事に、その中の2、3人は自力であちらが外の人間であると見破った。

 

疑問に思う人が居るかもしれないが、別に図書館内規に本世界の秘密を話す事についての罰則は無い。

 

言いたきゃどーぞご自由に。

ただ(セカイ)の世界観の混乱を避ける為にあまり口外しない事が望ましい、とあるだけである。

 

それは何故か。簡単だ。

 

この秘密を話しても(セカイ)登場人物(じゅうにん)にはその真偽を確かめる術が無いため、もし聞いても戯言だと聞き流すからである。

 

 

当たり前だ。

 

この世界は本になっていて図書館に収納されています。

そんな話を信じるのは、ネタに困ったSF作家か、話した本人をよっぽど信頼している人間くらいである。

 

 

 

 

そして千雨は後者だった。

千雨はあちらに慰めの言葉も激励の言葉もかけず、ただ彼の話を聞いて

 

 

「そうか。」

 

 

とだけ呟いた。

 

千雨がそれをどういう意味で言ったのかは、千雨にしか分からず。

あちらもそれをどういう意味に受け取ったのかは、あちらにしか分からない。

 

 

―――ただ言える事があるとすれば、それはたった一つだけで

 

彼と彼女は互いを理解し、尊重しあった友達同士なのだ、という事だ。

 

 

エヴァンジェリンと茶々丸は雰囲気を読んだのか、それとも遠目にネギたちが見えたからなのかは分からないが立ち上がった。

 

 

「正直、納得したとも言いがたいがお前にはまだ借りがある。これ以上は何も聞かん。

 

―――お前に悠久の時が在るならば、また会うこともあるだろう。

 

 

・・・ではな。」

 

「では、あちら様。長谷川さん。失礼します。」

 

 

そう言って二人はあちらと千雨を残し、ネギたちの方に近寄って行く。

ネギや明日菜の驚いたような声が聞こえてきた。

 

テーブルに残された二人は暫しの沈黙の後、千雨がそれを破った。

 

 

「・・・それで?いつまでこの世界にいるんだ?」

 

「・・・本当は、本当は初夏まではこの世界に滞在しようと考えていました。

いくつかの懸念事項もありましたし、千雨さんにも心の余裕が有りませんでしたから。

 

けど・・・。」

 

「行くんだ?」

 

「―――はい。」

 

 

ネギ先生は未だに未熟だが、先達の知識や経験を吸い取って教師として物凄い速度で成長している。

これからは魔法使いとしても成長して行き、やがては偉大な魔法使いになるだろう。

フェルナンドに関する懸念も解決された。

 

 

 

ならば、

 

 

長谷川千雨はこれからもちょっと変わった普通の一般生徒として生きていく。

 

迷子あちらはまたいつも通り、自分の世界を探して旅をする。

 

 

 

―――これまで通り。

 

 

 

 

沈痛な面持ちながらも、意思を固めたあちらの瞳を見て千雨は心が引き裂かれそうな痛みを感じた。

 

しかしそれは決して表には出さない。

いつも通りの憮然とした表情を造る。造らなければならない。

 

 

千雨には分かっていた。

 

―――自分のこの淡い想いがあちらを急な旅路へと急がせたのだと。

 

 

あちらは千雨の想いが明確な形になる前に、旅に出ようと考えたのだ。

そして自惚れでなければ、あちらにも千雨に対する同じような想いがある。

その両者の想いが明確な形になって名前が付く前に。その想いを淡いままで置いておく為に。

 

今ならまだ、胸を張って友達だといえる今だからこそ。

 

 

 

 

 

―――あちらは今日、出発する。

 

 

 

 

 

迷子あちらには元の世界に帰るという目的がある。

 

長谷川千雨にはこの世界での平穏な生活がある。

 

 

両者の想いは、どちらかの願いを切り捨てなければ交わらない。

今ならただの友達で済む。

 

 

「ちッ、急にこんな大事な話をすんじゃねーよ。たく。」

 

「ふふ。まぁ思い立ったが吉日ともいいますし。」

 

「け、てめぇのそれは行き当たりバッタリって言うんだよ。」

 

 

互いを十全に理解し有っている仲だ。

お互いの想いにも考えにも見当は付いている。

 

 

だから、お互い口には出さない。ただ軽口を叩き合う。

 

 

 

「他の奴らに挨拶はいいのか?」

 

「ええ。店長にはもう言ってありますし。

エヴァンジェリンさん達はなにか見当がついていたみたいですしね。ネギ君には千雨さんからお願いします。」

 

「あたしに面倒事を押し付けようってか。・・・まぁいい。言っといてやるよ。」

 

「買い物の約束、果たせなくて申し訳ないですね。」

 

「そう思うならいつかまたこの世界に来た時にでも付き合って貰うさ。」

 

「――――――。ええ。必ず。」

 

 

 

あちらは椅子から立ち上がり、いつからそこにあったのかトランクを持ち上げた。

あちらがいざ一歩を踏み出そうとした所で、千雨は彼に訊ねた。

 

 

 

「なぁ、あちら。

 

 

 

 

―――あたしたち、友達だよな。」

 

 

 

「ええ、千雨さん。

 

 

 

 

―――私達は、友達ですよ。」

 

 

 

千雨はその答えを聞き、嬉しいような、悲しいような、すべて内包したようなとても綺麗な微笑を浮かべた。

 

 

 

「さっさと行け。ばか。」

 

「コスプレも程ほどにね。」

 

 

千雨は目の前のコーヒーに目を落とし、ストローの無くなったそれを啜る。

ぱたん、とハードカバーの本を閉じた様な音が響き、千雨が顔を上げるとそこには誰も居なかった。

お互いにさようならは言わなかった。

 

 

ふぅ

 

千雨は息を吐き、眼鏡を外した。

いつもは外では絶対に外さないソレが、今では煩わしい。

 

 

「長谷川さーん!!」

 

 

ネギ先生が名前を呼びながら走り寄ってくる。

少し後ろの席には神楽坂明日菜やその肩に乗ったオコジョ、マクダウェルや絡繰の姿もある。

 

あいつらまたコーヒー飲んでんのか。

どうでも良い事を考えながら、ネギに意識を移す。

 

 

「ネギ先生。どうしたんです?何か用ですか?」

 

「あ、あのさっきまでここに居たあちらさんはどこに行ったんですか?

お茶の約束をしていたので、一緒にどうかと思って。」

 

 

あちらめ。こっちの方も約束すっぽかしたのか。

軽い頭痛を感じてこめかみに手を添える。

 

 

さて。どう言ったものか。

本当の事を言うわけにもいかないし。

 

 

 

 

・・・そうだ。奴にぴったりの言い回しがあるじゃないか。

 

 

 

そして千雨はニヤリと、ネギが顔を赤らめるような不敵で素敵な笑顔を浮かべ、こう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あちらはね。本を探しに行ったんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---END.

 



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14.迷子と魔女

―――ある図書館世界、「あっち」方面書架群

 

 

 

「こんにちは、厚木さん。」

 

「お。あちらさん。お久しぶりですね。お元気でしたか?」

 

「ええ。厚木さんもお変わりなく。」

 

 

ふよふよ浮いていた厚木は作業していた手を一旦止める。

厚木の闇色のローブは蠢きながら伸縮して、彼女の元で整理されていた本を本棚へと押し込んでゆく。

本を仕舞い終えると、降り立った厚木はあちらに一つ提案をした。

 

 

「さて、あちらさん。お急ぎでなければお茶の一杯でも如何です?」

 

「無論、喜んで。それこそ時間は本が腐るほどありますからね。」

 

 

不老不死の二人が顔を見合わせ、ブラックジョークににやりと笑う。

あちらは厚木の提案に賛成し、半ば彼女が私物化しつつある談話室へと足を運んだ。

 

そこは厚木が頻繁に利用している談話室だった。

備え付けの備品以外にも厚木が持ち込んだ私物が置かれてある。

 

厚木は着ていた闇色の三角帽子とローブを脱ぎ、近くの椅子の背もたれにそれを掛けた。

短めに切られた金色の髪がさらりと揺れる。

談話室に持ち込んだ茶器を使い、彼女はお茶を淹れ始めた。

 

 

「そういえば最近カミサマ被害があったんですが、あちらさんの所は大丈夫でしたか?」

 

「最近と言われても、ここと本では時間の流れが違うじゃないですか。

 

・・・まぁ確かに被害者(トリッパー)の方がいらっしゃいましたけど、あまりに目に余ったので本を切ってしまいました。」

 

「ハァ・・・そうですか。

結構な本が被害にあったので、まだ全体の被害数を把握できてないんですよ。

 

 

・・・あのクソガミが。」

 

 

少しスイッチが入ってしまっている厚木からあちらはカップを受け取り、喉の渇きを潤した。

あまり飲んだ事のない味だったが、さっぱりとした風味でとても美味しい。

 

張り詰めていた心が解されていく様だった。

 

・・・どうやら自分で思っていたよりも千雨さんの事が堪えていたらしい。

 

 

「・・・美味しいお茶ですね。」

 

「ええ。こっそりお茶の美味しい(セカイ)から取ってきた物なんです。内緒ですよ?」

 

「ええ・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

「何か悩み事ですか?」

 

 

厚木は優雅に口つけていたカップをテーブルの上に置いて訊ねてきた。

あちらは厚木の方には顔を向けず、ただカップの中のお茶に映る自分の顔を見詰めている。

 

あちらはぽつりぽつりと言葉を漏らす。

 

 

「いえね。自分というのは度し難いものだと。

 

分かっていたはずなのに。彼女に初めて会ったときから。

彼女の傍にいればいる程、深みに嵌まり旅立ちには重荷になると。

 

だけど私は居心地の良さから、考えを先送りにして。

 

挙句の果てに彼女に想いも告げさせず、友達としての役割を押し付けた。」

 

「・・・。」

 

「今までの旅で想いを告げられた事も、一夜の思い出と床を共にした事もあった。

そしてその度に私は総てを振り切って旅に出た。自分の世界を探すために。その度に思うんです。

 

 

―――ねぇ厚木さん。私は一体何のために旅をしているんでしょう?

記憶に欠片も無い故郷のため?見知らぬ故郷の人々に再会するため?

 

 

 

それとも旅をするため(・・・・・・・・・)?」

 

「・・・。」

 

「永い永い旅を続けてきて段々分からなくなってきた。

私には分からない。目的が。ゴールが。私の世界が。

 

 

―――私の家はどこ(・・)だ?」

 

「・・・。」

 

 

厚木には何も言えない。

彼を司書見習いとして旅へと送り出したのは彼女なのだ。

 

あちらはよっぽど参っていたのだろう。

何時もなら厚木にこんな事を言っても困らすだけだと、いつもののらりくらりとした言動で場を流すのだが、その事にも彼は気付かない。

 

厚木は思う。

彼を旅立たせた事は間違いだったのではなかったのかと。

本当に彼に必要なのは自分の世界なのではなく、自分の帰るべき居場所というモノを作ってあげるべきだったのではないかと。

出会った初めに、何も知らない彼をどこか適当な平和で優しい本へと送り出し、平穏な生活を享受させるべきだったのではないか。

 

私達には及ばないが、それでも彼も永い時を旅してきた。

このまま旅を続ければ彼の魂は遠からず磨耗する。凍結処理は肉体は守っても心は守ってくれない。

 

動かない心は物と同じだ。

 

 

もうやめろとでも言うか?

 

貴方は十分に頑張ったのだから、もう休もうと?

 

どこかの本で平穏に生きろと?

 

 

馬鹿な。そんなこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――私が認めるものか(・・・・・・・・)

 

 

 

やっと(・・・)やっと見つけたのだ(・・・・・・・・・)

 

 

 

貴方は私の!私の・・・!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「厚木さん?」

 

「へ?」

 

 

私をあちらさんが心配そうに覗き込んでいる。

どうやら深く考え込んでいたようだ。・・・・・・考えて?はて?

 

何を考えていたっけ(・・・・・・・・・)

 

 

「すいません。なにかぼーとしちゃって。

ちゃんとカミサマの一件が片付いてから寝たんですけどね。」

 

 

すぐ忘れているぐらいだ。どうでも良い事なのだろう。

あははと笑って誤魔化すと、あちらさんはとても申し訳無さそうな顔で謝ってきた。

 

 

「すいません。こんな事、厚木さんに言っても不快にさせる位なのに・・・。」

 

「いえ。嬉しかったですよ?

あちらさん私に愚痴とか相談してくれないから、頼られてとても嬉しかったです。

有効な助言が浮かばないのが口惜しいですが・・・。」

 

「いえ。聞いて貰えただけで大分楽になりました。ありがとうございます。」

 

 

頭を下げるあちらさんに私は言葉を投げかける。

 

 

「少なくとも、ここにはいつでも帰ってきて良いですからね?私ぐらいしか利用していないですし。

次は貴方の好きなスモークサーモンのサンドイッチでも用意しておきますからね。」

 

「ふふ。ありがとうございます。」

 

 

あちらさんは珍しくにっこりと、何も含まない笑顔を浮かべた。

いつもこれなら女の子が放って置かないでしょうに。

いや、彼これでももてるんでしたっけ。

 

 

「あと今度は私の飼っている犬も紹介しましょう。とっても可愛いんですよ。」

 

 

するとなぜかあちらさんは微妙な顔をした。

?もしかすると犬が嫌いなのかな?

 

 

「フェルナンドでしたっけ・・・?・・・白いチワワ・・・?」

 

「ええ。そうですよ。ちょっと変わってますが良い子で可愛いんです。」

 

「・・・まさかとは思いますが、左右で目の色が違ったりして―――なーんて!まさかそんな」

 

「あれ?言ってましたっけ?」

 

「・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「迷子と魔女」

 

 

 

 

「それであちらさんはこれから如何されるんです?」

 

「もちろん。旅を続けますが、ちょっと友達に会いに行ってきます。」

 

「まぁ此処と本世界は時間の流れが一致しませんからね。

あなたは久しぶりでも先方はそうでもなかったりしますね。」

 

「さすがにページをある程度絞ってから潜りますよ。」

 

 

お茶ご馳走様でした。

 

カップに残ったお茶を飲み干してあちらは立ち上がった。

脇にはいつものトランクが一つ。

 

 

厚木は椅子に座ったまま彼を見送る。

 

 

「今度こそ、貴方の世界が見つかるといいですね。」

 

「だといいんですが。サンドイッチ楽しみにしています。」

 

 

―――では、また。

―――ええ、また。

 

あちらは次の本を目指して談話室を歩き去っていった。

 

 

―――後に談話室に残るのはカップを傾ける厚木だけ。

 

 

談話室に静寂が戻り、茶器が擦れ合う音だけが響く。

 

だが異変が起きる。

 

部屋の明かりが、それこそ照明を絞っていくかの様に段々暗くなってく。

しかし厚木に慌てた様子は全く無い。ただ静かにお茶を飲む。

 

次第に談話室の闇が深くなって行き、僅かに発てていた音も闇に吸い込まれていく。

 

 

「ええ、"また"。"また"会いましょう――――――。」

 

 

談話室は完全に闇黒に沈み、厚木の発した声も闇黒に溶けて消えていく。

 

ふっと部屋の照明が戻るとそこには誰の姿も無く。

ただ、テーブルに置かれた二つのカップだけが、人が存在していた事を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――国連太平洋方面第11軍 横浜基地 地下19階

 

 

 

 

「副司令。先程、基地正面ゲートに副司令にお会いしたいという男がやって来たのですが―――。」

 

「―――ふぅん。アポもなしに?どこの馬鹿よ?

 

まぁいいわ。誰であろうと適当に追っ払んなさい。

唯でさえ桜花作戦後は掌返したゴマすり連中がわんさか溢れてんだから、いちいちそんなの相手にしてらんないわ。」

 

「・・・よろしいのですか?」

 

「よろしいのよ。アポ無し来るのが悪いんだから。」

 

「やって来たのは、あの『迷子の中尉』殿ですよ。」

 

「・・・はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、あちらは基地正面ゲートの警備の伍長と楽しくおしゃべりしていた。

 

 

「しかし、久しぶりですね。伍長。」

 

「はい。中尉殿もご健勝そうでなによりです。急に退役されたと聞いたときは驚きましたよ。」

 

「・・・あー。はい。ちょっと都合がありまして。基地の皆さんは元気にしてますか?」

 

「私もあまり詳しい事は存じませんが、白銀中佐やヴァルキリーズの皆さんは元気そうでしたよ。

昨日もPXで白銀中佐を巡ってなにかラブコメしてましたね。」

 

「あれ、まだやってるんですか。

・・・確か法律が改定されて重婚可能になったんじゃありませんでしたっけ?」

 

「どうも、誰が第一夫人になるかで争っているみたいですね。

トトカルチョは今の所、鑑中尉がトップですね。中尉も買って行かれます?」

 

「興味は尽きませんが辞めときます。配当を受け取るのに時間がかかりそうなので。

他の皆さん、京塚曹長や副司令や社さんは?」

 

「京塚曹長は元気ですよ。有り過ぎる位です。もし時間が有るのであれば会われていかれては?

副司令たちは・・・中尉、お迎えです。ご自分でご確認を。」

 

 

伍長はあちらの後ろに視線を向けると、急に真面目な顔になってびしっと敬礼をしてきた。

しかし口元が愉快気にニヤついている事が、これから起こる事態を面白がっているのが丸分かりだった。

 

背後からする荒々しい足音と禍々しい気配に背筋を凍らせながら、あちらは最後の抵抗とばかり吐き捨てた。

 

 

「・・・"元"、中尉です。伍長ブッ!?」

 

 

直後、あちらは顔面を大地に叩き付けた。

 

誰かがあちらの背中に乗っている。その人物は白衣を翻し、ぐりぐりとあちらの頭を踏んでいる。

 

 

「あら、迷子あちら退役中尉殿。お久しぶりね?」

 

「ぐぺ。・・・香月夕呼副司令閣下もお元気そうで何よりで。

 

ちょっとヒールが刺さって痛いので降りてくれると嬉しいのですが・・・ぺ!?」

 

「ちょっと?ならご希望にお答えしてもっと痛くしましょうか。

 

―――それよりもあちら?そんな事より私に言わなければいけない言葉があるでしょ?」

 

 

夕呼はあちらの頭を踏みしめながら、嗜虐的な笑顔を浮かべながら問い質してくる。

その問いにあちらはしばらく考えた後、こう答えた。

 

 

「・・・夕呼さん、ちょっと太った?」

 

 

夕呼はサッカーボールを蹴るかの如く、容赦の欠片も無い所か殺意しかない蹴りをあちらの頭部に叩き込み、あちらの意識を強制終了させる。

何事も無かったかのように夕呼は傍で一部始終を見ていた伍長に話しかけた。

 

 

「この馬鹿は貰っていくわ。ボディチェックも検査も不要よ。

荷物は後で私の部屋に持ってきなさい。

 

問題は?」

 

「ノー、マム。」

 

 

伍長も平然と何事も無かったかのように振舞った。

若干あちらを見る目に呆れも含まれていたが。

 

 

「社!戻るわよ。この馬鹿の足を片方持ってちょうだい。」

 

「・・・。」

 

 

少し離れた所に立っていた霞はちょこちょこ近寄ってきて、あちらの足を片方持つ。

夕呼も片方の足を持ちあちらをずるずる引き摺って行く。

 

霞が夕呼の顔を覗き見ると、彼女は不機嫌そうに顔を顰めていたが、本心は全然違うなんてことはリーディング能力なんかが無くても察する事ができた。

 

 

怒っているというのも本当だが、それよりも気恥ずかしくて正面から顔が見れなかっただけだ。

 

―――ようするに照れていただけだ。

 

ある元因果導体やヴァルキリーズの隊長が聞いたら卒倒しそうだが、この女性の親友の少佐は納得するだろう。

 

 

ずるずると気絶した男性を引き摺って夕呼と霞は基地内を歩んでいく。

 

道すがら出会う人々は一瞬ぎょとした顔になるが、すぐにいつもの事か納得して自分の仕事に戻っていく。

皆日頃から白銀中佐を始めとする騒動でこういう事には耐性がついている。

 

魔女とその助手は気絶した迷子を引き摺って歩いていく。

 

目的の魔女の部屋は直ぐそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは人類が侵略者と己の生存圏を賭けて熾烈に争う世界。

 

 

そしてここは極東国連軍横浜基地。対BETA戦略の重要拠点。

 

 

 

―――桜花の英雄と戦乙女達が守護する、魔女の棲家である。

 

 

 

 

 



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Ex1.外伝:あなたの隣で

千雨編分岐エンディング。

あり得たかも知れない、本世界のもう一つの結末。


さあて、親愛なる読み手の皆様方。

 

 

これにて迷子あちらのこの(セカイ)での活躍、もといお話は終わりを告げました。

別に彼は活躍という程の偉業をこの(セカイ)で達成したわけではありません。

 

ただ未来の英雄の雛鳥の悩みを聞き、周囲からズレた少女の愚痴を聞いただけです。

 

まぁ確かにあの訪問者との決着は彼がつけましたが、あの事態が起こってしまったのはカミサマの所為であり、カミサマ諸々の問題対処は司書の責務です。間接的に彼は司書助手としての責務を果した事になります。取り立てて褒め称える事でもありません。

あぁうっかり吸血鬼の呪いも切ってしまったんでしたっけ。

 

多少の誤差は有れど、彼らは正史通りの道程を歩んで行くでしょう。

 

 

―――ほんの少し、ほんの僅かだけ、正史よりも心の強さを持って。

 

 

そして迷子あちらは自身に芽生えた淡い感情に名前が付く前に、それが固まってしまう前にこの本から旅に出ました。想いが固まってしまえば自分の目的が達せられないと思ったんでしょうね。

互いに友情を誓い合い、まるで振り切るかのように旅に出ます。

 

 

それは永い永い終わりの見えない旅です。

これからも彼は自分の世界を求めて、また新しい(セカイ)へと旅をしていく事でしょう。

 

 

 

 

しかしながら無責任な立場《読み手》の私から一言言わせて貰うと

 

 

 

・・・この女泣かせめ。

 

 

あんなに優しくて思い遣りのある女の子を泣かせるなんて。

彼女自身は気付いていないでしょうが、想いはすでに昇華されて、名前を持ちつつありました。

 

―――しかし彼女はあちらの負担にならない様に、憎まれ口を叩いて彼を送り出します。

 

もし彼女がその一片でも想いを吐き出せば、必ずあちらは彼女に傾いた事でしょう。

二人は余りに互いを理解していたがため、互いの想いを言葉にしなさ過ぎた。

 

 

ただ一言、言えば良かった。

 

 

―――寂しい、と。

 

 

だけどその機会はもう消え去り。彼は既にいない。

これから彼女は時間をかけて、自分の想いと感情に折合いを着け、元の日常に帰って行くのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――おっとそこの貴方に貴女。いまちょっと思いましたね?想像しましたね?

 

 

二人が幸せに過す物語が読みたいと。

二人が共に歩んでいく物語が読みたいと。

 

 

え?思ってない?じゃ違う人かな。

まあそんな些事はどうでもよろしい!

 

 

読みたいと!思ったならば!!本を出すのが我らが大図書館!!!

 

 

あなたがふと物語を心に思い浮かべたのなら、それは(セカイ)となって生み出され、我が図書館に収納されて行くのです。

なればあなたが読みたいと願った(セカイ)はすでに此処にあります。

 

 

―――それではご案内致しましょう。その(セカイ)の元へ。

 

 

 

わ、私ですか?・・・コホン!これは失礼を。

 

申遅れました。私はこの図書館の館長を勤めております。以後良しなに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?外伝

 

「あなたの隣で」

 

 

 

 

 

―――そして彼と彼女はどうなったのか―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――麻帆良学園祭最終日、中等部図書室

 

 

 

 

「ククク、超鈴音…。」

 

 

本当にやってくれる。

 

魔法をばらす?

 

強制認識魔法?

 

わざわざ此処で?

 

学園祭最終日に?

 

 

―――やっと決心が着き、あちらに告白しようってタイミングで!!!

 

 

 

未だに恋人同士じゃなかったのかという突っ込みは有るかもしれないが(周囲の人間は恋人同士だと思っている)、あの後(・・・)は遠出(=デート)という一大イベントにお互いテンパって仕舞いそれどころではなく、その後も二人がいい雰囲気になると何かしらの邪魔が入り、ずるずると友達以上恋人未満を地で行っていた。

 

千雨は焦っていた。

 

最近、茶々丸があちらを見る目が何かを含んでいるようで怖いし、何よりあちらがモテ始めた。

本人は気にしていないかもしれないが、司書見習いを辞めた頃からあの胡散臭い雰囲気が無くなった。

あちらはあの雰囲気が無くなると美形と言うほどでもないが、そこそこに見れる顔だ。それに加えあの物腰の柔らかさ。

 

未だ恋人同士とは言えない関係ではあるが(と本人達は思っている)、それでも互いの想いは同じだと思っている。あちらが他の女の子に靡くはずがないと理性は分かっていても感情が納得しない。

 

ではさっさと告白して恋人同士になれば良いと思うかもしれないが、千雨は元々あまり自分に自信が持てない少女である。億が一つにも在る筈が無いのに、振られたらどうしようと後一歩が踏み出せずにいた。

 

そこで耳にしたのが学園祭での世界樹の噂である。

 

 

そこで千雨は決心した。

別にデマでも良い。だが良い機会だ。

 

この学園祭期間中にあちらに告白するんだ。

そしてあちらとこ、こ、恋人同士にッッッ!!!

 

 

と意気込んで学園祭を迎えたのは良いものの・・・・・・

 

 

 

よほどカミサマはあたしのことが嫌いらしい。

まあカミサマの天敵である元司書に告白しようとしているのだからあながち間違いではないが。

 

学祭期間中、コスプレイベントであちらが一騒動起し、古本市で働いているあちらに会いに行けば、ネギ先生のキス騒動に巻き込まれる。ネギ先生にあちらさんと見に来て下さいと言われて武道会に行ってみれば万国人間ビックリショー会場で、武道会後はネギ先生と茶々丸がくっ付いて来てデートも出来ずにマスコミに追いかけ回される。

挙げ句の果てにタイムマシンだァ?ぶっとばすぞ。

 

超鈴音はネギ先生の子孫?

事ある毎にあたしを騒動に巻き込むのは遺伝か何かかオイ。

 

ん?待てよ。

超鈴音がネギ先生の子孫ならば、もしネギ先生を殺してしまえば超は生まれず、あたしは告白できる。

 

 

よし

 

 

「ネギ先生を殺そう。」

 

「兄貴逃げて超逃げて!

 

千雨の嬢さん、後生だぁ!正気に戻ってくれ!」

 

 

 

カシオペアの時間跳躍による魔力不足で寝込んでいるネギに止めを刺そうと近づいていく千雨。

それを止めようと必死に千雨に纏わり付くカモとの不毛な攻防はしばらく続いた。

 

 

「ちッ。・・・ジョーダンだよ。」

 

 

嘘だ。

本当に残念そうだ。

はたき落とされたカモは自分の顔が恐怖に引き攣っているのが分かった。

ちょっと仮契約のためにハルナ達を外に出したのは早計だったかも。

 

 

「それでオコジョ。さっきのセリフがよく聞こえなかったんだ。もう一回言ってくれねぇか?」

 

「あ、ああ。あんたも知っての通り、今学園結界を含むシステム群が超一味に制圧されている状態だ。

この事態は兄貴達がこれから強制認識魔法の発動を阻止しようって時にうまくない。

そこで嬢ちゃんに兄貴と仮契約してもらって戦力を増強して、システムの奪還を担ってもらおうと思ったんだがぐべぇ!!??」

 

 

そこまで言ったカモは千雨に哀れ踏みつけられ、しかも足に力が込められる。

 

 

「ちょちょ嬢ちゃん!?何をぐえ!?・・・千雨の姐さん!?やめてぇ!!!???ぐりぐりしないでぇぇえ!!!!????出ちゃううぅぅぅ!!内臓とか魂的な物がはみ出ちゃう!!!!!」

 

「へぇ?仮契約(パクティオー)?つまり神楽坂や綾瀬みたくネギ先生とキスしろと?」

 

「ま、まぁ早い話がきゅ!?」

 

 

そしてさらにカモにかかる圧力は増していった。

 

 

「死んでも誰がするかボケェ!?」

 

「らめぇぇええぇぇぇ!!??出ちゃううぅぅう!!!???」

 

 

コントのようなやり取りはしばらく続いたが、カモが昇天しそうになると千雨は一旦圧力を緩めカモを冷たく見下ろしながら一言一言強調するかのように話した。

 

 

「い・い・か。よォく聞けオコジョ。

あたしは超鈴音の事はどうでも良い。いや、確かにぶん殴ってやりたいが。

あたしは非常識(ファンタジー)が日常に侵食してくるのを食い止めたい。

おまえは世界に魔法が公表されるのを回避したい。

互いの利益は一致している。協力もしよう。仮契約(パクティオー)も吝かじゃない。

 

だが"それ"はダメだ。許容できない。あたしの相手(パートナー)は決まっている。

 

アンダースタン?」

 

「・・・オ、オーケーオーケー。分かったよ姐さん。

あちらの旦那には散々世話になってんだ。俺っちも恩を仇で返す様なオコジョじゃねぇし、それにちょいと複雑だが他に手段が無い訳でもねぇ。」

 

「だったら最初からそれを言え!」

 

「いやそっちの方が面白そうだし楽だからげぷッ!!!??」

 

 

結局、余計なことを口走ったカモは踏み潰された。

 

 

 

 

 

 

―――さて。その後(・・・)とは一体いつの事だろう?

 

―――話は少しばかりあの運命の分かれ目となる日へと巻き戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長谷川千雨はこれからもちょっと変わった普通の一般生徒として生きていく。

 

迷子あちらはまたいつも通り、自分の世界を探して旅をする。

 

 

 

―――これまで通り。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ぃゃ、だ・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――これまで通り?

 

 

・・・馬鹿か私は。

これまで通りになどなるものか!!

 

分かっているだろう?察しているんだろう?

長谷川千雨の胸中を。

 

ならばなぜ、これまで通りとなんか言えるんだ?

こうなると分かっていただろう。迷子あちら。

 

あの曇天の日に彼女の姿を見たときから。話をしたときから。

 

このまま彼女の傍にいれば離れなくなると。だから深入りするなと。

それなのに居心地の良さからお前は考えるのを後回しにして。

彼女の心に根付いて。

いざその心が分かるとなると急に怖くなって。

一切合財有耶無耶にして。

 

他の世界に旅立つ?

 

 

彼女に友情を押し付けて。

友達だから見送ってくれと言って。彼女の想いを置き去りにして。

 

恐らく、そうしても彼女は見送ってくれるだろう。

自分の想いも何もかもを棚上げして、私が気負わないようにいつもの仏頂面で、悪態をつきながら。

 

今の言葉は恐らく彼女が意図しない最後の信号だ。

無視する事も出来る。それを聞かなければ友達同士として笑い会って旅立つ事も出来た。

 

 

―――だが無理だ。私はそれを聞いてしまった。

 

 

傷だらけになっても背筋を伸ばして歩く姿がかっこいいと感じたから。

 

 

自分もあの様になれたらと。

 

 

そんな彼女だから傍に居たいとも思った。

 

 

いつも学校や学園の愚痴や文句をいう彼女。

 

 

しかし弱音や泣き言は一度も吐かなかった彼女。

 

 

 

―――その彼女が言った、おそらく最初で最後の弱音/わがまま。

 

 

……無理だ駄目だ否だ。私には無視できない。

 

 

 

・・・あぁ、なるほど。

これが俗に言う惚れた弱みという奴か・・・。

 

 

 

くくくくくっと笑い始めた私を不審に思ったのか、千雨さんが気遣ってきた。

 

 

「おい、あちら。大丈夫か?気は確かか?」

 

「・・・いや。案外狂っているのかも知れません。」

 

 

何に、とは言いませんが。恥ずかしいですし。

私はなんでもない風を装って千雨さんに宣言した。

 

 

「やっぱり旅に出るのは延期します。」

 

「・・・はァ!?何で!?」

 

「おや。千雨さんはさっさと行って欲しいんですか。・・・泣きますよ?」

 

「そんな事は言ってねぇし!つーかいい年した野郎が泣くとか言うな。普通にキモいは!?」

 

「嘘です。ほら正直。私が旅立っちゃうと千雨さん、友達ゼロになっちゃうじゃないですか?

百人とは言わないまでも2、3人出来るまでは居ないと可哀想かなぁって。」

 

「理由が哀れみ!?余計なお世話だコラァ!!」

 

「だから、ほら。

 

・・・まだちゃんと傍にいますよ。」

 

 

私と千雨さん。この想いに決着がつくまではね。

 

 

「チッ。・・・そーかい。わかったよ。」

 

 

フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向く彼女。千雨さん、耳が真っ赤だよ。

 

 

「うるせーバカ。黙れ。」

 

「ふふふ。」

 

 

向こうのテーブルからネギ君が手を振っている。すると見慣れない少女が神楽坂明日菜か。

エヴァンジェリンさんや茶々丸さんもむこうでコーヒーを飲んで寛いでいる。

エヴァンジェリンさんは旅に出ると思っていた私がまだ居る事に不思議そうな顔をしていたが、理由が思い至ったのかまるで笑い猫の様にニタリと笑った。ええ、ええ。そうですよ。惚れた女に泣かれて止めました。

茶々丸さんは相変わらず無表情だが、その割には視線が強い。なぜ?

 

ネギ君たちのテーブルの方に歩きながら、さり気無く私は千雨さんに訊ねた。

 

 

「千雨さん。」

 

「・・・なんだ。」

 

「明日、例の約束も兼ねて遠出しませんか?原宿か新宿辺りに。」

 

「いいよ、付きやってやる。その代わり荷物しっかり持てよ。」

 

「了解いたしました。」

 

 

――――――ッ!!!!

 

ああ駄目だ。

意識し始めたらもう止まらなかった。

心臓が物凄い勢いで鼓動を打っている。これはまずい。

あくまでさり気無く、あくまでさり気無く、私は千雨さん側の顔を手で覆った。

 

物凄く顔が熱い。やばい。赤面してる。

 

すでに私はやられちゃてたんだな、としみじみ思う。

恐らくはあの曇天の日から。この長谷川千雨という少女に。

 

 

あちらは顔を覆っていて気付かなかったが、この時千雨もまったく同じ事をしていた。

二人とも相手に自分の顔が見えないように、まるでシンメトリーの様に掌で顔を覆っている

……が、傍目から見れば赤くなっているのが遠目でも丸分かりである。

 

 

それをテーブルから見ていた明日菜は、あぁ長谷川に恋人が居るってのは本当だったのね、と能天気な事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ある図書館世界、「あっち」方面書架群

 

 

 

「お久しぶりです。厚木さん。」

 

「あぁ、あちらさん。お久しぶりです。旅の方はどうですか?順調・・・では無さそうですね。」

 

「まぁ順調だったらとっくに本を見つけてますからね。」

 

 

ここは厚木やあちらが頻繁に利用している談話室。

そこには備え付けの備品以外にも厚木が持ち込んだ私物が置かれてある。

厚木は書き物をしていた手を止めてあちらの訪問を歓迎した。

いつも着ている闇色の三角帽子とローブは壁に掛けられていて、白いブラウスと紺のパンツの装いだった。

立ち上がった拍子に、彼女の櫛の通りが良さそうな、金糸の様な髪がさらりと揺れる。

周囲には乾いたインクと古書の薫りが漂う。

 

談話室に持ち込んだ茶器を使い、彼女はお茶を淹れ始めた。

 

 

「そういえばつい先日カミサマ被害があったんですが、あちらさん居た本はどうでしたか?」

 

「先日と言われても、ここと本では時間の流れが違うじゃないですか。

まぁ確かに被害者(トリッパー)の方がいらっしゃいましたね。大分カミサマに設定を付けて貰って本人はご満悦のようでしたが・・・。」

 

「・・・どうされたんですか?何かあったんですか?」

 

「いえ。実はその方と戦闘になってしまったんですが・・・。

ちょっと頭に来てしまって、その方の設定をはさみで切り取ってしまったんですよ。」

 

「あちらさんが?誰か個人に向けてはさみを使うなんて珍しい事も有ったものですね。

 

・・・あのカミサマ結構好き放題やってくれたみたいで。

結構な数の本が被害にあったので、まだ修復出来ていない本もあるんですよ。

 

 

たく・・・あのクソガミが。」

 

 

軽い寝不足なのか、簡単にスイッチが入ってしまっている厚木からあちらはカップを受け取った。

香る薫りは眠気を覚ます効果のあるハーブティーか。澄んだ薫りがした。

 

 

「美味しいお茶ですね。」

 

「ええ。こっそりお茶の美味しい(セカイ)から取ってきた物なんです。内緒ですよ?」

 

 

厚木はあちらにお茶を褒められたのが嬉しいのかニコニコしている。

あちらはその笑顔をこれから曇らせるのかと気が重くなった。

 

 

「厚木さん。お話があります。」

 

「はい。なんでしょう?」

 

 

軽い調子で答えた厚木は自分のカップに優雅に口を付けている。

だがそれもあちらの言葉を聞くまでだった。

 

 

「司書見習いを辞めようと考えています。」

 

「・・・辞める?司書見習いを?」

 

「はい。」

 

「・・・理由をお伺いしても?」

 

 

あちらは言いよどんだが、やがて意を決して厚木の目をしっかり見据えて理由を述べた。

 

 

「―――好きな人が出来ました。彼女と添い遂げたいと思っています。」

 

 

厚木はじっとあちらの視線を受け止めていたが、そっと視線を外した。

まるで自分を落ち着けるかのようにお茶を口に含む。

そして一息つくと話し始めた。

 

 

「特定本世界への定住申請・・・確かにそれだけで司書見習いの資格を剥奪する理由になります。

元々、司書見習いの資格もグレーゾーンを突いたものでしたからね・・・。

 

しかし、良いのですか?

別に資格を返上しなくても、今のあなたは仮とはいえ不老です。

その方と添い遂げるだけなら定住申請で無く、いつも通りの滞在で充分なのでは?

 

その方が天寿を全うされるのを待って、また旅を続ければ宜しいじゃないですか。

 

 

・・・あちらさんは元の世界に帰る事はもういいのですか。」

 

 

厚木の疑問にあちらはなぜか一瞬寂しそうな顔をした。

脳裏には記憶にない故郷が浮かんでいるのだろうか。

 

しかし、あちらははっきりと、何の迷いも無く断言した

 

 

「―――はい。」

 

 

軽く目を見開いた厚木にあちらは言葉を重ねる。

 

 

「今まで本当に永く旅をして来ました。

色んな場所にも行きましたし、色んな人にも会いました。

 

そして旅をしながら、考えていた事があるんです。

私は何のために旅をしているんだろう、と。

 

見知らぬ故郷に帰るためか?それとも思い出には欠片も残っていない人々に再会するため?

 

ずっとずっと考えて。旅をして。引き止める人を振り切って。

 

けれど、やっと答えが分かりました。」

 

 

何故か少し顔が青ざめている厚木の目をしっかりと見据え、あちらは自分が出した答えを口にする。

 

 

「―――私は、私の居場所がほしい。

 

名も記憶も失って、無くした世界を求めて旅を続けたのは自分の立脚点が欲しかったから。

あの永遠の奈落を堕ちて行く様な孤独感はもうごめんです。

 

 

そして見つけた。

 

彼女の隣が私が帰るべき居場所。

 

今までの旅路も彼女と出会うための道程と考えれば愛しさも湧きます。

これから私は彼女の傍で生きて、共に歩み、そして老いていく。

 

 

・・・だから、私の旅もここで終わりです。」

 

 

「・・・そう、ですか。」

 

 

自分の想いを語ったあちらは喉を潤すためにカップに口をつけた。

黙ってあちらの話を聞いていた厚木は顔を俯かせていたが、しかしすぐに面を上げ、少し寂しさを含ませつつもいつもと変わらぬ調子で話し始めた。

 

 

「了解しました。迷子あちらさん。

 

貴方の見習い辞退を受理。それに伴い、貴方の自衛用権限と本世界渡航権限を剥奪。肉体時間を解凍します。

 

真名を迷子あちらとして世界に固定。これで貴方は正真正銘の『迷子あちら』さんです。

・・・サービスで適当な貴方のプロフィールを本に書いておきますからね。

 

貴方のアイデンティティが迷子あちらとして世界に固定される事で、もしかすると記憶喪失以前の能力が戻るかもしれないですが。・・・まあ元々無ければ関係ない話ですね。」

 

 

立ち上がった厚木は、初めてあちらが出会った時の様に闇色の三角帽子とローブを羽織った。

テキパキと厚木はあちらに処置を施していく。まるで何かを振り切るかのように。

 

 

―――あちらは何も言わない。言えるはずもない。

 

自分が此処に放り出され、右も左も分からぬ状態の時に助けてくれてた、一人の女性。

そして今、その恩も返さずに此処を去っていく自分。

 

ごめんなさいと、ありがとうと、言うべきなんだろうか。

しかしどれも的外れで違う気がする。この思いを言葉にすると、どんな語彙も安っぽく聞こえてしまう。

それでもあちらは何かを言うべきなんだろうが、その言葉が今のあちらには思い浮かばない。

 

やがて厚木の作業が終了する。

結局作業中二人は押し黙り、一言も話さなかった。

 

あとは、あちらを(セカイ)に送るだけ。

 

暫らく続いた沈黙を厚木が破った。

 

 

「・・・もう、お会いする事もないでしょう。

貴方はこちら側には来れないし、私はそっち側には行きません。」

 

「厚木さん・・・。」

 

「だから、これでお別れです。」

 

 

厚木がそっと手を翳すと、そこに一冊の本が浮かび上がる。

立派に装飾された背表紙に、見慣れない文字が書かれているソレ。

あちらが世界に潜る時に持っていた本だ。

 

風もないのにさらさらとページは捲れて行き、あるページで止まる。

そこの見開きは真っ白で何も書かれていない。それはこれから書かれるのだ。他ならぬ彼自身の手によって。

 

 

「あちらさん。」

 

「はい。厚木さん。」

 

 

恐らくあちらは酷い顔をしていたのだろう。

それを見た厚木が可笑しそうにふっと微笑んだ。

 

 

また(・・)いずれ(・・・)

 

ここ(・・)ではない別の(・・)物語で会いましょう。」

 

 

「―――え?」

 

 

 

ぱたん

 

 

 

あちらの疑問は言葉に成らず、ただ後には本を閉じた音だけが響き。

閉じた本を持った厚木だけが佇んでいた。

 

今本を開けば、先程まで白紙だった頁が埋まり、あちらの向こうでの生活を窺うことも出来るだろうが、もう厚木には興味が無い(・・・・・)

 

 

部屋の照明を絞るかの様に、談話室の闇が徐々に濃くなっていく。

しかし厚木はそれを気にも留めた様子が無い。

そうなるのが当然だと言わんばかりだ。

 

もし談話室に他に人がいれば、厚木の着ている闇色のローブが蠢き、拡がって部屋を覆っていくのが原因だと分かるだろう。

 

 

 

ここ(・・)でも駄目だったか・・・。

 

 

 

それは―――誰の声なのだろう?

その声は酷く冷めて、渇いていた。

 

しかしそれを確認しようにも、すでに談話室に拡がる闇黒は新月の夜よりもなお深く、暗く、冥い。

すでに五寸先の物の判別さえつかない。

 

 

 

―――まぁいい。

 

いづれか(・・・・)の、何処か(・・・)の私がそれを成し遂げればいいんだ。

 

 

今度こそ、次こそ。

 

 

 

あぁ、貴方を・・・私の、私の――――――。

 

 

 

 

談話室は完全に闇黒に沈み、誰かが発した声も途中で闇黒に溶けて消えていく。

 

 

・・・ここから先はもう語られる事はない。

ここでの物語は終わりを迎え、その舞台は暗幕の中に消えていく。

 

もしその物語の続きが語られるとすれば、それはここではない分岐を迎えた、また別の物語で。

 

 

 

―――■■■。

 

 

 

真相は文字通りに闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――麻帆良学園祭最終日、後夜祭

 

 

 

「はぁぁぁ・・・・・・。」

 

 

手にジュースを持ち千雨は疲労困憊といった様子で草原に座り込んだ。

 

 

疲れた。本当に疲れた。

今日は色々な事がありすぎた。

あの後ネギ先生と仮契約を交わしてアーティファクトを得て、電子の海でまき絵と委員長と共に学園結界復旧のためシステム奪還に乗り出したが、待ち受けていた茶々丸との情報戦になってしまった。

 

いや、それはいい。

予め茶々丸本人からもネギ側に付けば敵同士になると忠告を受けていたし、情報戦になるなら茶々丸になるだろうと何となく想像もついていた。

順調とは言い難かったがシステムを掌握して行き、学園結界を復旧させていく。

だが最後の最後、強制認識魔法発動阻止に後一歩言うところで、茶々丸からの一言で揺れてしまった。

 

 

 

―――私はあちら様の事をお慕いしております。

 

―――千雨様はどうなさいますか?

 

 

 

それが耳に入った瞬間。

後は実行キーを押すだけとだいう時に、動揺してしまった。

しかし持ち前の冷静さから千雨は一瞬で動揺を鎮めるとキーを叩く。

 

         

―――結果から言えば強制認識魔法は発動してしまった。

 

しかし魔法を世界に認識させるのではなく、『今日一日ぐらいは世界が平和であれ』という祈りを込めて。

 

 

すべてが終わった安堵感と茶々丸との戦いが無駄骨だったという徒労感で、どっと一気に疲れが出てしまったのだ。横目で元気に乱闘をしている連中や楽しく騒いでいるクラスメイトを見やり、今日はあちらと会っていないなぁと疲れた頭でぼんやりと考えた。

 

 

・・・結局、告白できなかったなぁ。

 

 

なにか無性に悲しくなってきて。

あの時の茶々丸の声が脳裏に響く。

正直に言って、素直に言葉に出せる茶々丸が羨ましくて仕方なかった。

 

溜息をつき、一人だと気が滅入るからネギ先生たちの所に行こうとした時、千雨に耳慣れた声が聞こえてきた。

 

 

「探しましたよ、千雨さん。」

 

「あちらか。」

 

 

草原に座り込んだまま千雨が首を後ろにめぐらすと、そこには彼女の想い人が、迷子あちらが立っていた。

なぜか他の連中と同じく服はボロボロだった。

 

 

「よくあたしが此処に居るとわかったな?」

 

「クラスメイトの皆さんが親切にも教えて下さりました。」

 

「そーかい。」

 

 

またあの連中にからかわれるのかと少し憂鬱になる。

あちらはよっこいしょとあたしの隣に座り込んで、持っていたコップをちょびちょび傾け始めた。

何処となくアルコール特有の甘い香りがする。

てめぇそれは酒か。

 

 

「・・・大変だったようですね。お疲れ様です。」

 

「ああ、疲れた。もうこんな事(ファンタジー)は二度と御免だ。

・・・それよりもあちら。何でお前、そんなにボロボロなんだ?」

 

 

それを聞いてあちらはにやっと笑った。

すこし心拍数が上がる。畜生が。このたらしめ。不公平だ。

 

 

「ふふ。何と・・・。

 

防衛戦の上位ランカーに入賞しました!学食五十人分です。儲けました。」

 

「てめぇ、あたしが必死になってる時に暢気に遊んでたのか!?」

 

「違います。戦ってました。」

 

「違ぇよ!?そういう意味じゃねぇよ!!」

 

 

あたしのときめき返せ!!

 

 

「大丈夫だと思ってましたからね。ネギ君や千雨さんなら問題ないと。

防衛戦に参加したのは・・・まぁ超に対する八つ当たりです。」

 

「それってどういう・・・」

 

 

その時、周囲を圧倒的な光りの奔流が包み込んだ。

その光は世界樹の発光にも引けを取らず、夜を幻想的な明りに彩る。

何事かと思いそちらを見てみれば、超鈴音が光の渦の中心部へと浮かぶ上がって行く。

 

恐らく未来とやらに帰るのだろう。

ふと周囲を見渡していた超と目が合った。

超はあたしの傍に誰が居るのかを確認すると、ニヤリとした悪人顔で笑いかけてきた。

うるせぇ文句あるか。大体てめぇの所為で予定が丸潰れだ。

まぁ二年共に過ごしたクラスメイトの誼だ。これで勘弁してやるよ。

 

あたしが超に中指を突き立てると、超は可笑しくて仕方ないといった風に呵呵大笑している。

横を見るとあちらも超に向けて手を振っていた。

 

 

「あちら、超の奴と知り合いだったのか?」

 

「ええ。何度か話したことがあります。」

 

「ふーん。」

 

 

面白くない。超といい茶々丸といい。

あたしがあちらを横目で睨んでいると幻想的な光は一層強くなり、瞬いた光が消えた後には超鈴音はもうそこには居なかった。

 

 

さようなら。ロマンチストな火星人。

 

 

 

 

・・・終わった。これで本当に全部。

 

少し先で馬鹿共(クラスメイト)が超家の家系が書かれた本を奪い合っているがどーでもいい。恐らく偽物だろう。

あの超が自分が消える無用なリスクを置いて行くとは考えにくい。

まぁあちらに言わせれば分岐するだけ(・・・・・・)、という事らしいが。

 

 

とにかく疲れた。

 

その時、一体どの様な悪戯か。

極度の疲労感からか、千雨の体がふらつき、ぽすっと隣に座っていたあちらの膝に頭から倒れこんだ。

 

 

「?――――――ッッッ!!!!????」

 

 

一瞬、何が起こったのか理解できなかった千雨だったが、いま自分があちらに膝枕をしてもらっている事実に跳ね起きようとした。

だが、あちらに肩を押さえられてそれは叶わなかった。

 

 

「ちょ待!?あち―――」

 

 

千雨の苦情は最後まで言葉にできず、千雨の唇は、あちらのそれでそっと塞がれた。

 

甘い痺れが千雨の体を支配して、焦る事も緊張する事も無く、自然にそれを受け入れた。

 

―――それはあちらの千雨に対する想いを万遍の言葉よりも正確に伝えていた。

 

しばらくしてあちらは重ねていた顔をそっと退かす。

下に隠れていた千雨の顔は憮然としていた。すこし頬が赤く色付いている。

 

 

「・・・ずるい。」

 

「はい。」

 

「・・・あたしが先に告白するつもりだったのに。」

 

「私がこの世界に残る切っ掛けを千雨さんが与えてくれたんです。

ですから次は私の番です。これは譲れません。」

 

「・・・ばかが。」

 

「ふふ、はい。」

 

 

あちらは力を抜いて頭を膝に預けてくる千雨をそっと撫でた。

それがあまりにも心地良く、体に疲労が溜まっていた事もあって、じわじわと眠気が襲ってくる。

だがここで寝てしまう訳にはいかないと千雨が起きようとすると、あちらが掌で千雨の目を覆った。

 

 

「疲れたでしょう?眠たければ眠りなさい。

 

 

 

―――ちゃんとそばにいますから。千雨さん。」

 

 

 

「―――そうか。」

 

 

 

そばにいてくれるのか。あちら。

 

ならちょっとだけ休ませて貰おう。

ふっと体に込めていた力を抜き、まどろみに身を委ねる。

 

眠気に乱された思考で千雨はぼんやり考える。

 

起きたらどうしよう?

 

何をしよう?

 

どこに遊びに行こうか?

 

あちらにコスプレさせてイベントに行くのも面白そうだし、あちらの賞金を使ってご飯を食べに行くのも悪くない。

 

 

―――たぶんそれはとても楽しくて幸せな事に違いない。

 

 

 

意識が段々と眠りの中に沈んでいく。

 

あぁ、一言だけ言わないと

 

 

「おやすみ。あちら。」

 

「はい、おやすみなさい。―――千雨。」

 

 

 

なにかとても幸せな事を言われた気がしたが、意識は持たず千雨は夢の中へと旅立って行った。

 

 

あとに残されたのは、幸せそうな寝顔の千雨とそれを穏やかな表情で見下ろすあちら。

 

 

 

遠くの方から楽しげな喧騒が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

後夜祭はまだまだこれから。

 

 

 

 

 

 

 

幻想的に輝く世界樹の葉が楽しげに拍手を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――HAPPY END?



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15.魔女のお茶会

―――【過去】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

そこは薄暗い部屋の一室。

そこでは今二人の男女が対峙していた。

部屋の主である女性は高圧的に銃を突きつけ。

対する男性は悠然と自然体で立っている。

 

 

「それでアンタは誰かしら?」

 

「おや。もう経歴はお調べになっているんじゃないですか?」

 

「あんな物が?ハッ!舐められたものね。

私の敷地でこそこそとしたいのなら星条旗でも持ってきなさい。」

 

 

銃を構える女性・・・香月夕呼は心底下らない事を聞いたと言わんばかりに吐き捨てる。

対する男性・・・迷子あちらは偽装があっさりばれた事に頭を抱えている。

 

 

「・・・世界の補正が掛かっているんですけどね。

一応お伺いしますが何でバレたんです?」

 

「ソレをアンタが知る必要はないわ。

 

で?さっさと答えてくれる?私は忙しいのよ。」

 

 

正面に立つ香月副司令が手に持った拳銃の照準をあちらの頭部に合わせた。

だが圧倒的優位な立場の筈なのに、彼女の顔は心なしか強張っている。

 

なぜ?不審者と一人対峙しているから?

 

 

―――違う。

 

 

それならば警備兵を呼べばいい。

 

彼女はこの極東最大の国連基地の副司令にして、とある国連主導の極秘計画の中核だ。

その価値は計り知れない。

ボタン一つで大挙として武装した警備兵が部屋に雪崩込んでくるだろう。

わざわざ危険を冒してまで無防備に相対する意味が無い。

 

 

―――ならば何故か。

 

 

答えは簡単だ。―――この事を他の人間に知られたくないから。

よくよく見れば香月副司令の瞳には緊張以外の色が浮かんでいる。

 

 

 

戸惑い。興奮。確信。――――――歓喜。

 

 

 

・・・驚いた。この人物は本当の天才―――天災クラスの偉才だ。

 

ある程度自身の提唱する因果律量子論で説明できるとはいえ、まさか独力で私の正体に見当を付けるなんて。

さすが(・・・)他の本を(・・・・)繋げようなんて(・・・・・・・)突拍子も無い事を考えるだけの事はある。

 

 

成るほど。やはり此処にいれば厚木さんの依頼も完遂できそうだ。

ではご期待に応えられる様、私の正体の答え合わせといこうか。

 

 

「ではご推察の通りだと思いますが、改めて自己紹介を。

 

―――私は大図書館「あっち」方面書架群管理責任者補佐、迷子あちらと申します。

 

以後お見知りおきを。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「魔女のお茶会」

 

 

 

 

 

―――【現在】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

ここはこの極東国連軍横浜基地の副司令である香月夕呼の執務室。

副司令という立場にあるため、部屋もそれ相応の広さと調度品の質の良さだが、そこの部屋の主が適当なためあたりに書類や試料が散乱している。オーク材で出来た執務机の上も書類やファイルで溢れ返っており、若干電子端末周辺が申し訳程度に整理されている。

 

・・・無雑作に積み上げたファイルを片付けたと表現するならばそうだが。

 

彼女の副官や親友が片付けようとしても本人曰く何所に何があるかが分かっているらしく、しかも本当に分かっているのだから始末に終えない。

その気苦労耐えない副官であるイリーナ・ピアティフが執務室に三人分のカップを持って現れた。

 

 

「失礼します。コーヒーをお持ちしました。」

 

「あぁ。ありがと。そこのソファの所に置いといて。」

 

 

今、その執務室のソファに座れるスペースを作ろうとあちらと霞が片付けている。

当の本人はそれを少し離れた所から眺めていた。

ピアティフがソファに近づくと彼女に気付いたのか、あちらは一旦作業の手を止めてピアティフに挨拶した。

 

 

「ピアティフ中尉、お久しぶりです。お元気でしたか?」

 

「ええ、中尉。貴方は退役しても遣っている事があまり変らないのですね?」

 

 

くすくす笑いながらピアティフは指摘した。

あちらの軍属時代の所属は戦史編纂資料室。人員僅か一名の閑職中の閑職だ。

余りにも仕事が無く、よく夕呼に呼び出されては彼女の身の回りの世話をしていた。

 

しかしなぜ閑職の戦史編纂資料室の室長でしかない彼が、機密レベルの高いこのフロアを行き来できたのか。それは今も謎だ。

 

そもそも戦史編纂資料室自体も帝国軍旧白稜基地時代にあった部署で、国連軍がここを使い始めた時には閉鎖されていた部署だ。それを香月副司令が復活させた。その意図は不明だ。

その理由を知っているのは僅か香月夕呼、社霞、白銀武、そして鑑純夏の四名のみ。そして彼女らはそれを誰にも話す事無く墓まで持って行くだろう。

 

基地内の噂では資料室は隠れ蓑で彼は凄腕のエージェントだとか、一人で旅団規模のBETAを駆逐できる不死身の衛士だとか、副司令の情夫だとか色々ある。ちなみに最後の噂を流した奴は最前線のユーラシア大陸に転属となった。

 

 

「ピアティフ中尉。もう私は軍属ではないので迷子でもあちらでもかまいませんよ。」

 

「それを言ったら中尉も私に階級は必要ありませんよ。」

 

「ではピアティフさんと。」

 

「・・・ピアティフ、もういいわ。下がりなさい。」

 

「了解しました。・・・ではあちらさん、また後ほど。」

 

「はい。」

 

 

ソファの前のテーブルにカップを並べると、ピアティフは退出していった。

粗方片付いたソファにどかっと腰掛けると優雅に足を組みながら夕呼が口火を切った。

 

 

「さて、あちら。改めて。久しぶりじゃない?くたばったのかと思ったわ。」

 

「私が死なない事は知っているでしょう?お陰様で元気にしてましたよ。

 

社さんも久しぶり。元気にしてた?」

 

「はい・・・。あちらさんも元気そうで良かったです。」

 

「白銀君には海に連れてって貰えた?」

 

「はい。私の大事な思い出です。」

 

 

その時の情景を思い出すかのように目を閉じている霞。

その口元は穏やかな笑みが浮かんでいる。

その様子を満足気に眺めるあちら。

 

最初に出会った時はまるで人形の様だったが、今はもう年相応の少女にしか見えない。

その生い立ちを知っているだけに彼女には幸せになってほしいものだ。

気になるお相手もいるようだし。

 

 

「それでどうしていきなり居なくなったのよ。こっちはあんたが居なくなったのを誤魔化すのに苦労したんだから。」

 

 

夕呼さんは返答次第ではブッ殺すといわんばかりに睨みつけてきた。

社さんも此方をじっと見詰めてくる。彼女に嘘は通用しない。ぴょこぴょことウサギ耳が揺れている。

 

 

「別に理由は無いんですけどね・・・。強いて言うならもうここに居る理由が無かったというべきでしょうか。

この世界に来た目的である(セカイ)への不正アクセスも是正されましたし、元々私は自分の世界を探しています。

本来なら一年その世界に滞在して次に移動するんですが、ここではオルタネティブⅣの完遂を見届けるために三年近くも滞在してしまいました。

 

あの時は桜花作戦も無事成功したみたいですし、丁度BETAの基地襲撃による混乱で人一人居なくなった所でMIAとされるだろうから後腐れないなぁと思って。」

 

 

別に深い意味はないんですとあちらがコーヒーを啜ると、夕呼は心底呆れた風だった。心なしか霞も目に呆れの色が浮かんでいる。

 

 

「アンタ、馬鹿でしょ?」

 

「あちらさん・・・。馬鹿ですか?」

 

 

夕呼に言われるよりも霞に言われる方がダメージが大きかった様だ。いつも飄々としたあちらが沈んでいる。

夕呼は今は英雄と呼ばれている自称・教え子とはまたベクトルの異なる間抜けさに開いた口が塞がらない。

 

この男は自分というものが周囲からどう思われているか知らないのだろうか?

 

 

暇な閑職についているせいか、この男はあっちこっちに顔を出していた。

その所為でやたらと顔が広く、噂もあってこの基地で『迷子の中尉』と言えば良くも悪くもちょっとした有名人だった。

 

 

 

その男がある日突然姿を消した。

 

 

いくら横浜基地がBETA襲撃の余波で混乱していたといっても、何人かは彼の顔を知っている者もいる。

基地襲撃後、生存が確認されていた者が突如姿を消せば事件か脱走かと疑うだろう。

実際にMPが事実の解明に乗り出そうとする事態になり掛けたが、夕呼がそれにストップをかけ、あちらは副司令の特殊任務遂行中に重症を負い退役したという事になった。

もちろん一部からは疑惑の声もあったが、彼と親しかった基地要員や戦闘部隊、更には桜花の英雄まであちらの擁護に回ると、これ以上騒いで薮を突くのを怖れたのかそれもすぐに止んだ。

 

 

「特にA-01の速瀬や涼宮姉妹はしつこかったわよー。

涼宮姉をBETAから助けてくれたお礼を言おうとしたら、当の本人が行方不明なんだもの。

迷子中尉はどこにいったんだーってしつこいたらありゃしなかったわよ。

ったく。そんなのこっちが知りたいわよ。」

 

「それは・・・すいません。」

 

「フン、KIA認定でもすれば楽だったんでしょうけど、社がどーしてもって言うからね。

アンタ、社には感謝なさいよ。」

 

 

あちら自身も今日この横浜基地を訪れた時は営倉か幽霊扱いを覚悟していたので、正面ゲートの警備の伍長に素直に再会を喜ばれた時は面食らった。

別れの言葉も無く失踪同然に姿を消したあちらに対する社の優しさに感謝した。

なんだかんだで三年間を過ごした基地(ホーム)である。それなりの愛着は有るし歓迎されると素直に嬉しい。

 

 

「・・・けど博士もあちらさんがいなくなった後は寂しそうにしていました。それにMIAにならないように骨を折ってくれたのも博士です。」

 

「社、余計な事は言わないの。」

 

 

霞があちらにその時の夕呼の様子を報告すると、夕呼はカップを傾けながらじろりと見遣り釘を刺した。

この才女は普段のつまらなさそうな表情を崩していないし、逆に心外だと云わんばかりに顔を顰めている。

だが、この程度の心中を察する事が出来なければ彼女の友人が務まるはずもない。

香月夕呼という女性は本当に大切な事は口には出さない。

 

 

「夕呼さん。態々ありがとうございました。」

 

「フン。貸し一つよ。」

 

「魔女に貸しとは後が恐ろしいですね。」

 

「言ってなさい。司書。

 

・・・で?アンタ今日は何しにきたの?

まさか復職願いに来た訳でもないでしょう?」

 

「ええ。まだ自分の本も見つかってませんし。

・・・ただ何となく友達の顔を見に来ただけですよ。後の事が一応気がかりだったもので。」

 

 

夕呼は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、持っていたカップを置くとあちらに言葉を叩き付けた。

 

 

「わざわざ会いに来てそんなつまんない事言いに来たの?私を舐めるのもいい加減にしなさい。」

 

「つまらない事?」

 

「そんなしょぼくれた顔してんなら何か悩みでもあってここに着たんでしょ?

ここまで来て私の時間を浪費させた以上、次にそんな詰らない嘘でも言って御覧なさい。

 

マスドライバーに括り付けて月までブッ飛ばすわよ。」

 

 

夕呼の物言いにあちらは苦笑した。

もうちょっと回りくどい言い方をせずに言ったら良いものを。

しかし確かにそうだ。ここまで来て遠慮する必要も無い。

 

 

なら遠慮なく悩みを聞いてもらおう。

 

 

 

―――共犯者(トモダチ)のよしみで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――香月夕呼は世間では冷酷で非情な魔女と言われている。

 

彼女はそれを否定しないし、鼻で笑って気にも留めていない。

実際にそれだけの事をしてきたし、常人が知れば怖気を誘うような事もしてきた。

敵味方差別無く、幾人もの人間を欺き、陥れ、見殺しにして死地に追いやってきた。

 

これからも彼女はそれらに謝罪もしなければ省みる事もしない。

すべてを背負い、ひたすらBETAを駆逐する為だけにその狂気に満ちた道を歩み続け、最後にはたった一つの見返りや幸いも無く、ただ残したその結果に満足して笑って死ぬ。

 

 

 

もし彼女に救いが在ったとすれば、それは言うまでも無く白銀武という存在だろう。

―――『力』と『覚悟』を携えて、また再び(・・)世界を超えてやって来た青臭い救世主。

 

 

そしてもう一人いるとすれば、それは迷子あちらという存在。

―――世界の理の外側に立つ、魔女の共犯(トモダチ)として。

 

 

 

この世界の理外に立っている、一切の利益不利益が絡まない究極の部外者。

 

その為、自分の教え子や部下や親友には決して見せる事のできない香月夕呼の人間性(弱み)をさらけ出しても問題が無い唯一の共犯(トモダチ)

 

 

そしてこの共犯は死なない。

例え欺き陥れ見殺しにして死地に追いやったとしても死なないのだ。

 

一番大切な親友さえも目的の為には容赦無く切り捨てる選択をしなければならない彼女にとって、迷子あちらという共犯は、自身がまだ人間性を保っていられているかどうかを計る標だった。

 

恐らくそれを無くした時、香月夕呼は唯の目的を果たすだけの機械と成り果てる。

 

 

 

無論、別に共犯と言っても謀略や研究の実行や幇助をする訳ではない。

ただ起こる事態を容認し、彼女の行いを許容するだけ。

じっと外側から物語(セカイ)を眺めているだけだ。

 

そして彼女が重荷に膝をつき、挫けそうになって立ち止まった時にだけそっと傍らに立つ。

何もせず、何も語らず、ただ立っているだけだ。

 

しかし、たったそれだけで彼女はまた立ち上がり、胸を張って歩み始める。

 

それはなぜ?簡単な事だ。

 

 

 

―――友人に無様な姿は見せたくない。

 

いつか必ず訪れる離別の時に彼が見るのは、いつも大胆不適な香月夕呼の後ろ姿であるべきなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその旅立った友人が、いつも飄々とした彼が珍しく悩み事を抱えて自分を訪ねてきた。

久しぶりの再会だというのにという思いも無くはないが、世界を超えて頼られたのかと思うとまァ悪い気もしなくはない。

それに今まで私も散々愚痴や文句を聞いてもらってきたのだ。偶には逆の立場に立つのも悪くない。

 

 

白銀やまりも達は今ちょうど演習場で実機訓練中だろう。

訓練が終われば、ピアティフからの伝言を聞いて飛んでやって来るに違いない。

 

 

まぁそれまでは時間もあることだし?

取り敢えずはコーヒーでも飲みながら、暇つぶし程度には悩みとやらを聞いてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 



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16.続・魔女のお茶会

―――【過去】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

「へぇ・・・。それでアンタは自分が違う世界から来たと言張るわけね?

とんだお笑いだわ。」

 

「ええ、その通りです。正確には世界の外側ですが。」

 

 

香月副司令は嘲笑を浮かべ、表面上は(・・・・)侮蔑の色を隠そうともしない。

大方こちらの譲歩を引き出してから、いい様に情報を聞き出して駒にするつもりだろうがこちらにも目的がある。

香月副司令の協力が必要とはいえそこまで謙る必要はない。

なにしろ相手はこっちのことを何も知らないのだから(・・・・・・・・・・)いくらでも揺さぶり様がある。

 

 

「貴女の提唱する因果律量子論で大体の説明は付くと思いますが。

それにある程度予測がついていたからわざわざ人払いしてまでお会いになったんでしょう?」

 

「ッ!!・・・そこまで知っているなんて。

 

確かにあの理論で説明は出来るけど、それがアンタに証明できるかしら?

それにアンタが敵対勢力のスパイだって可能性の方が高いとは考えられないかしら。」

 

「・・・・・・ふぅ。強情な人だ。いや、この場合は強欲ですか?

 

まぁいいでしょう。そこまで腹の探り合いがしたいのならこちらにも考えがあります。」

 

「・・・へぇ?面白いことを言うのね?どういう考えがあるっていうのか教えてもらいましょうか。」

 

 

あちらの纏う空気の変化を敏感に悟りながらも夕呼は余裕の笑みを崩さない。

逆にこの程度で逆上するような男なら御し易いとでも考えているのだろう。

 

 

「この手はあまりに恐ろしく、外道なのであまり使いたくなかったのですが・・・仕方ありません。」

 

「薬でも使おうっての?やれるもんならやってみなさい。私の引き金は軽いわよ?」

 

 

あちらは覚悟を決めたように夕呼を見据え、夕呼は拳銃を両手で構えながら、隣の部屋でこちらの部屋をリーディングをしている霞に警備兵を呼ぶ準備をさせる。

その時、霞がプロテクション能力で困惑したイメージを投射してきたが、それに意識のリソースを割いている余裕はない。

 

緊迫した空気が執務室を包み、二人は油断なく相手の出方を伺う。

職業軍人でもない技術将校の夕呼の胆力はそれらとまったく見劣りしない。

 

そしてこの緊迫した状況がいつまでも続くような錯覚に陥りそうになった時。

 

 

―――迷子あちらは悪魔も泣き出す禁断の手段を行使した!

 

 

「香月夕呼。25歳。結婚、出産歴無し。元帝国大学応用量子物理研究室所属。

家族構成は三姉妹の三女。好みの男性は年上。

 

 

・・・最後におねしょをしたのは

 

 

 

 

どんどんどんちゅいーん。

 

 

 

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・14歳の春、量子論の論文検証の片手間に自作したポエ

 

 

 

 

どん!どん!どん!どん!カチカチカチカチカチ

 

 

 

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

 

にやりと悪魔(あちら)が笑う。

 

 

 

「・・・・・・まだ続けますか?」

 

「・・・・・・チッ。

 

分かった。分かったわよ。

話を聞いたげるからその話は記憶から抹消しなさい。

・・・でないとアンタの脳と脊髄を引き抜いてシリンダーに詰めるわよ?」

 

「はて?一体何のことですか?・・・何事も話し合いが一番ですね。香月副司令?」

 

「ハァ・・・。とりあえず黙んなさい。」

 

 

―――フッ、勝った。

 

 

その名も黒歴史ノ書(デス・ノート)

(セカイ)のページを遡って相手の弱みを握るまさに外道の業である。

 

 

あちらは銃弾が掠った頬から血をダラダラ垂らしながら空しい勝利の余韻に浸っている。

彼が生きているのは奇跡以外の何物でもない。夕呼に少しでも射撃の腕前があればあちらは随分風通しが良くなっていたに違いない。

 

隣の部屋から呆れた様な溜息が聞こえてきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「続・魔女のお茶会」

 

 

 

 

 

―――【現在】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

あちらが前の(セカイ)での長谷川千雨との関係や想い、旅についての悩みを夕呼に語ると、それまでは黙って話を聞いていた夕呼は一言だけ呟いた。

 

 

「アンタ、ロリコン?」

 

「ちょ」

 

「社、こっちに来なさい。食べられちゃうわよ。」

 

 

隣に座っていた霞のウサ耳がピンッと立ち、ふるふると怯えるような目でこっちを見てくる。

同時に何もしていないはずなのに湧き上がるこの罪悪感。

擦り寄ってくる子猫を蹴り飛ばしたら似た様な罪悪感が湧くかもしれない。

 

 

・・・なにこれ死にたくなってきた。

 

 

思わずすがる様な目で霞を見るが、それはどうやら霞の怯えをさらに煽っただけの様で、すすっと霞は夕呼のそばに退避した。

 

 

心が折れる。

 

やばい。不老不死のはずなのに魂が昇天(ゴール)してしまいそうだ。

 

 

落ち着けあちら。これは魔女の姦計だ。落ち着いてハッキリと順序だてて論破するんだ。

そうすれば社さんも隣の席に戻ってきてくれるはず。そう、何も恐れることはない。

だって私はロリコンじゃないんだから!

 

 

「夕呼さん、それは違います!私は」

 

「でもそのチサメって娘、中学生なんでしょ?おもいっきり未成年じゃない。」

 

「そ」

 

 

―――そ、そういえばそうだった!

あまりに凛々しいから忘れていたが、千雨さん中学生(14才)じゃん!

 

想いを自覚する前は普通の中学生として接していたのに、自覚してから完全に意識から抜け落ちていた。

けど別に中等部だから好きになってしまったわけじゃないし、それを認めることは千雨さんを侮辱する事にも繋がる。とても認められない。

 

だいたいもう私には年齢という概念はあまり意味を成さない。

永い長い旅を続け、様々な物語(セカイ)を巡り、いま私は此処にいる。

年という概念が磨耗した今の私には時間の経過に重きを置くよりも、その内面、魂の輝きに心惹かれる。

つまり何が言いたいかというと、私はロリコンではなく、たまたま惹かれた心の持ち主が未成年だったというだけです!」

 

 

「戯言も大概にしときなさいよ。年齢不詳者(クソじじい)

 

アンタの場合は齢90の老婆でもロリコンで犯罪よ。」

 

 

 

――――――。

 

 

 

「げふ」

 

 

あちらは言葉のナイフで精神に大損害を受け、座っていたソファーから崩れ落ちる。

 

なんだ今のは!?精神面(アストラルサイド)からの攻撃か!?

じ、じじい?確かに年齢的にはそうかもしれないが、いや待て!考えるな!

今まであまり年齢のことを意識したことが無かったし、それでも私が生まれるであろう遥か前から存在している様な人たちもいた。

精神は肉体に引っ張られるともいうし、私はまだまだ青年だ!断じて年寄りなんかではない!

あれ?けどもしかしてエヴァンジェリンさんやレミリアお嬢様は年下になるのか?600歳どうなんだろう。微妙なところだ。自分の年齢を数えていなかった事が悔やまれる。

・・・まさか紫や勇儀はないよな?彼女らにじじい呼ばわりされたら憤死する自信がある。

よし、深く考えるのは止そう。たぶん年齢の話は自身の急所になりうる。肉体が無事でも精神が死んだら洒落にならない。

 

 

「―――ら!―--・・・ち―――ら!!いい加――――――ろ!!あちら!!!」

 

「え?」

 

 

微妙な振動を感じ、意識を呼び戻されると、近くに夕呼さんの顔のドアップが見えた。

どうやら私の胸倉を掴んで引き摺り上げて乱暴に揺すっていたらしい。

随分と攪拌してくれたのか、少し吐き気を感じる。

 

 

「え?じゃないわよえ?じゃ。

いきなり床に額こすり付けてブツブツ床とおしゃべり始めるもんだから、もうちょっとで衛生兵呼ぶとこだったわよ。」

 

「・・・社さんは?」

 

「退室させたわよ。あんな醜態、社に見せれる訳無いでしょ。」

 

「・・・ちなみに、私への、フォローは、して、くれたんで、しょうか。副司令殿?」

 

 

もしそのままフォローも無く社さんがここでの事を信じ誰かに話でもしたら、二時間後には横浜基地の全ユニットはおろか、佐渡島の基地にまで飛び火する可能性がある。

折角の好意で退役扱いなっているに、彼らと再会する前にこんな噂が耳にでも入ったら目も当てられない。

 

 

 

―――おーい。『ロリペドの迷子中尉』!お久しぶりです。あと霞には近寄るな。

 

 

―――お久しぶりです!お元気でしたか?『ロリペドの迷子中尉』。あと霞ちゃんには近寄らないで下さい。大声出しますよ。

 

 

 

・・・なんだか目頭が熱くなってきた。

折角、復帰を始めた精神(ココロ)がまた悲鳴を上げ始める。

 

一縷の望みをかけて夕呼さんに訪ねてみるとアンタ、何を分かりきった事を聞いてるの?と言わんばかりニッコリと返される。

 

ああ、だめだ。夕呼さんがニッコリと嗤っている(・・・・・)

 

 

「私がすると思う?」

 

「ですよねー。」

 

 

 

さようなら。そしてこんにちは、『ロリペド中尉』。

 

 

 

 

あちらがフヒヒと軽く現実から逃避していると、夕呼はカップを持って執務机の端に腰を掛けて、じっとあちらを見詰めている。

そこに先程までの悪戯めいた雰囲気は欠片も無い。

しかし真剣でもなく、真面目さも欠片もない。

 

 

「さっきの話の続きだけどね・・・。」

 

 

あえて言うならどうでもよさげに、投げやりに語り始めた。

 

 

「アンタはもうソレでいいんじゃない?」

 

「え?」

 

 

突然の言葉にあちらは夕呼の顔を見詰め、彼女もあちらの眼を見詰め返す。

 

 

「だってアンタは何を言ったって旅を辞めないつもりでしょう?

今までいろんな世界で振り切ってきた思い出や友情、想いがせめて無駄にならないように。」

 

 

夕呼はただ淡々と話す。どうって事はないといった風に。

しかしあちらはそれに口を挟めず、その声をただ聞いている。

 

 

「―――アンタはね。もう本当は故郷なんて物はどうでもいいのよ。

 

そりゃ始めの内はそうじゃなかったかも知れないけどね。・・・けど今は違う。

故郷を理由に出来た絆を振り切るには、アンタには思いや想いが重過ぎる。

ましてやソレはアンタが求めて止まなかったものでしょ。

 

ただ、それらを振り切った理由が嘘にならないように旅を続けている。

それさえ無くしてしまえば、アンタはもう立ってはいられない。

 

旅をするために(・・・・・・・)旅をする(・・・・)

 

今までも、そして此れからも、在るかどうかも(・・・・・・・)分からない(・・・・・)世界を探して。

手段を目的に変えて。」

 

「臆病ね。滑稽だわ。

 

そのチサメって娘の件でもそう。あと一歩踏み込んだらいい物を、今までの旅路が邪魔をして躊躇する。

そこで躊躇わなければ、幸せな人並みの人生が送れるってのに。

 

・・・世界を探して、旅をして、求めて止まない繋がりを得ると、今度は怯えて自分からソレを振り切ってまた旅に出る。―――とんだマッチポンプだわ。

 

いいわよ?それが別に悪いだなんて一言も言わないわ。

ただ勝手になさい。

 

……精々知る人が誰もいない故郷で、見知らぬ誰かさん達に囲まれながら、孤独に生きて死になさいな。」

 

 

 

―――アンタにはそれがお似合いよ。

 

 

 

ひとしきり話を終えて、夕呼はまたコーヒーを啜っている。

もうこちらには興味を失った様に一瞥もくれない。

 

しばらく神妙な顔でそれを聞いていたあちらは、やがて肩を細かく振るわせ始めた。

 

それは腹の底から込み上げて来る堪えようの無い衝動。

それは怒りでもなく、悲しみでもなく、歓喜でもない。

 

 

 

 

「ふふふふふふふ。あはははははは!」

 

 

―――笑いの衝動。

 

 

駄目だ。笑いが止まらない。

 

香月夕呼は(・・・・・)本当に大事なことは(・・・・・・・・・)口には出さない(・・・・・・・)

 

だからって遠回しすぎる!!横浜の魔女が思春期のティーンエイジャーじゃあるまいし!

悪態をつかなければ、アドバイスの一つも出来ないなんて!!

よくよく夕呼さんを見てみると、口元をコップで隠しているが首筋がほんのり色付いている。

 

老獪な政治家や軍高官と同等以上にやり合うあの(・・)香月夕呼が!!

 

 

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!げふごほ!!」

 

「・・・なによ。」

 

「な、なんでもな・・・ック!はははははははははははは!!」

 

 

夕呼さんがこちらに投げつけてきたカップを手で受止めて机の上にそっと置く。

本人は力一杯投げたつもりが、自分に余裕綽々で対応されたことが更に腹ただしいのか、こっちを物凄い眼で睨みつけてくる。

いつもは背筋の凍るような思いをするであろう鋭い視線も赤い顔では威力が無い。

顔が赤いのは怒りかそれとも羞恥だろうか。

恐らく後者だろうが。

 

未だに笑いの衝動が収まらず、あちらが笑っているとさすがに決して丈夫でない堪忍袋の尾が切れたのか。

あちらの笑い顔を強制終了させるために、執務机の引き出しから物騒な代物を取り出そうという段になって、さすがにあちらは笑うのを引っ込めた。

それでも完全には消せず、顔はニヤついている。先程の仕返しの意味もあるかもしれない。

 

 

「ふふ、ごほ・・・。すいません。

 

そうですね、色々考えて見ます。そうならないように。」

 

「フン。私は勝手にしろと言ったのよ。」

 

「ええ。そう(・・)します。」

 

「・・・そうなさい。」

 

 

あちらに笑われて血管が浮き出そうになっていた顔も、あちらが夕呼の言いたい事を悟ったと分かると今度はなぜか不機嫌そうになっていく。

言葉の真意を受け止めてくれたのは嬉しいが、内心を悟られたみたいでそれもそれで面白くないといったところか。

なかなか難儀な性格なようである。

まぁそこが夕呼の良い所だと言えなければ友人は務まらない。

 

 

気晴らしにピアティフに空になったコーヒーの御代りでも頼もうかと、夕呼が内線に手を伸ばすと同時に執務室のドアがスライドした。

スライドと同時に一人の男性が飛び込んでくる。

 

歳は20代前半といったところか。黒目黒髪の容姿で身体を国連軍C型軍装で包んでいる。

胸元には国連軍中佐の階級章と衛士の証である徽章が輝いている。

 

あちらも夕呼も行き成り青年が飛び込んできたのにまったく動じた様子も無い。

なぜなら彼は二人共よく知る人物だったからだ。

 

 

「あら、随分早かったじゃない。白銀?」

 

「白銀君。お久しぶり。」

 

 

 

「あちら中尉ッ!?」

 

 

 

彼こそがオルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊、通称A-01の部隊長にしてオリジナルハイブの反応炉を破壊した『桜花の英雄』。

 

 

そして三回目(・・・)の救世主―――白銀武中佐その人だった。

 

 



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17.三度目の英雄

―――【過去】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

「世界が改変されている・・・ねぇ。」

 

 

一旦、一呼吸をおいて夕呼は執務机の椅子に腰掛け、あちらの話す内容を吟味していた。

あちらから聞かされる内容は決して穏やかなものではないし、無視できる代物でもない。

 

 

「別にソビエトが崩壊して新国家が誕生したとか、帝国が日本になったとかそういう世界の設定が書き換えられた訳ではありません。」

 

「?そんなの当たり前じゃない。アンタ何を言ってるの?」

 

「いえ、話が逸れました。無視してください。

ここで言う改変というのはある意味もっと性質の悪いものです。

 

この(セカイ)は続きがないんです。」

 

「・・・どういう事?説明なさい。」

 

「どのような条件でかは分かりませんが、ある基点から分岐したはずの総ての(セカイ)があるページに巻き戻っています。

 

・・・もっと分かりやすく言いましょうか。」

 

 

あちらははっきりと夕呼の目を見据えて、厳かに言い放った。

 

それは聞いてはいけない物を聞いてしまったような。寝て忘れられるのならばすぐにでも忘れてしまいたい。

それはおおよそ夕呼に、いやこの世界の住人達にとって決して許容出来るモノではなかった。

 

 

この世界に(・・・・・)未来はありません(・・・・・・・・)

 

たとえBETAに打ち勝とうが、人類が滅ぼされようとも。総て無かった事にされて2001年の10月22日に巻き戻ってしまいます。

 

―――それこそ永遠に。」

 

 

「ッ!?・・・。それでその原因は分かってるの?それにアンタはどうしてここにいるの?」

 

 

さすが、香月夕呼か。

普通ならこんな話をされたらもっと動揺―――いや、心が脆弱な人間なら狂死してもおかしくない。

 

だってそうだろう?

この絶望に満ちた地獄の再現の様なBETAとの戦争を長い年月、膨大な犠牲と資源を投じて続けてこれたのは、いつか地球上からBETAを駆逐し平和が訪れると信じているからだ。

それがすべて無駄になる。

 

人々の願いも。失意も。希望も。絶望も。想いも。信念も。そして挺身も。

 

何もかもすべてが無意味に。

 

 

しかしそれをすぐに最小限に抑えてつけて原因や疑問を模索するあたり、やはり香月夕呼は常人とは異なる。

 

 

「ある程度の予測はつきますが、詳しい原因は分かりません。自分もまだ上司に口頭で説明を受けただけですので。

 

私の目的はこの世界への不正アクセスの原因究明と解決です。

 

本当なら10月22日に直接行けばいいのですが、一旦ループが始まってしまうと途中入場が出来ません。

催し物に入るならば入り口に並んで入らないと。

 

 

・・・それに貴女は非常に興味深い論文をお書きに成っている。」

 

「因果律量子論ね・・・。」

 

「はい。当時若干14歳の少女が片鱗とはいえ世界の本質に辿り着くなんて驚きました。」

 

「けどそれだけじゃ私の所に来る理由が弱いわ。他にもあるんでしょ?」

 

「さすが・・・。ええ、そうです。他にも理由があります。

 

上司の上司に特別措置を貰って本(セカイ)の情報を閲覧して行くうちに、一つ興味を引く情報がありました。

 

 

『オペレーション:ルシファー』」

 

 

「明星作戦?・・・ッ!?まさか!?」

 

 

突然告げられた言葉に一瞬理解が出来なかったが、夕呼のその明晰な頭脳は瞬時にその単語から推論し仮定を導き出した。

その仮定が正しいとすればこの自称司書は一体どこまで知っているのだろう?

まさか本当に本を読むかのよう(・・・・・・・・)に国連軍の最重要機密をも閲覧できるとでも言うのか?

 

 

―――まさか。それではまるで・・・

 

 

しかしあちらはその夕呼の儚い願望を打砕く。

 

 

「はい。明星作戦時に使われた二発の五次元効果爆弾は理論上、条件下次第では空間を歪ませる事も出来るはず。

 

そして・・・BETAからもG弾からも生き残った生存者がここに居ますね?そして因果律量子論の提唱者である貴女がここ横浜基地に居る。

 

私がここに何かあるかも知れないと予測を立てるのは不自然な事ですか?」

 

「・・・フン。そこまで知っているなんてね。セキュリティーなんてあったモンじゃないわね。

 

それで?どうするの?

 

この基地を一切合財吹き飛ばして問題を解決する?」

 

 

余裕の態度を崩さず、頭ではその可能性は限りなく薄いと解っていても、背筋を伝う冷や汗は拭えない。

今相対しているのは正真正銘、この世界の理の外側に立つ人外。平行世界を渡り歩く旅人だ。

 

あちらの偽装を見破ったのも、社のリーディング能力に拠る所が大きい。

逆に言えばそんな反則技が無ければ恐らく見逃していた。

 

こちらは彼が制御できない。

なのに向こうはこっちの事を知っている。酷い話だ。ノーサイドゲームにも程がある。

・・・私がする分には何の問題も無いけど。

 

 

夕呼の緊張を感じ取ったのか、あちらは溜息をついて自分の体の力を抜いた。

どうも話しをしている内にこっちも緊張していたみたいだ。

 

 

「はァ・・・わかってて言ってるでしょ?

 

私の仕事は問題の排除でなく解決です。それを行ってしまえば問題は解消するかも知れませんが、オルタネイティブⅣが頓挫する。

本が元通りに直ったのに登場人物なしでは話になりません。そういう物語もうけるのかも知れませんが、本来外側に立っている筈の私がその要因になってしまっては話になりません。

 

・・・それに何故2001年の10月22日が基点なのかも分かっていませんしね。」

 

 

今あちらに実力行使する意思は無いと確認し、夕呼は体の緊張を解くと今までの会話からあちらがここまで親切に情報を開示した意図を正確に読み解いた。

夕呼の目には計算高い冷徹な光りが灯る。

 

 

「後一年か・・・。つまり私達は協力関係にあるということかしら?

 

 

―――アンタは(セカイ)を直したい。

 

―――私はオルタネイティブⅣを完遂したい。」

 

 

「そういう事です。ここ横浜基地は恐らく物語(セカイ)の中心だ。原因を解決するにはもってこいの場所です。」

 

「世界が直らなければオルタネイティブⅣも無意味になるのだから私は嬉しいけど、アンタはこの取引は損じゃないの?

 

―――いえ、問題の解決が最大の目的なのね。それに私を使おうと。」

 

「その通り。

ここまでの情報を話したのも、この(セカイ)の改変を是正するには貴女の協力が必要不可欠だからです。

 

この世界への不正アクセスの原因ははっきりと解っていませんが、行使されている力は限定条件下においてはカミサマ(・・・・)と同等です。

我々はそれ(・・)の影響を無くしたい。

 

対価はここでの身分保障と解決の協力さえしてもらえれば十分ですよ。」

 

「私の対価(メリット)は?」

 

「―――この閉じた世界の可能性(ミライ)を。」

 

 

「・・・くっ!

 

―――ふふふふふ。

 

フフフフフフフ!!み、未来!?アッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハ!!!

 

あんた、サイコーよ!!!!

 

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

暗い地下階層の部屋に魔女の哄笑が響き渡る。

その哂い声はまるで何か呪うかのように。祝福するかのように。

 

それは未来が閉じている世界に対してか、それとも迷子あちらという駒を手に入れた事に対してか。

 

 

世界を旅する迷子と、聖母とならんとする魔女は出会い互いの目的のために手を結ぶ。

今の彼らに友情なんてものは無く、唯在るのは冷たい利害計算のみ。彼女らが互いを友と認め合うのはもう少し未来のお話し。

 

これは力と覚悟を持った英雄が、今度こそ大団円(ハッピーエンド)を目指そうとこの世界にやってくる前の前日譚。

 

 

「―――ふふ。楽しいことになりそうね?司書。」

 

「―――お手柔らかにお願いしますよ?魔女。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「三度目の英雄」

 

 

 

 

 

白銀武にとって迷子あちらとはどのような人物か?

 

その質問は案外答えにくく、言葉にするのは難しい。

 

 

香月夕呼には敬愛と畏怖を。

 

社霞には親愛と友情を。

 

A-01の仲間たちには尊敬と友情と若干の思慕と愛情を。

 

 

ならば、迷子あちらは?

 

 

・・・あえて言うなら、憧れか?何か違う気もする。

 

 

ちょっと分からない。

第一に第一印象があまり良くなかった。

 

だって今までのループにいなかった奴が平然と基地内を歩いてんだぜ?しかもやたらと顔が広い。

 

確かに此処は極東最大の国連軍基地だ。

 

俺が知らない奴が居てもおかしくない。俺だって基地要員全員の顔を知っている訳じゃねぇし。

だけど俺の知っている範囲ではいなかった。見過ごしていたという事も無い。

あんな個性的というか特異的というか胡散臭いとい・・・ごほんげふん、とにかくあんな独特の雰囲気を持った人間はいなかったと断言できた。

 

一度、夕呼先生にその事を話してみた事があった。

万が一、オルタネイティブⅤ推進派の工作員だった場合目も当てられない。

今回の最後のループでの最大の目的はみんなで生き残ってハッピーエンドを迎える事だ。

それを阻害しそうな要因は少しでも取り除いておきたかった。

 

夕呼先生にその話をした時、夕呼先生は一瞬ぽかんとした後大笑いされた。

こんな楽しそうな先生を見たのは、元の世界で有明のイベントにまりもちゃんを連れて行こうとしていた時以来だ。

しばらく笑い続けた後、夕呼先生は彼の素性を教えてくれた。

 

今から考えると当たり障りの無い事しか教えてくれなかった事から、この時期は自分が本当に使えるか(・・・・)どうかを見極めようとしていたに違いない。

まぁこっちも情報を小出しにしつつ、先生にいい様にこき使われないよう対等な関係を築こうとしていたのだから仕方ないけど。

初めてこの基地を訪れた時はシュミレーターでの実力とXM3の情報、未来情報とを引き換えに国連軍少佐の地位とA-01への任官をもぎ取った。

すこし高い買い物になったと思わないでも無かったが、ある程度の信用とA-01への新概念教導には仕方が無かったしな。

 

話が逸れたな。

ま、先生に教えてもらった事はそんなに多くなかった。

 

 

迷子あちら中尉。

戦史編纂資料室室長。

 

 

経歴も教えてもらったが、突っ込み所満載だった。

ピアティフ中尉にも聞いてみると、ちょくちょく夕呼先生に呼ばれて執務室まで行くらしい。

 

あの機密フロアまで?しかも先生が呼ぶ?

 

先生が呼ぶなら、決して不利益な事にはならないと理解していても、前回や前々回のループとは少し異なる違和感がどうも気持ち悪い。

まあそれから俺も207B分隊の総戦技演習やらXM3の教導やらで忙しくなってきて、結局はただの夕呼先生の気紛れだろうと気にしなくなっていった。

基地内ですれ違っても軽く挨拶をするぐらい。

 

 

 

それから俺がまた迷子あちら中尉の事を思い出すのは、オルタネイティブ計画が佳境に入った頃。

 

 

 

・・・たぶん、また俺は懲りずに天狗になっていたに違いない。

 

 

 

12.5事件を狭霧大尉の説得という最善の形で収束させ、さらにクーデターを利用して第五計画推進派や米国の影響を日本から取り除いた。

 

トライアルはBETAの開放ではなく、所属不明機の襲撃という形を取って、一切の死傷者を出さずに横浜基地の士気を高めた。

 

00ユニットの起動には少しの苦悩もあったが無事起動を成功させ、バッフワイト素子を上手く使い反応炉経由の情報漏洩を防いだ。

調律に関しては先生は俺をまた元の世界に飛ばして因果を流出させるつもりだったみたいだが、前回のループの純夏が目覚めたので必要なかった。

おまけに地球上に存在する全ハイブのマッピングデータを純夏は持っていた。

 

佐渡島ハイブ攻略戦はそのマッピングデータを駆使してA-01がハイブに突入し、見事戦死者ゼロで反応炉を破壊した。

前回のようにXG-70b凄乃皇弐型の各坐はなく、史上初の通常兵器のみでのハイブ攻略となった。

マッピングデータのお陰でハイブの規模に比べて比較的短時間で、そしてXM3に換装した国連軍・帝国軍の損耗率も圧倒的に少なくハイブ制圧が完了した。

 

後は飢えて横浜基地の反応炉を奪還しようと群がってくる残党のBETA群を掃討・迎撃するだけだ。

 

この時のために横浜基地の迎撃体制は万全だ。

純夏のODL洗浄のために反応炉の停止という手段は事前に取れなかったが、それでも今回はBETAの陽動にも対応できる。

 

 

大丈夫だ。何の問題も無い。

 

 

 

―――これまでも上手くいった。今度もきっと上手くいく。

 

 

―――あと少しだ。

 

 

 

まぁ俺が何が言いたいかっていうと。

 

俺の見通しの甘さはなかなか直らなかったという事と、それをあちら中尉が尻拭いしてくれたって事だ。

 

 

 

本人は偶然通り掛かったって言い張ってたけど、あんな所を一介の中尉が用も無くうろつける筈も無い。

 

 

反応炉制御室のあるB33機密フロアになんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――【現在】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

 

 

「あら、随分早かったじゃない。白銀?」

 

「白銀君。お久しぶり。」

 

「あちら中尉ッ!?」

 

 

執務室に飛び込んできた青年―――白銀武はのほほんとコーヒーを飲んでいるあちらを見て目を見開いた。

 

 

「ほ、本物だ!足が付いてる!透けてない!」

 

「・・・大体どういう風に思われていたのかよく分かりました。」

 

「当たり前じゃない。それは突然居なくなったアンタの自業自得よ。」

 

 

武の反応に、今まで自分は死んだものと思われていたと理解して溜息を付くと、夕呼は呆れたように言い放った。

 

 

「社さんに聞きました。退役扱いになる様に私の弁護をしてくれたみたいですね。

ありがとうございます。正直、営倉に入れられるのを覚悟してましたからね。」

 

 

あちらが武に改めて礼を言うと、武は苦笑しながら頭をかいた。

 

 

「これぐらいはなんでも無いですよ。

横浜基地防衛戦の時の借りはこの程度では釣り合いません。

 

あの時は桜花作戦前で慌ただしくてちゃんとお礼を言えませんでしたが、改めてお礼を言います。

 

―――涼宮中尉を助けていただいて、本当にありがとうございました。」

 

「偶然通り掛かっただけですよ。避難しようとしたらちょっと迷子になってしまって。」

 

「アンタがそれを言うと妙に説得力があるわね。

 

―――そういやアンタ、ちょっと気になってたんだけど、侵入した小型種はどうやって倒したの?」

 

 

それを聞いた武の顔が引きつった。

無理に笑おうとしているのか、頬の筋肉が伸縮しているが上手く行かず、ピクピク動いている。

その割りに目線は明後日の方向に向いて空ろだ。まるで目の前の現実を直視したくないかのよう。

 

その顔が何と言うかちょっと・・・いや、ごめん無理。フォロー出来ない。

 

武の尋常でない様子に、さすがの夕呼もちょっと引いている。

なぜかあちらは照れくさそうに頭をかいて笑っている。意味が解らない。

 

 

「若気の至りというやつですよ・・・。」

 

「いや、意味分かんないんだけど。」

 

「意味分かんなくたってそれが現実ですよ・・・。」

 

 

なんか武が悟りを開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――2001.12.29 極東国連軍横浜基地 地下33階 反応炉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クソ!クソ!!クソォォオオオ!!!

 

またやっちまった!!

何で学習しねぇんだ俺は!!!今までが上手く行き過ぎて調子に乗っていた!!!!

俺が天狗になると碌な事にならねぇ!!!

 

 

 

―――気がついたときには手遅れだった。

 

 

 

攻略した佐渡島ハイブの個体群がここ横浜基地の反応炉を奪還しに来るのは分かっていた。

佐渡島ハイブの反応炉はS-11で完全に破壊されていたし、残党のBETA共がやって来るならここか朝鮮半島の鉄原ハイヴだろうと司令部も考えていた。

予めその危険性を帝国軍や他の国連軍基地にも警告していたので、ハイブ攻略後から数日は厳戒態勢だった。(前回は帝国軍や国連軍の損耗率が高く、増援を出す余裕が無かった。)

 

BETAが戦術を使う可能性をリーディングデータから得た成果だと夕呼先生が司令部に具申したので、司令部は半信半疑ながらも陽動に備えられる様に体制を整えた。

一応、バッフワイト素子の応用で情報の流失は抑えてあるが、完全とは言いがたい。

 

兎も角出来る限りの対策は施し、後は佐渡島ハイブの個体群が侵攻して来るのを迎え撃つだけだ。

 

 

そして基地に鳴り響く警報―――。

 

 

『防衛基準態勢2発令、全戦闘部隊は30分以内に即時出撃態勢にて待機せよ!繰り返す――――』

 

 

来た。

これさえ凌げばあとはオリジナルハイブまで一直線だ!!

 

 

―――そう天狗になっていた。いや、あまりに物事が上手く行き過ぎて傲慢に成っていたと言うべきか?

 

―――どちらにせよ。今までの帳尻合わせは直ぐそこまで来ていた。

 

 

そう。敵は来た。

前回のループで横浜基地を襲ったBETAは推定3万。

 

それに対して今回は推定5万(・・・・)。それも希望的観測だ。

おまけに前回とは異なり早期警戒システムは故障していないはずなのに、前回と同様基地の目と鼻の先にBETAは出現した。

奴らはマッピングデータにない地下茎構造(スタブ)を、振動計の探知できない大深度地下に掘り進めながら侵攻してきたのだ。

 

前回とは似ているようで全く違う。

 

悪寒を感じ警告しようとした時はもう遅かった。

 

前回よりも圧倒的な物量で押し寄せたBETAは幸か不幸か陽動など全く行わず、愚直に横浜基地目掛けて侵攻してきた。

前回に比べ基地の要する戦術機の数は増援により格段に増えていたが、5万のBETAではそんなもの正に焼け石に水だった。

 

 

後は前回のループの焼き増し。

5万のBEATとの絶望的な死闘が始まった。

 

多少、BETAが基地に侵入して来る経路や手段は異なっても結果は似たようなものだった。

救いがあるとすれば未だに誰一人としてヴァルキリーズに欠員が出ていないことだった。

しかしそれも時間の問題。

 

夕呼先生は現時点での基地防衛は不可能と判断。

最終案として反応炉を停止させ、凄乃皇弐型を起動。ムアコック・レヒテ機関に引き寄せられたBETAを基地郊外に誘導し荷電粒子砲で一掃する。

かなりリスクの高い作戦だったがそれは承認された。

 

α1・・・A-01及び第十九警護小隊は凄乃皇弐型の直援。

α2・・・白銀少佐及び速瀬中尉は反応炉に赴きα3の作業支援。

α3・・・涼宮中尉は護衛を連れてB33フロアに単独移動、反応炉を制御室から停止させる。

 

それを聞いた時、途轍もない胸騒ぎが起きたが、もう手はこれしか残されていなかった。もっとよく考えれば他に良い手が見つかるのかも知れないが、そんな時間も余裕も無い。

せめてもの足掻きと護衛の数を増やして貰うしかなかった。あとは涼宮中尉を信じるだけだ。

 

 

―――大丈夫だ。あの人はやれる。あの人もヴァルキリーズの一員なのだから。

 

 

それでも胸騒ぎが消えることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらα3涼宮です。B33フロアに到着しました。」

 

 

武がその通信を聞いたのはメインシャフトを抜け、一足先に速瀬中尉と共に反応炉に到着して、反応炉に取り付いているBETAを掃討している時だった。

 

 

「上出来よ。早速制御室に行ってちょうだい。」

 

 

オープンチャンネルから夕呼先生の声が聞こえてくるが、声色からして戦況は悪化しているようだ。

 

 

「くそ!胸騒ぎがとまらねぇ・・・ッ!速瀬中尉!!」

 

「どうしたんですか少佐?」

 

 

遥の活躍を喜んでいた速瀬は、いつもとは様子が異なる上官にいささか困惑気味だ。

いつもはどんな時でも余裕を見せる白銀少佐が苛立って焦っている。

 

 

「・・・嫌な予感がする。警戒を怠るな。特に隔壁に損傷が無いかチェックしろ。腹一杯に成ったBETAがどこを齧っているか分からん。」

 

「了解。」

 

 

今まで共に戦ってきた年下の上官は十二分に信頼すべきA-01の仲間だ。すこし変な命令でも何か理由があるのだろう。

二機の戦術機はセンサーを最大にして周囲に異常が無いか探りながらBETAを駆逐していく。

まぁ周囲にBETAが居ること自体が異常であったが。

 

しばらくして反応炉に取り付いていた総てのBETAの掃討が終わり、夕呼先生から通信が入った。

さっきまでの涼宮中尉と夕呼先生との遣り取りは聞いていた。

 

 

―――胸騒ぎが止まらない―――

 

 

「白銀―――」

 

「断線したケーブルの交換ですね?3分で終わらせます。」

 

「頼んだわよ。」

 

 

―――胸騒ぎが止まらない―――

 

 

「任して下さい、夕呼先生。―――速瀬中尉!行くぞ!!」

 

「了解!」

 

 

夕呼先生から転送されてきた作業マニュアルを元に交換作業を迅速に進めていく。

 

 

―――胸騒ぎが止まらない―――

 

 

「再起動を確認しました。これより停止作業を再開します!」

 

 

武は無事に停止作業が終わることを祈りながらも、周囲の警戒を怠らない。

前回何所の隔壁が破られたのか記憶が曖昧なのだ。

 

 

 

―――胸騒ぎが

 

 

 

そこで武はふっと最大感度にしていたセンサーが僅かな崩落音を拾った事に気づいた。

すぐさま音源を光学ズームしてみると

 

 

ドクンッ

 

 

何かが(・・・)通り抜けたような孔が

 

 

ドクンッ

 

 

隔壁に

 

 

ドクンッ

 

 

 

      止まらない―――

 

 

 

胸騒ぎは一瞬にして背筋を凍らせる悪寒となり武の背中を駆け上る。

瞬間、武は回線に向かって怒声を上げた。

 

 

「HQ!こちらα2!!隔壁が破られている!!いいか!?第七メンテナンスゲートだ!!研究棟にBETAが侵入した痕跡がある!!」

 

「こ・・・HQ・・・・・・ヴァ・・・キ・・・・・・・α2・・応・・・・・・・・くり・・・・・・」

 

 

無線の中継器がやられたのか!?畜生!!なんてタイミングでッ!!!

 

 

「速瀬中尉ッ!!制御室だ!!涼宮中尉が危ない!!!」

 

 

武が言うと同時に二機は制御室まで跳躍する。

二人の機体が制御室の前に降り立つと同時に制御室の窓ガラスが白く濁った。

 

 

何か柔らかくて(・・・・・・・)重たいモノ(・・・・・)を窓ガラスに思いっ切り叩きつければあのようになるかもしれない。

 

それに紅い塗料(・・・・)でもブチ撒けていれば完璧だ。

 

 

「―――あああああああ!!」

 

 

その声は一体誰の声だったのだろう?

自分か?それとも速瀬中尉か?両方かもしれない。

 

 

「はるかぁぁあああ!!!!!」

 

 

速瀬中尉の不知火が突撃砲の銃口を制御室に居るであろうBETAに向けて構える。

それを見て武は我に帰り速瀬中尉を制止した。

 

 

「やめろ中尉!制御室の破壊は許可されていない!!」

 

「だって少佐!遥が!遥が!!」

 

「分かってる!俺だって撃てるモンなら撃ちたい!!

しかしBETAごと制御室を破壊してしまえば、反応炉の機能停止手段を失う!

そうなれば無尽蔵にBETAが湧き出てくるぞッ!中尉の死も無駄になるッ!

発砲は許可できない!!」

 

「うぅううう・・・畜生畜生畜生ッ!!!」

 

 

前回とは役割が逆転してしまったな。

立場の違いも在るんだろうが、あの時は中尉の気持ちも考えずガキだったなぁ・・・。

速瀬中尉の不知火が銃口を下げたのを見て、どうにかHQと連絡を取ろうとしようとした、まさにその時―――

 

 

 

ドカンッ!!

 

 

制御室の窓が吹き飛んだ。

 

 

 

突然の事態に思わず涙の引っ込んだ速瀬中尉と網膜スクリーン越しに目を見合わせる。

ちらっと目を逸らして速瀬中尉の不知火が装備している突撃砲を見る。硝煙は上がっていない。

またスクリーン越しに速瀬中尉の顔を見ると、全く同じ挙動をしていたのかまた目がばっちり合う。

ちょっと先程とはまた意味の異なる涙目になっている。

 

・・・とりあえず一言言わなければ。

 

 

「あー、・・・速瀬水月中尉?

撃つな、撃つなよというのは、別に撃つ前フリとかじゃ無いんだが・・・・・・。」

 

「ち、違いますよ少佐!?ほ、ほら!砲も硝煙出てないですし!

 

第一あの窓、内から外に向けて(・・・・・・・・)飛んでいったじゃないですか!?私じゃないですよぅ!!!」

 

「ん?」

 

 

―――内から外に向けて(・・・・・・・・)

 

 

それの不自然さに思考を巡らそうとしたその時、この場には場違いな音色を戦術機のセンサーが拾った。

 

 

 

ぎゅいーんぎょわんぎょわんちゅいうぃうぃーーーーん!!!!!

 

 

 

・・・音色?

 

 

その不規則な騒音(・・)の音源は反応炉制御室。

武はまた先程とは異なる、そして妙に懐かしい胸騒ぎを覚えつつ制御室内の様子を光学ズームする。

 

そしてその光景を見た瞬間に武は理解した。

 

 

―――ああ成程、確かに馴染みがあるわけだ。この感覚は元の世界の夕呼先生が一騒動起こす前に感じていたものとそっくりだ。

 

 

そこにはきょとんとした涼宮中尉と呆然としているアジア系と黒人の警備兵。

 

 

そして―――

 

 

そして―――

 

 

分かった。在りのままを言おう。

 

 

 

―――エレキギターを掻き鳴らしながら、でっかいドラム缶(・・・・)を背負っている迷子あちら中尉が居た。

 

 

なにこれ?

 

 

よくよく見れば制御室の窓ガラスに叩き付けられていたのは、何かで体を抉られた二体の闘士級BETAの死骸だ。

制御室では未だ一体の闘士級BETAとあちら中尉が睨みあっている。でもどちらかというと明らかに闘士級BETAの方が怯んでる。

 

不知火の優秀なセンサーは制御室内部の会話も鮮明に拾い上げた。

 

 

「この様に事態に介入するのは契約の範疇外なのですが・・・ま、仕方ありません。

 

たまたま(・・・・)迷子になったら火の粉が飛んできた。

火の粉を払うのは普通なことです。ってことにしときましょう。むざむざ大団円を台無しにする事も無いし。

 

さて?BETA共。

我が友人が作り上げた最高傑作と私のロックをその魂に刻みなさい。」

 

 

 

きゅいーーんぼろんべろんぐわしゃーーーん!!!!

 

 

 

「うわー。絶対ロックじゃない。」

 

 

武が正直な心情を吐露した所で緊張感の無い戦闘が始まろうとしていた。

ピックで六本の弦を掻き鳴らし、特定のメロディーを奏でるとそれが開戦の合図。

 

 

「レッツ・プレイ!!アイム・ロッケンロール!!!」

 

 

あちら中尉がギターを鳴らすと同時に、あちら中尉に突進していくBETA。

武が援護しようにも制御室に向けて発砲することは出来ずに、ただ指をくわえて事態を見守るしかない。

 

しかしもう武には不安などの感情は無く―――もう大丈夫だとなぜか確信していた。

 

狭い制御室の中、BETAが突進などしたら一瞬で距離を詰められてしまうだろうが、あちら中尉は焦る事無くギターを掻き鳴らし

 

 

―――背中のドラム缶が四つに割れた。

 

 

いや、正確にはドラム缶から四本のアームが伸びた。

 

アームの先端にはぎゅいんぎゅいん回転するドリルが。

 

 

 

ドリル。

 

 

 

前から思っていたんだけど、あういう漫画に出てくる様なドリルってどこで売ってるんだろうねー。

 

武が酷い現実から逃避するかのように、自身の思考に埋没している間にも事態は進行する。

闘士級BETAは不快な音源を破壊するべく、凶暴な鼻を振り回して首をもぎ取らんとする。

それに対してあちら中尉の背負う四本のドリルアームは突進してくるBETAを迎え撃つべく、さらに回転数を増し

 

 

「未来の音楽界のために散れ!!」

 

 

ドリルは不条理なまでの威力で突撃してきた闘士級BETAの頭と腹を綺麗に抉り飛ばし、その突進の勢いを殺さずに窓の外へと投げ飛ばした。

 

 

「マジでか。」

 

 

思わずこの世界では部下への体面もあって封印していた白銀語が飛び出してしまった。

もうあれがあれば強化外骨格とかいらねぇんじゃねえの?

なにか真面目に戦争している自分達が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

 

 

ぎょわゆいーーーんじゃいんじゃいんばわーーーーん!!!!

 

 

 

あちら中尉が奇妙な騒音と共に凱歌を上げている。

 

 

「これぞ我輩の友人が造り上げた最・高・傑・作!!!

『スーパーウェスト式ウルトラ|機械式背嚢(メカニカル・バックパック)EX~邪神、クトゥルーなんでも来いや。でもロリコンだけは勘弁な~』の威力であーる!!

 

 

・・・ふぅ。なんかこれを使うと友人の口調が移っちゃうんですよねぇ。なんでだろ?」

 

 

やることやってテンションが下がったのか、迷子あちら中尉はよっこいしょと背負っていたドラム缶を床に下ろして肩を回している。

もう色々なことがあり過ぎてよく分からないが、とりあえず今は為すべき事を為さなければ。

外部スピーカーを使って涼宮中尉に呼びかける。

 

 

「涼宮中尉、停止作業を―――。」

 

「あれ、すごいカッコいい・・・。」

 

 

もう何も言うまい。うん。感性は人それぞれだよね。うん。

 

とりあえず涼宮中尉に反応炉停止作業を再開させ、固まっていた速瀬中尉にはHQと連絡が取れるように情報端末塔に有線接続するように命令を下す。

 

後はとんとん拍子で作戦が進行した。

HQとの連絡を復旧させた後、反応炉を無事に停止させ、純夏が凄乃皇弐型を起動させた。

凄乃皇弐型はα1臨時中隊に護衛されながら、なんとかムアコック・レヒテ機関に引き寄せられたBETAを基地郊外に誘導して荷電粒子砲で一掃、殲滅した。

 

 

HQからのBETA殲滅の報を聞き、武は強張っていた肩の力を抜いた。

未だに基地内に討ち漏らした小型種が居るかもしれないので油断は出来ない。

基地をうろつくのは機械化歩兵の各階の洗浄消毒を待たなければ成らないがこれでひとまず一段落だ。

 

結局、前回と似たような被害になってしまったなぁ。この戦いで失われた人員、物資は計り知れない。

それでもオリジナルハイブ攻略用の凄乃皇四型と反応炉が無傷であるのはとても大きい。

この不知火もXM3の全力機動のお陰でオーバーホールが必要だろうが、今回は不知火弐型を予めハイブ突入用に中隊分用意してある。

 

 

―――まだまだ俺達は戦える。

 

夕呼先生にあちら中尉が涼宮中尉を助けたことを報告すると、しばらく笑い転げた後、そのためにパスを要求したのかしらねと呟いていた。

詳しく話しを聞こうとしても、回線では話せないといわれてはぐらかされてしまった。

 

ま、いいさ。

それに今回はあちら中尉には大きな借りが出来てしまった。

夕呼先生の友達だというから普通ではないとは思っていたけど。

 

 

―――詳しいことは桜花作戦後に教えてもらおう。

 

 

 

そして2002年1月1日に発令された桜花作戦においてA-01部隊はオリジナルハイブに突入し、見事『あ号標的』を撃破して、一人の脱落者も無く意気揚々と横浜基地に帰還した。

 

 

帰還した横浜基地で待っていたのは、

 

 

オリジナルハイブ陥落の報を知り、歓喜の声を上げながら英雄達の帰還を今か今かと待つ人々と―――

 

 

いつも浮かべている余裕のある笑顔に、ほんの少しの寂しさを浮かべている夕呼先生だった。

 

 

 

 

―――その後、夕呼先生の口から迷子あちら中尉がMIAに成った事を聞いた。

 

 

 

 



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18.魔女に花束を

―――我が親愛なる共犯者にして親友

 

―――香月夕呼様

 

 

突然のこの様な形での挨拶となり、申し訳ありません。

夕呼さんがこの手紙を読んでいるのなら、もう私はその(セカイ)から旅立っているという事でしょう。

もしまだいる時点でこの手紙を見つけたら破り捨ててください。とは言っても貴女は決して破らずに読むでしょうから意味ないですね。・・・その時は手加減をお願いします。

 

 

取り合えずはオルタネイティブ第四計画成功おめでとうございます。

第四計画総決算の桜花作戦も無事成功したようですし、ひとまず人類は一安心といった所でしょうか。

 

BETAの上位存在を滅ぼして反応炉経由での情報漏洩の心配も無くなりました。

オリジナルハイブで鑑さんが採取したリーディングデータやマッピングデータもありますし、あとは戦力を立て直して順次ハイブを攻略していくといった感じですかね。

 

どのような事にも不測の事態という物がありますから油断は禁物ですが、00ユニットである鑑さんも無事ですから凄乃皇を再建すれば、ハイブ攻略はそれほど難しいことでもないでしょう。

凄乃皇の砲撃能力は海上艦の支援砲撃が期待できないユーラシア内陸部でこそ、その真価を発揮するでしょうし。

 

後は世界各国の利権や思惑が入り乱れる政治の世界で、どのようにしてユーラシア奪還のために一致団結できるかがポイントといった所でしょうが、あまりそれは心配していません。

オルタネイティブⅣの成功で夕呼さんの発言力は飛躍的に大きくなるでしょうし、祖国を失ったユーラシアの人々は貴女に希望を持ちます。故郷を取り戻してくれる貴女の邪魔をする事はないでしょう。むしろ進んで協力してくれるはずです。

 

それに00ユニットを有する横浜の魔女に楯突こうなどという勇者がいたら、その人を逆に尊敬します。

 

・・・あんまり悪乗りしすぎて00ユニット脅威論に飛び火しないように、そこら辺の見極めは慎重にして下さいね?

 

さて、実は夕呼さんに言って置かなくてはならない事が三つ程あります。

・・・別に黙っていなくなったから怒り狂うだろう夕呼さんへの貢物というわけじゃないですよ?ほんとだよ?

 

 

 

一つ目はこの(セカイ)の未来について。

 

どうやら10月22日を基点に閉じていた世界は無事に開放されたみたいです。

私達が事態の解明に乗り出す前に白銀君がクリア条件を達成したみたいで、10月22日の時点で気づかぬうちに世界は再構成されていたようです。

前回のループで因果導体ではなくなった白銀君がこの世界に現れたのはまた別の要因によるもので、世界は無限ループに囚われてはいないようです。

 

私も白銀君も少し勘違いしていたのですが、この世界は所謂『三度目のループ』ではありません。

だって前回の世界ですでに因果導体では無くなっているんですから。この世界はループから開放され、再構築された10月22日から派生した確率分岐世界の一つです。

 

きっと誰かが願って、そして物語(セカイ)を紡いだんでしょう。

 

 

―――運命に翻弄され、散々苦しんだ白銀武にどうかもう一度チャンスを、と。

 

 

もしかしたらそれはカミサマであった(・・・・)無意識領域下の鑑純夏かもしれません。何しろ全ての物事が白銀武に対して上手く行き過ぎて(・・・・・・・・)います。

この物語(セカイ)は鑑純夏の思念を基に再構築された世界である可能性が高いです。前例として、再構築された物語(セカイ)の中にはその思念の影響を大きく受けた世界も存在しますから。

ここまで来ると私も白銀武を補助する役割を持って、彼女にわざとこの世界に招かれた気がしてなりませんが・・・今ではそれは知りようがありません。

 

まぁそれはともかく、これでこの世界の可能性(ミライ)は貴女達の物です。

逆に言えばもうやり直しは効かないということですが。そこはがんばれ。超がんばれ。

 

 

 

二つ目は鑑純夏の処遇について。

 

天文学的確率とはいえ、彼女は擬似的なカミサマとして能力を行使しました。

このようなケースはぶっちゃけ前例が無いそうで、上も処遇に困っていました。まさか本じゃなくて登場人物がカミサマ化するなんて聞いた事がないそうです。

通常の事例ならば(セカイ)の書き直しや検閲、最悪焚書などの処分が下されるのですが、やった事も別に他の(セカイ)を喰ったわけでもなく、まぁ白銀武の設定を他の本から少しずつ切り取ってこの本に堕としたのと、10月22日から派生する分岐世界を閉じてしまった事の二つだけで、まぁ可能性(ミライ)を奪われていたあなた方からしてみたら業腹でしょうがたったそれだけ(・・・・・・・)です。

 

ある程度、図書館の業務にも差支えが出たのですが、鑑純夏本人が事態を終息させたという事と、すでに本へのアクセス権を放棄している事、意図して改変を行ったのではなく極限状態での無意識領域下で起こったという事で咎めなしという事になりました。

 

 

・・・折角、物語がハッピーエンドを迎えたのにそれに水を差すのは司書としてどうなの?それ空気読めてなくない?という意見が上がり、それでいいじゃんという事になりました。

元々司法機関でもないですし、あくまで(セカイ)の保守管理が業務なのであまりめんどくさい事はしたくないそうです。

 

あと、これは蛇足ですが彼女の体の不具合を削除させていただきました。

作戦が終了して彼女が帰還した後、身体や量子電導脳の精密検査をするでしょうが、そこで大騒ぎにならないように予め言っておきます。

別に00ユニットとしての設定を弄ったという訳ではありません。ただ人工物の体と魂の整合性を整えただけです。

 

・・・まあ恐らく人並み程度には生きれるんじゃないでしょうか?

無意識に感じていたストレスもなくなり、ODLの劣化も抑えられ、ODL洗浄もそんなに前ほど頻繁に行わなくても良くなるでしょうし、もしかしたら量子電導脳の演算速度もすこしだけ向上するかもしれません。

きっと貴女は彼女は00ユニットであって本人ではない。彼女の人格はデジタル化した情報を量子電導脳がエミュレートしているだけだと言い張るでしょうが、あれは鑑純夏ご本人ですよ。保障します。

そうでなければ流失した因果情報を受け取る事が出来るはずがありません。

 

『魂の情報(デジタル)化』『分岐世界を繋げて演算する量子電導脳』なんて代物が一人の科学者の手によって成し遂げられたなんてアインツベルンやシュバインオーグの系譜が聞いた日には、彼らは魔法が二つも消えたと嘆いて魔術師を廃業するかもしれませんね。想像すると笑えます。

 

今の彼女はまさに「種族00ユニット」であり、人が造り上げた正真正銘の機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)です。

彼女を生み出した夕呼さんはさしずめ神の御子を生み出した聖母といったところでしょうか?

 

・・・ごめんなさい。聖母は夕呼さんのキャラじゃないですね。精々哀れな女の子を生贄に捧げた悪い魔女といった所ですね。

 

 

 

さて、三つ目ですがこれはお知らせというか。贈り物というか。

とりあえず今まで頑張ってきた貴女へのプレゼントです。お受け取り下さい。

気に入ってもらえれば幸いです。

 

―――これがこれからも茨の道を歩み続けるであろう夕呼さんへの、ささやかな支えと励ましになれば良いのですが……。

 

 

場所は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「魔女に花束を」

 

 

 

 

 

 

―――【現在】極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

「はぁ・・・。夕呼先生、笑うなら笑ってくださいよ・・・。」

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!!げふわあははは!!」

 

 

武が横浜基地防衛戦時のB33フロアでの出来事を話すと夕呼は呼吸困難に陥った。

腹筋と横隔膜が痙攣していて、笑っているのか、それともひきつけを起しているのか夕呼自身でも判断がつかない。

 

いつもながらあちらは常識では測れない奴だとは思っていたが、ここまで荒唐無稽とは。

 

ドリル。ドリルって!!

 

だめ。無理だ。

 

 

「~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

ばん!ばん!ばん!

 

笑いのあまり、体をくの字に折り曲げた夕呼が、拳を力一杯執務机に叩きつける。

余程力が篭っていたのか、机が揺れるたびに机上から書類がヒラヒラ床に零れ落ちる。

 

その様子を見つめる二人の青年。

平凡な顔立ちの、どこかちぐはぐな印象を受ける胡散臭い青年と、精悍な顔つきの中にも、柔和な人当たりの良さを感じさせる好青年。

 

 

「そんなに変でしたかね?」

 

 

迷子あちら退役中尉。元戦史編纂資料室室長。

 

 

「そんなに変でしたよ。」

 

 

白銀武中佐。オルタネイティブ第4計画A-01部隊部隊長。

 

 

心底不思議そうに首を傾げるあちらに、武は疲れたように溜息をついた。

呼吸困難により夕呼はしばらくこちら側に帰ってくる気配がないので、二人は互いの近況を話し合った。

 

 

「そういえば白銀君、昇進したみたいですね。おめでとうございます。」

 

「ありがとうございます。

桜花作戦やMX3での功績が認められたらしくて。

後で聞いた話だと、殿下などの推薦なんかもあったみたいです。」

 

「?オリジナルハイブに突入したA-01部隊の人員は機密扱いになっているんじゃ?」

 

「それがオルタネイティブⅣが成功してから規制がある程度緩和されて一部の情報は公開されているんです。

オリジナルハイブが攻略された今、ハイブ内に突入してあ号目標を破壊した突入部隊は全世界の注目の的ですからね。

00ユニットなんかの中枢情報は駄目ですが、A-01部隊は国連軍特殊任務部隊として存在を公表されました。

今、ヴァルキリーズなんか結構有名ですよ?」

 

 

おまけに隊員全員が美人か美少女ですからね。

偶に国連軍広報部からもPR任務の依頼が来るんですよねー。

困ったもんですアハハハ。

 

武は微妙に乾いた笑いを浮かべた。

それにあちらはすぐにその笑いの意味を察する。

 

 

「ああ、嫁候補の載ったポスターがでかでかと貼られていたらちょっと微妙ですよね。色々な意味で。

 

・・・こいつら全員俺の嫁、みたいな?

 

 

―――独身の兵士達からは恨まれそうですね。」

 

「・・・ガクッ」

 

 

図星を指されてうなだれる武。

実際にPR任務の時、広報の人に「あ、シロガネハーレムの方々ですね。」と言われた事がある。

 

ちなみにその後、それに怒り狂った先任達に武は折檻を受けた。

曰く、お前が優柔不断だから駄目なのだ、と。

 

まぁ、武を誰かと重ね合わせてその鬱憤を晴らしていた感はあったが。

ちなみにシロガネハーレムと広報に部隊名を教えたのは夕呼だったりする。

 

 

「伊隅大尉なんかは大変だったみたいですよ。

大尉の姉妹や近しい人間は、伊隅大尉が後方の教導部隊に勤務しているものだとてっきり思っていたのに、情報が公開されて蓋を開けてみれば佐渡島ハイブ、オリジナルハイブを突入して反応炉を破壊した特殊部隊の中隊長だったんですから。

矢の様に説明を求める手紙や電報なんかが届いてげんなりしていましたよ。

 

けどそのお陰で大尉の思い人と距離が縮んだと、喜んでいいのかどうか少し複雑そうでしたね。」

 

 

話題がA-01部隊の話になり、最近の起こった出来事について語り合う。

しばらく話の花を咲かせていると、急に武はあれっという顔をし始めた。

何かを考え込み、思い出そうとしているようだ。

 

 

「あれ?そういえば何か忘れているような・・・。

 

なんだったっけ?」

 

 

しばらく武が頭を捻って、何かを思い出そうとするが中々それが出てこない。

 

 

「うがー!ここまで来てるのに思い出せねぇ!?なんかムズムズする!!」

 

 

イライラのあまり頭をかきむしる武。

 

 

―――みなさんは経験が無いだろうか?

 

学生時代に定期試験なり模擬試験なりを受けている時、

 

 

”これは知っている。勉強もした。これはあれ(・・)だ。―――でもなんか答えが出てこない!”みたいな経験。

 

 

漠然としたイメージは浮かんでくるのだが、それが明確なビジョンとして出てこない。

しかしそれが出てこないと自分達(・・・)が恐ろしい事になるという確信(・・)

今まで幾つもの戦場を駆け抜けて培った第六感はけたたましく警告を発している。

焦燥感は募るばかりで、肝心の何かは思い出せそうで全く思い出せない。

 

あちらは武の顔色がマスゲームの様に、コロコロ変わっていく様を見ていることしか出来ない。

武が分からないことが、あちらに分かる筈もなく。

 

そもそも、それに自身が深く関係するなどとは微塵も思っていない。

 

 

―――大変、不幸な事に。

 

 

思い出せない内容に焦る武と、完全に他人事のあちら。

 

しかし時間は無情にも過ぎて行き、彼らの持ち時間は切れてしまった。

 

 

「ッふふ・・・―――はぁ。すぅ―――はぁ。

 

・・・たく、ナニあんた達。私を笑い死にさせる気?私の類い稀な美貌と頭脳が失われる事は全人類に対する背信行為よ?

 

脳の替わりにブルーベリージャムが詰まってる様なあんたらとは違うのよ。」

 

「恐らく彼と夕呼さんは気が合うと思いますよ。・・・マッドサイエンティスト的な意味で。」

 

 

ようやく現世に復帰した夕呼は乱れた呼吸を整えながらこの原因となった話をした二人に毒づいた。

とは言っても、夕呼が話せと言ったから武は話しただけであり、それは完全に八つ当たりだ。

 

―――たがそれがどうしたと言わんばかりのこの態度。

 

よほど先ほどの無防備な醜態を晒したのが恥ずかしかったらしい。

強気に出て有耶無耶にする気満々だ。

 

 

さすが夕呼さん、マジ夕呼。

 

 

「で?なんで白銀は顔芸なんかしてんの?隠し芸のレパートリー?」

 

「いや、なんか忘れた事を思い出そうとしてるみたいなんですけど、なかなか思い出せないみたいで・・・。」

 

「ふーん、貧相な脳みそしてんのねぇ。」

 

 

夕呼が興味無さそうに武の百面相を眺めていたが、なにか思い当たりがあるのか急ににたりと笑い猫のような笑みを浮かべた。

 

ぞくり、とあちらの背筋が寒くなる。

 

あ、やな予感する。でもなんで?

 

 

「そう言えば白銀ぇ。あんた他の部隊員たちは?

 

―――速瀬とか涼宮姉妹とかあちらに会いたがってたんじゃないの?」

 

「あ」

 

 

武が間抜けな声を上げると同時に執務室の内線が鳴り響く。

しかしそれが二人には酷く薄ら寒いものに聞こえる。

 

 

「―――はい、私よ。あぁ、アホ二人なら此処に居るわよ。

構わないわ。邪魔だから引取りに来なさい。

 

・・・ええ、分かったわ。伝えとく。」

 

 

内線を切った夕呼は、武とあちらにこやかに内容を告げた。

 

 

「よかったわねぇ・・・。

美女が二人をお迎え(・・・)に来るらしいわよ。

 

―――後、二人に伝言があるわよ。」

 

「・・・なんて?」

 

 

ごくり、と二人の喉が大きく鳴り、静かな執務室に大きく響いた。

 

 

「『ソ コ ヲ ウ ゴ ク ナ ヨ』だそうよ。」

 

 

「「ちょっと頭の頭痛が痛いので失礼させていただきますッ!!!」」

 

「イタイのはあんたらの脳ミソよ。」

 

 

伝言を聞いた瞬間、武とあちらは執務室の扉に向かってダッシュで駆け出した。

 

 

「こ、こんな所に居られるかッ!俺は自室に戻るぞッ!!」

 

「ちょ、白銀君。それフラグ(笑)。」

 

 

扉に駆け寄ると同時に執務室の扉が開き、武とあちらの二人はそこに飛び込んだ。

 

―――外から(・・・)開いた扉に。

 

 

「だが残念。回り込まれてしまった。逃げれない。

 

―――お久しぶりですね?迷子中尉。」

 

「アハ。アハハハハハハ。

 

・・・お久しぶりですね、速瀬中尉。遥中尉。涼宮少尉。」

 

 

そこには良く見覚えがある戦乙女が三人立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あちらと武が居なくなり静寂が戻ってきた執務室。

ただ静かに情報端末の駆動音のみが部屋に響いている。

 

椅子に腰掛けた夕呼はすっかり冷えたコーヒーを飲みながらくすくす笑っている。

先程の醜態の意趣返しを出来たのが嬉しいのか、それとも先程まで執務室の前で響いていた喧騒を思い出していたのか。

恐らく両方だろうが。

 

白銀とあちらは一人で勝手に先走った事と別れを告げずに姿を消した事を散々速瀬達に責められた後、何処かに引きずられていった。

ま、ブリーフィングルームかPXに連れて行かれたのだろう。

そこで弁護人なしの弾劾裁判の続きをするつもりだろう。

 

・・・あいつ等、お礼と言いたいとか言っていたけど、あれはすっかり抜け落ちているわね。

それはそれで面白そうだから別に良いけど。

 

 

くすくすくす

 

 

愉快気に笑う姿はあどけなく、まるで邪気がない。その姿は清楚で美しい。

その姿を人が見れば、それは本当に横浜の魔女と呼ばれた香月夕呼なのかと目を疑うことだろう。

 

・・・笑っている内容が人の不幸という所が最悪だが。そこは夕呼らしい。

 

笑みを浮かべながら夕呼は残ったコーヒーを飲み干した。

夕呼は一息ついた後、自分もPXで起きているだろう馬鹿騒ぎに参加しようと腰を上げようとした。

立ち上がろうとしたその時、夕呼は足元に無造作に散らばっていたファイルを踏み付けた。

 

あら、こんな所にファイルなんて放っておいたかしら?

・・・ああ、さっき笑っていて執務机を思いっきり叩いていた時に床に落ちたのか。

 

夕呼は落ちていたファイルを何気なしに拾い上げた。

そのファイルは夕呼が前に暇な時間に手慰みで書き上げた論文を纏めたものだった。

それは論文と言っても学会に提出する様な代物ではなく、その内容は因果律量子論を書き上げた夕呼をもってしても絵空事の空想であり、また検証の仕様もない思考実験をただ書き連ねただけの唯の走り書きだ。

 

 

 

 

”上位世界観について””多次元解釈と分岐本世界との考察””量子電導脳の(セカイ)への影響””図書館世界についての考察””管理者””迷子あちらと『迷子』””迷子についての原因考察””司書の介入””カミサマと刑罰””アイデンティティーと因果””出現時期の差異””記憶喪失の原因について”

 

 

 

 

―――”出身世界崩壊の(・・・・・・・)可能性について(・・・・・・・)

 

 

 

 

ザワッ

 

 

 

 

瞬間、突然執務室の照明が灯を落したかの様に暗くなり始め、部屋全体が薄暗くなり始めた。

徐々に暗闇は深くなり始め部屋を覆い尽くそうとしている。

その暗闇はただ単に照明が消えて部屋の闇が深くなったという訳では勿論ない。それはすでに不自然なほど暗闇は深く冥い。

よくよく目を凝らせば闇黒がまるで触手の様に蠢きながら広がって行っているのが分かるだろう。

 

しかし夕呼はその明らかな怪異に対して眉一つ動かさない。

ただその部屋の変容を現象として捉え、無表情にその様を観察し続けている。いや、その無表情の中に若干の侮蔑の色が含まれているか?

 

もうすでに執務室は闇黒に堕ち、辛うじて識別出来るのは夕呼の周囲だけだ。

情報端末のディスプレイのみが唯一の光源。しかしそれすらも飲み込もうと闇黒の怪異はさらにローブの裾の様な(・・・・・・・・)触手を震わせ、部屋を黒一色で染め上げようとするまさにその時―――

 

 

「何に怯えているの?」

 

 

まるで闇黒に意思でもあるかの様に夕呼は問い掛けた。

本来ならその様な問答など関係無く闇黒は夕呼を覆いつくしただろうが、それは一体どの様な理由か。

 

ぴたり、と闇黒の腕は夕呼の目前で静止した。

 

闇黒が波打つ様に震える。

それはまるで闇黒が図星を指されて動揺したかのよう。

 

 

「ふーん。・・・これがそんなに拙いモンなの?」

 

 

夕呼がひらひらと論文の入ったファイルを眼前に翳す。

ぞわりと闇黒がざわめき、心なしか威圧感が増してくる。

 

 

「まさかとは思っていたけど、こんな手慰みに書いた論文が正鵠を射ていたなんてねぇ・・・。

 

 

―――そんなにあちらを手離したくない(・・・・・・・)?」

 

 

それは劇的な変化だった。

泰然として存在していた闇黒がまるで燃え盛る炎のように猛り狂う。

今にも自分を燃やし尽くそうとする闇黒の焔を、夕呼はなんとでも無いといった風にフンッと鼻で嗤う。

 

 

「どういう積もりでこんな回りくどい事をしてんのか知らないけどね。

あまり独占欲が強すぎると嫌われるわよ。

 

・・・ま、私には関係ないか。

安心なさい。この内容をあちらに知らせる積もりは無いわ。」

 

 

夕呼がそう告げると闇黒は幾ばくかの落ち着きを取り戻していく。

しかし何やら物説いた気な雰囲気が伝わってくる。

 

 

「どうしてかって聞きたそうね?―――いいわ。教えてあげる。

 

確かに私とあちらは友人関係だけれどね。別に互いに依存しあっている訳でもないの。

 

私の問題は私のもの。

あちらの問題はあちらのもの。

 

あちらから相談して来たなら兎も角、わざわざ懇切丁寧に一から十まで教えてやる必要は無いわ。

 

・・・ましてやこの天才・香月夕呼が告げ口紛いのダサい真似をするはず無いじゃない。」

 

 

夕呼は手に持っていたファイルを闇黒に向かって放り投げる。

放り込まれた論文は一瞬で闇黒に呑み込まれこの世界から消失する。

 

 

「さ、用事も済んだでしょ。ならさっさと失せなさい。

この世界はオリジナルハイブっていう最大の脅威は取り除かれたけどまだまだ予断を許さないの。

まだユーラシアにはBETAやハイブが山ほど残っている。

 

余計な事に脳のリソースを割いている暇は無いのよ。

それにこれからばかを苛める楽しいイベントがあんのよ。私は忙しいの。」

 

 

しっし。行った行った。

 

 

まるで犬を追い払うかの様に手を振る夕呼。

闇黒は夕呼は秘密を漏らすつもりが無いと覚り、殺意(・・)を引っ込めた。

用は済んだとばかりに急激に暗闇はその姿を散らしていく。

 

段々と執務室はその本来の明るさを取り戻していく。

暗闇が晴れていくと、先程の怪異を全く感じさせない普段通りの執務室が現れる。

 

―――ただ空気の焦げたようなオゾン臭のみが怪異の残滓を感じさせた。

 

 

「―――ふぅ。ったく驚かせるんじゃないわよ。」

 

 

夕呼は肺に溜まっていたものを一息に吐き出して脱力し、椅子に勢い良く座り込んだ。

どっと出てきた冷や汗を拭い去り、気持ちを落ち着けるためにコーヒーを飲もうとしてカップの中が空である事に気がつく。

夕呼は舌打ちを一つついてカップを放り投げた。

 

 

「もうあんな化けモンと対峙するのはごめんよ・・・。」

 

 

体力気力ともにごっそり削られた・・・。

夕呼はずるずるとだらしなく椅子深くに腰を掛ける。

 

 

まさかあんな暇つぶしに考えた論文が当たっているなんて。

世の中案外わからないモンね。

 

しかしあの化け物はあちらを舐めすぎだ。

奴はあちらを良く知っている(・・・・・・・)のだろうが、あちらは奴が考えている以上に賢く、そして忍耐強い。

あちらはいずれ辿り着く(・・・・)。なら私がしゃしゃり出て口を出すのはお門違いだし、あちらも余計な世話だと感じるだろう。

どっちにしたってあちらにしか解決できない問題だ。

私は黙って必要な時にだけ話を聞けばいい。

 

夕呼はぼぅと背もたれにもたれ掛かっていたが、しばらくすると椅子を座りなおし執務机の引き出しを開けた。

 

引き出しを開けて取り出したのは一枚の便箋。

 

 

夕呼は便箋を丁寧に開封して中身を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――2002.1.1 極東国連軍横浜基地 正面ゲート前

 

 

 

 

夕呼は横浜基地を正面ゲートに向かって全力で走っていた。

 

 

「はぁはぁはぁはぁ!!―――ッッ!!

 

私は頭脳労働者なのよ!ッく!!これで碌なモンじゃ無かったら唯じゃ置かないわよッ!!!」

 

 

あちらの置き手紙に書かれてあった夕呼へのプレゼントは、差出人(あちら)が失踪したにも関わらず受け取り場所と時間が指定してあった。

指定された場所は正面ゲート前の桜並木。しかも指定された時間まであと僅か。あまり時間が無い。

そのせいで夕呼は走っている訳だが、桜花作戦成功・オリジナルハイブ陥落の報に沸き立つ横浜基地内を司令室を飛び出して走っている夕呼はとても目立っていた。

全力疾走と羞恥により顔が赤くなっているが、その成果もあって一応時間内に指定の場所にたどり着く事が出来た。

基地内の大半の人員は桜花の英雄達を迎えるためにシャトルの発着場に集まっている。そのせいか正面ゲートの周辺には人影は疎らで桜並木前に至っては皆無だ。

夕呼は走って乱れた息を整え、時計をチェックする。

 

 

「もうすぐね・・・。けどここに何かあるのかしら?」

 

 

空を見上げる。

 

見上げた空はどこまでも高く夕焼けが眩しい。

この空がBETAに制空権を奪われているとは信じられない。そのまま飛んで行けば何処までも行けそうだ。

 

物悲しくも美しい紅光が周囲の廃墟と桜並木を彩り、辺り一帯を茜色に染め上げている。

遠くのほうでは兵士達の歓喜の声が聞こえてくる。

 

夕呼は桜の木に近づいて幹をそっと撫で上げた。

 

 

―――それはまるで桜の木に語り掛けているかのようで。

 

―――それとも桜に宿っていると言われる英霊達にでも語りかけているのか。

 

 

様々な感情や想いが胸中を駆け巡るがそれを吐き出す事無く、ぐっと飲み込み誓いを新たにする。

 

 

「もう時間過ぎてるんだけど―――。誰もいないし。・・・もしかして担がれたのかしら?

ふふ、あちら。良い度胸してるじゃない?

 

次に会った時覚えてなさいよ・・・ッ!?。」

 

 

その時桜並木を突風がびゅおうと吹き抜ける。

突然の事に夕呼は反射的に目を庇った。

 

―――何かおかしい。

 

今は一月。暦の上では新春と言っても未だ季節は冬だ。

しかしその風はまるで春風と言っても良いほどに暖かく、そして花の香りに満ちている。

 

それは一瞬の出来事だった。

夕呼が桜から目を離したのは風の吹いたほんの一瞬だけ。

しかしその極僅かな時間にプレゼントは目の前に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

   視界一杯を遮る色鮮やかな花びら。

 

 

 

 

 

 

   そこには満開の桜が咲き乱れていた。

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けの明かりに照らされて桜は鮮やかに彩られ、風に吹かれ桜の花弁はひらひらと舞い散り、幻想的な光景を創り上げている。

 

夕呼は随分と長い間その光景に魅入っていたが、我に返ったのか徐々に肩を震わせながら笑い始めた。

 

 

「―――ふ、ふふ。ッッふふ。あは!!あははははははははは!!

 

これが贈り物?あはははは!!馬っ鹿ねぇ!!

 

あちら。褒めてあげるわ!あんたは馬鹿でアホだけどサイッコーよ!!!あはははははは!!」

 

 

夕日が照らす桜坂に横浜の魔女の楽しげな笑い声が響き渡る。

それは発着場から聞こえてくる歓声よりは劣るが確かに基地に響いていた。

夕呼は笑いながら考える。

 

 

さて、これからが大変だ。

どうやってこれを誤魔化そう?

一月に桜が咲くなんて異常事態の何モンでもない。

しかも昨日まで欠片も予兆はなく、今日行き成り満開に開花した。

調査をしようと意見が出るだろうが、桜花作戦成功に沸き立つ基地の奴らはこの鎮魂の桜の開花に驚喜するだろう。

ま、幸いここは横浜基地だ。いざとなればG弾の所為にしてしまえば良いし、例え調査しても原因が解かる筈もないし想像もつかないだろう。

 

 

―――この満開に咲き誇る桜並木が、たった一人の女性へと贈った花束だなんて。

 

 

それが可笑しくって可笑しくって笑いこげる夕呼。

その目尻に光る涙は、一体どのような理由による涙なのか。

 

 

笑いによるものなのか。

 

歓喜によるものなのか。

 

それとも突然の別れによるものなのか。

 

 

それは分からない。

 

おそらく夕呼自身にも。

 

 

 

強く握り締められた便箋がかさりと鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――極東国連軍横浜基地 地下19階 執務室

 

 

 

 

夕呼は便箋から取り出した手紙を読み返していたが、しばらくすると執務室の内線が鳴った。

 

 

「はい、私よ。

―――あぁハイハイ。分かった分かった。ブリーフィングルームね?すぐに行くわよ。

 

―――え?はぁ!?まりもが酒を飲んだ?誰が飲ましたの!?・・・飲ましたバカを人柱になさい。それで被害は最小限に済むはずよ。

・・・あちら?私が行くまで放っときなさい。はぁ…。」

 

 

夕呼は内線を切ると物憂げな溜息をついた。

自分が周囲を振り回すのは良いが、自分が振り回されるのは御免だ。

 

だが行かないという選択肢は無い。

こんな面白そうな騒動(イベント)を見逃すなんて勿体無い。

まぁ精々まりものとばっちりを受けないように立ち回って面白可笑しく事態を掻き回してやろう。

 

近い未来に訪れるであろう楽しい楽しい(・・・・・・)時間を思い浮かべると、夕呼は笑いを堪え切れないといった風に笑みを零す。

 

くすくす笑いながら読み返していた手紙をそっと執務机の上に置く。

その時、夕呼の手が手紙の入っていた便箋に擦れて中身が外に顔を出した。

 

 

 

―――便箋から零れ落ちたのは淡い色合いの一枚の花弁。

 

 

―――あの冬に咲き誇った桜の花びらだった。

 

 

 

夕呼は机の上に零れたそれを唯じっと見つめていたが、花びらを丁寧に摘まみ上げると手紙の上にそっと添えた。

 

その時浮かべていた微笑は、いつもの意地悪気な笑顔とは程遠く。かと言って聖母の様な慈愛に満ちたものでもない。

それはまるで年頃の少女が浮かべるような無垢な笑顔だった。

 

その笑みをもし芸術家などが観ていたとすれば、それを額に納めようと躍起になり競って絵画を描いた事だろう。

ただ残念な事は夕呼自身も含め、誰もその笑みに気づかなかった事だ。

 

夕呼は手紙を優しく指で一撫ですると勢い良く立ち上がり、機嫌良く執務室を出て行った。

 

 

・・・以前、たった一つの幸いも無く魔女は死ぬと書いたことが事があるがそれは間違いだった。

未来はどうなるか分からない。悲劇に見舞われるかもしれない。その通りに魔女は孤独な死を迎えるかもしれない。

 

だがこの時ばかりは。

夕呼は幸せですかと聞かれ、おそらくぶっきらぼうな顔をしながらも否定しなかっただろう。

 

 

―――そして彼女は得難い親友達と部下の待つ場所へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

部屋の主がいなくなり照明が消され、静寂と薄暗闇に包まれた執務室。

 

執務机の上には剥き出しに置かれたままの手紙。

それは桜花作戦後に失踪したあちらがしたためた夕呼への置手紙。

 

内容は部屋が薄暗いため読む事が出来ないが、辛うじて手紙の文末のみを読み取る事が出来る。

 

そこにはこう書かれている。

 

 

 

―――如何だったでしょう?

 

贈り物は気に入っていただけたでしょうか?

桜自体は後数日で散ってしまいますが、G弾による影響もついでに『切り取って』おきました。

春になれば綺麗な桜が見れるんじゃないでしょうか。

 

つい長々と書いてしまいましたが、これで一旦お別れです。

機会があればまた寄らして貰うかもしれません。

在り来たりですがこれからもお体には気をつけて。社さんや他の人達にも宜しくお伝えください。

 

では、また会える日を楽しみにしています。

 

 

 

”いつでも貴女の信じるままに”

 

 

―――貴女の親愛なる共犯者にして親友より

 

―――迷子あちら

 

 

 

 

手紙の最後には先程夕呼が添えた桜色の花弁が一枚。

 

 

それはまるで寄り添うかのように、あちらの名に桜の花びらが添えられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---END.

 



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19.幕間:ウェン・ゼイ・クライ

―――ある女性について語ろう。

 

 

 

彼女は何の変哲も無い・・・と言えば多少の語弊があるか?

とりあえず之まで、様々な物語を読んできた我々から見れば、特に特筆に価しない女性だった。

 

彼女は平凡な一般家庭に生まれ育った。

貧しくもないが、特に裕福な訳でも無い。よくある中流家庭。

時々怒ると怖い父と、すこし勉強に煩い母。しかし子を思い遣る優しい両親。

学校は厭な奴もいるが、それなりに仲の良い友達がいる。親友と言って良いかどうかは微妙な所だが。

そのまま彼女は成長して、やがて恋をし、結婚して子を成して。子や孫の成長を見守りながら齢を重ねる。

やがて、自分の人生を振り返りながらそれにおおよそ満足して、家族に看取られて天寿を全うする。

 

平凡だが、それなりに幸せな人生。

ある意味、万人が望む最も幸せな人生を送れたかもしれない。

 

―――でも、そうは為らなかった。

 

確かに彼女はある意味で特別だった。

では何が?

 

 

彼女は特別な力を持っていた?

 

いや違う。

何か超常的な能力が在るわけでもなく。1%の閃きを与える頭脳も無い。

 

 

では何か常人では行えぬ偉大な事をやり遂げた?

 

そんな事も無い。

別に彼女が世界を救うでもない。

人類の未来を栄えあるものにする、歴史的大発明をするわけでもない。

 

 

では一体何が特別だったのか。

正確に言えば彼女が特別だったのでは無い。彼女の相手(・・)が特別な存在だったのだ。

 

 

彼女はこの(セカイ)の祝福を最も受ける主人公の”ヒロイン”だった、という事だ。

 

それだけだったらまだいい。

主人公とヒロインはその世界で、周囲に祝福されながら幸せに暮らしただろう。

 

 

 

・・・だが、不幸な事にも。

 

 

 

 

―――その役目は必ずしも彼女に幸福を齎すだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ウェン・ゼイ・クライ」

 

 

 

 

 

 

―――ある図書館世界 「あっち」方面書架群 談話室

 

 

 

 

カリカリカリ

 

 

埃が落ちてくる音すら聞こえてきそうな静寂の中、談話室にはペンが紙を引っ掻く音が響いていた。

音は談話室の一角。山の様に積み上げられた革張りの本が机の上や周囲の床に積まれており、さらに何かを書きなぐった様な紙が散乱している。

その音を立てているのは、この部屋の主とも言うべき司書。

この頃は厚木と名乗っている女性だった。

 

 

カリカリカリカリカリカリ

 

 

しかしその様子はまるで普段とは異なっていた。

いつもの柔和な雰囲気は成りを潜め、何やら熱気の篭った剣呑な眼光が異彩を放っている。

しばらく身なりを整えていないのだろう。

あの金糸のように美しかった髪は、まるで汚水を吸った絹の様に薄汚れ、脂に汚れている。

いつも着ている白いブラウスもインクと汗で汚れているし、心なしか頬もこけている。

先ほど厚木の眼光が剣呑に感じたのは、頬がこけ、しかしそれでも目に浮かぶ生気は些かも衰えていないからだろうか。

いくら不老不死とは言え、体の基本構造は普通の人間と同じだ。

休息を摂らなければ体に悪影響を与えることは必至。

司書として経験の長い厚木がそれを分かっていない筈が無いのだが、それでも厚木がペンを置く様子はない。

ただひたすら何かを無心に紙に書き込んでいた。

 

 

カリカリカリカリカリカリカリカリカ―――ボキッ!!

 

 

書く事に熱中しすぎたのか、相当筆圧が高くなっていたのだろう。

ペン先はその圧力に耐え切れずに、先が圧し折れた。ペン先が折れた拍子に書いていた紙にインクが飛び散り、紙面と厚木の手を斑模様に染め上げた。

厚木はしばらくその惨状を眺めていたが、その所為で先程まで厚木を支配していた熱狂が去ったのだろう。とても重く、そして深い溜息をついて折れたペンを机に放り投げた。

放り投げられたペンはころころと転がり、紙面をインクの黒でさらに汚していく。

それがなんだか、まるで処女雪を踏み荒らした様な快感に似ていて、とても小気味良かった。

 

 

「は。」

 

 

自然に己から滲み出た自嘲の嗤いを吐き捨て、厚木は深く背もたれにもたれ掛った。

背もたれに大して重くない圧力が掛かり、椅子の背もたれがぎいぎいと悲鳴を上げる。

 

乙女の羽毛の様な体重に悲鳴を上げるなんて失礼な椅子だ。

内心文句を言ってみても、椅子には伝わらなかった様で、まだ軋みを上げている。

 

ぼーと談話室の天井を眺めていると、執務室に備え付けられていたアンティーク調の固定電話がジリーンジリーンとベルを鳴らした。

 

だがそれがどうした。

今座っている椅子から受話器までは遠く、第一何もする気が起らない。

なので椅子から動く気は欠片もなく、厚木は呼び出し音を無視を決め込む事に決めた。

あちらさんは電話など掛けてくる筈もないし、重要な業務連絡だったら書類で回ってくる筈だ。無視して大丈夫だろう。

放っておけばその内諦めて鳴り止むはず。

 

 

ジリーンジリーンジリーン

ジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーン

 

 

鳴り止むはず。

 

 

ジリーンジリーンジリーン

ジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーン

ジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーン

 

 

・・・鳴り止むはず。

 

 

ジリーンジリーンジリーン

ジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーン

ジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーン

ジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーンジリーン

 

 

イラッ

 

 

「喧しいわ!!人の迷惑考えろッ!?」

 

 

ついに我慢出来なって、座っていた椅子を蹴飛ばす様に立ち上がった。

厚木は乱暴に受話器を掴むなり、受話器の向こう側にいるであろう相手に向かって罵声を浴びせた。

自分が呼び出しを散々無視していた事は棚に上げている。

 

 

『あらあら、居留守を使っていた人に言われたくないわね。どうせ愛しの彼の事でも考えていたんでしょ?

 

くすくすくすくす。』

 

 

受話器の向こうからは幼くも、何故か空虚な印象を与える声が聞こえてきた。

今の様な精神状態の時には絶対聞きたくない類いの声だった。

 

 

「・・・何の用だ。ベルンカステル。」

 

『くすくすくす。

 

どうしたの?そんな不機嫌な声を出して。それにご自慢の猫が剥がれてるわよ。

黒猫なら沢山居るから貸してあげましょうか?』

 

「人の臓物を喰らう様な悪趣味な猫はいらん。それにこれは猫を被っていたわけじゃない。」

 

『あぁ、貴女はそういう存在(・・・・・・)だったわね。大変ね―――』

 

「何の用だ?奇跡の魔女。用が無いなら切るぞ。」

 

 

厚木がベルンカステルの言葉を被せて、要件を聞いてくる。

それはこれ以上無駄口を叩くなと言葉以上に雄弁に語っていた。

 

 

『―――そうね。こちらもそんなに時間が有る訳でも無いし、本題に入りましょう。

 

・・・単刀直入に聞くわ。貴女、ラムダから最近連絡が有ったりしていない?』

 

 

どうもベルンカステルの質問の内容は意味が分からない物であったが、大よその予想はつく。

どうせ碌でもない事をやらかそうとしているに違いない。反吐が出る。

 

 

「絶対の魔女から?・・・知らないな。ここ最近は連絡を取ってもいない。」

 

『・・・あちらはどうかしら?彼に連絡が行っている可能性は?』

 

「電話も繋がらないのにどうやって?・・・まぁ、あちらさんがそっちの本(セカイ)に旅しているなら話は別だけど、彼は今違う世界に滞在している。」

 

 

その話を聞いてベルンカステルは少し考え込んだようだったが、自身の推測が纏まったのか小さく舌打ちを一つする。

 

 

『―――まさか謀られた?・・・あの子はやっぱり使えないわね。また深淵に投げ捨ててしまおうかしら。』

 

「フン。意味が分からないのだが・・・。用件はそれだけか?

 

貴女と違って私は忙しいのでね。切るよ?」

 

 

話をいい加減切り上げたい。この魔女と会話していると、自身の暗い内面を暴かれそうな不快感に襲われる。

そういう意味では、この女は正しく”魔女”だった。

 

 

『くすくすくす。

ええそうよ。用件はそれだけよ?手間をかけさせたわね。

 

 

 

―――では引き続き本でも(・・・・・・・)書いてちょうだいな。』

 

 

 

 

 

その瞬間、比喩でも何でもなく、ギチリと空間が軋んだ。

 

 

 

 

 

「――――――何の話だ?」

 

『ふふふ。それで司書殿はお忙しいのでは無いの?』

 

 

厚木の声は絶対零度よりもなお冷めて、どんな砂漠の空気よりも乾いていた。

まるでその声は人が発したモノではなく、機械が合成したと言っても信じられるほど、無味乾燥な声色だった。

常人が聞けば怖気を誘うような声でも、魔女には関係無いらしく、心底愉快だと言わんばかりだ。

 

 

『健気なものじゃない?一度焚書になった本をまた一から書き上げるだなんて。

 

(セカイ)は人の心が創り上げる。逆を言えば人でない者(・・・・・)は本の修繕は出来ても、物語を紡ぐ事は出来ない。

自分では無理だと(・・・・)分かっていながら書き続けるだなんて・・・。

 

 

―――そんなに彼に嘘を吐いている事が気懸り?』

 

 

「・・・・・・黙れ。」

 

 

『自分の唯一無二の存在が振り向いてもくれない所か、自分の存在事を綺麗さっぱり忘れてさえいるんですものね?

 

他の女に彼を盗られるくらいなら、ならばせめて永遠の籠で彼を閉じ込めようとするのも無理ないわ。

 

―――実に私好みに歪んでる。』

 

 

「・・・黙れ。」

 

 

『もしかして”迷子(まよいご)”という姓を付けたのもそのせいかしら?

モノは名によって縛られる。本当の事を話して、思い出してくれなかったり、自分を選んでくれなかったら悲惨だもの。

 

それだったらセカイを彷徨い続けてくれたほうが、まだ安心できるわ。』

 

 

「黙れ。」

 

 

『諦めて絶望して切望して落胆して。それでも僅かな希望に縋りついて。

 

そしてそれこそ千那由他の彼方の確率で得た奇跡ですものね?

ならそれを離す事なんで出来ない。ましてや、もっとと考えてしまうのも仕方ないわ。

 

 

 

―――また愛されたいと(・・・・・・・・)

 

 

 

「黙れぇぇえええェえェええぇ!!!!!!」

 

 

 

絶叫と共にドンッという鈍い音が談話室に響き渡り、厚木の傍に置かれてあったソファが粉々に砕け散る。

激情に任せて電話を砕かなかったのは、ギリギリ最後に残っていた理性で踏み止まったお陰だ。

もし、このまま電話を破壊していたら文句も言う事も出来ず、唯ベルンカステルを喜ばすだけの結果となる。

 

そんな腹ただしい事が他にあるか。

 

乱れる鼓動と呼吸を無理矢理にでも整えると、受話器に向かって語りかける。

自分でも驚く程に冷徹な声が自身の口から飛び出した。

 

 

「無駄口はそれだけか。ベルンカステル。」

 

『ふふふ。ええ、時間を取らせたわね。』

 

 

しかし電話口の向こうからは、こちらの内心を見透かした様な嘲りを含んだ笑いが聞こえてくる。

 

 

「・・・忠告しておこう。奇跡の魔女よ。

いくらアウローラの巫女だと言っても、こちらにも限度というものがある。そこの分水嶺を忘れない事だ。

 

くれぐれも私の事情(・・)には触れないように。

 

 

―――また永遠と六月(・・)を繰り返したくあるまい?」

 

 

『―――――――――。』

 

 

しばらく沈黙が続いたが、

 

 

『遥か上層の世界に座す、(セカイ)を管理する大図書館の司書殿に一介の魔女が挑むはずがないでしょ?

からかい過ぎたわね。謝るわ。』

 

 

「・・・チッ。この話を誰に聞いた・・・って言うまでも無いか。」

 

『えぇ。アウアウローラからよ。実に観劇が楽しみだとか言っていたわ。

あぁ安心なさい。この件を触れ回るつもりは無いようよ。一人でこっそり楽しむようね。』

 

「・・・胸糞悪い話だ。」

 

『くすくすくす。

アレの趣味の悪さは筋金入りよ。巫女の私が保証してあげるわ。』

 

 

実に要らない保証だ。

おまけにその巫女も悪趣味ときている。

お前が言うなと喉まで出かけたが、それを辛うじて飲み込む。

もうこの不毛な会話にも飽き飽きだ。

さっさと仕舞いにしたい。

 

 

『名残は尽きないけど、そろそろお暇するわ。

この後も何件かに確認の電話をしなければならないの。

 

また一緒にお茶でも飲みましょう。最高級の物を用意するわ。』

 

「断る。

紅茶に梅干を入れるような輩と飲む茶は無い。」

 

 

厚木は即答するが、まるでそれを聞き流してベルンカステルは続ける。

 

 

『その時はぜひあちらも一緒に。

 

貴女と彼が上手く行く(・・・・・)様に奇跡を祈っているわ。』

 

 

くすくすくすくすくす

 

 

”奇跡の魔女”の称号を持つベルンカステルが、上手く行くように奇跡を祈るとは、それは一体どの様な皮肉か。

少なくても好意的な意味では絶対に無いだろう。そこはかとない悪意まで感じる。

 

恐らく面白おかしく退屈が紛れるような事態になればいいと考えているに違いない。

 

 

「・・・ベルンカステル。」

 

『何?』

 

「お前が誰かにボコられて、泣きっ面を見るよう祈っているよ。」

 

『残念、無理ね。』

 

 

あは。あはは!

アハハハハハハハハ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!アハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハ!!!アハハハハハハハハアヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒひひひひひひ!!!ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!!

 

 

いつまでも耳にへばりつき残る様な、まるで汚泥の様な不快な哄笑を残して通話は切れた。

 

通話が切れた事により、厚木は何の遠慮もなしに拳を振り下ろし、アンティークの電話を粉々に叩き壊した。

少しはこの不快感から逃れられるかと考えたが、少しも溜まった鬱憤は晴れなかった。

 

しかしそれよりも、更に大きな虚脱感が厚木を襲う。

 

談話室にぽつりと力無く立つ厚木は、まるで行方を無くした迷子の様に弱弱しく感じる。

 

 

「奇跡。奇跡ね・・・。」

 

 

誰もいない談話室で厚木は一人、俯いて誰に言うでもなく呟いた。

 

 

「そんな事はとうの昔に分かっている。

 

でも。それでも―――」

 

 

 

その姿はまるで

 

 

 

「―――諦めきれない。」

 

 

 

泣いているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その出来事について彼女は詳しい事は覚えていない。

 

平穏な日常を謳歌していた彼女に運命は突然に訪れた。

その運命は彼女だけでなく、遍く世界の人間すべてに。

 

―――世界が歪む。

 

ただ直感的に世界が変質したと感じ取った。

それはその世界に住む住人なら誰でも感じ取れる変化だったのかもしれない。

そこから先は覚えていない。

ただ大変な事が起きたとは感じていた。そこで思考は凍結した。

 

その次に気がついた時は、彼女は見知らぬ場所に放り出されていた。

辛うじて覚えているのはぼんやり浮かぶイメージだけだ。

 

 

閃光

悲鳴

焼け落ちる立派に装飾された本

天地がまるで引っくり返った様な浮遊感

 

―――そして身を裂かれるような孤独感と喪失感

 

 

彼女はまるで浮世絵離れした本棚の森を、数日間彷徨い続け、巡回中の職員に保護された。

 

錯乱した彼女を職員は根気良く宥め、彼女に暖かい飲み物を振舞って、矢継ぎばやに聞かれる質問に丁寧に答えて言った。

そこで彼女は到底信じらえない話を聞かされた。

 

 

世界は無限に存在する事。

世界が本としての形態を取っている事。

ここはその無限の世界が収められている図書館だった事。

保護してくれた職員はここの館長である事。

 

 

いままで彼女は何冊ものSFを読んできたが、ここまで荒唐無稽な話を聞いたのは初めてだった。

なかなか面白いユニークな設定だと伝えると、(セカイ)を証拠を見せ付けられて黙るしかなかった。

 

その話を一先ず信じることにして、彼女は自分を元の世界に返してくれるように頼みこんだ。

しかしその話を切り出した瞬間、自身の胸に堪え切れない程の喪失感と孤独感が襲いかかった。

 

溜まらすに泣き出してしまう彼女。

 

館長は沈痛な面持ちで彼女に一つの質問を投げかけた。

 

 

『自分の名前を覚えているかい?』

 

 

彼女はその質問の意図が分からずに、是と答えた。

名前に限らず、自己のプロフィールや両親、友人や”恋人”の事もよく覚えている。

覚えていないのはあの世界が歪んだ直後の記憶だけ。

 

館長はただそうか、と頷いて詳しい話は明日だと言って部屋を出て行った。

 

彼女はここ数日間の疲労と泣き疲れからすぐに眠ってしまった。

 

 

次の朝。朝と言っても屋内なので朝かどうかは分からないが、目覚めは快適だった。

丁度タイミング良く館長がトレイに朝食を持ってやって来た。

一先ず、彼女は昨日助けてくれた事に対しての礼を述べた。

館長は笑ってそれに答え、トレイを差し出した。

その香りに空腹を覚え、ご飯を食べている間に館長と色々な話をした。

 

 

家族の話。

とても優しい父と母の自慢話。

 

学校の話。

仲の良い友達の関係や、参加しているクラブ活動の愚痴。

 

恋人の話。

長年恋い焦がれてやっと恋人になれた事。

この間、スモークサーモンのサンドイッチを作って行くと彼が褒めてくれた事。

 

 

彼女は何か悪い胸騒ぎを振り払うように言葉を重ねた。

もしかすると館長の柔らかな笑顔の中に潜む、深い悲しみの色を敏感に感じ取ったのかもしれない。

 

食事を終えてしばらく歓談していると、館長は本題を切り出してきた。

悪い胸騒ぎがしてきて、先程食べた朝食が気持ち悪く感じてきた。

 

 

―――気をしっかり持って聞いてほしい。

 

 

さっそく彼女は朝食を食べた事を後悔した。

 

 

彼女の住む(セカイ)がカミサマと化した事。

そのカミサマの被害は止まる事を知らず、一区画分のセカイを食い荒らした事。

力もそれに比例するように強大になり、さらに被害が拡がって行った事。

最早被害が図書館全体としての業務に致命的な支障を来す所まで来ており、カミサマの『焚書』処分が決定した事。

 

 

―――そして、彼女の住んでいた(セカイ)は焼き払われたという事。

 

 

そこから先は詳しい内容を彼女は覚えていない。

 

ただおぼろげながら覚えているのは、なぜ彼女が無事にここに居るかの推測。

 

恐らく。

その時の戦闘の際に、ちょうど彼女が記載されていたページだけが綺麗に損傷無く千切れた。

そのページが長い時間を掛けて力を貯め込み、精霊化したことで彼女が具現した。

それも記憶を一切損なう事無く。

 

どれも通常はあり得ない、天文学的確率だそうだ。

幸運に恵まれたのだろうと。

 

 

……そんな訳がない。

故郷が焼き払われ、帰るところも無く。

親しい友人や優しい両親は、文字通り燃え滓になって消えた。

 

 

―――そして愛しいあの人も。

 

 

自分だけが生き残っても幸運だと感じるはずもなかった。

できれば一緒に死にたかった。最後まで一緒に居たかった。

 

 

生きる事に無気力になり、あの世が有るかどうかは知らないが、せめて天国では一緒になりたいと自殺を図る彼女を止めたのは、館長の一言だった。

 

それはまるで毒の様に、呪いの様に彼女を縛る一言。

 

 

 

―――”生きていれば、もしかして彼に会えるかもしれない”

 

 

 

それは余りに哀れな彼女に自殺を思い止まらせる、とっさに出た言葉だったのかもしれない。

生きていれば、幸せになる機会が有るという想いを込めた言葉だったのかもしれない。。

 

しかし今、藁にも縋る様な想いの彼女にその一言は、あまりに甘美過ぎた。

 

 

(セカイ)が歪んだ直後、もし貴女と共にいたのなら、貴女と同様に本から切り離されている可能性がある。』

 

『精霊化するには個体差ある。時期がずれて具現化するかもしれない。』

 

 

その言葉は甘い甘い、甘美な鎖となって彼女を縛る。

 

彼女とて理解している。

これが自分に自殺を思い止まらせる為の言葉だと。

もし仮にそうだとして、その確率はほぼ零だと。自分の時の様な奇跡は一度だけで、二度は起きない。

 

それゆえに奇跡と呼ぶのだと。

 

 

だが。

 

もしも。

 

万が一、いや億に一つ。

 

もしかしたら。

 

 

正にそれこそ。

 

 

 

―――奇跡が起きるかも(・・・・・・・・)―――

 

 

 

 

 

・・・彼女は数日後、試験を無事突破し、司書の資格を得て不老不死となる。

 

 

 

 

 

彼女が自分の主人公(コイビト)と再会するには、それから永い永い年月、それこそ人格すら変容させる程の膨大な時が必要だった。

 

それども想いは決して変わる事も無く。

それどころか、さらに永い年月を掛けて想いは磨かれ抜き、それは眩い光を放っている。

その光はどこか人心を魅了する宝石の様、もしくは狂気を秘めた魔性の光りにも似ていた。

 

 

 

 

―――そして彼女は再会する。

 

 

 

―――想いを磨き、恋い焦がれて。

 

 

 

―――それこそ死すら死せる久遠の時の果てで。

 

 

 



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Ex2.外伝:二人の旅路

―――すべてが終わった後のおはなし。
―――これは蛇足。

―――魔女の最後のおはなし。


目の覚めるような青。

やわらかくも暖かい陽射し。

遠くから漂ってくる芳しい花の香り。

 

窓から見える木々は皆瑞々しく、青々とした若葉を付けている。

しかしそれよりも目を惹くのは、何といっても鮮やかな桜色だろう。

 

 

満開に咲き誇る桜。

 

優しく木々の間を通り抜ける風。

それによって桜の淡い花弁は吹き散らかされ、季節外れの吹雪を演出している。

世界には戦時中の度重なる戦火や重金属雲などによる環境被害により、絶滅してしまった種が数え切れないほど存在する。

しかしこの英霊の樹だけは全くそれには関係ないように美しく咲き誇っている。

 

 

大日本帝国の帝都にある、帝立病院の一つの病室。

部屋の造りや置かれている設備、セキュリティからVIP専用の病室だと窺い知る事が出来るだろう。

 

その病室のベットに身を横たえるのは一人の女性。

規則正しい寝息を立てながら眠る様子は、まるで御伽の国の眠り姫の様だ。

その様子はあたかも彫刻の様。生気を全く感じさせない無表情の寝顔からは齢を感じさせる。

だがそれでも彼女の美貌は、齢を重ねても尚、全く損なわれてはいなかった。

 

静かな病室には彼女以外存在せず。機器が規則正しく奏でる電子音のみが響いている。

その規則正しい音は鼓動の音色のようであり、確かに彼女が彫刻でなく生きた人間である事を示している。

病室の開け放たれた窓からは、暖かい春風がそよそよ、そよそよと。

それに合わせるかのように、白いカーテンがひらひら、ひらひらと。

 

 

 

そよそよ、そよそよ。

 

ひらひら、ひらひら。

 

そよそよ、そよそよ。

 

ひらひら、ひらひら。

 

 

 

 

BETAに怯えて暮らした時代も今は昔。

血塗られた道を歩み続け、その役目を果たし終えた魔女は。

 

 

―――ただ静かに。

 

 

―――ただ静かに、魔女は眠り続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?外伝

 

「二人の旅路」

 

 

 

 

 

 

―――そこはとても優しい世界(ものがたり)だった

 

 

 

 

 

 

季節は秋。もう十月だ。

秋の高い空を飛行機が雲を曳きながら飛んでいく。

白陵大付属柊学園の三年生の教室に続く廊下を歩いていた夕呼は視線を空から前に戻した。

目的の教室からは騒がしい喧騒がここまで聞こえてくる。

 

 

「みんなおはよう!席について~~!」

「それじゃ出席をとるわね~。彩峰さん!関心関心、今日はちゃんと来たのね。」

「ごくまれに・・・。」

「鎧衣さんまで!よかった~。」

「はい!父の一瞬の隙をついて、マラッカ海峡から―――」

 

 

本当に騒がしい。

生活指導のむさい先生が、また嫌みの一つでも言ってくるだろうが、そんな事は知った事ではない。

 

自分が受け持つD組の教室の前を通り過ぎ、目的のB組まで歩き続ける。

連絡事項は予め涼宮に言ってあるから少し遅れても大丈夫だろう。

 

ふと気になって後ろを振り返ると、目的の人物はちゃんと自分の後ろをついてきている。

ただ、その儚い容姿は存在感が希薄で、目で確認しないと居るか居ないのかがわからなくなってしまう。

まぁ確かにまりもが忘れて置いて行ってしまうのも無理は無い。

その瞬間、少女の髪留めがしなっと垂れ下がった。

どうも凹ましてしまったらしい。

 

 

「転校生を紹介します。」

「転校生は女の子よ。白銀君よかったわね。さ、入ってきて。」

「ぎゃお―――――――――っ!?」

「・・・え?え・・・・え・・・!?」

「はいはい白銀君、はしゃぎすぎよ。」

「あわわわわわ」

「あうあうあうあう」

「今日から皆さんと一緒に学ぶ事になった、御剣冥夜さんです。」

「冥夜だ。以後、見知りおくがよい。」

「そしてもう一人」

「・・・へ?」

「御剣悠陽さんでーす。」

「悠陽と申します。以後お見知りおきいただきますよう、よろしくお願いします。」

「おお~」

「ふ、双子ォォォォォォ!?」

 

 

目的の教室の前に着いた。白銀の絶叫が五月蝿い。

なんだか中は面白そうな事になっている。

まぁあの(・・)御剣の人間が転校してきた訳だから、平穏無事に物事が終わるはずも無い。

早速御剣の権力(チカラ)を使って白銀の両隣を開けたらしい。両隣の生徒は親が栄転するとかで急に引っ越して行った。

これも正直どうかと思うが、まりもには悪いが傍から見ている分には面白い。せいぜい笑わしてもらおう。

 

 

「み、御剣さん!?な、なんで俺の名前を!?」

「冥夜でよい。」

「そなたに感謝を。昨晩は夢心地であった。傍らにそなたのぬくもりを感じて眠れたのだからな。」

「昨晩、寝床にに姿が見当たらないと思えばそのような抜け駆けを!?」

「先手必勝と申します。如何に姉上といえど、こればかりは易々と譲れませぬ故。」

「おおおお――――――!!転校早々白銀を巡って三角関係ェェェ!?」

「・・・き、気を取り直して席を決めましょう!ね?席!」

 

 

傍に立つ少女に目を向ける。

少女は目に見えて緊張していた。銀髪を括る髪留めが震える様子はまるで子兎だ。

夕呼の無言の気遣いを察したのか、少女が首をこくんと縦に振る。

その様子に笑みを深くすると、夕呼は力一杯教室の扉を引き開けた。

 

 

『そうねぇ・・・白銀の両隣りにしましょ。丁度空いてるから。』

「ゆ、夕呼先生ッ!?しかも俺の両隣りって!?」

『あんたたち、さっさと席に着きなさい。せっかく空けた席でしょ。』

「はぁ!?」

「心得ております。」

 

 

訳が分からないとばかりに、まりもが食いついてくる。

また何かやったのかと言わんばかりだ。

失礼ね。私だって毎回毎回なにかするわけじゃないわよ。

それに今回はあんたのフォローをしているってのに、それは無いんじゃないの?

 

 

「ちょっと夕、香月先生!?どうしてここにいるんですか!?D組のHRは―――」

『なによご挨拶ね~。せっかくあんたの尻拭いをしてあげたのに。』

「わ、私の尻拭い・・・?」

『一人職員室に忘れてたでしょ?』

「一人?・・・ッ!?」

『あらら。担任教師がそんな薄情でいいにかしらね~?』

「はうぅぅぅ・・・それはその・・・」

『そんなんじゃ教師以前に人間失格ね。』

「ぐふぅ!?」

 

 

心のダメージが耐久を超えたのか崩れ落ちるまりも。

しかたないわね。代わりの私がHRを進めといてあげるわ、感謝なさい。

B組の生徒達の顔には、あんたが止めさしたんだろ、と顔に書いてあるがそれは無視する。

後ろの開いた扉に向かって呼びかける。

 

 

『じゃあ、紹介するわ。―――いいわよ、入ってらっしゃい。』

「・・・はい。」

『今日からこのクラスに入る、社霞よ。』

「社・・・霞です。

よろしく・・・お願い・・・します。」

『社は生まれも育ちもロシアで、日本は初めてらしいわ。そうね?』

「はい。」

『ま、見ての通り存在感が薄いけど、よろしく面倒みてあげてちょうだい』

「「「「は~~い!!」」」」

 

 

騒がしいが、お人よしの多いクラスだ。

人見知りの気が強い社でも十分やっていけるだろう。

私がその様子を見ていると、ダメージから復帰したまりもが席を決めていく。

社はたどたどしい足取りで与えられた席に向かっていく。

 

その席には―――

 

 

「席は・・白銀君の前が置いているから、そこに。」

「私、鑑純夏。よろしく!」

「御剣冥夜だ。同じ日に転校とは何か因縁めいたものを感じるな。」

「初めまして、社さん。私は御剣悠陽と申します。今後ともよろしくお願いします。」

「俺は白銀武。よろしくな、社!」

「・・・・・・・・・」

「・・・え?」

「―――ッ」

 

 

その言葉を聴いて、社の顔が歪む。

嗚咽を堪えようとするが、湧き出る衝動がそれを邪魔する。

次第にあの宝石のような瞳からぽろぽろと真珠の滴が零れ始めた。

 

 

「あの・・・どうしたの?」

「・・・ち、ちがいま・・・っ・・・」

「え・・・?」

「え!?ちょ、社!?」

「・・・ぅぅ、す、―――すみか、さん・・・う」

「純夏さん、ありがとう・・・ございます。うぅ・・・」

「あぅ・・・っく、ひっく・・・・ぅぅぅぅぅ」

「あ~~ッ!!タケルちゃん、社さん泣かした―――ッ!?」

「白銀君ッ!?」

「い、いや。俺じゃない!!」

「酷いよタケル~~!」

「違うって!ただ俺はよろしくって言っただけだなんだ!」

『あらあら。白銀ェ・・・転校初日に女子泣かせるなんて、なんか訳ありでしょ。

本当に初対面なのかしらぁ?』

「だぁぁ~~~!!」

 

 

それを愉快気に眺めながら確信する。

 

―――もう、あの子は大丈夫ね。

 

全員が泣いている社に注目しているから気がつかない。

その時の『夕呼』はまるで聖母の様に、慈愛に満ちた表情を浮かべていた。

 

皆が白銀を責め立てる中、夕呼と社の視線が重なり合う。

その時、目を見て夕呼は悟った。

 

―――あぁこの子、『私』に気がついているのね。

 

 

ま、あんたはここで幸せになりなさい。

ここには皆居る。まぁ『私』とあちらは居ないかもしれないけど些細なことだわ。

ここで逢えた事、それだけで奇跡なのだから。

 

―――大丈夫。何の心配も要らないわ。

 

なんてったってあんたはこの魔女の助手(むすめ)なのだから。

白銀ぐらい押し倒しちゃいなさいよ?

 

 

「んバカあぁぁぁぁ!!」

「エアバックッ!?」

 

 

 

――――――じゃあね。がんばんなさい。

 

 

魔女が別れを告げる。世界が歪む。

 

 

――――――……また、ね。

 

 

少女が別れを告げる。それは再会を約束する言葉。

 

 

 

「……―――ええ、またね。」

 

 

 

その一言で世界は暗転する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、今彼女が立っているのは、一寸先も見通せない闇黒。

自分の体も目視できない程の、のっぺりとした黒が視界を覆い尽くす。

 

だが時間が経つにつれ、黒が薄れていく。

それは黒の絵の具を水で薄めていく様子にどこか似ていた。

 

視界は明瞭になったとは言い難い。未だ視界は薄暗く、あくまで物の判別がつく、といったレベルだ。

自分の眼に映る手は、齢を重ねた皺のある手ではなく、若かりし頃のように瑞々しい張りのある手のようだ。

どういう訳か、今着ているのは国連軍C型軍装といつもの白衣。

しげしげとそれを見つめた後、夕呼は周囲を見渡した。

 

薄暗闇に目が慣れてきて、自分の位置を把握する。夕呼が立っているそこは、照明を落した舞台の上だった。

舞台上から見渡す劇場は長い歴史を感じさせる、そしてどことなく幽玄な造りの建築だった。

 

舞台上には夕呼しかおらず、客席は空っぽ。普通なら不吉な予感に身を震わせるだろうが、残念ながら夕呼は普通ではない。

夕呼はそんな状況にもうろたえず、不思議と声が通る、誰もいない薄暗闇に向かって語りかけた。

 

 

「もう十分、夢は見させてもらったわ。

 

いるんでしょ?

 

さっさと出てきなさい。」

 

 

さも誰かが居るかのように話す夕呼。

誰もいない空間に語りかける様は、性質の悪い冗談の様だが、この時はそれこそが正解だった。

 

 

「……―――別に単なる夢という訳ではないのですがね。

あれは本当に存在する(セカイ)ですよ。」

 

 

誰もいない筈の暗闇からは返答が有った。

その声はどこか聞き覚えのある年若い男の声で、声色には少しの苦笑が含まれている。

 

 

・・・あぁ。そういえばこんな声だったわね。

 

 

その声を聞いて夕呼は思い出す。

確かにあの悪友はこんな声だった。

もう何十年も昔の記憶でもう忘れてしまっていたが、男のからかいを含んだ、どこか胡散臭い語り口は彼のものだ。

夕呼は何かを確かめるかのようにその名を呟く。

 

その当時の記憶を、感情を、想いを思い出すかのように。

 

 

 

「あちら。」

 

 

「ええ。貴女の親友、迷子あちら退役中尉ですよ。副司令殿。」

 

 

 

夕呼の目の前の黒が輪郭を型取り、まるで薄いヴェールを取払うかのように、迷子あちらが姿を現した。

靄が掛ったようにはっきりと思い出せなかった彼の顔が鮮明に思い出される。

彼は確かに夕呼の記憶と一寸の狂いもない容姿、姿だった。

 

 

「ずいぶん元気そうね、あちら。」

 

「そうですね。そちらの主観時間で数十年ぶりですかね?

 

夕呼さんの方こそお元気でしたか?」

 

「ハッ。当たり前でしょ?

私を誰だと思ってるの?・・・と言いたいトコだけど、そろそろ駄目ね。

体のあっちこっちでガタが来てるみたいだから。

 

あんたこそまた随分若々しいままね。さすが不老不死と言った所かしら。

 

・・・ねぇ。あんたの肝食べたら若返るとかない?」

 

「無いです。」

 

「そう。残念ね。

 

ぜひシリンダーに詰め込んで研究してみたかったんだけど。

夢があると思わない?不老不死の研究なんて。」

 

「冗談に聞こえません。

それに夕呼さんなら本当に達成してしまそうで怖いです。」

 

「だって本気だもの。」

 

 

二人の会話は数十年間の時間など全く感じさせない。

昨日の天気を語り合う様な気安さだった。

夕呼は問い掛ける。

 

 

「そう言えばあんた。問題(・・)は無事決着はついたの?」

 

「おかげさまで。万事滞りなく。」

 

「―――そう。ならいいわ。」

 

 

当事者間にしか分からない遣り取りがされる。

だがそれが夕呼の一番の気懸りだったのだろう。

どう決着したかには関心が無い。ただその事実を夕呼は把握する。

 

 

「それで?さっきのアレは何?」

 

「あれは実際に存在する世界に夕呼さんの意識を同調させただけですよ。

貴女がもし望むなら、あのままあの世界で暮らす事も出来ました。

 

・・・すこし服務規程違反にはなりますが、あれから少しは偉くなったんです。

それ位の融通は効きますよ。」

 

「・・・一体、どういうつもりかしら?」

 

 

夕呼は無表情であちらを見つめる。

問い掛ける声色こそ静かだったが、しかし彼女の瞳に宿る苛烈がそれ以上を物語っていた。

 

―――返答次第ではただではおかない、と。

 

夕呼らしい物言いに、あちらは自嘲の笑みを浮かべ首を振った。

 

 

「別に深い意味はありません・・・。

ただ、夕呼さんが幸せで平穏な人生を送る選択肢を提示しただけです。

 

・・・余計なお節介だったみたいですが。」

 

 

本当に深い意味は無い。

 

ただ彼女に教えたかっただけだ。貴女は幸せになる権利があると。

 

今まで彼女は人類のために血みどろの道を歩んできた。

夕呼との別れの後も、それとなく(セカイ)の様子を覗いていた。

 

 

―――悲惨だった。悲劇と言ってもいい。

彼女の人生は血と犠牲と悲劇と謀略によって彩られていたと言っても過言ではない。

 

口さがない人々は彼女を魔女よ女狐よと罵り、恩恵だけを受け取って感謝の言葉は一つも無い。

それどころか、彼女と利害が敵対する人々は嘲笑と謀略によってそれに答える。

 

無論、彼女の功績を讃える人たちもいたが、それは少数だった。

彼女の事をよく知ればその様な事態も起らなかっただろうが、それは完全に封殺されていた。

逆に彼女はそれを利用して、桜花の英雄達の立場を引き上げていった。

魔女が暗ければ暗いほど、英雄の光りは増していく。

 

どうせ英雄は魔女の手駒なのだからどっちにしたって同じだ。

必要なのはBETAを駆逐するのに必要な土壌を作る事、他人の足を引っ張るしか能のない馬鹿共を黙らす事。

 

 

”大人しくしていれば、地球からBETAを駆逐してやる。飴をやるから黙って見てろ。”

 

 

その為には桜花の英雄の存在はとても利用価値のあるモノだった。

それに比べれば、魔女の名誉など些細な事。

 

その事が分かっている彼女の部下は何も言わない。

唇を噛みしめ、骨が軋む程拳を握りしめる。しかし決して目は逸らさない。

彼と彼女たちは自分達に与えられた成すべき事を成すだけだ。

それが何より魔女を支える方法だと知っているから。

 

 

―――香月夕呼は世間では冷酷で非情な魔女と言われている。

 

彼女はそれを否定しないし、鼻で笑って気にも留めていない。

実際にそれだけの事をしてきたし、常人が知れば怖気を誘うような事もしてきた。

敵味方差別無く、幾人もの人間を欺き、陥れ、見殺しにして死地に追いやってきた。

 

これからも彼女はそれらに謝罪もしなければ省みる事もしない。

すべてを背負い、ひたすらBETAを駆逐する為だけにその狂気に満ちた道を歩み続け、最後にはたった一つの見返りや幸いも無く、ただ残したその結果に満足して笑って死ぬ。

 

 

 

―――そして最後まで

 

―――残された手紙と、心に映る冬の桜を心の支えに

 

―――彼女は最後まで歩き切った

 

 

 

だからもし許されるのなら。

そんな彼女に人並みの幸せな人生を歩んでほしいと願うのはいけない事だろうか。

依怙贔屓だと非難する人がいるかもしれない。あの過酷な世界を生きたのは夕呼さんだけではない。

辛い思いも、悲しい思いも皆平等に味わってきた。それなのにどうして彼女だけ。

 

理由は簡単だ。

それは彼女が迷子あちらの”親友”だからだ。

異論も反論もあるだろう。こちらもまだまだ言いたい事はある。

しかし、コストも利益も排除した、究極的な理由がこれだ。

 

 

それ故に私は彼女に選択(じんせい)を提示した。

 

 

そこで首を縦に振れば、すべてを清算して暖かな日常を謳歌できる。もう冷たい計算は必要ない。

そこでは彼女は魔女ではなく、何処にでもいる一人の教師として。

もう親友の女性の前で仮面を被る必要もない。部下を死地に送り出す事も無い。

親友を困らせてからかい、部下達を生徒として祝福の下に送り出す。

 

 

―――そんなしあわせな(ALTERED)おはなし(FABLE)に生きる事も出来た。

 

 

だが、彼女は言った。

 

 

十分だと。十分夢は見たと。

 

ならこれ以上は余計なお世話というものだ。

 

 

「でっかいお世話よ。」

 

 

 

―――あぁ、そうだった。貴女はそういう人でしたね・・・。

 

 

 

「確かに人並みの人生とは行かなかったけど、それでも私は十分満足しているわ。

それに私はこれまで歩んできた路が気に入ってるの。

 

今さら抜けて他の路を歩けだなんて、かったるくてやってらんないわ。」

 

 

夕呼さんはいつもの尊大な態度で鼻を鳴らした。

その白衣を翻して踏ん反りかえる姿は、あぁさすが香月夕呼だなぁと意味も無く感心させられる。

本音をぼかして言わない所も昔と同じだ。この人は齢をとっても全くぶれないらしい。

思わず苦笑いが浮かぶ。

 

夕呼さんらしい。

 

やはりこの女性には敵わない。

 

 

正にその通りだった。

確かに周囲が魔女だ何だと囁いていたが、逆に彼女は己にかくあれとそう望んだのだ。

なのにその稀代の魔女が、我が身可愛さに背負った罪を投げ出すなんてするはずが無い。

親友を自称するのにそんな事も分らないとは情けなくて笑えてくる。

 

 

「そうですね。この世界が夕呼さんの旅路(モノガタリ)ですものね。

 

・・・あぁ、すっかり抜けてました。」

 

「ふん。分かればいいのよ。」

 

「―――ふふ。あっはっはっは!」

 

 

不敵に笑う夕呼さんを見て、こちらもつられて笑ってしまう。

 

いや、本当は理解していたのかも知れない。

ただその時、傍に居られなかった後悔と後ろめたさから、あの世界を用意したのかも知れない。

 

余計なお世話だったみたいですけど。

まぁ夕呼さんはあの夢をそこそこ楽しんでくれたみたいだし。

今はそれで満足しておこう。

 

それに、それならそれで、また別の選択肢がある。

きっとこれなら夕呼さんも楽しんでくれるはずだ。

 

その時、一体彼女はどんな顔をするだろう?

いや、いつもの様に自信に満ち溢れた、挑む様な笑みを浮かべるに違いない。

 

 

「で?これからどうする訳?その前にここ何処?」

 

 

―――そら来た。

 

 

夕呼のその問いにあちらは珍しく。

非常に珍しく、満面の笑顔でそれに答える。

楽しげに。悪戯げに。

 

 

「さぁ?何処でしょうね。

 

・・・さて、夕呼さん。もう暫らく歩き続ける気はありませんか?

 

 

―――続く旅路は歩きやすく、ゆっくり、のんびり。」

 

 

いつもの胡散臭い笑みでは無く。

初めて見るあちらの、心底楽しそうな笑顔にに呆気に取られたのか、目を見開いて夕呼は固まっていたが。

徐々に心の奥底から、自分ではよく分からない、しかし決して不快ではない温かいモノが湧き上がって来る。

夕呼の口の端が段々とつり上がって行く。

 

 

「―――退屈な旅じゃないでしょうね?」

 

 

「景観は保証しますよ。少なくとも退屈とは無縁です。」

 

 

にやりと夕呼は笑い猫の様な笑みを浮かべる。

しかしいつもの様な攻撃的な笑顔では無く、どこか温かみを感じさせる。

 

 

止まった物語がまた動き始める。

一見、終わってしまっていた旅に、さらに続く路が新しく拓けた。

 

今までの旅路は酷い悪路を一人きり。重荷は肩にきつく食い込み、体力を奪い続ける。

でも今度の旅には親友が合流して、さらに案内役まで勤めてくれるようだ。

 

 

「―――案内しなさい。司書。」

 

 

「―――ではこちらへ。魔女。」

 

 

夕呼は優雅に手を差し出す。あちらは恭しい手つきでその手を取った。

その仕草は紳士と淑女の様に。立っている場所が舞台なだけあって、それはまるで劇の一場面を切り取ったかのように美しく映えて見えた。

あちらは静々と舞台袖に夕呼を導いていく。真っ暗な舞台上でもそこからは薄明りが漏れている。

 

薄明りが近づいて行くにつれて夕呼は漠然と理解する。

恐らくここが一つのおはなしのおわり。舞台はスタッフロールと共に幕を下ろす。

今さら他の旅路(モノガタリ)を歩くには背負ったモノが多過ぎるけど。

続きの旅路(モノガタリ)をゆっくり二人で歩くならそれも在りかも知れない。

 

夕呼がくすりと笑う。

その少女の様な笑顔は、残念ながら薄暗闇に紛れてあちらには見えない。

 

それでも夕呼が笑ったのを察したのか、あちらがこちらを窺う様な仕草を見せる。

それが可笑しかったのか、今度こそ夕呼は笑いだし、引かれていた手を逆に引っ張り返す。

立ち位置が逆転して、夕呼はどんどんと進んであちらを引っ張って行く。

 

 

私は魔女だ。

私は王子様に手を引かれるお姫様ではない。

ならばこっちのほうがそれらしい。面白おかしく引っ張り回してやろう。

 

 

あちらは手をいきなり引っ張られ困惑していたが、次第に笑みを浮かべる。

足並みは次第に揃い、二人並んで歩いて行く。

 

今度はゆっくり二人で路を往く。

他愛もないおしゃべりをしながら、風景を楽しみながらのんびりと。たまに騒動を起こしながら。

偶に背負うモノの重さに耐え切れなくなる時があるかもしれない。

その時はおそらく横から彼が支えてくれるはずだ。

 

 

本編はこれにて終劇。

皆様、ご愛読誠に有難うございました。

引き続き続編をお楽しみください。

 

 

二人が舞台袖に消える。

 

 

薄明りは消え失せる。

 

 

幕は下りる。

 

 

 

 

―――ぱたん

 

 

 

 

本を閉じる音が、終了のブザーの様に劇場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の覚めるような青。

やわらかくも暖かい陽射し。

遠くから漂ってくる芳しい花の香り。

 

窓から見える木々は皆瑞々しく、青々とした若葉を付けている。

しかしそれよりも目を惹くのは、何といっても鮮やかな桜色だろう。

 

 

満開に咲き誇る桜。

 

優しく木々の間を通り抜ける風。

それによって桜の淡い花弁は吹き散らかされ、季節外れの吹雪を演出している。

 

大日本帝国の帝都にある、帝立病院の一つの病室。

部屋の造りや置かれている設備、セキュリティからVIP専用の病室だと窺い知る事が出来るだろう。

 

その病室のベットに身を横たえるのは一人の女性。

寝息も立てず静かに横たわる様子は、まるで御伽の国の眠り姫の様だ。

 

静かな病室には彼女以外存在せず、もう何も聞こえない。

その規則正しい音色は既に鳴り止み、周囲を静寂が満たして眠り姫を守護している。

 

病室の開け放たれた窓からは、暖かい春風がそよそよ、そよそよと。

それに合わせるかのように、白いカーテンがひらひら、ひらひらと。

 

 

 

そよそよ、そよそよ。

 

ひらひら、ひらひら。

 

そよそよ、そよそよ。

 

ひらひら、ひらひら。

 

 

 

それはいったいどの様な風の悪戯か。

暖かい春風に吹かれ、病室に一枚の桜の花びらが飛び込んで来た。

 

ひらひら、ひらひらと舞い込んできた花弁は女性の枕元に着地する。

それはあたかも誰かが彼女に向けて贈ったささやかな贈り物の様で。

優しい風が女性の前髪と花弁を揺らす。

 

 

 

そよそよ、そよそよ。

 

ゆらゆら、ゆらゆら。

 

そよそよ、そよそよ。

 

ゆらゆら、ゆらゆら。

 

 

 

扉の向こうが騒がしい。なにかあったのだろうか。

だが、もうそんな事は彼女には関係ない。

何も関係ないのだ。

 

 

―――ただ静かに。

 

 

―――ただ静かに、魔女は眠り続けている。

 

 

 

そよそよ、そよそよ。

 

ゆらゆら、ゆらゆら。

 

そよそよ、そよそよ。

 

ゆらゆら、ゆらゆら。

 

 

 

楽しい夢でも見ているのだろう。

彼女の寝顔は楽しげに、淡く微笑んでいる。

 

 

 

もう桜の花びらは、何処かへと飛び去ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---END.

 



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20.迷子の上手な休暇の過ごし方

ガタン、ガタン

 

ガタン、ガタン

 

 

規則正しい振動が列車の車体を揺らす。

体に伝わる僅かな振動が、まるで揺りかごの様に心地良い。

春の暖かい陽射しもあって、寝不足でも無いのにあちらを眠気を誘う。

 

あぁねむい。とてもねむい。

 

 

「ふぁ・・・、ふぅ。このまま終点に着かなければいいのに。」

 

 

今、あちらが乗っているのは、山岳部を走り抜けるリニアレールの一車両。

今日は天気は見事の晴れていて空は青く、山の新緑がとても清々しい。

吹きすさぶ風の中に薫る緑の薫りは、それだけで気分を落ち着かせる。

 

今はこの状況を楽しもう―――例え明日からまた仕事だとしても。

 

 

「……仕事、行きたくないなぁ。」

 

 

別に嫌いという訳ではないが、また明日から黴と古紙とインクの香りしかしない不思議空間に缶詰かと思うと少し憂鬱になる。

 

来る日も来る日も仕事、仕事、仕事。

次々に舞い込んでくる資料請求にてんやわんやで対応する日々。

 

……あれ?

なんでそう言えば私はこんなに働いているんだろう?

確か私って非常勤ですよね?

 

 

脳裏ににっこり人のいい笑顔で笑う、蜂蜜色の髪をした今の上司兼友人の姿が浮かぶ。

 

 

やっぱりユーノに仕事の斡旋を頼んだのは間違いだったかなぁ。

昔は『あちら、あちら』と言いながら後を付けて来て、それはもうとっても可愛い子だったのに。

久しぶりに会ってみれば随分逞しくなってしまって……。

 

まぁ、こんな事は本人の目の前では言わないが。

言ったらきっと、にっこり笑ってどっさり案件を押し付けて来るに違いない。

 

きっとこの調子でこの(セカイ)を後一年過ごすんだろうなぁ。

…きっと貯めた給料は使わずに。

 

どうにも目的と手段が逆転している気がしないでもないが、あちらの正体を知る友人は余り多くない。

偶の友人の頼みくらい聞いてあげても罰は当たらないだろう。

 

 

重い溜息をついて、あちらは頭を切り替える様に振る。

 

やめだ、やめ。

少なくてもあと半日は休暇なのだ。折角、勝ち取った休暇にこんな事を考えてても仕方ない。

今はこの瞬間を楽しもう。

 

そうしてあちらは立ち上がって、体を解すように大きく伸びをする。

着こんでいた茶色いコートが風に煽られて大きくはためく。

 

360度(・・・・)、見渡す限りに山、山、空。そしてあちらの背後には切り立った崖。

ここは山岳部を走るリニアレールの一車両。

そして貨物列車(・・・・)屋根の上(・・・・)

屋根の上にはトランクとあちらのみ。

 

もちろん貨物列車の屋根の上に他の乗客が居るはずもなく。

 

―――立派な無断乗車だった。

 

 

いや、別に無賃乗車ではない。断じて!

ただ無断で貨物列車に乗っているだけだ!

 

ミッド中央部までの切符は買ってあるから大丈夫。

ただ休暇に行った所が列車の本数が殆ど無い場所で、殆ど貨物列車しか止まらなかった。

そのためあちらは仕方なしに貨物列車に乗ったのだ。

 

余り乗り心地はいいモノでは無かったが、列車の屋根の上で過ごす旅もなかなか乙な物だ。

それに自然と澄んだ空気を存分に堪能できる。

あちらは結構それを楽しんでいた。

 

 

 

―――その時までは

 

 

 

 

メッキ、ベキ

 

 

 

 

「ん?」

 

 

足元から伝わる微かな振動と異音にあちらは不審を抱く。

 

……何かが動いている?

 

―――おかしい。この列車は無人運行列車の筈だ。

車掌や運転手が居ない代わりに、自動列車運転システムが搭載され、中央管制室でコントロールされている。

それ故にこの貨物列車は閉鎖され、窓すらない。

それなのに何かが動いているのはおかしい。

 

最初はネズミかとも考えたが、すぐに否定する。

足元から伝わる振動や、風切音に紛れて聞こえてくる異音は、明らかにそれよりも大きな物体が蠢いている事を示している。

 

明らかに人より大きい(・・・・・・)

 

 

―――厭な予感がする。

それも厄介事に片足を突っ込んだような。

 

それはもう予感というよりも確信に近かった。

 

 

「―――まだ休暇中なのになぁ…。」

 

 

 

 

べごッ!ギャリ!!ギィィィィィィィィィィィィィ――――

 

 

 

目の前の屋根を突き破って突如現れたナニカ(・・・)は、そのままの勢いで天井を引き裂いて行く。

耳障りな金属音を響かせながら、それは天井を切り開き、ナニカ(・・・)はゆっくりその異容を現した。

 

 

 

―――光沢のある、硬い金属で出来た愛嬌のある丸こいボディ。

 

 

―――あちらにフォーカスを合わせるつぶらなカメラ。

 

 

―――うねうね蠢く鋼鉄製の触手は、よく見るととってもチャーミング……

 

 

 

突然の事態にも慌てる事無く、あちらは飽くまで自然体のままそれを見つめる。

 

 

「そうですよねー。

ミッドチルダは世界観的には魔法少女モノですものねー。触手なんかはデフォですよねー。

 

ここから『らめえぇぇ』とか『悔しい!でもッ!…ビクンビクン』とかが始まる訳ですね分かります。」

 

 

冷静に錯乱していた。

 

 

「―――いや落ち着け、あちら。

ここは首都のミッドで管理局のお膝元だぞ。

 

いきなりそんなハードな18歳未満お断り的な展開が有る筈が無い。

第一ここには魔法少女が居ないじゃないか。」

 

 

……そう!あれは無人機型車掌とか!

無人運行のリニアレールを保守するセキュリティシステムとかに違いない。

 

そう頭の悪い結論を出した後、あちらは胸元のポケットから一枚の紙切れを取り出した。

 

 

「あ、ちゃんと切符は買ってありますよ。」

 

 

 

返答は身を焦がす(・・・・・)程に情熱的な熱い砲撃で返って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「迷子の上手な休暇の過ごし方」

 

 

 

 

 

 

 

―――古代遺物管理部 機動六課

 

 

 

 

 

和やかな雰囲気の隊舎を鋭い警報音が引き裂く。

目を刺す様な紅いレッドアラート・ランプが非常事態を示していた。

 

 

「一級警戒態勢!?」

 

 

瞬時に意識を切り替えた戦闘部隊の長である高町なのはが、状況を確認するためにロングアーチを呼び出す。

 

 

「グリフィス君!!」

 

 

それを待っていたかのように通信にグリフィスが答える。

 

 

『はい、教会本部からの要請です。』

 

 

丁度その時、外出先の教会本部から、機動六課の部隊長である八神はやてから通信が入った。

それに続いて同じく外出していたフェイト・テスタロッサからも通信が繋がる。

 

 

『状況は?』

 

 

その質問に、恐らくカリム・グラシアから直接要請を受けたであろうはやてが状況を説明する。

 

 

『教会騎士団の調査部で追ってた、レリックらしきものが見つかった。

場所はエイリム山岳丘陵地区。対象は山岳リニアレールで移動中。』

 

『移動中って!?』

 

「まさか!?」

 

 

それにはやては残念そうに答えた。

 

 

『そのまさかや…。内部に侵入したガジェットのせいで車両の制御が奪われてる。

リニアレール車内のガジェットは最低でも30体。大型や飛行型の未確認タイプも出てるかもしれへん。

 

……いきなりハードな初出動や。なのはちゃん、フェイトちゃん、行けるか?』

 

『私はいつでも。』

 

「私も。」

 

 

隊長陣は厳しい顔付ながらも冷静に。

 

 

『スバル、ティアナ、エリオ、キャロ。みんなもオッケーか!』

 

「「「「はい!」」」」

 

 

新人フォワード陣は自らを奮い立たせるように。

それを見たはやては新人達の顔を見つめてにやりと笑う。

 

 

『―――よし、いいお返事や。

 

シフトはA-3、グリフィス君は隊舎での指揮。リインは現場管『はやて。』―――なんやカリム?』

 

 

はやてが矢継ぎ早に指示を与えていると、カリムが通信の横から呼びかける。

その声色は厳しく、余り良くない話の様だ。

 

 

『調査部から送られてきた追加情報よ。

そのリニアレールだけど……生体反応があるわ。しかも争っているみたいね。』

 

『民間人か!?けど確か資料には無人貨物列車てあったけど…。』

 

 

新しくウインドウが一つ立ち上がる。

例のリニアレールをライヴで観測している映像の様だ。

そこには山岳部を走るリニアレールの屋根の上で、一人の男性が巨大なガジェットと対峙している光景が映っていた。

 

 

「なッ!?」

 

『あれはッ―――!?未確認の新型!?』

 

 

その光景になのはは色を無くし、はやては存在が疑われていた新型の出現に息を呑む。

新人達は男性の身の安全を心配し、顔色は真っ青だ。

 

巨大なガジェットはベルト状のアームを振り回し、搭載している火器を惜しみ無く斉射する。

映像に映る男性はそれらを最小限の動きで避けて行き、どうしても避けれない物は手に持っているトランクで受け流す。

その体捌きは見事な物だが、先程から魔法を使っていない。明らかに非魔導師だ。

それなのにガジェットの攻撃は掠りもしない。

 

 

「な、何者なの…?」

 

 

ティアナの呆然とした呟きを聞いたからなのかは知らないが、その疑問にグイフィスが答えた。

 

 

『身体的特徴や輪郭をスキャンしてデータベースで照合しました。

……ウチの身内ですね。管理局員の様です。

 

 

本局無限書庫所属、迷子あちら非常勤職員。魔導師ランク未取得。魔力ランクはE。

ユーノ・スクライア司書長の推薦で無限書庫に入ったみたいですね。

現在、休暇中……どうも休み中に事件に巻き込まれたようですね。』

 

「ユーノ君の?」

 

『偶然にしてはけったいな場所にあるなぁ。

…まぁええわ。後でたっぷり話を聞かせてもらおか。

 

それにこのままやと彼、危ないしな。

 

 

リインは現場管制!

なのはちゃん、フェイトちゃんは現場指揮!』

 

 

『「了解。」』

 

 

『ほんなら・・・機動六課フォワード部隊、出動!』

 

 

 

部隊長の号令と共に部隊は本格的に動き始める。

 

 

これが後に”伝説の部隊”と謳われる、古代遺物管理部機動六課の表舞台に躍り出る第一歩。

 

そして次元世界を揺るがせる歴史的大事件の序章の幕開けでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこかの湾岸署の人は言った。

”事件は現場で起きているんだ”と。至言である。

それを身をもって知るとなおの事。

 

 

―――あちらは今、結構な窮地に立たされていた。

 

 

明らかな手抜きデザインロボットが、繰り出してくる触手攻撃や火器を紙一重で避け続けながら、あちらは考えていた。

 

このままではまずい、と。

 

確かにこの特殊性癖変態ロボ(仮称)の攻撃は避けられる。

戦術AIは組み込まれているんだろうが、まだ学習が足りないのか攻撃は単調だ。

照準も杜撰。避ける分には問題が無い。

 

 

だがそれだけ(・・・・)だ。

こちらには決め手が無い。

こちらの手持ちは衣類の入ったトランクと命綱用の超張力鋼線一束。それに魔力を込めた宝石が3個。

 

これでは恐らくあの特殊性癖変態ロボ(仮称)の装甲を打ち破る事は出来ないだろう。

おまけに特殊性癖変態(仮称)がこれだけとは限らない。いや、もっといるだろう。

 

なんとかと変態は一匹見かけたら三十匹はいると言うし。

 

様々な不思議道具が詰まったトランクは宿舎の部屋だし、ここで態々『はさみ』なんか使いたくない。

下手にこの特殊性癖変態(仮称)のログにでも残ったりすると厄介だし、万が一戦闘データを製作者に送っているとなったら目も当てられない。

管理局にバレでもしたら、一級ロストロギア扱いされて封印されるのが関の山だ。

 

こんな事ならもっと装備を持って来れば良かったと考えても後の祭り。

 

もうどうしようもない。

 

 

時間は短期で見ればあの性癖変態(仮称)に味方するが、長期で見れば私に味方する。

 

前者は私の体力と集中力が何時まで持つかという問題。

後者は異常を察知した管理局が動いてくれるかも知れないという意味。

 

 

先の見えないゴールまで走り続ける事が出来るのか?

自分の集中力が切れる前に管理局が来てくれる可能性は余り高くない。

自分は連絡をしていないし、そこは列車のセキュリティが優秀である事に期待しよう。

恐らく列車の異常を感知した中央コントロールが地上本部に通報して、そこから陸士隊なり航空隊なりが到着するまでの時間は一体どれくらいだ?

 

 

………。それはとっても楽しい時間になりそうだ。

 

 

ならば方針は決まりだ。

 

とりあえずこの変態(仮称)は潰す。

その後はどこかに隠れている。管理局の到着を待つ。

私は残りの休暇を過ごせて幸せになる。

 

……完璧だ。それで行こう。

 

 

考えが纏まると、あちらは大きく後ろに跳び距離を取る。

するとあちらはガジェットに背を向けて走り出した。目指す先はこの列車の最後尾。

 

獲物に逃げられたガジェットは搭載された火器を撃ちながら、戦術プログラムに従い追撃を開始する。

その様子をあちらは薄ら笑いを浮かべ、走りながら横目に観察する。

 

その顔をもしAIではない人が見れば、こう判断するだろう。

 

 

―――あ、なんか悪い顔している、と。

 

 

車両の最後尾に到着すると、あちらは鋼線の束を取り出して端に輪っかを作る。

意外と足の速いガジェットがそう時間を置かずに最後尾に到着する。

あっという間に鬼ごっこは終わってしまい、あちらとガジェットの距離はもう少ししかない。

あと一歩後ろに下がってしまえば、あちらは線路の上に落ちてしまう。

 

だがあちらは駈け出す。今度はガジェットに向かって。

 

迎撃のために次々と放たれる光線を避け、またはトランクで受けながらガジェットに接近していく。

ガジェットがベルト状のアームを振り回すと同時に、あちらはそのアームに鋼線を投げつけ絡ませる。

あちらは周囲を走りまわり、ケーブルに、ボディに、アームに次々と絡ませていく。

ガジェットがもがけばもがくほど絡まって行く鋼線。

 

しかし、幾ら特殊仕様だと言っても、所詮はワイヤー。

数十秒後には張力に限界が訪れ、鋼線は切れてしまうだろう。あちらの小賢しい小細工もここまで。

ガジェットを破壊するには至らなかった。

 

だが、その数十秒があちらのもっとも欲する物だった。

 

 

―――その本体の装甲を無防備に晒す(・・・・・・)数十秒が。

 

 

接近したあちらはそっと装甲に掌を押し付ける。

 

ガジェットの装甲とあちらの掌の間には、今まで溜め込んだ膨大な魔力の解放を今か今かと待つ宝石が。

 

 

「その装甲……零距離からでも大丈夫ですか?」

 

 

―――二番。収束、解放。

 

 

宝石に溜められた膨大な魔力が、術式に従い解放される。

その威力は凄まじく、巨大なガジェットの体躯を大きく揺らす。だが致命傷には至っていないようだ。

 

…あちらは手抜きデザインと言っていたが、あの丸みは”避弾径始”と言い、攻撃を受けた時のエネルギーを分散させる効果を持つ。

それ故にあちらの魔術は威力をいくらか減衰させられていた。

 

 

あちらはすぐにガジェットから離れた。間髪置かずアームがあちらの頭のあった場所を通り過ぎる。

すでに鋼線は引き千切られ、宝石を使った攻撃も、機体の運動機構に損害を与えたものの決定打には至らなかったようだ。

 

だがあちらに作戦が上手く行かなかった事への悲壮感は欠片も無い。

むしろ笑っていた。

 

上手くいったと(・・・・・・・)

 

 

ガジェットがぎこちない動きであちらに搭載火器の照準を合わせる。

だがあちらはそれを気にも留めず、にやりと笑ってこう言い放った。

 

 

 

「一度言ってみたかったんですよね。

 

 

―――『大地がお前を殴るハンマーだぜ、ベイベー』」

 

 

 

瞬間、最後尾に鎮座していたガジェットの足元(・・)に転がっていた宝石が炸裂する。

その宝石はガジェットでは無く、貨物列車の屋根(・・)を一撃で破壊した。

 

足場を破壊された事により、バランスを大きく崩すガジェットは崖に向かって傾いていく。

体勢を立て直そうにも、先程の攻撃で運動機構(バランサー)が壊れている。

ガジェットの戦術AIはなんとか体勢を立て直そうと奮起するが、一度崩し掛けたバランスは如何ともし難い。

 

それでも丸こいボディがあたふたして知る様は、どこかコミカルで憐れみを誘うが―――

 

 

「おりゃ。」

 

 

がつん。

 

あちらには何の容赦も無く、ガジェットのボディを蹴り飛ばす。

たったそれだけの事でバランスは連鎖的に崩れ、哀れガジェットは皮肉にも丸い機体がころころと崖に向かって転がって行き――――――

 

 

すぽーん、と物理の教科書に載る様な、見事な放物線を描いて落ちて行った。

 

 

貨物列車が走り去って暫らくすると、遥か崖の下の方から低い爆発音が聞こえてきた。

 

その音を聞いて緊張が解ける。

 

 

「・・・疲れた。触手モノは嫌いなんですけどねぇ。」

 

 

たまらずその場に座り込んだ。

なんだこれ。どうして休暇の筈なのになんでこんな事になってんだろ・・・。

更に明日から仕事だと思うと気が滅入る。

 

・・・まだ数ヶ月しか経ってないけど、もう別の(セカイ)に移動しようかなぁ。

 

そんな下らない、取り留めの無い事をぼんやり考えていると、遠くの方からヘリのローターが大気を叩く音が聞こえてくる。

その方向に目を凝らすと、一機のヘリがこちらに向かって飛んできている。

 

地上本部にしては妙に仕事が早いなぁなんて考えていると、遠くの方で桜色と雷色の光りが空を飛んでいるのが分かる。

なにやら空戦をしているらしい。ここまで爆音は聞こえてこないが、儚い花火が着いては消えていく。

 

 

―――桜色と雷色の魔力光に、最新鋭機のヘリを所有する地上部隊

 

 

……そういえばユーノがなんか言ってたような。

なのはがどうとかあーだとか。

 

 

あぁ。厭な予感がする。

それも厄介事に片足を突っ込んだような―――巻き込まれる事が確定したような。

 

 

「―――はァ。とりあえず・・・・・・熱いお茶が飲みたい。」

 

 

あちらは大きな溜息をまた一つついて、こちらへ飛んでくるヘリを見上げた。

 

 

 

未来のストライカーの卵達が飛び出してくるまで

 

 

 

――――――あと少し。

 

 

 

 



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21.迷子はカツ丼が食べたい

―――古代遺物管理部 機動六課 部隊長室

 

 

 

 

 

「で?」

 

「で?とは?」

 

 

部屋に通されるなり、開口一番がそれだ。

目の前の立派な造りの執務机に座り、口元で手を組んでいるのは、やわらかい栗色の髪をした、陸士の制服に身を包んだ女性。

美しくも愛嬌のある顔たちは、今は笑顔をしているが、その眼の奥はこちらを測ろうとしている。

 

あちらがそっと襟元の階級章に目を遣ると、そこには二つずつの星とストライプ。

階級は将校で二等陸佐らしい。どうも目の前に居るのはここの部隊長の様だ。

 

……道理でやけに立派な部屋なはずだ。

 

 

「あんさん、なんでなんな所におったんや?」

 

「……あれ?もしかして何か疑われてます?」

 

「―――はぁ……。あんなぁ?

 

あの貨物列車には違法なロストロギアが積まれとってん。詳しくは機密やから言われへんけど、活性化したら良くて(・・・)辺り一面焼け野原っちゅう代物や。どーもあの機動兵器群はその強奪が目的やったみたいや。

そんなとこにリニアレールの職員でも無い、ましてや乗客でもない奴がおってみ。

 

―――そら、詳しい話でも聞こかってなるやろ?」

 

 

・・・どうも、今私は自分で考えているよりもまずい状況らしい。

 

無断乗車のお小言かと思っていたら、どうやらロストロギア強奪の容疑者として疑われているらしい。

自分の背後に立つ、ここまで自分を連れてきた長い金髪の髪をした執務官と、きつい目をした桃色の髪の隊員の視線が背中に突き刺さっている。

敵意などは感じないが、それでも強い視線だ。

 

……しょうが無い。

全部正直に話すしかない。

情けないのであまり言いたくないのだが、背に腹は代えられない。

 

 

「休暇を利用して誰も居ない様な田舎に旅に出たのはいいけど調子に乗ってヒッチハイクなんかを繰り返してたらなかなか列車も止まらない様な田舎に行きすぎてしかも明日から仕事がと今日気がついて慌てて戻ろうとしたけど電車が無くて仕方無いから切符だけ買って貨物列車の屋根に乗り込んで帰ろうとしたけど屋根の上で寝ていたら何か触手の変態ロボが出て来て魔法少女モノだから触手があると大きなお友達大喜びだなとか考えていてけれど私は触手モノは嫌いでそんなものに『ひぎぃ!?』も『アーーー!』もされる趣味が無かったから触手ロボを何とかしようとしたけどどうしようもないからついカッとなってワイヤーでぐるぐる巻きにしてから火曜サスペンスばりに崖から突き落としました。」

 

「―――あー。……つまりどうゆう事や?」

 

 

あちらは真顔ではっきり言い放つ。

 

 

 

「明日から仕事で憂鬱。」

 

 

 

「なめとんかコラ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「迷子はカツ丼が食べたい」

 

 

 

 

 

 

 

「え?あちらが六課(そっち)に居るの?」

 

 

久しぶりの幼馴染からの通信で、司書長であるユーノ・スクライアは素っ頓狂な声を上げた。

ウインドウに映る幼馴染はサイドポニーの髪を揺らしながら、ユーノに質問を投げかけた。

 

 

『うん、そうなの。

私たちが出動した先の現場で貨物列車でガジェットと戦っていたの。

その貨物列車が例のレリックを積んでいたから、一応参考人としてこっちに来てもらったの。

身元を調べたらユーノ君の部下の人だって分かったから、どんな人なのかなって教えてもらおうと思って。』

 

 

なのはのその言葉にユーノは苦笑を浮かべる。

休暇中はまったく連絡がつかず、一体どこで何をしているのかと思えば。

 

ついこの間、強引に休暇をもぎ取って、『ヒャッハー!無限書庫は地獄だぜー!!』と叫んできえたあちら。

他の司書たちはそんなあちらを恨みがましく見送りつつも、ちょっと仕事を押し付けすぎたかなという考えが浮かんだとか浮かばなかったとか。

 

書庫(ここ)ではユーノの次に作業効率が良いあちらは、非常勤にも関わらず正規の司書並の仕事をこなしていた。勿論、給与はそれに見合った額を支給していたが、忙しすぎて使う暇がない。しかも必要な物は基本的に本局内で買えてしまう。

 

休み(とき)は金なり”とは無限書庫内で流行っているブラックジョークだ。

 

次々と舞い込んでくるロストロギア関連の資料請求。

事がロストロギアなだけに、情報が遅れると次元世界の危機に繋がる可能性もある。海や陸の人達は早く早くとせっついてくるが、こちらも人員が限られてくる。どこも人員不足でなかなか増員の承認が降りない。

お陰様で無限書庫は年中無休24時間営業を余儀なくされている。

 

 

「あちらに関してねぇ・・・。

 

あえて言えば―――よく分からない人、かな?」

 

『よく分からない?資料にはユーノ君が推薦したって書いてあるけど。』

 

「よく分からないっていうのは少し語弊があったかな。

 

彼と最初に会ったのは、彼がスクライアの一族を尋ねてきた時だから・・・なのはと出会う前だね。10年以上前かな?

過去にスクライアが発掘した遺物や調査資料を見せてほしいってやって来たんだ。彼はしばらく集落に滞在してよく遊んでもらったよ。結界についてもいろいろ教えてもらったりもしたかな。」

 

『・・・そう言えば迷子さんって何歳なの?何故かそこだけファイルが破損して見れないんだけど。』

 

「さぁ?聞いたこと無いな。

けど、初めて会ったときからあまりあちらは変わらないね。

 

・・・リンディさんや桃子さんの同類じゃないかな?」

 

 

その時、二人のうなじを冷たい空気が撫で上げる。

空調の効いた室内で、しかも二人別々の場所に居るにもかかわらず、感じた異様な冷気。

 

 

『―――そこは余り聞かないでおこっか。』

 

「―――賢明だね。」

 

 

二人は気を取り直すかのように、話題を変えた。

 

 

「そう。あちらについてだったね。

 

・・・・・・不思議な人だよ。

いつも飄々としていて、物事をのらりくらりと避けるくせに、本当に困っている人が居ると、なんだかんだ理由をつけて助けるんだ。お礼を言っても大した事じゃないといわんばかりでね。

 

いつも隣に居てくれる訳じゃない。けど辛くなって後ろを振り返ると、見守る位置に立ってこっちを見てくれてる・・・・・・そんな人だよ。」

 

 

そう語るユーノの顔は親愛に満ちていて、そしてその人の事を大切に想っていることが分かる。

話を聞いていてなのははユーノに両親が居なかった事を思い出した。

幼少の頃、共に過ごした時間。いくら部族の人々が大切に面倒を見てくれたとは言え、それでもさびしい気持ちもあったのだろう。なのはにはその時の気持ちが痛いほどよく分かった。

 

―――そんな時に現れた一人の青年。

彼と過ごした時間は、ユーノにぽっかり空いた穴を暖かく埋めたに違いない。

 

 

ユーノ・スクライアにとって迷子あちらという存在は、友達であると同時に家族でもあるのだろう。

 

 

この話を聞けただけでも、連絡した甲斐があった。

自然と浮かぶ笑みをたたえ、なのははユーノを見つめた。

 

 

『ユーノ君、ありがとう。お話が聞けてよかったよ。』

 

「こんな事でよかったのかな?ま、役に立ててよかったよ。」

 

 

ユーノはそのなのはの笑顔を見ると、自分でも照れくさい事を言ったと気がついたのか、誤魔化す様に頬を掻きながら目をそらした。

すると何か良い事でも考え付いたのか、目をきらんと光らせてユーノはなのはに問い掛けた。

 

 

「――――――ねぇ、なのは。

 

優秀な事務能力を持っていて、かつランク制限に引っかからずにある程度戦力にもなる、非常勤の司書に心当たりがあるんだけど・・・・・・

 

・・・・・・――――――興味ない?」

 

 

その時、ユーノがにやりと浮かべた笑顔は、どこかの胡散臭い司書に非常に良く似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんてな。冗談や。」

 

「は?」

 

 

先ほどまで厳しい表情だった目の前の女性は、急にそんな事を言う放つと、笑顔を浮かべた。

これから厳しい追求が待っているのかと腹を括っていたあちらは、なんだか肩透かしを食らったような気分になる。

 

 

「自己紹介がまだやったな。私は八神はやて。

ここ古代遺物管理部機動六課の部隊長やってます。以後よろしゅうな(・・・・・・・・)。」

 

 

目の前の女性―――八神はやて二等陸佐―――はやたらフランクに自己紹介を済ませる。

 

・・・なにか今、非常に不穏な事が聞こえてきた気がするが。

 

それにあちらが考えを巡らせようとしたが、後ろに立っていた二人の自己紹介でそれもうやむやになる。

 

 

「後ろにおんのが、ウチのフォワード部隊の隊長と副隊長や。」

 

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。フォワード部隊ライトニング分隊の隊長を務めています。

現場捜査であまり居ないけどよろしくね。」

 

「シグナム二等空尉だ。ライトニング分隊の副隊長と交換部隊の隊長を務めている。」

 

「・・・これはご丁寧に。

 

本局無限書庫に非常勤で勤めております、迷子あちらと申します。」

 

 

あちらは挨拶を返しながらも、今までの話の違和感が拭えない。

貨物列車からヘリを見たときに感じた嫌な予感が、ここに来て最大限の警鐘を鳴らす。

 

―――すなわち・・・・・・

 

 

「ほな、あちらさんの出向手続きの書類はこれやからサインよろしゅうな。」

 

「おい待てこら。」

 

 

・・・・・・もう手遅れです、と―――

 

 

ついとっさに言葉が出てしまい、あちらは落ち着いて深呼吸する。

その様子を八神部隊長はにやにや笑いながら眺めている。先ほどまで保っていた部隊長としての威厳などかけらも無い。

それどころか、なぜか八神部隊長の背後に可愛らしい、丸みを帯びた尻尾が見える。

 

 

「―――はァ・・・。その出向というのは?」

 

「ん?出向ちゅうのはな。余所の人員が他に派遣されることを―――」

 

「そういう意味で聞いてるのではないです。

どうして私がこの六課に出向しなければならないのか、その理由を聞いているんです。」

 

 

あちらの質問にはやては椅子にもたれ掛かり、肘掛に頬杖をついてめんどくさそうに説明をした。

 

 

「いや、あんな?ウチ、部隊ゆうても実験部隊で運用期間は一年だけやねん。

それでもやる事ぎょーさんあるから、目ぼしい人材に唾付けてスカウトしっとってんけどなー。

ぶっちゃけ今人たりてへんねん。

 

本局(うみ)からはなのはちゃんやらフェイトちゃんやら引き抜いたさかい、これ以上は無理やし、かと言って本部(りく)から人寄越して貰おうにも、本局と予算やら人員やらの取り合いでめっちゃ仲悪いからなぁ。本局所属のウチには人なんか寄越してくれへんし。

そもそも期待の新人のスバル達ぶっこ抜いたからあちらさんカンカンでなぁ。」

 

 

あっはっはっはっは

 

 

えっ?今の笑うとこなの?

笑うポイントが分からない。

 

この時、あちらは非常に嫌そうな顔をしていたが、そんな事は気にせずにはやては説明を続ける。

面の皮の厚さはさすが部隊長といえる。

 

 

「でな?ウチで扱う案件がロストロギア関連やさかい、フォワードの人材に結構力入れたんよ。

コネやら裏技やら使ってな。」

 

「―――八神二佐、そういうの得意そうですもんね。」

 

「あっはっはっは。褒めるなや。

まぁ、それで戦力は整えられてんけど、弊害もあってな。後方部隊(ロング・アーチ)の人員が不足してんねん。出来たら優秀な事務処理能力持つ人にも来てほしかってんけど、どこもそれだけは嫌がってなぁ。どこも書類仕事が一番の敵やねんな。

 

まぁそれはしゃあないかと半ばあきらめとったんや・・・。

 

―――そこにな?

 

優秀な事務能力を持っていて、かつランク制限に引っかからずにある程度戦力にもなる、非常勤の司書に心当たりがあるんやけどどうですか、っと言うて来る優しい友達(・・・・・)がおってん。」

 

 

あちらの脳裏には一人の蜂蜜色の髪をした友人の姿が浮かぶ。

 

 

「・・・もしかして――――――」

 

「ユーノ君、ウチらの幼馴染やねん。」

 

 

がっくりと膝から下が崩れ落ちそうになるあちら。

あぁそう言えば言ってたな。幼い頃からの友達が部隊を立ち上げたとかどうとか。

仕事に忙しくて聞き流していたが、しっかり聞いておけばよかった。

 

後悔は先に立たないとはよくいったものだ。

後ろから視線を感じて振り返ると、ハラオウン執務官が哀れみの篭った目でこちらを見ている。

可哀想に。明日にはお肉になっちゃうのねと言わんばかりだ。

シグナム二尉は相変わらずの無表情。

 

―――ユーノめ。憶えてろよ。

貴様の大好きな高町教導官にない事ない事吹き込んでやる。

 

 

「拒否します。」

 

「却下や。」

 

 

間髪居れずに拒否された。

 

 

「どうしてです?普通、出向手続きには本人の同意が必須でしょう?」

 

 

その質問に、はやてがにやりと笑う。

あちらを毎度お馴染みの嫌な予感、もうすでに悪寒になっている―――が襲う。

 

 

「休暇中、非常勤とはいえ、現職の管理局員(・・・・・・・)無断乗車(・・・・)はいかんのとちゃう?」

 

 

――――――やられた。

 

 

「まあ?六課に配属されれば、前線部隊出動前の先行偵察(・・・・)しとったって言い分も立つやろうけど。

 

・・・・・・なぁ?

嫌やゆうて、もし辞職しても推薦した誰か(・・)は責任負わなあかんやろな。

 

ちなみに無限書庫の司書長は激務やけど、権限も大きい結構な重要ポストや。

成りたいゆう奴はいくらでも居るやろな。」

 

 

――――――詰んだな。

 

しかもこの筋書きを書いたのは・・・・・・

 

 

「―――ってあちらがごねたら言え、ってユーノ君がゆうとったで。」

 

「・・・やっぱり。」

 

 

もうやだ。

あの時の可愛いユーノ(小)は一体何処に行ってしまったんだ。

いつの間にかこんな陰謀紛いの事をするようになってしまって。一体誰に似たんだか。

 

目の前には勝利を確信した子狸がにっこにっこ、それはもう楽しそうな笑顔で返答を待っている。

 

 

「で、どないする?ウチはどっちでもええよ?」

 

「・・・・・・精一杯、努めさせていただきます。」

 

「うん。素直な人は大好きやで。」

 

 

はやては椅子から立ち上がり、笑顔ながらも格式張った言い方で、あちらを歓迎する。

 

 

「では古代遺物管理部機動六課はあなたを歓迎します。

 

―――これからよろしく。あちらさん?」

 

「はぁ・・・了解。

 

 

・・・・・・ひとつお願いがあるんですけどいいですか?」

 

「なんや?」

 

「一回ぶん殴ってもいいですか?」

 

「軍法会議モンやで?」

 

 

もう何もかも嫌になって天を仰ぐあちら。しかし目に映るのは空などではなく、味気ないモルタルの天井だけ。

両肩にぽんっと何か叩かれる感触がする。

驚いて後ろを振り返ると、ハラオウン執務官とシグナム二尉が、それはもう満面の笑みで立っていった。

 

―――まるで仲間を見つけて喜んでいるかのようだ。

 

 

その時、あちらは真にここ、機動六課に歓迎されている事を実感した。

 

 

 

・・・すこし涙が零れそうになった。

 

 

 



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22.迷子はパイを好まない

―――拝啓

 

―――ユーノ・スクライア様

 

 

風薫る五月、ますますご健勝の事とお喜び申し上げます。

ついこの間は一方ならぬ(・・・・・)お力添えにあずかり、誠にありがとうございます。

 

 

お陰さまでここ、古代遺物管理部機動六課で毎日を大変楽しく過ごさせて頂いております。

配属された後方部隊の方々も大変良い人ばかりで優しさ半分、同情半分の割合で、大変親身になって仕事を教えてくれます。

貴方様の元で学んだためか、私は処理能力が大変良いらしく、皆さん大変筋が良いとおっしゃってくれて、八神二等陸佐殿に仕事を大量に押し付けられる日もそう遠くはないと思います。

それと先日、この新部隊の設立を思い立った経緯と、機動六課の目的について八神二佐殿からお話を聞かせていただきました。

 

 

―――時空管理局本局(・・)所属古代遺物管理部機動六課

 

様々な事態に有機的かつ迅速に対応する少数精鋭の即応部隊としてのテストケース

 

しかも登録は陸士部隊。

指揮系統はあくまで本局、しかし登録は陸士隊なので本部としてもそれなりの援助をしなければ陸の面子が立ちません。

しかも部隊設立目的が犯罪・災害・ロストロギア対策と多岐にわたるので、本部としても捜査協力や後方支援などをしなければなりません。

おまけに隊舎のある場所は郊外の湾岸地区とはいえ、地上本部のお膝元であるミッドチルダ首都クラナガン。

自分の縄張りを荒らされたと、地上本部が喧嘩を売られたと考えていても無理はありません。

 

 

胃 が 痛 く な り ま し た。

 

 

もう貴方様が首になろうが、強引にでも出向を拒否すれれば良かったと思い始めています。

八神二佐は笑っておられましたが、そんな事をしてたらそれは嫌がらせも受けるでしょうよ。

しかも八神二佐が巧妙なのは、機動六課設立を本部が表立って批判できないことです。確かにこのテストケースの有用性が証明できれば、人材不足に悩む管理局に一石を投じる事になりますし、その恩恵は地上本部にも齎されるでしょう。表向きは陸士隊なので、困ったときは六課に『要請』出来る事ですし、八神二佐は特別捜査官として顔が広く、地上警備隊とも親しいので下手な手出しが出来ません。

さすが魔導師キャリア組とは言え、若干19歳にして頭の固い上層部に新部隊設立を認めさせただけはあります。

狸ですね。まっ黒です。

 

・・・・・・この部隊は本当に大丈夫なのでしょうか。

本局と本部の足の引っ張り合いに成らないかと不安でたまりません。

管理局から禄を貰っているとはいえ、私はただの外部職員です。管理局内の勢力争いに巻き込まないで貰いたいものです。

私の関係無い所でなら幾らでもやってかまいません。

 

 

これもすべて貴方様のお陰です。

いつかお礼をしなければと考えているのですが、未熟な私にはなにが良いか皆目見当がつかず、同封したリストの中から好きな物を選んでいただけると大変助かります。

私はリスト2ページ目にある20項の『わくわくミッドチルダ無重力体験ツアー ~ルナティックモード~』などが大変お勧めです。貴方様を物理的、魔術的にぐるぐる巻きにした後、我が六課が誇る最新鋭ヘリでミッドチルダの青空高く、それこそ限界高度までお連れするだけなので証拠隠滅(・・・・)がとても楽です。

ぜひご一考ください。

 

 

では長々と書き綴ってしまいましたが、これで筆を置かせて頂きます。

なにかとご多用とは存じますが、くれぐれもご無理などなさらないようご自愛ください。

 

 

―――敬具

 

―――迷子あちら

 

 

 

・・・追伸。

 

確か今度、アグスタホテルで講演会でしたね?私も休みを取って行くので逃げないように。

私をここにねじ込んだ理由を説明してもらいます。

 

 

・・・追々伸。

 

アルフに伝えといてください。

休暇中の旅のお土産として買ったドックフードはトランクごと焼けちゃいました。ごめんネ!

 

 

 

 

――――――だってさ。

 

へぇ・・・あちら。はやてが新しく作った部隊に行ったんだ?

道理で休暇期間が終わっても顔を見せないはずだよ。

 

で?どうするんだい?ユーノ。

この文面見る限り、あちら怒ってるよ?」

 

 

鮮やかな紅い髪色をした、耳と尻尾を生やした幼女が、先程まで音読していた便箋から顔をを上げる。

今時、紙媒体の手紙は珍しいが、その手紙に書かれてある筆跡から、その手紙の送り主の心境が読み取れる。

 

ユーノと呼ばれた蜂蜜色の髪をリボンで纏めた青年は、すこし顔色を青白くさせながらも頷いた。

幼少の時分に、あちらを怒らせた時の記憶が鮮明に蘇る。あばばば。

 

 

「―――仕方ないよ。ちゃんと明後日説明してくるよ・・・。

 

分かってくれる。分かってくれるはず。――――――分かってくれるといいなぁ。」

 

「あぁそうした方が良いね。怒った時のあちらは、それはそれは怖いからねぇ。

 

ま、骨は拾ってやるよ。」

 

 

そう言って紅い髪の犬耳幼女―――アルフ―――は、他人事のようにからから笑う。

事実、他人事だ。いつもはどっちかというと自分があちらを怒らせるだけに、自分ではない他人の事だと気分がいいし、なにより面白い。

それがいつも柔和な笑みしか浮かべないユーノだと尚更だ。いつも笑みを絶やさず、落ち着きを払っている姿が、それは今では悪戯がバレて怒られるのに怯える子供のようだ。

なら、最初からしなければいいのに。

・・・・・・ところでお土産のドックフードが燃えたというのは、どういうことなのだろう?

 

 

「とりあえずアルフ。」

 

「なんだい?」

 

「アコース査察官に連絡を。」

 

「いえっさー。りょーかい、司書長殿。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「迷子はパイを好まない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ホテル・アグスタ ラウンジ

 

 

 

 

 

 

ラウンジには人で溢れかえっていた。

皆いる人々はそれぞれ着飾った格好で、オークションが開催されるまでの時間を過ごしている。

着飾っている衣装はどれも一目見て最高級の逸品だと判断がつく。さすがロストロギアを買い取ろうという好事家ばかりだ。

経済紙に載る様な企業のCEOから資産家、さらには各管理世界の政府高官にいたるまで、そうそうたる面々が談笑している。

 

そこに一人の黒髪の青年がいた。

高級感のあるダークスーツを着た彼は、暇そうにラウンジのカフェで、ゆったりとコーヒーを飲んでいる。

周囲にはいつもニュースに載る様なお歴々がいるにも関わらず、彼は自然体で完全に寛いでいる。

そんな彼は少なくない視線を集めていた。ふと目が合えば笑みをたたえて、軽い会釈をする。

そんな彼の仕草は軽やかで優雅、立ち振る舞いは洗練されたものなのに、それでもどこか拭いきれない胡散臭さが空間に滲み出ていた。

 

そんな空間を横断して、彼に歩み寄って行く人間が一人。

歩く度に揺れる緑のリボンは、彼が淡い想いを抱く幼馴染からの大切な贈り物だ。

 

 

「あちら。」

 

 

彼が視線を上げる。にやりと笑った。

 

 

「ユーノ。」

 

 

そんなあちらにユーノも苦笑いを浮かべた。

 

 

「どうも注目を集めているみたいだね…。場所を移そうか。」

 

「くすくす。そうしようか。」

 

 

あちらが立ち上がり、周囲を見渡した。

先程よりも視線を集めている。だが視線の大半はユーノへと注がれていた。

それもそうだろう。

彼は今日のオークションの為に態々招かれた特別ゲストだ。

 

―――ユーノ・スクライア

若き新鋭の考古学者にして、時空管理局本局統合データベース無限書庫の初代司書長。

若干10歳にして当時、放置されていた無限書庫を運用可能段階にまで引き上げ、数々のロストロギア事件に貢献。

ミッドチルダ考古学士会にも幾多の論文を発表し、多大な功績を上げている。

おまけに、うら若き乙女と見紛うばかりの美貌と温厚な人となり。局員待遇の外部協力者とは言え、彼の持つ権限は本局提督にも劣らない。

彼と縁を結ぼうという有力者は幾らでも居るし、実際に縁談を持ち込まれた事もある。

無論、受けるはずも無く、すべて断ったが。

 

そんな彼が、先程まで注目を集めていた黒髪の青年と親しげに会話しているのだ。

いやでも注目が集まるに決まっている。特に年若い令嬢などはユーノに熱い視線を向けていた。

 

その視線にあちらは気づき、ユーノににやりと笑いかける。

ユーノはそれに苦笑で答え、二人は肩を並べてラウンジを後にした。

 

ラウンジにいた人々は去っていく二人を見送り、おもいおもいの話題や先程途切れていた話を再開させる。

もう彼らの脳裏には胡散臭い青年の様子など、欠片も残っているはずも無く、あと少しで始まるオークションの話題に心を躍らせていた。

 

 

 

―――そして、そんな去って行く二人の背中をじっと見つめる視線が一つ。

 

 

 

ずっと(・・・)あちらを観察していた一人の男性は、先程まで広げていたクラナガン・タイムズをたたんだ。

年の頃はやや初老に差し掛かった中年といった所か。容姿は人の良さそうな雰囲気ではあるが、どこか平凡・没個性的で、顔を見かけてもものの数分でその事自体を忘れてしまうだろう。

 

たたんだ新聞紙を小脇に抱え、彼は二人が歩いていった先とはまた別方向に向かって歩き出す。

向かう先はアグスタホテルのエントランス。

途中、華やかなドレスに身を包んだ美しい三人組の女性とすれ違うが、周囲の人々は女性達に目を奪われているのにも関らず彼はそれに見向きもしない。

 

やがて彼はエントランスに集まる人々に紛れてしまう。

もうどこを探しても彼の姿は影一つ無く、ただ後には人々の喧騒だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あちらが連れて来られたのは、ユーノがオークションの主催者側に与えられたホテルの控え室。

扉をくぐると、成るほど。さすが『ホテル・アグスタ』と云うところか。

見る限り部屋に置かれている調度品は、どれも高級な造りながらも、それを下品にすることなく、人に安らぎと落ち着きを与えている。

 

部屋の中にはすでに一人の先客がいた。

用意された湯気を上げるティーポットとカップ。皿には香ばしい香りのスコーンやらクッキーやらが並べられている。

腰までかかる長髪に、深緑の髪色。

精悍な、でもどこか甘い顔たちは、今はあちらに向かって固定されている。

男が着ている白いスーツは、決して人に嫌味な印象を与えず、逆に清涼感と誠実さを与えていた。

ここまで白のスーツを臆面も無く、しかも見事に着こなしている人も珍しい。

 

そして、なによりもその目だ。

その目はあちらと視線を合わせて尚、決して外そうとせずにまるでこちらの考えを読み取ろうとしているかのようだ。明らかにあちらを測っている。

 

脳裏に一瞬、なぜか違う(セカイ)にいるはずの霞の姿が浮かぶ。

 

ここに来てあちらは確信した。

六課に配属されることなど、序の口に過ぎなかった。

 

 

―――真の厄介事はこれからだ、と。

 

 

すると突然男が相好を崩して、友好的に話しかけてきた。

 

 

「やぁやぁ。初めまして。

 

僕は本局査察部で査察官をやっているヴェロッサ・アコースと申します。

ユーノ君とは友人同士の付き合いをさせて貰っていましてね。

それで今日はユーノ君の講演会の激励もかねて遊びに来たんですよ。

 

迷子あちらさんですよね?

ユーノ君からはかねがねお話は伺っていますよ。」

 

 

それに、あちらがにこやかに答える。

 

 

「そうなんですか?あまり恥ずかしい話をしていなければ良いのですが。

 

―――おっと、申し送れました。

本局無限書庫で非常勤で勤めております迷子あちらと申します。

以後よろしくお願いします。」

 

「確か機動六課に異動になったのでは?」

 

「――――――おや?良くご存知ですね?

 

出向はほんの数日前に決まったことなのに。」

 

「――――――、ええ。

実ははやては僕の妹分のようなものでしてね。親しくさせてもらっているのですよ。」

 

 

「そうなんですか。それはそれは。」

 

 

ふふふふふ

 

 

ははははは

 

 

あくまで笑みを崩さないあちらとヴェロッサ。

それを傍から見ていたユーノはあちらに席を勧めながら、こっそり溜息をついた。

 

自分もそれなりに管理局の勤めは長い。

司書長という立場のお陰で、望む望まざるに関らずに駆け引きというものに関ってきた。

それなりに自分では出来るつもりだったが、それはどうやら思い上がりだったようだ。

 

永い時を生きてきた老練なあちらに、不正や悪事を暴く査察官のヴェロッサ。

それに一考古学者が適うはずも無い。この間にも二人は世間話をしながらも、水面下で話の主導権争いの駆け引きをしていた。

 

 

・・・・・・最も。勝敗など最初から決まっている。

 

最終的に主導権はヴェロッサ・アコースが奪うだろう。

 

どちらにしてもあちらには圧倒的に情報が足りないのだ。

そもそも今日ここに来たのは、それら(・・・)の事情を聞くためなのだ。

 

だが蓋を開けてみれば、なぜか本局の内部監査(・・・・)を主任務とする査察官が一人。

そしてユーノは管理局の統合データベースの管理責任者。

これはもう厄介事な予感しかしない。せめて会話のイニシアティブを奪おうとしたが、それも無理だ。

いくら交渉術が香月夕呼直伝とはいえ、手札が無さ過ぎる。

 

だがそれすらも手札にする。

手札が無い状況で互角以上に争えば、それが相手の自分の評価につながり、今後の事がやり易くなる。

今のあちらの勝利条件は、”迷子あちらは手強い”と相手に評価させることだった。

 

 

表面上は和やかな時間が過ぎていったが、頃合を見てあちらがユーノに当初の目的を尋ねた。

 

 

「―――そういえばユーノ。

どういうつもりで私を六課に出向させたんですか?

 

しかも八神二佐に、部隊の詳細については手続きが完了してから話せ、とまで指示を出していたそうですね?

 

 

・・・どういうつもりです?」

 

 

最後の一言はユーノだけでなく、アコースにも向けたものだった。

二人はしばらく沈黙を保っていたが、やがてユーノは魔法を行使して結界を構築する。

話の内容が外に漏れ聞こえないようにするためだ。

 

そしてヴェロッサ・アコースは何でも無いかのように口を開いた。

 

 

 

「最高評議会とミッドチルダ中央地上本部上層部に特別背任の疑いがあるんですよ。」

 

 

 

あちらは笑みを崩さず、しかし温度を感じさせない声色で聞き返す。

 

 

「……貴方は今、自分が何を言っているのか理解しているんですか?」

 

「勿論です。」

 

 

あちらはヴェロッサの眼をしっかり見つめて問う。

しかしその瞳は些かなブレの無く、それどころかあちら以上の意志が込められていた。

 

 

「・・・その根拠は?」

 

「ミッドチルダ中央地上本部に関しては相当額の予算が不透明に外へ流れています。

一見、今話題沸騰中のアインヘリアル開発の下請け企業や管理局の外部研究所に資金が流れているように見えますが、巧妙に流されていて入っている額と出て行く額が釣合いません。

 

流出ルートも不規則に変更されていますが、まず間違いないでしょう。

一個人が横領したにしては細工が巧妙で規模が大きすぎますし、額が大きすぎます。

軍事開発費並ですよ?個人ではとてもじゃありませんが使い切れません。

 

・・・今の首都防衛長官はレジアス・ゲイズ中将です。

彼は過激な所もありますが、職務に熱心な人柄で『地上の守護者』とも言われているような、ミッドを第一に考えるような人物です。

 

そんな彼は一体、その軍事開発予算並の資金をどこに流用させて活用しているのでしょうか」

 

「・・・・・・なぜ彼が関っていると?」

 

「指揮系統を無視した、不自然な命令が地上本部から直属を飛び越えて、直接部隊の方に何度か出されています。

それもある案件(・・・・)に関しては中将直々に引き上げ命令が出されています。」

 

「最高評議会の方は?」

 

「アインヘリアルの開発計画は最高評議会承認の肝いりですよ?

資金の不透明な流れはアインヘリアル関連企業が多いですし、外部の研究所にしても最高評議会認可の直属です。

切り離して考えるのは不自然でしょう。」

 

 

あちらはカップを手にとって、お茶で口を潤す。

お茶は冷めていて香りも飛んでいるが、どうも予想以上に口が渇いていたらしい。

一気に呷って飲み干した。

今は切実に酒が欲しい。素面でこんな話は聞きたくなかった。

 

 

「・・・それで?私の六課出向とどういう関係が?」

 

政治(ポリティクス)ですよ、迷子さん。」

 

 

ヴェロッサは組んでいた足を組みなおした。

話続けて喉が渇いたのか、ヴェロッサはお茶で喉を潤した。

 

 

「詳しくは言えませんが、そう遠くない未来、少なくとも一年以内(・・・・)に未曾有の大事件が起きる。これは間違いありません。

そしてそれはこの件と決して無関係ではない、と僕は考えています。

 

・・・恐らく最高評議会と地上本部の失態は明らかになるでしょう。

そしてそれは本局にも取っても楽しい事態ではありません。地上本部だけのスキャンダルならまだしも、管理局のトップである最高評議会が背任などと、管理局システム―――ひいては次元世界の治安維持の根幹を揺らがしかねません。

 

事はどうしてもミッドチルダ中央地上本部だけで(・・・)収める必要があります。

 

 

・・・これから背任の監査が進むにつれて、それぞれの勢力の思惑はさらに深まっていくでしょう。

それは聖王教会であり、本局であり、地上本部であり、首都航空隊・・・。

少なくない予算を出しているミッドチルダ政府も無関係ではないでしょう。

 

―――皆さん、急に湧いて出た権力のパイを切り分けるのに必死になるでしょうね。

 

そして機動六課はその未曾有の大事件に対処するために設立された部隊だ。

渦中の機動六課もその勢力争いに無関係ではいられません。無形有形に影響があるでしょう。

 

いや、寧ろ真相に近づくにつれて、状況がさらに悪化する可能性もある。

 

 

―――そしてはやてにその政争を乗り切る力は無い。」

 

「―――六課には後見がいると聞きましたが・・・・・・。」

 

「情勢が混乱すれば、クロノ提督もカリム義姉さんも自分たちの派閥を纏め上げる事で精一杯でしょう。

各勢力の有力者とはいえ、トップではありません。本局や教会の意見を統一するのに奔走してそのような暇はないでしょう。

 

―――あぁ・・・伝説の三提督も一応非公式ながら後見人でしたが、期待できないでしょうね。

統合幕僚会議も名目上は管理局の最上位とはいえ、もはや形骸化した会議です。

ミゼット・クローベルも耄碌しました。もし統合幕僚会議の下で次元航行部隊と地上部隊の戦力が運用できていれば、無用な軋轢を生まずに、ゲイズ中将も道を誤る事もなかったでしょうに。」

 

「・・・・・・。

 

つまり、貴方が言いたいのは―――。」

 

「―――厚かましいお願いとは分かっているのですが、あなたにはやてを・・・機動六課を守ってもらいたいのです。

 

・・・彼女は魔力があってもただの19歳の小娘だ。多少悪知恵が働くからといって切り抜けられるほど政治は甘くない。」

 

「私にそんな力がある訳じゃないんですがねぇ・・・。」

 

「別に特別な事をしてくれと言う訳じゃないんです。

ただ、機動六課にさえ在籍してくれていればいい。それだけで意味がある。」

 

「…成る程。

世にも名高い無限書庫の司書長の鳴り物入りで、職員が一人急遽六課に出向になった。しかも何か(・・)を調べているようだ。

 

右手を派手に見せて、左手を目立たなくする。

―――まるで手品ですね。」

 

 

先日の接触(・・・・・)はそういう事か・・・。

まったく、唯の非常勤の司書に、一体何を期待しているんだか・・・・・・。

 

先程から黙っているユーノに視線をやる。ただユーノは目を瞑って話を聞いていた。

 

―――はっきり言ってヴェロッサの頼み事はお門違いに近かった。

 

六課に配属された経緯を聞きに来たのに、なぜか管理局内の汚職スキャンダルについて聞かされて、挙句に管理局内の権力争いに巻き込まれそうな機動六課への囮をして欲しいなどと。

ちゃんちゃら可笑しな話だ。こんな話を受ける人が居る筈が無い。

権力(パイ)を奪い合いたいなら勝手にすればいい。

 

 

だからこそ、この話を持ってきたユーノの話を聞いてみたかった。

こんな話を聞かされて、私が断ると分かり切っているのにも関わらず。

 

―――まぁ、大凡の予想はつくが。

 

 

「―――昔、なのはが墜ちた時、本当に後悔したよ・・・。

 

自分は一体何をしていたんだってね。なのはから話を聞いていたのに。

今まで寂しさや未来への不安を感じている時に、お伽噺に出て来る様な、夢の様な魔法の力を手に入れてた。

その才能は稀少で、それを必要としてくれる人が居て、困っている人々を実際に救う事も出来た。

それはその魔法にのめり込んで行くだろうね。

 

今までいい子にしていた自分が、誰からも必要とされるんだ。

無理をしてでも、それに答えようとするだろうね。

周りも僕も、なのはは強い子だから、優しい子だからと止める事もせずにただ見ていた。

 

そして無理をして・・・

 

 

・・・墜ちた。」

 

 

当時の苦悩をを思い出したのか、ユーノの顔に暗い影が差す。

浮かべる哂いは自嘲の笑みか。ただ当時の心中を吐露し続ける。

 

 

「なのはが飛ぶ所か、歩けなくなるかも知れないと聞いた時、比喩でも何でも無く目の前が真っ暗になったよ。

 

本当になのはに魔法を教えた事を、……こっちの世界に巻き込んだ事を後悔した。

確かになのはが居なければ、フェイトもはやてもヴォルケンリッターのみんなも居なかったかも知れない。

 

けどなのはは平凡な普通の女の子として、争いも戦いにも無縁で、幸せに暮らして行けたかもしれない。

その未来を僕が奪ったと思うと夜も眠れなかった。」

 

「一度、その罪悪感に耐え切れなくなって、なのはに謝った事があった。

 

・・・今思うと子供だね。自分が辛いから懺悔して楽になろうなんて。

なのはの方が大変だったはずなのに。

 

 

まぁ僕は彼女の病室に入るなり彼女に謝った。こっちの世界に巻き込んでごめんなさいって。

すると彼女はその時、車椅子に座りながらこう言ったんだ。

 

『空を飛べて幸せだよ。―――大丈夫、私は絶対に諦めない。

 

だからまた一緒に空を飛ぼうね』って。

 

―――あの時、夕日に照らされた病室は今でも夢に見る。

そしてその時、僕は気がついたんだ。

 

僕が憧れた、心を奪われたなのはは、桜色の光りを曳きながら、青空を自由に飛び回る、白い女の子なんだって。

 

 

だから――――――

 

 

……―――二度となのはを墜とさせないと誓った。二度と。」

 

 

ユーノはあちらの眼を見つめ、そして懇願した。

 

 

「お願いだ、あちら。

どうか六課を影から守って欲しい。

 

僕やアコース査察官だとどうしても立場が邪魔をする。そこから周囲が騒ぎたてて、逆に六課を苦しめる事があるかもしれない。

それじゃダメなんだ。信用できる局員を派遣しようにも、どんな局員にも背景と言う物は必ず存在する。

これ以上人員を送ると今度は地上本部からの査察の標的にされてしまうし、なによりそれらを回避する政治的なセンスが無い。

 

本局にも、本部にも、航空隊にも、教会にも、ましてや行政府とも繋がりが無い、政治センスのある信頼できる局員。

 

・・・そんな人は、僕は一人しか知らない。

 

 

―――お願いします。

―――どうか六課を守ってください。」

 

「僕からもお願いします。」

 

 

そう言って二人はテーブルに額が着くほどに頭を下げた。

それを無表情で見下ろすあちら。

 

内心で溜息をつく。

面倒な事になった。それはもう最大級に。

今まででは無かった事態だ。一つの部隊を助けるために、上手く立ちまわれなどと。

しかもこの話の調子だと、八神二佐などの隊長格には話をしていない様だ。

つまりこれを受けた場合、あちらは機動六課の面々に気づかれる事無く、秘密裏に事を進めなければならないという事になる。

そうなるとこちらに掛かる負担はさらに跳ね上がる計算になる。

 

再度、溜息をつく。

 

今度は実際に出てしまっていたらしく、二人の眼がこちらを注目している。

二人の表情には不安と諦観が浮かびあがっている。

向こうも無理を言っているという自覚はある様だ。

 

 

「―――はぁ。正直お断りですね。アコースさん。

私が貴女の依頼を受けて、八神二佐を助けるなど、そんな理由も義理も無い。

 

例え幾ら積まれたとしても、本局と本部を敵に回してのパワーゲームだなんてぞっとしません。

よってお断りします。」

 

「―――――――――。そう、ですか。

 

すみません。確かに無茶を言いましたね。出向解除の手続きはすぐにでも「しかし」―――……?」

 

「滅多に言わない弟の我儘(・・・・)だ。

 

 

―――極力、ご期待に添える様には致しましょう。」

 

 

二人はあちらが何を言っているのか分からないようで、暫らく呆然としている。

だが脳が理解に追いついたのか、二人は喜色をあらわにする。

 

そんな二人の様子を、あちら笑いながら眺めて、こう言い放った。

 

 

「報酬は・・・そうですね。

 

 

第97管理外世界―――日本の老舗店の最中でいいですよ。

 

 

勿論、最高級の玉露も付けてね。」

 

 

 

 

 



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23.前篇/ラン・オン・ザ・エッジ

そんな二人の様子を、あちら笑いながら眺めて、こう言い放った。

 

 

「報酬は・・・そうですね。

 

 

第97管理外世界―――日本の老舗店の最中でいいですよ。

 

 

勿論、最高級の玉露も付けてね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「前篇/ラン・オン・ザ・エッジ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・すこし物語は巻き戻る。

 

 

 

 

―――八神はやては悩んでいた。

 

 

さてさて。この依頼をどうするべきやろか?

 

 

騎士カリムを通して本局から依頼されたロストロギア回収任務。

そもそも機動六課は表向きとは言え、本来レリック専任で事態に対処するために設立された実験部隊なはず。

 

いくら遺失物管理部の捜査課も機動課の手が回らないとはいえ、それを知るはずの本局からこのような派遣依頼が来るのも可笑しな話だった。

緊急即応部隊としての側面を持つ機動六課がミッドチルダを離れるのはあまり好ましいことではない。

 

特に最近になって、悪名名高い次元広域犯罪者がレリック事件の捜査線上に浮かび上がってきたばかりなのだ。

なにか裏があるのかと調べてみたが、別にこれと言って不審な点は無かった。

カリムやクロノくんも依頼は正規の指揮系統から出されたもので、そこに六課を快く思わない他の派閥の横槍も無かったと言う。

 

 

―――考えすぎ・・・か?

 

 

まぁ確かに他の課が忙しい事は捜査官時代から知っていたし、この部隊を設立するに当たって随分無茶もして来た。ここで断れば他の部隊と無用の軋轢を生みかねない。

それに依頼理由にもあったように、万が一ロストロギアがレリックであるとしたら目も当てられない。

 

何の偶然か、派遣先は自分達の故郷である第97管理外世界の海鳴市だ。もし故郷がロストロギアが暴走したら洒落にならない。

 

しかしあの街はとことん物騒なモンに縁があるなぁ・・・。

なんかあの街はロストロギアを惹き付ける力でも働いてるんやろか?

 

・・・まぁ、人外魔境月村家やら戦闘一家高町家っちゅう前例もあるし、あながち冗談でもなさそうやけど。

 

 

―――そう考えたら、結構私危ないとこ住んどったんやろか?

 

もしかしたら探したら結構、妖怪やら吸血鬼やら超能力者やらメイドロボやら居たかも知れんなぁ。

 

 

・・・あ、あかん。やめや、やめ。

あんまり深く考えんほうが良さそうや。とらいあんぐる的な意味で。

 

ま、カリムもそんな深刻な依頼ちゃう言うてたし、オチとしてはホンマに私らがあの世界の出身で、土地勘あるからこの依頼が回ってきただけなんやろなぁ・・・。

 

―――よし。

 

ちょうどええ息抜きや。これからさらに忙しくなろやろうし、英気を養うっちゅう意味でもええやろ。

久しぶりにアリサちゃんやすずかちゃん達にも会いたいしな。

 

前線メンバーもこの間は結構ハードな初出撃にもかかわらず、無事レリックも回収して成果も上げてくれた。

いつ出動が掛かるか分からんから、いつも緊張感を持ち続ける事は大事やけど、それを新人達に常にし続けろゆうのは酷な話や。

少なからずストレスはあるやろうし、メンタルケアも兼ねてご褒美がてらのガス抜きも必要やろ。

 

え?部隊長が行く必要があるか?

当たり前やろッ!?私の中の血が囁くんや―――行けと!!

こんな面白そうなイベント参加せんでなにが関西人やッ!?

 

私が不在の時の部隊指揮はグリフィス君に代行してもらったらええし、万が一の緊急の場合はハラオウン家のトランスポーター使わせてもらったら本局経由ですぐ戻れる。

一応保険としてザフィーラ残して行くし、交替部隊(バックアップ)もおるから滅多な事もないやろ。

・・・ごめんな、ザフィーラ。留守番押し付けてもて。お土産の骨ッコはちゃんと買ってくるさかい許してな。

 

 

―――それに、あちらさんもおる。

 

 

さすがユーノ君が推薦してくるだけあって、実務能力はとても高い。

外部の職員ゆう事であまり重要な書類とかは回さんかったけど、これなら大丈夫そうやな。

ロングアーチの面々とも結構早くに友好関係を構築したみたいやし、なんやフェイトちゃんやシグナムなんかとは結構仲良さげにしとる。

―――前に似たようなとこにおったんやろか?あちらさん、妙に場慣れしとったけど・・・。

 

まぁあまり接点の無い他の前線メンバーとは縁ないみたいやけど、それも時間の問題やろ。

新人達は碌に魔力も持たんあちらさんがガジェットⅢ型を撃破した事に興味津々やからなぁー。聞く所によるとティアナが特に興味を示しとる見たいやし。

 

流石になのはちゃんの『模擬戦するなの。』は止めといた。

魔導師ランクも持ってへん様なパンピー事務員が魔導師と模擬戦なんかしとったら、傍目公開処刑にしか見えへんしな。

目をキラキラさせたフェイトちゃんとシグナムが肩をがっくりと落としたのは見逃さへんかった。

・・・止めんかったらヤル気やったんかい。

 

その時、初めてあちらさんに尊敬の目で見られた。

ええ年した男がちょっと涙目でこっち見んなや。

 

・・・べ、別にアンタのために止めた訳じゃないんだからねッ!勘違いしないでよねッ!

別に涙目で可愛いとか思ってないんだからねッ!?

 

―――あかん。私もなんか疲れてるみたいや。

 

ま、懸念されとったロングアーチの実務能力も大幅に向上したし、あちらさん自身も良い人みたいやし。

意外と釣り上げた魚は大きいなぁ。

何気にあちらさん、普通に超優良物件やん。

 

 

・・・それでも多少引っかかる事がないわけやない。

 

初めは機動六課への参加を断ったユーノ君が―――これはユーノが引き抜かれる事で、無限書庫の稼働率が低下する事を懸念した地上本部や本局が(本当に)珍しく一緒になって反対した―――機動六課に参加できへん代わりとして、あちらさんを出向させてきたんやとばかり思っとったけど、なんか違和感を感じる。

 

なんてゆうのか・・・言葉にははっきりと出来へんけど、なんか可笑しい。

ユーノ君らしくないゆーのか、焦りみたいなモンを感じる。

それにあちらさんを出向させる時も、与えられた策がまるでユーノ君らしくない。

それに乗っかった自分がこんな事言うんもなんやけど、いつもやったらあんな自分の立場を人質に取るような事はせーへんはずや。

全くもって、らしくない。つーか変や。

 

それに出向手続きが異様に速かったのも違和感を感じる要因の一つや。

私達がリニアレール上空での戦闘が終結した後であちらさんを保護し、本人のIDを照合してデータベースから身元を割り出して、なのはちゃんがユーノ君に連絡を取った。

そこであちらさんの紹介を受けて、私がその申し出を受諾、それからあまり時間を置かずに出向に必要な書類が送り届けられた。

 

この間、たぶん2時間そこそこや。何処でもお役所仕事はとろいと相場が決まってるけど、管理局の人事部も残念ながらその例に漏れへん。

まして他の管轄からの出向は特に手続きやら何やら多くて実に面倒や。

それがあとは本人の記入だけで、書類がその日の内に受理される状態で送られてきた。

 

やれば出来るんやったら、何時もそれ位のスピードで仕事しろとは思わんこともないけど論点はソコやない。

問題はその当の本人がその書類の存在を知る所か、自分に出向の話がある事すら私に教えられるまで知らなかったことや。

 

 

・・・一体、どういう事や?

 

本人が六課に配属されるという話が持ち上がったのは、なのはちゃんがあちらさんの身元確認のためにユーノ君に連絡したことが発端や。

そこで初めてあちらさんの派遣が持ち上がった。

それはあちらさんがレリック事件に巻き込まれるという偶然(・・)が起こったからや。

 

 

偶然、あちらさんがガジェットの襲撃に遭い。

偶然、機動六課がその救援に向かい。

偶然、あちらさんがユーノ君の部下で。

偶然、あちらさんが優秀な事務能力を持っており。

偶然、あちらさんの出向に必要な書類がすべて揃っていて。

 

 

―――そして偶然、機動六課に配属された?

 

 

一体どこまでが偶然で、そしてどこからが故意に起こされた必然なのか。

 

まぁ、少なくともそこにあちらさんの意思は介在してないやろなぁ・・・。

本人、六課に配属されんのめっちゃ嫌がっとったし。部隊の説明したら顔めっちゃ引きつってたし。

 

ま、まぁ?確かに無茶したんは分かっとるよ?

なかなかカリムやクロノ君には無理してもらったし、私も捜査官時代で培った借りやらコネやら総動員したで?

 

やからってそんな嫌がる事ないやんッ!!

 

しつこい何人かにはおはなし(・・・・)もさして貰ったけど、最後は皆快く賛成してくれたよ?ほんまやで?

一生懸命、部隊作ったんやで!やのにそれ、結構地味に傷つくわ・・・・・・。

 

 

ごほんッ!

まーそれは置いといて。

 

つまりあちらさんが部隊に配属されんのは、恐らくリニアレール事件前からすでに決定事項やったっちゅう事や。

それを誰が演出したかやけど、ユーノ君が仕組んだにしてはあまりに手際が良すぎる。

メンドイ書類をストレートに通せる位に人事部に顔効く人ゆーたら・・・そら勿論レティ提督やろな。ほなリンディ統括官も一枚噛んどるなぁ。

 

・・・なんやユーノ君、すごい貧乏くじ引かされた感じがするなぁ。

うな垂れるフェレットの絵がなんとなく目に浮かぶわ。

 

私がこの工作に気がついてへんとは、リンディ統括官達も思ってへんはずや。

ここまでされて気がつかへんかったら、”敏腕特別捜査官はやてちゃん”の名が泣くわ。

やのに何も言ってこーへんって事は・・・今は知る必要がないって事?それともそれ位自分で気がつけって事か?

 

 

・・・両方やろな。あの二人は。

 

しかし、どういうつもりやろ?

何かあちらさんをこの六課に入れなアカン理由でもあるんか?

 

 

そんなに六課の事務能力に疑問があったんか?

 

確かに充実していたとは言えへんけど、ここまでする事も無い。

どこも足りへんなりに工夫してやっとる。

 

 

じゃあ、あちらさんの戦闘能力が目的か?

 

あちらさんがガジェットⅢ型を独自に撃破した事は、確かに特筆に値するけど、だからと言って前線メンバーに組み込める訳でもない。

魔力資質が乏しいし、他との連携も上手く行くかどうか未知数や。

そんな博打する訳にもいかんし、したくもない。

そもそも少数精鋭や言ってフェイトちゃんやら八神家集めたんや。ここで魔力持たへん司書なんか前線放り込んだら、またいらん所が騒いでややこしい事になる。

デメリットしかあらへん。

 

 

―――つまり。

 

 

―――つまり、や。

 

 

 

・・・なるほど、わからん。

 

やめや。やめ。

 

―――こんな事うだうだ考えてもしゃあないか。

確かに今はレリックにジェイル・スカリエッティに予言と、余計な事に気を取られてる暇なんかあらへん。

思考停止する積りはあらへんけど、知らされてへん言う事は今は知らんでええねやろ。

”Need to Know”って奴や。

唯、頭に留めておけば。

 

うん。そうや。

何も難しく考えることはないんや。

なんやかんや有ったけど、あちらさんが機動六課の仲間としてやって来た。

それでええやないか。

 

本人は嫌々かも知れへんけど、いつかこの部隊に来て良かったと言わしたら私の勝ちや!

 

よしッ!

じゃあ気分も切り替えたところで!!

ほな、ロストロギア回収ツアー海鳴編~入浴シーンもあるよ!~としゃれ込みますか!!

 

 

 

 

「それはよかったですねぇ。」

 

 

 

 

居るはずの無い人物の声を聞き、ガタンと勢い良く執務机から跳ね上がるはやて。

そしてそれを若干呆れた目で見ている黒髪黒目の一人の青年。

 

 

「やっとご帰還ですか・・・。随分長いモノローグでしたね?」

 

「ッッ!?!?!?あぇ!?!?

 

 

―――あ、ああちあちあちあち!?」

 

「―――熱いんですか?」

 

「ちゃうわッ!?

 

あ、あちらさん!?い、いつからそこにおったん!?

 

てか聞いてたんかッ!?」

 

 

動揺しているのか呂律が回っていないはやては、ふるふる震える指先をあちらに向ける。

その様にあちらは手に持った書類をひらひら振って見せる。

 

・・・管理局の事務は基本電子媒体で処理されるが、重要度の高い報告書や書類は機密保持の観点から未だに紙媒体だ。

 

 

「何時からという質問に関しては”割と初めから”と。

確認して頂きたい書類が有ったのでお持ちしたんですが、八神二佐が気持ち良さそうに考え事をしていて、あちら側から帰ってこられないので待たさせて頂きました。

 

聞いていたかという質問に関しては・・・えー

 

・・・八神二佐も若いんですから、仕事中妄想に耽るのはかまいませんが

 

 

―――後で思い返すと必ず後悔しますよ?」

 

「なんか勘違いされてる!?

別に思春期特有の病気ちゃうから!中学二年的なもんちゃうから!?

 

やからそんな目で見んといてェ!?私もう19やのにそんなん考えとったら唯の痛い子やからッ!?」

 

「夜天の王(笑)」

 

「げふッ!?」

 

 

あちらからナチュラルなカウンターを喰らいデスクに崩れ落ちるはやて。

 

くッ!?静まれ私の左手!!そう。あれはベルカで認められた称号やねんから関係無いッ!!

別に私が自分で考えたんちゃうもんッ!!人がそう呼ぶねんもん!!

確かにエターナルフォースブリザードぽいの使えるけど違うねん!

相手は死なへん。だって非殺傷設定やから!!

 

 

「あ、あはは。そ、そうなんやー。

それは待たせて悪い事したなー。」

 

 

さっきのは無かった事にするらしい。

苦しくても話題を変えようとするはやて。

 

 

「いえ、それ程でも。」

 

 

しかし、それを全く気にしないあちら。

それどころかにこにこと、実にあちららしくない、無垢な笑顔を浮かべる。

それに不穏な気配を感じてか、はやては半ば引きつったような愛想笑いを浮かべる。

 

捜査官時代に培った第六感が警鐘を鳴らしている。

 

まだここ数日の付合いしかないが、それでも大よそのあちらの人となりは把握しているつもりだ。

 

・・・無邪気な笑顔のあちらさんって、なんか似合わんな。何か企んでそうで逆に空恐ろしいわ。

 

そんな甚だ失礼な事を思いつつ、はやての喉がごくりと鳴る。

 

 

「で・・・どこから聞いとった?」

 

「『うん。何も難しく考えることはない。』」

 

「ふお!?」

 

「『なんやかんや有ったけど、あちらさんが機動六課の仲間としてやって来た。それでええやないか。』」

 

「ああああぁ!?

恥ずい!?恥ずかしい過ぎる!!

 

よりによって本人に聞かれるなんて!?」

 

「『本人は嫌々かも知れへんけど、いつかこの部隊に来て良かったと言わしたら私の勝ちや!』(キリッ」

 

「うわあああああ!?

 

殺せ!いっそ殺してぇぇえええぇええ!!??」

 

 

顔を真っ赤にして悶えるはやて。

それをにやにや眺めて先日の溜飲を下げるあちら。

さり気なくウインドウを最小に開いて、先程からのはやての痴態をファイルに録画している。

 

・・・これは後でシャーリーさんにでもコピーして渡しとこう。

 

 

「それでロストロギアが回収だとかは何なんですか?」

 

「じ、自分からやっといて放置かいな・・・。蒔いた種はちゃんと収穫するんが芸人やで。

 

―――教会からのご依頼でな。

傍迷惑な骨董品(ロストロギア)の回収任務や。出張先が管理外世界でな。

 

しばらく六課を空けることになりそうや。

モノがどんなもんかようわからんらしくてなぁ。万が一も考えて今回はフルで出る。

無論、私もや。

 

あちらさんは申し訳ないけどお留守番や。

私が不在の時の代行指揮はグリフィス君に任せるけど、階級的には三尉相当官のあちらさんが上やからな。

グリフィス君のフォロー任せるわ。」

 

 

はやてのその言葉に苦笑するあちら。

 

この娘はさも当然のように、私が部隊指揮に関してフォローできると思っているようだ。

そんな事は誰にも・・・それこそユーノにすら言っていないのに。

まぁ出来ることには出来るんだが。

伊達に三年間、横浜の魔女の元で働いていない。

 

まったく。

こちらを揺さぶる為に言ったのか、それとも異様なほどに観察眼があるのか。

 

どうもこの娘といると調子が狂うなぁ・・・。

 

 

「―――了解です。八神部隊長。

ロウラン准尉は多少経験が少ないでしょうが優秀です。

彼に任せておけば問題ないでしょうが、微力ながら力になれる様に努力はしますよ。」

 

「うん。よろしゅうな。」

 

 

そして本当に嬉しそうに笑い掛けるはやて。

 

 

―――本当、調子が狂う。

 

 

まるで気を切り替えるかのように、あちらは大袈裟にはやてに話し掛けた。

 

 

「ではそれまでに仕事を片付けなければいけませんね。

 

とりあえず、これ。今日の分です。」

 

 

あちらは持っていた書類をどすんと執務机の上に置く。

 

 

―――どすん?

 

しょ、書類?

 

 

鈍器をデスクの上に置いた様な音が響き、それは目の錯覚か辞書みたいに分厚い紙の束が置かれる。

分厚さは広辞苑とは言わないが、それでも英和辞書ぐらいの厚さはある。

 

つまりとても多い。

 

さすがのはやてもこれには固まる。

今までそれなりに管理局に勤めて来て書類仕事というものをこなして来たが、ここまで酷いのもそうそうない。

 

 

「な、なぁあちらさん?これなに?」

 

「?何って書類ですが?」

 

「なんでこんな量あんの?いつもの倍くらいはあんねんけど・・・。

あちらさん来てから効率良くなったん違うの?」

 

 

はやての疑問にあちらは得心が行ったのか、手でポンと手の平を軽く叩く。

漫画や小説の中ならまだしも、実際に人がやると胡散臭い。それがあちらなら尚の事。

 

 

「―――あぁ。勘違いしているようですね。

 

自慢ではないですが、確かに私が来てからロングアーチの事務処理能力の効率は上がりましたよ?でもそれはロングアーチ内での話です。

でも八神二佐が最終的に決済する書類の総量は変わらないですから。

 

まぁ、短期で見ればどっちかというと八神二佐の仕事は増えましたね?」

 

「効率上がって、私の書類仕事が増えるとは是如何に。」

 

「まぁ実験部隊ですからね。他の部隊よりは各報告書や書類は多いですよ。

特にウチは地上部隊でありながら所属は本局なんですから。手続きが面倒なのは仕方がないことです。

 

大丈夫、長い目で見ればちゃんと減っていきますよ。」

 

 

げんなりした目で書類の束を眺めていたはやてだったが、何かを思いついたのか手を胸で組み、上目使いであちらを見上げる。

 

心なしか瞳は涙で潤んでいる。

 

 

「私、出張の準備で忙しいんよ。

 

―――帰ってきてからやるから、ダメ?」

 

 

コケティッシュに小首を傾げてお願いしてくるはやて。

 

・・・さすが、元・病弱薄幸入院美少女。

儚げな様子をやらしたら、嵌り役にも程がある。

そこに女性らしさを加えれば、大抵の男はその様子にイチコロで骨抜きにされ、お願いを何でも聞いていただろう。

 

だが、残念な事に”普通の男”というカテゴリーからは一番程遠いあちらには全く意味を成さない。

それどころかはやてを胡乱気に見遣っている。

 

 

「―――先ほど、私が蒔いた種を刈り取らないと仰いましたが、それは八神二佐の勘違いですよ。

 

もう既にちゃんと収穫は刈り取って、お裾分け(・・・・)の準備までちゃんとしときましたから。」

 

「へ?」

 

 

あちらのいきなりの言葉に、はやては演技を止めて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

 

「ミッドって便利ですね。こんなもので録画出来るんですから。」

 

 

そういって空間に浮かぶ一つのウインドウを提示して見せるあちら。

そこにはぶつぶつと恥ずかしい台詞を呟いている姿や、羞恥の余り部屋を転げまわるはやての姿が。

ちなみに今も録画中であり、ぽかんと口が半開きの間抜けな姿も勿論ウインドウに映っている。

 

 

「今日中にこの書類を処理してくれないと、私はショックの余り手が滑ってこの動画を動画投稿サイトにうpしてしまうかも。題名はそうですね……『美少女部隊長(笑)の憂鬱』なんてどうです?再生回数伸びますねッ!」

 

「あんた鬼かッ!?」

 

「ちなみにこれを消去しようとしても無駄ですよ?

動画ファイルは六課のサーバーの方では無く、本局経由で無限書庫のライブラリに保管されていますから。」

 

「―――うぅぅぅ・・・。あんまりや・・・。」

 

 

がっくりと項垂れるはやて。

 

反対ににこにこと笑顔のあちら。

 

 

 

「ちなみにこれは今日の分ですから。

明日の分は、明日の分。出張中の分も明日にしてもらいますからね。」

 

 

 

「さらにまさかの追い討ちッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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24.後篇/ラン・オン・ザ・エッジ

――――――出発日、機動六課隊舎ロビー

 

 

 

 

 

「じゃあ八神部隊長。

あんまり向こうではしゃいで、ハラオウン隊長や高町隊長に迷惑掛けては駄目ですよ?」

 

「はーい。分かりました―――ってなんでやねんッ!?

ここでは私が一番偉いねんで!?それやのになんなんこの扱いッ!?」

 

「は、ははは。

なんか妙に馴染んでるね?あちらさん。」

 

「にゃははは。

はやてちゃんの扱いが手慣れてるの。」

 

「モンディアル君やルシエちゃんも、ちゃんと八神二佐が変な事しないか見てて下さいね?」

 

「り、了解です!!」

 

「は、はいッ!!」

 

「――――――ッ!?!?

 

あちらさんのアホ~~~!!

海鳴のお土産なんか買って来てあげへんねんからなぁ―――!!」

 

「はいはい。気を付けて行って来てくださいねー。

 

じゃ、いってらっしゃーい。」

 

「・・・うわーんッ!

そこはかとなく馬鹿にされてるー!!

 

ヴィータぁああ!!!あちらさんがぁ―――!!」

 

「よしよし。はやて。

 

毎度毎度よくやるよなぁ・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「後篇/ラン・オン・ザ・エッジ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動画を盾に脅され期日までにしっかりと書類を処理したはやては、他の隊長陣とフォワードメンバーと共に故郷である第97管理外世界へと旅立って行った。

正式な管理局のロストロギア回収ミッションである筈なのに、もうすでにノリが遠足とそう変わらないのはさすが六課と言うべきか。

ノリがあくまで軽い。

まぁ標的は歴史的な価値は高くとも、危険度はそう高くなくないのでそれも仕方ないと言えば仕方ない。

今回フルメンバーで事に当たるのは明らかな過剰戦力だ。

 

本人は『万が一を考えて』とか言っていたが、本音は軽い休暇のつもりだろう。

ま、こっちは待機任務が終われば休みなので文句は無いが。これでアグスタホテルでのユーノの講演会に行けるだろう。

 

・・・その時はここに私を配属させた理由でもたっぷり聞かせてもらおう。

 

 

ふふふ

 

あはははははは

 

あっはっはっはっはっはッ!!

 

 

微妙にテンションが上がって来たのか、三段嗤いを披露するあちら。

あれから泣き付くはやてにつき合って夜遅くまで書類を処理していたため、あちらも寝不足でテンションがハイになっている。

周囲の人間もあちらがぶちぶち文句を言いながらも、はやてにつき合っていたのを知っているため、あちらを見る視線が妙に生温かい。

そのためか、今日あちらがするべき仕事がいつもより少ない。

ロングアーチメンバーが少しずつ処理するべき書類を分担し合っているためだ。

気づかいに感謝しつつ、その好意に甘えて、あちらは午後にはあらかたの仕事を終わらせた。

 

 

さて、これからどうしようか?

 

このまま隊舎の部屋に戻るのも勿体無い気がするし、少し足を伸ばして外でお茶でもしようか。

 

―――うん。そうしよう。

ついでにロングアーチにクッキーでもお土産で買って帰ろう。

 

 

思い立ったが吉日とばかりに足を隊舎のロビーに向けるあちら。

仕事から解放された解放感からか、珍しく軽い鼻歌まで歌っている。

 

 

だが、そこはあちらクオリティーか。

彼に限ってそうそう何事も無く物事は運ばないのだ。

 

 

 

――――コツ。

 

 

 

そんな時、背後からパンプスが床を鳴らす小さな音が聞こえた。

普段ならそんな些細な事など気にも留めないが、何故かその時に限ってあちらは後ろを振り返った。

 

そこに立っていたのは陸士隊の制服に身を包んだ一人の女性。

 

撫子の花の髪色をした美しい、妖艶な雰囲気を纏った女性が立っていた。

背中まである艶のある髪がさらりと流れる。

 

 

―――早くこの場を離れるべきだ。

 

何故かそう直感したあちらは、すぐさま踵を返してこの場を離れようとする。

 

 

「失礼。迷子あちらさんでいらっしゃいますか?」

 

 

だが残念。回り込まれてしまった。

あちらは聞こえない様にこっそり溜息を吐きつつ後ろを振り返った。

 

 

「そうですが、どちら様でしょうか?

生憎と貴女の様な美女に知り合いは居ないのですが。

 

・・・人違いでは?」

 

「ふふふ。口の御上手な方ですね。

 

さっき小さく溜息をついていたくせ。」

 

 

聞こえて―ら。

 

 

「何のことやら。

さて、私に何か御用ですか?」

 

「ふふ、まぁ誤魔化されてあげましょう。

 

まずは自己紹介を。

私はミッドチルダ中央地上本部所属でオーリス・ゲイズの副官を務めております、グラディス・ジェニップと申します。

 

親しい人間はグラディスと呼びますわ。

 

以後、お見知りおきの程を。」

 

 

――――――なんだって?

 

 

おーけー落ち着け私。

別に彼女が地上本部所属である事はいい。普通だ。ここはクラナガンなのだから。

かのレジアス・ゲイズ中将の娘であるオーリス三佐の副官である事も、余り良くない事だけどまぁ良い。

佐官が副官を持つのは別に珍しい事じゃない。

 

けれどその副官が機動六課に居るとなれば話は別だ。

 

 

今の状況はとてもまずい(・・・・・・)

 

 

「・・・これはご丁寧に。

 

ご存じとは思いますが、古代遺物管理部機動六課ロングアーチ所属の迷子あちらです。

どうぞよろしく。」

 

 

まずいまずい。

今話しているのは人通りのある隊舎のロビーだ。

当然、美女と二人で話して居れば人目につく。

 

傍から見れば、美女と楽しく談笑しているように見えるだろうがとんでもない。

 

 

”六課の主要メンバーが不在時に、外部からの出向員が地上本部所属の人間と二人で会う”

 

 

六課内にあらぬ疑惑と不和を呼びかねない。

 

そして彼女はその効果と与える影響を理解した上で、六課で己の素性を開かしたのだ。

幸い、周囲に人はおらず聞いている人は居なかったが、何時人が来るか分からない。

 

なるべく早くここを移動する必要がある。それが彼女の目論見道理なのが業腹だが。

 

そんな考えなど微塵も表に出さず、グラディスはにっこりと男なら誰もが目を奪われる様な、艶然な笑顔を浮かべながらあちらに問い掛けた。

 

 

「それで迷子さん?

近くに紅茶が評判のカフェがあるんですが、ご一緒にいかがですか?」

 

「是非に。ジェニップさん(・・・・・・・)。」

 

 

分かっていても誘いに乗るしか無く。

せめて名前で呼ばない事が、あちらのささやかな抵抗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは寂れた雰囲気の喫茶店だった。

 

場所は人通りで賑わう大通りから外れた所にあり、喧騒は掠れてしか聞こえてこない。

扉をくぐると、店内には誰一人客は無く、店長らしき男性がカウンターでショットグラスを磨いている。

どうも夜には軽い酒も飲ませるタイプのカフェの様だ。

 

寂れた雰囲気とは裏腹に、よく見れば店内には塵一つ落ちている様子は全く無い。

さらに板張りの床は軋むものの、ぴかぴかに磨き抜けれていて、店内はとても清潔に保たれていた。

 

二人が席につき、注文して出されたスコーンと紅茶は芳しい薫りを漂わせている。

 

・・・どうも隠れた名店のようだ。完全に立地で損している。

 

ここまで沈黙を保っていた二人は、紅茶にひと口口を付けると本題に入った。

 

口火をあちらが切る。

 

 

「それでご用件は?

わざわざ一介の事務員とお茶を飲むために六課までやって来た訳ではないでしょう?」

 

「さぁ?どうでしょうね?」

 

 

くすくすくす

 

鈴の転がる様な笑い声を上げながらあちらの様子を窺うグラディス。

顔は笑顔ながらも、その瞳に灯る光りはあちらを推し測ろうと油断無く輝いている。

 

・・・仕方ない。

こちらも舐められっ放しは面白くない。

そもそも何が目的なのかもわからないのだ。精々御期待に答えるとしよう。

 

 

「―――いや。折角、美しい方と美味しいお茶を飲むのに、この様な質問は不粋ですね。

今はこの栄誉を賜れた事を喜びましょう。」

 

「本当に貴方は口が御上手な方なのね。

今までにも何人か褒めてくださる殿方は居ましたが、ここまで情熱的に口説かれたのは初めてですね。」

 

「おやおや。別に口説いているつもりは無いのですが。

ただ思った事を言っているだけですよ。」

 

「機動六課にも美しい方が多いですが、その調子でやっておられるんですか?」

 

「はは、まさか。

八神部隊長は楽しい方ですがね。いや、面白い、ですかね。

よく悪ふざけするので駄目ですねぇ。」

 

 

はやて本人が聞けば大いに反論がありそうだが、その当の本人は遥か彼方の異世界だ。

 

あちらはある事無い事無い事、そして話しても問題が全く無い事。

または地上本部上層部(グラディス)が探っているであろう六課の粗(あら)に関して、それっぽい真っ赤な嘘や確かめようがない事実をぺらぺら話していく。

傍から見れば、美女とのお茶に舞い上がって口数が多くなった青年位に映るのだろうが、実際はそうではない。

こうしておけば、『地上部隊の人間と密会』というよりも『ナンパに舞い上がっている』というインパクトが強くなるため、もし六課内で疑惑が上がっても対処しやすい。

・・・まぁあちらの人間性を知る人からすれば、あちらがナンパなどそっちの方が怪しいのだが。

 

おまけにここで聞いた事を根拠に証拠を集めようにも、嘘なので集まる訳も無く検証のしようが無い。

しかし少しでも公開意見陳述会にむけて、六課や本局の弱みを掴みたい地上本部は、それらを調べない訳にも行かず、多大な無駄な労力を費やすだろう。

それが機動六課の本当に知られたくない弱みに到達するまでの十分な時間稼ぎになる。

 

 

グラディスはあちらの意図に気がつき、あちらへの認識を改める。

ここから先は小細工は効かなさそうだし、そもそも事前の調べで実弾(カネ)や蜜罠の効果は薄そうだ。

 

・・・しかたない。

今回は予定通り、焦らずに挨拶程度でいいだろう。

ジャブ程度になれば万々歳だ。

 

あちらの話が一段落し、あちらがカップを取るタイミングを見計らって、グラディスは切り出した。

 

 

「―――迷子さん。

 

元の部署に戻りたくは無いですか?」

 

 

グラディスはあちらのカップが僅かに揺れるのを確認して話を続ける。

 

 

「先日のリニアレール襲撃事件についての報告書を読みました。

無論、地上本部に提出された報告書と六課内部の報告書の二つです。

 

奇妙な事にある事柄に関して、二つの内容が食い違っているようでした。」

 

「―――へぇ、変な事もあるものですねぇ。」

 

 

あちらは構わずに紅茶を口に含む。

 

 

「私の上司(・・)その上司(・・・・)は不公平な人事と言う物に大変憤りを感じる方達でしてね。

昔も、そして今も、無茶な人事や恣意的な部隊運営を是とする、現在の制度を是正しようと日夜粉骨砕身しておられます。

 

 

―――これは例え話ですが・・・。

 

もし。もし、その局員が理不尽な理由で”就業の自由”を拘束されている場合、地上守護を旨とする中央本部としては人権保護の観点からその人に協力を惜しまないでしょう。」

 

「―――ふふふ、あははは。

 

いいですね。人権守護の観点から、ですか。素晴らしい。」

 

 

くすくすくす

 

小さく笑いを溢しながらカップをテーブルの上に戻すあちら。

 

 

「対価は機動六課、又は八神はやて以下主要メンバーの内部情報ですか。」

 

「対価とはまた随分な言い方ですね。捜査情報と言って下さい。

実際、本局の一部派閥のごり押しで作られた実験部隊です。きな臭い噂が絶えませんし、ある|宗教組織(・・・・・・)との癒着も疑われています。」

 

「ほう。教会ですか・・・。」

 

 

それは初耳だ。

少なくとも八神二佐から受けた説明には―――いや、言っていた後見人とはこの事か?

八神二佐は古代ベルカの担い手だし十分考えられる。おまけにデバイスはユニゾンデバイスだ。

 

ちらっとグラディスを見やると、彼女はすました顔でスコーンをかじっている。

 

 

捜査(・・)に協力してもらえれば、個人情報を保護して元の職場への復帰は勿論、お望みの部隊を紹介します。

お望みとあれば報奨金を加えた退職金と新たな職場となる民間企業への斡旋を。

 

―――如何です?」

 

 

グラディスは手に付いた粉を払い、あちらへと問い掛けてきた。

その瞳には未だ計算高い光が灯っている。

 

その光はあちらの心情や考えを読み取ろうと煌めき。

 

 

あちらは自身の考えを述べる。

 

それは答えであり、答えでは無い。

そもそも話の内容を何の事か、誰も理解できないだろう。

 

 

世界で唯一人。

 

ユーノ・スクライアを除いて。

 

 

「―――私には一つだけ自分に定めた”決まり”があるんですよ。」

 

「・・・決まり?」

 

「そう”決まり”。

それは規範(ルール)というよりも指針(ガイドライン)と言う方が、意味的には近いのかな。

 

その決まりと言うのはね、『自身の行動に責任を持つ』という事です。

 

 

私はいざとなれば何でもできる。いや、それは言い過ぎだが出来ない事の方が少ない。

 

なに。

気に入らない事・失敗してしまった事があれば、はさみ(・・・)を使えば簡単だ。一発で無かった事に出来る。

 

 

・・・だが、駄目だ。

 

それは私は行わない。」

 

「―――――――――。」

 

 

グラディスには何の事かさっぱりだろう。当然だ。

しかし、それは聞かなければならないと、なぜかグラディスは思った。

 

それは自分にとっても大切な事だと。

 

 

「自分の気に入らない事を切り取って。犯した間違いを無かった事にして。

 

 

それで私は生きている(・・・・・)と言えるのか?

 

 

無限とも思える千那由他の彼方への旅路の途中で。

精神が肉体を凌駕する中、私は胸を張って『私は生きている』『私は迷子あちらだ』と言えるか?

 

 

―――否だ。

 

 

酸いも甘いも人生だ。

 

この永い永い旅が終わった時、私は真っ白で綺麗な、汚れの無い地図を掲げたくない。

汚くて、泥だらけで、擦り切れて、それでも間違いなく今までの旅路を標した地図を誇りにしたい。」

 

 

そしてあちらはグラディスの瞳を覗きこんだ。

 

何故か分からない。

何故か分からないが、この時グラディスは感じる事の無い時間の重みを感じた気がした。

 

この、さほど齢のかわらない筈の、一人の青年から。

 

 

「ま。あまりそれに固執しすぎて、大切な物を無くしたら本末転倒なんで、あくまで指針(ガイドライン)なんですけどね。」

 

 

軽く肩を竦めて紅茶で喉を潤すあちら。

 

ごくりと喉が鳴り、初めてグラディスは自分が今まで息を止めていた事に気がついた。

 

一度、深く深呼吸をする。

頭に酸素が回り、思考が明瞭になって来た。

自分も紅茶を一口含み、それで漸く落ち着く事が出来た。

 

 

「なのでジェニップさん。」

 

「―――ええ。分かりました。

 

貴方は『自己の行動に責任を持つ』、つまり過失によって六課に配属された事も自己責任だと。」

 

「Exactly(そのとおり).」

 

「自分に態と枷を付けるなんて・・・貴方、そういう趣味なのかしら。

―――あの人(・・・)とは対極ね。

 

それにしても―――ふふ。本局の連中も下手を打ったものね。

案外、貴方なら下手な小細工はせず素直にお願い(プリーズ)といえば、快く引き受けてくれたのかもしれないのにね?」

 

「―――かも、知れませんね?

 

確かに六課に配属された事は文句は無いですが、そこに他人の打算や思惑を絡めようとするなら話は別です。

まぁ一応、話は聞くつもりですが・・・。」

 

「なら予言してあげるわ。

 

―――”今度の講演会でホテル・アグスタへ行くと碌な事にならない”。」

 

 

その言葉にあちらは苦笑いを浮かべる。

 

 

「―――はぁ、そこまで知っているなんて。

個人情報が筒抜けですね。あなた達本当に治安組織ですか?」

 

「・・・さぁ?」

 

 

あちらの疑問に艶然と微笑んで小首を傾げるグラディス。

普通の男なら頬を赤らめるものだが、あちらにその様子は全く無く、いたって自然体のまま。

グラディスにはそれが可笑しくて、くすくすと笑い声をさらに上げた。

 

 

「ねぇ?さっきから気になってたんだけど、私ってそんなに魅力無い?

 

これでも聖王教会の司祭から愛を囁かれた事もあるんだけど?」

 

「いえ?ジェニップさんは美人な方だと思いますよ?」

 

「そ、そうなの。

 

そう。―――ねぇ、私の事はグラディスで良いわよ。

私はこの名前余り好きじゃ無いけど、姓で呼ばれるのも馴れてなくて好きになれないの。」

 

「珍しいですね?姓で呼ばれるのに慣れてないなんて。

 

いいですよ、グラディスさん。私の事もあちらと呼んでください。」

 

「そうさせてもらうわ。あちら。」

 

 

今度グラディスが浮かべた笑顔は、大人の色気があるような微笑では無く、誰もが浮かべる普通の明るい笑顔だった。

 

 

「今日は有意義だったわ。

初めは軽い挨拶程度のつもりだったのに・・・。

 

見事にご破算になったけどね。ふふふ。」

 

「いいんですか?」

 

「いいのよ別に。上手く籠絡出来れば儲けモノ程度だったし。

あちらの人となりが確認できただけで十分よ。仮に籠絡しても、アグスタで話を聞けば結局無駄な事だしね。」

 

 

そう言って席を立ち上がるグラディス。

机に置かれていた伝票を手に取ろうとすると、それを素早くあちらが取り上げた。

 

 

「ここで美女に払わせては笑われますよ。ここは私が。」

 

「そう、悪いわね。私が誘ったのに。」

 

「そこは美人は得だ程度に考えてください。

悪いと思うのなら次に会った時にでも奢ってください。」

 

「――――――。ええ、次ね。

 

じゃ、あちら。また逢いましょう。」

 

「ええ、また。グラディスさん。」

 

 

そう言ってグラディスは撫子色の髪を靡かせながら、颯爽と去って行った。

 

静謐が訪れる店内に茶器が擦れる音だけが響く。

その中であちらは静かに紅茶を楽しんでいた。

 

ここのクッキーでもロングアーチのお土産に買って帰ろう。

スコーンも香ばしく美味しかった事だし、クッキーにも期待できるだろう。

 

注文の為に店員を呼ぶあちら。

そして”まったく音を立てず”に注文を取りに来る店員。

 

 

「・・・すこし良いですか?」

 

「はい。ご注文の方は?」

 

「いえ、注文もするのですが。その前にお伺いしたい事ができました。」

 

「はぁ・・・。なんでしょう?」

 

「ここの板張りの床・・・。今、軋みませんでしたよね?」

 

「・・・はぁ?ま、まぁそうですね?

こんなナリの店ですから、店内の衛生管理には気を使っております。

 

床の板もつい先日張り替えたばかりですし、金属みたいな重量のある物(・・・・・・・・・・)を載せない限り軋みませんねぇ。

 

 

・・・で、ご注文は?」

 

 

先程、グラディスさんが席を立つ時は何も荷物を持っていなかった。

来ていた服は標準的な陸士部隊の制服で、そのような重たいモノを入れとける様なスペースは無い。

グラディスさん自身もモデルの様なプロポーションで、体重は恐らく店主や私よりも確実に軽いだろう。

 

なのに彼女が店を訪れた時と出て行く時。

 

軋まない筈の店の床が軋んでいた。

 

 

―――まるで金属みたいな重たい物(・・・・・・・・・・)を載せたみたいに。

 

 

「―――はぁ~~~。」

 

 

深い、深い溜息をつく。

 

何かは分からないが、周囲に自身とは関係のない思惑が蠢いているのは間違いなさそうだ。

そして恐らく、自分でも気づかない内に後戻りできない所まで浸かっている。

 

でなければ、いくら地上本部が六課の弱みを握りたいからと言って一介の事務員に揺さぶりを掛けようとはしないはずだ。

グラディスさんの話を聞く限り、個人情報は結構漏れている様だ。しかも恐らく本局経由で漏れている。

でなければユーノとの関係を知るはずが無い。六課でそれを知るのは隊長陣のみで、彼女らがそれを態々人に話すとも思えない。

 

つまり中央地上本部だけでなく、ホームであるはずの本局内にも六課に友好的でない人々がいるという事だ。

 

 

・・・ともかく情報が足りない。

 

・・・それも圧倒的に。

 

これはますますユーノに話を聞かなければいけなくなった。

今はまるで目隠しされて車を運転している様な物だ。

そのうち本当に事故に遇わされ(・・・・・・・)かねない。

 

 

「―――はぁ~~~。」

 

「ご注文は?」

 

 

忘れてた。

 

とりあえず・・・

 

 

 

「とりあえずお土産用のクッキーを包んでください。

 

 

 

――――――あぁあと、そこのバカルディを。勿論ボトルで。」

 

 

 

 

 

 



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25.その人は何処にいった?

ユーノ・スクライアとヴェロッサ・アコースとの会談が終わった後、あちらは部屋に残り思考に耽っていた。

今、部屋に居るのはあちら一人。

 

すでにユーノはオークション会場に向かい。

アコース査察官は妹分に挨拶をしてくると言って部屋を出て行った。

 

 

あちらはそれらを前にただ何も無い空間をじっと見つめている。

あちらは先程までの話し合いの内容を思い返していた。

 

あちらがユーノ・スクライアとヴェロッサ・アコースから依頼を引き受けた後、三人は今後の方針について話し合った。

今後の方針について、二人はあちらに一任するらしく特に無かった。

 

ただ在るとすれば、『機動六課を護る事』ぐらいか。

それが一番の難題と言えば難題なのだが・・・。

 

それによって生じる、本局への多少の不利益をも容認すると言われては、彼らの本気も窺い知れると言う物だ。

そんなに心配なら、彼女達に機動六課を預けなければいいのにと思わないでもないが、そこは彼女たちの自主性を尊重したいとか何とか。

 

よく二人の背景(バックボーン)が不利益を容認したものだとも思ったが、よくよく考えればこの案件で一番得をするのはなんだかんだで本局だ。

あまり利権を得過ぎるとまた余所から余計な嫉妬を買う。余計な難癖を付けられない代わりに、多少の不利益はバランサー代りのつもりなのかも知れない。

 

・・・よく考えてる。

しかもその不利益が、実は不利益になっていない所が特に。

誰もよもや、将来有望な魔導師が在籍しているとは言え、たかが一実験部隊の為に本局の利益を損なう真似をするとは考えないだろう。

例え、頭の切れる誰かがそれに気がついたとしても、自分達の利が多くなるのだから取り立て問題視しないだろう。

 

 

あちらは虚空を見つめていた視線をちらりとテーブルの上に遣る。

 

目の前のテーブルには、すでに中身が冷めきった三人分のティーカップと、まったく手を付けられていない茶菓子達。

 

そしてガラス製の装飾が立派な灰皿が一つ。

 

 

あちらの鼻を焦げた匂いがくすぐる。

だがその大きなガラス皿の中に入っているのは、煙草の吸殻などでは無い。

そもそも三人とも誰も煙草は喫(の)まない。

 

 

―――そのガラス皿に無造作に放られた、真っ黒に黒焦げたモノ。

 

 

念入りに燃やされ、残った灰すらも粉々に砕かれたそれは、アコース査察官が持参した査察部内部の特秘捜査案件についての中間報告書。

それは管理局から外へ持ち出す事はおろか、データの電子化・コピーすら禁じられている部外秘の機密文書だ。

それを一部でも閲覧するにもそれ相応の階級と権限、何十枚に及ぶ機密保持同意書が必要になる。

その中間報告書には、あちらが本来知り得ない管理局内部の情報が仔細に記されていた。

 

 

・・・その内容は推して知るべし。

 

あえて記す事はしない。

 

唯言える事は、やはり権力という物は長時間一か所に滞ると腐るという事。

あと、世の中には知らなければ良かったと思える事が、それこそ腐るほどあるのだという事だった。

それなりにこれまで色々な世界を巡って来たあちらにしてみても、それは胸糞が悪くなる様な物ばかりだった。

 

成程。

そう考えると、アコース査察官のあの軽薄な態度は、彼なりの自身の心を護る処世術なのかもしれない。

 

 

しかしこれで今までバラバラだった出来事が一つに繋がった。

とりあえず分かった事は三つ。

 

 

―――まず一つ目。

準備の良さからして、私の六課入りは大分前から計画されていたという事。

 

少なくても、リニアレール襲撃事件が無くとも何らかの理由で六課に出向させられていた可能性は高い。

一度六課に配属されてしまえばそれまでだ。私の”六課配属”という既成事実こそが大事なのだ。

それで相手のミスリードを誘う餌、状況証拠はばっちりだ。後は腹を探られては都合の悪い奴らが勝手に深読みしてくれる。

 

この間の中央地上本部所属のグラディス・ジェニップの接触はその最たる例だ。

ここまで来ると先の海鳴へのロストロギア回収任務も誰かが仕組んだ策謀の可能性が高い。

もし仮に最高評議会が絡んでいるとすると、本局に正規の命令を下す事なんて朝飯前だろう。

 

目的は八神部隊長以下主要メンバーをミッドチルダ、いや機動六課から離れさせる事。

主に機動六課内部での諜報・情報収集並びに私への離反工作と言った所か。

 

どっちも隊長陣の眼があると遣りにくいからな。

留守はグリフィス・ロウランが預かっているとはいえ、そもそもガジェットなどの外敵ならまだしも、味方である筈の管理局本局から仕掛けられるなんて夢にも思ってないだろうし、そもそも彼は優秀とは言えまだまだ経験が足りないだろう。

 

・・・グラディスさんに誘導されて六課を離れたのは失敗だったなぁ。

 

―――まぁ彼女は彼女で、地上本部とはまた別の思惑がありそうだったが・・・済んだ事は仕方ない。

 

 

―――二つ目。

もう私は引き返せない所まで来ているという事。

 

もうすでに帰還不能限界点(ポイント・オブ・ノーリターン)を超えてしまっている。

私は受けざるを得なかった(・・・・・・・・・・)のだ。

もし私が依頼を受けず六課から離脱した場合、恐らく私は”不慮の事故”や”急病”にでも遭うんじゃないだろうか?

 

私がオーリス・ゲイズの副官であるグラディス・ジェニップと接触した事だけなら未だしも、司書長であるユーノ・スクライアと査察部のヴェロッサ・アコースと会談まで持っている。

今さら抜けた所で無関係だと言い張っても、私が”何かを掴んだと信じ込んでいる”連中は信じてくれるだろうか?

・・・生憎、そこまで楽観的にはなれない。

 

 

はぁぁ・・・。グラディスさんの予言は大当たりだったな。

 

 

『―――”今度の講演会でホテル・アグスタへ行くと碌な事にならない”。』

 

 

正しくその通りだった。

精々、本部(りく)と本局(うみ)の縄張り争い程度に考えていたのに・・・まさかこんなどデカイ地雷だなんて。

もしかするとここまでも監視が付いていたのかもしれない。

 

先程見た特秘捜査案件の中間報告書には、今まで戦闘機人事件やプロジェクトFを追っていた捜査官、果ては民間魔導師の殉職・行方不明者リストが添付されていた。

数えるのも億劫なそのリストの中には地上部隊の最精鋭である筈の首都防衛隊も含まれていた。自らの最良の駒である筈の彼らでさえ消されたのだ。

地上本部や最高評議会はたかが一民間人を事故死させるのに些かも躊躇しないだろう。

・・・まぁ私は殺されても死ねないが。

 

つまり私がこの(セカイ)でつつがなく平和に一年過ごすためには、地上本部と最高評議会を潰した上で余計な真似を出来ない様にしなければならない。

報告書に在った『管理局システムの崩壊』という予言が、管理局の最高意思決定機関である最高評議会の暗部を指すのか、それとも言葉通りの物理的な崩壊を指すのかは分らないが、その予言対策に設立された機動六課がその中心なのはもう間違いない。

いや、ここまで都合良く来ると(セカイ)の主人公が六課の誰かなのだろう。

 

要するに物語的に機動六課が存在しないと予言が阻止できない。

つまり私の目的、本に滞在して自身の縁を引き寄せる事も果たせない。仮に出来ても、世界を管理する組織相手に狙われての目的達成は非常に困難だ。

 

 

・・・非常に業腹だが、私と背景(バックボーン)との利害は一致しているようだ。

 

 

―――私は目的の為に六課を護る必要がある。

 

―――背景(バックボーン)は予言阻止の為に六課を護りたい。

 

 

互いに腹に一物を抱えた状態だが仕方ない。

依頼を受けない理由が無かった。それに同じ巻き込まれるなら情報が有ると無いでは大違いだ。

 

 

 

だが疑問も残る。

 

矛盾しているのだ。本局側の行動が。

 

 

機動六課は表向きはレリックに専任で当たる即応部隊。

しかし裏の目的は、聖王教会の騎士カリムが予言した『管理局システムの崩壊』を阻止するために結成された部隊だ。

それはいい。

 

何故、態々本局所属の隊舎を地上本部のお膝元であるクラナガンに置いたのか。

それは予言の舞台がクラナガンになると詩片を解読したからだろう。

それもいい。

 

あとは予言を未然に防いでみんなハッピー、万々歳だ。

 

 

―――だが、そこにまた別の側面を見出すと話は別だ。

 

 

”管理局の最高権力である最高評議会と、目の上のたんこぶである中央地上本部に背任の疑いあり”

 

 

この情報を”何処から得たのか”は知らないが、聞いた本局の俗な連中は考えたのだろう。

 

―――これは予言と無関係ではない、と。

 

もしこれを暴く事が出来れば大成果だ。

中央地上本部にいる本局に敵対的な連中を一掃できる機会だし、最高評議会を排除出来ればトップの席が空く。

そこに本局が食い込む事が出来れば、まさにこの世の春だ。

 

しかし相手は仮にも管理局のトップだ。

もし失敗すれば管理局の掌握はおろか、私達の現在の地位・・・下手すると首が比喩で無く飛ぶ。

 

ならばどうするか。

なに、簡単な事だ。

 

火中の栗を、自分達でなく他の奴らに拾ってもらえば良いのだ。

 

そう。

例えば。

 

 

―――本局所属の部隊で。

―――優秀な人材を有しており。

 

―――いざとなれば切り捨てる事が出来る試験運用の実験部隊とか。

 

 

無論、本局の良識派は反対しただろう。

管理局そのものの危機に、権力争いを絡めるべきではないと。

ましてや六課を権力争いに巻き込むなど。

 

だがそれでは機動六課設立は認められないと言われればそれまでだ。

『良く当たる占い』程度の精度の予言の為に、貴重な本局の予算と有能な人材・数少ない高ランク魔導師を注ぎ込むのには、それ相応の成果を見返りが必要だと。

 

 

つまり機動六課の真の目的は、起こりうる予言を未然に阻止し、且つ”本局所属の”機動六課が”悪の”地上本部、ひいては最高評議会の暗部を暴く事にある。

 

 

もし中央地上本部がその事に気がつけば、なりふり構わずに有形無形で妨害してくるだろう。

それは本局の俗物連中も望む所では無い。

 

それを阻止する為の目くらましの撒き餌。

 

その為の駒が私か・・・。

 

 

それなのに私に部外秘の機密文書―――もし機密漏洩がばれれば、弁護人無しの査問会の後封印刑―――を見せたり、本局の不利益が生じても機動六課を守れと言う。

つまり本局も表面上はともかく、決して一枚岩では無いという事か・・・。

 

機動六課を使い捨てても良いと考えている連中と、機動六課を守ろうとしている連中。

 

そしてユーノやアコース査察官、そしてその背景は後者と言う事か。

 

 

 

どちらにしても舐められたものだ。

 

 

本局の欲深連中も、いくら無限書庫司書長の推薦とはいえ所詮は駒と考えているに違いない。

 

 

確かに背景的に中立的な立場で無ければ六課を守れない。それは確かだ。

 

だが逆を言えば、後ろ盾が無い。

ユーノやアコース査察官は個人としては協力してくれるかもしれないが、良識派の連中も本局内の組織の中では大っぴらには動けないだろう。

本局連中もこちらが良い感情を持っていないのが分かっているにもかかわらず、私を巻き込んでおいて臆面も無く、さも”依頼”だなんて空々しく言ってくるのは、私が組織的な援護、影響力を持たない一個人だからだ。

契約を反古にして、駒が反旗を翻したとしても、大した事は出来ないと考えているからだ。

 

まぁ?

常識的に考えればそうだ。

 

 

―――常識的に考えれば(・・・・・・・・)、だ。

 

 

だが、その駒は自分で考え、自分で動く。

ルールに縛られずに自身の”決まり”に従って動くのだ。

おまけにその駒はゲーム盤をひっくり返す力を持っている。

 

 

「―――ハァ・・・。

 

ま、いいでしょうよ。

嵌められた様で気に食わない点も多々ありますが、悪法でも法。約束は約束だ。

 

 

確かに機動六課は如何なる干渉からも守りましょう―――」

 

 

あちらが一人呟く。

 

先程から窓より時折見えていた魔弾の魔力光と、散華する鉄屑の煌きはもうすでに見えない。

どうやらホテル・アグスタ警護に付いていた機動六課と鉄屑との戦闘が終結したようだ。

でもそんな事はあちらには欠片も関心が湧かず―――

 

 

「―――そう。私なりのやり方で、ねぇ?」

 

 

何もかも自分の掌だと考えていたら大間違いだ。

精々、皮算用に励むがいい。本局上層部の諸君・・・。

 

ふははははははははははは

 

 

そっと握っていた拳を開く。

その手の平には小型の記録媒体が収まっていた。

 

 

―――それはユーノが部屋を出る擦れ違いざま、さりげなくあちらの手へと押し付けられた物。

もしその光景を他の誰かが見ていたとしても、手が擦れ合ったくらいにしか思わなかっただろう。

 

 

その記録媒体には、あちらにとって魅力的な情報がたっぷりと詰まっている。

だが、それはあちらと相対する者にとっては、まさに厄災の種だ。

 

 

それをじっと見つめ、あちらはにやりと口の端を釣り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「その人は何処にいった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ホテル・アグスタ ラウンジ

 

 

 

 

 

 

 

ガジェット・ドローン群によるオークション襲撃を無事撃退し、事態が終息した後のホテル・アグスタのラウンジ。

そこに二人の男女の姿があった。

 

女性の方はオークション警備の応援に当たっていた機動六課の長、八神はやて。

男性の方は時空管理局本局査察部に在籍しているヴェロッサ・アコース。

 

二人はオークション開始前とはうって変わって、あまり人気の無いラウンジでのんびりお茶を飲んでいる。

オークションに参加していた大部分の客はとっくの昔に帰っていた。

 

―――ロストロギア・オークションが終わり、目的の品が手に入ったのかホクホク顔の参加客が会場から出て来て見た物は

 

 

ホテル周辺から立ち上る黒煙と、機動兵器群の無残な残骸。

 

 

その時の参加客の顔は見物だった。

 

 

まぁオークションを強行したホテルのオーナーの首はすげ替わるだろう。

あと、この警備計画を立てた本局のお偉いさんの首も盛大に飛ぶに違いない。

 

大方、オークションを実施して各次元世界政府の高官と出資者の物覚えを良くしようって魂胆だったのだろうが、見事に裏目に出た形だ。

予め警告されていた、避けれるリスクを冒して、各世界の政治・経済界の重鎮達を危険に晒したのだ。

今頃、本人達は顔色を青くしているに違いなかった。

 

だがそんな事は二人には全く関係が無く

 

 

「―――部隊、上手くいっているみたいだね。」

 

「うん。カリムが守ってくれてるおかげや。」

 

「僕も何か手伝えたらいいんだけどねぇ・・・。」

 

「アコース査察官もサボりと遅刻は常習犯やけど、基本的には忙しいんやん。」

 

「ひど。」

 

 

穏やかな空気が流れていた。二人は互いの近況を軽く報告し合う。

専ら、はやては八神家の近況や部隊での出来事を楽しそうに話していた。

 

しかし次第に話の内容が愚痴になり、そこからさらにある出向要員(・・・・・・)への不平不満に取って変わって行った。

 

曰く、意地悪だ。

曰く、結構部隊に入れた時の事を根に持っている。

曰く、部隊長なのに一番からかわれている。

曰く、隠してあった和菓子を食べられた。

 

などなど。

本来なら部隊のトップが部隊員の悪口を言うなど、決して褒められたものでは無い。

しかしヴェロッサはそれに口出しをしなかった。

それは話をしているはやてが妹分であるという事もあったが、それだけではない。

 

その出来事を話すはやてがとても嬉しそうで、楽しそうで。

 

その浮かべていた表情は、年相応の少女の物だったからだ。

 

特別捜査官という立場から仮面を被る事が多かったはやて。

その傾向は機動六課設立に際して更に強くなってきた。

強迫観念に近い使命感に駆りたてられ、仕事に打ち込む姿を見守る事しか出来なかった。

 

そんな彼女に現れた変化。

 

それは最近、妹分(はやて)が生き急いでいるのではないかと心配していたヴェロッサにとって歓迎すべき物だったからだ。

 

 

―――これはカリム義姉さんやシャッハに良い土産話が出来たな

 

 

ヴェロッサは穏やかな表情を浮かべながら、はやての話に耳を傾けていた。

 

その表情にはやては今さらながら自分が結構恥ずかしい事を言っているのに気がついた。

はやては焦った表情を浮かべそうになったが、それを精神力を総動員してなんとか堪え、動揺を悟られない様に自身を落ち着けようとしたのかカップを手に取ろうとする。

 

茶器ががちゃっと耳障りな音をたてた。

途端、香しい紅茶の薫りが周囲に立上りはやての胸を満たす。

 

 

「……―――――――――。」

 

「……―――――――――。」

 

 

「ま、まぁそんな感じで上手くやっとるわッ!

 

 

・・・ちゃうで!決して部隊員にいじられて悔しいとかちゃうねんで!

 

ほんまやで!!

 

なんで私の面倒をエリオやキャロにお願いすんねんッ!普通逆やろッッ!!!」

 

「オーライ。十分理解したよ、はやて。

 

だから一先ず落ち着いてカップをテーブルに置こうか。

お茶がこぼれてるよ。」

 

 

軽く錯乱するはやてを宥めすかせ、落ち着かせようとするヴェロッサ。

いくら周囲に人が居ないとは言え、店員からの目が厳しくなってきた。

 

 

「まぁ皆と仲良くやっている様で良かったよ。

いくら人員の選抜を入念に行ったと言っても大分横槍もあったしね。

 

カリムやシャッハなんか『どうせ暇なんだから様子を見に行け』って五月蠅くてね。

全く。僕も同じ義弟なのに妬けるよ。」

 

「ふふ。そんなこと言って。

カリムも心配してるんよ、かわいいロッサの事。

 

―――色んな意味で、な。」

 

「・・・その『色々な意味』について知りたい気もするけど、やぶ蛇になりそうだからやめておくよ。

 

それに心配はお互い様だよ。

はやても僕とカリムにとっては妹みたいなものなんだからね。」

 

「―――うん。ありがとな。」

 

 

お互いに見つめ合って笑いあう。

互いに幼少期は家族に恵まれなかったせいか、この絆は大切にしたい。

ヴォルケンリッターら八神家以外にもこのような絆が出来ている事に、はやては言葉では言い表せない暖かいモノがこみ上げてくるのを感じた。

 

湿っぽい雰囲気を払拭するかの様にはやては話題を変えた。

 

 

「・・・そういえばロッサ。ユーノ君とお友達やったん?」

 

「―――あぁ。

僕が無限書庫に調べ物に行った時、直々に案内して下さってね。

 

つい最近の事だよ・・・。」

 

「ふーん?」

 

 

―――なんや?

 

何か、おかしい・・・???

 

それは本当に小さな違和感だった。

特別捜査官として敏腕を奮った『八神はやて』としてでは無く。

小さい頃から彼を兄と慕っていたからこそ感じる事が出来た、本当に極小さな違和感。

 

それは本当に小さいが、決して見逃してはいけない物の様に感じた。

 

その違和感を確かめるべく、はやてはヴェロッサに声をかけようと

 

 

「なぁロッサ。ちょっと『ピピピピピピピピピ』―――ハァ、なんなんやねん。

 

―――通信?グリフィス君かいな。」

 

 

話の腰を折られた形になった。

発信者はグリフィス・ロウラン。

はやてが通信を開く。

 

 

『八神部隊長。失礼します。

 

調査班への現場検証の協力と管轄の陸士部隊への引き継ぎが完了しました。』

 

「あぁごくろーさん。現場検証が一段落ついたんかんな。

 

―――で、どないやった?何か分かった事は?」

 

『ハラオウン隊長の懸念通り、ここでオークションを隠れ蓑に違法ロストロギアの密売が行われていたようですね。

どうやら管理局の警備計画要綱に記載されていない倉庫に隠していたようで。

 

その所為で我々がガジェットに対応している間にそこを突破されてロストロギアを強奪されたようです。ご丁寧に襲撃者は扉を全開にしてくれていたそうで、魔力を検知した局員が急行した時には気絶した警備員と違法物品の山が丸出しだったそうです。』

 

「そら間抜けな話やなぁ。

”開け、ゴマ”てか。洒落が効いとんな。

まぁホテルのオーナーには任意で事情聞くとして・・・。

 

ガジェット共は大方・・・」

 

『陽動でしょう。

ガジェットが敵性召喚師によって召喚・操作された時点でその可能性に気が付くべきでした。』

 

 

悔むように、顔を歪めるグリフィスにはやては声をかける。

今回、機動六課は勝負に勝って試合に負けた様なものなのだ。

 

オークション護衛は達成できたが、違法なロストロギアは奪われた。

 

今回、特に前線メンバーが頑張っただけに、状況分析を行う自分達(ロング・アーチ)がそれに応えられなかったのが余程悔しいのだろう。

 

 

「ま、今回はしゃあないわ。

まさか警護対象が隠し事しとるなんて思わんからなぁ。

 

今回の事は反省材料にしたらええ。

ウチらもまだまだ生まれたての小鹿みたいなもんやからな。

それより何が強奪されたか、まぁそこはゲロッて貰って特定すんのが先決や。」

 

『それに関してはすでに管轄の捜査官が事情聴取に向かっています。

担当は108のカルタス三等陸尉です。』

 

「りょーかい、りょーかい。ならそっちは任せよ。

後で調書がウチにも回ってくるやろからな。

 

ほな私らの仕事はおしまいや。引き上げんで。シャーリー!」

 

 

はやてはもう一つウインドウを開き、通信を繋げる。

ウインドウに丸こい眼鏡を掛けた女性下士官が写る。

 

 

『はーい。何でしょうか部隊長?』

 

「パーティーはおしまいや。お家に帰る準備し。」

 

『了解です。前線メンバーにも通達しときますね。』

 

「まぁウチに帰るまでが任務(えんそく)や。

最後まで気を抜いたらあかんよ。」

 

『『了解。』』

 

 

細かい指示を与えた後、通信は切れた。

はやては軽い溜息をついてヴェロッサの方を見やる。

彼はのんびりお茶を飲んでいた。

 

その様子は普段通りの彼そのもので。

もうそこには先程感じていた違和感は欠片も見当たらない。

 

さっきのは気のせい――――――か?

 

喉に小骨が刺さった様な。

間違い探しの絵を見ている様な。

 

何とも言えない不快感を、カップに残っていた紅茶と共に一緒に飲み干す。

カップをソーサーに置き、はやては席から立ち上がった。

 

 

「ほなロッサ。

私、そろそろ行くわ。

 

お茶ごちそーさん。」

 

「うん。気を付けてね。

また近い内に会いに行くかもしれないから、その時はよろしくね?」

 

「りょーかい。

 

あぁ、そうやロッサ。一つ聞きたい事があるねんけど。」

 

「なんだい?」

 

「無限書庫行った事あるんやろ?

あちらさんの事知っとるの?」

 

「あちら?―――あぁ新しく六課に入った人の事だね?

 

いや、直接の面識は無いよ。」

 

「そかそか。変な事聞いたな。

知ってたらあちらさんの弱味でも教えてもらおと思ってんけど。

まぁええわ。

 

ほなまたなー。」

 

 

はやては手をひらひら振りながらラウンジを出て行く。

そのままヘリの集結地点に向かうのだろう。

 

はやての後ろ姿が見えなくなるまで、じっと見つめていたヴェロッサはぽつりと言葉を漏らす。

その言の葉はとても小さく、無意識に呟いたもので、それは本人にさえ聞こえていない。

 

 

――――――”幸運を”

 

 

それは一体誰に向けた言葉なのか。

 

それは過酷な重責を背負う、己の妹分に向けてか。

それとも己が都合で巻き込んだ司書に対してか。

 

どちらにしろ、その言葉は誰に聞かれる事も無く、大気に溶けて消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――業務連絡。

―――規定値に達しました。

―――物語(セカイ)の流れが分岐します。

 

―――分岐した物語(セカイ)を閲覧される場合はそのまま、閲覧されない場合は(セカイ)を閉じ、近くの職員にお声掛け下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

集結ポイントである中庭を目指しながら、はやてはさっきの違和感について考える。

 

―――やはり何かをロッサは隠している。

 

先程の質問にロッサは上手く不自然にならない様に答えたつもりだろうが、それがすでに不自然な行いなのだ。

確かにあちらさんが唯の出向要員だったらその反応も有りだろうが彼は違う。

とびきりの曰くつきなのだ。

 

あぁ彼の事は余り知らないよと流す時点でもうおかしい。

おまけにユーノ君とも付き合いがあるらしい。それも大した付き合いでは無いと偽らなければならない程のモノが。

 

時空管理局の統合データベースである無限書庫の司書長と、管理局内部の不正を暴く監査部のエースが秘密裏に連絡を取り合う。

 

 

―――きっと、碌でもない事なんやろなぁ。

 

 

思わずそこに身を投げ出して寝ころびたい衝動に買われるが、ここはホテルの庭先で、しかも向かい側から人が来ている。管理局の人間がこんな所でゴロゴロしていたらきっと不審に思われるに違いない。

 

向こうから近づいて来るのは、それはそれは美しい女性だった。

 

 

―――金糸の様に陽光に輝く美しい髪

 

―――清潔感のある白いブラウスに紺のパンツ

 

―――それらに身を包んだ、魅力的な四肢

 

 

近づく。二人は歩み寄って行く。

 

 

―――肩に掛けた闇色のローブ

 

―――まるで中世の魔女の様な、闇色のとんがり三角帽子

 

 

近づく。さらに。二人は擦れ違う。

 

そして目が合う。合ってしまう(・・・・・・)

 

 

―――紅い三日月の様な、裂けた様な嗤い

 

艶めかしい朱色の唇が何故か生々しくて気持ち悪い。

 

 

―――そして単色では無い、全ての色を落とし込んで出来た様な黒い瞳

 

その眼に映る感情は余りに強烈過ぎて、とても19の小娘では測り知る事が出来ない。

 

 

 

―――あぁ。なんかインクと古紙の薫りがするわ・・・。

 

 

 

はやての意識は幸運にも(・・・・)そこで途切れ、彼女は闇黒の海に文字通り沈んで行った。

後に残るのは女性と床に残る若干のインクの染みのみ。

 

はやては幸運だったのかもしれない。

もし、彼女がこのまま機動六課の集結地点に向かっていたら、彼女は愛する家族と仲間達が次々と黒の海に呑まれて行く光景を目の当たりにしただろう。

 

”家族や仲間の無残な最後を見なくて済んだ”

 

この一点において八神はやては幸運だったのかも知れない。

 

 

そして女性は歩きだす。

後ろを振り向きもしない。後に残るのは床の染みだけ。

 

 

歩く。

 

 

ただ粛々と遭遇する人々を黒の海に呑みこんで行く。

いやホテル内に居る人間が一人例外を除いて全員呑みこまれて行く。

 

 

歩く。

 

 

ただ淡々と。粛々と。作業的に。

それはあたかも儀式めいている。

 

 

歩く。

 

 

慈悲を請う声も、嘆きも、怒りも、悲哀も、勇気も。

すべてを黒の海に溶け込まして。

 

 

―――そして彼女はある部屋の前で立ち止まる。

 

そこはユーノ・スクライアとヴェロッサ・アコースが会談に使用した部屋。

 

周囲は異様なほど静かだ。

それこそ大気の音が聞こえてきそうな程に。

 

・・・いや、それも当然かもしれない。

もうこのホテル・アグスタで動いている人影は二つだけ。

後はすべて黒の海―――インクの海―――の呑みこまれ、その存在《記述》をすべて黒く塗り潰されて消えてしまった。

 

 

キィっという音をたてて扉が開く。

 

中に居た人物が今まで見た事の無い様な、とても険しい表情で彼女を迎え入れる。

 

だがそれすらも彼女にとっては至福であり。

今この瞬間、彼を独り占めにしているという証左。

 

 

……―――あぁ、この時をどれほど待ちわびた事か。

 

 

下腹部が思わず熱を持つ。

 

永久に、多由那に、永劫に。

それこそ死すら死せる久遠の時の果てで成った奇跡。

 

 

あぁ、今度こそ(・・・・)

 

今度こそ(・・・・)、彼は私のモノだッ!

 

 

自身では制御できない感情の奔流がココロを軋ませ、その余波が表情となって発露する。

 

―――それは酷く妖艶な笑みだった。

それこそ、むせ返る程甘い匂いを放つ、腐れ堕ちる寸前の果実を連想させる。

 

 

あぁ私の主人公・・・。

なぜそんな顔をする?そんな悲しそうな(・・・・・)顔をする必要など無いというのに。

 

引き裂かれた二人がまた一つに成ると言うのに。

あぁ大丈夫。記憶なんて、そんなもの。もう要らない。貴方さえいれば。

 

溶かして、溶かして、溶かし尽して最後に残ったモノをまっさらな(セカイ)に垂らしましょう。

(セカイ)に錠前を掛けて鍵穴を潰し。表紙とページを糊付けして。

決して外から開かぬように。覗けぬように。

 

そして今度こそ。

二人で幸せに暮らしましょう。永遠に。

 

―――何も無い、しかし全てがあるセカイで。

 

 

キィっと音を立てて扉が閉まる。

 

 

 

がしゃん

 

 

 

ホテルに静寂が戻る。

人の気配は無く、ただインクの染みだけが点々と残るだけ。

 

 

 

―――そしてホテル・アグスタで動く人影は一つも無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ある図書館世界 「あっち」方面書架群

 

 

 

ここは昔。

そう、ずっと昔に、とある司書と帰る家の無い迷子が頻繁に利用していた談話室。

山の様に積み上げられた革張りの本が机の上や周囲の床に積まれており、さらに何かを書きなぐった様な紙が辺りに散乱している。

革張りのソファに、執務机に、茶器一式。

他にも彼らが持ち込んだと思われる私物が置かれていた。

 

しかしそのどれにも埃が積もり、永い年月ここが使用されていない事を示していた。

埃が落ちてくる音すら聞こえてきそうな静寂の中、この談話室の時間は止まっていた。

恐らくこのままこの部屋が風化するまで、ここはそのままだろう。

 

 

キィ

 

 

その時、木と木が擦れ合わさる音が聞こえ、時間さえ止まった部屋の空気が流れた。

その気流積もっていた埃が上へと舞い上がる。

 

静寂と埃しかない談話室に一人の人物が入って来た。

その人物は舞い上がる埃に眉をひそめながらも、ゆっくりと談話室の中へ入って来る。

 

その人物―――図書館館長―――は部屋の大気を乱さぬようにとでも言いたげに、ゆっくり、ゆっくりと執務机に向かって歩いて行く。

その決して静寂を乱さぬようにする様子はまるで墓参りの様だ。

ならばここはさながら地下墓所といった所か。

 

しかし、その指摘はあながち間違っているわけでは無く。

かと言って正解という訳でもない。

 

 

執務机の前で立ち止まった。

 

 

館長はじっと机の上の本を見つめている。

 

 

―――その本は異様だった。

 

 

表紙にタイトルや表記は一切無く、色合はまるで処女雪の様に真っ白だ。

だが異彩を放っているのはそれだけでは無い。

 

その本を覆う何重にも巻かれた鎖と、それをロックしている無骨な錠前。

しかも鍵穴は溶接され、もし鍵があっても差す事が出来ない。

手にとって見れば、さらに表紙や頁が糊付けされている事が分かるだろう。

 

 

この本は本なのに、他者に全く物語を読ませる気が無いのだ。

 

 

―――それもその筈だ。

 

 

この本はたった二人の為に作られた(セカイ)なのだから。

それ故に他者(どくしゃ)など不要。むしろ邪魔でしかない。

 

 

館長はその本を暫らく眺めた後、表紙を指で撫でようとして―――止めた。

その表情はまるで自分にはその資格が無いと言っている様で。

 

ただ哀しげに本を見つめている。

 

どれくらいの時間が経ったのか、結構な時が流れた気がする。

 

 

―――仕事を抜け出してきたのがそろそろばれる頃だ。

 

―――見つかる前に戻ろう。

 

 

館長は自分の執務室に戻ろうと踵を返そうとして―――ちょっと立ち止まった。

暫らくためらった後、館長はその本―――正確には中の彼女らに―――に質問を投げかけた。

 

 

「いま、幸せか―――?」

 

 

質問は談話室の静寂に広がり溶けて消えた。

しばらく時が経つ。

何も無い。

 

当たり前だ。本が話をする訳が無い。

こうも辺りが静かだと、空耳さえ聞こえない。

 

館長は自嘲の笑みを浮かべ、今度こそ談話室から去って行った。

 

 

またいつもの静寂を取り戻した談話室。

 

白い本もまたいつも通りに。

 

 

―――ただ机の上に置かれている。

 

 

 

 

もう話す事も見る事も読む事も叶わなくなった彼女と彼。

白い(セカイ)に閉じ籠もり、今一体何をしているのだろう?

 

何も無く、しかし全てがある白い世界で。

 

 

笑っているだろうか?

泣いているだろうか?

怒っているだろうか?

 

 

―――幸せに暮らしているのだろうか?

 

 

それはもう知りようが無い。

ただ想像するだけ。

 

ただ、願わくば―――

 

 

―――叶うならば、続く彼女らの物語が”ハッピーエンド”で結びますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その人は何処にいった?

 

―――終劇.

 



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26.舞台裏に迷子の足音は響き

「……――――――でな。

そこで真っ黒い何かに飲み込まれる所で目が覚めてん。」

 

「―――八神部隊長・・・。

あの能天気そうな部隊長がそんな夢をみるなんて・・・。

 

―――そんなに疲れてたんですね。

 

すいません。今まで気がつきませんでした。

これからはからかうのを心持ち減らしますね。」

 

「そんな可哀想な子を見る目でこっち見んといてッ!?

あと、心持ちッ!?からかうのは止めへんのかいッ!なんか優しさ足りてへんのとちゃうかなぁ!?

 

ホンマやで?ホンマに見たんやってッ!!

めっちゃリアルで、『あ、これは死んだな・・・』って思うぐらい怖かってんからな。

 

・・・だから、ちょっと位優しくしてくれてもバチ当たらへんで?」

 

「はいはい。それでも貴女の決済する書類の量が減る事はありませんよ。

 

・・それで?

貴女を夢の中でぱっくんちょした美女はどんな方だったんです?」

 

「―――あんな、あちらさん。

 

目の前にこんな可愛い才色兼備はやてちゃんがおんのに、他の女について聞くなんてデリカシーがあらへんのとちゃう?」

 

「――――――。

 

………―――――――――ハァァァ・・・。」

 

「なんでそんな残念そうな深い溜息つくん?

 

おっかしいなぁ・・・。何時から私こんなキャラ扱いになったんやろ?

そろそろ話の流れ的にフラグの一本でも立つ頃やん?この話、私がヒロインちゃうの?

 

デレるで?

何時でもデレるで?

それではやてちゃんルートに分岐して外伝の一本も出来るっちゅう流れちゃうの普通。

 

やのにあちらさんが欠片もデレる気配がない件について。

ていうか女性として見られてない?むしろおもちゃ?みたいな感じやん。

 

それがどういうこっちゃねん。

 

もう完全にギャグ要員扱いやん。

 

・・・私、部隊長やで?二等陸佐やで?オーバーSの魔導師やで?偉いねんで?」

 

「さっきからぶつぶつ五月蠅いですよ。仕事しろ部隊長。」

 

「ひどッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「舞台裏に迷子の足音は響き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――機動六課 隊舎食堂

 

 

 

 

 

早朝の新人達の第二段階リミッター解除の考査も兼ねた教導も無事終了し、機動六課隊長陣は少し遅めの朝食を取っていた。

 

フォワードメンバーは急に降って湧いた休暇に心を弾ませ、自室であーでもないこーでもないと少しでも充実した休日を過ごそうと計画を練っている。

今頃、お出かけに着ていく服を前に悩んでいることだろう。

 

 

なのは達隊長陣もフォワードメンバーが抜ける為、今日は一日中待機任務だが心なしか穏やかな空気が流れている。

とは言ってもそれは別に気が抜けていると言う訳ではなく。

リラックスした自然体で日々を過ごしているという意味だ。適度の緊張感は作業効率を向上させるが、過度にするのはそれこそ新人(ルーキー)のする事だ。

幾多の死線や戦場を潜り抜けた古参の騎士であるヴォルケンリッターや、実年齢の割りに異常な場数をこなしている歴戦の高ランク魔導師にそれは愚問だった。

 

少し時間帯がずれている事もあり、いつもはもっと賑やかな隊舎の食堂は人もまばらで、端の方ではナイトシフト明けの隊員が眠そうにしながら欠伸をかみ殺しコーヒーを飲んでいる。

 

食堂に備え付けのメディア・ウインドウからは、MNN(ミッドチルダ・ニュース・ネットワーク)の看板キャスターが明朗な滑舌で朝のニュースを読み上げる声が聞こえてくる。

なのは達は聞くとはなしにBGM代わりの読み上げられるニュースを聞き流していた。

 

 

次のニュースが読み上げられる。

 

 

『……―――以上、芸能ニュースでした。続いて政治経済。

 

昨日、ミッドチルダ管理局、地上中央本部において来年度の予算会議が行われました。

三度目となる再審要請に、税制問題に関連して各世界の注目が集まっています。

 

当日は首都防衛隊の代表、レジアス・ゲイズ中将による管理局の防衛思想に関しての表明も行われました。』

 

 

このニュースに興味を引かれたのか、おしゃべりに夢中だったなのは達はニュースの流れているウインドウに注目する。

・・・ただリインフォースだけは無邪気にトマトを噛り付いている。瑞々しい舌触りにご満悦のようだ。

 

彼女達も時空管理局に在籍する組織の人間として全く無関係ではない。

いや、それどころか中央地上本部の目と鼻の先に隊舎を構える機動六課としては、クラナガン防衛の責任者としてゲイズ中将がどういった趣旨の発言をするかは、大いにこれからの彼女らの作戦行動に影響する。

 

今のところ、|それ(・・)を正しく理解しているのは部隊長であるはやてだけであったが。

他はただどういった演説をするのだろうと興味が湧いただけだ。

 

 

ウインドウに流れる映像が切り替わり、演台に立つ立派な顎ひげをした壮年の将官が映る。

 

厳つい、それこそ岩石から削り出した様な顔立ちは、決して無機物にはない覇気と生命力に満ちている。

眼光はすべてを見通すような程に鋭い光を持ち、気の小さい者なら目さえ合わせる事さえ適わないだろう。

そして録画された映像からも分かる程の覇気と威圧感。

 

 

守るべき市民には、安心と平穏を。

 

それを乱す者には、冷たい罰と制裁を。

 

 

―――”ミッド地上の守護者”としてその名を讃えられる時空管理局中将レジアス・ゲイズ、その人だ。

 

 

 

『―――魔法と技術の進歩と進化。それは素晴らしいものではあるが・・・

 

しかしッ!!

それが故にッ!!我々を襲う危機や災害も10年前とは比べ物にならないほどに危険度を増している!!』

 

 

巌の様な体躯から、心胆に響くような声が発せられる。

壇上から発せられる、しかしどこか引き寄せられる声に、それを聞く地上本部所属の管理局員達は厳しい顔つきながらも真剣にその話しを聞いている。

 

 

『兵器運用の強化は進化する世界の平和を守るためのものであるッ!!!

 

・・・首都防衛の手は未だ足りん。

地上戦力においても我々の要請が通りさえすれば、地上の犯罪の発生率は20%!!検挙率では35%以上の増加を初年度から見込む事が出来るッ!!!』

 

 

「このおっさんはまだこんな事言ってんのな。」

 

「・・・レジアス中将は古くから武闘派だからな。」

 

 

―――が、レジアス中将の言っている事に別段目新しい事は見当たらず、ヴィータはすぐに興味をなくして食事を再開した。

 

ヴィータの歯に物を着せぬ物言いにシグナムは当たり障りのないフォローをする。

シグナムも内心同じ事を考えていたようだ。だが群雲の騎士達を率いる将として、何かレジアス中将の主張に感じる所があるのだろう。

その時、カメラのアングルが切り替わったのだろう。壇上をやや斜め下から撮った画面になのはが反応した。

 

 

「あ、ミゼット提督?」

 

「ミゼットばーちゃん?」

 

 

それにヴィータが反応した。その声は心なしか弾んでいる。

映し出された画面の奥には、三人の人影が一段上の上座に座っているのが見ることが出来た。

 

 

統合幕僚会議議長、ミゼット・クローベル

 

 

武装隊栄誉元帥、ラルゴ・キール

 

 

法務顧問相談役、レオーネ・フィルス

 

 

今の時空管理局の礎を築いたと言っても過言ではない、創設されたばかりの管理局の黎明期を支えた功労者達。

 

 

 

―――”伝説の三提督”

 

 

 

どこの次元世界を探しても知らぬ者はいない、歴史にその名を残すであろう偉大な先達の姿に、畏怖と尊敬の念を抱かぬものは居ないだろう。

・・・だがどこにでも、なんにでも例外はあるもので。

 

 

「しかし、やっぱこう見てみると―――普通の老人会だよなぁ。」

 

「もう。だめだよ?ヴィータ。偉大な方達なんだよ?」

 

 

ヴィータの恐れを知らぬ発言に、フェイトが注意を促す。

とはいってもフェイトにしてもヴィータがそんな人の陰口を叩く等と微塵も思ってなく、その軽口は親愛に裏打ちされたものだと覚っているため口調は軽い。

その様子になのはは苦笑を浮かべた。

 

 

「管理局の黎明期から今の形まで整えた功労者さん達だもんね。」

 

「ま、私は好きだぞ。このばーちゃん達。」

 

 

余りに気安いヴィータの態度に、事情を知らぬなのはやフェイトが首を傾げる。

その様子に珍しく悪戯気な笑みを浮かべたシグナムが、口元をマグカップで隠しながら、なのはとフェイトにネタを明かした。

 

 

「・・・なに。護衛任務を受け持った事があってな。

ミゼット提督は主はやてやヴィータがお気に入りのようだ。」

 

「―――あぁそっか!」

 

「なるほど。」

 

 

納得がいったのか、顔をほころばせながら相槌を打つなのはとフェイト。

 

くすくすくすと笑い声が優しく響く中、シャマルは先程から一言も話さず、メディア・ウインドウに釘付けのはやてに声をかけた。

 

 

「・・・はやてちゃん?どうしたの?

そんなにゲイズ中将の表明が気になる?」

 

 

その声に我に返ったのか、はやては苦笑を浮かべながら椅子に座りなおした。

少し可笑しな様子になのは達も心配げに様子を伺っている。

 

 

「いや大した事ないんよ?

ただ今映像が会議場全体を映した時、チラッとあちらさんが映ったような気がしてん。」

 

「あちらさんが?」

 

 

それにシャマルが首を傾げる。

すぐにウインドウに視線を向けてみるも、すでに予算会議関連のニュースは終わっており、今はCMが流れている。

 

 

「あちらさん、今は確か古巣の無限書庫に呼び戻されてるんじゃありませんでしたっけ?」

 

「あぁ。なにぶん急な出向だったからな。引継ぎミスが有ったとかで、向うの知り合いに泣きつかれたらしくてな。しばらく本局に泊り込みで滞在するそうだ。」

 

 

―――明日、明後日くらいに帰って来るそうだ。

 

シャマルの疑問にシグナムが答えた。

何気にあちらとシグナムは仲が良い。波長が合うのだろうか。

天気の良い日に、テラスで二人が仲良く茶菓子と緑茶で和んでいる姿は、なにか近寄り難いものがある。

 

 

「はやてちゃーん。見間違えですよぅ。

昨日、予算会議があったのは中央地上本部ですよ?場所が違うじゃないですかー。」

 

 

その小さい体のどこに入ったのか、ご飯を完食したリインが話に参加してくる。

食べるのに夢中なようだったが話は聞いていたようだ。ご丁寧に口の端と頬っぺたにドレッシングソースとパン屑を付けている。

思わずその姿に吹き出してしまい、けらけらと笑うはやて。

 

 

「もー!はやてちゃーん!!聞いてますか!!」

 

 

さらにリインは無造作にごしごしとほっぺを拭くものだから、更にソースは伸びて悲惨なことに。

その様子に今度は全員耐え切れなくなり笑い声を上げた。

 

 

「―――ッ!!もー知らないですー!!」

 

「あっはっはっは!

 

いやぁごめんな?リイン。ほら、もう笑わへんから。

機嫌直してこっち向いてぇな。かわいい顔が台無しやよ?」

 

 

拗ねてしまったリインを宥めつつ、ハンカチで口や頬を優しく拭くはやて。

未だに頬を膨らましているリインのご機嫌を取りつつ、はやてはもう一度ウインドウに目を遣った。

 

もう政治ニュースは終わっており。

当然、そこにあちらが映っているはずもなく。

 

 

ただ能天気そうに健康食品のCMが流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ミッドチルダ 首都クラナガン 某所

 

 

 

 

 

 

薄暗い界隈の、薄暗い雑居ビル、薄暗い会議室の一室。

唯一の光源は部屋の隅に置かれた古ぼけた型落ちのディスプレイのみ。

そのディスプレイはダラダラと最近起きたニュースを垂れ流している。

 

古ぼけたディスプレイの明りが、そこに居る二人の人間の影を写し出した。

そのシュルエットから男性と女性だという事が推察できる。だからと言って甘い雰囲気が漂っているわけではない。

かと言ってその逆。険悪、殺伐めいた雰囲気も感じられない。

 

 

ただ、重苦しい。

 

 

この部屋の一室だけ極端に空気が薄いような。

 

まるで空気が粘性と質量を持って肺に入り込み、そこで固まってしまったかのような息苦しさを感じる。

 

二つの人影は互いに向き合ってソファーに腰掛けたまま一言も話さない。

といっても全くの無言という訳ではない。

 

 

”話し合った”からこその結果がこれなのだ。

 

 

片方の人影が口を開く。

 

女性のようだ。すでに老齢に差し掛かった女性。

仕立ての良い服に身を包みでいる、どこか品の良さを感じさせる女性だ。

 

だがその老いた体から満ちる生命力は、彼女を実際の年齢よりも若く栄えさせる。

 

 

「―――もう、どうしようもないのですか。」

 

「―――残念ながら。

 

いや、貴女も薄々は感じていたはずだ。」

 

 

しかし相対していたもう一つの人影―――どこか胡散臭い雰囲気を纏う青年―――が平然と答えた。

かつて強大を誇った女性の、感情の篭った声はそれだけで魔力を含み、すでに物理的な圧力をも持っている。

 

しかしそんな事は知らぬ存ぜぬ、大した事は無いとばかりに青年は涼しい顔で受け流す。

 

部屋の重苦しい雰囲気が変わることは無い。

青年が口を開く。

 

 

「今回の件。いや、事態を先方は非常に重大視しています。

それこそグラシア少将閣下の予言よりもです。

 

当然でしょう?

 

幾らジェイル・スカリエッティが世紀の大天才とはいえ、唯の科学者で人間の領域を出ない。

別段、強力な組織力を持っているわけでもなく、それは資金面・バックアップ面でも管理局の暗部に依存しています。

 

いくらやんちゃ(・・・・)をしようが、数多の次元世界を管理する管理局に自力で勝てるわけではありません。

 

ガジェットドローンなど言うに及ばず。

例えオーバーSに匹敵する戦闘機人にした所で、全体数が少ないといっても管理局にはSランク魔導師は多数在籍しています。

総力戦になれば、背景を失い定期メンテナンスも満足に受けれない機人を破壊することはそう難しくないでしょう。

 

例え、法の塔が焼け落ち、船が砕けようと”法”が砕ける訳ではないのですから。

戦術が戦略を覆すことは無い。どちらにしろ管理局システムの崩壊はあり得ない、というのがクラナガン(・・・・・)の見解です。」

 

 

唯一の光源のディスプレイからは今日の社会ニュースが流れている。

どこぞのホテルのオーナーがロストロギアの不正売買・所持の容疑で逮捕されたらしい。

事件担当の捜査官が会見を開いている。

 

 

「ですが、それが最高評議会と中央地上本部となれば話は別です。

 

時空管理局の戦術と戦略、この前提条件が崩れるのですから。

いったい誰が守るべき市民を人体実験に攫うような治安組織を信用するというんです?

 

それに管理局はたった(・・・)75年前に創設された若い組織です。当時、そして150年前と辛酸を舐めさせられた世界も多いと聞きます。

こんな事が明るみに出れば最悪、管理世界からの脱退・・・いや、管理局システムの解体にまで話が飛び火しても可笑しくありません。

そしてそれは事実上の崩壊と変わりなく、初期に『管理局治安維持構想』を打ち立てたクラナガンとしても楽しい話ではありません。

それは苦労して封じ込めた、燻ぶっている大火の最初の火種に成りかねません。

 

 

クラナガンの見解を言いましょう。

 

”我々は次元の海の安定を守るため、管理局システムの維持を最優先とする”

 

 

・・・クラナガンは本気です。

 

次元世界間の政治・軍事的緊張回避と、それを監視する管理局システムを守るため、彼らは最高評議会に喧嘩を売るつもりですよ。」

 

 

「――――――。」

 

 

そして再び部屋に沈黙が戻った。

だが先程と違うのは、さっきまで立ち込めていた息苦しい雰囲気が、若干ではあるが弱まっているということだった。

 

 

ピピピピピ

 

 

その時通信を知らせる通知が入り、女性は一言断ってウインドウを展開する。

ウインドウは保護モードになっている為、青年側からそれを窺い知る事は出来ない。

送られてきたのは文章ファイルだった。機密保持のため、”一読後、破棄(ユア・アイズ・オンリー)”とある。

 

女性は送られて来た報告書を読み終わると破棄処理を施しフォーマットを行う。

青年の視線に気がついてのか、女性は先程の報告書の内容を告げた。

 

 

「―――機動六課が市街地廃棄区画で戦闘機人と思しき存在と交戦したようです。

 

後見のハラオウン提督による、八神二佐の限定解除許可をAランクで承認。

湾岸海上に出現したガジェット群編隊を殲滅した後、同じく限定解除した高町一等空尉とハラオウン執務官との連携により容疑者を後一歩まで追い詰めるも、敵の増援により取り逃がしたそうです。

 

・・・後、レリックを確保。人造魔導師素体と思しき少女を保護したそうです。」

 

「そうですか。」

 

「えらく淡白ですね。彼女達が心配じゃないのですか?」

 

「まさか貴女の口からそんな事を聞くとはね。

 

・・・彼女達は経験も豊富なプロフェッショナルですよ?そこは信頼しています。」

 

「―――ふふふ。その割りに足がさっきから組み変わっていますけどね?」

 

 

表情を緩めた女性に、憮然としながらも青年は足組みを解いた。

言われてやめるあたり、自覚していたらしい。

 

同時に部屋の雰囲気も緩んだ。

そのせいか、さっきよりもディスプレイの音が大きく聞こえる。

 

 

「安心なさい。負傷者はゼロ。

むしろフォワードメンバーは無事レリックを回収して大活躍だったらしいですよ。

 

もう、青二才(ルーキー)だなんて言えないわね。」

 

「・・・一人、心配な人がいたんですけどね。

私は戦闘要員ではありませんし、無用な口出しは避けていたのですがその様子だと大丈夫なようですね。」

 

「―――そう。

少し貴方の事を誤解していたのかもしれないわね。

 

貴方に関する報告書も読ませていただいたわ。ここ数週間、陰に隠れて頻繁に動いてみたいね?

 

・・・正直、危ぶんだわ。なにか野心があるのではないかと。

 

 

けど、それも杞憂なようね。今、すべてが納得がいったから。」

 

「では今はなんとお思いで?」

 

「身内に甘い、過保護なお兄ちゃん・・・と言った所かしら?

 

六課のあの子達を利用しようという連中には悪辣な所が特に。」

 

「―――ただの意趣返しですよ。」

 

「ならそういう事にしておくわ。」

 

 

古ぼけたディスプレイにMNNの政治・経済ニュースが映る。

トップニュースは勿論、昨日に行われた来年度管理局予算会議について。

映像の中でレジアス・ゲイズ中将は管理局防衛構想について熱弁を振るっている。

 

それを見ていたMNNのコメンテイターが、数ヶ月先に行われる公開意見陳述会で議論になるであろう拠点防衛兵器”アインヘリアル”と今回の表明に関しての関係性について解説を行っていた。

 

 

「・・・これに関して、貴方はどう思う?」

 

 

女性が青年に意見を求めた。

 

 

「―――別にゲイズ中将自身に思うところはありません。

多少傲慢で独善的な所も見受けられますが、地上を守ろうとする職務に対する責任感と意欲は誰よりも強い、とても立派な方だと思います。

 

それに各政財界の重鎮達の覚えも目出度く、強いパイプを持っている。

 

まぁ当然ですね。自分達のいる首都を必死になって守ってくれるのですから。

悪印象を持てと言うほうが難しい。

 

 

この賛否両論な地上本部の防衛思想、所謂”ゲイズ・ドクトリン”に関しても良く出来ていると思います。

 

本局と本部では要求される能力が違います。

 

本局は広大な次元の海を巡回しなければならず、未知のロストロギアや次元断層と言った大災害にも遭遇しやすい。

巡航艦単独で対処にあたなければならない場合も多いため、高ランク魔導師や高価な装備などすべてに対処しなければならない”万能型”が必要になってくる。

 

だが本部はその管理世界の治安維持が職務である以上、性質的にあまりそこからは動かない。

それ故に要求される能力もカウンターテロなどに限定され、戦術単位である”万能型”の高ランク魔導師は投入場面が難しい。街中で砲撃魔法をぶっ放すわけにはいかないですからね。それが逆に海への人材流失の要因となっているのは皮肉な話ですが。

能力のある人間ほど、それが日常的に使われる環境を求めるものです。

ましてや管理局全体としては人手が足りず、さらに高ランク魔導師は更に希少だ。

 

だが、地上本部もあまり出番が無いと言っても、やはり凶悪犯罪に対処するため高ランク魔導師は一定数確保したい。

しかしそれに気付いた時にはもう手遅れで人材の流失は止まらず、年々犯罪の凶悪化も問題になっている。

 

ではどうするか。

簡単です。

 

”無いならば、造って持って来ればいい”

 

兵器運用の解釈を拡大して、事態に対応するため必要に応じて防衛兵器を適時運用する。

航行艦搭載兵器のアルカンシェルという前例もある。実に合理的です。・・・まぁ固定砲台にする意味は疑問ですが。」

 

 

 

―――しかし、それが日の目を見ることは、もう無いでしょう。

 

 

 

「・・・。」

 

「彼はもう、終わった人間です。

 

確かに彼は真面目で模範的な管理局員だったかも知れない。

確かに今まで彼の成した貢献は大きいのかも知れない。

 

 

―――だが彼は手段と目的を取り違えた。決して超えてはいけない一線を越えてしまった。

 

だから終わるんです。どれほど栄華を極めようとも。

 

 

忘れてはならない初志を忘れ、自ら穢した理想を理想と妄信して。

理想のために手を穢す事と、手を穢した事による理想は、同義のようで異なります。

 

・・・目的と手段とを履き違えた者の末路など、総じて悲惨なものです。」

 

「……――――――。」

 

「・・・。」

 

 

それまで黙って青年の話を聞いていた女性はおもむろに話し出す。

しかしそれは青年に話しかけているといった風ではなく、独白のような、記憶の向こうの誰かに話し掛けているような感じだった。

 

 

「私達は―――私とレジー坊やは、一体、何時どこで道を違えてしまったのだろうね・・・。

 

所属の違い、意見の違いはあるけれど、同じ局員として歩んでいく道の先は、共に同じだと信じていたのに・・・。」

 

 

返答が無いと思われた独白に、青年が答えた。

 

 

「―――僭越ながら、議長。

 

私にはゲイズ中将と議長の関係を知りません。

どのような過去があったのか。どのような志があったのか。

 

正直、余り興味もありません。

私はただ、私の身内(・・・・)に火の粉が降り掛からなければかまわない。

 

ただ、言える事があるとすれば一つだけ。

 

 

・・・議長。ミゼット・クローベル”統合幕僚会議議長”。

 

貴女はレジアス・ゲイズ”中央地上本部総司令”とちゃんと話し合ったのですか?

 

確かに互いの立場や機密が絡めばそうそう出来る事ではないでしょう。

ですが対等な土俵に立って話し合いましたか?互いの理想や胸中をさらけ出しましたか?

 

とてもではありませんが、私にはそうは見えません。

貴女は時空管理局統合幕僚会議の議長。序列で言えば最高評議会を除けば最上位だ。

 

そんな貴女が安穏と議長の席に座り、ゲイズ中将を信じていた?志は同じだと?

 

……それは余程、議長席の椅子のクッションが効いていたのでしょうね。」

 

「―――どうしてそう思うの?」

 

「・・・少なくとも私はレジアス中将の内職(・・)は兎も角、中将の今までの功績と地上守護の対する熱意には一定の敬意を払っています。

あまり関心が薄い私ですらそうなのです。他の管理局員はどうでしょう?

 

語り合っていればその様な功労者に、例え管理局の先達であろうと、・・・いや混迷の黎明期を知る先達だからこそ”レジー坊や”等と下に見た物言いなど、決して口が裂けても言えないでしょうよ。」

 

「・・・ふふ。そうね。その通りだわ―――。

 

言葉にしなくても、心が通じ合うなんて世迷言ね。

 

 

―――想いは言葉にしなければ、伝わらない。」

 

 

「……――――。そう、ですね。世迷言です。」

 

 

その言葉に何か思い当たることがあるのか。

青年は重いモノを呑み込むかのように、それを肯定した。

 

 

―――それっきり言葉は絶えた。

ただ静かに二人は沈黙を守り、ソファーに腰を沈めている。

 

 

青年は対面に座る女性―――ミゼット・クローベルに視線を向けた。

 

 

彼女はそれに反応する事無く。

ただ静かに、語ることなく目を瞑っている。

 

考え事をしているのだろうか。

それともいつか在りし遠き日々を想い起こしているのだろうか。

 

それは当人しか分からない。

 

 

しかしその姿は―――

 

 

 

”伝説の三提督”ミゼット・クローベル

 

 

今の時空管理局の体制の礎を築いたと言っても過言ではない、創設されたばかりで混迷の続く管理局の黎明期を支えた功労者の一人。

 

かつては次元の海を股に掛け、膨大な魔力と緻密な術式で、強力無比な魔法を自在に操った偉大な大魔導師(アークメイジ)

 

どこの次元世界を探しても知らぬ者はいない、歴史にその名を残すであろう偉大な先達の姿に、畏怖と尊敬の念を抱かぬものは居ないだろう。

 

今や老いてもなお、その存在感を示し続ける伝説の三提督の女傑。

 

 

 

だが、しかしその姿は―――まるで

 

 

 

 

 

―――まるで、疲れ果てた老婆、そのものだった。

 



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27.ルーズ・ワンズ・ウェイ

―――そして二人の目が合った。

 

 

 

幼い少女は、煌びやかな紅玉と翠玉をはめ込んだ、珠玉の様に美しい瞳で青年を見詰めた。

目蓋の縁にはいまだ涙の痕が残っているが、それでも構わずに、彼女はただじっと青年の顔を見上げている。

 

 

どれ位の時間が流れただろう。

 

 

いや、時間にすればそれはおよそ数十秒の出来事。

だが青年にとって、それはとても永い時間の様に感じられた。

 

 

ぎゅ

 

 

青年がはっと我に返り、ふいに圧力を感じて下に目を向けてみると、少女にぎゅっと上着の裾が握られていた。

かなり身長差があるためか、少女は限界まで首を傾けて青年をじっと見上げている。

重力に引かれ、少女の蜂蜜色の髪がさらりと流れた。

 

一方、青年は握られて始めて少女の接近に気がついた様で呆然としている。

いつもは何が起きても飄々としている青年の、その非常にらしくない(・・・・・)様子に周囲は驚いているようだ。

そしてそんな事にも気がつかないほど青年はうろたえていた。

 

しかし青年はすぐに気を取り直したのだろう。

普段浮かべている、人を煙に撒く笑顔ではなく、珍しい優しい柔和な笑みを口元に浮かべて少女と向き合った。

その笑みにまた周囲がざわつく。

 

そのあまりのものやわらかさに。暖かさに。

 

 

しかし少女はそんな周囲に気にも留めず、ただひたすらに青年を青年の瞳を覗き込んでいる。

 

 

 

―――青年を見上げる少女

 

 

―――少女を見下ろす青年

 

 

 

それは傍目には少女が、青年の縋り付いているようにしか見えないだろう。

普通に見れば、幼子が青年に構ってほしいと縋っている、微笑ましい光景のはずだ。

 

 

だが。

 

 

しかし何故だろう。

 

 

 

それは不可侵で―――

 

 

誰もその大気を揺らす事は許されない様な―――

 

 

何人たりとも犯してはいけない、一つの荘厳な絵画の様で――――

 

 

 

そして、幼い少女は鈴を転がす様な、見た目通りの可憐な声で、青年に問い掛けた。

 

 

 

 

「……―――ねぇ。どこか、痛いの?」

 

 

 

 

その時

 

 

ピシリ―――と

 

 

 

何かが、ひび割れる音がした気がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「ルーズ・ワンズ・ウェイ」

 

 

 

 

 

 

 

―――古代遺物管理部 機動六課

 

 

 

 

休暇中のエリオ・キャロによるレリック発見の報に端を発した、クラナガン市街地の廃棄区画及び湾岸で発生した大規模戦闘の翌日。

麗らかな昼下がりの部隊長室で、機動六課の主要である八神はやてとフェイト・T・ハラオウンは、昨日の隊長級デブリーフィングと今後の方針について打ち合わせを行っていた。

本来ならばスターズ分隊隊長である高町なのはも参加しているはずだったのだが、昨日の戦闘で保護した人造魔導師素体と思しき少女を引き取るため、聖王教会傘下の病院へ向かっている為に不参加。

午前中に六課を発ったため、時間的にそろそろ聖王教会から帰ってくる頃だろう。

 

ならば代わりに副隊長であるヴィータが参加するものなのだが、昨日の大規模戦闘時に演習先の部隊から援軍に駆けつけた為、その後処理と始末書に追われている。

普段なら不得手な事務処理などをあちらなどに手伝ってもらうのだが、彼もまだ無限書庫から帰ってきていないため、普段の倍以上の時間が掛かりすっかりヴィータは涙目だ。

だが普段強気なヴィータが涙ぐんでいる、その愛らしい姿にロング・アーチの面々は悶えており、手伝う気はさらさらないようだ。

それどころか一部の局員などはその様子を、鼻息荒く記録しており、そのテンションはもう最高潮。ぶっちゃけその姿は犯罪者予備軍だ。

 

そんな事が起きているとは露とも知らず、二人は次々と部隊運営について案件を処理していく。

 

 

「―――それでホテル・アグスタで強奪された違法ロストロギアについては分からんかったんか……。」

 

「うん。どうも強制捜査時にオーナーが目録とかの証拠を隠滅したらしくて……。

今、カルタス捜査官が関係者の供述を元に目録を復元しようとしてるけど、復元にはしばらく時間がかかるって。」

 

「まぁ、そこから先は密輸事件専門の108の管轄やなぁ。ウチとしても出来る事は限られるしな。」

 

 

機動六課は一応捜査もできるが、どちらかと言うと純軍事的な緊急即応部隊としての側面が強い。

本格的な捜査活動経験者ははやてとフェイトしかおらず、人員的にも今のレリック案件で手一杯で、地道な広域捜査活動というのはどちらかというと苦手な分野だ。

 

 

「その辺は私が共同で捜査する事になったよ。これは私が長年追っているスカリエッティ案件にも繋がるしね。」

 

「―――よろしくな。フェイトちゃん。」

 

「任せて、はやて。」

 

 

フェイトが自信有り気に、そのたわわに実った胸を力強くたたき、それがはやての目の前で大きく揺れた。

 

ぽよん。ぽよん。

 

その圧倒的な戦力差に、はやての頬が引きつった。

はやては無駄な抵抗とは知りつつも自分の胸元を見下ろす。

 

”大丈夫、大丈夫。ヴィータには勝っとる……”

 

逆を言えばヴィータにしか勝ってない。余りに空しい勝利に、その姿は心なしか煤けていた。

その様子にフェイトが頭の上にクエスチョンを浮かべるが、それよりも早くはやてが話題を変えた。

ある意味、その辺りの情緒が幼いというか無垢なフェイトに、そんな話をするのは自身が負う精神的なダメージが大きすぎる。

 

 

―――なんや、いろいろ負けた気がする……。人でも胸囲でも。

 

 

振り払うように話題が次の案件に移り、はやては露骨に顔をしかめた。

まるで嫌な事を思い出したと言わんばかりだ。

 

 

「―――臨時、査察?って機動六課に?」

 

 

フェイトが疑問の声を上げた。

どうやらその話の信憑性を疑っているようだ。

 

当然だろう。

事前に査察の情報が漏れる様なら、それは査察の意味が無い。

 

 

「うぅ~ん。まぁ、地上本部にそんな動きがあるみたいなんよ。

 

……ま、前々からそんな動きはあってんけどなぁ。

それがどうやら本格的になってきたらしくてな。」

 

「地上本部の査察ってかなり厳しいって噂だけど……。」

 

「うへぇ……。ウチはただでさえ突っ込み所満載の舞台やからなぁ。

正直、勘弁してほしいんやけど。」

 

「今、配置やシフトの変更命令が出たら、正直致命的だよ。

それこそ後ろめたい事がありますって宣言しているものだもの。」

 

「…―――ふぅ。何とか乗り気らななぁ。」

 

 

だるそうにはやてが溜息をつく。

しばらく何かを考え込んでいたフェイトは、意を決したかのように、はやてに問いかけた。

 

 

「……ねぇ。これ査察対策にも関係してくるんだけど、六課設立の本当の理由・・・

 

そろそろ聞いてもいいかな?」

 

 

―――来るべき時が来た。

 

 

機動六課が設立された真の目的。

もしそれを知った時、彼女達と今までと同じような関係が続けられるだろうか。

 

ある意味、彼女らのキャリアを勝手に賭けにベットしたのだ。

しかもそれはお世辞にも、分の良い賭けとは言い難い。

それに自分たちが万が一、取り返しのつかないミスを犯した場合、本局に責任問題が及ばないよう切り捨てられる事になっている。

なるべくフォワードメンバーには被害がいかない様に手回しをしているが、隊長格主要メンバーはそうもいかないだろう。

 

 

……今更、か。賽はとっくに投げられたのだ。

 

後は河を渡るだけ。

 

あの子(・・・)に救って貰ったこの命。私はその人生を費やして、あのような悲劇をこの世から無くすと誓ったのだ。

 

こんな処で立ち止まってはいられない。

それが十数年に及ぶ友情に終止符を打つ事になろうとも。

 

 

―――ただ出来たら。

 

 

―――これからもそれが続けば嬉しいなぁ……。

 

 

フェイトのその問い掛けに、はやては気が抜けたかのように、ふっと微笑んだ。

 

それは安堵したような。

重い肩の荷を下ろしたかのような。

覚悟を決めたような。

 

そんな笑み。

 

 

「―――うん、そやね。

 

そろそろ良いタイミングかな。

今日これから聖王教会本部、カリムの所に定期報告に行くんよ。クロノ君も来る。」

 

「クロノも?」

 

「なのはちゃんと一緒に着いて来てくれるかな?そこでまとめて話すわ。

 

―――それに私もカリムやクロノ君達に聞きたいことがあるんよ。」

 

 

はやての行間の含みに、フェイトはすぐに理解を示す。

それはフェイト自身も感じていた、そしてなるべく考えないよう(・・・・・・)にしていた疑念。

 

 

「…―――あちらさんの事だね?」

 

「そうや。どうも引っかかる。

……別にあちらさんの事を疑ってる訳やない。あちらさんは信頼しとる。同じ六課の仲間やからな。

 

だからこそ(・・・・・)

 

だからこそ気に入らへん。

ウチの可愛い部隊員を変な陰謀に巻き込まんでほしいわ。カリムやクロノ君がそないな事、考えたとは思われへんけどなぁ。」

 

 

二人とも聡明に成長してそれぞれ重責の在る役職に就き、世間の荒波に揉まれ、世の中の薄暗いモノもそれなりに見てきたとはいえ、少々箱入りで潔癖症なところがある。

その二人がこのような絡め手を良しとするのは、正直想像もつかない。

 

 

「うん。それにあちらさん、何か裏で動いてるものね。」

 

「……なんや、フェイトちゃん。気が付いてたんかいな。」

 

「ふふ、薄々はね。これでも私は執務官だよ?

 

……それでも分かったのはたったそれだけ。

”何か”動いているのは分かっているのに、”何が”動いているのかが丸で分からないの。

 

自信なくすよ…。自分ではそれなりに優秀なつもりだったのに。

巧妙に足を掴ませないあちらさんは一体何者なんだろ?……ただの無限書庫の職員ではなさそうだよね。」

 

「ユーノ君の推薦で入局してるけど、それ以前の経歴が白紙なんやよねぇ……。

今更こーゆーんも何やけど、あちらさん。

 

……あやしさ大爆発やね。」

 

「……大爆発だね。」

 

 

「「はぁ……。」」

 

 

そしてはやてとフェイトは、それはそれは深い溜め息をついた。

二人の脳裏には、人を食ったような笑みを浮かべた、出向の事務員の姿が浮かんでいた。

 

 

「じゃあ、そろそろ教会本部に向かおうか。騎士カリムを待たしちゃ申し訳ないし。

なのは、そろそろ戻ってるかな?」

 

 

フェイトがなのはに通信を開く。

すぐに通信は繋がり、ウインドウを開いたその瞬間――――――

 

 

 

『うぅうぇええええぇええええええ!!!!!!ええぇぇえええええぇえええええええぇんんん!!!うううええええええぇえええええええええぇえええええぇええええええええええ!!!!!!!』

 

 

「「は?」」

 

 

 

――――――幼い少女の泣き声が、高品質・大音量で流れ込んできた。

 

表示されているウインドウには、なのはの腰元にひしっと抱きついている、鮮やかな金の髪の少女が。

 

少女の年の頃はおよそ10才くらいだろうか?

本来、笑えば愛らしいであろうその顔は、今は悲痛な表情に歪み、まるで大事なものが奪われると言わんばかりの必死さがにじみ出ている。

 

 

『あぁ~ほら、ね?泣かない、泣かないで。』

 

 

なのはが少女を必死にあやしているが、それは全く効果をなさずに、ただ大きな泣き声が部屋に響いている。

スバルらフォワードメンバーも、あやそうと一生懸命になっているのは伝わってくるが、四人に子守スキルなど有る筈もなく一緒になってオロオロしている。

 

呆気に取られていたフェイトとはやての中で、いち早く我に返ったフェイトがなのはに語り掛けた。

 

 

「……あの、何の騒ぎ?」

 

『あ、フェイト隊長!』

 

 

それになのははまるで救世主でも見たかのように、縋るような視線をフェイトに向けた。

慣れない子供相手に相当参っていたようだ。

 

 

『実は』

 

「あぁ~~だから言わんこっちゃない。めっちゃ怯えてるやん、なのはちゃん。」

 

『え?』

 

 

なのはの言葉を遮るかのように、はやてはひょっこりウインドウに顔を出して呟いた。

そのはやての「全部わかってますよ」的な発言に、どうして見ただけで状況が分かったのだろうと、なのはは小首を傾げている。

 

だが、その疑問はすぐに氷解した。

 

 

「なのはちゃんの顔見て怖がったんやろ?」

 

『違うよッ!?』

 

 

間髪いれず否定する。

 

 

「え?ちゃうの?」

 

『どうしてそんな不思議そうなの!?』

 

「いや、だって『悪い子の所には、白の魔導師がオハナシにやってくるぞ』ってミッドじゃ有名やん。

そう言うとどんな言う事聞かへん悪ガキでも、古参の武装局員みたいにきびきび動くらしいで?」

 

『なんかナマハゲ扱いッ!?ひどいよ!!

というか、私もミッドにいて長いけどそんな話聞いたことないよ!!

 

 

……――――――え?嘘だよね?ね、冗談だよね?

 

お願いだから嘘だと言ってはやてちゃんッ!!』

 

「ほんまかどうか知らんけど、どっかの管理世界の管理局特集の番組でなのはちゃんの教導映像流したら、その年の犯罪発生率が下がったちゅう話やで?」

 

『それはそれで良い事だけどなにか納得がいかないっ……!!』

 

「だからあれ程言ったやろ。

 

幾ら非殺傷設定やからって、バインドしてからのスターライト・ブレイカ―はほどほどにしときやって。

まぁ大抵の奴は逮捕した後、めっちゃいい子(・・・・・・・)に成るらしいから、悪いことばかりやないらしいけど……。

 

……なんかピンク色見せると錯乱するらしいで?」

 

「それ私の魔力ずるいずるいずるいずるいずるい私のなのにずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいああお母さんアリシア収束魔法がピンクがくるよピンクがくるよピンクがピンクがピンクがががが」

 

 

フェイトはメンタル面の紙装甲を遺憾なく発揮して見事にSLB(オハナシ)のトラウマを発動している。

しばらくは現世(こっち)に帰ってこないだろう。

 

 

『嘘言わないでよ、はやてちゃん!!

そんなに頻繁に(・・・)私の切り札は使わないよッ!!』

 

「でもバインドして砲撃魔法はぶっ放すやろ?

ディバイン・バスターとかクロスファイアとか。

 

それでも十分オーバーキルやで?」

 

『うッ!?』

 

『なのはさんホントにごめんなさいごめんなさいごめんなさい本当にナマ言いました凡人でごめんなさいごめんなさいだから許してください許していやだいやだピンクがピンクが来るよおにいちゃぁぁあぁああん!!』

 

『ティア―――ッ!?』

 

 

画面の向こうで、ティアナはメンタル面の紙装甲を遺憾なく発揮して見事に模擬戦(オハナシ)のトラウマを発動している。

こちらもしばらくは現世(こっち)に帰ってこないだろう。

 

 

 

幼い少女は場の喧騒に煽られてさらに泣け叫び

 

 

執務官とフォワードリーダーは絶賛トラウマ発動中で

 

 

教導官は自分の意外な(?)裏話にショックを受け

 

 

残されたメンバーは場の混沌に右往左往し

 

 

部隊長はそれを見てからから笑っている

 

 

 

『……一体、何してるんです?』

 

 

 

そんな混乱の中、無限書庫での引き継ぎ作業を無事に終えた機動六課の出向要員―――

 

 

 

―――迷子あちらは帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――古代遺物管理部 機動六課 談話室

 

 

 

 

 

これはどういう状況なんだろうか……?

というか、あの高町隊長の腰に顔を埋めてわんわん泣いている、幼い金髪の少女は一体誰だ?

 

 

『あぁあちらさん、おかえり。久しぶりの古巣はどないやった?』

 

「どうって事ないですよ。万事滞りなく。

まぁ帰る時に司書達に仕事が終わらないと泣き付かれた以外は。」

 

『そかそか。

 

まあ、あちらさん。お仕事お疲れさんやったね。』

 

「はい、お疲れ様です。

 

……ところで質問いいですか?」

 

『ん?なんや?可愛い部隊長は何でも答えたんで?』

 

「じゃ遠慮なく。

 

―――この状況は一体?それとなんかハラオウン執務官とランスター二士の目が虚ろで怖いんですけど……。」

 

 

年頃の女性二人が揃いも揃って、焦点の合ってない虚ろな眼で、ぶつぶつと壁に向かって語り掛けている。

それが麗しい美少女ともなれば、なにか幽玄的な狂気すら感じる。

 

ふつーに怖い。

 

 

『あぁそれな。ちょっと開けたらあかんアルバム開いてもたみたいでな。

そっとしといたって。』

 

「いいんですか?彼女らには無言の優しさよりもカウンセリングが必要みたいですが……。」

 

『ええねん。どうせいつもの事やから。』

 

「じゃあいいですね。」

 

「「「いいんですかっ!!??」」」

 

 

あまりにあっさりと出た最終結論に、あちらに事態の収束を期待していたスバル、エリオ、キャロの三人が悲鳴を上げる。

 

 

「―――大丈夫。

彼女達はとても強い心を持った人ですから。きっと自分で乗り越えますよ。」

 

「なんかそれだけ聞けばすごい良いセリフですけど、あちらさんのその面倒臭そうな顔で全部台無しですからねっ!?」

 

「まぁそれは置いといて。」

 

「置かないでっ!?」

 

 

ご丁寧にモノを脇に寄せるジェスチャーまでするあちら。

切実なスバルの叫びを完全にスル―して、あちらは自分の疑問をぶつけた。

 

 

「あの高町隊長の腰にしがみ付いている小さい女の子は一体どこのお子さんです?」

 

「うぅぅ無視する……いじめっ子だぁ……しくしく。いじめかっこわるい。」

 

『あぁ昨日の廃棄区画での一件で、保護した女の子でな。

ちょっと事情があってな(・・・・・・・)。六課でしばらく預かる事になってん。』

 

「…そうですか。」

 

『……まぁ今からそっち行くわ。なのはちゃんに連絡しなあかん事もあるしな。

 

ほらフェイトちゃんしっかりし。壁とお話ししても別世界には旅立たれへんで。』

 

『がががががが―――へ?はやて?ふぎゃっ!?』

 

 

ブツ

 

 

開いていた回線が閉じ、ウインドウが消える。

最後に見えたのは、はやてがフェイトの首の後ろを引きずって行く光景だった。

 

 

周囲には未だに少女のぐずる鼻声が響いている。

なのはの懸命のあやしの効果か、先ほどのような泣き声はもう落ち着いている。

 

未だしっかりとなのはの腰にしがみ付いているせいか、あちらからは少女の顔を窺い知ることは出来ないが、それでも表情を涙で歪めているであろう事は容易に想像がつく。

 

 

―――彼女が報告書にあった人造魔導師素体か……。

 

 

108部隊のナカジマ捜査官から簡易報告書では、近辺を走行中の輸送トラックをガジェットが襲撃。

普通はレリック絡みと考えるが、蓋を開けてみれば運送トラックの中には素体調整用ポッドの残骸があり。

 

輸送トラックを所有する卸業者の、主な卸先は表向きはただの民間の医療機器メーカー。

……ただそこの筆頭株主が最高評議会に名を連ねる一人となると話は別だ。

 

 

―――偶然か、それとも飼い犬に手を噛まれたか。

 

 

何はともあれ、彼女に何かあるのは確実だ。

最低限の警戒はするべきか……。

 

 

プシュと後ろでスライド式のドアが開き、はやてとフェイトが談話室に入ってきた。

その音を聞き付け、背を向けていたなのはが、一旦少女を腰から引き離してこちらの方に向き直った。

 

その時、あちらは初めて少女を正面から見据えた。

 

 

年相応の可愛らしい顔立ち。

蜂蜜色の、綿菓子のようなふわふわした髪。

そして左右非対称の色彩を持つ、赤緑の珠の様な瞳。

 

なぜか、どこかひどい既視感を覚え、もう一度その少女の顔を確かめようとして

 

 

 

 

―――そして二人の目が合った。

 

 

 

 

幼い少女は、煌びやかな紅玉と翠玉をはめ込んだ、珠玉の様に美しい瞳であちらを見詰めた。

目蓋の縁にはいまだ涙の痕が残っているが、それでも構わずに、彼女はただじっと、あちらの顔を見上げている。

 

 

どれ位の時間が流れただろう。

 

 

いや、時間にすればそれはおよそ数秒の出来事。

だがあちらにとって、それはとても永い時間の様に感じられた。

 

 

ぎゅ

 

 

あちらがはっと我に返り、ふいに圧力を感じて下に目を向けてみると、少女にぎゅっと上着の裾が握られていた。

かなり身長差があるためか、少女は限界まで首を傾けてあちらをじっと見上げている。

 

重力に引かれ、少女の蜂蜜色の髪がさらりと流れた。

 

一方、あちらは握られて始めて少女の接近に気がついた様で呆然としている。

いつもは何が起きても飄々としているあちらの、その非常にらしくない(・・・・・)様子に周囲は驚いているようだ。

 

そしてそんな事にも気がつかないほどあちらはうろたえていた。

 

しかしあちらはすぐに気を取り直したのだろう。

普段浮かべている、人を煙に撒く笑顔ではなく、珍しい優しい柔和な笑みを口元に浮かべて少女と向き合った。

その笑みにまた周囲がざわつく。

 

そのあまりのものやわらかさに。暖かさに。

 

 

しかし少女はそんな周囲に気にも留めず、ただひたすらにあちらの瞳を覗き込んでいる。

 

 

 

―――あちらを見上げる少女

 

 

―――少女を見下ろすあちら

 

 

 

それは傍目には少女が、あちらの縋り付いているようにしか見えないだろう。

普通に見れば、幼子があちらに構ってほしいと縋っている、微笑ましい光景のはずだ。

 

だが少女の瞳は子供のお遊びで説明するには真剣過ぎた。無垢過ぎた。

まるであちらの瞳から、その奥に潜む感情を読み取ろうかとしているように。

 

 

馬鹿な。

 

そんな事ありえない。

 

たかだか数年しか生きていない小娘が、物語(セカイ)の理の外側を旅する人外を読み取ろうだなどと。

そんな馬鹿な事が。

 

だがあちらはその瞳をそらす事が出来ない。

体が凍ったように動かない。

背筋を汗が伝う。

 

世界がたった二人きりであるかの様な錯覚に陥る。

 

 

―――だがそれも直に終わりを迎えた。

 

 

幼い少女は鈴を転がす様な、見た目通りの可憐な声で、あちらに問い掛けた。

 

 

 

「……―――ねぇ。どこか、痛いの?」

 

 

「――――――……っ!」

 

 

 

その問いにあちらは目を驚愕に見開いた。

周囲の人間は突然の少女の質問に困惑する。

 

一体何の事を話しているのだろう?

 

それは当事者同士でないと分からないやりとりだった。

 

当然だ。

今見る限り、あちらは傷など負っていない。

事実、あちらは肉体的な損傷を一切負っていない。

 

では一体どこ?

 

―――それこそ愚問だ。

そんなもの(・・・・・)決まっている(・・・・・・)

 

 

「ねぇ。大丈夫?」

 

「ふ、ふふ。えぇ大丈夫ですよ。

 

―――ねぇ、優しいお嬢さん。お名前を聞いても?」

 

「ふぇ。ヴィ、ヴィヴィオ……。」

 

「―――ヴィヴィオ。綺麗な響きの名前ですね。

 

私の名前はあちらと言います。よろしく、ヴィヴィオ。」

 

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 

「ええ。大丈夫です。」

 

「……痛くないの?」

 

「ええ。痛くありません。慣れました。」

 

「……苦しくないの?」

 

「ええ。苦しくありません。慣れました。」

 

 

「……――――――寂しくないの?」

 

 

「―――ええ。実は言うと、少し寂しいです。」

 

 

そして”迷子”は笑った。

それは困ったような、泣き方を忘れてしまったような、少しいびつな泣き笑い。

 

その笑みは、普段のあちらの胡散臭い雰囲気をなりにひそめさせ、あちらを幼く見せた。

それは恐らく、あちらが『迷子あちら』として生まれ、そこから始まった永い永い旅路で初めて見せた、厚木にも見せた事のない無防備な笑顔。

 

 

もうすでに自身でも分からなくなっている心の奥底。

そこは永い永い旅路を経て、さまざまな思いや想い、思い出が降り積もっていき、もう自分では窺い知ることは出来ない。

もうずいぶんと永い間、泣いていない。

 

……だがそれでいい。

でないと郷愁と孤独に囚われて旅が続けられなくなる。

 

 

そう。

 

だから。

 

 

「あの、ヴィヴィオね。おうちが分からないの。」

 

「じゃあ私と同じですね。実は私も帰り道が分からなくて迷子なんですよ。」

 

「―――あちらも?」

 

「ええ。だからヴィヴィオのおうちも一緒に探して上げますよ。」

 

「ほんと?」

 

「本当ですよ。だからそれまでここがヴィヴィオのおうちですよ。

 

ヴィヴィオ、高町た―――いえ、なのはさんの事は好きですか?」

 

「うん。」

 

「……そう、よかった。なのはさんもヴィヴィオの事は好きですよ。

そして出来れば、他の人も好きになってあげてください。

 

そうすればヴィヴィオの事を好きだと言ってくれる人がもっと増えると思いますよ?」

 

「あちらは?」

 

「え?」

 

「あちらはヴィヴィオのこと、好き?」

 

「―――ええ、もちろん。

 

自分が不安とさびしいのを我慢して、私を気遣ってくれた優しいヴィヴィオが大好きですよ。」

 

「えへへ!」

 

 

そう言って優しくヴィヴィオの蜂蜜色の髪を撫でると、ヴィヴィオは嬉しそうに、くすぐったそうに笑った。

その様子になのは達は頬を綻ばせながら、優しく微笑ましそうにヴィヴィオを見つめていた。

 

 

 

 

そう。

 

だから。

 

 

ヴィヴィオを”迷子”にはさせない。

 

 

確かにいい加減な約束をした。果たせない嘘をついた。

人造魔導師素体であるヴィヴィオに、本来帰るべき家など、無い。

あえて言うならあの壊れた冷たい調整ポッドだ。だがそんな事は知らなくていい。

 

新しい家族についてはそれほど問題ないだろう。

見た所、ヴィヴィオは高町隊長にべったりだし、高町隊長もそれが嬉しくて仕方ないようだ。

もし里親が見つからなかった場合、彼女がヴィヴィオを引き取るだろう。

それにここはなんと言ってもあの機動六課だ。こちらが心配になるくらいのお人よしが集まっている。

ヴィヴィオが少しでも不幸になるような目にはあわせないだろう。

 

いつまでも六課がヴィヴィオの防波堤代わりになればいいのだが、生憎一年間の実験部隊なのでいずれは無くなる。

事件が解決した後、ヴィヴィオの出自に関して、要らないちょっかいを掛けてくる奴がいないとも限らない。

まぁそこはユーノがくれたデータを元に作り上げた閻魔帳でお願い(・・・)すればいいか。

それに今回の件で仲良くなったミッドチルダ政府に後ろ盾を頼んでもいい。

 

すると、目下の危険はスカリエッティか。

公開意見陳述会もある事だし、生命操作のエキスパートである彼が、今更ただの(・・・)人造素体に興味を持つとは考えにくいが……。

とりあえず、念の為に保険だけは打っておくか。

 

 

 

―――そこでふっとあちらは考えた。

 

 

 

あちらとヴィヴィオ。

 

同じ帰る家が分からない迷子たち。

だが同じ迷子のように見えて、実は少し違う。

 

 

”ヴィヴィオはもともと帰る家がない”

 

 

 

 

――――では、私は?

 

 

 

 

分からない(・・・・・)

 

だって誰もその存在を見た者はいないのだから。

 

旅を始める前、まだあちらが『迷子あちら』と名を授けられる前。

「結縁」についての説明をする時、世界の司書たる彼女は言っていた。

 

 

『縁が切れる。

 あなたと他者を結ぶ縄が切れる。

 

 つまり、あなたをあなたとして観測していたものがなくなるということです。

 観測できないものは無いも同じ。』

 

 

 

     ”観測できないものは無いと同じ”

 

 

 

その瞬間、あちらを今まで感じた事のない、最大級の悪寒が駆け巡った。

 

 

―――だめだダメだ駄目だ!それ以上考えるな『迷子あちら』ッ!!

 

 

すぐさま今まで考えていた思考を破棄する。

今までは緊張で無意識に呼吸を止めていたのだろう。

肺が酸素を求めて、横隔膜が激しく伸縮する。まるでフルマラソンを走った後かの様に呼吸が荒い。

さっきまで確かに立っていた筈なのに、いつの間にか膝立ちになっている。

その尋常ではない様子に、眼の高さがほぼ同じくらいになったヴィヴィオが、泣きそうになりながらも心配そうに声をかけてくる。

 

 

「うぅぅ。大丈夫?あちらぁ……。

やっぱり痛いの?苦しいの?」

 

「……ごほごほ。

いやぁ、早く六課に帰るために二日貫徹で無茶しちゃいましたからねぇ。

やっぱり無理が出たみたいです。」

 

「あちらぁ……。」

 

「大丈夫ですって。ほら?もう元気になりました!

こう見えて私、今まで病気になった事も、事故に遭って怪我をした事もないんですよ?」

 

 

不老不死なのだから当たり前だ。…その前はどうか知らないが。

心配そうなヴィヴィオの頭をくしゃくしゃ撫でてにっこりと笑いかけた。

 

 

「さてヴィヴィオ。なのはさん達はお出かけみたいですし、仲良くお留守番でもしてましょうか?

 

そうだ、食堂へ行きましょう。

……たしか厨房のチーフがチョコアイスを隠してるはずです。」

 

「あいす!たべるー!!」

 

「わ、私もッ!!」

 

「そうと決まればさっそく行きましょう。

だがスバルさん、あんたはだめだ。

 

じゃ、皆さんお仕事がんばってくださいね―。」

 

「てねー!」

 

「ちょちょ!あちらさんっ!?」

 

 

スバルの慌てる声と、なのはの苦笑を背に受けながら、あちらはヴィヴィオの手を引いて歩きだす。

ヴィヴィオと食堂までの道中、楽しくおしゃべりをしながらも、先程の考えがまるで消えない。

 

 

頭蓋の裏側に汚泥がへばりついた様に、いくら考えない様にしても、それが頭から消えてくれない。

 

 

 

気づいてはいけない事に気がついてしまったかのように。

 

 

 

―――何処からともなく、乾いたインクと古紙の薫りが漂ってきた気がした。

 

 

 

 



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28.逢魔時レチタティーヴォ

―――X・デイ 07:06:12:40

 

 

 

そこは夕暮れの部隊長室。

採光のため大きく間取りを取ってある窓ガラスからは、西の水平線の彼方へと沈んでいく夕陽から差し込む紅光が差し込んでいる。

その紅光は部屋の中まで差し込み、その席に座っている三人……高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、そして部屋の主である八神はやての影を、のっぺりと大きく引き伸ばしていた。

 

落陽の赤と、陰影の黒が混ざり合う。

その光景はどこか非現実めいた様相を呈していて、何かの不吉を暗示させるものだった。

 

普段の悪戯っ気の在る、どこか余裕のある笑顔はそこには無く。

ただ瞳には苛烈と言っていいほどの意思を込めた光が灯っている。

 

―――八神はやてが口を開いた。

 

 

「今日、教会から最新の予言解釈が来た。

 

……やっぱり、公開意見陳述会が狙われる可能性が高いそうや。」

 

 

その表情は苦々しいものだった。

はやてとしては、出来れば公開意見陳述会までに事態を解決させたかった。

わざわざ予言を阻止するのに、もっともリスクの高い公開意見陳述会当日まで待つ必要など無いのだから。

その為に拠点(アジト)の割り出しや不正密輸ルートの摘発など、出来るだけの手は尽くしたが、”襲撃側”もはやての水際阻止の意図が分かっているのだろう。

以前は執拗に繰り返していたガジェット群による襲撃を最近パッタリと止めた。

 

実に、歯痒い思いだった。

事態対処の先手を打つべく機動六課を立ち上げたのに、実際は向こうに振り回されて後手後手に回らなければならない。

そして今日、教会から届いた最新の予言解釈により、はやては予言を未然に阻止する事が叶わなくなった事を悟った。

 

だがまだ手遅れではない。

恐らく”実現してしまう”であろう予言を、発生と同時に地上の警備部隊と共に速やかに鎮圧し、被害の拡大を最小限にとどめる事。

はやてはすぐに各陸士部隊や中央地上本部に警戒レベル(デフコン)の引き上げと、緊急事態時の協力を惜しまない事を申し出た。

 

 

………だが、ここで権力闘争という壁がはやてを阻む。

 

 

「勿論、警備は普段よりうんと厳重になる。機動六課も、各員でそれぞれ警備に当たってもらう。

ホンマは前線丸ごとで警備させてもらえたらええんやけど、建物の中に入れるんは私たち三人だけに成りそうや。

 

―――ッ!!あぁのボケ共がぁ!!面子ばっか気にしおってからに!!

くッ、ごめんな……なのはちゃん。フェイトちゃん。」

 

 

機動六課の協力の申し出に、中央地上本部が出した回答を簡潔にいえば一言。

 

 

『他所モンはすっこんでろ、ボケ。』

 

 

機動六課に送られてきた陳述会当日の警備計画書には、機動六課の名が辛うじてあったが警備の端っこに追いやられていた。

恐らく事前の根回しや、後見人であるクロノやリンディ、カリムの後押しがなければ、警備自体にも参加させてもらえなかっただろう。

 

しかも地上本部は『隊長格3名のみ会場入りを認める』と、本来一つの戦術単位である部隊を二つに分散させてきた。

ご丁寧にも『ただし、安全上の観点からデバイスなどの持ち込みを禁ずる』とオマケつきで。

 

これを見た時のはやては、荒れに荒れて、それはもう酷いものだった。

会場を警備する魔導師にデバイスを持つなとは。魔法使い、杖がなければ唯の人。

それはある意味、利敵行為と受け取られてもおかしくないものだった。

 

 

中央地上本部としては、今まで苦々しく思っていた機動六課の意趣返しであると同時に、面子を潰される事への警戒からの措置でもあった。

今回、中央地上本部で開催される公開意見陳述会は場所が首都のクラナガンという事もあるが、”地上防衛用兵器アインヘリアル”運用について議論される事から全次元世界の注目を集めている。

 

慢性的な人材不足を抱える管理局は、貴重な戦力である魔導師や優秀な実務能力を持つ局員が民間に流れない様に全体的な管理局員の待遇は非常に良い。

 

だが、単に人材不足と言っても次元世界を曲りなりにも管理する管理局の職員数は膨大であり、つまりそれに比例して人件費もかさんでいき、それらは年々管理局の財政を圧迫している。

それらの諸経費は管理局に出資している各次元世界の政府当局には切実な問題であり、政府の財政問題は己の政治生命と直結する。

 

 

そこに登場したのが、最高評議会の肝いりで承認された”アインヘリアル計画”だ。

 

それは管理局が持つ慢性的な人材不足を解決するだけではなく、もしアインヘリアル運用が決定されれば、それに掛かる建造費や維持費は長期的にみれば高ランク魔導師維持に掛かる人件費などのコストよりも比較的安く済む。

税制問題や予算編成の財源確保に悩む政府関係者にとってみれば、それは見過ごすには大き過ぎる話だった。

 

 

―――それほどまでに、全世界の目が地上本部に注目しているのだ。

 

 

もし中央地上本部の部隊が厳重に会場を警備している中、本局所属の部隊が警備に参加している事が知れたら

 

 

『地上本部は本局の手を借りないと自分の尻も拭けない』

 

 

と大声で全世界に発信するようなものだ。

 

地上本部の面目は丸潰れである。

辛うじて機動六課が警備に参加できたのは、六課の表向きの登録が地上本部だからだ。

 

はやて達隊長格が会場警備についたにも関わらず『安全上の観点から』とデバイスの所持が認められなかったのは、つまるところ鉄壁の防御を誇る本部が襲撃など有り得ないという上層部の自信と傲慢があるのは確かだ。

……だが万が一、仮に緊急事態が発生した時に、本局所属の六課の人間であるはやて達が地上部隊よりも目立ったり活躍出来ないようにするためという意図もあった。

 

それらの無言の悪意を悟り、はやては腹の奥が煮え滾るような思いだった。

 

だが地上本部襲撃の根拠が、”予言”と言えば聞こえはいいが実際は”割と良く当たる占い”程度の情報しかないというのもまた事実。

もうすでに動き出している警備計画に、他所者である機動六課が口を挟むには、この程度の精度の情報では信憑性が低すぎた。他に確かに襲撃があるという、確たる証拠が無いのだ。

 

所属に隔意を持たない、中央地上司令部の指揮管制室に所属する友人も、この程度では部隊を動かしたり警戒レベルを上げるには難しいと言っていた。

一応それとなく警戒態勢は上げてもらえるという約束は貰えたが、それも一体どこまで効果があるかは分からない。

 

自分の力不足に悔しそうにしているはやてをフェイトがフォローする。

 

 

「まぁ三人揃っていれば、大抵の事はなんとかなるよ。」

 

 

なのはも何の心配もいらないよとばかりに笑顔で語りかけてくる。

 

 

「前線メンバーも大丈夫。しっかり鍛えてきてる。副隊長達も今までに無いくらい万全だしね。」

 

 

……そういってにっこりと笑う幼馴染をみていると、本当に大丈夫になるような気がしてくるから不思議や。

 

きっとこんな感じで、ジュエルシード事件も闇の書事件も解決してきたんやろなぁ……。

 

”不屈の心、レイジングハート”、か。

 

そう。そやな。

周囲がどうであろうと、私は全力で自分の出来る事をやるだけや。

 

 

「ここを押さえれば、事態はきっと一気に好転していくと思う。」

 

 

そう。絶対に予言は阻止する。

地上が当てにならんなら、ウチらだけで阻止する。

 

 

「うん。」

 

「―――きっと大丈夫。」

 

 

だがその言葉は……、何故だろう?

 

ひどく寒々しく、どこか虚ろに辺りに響いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……――――――そうとも。

準備は整いつつある。ひとつ大きな花火を打ち上げようじゃないか……。」

 

 

 

それは、どこかに存在する何処か。

 

そこは部屋と言うには余りに冥く、無機的過ぎて、寒々しく、かつ禍々しい。

不吉な空洞というのが適切な表現だった。

 

その伽藍洞の天蓋部と側面を支える骨組みだけと、何の用途に使うか見当もつかない機器に囲まれて、男は立っていた。

男の目の前には窺い知る事が出来ない黒が広がり、手元の台には茫洋と輝く紅がある。

 

男はまるで耐えきれない衝動を抑え込むかのように自身の顔を掌で覆い隠している。

 

掌で抑え込んだ秀麗な顔からは、爛々と狂気を帯びた、黄金色の瞳が禍々しく輝いていた。

 

だがそれでも衝動が抑えきれないのだろう。

やがて男の身体が痙攣を起こしたかのようにぶるぶると震えている。

 

 

―――そして男を見つめる七対の黄金色。

 

薄暗く、冥い影から浮かび上がる陰影達は、それぞれが全て女性特有の丸みを帯びたラインを示していた。

しかしそれが影達を一概に女性と言っていいのかは甚だ疑問だ。

 

その七対の黄金色の瞳には、それぞれの感情の色が灯っていた。

 

それは無関心であったり、思慕であったり、冷笑であり、忠誠であったり様々だ。

だが一人の例外なく、男を物造主であると認め、男の計画実現(おあそび)に尽くそうとしているのは確かだった。

 

 

 

―――ひィ。

 

 

 

それは不気味に周囲に響いた。

突然、震わせていた身体をぴたりと静止させた男から呼気が漏れる。

 

 

……いや、呼気ではない。今、男はワラッたのだ。

 

だがそれを瞬時に、人のワラい声と認識するには無理があった。

そのワラい声には致命的に人間としての何かが欠けていたからだ。

 

男はまるで舞台俳優かのように、両腕を大きく優雅に広げて天を仰ぎ見る。

だがそこに天は無く、ただ在るのは暗い冥い闇黒のみ。

 

やがてその歪なワラい声は次第に大きくなり、それは空洞内部に反響してさらに大きくなり、そしてさらに。

 

 

「ひィひ。

 

ふふ。ふっふっふっふ。

あっはっはははははははははははッ!!間違いなく素晴らしい一時になるッ!!!

 

あは。ひひひ。アハ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハアハアハハハハハハハハハハアッハハアアハッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

ワラい笑い嗤い哂い爆笑苦笑失笑冷笑照笑微笑愛想笑高笑独笑馬鹿笑含笑作笑空笑嘲笑憫笑―――――――

 

 

それは常人が聞けば、精神の均衡を崩す、呪詛の様なワラい声。

 

そんなモノが冥い伽藍洞に響く中、暗闇であっても尚煌めく七対の異形の黄金色は、じっとワラい続ける男を見つめ続けていた。

 

 

台の上に置かれていた茫洋と輝く紅が、男のワラい声に反応するかのように輝きを強めていく。

その紅はさらに輝きを強めていき、その輝きは闇黒を掻き消して空洞を明るく照らし出しす程。

 

 

だが不吉な闇黒を払った先には、さらなる不吉が待ち受けていた。

 

 

目の前に広がるのは、静かに整然と並ぶ、数えるのも億劫な程の戦闘機械兵器群(ガジェットドローン)―――

 

 

空洞を照らし出す紅―――レリックの赫光の茫洋とした輝きに照らされた、世に破壊のみを撒き散らす異形の大勢(レギオン)は、それこそ聖書に謳われる終末の軍勢(レギオン)を彷彿とさせた。

 

 

照らし出す赫光

 

伽藍洞に響き渡る狂笑

 

それを見守る、異形の黄金色の瞳をもつ、狂気の堕とし子たる人形達

 

そして伽藍洞の黒と、レリックの紅に彩られて、不気味に浮び上る機械仕掛けの終末の軍勢(レギオン)

 

 

アハハハハハハハハ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!アハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハ!!!アハハハハハハハハアハアハハハハハハハハハハアッハハアアハッハハハハハハハハ!!!!!!!!

 

 

 

 

――――――カチリ

 

 

 

 

その音はとてもとても小さく、戦闘用に調整された機人ですら気がつかない。

だがそれは確実に、確かにこの場でその音を周囲に響かせた。

 

それは周囲に配置されている機材が鳴らす機械音か。

それとも、それは未来を駆動させる、物語(セカイ)の運命を回す歯車の音か。

 

 

なにかはわからない。確かめようがない。

 

 

 

だが確実に。静かに。

 

 

 

 

それはゆっくりと動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処にいった?

 

「逢魔時レチタティーヴォ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――X・デイ 00:05:24:30

 

   古代遺物管理部 機動六課

 

 

 

 

 

『……公開意見陳述会の開始まであと三時間を切りました。

本局や各世界代表によるミッドチルダ地上管理局の運営に関する意見交換が目的の公聴会。波乱含みの議論となるのも珍しくなく、地上本部からの陳述内容について注目が集まっています。

 

今回は特に、かねてから議論が絶えない地上防衛用迎撃兵器”アインヘリアル”の運用について話し合われると思われます。

陳述会の開始まで内部の映像と共に実況を続けて参ります。』

 

「いよいよ始まりますね……。」

 

「そうですねぇ。」

 

 

MNNによる中央地上本部正門前からの生中継を見ていたグリフィス・ロウランは緊張を隠せない様子だった。

それに対し、あちらは椅子に腰を掛けてのんびりとお茶を飲んでいた。

 

 

うん。うまい。

 

 

さすが、高給取りのアコース査察官に頼んだだけあって、届けられたのは10g幾らの高級茶葉だった。

湯呑に浮いている茶柱が、どこかのほほんとした雰囲気を醸し出していた。

 

それを見たグリフィスもさすがにそれを見て気が抜けたのか。

無意識に緊張に強張っていた体から力を抜いた。

 

グリフィスが苦笑を浮かべる。

 

 

「まったく。迷子さんはどんな時でも変わりませんね?

迷子さんは緊張したりする時とかあるんですか?」

 

「まぁこんな時だからこそ、リラックスする事も必要ですよ。

適度の緊張は反射神経が上がりますが、過度の緊張は筋肉が強張って逆に動きを阻害しますからね。」

 

「―――それで本音は?」

 

「せっかく高い茶葉でお茶を入れたんですからそれを堪能しましょうよ。

 

―――ロウラン准尉も如何です?茶菓子もありますよ。

 

知人の査察官が手作りで97管理外世界の和菓子を作ってくれたので。

なかなかいけますよ?」

 

「ふふ。ええ、頂きましょう。」

 

 

そしてあちらは手元に置いてあった急須から湯呑のお茶を注ぎグリフィスに差し出した。

グリフィスは温かいそれを受け取り、一口口をつけた。

 

 

「―――ふぅ。おいしいですね。ちょっと変わった味ですが、僕はこっちの方が好みですね。」

 

「???

お茶なんて品質は兎も角、そうそう味なんて変わらない物の筈なんですが。」

 

「いえ、甘くないので。」

 

「―――は?」

 

「母の友人にこういう97管理外世界に凝っている方がいらっしゃるんですが、僕が小さい頃にその方のお茶を御馳走になった事があるんです。

それが、何というか……こう………甘痛い?

 

なぜかそのお茶はお茶なのに歯茎が痛み出すくらいに甘くてですね。底がじゃりじゃりしてました。

まぁその時はこれが管理外世界のお茶なのかな、と納得していたのですが「断じてそれはお茶とは言いませんよ?」……みたいですね。

 

……そう言えばその時、隣にいた友達が僕を憐れむ目で見てましたね。

『可哀想に……明日にはお肉になちゃうのね……』みたいな。」

 

「――――――。」

 

「――――――。」

 

「……お茶、おいしいですね。」

 

「……ええ、おいしいですね。」

 

 

静かにお茶を啜る音が辺りに響いたが、しばらくしてグリフィスが話を切り出した。

 

 

「迷子さん。今回の陳述会、どう思われます?」

 

「……どう、とは?

私達も彼らの様に己の政治論を戦わせ合いますか?」

 

 

グリフィスは視線をウインドウに向ける。

そこではMNNのキャスターと複数のコメンテイターが、今回の意見陳述会についての己の見識を交わし合っていた。

 

人権派として知られている評論家が旧暦の質量兵器を例に出し、誰でも扱える”アインヘリアル計画”が如何に危険で野蛮であるかについて辛辣なコメントを出していた。

 

それに対して今の管理局システムに懐疑的な著名な歴史学者は、個人で所有出来た銃火器などと、当時政府の文民統制下にあった戦略兵器とを同一して考えるべきではないと述べ、魔力や希少能力が有るからと言ってジュニアスクールの子供を前線に出す、今の体制を変革する重要なプロセスになると力説する。

 

次第に議論は白熱してエスカレートし、スタジオは喧々騒々の様相を呈していた。

子供のように口汚く言い争う有識者達に、司会役のキャスターが呆気に取られている光景が印象的だった。

 

 

「まさか。違いますよ。それは政治家の仕事です。

僕が聞きたいのは”予言”についてです。

 

―――つまり、八神部隊長が危惧していた通りに、地上本部襲撃は本当にあるのかどうか、という事です。」

 

「……ロウラン准尉はどう思われます?」

 

「僕は正直、可能性は低いと考えています。スカリエッティが本部を襲撃するメリットがまるで見当たりません。

仮に新型兵器の戦闘証明やデモンストレーションにしても、他に最適な場所はそれほど腐るほどあります。

わざわざ警備が厳重な公聴会を襲う意味が……。」

 

「まぁ普通に考えたらそうでしょうね……。私が思いつくのは三つ。」

 

 

あちらは湯呑をテーブルに置き、グリフィスに指を三本、立てて見せた。

 

 

「一つ。もう彼は正常な思考が出来ないほどに狂っている。

二つ。彼は地上本部(りく)や本局(うみ)、管理局を全面に敵に回しても勝算がある。

 

そして三つ。それは”自分はここに居る”と全世界に向けてアピールする事。

 

―――まぁずいぶんと遅い思春期ですね。

私はこれが実は一番当らずとも遠からずじゃないかと思うんですが。」

 

「そんなまさか。確かにスカリエッティは劇場型愉快犯的な所もありますが……そこまでは。」

 

 

腕をだらんと下げたあちらはもう興味がないように、湯呑にお茶を注ぎ足す。

グリフィスの湯呑にもお茶を注ぎ足してから、だるそうに背もたれにもたれ掛った。

 

 

「さぁて?まぁスカリエッティの犯行動機は犯罪精神アナリストに任せるとして。

 

……私は地上本部襲撃は必ず(・・)起きると考えていますよ。」

 

「何故です?」

 

「それは―――――――禁則事項です。」

 

 

唇に人差し指を添えて、にっこりと笑うあちら。

本人はにこやかに笑っているつもりなのだろうが、実際はとても胡散臭い笑顔を見て、グリフィスはあちらに答える気がない事を悟る。

 

 

―――どことなく迷子さんを見ていると、八神部隊長が二人居るような気がしてくるから不思議だ。

 

 

精神衛生上、あまり体に良くない事を考えたグリフィスは、何か諦めたような深い溜め息をつく。

その様子を見たあちらはくすくす笑いながらも話を続けた。

 

 

「まぁ冗談はこれくらいにして。

それよりも機動六課が襲われる危険の方を心配した方が良いと思いますけど。

 

もし襲撃が有るとしたら、隊長陣やフォワードが出払っている今が狙われますね。」

 

 

「―――――――ッッ!!!

 

……どうしてそう思われるのです?」

 

「『ホテル・アグスタ』。」

 

 

あまりに淡々と紡がれたその言葉に、最初グリフィスは一瞬あちらが何を言っているのか理解できなかった。

だがその言葉が耳から脳に伝達されると、聡明なグリフィスの頭脳は瞬時に解答を導き出した。

 

それは恐ろしく、外れていて欲しい答え。

だが優秀な頭脳はそれを否定し、冷たい現実がそれは最も可能性のある未来だという事を指し示していた。

 

 

「―――ッ!!陽動ッ!?

 

つまり地上本部襲撃は囮で、機動六課への襲撃が本命ッ!?

 

……しかしなぜ?どうして六課なのですか?

今までレリック回収を妨害した意趣返し?それとも自分への捜査を遅らせるための遅延工作?

 

……いや、そんな事しても何の意味もない。

すでに回収したレリックは本局の保管庫に、捜査資料も本部と本局のサーバーにそれぞれバックアップがあります。

今更、六課を攻撃したところで……。」

 

 

思考の海に沈みこむグリフィスにあちらは自身の考えを語った。

それは誰もが一度は考えながらも、それから眼をそらし続けた推測。

 

 

「―――数ヶ月前のクラナガン近郊の廃棄区画で発生した戦闘機人遭遇戦……。

 

ヴィヴィオを保護した下水道近くで、人造魔導師用の調整ポッドを発見しましたね?バラバラにされたAMFを搭載したガジェットの残骸と共に。

状況からして、恐らくヴィヴィオが破壊したと考えるのが妥当でしょう。

 

しかしそんな事は、本来ならある筈がない。

 

熟練した武装隊局員ですら、AMFを破るには相応の魔力と技量が必要になるんです。

教会傘下の病院で調べた限り、ヴィヴィオの魔力値は一般的な子供とほぼ同等……AMFを突破する事はおろか、装甲を破壊する事すら出来ない。

魔導師でも何でもない幼子が、数機のガジェットを瞬時に破壊する事なんて普通は出来ない。

 

だが現にガジェットはバラバラにされている。

高町隊長はあえて考えない様にしているみたいですが、ヴィヴィオには何かが有る。

本当にヴィヴィオはただの(・・・)人造魔導師素体なのか?

 

あの時、ヴィヴィオを保護した後、輸送ヘリを襲った砲撃は

 

―――本当は一体何を狙ったんだ(・・・・・・・・・)?」

 

「―――ヴィヴィオ……くッ!迷子さんッ!!!」

 

 

そのヴィヴィオを『異様』だと言い切るあちらに、グリフィスは思わず声を荒げた。

 

 

―――迷子さんは何も感じないのかッ!?

 

 

今まで迷子さんはヴィヴィオを可愛がってきたのではないか。

ヴィヴィオと楽しそうに遊んでいた裏側では、その異常性を監視するために冷徹な思考を働かせていたのかッ!?

 

迷子さんはヴィヴィオが六課に来てからよく笑うようになった。

それは胡散臭げな、人をからかう様な笑みではなく、心が温かくなる様な幼い笑み。

 

今六課で一番ヴィヴィオが懐いているのは、母親役であるなのは隊長だ。

 

だが、誰と一番時間を過ごしているかと言えば、それはこの迷子あちらだ。

 

 

兄と妹の様な二人。

 

姉と弟の様な二人。

 

年の離れた友達の様で、どこかそっくりな二人。

 

 

二人が手を繋ぐ、その温かい、優しい光景が―――

 

 

―――それが。嘘だなどとッ!!

 

 

そしてあちらの目を睨みつけ、グリフィスは急速に頭が冷静になって行くのを感じた。

 

 

だってその目は。

迷子あちらの瞳は、今までにない、真剣な明りが灯っていたからだ。

 

 

「……誰かが考えなければならない事なんです。

 

嫌でも。反吐が出ても。たとえ嫌われようと。

怖気を催す冷酷な事実でも、少しでも正確に把握しなければならない。

 

―――それがヴィヴィオを守る事に繋がるからです。」

 

「……なぜ、それを部隊長達に報告しなかったんですか?

それに、私たちにも何の相談もありませんでしたね……。」

 

 

グリフィスの少し咎める様、拗ねたな視線を、あちらは何の痛痒も感じていない表情で受け流した。

 

 

「どちらにしろ、八神二佐や高町隊長は”予言”阻止のために地上本部に行かなければなりません。

そのために機動六課は設立され、彼女らが招集されたのですから。

 

確証の無い『かもしれない』だけでは、貴重な戦力が六課に残留して防衛する理由としても薄い。

一部を除いた本局上層部も、地上への影響力を拡大するために貴重な予算を割いて六課設立を承認したんです。たかだが戸籍もない実験体の孤児のためにそれをふいにする事は決して認めないでしょう。

 

それならばいっそ、教えない方が良い。

あっちこっちに気を取られて足元を掬われるより余程マシです。」

 

「……恨まれますよ。」

 

「慣れてますよ。

それにこれがただの私のミスリードかも知れない。

善意の第三者が襲い来るガジェットを破壊してヴィヴィオを開放し、颯爽とその場を立ち去った可能性も―――まぁゼロではない。

 

それに八神二佐達が手の届かない所では、私たちがフォローすればいいんですよ。

 

 

ね?頼りにしてますよ、機動六課部隊長補佐官殿。」

 

 

悪戯気に笑うあちら。

それに苦笑いを浮かべながら、グリフィスは頭をかいた。

 

 

「簡単に言ってくれますね……。

どれくらいの規模でやって来るかも分からないというのに。」

 

「地上本部襲撃が囮とはいえ、出し惜しみして各個撃破されれば本末転倒です。

恐らく向こうに戦力の大半が割振られているでしょうね。戦闘機人が何体いるのかは知りませんが、来るとしても一体。他はガジェットでしょう。

それでも十分脅威ですが。

 

対してこちらの戦力は交代部隊の2分隊とヴォルケンリッターのAAランク騎士二名に、多少戦闘の出来る私って所ですかね。

しかし非戦闘員とヴィヴィオの護衛も考えると一分隊は必要ですから、実働戦力は1分隊にプラス三名と言ったところですか……もう予め近隣の沿岸部に駐留している部隊には協力要請してあるので、異常に気がついた隊長達がここに戻って来るまで持ち堪えれば我々の勝ちです。

 

……なんだ。こう言ってみると酷く簡単に思えますね。」

 

 

楽勝楽勝。

 

そう言って笑うあちらにグリフィスは空いた口が塞がらない。

こちらの戦力は少なく、オーバーSの戦闘機人とガジェットの大群がやって来るかも知れないのに、それのどこが楽勝なのか、ぜひ分かり易く教えてほしい。

 

そこに一仕事終えたシャーリーがやって来た。

 

 

「あちらさーん。言われた通りに、渡された三角測量プログラムを司令部のシステムにインストールしましたよ~。

 

―――あっ!!おはぎですか!?一つ戴いてもいいですかっ!?」

 

「どーぞどーぞ。おいしいですよ?

あ、お茶も如何です?」

 

「いただきまーす!」

 

 

シャーリーは差し出されたおはぎとお茶を受け取りご満悦だ。

その幼馴染の様子に、見事にシリアスな雰囲気を壊されたグリフィスは頭を抱えた。

 

 

「けどあちらさん。あんなもの一体何に使うんですか?

誘導システムならすでにシューティング・サポート・システムがありますし、そもそも超遠距離魔法が使えるはやて部隊長がいないのに、あんな物使いようがありませんよ?」

 

「―――まぁ念には念を、という事ですよ。使わないに越した事はないのですから。

友人には大分無理を言って備品(・・)を揃えて貰いましたからね。」

 

 

そう言うあちらの脳裏には、美しく妖しげな”撫子の髪色をした女性”の姿が浮かぶ。

お礼に贈ったプレゼントは気に入って貰えただろうか?

 

 

「??念には念???」

 

 

さっぱり話が見えてこないシャーリーは小首を傾げる。

だがそのやり取りでグリフィスはあちらが何か裏でしている事に思い至ったのだろう。

もうここまで来ると、呆れとか何とかを通り越して、もう勝手にやってくれという感じだ。

 

 

「『三角測量プログラム』……?

迷子さん……貴方は一体何を……。

 

―――そう言えば訓練場の有るコンテナ……あれ迷子さんですね?」

 

「まあ細工は流々、あとは仕掛けをごろうじろってね?

ロウラン准尉、警戒態勢の件。よろしくお願いします。」

 

「ええ、分かりました。

警戒レベルをイエローに引き上げましょう。交代部隊には待機命令を。

 

部隊運営に支障のない非戦闘要員は、最低限を残して帰宅させましょう。」

 

「え?え?何のことですか?説明してくださいよッ!?」

 

「じゃ交代部隊の所に顔出してくるので、あとはよろしくお願いしますね。指揮代行殿。」

 

 

そう言ってあちらは席を立つ。

グリフィスは苦笑を浮かべながら、あちらを見遣る。

 

 

「はぁ……了解です。

僕は迷子さんの暗躍が日の目を見ない事を祈ってますよ。

色々、僕の常識が壊れていきそうですからね。」

 

「失礼な。人をまるで胡散臭い人間みたいに。

”転ばぬ先のデバイス”という奴ですよ。」

 

 

そう言ってあちらは手をひらひら振りながら立ち去って行った。

 

 

「はぁ……、自覚ないんですね……。」

 

「二人とも無視しないでぇ~~~!!

一体何の事なのかちゃんと説明してくださいよッ~~~!!!」

 

 

グリフィスの何度目かわからない溜め息が漏れる。

そしてシャーリーは全くかまってくれない二人に抗議の悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は刻々と流れ、気がつけば周囲は紅一色。

その紅は、どこかレリックの茫洋とした赫光を連想させ。

 

 

 

誰そ彼時、黄昏時。

その赫光はすべてのモノを、赤と黒の濃淡で染め上げる。

 

 

 

―――逢魔ヶ時。

 

 

 

明るい昼と暗い夜が、境界を無くして溶け合い混ざり合って出来た、不吉の紅。

 

 

そしてその紅を合図に、ついに人ならざる者達は動き出す。

 

 

 

 

―――そしてクラナガンを舞台にした、大凶狂騒曲の幕が開けた。

 

 

 

 

 



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29.クラナガン大凶狂騒曲

―――世界の何処かの、陽の射さぬ薄暗い場所で

 

 

彼に、ジェイル・スカリエッティにとって、およそ『選択肢』と言うモノは縁遠い存在だった。

 

 

生まれを選べず。

白い闇に閉された研究所で、非合法なフラスコベビーとしてこの世に生を受け

 

 

生き方を選べず。

最高評議会に首輪をつけられ、言われるがままに研究を続け

 

 

自分すら選べない。

自分でそう自らを任じたのではなく、他者にそうあれかしと”存在意義(ワタシ)”を与えられた。

 

 

すべてを他者から与えられ、自分で歩いているつもりの様で、実は歩いていない。運ばれているだけ。

”無限の欲望”とは名ばかりで、その衝動の根源はすべて他から発生したものだ。

 

いつも自分は空っぽだ。何も無い。

零に何を掛けても有にはならず零のまま。

零が無限になる筈もない。

 

だからかも知れない。

―――彼が生命操作技術に興味を持ったのは。

 

 

生命とは何か?

人間とは何か?

尊厳とは何か?

 

 

人間とは神に創造された神の似姿だという。

ならば人に造られた人は”人間”ではないのか。

 

だから私はこんなにも空虚なのか?

遺伝子工学上、他の人間と同一の構造を持つのに?

 

 

―――分からない。

 

 

もし。

もし私が。

 

”人間”を造り上げれば、それが分かるのか。

いや、”それ以上”の存在を造り上げる事が出来れば、私にも”空っぽ”が何なのかを知る事が出来るかも知れない。

 

 

――――――知りたい(・・・・)

 

 

そしてそれが最初の種。

空虚を満たす欲望への最初の架け橋。

 

零を無限へと至らせる、原初の一/湧き出た欲望。

 

 

この時初めて、彼は彼として。

”無限の欲望”として正しく世界に生まれ堕ちた。

 

―――逃れ得ぬ(フェイト)を覆す”プロジェクト・F”

―――安定的に高品質の駒を量産する”戦闘機人計画”

―――素質の高い魔導師をさらなる高みへと導く”レリックウェポン計画”

 

いくら貪欲に。

すべてを呑まんとする様に研究や技術、古代遺失物やアルハザードの知識を貪っても衝動は収まらない。

 

 

もっと

もっともっと

もっともっともっともっと

もっともっともっともっともっともっともっともっとッ!!!!

 

 

権力者の無限の欲望を叶えるべく、万能(アルハザード)の杖として生み出された彼は、いつしか自らの際限なく溢れ出る欲望を満たすべく行動を開始する。

 

知りたい。もっともっと。

世界とは。人間とは。魔力とは。ロストロギアとは。

 

人は何処から来て何処へ行く。

過去とは。未来とは。現在とは。

 

嗚呼。

嗚呼、世には未知が溢れているのに。

数多の世界は広大で、しかし私の世界は狭すぎる。

 

その為には、この私を狭い(セカイ)に閉じ込める首輪が邪魔だ。

 

 

―――そして知らしめたい。私は此処にいると。

 

 

私は私の知る世界のすべてを知っているのに。

誰も私の事を知らないのは不公平だ。そんなのはずるい。

 

 

どうすればいい?

どうすれば世界の人間に私は刻まれる?

誰も知らぬフラスコの中の小人では終わりたくない。

 

 

生まれは選べなかった。

生き方も選べなかった。

存在意義すら選べなかった。

 

だが『ジェイル・スカリエッティ』として、この世界で生きる事は自分で選んだのだ。

ならば確かに此処に私が存在した事を証明するモノを。

 

私が私であるが為に。

 

私は”無限の欲望”、世界に唯一無二のジェイル・スカリエッティであるからしてッ!!

 

 

―――考え悩み、考え抜いて。

 

 

そしてこの日の、この時の為だけに。

彼は自らの曲を、真っ白な楽譜の上に書き続けてきた。

 

 

―――いつかこの曲を、皆に聴かせるために。

 

―――いつかこの曲を、世界に向けて演奏する事をだけを夢見て。

 

 

欲望の、欲望による、欲望の為の嬉遊曲。

 

楽器は用意した。奏者達は用意した。舞台も用意した。

後は開演時刻を待つだけだ。指揮者による合図を持って演目は開始する。

 

 

心臓が興奮から激しく脈打つ。

溢れ出る脳内麻薬に、立っているだけで快感が背筋を貫く。

 

 

やっと。

やっとだ。

 

満願成就の夜が来た。

さぁ狭い(セカイ)を食い破ろう。世界に私の名を刻みつけようっ!

 

私が”無限の欲望(ワタシ)”であるためにッ!!

 

 

自ら脚本と演出を手懸けた男は、溢れる衝動を抑える事無く指揮棒(タクト)をかざす。

 

 

 

「さぁ―――!!始めようッ――――――!!!」

 

 

 

そして彼の第一の従者が指揮に合わせて鍵盤を叩き―――

 

 

 

 

―――X・デイ 00:00:00:00

 

 

 

 

物語(セカイ)に荘厳なるオルガンの音色が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼その人は何処へいった?

 

「クラナガン大凶狂騒曲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――X・デイ -00:00:00:15

 

   古代遺物管理部 機動六課

 

 

 

 

 

その異常を機動六課のロングアーチが感知したのは異常発生から15秒後。

指揮所のセンサーが中央地上本部周囲から異常な魔力反応を感知した。

 

 

「ち、中央地上本部周囲から高エネルギー反応ッ!!」

 

「エネルギー反応が広域に亘っていて―――こ、これは召喚魔法ですッ!!

地上本部周囲に機影多数ッ!!機影、20。30。50、100、200……ッ!!

 

ガ、ガジェットです!」

 

「地上本部の通信管制システムに異常が発生!?

地上本部の中央指揮所(ヘッドクォーター)との相互戦術データリンク断絶!!

早期防空警戒システムも沈黙しましたッ!!」

 

「―――来たかッ!

 

どんな些細な事でも良いッ!!情報収集を急げ!!

HQとの交信も引き続き継続しろッ!!」

 

 

グリフィスが唸るように言葉を吐き出した。

報告を聞くグリフィスの握りしめた拳から血の気が失せる。

 

展開されたウインドウには公開意見陳述会を生中継していたMNNのキャスターが、突如出現した機械兵器群に絹を裂く様な悲鳴を上げる。

しかしそのウインドウもすぐに砂嵐に切り替わった。通信が妨害されたのだ。

 

 

「通信システムの異常ッ!?強力なジャミングが仕掛けられていますッ!!」

 

「中央地上にクラッキングが仕掛けられています!!

緊急防壁展開が次々と破られ、予備サーチシステムも起動していません!!

沿岸及び地上部隊との周囲警戒網が次々と―――シ、システムダウン!?

 

ヘ、中央指揮所(ヘッドクォーター)完全に沈黙しましたッ!!応答ありません!!」

 

「中央地上本部地下で爆発音!!

しょ、障壁出力減少ッ!?恐らく中央地上本部の魔導炉が破壊されました!!

ガジェットが地上本部の障壁に取りついています!!

 

……一体、何をして―――ッ!!

ガ、ガジェットのAMF出力濃度が上昇ッ!!取りついている所から障壁の負荷増大!!

防護障壁が破られます!!」

 

「――――――ッ!?大変です!!

中央地上本部から数キロ先に高エネルギー反応!!推定魔力オーバーSッ!?

あ、発射されました!!着弾まで3,2,1……着弾!!

 

―――中央地上本部ビル、タワー正面に被弾!!

……損害軽侮!!爆発規模にしては爆炎と火災が無く、それに比べて異常に煙が多い事から、恐らく弾種は暴徒鎮圧用のガス弾の様です。

しかし部隊指揮官の詰所の着弾したらしく、指揮系統の混乱が広がり被害が拡大しています!」

 

 

シャーリーとルキノ、アルトが次々と舞い込む凶報に悲鳴を上げる。

ショックから逸早く立ち直ったグリフィスはすぐさま命令を下す。

 

 

「―――防衛基準体制2に移行。全戦闘ユニットに警戒待機命令!!

非戦闘要員(バックヤードスタッフ)は所定の指示に従い避難を。

すぐに近隣部隊に協力要請を出せ!!」

 

「了解!!」

 

「シャーリー!部隊長達と交信を継続しろ。

同時に中央地上本部に呼び掛け続けるんだ!」

 

「了解!!」

 

 

グリフィスはすぐさまあちらに通信を開いた。

 

 

「―――迷子さん。迷子さん、グリフィスです。」

 

 

すぐに相互通信が開く。

まだ六課の隊舎内の通信機能は健全なようだ。

 

本来、あちらは事務員とは言えロングアーチスタッフであり、今の最上位である三尉相当官の階級を持っているので指揮所に入る事も出来た。

しかし、あちらは指揮系統の混乱を懸念して指揮所には入らず、臨時のオブサーバーとして隊舎の玄関口で配置についていた。

 

ウインドウに映る姿は、先程まで身に着けていなかった茶色いコートを身にまとい、緊急を知らせるアナウンスにも焦る事なく落ち着きを払っている。

そのどんな状況にも揺るがない、普段通りのほほんとしているあちらに、グリフィスは軽い安心感を覚えた。

 

 

『ロウラン准尉、呼びましたか―――って聞くまでも無いですね。

先程から隊舎内にデフコン2のアナウンスがひっきりなしに流れていますからね。』

 

「”予言”が実現してしまいました。

今、中央地上本部が敵勢力の襲撃を受けています。

今は八神隊長達との通信が繋がらず、通信手段の確保と情報の収集に努めていますが……状況は刻々と相当悪化しています。」

 

『……それは一体どの程度で?』

 

「中央地上本部周辺から高魔力反応を感知してからおよそ数十秒で全警戒システムをクラッキングによって掌握されました。

その後、地上本部中央指揮所(ヘッドクォーター)が完全に沈黙。ガジェットが少なくても大隊規模で地上本部を襲撃している模様。

また、HQが沈黙し現場指揮官が不在のため、ガジェットに対する防衛も組織的反撃が取れず散発的になっており効果が薄いです。

 

それにオーバSランクの砲撃も確認されています。

……未確認ですが、戦闘機人が複数体投入されているでしょう。いくらなんでもHQが陥落するのが速過ぎます。」

 

『数か月前の廃棄区画の大規模戦闘で確認された物質透過型の特殊技能者ですか……。』

 

「しかしどうして彼らは正確に機密区画にある中央指揮所(ヘッドクォーター)と魔導炉の位置を把握したのでしょう?一部の将官しか知りえない最重要機密ですよ?

いくら戦闘機人とは言え、手並みが鮮やか過ぎる気がするのですが……。」

 

『―――まぁそうでしょうよ。よほど内通者(・・・)が優秀だったのでしょう。』

 

「―――なんて事だ。」

 

 

グリフィスが呻く。

ならば今日の警備計画もだだ漏れだったという事だ。

自分達は敵にご丁寧に料理を盛り付けた後に食前酒も付けて差し出した事になる。

 

 

『近隣部隊への緊急要請はどうなっています?』

 

「事態発生からすぐに要請しました。

シグナム副隊長の古巣である首都航空隊が「ロウラン准尉ッ!!」―――どうしたッ!?」

 

「数分前、警戒待機任務に就いていた首都航空隊第11部隊が緊急出動(スクランブル)し……クラナガン上空で戦闘機人二体と交戦―――壊滅しました。」

 

「なぁッ!?」

 

『……――――――。』

 

「外からの攻撃は止まってますが中の状況は全く不明です。

通信妨害が酷く、本部の中のはやて部隊長達と連絡が取れませんッ!!」

 

「―――ッやった!!

地上本部の周辺警備にあったていたヴィータ副隊長と通信が繋がりましたっ!!

前線フォワード部隊共に無事ですッ!!」

 

 

繋がった通信は通信妨害の為、映像は砂嵐で届かずに音声も不鮮明で内容も途切れ途切れだった。

 

 

『……こちら……ターズ2、ロン…アーチ…。聞こ…るか……?』

 

「こちらロングアーチ。聞こえます。そちらの状況は?」

 

『……通…妨害……強い。こち…はガ……ットの襲撃を受けて……。……部の障壁も役に立た…い。

今か…はや……にデバ…スを』

 

「レーダーに反応ッ!?首都上空を本部に向かって航空戦力が急速接近中!!」

 

「―――速い!速度推力からランク推定、オーバーSです!!」

 

『……首都航空…は何…っているッ!!あい…らの目……節穴かッ!?』

 

「真っ先に早期防空警戒システムが落とされました。

緊急出動(スクランブル)した首都航空第11隊は先程戦闘機人二体と交戦、部隊が壊滅しました。」

 

『……チッ!私とリイ……上空に上が……撃する。本部はこい…等がやるッ!!』

 

「了解しました。ご武運を。」

 

『全部終わったらヴィータ副隊長の好きなアイスでも奢って差し上げますよ。』

 

『……この声…あちらか?……こに居……のか?アイス…たっ…り用意し……けよ!!リイ……フォワー……ンバーの分…な!!』

 

『了解ですよ。』

 

『……以上だ!』

 

 

通信が途切れた。

その間にも他のロングアーチスタッフが情報の収集に努めている。

 

グリフィスはあちらと向き合った。

真剣な表情なグリフィスと、いつになく何を考えているか分からないあちら。

ディスプレイに流れる情報を、頭の中で整理しながらグリフィスが呟いた。

 

 

「―――来ると思いますか。」

 

『……どうでしょう?

生憎、来ない理由がないと思いますが―――来なければ私が間抜けと言う事で万々歳なんですがねぇ。』

 

「ッ!!高エネルギー反応二体、高速で飛来!!真っ直ぐ六課に向かってます!!!」

 

「アンノウンをボギー1、ボギー2と呼称。マーキングします。」

 

『―――そうそう上手くは行かないですね。しかも戦闘機人を二体も大盤振る舞いですよ。やったね!』

 

「……全く、言ったそばから……冗談じゃ無いですよ。

 

アルトッ!防衛基準体制1へ移行!!

第一分隊は迷子臨時三尉と共に所定の位置に。守護騎士二名と第二分隊はヴィヴィオと非戦闘員の避難誘導と護衛を。

ルキノ、六課の防衛システムを展開させろ。

シャーリー、相手側に即座停止命令を出せ。」

 

「了解。

 

 

『―――This is the Administration Bureau.Lost Property Riot Force 6.

【―――こちら時空管理局。古代遺失管理部 機動六課です】

Permission for your flight has not been granted and your IFF is not recognized.

【貴方の飛行許可と個人識別票(IFF)が確認出来ません】

Please stop immediately.Please stop immediately.

【直ちに停止して下さい。直ちに停止して下さい】

If you proceed any further,we will intercept.

【それ以上進めば迎撃に入ります】

 

Repeat.

【繰り返す】

 

This is the Lost Property Riot Force 6.

【こちら古代遺失管理部 機動六課】

Permission for your flight has not been granted and your IFF is not recognized.

【貴官の飛行許可と個人識別票(IFF)が確認出来ない】

Please stop immediately.Repeat.Please stop immediately.

【直ちに停止せよ。繰り返す。直ちに停止せよ】

If you proceed any further,we will intercept.we will intercept.

【それ以上進めば迎撃する。迎撃する】』

 

 

……ダメです。侵攻止まりませ―――ッ!?いえ、湾岸線500m手前で止まりました!!

 

―――アンノウンから通信を求めています!!オープンチャンネルです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――古代遺物管理部 機動六課 ロビー

 

 

 

 

 

 

『―――This is the Administration Bureau.Lost Property Riot Force 6.

【―――こちら時空管理局。古代遺失管理部 機動六課です】

Permission for your flight has not been granted and your IFF is not recognized.

【貴方の飛行許可と個人識別票(IFF)が確認出来ません】

Please stop immediately.Please stop immediately.

【直ちに停止して下さい。直ちに停止して下さい】

If you proceed any further,we will intercept.

【それ以上進めば迎撃に入ります】』

 

 

「機人二体とは……予想より多いな。」

 

 

あちらの側に控えていた見目麗しい女性下士官が、不穏な気配を察してか疑問の声を上げる。

 

 

「どうしたんです?あちら三尉?しょんべんですか?」

 

 

……だが粗野な物言いや振る舞いが、その天に愛された美貌を台無しにしていた。

 

彼女は交代部隊の第一分隊の副隊長であり、交代部隊の長であるシグナムの副官でもある。

彼女とはシグナムを通じて何度か共にお茶を飲んだ事もあった。

 

その為、今更彼女の口の悪さなどあちらは気にも留めなかった。

本人もそれを気にして直そうとするのだが、なかなか武装隊時代に染み付いた言葉使いは直らない。

 

 

「曹長……違いますよ。

あと私は三尉ではなく、ただの司書で三尉相当官なんですが。」

 

「嘘つけ。

ただの司書が机上演習で仮想敵部隊(アグレッサー)を指揮して正規部隊(うちら)を打ち破るなんて聞いた事が無ぇーよ。」

 

「伊達に横浜の魔女の棲み家で過ごしていませんよ。

 

……まぁ遂に当たって欲しくない方の事態が起こったな、と。」

 

本部(ホーム)の事ですかい?そんな事ならあっちもこっちも既に大騒ぎですよ。

俺も早く家に帰りたいんですがねぇ。」

 

「いいえ。六課(こっち)に二名お客さんがお見えですよ。」

 

「―――マジか。……いえ、正気ですか?」

 

「大マジですよ。第二分隊の方は?」

 

「ブリフィ通り、既にお姫様の護衛についてます。

六課から避難させようにも本部が落ちた状況ですからね。逆に動き回ると危険と判断しました。

まぁ奴らの平均ランクはC~Dですが、ガラクタごときには遅れは取りませんよ。

 

……ですが戦闘機人は無理ですね。秒殺です。瞬殺です。」

 

「そこはヴォルケンリッターと私達でどうにかしなければね。

 

―――さて曹長?例の物の準備を。」

 

「ひひ、了解です。おい!お前ら(レディース)、おもてなしの準備だッ!!」

 

「りょーかーい。」

 

「ハァハァハァハァ。もうすぐ会えるね、ルーたん。ハァハァハァハァ……。」

 

 

分隊員二名が事前にブリーフィングで指示されていた通り、例のコンテナ装置を起動させるために、それが安置される屋外訓練場に向かって飛び出していく。

 

 

「……なんか最後の隊員。ほんとに警察機構の一員ですか?

去り際の台詞が丸っきり性犯罪者一歩手前なんですが……。」

 

「―――はぁ……。奴も腕は悪く無いんですがねぇ。

 

数年前にドジって頭打ってから『マイ息子がいない!?』『俺のTSとか誰得』とか『キャロタソエリオタソハァハァ』とか支離滅裂で。

あいつは未婚で彼氏もいないから息子なんて居るはず無いんですがねェ。」

 

 

曹長は諦めたように溜め息をつく。

あちらは何となくその意味を察したが、今はそれどころでは無いので脇に置いておく。

 

 

『……ダメです。侵攻止まりませ―――ッ!?いえ、湾岸線500m手前で静止しました!!

 

―――アンノウンから通信を求めています!!オープンチャンネルです!!』

 

「シャーリーさん、チャンネルをオープンに。あと三角測量プログラムの起動を。」

 

『了解です。―――回線オープン。誘導プログラム起動。ユーハブコントロール。

 

……でもこれ、本当に何に使うんですか?』

 

「アイハブコントロール。

 

……ふふ、それは見てのお楽しみですよ。

あぁ、それと合図と同時に訓練場のシュミレーションを落として(・・・・)下さいね。」

 

 

あちらの不可解な指示にシャーリーが疑問の声を上げようとした所で、飛行禁止空域を侵入して来たアンノウンからの通信が繋がる。

 

そこに映ったのは長い栗色の髪をカチューチャで留めた、硬質な雰囲気を漂わせる美少女。

その背後にはどこかぼんやりとした風情の、短髪の中性的な顔立ちの美少女もいた。

 

だが彼女達が身に着けているボディスーツが、彼女が唯人では無い事を示していた。

胸元には無骨な『8』、『12』を示すプレートが無機質に輝いている。

 

 

『―――機動六課の皆々様。お初お目に掛かります。

私はドクター・スカリエッティの作品であるナンバーズが一人、ディードと申します。後ろに居るのはオット―。

以後、お見知りおきの程を。』

 

「身体のラインが浮き出たエロいスーツ着てんな、おい。

 

……くッ!?これが若さか!!もう俺はあんなモン恥ずかしくて着れねぇよ……。」

 

 

今年25歳を迎える曹長が、天を仰いでもう過ぎ去りし日々を思い返している。

……大丈夫さ、曹長。20になっても魔法少女はいるらしいから。

 

 

『現在、私達の姉妹達がガジェットドローンを率いて中央地上本部を攻略中です。

地上本部攻略は75%完了しており、作戦段階も最終フェーズに移行しました。

 

私達は現在、機動六課に主戦力であるスターズ・ライトニング分隊及び部隊長である八神はやてが不在である事を把握しております。

そして守備戦力がAAランクの守護騎士二名、それに低ランク魔導師で構成された交代部隊しか居ない事も。

直ちに私達がガジェットを用いて攻勢を掛ければ、それを貴方達は防ぐ事は敵わないでしょう。

 

因みに援軍は有り得ない、と申しておきましょう。

スクランブルした首都航空隊は私達の姉妹が殲滅致しました。

また、頼みの機動六課主力も地上本部にて他の姉妹が足止めを行っております。

 

さて、そこで機動六課の皆様にご提案が有ります。我らが主人は無用の争いを好みません。

 

……数ヶ月前、そちらで保護した人造魔導師素体の少女を引き渡して頂きましょう。

 

もし引き渡して頂ければ、私達はこのまま沿岸部500mから一歩も動かずに引き揚げましょう。

 

もし提案が受け入れられない場合……。

その場合は双方にとって、とても悲しい不幸な結果になるでしょう。

 

―――五分待ちます。

 

色良いお返事をお待ちしております。』

 

 

淡々とそう言い放ちディードは通信を一方的に切った。ウインドウが砂嵐を映す。

あちらがにやりと隣の曹長に問い掛けた。

 

 

「―――ですって。どうですか曹長?」

 

「―――ハッ!!俺らが低ランクとは言ってくれるぜ、腐れ●ッチが。……いえ、言いますね。この野郎。」

 

「微妙に直ってませんよ曹長。―――ロウラン准尉、如何します?」

 

『五分も議論の必要が?』

 

「……ですよねぇ。」

 

 

あちらが肩を竦めた。

グリフィスが隊舎内にアナウンスで呼び掛ける。

 

 

『さて、機動六課の皆さん。部隊長補佐のグリフィス・ロウランです。

先程、オープン回線で呼びかけが有りましたが、ディードと名乗る戦闘機人からの一方的な降伏の通知を受けました。

 

その条件と言うのが……我らが麗しきお姫様(ヴィヴィオ)の引渡すこと。

 

―――賛成の方は?』

 

『「「「「「「『『「「「絶対、反対だッ!!」」」』』」」」」」」』

 

 

間髪入れず反対の声が上がる。

それも余りの大声に、回線を通さずに扉越しに声が届いてきた。

 

 

『満場一致で否決、と。―――あちらさん。』

 

「あいさー、ロウラン副隊長殿。曹長?」

 

 

あちらからの言葉を合図に、曹長が屋外訓練場に送り出した分隊員達に通信を繋げた。

 

 

「おう、イプシロン03。04。首尾はどうだ。」

 

『こちらイプシロン03。制御装置起動。レーダー感度良好。いつでも準備は整ってますよー。』

 

『こちらイプシロン04。後はゴーサインを貰うだけです。

 

くッ!?敵にやる位なら愛しのヴィヴィたんは私が犯―――ハァハァ………ふぅ。』

 

「よし。指示を待て。

あと04(バカ)、これが片付いたらお前はやっぱり性犯罪担当の陸士隊に引き渡す。」

 

『え!?ちょ待―――ブツ…』

 

 

通信途中で曹長は回線を切った。

 

 

「前から気になっていたんですけど、イプシロンってどういう意味なんです?」

 

「イプシロン―――E(イプシロン)。

Eは交代部隊……使い捨ての交換品(Exchange)という意味さ。……いえ、意味ですよ?」

 

「……――――――ふふ。

では、百戦錬磨の交換品(Exchange)諸君。低ランク部隊の意地を見せましょうか?」

 

「―――ひひひ。

あいさー、りょーかい。迷子あちら臨時三尉殿。

あの戦闘機人(バージン)共に一泡吹かせてやりましょーぜ。」

 

 

そう言って曹長はニタリと笑い、ぴしりと見事な敬礼をする。

無造作に首筋で切り揃えられた赤毛の髪がさらりと揺れた。

それは彼女が幾百も繰り返しただけあって、妙にくだけた敬礼なのに洗練された心地好いものだった。

 

そしてあちらが妙に芝居がかった口上を述べる。

 

 

「―――では皆々様、特と仕掛けをごろうじろ。

 

迷子から03へ。三角測量誘導プログラム、リンク。」

 

『03了解。リンクスタート。バイパス接続完了。パス承認しますかー?』

 

「パス承認。誘導リンク同期確認。迷子から04へ。目標ロック。」

 

『04了解。同調完了。ボギー1、ボギー2を間接照準。マルチロック。

あちらの旦那、周りにうようよ居るガジェットどもはどうします?』

 

「あんなにたくさん居るんだから撃てば当たるでしょう。

最終安全装置オフ。04、ユーハブコントロール?」

 

『04、アイハブコントロール。

いいですねぇ。食い放題だ。

しかも管理局に居たらなかなかこんなモン撃てないですよ。』

 

「04へ。トリガ―は貴様だ。しくじるなよ。」

 

『02へ。分かってますよ副隊長。私だって犯る時は犯る女ですよ!!』

 

「それが余計に不安を煽るんだボケ!!字が間違ってんぞ!!」

 

『そんな!?言い掛かりだ!!―――くやしいっ!でも感じちゃう!!ビクンビクン……。』

 

「はァ……。ばか野郎が。」

 

 

もう曹長はいつもの事と諦めて、彼女の言動を無視する気のようだ。

だけど大丈夫。04はヤレば出来る子。放置プレイおいしいです。

 

そして再びディードからオープンチャンネルで通信が入った。

 

 

『―――五分経過しました。そちらのご返答は如何に?』

 

『機動六課の留守を預かっている指揮代行のグリフィス・ロウランです。

ごせっかくのご提案ですが……断固拒否します。』

 

『そうですか。残念です。

では実力を持って障害を排除するとしましょう。

 

―――オットー。』

 

 

その言葉を合図に、遂に沿岸部500m手前で待機していたガジェット群が一斉に侵攻を開始した。

オットーと呼ばれた戦闘機人がガジェットの前線指揮を務めているのだろう。

 

ガジェットの編隊は数えるのも億劫で、ものの数秒で機動六課の隊舎に到達するだろう。

 

 

『現時刻を持ってガジェットを投入した殲滅戦に移行します。

非戦闘員は直ちに避難を。―――あと数十秒で出来れば、ですが。』

 

「一つ、言っておきたい事が。」

 

『……貴方は?』

 

「申し遅れました。

機動六課に勤めています迷子あちらと申します。」

 

 

あちらが名乗るとディードは目を細めた。

何かしらの心当たりがあるようだった。

 

 

『貴方が……。それでご用件は。』

 

「いやねぇ……。あまり六課を舐めない方がいいですよ?」

 

『―――それだけですか?』

 

「04、てめーも何か言ってやれ。」

 

『てめーは偽物ロボっ!!

ロボっ娘なら語尾にロボとつけやがれロボ!!』

 

「てめーに振った俺がアホだった。」

 

 

いつも通りの04(バカ)だった。

 

 

「シャーリーさん、屋外訓練場の擬装(カモフラージュ)展開解除!!」

 

『了解!!』

 

『何を―――ッ!?ロックオン警報!?いったい何処から―――!?』

 

 

―――まさかッ!?

 

 

ディードは未だ映ったままウインドウに目を向ける。

 

 

そこには人を食ったような、胡散臭い満面の嗤いを浮かべたあちらと。

 

そして赤いトリガースイッチを掲げ、こちらに手を振る管理局員(イプシロン04)の姿が。

 

 

「たーまやー。」

 

『それポチっとな。』

 

 

 

しゅががががががががッ!!!

 

 

 

辺りに気の抜ける様な、どこか間抜けな音が連続して鳴り響いた。

 

 

 

一斉に解き放たれた数多の光条。

それらは音速に近い速度で、一瞬の内に夜空に白光の軌跡を描いて駆け抜け―――

 

 

 

『―――なッ!?回―――』

 

 

 

そして、どど――――ん。と。

 

 

 

 

機動六課上空に高性能爆薬(・・・・・)の紅い赤い、爆炎の大輪の華が咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『「「「……――――――。」」」』』』

 

 

 

機動六課の面々はあまりの事にぽかーんと呆気にとられている。

それに相対するようにあちらとイプシロン分隊の面子は和気藹々。

 

 

「おーおー。景気良くガラクタがぶっ飛んだなァ、あちら三尉?」

 

「第一陣はほぼ壊滅ですね。03、戦闘機人は?」

 

『ノイズが酷くて……センサーが役に立ちませんねー。

爆発の影響で目視では機影は確認できません。』

 

『ふははは!あの爆発だ!!まさか生きてはいまい!!』

 

「04ッ!!てめー余計な事を言うんじゃねー!!」

 

 

 

『『『「「「―――本物の質量兵器ッ!?」」」』』』

 

 

 

やっと夢現から現世に帰って来た面々が悲鳴のような声を上げた。

代表としてグリフィスがあちらを問いただす。

 

 

『ま、迷子さん!?……い……今のは?』

 

「あれは直前まで屋外訓練場の立体投影で、ミサイルのレーダー波や発射台を覆い隠しといて、いざ敵が攻勢に出ようとした瞬間にその隙を突いただけですよ?

いや、直前の通信で意識がこちらに向いていたのも大きかったですね。

 

どうやら戦闘経験の浅い戦闘機人の様で助かりました。絡め手や予想外の突発的な事態には弱いみたいですね?」

 

『そうじゃなくて!!アレ!!アレはなんです!?』

 

「うん?種類としては地対空ミサイルと呼ばれる兵器ですね。

その中でもこれらは一番連射性能と空間制圧効果に優れたモノです。闇市場では売れ筋らしいですよ?」

 

『そういう事を聞いているんじゃありませんッ!!

ど、どこからそんな兵器持って来たんですか!そんなもの!?』

 

「あのコンテナ運用型ミサイル発射装置は、以前に地上本部が逮捕した武器商人から押収した密輸品の一つです。

大方、どこかの紛争地帯にでも売りつけるつもりだったんでしょう。」

 

『なんでそんなモノがここにあるんですか!?』

 

「本来なら直ぐにでも解体処理をされる筈だったらしいのですが、それは親切な方(・・・・・・・)が中央地上本部にいらっしゃってですね。

日頃から次元犯罪者の質量兵器達と戦っている機動六課の皆様に、質量兵器と言う物は一体どういう物なのか、それを知るための参考資料として欲しいとして提供されたものなのですよ。

 

―――それが何かの手違い(・・・・・・)があったみたいでですね。

信管やら爆薬やらが抜かれずに、そのまま新品状態で送られて来て、おまけに偶然発射装置もそのままだったみたいで。

 

それが偶然(・・)たまたま(・・・・)誤作動(・・・)を起こしたらしくて。

質量兵器がガジェット目掛けて飛んで行きましたとさ。ちゃんちゃん。

 

いやー、やっぱり質量兵器って怖いですね!!」

 

『嘘をつけッ!?聞いてないですよそんなこと!!』

 

 

ある意味、”予言”よりも予想外の事態に、ストレスでグリフィスのキャラが崩れた。

あちらの事だからどうせ碌でもない事を企んでいるとはグリフィスも考えていたが、まさか鹵獲した質量兵器を平気で運用するとは。

 

……しかも現役の時空管理局員が。

 

予言が成る成らないよりも、その後の懲戒免職の心配をした方が良いのかも知れない。

 

 

「あぁ、後の事は心配しなくていいですよ?”どうとでもなります”。」

 

 

そうして、さらっと聞き捨てならない事を言った。

 

 

『―――どうとでもなる……?一体どういう意味ですか?』

 

「知りたいですか?―――本当に(・・・)?」

 

『いえ、結構です。本当に。』

 

 

そのあちらの言葉を、もうグリフィスはげんなりした様子で遮った。

もう深く考えるだけ無駄だと思い至ったのだろう。

 

屋外訓練場で上空を監視していた03が報告を上げる。

 

 

『爆発の影響で周囲に漂っていた煙が、沖合の風で流されて晴れます。

目視でガジェットを数機確認。損傷が激しいらしく機動がぎこちないですね―。

 

まぁ対魔導師用の装甲しか持たないガジェットが、大型ミサイルの空間制圧飽和爆撃喰らったらああなるでしょうがねぇ。』

 

「02から03へ。戦闘機人は確認できるか。」

 

『03から02へ。いえ、はっきりとは確認出来ません。』

 

『私、これが終わったら結婚するんだ……。』

 

「03ッ!04(バカ)を黙らせろ!!それとさっさとこっちに戻って来いッ!!

ミサイルなんて奇手が通用するのは初めの一回だけだ!!

 

戦闘機人がたったそれだけで撃破出来たら、オーバーSの魔導師はおまんま食上げだからな!!」

 

『03了解。バカを引き摺って帰還しま―――』

 

 

 

『―――ッ!!沿岸上空にて高エネルギー反応ッ!!』

 

 

 

 

そして屋外訓練場と機動六課隊舎を、禍々しくも幻想的な、緑碧の光渦の嵐が薙ぎ払った。

 

 

 

 



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30.人機ディヴェルティメント

ガラ、ガラガラ

 

 

 

何かが崩れる音に、非常事態を知らせる鋭い警報音。

非常用電源に切り替わったのか、屋内は非常灯のみを残して薄暗かった。

 

 

ぼやけていた意識が覚醒する。

ものの数秒だろうが意識が飛んでいたようだ。

 

周囲には瓦礫と薄っすらと土埃が舞っていた。

 

 

「―――――~~~!?ファァァァッック!!痛ぇええ!!」

 

 

すぐ側から曹長の声が聞こえた。

悪態つける余裕があるなら大丈夫そうだ。

ロングアーチからの警告で咄嗟に隊舎の奥に、曹長と共に飛び込んだのが幸いしたのだろう。

 

 

「大丈夫ですか?曹長。」

 

「ああ。何んとかな。糞ッ!おもいっきしデコぶつけちまった。」

 

「ちょっと見せてください。」

 

「あ、ちょ」

 

 

柱にもたれ掛って額を押さえている曹長の手を強引に剥がす。

あまり刺激しない様に、そっと曹長の頬に手を添わして傷の具合を見る。

 

たしかに赤くなっているが、バリアジャケットのお陰もあるのだろう。たんこぶにも成りそうにない。

 

……なにやら曹長が頬を紅くして口をぱくぱくさせていた。

 

 

うん?

 

―――あぁ確かに。この体勢はまずいな。

 

 

あちらは曹長に覆い被さる様な姿勢のまま、左手で曹長の右手を柱に押さえつけ、彼女の頬に手を添わせて瞳を覗き込んでいる。

 

……どう見ても口づけを迫っている様にしか見えません。本当にありがとうございました。

 

顔を自慢の赤毛と同じように染めるその姿は、いつもの粗野な雰囲気からは想像が突き難く。

現場叩き上げの下士官特有の泥臭い印象が強い彼女には意外な一面だった。

 

気まずい空気にならない様ににっこりと笑い掛ける。

 

 

「案外、初心なんですね曹長。金魚みたいですよ?」

 

「うるせぇボケ!!ワリ―か!?」

 

 

失敗した。

 

下から抉り込む様にして打ち上げられた魔力の篭った拳(乙女の恥じらい)をひょいと避けてあちらは彼女から離れた。

フッー!と猫の様に威嚇している陸曹長(24歳=恋人いない歴)を意図的に無視して、改めて周囲を見渡すと、よほど高エネルギー性の物理攻撃だったのだろう。

機動六課に整備されている防衛システムの障壁を易々と突破して、その余波で先程まで立っていた玄関口のロビーは滅茶苦茶に荒らされて半壊していた。

もし無防備にそこに突っ立ていたらと考えるとぞっとしない。

この分だと隊舎全体の被害も大きそうだ。

 

 

「こちら迷子。ロングアーチ、誰か聞こえますか?」

 

『―――ザザ、ザ…迷子さん!?大丈夫ですか!?』

 

 

少しの空電音の後、通信が繋がる。今の一撃で六課の通信システムも少なからず損害が出たようだ。

先程までと違い、音声しか受信できない。

ウインドウが表示されないから詳しくは分からないが、グリフィスの背後からはロングアーチスタッフが慌ただしく状況確認と情報収集に当たっている様だ。

 

 

「ロウラン准尉。私と曹長は無事です。被害状況は?」

 

「……たった一撃で甚大な被害です。

隊舎は防衛システムのお陰で、なんとか致命的な被害は免れましたが稼働率が25%を切りました。

しかし次にあのクラスの攻撃を撃たれると、今の稼働率では紙も同様です。防ぎ切れません。」

 

「そうですか。」

 

 

これは失策だったか……?

 

正直、戦闘機人のスペックを見誤っていたかもしれない。

まさかあの亜音速で飛来するミサイル群の飽和爆撃を凌いですぐさま反撃を返してくるなど。

撃破までとは言わないでも、時間稼ぎくらいにはなると思ったのだが……。

 

実際、ガジェットやディードと名乗る戦闘機人に撃ち込んだ質量兵器は、小さな街一つを瓦礫と化す量の高性能爆薬を積載していたのだ。

正直、過剰火力だと思わなくも無かったが、あの友人(・・・・)は意味深に『これでも足りないかも知れないわよ?』と微笑んだのでミサイルコンテナ5基を有難く頂戴したのだ。

さすが剣と魔法(ファンタジー)物語(セカイ)。これ位は物ともしないらしい。

 

あちらが考えに耽っていると、曹長が発言を求めてきた。

さすがに正規の局員、それも上官にはそれ相応の口調で話していた。

 

 

「発言よろしいでしょうか、ロウラン副隊長。」

 

『許可します。』

 

「―――現在、野外訓練場に居た私の部下と連絡が取れません。

故障やジャミングの影響も考えられますので、そちらのセンサーや監視カメラで二人を確認出来ないでしょうか。」

 

『今訓練場のセンサー類は沈黙しており、イプシロン03とイプシロン04のシグナルを確認する事は困難です。

……野外訓練場は防衛システムの範囲外です。遮蔽物も余り無く、攻撃が減衰せずに広範囲を薙ぎ払っています。

 

――――――恐らく二人は……』

 

「―――ッ。……了解であります。」

 

 

グリフィスの発言を最後まで聞かずに遮った。

あちらがその横顔を窺うと、その美しい(かんばせ)はきつく口元が引き結ばれており表情が抜け落ちている。

瞳からもその感情を読み取る事は出来なかったが、肌が血の気を無くして白く染まるほどに握りしめられた拳から、曹長の心中を容易に察する事は出来た。

 

グリフィスも例え映像に見えなくてもそれが分かっているのだろう。

彼女が上官の発言を遮った事に関して何も一切注意を言わなかった。

 

 

「戦闘機人の動向は?」

 

『現在、海上で第二波のガジェット群を編成中の様です。もう間も無く攻勢を仕掛けてくるでしょう。

 

非戦闘要員(バックヤードスタッフ)護衛対象(ヴィヴィオ)は隊舎の最奥に避難完了。

ガジェットの規模から考えて侵入は完全に阻止できないと判断。現在、護衛の第二分隊がバリケードを構築中です。

守護騎士二名は間も無くそちらに到着すると思います。』

 

「あれだけ減らしてもまだ在るんですか……。」

 

『むしろアレだけ減らせて万々歳ですよ。

飽和爆撃(アレ)が無ければ一方的に物量で押し潰されてまともな」戦闘にも成りませんよ。』

 

「おやおや。

名門出の未来の幹部候補が質量兵器容認発言とは。本局の魔法至上主義から転向ですか?」

 

『元々僕は魔導師資質は高くないですからね。

それに”俺の魔力(イチモツ)はこんなにビックなんだぜ”という風潮は余り好きじゃありません。

僕は技巧派ですから。』

 

「―――フフ。それはそれは。

それでこれからの作戦か何かは?」

 

『……非常に不甲斐無いですがありません。場当たり的な物になります。

これから野外・屋内を含めた大規模な乱戦になる事が予想されます。

大まかな方針は立てられますが、緻密な作戦行動は不可能でしょう。』

 

「それもそうですね。

私達と守護騎士は前衛及び遊撃。なるべく戦闘機人を釘付けにして時間を稼ぐ。ガジェットは遺憾ながら素通りさせて第二分隊で対処って所ですか。」

 

『そうですね。―――よろしくお願いします。』

 

「了解、副隊長殿。

ロウラン准尉も指揮所を放棄して避難して下さい。」

 

『いえ、ここに残ります。

だって僕はこの機動六課の副隊長ですよ?八神部部隊長の留守を守るのが僕の役目だ。

ここに残って出来るだけ防衛システムの復旧と、隊長達との通信の確保に努めますよ。

 

……なに、前線で戦う迷子さん達とは違って、端末の前に座っていれば誰にでも出来る簡単なお仕事ですよ。』

 

 

―――そんな筈はない。

 

 

逆に何の戦う力も魔力も無い人間が、最も狙われ易い指揮所を居残って復旧に励む事の何と難しい事か。

 

 

怖かろう。

 

恐ろしかろう。

 

ウインドウが映らないため向うの様子を窺い知る事は出来ないが、よくよく聞けば彼の声は微妙に震えている。

 

 

―――だがそれを一体誰が笑うだろうか。

 

たったの一人も、そんな人間は居ないはずだ。

 

はやてが不在の間、指揮を代行するといっても、グリフィスは元々事務畑の人間なのだ。指揮官資格は持っていない。

 

だがそれでも、それを言い訳にせず、歯を食いしばって恐怖を押し殺して。

持てる全てを出し切って、己の職務を全うしようとするその姿を、誰が笑えるものか。

 

その困難さを。恐怖を。

そしてそれが、どれ程勇気のある行動であるかを二人は知っている。

 

 

ざっ

 

 

あちらが背筋をぴんと伸ばし、踵を打ち鳴らして気を付けの体勢を取った。

それに続いてそれを側で聞いていた曹長もあちらに倣う。

この見目麗しいだけでは無い、現場からの叩き上げの下士官も、年下で経験も浅いグリフィスが形式ではなく、真に敬意を払うに値する上官だと認めたのだ。

 

 

「では指揮官殿(・・・・)。」

 

ご命令を(・・・・)。」

 

 

その時、見えないはずの向こうが見えた気がした。

彼は、グリフィス