パンツ脱いだら通報された (烈火1919)
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無印
01.俺、無職


初心者です、よろしくお願いします


「時というものは残酷なものである。 9歳でロリロリでツインテールで天使のような幼馴染も昔は“魔法少女”といわれみんなに可愛がられたものだ。 バリアジャケットだって小学校の制服を参考にしたらしく9歳という年齢も相まってそれはそれは可愛らしいものであった。 しかしどうだろう……10年の歳月が過ぎ、その幼馴染も随分とかわってしまった。 あの純粋無垢だった幼馴染はいまは19歳にもなるのにいまだに“少女”と信じて疑わないらしい。 本当に俺と3年間高校に通ったのかと疑いたくなってくるほどである。 髪型にしてもそうだ、いつもはサイドテールにしているのにここぞというときにはツインテール。 確かにツインテールはかなりの萌えポイントであるがいかがなものかと思う。 極めつけはあのバリアジャケットである。 あれっていまだに小学校の頃の制服をモデルにしているみたいだし正直コスプレにしかみえない。 いいのか、管理局。 おまえらのエースこれでいいのか?」

 

「ニートの人には言われたくないんだけど……」

 

 一人さびしく家でゲームをしながら、幼馴染のことについて考えているとどうやら口から出ていたらしくたったいましがた帰ってきたであろう高町なのはに聞こえてしまった。 ここ、俺の部屋なんだけど……

 

「というか、この家は私とフェイトちゃんが一緒に借りたんだからね。 あまり変なことしないでね?」

 

「変なことって、なのはやフェイトの下着を洗濯すると見せかけて実は俺の部屋に隠してるとかのこと?」

 

「ちょっとまって、いまの議題について3時間ほど話し合おう」

 

「オーライオーライ、まずはその魔力弾を消してくれ」

 

 ちょっとした冗談のつもりだったのだが、意外になのはは怒ってきた。

 

「もう……そういう冗談は禁止だって言ったでしょ? まったく、高校を卒業してもかわらないんだから……」

 

「19歳にもなっていまだにいちごパンツ履こうとする奴に言われたくないよ」

 

「ちょっとなんで知ってるのッ!?」

 

 なんかすんごい勢いでこちらに近寄りその情報を流したのは誰かと問い詰めてくる。 地味に首が絞まって痛いのですが……。 それにいちごパンツの件なら桃子さんが嬉しそうに話してましたよ。

 

 みなさんお察しかと思いますか、この可愛らしい女性、高町なのはと俺は幼馴染である。 俺の親となのはの親──士郎さんと桃子さんがとても仲がよかったのである。 その関係上、小さい頃から二人でよく遊んだり、なのはで遊んだりしていていまもそういった関係が続いている。

 

「そういえばなのは、何しに来たんだ? 今日は19時に帰ってくるとメールがきたのを覚えているんですが」

 

「うん、その予定だったんだけどちょっと帰りが遅くなりそうだからそれを伝えようと思って」

 

「そんなことでここまで? あいかわらずやることがすげえな。 え~っと、帰りが遅くなるっていうとあれか、はやてが設立した部隊のこと?」

 

「そうそう、機動六課だよ。 ようやくスタートしたし少しの間だけバタバタしそうなんだよな~」

 

「いつもバタバタしてるじゃん。 俺からバタなのなんて愛称で呼ばれてるし」

 

「うるさい。 まあ、そういうことからだからちょっとの間だけ遅い帰りが続きそうなんだ。 ごめんね! 夕食用意しようとしてたんでしょ?」

 

「べ、べつにあんたたちのために作ろうなんて考えてないんだからねッ!?」

 

 申し訳なさそうな顔でなのはが謝ってくるもんだからとりあえずツンデレ系で返してみることにした。 恐ろしいほどに無表情でこちらを見返している。 ゾクゾクするぜ……!

 

「まあ、事情はわかったよ。 ほんじゃ、夜に食べても次の朝に胃がもたれないような夜食置いておくから適当にフェイトと食べておいてくれ」

 

「ふふっ、ありがと。 それじゃ私行ってくるね」

 

「あいよー」

 

 なんだかわからないが笑顔でお礼を言われたあと、なのはは手を振りながら俺の部屋をあとにした。 そして丁度、玄関が開いて閉じられる音を確認する。 さてさて……スーパーにでもいって食材買ってこようかな。 俺の分は適当にカップ麺でいいや。 一人分って作るとなるとどうもやる気が沸いてこないんだよな。

 

 10畳ほどのフローリング部屋に、ベットや本棚、クローゼット、机、パソコン、テレビなどの生活感あふれるものが並んでいる。 クローゼットから適当に服を着てサイフをジーンズのポケットに突っこんでから部屋を出た。

 

「あ、そうだ」

 

 部屋を出たところでとあることを思い出して戻る。 机に置いてある写真立ての中で静かに微笑んでいる女の子に向かって優しく挨拶をした。

 

「行ってくるぜ、ミクちゃん」

 

 ミクちゃん、無職だけど頑張るからね




自サイトだけだと更新頻度とか気にしなくなりますので、ハーメルン様の場をお借りしてしっかりと更新頻度を保ちたいと思い今回投稿させていただきました。
採集更新が一か月前とかになってましたら、はっぱなどをかけていただけると幸いです。


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02.ちょっとこい

「しまった牛乳買うの忘れてた」

 

 夕食の買い物も終わり、さっさとカップ麺を食った俺はなのは達が帰るまでの間をゲームしながら過ごしていた。 画面内ではポニーテールの女の子が頬を赤らめながら俺の名前を愛おしそうに呼んでいるところであったのだが──

 

「牛乳がないとなのはが怒るもんなー。 どんなに頑張ったところでフェイトの胸には勝てないというのに。 あーでも行きたくないなー」

 

 その場でぐずぐずすること3分、とりあえずゲームをセーブしてしょうがなく牛乳を買ってくることにした。 落ち度は自分にあるんだししょうがないよな。

「あ、そうだ。 このひょっとこ仮面を装着していかないと」

 

 机の上に無造作に放り投げられていたひょっとこのお面をつける。 そういえば昔はこれで泣いているなのはに追い打ちかけたっけ。

 

 ひょっとこのお面をつけた俺は寝間着に黒のコートだけを羽織り家を出た。

 

 このとき、素直に牛乳なんか買ってこなければあんなことにはならなかったのに……

 

 

           ☆

 

 

「あ、あの! なのはさん!」

 

「ふぇ?」

 

 ポッキーを食べながら仕事をやっていると、新人であるスバルが声をかけてきた。 スバルは熱血という言葉がよく似合うボーイッシュな女の子だ。 いまはまだ経験も足りないけど磨けば光る素質をもっている。 ちなみに私の直属の部下にもあたる。

 

「どうしたの、スバル。 もしかして書類仕事でわからないことでもあったかな?」

 

「いえっ……その……あの……」

 

 やはり上司と喋るのは緊張するのかスバルはちょっと言いにくそうにしていた。 その気持ちは私の体験してるからよくわかるよ。 自分より立場が上の人や目上の人と話すときって緊張するもんね。

 

 なのははスバルが何か言うまで優しくほほ笑んで見守ることにした。 やがて意を決したようでスバルはその口で大きな声でとんでもない爆弾発言をなのはにかました。

 

「なのはさんとフェイトさんが男の人と同棲してるって本当ですかっ!?」

 

「ぶッ!?」

 

 思いもよらない発言になのはは唾を飛ばした、というか噴出した。 そして慌てたようにスバルの口を塞ぐか時既に遅し。 その場で残って仕事をしていた面々は面食らったような顔をしてなのはとフェイトのほうを交互にみていた。 みるとフェイトのほうも驚きのあまり書類にいちご牛乳をこぼしたようで慌てて拭いている最中であった。

 

「あのッ、本当なんですかなのはさんッ! もしそうだとしたら私はどうすればいいんですか!?」

 

 どうすればいいのかはこっちが教えてほしい。 なのははそう思った。 一応、なのはの身内ならば彼のことを知っているのだが……いかんせん此処はつい先日できたばかりの部隊であり、そんな周辺のことの話よりもまずは書類などを片付けることが優先だと思っていたのだが──

 

「って、ちょっとまって! どうしてスバルがそんなこと知ってるの!? 誰から聞いたの!?」

 

「そ、そうだよ! 私もなのはも喋ってないんだからこの中に犯人はいるはずだよ!」

 

 いちご牛乳まみれになった書類をドライヤーにかけながらフェイトはこの場で仕事をしていた知人たちを振り返った。

 

 ヴィータ・シグナム・シャマル・ザフィーラ・はやて・リインフォース の計6人に視線を走らせるフェイト。 そして一人の女性に目を止めた。

 

「は、はやてだね!」

 

「ちょっとまちいな!? なんでいきなりわたしって決めつけるん!?」

 

「だってはやてはなのはのポッキー食べようとして回避されてたじゃん」

 

 その一言ではやての体が固まる。 どうやら図星のようだ。

 

「ちょ、ちょっとまちぃっ! いずれわかることなんやし、1年間ともに過ごす仲間なんやで? やっぱりあまり秘密にするものどうかと思って、私はスバルに言ったんや。 わたしもスバルがあんな行動に出るとは思ってなかったんよ」

 

「ほんとうに?」

 

「ほ、ほんとや!」

 

 立ち上がりながら必死に弁解するはやて。 なのはとフェイトはそんなはやてに疑惑の目を向けながらもひとまず落ち着くために座ることにした。

 

「まあ、いずれわかることだからいいのはいいんだけど……ねえ、フェイトちゃん」

 

「うん……それはいいんだけど……」

 

 二人して溜息を吐く。

 

 そのとき、フェイトの袖を誰かが引っ張る。 フェイトが引っ張られたほうに目を向けると自分の子どもたちであるエリオとキャロが立っていた。

 

「どうしたの二人とも?」

 

「あのフェイトさん。 もしかしてひょっとこさんのことですか?」

 

 キャロがそう聞いてくる。

 

「えーっと、うん。 ひょっとこさんだね」

 

 苦笑いしながら答えるフェイト。 確か自分が高校生のときに二人とも別々に彼に合わせたんだったっけ。

 

 彼は『宇宙一カッコイイ俺が会いにいったらその子たちが惚れてしまうではないかっ』とかなんとかいいながら、そばに置いてあったひょっとこのお面をかぶって会いにいったんだ。 それが二人にも受けたのを覚えている。 意外と彼って子どもには優しいところがあるんだよね。

 

 そうそうその他にも思い返せばいろんなことが──

 

「僕もひょっとこさんに女の子がいっぱいでるゲームをもらったことは覚えてますよ」

 

「わたしはメイド服をもらったこと覚えてます」

 

 ──いろんな悪夢よみがえってくる

 

 そう、確かに彼は渡していた。 もちろんメイド服は私が回収、ゲームのほうはその場でたたき折ったことを覚えている。

 

『おいおい……そんな男大丈夫なのか?』

 

 どこからかそんな声が聞こえてくる。 ……そして言い返せない自分が悲しい。 というかもっと言ってほしい、あわよくば誰かに説教をお願いしたい。

お兄ちゃんとはなんだかんだで仲がいいし、ユーノに至ってはしょっちゅうメールしてるみたいだし。 母さんはお買いものまで一緒にいく始末。 ほんと、誰かに止めてもらいたい。

 

 とりあえず、ざわざわしだしたみんなを落ち着かせるためになのはと二人で説得してみよう。

 

 フェイトは目配せでなのはに合図して、みんなに着席を促した。

 

 

           ☆

 

 

「お前、その手に持っているブラを渡せ」

 

「そうやってクンカクンカする気だろう。 貴様に嗅がせる匂いではない! 去れ」

 

 迂闊だった……。 あのとき、家を出るときに気付くべきであった。

 

 フェイトのブラを装着してたことを

 

 何かがおかしいと思っていた。 まず店内に入ってから他の客が俺のことを露骨に避けていた。 そして店員もどこかに連絡をしていたのだが……もちまえのポジティブさで地下アイドル(大嘘)の俺が来たことで騒いでるのかと思いきや……まさか管理局員のおっさんに通報していたとはな。 やることがえげつないぜ

 

「お前さぁ、いまの自分の状況わかってるか? 俺も捕まえたくないの。 今月でお前のこと何回捕まえたと思ってんだ? こうやって俺とお前が職務質問するの何回目か知ってる? 今月で10回目だぞ? なんで3日に1回はお前のふざけたひょっとこお面を見なきゃいけないんだよ。 顔面粉砕するぞ、ミンチにすんぞ」

 

「奇遇ですね、俺もなんで3日に1回の割合でおっさんと密室で過ごさなければいけないのかとずっと思っていたんですよ」

 

「それは俺だって同じだよ。 いまからお姉ちゃんたちと遊ぶんだからさっさとこい」

 

 おっさんは溜息をつきながら俺のほうににじり寄る。

 

 そもそもなぜ俺がこんな目に合わなければいけないのか? 俺はひょっとこのお面をつけて黒のコートを羽織って、間違えてフェイトのブラをつけて牛乳を買いにきただけなのに。

 

 おっさんの足に合わせてこちらも下がっていくと、電柱のところに不審者の張り紙が貼ってあった。

 

『不審者に注意!! 黒のコートを羽織り、奇天烈なお面をかぶった下着泥棒が多発しております! 住民の皆様はみつけたらこちらの番号までご連絡お願いします!』

 

「ほーう……なるほどね。 こんなところに同志がいるとはな。 もっとも下着泥棒はしないけど」

 

 そしてこいつのせいで俺はおっさんと密室で夜を過ごすことになるんだな。

 

 俺は名前もしらない、顔も知らない相手に向かって呪いをかけることにした。

 



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03.おっさんと過ごす夜

「はーい、それじゃ椅子に座れー」

 

 健闘むなしくおっさんに捕まった俺は交番へやってきた。 そこではおっさんと二人きり。 みなさん、ちょっとだけ考えてほしい。

 

 深夜におっさんと二人きりだぞ? なにか間違いが起こるにちがいない。 ……そう、いつもは俺に冷たい態度をとるおっさんだって深夜の密室という魅惑増量世界によってその皮を脱いでしまうわけだ。

「あのな……いつもはお前に冷たい態度をとってるんだけどよ……」

 

「ちょ、まてよ。 俺ら男同士なんだぜ……?」

 

「そんなことわかってる……! だけど、俺のこの胸の高鳴りは抑えられないんだよ!」

 

「おっさん……!」

 

「……今日はまた随分と頭がおかしいな。 ついに蛆虫沸いたか? 相談くらいはのってやるぞ?」

 

 おっさんが菩薩のようなほほ笑みでこちらをみていた。 なんか死にたくなってくる。

 

「いえ、持病が発症したんで。 もう大丈夫」

 

「そうか。 まぁ若いときは色々あるもんだからな。 恋しかり友情しかり」

 

「おっさんが言うとキモイですね。 そういえば、おっさんは結婚してたよね? 娘さんもいた気がするんだけど」

 

 とりあえず話題をそらしてなのはたちが帰ってくるまでの間、退屈しのぎにおっさんと話しをすることに。

 

「まあな、これでも結婚してるぞ。 娘は二人いる。 長女が16歳で次女が7歳だ」

 

「離れてるな~。 でも長女はいい年だし、恋人の一人や二人いるんじゃない?」

 

「やっぱお前もそう思うだろ!!」

 

 いきなりおっさんが身を乗り出しながらこちらに近づいてきた。 近寄るなハゲ

 

「どうも最近おかしいんだ! 家に帰ってくるのだって19時だし、この頃は化粧もしてる。 それに服だってミニスカートやニーソとか萌え萌えで受けでいいのを買ってくるようになった! これは絶対男がいる! 毎日毎日学校でプレイしとるぞ、絶対そうだ! もしかしてお前か! お前がその男か!」

 

「落ち着けよおっさん、後半好きなシチュエーションが混じってるぞ」

 

 まあ、確かに学校でのプレイは興奮するよね、うん。 しかしおっさんが娘さんをこんなに溺愛してるとは……、どことなく士郎さんを思い出す。

 

 士郎さんもなのはのことになるとおかしかったからな。 授業参観のときや合唱コンクールのときだってはしゃいでたし。 父親というものはそういうものなんだろうか。

 

「だけど娘さんも17歳なんでしょ? だったら19時に帰ることや化粧なんて当たり前じゃないの。 ミニスカやニーソだって可愛いから履こうと思っただけかもしれないじゃん。 あんまり心配なら娘さんに聞けばいいだけの話だろ?」

 

「……この頃、口をきいてくれないんだ……」

 

「……ごめん」

 

 項垂れながら絞り出すように呟いたおっさんはとても小さく見えて、たまらずそう返してしまう俺であった。

 

 

           ☆

 

 

「つまりや、その同棲まがいなことをしている男性はなのはちゃんとフェイトちゃんの奴隷みたいなもんなんや」

 

『なるほど~』

 

 フェイトちゃんと二人で説明すること30分、身振り手振りを加えながら話していたのだがどうやらちゃんと伝わらなかったらしい……

 

「やっぱりそうですよね! なのはさんは女の子が好きなんですから、好き好んで男と同棲するなんておかしいと思っていたんです。 やはり奴隷用として置いておいたんですね!」

 

 嬉々として私の手を握りしめながら離さないように話すスバル。 この子の中で私がどういった位置に存在しているのかとても気になるのだが……聞いたら予想通りの答えが返ってきそうで聞けない。

 

「ち、違うってばスバル! わたしやフェイトちゃんが管理局の仕事で忙しいから家事をお願いするかわりに住まわせてるだけだって! ほんと奴隷みたいな扱いなんて断じてしてないから! ねえ、フェイトちゃん!?」

 

「そ、そうだよ! どちらかというと奴隷より主みたいだよ!」

 

 確かにそれは間違ってないかも。 我が物顔で家を占領してるし。 いつも間にか家を改造してコスプレ部屋とか撮影スタジオ作ろうとしてたし。 あの奇行に慣れてきた自分もアレだけど。

 

「そんな……だったら私はなにを信じて1年間頑張ればいいんですか!」

 

 むしろ何を信じていたのかこの娘に問い詰めたい。

 

「やめなさいよスバル。 なのはさんたちも困ってるでしょ。 それになのはさんたちは大人なのよ? 男性と同棲くらいするわよ」

 

「そんな、ティア!? ティアまでそんなこというの! ティアだってなのはさんたちのこと信じてたじゃない!」

 

「ええ、信じてるわよ。 けどね……だからってなのはさんたちに当たったら元も子もないでしょ?」

 

 スバルの肩に手を置きながら優しく説得していくオレンジ髪をツインテールにした女の子、ティアナ・ランスター。 この娘もスバルと同様私の直属の部下にあたる。 魔力は低いが冷静な判断力と視野を広くみる目があり努力を怠らない娘である。

 

 将来の夢はフェイトちゃんと同じ執務官らしいが、きっとこの娘なら立派な執務官になってくれるにちがいない。 げんに、暴走しているスバルを正気に戻そうとしているし。

 

「──だからその男性のほうをコロコロすれば私たちのなのはさんは戻ってくるのよ」

 

「その手があったか!」

 

 訂正、この娘も暴走していた。 というかいい加減私の疑惑もどうにかしてほしい。

 

「あのね、二人とも。 一つだけいいかな?」

 

「はい、なんですかなのはさん」

 

「ちょっとまってください、こういうことは部屋に入った後にいうのがセオリーなんだと思うのですが……」

 

「うん、そんな不安そうでありながら羞恥に悶えている表情なんてしなくていいよティア。 絶対に思っていることと正反対のこという自信があるから。 あのね、私はべつに女の子だけを好きってわけじゃないんだ」

 

「な、なのはその言い方だと……」

 

「え?」

 

 フェイトちゃんがオロオロした様子で話しかけてくる。 なにか間違ったこと言ったかな?

 

「なるほど、男性も女性もどちらもいけるというわけですね。 流石なのはさん……これがエースというものなんですね……!」

 

「私勘違いしてました……! やはり女の子もいいですけど、それなりに男性の方ともお付き合いしないとダメなんですね!」

 

「とりあえずいまのでエースのなんたるかをわかってもらわれたら困るんだけどっ!? 二人とも私が言ったことちゃんと理解したの!?」

 

 質問しようとした私だが二人ははしゃぎながら席に戻る。

 

「ねぇ、フェイトちゃん」

 

「うん、言いたいことはよくわかるよなのは」

 

 顔を見合わせて、ひしっと抱き合いながら二人で呟く

 

「「なんでわたしたちが女の子好きになってるの……」」

 

 こんなの絶対おかしいよ

 

(´・ω・`)・ω・`) 

/   つ ⊂  \

 

 

           ☆

 

 

「ただいま~って、なんだ二人ともまだ帰ってきてないのか」

 

 おっさんを慰めた後、速攻で帰ったのだが二人ともどうやら帰宅していないらしい。 日付だって変ったというのにまだ帰ってきてないなんてお兄さん怒っちゃうぞ。

 

「と、いうわけで疲れているであろうあいつらを溺れさせるために風呂を沸かしました。 温度は38°で二人をバカにするためにアヒルの遊び道具もいれておきます」

 

 小さい子どもの遊び道具であるアヒルくんが何故この家にあるのかはわからないが、おおかた世間でアヒル口というけったいなものが流行ったからだと推測する。

 

 それはともかく、目の前には熱々の風呂。 何故、俺がこんなものを用意したかというと……

 

「まずあいつらを風呂に入れて溺れさせます。 すると二人のうちどちらかが悲鳴を上げるはずです。 そこで俺が颯爽と登場するわけですよ。 介抱という大義名分があるわけだから、世の野郎どもがうらやましくなるようなことだってできてしまうわけである。 流石だな、俺」

 

「ただいま~、やっと帰れたよー」

 

「ほんと、大変だったよね~……。 あれから職場の空気がへんな空気になるし」

 

「ほんとほんと」

 

「おー、おつかれさん」

 

 丁度風呂が沸きあがったところで二人が帰ってきた。 二人とも、いかにもぐったりとした表情をしていていい具合に弱っている。

 

「いまから夜食作るから、その間に風呂でもはいってこいよ」

 

「うわー! お風呂沸かしておいてくれたの! ありがとう!」

 

「べ、べつにアンタたちのことが好きで沸かしたわけじゃないんだから! ただ、暇だったから沸かしただけなんだからっ!」

 

「フェイトちゃん、早く入ろう!」

 

「うん!」

 

 見事にスルーされた。

 

 さっさと風呂場にいく二人。 俺はそれを見送ったあと、夜食を作るべく冷蔵庫へと向かう

 

「まあ、胃もたれしない食べ物だから……うどんでいいか」

 

 ふたり分のうどんとネギを冷蔵庫から取り出す。 ネギを刻んでうどんを茹でる。 とても簡単な作業のように思えるが茹でる時間で固さがかわってくるから意外に難しい。 いまだに完璧なゆで時間にあったことがないのである。

 

 キャーーーーーーーーーー!

 

 ミクちゃんへのポエムを考えながら茹でていると、風呂場から叫び声が聞こえてくる。

 

 これを……まっていた!!

 

 火をとめ急いで風呂場へと直行する。 あくまで人命救助である。 幼馴染が大変なことになっているんだ。 俺は悪くないはず。

 

「どうした二人とも、倒れたか倒れたのか! そうだといってくれ!」

 

 ガラリと開けたその先には、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンがアヒルではしゃいでいた。 ……あれ?

 

「……なにしにきたの?」

 

「……知ってた? 俺って前世アヒルだったからさ、仲間を助けにきたんだ」

 

「へー……そうなんだ」

 

「うん。 あとさ……この状況でいうのもなんだけど、フェイトのブラ壊しちゃった。 ごめんね、フェイト」

 

 アイドルばりのスマイルを出したつもりが、ひょっとこのお面をはがすの忘れていたため失敗に終わってしまった。 というか、フェイトが指鳴らしながらこっちをみてるんですけど。 だったらこっちも貴様も胸を凝視してやるよ。 そう思ったところで、なのはの顔がドアップで目に映し出された。

 

「なにか言い残すことある……?」

 

「うどん伸びるから、早めに食べてください……」

 

 俺は目をつぶった。

 

 直後訪れる鈍痛

 

 叫ばれる罵声

 

 そのすべてを受け入れながら、俺はアヒルさんを胸に抱く。 頭の中にはそんな俺を見ながらも優しくほほ笑んでくれるミクちゃんの姿。

 

 あぁ……やっぱり俺にはミクちゃんが必要みたいだ。

 



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04.無職の朝は早い

サラマンダーもはやーい


『おはよう、ひょっとこ。 起きて、朝だよ』

 

「……んあ? ……もうこんな時間か。 せっかくミクちゃんにす巻きにされる夢をみていたというのに……」

 

 ミクちゃんの抱き枕をそばに置きながら可愛い声でなく我がエンジェルの目覚ましを止める。 おはようミクちゃん、今日も可愛いぜ。

 

「さて……きょうはジョギングにしとくか」

 

 クローゼットからランニングシャツとハーフパンツを取り出して手早く着替えを済ませ、玄関でランニングシューツを履き外へ出る。 うん、今日もいい朝だな。

 

   ☆

 

 突然だが無職の朝は早い。 というより俺の朝は早い。 まず起床時間からして頭がおかしいと思う。 なんといっても5時起きだ。 といってもこれにはちゃんとした理由があってだな……まず幼馴染の二人が6時には起きてくるのだ。 仕事だとぬかしながら。

 

 お前ら高校のときは寝坊して遅刻ギリギリだっただろうと言いたいところだが、これは成長の証なんだと思う。 なのはの胸は成長してないけど。 毎朝牛乳飲んでるのにな。

 

 まあそれはおいといて……二人が6時に起きるものだから俺は必然的に二人よりも早く起きて朝ごはんの準備や弁当の準備をしなければならない。 ならもう少しだけ遅くおきてもいいじゃないかと思うだろ? けどさ、体動かしておかないと太ったりするし、それが嫌なんだよね。 だからこうやって5時に起きてジョギングしたり散歩したりしているわけですよ。

 

「おうおう……ひょっとこくんじゃないかえ……。 おはようなー……」

 

「じいさんおはよう。 そろそろ天国へのカウントダウンがはじまりそうだけど犬の散歩して大丈夫なの?」

 

「えーえー、これはわしの唯一の楽しみじゃけんのう……」

 

 ワンワン! ワンワン!

 

「……言ってるそばから犬逃げ出したぞ、じーさん。 じーさんが持ってるのリードじゃなくてTバックだからね」

 

「なんとっ!? わしとしたことがうっかりばーさんのテーバックを持ってきてしもうた!」

 

 ばーさん無理しすぎだろ。 流石に若作りとかのレベルじゃねえよ。

 

「まあ、あんまり無理しないように気を付けてな」

 

 あまり話し込んでいるのもなんなんで軽く手をあげて走り去ることにした。 じーさんはじーさんで楽しんでるようだし。

 

「さて、シャワー浴びて朝ごはん作るか」

 

 適当に走って帰ってきた俺は、汗でべたべたしているシャツとハーパンを洗濯機にかけるとシャワーを浴びることにした。 べつにシャツもパンツもいま洗わなくても俺的にはいいのだけどなのはたちが嫌がるのでこうやって一人寂しく洗うことに。

 

 あ、なのはとフェイトの下着発見。 とりあえず分泌液でもつけておくか……。 いや、さすがにそれはやめておこう。 本人たちが見ている前のほうが気持ちいいしな。

 

「それにしても弁当どうすっかな~。 意表をついて逆日の丸弁当にでもするか」

 

 シャンプーで髪を洗い、リンスをした後バスタオル一枚でそう決意した。 どんな反応をするか楽しみである。

 

    ☆

 

「というわけで台所につきました。 まずは弁当を作ります」

 

 着替えたあと地底人と書かれているエプロンを着こなして台所に立つ俺。 気分はすっかり奥さんである。 新妻である。 裸エプロンでなのは達のベッドに飛び込みたい。

 

「さて……まずはなのはの弁当ですが、弁当箱いっぱいに梅干しを敷き詰め中央に白米をそっと置いた愛情たっぷりの逆日の丸弁当です」

 

 作り始めて1分。 これは俺の中でも最速のタイムである

 

「お次にフェイトの弁当ですが、ミートボールとからあげとポテトサラダにミニスパゲッティ、そしてごはんを敷き詰めます。 とりあえずフェイトは太らせるために別の箱におにぎりを2つほどいれておくとしよう」

 

 作り始めて20分。 なかなかの出来ではないだろうか。

 

 結構ポテトサラダはうまく作れたと思う。 まあ、作り方は意外と簡単です。 まず材料はジャガイモときゅうりとハムと卵。 コツはしっかりと粉吹きのときに水分を飛ばすことと半熟卵のとろとろかんである。 これが意外と難しい。 それにジャガイモだって茹でるのに結構時間がかかるんだぞ? お兄さんの秘密の魔法でそこは短縮できるけど。

 

 そんなこんなで弁当を作り終えてお次は朝ごはんである。 食パンをトーストへ、冷蔵庫からバターといちごジャムを取り出す。 お次はハムと目玉焼きを作って、ちぎったレタスやスライスしたにんじんなどをいれ自家製のドレッシングできれいに仕上げたサラダを3人分テーブルの上にのせる。 ふう……お次は二人を起こしにいかないとな

 

    ☆

 

「ウルフ11 目標地点へ到着した」

 

 なのはとフェイトの二人部屋に足を踏み入れた俺は、ポケットにいれていた携帯を耳に押し当てながら届かない電波を発信する。

 

「というかアレだよな。 こんな姿してたらそりゃ世の人たちに女好きと誤解されるわ」

 

 眼前で二人して抱き合って寝ている光景をみながらそう呟く。 なのはとフェイトの間で押しつぶされているウサギになりてえ。

 

 だが、そうはいってられない時間帯になってきた。 そろそろ二人を起こさないと大変なことになる。

 

「ということで、官能小説を朗読しながら二人を起こしたいと思います」

一度部屋に戻り持ってきたのは妹系女の子がのっている官能小説。 これで爽やかなモーニングをお送りすることに。

 

「宗谷の腰がズンズンと真奈美を突いていく。『いやんっ! 宗谷、もっとハゲしくぅ!!』」

 

「……なにやってんの?」

 

「……朝の発声練習かな」

 

 身振り手振りを加えて熱弁しようとしたところで、なのはから冷凍ビームが飛んできた。 あまりの冷たさに息子が縮み上がる。

 

「まあ、それはそれとして。 朝ごはんできてるからさっさと食べるざます。 そろそろ時間帯なんだし、隊長二人が遅刻なんて恰好悪いぞ」

 

「うん、そうするよ。 ほら、フェイトちゃん朝だよ~」

 

「うぅん……もっとお願い……」

 

「任せろ! 『真奈美、僕も限界』」

 

「いや、そっちじゃないから」

 

 フェイトからのアンコールに応えようとしただけなのにバタなのは本を取り上げてしまった。 まったく、これで参考書が一つ消えてしまった。

 

 なのはは寝ぼけているフェイトを起こすと、その場で本を破り捨て部屋から出ていこうとする──ところで振り返った。

 

「おはよう、今日も一日よろしくね」

 

「はいはい」

 

 さて……送り出したあとは遊びに行くか



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05.たのしいお昼

「「いってきまーす!」」

 

「うーい」

 

 朝食を食べ終え、歯を磨き仕事へ出かけて行った二人を玄関の外まで見送る。 二人を見送ったあとは本格的に家事をすることに。

 

 まずは朝食に使った食器を洗剤で泡立たしたスポンジで洗っていく。

 

「へへ……これがええんやろ? ここがお前の性感帯なんやろ?」

 

「いやんっ! やめてください!」

 

 黙って片付けというのも味気ないので一人芝居をすることに。 思わず息子が勃起した。 スポンジできれいに汚れを落としたら真っ白なタオルで一つ一つ丁寧に拭いていく。

 

「へへへっ……奥さんいい体してるじゃねえか……」

 

「いや、だめえええええええええええ!」

 

 人妻の設定で今度は芝居をすることに。 思わず息子が勃起した。

 

 そうこうしている間に食器洗いが終わったので、お次は洗濯物を干すことと掃除である。

 

「さて、二人のパジャマと昨日の服を洗濯機にかけたので、この時間を利用して家の掃除をしたいと思います」

 

 マイクを持ちながらリポーター風に言ってみる。

 

「さあみなさん。 現在私がいる部屋はあの高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの部屋でございます。 みてください、所せましとぬいぐるみが置いてあります。 やはり女の子なんですね、とりあえずエロ本を置いておきましょう」

 

 辺り一面にうさぎやカメ、猫に犬にカモメに白熊。 どれもこれもチャーミングな顔をしてやがる。 こいつらが毎日毎日二人に抱っこされてると思うとうらやましくてしかたない。 俺もキノコのぬいぐるみになりたい。

 

「まあ、二人がいない間に物色するのもアレなんでさっさと掃除をしてしまおう」

 

 クイックルワイパーで床のホコリを取りぬいぐるみには専用のスプレーをかけて丁寧に拭いていく。 ついでに靴下などが入っている場所から黒のストッキングを拝借し、頬擦りする。

 

 その心地よさにうっとりしていると洗濯機が俺を呼んだ。 まったく……可愛がってあげないとすぐ鳴くんだから。

 

 そんなこんなで1時間30分ほどで家事を終わらせる。 さてと……今度こそ遊びにいくか

 

             ☆

 

「それじゃ訓練終わりだよー、みんなお疲れ様―」

 

『お疲れ様です!』

 

「おつかれ、なのは」

 

「あ、フェイトちゃん。 おつかれさま~」

 

 長い訓練が終わると同時に別の仕事をしていたフェイトちゃんがやってきた。

 

「それでどうだったの新人たちは」

 

「うん、みんな光るものをもっているよ!」

 

 まだ経験が少ないけど、きっと此処にいる新人たちは将来管理局を支える子たちになると思う。 私たちのように。

 

「あ、そうだ。 みんなにこれ渡すの忘れてたよ」

 

「なんですか!? もしかしてラブレターですか!」

 

「落ち着きなさい、スバル。 まだ早いわ。 もっと好感度が上がってから……伝説の木の下で恥じらいながらなのはさんが渡しにくるはずよ。 ハァ……ハァ……テンション上がってきたわ……!」

 

「安心して、一生ないと思うから」

 

 どうしてわたしの直属の部下は二人揃っておかしいのだろうか。 家には頭おかしいを通り越して狂ってる男性がいるというのに。

 

「それよりも、はいこれ。 今日から一年間使うノートです。 え~っと、これはですね──」

 

「なのはさんの手垢!」

 

「汗が染みついてるわ!」

 

「ちょっと話を聞いてっ!?」

 

 ノートに頬を摺り寄せる二人をヴィータちゃんが後ろから殴ってくれる。 ありがとう、ヴィータちゃん。

 

「こほんっ。 これは訓練のたびに感想を書いて提出するものです。 見る人は私とフェイトちゃんとヴィータちゃんとシグナムさん。 毎回毎回その感想についてコメントしていきます」

 

「なるほど、文通というわけですね?」

 

「なのはさん……いじらしく可愛いです……」

 

 どういった解釈をすればそこにいきつくのだろうか。 というか、この娘たち絶対聞いてなかったでしょ。

 

「まあ、そんなわけですからちゃんと提出すること。 それでは解散!」

 

「あ! なのはさん、一緒にシャワー浴びましょう!」

 

「肌と肌をこすり合わせましょう! 大丈夫、なのはさんにならなにされても大丈夫です!」

 

「ちょっとまって、私の意見は!?」

          

「わーい、フェイトさんお昼ごはんですよ!」

 

「うんそうだね、キャロ。 訓練でお腹すいてるだろうからいっぱい食べようね!」

 

「はい!」

 

 私の可愛い娘であるキャロが可愛く頷く。

 

「あれ、なのはさんとフェイトさんはお弁当なんですか?」

 

「うんそうだよ。 彼が毎朝作ってくれるんだ。 これがなかなかおいしくて結構楽しみにしてたりして」

 

「そうそう、頭はおかしいけど料理は大抵できるよね」

 

 家事もそれなりに出来るし、頭はおかしいけど。

 

「なのはさんのお弁当……なのはさんのお箸、なのはさんのお箸=間接キス。 間接キス……!」

 

「ちょっとまってスバル!? なにいきなり私のお箸を舐めようとしてるの!?」

 

「スバル、まだ早いわ! 食べ終わってからにしないと」

 

「あ、そうだった。 ごめんね、ティア」

 

「あれ? 私には?」

 

 なのはも大変だよね、家にいても六課にいても誰かに振り回されてるような気がする……

 

「さて……とりあえずお腹すいたしお昼にしようよ! それじゃいただきまーす!」

 

 パカッ 

 

 オープン→逆日の丸弁当

 

 パタンッ

 

 クローズ→逆日の丸弁当

 

「あの……なのは?」

 

「……フェイトちゃん。 一応、聞いておくよ?今日のお弁当の中身なにかな?(#・∀・)」

 

「えっと……からあげとミニスパゲッティとポテトサラダとミートボールだけど(*´∀`*) 」

 

 それを聞いた瞬間、なのはがものすごい勢いで携帯を取り出し誰かに電話をかけはじめた。

 

「ちょっと! 逆日の丸弁当ってどういうことなの!? なんでフェイトちゃんのはちゃんとしていてなのはのは嫌がらせなの!」

 

「うわー、本当になのはさんのお弁当梅干しがほとんど占領している」

 

「ここまでくると、中央にのせてある白ごはんが怒りを倍増させるわね」

 

「ちょっと聞いてるの! なんで逆日の丸弁当なのか聞いてるの! 私の質問に答えて! ──って、留守電じゃん!?」

 

「落ち着いてなのは!? 一人でノリツッコミしてるよ!」

 

 怒りのあまりなのはが変になる。 というか、彼は留守電になんていれてあるんだろうか?

 

「ん? もう一つ箱がある。 あ、おにぎりが二つ。 それになのはが好きな具だ」

 

 もしかして彼かな? というか彼しかこんなことする人いないけど。 それにしても──

 

「許すまじ……!」

 

「なのはさん、私のごはんどうぞ!」

 

「むしろ私をどうぞ!」

 

 ──タイミングが少しだけ遅かったかも



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06.おっさんで遊ぼう

「さて、俺の予想だと今頃なのはが電凸してきて留守電と会話したあげくノリツッコミをしている頃だと思う」

 なんでわかるかって? だってなのはだもん。 バタなのなめんなよ、小さいころなんか手足バタバタさせてダダこねてたんだからな。 そのたびにアメ玉あげて黙らせてたけど。

 

 昔はね、愛玩動物みたいで可愛かったんだよ? いや、いまも可愛いけどさ俺のこと殴ってくるもん。

 

「まあ、それを見越して俺は携帯を置いてきたから問題ない。 帰ったら怒られそうだけど俺のトークスキルでなんとかしてみよう。 まずは遊びにきたんだから精一杯遊ぶぞ」

 

 少し大きな広場にきていた。 中央には噴水、そこから東にちょっといくと大きな芝生の遊び場があって、噴水の近くには他より一段高いへんな面積がある。 いまは大学生のあんちゃんたちがダンスの練習中である。

 

 俺はそれらを横目にみながら持ってきたサッカボールでリフティングを開始する。 コ○ンくんにも負けないぞ!

 

「しかしこのままリフティングというのも悲しいものだから、ここはひとつゲームをしようと思う。 ストラックアウトというものをご存じだろうか? 9つのマスを野球ボールやサッカーボールを使ってぶち抜くゲームである。 一昔前に流行ったような気がする」

 

 かくいう俺も中学校時代にしたものだ。 いまだ6枚抜きの記録は破られていないらしい。 いまの俺なら9枚抜きいけそうな気がするぜ。

 

 しかし残念ながらここにはマスとなるものが一切存在しない……。 いったいどうしたものか。

 

「しょうがない、この前を通った人にぶち当てよう」

 

 俺の餌食になった者は運がなかったということだ。 顔がバレないようにひょっとこのお面もつけることに。

 

 一人目……女子高生

 

「推定膝丈20cm、生足をいかんなく見せており寄せてあげるブラを着用しているな」

 俺の透け視力により基本的な情報を得る。 高校生というものは一生のうちで一番のブランド品であり人生の中でも輝けるときだと思っている。 現役という肩書が大事なのだ。 高校を卒業してしまうとどうしてもコスプレにしか見えなくなる。

 

 そう……なのはやフェイトのように。

 

 女子高生とはいわば熟したリンゴなのだ。 アウトかセーフかギリギリのラインにいるからこそ、輝きを放つ。 それはまさしく線香花火のごとく、消え去る一瞬を華やかに彩るのだ。

 

「こう書くとなのはやフェイト、はやてたちがババアだと言っているみたいに感じるがそんなことはない。 線香花火が終わったあとにやってくるのが打ち上げ花火だからである。 いろんな人と出会い、好きな人と結婚し子どもを産み、育児をして子どもを成人になるまで責任をもって育て、その子どもの孫を抱き、孫の成長をめじりにシワを寄せながら見守り孫の成人を見届ける。 それが終わったあとに彼岸の川で待っているであろう夫の元へと逝く。 お別れのときには沢山の人が涙を惜しんで泣くまいと上をみる。 それはまさしく打ち上げ花火と同じじゃないか」

 

 此処になのは達がいたのなら感涙しながら俺に抱きついてくるはずだ。 残念なことをした、その一瞬ならば胸を揉みしだくことができたというのに。 あ、ちなみにフェイトの胸ね。

 

「しかしながらさすがに女子高生に向かってサッカーボールをぶつけるのはためらわれる。 もっとこう……ぶつけても怒られなさそうな人はいないものか。 ん? あそこにいるのおっさんじゃね? いい的発見したぜ」

 

 女子高生より右におっさんを発見した。 なにやら書類を手に持っているぞ。

 

 いや、まてよ? おっさんって管理局員だよな、日本でいう警察官みたいなものだろ? そのおっさんに向かってぶつけるということは、すなわち現行犯逮捕につながってしまうのではないだろうか。

 

 ただでさえブラックリストにのっている俺だ。 こんなしょうもないことで捕まるのはいただけない。 それにおっさんには何かとお世話になっているはずだ、そんなおっさんにサッカーボールをぶつけることなんてできるのだろうか?

 

「それでも──男にはやらなければいけないときがある。 こんなことしたくないけど、食らえおっさん! 死にさらせ!!」

 

『うおッ!? なんだいきなりボールが──』

 

「ゴオオォオオオオォォオオオオオオオオォォル!!」

 

 全力で蹴ったボールは吸い込まれるようにおっさんの顔面へと熱いキスをしにいった。 おあついねえお二人さん。 ひゅーひゅー

 

 俺はそのままダンス練習をしていた大学生の中に突っこんでいく

 

「ついに全国制覇だぞ、おまえら!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

「次は国際大会だ! てめえら、気合は十分かッ!!」

 

『よっしゃあああああああああああああ!!』

 

「おい! そこの中学生、胴上げするからちょっとこい!」

 

「えっ!?」

 

 ノリのいい大学生に捕まって胴上げされる中学生。 なんか忘れているような気がするがいまはこの幸せな気分を味わっておこう

 

「みんなありがとう! みんなのおかげで俺はここまでこれた! 本当、おまえらは最高の仲間だったよ!」

 

「……そうかそうか、よかったな最高の仲間ができて。 大切にしろよ?」

 

「うん!」

 

「いい返事だ。 ところで、なにか重要なことを忘れている気はしないか?」

 

「いや全然!」

 

「そうかそうか、それなら教えてやろう。 ──貴様の現行犯逮捕の瞬間だ、ひょっとこ!」

 

 振り向くと鼻血を垂らしながら怒りのあまり角が生えたおっさんが立っていた。 おっさんいつの間に人間の皮を脱ぎ捨てたん?

 

「ごめんなおっさん、足が滑って」

 

「嘘つけ! 貴様のセリフは聞こえとったわぁ!!」

 

「きゃあああああああああ! おっさんが俺のケツ穴を狙ってくるううううううううううううううう!!」

 

「逃げながらお前は何言ってるんだっ!?」

 

 そこからはじまるおっさんと俺の追いかけっこ。 残念だったな、おっさん。 これでも俺は50m走で5.7を叩きだした男だぜ?

 

「待てといっておるだろうがああああああああッ!!」

 

 アメンボ走法で走ってくるおっさんに恐怖を感じた瞬間であった。

 

  ヘ( `Д)ノ     

≡ ( ┐ノ

  /



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07.MとMと ときどきSと

「まさかおっさんがあそこまで速いとは思わなかった。 鼻血垂らしながら全速力で走るから余計に怖かったぜ」

 

 おっさんと嬉しくない青春の汗を流した俺は帰宅早々シャワーを浴びながら先ほどのことをふりかえる。 道行く人が振り返ってたけどこれからのおっさんの信用が下がらないことを祈る。

 

「さて、シャワーを浴びましたので夕食の用意でもしますか。 今日の夕食はなのはが好きなものにします。 でないと俺の頭からザクロが飛び出してしまうからです。 ごめんねフェイト。 絶対フェイトが好きなものも近日中に作るから」

 

 案の定、携帯をみると着信が入っておりなのはのノリツッコミがはいっていた。 これはパソコンのなのは専用フォルダにいれておくことにしよう。

 

 それはともかくまずは夕食作りである。 愛用の地底人エプロンをつけ台所へ

 

「今日は薄切り肉のゆば巻きとわんこソバと煮物でいこうと思います。 では助手のミクくん、説明を」

 

「は~い! まずは材料の説明です! ゆば巻きは豚でもいいのですが折角なので牛の薄切りを使用します。 お酒とお塩に包むための大葉や一緒に食べるためのカイワレ大根を用意します。 あ、べつにカイワレはなくてもいいです。 そしてちょっとしたスパイスとして黒胡椒やわさびをいれるのもありですね。 湯葉巻きはお湯でもしゃぶしゃぶできるのですが、今回は豆乳でしゃぶしゃぶしましょう! 豆乳は美肌効果やダイエットにもいいそうです、それと生活習慣病の予防にもなるみたいですね。 ミクには関係ないですけど!」

 

「はっはーミクちゃん。 そんなことしなくても君は十分可愛いぜ」

 

「そ、そんなっ! て、照れちゃいます……」

 

 もちろん俺の一人芝居である。 あまり料理を作っている最中に喋るのはよろしくないけど勝手に口が動くのだからしょうがない。

 

「さて、同時並行で煮物もやっていきますが、シンプルに大根だけにしときましょう。 いっそのことふろふき大根にするのもありだな」

 

 ふろふき大根にするためには米のとぎ汁が必要なんだけどたっぷりの水と少しのお米で代用しちゃおう。

 

「わんこソバは二人が帰ってきてから作るとして、ゆば巻きも二人が帰ってきてから最終段階にはいればいいからもうやることはないな。 久しぶりに靴磨きでもしよう」

 

たしか革靴が汚れていたようなきもするし

 

「というわけで玄関である。 とくになにもない玄関なのだが、靴箱の後ろに年上系エロ本が挟まっていたりする。 正直俺も取ることができなくて焦っているのが現状だ」

 

 さっさと読んでおけばよかった。

 

 しゅこしゅこと革靴を磨きながら、ゲームの攻略法を考えていると外からふたり分の話し声が聞こえてくる。 どうやら帰ってきたようだ。

 

「ただいまー」

 

「おかえりんこ」

 

「ただいまん──あっ! ~~~!!」

 

 フェイトが顔を赤くしながらなのはの胸に顔をうずめる。 フェイト、埋める人選間違えてるぞ。 あまりの可愛さに写メってしまう。 今週の待ち受けにしよう

 

「あ、そういえばなのは、俺の愛情弁当どうだった?」

 

「ごめん、嫌がらせしか感じなかったんだけど……、それより今度したらほんとうに怒っちゃうからね!」

 

「それじゃ明日はもっと愛情こめて縦一列にちくわ並べていくわ」

 

「人の話聞いてたっ!?」

 

「ごめん、フェイトの胸見てた。 ほんとムッチリしてるよな」

 

 見かねたなのはが手に持ったバックで顔面を叩いてきた

 

「スーハースーハー、いい匂いだ」

 

「フェイトちゃん! リセッシュ取って!!」

 

「うん!」

 

「ちょっ!? なのはかけるとこ間違ってる! 俺じゃなくてバックだろ、そういうときは!?」

 

 俺の存在をリセットしたいとでもいうのかこいつは。

 

「わ~! なのはが好きな料理だ! やったあ!」

 

「へ、へ~! あんた、この料理好きだったんだ。 わ、わたしはそんなの知らなかったし……ほ、ほんとうよ! し、知ってたら……も、もっと早くに作ってたわよ……」

 

「だ、大丈夫? 無理しなくていいんだよ?」

 

「……うん、僕大丈夫」

 

 フェイトの優しさが心にくる

 

「ほらほら! 二人とも早く食べようよ!」

 

「うん、そうだね!」

 

「それじゃ手を合わせて、いただきまーす」

 

「「いただきまーす!」」

 

 みんなでしゃぶしゃぶすることに。

 

「そういえば、この豆乳にはなにか隠し味いれた?」

 

「俺の分泌液」

 

「「……」」

 

「いや、冗談だから二人とも咽喉に指つっこむのはやめてくれ」

 

 おまえら管理局の看板娘なんだろ。

 

 それから今日一日のお互いのことを報告することに

 

「絶対おっさんは本部でも活躍できると思うんだ。 犯罪者とかバッタバッタと捕まえれるぞ」

 

「だから犯罪者の君を毎日捕まえてるんじゃないの?」

 

「失敬な、まだ予備軍だよ」

 

「ねえなのは。 私はインタビューでるときなんていえばいいのかな?」

 

「とりあえず友達未満他人以上の関係ということにしておこうよ」

 

「なんで俺が報道されること前提で話し合いをしようとするの?」

 

 報道される奴は俺から言わせれば二流に決まってんだろ。 そんなヘマ犯すものか

 

「それにしても六課って明らかな人選ミスじゃね?」

 

「君は人生ミスだけどね」

 

「そのドヤ顔やめろ」

 

 湯葉巻きを食べながらキリッとこちらをみてくるなのは。 ちょっと誇らしそうにしてるけど、いま俺の人生否定したということわかってるのか?

 

「それにしても今日は疲れたからお風呂入ってもう寝ようかなー」

 

「そうだね、私もちょっと疲れたかも」

 

「それじゃ俺は二人のベッド温めてくる」

 

 席を立ったところで二人に袖をつかまれそのまま背負い投げさせる。 疲れはどこいったんだ。

 

「後片付け、お願いね♪」

 

「まかせろ、舌で丁寧に舐めとるから」

 

 グシャ

 

「なのはが履いているスリッパなら舐めればなのは味がするかもしれない……」

 

「フェイトちゃん! 変態がいるっ!?」

 

「こっちに振ってこないでよ!?」

 

 そんなに力いっぱい手で払わなくてもいいじゃないか。

 

「まあ、いつまでもこんな恰好だと近所に俺となのはの関係がバレてしまうのでそろそろ足をおろしてくれ」

 

「どういった関係なの?」

 

「M・Mプレイをする関係かな」

 

「それ成り立たないよねっ!?」

 

「ちなみにフェイトはSね。 自慢のザンバー俺のスイカバーを叩いてくるんだ」

 

「フェイトちゃん……」

 

「ちょっとまってっ!? いまの話信じる要素どこにあるのっ!?」

 

 フェイトがムキーってなってる間になのはが足を引っ込める。 パンツみえた! パンツみえた! 速報! なのはの今日のパンツは水玉!

 

「それじゃ風呂はいっておいで。 俺は片付けしてベッドの周辺に盗撮カメラ仕掛けておくから」

 

「片付けだけお願いね」

 

「ま……まかしとけ……」

 

「返事頼りなさすぎだよっ!?」

 

 一歩ごとに後ろを振り返る二人に溜息を吐きながら俺は台所へと向かう

 

「さて、箸を舐める作業にはいるかな」

 

 これも立派な後片付けだと思っている。

 



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08.コイキングなのは

 ピピピピピッ──ピピピピピッ

 

 静寂な空間に電子音が響く。

 

 ピッ──ピピッ

 

 自己主張をするように鳴り響く目覚ましは、誰かの手によってその主張をかき消された。 眠たげな眼をこすりながら高町なのはは体を起こす。 栗色の髪にいちごパンツが特徴の女性である。 時空管理局本局武装隊 航空戦技教導隊第5班に所属しており役職は戦技教導官。 わずか19歳にして魔導師ランクSオーバーの優秀な魔導師であり誰もが認める管理局の誇るエースオブエースである。

 

「フェイトちゃん、起きて。 朝だよ?」

 

「フェイトだと思った? 残念! ひょっとこちゃんでした!」

 

 パキッ

 

「指がッ!? 指があああああああああああああああ!?」

 

 なのはのすぐ横でカメラを回していた男性。 ベッドの中だというのに器用にひょっとこのお面をつけているこの男性は、高町なのは・フェイト・T・ハラオウン、八神はやてらの幼馴染である。 黒髪で人類史上稀にみるうざさが特徴である。 高町なのは&フェイト・T・ハラオウンが借りた家に所属しており役職は家事をすること。 わずか19歳にして二人に寄生していないと生きていけなく、ミッドで起こる小さな事件の大半の元凶を占めているミッドが嘆くエースオブエースである。

 

「あれ? そういえばフェイトちゃんはどうしたの?」

 

「べつの仕事だってさ。 なんでもロリコン宗教団体の弾圧に向かったとか。 だから朝早くから出て行ったよ」

 

「へ~、そうなんだ。 フェイトちゃんも大変だね。 それじゃ今日は一人で仕事にいくのか~」

 

「ああ、そのことなんだけどはやてからの伝言預かった。 昼の1時から出勤だってさ。 昨日買ったゲームをしたいから朝はいきたくないらしい」

 

「六課は大丈夫なのっ!?」

 

 なのはの悲痛な叫びが木霊する。

 

「それはともかく朝ごはんできてるぞ。 今日はフェイトに合わせてサンドウィッチにしてみた」

 

「やったー!」

 

 寝間着姿のまま、なのはは1階へと降りて行った。

 

 

           ☆

 

 

 フェイトは朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸いながら我が家へと帰宅していた。 朝早くから駆り出された仕事のほうも一時のケリはついたので自分はこうして帰っているわけだ。 あの宗教団体が私をみたときに呟いた『あと10歳若ければな~……。 チッ、ババアか……』という言葉は忘れない。 そんなことを考えているうちに見慣れた我が家へと到着、持っていたカギで玄関を開けリビングのほうへと顔をだす。

 

「ただいま~、二人ともいま帰ったよ~──って、どうしたの?」

 

「お~、フェイトおかえり。 サンドウィッチどうだった?」

 

「うん! すごくおいしかったよ!」

 

「おかえりフェイトちゃん! ……そろそろ答えてくれないかな? 君」

 

「え? なにが?」

 

「とぼけた顔しないでっ! なんでコイキングになのはの名前をつけてるのか聞いてるのっ!!」

 

 テーブルを思いっきりなのはが叩く。 フェイトはそのままなのはの向かい側にいるひょっとこのところまでいき後ろから画面を覗き込むことに

なのは/コイキング LV31

 

「ぶっ!?」

 

「あ~~~! フェイトちゃんいま笑ったでしょ!」

 

「ご、ごめんねっなのはっ!?」

 

「う~~~! ふんっ! どうせフェイトちゃんもわたし同様にへんなポ○モンに名前つけられてるもんっ!」

 

「ねえ、ちなみに私のポケモンは?」

 

「ピチューだけど」

 

「納得いかないんですけどっ!?」

 

 寝間着姿のままなのはが彼に抗議する。 あ、飴玉あげたら若干おとなしくなった。 もしかして不思議なアメかな?

 

「それよりフェイトは仮眠する? いまだったらオプションとして俺がついてくるけど、ちなみに寝させないぜ」

 

「仮眠の意味を辞書で調べてきたほうがいいよ。 そのオプションはいらないかな。 う~ん、あまり眠くもないし私もゲームに参加しようかな」

 

「オッケーオッケー。 ほんじゃなのはをサクッと倒すからその間にとってくればいいよ」

 

「ちょっとまって。 いまのは聞き捨てならないかも。 なのはだってずっとやってきたんだからね!」

 

「いっけー、なのは! はねる!」

 

「えッ!? えっと……こう?」

 

「なにしてんの? コイキングに決まってるじゃん」

 

「だましたねっ!?」

 

 今日もなのはのキレは健在で安心した。

 

「あれ? 二人の戦いは終わったの?」

 

「うん、俺の圧勝で」

 

「コイキングを手持ちにいれてる人に負けるわたしって……」

 

 どうやらフェイトがゲームを取りにいっている間に二人の勝負は終わったみたいだ。

 

「うわあああああん! フェイトちゃああああん!」

 

「だ、大丈夫だよ! 次は勝てるから!」

 

「わーーーい! フェイトちゃーーーーん!」

 

「ちょっと、近寄らないでっ!? いやぁっ!? 質量のある残像残しながらこっちにこないでっ!」

 

 あまりの恐ろしさにフェイトは泣き目になりながら後ずさる。

 

「同じ幼馴染なのにこの対応の違いは大変遺憾に思います。 遺憾の極みです」

 

「妥当だと思います」

 

「その認識こそが間違っているのだっ! もっと二人とも俺に優しくしてくれ! パフパフさせてくれ!」

 

「願望が漏れてるよっ!?」

 

「……ごめん、なのは」

 

「胸みながら言わないでくれるかなっ!?」

 

 二人で抱き合ってるとその差がわかる。 ミルタンクとコイキング、なんて世界は残酷なんだろうか。

 

「んで、バタなのがポ○モンやる気なくしたので俺とする? 大人のゲームする? つるのムチとか使っちゃう? いまならつるぎの舞もやっちゃうよ?」

 

「普通にパーティーゲームしよっか」

 

「あ~~! それじゃなのはマ○オテニスしたい!」

 

 なのはの提案でマ○オテニスをすることに。

 

「あっ!」

 

 なのは 右へ

 

 ボール 左へ

 

「今度こそ!」

 

 なのは 前へ

 

 ボール 後ろへ

 

「サーブなら!」

 

 なのは ダブルフォルト

 

 ボール ジュゲム回収

 

「つ、次こそは!」

 

 ガッ! ←コードをひっかける音

 

 ビターン! ←なのはが転ぶ音

 

「「……」」

 

「もうやめるもん!」

 

「な、なのはっ!? つ、次こそはできるから! 私も一緒に手伝うからっ!」

 

「こいつスポーツゲームできなさもSランク並みだよな」

 

 フェイトに泣きつくなのはをみながら思わずそう呟いてしまった。 とりあえず俺はお昼の準備でもしてこようかな。

 



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09.高町なのはの憂鬱

 昼間のゲームを終えてフェイトと二人で出勤してきた高町なのははいつも通り自分の机で仕事をしていた。

 

「「なのはさん、これお願いします!」」

 

「は~い。 二人ともお疲れ様~」

 

 すると自分の部下であるスバルとティアナが二人揃って一冊のノートを持ってきた。 なのはが一番はじめに訓練のときに渡した感想を書くためのノートである。

 

 ふと隣をみるとフェイトのほうにもエリオとキャロが二人揃って提出しにいってるところであった。 もともとこの感想を企画したのには理由がある。 それは隊長陣からみた新人達の動きや様子と新人達が思っている動き方などを、このノートを通してみることによってちょっとした意見交換会の役割を果たせればと思って企画したのだ。

 

 少しでも早く新人たちとの距離が近くなればと思っていたのだが、どうやらそれはなのはの杞憂に終わった。

 

 それがなのはにとって嬉しいのかどうかは別問題だが。

 

 それはさておき、なのははふたり分のノートをめくる。 どんな小さなことでもしっかり答えてあげようと思いながら。

 

スバルノート

 

『私は小さくても大丈夫ですから気にしないでください!』

 

ティアナノート

 

『なのはさん、シグナムさんに胸で負けてますが大丈夫ですか?』

 

「余計なお世話だよっ!? なにこの嫌がらせ!?」

 

 小さなところに対する励ましと質問に叫び声を上げながらなのはは席を立つ。

 

「どうしたんだ、なのは? 隊長がそんなことじゃ新人に示しがつかないぞ?」

 

「あ、ヴィータちゃん! ちょっとこれみて! 新人に示すどころか盛大に心配されてるんですけどっ!?」

 

「どれ……。 ……大丈夫、なのはより小さい人もいるからさ。 ま、どんまい」

 

「ヴィータちゃんにだけは言われたくないんですけどッ!?」

 

 優しいほほ笑みでなのはの肩を叩くヴィータ。 ヴィータは成長することがない(ひょっとこ命名・ロヴィータ)ので永遠に10歳程度の体なのだが本人はそれをポジティブに受け取ることにしている。

 

 俗にいう諦めの境地に達しているのだ。

 

「そういえばはやてちゃんはどうしたの? 見かけないけど……」

 

 なのはは仕事場を見渡すが親友である八神はやての姿は確認することができない。 六課設立のときは、『みんなと一緒に仕事せなサボってしまう!』そう言ってここに机を置いたはずなのだが……。

 

「ああ、はやてならゲームしてるけど? なんでもボスが強くてなかなか勝てないみたいだな」

 

「いやいやいやッ! みんなとか関係なくサボってるじゃんっ!? なんで、ゲーム>仕事なのっ!?」

 

「違うぞなのは。 ゲーム>>>>[越えられない壁]>>>>仕事だろ。 はやての中では」

 

「なんのために六課を設立したのさっ!?」

 

 今更ながらまともな友人が少ないことに頭を抱えるなのは。

 

「もういや……なんで私だけこんな目に……」

 

「なのはさんが泣いてるっ!?」

 

「スバルっ! なのはさんの涙をビンに詰めて! 一滴もこぼすことは許させないわよ!」

 

「わかった!」

 

「それでなのはさん、どうしたんですか? なにか嫌なことでもあったんですか?」

 

「現在進行形で起きてるよっ!」

 

 ヴー! ヴー!

 

 そんなときなのはの携帯からバイブ音がする。 名前を確認すると彼の名が。 何事かと(いぶか)しむが、とりあえず電話に出ることに。

 

「はいもしもし?」

 

『おお、なのは。 唐突にバナナ・マンゴー・ランドを作ろうと思ったんだけど、どう思う?』

 

 携帯を床に叩きつける。

 

「うるさいよッ!!」

 

「お、落ち着いてなのはっ!? 深呼吸、深呼吸だよっ!」

 

 駆け寄ったフェイトに抱かれながら、なのははゆっくり深呼吸する。

 

「ふう……ありがとうフェイトちゃん。 フェイトちゃんだけだよ、なのはの味方でいてくれるのわ」

 

「そんな……味方なら此処にだって沢山──」

 

「スバル……なのはさんの泣き顔みてイキかけたわ」

 

「甘いね、私はイッたよ」

 

「どこにいるの? フェイトちゃん?」

 

「……ごめんね」

 

 なにかを悟ったように笑う彼女にフェイトはそう返すしかできなかった。

 

 

           ☆

 

 

 リンディ・ハラオウンは大型デパートの地下食料品売り場にきていた。 隣にはフェイトがお世話している彼がエスコートするかたちで手を取っている。

 

「それにしてもなのはちゃん怒ってたけど、大丈夫なのかしら?」

 

「はっはっは、大丈夫に決まってるじゃありませんか。 俺となのはの仲ですよ? 困難な事件に立ち向かった俺たちですよ?」

 

「ふふっ、よく覚えているわよ。 プレシア・テスタロッサにシャンパンファイトしたあげくアリシア・テスタロッサにまでかけてプレシアを本気で怒らせたのよね」

 

「あのときは死ぬかと思いましたね」

 

「いっそ死んでもよかったのよ?」

 

「え」

 

 フェイトやクロノが仕事で忙しくなってからというもの、彼はこうやってよく買い物に誘ってくる。 大半は食材の買い込みなのだが、たまに服や下着を見に行くことも。

 

 正直なところ、彼が下着売り場にいくと警備が最大級にまで上がるのでこちらとしては勘弁願いたいところなのだが。

 

「それより、クロノのほうはどうですか? 最近会ってないですけど」

 

「エイミィと絶好調よ」

 

「明日速達でBL本を送りつけてやる」

 

「まって、なんであなたが持っているのか問い詰めたいのだけど」

 

「それは聞かないお約束で」

 

 この子はまったく変わらないわよね。 初めて会ったときもいまでも、変わることはない。

 

 フェイトやなのはちゃん、はやてちゃんが変わる中でただ一人変わることなく過ごしてきた彼はある意味凄いのかもしれない。

 

「ちなみに今日の夕食はなにかしら?」

 

「そうですねー、フェイトが好きなドックフードにしようかと」

 

「人の腕とは簡単に千切れるものなのよね……」

 

「ごめんなさいリンディさんっ! 冗談ですから、冗談ですから腕を引き千切ろうとしないでくださいっ!?」

 

 やっぱり、彼に限ってそんなことはないか。



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10.白パン大好き スカリエッティ

 仕事が終わり就寝前ののんびりタイムをなのはとフェイトは女性雑誌を眺めながら楽しんでいた。 これでも花も恥じらう19歳。 いろいろと思うところがあるのだろう。

 

「あ、なのはの恋人はすぐ近くにいるかもだってよ?」

 

「フェイトちゃんこそ、ずっと傍にいた人だってよ?」

 

「けど私たちの近くにそんな人いたっけ?」

 

 フェイトの疑問によってなのはは考える。 すぐに浮かんできたのは神様が人類に苦しみを与えるために生み出した存在であろうひょっとこのお面を被った男だった──のだが

 

「うん、ないよね」

 

「そもそもあれって人間なのかな?」

 

「分類上人間に入るかな。 残念ながら」

 

 ずっと傍にいた……というのもあるのかもしれないが、彼は恋愛対象にはいらないのではないだろうか。 だって無職だし、頭おかしいし。

 

「けど意外に高校のときとかモテてたよね。 バレンタインのチョコとか女子全員から貰ったって聞いたよ?」

 

「そのうちの9割が至近距離からチロルチョコ投げつけられたという結果だけどね。 あのときは別の意味で鼻血だしてたよ」

 

「残りの1割は?」

 

「遠くからアンダースローでチョコパイ投げられてたよ」

 

「……それバレンタインを口実に日頃の恨みを晴らしてるだけなんじゃないのかな?」

 

 少しだけ不憫に思うフェイト。

 

 トントントンッ

 

 そんなとき、2階から彼が降りてくる音がした。 あとは就寝だけであるがまたゲームでもするのだろうか?

 

「ご機嫌な蝶になったから、きらめく風にのって彼女の元へといってくる」

 

「はいはい、捕まらない恰好でお願いね」

 

「まかせろ」

 

 なのはは六課の猛攻撃によって疲弊しており、うんざりした顔で手を振った。

 

 彼も19歳だ、さすがにへんな恰好で深夜徘徊なんてしないだろう。 そう思って振り向いた先に文字通り蝶がいた。 黒の触覚に黒い(はね)。 鱗粉を真似ているのだろうかところどころラメがはいっている。 口には曲げたストローを咥え、足には黒のニーソ。

 

 どっからどう見ても360°全方位で変態である。

 

「なんで自信満々に返事したのっ!? 捕まる気満々じゃんっ!? というかそれ私のニーソだよねっ!?」

 

「なのはだけだと不公平だと思ってフェイトの髪を結ぶリボンで蝶ネクタイを作ってみました。 蝶だけに」

 

「そういう問題じゃないからっ! いまので一気に不機嫌になったよっ!」

 

「それお母さんに買ってもらったのにぃ……。 ひどいよ! あんまりだよ! もう捨てるしかなくなったじゃないのっ!」

 

「そこまでいくのっ!?」

 

 流石のひょっとこも驚きのあまり声を上げる。 フェイトは泣き目でなのはによしよしされている。

 

「もういいもん! 二人が構ってくれないから遊びにいくもん! このペチャパイ!」

 

「それ個人攻撃してるよね!? 二人じゃなくて一人に言ってるよねっ!? というかペチャパイじゃないもん! ちゃんとあるもん!」

 

「つ、捕まっても引き取りにきてあげないんだからねっ!!」

 

「はっはー!! そこらの二流と一緒にするではない!」

 

 そういってひょっとこは勢いよく玄関から飛び出したのだった。

 

 

           ☆

 

 

「とはいったもののすることはないんだよな、これが」

 

 深夜の道を一人で歩く。 歩くたびに翅がヒラヒラ、鱗粉パラパラ、触覚フヨフヨ、うざいことこの上ない。

 

「ん? あそこにいるのは誰だ?」

 

 ひょっとこからみた真正面の家の周辺で黒コートを着て天狗のお面を被った男がウロウロとしていた。 じきにその男は家へと侵入し、白のフリルつきパンツを手に取って頬ずりする。 どっかみても変態である。

 

 やがて何かに気付いたかのように男はそっと家を出てひょっとこのほうへと歩いてくる。

 

 すれ違う二人

 

 その瞬間、ひょっとこは声をかけた。

 

「まちな、あんた」

 

「……なにかね?」

 

 男は足を止める。 その手には白パンツ

 

「白パンツをとるとはいただけないな。 何故その横にある縞パンを取らなかった。 白と水色で可愛かったはずだ」

 

「ふんっ、縞パンだと? 君は何をいっているのかね? そんな前時代的な遺物にまだ未練を感じているのか?」

 

「なんだと……!」

 

 ひょっとこは思わず距離を詰める。 蝶ルックスで

 

「君のような者がいるから時代は足を前に出しあぐねているのだよ」

 

「ほう……その言い方。 まるでお前が時代を先取りしているかのような口ぶりじゃないか」

 

「当たり前だよ。 これでも私は天才なんだ。 時代を読むことなんて動作もないよ」

 

 黒コートの男は一歩詰め寄る。 白パンツを手に持ったまま

 

「何を言ってるんだ。 縞パンはその人自身を若干幼くさせロリに魅せる効果があるんだぞ。 白パンごときができると思っているのか?」

 

「甘いね、君は白パンの凄さをわかっていない。 純白な白から生み出される染みがどれほど興奮するものなのかわかっていないようだ」

 

「ふんっ、まだそんな段階とはな。 その段階ならば俺は5歳のときに幼馴染がおねしょをしたことによって到達しているぞ」

 

「幼馴染……だとッ!?」

 

 男の目の色がかわり、体をプルプル震わせる。

 

「……君には幼馴染がいるというのか。 それこそ人類が生み出した究極にして至高の存在である幼馴染がッ! モーニングでは勝手に自分の部屋にはいってきて寝顔を見ながらクスリと笑う幼馴染がッ! 一緒に登下校したりお弁当を食べたりして、ちょっと可愛い子に目がいってると膨れっ面になって怒ってくる幼馴染がッ! 夜には夕食を作りに来てくれ、そのまま夜の営みまで逝っちゃう幼馴染が君にはいるというのかねッ!」

 

「はっはっは、うらやましいか?」

 

「うらやましい!!」

 

 なんとも素直な男である。 しかしながら、この男が彼の現状を知ったらどんな顔をするのか……それもまた興味深いものがある。

 

「しかしなんだね……、ここらへんにも君のような若者がまだいるとは、世界もなかなか捨てたものじゃない」

 

「それは俺も思うよ。 あなたのような人がいるとは、あなたとなら趣味が理解できそうです」

 

「ふむ、まったくもって同感だ」

 

 およそ人類の底辺のような二人がまるで人類の代表者かのように話す姿はみていて頭が痛くなってくる。

 

「そういえば、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「私の名前は、ジェイル・スカリエッティだよ。 みんなからはアンリミテッドデザイア、無限の欲望と呼ばれているよ」

 

「なるほど、無限の性欲ですか」

 

「君の欲望は性の一方通行なのかい?」

 

 およそ正解といっていいのではないだろうか。

 

「して、君の名前は?」

 

「俺は正義のヒーローですからね。 名前は伏せています、みんなからはひょっとこと呼ばれていますね」

 

「ひょっとこくんか。 それではひょっとこくん、ともに道を極めていこうとではないか」

 

「ええ、あなたとなら極められると信じています」

 

 そういって、二人は固い握手を交わす。 決して途切れることのない、消えることのない、男と男、変態と変態が交わした約束であった。

 

「よかったな、ひょっとこ。 お前にも友達ができて」

 

「それに趣味も合ってるからな。 さて、今日は思いもよらない収穫もあったし俺は帰ることにするよ」

 

「そうかそうか、なら──ちょっと交番でお茶でもせんか?」

 

「おっさんって忍びの家系だったっけ?」

 

 

           ☆

 

 

『はい、もしもし。 高町ですけど』

 

「あ、なのは? 俺だけど……」

 

『ん? なんで家の電話? って、携帯置いていったのか。 それでどうしたの?』

 

「いや~……うん。 大変言いにくいことなんだけどさ、交番まで迎えに来てくれないかな?」

 

『さよなら』

 

「まってええええええええええッ! お願いだから電話を切らないでええええええ!」

 

 深夜の交番にひょっとこの声が木霊する。

 

 どうしてだ……一流の俺が二流のような失敗を犯すとは……!

 

 隣にいる友、スカリエッティに目を向けると

 

「あ、ウーノかい? そう、そうなんだ。 管理局の人に捕まってしまってね。 え? いやいや指名手犯だからとかじゃないんだけどさ。 えっと……白パンツを盗んじゃって。 あ、待ちたまえっ! ウーノ、これには深い訳があるんだっ!」

 

「パンツを盗むのに理由もなにもないだろう」

 

「そして俺が捕まったのにも理由はないんだがな」

 

「お前は存在するだけで理由になるからいいんだよ」

 

「……世界が俺の敵というわけか」

 

 そんなこんなでおっさんとお茶を飲みながらまったりと過ごすことに

 

 

           ☆

 

 

「どうもうちのバカがご迷惑をおかけしました」

 

 高町なのはは目の前にいる男性に深々と頭を下げた。 連絡がきてから1時間。 本気で来たくなかったのだがもしこなかったら交番の人にどれだけ迷惑をかけるか分かったもんじゃないので、嫌々ながらも引き取ることに。

 

 ちなみに水色の短パンに白のTシャツ姿である。

 

「いやいや、こちらも慣れたもんですからね。 ただもう少しおとなしくなってくれればこちらとしてもありがたいものですよ」

 

「とか言っちゃって、本当は俺と遊ぶの嬉しいんだろう?」

 

「黙ってて」

 

「ぐふぅっ!?」

 

 なのはのヒジがひょっとこのミゾに入る。 体を前に傾けながら必死に酸素を取り込んでいる幼馴染を冷たい目で見ながらもう一人捕まっていた人物の所へと向かう。

 

「あの~……すいません。 私の幼馴染がそちらを巻き込んでしまったようで……」

 

「いえ、こちらもドクターがそちらに迷惑をおかけしたようで……本当にすいませんでした」

 

「まともだっ! まともな人にやっと出会えたような気がするっ!」

 

「?」

 

 女性の対応になのはは感動して手を取る。 目にはすこしだけ涙を浮かべていた。

 

「あ、あの……何があったのかわかりませんが、その……頑張ってください。 えっと、これも何かの縁ですし、お互いの連絡先でも交換しますか?」

 

「是非!」

 

 嬉々として携帯を取り出し互いの連絡先を交換する。

 

「え~っと、ウーノさんですか。 なんだか知的な名前ですね」

 

「ふふ、そちらもなのはとは可愛らしいお名前ですよ。 あなたにピッタリな名前ですね」

 

「当たり前ですよ、なのははコイの王様になるほどの素質をもっていますからね」

 

「話に加わってこないでよっ!?」

 

「いや、さびしいじゃん」

 

「後で付き合ってあげるからっ!」

 

「そんな……こんなところで告白なんて……」

 

「どんな思考回路してたらそうなるのっ!?」

 

 いっきにペースを乱され憤慨するなのは

 

「それよりスカさん大丈夫なんですか? なんかひどく打ちひしがれてるんですけど」

 

『……せっかく取ったパンツなのに……ウーノ、なにをしてくれるんだ……』

 

「気にしないでください。 それとパンツのほうはこちらで弁償することになりましたので」

 

 スカリエッティは泣きながらその場に立つ

 

「ひょっとこくん……今日はもう立ち直れそうにないから話はまた後日にしよう……」

 

「お……おう」

 

 ひょっとこが軽く引くくらい意気消沈しているスカリエッティはウーノと呼ばれた女性に手を引かれながらその場を後にした。

 

「それじゃ俺らも帰るか」

 

「とりあえずニーソは弁償してよね?」

 

「わかったよ。 それじゃこのニーソは俺が責任をもって処分しとくよ。 ……なのはのニーソ……ハァ……ハァ……」

 

「もう嫌だよ、この幼馴染っ!?」

 

 きっかりニーソを回収しながらなのはは交番の前で叫ぶのだった。



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11.円環の理に導かれたガジェットドローン

 

「あ、スカさん? どうしたのいきなり電話なんかしてきて?」

 

『うむ、ちょっと遊びにこないかと思ってさ。 君が喜びそうなものがたくさんあるぞ』

 

 昼も少しばかり過ぎたころ、友人であるスカさんから電話がかかってきた。 内容は自分の家に遊びにこないかという誘いであるのだが、いまからエッチなビデオを視聴したいので丁重にお断りをすることに。

 

「あ~、ごめんね。 いまから大事な用事があってだな」

 

『その用事とはよもやエッチなビデオを視聴することではないかね?』

 

「スカさん、エスパーになれるよ。 アンタ」

 

『ふっ、君の思考回路からすればそんなことだろうと思っていたよ』

 

 どうやらスカさんには俺の思考回路がわかるらしい。 普段幼馴染たちから頭がおかしいと言われている俺だが、本当はあいつらのほうがおかしいのではないか。

 

『まあ、そんなエッチなビデオよりか面白いものがみれるから期待するといい』

 

 そう言って、スカさんは電話を切った。

 

「いやいや、スカさんの家の場所わからないって。 ……しょうがない、全知全能森羅万象の理を操るGoogle先生で調べるか」

 

 

           ☆

 

 

「すいませーん、スカさんに御呼ばれしてきたんですけどー」

 

「はい、お待ちしておりました。 こんにちは、ひょっとこさん」

 

「あ、ウーノさん」

 

 先生で調べること10分、あっさりと場所が見つかったのでバイクを飛ばしていくことに。 これでもバイクの免許持ってるんだぜ? おっさんはねたりしてるけど。

 

 華麗にキリモミしながら飛んでいくおっさんはなんでいまも生きてるのか不思議でたまらない。

 

 そして俺のことを出迎えてくれた女性はウーノさん。 とっても優しくていい人みたいだ。(なのは談) ただ、こういう人ほどベッドで乱れると凄かったりする。

 

「ウーノさん、俺と一発ヤりませんか?」

 

「ごめんなさいね、私はドクターだけのものなの」

 

「スカリエッティ、出てこいやゴルァアアアアァァアアアアアアアッ!!」

 

 いまので俺の中の何かがキレた。 堪忍袋がプッチンされた。

 

 俺がいろんなものに八つ当たりしていると、奥のほうからスカさんが出てきた。

 

「ちょッ!? やめたまえっ! そこらへんには私がウーノに内緒で隠した秘蔵のエロ本がっ!?」

 

「ドクター、ちょっとお話しを伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「ち、違うんだウーノっ!? いまのは言葉のあやというやつでッ!?」

 

「あ、発見。 とりあえず没収な」

 スカさんがウーノさんにフルボッコにされてる間に秘蔵のエロ本を読むことに。 スカさん、さすがにふたなりはどうかと思うよ?

 

 

           ☆

 

 

「よくきてくれたね、我が友よ。 それにしてもよく来られたね。 家の場所を教えてないというのに」

 

「Googleで調べたよ」

 

「家の情報ダダ漏れではないかッ!?」

 

 なにやらスカさんが慌てた様子でパソコンにつけ、何かを操作しはじめた。 案外せわしない人なんだな。

 

「それでスカさん、なにをみせてくれんの? もしかしてあの秘蔵のエロ本のこと? だったら持って帰るからもういいよ」

 

「待ちたまえ、あれは私の最高に抜けるものなんだ。 返してくれないか?」

 

「床オナでもしとけ」

 

 ウーノさんとスカさんができてると知ったいま、俺はスカさんに容赦などしない。 つい先日男と男の約束をした気がしないでもないけど。

 

「こっちはエッチなビデオ見ながらなのはやフェイトの下着を嗅いで自慰をするという大切な用事があるんだぞ」

 

「君とあの娘がいまだにあんな関係でいられるのかがとても不思議なのだが」

 

「普通ですとなのはちゃんのほうが縁を切ってもよさそうですね」

 

「二人に寄生しないと生きていけないからな。 二人ともなんだかんだで俺を見限れないんだよ。 どうだ、うらやましいか?」

 

「誇ることではないぞっ!?」

 

「あなたのためにマダオという言葉がある気がします」

 

 マダオ=まるでダメな男

 

「ま、まあ、いいだろう。 それで今日君を呼んだのはほかでもない。 これをみてくれないか?」

 

「ふにゃちんですね」

 

「そこではないわっ!?」

 

 そういってスカさんは何かのスイッチを押した。 すると大きな鉄の扉が開けられる。 どうやら格納庫のようだ。 ちょっとワクワクしながら中をのぞいてみるとそこかしこに機体があった。 なんだこりゃ?

 

「驚いたかね? これはガジェットドローンといってね。 私が可愛い女の子を盗撮したいがために作った機体だよ。 完全ステルス製で、どんなところでも侵入できるよ」

 

 変態に技術力をもたしたらここまでのものが完成するのか。

 

 格納庫自体がとても大きいので数も尋常じゃないほど多い。

 

「うっわ~、ちょっとこれ面白そうじゃん! スカさん遊ばして遊ばして!」

 

「あ、これっ! ここらへんには緊急用に自爆スイッチが置いてあるのだからそこらへんを変に触ったら……」

 

 ポチッ

 

 ゴゴゴッゴゴゴゴゴゴゴゴッ!! ←ガジェットたちが自爆する音

 

「「……」」

 

「残念だけど、ガジェットたちは先に逝ったわ。 円環の理に導かれて……」

 

「導いたのは君だろうッ!?」

 

 スカさんが泣きながら訴えてくる。

 

「どうしてくれるのだっ! 私が研究に研究を重ねて作った可愛い子供たちを壊してくれて!」

 

「まあまあ落ち着けよスカさん。 ほら、エロ本やるからさ」

 

「それはもともと私のだろうっ!? なに君が家からもってきたみたいになってるんだっ!?」

 

「オーケーオーケー、かわりに俺が地道に盗撮した秘蔵のファイルをあげるからそれで許してくれよ」

 

「……さっきの件は見なかったことにしよう」

 

 流石スカさん、話の分かる人だ

 

「あ、もしもし? 警察ですか? ええ、ここに二人ほど変態がいるので逮捕をお願いしたいのですが……」

 

「「やめてくださいっ!?」」

 

 ウーノさんが連絡した直後、おっさんがものすごい速さでこちらに向かってきた

 

「ええい、最終防衛システムはどうなっているんだっ!?」

 

「スカさん、おっさんの前ではそんなもの無意味に等しいっ! ここは自力で逃げるしかないぞっ!」

 

「化け物にもほどがあるぞっ!?」

 

「おいっ!? おっさん多重影分身してないかっ!?」

 

 多重影分身をしながら俺とスカさんを追い詰めるおっさん。 この人は管理局の影のエースと呼ばれているに違いない。



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12.墓前に捧げる一つの酒

 カタカタカタ

 

「……」

 

 カシャカシャカシャッ!

 

「…………」

 

 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャッ!

 

「ティア、フィルムなくなっちゃったよ?」

 

「え? もうなくなったの? ちょっとまって、替えのフィルムあげるから」

 

「それより二人とも仕事してよッ!? なんで上司の私が仕事してる横で平然と写真撮ってるわけっ!?」

 

「なのはさん! その表情いいですよ、もう一枚!」

 

「なのはさん、こっちにもお願いします!」

 

「フンガーッ!!」

 

 なのはが両手を上げて猫のように威嚇のポーズをとる。 今日も六課は平和である。

 

 それを一番遠い席からオレンジジュースを飲みながらみているのは六課の部隊長である八神はやて。

 

 高校時代に、ひょっとこと色々やらかした伝説がある女性だ。 はやては横でペロペロキャンディーを頬張っている自分の家族であるロリっ娘ヴィータに話しかける。

 

「そういえば、スバルはなのはちゃんに助けられたからあんなに慕ってるのはわかるけど、ティアナはなんであんなに懐いとるかしっとる?」

 

「いや、全然。 大方なのは萌えとかの狂信者じゃない? ほら管理局にもいるし」

 

「ああ、そういやおったな、あの変な団体。 絶対に接触することなくなのはちゃんの危険になる存在であろう者たちを排除する、ある意味管理局の負の遺産やな。 けど、おかしいでアイツが排除されてないやんか」

 

「アイツはそんなものを超越する存在だからな」

 

「流石はミッドが嘆くエースだけある」

 

 思い浮かぶのはなのはのパンツやフェイトのブラに命をかける男の姿。

 

「それにしても気になるな~……」

 

 はやてはオレンジジュースを飲み終わりながら一人顎に手をおいた。

 

「いやああああああああッ!? ちょっと、それ私のリップ!?」

 

「か、間接キスに……!」

 

「私が左でスバルが右だからね」

 

「まあ、楽しそうでなによりやな」

 

 はやては眼前で繰り広げられる光景を見ながら彼に送りつけようと写メをとった。

 

 

           ☆

 

 

 

 翌日

 

 ティアナ・ランスターは一人なのはを待っていた。 今日の服は黒の服に黒のタイトスカートというおよそ六課では似つかわしくない服装である。

 

 若干緊張気味に自分の上司を待つティアナのもとにコツコツと一つの足音を響かせながらとある人物がやってきた。

 

「あ、ティア。 きょうは早いねって……その服装は?」

 

 そこまで言うとなのはは何かを思い出したような顔をして、納得したように頷く。

 

「あ、なのはさんおはようございます。 その……今日はどうしても外さない用事があって」

 

「そっか……月日が経つのは早いね。 うん、わかったよ。 あとで私も行くからお兄さんにはよろしくね?」

 

 その優しいほほ笑みがティアナの胸に浸透して、ゆっくりと広がる。 そんな感覚を胸に抱いたままティアナは一礼して六課を後にした。

 

 タクシーで目的地に着くまでの間、ティアナは昔を思い出す。 自分が変わった日のことを、なのはに出会った日のことを、そして──兄の親友と名乗った男が現れた日のことを

 

 

           ☆

 

 

 兄が死んだ

 

 それは小さな幼き日に起きた突然の出来事だった。

 

 息を切らせながら自分に報告を告げた人の胸倉を掴んだのは覚えている。

 

 そして変わることのない情報を前に崩れ去ったことも覚えている。

 

 そこからはまるでタイムワープしたかのように一瞬に何もかもが過ぎていった。

 

「おにいちゃん……」

 

 ティアナは知らず知らずのうちに兄の名前を呼んだ。 しかし墓の中にはいっている兄は可愛い妹の声に反応することはない。 どんなに呼んでも叫んでも自分が狂ったところで、兄ティーダ・ランスターが殉職したという事実はかわることはないのだ。

 

 空は兄の死を悲しむかのように嘆くかのように泣いていた。 自分の頬から伝わる雫が雨なのか涙なのか、もう判別できないほどだ。 ティアナが悲しみに打ちひしがれているとき、後ろから声が聞こえてきた。

 

「情けない」

 

 その一言で関を切ったかのようにさまざまな人たちが兄に言われもない罵倒をしだした。 なかには諌めようとした者もいたが、しかしながらその全てが無駄に終わる。

 

 腹が盛大に出たいかにもな男性がその全ての言葉をかき消すのだ。 ティアナは幼いながらも悟った。 この人がこの中で一番偉い人なんだろうと。 誰もが彼に逆らえない。 場を収めようとした男性もいまは黙って唇をキュッと結んで耐えているだけであった。

 

 世の中は不条理だ

 

 ティアナはそう思った。

 

 そんなとき、やけに間延びした声が辺りを支配した。

 

「あ、すいませ~ん。 ちょっと通してください。 あ、ダメッ! そんなとこ揉んだらアヒンッ! おっさん、いい趣味してるじゃねえか……。 なかなか受け入れられない道だけど頑張れよ」

 

「揉んどらんわ!? いまの一瞬で私の地位を落としたことがわかっているのかね!?」

 

 恰幅のいい男性がなにか抗議するが少年はどこ吹く風で笑っていた。 端正な顔立ちの少年である。

 

「よお、ティーダ。 期末試験受けてる間になに死んでんだよ、ダッセーな。 一緒に酒飲める年齢になるまで待ってくれるんじゃなかったのかよ」

 

 それはそこにいるもの全員を驚かせる言葉だった。

 

 少年は右手で持っていたウイスキーを開け墓に上からかける。 ドボドボと音をたてながら落ちる酒は処理する者が誰もおらず地面へとゆっくり浸透していく。

 

 やがて半分ほど減ったところで少年は注ぐのをやめ、かわりに自分が(あお)り──

 

「おえッ! 俺酒飲めないんだった……、おじさんその服かして……」

 

「ま、まちたまえっ!? もう少し我慢するんだ、すぐにエチケット袋をもってくるから!」

 

「もう無理……」

 

 オロロロロロロロロロロロロロロロロッ!

 

 恰幅のいい男性の服の中にむかって盛大に吐いた。

 

 それからは阿鼻叫喚の図であった。 男性は急いで帰るし、それに付き従う形で参列者は帰って行った。 何人か貰いゲロした人もいた。

 

「さて……スッキリした。 士郎さん、もっと度数が少ないのくださいよ……」

 

「あの……」

 

「ああ、こないほうがいいよ。 俺ゲロったから、臭いきついと思うし。 それよりそこのおっさんは帰らなくていいの?」

 

 少年が問いかけた先には、先程一人だけ場を鎮めようと頑張っていた男性がさっきと同じ位置にかわらず立っていた。

 

「此処に市民がいる限り、俺はこの場を動くつもりはない。 それより水をやるから口をゆすげ」

 

「おっさん気が利くじゃん」

 

「おっさんじゃねえよ、まだ若いに決まってんだろ」

 

 やがてこの二人がミッドの名物追いかけっこの主役を演じる二人になるのだが、それはまたの機会のお話にでもしよう。

 

「それじゃ未成年の飲酒も見逃してくれ」

 

 その言葉に男性は答えない。 答えることができない。 少年もそれをわかっているのか笑いながら楽しんでいるようだ。

 

「あの……!」

 

「ん? お、すまんすまん。 つい話し込んじゃった」

 

 少年はティアナの頭に手を乗せる。 そして子どもをあやすようによしよしとする。

 

「俺はティーダにお世話になった身でさ。 ビックリしたぜ……いきなり亡くなるなんて」

 

「殉職だ。 違法魔導師との交戦でさ」

 

「そっか……」

 

「ちなみにどんなお世話になったんだ?」

 

「パンツ盗んだときにちょっと」

 

「お前これ終わったあと、交番までこい」

 

「そんなぁっ!?」

 

 それは墓前で繰り広げられるコント劇、観客はティーダ一人だけ。

 

 やがて少年は墓の前にどっかりと座りこむ

 

「なあ、嬢ちゃん。 お兄ちゃんは好きか?」

 

「……はい」

 

「そっか」

 

 隣に座ったティアナは小さく答えた。

 

 やがてぐすぐすと小さな嗚咽が辺りを支配する

 

「悔しいか? 大好きなお兄ちゃんがあんなに言われて」

 

「悔しいです……! ものすごく! お兄ちゃんは、優しくて強くて! 私の憧れの人で……」

 

「俺もだよ。 あそこでおどけてなかったらあいつらぶちのめすところだった。 でもさ、そんなことティーダは望んでいないんだよな。 それで、嬢ちゃんはこれからどうすんだ? 言っとくが、俺が引き取るなんてエロゲ的な展開にはならないからな。 そんなことしたら、俺が幼馴染に殺される」

 

「……私は一人で生きていきます」

 

「金は?」

 

「なんとかします」

 

「一人はさびしいよ?」

 

「大丈夫です」

 

「今日のパンツの色は?」

 

「おまわりさん、この人です」

 

「おう」

 

「冗談ですからっ!? 手錠取り出さないでくださいよっ!?」

 

 少年は慌てたように男性を静止させる。

 

「私……」

 

「ん?」

 

「私、大きくなったら管理局に入って……お兄ちゃんをバカにした人達を見返したいです……! 執務官になって……見返したいです!」

 

 ボロボロ泣きながら、ティアナはふたりの前で喋った。

 

「魔力とかまったくダメだけど、それでも見返してやりたいです!」

 

「いい心意気じゃねえか。 だったら俺が天才に勝つ方法を教えてやるよ」

 

「……え?」

 

「天才ってのは99%の努力と1%の才能で成り立っている。 それに引き替え凡人ってのは100%の努力で成り立っているものだよな」

 

「……そうですね」

 

「だったら、120%の努力をすればいいだけなんだよ。 10%の才能をもつ奴には200%の努力をすればいい。 50%の才能をもつ奴には1000%の努力をすればいい。 100%の才能をもつ奴には10000%の努力をすればいいのだけの話なんだよ。 理論上はこんな簡単なことなんだ。 単純明快、ゆえに難しいんだけどな。 そもそも上限が100%なんて誰が決めたんだよ。 そんなもん100%までしかできなかった奴が決めたことだ。 俺はそんなもの認めねえよ、そんなクソみてえなくだらないものに自分の尺度を合わせる気はさらさらねえよ」

 

 それはおどけることが得意な少年が見せた珍しい姿であった。

 

「まあ、それを嬢ちゃんができるかどうかは別問題だがな」

 

 いつものように肩をすくめて、ちょっと挑発する。

 

「できます!」

 

 その挑発にティアナは大声で宣言した。 少年がニヤリと笑う。 そんなとき、遠くのほうで少女の声が聞こえてきた。

 

「あ、見つけたよ俊くん。 もうなのはのケーキだけタバスコ味にしたでしょっ! ……って、これは」

 

「よお、なのは。 前に話しただろ? ティーダさんのこと」

 

 たったそれだけでなのははすべてを悟ったように深く頷いた。

 

「そっか……大変だったね」

 

「へっ……」

 

 なのはは少年の傍らにいたティアナをそっと抱きしめる。 それはまるで優しい母親に抱かれたときのように暖かかった。

 

 なのはは抱きしめたまま、そっと自分のもっていた傘をティアナに渡す。

 

「風邪引いちゃうから、ね?」

 

 微笑んだ後、男性の元へと向かったなのはは敬礼しながら喋る

 

「時空管理局本局武装隊 航空戦技教導隊第5班 一等空尉の高町なのはです。 故人の死因及びお名前を教えてください」

 

「ハッ! 時空管理局 首都航空隊 一等空尉 ティーダ・ランスターであります。 死因は違法魔導師との交戦による殉職であります。 なお、犯人は捕まった模様です」

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

 なのはは頭を下げてお礼をいうと、墓へと向き直る。

 

 そして声高らかに宣言した

 

「勇気ある管理局員! ティーダ・ランスターに敬礼!」

 

「……え?」

 

「あなたの勇気ある行動を忘れません! あなたのおかげで沢山の市民が笑顔で日々を暮らせます! ほんとうに、ありがとうございました!」

 

 少年が少女が男性が、自分の兄の墓に向かって真剣な表情で敬礼する。

 

 まだ会って間もない人間が、会ったことすらなかった人が、自分の大好きな尊敬する兄に対して敬礼する。

 

 憐みでもなく、憐憫でもなく、同情でもなく、嘲笑でもない。

 

 そのことが嬉しくて、それがなによりも嬉しくて、ティアナ・ランスターは先ほどとは違う涙を流していた。

 

 あれから10分後、二人が帰る時間がやってきた。

 

「それじゃ、ティアナちゃん。 ティアナちゃんがくるの楽しみにしてるからね?」

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「ティアって呼んでくれませんか……?」

 

 モジモジと恥ずかしそうに眼をしながらもまっすぐとなのはに言っていくる

 

「うん! それじゃバイバイ、ティア」

 

 なのははひと撫でして立ち上がった。 傍らには少年が、ニヤニヤみながらティアナをみていた。

 

「お前って、天然ジゴロにもほどがあるよな。 まあ、それはさておき嬢ちゃん──ガッカリさせんなよ?」

 

 ニヤリと笑いながら少年は少女とともに、一つの傘を使って帰って行った。

 

 これがティアナ・ランスターの記憶

 

 全てが変わった日の出来事である

 

 

           ☆

 

 

「お客さん、到着しましたよ?」

 

「あ、すいません」

 

 過去を振り返っている間にどうやら目的地にはきたようだ。 ティアナはタクシーを降りながら思う。

 

 初恋の人は? そう聞かれたら高町なのはと自信満々に答えるだろう。

 

 一番の親友は? そう聞かれたら恥ずかしながらもスバル・ナカジマと答えるだろう。

 

 一番会いたい人は? そう聞かれたら兄のティーダ・ランスターと瞳を潤ませながら答えるだろう。

 

 では……一番気になっている人は? そう聞かれたらティアナは、思案顔になりながらあの日に会った少年と答えるだろう。

 

 あれから一度も会ってないのだ。 しかしながら毎年毎年、ウイスキーと花が墓前に置かれているところからみると毎年来てくれることはわかる。

 

 コツコツコツ

 

 墓への道を歩き、もうすぐ兄の墓が見えてくるあたりから男性の声が聞こえてきた。

 

 何事か? そう思いながらティアナは少し足を速めたどり着いた先には──

 

「悪霊退散ッ! 悪霊退散ッ!」

 

 ひょっとこのお面を被った男性が兄の墓に向かって塩を投げつけていた

 

「なにやってるんですかーーーーーっ!?」

 

「おうわっ!?」

 

 男性は驚き大きくのけぞる。 ティアナは駆け寄り胸倉を掴みながら問いただす

 

「人の兄のお墓でなにしてくれてるんですかっ! 訴えますよ!」

 

「ち、違うんだよっ! スカさんから貰ったスカウターで悪霊がみえたから俺が退治しようと思って──」

 

「その前に私があなたを退治しますよっ!!」

 

 スカウターを取り上げながらティアナは睨みつける。

 

「ビックリした~~……嬢ちゃんと鉢合わせするなんて」

 

「え?」

 

 小さくつぶやいた声をティアナは聞き逃さなかった。

 

「あ、俺そろそろ行かないと。 スカさんとマ○オカートする約束なんだよね」

 

「……へ?」

 

 男性は慌てたように早口でそうまくしたてると、スルリとティアナから抜け出し来た道を戻る──寸前でふと何かを思い出したように振り返る。

 

「嬢ちゃん、どうだ? あのときと比べると?」

 

 心配するような挑発するような声に先ほどまで振り返っていた過去の少年と重なった。

 

 いまでも少年は心配しているのだ。 きっと、これからも心配するのかもしれない。

 

 だからこそ──いまの自分がどんな状態にいるのか、どんな気持ちを持っているのか、この心配性な少年に伝えよう

 

「はい! とっても幸せです!」

 

 兄は失ってしまったけど、かけがえのない友と、大好きな人と一緒にいる。

 

 そんな私はいま幸せだと実感できる。

 

「そっか。 まあ体のほうはいまだガッカリボディだがな」

 

「なっ!?」

 

 少年から青年へと姿を変えたあの人は、そう笑いながら颯爽と私の前から姿を消した。

 

「なんか……かわってないなぁ」

 

「あれ? ティア、まだしてなかったの?」

 

「あ、なのはさん!」

 

 青年が消えたところから、大好きななのはさんが顔を出す

 

「えへへ……はやてちゃんが体動かしたいから、代わってほしいって頼まれてさ」

 

「はやてさんも凄い人ですよね」

 

「ティア、世の中にははやてちゃんよりヒドイ人がいるんだよ?」

 

「あっ……そうなんですか」

 

 というかこの人、さらりと幼馴染をヒドイ扱いしなかった?

 

「それより、ティーダさんがティアの報告を聞きたそうにまってるよ」

 

「あっ、そうでした!」

 

 そうしてお墓の前でなのはさんと二人手を合わせる。

 

 お兄ちゃん、お元気ですか?

 

 私は元気でやっています。 かけがえのない親友と、大好きな人。 厳しくも私を支えてくれる人達に囲まれて執務官になるべく勉強中です。 いまはまだ、経験も技術も足りませんがいつか立派な執務官になりたいと思います。 だから、だから安心してください。

 

 あなたの妹は、10000%の努力で頑張っています

 

 カランッ!

 

 そのときティアナの耳には確かに聞こえた。

 

 ウイスキーをいれたグラスに浮いている氷が溶けた音

 

 青年が墓前に捧げた一つの酒の音、そこから嬉しそうにはしゃぐ声が。

 




ティアナほんとすき


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13.六課へおでかけ!

『ユーノ、飯食い行こうぜ!』

 

『う~ん……行きたいけど仕事で忙しいんだよねー』

 

『まじか~……お前が欲しがってたケモナー御用達の写真集を手に入れたんだけど』

 

『命に代えても時間を作ろう。 でも僕が本当に欲しいのは……キ』

 

「さすがユーノ、話しの分かるやつが友人で助かったぜ。 でも何故だろう、悪寒で体が震えてきた」

 

 なのは達が仕事にいっている間に、暇だったのでユーノとメールすることに。 ユーノは管理局の無限書庫で働いているエリートだ。 そして俺は自宅警備のエリートだ。

 

「ひょっとこ君、ユーノ君とはどのような人なんだい?」

 

「え~っと、ケモナーですね。 小さい頃に俺が色々と調教してたら変な方向に進んでました」

 

「ふむ……なかなか興味深い」

 

 家に遊びにきていたスカさんがお茶を飲みながらそう呟く

 

「というか、スカさんは何しにきたの? 言っとくけど、なのはのパンツとかフェイトのブラは俺のだから渡さないよ?」

 

「いまのセリフがどれほど矛盾するセリフかわかっているかね?」

 

「ドクター、人のこと言えませんよ?」

 

 スカさんの横で紅茶を飲んでいたウーノさんが冷ややかな声で言ってくる。 どうしてスカさんにはウーノさんのようにきれいな人が振り向いているのに俺の場合はなのはとフェイトに魔力弾を撃たれているのだろうか。

 

「それにしても暇ですね」

 

「暇だね」

 

 掃除も洗濯も終わったのでやることがない。 ポ○モンのほうもあまり進め過ぎると二人が怒るし。 はっはっは、可愛いやつらめ。 俺がネタバレしまくったせいだろうけどな。

 

 そういえば、フェイトにネズミをペンキで黄色にしてピカチューと嘘をついて誕生日プレゼントにあげたことがあったな。 バレてリンディさんにフルボッコにされたけど。 あまりにもボコボコにされたんでクロノは怒る気がなくなって逆に介抱してくれたっけ。

 

 誕生日といえばアレだ。 なのはの誕生日ケーキにオリーブオイルかけまくって出したら美由紀さんが横から掠め取った事件もあったな。 あれ取った美由紀さんが悪いのにボコボコにされたし。

 

「……おれ、ボコボコにされた記憶しかないんだけど」

 

 どうなってんだ、俺の記憶

 

「お暇でしたらなのはちゃんが務めているという仕事場に行かれては?」

 

「「それだッ!!」」

 

 ウーノさん、ナイスアイディアですよ! いまのいままで気付かなかったけど、俺はなのはやフェイトの仕事場に行ったことがなかった。 これは……幼馴染として行っておく必要があるのではないだろうか!!

 

「そうときまれば早速電話しよ」

 

 携帯を取り出しはやてに電話をかける。

 

『久しぶりやな、宇宙一のバカ』

 

「久しぶりだな、銀河一のアホ」

 

「この場合、どちらがアホなのだろうか……」

 

『ん? なんや、誰かおるんかいな?』

 

「んー、友人がな」

 

『どんな関係なんや?』

 

「なのはとフェイトの関係かな」

 

『それは大変やで』

 

 いったい、はやての中であいつら二人の関係はどうなっているんだろうか?

 

『それにしてもどうしたんや? わたしいま仕事してんねん』

 

 はやてが仕事してる……だとっ!?

 

「おいおいおいおいおい、冗談は変態性だけにしとけ。 部隊長が嘘なんてみっともないぞ?」

 

『ほんとうにしてるんやって。 シグナムの喘ぎ声を編集中や』

 

「zipでくれ」

 

『だったらなのはちゃんとフェイトちゃんのパンチラ画像と交換やな』

 

「くっ……!」

 

 あの二人を人質にとるとは……いい度胸してるじゃねえか……!

 

「あの……ドクター。 何故彼がそんな画像もっているのかは訊いたらいけないのでしょうか?」

 

「彼だからだよ」

 

 そこの二人、うっさい。

 

『まあ、シグナムの喘ぎ声はちゃんと送るで。 それよりどうしたんや? 捕まったん?』

 

「お前らって、俺見るたびにそれ聞くよな。 そんな頻繁に捕まるわけないだろ」

 

 といいつつ、この頃のおっさんとの勝率はそこまで誇れるものじゃないのが現状だ。 どうしたものか。

 

「まあいいや。 いやまあさ、今日友人と六課に遊びにいこうと思ってるんだけどいいかな? ちょっとサプライズ的な感じにしたくて」

 

『サプライズ? どんな感じで?』

 

「俺がニップレスだけ装着した状態で登場するとか?」

 

『わたしは友人を一つなくすんやな……』

 

「一つと言ってる時点で友人のカテゴリーから逸脱してるだろ」

 

『性奴隷?』

 

「いやらしい牡犬ですっ! 思う存分ぶってくださいっ!」

 

 まあ、なんとか六課へ行く許可は下りましたとさ。

 

 

           ☆

 

 

 八神はやては耳から携帯を離し終了ボタンを押した。

 

「ふぅ……久しぶりやなぁ、アイツと会うんわ」

 

「ただいま~! ケーキ買ってきたよ~!」

 

「おっ? なのはちゃん、ちょうどいいところに」

 

 ジャンケンで負けてケーキを買いに行っていた高町なのは他多数が帰ってきた。 ちなみに六課は訓練0.5割、あとは好きなことと適当に書類仕事をすることになっている。

 

 何かがおかしい気がするが現状で外からの不満も内からの不満もないのでこれでいいだろう。 そのかわり一人一人が訓練してくれるなのはやフェイト、ヴィータやシグナムに質問しているようだし、なんとかなるだろう。

 

「ん? どうしたの? はやてちゃんが頼んだパフェならスバルがたべちゃったけど……」

 

「スバル、四つん這いになりいや」

 

「なにする気ですかっ!?」

 

 愉悦を含んだ表情のはやてを前にしてスバルは恐怖を覚えなのはの後ろに隠れる。

 

「助けてくださいなのはさんっ!」

 

「そういいながら胸揉まないでよっ!?」

 

 わしづかみしようとするスバルの手を振り払う。

 

「お~い、なのは。 あとがつっかえるから早く入ってくれよ~」

 

「あ、ごめんね。 ヴィータちゃん」

 

 後ろのヴィータに言われてようやく部屋に入る。 その後ろからゾロゾロと新人や副隊長陣も。 まるでカルガモ隊みたいだ。

 

 全員が入って、席に座りシャマルとなのはで人数分の紅茶を配り各々選んだケーキを食べ始めたところで、なのはがはやてに先ほどの続きを促した。

 

「それではやてちゃん。 さっきの話なに?」

 

「いやぁね、なのはちゃんとフェイトちゃんに会いたいって人がいるんや」

 

「え? 私にも?」

 

 チョコレートケーキをエリオとキャロにあげていたフェイトが驚きながら振り返る。

 

「そうそう、ちなみに男性やで」

 

「「男性ですとっ!!」」

 

 男性の単語を聞いた瞬間にスバルとティアが席を立つ。

 

「ダメです、純粋で純白ななのはさんに男性なんて似合いません!!」

 

「そうですよ、なのはさんはランスターの名を継ぐんですから!!」

 

「継がないよっ!? いつの間に決まってるのっ!?」

 

「そ、それで……なんで急に?」

 

 フェイトが少しだけ目線をキツくしてはやてを射る

 

「いや~……わたしは拒否したんやけど相手側が聞かなくて……うちの権力ではどうすることもできなかったんや……」

 

「はやてちゃん……」

 

「はやて……」

 

 顔を伏せるはやてになのはとフェイトは近づいてそっと抱きしめる。

 

「ごめんな、二人とも……」

 

「大丈夫だよ。 相手側にはわたしとフェイトちゃんで断るから」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「そうですよ、なのはさんに何かしたら私とティアがぶちのめします!!」

 

 その瞬間、部屋にいる皆の心は一つになった

 

「ちなみに、その人の職業はなんなの?」

 

「やっぱり、はやてより権力強いならそうとうだよね……」

 

 その二人の問いかけにはやては軽く涙ぐみながら答えた

 

「性奴隷や」

 

「「それ職業っ!?」」

 

 その瞬間、部屋にいる皆の心は恐怖でいっぱいになった。

 




すいません、急ピッチで作品を載せているため感想返信が後回しになっています。ごめんなさい、もうちょいまってください、なんでもしますから


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14.コイキングの本気

 機動六課──それは八神はやてがあらゆる知人の後押しによって作られた少数人数で動ける精鋭部隊である。

 

 SSランクの八神はやてをはじめエースオブエースの高町なのは、その相棒とまで言われているフェイト・T・ハラオウン、一騎当千の力を持つといわれる守護騎士などなど、おおよそ通常では考えられない高ランクの面子が揃っている。 まさに管理局のエース部隊であり、看板ともいえるであろう。

 

 というのは、建前であり実態は180°違うものだ。

 

 まず機動六課の立ち位置というのは一言でいえば“萌え担当”である。 世界というのは驚くほど広く、その広さの分だけ犯罪は絶えない。 そうするとどうだろう? お偉い人たちは毎日毎日眉間に(しわ)を寄せ、空気は悪くなるばかり、局員も人員不足によって疲労困憊のブラック企業並みの勤務時間。

 

 あげくのはてには管理局員の身でありながら違法行為に走ろうとするバカも出てくる。

 

 だがしかし──そんな管理局にも楽しみというものがある。 それが六課の部隊長である八神はやてが週一で発行する六課の新聞

 

『乙女の秘密を覗いてみよう♪』

 

 である。 何故週一かというと、単純にはやてが面倒なだけである。 ちなみに六課の人達は知らない。 理由は簡単、怒られるからである。 ふざけている? そう思う者もいるかもしれないが、これを取り入れたことによって管理局の中も大きく変わった。 まず肥えただけのデブのお偉いさんの顔が優しくなっていったのだ。 そしてダイエットするようになった。 後者はどうでもいいので前者のことだけ述べると、激務の最中、ちょっとうたた寝してしまったせいで書類が終わってない管理局員Aさんは叱られるの覚悟でお偉いさんの所へと向かう。

 

 するといつもは怒鳴ってばかりのお偉いさんが菩薩のような笑みで失態を許し、あろうことかAさんの仕事すらも引き受けたのだ。 お偉いさんの心境としては娘が頑張っているのだから、自分もがんばろうとかそんな感じだろう。

 

 それだけではない。 絶体絶命でいまにも瀕死の局員が新聞読みたさに生還してきた、なんて事例もある。

 

 それに伴い犯罪者逮捕率はうなぎ上りだ。

 

 さあ、ここで問題になってくるのが当事者というか被害者になっている六課の面々なのだが、管理局員の全員が暗黙の了解・約定としてこう血判してある。

 

『イエス六課・ノータッチ』

 

 たまたま出会ったときには話してもよい。 しかしながらその体に触れた瞬間、社会的抹殺と身体的抹殺の二つがまっているということだ。 そして驚くことに全員がこれに納得している。

 

 本当に管理局は大丈夫なのだろうか?

 

 

           ☆

 

 

「だ~か~ら~、俺たちははやてから了承貰ってるんだってば! このすっとこどっこい!」

 

「そうだね、私たちは正式な客人として招待されている身だよ。 君は門番程度の権力でたてつこうというのかね?」

 

「いや、ですから……そのお面を外していただかないかぎりにどうにも中へ入れることができないわけでありまして……」

 

 目の前で繰り広げられている光景を見ながらウーノは溜息を()いた。

 

 正直なところ、この門番の言っていることは正しいと思う。

 

 上半身裸でニップレスをつけた状態の男と白衣を着て頭に紙袋を被った男を六課の敷地に通すのはとても危険すぎるだろう。

 

「なんでだよ! ズボンだって履いてるだろ!」

 

 その調子で服も着てくれるとありがたいのですが……

 

「いや、それはわかっているのですが……ここはあの有名な六課ですので次元犯罪者が来る可能性も……」

 

「何を言っているんだね、君は。 わざわざ管理局に突っこんでいくバカな次元犯罪者がどこにいるのかね?」

 

 ドクター鏡みてください。

 

 ワーワーギャーギャーと騒ぎ立てる二人を横目にウーノは携帯を取り出す。

「あ、なのはちゃんですか? いま六課の前にいるんですが──」

 

「えっ!? 俊くん六課に来てるのっ!?」

 

 ウーノから電話をもらったなのはは思わず普段は口にしない幼馴染の名前を口にだした。

 

「なのはちゃんがあのバカの名前言うなんて……よっぽどのことやで……」

 

 長年一緒にいるはやては冷静にそう認識する。 普段は名前すら言わないのだから。

 

 そんなはやてをよそに慌てた様子でなのはは部屋を動きながら早口で電話の相手と話す。

 

「え~……ちょっと本当に困るってば……」

 

『すいません……私が提案したばっかりに』

 

「えっ!? いえいえ、ウーノさんなら大歓迎なんですけど……あのバカだと何やらかすかわかったものじゃなくて……」

 

 なのはは、う~ん、と唇をとがらせて考える。

 

「ちなみにいまなにしてますか?」

 

 まあ、六課の警備は厳重だからおとなしく待っているとおもうけど……

 

『警備員殴って侵入したところです』

 

「本物のバカがいたっ!?」

 

 なのはの叫び声と同時にけたたましく警報が鳴り響く

 

「え? え? なになに、どうしたの?」

 

「いやいやフェイトさん、呑気に紅茶飲んでる場合じゃあないですってばっ! 誰かが六課に侵入してきたんですって!」

 

 クッキーを食べつつのんびり紅茶を飲んでいたフェイトにスバルが叫びながら答えるのだが──

 

「う~ん……なのはが指鳴らしてるから大体侵入してきた人はわかるかな。 まあ、のんびりと紅茶でも飲みながらみてるといいよ。 私となのはがお世話している相手がくると思うから。 ……それより、なのはと私に会いたいって人遅いね。 一刻も早く断りたいのに」

 

 そのはやてが言った男性が警備員を殴って侵入してきたバカだと知ったらフェイトはどうするのだろうか。

 

「は、はあ……お世話ですか?」

 

「うん、お世話かな」

 

 納得したような納得してないような表情で頷くスバル

 

 その時、やけに慌てたような声と足音。 その後ろから何かを叫ぶふたり分の声が届いてきた。

 

 なのはに視線を移すと、右ストレートを打ち込むために極限まで腰をひねっていた。

 

 バタンッ!!

 

「みんな、大変だッ!! 侵入者が出たみたいだぞ!!」

 

「アンタだよッ!!」

 

「ぶへぁッ!?」

 

『スカさーーーーーーーーーーーーーんッ!?』

 

「……え? スカさん?」

 

 ドアを開けた瞬間、なのはは顔面に向かって打ち込んだ。 それを食らった男性はわけのわからない声を出して部屋から消えたのだが、自分の予想した相手と違ったので、おそるおそる自分が殴った相手を確認することに。

 

「スカさんっ! 大丈夫か、誰にやられたんだっ!?」

 

「ドクターっ! しっかりしてください!」

 

 みると泡を吹いて倒れている男性に必死に呼びかけている幼馴染。 泣き目でゆすっている友人。 幼馴染が自分の存在に気付いたのか、こちらをみていた。

 

「い、いらっしゃい。 機動六課にようこそ♪」

 

「気をつけろーーー! コイキングがギャラドスに進化したぞおおおおおおおおおお!!」

 

「ち、違うもんっ! 不可抗力だもんっ!!」

 

 片足を上げウインクしながら指をピンっと立てて可愛らしく言ったなのはに対して、ひょっとこはスカリエッティを抱きしめながら大声で叫ぶのであった。

 



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15.マスコット作戦

「「えーーーーーっ!? それじゃ、はやてちゃんがさっき言ったわたしたちに会いたい男性ってコレ!?」」

 

「そうやで」

 

 スカさんがギャラドスによってKOされてから10分、俺は床の上で正座をさせられていた。 こいつらがいうには反省の意味も兼ねてらしいのだが……真に反省すべきはなのはだと思うんだ。 だってスカさん殴ったじゃん。 泡吹いて鼻血流してたじゃん。 流石の俺も警備員に鼻血は流させてないぞ。

 

「いや~、おかげでなのはちゃんが本気で殴った映像も撮れたしよかったで」

 

「うぅ……あれは不可抗力で……その……本当はコレを殴るつもりだったのに……」

 

 もじもじしながら怖いことを言わないでください。 スカさん、俺を救ってくれてありがとう。

 

「まあまあ、ええやないか。 コレも本気でなのはちゃん達を心配してきてくれたんやで?」

 

「そうだそうだ! もっと言ってやれ、はやて!」

 

「ごめんな、下から必死こいてパンツ覗こうとしている奴を弁護できんわ」

 

 地に伏せながらなんとかスカートの中の楽園を覗こうと土下座体制でなのは達をみているひょっとこにはやては冷徹な目を向ける。

 

 その視線に気づきひょっとこは瞬時に正座の体制へと戻る。 そして周囲を2・3回見回した後、袖を拭いながら溜息をついた。

 

「ふぅ……危ない危ない、バレるところだったぜ……」

 

「もう遅いよ、なにもかも遅いよっ!? はやてちゃんのセリフ聞こえなかったのっ!?」

 

「え? どうしました、高町なのはさん。 そんなに大きな声を出してはいけませんよ?」

 

「誰のせいだと思ってるのっ!?」

 

「ちなみに、そろそろいちごパンツは卒業しましょうね?」

 

「個人の勝手じゃんっ! というか、いつの間にパンツみたのっ!?」

 

「ごめん、当たるとは思わなかった」

 

「zzうぇxrdcty9おいkじゅhygrてsxdcfvg!?」

 

 なのははバインドでひょっとこの両手両足を縛り、近距離から魔力弾を放つ。

 

「なんだか……なのはさん嬉しそうですね」

 

「これがそう見えるなら病院行ったほうがいいぞ、スバル。 どうみてもあいつを抹殺しようとしてる途中だろこれ」

 

 横にいるヴィータに話しかけるスバルだが、ヴィータはうんざりしたような様子で答える。 もしかしたら、今回のようなことがしょっちゅうあるのかもしれない。

 

「けど……どうしよう。 ねえ、ティア、あの人が同棲相手なら私たちはヤるしかないんだよね……──って、ティア?」

 

 みると友人であるティアが指をワナワナ震わせてカタカタと体を動かす。

 

「あれ……もしかしてお兄さん……? お面も一緒だし、声も一緒。 え? うそ? あんな人類の最底辺をいってるような人が私が気になっていた人……?」

 

「あの……ティア?」

 

 相方の様子がおかしいのに気が付き、そっと触れようとする──ところでティアがいきなりひょっとこのお面をつけている人に向かって駆け出した。

 

「あの! お兄さんですよね、ティアです! お墓で会った!」

 

「ちょっとまってくれ、いきなり妹感覚で話されても困る。 君が妹を名乗るなら縞パンをはいてフリフリのスカートを履き、ネクタイで可愛らしくきめてからまたきたまえ」

 

「いや、そうじゃなくて……お墓の前で会いましたよね!?」

 

「なのは、なのは、いま俺ナンパされてる?」

 

「はいはい」

 

「ヤキモチ焼く?」

 

「モチ焼くくらいならパン焼くよ」

 

「こいつ……こんなときまで高度な下ネタを……!?」

 

「いやいやどこがッ!? いまのどこが下ネタだったの!?」

 

 荒ぶるティア、しかしひょっとこはそれをひらりとかわし、なのはで遊び始める。 ティアはがっくりと肩を落とし、とぼとぼとスバルたちの所へ戻っていった。

 

「……よかったの? 俊くん」

 

「いいんだよ、これで。 嬢ちゃんの中では恰好いい男性なんてイメージが出来上がってるかもしれないしな。 それを壊したくないんだ」

 

「でもお墓に塩撒いたんでしょ?」

 

「寺生まれのTさん直伝の方法だぞ」

 

「知らないよ、そんなの。 もう……そんなことしちゃダメでしょ。 次やったら私が塩撒いちゃうよ?」

 

「潮吹いてくれるの?」

 

「死を撒いてあげようか?」

 

 レイジングハートを機動させながら俺の頬にペチペチと当ててくるなのははヤクザそのものです。 ギャラドスからレックウザに突然変異したぞ、こいつ。 とりあえずバインドを解いてくれたので、ひとしきり見渡すことに。

 

「なんというか……アレだよな。 六課って女多いな」

 

「せやな~、わたしがじきじきに選んだからな~」

 

「ああ、なるほど。 それは女が多くなるわけだ」

 

 はやてなら無駄な男なんていらないし、いれないだろうな。

 

「しかしはやて殿、こう女子(おなご)が多いとマスコットなるものが必要ではないか?」

 

「マスコットならなのはちゃんがおるで。 毎日毎日、かわいすぎて萌え死にそうや」

 

「まあ、なのはがマスコットなのは認めるかな」

 

「ねえ、それって喜んでいいんだよね? ちなみにそのマスコットはどんな役をするのかな? みんなに笑顔を振りまいちゃうとか……?」

 

「「オチ担当かな」」

 

「ひどいよ二人ともっ!?」

 

 まあ、いいじゃないか。 見てる分には面白いし。

 

「どうせ、アレやろ? 自分がマスコットになりたいとかいうんやろ?」

 

「べつにそんなこと思ってないけど、マスコットにしてください」

 

 いかん、願望が少し漏れてしまった。

 

 はやては溜息をつく。

 

「ほな、わたしが満足するようなマスコットの案をだしてみい。 それで判断するで?」

 

「こんなのはどうだろう? ひょっとこハム太郎とか」

 

「鳴き声は?」

 

「デゥクシ」

 

「18禁verは?」

 

「ひょっとこハメ太郎」

 

「喘ぎ声は?」

 

「ヒギィッ!?」

 

「わたしの負けや、採用」

 

「大反対だよッ!!」

 

 はやてと互いに肩を抱き合いながら健闘を讃えているところでなのはからストップがあった。 やはりなのはで遊ぶのはめちゃくちゃく楽しい。 俺も息子も嬉しすぎて反り返っている。

 

「ところでスカさん、目を覚まさないね」

 

「それだけなのはちゃんの右ストレートが強かったんや」

 

 やはりギャラドスは伊達じゃなかった。



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16.[速報] スカさんが生還した

アヒルタグがこの作品しかないのが悲しい


「スカさんが気絶してから1時間。 そろそろスレ建てようと思うんだけど」

 

「ほうほう、どんなスレタイにするん?」

 

「[コイキングの逆襲] スカさん余命1時間 [はねるコイは竜になり飛翔する] みたいなスレタイでいこうかなと」

 

「よし、わたしが建ててくる」

 

「やめてよっ!?」

 

 はやてとウキウキ気分でスレを建てようとしたところ、横から悲鳴混じりのなのはの声が聞こえてきた。

 

「え? どうしたの、なのはさん。 もといギャラドスよ」

 

「ちっ、ちがうってば! だ、だから……アレはそもそも間違いで……」

 

「ほんとは俺を殴る予定だった?」

 

「うん」

 

「おーい、スレ建てよろしく~」

 

「あいよー」

 

 はやてが自分のPCでスレを建てようとする──が、それをさせまいとなのはもはやての机に迫ってくるので後ろから俺が羽交い絞めすることに。

 

「もうよせ……! 戦いは終わったんだ……!! お前は頑張らなくていいんだよ!」

 

「ここで頑張らなかったら私は大変なことになっちゃうよ!?」

 

「胸揉んでいいっ!?」

 

「人の話し聞いてよっ!?」

 

「ハァ……ハァ……なのはタソのおっぱい……──って、あぶなぁっ!? 後ろからレバ剣飛んできたっ! おっぱい魔人がレバ剣飛ばしてきたっ!?」

 

「貴様を葬ればミッドの平和を守れるような気がしてな」

 

 あながち間違いじゃないから反論できない。 そうこうしている間になのはははやての元にいって、PCの電源を切ってしまった。 くそっ……! このおっぱい魔人め!

 

「俺となのはのスキンシップを邪魔するなっ!」

 

「それはセクハラというものだ」

 

「シグシグのおっぱいだってセクハラもんだろうが──謝るから、レバ剣を投擲しようとしないでっ!?」

 

 昔から守護騎士たちは冗談が通じないんだよな。 とくにシグシグなんて全く通じないし。

 

 ふいにフェイトと視線が合う。 逸らすフェイト、見つめる俺。

 

「……我が家のおっぱい魔人は俺と視線を合わすのも嫌なのか……」

 

「ち、違うよっ!? でも、ここで目線を合わせると面倒なことに巻き込まれそうだったしっ!」

 

 そういいながら、キャロとエリオを後ろに庇うフェイト。 お前はどんだけ警戒してるんだよ。

 

「べつにー、ちょっとシグシグにフェイトの胸囲の脅威を教えてあげようと思っただけなのに。 なー、ロヴィータ」

 

「ここであたしに振るのは宣戦布告と受け取っていいんだな?」

 

 守護騎士一のロリっ娘は俺に向かってアイゼンを構える。

 

「まあまて、ロリにはロリの魅力があると高校時代に──もう言わないから振りかぶらないでくれ」

 

 ブンブンと空を切り俺の頬にまで届いてくる風を受け、両手を上げ降参の構えを取る。

 

「そういえば、お前はさっきからコイツのこと“スカさん”って呼んでるけどダレなんだ、結局のところ」

 

 そういってスカさんを指さすヴィータ。 人に向かって指を指しちゃいけないって習わなかったのかコイツは。

 

「こーら、ロヴィータちゃんダメでしょ。 人に指を指しちゃ──」

 

「うるさい」

 

 ボキッ

 

「指があああああああああああああ!?」

 

 おかしい、あいつ絶対おかしい。 思考がなのはと一緒だもん。 絶対おかしいぞ。

 

 急いでシャマル先生の元へ

 

「シャマル先生、助けてくださいっ! おっぱいとロリの相乗効果が襲ってきます!」

 

「ま、まぁ……二人とも会えて舞い上がってるだけですよ。 たぶん……」

 

「ロリ巨乳なんて認めないんだよっ!!」

 

「そういう話じゃないですよね?」

 

 困惑しながらもシャマル先生は指を治してくれる。 やっべぇ……シャマル先生、便利すぎ。 シャマル先生いればフルボッコにされても大丈夫なんじゃね?

 

 シャマル先生から治してもらい、いまだに構える二人に向かってしゃべる

 

「スカさんはスカさんだよ。 下着泥棒してるんだ」

 

「おいちょっとまて、その紹介文がすでにおかしいだろ」

 

「発明者なのかな? なんか家に行ったとき大量のロボットがあった。 全部壊しちゃったけど」

 

「よく仲良くできてるよな」

 

 まあ、変態同士だからな。

 

 ロヴィータの隣にいたシグシグが疑惑の念を向けながらスカさんを見る。 どうしたんだろう?

 

「どしたの、シグシグミシル」

 

「今度言ったら前歯折るからな」

 

「お前らは苦痛以外で俺とコミュニケーションができないのかっ!?」

 

 絶対アレだ。 はやてがアレなせいで守護騎士たちも頭がアレになってるんだ。

 

「けどよ~……“スカ”って聞いたら次元犯罪者のジェイル・スカリエッティを思い出すんだよな~」

 

 ロヴィータの呟きにウーノさんの肩が一瞬ビクリと動く。 ロヴィータはそのまま視線をフェイトのほうに

 

「そういえば、フェイトはスカリエッティのことに関して調べてるんだよな?」

 

「う、うん」

 

「まじで? フェイトタソちょっと教えてよ」

 

「あ、ちょっとまってて」

 

 フェイトは自分の机に戻ると大きなファイルを引出から取り出し、戻ってくる。 それは大きく大きく膨れ上がっておりそれだけでフェイトがこれに真剣に取り組んでいるのだとわかる。 ロヴィータはスカさんのことを次元犯罪者だと言っていたが……あのスカさんがそんなだいそれたことできるのだろうか?

 

 フェイトはファイルを一枚めくって紙に書いてあることを読み始めた。

 

「え~っと、ジェイル・スカリエッティ・・・google検索で、間抜けな次元犯罪者は? っと打ち込むとgoogleさんから もしかしてジェイル・スカリエッティ? と質問される。 ミッド調べ 俺でも捕まえられそうな次元犯罪者 殿堂入り。 つい笑ってしまう次元犯罪者調べ 殿堂入り。 ワンパンで捕まえられそうな次元犯罪者 殿堂入り」

 

『ぶふぅっ!?』

 

 そこにいた全員が思わず笑ってしまった。 なのはとはやてに至っては痙攣を起こしてるほどだ。 かくいう俺も笑いを抑えられない。 いや、流石にgoogle攻撃は卑怯すぎるだろ。

 

 なのはが痙攣しながらフェイトに問いかける

 

「フェ、フェイトちゃん……それを追いかけてるの? あ、ダメ、笑いすぎてお腹痛い……!」

 

「う、うるさいなぁっ! 私だってこんな人だとは思ってなかったよっ!?」

 

 むしろそんな奴がどうやったら次元犯罪者になれるんだ? フェイトが調べてるってことはアレ関係かな?

 

 脳裏に浮かぶのは黒髪で俺のことを坊やと呼んだ女性。 手を伸ばし、掴んだはずなのにそれを振り払われた女性。 俺たちをフェイトに会わせてくれた女性であり、一図なほどの痛々しいほどの娘への愛情を魅せていた女性。 あれからどうなったか分からない……けど、きっと幸せな夢を見てるんだと思う。 娘さんと一緒に。

 

「どうしたの、気分悪い?」

 

「へ? いや、なのはとフェイトとヤってるところを想像してたんだ」

 

「頭カチ割るよっ!?」

 

「なにいってるんだよ。 あんなにも可愛い声で鳴いてたじゃないか」

 

「それ夢のことだよねっ!? なんで夢のことを現実であったかのように話しちゃうのっ!?」

 

 みるとフェイトのほうも、必死に誤解だと主張している。 ほんとこいつらの困った顔をみるのは面白い──けど、脈がないというのも考え物だ。 ここらで一発イケメンなところを魅せないといけないのではないだろうか?

 

 ということは置いといて、どうやらみんなには気付かれてないようで安心した。 ほら、なんか主人公みたいになっちゃうじゃない?

 

 ウーノさんが顔を赤くして俯いている。 そりゃそうだよな、スカさんの世間に対するアレが180°別ベクトルで有名になってる人だしな。 ウーノさん頑張れ!

 

 皆が笑っている最中、突然ドアが開いて声が室内を支配した。

 

『大変です! ミッド郊外にて犯罪者が出た模様! なお犯人は六課に対する侮辱を行い、六課が出動するのを狙っている模様です! どうしますか?』

 

「侮辱って具体的にどんなことなん?」

 

 冷静に聞くはやて。 流石は部隊長

 

『はい、六課はババアが多すぎる! とのことです!』

 

「全員、出動用意! 塵一つ残さへんで!」

 

『了解!!』

 

 声を荒げながら叫ぶはやて。 流石部隊長、目が殺意に満ちている。

 

 俺が女性たちの並々ならぬ殺意に震えていると、その殺意に当てられたかのようにスカさんが起きてきた。

 

「ん……ここは?」

 

「おはよう、スカさん。 いまから六課による犯罪者公開リンチが始まるけど、どうする?」

 

「……どうやったら管理局の萌え担当を怒らせることができるんだい?」

 

「まあ、乙女には色々と踏んではいけない地雷があるんだよ」

 

 ギャラドスなんか逆鱗に触ったようなもんだからな。

 

 とりあえず比較的冷静だったシャマル先生に頼んで、見学することに。

 

「スカさん、そろそろ紙袋取ってくれない? 袋全体に血がこびりついてて怖いんだけど」

 

 いまのスカさんは下手なホラーより怖いです。

 



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17.キレるはやてにご用心

 なんでもシャマル先生から聞いたところこれが六課初の出動みたいだ。 まあ、管理局の萌え担当だしふつうは出動とかないよな。

 

 ほんでもっていま俺とスカさんの目の前で繰り広げられている光景はなのはから新人達に贈るデバイス贈呈みたいなもんだね。 このデバイスたちがこいつらの相棒になるわけだ。

 

「はい、これでみんなデバイスは渡ったね。 これからはそれが相棒になるからみんな大事にしてね!」

 

『はーい!』

 

 ……なんだろう、この幼稚園に訪れたような感覚は。

 

 とりあえずみんなデバイスをもらってはしゃいでいるので、俺もなのはに近づいてデバイスをもらうことに。

 

「ねぇねぇ、なのは。 俺のデバイスはないの?」

 

「丁度いいのがあるよ。 はい」

 

 つ綿棒

 

「これでア○ル開発しろっていうのかよ!」

 

「まったく違うよっ!? どうして皮肉がつうじないのっ!?」

 

「フェイト! 優しくお願い!」

 

「きゃあああああああああああっ! こっちこないでええええええええええええええええええええっ!?」

 

 ムーンウォークでフェイトに迫る俺。 全力で逃げるフェイト。 またしても求愛行動は失敗してしまった。

 

「おーい、そろそろ行くぞー」

 

 部屋の入口でロヴィータがみんなを呼ぶ。 ロリのくせにだいぶ偉そうだな。 一発ガツンと言いたいところだがこちらが一発ガツンとアイゼンで打たれるのでやめておこう。

 

 ぞろぞろとなのはの後ろを歩く新人たち。 そんなカルガモ行進をみながら六課に喧嘩を売った犯罪者がどんな人物なのかワクワクするのであった。

 

 

           ☆

 

 

 犯罪者は使われていないビルに閉じこもっていた。 窓ガラスはところどころひび割れており、扉は錆ついてて閉められそうにない。 そんなビルの3階で犯罪者は叫んでいた。

 

『かかってこーい、六課のババア! へーい、六課はビビってる、ヘイヘイヘイ!!』

 

「……あいつ頭トチ狂ってるんじゃねえの?」

 

「うん、普段の俊くんを見てるようだよ」

 

 正直、俺がコイツと同レベルとか納得いかない。 俺のほうがギリギリ下回ってるだろ。

 

「それにしてもフェイトちゃん。 俊くん抱いてて大丈夫? 重くない? わたしが持とうか?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 なのはが俺を抱いたまま空中制止してくれてるフェイトに声をかける。 フェイトはそれに笑顔で答える。

 

「ごめんなー、フェイト。 どうしても近くて見たかったんだよ」

 

 俺はこんな時じゃないとこいつらの活躍とか仕事ぶりとか見ることできないしさ。 フェイトもそれがわかってくれてるのか笑顔で首を横に振った。

 

「ううん、きにしなくていいよ。 けど、あんまり無茶はダメだよ? バリアジャケット着てないんだし」

 

「ユニクロのジャケットなら貸してもらったんだけど、それじゃダメなの?」

 

「いや、根本的に間違ってるから。 ジャケットならなんでもいいわけじゃないから」

 

「というか、9歳の頃から俊くんジャケットがつけばなんでもいいと思ってるよね。 ほんと成長しないよね」

 

「お前の胸もな」

 

「フェイトちゃん、落としていいよ」

 

 謝るんで本気で離そうとするの止めてください。

 

「それよりさ……はやてどうにかしろよ」

 

 右に視線を移すと、歯ぎしりと憎悪と怒りで暗黒化してるはやてがいた。 いや……まあキレるのはわかるんだけどな? 下手したらこいつ犯罪者殺しかねんぞ。

 

 せっかく、非殺傷という素敵なものがあるんだし部隊長が殺しなんてしたら目もあてられん。

 

「あ~……ちょっと危ないね」

 

「危ないにもほどがあるぞ。幼馴染から人殺しが出るなんて御免なんでどうにかしたほうがよくね?」

 

「たしかに、ちょっとかけあってくるね」

 

 なのははそのまま水平移動してはやての近くまで行く。 あー……はやて言語失ってるわ。 とりあえずちょっと時間がかかりそうなんでフェイトとおしゃべりすることに。 新人たちとスカさんたちはヘリの中で見学。

 

 デバイス渡した意味なくない?

 

「ところでフェイトタソ。 エリオとキャロは元気にしてるかな? せっかく会えたのに話しをしてないけど」

 

「うん、大丈夫だよ。 エリオもキャロも素直でいい子だし、結構会えるの楽しみしてたみたい」

 

「え? まじで? それじゃ婚姻前の挨拶に行こうぜ」

 

「“それじゃ”の使い方が絶対あってないよねっ!?」

 

 リアクションとるたびにフェイトタソのおっぱいが当たって俺のザンバーがフルドライブしそうだ。

 

「おまたせ~、はやてちゃんと交渉してきたよ。 わたしが代理で執行することになった」

 

「犯罪者―――――! いますぐ逃げろおおおおおおおおおおおおお! はかいこうせんがとんでくるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「ちょっ!? やめてよっ! ギャラドスじゃないっていってるでしょ!?」

 

 いや、お前は危険すぎるだろ。

 

「ほら、犯罪者なんか命乞いしだしたぞ」

 

「ちょっとーーーー!? なんでわたしが執行になった途端土下座してるのーーーーっ!?」

 

「……人間は賢い生き物だからな」

 

「納得いかないよぉっ!」

 

 もう! なんでわたしだけいつもからかわれるのかな。 だいたい女の子に向かってギャラドスとかおかしくないっ!? わたしまだ19歳だし、あんなに怖い顔してないんだけどっ!

 

 なのはは一人犯罪者と対峙しながら幼馴染に憤慨していた。 後ろからはフェイトとひょっとこの能天気な会話が聞こえてくる。

 

 だいたいなによ、ちょっとフェイトちゃんのアレが大きいからってフェイトちゃんに抱っこされちゃって。 ニヤニヤしちゃって。 そんなにわたしは嫌なんですかー! すいませんねー、大きくなくてー! って話だよね。

 

 それはアレだよ? フェイトちゃんよりか大きくないけどはやてちゃんよりかはあるもん。 絶対平均だと思うもん。 いや……はやてちゃんって身長の割には大きいんだよね……。 普通にわたしより大きいし、でも認めない! それになにかにつけてわたしのこと苛めてきてさ、ほんっと小さい頃から変わってないんだから!

 

 3歳の頃からずっと一緒なんだよ? もっとこう……わたしに頼ってくるものじゃないの? 無職なんだよ? 普通わたしのことを頼ってさ、こう……『お願い、なのは! お前しか俺にはいないんだ!』 みたいな感じじゃないの?

 

 釈然としない想いがなのはの中でふつふつと沸いてくる。

 

 高町なのはという女性は俊がはじめて女の子と遊んだ相手である。 そしてそれからもずっと付き合いが続いている関係だ。 だからこそ知っている。 世界で一番彼のことを知っているなのはだから知っている。 彼の泣き顔も怒り顔も笑い顔も膨れっ面も死のうと思っていたときの顔も絶望の中にいた顔も──全部知っている。

 

 だからこそ、俊は自分を一番に頼ってくると思ったのだが──蓋を開けてみればそうでもなかった。 それは幼馴染として嬉しいことであるのだが……どうにも面白くなかった。

 

 あー、止め止め。 あんなデリカシーのない相手のことなんて考えても無駄だよね。 さっさと終わらせてシャワー浴びよ。

 

 なのはは気付いていなかった。 溜息をついている隙に犯罪者が泣きながら聖母に祈りながら魔力弾を撃ったことに。

 

「避けろ!! ナッパ!」

 

「へっ? うわぁっ!?」

 

 後ろからの声で現実に戻ったなのはは目の前の魔力弾を慌てて避ける。 これでもエースオブエースだ。 これくらい造作もないことだ。

 

ズガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!! ←ひょっとこ全弾命中

 

『アンタが当たるんかーーーーーっ!?』

 

「………………わ、私は悪くないよ?」

 

 遠巻きに見ていた新人たちの突っこみと、後ろを振り向いて冷や汗を流すなのは。

 

 やがて煙が晴れ、顔を下に向けているひょっとこと困惑したまま抱きかかえているフェイトが姿を現した。

 

 ひょっとこは何もいわずフェイトの肩を叩き、シャマルがいる地点を指さす。

 

 シャマルの所に降ろすフェイト。 シャマルは既に治療の準備をしていた。

 

『え? 本当は恰好よく避けて、ベ○ータみたいになのはに言うつもりだった? けど、フェイトと喋ってたらタイミングを逃して当たった? そう……それは大変だったわね。 予想以上に痛かったの? ユニクロ訴える? うん、確実に負けるからそれはやめましょうか』

 

 どうやら本当に痛かったようでその後もシャマルが通訳のような形で会話をすることに。

 

『そもそもなのはが避けるとは思わなかった? へっぽこの癖に?』

 

「……わたしも魔力弾当てちゃおっかな~……」

 

 小さくつぶやくなのはに聞こえないはずのひょっとこが小刻みに肩を震わせる。

 

 それが少しだけ面白くて、なのははひょっとこに聞こえるようにしゃべりだした。

 

 エースオブエース 高町なのは。 犯罪者すっぽかして幼馴染に日頃の恨みを晴らすことに専念する。 これが本当にエースオブエースで大丈夫なのだろうか?

 

 一方犯罪者は──

 

「誰かババアか言ってみいや! おぉ? はよ、いってみい! 言った瞬間わたしがその唇引き裂いてミンチにしてぼっこぼっこにしたるで!!」

 

 キレたはやてにフルボッコにされていた。

 



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18.犯罪者フルコンボ達成祝賀会 もう一発遊べるドン!

 六課の初出動が終わり、ほとんどなにもしていない新人達や一方的に犯罪者をフルボッコにしたはやてたちがにこやかな笑顔を浮かばせながら職場で菓子を食っていた。

 

「いや~、初出動もちゃんとできて六課も幸先がええな~」

 

「お前が一方的にボコって、新人たちはそれをみていただけだけどな」

 

「そういう俊くんは自滅して、シャマルさんに泣きついてただけだけどね」

 

 ……出動から帰ってきてからというもの、どうもなのはからキツイ言動が飛んでくる。 あれか? りゅうのまいで攻撃力でも上がったのだろうか?

 

 俺がシャマル先生に泣きついたことはかわらないのでここは黙って受け取っておくけど。

 

「にしてもあれだよな。 魔力弾ってやっぱ痛いわ。 19歳になったからもう大丈夫だろうと思ってたけど……これは成長するとかの問題じゃないよな」

 

「俊くんの頭は成長しないけどね」

 

 ……俺にはサッパリ理由がわからない。 しかし……しかしだな。 こう……好感度が下がっているような気がするのは確かなんだよな。

 

 そっぽを向くなのはにどうしたもんかと頭を悩ませていると、トッポを独り占めしていたはやてが急に顔を上げた。

 

「そや! みんなで祝賀会やらへん!? 初出動達成おめでとう祝賀会や!」

 

『おぉーーーー! 部隊長がはじめて真面目なこと言った気がする!』

 

「ちょっとまちいな。 わたしはいつだって真面目やったで?」

 

『……』

 

「なんで黙るっ!?」

 

 それはまあ、普段のお前がおかしいからに決まってるだろ。

 

「でも、祝賀会ってどこでやるの? 私たちは19歳だからまだ大丈夫だけどキャロやエリオはまだ子どもなわけだし……お店を貸し切ってやるのは反対だよ?」

 

「大丈夫や、フェイトちゃん。 場所はなのはちゃんとフェイトちゃんの家でやる! 二人のペットが一匹おるけど大丈夫やろ」

 

「おい、誰がペット。 もっとこう……愛玩動物とか別の言い方があるだろ」

 

「いや……そういう問題じゃないよね? 遠まわしに俊は人間じゃないって言われてるんだよ?」

 

 フェイトが可哀相な目で俺を見てくる。

 

「はっは、君と一緒にいられるのなら俺は人間なんてやめてやるさ」

 

「でも人間じゃないなら結婚とかできへんで?」

 

「やっぱいまのナシでお願いします」

 

 それは困る。 めちゃくちゃ困る。 どれぐらい困るかというと俺の息子が勃たたないくらい困る。 この頃使ってないから最近スネてるんだよな、こいつ。

 

「というか、okを出すのは俺じゃないからなんともな~。 フェイトとなのはがok出すのなら俺は何もいわないよ」

 

 あくまで俺は居候の身。 色々部屋を改造したり至る所に盗撮カメラを仕込ませたりしてるけど家長はフェイトとなのはだ。

 

「う~ん、私は別にいいよ。 キャロとエリオも行きたかっただろうし。 なのはは?」

 

「そうだね、わたしも別に──」

 

『なのはさんの部屋に侵入できるなんて!! やば、私この場で絶頂しそう!!』

 

『落ち着くのよ、スバル!! まだ早いわ! なのはさんが使っている枕やベット、小物用品で絶頂したほうが遥かにイけるわよ!!』

 

『流石だよ、ティア!』

 

「……わたしとフェイトちゃんの部屋に行くのは禁止でお願い。 というか一階だけ開放ということで」

 

「……妥当なところやね」

 

 狂喜乱舞中の新人二人を見ながらはやては溜息をついた。

 

 

 

           ☆

 

 

「え~っと、なのはとフェイトとはやてとシャマル先生とロヴィータとシグシグとザッフィーと新人4人にスカさんとウーノさん。 うひゃ~……結構な量を作らないといけないのではないか」

 

 場所は移動して我が家の台所で、俺は人数を確認して悲鳴を上げていた。

 

 家に帰るまでの間にも色々と問題が起こったのだが面倒なので省略することに。

 

 後ろのほうではパーティーゲームで盛り上がっている女の子たちの声が聞こえてくる。

 

『なのはちゃん、負けたら脱衣やで!』

 

『えっ!? そんなこと聞いてないよ! あ、ダメ負けちゃう!? あ~~~~!』

 

『ぐふふふ……さあ、脱ぐんや!』

 

「その役目、俺が受け持とう────おい、なんで部屋に結界張ってんだよ!! これじゃ見れねえじゃねえか!!」

 

 鍋とか皮抜きとか千切りとか料理のこと全てを投げ出してエプロンを投げ出しズボンを脱ぎパンツを脱ぎ捨てながら部屋に突撃したところ、はやてがそれを先読みしていたかのように結界を張っていた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお! 燃えろ、俺の小宇宙(コスモ)!」

 

 力いっぱい殴るが結界はビクともしない

 

『さあさあ、フェイトちゃんも脱衣の時間やで~~!』

 

『ちょ、ダメええええええ!』

 

「なんで俺には魔導師としての力がなかったんだ!! なのはとフェイトが裸で俺のことをまっているというのに……! こんなことじゃ、男失格じゃないか!」

 

「その前に人間失格じゃないのかね」

 

「服を着ろ」

 

「ひょっとこさん……」

 

 結界の前で全裸になったまま膝から崩れ落ちていると、傍で呆れ声と悲しそうな声が聞こえてきた。 前者はスカさんとザッフィー。 後者はエリオである。

 

「ああ、結界張る前に追い出したんか。 そこらへんはぬかりないんだな」

 

「まて、全裸のままこちらにくるな。 ぶら下がっているモノが左右に揺れて気持ち悪い。 まず人間として最低限の誇りを取り戻してからこちらにこい」

 

「そういえばザッフィーの毛でオナニーしたらどうなんだろ?」

 

「話を聞け馬鹿者っ!?」

 

 ワンコ姿のザッフィーに怒られた。 あとザッフィーの毛でオナニーしたらチンコが絡まって大変なことになるかもしれない。 こう……飲み物を飲んだときに対外に出す所からスルリと毛がはいってきそうだよな。

 

 脱ぎ捨てたものを拾い履く。 流石衣服。 聖母マリア様に包まれているような気がして落ち着くぜ。

 

「にしても久しぶりだな、エリオ。 元気にしてた?」

 

「あ、はい!」

 

 赤髪のエリオは子ども特有の笑顔で俺の質問に答える。 うんうん、この笑顔を見る限り大丈夫そうだな。

 

「ところでエリオはなに食いたい? 夕食作るの俺だし、特別に食べたいもの作ってあげるよ」

 

「えっ? いいんですかっ!?」

 

「うむうむ、可愛いエリオのためならお兄さん頑張っちゃうよ」

 

「あの……それじゃ……」

 

 少し恥ずかしいそうに顔を赤くするエリオ。 ごめん、エリオ。 俺、そっちの気ないんだ。

 

 やがてエリオは何かを決断したように言う。

 

「僕、お肉がいっぱい食べたいです!」

 

「そっかー、肉かー。 俺も好きだよ、肉。 うまいもんな」

 

 もしかして肉を沢山食べたいことを言うのが恥ずかしかったのかな?

 

「うーん、それじゃ手羽先とトンカツにでもするか。 おっし、お兄さんに任せなさい!」

 

 ドンと胸を叩く。 それを聞いてエリオが嬉しそうな声を上げる。

 

 まあ、流石にそれだけでは健康に悪いので洋風パスタやカルパッチョとかも作ってみようかな。

 

「ところでエリオ。 ここにゴスロリ服とウィッグがあるんだけど……ちょっと着てみない?」

 

 一瞬にしてエリオの顔が戸惑いの表情に変わる。

 

「いや、ちょっとだけちょっとだけ。 ほんと数秒でいいから、ね?」

 

「あの……ひょっとこさん、顔が怖いんですけど……」

 

 右手にゴスロリ服、左手にウィッグをもってハァハァ言いながらエリオに迫るさまは立派な犯罪者である。

 

「いやさ、なのはやフェイトに着てもらおうとわざわざ買ったのにあいつら俺の前ではきてくれないしさ。 このさい、エリオに着てもらおうかと」

 

「ザフィーラさん、助けてください!」

 

 ザフィーラの助けもあえなく、ひょっとこに捕まったエリオはゴスロリ服を着せられたのだった。

 



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19.犯罪者フルコンボ達成祝賀会 もう一発遊べるドン! (裏側)

 時は少し前に遡る

 

「いや~、ありがとうな。 なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

「べつにこれくらい大丈夫だよ。 わたしもフェイトちゃんもこういうことしたかったし」

 

「うん、こういうのって面白いよね!」

 

 ひょっとこが台所で食材の確認をしている頃、大きな部屋に集まってはやてはなのはとフェイトに頭を下げていた。 三人のほかにもエリオやキャロ、ティアナやスバルや守護騎士の面々、そして何食わぬ顔で参加してきたスカリエッティとウーノがいた。

 

「それにしてもみんなお疲れ様! 初出動は全員怪我もせず終わってよかったね!」

 

「……なのは、ひょっとこのこと忘れてねーか?」

 

「え? 何言ってるの、ヴィータちゃん。 そんな人いないに決まってるじゃん!」

 

 にこやかな笑みを浮かべるなのはにヴィータはそれ以上なにも言えずに黙るだけだった。

 

「もしかして、なのはさん怒ってるんじゃないの?」

 

「……それはあるかもしれないよ。 どうしようティア。 なのはさんの機嫌がよくないと部屋に侵入する機会(チャンス)がなくなっちゃうよ」

 

「いや、それより雰囲気自体が暗くなってだな……」

 

 新人二人とヴィータがコソコソと集まって会議をする。 他の者は困ったように苦笑い。 そんな空気をどうしようかと思案するはやて。

 

「あ、気にしないで。 普段もこんな感じの扱いだから」

 

 そして事実を告げるフェイト

 

『もう少し扱いよくしましょうよっ!?』

 

「一般人のランクにまで上がったらわたしたちも扱い方をかえるんだけどね~」

 

 どうやら高町なのはという女性の中では彼の人間性は一般人以下のランクに位置しているらしい。 といってもそれはなのはだけに限ったことではない。

 

 おおよそ、ここにいる女性陣は彼のことを一般人ランクだとは思っていないだろう。 せめてミカヅキモランクが打倒なところだ。

 

「けど、ひょっとこさんってなのはさんやフェイトさんのことが好きなんですよね?」

 

「どうせ口だけだよ、口だけ。 わたしがなんど俊くんの口車に乗せられたか」

 

「そういえば、なのはって子どものうちにビスコ食べてたら魔力量が上がるって嘘話を一人だけ信じてたよね」

 

「うっ……フェイトちゃん。 それはいわないでよぉ……」

 

 顔を赤くしながらフェイトを睨むなのは。 その視線を受けて自分がどれほど迂闊なことをしたのか悟ったフェイト。

 

「なんですか、その話っ! 詳しく聞かせてくださいっ!!」

 

『私たちも聞きたーい!!』

 

 ハイエナのようになのはの周囲をまわりながらインタビュアーのように手をマイク代わりにして押し付ける新人に、困った顔をしながらもなのははかわす。

 

「ふ~む……それならちょっと試してみる?」

 

『ビスコを?』

 

「いやいや、ひょっとこのことや」

 

 頭に?マークを浮かべる全員にはやてはどこからか取り出した伊達メガネを装着して女教師のように説明しはじめた。

 

「あのバカは夕食の準備をしている最中や。 そこでわたしがこの部屋全体に結界を張る。 当然魔力を持たないアイツは結界に入ることができないわけや」

 

「あれ? でも俊くん微量だけで魔力あるよ?」

 

「大丈夫大丈夫、あれは“ある”うちに入らんで。 ランクにすらできんし。 説明を続けるで、その結界の中であたかもパーティーゲームをしているふうにみせかけるんや。 そしてあいつがわたし達の楽しそうな声に気付いた瞬間に一芝居うつ! わたしがなのはちゃんやフェイトちゃんに脱がそうとする芝居や! あ、もちろん芝居だから声だけでええで。 もっとも……脱ぎたいなら別やけど」

 

『ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ!』

 

「ちょっ!? 脱ぐわけないよっ! しかも仮にも上司に向かってそれはあんまりじゃない、スバルとティアっ!?」

なのはの脱がない宣言に絶望しきった表情でフローリングを転がるスバルとティア。 いったい彼女たちはどこに向かおうとしているのだろうか。

 

「まあ、そんなわけで演技に色をつけるために男には退散してもらうで。 もっとも、退散しなかったらあのバカが厄介なことになるけど」

 

「ふむ、同士を怒らせるのは私としても反対なのでね。 ここは素直に従っておくとしよう。 では……エリオ君にザフェーラ君いこうか」

 

「まて貴様、いま卑猥な単語を口にしなかったか?」

 

 スカリエッティに手を引かれながら部屋の外へ出ていくエリオと自分の名前の一文字が変わっただけで卑猥な単語に早変わりしたザフィーラがスカリエッティを睨むながら出て行ったのを見届けてはやてが結界を張る。

 

「さ~て、まずは……本当にパーティーゲームしよっか!」

 

 演技をするのにも限界がある。 今回は音をあちらに届けないといけないのでどうしても本当にゲームをする必要がある。

 

「それじゃスマブラやろうよ! わたし強いんだよ!」

 

 やる気満々ななのはにはやては挑発的な笑みで返す。

 

「ほ~……なのはちゃんがねー。 まあ、それならわたしが軽く捻ってあげようかな」

 

「へ~、はやてちゃんがなのはに勝てるとでも?」

 

 バチバチと火花を散らす二人。

 

 かくしてパーティーゲームのはずが二人の真剣勝負へとかわっていった。

 

 3分後、そこには自分のゲームの弱さを痛感しているエースオブエースの姿があった。

 

『えげつねぇ……いっさい手を抜かなかったぞ……』

 

『……なのは涙目じゃないか……?』

 

「な、泣いてないもん!」

 

 うっすらと目元に雫をためながらなのはが言う。

 

「な、なのはは頑張ったよ! うん、すっごく頑張った!」

 

 なのはの姿をみてフェイトがすかさずフォローする。 なのははそんなフェイトの胸に飛びついていく。 頬に当たる豊満で豊潤な胸。 それを顔面全体で味わいながら、なのははそっと自分の胸に手を当てる──

 

「フェイトちゃんの裏切り者っ!」

 

「えぇっ!?」

 

「ちょっとまて、なのは。 なんであたしの所に真っ先にきた。 自分の一部の膨らみを確認してからこっちにきたよな?」

 

「ヴィータちゃんがいるからまだ大丈夫だもんっ!」

 

「どういう意味だコラッ!」

 

 自分より下の者のところにいく。 人間の賢い知恵である。

 

「まあ、それはそれとして。 そんじゃ実験はじめようか」

 

「そういえば、この実験でなにがわかるの?」

 

「……あいつの人間としての最低度かな」

 

 その時、この場にいる誰もが思った。

 

『元から最低の部類だけどな……』

 

 その空気を肌で感じたのかはやてが努めて明るい声でなのはに呼びかける。

 

「ま、まあなのはちゃん。 とりあえず実験しとこか。 色々面白いもんが見れるかもしれないし」

 

「え~……それじゃぁ」

 

「おっし、いくで~。 『なのはちゃん、負けたら脱衣やで!』 はい、このセリフ」

 

「う、うん。 『えっ!? そんなこと聞いてないよ! あ、ダメ負けちゃう!? あ~~~~~!』 え~っと、これでいいの?」

 

「おっけおっけー、上出来や。 それじゃ、結界でわたしら側だけ見れるように操作してあいつがどうしてるか見物しよか」

 

 はやてが軽く指パッチンする。

 

 そしてクリアになる視界。 映し出される幼馴染の姿

 

 オープン

 

 ひょっとこ←パンツを脱ぎ捨てようとしている最中

 

 クローズ

 

「ごめんみんな! あいつ予想以上にバカやった!!」

 

 一瞬で結界をもどしたはやてがみんなに向かって土下座する。 それはまさに視界に映し出された化け物。 凶器を持ちながら狂喜し幼馴染の裸を見れるということで

狂気した変態の姿。

 

 それはか弱い少女たちを絶望へ恐怖へどん底へ叩き落とすには十分であった。

 

 ある者は自分の母の元へと飛び込み涙を流した。

 

 ある者はハンマーを取り出して彼の息子を叩き折ろうとしていた。

 

 ある者はこれにかこつけて最愛の人の胸を揉みしだこうとしていた。

 

 ある者は顔を赤くしたまま自分の幼馴染がここまでの男だったのかと嘆き、悲しんでいた。

 

 そうして彼が知らないうちに彼女たちの彼の認識が評価がかわっていった。

 

 



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20.スカさんとお話し

 大人三人がゆうに入れる台所で、男性3人とゴスロリ服を着た男の子1人の声が聞こえてくる。

 

 指示を出しているのは黒髪に日本男子の平均身長をわずかばかり超えている男性である。 その男は自分も手を動かしながら淀みなく他の者に指示を出していた。

 

「スカさん、トンカツ用の肉にはハチミチを塗っておいて。 そうすることによって冷めてもおいしく出来上がるから。 ザッフィー、手羽先は二度揚げでよろしく。 エリオはパスタもってきて」

 

 自身はサーモンのカルパッチョを作りながら指示を出すと、そこに恐る恐るといった感じで、スバルとティアが近づいてきた。

 

「あのー……はやてさんが手伝ってこい、というので来たのですが……私達にできることありますか?」

 

「ああ、それはちょうどいい。 それじゃ、このカルパッチョを運んでくれ。 おーい、そろそろテーブルのほうに移ってくれ~!」

 

『はーい!』

 

「うわぁっ! ティア、このカルパッチョおいしそうだよ!」

 

「ほんとだ……!」

 

 あくまで男性との距離を取りながら皿を受け取ると、二人は喜色満面でテーブルへと皿を運んでいく。 男性から呼ばれた者たちはゾロゾロとテーブルへと席についた。

 

 普段はなのはとフェイトとひょっとこしか座らないのでそこまで大きいのを買っておらず、テーブルには6人しか座れないのだが──

 

「え~っと、来客ようにもう一つだそっか。 フェイトちゃん、どこにあるっけ?」

 

「え? 私知らないよ?」

 

『なのは~、右奥の部屋に来客用のあるから取ってきてー』

 

「あ、はーい!」

 

 二人でクエスチョンマークを台所から男性の声が飛んでくる。 その声でようやくどこに置いたのかの場所がわかり慌てて取りにいくことに。

 

「……なんで自分の家のことなのにわからないんだ?」

 

「まあ、家のことは大抵アイツがやってるし。 アイツのほうが詳しいやろ」

 

 ヴィータの呟きにはやてが答える。

 

「おまたせ~、テーブルもってきたからみんな座ってー!」

 

「ところで、なのはちゃん。 席順はどうするん?」

 

「あっ……どうしよっか」

 

 ここでようやくなのははその考えに至った。 主席のテーブルは6人までしか座れない。 そして今日来ている者たちは合計で14人。 引き算すればわかると思うが、半数以上の者が主席テーブルには座れないのだ。

 

「まぁ……こういうときは大抵年上に主席を譲るのが当然なんやけど……」

 

「なのはさんの横がいいです!」

 

「なのはさんの上がいいです! もしくは私がなのはさんの下で!」

 

「といってるように、新人二人が譲らんのでな~」

 

 はやて自体はこのことを嬉しく思っている。 六課は自分の身内で固めた部隊だ。 隊長陣たちは身内なので仲がいいのは当たり前なのだが新人たちとの温度差がはや

てには気がかりだったのだ。

 

 それもいまでは雲散霧消しているわけだが。 なのはには悪いが、なのはに感謝しているはやてである。

 

「えっと……とりあえずティアとは一緒になりたくないかな」

 

「ひどいなのはさんっ!? あの一夜はなんだったんですかっ!?」

 

「どの一夜っ!?」

 

 ティアがなのはに突撃して抱きつく。

 

 そうこうしているうちに、ザフィーラとスカリエッティが料理がのった大皿を運んでくる。

 

『おおーー!』

 

 思わず漏らす感嘆の声。

 

「へ~、前みたときより結構レベル上がってそうやな」

 

「あいつ、料理にかんしては真剣に勉強してたもんな」

 

 テーブルに置かれた料理をみながらはやてとヴィータが話し合う。

 

「……もしかして、ここまでの料理が作れるひょっとこさんて凄い人なんじゃ……?」

 

「うん……それは思ってきた」

 

 新人二人が料理をみて呟くと、何人か首を縦に動かして同調する。

 

「こ、これっ! か、カルボナラーです!」

 

『おしいぞー、エリオ。 カルボナーラだよ』

 

「あ、カルボナーラです!」

 

 若干緊張気味でぎこちない足取りで、エリオがカルボナーラを運んできた。

 

 ゴスロリ衣装を身に纏いながら

 

「……もしかしなくても、ここまで見境ないひょっとこさんって頭がおかしい人なんじゃ……?」

 

「うん……それは知ってた」

 

 新人二人がエリオの姿をみて呟くと、全員が首を縦に動かして同調した。

 

 ひとまず料理を作り終えたので俺もテーブルに着くことに。

 

「……あれ? 俺の席がないんだけど」

 

「ああ、あっちにあるぞ」

 

 律儀にみんなが待っている中で、ヴィータが窓の方を指さす。

 

 そこにはダンボールで作られたテーブルがポツンと置いてあった。 コップに入ったお茶と一人分取り皿に乗せられたご飯が哀愁を誘う。

 

「いやいやいや、せめてそっちのテーブルに……」

 

『こないでくださいっ!』

 

「えぇっ!? 俺なにかしたかなっ!?」

 

 料理を手に取ってなのは達が出したテーブルに移動しようとしたところで、そのテーブルに座っていたキャロ・フェイト・ヴィータ・エリオ・ウーノさん・スカさん・ザッフィーに却下された。

 

 ……あれ? いまさっきまではここまで拒絶されてなかったのに。

 

 そんなことを思っている間にはやてから、いただきますの音頭が行われる。 それを皮切りに各々が嬉しそうに料理を食べてくれるのだが──

 

「……う~ん、スバルとエリオの食欲は予想外だな」

 

 勢いよく食べる二人を前に、俺が作った料理がどんどんなくなっていく。 料理がなくなること自体はとてもうれしいことだ。 なんたって、料理は食べられてこそ意味があるんだし。 しかしながら、ここまでの勢いで食べられると……

 

「……料理を作るほうに徹しようかな」

 

 すでに消えつつある料理を眺めながら台所へと向かう。 今回の主役は六課の面々だし、楽しんでもらえるならそれでいいや。

 

 食べる側から作る側に早々シフトチェンジした俺のところにスカさんがやってきた。

 

「どうしたの、スカさん? 酒とかタバコとかないよ?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだがね。 君一人では大変そうなので手伝おうと思ってね。 それに、色々とあそこにいたら私も危ない身なのだよ」

 

「窃盗したから?」

 

「もっと大きなことさ」

 

 そういいながらスカさんは隣にたって、俺のかわりにジャガイモの皮をむいてくれる。 それにしても窃盗より大きなことってなんだろう? 盗撮? それとも小さい女の子に声をかけたとか?

 

 手を動かしながらも思案する俺の頭の中に、スカさんの声が届く。

 

「君からみて、フェイト君やエリオ君はどうみえるかい?」

 

「どうみえるって?」

 

「こう……なんといえばいいのだろうか。 その……人生を謳歌している、みたいな感じで」

 

「そうだなぁ……二人の表情を見ればわかると思うけど、毎日楽しそうに過ごしてるんじゃないのかな?」

 

「そうか……」

 

 スカさんはそれだけ言って、作業に徹する。 先ほどまでとスカさんの態度が違うのでこちらとしては驚くばかりである。 何か悪い食べ物でも食べたのだろうか?

 

「スカさんどうしたの? なにか悪い食べ物でも食べた?」

 

「いや……ちょっと思うところがあってね。 君は考えたことないかい? “もしここで~ならば違う生き方もできたんじゃないのか”と。 今日、六課のみんなを見ていたらそう思ってしまってね」

 

「まあ、それは考えたことあるけどさ」

 

 そんなこと考えていても、仕方がない気がするけどね。 セーブやロードがついてるような生易しいゲームじゃないんだから。

 

「そんなこと言ってたら前になんか進めないよ。 それに実際、神様が出てきて『君は不幸な人生だったね。 私が昔に戻してあげるから、いまよりよりよい未来になるように、よりよい人生になるように頑張りたまえ』なんて言われても困るよ。 単純に面倒くさいし、思い出補正もなくなってしまう」

 

「ふむ……そんなもんかね。 それにしても、君にも思い出というものがあるのかね?」

 

「失敬な、これでもなのは達と過ごしてきたんだ。 色々な思い出はあるよ。 嬉しかったこととか、悲しかったこととかね」

 

「ほう……差支えなければ教えてもらうことは可能かい?」

 

 冗談なんか一切ない気配でスカさんが聞いてくる。

 

「よしてくれよ。 野郎の過去話ほどつまらないものはないさ。 どうせ聞くんだったらお話し大好きな女性陣の過去話でも聞くことだね。 ぶっ飛ばされる覚悟は必要かもしれないけど」

 

 肩をすくめながらおどける俺にスカさんは苦笑を漏らす。 さすがのスカさんもあの女性陣のお話に突撃するようなことはしないみたい。

 

「確かに野郎の男性の過去話なんて私たちにはそこまで関係ないことだね」

 

 そのとき、ウーノさんがスカさんを呼ぶ声が聞こえてきた。 どうやらウーノさんが質問攻めにあってるみたいだ。 流石は女の子だよな。

 

「ほら、ウーノさんがお待ちかねだぜ。 頑張ってくるんだ、スカさん」

 

「うぅむ……私はこういったことにあまり強くないのだが……」

 

 トボトボと歩くスカさんの背中は少しだけくたびれたような、ゲソっとしてるように感じた。

 

 広い台所に一人きり。 後ろには華やかな女性陣の声。

 

 もしも神様がいるとしたら、神様は管理局の局員以上に忙しい身なんだと思う。 だからこそ、あのときだって忙しかったからこそ、あんな事件が起こったのだ。

 

 いまでも覚えている、白黒(モノクロ)の世界から色を取り戻してくれた彼女の笑顔を。

 

 いまでも覚えている、元気に手を振りながら飛行機にのった両親のことを。

 

 

 いまでも覚えている、栗色の髪の女の子に恋をしたあの日のことを。

 



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21.初恋語

 これは──恋に魅入られた物語だ

 

『白黒の世界でも、彼女だけは変わらずに俺の前で笑っていた』

 

 祝賀会も時間が経つにつれ、終わりムードに達してきた。 というか、一部の者から眠たいという意見が出たのでなし崩し的に終わりをむかえた。 まだ眠らない者たちはゲームをしたりトランプをしたり好き勝手にしている。 俺はそれを背中で感じながら食べ終わった食器を回収し、片付けることに。

 

 今日はなんだか一人芝居をするのも面倒なので、ちょっとだけ昔のことを思い出してみよう。 べつに誰に話すことでもないので、どこかにいる宇宙人に怪電波でも飛ばしながら。

 

 

           ☆

 

 

 突然だが魔法使いって信じるか? 少なくても俺は信じるね。

 

 俺の両親は魔法使いだった。 正確にいうと父親が。 “魔法使い”、そう言ってもなのはやフェイト、はやてのようにデバイスで魔法を使えるわけでもなく、かといって漫画のような不思議な超常現象を起こせるわけでもない。 誰もが持っている、誰もが出すこのできる魔法──ありたいていにいえば笑顔なんだ。

 

 父さんは色んな国や色んな世界の人達を笑顔にしていった。 紛争地帯でもパンツ一つで突っこんでみんなを爆笑の海に巻き込んでくだらない争いを止めさせてきた。 いつも豪快に笑って失敗したときだって手を叩いて笑っているひとだった。 そんな父さんが俺も母さんも大好きだった。

 

 当然、父さんは世界中のスターであったのでその分嫌われてもいた。 戦争が起こることで儲けが出る者や、戦争を引き起こした連中からみれば当然のことだろう。 父さんは目の上のたんこぶなわけなんだからな。

 

 父さんはそんなことを気にするほどの心を持ち合わせていないので、“好き勝手にやらせればいい”。 そう言っていた。

 

 そんな時らしかった、士郎さんと出会ったのは。 父さんも母さんも士郎さんも桃子さんも詳しく話してくれなかったからわからないけど……結果的に士郎さんの説得もあって俺たち家族は海鳴に引っ越すことになったんだ。 はじめてきたときは驚いたのを覚えている。 ほどほどに自然があって空気がうまくて人柄の良い人たちが集まっていたのだから。

 

 引っ越ししてからすぐ、俺たち家族は高町家族に挨拶にいった。 その時、なのはと出会ったんだ。

 

 

           ☆

 

 

「こ、こんにちは……たかまちなのは……です」

 

「え? なに? きこえないんだけど?」

 

「ひゃうっ……」

 

「怯えさせてどうすんだよ、バカ」

 

 父さんが俺の頭を叩いてくる。 いやいや、まじで声が小さくて聞こえないんだって。

 

「ごめんなー、なのはちゃん。 ビックリさせちゃったよな。 こいつは俺の息子で俊っていうんだ。 なのはちゃんと同じ3歳だから仲良くしてくれるかな?」

 

「う、うん……」

 

 父さんは、腰を下ろしてなのはと呼ばれた女の子と目線を合わせた後、頭をなでながらゆっくりと話す。 なのはと呼ばれた女の子のほうも小さく頷いていた。

 

「え~、おれおとこのとあそびたいよ。 ここらへんにもおとこのこいるんでしょう?」

 

「男ってのはそこらへんにでも転がってるもんだが、女の子ってのは手を伸ばさないと届かないものなのさ。 いいからお前も大事にしとけ」

 

 ニヒルな笑顔で俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。 この大きな手が俺は大好きなんだ。

 

「はっはっ、まあ俊君も遊びたい盛りなんだろうな。 俊君、うちの恭也と遊んできたらどうだい?」

 

 向かい側にいた静観な顔つきのカッコイイ人が後ろに立っていた兄ちゃんを前に出しながら問う。

 

「恭也、俊君と遊んでくれるかい? 私たちはちょっと話し合いをしてくるから」

 

「はい、わかりました」

 

「あー、だったら私もなのはと一緒に遊ぼう。 ねえねえ、みんなで遊ばない?」

 

 恭也と呼ばれた兄ちゃんの隣でニコニコと見守っていた女の人が、あの小さい女の子の肩を抱きながら話しかけてきた。

 

「ん? まあ、べつにいいが。 俊君もそれでいいかい?」

 

「うーん、まあいいよ」

 

 正直なところ、俺は恭也さんと男だけで遊びたかったけどここで俺だけが反対しても空気が悪くなるだけなので止めておいた。 そして俺たちは何やら真剣に話す親たちを横目に公園に行って遊ぶことにしたんだ。

 

 

           ☆

 

 

「もーいーかい?」

 

『まーだだよ!』

 

 公園に遊びに来た俺たちはなのはのお姉ちゃんだという美由紀さん提案の元、かくれんぼをすることになった。

 

「もーいーかい?」

 

 恭也兄さんの声が響いてくる。 早く隠れ場所を見つけないと……!

 

 そう思いながら辺りを見回すと、中が空洞になっている可愛らしい猫の遊具を見つけたので急いで入ることにした。 絶好の隠れ場所だ。

 

「……あ?」

 

「あーっと……ごめんなさい、たかまち。 すぐでます」

 

「あ、いいよ。 もうおにいちゃんさがしはじめてるし。 いまでたらつかまっちゃうよ?」

 

 どうやら、美由紀さんがサインを出したのだろう。 きょろきょろとしながら恭也さんが公園内を散策していた。 俺はそれに目を離さないように注意してゆっくりと遊具の中にはいった。

 

「おじゃまします……たかまち」

 

「あ、うん……」

 

 高町が座っていたところに座る俺。 二人とも何も喋らず、喋ろうともしない。

 

 どれくらいの時間が過ぎただろうか。 ふいに横からか細い声が聞こえてきた。

 

「ねぇ……なのはってよんで?」

 

「え?」

 

「おなまえで……よんでほしいの」

 

 ……ああ、苗字じゃなくて下の名前で呼べということか。 確かに考えてみたらそうだよな、今後とも家族ぐるみでのお付き合いをしそうだし、それなのに高町なんて呼んでたら誰がだれだかわかんなくなっちゃうもんな。

 

「ああ、ごめん。 その……きづかなくて」

 

「う、ううん。 べつにいいよ。 その……こんどからきをつけてくれるんなら……」

 

「お、おう」

 

 会話終了

 

 この町にくるまでは全くといっていいほど女友達がいなかったのが祟ったのかまったくこの子との会話ができない。

 

 焦る俺。 なんとなくこの空気が嫌で状況を打破しようとなのはのほうを見る。 なのはは胸の前で大事そうに猫のぬいぐるみを抱えていた。 耳は茶色で全身の色は白と黒で統一されている、可愛いけどちょっと配色がおかしくないか? そう言いたくなるような猫だった。

 

「あのさ……ねこ、すきなの?」

 

 勇気を出して聞いてみる。 もしかしたらここから会話が広がるかもしれない。

 

 俺の願いが叶ったかのようになのはは大きく頷いた。

 

「うん。 このねこちゃんはね、ママとパパがなのはのたんじょうびプレゼントにかってくれたの。 かわいいでしょ?」

 

 猫のぬいぐるみを俺のほうに持っていき手を足をふりふり揺するなのは。 ぬいぐるみはふわふわの毛並をしていてこれを抱いて寝たらさぞ気持ちよく寝れるんだろうなー、というのが率直な感想。

 

「うん、かわいいね。 なんかふかふかもふもふしていてきもちよさそう」

 

「でしょ! なのはもいつもこれだいてねてるんだ」

 

「へ~、そうなんだ。 なまえとかあるの?」

 

「しろちゃん!」

 

「……どこらへんが?」

 

 俺の疑問を無視してなのはは口を軽快に饒舌に動かす。

 

「あのねー、このしろのところが、ふかふかっとして、もふもふっとしてるからしろちゃんなの。 かわいいでしょ?」

 

「……せやな」

 

 それからもなのはのしろちゃん談義は続いた。 やれ、どこらへんが可愛いだの、ここが気に入ってるだの。 正直、同じことの繰り返しだったけど、嬉しそうにはしゃぎながら、楽しそうに笑いながら喋る姿をみているのはとても心地よかった。

 

 それと同時にこの子といると自分の心が温まるような、そんな……不思議な感覚にも陥った。

 

 やがてなのはの談義が一段落すると、砂ジャリを踏みしめる音が聞こえてきた。 見つかった……! そう思ったときには時既に遅し。 美由紀さんと恭也さんが優しい眼差しで俺たちを見つけていた。

 

「みつけたぞ、二人とも。 これでかくれんぼもお終いだ」

 

「あう……みつかっちゃった」

 

「まあ……しょうがないよ」

 

 あれだけはしゃいでいたんだし。 見つかるのもしょうがないような気がする。 もしかしたら恭也さんは俺たちの話をずっと傍で聞いていて頃合いをみて出てきたのかもしれない。 そう子ども心に思ってしまった。

 

 それから俺たちは4人で手をつなぎながら帰った。 恭也さんと美由紀さんを端に置きなのはと二人で仲良く手をつないだ。

 

 公園での一件いらい、俺は高町家族が好きになった。 父さんの友達である士郎さんは剣道? 剣術? をやっているらしく、恭也さんと美由紀さんもそれを習っていた。 何度も何度も、俺となのはは通い詰めた。 というか、なのはの場合は俺が引っ張りだしたんだ。

 

 木刀を振り交差に交わる姿は素直に恰好よかった。 憧れてもいた。 士郎さんはそんな俺の心境に気付いたのか、よく誘ってくれた。 自分にはそんなことできないよ。 そういう俺に士郎さんは笑いながら『できないのは当たり前だ。 練習しなければ、握ってみなければできるかどうかなんてわからないからね』そう言って背中を押してくれた。

 

 恭也さんと美由紀さんが模擬戦をしている横で一生懸命見よう見まねで木刀を振ったことを覚えている。 はじめは振り方すら満足にできず木刀を落としたことも覚えている。 それでもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども挑戦して、ようやく振れたのを覚えている。 振れた瞬間に士郎さんの拍手、恭也さんと美由紀さんからの言葉。

 

 なのはのはしゃぎ方、そして少し前から観戦していた父さんと母さんの笑顔を覚えている。

 

 いつまでも、こんな日が続くと思っていた。

 

 家では父さんと母さんと遊んで笑っておしゃべりして、朝になって家にまで迎えに来たなのはと公園で遊んで家で遊んで、士郎さんや恭也さん、美由紀さんと一緒に稽古して夜には両家族一緒で夕食を食べる。

 

 そんな幸せがいつまでも続くと思っていた。

 

 ただ、運命は残酷で小さい子どもの些細な幸せもいとも簡単に奪ってしまった。

 

 

           ☆

 

 

 それは唐突に呆気なくなんの連絡も知らせもなく合図もなく準備もなくやってきた。

 

 遠い国で飛行落下事故、乗客全員行方不明

 

 そんな文字に起こすと19文字程度の文で、幸せは音を立てて音もなく見る隙も与えず見せびらかしながら崩れ去った。

 

 5歳の誕生日を迎えるときだった。

 

 この瞬間、俺は孤独になったのだ。

 

 なにもが茫然と佇んでいる間に終わった。 遺体なんて見つかるはずもなく、葬儀は形だけ執り行われた。 それでも、葬儀にはいろんな人が駆けつけてくれた……みたいだ。 ありえないほど多くの信頼関係と交友関係をもっていた父さんは色んな人に悔やまれながらお墓が建てられた。

 

 そして問題は俺をどうするか、という議題になった。

 

 正直どうでもよかった。 父さんと母さんがいない世界なんていてもいなくても同じだった。 その証拠に俺の世界は白と黒で染まっていた。 モノトーン越しから色々な人が俺に言葉を投げかけてくれた。

 

 そのどれもが醜悪で醜くて見境なくて穢れていて俺は首を黙って横に振るだけだった。 子どもはビンカンに何かを感じれるときがあると聞く。 まさに俺はそのときその状態だったんだと思う。

 

 そんな俺の肩を強く離さないように抱いてくれた人がいた。 全てを取り仕切ってくれた士郎さんだ。

 

 士郎さんは一言

 

『くるか?』

 

 そう言ってくれた。 それに黙って頷いたのを覚えている。

 

 

           ☆

 

 

「やだよ、士郎さん。 家に残りたいよ!」

 

 士郎は困惑しながらも冷静に俊に悟らせる。

 

「俊君、君の気持は痛いほどわかる。 けどね、君が高町家にくるということはあの家には住めないということなんだ」

 

「なんで? ねえ、なんで? 俺があの家に残っていないと父さんと母さんが困っちゃうよ?」

 

 小さい子どもは一つ一つのことを理解しても前後の繋がりを理解していない場合が多い。 まさに俊がその状態である。

 

 自分が高町家に行くことはわかっている。 しかしそれが家にいられなくなる。 ということにつなげられないのだ。 お泊り会のときと同じように思っているのだ。 2・3日行けば家に帰る。 そう頭の中で作られているのかもしれない。

 

 士郎はゆっくりと優しく俊の目線に合わせてしゃべる。

 

「いいかい、俊君。 君のお父さんとお母さんはもういないんだ。 この世にはいないんだ。 世界中どこをさがしたってもういない。 君もみただろ? 葬式を」

 

「けど父さんも母さんもお墓の中にはいなかったよ……? それに約束したもん、父さんも母さんも必ず帰ってくるって。 ほら、このひょっとこのお面をもって待ってれば帰ってくるって」

 

 士郎は思わず目をそらす。 非常な現実に耐えられない子供に自分はどう説き伏せればいいのか。 このギリギリのところで正気を保とうとしている子供になんといえばいいのか。

 

『俊を頼むわ。 俺はちょっくら笑わしてくるからさ』

 

 そう言って出て行った友人。 自分だって友人を失ってしまったんだ。 だが、この子の場合は家族を失ってしまったんだ。 一人で独りになってしまった子どもに自分はなんと声をかければいいんだろ? なんと声をかけることが正解なんだろう。

 

「……そうだね、そう……しようか。 お父さんが帰ってくるまでしばらくは高町家にいよう」

 

「うん!」

 

 答えなんて出せるはずがなかった。 こうして騙すことしかできなかった。 大人は騙す生き物だ。 昔TVで言われた言葉だったが、今日ほどこの言葉がしみ込んでくることはなかった。

 

 

           ☆

 

 

 

 父さんと母さんがいなくなってから世界がおかしくなった。 机もテレビも電柱も車も食器も床もガラスも色画用紙も本棚もミカンもゲームもなにもかも、白黒の世界になってしまった。 会う人会う人、白と黒でできていてまるで化け物と会話しているような気分になった。 士郎さんも桃子さんも恭也さんも美由紀さんも──全て平等に均等に化け物だった。

 

 やはり自分は守られていたのだ。 偉大な父さんと母さんに。 だからその二人がいなくなって守ってくれる人がいなくなって、世界は弱い自分に牙を剥いてきた。

 

 子どもながらにそう考えていたのを覚えている。

 

 なにもかも嫌になった。 いっそ死にたいと思った。 自分には辛すぎる。 独りで生きていくのは辛すぎる。

 

 だからひょっとこのお面片手に部屋の中でうずくまってた。 こうしていれば、父さんと母さんが来てくれるかもしれない。 優しい目で俺のことを抱きしめてくれるかもしれない。

 

 士郎さんは喫茶店を作ると言っていた。 桃子さんたちが喜んでいたのを覚えている。 自分には関係ないことだ。

 

 コンコンと誰かが自分の部屋をノックする。 返事は返さない。 正確にはいうならば返事を返せない。 ここのところ喋ってなかったので、すっかり声の出し方を忘れてしまった。

どうやったら声を発することができるのか? どうやったら横隔膜を震わせることができるのか? 今の自分には全くわからなかった。 そして興味もほとんどなかった。

 

 人間と人形の違いは“形”か“心”の違いだけと聞いたことがある。 もしそうならば、いまの自分はまさに人形だろう。

 

 ゆっくりと瞼をおろす。 今日もまた眠ってしまおう。 そうすれば夢の中で二人に会えるかもしれないから。

 

 そのとき、下を向いていた俺の前に白と黒で体を統一された、茶色の耳の猫が現れた。

 

「にゃーにゃー、こんなところでねているとかぜをひくにゃ?」

 

「……」

 

「どうしたにゃ? だいじょうぶかにゃ?」

 

それは調子はずれの声だった。

 

 その娘は、白黒の世界にいてもなお──あのときの姿のまま、俺に笑顔を向けていた。

 

 変わらない笑顔で不変の笑顔で、どんな闇も明るく照らすようにどんな氷も溶かしてしまうように、笑顔で俺の正面に座っていた。

 

「……あ……」

 

「どうしたにゃ?」

 

「なんで……」

 

「ん?」

 

「……なんでかわらないの? なんでなのはだけは……かわらないの……?」

 

 死んでいた声が驚きによって戻ってきた。 もう発することができないと思っていた声が戻ってきた。

 

 なのはは首をかしげる。

 

「かわらない……? しゅんくんなにいってるの?」

 

「だって……だって……」

 

 この世界はモノクロで、全てが化け物になっていて生きる希望なんてなくて──

 

 震える手が、なのはへと近づく。 その存在を確かめたく、その存在に触れたくて震える手でなのはへと近づく。 そんな俺の手をなのははゆっくりと抱きしめてくれた。 離さないように、守るように、強く強く握ってくれた。

 

「どうしたの? なんでないてるの? どこかいたいの?」

 

「うぅん……だいじょうぶ……だいじょうぶだから……もう少しだけこのままに……」

 

 なのはに()れるたびに(さわ)るたびに、暖かいものが体に浸透していく。

 

 世界に色が満ちていく

 

 世界が鮮やかに染められる

 

 なのはを強く抱くたびに、握るたびに、感じるたびに、世界に色が戻っていく。

 

 零れ落ちる涙のしずく

 

 溢れ出る想いの結晶

 

 もう届かぬ親へと愛情

 

 その全てがぐちゃくちゃになり泣くという行為に終着される。

 

 それでも、なのははずっと抱きしめた。 泣き叫んでも喚いても黙って相槌を打ちながら聞く。

 

 どれほど泣いただろうか、目は赤く腫れ声はかすれ鼻水で汚れている。 やがてどちらからでもなく、そっと体を離す。

 

「おちついた?」

 

「……うん」

 

 今更ながら恥ずかしくなって顔が赤くなるが、それを悟られたくない一心で顔を下に下げる。

 

「そのひょっとこ……」

 

 なのはが指を指す先には父さんからもらったひょっとこのお面。 いまならすんなり受け入れることができる。 ──父さんと母さんは行方不明になったんだと。

 

 決して死んだわけじゃない。 だから、いつか会えると待っている。

 

「そのひょっとこ、おもしろいよね。 なのははすきだよ、そのひょっとこ」

 

「そうなんだ。 でも、おかしくない? 例えば……おれがおめんつけたりしても?」

 

「ううん、まったくおかしくないよ。 だって、そのおめんだけでわらえるひとがいるんだもん。 それって、とってもすごいことだとなのはおもうの。 わらえるってい

うこういはかんたんなようでとってもむずかしいの。 そのむずかしいことをこんなにかんたんにできるんだもん。 それっていっしゅのまほうみたいだよね」

 

「まほう……」

 

『いいか、俊。 俺たちはな、魔法使いだ。 人が幸せになったとき、そこには笑顔が発生する。 だが、笑顔ってのは存外難しいものなんだ。 自分では笑顔を出すことは難しいんだ。 だからこそ、俺みたいなやつが必要なんだよ。 シリアスだってコメディーに変えて悲劇だって喜劇にかえる。 そんな奴が世界には必要なんだ』

 

 昔、父さんが言っていた言葉を思い出す。

 

 いまならわかる。 父さんの言いたかったことが。

 

 いまの俺にはそこまでの技量なんてないけども──

 

「まほうつかい……なってみようかな」

 

「うん! なのはもねこちゃんといっしょにおうえんするよ! がんばれー! しゅんくん!」

 

 ──せめて目の前にいる、初恋の相手くらいは笑顔にしようと思った

 

 

           ☆

 

 

 

 と、まあこれが俺の思い出であり、高町なのはという女の子を好きになった瞬間なんだよな。 なのはは覚えていないかもしれないけど、俺の中では大切な思い出の一つでもある。

 

 君の中の正義のヒーローはだれか?

 

 そう聞かれたら俺は迷わず、『高町なのは』そう答えることができる。 それくらいのことをしてくれたんだ。 例え気まぐれだとしても、彼女が俺を救ってくれた事実はかわらない。

 

「あれ、俊くん。 まだ洗い物してるの?」

 

「結構な量をみんな食べたしな~。 もうしばらくはかかるかもしれない」

 

「ふ~ん……手伝おっか?」

 

「まじで? それなら頼む」

 

 ゲームをしている連中から抜け出してくれたなのはがありがたい申し出をしてくる。 ちょっと洗い物が多いのでこれは素直に嬉しい。

 

 カチャカチャと食器を洗う音だけが二人を支配する。

 

「なぁ、なのは?」

 

「ん?」

 

「昔持ってた、猫のぬいぐるみってまだ持ってる?」

 

 あのときから、猫のぬいぐるみを見る頻度が少なくなり、ついには見なくなってしまったからな。 いまなにしてるんだろうか?

 

「ちゃんと実家のほうに飾ってあるよ。 誰かさんの涙と鼻水でべとべとになってるけどね」

 

 振り向き笑顔を浮かべるなのは。

 

「しろちゃんも大変だな」

 

「まったくだよね」

 

 お互い顔を見合わせながら、どちらからともなく肩をすくめる。

 

 やっぱり、この思い出はスカさんに話すのは勿体ない思い出だな。

 

 ──いまはまだ二人で肩を並べているけども、いつの日かその真ん中に一人増えてくれればいいな。 無邪気で明るい──なのはみたいな女の子がさ



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22.幼女ヴィヴィオ

 わたがし雲が青色の海を悠々と泳いでいる。 海には鳥が自由に滑空しており燦々と降り注ぐ太陽が肌を焦がす勢いで容赦なく襲ってくる。

 

 俺はそんな太陽を眺めながら、庭で洗濯物を干していた。

 

「今日も二人のパンツはかわいいなぁ……一つくらいとってもバレないのではないだろうか?」

 

 この頃は色々と不幸が重なり、なのはとフェイトの警戒が強くなってきている──のだが、それをかいくぐって得られる下着こそ興奮するというものではないだろうか。 そうに違いない。 しかしここにあるものは既に洗濯してしまった下着だけ。 こんなものでは俺の迸るパトスを抑えることなんてできやしない。 そう……使用済みの下着でないと……! 溢れ出るパトスは抑えることはできないのだ……!

 

 そうと決まれば早速行動である。 残りの洗濯物は自分のものだけなので適当に干す。 ある程度シワを伸ばして洗濯バサミを使って物干しざおにかけたら、さっそく二人の部屋にいくことに。

 

 ヴーヴー

 

「ん? スカさんからじゃん。 なんでこんなタイミングで。 はーい、もしもしスカさん? いまから世界の滅亡よりも大事な用事があるから後にしてくれる?」

 

『おお、ひょっとこ君。 突然だが幼女に興味はないかい?』

 

「詳しく聞こうか」

 

 スカさんから興味をそそる単語が聞こえてきたときには知らないうちに口が開いていた。

 

『うむ、ちょっと電話ではあれなので私の家に来てほしいのだが……』

 

「んー、オッケーオッケー。 すぐ行くよ」

 

 スカさんの声が少しだけ重かったけど、どうしたんだろうか?

 

 

 

           ☆

 

 

 家の戸締りを済ましてからバイクに跨りスカさんの家へとやってくる。

 

 インターホンを押して数分、いつぞやと同じようにウーノさんが出迎えてくれた。

 

「お邪魔します、ウーノさん。 スカさんはなにしてるの?」

 

「ちょっと外せない用事がありまして……」

 

 スリッパを差し出してくるウーノさんに頭を下げながら、スカさんって暇人じゃなかったのかと考える。 おかしいなぁ……俺と同じ無職だと思ったんだけど。

 

 スカさんの部屋へと移動中、別の部屋から大きな丸メガネをかけた女性で困った様子ででてきた。

 

「あ、ウーノ姉様。 私の一人亀甲縛り用の縄知りませんか? どこかにいってしまったんですけど」

 

「クアットロ、お客様の前ですよ。 そういった発言は控えてください」

 

「これは失礼しました。 あまり他人のことなど気にしない性格なので」

 

「そんなことだから、真夜中に一人亀甲縛りを路上でして大変なことになったのでしょう」

 

 ウーノさんが溜息とともに額に手をおく。 なのはやフェイトが俺のときにやる仕草と同じだ。 それが意味すること、それは『ダメだ、こいつ』というわけである。

 

「この方がドクターがよく話に出す男性ですか。 ……なんだか無職のような顔をしてますね」

 

「そっちこそ、ドMっぽい顔してるな。 調教でもしてやろうか?」

 

「ご心配なく。 あなたじゃ役者不足ですわ」

 

「まあまあ、そこらへんにして。 ひょっとこさん、ドクターがお待ちですよ。 クアットロ、あなたは夕食の買い物にでも行ってください。 縄は私が探しておきますから」

 

 ウーノさんの言葉に納得した様子で、クアットロと呼ばれた女性は玄関のほうへと歩いて行った。 まさかウーノさんにあんな妹?がいたとは……。

 

「ではひょっとこさん、行きましょう」

 

 ウーノさんの言葉に頷きながら、スカさんの部屋へ歩いていく。

 

 スカさんの部屋の前につくと中から1オクターブほど低いスカさんの声が聞こえてきた。

 

『レジアス、これ以上人造魔導師や戦闘機人の戦力運用はやめにしないかい?』

 

『何を言っているスカリエッティ。 これ以上地上の戦力がなくなっていいと思っているのか?』

 

『地上の戦力が危ないことは知っているよ。 でも……ほんとうにこれでいいんだろうか? これが正しいことなんだろうか?』

 

『何を世迷言を。貴様がそれを言える立場にあると思っているのか? 私利私欲のために動いたお前が』

 

 ここからでは誰と会話しているのか、どんな会話をしているのかわからないが……真剣な様子であることだけは声の低さでわかった。

 

 ほんとうに入っていいのだろうか? 思わず躊躇ってしまう俺とは反対にウーノさんはトビラを軽くノックし、スカさんに俺がきたことを伝える。

 

『おお、ひょっとこ君。 入ってくれたまえ』

 

「お邪魔するよー、スカさん。 ……どしたの? なんか疲れているみたいだけど」

 

「これくらい、盗撮目的で完徹して作り上げたガジェットのときと比べればどうということはないよ」

 

 そういうスカさんの表情は少しだけ暗かった。

 

「ふ~ん、そっか。 それでさ、電話の件なんだけど」

 

「おおっ! そうだ、そうだ! そのことなんだけどね。 君に……というよりも六課の人達を信じて頼みたいことがあるのだ。 簡単に言ってしまえば、幼女を一人預かってほしい。 いや待ちたまえ、ひょっとこ君っ!? そのいますぐプッシュしそうな携帯電話をまずは置くんだ!」

 

 スカさんから幼女の単語が出た瞬間に、携帯を取り出しおっさんの携帯にかけようとしたのだが……そこはスカさん、俺が打ち込むよりも早く制止させる。

 

「え~……だってアレだろ? 俺に犯罪の片棒を担がせようという魂胆だろ?」

 

「いやいやいやっ!? 君は私が幼女を誘拐してきたというのかねっ!?」

 

 なにを当たり前のことを。

 

『ねーねー、チンク。 あそこにいるひとだ~れ? なんだかおしごとしてなさそうなかおしてるね』

 

『いくら無職そうな顔をしているからといって、指を指しながら言うのはどうかと……』

 

「……スカさん。 もしかして俺を攻撃するためにわざわざ呼んだの?」

 

「いや……そういうわけではないのだが。 チンク、ヴィヴィオ君と一緒にこっちにきてくれないかい?」

 

『はい』

 

 俺とウーノさんが出入りした扉から小さい女の子の二人組が入ってきた。 赤と翡翠色の厨二チックな目の色をした天真爛漫という言葉が似合いそうな幼女がどたどた

と俺のほうに向かってくる。

 

「こんにちは! ヴィヴィオです!」

 

「こんにちは、ひょっとこです。 えらいね~、自分のお名前が言えるなんて」

 

 ついつい頭を撫でてしまう。 ヴィヴィオと自己紹介してくれた幼女は気持ちよさそうに目を細めて笑っている。 なんだか小動物とコミュニケーションをとっているような気分に陥る。

 

「え~っと、ウーノさんの妹かな?」

 

「そこのチンクはウーノの妹だけど、君がいま撫でているヴィヴィオ君は違うよ。 そしてこの娘がいまさっき話題に出した女の子だ」

 

「この娘が?」

 

「うむ。 あまり長々と話しをしたくないので単刀直入にお願いするよ。 ──この娘を預かってくれないかね?」

 

 その時のスカさんの目にはいつも遊び心なんて微塵も感じなかった。 スカさんは真剣なんだ、真剣に俺に対してお願いしてきたのだ。 やがて頭をゆっくりと下げる。 それにつられる形でウーノさんたちも頭を下げる。 正直、なにがなんだか全くわからない。 一人だけ感じる疎外感。 俺だけがフィールドに立っていないような……そんな感覚を覚える。

 

「なぁスカさん。 理由は話してくれないのか?」

 

「いまはまだ……話せない。 ただ──私達といるよりもよっぽど幸せになれると思うんだ。 だって私は犯罪者なんだからな」

 

「幸せの定義なんて人それぞれだと思うけどね。 それに俺だってなのはとフェイトがok出さないことには無理だよ。 あいつらのことだから、絶対にok出すだろうけどさ。 それにこの娘自体はそれに納得してるのか?」

 

「それは大丈夫だよ。 なにも会えないわけじゃないんだ。 会おうと思えばいつでも会える距離にいるんだしね」

 

 どうにも要領を得ない会話が続く。 スカさんが何かを隠したい気持ちは伝わってくるのだが……

 

「ねーねー、ヴィヴィオおなかすいたー」

 

「ん? あー、わるい。 ビスコしか持ってないんだけど」

 

 ポケットからビスコを取り出す。 それをヴィヴィオは嬉しそうに受け取ると思いっきり袋を開けた──ことによってビスコが床へと落ちる。

 

 止まる刻

 

 ヴィヴィオの頬に伝わる一筋の涙。

 

 あ、もう決壊寸前だ。

 

 ここで泣かれても困るので予備にもってきたビスコを袋から破って手渡すことに。 嬉しそうに受け取るヴィヴィオ。 やはり幼女の笑顔というのは何よりも勝る宝である。

 

 それにしてもどうするか……。 これは俺一人では決めることができないし、一度帰ってから三人で話し合うとしよう。

 

「ちょっとだけ時間をくれ。 三人で話し合うから──」

 

 腰かけていた椅子から立ち上がったところで、なにかが自分の手を引っ張る違和感を覚えて振り返る。

 

「ねーねー、かえるの? ヴィヴィオもっとほしい」

 

「あー、ごめんな。 それ家にしかないんだよ」

 

「だったらヴィヴィオもいく!」

 

「…………ん?」

 

 なんだろう……いま三段飛ばしくらいで話が進んだような気がする。

 

「え~っと、君が欲しがってるビスコは家にしかないのはわかるよね?」

 

「うん!」

 

「それじゃ、俺が一旦家に帰ることもわかるよね?」

 

「うん! ヴィヴィオもついていく!」

 

「まって、そこがおかしい。 俺が君を連れて帰ったりなんかしたらおっさんが瞬時にやってくるから。 撲殺どころの話じゃなくなるから」

 

 流石のおっさんも釘バットで治せないから。

 

 なんとかして言い聞かせる。 しかしそこは子ども特有の力、話をまったく聞いてくれないパワーで俺が根負けしてしまうことに。

 

 どういう教育をしたらこんな娘になってしまうんだ。 この娘の将来が本気で心配になってきた。 とりあえず、なのはとフェイトの二人に電話することに。

 

 フェイトは仕事中なのかつながらないので、なのはにかける。 1コールの後に口になにかを入れたままの幼馴染の声が届いてくる。

 

『もふぇもふぇ? ほうしたの? 仕事中ふぁんだけど』

 

「菓子を食うのが仕事ってある意味すごいよな。 まあ、それはいいとして大変なんだ、なのは。 真面目に聞いてくれ」

 

『へ? あ……うん。 どうしたの?』

 

「目の前に将来が心配で心配でたまらない子がいるんだけど」

 

『現在が詰んでる俊くんよりかは大分マシだね』

 

「はぁ……」

 

『えっ!? なにその溜息っ!? 溜息つきたいのは私とフェイトちゃんのほうだよっ!』

 

「誰のおかげでお前らの下着が盗まれずに済んでると思ってるんだ?」

 

『誰のせいで私たちの下着がなくなってるか知ってる?』

 

 たぶん家出でもしてるんじゃないだろうか? 俺の部屋に

 

「まあ、それは置いておいて。 今夜は少しだけ早く帰ってきてくれ。 ついでにビスコも買ってきて」

 

『あー、うん。 それじゃなるだけ早く帰ってくるね』

 

 通話終了ボタンを押して一息つく。

 

 なのはたちが帰ってくるまでビスコもつかな?

 



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23.恐怖するヴィヴィオ! ギャラドスなのはの黒い影っ!?

 携帯の通話終了ボタンを押しながら、私はたったいままで会話していた人物を思い浮かべる。 真面目な話だから帰ってきてほしい……そう言っていたがいったいどうしたんだろう? もしかしてついに就職する気になったのだろうか? いやいや、彼に限ってそんなことはない。 だとしたらなんだろうか?

 

「う~ん……大事なお話しか~。 もしかして私達に関係することかな?」

 

 私達に関係することならば大分絞られてくる。 夕食のこととか、月1で開催される大掃除とか、実家に帰ってゆっくり過ごすとか。

 

 でも……声色からしてそれはないと思う。 それにそれらのことなら家に帰ってきたときに言えばいいのだし。

 

「うむむ……余計にわからなくなっちゃったよ」

 

「ね~、なのはちゃん。 カービーのエ○ライドせえへん? 丁度いい暇つぶしになると思うんやけど」

 

「わ~! やるやる! ──って、違うよねっ!? ついつい流されそうになったけど、仕事場にゲーム機持ってくるなんておかしいよねっ!? 」

 

「ぼ~っと携帯のディスプレイ眺めてたなのはちゃんに言われたくないで」

 

「眺めてないもんっ! 誤解を招くような言い方やめてくれるっ!」

 

 ゲーム機をセットしながらからかうはやてに、なのはは思わず席を立ちながら否定する。

 

『な、なのはさん……困りますよ。 お仕事の最中に私が写ってる待ち受け画像をみるなんて……』

 

「顔を赤くしながらこっちにこないでよっ!? 私そっちの趣味がないっていってるでしょっ!?」

 

「大丈夫です。 私が教導してあげます! 愛の共同作業で教導しましょう!」

 

 書類を投げ捨てて迫ってくるスバルに、なのはは全力で逃げる。 ドタバタと慌ただしい音が仕事場に響く

 

「ただいまー、いま帰ったよ」

 

「フェイトちゃん助けてっ!」

 

 

 

 執務官の仕事から帰ってきたフェイトに勢いよく飛びつくなのは。 フェイトは全身の体のバネを使いながら必死に受け止める。 顔を上げたなのはには若干ながら涙

を流した痕跡が残っている。 エースオブエースに涙を流させるほどの部下の迫力と真剣度。 なぜこれを訓練で発揮しないのか甚だ疑問を覚えるフェイトである。

 

「ど、どうしたのなのはっ!?」

 

「もういやだよぉ~! おうち帰りたいよぉ~!」

 

「なのはさんの泣き顔カワユス……。 ぺろぺろしていいですかっ!?」

 

「落ち着いてスバル!? それもう犯罪者の域に達しようとしてるから!」

 

「フェイトちゃん、おうちかえろうよ~!」

 

 フェイトの胸に顔を押し付けるなのは。 ふとみると、はやては面白そうに自前のカメラでこの様子を撮っている。 ここにその他の者がいなかったことだけがなのは

にとっての救いだったかもしれない。 もしこんな姿をみられたら──べつに見られてもいままでと変わらないかもしれない。

 

 幼子のようにフェイトに抱きつくなのはに、フェイトはトドメの一撃を食らわせた。

 

「でも、家に帰ったら俊がいるよ……?」

 

 フェイトの かいしんの いちげき

 

 エースオブエース 高町なのはは たおれた

 

「さすがフェイトちゃんや。 なのはちゃんに向かって効果抜群の一撃をためらいなく与えるなんて……恐ろしい娘やっ!」

 

 倒れたなのはを必死に介抱するフェイトをみながら、はやてはそう呟いた。

 

 

           ☆

 

 

 なんとか管理局員に見つかることなくヴィヴィオを家に迎えることができた。 いや、ほんとうはダメなことだと思うんだけど。

 

「わぁ~! おうちおっきいね!」

 

「だろ~? なのはとフェイトが頑張ってくれてるからな!」

 

「それじゃぁ、おにいさんはなにしてるのぉ?」

 

「おにいさんは夢を追っかけているんだよ」

 

 いまだたどり着かないどころか、見えてこない夢だけど。

 

 それでもヴィヴィオはこのフレーズが気に入ったらしく、手を叩いて喜んでくれた。

 

「ヴィヴィオもゆめをおいかける~!」

 

「ヴィヴィオ、夢ってのは追いかけるものじゃないんだよ。 叶えるためのものなんだよ」

 

「でもおにいさんはおいかけてるんでしょ?」

 

「俺の夢はツンデレだからな」

 

 いまだにデレを魅せてくれたことはないのだけど。

 

「まあ、夢はいいじゃないか。 それよりビスコ食べるか? うまいぞ、ビスコ」

 

「たべるたべる! ヴィヴィオ、ビスコだいすき!」

 

「そうかそうか。 ビスコを食べるとなのはみたいになれるからな。 頑張るんだぞ!」

 

「ん~? なのはってだ~れ?」

 

 ビスコを口に含んだまま、ヴィヴィオが首をかしげてくる。 こういった仕草が似合うのもこの娘のすごいところだな。 しかし、なのはがダレなのか、か。 これは難しい。 なんといっても自慢の幼馴染である。 下手に貶してイメージをそこねたくないし、夕方には会うことになるのだからここはヴィヴィオが喜ぶような内容に脚色しないと……!

 

 俺はゲームを取り出しポ○モン図鑑を選択し調べる。 幼馴染のイメージを貶すわけにはいかない……!

 

「え~っと、タイプは水・ひこうで入手方法はすごいつりざおかコイキングから地道に育てるのもアリかな。 ものすご~く凶暴でヴィヴィオみたいな娘が悪いことをすると、どこからともなくやってきて全身を引き裂いて帰っていくんだよ。 口からはビームが出てきて、そのビームはミッドを破壊するほどの力をもっているんだ」

 なのはのイメージを貶すことなく、どちらかというと持ち上げる形でヴィヴィオの目線に合わせて話したのだが──話し終えた瞬間にヴィヴィオに泣かれてしまった。

 

ごめん、なのは。 ヴィヴィオが求めてたのはギャラドスなのはじゃなくて、高町なのはだったみたい。



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24.それでも俺はやってない。 というのは嘘だ

 ヴィヴィオに色々な服を着せて遊んでいたら我が家のお姫様二人が帰宅する時間が近づいてきたので、すぐ隣で楽しそうにお絵かきしているヴィヴィオに確認を取ることに。 なんの確認かというと、これから行動する予定の確認である。

 

「ヴィヴィオー、さっき言った通りにするんだぞー」

 

「うん! えっと、きんぱつのおねえちゃんのところにかけよればいいんだよね!」

 

「そうそう。 決して栗色の髪のお姉ちゃんには近づくなよ。 触れた瞬間溶けるからな」

 

「あぅ……ヴィヴィオきをつける……」

 

 ヴィヴィオの中ではすでになのはが、空を飛び街を破壊し目と目が合った者を虐殺していくクリーチャーへと変貌していた。 幼馴染の俺としては小さな子どもにこんな恐ろしい誤解などしてほしくないのだが……しょうがないよな。 俺もたまに殺されそうになるし。

 

 ヴィヴィオが俺のズボンを掴んだところで携帯からメールを受信する音が聞こえてきた。

 

『もうすぐかえるよー! あと3分くらいかな』

 

「よーし、それじゃヴィヴィオは先に玄関先で待機しておいてくれ。 俺は着替えてくるから」

 

「はーい!」

 

 手をあげて元気よく駆け出すヴィヴィオ。 やっぱ幼女はかわいいな~。

 

 そんなヴィヴィオを見送りながら俺は衣装部屋へと移動して、金髪長髪のカツラに青色のカラコンをつけ黒と白のフリルつきミニスカートを履き、黒ニーソで絶対領域をつくる。

 

 ちなみにカラコンは目を悪くするので長時間つけることはオススメしないからな。

 

 次に軽くファンデーションを塗り、口紅で可愛さを増していく。 つけまつげで目を大きく魅せて、最後にゴムでツインテールにする。 よくツインテールにすれば“ロリ”なんて言い方をしているが俺は絶対に認めないからな。 おまえらだよ、18禁ビデオの出演者たち。

 

 さてさてそれは置いといて、俺も準備ができたので玄関に向かうことに。

 

「じゃーん! どうだ、ヴィヴィオ!」

 

「うん! すっごくきもちわるい!」

 

 ですよねー。 若干ながら俺も思ってました。 だってべつに女顔でもなんでもないからね。 イケメンだって何しても似合うわけじゃないもんねー。

 

 ニコニコ笑顔で言葉の暴力を飛ばしてくるヴィヴィオに、冷静になりながら返事を返す。 あかん、股間に変な汗かいてきた。

 

 その時、グッドタイミングなのかバッドタイミングなのか分からないが、玄関の向こう側から二人の話し声が聞こえてくる。 とても楽しそうな声だ。 その声を聞いただけで俺の心は温まってくる。

 

 ドアノブが回る音がして二人の女性が顔を出した。 一人は可憐な光翼、フェイト・T・ハラオウン。 六課のアイドル担当だ。 そしてもう一人は恐怖の権化、高町なのは。 六課のオチ担当だ。

 

「わ~~~い! おかえり~~~!」

 

「えッ!? な、なに!? なんなのいきなりッ!?」

 

「わ~い! あいたかったよ~!」

 

「えぇッ!?」

 

 フェイトが見えた瞬間に駆け出し飛びつくヴィヴィオ。 フェイトはヴィヴィオをしっかりと柔らかく受け止めながらも盛大にテンパっていた。

 

「ママー! ママー!」

 

「えっ!? ちょっ!? ど、どうなってるのっ!?」

 

 テンパりながら回りをわたわたと見回すフェイトは、そのまま待機していた俺と目があった。 俺はそれを確認して、目に涙を浮かべなが『よよよ……』と泣き崩れる。

 

「かなしいわっ、フェイト。 私達の隠し子を忘れるなんて……私とともに過ごした情熱でイスカンダルな一夜を忘れたというの!」

 

「な、なのはっ!? どうすればいいのかなっ! も、もしかして迷子とかっ!?」

 

「う~ん……迷子なのかな~。 でもこの娘、フェイトちゃんに懐いてるみたいだけど」

 

「あなたは私の大切な初めてを奪ったのよっ! その罪、償ってもらうしかないのよっ!」

 

「ちょっと、まってよなのはっ! ほんとうに私はこんなの知らなくて……」

 

「う~ん……ねぇ、もしかしてママとパパとはぐれちゃったのかな?」

 

「ひぃっ!? さわったら、ヴィヴィオとけちゃう! たすけて!」

 

「………………そこのバカ、いったい何をこの娘に吹き込んだのかな?」

 

「シカトされたあげく、いきなり俺が犯人扱いされるの!?」

 

 渾身の演技を全て無視されたあげく、勝手にヴィヴィオに吹き込んだ犯人にされてしまった。 まったく……なのはも仕事で疲れてるんだな。

 

 フェイトに飛びつき抱きついたヴィヴィオはフェイトの足に引っ付いて離れず『ママ! ママ!』そう連呼し、フェイトはフェイトでそんなヴィヴィオに対して慌てふためくだけであった。 そんなフェイトをみてなのはは助け舟を出したわけだが差し伸べた手を触れるどころか避けられて怒りの矛先がこちらにきている。

 

「まぁ落ち着け。 俺とお前の仲じゃないか。 可愛い可愛いひょっとこちゃんからのラブコールなんだから笑って済ませるくらいの度量を調子こいてすいませんでした! お願いですからバインドで磔にするのは勘弁してくださいっ!?」

 

 外国人のようにスマイル満点で足を踏み出した瞬間になのはのバインドによって両手を左右に広げ足を投げ出してように広げられた状態のバインドにかかった。

 

「……フェイトちゃん。 その娘と一緒にリビングに行っててくれるかな? 私はお話しするからさ」

 

「ああ、うん。 わかったよ。 え~っと、とりあえず行こうか?」

 

「うん!」

 

「おいちょっとまてよ! お前のその肯定で一人の市民の命が風前の灯になってるんだぞ!? それでいいのか管理局! それでいいのかマシュマロおっぱい! あ、ごめ

ん謝るから! マシュマロおっぱい謝るからいかないでえええええええええええええ!」

 

 バインドで縛られている状態なので顔だけでも必死にフェイトと距離を詰めようと努力するひょっとこに対して、フェイトは無視を決め込みヴィヴィオを伴ってリビングへと入っていった。

 

 必死に弁明してる彼の声をBGMにしながら私はこの女の子に話を聞くことにした。

 

「え~っと、私はフェイト・T・ハラオウンです。 あなたのお名前は?」

 

「ヴィヴィオ!」

 

「そう、可愛い名前だね。 それで、どうしてここにいるのかな?」

 

「え~っと……おにいさんにつれてこられたの!」

 

「なのは! 俊を完膚なきまでに叩きのめして!」

 

 ヴィヴィオからおおよそ聞きたくない内容を聞きだしてしまった私は、ここからなのはに聞こえるほどの音量でそう頼んでしまった。

 

『それ絶対に誤解だから!? 内容とかまったく聞いてないけど1000%誤解だって断言できるから!』

 

 既に犯罪者の言葉など私の耳には届かない。 俊ならいつかやあると思っていた……。 だからこそ、なのはと二人でそれを止めようとしていたのに……最低な人間だよ、俊は!

 

『ちょっ!? なのは先生、往復ビンタめっちゃ痛いから、アンパンマン並みに顔面腫れあがるから! ごめんなさいっ! もうしません!』

 

 ここまで聞こえてくるなのはのビンタと俊の絶叫。

 

『てめぇ! 俺だってこの痛みを快感に変換する術をもってるんだぞ! それを使用すればお前のビンタを変換して俺の股間のデバイスからホワイトブレイカーを撃つこ

とだって可能だ! 下着もズボンも突破して貴様にかけるぞ、この一撃!』

 

 痛みのあまり彼がへんなことを口にしはじめた。

 

「ねぇねぇ、ホワイトブレイカーってな~に~?」

 

「う~ん、もうちょっと大人になったら教えてあげるからね~」

 

 よしよしと頭を撫でると、猫のように気持ちよさそうに目を細める。

 

『はっはっはっはっはっ、流石のお前も女の子、これで近づくことができなくなっただろう……! ……ちょっとまって、タイムアウト! この距離からの魔力弾は洒落にならないって。 ただでさえ、魔力弾がトラウマになりそうなんだから。 マジゴメン。 なのはちゃん世界一可愛いから許して! いたいいたいっ!? これ以上食らっ

たら俺の中の何かが天元突破しちゃうううううううううううううううううううううううううううううううううううう!』

 

「ねぇねぇ、てんげんとっぱってな~に~?」

 

「使い方が正しいと銀河を守るほどの力と恰好よさがあるんだよ~。 アレは完全に使用例が間違ってるから、マネしちゃダメだよ?」

 

「うん!」

 

 ヴィヴィオが可愛く元気に頷く。

 

 そんなヴィヴィオを片手であやしながら、この娘が何故家にいるのか後で問いただそうと思う私であった。

 

 



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25.デッドorデッド

 現在俺たちは夕食のすき焼きを食べていた。 俺の顔はアソパソマン並みに腫れあがっており手なんて肩から上にあがらない状態になっている。

 

 おかしい。 絶対におかしい。

 

 幼馴染というものは素敵でエロエロな展開になると相場が決まっているはずなのにこの二人はデレというものが一切ない。 これは俺がエロエロなことをするゲームの世界ではなかったのか?

 

 だがそんなことを言ってもはじまらない。 いまにこのテクニックでこの二人が乱れる姿が目に浮かぶ。 そう……俺に懇願する姿がな!

 

「白菜の追加はまだかな?」

 

「あ、いますぐにもってきます」

 

 ……もう少しだけ、もう少しだけの辛抱だ……!

 

 冷蔵庫から白菜を取り出して食べやすい大きさにカットし、食卓へと戻ってくる。

 

「白菜もってきました」

 

「ねぇ、たまごもないんだけど」

 

「あ、少々おまちください」

 

 向かい側のなのはがテーブルでコンコンと卵を割る仕草をしながら、低い声で言ってくる。 俺はその声に反応してすぐさま冷蔵庫に向かい卵をとってくる。

 

「どうぞ、なのは大明神さま」

 

「……はぁ。 ちゃんと反省してるの?」

 

「それはもう、猛反省してます。 フェイトの砂丘よりも高く谷間よりも深く」

 

「……君の中の反省が何なのか知りたい」

 

 卵を受け取ったなのはは頬杖をつきながら上目使いで俺を見てきたのに対して、俺も誠心誠意答えたのに溜息が返ってきた。 あんまり溜息ばっかり吐くと幸せが逃げるぞ?

 

「はいヴィヴィオ。 熱いから気をつけてね?」

 

「うん! ヴィヴィオ、きをつける!」

 

 なのはの隣にいるパツキン二人が仲良しそうにする光景が視界にはいる。 パツキン(大)がパツキン(小)のお椀をとって鍋の中から肉と野菜を均等によそって渡す。 パツキン(小)はそれを両手で受け取りながらニコニコ笑顔で復唱する。 なんとも微笑ましい光景である。

 

「完全にハブられてるな」

 

「は、ハブられてないもん! ちょっと君の相手をしていただけであって……本当はわたしにもこれくらい懐いてるもん」

 

「ほ~。 さっきは溶けるとまで思われていたのに?」

 

「そ。それは誤解だから大丈夫なの! みててよね! ヴィヴィオ~、わたしが卵割ってあげるよ~?」

 

「あぅ……あ、ありがとう……」

 

 ニコニコ笑顔でヴィヴィオのお椀に俺からもらった卵を割ろうとするなのにはヴィヴィオはお礼を言いながら、少しだけお椀を自分のほうに引き寄せた。 これが意味

すること、それはヴィヴィオがなのはから卵を受け取りたくないということだ。

 

 ヴィヴィオの態度を見て、笑顔を張りつかせたままなのははゆっくりと体を引いた。 まあ、あんな態度みせられたらしょうがないよな。

 

「……いまの光景は見てなかったことにしといたらいいの?」

 

「……うん」

 

 消沈したまま首を縦に動かすなのは。 ちなみにフェイトはそんな二人のやりとりをみてオロオロするばかりである。

 

 そもそも席順からして避けられてるということに気付かないのか?

 

 いまの席順はこのようになっている。

 

 

           ☆

 

 

 ヴィヴィオ・フェイト・なのは

 

 どう考えてもヴィヴィオはなのはを避けているだろ。 俺? 俺は安定の一人だよ。 みんなどう思う? 家という空間で考えるなら両手に華だよ。 でも横という空間で考えるならスッカラカンだよ。

 

 まあ、そんなことは置いといて。

 

「エースオブエース破れたり、だな」

 

「こんな負け方嫌なんだけど……」

 具が何も入っていない空のお椀をカツカツと刺しながら、なのはは一人で愚痴り始めた。

 

 とりあえずそっとしておくことにして、冷蔵庫からうどんを取り出してくる。

 

「そもそも、俊くんがヴィヴィオにへんなことを吹き込まなければこんなことにはなってないんだよね。 そう考えるとわたしの不幸はいつも俊くんが絡んでるような気がするんだ。 ううん、べつに俊くんを責めるつもりなんて全くないんだよ? でもさ、たまに思うよね。 俊くんはなんでなのはをイジメるんだろうって。 毎日毎日、意地悪ばっかりしてさ。 頭おかしいよね。 ううん、でも俊くんが頭がおかしいのは知ってるよ? 子どもの頃からの付き合いだからね。 一番長い付き合いだもんね。 でもさ、たまに納得いかないことってあるんだよ。 こっちにも意地ってものがあるしね。 これでもね、大変なんだよ? あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、怒ってもヘラヘラしちゃってさ。 どれだけわたしがディバイン・バスター撃とうと思ったことか。 けど、俊くんはそんなことおかまいなし。 そもそもデリカシーがないんだよね。 いまどきデリカシーのない男なんてモテないんだよ?」

 

 台所から戻ってきたところで、ちょうどなのはの愚痴が一段落したみたいなので声をかけることに。

 

「なのは、うどん食う?」

 

「たべる!」

 

 さっきとは打って変わった表情で目をキラキラさせながら肯定するなのは。 うんうん、わかるぞその気持ち。 すき焼きのうどんって美味いよな。 ところで愚痴ってどんな愚痴なんだろうか? どうせ俺に対する嫌味なんだろうけどさ。

 

 うどんを三玉いれて蓋をすることに。

 

 その間に俺は二人に話しをすることにした。 もちろんこれからヴィヴィオをどうするかについての話だ。

 

「さて、二人とも。 まずはヴィヴィオがここにいる理由を話す。 そのうえでこれから俺たちのする行動を決めていくことにしたいんだけど、異論はないよな?」

 

「「うん」」

 

 二人が肯定する。 ヴィヴィオだけは器に残った食べ物に一生懸命で話に参加していない。 けど、それが一番いいいのかもしれない。

 

「それじゃ、まずなんでヴィヴィオがいるのかだが──」

 

 かいつまんで、要約してわかりやすく話していく。 スカさんから預かったこと。 ビスコの魔力でここについてきた。 案の定、なのはもフェイトもビスコ辺りでとっても微妙な顔をしていたのだが。

 

「まぁ、俺が話せることはこれくらいかな。 俺自身もスカさんからそこまで聞いてない、っていうか聞こうとしてもダメだったよ」

 

「もしかしてスカさんって多忙な人なのかな? てっきり俊くんと同じ無職だと思ってたけど」

 

「というか、スカさんってスカリエッティに似てるよね」

 

「フェイトの気のせいじゃない? それって次元犯罪者なんだろ? スカさんにそこまでできるとは思わないけど」

 

「……それもそうだね」

 

「とにかく、ヴィヴィオは此処で預かるってことで異論はないんだよな?」

 

 俺の問いに二人とも頷く。 わかってはいたけど……ほんと二人とも優しいよね。

 

 だがここで大きな問題が一つでてくる。

 

 その問題とは──

 

「士郎さんやリンディさんになんて説明すればいいんだろうか……」

 

「「あっ……」」

 

 預かっているだけとはいえ、ヴィヴィオはここで生活していくことになるんだ。 スカさんは期限については何も述べなかった。 ということは、最悪の場合、一生なんてことにもなりかねない。 だとしたら様々な問題が出てくる。

 

 やはり早めに話しておくべきだろうか……。

 

「やっぱり、話しておかないとまずいよね。 最悪でもリンディさんには話しておかないと」

 

「いやいや、リンディさんだけじゃダメだろ。 士郎さん達だって俺たちのこと心配してるんだから。 だからこそ、俺たちはしょっちゅう海鳴にも帰って無事であることを伝えてるんだし。 それに子供の頃からどれだけ背中を押されたことか。 あんな人が出来た人たちいないぜ?」

 

「でも……お母さんになんて説明すればいいの?」

 

 フェイトの言葉で軽くシュミレートしてみることに。

 

 

           ☆

 

 

「あら、なのはちゃんとフェイト、久しぶりね。 ついでに無職の君も」

 

「いつも思うのですが、俺にはリンディさん厳しいですよね」

 

「あなたが死んでくれたら優しくするわよ」

 

 まったく意味ないですよ、それ。

 

 玄関の前で軽くはない世間話をする。 なのはとフェイトのおかげで若干リンディさんの顔にも優しさがある。 俺単体のときは般若のような顔してるのにな。

 

「それで? なにか困ったことでもあったのかしら? 三人で訪ねてくるなんて」

 

「あ、そのことなんだけどね、お母さん? ちょっと話しておきたいことがあって……」

 

 フェイトのよそよそしい態度にリンディさんもなにか違和感に気付いたようだが……フェイトが喋っているので口を挟まないようだ。

 

「えっと──子どもをね、紹介しようと思って」

 

 

           ☆

 

 

「死ぬな、俺が」

 

「うん、俊は死んじゃうね」

 

「フェイトちゃんの言い方も悪いとは思うけど」

 

 三者三様の言葉を述べながらも俺たちが到達した答えは一つ。 俺がリンディさんに殺されるという結末だ。 俺自身もそんな未来が容易に想像できるわけで、死ぬしかないわけで、なんとも困ったことになった。

 

「それじゃなのはのほうは?」

 

「うちもダメだと思うよ? ねぇ、俊くん」

 

 なのはが俺に振ってくる。 俺はそれに大きく頷いた。

 

「そもそも髪からして違うしな。 それにもしそんなこと言ったものなら、流石の俺も士郎さんと恭也さんに殺されるよ。 なのはのこと溺愛してるし。 ヴィヴィオの年齢はだいたい5歳くらいだろ? 逆算すると14歳だぞ? そんなこと士郎さんや桃子さんが許すはずない。 どこの14歳の母だよって話になってくる」

 

「……それじゃいっそのこと、話さないっていう選択は?」

 

「それはもっとダメだよ、フェイト。 俺たちはまだ19歳。 日本では未成年の部類に入ってしまうから、やっぱり士郎さんやリンディさんには話したほうがいいと思うんだ。 ヴィヴィオはペットとは違うんだ。 やはりそれなりに報告とかも必要になってくるよ」

 

「う~~~ん……でも、報告した先に待ってるのは俊くんの死」

 

 そこが一番の悩みだよな~……。 もっとこう……ギャルゲやエロゲみたいに簡単にいけばいいんだけど。

 

「「「う~~ん……」」」

 

 三人が悩む中で、当人であるヴィヴィオだけが

 

「うどんたべようよ~!」

 

 元気に発言をしてるのであった。

 



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26.聖水

『子どものサインはとても小さい。 だから見過ごしてしまうことがある。 それを反省し次に繋げるか、そうでないかで器が違ってくるのかもしれない』

 

 結局のところ、俺たちの答えは“時期をみて話す”という無難な答えに落ち着いた。 いま話したって混乱するだけだろうし、もしかしたらヴィヴィオだってすぐにスカさんたちが引き取りにくるかもしれない。

 

 それにいま話にいったところでヴィヴィオとの生活だって日が浅い。 そんな状態で先方に報告したところで何を言われるかわかったもんじゃないしな。

 

 ……いや、俺がボコられるのは確定事項なあんだけどさ。

 

 兎にも角にも、これが俺たち三人が決めたことだ。

 

 夕食を食べ終わった俺たちは俺だけを残して女子三名ともども風呂で体の疲れをゆっくり癒している最中だろう。

 

「それにしても、なのはがハブにされなくてよかったな」

 

 風呂に入ると言い出したとき、ヴィヴィオは若干強張った顔をしたがフェイトの助力となのはの粘りでどうにかこうにか入浴へとこぎつけたのだ。 それにしてもなのは怖がられ過ぎだろ。

 

 洗い物を終えた俺はそのまま、マンガでも読もうと自室へ行く途中、あることに気が付いた。

 

「……そういえばヴィヴィオの服ってないよな。 今晩のパジャマは俺が昔作ったメイド服でなんとかなるけど……さすがにメイド服で外に出すわけにはいかないよなー」

 

 そんなことすれば俺がおっさんに捕まってしまう。 流石にそれだけは避けたい。

 

「ちょっとヴィヴィオに聞いてみようかな」

 

 足を180°方向転換させて風呂場へと進むことにした。

 

 

           ☆

 

 

 風呂場へと訪れた俺を待っていたのは、先程まで衣服とした着用していたブラやパンツ、スカートにシャツ、といった聖骸布であった。 ほのかに残る香り、若干嗅ぐことのできる汗、生暖かい感触。 そう──桃源郷は此処にあったのだ。 ちらりとすりガラスをみると、三人ともこちらに気付いている様子はない。

 

 シルエットからして、なのはとフェイトがヴィヴィオの体を洗ってあげているようだ。 チャンス──到来

 

 すばやくしゃがみこみ、あちらの視界にはいる面積を狭くする。 そして自分の中で体内時間の操作を行う。 これにより、殺し屋でもないかぎり俺の気配を察知することは難しくなる。 しかしこれにだって限界はある。 だからこそ──最新の注意を払いながら最高の速度で獲物を──狩る!

 

『えへへ~! こんどはヴィヴィオがフェイトママをあらってあげる! ヴィヴィオこれでもてでコスコスするのじょうずなんでよ!』

 

「それならばお兄さんの息子もコスコスしないかヴィヴィオ!!」

 

 ドス!

 

「ぎゃああああああ! 目があああああああああああああ!」

 

「まったく……油断も隙もあったもんじゃないんだから!」

 

 一瞬だけ見えた光景から推測すると、タオルで体を隠していていたなのはから目つぶしっを喰らったようだ。 指だけならまだいいが、今回は泡までつけてきたので失明しないか心配だ。 全身の感覚を研ぎ澄まし心の目でこの場を視る。 徐々に浮かび上がってくるシルエット。 前方になのは。 横にヴィヴィオとフェイトか。

 

 肌がチリチリと焦げるような錯覚を覚えるので、どうやら二人ともかなり怒っているようだ。 フェイソンなんてチェーンソー取り出してきそうである。

 

 しかしながらここは長年付き合ってきた仲だ。 軽いジョークの一つでも飛ばせば許してくれるはず……!

 

「フェイト、ほんといい体してるよな。 なのははもう少し頑張れ!」

 

 まさかなのはが風呂場でサマーソルトしてくるとは思わなかったです。

 

 

           ☆

 

 

 サマーソルトを食らった俺はフルボッコにされながらもなんとか逃げることができた。 息子のほうはフルボッキだ。 しかし此処には現在ヴィヴィオだっている。 紳士として幼女がいる空間で抜くのは斬首に値する行為なのでなんとか我慢する。

 

 しょうがないので自室に引きこもってゲームでもやろうとしたところで風呂場の方向からドタドタとした足音が聞こえてきて

 

「おふろよかったよー!」

 

 ヴィヴィオが飛びついてきた。 いったいどうしたんだ? ちょっとテンション高くない? お姉さんたちにイケナイことでも教えられたのか?

 

 などなど、思考しているとパジャマ姿のフェイトとなのはがタオルで髪についている水滴を縛りながら困った顔を浮かべていた。

 

「どしたの、ヴィヴィオ」

 

「たぶん眠くなってきたからテンション高いんじゃないかな? ほら、たまにあるじゃない。 小さい子特有の」

 

「ああ、たまに魔法少女(笑)もなるよな」

 

「ねぇ、魔法少女(笑)ってわたしのことかな? 知ってる? 乙女ってね、いつまでも少女なんだよ?」

 

「……ぷっ」

 

「落ち着いて、なのは!? 鈍器はダメだって!?」

 

「離してフェイトちゃん! こいつに乙女の鉄槌を!」

 

「お兄ちゃんどいて! こいつ殺せない! (裏声)」

 

「バカにしてるでしょ!? わたしのことバカにしてるでしょ!?」

 

 なにをいまさら。

 

 なのはがロヴィータ化している様はみていて面白い。 俺がニヤニヤとフェイトがオロオロとしながらなのはを止めていると俺の膝でぐるぐる遊んでいたヴィヴィオが失速し、やがて動きを止めた。 その様子に俺たちは動きを止めてヴィヴィオの顔を覗きこむ。

 

「「……寝てるね」」

 

「幼女の寝顔ってかわいいな」

 

「う~んと……今日はもう寝よっか?」

 

「うん、そうだね」

 

 なのはとフェイトがあらかた拭き終わったタオルを受け取る。 二人は洗面台のほうに足早に駆け出してドライヤーをかけるとクシで髪を()きながら手を差し出してくる。

 

「はい、ちょうだい」

 

「ごめん、キャットフード手元にないんだ」

 

「いらないよっ!? そうじゃなくて、ヴィヴィオを預かるって言ってるの!」

 

「ああ、ヴィヴィオね。 でも……離さないんだけど」

 

 シッカリとズボンを握ってるヴィヴィオはなかなか離れてくれない。 強引にほどくことも可能なんだけど……それはなんか嫌なので実行には移したくない。

 

「それじゃ、俊くんの部屋に寝せる?」

 

「だめだよ、なのは。 俊だよ? 危ないことになるのは明白だよ」

 

「あ、そうだね。 やっぱいまの発言取り消しね」

 

 俺の幼馴染たちがこんなにツンしかないわけがない。

 

 といっても、俺はこれからやらなければいけない作業があるわけで部屋にヴィヴィオをいれることはできないんだよな。 さて、どうしたものか。

 

 考えこんでいると、ヴィヴィオが一人でに俺の手を離し目が開いていない状態にもかかわらずトコトコと抱きついていく。 ──もちろん、フェイトのほうに。

 

「俊くん、歯くいしばって?」

 

「……え?」

 

 いや……うん。 なにかに当たりたい気持ちはわかるんだがな? そこでサンドバックとして俺を起用するのはどうかと思うぞ?

 

 

           ☆

 

 

 なのはとフェイトの間に挟まれて寝ているヴィヴィオをみる。

 

「あんまりジロジロみないでよ。 セクハラだよー」

 

「俺のセクハラはもっと大々的だから大丈夫なの。 それよりヴィヴィオってトイレいったっけ? 俺のイメージでは小さい子って夜寝る前はトイレに行くイメージがあるんだけど……」

 

 小さい子どもって夜は一人でトイレに行くのが怖いから、親と一緒にトイレに行ってから寝ると思っていたのだが……。 実際、小さい頃のなのはがそれで漏らしたので強く思ってしまう。 それにヴィヴィオって考えてみれば家にきてから一回もトイレにいってないよな? それって健康的にも問題があるんじゃないか?

 

「う~ん……どうなんだろう、フェイトちゃん」

 

「えっ!? 私に振るの? え~っと、行くときはなのはか私を起こすんじゃないかな?」

 

 親指で顎を押しながら答えるフェイト。 言われてみれば確かにそうだな。

 

「それじゃ問題ないか。 んじゃ、おやすみ。 風邪引かないようにな」

 

「はーい、おやすみー」」

 

 電気を消して部屋を出る。 今日だけは盗みは勘弁しておこう。

 

 部屋に戻り、電気を点ける。 蛍光灯の人工光が部屋全体を支配して俺の娯楽グッズを起こす。 それらを全部一か所の所にまとめておき、棚からコスプレ衣装用の布を取り出す。 色は青と水色と白。 これでとある人物をモチーフにした衣装を作ることにしようと考えている。 できるだけ可愛く、外を歩く誰もが振り返るような──そんな服を作ろう。

 

 道具一式を近くに置き、いざ開始する。 ヴィヴィオは喜んでくれるかな?

 

 

           ☆

 

 

 カッチコッチと時計の針だけど聞こえてくる。 何時間もしたような、それでいて何分しか経っていないような、そんな時間の感覚があやふやになった錯覚に陥る。 時刻を確認すると深夜1時を若干過ぎたあたりである。

 

 出来として30%。 本当に終わるのか? そう一抹の不安がよぎるわけだか、まだまだ時間的には余裕があるしなんとかなるだろう。 立ち上がり、伸びをすると背中からバキバキと固まりをほぐすような音が聞こえる。

 

「う~ん……ヴィヴィオの様子でも見てくるか」

 

 あの笑顔をもう一度みて、英気を養おう──そう思った瞬間に家中に響くような声で誰かが泣いた。

 

『うわあああああん!!』

 

 この声はいったい誰だ?

 

 こんな高い声で泣く奴なんて家にいたっけ?

 

 そもそもなんで泣いてるんだ?

 

 疑問が頭を埋め尽くす。 体は勝手に動き出す。

 

 ドアを勢いよく開け、なのはとフェイトの相部屋のドアを蹴り開ける。

 

「あ、俊くん……起きてたんだ。 というか、起きちゃったのかな……?」

 

 部屋に入ってきた俺を見てなのはは困った笑みを浮かべた。

 

「え~っと……もしかして?」

 

「うん。 そのもしかして」

 

「だいじょーぶだよ、ヴィヴィオ。 こんなこと、誰にでもあることだから」

 

 なのはとフェイトに抱かれたまま、グズグズと泣いているヴィヴィオ。 そして少し視線をずらした先には白いベッドが不自然なほど黄色くなっていた。

 

 早い話が──ヴィヴィオが間に合わなかった、ということである。

 

 考えてみれば当然なことである。 そう、これは当然な結果なんだ。 だって、ヴィヴィオは一回も行ってないんだから。 この家に来て、何時間が経った? かなりの時間が経ったはずだ。 夕食だって食べた。 お茶だって飲んだ。 もよおさないほうがおかしいのだ。

 

 ヒックヒックと泣くヴィヴィオ。

 

 なのははそんなヴィヴィオを優しく抱きしめ、背中をトントンと叩く。 安心させるように、落ち着かせるように。

 

「私、ヴィヴィオをシャワーにつれていくね」

 

 その言葉に俺はただ頷くだけしかできなかった。

 

 

           ☆

 

 

 パタンと閉じるドア。 トントンと降りていく一人分の足音と、一人分の話し声。

 

 それを聞きながら、俺はベッドに足を運んだ。

 

「きづいて……いたんだ。 ちょっと考えればわかることだよな。 だってヴィヴィオは小さい女の子だぜ? それが突然俺たち大人3人の中に放り込まれてさ、緊張しないほうが無理な話なんだよな。 主張できないのは当たり前じゃないか。借りてきた猫のようになるのは当然じゃないか。 用意周到なスカさんのことだ。 『迷惑をかけちゃいけないよ?』そう言い聞かせたんだと思う。 だからさ、賢いヴィヴィオはその言いつけを守ってたんだ。 ヴィヴィオにとって、トイレに行く、ということは迷惑行為につながったのかもしれない。 誰かが案内しないといけない。 誰かが付き添わないといけない。 だから、ヴィヴィオは言い出せなかったのかもしれない。 本当は、本当は──もっとわがまま言いたかったのかもしれない」

 

 俺が渡したお絵かきより、アニメを視たかったのかもしれない。

 

 考え出したら止まらない。 あいつが主張したのなんて、“うどんを食べたい”なんてささいなものだけだったんだぞ。

 

 情けない

 

 幼女を泣かせた自分が情けない

 

 黙ろうとしても黙れない。 小さい女の子の小さな小さな自己主張を流してしまった自分が情けなくて、ヴィヴィオの泣き顔が頭から離れなくて、スカさんにウーノさんに申し訳なくて、マシンガンのように喋ることでなんとか保とうとする。

 

「紳士が聞いて呆れるぜ。 だって──」

 

 喋る口が強制的に止められた。

 

「いまは、後片付けが先でしょ?」

 

 俺の口元に自分の人差し指を置いて、ほほ笑みながら強制終了させるフェイト。

 

 その笑顔でようやくわれにかえることができた。

 

「……ごめん。 ちょっと取り乱しちゃって……」

 

「うん、大丈夫。 私だってなのはだって気付かなかったんだもん。 しょうがない、なんて言葉で片付ける気はないけど、優先事項がどれかくらいはわかるよね?」

 

 その言葉に頷く。

 

 そうだ、まずはここを片付けよう。 そうでないと、ヴィヴィオが安心して寝れないじゃないか。

 

 

           ☆

 

 

 ヴィヴィオのメイド服を脱がしたわたしは、いまだ泣いているヴィヴィオを抱いてシャワーのノズルを回した。 お湯にかわるまで数秒。 この時間がちょっと寒い。

 

「よっし、お湯にかわったね。 ヴィヴィオ~、体流そうね~」

 

「……うん」

 

 下を向いたまま首だけで返事するヴィヴィオ。

 

 まぁ、それもそうだよね。 よく考えてみれば此処は他人の家だもんね。 ヴィヴィオだって家で生活するようになんてできないだろうし、ましてそこでもよおした

ら……。

 

 借りてきた猫のように黙ったままのヴィヴィオの体をスポンジで丁寧に洗う。 するとヴィヴィオが少しだけモジモジしはじめた。

 

「くすぐったい?」

 

「うん……」

 

「うにゃにゃ!」

 

「やー! くすぐったいよー!」

 

 そこを重点的にこすると、ヴィヴィオは笑いながらこっちにスポンジを押し返してくる。 ようやく笑ってくれたのが嬉しくて、ついついヴィヴィオで遊んでしまう。

 

 そんな笑いの中で一瞬だけ訪れる無音の空気

 

「ごめんなさい……おもらししちゃって……」

 

 それはとてもとてもか細い声で

 

「うぅん。 わたしたちもごめんね、気付いてあげることができなくて」

 

 わたしはたまらず抱きしめた。

 

 抱擁に嫌がることなく、身を任せるヴィヴィオ。

 

「あのね……?」

 

「な~に?」

 

「スカさんがいってたの。 『いまから行くところはとってもいい人がいるから大丈夫』って。 ヴィヴィオのことをまもってくれるって。 だからヴィヴィオ、いいこにしようとおもって、めいわくかけちゃいけないっておもって」

 

「そっか。 偉いね、ヴィヴィオ。 その年でいい子にしようなんて。 うちには19歳になってもお子様のままの男性がいるから余計に思っちゃうよ」

 

「でも……ヴィヴィオだめだったよ? いいこにできなかったよ?」

 

 心配そうに不安そうに見上げるヴィヴィオ。 だからわたしはそれに満面の笑顔で答えることにした。

 

「いい子になんてしなくていいんだよ。 飾らない言葉で、飾らない行動で、飾らないわがままで、わたし達を困らせてくれたらいいんだよ」

 

 わたしだってそうだったんだから。

 

 わがまま言って、さんざん困らせて生きてきた。 それでも、まわりの大人たちは笑って許してくれた。

 

 大人になるにつれて、わがままなんて言えなくなる。 これも生きてきた中で身につけたことだ。 約数名、それに縛られない人たちもいるけど。 とにかく、こんな子どものときからわがままを言わない人生なんて、言えない人生なんてどこかで破綻するに決まっている。

 

「だから──もっと甘えていいんだよ?」

 

「なのは……ママ?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「えへへ……なんでもない! なのはママ!」

 

 その後ヴィヴィオはわたしに抱きつきながら、“ママ”と連呼し続けた。 ようやく言ってくれた言葉。 聞きたかった言葉。 こんなにも、ママと呼ばれることが嬉しいなんて思わなかったのが正直なところ、ヴィヴィオをこのまま自分の娘にしたいと思ってしまい、その考えは心の底にしまっておくことにした。

 

 もう……そんなにはしゃいだら眠くなっちゃうよ?

 

 

           ☆

 

 

 新しいシーツをかけ、ベッドメイキングを完了させる。

 

 これでヴィヴィオが帰ってきたときに不快な印象を抱くことはないはずだ。

 

「あの……ありがとうフェイト。 助かったよ」

 

「こちらこそ、ありがとう。 私一人じゃこんなに早くは終わらなかったよ」

 

 フェイトと二人でペコペコと頭を下げ合う。

 

 これから三人はまた眠るんだろうな。 俺は作業の続きをするわけだが──

 

「えっと……俺もういくよ。 二人によろしく」

 

 なんとなく居心地が悪く感じ、早々と退散を決め込むことにする。

 

 手をあげてドアノブを回そうとしたところで、腕を引っ張られる感覚。 ついで誰かの胸に顔が当たる感触を感じた。

 

「えっと……フェイト? その……胸が当たってるんだけど?」

 

「当ててるの。 まったく……俊はすぐ思いつめるんだから。 俊の悪い癖だよ、それ」

 

「そうはいっても……俺の責任なんだし」

 

 そこまでいったところでデコピンされた。 地味にうまくて痛い

 

「違うでしょ。 “私達”の責任だよ。 もっと頼ってよ、私となのはを」

 

 いつもは息子が起きるはずなのに、こういうときに限って起きてこない。 ほんと拗ねてるよな、こいつ。

 

 ほんとうはいつも通りバカをやりたいのに、作業で疲れて元気がでない

 

 だから、首を縦にも横にも振らなかった。

 

 その後、なのはとヴィヴィオが帰ってくるまでフェイトと俺はこの状態のままでいたのだった。

 



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27.ターニングポイント

「できた……!」

 

 長かった夜も終え、ついにヴィヴィオの服が完成した。 個人的にはなかなかの出来なので、いまからこれをヴィヴィオが着てくれると思うとなんだか頬の緩みが止まらない。

 

 さて、三人が起きてくるまで1時間ちょっとくらい。 朝食の用意をしてまっておこう。

 

 味噌汁を作っていると、二階からトントンと階段を踏む音が三人分聞こえてくる。

 

『おっはよー!』

 

「うーい、おはよー。 あれからよく眠れた?」

 

「ばっちり!」

 

「ばっちりばっちり!」

 

 なのはのVサインに合わせてヴィヴィオもVサインを作る。 なんだか二人とも一気に距離を詰めたな。 うらやましい。

 

「それじゃ、顔洗ってちょ。 もうすぐできるから」

 

『はーい!』

 

 三人娘の姦しい姫様たちは今日も元気なようである。

 

 そんな三人を見送って、俺は最後の仕上げにとりかかった。

 

 いつもの三人の光景にもう一人小さい姿が加わった。 いうまでもなくヴィヴィオである。 ヴィヴィオはその小さい体を一生懸命使って必死に味噌汁の中にいれたうどんを食べようとしている。 ヴィヴィオがうどんを掴むと、うどんはそれをあざ笑うかのようにプツリと音をたてて箸から離れる。

 

「あぅ……」

 

「頑張って、ヴィヴィオ。 優しくだよ、優しく」

 

「大丈夫、ヴィヴィオならできるから!」

 

 両側にいるフェイトとなのはが必死に声援を送る。 ヴィヴィオはそれに頷いて、優しくそっと両手で水をすくうように掴みあげ、その大きく開けた口でうどんをすすった。

 

「うまいか? ヴィヴィオ」

 

「うん!」

 

 それはよかった。

 

 両側にいる二人もパチパチと拍手を送る。 ヴィヴィオは照れ隠しのつもりなのか、フェイトやなのはの手をしきりに掴んでは離す。 といった謎の行動をしていたりする。 子どもって見とくと面白いよな。

 

 そうしてにぎやかな朝は過ぎていった。

 

 朝食を食べたあとは、仕事にいくなのはとフェイトを二人で見送ることにする。

 

 俺が作った弁当を手に二人は元気よく手を振ってくる。

 

「「いってきまーす!」」

 

「「いってらっしゃーい!」」

 

 俺とヴィヴィオもそれに負けじと手を振り返す。 世間一般的にこの立ち位置が逆のように感じるのだが、そんなこと俺には関係ないことだ。 というか、無職の俺が元気に外に出ると大抵おっさんと追いかけっこになるのでいただけない。 いまはヴィヴィオだっているわけだし。

 

「さて、ヴィヴィオ。 君にプレゼントがある!」

 

「ほぇ? な~に?」

 

 寝間着として渡した予備のメイド服を現在は着ているヴィヴィオだが、流石にご近所さんから変な目でみられそうだし、ヴィヴィオにはまだコスプレとか教えるのは違うような気がする。 もう少ししてからのほうがいい……かな。 そこらへんはスカさんと相談でもしよう。

 

「まあまあ、それは見てからのお楽しみであ~る。 ささ、家に戻るぞ」

 

 ヴィヴィオの背中を抱きながら、俺はいそいそと家に戻るのであった。

 

 

           ☆

 

 

「あ、おかあさん? うん、なのはだけど」

 

『あら、この時間に電話なんて珍しい……ことでもなかったわ。 お仕事はどうしたの?』

 

「ふっふっふ……もちろん、サボってる」

 

 このドヤ顔を並行世界の高町なのはが見たら頭を抱えるかもしれない。

 

『ダメよ~。 お仕事はちゃんとしないと。 それで、きょうはどうしたの? そろそろ海鳴に帰ってくる頃だったかしら?』

 

「う~ん、それは少し延期かな。 ちょっと色々とバタバタしてて」

 

『へ~。 なにかあったの?』

 

「うん。 子どもを預かってね」

 

 そこまで言って、なのはは昨日三人で決めたことを思い出す。 その内容は──時期をみて両親に話す──ということであった。 そして今日は、預かって二日目。

 

 いくらなんでも早すぎる。

 

 そのことを思い出したなのはだが時既に遅し。

 

『へ~、どんな子かしら? 教育的には大丈夫? 彼がへんなことしない?』

 

 既にマシンガンのように喋りだした母を止めれることはできなかった。

 

 ──30分後

 

 そこには茫然とした表情でトッポをかじっているなのはの姿があった。

 

 そこに沈んだ様子で、フェイトがなのはを訪ねてやってきたのだが──

 

「ああ、なのはもなんだ……」

 

「……うん。 どうしようか……」

 

 素直な二人には隠し事は難しいようである。

 

 

           ☆

 

 

 一方その頃、ひょっとこはというと──

 

「なあひょっとこ。 近所の通報で此処で夜中小さい子の叫び声が聞こえたらしいのだが……」

 

「塩でも喰らえ!」

 

「ちょっ!? お前、逮捕するぞ!」

 

 安定の下種であった。

 

 玄関の前で押し問答ともつかない、わけのわからないことを5分ほど繰り広げている。

 

 ヴィヴィオを一人にしていいのか? そう疑問を覚えるかもしれないが、様子を見に来たウーノがヴィヴィオのそばにいるのでそこは安心である。

 

「そんなことないってば。 だいたい、俺が家にはいるんだぜ?」

 

「だからこそ警戒してるんだ」

 

「あ~、それはわかるかも。 ところでさ……仮に家に小さい子どもがいたらどうするの?」

 

「お前を逮捕するかな」

 

 ギラリと光るおっさんの瞳。 その瞳にひょっとこは冷や汗を流す。

 

 ……あかん。 ここでヴィヴィオが出てきたら──

 

「ねぇねぇ! ウーノがこのふくかわいいってよ!」

 

 玄関から勢いよく飛びつくヴィヴィオ。

 

「おっさん……言い訳をさせてくれ」

 

「とりあえず手錠かけてからな」

 

 手早く右手に手錠をかけ、近くの鉄柵にもう一方をかけたおっさんは指を鳴らしながらひょっとこの話を聞き始めた。

 

 ちなみにヴィヴィオは──

 

「ウーノ! あそぼー!」

 

 さっさとウーノのところに遊びにいくのだった。

 

 

           ☆

 

 

 俺の話を聞き終えたおっさんは、俺を怒るわけでもなく顎に手を当てて考えはじめた。 いつもはフルボッコにしてから考えるのに、この逆順序は珍しい。

 

「どしたの、おっさん」

 

「いや、お前らだけで大丈夫かなと思ってな」

 

「大丈夫大丈夫。 きっとうまくしてみせるさ。 なんたって、預かっている身なんだからね。 責任重大だし」

 

 頭をかきながら、肩をすくめてみせる。 細心の注意を払っているつもりだ。 なにも問題はないはず。

 

 だけどおっさんは、そんな俺の頭に思いっきりゲンコツを落とした。

 

「いっつっ!? なにすんだよ、おっさん!?」

 

 睨む俺に対して、おっさんはそれよりも怖い顔で睨み返してくる。

 

「ばかもん。 そんな“預かっている”なんて感覚捨てろ。 いいか? 此処の家にいる間はお前たちが親みたいなもんだ。 絶対にその子の目の前で、“預かっている”なんて口にだすなよ?」

 

「……うん。 ごめんなさい」

 

 おっさんは俺の返答に満足したのか、うんうんと首を縦に何回も振る。

 

「そういえば……今日は非番の日だったよな。 丁度暇だし、俺がお前に子育ての極意を教えてやろう」

 

「おっさんの子育てなんて特殊すぎてアテにならねえよ」

 

 おっさんからアッパーが飛んでくる。 こいつ……いつか泣かせてやる!

 

「けどさ……なんか小さい子どもっていいよな。 家が明るくなる」

 

 朝の光景をずっと見ていた俺としてはそう感じるよりほかなかった。 ヴィヴィオが笑うことで、二人も笑う。 その笑顔はとても自然で、たった一つの笑顔だけで家中が明るくなるような──そんな錯覚に陥った。

 

「ああ、子どもはいいぞ~。 子どもに会うだけで疲れがぶっとぶ」

 

 おっさんはうんうんと大仰に頷く。 流石既婚者、話に重みがあるぜ。

 

「それにな、子どもがいると姿勢すらかわってくるんだよ。 よく言うだろ? 『子どもは親の背中をみて育つ』って。 あんな迷信信じるつもりないけどよ……どうしてもシャンとしてしまうんだよな、これが」

 

「……それほんとう?」

 

「ああ、本当だ」

 

「へ~……。 あ、おっさんここタバコ禁止だから」

 

「まじか? すまんすまん」

 

 一服しようとするおっさんに声をかけると、片手で謝りながらすぐにポケットに戻す。

 

「お前、どうすんだ?」

 

「どうするって……?」

 

「ここがお前のターニングポイントかもしれないぞ」

 

 おっさんは全てをわかっているかのように、俺に誘導尋問してくる。

 

「そうだな……ちょっとヴィヴィオに恥ずかしげなく魅せれるような大人になってみようかな」

 

「まぁ、いうのは簡単だがな。 いっとくが、お前は一般人なんてもんじゃないからな? 世間的にいえば犯罪者だ」

 

 うっ……! このおっさん、ズバズバと言ってくるな。

 

「まぁ、否定しないよ。 というかできないね」

 

「うむ。 お前が否定したらぶっとばすところだったぞ。 確かにお前は犯罪者だよ、でもな犯罪者には良い犯罪者と悪い犯罪者がいる」

 

「犯罪者に良い悪いなんてあんの?」

 

「わからん。 なんとなく言ってみただけだ。 でも……俺はそう思ってる」

 

「ふ~ん……それじゃ、良い大人と悪い大人の違いは?」

 

「さあな。 それがわかれば苦労しないぞ。 良い大人がなんなのかわかれば、他の奴はそのレールの上を走ればいいだけの話だからな。 “良い大人がなんなのか?”それは死ぬ寸前に答えがでるんじゃないのか?」

 

 確かに……そんなものなのかもしれない。

 

「それじゃ……ヴィヴィオに誇れるような大人になるには俺はなにすればいいと思う?」

 

「とりあえず変態的なところを治せ」

 

「それ……俺という個性が死ぬくない?」

 

 致命的だぞ、それ。

 

 それを聞いたおっさんはチッチッチと人差し指を左右に振り、頭を振った。 正直なところ、この人差し指を折りたいです。

 

「バカだな、お前。 頼み方ってもんがあるだろ。 俺の場合嫁さんに土下座すれば大抵のことはしてくれるぞ?」

 

「……たしかに、俺は頼み方ってものを心得てなかったかもしれない」

 

 神妙にしきりに頷くひょっとこ。

 

 正直、問題点はそこではないのだが、彼ら二人は気付かない。

 

 俺がどうやって頼み込もうと考えていると、横にいたおっさんが首をポキポキとならし、立ち上がった。 尻についた草を叩きおとし俺のほうを向いてしゃべる

 

「まぁ、それなりに頑張れよ。 ひょっとこらしくな」

 

 そう一言だけ言っておっさんは帰って行った。

 

 おっさん、手錠は?

 

 尿意がそこまできてるんだけど。

 



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28.背中で語れ

『現実は小説よりもいつだって刺激的だ』

 

 ミッド市内の大きな一軒家の外でたったいま19歳男性の人としての尊厳が失われつつあった。

 

「やばいってやばいって! もうすぐそこまできてるぞ、尿意っ!? ヴィヴィオが間に合わなかったならまだわかるが、俺が間に合わないって洒落になんねえぞっ!?」

 

 足を気持ち悪いほどにくねらせながらひょっとこは叫ぶ

 

「だれかーーー! 誰か返事してくれーーーー!」

 

 10秒たってから小さい足音が聞こえたかと思うと、玄関から俺が徹夜で作った不思議の国のア○ス風衣装を身に纏ったヴィヴィオがチュッパチャップスを口にくわえ

たままでてきた。

 

「う~? どしたの、おにいさん?」

 

「おぉヴィヴィオ! とりあえずチュッパチャップス食いながら走るなよ、危ないからな。 まぁ、それはおいといて──いますぐウーノさん呼んできてくれ!」

 

 この手錠を解除できるとしたら、それはもうウーノさんくらいしか残ってない。 ヴィヴィオがなのはやフェイト並みに強ければ話は別だがそんなことありえないわけで、必然的にウーノさんになるわけで……でも俺は信じてる。 ウーノさんは良心の塊だ。 きっと俺を助けてくれるに違いない!

 

「あ、すいませんひょっとこさん。 ドクターから電話がありまして……なんでも『過去に戻るマシン作り続けるのも嫌だからメダ○ット作ろうと思うんだ。 ちょっと手伝ってくれないかね?』とのことなんで、すいませんがここらへんで失礼します。 引き続き、ヴィヴィオのことをよろしくお願いしますね」

 

「まって良心の塊さん!? 俺のメタビーもメダフォース発射寸前なんですけどっ! というか、暴発寸前なんですけど!」

 

 冗談じゃないっ! いまこの機会を逃したら、大変なことになるぞ。 メダフォースでここらいったいアンモニアでマカダミアなことになるぞっ!

 

「すいません……がんばってください!」

 

「まってええええええええええええ!」

 

 俺の叫びもむなしく、ウーノさんは帰って行った。 あとに残るは隣で座りながら行儀よくチュッパチャップス(プリン味)を舐めているヴィヴィオと、制御棒の制御をしている俺だけである。 とうとう俺はヴィヴィオの前で人としての尊厳とかなんとかを失うらしい。

 

「……いや、まてよ? ヴィヴィオにピッキング道具を持ってきてもらえば、まだ勝機はあるかもしれない。 ヴィヴィオ! 俺の部屋からピッキングの道具を取ってきてくれ! あ、ついでにそのチュッパチャプスは置いてけ! 転んだら大変なことになるからな!」

 

「うん、わかった!」

 

 ヴィヴィオは立ち上がりながら、俺の口にチャッパチャプスをねじ込む。 いや、そこに置かなくてもいいと思うけどさ。

 

 ヴィヴィオなりのダッシュで玄関に戻る途中──

 

 ガッ!

 

 案の定というか、お約束というか、ヴィヴィオは進路上にあった石に躓いてこけてしまった。

「な、泣くなヴィヴィオっ!? お前は強い子だ! こんなことで泣いちゃダメだ! ……でもいたいの? んじゃ、もう泣いちゃえ! おにいさんも一分後には漏らして泣いてると思うから!」

 

 だんだん思考がマヒしてくる。 もうなにもかもがどうでもよくなり……背徳感とある種の興奮で頭の中がぐるぐると、世界がぐるぐると回っているような錯覚に陥る。

 

 すべてをぶちまけて楽になろう──そう思ったとき、呆れと怒りがミックスされた女性の声が耳に届いた。

 

「なに……してるのかな、このバカは?」

 

「ヴィヴィオ。 泣いちゃダメ。 傷もそんなに痛いほどじゃないんだから、大丈夫だよ」

 

 一人は俺の目の前で腕を組みながら仁王立ちで立っている高町なのは。 そしてもう一人は泣いてるヴィヴィオを抱き上げてあやしているフェイト・T・ハラオウンである。

 

 勝利の女神はいまだほほ笑んでいた。

 

 絶望的な状況にもかかわらず、自然に息子の波状攻撃を止めることに成功する。 このメダフォース、放つ場所はここではないのだ……!

 

「助けてくれなのは!? もうすごくまずい状況なんだっ! 俺のメタビーからメダフォースが発射されようとしている寸前なんだよ! お前も嫌だよな、幼馴染が漏らしたところをみるなんて!?」

 

 それまでジト目で“なにしてんだ、このバカ”みたいな眼差しでみていたなのはが『漏らす』という単語を聞いて合点がいった様子で俺のことをみてきた。 どうでもいいので早く助けてください!

 

「べつに~? わたしは小さい頃、誰かさんに見られたしね~。 あの時はと~~~~~っても、恥ずかしかったけど。 ……誰かさんは笑ってたよね~~~?」

 

 あ、勝利の女神が俺に中指立ててる。

 

「だ、誰だ!? 俺の可愛いなのはを笑うなんて!」

 

「いや、勝手に恋人みたいな感じにするのやめてくれる? まあ、それはそれとして……あのときはわたしも誰かさんも5歳だったよね。 でもいまは19歳。 この差はかなり大きいとおもうんだよな~」

 

 なのはは俺の周辺をくるくると回りながら、ドSじみた顔で俺のほうをみる。 こいつ……絶対楽しんでやがるなっ……!

 

「く……! なにが望みなんだ!? 謝罪か!? それなら既にしたはずだろ!?」

 

「え~? べつにわたしは、“君”とは一言もいってないんだけどな~。 まぁ、勝手に謝罪したければどうぞ? それでね、わたしちょっとだけ今日は失敗しちゃったの」

 

「失敗なんて誰にでもあるさっ! 俺なんて人生が失敗続きだからな!」

 

「うんうん、やっぱり失敗は誰にでもあるよね? それじゃ、ほんの些細な失敗なんだけど……それで被害が被ったとしても怒らないよね?」

 

「うんうん! 絶対に怒らないから! 俺がなのはを怒るわけないだろっ!? だから、早く手錠を解除してください!」

 

「……ほんとうに怒らない?」

 

「本当に怒らないってば!」

 

「それじゃ──」

 

 なのはは指を一つ鳴らす。 すると、手錠は簡単にその役目を終えたかのように軽く爆発して消えてしまった。 ちょっとだけ、なのはがカッコイイと思った。

 

 なにはともあれ、手錠を解除してもらった俺はトイレに向かって全力ダッシュ。 無事にメダフォースを発射し、身も心も爽やかになってなのはたちがいるリビングへと向かうのであった。

 

 

           ☆

 

 

「桃子さんと……リンディさんに……バレた……だとっ!?」

 

「うん。 おかあさん凄かったんだよ。 すぐになのはから情報聞きだしたの」

 

「うちだって負けないよっ! なのはより数分くらい早く聞き出したんだから!」

 

「いや、おかあさんのほうが──」

 

「落ち着け二人とも! いまは俺の命のほうが優先だろ!?」

 

「「別段どうでもいいかな」」

 

 なんというコンビネーション。 鮮やかすぎて涙が出てくるぜ。

 

「まぁ、ぶっちゃけ桃子さんのほうはきっちり話をすればわかってくれるはずなんだ。 問題は……リンディさんだよ」

 

「そういえばリンディさんにはかなり嫌われてるよね」

 

「16歳のとき、俺とリンディさんの仲をどうにかしようと考えて、クロノが色々と頑張ってくれたんだけどな……俺がリンディさんの顔面にお茶をかけてしまって最悪の関係になってしまった」

 

「あの後大変だったんだよ? 反省してるの?」

 

「うん。 まさかあんなところにコードがあるとは思わなかったよ。 家中掃除したのに……」

 

 嫌な思い出でも蘇ってきたのか、苦虫を10ほど噛んだような顔をするひょっとこ。

 

「それより、どうするの? このままじゃ死んじゃうよ?」

 

「う~む……ここまでくると、いっそのこと諦めの境地に達してきた。 もうでたとこ勝負でいいや。 いまはそれよりも重大なことがあるんだから」

 

「「重大なこと?」」

 

「うん。 俺さ、まともな大人になってみようと思うんだ」

 

 真剣なまなざしで、なのはとフェイトをみる。 二人はそんな俺の様子をみて──

 

「フェイトちゃん。 頭の病院の電話番号ってわかる?」

 

「ちょっとまって。 いますぐ調べるから」

 

 とても失礼な行動をとりはじめた。

 

「いやいやいや、ちょっとまてよ。 なに? そんなに俺の発言っておかしいの?」

 

「おかしいどころじゃないよ。 もしかして別人?」

 

 タウンページを取りにいったフェイトを見送ってから、なのはが俺に懐疑な視線を向けてきた。 大変遺憾におもいます。

 

「いや、俺だってな、ちゃんと考えたんだよ? ヴィヴィオのために良い大人になろうってさ。 それでこうやって答えを出したわけよ」

 

 そりゃあ、俺は犯罪者ですよ? キチガイですよ? まったく良い大人とか良い犯罪者とかなれるかどうかわからないけど、それでも俺なりに考えたわけで。

 

 ……あれ? よく考えてみれば、俺みたいな奴が良い大人とか無理じゃね?

 

「あのねぇ……良い大人になろうと思ってなれるんだったら苦労しないよ。 そもそもだよ? 君は息を吸うように迷惑行為をしてくる人物でしょ? それが良い大人になんてなれるわけないじゃん」

 

「……それは一理あるかも」

 

 いや、一理どころじゃなく百理はあるかもしれん。

 

 そもそも、よくよく考えてみれば……俺がいま述べた言葉って一般人が述べるような言葉じゃないか?

 

 俺みたいな奴が述べる言葉じゃないよな?

 

 俺みたいな奴はもっと……ろくでもないようなことをするよな。

 

 例えば日常的な覗き、盗撮。 セクハラ発言にパイタッチ。 うん、ざっと考えてみてもこんなところだ。 さてさて、こんなことをしている奴が良い大人を演じる……?

 

 何度も何度もイメージする。 想像する。

 

 良い大人を演じてる俺。 仕事をして、ヴィヴィオを養って休日には四人で遊びにいく俺。

 

 うん。 実に良い大人だ。 “世間一般的な”良い大人だよな。

 

 ……これって俺的には苦痛じゃないか? セクハラもできない、なのはやフェイトとイチャイチャもできない。 仕事という檻に囲まれて好き勝手にできやしない。 そんなこと、俺に耐えられるか?

 

 答えはNoだ。 そんなことできないのは、俺が一番わかっている。

 

 おっさんが言うように俺は犯罪者。 そんな“世間一般的な”ことなんてできない。

 

 じゃぁ……どうすればいい?

 

「そもそも、君が良い大人になるなんて天地がひっくり返っても無駄だよ。 できっこないよ」

 

 そうそう……俺が良い大人なんて天地がひっくり返っても……。 ん? ひっくり返す?

 

 そのとき、俺の頭の中で一つの考えが浮かんでくる。

 

 そうだ。 俺は何を勘違いしていたんだ? 俺みたいな奴が良い大人を“演じる”なんて土台無理な話だったんだよ。 俺のような男にはもっとふさわしい役職があるだろ。 もっとふさわしい席があるだろ。

 

 俺は目の前にいるなのはの肩を思いっきり掴んだ。 なのははそれに驚いているがいまの俺にはそんなこと関係ない!

 

「なのは! 俺、ヴィヴィオの反面教師になるよ!」

 

「……へ?」

 

 そうだ! そうだよ! 俺が良い大人なんてできるわけないだろ!? 俺にふさわしいのは悪い大人だよ! だって俺は息を吸うように迷惑行為を行う人間なんだぜ!? これ以上、ふさわしい奴なんて次元世界中探してもいないぞ!

 

「良い大人を演じるんじゃない! 悪い大人を演じるんじゃない! いつも通りに行動して、そんな俺のいつも通りをヴィヴィオに見てもらうんだ! なのはは言ったよな? 俺は息を吸うように迷惑行為をする男だって? だったら、それを実際にやればいいんだよ! 良い大人じゃなくて、ミッドで一番の迷惑野郎を思う存分みせつけてやればいいんだよ!」

 

 これはいわば発想の逆転だ。 成○堂龍一もビックリだよ!

 

 いい大人なんかになれはしないけど、悪い大人なら演じるまでもない! だって、それが通常時の俺なんだから!

 

「あーっはっはっはっはっは! あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

 

「ど、どうしたの……いきなり笑ったりして……!?」

 

「これが笑わずにいられるかっ!? 俺は肝心なことを忘れていたんだよ! 俺がヴィヴィオを良い方向に導くっ!? はっ! バカも休み休み言えってもんだろ! 俺の近

くには、こんなにも立派な人間がいるんだぜ、それに二人も! 管理局に勤めて、人々の平和を守る、そんな立派で愛嬌のある主人公気質な奴が二人もいるんだ! 俺はなにか勘違いしてたよ! 俺がヴィヴィオを良い方向に導くんじゃない! なのはとフェイトが良い方向に導くんだ! 俺はいつも通りに生活するだけでいい! それだけでヴィヴィオは立派になっていくんだからな!」

 

 おっさんは言った。

 『子どもは親の背中をみて育つ』と。 それはなにも良いところばかり魅せるのではないのではないか?

 

 逆に悪いところをみせれば魅せるだけ、子は『こうはなりたくない』そう思って自分とは違う方向を歩むのではないだろうか? 仮にヴィヴィオがそうだとしたのなら……ヴィヴィオは俺の背中をみて『こうはなりたくない』と思い、自然になのはとフェイトの道を歩んでいく。

 

 俺が惚れた人達の方向へまっすぐに歩いていく。

 

 何も心配なんてしない。 だって、その両側にはなのはとフェイトがいるんだから。

 

「主人公なんてやめだやめだ!! そんなちっちゃえ器に俺が収まるわけないだろ! 俺は誰の息子だ!? あの世界中を爆笑の渦に巻き込む、上矢(かみや) (はじめ)の息子だろ!? ろくでもねえ男の息子だろ!? このろくでなさはDNAにまで染みついて離れねえだ! だったら、俺だってろくでなく生きようじゃなねえか、ヴィヴィオに見せつけようじゃねえか! 下種を見せつけようじゃねえか! 俺がちょっとだけ真面目になればシリアスになるんだからよ!」

 

 俺の中で何かが吹っ切れる。 葛藤とか、責任とかそんなすべてものが泡と消える。

 

 俺はただただ笑い転げる。

 

 なのはがオロオロするのを尻目に笑い転げる。

 

 何事かとフェイトとヴィヴィオが来るのを見ながら笑い転げる。

 

 そして一緒になってヴィヴィオも笑い転げる。

 

 ──これは 俺こと、ひょっとこが 悲劇 深刻劇 哀話 悲話 悲運 不幸 などなどを無かったことにしてお送りする 非日常が日常的な 喜劇 気楽 喜話 幸運 幸福 な物語である。

 




ようやくプロローグ終了


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29. ギャラドスでもわかるリリカル昔話

 前回までのあらすじ

 

 19歳無職が幼馴染たちとミッドで暮らしてるときに、友人から一人の女の子を預かることに。 その女の子のために真面目に良い大人になろうと努力する無職。 しかしそんなことできるはずもなく、良い大人は幼馴染たちに任せて、自分は一人だけ好き勝手にするのであった。

 

 

           ☆

 

 

「ねぇねぇ、むーじゅんってな~に~?」

 

「ほぇ? むーじゅん?」

 

 リビングで彼から借りたマンガを読んでいると、彼の部屋で遊んでいたヴィヴィオが2階から降りてきて私の足に飛びつきながら質問してきた。 聞き返す間に膝に登って正面向きで座るヴィヴィオ。

 

「ねぇ、フェイトちゃん。 むーじゅん、って誰?」

 

「え~っと……ムー大陸の兵士の名前……とか?」

 

 そんな一個人はさすがの私でも特定できないんだけど。

 

「ねぇねぇ、なのはママ、フェイトママ、むーじゅんってどういうこと?」

 

『え~~っと……』

 

 頭だけ私とフェイトちゃんの方向に向きながら首をかしげて聞いてくるヴィヴィオ。 私も首をかしげたい気分です。 いや、本当にむーじゅんさんって誰なの?

 

「むーじゅん、じゃなくて矛盾な。 ほら、高校のとき勉強しただろ?」

 

「あ、なんだ。 矛盾のことね。 一個人のことを聞かれてるのかと思ってビックリしちゃったよ」

 

 2階から降りてきた彼がゲーム機をもちながら台所へ向かう。 冷蔵庫からリンゴジュースを取り出しコップに4つ分注ぐと私たちに渡しながら椅子に座る。 ……ところで、いまのどうやったの?

 

「ヴィヴィオと弁護士が主人公のゲームしてたんだけどさ。 なんか色々と気に入ったみたいで──」

 

「むーじゅん! なのはママはむーじゅんしてます!」

 

「と、まあさっきからこんな感じなんだよな。 指さすヴィヴィオカワユス。 パソコンの中にヴィヴィオフォルダ作っといてよかったぜ」

 

 彼の戯言はいいとして……う~ん、ヴィヴィオも色々と影響を受ける年ごろだしねー。 私としてはあまり彼の近くにいてほしくないんだけど……。

 

「ところで、ヴィヴィオ。 わたしのどこが矛盾してるのかな~?」

 

「なのはママはむーじゅんしてるの!」

 

「ふふんっ。 いい、ヴィヴィオ。 そういうのはね、証拠品がないと意味ないんだよ~?」

 

「……しょーこーひん?」

 

 ヴィヴィオが首を60°傾けて、頭に?マークを浮かべる。

 

 ちょっとだけからかっちゃおうかな。

 

「そうだよ~。 証拠品がないとヴィヴィオが言ってることはなにも意味ないの」

 

「でも、おにいさんがなのはママはむーじゅんしてるって」

 

 ……カレが?

 

「フェイト裁判長! この証拠品をみてください!」

 

「えっ!? ここで私にふるの!?」

 

 ヴィヴィオと目を合わせている隙に、彼はフェイトちゃんに何かを差し出していた。 ……ちょっとまって、あれって──

 

「これは、高町なのはの部屋から押収したブラです」

 

「……で?」

 

「気付かないんですか? フェイト裁判長。 それ、明らかに矛盾してるんですよ。 ──高町なのはのサイズと。 いいですか? 本来高町なのはのサイズはそれよりももう少しダウンしてます。 それなのに、彼女は見栄を張って一段階アップしたブラを引出の中にいれていた。 それも、奥深くにですよ? これが意味すること、それはなのはさん俺の下半身と上半身が分離するからあつい抱擁は勘弁してくださいいいいいいいい!?」

 

「対象ヲ……殲滅スル……」

 

「ヴィヴィオ~、こっちおいで~」

 

 上半身と下半身の中心に拳を叩き込み、そこからねじ切るように抱きつくなのは。 それに悲鳴をあげながらタップするひょっとこ。 そんな現場にいるにもかかわらず、二人で仲良くリンゴジュースを飲んでるフェイトとヴィヴィオ。

 

 今日も彼らは平和に過ごしているようだ。

 

 

           ☆

 

 

「それで……矛盾の説明だったな。 そもそも、二人とも矛盾の由来って覚えてる?」

 

「高校のとき、誰かさんのせいで授業がロクにできなかった記憶しかないんだけど」

 

「右に同じ」

 

「高校のとき楽しかったよな。 教科担当の先生巻き込んでウノしたり、ポーカー大会やったりして」

 

「ポーカーじゃアリサちゃん化け物並みの強さを誇ってたよね。 君が負けたくらいだし」

 

「……いまだったら勝てるぞ」

 

 珍しく彼の頬を膨れる。 まったく……負けず嫌いで子どもなんだから。 まぁ、勝率としては彼よりアリサちゃんが圧勝だったから気持ちはわからなくもないけど。

 

「けど、ヴィヴィオに矛盾の由来を教えるのは難しいんじゃないかな? 5歳だよ?」

 

 フェイトちゃんが手をあげながら話す。 うん、確かに難しいよね。 なのはだってチンプンカンプンだったんだから。

 

 彼はフェイトちゃんの疑問にどこからか持ってきた伊達メガネをかけ、軽く笑ったあとに人差し指を立て

 

「ここで俺の登場ですよ。 ギャラドスでもわかるリリカル昔話でヴィヴィオに説明しようと思う」

 

 あれ……? ちょ~~っと、不思議な単語がでてきたんだけど。

 

 頬がヒクッと動くのがわかる──が、ここは我慢することに。 そんなわたしの心境など知らずに彼はヴィヴィオに絵本を読み聞かせる要領で話しはじめたのだった。

 

 

           ☆

 

 

 むかしむかし、大きな大きな大陸に大陸全土を支配しているといっても過言ではない国がありました。 その国の名は、パン・ツヌイダと呼ばれる国で男女比 4:6 きれいな水においしい空気、あふれる木々に穏やかな気候。 とてもとても過ごしやすい国であったのです。 王様の名前は、ひょっとこ王。 とってもカッコイイ王様でモテモテで毎晩毎晩給仕の者とアバンチュールな一夜を過ごすナイスガイでありました。

 

 王の右腕と呼ばれる女が王に唐突にいいました。

 

「なぁ、王様。 わたし……胸をおっきくしたいんやけど……」

 

「諦めろ」

 

 女は仕事をする王様の背後にまわり、バックドロップをきめます。

 

「すいません。 調子こいてました。 まじすんません。 ちょっと王様の役割になったくらいで調子こいてました」

 

 土下座でペコペコと謝るひょっとこ王。 なんとも弱い王様である。

 

「わたしもきにしてるんやで。 やっぱ女の子は胸が大事やし。 生命力といってもいいくらいや」

 

「んじゃお前もうすぐ死ぬな。 セミとどっちが早いかぐばッ!?」

 

「今度いったら歯折るで」

 

 王様の側頭部に回し蹴りをきめる女性は、痙攣する王様を尻目に兵に命令しました。

 

「ほなら、その商人とやらを呼んでもええで。 王様の了承はとれたみたいやし」

 

「いや……主はやて……じゃなくて、はやーて様。 それって了承とったというのですか?」

 

「ちゃんととってるで。 なぁ、王様?」

 

「……もう、好きにしてください」

 

 いじけてポケットから携帯ゲーム機を取り出すひょっとこ王。

 

「よーし、それじゃ了承もとれたし……その商人を王間に通すんや!」

 

 ノリノリなはやーてに溜息をつきながら、兵士は商人を通すのであった。

 

「あーはいはい、商人ね、商人。 ぶっちゃけどうでもよくなってきたから早めに済ませようぜ」

 

 玉座に座りながらも、めちゃくちゃやる気がなくなった王様はどうでもよさそうに、兵士に銘じて商人を自分の前に登場させることにした。

 

 右側にロリっ子の兵士を、左側にポニーテールの兵士が付き従うなか、二人の商人が王様の前に片膝をつきながら話し始めた。

 

「お会いできて光栄至極にございます。 わたしの名前は、ギャラドスなのはと……ギャラドスなのは──あれ? ちょっとぉ! ギャラドスって言おうとするとギャラドスに変換にされるんだけど! どうなってるの! これ!」

 

「お、おちついてなのは! 王様の前だよ!? えっと、失礼しました。 私の名前は、フェイソンと申します。 ……フェイソンと……フェイソ……もうフェイソンでいいです」

 

 栗色の髪をツインテールした女性、ギャラドスは一人で空中にむかって抗議をしはじめ、金髪のツインテールの女性、フェイソンはすでに悟りをひらいたように事務的な目をしていた。

 

 そんな二人を目の前にして、はやーてが一歩前にでて軽やかな笑顔を浮かべる。

 

「まぁまぁ、こっちの王様はすっかりやる気なくしたみたいやし──」

 

「商人、スリーサイズと愛用のパジャマ、シャンプーと石鹸のメーカーにパンツの色とシミの数、周期はどれくらいで訪れるのかを原稿用紙10枚で書いてくること」

 

「お前だまっとれや」

 

「ほむッ!?」

 

 王様の顔面にためらいなく膝蹴りをするはやーて。 鼻血で床が汚れるが、おつきの者も慣れているのかほんわかおっとりした女性、シャ・マールがモップをもって床

に落ちた血を拭きはじめる。 それを横目にはやーては話す。

 

「ほんで、きょうはどんな要件できたん? 商人なんやろ?」

 

 はやーての声にフェイソンは答える。 すでに二人ともちゃんと姿勢を正しているところをみると、根は真面目なのかもしれない。

 

「今日は私たちの国に伝わる最強のバストupブラを是非王様にお見せしたく馳せ参じた次第です」

 

 恭しく頭を下げるフェイソン。

 

「いや、そんなことどうでもいいから君のパンツが現在シミを作っているのかについて小一時間ほどはなそうじゃ──」

 

「だまっとれ言ったやろ!」

 

 ゴキッと肩を脱臼させるはやーて。 王様はあまりの痛さに床を転がり、シャ・マールが置いたバケツをひっくり返す。 シャ・マールはにこにこ笑顔でひょっとこ王の顔面をモップで綺麗に磨いていく。

 

「ふむぅ……個人的にそのバストupブラはきになるな。 どんなものなんや?」

 

「はい、既に私達は二人とも身に着けております」

 

『おい、それって……もしかしたら合法的にあの二人のアレをみれるんじゃないか?』

 

 どよどよ……ざわざわ……と王間が揺れる。

 

「おちつくんやッ! アホども! わたしかてブラは着けとるで! わたしかて美少女やないか!」

 

『………………』

 

「なんで黙るッ!?」

 

「ひっこめー! 無乳ー! 偽乳ー!」

 

「ぶちのめす! お前だけはぶちのめす!」

 

 シャ・マールによってきれいに磨かれたひょっとこ王は、男兵士たちの集まりの中へ紛れ込みながらはやーてに向けて禁句を叫ぶ。

 

 追いかけるはやーてに、逃げるひょっとこ王。

 

 突如現れた魔法の糸に足を絡め捕られ転ぶひょっとこ王に、はやーては馬乗りになって顔面を中心に殴っていく。 その表情はもはや機械的で思わず男衆が3歩さがるほどであった。

 

 やがて満足したのか、はやーては顔についた血を拭きながらフェイソンに改めて話す。

 

「それじゃ、いま二人とも最強のバストupブラはつけとるということか。 ……う~ん、確かにわたしより胸が大きいし、これは買いかもしれへんや」

 

「まった!!」

 

 思案顔のはやーての後ろにいたひょっとこ王が部屋全体に震えるほどの声で叫んだ。 ひょっとこ王は鼻血を垂らしながら、立ち上がりフェイソンをまっすぐみつめる。

 

「ちょっとまってほしい。 ──フェイソン」

 

「は、はい。 ……なんですか?」

 

「一ついいかね。 その最強のバストupブラは、どれくらい最強なんだ?」

 

 射るような視線でフェイソンを見るひょっとこ王。 その視線にたじろきながらもフェイソンは答える。

 

「えーっと……私の見た目どおり、大陸で一番大きくなります」

 

「……それは誰にでも効果があるのか?」

 

「はい、間違いなく」

 

 フェイソンの答えを聞いてひょっとこ王は肩をすくめる。

 

「ふぅ……。 それは嘘だな。 だって──大陸一の大きさになるのなら、横の女性も君ぐらいの大きさになってなきゃおかしいじゃないか!」

 

「……ッ!? そ、それは……! たまたまこの女性の胸がブラをつけてもかわらないだけで……!」

 

「ねぇ、フェイトちゃん。 もちろん冗談だよね? ほんとうはそんなこと思ってないよね? どうしていつもこういうときはなのはに攻撃が集中砲火で飛んでくるの?」

 

「異議あり!! フェイソン、それはおかしいよ。 君は先ほどこう証言したじゃないか。 『間違いなく、大陸一の巨乳になれます』と!」

 

 フェイソンに向かって指さすひょっとこ王。

 

「……ぐッ!」

 

「さぁ、君はこれをどう説明するんだい? 無乳であるはやーてに夢をもたせて罪は重いぞ?」

 

『ひょっとこ王が恰好よくみえるぞ……、流石王様だな……!』

 

『でも、はやーて様が釘バットもって素振りはじめたぞ……』

 

『……さらばひょっとこ王』

 

 男衆がざわめく中、フェイソンは一言つぶやいた。

 

 “私の負けですね……”と。

 

 こうして世の中に一つの言葉がうまれた。

 

 

           ☆

 

 

「と、まぁこんなもんかな。 ──って、どうしたの? 二人とも。 すんごい微妙な顔してるけど」

 

「いや……そりゃ微妙な顔にもなるよ。 なに、この茶番」

 

「いやいや、これはあくまで昔のお話しだから俺たちとは一切関係ないよ。 いや、本当だってば」

 

 必死で首を横に振るひょっとこ。

 

 それでも二人の顔はキツく、いつの間にか膝に座っていたヴィヴィオはとても楽しそうにニコニコと笑いながら指さすのであった。

 

「おにいさんにいぎありー!」

 



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30.おそばつくるよ!

 三人にわかりやすく矛盾のお話しをしたら、二人からは微妙な顔をされ一人からは異議を申立てられる始末。 いったいどうなってるんだろうね。

 

 それはそれとして、いまは16:00。 夕方とも呼べずお昼ともいえない時間帯なのだが、俺たちは四人なかよくTVをみていた。 内容はグルメ旅番組でミッドのおいしい料理屋を紹介しているみたいだ。

 

『このお店のおそばはミッドで一番おいしいと断言できるでしょう! それに作る主人も20代後半の天才イケメン主人! これはお客様が絶えることがないのも頷けます!』

 

 画面内では化粧気の強いリポーターが主人と蕎麦を交互にみながら何やら興奮している最中である。

 

「な~にがミッドで一番だ。 蕎麦庵のおやっさんの蕎麦のほうが美味いに決まってんだろ」

 

「あそこはおいしいよね。 あそこのえび天大好き!」

 

「私はかきあげとか好きかな。 キャロとエリオにも食べさせたいんだけどな~……」

 

 蕎麦庵とは俺たち三人が見つけた、蕎麦専門のお食事処だ。 蕎麦一筋30年のおやっさんが一から作る蕎麦は普段料理を作る俺でも惚れるほどの腕前で、何度か店にお邪魔して習いに行ったほどだ。

 

「そういえば、あそこの主人って私達と同じ日本出身なんだよね? なんかいまでも疑問に思っちゃうよ。 地球には魔法技術とかないのに……よくミッドに来れたよね」

 

「さあな~。 俺たちだって全部知ってるわけじゃないからな。 俺たちが知らないだけで、おやっさんめちゃくちゃ凄い人かもしれないぞ?」

 

「う~ん……もしかしたらなのは達の先輩なのかもしれないね」

 

 まぁ、おやっさんのことだからそれはないかもしれないけど。

 

 正座してるフェイトの膝の上に座っていたヴィヴィオが、俺の足をトントンと叩いてくる。 いちいち仕草が可愛い子だ。

 

「ヴィヴィオ、おそばたべたい!」

 

「え? このイケメン主人の蕎麦? 俺が気に入らないから此処には絶対いかないけど」

 

「ち~が~う~!」

 

「単純にお蕎麦食べたいんじゃないかな? ヴィヴィオお蕎麦食べたことないだろうし」

 

 ヴィヴィオの頭を撫でながらフェイトが喋る。

 

 あぁ、なるほどね。 そういうことか。

 

「でも、蕎麦庵って定休日じゃなかった?」

 

「ふぇ……」

 

「あぁ! だ、大丈夫だよヴィヴィオ! なのはママがなんとかするから!」

 

 なのはが告げた残酷な答えにヴィヴィオは泣きそうになる。 それに慌てたなのははできもしない約束をすることに。 おいおい……定休日だっていっただろうが。

 

「あとはこの人がなんとかしてくれるから!」

 

「投げやりにもほどがあるだろっ!? 数秒前の約束どうしたっ!?」

 

「うぅ……やっぱ、ダメ?」

 

 ぐはっ!? 上目使いのなのはに思わず吐血する。 やはりというかなんというか、可愛い子がこういった仕草をすると効果抜群で死んでもいいとさえ思えてしまう。

それが惚れた相手ならなおさらだ。 なのはの場合、狙ってやってないから余計に刺激が……。 ちなみに狙ってやってるのがはやてだ。 あいつは自分が可愛いのをわかってやってるからタチが悪い。

 

「まぁ、おやっさんに電話して材料だけわけてもらえば、あとは家で作れるだろ。 簡単なものしかできないし、おやっさんの足元にも及ばない出来にはなるけどさ」

 

「うんうん! それでもいいよ! ね、ヴィヴィオ!」

 

「うん!」

 

 なのはとヴィヴィオが二人してはしゃぐ。 それをフェイトと見ながら、肩をすくめたあと携帯でおやっさんの番号にコールした。

 

 

           ☆

 

 

「いや、ほんとすんません。 定休日なのにお邪魔しちゃって」

 

「まったくだよ、バカ男が。 こちとら新しい蕎麦を作るのに忙しいんだぞ。 ほら、何人分だ?」

 

「え~っと」

 

「いまなら20人特価で安くできるが?」

 

「……足元みやがって。 おいくら?」

 

 おやっさんは手をパーの形にして前に出す。 しかたなく持ってきた金額を手のひらに置くことに。

 

「足りないぞ」

 

「出世払い」

 

「お前、死んでも職につかないだろうが」

 

 足りない金額はおっさんに請求させることにした。

 

 蕎麦庵から大通りに移った俺は、大量の荷物を眺めながらどうしようかと頭をひねった。

 

「それにしても、20人分は重いぞ。 流石の俺でも持てない……」

 

 魔法でも使えれば楽なんだろうけど……いかんせん魔法を使えない身なので頼ることはできない。

 

 俺が材料をみながら、どうしようかと悩んでいると奇跡的かつ偶然的に警官ルックスのおっさんが、見回りしながら歩いていた。 おっさん、家に請求書くるけど頑張

って! しかしこれは素直に嬉しい。 おっさんの超人的パワーなら20人分くらい軽くもてるはず……!

 

「あ~! こんなところでミッドの一市民が困ってるぞ~!?」

 

 おっさん、こちらを振り向き俺の姿を確認して見回りに戻る。

 

「うわ~! 20人分の蕎麦の材料を抱え家に帰るなんて無理だよー! だれか助けてくれないかなー?」

 

 おっさん、シカトしてタバコに火を点ける。

 

「こんな幼気(いたいけ)で可愛い男が困ってるんだけどな~? 誰か助けてくれないかなー?」

 

 おっさん、笑いながらこちらを指さす。

 

 プチンッ──

 

「学校で制服プレイが大好きな局員とっととこいやボケ!」

 

「まったく、都合のいいときだけ市民を名乗りおって」

 

「これぞほんとのご都合主義というやつさ」

 

「黙れ、ゴミ」

 

 瞬歩できたとしか思えないが、俺が言葉を放った瞬間にはおっさんが傍にいて、やれやれ……と頭を抱えていた。 ところでさ、いまためらいなく俺のことゴミっていったよな?

 

「それで、どうしたんだ。 かなりの大荷物じゃないか」

 

「うちの姫が蕎麦をご所望だからさ、たったいま材料買ってきたんだよ」

 

「それにしても多くないか? かなりの量あるぞ?」

 

「ついに子どもができたんだ。 可愛い子どもたちが」

 

「逮捕する」

 

「いやああああああ! おっさんが俺の胸を愛撫してるうううううう!」

 

「どう考えても手を握ってるだろ!?」

 

 いや、それも聞きようによってはイケナイ場面になっちゃうんだけどな。

 

 ──閑話休題──

 

「んじゃ、運んでくれ。 俺はポケットに手を突っ込んで家まで歩くから」

 

「お前ももたんか、バカもん。 まったく……やはりお前は変わらんかったな」

 

「やっぱ俺には、これが合ってるからさ。 良い大人はなのはとフェイトに任せることにしたんだ」

 

「お前が良い大人になってくれればミッドも平和になったんだがな」

 

「とか言っちゃって、本当はおっさんには分かってたんだろ?」

 

 俺がこの答えを出すことが。

 

 おっさんは何も言わず、肩をすくめるだけにとどめた。

 

「まぁ、それはそれとして。 おっさんも食ってかね? 20人分もあるからさ、人呼ばないと食べきらないんだよ」

 

 俺となのはとフェイトとヴィヴィオ。 ヴィヴィオが一人分食べれるとは思えないしな~……。 あ、スカさんとかはやてとか呼ぼうかな。 嬢ちゃんとスバルも、なのはを通して呼んでみよう。 フェイトもエリオとキャロに食べさせたいとかいってたし。 腕は違うけど、材料は一緒だからなんとかなるだろう。

 

 ここまで考えて、おっさんには家族があることを思い出す。 帰ったら奥さんと娘さんとイチャイチャしながら夕食食べるんだから、俺が誘っちゃダメじゃん。 いまの誘いなしの方向にもっていかないと。

 

「あー、悪い。 おっさん家族で夕ご飯食べるよな。 やっぱいまの誘い──」

 

「なぁ、ひょっとこ。 嫁さんと娘が俺を置いて旅行に行ったんだけどよ……。 どっかに独りで食べなくて済むところ知らないか……?」

 

「──いまの誘い、ありの方向で」

 

 おっさんがどんどん惨めになっている気がしないでもない。

 



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31.おそば準備してよ!

「おっさんが後ろからピクミンのようにストーカーのようにヤンデレ彼女のようについてくる。 瞳の濁った狂喜の瞳で、紫色に変色した唇を舌なめずりし、凶器をもちながら狂喜に身を包まれながら狂気に体を預けながら俺の後ろをゆっくりとつかず離れずの距離を保ちつつ歩幅を合わせるように、手足を合わせるように呼吸を合わせるように瞬きを合わせる。 次第に距離は詰められていく。 彼の瞳は心は既に俺にしか向いていなかった──」

 

「なに言ってんだお前」

 

「……この人物をなのはとフェイトに変えるだけで俺はすごく幸福になれるのにな。 おっさん物語にでてくんなよ」

 

「お前が唐突に喋りだしたんだろうがッ!?」

 

「そんなことより、しりとりしようぜ。 しりとりの“し”」

 

「しね」

 

「ネカマ野郎」

 

「はげろ」 ヒジ打ち

 

「黙れ、円形脱毛ハゲ野郎」 足の小指踏む

 

 おっさんがローキックを繰り出すので、俺も膝蹴りで応酬する。

 

 次第に互いの小競り合いは強くなり、ついには大きく振りかぶりながらの応酬となり、

 

『やんのかてめぇ!』

 

「あのー……家の前でリアルファイトはやめてくれる?」

 

 丁度家の前でリアルファイトしようとする俺たちを、玄関からなのはがめんどくさそうな目でみていた。 そんな目で見つめられると素直におしゃべりできなくなるぜ。

 

「というか、その大量にある材料はなに? もしかして全部蕎麦?」

 

「もしかしなくても全部蕎麦」

 

 なのはがサンダルを足にひっかけながら俺のほうに向かってきたので、おっさんとともに材料を置く。 なのはは20人分の蕎麦の材料をみながら

 

「なんでこんなに買ってきたの……?」

 

 とっても怒った顔で俺のほうをみてきた。 まぁ、当たり前だよね。 事前になのはから貰ったお金じゃこんなに買えないし、そもそもこんなに食べようとは思わないし。

 

 なので俺は道中考えていた言い訳をすることに。

 

「違うんだ。 灰色の蕎麦の妖精さんが潤んだ瞳でこちらをみてきたのでごめんなさい。 ついついおやっさんにのせられました」

 

 なのはさんが頬をヒクつかせながらこちらをみてきたので、即座に謝ることにした。 なのはさんは基本的に謝ったら許してくれる人だ。 覗きは許してくれないけど。

 

「まぁまぁいいじゃん。 また祝賀会のときみたいに人呼ぼうぜ。 ヴィヴィオもウーノさんにスカさんに会いたいだろうし。 というか、スカさんの場合は俺が会いたい。 六課の面々も呼んで盛大に蕎麦パーティーしようぜ」

 

 蕎麦パーティーなんてちょっと年寄くさいかもしれないけど、これはこれはなかなか乙だと思う。 問題は、大喰らいなスバルとエリオだ。 蕎麦は20人分しかないので、全員に渡らせると残り少なくなってしまう。 ……う~ん、おにぎりでも作るか。

 

「なのは、おにぎり作るの──やっぱいいや。 はやて先に呼んであいつに手伝いさせよ。 あいつ料理作るのうまいしな」

 

「ねぇ、それって言外にわたしがおにぎりも作れないっていいたいの?」

 

「なのはちゃんに問題です! おにぎりを作る際に手につけるものなんでしょう? 1 お酢 2 胡椒 3 コーンポタージュ!」

 

「4のお砂糖!」

 

 なにいってんだこいつ。

 

 

           ☆

 

 

 荷物を家の中にいれたおっさんは、見回りに戻るといって早々と来た道を戻ってしまった。 ほんと、仕事大好きだな、おっさん。 この周辺は変人奇人が多いから大変だろうに。

 

 ちなみになのははちょっと恥ずかしそうに顔を赤くさせながら、フェイトと二人でパソコンを使ってなにか調べていた。 砂糖と塩を間違えるなんてカワユイやつでしょ? ヴィヴィオを二人の間に座らせて『おいしそう~!』なんて言いながら画面をみる二人。 なのはとフェイトもおいしそうです。 あ、よだれが……。

 

「あぶねぇあぶねぇ。 まだセットアップには早い時間だ。 それはそうとはやてに連絡取らないと……」

 

 携帯に入れてある電話帳を開く。

 

 携帯の電話帳はフォルダごとに分けてある。 何分、知人が多いもので。

 

「え~っと……はやての番号は『偽乳』にいれてたよ~な。 あ、発見」

 

 携帯のカメラに向かってアイドルばりのスマイルで横ピースをきめてるはやての顔写真を眺めながら、俺はコールした。

 

 1コールのあとにはやての声が聞こえてくる。 ん? ちょっと騒がしいな。 もしかして、移動中か?

 

『おー? どしたん? いま、ヴィータとイケナイことしとるんやけど』

 

「パンツ脱ぎ捨てた」

 

「きゃああああああああああ!? なのはの頭に何か温かいものが!? フェイトちゃんとって! お願いとって!」

 

「む、無理だよなのはッ!? これは特A級のロストロギアだよっ!?」

 

「パンツであれだけ騒げるなんて可愛いなぁ~。 あ、あいつら俺の幼馴染なんすよ!」

 

『だまっとれ、動くロストロギア』

 

「私の愛馬は凶暴でね……」

 

『ちっさ……』

 

 こいついつか絶対泣かす。 ヒィヒィ泣いて懇願させる。

 

「それはそれとして、ちょいと家にきてくだせぇ。 今日大量に蕎麦買ってきたから六課やスカさんたち呼んで蕎麦パーティーしようと思ってるんだ。 でもエリオとスバルいるじゃん? このままでは絶対に足りないから、なんか作ってくれ」

 

『なるほどな~。 ほなら今すぐ行くで。 食材も一緒に買ってくる。 蕎麦ってことは和風に仕上げるんやろ? 今日の夕食は』

 

「流石はやて、話が早い。 頼めるか?」

 

『オッケーオッケー』

 

 それだけ聞いて電話を切る。 するとちょうどいいタイミングでヴィヴィオが俺の足にしがみついてきた。 なにこの可愛い小動物

 

 ……あれ? ヴィヴィオ?

 

「なぁ、なのはにフェイト。 六課の面々にヴィヴィオのこといったっけ?」

 

『……あ』

 

 パソコンの前で固まる二人。

 

 そんな二人と俺の体を使って遊んでるヴィヴィオをみながら俺はあることにきがついた。

 

 ヴィヴィオ金髪だし、フェイトと俺の子どもとかいけるんじゃね?

 



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32.おそばまだ!?

 なのは達が固まるのは見ながら俺はヴィヴィオの耳をつまむ。 こうするとヴィヴィオはこしょぐったいのか肩で耳をさする仕草をとる。 これがなんとも可愛らしい。

 

 さて、そろそろはやてが此処にくる頃合いだと思うんだが──

 

 ピンポーン

 

「おー、ちょうどいいタイミングじゃねえか。 はいはーい!」

 

 足早に玄関に赴く。 ヴィヴィオも来客に興味あるらしくその小さい足で俺と一緒に併走しながら玄関までの距離を走る。

 

 玄関のドアノブをひねり開けた先には、幼馴染にして一番ウマが合うかもしれない女、八神はやてが片手を上げながらこちらをニコニコとみていた。 黒に近い茶で、なのはやフェイトよりも短く揃えられた髪だからか明朗快活というイメージをもつ。 実際明朗快活なのだが。

 

 なのはやフェイトたちが所属している機動六課の部隊長でありながら、一番仕事をサボる女である。

 

「わるいな、付き合ってもらって」

 

「ええでー、それくらい」

 

 手に持っていた買い物袋を受け取る。 野菜や肉、魚など色々と買ってきたようだ。 人数が人数なのでかなりの量であるが……はたしてこれで足りるかな? 足りなかったら買いに行くか。

 

 ドアを全開まで開け、はやてを中に招き入れる──ところではやての視線が俺の下腹部に注目されていることに気が付いた。

 

「おいおい、はやて。 いくら俺とお前の仲だからって会ってすぐ合体はマズイって。 俺にはなのはとフェイトという心に決めた二人がいるんだからさ。 いや、はやてがどうしてもっていうのならしょうがないんだけどね? 俺もさ、なのはとフェイトのことを考えると心が痛いけど、しょうがないような気がするんだ。 うん。 ヤろうぜ?」

 

 スマイルを浮かべてはやての手を握る──直前に気付いたのだが、いつの間にか5本ともが指が反対方向に曲げられていた。

 

「うおおおおおおおおおおおッ!? いつの間にか指が大変なことにッ!?」

 

「え? どしたん? あ~、それ痛いで~」

 

「お前だろっ!? お前がヤったんだろ!? 頭おかしいんじゃねえのかっ!?」

 

「あんたにだけは言われたくないわ」

 

 はやてが溜息を吐きながら、俺の指に自分の手を包み込む。 それから数秒包み込んだあと、はやてがその手を離すと指はすっかり元通りに戻っていた。 おかえり、俺の指。

 

「……魔法ってすげぇな」

 

「わたしが凄いんや」

 

 まぁ確かにそうだけどさ。

 

「それより……さっきから気になってるんやけど……その娘、だれ?」

 

 はやてが俺の下腹部を指さす。 正確に言えばその近くにニコニコと俺の手を握りながらはやてを見ているヴィヴィオを指さす。

 

「あぁ、この娘はヴィヴィオ。 俺とフェイトの子どもでさ。 ついにできたんだ!」

 

「時空管理局本局 古代遺物管理部 機動六課所属 八神はやて二等陸佐です。 拉致監禁の罪で逮捕します。 同行してもらえますね?」

 

「予想通りの反応ありがとう。 そういうとこ好きだぜ、はやて」

 

 それと冗談だから手錠つけないでくれるかな?

 

「まぁ……なんというか……新しい家族……かな? ヴィヴィオ、このママたちよりもおっぱいが残念なお姉ちゃんに挨拶は?」

 

「こんにちは! ヴィヴィオです!」

 

「こんにちは~。 なのはちゃんとフェイトちゃんの幼馴染の八神はやてです。 ヴィヴィオちゃん、よろしくな~。 えらいな~その年であいさつなんてできて。 なのはちゃんとフェイトちゃんの教育がいいんやな。 ミジンコ以下のゴミがいる家なのにこんなニコニコした笑顔を浮かべれるなんて……はぁ~、もらってええ?」

 

「その前に謝れよ、俺に」

 

「……え?」

 

 なんでこいつは不思議そうな顔で俺のことを見ることができるんだ。

 

「残念ながら、ヴィヴィオはうちの天使なのであげられません。 なのは&フェイトとガチで戦う覚悟があればどーぞ」

 

「うっ……ガチはあかんで、ガチは。 アンタとならガチで戦うけど」

 

「……俺も一応、お前らが守る範囲の中にはいってるからな?」

 

「管理局は人々の平和を守ります(ひょっとこは攻撃対象で)」

 

「どんな方向だよっ!?」

 

 か弱い俺がすぐに負けちゃうじゃないか。

 

「はっは。まぁ、冗談や。 ひょっとこの場合、周りがアレすぎて戦おうとも思わんで。 人外やら化け物やら変態やら魔物やらが攻めてくるかもしれへんしな」

 

「その内の7割が父さんの知り合いだけどな。 主に人外やら化け物やら魔物やら。 本当にすごいのは俺じゃなくて父さんだよ」

 

 世界は広い。 なんて言葉があるが、あまりにも広すぎる。 そしてその中にはもちろん人じゃないモノたちも多く存在してる。 吸血鬼や龍。 食人植物や人の姿をしてるけど明らかに人とは異質な存在。 そんな奴らが世界には堂々と跋扈していたりする。 俺が地球からでなければ知らなかったことだ。 そしてもっと知らなかったこと。 それは、父さんがそんな存在とも知り合いで友達だったということである。 色々と規格外だった存在だけど、どこまで規格外なら気が済むんだ……。 というか、父よ。 比喩ではなく本当に魔法使いなんて存在じゃなかったのか?

 

「ひょっとこより規格外な存在なんてわたしには扱えんで……」

 

「……母は偉大だな」

 

 笑顔を浮かべながら父さんにクラッチをきめていた母さんを思い出す。 もしかしたら母さんSSSランクだったかもしれない。

 

「まぁそれはそうと……ずっと思ってんやけどな? そろそろパンツ履けよ」

 

「あれ? やっぱズボン越しでもパンツ履いてないのがわかる?」

 

「当たり前や。 そんなもん一般常識やで」

 

 彼と彼女の常識を世間一般的な常識にされると困るのが大半の意見である。

 

「いや~、でもさ。 ミッドに来て驚いたことの一つだよ。 ズボン履いたままパンツだけ脱ぐ方法をみんなが会得してないってこと。 中学のときに男子は必修だったんだが……」

 

「わたしはスカートやからな。 そんなスキル必要ないで。 まぁ、習うのは自由だったけど」

 

「好んで習うほどでもないからな~、女子の場合」

 

 うんうん、とふたりして頷く。

 

 そんなとき、俺の袖をクイクイっと引く娘がいた。 言うまでもなくヴィヴィオである。 はやてと話し込んじゃったし……退屈させたかな?

 

「あ~、ごめんな。 もう中にはいるから」

 

「ううん、ちがうの。 ねぇねぇ、スカさんたちくるー?」

 

 あぁ、そういえばヴィヴィオはスカさんには会ってないもんな。 そりゃスカさん達に一番会いたいのはヴィヴィオだよな。

 

 無垢な瞳を見ながら、俺は携帯を取り出しスカさんの番号にかける。 ちなみに顔写真は幼女のパンツをとって狂喜乱舞している姿である。

 

「あ、もしもし? スカさん?」

 

『おぉ、ひょっとこ君か。 どうしたのかね?』

 

「あー、ちょっとまって。 いま代わるから。 はいヴィヴィオ。 スカさんだよ」

 

 スカさんの声がいつも通りなのを確認し、ヴィヴィオに携帯を渡す。 ヴィヴィオは携帯を受け取ると?マークを浮かべながらパンツをもって狂喜乱舞しているスカさんの顔写真をマジマジとみていた。

 

「いやいや、ヴィヴィオ。 あんまり見るとスカさん可哀相だから。 ヴィヴィオに見せたくない一面がスカさんにもあるからさ」

 

 例えば幼女のパンツをとって狂喜乱舞している姿とか。

 

 俺はヴィヴィオの耳に携帯を当てる。

 

『ひょっとこ君? どうしたんだい? 返事がないなら私が書いた官能小説をだね──』

 

「あ! スカさんのこえがきこえるよ~!」

 

『うぉっほん! やぁ、ヴィヴィオ君。 ちゃんと良い子にしてるかな? 私のほうは偉大な研究のレポートを書いていてね』

 

 スカさん今更遅いよ。 偉大なレポート=官能小説という式が成り立ったよ。

 

「ほら、ヴィヴィオ。 スカさんに、来てくれるか聞こうぜ」

 

「うん! ねぇねぇ、スカさん?」

 

『なんだい、ヴィヴィオ君。 おもちゃが欲しいのかい? ちょっとまってくれないか。 いま幼女が使っても問題ないおもちゃを作るから。 大丈夫、ウーノが運んでくれると思うだろうし』

 

「い~ら~な~い~!」

 

 スカさん少し黙ってくれよ。 そう思った瞬間、俺の願いが届いたのかスカさんの電話口から床に倒れるような音が聞こえてきた。 たぶん、ウーノさんあたりが黙ら

せたんだろうな。

 

「ほら、ヴィヴィオ。 いまがチャンスだよ」

 

「うん! ねぇねぇ、スカさん。 おそばたべるー?」

 

『ん? 蕎麦かい? いや、今日の夕食で蕎麦は食べないが……。 ウーノ、今日の夕食は?』

 

 スカさんが隣にいるであろうウーノさんに献立の内容を聞く。 なんだかヴィヴィオが泣きそうなんだけど……

 

 俺はヴィヴィオの耳に当てていた携帯を自分の耳に当て、スカさんにヴィヴィオの真意を説明することに。

 

「違うよ、スカさん。 ヴィヴィオが蕎麦を食べたいらしくてね。 俺が大量に買ってきたんだ。 その量があまりにも多いので知り合い呼んで蕎麦パーティーしようと思ったのさ。 それでヴィヴィオは真っ先にスカさん達に来てほしくて電話したのさ」

 

『ヴィヴィオ君が私に……?』

 

「そうだよなー、ヴィヴィオ」

 

「うん!」

 

 そりゃ俺なんかよりもよっぽど会いたいよな。 家族みたいなもんだし。

 

「それでスカさんの返事は?」

 

 俺の問いに電話越しからは沈黙が返ってくる。 と、思った瞬間──

 

『うっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 行く! ヴィヴィオ君のお土産もって絶対にいかせてもらおう!! ウーノ! すぐに準備だ! まずは清潔感を出すために風呂へ!』

 

「「いったぁ~……!」」

 

 スカさんの大音量に俺とヴィヴィオは思わずうずくまる。 スカさんはしゃぎすぎ。 気持ちはとてもわかるけど。

 

「それじゃスカさん、まってるよ」

 

『まっててくれたまえ! 最近開発した自立型移動ロボットで颯爽と登場してくるから!』

 

 管理局員がいるのによくやろうと思うな。 押収されて終わるぞ。 それかおっさんが破壊して終わるぞ。

 

 はしゃぐスカさんの声を聞きながら終了ボタンを押す。

 

「よかったなヴィヴィオ。 スカさんたち来てくれるってよ!」

 

「わーい! なのはママー! フェイトママー!」

 

 なのは達がまつ所へ走っていくヴィヴィオ。 ヴィヴィオの笑顔をみると、こっちまで嬉しくなってくる。

 

 そんなヴィヴィオの姿を見ながら、はやてをすっぽかしていたことに気が付いたのだが、とくに慌てることもなくはやてのほうに視線を向ける。

 

「どうだった? ヴォルケンのみんなは来れるって?」

 

「もち。 たったいま電話で確認とってきたで。 エリオとキャロも一緒につれてくるから心配なしや。 スバルとティアはなのはちゃんに電話させよ。 面白いことになりそうやし」

 

 ピースするはやてにこちらもピースで返す。 用意がいいはやてのことだから、あの間に電話で確認してると思ってました。 そして同じこと考えてました。

 

「んじゃ、中にはいってくれ。 期待してるぜ、はやて」

 

「まかしときー」

 

 はやての手をとって中へと招く。

 

 さてさて……あまり時間もないので早く作らないとな。



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33.食べる前にスパイスを

 台所にはやてと二人、材料の確認をしながら世間話をする。 ちなみにヴィヴィオはなのはとフェイトの元へと一直線に走り、そのまま帰ってこない。 大方、二人の間に挟まれながらパソコンでもしてるんだろうな。

 

「さて……作るものも決まったな。 手打ち蕎麦だから蕎麦以外の料理ははやてに任せるけど、よろしくな」

 

「誰に言ってんねん。 わたしかて腕は落ちてへんよ」

 

 腕まくりしながら力強く答えるはやて。 はやてがここまで言うのだから実際に落ちてないんだろうな。 むしろ上がってたりして。

 

 はやてが準備する横で俺も蕎麦の準備をすることに。

 

 買ってきた材料を台所にのせ、大きな大きな鉢をもってくる。

 

 昔から蕎麦の基本は、一鉢、二延し、三包丁と呼ばれているそうで、その名前からもわかるとおり蕎麦の手順は大きく分けると3つからなる。

 

 1つ目が鉢にそば粉と水をいれ、こねまくって玉にすることだ。 なんでも、このはじめの作業で蕎麦の良し悪しは決まってくるそうなので俺も一番気合がはいるところだ。 ヴィヴィオとなのはとフェイトの喜ぶ顔がみたいしな。

 

 次に延しだが、延しは鉢で玉にしたものを麺棒を使って延ばしていく作業にあたる。 このときに出来るだけ細くしておくといいみたいだ。 しかしここで問題になってくるのが、玉のほうである。 玉が均等に綺麗に丸くなってないと延しの作業でうまく延ばすことができないみたいだ。 やはりそういった意味でも、1の工程である鉢の作業はかなり重要なものだといえる。

 

 そして最後にまっているのが包丁でのカットである。 これは一定の長さと太さになるように計算して切らなければいけない。

 

 総合的にいうと、どれもこれもなかなか難しいわけで、それに加えて20人分をいっぺんに作るわけになるのだから──

 

「こねるのが果てしなく難しい……!」

 

 職人でもなんでもない俺は苦戦するわけですよ。 いやはや、ちょっと分量が多すぎたかな……やはり四人分のほうがよかったかも……。

 

「わたしには視えるでー。 みんなが誰かさんの作った蕎麦をおいしそうに食べる姿がなー」

 

「うっ、うるさいな。 ちゃんとやりますよ! いまのでコツ掴んだから!」

 

 くそっ……今度もう一回習いに行こう。

 

 水を足しながらこねていく。

 

 はやては横で買ってきた魚の身を蒸らしたり、刺身、茶わん蒸し、ナスの山椒焼きに簡単浅漬け、冷奴、なんてものを作ってる最中である。 たぶんかき揚げとか天ぷらとかの揚げ物系は食べる寸前で揚げるんだろうな。 出来立てが一番うまいし。

 

 それにしても……あいかわらず料理の腕前やべぇ……。

 

 はやてを横目に必死にこねて玉にしていく。 ここを失敗したら後の作業が全てダメになってしまうので流石の俺も真剣にならざるおえない。

 

「なー、ひょっとこ?」

 

「後にしてくれ。 お兄さん真剣中なんだから」

 

「真剣に玉なんか転がして……」

 

 やめろ、その表現

 

「なーなー、暇やから話でもしようや」

 

 足で俺をつついてくる。 こいつ……! 余裕があるからって好き勝手してくれるな。 いや、余裕がなくても好き勝手するけどさ。

 

 あくまで目線と意識は玉に集中したままはやてとお喋りすることに。

 

「なんだよ。 片手間で話せるような話題にしろよ?」

 

「え~……。 それじゃ、最近どうなん? なのはちゃんとフェイトちゃんとは」

 

「子どもも出来て順風満帆な生活を送っております」

 

「という夢を見たひょっとこであった」

 

 否定できないのが悲しいところだ。

 

「まぁ、ぶっちゃけ進展ないな~……。 いつも通りにヴィヴィオが加わっただけだよ」

 

「ふ~ん……それにしてもよくもつな~。 なのはちゃんとフェイトちゃんへの愛情」

 

「残念ながら、この想いだけは偽りたくないのでね」

 

「それで進展は?」

 

「……ないです」

 

「どんだけヘタレなんや」

 

 はやてが溜息を吐く。

 

「俺だって困ってるよ、俺の未来予想図では今頃ギャルゲー主人公のようにモテモテで家族公認で周囲公認のカップルになってるはずなんだからさ」

 

「現状をみると可哀相すぎて涙が出てくるで」

 

「けど、俺だって告白してるぜ?」

 

「TPOって知っとるか?」

 

「それくらい知ってるよ」

 

 はやてが恐怖するように俺のことをみてくる。 いや、TPOくらい知ってるから

 

「知っててそれなら真正のバカやで。 まったく……そんなことじゃ乙女心もわかってないやろ?」

 

「ぷっ……はやてが乙女心とかいいと思いますから、その手に持っている包丁をどうかしまってください」

 

 ついつい笑った瞬間はやてが無表情で包丁を俺に向かって投擲しようとした。 なにこの人。 なのはより危ないぞ。

 

 はやてはバカを見るような目で可哀相な目でイケメンの俺に説教でもするかのように指を突き付けて言ってきた。

 

「ええか? 女の子ってのはとっても繊細なんやで。アンタみたいなバカとは違うんや。 もっと女の子の気持ちとかも汲み取らなあかんねん」

 

「たとえば?」

 

「え? え~っと……そうやなぁ……例えば、なのはちゃんとフェイトちゃんVS次元世界の全員とかになるとするやろ? それならどっちの味方をする?」

 

「勿論、なのはとフェイト」

 

「そういうことや」

 

 どういうことだよ。

 

 すいません。 乙女心のわからない俺に誰かはやての言いたいことを理論的に説明してください。

 

「そういったことに乙女は弱いんやで。 よく覚えておき」

 

 ふむ……ようはアレか。 味方がいないときに助けたら好感度が上がるぞ! ってことでいいのか? なるほど、乙女心ってちょろいな。 そんなんで落とせるなんて随分と股がゆるい女みたいだな。

 

 「キャー! この人私を助けてくれた! 抱いて!」ってことだろ? だとしたら乙女心なんてわからなくていいや。 まぁ、俺自身は当てはまってるかもしれないけどさ。

 

「けど、自分で考えてなんやけど……次元世界丸々相手取るとなるとかなり大変なことになるなー。 これを自分に置き換えるとかなり苦しくなるで」

 

 ふむ……確かにそうだよなー。 いくらはやてが強くても流石に次元世界相手はキツイだろ。 けど、

 

「そのときは俺呼べよ」

 

「……は?」

 

「いや、だからさ。 次元世界相手取るときは俺呼べよ。 戦闘なんざできないけど、お前の隣で飯食うくらいはできるだろ?」

 

 ハトが豆鉄砲喰らったような顔でこちらをみてくる。

 

「……なんで?」

 

「『……なんで?』ってことはないだろ。 なにその反応。 ちょっとショックなんですけど」

 

「いや、だって。 次元世界やで、次元世界。 恐ろしいで?」

 

「ようはアレだろ? 喧嘩相手が犬とか猫から次元世界にシフトチェンジしただけだろ? 言っとくがな、はやて。 俺はお前と、相手が変わったからといって手のひら返すような……そんな薄っぺらい関係を築いたなんて思ってないぞ」

 

「……へ、へ~。 そうなんか……。 ふ~ん……次元世界を相手取るんかー! それは大変やな~!」

 

 挙動不審でワタワタしてるところ悪いが、戦うのお前だからな? 俺は後方で洗濯物でも干しとくから。

 

「そ、それは嬉しいな~! ということはアレやろ? 相手になのはちゃんとフェイトちゃんがおってもこっち側にいてくれるわけやろ?」

 

 はやてが前かがみになりながら、下から見上げる形で聞いてくる。

 

 ……あ、そういえばそうだよな。 そんなことしたらなのはとフェイトと敵になるんじゃん。

 

「あ、やっぱいまの話なしの方向で」

 

「ぺらっぺらの関係やんかっ!!」

 

「ほぐぅっ!?」

 

 はやてのラリアットで俺の頭がカチ割れそうになる。 流石管理局員……生身でも十分強い。

 

 だってしょうがないじゃん。 なのはとフェイトがあっち側にいるんだもん。

 

 打ちつけた頭をさすりながら、はやてに文句言うことに。

 

「いってえーな! バカ女!」

 

「バカはそっちやで! いまの行いは最低や! 脳みそ引きずり出すぞ!」

 

 怒気のこもった声ではやてが俺を睨みつけてくる。

 

 え? ちょ、え? そこまで怒ることなの? いつもこんな感じのやり取りしてるじゃん!?

 

 怒りが収まらない様子のはやて。 このまま魔力弾でも撃つのか──と思いきや、一度冷静になるためなのかコップに水を汲んで一息で飲みほし、さっきまでの玄関でみたときの表情を浮かべながら近づいてきた。

 

「まぁ……わたしがアンタに乙女心を期待したほうがバカやったで。 うんうん、人間モドキに人間のことを教えるのはとても難しいことやからね。 けどな? このままじゃ、いかんと思うで。 幼馴染からのありがたい忠告やで?」

 

「ちょっとまって、人間モドキってどういうことだよ。 ちゃんとした人間だよ、俺は」

 

「そうやな、うんうん。 ちゃんとした人間やもんな。 でもな? 乙女心は理解できてへんやろ?」

 

「甘く見るなよ。 ギャルゲーで鍛えたこの力があれば──」

 

 座ったまま、左手をグッと握りしめ自分の胸にもっていく。

 

 その拳をはやてがそっと包み込むように握りしめた。

 

「ゲームだけじゃわからないことがあるんやで……? たとえば──この心臓の鼓動の高鳴りとか」

 

「……え?」

 

 はやての心臓に俺の手が触れる。 ドクンッドクンッと脈打つ音が否応なしに聞こえてくる。 心臓の高鳴りが届いてくる。

 

「はや……て? ちょっ、おまっ、それは洒落にならないって!? 俺にはなのはとフェイトという心に決めた人がいて──」

 

「ブー。 女の子の前で他の女の名前を出すのも禁止(タブー)の一つやで?」

 

 はやての腕が俺の首に絡まる。 離そうとしても引き離せない。

 

 そのままはやてはゆっくりと俺に覆いかぶさる。 手は俺の指を恋人のように一本一本絡ませた状態になっている。

 

「いやっ!? ちょっ、まじでダメだってば!?」

 

「そんなに嫌なら引きはがせばええよ。 わたしは魔法なんて使わずにただ乗ってるだけやし」

 

「いやでも……女性を引きはがすのは紳士じゃないというか……」

 

「ほんと、都合のいい脳みそやな。 いつもは紳士とは逆ベクトルに位置するくせに」

 

 クスクスと蠱惑的に笑うはやて。

 

「でも、これはわたしを引きはがさないっていう証拠として見てもええんやな?」

 

「いや……だから! そもそも、お前のなんかじゃ力不足というやつでな──」

 

「でも──ここはしっかり大きくしとるで?」

 

 恋人絡みの左手を離し、俺の下腹部をなぞり、ふくらんでいる部分を触る。

 

「ふ~ん……力不足でも大きくなるんや? 随分と分別のない子やな~」

 

 ゆっくりと指を這わせるはやて。 それが気持ちよくて、ちょっとだけムラムラしてくる。

 

 おちつけっ! 俺の息子! そして俺! お前には好きな人がいるだろっ!

 

「なぁ、俊? キス──してみようか」

 

「……え?」

 

 はやての顔がゆっくりと俺の顔におりていく。 潤んだ瞳にわずかに震える唇。 軽く朱がさしたその顔はいつもより数段可愛くみえて──

 

「へー……はやてちゃんとキスするんだ。 へー……。 ヴィヴィオのことで相談しようと思ったんだけど。 へー……キスするんだ。 へー……」

 

「おかしいなー。 俊って、はやてと夕食作ってるはずだよね。 それがなんで二人して床に倒れ込んで、そんな指の絡め方までしてるんだろう。 おかしいね、なのは」

 

「うん。 おかしいよね~。 わ た し は べ つ に 俊 く ん が だ れ と キ ス し て も 構 わ な い け ど さ 」

 

 二人の登場に体が強張るのがわかる。

 

「や、やぁ……なのはにフェイト。 いつからそこに……?」

 

「さぁ? べつにいつからでもいいんじゃない?」

 

 なのはよりも優しいフェイトから、心なしか冷めた声が発せられる。

 

「いや、二人ともこれは誤解なんだよっ!? 俺はべつにやましい気持ちなんかまったくなくて──」

 

「なんでそんなに慌ててるの? べつにわたしもフェイトちゃんも俊くんが誰となにしようが構わないよ? むしろ祝辞を贈っちゃう」

 

「いや、だから聞いてくれ──」

 

「だけどさ、此処にはヴィヴィオがいること忘れてない? 小さい女の子がいるのにそういったことをするのはよくないと思うんだよね。 わたしはべつに構わないけど、あくまでヴィヴィオの教育上問題がでてくるよね?」

 

「いや──」

 

「ヴィヴィオが悪い子になったら俊は責任取ってくれるの? とれないよね? ただでさえ人間的にダメな俊がヴィヴィオの責任なんて取れるわけないよね? べつに俊がそういうことするのはいいよ? 私 も な の は も 俊 の こ と な ん か ど う で も い い か ら 」

 

 あくまで機械的になのはとフェイトは淡々と告げる。 俺のことなど、どうでもいいということを強調して。

 

「あの──二人とも俺の話を聞いてくださ──」

 

「話を聞く? 誰の?」

 

「いや、だから俺の話を──」

 

「それが話を聞いてほしい人の体勢なのかな?」

 

 そこで気付く。 いまの俺の状態を。 端的かつ客観的にまとめると

 

 はやてに馬乗りの体勢で乗っかられている

 

「いや、ち、違うんだっ!? これは──その──」

 

 スルリと抜けてなのはとフェイトの前に立つ。

 

 そんな俺になのはとフェイトは優しくほほ笑み

 

「「どうぞご勝手に。 私達はヴィヴィオと一緒にお風呂に入ってきますから」」

 

 バシンッ!と平手一発。

 

 それを置き土産に二人はその場を後にした。

 

 二人が去った空間には、ぶたれたところをさすりながら去ったであろう方向を見る俺と──

 

「ふむ……なんか大変なことになったな~」

 

 呑気にそんなことを言うはやてだけがいた。

 

 はやての方に歩き、胸倉を掴む。

 

「どうしてくれんだよッ!? お前のせいで振り向くどころかそっぽ向いたじゃねえか!?」

 

「いや……わたしも二人があそこまで怒るとは思ってなくて……。 やっぱあれやな。 ヴィヴィオちゃんの教育上よくなかったみたいやで」

 

「知ってるよ! そんなこと! どうすんだよ、下手したら家を追い出されるかもしれないんだぞッ!?」

 

「まぁ……ご愁傷様やな。 でも、それはわたしを断ればよかったわけやしなー。 それができんかったアンタが悪いとちゃうか?」

 

「うぐ……ッ!?」

 

 確かに俺があっさりはやてをどかせることができればよかったのは確かだけど……。

 

 はやての言葉にそれ以上反論できずに俺はただただ手をプルプルと震わすばかりである。

 

 そんな俺をみてはやては小悪魔のように意地悪い笑みを浮かべてニヤニヤしていたのだった。

 



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34.彼が此処にいる理由

『この身、この心、すべてをささげよう』

 

 水がタイルを穿つ音が聞こえてくる。 大きな家の中にこれまた大きな風呂場。

 

 その中に大人二人と、子どもが一人。 とても仲好さそうに洗いっこしたりはしゃいだりしていた。 大人の二人の名前は、高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。 表面上はとってもにこやかだ。 そして子どもの名前はヴィヴィオ。 碧眼と深紅な瞳のオッドアイが特徴的な天真爛漫な女の子。 この家のアイドルである。

 

「ねぇねぇなのはママー?」

 

「なぁに? ヴィヴィオ?」

 

「どうしてそんなにおこってるの~?」

 

 メキッ!

 

 なのはがもっていたアヒルの人形が深海に放り込まれたかのように圧縮される。

 

「べ、べつに怒ってないよ? ねぇ、フェイトちゃん?」

 

「う、うん。 なのはと私を怒らせたら大したもんだよね!」

 

 湯船につかっているフェイトに同意を求めるとフェイトも首を縦に動かして、努めて明るく振る舞う。

 

 そんな二人の様子をヴィヴィオはおかしそうにみていた。

 

 

           ☆

 

 

 なのははヴィヴィオの体を泡で満遍なくコーティングしながら先程の光景を思い出す。

 

 自分の幼馴染が親友である八神はやてとキスする直前までいっていた光景を。

 

「べつに……なのははアレが誰とキスしても……関係ないからいいもん」

 

 けど、普通に考えておかしくない? 家にはヴィヴィオがいるんだよ? これはあくまでヴィヴィオの教育上で問題がでてくることだと思うの。 あくまでヴィヴィオの教育上でだよ? じゃないと、わたしがこんなに怒るはずないもんね。 だって、相手はあの俊くんだよ? 社会不適合者で人間的に問題があって、いっつもわたしやフェイトちゃんにちょっかいとかセクハラとかかけてくる。 デリカシーの欠片も存在しない男なんだから。

 

 まぁ、そんな人だからなのはやフェイトちゃんが引き取ってあげようと思って、一緒に住んでるのに……俊くんってば、よりによってはやてちゃんの誘惑にかかってさ。 なに? いつもの『はやてとか恋愛対象にはいらないわ』とか言ってるくせに、ちょ~っと女の子っぽいところ見せたらすぐに落ちるんですか? 随分と弱い心ですね。 なに? いつも私やフェイトちゃんのこと『好き』とか言ってるくせに、あれも全部ウソってわけですか? だって、そうですよね。 はやてちゃんには『好き』なんて言葉かけてないもんね。

 

 それなのに、あんなことになったってことはそういうことですよね? あー、なんか腹立ってきた。 家追い出そうかな……。

 

 メキメキメキッ……!!

 

 ギェピー! ギェピー!

 

「な、なのはママ!? アヒルさんがきもちわるいこえをあげていのちごいしてるよっ!?」

 

 おっと、いけないいけない。 なにアレのことで熱くなってるんだが。 私としたことが、もっと精神の訓練しないといけないね。

 

「ねぇー、ねぇー。 ママ?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「おにいさんって、どうしておうちにいるの?」

 

 とっても答えづらい質問です。

 

「いや、それは……その……フェイトちゃん!」

 

「えっ!? ここで私!? え~っと、それは……その……ねぇ?」

 

 誰もいない空間に同意を向けるフェイトちゃん。 そこには誰もいませんよ。

 

「あのね、ヴィヴィオ。 俊くんは普通の人じゃないの。 だから家にいるしかないの」

 

「う~、そうなの?」

 

「うん、そうなの」

 

「それじゃ、なんでここにきたの? ママたちはおしごとなんでしょー? おにいさんがそういってたもん。 それじゃ、おにいさんは?」

 

「え~っと……それは……」

 

 ヴィヴィオの質問に答えれない。

 

 そもそも、なんで俊くんって此処にいるんだっけ?

 

「なのは。 俊が此処にいる理由だったら、アレだよ。 私たちがミッドに行くことになってそのパーティーが開かれたあとに──」

 

 あぁ、そうだった。 今のいままでずっと忘れてきた。 いや、忘れようとしていた。

 

 フェイトちゃんの言葉で思い出す。

 

 ──あれは、高校生活も終わりを迎えるときだった

 

 

           ☆

 

 

「いや~、それにしてもなのはもついにミッドに行くんだねぇ。 毎日会えなくなるんだねぇ」

 

「や、やめてよお姉ちゃんっ!? 髪ぐしゃぐしゃするの禁止っ!」

 

 サイドポニーにした髪の毛を乱暴に触る姉を払いのける。 嬉しい気持ちでいっぱいだが、髪の毛をいじるのはやめてほしい。

 

 わたしこと高町なのははもうすぐ高校生活も終了して、ついに本格的に時空管路局にお勤めになります。

 

 たぶん……高校時代とかわらずそこまで仕事が回ってくるとは思いませんが。 どうしてか、いつもわたしの前であらかた片付いてたりするんです。 あとに残ってるのは細々として書類仕事だけ。 これは親友のフェイトちゃんにも言えることみたいです。 う~ん……とっても不思議です。

 

「それにしても良かったわね、なのは。 ミッドのほうで住む家も見つかって。 大きな二階建ての家なんですって?」

 

「うん! リンディさんが頑張ってくれたの!」

 

「ほんとありがとうございますリンディさん。 大変だったでしょうに……」

 

「いえいえ、大事な娘であるフェイトも一緒ですし、なのはちゃんには数々の恩義がありますわ。 私としても、是非二人には立派な家に住んでもらいたかったの」

 

 フェイトちゃんのお義母さんであるリンディさんが、フェイトちゃんの頭を撫でながら言う。 フェイトちゃんはちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしている。

 

「そういえば、グレアムさんとこのはやてちゃんと他の皆もミッドに一斉に移動するのよね」

 

「うん、そうだよー。 なんでもはやてちゃんが設立した部隊に皆ではいって頑張るみたい。 これから楽しみだねー!」

 

「でも……そうなると俊君は此処でお留守番かしら?」

 

「あっ……。 そう……なるね……」

 

 いつもふざけた、しかし極稀に真面目な自分の一番付き合いの長い幼馴染を思い出す。

 

 上矢俊。 海鳴一の問題児で、小中高と私は散々な被害を被ったことを覚えている。 中学はまだ男女別だったけど、共学の高校になってからがもうすさまじかった。 私もどれだけ黒歴史を作ったことか……。

 

 でもなんだかんだて、皆には人気がありクラスの破壊役にしてまとめ役なんてこともしていた。 他の生徒たちからも人気はあったみたいだ。 先生からも人気があるらしくよく職員室で名前が出ていた。 処理対象として。

 

 それはずっと傍にいたわたしだから胸を張っていえることなんだけど……そもそもなんで人気があったんだろう?

 

 前に、お父さんがお酒の席で『そういう星の元に生まれてるんだよ。 上矢という家系の人たちはね。 俊君のお父さんなんてもっと凄かったさ。 あいつのカリスマ性は誰もが羨んだよ』そう俊くんに聞かせていたのを覚えている。 俊くんのお父さんは俊くんが小さいときに飛行機事故で行方不明になった。

 

 それ以来、俊くんは高町家と自分の家を行ったりきたりしている。 そんな中でもお父さんとお兄ちゃんには懐いてた。 翠屋でバイトもして、たまに稽古したりして……俊くんは俊くんで人生を謳歌していた。 だから……わたしもフェイトちゃんも皆も俊くんは海鳴に残ると思っていた。 俊くんとお別れなのは少しさびしいけど、べつに今生のお別れってわけでもないし……会いたいときはすぐ会えるし。

 

 だから、わたしはずっとミッドの家に住んでからの家事分担とか家事の仕方について頭の中で考えていた。

 

 ヴィータちゃんが呼びに来るまでは。

 

 

           ☆

 

 

 突然、ヴィータちゃんが念話でわたしとフェイトちゃんを呼び出した。 呼び出した先は道場で、その道場には既に先客がまっていた。

 

「あっ……はやてちゃん」

 

「おー、なのはちゃんにフェイトちゃん。 いま面白いところやで」

 

 面白そうにはやてちゃんが笑いながら指さした先には、お父さんと彼が正座で向かい合う形に座っていた。 距離はおよそ1mくらいだろうか?

 

「なんで俊がいるの?」

 

「まぁまぁ、フェイトちゃんそれはすぐにわかるで。 ほら、そろそろ口にするで。 バカのバカなりに考えたバカな答えが」

 

 はやてちゃんが喋った瞬間、彼はお父さんに向かってこういった。

 

『俺をミッドにいかせてください』

 

 その言葉は耳を疑うような言葉だった。

 

 

           ☆

 

 

 俺の前には真剣な表情で威圧感たっぷりの士郎さんが正座で俺と対面していた。 正直、めちゃくちゃ怖い。 学校の先生なんかよりも1000倍怖い。

 

 それでも、どうしても、この学校の先生よりも1000倍怖いこの人に言わなければいけないことがあった。 伝えなければいけないことがあった。 だからこそ、俺はこうして士郎さんを誘ったんだ。

 

「俊君。 それで、話ってのはなんだい?」

 

「はい」

 

 心臓の鼓動が嫌になるくらい響いてくる。 いまにも口から出そうなほど、吐き出しそうなほど、もう……なんというか心臓が痛い。 でも、それでも、それだからこそ、この痛みを抑えて俺は士郎さんに言わなければいけない。

 

「俺をミッドにいかせてください」

 

「ミッド……というと、なのは達がこれから行く新天地だね」

 

「はい。 俺も二人についていきたいんです」

 

 その俺の懇願を──

 

「それはできない、俊君。 残念だけどね」

 

 士郎さんは跳ね除けた。 それもあっさりと迷うことなく。 『なにをいってるんだ、こいつ』とでも言いたげに。

 

「やっぱり……ダメ……ですか?」

 

「当たり前だよ。 君をそんなところへは行かせることはできない」

 

「ッ……! ど、どうしてですか?」

 

(はじめ)との約束で俺は君を頼まれたんだ。 そう簡単に頷くことはできないよ」

 

「で、でも──」

 

 なおも食い下がろうとする俺に、士郎さんは問う。

 

「では逆に俊君はどうしてそんなにミッドにいきたいんだ? べつに友達がいないわけじゃないだろう。 勉強がついていけないということはない。 君の成績だって親代

りである俺が確認してるんだからね。 それに君は翠屋でバイトだってしてる。 大学だって、友人であるアリサちゃんとすずかちゃんが一緒にいるみたいだし、一人で寂しい思いなんてしないはずだ。 なのに、どうしてそこまでして君は行きたがる?」

 

 士郎さんの問いはもっともであった。 普通に考えてみればそうだろう。 バイトもして、友達関係も交友も広い。 大学ではアリサとすずかと一緒になって色々と大学生らしい生活を送ることだってできる。 でも──それじゃダメなんだ。 そんな“普通”じゃダメなんだ。

 

「それにミッドは魔法があると聞いた。 なのはやフェイトちゃん、それにその他の友人の人たちも魔法があるから行くのだろう?」

 

「たしかに……なのはやフェイト、はやてやヴォルケンの皆は自分の力を世界に役立てたい。 世界を平和にしたい、という志と信念でミッドに行くみたいです」

 

「それで? 君は? 世界の平和とか、世界の役に立つためにミッドに行くのかい?」

 

「いえ……それは……その……」

 

 世界の平和。 それはとっても素晴らしいことで、できるなら俺もやりたいものだ。 なんせそこには親父が見てきた世界が広がってるだろうから。 規模は違うかもしれないけど。

 

 でも、俺の力ではそんなことできるはずもない。

 

 だから俺は口ごもる。 士郎さんに言えなくて口ごもる。

 

「職はあるのかい? 住む家は? お金は? まさか、その全てをなのはやフェイトちゃんに出してもらうわけじゃないだろう。 だとしたら、それは男として最低の行為だぞ。 俊君」

 

「なっ、なんとかします! 職も家も金も! なんとかしてみせますから!」

 

「言うは易し行うは難し。 君にそんなことができるのか? たしか、君は学校からこんな評価を受けているようだね。 『いざというときにはやる男』。 大層な信頼されっぷりだね。 でもな、それは裏を返せば『いざ、というときがくるまでやらない男』なんだよ。 そんな一本竹の橋を渡るような男をどう信じればいいんだ? 俺は君のことは大抵知っているつもりだ。 でもね──だからこそ、君をミッドにやることはできないよ」

 

「……」

 

「俺は君には真っ当な人生を歩んでほしいと思っているし、願っている。 そして望んでいる」

 

 あぁ……この人に言っていることは痛いほどよくわかる。

 

「なのははたまたま魔法の素質があって、魔法と出会い、自分の道を決めた」

 

 体の奥底まで士郎さんの心配している声が届いてくる。 『君も自分のために人生を歩んでみてはどうだ?』 そう聞こえてくる。

 

「君はたぶん、後悔しているのかもしれない。 悔やんでいるのかもしれない。 適当な言葉でなのはの味方をしたことを。 でも、俺はそうは思わない。 君の言葉がなくとも、なのははこの道を歩むと決めていたはずだ」

 

 いつもいつもそうだった。 肝心な時に、ふらっと横にきて俺に助言をしてくれたのはこの人だ。 だからこそ、この人はこんなにも心を押し込めて冷徹に機械のように話しているんだろう。

 

「もう……いいんじゃないか? 誰かのためじゃなく、自分のために生きてみても……いいのではないか? 俊君。 誰も君に何も言わないだろう。 それに、なのは達は言ったじゃないか。 『休みの日や、時間が空いたときは帰ってくる』と。 何も離れ離れになるわけじゃないんだ。 知っているだろう? なのはのことは。 君が一番よく知っているはずだ。 なのはは約束を破らない。 こと、君も関係ある約束ならなおさら。 ──もう、休んでもいいんじゃないか?」

 

 もう休め

 

 その言葉が俺の体を支配する。

 

 あぁ……確かにそれもそうだ。 もともと、俺が勝手に決めた誓いと約束なんだから。 誰も困ることなんてないじゃないか。 そう──誰も困らない。

 

 いや、一人だけ──困る男がいたな。 確かそいつの名前は上矢俊なんていったっけ? ストーカーのように犯罪者のように執拗に高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに引っ付く輩だったな。

 

 けどまてよ? 上矢俊なんて奴は死んだんじゃなかったか? 確か小学校に上がるまえに両親の飛行機事故と同じタイミングで死んだんだよな。 人から人形へと成り下がったんだよな。

 

 いや、思い出した。 そんな出来損ないの奴を救ってくれた少女がいたんだ。 たしか名前は高町なのはだったような気がする。 そいつが上矢俊という人物を立ち上がらせ、背中を押したんだ。 けど上矢俊はそれでも道に迷っているかのように、フラフラと亡者のように自分のやるべきことを見つけられないでいた。 いや、それが本当に正しいのかわからなかったんだ。 そして、そんな上矢俊に答えをくれた少女がいた。 それが、フェイト・テスタロッサだったな。 そうだ、道を示してくれたんだ。 決して迷うことのない道を。 フェイト・テスタロッサは示してくれたんだ。

 

 そんな彼女達をみて、俺はどんな想いを抱いたんだっけ?

 

 憧れ? 羨望? 嫉妬? 憎しみ? 憎悪? 嫌悪? 愛? 羞恥?

 

 彼女達に何を見た?

 

 理想? 絶望? 未来? 過去? 妄想? 願望?

 

 彼女達の何が見たい?

 

 悲しみの顔? 羞恥に悶える顔? 泣いてる顔? 恋人のような笑顔?

 

「士郎さん……。 男って、脆い生き物ですね。 バカな生き物ですね」

 

「……?」

 

「本当に、自分でも怖いんですけど──あの二人のためなら死んでもいいと思えるんです」

 

 士郎さんの目がキツくなる

 

「一度は死んだこの身を、絶望の淵に堕ちたこの身を掬い取って、救い上げてくれたのは高町なのはです。 死ぬしかなかったときに、人間から人形へと堕ちていくときにその手をしっかりと握ってくれたのが高町なのはなんです。 震える背中を、怖くて竦みそうになる足を手を、そっと握ってくれたのが高町なのはなんです。 あいつは俺に生きる希望をくれました。 だけど俺は、ビビリで臆病で弱虫だから……それでも自分の歩む道が正しいのかわからなかった。 そんなとき、フェイトに会い、進む道をもらいました。 進む道を示してくれました。 なにもできなかった自分に、お荷物だった自分に、あいつはそれでも進む道を示してくれたんです。 あいつだって、大変だったはずなのに」

 

 口が自分の制御下を外れて喋りだす。

 

「いま、あいつらは前に進もうとしています。 新しい一歩を踏み出しています。 本当は……本当は俺もあの中に混ざりたい! なのはやフェイトやはやての横で肩を並べて歩きたい! 二人のために戦って、二人を戦闘から守りたい! その身に降りかかる火の粉を全て払いたい! 嫌われても! 疎まれても! 蔑まれても! あいつらを守りたい! ……でも、俺には魔法の才能なんてなかった。 ほんのかすかな使い物にならない魔力しかなかった。 だから俺は、魔法で戦って守ることを諦めた。 それと同時にあいつらの横を歩くのを止めました。 だって、あいつらは前だけ向いて歩いていればいいから。 その横列に俺がいたら皆心配して前に進むことができないから。 だから俺は一番後ろにいることにしたんです。 誰よりも後ろの最下位に、誰よりもみんなをみることができる最後方に行くことにしました。 悔しくないわけじゃなかった。 泣きたかった。 嘆いたりもした。 どうして俺には魔力がなかったのか。 魔力があったら、マンガやゲームのような主人公になれたかもしれないのに。 そう思いました。 でも──俺はそんなことよりもなのはとフェイトの笑顔を見たかった。 結局、俺の中にはそれしかなかったんです。 自尊心なんてものは存在しなくて、ただただ、笑顔にしたい、という意味のない醜く自己中心的な答えしか残っていなかったんです。 でも、俺にはそれだけあればよかった、十分だった。 その答えがあれば俺は堂々と自信をもって後ろにいられた。 なのはとフェイトが困ってれば、いつかされたように優しく背中を押して導けるように。 なのはとフェイトが泣きそうなときは、後ろから叩いて振り向きざまに指をほっぺたに押し付けることができるように。 なのはとフェイトが無意識に手を握る動作をすれば必ず握り返すことができるように。 なのはとフェイトが膝を抱えてしゃがんだときは、後ろから声をかけることができるように。 俺は後ろにいようと決めました」

 

 なにも、戦って守ることはしなくていいんだ。

 

「あいつらのためだったら、神でも悪魔でも魔王でも妖怪でも天使でも女神でも管理局でも相手になります。 あいつらがいるなら、なんだってします。 できることなら、全てやることができます。 ただ──あいつらのいなくなった世界になんてなんの興味もありません。 その時は、1秒でも二人に会えるように舌を噛み千切って死ぬでしょう」

 

 あぁ……こりゃ士郎さん引いてるな。 まぁ、そりゃそうか。 こんな奴、はたからみれば頭のおかしい奴だからな。 でも、それでもいい。 それだってかまわない。

 

 だから宣言しよう。 士郎さんの前だけでは素直になれるから──

 

「あいつらが死んだとき! 俺の命はそこまでで構わない!!」

 

 長い長い、俺の独壇場のスピーチが終わる。 気持ち悪い、犯罪者予備軍まっしぐら。 訴えられたら勝ち目なしのスピーチが終わる。

 

 士郎さんはなにも言わない。 黙ったまま、目をつぶるだけだ。

 

 やがて口を開く。 その答えは

 

「やはり許可はできない」

 

 先程と変わらないものだった。

 

 けど、俺には落胆もなにもなかった。

 

「そうですか。 だったら俺は──」

 

「ただし。 当人たちからの許可が下りればそれは仕方がないことだ。 こちらとしては止めようがないからね」

 

「……は?」

 

「せいぜい、頑張るんだぞ。 俊君。 しっかりな」

 

 士郎さんは謎の言葉を残して、俺の肩を2・3叩くと道場を後にした。

 

 そんな中、俺は一人ポツンと残された道場で呟いた。

 

「……許可……下りるわけないじゃん……」

 

 

           ☆

 

 

 八神はやてはおもむろに口を開いた。 それは関心なのか、感嘆なのか嘲笑なのか落胆なのかわからなかったが、とにかく口を開いた。

 

「自分の恋愛面のことになると、性能とかその他もろもろ一気に落ちていくヘタレキング代表のくせに二人がいないときにはこんなに言えるんやな~……。 まぁ、二人ともいたわけなんやけど。 それで? なのはちゃんとフェイトちゃんはどうすんの? まぁ、もちろんあいつを連れていくなんて選択肢はないと思うけど──」

 

 こんな気持ち悪い男のストーカー気味で危ない発言をした後で、ついてきていいよ、なんてことはいくらなんでも言わないだろう……そう思いながら二人のほうを見たのだが、

 

「ま、まぁ……あそこまでいうなら……連れて行ってあげてもいいかな?」

 

「そ、そうだね……。 幼馴染が死ぬのもなんか嫌だしね!」

 

「そ、そうそう! 私たちのせいで死なれちゃ困るもんね! うん、これはいわば人命救助だよ! 時空管理局の局員としては当たり前のことだよね!」

 

「………………え?」

 

 二人の親友の反応はとても予想外なものだった。

 

 視線はまったく定まっておらず、あちらこちらに目を移し顔は若干先程よりも赤く、手なんか指を絡ませている始末。

 

 どこかよかったのか? 先ほどの男の独りよがりのスピーチのどこが良かったのか? あいつの気持ちは知っている。 だけど、正直言ってあそこまで言い切ってしまう

と一般人の常人の感覚からすればちょっと引いてしまうわけなのだが……

 

「る、留守番の犬くらいはできるだろうしね!」

 

「そ、そうそう! 留守番の犬くらいはできるね! あくまで犬だけど!」

 

 二人はまったく引かずにいた。

 

 どうしてこうなった?

 

 そんなとき、はやての腕をヴィータがちょんちょんとつつく。 首をひねるはやてにヴィータは全てをわかっているような顔で言った。

 

「やっぱり女の子はうれしいもんだぞ。 あそこまで言ってくれると。 若干犯罪チックだけど」

 

 そのヴィータの答えに、はやては首をひねるだけであった。

 

 そして隣で打ち合わせをしてる二人を見て思う。

 

 またミッドでもあいつの世話をすることになるのか……と。

 

 

           ☆

 

 

 当日、わたしたちは高町家に集まってからミッドにいくことになった。

 

 アリサちゃんにすずかちゃんも駆けつけてくれた。 もつべき者は友達である。

 

 わたし達はそれぞれ言葉を交わしながら、楽しく喋っていた。

 

 その傍らで、彼だけがぎこちない笑みを浮かべていた。

 

「どうしたの? 俊くん」

 

「いや、なんでもないよ。 これからの新天地では大変だろうな~……と思ってさ」

 

 確かに彼の言うとおりにこれからとても忙しくなるだろう。 なんせ、仕事と同時進行で家事もしていかなければならないのだから。 けど、それはとっても難しいことで、仕事で疲れたフェイトちゃんとわたしではできないかもしれない。

 

「確かに家事は大変だよね~。 手だってただれるだろうし、洗濯だって毎日しないといけないんだから。 仕事と同時進行はきつそうだねー。 ねぇ、フェイトちゃん?」

 

「うん、きつそうだよね」

 

 そばにいたフェイトちゃんが同意する形で頷く。

 

「でも……しょうがないだろ。 家事だって洗濯だって誰かがやらないといけないんだからさ。 頑張って二人で分担しながらやるしかないだろ」

 

「え~……でもなんか嫌だー」

 

「うん、私も家事とかしたくないかな。 お仕事だけに専念したい」

 

「まぁ、その気持ちはわかるけど──」

 

「「だから──」」

 

 さらになにか言おうとする彼の手をフェイトちゃんと二人、握りしめながら言った。

 

「「私達と一緒にきてくれない?」」

 

「………………ほわぃ?」

 

「「だーかーらー、一緒にきてもいいよ、ってこと!」」

 

 状況を呑み込めてない彼に、私とフェイトちゃんは若干声を大きくして言った。

 

「……ほんとに? ほんとにきてもいいの……?」

 

「ま、まぁ……死なれても困るしね。 あくまで死なれたら困るから、わたしとフェイトちゃんは連れて行くことにしたんだからね! そこ勘違いしちゃダメだよ!」

 

「う、うん……」

 

「絶対だよ? わたしやフェイトちゃんが違う理由で連れていく、なんてことありえないからね!」

 

「お、おう……」

 

 そしてその30分後、私達はミッドの家にいくことになったのだ。

 

 これが、彼が家にいる理由である。

 

 

           ☆

 

 

「なのはママ!? フェイトママ!? タイルにあたまうちつけたらとってもいたいよ!?」

 

「うわあああああああああああん! 今まで封印していたわたしの黒歴史があああああ!」

 

 どうしてあのとき、あんな発言をしてしまったのだろうか? いや、べつに彼が来るのはよかったのだが……それにしてもあんまりなセリフではなかったか? これで

は、まるで──

 

「わたしが俊くんのこと好き、みたいなことになっちゃうじゃん!? いま流行のツンデレみたいじゃんっ!?」

 

「うー……なんであのとき、もうちょっと考えて発言しなかったんだろうね……」

 

 あの時、あの場所で、あの場面を見なければ、彼が此処にくることはなかっただろう。 いつもはダメダメで、でも極稀に真面目になって、日常的にセクハラ発言するのに、肝心なときには全くといっていいほど言ってくれない。 魔導師じゃなく、魔法使いの彼。 あの場面はいまにもレイジングハートの中に入っている。 フェイトちゃんもバルディッシュの中に入れているらしい。 あんなことを言ってくれた彼だから、わたしもフェイトちゃんもまだ家に置いてあげてるんだよ? 本当なら追い出しているのに。 でも──

 

 だからこそ、鼻の下伸ばしてはやてちゃんの誘惑に耐えれなかった罪は重いよね?

 



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35.最後はサッパリと

「「スーハースーハースーハースーハーくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろ」」

 

 浴室から出ると、自分の部下が自分の下着を犬のように嗅ぎながら時折小さい声で私の名前を呼んでいた。

 

「…………なに、やってるの?」

 

「「はっ!? なのはさんいつの間にっ!?」」

 

 オレンジ髪をツインテールにした女の子と青髪をショートカットにしている女の子。 二人はわたしの直属の部下にあたる。 オレンジのほうが、ティア、青髪のほうがスバルである。 正直、ちょっとだけこの子たちの上司を辞めたいと思い始めた。 いや、すでに結構辞めたいのだがここで辞めたらそれはそれで大変なことになるので、辞めることができないでいる。

 

「「なのはさん安心してください! 私達が嗅いでるの、使用済みの下着ですから!」」

 

「いや安心できないよっ!? むしろ使用済みだからこそ安心できないよっ!?」

 

「普通の物だと中古より新品のほうがいいですよね。 でも、パンツだとむしろはいた後のほうが価値が出てくるんですよ。 これが下着の魅力ですね!」

 

「どうでもいいから、振り回して遊んでないで返してよっ!? どこの世界に上司の下着で遊ぶ部下がいるのっ!?」

 

 近寄って下着を取り返す。 いや、なんで上目使いで服を脱ごうとしているの? ティアの中では下着を奪い返すとokのサインなの?

 

「ところで、二人ともよくきたね。 まだ呼んでないのに」

 

 お風呂に入った後に電話で呼ぼうとしていたんだけど……もしかして誰かが連絡していたとか?

 

「「あ、そろそろお食事会の誘いがあると思って勝手にきました」」

 

「うちにたかるのやめてくれないっ!?」

 

 

           ☆

 

 

 下着を身に着け、衣服をちゃんと着替え、皆が待っている大きな畳部屋へと私達はやってきた。

 

「おー、なのはちゃんたち。 もう出来とるで。 あとはこれを並べるだけや」

エプロン姿のはやてちゃんが茶わん蒸しを置いて席につく。

 

「え~っと、それじゃ私達は──」

 

 周りを見渡す。 ウーノさんやスカさん、交番のおじさんにエリオとキャロ、ヴィータちゃんにシグナムさんにシャマルさんにザフィーラさん。 みんな並んで座っており空いてなさそう。

 

「あ、スカさんだ~! わーい! スカさ~ん!」

 

「おぉ……ヴィヴィオ君。 また会うことができてうれしいよ……」

 

「ん~? スカさんどうしたの~? 元気ないよー?」

 

「いやなに……私が開発に成功した自立型移動ロボットを一管理局員に指一本で壊されるとね……。 やっぱり、科学者として心に傷が……」

 

「安心しいや。 おじさんは奇人変人が多いここらへんの担当やで? 戦闘能力もズバ抜けとるで」

 

「……なら何故、ミッドでおまわりさんなんかを……?」

 

「逆に考えるんや。 そんな戦闘能力が高い人を配置しないといけないほど、ここらへんの奴らは手強いんよ」

 

 いったい、私たちの住んでいるここらへんの近隣は魔窟か何かなんだろうか。

 

 まぁ、魔窟なんだろうけど。

 

 それはそれとして──

 

「ねぇ、フェイトちゃん。 席が彼の横しか空いてないよ? ど、どうする?」

 

「ま、まぁ、行くしかない……よね」

 

 先程自分の黒歴史を思い出したのでかなり恥ずかしかったのだが……これはしょうがない。 席が空いてないなら彼の隣に座るしかないわけで、べつに彼なんかどうでもいいけど、しょうがない彼の横に座る。

 

 ちょうど、彼を挟んで私とフェイトちゃんが座っている状態だ。 これもしょうがない。 わたしとフェイトちゃんが隣になると怪しい噂が飛び交うのでしょうがない。

 

「よっし! みんな席についたねー! それじゃ、かんぱーい!」

 

『かんぱーい!!』

 

 フェイトちゃんが乾杯の音頭を取ると、みんなもあらかじめ用意されていたグラスを手に取り隣の人なんかとカチンッと合わせていく。

 

「それじゃ、フェイトちゃんかんぱ~い!」

 

「かんぱ~い!」

 

 彼の目の前でフェイトちゃんとグラスを合わせる。 彼はずっとキョロキョロと辺りを見回していた。

 

 

           ☆

 

 

「あいつはどこのキョロちゃんなんや。 いくらなんでもキョロキョロしすぎやで」

 

「というか、あの人あんなキャラでしたっけ? キャラがブレブレじゃないですか? ナックルボール並みにブレてませんか?」

 

「あいつ真剣真面目な雰囲気だと戦闘力5のゴミになるしな。 いつもは53万くらいなのに一気に5になるしな」

 

「なるほど。 銀河の不動産屋から一気にランクダウンしますね」

 

「高校時代はヘタレキングと呼ばれていた」

 

「ヘタキンですか。 なんか霊とか呼び出せそうですね」

 

「悪霊くらいしかこんと思うけどな」

 

 三人の動向を見守りながら、ティアと二人で話す。 う~ん、自分で作ったからかもしれないけど茶わん蒸しがなかなかの美味だ。

 

「それにしても、ひょっとこさんって料理や家事とか得意なんですよね?」

 

「まぁなー。 なかなかうまいもんやで」

 

「それじゃ、その力をなのはさんとフェイトさんのために役立てたいから、仕事をしないんですか?」

 

「いや、面接で全て落とされる」

 

 ティアの顔が歪む。 あいつに限って、そんな美しい話になるわけないやろ。 第一、家事は午前中に終わらせることができる。 って豪語してたのあいつやから、ただ単に仕事先がないだけやな。

 

「まぁ、あいつは『変態的キチガイ病』やからな。 社会もそんなに甘くないで」

 

 六課の部隊長が『社会は甘くない』と語ってもそこまで説得力はないのだが。

 

「ただまぁ、なのはちゃんの実家である喫茶店翠屋ではちゃんとバイトしてたみたいやね」

 

 あれも確か士郎さんがいたからだった気がする。 なんというか……あいつは高町家の犬なのではないかと疑いたくなる。

 

「はぁ……色々と可哀そうな人なんですね」

 

「とくに頭がな」

 

 

           ☆

 

 

 隣には、なのはとフェイトが座っている。 先ほどまで風呂にいたせいだろう、ほのかに香る石鹸の香りが鼻孔をくすぐってしょうがない。

 

 けど、このままでは埒があかない。

 

「な、なぁなのはとフェイト? その……さっきのことなんだけどさ……?」

 

「「ああ、誰かさんが鼻の下伸ばしてたやつ?」」

 

 関係を修復できそうにない。

 

 ここからどうすれば、あの関係に戻れるんだ。

 

「いや、あれは……だから……アレだよ。 誤解なんだ」

 

「へー、そうなんだ。 でも、はやてちゃんみてニヤニヤしてたよね? もしかして、はやてちゃんがタイプなの?」

 

「それはねぇわ」

 

 前のほうからフォークが飛んでくる。 だが甘い! それを予測していた俺はすかさず顔をずらし──小さい魔力弾を喰らった。

 

「おぅ……おぅ……!?」

 

 たまらず顔を押さえ、土下座の体勢で痛みが引くまでまつ。 なんともんぶつけやがるんだ、あのポンポコ女!

 

「だ、大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫……。 もう、アレだから。 全然平気だから。 べつに泣いてないよ? 俺泣かせたらたいしたもんだから。 あ、まって、タンマ。 そこ、魔力弾を展開させない」

 

 ヴォルケンやスバルやティアなどが魔力弾を展開させていたのでやめさせる。 どういう神経してたら俺に魔力弾をぶつけようと思うんだ。

 

「そういえばさ、この蕎麦1から作ったんでしょ?」

 

 なのはが聞いてくるので

 

「まあなー」

 

 明後日の方向をみながら返事を返す。

 

「ふーん」

 

 なのはも力ない返事で返した。

 

 会話終了

 

 これが恋人なんかだと、そのあとに『おいしいよ』なんて言葉があるんだろうけど、そこはほら。 あるわけないじゃん? 言ってて悲しくなるけど。

 

 ふとみると、なのはとフェイトがもじもじしだした。 ……もしかしてトイレ?

 

「あ、二人とも。 トイレなら──」

 

「「その……お蕎麦、おいしいよ」」

 

「僕の口にかけてください」

 

 また症状が発症した。 しかも今回は一人称が俺から僕に変わるというなかなかの力である。

 

 そして二人は、なんだかもう……いますぐにでも俺をぶち殺しそうなほど睨んでいた。

 

「いや、違うんだ。 違わないけど違うんだ。 確かにそういったプレイもしてみたいけど、いまは違うんだ。 もっと具体的にいうのであれば、トイレを清掃中にしておいて二人が漏らすか漏らさないかの瀬戸際を楽しみたい、なんて欲求もあったりするけど違うんだ」

 

 正直、捕まってもおかしくないと思った。

 

 二人は無言で立ち上がった後、立ち去り際にビンタを一発づつかまして、はやてたちの輪の中にはいっていく。

 

 ……まぁ、悪いのは俺だよね。

 

 



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36.脱・無職

 怒涛のような一年が過ぎ去った──気がする。 まぁ、実質一か月とちょっとしか過ぎ去ってないわけなんだけど。

 

 俺はいまだに無職を続けている。 まぁ、俺みたいな人間を雇ってくれる酔狂な人物なんていないだろうからそれはいいんだけど、いま俺の目の前で起こっている出来事を見るならばそろそろ本格的に仕事を見つけなければと思ってきた。

 

「へー、『幼馴染と結婚! 二人の純愛に乾杯ッ!』かー。 素敵だねー、この二人」

 

「ほんとだねー。 さぞかし素敵な幼馴染だったんだろうね。 お金もあって優しくて甲斐性があって。 やっぱり……幼馴染ってすごいな~。 この人、お嫁さんのために一生懸命頑張ったらしいよ」

 

 大好きななのはとフェイトが雑誌をみながらそう呟く。 それは本当に二人だけの会話であって、声量も俺に遠慮してくれているのかとっても小さかったわけなんだけど、

 

「が……は……ッ!?」

 

 無職で金なくてキチガイで甲斐性もない幼馴染には痛恨の一撃だった。 即死系の技にもほどがある。

 

「きゃあーー!? どうしたの、いきなり吐血なんかしてッ!?」

 

 なのはが駆け寄ってくる。

 

「いや、ちょっと……いま銀行強盗のプランを練ってて……まっててね。 君たちに素敵なプレゼントを用意するからさ!」

 

「いやいやいやいやいやっ!? そのプレゼント絶対に君の保釈金の手紙だからっ!」

 

 あ、捕まったら保釈金払ってくれるんだ。 それはそれで嬉しいかぎりです。

 

「あ、なのは! もう仕事にいく時間だよっ!?」

 

「え、ほんとっ!? それじゃ仕事行ってくるから、捕まっちゃダメだよっ!」

 

「善処する!」

 

 この会話が世間一般的にみてズレているのは承知である。

 

「さて、ヴィヴィオ。 ──って、ヴィヴィオ~?」

 

 さっきまで俺が貸したゲームで遊んでいた小さな姫君は、ちょっと目を離した隙に見失ってしまった。 だが、もうそんなことで慌てる俺ではない。

 

「ヴィヴィオの体から発せられるフェロモンをたどっていけば……」

 

 ヴィヴィオのフェロモンを頼りに庭へと出ると、ヴィヴィオがしゃがみこんでいた。

 

「おいヴィヴィオっ!? どうした!? 気分悪くなったのか!?」

 

「あー、おにいさん! ほら! なんかネコさんみつけたよー!」

 

 慌てて駆け寄る俺に、こちらを向いたヴィヴィオはお日様のような笑顔を浮かべながら、なにかを俺にみせてきた。 それはヌイグルミのようであり、色は白、確かにネコと言われればネコだが、ちょっと違うような気もする。 なんだ、これ?

 

 俺がヴィヴィオの手からその物体を受け取ると、

 

「やぁ、キミがこの子の親なのかい? ボクはQべぇ。 さっそくだけど、この子を魔法少女にしたいんだ。 どうか君からも言ってあげて──」

 

「ほおおおおおおおおおおおおおおっ、わちゃあーーーーーーーーーーー!!」

 

 渾身の力で、腰を使って、腕にうねりを加えて、喋るネコもどきを庭に叩きつける。

 

 めり込む物体。 喜ぶヴィヴィオ。 冷や汗を流す俺。

 

 やがて額の汗をぬぐった俺は、ヴィヴィオに向き直って目線を合わせながら言った。

 

「ヴィヴィオ、いまの見なかったことにしよう。 な?」

 

「え? なんでー?」

 

「あいつに絡まれると厄介だから。 もう、なんか色々とメンドイことになるからさ」

 

「はーい!」

 

 ヴィヴィオの聞き分けがよくて本当に助かった。

 

「ああ、そういえばヴィヴィオ。 いまからはやてお姉ちゃんの所にいくぞー」

 

 ちょっと用事ができてしまった。 これははやてにしか頼めない用事である。

 

「えー? おしごとじゃないのー?」

 

「大丈夫。 たぶんゲームかパソコンしてるから」

 

 こうして俺とヴィヴィオは、ミッドにあるはやての家にいくことになった。

 

 

           ☆

 

 

「はやえもん。 僕に職を恵んでください」

 

「シャマル、塩」

 

「はい」

 

「まって!? 俺の話を聞いてからにして!」

 

 予想通りはやては家でパソコンをしていた。 といっても、なんか書類をしているみたいだったが。 俺はそんなはやての目の前で土下座をしながら職をくださいと叫んでいた。

 

 家の中心で職探しを叫ぶ

 

 まったくもって意味がわからない。

 

 ちなみに俺も親として、ヴィヴィオにこの姿を見られたくないと思い、ヴィータの部屋で遊ばせている。 あの二人が隣に並ぶと姉妹のようでとても可愛らしい。 そうヴィータにいったら『きめぇんだよ、ロリコンが』と唾を吐かれながらいわれた。 お前の貧弱ボディーには興味ねえよ。

 

「まぁ、とりあえず理由を聞こうか」

 

 はやてがテーブルにヒジをつきながら女王様のように、俺を見下す。

 

「あの……俺には椅子ないの?」

 

「ほしい?」

 

「うん」

 

「ほら、ここに空気があるやろ?」

 

「誰が空気椅子が欲しいといったっ!?」

 

 なんなの、この子。 まじでなんなの。

 

「まぁ、アレだよ。 ほら、俺ってば、シャイボーイじゃん?」

 

「ヘタレやな」

 

「シャイボーイね、シャイボーイ。 ジャリボーイでもいいよ。 俺はなのはとフェイトが好きなわけよ。 けど、どんなに好きでも言ってるだけじゃダメだと思うんだ。 やっぱり行動したほうがいいと思う。 けど俺には金がない。 はじめは銀行強盗も考えたけど、二人に迷惑はかけたくないんでやっぱり地道にバイトしようと思った。 まぁ、モノで釣るのはよくないと思うけど、目に見える形で感謝の気持ちを現したいんだ。 だからこそ、俺はプレゼントを買って二人のお礼を言いたい」

 

「ほんで?」

 

「バイト紹介してください」

 

 はやてが溜息をついた。 後ろにいたシャマルさんも困った顔を浮かべている。 あれ? 二人ともどうしたんだろうか?

 

「ま、まぁ……少しは成長したみたいですから。 はやてちゃん、ここは協力してあげても」

 

 お、シャマル先生良いこといった!

 

「う~ん……まぁ、そうやな。 こいつがバイトをするだけでも海鳴にいる人も私達も少しは安心するか。 よし! お姉さんが一肌脱いだろ!」

 

「あ、できるならパンツだけずりおろした状態で、スカートはミニ。 服は下半身が隠れない程度の長さの服を着てくれるとうれしいんだけど──」

 

「だれが本当に脱ぐっていった!」

 

 はやて、この頃攻撃力上がってない?

 

 ズレた顎を直しながら、そう思わざるおえなかった。




はやても最新といまとではかなり変わったキャラの一人


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37.ゲリピーはエントロピーを凌駕する

「腹が……とてつもなく痛い……」

 

 はやえもんからバイトを紹介してもらうように頼んでから二日が過ぎた。 色々と俺よりもちゃんとした人脈があるはやえもんのことだ。 きっと俺がそれなりにサボれてお金がもらえる仕事を探してくれているに違いない。 でも、やっぱり一生懸命バイトして沢山金集めたほうがいいかもしれない。

 

 まぁ、それはそうとしていまの俺は大変危険な状態である。 なにが危険かというと主に腹が危険なことになっている。

 

 それは朝のことだった。

 

 俺が冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで飲んでいる途中、二階から降りてきたなのはが言った。

 

『あ、その牛乳腐ってたよ。 ヴィヴィオが飲もうとしてたから止めたけど。 もー! ちゃんとしてよね! 冷蔵庫の管理、キミの仕事でしょ!』

 

 指を突き付けるなのははそれはとてもとても可愛かったのだが、

 

「いまの俺にはその可愛さを楽しむ余裕が全くないわけで……」

 

 もう30分はトイレにいるような気がする。 このままではトイレのひょっとこさんになってしまう。 七不思議として語り継がれてしまう。

 

 ぐぎゅるるるるるるるるるるるるるるる

 

「はぅっ!?」

 

 何度目かの余波攻撃がくる。 既に体の中の排出物は全て出したはずなのに、それでもこのじゃじゃ馬は鳴き止んでくれないらしい。

 

 コンコン

 

「……はい。 ただいま俺が占領しております」

 

『その……大丈夫?』

 

「……あぁ、フェイトか」

 

『うん……。 その、朝ごはん私となのはで……私一人で作ったから。 お腹が痛くなくなったら食べてね?』

 

「あぁ……ありがとう……」

 

 フェイトの声を聞けただけで少しはよくなった気がする。 けど、ちょっと食べれそうにないかな……。 いや、でもせっかく作ってくれたんだから食べたいな。 でも

なんで自分一人って言い直したんだろう。 まぁ、なのははおにぎりに砂糖だから戦力にならないと思うけど。

 

『それじゃ、私達はお仕事行ってくるからね。 ……その、がんばって』

 

「うん、がんばる……」

 

 応援はとても嬉しいが、場所が場所なだけに顔を覆いたくなる。 なんで俺は普通の場所では応援されねえんだよ。

 

 やがて玄関から二人のそろそろとした声が聞こえ、ヴィヴィオの元気な『いってらっしゃーい!』の声が聞こえた。 ヴィヴィオは元気だな。 俺の穴は騒ぎすぎて疲れているのに。

 

 どうしたものか……そう思っていると、突然二日前庭に埋めたネコもどきが俺の前に立っていた。 いや、しゃがんでいたのほうが正しいかもしれない。

 

「やぁ、奇遇だね。 こんなところで会うなんて。 ボクとキミとは縁があるような気がするんだ」

 

「そうか。 だったらお前も腐った牛乳飲んでこい」

 

 というかネコもどきは庭に埋めたはずじゃ?

 

「それは遠慮しておくよ。 そういえば、キミがボクを埋めたところなんだけど、そのままだと庭が可哀相だからちゃんと元に戻しておいたよ。 これでもボクは優しいほうなんだ。 なんだったらキミの願いも叶えてあげてもいいんだよ?」

 

「それじゃ俺の下痢をかわってくれ」

 

「キミの願いはエントロピーを凌駕したよ」

 

「ゲリピーはエントロピーを凌駕するのか」

 

 そりゃ学生がもっとも恐怖することだもんな、下痢。

 

「というか何しにきたんだ? ヴィヴィオやなのはやフェイトに手出したらマジで殺すからな」

 

「そこは大丈夫だよ。 ボクの対象はキミに移ったからね」

 

 それはそれで嫌なんだけど。 お前にかかわると碌なことにならねえだろ。

 

「そもそも、ボクは間違っていた。 魔法少女だからといって、少女にこだわることはなかったんだよ!」

 

「いや、こだわれよ」

 

 男がやっても意味ねえよ。 ゾンビ狩るしかできねえよ。

 

「だ か ら 、ボクはキミと契約を結ぼうと思うんだ!」

 

「人の話聞いてた?」

 

 我が家の姫様が被害を被るくらいなら俺が被害を被るほうがいいんだけどさ、トイレの中で叫ぶな。

 

「はいはい、考えとくよ」

 

 嘘だけど

 

「それじゃダメなんだ! ボクはいますぐキミと契約しないとダメなんだよっ!」

 

「えー……なんでそんなに焦ってんの?」

 

 俺の問いにネコもどきは、首を項垂れながら小さくボソボソと喋りだした。

 

「ボクの先輩にケルベロスのケロちゃん先輩っていう人(?)がいるんだ……。 ケロちゃん先輩はとってもエリートですぐに魔法少女と契約して、大活躍。 それに比べてボクは「紙とって」はいどうぞ。 それに比べてボクは、まったく違う魔法少女とばかり契約して……ついにケロちゃん先輩に怒られちゃってさ……。 だからボクは決めたんだ。 ケロちゃん先輩を超えるために旅に出ることにした! そしてボクはキミにたどり着いたんだ!」

 

「大丈夫大丈夫。 それただの通過点だから、本当の終着点に案内してやるよ」

 

「ほんとぅっ!?」

 

 尻を拭き、流して手を洗いトイレから出る。 ただいま、そしてただいま。

 

「さて、お前が目指した終着点につれてってやるよ」

 

 俺はネコもどきを抱き上げながら、ヴィヴィオとともに家を出た。

 

 

           ☆

 

 

 フェイトの手作り朝食を食べた俺は、ヴィヴィオと手をつなぎながらとある店にやってきた。

 

猫井兎(ねこいうさぎ)さん。 珍しい動物つれてきましたよ」

 

「あら、いつもいつもありがとぉねぇ、ひょっとこくん。 あら、この娘が噂の女の子?」

 

「こんにちは! ヴィヴィオです!」

 

「えらいわねぇ~! あいさつできるなんて! なのはちゃんとフェイトちゃんの教育の賜物ね!」

 

 緑髪をドリル風にし、年もそろそろ三十路まじかなのにもかかわらず、ふりふりピンクのスカートを履いているこの女性。 この人の名前は猫井兎さん。 ミッドでペットショップを営んでいる。 猫のお姉さんの愛称で親しまれている(小さい子たちから)。

 

 俺は抱き上げていたネコもどきを猫井さんに預けることに。

 

「ほら、ここがお前の終着点だ。 あ、猫井さん。 こいつは非売品のしといてくださいね」

 

「あら? そうなのねぇ。 わかったわね」

 

 まぁ、誰かが間違って買うと大変だしな。

 

「ねぇねぇ! ヴィヴィオ、いぬさんさわりたい!」

 

 ジャンプするヴィヴィオの頭をよしよしと撫で、俺はそのままヴィヴィオと犬と戯れることにした。

 

『ちょっとまってっ!? このままじゃ、ケロちゃん先輩に怒られるよっ!?』

 

 知らねえよ。



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38.ラブホテル・性王教会

 はやえもんからバイト紹介の電話がついにきた。 流石はやえもん、頼んで5日目にはもうみつけてくれたみたいだ。 やはりもつべきものは友達だな。

 

 だが、ここでひとつだけ問題ができてきた。 端的にいうのであれば、はやえもんが紹介してくれたバイトの名前がありえないほどに、100%の確率で、18歳未満禁止の場所であった。

 

 むしろ俺は何故、どうして、どのようにして、はやえもんがここの場所に接点をもち、ここの場所を用意したのか気になるところであった。 もしも、それ相応の理由があるとするのならば俺ははやえもんを更生させなければならない。

 

 一度深呼吸して、携帯に届いたメールをみる。

 

「……」

 

 うん、やはり何度読んでも──

 

『バイト場所決まったで。 性王教会や』

 

 ラブホテルじゃねえか。

 

 

           ☆

 

 

 ミッドの道をバイクで飛ばす。 性王教会の場所はミッドの北部にあるらしく、歩いていくにはちょっと遠い場所である。 ちなみに今回は俺一人。

 

 流石にヴィヴィオをラブホテルなんかには連れていけないし、そもそも俺がそんなところでバイトなんかできるはずもなく(なのはとフェイトの二人が怖い)はやえもんには悪いのだが、今回のバイト紹介は断るろうと思い、バイクを飛ばしているところである。 いやはやしかし……はやえもんのことも気になるのでやはりどうしたものか……。

 

 そんなことを思いながら飛ばしていくと、なんとも緑溢れる自然のいい場所についた。 もしや、性王教会は野外プレイが一番人気なのかもしれない。

 

「……いや、でも……これ……ラブホテルっぽくはないよな……」

 

 目の前には普通に教会が建ってあった。 もしやこれもカモフラージュの偽造工作なのか? ミッドの変態たちはどこまでエロに正直なんだ。 だが、ここまで教会っぽいと──

 

「あ、あなたが騎士はやての紹介できたひょっとこさんですね。 はじめまして、私はシャッハ・ヌエラと申します」

 

「マッパ・ヌーブラとは流石ラブホテルですね。 もうなんか、エロトークが当たり前ですよ、って感じですね」

 

 マッパさんが青筋を立てて笑顔を浮かべている。 もしや、この人はただの受付嬢だったのか? いや、普通に考えて受付嬢だよな。 いかんいかん、謝らなければ。

 

「すいません、マッパ・ヌーブラさん。 まだマッパにもなっていないのに……挨拶なんかしちゃって……」

 

「どんな謝り方なんですかっ!? 私はシャッハです! マッパではありません!」

 

「え? でも、ここってラブホテルじゃ……?」

 

「……は?」

 

 どうやら、俺とこの人ではかなりのズレが生じているらしい。

 

「いや、だって、はやてから“性王教会”だと教えられたんですが……」

 

「ええ、此処は“聖王教会”ですよ? 騎士はやてからも、あなたが来ることを聞いております」

 

 うん、だよね。 やっぱり、性王教会だよな。

 

「ちなみに、はやえもんいます?」

 

「騎士はやてですか? えぇ、あなたを待っていますよ」

 

「部屋の番号を教えてください」

 

「え?」

 

「え?」

 

 俺の言葉にマッパさん改めシャッハさんが困惑したような顔を浮かべる。 正直、困惑しているのはこっちも同じだった。

 

 友人である八神はやてがこんなラブホテルの人達とも知り合いで、あげくの果てには部屋で俺のことを待っているだなんて。 いや、後半にかけては最高なんですけど。 ほら、なのはとフェイトが怒るかもしれないじゃん。 というか、確実に追い出されるんだよね。

 

「まぁ、とりあえず二人が待つ部屋へといきましょうか」

 

 マッパさんが俺の手を引いて、性王教会へと入っていく。

 

 いきなり3○とは……。 俺のカルピスが枯れなきゃいいけど。

 

 

           ☆

 

 

「騙しやがったな!? レズ女!?」

 

「いや、レズやないし。 騙してもないし。 ちゃんと聖王教会って送ったやろ」

 

 マッパさんと廊下を歩き、たどり着いた先は他の部屋の扉よりも一層綺麗な扉であった。 こんなところではやてが待ってるのか~。 などなど思いながら、男として女を悲しませちゃいけないという義務もあり、ズボンをおろした状態で扉を開くと──なんか見知らぬ人とはやてが普通に楽しく談笑していた。

 

 裸とかじゃなくて私服で。 テーブルには紅茶をクッキーを置きながら。 なんかエロイ雰囲気なんて微塵もない状態であった。

 

 そんな中、はやえもんは見知らぬ女性よりも一足先に俺に気付き

 

「なにしてんの?」

 

 そう冷ややかな目で聞いてきた。

 

「いや……あの……ここ、アレだろ? バイト先なんだろ? 性王教会なんだよな?」

 

「そうやで、此処があんたのバイト先の聖王教会や」

 

「なんか教会っぽいよな。 ベットもないし」

 

「は? だって、教会やで? それに此処にベットとか意味わからんやろ」

 

 普通に考えればそうなんだけど、なんせ此処はラブホテル。 そのラブホテルという枠組みからとらえればこの様子のほうがおかしい光景ではないのだろうか?

 

 はやえもんとテーブルを挟んで座っている金髪の女性に目をやる。

 

 なんだかおっとりとしていてthe・お姉さんという感じである。 まさに教会で賛美歌なんか歌っていそうだ。 ただまあ、こんな人でもラブホテルにいるのだから世の中とはなかなかどうして……わからないものである。 (こんなでたらめな嘘を並べている俺が言えた義理じゃないけれど。)

 

「……はやえもん、一つ聞いてもいい?」

 

 そろそろ、なんとなくだけど、此処がもしかしたらラブホテルじゃないということ懸念がでてきた。 ので、早速頼れる女、はやえもんに聞くことに。

 

「此処、ラブホテルじゃないの?」

 

 そして、あのセリフへとつながるのであーる。

 

 

           ☆

 

 

「ごめんな~。 なんかわたしとコレとでちょ~っとした手違いがあったみたいや」

 

「いえ……それはいいのですが……あの人、大丈夫なんですか?」

 

「まぁ、頭は大丈夫やないけど。 そこそこ使えると思うで」

 

 正座しながら二人の話を聞く。 はやえもんの話によると、性王教会の誤字は単なる打ち間違いらしい。 お前はそもそも日常生活でそんなにメールに性を打つのか。 と聞きたくはなるのだが……まぁ、あいつのことだから日常生活で使っているのだろう。 主にヴォルケンに向かって。

 

「え~っと、ひょっとこさんですね。 はやてから話は聞いているのですが、なんでも幼馴染にプレゼントを渡したい……とのことですが」

 

「ええそうなんですよ。 なのはとフェイトとって言うんですけど、これがもうめちゃくちゃ可愛くて、なのはなんて鯉の中の鯉なんですよ。 いわゆる鯉の王様なんですよ。 いや、最近進化したので竜になりましたね。 それにフェイトなんですが、これがまた可愛くって、もうなんというか嫁にしたい女性No.1に輝くと個人的に思ってますよ」

 

「それで、此処にバイトにきたんですね?」

 

「はい。 けど、すっかりラブホテルと思ってまして……その、本当は断るつもりで来たんですよ」

 

「あははっ……。 ら、ラブホテル……ですか」

 

 女性が冷や汗を流しながら笑う。 まぁ、たしかにちゃんとした教会がラブホテルなんて思われてたらたまったもんじゃないよな。 そんなたまったもんじゃないことを、いま俺はさらりとぶちまけたわけだけど。

 

「え~っと……それじゃ、どうします? はやての紹介ですから、私達のほうはあなたを受け入れる体制はできているのですが」

 

 なんともまぁ、これはありがたい。 ラブホテルなんて誤解していた男を受け入れてくれるなんて。

 

 だがここで俺はある問題に直面した。

 

 ヴィヴィオ……どうしようか。

 

 いや、誰かに預けるって選択もないことはないが……う~ん。 なによりヴィヴィオの姿をみれないのことが俺の心に多大なダメージを与えるわけだし。

 

「すいません。 ちょっとしたお願いがあるのですが……」

 

 そろりそろり……といった感じで手をあげる。 いやはや、どういえばいいものか。

 

「はい? なんですか?」

 

 女性は優しい笑みで、教師の真似事のように指をさしてくる。

 

「えっと──バイトに娘を同伴させてもよろしいでしょうか?」

 

 女性の笑みが消えた瞬間であった。

 



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39.バイト一回目

『ふむふむ……ひょっとこ君がついにバイトか。 なんかさみしくなるね』

 

「アンタは俺の父親か」

 

『まぁ、同士であることにはかわりないがね。 それはともかく、ヴィヴィオ君はどうするのだい? 私は君が無職で暇人だとばかり思っていたので、バイトをされるとヴィヴィオ君の面倒をみてくれる者が……』

 

「ああ、そのことなんだけどさ。 バイト先の人がヴィヴィオも同伴していいよって許可くれたんだ。 ほんと、話がわかる人だよな~」

 

 まぁ、これもどれもなにもかもはやえもんのお陰なんだけどな。 アイツにはいつかちゃんとお礼でもしようかな

 

 さてさて、現在の時刻は午前9時。

 

 愛する二人も仕事という名の遊びに行き、愛しのヴィヴィオは隣でアニメを鑑賞中。 アニメの中身は、頭にアンパンのっけたパンが自分の自己犠牲精神で自分の顔を引き千切りながらそれを他人食わせるという残酷な話だ。 訂正、正義の英雄アンパンマソが人間の敵であるバイキンの親玉を倒すアニメである。

 

 俺も小さい頃になのはと二人で見てたのを覚えている。 そしてなのはが俺に向かってアンパンチしたのも覚えている。 あいつは忘れているかもしれないが、俺はいつまでも覚えているからな。

 

 そして俺はというと、そんなアニメをヴィヴィオがみている横でスカさんと携帯でお喋り中。 友達っていいな。

 

『ほぅ……ヴィヴィオ君も同伴していいところか。 中々に緩い規制なところであるね。 ……面白い、私も同席しよう』

 

「いや……俺バイトしにいくんだってば。 マジで人生かけてるんだって。 遊びにいくわけじゃないんだよ?」

 

『無論、ひょっとこ君の邪魔はしないよ。 私はヴィヴィオ君と遊んでおくからね』

 

 ただ遊びたいだけじゃねえか。

 

 

           ☆

 

 

 性王教会改め聖王教会。 これが俺のバイト先である。 ミッドの北部に位置しており、昨日の説明によると次元世界でも最大規模の宗教らしい。 そして“聖王教会”とあるように、なんでも“聖王”と呼ばれていた人物が実在するらしい。 キリストみたいな感じだろうか? なにはともあれ、この聖王教会、何故そこまで次元世界最大規模の宗派にまで発展したかというと、ひとえに規制が緩い……というのが挙げられている。

 

 確かに宗教に属している身でありながら、規制が緩いってのはいいよな。 そしてこの聖王教会。 管理局とも良好な関係を築いているらしく、たびたび管理局の局員が教会へと足を運びにくるみたいだ。 ほとんどはやえもんの受け売りだけど。

 

「さて……準備はいいかヴィヴィオ。 バイト先、いわば俺の命を握っている人なんだから間違っても怒らせちゃダメだぞ?」

 

「うん!」

 

「スカさんも大丈夫?」

 

『ふむ……ここが聖王教会か……。 ちょうどシスター服を生で見ていたいと思っていたのだよ! あわよくば! 私は修道服を持ち帰るぞ!』

 

「まぁ、持ち帰るのは勝手だが、後でウーノさんと謝りこいよ」

 

 三回転半ひねりで教会へと逝くスカさんを見送って、俺はヴィヴィオと手をつなぎながら、店長ともいえる方。 カリムさんの所へ向かった。

 

『すいません、そこの方。 ちょっと、裏のほうでお話しを伺っても?』

 

 スカさんは兵士に連れられてその場を後にした。

 

 三回転半ひねりで教会へ向かうという奇行を見過ごすはずがねえよな。

 

 

           ☆

 

 

「あの……えっ……!? ちょっ……!? えっ……!? ひょっとこさんの仰っていた娘さんってこの娘なんですか……?」

 

「ええ、そうですよ。 フェイトとの間に出来た子どもなんです。 なー? ヴィヴィオ?」

 

「ちがうよー」

 

 この頃ヴィヴィオが俺の言うことを聞いてくれなくなってきた。 これが噂の反抗期というやつか……! なのはとフェイトもしっかりとヴィヴィオを教育しているようで安心である。

 

 ヴィヴィオは俺の手を離れ、金髪にヘッドバンドをしているカリムさんの所までトコトコと歩いていくと、

 

「こんにちは! ヴィヴィオです! おにいさんがおせわになります!」

 

 と、丁寧なお辞儀とあいさつを述べた。 ……なんだろう。 年上として立つ立場がなくなってきたのだが……。 なのはとフェイトはちょっとヴィヴィオに真面目に教育をさせすぎているようで不安になってきた。 これでは俺の家での居場所がなくなってしまう。

 

 カリムさんは、頬をヒクつかせながら、だけれども大人の対応で歌のお姉さんを彷彿とさせる笑顔を浮かべて

 

「こんにちは、カリム・グラシアです。 こちらこそ、お兄さんをお世話しますね」

 

 なんだか会話がおかしいような気がする。 まるで俺がペットのようだ。 ところでカリムさんってガンダムにはのってないのかな? 教会の地下にガンダムがあったり。 でもイギリス代表候補生のようでもあるし……俺はいったいどうすればいいのか?

 

「そういえば、カリムさん」

 

「はい?」

 

「カリムさんって、ガンダムパイロットとかイギリス代表候補生とかにはならないないんですか?」

 

「……えっ」

 

 引かれた。 思いっきり引かれた。 具体的に言うならば、3歩後ずさりするほどの引かれっぷりである。 これが惹かれっぷりならば俺はハーレム主人公になれたのに。

 

「ところでカリムさん。 ヴィヴィオをみて驚いていましたが、どうしたんですか? もしかして生き別れの妹とか? それとも、誰かとの子ども──」

 

「ひょっとこさん。 そういった冗談は命を短くするので気を付けたほうがいいですよ?」

 

「すいません、マッパさん……。 全力を尽くします、セクハラの」

 

「いやいやいやっ!? 方向が間違ってますよっ!? それに私はシャッハです!」

 

 後ろから暗殺者よろしく俺の咽喉元にナイフを置いたマッパさんに、若干かすれた声で返事をする。 マッパさんはわかってくれたのか、ナイフを仕舞いながらも律儀に突っこみまでしてくれた。 なにこの職場。 面白い。

 

 マッパさんと遊んでいると、ヴィヴィオに目を向けていたカリムさんがこちらに目を向けていた。 それも真剣な表情で。

 

「……ひょっとこさん。 この娘は、大丈夫ですか?」

 

「えーっと……質問が質問になってないみたいなんですけど。 その、どういうことですか?」

 

 頭のほうなら大丈夫だと確信している。 俺の頭は既に終わっていると確信している。 なんとも嫌な確信であるが。

 

「ですから……とにかく! 大丈夫なんですか!」

 

 ……え? なんで俺が怒られるの? か、どうかはともかくとして、どうやらカリムさんはヴィヴィオのことが心配らしい。 確かにその心配はもっともだと思う。 なんせ連れてきたのが俺なんだから。

 

 これがなのはやフェイトが連れてきたんなら安心して任せることができると思うんだけどね。

 

「安心してください。 ヴィヴィオは大丈夫ですよ。 こいつの笑顔をみれば一発でわかると思います」

 

 俺がそういうと、カリムさんは一度ヴィヴィオをみた後に何か呟いた。 その声はまるで自分に言い聞かせるようで、まったくこちらまで声が届かなかったが、読唇術を心得ている俺にはわかる。 カリムさんはこういったはずだ。

 

『……トイレしたい』

 

 カリムさんはどれだけ我慢していたんだろう。 あまり溜め込むのもよくないのだが、これは女性のデリケートな問題だ。 深くは追及しないでおこう。 六課の面々の場合、話は変わってくるのだが。 とくにいつもツンツンしているロヴィータ辺りに、『も、もう……漏れそうなんだけど……』とか言わせて、それでもトイレに行かさないで置くとどんな表情を浮かべるのかとても見物である。

 

 閑話休題

 

「それでカリムさん。 俺の仕事ってなんですか? あまりできそうなことがあるとは思えないのですが……。 それこそ、修道服を直すとかシスターをミスターに変えるとか。 チップスターに変えるとかできないんですよね」

 

「女性を男性やお菓子に変えないでください。 というかそれできたら人間の域超えてますよね?」

 

「いつから俺が人間だと錯覚していた?」

 

「なん……ですって……!?」

 

「カリムさん。 死神バトルマンガ読んでるんですか」

 

「いやっ、これはその……!? えっと、私は教会から週3の割合でしか外へ出られなくて……」

 

「結構出てますよ、それ」

 

「その……ほとんど……マンガを買いにいくんですよ」

 

「照れられても困るんですが」

 

 いいのか、聖王教会。 トップが週3の割合でマンガ買いにいってるぞ! お前らそれでいいのかっ!?

 

 閑話休題

 

「それで、仕事のお話に戻りますが。 ひょっとこさんには聖王教会の清掃をやってもらおうとおもいます」

 

「あ、俺でもできそうな簡単なお仕事ですね」

 

「終わったらシャッハが順々に見ていく予定となっております」

 

 まぁ、軽い検査くらいならどうということは──

 

「なお、シャッハの確認方法は顕微鏡を使っての検査となります」

 

「なにその検査っ!? どう足掻いても絶望じゃねえかっ!?」

 

 鬼姑もビックリだよ。

 

「ええ冗談です。 姑のように血眼になってホコリを探すだけですから」

 

「はっはっは、カリムさんも冗談がうまいですね~!」

 

「…………」

 

「か、カリム……さん?」

 

「……え、えぇ。 もちろん、冗談ですよ……」

 

「だったらなんで顔を背けるんですかっ!?」

 

 

           ☆

 

 

 さて、ここからが俺のバイト一回目である。 ヴィヴィオが来てからひょっとこのお面は極力つけないようにしていたのだが、いざつけてみるとやはり落ち着く。 さかなクンがさかなを乗せているのが正装であるように、俺の正装はひょっとこのお面のようだ。 なんとなく安心する。

 

「それではひょっとこさん。 今日は廊下の掃除をしてもらいます」

 

「まぁそれはいいんですけど……。 ヴィヴィオー? カリムさんと一緒にまってるんじゃなかったのかな~?」

 

「いや~! ヴィヴィオもあそびたいー!」

 

 遊びじゃないんだけどな……。

 

「ヴィヴィオ? お兄さんはこれからお仕事しないといけないんだよ。 スカさんみたいに三回転半ひねりとかして遊んでる場合じゃないの」

 

 ……そういえば三回転半ひねりして華麗な退場を決めたスカさんは今頃何をしているんだろうか。 ウーノさんが溜息を吐いている光景が目に浮かぶ。

 

「おしごとぉ? どんなおしごとするのー?」

 

「お掃除だよ、お掃除」

 

「おそうじするの? ヴィヴィオもする!」

 

「だめ」

 

「あぅ……」

 

 両手を上げて、“掃除するアピール”をするヴィヴィオ。 俺はそんなヴィヴィオのなんとも健気で可愛らしい要望を却下することに。 却下されたヴィヴィオは、上げていた両手をゆっくりとおろし、目に涙をためながら俺の方を見つめる。 目が物語っている。

 

『だめ?』

 

 と。 小さい女の子の、それもなのはとフェイトと同じくらい可愛いヴィヴィオの頼みは俺だって頷きたいところであるが……それはいくらなんでも都合が良すぎる。 これがミッドの知り合いの店ならどうとでもなるのだが。

 

 ヴィヴィオの同じ目線まで膝を折り、ゆっくりと喋ることに。 なのはやフェイトのようにゆっくりと優しく話しかけることを心掛けて。

 

「あのな、ヴィヴィオ。 お兄さんはいまからバイトをすんだよ。 此処を一生懸命お掃除して、それの報酬をしてお金をもらうんだ。 ここまではわかるか?」

 

「うん……」

 

「よっし。 それで、お兄さんはいまから一生懸命バイトすることになったんだ。 だから、ヴィヴィオがいると──」

 

「……ヴィヴィオ……じゃまなの……?」

 

「──ヴィヴィオも一緒にお掃除するか?」

 

「うん! ヴィヴィオもする!」

 

 たまにはヴィヴィオと一緒に掃除するのもいいよな。 うん、べつにヴィヴィオが泣きそうだからとかの理由じゃないから。 ただ、ちょ~っとだけヴィヴィオと掃除したくなったんだ。

 

 喜ぶヴィヴィオの頭を撫で、マッパさんと向き合う。

 

「え~っと……その……ヴィヴィオもよろしいですか?」

 

「ええ、かまいませんよ」

 

 マッパさんはとても慈愛に満ちた、まるで自分の子どもの成長を喜ぶ母親のような笑顔でこちらをみていた。

 

「ははっ……。 すいません」

 

「ふふっ、よく懐いているようですね」

 

「そりゃ家族ですから」

 

 家族。 改めて口に出すと、なんともこっぱずかしく思えてきて頬が若干赤くなる。

 

「おにいさん、おかおまっかだよ? どうしたの?」

 

「なんでもないよ~。 ほら、ヴィヴィオもお掃除するんならこのメイド服に着替えておいで」

 

「はーい!」

 

 トタトタとメイド服をもって手近な部屋へ入るヴィヴィオ。

 

「……あの、どうしてメイド服が懐から出てきたんですか……?」

 

「それは聞かないお約束ですよ」

 

 

           ☆

 

 

 さてさて、ヴィヴィオも私服からメイド服へとメタモルフォーゼして、ついに俺らは本当に清掃をはじめた。 といっても、仕事自体はなかなかシンプルでありモップで床を往復したり、箒でゴミを掃くくらいなものである。 ヴィヴィオもこの作業にすぐに慣れ──そして飽きた。

 

「おにいさん、あそぼー!」

 

「だーめ。 ここを終わらすのが先だ」

 

「うー!」

 

 俺の足をぽかぽかと叩くヴィヴィオ。 はっはっは、かわゆいやつめ。

 

 それにしても、ヴィヴィオはあっさりと飽きてしまった。 個人的にはもうちょっとだけもつと思っていたのだが……やっぱり子どもだな~、なんて実感させられる。

 

 そういう俺もこう単調な作業ばかりだと飽きがくる。 掃除も6割ほど終わったのでここらでヴィヴィオで遊ぶことにしよう。

 

「まぁ、確かにこう単調作業だと飽きがくるな」

 

「えっ!? それじゃあそぶの!」

 

「でも、何して遊ぶ? 二人だからしりとりとかしかできないぞ?」

 

「うん! いいよー!」

 

「それじゃぁ……リンゴ」

 

「え~っと、え~っと……ゴミむし!」

 

「……し、しまうま」

 

「え~っと、マダオ!」

 

「……お酢」

 

「スチールかんのようにかるいおとこ!」

 

「……こ、コアラ」

 

「らくしてせいかつしているヒモおとこ!」

 

「ちょっとまってヴィヴィオ。 そんな言葉の数々をどこで覚えてきたの?」

 

 おかしい。 色々とおかしい。 具体的に言うと、ヴィヴィオがこんな言葉を覚えているのがおかしい。 誰だ、愛しいヴィヴィオにこんな言葉を教えたのは。

 

 そんな俺の胸の内を知ってか知らずか、ヴィヴィオは笑顔でこう答えた。

 

「えっとね! なのはママとフェイトママ! ぜんぶおにいさんなんだって!」

 

「へー……そうなのか~……。 なのはとフェイトがねー……」

 

 あの二人が普段俺のことをどう思っているのかがわかる有効な時間であった。

 

 

           ☆

 

 

 バイト始まりから3時間。 指定された場所の掃除が終わったわけだが……やはりここは好感度upをはかって他の場所もしたほうがいいかな?

 

 なんてことを思いながら、ヴィヴィオと二人床に座って頭をひねりながら考えていると、コツンコツンと床を鳴らしながらマッパさんがやってきた。

 

「ども、マッパさん。 とりあえず指定された場所は終わりましたよ」

 

「シャッハです。 今度間違えたら首折りますよ。 それにしても、結構お早いのですね。 普通はもう少しかかるはずなんですけど……」

 

「俺は普通じゃないですしね。 それに掃除なら毎日家でやってますし。 そこそこ自信はありますよ」

 

「ふむ……どれどれ」

 

 俺の話を聞いたマッパさんは、床に正座で座りハチミチを壺から取るように指で床をなぞる。 ちょっとだけエロスを感じる。

 

 指でなぞったマッパさんは、その指をじっくりと見て

 

「うん! これならこれから掃除を頼んでも大丈夫そうですね!」

 

 と、許しをくれた。 よかった、顕微鏡で見られなくて。

 

「ヴィヴィオもがんばったよー! えへへ~、えらい~?」

 

「えぇ、とってもえらいですよ! よく頑張りました! あ、お礼にアメあげます」

 

「わ~い! みてみて、おにいさん! アメもらったよ!」

 

「よかったな~。 ちゃんとお礼いうんだぞ」

 

 俺の言葉に頷いて、ヴィヴィオはマッパさんに頭を下げる。 マッパさんはそんなヴィヴィオの行動が可愛くてしょうがないのか、執拗に頭を撫でる。 ……俺も息子

も執拗過多で撫でてほしいものだ。

 

「あ、ひょっとこさん。 昨日の部屋にきてください。 そこでお話しがあるようですから」

 

 マッパさんに連れられてまたしてもカリムさんのところに行くことに。

 

 

           ☆

 

 

 コンコンとノックしてカリムさんの返事をまつ。

 

『あ、はい。 ひょっとこさんですね。 どうぞ入ってきてください』

 

「いつから俺がひょっとこだと錯覚していた」

 

「なん……ですって……!?」

 

 いつまでやるんだ、このくだり。

 

 

「そういえば、ひょっとこさん、ひょっとこのお面つけてますね。 似合ってますよ」

 

「お面に似合ってるもなにもあるんですか? でも──カリムさんのような綺麗な人に言われると、嬉しいですね。 カリムさんも似合ってますよ。 その金髪に綺麗なド

レス。 まるで有象無象のゴミの山から出てきたまばゆい光を放つダイヤのようだ」

 

「そ、そんな……。 もう……照れちゃいます。 でも、そう言ってもらえたのははじめてで……。 あ、あれ? やだ、私ったら顔が熱く……」

 

「可愛い人だ」

 

「あっ……ダメ……!」

 

「楽しいですか? ひょっとこさん」

 

「それはもう」

 

「……辛くなったら、いつでも此処に来てくださいね。 私はあなたの味方ですから」

 

 幼子を抱くようにカリムさんに抱かれた。 味方を得たと同時に何かを失った気がしないでもない。 もとからそこまでもってないんですけどね。 それにしてもカリム

さんはとてもいい匂いがする。 なのはやフェイトほどではないが、クラクラと脳を犯すような刺激をうける。 夜に会ったら暴走するかもしれない。

 

「ところで、俺に何の用ですか?」

 

 いつまでたってもカリムさんは俺を抱きしめてそうなので要件を聞くことに。

 

 カリムさんは、ハッと何かに気付いたように俺から離れた。 ……おしいことをした。 あと一秒ほど時間があれば完全に完璧にカリムさんの匂いとサイズをインプッ

トできたのに。

 

「そうそう、ひょっとこさん。 あなたの給料のことでお呼びしたのです」

 

「あぁ、確かに給料のことは大切ですよね。 俺もこれはシビアにいかないと」

 

 まぁ、俺がシビアになったところで何も意味はないわけだけだが。

 

 カリムさんは頷いて、指を一本たてた。

 

「これでどうでしょう? 一応、はやてとは月一の契約なんですけど」

 

 はやては俺のマネージャーか何かなのか?

 

「一万ですか。 無理を承知でお願いしたいのですが、せめて五万に──」

 

「あ、いえ。 十万という意味ですよ?」

 

「結婚しよう、カリムさん」

 

「お断りします」

 

 カリムさんはビックリの早さで即答した。 もう少し具体的に言うのなら、“結婚”という単語が出てきた瞬間にカリムさんは“お断りします”と言い放った。 実質、俺が言い終わると一緒のタイミングでカリムさんも言い終わった形だ。 そこまでして俺と結婚したくないんですね。

 まあそれはおいといて、

 

「週何で働けばいいんですか? 基本的に午後からならあいてますけど」

 

 午前中に家事を終わらせて、午後からバイトなら問題ない。

 

「そうですねぇ……一応、週4~5を予定してます。 全部平日で」

 

「まぁ、月10万ならそれくらいしないといけませんよね」

 

 勤務時間的にそれでも足りないくらいなんだけど。

 

「内容は今日やってもらったのと変わりません。 基本的に掃除で、あとは細々とした誰にでもできる雑用をやってもらいますね」

 

「わかりました」

 

 カリムさんの言葉に頷く。 掃除と雑務なら俺でもできるし、これで月10万ならそこそこの貴金属だって買える。 ヴィヴィオにだって何か買ってあげたいし、これから頑張るか。

 

 そのあとは、俺とカリムさんで取り留めもないアニメや漫画の話をしてヴィヴィオと二人で教会を後にした。

 

 その途中──

 

 

「あ、ウーノさん。 スカさんの引き取りですか?」

 

「ええ。 まったく……あの人は何がしたいんだが」

 

「発明のストレスでもたまってるんじゃないですか?」

 

「あー……確かにありそうですね」

 

 苦笑するウーノさんに一礼して、俺とヴィヴィオは今度こそ教会を後にしたのだった。

 



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40.おっさん、事件です!

 バイトをはじめてから一週間が経った。 仕事にも慣れ(といっても掃除なので、慣れるもないのだが)聖王教会の人達ともコンタクトを取る機会が増えたりと、順風満帆とんとん拍子で仕事場との距離も詰めることとなった。

 

 中でもマッパさんとカリムさんはヴィヴィオの面倒をよくみてくれ、なおかつヴィヴィオもそれに嫌がることなく逆に嬉しそうに遊んだりしているので、俺としても仕事に集中できた。 二人には本当に感謝しっぱなしである。

 

 現在俺は聖王教会の図書室にいる。 いや、流石に図書室というと幼稚になるから……書庫とでも言い換えようか。 広さとしては学校の図書室と大差ないし、書庫と呼べるほどのものではないのだが。 しかしながら聖王教会だけあって扱っているものが違いすぎる。 ざっと見た感じ、古代ベルカのことについての古文書なんかが沢山あった。

 

 今日の俺の仕事はその古文書やらなんやらのホコリをとったり、渡された紙のとおりに本を並べていったり……と、あんがい簡単なことものである。 ちなみにヴィヴィオは小さなテーブルで家から持ってきたマンガ(俺のものである)を一生懸命読んでいる。 (その隣にはヴォルケンで一番まともかもしれない人がいるので安心だ) 読書をするのはいいことだ。 それがマンガであろうと、かわらない。 そう思いたいものだね。

 

 まぁ、それはいいとして──

 

「どうしてお前がいるんだよっ! 仕事はどうした、仕事はっ!?」

 

「大丈夫。 わたしの部下たちは優秀やからな。 そして六課の仕事もそこまでないし」

 

「それが異常なんだよっ! なんでお前ら仕事ないのっ!?」

 

「う~ん……萌え担当やからかな?」

 

「……前から思ってたけど、お前ら異常だよな。 並行世界のおまえらブチキレるぞ」

 

「戦いとか面倒やで。 アンタもよく言ってたたろ? 『戦うこと自体が何かを失うことだからダメ』だって」

 

「……そんなこと言ったかな?」

 

「言ったで」

 

 最近物忘れが激しくて覚えていない。 う~ん……言ったような気がしないでもない。 ……いや、やっぱいってねえよ。

 

 この会話からもわかるように、俺の前には、いや“前”というのは正しくないな。 俺の“横”には親友である八神はやてが一緒になって本の整理を行っていた。

 

「それでバイト開始から一週間やけど、どんな感じなん?」

 

「どんな感じっていわれてもなぁ……。 まぁ、好感触ではあると思うよ。 ミスもしてないし、ヘマもしてないし」

 

「変態行動は?」

 

「したいけどマッパさんがナイフでチラチラと脅してくるので行動できねえ」

 

「ダウト」

 

「正解」

 

 流石はやて。 あっさり俺の嘘を見抜いてくるな。

 

 はやてはやれやれ……と言わんばかりに肩をすくめ、

 

「アンタがナイフくらいでビビるわけないやろ。 大方、給料に響くから、なんてことを考えているとみたで」

 

「大正解。 とりあえず最初の一か月間はおとなしくしておくよ」

 

 バイトの場合、本当ははじめの一か月間は給料が出ないのだが……カリムさんの好意とはやえもんの尽力で、一か月間働けばすぐに給料がでることになった。 まぁ、

あくまで一か月間続いた場合なんだけど……流石の俺でも一か月間くらいは余裕である。

 

「それにしてもがんばるな。 三日くらいで終わると思っていたんやけど……」

 

 はやては少しだけ意地悪そうな顔でこちらを見る。

 

 確かに普段の俺なら、そうなんだけど……

 

「はやえもんが俺のために折角セットしてくれたバイトだからな。 ここでクビなんてことになったら、俺はお前に顔向けできないし、お前もお前で立場が悪くなるだろ?」

 

 俺のせいではやての立場が悪くなるのはいただけない。 こいつは俺と違って管理局員なわけだし、下手したら管理局の信用も若干ながら落ちるかもしれない。 それだけはなんとしてでも避けたいしな。 あそこには、なのは・フェイト・はやて・ヴォルケン・嬢ちゃん・スバル・エリオ・キャロ・ユーノ・クロノetc・・・ 沢山の知り合いが働いているわけだ。 全員が俺と関係者なわけだし、トバッチリとかごめんだぜ。

 

「……ふ~ん。 一応、考えてはいるんやな」

 

「まあな。 お前の顔に泥を塗ったりはしないよ」

 

「それなら日常的に逮捕されるのもやめてくれへん? いつもなのはちゃんとフェイトちゃんが頭抱えてるで?」

 

「あいつらの困った顔大好きなんだ」

 

 

 怒った顔も笑った顔も大好きだ。 泣いている顔はちょっと──だけど。

 

 俺とはやては話しながらも、どんどんと本を整理していく。 要領のいいはやては俺より倍のスピードでどんどんどんどん片付けていく。 ……こいつやべえ。

 

「それにしても、こういった古文書とか昔の伝記物とか、どこまでが真実なんだろうな」

 

「う~ん……6割嘘ってとこやない? きっと真実のところはしょーもないところやと思うで」

 

「例えば?」

 

「遊び人だった。 とか」

 

 確かにそれはしょーもない。 精子が枯れて死ね。 いや、既に死んでるか。

 

「まぁ、三次元なんて当てにならないしな」

 

「でたな、二次元大好きキモオタ野郎」

 

「三次元でも好きな奴らはいるからな?」

 

 確かにミクちゃん大好きだけど。 一人で一心不乱にギャルゲーとかするけれど。 なのはとフェイトに土下座してお金貰って好きな声優さんのライブとかいくけど

さ。

 

 はやてはそんな俺を横目で疑わしそうに見る。 これが本場の捜査官の疑いの目か。 やってもいないことを喋りたくなってくるな。

 

「ふ~ん……例えば?」

 

「は?」

 

「だから、例えば好きな人ってダレなん?」

 

 こいつは何をそんなに詰め寄っているんだ。 俺に詰め寄る前に本を棚に詰めこめ。 なんてことは言えるわけもなく、はやての要望通りに列挙することに。

 

「なのは・フェイト・ヴィヴィオ・両親・はやて・高町家・おっさん・スカさん・ウーノさん・ヴォルケン・リンディさん・クロノ・ユーノ・とかかな。 まぁ、結構知り合いはいるし、そいつらも全員好きだけどな。 ざっと上げた感じ、そんなとこだな」

 

「それ列挙は、どういう順番であげられたん?」

 

「……あん?」

 

「だから、いまの列挙順はどういった法則に基づいてあげられたのか、聞いてるんや」

 

 すまん、はやて。 お前の言いたいことがいまいちわからない。 いや、わかったところでわからないと思うけど。

 

「え~っと、頭に浮かびあがってきた順かな」

 

 その言葉に満足してきれたのか、はやては一人でに頷いていた。 うちの幼馴染たちはよく摩訶不思議な行動をとることが多い。 なのはしかりフェイトしかしはやてしかり。 一番まともな俺はそれを外野から楽しむわけだ。 嘘だけど。

 

 はやては自分の世界に入ったようで、無言で手だけを動かす。 と、思いきや、たまに拳をこちらに飛ばしてくるので何がしたいのかわからない。 無言だからって俺を殴っていいわけじゃないからな?

 

 そんなこんなで1時間後。

 

 だいたいの本の整理も終わり、ヴィヴィオがシャマル先生に抱かれながら寝ている様子を眺めながら俺は一冊の本を手に取った。 ちなみにはやてはシャドーボクシングをしている。 書庫でシャドーボクシングをするな。 それともう少しスカートをヒラヒラにしろ。 ピッチリタイトスカートとか似合わないから。

 

 なのはとフェイトのは俺が勝手に魔改造してフリルのついた可愛らしい感じのスカートにしたから。 『恥ずかしく履けない!』なんて言って仕事場には履いていかないけど。 あれ絶対、こういう意味だぜ。

 

 『私がこれを履くのは、君と二人だけのときだよ……?』 絶対こうに決まってるだろ! マジ可愛すぎ! すんごい幸せものだぜ! ……最近俺のことを、『ゴ……ねぇ、キミ』とか呼ぶようになったけど。 それ明らかに、“ゴミ”って言おうとしたよね? そう突っこみたいけど、肯定されたら二人の下着を甘辛煮にして食べてしまいそうになるので、聞くことができない。 無論、いつか甘辛煮はチャレンジしたいが。

 

 閑話休題

 

 俺は本を手に取って、パラパラとめくっていく。 本当に偶然発見したのだが、ありえないことなのだが、あってはならないことなのだが、不可能なことなのだが、世界の法則を無視したあげく、神に喧嘩でも売っているようなものなのだが──

 

「この人物だけ、他の文字と違って読めるんだよね。 しかもありない苗字が」

 

 その人物の名はKAMIYAと書かれていた。 父さん、明らかにこれアンタだろ。 過去とか未来とか笑いながら飛びこえていく奴なんてアンタくらいしかいねえぞ。

 

 なんとも微妙な気持ちである。 書いてあることはまったくもってわからないが、どうせロクでもないことが書かれているに違いない。 おかしい。 こういったものって、普通はめちゃくちゃ誇れることだと思うのに。

 

「KAMIYAって、あんたのことじゃないの? あんたの性も上矢やろ?」

 

 はやてが唐突に復活してきた。 シャドーボクシングはどうした。

 

「まぁ……そうなんだけど。 これはきっとおそらく確定的に不変の理をもって、父さんなんだろうけどな」

 

「けど、なんでローマ字で書いたんやろ。 漢字でもいいと思うのにな。 ほら、案外カッコイイで、上矢って。 なんか妖怪の山にある神社のパチモンみたいやけど」

 

「俺だって早苗ちゃん大好きだよ。 それとお前は褒めてんのかバカにしてんのかどっちなんだ」

 

「上矢は褒めるけど、ひょっとこはバカにしとるで」

 

「タチ悪いなおいっ!?」

 

「でも、陰口なんてマネ絶対せんで。 わたしは堂々と言う。 このゴミ虫が」

 

「堂々と言えば許されると思ってんのかお前っ!?」

 

 こいつも昔は可愛かったのに……。 いまも可愛いけど。 悔しいのであまり口に出したくない。 まぁ、俺もイケメンだけどな! 海鳴一のイケメンと呼ばれたくらいだぜ! そしてこいつとだけは付き合いたくないランキングNo.1に輝いた男でもあるんだぜ。 ………………涙が出てきた……。

 

 まあそんなことはどうでもいいとして(どうでもよくないが)、多分きっとおそらく、このKAMIYAは──

 

「昔のかみやなんだと思う」

 

 だから父さんは、わざわざKAMIYAと書いたのかもしれない。

 

 いつの日か、俺がこの本をみてもわからないように。 あの旧姓を俺に見せないように、きっとローマ字にしたんだと思う。

 

「昔のかみや? なんなん、それ」

 

「まぁ、俺も詳しくはしらないし、知ろうとも思わないけどさ。 上矢になる前に、別のかみやがあったらしいよ」

 

「……謎かけ?」

 

「さあ? 本当に俺も知らないんだって。 10年前に少しだけ教えてもらった程度だよ」

 

 理想を追い、醜く歪んだ世界で、力だけを求め、少女の手を拒み、独りで生き、絶対に勝てない存在達に立ち向かう、絶対的な敗北者にして、バットエンドを決められた最大の被害者──

 

「アイツに教えられたくらいだよ」

 

「ふ~ん……。 その人とはそれ以来会ってないの?」

 

「うん。 なんせ俺と違って忙しい奴だからな」

 

 変な方向に忙しい奴だよ。 アイツの考え方も理解できなくはないけどな。

 

「まあ、アレだな。 古文書なんて信用するに値しないし、べつにどうでもいいけどな。 10割嘘なんてこともあるわけだしさ」

 

「たしかになー。 アンタならどうするん? こういった本を書くとき。 10割嘘の二次元大好き人間なら」

 

「2割真実で2割嘘。 残りの6割は真偽不明かな。 それと、三次元だって大好きだからな、俺は」

 

 なんで俺が二次元しか興味ないみたいになってんだよ。 いらぬ誤解を与えるんじゃない。

 

「なのはちゃんとフェイトちゃんが大好きの間違いちゃうんか?」

 

「あとお前とヴィヴィオな」

 

 本を棚に戻し、伸びをする。 そろそろバイトを終わるとするか。

 

 ……それにしてもあの金髪、ヴィヴィオに似ていたな。

 

 

           ☆

 

 

 カリムさん達とはやて・シャマル先生と別れを告げ、スヤスヤ寝ているヴィヴィオをおぶったまま家路につく。 流石にバイクを使うわけにもいかず、タクシーを使用することに。 バイクは明日にでも回収すればいいや。

 

 タクシーの運ちゃんに料金を渡し、見慣れた場所に降り立つ。

 

「う~ん……夕食の買い物をしようか、それともヴィヴィオを家に運ぶのか先か……。 いったい、どうしたもんか」

 

 ヴィヴィオを背中におぶったまま、俺が大通りで佇んでいると後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「ん? ひょっとこじゃないか、どうしたんだこんなところで?」

 

 

「おお、指でメダロット破壊した化け物ことおっさんじゃねえか。 見回りか?」

 

「まあな。 お前を先頭に奇人変人がここら辺は多いからな。 お前が死んでくれれば俺の仕事も減るんだけどな」

 

「俺の死に場所は決まってるんで、それは勘弁願いたいところだ」

 

「ところで、お前なにしてる? またよからぬことを企んでいないだろうな?」

 

「なんで、俺=よからぬこと。 になってんだよ。 ただ、バイトの帰りだよ」

 

『ひょっとこがバイトだってっ!?』

 

「市民が全員振り返るほどのことなのかっ!?」

 

 近くの人たちが一斉にこちらをみてきた。 ある者は入歯を落としながら、ある者は骨を折りながら、ある者は吐血しながら、ある者は涙を流していたりもした。

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、冗談を言うな。 あやうく言語能力を失うところだったじゃねか」

 

「しばくぞてめえ!? 俺だってバイトくらいやるわ!」

 

「まあ、まて。 落ち着け、な? お前はいま幻を視ているんだ。 じゃないと、お前がそんなこと言うはずがないだろ?」

 

「いうよ! 幻視なくてもそれくらいいうよ!」

 

 おっさんとのやり取りの最中、俺の前に小さな女の子が不安そうに立っていた。 そして、不安そうなまま、俺にこんなことを言ってきた。

 

「大丈夫……? 脅されてるの?」

 

「だいじょうぶだよー。 お兄さん、脅されてないからねー。 自発的に動いてるだけだけだからねー?」

 

 なんで俺は小さい女の子にこんなに心配されないといけないんだ。

 

「ふーむ……しかし、本当にお前がバイトとはな……。 いったい、なにがあったんだ? 場合によっては、市民皆が動く事態になるかもしれないぞ」

 

「気持ちは嬉しいが、管理局が慌てるからやめてくれ。 まあ、何があったというよりは、何かをあげたい。 からバイトをしてるわけだよ」

 

「ほー」

 

 おっさんが頷いて、市民も頷く。 なにこの連帯感。

 

「それで? できそうなのか?」

 

「なんとか一か月はもたせないと。 そうしないと、給料もらえないんだよな。 そのあとのことは決めかねてる」

 

「まあ、お前の場合一か月が関の山だと思うけどな!」

 

『たしかにな!』

 

 おっさんに皆が同意するように叫ぶ。 うるさいな、と思う反面、嬉しいと思った。

 

 だから俺は自然に笑顔を浮かべた。 いつの間にか、笑顔を浮かべることとなっていた。

 

 素直にありがとう、なんて、おっさんや皆に対して言いづらいから、いつもの冗談めかしてみんなに言う。

 

「まったく……覚悟しとけよ! 俺のバイトが終わったら、全員の家に宅配テロしてやるからな!」

 

 そしてその三日後、俺はバイトを辞めることになった。

 



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41.新しいバイト先

 俺がバイトをはじめたきっかけは,高町なのはとフェイト・T・ハラオウンにお礼がしたいからである。

 

 そのために、はやえもんに頼み、此処聖王教会を紹介してもらった。 バイト経験は高校時代になのはの両親が経営している喫茶店くらいなものであったが、バイト内容が清掃及び雑用だったので、そこまで苦労することなく、客観的にみればかなり楽にバイトできていると思う。

 

 雇ってくれた人がとてもいい人であったのもそれに拍車をかけている。

 

 聖王教会のトップにして、管理局にも多大な影響力をもつらしい、アニメとマンガ大好きな女性、カリムさん。 いつも素っ裸で堂々と教会内を歩いているマッパさん。

 

 この二人は、とても優しく非常に見習いたいほどの人格者である。 ヴィヴィオが懐いているのがいい証拠である。 教会内でたまに会う人も、いい人ばかりで、バイト始めてから10日しか経ってないが、俺は少しだけ愛着とでもいうか、なんというか、ともかくそういったものが芽生え始めていた。

 

 まぁ、そろそろなのはとフェイトが俺を疑いの眼差しでみているわけだが。

 

 それはともかくとして、そんな良い人達ばかりの聖王教会──で、終わればよかったのだが、そうはいかないものである。 これから起こることに関しては、誰が悪いわけでもない。 強いていうなら、運が悪かった。 と、言うべきである。

 

 

           ☆

 

 

 いつものように、バイトの清掃を終えた俺は、いつまでも来ないマッパさんのことが心配ではないけど、なんとなく心配という体を装って、ヴィヴィオと二人でカリムさんの私室に行こうとしていた。 カリムさんの私室にはすぐについた。 何分、ここでは問題行動など起こしていないのでガードが甘いなんてもんじゃない。 いまなら顔パスも余裕である。

 

 さてさて、そんなこんなで私室についた俺の耳に入ってきたのは、カリムさんと初老の男くらいの話し声。 初老の男のほうがカリムさんに怒っているようで、それをカリムさんはかわしている、といった感じだ。

 

「ん~? どうしたの~?」

 

「んー。 なんか話し合いをしているみたいだね。 ちょっと待ってな。 お兄さんはもう少し詳しく聞いてみるから」

 

 詳しく聞いて、なんだか面白そうなことになってたらパイ生地もって乱入でもしにいこう。

 

 そう思いながら、耳を扉に近づける。 そこから聞こえてきたのは、なんとも面白くないものであった。

 

 曰く、ヴィヴィオを引き取らせろ。

 

 簡潔かつ簡単に言ってしまえば、そんな感じの内容である。

 

 なんとも面白くない。 ちっとも面白くない。 誰がそんなふざけたことをぬかしているのか。 どうせ愛玩にでも使うんだろ、このロリコン野郎が。

 

 カリムさんはずっとこの言葉を述べていた。

 

 却下します。

 

 それはいつもと違う声色で、なんだか天使が魔王にでもなった瞬間を目撃したときのようであった。

 

 どうしたものか、と俺はここで考える。

 

 もしも俺がここに残っていたら、いずれこのロリコン野郎とヴィヴィオが会う可能性がでてくる。 しかしながら、俺がここでバイトを辞めてしまうと、二人へのプレゼントが渡せなくなる。

 

「ねぇねぇ、まだダメなのー?」

 

 待ちかねたヴィヴィオが俺の袖を引っ張りながら、そんなことをいってくる。

 

 ヴィヴィオは俺の袖が伸びるのを気にせず、むしろ楽しそうに袖を伸ばして遊んでいた。 その笑顔をみた瞬間、俺の行動は決まった。

 

 その前にヴィヴィオの許可を取ることにしよう。

 

「なあヴィヴィオ?」

 

「なーにー?」

 

「お兄さん、無職に戻っちゃうけどいいかな?」

 

「ん~? いいよー!」

 

 自分自身、卑怯な手を使ったと思っている。 ヴィヴィオが断るわけないとわかって、こんなことを言っているんだから。 だけど、それでも、最低限の言質は取った。

 

 俺はヴィヴィオを後ろに下がらせて、確実性を出すためにそばに置いてあった結構な値段のしそうな壺を思いっきり、力の限り叩きつけた。

 

 ガシャンッ!!

 

 と、音をたてて壊れる壺。 そして扉の内側から現れるカリムさんとマッパさんと初老のロリコン野郎。 唖然とする三人をよそに、俺は笑いながらこういった。

 

「すんませ~ん、壺割ったんで、責任とってこのバイトやめます。 あ、請求書はこの住所にでもお願いします」

 

 おっさんの住所をカリムさんに渡し、俺はヴィヴィオを連れてその場を後にすることに。 ヴィヴィオは、ただただ変わらない笑顔でカリムさんとシャッハさんに手を振っていた。

 

 外に出てバイクに乗る直前、思い出したかのように、はやてにメールを送っていた。

 

 文面は簡単なものだ。

 

『バイトやめたったww』

 

 なんともふざけたメールである。

 

 

           ☆

 

 

 今日は大事な来客の日だというのに、あいつからメールがきた。 こんな忙しい日に限ってなんでメールしてくるんや。 もっと暇な日にでもメールしてこい。 なんてことを思いながら、メールの文面を見る。

 

『バイトやめたったww』

 

「ふざけんなこら!!」

 

「はやてちゃんどうしたのっ!? いきなり携帯床に投げつけたりして!?」

 

「あんたの夫、屑過ぎるで!!」

 

「夫なんていないんですけど!?」

 

 隣で一緒に来客の用意をしていたなのはちゃんに向かって叫ぶけど、なのはちゃんはそれより大きな声で叫んだ。

 

「ふぅ……まあ、なんとか落ち着いた」

 

「いやこっちは落ち着かないんですけどっ!? 夫ってだれなのっ!? もしかしてうちのペットのこと言ってるのっ!?」

 

 今度はなのはちゃんが盛大にオロオロする側になったけど、見ていて楽しいので止めないでおこう。

 

「まあ、べつになのはとフェイトのペットとかどうでもいいけどよ~。 それより大丈夫なのか? ミゼットのばーちゃん此処にくるんだろ? 卒倒するかもしれないぞ」

 

「まあ、それは大丈夫やと思うで。 毎回、報告書出してるし、ちゃんとokもらっとるし。 今回は日本の昔からの遊びを教えてほしいらしくて来るみたいやで」

 

「ふ~ん……。 それじゃゲートボールでも教えようかな」

 

 ヴィータもすっかり乗り気みたいやな。 まあ、可愛がってもらってたし、ヴィータも嬉しいか。

 

 それはそれとして、あいつのメール文面なんなん? バイト辞めたって、よっぽどのことがない限りやめないと思うし……。

 

 でも──

 

「あいつにあそこはむかんし、ちょっとだけ安心したかな」

 

 はぁ……聖王教会に謝りにいかなんとな。

 

 

           ☆

 

 

「やっべ……給料もらえねえじゃん。 いまから聖王教会に給料もらいに襲撃しようかな」

 

 そんなことしたら俺が返り討ちにあうわけだが。

 

 それにしてもどうしよう。 出て行ったはいいけど、既にバイトのアテがない。 =なのはとフェイトのプレゼント買うお金がない。 これはなんというか……銀行襲撃フラグじゃないか?

 

 信号をまちながら、ヴィヴィオと二人ネズミの国のテーマ曲を歌っていると、横にいたばあさんが持っている荷物をぶちまけた。

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ……。 ちょっと、荷物が多かったみたいね」

 

「えっと、手伝いますよ。 ヴィヴィオはお婆さんと一緒に信号渡ろうなー。 俺は荷物運ぶから」

 

「はーい!」

 

「おやおや……お若いのにえらいねぇ」

 

「おばあちゃん、おててつなごう!」

 

「はいはい」

 

 ヴィヴィオがお婆さんと手をつないで、青信号を手をあげながら渡るのを確認して俺もぶちまけられた荷物を持って信号を渡る。 ちょっと時間がかかって赤信号にな

っちゃったけど、車に乗っている人達もクラクションを鳴らすことなく黙って待っていてくれた。 なんともありがたい限りである。

 

 渡りおえて、お婆さんはこちらを振り返り一礼する。

 

「お若いのに感心だねぇ。 助かりましたよ」

 

「いえいえ、女性に優しくするのは当たり前ですよ」

 

「あら、口がうまいのね。 こんな年寄にまで色目を使うのかしら?」

 

「僕の守備範囲はゆりかごから墓場までなので、問題ないです。 ただ、そちらは絶頂した瞬間に卒倒して黙祷することになりそうですが」

 

 そんなことになったら、俺が殺人犯として逮捕されてしまう。

 

 お婆さんの口が若干引き攣っている。

 

「あら、もう時間だね。 私は行くところがあるので失礼することにするよ。 ありがとうね、おじょうちゃん」

 

「ヴィヴィオだよー!」

 

「あら、ヴィヴィオちゃんっていうの? 私はミゼットですよ」

 

「あくしゅー!」

 

「はい、握手」

 

 うちの天使の力でお婆さんも骨抜きである。 それにしても……ヴィヴィオが名乗ったからには俺も名乗らないといけないよな。

 

「えっと、俺の……僕の名前は上矢俊です」

 

 そのとき、すこしだけお婆さんの目に力がこもった。

 

 ……まあ、見なかったことにしよう。 お婆さんも追及する様子もないし。

 

「それで、ミゼットさん。 目的地まで送りましょうか? これからずっと暇でして」

 

「あら、お仕事はしてないのですか?」

 

「残念ながら、いましがたクビになったところです。 もともと、彼女たちに養ってもらっている身ですから、生活には苦労しませんが……ちょっと買いたいものがあっただけに無念だなー、なんてことは思ってます」

 

「買いたいものですか」

 

「ええ、彼女たちにプレゼントをと思いまして。 まぁ……折り紙で作ったネックレスでもあげるとしますよ」

 

 こういうのは心がこもっていれば大丈夫。 ただの現実逃避なんだけどな。

 

 お婆さんは、そんな俺をみながら笑った。 そして、

 

「二人も幸せ者ですね。 そして、一坊やもいい息子をもったものです。 あなた自身も、はやてちゃんから聞いたとおりの人でした」

 

 そういった。

 

『ミゼットさまー!』

 

 前から管理局の制服を着た男どもがこちらに走ってきた。 正しくはミゼットさんに向かって走ってきた。 男たちは息を切らせながらやってくると、2・3ミゼットさんと話したあと、ミゼットさんを囲む形で歩き出した。 そのときに、俺に一礼することも忘れていない。 紳士にもほどがあるぜ。

 

 

           ☆

 

 

 ミゼットさんを見送ったあと、本格的に家に帰ることにした──のだが、

 

「俺を笑いにきたのか、おっさん。 笑いたいなら笑えよ! さあ!」

 

「なにを自暴自棄になってるんだ、気持ち悪い。 ヴィヴィオちゃんが危ない人を見る目でみているぞ」

 

 おっさんに捕まった。 パトロール中のおっさんに捕まった。

 

「離してよ! あなたとの関係はもう修復できないのっ!」

 

「修復もなにも捕まる側と捕まえる側だからなっ!? 修復もなにもねえよっ!?」

 

「そうやってあなたは私達を騙してきたのよ! ヴィヴィオだってまだ小さいのにっ! あんな女と浮気したあげく、私達を捨てるなんて!」

 

『うわぁー……最低な人』

 

『おいおい、あれがここらへんを守る管理局員だってよ』

 

『まだ子どもも小さいのに、サイテー』

 

『あんな大人にだけはなりたくない』

 

『制服プレイが大好きらしいぞ。 もしかして円光とかもしてんじゃねえか?』

 

「このケダモノ!」

 

「黙っとけお前!? なんなんだよ、この市民の連帯感!? 普通に考えて俺とコイツでは子どもなんて無理だってことがわかるだろっ!?」

 

「魔法も奇跡もあるんだよ?」

 

「いるかこんな奇跡!」

 

 まあ、俺もこんな奇跡いらないけどな。 でも、おっさん。 密かにあんたの趣味嗜好がバレてるぞ。

 

 閑話休題

 

「それで、お前バイトは? まだバイトの時間じゃないのか?」

 

「俺のバイト時間まで調べてるなんて……。 ごめんな、俺には心に決めた人がいるから」

 

「そっちにもっていくな。 お前の顔面粉砕するぞ」

 

 みなさん、これがミッドの平和を守る男の言葉ですよ? どう思います?

 

 俺は頬を掻きながらバイトについての質問にこう答える。

 

「辞めたった」

 

「は?」

 

「だーかーらー、バイト辞めたった」

 

「……どうして?」

 

「セクハラして、高価な壺割ったから、辞めたった」

 

「…………給料は?」

 

「ないよ」

 

 なるだけ感情を出さないように勤めて機械的に平坦に喋る。 壺を割ったのは事実だし、カリムさんにセクハラしたのも本当のことなので、俺は喋っていいはず。 ──なのに、おっさんは自分の息子が試験に落ちたときのような顔をしていた。 有大抵に言えば悲しい顔をしていた。

 

「…………そっか。 それなら、しょうがないな。 セクハラして、壺割ったならしょうがない」

 

「うん、しょうがないよ」

 

 それでもおっさんは、俺の頭を無造作に乱暴にグリグリと掻きまわす。 せっかくセットした髪もこれでは台無しだ。

 

 おっさんは続けて言う。

 

「もともと、お前のような犯罪者で人格ひん曲がっている奴をバイトとして採用したほうがおかしいんだよ。 お前には向いてない。 好き勝手にできないバイトなんて向いてないさ。 お前の個性を殺してまでするバイトなんて──つまらない」

 

「……うっさいな。 それは俺の勝手だろ……。 個性を殺したっていい、俺は金を稼げればよかったんだよ。 バイトをお膳立てしてくれたはやてにも申し訳ないことしたさ」

 

「そうか? たぶん、お膳立てした奴も内心では喜んでるぞ? お前のバイトの現状をみて、そう確信すると思うけどな。 一度でも来なかったか? その子が」

 

 ……そういえば、きたな。 はやて。 あいつがそこまで俺のことを思っているのか? ──いや、思ってるんだろうな。 あいつなら、きっと。

 

「……でも、俺は結果としてあいつの信頼を裏切ったよ。 バイト辞めたんだし」

 

 どんなことを言っても後の祭りだ。 バイトを辞めた事実は変わらない。

 

「バイトなら、またやればいいだけの話だろ?」

 

 おっさんは優しく諭す。

 

「わかってるさ、でも……俺を雇ってくれる狂ってる人なんてそうそういないもん」

 

 もし俺を雇ってくれる人がいるというのなら──それはきっと変人であり、奇人である。

 

 そう言った俺の顔を、正しくは頭を掴み──後ろに向けた。

 

 首をひねったとか、完璧に変な音がしたとか、そんなことが気にならないほどの光景が目の前に広がっていた。 そこには、ありえない光景が広がっていた。

 

『やっぱりクビになったかひょっとこ! お前これから暇だろっ! 俺の店手伝わねえか!?』

 

『ひょっとこ君、君は高校は卒業しているらしいね。 ちょっと地球式の勉強法というのを教えてくれないか?』

 

『ひょっとこく~ん! 赤ペン先生やる気ない~?』

 

『ひょっとこ! お前パン好きだろ! ちょっくら手伝え!』

 

『君の交友関係の広さを活かしたバイトを頼みたいのだが』

 

 そこには、ミッドの──俺の知り合いの人達が、変わらない笑顔で、当たり前の笑顔で、俺のことを指さしながら笑って、それでいて──バイトの勧誘をしてくれていた。

 

 茫然と唖然とする俺に、おっさんは笑いながら言う。

 

「驚いたか? 皆、お前が家事に専念してるのかと思って、バイトの勧誘できなかったみたいだぞ? 昨日お前の知り合いの人達に話したら、こぞってお前を引き抜こう

としていたさ」

 

「はっは……ありえねえだろ……」

 

「ありえない? おいおい、お前はさっき言っただろ? ──魔法も奇跡もあるんだぜ? 魔法や奇跡に比べれば、お前のバイト先なんて簡単に見つかるぞ。 ちなみに、俺もお前にバイトを頼んでやるよ。 お前にピッタリのバイトがあるんでな」

 

 とんっと押された背中。 それによろけながら、俺はミッドの皆の前に立った。

 

『よお! クビ男!』

 

「はは、うっせーよ」

 

 ほんと、こいつらなんで俺がクビになったのに、嬉しそうにしてるんだよ。

 

 まったく……俺はこんな初歩的なことを忘れていたらしい。 説明書の一番初めに書かれていることを読み飛ばしたらしい。

 

 だって──

 

「あー……その……俺を雇ってください!」

 

『馬車馬のように働けよ!』

 

『休憩したらぶちのめすからな!』

 

『ゲイバーにも来なさいよ!』

 

『目指せ! 無職脱出!』

 

 勝手気ままにそれぞれが言う。 それをまったく不快とは思わないし、それよりも先に自然と笑みが零れていた。

 

 まったく……忘れていたよ。

 

 だってミッドは──奇人・変人が多いんだった。

 



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42.視察?

「少年、本当にダイエットしたいのであればコカコーラからダイエットコカコーラに変えたくらいでは痩せんぞ。 せめて、一日1kmでもいいからランニングすることからはじめろ」

 

「え……。 でも、ランニングとか苦手で……」

 

「それならば朝の女子高生とかOLとか追いかけとけ。 結構いけるもんだぞ」

 

「はぁ……」

 

 聖王教会のバイトを辞めたのが二日前。 現在の俺は、ミッドでバイトを転々としているのが現状である。 日給はその店によって決まっており、給料が高い店もあれば微々たるところもある──が、聖王教会のときとは違い、自分を隠すことなどせずにバイトできるので結構楽しい。

 

「まぁ、というわけでこのコーラは没収だ。 お前は水でも飲んどけ」

 

 そういって、カゴに入っていたコーラを取り出しそれと引き換えに“おいしいみず”を入れて、金額を表示し、金をもらい、おつりを返す。 少年はなにか釈然としない顔ではあるものの、俺が手を振ると振り返して店を後にした。

 

「ふっ……また一人ミッドの少年を救ってしまったか……」

 

「営業妨害だ馬鹿者。 なんで店側のお前が営業妨害してるんだ。 いい加減、ちゃんとしねえて目ん玉抉るぞ」

 

 今日のバイト先はコンビニ。 そこで一日中レジ打ちをしている。 レジ打ちは高校時代に散々やってきたので慣れたものだ。 もう一秒間に12万連打くらい余裕である。 今回はヴィヴィオをスカさん宅に預けてます。

 

 流石にコンビニはヴィヴィオには早すぎる。 なんせ18禁本が平然とあるのだから。 ヴィヴィオの教育的に、俺の生命的に、二つの意味で二人から殺される。

 

「それにしても……コンビニって儲かるのな。 チラっと帳簿みたけど、結構金あったぞ」

 

「なんでお前はそうやってすぐに人の帳簿とかみるかなぁっ!?」

 

 金髪ドレッドヘアーのコンビニ店長、餡貝善々(あんがいいい)さんがワナワナ震えながら叫ぶ。

 

 あ、そろそろポテト揚げる時間だ。

 

 ポテトを油の中にいれて、時間を計りながら餡貝さんとお喋りを続ける。

 

「しかし、アレですね。 ほんとありがとうございます。 バイトの件」

 

「……まぁ、動機がなんにしてもお前が働こうと思ったのなら、手伝いくらいはしてやるさ。 それに、お前がバイトしてくれるならその分ミッドも平和になるだろうし

な」

 

 俺はミッドの負の親玉かよ。

 

「ところで、お前はどれくらい金がいるんだ?」

 

「え~っと……10万ほどですかね」

 

「それはまた結構な大金だな。 一か月じゃ無理じゃねえか?」

 

「そこが問題なんですよね~……」

 

 あんまりバイト期間が長いと二人に勘付かれる。 (というか、既に二人は疑惑の目を俺に向けているのだ。 近々、なにかアクションを起こしてくるかもしれないな) これ以上、時間をかけると俺のビックリドッキリプレゼント大作戦が泡と消えてしまう。 それだけは避けないと。

 

「一気に稼げるバイトがあればいいけどさ」

 

「キャサリンの所で稼げば?」

 

「いや、キャサリンはちょっと……。 俺が喰われかねない」

 

 キャサリンまじで恐ろしいから。 リアルで怖いから。 キャサリン見た後だと並の犯罪者とかマジで可愛くみえるから。 可愛い女性がちょっと部下に怒ったくらいで魔王とかマジ甘いから、そんなの魔王じゃねえから。 そんなのゴブリンもいいところだから。

 

「まあ……確かにキャサリンはねえな」

 

「万単位で給料くれるなら考えるけどさ。 流石にキャサリンも万単位では出さないだろう」

 

「いや……わかんねえぞ? もしかしたら……なんてこともあるかもしれん」

 

 う~ん……確かにありそうでこわい。

 

 ヴーヴー!

 

「ん? メールだ。 誰だろう」

 

「裏で弄ってこい」

 

「裏でオ○ニーしてこいとかアンタ最低だな!」

 

「お前の考えのほうが最低だ!?」

 

 

 

           ☆

 

 

「まったく……バイト中にメールなんてKYな奴だな」

 

 バイト中に携帯持ち歩いている俺が言えた義理じゃないのだが、というより俺はこのメールの送信者を1%も怒ることができないわけだが。 とはいうものの、俺にメールをしてくる人物なんて限られてくる。

 

 知り合いは人外が多いし、変態共はあまり携帯をもたないし、管理局の本部の奴らは仕事だろうし、ミッドの市民は俺がバイトということを知っているので、このメールの送信者はきっとおそらく六課の誰かだと思う。 そして六課の面々で俺にメールを送る人物なんてなのはかフェイトしかありえないわけで、きっとその内容は甘いものだと──

 

 送信者・はやえもん

 

 内容・ちょっと話があるんやけど

 

「さーて、バイトバイト」

 

 開いた携帯をパタンと閉じる。

 

『おーい、ひょっとこー! 飲み物の補充たのむー! 倉庫から取ってきてくれー!』

 

「うーい!」

 

 餡貝さんからの指示に返事を返し、裏の倉庫にいき飲み物のダンボールを取る。

 

 ヴーヴー!

 

 ポケットにいれた携帯がバイブ音と振動で俺の股間のすぐそばで暴れまわる。 とんだじゃじゃ馬ファンシーベイベーだぜ。

 

 一応、携帯を取り出して確認することに。

 

 着信あり・はやえもん

 

「さーて、飲み物を運んでいれればいいんだよな」

 

 大き目のダンボールを三箱取り出して、店内に戻る。

 

 そこで待っていたのは、受話器片手にレジをみている餡貝さんの姿であった。

 

 餡貝さんは俺に受話器を差し出しながら言った。

 

「おー、ひょっとこ。 お前の友達が呼んでるみたいだぞ。 どうでもいいけど、店にまでかけてくるような彼女とは……お前も案外ラブラブじゃねえか。 ただ、店まで

かけてくる奴は面倒だからな。 店を巻き込まないでくれよ~?」

 

 俺は黙って受話器を受け取ることに。 餡貝さんは仕事をしに、裏へと引っ込む。

 

「……はい、ひょっとこだけど」

 

『お、やっと出たか。 どした? なんか声が暗いで?』

 

「お前のせいだよっ!? 昨日メールでバイト中はメールしないって約束しただろっ!?」

 

『だから電話してるんや』

 

「意味わかんねえよっ!? どんな理屈だよっ!? それに店長にお前が俺の彼女だと誤解されてるんですけどっ! どうしてくれるんだっ!?」

 

『なんなら、本当になったげよっか~? 料理もできて、気立てもいい、管理局でも一目置かれてる、こんなに可愛いお嫁さんそうそうおらんで~?』

 

「確かにお前は料理もできて、おだてもよくて、管理局でも一目置かれて、可愛いけど、俺にはなのはとフェイトがいるんで他を当たってくれ! それに俺は彼女と言ったはずだ、なんでお嫁さんにランクアップしてるんだよっ!?」

 

『責任……とってよね……?』

 

「なんの責任っ!?」

 

 受話器越しに、はやての笑い声が聞こえる。

 

『それで? なんで出てくれなかったん? ちょっと傷ついたで。 真面目なところ』

 

「うっ……すまん。 いや、俺もお前とは例え電話越しだとしても、文面のみの会話だとしても、お前とならいつまでもしていたいけど……」

 

『……けど?』

 

「その……聖王教会のことで……さ。 若干ながら罪悪感が」

 

 おっさんは気にしなくていいとは言ったけど。 やはりはやてには申し訳ない。

 

「とある人に“気にしなくてもいいんじゃないか?”とは言われたけど、やっぱり罪悪感はあるわけよ」

 

『まだそんなこと考えてたん? それについては昨日話したのに』

 

 ええ、確かに話したとも。

 

『聖王教会側も、“申し訳ない”って謝ってるし、こっちは大丈夫や』

 

「そっか……。 それじゃ、なんで電話してきたんだ?」

 

『……暇だから』

 

「仕事しろ」

 

『え~……いやや』

 

「子どもかお前はっ!?」

 

 なんでこんな奴が魔導師ランクSSなんだろうな。 世の中狂ってやがる。

 

『いや、私もね? 仕事しようと思ったけど、そもそも仕事がないんよ。 ほら、六課って基本的に遊んでるし、その分他の、主に上層部の方達が頑張っているわけだから』

 

「聞きようによっては、お前らの部署最悪の部署だな」

 

『人間最悪のアンタに言われたくないで。 まあ、そんなわけで暇なんよ』

 

「ふ~ん……、まあ俺は暇じゃないから。 そろそろ切るぞ?」

 

『え~! もう切るん!? もっとお喋りしよーや! じゃないとアンタが私の純潔を奪ったってなのはちゃんとフェイトちゃんに言いふらすで!』

 

「なにその限定仕様っ!? 俺が死ぬからやめて! そしてデマをこれ以上言わないでくれっ!?」

 

『それじゃ、もっと喋ろうよー』

 

「う~ん、まあ客が来るまでの時間だけなら融通利くと思うけど。 それまででいい?」

 

『オッケーオッケー。 それじゃ──』

 

 はやてが話を振るところでトビラが開き、客が入店してきた。

 

「あ、悪い。 客来たから切るな」

 

『はっ!?』

 

 ガチャン──と、受話器を置いたところで、タイミングを見計らったかのように客がカゴと一緒に商品を提出する。 俺はそのカゴにはいっていた商品名を口に出しながら、はやてには悪いことしたな~、なんて考えるのであった。

 

 

           ☆

 

 

 電話の向こうから、あいつの冷静な声が返ってきたと思ったら、つぎの瞬間には電話は切られていた。

 

「…………」

 

 携帯をじっと見つめること1分。 どうせ見ていても折り返してかかってくることはないので、そっと閉じることにした。

 

「……おもしろくな」

 

 あいつがバイトだってことはわかっている──わかっているけど、こっちは暇なんだから少しくらい遊んでもええやん。 いつもはあっちがひっかきまわすのに。

 

「はやてちゃーん。 書類ここにおいときますよー?」

 

 シャマルが書類をわたしの机に置く。 うへぇ……丁度いいタイミングで仕事が……。

 

 目の前の書類に辟易する──が、ふと頭の中にあることを思いついた。

 

「なぁシャマル」

 

「はい? なんですか?」

 

「あいつのバイト先って、あそこのお巡りさんに聞いたらわかるかな?」

 

「う~ん、そうですね~。 たぶんわかると思いますけど」

 

「そっかそっかー」

 

 ポケットに入れた携帯を取り出して、電話帳から魔導師ランクSSSだろうと名高いあの人を選びコールすることに。

 

 2コールのあと、電話に出た人物に挨拶して、さっそくあいつの明日のバイト先を聞きだした。

 

 明日はちょうど、蕎麦庵というお食事処みたいやし……昼休憩にでもいこうかな。

 

「どうしたんですか、はやてちゃん? なんだか嬉しそうですけど……」

 

「んー? なんでもあらへんよー」



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43.キャッサリ~ン!

 今日のバイトは依然にもお世話になった蕎麦庵である。 レジ打ちと給仕が俺の主な仕事となる。 蕎麦庵は日本出身の店長が一から本格的に作るだけあって味は抜群、のどごしも最高で、昼にもなると常連さんでいっぱいになる。

 

 蕎麦庵のいいところは、静かにゆったりとした気分でうまい蕎麦を食えるところにあると個人的には思っているし、光景としても概ねそんな感じの光景が広がっているのだが──今日ばかりは違っていた。 なぜなら──

 

「おそばもってきましたよー!」

 

「ほっほ、お嬢ちゃん。 ありがとうねぇ。 これはお礼だよ」

 

「やったぁー! みてみて、おにいさん! ヴィヴィオ、アメさんもらったよ!」

 

「よかったな~ヴィヴィオ。 ほら、おばあちゃんとおじいちゃんにお礼言おうなー」

 

「うん! おばあちゃん、おじいちゃん、ありがとうございます!」

 

「ほっほっほ、ひょっとこくんにはもったいないほどできた娘さんだね」

 

「はは、母親が次元世界一最高だからだと思いますよ。 ささ、冷めないうちにどうぞ」

 

「そうだねぇ、それじゃおじいさん、いただくとしようかね」

 

「そうじゃなぁ」

 

 熱々の月見そばを二人で食べるのをみて、俺はもう一つの席に向かう。 ヴィヴィオはというと、そんなご老人二人の様子をずっとみていたら、小さい子用のお椀に蕎麦を移して頂いてちゃっかりご馳走になっている。

 

 う~ん……これが男性なら殴るけど、ご老人の方だと完璧にお祖父ちゃんお婆ちゃん孫の図式が成り立っているので、微笑ましい光景にかわるな。 まぁ、お二人が迷惑でないのであればいいんだけど。 あーヴィヴィオは天使だな~!

 

「ちょっと店員さん? わたしの山菜蕎麦がまだなんやけど」

 

「三歳でも食ってろ」

 

「いや、ヴィヴィオちゃんまでが限界やな」

 

 向かった先のテーブルでいい感じの作りの笑顔を浮かべている(俗にいう営業用笑顔)八神はやてが俺に向かってクレームをいれてくる。

 

「まあまあはやてちゃん。 お店も混んでますし、ゆっくり待ちましょうよ」

 

「それもそうやねー。 まぁ、わたしも食べてすぐ帰るわけじゃないし……店員さん、いつまでもまってあげるで!」

 

「…………いや、席が詰まるから食ったら早くでていけよ。 というか、なんでお前とシャマル先生が此処にいるわけ? 仕事は?」

 

「今日の朝終わらせてきた」

 

「サボリで有名なお前がっ!?」

 

 思わず驚く。 いや……だって……サボリで有名なお前が……ねぇ。

 

 八神はやてとシャマル先生。 いずれも俺の友人であり、なにかと俺のことを手伝ってくれる人達で、関係は良好(そう思いたい)。 たまにゲームのことやマンガのことで喧嘩することもあるけど、それ以外はいたって普通の交友関係である。 しかしながら、この二人、管理局のエリートだというのだから驚きである。

 

 二人だけじゃなく、幼馴染の高町なのはにフェイト・T・ハラオウンも同じエリートだというのだからもうなにがなんだが……。 もっと言えば、俺の知人の皆さん、管理局で働いている奴ら全員がエリートみたいなもんである。

 

 これがアニメの世界ならば、『この集団って勝ち組すぎるよな』とか言われるに違いない。 まあ、ぶっちゃけその通りだと思うんだけどね。 可愛くってエリートとか反則級だろ。 だが、俺だって無職のニートだ。 『だからなんだよ』そう突っこみが入ることくらいわかっている、わかっているが言わせてくれ。 語感的にはエリートもニートもそう変わらないので、俺も勝ち組ではないか?

 

 案外俺とこいつらがここまで関係を持っているのも当然かもしれない。 同族的な意味で。 本当は逆ベクトルなのだが。

 

 などと、長々とツラツラと怪電波を飛ばしたのはいいのだが──

 

「で、なんできたの?」

 

 こいつらの意図が全くわからない。 ので、何度目になるかわからない質問をするのだが、決まって答えは──

 

「ん~? お昼食べに来ただけやよ~」

 

 という解答である。

 

 まったく……なにを考えているんだか

 

 ふとおやっさんが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。 どうやら注文の品ができたみたいだ。

 

「とりあえず、話はあとで聞かせてもらうからな」

 

 そうはやてに指さして、俺はピークを捌くのであった。 ちなみに天使はお戯れ中である。

 

 

           ☆

 

 

「で? なにしにきたわけ?」

 

 ピークも過ぎ、ようやくおやっさんから休憩の許可をもらえたのでその足ではやての正面に位置する席に座りながら話しかける。 ちなみに天使は奥の部屋でお昼寝中である。 もう好き放題のやりたい放題だ。 でもヴィヴィオだからそれでオッケー! だって可愛いもん!

 

「アンタがサボってないか見に来たんよ」

 

「あー、なるほどなー……」

 

 確かによくサボるもんな俺。

 

「でも、今回はサボるわけにもいかないからな~。 これでも本気でやってるぜ?」

 

「まあ……それはさっきから見ててわかったけど。 そろそろなのはちゃんとフェイトちゃんを騙しながらバイト続けるのも難しくなってきたんとちゃう?」

 

「うっ……! それは……ちょっと思ってきた。 この頃、妙に二人の目も厳しいし……」

 

 なにも悪いことしていないのに罪悪感が発生するんだよな……。 恐るべし、二人のパワー!

 

 はやては、山菜蕎麦を食べながら、シャマル先生は天ぷら蕎麦を食べながら考える。

 

「もういっそのこと、お二人には話したらどうですか? そのほうがひょっとこさんも気楽にバイトをすることができそうですし──」

 

「シャマル、それは無理やで。 こいつの性格上、二人には秘密にしておいて、最後の最後でプレゼントを渡す──みたいなプランがでているはずや。 最後の最後で種明かしをするのが大好きな人種やもんな、自分」

 

「まあな。 最後の最後で『おいおい……うそだろ……』とか、『ふざけんなよ』みたいなとか結構好きだぜ。 だからはやてが言ったように、二人には秘密にしておいて最後の最後で種明かしみたいなのが好きなんだよね。 そうしたほうが、なんかいいような気がするし」

 

「う~ん……そういうものなんですか?」

 

「そういうものなんですよ」

 

「でも、ひょっとこさんがいきなりプレゼントなんかくれたりしたら、まずは夢じゃないかと疑ったあと、どこから盗品してきたのか、又はどこから強奪してきたの

か、そういったことを先に考えそうですね!」

 

『…………』

 

「えっ!? あれっ!? お二人ともどうしましたっ!?」

 

 シャマル先生の話でふと思った。 ……いや、シャマル先生が述べたことはあくまで一例ではあるんだが、必ずしもそうなるとは限らないんだが──そうなる確率が結構高い。 なんたって渡す相手があの二人であり、渡す奴が俺である。 ありえない話ではないどころか、十分にありえる話である。

 

「……どうしよう。 そこらへん全く考えていなかった……」

 

「う~ん……確かにシャマルの言っていることはもっともやな」

 

 認めたくはないが……。

 

「ま、まあ……なんとかなるさ! うん、勢いでいけばなんとかなるよ!」

 

「な~んか怪しいな~。 ──でも、久しぶりやな。 アンタのこんなに頑張ってる姿をみるのわ」

 

 ふいにはやてが呆れた声から、優しい声色にかわった。 みると顔もほほ笑んでいて、一瞬だけ胸の鼓動が早くなったのを自分でも自覚した。

 

「今日な? 本当はアンタの頑張ってる姿を見に来たんよ。 無職でカスでゴミなアンタが頑張るところなんて滅多にみられないしな」

 

「喧嘩売ってるのか、それとも褒めてるのか、そうとう迷う言葉だな」

 

「大丈夫、バカにしてるから」

 

「表でろっ!」

 

 アヘらせてやる。

 

 でも、とはやては続ける。

 

「こうやって頑張ってるときのアンタ、やっぱりカッコイイで」

 

 そういって、笑ったはやての顔は、あまりにも普段のときとギャップがありすぎて、なんだか戸惑った後、俺はなんとも思わずネタに走ってしまった。

 

「バーカ。 俺が普段から頑張ったから、物語的にハーレムになってしまうじゃないか」

 

「ふ~ん。 それじゃ、わたしも隣におるん?」

 

「…………まぁ、そこは考えておく」

 

 ついつい直視することができずに、頬を掻きながら視線をそらす。 いや、玄関の入口のほうに目を向ける。

 

 ──そこには携帯をこちらに向けながら、一心不乱に写メをとるスバルと嬢ちゃんがいた。

 

『──あ』

 

『やばいバレたよっ!? ティア逃げよう!』

 

「ちょっ!? お前らまてっ!」

 

 逃げる二人をなんとか捕まえて帰ってくる頃には、俺の休憩時間も終わっていた。

 

 ……飯、食いそびれたな

 

 

           ☆

 

 

「なるほどなるほど。 プレゼントですか、頑張りますねひょっとこさんも」

 

「まぁ、なのはちゃんとフェイトちゃんのためやしなー。 ところで、スバルとティアどうしておったん?」

 

「えっと、ティアとたまにはお昼外で食べようか、って話になりまして。 そしたらなのはさんとフェイトさんからおいしいお蕎麦屋さんを教えて頂いたので、寄ってみたところ……はやてさんとひょっとこさんがいい雰囲気でしたので……つい写メを」

 

「ついで写メをとってらいかんでー」

 

「いたいいたいいたいっ!? ごめんなさい、はやてさんっ! 写メは消しますからっ!?」

 

「私たちは管理局員やでー?」

 

「でもはやてさんだって十分局員にあるまじき行為を平然とやってる気がいたいですっ!? もういいませんからヘッドロックは勘弁してくださいっ!?」

 

 メキメキと音をたてていたスバルを離すはやて。 隣のティアはその光景をみながら、冷や汗をかいた。

 

「(流石はやてさん……。 あのひょっとこさんをフルボッコにするだけの力はある……)」

 

 そう思いつつ、後ろに隠れるスバルの相手をすることに。

 

「まぁいまのはアンタが悪いわね」

 

「いやいやいやっ!? 写メ撮ったのティアじゃんっ!? なにすまし顔で自分は関係ないですアピールしてるのっ!? ティアばりばり関係者だからねっ!?」

 

 なんのことだかサッパリわからない。 ついに友人は頭までアレになってしまったのか……。

 

「おーい、注文とりにきたぞー。 なにがいい? あ、そういえばはやて。 シャマル先生はどこいった?」

 

「シャマルならヴィヴィオちゃんのとこ行ったで」

 

「あーなるほどな。 まぁ、もうすぐしたらお昼寝中のヴィヴィオ起きだすから、それまではすることないと思うけど。 シャマル先生には感謝し尽したりないな」

 

「わたしにはないの?」

 

「勿論あるぜ? 聖王教会紹介してくれたしさ。 まぁ……お前とカリムさんには悪いことしちゃったけど」

 

「それはべつにええよ。 私も聖王教会側も気にしてないし。 それより、聖王教会側がまたバイトにきてくれだってさ。 今度は日給で」

 

「まじで? それならヴィヴィオ預けて行くのもアリだな。 あー、でもメンドイことになりそうだしな~。 考えておくよ」

 

 注文をとりにきたひょっとこさんは、そのままはやてさんと話し込む。 あの……私たちの注文は?

 

「え~っと、すいません。 注文いいですか?」

 

「あっ! わるいわるい、ささっ注文どうぞ」

 

 手を軽くあげて、挙手の形で質問してみるとひょっとこさんは、いま気付いた様子で困った顔をしながら注文を促しくる。 この人、完全に忘れてたな……。 もしかしてひょっとこさんは、飲食店のバイトだと話し込んじゃうタイプなのかも。

 

「え~っと、私はざるそばをお願いします。 スバルは注文決まった?」

 

「え~っと、ここからここまで全部」

 

 そういって端から端まで指さすスバル。

 

 これには注文をとるひょっとこさんの手も止まる。

 

「え~っとさ、スバル。 金はある?」

 

「あ、はい! ほら、このとおり!」

 

「うーん……これじゃ三つまでしか頼めないぞ?」

 

 スバルのサイフを覗き込んだひょっとこさんは金額を確かめると、諦めろといわんばかりに言った。 ちなみにスバルのナイフの名刺入れにはなのはさんが笑顔で写っている写真がはいっている。 もっと言うのであれば、私のサイフにはその写真は入っているし、合同部屋にはなのはさんのプロマイドやポスターも張ってある(全て自作)。

 

「まあ、その中で好きなものを三つ注文してくれ」

 

「うーーー……」

 

 泣く泣く三つ注文するスバル。 しかしながらこればっかりはしょうがない。

 

『おやっさーん! あれ? おやっさーん? クソッパゲー!』

 

『死にてえのか、お前』

 

『うおぁっ!? いるなら返事しろよ!? いきなり文化包丁で刺すことないだろ!?』

 

『お前をみるとついな……』

 

 ……あの人もあの人で色々とすごいなぁ~。

 

 

           ☆

 

 

「おにいーさん……だっこー」

 

「はいはい」

 

 お昼寝から目覚めたヴィヴィオが両手を上げながら、俺に抱っこをせがんでくる。 なんとも可愛らしいかぎりである。 もちろん俺は断ることなく、その小さな体躯を抱き上げ背中をトントンと軽く叩いていく。

 

 そしてそうしながら、付き添ってくれたシャマル先生にお礼をいうことに。

 

「すいません、シャマル先生。 ヴィヴィオのおもりもさせてしまって……本当なら俺がこんな状態ですから、スカさんかなのは達に預けるべきなんですが……。 スカさんのほうはこのところ発明に忙しいらしく、頼りになるウーノさんもそれに付き添う形で。 なのはたちのほうは、まぁ……俺のことがありまして。 はぁ……ヴィヴィオにも迷惑かけるな、ごめんなーヴィヴィオ」

 

「うー……トンボさんだよぉー……」

 

 ヴィヴィオは二度目の眠りの旅にいったみたいだ。

 

 シャマル先生はクスクスと笑う。

 

「いいんじゃないですか? 六課で預かるよりも、此処の方たちのほうが色々と個性があってヴィヴィオちゃんも面白いでしょうし。 この年ではなかなかお蕎麦屋さんの給仕なんてできませんよ?」

 

「……言われてみれば、そんな気がしますね。 う~ん、ヴィヴィオが楽しんでくれるのならそれでいいか」

 

 うん、それでいいや。

 

『ひょっとこさーん! 注文追加お願いしまーす!』

 

「あ? あいつ金ないのに、なにしてんだ? すいません、シャマル先生。 少しの間だけヴィヴィオをみていてもらえませんか?」

 

「ええいいですよ。 いってらっしゃい、ひょっとこさん」

 

 手を振るシャマル先生にこちらも振り返しながら、俺を呼ぶスバルの元へ。

 

「注文ってお前……金は?」

 

「はやてさんが一食だけおごってくれるみたいです!」

 

「口止め料や。 いっとくけど借しやでこれわ。 いつか返してもらうから」

 

「はいはい。 それで注文は?」

 

 スバルの注文を紙にボールペンを走らせおやっさんのところにもっていく。

 

 昼のピークを過ぎると、客もほとんどいなくなりこちらとしても仕事をしなくて済む……なーんてことにはならないのだが、それでも、少しばかりの時間はとれるようになるのでこちらとしてもありがたい。

 

 なんてことを思いながら、注文の品の出来上がりをまっていると此処で見かけるには珍しい人物が暖簾をくぐりながら姿を現した。

 

 その人物は誰かを探すそぶりをみせながらキョロキョロとしたあと、俺の姿を確認して真っ先にこちらに向かってきた。

 

「よお、おっさん。 遅い昼飯でも食いにきたのか?」

 

「いや、ある人からお前を呼ばれてな。 ほれ、携帯」

 

 そういって自分の携帯を投げ渡すおっさん。 今日のバイト先、蕎麦庵では携帯をポケットにいれたままバイトなんてしてたらおやっさんに殺されるので、携帯は家に

置いてきたのだ。 万が一バイブ音が鳴ろうものなら俺の命もそこで尽きてしまう。

 

 携帯を耳に押し当てながら、俺に用があるやつなんて誰かいるかな? そう自問自答して返事する。

 

「はい? お電話代わりました。 どなたですか?」

 

『あっら~ん! その声はダーリンね~!♪』

 

 ピッ

 

「おっさん……いまの声って……」

 

「その……すまん……。 一応、先輩にあたる人だしな。 あの人も昔はすごかったんだぞ」

 

 自然に声のトーンが下がる。 おっさんも俺の声のトーンに気付いたのか、気まずそうに、バツが悪そうに、珍しく言い訳じみたセリフを吐く。

 

「それは過去の栄光だろッ! いいんだよ、過去の栄光なんてさっ! 大事なのは現在なんだよっ!」

 

「いや……でも……お前のことを心配してるみたいだしさ……」

 

「知らねえよっ!? 俺はこいつに喰われかけたんだぞっ!?」

 

 おっさんに詰め寄ったところで、手のひらに振動音の感触が。

 

 放置したいけども、それをすると後が怖いのでしぶしぶながら電話にでることに。

 

「……はい。 なに?」

 

『もう! 電話切るときは一言いわないとダメなのよっ! ダーリンってばそういうところはまだまだお子様ね!』

 

「アンタにダーリンと呼ばれる筋合いも言われる筋合いもねえよっ! というか何しに掛けてきたっ! しょーもないことなら電話切るぞ!」

 

『あら、そんなこといっていいのかしら? ダーリンっていまお金に困ってるんじゃないのかしら?』

 

「…………誰に聞いた?」

 

『その携帯の持ち主さん』

 

 おっさんを睨む俺。 睨まれたおっさんは何故か注文の品を運んでいた。 いや、まじでなにしてんだよ……

 

 近くにあった椅子に座りながら足を組む。

 

「それで? 確かに俺は金が要り様だけど、アテはしっかりと確保してますので」

 

『ふ~ん……。 ところで、現在何万貯まったのかしら?』

 

「……3万くらい」

 

『なかなか厳しいわね~』

 

「まあ、残り7万だからな。 なんとかしてみせるよ」

 

 俺は早々と早急にいち早く誰よりも早く風よりも光よりも早くこの電話を切りたかった。

 

 なぜならば、キャサリンがこの後言うであろうセリフがなんとなくわかっていたから。

 

 確信のない確信。 しかしながら、俺のこの予感は──

 

『それじゃ、ウチのお店で働こうか』

 

「お断りします」

 

 あっさりと当たるのであった。 勿論、このキャサリンの提案だけはなんとしてでも却下しておきたい。 これだけは却下しなければ、俺の穴が大変なことになるからだ。

 

『あら、どうして? ダーリンはお金が必要なんでしょ?』

 

「必要だけど、かなり必要だけど、アンタの店でだけは働きたくないんだよ!」

 

『5万』

 

「ぐっ──!?」

 

『ダーリンの働きしだいでは、もっと増えるからしれないわよ~。 夜の10:00から深夜00:00まで働くだけで5万。 ダーリンとしても咽から手がでるほどいい仕事だけ思うんだけど☆』

 

「た、確かにいい仕事だけどな……」

 

『それに今回は、ダーリンを襲わないって約束するから。 ね?』

 

「本当だろうな?」

 

『もちろんよ♪』

 

「……護衛を一人、つけさせてもらう」

 

『もう! 私達のこと信用してないのねっ! もう怒っちゃうわ! ぷんぷん!』

 

 だれがお前みたいな変態野郎を信じるか。 それにぷんぷんなんてぶりっ子アイドルみたいなことやめろ。 アンタはどう考えてもぷんぷんよりぶりょぶりょのほうが似合ってるから。

 

「はぁー……。 まあ、これも金のためだ。 いくよ、バイト。 いかないと、ヤンデレよろしくアンタの裸付きメールを延々と送られそうだし」

 

『心配しないでダーリン! バイトにきても裸メールは送ってあげるから!』

 

「いるかボケ!」

 

 キャサリンと軽く仕事の内容を聞いたあとに、携帯を閉じておっさんに返す──途中でおっさんに依頼することに。

 

「おっさん、明日のバイトはお前もこい。 道連れだ」

 

「うえっ!? なんで俺までっ!?」

 

「俺が喰われるかもしれないだろっ!? 相手はキャサリンだぞ!? いまは引退したけど、現役時代は魔力量Eでありながら魔導師ランクAAAの『砕き鉄塊の拳(トロールハンマー)』と呼ばれたキャサリンだぞ!? 俺には荷が重すぎる!」

 

「……まぁ、確かに俺にも責任はあるしな……。 しょうがない、逝ってやるよ」

 

 おっさんは何か諦めの境地に達しながらも頑なに頷いた。 表情は死地に赴く戦士である。

 

 そんなとき、嬢ちゃんが俺の袖を引っ張りながら質問してきた。

 

「あのーひょっとこさん。 その……キャサリンって誰ですか?」

 

 まぁ、その困惑した顔と恐怖している表情は至極真っ当な反応といえよう。 しかしながら、俺自身もそこまでキャサリンのことを知っているわけではない。 知っていることとすれば、魔力量はEでありながら、魔導師ランクはAAAという、時空管理局でも異彩を放ち異才を用いていた男である。

 

「なんというか……お前らの大先輩だよ。 下手したらカリスマという点では、はやてやなのはやフェイト以上の力をもつ人かもな」

 

 まぁ、その人は現在、ゲイバーというかオカマバーを開いているわけだけど。

 



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44.ホモと女装と深夜のテンション

 最近、彼の様子がおかしい。 いや、おかしいという点だけを抜き出せば彼は元からおかしいのだが、もっと言えば彼の存在自体おかしい話なのだが──とにかく、最近の彼はおかしいのである。 料理・炊事・洗濯・家事どれか一つでも劣っているわけでもなく、むしろこの頃前よりもうまくなっている気がするけど……それでも直観的に幼馴染のカン的に長年隣に傍にいる身としては、最近の彼はおかしい気がする。 何故私がこうもおかしいと思うのか、それにはいくつか理由がある。

 

 一つ目は、彼が部屋に篭り出したこと。

 

 べつに引きこもりの心配をしているわけじゃなく、というか部屋から出なくてもべつに問題はないのだが、最近の彼は部屋に篭ってノートに何かを写したり、パソコンで何かを調べたり、電卓で執拗に何かを計算したりと、一人で作業していることが多い。

 

 必然的に私たちと遊ぶ機会も減っているわけだ。 べつに遊ぶ機会は減ってもいいけど……それがいつまでも続いたり、一人で何かコソコソしてるのを見るとそれはそれで寂しい気がする。 そう──尻尾を振っていたペットがある日を境に突然よそよそしくなったみたいな感じだ。

 

 な~んか……私とフェイトちゃん以外の人に尻尾を振っている気がしなくもない。

 

 二つ目は、ヴィヴィオがウェイトレスさんのマネをしだしたりすると慌てて止めにはいることだ。

 

 普段のヴィヴィオはメイド服を着ていたり、不思議な国のア○ス風衣装を着ているので私もフェイトちゃんも可愛らしくヴィヴィオの動作をみているのだが、彼だけは違っていて『こ、こらヴィヴィオ!? 家ではダメだって!?』とヴィヴィオを止める始末。 ヴィヴィオもヴィヴィオでそれに何も文句も言わずに『えへへ~。 かわいい?』となぜか止められたことに上機嫌。

 

 まるで私とフェイトちゃんを差し置いて、二人で何かをしているみたいだ。 二人してなにかを隠している──彼が私に対して隠し事?

 

「そんなのダメーーーーー!!」

 

『うわっ!? いきなりどうしたんですかなのはさんっ!?』

 

 ガラッ! と回転椅子が倒れる音と部下が私を呼ぶ声で我にかえる。

 

「あっ、えーっと……にゃんでもにゃいよ、にゃんでも」

 

「なのは、ネコ語になってるよ!? 大丈夫!?」

 

「う、うん。 大丈夫」

 

 フェイトちゃんが私のほうに近づいてくる。 もしかしたらフェイトちゃんも私と同じような考えをもっているかもしれない……。

 

「フェイトちゃん、ちょっといい?」

 

「え? どうしたの?」

 

「う、うん……。 えーっと、さ。 ちょっと話したいことがあるから休憩室にいかない?」

 

「え? べつにいいけど……」

 

 そうして私はフェイトちゃんを連れだって休憩室にいく。 途中後ろのほうで、

 

『なのはさんとフェイトさんの百合でレズでイケナイ展開に……!』

 

『ティア! カメラの準備はできてるよ!』

 

 とのなんとも嘆かわしく、情けない自分の部下の声が聞こえてきたので

 

「あ、ヴィータちゃん。 ちょっと二人に訓練お願い」

 

「あー、いいぜ。 おいスバルとティア。 カメラなんてもってないで行くぞ」

 

『なのはさんのイケズーーー!』

 

 いや、訓練も大事だからね?

 

 

           ☆

 

 

「それでなのは。 どうしたの?」

 

 休憩室でフェイトちゃんとアイスココアを片手に対面に向かい合う。

 

「うん。 近頃、アレが変だと思わない?」

 

「アレ? ……あ、俊のこと? う~ん、確かに変だとは思うかな」

 

「だ、だよね!? やっぱり変だよね!?」

 

「ちょっ、なのは顔が近いよ!? ま、まぁ……なんだか少しよそよそしい感じはするし、最近は部屋にこもってパソコンで何かしてるよね」

 

「そうなんだよ! 私達に隠れてなんかコソコソしてるじゃん!? それって──どう思う!?」

 

「え? べつにいいんじゃない?」

 

「──へ?」

 

 フェイトちゃんの意外な言葉で拍子抜けする。

 

 あ、あれ? フェイトちゃんなら『ダメだと思うかな』って言うと思ったんだけど……。

 

「……え? フェイトちゃんはそれでいいの……?」

 

「う~ん……。 べつにいいってわけじゃないけど、俊が何か自分で頑張ってるみたいだし、私はなにも口出しはしないかな? ヴィヴィオも巻き込んでるみたいだけど、危ないことはしてないみたいだしね」

 

「うっ……確かにそれはそうだけど……。 でもでもでもでも! フェイトちゃんは心配じゃないのっ!? 懐いていたペットがふいによそよそしくなったんだよ!?」

 

「お、おちついてなのは!? 顔が近いって!? た、確かに心配ではあるけど、俊なら大丈夫だよ。 人外レベルの人たちが周囲には沢山いるし、俊だって一般人よりかよっぽど強いし」

 

「た、たしかに強いのに知ってるし、そこらへんは心配してないけど……。 ええと、そういうことじゃなくて……。 この頃遊ぶ機会とか減ったし……。 私達以外の女の人と会ったりとか……そういったこともあるわけで」

 

「え~っと、なのは? もしかして寂しいとか?」

 

「へっ!? そ、そんなわけないじゃん! ただ私は、ペットがなにか間違いを起こしたら去勢させないといけないことと、相手方の心的外傷と今後の将来を心配してるの! だから……え~っと、その……とにかく、これは一度問いただしたほうがいいと思うんだ!」

 

 多少強引ではあったものの、私の結論をフェイトちゃんに聞いてもらう。 フェイトちゃんは顎に手を当てて1分ほど考えたあと、

 

「……たしかにそれはいいかもしれないね」

 

 と、納得してくれた。 うん、やっぱり問いただしたほうがいいよね。 だって、去勢するかしないかの瀬戸際なんだから。

 

 

           ☆

 

 

 夕食も終わり、お風呂に入り、あとは寝るまでだらだらしているだけの時間が過ぎていく中、彼はこそこそと玄関へと向かっていた。 私とフェイトちゃんは目で合図して、ヴィヴィオをつれて彼の後ろをついていく。 彼が玄関のドアへと手をかけた瞬間──

 

「どこにいくのかな~? よかったらなのは達にも教えてほしいかも。 ねぇ、フェイトちゃん?」

 

「そうだね、なのは。 出かけるには些か遅い時間だよ、俊」

 

 分かりやすく肩をビクりと震わせ、彼はぎこちなく首を動かしたあと、ぎこちない笑みでというよりも引き攣った笑みでいまにも泣きそうな笑みを浮かべていた。

 

「や、やあ二人とも。 奇遇だね、こんな所で会うなんて」

 

「いや玄関だから会おうと思えばいつでも会えるよ。 って、そういうことじゃなくていまから何処に行くのかな?」

 

「えーっと、コンビニに行ってきます」

 

「なにか買うものがあるの?」

 

「ベビーパウダー買ってくる」

 

「まって、この家の年齢でベビーパウダー使う人はいないんだけど」

 

「俺がフェイトのおっぱいをチューチューしながらベビーパウダーがついた手でなのはにア○ルを弄ってもらうんだ」

 

「絶対に行かせないよっ!? いまの会話で君の特殊な性癖とか全部無視してあげるけど、絶対に外へと出さないからね!?」

 

 ガシッと彼の肩を掴む。 フェイトちゃんも同様に唇が青紫になりながらも懸命に私以上に必死に彼を止める。 彼を離すことで被害を被るのは間違いなくフェイトちゃんなので必死にもなるよね。 でもフェイトちゃん、爪が喰い込んで彼の肩出血してるんだけど。

 

「しゅ、俊ダメだよ!? 今日は私達と一緒にいよ!? ね!? なんなら部屋で一緒に寝てもいいから! というか仮に俊がベビーパウダー買ってきても絶対にしないからね!?」

 

「俺だって……! 俺だってア○ル弄ってもらうなら好きな人達に弄られたかったよおおおぉぉぉおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 彼は泣きながら、そう絶叫して、私達の制止を振り切って玄関の扉を開けて出て行った。

 

 開け放たれた玄関の前でポカーンとする私達。

 

「……いっちゃったね……」

 

「うん……、そうだね……」

 

「とりあえず、玄関閉めようか……」

 

「うん……、そうだね……」

 

 私達はそっと玄関を閉め、彼の存在を記憶の中から抹消した。

 

 

           ☆

 

 

 なのは達の制止を振り切る形で逃走し、俺はいまキャサリンのバイト先『あなたの穴にインサート』の店内で掃除をしていた。 店名からして、綺麗でケバケバした女性が多い──と思うだろうが、実はその逆でゴテゴテとしたガチムチっぽい人達で女装してお酌をするというなんとも近づきたく絵面が展開されていたりする。

 

 しかも全員、元管理局員。 いずれも現役時代に腕を鳴らした猛者たちなのだが、そんな男たちの前でもこの人物は別格であった。 鋼鉄にして鋼殻、『砕き鉄塊の拳(トロールハンマー)』と呼ばれた男。 名前はキャサリン。 本名──岩尾管狗(いわおくだく)さん。 魔力量はあえてランクにするとしたらEランク、しかしながら魔導師ランクはAAAランク。 そんな人がいま──

 

「ダーリンってばほんとかわいいわ~! ──食べちゃいたいくらい」

 

 俺の尻を執拗以上に愛撫していた。 ズボン越しからとかじゃなく、パンツ越しに、愛撫──というよりもより正確に表すのなら──俺の尻をわしづかみしていた。

 

 擬音で表現するのなら、ぐにぐに! という感じだ。

 

「あの……何度もいうように俺はキャサリンのダーリンでもないし、死んでもお断りだし、俺の尻をわしづかみにするな!」

 

「でも可愛いわな~! 普段は変態行為を日常的に繰り返すあなたが、ふりふりのミニスカメイド服で髪を強引にツインテールにして男性用縞パンをはいて顔を赤くしているダーリンはすごく可愛いわよ♪」

 

「べつにふりふりのミニスカメイド服を着ることに抵抗はないし、男性用縞パンを履くことに対しても抵抗はまったくないし、ツインテールもたまに遊びでやってるから全然いいけども──それよりもなによりも、アンタら従業員の俺を見る目が怖いんだよ!?」

 

 だから俺は来たくなかったのだ……! そもそも、この人は初対面からしてもおかしかった。 おっさんに紹介されてキャサリンに会ったとき、初対面にもかかわらず個室に連れ込まれたのは悪い思い出だ。

 

 しかもこの人、強引ではなく紳士的に服を脱がそうとする。 引き千切るんじゃなくて、執事がお嬢様に服を召すときのように、もう色々と怖い。 けど──この人のカリスマ性だけは本物だ。 なんたって、此処の従業員全員──キャサリンの元部下なんだから。

 

 そして俺のいまの現状は、先も述べたようにふりふりのメイド服(俺がよくなのはやフェイトに着させようとするタイプの奴。 メイド喫茶とかで多いかな)に、男性用縞パン。 ちなみに白と青色である。 そして髪はツインテールにしている。 ツインテールといっても、横からちょこんと出ているだけなのだが、これでも立派なツインテールだから問題はないはずだ。

 

「にしてもまぁ……よくもこんなに人がくるもんですな。 潰れてもなんらおかしくないのに」

 

「リピーターが多いのよぉ。 それに──男同士のほうがワイワイガヤガヤできるでしょ? 女と飲むとね、どうしても男ってのは恰好つけたくなる生き物なのよ。 それが男の本能的な行動欲求なの。 でも、そんなことしたらストレスたまるでしょ? そういったストレスを感じた人達は此処には集まってくるのよ」

 

「なんか麻薬みたいですね」

 

「この世は麻薬で満ちてるわ。 ダーリンの大好きなアニメやマンガ、ゲームだって麻薬といえば麻薬なのよ? 違いのは合法か違法かだけ」

 

「なるほどな~。 だとしたら、恋も麻薬ってことか?」

 

「そうよぉ。 恋以上に中毒性が高いものないわね。 だって失っても、また戻ってくるのが恋愛なんだから。 人間である以上、切っても切れないわね」

 

 パワプロでも恋の病になると練習できないしな。 恋って恐ろしいぜ。

 

『キャッサリーン! 俺の相手してよぉ~!』

 

「はいはーい! いま行くわぁん! あ、ダーリンもいきましょ?」

 

「えッ!? 俺はいいよ!? 掃除してるから!」

 

「でも、せっかく可愛いんだからいきましょうよぉ~!」

 

「だーかーらー!」

 

「6万に上げてもいいんだけど~……。 ダーリン乗り気じゃないし──」

 

「なにぼさっとしてんだキャサリン! 客をまたせるな!」

 

「うふ、そういう素直なとこ大好きよ」

 

 やめろ 離せ 近寄るな

 

 

           ☆

 

 

「ハローハロー、山ちゃん。 最近調子はどうなの? っと、その前に紹介しとくわぁ! 私のダーリンであるカナよ!」

 

「え? 何勝手に源氏名つけてんだよ、変態ガチムチ女装野郎」

 

「6万欲しくないのかしら?」

 

「はじめまして~! カナです☆! カナは此処でのバイトは今日初めてなのでちょっぴり緊張していますぅ~……。 みなさんよろしくお願いします!」

 

 人は金が絡むと外道に堕ちるとよく聞くが、まさかナチュラルに外道で下種の俺がここまで堕ちるとは思わなかった。 でも──こんなときのために裏声というか、萌え声が出せるように練習しといてよかったぜ……!

 

「へ~、カナちゃんか~! キミかわいいねぇ……。 ちょっとこっち来てお酌してくれない?」

 

「あ、はい!」

 

 愛想を振りまきつつ、手で呼ぶ客の隣に移動する。 その時にちらりと店内を見回すと、おっさんが従業員のみんなに慰められている光景が目に入った。 ……普段から色々大変だもんな……俺が半分を占めてそうだけど。

 

 客の隣に座ると、酔っているのか俺の尻を撫でてきた。 そして俺の耳たぶを噛んできた。

 

「おいてめぇ、酔ってるからってなにしてもいいと思うなよ。 いますぐその手をひっこめねえと手切り落とすぞ」

 

『おっふぉん!』

 

「も、もぉ~! やめてくらしゃいよぉ~! エッチっ!」

 

「カナちゃんかわいいなぁ~! お尻もぷにぷにだし、どう? お酒とか」

 

「あ、カナは未成年なのでお酒は飲めないんです~!」

 

「え? まじで? カナちゃんは何歳かな?」

 

「永遠の17歳です☆」

 

 張り倒したい。 客とか関係なく、いますぐこの場でこいつを張り倒したい。 テーブルに置いてあるペーパーナイフを使って刺殺したい。

 

「そ、そういえば山さんはどんな仕事をしてるんですかぁ? カナもっと山さんのこと知りたいなぁ~」

 

 ちょっと甘えた声でそう聞くと、山さんはデレデレしながら答えると思ったのだが、海も真っ青なほどの青さと海溝ほどの暗さで答えはじめた。

 

「しがない漫画家だよ。 以前は少年ジャ○プで連載してたんだけど……いまは人気もなく持ち込みマンガもことごとくボツ食らってるよ……」

 

 ……あれ? もしかしたら地雷踏んだかな……?

 

 山さんは俺の肩を掴みながら、というか、ぎゅっと抱きしめながら叫び始めた。

 

「カナちゃん! 俺はダメなマンガ家なんだよっ! どうしようもないほどダメな人間なんだ!」

 

 そういいながら、俺の胸を揉む山さん。 そういいながら、俺の尻を撫でまわす山さん。 そういいながら、俺の匂いをスーハースーハーと嗅ぐ山さん。

 

 超絶に気持ち悪いです、本当にありがとうございました。

 

 しかしながら、この人が本当にマンガ家で連載していたというのであれば、俺はこの人の連載マンガを読んだことがある。 というか、ファンである。 タッチが柔らかく女の子がエロイのだ。 健全なのにエロイのだ。

 

 俺はもう一度、あの作品を読みたい。 あのタッチの女の子を再びみたい。

 

 だから、山さんの肩を掴みそっと剥がし、満面の笑顔で一ファンとしてお願いした。

 

「カナは山さんの作品をずっと読んでました。 そして好きでした。 カナはもう一度、山さんの作品を読みたいです。 だから──お願い、カナのために、描いて?」

 

「カ、カナ……ちゃん……」

 

「はい?」

 

 山さんが下を向いてわなわなと震える。 かと思うと、

 

「結婚しよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 一生幸せにするからああああああああああ!」

 

「ちょっ!? 俺男だってば!?」

 

「一向に構わん! むしろそれがいい! カナちゃんのような可愛い美少女がいてたまるか!」

 

「いや構えよっ!?」

 

 血走った目で俺を押し倒す山さん──しかし山さんはこの人を忘れていた。 オーナーである、キャサリンを。

 

「山さん、ちょ~っと度が過ぎたわねぇ。 個室にいきましょうか?」

 

 キャサリンは俺の名を呼ぶ山さんを個室へと連れて行った。

 

 俺はというと、その間にテーブルを他の従業員に任せて店の端へと避難した。

 

 

           ☆

 

 

 このバイトもやがて終わりを迎える。 店自体はまだまだ続くが、俺はこれからバイト終了までの30分間をのんびりと過ごすことにした。 ちなみにおっさんは酔いつぶれてる。 お前、あれだけ行きたくないと言っていたのに、一番楽しそうだったぞ。

 

 何気なく窓の外をみる。 既に暗い常闇が辺りを支配しており、夜行性動物が本来の力を発揮するときがきたようだ。

 

 チン

 

「飲むかい、カナちゃん」

 

「どうも。 それとカナちゃんはやめてくださいよ」

 

「それじゃシュンちゃん? ひょっとこちゃんは可愛くないし」

 

「……カナでいいです」

 

 あぶねぇ……一瞬寒気がしたぞ!?

 

 軽く身震いしたのち、持ってきてくれたグラスに手をつける。

 

「カルピスですか」

 

「いまのキミが白濁液を飲む姿を想像すると……勃起がとまらんぞ」

 

「そのチ○コへし折るぞ」

 

 カルピスを飲む俺。 それを写メる男。 どうみても変態の図である。

 

「って、おい!? 写メるなよ!?」

 

「大丈夫大丈夫。 あとでちゃんと送るから」

 

「いや送られてもリアクションに困るんだけど!?」

 

 これで抜くことができたらプロすぎるだろ。 いくらなんでも自分自身の女装姿では抜けないぞ。

 

「でも結構いい感じだぜ? ほら」

 

 そういって俺にみせる。 ……なるほど、確かにこれはアリだな。

 

 訂正、どうやら俺は自分の女装姿でも抜ける男であった。

 

「それにしてもすまんな、隊長が──いや、キャサリンがお前を巻き込んでよ。 本当は掃除だけのはずなのに」

 

「べつにいいよ、給料が上がるんだ。 それ相応のリスクがつきものだろ?」

 

 かなりハイリスクではあったが。

 

 そういうと、男は笑った。 ニッコリと穏やかに。 女装姿で。

 

「やっぱり、お前は面白い男だよ。 なぁ、キャサリンがなんでオカマバーを開いているか知ってるか?」

 

「さぁ? あまり知りたくもない話題だが、その雰囲気から察するに色々とあったり?」

 

「そう、色々とあったりしたんだよ。 キャサリンが辞めたのは丁度10年前さ」

 

 

           ☆

 

 

 当時、というと俺たちからしてみれば10年前。 キャサリンは犯罪者がその名を聞いたら二重の意味で縮み上がるほどの魔導師であったらしい。 一つは魔導師ランクが高く、強いこと。 もう一つは男色系男子であること。 その二つは犯罪者たちにキャサリンの名を広めたことだという。 特に後者の理由は相当大きいことであった。

 

 そしてこれが一番驚いたことなのだが、なんとキャサリンは海ではなく陸のほう、つまりミッドの平和を守っていたのだ。 陥れるためではなく、知識としては陸は海より劣っていると聞いたことがある。 それに優秀な魔導師は海に行くとも聞いた。 (ちなみになのは達は海である) そんな中でキャサリンだけは陸にずっといたそうだ。 しかしながら、理由を聞いてみたところ、その理由がなんともキャサリンらしくて面白かった。

 

『だってパンツが見えちゃうじゃない!』

 

 いや、お前ふんどしだろ。

 

 そう当時の人々は突っこんでいたに違いない。 俺なら間違いなくそう突っこむ。

 

 こんな人がカリスマ性抜群とはにわかに信じられない話であるが、部下の皆さん、つまり現従業員たちは口を揃えてこう言った。

『あの人は性別が男か女か迷子になっていても、生き様だけは漢だよ』

 

 そしてこんなエピソードを教えてくれた。

 

 一昔前、ミッドで凶悪犯罪者がやってきた。 陸の者たちは市民を守るために必死になって戦うが、相手はランクでいうとSクラス。 とても陸で敵う相手でもなく、海のほうもランクがランクなだけに人材を出すことに抵抗があったらしい。

 

 一人、一人、また一人と局員は倒れ、ミッドがパニックになるなかその男はいつものように、散歩でもするかのように、小さい子どもにアメをあげながら、その自慢の拳で敵を蹴散らしつつ犯罪者のボスの前にたった。

 

 いつものふんどしスタイルで。 舐めまわすように見つめながら。

 

『おい、そこの変態。 なにしにきたんだ?』

 

 ボスは問う。

 

『色男探しにきたの』

 

 キャサリンはそう答えたらしい。

 

 ボスはまだ15歳くらいの子どもで、管理局を悪と決めつけた中二病を発症させた子であった。

 

『魔力量もAAで魔導師ランクがSの俺に勝てるのかよ? お前ランクは?』

 

『魔導師としてのランクならAAAよ。 魔力的にはEくらいだったかしらね』

 

 ボスは笑う。 嘲笑する。

 

 小馬鹿にしたように話しかける。

 

『ランクが俺より下じゃないかよ、雑魚が!』

 

 そういいながらキャサリンと戦い──結果、キャサリンの圧勝らしかった。

 

 魔法もなにも使わずに、キャサリンは相手を鉄拳で征したのだった。

 

 そしてキャサリンはいった。 魔導師を全否定するであろう発言を口にした。 しかしながら、キャサリンの言葉で救われる者もいたかもしれない。

 

 キャサリンはこういったのである。

 

『魔力なんてただのお飾り。 それに頼って戦うような奴なんか、怖くもなんともないわよ。 魔力ありきでしか何もできない魔導師なんてクソくらえ』

 

 

           ☆

 

 

「それって……管理局に喧嘩売ってますよね……? 大丈夫なんですか?」

 

「まぁ、大丈夫だったらしいぞ」

 

「というか、キャサリンもう少し早くこれなかったの?」

 

「便秘らしくな、5時間くらいトイレにいたからさ。 完全に戦力から外してた」

 

 締まらねえ話になったなぁ……。

 

「あの人は常に自分の行動で示してくれたんだよ。 誰よりも臆することなく、誰よりも早く一歩進んでくれたんだ。 だからこそ──俺たちはあの人が好きなんだ。 あの人と一緒にいたいんだよ」

 

「……ちょっとだけ、わかる気がするよ……」

 

 俺自身も少なからず、そういったところがあるからな。

 

 基本的に俺は外道で根性が腐ってて性格も最悪な男である。 だからこそ、魔力量がA以上あって、魔導師ランクもA以上あるやつが、

 

『ランクなんてものはただの飾りなんですよ。 頭の固い連中たちにはそれがわからないんです』

 

 なんてことをほざいていると、それはもう俺の脳内ではただの嫌味にしか聞こえないわけである

 

『お前それ、ランクのことを気にしている女の子の目の前で言えんの?』

 

 と、問いただしたくなるような男なのだが、

 

「なんか格好いいな……キャサリン」

 

「ああ、最高に恰好いいよ」

 

 なんだかキャサリンの喋ったセリフだと、なんとなく恰好よく感じてしまう。 たぶん、本当に拳のみで戦うからこそだろう。 魔力なんてものに頼らずに。 魔導師と

しては三流で、人間として一流の男なのだろう。

 

 奥のトビラがふいに開き、中から目下の話題であるキャサリンが出てきた。

 

「あらぁごめんなさいね、ダーリン! はい、お給料。 そ・れ・と──」

 

 チュ

 

「これは気持ちよ、気持ち」

 

「どう考えても頬にキスマークがついてるんですけど、気持ち悪いくらい赤くて大きなキスマークが俺の頬についてるんですけど」

 

 給料の袋をもらう瞬間に頬に当たった感触がおぞましくて今日は寝れないかもしれない。

 

 俺は寝転がっているおっさんを肩に腕を通しながら抱き上げ、キャサリンにずっと疑問に思っていた質問をぶつけることに。

 

 キャサリンのエピソードはわかった。 名台詞もわかった。 ただ──

 

「なんでキャサリンは管理局を辞めたんだ? いまならおっさんとの二枚看板なのに」

 

 いまのミッドは大変治安がよく、治安が良すぎるところではゴキブリが出てきたくらいで近隣住民がパニックになるほどである。

 

 だがしかし──犯罪なんて争いなんていつ起こるのかわからない。

 

 だから、戦力はもっと多いほうがいいだろうに。

 

 そういった意味も込めて発した質問だったが、キャサリンはまるで子どもをあやすように俺の頭に手を置いたあと、笑顔のままこういった。

 

「私には、局で働くよりも、みんなでわいわい騒げる場所で好きなときに好きなお酒を飲むほうがあってるのよ」

 

 そう答えた。

 

 そして続けざまにこういった。

 

「頼むわよ」

 

 そんなセリフは本来ならば、時空管理局に勤めていて、なおかつエースオブエースやらなんやら言われているエリート集団の俺の友人たちに言うべきセリフであって、こんな無職にいうことではないのだが、その瞳があまりにも真剣だったもので、俺もついつい答えてしまった。

 

「当たり前ですよ。 俺は自宅を守る警備員ですよ?」

 

 その答えをきいて、キャサリンはただただほほ笑むだけだった。

 

 

           ☆

 

 

 泥酔状態のおっさんを家まで送ったと、猛ダッシュで帰宅したのだが、時刻は1:30。 良い子は寝ている時間である。 そして我が家基本的に俺を除いて良い子、というか良すぎる子たちなのでとっくに三人仲良く川の字で寝ているものだと思っていたのだが、意外や意外。 なんとまぁ、リビングの電気が点いていた。

 

 シルエットからして、なのはであることはわかった。

 

 玄関にいき、ポケットをまさぐり鍵がないことにきづく。 そういえば、あのときは意気消沈して出かけて行ったから鍵なんか持たなかったな。 ヴィヴィオとフェイトが寝ているのでインターホンを鳴らすわけにもいかず、どうしようかと悩んでいると、内側から鍵をあける音がして

 

「……随分と遅くまで、ベビーパウダーを買ってたんだね……」

 

「や、やぁ、ただいま。 ちょっと高級品のやつを買ってさ」

 

「ふ~ん……それで? なにも持ってないけど」

 

「帰宅途中に食べちゃった」

 

「ベビーパウダーは食べ物じゃないからねっ!?」

 

「ちょっ 晩いんだから大きな声はダメだろ」

 

「あぅ……」

 

 近隣住民の確認するなのは。 誰もなにも反応がないことを確認して、俺はなのはに入れてもらうことにした。

 

 ─玄関─

 

「ずっとまっててくれたの……?」

 

「べつにキミを待ってたわけじゃないよ。 書類仕事をしてたらこんな時間になってただけなの。 それでふいに外でキミの気配を感じたから玄関にきただけ」

 

「あれ? でも書類仕事は六課で終わらせたっていったよな?」

 

「ま、間違えたの! ゲームしてたらこんな時間になってたの!」

 

 なにをそんなにムキになってるんだ。

 

「ま、まあいいや。 俺はもう寝るから、ゲームもほどほどにな」

 

 なのはにそういって立ち去る──立ち去ろうとしたのだが、腕をギュっと掴まれ制止させられる。

 

「ホ、ホットミルクでも……飲んでいかない?」

 

 う~ん……正直いまの気分としては寝たいのだが。 めちゃくちゃ寝たいのだが。

 

 それでも──俺を見つめるなのはが可愛すぎて、ついつい頷いてしまった。

 

 

           ☆

 

 

 台所に置いてある電子レンジを使ってミルクを温める。

 

 何故こんなことをしているのか? それは一重に彼の行いを問いただすためである。 だからこそ、彼とゆっくり喋ることのできる場所を作ったのだが──

 

「なーんか、取り方によっては、私がアレのことを気にしてるみたいな取り方だよねー……」

 

 まったくと言っていいほど、全然彼のことは意識していないわけだけど。 そもそもありえないわけだけど。

 

「おまたせー。 って、もしかして寝てるの?」

 

 リビングに戻ってみると、彼はソファーに座ったまま寝ていた。

 

「もう、せっかくのホットミルクが台無しだよ」

 

 

 テーブルにホットミルクをおいたあと、彼の隣に移動する。 いや、ここは強引にホットミルクを飲ませるという手も……。

 

「……だよ……」

 

「え? 何かいった?」

 

 彼の寝言に反応する私。 しかし彼はそれ以上寝言をいうことはない。

 

 なので私はもう少しだけ、顔を近づけることにした。 べつにこれに他意はない。 ただなんとなく、近づいてみただけだ。 そしてなんとなく言ってみた。

 

「ねぇ……俊くん。 なのはは心配してるんだよ? コソコソするのは、あまりよろしくないけど、この際目を瞑ってあげる。 いつかはちゃんと打ち明けてくれるって信じてるから。 でも──俊くんはお人よしでなんだかんだ言いながら、人を助けようとする人だから、知らず知らずのうちに巻き込まれたりして、そのたびになのはがどれだけ心配してるか分かってるの? 絶対わかってないでしょ? ううん、わかるはずないものね。 だってキミはいつも私達を優先しようとするから。 私達が一番だから。 それはとっても嬉しいことだけど……でも、俊くんが思っていることはなのは達だって思ってるんだよ? ──ずっと隣で笑ってほしいの。 ずっと隣で笑顔でいてほしいの。 手を伸ばせば掴んでくれるんでしょ? しゃがんでいたら声をかけてくれるんでしょ? ねえ俊くん」

 

 これは深夜のテンションが巻き起こした、一種の魔法。 だって普段の私はこんなこと考えてもいないんだから。

 

「最近は遊ぶ機会も減ってるし、一緒に過ごす時間も短いよね。 あんまりこんな状態が続くと、なのは泣いちゃうよ? いいの? 好きな人を泣かしちゃって?」

 

 いまの自分はとても意地悪な女の子だと思う。 だって、彼の気持ちを手玉にとるようなことをしているのだから。

 

「そんなのダメだと思うんだ。 一度好きになったからには、ね? だから──離れないでよ……」

 

 腕に力がこもり、その拍子に彼が目を覚ました。

 

「……ん……もしかして俺寝てた……?」

 

「う、うん。 ちょっとの間だけね」

 

「そっか……。 いや、いま夢でなのはが泣いてる夢みたからさ、駆け出して行ったら目を覚ました。 う~ん、あの世界の俺には頑張ってもらいたいものだ」

 

「それ夢なんでしょ?」

 

「夢ってのは、必ずしも空想なんかじゃないと思うんだ。 どこか違う世界の光景を映画のように見ているもんだと思っているよ」

 

「あ、そう考えるとちょっとすてきかも」

 

「だろ?」

 

 彼の笑いに合わせて私も笑う。

 

 彼はテーブルに置いたホットミルクに気付き、

 

「飲んでいい?」

 

 と、聞いてくる。

 

 もちろんわたしは笑って答えた。

 

「どうぞ」

 

 彼はそのままホットミルクを取り、ゆっくりと飲んでいく。

 

 その温かさのせいなのか、少しばかり頬を緩める──ところで気が付いた。

 

 彼の頬になにか赤いマークがついていることに。

 

「ねえ、このマークどうしたの? 出かける前はなかったと思うんだけど」

 

「へっ!? いや、これは……その……なんでもないよ、なんでも!」

 

「ふ~ん、……なんか怪しいなー。 もうちょっとみせて」

 

 彼の声を無視してもっとよく見る凝視する。 手でゴシゴシと拭ったのか、かなり消えかかっているけど──

 

「これってさ……キスマークだよね?」

 

 私の中で、何かが切れる音がした。

 

 

           ☆

 

 

 彼を庭に放り出した後、私はフェイトちゃんとヴィヴィオが寝ている私室に帰ってきた。 もう夜も遅い時間帯だ、はやく寝ないと……。

 

「あれ……なのは? もういいの?」

 

「あ、フェイトちゃん……起きてたんだ」

 

「うん、ビンタの音がここまで聞こえていたよ」

 

 

「それは俊くんが悪いよ。 頬にキスマークなんてつけて帰ってきたんだから」

 

「えっ!? それほんと!? ちょっと詳しく聞かせて!」



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45.ホモ疑惑

 深夜庭に追い出された俺は、そのまま朝方まで延々と草むしりをしていたわけだが、これがなんともまあハマってしまい……いまは若干楽しんで草むしりをしているのが現状。 こんなことでもないと、なかなか草むしりをしようと思わないのでこれはラッキーととらえるべきか。

 

 いや──

 

「おはよう、どスケベ女たらし」

 

「お、おはようございます、なのはさん……フェイトさん」

 

 部屋の窓から俺を呼ぶふたりの声と顔をみたのなら、これはきっとおそらくラッキーとは思えないだろう。 俺は庭でしゃがみながら草むしり、対してあちら側は部屋から俺を見ているので、必然的に俺を見下す形になる。 見下すといっても、舐めてかかっているみたいなことは一切ない。 どちらかというと、完璧に殺しにきてる感じだ。 正直、怖すぎてチビりそう。

 

「あ、あのさ……なのはさん? 昨日のことなんだけど、ちょっと誤解があったかな~、なんて個人的には思うんだよね……」

 

「へ~……誤解? どんな?」

 

「いや、それは言えないけど……」

 

 言ったらバイトのことは知られてしまうし、バイトのことを知られるとプレゼントのことまで言わなくちゃならなくなる。 それは本当に勘弁願いたい。

 

「私達に言えないようなことをしてきたんでしょ? たらし」

 

「信じてたのに……」

 

「いやほんと誤解なんだってばっ!? フェイトもそんな悲しい顔をしてないで信じてよ!?」

 

 結局、俺は二人の誤解を解くことができないまま二人を見送り、ヴィヴィオと一緒にバイトにでかけた。 今日のバイト先はペットショップである。 あのネコもどきを預けたところだ。

 

 

           ☆

 

 

「やぁシュン。 やっとキミも魔法少女になる決意を固めてくれたんだね」

 

「そろそろ自分の世界に帰れよ。 ゲームもでるだろうが」

 

「そういうキミこそ劇場版とゲームがでてるじゃないか。 三期は尺の問題がありそうだけど」

 

「流石に三期の劇場版は厳しい気がするけどな。 というかそれ並行世界の話だろ。 熱血萌え燃えバトルアニメの話だろ。 この世界には関係ねえよ」

 

「それにしても並行世界の彼女たちは大変だね。 大きな傷を負ったり、上司にバインドで縛られたあげく魔力弾ぶつけられたりさ」

 

「残念ながら並行世界まで関与しようと思わないのでこの話題はここまでにしよう」

 

「キミはいつだってそうだ。 そうやって逃げてばっかり。 かみやが聞いて呆れるよ」

 

「かみやは父さんが捨てたから俺は関係ないの」

 

 ネコもどきはこの前と変わらないカゴにいれられて、客寄せパンダのような立ち位置にいた。 ヴィヴィオは熱心にふれあいコーナーで子犬や子猫・ハムスターなんかと戯れている。 めっちゃ可愛い、最高に可愛い。

 

「それにしても、キミは元いた世界に帰れといったけど、だったらこのカゴから出してくれないかな。 正直迷惑なんだよね、ボクのまわりにはいつも小さな子どもが集まって、触ろうとしてくるんだ。 正直迷惑だよ」

 

「エサ食いながら言われても説得力がないんだが」

 

 お前傍から見たら完全に可愛い小動物だもん。 性格は殺したくなるほどアレだけど。

 

「ボクはこの環境を認めたわけじゃないよ。 けど、ボクがこうしていると売り上げが伸びるみたいだからね」

 

「お前いいとこあるんだな」

 

「高級なエサをもらうためだよ」

 

「ふ~ん……。 それでも、お前のおかげで売り上げが伸びて、猫井さんが喜んで、お前の愛らしさで子どもが楽しそうにしているわけだ。 私利私欲でここまで他人を笑顔にできるなんて、お前は最高かもしれないな。 まさに可愛いは正義だよ」

 

「それならボクと契約をしてくれないかな?」

 

「それは断る」

 

 ネコもどきと喋っていると、前のほうからピンク色の髪をしたツインテールの女の子がやってきた。 見た感じ中学2年生くらいだろうか?

 

「いらっしゃいませ、なにをお探しでしょうか?」

 

「あっ えっと……Qべぇをみにきたのですが……」

 

「お嬢ちゃん、命を粗末にしちゃいけないよ」

 

 ピンク髪のツインテールは困った顔をしながらも、若干俺を避けつつネコもどきのほうに顔を向けた。 確かにネコもどきは性格を抜けばマスコット的な可愛さがあるからな~。 ちょっとだけ気持ちはわかるかもしれない。

 

「キミはまたきたのかい? ほんと飽きないね」

 

 おい、勝手にしゃべるなよ!?

 

 そう思ったが、女の子のほうも気にしてない様子でネコもどきと喋りだしたので、俺はそっとその場を後にしてヴィヴィオのほうに足を向けた。 人間関係って面倒だもんな。

 

 

           ☆

 

 

 30分後

 

「よおネコもどき。 相談はお済かい?」

 

「相談ってほどのことじゃないよ。 ただ──人間という生き物はやはり理解できないよ。 自分が嫌な思いをするのであれば関わらなければいいだけの話じゃないか。 友情とか愛とか友達とか、ボクにはまったくわからない感情であり、わかりたくもない感情だね」

 

「当たり前であり、お前の言うとおりだよ。 恋愛とか友情とか友達とか愛とか、所詮いらないものなのさ。 結局のところ、どんなに頑張っても世界は“自分”と“自分以外”でしか成り立たない」

 

「……キミがそんなことをいうとはね。 ボクはキミのことを誤解していたかもしれないよ。 キミは意外と冷めている人間なんだね」

 

「まさか。 俺ほど萌えている男はいないさ。 けど、不思議に思わないか、Qべぇ。 そんないらないガラクタを人は必至に集めるし、笑顔で決して離そうとしない」

 

「だからボクからいわせればキミたちは理解できないんだ。 何故そうまでしてガラクタを欲しがるんだい?」

 

「決まってるだろ。 人が欠陥品のガラクタであり不完全だからだよ。 だからこそ人は自分にはない部分を補う」

 

「なんとも情けない話だね」

 

「情けない? 俺は誇らしく思うよ。 完全なんて無価値に等しい」

 

 遠くのほうで、猫井さんが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。 俺はそれに返事をして走る。 その際に、ネコもどきを小さく呟いた。

 

『あの子……仲直りできたかな?』

 

 お前も見事に不完全の仲間入りだな、ネコもどき。

 

 

           ☆

 

 

 ひょっとこがペットショップでバイトしている間、彼女達もまた六課で仕事をしていた。

 

「最っ低! 家にヴィヴィオがいるのにもかかわらず、変なお店行くなんて最低だよ!」

 

「まあなのはちゃん……ちょっと落ち着いたほうがいいんちゃう……? ほら、フェイトちゃんはこんなにも落ち着いているわけやし」

 

「おいはやて。 フェイトが一心不乱にナイフを研いでいるんだけど」

 

「落ち着くんやフェイトちゃん!? 流石に殺人はあかんで!?」

 

 まあ、仕事とは名ばかりな愚痴大会ではあるのだが。

 

「大丈夫だよ、はやて。 足の神経を切るだけだから」

 

「それ家から出られへんで!?」

 

 目が結構本気なフェイトにはやては本気で恐怖する。

 

 ちなみにいまの仕事場には、なのは・フェイト・はやて・ヴィータ・シャマル・スバル・ティアがいるわけなのだが、そんなことなどお構いなくなのははたまりにたまった鬱憤を吐き出す。

 

「飼い犬に手を噛まれた気分だよ」

 

「で、でもアレちゃう? アイツが本当にそんなお店に行ったとは……。 そ、そもそもアイツはなのはちゃんフェイトちゃんloveなんやし」

 

「いいや、アレの口から吐かれる言葉は嘘が多いし、すぐ調子乗るからね。 行ったとしても不思議じゃないよ」

 

「……まあ、確かに嘘をよくつくな。 あいつの存在自体が嘘みたいなもんやし」

 

 ちょっと納得するはやて。

 

 しかしながら、はやては何故そんな店にひょっとこが行ったのか、大凡の検討がついてるので、今回ばかりはひょっとこのフォローに回ることにした。 恩を売っとく

と、後々いいことが起こりそうな気もするし。

 

 そんな中、なのはの話を聞いていたティアが疑問の?マークを浮かべながらなのはに聞いた。

 

「でも、なのはさんってひょっとこさんのこと興味ないんですよね? いつも軽くあしらってますし。 それでもこんなに怒るってことは、ちょっとは気があるんですか……?」

 

 そういった途端、ティアはバインドで縛られていた。

 

 目の前にはなのはの身も竦むような冷たい視線が、

 

「……ティア、そういう問題じゃないんだよ? 恋愛感情とかじゃないの。 ただ──ペットの躾はきちんとしないといけないでしょ?」

 

「そうだよ、ティア。 ペットの躾ができないで執務官なんて勤まらないよ。 これは恋愛感情とかじゃないよ」

 

 なのはとフェイトに至近距離から、凍てつくような視線をもろに喰らい、コクコクと頷くティア。 その頷きに満足したのか、バインドを解く。 ティアにとって、憧れであり大好きななのはにこんなことをされては、少々堪えるどころか恐怖の種が植えつけられたことだろう。

 

「はぁはぁ……なんてゾクゾクするいい目つきなの……! やばっ、イきそう。 すいません、ちょっとトイレでイってきます」

 

 そんなことはなかった。

 

 トイレに行くために席を立ったティアを微妙な表情で見送ったヴィータは、改めてフェイトとなのはに向き直る。

 

「まあ、アイツには何か考え事でもあるんじゃないか? なのはが言ったように、アイツは二人の犬みたいなもんだから、真っ先に二人にいうはずだぜ? それを言わないってことは、アイツにも考えがあるのかもしれない」

 

「うっ……、そ、そうかな?」

 

「うんうん、そうかもしれへんで! だからフェイトちゃんもなのはちゃんもあまり気に留めない方がいいかもしれんで!」

 

 はやての力強い声で、二人もしぶしぶながら納得する。 フェイトも研いでいたナイフを机の中にしまう。

 

 なのはとフェイトは、『少し怒りすぎたかもね……』と、反省し、帰ったらしっかりと事情を聞こうと誓う。

 

 はやてはその二人の結論に、心の中でひょっとこに謝りながらも張りつかせた笑顔でその場を取り繕う。 ヴィータとシャマルは二人でおかしを食べ、ティアはトイレから帰ってこない。

 

 そして、スバルは──

 

「でもひょっとこさんが行った所って、オカマバーなんですよね?」

 

 とんでもない爆弾を投げ込んだ。

 

 上矢俊にホモ疑惑が発生した瞬間であった。

 

 

           ☆

 

 

 夕方──

 

「ねぇねぇ、おにいさんネコさんほしいよぉ~!」

 

「う~ん……そうはいってもペットの世話って難しいから、ヴィヴィオじゃちょっと……」

 

「え~! ヴィヴィオできるもん!」

 

「それじゃ、なのはにネコミミつけてもらうから、それで我慢ってのは?」

 

「なのはママはモフモフしてないもん!」

 

 なのはがモフモフしてたら怖いけどな。 毛深いなんてレベルじゃねえよ。 あ、でも下の毛は……まあ処理してるか。 今度それとなく聞いてみよう。 『そういえば、なのはって下の毛の具合はどうなんだい?』 みたいな感じで。

 

「まあペットのことにかんしては、二人の意見を聞かないとなんともいえないなぁ~」

 

「それじゃママたちがいいっていったらネコさんいいの?」

 

「う~ん……ok出すとは考えにくいけどなー……」

 

 ヴィヴィオと二人、台所で夕食を作りながら話す。 ペットショップのふれあいコーナーでネコのかわいさに目覚めたヴィヴィオは、珍しく強く俺にネコを飼いたいとせがんでくる。 うんうん、こんなに自己主張してくれるとは嬉しいぞ。 俺もヴィヴィオを応援したいけど……ペットは難しいからな~。 やっぱりここはなのはにネコミミをみつけもらうしか──

 

『ただいまー』

 

 玄関から二人の声が聞こえてきた。 なんだかちょっとだけ気持ちが沈んでるのか、声が暗いけど……どうしたんだ?

 

 朝の一件もあったので、正直怖くて足が向かないと思っていたのだが、男は単純な生き物らしく、二人の声のトーンを聞いた俺は無意識に玄関まで歩いていた。

 

「おかえりなのはママ、フェイトママ!」

 

 ヴィヴィオが二人に飛びつく。 二人はヴィヴィオを体全体をつかい、優しく受け止める。

 

「ただいまー、ヴィヴィオ!」

 

 なのはがヴィヴィオに抱きつく。 ああ、可愛いなぁ……!

 

 と、思っているとフェイトが俺の脇をチョンチョンとつつき、リビングに誘導する。

 

 何が何だかわからないが、取り合えずついていく。 ……もしや、リビングでプレイするんですか!? 近くになのはとヴィヴィオがいるってのに始めるんですか!? いや、むしろいるからこそ始めるんですか! 立ちバックでいいんですね!?

 

 もうどきどきわくわくアドベンチャーである。 フェイトのおっぱいはでっかい宝島である。 掴んじゃうぞ、そのドラゴンボール。

 

「ねえ、俊」

 

 ふいにフェイトが話しかけてきた。

 

「ふぇっ?」

 

 妄想爆走中の俺は、なんとも情けない声をあげたが、フェイトはかまわずに──俺の手を握りしめ、自分の胸に置きながら涙声で言った。

 

「男同士はやっぱりダメだよ!」

 

「わけがわからないよ」

 

 何を言ってるんだ、この娘。 手を握られたときの俺の羞恥とテレをいますぐ返せ。

 

「あの……え? え……? ちょっ、え?」

 

「俊の特殊すぎる性癖は私もなのはもわかってるし、許容することもできるよ? でも、流石に男同士はダメだと思うんだ。 ほら、やっぱり女の子同士ならなんか大丈夫だけど、男同士なら一気に世間の風当たりも強くなるっていうか。 確かに昨今では、そういうカップリングもおかしくはないけどやっぱりまだまだ辛いものがあると思うんだ」

 

「ごめん、本当にフェイトの言いたいことがわからないんですけど。 俺がいつホモになったの。 確かに男もいいけど、それは二次元の話であって三次元には全く興味なんてないんだけど」

 

「ううん、口ではそういっても、俊の体は正直だよ」

 

 こんなところで、そんなエロチックなセリフで聞けるとは思わなかった。 掲げているテーマが俺のホモ疑惑じゃなかったら、絶対にフェイトと性行為突入してるだろ、これ。 シチュ的にフェイトが俺の体をSっぽく責めてるところだろ。

 

「いや、体も何も現状として俺は三次元のむさい男共に興味なんてないわけで。 というかあったら問題だろ。 ミッド中に俺とおっさんの薄い本が出回るだろ。 明らかに俺が受けで出回るだろ」

 

 仮に出回っていたら俺は自殺してしまうかもしれない。 けど、そうしたら二人と一緒にいられないわけで──

 

 そう考え始めた俺に、フェイトは涙声で魅力的に感情的に扇情的に蠱惑的に俺に語る。

 

「──私じゃ、魅力不足かな……?」

 

 甘く悪魔のような囁き。

 

 女神が俺に問いかける。

 

 その瞬間──

 

「もう辛抱できん!!」

 

 俺はフェイトに襲い掛かり──バインドに捕まった。

 

 周りを見回すと、なのはがちょっと安心したような、それでいてちょっとムっとしたような顔でレイジングハートを構えていた。

 

 ……え? もしかして3P? ついにフェイトのおっぱい揉みながらなのはにベビーパウダーつきの手でアナル弄られるの?

 

 なのはとフェイトがコソコソとなにかを話しはじめ、こちらにくる。

 

 なんかいいシチュなので、俺もちょっとモジモジしながら瞳を潤ませながらいった。

 

「その……優しくしてね?」

 

 とても優しい動作で、当たる瞬間だけ速度が何十倍にも上がる魔力弾を撃ち込まれた。

 

 ……とりあえず、このホモ疑惑が払拭されたのと、昨日の件もうやむやにできたのでよかった……かな?



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46.サーカス団

 今日をもってこのバイトも終わる。 それも意味すること、つまりは俺のバイト代がついに10万に達するということだ。 長かった。 予定通りならば今頃はプレゼントを渡し終えているはずなのだが、ちょいと狂ってしまいこのような時期になってしまった──のだが、それもこれもいまではいい思い出だ。

 

「ということでおっさん、早く1万くれ。 それで10万になるから」

 

「いや、働けよ。 交番にきてすぐにバイト料要求する奴がどこにいるんだ」

 

「ちっ、クソ使えねえ局員だな」

 

「お前くらいだぞ、局員を目の前にして堂々と暴言吐く人物は」

 

 いや、俺よりもっとすごい奴いるぞ。 あの六課に対してババア発言した猛者がいるからな。 結果ははやてに瀕死の状態まで追い込まれてたけど。

 

 それはさておき、

 

「今日のバイトってなんなの?」

 

「その前に、あの女の子はちゃんと信頼できるところに預けたか?」

 

「シャマル先生に事情を話したら、快く引き受けてくれた」

 

「それならよし。 それじゃ、今日のバイト先にいくぞ」

 

「だからバイト先どこだよ。 変態女子高生大好き野郎」

 

「黙ってついてこい、変態キチガイゴミクズ野郎」

 こんな調子で口喧嘩しながらバイト先まで行きました。

 

 

           ☆

 

 

 何ども言うようだが、ミッドは他の世界よりかはるかに治安がいいと言える。 それは強力な抑止力として管理局がすぐに駆けつけることができるからであり、ミッドの極一部(主に俺たちが住んでる周り)の奴らがキチガイ的に強いからである。

 

 世界的にみても、(この場合の世界的とは遍く次元世界のことだ)犯罪の件数が年々減っている。 これは管理局の上層部や、一般局員が頑張ってくれているおかげだろう。

 

 しかしながら、だからといって、犯罪がなくなるなんてことはありえないわけである。 捕まえる者がいれば、その対極となる捕まえられる者がいるわけだから。

 

 世界とは相応にして、調整されている。 バランスをわきまえている。

 

 善と悪

 

 幸福と不幸

 

 男性と女性

 

 どちらか一方が増すことがあっても、どちらか一方が消えることはない。

 

 幸福の中に不幸があるように

 

 不幸の中に幸福があるように

 

 善の中に悪があるように

 

 悪の中に善があるように

 

 世界はそうやって作られている。

 

 だからこそ、正義と平和を掲げる管理局は凄いと思うし、大変だと思う。 そして──報われないな、とも思う。 だって、この世に悪は消えないから。 それでもなお、世界を平和にするために管理局は存在する。 決して、支配でもなく、管理でもなく、人々が平和に過ごせるように存在する。

 

 だったら、その人々に──犯罪者というカテゴリーに位置する人間たちは入っているのだろうか?

 

「と、いう疑問があるんだけどぶっちゃけどうなのよ?」

 

「お前がもし魔導師ランクSSSでも、そんな考え方をもっているかぎり主人公にはなれないだろうな。 次元犯罪者や犯罪者だって、一度でも助けを求めたのなら、それは俺たちにとっては助ける側の存在になるわけだ」

 

「裏切られたらどうすんの?」

 

「笑って殴り倒すくらいの心の広さがないとな」

 

「その考え方、嫌いじゃないぜ」

 

 そういえば俺の近くにもそんな奴らが沢山いたわ。 主人公気質のあいつらが。

 

 まあ、だからといって──

 

「犯罪者の説得を俺に任せるなよ!?」

 

 場所はミッドの郊外。 ちょっとやんちゃな奴らが集まる場所だ。 ミッドで唯一、犯罪者がいる場所といっても差し支えない。

 

 おっさんは困った顔で、頬を掻きながら答える。

 

「いやー、な。 俺も連中がただの犯罪者ならボコって連れて行けば済む話なんだけどよ。 ……こいつらの犯罪歴が問題なんだ」

 

「えー……そんな奴らの説得しなきゃなんねえの?」

 

「まあ、害はないからな」

 

 おっさんと俺はスタスタと歩いていく。

 

 やがて大きな広場にでる。

 

 そこには──

 

「俺は小さい女の子と男の子の喧嘩止めてやったぞ! すんげえ悪い犯罪しちゃったぜww あいつらモジモジしながら“ごめんなさい”だってよ! 互いに嫌な奴に謝らせるとか俺って犯罪者の鏡じゃねえかww」

 

「俺なんて道で立ち往生してる婆さんをおぶったぜww あのババア泣きながらお礼言ってやがったww 優しくしなきゃいけない年寄を泣かすとか俺ってば鬼畜じゃねww」

 

「俺なんて学校中の窓清掃してやったわww 翌日見に行ったら、学校にいる全員が窓という窓をみていたぜww おかげで授業が遅れたらしいぞw 未来の若者の勉強時間を奪ったww」

 

 世紀末みたいな奴らが恰好に似合わず、いい話をしていた。 なにこいつら、ちょっと可愛いぞ。

 

「あ? なんだよおっさん。 また来たのかよ? 俺らは犯罪者だからな、おっさんのいうことなんか聞かないぞ」

 

 広場の中心で連中の話を聞いていた、俺より頭一つ分背の高い男が、おっさんに気付き話しかける。 そのおかげで、連中も気付きこちらに振り向く。 見事なまでに世紀末。 ここなどくると、黒髪でミクちゃんのTシャツ着てる俺が浮いているようだ。

 

「安心しろひょっとこ。 お前はミッドの市内にいても浮いてる存在だから。 まあ、それはそれとして、いつまで犯罪者ごっこを続けるつもりだ?」

 

「ごっこじゃねえよ! 俺たちは犯罪者なんだからよぉ!」

 

『そうだそうだ!』

 

「……おっさん、説明頼む」

 

「まあ……見ての通りだ。 犯罪者に憧れていてな、此処にいる連中全員とも、犯罪に手を染めようとしてるんだが……元が善人すぎて犯罪者になれてないんだよ」

 

「さっきの話を聞く限りだと、すんごい皆いい奴そうだもんな。 見た目は世紀末だけど」

 

「とりあえず見た目だけでも形作ったんだろうな」

 

 なんかおっさんが呆れている。 いや、そりゃ呆れたくもなるか。 いうなれば、犯罪者ごっこという名のボランティアだもんな。 それで駆り出されてたんじゃ、おちおち変態も捕まえれない。

 

「とりあえず……あちらさんは自分のことを犯罪者って言ってるんだから捕まえてあげれば?」

 

「それができないから困ってるんだよ。 こいつらの悪行を教えてやろうか?」

 

 軽く頷く。

 

「ひったくりした男を集団で取り押さえリンチする。 ちなみにリンチの内容はくすぐりの刑」

 

「まあ……くすぐりは確かにつらいよな」

 

「朝早くから全員でゴミ拾い。 本人たち曰く『俺たちの声で騒音妨害してやる』らしいのだが、朝の6:00から7:30までの間なのでとくに意味なし」

 

「俺とっくに起きてるしな」

 

「足腰のおぼつかない老人たちのために自ら買い物を買ってでる。 その際にお菓子を買ってサイフの中身を軽くしようと目論むが、その金額が100円のため老人たちは逆にお駄賃として当然と思っている」

 

「100円ってヴィヴィオがお菓子を買っていい金額と同じなんだけど」

 

「小さい子どもがいる共働き夫婦のために、小さい子どもの面倒をみる。 炊事洗濯と一通りこなし、なおかつ子どもの面倒もみるので夫婦からは感謝されている。 なお、なにも盗んでいかないうえにお金も受け取らない」

 

「完全にボランティアだな」

 

 まだ色々とありそうだが、おっさんは語るのを止める。 もう面倒そうだ。

 

 なのでこちら側から尋ねることにした。

 

「え~っと、要するにこいつら的には犯罪行為をしているつもりなんだが、世間的に見れば慈善事業であって、おっさんは逮捕することはできない。 しかしながら、こいつらはこいつらで、全ての行いを犯罪行為だと思っているわけか」

 

「そういうことだ」

 

 なんともめんどくさい。

 

「それで? 俺はどうすればいいの?」

 

「こいつらを止めろ」

 

「なんで?」

 

「こいつらのご両親たちが申し訳ない顔で謝りにくるからだ」

 

「うわぁー……それきついな」

 

 こいつら自身は悪いことしてなくても、それでもおっさんは形として出動しないわけにはいかないよな。 あちら側は立派な犯罪行為だと宣言してるんだから。

 

「と、いうわけで見事説得できたならば1万だ。 頑張ってくれ。 俺はここらで見ておくから」

 

 そういっておっさんは、タバコを取り出し一服はじめる。 すると、連中の中の一人がおっさんに『すいません、此処は禁煙なんですけど……』と申し訳ない顔で謝ってくる。

 

 おっさんは慌てて携帯灰皿にタバコをいれ謝る。

 

「まあ、とりあえず説得はしてみるか」

 

 なんか溜息がでてきた。

 

 というか、ミッドで唯一の犯罪者の巣がこんなにも善良な市民たちだったとは……。

 

 ミッド平和にもほどがあるだろ。

 

 

           ☆

 

 

「はじめまして、ひょっとこです。 まあ、そこで座って、出されたお茶飲んでるボンクラ局員のかわりにきたんだけど……おたくのお名前は?」

 

「水納侘須家流《みなたすける》だ」

 

 もう名前からして善人のオーラがある。

 

 俺なんて俊だぞ。 すんげえこの名前に誇りもってるけど、顔文字にすると(´・ω・`) ←こんな感じになるからな。

 

 そもそも顔文字にする意味はないのだが。

 

「え~っと、おたくは犯罪行為をやりたいんですか?」

 

「もちろんだ!」

 

「どうして?」

 

「恰好いいから! 犯罪者って憧れるじゃん?」

 

 お前は中二病患者か。

 

「そして女子どもを泣かせたい! な! みんな!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

 

「そっかぁ~。 でも、管理局にはすんげえ怖い人いるよ?」

 

「俺たちはあえて魔導師ランクにするならばDはあるんだぜ?」

 

「管理局にはオーバーSやSSがいるよ?」

 

「…………え?」

 

 なんで鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるんだよ。

 

「……………すいません、それほんとですか?」

 

「うん。 ちなみに管理局にはエースオブエースと呼ばれてる人がいるんだけどさ、その人はギャラドスなんだよね。 あ、ギャラドスって知ってる? 村とかで争いごとをしてると、どこからともなくやってきて村を壊滅状態に追い込んで去っていくんだけどさ、そのエースもすんごい極太レーザー放って惑星一つ破壊したんだよね」

 

 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ!!

 

 ものすごい勢いで皆が震えだした。

 

 なのは……やっぱお前すげえや。

 

 いや、流石に惑星は破壊してないけどさ。 幼馴染の骨は何でも破壊してるけど。

 

「エースオブエースはね? 残虐非道で極悪鬼畜。 血も涙もないエースでさ。 人を人だと思ってなくて、犯罪者が泣いて謝っても冷たい目で『……その罪、死をもって償え』とか言っちゃう人なんだよね。 もう生身の戦闘でもすごくてさ。 19歳男性の幼馴染に平気でビンタしてその幼馴染口切ったからね。 幼馴染泣いてたからね」

 

「あの……私的なことはいってませんでした?」

 

「黙れ小僧! 貴様にスナップがきいたビンタの痛さがわかるかッ!」

 

「うっ、すいません……」

 

「まあ、あんたらの気持ちもわかるんだけどね。 ただなぁ……俺みたいな真性マジキチじゃないとこの先犯罪行為とかきついよ?」

 

 ちょっとこの人たちには本当の犯罪行為とか無理そうだし。 ご両親も心配?とかしてるみたいだし。

 

 ──あれ? そういえば、

 

「そういえば、女子どもを泣かしたいんだよね? だったら、こんなに人数いるんだからサーカス団でもやればよくね?」

 

『サーカス……団?』

 

『おぉ! それいいな!』

 

 おっさんが興味を示したらしくこちらにくる。

 

「お前面白いこと考えるじゃねえか! いいな、サーカス団!」

 

「だろ? 身体的にもなんとかいけそうだし、練習すればどうにかなるかも。 知り合いにサーカス団の団長いるからちょっと相談して、もし指導ができるのであればその方向で行こうかな」

 

「あの……俺たち犯罪者になりたんだけど……」

 

 困ったような顔で俺たちをみる自称犯罪者。

 

「何言ってんだ、サーカスをするならあんたらは“時間を盗む”ことになるんだぜ? 次元犯罪者だってマネできないことだぜ?」

 

 演目中は、客席の人達の時間を自分たちに全て集結させるんだ。 これ以上、すごい犯罪がどこにある。

 

「泣かせたいんだろ? 女と子どもを」

 

 その一言が決めてとなり、自称犯罪者たちはサーカス団を結成することになった。

 

 

           ☆

 

 

 晴れておっさんから1万をもらい、ヴィヴィオを預かってもらったシャマル先生にうまい棒をおごったあと、仲良く手をつなぎながら帰ってきた。

 

「おかえり、二人とも」

 

「お、なのはが早いなんて珍しいな。 生理?」

 

「それ平気で聞くこと? ちなみに違います!」

 

「なのはママー! モフモフして~!」

 

「はーい、モッフモフー!」

 

「きゃー! かわいいー!」

 

 なのは……それホコリをとる掃除道具なんだけど……。

 

 新品を使ってくれたのでまだよかったけど、使用済みのをヴィヴィオに押し当てたらとんでもないことになってたよな。

 

「ところでフェイトは? 一緒じゃないの?」

 

「うん、ちょっとキミに確かめたいことがあってね。 ──“エースオブエースはね? 残虐非道で極悪鬼畜。 血も涙もないエースでさ。 人を人だと思ってなくて、犯罪者が泣いて謝っても冷たい目で『……その罪、死をもって償え』とか言っちゃう人なんだよね”」

 

 ビクッと体が反応する。

 

「これに聞き覚えはないかな……?」

 

「違うんだッ!? 俺はこんなこと微塵も思ってなくて、むしろ俺だけはなのはの本性知ってるっというか!?」

 

「私さ……。 今日、管理局の本部に行ってきたんだけど。 会う人会う人に最敬礼されるし、妙に避けられるから、何事かと思って調べてみたら──やっぱりキミにいきついたよ」

 

 なのはの底冷えするような声。 もうヴィヴィオなんて泣き出しそうだ。

 

 俺は努めて明るく振る舞いながら、ガクガクと震える足を押さえつけて笑顔でいった。

 

「俺はなのはの全てを受け入れるよ」

 

「それじゃ、これも受け止めてね?」

 

 スナップを利かせてビンタを打つ練習をするなのは。 もう泣く寸前で俺をみるヴィヴィオ。 そんなヴィヴィオに笑いかけながら、俺はいった。

 

「ヴィヴィオ。 よくみておけ! これが、男の勇姿だぁああああぁぁぁああああああ!」

 

 土下座は失敗に終わった。



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47.ありがとう

「プレゼント代貯まったから、プレセント買いにきた」

 

「勝手にいけばよかったやん。 なんでわたしがアンタの買い物に付き合わないといけないの?」

 

「俺たち幼馴染だろ?」

 

「幼馴染やめるわ」

 

「幼馴染ってやめれる仕組みだっけ!?」

 

 土曜日の午後、 なのはとフェイトがヴィヴィオをつれてスカさんの家に遊びにいったので、その隙にはやてを呼び出し二人でデパートに買い物にきた。 ウーノさんたちとケーキ作るんだって。

 

「それで、なに買うか決めてんの?」

 

「ネックレスを買おうかな……と。 まあ、レイハやバルがあるし、本当はもうちょっと違うのがいいんだろうけど──これがどうしても思い浮かばなくってさ。 とりあえず自分なりに調べて、ネックレスにしてみました」

 

「プレゼントが思い浮かばないとかアホちゃうか。 というか、モテモテやったんだろ? 自称イケメン」

 

「モテたのは確かだけど、付き合ったことはないかな。 ほら、嫉妬とか起こりそうじゃん?」

 

「アンタのことが大好きだった男性体育教師(26)とかか……」

 

「やめて! 俺の過去のトラウマが蘇ってくる!」

 

 あの人ガチな方だったからな。 もう色々と頭おかしかったからな。 軽くヤンデレただからな。

 

「まあ、それはともかくとして──とりあえず店に行こうか」

 かくして俺とはやては、ネックレスを買いに行くのであった。 蛇足であるが、はやての水色のキャミソールと白のフレアスカート姿がちょっと可愛いです。

 

 

           ☆

 

 

 1階の案内図を見る限り、貴金属店は5階にあるみたいだ。

 

 エスカレーターを使って上がることにする。

 

 はやてを一段上にしてエスカレーターで上がっていく。 はやては俺がスカートを覗くのではないかと疑ったのか、体を横にした。 あまいぞはやて。 既に絶妙な角度

で、お前のパンツなど盗撮しとるわ。 ほぅ……黒とはなかなかアダルティーな色で──

 

「なぁ、記憶がなくなるのと、メモリーがなくなるのは、どっちが身体的苦痛を味わうと思う?」

 

 すぐに盗撮写真を消した。

 

「さ、さぁ……! 僕わかんない! それより、今日のはやてちゃんは可愛いね! ちょっと化粧してるみたいだしさ!」

 

「そ、そう? ま、まぁ元がええからな。 あまり化粧とかせんでもいいんやけど──」

 

「それについては同意するわ。 お前ら三人娘は最高に可愛いよな。 なのはとフェイトは究極的に可愛いけど」

 

「…………」

 

「いだだだだっ!? 腕間接がメシメシいってる腕間接がメシメシいってる!?」

 

「逝ってもええんよ?」

 

「イ、イくうぅぅうううううぅうううッ!!」

 

 警備員呼ばれて怒られた。

 

 

           ☆

 

 

「アンタのせいで怒られたわ。 どうしてくれんねん」

 

「お前のせいで変態カップルみたいになったじゃねえか。 どう責任取ってくれるんだよ」

 

「付き合う?」

 

「……………………いや、お断りします」

 

 一瞬何言ってるかわからなかった。 平然とトラップ仕掛けてくるあたり、こいつはなのはとフェイトよりもよっぽど怖い。

 

「あれ~? いまの“間”はなにかなー? 俊」

 

 はやてが意地悪そうな笑みを浮かべて、こちらに近づき、腕に抱きついてくる。

 

「はやて、当たってるのか当たってないのか微妙だから、お前にはその技は無理だよ」

 

「歯というのはな、壊れれば壊れるだけ、新しいのが生えてきて、その歯自体はその前の歯よりも強靭になるんよ」

 

「それアーロン! 魚人族だから! 人間の俺はそんなにしょっちゅうは生えてこないから!」

 

「でも知り合いにいるんやろ?」

 

「知り合いにいるからって俺の種族まで変わるわけないだろ!? お前なにいってんの!?」

 

 これがエリート捜査官なのか!? お前家宅捜査のときに証拠そっちのけでエロ本とか探す人種だろ! あ、魚人族の知り合いはいるけどアーロンはいないよ?

 

 でもまあ──ちょっとだけ当たったし……

 

「ごちそうさまでした」

 

 と、小さく聞こえない程度に呟くのであった。

 

 閑話休題

 

「うーん、どれがいいと思う? というか、腕に抱きつくなってば」

 

「まあまあええやん。 嫌なら引きはがせばいいだけなんやし。 それはそれとして……やっぱりネックレスなら二人のイメージカラーとか、二人をイメージできるものがええんとちゃう?」

 

「なるほど。 なのはならギャラドスやコイキングというわけか」

 

「そろそろ対戦のときになのはちゃん(コイキング)使うのやめてくれへん? 笑って勝負ができないんや」

 

「お前最低だな。 幼馴染の姿みて笑うなんて!」

 

「アンタの行いのほうがよっぽど最低やで!?」

 

 愛情故、仕方なし

 

「うーん、やっぱりなのはは星かな? スターライトブレイカーというネタ技もあるし」

 

「次元世界広しといえど、なのはちゃんのスターライトブレイカーをネタ技といえるのはアンタだけやと思うで」

 

「そんでもってフェイトは雷とか?」

 

「いや~、雷はちょっとダメちゃう? もう少し可愛くしたほうが」

 

「ん~。 ──おっぱいとか?」

 

「普段からどこを見ているのかがわかるセリフやな」

 

 いや~、それは男ですもん。

 

 店員さんが俺とはやての会話を困ったような顔で聞いている。 きっと声をかけづらいんだろうな。 俺が店員なら無視確定だけど。

 

 しかしイメージか。

 

 二人のことをイメージする。

 

 様々な表情と、これまでの記憶がよみがえる。

 

 

 14年前のあの日のこと

 

 10年前のあの日のこと

 

 そして、俺が彼女達に対する感情と、彼女たちをみた感想

 

「ああ、調べておいてよかった」

 

 やっぱgoogleさん最強だったわ

 

 

           ☆

 

 

 プレゼントを買った、(正確に言うと頼んだ)俺たちは、そのまま最上階でお昼を食べることにした。

 

「ひょっとこはお子様ランチが大好きやったっけ?」

 

「一言もいってねえだろ。 あの旗が大好きだって言ったんだよ」

 

「小さい子どもの気を引くために使用してんのに、大きい子どもが引っかかるとは夢にも思ってないだろうなぁ」

 

「ちなみになのはも注文しようとしてたぞ」

 

「あの娘は大丈夫なんか!?」

 

 たぶん、きっと、おそらく、大丈夫じゃない。

 

「それで、なに食べる? お金もないやろうし、お姉さんがおごってあげるよ。 好きなもの注文してどーぞ」

 

「え? まじで!? それじゃはやてのアワビ──」

 

 ドンッ!

 

「ごめんなさい、調子にのりました」

 

「よろしい」

 

 テーブルが陥没するほどの破壊力とか勘弁願いたいのですが。

 

「ん~っと、それじゃウニトロ丼にしようかな」

 

「はいはい。 わたしは……生パスタモッツァレラチーズとトマトソースにしようかな」

 

「ちょっとまってはやて。 俺のサイフにゴムがあるから」

 

 はやてはスルーして店員に注文した。 一人でゴム掲げてる俺がバカみたいだ。

 

 注文した品がくるまでの間、はやてと軽く世間話することに。

 

「六課は順調? 喧嘩とかしてないか?」

 

「いや、みんな楽しくやってるで。 喧嘩とかは全くないけど、強いてあげるなら……ティアの暴走が止まらないってとこやろか」

 

「嬢ちゃんはいつも通りだよ。 まぁ嬢ちゃんにとって、なのははお姉ちゃんみたいな感覚だしな」

 

「お兄ちゃんのほうがダメダメやからな」

 

「うるっさいな……。 嬢ちゃんにはバレてないんだから教えるなよ? どこから聞きだしかについては目を瞑るから」

 

「はいはい。 それじゃ今度はこっちが質問や。 バイトはどうだった?」

 

 

 はやての質問と同時に、食前に頼んだ飲み物がくる。 はやて側にはアイスティー。 俺のほうにはコーラだ。

 

 ストローを入れ、コーラを飲み答える。

 

「聖王教会はそれなりに楽しめたよ。 教会の人達も優しかったし、面白い人ばかりだった。 カリムさんやマッパさんも俺とヴィヴィオの面倒をよくみてくれていたし」

 

「結局辞めたわけやけどな」

 

 アメリカンよろしく肩を軽く上下に動かし首を振りながら答える。

 

「なのは神とフェイト神を崇めてたから、天罰が喰らったのかもな。 でもまあ、カリムさんはその後も携帯で連絡を取り合えるくらいには修復したし、問題ないと思うよ」

 

「ふ~ん……おもろな」

 

「ん?」

 

「え? わたし何かいった?」

 

 小首を傾げるはやて。

 

「え? なにかいま言わなかった?」

 

「べつに?」

 

「あ、まじか。 いま声が聞こえたような気がするけど──」

 

「気のせいやな」

 

 なんだ、気のせいか。

 

 その時丁度よく料理が運ばれてくる。

 

 

 俺の前にはウニトロ丼、はやての前には生パスタモッツァレラチーズとトマトソース。

 

 食べながらも、俺とはやての会話は尽きない。

 

「久しぶりに家に泊まってええ? 今度の土日あたり」

 

「いいけど、仕事は?」

 

「終わってるとおもうで。 だから八神ファミリー全員でいけるやろ」

 

「ま~た大所帯になるんか。 飯の時間が大変そうだな。 主に作る側が」

 

「手伝ってあげようか?」

 

「まさか。 客人は客人らしく遊んどけ。 女同士、積る話もあるだろうからさ。 期待には応えてやるさ」

 

 ロヴィータあたりにはキャットフードでもあげよう。 いや、あいつウサギ好きだし、ニンジン1本あげとこう。 『お前、これで野菜オ○ニーしてみろよ』とか言った

らしてくれるかもしれないし。

 

「まあ、なのは達も予定はないだろうから土日はお泊りということで」

 

「そうやね。 あ~、楽しみやなー!」

 

 早くも泊まりのスケジュールを立てるはやてであった。

 

 

           ☆

 

 

「それじゃ、ちょっとネックレス取ってくるからまっててくれ」

 

「はいよー」

 

 はやてをエスカレーター付近に残し、俺は先ほどプレゼントを注文した店に足早に駆ける。

 

「すいません、先程注文をお願いしたものなんですけど……」

 

「あ、注文の品できてますよ! すぐにもってきますね」

 

 若い姉ちゃん店員が元気な声で奥に引っ込む。

 

 少し手持ち無沙汰になり、レジの横に目をやる。 ──そこには俺が注文したものよりも少しだけ小さいサイズではあるがネックレスがあった。

 

 その中の一つに目をやる。

 

 目をやって、そのまま手に取る。

 

 そのとき、奥へと引っ込んでいた姉ちゃんが注文品をもってきて清算を開始したので、

 

「あ、すいません。 これも一緒にいいですか?」

 

「いいですよー。 それじゃ、これも合わせまして合計で10万2千円になります」

 

「たりないねぇ……。 すいません、ちょっとまけてくれませんか?」

 

 そういうと、姉ちゃんは困ったような顔で首を横に振った。

 

「こちらも商売なので、それはちょっと……」

 

「そこをなんとか頼みます! 地球の花を模したアクセサリーが売ってるのなんてここらへんだけなんですよ! ここじゃないと手に入らないっていうか」

 

「ええ、確かにそれがお店の自慢ですし……。 でも、お店としては──」

 

 渋る姉ちゃん。 しょうがない──使いたくはないが

 

 俺は姉ちゃんに耳打ちする。 姉ちゃんは顔を赤くしながら頷き、本当にこっそりと2千円の文字を消してくれた。

 

「いまの約束、守ってくださいよ?」

 

「当たり前ですよ。 ここに俺の電話番号を記しておきますね」

 

 サラサラと白い紙に携帯番号を書く。 もちろん、おっさんの携帯番号だ。 おっさん便利すぎ。

 

 手を振って別れ、急いではやての所に戻る。

 

「おまたせ! それじゃ、帰るか」

 

 手を差し出すが、はやてはその手を掴まず、スネを無言でコツコツとガツガツと蹴ってきた。

 

「いたッ!? え、ちょっ え!?」

 

「…………ばーか」

 

 はやてはそれだけ言って、俺を残してさっさと帰って行った。

 

 

           ☆

 

 

 その夜、シャマル先生に電話したところ、はやては俺との電話に出たくないといっているらしい。 どうやら俺は嫌われたらしい。

 

「あのー……俺ってなにかしたんですかね?」

 

『う~ん。 なにかしたからはやてちゃんは怒ってるんじゃないですか?』

 

「でも、覚えがないんですけど……」

 

『だからはやてちゃんに乙女心がわからないと言われてるんですよ。 屑男』

 

 心なしかシャマル先生の言葉に棘を感じる。 なんか心が痛くなってきた。

 

「えーっと……俺、はやてに渡したい物があるんですけど」

 

『ふむふむ。 あ、はやてちゃんからの伝言です。 “トラックに轢かれて転生でもしてろ、バカ”とのことです』

 

「転生者になるつもりはないんですけど」

 

 

『まあ、そういうことですから今日はもうこないでください』

 

 ガチャリと切られる電話。 ……シャマル先生、かなり怒ってたよな。

 

 溜息を吐きながら、手のひらにもっていたものをポケットにいれる。

 

『ただいまー!』

 

 丁度いいタイミングで我が家の姫君たちが帰ってくる。 玄関までお出迎えする俺。

「おかえりー。 どうだった?」

 

「すんごくたのしかったよ!! スカさんがなまクリームをぜんしんにぬりぬりしてあそんでたの!」

 

「スカさんブレねえな」

 

 ウーノさんがストレスで倒れないといいけど。

 

「俊くんは今日なにしてたの?」

 

「ん~っと、デパートにいってきた」

 

「ふ~ん。 アニメ○トは行かなかったんだ」

 

「今回はね」

 

 カリムさんと行く予定だし。

 

「それで二人はどうだった? ケーキ作り」

 

 そう聞く俺に二人はとってもにこやかな笑みで、女の子のようにはしゃぎながら

 

「「たのしかったよ!!」」

 

 そう答えた。 二人がこんなに嬉しそうにしていると、俺まで笑顔になってくる。

 

 三人の話を聞きながら、リビングへ。 なんでもウーノさんには、どMの妹のほかにも沢山妹がいるらしく、とっても賑やかなものになったらしい。 う~ん、ちょっと会ってみたい。

 

 ふとソファーをみると、ヴィヴィオが半分夢の中へと旅立っていた。 夕食食べてないし起こしたほうがいいかな? でも寝顔もかわいいし……。

 

「あ、そうだ。 二人に渡すものがあったんだ」

 

 そう、今にも思い出したかのように言いながら、部屋に用意していたプレゼントを取ってくる。

 

「え~っとさ、二人とも」

 

「「どうしたの?」」

 

 改まる俺に二人も席を立つ。 そして向かう会う俺となのは&フェイト。

 

 うぅ……緊張する……。

 

「そ、その……これ!」

 

 背中に隠していたプレゼントを渡す。 赤い包み紙に可愛いピンクのリボンがなのは。 赤い包み紙に可愛い黄色がフェイト。

 

「へ? なにこれ?」

 

「ま、まあ開けてみろよ」

 

 二人は疑問符を浮かべながらも丁寧に剥がし──

 

「わぁ! これ、ネックレス!?」

 

「すごい……! これもしかして日本の花を模してるの!?」

 

「う、うん……。 デパートのお店で売ってあるんだ。 レジには花言葉辞典とかも置いてあって、それをみながら店員に注文できるんだよ」

 

「つけてもいい!?」

 

「お、おう」

 

 なのはとフェイトがつけ、くるくると一回転し、互いに褒める。

 

 と、こちらを二人して見つけ──

 

「に、似合う……?」

 

 ちょっと上目使いで聞いてきた。

 

「ぐはっ……!」

 

 萌え死んだ。 これは萌え死んだ。

 

「ちょっ!? いま吐血したよね!? 大丈夫なの!?」

 

「なのは、フェイト……かわいすぎ……」

 

 それを呟くのが精いっぱいだった。

 

 二人は一通りしゃいでから、

 

「──あれ? もしかして、これを買うためにコソコソとしてたの?」

 

 と、核心をついてきた。

 

 もういまさら隠す必要もないので頷く。

 

「まあ、はやてにバイト紹介してもらったり。 ミッドの人達の力を借りてバイトしたり」

 

「俊くんバイトしたの!? 迷惑かけなかった!? 挨拶できた!? 泣かなかった!?」

 

「お前は俺の母さんか!? そんなことあるわけないだろ!?」

 

「で、でも……社会不適合者の俊がバイトだなんて……」

 

 二人の俺に対する評価がわかった瞬間だった。

 

「でも……喜んでもらえてよかったよ」

 

 こんな笑顔が見れたんだ。 頑張ったかいがあった。

 

 アワアワと慌てながら、先方にどうやって謝ろうか相談している二人を強引にこっちに向けさせる。 ──勢いが大事だぞ! 俺!

 

 二人を見つめる俺。

 

 俺を見つめる二人。

 

 見つけていたら何を言おうとしたか忘れてしまった。

 

「「あの……どうしたの?」」

 

「いや……その……。 ごほんっ! ──俺と一緒にいてくれてありがとう。 二人を好きになってよかったです。 その──これからも、俺と一緒にいてくれますか?」

 

 俺の言葉にフェイトとなのはは顔を見合わせ、ふふっと笑った。

 

 

 するりと俺から離れるなのは。 フェイトはおもむろに俺の顔を覆う。

 

「あの……フェイトさん……?」

 

「黙ってて」

 

「はい……」

 

 なにがなにやらわからなかったが、言うとおりにする。

 

 ガサガサ、ゴソゴソと何かを漁る音と、台所に向かう足音。 そして、

 

「フェイトちゃん。 もういいよ」

 

「うん」

 

 フェイトの目隠しから解放された俺を待っていたのは──

 

「「あ~ん」」

 

 フォークにケーキを突き刺し、差し出すなのはとフェイトがいた。

 

「……へ?」

 

「もう! あ~ん、ってば! ほら、口あけて!」

 

「あ、うん」

 

 操り人形のように口を開けると、そこに二人がケーキを運ぶ。

 

 咀嚼する俺。

 

 ふんわりとした生クリームと柔らかいスポンジケーキ、甘酸っぱいイチゴが口の中に広がって──

 

「うまい……。 うまいよこれ!」

 

 思わず声を大にして叫んだ。

 

「「イエーイ!!」」

 

 ハイタッチする二人。 こんなにうまいケーキ作れたんだ!

 

「えへへ……。 そういえば、さっき俊くんが言っていた答えだけど──」

 

「あ、それはもう──」

 

「これが答えだよ、俊」

 

 言い終わる前に、両頬に柔らかいものが触れる。

 

「「私達以外に、キミを受け入れる所なんてあるとは思えないしね。 あってもまぁ……手におえないと思うけど」」

 

 そういって笑顔を魅せる二人に、俺の心臓が爆発した。

 

 

           ☆

 

 

 深夜11時。

 

 幸せ気分でそのまま寝たかったが、どうしてもいかなければならない場所があった。

 

「はぁ……気後れしてしまう」

 

 玄関を軽くノックする。 インターホンは使わない。

 

『ひょっとこなら首が飛ぶが……貴様は誰だ』

 

「残念でした、ひょっとこちゃんでした!」

 

 シュッ! ←玄関からいきなり伸びてくる剣

 

「あぶな!? いま完全に心臓狙いにきてただろ!?」

 

「主はやてからお前を家に入れるなと言われたのでな」

 

「うぐッ……!? そもそも、なんであいつは怒ってんだよ……」

 

「わからん。 ただまあ帰れ。 お前を切りたくて切りたくてしょうがないんだ」

 

「お前古代ベルカでは暴れん坊爆乳シグシグと言われてただろ」

 

「斬刑に処す──」

 

「ごめんなさい!?」

 

 シグシグが本気になってきたので、慌てて逃げる。 結局、はやてには会えずじまいか──。

 

「あれ? ひょっとこやん。 なにしてるん?」

 

 と、思っていたら家の前でバッタリあった。

 

「いや、お前こそなにしてんだ?」

 

「わたしは、夜の散歩や」

 

「はぁ!? はやて一人でか!? 危ないにもほどがあるだろ!? ここらはミッドの変人たちの巣窟なんだから、お前一人で夜歩きは危険だぞ」

 

「でもなぁ~……。 夜の散歩は気持ちええし」

 

「心配だから俺を呼べ。 いや、呼んでくれ。 呼んでください。 一緒に歩くから。 いっただろ? お前が呼ぶなら俺はすぐに駆けつけるって」

 

「……まぁ、考えとくわ。 ……歩くときは携帯に電話いれるから」

 

 はやての言葉に大きく頷く。 実際は変人は多いけど、皆紳士で安全なんだけどな。 俺より危険人物はいないのかもしれない。

 

 はやては伸びをして、大きく息を吸い込んだ後、俺に話しかけてきた。

 

「それで? なんのようなん?」

 

「いや……これを渡そうと思ってな」

 

 ポケットにいれていたものをはやてに渡す。

 

「……え? これ、わたしに?」

 

「まあな。 そのー、──ずっと俺のこと助けてくれてありがとう。 はやてがいなかったら、俺はダメだったと思う。 はやてに会えて──ほんとうによかったよ」

 

 作り笑顔じゃない、飾らない笑顔じゃない、素直な笑顔ではやてに言った。

 

 はやては周囲をキョロキョロと見回したあと──

 

「そ、そうなんか……。 ま、まぁ頑張ったのはアンタやからな! お疲れ様! あ、それじゃお風呂入らんといけんし、もう帰るで!」

 

 と、マシンガンよろしく早口で家の中へとはいっていった。

 

「あいつ……早口言葉はやそうだな……」

 

 幼馴染に新たな発見を見出しながら、俺は帰るのであった。

 

 

           ☆

 

 

「いやー、久しぶりのお泊り会やけど、こう話しているとやっぱ濃い生活を送ってるやな~、って実感するで」

 

「うん、濃すぎる毎日だよね。 ずっと喋りっぱなしだったから飲み物ほしいかも」

 

「あ、私も」

 

 今日ははやてちゃんたちがお泊り会にきた。 夕食を食べて、お風呂にはいって、パジャマに着替えて、女の子特有のパジャマパーティーと洒落込んだのはいいけど、六課設立から一昨日までのことを皆で振り返ったのが悪かった。 濃すぎて濃すぎて……。

 

 コンコンとノックする音、私が返事すると彼が飲み物をもってはいってきた。

 

「おまえらもう月曜日に変わったぞ? 仕事は?」

 

「中止!!」

 

『さんせーい!!』

 

「いやはやてちゃん仕事はちゃんとしようよ!? なんでみんなして賛成してるの!?」

 

 堂々と中止と言い切るはやてちゃんはある意味すごい。

 

「あ、フェイト。 エリオとキャロは客室に寝かせたけど、それでいい? ザッフィーついてるし大丈夫だと思うけど」

 

「うん、ありがとう」

 

 彼とフェイトちゃんが話してる間に、皆はグラスを取り、飲み物を飲む。

 

「おっ、なかなかいけるやん」

 

「だろ? 色々なフルーツミキサーにかけて、フレッシュジュースにしてみた」

 

「おいひょっとこ。 あたしのだけ何か白い液体が浮いてるんだが」

 

「俺の精液──もとい、コンデンスミルクをいれておいた、冗談ですから!? 冗談ですからスイングはやめてください!?」

 

「ったく、責任もってお前のと代えろ」

 

「へいへい。 うっさいババアだ……」

 

「久々に切れちまったよ……。 ちょっとついてこい……」

 

 ヴィータちゃんが、彼の首根っこを掴んで引きずる。 抵抗する彼だけど、シグナムさんが華麗にミゾをヒジ打ち動きを止める。

 

 ……相変わらず、ヴォルケンの皆は彼に容赦ないなぁ……。

 

 ドナドナよろしく白目むきながら連行される彼。

 

「ねえ、俊くん。 ちょっと聞きたかったんだけどさ。 俊くんがくれた、ネックレスの花ってなんなの? その言葉は?」

 

 ずっと聞きたかったこの質問。 土日とも、彼は忙しそうに動き回っていたので聞くタイミングが見当たらなかったのだ。

 

 ドアに頭をぶつけながらも、強引にヴィータちゃんによって外へと連行されそうになる彼だが、律儀に答えてくれた。

 

「あーっと、あんまり恥ずかしいから花言葉は言わない。 なのははサルトリイバラ、フェイトは(クズ)、はやてはコマツナギ。 あとは個人で調べること!」

 

「おい、ゴミクズ。 誰が喋っていいと許可したんだ?」

 

「ええ!? いつの間にか俺の人権がなくなってるんだけど!?」

 

「お前そもそも人間だっけ?」

 

「……生物の観点からみると、人間だと思う」

 

 そんな二人のやり取りを聞きながら、携帯で何気なく調べる。 そして出てきた花言葉に思わず顔がほころんだ。

 

 まったく……恥ずかしいってば。

 

「あ! 俺も考えたんだけどさ、これまでの俺たちの生活をちょっとフィクション混ぜながら本を書いてみようぜ!」

 

 まーた、バカなこといいだした。

 

「それで、タイトルは?」

 

「“俺の愛玩ペット”とか」

 

『ボツ』

 

 私達の生活もそうだけど、そのタイトルがミッドに出回るとか恐ろしすぎる。

 

 これから本格的に夏になりだすけど──ずっと皆でいられますように。

 

 おやすみなさい



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48.英霊になったとしても誰にも呼ばれないと思う

「いまなら英霊を呼び出せる気がする」

 

「は? 英霊って、あの英霊?」

 

「そうそう、あの英霊」

 

 リビングで向かい合いながらPSPで英雄の霊を召喚して戦う格闘ゲームをしていると、彼が唐突に言い出した。 そろそろお薬の時間だっけ?

 

「いや、そもそも英霊呼び出してどうするの?」

 

「ドッキリのプラカードを掲げてそのまま帰らせる」

 

 

「最悪にもほどがある!? それ絶対怒られるよね!?」

 

「ランサー、自害せよ」

 

 「ちょっぴりうまい!?」

 

 流石暇人。

 

「でも呼び出すには媒体が必要だよ? それはどうやって調達してくるの?」

 

「俺のパンツでどうにかならないかな?」

 

「ならないよ! なにをどう間違ったらキミのパンツが宝具になるの!?」

 

「でも特A級ロストロギアだろ?」

 

「……そういえばそうだった」

 

 はやてちゃん以上に動くロストロギアだった。

 

「あれ? でも、キミの下着を媒体にするなら、未来のキミがくるんじゃない?」

 

「ふっ……士郎VSアーチャーの完全再現か」

 

「パンツ片手に大人が本気で戦ってる姿とかシュールすぎて泣きたくなってくるんだけど」

 

「何度も見てきた…… 香水の臭いがきつい45歳独身女性渡辺さんの裸も 加齢臭のする50歳独身女性青山さんの裸も 自称18歳実年齢40歳の板垣さんの裸も 俺自身が拒んでも見せられた……! 俺が望んだものはそんなことではなかった……! 俺はそんなものの為に……! 守護者になどなったのではない……!!」

 

「アーチャー お前、後悔してるのか。 ──お前には負けない! 誰かに負けるのはいい……、けど、自分には負けられない!!」

 

「もうやめて!! わたしの好きなシーンをこれ以上汚さないで!!」

 

 いいよ! どっちが勝ってもむなしい勝利しか残らないよ! この戦い!

 

「こういう設定にすると、これがとても悲しくなってくるよな」

 

 それは本当に小さな願いで

 

 それさえも世界は叶えることはなくて

 

 それでもキミは理想を夢見て

 

 馬鹿みたいに夢を語って

 

 最後は裏切り続ける世界に絶望したのでした

 

「それただ単にモテなかっただけだから!? 世界のせいしちゃダメだから!?」

 

「先代たちから託されたユメがある。 童貞卒業というユメだ。 それを目指して続けていれば、いつか世界の全てを救う事が出来るだろう、と思い込んでいた」

 

「自意識過剰も甚だしいよ!! それで救える世界なんてキミの世界だけでしょ!? 管理局バカにしてんの!?」

 

「そんな愚かな自分が、酷く滑稽に思えて…… その愚かな自分の人生を消そうと思ったんだ」

 

「そのまま死んでよ!」

 

「全てを救うことができれば自分の童貞も救われると思ったんだ──」

 

「なに恰好つけてんの!? 全然恰好よくないからね!?」

 

「こんな世界を夢見たんじゃない……」

 

「もうやめて!?」

 

「結局誰一人、会うことがなかった……」

 

「会う人全員に避けられたんだね」

 

「童貞の末路がこれか―― どこで間違ったのだろう」

 

「たぶん小学校に上がるくらいじゃないかな」

 

「どこで想ってしまったのだろう」

 

「いや……想うのはいいと思うけど……」

 

「過ちが生まれた場所 始まりの思いが――あの時の誓いこそが、全ての過ち──それは、叶うはずのない望みなのに──また願ってしまった。 30歳にして、願ってし

まった」

 

「もうやめてよぉ……。 心が折れそうだよ……」

 

「奇跡があるとするならば、童貞を否定することは可能なのだろうか。 傾く下腹部、ゴムか生かの選択肢……。 年を経るごとに遠ざかる理想郷。 世界はそれほど残酷で、いつも嘲笑しながら見ていた。 自分はそれほど愚かだった。 貫くことはなく、ただただ股間と右手を擦り切れるほどコスっていた。 嘆き、苦しみ、モニターをじっと見つめ、やがて精子は枯れていった」

 

「もうゲームの続きしよ。 ね? 今度は私がアーチャー使おうかな~? なんて言ってみたり」

 

 股間にはオナホが装着されている

 

 オナ禁はせずに 一日3回は当たり前

 

 幾たびの戦場を妄想して16年

 

 ただの一度の前進はなく

 

 ただ一度のピストンでラブドールは無残にも破裂する

 

 彼の者は常に独り USB連動オナホを片手に勝利に酔う。

 

 故にソープに意味はなく、その股間は──きっとインポになっていた。

 

 固有結界──“不能な股間と無限のオナホ”

 

「………………言うべきことは?」

 

「答えは得たよ、なのは。 オレ、謝ってくる」

 

「いってらっしゃい」

 

 彼の頭が本気で心配になってきた。



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49.ひょっとこの命をかけた一発ギャグ

 ヴィヴィオと二人で六課の昼食にお邪魔した。 今回はヴィヴィオも同伴な上にはやてからゲストカードみたいなの貰ったからすんなりと入ることができました。

 

 そして食堂でなのは達と合流し──

 

「なのはママ、あ~ん!」

 

「あ~ん!」

 

「おいしい?」

 

「うん! おいしいよ! はい、お返しに、あ~ん!」

 

 

「あ~ん!」

 

「おいしい?」

 

「うん!」

 

 現在なのはとヴィヴィオの食べさせ合戦を眺めていた。

 

 なにこの天使たち。 まじヤベエ。 さっきから勃起が止まらない。

 

「フェイトママもあ~ん!」

 

「あ~ん。 うん! おいしいよ! このおにぎりヴィヴィオが作ったの?」

 

「うん! おにいさんといっしょにニギニギしたの!」

 

「えらいよ、ヴィヴィオ! 今日はなんでも買ってあげる! ね、なのは!」

 

「うん!」

 

「わーい! なのはママ、フェイトママだいすきー!」

 

 ヴィヴィオはなのはだけでは飽き足らずフェイトまでその笑顔とおにぎりをもって虜にし、配下においた。 俺ら家族でのヒエラルキーの頂点に意図せずとも君臨しているヴィヴィオ様は流石である。 かくいう俺もヴィヴィオに骨抜きにされていてね。

 

「なんや、一緒に作ったん?」

 

「うん。 今日は出来立てをもっていく約束してたから10時頃に作り始めたんだけどさ。 そしたらヴィヴィオが『ヴィヴィオもなのはママとフェイトママにつくる!』って言い出して聞かなくて。 まあなし崩し的にヴィヴィオにはおにぎりを頼んだわけだわ。 結果をみるになのはみたいに塩と砂糖を間違わなかったおかげでおいしい料理が完成したわけだが」

 

 今日のお弁当は、ヴィヴィオお手製おにぎりに、わかめとじゃこときゅうりの酢のもの。 卵焼きに白魚の甘酢かけにチビグラタンである。 我ながら甘酢かけはかなりの出来だと自負している。

 

「いいなぁ~、俺もあの輪の中に入りたいな~」

 

「諦めることやな。 なのはちゃんとフェイトちゃんがアンタに邪魔されないようにバインドで縛っていったんやから」

 

「いや、そもそもそれがおかしいだろ。 なんで俺がバインドで椅子に固定されてんの? 俺たちって云わば家族じゃん? イケメンな旦那と可愛すぎる若妻じゃん? 普通さ、こういうときってモブキャラ抜かして四人で卓を囲みながら仲良く談笑してるところじゃん? なんで主役の俺がこういう不遇な扱いを受けているわけ?」

 

「それはまあ……家族じゃないからじゃない?」

 

「俺だけ家族という認識じゃなかったの!?」

 

 だとしたらヴィヴィオが一向に俺のことをパパと呼ばないのも頷ける。 これでもずっと気にしていたんです。

 

「そういえば、はやていつの間に弁当になったの?」

 

「今日は時間があったから作ってみた。 といってもサンドウィッチなんやけど」

 

「一つもらっていい?」

 

「どうぞ」

 

 足と椅子を固定されているだけであり、上半身は問題なく動かすことのできる俺は、隣にいるはやての可愛らしい弁当箱からサンドウィッチは一つもらう。 すんげえうまそう。

 

「ヴィヴィオちゃんみたいにやってあげよっか?」

 

「気色悪い。 あいたっ!? 脛蹴らないで!?」

 

 ちょっとした冗談だったのに。 はやえもん、この頃短気じゃないか? もしかして生理? 生理のときは性欲が増すと聞くけど……これはもしかして、そのサイン? 生理のサイン? ついにインサートしちゃうの?

 

「んじゃ、いただきまーす」

 

 はやての目が怖かったので冗談を言わずに一口いただくことに。

 

「あ、パンの表面にマーガリンを塗ってるから具もいいかんじだな」

 

「この具は八神家でも人気なんやで」

 

 確かに、この具はお子様ロリっ娘のロヴィータちゃんあたりが好きそうだな。

 

 辛子明太子にマヨネーズとじゃがいも。 レンジでじゃがいもを蒸してから、マヨと辛子明太子を合わせるんだよな。 今度うちでも作るか。 おやつにはピッタリかもしれない。

 

「サンキュ、やっぱお前料理うまいわ」

 

「女の子としては料理は基本やからね」

 

「だってよ、なのは」

 

「わたしに振らないでくれるかな!? まるで私が料理できないみたいじゃない! わたしだって翠屋の娘なんだよ? 高校時代は看板娘としてテレビにも出たんだよ? わたしだって料理くらいできるよ!」

 

「まじで? お前なにかできたっけ?」

 

「卵かけごはん」

 

「まってなのは。 確かにそれは料理だけど、その料理名をここで上げるのは反則だと思う。 ほら、シャマル先生が鼻から麦茶こぼしてるぞ」

 

 

「うひっ……うひうひうひひうひょぉっ」

 

 シャマル先生大丈夫ですか? ちょっと笑い声が気持ち悪いことになってますよ?

 

「それと引き換えフェイトはよく俺の手伝いしてくれてたから料理できるよな。 手先も器用だから、タコさんウインナーとか手コキとか得意だよな」

 

「後半まったく身に覚えがないんだけど。 うん、確かにキミの手伝いはしてたね。 結構面白かったし、私も色々と作り方教えてもらったかな」

 

「……フェイトちゃん、それほんと? もしかして、わたしだけがアレと料理を一緒にしてない上にまともに料理を作れないの?」

 

「それは仕方ないよ。 なのはの前世は山犬だったから、山を見ると走りたくなるんだよ」

 

 バリアジャケット姿でなのはが四足で山を走ってる光景を想像すると涙が出てくると同時にちょっと興奮してきた。

 

「勝手にわたしの前世決めないでくれる!? それにウェイトレスさんとしてちゃんと働いてました! 山なんか走ってませんー」

 

「バストアップ体操で谷間は作ってたのにな」

 

「なんで知ってるの!?」

 

「キミに憑き 後ろに控え 監視する」

 

「それただのストーカーだから!?」

 

 愛情故、仕方なし。

 

 このフレーズ便利だな。 おっさんにパイ生地投げるときにも使ってみよ。

 

「あ、なのはお茶頂戴。 ノドが詰まりそう」

 

「詰まって死ね」

 

 そういいながらペットボトルのお茶を投げ渡してくれるなのは。 もうなんというか可愛すぎ。 けどわざわざペットボトルのお茶を買わないでいいんじゃない?

 

 なのはから貰ったお茶をラッパ飲みする。 ……あれ? これって間接キスじゃね? 間接キスじゃね!? 間接キスだよね!!??

 

「ちょっ!? どうしたんやひょっとこ!? いきなり耳から紫色の汁なんかだして!?」

 

「はやて。 ペットボトルの飲み口が何故丸いか知ってるか……? それはな、飲み口にチ○コを突っ込んで疑似フェラを味わうことができるようにという企業側からの配慮で──」

 

「ねえよ! そんな理由で飲み口を丸くしてるわけねえよ!? それに全然気持ちよくないうえにどう考えても入らないから!?」

 

「企業側の配慮を否定するな!!」

 

「お前は企業側に謝れ!」

 

 すいませんでした。

 

 そんなやり取りをしていると、俺の位置から右斜め前に座っていたティアがなんとも微妙な顔というか、釈然としない顔というか、のどに魚の骨が刺さっていて、それが取れなくて悶々としているような顔をしていた。

 

「どした、嬢ちゃん。 アヘ顔ダブルピースにはまだ早いぞ」

 

「いえ、永遠にありえませんからお気遣い結構です。 まあ、なんというか……なんかおかしな関係だな~、っと思ってみてたんです」

 

 おかしな関係? お前となのは以上におかしな関係なんて存在しないと思うんだけど。

 

「いや、まぁ……お二人がその関係に疑問を抱いていないのであれば、私が指摘しても意味ないというか、むしろこじらせる恐れがありますので言わないですけども」

 

「おい、ティアがまともなこと言ってるぞ。 シャマル、救護室に運ぼう」

 

「いやヴィータさん私はいつだってまともですよ!?」

 

 まあ、嬢ちゃんは真面目に不真面目だからな。 いや、盲信しているともいえるが。

 

 横にいるはやてが退屈そうに俺の脇腹を突いてくる。

 

「ひょっとこ、なんか面白いことやって」

 

「えー、仕事しろよ」

 

「終わったもん」

 

「相変わらず仕事をしてる描写がないよなぁ。 まあ、面白いことね~……一発芸とか?」

 

「お! いいね~!」

 

 俺の言葉にはやてが手を叩く。 その叩きに合わせて他の食堂にいる者たちも手を叩き、もう俺が一発芸しますよ、的な雰囲気になっていた。 ふと足をみると、椅子に縛り付けられていたバインドも外されて、外した犯人であろうなのは達をみるとニコニコ笑顔で手を叩いていた。 あの目、絶対に楽しんでる。 純粋に楽しんでるんじゃなく、俺が一発芸をして何か起こることを期待してる目だ。

 

 簡単に言ってしまえばSの目。 しかしながら、なのはの膝に座りはしゃいでいるヴィヴィオは純粋に楽しそうな目で俺のことを見ていた。

 

 逃げ場なし

 

 まぁ──べつにいいか。

 

「よーし、それじゃ食堂にいる愚民共。 飲み物を含め」

 

 魔力弾が飛んできた

 

「すいません、皆々様。 よろしければ僕の一発芸のために口にお飲物を含んではいただけないでしょうか?」

 

 今度は成功し、食堂にいる全員が飲み物を口に含んでくれた。

 

 ワクワク ドキドキ ウキウキ

 

 そんな期待に満ちた目で見られても困るけど──やはりこういったことをするのは血が騒ぐ、というか、楽しい。

 

 全員の前に立ち、宣言する。

 

「それじゃ、高町なのはのマネしまーす!」

                       ヘ(^o^)ヘ  うけてみて! これがディ

                         |∧    バインバスターの

                     /  /        バリエーション!

                 (^o^)/

                /(  )   これがわたしの──

       (^o^) 三  / / >

 \     (\\ 三

 (/o^)  < \ 三      全力全開!!

 ( /

 / く   スターライト──

 

 \                    /

   \  丶       i.   |      /     ./       /

    \  ヽ     i.   .|     /    /      /

      \  ヽ    i  |     /   /     /

   \

                                    -‐

  ー

 __        ブレイカー!!!                    --

     二           / ̄\           = 二

   ̄            | ^o^|                 ̄

    -‐           \_/                ‐-

 

    /

            /               ヽ      \

    /                    丶     \

   /   /    /      |   i,      丶     \

 /    /    /       |    i,      丶     \

 

『ブーーーー!?』

 

 六課の食堂に色とりどりの虹のアーチが架かった。

 

 美少女たちが飲み物を噴出するさまは見ていてちょっと興奮するけど、絵的にはなかなか凄い光景である。

 

「どうだった? 俺の一発芸」

 

「い、いや、全然おもろくなかっ、なかっ、ぶはっ」

 

「そ、そうですね……くくっ、だ、ダメよティアナ、ここで笑っちゃ……くくっ……」

 

 全員が全員とも口元に手を置いて必死に笑いをこらえている。 まったく意味がないことだけど。

 

 当の本人に訊いてみることにする。

 

「ねえねえ、なのは。 どうだった? うまく表現したつもりなんだけど」

 

「キミわたしのこと本当は嫌いでしょ!? あの時わたしがどんな想いだったか知ってるよね!? このときの戦いは魔導師人生においてもトップ3に入る戦いなんだよ!? どうしてこういったことするかなぁ!!」

 

「なのは、笑った拍子に出たと思うんだけど、わかめが口から飛び出してるよ」

 

「先にいってよバカ!? こっち見ないで!」

 

 もう色々と恥ずかしかったのか、わかめを取ったあとヴィヴィオをぎゅっとして離さなくなった。

 

 満足したのでもう一人の当人にも聞いてみる。

 

「フェイトフェイト、どうだった?」

 

「ちょっとだけトラウマだったんだけど、もうアレを思い出すたびに笑いがこみ上げてきて、ふふっ」

 

「そりゃよかった」

 

 思い出し笑いはしそうだけど。

 

 腹を押さえながらティアが俺に訊いてくる。

 

「あ、あの……もしかして、なのはさんとフェイトさんの戦いって本当にそんな感じだったんですか?」

 

「いや違うから!? 全然違うから!? ちょっとまって、いまレイジングハートで見せるから!」

 

 嬢ちゃんの発言に俺が答えるより早く、なのはが否定する。 そしてそのまま、首にかけているレイジングハートの記憶映像を食堂に映し出した。

 

 若干9歳にして魔導師ランクAAAの天才二人の激闘──

 

 それは新人達、いや、この場にいる全員を釘づけにするには十分なものだった。 ある者は感嘆の声をあげ、ある者は尊敬の視線を浴びせる。 ある者は少しの畏怖を感じ、俺は性的な目でみていた。

 

 空を舞い、風を切り、大量の魔力弾をかわし、追撃する。

 

 一進一退の攻防。 全力全開の本気の戦い

 

 

 一人は母のために

 

 一人は目の前の女の子のために

 

 互いが譲らないものを抱えたまま、死闘を演じた。

 

 そして──

 

『受けてみて! これがディバインバスターのバリエーション! 全力全開! スターライトブレイカー!!』

 

 ここで全員の腹筋が崩壊したのは言うまでもない。

 

 この日、高町なのはの代名詞ともいえる技

 

 スターライトブレイカーは、六課でのみネタ技と化した。



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50.五歳児vs十九歳児

 6月も中旬と終盤の境目あたりになり、燦々と照りつける太陽が恨めしくなってくる季節になってきた。 わたしは小さい頃からの幼馴染、フェイトちゃんと一緒にそんな太陽のもとにさらされながら家への道のりを歩いていた。

 

「あっつ~い……。 なんで夏ってくるんだろうね、夏とかなくなればいいのに」

 

「なのはこの頃俊みたいになってきてるよ?」

 

「夏って素晴らしいよね。 生命の息吹を肌で感じるし、夏は海水浴やバーベキューに花火とやりたいことや楽しいことが沢山あるよ! 夏さいこうー!」

 

「そんなに同列に扱われるのが嫌だったんだ……」

 

 当たり前だよフェイトちゃん。 あんなバカと同列になるくらいならバカの衣装部屋に置いてあるナース服着て六課にいくほうがましだよ。

 

「そういえば俊からメールで『冷房いれてるからいつでも帰ってきていいぜ、マイハニー』ってきたよ」

 

「ああ、それわたしもきた。 その時は丁度ジ○リ鑑賞会だったから返信しなかったけど」

 

「やっぱりジジの可愛さは異常だよね」

 

「それアルフさんが聞いたら泣くと思うよ? というか、どう考えてもキキでしょ」

 

 犬よりネコ派になったのフェイト!? とか言いながら。

 

 てくてくてくてく、二人で足並みを揃えながら歩いていく。

 

「そういえばフェイトちゃん。 俊くんから聞いたんだけど、ヴィヴィオがペットを欲しがってるみたいだね」

 

 ヴィヴィオがいない時間を見計らって、俊くんが私に相談してきた。

 

 曰く『ヴィヴィオがペットを欲しがってるんだけど、二人的にはどう思う? 俺としては、なのはとフェイトが俺のペットみたいなもんだし、いらないと思うんだけど

さ』

 

 いや、キミがわたし達のペットみたいなもんですから。 なに勝手にペットから飼い主にランクアップさせてるんだ。 もちろん、その時は後半の部分を無視して三人で話し合ったのだが、まったくもって決まらなかった。

 

 以下、回想

 

 

           ☆

 

 

「ペットを飼うのはいいとしても、それが一過性のものにならないか心配なんだよね。 飽きてしまったときが恐ろしい」

 

 深夜とまではいかないけど、ヴィヴィオが寝静まったのを確認して、わたし達三人はリビングで緊急家族会議てきなものを開いていた。

 

「う~ん、ヴィヴィオは良い子だからそんなことになるとは思えないけど」

 

「いや、甘いぞフェイト。 なのはの唯一の得意料理である桃子さん式キャラメル並みに甘い。 なのはとフェイトがSよりなんだからヴィヴィオだってペットを苛めることに快感を覚えてしまうかもしれないじゃないかぁ!? うちの天使が堕天使になるかもしれないんだぞ!?」

 

「キミの妄想はいつも飛躍しすぎてるよ」

 

 そうはいっても……確かに彼の言う事には一理ある気がする。 ペットを飼うってことは命を預かると同一であり、きちんと責任を持てないのであればペットを飼おうとは思わない。

 

 だけど──

 

「ヴィヴィオが喜ぶ顔はみたいかも……」

 

 なんたってヴィヴィオはうちの笑顔担当。 ヴィヴィオの笑顔があれば仕事なんて苦にもならない。 ……まあ、仕事はしてないに等しいんだけど。

 

 わたしの言葉に彼は頬を掻く。

 

「俺もヴィヴィオの喜ぶ顔はみたいけどさー」

 

 彼も別にヴィヴィオが嫌いでこんなことを言っているわけではない。 むしろヴィヴィオと一緒にいる時間が一番長いからこそ、真剣に考えているんだと思う。

 

「俺は権力的にはこの家で一番弱いから、二人が許可出したらヴィヴィオ連れて四人で猫井さんの所に行こうと思うけど」

 

「「う~ん」」

 

 そういわれると困ってしまう。 許可は出したいんだけど、何分命を預かるわけだし。

 

「それにペットに何を飼うのかも重要になってくるよな。 もう面倒だからアルフ連れて来ればよくね?」

 

「俊がお義母さんの家に行って、アルフを説得してきたらいいけど」

 

「ごめんフェイト。 アルフはなしにしよう。 けどさ、これは真剣に悩むよな。 だってネコとイヌはなのはとフェイトで埋まってるわけだし」

 

「いやわたしたち人間だから。 俊くんと違って人間だから」

 

「ちょっとまってくれ、それじゃ俺はいったいなんなんだ? こんなイケメンでクールな俺は何なんだ?」

 

「グール……かな」

 

「ビックリだよ、10年以上グールがそばにいたのに平気な顔してるお前たちにビックリだよ」

 

 普通腐敗臭で凄いことになるしね。

 

 それはともかくとして、

 

「仮に飼うとしたら鳥さんとかだよね。 可愛いし、わたし好きなんだよね」

 

「あ、私も好きだよ」

 

「二人とも、前から俺は二人とも鳥のように美しいと思っていたんだよ」

 

「「わかったからこっちに詰め寄らないで」」

 

 油断も隙もありゃしない。 どうして彼はムードというものがわからないかなぁ……。 まったく。 普通、二人っきりのときとかに……こう……ねぇ?

 

 フェイトちゃんと二人、彼の顔面を手で押さえながら考える。

 

「あまり世話がかかるものだと厳しいかもね。 もし、ヴィヴィオが一人でお世話できないものならわたしは認めたくないかも」

 

「え? なんで?」

 

 顔面を押さえられたまま、俊くんがクエッションマークを浮かべる。

 

「いや、だってさ、ヴィヴィオがペットを欲しがってるんでしょう? だったらそのペットはヴィヴィオがきちんとお世話できるレベルにしないとダメだよ。 手を余して俊くんに手伝いを求めちゃヴィヴィオのためにならないと思うの」

 

「そ、そんなもんなの?」

 

「当たり前でしょ。 まったく……やっぱり俊くんは甘いよ。 キミの言葉を借りるなら、『わたしのキャラメル並みに甘いよ。』 それじゃヴィヴィオのためにならないでしょ」

 

「……なのはが大人っぽいこと言ってる……」

 

「どういう意味よそれ!?」

 

 わたしだって19歳だよ!? キミよりも精神的には大人だよ!

 

「ヒドイよ俊! 普段はアレななのはでも、ヴィヴィオのことなら本来以上の力を発揮するよ!」

 

「気付いてフェイトちゃん! フェイトちゃんが一番ヒドイこと言っている事実に気付いて!」

 

 フェイトちゃんからみたわたしがどういった感じに映し出されているのかが疑問になってきた。 ……大丈夫だよね? わたし大丈夫だよね?

 

「というか、いま思ったんだけどなんかこのまま二人を押し倒して──18禁にイけそう気がする。 ついに俺の夢である、フェイトのおっぱい吸いながらなのはにアナルを弄ってもらえるかもしれない」

 

「フェイトちゃん、お薬の時間だよ」

 

「ちょっとまって、いますぐ持ってくるから」

 

 俊くんをバインドで縛ったあと、30分会議を続けたのだが決まらなかった

 

 

           ☆

 

 

 あの時のことを思い出し頭を抱えながらながら、家の玄関を開ける。

 

「「ただいまー!」」

 

『うわぁぁああああぁぁあん!! ヴィヴィオがかったのーーー!』

 

 玄関を開けたと同時に、ヴィヴィオの泣き声が聞こえてきた。

 

「なのは!」

 

「うん!」

 

 急いで声のした場所、リビングへと移動すると──

 

「甘いなヴィヴィオ! この俺にスマブラで勝とうなんぜ100年はええよ!」

 

「ヴィヴィオがかったのーーー! ヴィヴィオがかったもん!」

 

「はっは、何を言っているんだこのミステリーガールは。 画面には映し出されているだろ? 勝者と敗者がどちらなのかが」

 

「ちーがーうもん! テレビがおかしいだけだもん!」

 

「えぇ!? なにその子ども特有の主張!?」

 

 リビングでは19歳児が5歳児相手に本気を出してスマブラをしていた。 いましがた決着がついたのか、画面上には勝者と敗者を現す順位が。 何をやっているんだ、この19歳児。 5歳児相手に本気をだすキミの思考回路のほうがミステリーだよ。

 

 ヴィヴィオがわたし達に気付いたのか、泣きながらフェイトちゃんの胸に飛び込んできた。

 

「フェイトマーマーぁぁああぁ! ヴィヴィオかったのにーー!」

 

「うんうん、ヴィヴィオ勝ったもんねー? 俊に勝ったもんね~?」

 

 ヴィヴィオはフェイトちゃんに任せて、わたしは19歳児の相手をすることに。

 

「もう……ヴィヴィオ相手になに本気だしてんの!」

 

「いや、本気じゃねえし俺が本気だしたら1秒でkoできるし」

 

「子どもみたいなこと言わないの! まったく……なんでヴィヴィオに本気だしたの?」

 

「社会の怖さを教えてやろうと思ってだな」

 

「キミは社会にでてないでしょ!? 無職が言っても説得力皆無だよ!?」

 

「いや、無職の代行者的な立ち位置で……」

 

「いらないよ、そんな立ち位置!? それ社会の役に立たないでしょ!?」

 

「僕が無職でいることによって、僕以外の人が一人職に就くことができるんだ。 僕はそういったことに喜びを感じる」

 

「わたしは泣きたいよ!?」

 

「え? それじゃ俺が本当に職に就いたらどうする?」

 

「フェイトちゃん達といつクビにさせられるか賭けるかな」

 

 わたしの予想だと一週間以内にはクビになると思う。

 

 わたしの言葉を聞いて、彼はヴィヴィオをあやしているフェイトちゃんに駆け寄った。

 

「フェイトママー! トロール高町がいたいけな幼馴染を苛めるよーーー! 助けてーーー!」

 

 パァーン!

 

「……なのはママ、フェイトママにビンタ打たれたから俺を癒して……」

 

「いまのはキミが悪いよね。 ヴィヴィオあやしてる最中なのにフェイトちゃんの所にいったキミが悪いよね」

 

 それとトロール高町ってどういう意味かな? どう考えても化け物しか思い浮かばないんだけど。

 

「ほら、なんでヴィヴィオ相手に本気だしたのか知らないけど、ちゃんと謝っといで。 流石にフルボッコにしすぎだよ。 このダメージの残り見る限りほとんどノーダメじゃん。 こんなことやられたらわたしでも心折れるよ」

 

「不屈のエースの心ってポッキー並に折れやすいな」

 

「ポッキーをバカにするな」

 

「俺のポッキーも勃起しちゃうぜ」

 

「お願いだから会話のキャッチボールしよ?」

 

 わたしは彼の背中を押して、ヴィヴィオのところに。

 

 フェイトちゃんは泣いているヴィヴィオの涙をふいて、彼の正面に立たせる。

 

 ヴィヴィオの目線まで膝を曲げ、両手を合わせて謝る彼。

 

「ごめんなーヴィヴィオ。 ヴィヴィオがあまりにも可愛いからつい苛めたくなっちゃった」

 

「ヴィヴィオ、おにいさんなんてキライ! ヴィヴィオいじめるもん!」

 

「いや、ほんとごめんってば。 もうあんなことしないから、絶対にしないから」

 

「ほんとうに……?」

 

「ほんとほんと! 嘘ついたら六課にパイ生地投げに行ってやるよ!」

 

「ん~~~~……。 でもダメー!」

 

 顔の前で大きくバッテンを作るヴィヴィオ。 いや、パイ生地投げられても困るんですけど……。

 

 彼はいかにも困った顔をさせながら──訂正、罠にかかった獲物をみるような顔をしながらヴィヴィオにこう切り出した。

 

「う~ん……それじゃ、俺がヴィヴィオにペットを飼ってやることで許してくれないかな?」

 

「え!? ペット!?」

 

「うんうん、ペット。 あまり高い動物は買えないけど、俺のお小遣いで買える範囲だったらいいよ?」

 

 え? ちょっ!? なに言ってるこの人!?

 

「やったーー! ヴィヴィオおにいさんだいすきー!」

 

 彼に抱きつくヴィヴィオ。 彼もヴィヴィオに抱きついて二人でくるくると回り出した。

 

 と、思ったらヴィヴィオをフェイトちゃんに預けてこちらに向かってくる。

 

「どういうつもり?」

 

「いやー……午前中、ずっと動物の特番見ててさ。 動物を見るたびにヴィヴィオが欲しそうな目で俺に訴えかけるんだよ。 挙句の果てに、俺のすそを掴んで離さないんだよね。 もう耐えきれなくて。 あ、これは俺の独断だから来月のお小遣いの分をペットに回してください」

 

 ……俊くん。 ヴィヴィオに甘すぎだよ……。

 

 まあ、そういったところも彼の魅力の一つなのかもしれないけどさ。

 

「まったく……。 今度からこんなことしちゃダメだよ?」

 

「うむ。 よかろう」

 

「なんでキミが上から目線なの」

 

 バカをほっといて、喜ぶヴィヴィオとフェイトちゃんのところに。

 

「フェイトちゃん、いまからペットショップ行くけど大丈夫?」

 

「うん、オッケーだよ!」

 

「わ~い! ペットだぉ~!」

 

「けどヴィヴィオ。 ちゃんとヴィヴィオがお世話できる動物じゃないとダメだからね?」

 

「はーい!」

 

 う~ん、ちゃんとわかってるのかな~?

 

 ヴィヴィオの喜ぶ姿を見ていると、どうしても不安を拭えないわたしであった。

 

「むっ!? あなたも私もポッキーって、どういう意味なんだろうか? もしかして、男をスティックとして、女をチョコに例えているとか。 となると──お菓子メーカーは淫らな性行為を望んでいるのか!?」

 

 彼に関しては不安しかない。

 



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51.ヴィヴィオ! ヴィヴィオ! アプラック!

 スマブラバトルでヴィヴィオをフルボッコにし、俺がフェイトにビンタされてから一時間。 俺たち──俺とフェイトとなのはとヴィヴィオは四人仲良く、バイト中にお世話になったペットショップ、つまりは猫井さんの所にお邪魔しているのだった。

 

 どうでもいいことではあるが、一応言っておくとネコもどきも看板ネコとして存在している。 なお、なのはもフェイトもネコもどきを無意識にスルーした。 俺は意識してスルーした。

 

 現在はヴィヴィオが選んでいるのを、俺たち三人が後ろでみている形になっているのだが──

 

「このネコが可愛いくない?」

 

「いや、どう考えてもこっちのイグアナのほうが」

 

「この犬、アルフみたいでかわいい」

 

 それぞれがそれぞれ、好きなようにペットにする動物の名前を上げながら遠目で物色しているのだった。

 

 なのはは当たり前のようにネコに目がいき、俺は王の中の王のような振る舞いをカゴの中で見せているイグアナに目を奪われ、フェイトは自分のパートナーであるアルフに似た犬をずっとみていた。

 

「いや、キミのイグアナは論外でしょ」

 

「でもカッコイイぞ、あのイグアナ」

 

「えー、なんかシグナムさんみたいだよ」

 

 どうやら、なのはの中ではシグシグはイグアナらしい。 案外こいつも友達に対しての評価は厳しいものがあるかもしれない。

 

「そういえば知ってる? イグアナって自分のお尻が大好きらしいぜ。 つまり、なのは理論でいくとシグシグは自分の尻が大好きな変態になるぞ」

 

「……ごめん、さっきの話なしでお願い」

 

 なのはが青ざめた顔でそう言ってくる。 そりゃ、そうだよな。 あのシグシグが自分の尻の臭いが嗅ぎながら、『おほほほほほほほほっ! んぎもぢいいいいいいいいいい!!』とか言ってたら俺でも引くわ。

 

 いや、俺ならどさくさに紛れて突くかな。 引いたうえで突く。

 

「まあ、冗談なんだけどな。 だからメールで謝ろうとするなって」

 

「ま、また騙されたの!?」

 

 驚愕した顔でこちらをみるなのは。 可愛すぎるぜ……!

 

「くそっ……。 またしても……。 今度はわたしが、ギャフンと言わせてやるもん……!」

 

 拳を握りしめて、何かを誓うなのは。

 

 そしてなにやら考え事をしはじめた。 暇になったからフェイトと遊ぶことに。

 

 やはりペットショップときたら話題はもちろんアルフのことだよな。 こう……それとなくアルフの話題をだしてちょっとしたカップルみたいな感じでいこう。

 

 お前らみておけ! これがイケメンの行動だ!

 

「そういえばフェイト。 アルフってペットショップに売らないの?」

 

「もう近づいてこないで」

 

「まって! 選択肢ミスった! クイックセーブしたところからやり直させて!?」

 

 間違って選択肢の一番上を選んでしまった! 違う! ちょっとまっておけ! もう一度イケメンの行動をみせてやる!

 

「そういえばフェイト。 俺、ずっと前からフェイトの首に犬の首輪をつけて調教したいと思ってたんだ」

 

「本格的に近づいてこないで!? なにこの幼馴染、こんな人と一緒に暮らしてたの!? いますぐ追い出したいんだけど!? というかいますぐ出て行って!」

 

「まって口が滑っただけだから!? ワンモア! ワンモア!」

 

 いかん、さっきの失敗で動転してしまった……!? 今度こそ、今度こそ、イケメンの行動をみせてやる!

 

「あのさ、フェイト。 俺、ずっと前からフェイトに調教されたかったんだ。 そしてフェイトの犬として一生を過ごしたかったんだ」

 

「なにこのカミングアウト!? 嬉しくもなんともないよ!? むしろ気持ち悪い! というか、そんなこと考えてたの!? アルフの単語とか途中から消えてるし!」

 

「調教されたいのはほんとかな。 あとさ、アルフって誰だっけ?」

 

「いま最高に最低な人間として輝いてるよ!」

 

 フェイトが自分の持っているバックで俺を軽くたたいてくる。 それこそ、例えるならばラブラブカップルのように。 だから俺もラブラブカップルの彼氏としてそれ

相応の態度をみせることにした。 ちょっとだけ恥ずかしいけど、でもフェイトとのイチャイチャをみんなに見せてやるのもいいかもしれない。

 

「おほほほほほほほほほほっ! んぎもぢいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 フェイトがペットショップから逃げ出した。 真・ソニックでもないのに光の速さで逃げ出した。

 

 困ったもんだぜ、俺の彼女は。

 

「おいおいハニー。 もとい、俺の嫁よ。 いったいぜんたいどうして逃げ出すんだい? 俺たちラブラブだろ?」

 

「ラブラブでもないし、付き合ってもいないでしょ! それにいきなりあんな奇声上げられたら誰だって逃げるよ!? 初めてだよ! 本気で俊とかかわりたくないと思ったのは!」

 

「あ、すいませ~ん。 ちょっと嫁とイチャイチャしてまして。 はい、あ、僕たち19歳なんです~。 はい、もう10年も付き合っていて~」

 

「なんで通りすがりのおばちゃんに私のこと紹介してるの!? いやいやいやいやいや、なんでみなさんこっち向いて『おめでとうね』みたいな目で拍手してるんですか!? ほんと私たち何もないですから!」

 

「とか言いながら、顔を赤くしてるでしょ? あれは照れてるサインなんですよ」

 

「頭に血がのぼってるサインだよ!」

 

 バリアジャケットのときのようにツインテ状態のフェイトが、フンガーって感じで地団駄を踏みながら怒る。 ……やばい、本気で調教されたい。

 

 しかしながら、いま俺とフェイトがいる場所はペットショップから少し離れた場所である。 というかフェイトさん、あの一瞬の間にここまで移動してきたのかよ。 とんだ化け物だぜ。

 

「さてフェイト。 俺たちの娘が心配だから、そろそろペットショップに行こうか」

 

「……まあ、確かにヴィヴィオは心配だしね。 でも、俊はパパって呼ばれてないからね?」

 

「それはマジで不安なんだよな。 このまま俺は『お兄さん』が定着しそうでさ。 なのはとフェイトと結婚したときどうしよっかな~、と思って」

 

「なんでキミの未来予想図では私達と結婚してるの……」

 

「愛してるから」

 

「ありがと」

 

 そのままフェイトとてくてく歩く。 もうすぐがペットショップなので、ペットショップに入る前にフェイトに言っておくことにしよう。

 

「フェイト、やっぱりフェイトはツインテがかわいいよ」

 

「……ありがと。 俊はツインテールとか好き?」

 

「大好き。 とくに、なのはとフェイトのツインテとか最高」

 

「それじゃ……日常でもたまにしようかな。 あ、あくまでたまにだからね?」

 

 何故かほっぺたを指で突かれながらであったが、自然に俺の頬を緩んでしまった。 だって、日常でも、たまにでも、フェイトのツインテが見られるとか──最高に幸せだ。

 

 

           ☆

 

 

 俺視点でのフェイトとのイチャイチャタイムを終えて二人揃ってペットショップに戻ってきたわけだが──

 

「この鳥さん……可愛すぎる……!」

 

 なのはがインコを見ながらわなわなと震えていた。 それをみて、俺の股間はムズムズと膨らんできた。

 

 落ち着け! 俺のエクスカリバー! お前はまだ本気を出しちゃいけないはずだ!

 

「…………」

 

「あの……フェイトさん? どうしたんですか?」

 

「べつに、なにも、なんでもない」

 

「いや、いま俺のほうをジト目で見ていたような……」

 

「自意識過剰だよ、俊」

 

 なんだかフェイトちゃんが冷たいです。 さっきまでラブラブカップルだったのに、とても冷たいです。 一体全体、何が起こったんだ?

 

「フェイトたん、フェイトたん。 大好きだよ」

 

「知ってるよ、ありがとう。 ところで、なのははいるけど、ヴィヴィオはどこにいるのかな? 私のほうからはペットショップが見えてたからお店を出たということはないはずだけど……」

 

 キョロキョロと店を見回すフェイト。 確かに、考えてみるとヴィヴィオがさっきから見当たらない。 なのはに訊いてみることにしよう。

 

 後ろから抱きつきながら、なのはにヴィヴィオの居場所を尋ねることに。

 

「なーのーヴァ──!?」

 

「あ、俊くんだったの? やっぱりね、俊くんの気配がしたもん」

 

「ちょっとまって。 それってさ、俺と判ったうえで顔面に裏拳叩き込んだってこと?」

 

「愛情だから仕方ないよ」

 

「愛情なら仕方ないな」

 

 

 なのはと二人、うんうんと頷く。 ところで、この鼻血止まらないんだけど。

 

「なのは、ティッシュもってる?」

 

「あ、もってるよ~。 鼻に入れてあげる」

 

「サンキュ」

 

 丁度良い大きさにちぎって丸めて、鼻にいれてくれるなのは。 ラブラブだろ? これがいまさっき、裏拳を叩き込んだ側と叩きこまれた側なんだぜ?

 

 そんなこともおかまいなく、キョロキョロとなのはは店内を見回す。 フェイト同様、ヴィヴィオを探しているのだろう。

 

「……ほんとにいないね、ヴィヴィオ」

 

「店内にはいるはずなんだけど……」

 

「まあ、落ち着け二人とも」

 

 焦り始める二人を、どうどうとなだめる。

 

「俺にはわかる。 ヴィヴィオはちゃんと伏線を回収するためにネコか犬を持ってくるはずだ。 だから今頃、猫井さんと一緒に子犬か子猫を選んでいる最中だろうよ。 ほーら、噂をすれば」

 

 猫井さんと一緒に、奥のほうからヴィヴィオが現れた。 トコトコとドタバタと、子ども特有の笑顔で、伏線を回収するために、子犬か子猫を抱えてヴィヴィオが俺たちのところにやってくる。 そしてヴィヴィオはやってきた。 笑顔を浮かべながら、やってきた。

 

 ──アヒルと一緒にやってきた

 

「「「いや、流石にダメだろ」」」

 

 異口同音に声を揃える俺たち。

 

「どうしてー? かわいいよぉー?」

 

「いや、あのな、ヴィヴィオ? いくら俺が、犬や猫はなのフェイと被るからダメだといったからといってだな、だからといって本当にネコとイヌ以外を探さなくていいんだぞ? ただでさえ、イヌやネコと触れ合っている描写をちょこっと書いてるんだから、そこはイヌかネコにしとこうぜ」

 

「でもアヒルさん、かわいいよー?」

 

「いや、うん。 まぁ、確かにアヒルも可愛いけどさ。 なんというか……最終回直前に出てくるキャラみたいじゃん、こいつ。 これいきなり出てきちゃダメだって」

 

 誰が予想できてたよ、ヴィヴィオがアヒルを連れてくるなんて。

 

「そ、そうだよヴィヴィオ! ほら、この鳥さんとか可愛いよぉ~! こう……パタパターって感じがするよ!」

 

「なのはの頭はアババババって感じだけどな」

 

「どういう意味かな!? そのアババババってどういう意味かな!?」

 

「でもまぁ……もうちょっと考えようぜ? 今度は四人で考えよう」

 

「そうだね。 今度は私達も考えようか」

 

 ヴィヴィオのペットなので、できる限りヴィヴィオの意見を尊重したいのだが──アヒルはちょっとわかんない。 これはリアルにわかんない。 なのはとフェイトの顔が一瞬引き攣ったくらいだから、相当だったんだとは思うけど。

 

「でもでも、おにいさんはヴィヴィオがおせわできるならいいっていったもん! ヴィヴィオおせわできるもん!」

 

「いや、それは言ったけど……アヒルなんてできないだろ……」

 

 俺となのはが頑ななヴィヴィオの姿勢に困惑していると、遠くのほうでフェイトが猫井さんと話している姿が視界に入った。

 

『あの……どういった状況になったら、ヴィヴィオがアヒルを選ぶんでしょうか……?』

 

『それがねぇ。 ヴィヴィオちゃんも、最初はネコやイヌを飼おうと思ったらしいのよねぇ。 けど、あのアヒルをみた途端、急に“飼う”って聞かなくて……。 こっちも困惑してるのよぉ……』

 

『はぁ……』

 

 うん、二人の会話を聞いていてもサッパリわからん。

 

「ほら、ヴィヴィオ。 とりあえずアヒルは返そう? なのはママも一緒に選ぶから」

 

「いやー!」

 

「あんまりわがままだと、なのはママ怒っちゃうよ?」

 

「おにいさんたすけて!」

 

「え!? 俺がなのはの相手すんの!?」

 

 抱きつかれ、後ろに回ってしまうヴィヴィオ。 みると、アヒルはヴィヴィオが動いた分だけ自分も動き、常にヴィヴィオのそばにいようとする。

 

 ……あれ? こいつ、結構頭いいのかな?

 

「……俊くんは、どっちの味方かな?」

 

「おにいさんたすけて!」

 

 後ろには俺の服を掴んで離さないヴィヴィオが、前には俺をじっと見つめるなのはが。

 

 くそっ……! うらやましいイベントのはずなのに、膝の震えが止まらない……!?

 

「あ~……うん、こうしよう。 それじゃ、アヒルがなにか喋ったら飼うことにしようぜ。 もちろん、グワッ! とかの鳴き声じゃなくって、ちゃんとした言葉、いわゆる人語を喋ったらなら飼おう」

 

「うん、それならわたしもいいよ。 俊くんナイスアイディアだね」

 

 我ながら卑怯な手段だと思う。 いくら世界が広くても、人語を喋るアヒルなんているはずが──

 

「アプラック!」

 

「「…………え?」」

 

 こいついま、喋った……?

 

 みると、遠くにいるフェイトと猫井さんも驚愕の視線をこちらに向けている。

 

「ヴィヴィオ! ヴィヴィオ! アプラック!」

 

「わーい! アヒルさんヴィヴィオのなまえよんだよー!」

 

『……………………は?』

 

 思わず、四人とも口をだらしなく開ける。

 

 いやいや、だって、まさか──

 

「しゃ──」

 

『シャベッタァァァァァァァァァァ!!??』

 

 アヒルが喋るなんて、非日常すぎるだろ。

 



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52.新しい家族が増えました!

「まさか……ペットとしてアヒルを飼うことになるなんて……」

 

「なんで俺の小遣いでアヒル飼うんだよ……。 犬やネコならいいけどさ、アヒルに小遣いが飛ぶと思うと……。 買いたい参考書や参考書ゲームだってあるのに、マンガやアニメだって買う予定だったのに……」

 

「今回はわたしが出してあげるよ……。 あと、お小遣いであまりエッチなもの買いすぎると、お小遣い自体を減らすからね?」

 

 なのはと二人、レジの前で会話する。 おいおい……エッチなものじゃねえよ、参考書と呼べ。

 

 後ろでは、フェイトがヴィヴィオとアヒルの相手をしている。

 

「みてみてー! アヒルさんバクてんするよー!」

 

「バクテン、スル!」

 

「……アヒルってバク転できたっけ?」

 

 フェイトの困惑した声が聞こえてくる。 いや、俺の記憶だとアヒルはバク転できないと思うよ。

 

「すいません、あのアヒルお会計を……」

 

「あ、べつに無料でいいわよ。 むしろ、貰ってくれてありがとうねぇ」

 

 バックからサイフを出しながら、レジ会計を済ませようとするなのはを、猫井さんの手が制止しながらそう言った。

 

「それって、どういう意味ですか?」

 

「言葉通りの意味よ、ひょっとこくん。 ここだけの話、あのアヒルは貰い手がなかなか現れなくてねぇ。 知ってる? 貰い手がいないと最終的には──処分するしかないのよね」

 

「「え? ……処分ですか?」」

 

「そ、処分。 まあ、私は処分なんてするつもりなかったから、貰い手がいないのであれば私が貰い手になろうと思ってたけども、ヴィヴィオちゃんなら大丈夫そうね」

 

 思わず、なのはと二人、ヴィヴィオたちのいる方向を振り向く。 アヒルに抱きつきながら笑顔でフェイトと楽しくお喋りしているヴィヴィオ。 ヴィヴィオに抱かれながらも、ちょっと周囲を警戒するように首を左右に動かすアヒル。 それはなんだか──姫を守る騎士を彷彿とさせていた。

 

「なんだかなぁ……。 なのは、もしかしたら好きな動物ランキング、アヒルが1位になる日もそう遠くないかもしれない」

 

「キミの浮気癖は動物にまで作用するんだね」

 

 そう言うなのはも、笑顔じゃないか。

 

 レジから離れてフェイトとヴィヴィオとアヒルと合流し、四人と一匹で店を出る。

 

 しかしながら、このアヒル、じつはちょっとだけ気になっていたりする。 こう……具体的にどこがどう気になるのかは言えないのだが……とにかく気になる。 なんか、こんな奴をどこかで見たような気がするんだよな。

 

 

           ☆

 

 

 家に帰るまでの間に、何人の通行人に見られただろうか。 ただでさえ目立つ俺たちに加え、今日はアヒルが凛としてヴィヴィオの横を歩いているのだから、そりゃ通行人もこちらに目を向けるものだ。 そして俺の顔をなにか得心のいったように歩いていくのも納得がいく。 みんなの言葉を代弁してやろう。

 

『ああ、またこいつか』

 

 たぶんこんなところだと思う。 いや、まじでみんなの俺を見る目がこんな感じだった。

 

 そして現在なのだが、俺たちはリビングでアヒルの名前を決めていた。

 

「第一回! ペットの名前を決めちゃいましょー大会―!」

 

『いえーーい!!』

 

「さあさあ始まりました。 ペットの名前を決めちゃいましょう大会。 本日は私、ひょっとこが司会進行役を務めさせていただきます。 そして隣には実況・解説のフェイト・T・ハラオウンさん。 やあやあ、フェイトさん。 本日はどうなると思いますか?」

 

「あの……家族四人しかいないのに、私と俊抜けてもいいの?」

 

「ベットいく?」

 

「行きません。 って、そうじゃなく、なのはとヴィヴィオの二人で考えることになるよ? って言いたいわけ」

 

「ふっふっふ、巨乳ちゃんはわかってないな。 俺がそんなヘマをするわけないだろ? ちゃんと手は打ってあるさ。 ──文明の利器を使わせてもらおうじゃないか。 ちなみに、愛するなのはちゃんは最初から戦力外さ」

 

「あぁ……そういえばチコリータに“ゴメス”ってニックネームつけたのはなのはだったね……」

 

 取り出したるは携帯電話。 まあ、携帯電話とかいいながら地球にもなんなく電話やメールができる超便利アイテムなんだけどな。

 

 そんな携帯電話を操作していく。 メール画面を開き一斉送信の画面に。

 

 そしてリストから相手を順々に選んでいく。

 

「え~っと、クロノとユーノは仕事だから抜かして」

 

「あれ? その二人抜かしていいの?」

 

「うん、今回は素早い返信が命だからな。 今回は二人とも除外にしよう」

 

 いまだにツインテ状態のフェイトが俺の携帯画面を覗き込む。

 

「へ~、俊って知り合いやっぱり多いね。 電話帳の整理も大変じゃない?」

 

「まあ、結構大変かな。 だけどまあ、連絡を取り合うやつなんてあんまりいないしな~」

 

「ふ~ん。 ──ところで、この女の子だれ?」

 

 フェイトが俺の携帯を指さしながら、カルピスを飲んでいるミニスカメイド服の女の子を指さす。 ……ごめん、それ俺なんだ。

 

「え~っと……俺……かな」

 

「は?」

 

「だから、女装した俺だよ」

 

「……そう……なんだ。 その……私は俊の趣味ならいいと思うよ。 うん。 できれば、普通に女の子を好きになってほしいけど……」

 

「いや、誤解だから!? べつに女装野郎として生きていこうなんて固い決意してないから! ちょっとした出来心でやっただけだから!?」

 

「でも……よく考えれば、たまに俊は女装してたもんね。 ごめんね……私気付けなくて……」

 

「涙をためながら俺の手を握らないで!? 罪悪感で死にたくなってくる!」

 

 フェイトが俺の手をとり、自分の胸に合わせようとしたとき、ちょうどよく携帯からメールを受信したアナウンスが聞こえてきた。

 

『メールが届いたお? はやくみようよー!』

 

「相変わらずの受信音だね」

 

「ミクちゃん可愛いじゃん」

 

 フェイトが手を離してきたので、携帯を取ることに。

 

「そういえば、皆にどんな内容のメール送ったの?」

 

「え~っとね。 『家でアヒルを飼うことになったので、名前つけようぜ!』って内容かな」

 

 ちなみに送った人物は、はやてにヴォルケン、おっさんに嬢ちゃんにスバルとエリオとキャロ。 カリムさんとマッパさんに高町家と怖いけどリンディさんにも出して

みた。 あと安定のスカさん。

 

 さてさて、まずは誰のメールかな?

 

「おっ! おっさんじゃねえか。 あいつ早いな。 もしかして暇だな。 え~っと、メールの中身は……」

 

『昨夜、交番にロケット花火が投げ入れられたんだが、お前じゃないよな?』

 

「しらねーよ!! このタイミングで関係ない話してくんな! ボケ!」

 

 まったく……俺なら交番にロケット花火なんてしねえよ。 お前の顔面にロケット花火ぶつけるに決まってんだろ。

 

「えっと……あの人も大変だね。 ロケット花火だなんて……」

 

「どうせ、遊んでたら暴発でもしたんじゃねえの? よくあることだよ。 あー、次々。 え~っと、カリムさんとマッパさんか」

 

 ふむ……あの二人ならいい名前を考えてくれそうだな。

 

 カリムさん 『いつになったらDVDを貸してくれるのでしょうか?』

 

 マッパさん 『この頃、私も卍解できるようになりました!』

 

「やべえよ……カリムさんにDVD貸すの忘れてた……。 近いうちに聖王教会行かないと……」

 

「いや、それよりも問題はマッパとかいう人だよね。 これ突っこんだほうがいいのかな?」

 

「まあ、お前らだって卍解まがいのことできるんだからいいじゃないか。 とりあえず俺のメール読む気がないということだけはわかった」

 

 この人たち絶対読んでない。 俺からメールきたから丁度報告でもしとくか、的なノリなんだと思う。

 

「あ、次は高町家だな。 まあ、高町家というか桃子さんなんだけど。 桃子さんなら俺のメール読んでるだろうしな。 現段階で、ペット以上に重要な話もないはずだし──」

 

 桃子さん 『なのはとフェイトちゃんとどこまでいったのかしら?』

 

「『もう3pとかしまくりで、淫らな性活を送っています』と。 送信──」

 

「させないよ!? そんなデタラメな返信絶対にさせないから!!」

 

「ちょっ!? 俺の携帯!」

 

 

 横でみていたフェイトが俺の携帯をぶんどる。 なんて奴だ。 人の携帯盗むなんて最低な奴だな!

 

「返せ! ミルタンク! この返信に俺の全てがかかってるんだよ!」

 

「私となのはの人生もかかってるよ!? 100%デタラメな返信内容送らないで!」

 

「ふっ……それはどうかな。 知ってるんだぜ? フェイトが夜な夜な、『んっ……あっ……ダメ……! ダメだよ俊……! なのはが隣にいるのに、そんな激しく突いたら……! イ、イっちゃう!』とかやってることも知ってるんだぜ? 一人でオナニーしてることも知ってるんだぜ?」

 

「あ? いまなんつった? 風穴開けられたいの?」

 

「すいません、調子にのりすぎました」

 

 フェイトがバルさん取り出して本気でキレたので素直に謝る。 フェイトさんガチで怖いっす。 もろ死神じゃないですか。

 

「まったく……とりあえず、桃子さんには私が返信するから」

 

「はーい」

 

 それから3分

 

「あの……まだ?」

 

「う、うるさい! ちょっと文面に不備がないかとか、ちゃんと言いたいことを正確に伝えることができているかを確認してるの!」

 

 それもう電話で話せばすむんじゃね? とか思ったけど、またバルさん取り出されたらたまったもんじゃないので口は出さないことに。

 

 どうでもいいことだけで、バルさんってゴキブリ駆除するあのジェットみたいだな。

 

 ということは、フェイトがゴキブリになんの? ちょうどツインテだし。

 

「だめだフェイト! お前はゴキブリになんかなっちゃいけない!!」

 

「意味わかんないこと言いながら抱きついてこないで!? あの会話からどうやったら私がゴキブリになるの!?」

 

「いや……でも……バルディッシュがバルさんなんだよ!」

 

「ごめん、日本語喋ってくれる?」

 

 フェイトが呆れた目で俺のほうをみていた。 うん、俺もかなり混乱してたと思う。

 

「ごめんなフェイト。 ちょっと混乱してたみたいだ」

 

「あ、うん。 直ってくれたならそれでいいけど……」

 

「俺──フェイトがゴキブリでも愛してるよ!!」

 

「直ってない!?」

 

 

           ☆

 

 

「メダパニから回復しました」

 

「お疲れさま」

 

「うす」

 

 フェイトのゴキブリ疑惑から回復した俺は、早速メールを見ることに。 それとなのはさん? アヒルは空を飛ばないので空を飛ばせようとしないでください。

 

「さて、アババババな、なのはちゃんはほっておいて、次のメールにいこうと思います。 え~っと、次はリンディさんですな」

 

「お義母さん、よく俊に返信してくれたね。 無視するかと思ってたのに」

 

「うん、それは俺も思った。 まあ、アレだよ。 リンディさんも、なんだかんだ言いつつ俺のことが大好きなんだよ。 じゃないと、返信なんてしないしさ」

 

「確かにね」

 

 フェイトと二人、顔を見合わせて笑いながらリンディさんの文面を読む

 

 リンディ『お黙りなさい、この鳥頭』

 

「「罵倒するために返信したの!?」」

 

 リンディさんブレなすぎる……! しかも自分の娘の結婚相手に向かって平然と鳥頭呼ばわりとは……! なんちゅーババアだ……!

 

「いや、べつにキミの結婚相手にはなってないけど」

 

「え!? それじゃ他に誰かいるの!?」

 

「それもいないけど。 ……まあ、候補くらいならいるかもしれないし、いないかもしれない」

 

「あやふやすぎる!? 認めん! うちのフェイトは嫁にはやらんぞ!」

 

「キミはいったい誰目線なの……。 あ、お義母さんから追加でメールがきてるよ?」

 

「あ? いいよ、もうしらねえよ。 リンディさんが攻略不可能なキャラだってことはわかったからいいよ。 もうあんなババアなんて必要な──」

 

 リンディ『いますぐ家こいや』

 

「……フェイト、謝ったら許してくれるかな……?」

 

「……こればっかりはなんとも言えないかも」

 

 それから恐る恐る電話をかけました。

 

 とっても怖くて、ずっとフェイトの手を握ってました、まる

 

 

           ☆

 

 

「よーし! トイレで軽く泣いてきたことだし、気を取り直してメールを読むぞー!」

 

「ヴィヴィオに心配されるくらいにはトイレで泣いてたね。 大丈夫?」

 

「うん、なんとか廃人にはならなかったよ」

 

 いやー……リンディさん洒落になんねえわ。 それとなのはさん? アヒルにお手をして、くちばしで突かれたからといってペキンダックにしようとしないでください。 ヴィヴィオが本気で泣きそうです。 もう、必死に止めてるヴィヴィオの姿だけでこちらは目頭が熱くなってきます。

 

「なのはー、なのはもこっちきてメール読もうぜー」

 

「ん? ちょっとまってー。 このアヒルを丸焼きにしたらいくよ~!」

 

「アヒルはペットとして飼うために家にやってきたんだよ! お前の非常食じゃないの!」

 

 なのはを羽交い絞めにして、強引に椅子に座らせる。

 

「だってだって! アヒルがわたしの手を突いたんだよ!?」

 

「まあ、そりゃいきなり握りこぶしを作りながら“キミなら空を飛べるよ!”なんてことをのたまいながら、飛ばせようとする奴は突かれて当然だと思うけど」

 

「でもでも! アヒルだって空を飛べるかもしれないじゃん! 頑張ればなんだってできるよ!」

 

「お前の根性論とアヒルが空を飛べないという不変の事実を一緒にするな!」

 

 というか、どうしてそこまでしてこいつはアヒルに空を飛ばせたいんだ?

 

「いまはアヒルの名前を募集してるとこなんだよ。 一応、なのはにも聞いておこうと思うけど……なにか名前ある?」

 

「ゴルメッチョ」

 

「却下に決まってんだろ。 なのメッチョが」

 

 どっからきた。 お前のゴルメッチョはどこからきたんだ。

 

「あ、俊。 メールがきてるよ? 新人たちからだ」

 

「ほんとだ。 え~っと」

 

 嬢ちゃん&スバル 『なのはさんをペットで欲しいのですが、ダメですか?』

 

 返信 『俺の性的な意味でペットだから無理です』

 

「削除っと」

 

「あぁぁああああああああああああああああ!? 俺の返信内容があああああああああああああああああ!? なにしてくれんだよ、なのはたん!」

 

「それわたしのセリフだよ! なんで事実無根の内容を平気で打つことができるの!?」

 

「いつか真実に変わるかもしれないからね。 それの予行練習として僕は何万回とこの内容を打ってきた。 もちろん、送る相手はいなかったけど(キリ)」

 

「(キリ) じゃないよ!? そんなことしてて虚しくないの!?」

 

「僕の虚しく乾いた心に、キミのぬくもりだけが潤いを与えてくれる」

 

「そういいながら抱きつくな!! 気持ち悪いにもほどがある!!?」

 

 抱きつく俺を引きはがし、突き飛ばすなのは。

 

「はっはっは、つれないなぁ、なのはたん。 僕はキミの性奴隷みたいなもんじゃないか」

 

「いや、それもそれで問題あるけどね」

 

 というか、キミは望んでそんなものになってどうするの?

 

 そう聞いてくるなのは。

 

「無論、二人とイチャイチャするためかな」

 

「手段を択ばないところがアレだよね……。 べつにそんなことしなくても、いくらでも方法はあると思うんだけどな~……」

 

 呆れたようなジト目でこちらをみてくるなのは。 すごく……ゾクゾクしていいです……!

 

「あ、それよりエリオとキャロのメールもみないと」

 

 嬢ちゃんとスバルのメールは、なのはに消されてしまったので仕方ない。 いつか口頭で説明するとしよう。

 

 右になのは、左にフェイトで、三人仲良くメールの文面を見る。

 

 エリオ&キャロ 『あの……いつかどこかおいしいお店にいきませんか?』

 

「「「この子たちの将来は安泰だな」」」

 

 三人仲良くハモリながら、頷く。

 

 内容の返信にはなってないけど、こう──なんか安心する。

 

 さっそく、近いうちに食べに行こうとの約束をすることに。

 

 するとちょうどいいタイミングでスカさんからもメールがきた。

 

 

 スカさん 『昨夜、一人花火をやっていたら間違ってロケット花火を交番に打ち込んでしまったのだが……どうすればよいかな?』

 

「いや謝ってこいよ!? なんでアンタはちょっと余裕ある態度なんだよ!? おっさんに殺されるぞ!?」

 

 とりあえず、すぐさまおっさんに謝るように指示する。 いまなら許してくれるかもしれないしな。 最悪、半殺しで済むはずだ。

 

「って、そういえばヴィヴィオは?」

 

「あ、ヴィヴィオならアヒルと一緒に寝てるよ?」

 

 なのはの声と指さした方向に目を向ければ、アヒルを枕にしたヴィヴィオがソファーの上でスヤスヤと眠っていた。

 

「あー……俺たちだけではしゃぎすぎたかな?」

 

「たぶんそうかも」

 

 ソファーに近づいて、しゃがみ込む。

 

 しゃがみ込んで、スヤスヤと眠る小さくて、可愛らしい女の子の髪を優しく撫でる。

 

「ごめんな、ヴィヴィオ。 退屈だったよな」

 

 そういいながら撫でる。

 

 振り向くと、なのはとフェイトも後ろにきていた。 二人ともしゃがみ込む。

 

「可愛いね、ヴィヴィオの寝顔」

 

「ほんとだね」

 

「子どもは宝で、ヴィヴィオは天使だからな」

 

「それじゃ、このアヒルは天使を守る守護騎士ってところかな?」

 

「かもしれないな」

 

 ほんと、ヴィヴィオにべったりだな。

 

「そういえば俊。 肝心なヴィヴィオに聞いてなかったね、アヒルの名前」

 

「ふむ、言われてみればそうだったな」

 

 まあ、聞こえてないと思うけど……一応、聞いておくべきかな?

 

「後日改めて聞くとして。 ヴィヴィオー、アヒルさんの名前は何がいいかな~?」

 

 って、何言ってるんだか。 これで答えれるわけないのにな。

 

 そう思っていると、ヴィヴィオの口がほんの小さく動いた。 それは、本当に小さい声で、ともすれば外の喧騒に掻き消えそうな──それほどの声量でか細い声だったが、確かに聞こえた。 小さな女の子が、呟いた名前が聞こえた。

 

 ガーくん

 

 そういったヴィヴィオは、アヒルを強く抱きしめた。 決して離さないように、決して手放さないように──強く強く抱きしめた。

 

「ガーくんか。 可愛い名前だね」

 

「うん。 なのはのゴルメッチョなんかよりよっぽど可愛いね」

 

「うぐッ……!」

 

 後ろの二人のやり取りを聞きながら──俺はあることに気が付いた。

 

「あぁ、そういうことか」

 

 なんで俺がこのアヒルを気になるのかがわかった。

 

「なんつーか……似た者同士だな、ガーくん」

 

 そっとガーくんの頭を撫でながら、似た者同士のこの動物に優しく語りかける。

 

 いらっしゃい──今日からお前は新しい家族だよ

 




アヒルは喋る生き物だと思ってた


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53.パパと呼んでくれた日

 『お兄さんと呼んでくれるのならば キミの遊び相手になると約束しよう。 パパと呼んでくれるのならば キミの笑顔を約束しよう』

 

 深夜3時。 魑魅魍魎どもが堂々と跋扈し、不審者共が堂々と下半身並びに衣服を脱ぎ捨てるこの時間。 高町なのはとフェイト・T・ハラオウンも日頃の疲れからか、ぐっすりと眠っていた。 しかしながら、ぐっすりと眠っているのはなにもこの二人だけではない。

 

 ヒモにしてペットであるこの男、上矢俊、通称ひょっとこもぐっすりと、自作の高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの抱き枕を握りしめながら寝ているのだった。

 

 そんなひょっとこの自室に、とある人物ととある動物がはいってきた。

 

  「ガーくん、お兄さんを起こしちゃダメだからね?」

 

「ワカッタ、ワカッタ! ガークンオコサナイ」

 

 とある人物の名前はヴィヴィオ。 金髪オッドアイの天真爛漫な5歳の女の子。 この家のアイドルである。

 

 とある動物の名前はガーくん。 カタコトで喋るアヒルであり、ヴィヴィオの専属ペットのようなものである。 意外にもアヒルでありながら、バク転をすることができる。

 

 しかしながら、そのことによって高町なのはから空を飛べと言われた可哀相なアヒルさんでもあるのだ。

 

 さてさて、何故このコンビが深夜3時の時間帯にひょっとこの部屋にやってきたかというと──

 

「ここになら遊び道具あるよね……?」

 

 遊び道具を取りにきたからである。

 

 なのはママとフェイトママとひょっとこがアヒルの名前を決めている間に、疲れて寝てしまったヴィヴィオは、結構早い時間帯に目を覚ましたのだ。

 

 時間が時間なので両脇でヴィヴィオを挟む形で寝ている二人のママを起こすのは忍びなく、こっそりと抜け出し床で寝ていたガーくんを叩き起こし、遊び道具を沢山所有しているひょっとこの部屋を訪ねたのだ。

 

 ひょっとこの部屋には、ゲームやマンガなど沢山の遊び道具にあふれており、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの二人もしょっちゅう部屋を訪れては勝手に色々と取っていく。 ちょっとした物置的な要素も兼ね備えているのだ。

 

 そんな部屋であるからして、ヴィヴィオとガーくんは遊べる道具を探しにきたのだ。 ひょっとこを起こして聞けばそれが一番早い方法なのだが、流石にその選択を取ることはできなかった。

 

 ヴィヴィオは抜き足差し足忍び足でひょっとこの部屋に入り、本棚へ足を向ける。 マンガを取るためだ。

 

 対してアヒルはベットで寝ているひょっとこに近づく。 そして──

 

 コツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツッ!

 

 容赦なくひょっとこの顔面を自慢のくちばしでつついた。

 

「ガーくんはなしきいてた!?」

 

 これにはヴィヴィオも驚き、つつくアヒルを止めようとするのだが──時すでに遅し

 

「痛い痛い痛い痛い痛いッ!? なんだ!? 敵襲かッ!?」

 

 ガバッ! と薄い掛布団を取っ払ったひょっとこが驚きの声をあげながら起きてきた。

 

 一度室内を見回すひょっとこ。 そして──

 

「……ヴィヴィオ、夜這いをするのならフェラで起こしなさい。 間違ってもアヒルで起こすな」

 

 と、なのはとフェイトが聞いたら顔面に蹴りをいれそうなセリフを吐きながら、時計に目をやる。

 

 現在の時刻、3時

 

 時計で時刻を確認し、ヴィヴィオに目をやる。 ヴィヴィオはひょっとこを起こしたことにより、しゅんとした顔で頭を下げた。 その横でガーくんも器用に頭をさげる。

 

「ごめんなさい、おにいさん……。 ヴィヴィオ、あそびどうぐをとろうとおもって……」

 

 細い声で謝るヴィヴィオ。 そんなヴィヴィオをみてひょっとこは──

 

「許さん」

 

 と、大人げなくいった。

 

 ビクッと肩を震わすヴィヴィオ。 ついで頭におかれる手。

 

「まったく……俺を差し置いて一人で遊ぼうなんて許さんぞ。 俺も混ぜろ。 幼女と遊べるなんて最高なんだからな」

 

 そういって笑いかけるひょっとこに、ヴィヴィオは

 

「ほんとう?」

 

 と、疑問の声をあげる。 ついでガーくんも首をかしげる。

 

「ほんとほんと。 それに、早起きは三文の得といってな、ようするに早起きしたらいいことありますよ~、的な感じで早起きすることはとってもいいことなんだぞ。 げんに俺は得したよ。 ヴィヴィオと遊べるんだ。 これは睡眠よりも優先するべきところだよ」

 

 そういって、ひょっとこは「遊ぶか」と、オセロを取り出したのだった。

 

 

           ☆

 

 

 遊び倒して2時間。 ひょっとこがいつも起きる時間がやってきた。 普段はそこからいつも通りの日常が展開されるのだが──今日は一味違っていた。

 

「すずしいね、おにいさん!」

 

「だな~。 ガーくんもそう思うだろ?」

 

「オモウオモウ!」

 

 朝の住宅街の道には、ヴィヴィオの手を握りながら歩くひょっとこと、ひょっとこの手を握りながら歩くヴィヴィオの姿があった。 そしてヴィヴィオの横をトテトテと歩くアヒルのガーくん。

 

 季節は夏であるが、朝方5時という時間帯は、散歩するには気持ちのいい気温になっていた。

 

 といっても、それはひょっとこの基準でしかないので、一応としてひょっとこの手にはヴィヴィオに着せる長袖のパーカーがあるのだが──ヴィヴィオの顔を見る限り必要なかったらしい。

 

 すると、二人と一匹の前から犬を連れた──犬に連れられたじいさんが歩いてきた。

 

「よおじいさん。 今回はリール持ってるんだな」

 

「おお、ひょっとこくん……」

 

「あの……じいさん大丈夫か? なんかいつ死んでもおかしくない状態になってきたぞ」

 

「大丈夫や……ばあさんがまだまだハッスルしてるけん……もうちょっとがんばらんと……」

 

 ばあさん半端ねえ……。 そう素直に思うひょっとこ。

 

 ふと、おじいさんがひょっとこの手を離してしゃがみ込みながら犬を見ているヴィヴィオに目を向けた。

 

「おお……ひょっとこくんの娘さんかな……」

 

「まあ、そんなところだよ。 ヴィヴィオっていうんだ。 可愛いだろ?」

 

「子どもは宝だしのう……」

 

 二人してヴィヴィオをみる。 当人のヴィヴィオは、犬に触ろうと必死に手を伸ばしている最中である。

 

 ふさぁ。

 

「あ、ふかふかぁ……」

 

 犬の体毛に触り、満足げなヴィヴィオ。 その笑顔はひまわりのごとく可愛らしい──が

 

 ワンワン! ワンワン!

 

「ひゃうっ!?」

 

 犬の一声で笑顔は引っ込んで、逆に泣き顔になってしまった。

 

 なおも吠える犬

 

ワンワン! ワンワン!

 

「これこれ、そう吠えちゃいかんよ。 ごめんのう、ひょっとこくん」

 

 困ったように頭をかくおじいさん。

 

「いや、大丈夫だよ。 ほら、ヴィヴィオ。 犬さんはヴィヴィオに『おはよー』って挨拶したんだよー。 こわくないよー?」

 

 ひょっとこの足にしがみつくヴィヴィオを抱きながらひょっとこはそうヴィヴィオに説明する。

 

 けれども、ヴィヴィオはひょっとこの胸あたりを握りしめながらフルフルと首を振った。 ヴィヴィオがペットショップで触れ合っている犬は子犬であり、ヴィヴィオに大きな声で吠えたりすることがないので急に吠えられたヴィヴィオはすっかりと怯えていた。

 

 犬が吠えることはヴィヴィオも知っているし、おじいさんの犬よりも大型な犬の吠え声も聞いているのだが、やはり実際に聞くのと、映像でみるのは違うみたいだ。 その証拠が現在のヴィヴィオである。

 

 みると、アヒルはヴィヴィオに吠えた犬を威嚇するようにヤルカッ!ヤルカッ! と叫んでいる。

 

 こちらもこちらで、ご主人様を泣かせた犬に怒っているらしい。

 

「落ち着けガーくん。 アヒルとイヌの異種格闘バトルはまたの機会にでもしとこうぜ」

 

 ガーくんの頭を撫でて、なだめるひょっとこ。 ヴィヴィオが胸に抱きついているので、ちょっと姿勢が悪いがそこはしょうがない。

 

「ほっほ、ひょっとこくん。 なかなかいいパパしとるみたいじゃないか……。 え~っと、ヴィヴィオちゃんだったかの? 怖がらせてごめんのー……」

 

 そういってポケットからヴェルタースオリジナルを取り出し、ヴィヴィオの前に差し出す。 おじいさんなりにごめんなさいのつもりなんだろう。

 

 一度ひょっとこの顔をみるヴィヴィオ。

 

「おじいさんも、ワンちゃんもごめんなさいだって。 ヴィヴィオはどうする?」

 

 ヴィヴィオはそれに首をたてに頷いて、ヴェルタースオリジナルを受け取った。 破顔するおじいさん。 その顔は、孫を可愛がるようであった。

 

 一方──

 

「ユルサナイ!」

ワンワン! ワンワン!

 

「だからやめろってば」

 

 ガーくんとイヌは戦っていた。

 

 

           ☆

 

 

 おじいさんと犬と別れてから30分。 依然ヴィヴィオはひょっとこの胸の中にいた。 抱きかかえられていた。 いや、ひょっとこは何度か降ろそうとしたのだが、そのたびにヴィヴィオに反対されたのだ。

 

 これでは散歩にならないのだが──そこを許してしまうのが、高町なのはに甘いと言われる証拠なのだろう。

 

「さっきは驚いちゃったな~。 犬さんワンワン吠えたもんな~」

 

「うん……」

 

 すっかり口数が少なくなってしまったヴィヴィオ。 そんなヴィヴィオをみて、どうしたもんか……と考えたひょっとこだが──あることを思い出し、ある団体を思い出し、その場所に足を運ぶことにした。

 

「真面目なあいつらのことだ。 もう練習してるだろう」

 

 そう確信をもちながら、ひょっとこは元犯罪者の巣窟場所に向かった。

 

 はたして、ひょっとこが足を運んだ場所には確かにある団体がいた。 ミッド郊外の大きな広場にその団体はいた。 各々が奇抜な恰好とをしながら早朝練習をやっていた。

 

「よーす、水納。 練習はかどってるー?」

 

「あ、ひょっとこ!」

 

 シルクハットに黒ステッキ。 黒いコートを纏っているいかにも不審者っぽい男の名前は水納侘須家流(みなたすける)。 ひょっとこがバイト中に知り合った人物である。 善行の体現者といっても過言ではないこの男は、依然犯罪者を名乗っていたのだが、とある事情でサーカス団を目指すことになった。 例によって、ひょっとこの言葉によって。 ここらへんにいる全員でサーカス団をやることになった。

 

「あれ? 団長はきてないの?」

 

「団長なら自分のサーカスがあるから、この頃はきてないな。 いまは自分たちで反復練習の真っ最中」

 

「ふ~ん……それじゃもうすぐかもな。 団長のサーカス団がここにくるのも」

 

「タチミサーカス団だよな。 世界的に有名な」

 

「マックスをはじめ、みんな一流だからな」

 

 毎回毎回、喋るたびにトランプ投げる癖はやめてほしいけど。 そう肩をすくめるひょっとこ。

 

 それに水納も軽く同意する。

 

 そうして、二人で話しをしていると──クイクイとひょっとこの体に服を引っ張る感触が訪れた。 例外に及ばず、抱かれていたヴィヴィオがひょっとこの意識を自分のほうにむけさせたのだ。

 

「だ~れ?」

 

「ああ、この人はサーカス団の団長さん。 一番偉い人だよ。 水納、この娘はヴィヴィオ。 俺の家族なんだ」

 

 説明を受けた水納がヴィヴィオに軽く一礼し、ゆっくりとヴィヴィオの前に手を差し出す。 クエッションマークを浮かべるヴィヴィオ。 そして次の瞬間──

 

「わぁっ!」

 

 ポンッとヴィヴィオの目の前に一束の花が現れた。

 

「どうぞ、お嬢ちゃん」

 

「ありがとう!」

 

 ニコニコとした笑顔で花束を受け取り、ひょっとこに見せびらかす。 そんなヴィヴィオにひょっとこは笑みを返す。

 

「すげえな、水納。 手品というか……奇跡みたいだ」

 

「これくらいしないと、団長は務まらないさ」

 

 素直に感心するひょっとこに、ちょっとだけ自信ありげに返す水納。 やはりというか、なんというか、褒められるのは嬉しいみたいだ。

 

「それで、結局なにしにきたんだ?」

 

「ああ、そうだった。 いやさ、ヴィヴィオにお前らの芸を見せたいな~っと思い来たんだ」

 

「うぅむ……まだ人様に見せれる段階では──」

 

「まあ、そうだよな。 お前らみたいなヘッポコサーカス団の芸なんてみても、時間の無駄だよな」

 

「てめえら! 準備はいいか!!」

 

『よっしゃああああああああああああああああああ!!!』

 

 なんとも乗せやすい連中になったもんだ。 そうひょっとこは心の中で思ったのであった。

 

 水納たちのサーカスはまだまだ力が足りないながらも、ヴィヴィオを満足させるほどの力はあったようで、結果だけをみるならばひょっとこもヴィヴィオも満足であった。

 

 ひょっとこは知人たちの練習の成果と、ヴィヴィオの笑顔をみることができて。 ヴィヴィオはサーカスの芸をみることができて、満足していた。

 

 なかでもヴィヴィオのお気に入りは、ピエロが玉乗りしながらジャグリングするという内容であった。

 

 最後はピエロらしくおどけながら玉から転げる。 それがヴィヴィオのツボにはいったようで、ひょっとこの膝の上で大はしゃぎでしていた。

 

 つかの間の楽しい時間も終わり、家に帰ってきたひょっとことヴィヴィオ。 時刻は7時になっていた。 いつもならば二人が起きている時間帯であるが、リビングに降りていないので、ヴィヴィオにいって起こしてもらうことにした。

 

 その間に朝食を作ろうと、自分は台所に立った──ところで、家の電話が鳴った。

 

 慌てて電話に出るひょっとこ。 そして驚く。 その電話口の相手に驚く。 そして内容に驚く。

 

『話したいことがあるから、お昼に家に来てもらえないかしら?』

 

 電話口の相手、リンディ・ハラオウンはそう言った。

 

 

           ☆

 

 

 リンディさんに電話をもらった俺は、なのはとフェイトに頼んでヴィヴィオを六課に連れていってもらい、一人でリンディさんの家にきた。 ハラオウン家にきていた。 一人で来い、とまでは言われていないけど内容はアレくらいしか思いつかないので、仕事の邪魔になるかもしれないが二人にヴィヴィオを預ける形になってしまった。

 

 ……いや、そもそも六課は仕事してないうえに、ヴィヴィオもなのは達のことを“ママ”と呼んでいるんだよな。 ぶっちゃけ、六課にいるほうがいいのかもしれない……。 いや、でも──

 

 などなど考えながら、チャイムを鳴らす。

 

 数秒おいて──

 

「どうも、エイミィさん。 お久しぶりです」

 

「俊君もお久しぶり~。 ごめんね、今日は呼び出しちゃって」

 

「いえいえ、無職はなにかと暇ですから。 それじゃ、お邪魔しますね」

 

 出迎えてくれたのはクロノの嫁であるところの、エイミィさん。 ──と、二人の子どもたち。 俺を不思議そうに見上げてくる二人に、しゃがみ込みながら挨拶をしてポケットにいれていたアメをあげる。

 

 ……やっぱヴィヴィオのほうが可愛いな。

 

「あ、俊。 やっときたんだ」

 

「おおルドルフ、久しぶりだな」

 

「いや、アルフだから。 フェイトは元気にしてる?」

 

「勿論、いつも可愛いぜ」

 

「基準が可愛いのか可愛くないのかってのは人としてどうなのよ?」

 

 いや、でも可愛いし。 めっちゃエロエロだし。

 

 廊下を歩き、リビングに入る。

 

 そこには、フェイトのお義母さんであるリンディ・ハラオウンとなのはの両親である高町士郎と高町桃子がいた。 いや、少し離れたところにはクロノもいる。 今頃仕事のはずなのに、こいつが此処にいるとは珍しい。 ──そんな珍しい事態が起きているのか。

 

「どうも、お義母さん。 いつみても麗しく素敵ですね」

 

「ありがと。 そんなあなたはいつみても殴り倒したくなるわ」

 

「おいクロノ。 俺とリンディさんの間に次元の歪みがでてないか?」

 

「至って正常だ」

 

「マジか。 リンディさんツンデレすぎ、カワユイ」

 

「お前のポジティブさがうらやましいよ。 いいから座れ」

 

 そういって床を指さすクロノ。

 

 ここは素直に従っておくことに。

 

 正座して対面する。

 

 ここらで軽く登場人物を説明しておこうと思う。

 

 リンディ・ハラオウン。 フェイトのお義母さんであり、俺が将来的にお義母さんと呼ぶ存在。 時空管理局に勤めていた過去をもつ。 PT事件、闇の書事件、両方の事件の関係者でもある。 俺もなのはもフェイトもこの人には色々とお世話になったものだ。

 

 高町士郎。 独りになった俺を引き取ってくれた張本人である。 武人として、親として、尊敬する方である。 なのはの父親であり、将来的にはお義父さんになる。

 

 俺を鍛えてくれたのはこの人であり、そのおかげで今でも生き延びてます。 まあ、上矢は基本スペックが高い、と士郎さんは言っていたけど、それを最大限に引き伸ばしてくれたのは間違いなくこの人だよな。 俺が小さいときは危ない仕事をしていたみたいだが、父さんと母さんの事件以降、喫茶店翠屋を経営することに。 ちなみに高校時代には此処でバイトをさせていただいた。

 

 高町桃子。 独りになった俺を優しく、ときには厳しく、我が子のように扱ってくれた方。 なのはの母親であり、将来的にはお義母さんになる。 なのは同様に栗色の髪で、いや、なのはが母親同様の髪の毛の色なのかな。 とにかく美しい。 しかしながら、若干Sであり、なんどか苦い経験がある。

 

 絶対になのはは桃子さんの血を濃く受け継いでいる。 あいつも若干Sなんだよな。

 

 そんなこんなで紹介終わり。 ……というか、この人たち年齢を考えればかなりの年だと思うけど……見た目全然変わんないよな。 いくら年齢に合わせて老けさせると外野が煩いかもしれないからといって、ほとんど見た目変わらないのはどうかと思うんだ。 年齢詐称もいいところだぜ。 まったく、どこの魔法少女ものだよ。

 

 ああ、クロノの紹介してなかった。

 

 クロノ。 友達

 

 以上。

 

「……面倒ならそう言え」

 

「いや、だってほら。 登場回数多いとお前のキャラが大変なことになるしさ。 俺なりの配慮だぞ?」

 

「……確かに、あまり登場しないほうがいいかもしれないな。 それじゃいいか」

 

 クロノにそう言葉をかけると、あっさりと引き下がった。 お前はどんだけ登場したくないんだよ。

 

 と──ふとみると、リンディさんのこめかみがヒクヒクと動いていた。 どうやら、リンディさんは我慢の限界のようだ。

 

 さてさて、それではメタ発言も終わりにして真剣にやりますか。

 

 なんせ──ヴィヴィオとの生活が懸かってるんだしな。

 

 

           ☆

 

 

「それじゃ、ひょっとこさんは現在フェイトさんのお母さんの家にいるんですか?」

 

「うん。 まあ……死ななきゃいいけど……」

 

「ちょっ なんで家にお邪魔するだけでそんな生死をかけたバトルに行くようなコメントを」

 

「いや、俊くんにしてみれば生死がかかってるよね」

 

 なのはとフェイトがヴィヴィオを連れて六課に出勤して30分。 卓上に紅茶とケーキを置いた面々は、今日のひょっとこの御呼ばれについて話していた。

 

「そもそも、ひょっとこさんとリンディさんってそれほど仲が悪いんですか?」

 

「仲が悪いというか……」

 

「お義母さんが俊のことを避けている感じかな……?」

 

 ティアの言葉に、なのはとフェイトが互いに顔を見合わせながら話す。

 

「むしろアイツに苦手意識があるように思うんよ~。 リンディさんの場合」

 

 そういうのは六課の部隊長である八神はやてである。

 

「苦手意識……ですか?」

 

「そうそう。 まあ、憶測でしかないんやけど」

 

 そう言って紅茶を一口。

 

 六課の仕事場の少しだけ大きい面積がある所では、ガーくんがバク転をキャロとエリオに披露していた。

 

「けどまあ……苦手意識はあるかもなー。 あたしだってアイツと戦う機会があったのなら思わず足を一歩引くかもしれねえし」

 

「えっ!? ヴィータさんがですか!?」

 

 何気なく呟いたヴィータのセリフに、ティアは驚き立ち上がる。 それはそうだろう。 なんせ今のセリフを吐いたのが、あのヴィータなのだから。 ベルカの守護騎士であるヴィータなのだから。

 

 それに同意するように、隊長メンバーが頷く。

 

「まあ、確かにアイツと戦うのは面倒やな」

 

「ストレスで過労死しそうだよね」

 

 次々と、そう口にする隊長陣に、ティアは思わず聞き返す。

 

「もしかして……ひょっとこさんって強いんですか……? 魔導師ランクにしたら私より強い、みたいなご都合主義的展開に……」

 

 『いや、全然。 やろうと思えば隊長陣なら魔法で一発だよ』

 

 

 全員が首を振りながらそう答えた。

 ますます混乱するティア。 ちなみに隣にいたスバルは、早い段階でアヒルのほうに行ってしまった。

 

 混乱するティアに、はやては笑いながら答える。

 

「まあ、アレや。 アイツは『敵にまわすと恐ろしく、味方にすると頭が痛くなる存在』やからな~。 一番いらんタイプやで」

 

「……ひょっとこさんが、ちょっと不憫になってきたのですが……」

 

 しかしその答えは的を射ていたのか、そこにいる全員が頷いた。

 

 そんな中、高町なのはが何かを思いついたかのように言った。

 

「あ、でもでも! 隣にいると安心しない?」

 

『え゛っ』

 

 2名の人物を除いて、全員の頬が歪んだ瞬間であった。

 

 

           ☆

 

 

 なのはママがてをブンブンふりながら『違うの! それは誤解だから!? わたしはペット的な意味を込めて言ったの!』 と、みんなにむかってはなしている。

 

 う~ん、いったいなにをはなしてるんだろう? フェイトママも、『なんでいま頷いたんだろう……』とかいってるし、あとできいてみようかな?

わたしはバクてんをきめたガーくんをだきながら、いっしょにしゃがんでみていたスバルンにはなしかける。

 

「ねーねースバルン?」

 

「ん~? ヴィヴィオちゃんどうしたの~?」

 

「パパって、な~に?」

 

「う~ん……これは難しいなぁ。 エリオとキャロはなんだと思う?」

 

「え? 僕ですか!? え~っと……優しくて、遊んでくれる人でしょうか?」

 

「私は……優しくて、いつも私たちのことを気にかけてくれる人かな? まあ、それに当てはまるのはあの人しか該当しませんが」

 

「あの人って、そんな人だっけ? もっと下種で姑息で卑怯な人じゃない?」

 

「本当にそんな人だったら、お二人が家に置いておくとは思えませんよ?」

 

「う~ん……言われてみれば確かに、一理あるかも」

 

 う~ん……あのひとってだ~れ?

 

「ねえねえ、あのひとってだ~れ?」

 

「へ? そりゃ……秘密だよ!」

 

「え~!」

 

 スバルンがくちのまえでバッテンをつくる。 ずるいずるい! ヴィヴィオもしりたいのに……。

 

「それにしてもヴィヴィオちゃん。 いったい、どうしていきなり、パパが何なのか、なんて聞いてきたの?」

 

「えっとね、あさにね、おにいさんとおさんぽしてたらワンワンつれたおじいちゃんがおにいさんにいってたの。 おにいさんはパパなんだって」

 

「これはこれは」

 

「なんというか」

 

「ひょっとこさん、いまだにパパじゃないことに泣きそうだね」

 

 みんながなみだをふくどうさをする。

 

 そしていきなり、スバルンがヴィヴィオをだっこしてくれた。

 

「あんまり考えなくていいんじゃないかな? とりあえずは、ヴィヴィオちゃんが大好きな人をパパってことにしたら? あ、あくまで一人だけだよ? そうしないと、将来的にひょっとこさんが相手を殺しかねないから」

 

「ビジョンが容易に浮かびますね」

 

 わたしはガーくんをだきながらかんがえる。

 

 だいすきなひと? それってなのはママやフェイトママみたいな?

 

 それじゃぁ、ヴィヴィオのだいすきなひとは──

 

 

           ☆

 

 

「いや~、まさかリンディさんの家でバインドで縛られるとは……これから逆レイプでもされるんですかね? あ、ゴムつけてくださいね? 妊娠したら困りますから」

 

 リンディさんが冷たい目で俺を見てくる。 いやはや、なんというか……年上の冷たい視線はかなりゾクゾクするよな。

 

 現在の状況は至って簡単である。 クロノのバインドに縛られた状態で床の上に正座させられてます。

 

「俊君……もしかして育て方を間違えたのか……」

 

「士郎さん……」

 

「あのー、お二人とも。 マジで抱き合うのはやめてくれませんか? 育ててくれたお二人にそんな顔されると、軽口が言えなくなってしまうのですが……」

 

「では真面目に話し合わないか? 俊君」

 

「無理ですよ、士郎さん」

 

 話し合うもなにも──

 

 

「そちらはヴィヴィオを預かるんでしょう? こちらはヴィヴィオを育てるって言ってるんですよ。 話し合うもなにもないですってば」

 

 リンディさんたちの要求は簡単なものだった。

 

 要約すると、ヴィヴィオを預かる、ということである。

 

 預かるといっても、なにも強引に引きはがすわけではない。 ただ──俺たちの家じゃなく、リンディさんの家に引っ越す、というだけの話である。

 

「俊君。 なにもべつに、キミたちの仲を引き剥がそうというわけではない。 ただ、少し冷静になって考えてはどうだ? そういっているのだよ。 考えてもみてくれ。 19歳のキミたちが5歳の女の子の親になるわけだ。 子育ての経験がない君たちよりも、リンディさんに任せてみてはどうだろうか? 俺たちも仕事があるから面倒を見てやることができないかもしれないが、リンディさんならばそれが可能だ。 君やなのはやフェイトちゃんだって、来たいときに来ることができるだろう」

 

 確かにそうかもしれない。 なにも、ヴィヴィオに会えないわけではない。 だけれど──

 

「それは無理ですよ。 友の約束を反故にすることなんて僕にはできませんね」

 

「やっぱり、今回も約束だったのね」

 

 俺と士郎さんの会話を聞いていたリンディさんが、溜息をつきながらそう呟いた。

 

「あなたは、約束がなかったら、ヴィヴィオという女の子をどうするつもりかしら? いや、言い方を変えましょうか。 約束がなかったら、ヴィヴィオという女の子を

手放すことができるのかしら?」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「いつもいつも思っていたのよ。 あなたは自分を蔑ろにすることに躊躇いがまったくないわ。 そのかわりに、誰かのために動くことが大好きな人間よ。 自己犠牲こそが人生、そんな自分に酔っているのがあなたよ。 ねぇ、俊君。 そんな人生──楽しいかしら?」

 

 ……まいったね、これは本当にまいった。 いつの間にか俺の人生観にシフトチェンジしてるもん。 ギャグにすることができないじゃん。

 

「べつに誰かのために動くのが好きな人間じゃありませんよ。 特定の人物のために動くのが好きってだけです」

 

「変わった男ね」

 

「変わった男です」

 

 だからせめて、軽く話す。 終わらせる。

 

 桃子さんが俺に話しかけてくる

 

「ねぇ、俊くん。 俊ちゃん?」

 

 いや、べつに言い直さなくていいですよ?

 

「俊ちゃんは、どうしてそこまでしてリンディさんの所に預けるのが嫌なのかしら? べつにリンディさんが嫌いってわけじゃないのよね?」

 

「ええ、俺はリンディさんのこと大好きですよ。 士郎さんも桃子さんも大好きです。 けど──ヴィヴィオも大好きなんです」

 

「あらあら……」

 

 桃子さんが困ったように頬に手をおく。

 

「すいません、先に謝っておきます。 ごめんなさい。 俺、いまから卑怯な手段使いますね」

 

 そういって頭を下げる。 バインドで縛られたまま、土下座にも等しいお辞儀をする。 これから俺が喋ることは、俺の境遇を利用した卑怯で姑息な手段だから。 だから先に謝っておくことにした。

 

 そして俺は喋り出す。

 

 士郎さんと桃子さんに問いかける

 

「士郎さん、桃子さん。 お二人が俺を引き取ったとき、迷惑だな~って思いました?」

 

 卑怯な手段その壱である

 

「いや、そんなこと微塵も思わなかったよ」

 

「そうよぉ。 俊ちゃんは家族なんだから!」

 

 士郎さんと桃子さんが力強く答える。 ほんとうに、俺を育ててくれたのが、このお二人でよかったと、心の底から思える。

 

「ありがとうございます。 ところで、ちょっとお時間もらって自分語りでもしていいですかね?」

 

 姑息な手段その壱である

 

「上矢俊という存在は小さい頃に一度壊れてしまったんです。 完膚なきまでに、粉々に壊されてしまいました。 心と体が引きはがされました。 人形になりました。 人でなしになりました。 廃人になりました。 そして、人間もどきになりました。 高町なのはとフェイト・テスタロッサに救われた俺ですが、それでも俺は人間もどきなんです。 一度壊れた人間は、人間に戻ることなんてできません。 できたてのご飯と、温めなおしたご飯が別物であるように、俺もきっと、細かにみるならば人間じゃないんだと思います。 まあ、生物的には人間に入るんですけどね。 それでも俺は、毎日楽しく生きてます。 だから俺はいま幸せなんです。 けど、俺って人間もどきだから、心のどこかでは“家族”を作ることができないんじゃないかと思っていました。 勿論、俺はなのはやフェイトと結婚したいです。 幸せになりたいです。 でも、正直なところ──家族ってものがあまりわかりませんでした。 こんなこというと、士郎さん達には申し訳ないのですが、俺にとっての家族は──俺にとっての両親は──あの二人だけなんです」

 

 いまなお、行方不明な両親だけが家族なのである。

 

 ごめんなさい、と二人に頭を下げる。

 

「すいません、こんな恩知らずなバカで。 勿論、高町家での生活は楽しかったです。 恭也さんや美由紀さん。 みんなみんな大好きです。 それでも──俺は父さんと母さんの幻影を追いかけているんです。 家族という幻影を追い求めているんです。 まさか、そんな俺がヴィヴィオを引き取ることになるなんて夢にも思いませんでした。 しかも女の子ですよ、女の子。 距離なんてわかるわけないですし、ヴィヴィオが漏らしたときなんかパニックになりましたよ。 きっと、世間一般からみれば──俺は子育てする能力が欠けていると思います。 その証拠に、なのはとフェイトには“ママ” 俺に“お兄さん” これはもう絶望的な違いですね。 何度枕を濡らしたことか。 『なんでお兄さんなんだよーー!』って叫びたいです、問い詰めたいです。 けど──ヴィヴィオの笑顔をみると、そんなことどうでもよくなるんです。 ヴィヴィオの声を聞くだけで、嬉しくなるんです。 ヴィヴィオと遊べるだけで幸せになるんです。 ヴィヴィオと飯を食うだけで心が弾むんです」

 

 きっと──これは一種の病気なんだと思う。

 

「俺にとって、ヴィヴィオはもう娘なんです。 どうしようもなく愛しいんです。 ──どうかお願いします。 ヴィヴィオと──大好きなヴィヴィオと──離れたくないんです。 信じてくださいなんて言えません。 任せてくださいなんて言いません。 だからどうか──見逃してください」

 

 頭を下げる。 土下座する。

 

 顔を上げると、三人がなんともバツの悪そうな顔をしていた。

 

「べつに……私はあなたたちの仲を引き裂こうなんて考えていないわよ……。 ただ、ちょっと試したというか、なんというか……。 な、なによ、私が悪者みたいになっちゃったじゃないの……。 心配してるのに……」

 

 リンディさんが小さい声で、ボソボソと呟く。 何と言っているかわかりません。

 

 代わりに、士郎さんが俺に問う。

 

「子育ては大変だぞ? できるのか?」

 

「なんとかなりますよ」

 

「パパは大変だぞ?」

 

「恋人ができようものなら、恋人ぶち殺しに行く覚悟はできてます」

 

「いや……その覚悟は捨てておけ」

 

 士郎さんと話していると、ちょうどいいタイミングで携帯が鳴った。 ふとみると、バインドが解かれていた。 やっぱ話わかるやつだな、クロノっち。

 

 電話の相手は、なのはだったので、耳に当てながらなのはの声を聞く。

 

「もしもし? どしたの?」

 

『いや、ヴィヴィオが俊くんと話したいって聞かなくて』

 

「ヴィヴィオが? なんだろうか」

 

『いま代わるね。 はい、ヴィヴィオ』

 

 一拍して、ヴィヴィオの声が聞こえてくる。

 

『えっと……なのはママ……やっぱ恥ずかしいよぉ……』

 

「ん? どうしたんだ、ヴィヴィオ?」

 

 電話越しでモジモジとするヴィヴィオが目に浮かぶ。 萌える。

 

『えっとね……? ──パパ、だいすき』

 

「……え……?」

 

『……俊くん。 どういうことかな? ちょっとゆっくり話し合おうよ……』

 

「えっ……!?」

 

 いきなりピンチになってしまった。 これはどういうことなんだ?

 

 なんでなのはがいきなりドスの利いた声で、俺に脅しをかけてくるのかはまったくもって意味不明ではあるが──

 

「……なのはママ。 家族みんなで家でトランプでもしないか、今すぐに」

 

『えー、仕事サボりはよくないのに。 でもまあ……たまにはいっか。 それじゃ、いまから帰るね、パパ』

 

 互いに電話を切る。

 

「……士郎さん。 家族っていいものですね」

 

「あぁ、家族を背負ったパパは最強だからな」

 

 士郎さんが、俺の背中を軽く押す。

 

「いってこい。 たまには顔出すんだぞ。 それと俊君。 キミがどう思おうと──キミは俺の自慢の息子だ。 その事実だけは変わらないよ」

 

 その言葉に目頭が熱くなる。 こんな人でなしにもそう言ってくれる、士郎さんの心の広さに感服する。

 

「……ありがとうございます」

 

 頭を下げ、リビングから立ち去る──直前に、桃子さんが後ろから抱きついてきた。

 

「ふふ、俊ちゃん。 私、いいこと思いついたわ。 私や士郎さんのことを、父さんと母さんと呼べないのなら“パパ”と“ママ”と呼びなさい。 あ、ちなみに強制よ?」

 

「えっ!?」

 

「はは、それはいい。 ほら、いってごらん俊君」

 

 は……恥ずかしすぎるっ!? なんでこの年にもなって、ガチでパパとママなんて言わなければいけないんだ!? これは拷問か!? さっきまでの仕返しか!?

 

「あー……そのー……ありがと……──と──」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 そうして離れる桃子さん。 この人には一生頭が上がらないな。

 

「それとリンディさん。 いつもいつも、ありがとうございます。 俺、リンディさんの嫌味──大好きですよ。 なんか年の離れた姉さんがいるみたいです。 それじゃ、俺は家に帰ります。 家族が待っていますので」

 

 ツンとそっぽ向くリンディさんにそういって、俺は家を後にした。

 

 

           ☆

 

 

「ただいまー!」

 

 元気よくドアを開ける。 どうやら俺より三人のほうが早かったみたいだ。

 

 ドタドタと元気よくヴィヴィオが俺に向かって駆けてくる。 そして──

 

「おかえり! パパ!」

 

 と、抱きついてきた。

 

「ただいま、ヴィヴィオ」

 

 俺もヴィヴィオを強く抱きしめる。 愛おしくて抱きしめる。

 

 遅れてなのはとフェイトが俺を迎えてくれた。 やれやれ……とでもいいたそうな顔である。

 

「おかえり、俊くん。 どうだった、リンディさんの家は」

 

「死ぬかと思った」

 

「他に誰かきてたの?」

 

 

「士郎さんと桃子さんがきてたよ」

 

「えっ!? お父さんとお母さんがきたの!?」

 

 なのはが驚く。 いやまあ……そりゃ驚くか。

 

 ん? そういえば、なんだかこの状況って──

 

「まるで旦那の帰りをまっていた嫁と娘の図だよな」

 

 うん、我ながらこの状況にピッタリだ。 そしてちょっぴり憧れていたので嬉しい。 仕事してないもんな、俺。

 

 するとヴィヴィオが、俺の袖をクイクイと動かしたので、ヴィヴィオのほうに顔を向けると──チュッと可愛らしいキスをしてくれた。

「えへへ、パパいつもありがと!」

 

 ヴィヴィオの屈託ない笑顔に、こちらも笑顔になる。 ぐしゃぐしゃとヴィヴィオの頭を撫でまわす。

 

「こちらこそありがとな、ヴィヴィオ」

 

 そういって二人で笑い合う。 すると──ポンと手を両肩に置かれた。 決して逃さず、抵抗できない力加減である。 流石、管理局員。 肩が死にそうなんですけど。

 

「ん? どしたの、二人とも?」

 

「いやー、まあ……なんというか……」

 

「そのー、ねぇ。 緊急家族会議しよっか」

 

「え? なんで? というかなんの?」

 

「「そりゃぁ……旦那が娘に欲情しないようにかなぁ……?」」

 

「ちょっとまって。 自分たちでも疑問を浮かべてるならやめようぜ。 マジ怖いって。 お前らが思っている以上にレイハさんとバルさんが首筋に触れられている感触は怖いって」

 

「「キリキリ歩く。 立場をわからせてあげるから」」

 

 二人に両脇を固められながら、ヴィヴィオがついてくるのを確認して心の中で、父さんと母さんに話しかける。

 

 父さん、母さん。 俺にも家族ができました。 可愛い可愛い娘です。 一生を賭けて守りたい存在です。

 

 もしかしたら、歪で変な家族かもしれませんが、俺はとっても幸せです。

 

 どこにいるのかはまだわかりませんが、いつか必ず見つけ出し、紹介したいと思います。

 

 その時まで、どうか元気でいてくださいね。



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54.朝ですよ!

 ピピピピッ! ピピピピッ! っと、目覚まし時計の音と、ミクちゃんが俺を起こしにくる声が聞こえてくる。

 

「ん……。 もう朝か……。 昨日はなのはとフェイトがワケワカメすぎて大変だったなー……」

 

 目をくしくしとこすりながら、ベットから出る──出ようとしたところで自分の横で寝ている人物に目がいった。

 

 いつも結んでいる金髪もいまはおろされストレートに、小さな体躯でペットのアヒルを抱きしめている女の子、ヴィヴィオである。 アイドルにして家庭最強の女の子。

 

「おはようヴィヴィオ」

 

 金髪の髪を手で梳きながら、いまだ夢の中で遊んでいるヴィヴィオに挨拶する。 と、それに反応するように、横でヴィヴィオと寝ていたアヒルのガーくんがむくりと起きてひょっとこをみていた。

 

「おはようガーくん」

 

「オハヨウオハヨウ! モウオキルノ?」

 

「俺は起きるよ。 ガーくんはヴィヴィオと寝とく?」

 

「ネトク! ヴィヴィオトイッショ!」

 

 言うが早いが、ヴィヴィオの横で寝だすガーくん。 そんなガーくんの頭をひょっとこは一撫でし、今度こそベットからおり、背伸びしながら廊下へと続くドアを開ける。

 

「あっ……」

 

「お? おはようフェイト。 どしたのこんな朝早くから? まだ5時だよ?」

 

 今日は朝からの仕事など入っていなかったはずだけど。 そう言いながら、ドアの前で右手を不自然に伸ばしているフェイトをみる。

 

 その視線に気づいたのか、手をひっこめるフェイト。

 

「お、おはよう俊。 いやちょっと……ヴィヴィオが心配で……」

 

「ちょっとは俺を信用してくれよ。 流石にヴィヴィオには手を出したりしないってば。 娘に手を出すとか、どこのエロマンガやエロアニメだよ。 流石にねえわ。 と

いうか、ロリでヌくとかねえわ」

 

「つい先日、キミのエッチな本の中から小学3年生くらいの魔法少女ものの同人誌を発見したんだけど……」

 

「やっぱ小学生は最高だな!!」

 

「早くヴィヴィオを助けなきゃ!?」

 

 強引に体を入れ、ヴィヴィオが寝ているベットに駆け出そうとするフェイト。

 

「いや冗談だから!? なんでマジな目でヴィヴィオの安全確保しようとしてるの!?」

 

「離して鬼畜男(ひょっとこ)!!」

 

「だから冗談だってば!?」

 

「だったらあのエッチな本はなんなの!」

 

「それたぶん、なのはとフェイトをモデルに俺が描いた同人誌だと思う。 みる?」

 

「みないよ!? なんで自分がモデルの同人誌を見なきゃいけないの!? というか、キミは普段私達をどういった目でみてるの!?」

 

「視姦してるお」

 

「でてけ! 家からでてけ!」

 

 朝から怒られるひょっとこ。 ついでに首を絞められる。

 

「ギブギブギブギブ!? 謝るから! 謝るから! ほんとごめん! おっぱいごめん!」

 

「私に謝ってよ!?」

 

「でもお前だって悪いだろ! そんな可愛いくせに、とんでもない破壊力もったおっぱいと尻をもちやがって! むしろ耐えてる俺は褒められるべきだ! お前が謝れ!」

 

「おかしい! その逆ギレの仕方はおかしい!? なんか褒められてるのに素直に喜べないよ!?」

 

「あ、同人誌の男役は全部俺だから安心して!」

 

「安心できる要素が皆無なんですけど!? むしろ怖いよ! 一つ屋根の下で暮らしてる幼馴染が自分たちをモデルに同人誌描いてたこの状況はめちゃくちゃ怖いよ!?」

 

「でも俺がプライベートで楽しむ同人誌だし……大丈夫じゃない?」

 

「いや、安心できないから! どこがどう大丈夫なのか全くわかりません!」

 

「でもほら、男は性欲をどこかで発散しないと性犯罪を犯す可能性があるじゃん? だから、その性欲の発散場所が二次元ならまだ安全だと思うんだ。 二次元は架空の存在だからね。 まあ、俺くらいの猛者になると二次元キャラと三次元で過ごしてる境地にまでいけるんだけどね。 だからまぁ、ようするに何が言いたいのかというと、二次元での性欲発散って意外に大切なんだよ? 考えてもみてくれよ、人間の三大欲求の中に性欲は含まれているんだぜ? ようはそれだけ重要なことなんだよ。 なんせ性欲がないと、人類は滅亡するからね。 そんな性欲を無くすのは無理だ。 かといって、現実世界で性欲発散なんてしようものなら性犯罪につながりかねない。 しかしながら二次元なら話は別だよ。 二次元ならばいくら性欲を発散しようと、それが直結して現実の性犯罪にはならない。 刑務所じゃあるまいし、自慰をするだけで逮捕、なんてことにはならないよね。 まぁ……あえて被害を上げるならば、ゴミ箱を孕ませるくらいかな?」

 

「こいつ……いきなり饒舌になりやがって……!」

 

「フェイトフェイト。 怒りのあまりキャラが壊れてるよ」

 

 プルプルと拳を握りしめながら、ひょっとこを睨むフェイトに、ひょっとこは“どうだ”と言わんばかりにフェイトの顔をみる。 うざいドヤ顔である。

 

「でもでも、だからって私達がモデルのエッチな本を描くのはダメだと思うんだ」

 

「そんなこといったってしょうがないじゃないか」

 

「文字じゃ伝わりにくい物真似はやめようね? ──……それに、私は……べつに……いいよ?」

 

「……え?」

 

 フェイトのいきなりの告白染みたセリフについつい遊ぶことを忘れるひょっとこ。

 

「それってどういう……」

 

 いきなりのことで狼狽えながら聞くひょっとこに、フェイトはか細い声で答えた。

 

「だから……俊の性欲発散……私でよかったら……いいよ?」

 

「──ッ!?」

 

 朱がさした頬。 ちょっとだけモジモジしだす体。 指同士をチョンチョンと触れ合わせながら、ひょっとこを上目づかいでみる。

 

「……ほんとに……いいの?」

 

「……うん」

 

 最終確認をするひょっとこの言葉に、フェイトはコクリと頷く。

 

 一歩、フェイトが俊に詰め寄る。

 

 互いに無言で見つめ合う。

 

 動かないひょっとこの顎に手をおいて、そのままゆっくりと指を這わせ──唇に触れる。

 

 クスリと蠱惑的に微笑むフェイト。

 

 指を動かし、口の中に指をいれ、俊の唾液を絡め取り自分の口にもっていく。 ペロリ──と、小さな舌でなめとり、そのまま手を俊の下腹部にもっていく。

 

「俊って……こういうの弱いよね……」

 

 太ももから撫でまわしながら、徐々に上へと登っていき──

 

「……興奮……してくれてるんだ……?」

 

 膨れ上がっているところを触る。 円を描くように、ゆっくりと、ゆっくりと──じらしていく。

 

「ふふっ……かわいい……」

 

 そういって、フェイトが俊のモノをズボン越しに掴もうとしたそのとき──

 

「パ~パ……? フェイトマ~マ……?」

 

 眠り眼でありながらも、しっかりと二人を呼ぶ娘の声が聞こえてきた。

 

「「──ッ!?」」

 

 離れる二人。

 

 そんな二人を、ヴィヴィオは不思議そうに見ている。

 

「お、おはようヴィヴィオ! まだ、起きるには早い時間だぞ!?」

 

「そ、そうだよヴィヴィオ! ど、どうしたの!?」

 

「う~ん……フェイトママのこえがきこえてたから……おきてきたの……」

 

 くしくしと目をこすりながら言うヴィヴィオに、フェイトはなんとも『しまった……』とでも言いたげな表情をみせる。

 

 二人の内、先に動いたのはひょっとこである。 ヴィヴィオに近づき、ヴィヴィオをだっこしながらゆりかごのように揺らす。

 

「えへへ……パパあったか~い……」

 

「また起こしてあげるから、ゆっくり寝ような~」

 

 そのひょっとこの言葉にコクンと頷き、再びスヤスヤと寝息をたてはじめたヴィヴィオ。

 

 そんなヴィヴィオをみて、ひょっとこは改めてフェイトをみた。

 

「えっと……」

 

「そ……その……! さ、さっきのは……えっと……! えっと……! そ、そんなつもりはなくて……と、とにかく! ち、違うのーー!」

 

 赤くなった顔を手で覆いながら、一目散に駆けていくフェイト。 朝の家にフェイトの叫び声が木霊した瞬間だった。

 

 ひょっとこは茫然としながらも、そもそもフェイトがこんな朝早くに訪ねてきた状況を作ったヴィヴィオをみる。

 

「……とりあえず……ヌこう……」

 

 ひょっとこがトイレでヌいている間に、昨日の出来事でも思い出そう。

 



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55.S+のディフェンス

「いい? キミとヴィヴィオは親子の関係なんだから、そこらへんをちゃんと弁えないとダメだよ?」

 

「ちょっとまってくれ。 なんで俺がヴィヴィオに手を出すこと前提でお前らは話を進めているんだ」

 

「……ださないの……?」

 

「出さないよ!? 何年幼馴染やってきてんだよ!? それくらいわかるだろ!?」

 

「……ごめん、あと数年は一緒にいないとキミのことはわからないと思うんだ」

 

 そんなことを言いながら、本当に首をヒネるなのは。 お前本当に俺の幼馴染か?

 

 現在俺はなのはとフェイトの二人を目の前にして、床に正座の体勢で座っていた。 う~ん……先程までリンディさん宅で正座していたというのに、まさか自分の家でも正座することになるとは。

 

 正座してもメリットがないんだよなぁ。 これで二人のパンツでも見れるもんなら正座というか、土下座するんだけど。

 

「パンツみせてください」

 

「いきなり土下座して何言いだすの!? なにがあったの!? いまの数秒の思考の間にキミになにがあったの!?」

 

「いいじゃん、減るもんじゃないし。 さっさと見せろよ。 スターさん」

 

「そのネタ引っ張るの止めてくれません!?」

 

「じゃあブレイカーさん」

 

「どっちも嫌だから!」

 

「ブレイカーさん、ブレイカー落ちてますよ?」

 

「つまらん、3点!」

 

 意外に辛口評価だった。 なのはちゃんなら笑ってくれると思ってたのに。

 

 腕組みしながら、なのはがこちらを上から見下ろす形で喋る。

 

「というか、ブレイカー、いや、ブレイクならキミの専売特許でしょ? 法則壊しの道化師<ブレイク・クラウン>さん?」

 

「やめろ!!? 俺の中二病時代を例に出すな!?」

 

「いや~、中学時代に散々やらかしたおかげで、高校時代も抜けなかったよね、この名前。 ねぇ、クラウンさん?」

 

 なのはがニヤニヤと笑みを浮かべながら、俺のほうに前かがみになりながら、実に楽しそうにその名を呼ぶ。

 

「ねぇ、クラウンさん? いや、ブレイク・クラウンさん? よく言ってたあの口上、なのはもう一度聞きたいな~……」

 

 弄るように、俺の顎をとり、さするなのは。 クッと顎を上げさせられると、そこにはSっ気全開のなのはの顔があった。 恍惚とした表情で、目をトロンとさせながら、何が楽しいのか、クスクスと笑いながら。

 

「……ごめんなさい……もういいません。 ブレイカーさんとか……スターさんとか言わないから……許してください……お願いします……」

 

「 ダ メ 」

 

 この教導官鬼すぎ。

 

 思わず顔から火が出る寸前、なのはが俺から離れる。

 

「まったく……これに懲りたら“ブレイカーさん”とか、“スターさん”とか言わないこと。 言ったら六課の皆にバラすらね。 社会的に追い込むからね」

 

「俺生活できないじゃん」

 

「わたしがいるからいいでしょ」

 

 ……たしかに、なのはとフェイトとヴィヴィオいるからいっか。

 

 いや、でもまぁ……スバルあたりにバレるのは嫌だから言わないけどさ。

 

「そうだな、なのはとフェイトとヴィヴィオいればそれでいいや」

 

「……そうだね、三人いれば大丈夫だね」

 

「あの……怒ってる? 不機嫌になってない?」

 

「怒ってません。 不機嫌でもありません」

 

 そう思ってるのなら、トゥキックで俺のミゾ蹴るのやめてくれません? たまに息止まるんですけど。

 

 赤髪ツーテールの死神巨乳船頭の顔がちらつくんですけど。

 

 しかしながら、何故こんなにも話が逸れてしまったんだろうか。 フェイトとヴィヴィオはなんか我関せずみたいな感じでシカトしてるし。 ヴィヴィオ、パパがママによって虐待されてるんだぞ?

 

 助けてくれよ。 パパ、マジで無力だから。

 

「 と に か く キミとヴィヴィオはあくまで親子! それを肝に銘じておいてね? じゃないと……から……」

 

「おいちょっとまて。 お前いま小さな声で、皮剥ぐって言わなかったか? 言ったよな? 皮剥ぐって言ったよな? お前が一番怖いよ。 人体に浸食して内部構造を破壊

するウイルスよりもお前が怖いよ。 お前知らないぞ! 管理局で『皮剥ぎのなのは』って呼ばれても知らないからな!」

 

「呼ばれるかぁ!!」

 

 

           ☆

 

 

 就寝の時間です。 今日はリンディさん宅と家でのドタドタがあって正直くたくた。 このままゲームもマンガもオナニーもせずにベットにダイブです。

 

 歯を磨き、自分の部屋に行こうと階段を上る寸前──後ろからドンと誰かが体当たりしてきた。 力はまったく強くなく、軽くよろめく程度。 後ろを振り返ると、ニコニコと笑みを浮かべたまま、ペットのアヒルと一緒に俺をみていた。

 

「えへへ……パパ、いっしょにねよ?」

 

 これはなんとも難しい難題である。 かなり難しい難題である。 難題なのにさらに難しい。 ついさっき、なのはに釘を刺されてしまった俺としてはここで断るほうがいいんだけど……ぶっちゃけ、ヴィヴィオと寝るのもいいかもな~。 なんてことを考えていた身としては、断りたくない。

 

「え~っと……ヴィヴィオ? 俺がママ達に何か言われたら、助け舟出してね?」

 

「うん! いいよ!」

 

 大きく力いっぱい首を縦に振るヴィヴィオ。 流石天使。 力が沸いてくる。

 

「それじゃ、俺の部屋に行くか。 ガーくんも」

 

 ヴィヴィオをだっこして、俺は自分の部屋に向かうのであった。

 

 はたして、俺の部屋の前には変な二人組の19歳(♀)が肩と肩を組みながら俺とヴィヴィオを見るなり、左右に揺り動きながら

 

「「ディーフェンス! ディーフェンス! 圧勝ディーフェンス!」」

 

 と、およそファンには見せられないようなことをしていた。 ぶっちゃけ完全に不審者です。 あと近所迷惑です。

 

「……お前ら、なにしてんの……?」

 

 左右に揺れ動きながらなのはが答える。

 

「キミがヴィヴィオと部屋に入れないようにしてるの。 早速約束破ったね!」

 

「とりあえず左右に揺れ動くの止めろ。 その息の合った一定のスピード止めて」

 

 ほんと仲いいな、お前ら。

 

「というか、明日も仕事だろ。 バカなことやってないで、さっさと寝たほうがいいんじゃね? 明日俺が起こすハメになるぞ?」

 

 びっくりするほどユートピアしてからお前ら叩き起こすぞ。

 

「いいじゃん、キミが起こしてくれるなら。 それより! キミの隣にいるヴィヴィオはどういうことかな? 言ったよね? キミとヴィヴィオは親子の関係だって」

 

「? 親子で一緒に寝ることっておかしいか?」

 

「へっ? い、いや……べ、べつにおかしくはないけど……。 ヴィヴィオが一緒に寝るのは……その……羨ましいというか……」

 

「ん? なのはとフェイトだっていつも一緒に寝てるじゃん?」

 

「……はぁ……」

 

「え!? なんで溜息!?」

 

 何故かバカにされたような気がする。 間違ったことはいってないはずなのに。

 

「で、でもでも! 俊くんの部屋はダメだよ! 5歳の子には見せられないものばかりあるよ!」

 

「人の部屋をアダルトショップみたいにいうな! 5割ほどしかねえよ!」

 

「充分危ないよね!? それもう十分だよね!? ますますヴィヴィオを部屋に入れることができないよ!」

 

「だったら俺がなのはとフェイトの部屋にいくわ。 そこなら安心だし安全だろ?」

 

「「へっ?」」

 

 うん、俺にしてはいいアイディアだな。 ヴィヴィオも普段から寝てる場所だし、ガーくんも一緒だし安心安眠できるだろう。

 

「と、いうわけだから。 二人は俺の部屋で寝てていいよ~」

 

 さっそく二人の部屋に足を向ける。

 

「それこそだめ!! 絶対ダメ!」

 

「そ、そうだよ俊! 私達の部屋はダメだよ!」

 

「え~……。 普段掃除してる場所だからとくになにもしないってば。 ……なのはとフェイトが使っている枕……なのはとフェイトが使っているシーツ……なのはとフ

ェイトの全体重を支えている至高のベット……なのはとフェイトの匂いで満ちた室内……なのはとフェイトに抱かれたことがあるヌイグルミの数々……なのはとフェイ

トが歩いたフローリング……なのはとフェイトを毎日映す鏡……なのはとフェイトの小物の数々……はぁはぁ……はぁはぁ……だ、大丈夫……何もしないから!」

 

「「嘘つけ!? 絶対なにかする気でしょ!?」」

 

「な、なにもしないってば!? 本当だって、信じてくれよ!?」

 

「いまのセリフ聞いて信じれたらそれは完全に洗脳されてるから!? 間違ってもキミのこのセリフにかんしては信じることができません!!」

 

「なのはの言うとおり、できないよ!!」

 

「できないおー」

 

 なのはとフェイトに断言された。 そして味方だと思っていたヴィヴィオが何故か敵になっていた。 後ろから刺されるとはこのことか。 

 

 もう八方塞である。

 

 はてさて、どうしたものか。 そう思っていると、ヴィヴィオが俺の手となのはとフェイトの手を握りしめていた。 丁度、ヴィヴィオを軸にしてる感じで。

 

「一緒にねよ~?」

 

「「「は?」」」

 

「えへへ、みんなでいっしょにねよ~?」

 

「「うぐッ……!?」」

 

 何故かなのはとフェイトが精神攻撃を受けている。 ……そんなに俺と一緒に寝るのが嫌なのか……?

 

 アセアセといきなり挙動不審になる二人。

 

「ヴィヴィオ、それはちょっとできないというか……。 ほ、ほら! なのはママとフェイトママとパパとでは生活習慣が違うから、ね!?」

 

「う、うん! 俊と一緒に寝るのはダメだよ! その……ヴィヴィオと一緒だと色々と……、ね!?」

 

「え!? なんでこっちに話しを振るの!?」

 

 二人のキャッチボールを見ながら、俺はヴィヴィオをだっこする。 丁度、部屋の前には二人はいなくなったのだ。 というか、二人とも自分たちの世界に入ってしまったので俺とヴィヴィオのことをみていない。

 

「はぁ……ここまで明確に断れると……色々と心にくるなぁ……。 いっそのこと、二人の生活習慣に強引にでもかえようかな。 でも、それをすると家事とかできなく

なるんだよな。 遊ぶ時間だってなくなるし」

 

「パパー、ないてるのー?」

 

「うんうん。 パパは泣いてるんだよ」

 

「よしよし。 いいこいいこ」

 

 俺の頭を撫でながら、そんなことを言ってくれるヴィヴィオ。 ほんと……お前だけは俺の味方だよな。 いまさっき盛大に攻撃してくれたけど。

 

 ヴィヴィオを抱いたままベットにはいる。

 

 ベットにはいるなり、ヴィヴィオが俺の手を握ってきた。

 

「えへへ……パパをひとりじめー」

 

 なんという策士。 ヴィヴィオ、お前才能あるよ。 そんなヴィヴィオを撫でながら、俺は娘とガーくんが寝るまで起きているのであった。



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56.朝の一コマ

 トイレから戻ってきた俺は朝食を作ることにした。 なんだか回想があったような気がするがきにしない。 そしてちゃんと手も念入りに洗ってきましたよ。 めちゃくちゃ念入りに洗ってきましたよ。

 

 キッチンに立って今日のメニューを考える。 冷奴に……わかめの味噌汁に熱々ご飯に焼き魚、あと明太子とかいいかもな。

 

 即興でメニューを決めたら、次はさっそく朝食作りを開始する。

 

 米を洗い、炊飯器に入れて炊きあがるのを待つ間に、おかずを作っていく。 それができる頃にはなのはとフェイトとヴィヴィオが二階から降りてきた。

 

「ふぁ~……俊くんおはよー……」

 

「なんかえらく眠そうだな、珍しい」

 

「うん……昨日さ、ちょっと夜中まで起きててね……。 今日のわたしはねむねむなのです」

 

「まあ、とりあえず顔洗ってこいよ。 そのままだと味噌汁のお椀に顔面突っこむかもしれねえぞ」

 

「流石にそれは高校時代に卒業したよ~」

 

 いや、高校時代に卒業したとかの問題じゃねえよ。 普通の人は入学すらしないから。 その学校、生徒お前一人だけだと思うから。

 

「ヴィヴィオー、お顔洗いに行こう~」

 

「はーい!」

 

 なのはの隣にいたヴィヴィオは寝起きがよかったのか、元気に手をあげながらついていく。 その後ろをアヒルのガーくんもえっちらおっちらとついてくる。 ちょっとした勇者のパーティーじゃねえか。

 

 なのはさんなら素手で魔王ぶっ飛ばして自分が魔王の地位についちゃいそうだけど

 

「あ、え~っと……フェイトもおはよう」

 

「へっ!? あ、う、うん、おはよう! きょ、きょうはじめて会うね!!」

 

「え? いや、朝方にも会ったと思うけど──」

 

「はじめて会うよね!!」

 

 必死にこちらに詰め寄ってくるフェイト。 どうやらフェイトの中では朝のアレはなかったことにしたいらしい。 ……そんなに俺に触ったの嫌なの? え? ひょっとこ菌がついた~! みたいな感じで嫌なの?

 

「……ひっく……うっ……ごめんよ……フェイト……」

 

「えっ!? なんでいきなり泣き出すの!? だ、大丈夫!?」

 

「……ぐすっ……フェイトに内緒で盗んだパンツ返すから……俺のこと嫌いにならないで……!」

 

「現在進行形で嫌いになりそうなんだけど。 泣いたってユルサナイから。 とりあえずその下着もう使わないから捨てていいよ」

 

「うん……もうそのパンツ履けないほどに使ったから……」

 

「ちょっとおおおおおおおおおおおおおお!? なにしてるの!? なんで人の下着盗んでそんなことするのかなぁ!? わかってる! 俊のやった行動がどれだけキチガイな行動がわかってるの!?」

 

「うん、なんか甘いミルキセーキの味がした。 もしかして俺をおかずにしたの?」

 

「してないよ! そんなことするわけないでしょ! もともとそういう香りなの! というかそもそも聞いてないよ!? 誰もその情報は聞いてないし求めてないよ!?」

 

「でも次の日からお腹壊してさ。 なんかいまだに腹の中に異物が入ってる気がするんだよね」

 

「それ気のせいじゃないから!? 絶対異物入ってるから! レントゲン検査したら私の下着入ってるから!」

 

「まさか……俺とフェイトは下着食事プレイをしていたのか……!?」

 

「セルフ下着食事プレイをしてたんだよ! 私が入るこむスキマないから!」

 

「え? 混ざりたいの?」

 

「混ざりたくないよ!!」

 

 残念だ。 どうやら下着提供しかしてくれないらしい。 しょうがない、なのはに一緒にプレイしてもらうように頼もう。

 

 そう思っていると、ちょうどいいタイミングでなのはとヴィヴィオがやってきた。 朝食をテーブルに並べるついでにそれとなく聞いてみることに

 

「なのは、なのは。 二人で下着食事プレイしよ?」

 

「死体触手プレイ? 俊くん……その手の趣味はちょっと苦手なの……。 というか朝からそういった話題はちょっと……」

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!? 言ってないから、死体触手プレイがしたいなんて一言もいってないから!? どういう聞き間違い!? それ役柄的にスカさんだから!」

 

「え? それじゃなんていったの?」

 

「えっと……下着食事プレイを……なのはとしたいな~、なんてことを思ってたり」

 

「寝言は寝て言え、ゴミ野郎」

 

 なのはさんめっちゃ冷たいです。 凍てつく波動なんてもんじゃねえよ。 修造も凍るくらいの冷たさだよ。

 

 俺がなにしたの? 俺なにも悪いことしてないじゃん。 ただちょっと特殊なプレイしたいな~、なんてことを思っただけじゃん?

 

「あ、そっか。 ごめんな~なのは。 なのはは俺とSMプレイがしたいんだよな。 いま道具揃えてくるから待っててね」

 

「おっと、お箸が滑った」

 

 なのはが投げた箸がひょっとこの眼球に迫ってくる。 それをなんとか間一髪でかわすひょっとこ。

 

「……だ、大胆なお箸の滑らせかたですね……。 僕ちょっとだけ寿命が縮んじゃいました……」

 

「うん。 この頃、箸回しにはまっててね。 たまに失敗するんだ、えへ♪」

 

 あ、あぶねええええええええええええええ!? なにこの娘!? 普通、人に向かって全力で箸投げるの!? 綺麗なサイドスローで投げやがって!! SMプレイってレベルじゃねえよ!?

 

「っと、そういえばさ。 もうそろそろ夏休みも兼ねて高町家に一旦帰るじゃん? ヴィヴィオの件もあってなかなか帰ることができなかったから、今回は結構長居すると思うんだけど。 二人の予定はどうなの? 空いてる?」

 

 俺は無職で暇人だからいつでもOKではあるけど、管理局員の、というか公務員の二人はそういうわけにもいかないだろうし。 なんせ二人とも管理局の重要な戦力なんだから、管理局だっておいそれと手放すことは──

 

「あ、そういえば本部から夏休みもらったんだ。 なんか上層部の人が『いつも頑張ってるからね、思いっきり遊んできなさい!』 って、はやてちゃん経由で。 だからいつでもいいよ~」

 

「いいのか管理局!? いいのか上層部!? お前ら完全に孫を溺愛してるジジイやババアじゃねえか!? こいつらの仕事なんてゲームしたりマンガ読んだりお菓子買いに行くだけだぞ!? しかもなんだよ夏休みって! どんだけこいつらに甘いんだよ!」

 

「あ、でもでも、ちゃんと私¥わたし達は職場に行くよ? ほら、わたし達ってキミと違って人間できてるし」

 

「とりあえず職場に行ってるだけだろ! お前ら引きこもり一歩手前の学生か!」

 

「でもわたし達が仕事しないと、俊くん生活できないよ?」

 

「いいか? 仕事なんて一切しなくていいから。 むしろ定時の2時間前くらいに帰ってきていいから。 フリだけは絶対してくれよな」

 

 もうこの生活以外考えられないんだ。 俺はこの生活がなきゃダメなんだよ。

 

「いやまあ……そりゃおいそれとキミとの生活を手放す気はないけどさ。 それは男としてどうなの? プライドとかないの?」

 

「まったくないな」

 

「相変わらず人として終わってるねぇ~」

 

 文字通り人として終わってますし。

 

 三人よりも朝食を早く食べてキッチンへ。 二人のための弁当を詰めていく。 今日は肉巻きおにぎりというものを作ってみた。 う~ん……ちょっと食べにくいから工夫が必要だよな。 かといって爪楊枝くらいでは肉巻きおにぎりを持ち上げられないし。

 

「どうしたの、俊?」

 

「んあ? あ、フェイトか。 いやさ、この肉巻きおにぎりをどうしようかな~っと思ってさ」

 

 一歩横にずれてフェイトに弁当をみせる。 温野菜のサラダに肉じゃが、肉巻きおにぎりに魚の甘酢かけ、卵焼きに切り干し大根である。

 

 フェイトは俺が作った弁当を見て

 

「肉巻きおにぎりは無理にお弁当に詰めなくていいんじゃない?」

 

 そう首を傾けながら言った。

 

「あ~、それじゃ別々にしよっか。 まあ、そこまでおにぎりも大きくないし、ネギマヨと普通のおにぎりにしとこう。 デザートにイチゴもいれとくよ」

 

「毎日ご苦労様です」

 

「こちらこそ食べてくれてありがとう」

 

 二人で向き合いながら笑い合う。

 

『ねぇねぇなのはママー? あさにねー、パパとフェイトママがだきあってたよー?』

 

『ほーう……』

 

「「まって!? それ誤解だから!?」」

 

 慌ててテーブルに二人で戻り、なのはとヴィヴィオに説明した。

 

 ヴィヴィオ……! 恐ろしい子……!?

 

 

           ☆

 

 

「い っ て き ま す ! ! 」

 

「え~っと……いってらっしゃい」

 

 わたしの目の前で、彼が困った顔で手を振っている。 隣にはヴィヴィオが彼に抱きつきながらニコニコと手を振っている。

 

 ……なんだかんだいって、やっぱり一番長くいるせいか、ヴィヴィオは彼に懐いてるんだよね~……。 ただ懐いてるだけならわたしも気にしないけど。

 それはそうと、こんな奴がフェイトちゃんと抱き合っていた? はっ、何かの間違いに決まってるよ。 万年モテない男なんだし。 自意識過剰のくるくるぱーなんだしさ。

 

「えっと……いかないの?」

 

「なに? そんなに私に早く行ってほしいの?」

 

「え? いや、できるならずっと傍にいてほしいけど」

 

 ……よくそんな恥ずかしいセリフを言えるよね、キミは。

 

「行ってきますの握手しよ。 ほら、早く」

 

 強引に彼の手を取り、握る。 さっきまで洗い物をしていたせいなのか、ちょっとだけ冷たい手にわたしの比較的暖かい手が重なる。

 

 ──3分後

 

「……仕事遅れるぞ?」

 

「……あ」

 

 わ、わすれてたああああああああああっ!? フェイトちゃんが車の中でずっと待ってるんだった!? わたしとしたことが……!

 

「そ、それじゃ行ってくるね!」

 

「「いってらっしゃーい!」」

 

 手を振るわたしに彼とヴィヴィオが振り返す。

 

 ……うん、今日もお仕事頑張れそう!

 

 

           ☆

 

 

 ──六課──

 

「あ、はやてさんってステータス極振りするタイプなんですね」

 

「うん、下手にバランスとろうとすると使いようのない雑魚に変わることが多々あるからな。 これは現実でも言えることやで。 な! なのはちゃん!」

 

「そうだね~。 新人たちは皆それぞれいい武器をもっているから、それを伸ばすことは必要だね~。 だからといって、短所を見ないふりをしちゃいけないよ。 それは

弱い自分に逃げていることになるからね。 自分の“できること”と“できないこと”を自分自身が知ること。 それが強くなるために必要なことだよ?」

 

『はい! 勉強になります!!』

 

「いや、お前ら訓練は? ソファーに集まってゲームしてちゃ説得力なんて皆無だぞ?」

 

 なのは達が携帯ゲーム機片手に遊んでいるのに対して、一人だけ書類仕事しているヴィータがそう呟いた。



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57.お祖母ちゃんだと年寄りだけど、ママのママだと若いイメージがあるよな

 高町なのはとフェイト・T・ハラオウンが仕事に行ってから数時間が経った。

 

 ひょっとこはリビングのテーブルにノートを広げ電卓とノートの二つを交互に見ながらなにやら忙しなく指を動かしていた。 そんなひょっとこを下から見上げながら、ヴィヴィオがひょっとこに声をかけた。

 

「ねぇねぇパパー?」

 

「ん~?」

 

「どうしてそんなかっこうしているの~?」

 

 作業しているひょっとこのノートよりもヴィヴィオが気になったこと、それはひょっとこの恰好であった。 正確にいうならば、ひょっとこの着ている服が気になったのだ。

 

「パパではない、女装中はカナちゃんと呼べ」

 

「でもきもちわるいよ~?」

 

「いいんだよ、家には娘とペットしかいないんだから。 佐川急便の宅配まではパパこの恰好で大丈夫だから」

 

 とんだ恥知らずだった。

 

 ひょっとこの女装姿は腋出し巫女衣装である。 ヴィヴィオは丁度ひょっとこの腋が見える位置におり腋を凝視していた。

 

「ほらおいで」

 

 そういって腋だし巫女衣装でヴィヴィオを膝の上に乗せるひょっとこ。 ついでにガーくんも自慢の脚力でピョンとテーブルの上に乗る。

 

 若干行儀悪いが、二人がいないときなのでひょっとこもたいして咎めようとしない。

 

「いやさ、やっぱり夏って暑いじゃん? いくら家の中でクーラーかけてるからって意外とズボンの中のパンツは蒸れたりするもんなんだよ。 さっきまで庭の草むしりしてたパパはね、丁度シャワーも浴びたし心機一転として巫女服を着てるわけだよ。 すんげぇスースーしててちょう気持ちいいし。 やっぱりパンツが蒸れるのは気持ち悪いじゃん? ヴィヴィオはパパのパンツが気持ち悪いのと、パパが気持ち悪いのはどっちが嫌?」

 

「パパー」

 

「お前は最高の娘だよ。 でもパパの最高の息子も可愛がってあげないといけないから我慢してくれ」

 

「ん~……? よくわかんないけどわかった!」

 

 言葉巧みに自前のマシンガントークでヴィヴィオの頭を混乱させながら、ちゃっかり自分の変態的コスプレを正当化させたひょっとこ。 止めるブレーキとなる、なのはとフェイトがいなければやりたい放題の男である。

 

「ねぇねぇパパ? これなにやってるの?」

 

「ん? ああ、これね。 これは家計簿といってだな。 まあパパやママ達が生活する上でどれだけお金が残っているのかを把握しないといけないのだよ。 だからこうやって空いた時間にパパは家計簿をつけているのさ」

 

「う~? ほぅ~?」

 

 ひょっとこの説明にヴィヴィオは首を何度も左右に動かす。 どうやらヴィヴィオにはちょっとだけ難しかったようだ。 それに気づいたひょっとこは、苦笑しながら

 

「まあ、早い話がエロ本だよ。 プライベートエロ本さ」

 

 と、ありえない場所に着陸させた。 どんな航路を描けば家計簿という場所から滑走してエロ本という場所に着陸するのか甚だ疑問であるところだ。

 

「ガーくん、冷蔵庫に冷やしたイチゴあるから取ってきてくれ。 あとコンデンスミルクも」

 

「ワカッタ! ガークンモッテクル!」

 

 ひょっとこに頼まれた、ヴィヴィオ専属のペットにして騎士であるアヒルのガーくんが頷きながらテーブルから降り、冷蔵庫のほうに向かう。 その手足で器用に冷蔵庫を開け、冷えたイチゴが乗っている皿とその隣に置いてあるコンデンスミルクを取り、ひょっとことヴィヴィオが待つ場所に戻ってくる。

 

「ご苦労様、ありがとうな、ガーくん」

 

「オヤスイゴヨウ!!」

 

「わーい、イチゴさんだー! ねぇねぇたべていい~?」

 

「いいよ~。 ほら、ガーくんも食べな」

 

「ワーイ!」

 

 コンデンスミルクをイチゴにかけ、おいしそうに頬張るヴィヴィオ。 と思ったら、もう一つイチゴを手に取りコンデンスミルクをたっぷりかけてガーくんの口に運ぶ。 ガーくんはイチゴをもしゃもしゃと噛んだあと、おいしかったのかバク転をする。

 

「ガーくん、家計簿がえらいことになるからバク転はやめてくれ。 せめてタップダンスにしてくれ」

 

「ワカッタ!」

 

「え!? タップダンスできんの!?」

 

 ひょっとこの言葉に頷いて軽快なビートを刻みながらタップダンスを決めてくるガーくん。

 

「半端ねえ!? うちのペット半端ねえ!?」

 

 まさに万能なペットである。

 

 ペットのポテンシャルに感嘆しながらも目の前の家計簿に目を落とす。

 

「え~っと、夏だから電気代が上がるのはしょうがないな。 何度も何度も思うけど、なのはとフェイトって金持ってるよな。 そのおかげで俺が仕事しないで済むけどさ」

 

 自分が大好きな人達の給料の高さに驚きつつも、自分が仕事をしないですむ喜びに頬を緩めるひょっとこ。 どれだけ仕事をしたくないのか、このセリフから滲み出ている。

 

「ねぇねぇパパー? ヴィヴィオもこれきたいー」

 

「そうだなー……それじゃ作るか、巫女服」

 

「やったー!」

 

 喜ぶヴィヴィオの頭を撫でながら、つけ終えた家計簿を閉じた──ところで、傍に置いていた自分の携帯電話が振動する。 ひょっとこはガーくんに携帯を取ってもらいディスプレイで電話先の相手を確認することに。 そこに映し出されていた名前は、

 

「この時期に桃子さんということは、十中八九帰省のことだよな。 はい、もしもし?」

 

『あ、俊ちゃん? 日がな一日だらだらしてる俊ちゃんことだから暇だと思うけど、いま空いてるかしら?』

 

「……まあ、あいてますけど……。 一応、俺だって仕事してますからね?」

 

『あら? どんな仕事をしてるのかしら?』

 

「自宅警備の仕事ですね」

 

『帰ったら二人でちょっとお話ししましょうか? 大丈夫、優しくするわよ?』

 

 何故だろう……。 最後の“優しくするわよ?”がめちゃくちゃエロくて艶のある声で正直なんか理性が飛びそうなんだけど──めっちゃ怖い。

 

 というか──

 

「痛い痛い痛いッ!? ヴィヴィオちゃんっ!? 爪楊枝はパパの太ももを刺すために作られたものじゃありませんよ!?」

 

「パパー、イチゴもうないよぉ~?」

 

「そんなことくらいでパパの太ももを刺さないでくれるかなぁ!? これは絶対なのはの影響だろ!? 俺こんな爪楊枝で人刺すようなマネしないもん!」

 

「えへへ~。 パパだいすき」

 

「ほめてないほめてない!? 一言もほめてないからね!?」

 

 なにがそんなに嬉しいのか、ひょっとこの胸付近に頬を当てスリスリと頬ずりするヴィヴィオ。

 

『あら俊ちゃん。 私達の自慢の娘をバカにする気かしら?』

 

「へ!? い、いやそういうわけでは……。 なのはは俺だって自慢の人ですし……」

 

『きゃーー、もう照れちゃって!』

 

「あの……なんで女子高生みたいなテンションなんですか。 拾い食いでもしたんですか? というか、年を考えてくださいよ」

 

『あ? 調教されたいの? ふふ、あなたたちと会えるから嬉しくて。 まあ俊ちゃんとはもう会ったけど、それでも嬉しいものよ』

 

「うっ……! えっと、今後はどんなことがあっても定期的にちゃんと帰ってきます」

 

『よろしい。 それで、もうそろそろ帰ってくるのかしら?』

 

「あ、はい。 え~っと、来週の月曜から一週間泊りがけで帰ろうかと思ってます」

 

 ひょっとこはガーくんに頼んで壁にかけてあるカレンダーを取ってきてもらうことに。 ガーくんは自慢の脚力を活かしてカレンダーを取りひょっとこに渡した。 ひょっとこはそのカレンダーのとある週の月曜日に赤ペンで『帰省』と書いてそのまま日曜日まで引っ張る。

 

 危惧していたなのはとフェイトの予定がいつでもよくなったので、ひょっとこの予定より前倒しにする形である。

 

『あら、一週間でいいのかしら? もっと居てもいいのよ? それに俊ちゃんは“あっち”の家にも帰るでしょう?』

 

「いえ、“あっち”のほうは自分一人のときに行きますよ。 今回は高町家の家に帰省です」

 

『そう。 それで、何人来るのかしら? はやてちゃん達も来るんでしょう?』

 

「まあ、そうなりますね。 あ、詳しくはまた後日連絡することになりますが、なのはが教導してる新人たちと他数名くると思います。 なので、結構な人数になると思いますよ」

 

 きっと、スバルとティアはなのはの水着目当てで来るだろうし、エリオとキャロもフェイトが来るのだから一緒についてくるだろう。

 

 八神ファミリーは参加が決まってるようなものだし、スカさんも予定があいてると思う。 可能ならおっさんも呼びたいものだ。 そう頭の中で思いながら指折りで数えて電話の向こうの桃子に知らせる。

 

『それじゃ、こちらも頑張っておもてなしをしないとね。 勿論、俊ちゃんも手伝うのよね?』

 

「ははっ、そりゃ当たり前ですよ。 桃子さんと一緒に家事ができるのなら俺もうなにされても耐えることができますよ」

 

『それじゃ、道具一式揃えておくわね。 大丈夫、ちゃんと皆にも教えるから!』

 

「すいません、何が大丈夫なのかわかりません。 むしろ桃子さんの頭のほうが大丈夫じゃないですよ」

 

 そんな会話を交わしながら、桃子と談笑を楽しむひょっとこ。 そこに、客を知らせる電子音が聞こえてきた。

「あ、ちょっとまってください。 ガーくん、みてきてくれる? 知らない人だったら、とりあえず気絶でもさせといて」

 

「ワカッタ! イッテクル!」

 

 とてとてと玄関に歩いていくガーくんを見送るひょっとこ。 そんなひょっとことガーくんを交互にみながら、ヴィヴィオは

 

「……パパー、ガーくんばっかりはたらかせちゃダメだよー? なのはママとフェイトママにおこられちゃうよー?」

 

 と、もっともなことを言う。

 

 ヴィヴィオの声は電話越しの桃子にも聞こえていたらしく

 

『俊ちゃん。 自分ばっかり楽しちゃダメよ?』

 

 と、子どもを叱る母親のように少し厳しい口調で怒る。 いや、桃子にしてみればひょっとこは実の息子のようなもの。 怒って当然であり、叱って当然なのだ。 甘や

かすだけが子育てではない。 そう思う桃子だからこそ、さっきまでの楽しい談笑の口調ではなく、厳しい母親の口調で声をかけるのだ。

 

「うっ……す、すみません」

 

 電話越しだというのに頭を下げるひょっとこ。 その下げた拍子に、ヴィヴィオとおでこがコツンと当たり二人でえへへと笑い合う。

 

「それじゃ玄関に行きますから切りますね」

 

 席を立ちながら桃子との会話を終わらせようとする──が、桃子のほうはそうはいかず何か重大な案件をいましがた思い出したかのように、ひょっとこに切り出した。

 

『そうそう俊ちゃん? 今日ね、リンディさんがあなたとヴィヴィオちゃんが上手く生活できてるのか視察に行く、って言ってたわ。 ついつい忘れてたわ、ごめんなさい』

「……成程。 俺に死ねというわけですね……」

 

 乾いた笑みとカラカラの声で桃子に告げるひょっとこの眼前には、ガッツポーズをしているガーくんと明らかに気絶してるリンディ・ハラオウンの姿があった。

 



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58.リンディメッシュ

 

 おいぃぃいいいいいいぃぃいいいいッ!? なにやってんだよこのアヒル!? お前リンディ大魔王になにやってんだよ!?

 

 目の前で倒れているリンディさんとヴィヴィオと戯れてるガーくんを交互に見ながら思わず心の中で叫ぶ。

 

 くそっ! ガーくんに命令したのは俺だから、ガーくんを責めようものなら俺の責任になってしまうし……。 いや、もう既に俺の責任のようなものなんだけど。

 

「やっべ、まじどうしよう……。 とりあえず落ち着け、落ち着くんだ、上矢俊。 大丈夫、大丈夫。 俺ならこれしきの試練なんてどうってことないさ。 そう、アレだ。 大嘘憑きで虚構にしよう。 よーし、そうと決まれば」

 

 息を大きく吸い込み、吐き出す。 それを何度も繰り返し、両手でやれやれ……の体勢をとりながら括弧つけてリンディさんに向かって言った。

 

「『リンディ・ハラオウンの存在を虚構ことにした』」

 

 ──3分後

 

「なんでこんなときに限っておっさん並のチート能力がないんだよおおおおおおおおおお!? ふざけんな、神様死ね!!」

 

「パパがこわれたっ!?」

 

 3分経ってもリンディさんの存在が消えることはなかった。 とんだミステイク。 こんなときに転生チートは羨ましいぜ。

 

 しかしいったいどうする……? よーく考えるんだ、リンディさんになんと説明しよう。 いや、ここはシラを通して『あれ? リンディさん。 玄関の前で寝てると風邪を引きますよ?』 っと紳士的な態度で接したほうがいいような……。 あ、でもリンディさんに嫌われてるし、それは逆効果かもしれないな。

 

 しょうがない──かくなるうえは

 

「いいか、ヴィヴィオ。 これから起こる出来事はママ達には内緒だからな? 約束できるか?」

 

「うん! ヴィヴィオできる!」

 

「よーし、良い子だ。 それじゃ、パパはこの人を埋めるための穴を庭に掘ってくるからそれまでこの人のことを見張っておいてくれ。 なんならザオラルでも唱えておいてくれ。 あ、やっぱり起きたら面倒だからザラキ唱えておいて。 もう全力で唱えておいて」

 

「えっと……ザラキ~?」

 

 ヴィヴィオはリンディさんの頭を可愛らしくペチンペチンと叩きながら、とても間延びしたザラキを唱える。 可愛すぎ、食べたい。

 

「よーし、頼んだぞ。 パパ、マジで本気だすから」

 

 土木関係者が使うようなスコップをもって庭に出る。

 

 俺の出した結論とは──リンディ・ハラオウンを庭に埋葬することである。

 

 

           ☆

 

 

 一心不乱に穴を掘り始めること10分、見た感じ、2mくらいの深さにはなっただろうと思う。 これくらいあればリンディさんを埋葬することなどたやすいだろう。

 

「しかしアレだね。 いつか俺も殺人犯すんじゃないかと思っていたけど、まさかリンディさん相手に殺人犯になるとは思わなかったよ」

 

 思えば、リンディさんとは色々あったもんだな。

 

「リンディさんとの思い出といえば、あれが一番鮮明に覚えているな。 魔法熟女 ハイパーマジカル☆リンディちゃん。 俺がリンディさんとの関係を良好なものにしようと思って考えたキャッチフレーズなのに、フルボッコにされたんだよな」

 

「そういえばそんなこともあったわね。 クロノとなのはちゃんとフェイトが止めなかったら病院送りになってたわよね」

 

「そうそう、『輝く笑顔に魅惑な唇。 ショタをちょっぴり摘み食い♪ 9歳なんかに負けないわ、大人の魅力で悩殺しちゃう。 ハイパーマジカル☆リンディちゃんよ☆』と言った瞬間俺の意識飛んだしな」

 

「懐かしいわ。 本気で殴って壁が陥没したのよね。 ところであなた、こんな所でなにしてるのかしら?」

 

「何って? そりゃリンディさんを埋める穴を──ん?」

 

 いったい俺はさっきから誰と会話しているのだろう?

 

 今までごく自然な会話をしてきたから考えていなかっけど、これって……

 

 壊れた機械のように振り向くと、

 

「パパー、ザラキしっぱいしちゃったよー」

 

 と、困ったような顔で俺を見つめるヴィヴィオと

 

「あなたってほんと愉快な頭してるのね……!」

 

 いまにも襲い掛かってきそうなリンディさんがいた。

 

「ベ……ベキラゴン……」

 

「残念、リンディには攻撃が外れたようだ」

 

 ぼうけんのしょはきえてしまいました

 

 

           ☆

 

 

「リンディさん、そろそろ穴の中の土が半分を超えてしまいましたよ。 このままだと娘さんの旦那が死んでしまいますよ」

 

「いっそ死んでしまったら?」

 

「あっ ちょっ!? もう無理ですって、マジ無理ですって!? このままじゃ俺リアルに埋まりますから!?」

 

「一度実験したかったのよ。 人間の底力というものが、どれほどの強さを発揮するのか」

 

「ふざけんなババア! 熟女! いつまで若作りしてんだよ、引っ込め!」

 

「おっと、手が滑ってしまったわ」

 

「うそうそうそうそっ! リンディちゃん、超絶可愛いよ!」

 

 リンディさんによって自分が掘った穴に埋められている俺です。 まさかリンディさんが生きているとは……。 それにしてもリンディさん、まじで俺を殺すことに躊躇いがないんだけど。

 

「あ、そういえばリンディさん。 桃子さんから聞きましたが今日はヴィヴィオと俺の生活を見に来たそうですね」

 

「正確には、フェイトの娘であるヴィヴィオちゃんを見に来たのよ。 ゴキブリであるあなたには興味ないわ」

 

 この人は棘のある言葉をいれないと、満足に俺と会話すらしないのか。 ツンデレにもほどがある。

 

 リンディさんが俺を埋葬する作業をやめて、ヴィヴィオに向き合う。

 

「こんにちは、ヴィヴィオちゃん。 私はフェイトママのママのリンディ・ハラオウンよ」

 

「ママのママ?」

 

「そう、ママのママよ」

 

「う~?」

 

 ヴィヴィオは混乱したらしく頭を抱え、隣にいるガーくんに助けを求める。 ガーくんもこれには困惑しているらしく、頭にクエッションマークを浮かばせていた。

しょうがない、パパが助け舟をだしてやろう。

 

「ようするに、ママの中のママ。 ママで一番権力があって強い人だよ」

 

「ギルガメッシュ?」

 

「そうギルガメッシュ。 いや、リンデメッシュだな」

 

「なるほど~」

 

 ヴィヴィオは納得したらしくしきりに頷いて、リンディさんに抜群のスマイルでいった

 

「リンディメッシュさん、こんにちは! ヴィヴィオです!」

 

「ぶはぁっ!」

 

 何故か噴出した俺だけ怒られた。

 

 

           ☆

 

 

 ヴィヴィオの説得もあり、なんとか死なずに済んだ俺はリンディさんを家に招きいそいそと紅茶を用意する。

 

「リンディメッシュさん! このえほんよんで!」

 

「ええ、いいわよ。 ところでヴィヴィオちゃん? リンディメッシュはやめてくれないかしら? できればもっと短くまとめてほしいな~、なんてことを思ったり」

 

「え~っと……ディッシュ?」

 

「何故そこを選んだのか小一時間ほど問い詰めたい」

 

 あのリンディさんをここまで困らせるとは……我が家最強のアイドルは恐ろしいぜ。

 

 現在の俺は汚れた腋だし巫女衣装を洗濯機にかけ、Tシャツと七分のズボンを穿いている。 こうしてみると、やっぱり巫女衣装って涼しかったな~、と思ってしまう。 やべえ……あんまりこんなことを思っていると、キャサリンにハントされそうで怖い。

 

「それにしても、どんな教育を施せばあんな単語が出てくるのかしら。 なのはちゃんとフェイトがいるから大丈夫だと思っていたけど……ちょっぴり不安になってきたわ」

 

 まあ……ヴィヴィオ巻き込んでゲーム大会とかしょっちゅうやってますし。 休日は八神ファミリーとかきますし。

 

「たぶんヴィヴィオの将来は有名なコスプレイヤーですよ。 勿論俺が専属カメラマンで」

 

「なのはちゃんとフェイトが全力で逮捕してきそうね」

 

 その場面が容易に想像できてしまう。

 

「ところでリンディさん。 来週に高町家に帰省するのですが、ハラオウン家は予定あいてますか?」

 

「そうねぇ……クロノは仕事で空いてないかもしれないわ」

 

「仕事熱心ですね」

 

「六課が異常なのよ」

 

 あ、やっぱり?

 

「それじゃ、今回の帰省は大所帯になりますな~。 まあ、人が多いほうが楽しいので個人的には嬉しいですけど」

 

「さすがお祭り大好き男ね。 ところで、あちらの家には帰るのかしら?」

 

「今回の帰省では帰りませんね。 もう少し経ってから俺一人で行きますよ」

 

「はぁ……。 毎度毎度、どうしてこうも変なこだわりを持っているのか。 そんな所が心配なのよ」

 

「ははっ、すいません。 けど、ありがとうございます。 感激ですよ、リンディさんに心配してもらえるなんて」

 

「勘違いしないことね。 べつにあなたを心配してるわけじゃないわ。 あなたのことで多少は悲しむかもしれないヴィヴィオちゃんとフェイトのことを心配してるの」

 

 いつものリンディさんの物言いに、思わず顔がほころぶ。

 

「それにしても……いったいどこで何をやっているのかしら。 あの人は」

 

「また迷惑でもかけてるんじゃないですか? なんとなくそんな気がします」

 

「もしかしたら、管理局に追われてたりして?」

 

 その答えに互いにおかしくなって笑い合う。 あの人ならありそうだ。

 

「まぁ……いつか会えますよ」

 

 なんせ、常識の外側にいる人だしな。

 

 ふと見ると、ヴィヴィオがお腹をさすっていた。 それと同時に訪れる軽い空腹感。

 

「そろそろお昼ですね。 ヴィヴィオもお腹すいてるみたいですし……リンディさんもどうですか?」

 

「そうねぇ……それじゃご相伴に預かろうかしら」

 

「パパー、ヴィヴィオもおてつだいするー!」

 

「ガークンモ!!」

 

 全速力で駆けてくるヴィヴィオとガーくんをだっこしながら、俺はリンディさんに満足していただくための料理を頭の中で考えるのであった。

 

 

           ☆

 

 

 まさか……あの子がヴィヴィオちゃんの空腹に気付くとは……。 ちょっとだけ見直したかも。

 

 キッチンでヴィヴィオちゃんと料理しているあの子を目で追いながら、先程の光景を思い出す。

 

「意外と頑張ってるようで安心したわ」

 

 若干ではあるものの、本当に微量ではあるものの、彼とヴィヴィオちゃんがちゃんと生活できているのか心配だった身としては、彼とヴィヴィオちゃんがこうやって仲良くしている光景をみることができて安心した。

 

「それにしても……あのアヒルって本当にただの動物なのかしら……?」

 

 玄関を開けた先に待っていたあのアヒル。 私がしゃがんで抱っこしようとした瞬間にありえない速度でアッパーを決めてきたあのアヒル。

 

「……ちょっと体がなまってるのかしら。 う~ん……はやてちゃんに頼んで、六課の訓練場を借りたりしよ」

 

 流石にアヒルに負けたとあっては、フェイトにどんな顔をしていいのかわからないし。

 

 

 そう決意をしたところに、件のアヒルがお皿にドリアをもって登場してきた。

 

「……負けないわよ」

「カカッテコイ!」

 

 今度こそ……負けないわ!

 

『パパー、リンディメッシュさんとガーくんがカバディしてるよー?』

 

『リンディさんの名誉のためにも、フェイトママには内緒にしとくんだぞー』

 

『はーい』

 

 ……しまった!?



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59.ロリ

「昨日さ、ロリビッチものの同人誌読んでて思ったことなんだけど。 そもそも何故、男はロリ系に弱いかって話なんだよな。 まず挙げられることとしては、背徳感、罪悪感、征服感があると思うからなんだ。 法律的にはロリ、いわゆる小学生に手を出した時点でアウトだろ? その法律があるからこそ、背徳感でいっぱいになり手を出したりするのかもしれない。 次に罪悪感。 これは小学生を犯すことと、その後にくる『やってはいけないこと』をしてしまった自分に酔いたいのだと思う。 例えば、悪ぶった高校生が飲酒や喫煙するじゃん? あれは『そんなことやってる俺カッケー』というもと、『こんなことしちゃダメだけど』という良心のはざまで起こる行為だと考えている。 次に征服感。 これは簡単だよな。 小学生を犯すことで自分の心を満たしたいってだけなんだよ。 つまり自分が上位に立ちたいってことなのさ。 だからこそ、生物で一番弱い存在である小さな女の子を狙う。 あとは単純に好きだからって理由もあるよな。 けど、そのロリが好きって感情はさ、父性の歪んだ愛情からくるものだと考えている。 本来なら守るべき対象であるロリを何を間違ったのか犯す対象に変わってしまった。 そんな奴の成れの果てがロリコンとして逮捕される奴だと思うんだ。 ──で、ここでロリビッチの話に戻るんだけど。 いま結構ブームじゃんロリビッチ。 それじゃ、なんでロリビッチがブームなのかについて考察してみたんだ。 そもそも、ロリという単語で頭に思い浮かべるのは『可愛い』 『天使』 『清純』 といった単語だと思う。 そしてここで問題なのは『清純』という単語だよな。 人間ってのはよくできていて事前に聞いたこと・調べたことが本当のことだと思うことが多々あるんだよな。 いわばイメージが先行してしまうのさ。 だからこそ、『小学生は清純』 という風潮が出来上がった。 そこでロリビッチの話に戻るんだけど、これはいわばギャップを狙った発想だよね。 『小学生は清純で、エッチなことなんてしない』というイメージを壊すんだ。 このイメージを壊すことによってそれまでの凝り固まったイメージが崩れ、結果、ロリの新たな道としてロリビッチという道が生まれる。 そうすると、ロリには二つの道ができるわけだ。 清純系か小悪魔系か。 けどね、同人誌とかで大切なものって結局の所、『いかにエロくヌける本を描くか』にあるわけだよ。 その点、清純系だと厄介だよな。 なんせアグレッシブなこともできない上にストーリーにページを割かないといけないのだから。 ところがロリビッチだとそんなことないうえにエロに力を注げてしまう。 こうなると、俄然ロリビッチのほうが有利になるわけよ。 そして、ここで問題に戻るわけだが。 ロリは背徳感と征服感と罪悪感でできていると思っている。 しかしながら、ロリビッチではそんなものを出すことができるのだろうか。 なんというかさ──ロリビッチってロリ成分が薄まるよな?」

 

「知らんわボケェェェェェエエェェェッ!!!」

 

 はやてがひょっとこの頭を鷲掴みにし、自分のデスクに渾身の力を込めて叩きつける。

 

 ドゴンッ!!

 

「人がアンタのことを我慢してるっちゅうのに、当のお前はのうのうとロリビッチものの同人誌読んでその考察をだらだら考えたってか!!? お前の背骨引っこ抜いてロリと同じ身長まで縮めるぞ! あぁん!?」

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

 

 叩きつけては持ち上げ、叩きつけては持ち上げを繰り返すはやて。 その顔、悪鬼羅刹の修羅である。

 

「はやて、ソレそろそろ死ぬぞ?」

 

「あん?」

 

「ひゅー……ごほっ……はやてさん……ごめんなさい……許してください……がはっ……」

 

 顔面を血みどろにしながら、危ない息の吸い方をしながらも、なんとかはやてに許しを乞うひょっとこ。 なんか涙と血が混じって気持ち悪いことになっている。

 

「あ、ほんとや。 シャマル、治してあげたって。 第2ラウンドもするから」

 

「……ちょっ……まじで無理だって……」

 

 困り顔のシャマルに治してもらいながら、よろよろの状態で助けを求める。

 

 なのは&フェイト・・・ヴィヴィオとエリオとキャロを背中に隠しながらガン無視

 

 スバルとティア・・・どさくさらに紛れてなのはの髪を盗む。 なお、ひょっとこはガン無視

 

 

 

 シグナム・・・伸ばしてきたひょっとこの手を蹴り飛ばす

 

 シャマル・・・困った笑みを浮かべたまま、一定の距離を取る

 ヴィータ・・・ひょっとこがきても動かない

 

「ロヴィータよ……お前だけだったよ。 やっぱりロヴィータは良心だな……」

 

「仕事の邪魔だ、ゴミ虫」

 

「げふぅっ!?」

 

 ひょっとこの腹を思いっきり蹴り、本部に送るための書類をファックスで送信する。

 

「くそっ……! 六課の皆は薄情ものだ、絶対こいつらの血はミドリ色に決まってる」

 

「俊くん、いまの話聞いて俊くんを支持する六課の面々はいないと思うよ?」

 

「10年前は管理局のロリ代表だったのに、いまじゃコスプレ女で痛々しいだけのなのはさんは黙ってて!」

 

「ちょっと表でろ」

 なのはが立ち上がり、ひょっとこをネコのように持ち上げる。 そしてそのまま、廊下へと出る。

 

『や、あの……はい、すいません。 僕ですか? 勿論なのはさんのバリアジャケット大好きです。 はい、もう愛してるといっても問題ないほどです。 あ、はい、すいません。 でもやっぱりここは期待に応えないといけないと思って……。 あ、いえいえそんな滅相もございません。 はい、もう。はい。 なんかすいません、僕みたいな奴が中心で。 はい、もう僕はスミのスミのほうでいいです、はい。 はい、もう僕は高町なのはの奴隷です、絶対服従を誓います、はい。 ……え? 焼きそばパン買ってこいですか? でも僕お金もってないし……。 あ、お金はくれるんですね。 それじゃ行ってきます』

 

 そんな会話が聞こえた後、一人が走り去る音が聞こえてきて、代わりになのはが部屋の中に戻ってくる。

 

 そして、いつもと変わらぬ可愛らしい笑顔でこう告げた

 

「みんなー! 俊くんが自主的に焼きそばパン買ってくるんだってー! 3時の休憩にしよー!」

 

 いつもと変わらぬ笑顔を振りまくなのは。 そんななのはをみて、六課にいる面々は思った。

 

『(なのはさんに逆らったら殺される……!)』

 

 高町なのは、その力、その脅威、いまだ健在である。

 

 

           ☆

 

 

「で、そもそもなんできたん? なんか用があるからわざわざ来たのやろ? それともアレか、本当にくだらん考察をするためだけにきたんか。 だとしたらビンタするで」

 

「既にビンタ以上のものを喰らったけどな。 まあ落ち着けはやえもん。 来週の月曜から日曜までの一週間、俺となのはさんとフェイトとヴィヴィオは高町家に帰るんだけど、どうせだったら八神ファミリーも一緒に行こうぜ! というお誘いでやってきたのさ」

 

「あー、なるほど。 勿論いくで。 それにしても来週か、もう少しだけ早く言ってほしかったかも」

 

「え? なんで?」

 

「ほら……そのー……水着とか」

 

「何言ってんだよ、お前の胸全然成長してないじゃん」

 

 ビンタが飛んできた

 

「……はやての胸成長してるな」

 

 なんだろう……この理不尽な想いが胸を駆け巡る感覚は。

 

 現在、大きなテーブルに場所を移し皆で席に座っているのだが。 向かい正面ははやて、右がなのは、左がフェイト。 一番遠いところにキャロとヴィヴィオがくるよ

うに配置されていた。 お前らどんだけ俺を信用してないんだ。 そして全員、俺以外の面々は焼きそばパンを頬張っていた。 ……俺も欲しい。

 

「俊、とっても焼きそばパンを欲しそうにしてるね」

 

「うん、ちょーうまそう」

 

「食べる?」

 

「食べる!」

 

「それじゃ、はい」

 

 フェイトから焼きそばパン──の上にのっている紅ショウガを渡された。

 

「……いただきます……」

 

「あ、俊くん紅ショウガ好きなんだ! それじゃわたしのもどうぞー」

 

「あ、私のもいいですよー」

 

『しょうがないなー、まったく』

 

 手には紅ショウガだけが積まれていく。 久しぶりに味わう、なのはとフェイトのドS攻撃。 そしてそれによる波状攻撃。 すいません、僕の精神はそこまで強くないのですが。

 

 けど大丈夫。 だってヴィヴィオがいるんだもん、俺の唯一の味方のヴィヴィオちゃんなら俺を助けてくれるはず……!

 

 チラッ

 

「むにゃむにゃ……」

 

 寝てるーーー!? ヴィヴィオちゃんお腹が満腹になったから寝ちゃってるよ!? やっぱりこういったところが5歳児だね! ガーくんがしっかりヴィヴィオが落ちな

いように支えてるし。

 

「ところでひょっとこさん、それは私達も行けるんでしょうか?」

 

「勿論、というか既にエリオとキャロは強制参加になってるから。 スバルと嬢ちゃんもくるよな?」

 

「「勿論行きますよ! なのはさんの水着が見れるんですから!!」」

 

 あいかわらず自分の欲望に素直な二人である。

 

「ということは、これで六課のほうは大丈夫……と。 あとはスカさんとおっさんだな」

 

 おっさんが来れるかどうか微妙な所だよな。 真面目だから『俺が休んでる間にミッドでなにかあるかもしれない。 悪いが、それを考えるといけそうにない』 みたいなこと言う可能性が無きにしも非ずなわけで。

 

 腕を組んで考えていると、ファックスからなにかの資料を受け取ったロヴィータちゃんが俺に聞いてきた。

 

「そういえばひょっとこ。 お前って、あの人のことをおっさんおっさん言うけどさ、あの人の本名はなんなんだ?」

 

「あ、それわたしも聞きたかった。 俊くんが言わないから、一向に本名がわからないんだよね」

 

 ロヴィータの問いになのはが同意する形で割り込む。

 

「いや……べつにしらないけど? 初めて会ったときからおっさんと呼んでるし」

 

『相変わらず非常識な奴だな』

 

「いやいや、俺とおっさんはこんな関係でいいんだよ。 なんせあっちも俺の本名を呼んだことなんて一度もないんだし」

 

「言われてみればそうかも。 男の友情みたいな感じ?」

 

「いやいや、どっちかというと犬猿の仲だろ。 俺が何度おっさんにボコられて、俺が何度おっさんにやり返したか」

 

 目を閉じれば思い出す。 エアガンで発砲したり、ナイフ投げの的にしたり、こっそりロリのエロ本を制服の中に入れ地位を貶めたり。

 

 色々やったな~。

 

「それでもひょっとこさんと、あの人の関係が続いてるってのが凄いですよね」

 

「それはスバルン、アレだよ。 俺とおっさんはトムとジェリーのようなもんなのさ」

 

 なんだかんだで縁切れないしな。

 

「……ホモ?」

 

「何故そうなる!?」

「俊くん、そんなの絶対ダメだからね! 小さい女の子も男の人も選択肢にいれちゃダメだから!」

 

「いれたら本気で軽蔑するよ?」

 

「いやいやいや少しは自分たちの幼馴染を信用しようぜ!?」

 

「まぁ……信用した結果、いまのなのはとフェイトがいるんだけどな」

 

「ヴィータ、それは言っちゃあかんよ」

 

 俺は絶対信じない。 もし信用してくれるのであれば、俺の寝室となのはとフェイトの寝室が一緒じゃないとおかしいもん。 これは明らかに信用してない証拠だよ。

 

「っと、ちょいとトイレいってくる」

 

 急に尿意がきたので、皆をどかしてトイレへとダッシュする。

 

 

           ☆

 

 

「まったく……小さい女の子のエッチな本は全部処分決定だね」

 

「うん、そうだね。 ただでさえ人として終わってる俊がこれ以上堕ちていくのは幼馴染としてほっとくわけにもいかないしね」

 

「ひょっとこさんのエロ本って定期的にお二人が捨ててるんですか?」

 

 ひょっとこを見送ったあと、なのはとフェイトがしきりに頷きながらひょっとこの宝物を処分することに決定していると、横からスバルがそう聞いてきた。

 

「そうだね、わたし達がチェックして捨ててるね。 そのたびに俊くんは抗議するけど」

 

「まあ、魔法で拘束するしね」

 

『四人の力関係が一発でわかるな』

 

 その場にいた全員が頷きながら、軽くひょっとこに同情する。 きっとひょっとこは家族の中では力が一番弱いのだろう。

 

「それにしても水着か~。 いまから新しい水着買いに行く?」

 

「う~ん、そうだね。 そうしよっか。 皆もどう?」

 

 問うフェイトに、六課の面々は一つ返事でOKしていく。 そして身支度を済ませたら、ひょっとこの帰りを待つことなく仕事場から出て行った。 自由奔放にもほどがある職場である。

 

 六課の面々が出て行ってから2分後、ひょっとこが戻ってきたときにはヴィータだけが自分のデスクの上で作業していた。

 

「あれ? 他のハーレム要因は?」

 

「お前をおいて水着買いにいったぞ。 というか、ハーレムも何もお前にデレてる奴なんかいたか?」

「……ヴィヴィオ?」

 

「それはお前の幻想だ」

 

「その幻想をぶち壊す」

 

 そういいながら、ひょっとこはヴィータの隣に腰掛ける。 若干ながらヴィータがひょっとことの間合いを取る。

 

「……あの……なんで避けた?」

 

「ロリコン野郎に犯されるかもしれないしな」

 

「残念ながら、お前の腔じゃ俺の肉棒は入らないだろ。 騎乗位なら入るかもしれないけどさ」

 

「そもそもお前とヤりたくないけどな。 性病になりそう」

 

「プログラムも性病になるのか?」

 

「さあ?」

 

 ヴィータはひょっとこの方など見ずに、淡々とした口調で会話を進めていく。

 

「あんま根詰めすぎるなよ、ほい」

 

「ん、お前にしては気がきくじゃねえか」

 

「どうせ、あいつらは水着買いに行くと思ってたからな。 あいつらの行動なんて手にとるようにわかる。 そしていつ生理がくるのかも手に取るようにわかる」

 

 ひょっとこから渡された缶ジュースを飲みながら、ヴィータがすまし顔で答える。

 

「そんなことだから、いつまで経っても付き合えないんだよ」

 

「そもそも脈あるのかな?」

 

「さぁ?」

 

「適当なことばっか言いやがって」

 

「人生を適当に生きてるお前に言われたくねえよ」

 

「適当じゃねえよ、人生の渡り方を心得ているだけさ」

 

 ヴィータから渡された缶ジュースを飲みながら、おどけたように答えるひょっとこ。

 

「それにしても、何してんだ?」

 

 ヴィータが先程からしている作業が気になったのか、ひょっとこが覗き込む形で見てくる。 そこには、新人一人一人の行動パターンをデータにとり、いまの新人の力

がどれほどなのか? といったグラフが書いてあった。

 

「本部の友達に連絡入れてな、新人たちのデータをグラフにしてもらったんだよ。 そしてあとは私が新人一人一人の直すべき所と、伸ばすべき所、褒める所を書いて新人たちに渡していく。 なのはは日記という形で新人たちとコミュニケーションを取ってるし、私は私のやり方で新人たちを教育しようと思ってな」

 

「ふ~ん、いつからはじめてんの?」

 

「4月から」

 

「六課が出来たあたりからか。 頑張るな、お前」

 

 ひょっとこは紙を一枚拝借し、眺めてみる。 そこにはティアのデータが載っていた。 律儀に、先月より成長したと思われるところには赤線が引いてあり、可愛らしい文字で『good』と書いてある。

 

「ティアナはもともと、スバルのような馬力もないし、キャロのような使役もできない、エリオのように将来有望かどうかもわからない。 だから、もしかしたら自分の成長が判らなくて無理な訓練をやってしまうかもしれない。 そしたらなのはをはじめ、皆が悲しむだろ? あたしはそういうの嫌なんだ」

 

「確かに、嬢ちゃんはティーダの葬式のときになのはと会わなかったら、対立してかもしれないな。 天才には凡人のことなんかわからない。 天才の奴が凡人の奴に何

をいっても嫌味に聞こえてしまうし、凡人が天才に言ったところで、それは負け犬の遠吠えになってしまう。 天才は天才同士でつるむしかなく、凡人は凡人同士でつるむしかない」

 

「それでも、全てがそういうわけじゃない。 六課をみればわかるだろ?」

 

「まあな。 それにしても、教導担当のなのはがやらないで、なんでお前がやってんだろうな」

 

「あたしも教導担当だよ。 それに、なのははあのままでいいんじゃないか。 あれはあれで新人たちのことをよく考えてるよ。 日記にしたって、自分のわかる範囲で答えるし、他の隊長陣にも意見を求めたりしている。 まあ、うまく回っているのさ」

 

 それに、とヴィータは続ける。 ちょっとだけ顔をほころばせながら、笑顔で続ける。

 

「嬉しいんだ。 プログラムのあたしは成長しないけど、新人達は一日一日、日々成長している。 それを見るのが楽しくて、そんなあいつらの頑張りをみるのが嬉しいんだ。 まぁ……あまり訓練しないことは問題だけど。 自主練もあまりしてないみたいだし」

 

「それは問題だな。 まあ、六課はそれでいいと思うけどさ」

 

 なんせ管理局の萌え担当なんだから。 そう言うひょっとこに、ヴィータはクスリと笑う。

 

「かもしれないな。 それでいいのかも」

 

 ひょっとこから受け取った缶ジュースを一気に呷り、ゴミ箱へと持っていく。 そんなヴィータの背中にひょっとこから声がかかった。

 

「確かに、お前ら守護騎士は身体的な成長なんてしないかもしれないけど、魔力的に成長なんてしないかもしれないけど、べつにいいんじゃないかな?」

 

「知ってるさ。 べつにプログラムを否定しようなんて思ってないし」

 

 首を振るヴィータに、

 

「あ、あれ? 俺の言葉が悪かったかな?」

 

 と、ひょっとこは首をひねる。

 

「いったい、お前は何を言いたいんだ?」

 

 席に戻りながら、問うヴィータにひょっとこは、

 

「だからさ、移りゆく世界で、変わらずそのままの形であり続けるものがあってもいいんじゃないかな? 例えば、ヴィータとかさ」

 

 世界は日々、成長し、進化し、衰退し、滅びていく。

 

 そんな世界で、いつまでも変わらずにそのままの姿であり続ける存在があってもいいのではないか? そう言外に含ませながら、

 

「いつまでも、そのままの姿でいてくれよ、ヴィータ。 ヴィヴィオもキャロもじきに大人になってロリ枠はお前しかいなくなるんだから」

 

 と、ニヤニヤと笑いながらいった。

 

 そんなひょっとこの言葉に、ハッと笑い

 

「なにくさいセリフで気取ってんだ。 まぁ、お前が年老いたら肩たたきくらいはしてやるさ」

 と、じつに愉快に面白そうな表情で言った。

 

 そうして席に戻り、自分の作業をはじめるヴィータ。

 

 その横で肩肘つきながら、見ているひょっとこ。

 

 なのは達が帰ってくるまでの間、二人だけの時間はゆっくりとまったりと過ぎていった。

 




欲望のサブタイトル


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60.おっさん久しぶり

「勘弁してくれよ、おっさん。 俺これからスカさんの家に行かないといけないんだってば」

 

「いいから席に座って反省文書け。 あのバイク壊すぞ」

 

「はいはい、わかりましたよーっと。 べつにいいじゃないか、たかだかバイクが背中に当たったくらいで大騒ぎしやがって」

 

「お前あのとき、『死ねおっさん!』と叫びながら俺を轢いたよな?」

 

「無傷で済んだからいいじゃん」

 

「お前いつか本気で殺すからな」

 

 六課に訪れ帰省の件を話した翌日、俺はスカさんの家に話も兼ねて遊びにいこうとしたところでおっさんに捕まってしまった。 こいつはどれだけ俺のことが好きなんだ。

 

「とりあえずバイクはかえってくんの?」

 

「お前が反省文書いたらな。 しかしいいバイク乗ってるじゃねえか」

 

「だろ? 高校時代に頑張ってバイトしてさ、その金で買った」

 

「お前高校時代まではまとな生活送ってたのか」

 

「まあそれなりに。 でもバイト代の3割はお世話になってる家に返してたよ」

 

 そうはいっても、あの二人は笑顔で断っていたけどさ。 だからこっそり恭也さんとか美由紀さんに渡して、そこからあの二人に渡るように計画したこともあったかな。

 

「しかしそれも過去のものであり、いま現在の彼は人生が詰んでいる哀れな男、っということか」

 

「しばくぞてめえ。 俺には天使の幼馴染たちがいるから大丈夫なんだよ。 そこで性奴隷として生きていくことに決めてるから。 永久就職が見つかってるから」

 

「お前そのうちどちらか一方から刺されるかもしれんな。 それか別の女から刺されたり」

 

「現実のヤンデレは結構リスク高いからな。 まあ、二人に限ってそんなことはないだろ。 ほい」

 

「ん。 ……お前、小学生じゃないんだから。 書き直せ」

 

 おっさんがひょっとこに紙を返す。 そこに書かれていることは大きな文字で

 

『先生、ごめんなさい』

 

「あー……たしかにこれじゃダメだよな。 うん、書き直す」

 

「わかればいいんだ。 まったく、お前の頭は3歳児か」

 

 溜息を吐くおっさん。 そこにひょっとこが紙を差し出してくる。 それを受けとり目を通すと──

 

『悪かったなおっさん、許せ』

 

「許すかボケ!!」

 

「きゃああああああああ! 密室をいいことにこの局員が私をレイプしようとしたわーー! 市民の皆さん助けてくださーーーい!!」

 

「あ、ちょっ!? いまどきそんな嘘に引っかかるやつなんてな──」

 

『だ、大丈夫ですか!? いま局員を呼んだので安心してください!』

 

『おまわりさーーん! こっちでーーーす!』

 

「なん……だと……!?」

 

 今日もミッドは平和である。

 

 

           ☆

 

 

「ということがさきほど起こってさ、おっさんが必死に弁明してる姿はかなり面白かったよ」

 

「ひょっとこくんの心臓は毛でも生えているのかね」

 

「俺とおっさんの信頼関係だな」

 

「あっさり崩れそうな信頼関係だよ」

 

 おっさんから逃れ、ついにスカさんの家にやってきた。 テーブルの上にはリンゴジュースとカルピス、それについ先ほど開けたばかりのポテチがある。

 

「ところでさ、スカさん。 来週から一週間俺たちが地球にいたころの家に戻るんだけど、一緒にこない?」

「ほぅ……それは興味深い。 ひょっとこくん、それはアレかね? 現地でパンツが落ちていたら拾っても大丈夫ということかね?」

 

「どこをどう深読みしたらその答えにたどり着けるんだ。 まあ……落ちてたら拾ってもいいんじゃない?」

 

「ふっ、ついに私が開発したこの『パンツ落としますよ!』が役に立つときがきたようだ!!」

 

 そういいながらテーブルに足を乗せ、声高らかに叫ぶスカさん。 いったいこの人はどれだけパンツが欲しいのだろうか。

 

 そんなことを思っていると、ウーノさんがスタスタと歩いてきて──済ました顔でスカさんの脇腹を拳がめり込むほどの強さで殴っていった。

 

 あまりにも鮮やかかつ流麗な動作だったので一瞬の反応することができなかった。 なんということだ、俺の身近にこんな凄い人がいたなんて。

 

「おぅ……!? ぐ、ごびゃうごふょつかっちょ……!」

 

 ビクンっ! ビクンっ! と痙攣しながらなんか変な汁を口から出すスカさん。 完全にエイリアンです、ありがとうございます。

 

「スカさん口から卵出せそうな勢いだよ」

 

「口から卵出すくらいなら……下半身から白濁液出したほうが幾分かましだよ」

 

 そりゃマシに決まってるだろ。 もとより人間は口から卵出せないよ。

 

「しかしながら……六課の面々も来ることになるのか……。 ふむ、そろそろ潮時かもしれないな」

 

「ん? どういうこと?」

 

「いやいや、こちらの話だよ。 ──なぁ、ひょっとこくん」

 

 スカさんは俺に笑いかけたあと、急に真面目な声色で話しかける。

 

「キミは……友達が犯罪者ならどうするかね?」

 

「あ? なんか随分前にもそんな話をした記憶があるぞ」

 

「まぁ、それでも一応聞いておこうと思ってね。 友達が犯罪者で、どうしようもない過ちを犯していて、それでもキミはその人物を友達と呼んでくれるのだろうか?」

 

 スカさんの声はいつものアホみたいな声じゃなく、おどけた調子でもなく、ただただ真剣に、俺のちゃんとした答えを聞きたそうにしていた。

 

「……そーだなー……。 よくわからん。 そもそも友達の定義からして結構あいまいなんだよな。 だから──そいつに決めてもらうかな」

 

 だから俺は、あえて誤魔化すことにした。

 

 

           ☆

 

 

 俺がお邪魔してから1時間が経ったころ、部屋にどやどやと女の子たちが侵入してきた。

 

 そのうちの一人が、スカさんに手を振りながら箱に入っているなにかを掲げる。

 

「ドクター! これで全部のレリックを集め終わりましたよー!」

 

「おぉ、すまないね、クイントくん。 わざわざ手伝わせてしまって」

 

「いえいえ、なかなか観光も楽しいものでしたよ」

 

 そうしている間にも、スカさんの周りにはプラグスーツみたいなボディを溢れんばかりに誇張しているムッチリピッチリスーツを着込んだ女の子たちが囲んでいた。

 

「もしもし、おっさん? ちょっといますぐスカさんの家にきて。 ちょっと目の前の男をぶっ殺してほしいんだけど」

 

「まつんだひょっとこくん!? 目が本気なんだけど!? なんかここまで歯ぎしりが聞こえてくるんだけど!?」

 

「ひょっとこ、あれか? 淫行の容疑で逮捕すればいいのか?」

 

「うん、よろしく」

 

「ぎゃああああああああああ!? いつの間にか後ろにいるうぅううぅぅううう!?」

 

 おっさんがスカさんの頸動脈を押さえながら俺に聞いてくる。 電話してから数秒で来るとは、こいつ絶対裏設定とかありそうだな。

 

「んあ? これレリックじゃねえか。 管理局も探しているロストロギアだぞ」

 

「あ、管理局仕事してたんだ」

 

「ちゃんとしてるところはしてるんだよ。 しかし……何故これを持っている?」

 

 おっさんがスカさんからレリックなるものを取り上げて、回転させながら問う。

 

 スカさんはその問いに答えない。 黙ったままである。

 

「……黙秘か。 それじゃ、あとの話は管理局で聞くことにするか」

 

「お、おいおいまてよおっさん。 いくらなんでもそれは少し早計すぎないか? ほら、スカさんだって何か考えがあるかもしれないわけだし……」

 

『そうだよ! ドクターをいじめるな!』

 

「いじめる? てめえら、このレリックがどれほど危ないものかわかってるのか? これがどれほどの災いをもたらすのか知ってていってるのか? 俺はミッドの市民を守るのが役目なんだよ。 そしてここにはロストロギアがある。 しかも第一級指定ロストロギアだ。 なぁ、ひょっとこ、お前ならわかるんじゃねえのか? ゲームが得意で大好きなお前ならわかるんじゃねえのか? たった一回の馴れ合いで、たった一回の見逃しで、罪のない人の命が失われるかもしれない。 この俺に、そんなことをしろというのか?」

 

 おっさんはいままでにないほどの声色で、いままでにないほどの眼光で、いままでにないほどの圧力で、そういってきた。

 

 ……正直なところ、キレたなのはでもここまでは怖くないと思うぞ。

 

「一つだけいっておくぞ、ジェイル・スカリエッティ。 余計なことはするな。 ──じゃないと、俺はお前を敵に回さなきゃならねえ。 これは俺が預かっておくぞ」

 

 おっさんがレリックをお手玉のように投げながら出口へと向かう。

 

 お前……この空気どうするんだよ。

 

「まてよ、女子高生大好き変態局員」

 

「なんだ、ゴミ虫。 お前に構ってる暇はねえんだよ」

 

 おっさんは俺のほうを振り返りながら、若干キレ気味で話す。

 

 ……短気な野郎だな、まったく。

 

「まあまあ、そういうなよ。 ところでおっさん。 来週一週間空いてるか? 来週、俺たちが住んでいた所に帰省するんだけど、おっさんもどうよ?」

 

 いつもの調子で、テーブルに置いてあるポテチを食べながら聞くと、

 

「……あ~、来週か? なら、空いてるぞ」

 

 と、頭をガシガシと掻きながら答える。

 

「マジかよ?」

 

「……娘が──」

 

「いや、そこまででいいよ。 うん、来週は思いっきり遊ぼうな?」

 

「お前らが変なことしなければいいんだけどな。 まったく……ミッド市民が迷惑かけると俺が怒られるんだぜ」

 

 やれやれ……と肩をすくませながら、おっさんは部屋を出る。

 

 ……なんというか、お前のツンデレを理解できたの俺だけだと思うぞ、この皆の反応みる限り。

 

 振り向きながら、努めて明るく振る舞う。

 

「ま、まぁスカさん! あれだよ、ロストロギアをおっさんに預けることができたんだから、よしとしておこうぜ! 暴走しても困るしさ!」

 

「……ふむ、確かにそういった考え方もできるね。 いやはや、すまなかったねひょっとこくん。 私のせいで、嫌な役を押し付けてしまったね」

 

「嫌な役? なんのことを言ってるんだよ。 俺はただおっさんに自分の聞きたかったことを聞いただけだよ」

「ふっ、まぁそういうことにしとくよ」

 

 席に戻りながら、俺はスカさんと話し込む。 すると、そこに先ほクイントさんと呼ばれていた女性が男性を伴って入ってきた。

 

 てっきり、そのままスカさんと話すのかと思いきやまっすぐに俺の方に向かってくる。 いったいなんなんだ? そう思っていると、俺の前に立った二人のうちの一

人、男性が俺に握手を求めながらにこやかな笑顔で言ってきた。

 

「キミの噂はかねがね聞いているよ。 こんにちは、ゲンヤ・ナカジマという者だ」

 

「俺ピッチャーな!」

 

 …………スバルン関係かな?

 

 

           ☆

 

 

「少し大人気なくなかったか?」

 

「……ゼストか。 お守りならしっかりしてくれないと困るぞ。 これがどれほど危ないものか、お前も知ってるだろ」

 

「だからこそ、回収を急いだのだがな。 あと、その危ない代物であるレリックを鷲掴みしてる貴様はどうなんだ」

 

「回収するのは管理局の仕事だ。 みたところ、回収に行ってたやつらはガキ共ばかり。 ガキってのは、未来を担う大切な宝なんだよ。 こんなつまらねえ石ころごとき

で壊されていいものじゃねえんだよ」

 

 そういいながら、男はレリックを掴む拳に力を込めバラバラに壊す。

 

「相変わらず異常だな」

 

「安心しろ、俺以上の異常者が部屋にはいるから。 まったく……ミッドの市民はキチガイばっかりで困る」

 

「して、その貴様のいう“市民”はあの中に何人が含まれているのだろうか」

 

 そう聞くゼストに、男は呆れたような顔で言う。

 

「あの場にいる全員に決まってるだろ」

 



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61.パパ力はまだ高くない

「パパー、どうしたのー? げんきないよー?」

 

「へ? そうかな?」

 

「うん。 ぽんぽんいたいのー? だいじょうぶー?」

 

 スーパーから帰ってきて、すぐに夕食を作りいつも通りに家族四人で食べているとき、隣で食べていたヴィヴィオが俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。

 

 ヴィヴィオは俺の腹をさすりながら心配そうに覗き込む。 ガーくんも俺のほうをみて心配していた。

 

「こーら、ヴィヴィオ。 ダメでしょ? ご飯食べてるときに席を立ったら」

 

「ヴィヴィオはパパのおひざにすわっただけだよ? いどうしただけだもん」

 

「それでもです。 俊くんの膝から離れなさい」

 

「えー! いやー!」

 

「あ、こら! 抱きつかない!」

 

 ヴィヴィオとなのはが言い合った結果、ヴィヴィオが俺のほうに抱きついてくる。 うれしいけど……ヴィヴィオちゃん、パパの首が絞まってる。 綺麗にパパの首を絞めている。

 

 バンバンバン

 

「ヴィ、ヴィヴィオ!? 手を離して!? 俊の口からお米が垂れてる!」

 

 フェイトの慌てた言葉ですんなりと手を離してくれるヴィヴィオ。

 

「パパー、だいじょうぶー?」

 

「うん、大丈夫だよ。 ちょっと首に痕がついたようなきもするけど……。 ありがとな、ヴィヴィオ。 なのはもヴィヴィオを怒らないでくれよ、俺がボーっとしてたのが悪いんだしさ」

 

「うっ……娘ってずるい……。 わたしも小っちゃくなれば……」

 

「な、なのは? だ、大丈夫? そんな非科学的なこと考えちゃダメだって」

 

「わ、わかってるよそれくらい。 でも……ヴィヴィオにとっても甘いし……」

 

 うっ……!? で、でもでもヴィヴィオはまだ5歳だし、まだまだ甘やかしたほうがいいような気もするし、ヴィヴィオの笑顔可愛いし、ヴィヴィオ可愛いし、ヴィヴィオ可愛いし、ヴィヴィオ可愛いし、ヴィヴィオ可愛いし、ヴィヴィオ可愛いし、ヴィヴィオ可愛いし。 ……あれ? さっきからヴィヴィオ可愛いしか考えてなくね?

 

「なんというヴィヴィオの魔力……!?」

 

「まあ、俊は頭おかしいのがデフォだし気にしないけど」

 

 フェイトちゃん、俺も心配してくれよ。

 

「でも、確かに俊くんおかしいよ? いや、頭おかしいのは何年も前から知ってるけど、きょうはご飯も食べてないし、わたし達に悪戯もしないし」

 

「うん、確かにおかしいかも。 いや、頭おかしいのは何年も前からだけど。 なにかあったの?」

 

「いや~……とくになにかあったというわけじゃないんだけどさ。 なんというか──人妻っていうか、母親ってすごいな~と思ってさ」

 

 そういった瞬間、なのはとフェイトの顔が引き攣った。 そして下を向いたまま黙る。

 

 

 どうしたんだ? そう思いながら二人に声をかけようとした矢先、ガタリと音をたてて二人が自分たちの料理をもって俺の隣に座ってきた。 いつも一人ぼっちか、ヴィヴィオが隣にいる状況がデフォルトだったので、この二人の行動は進展したとみても過言ではないはず……!

 

「「…………」」

 

 過言というより遺言を書いたほうがいいかもしれない。

 

 黙ったまま箸を進める二人を横目で見ていると、そんなことを思ってしまった。

 

「あー、ママたちせきたっちゃダ──」

 

「よすんだヴィヴィオ。 いいかヴィヴィオ。 世の中には、逆らっちゃいけない存在がいるんだよ。 触れちゃいけない存在がいるんだ」

 

 いまなのはとフェイトとかかわったら確実に骨が3本はもって逝かれる。 なんか経験からしてわかる。 何年俺が幼馴染として隣でストーカーしてると思ってるんだ。

 

 だからこそ、俺はヴィヴィオの口を塞ぎながらごく自然な動作で席を立つことにした。

 

「さ~って、風呂にでも入ろうかなー!」

 

 いつの間にかバインドで足を固定されていた。

 

「あ、あれ?」

 

「俊くん、ご飯が残ってるよ。 残しちゃダメだよ」

 

「そうだよ俊。 席に座って食べる」

 

「……はい」

 

 なのはとフェイトが自分の分の料理を食べながらも、俺に席に着くように促す。 それに俺が逆らえるはずもなく、ゆっくりと座り、箸を持ち直す。 ……完全に食欲

がなくなってしまった。 ……どうしよう……。

 

 しかしそうはいっても、ここで俺が食べないことにはヴィヴィオに示しがつかない上に、食材に申し訳ないのでゆっくりとスローペースで食べていくことに。

 

「ところで俊くん」

 

「ん? どしたのなのは」

 

「年上と年下と同年齢なら、俊くんはどれを選ぶ?」

 

「……えーっと、それ……なんの意味があるの?」

 

「いや、とくに理由はないけど。 一応、ハッキリさせておこうと思って」

 

 目を合わせないまま、告げるなのは。

 

 意図はまったくもってよくわからないけど、とりあえず考えてみる。

 

 年上というと、桃子さんやリンディさん、あとクイントさんも入るよな。 まぁ、年上は甘えることができるし、正直ちょっといいな~、とは思ってしまう。 ……いや、そもそも桃子さんやリンディさんだと年が離れすぎている気がするな。 まぁいいや。 美人だし、20代でも通用するし。

 

 年下は、嬢ちゃんやスバルくらいでいいんだよな? ヴィヴィオやキャロだと年下すぎる気がするし。 う~む……正直、年下と考えたときの対象がバカすぎて何の感想もでてこない。 いや、年下も可愛いけどさ、あいつら常時発情してるようなもんじゃん? なのはやフェイトが発情して、一日中ヤるみたいな展開ならいいけどさ、あいつらとじゃなんか雰囲気を出せる自信がない。

 

『俊さん! そこからここにインサートです! ほら、カモン!!』

 

 ……最悪勃起不全になりそうだ。 泣きながら腰を振ることになりそうだ。 もしくは挿入した瞬間、エナジードレインとかされそう。

 

 最悪の場合、俺のことをなのはだと脳内で設定しそうで怖い。

 

 というかもとより──

 

「同年齢一択なんだけど」

 

 もっというならば、なのはとフェイトなんだけど。

 

「そう。 ……よかった」

 

「うん、なんだか安心したね」

 

 俺の答えを聞いて、なのはとフェイトがほっと一安心したように二人で笑い合う。 これはアレか? 大好きな幼馴染を取られまいとしての行動ということか?

 

 まったく、二人とも可愛らしくていじらしいなぁ。 どうせアレだろ? いつもツッケンドンな態度だからいざというときに恥ずかしくて、チラチラと俺のほうに視線を向けちゃうってやつか。 そうなのか。 やれやれ、残念だか俺は鈍感男なんてもんじゃないからな。

 

 もう二人の気持ちに気付いちゃったよ。

 

 笑い合っていたなのはとフェイトが俺に笑顔を向けてくる。

 

 まったく、ごめんな二人とも。 二人の気持ち、ちゃんとわかってるよ。

 

「それじゃ俊くん。 年上ものと年下もののエッチな本は全部処分しておくね!」

 

 まさかチラチラと向けていた視線が俺の後方にあるエロ本だったとは……。

 

 二人の気持ちに気付いたところで、どうすることもできない俺だった。

 

 

           ☆

 

 

「さらば参考書。 俺はなのはとフェイトがいればオカズに困ることはないんだ。 わかってくれ。 あ、でもやっぱり買おう。 二次元には二次元の素晴らしさがあるしな」

 

 なんとか夕食を食べきり、沸かしていた風呂にはいる。 ちなみに将来的に嫁になる二人は、現在庭で嬉々として俺のエロ本──もとい参考書を燃やしている最中である。 まさか本当に、幼馴染系や同級生系を残して年上と年下の参考書が処分されるとは……。 どうやら、俺は二人の行動力を見縊っていたらしい。

 

「それにしても……戦闘機人かー。 なーんでナカジマ夫妻は俺にあんな話をしたんだか。 それもスカさん達には内緒で」

 

『上矢俊君、キミの噂は八神二佐から耳にタコができるくらい聞いているよ。 いつもいつも嬉しそうにしゃべるからね。 八神二佐の話の内容の7割はキミのことだよ』

 

 俺を強引に連れ出し、スカさんハーレムから遠ざけたあとに最初に放った言葉だ。

 

 それにしても、はやては俺をどれだけバカにすればいいんだ。 アレだろ、俺の噂の元凶は絶対お前だと思ってる。 噂を流すなら、もっとちゃんとした噂を流してくれよ。 イケメンで優しい男とか、そんな感じの噂を流してくれたらいいのに。

 

「結構フレンドリーに話されたから、俺もついついフレンドリーに接していたところにあの話だよ」

 

『ところで上矢君。 戦闘機人というものを知っているかい?』

 

「あのスカさんハーレムの奴らが全員戦闘機人とかいう存在だって? まあ、たしかにいまにもエヴァに乗り込みそうなスーツ着てたけどさ。 だからって戦闘機人っ

て、戦闘機人って──なぁ?」

 

 誰にともなく呟く。

 

 人の体に機械ブチ込むなんてさ。 ようするにあれだろ? 機械で腹からガトリングとか出しちゃう改造ネコの人間verってことだろ。 スカさん暇人だからってそんな

ことしちゃダメだろ。

 

「しかし問題は──なんでそんなことを俺に話したかなんだよな。 ナカジマ夫妻には悪いけど、お兄さん力とかないからなんにもできないっつうの」

 

 あまり管理局のことは詳しくないのでよくわからんが、もしかしたら戦闘機人ってだけで逮捕されんのかな? いや、でもそこまではないだろ。 ……うーん、でもやっぱり後ろ盾くらいは欲しいところだよな。

 

「ここは……はやてに相談してみるか」

 

 なんだかんだいって、こういうのははやてが一番頼りになるんだよな。

 

 きっと、いい案を出してくれるに違いない。

 

 ほんと……はやてには頭が上がらねえ。 俺が頭上がる人物のほうが少ないけど。

 

 とりあえずの指針は決まったし、そろそろのぼせそうなので風呂から上がろうと、出入口であるガラス扉に目を向けると、なにやら小さなシルエットがもぞもぞとしていた。 どうやら衣服を脱いでいるようだ。 隣には、鳥類特有の細い足に人間では考えられない口の形をしたシルエットをした物体もいた。

 

 というか、この家で小さいシルエットといったら、一人しかいないわけでありまして、いまこの場でその子が入ってくると今度こそリアルに遺言を書かないといけなくなっちゃうぞ。

 

「ヴィ、ヴィヴィオ……? お風呂はいるのか?」

 

『あっ……パパ……?』

 

「う、うん。 パパだけど、お風呂はいるならちょっとまってくれ。 パパ、いますぐ出るから──」

 

 待っててくれ。 そう言おうとしたところでガラガラと引き戸が開く音と、誰かが入ってくる音。 そしてぺたぺたとガーくんが入ってくる音が聞こえてきた。

 

「やっ……あの……ヴィヴィオ……?」

 

 突然の事態に頭が正常に働かない。 というか、ヴィヴィオが漏らしたときと同じくらいパニックになる。

 

 きっと皆はこう思うだろう。 『こいつ脆いな』と。 しかしながら言い訳をさせてくれ。

 

「えへへ……。 あのね……パパ。 ──おふろいっしょにはいろ……?」

 

 裸の娘を前にして冷静でいられるほど、俺はまだパパ力が高くないのだ。

 



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62.恋の病

 いまどこで何をしているかサッパリわからない父さん。 あなたは俺と一緒に風呂にはいるとき、よく『こうすれば絶対強くなるから!』 といって、年端もいかない俺を風呂で溺れさせようとしましたね。 そのたびに母さんに殺されかけているのをよく覚えています。 さて、そんな父さんに聞きたいことがあるのですが──娘と風呂にはいるときってどうすればいいの?

 

 現在の状況

 

 俺・・・かろうじてタオル一枚でマルフォイを隠している状態

 

 ヴィヴィオ・・・全裸

 

 ガーくん・・・タップダンス中

 

 おい、そこのアヒル。 ちょっと空気読め。 ぺちぺちうっせえぞ。

 

 少しだけ狼狽えながらも、ガーくんを無視して俺はヴィヴィオを見ることにした。 ぷっくりとした淡いピンク色の乳首に、いまだ毛が生えていない平地。 きっと初潮もきてないだろう。 その頬は、若干朱に染まっており、笑顔なのに、5歳なのに、なんだかもう少しだけ年をとった子どもと対面しているようである。

 

「と、とりあえずヴィヴィオ。 ほら、湯船に浸かりなさい。 そんな恰好でいたら寒いでしょ」

 

 極力ヴィヴィオの裸を見ないようにしながら抱く──するとヴィヴィオは俺の顔面付近にガバッと抱きついてきた。

 

「つ~かま~えた!」

 

 ヴィヴィオは体重も軽いので、体には負担がかからないが──抱きついた場所が悪かった。

 

 父親が息子を高い高いの要領で湯船に浸けるように、俺もヴィヴィオを持ち上げたときに抱きついてきたのだ。

 

「ヴィ、ヴィヴィオ……? おっぱいがパパの顔面に……」

 

「きゃー! パパのえっちぃー!」

 

 ヴィヴィオは笑いながら、キャッキャキャッキャとはしゃぐ。 ……なんというか、この反応をみていると、さっきまで変なことを考えていた俺がバカらしく思えてきた。 なに娘に動揺しているんだ。 バカか俺は。

 

 深呼吸を一つして、再度気持ちを締め上げる。 いまの俺はヴィヴィオのパパ。 そして娘と風呂場でやることといったら──体洗いっこだ!

 

「ヴィヴィオ、ヴィヴィオはいっつもママ達に体を洗ってもらってるのか?」

 

「うん! あ、でもねでもね! ガーくんはヴィヴィオがあらってあげるの! いっかい、フェイトママがガーくんをあらおうとしたんだけど……ガーくんヴィヴィオいが

いにされるのいやなんだって」

 

「ガークンアラッテイイノヴィヴィオダケ!」

 

「なんという騎士道っぷり……。 ちょっとすげえや」

 

 ブレないな、ガーくん。 お前にならヴィヴィオを任せることができるよ。 へんな虫がついたら人知れず殺してくれよ。

 

 俺のアイコンタクトが通じたのか、ガーくんがビシリと手を親指を立てるような動作をする。

 

「まあ、いいや。 それじゃ、きょうはパパがヴィヴィオを洗ってあげちゃうよー」

 

「え!? ほんと!?」

 

「うんうん。 それじゃ、髪から洗おうね~」

 

 ヴィヴィオを風呂イスに座らせ、俺は片膝をついてシャンプーを取る。 2・3ノズルを押した後シャンプーを手に馴染ませヴィヴィオの髪を洗っていく。 ゆっくりと頭皮をこするように、決して傷つけないように気を付けながらわしゃわしゃと洗っていく。

 

「きもちい?」

 

「うん! あわさんたくさん!」

 

「そうだねー、あわさんがいっぱいだねー。 ほーら、山ができたぞー!」

 

「しゃきーん!」

 

 両手ですくうようにヴィヴィオの髪を洗いながら、丁度中心にくるところの髪の周辺を束ね、竹とんぼを飛ばす要領でくるくるとこすっていく。 するとヴィヴィオの髪はタワーのようにビヨーンと伸びてちょんまげのようになる。

 

「それじゃ流すから目を瞑ってー」

 

「はーい!」

 

 ヴィヴィオが目をぎゅっと瞑ったのを確認して、お湯をすくいゆっくりとかけていく。 そのときに綺麗に泡が落ちるように、手も同時に動かして泡を刈り取る。

 

 シャンプーをしたあとはリンス。

 

「いつもリンスはする?」

 

「うん! ママたちがやってくれるのー!」

 

「そっか。 俺もママたちと入りたいものだ」

 

 まあ……できないわけだが。

 

 リンスを手に馴染ませ、とりあえずシャンプーと同じ要領でヴィヴィオの髪を梳いていく。 あまりリンスは使わないので、正直ちょっとわからんが……きっとおそらくこんな感じだろう。

 

「はーい、ヴィヴィオ。 目を瞑ってー」

 

 ヴィヴィオが目を瞑ったのを確認して流す。

 

 さて……次は体か。

 

 う~ん……体ねぇ。 どうしようか……やっぱり洗ったほうがいいよなぁ。 いまさら体だけ洗わないってのは色々と問題がありそうだし。

 

 そう思っていると、ヴィヴィオがこちらを振り返っていた。 手には体を洗うためのスポンジとタオルが。

 

「ああ、ごめんなヴィヴィオ。 いま体も洗ってあげるから──」

 

「ヴィヴィオがあらってあげるー!」

 

「……え?」

 

「いつもね、ママたちとあらいっこするの! だからパパもしよー?」

 

「いや……パパはもう体洗ったから大丈夫だよ。 それよりヴィヴィオの──」

 

「だーめー」

 

 ヴィヴィオからスポンジとタオルを取り返そうとしたが、ヴィヴィオは自分の体を割り込ませてスポンジとタオルを俺から遠ざける。

 

 う~ん……流石にヴィヴィオに体洗わせるのは色々とマズイ気がする。 なんというか……フラグな感じがしてならない。

 

 だからといってここで俺が無理やりにとったらヴィヴィオは泣いちゃうかもしれないし……。

 

「はぁ、それじゃ……前は色々と本気で危ないことになりそうだから、背中を洗ってくれないか?」

 

「はーい!」

 

 手をあげながらヴィヴィオは俺の後ろに回り込む。 前は俺の大事なポコチンが控えているし、できればヴィヴィオにはそういったものを早い段階で知ってもらいたくない。 俺もなのはもフェイトもヴィヴィオには健全に生きてほしいのだ。 既にアニメやゲームに浸ってるのでなかなか難しいかもしれないけど。

 

「それじゃいくよー?」

 

「はーい、よろしくー」

 

 背中に石鹸をつけたタオルの感触が伝わってくる。 こしこしととても弱い力でヴィヴィオが一生懸命俺の背中を洗ってくれる。 あぁ……なんかいいな、こういう娘

とのコミュニケーションは。

 

「パパー? きもちぃー?」

 

「ああ、とってもきもちいよ」

 

「えへへ……」

 

 俺の答えに満足したのか、ヴィヴィオは笑顔満開で俺の背中を洗っていく。 力はまったく弱くて、お世辞にもうまいとはいえないけども──なんだろう、ちょっと涙が出てくるほど嬉しい。 なんだかなぁ……俺って意外と涙脆いのかも。

 

 自然な動作で涙を拭う。 しかしタイミングが悪いのか、ヴィヴィオにその涙を見られていた。 ヴィヴィオちゃん、いちいち俺の顔色を見なくていいからね?

 

「パパー、だいじょうぶー?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「でも、ないてたよー? やっぱりぽんぽんいたい?」

 

 そういいながら、心配なのか俺の膝に座るヴィヴィオ。 ちょっとこの体制はヤバイ。 めちゃくちゃ洒落にならない。

 

 流石にヴィヴィオで勃起するほど俺も人間終わってはないけれど、なにかの拍子に息子を刺激されでもしたら──

 

 俺の脳裏に浮かぶ最悪のシナリオ。 エロ本ではたまにあるけど、現実ではありえない光景。

 

「い、いかんいかん!? ヴィヴィオ、流石にそれはダメだって!!」

 

「きゃっ!?」

 

 迷いも躊躇いもなくヴィヴィオを強引に引き離す。 しかしその拍子にヴィヴィオはタイルに倒れてしまった。

 

「す、すまんヴィヴィオ!? だ、大丈夫か!? うおっ!?」

 

 慌てた俺はタイルが湿っていることにも気づかずに足に力を入れたため──滑ってしまい、結果的にはヴィヴィオを押し倒すような恰好になってしまった。

 

 沈黙が訪れる。

 

「ヴィ、ヴィヴィオ……これはその……不可抗力というもので……」

 

 なにを娘相手に慌てているんだろう。 というか、そもそも俺がどけばいいのだが。 しかしながら、あまりにも風呂場に居すぎたためか若干頭がボーっとしてしまい、1テンポ動作が遅れてしまう。

 

 そんな俺の体を知ってか知らずかわからないが、ヴィヴィオは目をとろんをさせながら、その小さな手で俺の顔を触ってきた。 それはいつかフェイトと俺が危ないことになりそうなときにみた、フェイトの目と同じであった。

 

「パパ……」

 

「えーっとヴィヴィオ? ちょっとパパ頭がボーっとしてるから、できれば自分で抜け出してくれないか? あ、そのまま上に抜けてくれよ。 下は色々とマズイから」

 

「パパ……」

 

 話を聞いてくれ、我が娘よ。

 

 そろそろ腕の限界が訪れてきた。 腕がぷるぷるいっている。

 

 あー、このままヴィヴィオに倒れてヴィヴィオが怪我してそれによって俺が二人に怒られて殺されるのかー。

 

 そんなことを考えてしまう。 まったくもってついてない……明日から帰省だというのに。

 

 ガラッ

 

「……ん?」

 

「フェイトちゃんはヴィヴィオの回収を、あとガーくんも。 わたしは俊くんにお説教するから」

 

「わかった。 できるだけボコボコにお願い」

 

「任せて」

 

 目にも止まらぬ速さで、フェイトが俺の下にいるヴィヴィオを拾い上げ、俺の顔面に膝を華麗に入れてから外に出る。 そしてヴィヴィオの体を綺麗にふきあげ、どこかへと去って行った。 その後ろをガーくんがぺちぺちとついていく。

 

 後に残っているのは、俺となのはだけ。

 

 ……助かったような助かってないような……。 でも、俺は何も悪いことはしてないはずだし……叩かれるようなことはないはずだ!

 

「ありがとうなのは。 とりあえずのぼせそうなので、そこをどいてくれないか?」

 

 

           ☆

 

 

「ありがとうなのは。 とりあえずのぼせそうなので、そこをどいてくれないか?」

 

 こ、この男……! よくもいけしゃあしゃあと……!

 

 わたしの目の前には、タオルで大事な部分を隠した幼馴染がヘラっとした顔で立っていた。 心なしか、ちょっと安堵したような笑顔である。 大事な部分が隠れてて私も安堵してる。

 

 それにしてもこの男、わたしとフェイトちゃんが庭で本を燃やしている間にヴィヴィオとお風呂にはいるなんて……いったい何を考えているんだろう?

 

「あー、ちょっと話なら後で何回でも説明するから、まずは風呂から出してくれ」

 

 そういって俊くんが横を通り過ぎようとした。 俊くんが通り過ぎようとした瞬間、自分でも驚くほどの速さで俊くんの腕を掴んだ。 驚きこちらを見る、そんな俊くんを横目にわたしは強引に元の位置に戻らせた。

 

「あ、あのー……なのはさん? ちょっと本気で頭がぼーってしてるのですが」

 

「とりあえず……座ろうか?」

 

「えっと……なんで?」

 

 疑問の声を上げる俊くんの足を強引に払う。 それをひょいと片足を上げて回避する俊くん。

 

「「…………」」

 

 なんともいえない空気が辺りを支配する。

 

 ……ちょっとだけ恥ずかしい……。 いや、だって普通ならさ、これがアニメとかだったら転ぶはずだよね? なんで回避するのこの人。 本人だって、回避しちゃったから『うわぁ……どうしよう……』みたいな顔してこっちの様子窺ってるじゃん! だったら倒れてよ! もう!

 

 気を取り直してもう一回足払いをする。

 

 シュッ(なのはの足払い)

 

 ひょい(俊くんが避ける)

 

「「………………」」

 

 な……なんでこんなときだけ無駄な身体能力を使うの……!

 

 我慢できなくなったわたしは──踵落としを俊くんに喰らわせて強引に倒した。

 

 思いっきり頭をタイルに打った俊くん。

 

「いっつ……お前! いくらなんでもそれはやりすぎ──」

 

「しゅ、俊くんが悪いもん! なのはを無視してヴィヴィオとお風呂なんかはいって──きゃっ!?」

 

「え!? ちょっ!?」

 

 タイルがびしょびしょに濡れていたらしく、わたしは俊くんに詰め寄ろうした瞬間に足が滑り、ついいましがた俊くんが転んだところにわたしも転ぶこととなった。

 

「「……こ、これはその……」」

 

 意図せずして、先に倒れていた俊くんがわたしを抱くような姿勢になり、傍から見たらわたしが俊くんを襲っている構図と呼ばれても文句が言えない体勢になってしまう。

 

 丁度わたしの下腹部をもう少しだけ下ろせば俊くんの……その……だ、大事なところに……あたってしまう……ような体勢に。

 

 俊くんはのぼせているのか、顔をとても赤くして早口にまくしたてる。

 

「こ、これはその、アレだよ! な! は、早いとこ出ようぜ! 俺もうのぼせちゃって大変なことになりそうなんだ!」

 

 と、俊くんは言うだけ言って私をどかそうとしない。

 

 これは……ほんとうにのぼせちゃってるのかな……?

 

「そ、そうだね! こんなところを誰かに見られたら誤解されちゃうし……」

 

 ……べつに、誤解されてもいいのでは?

 

 そんな考えがふと頭によぎってしまった。

 

 俊くんは、いつも不敵そうでなんでもできそうに見えるけど、その実、わたしの知っている人の中で一番弱い人間だと思っている。

 

 だからこそ、俊くんはいつも消去法を使っているのだ。 対策を立てているのだ。 あのバカみたいな行動も、そんな消去法の一つだと思う。 あのはやてちゃんでさえ、俊くんの用意周到さと狡賢さなら敵わないみたいだし。

 

 だけれども、俊くんはこういった自分が予想していなかったトラブルというものに弱い、とてもつもなく弱い。 きっと、わたし達の誰かが人造人間で、人間と機械の半々の存在だと知ったら、俊くんは少なからず動揺すると思う。 わたし達には見えないところで、動揺するんだと思う。

 

「な……なのは?」

 

 ほら、いまも動揺している。 ちょっと心臓に手を当てれば、鼓動の音と速さがいつもの何倍も速いのがわかる。

 

 無意識に俊くんの髪を撫でてしまう。

 

 そして俊くんは臆病だ。 わたしは俊くん以上に臆病な存在を知らない。 俊くんが自分の考えれる限りの対策をするのもそれの証拠といっても過言ではない。

 

 そして、だからこそ──俊くんは一歩を踏み込んでくれない。 このへたれ!

 

 わたしは浮かせていた腰をゆっくりと下ろす。

 

「……んっ……あっ」

 

「お、おおおおちつけなのは!? お前までのぼせてどうするんだ!?」

 

「う、うん……なんだか、なのは……のぼせちゃったみたいなの」

 

 腰だけじゃなく、支えていた両手さえもゆっくりと折り曲げて、俊くんに全体重を預ける。

 

「だ、大丈夫!? いまフェイトが来てくれると思うから! それまで我慢しろよ!?」

 

 俊くんがわたしを両手でしっかりと抱きながら、わたしの意識を保とうと声をかけてくる。 ……頑張っておしつけてるのに、なんでこの人は気付かないの? いや、わたしの身を心配してるから嬉しいけど……。

 

「俊くん……ごめんね、なのはもう……頭がぼーっとしちゃって……」

 

「や、やばいのか!? もう意識がやばいのか!?」

 

 俊くんの頭も相当だよ……。

 

 そう心の中で思っていると、何か固いものがわたしの……大事なところに当たった。

 

 ふと彼の顔をみれば、ものすごく気まずそうな顔をしている。

 

「えっと……すまん、なのは……。 その、お前の顔をみてたらつい……」

 

 え!? や、やっぱりコレはアレなの!? お、男の人ってのぼせててもこうなるんだ……。

 

「う、うん……しょうがないよ」

 

 いざ本当に押し付けられると、その……体が固まってしまう。 やっぱり恥ずかしくって、顔がタコのように赤くなりそう。

 

 まずいと思ったのか、俊くんが体の位置を変えようとする。

 

「あっ、んっ……だ、だめ……いま変えちゃダメ……!」

 

「いや、でも……そうしないとなのはのアレと俺のとが──」

 

「だ、だから……俊くんが動くたびに……こ、こすれて……」

 

 い、いくら下着をはいているとはいえ……その……か、かんじないわけじゃないし……いま動かれると、本気で危ない……

 

「で、でも、我慢して動かないと──」

 

「な、なのはが動くから……! 俊くんはじっとしてて」

 

「お、おう……」

 

 そして固まる俊くん。 こ、これなら……だ、大丈夫なはず。

 

「そ、それじゃ……なのはが動くから、俊くんはじっとしててね……?」

 

 こくりと頷くのを確認して、わたしはできるだけゆっくりと俊くんから腰を浮かそうとする──が、あまり長くいすぎたためか、手の力がまったくはいらず、少しば

かり腰を浮かすことしかできなかった。

 

「あっ、だめっ、あ、あたってる……」

 

 少し程度の浮かしでは、どくことなどできず……あ、アレもあたったままである。

 

 このままではいたずらに体力を消耗するだけなので、先程の位置に戻ることに。

 

「んっ……!」

 

 戻した拍子に、俊くんの、だ、大事な部分と、わたしの、だ、大事な部分が上下しこすれ、その拍子に痺れたような感覚を下腹部が覚えた。 少しだけ、ビクッとなる。 体の奥からは熱い何かが駆け上ってきて──

 

 って、う、うそっ……!? そ、そんなわけないよね……?

 

 しかしいまは確認を取ることができないうえに、本格的に頭がまわらなくなってきた。

 

 そして先程と同じ体勢に戻る。

 

「えへへ……わ、わたし……頭が回らなくなってきちゃった……」

 

「……俺もう、気分悪くなってきたんだけど……」

 

 ……女の子が抱きついている状況で、気分が悪くなるってどういうこと? そんなに叩かれたいの?

 

「ねぇ、俊くん? なのはのこと、好き……?」

 

「何度も言ってるじゃん。 あ、ちょっとまって、本格的にヤバイかも」

 

 俊くんは具合悪そうな顔をしている。

 

 けど、こっちだって本格的にヤバイ。 早く勝手に動くこの口を止めないと……!

 

「それじゃぁ……もういいよね……? ずっと待ってたんだし、そ、それに俊くんが悪いんだよ……? なのはをこんな気分にさせたのは俊くんのせいだもん……」

 

 もうやめて!? わたしの口さん勝手に動かないで!

 

 わたしの意識と制御の頑張りも虚しく、口はどんどん動く。

 

 ──でも、これでいいのかも。 だって、意外と俊くんって人気者だし、狙ってる人とかいそうだし、だったらわたしが──

 

「俊くんのデバイスを私の中でカートリッジロードさせて、スターライトブレイカーを撃ち込んで!!」

 

 もう死にたい

 

 

           ☆

 

 

「終わった……完全に終わった……。 もう管理局の仕事も辞めたくなってきた……」

 

 あのセリフの後、俊くんは『スバルや嬢ちゃんよりもやべえ』と言いながら腹筋が攣り、私は無我夢中で逃げてきた。

 

 どんな人生を歩めば、あんな告白の仕方が出てくるのか。 もうなんというか……翠屋継ごうかな……そうしたら、デバイスとかの単語なんて出てこなくなるだろうし。

 

「それに……、はぁ……」

 

 なんか……俊くんに負けた気がする。 下着もアレなことになってたし。 いや、完全にわたしの自爆だけどさ。

 

「はぁ~……もうお嫁にいけないよ」

 

「どっちかというと、あいつが婿になるんじゃねえのか?」

 

「……へ?」

 

 呟きに返す人物がいたので、慌てて顔を上げると自分のマンガを俊くんの部屋に置きに来たヴィータちゃんが、またあらたなマンガを抱えながらこっちをみていた。

 

「無職のあいつは婿になるしか道はねえだろうし。 まあ、誰がもらうのかは知らないけど」

 

「む、婿?」

 

「え? だってそうじゃねえの? 婿になって、翠屋だったか? そこで働くんじゃねえのか? あー、でもなのは達が此処にいる間はあいつはずっと此処にいるわけか。 面倒だな、どうにかしてあいつだけさっさと消えてくれればいいのに」

 

 む……婿……。 た、確かにその手があった、というかその手しかないよね。

 

 だって、俊くんはわたしがいないとダメダメさんだし、無職なんだから!

 

 「た、高町俊……ちょっといいかも」

 

 「? 病気にでもなったのか?」

 




なのはのレイジングハートを改造して、変身したらファイヤーバードフォームになるように細工したい



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63.帰省の朝

『悪い。 はやてが夜中までゲームしててまだ起きてないから、お前らとの集合時間には遅れると思う。 一応、新人たちはこっちに連れてきてるし、はやてが起き次第あたしらも海鳴に行くからそっちはそっちで行っててくれないか?』

 

「まあそれはいいけど、ほんと俺たちってチームワークないよな」

 

『否定はしない』

 

「新人たちもそっちにいるなら、もう皆バラバラのタイミングで帰ることになるか。 お前らは海鳴の八神家に行くの?」

 

『まぁ……そうなるかな』

 

「じゃないと流石に高町家もキツイからな~。 でもほとんど高町家にはいるんだろ?」

 

『そりゃそうだろうな。 お前が家を解放してくれるなら話は別だがな。 新人達も行きたいらしいぞ?』

 

「おいおい、勘弁してくれよ。 流石の優しくてカッコイイパーフェクトな上矢俊さんでも家の解放は無理だ。 新人達にも言っといてくれ。 あと、スカさん達とおっさんは夜にリンディさん達と一緒にくるってさ」

 

『あたしも家の解放が無理なことくらいはわかってるけどさ。 まぁわかった、それじゃ海鳴でな』

 

「おう、それじゃな」

 

 携帯の電話終了ボタンを押して、作業に戻る。 トントンとリズムよく小松菜を切っていると、後ろに誰かの気配を感じたので振り返る。

 

「……おはよう……」

 

「えっと……おはよう、なのは。 ……寝不足?」

 

「ちょっとだけね……。 俊くんは寝不足じゃないの?」

 

「いや……俺はそこまでじゃないけど」

 

 後ろにいた人物は、俺の幼馴染である高町なのはなんだが……どうにもちょっと寝不足気味らしく目の下に軽くクマがあった。

 

「……なんで寝不足じゃないの?」

 

「ごめん、意味がわからない」

 

 確かになのは大好きストーカーとしては常になのはと同じコンディションであることが望ましいのだが、まさか帰省の前日に眠れなくて寝不足になっているとは思わなかった。 お前は遠足を楽しみにしている小学生か。

 

「……不公平」

 

 なのははそれだけ言って冷蔵庫の中から牛乳を取り出してコップに注ぎぐいぐいと一気飲みしはじめた。

 

 ……これはまずい。 何故だかわからないが拗ねている。

 

「あっ、そうだなのは。 昨日さ、俺のぼせて風呂で大変なことになってたみたいだけど……ヴィヴィオには見られてないよな?」

 

「ゴフォっ!?」

 

「うわっ!? きたな!?」

 

 まさかこの年になって幼馴染から牛乳をかけられるとは思わなかった。 しかも顔面に。 疑似顔射体験だ。

 

「お前……よくもやりやがったな! 俺だってお前の顔面を白濁液で汚してやろうか!? ごっくんさせるぞ」

 

「……覚えてないんだ」

 

「へ?」

 

「だから、昨日のお風呂の出来事覚えてないの?」

 

 俺の冗談のような本気も無視してなのはが問い詰めてくる。 覚えてないのかって──

 

「いや、正直あまり。 お前に足払いをかけられて……滑って転んで……体が重なって……」

 

「なんか卑猥だからその表現はやめて」

 

「最後らへんは本気で気持ち悪くてさ。 なんか吐きそうだったのと、お前が変なことを口走って笑ったのは覚えてるんだが……う~ん」

 

 思い出せそうな気はするんだけどなぁ……。

 

 そうして首を左右に揺すっていると、なのははほっと一安心したように胸を撫で下ろしていた。

 

「あ、覚えてないならそれでいいの。 そっちのほうが都合がいいし」

 

「あっ、そうそう思い出した」

 

「え゛!?」

 

 なのはが固まるのをよそに昨日のことを思い出す。 断片的ではあるものの、多少ながら覚えていることを繋げて──

 

「えっと、スターライトブレイカーをカートリッジフルで撃ち込んだらどうなる? みたいなことだったよな。 あれ? 違ったかな? いや、でもスターライトブレイカーって単語は覚えてるんだよな……」

 

 たしかなのはもそういってたはずだし。

 

『これは、セーフととらえたほうがいいのかな……それともアウトととらえたほうが……。 もういっそのこと、スターライトブレイカーで脅したほうが』

 

「やめて、なにがアウトでセーフかよくわからないけど、スターライトブレイカーで脅すってのは完全にアウトだと思うから」

 

 この娘、怖い。

 

「まぁとにかくあまり覚えてない。 それとさ、八神家と新人たちは遅れて海鳴行くってさ。 なんでもはやてが夜中までゲームしててまだ起きてこないんだってさ」

 

「ふふっ、はやてちゃんらしいね」

 

「あいつらしいといえばそうなんだけどさ」

 

 なんだかなー、どうせだったら皆で翠屋に行きたかったかな。

 

「ところで俊くん。 朝食はなにかな?」

 

 なのはが俺の手元を覗き込みながら聞いてくるので、少し横に移動し答える。

 

「シンプルにお茶漬けと出し巻き卵と和え物にしようかな~と思ってる」

 

「ふむふむ……手伝おっか?」

 

「う~ん、それじゃネギを切ってくれる?」

 

「りょうかーい」

 

 包丁を取り出しまな板に置いてあるネギを切りだすなのは。 ……怪我しないよな?

 

「そんな心配そうに見なくっても大丈夫だってば。 どれだけ心配性なの?」

 

「好きな人を心配してなにが悪い。 恋する者の特権だろ」

 

「はいはい、それよりもフェイトちゃん起こしてきてよ。 ヴィヴィオと一緒に寝てるみたいだし」

 

「フェイトがこんな時間まで寝てるのか? なかなか珍しい。 まあそろそろ朝食もできるし、起こしてくるよ。 あ、ネギを切ったらもうなにもしなくていいから」

 

 それだけいってエプロンをはずしフェイトとヴィヴィオが寝ている部屋に向かった。

 

 早く戻らないと……なのはちゃん料理スキルないしな。

 

 

           ☆

 

 

 コンコンと部屋をノックするも、フェイトとヴィヴィオのぱつきんコンビは寝ているのかこちらに返事をよこしてはくれなかった。

 

「よし、二人とも寝てるな。 これで堂々と部屋に入る口実が出来たわけだ。 まあ、流石になにかあるなんてことはないと思うけどさ」

 

 失礼しまーす、そう小さく声を出しながら室内にはいる。 相変わらずなのはとフェイトの匂いがするいい部屋だ。 こうやって全裸になれば──二人が抱いてくれるような錯覚に陥ってしまう。

 

 服を脱ぎ、両手を左右に大きく広げ、ターンを決めながら二人の匂いで肺を満たす。 まるでなのはとフェイトにこの裸を見られてるような感覚と抱いてくれているような錯覚が俺の脳を揺さぶり、麻薬のように蕩け去る。 これが二人の魔力というわけか。

 

「あぁ……フェイトに見られてるようで興奮するぜ」

 

「……えっと……こっちはげんなりしてるんだけど」

 

 見られてた。 比喩でもなんでもなくガン見されていた。

 

 いそいそとパンツと羽織りものをはおりながらをフェイトに爽やかな挨拶をすることに。

 

「おはようフェイト。 今日も可愛いよ」

 

「おはよう俊。 今日も気持ち悪いよ」

 

 これが朝の挨拶だなんて認めない。 こんな鮮やかで爽やかな挨拶なんて認めない。

 

 フェイトと挨拶しているともぞもぞと布団が揺れ、ひょこりと寝ぼけ眼でぽけっとしているヴィヴィオと目があった。 フェイトは少し前から起きていた様子だけど、ヴィヴィオは完全にいま起きましたって感じだ。

 

「パパ~……?」

 

「ヴィヴィオー、おはよー」

 

 

「おあよー……」

 

 そういいながら抱きついてくるヴィヴィオを柔らかく受け止め抱っこする。 寝起きのヴィヴィオは甘えん坊である。 ……寝起きじゃなくても甘えん坊だけど。 そんなヴィヴィオにちょっと苦笑を漏らしてしまう。 いったい……いつまでこうやってヴィヴィオを抱っこすることができるかな? なーんて、ちょっと考えすぎだろうか。

 

「オハヨウ! オハヨウ!」

 

「ガーくんもおはよう。 調子はどうかな?」

 

「ゲンキ! ゲンキ!」

 

「きゃ!? ガーくん羽をバサバサしないで!? 羽毛が髪に……」

 

「……ゴメンナサイ……。 ガークンキヲツケル……」

 

「あ、ごめんねガーくん!? そんなに気にしてないから大丈夫だよ!」

 

 ばさばさと羽を動かしたことにより、フェイトの輝く髪にガーくんの羽毛がついてしまった。 それによってガーくんの声のトーンが下がり若干泣き目になる。 それ

に気づいたフェイトが必死にフォローするけど……ガーくんの調子はダダ下がりである。

 

「そんなに気にするなよ、ガーくん。 よくあることだ。 そう、俺の白濁液がフェイトの髪につくのと同じことさ」

 

「ごめん、その例えの意味がわからない。 一度もそんなことないよね」

 

「大丈夫だよ。 のんでもらうから!」

 

「前提がおかしいっていってるの!」

 

「でも……流石にアンモニア臭のする液をかけるのはちょっと……」

 

「まず液から離れようよ!?」

 

 流石に朝からヘビーな内容なようだ。 ちょっとフェイトが嫌そうな顔をしている。

 

「ごめんごめん、今度から聖水と呼ぶから許してくれ」

 

「問題解決にはなってないけどね……」

 

 しゃがみ込み、フェイトの髪についている羽毛を取りながら謝るもののフェイトにはお気に召さなかったらしい。 女心は難しいというものだ。

 

 向かい合う形で羽毛をとっていく。

 

「いつみても思うけど、フェイトの髪って綺麗だよな。 もふもふしたい」

 

「ちゃんとお手入れしてるからね。 もふもふはいつかさせてあげるよ。 なんだか取りにくそうだね、もう少しよろっか?」

 

 そう言って俺の返事を待たずに寄ってくれるフェイト。 この気遣いが嬉しいよな。

 

 しばし無言で髪を触り、髪を触られる時間が続いた。

 

 ヴィヴィオは既に俺に抱っこされながら寝始めて、ガーくんはガーくんで一人反省会をしている。

 

「んっ! うぅんっ!」

 

 そんな時間も第三者の声によって終わりを迎えることとなった。 声のした方──扉の前に目を向けると俺のエプロンを着ているなのはが包丁を持って立っていた。

 

「俊くん、ネギ切り終えたよ?」

 

「ありがとうなのは。 けど、できれば包丁は置いてきてくれたほうが嬉しかったかも。 心臓に悪いから。 いやマジで」

 

 下手したらレイハさん持ってるときより怖い。 だって包丁に非殺傷設定とかないもん。 完全に殺傷設定だもん。

 

「あ、ごめん。 素で忘れてた」

 

「転んだら洒落にならないからね。 ほんと気を付けた方がいいよ」

 

 なのはが包丁を適当な所に置きこちらに近づいてくる。

 

「あれ? ヴィヴィオ寝てる?」

 

「うん、二度寝しはじめた」

 

 ヴィヴィオの頭を撫でながらなのはに返すと、

 

「けどもう起こしたほうがよくない? 朝食もできるし。 ヴィヴィオー、起きないとダメだよー?」

 

 と、そう声をかけながらヴィヴィオを起こしにかかった。

 

「やー……」

 

 たった一言だけ返事して、俺の服を人質と言わんばかりに握りしめながら再度寝始めるヴィヴィオ。

 

「もー、帰省するんだから早く起きなきゃダメなの!」

 

「まぁまぁ、なのは。 どうせ皆遅れるんだし、もう少しゆっくりしててもいいじゃないか」

 

「そうだよ、なのは。 ヴィヴィオの寝顔かわいいよ?」

 

「もー、俊くんもフェイトちゃんも甘いよー。 たまには厳しくしないといけないのにー」

 

 俺とフェイトの言葉に頬を膨らせながら怒るなのは。 しかしそういいながら、顔は笑顔である。 わかるぞ、その笑顔の理由。 寝顔のヴィヴィオ可愛いもんな。

 

 しばしガーくんも交えてヴィヴィオの寝顔を皆で見るために時間を費やすことにした。

 

 どうやら海鳴に帰る時間帯は、皆と一緒になりそうだ。



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64.少しの休憩

『ジャンケン! ポン!』

 

「やったー、俊くんの一人負けー! グ・リ・コ」

 

「むむっ……俺がジャンケンで負けるとは。 しかも一発負け」

 

 青い快晴と、綺麗な空気、燦々と照りつける太陽の元、俺たち家族は朝食を無事に取り先程海鳴市にやってきた。 どうせ遅れたから、急いで行く必要もないかもな~、なんてことを話しながら歩いていると階段を見つけたので、現在はグリコの真っ最中である。 しかし俺は不調のためか二連続負け。 ゲーマーとして恥ずかしい限りである。

 

 さてさて、俺がチョキをだし他の三人はグーを出したので多少進んでしまったが、まだまだ挽回できるチャンスはある。

 

 ふっ──ここからがグリコの本番だぜ?

 

「「「グリコのおもちゃってなんであんなに購買意欲を駆り立てるのかな? 私はまだまだその境地にまで達してはいないが、いずれその謎を解くことができるかもしれない。 それまではキミにこの暗号を残しておこうと思う。 大丈夫──すぐに戻ってくるさ」」」

 

「これで登り終わっちゃったね」

 

「俊くんの負けー! それじゃ荷物お願いね!」

 

「パパー、ありがとー!」

 

 いつの間にか本番が終わっていた。

 

 いつからグリコはストーリー仕立てになったのだろうか。 そして何故三人とも声を合わせていまのセリフ言うことができるの? え? もしかして知らないの俺だけ?

 

「あの……流石にそれはノーカンでは……」

 

「えー? なにー? 聞こえないー!」

 

 なのはがわざとらしく耳をメガホンの形にして上から聞いてくる。 今日のなのはの服装は白のワンピース。 胸元に赤いリボンをつけていてこれがなんとも可愛らしい。

 

 フェイトの服装は赤のミニスカチェックにフリルがところどころついている白シャツ、それに黒いネクタイをつけている、このネクタイが適度な長さでなんともプリティ。 それとなぜかツインテールにしてる、ツインは大好きなので嬉しい。

 

 ヴィヴィオは俺が前作ったアリス風の服に身を包んでいる。 前と変わっている所といえば頭に麦わら帽子を被っているところだろうか。 夏は暑い上に熱中症になるかもしれないので、こういった予防はしてもし足りないくらいである。 ああそれと、肩からヴィヴィオようの可愛らしい水筒を持たせている。 ウサ耳の女の子がパンツを見られて怒っている絵柄が描かれている。 勿論描いたのは俺。 なのはとフェイトには気持ち悪がれたが、ヴィヴィオが喜んでくれているので問題ない。

 

 そしてヴィヴィオの隣にいるアヒルのガーくん。 今日も今日とてその純白の白い体をヴィヴィオを狙う不届き者の返り血で汚れないか心配である。 まあ、ガーくんにはそういった輩は半殺しにしていいと言っているわけなのだが。

 

 そして俺の服装は七分の黒ズボンにオレンジのシャツである。 何か羽織るものをと思ったわけだが、暑いので止めた。

 

 しかしながら、このなのはのしてやったりみたいな顔はなんか気に食わない。 こう……ムカツクな。

 

「……あっ」

 

 なのはとフェイトの方向をマジマジとみていると──軽い風が辺りを駆け巡り、それによって二人のスカートの中のパンツがみえてしまった。

 

 高町なのは&フェイト・T・ハラオウン、ともに縞パン。

 

 繰り返す

 

 高町なのは&フェイト・T・ハラオウン、ともに縞パン。

 

「なのはが縞パンは理解できるが、何故フェイトまぶっ!?」

 

「「へ、変態!!」」

 

 何故フェイトが縞パンなのかについて考察しようとしたところで、空中から──正確にいうならば二人の方向から荷物が飛んできて、それが俺の顔面に見事に直撃した。

 

「いや……これは完全に俺悪くないだろ。 あれか? 俺が風の聖痕もってるとでもいいたいのか? もし持ってたら俺の前方に常に強風波浪注意報に出るくらいの風を起こしてるに決まってんだろ。 恋の波をたてちゃうよ?」

 

「「エッチ! スケベ! バーカ!」」

 

 ぐぬぬ……! 否定できない……!

 

 流石魔導師、敵をよく知り尽くしているようだ。

 

 溜息を一つ空気に溶けさせながら、投げられた荷物バックを取る。 もともとヴィヴィオのバックは俺がもっているのだが、これで全員分の荷物を持つハメに。

 

「これもパパの仕事の一つなのかねぇ」

 

 それにしても二人とも、俺が縞パン大好きって知ってるのかな?

 

 

           ☆

 

 

 重い荷物を持ちながら、なんとか高町家にやってきた。 いやー、道中は二人とも口聞いてくれませんでしたよ。 まったく……ツンデレってのはこれだから困る。

 

「ヴィヴィオー、ここがママたちのお家だよー?」

 

「お~」

 

 ヴィヴィオが高町家を見ながらそんな声を上げる。 可愛いにもほどがある。

 

「まぁ、とりあえず入るか」

 

 俺の言葉に三人とも頷いたので、玄関に手をかけ開けようとする──ところで内側から誰かが玄関を開けてきた。

 

「やっときたか、俊。 おかえり、まってたぞ」

 

 玄関の内側から出てきたのは、なのはの兄にして俺の兄のような存在でもある高町恭也さん。 ありえないほど強い。 なんか主人公属性とかついてそうなほどの強さを有している。

 

「ははっ、ただいま帰りました。 すいません、ちょっと予定ずれちゃって」

 

「お前たちが無事に帰ってきてくれたのならばそれでいいさ。 それより疲れただろう、翠屋に行く前に休憩していかないか?」

 

「うーん……」

 

 チラリとヴィヴィオをみると視線が合った。

 

「ヴィヴィオ、疲れた?」

 

「だいじょうぶー!」

 

「俺が疲れたから休憩しよっか」

 

「俊くん、いまもしかしてヴィヴィオをダシに使った?」

 

 だって俺だけだと恥ずかしいじゃん。

 

「まったく……このアホ幼馴染は……。 ただいま、お兄ちゃん。 お母さんたちからヴィヴィオのことは聞いてる?」

 

「ああ、聞いてるよ」

 

 なのはからの問いに答えた恭也さんは、しゃがみ込みヴィヴィオの目線に合わせて頭に手を置きながら挨拶をした。

 

「こんにちは、よくきたね。 俺はなのはや俊のお兄ちゃんの恭也だよ。 ここはキミの家だと思って(くつろ)いでいってくれ」

 

「こんにちは、ヴィヴィオです!」

 

 そんな恭也さんの挨拶にヴィヴィオも笑顔で答える。

 

「えらいな、ちゃんと挨拶ができて。 これもなのはとフェイトちゃんの教育がいいからだろうか?」

 

「恭也さん、俺を抜かしてますよ」

 

「よかった……フェイトちゃん! わたし達、娘をちゃんと育てられてるみたいだよ!」

 

「うん! やったね、なのは!」

 

「なのは、フェイト。 俺を抜かしてますよ」

 

 二人で軽く泣きながら手を合わせてる光景は俺も嬉しいが、まさかここで戦力外通告を受けるとは思わなかった。

 

「ところで、このアヒルは?」

 

「あ、ガーくんといって、ヴィヴィオのペットです。 気を付けてください、ガーくん半端なく強いんで──」

 

 シュバッ

 

「……ほう。 いまの攻撃を避けるだけではなく、カウンターを決めにくるとは……」

 

「……イマノハ30%ダトイウコトヲ、ワスレルナ」

 

 何が起こったのか一瞬理解できなかったが、どうやら刹那の時間でガーくんと恭也さんはなにかアクションを起こしたらしい。 なんであんたらがハイレベルなバトルを繰り広げようとしてるんだ。

 

「ガーくん、めっ!」

 

「……ゴメンヴィヴィオ。 ガークンキヲツケル」

 

「えへへ、ガーくんいいこいいこ」

 

 ヴィヴィオに怒られて謝るガーくんの頭を撫でるヴィヴィオ。 まぁ、止めたヴィヴィオは偉いかな。

 

「ミッドにはこんな強敵が沢山いるのか……」

 

「誤解しないでお兄ちゃん。 ガーくんは別格なだけだから。 下手したら古龍にも勝てちゃうかもしれないくらい別格だから」

 

 ミッド生物の強さに恭也さんが考え込むが、横からなのはが困った顔をしながら訂正した。 うん、ガーくんなら古龍にも勝てそうだから困る。

 

「あの、お久しぶりです、恭也さん」

 

「ああ、フェイトちゃん。 いらっしゃい、フェイトちゃんも自分の家と思って寛いでくれ。 俊と一緒だと色々と疲れるだろ?」

 

「そんなことないですよ恭也さん。 いや、確かに夜の営み的な意味なら疲れますが、まあ僕も腰の振りすぎでちょっと腰痛なんですよね」

 

「現在進行形で疲れますね」

 

 どうもフェイトちゃんは乗ってこないようだ。 騎乗位より正常位がいいみたい。

 

「まあ、玄関で話すのもアレだから上がっていってくれ。 美由紀もすぐに帰ってくると思うから」

 

 恭也さん先頭で、久しぶりの高町家に入る。

 

 懐かしいなぁ

 

 

           ☆

 

 

「かわいいー! ヴィヴィオちゃんかわいいー!」

 

「うわっぷ! あふ!」

 

 案の定というかなんというか、買い物から帰ってきた美由紀さんはヴィヴィオの姿を見るや否や至る所を触りまくっている。

 

「あ、このアヒルもなのはたちの家族?」

 

「ええ、ヴィヴィオ専属の騎士みたいな感じです」

 

「へー」

 

 ヴィヴィオを膝に乗せながら、右手でガーくんを触る美由紀さん。

 

「お姉ちゃん!? ヴィヴィオがきつそうだからこっちに渡して!?」

 

 みるとヴィヴィオがあまりの手さばきに、

 

「あうあう~……」

 

 と、グロッキー状態になっていた。 落ち着けガーくん。 大丈夫だから口からなにかエネルギー波を飛ばそうとするな。 どうやらガーくん、ちょっと地球に興奮気味なのかな? 普段はおとなしいのに。 それともはしゃいでるだけか?

 

 なのはが強引にヴィヴィオを奪い取り、ヴィヴィオに声をかけながら抱っこする。 隣にいるフェイトも心配なのかヴィヴィオの顔を覗き込んでいる。

 

「それにしても俊くんが娘をね~。 やっぱり金髪だからフェイトちゃんとの子ども?」

 

 場の空気が固まった──気がした。

 

「いや、そういうわけではないんですけど……。 まぁ、色々とあるんです。 家族であることにはかわりありませんが」

 

 そういうと、美由紀さんはうんうんと頷いて、

 

「そうだよね、そう言っておかないと色々と大変だもんね。 なのはとの関係も壊れそうだし、なにより14歳で……みたいなことになってしまうし」

 

「俺を鬼畜な男設定にするのはやめてくれませんか?」

 

 皆が誤解したらどうすんだよ。

 

「そうだよお姉ちゃん。 俊くんはそんな人じゃないよ」

 

「なのは……」

 

「もっとゴミだよ」

 

「なのはさん、僕のトキメキ返してもらってもいいですか?」

 

 常に一緒にいたなのはの言葉なので、妙に説得力もあるし。

 

 それを聞いた美由紀さんは、にやにやとした笑みを浮かべながらなのはに耳打ちした。

 

「ち、ちちちちち違うに決まってるよ!? なにいってるのお姉ちゃん!?」

 

「頑張ってね! なのは!」

 

「だから違うってば!!」

 

 美由紀さんの耳打ちが終了したかと思えば、なのはが立ち上がりながら美由紀さんの肩を揺さぶりながら何かを否定していた。

 

「なにを否定してると思いますか、恭也さん。 俺の予想だと、『ほんとは俊のこと好きなんでしょ!』 みたいな内容を期待しているんですが」

 

「それはないだろ」

 

「ですよね」

 

 はぁ……悲しい。

 

 ふとフェイトのほうをみるとフェイトはヴィヴィオに自分のアイスティーを飲ましているところだった。

 

 俺の視線に気づいたのか、軽く手をあげる動作をして飲むか聞いてくるフェイト。 俺も頷くかわりに手を差し出すことで済ます。 フェイトから受け取ったコップでアイスティーを飲む。 うん、うまい。 少しレモンをかけてるのかな?

 

「って、いいのか俺が飲んで。 ヴィヴィオのアイスティーは──」

 

 既にガーくんが持ってきてるところであった。 このアヒル、誰よりも自分の家感覚で使ってるな。

 

 ヴィヴィオのためにガーくんがアイスティーを作っているのをみながらフェイトから渡されたアイスティーを飲む。

 

「俊、これもらっていい?」

 

「うんいいよ」

 

 自分の分であるオレンジジュースをフェイトに渡す。 それにしても、何故恭也さんは俺だけオレンジジュースにしたんだろ? あれか? 俺が子どもっぽいからか? ばかいえ! 俺ほどクールで大人な雰囲気を出せる人間なんて──あ、ロヴィータちゃんがいた。

 

 ロヴィータちゃんで思い出したけど、そろそろあいつらも来てるんじゃないか?

 

 そう思った瞬間、ポケットにいれていた携帯がバイブ機能で俺に知らせてくれる。

 

 携帯を取り出し、相手を確認。

 

「もしもし、はやてか? おはよう」

 

『おはよー。 もう着いた?』

 

「いま高町家にいるよ。 どうする? いまから翠屋行く?」

 

『そうやな~、皆も八神家に荷物置いたし準備ええで?』

 

「それじゃいまから翠屋行くか。 まってるぞ、はやて」

 

『なんかデート気分を味わってるみたいや。 ほな、ちょっとだけアンタより遅くいくことにしよっかな』

 

「デートじゃないんだし遅れてくるなよ。 甘いお菓子なら待ち合わせ場所にあるし、あの時だってほとんど同じ時間だっただろ」

 

 それから二言くらい言葉を交わして電話を切る。

 

「さて、翠屋に行くか。 恭也さんと美由紀さんはどうします?」

 

「俺たちは待ってるさ。 ああ、母さんが遅いって愚痴ってたから気を付けていけよ?」

 

「うわぁー……どうしよ」

 

 何事もなければいいんだけど。

 



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65.翠屋

 とことことなのはとフェイトとヴィヴィオとガーくんをパーティーに連れて翠屋まできたものの、どうにもこうにも店内に足を向けられないビビリなひょっとこ。 いや、だって桃子さんが怖いもん。

 

「俊くん、早く入るよー? ほら、お母さん店内から凝視してるじゃん。 なんかめっちゃこっち見てるじゃん」

 

「気をつけろなのは。 あれは桃子さんではない。 モ・モモコだ。 あの生物は人間に擬態し人と性行為をすることによって人類を征服するための兵隊を──」

 

「人の母親を化け物にしないでくれるかなぁ!? というかしれっとわたしを化け物扱いしたよね!?」

 

「大丈夫、化け物でも愛することができるから!」

 

「化け物を否定してよ!?」

 

 横でなのはがぎゃーぎゃー騒ぐが気にしない。 モ・モモコの動向のほうが気になる。 ぬ!? あやつ……携帯を操作しはじめたぞ?

 

 モ・モモコが携帯を閉じるのと同時に俺の股間の近くにセッティングしていた携帯がバイブで震えだす。

 

「あっ……んっ……! とか、やってる場合じゃねえんだよ」

 

「ヴィヴィオ、あれは友達がいない子特有の遊びだからマネしちゃダメだからね?」

 

「はーい!」

 

 フェイトが隣で俺と絶交宣言してるように思えるが気にしない。

 

 俺となのはやフェイトやはやてたちの絆を見縊っちゃ困る。 なんだかんだで俺が泣きながら謝れば許してくれるほどの絆だからな。

 

 バイブがそろそろ鬱陶しく思い始めたので携帯を取り出し送信者を確認する。

 

 ・桃子さん

 

 削除。

 

「それにしてもおそいなー、はやてたち」

 

「もうそろそろ来るんじゃない?」

 

 俺の呟きになのはが返してくれたとき、向こうのほうからドヤドヤと団体様がやってきた。 いわずもがなはやて達御一行である。

 

 これはありがたい。 事情を知らないはやてたちを先に行かせて、俺は中心くらいで隠れてやり過ごせば事足りることである。 世の中ってちょろいぜ。

 

 しかしながらそのためには、はやて達を先に行かせなくてはならない。 しょうがない、ここはシグシグあたりをほめて先に行かせよう。

 

 そう思いながらシグシグ──の隣にいたはやてについつい目がいってしまった。 薄いカーディガンがなんとも可愛らしい恰好である。

 

「はやて、そのカーディガンかわいいな」

 

「え? それほんまにいっとる?」

 

「うん。 そのカーディガン凄く似合うぞ。 その──ギガンテスみたいな色したカーディガン」

 

 ゴキッ

 

「いまのは素な反応だったから素直にムカついたで。 喜んだ自分がバカやった」

 

 くっ……!? あいつの拳がいま見えなかったぞ……!? ば、ばかな!? 純粋な勝負なら俺に分があると思っていたのに……!

 

「いまのはひょっとこが悪いな」

 

「あれはしょうがないですよね」

 

「斬刑に処す」

 

 すいません、一人殺人鬼混じってるんですけど。 吸血鬼でも殺しててください。

 

 はやてが倒れている俺を強引に立ち上がらせ、これまた断りもなく腕を組んでくる。

 

「バツや。 ほら、早く翠屋にいくで」

 

「いやまつんだはやえもん!? 俺翠屋に踏み入れたら死ぬ病なんだよ!? いや、マジなんだって!」

 

「大丈夫大丈夫、死んだら生体ポッドにいれて手元に置いてあげるわ。 それに翠屋はアンタのホームみたいなもんやろ? 大丈夫に決まって──」

 

 入店

 

 べちゃ(ひょっとこの顔に生クリームがかけられる)

 

「……ごめん。 アンタ人を怒らす天才やったな」

 

 そういってはやては俺の顔に満遍なくついた生クリームを指ですくって舐める。 ついついそのあとを追ってしまう。

 

「ん? どうしたんひょっとこ。 マジマジとわたしの顔みて」

 

「いや、なんでもない」

 

「も・し・か・し・て・?」

 

「違うっていってんだろ!」

 

「あれー? わたしはまだ何もいってないけどなー? どんな言葉を想像してたのかなー?」

 

「うっ……!?」

 

 にやにやとした笑みを浮かべながらはやては俺の顔にまだついている生クリームを今度は舌先でチロっと舐めとる。 触れるか触れないかの微妙な距離感と、触れたか触れてないかの微妙な感触が俺の頭を支配する。

 

「顔赤いで? 外道ぶってる純情くん?」

 

「う、ううっせえぞ! お前なんか俺のテクニックで──」

 

「それじゃ、ここでそのテクニックってやつをみせてくれへん?」

 

 そういって俺の胸に手を置きながら、下から見上げるような恰好で、挑発的な笑みを浮かべたまま、軽く舌なめずりをしながらはやてはいった。

 

 鼓動が加速するのがわかる。 手汗で手が危ないことになってる。 それでも、はやてから目を離せない。 まるで魔法でも使われたかのように、はやてにだけ釘付けになっていた。

 

「お客様、そういったことは店内では控えてくださいねー。 他のお客様のご迷惑になりますし、その男の子、これからちょっと関節折る予定ですので」

 

 しかしそれも、唐突に俺とはやての間に強引に入ってきた女性の声によって終わることとなった。

 

「あ、ごめんなさい桃子さん。 いやー、俊をからかうのは面白くって」

 

「ふふっ、そんな火遊びばっかりしてると、いつか本気になっちゃったときに炎と化して大変なことになっちゃうわよ、はやてちゃん。 それとも、じつはもう炎に変わ

る寸前ってとこかしら?」

 

 そうはやてに笑いかけながら、ごく自然な動作で俺の関節を決める桃子さん。 翠屋が誇る美人パティシエである。

 

「皆もよく来てくれたわね。 なのは、ちょっと皆を大きなテーブルに移動させてあげなさい。 それとケーキも全員分用意してあるから食べて頂戴ね。 私は息子を調教……ちょっと調教してくるから」

 

「お母さんいま調教っていったよね!? 完全に誤魔化す気なかったよね!?」

 

「大丈夫よなのは。 俊ちゃんは立派な使い魔として戻ってくるから」

 

「何する気なの!? 俊くん既に震えてるんだけど!? 全話通して一番震えてるんだけど!?」

 

 なのはの救いの手は届くことなく、俺は桃子さんに引きずられていった。

 

 

           ☆

 

 

 なのはが呆れ半分、羞恥半分で全員を大きなテーブルに移動させると、そこには小学校時代からの旧友であるアリサ・バニングスと月村すずかがこれまた呆れながら座っていた。

 

「あいつは……どうしておとなしくできないの」

 

「まぁまぁアリサちゃん、あれが俊君の味だと思うし」

 

「ほんっと……あれといまだに付き合いがある自分が信じられないわ。 まあそれはいいとして、おかえりなさい」

 

 なのはの方を向きながら笑うアリサに、なのはも笑いながら返事を返す。

 

「ただいま、アリサちゃん! すずかちゃん!」

 

「フェイトもはやてもおかえり」

 

「「ただいま!」」

 

 そういって旧友同士、仲良く手を握り合いながら再会を喜ぶ。

 

「ヴィータさん、あの人たちって……」

 

「アリサ・バニングスに月村すずか。 ともになのはやフェイトやはやての小学校時代からの友達だ。 ちなみに魔法のことも知ってるぞ」

 

「なるほど、ということはひょっとこさんとも友達なんですね。 凄いですね、ひょっとこさん。 こんなに女性の人に囲まれて」

 

 感心するスバルに、ヴィータは頭を掻きながら答える。

 

「本来なら、あいつもあの二人同様にここでバイトしながら大学に行くはずだったんだけどな。 まぁ、あいつ的にはついていく気満々だったようだが」

 

「鬱陶しいものだな」

 

「シグナムー、もうちょっとオブラートに包んだほうがいいわよ?」

 

 シグナムのストレートな物言いに、シャマルは困り顔でそう注意する。 オブラートに包むだけで、止めろと言わない辺り、シャマルもたまに同じ思いを抱くのかもしれない。

 

 シャマルの注意に耳を傾けたシグナムは顎に手をあて、軽く考えたあと──

 

「ゴキブリだな、あいつは」

 

「それ悪化してるわよ」

 

 どうやらちゃんと考えたほうが、ひょっとこの評価は悪い方向に変わるらしい。

 

「しかしながら、あいつもあれで結構大変な男ではあるがな」

 

 人間形態のザフィーラが悲鳴が聞こえてくる方向に視線を向けながら溜息を吐く。

 

 それに同意するようにヴィータも頷く。

 

「そういえば少し前にあいつが漏らしてたな。 『魔法を使えるだけで天才だ。 使えない俺からしてみれば、こんなに羨ましいことはない』って」

 

「魔法を使えるだけで天才……ですか?」

 

「世の中には、言葉だけじゃどうにもならないことのほうが多い。 あいつは魔法が使えないからな、私達以上に痛感してると思うぞ。 まぁ、そこらへんも含めて今日の『高町なのはのパーフェクト教導教室』で質問してみればいいんじゃないか?」

 

 ティアの疑問にそう投げ出すヴィータ。

 

「けどバカですよね?」

 

『バカというかキチガイだけどな』

 

 スバルの何気ない疑問に、守護騎士全員は口を揃えて言った。 チームワークは抜群である。

 

 

           ☆

 

 

「へー、この娘がなのは達が電話で話してたヴィヴィオちゃんね」

 

「えっと、こんにちはヴィヴィオです!」

 

「挨拶できるなんて偉いわねー。 やっぱりなのはとフェイトの教育と、神様が人類を陥れるために創ったとまで言われているアイツの姿をみているからなのかな」

 

「それとはやてちゃんたちのサポートがあるからかもね」

 

 アリサがヴィヴィオを抱きながら、旧友の頑張りについて触れると、すずかがそれをサポートしているであろう他のメンバーに目を向ける。

 

 向けられたはやてや守護騎士たちはちょっとだけ照れたような顔を浮かべる。

 

「しかしまぁ……あのなのはがこんなに教え子を持つなんてねー」

 

「な、なにがいいたいのアリサちゃん? もしかしてわたしじゃ力不足と思ってるの? そ、そんなことないからね!」

 

「いや、べつにそこまではいってないけど……。 それにしても──」

 

 そういって、新人達をぐるりと見渡すアリサ。 そして、ニッコリと笑いかける。

 

「私の親友は最高の上司でしょ?」

 

『はい!』

 

 間髪いれずに返事を返す新人達。 スバルとティアの声が大きすぎて思わず目を瞑ってしまうほどであった。

 

 そんな中、アリサの膝の上にいたヴィヴィオが誰かを発見したと同時に、膝から飛びのいて男のほうに向かって猛ダッシュを決めてくる。 男は──ひょっとこはへろへろの状態でありながらも、なんとかヴィヴィオを受け止めることに成功し、ついでとばかりに飛びついてきたガーくんを受け止めることができずに倒れてしまった。

 

「おうふッ……!? ガーくん、お前の場合飛びつくっていうより、完璧に蹴りにきてる感じだから。 飛びつくと跳び蹴りは違うからな」

 

「パパー、おかえりー!」

 

「オカエリー!」

 

「ただいま二人とも。 あー、死ぬかと思った。 というより、一度死んで転生してきたわ」

 

 そんなことを言いながら、ヴィヴィオを連れてなのは達がまつテーブルに足を運ぶ。

 

『おかえりなさーい』

 

「ただいまー、っと。 おお! アリサにすずかではないか! 久しぶりだな! 大学どうよ?」

 

「いや……うん、久しぶりね……大学は順調よ。 ねぇ、俊?」

 

「あ?」

 

「ヴィヴィオちゃん……いまアンタのことをパパって」

 

「パパだけど?」

 

「……成程。 薬でヴィヴィオちゃんのことを操ってるというわけね……」

 

「ちょっとまて、どういったらそこにたどり着くんだ。 普通に考えて、なのはとフェイトがママなら俺がパパに決まってるだろ。 もうアレだよ? パパのいうこと聞きなさい状態だから」

 

「それ明らかに反抗されてるわよ。 いや、それにしても……えー……」

 

 ひょっとこの隣でニコニコと笑顔を浮かべているヴィヴィオを見ながらアリサは眉根を寄せる。

 

「でもアンタって基本的にクズじゃない」

 

「人間なんて基本的にクズみたいなもんだろ」

 

『ひょっとこさんすげえ、いま平然と私達までクズ呼ばわりしましたよ』

 

『でもあいつに言われても悔しくないよな』

 

『ひょっとこさんよりクズじゃないとわかってますしね』

 

「俊、アンタ……」

 

「やめろ!? その慰めるような雰囲気を出してこちらに詰め寄るな! 俺が悲しくなってくるじゃないか!」

 

 あまりの不憫さに同情し、ついついひょっとこに近づこうとするアリサだったが、ひょっとこはその手を振りほどき、ヴィヴィオの体を抱き上げる。

 

「俺はヴィヴィオが味方ならそれでいいもん! ヴィヴィオはパパの味方だよねー?」

 

「うん! パパのみかたー!」

 

 ヴィヴィオの返答に満足して、ようやくなのはの隣に座り込むひょっとこ。 その膝の上にはヴィヴィオが座っている。

 

「あ、ちなみになのはやフェイトやはやてはノーカンね」

 

「なんや俊。 わたしらはとっくにアンタの味方ということ?」

 

「当たり前だろ。 可愛い幼馴染を助けてくれよ」

 

「はいはい、助ける機会があったらな」

 

 自分の分のケーキを取りながら、ひょっとこははやてに話しかける。

 

「はやて。 お前さ、店内でああいうのはよくないと思うぞ。 というかだな、マジで止めろ。 お前にあんなことされて俺のようにならない男なんて不能以外の何者でもないからな」

 

 イチゴショートのイチゴをヴィヴィオにあげながら、フォークでケーキを一口分すくいヴィヴィオの隣でひょっとこを見ているガーくんにあげる。

 

 はやては意地悪い笑みを浮かべながら、ひょっとこのほうに身を乗り出して聞いてくる。

 

「あれー? なのはちゃんやフェイトちゃんが大好きなんじゃないのー? 俊君もしかして浮気かいな?」

 

「お前だって大好きだよ。 というか、お前だけじゃなくって皆大好きだよ。 好きというカテゴリーにおいて、俺は皆を区別するつもりは毛頭ないよ。 優先はするけどな」

 

「……そういうのは卑怯やと思うで……」

 

「え、なんで? べつにいいじゃん。 区別とかつけるとロクなことにならないでイタッ!?」

 

 ひょっとこは自分の左手に痛みを覚えてそちらのほうを向く。

 

「ん? どうしたの、俊くん? わたしの顔にクリームでもついてる?」

 

「あ、あれ……? いま、なのは側から左手の甲を抓られたんだけど……」

 

「もー、そんなことあるわけないじゃーん。 まーた、痛い妄想でしょー?」

 

「そ、そうかな……? そ、そうだよな」

 

「……バーカ」

 

 なのはの小声に気付くこともなく、首を捻りながら、自分の勘違いだと思うことにしたひょっとこ。

 

 そんなこんなで、翠屋の一角では終始話し声が絶えることはなかった。



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66.高町なのはのパーフェクト教導教室

 『殺す覚悟をもつくらいならば、殺さない覚悟をもつほうがいい。 どちらかひとつを持たないといけないというのであれば、わたしは殺さない覚悟を選ぶ』

 

 夕食前にスカさんやリンディさん、おっさんが海鳴に無事到着したので、高町家での夕食は混沌としていた。 とくにスバルとエリオの大食いが凄まじく思わずこちらの食欲が若干減ったくらいである。 そうして、俺たちは何事もなく夕食を終わり風呂に入り、後は寝るだけの時間になったわけなのだが──

 

「おっさん、そこ邪魔だ。 どけ」

 

「あ? おお、悪いな」

 

「何してんだ? 大人たちは外で飲みなおしてるんじゃねえのか?」

 

 飲酒が許されている大人たちだけが楽しめる特権である。 ちなみにスカさんはこれには参加していない。 なぜなら──

 

「いや俺もな、ちょっと教導官のお話しを聞こうと思ったわけだ。 管理局が誇るエースオブエースの教導、そして言葉。 局員としては是非とも聞いておきたいものだ。 だからこそ、スカリエッティもあそこにいるわけだしな」

 

 おっさんが顎をさす方向に目を向ければ、スカさんが真剣な表情で話しを聞いている──ように思える。 実際は紙袋を被ってるからわからないが。

 

 それにしても……なのはの教導かー。 俺もちょっと聞いておこうかな。

 

 おっさんの隣で壁に寄りかかりながら俺は耳を澄ませることにした。

 

 

           ☆

 

 

 夕食もお風呂も終わり、あとは就寝だけとなったこの時間帯に、私はリビングで六課メンバーとスカさんとウーノさん、それとアリサちゃんにすずかちゃんという面々と向かい合っていた。 ここに俊くんがいなくてよかった……、これから話すことはちょっと恥ずかしいことだし。

 

「それじゃ、この教導教室が終わったら残りの日数は自由に過ごしてもいいよ。 まだ早いけど、皆お疲れ様。 まだまだ六課解散まで日はあるから、もうちょっとだけわたしの教導に付き合ってね?」

 

『はい!』

 

「うん。 それじゃ、教導をはじめようか」

 

 そしてわたしは教導をはじめる。 教導といっても、何もデバイスを使って訓練をするわけではない。 むしろこれは学校の道徳の時間といったほうがいいかもしれない。 新人たちの質問にわたし達隊長陣、あるいはわたしが答えていくだけなのだから。

 

「あの、なのはさん。 質問があります」

 

 スバルが挙手をしたので、手を出して続きを促す。

 

「私達管理局って、犯罪者を相手にするんですよね?」

 

「まぁ、厳密にいうと治安維持だから犯罪者を相手取るわけじゃないかな。 その治安維持の過程で犯罪者を捕縛するってところかな」

 

「けど、犯罪者って基本的に危ない人ばかりですよね? それこそ、魔導師だったら殺傷設定とか平気でしてきそうなのですが」

 

「それは否定しないかな。 中には殺傷設定の犯罪者とかいたりするからね」

 

 犯罪者って基本的に追い詰められている人達ばかりだから、なにするかわからないし。

 

「危ないですよね~」

 

 スバルはそれだけいって、満足したのかお茶を飲みだした。

 

 ……あれ? 質問は? え、終わり?

 

「質問です、オナネタ……なのはさん」

 

「ちょっとまってティア。 いま完全に禁止ワード飛び出したよね? 明らかに越えちゃいけないライン超えたよね?」

 

「なのはさんは強さについてどう思いますか?」

 

 何事もなくはじめるティア。 少し距離を置きたくなってきた。

 

 それにしても強さかー……。 うーん、

 

「それじゃ逆に聞くけど、ティアは強さについてどう思う? ティアのいう強さってのは純粋な意味での力なのかな?」

 

「えっと、はい。 一応、そのつもりで聞きました。 力がないと、自分すら守ることができませんし」

 

「うん、確かにそうだよね。 力ってのは重要だよ。 自分の正義を通すとき、自分の信念を貫くとき、誰かに負けたくないとき、直接的にかかわってくるのが力だもんね。 理想を説くには力がいる。 むしろそれが絶対的な条件といっても過言ではないよ。 理想ってのは、実力者だけが口にすることができる代物なんだから」

 

「それじゃ……なのはさん達も力が全てだと思いますか?」

 

「ううん、そうは思わないよ。 力が全てだなんて考え方は絶対にしない。 けどね──力がないとどうしようもできない場合は存在するんだよ。 言葉だけじゃ、届かないってときは確かに存在するんだよ」

 

 例えば、PT事件とか

 

 例えば、闇の書事件とか

 

 私は、そんな“場合”を体験してきたつもりだ。

 

「わたしの知ってる人でね、『理想を説くには力がいる、しかし力がないときはどうするべきか? よし、理想を騙して現実に引き摺り下ろそう』というありえない考え方をする人がいるんだけどね。 その人は魔法を使うことができなくて、けど隣にいた人は魔法を使うことができて、それじゃぁ自分はどういった行動をすればいいか? そう考えていたのを覚えているよ。 『魔法が欲しい』そういわれたこともあったよ。 そしてこうも言われたよ。 『魔法が使えない俺の分まで皆を助けてくれ』って。 だからわたしは、力だけが全てとは思わないけど、力は大切だと思ってる。 力ある者は、自覚しないといけないんだよ。 ティアの場合は、“自分は強い。 充分に戦える”と思ったほうがいいかもね。 大丈夫、わたしも支えていくから頑張ろうね」

 

 って、ちょっと離れすぎちゃったかな?

 

「まあ、ちょっと離れたかもしれないけど、力に関してはそんな感じかな。 過信はダメだけど、自信はもとう。 それじゃ、次はダレかな?」

 

 そう首を回したところで、キャロが手をあげる。

 

「なのはさん、さっきの犯罪者の話ですけど……もしも殺傷設定できたときはどうするべきですか?」

 

「殺傷設定できたらどうするべき……ねぇ。 キャロはどうするべきだと思う?」

 

「えっ、わ、わたしですか? え~っと……相手が何であろうと傷つけたくないです」

 

 うん、心の優しいキャロの答えだね。 なんか安心した。 これで『それはもう、ボコボコにするに決まってるじゃないですか』 なんて言われたらどうしようかと思っていたよ。

 

「うん、それでいいと思うよ。 管理局は治安維持や世界の平和、人々を守ることが目的なんだから。 人を殺すのが目的じゃないんだ。 だから本当は殺傷設定なんてものはいらないけど……そういうわけにはいかないのが世の中なんだよね。 ただ、わたしは皆に殺傷設定を使ってほしくないな。 殺傷設定を使わずに切り抜けてほしいかな」

 

「まぁ、そんなことをいうと犯罪者や殺傷設定を使いたがるバカたちになにか言われるかもしれないな」

 

「そうだね、ヴィータちゃんの言うとおりだよ。 わたし達は戦場にいるようなものだからね。 きっと、『甘いことをいうな』 だの 『殺す覚悟がない奴はくるな』 とか 『だからお前たちはダメなんだ』 とか 言われるかもしれないね。 確かに、その人たちの言い分は理解できるところもあるよ。 けどね、わたしはそんな人達に正面から言い返すことができるよ」

 

 なのはは深呼吸して、凛と言い放つ

 

「──それでも救うのが管理局です。 管理局は皆を笑顔にするために存在しています。 ってさ」

 

『…………』

 

「わたしは管理局に誇りをもってるよ。 殺すことは誰だってできるし、簡単にできるんだ。 けど、人を救うことほど難しいものはないよ。 伸ばされた手を振り払うのは簡単だけど、手を握るのは難しいということだね。 だけど、その難しいことを目標に掲げている管理局ってすごいよね」

 

 いつか高校時代にこの話をしていたときに誰かさんが言った言葉を唐突に思い出す。

 

『殺す覚悟というのは自己満足と自己防衛であり、その行いによって周囲から得られる反応は“殺人者”というレッテル貼りだけである。 やっぱ無理だわ~。 俺には無理だわー。 俺絶対に人を殺す段階になったらガタガタ震える自信があるわ。 殺しても平然としてる奴や、普通に生活できる奴って絶対にイかれてるぜ。 イかれチンポだわ』

 

 ……いや、最後の部分とかは思い出さなくてもよかったんじゃないかな、わたし。

 

「まぁ、これはなのはちゃんの考えやから決してこれを真似しろってことやないんやけど、いまのなのはちゃんの言葉を頭の片隅にでもおいといておくと嬉しいかな」

 

 はやてちゃんがそういって紅茶を飲む。

 

「えーっと、もう質問はないかな?」

 

 ぐるりと新人たちを見回す。 どうやら新人達にはもう質問はないようだ。

 

 それじゃ解散しますか。 そう思っていると、予想外の方向から手が上がってきた。

 

「ちょっといいだろうか、高町先生」

 

「あ、はい。 どうぞ」

 

「うむ……。 管理局は人を救う組織というが、それは犯罪者であってもかわらないのだろうか? もしも管理局に犯罪者が助けを求めたら管理局は助けるのだろうか?」

 

 そうスカさんが手をあげながら聞いてきた。 紙袋がちょっと怖いのは内緒。

 

「助けを求める以上、わたしは犯罪者でも助けたいと思ってます」

 

「それが裏切られることになろうとも? 助けた犯罪者が裏切ったとしてもだろうか?」

 

 スカさんの声色は真剣そのままだった。 まるで何かを確認するように、何かに縋るような──そんな印象を受けた。

 

 だからこそ、私も真剣に答えることにした。

 

「それでも──助けを求める以上、わたしは助けたいと思います。 裏切られたら、そんなことをしないように更生させます」

 

「……その答えが聞けて満足だよ。 うん……そろそろ決断するときだね」

 

 スカさんの声は少し小さくて、まるで自分に言い聞かせるようなそんな声量だった。

 

 う~ん、後でウーノさんにでも聞いてみようかな?

 

 こうしてわたしによる、高町なのはのパーフェクト教導教室は終了となった。

 

 

           ☆

 

 

「ひょっとこ、泣くなら他所で泣け。 気持ち悪い、俺の隣で泣くんじゃねえよ」

 

「泣いてねえよ、これはアレだ。 俺の先走り汁が垂れてるだけなんだよ」

 

「どっちにしろ離れろ、バレるじゃねえか。 それにしても……成程な。 これがエースオブエースと未来を担うエース達か。 管理局も安泰だな」

 

「当たり前だろ、なんせ俺の奴隷たちだぜ?」

 

「間違えるな、お前があのエースたちの奴隷なんだよ」

 

「やめてくれよ。 『俊さん! そこからここにインサートです! ほら、カモン!!』 がリアルになっちゃうじゃん。 嫌だよ、同性の上司をオナネタに使うような女のアワビに突っこみたくねえよ」

 

「まぁ……俺もあの嬢ちゃんがこんなことになるとは思ってなかった。 しかしひょっとこ。 お前もあのエース達には学ぶべきものが多いな」

 

「あいつらは教本みたいもんだからな。 俺にはないものを沢山もってる。 なのはやフェイト、はやて達が管理局に誇りをもっているように、俺はあいつらの幼馴染になったことを誇りに思うよ」

 

 ほんと……敵わないなぁ。 主人公体質にもほどがあるだろ。

 

「まったく……あんなことを言われたんじゃ、俺もしっかりと大人を見せないとな」

 

「おう、頑張れよ」

 

「お前が問題行動しなければいいだけなんだけどな」

 

 そりゃ無理だ。

 

 

           ☆

 

 

 高町家の自室で、家からもってきたノートパソコンを操作しているとコンコンと扉がノックされた。

 

「はーい、開いてますよー」

 

 時刻は23:30。 既になのはの教導も終わり、全員が就寝していると思っていたのだが……誰が起きているんだ?

 

 そう思いながら扉が開くのを待っていると、ゾロゾロと四人の人物がはいってきた。

 

 スバルに嬢ちゃんにキャロにエリオ。 いわゆる新人たちである。

 

「んー、どした?」

 

「いや……ヴィータさんがひょっとこさんにも話を聞いておけって」

 

「んじゃ帰ってくれ。 お兄さん、色々と忙しいから」

 

「右手がですか?」

 

「右手もだ」

 

 まったく……ロヴィータちゃんってば、なんて面倒なことをしてくれたんだ。 俺はお前らとは違うんだよ。

 

「話を聞くって言ってもなー。 あんまり個人的なことは勘弁してくれよ。 俺が桃子さんに逆レイプされかけたこととかさ」

 

「されたんですか?」

 

「されたらいいよね。 エロゲだとそういう展開になるんだけど」

 

 現実って厳しいよな。

 

「あー、それじゃ、っておい嬢ちゃん。 勝手に部屋を物色するな。 犯すぞ」

 

 部屋を歩き回る嬢ちゃんを強引にスバルン達の所に戻す。 うろうろうろうろしやがって、お前はクマか。

 

 もうアレじゃん。 キャロとエリオとか眠そうにしてるじゃん。 もう寝かしたほうがいいくらい欠伸してるじゃん。

 

 はぁ……さっさと済ませよう。

 

「それじゃ、俺からは一言。 ──俺のようにはなるな」

 

 俺の声に先ほどまでぽけぽけしていた新人たちが真剣な目を向ける。 楽にしてても大丈夫だけど……それだけロヴィータの言いつけを守ってるということか。 師弟関係は抜群というわけだな。

 

「俺のようになるなよ。 魔法が使えないくせに、虚数空間に落ちる女性を捕まえようとする無茶をやるような人間にはなるなよ。 生体ポッドの女の子にむけてシャンパンファイトをする人間になるなよ。 救えもしないくせに、格好つけるような人間にはなるなよ。 誰かの服を掴んでいないと歩けない人間になるなよ。 ──人間もどきになるなよ」

 

「……人間もどきですか?」

 

「ああ、人間もどきだ。 絶対になるなよ。 俺はそれで地獄をみた人間を知ってる。 死にたくなるぞ」

 

 それだけいって、後は黙る。

 

 正直、もう喋ることがない。 自分の語彙力の乏しさに絶望するよ。

 

 しかしそれは新人たちも同じのようで俺の言葉のあと黙ってしまった。

 

 おいおい、俺がこいつらを叱ったみたいな雰囲気じゃないか。 お兄さん、こういった雰囲気苦手なのよね。

 

「まっ、俺の話なんて適当に聞いとけ。 むしろ聞くな。 聞いたってなんの役にも立つことがないんだ、お前らは一人でも多く救えるような立派な魔導師になれるようになのは達に色々と聞いてこい。 それより明日は海に行くんだから、そろそろ寝るよろし」

 

「それもそうですね。 それじゃ、私達はこれで寝ることにします」

 

 スバルンの言葉を皮切りに、全員が立つ──ことはなかった。 エリオの隣にいたキャロが完全に寝てしまったのだ。 そしてもう既にエリオもカウントダウンにはいってる。

 

 なんということだ。 ここでエリオとキャロが寝てしまい、俺の部屋で朝を迎えたならば確実にフェイトに殺される。 バルディッシュで首がトブビッシュだ。

 

「はぁ……まったくエリキャロの二人は。 これでなのはとフェイトの部屋に合法的に入れるようになってしまった」

 

「ひょっとこさん、目が危ないですよ。 いまにも襲いそうな目になってますよ」

 

「インサート女どもは貝合わせでもやってろ。 俺はこれから理想郷に行ってくる」

 

 エリオをおんぶし、キャロをお姫様抱っこしながら意気揚々とドアを開ける。

 

「ようこそひょっとこ。 ここがお前の理想郷だ」

 

 最高速度でドアを閉めた俺であった。

 

 こええよ、ドア開けたらおっさんが目の前にいるのは色んな意味で恐怖を感じるよ。

 



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67.ガーくんにも苦手なものは存在するみたいです

 ギラギラと自己主張が激しすぎる太陽と、水面がキラキラと輝くほどの澄んだ海。 白い砂浜には綺麗な貝殻と家族連れや若者たちが顔を輝かせながら、ときには幸せそうに語らいながら歩く。

 

「スカさん、あそこの人のサイズはなんだとおもう?」

 

「E……いや、Fカップではないだろうか、ひょっとこ君」

 

「挟まれたいな」

 

「挟まれたいねぇ」

 

 そう──俺たちは海に来ているのだ。 昨日は荷物を置き適当に喋ってスカさん達が来るまでだらだら過ごし、夕食を食って教導を聞いて終了した。

 

 なのは達の言葉を信じるならば、ここから先の行動は自由ということになるな。 まぁ、自由行動といっても今日の海は兼ねてから計画をしていたので全員参加になるわけだけど。

 

「それよりもスカさんや。 海には男のロマンがある。 というかだな、海は母親なんだよ。 そう、俺たちは海から生まれてきたようなものなんだ。 そしてその母親が目の前で俺たちを包み込もうとしている。 さぁ──俺たちの取るべき行動は?」

 

「ふっ、ひょっとこ君。 無論にして愚問だよ。 私達の取るべき行動は一つ」

 

 スカさんと頷き、一目散に目の前に広がる海へと駆けていく。

 

「「おかあさぁああああああああああああああああああああああああああああああん!!!」」

 

 トリプルループを決めながら海へとダイブする俺とスカさん。

 

 夏の暑い日差しも届かないこの海の中は涼しく、そして気持ちよく、ついつい足を思いっきり伸ばしてしまう──

 

 ビキッ

 

「……スカさん、足が攣った」

 

「だからあれほど体操をしようと私は提案したんだよ!?」

 

 見事に足を攣ってしまった。

 

 

           ☆

 

 

「いいかお前たち。 あいつの行動とは真逆なことをしろよ。 立派な大人になれるからな」

 

「ヴィータさん、ひょっとこさんが必死でSOSを出してるんですが」

 

『みんなーー! たすけてーー! 皆のアイドルが溺れちゃ──』

 

「大丈夫だ。 ドラゴンボールで復活する」

 

「殺すこと前提ですか!? いまある命を助けましょうよ!?」

 

「大丈夫だスバル。 あそこには変態仮面もいるんだ。 なんとか──」

 

『ウーノ君!? 助けてくれ! 紙袋が海水で大変なことに──』

 

「ひょっとこ!! 来世の未来で会おうな!!」

 

「誰か助けてください! 完全にヴィータさん見捨てる気です!?」

 

「まったく……あいつらは何をやってるんだ……」

 

 人間状態のザフィーラが呆れながらも、素早い動きでひょっとこたちの元へ行く。

 

『ほら肩に捕まれ。 安心しろ、助けてやるから』

 

『帰れガチムチ! シグシグとかそこらへんのムチプリ呼んでこいよ!』

 

『はいはいわかったわかった……、それじゃお前は一人で頑張ってこい』

 

『ごめんザッフィー!? 謝るから、謝るから俺を助けて!?』

 

「…………チッ」

 

 ザフィーラに助けられているひょっとこをみて、ヴィータは心底面白くなさそうに舌打ちをした。

 

 

           ☆

 

 

「いいかお前たち。 海を舐めるなよ。 海は怖いんだ。 いつ足が攣るかもわからないし、ときには流されることもある。 サメなどが来ないとも限らない。 海ってのは怖いんだ」

 

「ひょっとこ、お前の足痙攣してるぞ」

 

 ヴィータが震える足にトーキックをかます。

 

「いたッ!? やめてロヴィータちゃん。 俺いま必死で年上としての威厳を保ってるんだから!」

 

「いや完全に無理だろ。 見てみろ、新人達の目。 『この人には言われたくねぇ……』 みたいな顔と目だぞ」

 

 みるとスバルとティアの目は完全にひょっとこのことを見下すような目であり、キャロとエリオも困ったような乾いた笑いを口にしていた。 流石反面教師のひょっとこである。

 

 しかしそれでもめげないひょっとこ。 ごく自然な動作で痙攣中の足を揉み答える。

 

「いいんだよ。 俺の行動でなのはたちの可愛い教え子が海の怖さを知ってくれるんなら」

 

「お前の行動で新人達が得た教訓は、お前のバカさ加減だけどな」

 

 恰好よく潮風を体に浴びせながら言い切るひょっとこに、間髪いれずにヴィータがそう返す。

 

 辺りを数分の静寂が支配して──

 

「よーし! 体操はじめっぞー!」

 

 ひょっとこはいつも通りなかったことにした。

 

 新人達を横一列に並ばせて体操をはじめるひょっとこ。 背伸びや肩回し、屈伸に震脚、アキレス腱伸ばしと一通りのことを行う。 エリオとキャロは素直にひょっとこの言うことを聞き、体操し、スバルとティアナは目の前の男が体操をしないことで足を攣った場面を目撃しているのでこちらも大人しく従う。

 

 ひょっとこの隣ではヴィータも控えめながら体操を行っている。 ヴィータの水着は赤のサロペット付きビキニである。 肌の露出も水着にしては極端に少ない代物である。

 

「ロヴィータちゃん、いくらなんでもそれはないだろ。 自分の幼児体型もあるけどさ。 なんなら俺のもってるスクミズ貸そうか?」

 

「いやまて。 お前いま自分がどれだけ変なこといったか気付いてるのか? なんでお前がスクミズもってんだよ」

 

「ぐへへ……」

 

 ひょっとこの気持ち悪い笑い方に、ヴィータはすかさず痙攣中の足を蹴る。

 

 おうッ!? と言いながら倒れるひょっとこ、そんなひょっとこの背中に誰かが思いっきり飛び込んできた。 飛び込んできたといってもひょっとこにはそこまで痛みは感じないほどの強さだ。 そんなことができる人物にひょっとこは一人だけ心当たりがあるので、後ろを振り返る。

 

 そこにはひょっとこの予想通り、向日葵が描きこんであるビキニで決めているヴィヴィオの笑顔があった。

 

「えへへ、パパー、どーん!」

 

「こーらヴィヴィオ。 パパの足はいま危ない状態にあるんだからやめなさい」

 

「パパー、ヴィヴィオかわいい?」

 

 ひょっとこの話など聞かずにくるりとターンするヴィヴィオ。 凹凸などは存在しないが、その笑顔だけでひょっとこの顔は笑顔になる。

 

「かわいいぞ、ヴィヴィオ。 もうパパがヴィヴィオの婿になりたいくらい」

 

「だったらヴィヴィオはパパのおよめさんになってあげるー!」

 

「やっほーーい!」

 

 座ったまま拳をあげるひょっとこ。 ヴィヴィオはそんなひょっとこの胸に飛び込み抱きつく。 そんな光景を周りの人は微笑ましそうにみていた。

 

「ところでヴィヴィオ。 ガーくんは?」

 

「ガーくん? ガーくんなら、あそこだよ?」

 

 ヴィヴィオの指さす方に目を向けると、ものすごいはしゃぎっぷりでガーくんが海に向かって猛ダッシュしていた。

 

『ワーイ!! オヨグゾー!!』

 

「ガーくん! ここは海水だからガーくんには──」

 

 ボシャン!

 

『ベタベタスルー!!?』

 

「あぁ……遅かったか」

 

 アヒルは基本的に淡水に暮らすので、海水には抵抗があるようだ。 それはガーくんとて同じらしい。 ドタドタとベタベタとヴィヴィオとひょっとこの方に走っていくと、涙をためながら

 

「ガークンカエル!」

 

 と、言い出した。

 

「ダメだよーガーくん。 いまきたんだから」

 

「イヤー! ウミキラーイ!」

 

 困ったように宥めるヴィヴィオに、ガーくんは首を左右に振りながら拒否する。

 

『あのアヒル喋ってねえか……?』

 

『ありえねえだろ……。 動物園に連絡したほうがよくねえか……?』

 

 ガーくんの姿をみて、周りの一般人がそうひそひそ話をする。

 

 そんな一般人に向かってひょっとこは困った笑顔を浮かべながら話しかける。

 

「いやー悪いな、このアヒル俺の家族でさ」

 

『あれ? ひょっとこさんじゃないすか。 海鳴に帰ってきたんすか?』

 

「まぁ、一週間の滞在だけどな」

 

『なるほどねぇー、ひょっとこさんがかかわってるなら納得できるな。 ひょっとこさんいるなら、俺たち翠屋に遊びにいきますね』

 

「おう、一人1万落としていけよ」

 

 そう手を振りながらガーくんに目線を向けていた一般人の男たちと別れる。

 

 周囲の人間もひょっとこの姿を確認したのち、何事もなかったかのように思い思いの行動をとっていく。 ときたまひょっとこに話しかける人達もいる。

 

 それを外側からみるティアナとスバルとヴィータ。 エリオとキャロは近くで砂遊びをはじめたようだ。

 

「ヴィータさん……ひょっとこさんが絡んだら魔法でも納得してくれそうですね、ここの人達って」

 

「というか、ひょっとこさん海鳴でもこんな感じなんですか」

 

 ヴィヴィオと膝に乗せたまま、フレンドリーに話しかけてくる一般人にこれまたフレンドリーに返すひょっとこをみてティアナがヴィータに疑問を投げる。

 

 その疑問にヴィータは面倒そうな顔をしながら答えた。

 

「学校にもたまにいるだろ。 学校の名物生徒や名物教師。 アイツはそれとおんなじで、海鳴の名物人間みたいなもんだからな」

 

「いい方か悪い方か、どちらですか?」

 

「勿論、両方だよ」

 

 溜息混じりの声を出すヴィータであった。

 

 

           ☆

 

 

「あ~、しんど。 そりゃさ、いきなり海鳴から消えたから色々と憶測は飛び交うと思うけど、どうしてほとんど『あいつ変な食べ物食って死んだらしい』なの? おかしくね? それ絶対になのはの役目だろ」

 

「なのはママの?」

 

「そうそう、なのはママの」

 

 ヴィヴィオの頭を撫でながら作ったパラソルの下に敷いてあるシートに座る。 いまきてるのはヴィヴィオとガーくんとスカさんとヴィータと新人達、そしてザッフィーである。

 

 大人組はもう少し後にくる予定だから……来てないのはなのはとフェイトとはやてとシグシグとシャマル先生とウーノさんか。 シグシグとウーノさんいる時点で心配ないな。 なのはも海鳴では恐怖の対象的な意味で有名人だし。

 

 はぁ……それにしても──

 

「ガーくん、いい加減諦めろ。 根性で海水適正Sにするんだ」

 

「ウゥ……デモカイスイニガテ」

 

「困ったな~……」

 

 ヴィヴィオの隣で顔を項垂れているガーくん。 まいったね、あのガーくんが海水のべたべた苦手だなんて。 ガーくんの尋常じゃないスペックで仇となり、感覚が鋭くなってるのかな?

 

「はっはっはっはっは! こういうときに私がいるのだよ!」

 

「あれスカさん。 なにそのオイルみたいなの」

 

「よくぞ聞いてくれたひょっとこ君! これは海水でも淡水のような状態に感じられるオイルだよ! これを全身に塗ればガーくんもベタベタに悩ませることはなくなるぞ!」

 

「ホント?」

 

「勿論だとも、私に不可能なことはないよ。 さぁ、ヴィヴィオ君。 これをガーくんに塗ってあげなさい」

 

「はーい!」

 

 スカさんがヴィヴィオにオイルを渡す。 ヴィヴィオはそれをもらい、ガーくんの全身にぺたぺたと塗っていく。 ガーくん気持ちよさそうだな。

 

「なぁ、スカさん。 これって人間にも効果あるの?」

 

「ふむ、効果はあるものの、あくまで感じることができるだけだから結果的には海水を浴びているのと同じだよ」

 

「あー、なるほど。 スカさんなら触れた海水を淡水に変えることができる薬くらい作れそうだけど」

 

「うむ、本当はそれをしたかったのだが……30分ほど前に急遽作ったので、勘弁をお願いするよ」

 

「いや、30分じゃ普通作れないよね。 スカさんやっぱ天才だわ」

 

 ヴィヴィオのほうをみると、丁度ガーくんの全身に塗り終えたところであった。 ガーくんはもう一度挑戦しにいくらしく海のほうへと一目散に駆けて行った。

 

「パパー?」

 

「ん? どうしたヴィヴィオ? トイレか?」

 

 そう聞くとヴィヴィオはぶんぶんと首を横に振って、かわりにさっきのオイルを差し出しながら笑顔で言った。

 

「ヴィヴィオにもぬって!」

 

 ……これは困った。 いや、本当に困った。 やってあげたいけど……ここでヴィヴィオにオイルを塗ろうものなら間違って穴に指を入れてしまうかもしれないし……、そんなことになったら俺はこの先どうすればいいというんだ。 確実になのはとフェイトに家を追い出される。

 

 しかし──

 

「はやくー!」

 

 ヴィヴィオには他意はないわけで、ここで俺が拒否するとヴィヴィオは悲しい思いをするだろうし……せっかくの海の思い出を俺の我儘で辛い思い出にはさせたくない。

 

「よーし、ヴィヴィオ。 それじゃパパが全身をべたべたと触っちゃうからな~!」

 

 そうして俺はヴィヴィオに触れる──前に誰かの手が肩に置かれる。

 

 後ろからでもわかるこの怒気。 きっと背後には修羅がいるに違いない。

 

「俊く~ん? 面白いことしてるね~。 オイル塗る相手が違うんじゃないかな~?」

 

「はっはっは……ヴィヴィオが俺に頼んだんだよ。 いわば、俺以外にはオイルを塗らせたくないわけであって、これにより俺がお前らに怒られるということは──」

 

『ヴィヴィオ、フェイトママがオイル塗ってあげようか?』

 

『わーい! フェイトママだいすきー!』

 

「……なのはさん」

 

「……なに?」

 

「……娘とのスキンシップは大丈夫だよね?」

 

「そうだね。 けど──オイルはわたし的にアウトかな」

 

 脱臼で済んでよかったです。

 



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68.俺の股間がカンピオーネ

 がやがやと女性達がロッカールームで水着に着替えているのを横目に私はハイビスカスの絵柄が描いてあるビキニを手に取った。

 

 今日はこれから沢山みんなと遊んで、ご飯を食べて、あわよくば彼と一緒に……

 

 そんなちょっとした期待を持ちながら下着を脱ぐ。 昨日は頑張って縞々パンツをはいたけど、今日はちょっとだけ大人の雰囲気を醸し出した黒を穿いてきた。 ……彼は見てくれなかったけど。 いや、べつに彼に見てほしくって穿いたわけじゃないんだけどね? なんだろう、いまちょっとだけ私の見る目が変わった気がする。

 

 けど……ちょっとくらい覗き込む仕草をしてほしかったな……。

 

 そんなことを思いながら水着に着替えようとすると、隣にいるなのはが肩を叩いてきた。

 

「ね、ねぇ? ピンク色のビキニと、す、スク水はどっちがいいと思うかな?」

 

「なのは、年を考えようよ」

 

 かれこれ10年の付き合いになる親友のなのはが、ピンク色のビキニとスクール水着を片手に聞いてきた。

 

「わ、わかってるよ!? なんか危ない犯罪の香りがするのはわかってるけど……、好きそうじゃん……」

 

「いやいや、好きそうだからって着てこられたからビックリするよ」

 

 そういって私は水着を着る。 う~ん、ちょっと胸が苦しい……。

 

「えっと……パレオはっと」

 

 ロッカーをごそごそと漁ると、奥のほうに封印したものが誤って下に落ちる。

 

 てすたろっさ(スク水)

 

「…………フェイトちゃん?」

 

「え~っと……好きそうじゃん?」

 

「わたしには言っておいて、自分は着る算段だったの!?」

 

「い、いや違うよなのは!? 恥ずかしいからやめたよ!? なのはみたいに痛い子にはなりたくないし!」

 

「べ、べつに痛くないよ! 喜んでくれるもん!」

 

『主はやて、実際のところアイツは好きなのでしょうか?』

 

『素直にツインにしたほうが喜ぶやろな~』

 

「「…………」」

 

 ずっと思ってたんだ。 髪が長いからツインテールにしようかな~、と。 べつに彼のためとかじゃないよ。 ほんとだよ?

 

 私もなのはも無言で髪を結ぶ。

 

 結ぶ終えた私たちはとくに何を喋るわけでもなく、というか、喋れずにそのままロッカーを閉める。

 

「あれ、なのはちゃん。 それパッド──」

 

「ダメ!? 言わないで!?」

 

「なのはちゃん、あの人はそんなこと気にしないから大丈夫だと思いますよ?」

 

「シャマルさんまでやめてください!? わたしにも意地はあるんですよ!?」

 

「……無乳のエースオブエース……」

 

「シグナムさん、ちょっとお話があるんですが」

 

 なのはが涙目でながらも怒りで顔を真っ赤にしてシグナムに詰め寄る。 なのはも大変だね……。 でも──彼は大きいのと小さいの、どっちが好きなのかな?

 

 

           ☆

 

 

「う~……大きい人は小さい人の気持ちがわからないんだー……」

 

「な、なのは? あんまり胸を見られると……」

 

 なのはと二人、砂浜を歩きながら彼のいる位置へと歩いていく。 基本的にバカでお祭り男だから騒がしいところにいけば見つかるだろうし。

 

 じっとみていたなのはが、ふと何を思ったのか私の胸に手を置いてきた。

 

「な、なのは!? なにやってるの!?」

 

「いや……なんでこんなにおっきいのかなぁと思って……」

 

 そのまま軽く揉み始めるなのは。

 

「ひゃッ!? だ、ダメだってこんなところでそんなことしたら!?」

 

「う、うん……、だ、大丈夫だよフェイトちゃん」

 

「ん……あッ……! な、なにが大丈夫なのかサッパ……リだよ、んッ!」

 

「ふぇ、フェイトちゃん……だ、ダメだよそんな声だしちゃ……」

 

「そ、そんなこといわれても……、な、なのはが手を離してくれたら……!」

 

 フェイトの声を無視して、なのはは胸を揉む。 はじめは軽く触る程度だった手も、いまでは大きく撫でまわすように動かし、ときたま力を入れる。 その緩急と強弱の使い方でフェイトはたまらず声を出す。

 

「な、なのは……」

 

「フェイトちゃん……」

 

 なのはとフェイトの体が密着に近い形で近づく。 はぁはぁ……と荒い息と、んッ……という艶めかしい吐息が二人を支配する。

 

『はやてさん、あの二人は止めなくていいのでしょうか? 男性客が大変なことになってますが』

 

『シグナムいるし、なんだか二人とも本気っぽいしいいんちゃう? アイツの噂知ってる人間ならまずあの二人に手を出そうとは思わんよ。 それに、あの二人がそのままゴールしてくれたらこっちは独り占めできるしなー』

 

『成程、あなたのような人を小悪魔と呼ぶんですね。 なんだか時代すら思い通りにいきそうですね』

 

『時代の先駆者はいつも型破りで常軌を逸したバカと相場がきまっとるで』

 

「……フェイトちゃん、なんか……ごめんね」

 

「うん……きにしないで……」

 

 いまさらながら、周囲の人間に見られていたことを思いだした二人は顔を赤くしながら謝った。 いや、赤い顔は恥ずかしいという想い以外にもありそうではあるが。

 

「ん、なんだ。 もう終わったのか。 ではいくぞ、アイツが何を仕出かしているのかわからんからな」

 

 至近距離にほど近いところで待機していたシグナムが、私となのはに話しかける。

 

「なんだろう……初期のわたしは危ない部下に振り回される可哀相な上司という役回りのはずなのになぁ……」

 

 とぼとぼと三人で歩いていると、小さな声でなのはが呟いたのを耳にした。

 

 かける言葉が見つからなかった。

 

 

           ☆

 

 

「しかし海とはまた久しぶりですね、主はやて」

 

「せやな~。 一年ぶりやね」

 

「そこまで久しぶりでもなかったですね、主はやて」

 

「ゆるゆるで平和な世界観を舐めちゃあかんで」

 

 まぁ……年々犯罪率は減少しているし、近頃は義賊とかいうのも出てきたみたいだから管理局のほうもそこまで慌ただしくはないよね。

 

「けど、犯罪はなくならないよねー。 こればっかりはどうしようもないけどさ」

 

「しかしながら、主はやて。 でしたら魔導師ランクの高い私達って遊び過ぎではないでしょうか?」

 

 シグナムのもっともな意見に、はやては気にしてない風に答える。

 

「前にミゼット提督が言ってたんやけど。 『六課はアイドル的立ち位置である。 それは裏を返せば、その六課が慌ただしく仕事をしていると他の局員の不安の種になってしまうかもねぇ』 とかなんとか。 それに、六課は海とかいったほうがええで。 ……夏の特大号のいい種にもなるし」

 

「特大号?」

 

「ん、こっちの話や」

 

 なのはの疑問にはやてが笑顔で回避する。 けどまぁ……確かにあの六課が仕事をしてたら慌てるかもしれないね。 私は執務官だからそれなりに仕事はあると思うけど。

 

「けど義賊ですか~。 なんだか面白そうですね」

 

「シャマルは興味あるの?」

 

「へ? フェイトちゃんは興味ないんですか?」

 

「う~ん、あんまり興味ないかな」

 

「あれま。 他の皆さんは?」

 

『とくに興味ないなぁ~』

 

「うぅ……私だけなんですね」

 

 シャマルが肩を落とす。

 

 そうやって皆で話しているうちに、新人たちと先に来ていたヴィータやザフィーラ、それに彼とスカさんを見つけた。

 

 海水でびちゃびちゃになった紙袋がシュールすぎて怖い。 いつになったらあの紙袋を脱いでくれるんだろう。

 

「って、あれ? なのは、ヴィヴィオ見える?」

 

「いや……海水に勇敢に立ち向かうガーくんの姿しか見当たらない」

 

 二人で顔を見合わせる。

 

「「ヴィヴィオが危ない!!」」

 

 猛ダッシュで彼が休憩しているパラソルの方へと走る。 そこには私となのはが考えていたとおり、ヴィヴィオが彼に懐いて何かを掲げていた。

 

 そして──

 

『よーし、ヴィヴィオ。 それじゃパパが全身をべたべたと触っちゃうからな~!』

 

 このロリコン!!

 

 

           ☆

 

 

 脱臼だけで済んでよかったと判断するか、脱臼させやがって、と難色を示すかは人それぞれであるが、俺はこう判断する。

 

「俊くん、そこに正座しなさい」

 

「俊、正座」

 

 まだお仕置きは終わらない。

 

「なのは、フェイト。 俺の言い訳を聞いてくれ」

 

「聞くだけ聞いてあげる」

 

「聞いたからって何か変わるとは限らないけど」

 

 ……逃げ出したい。

 

 もう言い訳を諦めて、制裁を加えられる覚悟で他のことに集中することにした。

 

 マジマジと二人の水着を見る。

 

 なのはの水着は魔力光と同じピンク色である、それも鮮やかなピンク色だ。 なのはの可愛らしさと相まって抜群すぎる。 こいつは俺を萌え殺す気か。 ……どうやらパッドをつけているらしいな。 俺の目は誤魔化せないぞ。

 

 フェイトの水着は白色にハイビスカスの絵柄が描いてあるフレッシュ感抜群の水着である。 そして腰元には黒いパレオ……どうしてフェイトは俺のツボを知ってるんだ? パレオっていいよね。

 

「「なんかエッチな視線が……」」

 

 じろじろと見すぎたのか、なのはとフェイトは自分の水着を両手で隠しながら俺の視線上に肩を割り込ませる。

 

「いや……ただ二人とも可愛い水着だな~っと思って……。 それに俺の好きなツインテもしてるし」

 

 流石の俺も予想外。 あまり見ていると……大変なことになってしまう。 既に半起状態、正座をしているからいいものの……ここでなにかが起こってしまうと大変なことになってしまう。

 

「そ、そう? ふ、ふ~ん……べつに俊くんにそんなこと言われても嬉しくはないけど、まぁありがとう」

 

 さも当たり前だろと言わんばかりに、腕を組みながら喋るなのは。 まぁ、確かに可愛いとか俺限定で言えば言われ慣れてるよね。 もう少し気の利いたコメントができればよかったなー……。

 

「あー、すまん。 気の利いたコメントができなくて」

 

「へ!? い、いやべつにそんなことは……!?」

 

 なのはが手をぶんぶんと振りながら否定してくれる。 やっぱり優しいなぁ……。

 

 そんななのはの可愛らしい行動を見ていると、ずいっとフェイトが詰め寄ってきた。 体だけ詰め寄ってきたので、四つん這いの状態である。

 

「ねぇ、水着が可愛いの? 私は可愛くないの?」

 

「へ? いや……水着も可愛いけど、大前提としてフェイトが可愛いということがあるわけで──」

 

 フェイトの顔を直視できなくなり、思わず視線を下にさげる。

 

 そこには──桃源郷が広がっていた。

 

 フェイトの胸が大きかったのか、若干窮屈な様子のたわわに実ったおっぱいが天を目指そうと谷間を作っていた。

 

 思わずガン見する。 思わず直視する。

 

 体の中の全神経が、フェイトの胸に釘づけになる。

 

 なぜだ? 胸なら風呂場の入浴中とかに多少なりとも見てるじゃないか?

 

 なのに何故?

 

 頭の中で自問自答する。 俺の体はどうしたんだ?

 

「どうしたの?」

 

 フェイトが首を傾げながら聞いてくる。 その動きに合わせて少しだけ胸が揺れる。

 

「い、いやっ……とくになんでもないよ……」

 

 ごくり……そう生唾を呑み込んだ自分の咽喉音がやけに響いた。

 

 フェイトに聞かれてはいまいだろうか? そんな考えが脳裏によぎる。

 

「あーれーこーろーんーだー」

 

「わぷっ!?」

 

 そんな俺の背中に誰かが棒読み声で体当たりをかましてきた。

 

 この声の主はよく知っている。 なんせ俺が一番厄介になっている人物かもしれないのだから。

 

「はやてお前な──」

 

 背中にましゅまろが当たっている感覚を覚えて硬直する。

 

 え? これもしかして、え?

 

「んー? どしたん?」

 

 はやてはそう聞きながらも、あるものを俺の背中に押し付けてきた。

 

 柔らかい弾力が俺の背中を通して体全体に伝わってくる。 むにゅむにゅとしたマシュマロが俺の脳内を犯していく。

 

「は、はやて……? できれば離れてほしいかなー……なんて思ってるんだけど」

 

 前にはフェイト、後ろにはましゅまろを押し付けるはやて。 こんな状態をいつまでも続けられるほど俺の精神は強くない。

 

「離れてほしいなら自分から離れればいいやん? それはできんの?」

 

「で、できるよ! できるに決まってるだろ!」

 

 はやてから離れるために体を動かした──はずであったのだが、俺の体はまったく力が入らずにそのまま動くことができなかった。

 

「あ、あれ……? はやて、お前魔法使って」

 

「いや、何もしてへんけど?」

 

「いや、でも体が──」

 

 体がまったく動かない。 バインドで縛られたみたいにまったく動かないのである。

 

 そんな俺の状態を知ってか知らずか、後ろにいたはやてが首に手を回してきた、 そしてその手で俺の顔を撫でてくる。

 

「なぁ、俊。 もしかして、わたしの胸で興奮してるとか?」

 

「ば、ばかいえ!! これはお前らが来る前にちょっとはしゃぎすぎてだな──」

 

「ふ~ん。 そういえば俊。 わたしって意外に胸あるんやで?」

 

「そ、それがどうした」

 

「いやな、俊はロリ巨乳を認めたくないからわたしを貧乳扱いするやろ? けど、いい加減認めたらな~、と思って」

 

「い、いいんだよ! 俺はフェイトくらいの胸がいいんだ!」

 

「ふ~ん……、けど、そこは素直な反応をしとるで?」

 

 はやては撫でていた手をゆっくり、ゆっくりと下腹部に下げていく。

 

「ば、バカお前、ここには人が沢山いるわけで──」

 

「それじゃ、人がいない所なら……ええの?」

 

 はやてが右肩から顔を出し、そう聞いてくる。

 

「へ? えっと、そういうわけじゃ、いやでも、結果としてはやっぱりそうなって、で、でも俺にはなのはとフェイトという人がいて」

 しどろもどろの俺の顔を、はやて以外の誰かが強引に向きを変えさせる。

 

「私とお話し中でしょ? 私だけをずっと見てて」

 

 ぐきりっと嫌な音が首から聞こえてきた。 しかし、そんなことなど今の俺には気にならなかった。 だって、フェイトの顔が少し動けばキスできる位置まできていたのだから。

 

「俊。 俊はうろちょろしすぎだよ。 そんなんじゃ──」

 

 フェイトが何かを言おうとした瞬間、後ろのほうでなのはの声が聞こえてきた。

 

『……なんて……塊……』

 

 そのなのはの声に、俺とフェイトとはやてはなのはのほうに視線を向ける。

 

 なのははその視線を浴びて、いや俺と目線を合わせて若干涙をためながら叫んだ。

 

「おっぱいなんて脂肪の塊じゃん!」

 

「な、なのは……?」

 

「俊くんのバーカ! おっぱい魔人! 変態!」

 

「い、いや……あの、なのは? 人が見てるから……」

 

「俊くんなんて大っ嫌い! サメに食べられてしんじゃえ!」

 

 …………なのはに嫌われた。

 



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69.69だけでもう、えろいことを妄想するよな

「ヴィータさん、ひょっとこさんたちの所が騒がしいんですけど、なにかあったんですか?」

 

「アイツが思いっきり地雷踏んだ」

 

「はぁ……地雷……ですか?」

 

 スバルとヴィータが見つめる先には、なのはが涙をためながらひょっとこに何かを言っていた。 そしてそれをはやてとフェイトが後ろから冷や汗を流しながら見ている状態であった。 ひょっとこはほとんど放心状態で、糸の切れたマリオネットよろしく動かない。 その一部だけが和気藹々で楽しむ空間ではなくなっていた。 周囲の人間も見ないふりして、ときたまひょっとこに敬礼している人間までいる始末。

 

「なのはさんがほとんど泣きそうですね。 ぺろぺろしたいです」

 

「お前は上司をもう少し敬え。 しかしまぁ……あの空気どうするんだろうな」

 

「アイツの首を切り落とせば済むことじゃないのか?」

 

「シグナム、そんなことしたら発狂するぞ間違いなく。 無理無理」

 

 シグナムの真剣に考えた解を、ヴィータは呆れながら否定する。

 

 横にいたティアがヴィータに話しかける。

 

「ひょっとこさんなら首取れても大丈夫そうですよね、なんか普通にくっつけそう」

 

「お前はアイツに対してどんな目を向けてるんだ。 流石のアイツもそこまで人外じゃねえだろ」

 

「いや、そうとも限らんぞ、ヴィータ。 アイツなら首がくっつくかもしれない。 だから一度だけアイツの首を落として──」

 

「ザフィーラ! シグナム止めろ! こいつ危なすぎる!」

 

 ヴィータの声にザフィーラが一つ頷いて、シグナムを羽交い絞めにする。

 

「離せザフィーラ! 主はやてと密着したアイツを許しておけるか!」

 

「落ち着けシグナム! せめて腕にしろ! 腕なら生えてくるから!」

 

「む……、本当かザフィーラ。 ならば腕で勘弁してやろう」

 

「おい、いつからアイツはナメック星出身になったんだ。 確かに前写メで見せてもらったけど、アイツ自身は地球人だからな」

 

「ふっ、冗談だヴィータ。 守護騎士のリーダーは、そんな器の小さい人物ではない」

 

 そういって、ふと柔らかい笑顔でヴィータの頭を撫でるシグナム。 その身長さゆえか姉が妹を宥めている風に捉えることができる。 ヴィータは一つ溜息を吐いて、軽く笑った。

 

「まったく……頼むぞ、リーダー」

 

「あぁ──マミらせればよいのだろ?」

 

「なに一つわかってねえじゃねえか!? お前の器粉々に砕けてるだろ!?」

 

 結局、ザフィーラとシャマルの二人に取り押さえられたシグナムであった。

 

 シグナムを捕縛し終えたヴィータはやれやれといった調子で息を吐き出す。 そんなヴィータにスバルとティアが話しかける。

 

「私の予想だとひょっとこさんって、なんだかんだ言いながらはやてさんとゴールしそうですよね」

 

「スバル、冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ。 アイツが家にいるとかこっちが発狂しそうだ」

 

「けど、そうしてくれたら私がなのはさんと一日中下半身を中心的にぺろぺろできるのですが……」

 

「ティアは一度病院行ったほうがいいんじゃないか」

 

「けど、ひょっとこさんが頼りにしてる人ってはやてさんですよね? 何かあるとすぐはやてさんに連絡しますし、相談しますし」

 

「まぁ、確かにそれはあるけどな。 けど、アイツが最終的に頼るのはなのはだと断言できるぞ。 アイツとなのはの関係は、友達とか親友とか幼馴染とか、そんな関係じゃないからな」

 

「……それってエロい感じでしょうか?」

 

「残念ながら健全だ」

 

 ティアのどきどきとした視線に、ヴィータは頭を叩きながら答える。

 

「お前らも少しは知ってるだろ、闇の書事件」

 

「あ、はい。 軽くではありますが」

 

「あの時な、魔法が使えなかったアイツは裏方に回ったんだ。 しかもアイツが向かった先は管理局本部の限られた上層部だけがいる所。 まあ学校でいうところの生徒会みたいな所だな。 そこに直談判しにいったらしいぞ。 本人曰く、正論でフルボッコにされたらしいけどさ。 アイツはこの主張だけは譲らなかったみたいだ」

 

『なのはがこの永遠に続く負の連鎖、必ず断ち切ってくれます』

 

「そしてあたしたちと戦っていたなのははこう言ったよ」

 

『俊くんは必ずやってくれるよ』

 

「なのははアイツが闇の書の後始末と今後はなんかとしてくれると信じ、アイツは現在起きている事件をなのはが解決してくれると信じた」

 

 ヴィータは思い出す。

 

 大胆不敵に、満面の笑みで言い切ったなのはの姿を。 純白のバリアジャケットに身を包み、自分と対峙していたあの姿を。

どんなに拒絶しても、何度だって近づいてくる、あの恐怖の魔導師を。

 

「確かにアイツとはやてのコンビは怖いよ。 二人とも何をしてくるかわからないしな。 ただ、アイツとなのはのコンビはもっと怖い。 わかっていても止められないからな」

 

「それじゃ、ひょっとこさんとフェイトさんのコンビはどうなんでしょうか?」

 

「えげつない」

 

 ヴィータはそれだけいって、ひょっとこたちの方に視線を向けた。

 

「あのときのアイツは恰好よかったけどな。 いまじゃ見る影もない」

 

「時代の流れって悲しいですね……」

 

 ティアのトーンの低い声と、悲しそうな瞳に守護騎士たちが頷く。

 

「いいか、新人達。 ああいう男にだけは騙されるなよ。 ああいう男は刺されて死ぬか、泥沼にはまるかで、えらいことになるからな。 エリオ、あいつと同じ道だけは辿るなよ?」

 

「は、はい……」

 

 ヴィータの真剣なまなざしに、エリオはただただ頷くことしかできなかった。

 

 

           ☆

 

 

 大嫌い。 なのはが涙をためながらそう言ってきた。

 

「はは……な、なのは? いつもの冗談だろ……?」

 

「冗談じゃないもん! 俊くんなんて大っ嫌い!」

 

 なのははそういって俺のほうを見ずにそっぽを向いてしまった。 ……いったい何が悪かったのだろうか? いや、きっとまた俺が何か不適切で琴線に触れるようなことを言ったのは確かだろうけど……。

 

「そ、そうなんだ……。 俺のこと嫌いなのか……」

 

「うん」

 

 俺の確認する言葉に、なのはが大きく頷いた。 もうダメだ、なのはは俺のことを完璧に嫌ってしまったらしい。 いつもの冗談じゃない、本気の嫌い方だ。 長年傍にいるのだからそれくらいわかる。

 

 死のう。 もう生きている意味の半分は消えてしまったのだから。

 

 俺はよろよろとフェイトとはやてのほうに向きなおる。 二人とも冷や汗を浮かべてこちらをみていた。 そんな二人の内の一人、フェイトに目を向ける。 フェイトが生きる意味のもう半分なんだけど……ぽっかりあいた穴を感じながら生きるのは辛い。

 

「フェイト……バルディッシュ貸してくれない……?」

 

「えっと……、何をする気?」

 

「首切り落としてくる」

 

「はやまらないで!? 大丈夫、素直に謝れば大丈夫だから! 私も一緒に謝るから!」

 

「そ、そうやで俊! わたしも謝るから! 三人で謝ったら許してくれるって!」

 

「それじゃ、サメ探してくる」

 

「「だから落ち着け!?」」

 

 フェイトとはやてが必死に足と上半身にしがみつきながら俺を押さえる。

 

 それでも俺は止まらずにサメを探しにシートから出る──ところで、二人のほかに誰かが俺の腕を掴んだ。

 

 生気のない瞳で、よろよろとスローテンポで振り向く。

 

「き、嫌いだから……そばにいて……。 そ、その……俊くんに精神的ダメージを与えたいから……」

 

「……え?」

 

「だ、だから、一緒に座ろうよ……?」

 

 上目使いで俺のほうを見てくるなのはは顔を赤くしながら、もじもじとしながら、それでも俺の腕を離すことなくパラソルの下に引っ張り込もうとしていた。

 

「あ……うん」

 

 俺は茫然としながらも、なのはに引っ張られ先程の定位置に座る。 隣にはなのはが体育座りで座る。

 

『……あれはダメやな。 天然だから破壊力が段違いや……』

 

『狙ってないからねー……』

 

 フェイトとはやてがこそこそと話す声がかすかに聞こえてくる。

 

「ねぇ、俊くん?」

 

「な、なに?」

 

 その二人の声も、なのはの呼びかけで聞こえなくなる。

 

「俊くんは……大きいほうが好きなの?」

 

「い、いや……そういうわけじゃ……」

 

「でも、フェイトちゃんの胸がいいっていったじゃん」

 

「それはだな、えーっと……フェイトの胸は至高というかなんというか……。 こう、大きさとか関係なくてだな、いやでも大きいからこそいいわけであって、大きくなかったらやっぱりダメなような……、いやしかしながらフェイトのいいところは胸だけじゃないんだし──」

 

「……変態バカ」

 

「う゛っ、面目ない……」

 

 なのはの冷たい声に思わず謝る。 けど男ってこんなもんじゃないのか?

 

 なのははそんな俺をジト目でじっと見て──やがて、ふっと笑って見せた。

 

 その笑顔がどういうことなのか、いまの俺にはよくわからなかったが……どうやらそこまで機嫌を損ねているわけではなさそうだ。

 

 なのはは遠巻きにビーチバレーを楽しむ皆をみながら、感慨深いように呟いた。

 

「増えたね、わたし達の周りも」

 

「ん。 そうだな」

 

「はじめはわたしと俊くんの二人っきりだったのに。 ユーノ君に会って、フェイトちゃんと出会って、アースラの皆さんと会って、はやてちゃんと会って、ヴィータちゃん、シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラさんの守護騎士の面々、リインフォースさんに出会って。 ティアにスバルにエリオにキャロ、スカさんにウーノさんにおじさん。 そしてわたし達の大切な宝物のヴィヴィオとガーくん。 いつの間にか、囲まれちゃったね」

 

「ははっ、気付けば大所帯だな。 どいつもこいつも手放したくない奴ばかりだよ。 どいつもこいつも危なっかしい奴だからだからな」

 

 それに俺は既に、二回も手放しているわけなのだから。

 

 そういった俺に、なのはは呆れた溜息を吐く。 そして鼻先をちょんと叩いて膨れっ面をみせた。

 

「わたし達からしてみれば、俊くんが一番危なっかしいんだよ? そのくせ、だれよりも前に出て危険な役をやろうとする。 だから皆、俊くんを囲ってるんだよ?」

 

「おいおい、なにを馬鹿なこと言ってるんだ。 俺はいつも最後尾にいるぞ。 そこから皆を見守るんだよ」

 

「だーかーらー、俊くんが最後尾にいたら皆心配して後ろにいっちゃうに決まってるでしょ? ほんとおバカさんなんだから」

 

 何故かバカにされた。 あれ……? 最後尾にいると思っていたのは俺だけだったの……?

 

「まったく……やっぱり俊くんはダメダメだなー。 これだからダメ男なんだよ」

 

「だ、ダメ……男?」

 

 まさか好きな人にダメ男呼ばわりされるとは……。

 

 複雑な俺の心境を知ってか知らずか、なのはは俺の手をそっと握ってきた。

 

 そしてこちらに顔を向けて、満面の笑顔でいってきた。

 

「ダメ男さんはふらふらと何処かに行く癖があるから、しかたなくわたしが手を握ってあげましょう」

 

「む……、なんだよその言い方。 俺だってそんなふらふらとしてないぞ」

 

「はぁ……これだからキミはダメなんだよ。 そこらへんも少しずつ勉強しようね」

 

 うっ、俺ってそんなにふらふらしてるのかな?

 

『パパー! なのはママー!』

 

 遠くからよく知った声が俺たちを呼ぶ。 声のする方向に目を向けると、ヴィヴィオがこちらに手を振っていた。 その隣ではガーくんも手を振りながらこちらに駆けてくる。 どうやらガーくんのほうは海水の件、大丈夫なようだ。

 

「どーん!」

 

「きゃっ、こーらヴィヴィオ。 なんでわたし達の間に入ろうとするの」

 

「えへへ……、パパーだっこー」

 

 なのはの声を無視して、ヴィヴィオが俺のほうに両手を広げてくる。

 

 それに苦笑しながらも、可愛い娘に頼まれる快感に身をゆだね腋から抱き上げる。

 

 丁度対面する形での抱っことなった。

 

「パパー、ヴィヴィオのことすきー?」

 

「うん? 当たり前だろ、ヴィヴィオのこと大好きだよ」

 

 撫でながら答える。 隣のなのははあまり面白くなさそうに顎にヒジをつけて俺とヴィヴィオの会話を見ている。 もう犯罪者を見る目だ。

 

 ヴィヴィオは俺の答えを聞いて、満足したのか笑顔で言ってきた。

 

「えへへ、ヴィヴィオもパパだいすきー。 スバルンにきいたらね? パパはヴィヴィオのことすきだから、ヴィヴィオとパパはけっこん? できるんだって!」

 

「そ、そうなんだ~……。 す、スバルがね~……」

 

 全身に悪寒が這いよってくる。 体の芯が急激に冷えた感じがして、体がぶるぶると震えてきた。

 

「ねーねー、パパはヴィヴィオのおむこさんになってくれるんでしょー?」

 

「い、いやヴィヴィオ。 これはだな……。こ。言葉のあやというかなんというか……、そもそもパパとヴィヴィオとじゃ年齢差が激しいという問題が……」

 

「……パパはヴィヴィオのこときらい……?」

 

 先程まで笑顔だってヴィヴィオが顔を曇らせ、泣き目で俺に聞いてくる。

 

「そんなわけないだろ! ヴィヴィオのこと大好きに決まってるだろ!」

 

「ヴィヴィオもだいすきだよ? スバルンがさっきいってたもん。 すきなひとどうしはけっこんできるって」

 

 ヴィヴィオの無垢なまなざしが痛い。 確かにその通りなのだが、それはあまりにも夢物語というかなんというか。

 

 そんなあまりヴィヴィオに現実を叩きつけることができない俺に、代わりに隣の人物が叩きつけた。

 

「ヴィヴィオ、俊くんにはもう相手がいるからダメなの」

 

 ちょっと俺の思っていた言葉とは違う形だったけど。

 

「えー? だれー?」

 

「そ、それはほら……、いつも一緒にいる人……じゃないかな?」

 

 なのはがこちらをチラチラと見ながらヴィヴィオの問いに答える。

 

 ヴィヴィオはなのはの言葉を聞いて、隣のガーくんと必死に考える。 首を左右に揺らしながら考える姿がなんとも可愛らしい。

 

 そうして待つこと10秒、頭に閃きの電球が光ったかと思うと大声で叫んだ。

 

「おじさんだ!」

 

「……え、な、なのはは……俺とおっさんを結婚させる気なのか……?」

 

 なんて怖い女だ。 手を握ってくれるといいながら、谷に突き落とそうと誘導してやがる。

 

「ちょっ、違うに決まってるじゃん!? ほ、ほらヴィヴィオ! 他にもいるでしょ? 俊くんと一緒にいる女の人が!」

 

「……リンディメッシュさん?」

 

「俊くん、ちょっとお話しがあるんだけど」

 

「誤解だから!? たまたまヴィヴィオと三人で買い物したくらいだから!?」

 

「へ~……未亡人と娘を連れて買い物ねー」

 

 なのはが顔だけ笑顔でこちらに詰め寄ってくる。 その姿と覇気が恐ろしくダッシュで逃げ出そうとはしたものの、バインドによって縛られてしまった。

 

 そしてそのまま馬乗り状態へ。

 

「キミは手を握るくらいじゃ足りないみたいだね。 首輪が必要みたい。 それも決して外れないほど頑丈な首輪がね」

 

「い、いや、ごめんなさい!? よくわからないけどごめんなさい!」

 

 必死に命乞いする俺に、なのはは顔を近づけて耳元で囁いた。

 

 ──ダ メ

 

 後でスバル張り倒す。

 



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70.サメきたらしいよ

「いたいいたいいたいっ!? ひょっとこさん肩が外れそうなんですけど!?」

 

「気にすんな、お前らみたいな変人には多いぞ。 『きのせい』という病気は」

 

「いや明らかにあなたが私の肩を外そうとしてるからじゃないですか!? ちょっ、なんでそんな力が強いんですか!? ひょっとこさん一市民ですよね!?」

 

「あれ、スバルは知らないんだっけ? 俊くんは小さいときからわたしのお父さんやお兄ちゃんと一緒に修行してたから強いよ。 そこらの一般人より遥かに」

 

「それに加えて俺の父さんは、バカみたいな常識外れのスペックの持ち主だったからな。 俺もそのスペックを受け継いでいるというわけだ。 まぁ……俺は平和主義な上に痛いの嫌いだし、後ろで指示を出すほうが好きなんだけどな」

 

「私の肩外そうとしている男の人が平和主義なわけないですよね!? メシメシいってます、肩が悲鳴を上げちゃってますよ!?」

 

「あれだ、人間の体なんて遅かれ早かれ壊れるわけだしお前も管理局員ならそれを覚悟してだな──」

 

「嫌ですよ!? 助けてくださいなのはさん! 可愛い部下が襲われてますよ!」

 

「……可愛い……部下?」

 

「なんでそこで可愛らしく小首を傾げるんですか!? ほら、目の前にいます!」

 

「スバルはべつに可愛くないよ」

 

「最低だこの上司!?」

 

 なのはさん容赦ねぇ……。 冗談だとわかってるけど、あんな極上の笑みで言われるとかえって辛いな。

 

 現在、俺となのははスバルに尋問の最中である。 決して拷問とかじゃないところが、俺たちの大人としての配慮だよな。

 

 俺の状態はというと、触った感じ肋骨が折れてる。 まぁ……あの状態のなのはから肋骨だけで済んだのは御の字だ。 不幸中の幸いである。 そしてあの場を盛大に掻きまわしたヴィヴィオはというとガーくんとエリオとキャロと一緒に砂遊びをしていた。

 

「あのなぁスバル。 俺もなのはもフェイトも、ヴィヴィオには真っ当な人間になってほしいわけよ。 俺のような社会からのはみ出し者じゃなくて、なのはのようなポンコツじゃなくて、フェイトのような真っ当な人間になってほしいんだよ」

 

「あれ? 俊くんいまわたしのことポンコツっていったよね? 平気な顔してポンコツっていったよね? わたし達の絆は?」

 

「確かに、俺やなのはやフェイトのアニメ・ゲーム・マンガ好きをヴィヴィオが影響受けてるのは確かだよ。 けど、それくらい趣味の範囲だから。 それなのにさ、スバルが結婚だのなんだの教えるから、ヴィヴィオが小悪魔化したらどうすんだよ? 俺はヴィヴィオの隣にいる男性を何人殺さなければいけないんだ」

 

「いや、ひょっとこさんの中では殺すこと前提なんですか?」

 

「当たり前だろ」

 

「おいちょっと話聞けよ。 わたしのどこがポンコツなのかハッキリしよう。 これはわたしのプライドが許さないよ」

 

「けどですね。 ヴィヴィオちゃんがひょっとこさんとなのはさんが二人並んだ座ってる所を見て言ったんですよ。 『パパとなのはママがかまってくれない』って。 だから結婚をネタにしたらヴィヴィオちゃんが喰いつくかと思って」

 

「……あー、ごめん。 悪かった」

 

「いえ、分かっていただけたのなら結構です。 私もあそこまで食いつくとは予想外でしたし。 安易に結婚をネタにしたこちらも悪いですし」

 

「あの……そろそろわたしの話を……」

 

「しかしまぁ……べつにヴィヴィオを蔑ろにしてたわけじゃないんだけどなー。 やっぱりヴィヴィオ的には構ってくれないと思ったのか」

 

「そりゃ、ヴィヴィオちゃんはひょっとこさんやなのはさん、フェイトさんのこと大好きですからね」

 

「まいったね、娘を楽しませることができないなんて、ピエロ以前に父親として失格だよ」

 

 頭を掻きながら自分の失態に舌打ちする。 そりゃそうだよな……、ヴィヴィオの年齢だとまだまだ親と遊びたい頃だよな。 俺も父さんと遊びたい盛りだったし。 ……まぁ、いまも遊びたいのだが。

 

 砂遊びしてるヴィヴィオに近づく。

 

 ヴィヴィオは俺に気付いたのか、顔を上げると笑顔で自分の隣を叩きだした。 どうやら此処に座れという意味らしい。

 

 ヴィヴィオの言いつけどおりに座った俺に待っていたのは、ヴィヴィオの尻である。 もう少し詳しく言うのであれば、胡坐をかいた俺の膝の上にヴィヴィオが乗った状態である。 ついでにガーくんも俺の頭になぜかのった。 二人とも俺のどこかに乗るのが好きですね。 なんなら騎乗位で激しく腰振ってもいいんだぜ? ヴィヴィオの処女はパパが頂いちゃうぞー!

 

「「あ、あの、ひょっとこさん!」」

 

「はい? どしたのエリオとキャロ。 お腹痛い? トレイ付き添いしようか?」

 

「ぼ、僕たちもそっちに行っていいですか!?」

 

「え? どうぞどうぞ。 カモーン!」

 

 手をばしばしと両手で叩きながら促すと、エリオとキャロは嬉しそうに顔を見合わせて俺の隣に座った。 丁度、座席でいうと キャロ・俺(ヴィヴィオ、ガーくん)・エリオという感じだ。 三人揃って団子三兄弟である。

 

「ところでエリオとキャロは六課には慣れたかな?」

 

「は、はい! もう大丈夫です。 皆さん良い人ばっかりですし」

 

「六課は体よりも心が鍛えられそうです。 隊長の皆さんの経験談や意見を沢山聞くことができますし、何かあったときは全員で解決方法を考えたりして、最高の職場だと思ってます。 あ、この前も全員で解決方法を考えたんですよ?」

 

「ほうほう、それはどんな問題でどんな解決方法だったのかな?」

 

 キャロがいまにも話したそうに体をうずうずと動かすので、相槌を打って先を促す。

 

「あのですね! 誰がギルドマスターをやるかの問題で、はやてさんがギルドマスターをやることで解決しました」

 

「お前ら職場でネトゲやってんの!?」

 

「あ、いえ。 一応、PSPですね。 私もエリオくんもあまりできないというか……お仕事中だからやらないようにはしてるんですけど……」

 

「ヴィータさんを除いた人達が誘ってくるんです……。 ヴィータさんの近くにいれば安心なんですが」

 

「そっかぁ……。 ロヴィータだけだな、上司という立場は」

 

 後でロヴィータちゃんに良い子良い子してあげよう。

 

「まぁなんだ。 なにかあったら六課の皆に相談だな。 揉め事なら俺に相談することだ。 大抵のことはなんとかなると思うから」

 

 そう言ったところで、腹の虫が盛大に鳴る。 次いでエリオとキャロ、ヴィヴィオとガーくんの腹も鳴る。

 

「パパー、おなかすいたー」

 

 膝の上に座ってるヴィヴィオがばしばしと俺を叩きながら口を尖らせる。

 

「だな~。 俺も腹減った。 昼ごろに大人組とアリサとすずかが来るとは言ってたけど……。 先に飯食うか」

 

「海の家に行くんですか?」

 

「まあ、そこしかないからな」

 

 ヴィヴィオを肩車して立ち上がった俺に声をかけるエリオ。 エリオは俺の答えを聞いて、自分も行くと言い出した。 そしてそれを受けてエリオの隣にいたキャロも行くと言い出す。

 

「あ~、べつにここで待ってていいよ? ただ海の家の人に場所を少しだけ借りる交渉しに行くだけだから」

 

「え? 交渉ですか?」

 

「そうそう、海の家で俺が昼飯作るんだ。 だから少しだけスペースを貸してもらおうと思ってね。 毎年のことだからすぐに了承貰ってくるよ」

 

「まぁいいじゃないかひょっとこ。 エリオとキャロも連れていってやれば。 これも経験の一つになるだろうし」

 

 後ろからかけられた声に振り向くと、ロヴィータが腕組みしながら俺のことをみていた。

 

「これ経験になるか? まぁ、そこまでいうならいいけどさ。 べつに何かするってわけでもないけど」

 

「……お前はなんであたしの頭を撫でてるんだ?」

 

「ロヴィータちゃんはえらいでちゅねー。 いいこいいこでちゅー」

 

 ボキッゴキッ

 

「……調子にのってごめんなさい」

 

 ロヴィータちゃん、見かけによらず怖いのね。 いま股関節外されて、そして股関節戻されたよ。

 

 何事もなかったかのようにロヴィータちゃんはエリオとキャロを連れて歩きはじめる。 こいつ神経図太いな。

 

「そういえばひょっとこ。 さっきなのはがお前のこと『すっとこどっこい』とか言いながら怒ってたぞ」

 

「……なんで?」

 

「さぁ? またお前がやらかしたんじゃないのか?」

 

「むしろ一方的にやられたの俺なんだけど」

 

「ところでひょっとこ。 お前海の家で何作るんだ?」

 

「う~ん……どうせ海の家手伝うことになるだろうし、適当に食材ちょろまかして作るよ。 誰かが魚とか釣ってくれる嬉しいんだが──」

 

『サメだーーーー! サメがきたぞーーー!!!』

 

「「…………」」

 

 ……おかしい、ここ海鳴だよね? なんでサメがいるんだよ。

 

 固まってる俺をみて、ロヴィータちゃんが極上の笑みでサメのヒレが浮かんでいる方向を指さす。

 

「よかったなひょっとこ。 魚がきたぞ!」

 

「いやいやいやいやいや!? 確かに魚かもしれないけど、俺があれ仕留めんの!?」

 

「サメくらい倒せるだろ?」

 

「いけなくもないけど痛いの嫌いだし! 相手はサメですから!」

 

 そういっている間にも海水浴に来た客たちは悲鳴を上げながら逃げていく。 他の六課メンバーもこの異常事態に気付いたのか、こちらに駆け寄ってきた。

 

「ひょっとこ。 サメを倒せば、なのはもフェイトもはやてもお前に惚れるぞ?」

 

「え? ほんと?」

 

「間違いなく惚れる」

 

「よし、行ってくる」

 

 駆け寄ってきたなのはとフェイトとはやてのほうに一度目を向ける。

 

 三人とも俺とロヴィータが何を言っているのか聞き取れなかったのか、きょとんとした顔を浮かべていた。

 

 そんな三人娘にウインクし、高速でこちらに向かってくるサメの前に対峙する──途中でやめた。

 

「どうしたひょっとこ? さっさと死んでこいよ」

 

「いいよ。 それよりもさっさと海の家に行って交渉してこようぜ。 ヴィヴィオとエリオとキャロがお腹すかせてるんだし」

 

 俺はヴィヴィオを肩車したまま、エリオとキャロを連れだって海の家へと進路を固定してもう一度歩きはじめた。

 

「世の中は適材適所。 アレには俺よりも素晴らしい材料がきたから大丈夫だろ」

 

 そういってロヴィータに指さす。 遥か前方に仁王立ちしている男たちの姿を。

 

「心配すんな。 俺が信用するミッド最強の局員と、信頼する海鳴最強の剣士が相手だからさ」

 

 俺が指さす方向には、おっさんと士郎さんが水着姿で立っていた。

 

 どうやら今日の昼はサメ料理に決定したようだ。

 

 

           ☆

 

 

「悪いね、毎年毎年貸してもらって」

 

「へへ、気にすんなって! それより……そのサメ食う気なのか?」

 

「とりあえず、醤油焼きやバターソテーにしてみる。 ふかひれは絶対使えるだろうけど。 刺身は……いけるか?」

 

「いや、聞かれても困るが……」

 

 おっさんと士郎さんがサメを獲得してから10分。 俺は最初の予定通りに、海の家へ交渉に行った。 交渉自体はなんなく終わったわけだが──

 

「いや~、海の家って混むねー。 大盛況もいいとこじゃねえか」

 

 サメを捌きながら、隣で焼きそばを作っている店主に喋りかける。 此処は海の家にしては意外と金額も安くて、店主の腕もいいので毎年毎年盛況なのだ。

 

「おい、ひょっとこ。 お前の望み通りにタコ釣ってきたぞ」

 

「誰が2mのタコ釣ってこいといった。 タコ坊主が」

 

 おっさんがタコを片手に戻ってきたのはいいものの、その大きさに思わず悪態を吐く。 微妙にうねってるのがなんともいえない。

 

「ところで、いつ来たんだ?」

 

「お前が海の家に向かう途中だよ。 そこからサメが来たってんだから急いであそこに行った」

 

「ふ~ん。 あ、子どもたちに料理持ってってくれ。 俺や大人組はまだいいだろ」

 

 おっさんに先ほどエリオやキャロ、ヴィヴィオやガーくんにスバルにティア用に作った料理を運ばせる。 他の奴らは後回し。 子どもが一番である。

 

 海の家はやはりというかなんというか、俺たちのような大所帯には少し手狭なので先程のパラソルを少し大きくしてそこで昼飯を食べることにした。 といっても、紙皿を持っていくだけなんだけどな。

 

「ほぉ……かば焼きまで作ったか」

 

「意外と此処って食材があるんだよな」

 

 まぁ、そのかわり店主しかいなくて回らないんだけど。

 

「とりあえず、客を捌き終えたら俺も行くからそれまではだらだらとしててくれ」

 

『手伝ってくれー!』

 

「うーい! んじゃ、よろしく頼んだ」

 

 おっさんに軽く手を振って客の注文を取りに行く。 

 

 さて……午後からなにするかな。

 

 



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71.男たちのビーチフラッグ

 ようやく昼のピークが終わりを告げた。 結局のところ、サメやらタコやらは他の客にも出すことにして、少しでも量を減らすこととなったわけだが……。 何分、サメ料理は初めてのことなので勝手がわからなかったがそれでも客においしいと言ってもらえたので嬉しい限りだ。

 

 俺はそのまま若干疲れた足取りで海の家に置いてあるサイダーを一本貰って皆のいる場所へと歩いていく。

 

 白砂のなんともいえない感触が少しではあるが、子ども心を湧き立たせる。

 

 そうして歩いていると、ヴィヴィオが俺の姿に気づき手を振ってくれた。 それに俺も振り返してそのままパラソルのほうにお邪魔する。

 

 さて……どこに座ろうか。

 

 目の前にはシートをいっぱいいっぱいに広げた場所に全員が座っていて、俺の座る場所など残っていなかった。

 

 ……しょうがない、陽の当たる所でもいいか。

 

 そう考えてシートのはずれに腰かけよう──としたところで誰かが横から俺の手を握った。

 

 手を握った相手はフェイト。 そしてそのフェイトの横には狭いながらも空白ができていた。 フェイトはそのまま俺の手を掴んだまま、逆の手で空白部分を少しだけ指で指さす。 どうやら此処に座れ、ということらしい。 これはありがたい。 軽くお礼をいってそこに座ることに。

 

「はい、俊。 確保しといたよ」

 

「サンキュ、フェイト。 あ、サイダー飲む?」

 

「うん、ありがと」

 

 フェイトから自分用の料理を渡されたので、ついつい無意識にサイダーを飲むか聞いてしまった。 ……まぁ、飲み物はまだあるしいいか。

 

 フェイトにサイダーをあげて、自分は割り箸で料理を食べる。 どれもこれも意外と上手くいった、と自分の中で思った。

 

「これからどうする?」

 

「う~ん……大人組がきたしなんか大人数でするスポーツやるか? ビーチフラッグとか」

 

「それ大人数じゃできないよ?」

 

「トーナメントとか?」

 

「うーん……」

 

 どうやらフェイト的にはビーチフラッグはあまりよろしくないらしい。 難色を示している。

 

 俺とフェイトが二人で考え込んでいると、目の前に白の水着が忽然と姿を現した。 思わずその水着につられて上を見上げてると──

 

「私達に挨拶抜きとはいい度胸じゃない?」

 

「あ、アリサちゃんダメだよ!? 俊君いま帰ってきたばかりなんだから!」

 

 ……そういえば、アリサ達も呼んでたな。 すっかり忘れてた。

 

「よお、アリサ。 その水着可愛いな」

 

「そりゃどうも。 それより、えらく疲れてるわね。 流石のアンタもあの人数を捌くのは骨が折れるのかしら?」

 

「まぁ若干ではあるものの疲れたよ。 いや、それよりごめんな。 呼んでたのに無視しちゃって」

 

「べつにいいわよ。 アンタは一つのことに集中すると他のことが見えなくなるし。 大方、フェイトと一緒にいることに夢中だったんでしょ?」

 

「い、いや……べ、べつにそういうわけじゃないけど……」

 

 何故バレた。 俺がフェイトとの至近距離のこの状態を楽しんでいることが何故バレた。

 

「そ、そうなの?」

 

「い、いや……まぁ……うん。 ほ、ほら、帰省してからあまりフェイトと喋れてないし、できればこういったときに喋っておきたいな~、なんてことを思ってたり」

 

 少なくとも、なのはやはやてよりも喋ってないし。 ちょっとフェイト成分が足りなくなってきた。

 

「そ、そうなんだ……」

 

「お、おう……」

 

 互いに会話が途切れる。

 

 き、きまずい……。

 

 ちなみにアリサとすずかの水着はともにワンピースタイプでアリサが白、すずかが紫だ。 さほど興味ない。

 

 フェイトとの会話が止まってしまうと、今度は前から俺の足をヴィヴィオが叩いてきた。

 

「パパ、ヴィヴィオおさかなたべたい!」

 

 そういって手に持っている皿を指さす。 成程、まだ食べ足りなかったのか。

 

「んじゃ、パパの膝においで。 はい、あーん」

 

「あーん!」

 

 ヴィヴィオを膝にのせて、箸でヴィヴィオの小さな口にも入るほどの大きさに切り身を切り大きく開けたヴィヴィオの口にゆっくりと入れる。

 

 ヴィヴィオはもぐもぐと咀嚼すると笑顔で

 

「ヴィヴィオもやる!」

 

 と俺の皿を笑顔で取った。 そのとき、醤油が俺の乳首にはねたが気にしない。 流石ヴィヴィオ、こんなときでもパパのツボを心得ている。

 

「はい、あーん!」

 

「ヴィヴィオちゃーん、ちょっと大きいかなー。 パパの口はそこまで大きくないからねー」

 

 魚を切り身をそのまま手に取って俺の口に強引にねじ込んでくるヴィヴィオ。

 

 成程、これがイラマチオですね。

 

 本気で苦しいです。

 

「こ、こらヴィヴィオ!? 俊がタップしてるからやめようね!?」

 

 笑顔で押し込んでくるヴィヴィオの手をフェイトが慌てながら止めてくれる。 あぶねぇ……フェイトが助けてくれなかったら口腔内を魚の切り身に蹂躙されて凌辱されてそのまま絶頂するところだったぜ。 切り身相手に絶頂とかいくらなんでも悲しすぎる上に間違いなく変態扱いされてフェイトから嫌われる。

 

 フェイトから止められたヴィヴィオは俺の顔を覗き込みながら、「ごめんね? ごめんね? パパ大丈夫?」 と謝ってくる。

 

 そんなヴィヴィオが可愛くて頭を撫でながらついつい許してしまった。

 

 ヴィヴィオには勝てそうもない。

 

 そんなヴィヴィオの横をふとみるとガーくんが物欲しそうに俺をみていた。

 

「ガーくんも食べる?」

 

「タベルタベル!!」

 

 聞くとガーくんが嬉しそうに返事をするので強引にねじ込まれた部分を噛み千切って口をつけてない所をガーくんにあげる。

 

 ガーくんは、はむ! と魚の切り身をくわえると踊り食いを始める。

 

「ガーくん、ちゃんと行儀よく食べないとダメだよ。 ほら、ここに座って」

 

「ハーイ!」

 

 そんなガーくんの踊り食いをみて、フェイトがガーくんに注意する。 そして自分の膝を叩いて座るように促す。 ガーくんはそれに素直に従う形でフェイトの膝に座り魚を食べる。

 

 そんなガーくんをみてアリサが一言つぶやいた。

 

「これ、物の怪の類じゃないの……?」

 

「物の怪がペットショップに売ってるわけないだろ」

 

「喋るアヒルもペットショップには売ってないわよ」

 

「新種のアヒルということだな」

 

「まぁ……アンタ達がそれでいいならいいけど」

 

 アリサが俺とフェイトをみながら、とても面倒そうな、それでいて胡散臭そうな目で言う。

 

「ガーくんいいなー。 フェイトママのおむねがあたってるよ」

 

「え?」

 

「へ?」

 

 膝の上にいたヴィヴィオの言葉でフェイトの膝にいるガーくんに目を向ける。

 

 そこにはフェイトの胸が頭の上に乗っているガーくんの姿があった。

 

「コレジャマ……、ガークンソッチイク」

 

 ガーくんはフェイトの巨乳に頭が何度か当たっているようで、それが嫌なのか俺の頭の上に跳んできた。

 

「「…………」」

 

 フェイトは顔を赤くしながら俯いて、俺は目から赤い涙を流しながら俯いた。

 

「ざっけんな……よ……! なんで俺じゃなくてアヒルなんだよ……! 望んでねえよ、そんなシチュ誰ものぞんでねえだろ……!」

 

 握りしめた拳の皮膚が裂け、血が滲むのが伝わってくる。 アヒル相手に怒りの矛先を向けるわけにはいかないので、上唇を噛みながらこの怒りが収まるのを待ち続ける。

 

 そんなとき、隣のフェイトが俺の肩をちょんちょんと突いてきた。 ぎこちない動作でなんとか振り向く。 表面上は笑顔であることを忘れずに。

 

 そこで見たフェイトは──とても可愛かった。

 

 顔を赤くしながら、あうあうと狼狽えながら何かを言おうとしていた。 思わず抱きしめたくなる。

 

「あ、あのね……? わ、私はアヒルに、む、胸を当てるほど……そ、その……アレじゃないからね? これは事故で、決して、その……アピールとかじゃなくて……」

 

「う、うん。 わ、わかってるから! フェイトはそんな子じゃないとわかってるから!」

 

「ほ、ほんと……? それじゃ、私のこと嫌いにならない?」

 

「なるわけない! なるわけないだろ! フェイトの胸大好きだよ!」

 

「……胸……だけなんだ……。 ぐすっ、俊は胸しかみてないんだ……」

 

「い、いやそうじゃなくて!?」

 

 俺の手をもったままフェイトが鼻をすすりだす。

 

『だれかリンディさん止めろ!? ひょっとこ殺されるぞ!? 目がマジでヤバイ!』

 

『ざけxfvtygぶhんp;:・j;l。k、hmjんgfdszxdfcjgvkhlb;んl;¥j:kjj・;l。、hmjんgfbxdzfcvごbpんmk:\/;l.,kjmhgfd007Acvgbhノkp@;lkjhgf!!!!!!!』

 

『くそっ!! 虚化しやがった!?』

 

『全員分のバインド引き千切ったぞ!?』

 

「フェイト……。 死ぬ前にいっておきたいことがある。 確かにフェイトは胸も魅力的だけで、それよりもその笑顔が一番俺は好きだよ。 なのはの笑顔も大好きだけ

で、それと同等くらいフェイトの笑顔が大好きなんだ。 PT事件のとき、俺がフェイトにいった言葉覚えてるか?」

 

「う、うん……。 『友達になろうなんて高望みはしない。 ただ一度だけ、俺にキミの笑顔を魅せてくれ』だったよね」

 

「あぁ、その通りだよ。 だから笑ってくれ。 フェイトの泣き顔も可愛いし、保護したくなるけどそれよりも笑ってくれ。 それだけで今日一日、俺は生きる希望ができるから」

 

 フェイトの両肩に手をおいてそう懇願する。

 

 ──キミの笑顔をまた明日も見るために、俺は今日を生きるから

 

 そういった俺に、フェイトはふんわりと笑ってくれた。 そして俺の顔に手をおいて、「しょうがないなぁ」 なんて言いながら顔を近づける。 体が金縛りにあったかのように動かない。 けど、それでもいいと思った。

 

 そして──

 

「、mヌhbygvtfcdrtfyヴ美のm:;lんbkvgcfdxztsxydtcヴゅgびほ:jjj・。l、kjyhdxdcfvgbhjんmk、

l。:;xdctfrvygぶひんjもk、l。;・:xdcfvgぶhんjmk、l。;・:!!!!!!」

 

 俺は虚化したリンディさんに首根っこを掴まれた。

 

 

           ☆

 

 

「……すいません、シャマル先生。 治療なんてさせてしまって」

 

「いえ……それはいいんですけど……、よく生きて帰ってこれましたね」

 

 パラソルシートの下、俺は寝転がりながらシャマル先生の治療を受けていた。 俺もよく生きていたと思う。 今日ほど父さんに感謝したことはない。

 

 ここにいるのは俺とシャマル先生だけ、その他の皆はシートから出て楽しそうに水をかけあっていた。

 

「それにしてもリンディさん怖かったですね、俺もう死ぬかと思いました」

 

「リンディさんのほかにも呪法を唱えていた人もいましたけどね」

 

「なにそれ怖い」

 

 そんな人が俺の周りにいるのか、怖すぎて近づきたくないぞ。

 

 ゆっくりとシャマル先生のヒーリングが俺の体を癒してくれる。 はぁ……落ち着く。

 

 癒されながら、他の面々をみることに。

 

 なのはは嬢ちゃんとスバルに追い掛け回されてる。 二人とも変態の目をしていた。 いつも通りだ。

 

 フェイトはヴィヴィオとはやてとシグシグとアリサとすずかと遊んでいる。 眼福である。

 

 リンディさんと桃子さんは年がアレなのに、無謀にもハイレグを着ていた。 ババア無理すんな。

 

『俊ちゃ~ん、ちょっとこっちこないー?』

 

 お二人とも美人でスタイルがいいので、俺が求婚を申し込んでしまいそうだ。

 

 ロヴィータと美由紀さんはエリオとキャロに泳ぎを教えているようだ。 みててほんわかする。

 

 スカさんとウーノさんはガーくんに何やら質問をしているようだ。 ガーくんが答えるたびに嬉しそうにしているスカさんの顔が気になってしまう。

 

 士郎さんや恭也さん、ザッフィーにおっさんはなにやらガチムチっぽいトークを繰り広げていた。 訓練がどうとか、むさ苦しいのでどこか行ってほしい。

 

 そんなこんなで皆をみていると、嬢ちゃんが俺に気付いたのかなのはを追い掛け回すのはやめてこちらに駆け寄ってきた。 来るな変態。

 

「ひょっとこさん、おじさんたちがビーチフラッグをやろうといってましたよ」

 

「え~、マジでやんの? 誰が相手?」

 

「おじさんとお義父さんと御兄さんとザフィーラさんとひょっとこさんのメンバーでやろうとのことです」

 

 ん? いまこの娘、士郎さんのことお義父さんって呼ばなかった? なに、この娘の中ではどういった家庭が出来上がってるわけ?

 

 深追いしたら帰れそうになさそうなので追及はやめておこう。

 

 寝転がったまま答える。

 

「まぁ、べつにそれはいいけどさ。 いつやんの?」

 

「いまからです」

 

 そういった途端、シャマル先生が全力で魔力を注ぎ始めた。

 

 いったい俺の体はどれほど負傷していたんだ……。

 

 

           ☆

 

 

「第一回! ガチムチビーチフラッグ選手権!!」

 

 はやての失礼な声とともに後ろでみている面々が拍手と応援の声をこちらに向けてくる。

 

「さぁはじまりました、最初で最後のビーチフラッグ選手権! In海鳴!」

 

 俺の隣に並ぶのは、士郎さん、おっさん、恭也さん、ザッフィー。 それぞれがそれぞれ準備運動をしながら体をほぐしている。 今回は相手が相手なだけに全員本気なようだ。

 

「まぁ、尺もありませんのでとりあえず出場者を紹介していきましょう!」

 

 ……適当だな、はやてさん。

 

 はやてが士郎さんにスポットを当てながら喋る。

 

「まずは喫茶翠屋の店長、高町士郎さん! エースオブエース、高町なのはのお父さんにして上矢俊の師匠でもあるこのお方! その神速は、文字通り神の如き速さ! そのスピードをいかして見事フラッグを手に取ることができるのか!? それでは士郎さん、一言お願いします」

 

 マイクを差し出される士郎さん。

 

「桃子──惚れ直すなよ?」

 

 かっけえええええええええええええ!? この人、やっぱりかっけええええええええええええええ!!

 

 桃子さんの顔を赤くしながら、『もうっ! ……大好きですよ』とかやってるし! なにこの夫婦、うらやましすぎる!? 俺もこんな夫婦になりたい。

 

 はやてが『こんな夫婦になりたいな~』とかいいながらおっさんのほうに移動する。 気持ちはわかるぞはやて。 憧れるよな、この夫婦。

 

「お次はミッドが誇る最強の局員! おじさん! その力と技でミッドの異常者どもを一網打尽! まことしやかに管理局最強ではと噂させているこのお方、今日はどんな

チートを魅せてくれるのでしょうか! おじさん、一言どうぞ」

 

「局員として、ここは負けるわけにはいかんな」

 

 俺の予想、おっさんは手を抜くはずだ。 こいつが本気になったら流石に勝負そのものがダメになるしな。

 

 はやては『頑張ってください!』 そういって恭也さんのほうに行く。

 

「お次は高町恭也さん! 高町士郎指導の下、着々と力をつける海鳴の若きエース! 今日は弟弟子の上矢俊がいる手前、みっともない真似はできるはずがない! そう豪語した恭也さん! いまここに親子二代の神速を見ることができるのか!? では、恭也さん一言どうぞ」

 

「忍にいい土産話ができそうだ」

 

 この人、もう勝った気でいやがる……。 おいおい、それはいくらなんでも早計すぎですよ?

 

「お次は私の自慢の家族、ザフィーラ! ベルカの守護獣たるこの男、常に鉄壁の守りをみせていたこの男がついに攻めに転じる! 獣のように疾駆する体、一度標的を決めたら逃がすことはないその鋭い眼光! ザフィーラに目をつけられたフラッグが可哀相である! さぁいけザフィーラ! 八神家の意地をみせつけるんや!! あ、なにか一言ある?」

 

「いや、あの……主はやての期待に応えられるように頑張るだけであります」

 

 ザッフィー可哀相、もう期待に答えなきゃ! という重圧が視認できるほど膨れ上がってるぞ。

 

 そしていよいよ俺の出番。

 

「最後は人類を陥れるために神様が送り込んだ刺客、上矢俊! ミッド一のバカにしてミッド一の異常者! その割には無駄に高いスペックを有するこの男! そのフラッ

グをもって誰に告白しにいくのか! これも見所に一つであります! あ、俊。 もちろんわたしにくれるやろ?」

 

「へ? まぁフラッグくらいやるけどさ。 それよりも告白って──」

 

『俊―! 頑張ってねー!』

 

『パパー! がんばれー!』

 

「おーー! みててくれよー!」

 

 フェイトとヴィヴィオが手を振ってくれたので、俺も振り返す。 フェイトの隣にいるなのははむくれている。 なんであいつはむくれてるんだ?

 

 これで全員分の紹介も終わった。 さて、ここからが本番だな。

 

「勝ったらキスしてあげるで」

 

 去り際にはやてがそんなことをいってきた。 ……何が何でも勝とう。

 

 皆で後ろを振り向き(みんなの方を向いている状態だ)うつぶせに寝る。

 

 さぁ──本気を出すときがきたようだ

 

 全員が固唾を飲んで見守る中、はやてが笛に口をつける。

 

 いつの間にか沢山の人が俺たちの行動をみていた。 それもそうか、こんなことしてるしな。 怒られないだけマシである。

 

「よーーい! どん!」

 

 八神はやての口から甲高い音が鳴った瞬間、四人は一斉に動きだした。

 

 まず最初に動いたのは高町士郎だ。 自慢の神速を遺憾なく発揮し、三人よりも一歩前に出た。

 

 そこに恭也が足をかけた。 恭也の足を刈り取るような動きに、士郎は思わず小さくジャンプする。 そこに動きを合わせるように俊が士郎の背中を踏み台にして飛び越える。

 

 俊はそのままの勢いでフラッグを手に取ろうとする──が、横からザフィーラの飛び蹴りが腹に命中した。 脇腹を抉りながら蹴られたザフィーラの足は最後に軽く捻りをくわえることによって俊への痛みを倍増させる。 肺の空気を吐き出しながら勢いをそのまま横に一気に移動する俊。 そんな俊の後ろ、その男は立っていた。

 

 背中にぞくりと悪寒が走った俊は本能に身を任せ前方に大きくジャンプする。 チッと音をたてて俊の後ろ髪がほんの少しだけ燃える。 髪を燃やしたのはミッド最強の局員である。

 

 この男、元からフラッグに便乗して俊を痛めつけるのが目的である。

 

 おっさんとザフィーラに挟まれる形となった俊。 流石に冷や汗を軽く流す。

 

 そうして三人が対峙している隙に、恭也と戦っていた士郎が一瞬のすきをついてフラッグに手を伸ばす。 それをみていた俊がザフィーラにアイコンタクトを取ると、ザフィーラは左足を軸に後ろを見ずに右足を蹴り込んだ。 その蹴り込んだ場所には丁度士郎の手。

 

 パシンと音をたてて弾かれた手を見て、思わず士郎はザフィーラを見る。

 

『舐めないでもらおうか』

 

 そういうザフィーラに、士郎は唇を軽く舐めて答える。

 

『上等だ』

 

 士郎は標的をザフィーラにかえ、一気に駆け出す。 身構えるザフィーラの後ろに神速で回り込み側頭部に手刀を叩きこむ。 容赦情けのない一撃がザフィーラを襲う。 普通ならばこれで倒れる。 否、倒れなければおかしい──のだが、士郎は相手を見縊っていた。

 

 相手は守護騎士であるザフィーラ。 そこらの一般人とは格が違うのだ。 手刀を叩きこまれてもなお、その眼光は鈍く、煌めきながら士郎を捕らえる。

 

 その眼光に士郎が一瞬怯み、距離を取る。

 

 その背後──恭也が握りこぶしをためながら待っていた。

 

 士郎が気付いたときにはもう、全てが遅く──恭也の拳が士郎の背中を襲う。

 

 背中を強打され、大きく距離をとった士郎。

 

 その士郎をみて、恭也はほくそ笑みながらフラッグを手に取ろうとする。

 

 ざわり……! 恭也の体が警鐘を上げる。

 

『蹴り砕く』

 

 その声が聞こえた瞬間──恭也の肩が何かを襲う。 トラックに撥ねられたような衝撃が走り、針糸を通すほどの精密さで骨と骨の間に親指がめり込む。

 

 そしてそのまま、恭也の頭を両足で挟み捻じり落とす。

 

『甘いぜ恭也さん。 こればっかりは負けられないんでね』

 

 そう言葉を残し、颯爽とフラッグを手に取る俊。 その体はぼろぼろで先程までおっさんと壮絶なバトルを繰り広げられたことを物語っている。

 

 俊はゆっくりとフラッグを手に取り、拳を天に上げ勝利を宣言──しよとした矢先におっさんの蹴りが顔面に命中した。

 

 おっさんはそのままマウントをとって俊をタコ殴りにする。

 

 それによって俊は思わずフラッグを遠くに投げる。 そのフラッグの行方は──ザフィーラの頭の上に乗ることとなった。

 

 ザフィーラはここぞとばかりに宣言する。 『俺の勝ちだ』 と。 しかしそれでも勝負は終わらなかった。

 

 ザフィーラの宣言を聞いてもなお、士郎はザフィーラの顔に砂をかけ背負い投げをする。

 

 それによって砂浜に打ち付けられるザフィーラ。

 

 丁度その頃、俊のマウントを取っていたおっさんに唾を吐きおっさんが防いだ瞬間を見逃さず腕を捻りあげ俊は脱出した。

 

 五芒星の形で全員がゆらりと立ち上がる。

 

 もはや全員──フラッグになど興味はなかった。

 

 あるのは──目の前の者たちを葬ることだけ。

 

 それぞれ首を回し、肩を鳴らし、指をしならせ、屈伸する。

 

 そして言い切る

 

『上等だ。 全員まとめてかかってこいや』

 

 ビーチフラッグはガーくんの手によって回収されていた。

 

 

           ☆

 

 

 他のメンバーがそれぞれを応援しているのを横目にアリサが呟く。

 

「あの……私の知ってるビーチフラッグと違うんだけど……」

 

「まあ、こうなることはわかってたんやけどな。 ほら、新人達に魔法なしの極限の戦闘がどれほどのものか見せようとおもてな」

 

「……はやては昔から策士よね」

 

 アリサの呆れた声にはやては可愛らしく舌を出して答える。

 

「なんのことかわかんな~い」

 

 俊たちの極限バトルは2時間にもわたり、最初から最後までギャラリーを飽きさせることなく終焉を迎えた。

 

 ヴィヴィオの放った

 

『ヴィヴィオおうちかえりたい』

 

 の一言によって。

 




無印終了みえてきました


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72.意気地なしのあなた

『せーの!』

 

「「ブタです……」」

 

「わたしとヴィヴィオは1ペア」

 

「1ペアー!」

 

「私は2ペアや。 俊は?」

 

「悪いね、フルハウス」

 

 スバルと嬢ちゃんとなのはとヴィヴィオとはやてと俺、全員の声が重なった後にそれぞれ自分がもっていた手札を場に出す。 嬢ちゃんとスバルが揃ってブタで、なのはとヴィヴィオが1ペア。 この二人は普通に手札をみて二人で交換してたけど可愛いので許した。 そしてはやてが2ペア。 てっきりストレートかフラッシュくらいはくると思っていただけに意外と拍子抜けである。

 

 俺はというとフルハウスだ。 まぁ、ぼちぼちのカードだったかな? 普通ならフルハウスがでた時点で勝ち決定なのだが──俺の隣でいまだ手札を出していないコイツが脅威でならない。

 

 隣に座っているアリサがほくそ笑みながら手札を場に出す。

 

「悪いわね、俊。 ロイヤルストレートフラッシュよ」

 

 アリサはそういって場に手札を滑らせるように出す。

 

 10 J Q K A のハート形。 どうみても勝てません、ふざけんなこの金髪。

 

「くそがぁああああああああああああ! なんでポーカーだとお前に負けるんだよぉおおおおおおおおおおおお!」

 

 勝てる勝負しかしない俺としてはアリサとのポーカーはダメなんだ。 妙に引きがいいアリサは常時フルハウスである。 こいつどういった星の元に生まれてきたんだ?

 

 のんびりタイムのこの時間、それぞれが好き勝手に行動しているときに持ちかけられたポーカー勝負。 絶対アリサがいなければ俺が1位で皆に好き勝手命令できたものを。

 

 じんべいスタイルの俺は足を組みながらぼやく。

 

「そもそも、アリサがポーカーにきた時点で勝利なんてあるわけないだろ。 特定のBGM流れ出したら勝利フラグと同じようにこいつがポーカーした瞬間、勝利フラグが出来ちまうもん」

 

「女々しい言い訳」

 

 隣でアリサで小さく呟く。

 

 いまのはカッチーンときたね。 完璧に俺キレたね。 なのはとヴィヴィオを巻き込んで俺もロイヤルストレートフラッシュ決めてやるよ。

 

 場に散乱しているカードを集めてくる。

 

「けどひょっとこさんもおかしいですよね。 勝負の間、ずっとジョーカー出てますけど」

 

「俺とジョーカーは友達だからな。 俺が『助けてくれ』というと笑顔で『いいよ』って返してくれる間柄さ」

 

「怪しい……」

 

 スバルが俺に嫌疑の目を向けてくる。 こっちみんな。

 

 しゃっしゃっしゃとくっていると、横からなのはが俺の袖を指さしながらいってきた。

 

「俊くん、袖からジョーカーがみえてるよ」

 

 

「まじで? あぶねぇあぶねぇ。 サンキュなのは」

 

 あぶねぇあぶねぇ。 イカサマがバレるところだった。

 

 極僅かだが見えていたジョーカーを定位置に戻してカードを配る。 ──ところで皆の視線がこちらに向けていた。 すんごい冷たい視線で。 視線のレイザービームで思わずターンを決めたくなってくる。

 

「ひょっとこさん……ずっとイカサマしてたんですね……」

 

「なにいってんだお前。 俺がいつイカサマしてないです宣言したよ? いままで見破れなかったお前たちが悪いだろ」

 

「ひどすぎます!!」

 

 スバルと嬢ちゃんが涙を浮かべながら抗議してきたので脱兎の如く逃げ出した。 だって怖いもん。

 

『あッ!? まってくださいひょっとこさん! いままで私達が受けた罰ゲーム、そのまま全部受けてくださいよ!!』

 

『そうです!! イカサマしたんだから受ける義務があるはずです!!』

 

「うっせータコ! 誰が目から牛乳飲んで口から出す宴会芸をするか!」

 

 

           ☆

 

 

 スバルと嬢ちゃんから逃げ切った俺はあの場に帰ることはやめて一人自分の部屋へと戻ることにした。

 

「あれ、フェイト。 俺の部屋で何してんの?」

 

「へ? え、えっと……ちょっとね……」

 

 ドアを開け自室に入ると、風呂上りで浴衣をきているフェイトが俺のベットに女の子座りをしていた。 微妙に見える生足が艶めかしく、かつ風呂上りということもあってエロい。

 

 とりあえず部屋にはいった手前、出るのも失礼になるかもと思い椅子に座る。 ノートパソコンでもつけよう。

 

 電源をいれ、しばしの間待つ。

 

 なんだかこうやってフェイトと二人だけの時間というのは随分と久しぶりな気がする。 いつもヴィヴィオかなのはがいたもんな。

 

「なんだか久しぶりだね。 ……俊と二人きりって」

 

「俺もたったいまフェイトと同じこと考えていたよ。 気が合うな」

 

「ふふっ、相性抜群だね」

 

 フェイトと二人で笑い合う。

 

 いまはこうやって笑い合うことができるけど、あのときは思いもしなかった。 ──こうやってフェイトと笑い合う時間がくるとは。

 

「なぁフェイト。 覚えてるか? こうやって俺たちが笑いあったはじめてのとき」

 

「うん、忘れるはずがないよ。 事件が終わった後だったね。 公園で向かい合って、私は俊にはじめて笑いかけたんだよね」

 

「そうそう。 あのとき、ちょっとだけ照れ臭かったのも覚えてる」

 

 ほんとはちょっとどころじゃなくて、めちゃくちゃ照れ臭かったんだけどな。

 

「知ってた? 私ね、俊のことはじめは警戒してたんだよ?」

 

「知ってるさ。 なんせ俺とお前の初対面のときのセリフが『話しかけてこないでください』 だもんな。 もうビックリだよ。 フェイトみたいなかわいい子に言われると心にダメージくるんだよな。 ちなみにフェイトで2回目だったよ。 1回目はアリサ」

 

「うー……、だってあの時の私はジュエルシード探すのでいっぱいいっぱいだったもん。 母さんとの約束もあったし。 それに俊ってば、私の家を特定してきて毎日毎日インターホン鳴らすんだもん。 立派なストーカーだったよ」

 

「そのときからフェイトに夢中だったのかもな」

 

 そのことは、いまも鮮明に覚えている。 管理人さんに連行されて士郎さん呼び出されて、おわびにシュークリーム渡すことになってよな。 ──そのとき俺はなのはにフルボッコにされてたけど。

 

「けどさ、俊ってば私と会うといつも必死に話しかけてくれたよね。 なのはを無視してどうにかして私と話そうとしてた。 あのとき後ろにいたなのはの顔は般若になってたよ」

 

「うっ……! そ、そこまでだったとは……。 いやまあ確かに何もできない幼馴染が魔法を使える相手に接近するのはなのは的には危ないからダメなんだろうけどさ。 ちょっとくらい見逃してもいいのに」

 

 そういった俺にフェイトは顔をマジマジと見て、その後溜息を吐いた。

 

「俊、ちょっとこっちきて。 お仕置きが必要だよ」

 

 ……え? いまのどこにお仕置きされる要素があるんだ?

 

 とはいうものの素直にフェイトの横に座る。

 

 フェイトが俺の手を握りながらいう。

 

「俊は覚えてるかな? 私のことを人形もどきっていったの」

 

「あぁ覚えてるよ」

 

 忘れるはずがない。 プレシア・テスタロッサがフェイト・テスタロッサに人形と告げたときのことだ。

 

 それに俺が思わず言い返したんだよな。

 

「『うっせークソババア! 人形が魔法使ったり 会話したり 排せつしたり 食事したり 泣いたり 悲しんだり 怒ったり 笑ったり ライバルと決闘したりするわけえだろ! てめぇの作ったものなんざ人形ですらない人形もどきなんだよ!』 私が崩れ落ちている横でそういったよね」

 

「その後俺はプレシアと口喧嘩したな。 プレシアがかかってこいよ、みたいな挑発してきたから隣にいるなのはの肩を叩いて『なのは、後は頼んだぞ』そうバトンパスしたよな。 あのときのなのはの顔は凄かった」

 

 えっ!? 私に丸投げするの!?

 

 みたいな表情浮かべてたし。 けどまぁ、まっすぐな眼差しで首を縦に振ってくれたけど。

 

 バトンパスするしかないじゃないか。 俺は戦うことができないんだから。

 

「人形もどき、それは言い換えるなら人形に成りなかった存在。 人形と人間の違いは心があるかどうか。 そう教えてくれたのは俊だよね。 ふふっ、9歳の私には少し難しかったよ。 ようは人間だって言いたかったんだよね?」

 

「あの頃はツンデレが流行してたからな、俺もちょっとツンデレってみたんだよ」

 

「そういうことにしといてあげましょう」

 

 フェイトはそういって強く強く俺の手を握りしめる。

 

 そんなフェイトをみて、俺の中で一つの質問が浮かんできた。

 

 本当は、ずっとずっと聞きたかったこの質問。 けど、怖くて言い出せなかったこの質問。

 

 この状況なら、言えるような気がする。

 

「あのさ、フェイト」

 

「ん?」

 

「もし、もしもだよ? 仮にあのとき、俺がプレシアの手を掴んで離さないで、プレシアを更生させて、プレシアの病も治って、そんでアリシアも復活させて、アルフやリニスと幸せな生活を作っていたら……とか妄想しないか?」

 

「ううん、そんな妄想しないよ」

 

「……そう、なんだ……。 けど、俺はそんな妄想してしまうよ。 プレシアとフェイトとアリシアとアルフとリニスが一緒になって生活してる光景を妄想してしまうよ。 フェイトだって妄想するんじゃないか? もしプレシアがなんの病もなく生きていたら、とか。 もしアリシアが生きていて、自分と二人仲良く過ごすことができていたら、とか」

 

 俺の訴えにフェイトはゆっくりと首を振った。

 

「亡くなった女を想っても、どうにかなることじゃないよ。 それにさ、私はいまのこの生活が楽しいよ。 俊がいて、ヴィヴィオがいて、なのはがいて、エリオとキャロがいて、はやてがいて、ヴォルケンの皆がいて、スバルがいて、ティアがいて、くだらないけど輝いている毎日が、どうしようもなく楽しいよ」

 

 どうして……どうして俺の幼馴染たちは、こうも強いのだろうか?

 

 俺はいつも最高の未来を考えてしまうのに。

 

 プレシアの生存と、病の回復。 アリシアの生存、リニスの生存。 初代リィンフォースの生存に、はやての両親の生存。

 

 皆が笑いあって暮らしている、そんな平和な世界を考えてしまうのに、俺の幼馴染はいまの世界がいいという。

 

「強いよ……強すぎるよ。 お前もなのはもはやても、皆強すぎるよ。 どんなに頑張ってもさ、結果が残らなかったら意味ないだろ。 俺みたいな奴は、考えてしまうよ」

 

「どう……考えちゃうの?」

 

「無力で無価値で無効な行動なんて意味ねえだろ……。 いくら頑張ってもプレシアはもういない。 アリシアはもういない。 リニスはもういない。 ほら、意味ねえじゃん。 なぁフェイトもそう思うだろ? 世の中は結果が全て、どんなに努力したって実らなければ意味はねえよ」

 

 無力な俺だからこそそう考えてしまう。

 

 無力な俺がやった行動なんて、結局のところ無価値であり、無効なのだ。

 

 プレシアの手を掴んだからなんだというんだ。

 

 結果として、プレシアを助けることができなかった。

 

 その時点で、ハッピーエンドにはならないのだ。

 

 そんな俺を、そんな俺の体を、フェイトは優しく抱きしめてくれた。

 

「無力でも無価値でも無効でも──無意味なものなんて一つも存在しないよ」

 

「そんなの……強者の言葉だろ……」

 

「ううん、絶対に違う。 意味のないものなんて存在しない。 例えいま足を空に蹴ったとしても、やがてその行動はどこかで活かされる。 ただ──それが結果に結びつくかはわからないけどね?」

 

 フェイトはゆっくりと俺の体を倒す。 丁度俺が下でフェイトが上の形になるように。

 

「俊は考えすぎだよ」

 

「人は考えることによって進歩してきたんだ。 考えをやめたらそこで終わりだろ」

 

「ほらまためんどくさいこといって誤魔化す。 そんな子にはお仕置きが必要です」

 

 そういってフェイトは俺のじんべいのヒモを解き、上半身をあらわにさせる。

 

 そしてその顔を、俺の胸に置いた。

 

 丁度鼓動を聴くように。

 

「ふぇ、フェイト……?」

 

「めっ! これはお仕置きだから──俊は喋っちゃダメだよ?」

 

 そうして固まる俺をよそに、フェイトは俺の鼓動を聴き続ける

 

 

           ☆

 

 

 こうして俊の鼓動を聴いてる私って、他人から見たらどんな風に映るのかな?

 

 きっと、へ、へんたいさんには映ってないと思うけど……

 

 ちらりと俊のほうをみる。 俊は私の言いつけ通りに声を出さずいた。 というより、思考を停止させていた。 おい、歩みが止まってるぞ?

 

 そんな俊の様子に少しだけムカついて、私は俊の胸を軽く撫でた。

 

 ビクッと俊の体が震えたのを感じた。

 

「……?」

 

 もう一度、軽く触ってみることに。

 

 さわさわ

 

 ビクッ

 

 …………もしかして?

 

 なんだか楽しくなってきた私は、ちょっとだけ指を舌で湿らせて俊の胸を優しく撫でまわす。

 

「……ひゃんっ……!」

 

「…………え? しゅ、俊……?」

 

「え? な、なに? ど、どどどどうしたの?」

 

「えっと……いま変な声が……」

 

「へ、へんな声? おいおい、フェイトの頭のほうが変なんじゃ──」

 

 早口でまくしたてる俊の胸をもう一度湿った指で撫でる。

 

「あっ……!」

 

「「………………」」

 

 ど、どうしよう……。 ちょ、ちょっとだけ可愛い……

 

 いつもとは逆な立場に少しだけ快感を覚えてしまう。

 

「だ、ダメだよ俊。 お仕置きなんだから声出しちゃ」

 

「い、いや……でもフェイトが俺の……乳首にだな……」

 

「へ? ち、乳首……!? さ、触ってないよ! そ、そんなとこ!」

 

「でも……そこどう考えても……」

 

 俊の指さした所、すなわち私の手に視線を落とす。

 

「……あっ……」

 

 確かに俊の、アレに私は手を置いていた。 しかもアレには微妙に水気が……。 こ、これって……私の、だ、唾液……?

 

 硬直する私。

 

 俊はそんな私をみて、苦笑いと愛想笑いを足して二で割ったような顔をしながらいう。

 

「ははっ、そういうのは似合わないよ、フェイトには。 えっと……下でゲームでもしないか?」

 

 そういって私の両肩を押さえて上半身を起こす俊。

 

 そんな俊を私はもう一回、力の限り押し倒した。

 

 えっ? えっ? と困惑する俊。

 

「……へたれのくせに……」

 

「あ、あの……フェイト……?」

 

「ど、どうせなのはとこんなことになったら、俊は嬉しがるんでしょ」

 

「い、いや……フェイトさん……?」

 

「いいよ……ゲームしようよ……」

 

「……へ?」

 

 俊の両手をバインドで縛る。 もう一度、馬乗り状態になった私は俊にいった。

 

「し、舌でゲームだったよね……」

 

 あ、あれ? なんだか顔が熱くなってきた……。

 

「そ、それ漢字が違うような……んぁっ!」

 

 顔の火照りを隠すために、私は俊の胸に顔を押し付ける。

 

 押し付けた私の目の前には、その……俊の、ち、乳首があって──ついついそれを触ってしまった。

 

 ……どうやら俊はこういったのが弱いみたい。 こんな状況なのに、俊の弱点を見つけることができてちょっと嬉しいと思ってしまう。

 

 私は一度顔を上げて、俊の顔の至近距離にまでいって若干どもりながらも喋った。

 

「しゅ、俊が悪いからね……? しゅ、俊が舌でゲームなんていったから……わ、私はただ、俊のちょ、挑戦を、う、うけるだけだから……! ほ、他に他意はないよ……?」

 

 どもりながらも言い切ったフェイトは、もう一度俊の胸に顔を近づけて、緊張した面持ちで俊の乳首をみる。

 

 そしてゆっくりと指を自分の舌にいれて、十分に湿らせたあと乳首の周辺を円を描くように触り撫でる。

 

 ゆっくりゆっくりと、焦らすように撫でていく。

 

 そのたびにバインドで縛られた俊が、体を震わせながらフェイトの名を呼ぶ。

 

「ふぇ、フェイト……!? だ、ダメだって……」

 

「ふふ、なんで? 俊の顔も赤いよ?」

 

 既にフェイトは昔魅せた、あの惚けたような顔をしていた。

 

 そして余裕があるのか、俊の乳首を撫でながら俊の顔を怪しく見ていた。

 

 俊は顔を赤くして、ただただその快楽を受けるのみ。

 

 やがて指での攻撃が飽きてきたのか、フェイトは俊にもわかるように舌をめいっぱい出してその舌先を軽く乳首につけた。

 

「んぁっ……! だ、ダメだってば……! そ、そんなことしたら……」

 

「ふぉんなふぉほしたひゃ、ひょうなるほ?」

 

 舌を出しているため、うまく喋ることができないフェイト。 しかしそれがより一層、場の雰囲気を性のほうに傾ける。

 

 フェイトの質問に、俊は答えることができない。 ただただフェイトのほうをガン見するばかりである。

 

 そんな俊をみて、フェイトは笑みを浮かべる。 そして舌先だけでなく、舌全体を使って俊の乳首を舐める。

 

「ずぅっ……ぺちゃぴちゃっ……んむっ、あっんっ……」

 

 フェイトの口から吐息が漏れる。 舌は俊の乳首を凌辱し、既に自分のものと化していた。

 

 そしてそのまま俊の顔に近づく。

 

「可愛い顔になってるね……。 そんなに乳首を弄られて気持ちいい……?」

 

 俊の顔に触れながら、もう片方の手でいましがた凌辱した乳首を弄る。

 

「……その……ひゃぁっ!」

 

「クスクス……、『ひゃぁっ!』だって。 可愛い声あげちゃって」

 

 俊は声を上げた理由は至ってシンプル。 フェイトが俊の乳首をつまんだからである。 それによって声をあげることとなった俊だが──その顔は既に羞恥に塗れ、今日の昼ビーチフラッグで見せた勇ましい姿とは打って変わっていた。 さながらウサギのようである。

 

「けど、俊がいけないんだよ? 私を本気にさせるから……。 ほ、ほんとうは私もこんなことしたくないけど……しょうがないよね」

 

 額にキスをおとし、もう一方の乳首を舐めはじめる。

 

 片手は既に終わった乳首を弄りながら、フェイトは一心不乱に舐め続ける。

 

「んっ、あはっ……なんでかな? 勃ってるよ? ねぇ、なんでかな?」

 

 勃った乳首をみながら、そう俊に話しかけるフェイト。 その顔はとても嬉しそうである。

 

「ふぇ、ふぇいと……」

 

「ん? どうしたの? なに?」

 

 俊は、はぁはぁ……と荒い息を漏らしながらフェイトの名を呼ぶ。

 そして──

 

『ひょっとこさ~ん? もう怒ってませんから皆で大富豪やりましょうよー』

 

『ひょっとこさん、はいりますよー?』

 

 ガチャリとドアを開けて、スバルとティアがはいってきた。

 

 現在の状況

 

 俊が下、フェイトが上でほとんど抱き合うような形である。 (俊は上半身裸、フェイトは少しだけ着くずれをおこしている)

 

 両手はバインドで縛られており、フェイトは少しだけ唾液を垂らしている。

 

 そんな状況。

 

 時が止まる。

 

 既にフェイトはいつもの状態に戻っており、あまりの自分の行動に顔が真っ赤になっている。

 

 俊はこの世の終わりのような顔をしていた。

 

 そしてスバルとティアは、

 

「「……ごゆっくり。 革命を期待してますよ」」

 

 そういってゆっくりとドアを閉めた。

 

「……なぁ、フェイト……。 このバインド、解除してもらえる……? これバレたらいくら未遂とはいえリンディさんに殺される……」

 

「う、うん……」

 

 俊の言葉にフェイトは着崩れを直しながらバインドを解除する。

 

 バインドを解除された俊は、一度大きく深呼吸をして──

 

「まってくれ嬢ちゃん! スバル! これは誤解なんだ!!」

 

 そう声を大にして飛び出した。 いうまでもなく、上半身裸の男がいきなり現れたのだ、リビングには悲鳴が轟く、俊の。

 

 そんな悲鳴を耳にしながら、フェイトは俊が着ていたじんべいを羽織り呟いた。

 

「……意気地なし……」

 



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73.翠屋で頑張ります!

 カランカラン──

 

「いらっしゃいませ~、喫茶翠屋へようこそ! 2名様ですね、こちらへどうぞ~」

 

 こんにちは、翠屋の“天使”高町なのはです! 翠屋の“天使” 高 町 な の は です!

 

 時空管理局に勤めてる魔導師であり、これでも一応エースオブエースと呼ばれています。

 

 ……あれ? 私って魔導師だよね? たしか魔導師だったはず……。

 

「ヴィータちゃん、わたしって魔導師だよね?」

 

「設定上魔導師だな」

 

 どうやらわたしはちゃんと魔導師みたいです。 最近、自分が魔導師だということを忘れそうになります。 そういえば、わたしはこれでもSランク以上の魔導師でした。

 

 そんなわたしですが今日は実家の翠屋でウェイトレスをやっています。 実家に帰るときはいつもやっていることなのですが、今日はなんと──

 

「スバルー、お冷どこに運ぶんだっけ?」

 

「あっちだったと思うけど……」

 

「パパー! アメさんもらったー!」

 

「ガークンモ!!」

 

「おいひょっとこ。 シュークリーム追加な」

 

『担担麺お願いしまーす!』

 

「おい誰だ、どさくさに紛れて担担麺注文したバカは」

 

 今日はなんと六課の面々が翠屋を手伝ってくれるそうです!

 

 わたしの目の前にはスバルとティア、一生懸命頑張ってるエリオにキャロに、新人達の面倒を見ながらも自分の仕事をキッチリこなしているヴィータちゃん、わたし達の愛しい娘のヴィヴィオ。 そして──エプロンを着てお菓子や軽食を作っている彼。

 

 そして今日はお父さんとお母さんがいません。 なぜなら今日は彼がお父さんとお母さんを休ませるために皆に声をかけたのですから。

 

 

           ☆

 

 

「ママー、あさだよー」

 

「ふぇ……? あ、あれ……もう朝なんだ……」

 

 ぺちんぺちんと頬に誰かの手が当たるのと、頭上から声かけられた声に目を覚ます。

 

 目を開けた先にはにっこり笑顔のヴィヴィオがわたしに「おはようママ!」と抱きついてきた。

 

 わたしはそんなヴィヴィオを抱きしめながらおはようの挨拶をして、一足先に部屋から出たであろうフェイトちゃんの後を追って自分の部屋を出た。 そういえば……昨夜のフェイトちゃんはちょっとそわそわしてたなぁ……。

 

「おはよー」

 

『おはよう』

 

 リビングに行くとフェイトちゃんとリンディさんにアルフさん、エイミィさんやエイミィさんの子供たち。 そしてお兄ちゃんにお姉ちゃん、お父さんが既に席に座っていた。

 

「おはようなのは。 今日は遅かったな」

 

「うん、昨日はしゃぎすぎちゃって……。 そもそも俊くんが上半身裸で出てくるのが悪いんだよ」

 

 まったく……何を考えてるんだかあのバカは。

 

「って、あれ? 俊くんは?」

 

「俊なら母さんと朝飯を作ってるぞ」

 

「へー。 って、まあ当たり前か」

 

 忘れがちだけで基本的に俊くんはうちの家事担当なんだし。 料理もそれなりにおいしいし。 そこらへんの人には負けないし。

 

「それにしても俊くんはどこに出しても恥ずかしくない男の子に成長したよね~。 平均スペックも高いし、ルックスもいいし、学生時代からモテたしね」

 

「お姉ちゃん、俊くんはどこに出しても恥ずかしいよ」

 

 いや、俊くんほど恥ずかしい人物はいないといっても過言ではないくらい恥ずかしい。

 

 だからこそ、こうしてわたしとフェイトちゃんが引き取ってるんだから。

 

 椅子を引いてヴィヴィオと二人、フェイトちゃんの隣に座る。

 

「……なに、その笑みは」

「なにも~?」

 

 無視無視。 お姉ちゃんに付き合うだけ無駄だよね。

 

 そう思っていると、丁度いいタイミングで俊くんとお母さんが談笑しながら入ってきた。

 

 ……そういえばわたしはすごいお母さん似なんだよね。 ということは……いま俊くんの隣で談笑してるのがわたしで、さっきまで台所で俊くんと料理をしてたのがわたしで──

 

「……ちょっといいかも」

 

 いや、本当にちょっとだけだけどね? でも──アリだよね、そういうの。

 

「おお、おはようなのは。 丁度いいところにきた。 ちょっと大事な話があるんだが、来てくれないか?」

 

「へ? だ、大事な話? ふ、二人だけで?」

 

「ああ、いやフェイトも一緒で──」

 

「ほらいくよ俊くん!」

 

 俊くんの手を強引に掴んでリビングから台所へ引っ張り込むわたし。

 

「で、で? 大事な話って?」

 

「お、おう。 いやあのな? 今日さ、俺たちで翠屋を回して士郎さんと桃子さんに休暇をあげようかと思ってるんだけど……」

 

「はぁ……」

 

「え!? なにその溜息!? 俺何も悪いことしてないよね!?」

 

「チッ……」

 

「あ、あの……なのはさん?」

 

「で?」

 

「え?」

 

「続きは?」

 

「あ、うん。 昨日のうちに新人達や八神ファミリーやスカさんには話をつけてあるから、あとはお前次第なんだけど……。 ほら、翠屋の跡継ぎって正式的にはお前だろ?」

 

 まぁ……それはそうだけど。 そういえば、なんでだろうね?

 

 そのとき、わたしの頭にふと閃く。 とある仮説。

 

 ──これって、ようは練習……?

 

 わたしと俊くんで翠屋を回せるかどうか……試すってこと?

 

 は~ん……成程。 俊くんは言外にそう言いたいんだね。

 

 まったく……そんなに照れなくってもいいのに。

 

「いいよ。 二人で頑張ろうね!」

 

「ああ、皆で頑張ろうな! 士郎さんと桃子さんには話をつけてくるから!」

 

 俊くんがお父さんとお母さんに話しをつけているので耳にしながら、わたしは小さく拳を作る。

 

「よし──がんばろ!」

 

 

           ☆

 

 

 で、蓋を開けてみれば──

 

「ロヴィータ、そっちのテーブルにコレ運んでくれ」

 

「はいよ。 ティア、そっちの注文取ってくれ」

 

「パパー! またアメさんもらったー!」

 

「ガークンモー!」

 

「俊、クリームってこんな感じ?」

 

「おお! うまいよフェイト! 味もいい感じ!」

 

「俊~、小銭が足らないんやけどー!」

 

「ああちょっとまってくれ! そこに『担担麺お願いしまーす!』 うっせえよ、さっきから!! 担担麺はねえから帰れ! 金だけ置いて帰れ!」

 

 なんで……こんなに忙しいの……!!

 

 六課の面々が慌ただしく店の中を駆けずり回る。 いつもの翠屋ならここまで忙しくないのに……。 これじゃ俊くんと落ち着いて話すこともできないよ。

 

『混んでるなー、やっぱり』

 

『そりゃしょうがねえよ。 ひょっとこさんが帰ってきたんだから皆会いたいんだよ』

 

 ……こういうとき、彼の意味不明のスキルが憎い。

 

 いっそのこと友達がいないキャラならよかったのに……。

 

 そういえば──今日は俊くんとフェイトちゃんがやけによそよそしい感じがするのも気になる。

 

 例えば──

 

『きゃッ!? ご、ごめんね俊。 手が当たっちゃった……』

 

『いやッ、俺こそごめん! だ、大丈夫か?』

 

『う、うん……』

 

 なんなのよ! なんなのよ、あの初々しい距離感は!!

 

 なんで微妙に空間があいてるの! なんで隣に並んでるのに微妙にスキマがあいてるの!

 

 撃とうか!? そこにディバインバスター撃ち込もうか!?

 

 轟け! わたしのディバインバスター!!

 

 

           ☆

 

 

 なんというか……昨夜の一件以来、フェイトとの距離感が保てない。

 

「おいひょっとこ。 スバルが摘み食いしようとしてるぞ」

 

「またか……。 おいスバル!」

 

「ふぁい?」

 

「摘み食い中じゃねえか!?」

 

 スバルに声をかけると既に口にチーズケーキを含んでいた。

 

 なんという早業。 でもやめてくれ。

 

「今日はお前の大好きな、なのはさんの翠屋を回してるんだ。 いいか? お前がここで頑張るとなのはさんがとても喜んでくれるぞ。 もしかしたら抱きついてくれるかもしれないな」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

 きたねえからチーズケーキ飛ばすな。

 

「ああ、当たり前だ。 俺の知ってるなのはなら絶対抱きつくはずだ。 一番頑張った人に栄誉を讃えて必ず抱きつく」

 

「うほおおおおおおおおおおおおお!! 頑張ります! なのはさんの処女のために頑張ります!」

 

 横からピンク色の魔力弾が一発飛んできて、スバルの顎を砕く。

 

「……すいません、調子のってました」

 

「まぁ……今日は俺もなのはも真剣だから、お前もそれなりに頑張れ」

 

 一気にテンションが落ちたスバルをみて、思わず頭を撫でる。 なぜかこちらにも魔力弾が飛んできた。 無差別すぎるだろ、翠屋の天使。

 

 冷や汗を垂らす俺のことなどお構いなしに、スバルはなにやら固く決心を誓ったように拳を握りしめて問う。

 

「ひょっとこさん、今日の私は本気です! スバルのイケメンターンです! さぁ、指示をお願いします!」

 

「家に帰って大人しくしといてくれ! 以上!」

 

「いらない子ですか!? 私はいらない子なんですか!?」

 

 目の前で暴れ出すスバル。 だってお前……摘み食いしかしてないじゃん。 しかも客の食い物つまんでいくし。

 

「それじゃ、後は頼んだぞロヴィータ」

 

「嫌な所でバトンパスしてくれるな……」

 

『青髪はいらない子ですか!? 魔女化したからいらない子なんですか! 私だって魔女化しますよ!?』

 

「ほら、スバルのソウルジェムをアイゼンと粉砕してやれ」

 

「アイゼンが穢れるからやだ」

 

「しょうがない、アルティメットなのはに頼むしか『担担麺お願いしまーす!』 帰れっていっただろうが!!」

 

 ひょっとこがいつまでも担担麺を注文する客を探し出そうとしていると、背後から誰かが抱きついてきた。 そしてそのままひょっとこの口に何かを押し込んだ。

 

「まあまあ、そうカッカしたらあかんで俊。 はやて様特性プチケーキでも食べて落ち着くことや」

 

「……。(もぐもぐ) おぉ! これうまいよはやて!」

 

「料理やお菓子作りは乙女の嗜みやで? 俊もこんな女の子をお嫁さんにもらったほうがいいんとちゃう?」

 

 抱きつき、俺の口に自分が作ったプチケーキを食べさせたはやては、そのまま俺の正面に回り込みながらそう言ってきた。

 

「確かに……朝、桃子さんと料理してて二人で料理を作るのは楽しかったかなぁ」

 

 

「うんうん、そうやろ? やっぱり二人で肩を並べての料理は新婚さんの気分もあるしな~」

 

「あー、わかる。 二人並んできゃっきゃうふふな感じだよな」

 

 まぁ、うちは俺以外が台所に立つことなんてありませんけどね。 というか、危ないので二人には包丁を持たせたくありません。 それで怪我したら俺は包丁作った会社を訴えるね。

 

『…………』

 

「あ、そうそう。 そういえば、前に俊と並んでご飯作ったな。 ほら、蕎麦のときの」

 

「ああ、そういえばそうだったな。 まぁ、あのときは楽しかったな。 出来もまあまあの仕上がりになったみたいだし」

 

『…………………』

 

「なんなら、もう一回作る? 二人で肩を並べて」

 

「おっ、いいなそれ! 俺もまたはやてと料理を作れて──」

 

 ちょんちょん

 

「ん? どうしたのなのは?」

 

「えっと……その……、ちょ、ちょっと二人で軽食でも作らない? 二人で」

 

「軽食くらいなら俺一人で作るけど。 オーダーはいったの?」

 

「い、いやそういうのじゃなくて……。 ただ、作りたいな~……なんてことを思ったり」

 

 視線をあっちこっちに動かしながらそう言うなのは。 抱きつきたい。

 

 けどまぁ──確かになのはと二人で作るのもアリだよな。

 

「それじゃ、二人で作ろっか」

 

「う、うん!」

 

 厨房を指さしながら、なのはと歩こうとする──すると、

 

「それじゃわたしもケーキ作る作業を再開しよーっと」

 

 と、はやてが厨房へ向かっていった。 ああ、まだ作ってる途中だったのか。

 

 って、あれ?

 

 そういえばフェイトもいたような──

 

「あ、俊。 ショートケーキができたよ!」

 

 笑顔でショートケーキを見せながら駆け寄ってくるフェイト。 しかしその歩みも俺の40cm手前で止まる。 やっぱり……昨日のことだよな。

 

 きっとフェイトも恥ずかしがってるんだよな。 はぁ……嫌われたらどうしよう……。

 

「って、いかんいかん。 なのは軽食だけど──」

 

 ナポリタンにでもしようか。 そう声をかけようと振り向くと

 

「……なのは……まけないもん……」

 

 何故か両手で拳を握ってるなのはがいた。

 

 今日の翠屋……乗り切れるかな?

 



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74.甘くはない

「あの……なのはさん……? ちょっと近いというかなんというか。 それじゃかえって料理ができなくなる──」

 

「だ、大丈夫! こ、これくらいで丁度いいから!」

 

 俊が隣にいるなのはに言うと、なのははソーセージを切りながら答えた。

 

 腋をしっかりとしめて猫の手にしたなのはは包丁とソーセージをじっと見つめたまま、不規則なリズムでありながら、しかししっかりと切り終えた。

 

 それを見て、心の底から安堵する俊。 どうやらこの男、なのはが包丁で怪我をしないかヒヤヒヤさせていたらしい。

 

 俊となのはの間──0mm。

 

 だからこそ、なのはと俊が同時に振り向けば──

 

「「あっ……」」

 

 二人の顔の距離も自然と近くなってしまうのが道理である。

 

「つ、次はなにをするのかな?」

 

「そ、そうだな。 材料を切り終えたし、さっそくナポリタンを作ってみようか。 それじゃ──」

 

「俊、今度はチョコケーキ作ってみたんだけど、どうかな?」

 

 俊がなのはに教えようとした矢先、俊の隣にいたフェイトが不恰好なチョコケーキを差し出しながら聞いてくる。 チョコケーキはたったいま急いで作りましたよ、というのが目に見えるほど荒い作りになっていた。

 

「…………」

 

 その歪な形に言葉を失う俊。 そう──チョコケーキはドクロの形をしていたのだ。

 

「な、なかなか斬新じゃないかな? お店には出せそうにないけど……」

 

 苦笑いを浮かべる俊の反応をみて、フェイトは顔を俯かせる。

 

「ご、ごめんね俊……。 材料を無駄にしちゃって……」

 

「そ、そんなことないぞフェイト! このチョコケーキもらっていいかな!? 俺いま甘い食べ物を食べたい気分なんだ!」

 

「う、うん! そ、それじゃぁ……、あ~ん」

 

 チョコケーキのチョコの部分を指ですくい、俊の口へと運ぶ。

 

「え、あ、あの……」

 

 いきなりのフェイトの急接近にたじろく俊。 先ほどまで距離感が掴めなかった女の子が、いきなりこちらの領域に踏み込んできたのだ。 いくら俊でもたじろいてし

まう。 否、俊だからこそたじろいてしまう。

 

 それでもフェイトは俊の口に指をもっていく。 その距離わずか5cm。

 

 生唾一つ、ごくんと呑み込んだ俊は──

 

「あーん。 う~ん……ちょっと甘いと思うよフェイトちゃん。 うん、──甘いよ」

 

 俊はまな板と熱い接吻を交わすこととなった。

 

 俊を押しのけたのはなのはは、そのまま俊の口に入るはずだったフェイトの指をくわえ舌で舐めとった後、そう評価を下した。 腐っても翠屋の看板娘、その舌はこの中で誰よりも確かなのである。

 

 そんななのはに下された評価を、

 

「う~ん、やっぱり甘いんだ。 それじゃ、もう少し苦くしたほうがいいかな?」

 

 そう頭を掻きながら逆に質問した。

 

「うん、そうだね。 苦いほうがいいかな」

 

 そう首を捻らせながら答えた。

 

「うん、それじゃ頑張ってみるね!」

 

「頑張ってねフェイトちゃん!」

 

「なのはもナポリタン作り頑張ってね!」

 

 二人とも拳を握りしめながら互いの健闘を祈る。

 

 二人の絆は、ちょっとやそっとじゃ崩れることはないみたいだ。

 

 フェイトがケーキ作りに専念するのをみて、なのははホッと胸を撫で下ろす。

 

「危ない危ない……。 さて──俊くん、はじめよう……か?」

 

 なのはが俊のほうをみて固まる。

 

 そこには──

 

「一度口移しをやってみたかったんや。 俊、ドキドキするな……」

 

「ちょっとまって!? 俺とお前とじゃ絶対どきどきの感覚が違うって!? どこの世界に包丁を相手に突き付けたまま口移ししようとする女がいるんだ!?」

 

「ほら、いま流行のヤンデレってやつやな」

 

「お前がいうと洒落にならねぇ!?」

 

 なのはがみた先には、親友のはやてが包丁片手に俊に口移しを迫っていた。 目がマジである。 そして俊は既に軽く泣いていた。

 

「ダメーー!!」

 

 それをみて、なのはは俊を突き飛ばす。 隅に頭をぶつける俊。

 

「え!? なんで俺突き飛ばされたの!? 絶対に違うよね!?」

 

「はやてちゃん! そ、そういうのはダメだと思うよ!」

 

「えー、なんで? いいやん、口移しくらい」

 

「だ、ダメなものはダメなの!」

 

 

「聞いてる!? 二人とも俺の話を聞こうよ!? まず選択肢が絶対に間違って──」

 

「えーやん、えーやん。 変態の俊はそういうの喜ぶで?」

 

「しゅ、俊くんの好みならわたしだって知ってるよ! 確かに俊くんのゲームの中にはヤンデレものもあるけど」

 

「ちょっとまてお前ら。 俺の秘密を知りすぎじゃないのか? こうなったら、お前ら二人を孕ませて──」

 

「とりあえず包丁は捨てて、いますぐに!」

 

「ははっ、そんなに怒らんでもちゃんと捨てるよ。 わたしだって管理局の人間やで? こんな危ない凶器で人が傷つくのはみたないよ」

 

 そういってはやては包丁を柱に刺す──俊のいる柱に刺す。

 

「…………!?」

 

 そして俊は厨房から逃げ出した。

 

「あ、おいひょっとこ。 オーダーがたまって──」

 

「うわーーーーん!! ロヴィータちゃん、もう俺にはロヴィータちゃんしか頼れる人がいないんだーーー!」

「ちょっ、いきなり抱きつくな気持ち悪い!!」

 

 俊が厨房から飛び出したところ、ヴィータが丁度俊を呼ぼうとしてたのかすぐ近くにいたので思わず抱きつく俊。

 

「ロヴィータちゃん、このさいロヴィータちゃんでもいい! 結婚しよう! 俺を守ってくれ! 大丈夫、ロヴィータちゃんのつるぺたボディも小さい女性器も俺は問題ないから! 俺の男性器なしでは生きていけない体にするから! もう一日中ベットの上で腰振っておこう!」

 

「えらく斬新なプロポーズだな、おい」

 

「久々にひょっとこさんが気持ち悪い」

 

「いや、いつものひょっとこさんじゃない?」

 

『それもそうだね』

 

「というか──気持ち悪いから離れろ!!」

 

 抱きつくひょっとこを、本気で不快そうにヴィータは殴って離れさせる。

 

「そんな……ロヴィータちゃんまで俺を見捨てるのかよ……」

 

「へ? お、おいひょっとこ……?」

 

 顔を俯かせ軽く鼻をすする俊。

 

 これにはヴィータも驚きいつもとは違う、優しさと焦りがブレンドさせれ声色でひょっとこに話しかける。

 

「だ、大丈夫か? そ、そこまで怖かったのか?」

 

「だ、だっておま……、甘い展開の所でさ、なのはといい雰囲気の所で、フェイトといい雰囲気の所で、いきなりはやてに包丁向けられて……しかも助けてくれると思ったなのはに突き飛ばされて……挙句の果てにははやてが俺の顔数ミリのところに包丁立てて……フェイトはフェイトでガン無視だったし……」

 

「これ絶対にひょっとこさんのソウルジェム黒くなってるよ。 ひょっとこさんも私と同じように魔女化するよ」

 

「いつの間にアンタは魔女化してたの」

 

 いまにも死にそうな顔をしてる俊に、ヴィータはどう声をかけようか思っていると──

 

 俊の肩をとんとんとヴィヴィオが叩いた。 それにのろのろと顔を上げる俊。

 

 そこには──アメの包装用紙を外して俊の口にアメを待機しているヴィヴィオの笑顔があった。

 

「パパー、だいじょうぶー? ヴィヴィオのアメさんあげるからげんきだして?」

 

「ガークンモアゲル!」

 

「ヴィヴィオ……ガーくん……、お前ら……!」

 

 俊はヴィヴィオを強く抱きしめる。 離さないように離れないように強く強く抱きしめる。

 

「ヴィヴィオー! やっぱりヴィヴィオだけだよ、俺の味方は!」

 

「えへへ、ヴィヴィオはパパのことだいすきだからずっとみかただよ?」

 

「うっ……ありがとうな、ありがとうな、ヴィヴィオ……! 決めた! 俺はヴィヴィオと結婚する!」

 

「ほんと!? わーい、ヴィヴィオもパパとけっこんするー!」

 

「ああ! そしてガーくんが俺とヴィヴィオの子どもだ!」

 

『ヴィータさん、ひょっとこさん止めなくていいんですか? あの人頭おかしいですよ』

 

『いつものことだろ。 ほっとけ。 心配した私がバカだった』

 

 外野からそんな声が聞こえてくるが、既に俊の耳には聞こえない。

 

「ヴィヴィオのあらゆる穴はパパのものだ! うへへへへへ! ヴィヴィオを対面座位でガンガン突きながら舌をいれてのキスをして、『パパのお○んちんなしではヴィヴィオ生活できない!』と言わせるまで調教してやるぜ!! うっひょおおおおおおおおお! ヴィヴィオ! いまから婚姻届をもらいにいくぞ!!」

 

「わーい!」

 

『ヴィータさん、なのはさんとフェイトさんが魔女化しました』

 

『そんなことより注文取れ』

 

『tantanmenonegaishimasu!!!』

 

『ヴィータさん、担担麺の人が魔女化しそうです』

 

『顔面に担担麺ぶつけとけ』

 

「よーし、行くぞ!!」

 

 ヴィヴィオをだっこし、ガーくんを頭にのせて俊は翠屋を飛び出した。

 

 それと入れ違いで翠屋へ入ってくるもの数名。

 

 シグナム・ザフィーラ・シャマル・ウーノの買い出し四人組みである。

 

 シグナムは外を指さしながらヴィータに問う。

 

「いまバカがマジ走りをしてたんだが、なにかあったのか?」

 

「いいや。 それよりなのはとフェイトと代わってくれ。 あいつら魔女化してるから使い物にならない」

 

「うむ、わかった」

 

 ヴィータの要請を快諾し、シグナムたちは店の仕事をはじめた。

 

 ──1時間後

 

 チリリリリッと大きな声を上げて翠屋の受話器が鳴る。

 

「ん? はいもしもし。 喫茶店翠屋ですが」

 

 それを一番近くにいたヴィータが取り、電話の要件を聞く。

 

 既にピークは過ぎ去り、俊もいないので客もあまり店内にいない時間帯になってきた。

 

「ああ、はい。 わかりました。 それじゃ、誰か迎えを寄越すと伝えてください、それでは」

 

 電話越しだというのに律儀に頭を下げてヴィータは受話器を置く。

 

「ヴィータさん、なんでした?」

 

 スバルの問いに、ヴィータは溜息を吐きながら答えた。

 

「アイツが警察に捕まったから引き取りにこいだってさ」

 

『なにがしたいんだアイツは!?』

 




慧音先生に叱られたい


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75.動き出す歯車

 『夢は醒めるためにある』

 

「監禁された。 ああ、それと先に言っておくべきことではあるが俺が警察に捕まってしまい誰が引き取ったのか、とかいうそこらへんの話は全てカットさせてもらう。 何故俺が監禁されているのかを考えればおのずとわかってくることではあるが。 しかしそもそもとして、主役たる俺が幼馴染相手に泣きながら土下座するのはいかがなものか、まあ若干快感ではあったのだがそれはそれとして別問題だと私はここに強く断固抗議をする。 まあ、抗議したところで意味はないわけだが。 しかしながら、これだけは読者の皆さんにはお伝えしたい。 あの時のなのははヴィヴィオが俺を必死に庇うほど恐ろしかったと。 さて、ここで本題に入ろう。 誰かさんが俺を引き取ったのが午後3時ごろ。 そしていまの時間帯が約10時。 人間というのはよっぽどの極限状態でなければ7時間もすれば排泄の一つや二つをしたくなるわけであって、そもそもとして俺がいきなりこんな喋りはじめたのはそこで俺のノートパソコンを勝手に弄ってる幼馴染に振り向いてほしいからである。 まぁ何が言いたいのかというと──なのは、おしっこしたい」

 

「そこにペットボトルがあるよ」

 

「放尿プレイだと……!?」

 

 なんという女だ。 平気で俺に放尿プレイを強制しやがるとは……!

 

 しかしながら、俺もただ放尿するのは嫌である。 やはり放尿プレイならば──

 

「なのは──俺の黄色いリポビタン、飲んでくれないかな?」

 

「消えろ変態」

 

 プロポーズ大作戦、失敗である。

 

「俺なら喜んでなのはの聖水飲むのに」

 

「まずそんなシチュがありえないよね」

 

「ですよね」

 

 数%くらい、見込みがあると信じたい……!

 

「しかしなのはさん、そろそろバインドで絞められた両手首が痛いのですが。 そして足のほうもそろそろキツイのですが。 それにマジで漏れる」

 

「いや、わたしだって俊くんとずっといるんだから我慢してるんだよ? そのくらい察してよ」

 

「……ペットボトル使う?」

 

「結構です。 いざとなったらお手洗いに行きますから」

 

「できればいま僕を連れていってくれると嬉しいな。 お前、大好きな幼馴染の前で漏らすんだぞ? それがどれだけのことかわかってんのか?」

 

「どれだけのことなの?」

 

「快感でテクノブレイクしちゃうかな」

 

「問題ないね」

 

 言われてみればとくに問題はなかった。

 

「そういえばなのは。 さっきから俺のパソコンでなにしてんの?」

 

「俊くんが前にインストールしてくれた魔法少女もののゲーム」

「魔法少女が魔法少女もののゲームをするってなんか微妙……。 あ、すまん。 お前もう少女って年じゃなかったな」

 

「張り倒すよ、ゴミ虫。 しょうがないじゃん、世界観がゆるふわなんだから。 わたしだって本当はスターライトブレイカーで頑張っちゃうんだからね」

 

「俺だってホワイトブレイカーで頑張っちゃうよ」

 

「どんな対抗の仕方なの。 ところで俊くん、この年上もののエッチなゲームは捨てておくよ?」

 

「え゛ッ!?」

 

「当たり前でしょ。 キミは幼馴染で魔法少女もののゲームしか買っちゃいけません。 ま、まぁ……変身したときに純白の衣装だったり……栗色でツインテールのヒロ

インとかなら……わたしが少しだけカンパしてあげようかな……?」

 

「なのはがいるからそれはいらない。 俺にとっては、変身したときに純白の衣装で栗色のツインテールのヒロインはお前しかいらないんだ。 だから絶対にそういった被り物は買いたくない」

 

「そ、そうなんだ……。 ふ、ふーん……」

 

「まあ、たまに衝動買いしそうになるけど。 ちょっとだけなら被ってもセーフということで」

 

「この浮気者!!」

 

 なのはが俺の顔面に蹴りを叩きこんでくる。 パンツが見えたのでよしとしよう。

 

「しかしまぁ、六課の面々も頑張ってくれたようで何よりである。 とくに守護騎士たちとエリオとキャロ。 お礼に今度コスプレを貸出ししよう」

 

「わたしなら拒否るかな」

 

「お前はバリアジャケットがコスプレだと何度言ったら──」

 

「でも俊くん好きなんでしょ?」

 

「大好きです」

 

「ならよし」

 

 何がよしなのかよくわからない。 女心っていうか、なのは心は複雑怪奇な代物である。 とんだプレパレードである。

 

 しかしまぁ……こうやってなのはと二人、部屋にいると落ち着くな。 つくづく俺ってなのは依存症だわ。

 

「ところで俊くん」

 

「ん?」

 

「──上矢のほうには帰らないの?」

 

「えー……それをいま聞いちゃうの?」

 

「うん、聞くよ。 だってあそこは大切な場所でしょ」

 

 ゲームを止めて、なのはが俺の方をみながら答える。

 

「一度でいいから、帰ったほうがいいんじゃない? 色々なもの、あそこに仕舞ってるんでしょ」

 

「行くよ。 ただ──今回の帰省では帰らないって決めてるんだ。 あそこに行くと、苦い思い出まで蘇える」

 

「……そっか。 それじゃ仕方ないね」

 

「ああ、仕方ないな」

 

 仕方ない──か。

 

 なのはは既にその話はおしまいという風にゲームに熱中する。

 

「なぁなのは。 お前はどうだった、この10年間」

 

「もー、いきなりなんなの? シリアスモードにでも突入しちゃうわけ?」

 

「いやいや、そんなことないさ。 ただ──なんとなく思っただけだよ」

 

 本当に、ちょっと思っただけである。

 

 なのはは俺のほうを見て、不思議そうな顔をしながらも天井を見上げ唸る

 

「うーん、幸せだったかな。 そりゃ、確かに取りこぼしたものもあるし、悲しくて辛いこともあった。 闇の書事件のときなんてまさにそれだよね。 けど──それでも、それすらも、わたしは受け入れて──幸せだったと評価を下すかな」

 

 ……こいつも、フェイトと同じか。

 

「そういう俊くんはどうなの? 幸せじゃなかった?」

 

「勿論、幸せだったよ。 いまも幸せだ。 お前がいて、フェイトがいて、はやてがいて、ヴォルケンがいて、新人達がいて、スカさんウーノ、おっさん、クロノにユーノ、そしてヴィヴィオ、皆がいて俺はこの10年間幸せだったよ」

 

「もう、ほんとにどうしたの? トイレ行く? 連れて行くよ?」

 

「なぁお前からみて、俺は強くなれたかな?」

 

「……へ?」

 

 俺の言葉になのはが疑問符を浮かべる。 それにそうだろう、なんせいきなりの展開なんだから。 けど──いま確認しなければ、もう二人っきりのチャンスなんてないと思うから。

 

「なのはは新人達に言ったよな? 『理想を説くには力がいる』ってさ。 あのセリフ、10年前に丁度、闇の書事件のときに言われたよ」

 

「それって……」

 

「ああ、俺とリンディさんだけの秘密さ。 今思えば、俺があそこに辿り着けたのも“上矢”の名前があったからなんだろうけどな。 その時に俺はとある人達と会った」

 

「とある人達? 確か俊くんは管理局に行ったから……局員さんかな?」

 

「ああ、局員さ。 流石のお前らでも恐縮するような──そんな人だったよ。 その人に言われたんだ。 『9歳の子どもの夢物語に付き合ってる暇はない。 力なき理想な

ど、ただの戯言にすぎない。 我を通したくば力をつけろ』 ってさ。 そしてその人は、俺に一つのエンブレムを放り投げた。 ぐしゃぐしゃに折れ曲がったエンブレムだ。 そしてその人は言ったんだ。 『力をつけたら返しにこい』 って。 そのエンブレムは、いまも俺の部屋に置いてある。 ……あの人もあの喋り方は無理してたんだと思うけどな」

 

「……?」

 

 なのはが小首を傾げる。 くそッ、可愛いなぁ。

 

 まあ、確かにいまいち要領の得ない話ではあるよな。 けど、それでいい。 いまはそれでいい。 ただ俺は──絶対に信頼できる高町なのはの評価が欲しいのだ。 この物語を終わらせるために──

 

「要領を得ない話でごめんな。 訳のわからない話でごめんな。 ただ一つ、俺はなのはに聞きたいことがあるんだ。 今度こそ俺は──笑顔で物語を終わらせることができるかな?」

 

 両手両足を拘束されてもなお、俺はなのはの目を真剣に見ながら答えを待つ。

 

 なのはは俺のことを不思議に見ながらも、意を汲んでくれたのかやがて真剣な瞳で大きく頷いてくれた。

 

「うん。 俊くんならできるよ。 だって俊くんは“法則壊し道化師”でしょ? できるに決まってるよ」

 

 笑いながらそう言ってくれるなのは。

 

 よかった──これで決心がついたよ。

 

 それじゃ、待っているあの子に伝えるか。

 

「あッ、なのは!? 俺もう漏れるから、いますぐペットボトルに出すから部屋出てってくれないかな!?」

 

「なんでそうやって雰囲気壊すのかな!? どんなシリアスブレイカーだ!?」

 

 なのはは顔を赤くしながら、『もー、バカ!』と言いながら部屋から出ていく。 ちゃっかり俺のノートパソコンを持っていくのがなのはらしいよね。

 

             ☆

 

 まったく……俊ってば、なのはを追い出すのにあんな手を使わなくても……。

 

 それにしても、気が重い。

 

 

 だって、俊の答えはもう決まったみたいだし。 いや、元から決まっていたのかな?

 

 

 だからこそ──俊はこれまで動かなかったみたいだしね。

 

「俊、はいるよ?」

 

 コンコンと扉をノックするが、俊の声は聞こえてこない。

 

 ……? 演出でもするつもりなのかな?

 

 少しの間まってはみるものの、俊からはやはり返事が返ってこなかった。

 

「俊、はいるからね」

 

 ガチャリ

 

「くそッ! 俺のチンコじゃペットボトルにはいらねえよ、というかバインドで両手足縛られてるからポイントが定まらねえ!!」

 

 パタン

 

 …………最悪の演出を見た気がする。

 

 両手足を縛られたままペットボトルで頑張ろうとしてる姿をみると、百年の恋も冷めてしまいそう。

 

『あっ、そういえばフェイトが待ってるんだった。 気配はするから、ちょっと恰好よく待っておこうかな』

 

 ごめんね……、ごめんね俊……!! もう無理だよ……! 

 

 一つ咳払いして、俊の部屋に入る。

 

 これから私は執務官としての仕事を始めます

 

          ☆

 

「遠路遥々ご足労痛み入ります、フェイト執務官。 一市民の上矢俊と申します。 どうぞお見知りおきください」

 

「執務官のフェイト・T・ハラオウンです。 上矢俊さん初めまして。 ──っていうやり取りをどこかの並行世界ではやってるのかな?」

 

「きっとな。 それでフェイト、要件はなんだ? もう少し早くきてくれたら、なのはと3Pできたんだけどな」

 

「ふざけないの。 俊もわかってるでしょ? ──ジェイル・スカリエッティのこと。 いま下でヴィヴィオと遊んでる人のことだよ」

 

 フェイトの言葉に頭を掻く。 まいったね、流石フェイトちゃんだ。

 

「あー……、もしかしてさ、フェイトが気付いてるってことは、他の面々も気付いてたり……?」

 

 恐る恐る聞く俺に、フェイトはとっても悲しそうな顔をして──

 

「非常に言いにくいんだけど──六課は通常運営みたい……」

 

 思わず顔を覆った。

 

 ようするにフェイト以外は気付いてないってことですね。 流石六課だ。 次元が違うぜ。

 

「まあ、だからといって何が変わるってわけでもないんだけどな」

 

「まあね。 そしてこの件はおじさんが担当してるんだって。 なんでかわからないけど」

 

「おっさんが? フェイトじゃなくって? おいおい、てっきりフェイトがこの件を担当してるんだと思ってたけど」

 

「勿論、私もできるんだけどね。 決定はおじさんが決めるみたい。 ちょっと距離を縮めすぎたのが原因なんだろうね……。 次元犯罪者と執務官の関係のままでいれば……ってね。 情は公平を捻じ曲げるっていうしさ。 そしておじさんは『あのバカに決めさせる』らしいよ。 ようは俊次第ってことだね」

 

 ……成程な。 確かに、周辺で“一般”市民は俺だけだしな。 リンディさんはこの場合、除外になるか。

 

「といっても、俊の中ではもう決まってるんでしょ?」

 

「ああ、残念ながらね。 それよりフェイト、お前はいいのか? ずっと探し求めていた相手だろ、スカさんは」

 

「確かに、私はずっと探してたよ。 もしかしたら、母さんのことも聞けるかもしれないし、あの人が関わってると思うからね」

 

 フェイトは俺の隣に座りながら、そう漏らす。

 

「けど、いまのあの人を逮捕するのは……なんだか勿体無い気がする。 このままあの人が何もしないでいるのなら……そう思ってはいるけど。 現実問題として、そうはいかないんだよね」

 

「ああ、確かにおっさんも言ってたな。 スカさんから仕掛けなければ~、みたいなこと言ってた。 ウーノさん、戦闘機人なんだろ?」

 

「うん……。 よく知ってるね」

 

「とある人達に聞いた。 流石は無限の欲望、天才だ。 けど──それ以上に変人だ」

 

「それ俊が言っても意味ないよ」

 

「ごめんなさい」

 

 確かにスカさん以上に俺が変人だった。

 

「俊はどうしたいの? 市民である俊が一言通報すれば、そこでスカさんを捕まえることができるよ。 おじさんは『5秒あれば片が付く』みたいだし」

 

「おっさん怖すぎ関わりたくない」

 

 フェイトがクスクスと笑う。

 釣られて俺もくすくすと笑う。

 

「なぁフェイト。 ごめんけど、もう決めてるんだ。 いまはまだ攻略法がわからないけど──ハッピーエンドにしてみせるよ、この物語。 スカさんだって、六課だって、管理局だって、登場人物全員が笑顔で終われる物語だ。 だからごめん──見逃してくれ」

 

 手を合わせて、フェイトに頭を下げる。

 

「うん、いいよ。 けど無理はしないでね? 無理をしてると判断した場合、ベットに拘束して一日中面倒みるから」

 

「すいません、それ性関係もアリですか?」

 

「……やる?」

 

「……え、……いや……えーっと」

 

「意気地なし……」

 

 フェイトはつま先で俺のミゾを蹴り込むと、サッと立ち上がり舌を出す。

 

「それじゃここで私と俊が会ったことは皆には秘密ね」

 

「あぁ、二人だけの秘密だ」

 

 そうしてフェイトは扉に手をかける。

 

「ねぇ俊。 俊の言ってることは夢物語じゃないよね? ──信じていいよね?」

 

 振り返り、俺にそう言ってくるフェイト。

 

 ……そうだよな。 フェイトだってずっと探してきたんだもんな。 スカさんバカだけど。 スカさんアホみたいなことしかやってないけど。 それでも──プレシアとつながりがあるのがスカさんなんだよな。

 

 俺はフェイトに向かって言い切る。

 

「夢は叶えるものじゃない。 夢は信じるものじゃない。 夢は見つめるものじゃない。 夢は視るものじゃない。 夢は掴むものじゃない。 夢は──醒めるものだ。 そして後に残ってるのは──ただの現実、物語だけさ」

 

 だから任せてくれ、フェイト。

 

 絶対に、スカさんに思う存分プレシアのことを聞ける未来を作るから

 

「俺が困ったら助けてくれ」

 

「ふふっ、言われなくてもそのつもりだよ」

 

 そういって今度こそフェイトは扉を閉める。

 

 プレシアのときは失敗した。 リィンフォースのときは半々だった。 だから今度こそ──成功させる。

 

「ま、その前に残りの休暇を楽しむとするか」

 

 はやく帰ってこないかな、なのは。

 

 膀胱が大変なことになりそうなんだけど。

 



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76.ヴィヴィオの冒険

 こんにちはヴィヴィオです! きょうはパパとなのはママとフェイトママがなのはママのおみせでなかよくおしごとしています。 あさにちょこっといったらパパがためいきをつきながらたんたんめん? というたべものをつくってました。 おきゃくさんもうれしそうでよかったです。 なのはママはかわいいえがおでおきゃくさんとしゃべっていて、フェイトママはケーキをつくっていました。 ちなみにヴィヴィオにアメさんをくれたひとでした。

 

「あれヴィヴィオちゃん。 一人でお出かけ? ひょっとこさんは?」

 

「ガーくんいるからだいじょうぶ! あのね? パパとなのはママとフェイトママがいっしょうけんめいおしごとしてるから、ガーくんといっしょにかいがらとりにいってくるの!」

 

「へー、ヴィヴィオちゃんはえらいね。 私もいこうか?」

 

「スバルンはきちゃダメ! ヴィヴィオがとるもん! パパやなのはママやフェイトママにもいっちゃダメだよ?」

 

「わかったわかった。 けど気を付けてね? それと、暗くなる前に帰ってこないとダメだよ? ひょっとこさんが発狂するから」

 

「はーい! ガーくんいこ!」

 

「イッテキマース!」

 

 なのはママのおうちのげんかんでスバルンにてをふって、ガーくんといっしょにかいがらがとれそうなところにいくことにしよう。

ももこさんからもらったすいとうをかけながら、ガーくんとおててをつないであるくことにしました。

            ☆

 うーん……やっぱり誰かに報告してたほうがいいよね。

それにしても、ヴィヴィオちゃんは可愛いなー。 ひょっとこさんやなのはさんやフェイトさんのために貝殻を取りに行くなんて。 まぁ、ちょっと危ないような気もするけどガーくんいるし、海鳴の人達って優しい人が多いし大丈夫だよね? なのはさん曰く『ガーくんめちゃくちゃ強いから安全面は確保されてるかな』らしいし。

 

 でも──

 

「やっぱり連絡はいれておこう。 ようはひょっとこさんとなのはさんとフェイトさんに私から連絡しなければいい話だし」

 

 携帯からヴィータさんの電話番号を選択しかける。

 

 数秒待ったのち、ヴィータさんの声が電子機械を通して聞こえてきた。

 

「あ、ヴィータさん? いま大丈夫ですか?」

 

『まあ、大丈夫っちゃ大丈夫だけど。 どうした? 暇なら手伝え』

 

「いや、いまからなのはさんのベット行くんで暇じゃないです。 って、まあそんなことは些細なことなのでどうでもいいんですが」

 

『いやどうでもよくないだろ。 いまとんでもない変態を見つけてしまったぞ』

 

「ひょっとこさんのことですが」

『あいつは形容し難い変態だから』

 

 どんな変態なんだろう。 ちょっと興味がわく。

 

『で? 要件は?』

 

「あ、そうでした。 いまヴィヴィオちゃんがガーくんと一緒に出掛けたので、一応報告しておこうと思って」

 

『一緒にはついていかなかったのか?』

 

「家族サービスをしたいそうです」

 

『ああ、成程な。 んじゃまあ、あたしからひょっとこにそれとなく報告しておくよ』

 

「お願いしますね。 それじゃ」

 電話を切って、なのはさんの部屋に行くために玄関を開ける。

 

 ぐへへへへ……なのはタン……待っててね……。

 

        ☆

 

「はッ! この気配!? 誰かがわたしの部屋に入ろうとしている!」

 

「はいはい、わかったから仕事をしろ。 いつまでお客と談笑してんだ」

 

 急激な悪寒と寒気を感じ、高速で家の方角を振り向くと、そこには幼馴染兼ペットの俊くんが溜息を混じらせながらサンドウィッチをもって立っていた。 ……そういえば、そのサンドウィッチわたしが持っていくんだった。 すっかり忘れてた。

 

「大変お待たせいたしました。 こちらハムとタマゴのサンドウィッチとレタス・トマト、そしてカリカリのベーコンを挟んだフレッシュサンドにございます。 お飲物のおかわりはいかがでしょうか? よろしいですか? はい、かしこまりました。 それでは、ごゆっくりとおくつろぎください」

 

 俊くんは笑顔を見せながらお客さんに一礼して、そのまま帰るかと思いきやわたしの腕を掴んで外へと連れ出す。

 

 まだまだ暑いこの季節、あまり汗でベタベタするのは嫌なんだけど……。 汗臭いと、そばによることができないし……。

 

 ペシっ

 

「あいたっ!?」

 

 おでこに痛みが走る。 思わず手を額にもっていき擦っていると、目の前で俊くんが溜息を吐いていた。

 

「なのは、仕事しような」

「俊くんがそのワードを口にしちゃいけないような気がするんだ。 『お前がいうな』 みたいなこと絶対言われると思うよ」

 

「翠屋なら話は別だ。 翠屋では真剣に仕事をするよ、俺は」

 

「そういって昨日、発狂したあげく警察に捕まってわたしに引き取られることになった男は誰だっけ?」

 

「クロノの悪口はよせ」

 

「キミの悪口だよっ! なに平気な顔で此処にいないクロノくんに罪を擦り付けようとしてるの!?」

 

「いいか、なのは。 後ろを振り向くのは死ぬときだけだ」

 

「誤魔化すな!」

 

 お返しに ぺちん と俊くんのおでこを叩く。 俊くんは「あいたっ」 という声をあげて打たれたおでこをさする。

 

「まったく、局員が市民に暴力を振るうとは……。 この暴力局員!」

 

「俊くん住民票ないよ? ペットのところで登録してあるし」

 

「え」

 

 思わず俊くんが固まる。 いやまぁ……流石にいまのは冗談だけどさ。

 

「俊くん、冗談だよ」

 

「そ、そんなこと知ってるし!」

 

 ごめん、涙目で言われても説得力はないんだけど……。

 

 しかしまぁ……それにしても、確かに今日の俊くんは頑張ってるよね。 忙しなく働いてくれてるし。 けど……どうしてこんなに頑張って働いてるんだろう? いつもの俊くんならサボってお客と遊んだり、ゲームしにいったりするのに。

 

「ねぇ俊くん? 今日は頑張ってるよね。 いつもならサボるのに。 どうしてそんなに頑張ってるの?」

 

「桃子さんや士郎さんの味と腕を少しでも早く盗みたいから。 そうすれば、いつでもなのはに翠屋の味を食べさせることができるし、フェイトの笑顔もみれる。 それに──ヴィヴィオに知ってほしいんだ。 俺やなのはやフェイトやはやて、皆が子どもの頃、そして中学時代に高校時代、翠屋のケーキを食べて過ごしたことを。 そして──俺たちが好きなケーキを、ヴィヴィオにも好きになってほしい。 小さい夢だよ、四人で卓を囲みながらヴィヴィオに子どもの頃の話を聞かせるんだ。 そしたらさ、やっぱり翠屋のケーキって必要じゃん?」

 

 だからこうやって頑張って働いて、桃子さんや士郎さんの腕を間近でみて、盗みたいんだ。

 

 そう照れながら俊くんはいった。

 

 自慢じゃないけど、わたしのお母さんはその道では有名な人で、その腕前も“超”一流である。 そして誤解しないでほしいけど、俊くんの腕前もお母さんには敵わないながらも一流の腕前はもっている。

 

 けどどうやら俊くんはそれじゃ満足しないらしい。 いや、満足できないらしい。 その道のプロであるお母さんに勝つ気でいるみたいだ。

 

「それにさ、もしなのはが万が一管理局を止めて、翠屋を経営することになったとき、俺が厨房担当だろ?」

 

「それは当たり前だよ」

 

「けどまぁきっと俺だけじゃなくティア辺りはついてくるぜ。 あいつはなのは教の狂信者だからな」

 

「なにそれ怖い」

 

 ティアも怖いけど、いつの間にかできてる私の宗教が一番怖い。

 

「それとも迷惑だったかな? 俺が一緒にいると」

 

 そう聞いてくる俊くん。 どこか不安そうだ。

 

 ……まったく、捨てられた子犬みたいな表情しちゃって。

 

「迷惑じゃないよ。 けど、期待しちゃうよ?」

 

 二人でのお店経営

 

「ああ、任せてくれ。 桃子さんや士郎さんの腕すら超えてみせるさ」

 

 そういって俊くんは笑いながら、お店の中へ入ろうとする。

 

 ──と、そこにヴィータちゃんが物凄く気まずそうな顔で立っていた。

 

「あれ、ロヴィータ。 どうした?」

 

「いや……その……。 ちょっと考えてみたんだけど、どうにも誤解を招いてしまう言い方になると結論が出てしまってさ……。 こう……言いづらいというか、なんというか」

 

「あん? どういうことだよ?」

 

 俊くんの質問に、ヴィータちゃんは頭を掻きながら要領の得ない呻き声を発するだけ。 ヴィータちゃんはゾンビにでもなりたいのかな?

 

 そう思っていると、ヴィータちゃんが俊くんに向かって意を決したように声を発した。

 

「あー、ひょっとこ。 えーっと……、お前の子どものことなんだけどな、ちょっと問題が起こって……、いや、問題はまだ起きてないんだけど。 けど、きっと問題が起こる予感がするから先にお前には言っておこうと思ったんだ。 なのはと一緒にいるなら丁度いい。 これはストレートにいったほうがちゃんと伝わると──、ってなにしてんだ?」

 

 ヴィータちゃんが必死に何か言葉を喋っていたような気もするけど、既にわたしにはそんなこと関係なかった。

 

 俊くんの胸倉を掴みあげ、右手で持ち上げ宙に浮かす。 そして左手には魔力弾を作りながら俊くんに質問をしていく。

 

「俊くん、どういうことかな?」

 

「まってくれ、これは誰かが俺を陥れるために作った罠だ!?」

 

「既に最底辺にいるキミを陥れようなんて酔狂な人はいないよ。 それにしても俊くん。 俊くんってロリコンだよね。 あー、成程。 だからわたしのときは手を出さないんだね。 死ねロリコン。 ねぇ俊くん。 わたしね、俊くんのこと好きでも嫌いでもないけど、そういったところは嫌いだよ。 だって年端もいかない少女に欲情するなんて人として終わってるよね」

 

「あの……なのはさん……? というか、俺のこと好きでも嫌いでもなかったんだ。 これずっとお友達フラグのままで終わるよね……」

 

「わたしもね、俊くんとはずっと一緒にいたいよ。 でも、俊くんがロリコンだと捕まっちゃう可能性だってあるじゃん? だからね、ずっと前から考えていたことがあるの。 でもそれは流石に可哀相だと思って止めてたんだけど……もうそういう気持ちは一切捨てるよ」

 

「いやっそういう気持ちは大事だと思うよ! 人の気持ちを考えることができるってすごく大切なことだと思うしさ!?」

 

 喚く俊くんを下におろして、バインドで足を固定する。

 

 そしてわたしは懐から万が一に備えて買ってきた手錠を俊くんの右手にかける。 そしてもう一つのほうをわたしの左手にかけた。

 

 そして笑顔で俊くんに言う。

 

「大丈夫! わたしが俊くんのロリコン体質を直してあげるね!」

 

 まったく……、ほんと俊くんのお世話は大変なんだから。

 

         ☆

 

 タッタッタッタ……

 

「ねぇガーくん、おもくない?」

 

「ヘイキ! ヴィヴィオカルイヨ!」

 

 ヴィヴィオが上から見下げるように質問したら、ガーくんは下から見上げるようにして答える。

 

 俊がなのはの調教を受けている現在、ヴィヴィオとガーくんは砂浜に足を踏み入れてかいがら集めに精を出していた。

 

「うーん……、なのはママとフェイトママのかいがらはみつかったけど、パパのかいがらはみつかんないねー」

 

「ネー。 アッチニイッテミル?」

 

 ヴィヴィオを上に乗せていたガーくんが、羽で彼方のほうを指さす。

 

「うーん、そうしよっか。 まだじかんもあるしだいじょうぶだよね?」

 

「ダイジョウブ! ガークンガイル!」

 

 ヴィヴィオの問いにガーくんは力強く答えた。

 

 そして二人は協議の結果、とりあえずこの砂浜の終着点まで足を進めることとなった。

 

「ガーくん、こうちゃのむ?」

 

「マダイイ。 ヴィヴィオハ?」

 

「ううん、ヴィヴィオもだいじょうぶ」

 

 二人ともお互いのことを気遣いながら足を進める。

 

「ねえガーくん、あれはなんていうの?」

 

「エーット、トウダイカナ?」

 

「へー、とうだいかー」

 

 ヴィヴィオが指さした方向には、灯台がひっそりとただずんでいた。

 

「ねえねえ、いってみようよ!」

 

「ワカッタ!」

 

 ヴィヴィオが上からガーくんの頭を軽く叩き、ガーくんはそれに応えるように進路を変えて灯台のほうへと走っていく。

 

 灯台にはガーくんの最速の足ですぐについた。

 

 ガーくんから降りるヴィヴィオ。 そして周囲を見回して一言。

 

「なにもないね」

 

「ネー」

 

 ヴィヴィオの言葉に頷くガーくん。

 

「キュウケイスル?」

 

「うーん、きゅうけいする。 ヴィヴィオちょっとだけのどがかわいた」

 

 えへへと笑いながら座り、かけていた水筒を膝に乗せる。 ガーくんはヴィヴィオの隣に待機するように、一緒に座り込む。

 

 ヴィヴィオは両手で水筒の蓋を回し、自分の力では取れなかったのでガーくんに渡す。 ガーくんは器用に羽を動かして蓋を開けると、そのまま紅茶を蓋にそそぎヴィヴィオに渡す。 笑顔で受け取るヴィヴィオ。

 

 ヴィヴィオの手にも伝わる、ひんやりとした感触。

 

 その感触を楽しみつつ、ヴィヴィオは蓋を傾けて紅茶を飲む。

 

「わー、おいしい! ガーくんものむ?」

 

「ノムー!」

 

 そのままガーくんに蓋を渡すヴィヴィオ。 ガーくんはその蓋を受け取り、ごくごくと飲み干す。 どうやら、ガーくんはやっぱりのどが渇いていたようだ。

 

「おいしいね、ガーくん」

 

「オイシイネ!」

 

 ヴィヴィオとガーくんが二人で笑いあってると、突如後ろから声がかかってきた。

 

「こんな所に一人でいると、悪くて怖い狼に傷物にされちゃうぜ。 とくに可愛い女の子ならな」

 

 声をかけられたヴィヴィオは振り向く。

 

「久しぶりですね、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト嬢。 またえらくロリな容姿になっちゃって。 既婚者じゃなければ襲ってるところでしたよ。 ……ん? いや、なんか違うな。 微妙にオリヴィエ嬢と違うぞ」

 

 ヴィヴィオが振り向き目にした光景は、黒のコートに身を包み、シルクハットをかぶった男性がしきりにうんうんと頷いている様であった。




この頃のガーくんはまだ下級戦士


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77.ヴィヴィオの冒険②

 灯台の下、黒のコートを着込んだ男性はヴィヴィオのほうをみて唸っていた。

 

「うーん……やっぱオリヴィエ嬢とは少し違うような……。 でも容姿はそっくりだしなー……」

 

 そんな男をみながらヴィヴィオは隣にいるガーくんに男を指さしながら聞く。

 

「ガーくんしってるひと?」

 

「シラナーイ。 ヴィヴィオシッテル?」

 

「ううん、ヴィヴィオしらない。 パパにしらないひとにこえかけられたらこえあげなきゃダメだ、っていわれたけど……やっぱりあげたほうがいいのかな?」

 

 ヴィヴィオが首を傾げながらガーくんと話し合いをしていると、男は“ヴィヴィオ”という単語を聞いた瞬間に顔をあげてガーくんたちのほうをみる。

 

「ヴィヴィオ……? ということは、なのはちゃんとバカ息子の子どもというのがお嬢ちゃんか。 あ、けど髪色が違うし……フェイトちゃんという子のほうとの子どもなのか? けど士郎からはなのはちゃんとの子どもって聞いたし……」

 

「パパとなのはママとフェイトママをしってるの?」

 

「んあ? あぁ、知ってるさ。 といっても、俺が実際に会ったことがあるのはなのはちゃん一人なんだけどな」

 

 ヴィヴィオのクエッションマークを消すかのように男はそう快活に笑いながら答えた。 シルクハットを取りながら、丁寧にお辞儀する男。

 

「はじめまして、ヴィヴィオ嬢。 常識外れの魔法使いでございます」

 

 そうお辞儀をした男は、ヴィヴィオの前に片膝をつき指を鳴らす。

 

 男が指を鳴らした瞬間、ヴィヴィオの足元には青や赤や緑や黄色の水玉模様のカラフルなシートが設置され、ヴィヴィオの後ろにはオレンジジュースやリンゴジュース、トロピカルジュースなど各種飲み物と、クッキーやポテトチップスやポッキーやアメなどの大量のお菓子が突如出現した。

 

 その光景にヴィヴィオとガーくんは目を輝かせながら食い入るように見つめる。 そして男に振り返ると、男は笑いながら口にする。

 

「おじさんも休憩の仲間にいれてくれないかな?」

 

 ヴィヴィオとガーくんは目を合わせ、笑いながら男に言う。

 

「うん! いいよー!」

 

「イイヨー!」

 

         ☆

 

「なぁ、なのは。 一つ思ったんだけどさ……。 べつになのはと手錠されてても不自由なく動けるよな」

 

「うん、確かに手錠してても問題ないね」

 

 なのはに手錠されてからというもの、べつにそこまで普段と変わらない行動をしている男です。 まぁ確かにちょっと右手が使いにくいな~、とは思うけど……とくに支障はないかな。

 

「手錠をしても普段と変わらない行動ができるのは当たり前だよ。 わたし達が何年一緒にいると思ってるの? できて当たり前」

 

「……言われてみれば、当たり前だよな」

 

 ……世の中の幼馴染同士で手錠してるのかどうかは別として。

 

「これの目的は俊くんが小さい女の子、俗にいうロリっこに近づかないようにするためだよ」

 

「だから俺はロリに興味がないと──」

 

 俺の反論をあいているほうの手──すなわち右手で塞ぎながらなのはは生徒を可愛く叱る先生のような感じで言う。

 

「いい? 俊くんは年上も年下も対象外ということにわたしの中ではなってるんだからね? そして幼馴染萌えで魔法少女萌え。 幼馴染だけでも脅威なのに、魔法少女萌えにロリ萌えが加わったら勝ち目がなくなっちゃうよ。 絶対にロリに目覚めたらダメだからね? わたしとの約束だぞ?」

 

 それに俺はただ頷くことしかできなかった。

 

 口を塞がれて苦しいと思うより、客を待たせてるということも忘れ、ただただ目の前にいる女の子を可愛いと思ってしまった。

 

 なのはは俺の頷きを確認すると、笑いながら手錠をじゃらりと鳴らしてみせた。

 

「ほら、早く次の料理運ぼうよ」

 

 あ、うん。 そうだな──ん?」

 

 なのはの言葉に自分たちが配膳をしている最中だったのを思い出し、片手でもっていたトレイに次の軽食を置くために士郎さんの所に帰ろうと進路を向けたところで、ヴィータが俺のエプロンを掴んでいた。

 

 ヴィータは俺の顔をチラリと見た後、ほんとうに申し訳なさそうな顔で

 

「すまん、ひょっとこ……。 あたしの伝え方が悪かった……」

 

 そう謝ってきた。

 

 まさかこいつ、まださっきのこと気にしてたのか? 俺は逆にいい思いをしているというのに。

 

「気にしてないよ、ヴィータ。 って、なのはさん? なんで目隠ししてるんですか?」

 

「えっと……、なんとなくかな……?」

 

 ヴィータをマジマジとみようとすると、隣にいたなのはが俺の目を手で隠してきた。 前がまったく見えません。

 

「まぁ、あれだ。 そんなに気にすんなよ。 俺はなのはと手錠で繋がってて嬉しいぞ? 意外と快適なライフを送れてるさ」

 

「どう考えてもペットライフだろそれ」

 

 うん、いつものヴィータに戻ってくれた。

 

「それより、早く仕事しようぜ。 ほら、なのは。 俺らも運ぼう」

 

 なのはを促して厨房に入る、すると──

 

「あら、フェイトちゃんケーキ作りの才能あるわよ! 俊ちゃんを超えちゃうかも」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

 桃子さんの歓声と、フェイトの驚きと嬉しさが混じった声が聞こえてきた。

 

 何事かとみてみると──そこには綺麗に装飾されたショートケーキがおかれた。 一目見ただけでわかる。 これ絶対うまい。 そして器用なフェイトは、そこにアルフの砂糖菓子をイチゴの横に可愛らしく配置していた。

 

「あ、俊! えへへ、桃子さんに褒められちゃった……。 って、どうしたの?」

 

「あ、うん……。 その……」

 

 ツインテールに結んだフェイトとケーキを交互に見る。

 

「その……ケーキもってるフェイトは似合うなー、って思ってさ。 なんつーか、可愛らしい」

 

 頭を掻きながらそうフェイトに告げる。

 

 フェイトは一瞬驚いた顔をしつつも、すぐにいつもの優しい笑顔に戻って傍に置いてあったフォークを手に取り一口大の大きさにケーキをすくうと、俺の口にもってきた。

 

「はい、あ~ん」

 

「えーっと、あ~ん」

 

 ついついフェイトの声と口に合わせて俺も口を開ける。 するとそこにケーキがはいってきた。 甘い甘い、とろけるような──そんな甘さだ。 そしてかすかに苦味があるのか、口にいれてから数秒してビターな味が刺激する。 成程、これはうまい。 ほんとうに俺を超えるんじゃないか?

 

「おいしい?」

 

「うん、おいしい」

 

「ふふっ、よかった。 これで『おいしくない』と言われたら頑張って作ったものが全部水の泡になるところだったよ」

 

「バカいうな。 フェイトのケーキを『おいしくない』なんていう輩は俺がぶん殴ってやるよ」

 

 そういうとフェイトは俺の鼻をつんと触って舌を出す。

 

「なにいってるの? 私がケーキを作るのはキミにだけだよ。 それ以外には作らないよ」

 

「そうなの? 勿体無い」

 

「そうだよ」

 

 フェイトは俺にずいと近づく。 昨日までの距離感はもはやない。

 

 そしてフェイトは俺の頬についていたクリームを舌で舐めとり、ケーキのイチゴを食べながらいった。

 

「私のケーキは俊が独り占めしていいよ」

 

 俺は萌え死んだ。

 

 いつも思うことなんだが、どうしてフェイトは俺の心をこんなにも荒らしていくんだろうか。 どうしてこんなに俺の萌えポイントを刺激してくるのだろうか。

 

 俺はどうしたらいいんでしょうか。

 

 そのままフェイトは、俺の口にもう一回ケーキを運んでくる。 それに抗うことなく食べる俺。

 

 ぎゅむ

 

「あいたっ──!?」

 

 足元からくる強烈な痛みに思わず声が出る。 そして犯人であろう人物に声をかけた。

 

「なにすんだなのは! 痛いじゃないかっ!?」

 

「ふーん、わたしは悪くないもんねー」

 

 

「お前が悪いに決まってるだろ!?」

 

「いーや、悪くない。 これは俊くんが悪い」

 

「あん?」

 

「それより早く運ぶよ」

 

 なのはが左手を引っ張る。 俺となのはの手は現在手錠で繋がっているわけで、なのはの引っ張ったほうが左手だから俺も引っ張られるわけである。

 

「ちょっ、わかったってば。 ちゃんと歩けるから──」

 

「俊、あーん」

 

「あーん」

 

 フェイトが差し出してくるケーキをついつい食べてしまう。 もう生きている中で、フェイトがこんなことしてくれる機会なんてないと思うし、この状況を満喫せねば。 例え世界が滅亡することになろうとも、俺はこの場を動かないぞ。 俺を動かすことなどできはしない!

 

「しゅーんーくーん? 誰がキミのご主人様か忘れちゃったのかなー?」

 

 ──右手の一本くらいくれてやるよ。

 

 俊がなのはとフェイト──地獄と天国の板挟みにあっているのを遠くからみながらヴィータとシャマルが話す。

 

「なんだろうな。 フェイトがアイツにケーキ食べさせてる場面が、あたしには餌付けにしか見えないんだけど」

 

「奇遇ね。 私も餌付けにしか見えないです」

 

「どう考えてもアイツが二人のペットにしか見えないよな」

 

「ペット以外に表す言葉が見当たり──」

 

 カランカラン

 

「あ、おかえりなさい。 どうでした?」

 

「うーん、意外と人が混んでたなー。 って、あれ? なんで俊がおるん?」

 

 ドアを開けて入ってきた八神はやては、シャマルの言葉に返答しながら、この場にいて当然なはずの俊の存在に疑問を投げる。

 

「え、俺って翠屋に居ちゃいけない存在なの……?」

 

「へ? いやそういうことやないんやけどな? さっき浜の灯台でヴィヴィオちゃんとガーくんが男の人の隣で楽しそうに喋ってたから、てっきりあんたかと──」

 

 はやてが何かを言い切る前に、店の中で大きな音がして、後方のドアが壊された。

 

 やがて遅れてはやての頬に伝わってくる風。

 

 それは本当に一瞬で、誰も反応できず、誰も視認することができないような反応と速さであった。

 

 誰もが疑った。 誰もが目を丸くした。

 

 そんな中、はやてだけが声を発することができた。

 

「……え? いまのはなんなん……?」

 

 それに続くようになのはも声を上げる。

 

「手錠……引き千切って行っちゃったね……」

 

 自分の左手を目線の高さにまで掲げ、引き千切られた手錠をみながら呟く。

 

「あの状況で動くとは……」

 

 フェイトがケーキをもったまま、茫然とドアのほうを見つめる。

 

「って、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ! お前らの娘が誘拐されるかもしれないぞ!」

 

『そうだった! 早く行かないと!!』

 

 茫然と動くことなく、ただただドアのほうをみていたなのはとフェイトに大声を上げるヴィータ。 そのヴィータの声によって覚醒した二人は顔を見合わせてエプロンも脱がずに駆け出した。 その数秒の後で、はやて達も駆け出した。

 

           ☆

 

「それでね? パパはなのはママとフェイトママがだいすきなんだよ! でね? なのはママとフェイトママもパパのことだいすきで、パパをしかるんだけど、ママたちとってもやさしいめをしているの! ヴィヴィオもね、そんなパパとなのはママとフェイトママがだいすきなの!」

 

「ほー、成程ねー。 アイツはなのはちゃんだけじゃなくフェイトちゃんとやらも大好きなのか」

 

「ううん。 パパはね、みんなのことだいすきなんだよ! それに、パパはまいにちパソコンでにっきをかくの!」

 

「なに? あいついつの間にそんな可愛い趣味を持ちやがった。 日記を書くのはいいことなんだけどな」

 

 男は隣にいるヴィヴィオの口の周りについているお菓子のカスを拭きながら、楽しそうにヴィヴィオの話を聞く。

 

「それにしても……、てっきりなのはちゃんとくっつくかと思いきや、なんか変なことになってるなぁ。 刺されないか心配だぞ。 ちゃんと三人で生活できるだろうか」

 

 男は溜息を吐きながら、お菓子のカスを拭きとった紙を消滅させる。

 

「さんにんでせいかつぅ? ちがうよ、ヴィヴィオとガーくんもいるからごにんでせいかつしてるんだよ?」

 

「ん、あぁ……そういえばいまはアイツも家族で頑張ってるんだったな。 まったく……こっちの問題がもう少しで終わりそうだってのについてないぜ」

 

「もんだい? どんなもんだい? ヴィヴィオもね、ふたけたのさんすうがちょっとだけできるようになったんだよ!」

 

「ほー、それは偉いねー。 問題ってのはちょっとお子様には難しいことなんだけどな。 えーっと……エスプレッソウィルスだったかな?」

 

 男は後ろに振り向きながらそう問いかける。

 

 男が問いかけた先には、綺麗な女性がちょっと呆れたような顔でたっていた。

 

「エクリプスウィルスですよ、あなた。 まったく、自分が担当してるというのになんで名前を間違ってるんですか?」

「いや、担当はしてないさ。 俺は局員じゃないしな。 ただ、この問題を愛しの息子に片付けさせるわけにはいかないだろ? あいつはあいつでやるべきことがあるしさ。 俺達にできなかったことをやってもらうからな。だから息子のために片付けることにしてんの」

 

 女性の呆れ声に男はちょっとむっとしたように返答する。

 

「おねえさんだーれ?」

 

「うふふ、だーれでしょ?」

 

「うぅ~、わかんない」

 

 男のそばに歩み寄る女性の顔を見ながら疑問符を浮かべるヴィヴィオに、女はそう切り返す。 その切り返しを受けて、ヴィヴィオは少し考え放棄した。

 

「それじゃ、私は謎の可愛く可憐な少女ということで」

 

「……少女ではないかな」

 

「なんですって?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

 男の呟きを女は敏感に聞き取り、男のほうを睨みつける。 男はすかさず謝罪の言葉を口にした。 その二人の一連の行動をみて、ヴィヴィオは目の前にいる男性と女性に自分のパパとママの姿が重ねて見た。

 

「なんだかパパとママたちみたい。 ね、ガーくん」

 

「ソウダネー。 ニテルカモー」

 

 クッキーを食べながら隣に控えていたガーくんに声をかけるヴィヴィオ。 その声には嬉しさを混じらせていた。

 

「むっ、なのはちゃん達と同じような感じか。 そりゃまた照れるな」

 

「あの子があなたと同じで碌でもない子に育たないか心配ね……」

 

「なのはちゃんがいるから大丈夫だろ。 それにしても──ありがとな、ヴィヴィオ嬢」

 

 男はそういってヴィヴィオの頭を撫でた。

 

「あいつも──俊にもようやく守りたい子が出来たみたいだ。 なのはちゃんとの関係は、守り護られの関係だからな。 その点、ヴィヴィオ嬢は違うようだし」

 

 男はクッキーを一つ摘まんで、立ち上がる。

 

「ほんとはあいつに会いにきたんだが……今日のところはやめておこう。 あいつの顔を見ると──全てを投げ出して、三人で生活したくなるしな」

 

「そうですね。 それにいまの俊には家族がいますから、ちょっと無粋かもしれませんね」

 

 女性はクスクスと笑いながら、ヴィヴィオとガーくんの二人を抱擁する。

 

「ヴィヴィオちゃん。 俊のことお願いね? あの子、泣き虫だから心配なの。 それにガーくん? かしら。 ヴィヴィオちゃんをよろしくね。 私達の可愛い孫を守ってあげてね?」

 

「マカセロ」

 

 女性のお願いにガーくんは大きく頷いてみせた。

 

 それを確認して、女性は笑顔で離れる。

 

「いっちゃうの?」

 

 ヴィヴィオは名残惜しそうに男のコートをキュッと掴む。

 

 それに男は苦笑しながら、ヴィヴィオの目線までしゃがみ込み、

 

「いつか会えるさ。 あぁそれと、キミにこの言葉を送ろう。 いつかきっと、この言葉の意味を体験する日がくると思うからな」

 

 男はそう区切り、凛とした透き通る声で言った。

 

 ──子を心配しない親はいないさ

 

        ☆

 

 右手からぽたぽたと血が垂れてくる。 どうやら手錠を引き千切ったときに裏側の柔らかい部分を裂いたようだ。

 

「はぁ……はぁ……! ヴィヴィオ……! まってろよ……! パパがすぐに行くからな……!」

 

 自分でも驚くほど足が回転する。 息こそ切らすが、だからといって立ち止まるような気分にはなれない。 それよりもなによりも、一刻も早くヴィヴィオの無事を確かめたい。

 

 全速力で浜を一直線に進み、灯台のほうに向かうと──そこにはヴィヴィオが海を見つめて立っていた。 その後ろ姿に声をかける。

 

「ヴィヴィオーー!」

 

 俺の声が聞こえたのか、ヴィヴィオは振り向き姿を確認して、笑顔で手を振ってきた。 隣にはガーくんも手を振っている。

 

 そして訪れる安堵の疲れ。 いまになって、ようやく疲労感がドンと押し寄せてきた。

 

 しかしそれでも、だからこそ、俺はヴィヴィオに近づいて思いっきり抱きしめた。

 

「わぷっ!? パパー、いたいよー!?」

 

「よかった……! 本当によかった……!」

 

 ヴィヴィオを両手で離さないように抱きしめながら辺りを見回す。 はやての情報によれば、このあたりに俺の娘にハレンチな行為をしようとした輩がいたそうだが……。

 

「ヴィヴィオ、ここに誰かいなかったか?」

 

「えっとね……、さっきまでおはなししてたの! それでね、クッキーとかジュースとかたくさんだしてくれたんだけど……きがついたらなくなってたの! ね!? ガーくん!」

 

「ウンウン! フシギダヨネー!」

 

 ……えーっと、どういうことだ?

 

「つまり……どういうことだってばよ」

 

 もう一度ヴィヴィオの全身と衣服の乱れをチェックする。 もう念入りに、それこそスカートをめくって下着が汚されてないかまで確認した。

 

「……何もされてないみたいだ……。 よかった……」

 

 どうやら相手はロリコンでも、性的なことをしたわけではないらしい。

 

 してたら見つけ出して殺してるけど。

 

 ふとヴィヴィオのほうに視線を向けると、なんだかもじもじと俺のほうをみていた。

 

「パパ……スカートめくっちゃ……や」

 

「え? あ、ごめんごめん。 悪かった悪かった」

 

 顔を赤くして怒っているヴィヴィオを宥めようと抱っこして考える。

 

 ヴィヴィオが立っていた場所には、クッキーやジュースどころか、人がいた気配さえない。 普通、そこに人がいたのならば気配というか、残滓が残っているはずなんだけど……。

 

「はやてに限って見間違いってことはない──とは言い切れないな。 はやてだし」

 

 それともあれか? 魔法で消したとか?

 

 ……いや、そっちのほうがありえないか。

 

「ねぇパパ?」

 

「ん?」

 

「しんぱいした?」

 

 だっこした状態のまま、ヴィヴィオは小首を傾げながら聞いてくる。

 

 俺はその質問に、ヴィヴィオの頭を撫でながら答えた。

 

「当たり前だろ。 子を心配しない親などいないさ」

 

 遠くのほうで、なのはやフェイトの呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「ほら、ママ達も心配してるだろ? ヴィヴィオは可愛いからな、へんな男が寄ってこないか心配なんだよ。 きっと小学生になったらモテるんだろうなぁ……」

 

 皆の声のする方向に歩きながらヴィヴィオに話しかける。

 

「だいじょうぶだよ、パパ。 みんなにねしょうかいするの! パパはヴィヴィオのおむこさんだって! パパはなきむしさんだからヴィヴィオがそばにいないとダメなんでしょ?」

 

「泣き虫って……まぁ……若干当たってはいるけど……」

 

「えへへ、パパかわいい」

 

 ヴィヴィオは俺の首に腕を絡ませ抱きつきながらそう言ってくる。

 

 うーん……嬉しいけど、ちょっと複雑だ。 どうせなら『パパ、カッコイイ』と言ってほしいかも。

 

 前方からなのはとフェイトが駆け寄ってきて、俺ともどもヴィヴィオを抱きしめる。

 

 その勢いが強すぎて、四人とも砂浜に倒れてしまったが──なんだか笑いがこみ上げてきて、その場にいる皆と大いに笑ってしまった。

 

 そして俺はヴィヴィオを抱きしめたままその場で笑いながら誓う。

 

 ──今日はヴィヴィオと一緒に寝よう、と。

 



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78.風邪.

 ヴィヴィオと一緒に寝ようと決めたこの日、俺はヴィヴィオを膝に乗せながら今日の夕食を食べていた。 夕食のメニューは中華。 五目チャーハンにカニあんかけチャーハン、天津飯に中華おかゆ、鶏肉細切りラーメンに温泉味噌ラーメン、ソース焼きそばに葱豚ラーメン、餃子に春巻き、しゅうまいに小龍包、エビマヨ、エビチリ、イカの塩炒め、鳥のからあげ(チリ風味やマヨ風味、そして普通の)、八宝菜にチンジャオロース、レバニラ炒め、酢豚、麻婆豆腐、わかめスープである。

 

 大きなテーブルには各種飲み物と俺と桃子さんとリンディさんで作った料理が所狭しと並んでいた。

 

 そんな中、俺はエビチリを一つ箸でつまんでヴィヴィオの口に運ぶ。

 

「はい、ヴィヴィオ。 あーん」

 

「あーん! もぐもぐ」

 

「おいしいか?」

 

「うん! おいしい!」

 

 膝に乗せたヴィヴィオが俺の顔を見上げながら笑顔でそう言ってくる。 はぁ……幸せ。

 

『でれでれだ』

 

『でれでれってレベルじゃねえだろ、あれ。 どこのバカップルだよ』

 

『ヴィータさんもロリですし、ひょっとこさんにやってもらえるのでは?』

 

『やめろ、せっかくの料理がまずくなる』

 

『ロリは否定しないんですね』

 

『体は子ども、精神面は大人だ』

 

 近くの席でロヴィータと嬢ちゃんの話し声が聞こえてくる。 ええい、うっとおしい。 愛しのヴィヴィオの声が聞こえぬではないか。

 

「次はどれが食べたい? パパがとってあげるよー」

 

「えーっとね……。 それじゃあれがたべたい!」

 

 ヴィヴィオが指さしたのは八宝菜。 俺は八宝菜を小皿によそいヴィヴィオの口に運ぶ。

 

「あーん」

 

「あーん! もぐもぐ」

 

 俺の口に合わせてヴィヴィオも口を開くので、そこにこぼさないようにいれていく。 勿論、熱を冷ますのも忘れない。

 

 もぐもぐと笑顔で咀嚼するヴィヴィオ。 もう可愛すぎる。

 

 ごっくん と呑み込んだヴィヴィオは、

 

「パパはたべないの?」

 

 そう聞いてくる。 正直、ヴィヴィオの食べてる姿を見られたらそれだけでお腹いっぱいなのだが……そういうわけにもいかないよな。

 

「そうだね。 それじゃパパも食べようかな」

 

「それじゃヴィヴィオがたべさせてあげるね!」

 

 スープをとった俺に、ヴィヴィオはそういってスプーンを大きく掲げて見せた。 そしてそのままスプーンでスープをすくい俺の口に持っていく。

 

「あーん!」

 

「あーん!」

 

 ぼたぼたぼたぼた!

 

『うわっ……スープがひょっとこさんの股間に……』

 

『あいつ一生懸命耐えてるぞ。 内股になりながら耐えてるぞ』

 

 股間が……熱い……!

 

 ヴィヴィオのスプーンの中身は俺の口の一歩手前で全て零れ落ち、うすいじんべえの上にぼたぼたと垂れていく。 熱いスープはそのまま俺の股間に食らいつき、その業火をもって亀頭を攻撃していく。

 

 じゅくじゅくと、熱く

 

 とろみのついたスープがパンツに染み込んでいき

 

 ──たまごが踊る

 

「パパおいしい? パパおいしい? ヴィヴィオのおりょうりおいしい?」

 

 ヴィヴィオが顔を近づけて俺に聞いてくる。 首を傾げて可愛く聞いてくる。

 

 俺はそれに抜群の笑顔で答える。

 

「最高においしいよ! ありがとヴィヴィオ! けどやっぱりパパは一人で食べる──」

 

「ほんとっ!? それじゃいっぱいたべさせてあげるね!」

 

 ヴィヴィオが俺の言葉を最後まで聞かずにスープをぶんどる。 こういうところがなのはに似てるよね。 ママの影響を受けているようで安心したよ。 いや、安心でき

ないけど。

 

 ぶんどったヴィヴィオはそのまま俺の膝の上で器用に立ち、俺の方向に方向転換してスープを口に運ぶ。

 

「きゃっ!?」

 

 ばしゃぁ!!

 

『あぁっ!? ヴィヴィオちゃんが転んでスープがひょっとこさんの股間に!?』

 

『大丈夫なのか? あいつが着てるじんべえかなり薄い仕様だったと思うけど……』

 

 びくんびくんびくんびくんびくんびくんびくんびくんびくんびくんっ!!

 

『高速ピストンで熱を冷めしているだと……!?』

 

『あいつ周り女性だらけなのに必死だな。 そこまでして大切なのか。 相手いないのに』

 

 ロヴィータ……お前いつか絶対に犯す……!

 

 股間が熱い、というか痛い。 たまごがディスコを踊り狂ってる。 パラパラでフィーバーしてる。

 

「ご、ごめんなさいパパ……。 ヴィヴィオ……パパにたべさせてあげたくて……ぐすっ」

 

「い、いや大丈夫だから! パパくらいになると局部は鍛えてるから! だ、だから泣くな? な?」

 

「うっ……ひっく……、ほんと? ヴィヴィオのことおこらない?」

 

「ああ! 怒らない! 絶対怒らないから!」

 

「わーい! パパだいすきー!」

 

 スープをこぼしたことで落ち込み、俺が苦しんでいることことで心配になり、怒られるかもしれないということで若干泣きそうだったヴィヴィオ。 そんなヴィヴィオの頭を撫でながら優しい笑顔──というなの引き攣った笑顔でヴィヴィオを慰める、というか許す。 ヴィヴィオはそんな俺の言葉を受けて喜び抱きついてきた。

 

 ぎゅむっ!

 

「はぅっ!?」

 

『あー……ヴィヴィオちゃん思いっきり踏んでる……』

 

『というかマナー的に問題あるだろ。 こういったことは小さいうちに教えておかないとだな──』

 

 ヴィヴィオの小さい足が俺のチンコを思いっきり踏んづける。 ヴィヴィオの将来はSM女王様で決定だな。 きっとNo.1に輝くぜ。

 

 しかしここで不能になるわけにはいかない。 不能になるわけにはいかないのだ。

 

 ヴィヴィオに何かを言おうとした所で──横からなのはがヴィヴィオを抱きかかえ自分のほうにもっていった。

 

「いい加減にしなさい、ヴィヴィオ。 パパ困ってるでしょ? それに膝の上に立つなんて行儀悪いよ」

 

「そうだよヴィヴィオ。 俊はとりあえずお風呂場でシャワーでも浴びてきたら?」

 

 

「うん……そうさせてもらうよ……。 あのさ……やけどってオロナインつければ治るかな……?」

 

「うーん……そこは専門外だからわからない……かな」

 

 俺の言葉にフェイトは困った顔でそういった。 うん、そうだよね。 チンコの火傷とか普通にないもんね。

 

 俺はべたべたのじんべえのまま、風呂場へと行った。 軽くシャワー浴びてきてまたご飯を食べよう。 5分もあれば十分だな。

 

           ☆

 

 俊がその場を後にしたのをみて、なのはは自分が抱きかかえているヴィヴィオをみる。

 

「いい、ヴィヴィオ? 激甘の俊くんだからヴィヴィオのこと許したけど、普通あんなことされたら怒るよ?」

 

「ママも……ヴィヴィオのことおこっちゃうの……?」

 

「へ? い、いや……べつに怒るっていうか……、こういうことしちゃダメだよってことで」

 

「なんでえ……?」

 

「な、なんでって……。 そりゃあんなことされたら怒るでしょ?」

 

「パパはおこらなかったよー?」

 

「それは俊くんがおかしいの。 パパがあれだとほんと苦労するよ……。 ねぇフェイトちゃん?」

 

「だね。 ヴィヴィオ? スープは熱いから、あんなことされたら誰だって嫌なんだよ? 俊もこれがティア辺りだったら躊躇いなくぶっ飛ばしてると思うよ?」

 

『ヴィータさん。 私ってアイドル枠ですよね? いま平然と私がぶっ飛ばされることになってるんですが』

 

『安心しろティア。 お前は間違いなくネタキャラだから』

 

『え』

 

「パパはだいじょうぶだっていったよ?」

 

 ヴィヴィオは首を傾げながらわたしのほうをみてそういった。

 

 

 ぐぬぬ……! あのバカが甘やかすから……! ヴィヴィオの基準が俊くん基準になってる……!

 

 ここはママであるわたしとフェイトちゃんがしっかりいってあげないと!

 

 フェイトちゃんに目配せをする。 フェイトちゃんはこくりと小さく頷いた。 それをみて、わたしはヴィヴィオに言う。

 

「いい? ヴィヴィオ。 パパはヴィヴィオが大好きだからなんでもヴィヴィオの言うこと聞いちゃうし甘やかすけど、わたしもフェイトちゃんもこれからヴィヴィオには厳しくいくからね」

 

「そうだね。 ここらでちょっとヴィヴィオの教育を見直したほうがいいかも……」

 

「あうっ……。 なのはママとフェイトママはヴィヴィオのこときらいなの……?」

 

「「うぐッ!?」」

 

 下から上目使いでわたしたちのことを見てくるヴィヴィオ。 指と指を絡ませながら見つめる視線は微かではあるものの涙をためさせていて──

 

「こ、ここで負けちゃダメだよフェイトちゃん!? わたし達はママなんだから! 甘やかすパパにかわって娘を叱らないと!」

 

「そ、そうだよねっ! だ、ダメだぞー!」

 

「ひっく……なのはママ……フェイトママ……。 ヴィヴィオ……わるいこ?」

 

 ヴィヴィオの視線に耐えきれずに、わたしはフェイトちゃんのほうを見る。 フェイトちゃんも同じだったのか、私と丁度目を合わせる形になった。

 

「(なのは……、やっぱりヴィヴィオを叱るのは……)」

 

「(だ、ダメだよフェイトちゃん……! ここでヴィヴィオを甘やかしたら、ヴィヴィオは将来我儘な小悪魔になっちゃうよ!)」

 

「(で、でも……ヴィヴィオも反省してるし……。 あんまりすると泣いちゃうかもしれないし……)」

 

「(と。ときには泣かせることも必要! ……だと思う……けど)」

 

 チラリとヴィヴィオのほうをみる。 みるとヴィヴィオは既に半べそ状態で、わたしの膝の上でガーくんを呼んでいる最中だった。

 

「……今回だけだよ? 今度からは、こういったことはしちゃダメだからね?」

 

 わたしがそういうと、弾かれたようにヴィヴィオの顔が笑顔に変わる。

 

「わーい! なのはママ、フェイトママだいすきー!」

 

「「敵わないなぁ……」」

 

 ヴィヴィオを抱きしめながらフェイトちゃんと二人、肩をすくめる。

 

 そうしていると、遠くのほうでお母さんがクスクスと笑っている声が聞こえてきた。

 

「なのはも俊ちゃんのこと悪くいえないわね。 電話では『俊くんが甘いからいけないの!』 って散々言ってたのに。 なのはとフェイトちゃんもヴィヴィオちゃんにデレデレでとっても甘いわよ」

 

「うっ……!? け、けど俊くんほどじゃないよ!」

 

「ふふっ。 でも、娘がパパのことを大好きなのはいいことよ。 世の中にはパパのこと嫌いな娘が多いし」

 

『がふっ!!』

 

『ど、どうしたんですか!? いきなり吐血なんかして!?』

 

 

『うぅ……! どうして俺を置いて旅行なんかに行ってしまったんだ……! 娘はまだ高校生なんですよ! 小さいときから可愛くて、将来の夢は俺のお嫁さんだったんです……。 なのに……! なのに……!』

 

「俊ちゃんもこういうことにならなければいいけどねー」

 

 おじさんの慟哭を聞いて、お母さんは溜息を吐く。

 

 するとお母さんの隣にいたフェイトちゃんのお義母さんのリンディさんがすまし顔で言う。

 

「べつに私は彼がどういうことになろうといいですけどね」

 

「あら、リンディさんは俊ちゃんに対していい印象を抱いていないのですか?」

 

「いい印象よりも、私はあの子が恐ろしいわ。 絶対そばにいるとストレスで過労死確定よ」

 

「ふふっ、けどそういったところが俊ちゃんの可愛いところだと思いませんか? なんというか……世話を焼きたくなるというか、あの子のそばにいなきゃ! みたいな感じで。 ねぇ? なのは?」

 

「な、なんでわたしに振ってくるの!?」

 

 いきなりの振りにたじろぐ。

 

「あら? なのはもそんな感じじゃないのかしら? ほらよく電話でも『俊くんには私がいなきゃ──』」

 

「だ、ダメーーーー!!?」

 

 すかさずお母さんの口を止めるわたし。 この人なんなの!? マジでこの人なんなの!?

 

「そ、そんなこと一言もいってないでしょ!? 捏造にもほどがあるよ!」

 

「あら? そうだったっけ? あ、そうそう。 確か電話では『えへへ……。 昨日の夜、俊くんの寝顔──』」

 

「ち、違うっていってるでしょ!? そんなこと一言もいってません! わたしがそんなこと言うわけないでしょっ!?」

 

「素直じゃないわね~。 そんなことだと俊ちゃんどっか行っちゃうわよ?」

 

 

「そんなこと……ないよ。 俊くんがわたし以外の所に行くなんてありえないよ」

 

「あら? どうして?」

 

 お母さんは心底不思議そうにそう聞いてくる。

 

「だって……その……。俊くんなのはのこと大好きだし……。 ずっと一緒にいようって約束したし……」

 

『ほ~』

 

「べ、べつに俊くんのことなんか本当はどうでもいいんだけどねっ!? た、ただ……やっぱり約束は守らないとダメだと思うし……、ほ、ほんと好きとかそういうことはありえないんだけどっ! ま、まぁ……仕方ないから一緒にいてあげようかなー、みたいな……」

 

 顔を赤くしながら、視線を彷徨わせながら指を絡めるなのは。

 

『ヴィータさん。 うちの上司が可愛すぎてヤバイです』

 

『気持ちはわからないでもない。 アイツが骨抜きになるのもわかる』

 

『私が襲いたくなるのもわかりますよね』

 

『それはわからん』

 

 お母さんがわたしのことをギュっと抱きしめてくる。

 

「はぁ~……。 ほんと可愛いわ、うちのなのはは……」

 

「あ、あのお母さん? ちょっとキツイ……」

 

 強く抱きしめられたため、息ができずに苦しくなる。

 

「リンディさん、うちの娘可愛いでしょ?」

 

「いやいや、私のフェイトのほうが可愛いですよ。 けどまぁ、あのバカはうちには必要ないのでいらないですが」

 

「えぇっ!? そんな! ひどいよお義母さん!?」

 

「……フェイト……?」

 

 フェイトちゃんのいきなりの大声にリンデイさんが固まる。

 

「だ、ダメよっ! あんなボンクラと付き合うなんてこと、私は絶対に許さないわ!」

 

「つ、付き合うなんていってないよ!? で、でも……告白は……されたかな」

 

『えぇっ!?』

 

 その場にいる全員が驚く。 勿論、私も絶句する。

 

『おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、あのヘタレが告白……!? 冗談だろ……!』

 

「ほ、ほんとなのフェイトちゃんっ!?」

 

「う、うん……。 といっても、なのはと同じような内容で『ずっとそばにいてほしい』ってことだったけど……」

 

「ほ、ほらみなさい! 彼はそうやってすぐ告白するナンパ野郎よ! 認めないわ! まず絶対条件が、高収入で恰好よくて、家事ができて、家族を守れるほど強くて、子

どもが大好きで、フェイトのことを愛していて、私の言う事も素直に聞く、しっかりした男じゃないと認めないわ!」

 

 うわぁー……リンディさん。 それってかなりスペック高いですよ。 高すぎですよ。

 

 ふと後ろのほうから、愛しの娘の声が聞こえてきた。

 

『スバルンにパパのじまんしてあげるー! えっとねー、パパはねかっこうよくて、おりょうりがじょうずで、つよくて、ヴィヴィオのことだいすきで、なのはママとフ

ェイトママのことがだいすきで、リンディメッシュさんにもやさしくてわらいながらいうこときいて、かけいぼ? もつけてるんだよー。 すごいでしょー!』

 

 いた。 高収入というか無収入だけど、それ以外は当てはまるスペックの持ち主が身近にいた。

 

「えーっと……お義母さん?」

 

「冷めないうちにご飯食べましょうか」

 

「えっ!? いまの話なかったことにするのっ!?」

 

 ヴィヴィオの話を聞いたリンディさんは何事もなかったかのようにご飯を食べ始める。

 

「がんばらないとね、なのは」

 

「だ、だから好きじゃないって……」

 

 耳元でそう言ってくるお母さんに離れながらそう返す。

 

「それじゃ、間を取ってはやてちゃんというのはどうでしょうか?」

 

「やめておけシャマル。 引退したグレアム提督に殺されるぞ、アイツが」

 

 シャマルさんの一言に、シグナムさんがそう返す。

 

 

 確かに……グレアム提督に殺されそう。

「え? なんで殺されるんですか?」

 

「あぁ、スバルは知らないのか。 アイツがグレアム提督との初対面のときどんなことしたのか」

 

「どんなことしたんですか?」

 

「アイツな……机の引き出しからエロ本発見して、それをぶちまけやがったんだ……」

 

「ほんとロクでもないことしかしませんねあの人!?」

 

「ついたあだ名がエロ本提督。 どんな想いだったんだろうな……、引退のとき」

 

 [速報] エロ本提督が引退した [引退後は優雅なエロ本ライフ]

 

「グレアム提督は、はやてのことを可愛がるが、アイツの話題になると不機嫌になるからな。 まぁ、致し方ない。 誰だって自分の机からエロ本発見されたあげく、ぶちまけられたら好意的な印象をもつことはないだろうな」

 

 シグナムさんはうんうんと頷きながらからあげを食べる。

 

 確かに……あのときは凄かったかな……。 わたしもフェイトちゃんもかなり恥ずかしかったし。

 

 遠くのほうでガーくんにご飯をあげていたアリサちゃんが大きなため息を吐きながらこちらをみる。

 

「あのさ、ずっと思ってるんだけど……アイツって恋愛対象に入らなくない? 基本バカよ。 それとも、私の知らないところでなにかカッコイイことでもしてるの?」

 

 呆れたような視線がわたしとフェイトちゃんを見つめる。

 

「だ、だから恋愛対象じゃないって……」

 

「ああ、愛玩動物みたいな感じ?」

 

「あ、それ近いかも」

 

『可愛くない愛玩動物ですね。 絶対私のほうが可愛いですよ』

 

『お前の場合、哀願動物だろ』

 

『確かに悲哀に満ちるほどなのはさんとイチャイチャしたいと願ってはいますが』

 

「ふーん……。 まぁ、そんなに好き──もとい愛玩動物とそばにいたいなら抱くくらいのことしたら?」

 

「「だ、抱くっ!?」」

 

 そ、そんなことできるわけないじゃんっ!? だ、抱くって……! そんなこと……、あ、でも手錠つけてご飯食べさせたり、弄ったりするのはちょっといいか

も……。 可愛い声で鳴いてくれそうだし……。 ──って、何考えてんだわたしっ!?

 

「む、無理だってそんなこと!?」

 

「? なんで? 後ろから抱きつくとかすれば、アイツならコロっと落ちると思うわよ?」

 

「「……え?」」

 

 だ、抱くって……そういうこと?

 

 抱きつくほうの抱く?

 

 そうなってくると、今度は違う勘違いをしたわたし達のほうが恥ずかしい……。 顔から火が出そうになる。

 

 俯くわたしとフェイトちゃん。 そんなわたし達をみてアリサちゃんは、

 

「アイツは幸せ者ねー」

 

 そう呟いた。

 

「けど、抱きつくってのは有効かもね」

 

「すずかちゃん?」

 

「ほら、ヴィヴィオちゃんと俊くんがさっきやってたじゃん? あんな感じのをやればいいんじゃない?」

 

 さっきのっていうと……あの真正面から膝に乗って向かい合うことだよね……。 けどそれって──

 

「「な、なんか恋人みたい……」」

 

 でも──ちょっといいかも。 頑張ってみよう……かな?

 

 チラリとフェイトちゃんをみる。

 

「……そのまま押し倒して……いや、あっちのほうが……」

 

 フェイトちゃんが怖い。 なんか怖い。

 

 ──と、そこでふとヴィヴィオとご飯を食べていたスバルが唐突に気付き質問した。

 

「そういえば──はやてさんどこにいるんですか?」

 

 

『あっ』

 

              ☆

 

 その頃、話題に出た八神はやては──風呂場に行く俊を押し倒していた。

 

「はぁ……はぁ……、俊……体熱いんよ……」

 

「いや俺の股間もいま熱いからっ!? まじゼニガメがやけど負ってるから!? 早くポケセン行かないとゼニガメ死んじゃうって! このゼニガメ元気のかたまりとか効果ないから!」

 

 俊は俊で早く風呂場でシャワーを浴びたいのか、乗っかってるはやての肩を掴んでどかそうとする。 まず股間にぶらさがってるものが第一である。

 

「なぁ……なんでこんな熱いんやろ……。 頭がな? ぽーっとするねん……」

 

「俺の股間もぽーっとしてきたから! 中々に熱いから!」

 

 はやては俊の言葉など聞かずに、俊に抱きつく。 その速度はとてもゆっくりとしていた。

 

「うおっ!? お前たまごが──」

 

 抱きついてきたはやてをタマゴの魔の手から救おうと離れさせる──ときになってようやく俊は気付いた。

 

 はやての尋常じゃない熱さを。

 

「はやて。 ちょっとおでこをくっつけるぞ?」

 

 俊ははやてを自分の膝のうえに座らせて、髪を掻きあげながら自分の額とくっつける。

 

 そして数秒して、はやてをお姫様だっこする。

 

「体が熱い? 頭がぽーっとする? そりゃ当たり前だ。 お前──完璧に風邪引いてるぞ。 39度くらいかな。 まってろ、お前を部屋に運んだら急いで氷まくらと熱さまシートを持ってくるから」

 

 はやてに声をかけながら、一歩踏み出そうとしたところで──はやてを探しに来た面々に気付く。

 

「あっ、丁度いいところにきた。 シグナム、ちょっとはやてを運んでくれ。 ヴィータは氷まくらの用意を頼む。 なのはは桃子さん達にこのこと伝えてくれ。 フェイトは風邪薬を頼むよ。 俺も着替えたらすぐ部屋に行くから」

 

 そう全員に指示をだす俊。 そんな俊の抱かれているはやてをみて、シグナムとヴィータは頷き、なのはとフェイトも遅れて頷いた。

 

 四日目の夜──八神はやては風邪をひいた。

 

 



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79.はやてスウィートデビル

 『生きる意味がないからって、それが死ぬ口実になりはしない』

 

「本当に一人で大丈夫かしら? 私も翠屋をお休みしてはやてちゃんの看病手伝うわよ?」

 

「いえ大丈夫です。 桃子さんは翠屋で皆が笑顔になるようなケーキを作ってきてください」

 

 五日目の朝。 つまりは八神はやてが風邪で寝込んだ次の日、俺は翠屋の手伝いを止めて一人ではやての看病に名乗りを上げた。 目の前には高町なのはの母親、桃子さんが心配そうにこちらを見つめているわけだが、そこまで俺は信用ないのだろうか?

 

「ねぇ、俊くん?」

 

「ん?」

 

 桃子さんの隣にいたなのはが俺を呼ぶ。 三日目からずっと手伝いをしているなのは。 流石は翠屋の看板娘だ。

 

「その……はやてちゃんに手を出したら……ただじゃおかないからね?」

 

「あの……少しは俺のこと信用してくれませんか?」

 

 どうやらなのはは桃子さんみたいに遠回りすることなく、ストレートに攻撃してくるようだ。

 

「流石の俺も病人相手に手をあげるほど腐ってないよ。 それに、そんな気分にもなりはしないさ」

 

 今日の俺は性欲激減している。 なんせゼニガメが火傷を負ってるからね。 明日まで安静するように言われたからね。

 

「おいひょっとこ。 はやてが少しでもお前の看病に不満を漏らしたらボコボコにするからな」

 

「はっは、ロヴィータちゃん。 その本気の目はやめてくれないかな? いや、マジで怖いって」

 

「大丈夫ですよ。 一応、私も残ることにしましたから」

 

「あれ? シャマル先生も残るんですか?」

 

「ええ。 ひょっとこさんだけだと、何かと不安ですし。 ただ、はやてちゃんの相手は任せますよ? 私はあなたのサポートに徹しようと思います」

 

 ……? 俺のサポート? シャマル先生も一緒に看病すればいいのに。 確かに、俺一人で看病できなくなったのは残念ではあるが、だからといってシャマル先生を毛嫌いする理由もないし、はやてだって二人で看病してもらうほうがやっぱり嬉しいかもしれないし。

 

「まあまあ、それじゃ皆さんはお仕事頑張ってきてくださいね! ほら、いきましょう」

 

 シャマル先生で俺の腕を取り、高町家の中へと入っていく。 俺は玄関の前で皆に見送られる形になりながら中へと入っていった。 俺が見送るはずなのに、どうしてこうなった。

 

                ☆

 

 コンコンと自分の部屋をノックする。

 

『んっ……だれ……?』

 

「はやて、俺だよ。入るぞ?」

 

 はやての返事を聞かずに入室する。

 

「気分はどうだ?」

 

「最悪や。うら若き乙女の起きたばかりの顔を見る男なんて最悪や」

 

「安心しろ。お前はどんなときだって可愛いから」

 

 部屋にはいると、俺のベットではやてがこちらをジト目で見ていた。それに苦笑しながら机の椅子をベットの傍にもってきてそこに座る。

 

 はやての顔をみると、まだ熱があるのか顔に赤みがさしていた。 右手ではやての額を触り大まかな熱を測る。

 

「うーん……37.8ってところかな~。 昨日に比べれば下がったけど、まだまだ安静してないとダメな体温だな。 ほら、起きてないで寝ろ」

 

「……昨日沢山寝たからもういい……」

 

「なにガキみたいなこといってんだよ。 病人は寝るのが仕事だ」

 

 起きようと体を起こすはやての頭をゆっくりと倒す。抵抗がないところをみると、やはり大分弱っているようだ。

 

「う~~……。 ねぇ、翠屋はええの?」

 

「ああ。 なんとかなるだろ。 士郎さんと桃子さんいるし。 フェイトも桃子さんがほめるほどのケーキ作りの腕だし、ヴォルケンも一緒だし」

 

「ふ~ん……。 それじゃ、いま二人っきり?」

 

「いや、下にシャマル先生がいるよ」

 

「そっか……」

 

 はやては小さくそう呟いた。 あれですか? やっぱり僕だけだと不安なんですかね? ちょっとショックですよ。

 

「……めんな……」

 

「ん?」

 

「……ごめんな。 わたしが風邪ひいたから……翠屋の手伝いできんで……。 けど、もう大丈夫やから手伝いにいってええよ……? シャマルもおるし、あとは一人でできるから……」

 

 布団を顔まで持っていったはやては俺のほうをみないままそう言った。 布団に顔が隠れているせいでちょっとくぐもって聞こえはしたが……まったくお前はなにをいってるんだか。

 

 はやての頭を撫でながら答える。

 

「お前を独り占めできるチャンスをみすみす逃す俺じゃねえよ。 翠屋の手伝い? お前と二人でいるほうがよっぽど嬉しいし楽しいし、大事だわ」

 

 そういうと、はやては布団を顔全部が隠れるほど上げ──たかと思うと、ゆっくりと目の位置まで下げる。 目はこちらを伺いながら──

 

「ほんと……?」

 

「ああ。 本心だよ」

 

「……ありがと」

 

「礼を言われる筋合いがわからんな」

 

「……そういうことにしといたげる」

 

 目はこちらを伺いながら聞いてきたので、俺も本心で答える。

 

 はやての頭に置いていた手をそっと離す。

 

「あっ……」

 

「ん? どうした?」

 

「う、ううん……。 なんでもない……」

 

 はやては首を横に振る。

 

 そんなはやての手を俺は握った。

 

「……この手はなんなん?」

 

「握りたくなった。 ほら、たまに誰かの手を握りたくなることないか?」

 

「まぁ……それはあるけど……。 だ、だからっていま握らんでも……」

 

「んじゃ離す。 悪い」

 

「あっ……! や、やっぱり離さんで……」

 

 はやての手を離すと、逆に離した手をはやてが掴む。 そして強く強く握りしめた。

 

 そういえば、はやてが9歳のときにもこんなことした記憶があるな。

 

「なぁ、なんか懐かしいな俊。 こうやって二人でこんな過ごすのんびりとした時間って」

 

「そうだな。 お前の足が治ってからはこんな時間を過ごすことはなかったからな。 いや、もっというならば闇の書事件後からはなかったもんな」

 

 闇の書事件。 俺が体験した、なのは達が経験した、もっとも強大で凶悪な事件。

 

 あらゆる人を巻き込み、あらゆる人が嘆き、誰かが泣いた──そんな事件。

 

 そして──俺自身にとっても大事な事件。

 

 高町なのは、フェイト・テスタロッサ、ユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン、リンディ・ハラオウン、シャマル、ヴィータ、シグナム、ザフィーラ、八神はやて、そして──リィンフォース。 全員が頑張って終わらせた物語。

 

 長い時間を経て、ようやく終わらせた物語。

 

 そして──

 

「何もできなかったなぁ……闇の書事件」

 

 俺が何もできなかった物語。

 

 管理局の上層部に喧嘩を売って、それで終わりだった。

 

「そんなことあらへんよ。 俊のおかげでリィンフォースは笑顔で旅立つことができたやんか。 助けたやんか」

 

「あれを助けたとはいわないよ。 俺はただ、リィンフォースに皆で取った集合写真を渡しただけさ」

 

 あのときのことはいまでも覚えている。

 

 どうしようもなくて、どうすることもできなくて、助けたいけどそれは敵わなくて、けどなにかしてあげたくて、なにかしたくて、俺は旅立つリインフォースに──皆で撮った集合写真をあげたんだ。

 

『きっと独りは寂しいから、きっと俺たちがそっちに逝くまで退屈だと思うから、きっと俺たちも成長してると思うから、見間違わないようにリインフォースにこれをあげとくよ!』

 

 そういって俺は現像した集合写真をあげたんだ。

 

 それをもらったリインフォースは笑顔でいった。

 

『私のために、泣いてくれてありがとう。 だけど笑ってくれ。 そうじゃないと私は心配で旅立つことができないじゃないか』

 

 手にしたものは海鳴の平和

 

 失くしたものはかけがえのない友

 

 味わったものは無力感

 

 あれほど自分を呪ったことはない。

 

「けど、リインフォースは笑ってたで? それにリンディさんから後で聞いたよ。 俊はとんでもないことをしてくれていたってね」

 

「あのババア……もとい魔法熟女め。 俺の黒歴史をべらべらと喋りおって」

 

「けど、内容は教えてくれんのよ。 概要は教えてくれるんやけど」

 

「いや、それでいいと思うよ。 知ったら知ったで後悔すると思うから」

 

 最悪、俺がみんなに捕まっちゃうから。

 

 それにしても──

 

「お前いつまで握ってんの?」

 

 握られた手を軽く揺らしながら聞く。

 

「……ずっと握っちゃ……ダメ?」

 

 瞳を潤ませながら聞くはやて。 それに俺は頬を掻きながら、

 

「ま、まぁ……べつにいいけど。 今日はなんでもいうこと聞くわけだし」

 

 そう答えるのが精いっぱいだった。 いかん。 病人に手を出すなんていかんぞ。

 

「なぁ俊。 のど……かわいた」

 

「水でも飲むか? それともポカリにする?」

 

「俊の唾液」

 

「風邪が治ったらな」

 

「約束やで?」

 

「はいはい」

 

 基本的に酔っ払いと病人の約束ほどあてにならないものはない。 ほとんど忘れてることが多いし。

 

 先程よりも幾分か機嫌が良くなったはやてを見ながら思う。

 

 そろそろ昼飯にしようかな。

 

         ☆

 

「なのは。 いつまでそわそわしてるんだよ」

 

「だってだって! 俊くんとはやてちゃんが同じ部屋に二人っきりだよ!? 絶対なにか起こっちゃうよ!?」

 

「あいつが手を出せるわけねえだろ、とにかく落ち着け」

 

「でもでも! はやてちゃんが俊くんを押し倒したりなんかしたら……」

 

「病人にそんなことできるとは思わないが……」

 

「ヴィータちゃんは甘いよ! このロリ!」

 

「ロリを馬鹿にするんじゃねえぞ!」

 

 翠屋の一角でなのはとヴィータが口論を繰り広げる。 なのはは残してきた俊を心配しており、ヴィータはまったくの真逆。

 

「なんというか……どうしてアイツ程度にそこまで真剣なれるのかしら……」

 

「あはは……。 まぁ触れてみないとわからないかもね、俊のことは」

 

 それをみていたアリサがなのはに呆れた視線を向けた後、自分の横にいるフェイトに少しばかり畏怖に似た視線を向けた。

 

 アリサ・バニングス。 高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、上矢俊の小さい頃からの友達──俗にいう幼馴染である。

 

「そもそもアイツに触れたくないわよ、私は。 変な病原菌貰いそうだし……」

 

「……Kウイルス。 ちょっと気持ち悪いかも」

 

「でしょ?」

 

 それを近くで聞いていたティアが呟く。

 

「いや……既に何名かそのウイルスにかかってますけど……」

 

 何とも言えない顔で、自分の上司たちのほうをみるティア。 しかしながら、ティア自身がTウイルスとなって上司に変態行動をしているせいか、まったくもって説得力もなにもない。

 

「ほんと、まったくもってその通りよ。 彼にかかわると碌なことにならないからやめておきなさい、フェイト」

 

「あ、お母さん……」

 

「昨日の話を聞いても思いましたが、リンディさんはアイツに対してあまりいい印象を抱いてませんよね。 まぁそれが正常だと思いますが」

 

「けど、お母さんはなんで俊のことをそんなに毛嫌いしているの? 俊はお母さんとも仲良くしたいと思ってるよ?」

 

 疑問符を浮かべながら聞くフェイト。 そのフェイトの問いにリンデイは苦虫を噛み潰したような顔をして答える。

 

「あなたたちは知らないのよ。 彼の怖さを。 彼が10年前、管理局の本部で何をしたかをね……。 彼絶対に次元犯罪者になったら手に負えないわよ。こういうところはあのとんでも夫婦の一人息子なのよね」

 

 そう呟くリンディ。

 

「そういえば……アイツがあのとき何をしてたのか、誰も知らないよな。 概要しか教えてもらってねえし」

 

 先程までなのはと口喧嘩していたヴィータがそしらぬ顔で話しに加わる。 その横にはなのはもいた。

 

「私やスバルやエリオやキャロに至ってはまったく知りませんけど」

 

 ティアが新人を代表してそう口にした。

 

 全員がリンディに注目する。

 

 その全員の視線を受けて──リンディは首を横に振った。

 

「ごめんなさいね。 こればかりは話せないの。 ただこれだけは言えるわ。 彼は──上矢俊という存在は、“大将”と呼ばれる人物たちならば全員が知ってるほどの有名人よ。 それほどのことをやらかしてくれたのよ」

 

『何をやったらそうなるんだ』

 

 全員の声がはもる。 その声は若干呆れていた。

 

「まぁ、俊くんならありえない話じゃないよね。 奇行が半端ないし」

 

 なのはの困り顔で口から出た言葉に全員が頷く。

 

「そう──そうなのよ。 彼は、『奇行の貴公子』なのよ!!」

 

 リンディが一回転して綺麗にストップしながら、右手を大きく広げ左手を天に向け悲壮感漂う顔でそう叫んだ。 営業妨害甚だしい女性である。

 

『…………』

 

 全員が押し黙る。 一分か二分かした後

 

「き、奇行の貴公子って……! ブフッ! り、リンディさん、は、恥ずかし……!」

 

「うわー……フェイトさんのお母さんセンスが凄いですね……」

 

「て、テスタロッサは、くくっ、こ、この、せ、センスを……受け継いでは、い、いないのか……?」

 

「お、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお母さんっ!? 何言ってるの!? は、恥ずかしいからやめてよっ!?」

 

 ポーズをとったリンディをフェイトは必死に止めさせる。 顔は耳まで真っ赤であり目には涙をためている。 自分の母親がこんなことをしていたら娘としては恥ずか

しいなんてレベルではないだろう。

 

 とんだ黒歴史である。

 

「つーか……いま貴公子っていったよな……」

 

「リンディさんはあの人のことをどう思っているんでしょうかね……。 普通、貴公子なんて呼ばないと思いますが……」

 

「まぁ、ぶっちゃけ痛いよな」

 

「古臭いですね」

 

 世代が違うから仕方ないとはいえ、流石のティアもこれには白けた目を向ける。

 

 一方、当事者であるリンディは──

 

「フェイト……」

 

「なにっ!?」

 

「やりきった気がするわ……」

 

「もう帰ってくれるかなっ!!?」

 

 とても気持ちいい、清々しい顔でフェイトに報告していた。

 

 そんな一連の行動を見ながらシグナムが顎に手を置きながら昔を思い出すように喋る。

 

「奇行といえば……あれが印象に残っているな。 アイツが自分のふくらはぎに果物ナイフを刺したとき」

 

『……え゛っ』

 シグナムの言葉になのは・フェイト・ティア・スバル・エリオ・キャロが固まる。

 

「あぁ、そういえばあったな。 あの時はマジでトチ狂ったのかと思ったけど……」

 

 ヴィータはふと何かを思い出したかのように喋ると、他の守護騎士の面々が頷く。

 

「あ、あの……どうしてそんなことしたんですか……?」

 

 ティアの疑問にヴィータは頭を掻きながら困りながら答える。

 

「まぁ、なんというか……はやては小さい頃に足が不自由で、歩くこともなにもできなかったんだよ。 それでも気丈に振る舞って、それに私達も安心してて……。 け

ど、はやてはアイツにだけ漏らしたんだよ」

 

『なんでわたしだけ……歩けないんやろうな。 ほんとはわたしも歩きたい……。 俊には、歩けない辛さ……わかる?』

 

「わかるわけないよな。 勿論、アイツにもわからないさ。 だからアイツははやての気持ちをわかるために、はやてと同じ土俵に上がるために、そばにあった果物ナイ

フを手に取って──自分のふくらはぎに思いっきり刺したんだ。 そしてアイツは汗をだらだらと掻きながら笑いながらこういったらしい」

 

『辛いというか、痛いな。 お前すげえよ、こんな痛みにずっと耐えてたなんて。 ほんと、よく頑張ったな』

 

「ほんとバカだよな。 普通やらないぜ? そんなバカなこと。 けど、それでもアイツはやるんだよ。 常識なんて投げ捨てる──アイツはそんな大馬鹿者なんだ」

 

「だから主はやては気に入ったのかもしれないな。 それに──アイツは主はやてのはじめての友達だからな」

 

「はじめての友達……ですか?」

 

 ティアの言葉にシグナムは頷いた。

 

「特別な友達だ」

 

                 ☆

 

 昼飯はシャマル先生が運んでくれた。 はやてにはおじや、俺にはなし。 シャマル先生曰く『下に取りにきてください』 とのことだったが──

 

「なぁなぁ俊。 はやく食べさせてーな」

 

 こんな状態で下に取りにいくもない。 どう考えても無理である。

 

「はやて、自分で食べれるんじゃないかな? ほら、熱も大分下がってるし……」

 

「無理や。 ほら、手が震えてるからもてへんもん。 それともか弱い乙女に無理矢理もてっちゅうんか?」

 

 はやてはそういいながら、繋いだ手とは逆手を掲げる。 どうやら本当にふるふると震えていているようで、これでは器を持ったら零しそうだし、スプーンを持ったら落としそうだ。 ……けど、どうして繋いで手は震えてないんだ?

 

「たーべーさーせーてー」

 

「はいはい、分かったからしなだれるな」

 

 はやてがパジャマ姿のまま俺にしなだれかかってくる。 大分体調も回復してきたようで安心した。

 

 それは俺にとっても嬉しいことで、思わず顔がほころぶ。

 

 今日のはやては若干甘えん坊ではあるが、風邪だししょうがない。 それに、正直なところ、こうやってはやてに密着されて嬉しい。

 

 といっても、この状態じゃ食べることもできないのではやてをちゃんと座らせてシャマル先生から受け取ったおじやをお椀にうつす。

 

 そしてはやての口の前にもっていく。

 

「ほら、熱いからきをつけろ。 あーん」

 

「あーん。 ん~、おいしいなぁ」

 

「きっとシャマル先生の料理で金輪際こんな奇跡的な成功をみせた料理は現れないだろうな」

 

 一人で納得する。 いや、たぶんそうだろう。 なんせあのシャマル先生だし。

 

「けど、どうせだったら俊に作ってほしかったかも……」

 

「作ろうとしたけど、お前が手を離してくれなかったんだろ」

 

「ふっふっふー。 俊はわたしの物や」

 

「はいはい。 どうぞどうぞ、好きに使ってくださいな」

 

 どうせ病人だ。 何もできないだろ。

 

 はやての口におじやをどんどんいれていく。 おじやを運ぶたびにはやてが小さな口を『あーん』と自分で言いながら開く姿はとても可愛らしく、正直こう……抱きつきたくなる。 それに何故か女の子座りで座っているはやては、エサをまつ雛鳥のように時折俺をみながらしかしほとんど目を瞑って、ただただ俺に身を任せるのみである。

 

 適度に水を飲ませつつ、ゆっくりとしたペースで完食までもっていく。 口の周りについた汁を指で拭き取ると、はやてはくすぐったそうに肩を震わせながら目を開けた。

 

「もう終わりなん……?」

 

「ああ、えらいよはやて。 ちゃんと完食できたな。 これだけ食べれれば十分だ」

 

 頭を撫でる。 すると、ちょっとだけ残念そうな顔で

 

「もうちょっと……食べれるのに」

 

 そう言った。

 

「あんまり食べすぎるとよくないから、これくらいで丁度いいよ。 さて、薬を飲んで後はまたゆっくり寝るとしようか」

 

「う~……寝たくない」

 

「だーめ。 寝なきゃ治らないだろ?」

 

「治らなくてええもん……。 そしたら、ずっと看病してくれるんやろ……?」

 

 俺の手をとって下から見上げてくるはやて。 まぁ、確かにその通りではあるのだが──

 

「俺は看病するよりも、お前と一緒に二人で元気に過ごしたいな」

 

 確かに看病するのもいいが、それよりも何よりも俺はお前と──八神はやてと元気に過ごしたい。 苦しんでいる顔より、笑顔のほうがいいに決まってる。

 

「…………。 そう……なんか。 ま、まぁ……あんたがそこまで頼むなら治してあげてもええかな……」

 

 お前は頼みこまないと治さないのか。 ある意味すげえな。

 

 違う意味で体調管理抜群じゃねえか。

 

「はやて、シャマル先生がくれた薬を飲む時間だぞ」

 

「う~ん……、あーん」

 

「ったく……、はいはい」

 

 カプセル錠の薬をはやての口に入れ、そばに置いていた水を口に入れていく。 零さないようにゆっくりとコップを傾けていく。 それでもやはり、自分のペースじゃなく苦しかったのか、はやてはとんとんと俺の手を叩き、それに伴い俺が口からコップを遠ざけると軽く咳き込んだ。

 

「す、すまんはやて!? だ、大丈夫か!?」

 

「はぁ……はぁ……。 俊って意外とアレなんやな……。 のどが結構苦しかったで?」

 

「ご、ごめん……」

 

「ほんと、一線越えさせればイくとこまでいけるんやけどな……。 アホ」

 

 はやてが俺の胸を軽くたたいてくる。 やはり風邪だからだろうか、その攻撃には力がなかった。

 

 そうしていると、心なしかはやての頭が船を漕ぎだした。 どうやら薬の副作用が効いてきたようだ。

 

「はやて、眠いか?」

 

「う~ん……そんなことあらへんよー。 ぜんぜん……むくないで~」

 

 かなり眠そうだった。 ちゃんと日本語喋れてないし。

 

「ほらもう寝ろ。 ちゃんと寝なきゃ治らないんだし」

 

 はやての両肩をもってゆっくりとベットに押し倒す。

 

「やー、襲われてるー」

 

「はいはい。 ったく、元気だなー」

 

 子どものように笑うはやてを見て、苦笑する。 これが昨日ぶっ倒れた奴と同一人物なのか?

 

 寝る姿勢に入ったはやては俺の手を探るように動かす。 その手に握りしめる俺。

 

 すると、はやてがふふっと笑って俺のほうに視線を向けて言う。

 

「俊は、はじめて会ったときのこと覚えとる?」

 

「ああ、覚えてるよ。 衝撃的でも劇的でもない、普通の出会いで、そして俺たちは普通に友達になったんだよな」

 

「わたしにとっては衝撃的だったで? いきなりあんなこと言われるんやもん」

 

「ははっ、だって面倒だったんだもん」

 

 はやてと会ったのは、闇の書事件よりもずっと前──事件、なんてものとは縁遠いところで友達になったのだった。

 

             ☆

 

 ──10年前

 

「学生の内で一番めんどくさい宿題ってのは夏休みにある自由研究だ。 あれほど面倒なものはない。 “自由”と銘打っているのに“強制的”に何かを提出しなければならないんだからな。 しかもだよ? 幼馴染の一日の行動を研究して提出したら職員室に呼び出すとかありえねえだろ? ああ、幼馴染ってのはめちゃくちゃ可愛くてマジ嫁に欲しいくらいの女の子のことなんだけどさ。 ちなみに魔法少女ね。 そして、その自由研究の次に面倒なものがこの読書感想文。 そもそもなに? 感想文って。 “感想”ってのは読了して思ったことをそのまま口に出すものだろ? わざわざ何文字書けとか指定してさ、その文字に達成しなかったらやり直しって意味不明だろ。 思ったことを素直に出すのが感想であって、思ってもないことを文字に表すのはどう考えても捏造だろ。 そう思わないかい? 文学少女よ」

 

「えっと……そう……なるんかな? というか、幼馴染が魔法少女って……頭おかしいんとちゃう?」

 

「まぁ幼馴染が魔法少女ってのはどうでもいいんだよ。 いまの問題は読書感想文だよ。 最優先事項は読書感想文なんだよ」

 

「はぁ……」

 

 担任に読書感想文の再提出を喰らった俺は、なのはとの帰宅を泣く泣く諦めて図書館にきていた。 なんか図書館にきたら書けるかもという訳のわからない理由できてはみたものの、天は俺を見捨てなかったのか、文学少女と俺とを引き合わせてくれた。

 

 なのはやフェイトと同じほどの美少女。 そして手には大きな本。 間違いなくこの子は俺の読書感想文を代わりに書いてくれるはずだ。

 

「ところでキミは本好きなの?」

 

「まぁ好きかな。 というか……本を読むくらいしか楽しみがないっていうことなんやけど……」

 

 文学少女は自分の足をチラリとみて、俺に笑いかけてくる。

 

 骨折でもしてるのかな?

 

「うーん、そっか。 でも本は確かにいいよな。 本ってさ、自分が主人公のような気分になれるし、現実ではありえないことだって出来るし」

 

 なのは辺りは現実ではありえないことを平然とやってのせちゃうけど。

 

「ところで文学少女、名前はなんていうの?」

 

「八神はやてやけど……、あの……本当になんなん? 新手の変質者……?」

 

「こんなカッコイイ変質者がいるか。 それじゃはやて。 友達として頼みがある。 ──俺の読書感想文、明日まで書いといて」

 

「……は?」

 

「いやー、もつべきものは友達だな! んじゃ、よろしく!」

 

 携帯も震えだしたことだし、俺ははやてに自分の読書感想文を押し付けて図書館を退館した。

 

 ──次の日

 

「はやて。 これはどういうことなんだい?」

 

「いや……どういうこともなにも、自分の宿題は自分でせなあかんやろ」

 

 信愛なる友達である、八神はやてと出会った次の日、俺は学校帰りにはやてに会うため図書館にきたのだがそこで待っていたのは冷酷で残酷な現実であった。

 

 ようは──八神はやてが俺の読書感想文を書いてくれなかったのである。

 

「い、いやいやいや俺たち友達だろ?」

 

「損得の感情がないと成立しない友達関係なんて御免こうむるで」

 

 なにこの子、めっちゃカッコイイんだけど。

 

 仕方なくはやてに差し出された読書感想文を受け取る。 しょうがない──言葉巧みになのはを騙し書かせるとしよう。

 

 そうと決まれば善は急げである。 俺ははやてに別れの言葉をいって図書館を後にする──しようとしたところで呼び止められた。

 

「これ、わたしが読んだなかでは結構面白いで。 まぁ……アンタが気に入るかはわからんけど」

 

 ぶっきらぼうに差し出されたのは、小さい女の子が5人の小人と幸せに暮らす物語。 なんとも可愛らしい絵であり、いかにも童話っぽかったが、俺はついつい受け取

ってしまった。

 

「んじゃ読んでみるか。 友達のオススメ本だしな」

 

「絶対はまるで。 友達のオススメ本やから」

 

 その日、俺ははやての隣で図書館が閉館するまで本を読んだ。

 

            ☆

 

「それからだったよな。 俺が毎日図書館にくるようになって、二人で並んで本を読む。 そんな光景が日常の一部となったのは」

 

「ほんと、ビックリしたで。 いきなり読書感想文書いてくれ! とかバカとしかいいようがないし。 あれ最終的にはどうなったん?」

 

「ああ、あの本の感想書かなかった。 そのかわり、一人の少年が図書館で文学少女と一緒に本を読む作品の感想書いて提出した」

 

「……あんた……それ創作っていうんじゃ……」

 

「大事なのは何を読んだかじゃない。 どう感じたかだ」

 

 それに先生からは百点満点をもらったので万々歳である。

 

「そういえば、それから少しくらいしてはじめてアンタは家に遊びにきたよね。 広い家にわたし一人だったのに、その日を境に一人分多く声が聞こえるようになって。

それがたまらなく嬉しくて、アンタはそのことをわかっていたのか、ほとんど平日はギリギリまで家にいてくれて。 帰ったら帰ったら電話してくれて。 休日の日は泊まりにきてくれて……ほんと、楽しかったなぁ。 ──なのはちゃんが襲撃してくるまでは」

 

「あぁ……。 あの時のなのはは怖かったな。 いつものようにはやてとスーパー行こうとして玄関開けたらなのはが立ってて……」

 

『みーつけた』

 

「「あれは怖かったなぁ……」」

 

 はやてと俺の声がはもる。

 

 あまりあの──高町なのは襲撃事件のことは思い出したくないのでやめておこう。

 

 はやても俺と同じ感想を抱いたのか、俺と視線が合うとゆっくりと首を横に振った。

 

 そしてはやては大きな欠伸をする。 そろそろ寝させたほうがよさそうだな。

 

「ほら、もういい加減寝ろ。 ずっとそばにいるから」

 

「……うん、そうやね。 おやすみ……俊」

 

 ああ、おやすみ。

 

 俺がそういうと、はやてはゆっくりと瞼を閉じた。

 

 そして数分と経たずに寝息が聞こえてくる。 なんとも可愛らしい寝息だ。

 

 俺はそんな可愛らしい寝息をたてるはやての髪をすきながら、一人呟いた。

 

「恥ずかしいから面と向かってはいわないけどさ、俺があの本の感想文を書かなかった理由は、せっかくはやてが薦めてくれた本を、他の奴に見せたくなかったからなんだよな。 それに、俺もはやての家に行くの毎日毎日楽しみにしてたんだ。 ちょっと臭いけど……お前の騎士になったような気がしてさ」

 

 寝てるお前の前だから言えることなんだけどさ。

 

 そう一人で苦笑いして、俺も椅子に深くこしかける。 ちょっとの間だけ、俺も眠るとしよう──

 

              ☆

 

 彼が寝たのを確認して目を開ける。 すぐ目の前には彼の寝顔であって、手を精一杯伸ばせば届きそうな距離である。

 

「……俊って意外と束縛するタイプなんかな……。 けど、とっても嬉しい……」

 

 自分の顔が熱いのがよくわかる。 文字通り、顔から火が出そうな勢いだ。

 

 俊と出会ったその日から、わたしの日常はゆっくりと、しかし劇的に変化していった。

 

 俊と買い物して、俊とご飯作って、俊に体を洗ってもらって、俊とのんびりして、俊と一緒に寝て──そんな、行動するとき誰かの名前が枕に入る程度の変化ではあったが、その変化がわたしはたまらなく嬉しかった。

 

 そしてなのはちゃんと会って、すずかちゃんと会って、アリサちゃんと会って、フェイトちゃんと会って、シグナム・ヴィータ・シャマル・ザフィーラ・リィンフォースといった家族が出来て──わたしは変わっていった。

 

 闇の書が起動してから、私は少しずつ変わっていった。 変わらざるおえなかった。

 

 けど──俊だけは変わらないで、変わる日常と動く戦況の中いつも通り、わたしに会いにきてくれて──それが嬉しかった。

 

 本来敵同士なのに、それをうまく丸め込んで集合写真撮らせたりして──

 

「確かに力はないけど、俊は自分の出来ることを精一杯やってくれたな……」

 

 話し合いの場を設置したりもした。 決裂したけど。

 

 そして決裂した後も、シグナム達に何か小言を言われるかもしれないのに変わらず毎日会いにきてくれた。

 

 わたしが入院したときだって──

 

「なぁ俊……。 わたしが生きる目的がないって言ったとき、なんて言ったか覚えとるかな?」

 

 わたしはずっと覚えとるよ……。 あのとき俊が言ってくれたこと──

 

          ☆

 

 ──10年前

 

「やっほー、はやて。 足の調子はどうかな?」

 

「昨日もそれ聞いたやんか。 いつもとかわらんよ」

 

「そっか。 いつもと変わらないか。 色々買ってきたけど、なにか食べる?」

 

 そういって目の前にいる男、上矢俊は八神はやてに見えるように手に持った袋を掲げて見せる。

 

 はやてはその袋の中身をしげしげと見た後、クッキーの袋を取り出して封を開ける。

 

 上矢俊と八神はやて。

 

 闇の書が起動する前も、起動した後も、変わることない二人である。

 

 八神はやてが家にいようが、八神はやてが病院にいようが、二人はいつものように会って、いつものように取り留めのない話をするのである。

 

 それが──二人の日常であった。

 

「そういえば、いかにもロリっぽいお前の家族いるじゃん? ほら、ゴスロリの奴」

 

「ああ、ヴィータのこと?」

 

「そうそう。 そいつがさ、俺に向かって何か言いかけてたんだけどさー。 トイレしたくて話ぶっちぎったのよね。 あとで話聞いといてくれる?」

 

「まぁ……それはええねんけど……いつもいつもタイミング悪いなぁ」

 

「これ絶対、将来的においしいチャンスを逃したりするんじゃないかなと思ってきたんだよね、最近」

 

 はやてのベットに腰掛けながら、自分用に買ってきた飲み物をあける俊。

 

 そんな俊にはやては声をかける。

 

「他の皆は……どうしてるんやろうな? なのはちゃんとか、フェイトちゃんとか」

 

「さぁ? あいつらコスプレ趣味があるからなー。 どっちにしろ男の俺はなのはとフェイトの女の子の輪の中にははいれないさ。 というわけで、こっちの輪に入れてください」

 

 軽く頭をさげる俊。 そんな俊にはやてはくすくすと笑う。

 

「まったく……しょうがないなぁ……。 ええよ、はいっても」

 

 はやてはそういって俊に自分の食べかけのクッキーを押し込む。 それを咀嚼し、呑み込んで、笑顔をみせる俊。

 

 俊の笑顔をみて笑うはやて。 しかしその笑顔もすぐに消えた。

 

「なぁ……俊?」

 

「ん?」

 

「俊は……人に迷惑かけてまで生きたいと思う?」

 

「……どういうこと?」

 

 はやての言葉に俊は首を傾げる。

 

「考えてしまうんよ……。 足も不自由で、一人じゃなにもできなくて、皆に迷惑かけて、両親も亡くなって……それでも私は生きている。 確かに、ヴィータやシグナムやシャマルやザフィーラ、それになのはちゃんやフェイトちゃんにすずかちゃんにアリサちゃん。 わたしにも沢山友達ができたし、いまの生活はとても楽しい。 けど──それでもたまにほんのちょっとだけ考えてしまうんや。 生きていてもいいのかな──そう考えてしまうんや。 もしかしたら、わたしのせいで誰かが損をするかもしれんやん。 誰かが被害を受けるかもしれんやん」

 

 俯くはやて。 そんなはやてを見て、俊は答える。

 

「生きてくれないかな? 俺のために」

 

「……へ?」

 

 俊の言葉に下げていた顔を上げるはやて。

 

「俺、もっとはやてとやりたいこと沢山あるよ。 外で遊びたいし、本も読みたい。 互いに家に遊びに行きたいし、二人で台所に並んで立って料理も作りたい。 それだけじゃない。 両親にだって紹介したい。 この子が俺の自慢の友達なんだ! そう紹介したい」

 

 そう言って──

 

「お前は『生きていいのかな』なんて言うけどさ、それによって誰かに迷惑かかるかもしれないけどさ、お前のその不便な足のせいで損をするかもしれないけどさ──」

 

 俊ははやての肩を掴み、正面から笑顔で言い切る。

 

「友達って──損得の感情で成立するもんじゃないだろ?」

 

 それはいつか、八神はやてが上矢俊にいった言葉だった。 俊に届けた言葉だった。

 

 それを今度は──上矢俊が八神はやてに送る。

 

 そうして俊ははやてを唐突に抱きしめる。

 

「一生の迷惑を俺にかけてくれ」

 

「……ほんま……ほんまにええの……?」

 

「可愛い女の子にかけられる迷惑は──男にとっちゃご褒美だからな」

 

 そう笑いながらはやてをみる俊。 そしてはやても俊を笑いながらみる。

 

 その日──八神はやてと上矢俊はずっと手を握っていたのだった。

 

            ☆

 

 俊は忘れたかもしれへんけど──わたしは忘れたこと一度もないで。

 

 お金もないだろうに、桃子さんや士郎さんにお願いして前払いで借りたりしながら毎日毎日お見舞いの品買ってきてくれたり。

 

 あんまり私のことばっかり構うから、なのはちゃんと喧嘩したりもしたんやろ?

 

 ぜーんぶ、聞いたんやで?

 

 手を伸ばし俊の顔を撫でる。

 

「どうして……そこまでしてくれるんやろうな……」

 

 力もないのに、魔法もないのに、それでもアンタは頑張って。

 

「女の子はな? 自分のために頑張ってくれる人に弱いんよ……?」

 

 アンタはそれをわかってる?

 

 痛いのは嫌いだといいながら真っ先に飛び込んで

 

 何もできないといいながら他の皆では思いつかないことをしたり

 

 他の女の子にもちょっかい出したり

 

「あんた……時代が時代なら打ち首やで……? ちゃんとわかってるんかいな」

 

 わたしの人生狂わしたくせに、平気な顔して日々を過ごして

 

 ずりずりと重い体を引きずりながら俊の体に触れ、足に力を込め立ち上がり、俊の膝の上に座る。

 

「なぁ……責任とってくれるんやろうな……? わたしはなのはちゃんやフェイトちゃんみたいに甘くないで?」

 

 俊の顔を固定して、ゆっくりと口元にキスをする。 小鳥がついばむようなキスをする。

 

「アンタがなのはちゃんやフェイトちゃんのことを好きでも……そんなもん私には関係あらへん……。 だって──アンタには一生の迷惑をかけてええんやろ? それってつまり──」

 

 ──そういうことやろ?

 

 はやてはもう一度キスをする。

 

 今度は俊の口腔内に強引に舌を滑らせる。

 

「んっ……ちゅっ、あんっ、……ずちゅっ、……んっ……ぷはぁっ」

 

 はやてが離れると、俊とはやての間に一筋の銀色の糸がつーっとのびていく。

 

 それを見ながら、はやては笑う。 はやては嗤う。

 

 まるで自分の物にしたかのように、俊の口元をみて笑う。

 

「約束したもんな? 風邪が治ったら唾液を飲ませてくれるって。 これも俊が約束してくれたことや」

 

 そういいながら、はやてはもう一度舌をいれる。

 

 無音の室内に、ぴちゃ……ぴちゃ……という音が響く。

 

「はぁ……はぁ……。 んちゅっ、んっ、」

 

 はやては俊の口腔内を凌辱していく。 マーキングしていく。

 

 舌をいれ、俊の舌を絡め取り、自分の唾液で汚していき、自分は俊の唾液を吸い尽くす

 

 やがて満足したのか、俊から離れ──今度は覆いかぶさるように抱きついた。

 

「俊……? ちゃんと約束まもってな? ご両親の紹介、期待しとるで?」

 

 はやてはそういって、今度こそ目を閉じる。

 

 なのは達が翠屋の仕事を終えて、様子を見に来るまでの間。

 

 俊ははやてを膝に乗せたまま、疲れからかぐっすりと寝ていたのであった。

 

 




圧倒的はやて回。これはもう確定ですわ


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80.夜の騒ぎ

 トントンと誰かに肩を叩かれた感覚を覚え、ゆっくりと瞼を開く。

 

「おはよ、俊くん。 ぐっすり眠ってたね!」

 

 そこには、大好きな幼馴染のなのはが笑顔で俺をみていた。 肩には手が乗っていることからして、どうやら起こしてくれたらしい。

 

「んっ……。 んー、おはよ。 あれ? そういえばはやては?」

 

「主はやてならベットでぐっすりと眠っているぞ」

 

 そういったのはヴォルケンのリーダーであるおっぱい魔人ことシグシグ。 パイ○リしたら気持ちいいんだろうなぁ……。 搾乳器とか使ったらどんなことが起きるんだろうか……。 母乳でてきたりして。

 

 ベットのほうをみる。 そこには、はやてがなんとも幸せそうな表情でぐっすりと眠っていた。 この様子だと、風邪の具合はもういいようだ。 ほっと一安心する。

 

「それでさ、俊くん。 ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

 笑顔で俺の肩を掴むなのは。 ギシ……ギシ……と骨の軋むような音が聞こえてくる。

 

「はやてちゃんと──なにしてたのかな?」

 

 その瞬間──複数人の殺気が全身に襲い掛かってくる。

 

 小さい体躯に大人な精神を持ち合わせたロヴィータちゃんが、その体系に似合わないほどのデバイス、アイゼンを大きく振りかぶっていた。

 

 そして俺に声をかけてくれた搾乳器ことシグシグは、なんかレバ剣を研ぎ始めた。 こんな状況なのにシグシグの頭を心配してしまう。 おま、デバイスってそんなこ

とで切れ味よくなるのか?

 

「楽しかった……? 気持ちよかった……? はやてを膝に乗せて寝るのは?」

 

 後ろから聞こえてくる冷たい声。 俺はその声を以前にも聞いたことがある。 後のPT事件と呼ばれる事件の重要人物──フェイト・テスタロッサとはじめて会ったときの冷たい声だ。 抑揚もなく、まるで氷柱が胸に刺さるような──そんな声。

 

「ちょっ、な、なんのこといってんの!? お前らさっきから罪のない市民に手をあげたら──」

 

 どうなってもしらねえぞ!

 

 そう大声をあげようとした瞬間、なのはがレイジングハートを口に突っこんできた。

 

 そしてそのまま笑顔で喋る。

 

「ねぇ、俊くん? わたしいったよね? はやてちゃんに手を出したらただじゃおかないって。 それに、ヴィータちゃん達は俊くんなら大丈夫って信じてたのに、その信頼まで裏切っちゃったよね?」

 

「ひや……ひょの……ふぉっとひひゅが──」

 

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ──説明、してくれるよねぇ?」

 

『してくれるよねー?』

 

「──!?」

 

「だーいじょーぶ! 説明をお願いしてるだけだから!」

 

 笑顔を絶やさないなのは。 後ろからフェイトが冷たい声が追撃してくる。

 

「俊のことだから、何もできてないと思うけど──なんではやてがあんな状態で寝てたのか知りたいな。 はやては私達の大事な親友なんだから」

 

 だから──教えてくれるよね?

 

 二人の言っている言葉がまったくもって理解できなかった。 いったいこいつらはなにをいっているんだ? 何を怒っているんだ? はやての看病は了承してくれたじゃ

ねえか。

 

 良心の中の良心であるロヴィータをチラリと見る。

 

「いつでも首折ってやるから安心しろ」

 

 どう安心していいのかわからない。

 

 搾乳器のほうをみる。

 

「古代ベルカでは敵の生首を台座に設置して野晒しのしておくという風習があってだな……」

 

 嘘つくなお前。 それ俺専用にお前が考えた風習だろ。

 

 どうやら今回に限っていえば、ロヴィータも搾乳器も俺のことを敵と見なしているらしい。 俺が何をしたというんだ。

 

 極力、視界にいれないように努力していたなのはの顔を見る。

 

「どうしたの?」

 

 いまでさえ限界なレイハさんをもっと押し込もうとするなのは。

 

 俺の口は既に限界である。

 

 俺の目から水滴がたまり始めた頃に──部屋の扉が少し開き、そこから愛しの娘──ヴィヴィオが顔を覗かせた。

 

 そんなヴィヴィオの登場に、一同ヴィヴィオのほうを振り返る。

 

「ひぃっ!?」

 

「ヴィヴィオー、先にご飯食べててねー? ママ達はちょっとパパと危険な遊びをするから」

 

「う、うん……」

 

「ん゛―――っ!? ん゛――――っ!?」

 

「もう俊くん。 ヴィヴィオがきたからってそんなに興奮しないのっ! めっ!」

 

 教師が生徒を叱るように軽くデコピンをするなのは。

 

 ヴィヴィオはなのは達から何かを感じ取ったのか、恐る恐る、扉を閉めて行った。 去り際に小さく俺に向かってバイバイしてくれたのが印象的だ。 ……地上からバイバイなんてことにはならないよね……?

 

 ヴィヴィオが一階に降りる音が聞こえてくる。 それをみて俺の中の何かが語りかけてきた。

 

 (俊、ここはなのは達に断固抗議するべきだよ、俊は悪くないんだから!)

 

 これはまさか……俺の心の中に住む天使……!

 

 (おいおい、お前なにいってるんだよ。 こんな可愛い女の子、しかも大好きな幼馴染とこんな状況になってるんだぜ? もっと楽しむべきだろ?)

 

 (でたな悪魔! そうやってキミが俊を甘やかすから、俊はいまだに無職でゴミでクズで下種でもういっそ死んでいいんじゃないかな? とか思われちゃうんだよ!)

 

 キミは天使を装った堕天使だね?

 

 (おいおい俊。 忘れたのか? 天使なら目の前にいるだろ? 高町なのはがいるじゃないか)

 

 (やめるんだ! 高町なのはなんて一歩間違えたら部下をバインドで縛ったあげく魔力弾で攻撃しそうな女の子じゃないか!)

 

 俺の脳内天使、キミには金輪際会わないことにした。

 

 もう一度、なのはを見つめる。 なのはは変わらない笑顔で、

 

「永続的に痛いのと、永久的に痛いの、どっちがいい?」

 

 そうレイハさんを俺の口から取り出しながら聞いてくる。

 

 だからこそ俺は真剣に答える。 天使に懇願する。

 

「悶絶失禁コースでお願いします。 できれば言葉責めしながらバインドでチンコを縛って射精できないようにして、永遠に手コキとかしてくれませんか。 ロヴィータ

ちゃん辺りはつるつるマムコを俺の顔面に押し当てて顔面騎乗みたいな感じで──」

 

「タイム!!」

 

 なのはが唐突に叫ぶ。 そして四人とも俺の位置から遠い場所に移動する。

 

『おいどうすんだよ、脅すつもりがこっちが脅されてるぞ……。 あたしなんて名指しまでされたぞ……。 どうすんだよ、なのは。 お前の予想じゃあいつが泣いて謝る予定だったんだろ?』

 

『ちょっとまって、あの返答はわたしにも予想外だったから。 みて、この鳥肌。 闇の書なんかよりよっぽど怖いんだけど……』

 

『謝らせてからゆっくり洗脳するつもりだったのに……』

 

『リンディ・ハラオウンが何故あいつを警戒するのかがわかったな……』

 

 四人が俺のほうをチラチラとみながらこそこそと話す。 いったい何を話しているんだろうか。

 

 お前ら習わなかったの? こしょこしょ話は相手が傷つくからやめなさいって。

 

 グー

 

「そういえば……昼食いそびれたんだよな……」

 

 はやてといれたからいいけど。 どう考えても はやて>昼飯 だし。

 

 しかしそれでもやはり食欲というものは厄介で、そろそろ限界が近づいているような気がする。 なんだか若干体が重いような気もするし。

 

 もぞもぞ

 

「おっ、はやて。 おはよー」

 

「んー……。 あれ? 結婚式は……?」

 

「それ夢だと思うぞ?」

 

「まぁ、あと数か月したら正夢になるし……ええか」

 

 もぞもぞとベットの中で動きがあったので、そちらを振り向くとはやてがぽけ~とした顔で変なことをいっていた。 欠伸を一つして、背伸びをしながら立ち上がるはやて。

 

 ……それにしても、はやてに結婚を考えている相手がいるのか……? いや、べつにそれは自由だからいいんだけど……ちょっと胸のあたりがもやもやするような……。

 

「ん~~! よく寝た! せやけど、どうしてベットで寝てるんやろ?」

 

「いや、ベットで寝てるのが普通じゃないか? 俺が確認したときもベットで寝てたし」

 

「まぁ……安眠できるベットであることは確かなんやけど。 ところで俊。 アレ、なんなん?」

 

 はやてが指さすのは勿論、団子大家族のように固まって秘密の打ち合わせをするなのは達。

 

『こうしようよ。 俊くんの視界にわたし以外の人が見えないようにする魔法をかけるってことで──』

 

『なのは、それなんの解決にもなってないよ』

 

「さっきまでは怖かったんだけどなー。 いまはあいつらがめちゃくちゃ可愛く見える不思議」

 

 いや、マジでなのはに説明求められたときはチビるかと思ったよ。 俺なにも悪くないのにさ。 むしろ俺が説明してほしいのに。

 

 それから30分、痺れを切らした桃子さんが呼びに来る間、俺たち6人は──細かくいうならば俺とはやては四人の秘密会議を黙ってみていた。

 

『わかった。 責任をもってわたしの部屋で俊くんを──』

 

『なのは、だからそれ解決になってないって』

 

             ☆

 

 ──自室

 

 楽しい夕食の時間も終わり、風呂にも入り既に就寝にはいったこの時間。 きっとエリオとキャロ辺りはフェイトが寝静まるまでついているんだろうな~、なんて思ってしまうこの時間。 ヴィヴィオとガーくんは桃子さんと一緒に寝てるな~、なんてことを考えるこの時間。

 

「い、いいっ! ご、ご主人さまとペットは、す、スキンシップとかそういうのが大事なわけで、それをわたし達に当てはめると、ご主人様がなのはで俊くんがペットだから、こ、これは当然の行動だから! ほ、他に他意はないから! ちょっと膝の上に座りたいな~、とか全然思ってないから!」

 

 現在、俺の膝の上にはネコの絵が描かれているパジャマ姿のなのはが座っていた。

 

「あ、あ……うん。 えっと……」

 

「な、なにっ!?」

 

「その……、ちょっとだけ恥ずかしいかな~、なんて……」

 

 頬を掻きながら、わざと軽く笑ってなのはに言う。 実際、意地でも笑ってないとこの雰囲気に気が狂ってしまいそうだ。 というか──ドキドキの心拍音、なのはに聞こえないよね?

 

「ふ、ふ~ん……。 べ、べつにわたしは恥ずかしいなんて思ってないけどね?」

 

「けど、どうしてこの時間に?」

 

「そ、それは……スキンシップって二人でやるから意味があるんだし……夜じゃないと、邪魔とかされちゃうかもしれないし……。 それとも──俊くんはなのはと二人は……嫌?」

 

「それは絶対にありえない。 なのはさえいれば、なにもいらない」

 

 ……いや、流石にそれはもう無理かもしれない。 会ったばっかりならまだしも、俺にはもう大切なものが沢山できてしまったわけだし。

 

 けど──それでも、ちょっとだけ思う。

 

 なのはがいれば、それだけで十分なんじゃないかな。

 

 まぁ、あくまで思うだけなんだけどね。

 

「ほ、ほんとに……わたしがいれば、あとはいらない……?」

 

「……へ?」

 

「ちゃんと答えて。 わたしがいれば、あとはいらない?」

 

「まぁ……うん。 そうなってみないとなんともいえないけど」

 

 実際問題として、そんなことできないわけだし。

 

「そ、それじゃぁ……、いま魔法で俊くんの視界を弄って、わたし以外の人物を見えなくしたらどうする……?」

 

 なのはが俺の服のつまみながら試すように見てくる。

 

 これは、魔法が凄いのか、高町なのはという女の子が凄いのか……。

 

 それにしても……なのは以外の人が視界から消えるのか……。

 

 俺はそれを一度小さい頃に経験して体験してるんだけどなぁ、そういうことを。 化け物が視界に入るんじゃなくて、なのはしか見えなくなるんだろ?

 

 それならあの時に比べて天国だろ。 いや、天国なんてもんじゃねえよ。 そんなもんじゃ表せないほどの喜びだろ。

 

「えっと……せめて他の人と話せるようにはしてくれないかな? じゃないと色々と不便だし」

 

「……まぁ、それくらいならいいけど」

 

「んじゃ、いいよ」

 

「……え? いいの?」

 

「どうぞ。 好きなように弄ってくれ」

 

 両手をバンザイの形にして、なのはを見る。 一瞬だけ、目が点になるなのは。 そして少しだけ唇を動かした後──

 

「もう、冗談だよ、冗談。 そんなことするわけないでしょ?」

 

「あれ? そうなの?」

 

「そうだよ。 それに、そんなことしたら色々と今後の生活で支障が出そうだし」

 

「支障どころの騒ぎじゃないと思うよ。 まずヴィヴィオとフェイトに病院に連れて行かれる」

 

「まぁ、それもそれで面白そうだけどね」

 

 うふふふ、そう口元に手を置いて可愛らしく笑うなのは。

 

 経験してみたかったのでちょっとだけ──残念かも。

 

 そんなことを考えてしまうあたり、俺が異常者と呼ばれるのも的を射ていると思う。

 

 ごほんっ、なのははそう咳払いして俺に人差し指を突き付ける。

 

「そういえば、ここに来た目的を忘れるところだった。 今日きた目的は、俊くんとわたし。 つまり主従での決まり事を決めようと思ってきたんだ。 とりあえず、わたしと俊くんの約束その1、“私以外の女の子をみない” はい、復唱」

 

「無理ゲーにもほどがあります」

 

 首を傾げるなのは。 何故あなたはそこで首を傾げることができるんだ……?

 

「うーん、それじゃぁ──“わたし以外の女の子にちょっかいかけない” これは守れるよね?」

 

 黙ったまま首を縦に振る。

 

 ……ちょっかいって、どこまでがちょっかいなんだろうか……? というか、ちょっかいってなに?

 

「約束その2、“わたしのそばから離れないこと”」

 

「それは絶対に守れる! むしろ誓うことができる!」

 

 今度は力強く答えることができた。

 

 俺の返答を聞いて、嬉しそうにうんうんと頷くなのは。

 

「俊くん良い子良い子。 えーっと、約束その3、“できるだけ二人きりの時間を作ること”」

 

「むしろ俺が言いたい。 俺と二人っきりの時間をもっと作ってくれ」

 

「……作ろうとするといつも逃げ出す癖に……」

 

 なのはから弱パンチが胸に飛んでくる。

 

 けど、そうはいってもなのはにはティアとかいるし……無理だよな。

 

 考え込む俊の頬を、なのはが現実世界に戻そうと引っ張る。

 

「いひゃいですなのしゃさん」

 

 俊の顔を掴んでいた手を離し、そのまま膝の上で説教──ではなく愚痴をいいはじめる。

 

「考え事禁止。 そもそもわたしがこんな苦労してるのは俊くんの所為なんだからね? わたしだけのはずなのに、いつの間にか俊くんの周りには女の子ばっかりできて、俊くんも俊くんで何を勘違いしてるのか、調子に乗って、バカみたい──」

 

 それを黙って聞く俊。 なのはは俊の顔を自分のほうに引き寄せて言い放つ。

 

「俊くんには、わたしがいればいいの」

 

 有無を言わさない、極上の笑みを浮かべるなのは。 俊もまた、それにつられて首を縦に動かした。

 

 そしてそのまま、なのはが何かを言おうとした瞬間、ドアが盛大に大きな音をたてて開き、俊となのはの娘であるヴィヴィオと、そのペットであるガーくんが姿を現した。 後ろには困った顔の桃子がいる。

 

「ヴィヴィオちゃんが俊ちゃんとなのはと寝るって聞かなくて……。 ごめんなさいね、二人っきりの時間を……」

 

「パパー、なのはママー、いっしょにねよー!」

 

「ネヨー!」

 

 助走をつけて、なのはの背中に抱きつくヴィヴィオ。 ヴィヴィオにタックルされる形となったなのははバランスを崩し、そのまま俊を巻き込んでベットに倒れる。

 

「あれー? フェイトママはー?」

 

「ドコー?」

 

 そんなことお構いなしに、もう一人のママであるフェイトをガーくんと探すヴィヴィオ。

 

「あれー? なのはママ大丈夫?」

 

「ダイジョウブー?」

 

 フェイトがいないことを悟ったヴィヴィオは、今度は自分がタックルをかました相手、なのはを心配そうに呼びかける。

 

「な、なのは……?」

 

 巻き込まれなのはの下敷きとなった俊は、自分の首に腕を巻きつけて布団にキスをしている最中のなのはを呼ぶ。

 

「……起き上がれない」

 

「へ?」

 

「魔力切れで起き上がれないから……このまま寝よ?」

 

 耳元でそういってくるなのは。

 

 ヴィヴィオはそんななのはをみて、自分のパパである俊に抱きつく。

 

「ヴィヴィオもするー!」

 

「あっ、こらヴィヴィオ! だーめ!」

 

「いやー!」

 

 横から割り込んでくるヴィヴィオに、なのははすかさず注意するが、そんなことでは止まらないのがヴィヴィオである。 そのままなのはの位置を奪って抱きつく。 俊はそれに苦笑しながらも、ヴィヴィオを抱き返す。

 

「なによ……わたしのときは抱き返してくれなかったくせに……」

 

 そんな二人をみて、なのはは一人そう呟いた。

 

 コンコン

 

 なのはが呟くのと同時に、桃子が気をきかせて閉めていたドアがノックされる。 そして数秒してドアノブは回され自分の枕をもった八神はやてが部屋にはいってきた。

 

「俊―、一緒に寝ようやー。 って、なんや先客がいたんかいな。 ふーん……」

 

 既に部屋にいたなのはとヴィヴィオとガーくんを一瞥したはやてはそのまま自分の枕をもったまんま、俊の隣に寝転がる。 そしてそのまま寝息をたてながら夢の中へと旅立つ。

 

 一瞬の早業で、俊が何かをいう暇すら与えなかった。

 

 ふと、俊は自分の服に湿った感触を覚える。

 

「……さっきまで元気にはしゃいでたってのに……子どもってすげー」

 

 そうヴィヴィオをみて俊は一人呟く。 俊の目の前には、よだれを垂らしながらも、俊の服をしっかりと掴んで離さないヴィヴィオの姿があった。 そしてその横で待機するかのように眠るガーくん。 思わずそんなヴィヴィオの頭を撫でる俊。 その顔はとても優しそうであった。

 

「俊くんだって、小さい頃は一人で騒いで満足して寝てたじゃん。 あれとってもうるさかったよ?」

 

「うぅ……面目ない。 って、起き上がれないんじゃなかったの?」

 

「魔力回復した」

 

 魔法少女に不可能などありはしないのである。

 

 なのはは申し訳なさそうな顔をする俊をみながら、自身も隣に寝転がる。

 

 そして俊を見つめながら何かを言おうとした口を開いたそのとき

 

 コンコン

 

 そう二度目のノックが聞こえてきた。

 

 そして開かれるドアの前には、枕をもったエリオとキャロ、そしてフェイトが姿を現した。 フェイトは俊の状況をみて、それでも何事もなかったかのように話しかける。

 

「エリオとキャロが一緒に寝たいらしいんだけど……四人で一緒に寝ない?」

 

 フェイトの問いへの答えを待たずにエリオとキャロは俊に駆け、近い位置に枕を置く。 それをみたフェイトが少し困ったような顔をしながらも、自身の枕をもってベット内に侵入してくる。

 

 コンコン

 

「おいひょっとこ。 お前の所にはやてきてないか? 手出ししたらお前の局部粉砕してやるけど──」

 

 そういいながら部屋にやってきたのは、ロリの代表ヴィータであった。 そしてその後ろにはシャマルとシグナムとザフィーラ。 全員とも、いなくなった主を探して此処へ辿り着いたようだ。

 

 バン!

 

「なのはさーーーーん!! あなたの嫁のティアがやってきましたよーーー! 今日も私とスバルとなのはさんで3pしましょーーー!!」

 

「ぎゃあああああああああ!? なんかきた!? 面倒な部下が卑猥な物もってやってきた!?」

 

「あ、ちょっと租チンさんそこどいてください。 なのはさんの隣は私と決まって──」

 

「誰が租チンじゃてめえ!! お前の子宮ぶち抜くぞ!」

 

 ドアを壊しながらやってきたティアとスバルは、なのはの隣にいたひょっとこをどかす。 租チンといわれ切れるひょっとこ。 部屋は一気にカオスへと変貌していく。

 

「なのは……やっぱりそういう趣味が……」

 

「いや違うから!? 一度もそんなことになってないから! フェイトちゃん一緒に寝てるから知ってるよね!?」

 

「パパー、だっこー」

 

「んー、あんま暴れるとあかんでー俊。 ちゃんと枕にならんと」

 

「お前ら二人は呑気だなぁおい!?」

 

 ヴォルケンを巻き込みながら大枕投げ合戦へと部屋は変わり、騒ぎを聞きつけて下からやってきたアリサとすずかを交えながらひょっとこたちは夜を楽しんだ。

 

「あらあら……楽しそうねみんな」

 

 それを扉の向こう側でみていた桃子は、盗撮用に用意していたカメラが室内を一枚だけ撮る。

 

 笑い合いながら遊ぶ皆を撮るのであった。



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81.海鳴初の男

 背筋に氷の壁が舌を這うような悪寒と、腹のあたりに微妙に人の感触を覚えて目を覚ます。 うすぼんやりとした視界、そんな中で少しづつ昨日の記憶を紐解いていく。 昨日は確か大枕投げ大会になって……嬢ちゃんが調子に乗って桃子さんの顔面にブチ当てて、そのまま全員就寝の形になったんだよな……。 いや、マジ桃子さんすごかったわ。 咄嗟に張った障壁パンチでブチ破ったからね。 ギャグ補正どころの話じゃないわ。 俺でも本気で蹴らないと破れないっていうのに。

 

 ふと、伸ばした腕に重みを感じて隣をみる。

 

「……んっ……。 もう、逃げちゃダメだって……」

 

 ……天使?

 

「あ、なのはだった。 やべ、素で間違った……」

 

 これはかなり恥ずかしい。 いや、まぁ天使だから間違ってはないけど。

 

 なのはは俺の左の腕を枕にしてぐっすりと眠っていた。 朝からなのはの寝顔をみれて幸せ。 今日一日頑張れそうだ。

 

 なのはの頭を撫でようと使われているうでとは逆のほう──すなわち右腕を上げようとしたところで──違和感を感じた。 まったくもって持ち上がらないのだ。 訝

しみながら、そちらをみると──

 

「もう……逃げちゃあかんて……。 これにサインとハンコを押せば……こっちのもんやから……」

 

 ……悪魔?

 

「あ、はやてだった。 やべ、素で間違った……」

 

 パキっ

 

 あれ……? おかしいな、右腕がまったく動かなくなったぞ?

 

 急に動かなくなった右腕に違和感を感じて自力で戻そうと努力してみる。

 

「動いたら足の神経切断するで」

 

 右腕くらい使わなくても困ることはない。 左手でこすればそれで事足りるしな。

 

「はやて……起きてる?」

 

「………………」

 

 小声ではやてに聞こえるように話しかけたものの、はやては無反応だった。

 

 もしかしていまの寝言? お前の寝言怖すぎるんだけど。

 

 両腕が使えないことはわかったが、この二人に使われるなら本望である。 そしていい加減、無視してきた腹の気配を確認しなければ。

 

 頭を少し浮かせて腹のほうをみる。

 

「……何故もう少し下に寝てくれなかったのか」

 

 思わずそう呟いた。 口が勝手に動いた。 脳が指令を出すよりも先に反射の要領で音として出していた。

 

 目の前には、腹の上には、フェイトが枕代りにしてぐっすりと眠っていた。 それはもうスヤスヤと安らかに、まるで女神のような美しさで眠っていた。

 

 悔やまれる……! とても悔やまれる……!

 

 もう少し下にいてくれたら、あわよくば口に挿れることができたかもしれないのに……!

 

 人生にベストは存在しないらしい。

 

 それがよくわかった一瞬であった。

 

 ようやく全体をみる余裕ができてきたので、目線を一周させることにした。

 

 嬢ちゃんがデ○ルドを持ったまま寝てるとか、意外にロヴィータちゃんの寝顔が可愛いとか、シグシグは寝顔も凛々しいとか、ザッフィー犬の姿のまま寝るのかよとか、エリオもキャロも俺の足掴んで何してんのとか、シャマル先生その体勢キツくないのとか、スバルお腹だして寝ると風邪ひくよとか、そんなことよりも何よりも──

 

「おはよう、ヴィヴィオ。 今日も早起きだね」

 

「えへへ、パパとおしゃべりしたいからはやくおきたの!」

 

 何よりも──ヴィヴィオと挨拶できてよかったと思った。 ヴィヴィオと一緒にこうやって笑い合うことができてよかったと思った。 親バカ万歳。

 

 けどヴィヴィオ──あまりパパの股間をみないでくれるかな? もっというなれば、勃起してるキノコを見ないでくれるかな?

 

「パパ? ここおっきしてるよ? だいじょうぶ? びょうき?」

 

 ヴィヴィオが心配そうに四つん這いで俺に迫ってくる。 いまさらではあるが、ヴィヴィオのパジャマはウサギの顔が描かれたものである。 そしてヴィヴィオの後ろにはガーくんも起きていて頭に睡眠キャップを乗せたまま、こちらに手を振っていた。 ……アヒルに睡眠キャップって意外と合うな。

 

 ヴィヴィオが俺の勃起したナニを指さしながら涙をためている。

 

 そういえば、あまりこうやって勃起をみせたことはなかったよな。 一応、これでもパパだからそこらへんは気を使っていたんだけど……。 まさか起きて早々ナニをロックオンされているとは思ってなくて……。

 

「いや……病気じゃないよ。 むしろ健康の象徴かな? ほ、ほら、それよりも着替えよっか! パパが手伝ってあげるから!」

 

 必死に話題逸らしを決め込む俺だが、うちの愛娘は大層俺のことが心配らしく頑なに首を横に振った。

 

「でもでもでも、パパのここくるしそうだよ? パパしんじゃうよぉ……」

 

 

 萌え殺された。

 

 涙をためながら心配してくれるヴィヴィオには申し訳ないのだが、こればかりはどうしようもない。

 

 ……いや、まてよ?

 ふと考える。

 

 ヴィヴィオにこのいきり立つナニを鎮めてもらうのはどうだろうか……?

 

 (※どう考えても犯罪です)

 

 ヴィヴィオは俺のことを心配してくれている。 そして俺もヴィヴィオのこんな顔を見たくない。 そしてヴィヴィオがこんな顔をしている原因はどう考えてもこの天を目指しズボンを突き破るんじゃないかと思うほどのナニである。

 

 ……成程、これがハッピーエンド。 これが人生のベストということか。

 

 (※どう考えても犯罪者の思考です)

 

 だというならば……ちょっとヴィヴィオちゃんに協力してもらわないとな。 これは親子のスキンシップだから。 それ以外のなにものでもないからね!

 

「ヴィヴィオ……実はな……、パパ……もうすぐ死ぬんだ……」

 

「えぇっ!? そんな、ヴィヴィオいやだよぉ! パパともっとあそびたいよ……。 パパにいっぱいだっこしてもらいたいよぉ……。 いやー、パパしんじゃいやー!」

 

「わっ!? ちょ、お、落ち着けヴィヴィオ!? 助かる方法はあるから!」

 

「ひっく……ぐすっ……、ほんと……?」

「ああ、もちろんだ!」

 

 俺の死ぬ死ぬ詐欺を本気で受け取ってしまい、大声をあげて泣き出すヴィヴィオ。 その声を聞いて全員が起きないかと一瞬冷や汗をかいたが、どうやらそれは徒労に終わるようだ……。 しかしヴィヴィオ……。 そんなに俺が死ぬのが嫌なのか。 あれ……なんか涙が出てきた……。

 

 ヴィヴィオに笑いかけながら要件を伝える。 生き残るための戦力を教える。

 

「パパが生き残るための方法は一つ……。 あの股間の病気をヴィヴィオが鎮めるんだよ……」

 

「ふぇ……、どうすればいいの……? パパのためならヴィヴィオがんばる……!」

 

 拳を胸の前でぐっと握りしめるヴィヴィオ。 可愛い……そして癒される……。

 

「まずパパのズボンを下ろす。 そしたらナニが出てくるから……それを優しく手でしごきながら口に含むんだ……」

 

 (※救いようがありません)

 

「う、うん……! ヴィヴィオがんばる……!」

 

 ヴィヴィオは俺の言葉を受けて、下腹部へと場所を移動する。

 

 そして俺が少しだけ腰を浮かしたのをみて、ゆっくりとズボンをおろす──ところで唐突に横にいたガーくんがヴィヴィオの目の前に立った。 丁度ヴィヴィオとナニの直線上に立つ形で。

 

「ガ、ガーくん……? どうしたの……? はやくしないとパパが……」

 

「ヴィヴィオニハマダハヤイ。 ガークンニマカセテ」

 

 そういうと、ガーくんはヴィヴィオをゆっくりと夢の国へと誘う。 こいつ……いつの間に魔法を習得しやがったんだ……!?

 

 ヴィヴィオを眠らせたヴィヴィオは俺のほうをくるりと向く。

 

 そして──そのままズボンを下ろしはじめた。

 

「おいちょっとまって。 おいそこのアヒル。 お前だよお前」

 

「シヌトイロンナヒトガカナシム」

 

「いや、あれ冗談だから。 マジ冗談だから。 ちょっとした親子のスキンシップだから」

 必死に止める俺だが、ガーくんはそんなことお構いなしに露わになったナニに口を近づける。

 

「おいマジやめろ!? わかった! 俺が謝るから! 3000文字くらい使って謝罪文乗せるから! だからマジでやめろって!?」

 

 響く俺の絶叫。 飛び散る俺の謝罪。 しかしそんなことなどアヒルには通用しないらしく──

 

 ジュっジュルルっっジュルルルっ!

 

「ぎゃぁああああああああああああああっ!? 俺のナニがアヒルに犯されるーーー!? ちょっ、スト、スト、あっ……ちょっとまって……。 これ……意外と気持ちい

いような……」

 

 絶妙な快感が俺を襲う。 こいつ……なんというテクニックを……!

 

「って、冗談じゃねえぞ……! アヒル相手に射精したらそれこそ“上矢”の名が大変なことになる……! ガーくん、その口を離すんだ! じゃないと丸焼きにする

ぞ!」

 

「コワイー!」

 

 俺の声を聞いて、ガーくんはようやく口を離す。 それと同時に快感もなくなった。

 

「はぁ……はぁ……。 あぶねぇ……、アヒルのフェ○テクってすげえな……」

 

 荒い息を吐きながら、心臓を落ち着かせる。 これが早朝でよかった……。 5時帯に起きる奴なんて俺かヴィヴィオかガーくんくらいだろ? まぁ、たまにフェイトも起きるけど、フェイトはこうやって俺の腹の上で寝てるから、この珍事件は誰にも見られて──

 

 くる(横を振り向く)

 

 ニコっ(なのはが笑いかけてくる)

 

 み、見られてたぁああああああああああああああああっ!? 一番見られたくない相手に見られてたぁあああああああああああああああ!?

 

「お、おはようなのは……。 今日も可愛いね……」

 

「ありがと、俊くん。 ところでさ、俊くん。 色々と言いたいことはあるんだけど──」

 

 なのはが起き上がる。

 

 今のうちに開いた左腕で顔面を防御──

 

「娘に手をだすなっていったでしょうがぁああああああああああああ!!」

 

 振り下ろされたなのはの拳は防御をいとも容易く壊し、俺は二度目の就寝を遂げた。

 

 これが……エースオブエースの実力か……!

 




テクSSS


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82.一難

 ゴシゴシとペットの頭部を洗う。 洗われているペットは俺の言うとおり黙って目を瞑ったまま成すがままにされている──が、後ろからみているとなんだか心なしか嬉しそうにしていた。

 

「ガーくん気持ちいいか? 痒いところはないか?」

 

「ダイジョウブー」

 

 ペット──ガーくんに話しかけると、頭をスポンジで洗われているガーくんはとても気持ちよさそうな声をあげながらそう返事をしてくれた。

 

 ちなみにガーくんについて少しだけ説明をしておこう。

 

 ガーくん、ヴィヴィオのペットであり俺たちの家族であり、人類を除く生物の頂点に君臨するかもしれないアヒル。 そう──アヒルなのだ。 人語を解し、人語を話し、文字で現すと既にアヒルであることを忘れそうな存在。 しかし俺たちにとってみれば大切な存在。 戦闘能力はバカみたいに強く、きっと俺では勝てない。 しかしなのはとフェイトはきっと勝てるだろう。 だってあいつら主人公属性と補正があるし。 ヴィヴィオのいうことを何でも聞き、ヴィヴィオを常に最優先に持っていく騎士道をひた走るアヒル。 そして──上矢俊と同族であり、同類の存在。 それがガーくんなのだ。 ああ、それと俺にフェラした最初で最後の鳥類でもあるな。

 

 そんなガーくんに声をかける。

 

「しかし悪いなー、ガーくん。 あそこでヴィヴィオに手を出してたら俺マジで死んでたかもしれない。 ほんとありがとう」

 

「キニスルナヨ。 ソンナトキモアルッテ」

 

 いやほんと……溜まってたのかねー。 かれこれ一週間くらいかな?

 

「ハックション! っあぁ……すまん、くしゃみが」

 

「ダイジョウブー?」

 

「う~ん……大丈夫だと思うけど。 なんだか軽く寒気がするような……そうでないような……」

 

 くしゃみと同時に出てきた鼻水を拭いながら自分の体調を改めて調べる。

 

 頭痛らしい頭痛もないし、腹を下したということでもない。 咳が出ているということでもないし……きっと大丈夫だろ。 鼻水も気にするほどの量ではない。 寒気も気のせいだ。

 

 全体を洗い終えた俺はガーくんに熱いシャワーをかけて泡を全て流す。

 

 お次は自分の髪と体を洗おう。

 

 そう思い、シャンプーに手をかけたその時──ガラガラと擦りガラスのドアが開きヴィヴィオが水着を装着した状態で風呂場に登場してきた。

 

「ありゃヴィヴィオ? ママ達と皆で朝ごはんを食べてたんじゃないの?」

 

「パパといっしょにたべる~。 パパおふろはろう~」

 

 水着姿のヴィヴィオが笑いながらそう駆けてくる。 そんなヴィヴィオの頭を撫でながら思った。

 

 ……ヴィヴィオに手を出そうとした自分を殺したい……!

 

 いや、あの、マジでね? ちょっとヌいてないから危ない思考になってんですよ、きっと。 でも、やっぱ娘に手を出そうとしちゃまずいでしょ? いやもうなんというか、べつにロリコンってわけでもないけど、ロヴィータちゃんのパンツとか放尿シーンとか見たいな~とかは思うけど、ロリコンじゃないんですよ。 だからヴィヴィオに本気で手を出そうなんて思ってなくてだな、それに俺にはなのはやフェイトといった超絶美少女達がいて……まぁお友達ENDで終わりそうな気はするんですけどね。 もしくはペットEND。 あ、ペットENDで終わるならそれでいいや。 色々と嬉しいことがまってそうだし。 いや、それはもうでもいいんだ、どうでもよくないけどどうでもいいんだよ。

 

「ヴィヴィオ……もうパパ一生ヴィヴィオに手を出そうなんて考えないから……許してくれるかな?」

 

「うんいいよー!」

 

 わーい! きっとヴィヴィオちゃんなんのことかわかってないけど言質取ったから関係ないもんねー! これで俺は無罪だーーー!

 

「オコナッタコトヲムニカエスコトハデキナイヨ」

 

「その通りですよね、ガーくんさん。 マジすんませんでした。 止めてくれてありがとうございます」

 

 ガーくんに土下座する。 流石の俺もアヒルに土下座する日がくるとは思ってもなかったよ。

 

「オモテヲアゲヨ。 ヴィヴィオガシンパイシテル」

 

 ガーくんに言われて、はたと気づき横を振り向くと──ヴィヴィオが悲しそうな顔をしていた。 嫌ですよね、自分のパパがアヒルに土下座してる姿なんて見たくないですよね。

 

 俺は土下座の件をなかったことにするように、ヴィヴィオに自分が座っていた場所を明け渡し、俺は両膝をついてヴィヴィオの絹のような金色の髪を洗っていく。

 

「ヴィヴィオー、さっきみたことは忘れようなー。 パパとの約束だぞー?」

 

「はーい!」

 

 ……この純粋さはパパの俺でも拝みたくなるレベルだ。 俺の場合、ほとんどの要素がクズで占められてるからな。 けど、危ういとは思うかな……。 ガーくんがいれば問題ないと思うけど。

 

 長い金色の髪を一通り洗い、そこからリンスを手で揉んで浸透させていく。 あ、ヴィヴィオはしゃいじゃダメだぞ。

 

「そういえばガーくん。 ずっと聞きたかったことがあるんだけどさ。 ガーくんとヴィヴィオが知らない男と遊んでたって話。 ほら、三日目のやつね。 うん、覚えてるよな? そうそう、それそれ。 それでさ──なんでガーくんは男を倒さなかったんだ?」

 

 ガーくんほどの腕ならほとんどの──海鳴の奴らは手も足もでないだろうに。 べつに殺せとはいわないけど、ノックダウンさせるくらいのことはしてもよかったんじゃないかな? だって知らない相手だぜ?

 

 ガーくんはしばし考える。

 

 ガーくんほどの知力だ。 それを考えていない、考えられない、実行できないはずはない。

 

「ニテタ。 タマシイガニテタ」

 

「……似てる?」

 

「ウン。 ダカラコウゲキシナカッタ。 ソレニカテタカワカンナイ」

 

 ……ガーくんで勝てないのか……。 俺じゃ絶対に勝てないな。 勝てるのは補正がある奴らか、おっさんくらいなもんかね。

 

 ヴィヴィオの頭に水を調節して先程よりもぬるくしたシャワーをかけていく。 泡はヴィヴィオの頭から体へと流れ落ち、やがて排水溝へと吸い込まれていく。

 

「しかしまー……無事でよかったな。 ヴィヴィオ、体は自分で洗う?」

 

「んー……、パパがやって!」

 

「はいはい。 んじゃ、背中から順々にしていくぞー」

 

 一度桶にお湯をためて、そこでスポンジを洗い新たに石鹸をつけていく。 数回くしゃくしゃとスポンジに石鹸を馴染ませると、ヴィヴィオの背中にゆっくりとスポンジを押し付け上下に動かしていく。

 

「痒いところや痛いところはないか?」

 

「うん、だいじょうぶ!」

 

 俺のほうを振り向きながら笑顔をみせるヴィヴィオ。 あぁ……かわいい……。

 

 けど、あんまり長居してると皆に怒られるよなぁ。

 

「ねぇねぇパパー? あしたおまつりいくんでしょー?」

 

「うん、そうだよ。 花火とかも上がってかなり楽しいと思うよ」

 

「ヴィヴィオ……いったことがないの……」

 

 しゅんとするヴィヴィオ。 そうか……、そばも食べたことなかったもんな。 あの祭り独特の雰囲気とか、打ち上げ花火の凄さとか知らないよな。

 

 ヴィヴィオの頭に手を置きながら、語りかける。

 

「それじゃ、パパと一緒にまわろっか。 二人で手を繋いで、タコ焼きやわたあめ、かき氷にリンゴ飴、焼きそばにやきとうもろこしにヨーヨー、全部回るぞ。 お前はまだ小さいんだ。 行ったことがない場所があるのは当然だ、知らないものがあって当然だ、分からないことがあって当然だ。 一歩ずつ、自分の目で確かめながら歩いていけばいいさ。 手を握れば、俺が力強く握り返してやるからさ」

 

 毎回毎回、なのはやフェイトやはやてと一緒に回っていたけど……今回はヴィヴィオと一緒に回ろうかな。 いや違うな。 ──今回“から”はの間違いだな。

 

「ありがと、パパ」

 

 ばしゃばしゃと自己主張するガーくんの咽喉を撫でて落ち着かせながら腕や足を洗っていく。 おまたは……自分でさせたほうがいいかもな。

 

 そう考えながらヴィヴィオにスポンジを渡そうとすると、

 

『俊一人だと出禁の店が沢山あるからヴィヴィオが楽しくない思いをするかもしれないよ?』

 

 そうガラス扉から声が聞こえてきた。

 

           ☆

 

 シャマルから俊のアレな感じの検査報告書を受け取ったので、ガーくんと一緒にお風呂に入っているバカに報告しにいくことにした。 ほんと朝から騒々しい。 一人で騒いで狂ったかと思ったよ。

 

 桃子さん曰く『きっと溜まってたのよ』とのことだったが、それとこれとは別問題だ。 これには私もなのはも相当怒っている。 とくに信用してずっと動向を見ていたなのはの怒りはとんでもなく恐ろしく、食事中の全員の顔色が悪くなるほどだ。

 

 けどまぁ……とくに雑菌もはいってなくてよかったかな。 問題なしの異常なしだね。

 

 脱衣所まで行くと、バカの衣服よりも小さく、可愛らしいうさぎのパジャマが捨てるように放置されていた。

 

「ま、まさか……!」

 

 すりガラスの向こうから、男性と幼女のシルエットが見える。 バカとヴィヴィオで間違いない。 この気配からして……ガーくんもいるみたいだね。

 

 首を鳴らし指を鳴らし、虐殺体勢に入ろうとした瞬間、声が聞こえてきた。

 

 それはとても優しく温かみのある声色で、先程までバカをやっていた男と同一人物とは思えないほどの声色でヴィヴィオに語りかけていた。

 

『それじゃ、パパと一緒にまわろっか。 二人で手を繋いで、タコ焼きやわたあめ、かき氷にリンゴ飴、焼きそばにやきとうもろこしにヨーヨー、全部回るぞ。 お前は

まだ小さいんだ。 行ったことがない場所があるのは当然だ、知らないものがあって当然だ、分からないことがあって当然だ。 一歩ずつ、自分の目で確かめながら歩い

ていけばいいさ。 手を握れば、俺が力強く握り返してやるからさ』

 

 そう彼は語りかけていた。

 

「そういえば……俊もそうだったね」

 

 知らない土地であるミッドを自分の目で見て歩き、魔法を確認して、わからない原理を聞いて、そうやって一歩ずつ知る努力と分かる喜びを歩んできたんだよね。

 

 けど俊──出禁喰らってるお店があること忘れてない?

 

 毎回毎回、どこか計画性に穴のある彼に溜息つく。 勝てる戦いしかしないからこういった当たり前のことが疎かになっちゃうんだよ。

 

 まぁ……出禁くらい俊なら誤魔化しそうだけどさ。 けど──ヴィヴィオと俊と私の三人でお店回るのも楽しいかも、というか夫婦に見られたりして。 エリオとキャロはスカさんとウーノさんと行動するみたいだし。

 

「俊一人だと出禁の店が沢山あるからヴィヴィオが楽しくない思いをするかもしれないよ?」

 

 だから俊。 一緒にいこ?

 

              ☆

 

「あ、フェイトママだ! やっほー!」

 

『やっほーヴィヴィオ。 俊、シャマルから検査の報告書貰ってきたよ。 異常なしだって』

 

「そりゃよかった。 去勢なんてことになったら俺はキャサリンの所で働くことになるからな。 あいつマジで堀にくるからすんげえ怖いんだよ」

 

『あ、ちょっとまって。 下に小さく何か書いてある。 えーっと……“使ったら終了しますので一生使えないと思いますけどね”だって』

 

「」

 

『だ、大丈夫だよ俊!? 使うときがちゃんとくるから!』

 

 ありがとうフェイト……、その優しさで俺の心は救われたよ……。 それにしてもシャマル先生、なんて不吉なことを書くんだ。

 

 ぺちぺちとヴィヴィオが俺の膝を叩く。

 

「どうした? ちゃんとおまた洗った?」

 

「できんってなーに?」

 

 あぁ……ヴィヴィオ知らないよね。 流石の俺もミッドではまだ出禁になった店はないと思うし。

 

『出禁っていうのは、“出入り禁止”のことだよ。 そうだね~、うーん……簡単にいうと今日からヴィヴィオはパパとママ達のお家の中に入っちゃいけません。 っていうことだよ』

 

「あぅ……パパぁ……、ヴィヴィオはいっちゃダメなの?」

 

「あくまで例え話だよ、例え話。 それにあそこがヴィヴィオの家なんじゃない。 パパとママ達と一緒にいる所がヴィヴィオにとっての家なんだよ」

 

 ヴィヴィオからスポンジを受け取り、それと交代する形でシャワーをかけていく。

 

「しかしまいったな~。 俺一人じゃ出禁の店とかあるし、厳しいなぁ。 かといって、出禁以外の店行くか、というのも嫌だし……」

 

『と、ところで俊。 えーっと、提案があるんだけど……』

 

 って、そういえば此処にフェイトがいるじゃん。 ヴィヴィオも俺とガーくんと行くより、フェイトも一緒に回っていったほうが楽しいだろうし……、ちょっと頼んでみるか。

 

『その屋台回り、私も一緒に行くってのはどうかな?』

 

「フェイト、予定がないなら一緒に回らないか?」

 

 俺とフェイトの声が被る。

 

 数秒して、くすくすと戸の向こうから笑い声が聞こえてきた。 それにつられるようにして俺も笑う。

 

 ヴィヴィオはそれをおかしそうに見ていたがじきに俺たちの笑いにつられて笑いだした。

 

 なんかいいなぁ……、こういった会話にこういった雰囲気は。

 

「ハックシュン!」

 

            ☆

 

 ヴィヴィオを先に上がらせて、少し時間を遅らせてから俺も風呂場を後にする。 ガーくんの体をふきふきして、自分の体と髪に纏わりついているストーカー体質な水の雫とおさらばした後、フェイトが置いてくれた衣服に身を包んで食卓へ向かう。

 

 ガチャ

 

「朝からすいません、桃子さん。 風呂まで用意してくれて──」

 

 な の は さ ん と 遭 遇 し た

 

「……おはよう俊くん。 朝からお風呂とはいい御身分だね。 まぁ、べつにそれはいいんだけどさ。 とりあえず朝ごはん食べよっか」

 

 なのはさんに引きずられるような形で椅子に座らせられる。

「あれ? みんな食べたんじゃ……」

 

 

「わたしとフェイトちゃんとはやてちゃんとヴィータちゃんとヴィヴィオは待ってたよ。 他の面々は俊くんの自業自得だから待つ義理ないよといって食べさせたけど。

いまは翠屋で仕事中かな?」

 

「ふーん。 あ、ありがと。 それじゃいただきます」

 

 なのはから白米と味噌汁のはいったお椀をもらい、手を合わせていただく。 それにならって皆も手を合わせる。

 

 目の前には焼き魚に白米、味噌汁にきゅうりの浅漬けにひじきの煮物。 和を意識して作った朝食が並べられていた。

 

 味噌汁を口に含む。

 

 中はオーソドックスに豆腐とわかめに葱なのだが──

 

「うまい……。 これ桃子さん? ちょっと味が違う気がするけど──」

 

「それ作ったのわたしやで」

 

 俺の問いに答えてくれたのは、正面に座っている八神はやてだった。 すっかり風邪もよくなったようで安心である。

 

 それにしてもこのうまい味噌汁……はやてが作ってくれたのか。

 

「うまいよ、はやて。 やっぱはやては料理上手だな。 それにしてもはやて、お前は俺を待っていてもよかったのか?」

 

「いまから二人揃って食べる習慣をつけとくと、今後の生活においても支障ないやろ? それに俊と一緒に食べるほうがおいしいで?」

 

 笑顔を見せてくるはやて。 思わずその笑みに一瞬固まる。

 

「そ、そっか! それは嬉しいなあ。 俺もはやてと一緒に食べれて嬉しいよ!」

 

「うれしいわー。 まぁ……わたしが一方的に食べることになるんやけどな」

 

「あ、俺ははやてのためなら何でも作るぞ? はやては一方的に食べればいいんじゃない? 帰省前だってたまに手伝いを頼むくらいだったし」

 

「ふーん、そっかそっか。 俊がそういうなら仕方ないなー」

 

 仕方ない、仕方ない、そういいながら笑うはやて。

 

 はやては俺と違って仕事もあるんだし、家に招待すれば皆の分もついでに作るのに。

 

「ロヴィータちゃんも悪いな。 ロリなのに」

 

「どう考えてもロリ関係ないだろそれ。 お前の中のロリは万能すぎるぞ。 ……まぁ、はやて一人残していくと色々と不安だしな、主をほったらかす騎士なんて意味ねえだろ?」

 

「三名ほどほったらかして仕事いってるけど」

 

「…………わたしにはやてのことを預けてくれたんだよ」

 

 誤魔化した。 いま盛大に誤魔化した。

 

 チラリと右横をみると、フェイトとヴィヴィオが楽しそうにおしゃべりしながら食事を楽しんでいた。 そしてヴィヴィオの横ではガーくんが箸を使いながら俺たちと

同じように食事していた。 なんだろう……どう足掻いてもガーくんに勝てそうにない。

 

 そして左横をみると──

 

「…………………」

 

 なのはさんが無表情でこちらを横目でみていた。 この人完全に覇王色だよ。 これモブキャラ辺りなら絶対気絶してるよ。

 

 けど──そんな目をしてるなのはも可愛いよね。

 

 思わずこちらを見つめるなのはのほっぺたを摘まむ。 『はぐっ』 といって無表情の目に生気が戻る。

 

「なにすんの!? 口に含んでたご飯こぼすところだったじゃない!? 落としたらどうすんの!?」

 

「大丈夫! 俺が拾って食べるから!」

 

「そういう問題じゃないから!? 落としたご飯の後始末の話をしてるんじゃないの! 食事中にほっぺた触ると危ないって話をしてるの!」

 

「ごめん、なのは。 もうほっぺた触らないよ……」

 

「へっ? い、いや、そういうことを言ってるんじゃなくて……べつに触りたいなら触っていいよ? その、ほら、ペットのお願いを聞くのもご主人様の役目っていうか──」

 

「今度からパイタッチで我慢するね」

 

「味噌汁頭にかけていい?」

 

 何故ほっぺたはよくておっぱいはダメなんだ。 部位差別じゃないか。

 

「ねぇおっぱいなのは」

 

「おっぱい担当はフェイトちゃんの役目だから! おっぱい芸はフェイトちゃんだから!」

 

『なんでそこで私を巻き込むの!? 二人で勝手にしててよ!?』

 

「……悲しくないの?」

 

「……ちょっとだけ悲しくなってきた」

 

 自分の胸をみながら溜息を吐くなのは。 べつになのはにおっぱいなんてなくってもいいと思うんだけどさ。 お前の魅力の中におっぱいはないよ。 おっぱいが入る余地がないほどのものでお前は魅力的なんだから。

 

「ところで、俊。 明日はお祭りやん? それに伴って午後から浴衣を買いに行くんやけど、わたしの浴衣は俊が選んでくれへん?」

 

「え? 俺が選んでいいの? んじゃアニコスの──」

 

「それはまた別の機会に着てあげるから、ちゃんとしたもんをお願いしたいんやけど」

 

 ちゃんとしたもの……俺にそれを求めるのか。

 

「まぁ、はやては可愛いからなに着ても似合うと思うけどな。 任せてくれ、俺がはやてに合いそうなものを選ぶよ」

 

 そうはやてに宣言すると、なのは側から袖をくいくいと引っ張られた。

 

「勿論、わたしのも選んでくれるよね?」

 

「当たり前だろ。 俺以外に選ばせないよ」

 

「うん! 期待してるね! それで、今回も一緒に回るんでしょ?」

 

 ひまわりのような眩しい笑顔でそう聞いてきたなのはに、俺は申し訳ないと思いながら返す。

 

「えっと……今回はずっとヴィヴィオと行動しようと思ってさ」

 

「え? ヴィヴィオと行動するのは当たり前でしょ? なにいってるの? けど俊くんだけだと、出禁のお店が沢山あるでしょ? だから一緒に行こうよ」

 

「あ、うん。 それなんだけど、フェイトと一緒に──」

 

「「へー……、フェイトちゃんと」」

 

「……え」

 

 そして急激に襲い掛かってくる痛み。 その痛みは足のほうからくるようで、気付かれない程度に下を向くと、フェイトの黒ストッキングに包まれた足が正確に俺の右足の親指だけを打ち抜いていた。 その痛み──想像していただきたい。

 

「(バカ!)」

 

 視線で訴えてくるフェイト。 うぅ……ごめんなさい。

 

 けど、なんでそんなに怒られないといけないんだ……?

 

「ねぇ俊くん。 わたし達、家族だよね? わたしだけ除け者扱いはちょっとだけ悲しいかも。 ぐすっ……」

 

「そうやなー……。 俊ならヴィヴィオちゃんが加わっても、『みんなで一緒にまわろっか!』 くらい言ってくれると信じたんやけどなー……。 いつからそんなセコイ男になったんやろ……」

 

 なのはは目元を覆いながらしゃくり声をあげ、はやても悲しそうな表情でこちらをみていた。

 

「ご、ごめん! そ、そうだよな! 言われてみればそうだよ、例年通り皆で回ろう! 今回はヴィヴィオを中心として回ろう! な? フェイトもそれでいいよな?」

 

 懇願するようにそういうと、フェイトは抗議の視線と非難の視線を浴びせつつも、

 

「(絶対、埋め合わせしてよね!? このバカ! 絶対だからね!?)」

 

 そう小声でいって、了承してくれた。

 

 ……フェイトさん、ほんとごめんなさい。

 

        ☆

 

 ヴィータは一人、四人の行動を黙ってみつめていた。

 

 ヴィータだけは見ていた。 見てしまった。

 

 なのはとはやてが互いにほくそ笑んでいた所を。

 

「……刺されなきゃいいけどな」

 

 怒ってひょっとこの足を正確に踏み抜き続けるフェイトと、けろっとした顔で朝食を食べてるなのはとはやてを見ながら、ヴィヴィオに慰められているひょっとこをみてヴィータは呟いた。

 



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83.浴衣店

「着物や和服は黒髪美人が似合うとか、日本人がやるからこそ100%を引き出せるとか、流石大和撫子だ! とか絶賛する奴いるけどさ、ぶっちゃけた話、黒髪だからとか日本人だからとかまったく関係ないよな。 個人単体でみたときにその人に着物や和服が合うかどうか、なんだよ。 金髪だって栗色の髪だって茶髪だってピンク髪だって赤髪だって青髪だってオレンジ髪だって、そりゃ大きく分類するならば似合わないかもしれないけど、個人単体でいうのならば俺は断言して言える。 ──六課の皆、浴衣似合うなぁ」

 

「ひょっとこ、みてないでお前も自分の選べよ」

 

「え? なんで? 俺は高町家にあるものでいいよ」

 

「こっちは新品のやつを買ってるんだぞ? お前も新品のやつをだな──」

 

「ありがとうロヴィータちゃん。 でもロヴィータちゃんと結婚すると色々と世間的にマズイ気がするんだ。 ほら、ロリコン説とか」

 

「ちょっとまて、どこをどう解釈したらいまの結論に辿り着けるんだ。 お前の思考回路のほうがマズイだろ。 しかもお前と結婚するくらいなら夜天の書に引きこもったほうがマシだ」

 

 まさかそこまで嫌がられるとは思っていなかった。

 

「しかもだな、お前は仕事しないだろ。 そんな奴と一緒にいるとか胃に穴が開くぞ。 何がロリコン説だ。 こっちは悪い男に引っかかった説が流れるぞ」

 

「……なのはとフェイトって、とっても心が広くて優しい人なんだな」

 

「単純にお前に甘い気がするだけだけどな」

 

 海鳴にある浴衣の専門店にて、ロヴィータちゃんと俺は皆を適当に眺めながらそんな会話を繰り広げる。

 

 ロヴィータちゃんはさっきから近くにある子供向けの浴衣をチラチラとみながら自分の体型を手で確かめている。 もしかして、どれが自分にピッタリなのか探してるのかな?

 

「ロヴィータちゃん、あの赤い紅葉が散りばめられている浴衣って可愛くない?」

 

「あ? んー……、まぁ……確かに可愛いな」

 

「ロヴィータちゃんの真っ赤な髪と合わさってとっても綺麗だと思うんだけど」

 

「そうかぁ? ちょっと派手なような気がするぞ」

 

「いやいや、浴衣はあれくらいで丁度いいと思うよ。 だって浴衣って服というよりアイドルがステージで着るような衣装だと思うんだ。 祭り用の衣装みたいな印象かな。 だから主観的に派手だとおもっても、客観的にみたらそうでもないことのほうが多いんだよね。 ロヴィータちゃんも派手な浴衣を祭りで見かけても、派手だとは思うけど場違いとは思わないだろ? 『祭りだからなー』で片付けるでしょ?」

 

「言われてみると……そうかもしれないな。 うーん、あまり子どもっぽさがでない意味でもあの浴衣はいいかもな。 流石に子ども全開な感じは嫌だし。 ちょっと試着してくる」

 

 ロヴィータちゃんはそういって店員さんに声をかけ、いましがた指名した浴衣をもって試着室へと入っていく。

 

 ごめん、ロヴィータちゃん。 子供っぽさがどうとか言ってたけど、どう考えてもロヴィータちゃんはぬいぐるみに囲まれてスヤスヤ寝てるような構図が一番いいと思うんだ。

 

 ロヴィータちゃんが試着室に入るのを見送る。 う~ん、9歳の頃はこんなこと思ってもいなかったけど、永遠に年を取らないロリっこというのはありがたいよな。

 

 しみじみと頷いていると、遠くのほうからなのはがこちらに向かって歩いてくる。 その表情は好意的とはいえないわけだが。

 

「俊くん、反省した?」

 

「え? なにが?」

 

「『え? なにが?』じゃないよ! なんで試着中に平気で入ってきたの!」

 

「こう……二次元へとゲートがあると思って」

 

「で、あったの?」

 

「入った瞬間顔面に一発いれられたからわかんない。 というかなのはさん、あれマジでわからなかったんだよ。 なのはとフェイトが呼ぶから試着室に入ったのに、入

った瞬間即離脱だよ。 早漏にもほどがあるよ」

 

 まあそれよりも気になるのは、なのはとフェイトがなんの抵抗もなく二人で一つの試着室を使ったということなんですけどね。 二人で一緒のベットに寝てるくらいな

ので当たり前なのか?

 

「ところで、いつになったらこのバインドは解けるのでしょうか。 そろそろ奇跡の扉を探しに行く時間なんだけど」

 

「奇跡の扉なんか探させないからそこで大人しくしてなさい。 まったく……浴衣選んでくれたのは嬉しいけど、平気な顔して試着室に入るとかそういったのはやめてほしいよね。 そこは嫌いだよ」

 

「わかった。 嫌われたくないから挙動不審で今後からはいるようにする。 でゅふっ、なのはたんとフェイトたんの試着はぁはぁ……」

 

「キミの中には試着室に入らないという選択肢は存在しないのかなぁ!?」

 

 漢が……廃る!

 

「しかしながら、なのはさん。 俺が選んだもの以外でも結構見て回ってるね。 やっぱり俺にセンスがなかった?」

 

「え? そんなことないよ。 ただ……その……傾向を調べたりとか……。 女の子には色々とあるの!」

 

「生理とか? むらむらしちゃって『俊くん! 俊くん! もう我慢できないっ! あっ! あっ……!』みたいな感じだったら──」

 

「ぶっ飛ばされてぇのか」

 

 なのはさん、足の震えが止まりません。 もうなんか言葉使いからラスボス級の匂いがしますし、なにより気を抜けば一瞬にして意識が刈り取られそうなレベルです。

 

 チッと軽く舌打ちした後、俺の隣に移動するなのは。 移動するのはいいけど、個人的にはバインドを解いてほしいかな?

 

 

「あ、そういえばなのは。 フェイトは──」

 

 どうした?

 

 そう言おうとした瞬間に、ドンと何らかの衝撃が背中を襲う。 痛くないので普通なら笑って後ろを振り向くことができるのだが──

 

「あっ」

 

 俺が床に倒れ込むのをみて、バインドを解いていなかったことに気付くなのは。 手を出してくれたのはありがたいんだけどね。

 

 なのはから桃色のバインドを解いてもらい、後ろを振り返りながら背中に突進してきた人物に怒った振りをする。

 

「ヴィヴィオ。 パパはなのはママとSMプレイの最中だったんだから邪魔しちゃダメだろ?」

 

「えへへ、パパごめんね?」

 

「可愛いから許す!」

 

「相変わらずヴィヴィオには激甘だね俊くん……」

 

 隣で呆れながら溜息を吐くなのは。 あんまり溜息を吐くと幸せが逃げちゃうぞ。 俺が頑張って幸せにするけど。 したいけど。

 

 改めてヴィヴィオのほうに視線を向ける。

 

 ヴィヴィオは子どもっぽさを全開に出したのか、うさぎが可愛らしく飛び跳ねてるデフォルメ絵が描いてある浴衣を着ていた。 そしてくるりと回って天使の笑顔を振

りまきながら俺となのはに向かって、

 

「ヴィヴィオ、かわいい?」

 

「「可愛いに決まってる!!」」

 

 俺となのはが一寸の狂いもなくヴィヴィオに肯定を示す。 だってアレですよ? 奥さん。 もう天使のヴィヴィオが可愛らしい浴衣を着て、俺となのはに『可愛い?』 とか可愛いにきまってぶちゃんげもろたんぼうんだあkswdげhjkrlgkfkd;j

 

「俊くん落ち着いて!? 耳から緑色の汁が垂れてるよ!?」

 

「はっ!? あ、あぶねぇ……。 タイムリープするとこだったぜ……」

 

「いや、こっちはいきなり隣で緑色の汁出されてそれどころじゃなかったんだけど……」

 

「ついに俺もナメック星の住人に……」

 

「頭吹き飛ばしても平気ってこと?」

 

 どうしてキミはそうやって怖い展開しか俺に与えないのかな。 俺のドラゴンボールやらねえぞ。

 

 しかし……ヴィヴィオは本当に可愛いなぁ~。

 

 くるくるりと回るヴィヴィオの頭を撫でると、ヴィヴィオはむず痒そうな顔でこちらをみてくるのでたまらず抱っこする。 何度も何度も抱っこしてきたこの重み、ふと思ったことなのだが、俺がヴィヴィオをこんなに抱っこしたくなるのはこの重みが好きだからなのかもしれない。

 

 この重みを感じるたびに責任と、心の中の何かが埋まっていくような感覚。

 

「娘にまで依存してるとなると……相当世間的に厳しそうだよな」

 

 けど、ヴィヴィオがいないと“上矢俊”は消えるわけだし、そう考えると依存するのもいいかもしれない。

 

 そうやって自分で自分を最大にまで擁護していくことにしよう。

 

「あ、そうだヴィヴィオ。 なのはママとフェイトママが浴衣をプレゼントしてくれるから、パパからはなんか小物をプレゼントしてあげようか?」

 

「ううん、パパはおかねもってないからむりしなくていいよ?」

 

「あ、うん……。 気を使ってくれてありがとね……」

 

「ぶっ!? しゅ、俊くん……! つ、ついにヴィヴィオにまで気を使ってもらうなんて……! そ、それはパパとして……ぶはっ!」

 

「う、うるさいなぁ! お前みたいな高給取りと一緒にすんな!」

 

 無職の遠吠えである。

 

 隣で腹抱えて笑ってるなのはにキッと視線を向けて、目線でお黙り! と訴えかけたもののあの可愛らしい笑顔で流された。 というよりいくらなんでも笑いすぎだろ。

 

 抱き上げていたヴィヴィオを一旦降ろして、なのはの手を取りヴィヴィオと──というよりも人が少ない隅に移動する。

 

「しゅ、俊くん!? だ、ダメだよ、ここはいくらなんでも……。 ま、まぁ俊くんがなのはのこと好きってことはわかってるけど、でもでもここでそういうのは──」

 

 なのはがいきなり挙動不審でわたわたとしながら早口にそう捲し立ててくる。

 

「ごめん、なのは。 俺だってわかってる。 こんな所でこういうのはダメだってわかってる」

 

「う、うん……止めちゃうんだ……。 いや、べつにちっとも期待してないんだけどね?」

 

「でも──それでも、だからこそ、俺はここでやらないとダメだと思ってる。 お前しかいないんだ」

 

「へっ!? そ、そんなこといきなり言われても! ま、まぁこうなるのはわかってたけど……心の準備とか……そういうのだって──」

 

 サイドポニーにまとめた髪を弄りながらそう答えるなのはに──俺は頭を下げた。

 

「お願いします。 お金かしてください」

 

「……俊くん」

 

「はい?」

 

「今度から……思わせぶりはやめようね」

 

 なんだかすごく落胆した様子で俺のことをみてくるなのは。

 

「え? どういうこと?」

 

「いや……まあいいや。 うーん、それよりお金かー」

 

 顎に手を置いてなにやら考え出すなのは。 くっ……! こういうときはだいたい、変なお願いされるんだよな……! あ、でもなのはのお願いということは、最終的にはなのはが喜んでくれるのか。 ならべつにいいや。

 

 なのはが唐突に手の平を叩く。 どうやら頭の中で色々と決まったみたいだ。

 

 俺の顔に人差し指を突き付けながら、

 

「俊くん、明日のお祭りで私と一緒にわたがしを食べること!」

 

 そう言ってきた。

 

「え!? 一つのわたがしを一緒に食べていいの!?」

 

「ま、まぁ……言ってしまえばそうなるかな」

 

「いいんですか!? マジですか!? やったぁあああああ!」

 

 両手を上げて店内を走る俊。 顔からもわかるとおり、とても嬉しそうに店内を走っている。

 

『お客様、店内を走るのはちょっと……』

 

『あ、すいません……』

 

 そして店員にやんわりと注意される俊。

 

 くすくすと他の客に笑われながら、なのはの場所へと帰ってくる。

 

「……ただいま」

 

「キミとわたしが同年齢という事実が信じられないよね……。 年齢詐称してたりする?」

 

「そっちこそカップ詐称してるんじゃ痛い痛い!? ごめんなさい調子乗りすぎました!?」

 ギリギリと俊の左手首を捻じりながらも、天使の笑顔で俊のほうをみるなのは。

 

 

「俊くん、女の子はおっぱいだけじゃないんだよ? 分かってるの?」

 

「女の子がおっぱいだけじゃないのかは知らないけど、お前の魅力がおっぱいなんかじゃないことは知ってるよ」

 

 綺麗に関節を取られ、片膝をつきながらも俊はなのはに視線をむけてそう断言する。

 

「……あ、ありがと……」

 

 ぱっと手を離したなのはは俊とは真逆のほうを向きながら、そう答えるだけである。 ゆびを執拗に絡ませているのはご愛嬌だ。

 

「ま、まぁ俊くんはわたしなしじゃ生きていけないし、今回はお金貸してあげてもいいけど……。 ──って、俊くん。 そういえばお小遣いは?」

 

 ビクっと、なのはの言葉に俊の肩が震える。 だらだらと冷や汗が流れだし、視線が上下左右に半端じゃない速度に動き、両手の十本が高速移動のように残像を残しながら動き始める。

 

「い、いやー……、えっと……そのー……、こう……世界平和てきな何かにですね投資してきて……!」

 

「(……また無駄遣いしたな、この男)」

 

 俊の挙動不審具合をそう決めつけるなのは。

 

「へー、それで? 世界平和の投資って具体的にどんなことをするのかな? わたし管理局員だからそこらへんは把握しとく義務があるし。 ほら、詐欺とかあったら大変じゃん?」

 

「いや、あの、女の子禁止というか……、ほ、ほら! 男の子だけの秘密みたいな感じで──」

 

 俊が水を得た魚のように、何かを閃いたかのごとく続きを言うとした瞬間──なのはが詰め寄り俊に囁く。

 

「な に に 使 っ た の ? 」

 

「……マンガとゲームとブルーレイとフィギュアとポスターです……」

 

 観念したかのように俊が絞り出した声でなのはに告げる。 するとなのはは溜息を吐きながらジト目で俊のほうをみて、

 

「……それは個人用のかな?」

 

「えっと……はい。 ちゃんとお小遣いの中のなのは&フェイト用のゲーム代はとってます。 ミッドに帰ったら初回特典版のをゲーム屋に取りにいってきます」

 

 俊の答えを聞いて、はぁ……、と口から肺にたまっている空気を出しながらなのはは白い目で俊のほうをみた。

 

「それじゃ個人用のはもう使ったわけね?」

 

「……はい。 あの……、今月は新作とか沢山でて、ほらキャラソンとか買ったり──」

 

「言い訳しない」

 

「すいません……」

 

「まったく……、無駄遣いする子にはお金貸してあげません!」

 

「え!?」

 

 なのはの口から出た言葉は俊にとってはとても致命的なセリフであった。 お金を貸してもらえない。 それは言い換えるならこの場において、俊はヴィヴィオに小物をプレゼントすることができなくなるからである。

 

 これには俊も驚き、なのはに詰め寄る。

 

「お願いします! なのはちゃん! お金貸してください!」

 

「ダメ! 無駄遣いする子にはあげません!」

 

「で、でも、なのはやフェイトだってマンガとかキャラソンとかブルーレイとか一緒にみるじゃん!」

 

ほーお……。 ところで──何枚買った?」

 

「うぐっ!?」

 

 一歩後ずさる俊。 それに合わせる形になのはが一歩俊に詰め寄る。 なのはは前かがみになりながら、俊の胸に指をとんと置く。

 

「何枚買ったのかなー?」

 

「…………」

 

「へー、わたしに黙秘権を使うつもりなんだー……」

 

「3枚……買いました」

 

「それは一つのものを? それとも全部を3枚かな?」

 

「……全部をです」

 

「はい、お小遣い減らすことに決定します」

 

「そんなぁっ!?」

 

 なのはの無情で非道な宣告。

 

「横暴だ! いくらなんでも横暴すぎるぞ!」

 

「うるさい! お小遣いをそんな使い方する人には減らして当然です!」

 

「どうやって生活していけばいいんだよ!」

 

「いや、生活自体には困らないでしょ」

 

「……まぁ、確かに」

 

「はい、これで話しはお終い。 ヴィヴィオのプレゼント用のお金もあげないし、来月からはフェイトちゃんと話し合ってお小遣いを減らします。 まったく……、悔しかったらちょっとでもお金を稼ぐことだね。 まぁ、それができないからわたしとフェイトちゃんがいるわけだけど。 というか、そんなことしたらわたしとフェイトちゃんで監禁するけど──」

 

「わかった。 お金を稼げばいいんだな?」

 

「……へ?」

 

 驚くなのはをよそに、俊は後ろを振り向き誰かを探して回りを探る。

 

 

 そして標的の人物を見つけると、淀みない足取りでその人物──その人物たちのほうへ歩いていく。

 

「あれ、ひょっとこさん。 さっきヴィヴィオちゃんがひょっとこさんの内面のこと心配してましたよ? 『パパは泣き虫だからヴィヴィオ泣かせちゃったかも』とか言ってました。 一声かけたほうがいいと思いますよ」

 

「それよりひょっとこさん。 私のなのはさんをあまり困らせると怒りますよ」

 

 その人物たちとは、二人でお揃いの浴衣を選んでいたスバルとティアであった。 俊は二人に近づいたのち、爽やかな笑みで肩を叩きながら、

 

「お前ら、ちょっと跳んでみろ。 金持ってるだろ? さっさと出せや」

 

『俊くんそれカツアゲだから!? 行動が小物すぎるんだけど!?』

 

 俊の行動を先程の位置でみていたなのはがそう突っこむ。 そして勢いよく走っていき、俊の首根っこを掴み自分のほうへ向けさせる。

 

「なにしてんの!? なにしてくれてんの!? 年下の女の子相手にカツアゲする19歳青年なんて恥ずかしくて死にたくなってくるんだけど!? これが俊くんの考えたお

金を稼ぐ方法なの!?」

 

「いや、RPGものでは定番というか」

 

「どんだけゲーム脳なの! わかったから、わかったから! わたしが悪かったから! もう意地悪しないから今度からこういう行動はやめてね!」

 

「はーい! 流石なのはさん!」

 

 頭を抱えるなのはと、その隣でヴィヴィオを呼びながら喜んでいる俊をみてスバルとティアはこう思った。

 

『(ひょっとこさんのようにはなりなくない……)』

 



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84.浴衣店2

 カツアゲには失敗したが、そのかわりになのはタソから3000円の臨時収入をもらった。 これでヴィヴィオに小物を買ってあげることができるはずだ。

 

 ヴィヴィオと手をつなぎながら小物売り場を物色することに。 ちなみになのはは嬢ちゃんに捕まってしまい、今頃嬢ちゃんをフルボッコにしてるはず。

 

 ほら、耳を澄ませば──

 

『なのはさんらめぇっ! そんな、公共の場でそんな所を刺激したら……! あ! イっちゃう……!』

 

『いやしてないから!? どこも刺激してないから!? ただ、口頭で説教しただけでしょ!?』

 

『そうやってじらして私の体を弄ぶつもりですね! でも──そんななのはさんも、ス テ キ 』

 

『この部下キモイ!?』

 

 いつも通りのやり取りが聞こえてくる。

 

 それにしても嬢ちゃんって、ガチな方だから色々と危ないんだよね。 なのは的にも俺的にも。 俺の場合、下手したら恋敵に……なわけないか。

 

「パパー、ガーくんはずーっとあそこでまってるのー?」

 

「そうだねー。 アヒルは店内には入れなかったみたい。 まぁ、アヒルを連れている俺たちの常識がおかしいのかもしれないけど」

 

「ガーくんかわいそう……」

 

 店内に入るさいに、店員側からアヒルは入れるなとのお達しがあった。 当たり前のことなんだけどね。 浴衣を扱うようなお店なんだし。 だから現在のガーくんは外

で道行く人に挨拶交わしながらひたすらにヴィヴィオをまっている状態だ。 うん、お前は立派な騎士だな。 できれば当たり前のように喋るのも止めてくれると嬉しいけど。

 

 店外のガーくんを見た後にヴィヴィオに視線を移す。 ヴィヴィオはちょっとだけしゅんとした顔をしてガーくんのほうを見つめていた。

 

 そんなヴィヴィオを元気づけるだけにだっこしながら明るい声で話しかける。

 

「大丈夫だって。 ヴィヴィオが可愛い浴衣を着てくれたらガーくんはそれだけで元気になるから! そしてヴィヴィオが可愛くなったらガーくんはもっと元気になるぞ!」

 

「ほんと?」

 

「パパは嘘つかないだろ?」

 

「うん!」

 

 ごめんヴィヴィオ。 パパ何回か平気で嘘ついてるような気がするんだ。 パパ嘘つくことに関しては誰よりも吐いてきたと思ってるし。 呼吸をするように嘘ついてい

くから。

 

 ヴィヴィオを強く抱きしめながら小物を二人で見ていくことにした。

 

「ほー、小銭入れの巾着とか可愛いな。 あ、このひよこなんかヴィヴィオの髪色と似てるしいいんじゃないかな?」

 

「うーん、ヴィヴィオもっとかわいいのがいい」

 

「可愛いのかぁ……」

 

 ヴィヴィオの髪色と合わせるつもりでひよこが手を振っている巾着を提案してみたもののヴィヴィオにはお気に召さなかったらしく×判定を喰らってしまった。

 

 しかしそうなると増々わからなくなってくる。 おかしい、ギャルゲーでは百戦錬磨の無敵なのに現実では負け戦なら百戦錬磨になりそうだ。 まったくどこの負完全だよ。

 

 そうしてあれでもない、これでもないとヴィヴィオと二人で言いながら小物を選んでいると、ふいに肩をとんとんと軽く叩かれた。 半回転して向かい合うと、ハワイアンな服でキめているフェイトが笑顔で立っていた。 どうやら浴衣の試着は終わったらしい。

 

「浴衣決まった?」

 

「うん、決まったよ。 明日きちんと見せてあげるね」

 

「そりゃ楽しみだな」

 

「ところで、二人はいま何してるの?」

 

 ひょこっと左に上半身をずらしながら先程まで見ていた小物売り場を覗く。

 

「ヴィヴィオの?」

 

「そうそう。 やっぱりパパとして娘にプレゼントしたいなー、なんて思ってさ」

 

「ふふ、俊もパパらしくなってきたね。 私のために頑張ってね、パパ」

 

「残念ながらその誓いは既に済ませております。 そうだ、フェイトも一緒に選んでくれないか?」

 

 小物を指さしながら頼むと、笑顔で了承してくれたフェイト。 あぁ……なんでこんなに可愛いんだろ……。

 

 ということで、フェイトもいれた三人で再び物色することに。

 

「扇子は……ちょっと古いよな」

 

「うーん、ヴィヴィオにはちょっと合わないかなー。 どちらかというと、それは俊むきかも。 買ってあげようか?」

 

「あー、どうしよう。 ちょっと欲しい気もするけど……ヴィヴィオのを最優先にしよう」

 

「はいはい。 ヴィヴィオはどんなのがいいかな?」

 

「うーんとね……ヴィヴィオこれがいい!」

 

 しばらく視線を彷徨わせた後にヴィヴィオが選んだものは、光沢が眩しいかんざしであった。 もう全身から高級感溢れてる超エリートです。 流石ヴィヴィオ、お目が高い。 でも値段も高いよね。

 

 隣ではフェイトがとても困ったような顔で俺のほうを見ていた。 顔にはこう書いてある。

 

『俊、無理なら無理っていったほうがいいよ……?』

 

 僕らはいつも以心伝心なんです。

 

 しかしながらこれは困った。 俺のいまの金は3000円。 これで買える額ならいいのだが……。

 

 不安でいっぱいのまま、そろりとかんざしを手に取り値段のほどを見る。

 

 かんざし (30000円)

 

「ごめんねヴィヴィオ。 パパは無力な存在だったよ」

 

「パパ!? いきなりちをはいてどうしたの!?」

 

「うーん……、流石に俊には厳しい額かも。 ヴィヴィオ、私が買おうか?」

 

 俺からかんざしを受け取ったフェイトはしげしげと見回しながらそう提案してきた。

 

 だがヴィヴィオはそれに首を横に振ることで答えた。

 

「ううん、パパがかってくれるからだいじょうぶ。 ヴィヴィオ、パパがかってくれたのがいい」

 

「ヴィヴィオ……」

 

 俺の首にがっしりと抱きつくヴィヴィオについ声が漏れる。 もう絶対にヴィヴィオを離さない。 もうヴィヴィオと結婚することにきめた。

 

 フェイトは困惑した表情でこちらの様子を伺ってくる。

 

「(どうするの? ヴィヴィオ、俊が買ってくれると信じてるみたいだよ?)」

 

「(いっそのこと、万引きなんてのはどうだろう?)」

 

「(局員の前でよくそんなことが言えるね。 そんなことしたら一生軽蔑するよ?)」

 

 

 どうやらこの案は海に沈むようだ。 フェイトに一生軽蔑されるとか死んだほうがマジです。

 

 しかしながら、これは本当に困ったことになった。 ヴィヴィオはかんざしが欲しい。 俺はお金が欲しい。 どうにかして……値引きできないものか。

 

 表面上は笑顔を取り繕いながら必死に悩んでいると、店員さんが営業用の笑顔でこちらに向かってきていた。

 

「いらっしゃいませ。 小物をお探しですか?」

 

「えっと、一応決まってはいるのですが……。 ちょっとお金が足りなくて……」

 

「あ、それなら内緒で値引きいたしましょうか? 大丈夫です、私権限がありますのでちょっとの値引きなら問題ないですよ」

 

 店員さんは胸を張りながら笑顔で答えてくれた。

 

 この店員さん、なかなか話の分かる人のようだ。 値引きもしてくれるみたいだし……。

 

「それじゃ、27000ほど値引きしてくれませんか?」

 

「お客様、失礼ですが義務教育はお済でしょうか?」

 

 こいつ……! バカにしやがって……!

 

「俊、いまのは俊がバカだと思うよ。 どこの世界にそんな値引きしてくれるお店があるっていうの」

 

 やれやれ……とでもいいたげに溜息を吐きながら掌を額にあて天井を仰ぐフェイト。

 

 そんなフェイトの顔をみて、店員は俺とフェイトを交互にみた。

 

「失礼ですが……お二人の関係は……?」

 

「え? 家族ですけど。 それがどうかしましたか?」

 

「い、いえ……。 お二人とも随分と若い印象を受けましたので」

 

「フェイトも私もともに19歳なので、まだまだ若いですよ。 店員さんだって美人で若いじゃないですか。 失礼に値しないのであれば、年齢を伺ってもよろしいでしょ

うか?」

 

「今年で30になりますけど……。 え、19歳って……」

 

「30歳ですか。 とてもそのように見えませんね。 20代前半といった感じでしょうか。 いやー、それにしても美人で綺麗だ。 もう少し早く会っていたのならば思わず告白をしていたかもしれませんね」

 

 営業用スマイルで店員を口説くことにした。 これで店員が堕ちてくれれば27000円値引きしてくれるかもしれない……!

 

 パキっ

 

 ……なんだろう。 右の小指から強烈に痛みと熱が俺に襲い掛かってきた。

 

「ねぇフェイト……。 いま小指折らなかった……?」

 

「そんなことないわよ、あなた」

 

「いやでも、めちゃくちゃ小指が熱いんだけど……」

 

「気のせいよ、あなた」

 

「フェイト……怒ってる?」

 

「私の目の前で女性を口説こうとした罰。 感謝してよね、これがなのはだったら小指じゃ済まないんだから。 この頃、なのはは本気で俊を調教するつもりだし。 ……気持ちはわからないでもないけど」

 

 そっぽを向きながらすまし顔で受け答えしていくフェイト。 なんだか怖い。

 

 取りあえずフェイトとの会話が怖いので、店員さんとの会話を続行することにしよう──そう思い改めて店員さんの顔をみると、俺とフェイトとヴィヴィオをこれで

もかというくらいマジマジと見ていた。 おばさん、ちょっと落ち着いて。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

「あ、いえ。 その……娘様もとても可愛らしい子でございますね」

 

「私とフェイトの大事な娘ですから。 もうヴィヴィオは世界一可愛いと思っております」

 

「(……やっぱり、あの女性との子ども……? でもそうなってくると色々と……) ヴィヴィオちゃんは何歳ですかー?」

 

「ヴィヴィオは5さいだよ!」

 

 店員さんはヴィヴィオのすぐ近くまで顔を寄せて俺と接するよりも高い声で明るくヴィヴィオの年齢を聞く。 ヴィヴィオも5歳なんだよなー。 あと10年で結婚できるねー。 したら桃子さん辺りからガチで殺されそうだけどさ。

 

 一瞬脳裏に桃子さんが俺の生首をもったまま、首から滴り落ちてくる血の雫を舌で舐めとるという光景を想像してしまい身震いする。 流石はモ・モモコ。 人類を征服するために生み出された──いや、やっぱ止めとこ。 後が怖い。

 

 ところで、さっきから店員さんがやけに動揺しているような気がするが……。 トイレにでも行きたいのだろうか?

 

「あの、大丈夫でしょうか?」

 

「は、はい! 大丈夫ですよ。 (娘が5歳で……二人とも19歳ってことは……。 あんなことやこんなことを14歳でやってしまい、そして妊娠……!? きっとこの人達は大変な思いをしたに違いないわ……!)」

 

 密かに妄想を爆発させている30歳店員である。

 

 実際にはそんなことありえないのだが。 もしそうだとしたら、いまのこの関係は成り立っていないだろう。

 

 しかし妄想店員は止まらない。

 

「(だとしたらこの女性は騙されているんだわ……! この男、明らかにダメ男臭が漂っているもの! ちょっと顔がいいだけの男ね。 可哀相に……こんな素敵な方ならもっといい男が沢山いるでしょうに……!)」

 

「フェイト、店員さんどうしたと思う?」

 

「さあ? それよりどうするの? 買えないってことはわかったでしょ?」

 

「えー! パパかえないの……?」

 

「へ? い、いや……そんなことないぞ!」

 

「……はぁ。 まーた泥沼に嵌まっていく……」

 

「(そうだとしたら、きっとこの女性は苦労してるはずよ。 私の予想では男は無職ね……) お二人とも19歳で子持ちならさぞ大変なことだと思います。 共働きでしょ

うか?」

 

 おばさんが精神攻撃をしてくる。 フェイトがあはは……と曖昧な笑みを浮かべる。 そっか、『職業、魔法少女です』 なんてこと口が裂けてもいえないよな。 なのはじゃあるまいし。

 

 まぁ、適当に嘘でもつくか。

 

「私は外資系の企業に勤めております。 妻は専業主婦で娘と一緒に帰りを待ってくれてますね」

 

「え? その年齢でですか?」

 

「え、えぇ……。 まぁ、コネも若干あったりしますが」

 

 言って気付いたのだが、翠屋でパティシエやってることにすればよかったと後悔した。 あ、でももうすぐミッドに帰るし意味ないか?

 

 店員さんが訝しむようにこちらを見てくる。 面倒だ、顔面に一発いれて逃げてしまうか。

 

 そんなことを考えてしまう。 ヴィヴィオの前だからやらないけどさ。

 

「(怪しい……。 とてつもなく怪しい……) 19歳で外資系の企業……。 奥様も鼻が高いですね!」

 

「え、えぇ……そうですね。 自慢の夫ですし、よく噂になっていますので。 (いえない……! 無職なんですっていえない……!)」

 

「(どうしよう……。 フェイトの視線が痛い……。 そしてヴィヴィオが退屈してきたのか欠伸をしはじめた。 うーん、ここはやっぱり巾着を買って退散するべきだろ

うか。 かんざしは……桃子さんがどうにかしてくれるはず) ふぇ、フェイト! そろそろ行こうか」

 

「そ、そうねあなた! で、では……私達はこれで……」

 

 四つの巾着を取り、フェイトと二人愛想笑いを浮かべながらゆっくりと後ろに退散することに。 店員さんはまだこちらのほうを見ていたが、やがて何かを悟ったかのように俺たちにも聞こえる声量で呟いた。

 

「できちゃった結婚か……」

 

 この人絶対勘違いしてるな。

 

        ☆

 

 おばさんの発言により、フェイトとの間に微妙な壁が出来てしまった。 なんかよそよそしいのだ。 二人の間が1mほど開いているレベルのよそよそしさだ。

 

「そ、それにしてもあのおばさん妄想が激しかったよな。 まさかヴィヴィオが俺とフェイトの子どもって……。 いや、家族であることには間違いないんだけどさ。 な、なぁ?」

 

 努めて明るく振るまいながらそうフェイトに話しかけると、よそよそしかったフェイトがこちらをジーっと見つめていた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「……嬉しくなかったの、そう思われて」

 

「え!? そ、そんなことないって!」

 

 

「ふーん……。 で、でも確かに私とヴィヴィオは同じ髪色だし……そう勘違いしてる人がいてもおかしくないよね」

 

「確かにな。 そんなことありえないのにさ」

 

「……ありえない?」

 

 フェイトの声が低くなる。 次いで俺の顔をみて少し寂しそうな顔をするフェイト。

 

「やっぱり……私は嫌なんだね……。 そうだよね、俊はなのはといるほうが楽しそうだし……」

 

「ふぇ、フェイト?」

 

「俊……、私のこと……嫌い?」

 

「そんなことあるわけないだろ!」

 

 涙をためて質問するフェイトは体以上に小さく思えて、ヴィヴィオが寝ていることも忘れて俺はフェイトを抱きしめようとした。 直前にヴィヴィオに気付くことができてそれはしなかったのだが。

 

「俺がフェイトのことを嫌いになる? そんなことあるわけないだろ。 お前のためなら死ねる。 お前を守るためならどんな奴でも相手になる。 フェイトの笑顔を見た瞬間、その笑顔を守ろうと決めたんだ。 守りたいと思ったんだ。 フェイトが俺に愛想をつかして離れることはあっても、俺がフェイトから離れるなんてこと絶対にありえない」

 

 ざわざわ……ざわざわ……

 

『若いわねー』 『私にもあんな時期がありまして──』

 

「あ……」

 

「しゅ、俊……。 あ、ありがと……」

 

 大声を上げたせいで、周りの婦人方たちから好奇と微笑みの視線に晒されていた。 フェイトも顔を下げてお礼をいうだけであった。

 

 フェイトと視線に晒されてこちらも顔が赤くなる。

 

「お、俺もうちょっと見ていくからヴィヴィオを預かっててくれないかな!」

 

「へ!? あ、俊!? ちょっとまってよ!?」

 

 フェイトの制止も聞かずに、ヴィヴィオを預けてその場を後にした。

 

 顔が熱くて死にそうだ。

 

            ☆

 

 フェイトから離れて10分。 冷静に思い返してみれば、あそこで恰好よく昔のように決めることができたら違った未来が待っていたような気がしてきた。 ほんと、なんであそこで恥ずかしくなって逃げたんだ……。

 

「あー、まだ顔が熱い。 ごほごほ! うーん、咳もひどくなってきたような気がしないでもないけど……。 明日まで持つよな。 さて……巾着を買って戻るとするか」

 

 広い店内を見回してレジを見つける。 試着室の通りを歩いてレジのお姉さんに話しかけようとした矢先──

 

「え……!?」

 

 試着室の一室、閉じていたカーテンから腕が伸び俺の首根っこを掴むとそのまま引きずり込んできた。 抵抗することもできないまま、中へと入れられる。

 

 そこで待っていた人物は俺のよく知る人物ではあるが、浴衣を着ている分色気が増していた八神はやてであった。

 

「おかえり……、あなた……」

 

「えーっと、ただいま?」

 

 そうじゃないだろ上矢俊。 なんでお前は普通に返事を返してるんだ。

 

「えっと……綺麗な浴衣だな。 青を基調としたスミレの刺繍が施してあるのか。 ……俺が選んだものとは違うけど」

 

「俊が選んでくれたものはもう買ったで。 これはなんとなく着てただけや。 もう皆自分の浴衣買ったみたいやし、そろそろお暇する時間やと思うんやけど」

 

「まぁ、そうだな。 そろそろ帰るとするか」

 

 はやての言葉を受けて俊は試着室を出ようとする──が、俊が一歩を踏み出した瞬間にはやては足払いをかけよろめかし、首根っこを掴んで後ろに強引に引き奥のほうに叩きつける。 一瞬の早業で受け身をなんとかとることしかできなかった俊。 はやてはそのまま押し倒す形で俊の腰に体を落とした。

 

「俊……そんな、大胆にもほどがあるで……」

 

「嘘つけ!? これ100%お前のほうが悪いだろ!? 女の子がこんな乱暴なことを──」

 

 俊の声はそこで途切れる。 途切れるしかなかった。 何故なら、俊の口をはやてが塞いだからである。 驚く俊をよそにはやては舌をねじ込み口を開けさせる。 口腔内に侵入してきたはやての舌は俊の歯を丁寧に一本一本舐め、それが済んだなら今度は俊の舌を探しそれに触れると触手のように絡め取る。

 

「んちゅっ……あ、ずちゅっ……、……んっ……

 

 俊の舌が咽喉の奥にさがるとそれを追うようにはやての舌も咽喉の奥に侵入していく。 それと同じようにはやての 体自身も俊に密着するようにくっついていく。

 

「んーーっ!? んーーーーーっ!?」

 

「んっ……、ぷはっ! ごめんなー、俊。 これ病みつきになるんよ」

 

「い、いや、お、おま、おまままままままままままままままま」

 

 俊を上から見下ろしながらはやてはくすりと笑う。 ついいましがた触れた俊の唇を指で撫でていく。

 

「あはっ、やっと二人っきりになれたなー……。 しかも密室……。 俊、わたし……風邪がぶり返したみたいで動けへんのよ。 だから誰かが来るまでこの体勢でまって

てくれるやろ?」

 

「いや、お前はなにをいって──」

 

「げほげほ!」

 

「だ、大丈夫か!? すぐ助けを──

 

 呼ぼうとする俊の口を今度は手で抑え込む。 そしてすぐ近くまで顔を寄せて

 

「あんっ。 そんなつまらんことするなんて、俊らしくないで?」

 

 そう蠱惑的に笑う。 たったそれだけで俊は何も言えなくなってしまった。

 

 

 それをみたはやては手をどけて、馬乗りになったまま可愛らしく小首を傾げながら俊に話しかける。 先程の行動など微塵も感じられないような少女ともいうべき可愛さで、俊に話しかける。

 

「既成事実って便利な言葉だとおもわへん?」

 

「はやて、可愛い顔してとんでもないこと口走ってるぞ」

 

「便利やと思うんやけど……俊はどう思う?」

 

「……まあ、便利かどうかはともかくアレはすごいと思うよ。 それこそサヨナラホームランみたいなもんだろな」

 

「うんうん! わたしもそう思う。 ところで、俊は既成事実とかあったらどうするつもりなん?」

 

「そりゃ……責任とらないとダメだろな」

 

「そっか……。 責任取るんやな……」

 

 俊の言葉を受けて、はやてはニヤリと笑った。

 

 血走った目で荒い息を吐きながら俊に詰め寄る。

 

「そっか……! それなら思う存分やっても大丈夫なんやな……!」

 

 バインドで俊の手足を動けなくして、舌なめずりをしながら俊の衣服を脱がしていく。 一つ脱がすごとにはやての口元はほくそ笑んでいく。

 

「いやっ!? はやて落ち着け!? いまのお前マジ怖いよ!? い、一旦落ちつこ! 深呼吸、深呼吸!」

 

「酸素が欲しいん? だったら人工呼吸してあげるで」

 

「お前頭やられてるんじゃないのか!?」

 

 喚く俊の口にはやてはもう一度口つける。 そしてそのまま酸素を与えることなく、逆に溜まっていた唾を俊の口腔内に流し込む。

 

 くちゅりくちゅり……ぴちょぴちょ……、甘美な音だけが試着室という狭い世界を支配する。 はやては目をとろんとさせながらひたすらに俊の口を犯し続ける。 俊はそんなはやてをただ見つけるだけしかできず、次第に力が抜けていく──直前で目にした。 発見してしまった。

 

 試着室の間から覗き込むシグナムの姿を──

 

 その瞬間、俊の背筋に悪寒が走る。

 

 次いではやてを火事場の馬鹿力でどかし、体を左に可能な限り寄せる。 俊がその行動をとった瞬間──シグナムの拳が鼻先をかすめていった。

 

「きさまぁああああああああああああああああああ!! 主にはやてになんということを……! コロスコロスコロス……!」

 

「いや、落ち着け!? 話せばわかる! お前はベルカの立派な騎士だろ!」

 

 

「コロスコロスコロス……コロコロコロコロコロコロコロコロ……!」

 

「お前コロコロみる年じゃないだろ! ってんなこと言ってる場合じゃな──」

 

 シグナムの拳をかろうじて避けた俊は、そのまま試着室から全速力で逃げる。 それを追うシグナム。 殺意の波動に満ちている。

 

 逃げる俊の手前、試着室から現れたのはニコニコ笑顔を浮かべ浴衣を眺めていたヴィータ。 ヴィータは俊とその後方で修羅になっているシグナムをみてうんざりしたように声をかけた。

 

「おーい、ひょっとこー。 あんまり店内で騒ぐと迷惑になるぞー」

 

『そんなことよりシグシグ止めろ! お前らのリーダーだろ! どうにかしろよ!?』

 

「……どうせお前が悪いに決まってるんだろ……。 見てなくてもなんとなくわかるぞ」

 

 溜息一つ。 ヴィータは突っこんでくる俊の進行方向に足を置く。 全速力で走ってきている俊には当然ブレーキをかけることなどできるわけもなく、その足に引っかかり文字通り宙を舞った。 思わず店内の人間が感心を上げる。 感心を受けながら宙を舞い、盛大に浴衣の見本を倒す俊。 どこか破片で切ったのか、頭からは少量の血が垂れてきている──が、いまの俊にはそんなもの気にもとめることができなかった。 何故なら──頬をひくつかせながら仁王立ちしている店員や首を鳴らし拳を鳴らしている店員が目の前に大勢いたからである。 そんな店員たちに愛想笑いを浮かべながら一歩、また一歩と後退していく俊。 そして──勢いよく加速をつけてその場を後にする。

 

『いい加減にしろてめぇーーー!』

 

「いや、今回は俺のせいじゃないんです!? ほんとです信じてください! ぎゃぁあああああ!? 前からシグシグ来てるーーー!?」

 

 前にはシグナム、後方には店員。 まさに絶体絶命である。

 

 そんな俊を見ながら、ヴィータは呟く。

 

「なんかすまん」

 

         ☆

 

 俊が店外に逃げるのをみながら、はやては少し残念そうな顔をして、寂しそうな顔をして、つまらなさそうな顔をして呟く。

 

「唾と一緒にその気にさせる魔法をかけたんやけど……もうちょっと早くかけておけばよかったなー……。 まぁ、押し倒した時点でしっかり反応はしてたんやけど」

 

 俊を見ながら、はやてはそう呟いた。

 



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85.開幕

 『さようなら』

 

 日中の茹だるような暑さもこの時間帯になってくると大分涼しくなってくる。 がやがやとした人の喧騒、それぞれの屋台では客を呼び寄せるために大声を張り上げ、それに比例するように子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてくる。 暗い夜の世界であるのにもかかわらずいまこの場は明るく照らされており、沢山の人混みが出来ていた。 甘い匂いや食欲をそそるような匂いがこの場には蔓延している。

 

 俺は左手でしっかりと娘の手を握りしめながら再度確認を取る。

 

「いいかヴィヴィオ。 パパの手を離しちゃダメだからな?」

 

「はーい!」

 

 これで何度目の確認だろうか。 正直、こんなに人が多いのだから何回確認をとっても足りないくらいだと思うが。

 

 ヴィヴィオの傍らに控えているガーくんにも確認を取る。

 

「いいかガーくん。 俺もヴィヴィオのことを気に掛けるが……頼むぞ?」

 

「マカセロ。 ダイジョウブ」

 

「まぁ……ガーくんのそばにいれば安全だからこれで少しは軽減されると思いたいかな」

 

 ガーくんの頭を一撫でする。

 

「俊くん心配しすぎ。 何度確認取れば気が済むの?」

 

「そりゃお前……、大事な娘だぞ? できることならずっと手を握りしめていたい」

 

「……気持ちはわかるけど。 気持ちはわかるけど……、ちょっと親バカっぽい……」

 

「五月蠅いほっとけ」

 

 ヴィヴィオとは逆隣にいるなのはが呆れた目でこちらを見てくる。

 

 なのはの浴衣は白を基調としたつくりになっており、そこに桜を散らせているものだ。 帯はピンクで髪を結いあげている姿はいつもより色っぽい印象を覚える。

 

『エリオ、キャロ。 絶対に知らない人に声かけられても返事したりついていったらダメだからね? わかった? 絶対だよ? お金も余分に入れてるから沢山買って大丈

夫だからね?』

 

「ほら、フェイトだってあんな感じだぞ」

 

「二人とも過保護過ぎるでしょ……」

 

 なのはが俺とフェイトを交互にみながら溜息を吐いた。

 

 俺がヴィヴィオと手をつなぎながら傍らでなのはと喋っていると、背中に柔らかい感触と同時に浴衣をするりと抜け俺の乳首を誰かが触る。 手は確実に乳首を愛撫す

るようにさわさわと絶妙な力加減で責めてきた。

 

「ちょっ!? やめろはやて!?」

 

「姿を見てなくてもわかるなんて……もう一心同体やな?」

 

「こんなことをする奴はお前しかいないだろ! ったく、ヴィヴィオの手前こういうのはやめてくれ──」

 

 止めてくれないか? そう言いかけて言葉を失う。

 

「──なんで嬉しそうな顔してるのかな?」

 

 眼前には無表情のなのはの顔があった。 冷徹で冷酷な氷のような瞳が俺を射る。 それに反射して答える自分の口。

 

「嬉しそうな顔? そんなのしてるわけないだろ? それは見間違いに決まってるぞ」

 

「……そっか。 そうだよね! ごめんね、俊くん」

 

「失敗や見間違いは誰にでもあるさ。 そんなことより、フェイトも入れて回っていこうぜ。 ヴィヴィオ、今日はお前が主役だ。 どこから見て回りたい? 食べたい物ややりたいものはあるか?」

 

 無表情から一転、華やかな笑みを浮かべるなのはに笑いかけながら提案する。 それに頷いてくれたなのはをみて、俺はしゃがみ込みヴィヴィオの目線に合わせながらどこに行きたいか聞く。

 

 ヴィヴィオは俺の質問にしばし迷った後、盛大に腹を鳴らしちょっと照れたような顔をした。

 

「とりあえず、腹ごしらえといこうか?」

 

「うん! えーっとね……、ヴィヴィオやきそばたべたい!」

 

「よし、んじゃ行くか。 おーい! フェイト行くぞー!」

 

『あ、うん! それじゃよろしくお願いします』

 

 フェイトはエリオとキャロに手を振ってたったったとこちらに駆けてくる。 黒を基調とした黄色の花柄模様で彩られた浴衣は猛々しい雷のような白い刺繍を纏い、フ

ェイトのはじめから持つ色気と合わさって効果倍増となった。 その証拠に、先程まではフェイトのことをちらちらと見ている輩が多いこと多いこと。 男持ちでなおかつ俺の姿を確認すると頭を下げてどっか行ったけど。

 

「そういえばはやて。 お前はヴォルケンの皆と行かなくていいのか?」

 

「ええんよ。 たまにはヴォルケンメンバーで羽を伸ばしてもらいたいしな……。 主の守護ばっかりやとキツイやろ?」

 

「まぁ……そんなもんなのかね」

 

 あまりあいつらが守護をしていた記憶はないのだが。 どうせ俺の記憶だ。 きっとあやふやで証拠にすらならないので頼らないことにしよう。

 

「それより俊。 なんかいうことあらへん?」

 

「えーっと……、可愛いよ」

 

「むらむらくる?」

 

「……多少」

 

 はやての浴衣は青を基調とした作りになっており白と赤のハイビスカスが浴衣いっぱいに広がっていた。 明るいはやてと合わせって爽快なイメージが増々ましてくる。

 

 俺たち四人はヴィヴィオのご所望通り、焼きそばを買うことにした。

 

 焼きそばの屋台──

 

「なんだひょっとこ。 お前生きてたのか」

 

「勝手に殺さないでくれ。 それより焼きそば二つくれ」

 

「はいよ。 まぁ、少しまっちょれ。 もうすぐ出来上がるから」

 

 じゅーじゅーと鉄板の上で麺と野菜にソースを絡めながら捻じり鉢巻きタンクトップの屋台のおっさんは焼きそばを作っていく。

 

「俊くん。 わたし達五人だよ? なんで二つなの?」

 

「他にも食うのはあるだろ? 全部少な目にしてたほうが後々の胃袋も嬉しがると思うけど。 それに俺も含めて全員とも大食いってわけじゃないし」

 

「あ、成程ね。 そういえば俊くんも大食いってわけじゃないね。 もっと食べたほうがいいんじゃない? ……まぁ、細身は好きだから別にいいけどさ」

 

「俺は食べるより作るほうが好きなタイプなんでな。 それに、作ってる間にだいぶ食欲もってかれるんだ」

 

「そういえば、前も俊はそんなこといってたね。 食べる側の私達にはよくわからないけど」

 

 なのはとの会話に俺とは反対方向のヴィヴィオの手を握っていたフェイトが首を傾げながらいってきた。 まぁ……これは本当に作る側にしかわからないことだと思う

し、それすらも個人差があるからなー。 俺みたいな奴もいれば、そうでない奴もいる。

 

「わたしは俊の言ってることわかるでー。 意外に作り終わる頃には食欲もってかれたりするから、ザフィーラとかに多めにいれたりしてるんよ」

 

「だからこの頃ザッフィー体脂肪がアレな感じになってきたのか」

 

「なんやその気持ち悪い言い方。 もしかして二人して裸見せ合ったりしたんか?」

 

「男共でこっそり銭湯に行ったときにな。 士郎さんには、サボりすぎといわれた。 はぁ……また鍛えなおそうかな」

 

 男共で銭湯に行ったときのことを思い出す。 エリオの背中を流したりしてかなり楽しかったな。 スカさんと二人で女湯覗こうとしておっさんに殺されかけたっけ?

 

 いまとなってはいい思い出だ。 願わくばこのまま自然と消滅してほしいルートがあるのだが……あちらさんがそうはいかないのよね。

 

「カッコつけてもいいことないのにな~……」

 

「ん? どうしたの俊くん?」

 

「いや、なんでもない。 それよりヴィヴィオ。 ずっと黙ったまんまだけど、どうかしたのか?」

 

「ほぁ~……」

 

 ひとりでに呟いてしまった言葉をなんとか霧散させ、俺はヴィヴィオに声をかける──が、ヴィヴィオは俺の言葉が聞こえてないのかガーくんと揃って指を咥えながらキラキラとした眼差しで鉄板をみていた。

 

「パパ! おっきいよ! おっきいよ!」

 

「そうだねー、おっきい鉄板だねー」

 

「だっこ! だっこ!」

 

「はいはい。 おーいしょ。 ほら、うちとは比べものにならないほど大きいだろ?」

 

「うわぁー! おっきいーー!」

 

 抱き上げて鉄板の近くまで顔を寄せてやるときゃっきゃとはしゃぎながら、俺と鉄板とを交互にみていた。 ヴィヴィオからしてみたら、俺たちにとっては当たり前の

ことも不思議に思えてくるんだろうか……。

 

 はしゃぐヴィヴィオの頭を撫で、いましがたできたばかりの焼きそばを受け取る──直前で声をかけられた。

 

「その子、お前の娘か?」

 

「……あぁ、娘だよ。 大切な娘だ」

 

「そっか……。 まぁどうせお前のことだ。 またなにか訳ありなんだろうけどな」

 

「うっせぇよ。 こっちだってもう高校卒業してんだよ、なめんじゃねえ」

 

「はっ、いうようになったもんだなひょっとこ。 また来年も来い、うまい焼きそば食わしてやるよ」

 

「あぁ、ありがとよ。 んじゃ──また来年な」

 

 小学生からの顔なじみに片手をあげてその場を去る。 どうやら早々に来年も海鳴に来ることが決まったようだ。

 

「まて、代金未払いだぞ」

 

 お願い、カッコよく立ち去らせてよ。

 

            ☆

 

 焼きそばを買った俺たちはその足でたこ焼きも買いに行くことにした。 買えるだけ買って、後でまとめて食べようということに五人で決めたわけだけど──

 

「開始一分でヴィヴィオは焼きそばを食べ始めたな」

 

「ま、まぁまだ小っちゃいしね……。 それに熱々のうちに食べたほうがいいのも確かだし」

 

「言われてみればそうかも。 折角の出来たてなんだから早く食べた方がいいよな。 あとはやてはいつまで俺の背中で首に腕を絡ませているんだ」

 

「だって、両サイドはなのはちゃんとフェイトちゃんに取られたんやもん。 それに前にはヴィヴィオちゃんがおるし、背中しか空きがないやん。 けどこれもこれでい

いかもしれへんな、俊の背中に引っ付くのもたまにはありや」

 

「俺は重いだけだけどな。 それにお前の場合……いや、なんでもない」

 

 言いかけて口を止める。 いまいったら──確実になのはとフェイトの機嫌が悪くなりそうな気がするのだ。 それに俺自身──昨日の試着室での出来事を思い出して軽くどきどきしているので止めておこう。

 

 深く深く深呼吸する。

 

「かぷ」

 

「うひゃぁ!?」

 

「ええなー、そのリアクション。 ほんと俊はかわええな。 食べたいくらい……」

 

 耳を甘噛みしてきたはやてが俺にしか聞こえない声量でそう呟いてきた。 それに曖昧な笑みで答えを返す。 なんか最近のお前おかしいぞ……。

 

「パパー、あーん」

 

「あーん。 んー、うまい。 ありがとな、ヴィヴィオ」

 

「えへへ。 なのはママとフェイトママもあーん」

 

「ありがとーヴィヴィオ」

 

「ありがとね、ヴィヴィオ」

 

 俺にだっこされているヴィヴィオが焼きそばをみんなの口に運んでいく。 ちゃんとガーくんにもあげてる辺り、自分の娘ながら感心してしまう。 ところで、ガーく

ん。 食べるたんびにジャンプするのはきつくないのかい?

 

 ヴィヴィオはそのまま、俺の後ろにいるはやてにも焼きそばをあげる。 そんな様子を周囲の人間は微笑ましそうにみていた。 これではまるで、俺たちが雛鳥でヴィ

ヴィオがエサをあげる親鳥だな。

 

「ん? タコ焼きの前にいるのおっさん達じゃねえか」

 

 前方、目当てのタコ焼き屋へ向かっているとおっさん達の軍団が目にみえた。 あ、リンディさん焼きそば食ってる。

 

「よおタコ焼き。 タコ焼きもたこ焼き買いに来たのか?」

 

「誰がタコ焼きだ。 タコ殴りにすんぞ」

 

「まぁまぁ、祭りなんだしよしとこうぜ。 俺もおっさんのことを見逃してやるからさ」

 

「それは俺のセリフだ。 しかしなんだ、此処の祭りは中々に活気があっていいじゃねえか」

 

「俺の育った場所だぜ? それだけで理由としちゃ十分だろ」

 

 おっさんは納得したように頷く。 他の人達とも会話をしようとした矢先──ヴィヴィオが俺のほっぺをぺちんぺちんと叩いてきた。 その瞳は先程の焼きそば屋台と同じように目の中に星でも入っているのかと疑いたくなるほどの輝きを放っていた。 くるりとこちらを向くヴィヴィオ。 そして屋台を指さして言い放つ。

 

「パパー! タコせいじんがいるよー! あたまつるつるー!」

 

『ぶっ!?』

 

 その場にいる全員が噴出した。 飲み物を飲んでいたおっさんが吹き出し、焼きそばを食べていたリンディさんの鼻から麺が飛び出した。

 

 なのはが必死に謝り倒す。

 

「す、すすすすすいません! あの、ヴィヴィオはまだ5歳でうちの旦那がへんなことばっかり教えていて! それでその……たまにこういうこともあるんです!」

 

「そ、そうなんです! あの、悪気はないんです! ほんと悪気はなくって娘もお祭り自体がはじめてでちょっと浮かれてて──」

 

 なのはとフェイトが頭を下げながら身振り手振りでどうにかこうにか説明しようと頑張っているが──

 

「お久しぶりです。 どないでっか? 繁盛してますか?」

 

「ぼちぼちでんなー、ひょっとこ君。 ところでその女の子はキミの娘なのかい?」

 

「ええ。 世界一可愛いでしょ?」

 

「狂犬のキミが変われば変わるものですね」

 

 この人はとんでもなく懐が広いのだ。 これしきのことでは怒らないさ。

 

 ただまぁ……一癖も二癖もあるんだけどな。

 

「狂犬って……俺は道化師ですよ。 あ、タコ焼き2パックください」

 

「はいはい。 キミの手綱を握れるのは大好きな女の子たちだけですから、ほんと頑張ってもらわないといけないですね。 ところで……訳ありっぽいですから突っこみ

ませんが──母親はどなたでしょうか?」

 

「そりゃぁ──」

 

『ごほんっ! ごほんっ! んぅん!』

 

 隣から声ともいえない声が聞こえてきたので、発言人物を見つめる。

 

「あ、ごめんね俊くん。 ところで、“わたしの”娘のヴィヴィオが早くたこ焼き食べたいみたいだよ? ほら、一緒に食べさせてあげようよ」

 

「へ? あ、うん……。 はーいヴィヴィオー。 あーん」

 

『こほんこほん! あ、あー、あー!』

 

「えっと……フェイト?」

 

「あ、ごめん俊。 ところで、“私と俊の”ヴィヴィオがタコ焼き食べたそうにしてるね。 ほら、食べさせてあげたら?」

 

「あ、うん……。 えーっと……」

 

『パパ早く』

 

 なのはとフェイトの声が被る。 なのははちょっと頬を膨らませて怒ったような拗ねているような顔をして、フェイトは優しい笑みを浮かべながら声をかけてくる。

 

「ま、まぁまずはヴィヴィオに食べさせよう。 あーん、ヴィヴィオ」

 

「あーん! おいしい! パパ! たこやきっておいしいね!」

 

「だろー? この人のタコ焼きは美味いんだ。 あ、ソースついてるぞ」

 

「えへへ、ありがと。 ヴィヴィオもパパにたべさせてあげる! あーん」

 

「あーん。 んー、ヴィヴィオが食べさせてくれるからよりおいしい」

 

 ヴィヴィオのほっぺに頬擦りをする。 ヴィヴィオは嬉しそうに声をあげる。

 

「パパー、つぎはねー。 わたがしたべたい!」

 

「綿菓子かー。 それじゃ行くか。 んじゃ、おっさんリンディさん俺たちはこの辺で」

 

「あ、その前に私飲み物が欲しいかな」

 

「フェイトちゃんに同意。 ちょっと咽喉が詰まっちゃう」

 

「それじゃまず飲み物ということでヴィヴィオもいいか? それにはやても」

 

「「はーい!」」

 

 おっさんたちの軍団に軽く手をあげてその場を去る──リンディさんの横を通った瞬間、リンディさんは小声で俺を嘲笑ように言ってきた。

 

「ふん、狂犬ね。 確かに、10年前の──あのときのあなたは狂犬そのものだったわ。 中々いい例えじゃない」

 

 その声はかつての高ランク魔導師でありながらアースラの艦長を務め、そして俺を止めてくれたあのリンディ・ハラオウンの姿であった。

 

 ただ──

 

「リンディさん、鼻からソース麺が飛び出てます」

 

 鼻からソース麺出してる姿は非常に恰好悪かった。

 

『へっ!? あ、ちょっと! 待ちなさい! だからこっちをみずにどんどん進んでいったのね!? こらーーー! 待ちなさいってばー!』

 

         ☆

 

「だいしゅきホールドって知ってるやろ俊。 あんたもエロゲとかするし、大好きそうやしな。 あれって二次元だからめちゃくちゃ萌えるねんけど……三次元でされたらもう強制──」

 

「それ以上言うなはやて。 ヴィヴィオがいるんだからマジで止めろ。 というか、なんでお前はいきなりだいしゅきホールドを出してきたんだ」

 

「んー、なんとなく。 まぁ、俊もだいしゅきホールドされたら観念したほうがええよ、ということや」

 

「そもそもしてくれる相手がいねえよ」

 

 こいつはいつまで俺の背中にくっついてる気なんだ……? ……胸の感触とかいい匂いとかその他もろもろでかなり嬉しいのだが。

 

 ……いや、それをいうのなら俺はいまとても最高な場所にいるような気がする。 右になのは、左にフェイト、ヴィヴィオをだっこし背中にははやて。 間違いなく、俺以上に幸せな人間はこの世にいまいないだろう。

 

 幸せだ

 

「俊、だいしゅきホールド──」

 

「もういいから! ホールドはもういいから好きな飲み物選べ!」

 

「あ、お金は自分で出すからええで。 んーっと、それじゃカルピスとってくれへん?」

 

「あいよ。 ヴィヴィオはどれがいい?」

 

「んーっと……これ!」

 

 はやてご所望のカルピスとヴィヴィオが選んだオレンジジュースを一つずつ取り代金を払いそれぞれに渡す。

 

「あれ? 俊くんは自分の分買わないんだ。 コーラだけどいる?」

 

「くれんの? サンキュー」

 

「あ、飲ませてあげる。 はい、どうぞ」

 

 口をつけたばかりのコーラを、そのまま俺の口にあてがいゆっくりと傾ける。 強い炭酸をがんがん流し込んでくるのでかなり咽喉が辛くはあったが、それよりも嬉し

さのほうが勝っていたので何もいわずに飲んでいく。 やがて口からボトルが離される。

 

「おいしかった?」

 

「なのはが飲ませてくれるならなんでもおいしいよ」

 

「知ってる。 あ、でもこれでわたしが飲んだら間接キスだね?」

 

「おいおい、いまさらそんなこと気にする仲じゃないだろ。 間接キスなんぞ百単位でやってるだろ」

 

「いわれてみればそうだね。 ……うん、小さい頃からずっと間接キスとかしてるのかぁ……」

 

「うーん、俺からしてみたら当たり前な感じだけど、ぶっちゃけどうなんだろうな?」

 

「間接キス? そうだねー……なんか特別な関係とか、そんな感じじゃない? ただの異性同士の友達ならやらないと思うよ」

 

「ということは、俺となのはは特別な関係か」

 

「特別な関係だね。 まぁ、ご主人様とペットだから特別な関係なのかな?」

 

「かもな」

 

 二人して肩をすくめる。 特別な関係か……。 うん、特別な関係だな。

 

 命を預けることができる──そんな関係だと思う

 

「俊、私のもあげようか?」

 

「いや、大丈夫だよ。 なのはので充分」

 

「そうそう、“特別な関係”のわたしだけで充分。 ね? 俊くん?」

 

 嬉しそうに手を重ねながら俺に振ってくるなのは。

 

 ごめんなのは──

 

「俊……。 間接キスよりもキスしながら口に含んだ飲み物を飲む行為のほうが色々と──」

 

「ヴィヴィオがみてるから!? ヴィヴィオが俺の胸の中でガン見してるから止めて!?」

 

 助けて──

 

 首を90°向けさせるはやてはそのまま口に含んだカルピスを俺の咥内に流し込もうとする──が、俺の声を聞きなのはとフェイトが振り向くといつもたやすく首の拘

束を解いた。

 

「どしたんなのはちゃんにフェイトちゃん?」

 

 はやてが素知らぬ顔で首を傾げる。 どうしてこいつはそんなにネコを被ることができるんだ……? それに──はやてのさっきの行動のせいで顔が熱い。

 

 なのはは俺の顔をじっと見つけると──ふいにおでことおでこをくっつけてきた。

 

「う~ん、やっぱり俊くん熱ある? どうもいつもよりふらついてる感じだったけど」

 

「へ? そ、そうかな? 俺はあんまりそんな感覚はないんだけど」

 

「俊くん、自分を信じちゃダメだよ」

 

「遠まわしに俺のことバカにしてる?」

 

「バカにしてる。 でも心配もしてるよ? 俊くんが風邪ひいちゃったら……いや、俊くん風邪ひいたほうがいいかもしれない。 この頃、他の女の子にちょっかいかけて

るし、看病ということで独り占めもできるし……」

 

「な、なのは……?」

 

「へっ!? い、いや別に好きだからそんなこといってるわけじゃないからね! ただ……ペットの看病はご主人様がするものでしょ!?」

 

 ずいとこちらに詰め寄ってくるなのは。 顔が至近距離にあり、あと数センチで触れ合う距離だ。

 

「う、うん。 俺もそう思うよ」

 

 そういうと、なのははふと何かに気付いたようにそそと顔を遠ざけた。 そして咳払い一つ。

 

「ま、まぁ俊くんにはわたしがいるから大丈夫。 ──わたし以外にはいらないから」

 

 何故だろう。 最後の言葉を聞いた瞬間、背筋が急に寒くなった。

 

 そんな俺の感覚を知ってか知らずか、なのはは笑顔で俺にひっつく。

 

「ほらほらパパ。 早くいこうよ。 次は綿菓子でしょ? 約束もあるんだし」

 

「ああ、一緒に食べる約束か。 覚えてるよ。 それじゃヴィヴィオ。 わたがし食べにいくぞー!」

 

「わーい!」

 

「ヤッホー! ワタガシダー!」

 

 膝でガーくんもはしゃいでいる。 そっか、ガーくんも綿菓子食べたかったのか。

 

             ☆

 

「えーっと、綿菓子を四つ。 あ、キャラ袋もあるんですか。 それじゃこの魔法少女ので」

 

「……俊くんって、魔法少女大好きだよね」

 

「俺は被害者だと思う。 お前らみたいなかわいい女の子たちが魔法少女だぞ? それをずっと見てたんだ。 自ずと魔法少女が大好きになっても不思議じゃないと思うんだよね」

 

「……わたし達が俊くんをダメにしたんだね……」

 

 まぁ、なんとなくだけどどんな人生を歩んでも魔法少女が大好きになっていたと思う。

 

「それより、そろそろ射的やよーよー釣りも回らないか?」

 

「そうだね。 そろそろ回りたいかな。 ヴィヴィオも焼きそばとたこ焼きと綿菓子で大分お腹いっぱいになっただろうし」

 

 なのはと綿菓子の袋を半分ずつもって少し離れた所でまっているフェイト達の所まで歩いていく。

 

「今日はヴィヴィオ中心のはずなのに、なんか他の面々が前に出ているような気もするよな。 俺の思い違いならいいんだけど」

 

「きっと浮かれてるんだと思うよ。 はやてちゃんやヴィヴィオもテンション高いし。 お祭りだし、楽しいから気持ちはわかるんだけどね」

 

「なのははどうなんだ?」

 

「楽しいよ。 俊くんとこうやって歩けてとても楽しいし。 俊くんは楽しい?」

 

「なのはと歩けて楽しいよ」

 

 そういうと、なのははふと立ち止まりしばし考えた後──おもむろに自分用の綿菓子を取り出し袋を開け、中にはいってる綿菓子をひとつまみするとそれを俺の口にもっていった。

 

「あの……これはなに?」

 

「餌付け」

 

 まさかとは思っていたけど、本当に餌付けとは思っていなかった。 いやでも……これはこれでアリなんじゃないだろうか。 だって俺ペットだし、犬だし。

 

「あーん」

 

「あーん」

 

 なのはの声に反応してぱくりと綿菓子を食べる。 しかし勢い余ってなのはの指まで食べてしまい二人とも固まり、なんとも微妙な空気が出来上がってしまった。

 

 ちゅぽんという音をたてて口から引き抜かれたなのはの指。 なのははそれを見つけた後、自分の口にぱくりと入れそのままちゅぱちゅぱと舐めまわす。

 

「えへへ、これも間接キスになるのかな?」

 

「ははっ……そうなのかな?」

 

 答えに窮し、曖昧に笑う。 何故だか、この頃なのはも少し変わってきたような気がする。 なんというか……恋が実りそうな気がする。

 

 そこで携帯が鳴った。 言い換えるなら──呼び出しを喰らった。

 

「悪いなのは。 どうやら今夜の裏の主役に呼ばれたみたいだ。 ──行ってくる」

 

「うん。 いってらっしゃい」

 

 フェイトに自分が持っていた物を渡すとそのまま待ち合わせの場所に走っていく。

 

「あ、まって俊くん!」

 

「ん。 どうし──!?」

 

 声につられて後ろを振り向くと──なのはが俺の顔を押さえてキスをしてきた。

 

 それは昨日はやてとやった舌を絡ませるようなキスではなかったのだが、綿菓子の甘い味となのはからほんのり香るいい匂いと──そして大好きな人という要素が合わさって俺の顔が爆発した。

 

 衆人観衆の中、なのははゆっくりと唇を離し、照れながらいった。

 

「お祭りだし、綿菓子の約束もあるし、ちょっとくらい素直になってもいいかな、なんて思って。 まぁ……かなり恥ずかしいけど。 ──いってらっしゃい、あな……俊くん」

 

 言い直すなのは。 その顔は俺と同じように爆発していた。 だからこそ、俺も照れながらであるがちゃんと答えた。

 

「いってくるよ──なのは」

 

 なのはに軽く手を振って、今度こそ集合場所に歩みを進める。 それにしても……綿菓子の約束ってそういうことだったのか……。

 

 余韻に浸りながらも、気を引き締めていくことに。 どうやら、お祭り描写はここで終了のようだしな。

 

 あ、ついでに先程見つけたお面屋でアレを買っていこう。

 

 丁度──俺に似合うものがあったんだよな。

 

 

              ☆

 

 祭囃子が遠くのほうから聞こえてくる。

 

 ここは海鳴の神社。 遠い昔に、魔法少女がデバイスを起動した場所である。

 

 そこで男は一人──トイレをしている幼女を眺めていた。

 

 幼女のトイレが終わると、男はおもむろに立ち上がりその幼女に声をかける。

 

「お嬢さん、パンツ落としましたよ?」

 

「はぅ!?」

 

「お嬢さん、パンツはきましたね?」

 

「ひぅ!?」

 

「お嬢さん、パンツ見せてくれませんか?」

 

 幼女に迫る男。 その男の背中を誰かがとんとんと叩く。 男は訝しげながらもそれに振り向いて絶句した。 何かを言おうとする男は、背中を叩いて男は有無を言わせず拳を繰り出す。 クリーンヒットして目に涙をためる男。 そんな男を無視する形で、もう一人青年が幼女のほうに近づいてきた。

 

「ごめんなー、かなちゃん。 翠屋のお兄ちゃんだけど、俺のことわかるかな?」

 

「お、おにいちゃん……?」

 

「うんうん、お兄ちゃんだよ。 ほら、此処は変態がいるからあそこのお姉さんと一緒にママの所に帰ろうね? もうここでおしっこしたらダメだよ。 神様が怒っちゃう

し」

 

 青年がそういうと、幼女は黙ったまま頷いた。 そして青年に抱っこされる形で持ち上げられ青年の手から綺麗な女性の手に渡る。

 

「それじゃウーノさん。 お願いしますね」

 

「わかりました」

 

 ウーノと呼ばれた女性は幼女に明るく話しかけながらその場を後にした。

 

 それを見送った後、青年は男のほうを向いた。

 

「スカさん、いまのはヤバイって。 いや、ヴィヴィオにアレなことをさせようとした俺が言えることでもないけどマジでないって。 おっさん落ち着け! 気持ちはわかるがいまスカさん殺したらなんのために此処まで来たのかわからないだろ!?」

 

 青年は隣でいまにも動き出しそうな男を羽交い絞めにする。

 

「ふふっ、ふーーっはっはっは! ひょっとこ君、どうやら私はキミみたいにはなれないみたいだよ。 ──ほんと、全員がキミのようであったらいいのにね」

 

「止めてくれスカさん。 人類全員が俺とかリンディさん辺りが発狂して大変なことになる」

 

「俺は嬉々として皆殺しにしていくけどな」

 

「お前段々局員の言うべきセリフじゃなくなってきてるぞ」

 

「ふっ、まぁいい。 座ってくれたまえ。 この話しは少し長くなりそうなのでね」

 

 スカリエッティはそう言って、二人は石段に座らせる。 そして自分は立ったまま話し始めた。

 

「ひょっとこ君、キミは薄々感じ取ってるかもしれないけど、私は人間ではない。 そして、戦闘機人という存在を生み出した次元犯罪者だ。 その正体は最高評議会と

いう事実上、管理局を裏で操っている存在から生み出されたモノだよ。 コードネームは“無限(アンリミテッド)欲望(デザイア)”。 キミはそんな存在とともに過ごしていたことになるのだよ」

 

 男はそこで一旦言葉を切るが、目の前の二人はなにも喋る様子がないのでそのまま続ける。

 

「キミの友人であるフェイト・テスタロッサの母、プレシア・テスタロッサとも知り合いさ。 あの件については少しではあるが、私も協力したからね。 ひょっとこ君、何故キミにこんなことを話すと思う?」

 

「知らん」

 

「だろうね。 キミだけには話しておきたかったのだよ。 私を変えてくれたキミにはね。 これはもう数年も前のことだ。 無限の欲望である私は毎日毎日、知的好奇心

に満ち溢れていた。 どんなことを──どんな違法をしようか考えていた。 しかし、それと同時に、それを考えると心の中の熱が急激に冷めるような感覚に陥っていた。 自分でもわからなかった。 ウーノに聞いてもわからないと答えるばかりだ。 来る日来る日も、その謎に向き合った。 私に解けないものなどないのだから。 だが── 一向にわかることはなかった。 そんな時だ。 私は何かが欠け、何かが判らないまま、ミッドチルダの臨海空港の火災でキミを見かけた。 その時だよ。 答えはすぐにわかった。 簡単だった」

 

 火災で泣いている子どもたちを元気つけているキミをみたときに、自分の欲望に気付いたのだ。

 

「私は──キミのような強さが欲しかったのだ。 泣いている子どもを一瞬で笑わせ、絶望している人を勇気づけ希望に変え、魔力もないのに火傷するかもしれないのに、市民でありながら恐れることなく火災の中を人々の士気を高める──エースオブエースやエリート執務官、SSランク魔導師ですらもしかしたら敵わない──そんな強さを私はキミにみた」

 

「よしてくれスカさん。 空っぽの俺をここまでにしてくれたのは、いまあんたがいった奴らだぜ?」

 

「ふっ、キミがそれを望むならそういうことにしておこう。 けど、全てが遅すぎた。 私の手は塗り潰されていた。 最高評議会、レジアス。 次元犯罪者の私が真っ当な人生を歩めるなんて思っていないさ。 だけど──私はどうしてもキミと会って話がしたかった。 そしてキミと会って、ますます思った。 こんな風に人生を過ごしたい。 けど……それは無理なことだった。 当たり前だ、キミと私とでは住む世界が違うのだから。 ひょっとこ君。 キミがはじめて私の家に来たとき、ガジェットドローンを破壊したのは覚えているかい?」

 

「すまんスカさん。 料金ならおっさんが──」

 

「俺はお前のサイフじゃねえんだよ」

 

 あわや喧嘩を始めるかと思った二人をスカリエッティは制した。

 

「いや、いいんだ。 あれは元々、二人の内どちらかに壊してもらう予定だったからね。 これでも私は科学者でね、科学者とは難儀な性格で自分で作ったものを壊すこ

とに多少の抵抗はあるのだよ。 だからこそ、私はキミを利用したのだ。 さぁひょっとこ君。 こんな私を軽蔑するだろう?」

 

「スカさん……。 本当に壊してよかったんだな?」

 

「ああ、よかったさ」

 

 その言葉を聞いて、俊は盛大にほっとしたような溜息を吐き、快活に笑いながら答えた。

 

「よかったー! あの件でさ、いつスカさんから請求書くるかビクビクしてたんだよな。 いやー、よかったよかった。 壊しても大丈夫だったのね」

 

「……怒らないのかね?」

 

「なーに、利用されるのには慣れてるさ。 そんなもん気にすんなって! それより話聞かせてくれよ」

 

 急かす俊にスカリエッティは聞こえないように小さく呟いた。

 

 やはりキミはかわった男だ

 

「ではもののついでだ。 最高評議会についても軽く話しておこう。 まだ世界に平和が訪れていなかった時代に三人の人物が時空管理局という組織を作った。 その後、世界は時空管理局のおかげで平和になりつつあったのだが、人の一生とは短いものですぐに三人の寿命はくることとなった。 しかしながら、三人ともとても心配性であったがゆえにその後の未来のことまで心配しだしたのだ。 そして三人は一大決心をして──自らの体が朽ちても大丈夫なように脳みそだけを生かしいまの管理局に留まっている。 かなり適当ではあるものの、大体のことはわかったと思うよ。 この最高評議会は地上本部のトップであるレジアス・ゲイズともつながっている。 彼だって、ただ地上を守りたいだけのはずなのにね……。 ほんと、キミのような人間ばかりだったらどれほどよかったことか」

 

「スカさん……」

 

 俊が何かを言おうとした矢先、俊の隣にいる男が先に声を発した。

 

「スカリエッティ。 俺もこいつもお前の思い出話を聞きにきたんじゃねえんだ。 さっさと本題に移れ」

 

「な……!? てめぇ!」

 

「なんだひょっとこ。 お前はこいつの思い出話を聞くために大事な人達との楽しい時間を投げてまで此処にきたのか?」

 

 

「そうじゃねぇけど……! でも言い方ってもんがあるだろうが!」

 

 俊と男が立ち上がりながら互いに胸倉を掴む。

 

 一発触発の雰囲気の中、それをスカリエッティが止めにはいる。

 

「二人ともまってくれ! いや、これにかんしては私が悪かった。 つい話し込んでしまったよ。 ひょっとこ君にも悪いことをした。 キミの幸せな時間を奪ってしまったのだから。 そうだね、そろそろ本題に入るとしよう」

 

 スカリエッティは一度大きく深呼吸をして笑いながら二人に向けていった。

 

「私は自首することにしたよ」

 

 晴れやかな笑顔で言い切った。

 

 俊は唖然とし、男は無表情。 そんな中、明るく振る舞いながらスカリエッティは続ける。

 

「なに、いますぐにというわけじゃない。 期日は決めてある9月19日。 それまでに私はこの脳を使ってできる限りの技術を残し、管理局に渡すつもりだ」

 

「……それがお前なりの出した答えか。 悩んで悩んで悩みぬいて出した──後悔しない答えなんだな?」

 

「……後悔しないといえば嘘になる。 だが──それでも私は後悔しないだろう。 技術を管理局に渡し──それと引き換えに私の大事な娘たちの安全を保障させる」

 

 

 ギリリ……とスカリエッティから歯ぎしりが聞こえてくる。 ぶるぶると震えるスカリエッティの体。 

 

「どうしようもない私のことを、“ドクター”と呼んで笑ってくれるんだ。 失敗して落ち込んでいるときも皆で励ますために私のことを笑わせてくれるんだ。 どんなときだって……! 私の娘は……私を守ってくれるんだ……! 何一つ、父親らしいことなどすることができなかった私を父親のように慕ってくれるんだ……! 私だけで十分だ……! 子に罪を背負わせるほど無能な大人は存在しない……!」

 

 スカリエッティは涙ながらに男の肩に両手を置き訴える。

 

「不躾な願いだということはわかっている……! それでも、それでも聞いてほしい……! 私がいなくなった後……どうか──私の娘たちを女の子として幸せで真っ当

な人生を送らせてくれないだろうか……!」

 

 男はその悲痛な叫びを、魂込めた叫びを聞き──スカリエッティの両手を外し真剣な表情で言い切った。

 

「幸せになる権利は誰にだって存在する。 それが例え戦闘機人であってもだ。 そして俺は──市民の安全と安心を守るのが役目だ。 スカリエッティ、お前も市民だ。 その想い、その叫び、確かに受け取った。 安心しろ、お前の娘たちは俺がなんとかしよう。 この命に代えても貴様の願いは果たす!」

 

 その言葉を受け、スカリエッティは涙を流しながら感謝の言葉を口にする。

 

 そしてそのまま、俊のほうを向く。

 

「ひょっとこ君、キミにも色んな迷惑をかけてきた。 今日だってそうだ、私の我儘で幸せな時間を奪ってしまった……。 ただ、どうしても私はキミにこの言葉を送りたかった」

 

 止めどなく溢れ、乾く気配のない涙を前にしながらスカリエッティが不細工な笑顔で──されど最高の笑顔で俊に言葉を送る。

 

「──遊んでくれてありがとう」

 

 俊はただ必死に唇を噛み締める。 言葉を発しないように皮膚を切り裂いてもなお噛み締める。

 

「キミはやっぱり強い子だ」

 

 そんな俊をみてスカリエッティは笑い、自らの白衣を脱ぎ俊に着せる。

 

 そしてそのまま、歩き去る。 自首するために、娘たちのために茨の道を歩いていく。

 

「まてよスカさん!!」

 そのスカリエッティの背中に俊はある物を投げつけた。 男はそれに驚き、拾ったスカリエッティすら声を失った。 そんな中、俊は指を突き付けながら言い切る。

 

「白衣はむちむちな女性にしか着せないタイプなんだよ。 こんなもん要らないから貰わねえ。 ただ──貸してはもらうぜ? 代わりといっちゃなんだが、それを持って

てくれないか? 大事な物だ。 傷つけるなよ?」

 

 そうして俊は──スカリエッティが持っているひょっとこのお面を指さした。

 

「9月19日に返してもらうぜ?」

 

「ふふっ、あぁ9月19日に返すとするよ」

 

 今度こそスカリエッティは闇へと消えていった。

 

 後に残るは男が二人。

 

 しばし無言の空気が漂った後、男が俊に声をかける。

 

「ゲームオーバーだ、ひょっとこ。 スカリエッティは俺とお前の選んだ道とは違う、第三の道を自ら選んだ。 こうなると俺たちに出来ることはなにもない。 ただた

だ、月日が過ぎるのも待つだけだ。 ひょっとこ、悔しいのはわかるが──現実はゲームじゃない。 お前もそろそろ分かれ」

 

「おっさん、現実はゲームだ」

 

「あ?」

 

「女がいて男がいて、ご都合主義が起こり、理不尽なことが起きる。 人が死に人が生まれ、泣き、笑い、怒り、悲しむ。 現実はとっても高度なゲームだ。 一人一人が主役なんだ」

 

「はっ、だからなんだ? それで何ができる? お前に何ができる?」

 

「理想を騙し、現実に叩き落とすことができるさ。 おっさん、俺は間違ってた。 攻略できなくて当たり前だったんだよ、このゲームは」

 

 カードが全て出揃ってなかったからだ。

 

 俊は自信満々に言い切る。

 

「おっさん、いまなら特等席で俺の舞台をみせてやるぜ? どうだ、この勝負乗らねえか?」

 

「……お前の目的がなんなのか分かるまでは乗らねえ。 目的はなんだ」

 

 目を細める男に、俊はチッチッチと指を振り──月をバックに宣言する。

 

道化師(ピエロ)が求めるのは──いつだって最高の笑顔だろ?」

 

 俊はピエロの仮面を被り、男はタバコに火をつける。

 

 そして交わすハイタッチ。

 

 今宵──道化師(ピエロ)の舞台は幕を開けた

 

 




無印もうすぐ終わります


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86.曲芸1

 帰省から──高町家からミッドの家に帰ってきた俺は、一日置いておっさんの所へ足を運んだ。 家にはなのはとフェイト、そしてヴィヴィオとガーくんがいるので下手な会話をしようものなら一瞬で勘付かれるからである。 とくになのは。 あいつに知られたらなんとも大変なことになる。

 

 現在は交番の奥でおっさんと顔を向かい合わせて──二人とも舌うちをしていた。

 

「おっさん、お前もうちょっと権限強くならないのか?」

 

「ならねえよ。 レジアス中将は地上のトップだぞ? 早々会えねえ」

 

「といっても、俺は一般市民だから会うことは厳しいしなー……」

 

 おっさんの権限を過大評価していた。 この雑魚め。

 

「ま、しょうがない。 予定よりかなり早いが、あいつに協力してもらおう」

 

「あいつ?」

 

「はぁ……。 しょうがないおつむが可哀相なおっさんのためにも分かりやすく教えてやる。 ──局内で一つだけ、異質な部隊があるだろ?」

 

 そう言うと、おっさんは得心がいったように掌をぽんと叩いた。

 

「もともと、俺とおっさんだけで出来るとは思ってないさ。 これでも、出来ることと出来ないことの区別はついてるつもりだしな。 だが俺やおっさんと違って、はやては……色々と厳しいかもしれない。 もしバレたら出世の道は絶たれるだろう。 だから無理強いはしないつもりだ。 明日直接会って話してみる」

 

「まぁそれがいいな。 ところでだ、ひょっとこ。 お前は具体的に何をしようとしているんだ?」

 

 俺が立ち上がり帰ろうとすると、おっさんがそう聞いてきた。 そういえば、具体的な案はまだ話してなかったなぁ。

 

「それは全員が揃ってから話すよ。 準備で時間はかけられないし、早くても明後日には必要な人物を集めるつもりだ。 それが出来てから、今回のことを話すよ」

 

 おっさんにそう言い残して交番を去る。

 

 まずははやてに電話だな。

 

            ☆

 

 翌日

 

「フェイトさん、ここの問題なんですけどヒントを教えてくれませんか?」

 

「うんいいよ。 えーっと……、ここはまずこれを考えてからこっちを解いていくの。 そうすると、ほら? できたでしょ?」

 

「なるほど! ありがとうございますフェイトさん!」

 

「ふふっ、試験頑張ってね! そのために私も出来る限りのことはするから」

 

 珍しくティアが真面目に何かを解いているとおもたら、フェイトちゃんに問題をみせていた。 ティアも熱心に何かをできたんやなぁ。 いや、なのはちゃんのことなら一生懸命なんやけど……。

 

「はやて、これ地上本部のレジアス中将から。 なんでも視察に来るとの旨だけど……どうする?」

 

「アイドル部隊視察してなんになるっていうんや……。 まぁええけどな」

 

「でもよー、レジアス中将ってかなり悪い噂を聞いてるぜ? 六課のリーダーははやてなんだし……何か言われるかもしれない」

 

「大丈夫やってヴィータ。 そもそも管理局内は六課のことを戦闘力としていれてへんし、いくらなんでもいわれへんやろ」

 

「だといいけどなぁ……。 まぁ、わかった。 返事出しとくよ」

 

「ありがとな、ヴィータ。 と、ところで……俊はみいへんかった?」

 

「あ? いや、見てないけど。 なにか用事でもあるのか?」

 

「ちょっとゲームのことにかんして、俊がどうしてもわたしに聞きたいらしくて」

 

 ちらりと時計を見る。 既に昼食は済んでおり、他の面々は細々とした書類仕事の最中や。 ティアだけがなにやら違うことやっとるみたいやけど……フェイトちゃんが監修・監督しとるから大丈夫やろ。 それよりも昨日の俊の電話、どういう意味なんやろ?

 

 昨日、深夜自室でゲームをしてると携帯のバイブが鳴りだした。 ディスプレイに表示されていた名前は俊。 こんな時間にどんな用なんか、それを知りたくて電話を耳に当てると俊は一言、

 

『大事な要件があるんだ。 明日会って話したい。 時間を作ってくれないかな?』

 

 そう言って、わたしの返事を聞くとそのまま切ってしもうた。 もうちょっと話したかったんやけど、まぁそこはおいといて──

 

「俊もついに食べられる覚悟ができたんかな?」

 

 だとしたら、一日中犯して──

 

 そこまで考えて、携帯が振動していることに気が付いた。 どうやら休憩室でまっとるみたいや。

 

 あ、録音機もってこ。

 

            ☆

 

 わたしが休憩室にくると俊は簡易個室部屋で私のことをまっていた。 周囲に誰もいないことを目で確認し、手招きして呼び寄せる。 それにつられて個室にはいる。

 

「俊ってやっぱ大胆やな……。 でもな、ここだと声を上げることができへんで? それに動くと聞こえて──」

 

 そこまでいって、口を閉ざす。 わたしの目の先、俊はいつにもまして真剣な目をしていた。 闇の書事件でみた、あの目をしていた。

 

 あの目をよく知っている。 わたしたち隊長陣はよく知っている。

 

 あれは──俊が一つのことをやり遂げると決めたときの目。

 

 そんな目をした俊が、わたしの両肩に手を置く。

 

「はやて。 これからいうことは、お前にとって──お前の今後の人生において、かなり不利なことになる話だ。 だから無理強いはしないし、強制もしない。 色よい返事をもらえるまで付き纏ったりもしない。 ただ──これでもし、お前が俺にとっての嬉しい答えを出してくれて、そのせいでお前の局員として人生が閉ざされたら──俺が全ての責任を取る」

 

 ……録音しておいて正解やった。

 

 素直にそう思った。

 

「それでだ、はやて──」

 

「ええよ」

 

「祭りの日にな──え?」

 

「だからええよ。 協力してあげるっていってんねん。 責任取ってくれるんやろ?」

 

「あ、あぁ……責任取るけどさ」

 

「んじゃ、それでええよ」

 わたしの言葉を聞いて、俊はぽかんとした顔をしている。 あぁ……こういう唖然とした顔も捨てがたいわなぁ。

 

「いやでも、……まぁいいか。 まずは必要な人物集めが先だ。 はやて、ありがとう。 お前のこれからの人生、俺が責任を持つよ」

 

 俊はそういって、いそいそと個室を出て携帯電話で誰かと話しながら帰って行った。 ほんとうに……わたしと会話するためだけにわざわざ六課にきたんやな。

 

「あんな真剣な顔みるの、いつぶりやろうな」

 

 ついバインドで縛りそこなったけど、あんな顔されたら犯すに犯せへんやんか。

 まぁええか。 これから俊には責任を取ってもらうんやし。

 

            ☆

 

 聖王教会にあるカリムの自室には二人の男性と一人の女性が座っていた。 そして女性の傍らには、メイドのように控えている女性が立っていた。

 

 男の一人は上矢俊、そしてもう一人の男はクロノ・ハラオウン。 クロノの横で座っている女性は、此処聖王教会のトップに君臨するカリム・グラシア。 傍らに控え

ているのはシャッハ・ヌエラである。

 

 俊は三人と向かい合う形で座りながら口を開く。

 

「まず先にお礼をいわせてくれ。 クロノ、カリムさん、忙しい中時間を作ってくれてありがとうございます」

 

 丁寧にお辞儀をする俊をみて、三人を石にでもなったかのように固まった。 しかし、クロノだけはいち早く俊のその行動に合点がいったようで、いつもの表情に戻り

大人しく俊の言葉をまった。

 

「普段なら世間話でもしたいのだが、何分急を要する事態なんでな。 あまり話すことはできそうもない。 だから手短に話す。 よく聞いてくれ」

 

 そして自分がスカリエッティから祭りの日に聞いたことを分かる範囲で省きながら話していく。 最高評議会のこと、レジアス・ゲイズのこと、そしてスカリエッティが自首することを。

 

 それに黙って耳を傾ける三人。

 

「タイムリミットは9月19日までだ。 いまは一分一秒でも時間が惜しい。 単刀直入に言おう。 クロノ、カリムさん。 俺には二人の地位と人脈が必要だ。 手伝ってく

れないか?」

 

 その言葉を受けて、クロノは溜息を吐く。 俊のほうをみて、指で手を出すように合図する。

 

 不思議がりながらも手を前に出す俊。 そこにクロノは勢いよく自分の手を叩きつけた。

 

 痛がる俊をよそに、クロノはきっぱりと言い切る。

 

「はやてよりも先に僕を頼れ。 俊、僕はお前の仕出かすことにいつも頭を抱えてきた。 既に僕の中では俊=諸悪の根源といってもいいくらいだ。 だけど──それと同じくらい評価もしている。 とくに、その覚悟を決めたときの顔は応援したくなるほどだ。 本局のことにかんしては任せてもらおう。 僕と騎士カリムでどうにかする。

俊は好きなように指示をだせばいい」

 

「……悪いな、クロノ」

 

「そのかわり、失敗したら僕がお前の首を飛ばす。 おそらく、俊がやろうとする行動はそれくらいのリスクが伴うぞ」

 

 真剣な表情で、真剣な顔つきで、俊に確認を取るクロノ。 そしてまた、俊も真剣な表情で口にする。

 

「悪いが死に場所は決めてるんでね。 それに──勝てる勝負しかしない性質なんだ」

 

 その言葉に、クロノは満足そうに頷いた。

 

           ☆

 

「あー、きっつ。 バイクのガソリンも給油しないといけないし、やることがありすぎてまいっちゃうぜ」

 

「ははっ、あの俊からそんな言葉を聞けるとは思ってみなかったよ。 はい、麦茶」

 

「おーサンキュ」

 

 場所は無限書庫のとある一角。 そこで俊とユーノは立ち話に興じる。 傍から見たらただの雑談をしているようにしか見えないのだが、間近でその内容を聞いたら驚

くものであろう。 何故なら、管理局の最重要ともいえる場所と存在を話しているのだから。

 

 俊が聞いたことを洗いざらい話すと、ユーノは顎に手を置いて喋り出した。

 

「なるほど。 つまり僕の力が必要だということだね?」

 

「理解が早くて助かるよ。 俺が欲しいものは此処にしかなくてさ。 どうしてもお前にも手伝ってほしいんだ」

 

 両手を合わせて軽く拝む俊。 先程のクロノやカリムよりもかなり軽い印象を覚えるがそれもそのはず、俊は目の前にいるユーノから放たれる返事を知っているからで

ある。 だからこれも一応の形式上だ。

 

「いいよ。 他ならぬ俊の頼みだしね。 なんせ、僕と俊はともに抱き合って同じ布団で寝た仲だもん」

 

「9歳の頃の話だろ」

 

「ところで俊。 このネコミミをつけてみないかな?」

 

「つけねえよ。 なんでお前は両方いけるケモナーになってしまったんだ」

 

「仕込んだのは俊のくせに……」

 

「気持ち悪い声をだすな!?」

 

 他の奴らに誤解されるだろ! そういって迫るユーノに蹴りをいれ俊は無限書庫を後にする──直前、後ろからユーノに声をかけられた。

 

「俊、後ろは任せて。 だから前は頼んだよ」

 

「ん。 まぁ任せろ。 お前こそちんたら探してたら老若男女男女平等顔面パンチ喰らわせるからな」

 

「だったら俊がヘマしたらなのはに俊が浮気してるって言いつけるさ。 9歳の頃から才能があったなのはなら俊は一生部屋から出られなくなると思うな。 アレは傍からみたら軟禁みたいなものだったし。 9歳の時点で軟禁とは恐れ多いよ」

 

「なのはと一緒にいることができるなら監禁されたいくらいだぜ。 ただし、この件が終わった後だけどな。 んじゃ、明日電話するから」

 

 ひらひらと手を振りながら後ろを振り向くことなく俊は無限書庫を今度こそ去って行った。

 

               ☆

 

 俊が無限書庫や聖王教会、そして六課を回った翌日。 ミッドのとある交番の奥には普通ならばありえない人物たちが座っていた。 六課のリーダーである八神はやて、無限書庫の司書長であるユーノ・スクライア、提督の地位をもつクロノ・ハラオウン、そして時空管理局とも深いつながりとパイプをもっている聖王教会のリーダー、カリム・グラシアである。 その四人と男をみながら俊は喋る。

 

「まずはじめに、これから俺がやることについて話そうと思う。 勿論、皆は話を聞いて納得いかなければこの場を去ってくれて構わない。 では前置きはこれくらいして話そうか」

 

 一度区切り、俊は真剣な雰囲気で凛と言葉を放った。

 

「やるべきことはシンプルで簡単だ。 たった二つしかない。 陸と海の関係修復及び最高評議会を中心とした継承式。 これが俺のシナリオだ」

 

 5人とも、俊の言葉に口を挟まない。

 

「いいか、よく考えてみろ。 時空管理局を設立した偉大な先人たちは内部でいがみ合ったり、邪魔をしたりすることを望んでいると思うか? 同じ目標を目指す者同士、どうしてそんなつまらないことをする必要があるんだ。 効率が悪いにもほどがある。 そして次に最高評議会だ。 その肉体が朽ちてなお、現世に留まり続ける先人たちについてだ。 俺はこの者たちを楽にしてあげたい。 心配なんだよ、最高評議会は、愚直なまでに世界のことが心配なんだ。 そんな人達が内部でいがみ合ったりする奴らに世界を任せると思うか? 断言する。 絶対にありえない。 しかしながら、ではどうすればいいのか? 簡単だ。 管理局内にいる全員を同じベクトルにもっていけばいいだけの話だ。 違法合法問わず、局内にいる者全てをだ。 最高評議会を縛り付けているのは俺たちだ。 期待に応えることができてないのは俺たちだ。 たった一度でいい。 管理局を纏め上げ、最高評議会からタスキを奪う。 突き付けるんだ、証明するんだ。 俺たちは大丈夫だと、後は任せてくれと。 いままで管理局のために、平和のために頑張ってきた偉大で敬愛する先人の後を俺たちが継ぐんだよ。 途方もない時間を過ごしてきたことだろう、幾千の案を浮かべそれを実行してきたことだろう。 もしかしたら狂っているかもしれない。 いや、きっと狂っている。 狂わない存在なんていないのだから。 もう潮時なんだよ、もう限界なんだよ。 脳に未来を歩ける足はついてない。 未来を歩くのは俺たちだ!」

 

 力強く拳を机に叩きつける。

 誰も何も言わず、沈黙だけが空間を支配した。 俊はそれを肯定と受け取り、告げる。

 

「この世にできないことは存在しない。 攻略するぞ、管理局」

 

 全員が頷いた瞬間だった。

 




ラストにむけて走ります。


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87.曲芸2

「しかし俊。 お前のやることはわかったが、具体的になにをすればいいのだ?」

 

「ん。 それをいまから言っていくよ。 まずお前らを選んだのには色々と理由がある。 管理局内のアイドル部隊である六課のリーダーはやて。 お前にはかなり面倒な仕事してもらうことになるが大丈夫か?」

 

「ええよ。 ところで俊。 わたし最高評議会のこととか初めて知ったで」

 

「昨日お前が聞かなかったからだろ……!」

 

 ぽけっとした顔を浮かべて首を傾げるはやてに俊はわなわなと拳を震わせながら答える。 他の面々は苦笑する。 ちなみに、いまの俊ははやてとユーノという見方を

変えれば危ない二人が両隣に座っていることにもなる。 ユーノのほうはまだ自分で抑えることができるが、はやてが抑えられるか不安である。

 

「ま、まぁいいや。 それでだ。 皆には役割分担を綺麗に分けてもらう。 まずクロノ、お前は本局のことを頼むことになるが大丈夫か?」

 

「言ったはずだ。 お前は好きなように指示を出せと」

 

「頼りになるよ。 そしてカリムさん。 カリムさんには聖王教会の権限を遺憾なく発揮してもらうことになりそうですが、大丈夫でしょうか?」

 

「えぇ、大丈夫ですよ。 あなたの考え方、とても面白いと思いますし個人的にも手伝いたいと増々思いました」

 

「ありがとうございます。 それでは、クロノとカリムさん。 この二人に本局のことはお任せします。 次にユーノ。 お前には管理局設立から今までの歴史、事件、全ての情報を調べてもらう。 いけるか?」

 

 俊の疑問にユーノは力強く答える。

 

「言ったでしょ? 後ろは任せてってさ。 時間はかなりもらうと思うけど、それでいい?」

 

「問題ない」

 

「ちょっと待て俊。 何故そのデータが必要なんだ?」

 

 

 ユーノと俊の会話にクロノが割り込んでくる。 俊はユーノに向けていた視線をクロノに向け、

 

「知ることは大事なことだよ。 それに──半端な知識と半端な覚悟で俺は最高評議会を送ろうなんて思ってないさ。 そんなことしたら、先人たちに失礼だろ?」

 

 ふんわりとクロノに向けて笑う俊。 クロノは俊のその笑みを受けて肩をすくめる。

 

「……変わらないな、そういう姿勢だけわ」

 

「生き方は変えれるけど、生き様までは変えれないさ」

 

 互いにニヤリと笑い合い、俊はそのまま話を続ける。

 

「おっさん、お前はなにもしなくていいぞ。 むしろするな」

 

「ここまできて戦力外通告はこたえるぞ、ひょっとこ」

 

 バツの悪そうな顔でひょっとこのほうをみる男。 そんな男の顔をみて、俊は慌てて言い繕う。

 

「あー、俺の言い方が悪かった。 おっさんにはどうしても活躍してもらう所があるんだよ。 権力的には雑魚のおっさんだが戦力的には申し分ない。 お前にはナカジマ夫妻とともに暴れてもらわないと困るんでな」

 

「……ほぉ。 それなら俺と同じくらいの適任がいる。 そいつも呼んでおこう」

 

「それはありがたい。 まぁ、その前にクロノとカリムさんが頑張らないといけないんだけどな」

 

 その言葉にクロノとカリムは親指を立てることで大丈夫だと示す。 それに頷く俊。

 

 と、ここで全員の話を聞いていたはやてが俊の袖を引っ張った。

「なー俊。 わたしはなにすればええの?」

 

「ん。 はやてには地上本部のレジアス・ゲイズとの会談を取り付けてもらう。 それとナカジマ夫妻ともだ。 ナカジマ夫妻のほうは今回の案を話して、是非とも協力の体勢にもっていってもらいたい。 レジアス・ゲイズのほうは俺が行く」

 

「レジアス中将なら……確かもうすぐ視察にくるらしいで。 六課のほうに」

 

「マジで!?」

 

「うん。 ヴィータから聞いたから間違いないはずや」

 

 はやての言葉に指を鳴らして喜ぶ俊。

 

「丁度いい。 その視察の日、俺も六課に行くよ。 軽くご挨拶でもしとかないとな。 俺の友達の友人みたいだし」

 

「友達?」

 

「ああ、友達だ。 さて、こんなもんかな」

 

 ふぅ……そう一息ついて俊は皆に頼み込んだ。

 

「俺が局員ならよかったんだけどな。 悪いみんな、迷惑かける」

 

 そう言って手を合わせた俊に、全員ともこういった。

 

『おやすい御用だ』

 

「最後は任せたぞ、俊」

 

「おやすい御用だ」

 

 クロノの言葉に俊もそう答えるのだった。

 

           ☆

 

「ところでさ、俺はあまりレジアス・ゲイズのことを知らないわけだが管理局ではどういった風に捉えられているんだ?」

 

 最高評議会のことを調べる手前、レジアス・ゲイズを調べないわけにもいかないだろう。 そう思い、この場にいる全員に聞いてみたのだが──

 

「地上本部の実質的なトップであると同時に、過激武闘派だな。 しかしながら、その身一つでトップに上り詰めた強さとそこで得た人望は相当なものだ。 もし俊がレジアス中将を相手取るつもりならば、こう考えたほうがいいだろう。 お前は地上部隊すべてを敵に回すこととなる」

 

「成程ねぇ。 他には?」

 

「聖王教会や私のレアスキルのことを嫌ってるようでありますね。 あまりいい印象をもってもらえてないようです。 それに口の悪さも一級品です」

 

「……カリムさんがそこまでいう人物か。 他に──」

 

 他になにかあるか? そう言いかけたとき、後ろから男の声が聞こえてきた。

 

「レジアス・ゲイズ、私の友人だ。 上矢俊君」

 

 その声に振り向くと、おっさんよりも若干高い身長の男が立っていた。 図体もでかい、大柄の男だ。

 

「えっと……」

 

「俺の名前はゼスト・グランガイツ。 こいつに事情を聞いてね。 協力させてくれないかな、上矢君。 レジアスを止めたいんだ。 友人として、止めないといけないんだ」

 

 隣にいるおっさんを指さしながら真剣な表情で俺のほうをみるゼストさん。 あぁ……この目、俺と同じような目をしてるな。

 

 友達想いのいい人だ。

 

 一歩前に出て手を差し出す。

 

「こちらこそお願いします、ゼストさん」

 

 互いに握手する俺とゼストさん。 俺はそのままゼストさんを自分の座っていた席に座らせる。 俺は立ってればいいし。

 

「ところで俊。 レジアス中将のことだが、俊はどのように思っているんだ? あくまで僕たちは局員としての立場でいったが、市民である俊はどう思ってるんだ?」

 

「俺? そうだなー……そのレジアス中将にまつわる黒い噂ってさどういうのかわかるか? ゼストさんはわかりますか?」

 

 俺が聞くと、ゼストさんはゆっくりと息を吐いて天井を見上げた。

 

「レジアスを擁護するわけではない──が、あいつとて何も最初から違法に手を染めようとしていたわけではない。 ただ、世界から現実を突き付けられただけなのだ。 一向に止まない犯罪、うみに取られる戦力、それでも守りたい地上。 昔はまだよかった。 しかし年を経るにつれてレジアスはだんだんと犯罪に加担していった。 レジアスはただ守りたいだけなのだ、地上を。 どうしてこうなってしまったんだろうな……」

 

 ゼストさんは悲しそうにつぶやいた。 友が犯罪に手を染めているんだ。 そうなって当たり前か……。

 

「地上を守るために犯罪に手を染める、ねぇ。 確か戦力は陸よりもうみが圧倒的で、質も違うんだよな。 あげくに戦力が上がらないんじゃそう考えるのもわかる気がするな」

 

「ひょっとこ……」

 

「たださ、どうも思うんだよね。 市民目線の俺は、レジアス中将のことを嫌いになれないらしい。 一生懸命地上のことを考えて、それで犯罪に手を染める。 きっと辛いことだと思うぜ。 もしそれで、そのことによって、地上に危機が及んだとき──きっとあの人は後悔し自殺するかもしれないな。 俺は素直に“市民の平和を守ってくれてありがとう” そう思う」

 

 まったく……もっと信用してもいいんじゃないかな? 自分の部隊をさ。

 

「戦力は一日では増量しないし強大にはならない。 けど、確認することは一日で出来る。 レジアス中将の六課視察が終わり次第、皆には働いてもらうぜ」

 

 ぱんと手を叩き、解散を促す。 さて、ヴィヴィオと楽しい楽しい六課見学といくとするか。

 

 

 交番から外へ出ると長いこと話していたせいか、既に太陽は沈みかけていた。 さっさと帰らないとなのはとフェイトに怒られてしまい、ヴィヴィオは拗ねてしまう。

 

「なぁ、俊」

 

 バイクに跨り帰る寸前、はやてが声をかけてきた。

 

              ☆

 

 はぁ……きょうはレジアス中将が視察しにくるんやけど……ほんまに大丈夫なんかな?

 

「はやて、顔がニヤけてるぞ? なんかいいことでもあったのか?」

 

「んー、やっぱりバレてしもた? なぁ、ヴィータ。 やっぱ俊はカッコええな」

 

「……あいつのカッコよさなら10年前から知ってるよ」

 

「そうなんやけどな。 ただ──やっぱ俊はかわっとらんかったよ」

 

 あのとき話してよくわかったことや。

 

             ☆

 

「なぁ俊。 一つ聞いてええか?」

 

「んあ? どうした? 視察で作戦の難易度が変わるんだから頼むぜ?」

 

「まぁそこはええねんけど……。 なんで──俊はそこまでやろうとおもったん? 最高評議会とか管理局のこととか、俊には全く関係あらへんやん。 なんでこんなことやろうとおもったん?」

 

 はやては純粋にそう思った。 はやてはずっと疑問を抱いていた。 何故この幼馴染は──いきなりこんなことを言い出したんだろうと。 最高評議会のことも、レジアス中将のことも俊が率先してやろうとは思わない。 八神はやては知っている。 上矢俊が“とっても優しく誰でも助ける青年”ではないことを。 自分に甘く、身内に甘く──ただそれだけの男であることを知っている。

 

「なんでこんなことやろうとおもったん? 決意はわかった、動機もなんとなくわかった。 けど、それ以外のことはまったく理解できへんねん。 あんた、そんなに赤の他人に優しくないやろ? 他人には平気で暴言吐ける男やろ?」

 

 バイクに跨っていた俊が頭を掻く。

 

「一度くらい──主人公になりたいじゃん?」

 

 そういって俊は笑いながら身に着けていた白衣を翻し、バイクに跨って家に帰った。

 

           ☆

 

 まったく……またわたしに隠し事をして、ただですむと思ったら大間違いやで?

 

 ただ──言葉とその姿勢だけは真剣で本気やった。

 

「あー、わけわからんくなってきてもうた……」

 

 頭がぐるぐる回転する。 もう考えるのはやめや。

 

 それに、なんだか俊を見てると自分のことだけ考えていた自分がはずかしゅうなってきたのもたしかや。

 

「わたしも今回ばかりは頑張るとしよか」

 

 そのためには──まず午後のレジアス中将の視察を必ず成功させて次につなげることが、わたしの使命や。

 

 六課の面々が集まっている部屋の扉を開ける。 昨日のうちに皆には視察のことを話しておいた。 今日くらいは──本気をみせてくれるはずや。

 

『あ、なのはさん! わたしのレアアイテムいま取りましたね!?』

 

『ふっふっふ、これも教導だよスバル。 って、あーーー!? フェイトちゃんそれわたしのケーキ!?』

 

『あ、ごめん。 てっきりティアのだから食べていいかなと』

 

『私のだったら食べていいなんて法則ないですよ!?』

 

「……はやて、頑張れ」

 

「……がんばるんや、はやて……! ここで負けたらあかん……!」

 

 ごめんな……俊。 この視察、かなり危ない賭けかもしれへん……。



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88.曲芸3

 機動六課のとある一室にて、八神はやては呆れ100%の顔で自分のデスクいっぱいに広がったゲーム機をみていた。 そして隣のもう一つのデスクにはポッキーやカルピス、クラッカーやビスコ、ポテトチップスにかっぱえびえんといったガールズトークに鉄板の食糧が所せましと置かれていた。 はやてはその中の一つ、──携帯型ゲーム機を手に取って持ち主に見せつけながら問う。

 

「なのはちゃん。 これはなんなん?」

 

「え? はやてちゃんPSPもわからないの? おっくれってるー!」

 

 指を突き付けながらはやてに笑顔を向けるなのは。 これでも空に愛され、誰もが憧れるエースオブエースである。 管理局内では『なのは教』まで作られるほどの影響力の持ち主だから困る。 ちなみにティアナもこれに所属していたりする。

 

 そんななのはに顔をひくつかせながらもはやては一人、ぐっと我慢する。

 

「(落ち着くんや、八神はやて。 あんただってそっち側の人間やろ? いま限定なんや、ここは我慢せんと、あいつの戦略が水の泡になるかもしれへんし……。 ここは我慢や……!)」

 

 表面上はなんとか笑顔を作ろうと努力するはやて。 しかし、そんなはやてにフェイトが追い打ちをかける。

 

「そんなこと言ったらダメだよなのは。 はやてはほら……脳内が結構偏ってそうだし、性の方向に」

 

 はやてのほうをチラチラとみながらそう小声で言うフェイトに、はやては体をわなわなと震わせ、頬には怒りマークを発生させる。

 

「(なのはちゃんとフェイトちゃんにだけは言われたくない……! 二人だってかわらんやんか! 二人が百合カップルになってくれれば、わたしは心置きなくいちゃいちゃできるのに……! もうええやん、局内殿堂入り百合カップルなんやしええやん! これで俊の存在が知られたらあいつ殺されかねんで!)」

 

 時空管理局 理想の百合カップル 殿堂入り

 

 高町なのは&フェイト・T・ハラオウン (10年間無敗)

 

 いったい管理局はどこに向かっているのだろうか。

 

 はやては盛大にため息をつき、次いでなのはとフェイト、後ろに控えている面々を睨みながら時計を指さす。

 

「みんな、もうすぐ地上本部のトップであるレジアス中将が六課の視察にくるんやけど……それは伝えてあったから理解できとるか?」

 

 全員がうなづく。

 

「それでいまのいままで遊んでおったと……」

 

「でもはやてちゃん。 視察だから皆で一室に引きこもってたほうがよくない?」

 

「いいわけあるか! 視察に来るいうとるやろ! この視察で六課に何か問題があると判断されたら……」

 

『判断されたら……?』

 

 はやての意味深な言葉に思わずなのは達は聞き返す。 はやては全員を一度見回して──非常に残酷な現実を突き付けた。

 

「六課は解散ということになるで」

 

『本気だします!』

 

 はやての言葉を受けて全員が握りこぶしを作りながら室内が震えるほどの声量でそう言ってのけた。 ちなみに、ヴィータは一人外側で額に手を置き、やれやれと頭を振っていた。 どうやらヴィータにはこれから自分が苦労する未来が見えたようだ。

 

 はやては全員のやる気に頷きながら、一人一人に指を突き付けながら、演説のように喋る。

 

「ええか。 今回の視察でわたし達、六課の存続が決まってくるんや! 心してかかるんやで! とくに、教導は重要や! むしろこれが本命といっても過言ではあらへん。 なのはちゃん、頼むで?」

 

「オッケー。 大丈夫だよ、はやてちゃん」

 

「ところでなのはちゃん、昨日の教導はなにしたん?」

 

「ドッチボール」

 

「せめて魔法使ってくれへんかなあ!?」

 

 開始早々ぶっぱなしてくる高町教導官にはやては早くも冷や汗がだらだらである。 今回の視察、一重になのはの教導姿にかかっているといっても過言ではないのだ。 レジアス中将も事前に教導についてしっかり見るとのお達しがあったのではやてもそれを前提に行動したいわけだが──

 

「……えっとな、なのはちゃん。 一応、“魔法少女”やから魔法使ってくれへんかな? これじゃただの小学校のお昼休みみたいな感じやし」

 

「でもでも、魔力弾ありのドッチボールだよ? 四方八方から襲い掛かってくる魔力弾を躱し、ときには相殺して、そんな状況の中でも相手を的確に当てていく。 集中

力と周りを把握する能力が常に求められる結構ハードな教導なんだよ?」

 

「うっ……! 教導のプロであるなのはちゃんがそういうんならそうなんやろうなぁ……。 エースオブエースやし、ここはやっぱりなのはちゃんの教導に任せたほうがええかも──」

 

「魔力弾を部下にブチ当てるとスカッとするよね」

 

「気持ちはわかるけど、お願いだから教導で部下に日頃の恨みを晴らすのはやめてくれへん!? めっちゃ私利私欲のためにドッチボールしてるやん!」

 

 しかしながら、この場にいる全員とも、普段のスバルとティアの言動と行動、そしてそれによってなのはがどれほど苦労しているのかを知っているので新人二人を本気で庇う気になれないのであった。 そして、その他にもスバルとティアを庇う気になれない理由がある。

 

「はやてさん! なのはたんを苛めるのはやめてください!」

 

「そうです! やめてください!」

 

「「私たち二人とも、なのはたんの魔力弾を受けることができてうれしいんです! イくことができるんです!」」

 

「教導はSMプレイするところじゃないわぁあああああああああああああ!!」

 

 

 キれて席を立つはやてを、ヴィータとシグナムで必死に抑える。

 

「落ち着けはやて!? いまはこんなことしてる場合じゃないし、部下の監督をすることができなかったはやての責任でもあるんだ、今日だけでもしっかりとした教導をやればいいだろ!」

 

「そうですよ主はやて! 主はやてのために私もできる限りのことをしますから!」

 

 はぁはぁ……と荒い息を吐きながら、大きく深呼吸をして席に座るはやて。

 

「と、とにかく……きょうはなのはちゃんちゃんとした教導頼むで。 スバルとティアとなのはちゃんと、シグナムもいこか。 その四人で教導を、後の面々は雑務を。

ヴィータはわたしとレジアス中将の案内を。 ええか、みんな? 六課でゆっくりしたいのなら、今日は本気を出すんやで?」

 

『はーい!』

 

 元気よく手を挙げる面々に、一抹どころじゃない不安を覚えるはやてであった。

 

 そんなはやての不安など、時間と現実は心配するはずもなく時計の針はレジアス中将が来る時間帯を指す。 はやては外からの連絡を受けて、ヴィータと二人、レジアス中将の元へと向かった。

 

 地上本部トップであるレジアス中将は厳しい目を向け、横にいる女性はそんなレジアスに何かを耳打ちしていた。 はやてはレジアス中将に歩み寄り、握手を求めて手を差し出す。

 

「本日はご足労ありがとうございます。 機動六課部隊長、八神はやてです。 こちらが、六課の教導から事務処理まですべてをこなすヴィータ副隊長です。 本日はこの二人で案内することになります」

 

「こんな小さな子供が副隊長とは……流石“アイドル部隊”だな」

 

 にこやかな笑みを浮かべるはやてとは対照的に、レジアスはヴィータを横目でみてわざと聞こえるように言いながら握手を返した。 はやては頬がヒクつく感覚を覚えながらも、愛想笑いを浮かべる。 はやてとの握手が終わると、今度はヴィータが一歩前に詰め寄り握手を求める。

 

「スターズの副隊長、ヴィータです。 お言葉ですがレジアス中将、外見だけで判断するのは如何なものかと思います。 あたしの友人の言葉を借りるのであれば 『三流がよくすること。 それかずっこんばっこんのことしか頭に入ってない奴がする』 とのことでした。 といっても、その友人は美少女がたくさん出てくるゲームを必死にやりながらでしたのであまり説得力はありませんが。 しかし地上本部のトップが外見でどうこういうとは思ってもいなかったですね」

 

「ふん。 その友人というのも大したことないだろうな。 言葉の端々から負け犬臭が漂っている」

 

「確かに負け犬かもしれませんね。 ただ、法則すら噛み砕く負け犬ですので注意しておいたほうがいいですよ」

 

 両者、握った手に力を込めながら話す。 ぴりぴりとした空気が辺りを包み込む──が、そんな空気もはやての声で消し去ることとなった。

 

「さ、さぁ! レジアス中将もヴィータもそんな握手ばっかりしとらんで、そろそろ視察のほうにいこや!」

 

 ヴィータの背中を押して、レジアス中将と横にいる女性を六課の面々がいる仕事場へと案内する。 既にはやては心の中でとある男にヘルプを送っているのだが、勿論届くことはないだろう。 そんな中、四人はメンバーが事務仕事をしている場所にたどり着く。 先ほどまでゲームをしていた場所だ。

 

 はやてが初めに部屋へ入り、二人を誘導する。 そこで二人がみた光景は──

 

「ねぇシャマル!? ここに置いていた書類知らない!? 執務官の仕事で使うものなんだけど──」

 

「それならシュレッダーにかけましたよ?」

 

「なんでかけちゃったの!?」

 

「ねぇエリオくん? この書類ってどう書けばいいかわかる?」

 

「えっと……あれ? これはどう書くんだっけ……。 確かこう書いて……」

 

「それ本当にあってるの?」

 

「うっ……。 ごめん、わかんない……」

 

「終わった……。 あの書類の中に重要な案件が入ってたのに……。 いまから取り寄せても遅すぎるし……」

 

「えっと……ノリで再生させてきますね!」

 

 自分のデスクに置いていた書類をシャマルにシュレッダーにかけられ落ち込むフェイト。 そんなフェイトを見て、なんとか書類の再生を試みるシャマル。 その近くでは、子供組であるエリオとキャロが少し特殊な書類の書き方で戸惑っていた。 まるで新学期を迎えたはいいが、用意もなにもしてなくて朝になって慌てる女の子の部屋のようである。

 

 部屋の光景を見て、はやてはチラリとレジアスのほうを見る。

 

「…………」

 

 レジアスの顔がとても険しくなっていた。

 

 いつものだらだら六課と比較すれば、素直に賞賛をはやては送りたいのだが……そもそも視察に来るほど六課のことを快く思ってないレジアスが相手となるとこの光景も叩くには十分なのかもしれない。

 

「ふんっ。 書類管理ができてない執務官に、書類をまともに書けない子供。 まぁ……所詮この程度のレベルか」

 

 そう呟いたレジアスの言葉に、はやては心の中で罵倒で返した。

 

 フェイトやシャマルが騒ぐ中──この人物だけは落ち着き払って行動を起こした。

 

 はやてとレジアスの間を通り抜けると、まずはじめにエリオとキャロのデスクに近づき

 

「この書類の書き方はちょっと特殊だからな、こう書くんだ。 ほら、あたしが練習用として書いたのがあるからそれを見ながら書いていけ」

 

 そう自分のデスクから紙を取出し、二人のそばから離れた。 次にフェイトのほうへと向かって歩き、これまた同じくデスクの上に置いてあった書類を落ち込んでいるフェイトに渡す。

 

「こんなこともあろうかと、一応コピーしてたんだがこれでいけるか? ダメなら取り寄せるしかないけど」

 

「あ、ありがとうヴィータ! 事情さえ説明すればこれでも十分通るよ!」

 

 書類を泣き目で受け取ったフェイト。 それをみて苦笑するヴィータ。 フェイトはヴィータから書類を受け取ると、すぐさま作業に没頭する。 そんなフェイトの姿をみて、今度はシュレッダーで必死に書類を探しているシャマルに声をかける。

 

「シャマル。 ちょっと教導のほうに行っててくれないか? ほら、うちのエースの教導は厳しいからきっと怪我してると思うぜ?」

 

 ヴィータの言葉にふと何かに気づき、そして親指を立てた後シャマルは走って出ていく。

 

 圧巻の一言だった。 先ほどまでの大騒ぎが嘘のように静まり返る室内。 ペンが紙の上を走る音だけが耳に聞こえてくる。

 

 ヴィータは室内をもう一度見回して、はやての元に戻ってくる。

 

「八神隊長。 どうやら事務のほうは大丈夫なようですし、教導のほうに行きませんか?」

 

 そう事務的な声で告げる。 そしてレジアスのほうを向き、

 

「レジアス中将。 此処にいたら仕事の“邪魔”になるかもしれないので教導のほうに行きませんか?」

 

 そう言葉を放った。

 

「ふんっ。 私がいるから仕事ができなくとでもいいたいのか? 随分とメンタルが弱い奴らだな」

 

「生憎、六課は美少女揃いなので怖い顔した男性がいますと全員ともそちらに意識を向けてしまうのです。 幼馴染に飼いならされているペットだと話は別ですが」

 

 なおもヴィータとレジアスは静かに、しかし勢いを増しながら何食わぬ顔で罵り合っていく。 それを傍目に見ながら、はやてはポケットから携帯を取出しとある人物にヘルプを要請した。 メールを出し終え、携帯をポケットに入れなおそうとするはやての肩をとんとんと叩く女性。

 

「いま男性の顔写真が写ってましたが……どういった関係ですか? と、それよりも自己紹介ですよね。 初めまして、オーリス・ゲイズです。 レジアス中将の秘書をやらせていただいてます」

 

 オーリスははやてに丁寧に頭を下げる。 それに答える形で、はやても頭を下げた。

 

「八神はやてです。 えっと……もしかしてレジアス中将の娘さんやろか?」

 

「ええ、娘ですよ」

 

 にこやかに笑うオーリスに、はやてはピンと何かを感じ取った。

 

「(なんやろ……、なんか危ない感じがする人やな~……。 まぁ、ええか) それにしても、ほんとすいません。 ヴィータが突っかかってしもて……、きっとヴィータは六課ではなく自分にレジアス中将の目を向けさせるつもりなんやと思うんやけど……」

 

「いい部下をお持ちですね」

 

「部下やないです。 家族です」

 

「それは失礼しました。 ところで、先ほどの男性ですが」

 

「夫です」

 

 間髪入れずに答えたはやてにオーリスは呆気にとられる。

 

「えっと……アイドル部隊の部隊長に男がいるだけでも騒動ものなのに……夫ですか?」

 

「会ったこともない他人に愛されるより、大好きな一人に愛されたいと思うのは、乙女として普通のことやと思うで?」

 

「……確かにそうですが」

 若干狼狽えるオーリスに首をかしげながらも、はやてはヴィータとレジアスを諌めて教導の場所へ行くこととなった。

 

 そう──問題児たちが跋扈している教導に行くこととなった。

 

 

            ☆

 

『なのはさーん! これ終わったらプリクラ撮りにいきましょうよー!』

 

『いや、だから教導をしないとわたしの給料が……』

 

『えー! 行きましょうよー! お金なら私があげますから! 何万なら行きますか!? ホテルは何万ですか!?』

 

『プリクラ撮りに行くんだよね!? なんでホテル行くことになってるの!?』

 

『というか……なのはさんってプリクラとか撮りに行くんですか?』

 

『……高校のとき、ペットやフェイトちゃんやはやてちゃんとか、アリサちゃん、すずかちゃんとはよく撮りに行ってたかな』

 

『なんだろう……。 なのはさんの制服姿、思わず“無理しちゃダメです”と言いたくなるような……』

 

『おいちょっとまて。 それはどういう意味だ』

 

 八神はやては全身から吹き出す汗が止まらなかった。 ダムが決壊したかのように体の内側から止めどなく流れていく汗と、乾いた笑みと固まった頬を張り付かせながらレジアスをみるはやて。 見て後悔した。 レジアスの表情は険しいを通り越して、無表情で感情すら感じさせない顔をしていた。

 

 あかん……! これはあかん……!

 

 はやては心の中で叫ぶ。 いったい、どこの管理局に教導中にプリクラの話をする部下と上司が存在するのだろうか。

 

 はやてたちが見つめる先、高町教導官は強引に部下を引きはがす。 そこにやってくるもう一人の青髪の部下。

 

『なのはさーん! メリケンサックつけてみました! これで攻撃力が段違いですよ!』

 

『捨ててきなさい』

 

 

『そういえば、シグナムさんとシャマルさんは?』

 

『プレッシャーでトイレに籠ってるよ』

 

 終わった……、この視察で六課は終わったで……。

 

 その場で崩れ落ちるはやて。 しくしくと泣くはやて。 横にいたオーリスは流石にはやての行動におろおろするが、レジアスはそんなことなど微塵も気にせず声をかける。

 

「これが六課の教導とでもいうのだろうか。 とんだ教導だ、バカバカしい」

 

 鼻を鳴らして小馬鹿にするレジアス。 しかし、そのレジアスの言葉にまたもやヴィータが口を出す。

 

「確かに、短期間の教導ならばこういう馴れ合いは愚の骨頂ですが、六課での教導は1年間。 それを考えるのであれば、あの形態はとても良いとあたしは思いますが」

 

「何を言う。 世の中力がすべてだ。 教導ではその力を学ぶ。 こんな教導で、なにを学べるというのだ」

 

「『力しかない者を俺は雑魚と呼んでいる』。 以前、あたしの友人が言っていた言葉ですがね。 どうやら、その友人とレジアス中将は随分と相性が悪いようで。 そしてあたしとも相性が悪いようですね」

 

「小娘との相性などどうでもいい」

 

 吐き捨てるレジアスは、一度教導をチラリとみて、その場を後にしようとする。

 

「もうお帰りになるんですか?」

 

「どうやら、私は思い違いをしていたようでな。 六課に価値はない」

 

 レジアスはそういうと、すたすたと玄関のほうへと歩いていく。 その横を付き従うように歩くオーリス。 後ろを、一応見送る形だけでも……という体で歩くはやて

とヴィータ。 はやては難しい顔をしており、ヴィータは面白くなさそうな顔をしている。 レジアスとオーリスは何か秘密の会話でもするかのように、互いの耳を近づける。

 

「あっ……!」

 

 はやては思わず声をあげた。 はやてより前方から、白衣を着こなし小さな5歳になる女の子と手を繋ぎながら、女の子とアヒルに話しかけている青年を発見したからである。

 

 しかし、レジアスとオーリスはただの職員だろう、そう思って気にかけなかったのだが──

 

「おっと、すいません」

 

「気をつけろ」

 

 青年の肩とレジアスの肩がぶつかり、青年が謝るとレジアスは多少苛立ちながら青年に返す。

 

 そして青年とレジアスが完全に交差する直前、青年は何かを思い出したかのように「そうそう、そこの方」 と、レジアスを呼び止める。

 

 レジアスが振り向く。 振り向いた瞬間、レジアスの眼前には山なりに投げられた自身のサイフが目に映ることとなった。

 

「気を付けたほうがいいですよ、サイフ落ちてましたから」

 そうにこやかな笑みを浮かべた青年は、そのままはやてとヴィータと談笑する。

 

 レジアスはそんな青年を見て、立ち止まった後、何も言わずに先ほどと同じ目的地に向かって足を進めた。

 

「レジアス中将、六課はどうでしたか?」

 

「ふんっ。 もう興味が失せた。 それより、“アレ”はできたのか?」

 

「はい、すでにできております」

 

 レジアスはその答えに満足して、六課を出て行った。

 

            ☆

 

「おいひょっとこ。 もうちょっと嫌味っぽく言えよ。 普段のお前なら、『注意が散漫してますね。 それでも地上本部のトップなんですか?』 とかいうだろ」

 

「だってミッドの生活守ってくれてるの地上部隊だし。 俺は一般市民だから、レジアス中将に嫌味を言う道理がないしな。 まぁ、あまりヴィータちゃんも喧嘩腰にな

っちゃダメだぞ? 同じ管理局の中同士、互いのいいところや凄いところを認め合って一つのことに向かって進んでいけ」

 

「むっ……、それはわかるけどよー。 だってはやてをバカにしてる奴なんだぜ、レジアス中将ってよ」

 

「だからといって、お前が堕ちる必要はないだろ」

 

 ヴィータの頭をぽんぽんと叩いて、次いでよしよしと慰める。 ちなみにヴィータは頬を膨らませて拗ねていた。 よっぽどはやてのこと関係で、レジアス中将のこと

が嫌いみたいだ。 それさえなければ、きっと普通の付き合いができるはずなのだが。 青年はそう思いながら、撫でていく。

 

「それにしてもはやて、お疲れ様。 よく頑張ったな」

 

「うぅ~……、俊……六課はやっぱりダメなんかな? もうちょっとシャキってさせたほうがええかな?」

 

 涙目で聞いてくるはやてを、青年は 「まさか」 そう肩を竦め、はやてをあやしながら自信をもって答えた。

 

「だらだら六課は俺の切り札だ」

 

「さて、これからが大変だな……」そう口にして、甘えるはやてと愚痴を吐くヴィータ、そして遊んで遊んでとせがむ娘とアヒルの相手をしながら、青年は嗤う。

 

 カードを切る音がする。

 



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89.曲芸4

 管理局本部のとある一室にて、クロノ・ハラオウンとカリム・グラシアは直立不動で立っていた。 目の前には年配の男性や初老の男性、半世紀を過ごした女性などが手元の資料をじっとみている姿があった。

 

 ばさり、と初老の男性が資料をデスクの上に置きクロノを見る。

 

「ふむ……、面白い試みではあるが、これはちと無謀ではないかな? クロノ・ハラオウン提督」

 

 クロノの名前を呼んだのは、武装隊栄誉元帥であるラルゴ・キールであった。 左隣には本局統幕議長であるミゼット・クローベル、右隣には法務顧問相談役であるレオーネ・フィルスが座っている。 その三人を囲うように半円卓に上層部の大将クラスが陣取っている。 そしてそれぞれの手元には──

 

「『海VS陸 非殺傷設定の本気のケンカをやるっきゃない!』 というのは……上としては容認するわけには。 はやてちゃんの可愛いイラスト付きでもの~」

 

「そこをなんとかお願いできないでしょうか。 勿論、海のほうは私が選抜します。 主催者は思いっきり高ランクをぶつけろとのことでしたので」

 

「それは、機動六課の人選も入るのだろうか? だとしたら暴動が──」

 

「いえ、六課は司会進行や案内役に回ってもらう予定です。 私も六課の人選を提案しましたが、どうにも六課の人選を使うとなると都合が悪いようで」

 

 クロノは臆することなくラルゴに伝える。 ラルゴはクロノの言葉を聞いて思案するように顎に手を置いた。

 

「クロノ提督、その主催者は──誰かな?」

 

 年配にもかかわらず、鋭い眼光をクロノに向けるラルゴ。 クロノの隣にいるカリムは、ぴょんとその眼光に押されるように可愛らしく跳ねる。 対するクロノは落ち

着き払ったように主催者の名前を読み上げた。

 

「主催者はそこにも書かれてある通り、機動六課の部隊長である八神はやてです」

 

 全員が手渡された資料にはデカデカと主催者の名前が書かれていた。

 

 主催者 八神はやて

 

 と。

 

 ラルゴ・キールはやがてため息を吐き、クロノにこう言った。

 

「陸と海の問題は、私たちも問題提議に上げているところだよ。 やってみなさい、ただし──それでレジアス中将がどういった反応を示し、こちらにどういった罵声を

浴びせてくるかはわからないがね」

 

「そこは問題ないと私どもは考えております。 優秀な交渉人が存在しますので」

 

 クロノとカリムは一礼して室内を去った。

 

 それをみてラルゴは全員に向けて声を放つ。

 

「ではこちらは失敗したときの対応について検討していこう。 若者が最善の出来事を考え行動を起こしてくれたのだ。 こちらは最悪のことを考えた上で責任を背負いこむのが上に立つ者としての役目だろう」

 

 ラルゴの言葉に全員が頷き、それぞれ意見を述べ始める。

 

 それを横目に、ミゼットがラルゴに話しかけた。

 

「気になるかい? これを考えた人物のことが。 といっても、主催者ははやてちゃんみたいだけどね」

 

「私たちも大好きなアイドル部隊なら心配はせんよ。 それにこちらはこちらでやることがある。 まったく……私たちの前には壁が多すぎる。 ままならないものよの、私たちは世界どころか管理局員すら纏め、守ることすらかなわない……」

 

「せめて、死ぬ前に一度でいいから見てみたいものだね。 平和に向かって進む管理局の姿というものを」

 

「人の心は機械じゃない。 そんなことできるのは──きっと世界最悪として歴史に刻まれるような犯罪者くらいだろう」

 

「おや? 局員から出るとは思わないのかい?」

 

「枷が沢山あるのだよ」

 

 ラルゴはどこか諦めたような、そんな声を出した。

 

            ☆

 

 ガヤガヤ……ガヤガヤ……

 

「とまあ、海と陸のガチンコ勝負をさせるのがうちの大将の作戦なんやけど」

 

「……いくら非殺傷だからって、そんなことしたら溝が一層深まるんじゃないか?」

 

「そうよはやてちゃん。 私もゲンヤさんもスバルがこの“イベント”に出ないから少し安心したけ ど……、この“イベント”が根本的な解決になるのかどうか」

 

 ミッドの日本料理専門店で、八神はやては自分の大将の作戦を地上部隊であるナカジマ夫妻に伝える。 ナカジマ夫妻は資料にざっと目を通して幾何か不安げで胡乱げな視線をはやてに向ける。 はやては二人の疑問に首を傾ける。

 

「そうやろか? ため込んだストレスを相手にぶつけるいい機会やと思うんやけど……。 陸だって少なからず海のことを──って思ってるやろ?」

 

「まぁ、戦力取られてるし、確かに不満も沢山ある……な」

 

「大将はこの機会に一気に爆発させようという魂胆なんや。 既にゼストさんに頼んで陸の局員達には話を通しとるらしいで? 勿論、レジアス中将にはみつからへんように隠れながらみたいやけど」

 

「ここまで規格外のことをしようと思う人物だったとは……。 しかし、もしこれが失敗するとなるととんでもないことになるが、大丈夫なのか?」

 

 はやては注文していたウーロン茶を一口含み、ゆっくりと嚥下した後答える。

 

「あいつが失敗する姿は想像できへんな~。 あいつも不正を働く局員相手には心折りにいくような行動をとるいうてたけど、レジアス中将と最高評議会には敬意を払ういうてたしなぁ」

 

「敬意……?」

 

「そそ。 ミッドで生活できとるのも地上本部が頑張ってくれとるから。 管理局があるのも最高評議会が設立してくれたからやろ? だからあいつは敬意……というよりも、お礼を言いたいんやと思う」

 

「そのためだけに、こんな真似を?」

 

「それがわたし達の大将や。 時代の先駆者はいつも型破りで常軌を逸したバカと相場がきまっとるで」

 

 注文してきたから揚げと酢豚が三人が座っているテーブルに置かれる。 はやては小皿にから揚げと酢豚をよそい箸でどんどん食べていく。

 

 ナカジマ夫妻はそんなはやてと、資料を見比べながら何か考え込んでいるようだ。

 

「まぁ、ゼストさんが頑張ってくれたみたいやから、陸のほうは準備オッケーや。 海のほうもあの二人やから大丈夫やろうし……。 後は明日、六課の皆が頑張ってく

れるのに期待するだけやな」

 

「ちょっとまってくれ。 レジアス中将はどうなるんだ? あの人は地上本部のトップだぞ? 無視して事を進めることもできないし──」

 

「レジアス中将はあいつの仕事や。 心配やから、わたしもついてはいくけど。 あいつの今回の一連の行動における役割は交渉人。 そしてわたし達はその交渉を円滑に進ませることが役目なんや」

 

 ウーロン茶を呷りながら、はやてはそう言い切った。

 

 上矢俊にできることは、本当に少ない。

 

 そもそも、局の人間ではない俊は局員とまともに話せる機会もない上に相手が上層部の人間ともなると、その可能性は0に等しい。 だからこその、クロノ・ハラオウ

ンやカリム・グラシア、そして八神はやてなのだ。

 

「ゲームには役割が存在するんよ。 まぁ、あいつはちょっとこの世の中を立体的ゲームとして捉えすぎている感があるけど。 で、今回お願いしたいことはゼストさんと一緒に陸の指揮をやってくれへんかな?」

 

 ゲンヤにお願いするはやて。 ゲンヤは黙ったまま、数分考え込む。

 

 やがて、こくりと頷いた。

 

「しょうがない。 俺たちも彼には賭けてるんだ。 カッコイイとこ見せようじゃないか」

 

 ゲンヤの言葉を受けて、八神はやてはニッコリと笑った。

 

              ☆

 

 高町なのは&フェイト・T・ハラオウンの家は俄かに慌ただしい様子であった。

 

「フェイトちゃんっ! 明日の原稿書いた!?」

 

「私救護係りだから書かないで大丈夫だよ」

 

「ガッデム!」

 

 ばたばたとなのはとフェイトがリビングを走り回るのを横目に、俊は胡坐を掻きながら布と布とを合わせ、可愛らしいヒラヒラをつけたりと、ゆったりとした動作で衣装を作っていた。 そんな俊の隣には、胡坐を掻いた足に両手を置きながらワクワクドキドキと瞳を輝かせて衣装をみるヴィヴィオとガーくんの姿があった。

 

「俊くん! 明日の原稿書いてくれない!?」

 

「それくらい自分で書けよ。 それに、明日は陸と海の非殺傷なんだけどデスマッチなイベントなんだろ? 死人は出ないけど負傷者は沢山でるから六課も大変だぞー。

どう考えても、“イベント”とは名ばかりの代物だからな」

 

「そんなことわかってるよ! わたしは反対したのにはやてちゃんがここぞとばかりに部隊長命令出すんだもん!」

 

「きっと、はやてもはやてで陸と海の関係のことを思ってるんだろうよ」

チクチクチク……

 

 なのはのほうを見ずに、衣装のほうを見ながら俊はなのはに答えた。 後ろにいたなのはが面白くなさそうに顔をムっとさせる。

 

「んー! 人と話すときは目をみるの!」

 

 ゴキっ

「はぅっ!?」

 

 首の辺りから本来なら聞こえてはならない音が聞こえてきたが、なのはは気にしない。 そしてヴィヴィオも気にしない。 ガーくんは声をかけようかと思ったが止め

ることにした。

 

 俊の顔を強引に自分に向けさせたなのはは、文句を言おうと思ったのだが──俊が先ほどまで作っている衣装をみて興味がそちらに移る。

 

「あれ? これってアニメ化が発表されたやつの衣装じゃん。 あそこまで喋るステッキは要らないと読んでて思ったけどさ」

 

「ヴィヴィオが着たいから作ってとせがむんだ。 俺もヴィヴィオには似合うと思うから全力で作ってるけど」

 

「ふーん。 ……わたしは似合うかな?」

 

「…………………………………………勿論!」

 

「なにそのとんでもない間は!?」

 

 ガクガクと前後に俊の頭を揺らすなのは。

 

「お、落ち着くんだ、なのは! お前はバリアジャケット姿が似合いすぎててそれ以外のものが霞んでしまうんだ!」

 

 パッと俊を解放するなのは。 そわそわしつつ、ちょっと照れたように笑いながら指を絡ませる。

 

「えへへ、ありがと。 わたしも俊くんにはそのミクちゃんのTシャツが一番似合うと思ってるよ」

 

「できればスーツが似合うとか言って欲しかったかも」

 

 グイグイとヴィヴィオがなのはと喋っている俊を引っ張る。 どうやら、早く作ってほしいようだ。 俊が時計を見ると、ヴィヴィオはもう少しで寝る時間である。 確かにこれは早く作らなくては。

 

 俊は衣装つくりを再開する。 そこに雑務を終わらせたフェイトが合流する。

 

 自然と全員とも俊の手元を見る形となっていた。

 

「けど、5歳にしてコスプレに目覚めつつある娘かー。 フェイトちゃん、どう思う?」

 

「うーん……、本人が着たいなら別にいいと思うんだけど。 パパ的にはどう?」

 

「俺はヴィヴィオの味方になるかな。 ヴィヴィオの年齢だといろいろと試せる衣装もあるんだよな。 園児服とか、ロリ巫女とか、──冗談だから二人ともデバイスを

しまうんだ」

 

 首筋に冷たいものが二つ当てられ、俊は即座に投降の意を示す。

 

 ため息を吐く二人。 俊は頬を掻きながら苦笑混じりに答える。

 

「まぁ、真面目な話、俺はいいと思うぜ? ヴィヴィオには母親が魔導師だからとか関係なく、やりたいことを存分にやってもらいたい。 ヴィヴィオが自分自身で魔導師を選ぶならそれでもいいし、コスプレイヤーになりたいのならそれでもいい。 ヴィヴィオには、後悔しない生き方をしてほしい」

 

 俺やなのはやフェイト、皆にそれは無理だけどさ。

 

 自嘲気味に、幸せそうに笑う。

 

 後悔するような出来事なら沢山あった。 それでも俊は幸せだと感じている。

 

 それにつられる形で、なのはとフェイトも笑った。

 

「そうだね、それが一番だよ」

 

「私もなのはもはやても俊も、自分自身で決断して今この場に立ってるんだもんね」

 

 なのはがヴィヴィオをだっこする。 だっこされたヴィヴィオはなのはとフェイトを交互に見たあと、にへらと照れたように笑って見せた。 そんなヴィヴィオをなのはとフェイトが愛しそうに撫でる。

 

 ヴィヴィオは、くいくいとなのはの服を引っ張りながら話す。

 

「なのはママー、ヴィヴィオね? なのはママのおみせでウェイトレスさんしたい!」

 

「ほんと!? うれしー!」

 

 たまらずヴィヴィオを抱く手に力が籠められ、ヴィヴィオは「フェイトママ助けて!?」 とフェイトに懇願する。

 

 フェイトにヴィヴィオを奪われたなのはは、いまだチクチクと、絵にするととても地味な行動を行っている俊の背中に体を密着させながら、

 

「ねぇねぇ俊くん? えっとさ、六課の試運転が終わったらさ……一年間くらい二人で翠屋経営してみない? ヴィヴィオのためにも……さ?」

 

 そう勇気を振り絞りながら言った。

 

 手元が狂い左の手のひらに思いっきり針を刺しながら、

 

「いいなそれ! 俺となのはとフェイトとヴィヴィオかー。 きっと翠屋の経営上がるぜ? それに、きっと八神家や嬢ちゃんとスバルは来るだろうし……、面白そうだな!」

 

「…………わたしは二人で経営したのに………、バカ」

 

 嬉しそうな声を上げる俊とは対照的に、なのははトーンを落としながらぽかぽかと背中を叩く。

 

 と、ここでヴィヴィオの就寝タイムを知らせる音が鳴る。

 

「ありゃ? もうそんな時間か。 ごめんなー、ヴィヴィオ。 起きたら完成してると思うから、今日は寝てくれ」

 

「うー! ……パパだからいいよ! なのはママー、フェイトママー、一緒にねよー!」

 

 フェイトにだっこされながらヴィヴィオが嬉しそうに二人の名を呼ぶ。 二人は、お互いを交互に見つめあった後、ふっと笑って頷いた。

 

 ちなみに二人ともパジャマ姿であるので、いつでも寝ることはできる状態だ。

 

 ヴィヴィオと手を繋いで、2階に上がる寸前、フェイトが振り返りながら俊に問う。

 

「そういえば、明日俊がどうしても外せない用事ってなに? こういうイベント大好きな俊には珍しいことだけど」

 

 聞かれた俊は、しばし逡巡した後

 

「幸せの一歩を踏み出しに行くよ」

 

 そうおどけてみせた。

 

 クスリとフェイトは笑い、からかいながら2階へと上がっていった。

 

 一人残された俊は、衣装を作りながらメールする。 数分してバイブが鳴り、返事が返ってくる。 それも複数の。

 

 俊は画面を開きしばし見つめた後、パカンと閉じて作業を開始する。

 

「明日……スーツで行こうと思ったが、ミクのTシャツでレジアス中将に会いに行くか……」

 

 一人呟き、ヴィヴィオのために衣装を完成させるのであった。

 



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90.曲芸5

 高町なのははこの場にいる局員よりも一番高い場所で、朝に幼馴染が書いてくれた原稿を読んでいた。

 

「これより、海と陸の非殺傷設定本気模擬戦を開催します。 進行、そして救護は六課の私たちが行いますが……くれぐれも死なない程度に頑張ってください。 あ、あれ? ヴィータちゃんこれなんて読むの……? べ、べつに読めなかったわけじゃないよ? ほ、ほんとだからね? えーっと……、ざ、讒謗・罵倒・罵り・怒声・中傷・罵る・漫罵・悪口・誹謗・ 痛罵・雑言・毒突き・嘲罵・唾罵、大いに聞かせて頂きます。 今日は無礼講となっています。 普段の鬱憤をぶつけてもいいですし、逆に相手側の話を聞きそれに対して自分の見解を述べることも大いに結構です。 本日は上層部の皆さんもモニターを通すか直接見ていることでしょう。 この機会に一度、不満や不安をぶつけてみるのも一興です。 時空管理局という組織の上に立つ者が、部下達の不満を呑み込むことができぬほど器の小さな存在ではないことを私はよく知っていますので。 私から言いたいことは一つです。 この“イベント”が終わった後に鬱憤が残っている

ような状態は止めてください。 全て吐き出してもらいます。 この“イベント”が終わった時に、肩を組んでいる光景が広がりますように」

 

 なのはは冷や汗を流しながら宣言する。

 

「それでは──最初で最後の海と陸による全力全開の模擬戦、開始!」

 

 無敵のエースオブエースの宣言を皮切りに、次々と海と陸の両名が罵詈雑言を口から吐き出しながら魔力弾を放っていく。 おおよそ、この姿を管理世界に発信したな

らば信用を根こそぎ失うことになるだろう──そんな光景がなのはの前には広がっていた。

 

 「お疲れさん」 そうヴィータがなのはを労いながら近寄ってくる。 なのははそれに笑顔で返す。 まだまだ始まったばかり、こんなところでへばっていたのなら部下に示しがつかないうえに、エースオブエースとして恥ずかしい。 さらに近づいてきたティアからスポーツドリンクを受け取ったなのはは目の前の光景を見ながらつぶやく。

 

「……怪しい、いつもの俊くんなら嬉々としてこのイベントを見に来るのに……。 今回に限って用事だからいけないなんて、またわたしに隠し事かな?」

 

「心配なのか?」

 

「心配なんてしてないよ。 だって俊くん、前に──『任せてくれ』 そういっていたから。 それに、俊くんがピンチのときってなんかわかるんだよね。 女のカンってやつかな?」

 

「気をつけろなのは、そのセンサー壊れてるから」

 

「ちょっ!? わたしのアホ毛毟り取ろうとしないで!?」

 

 ピンと通常の前髪より跳ねている髪の毛を毟り取ろうとするヴィータになのはは身の危険を感じて後ろに避けた。 その拍子に後ろに控えていたティアとぶつかり、ガ

ッチリと肩を掴まれた。 にんまりとした笑みを浮かべるティア。

 

「ヒップアタックプロポーズなんて……流石なのはさん、私に出来ない芸当をいとも容易く行ってきますね」

 

「そんなプロポーズ聞いたこともないんですけど!? わたしとティアは女の子同士だから結婚は無理だからね!?」

 

「大丈夫です! 魔法で生やします!」

 

「問題はそこじゃないよ!」

 

 大声を上げるなのはに、それを恍惚の表情で見るティア。 華麗にスルーして六課の職員に指示を出すヴィータ。 と、そこにとてとてとて、そんな可愛らしい足音が擬音につきそうなほどの走り方で愛するヴィヴィオがなのはの元に駆けてきた。

 

「なのはママー! みてみてー!」

 

「かわいいよー、ヴィヴィオ。 朝から50回目だけど」

 

「えへへー!」

 

「ガークンハ? ガークンハ?」

 

「うんうん。 ガーくんも可愛いねー。 朝から50回目だけど」

 

 駆けてきたヴィヴィオはなのはの答えに満足したように、照れているような、そんな笑みでなのはの腰に抱きついた。 次いでガーくんもなのはの足元に抱きつく。 なのははヴィヴィオとガーくんの頭を撫でながら、朝から通算50回目のこの一連の行動に苦笑する。

 

 そこにスバルが慌てたように駆けてきた。

 

「ヴィヴィオちゃん……はぁはぁ……急に走り出しちゃダメだよ……。 今回なのはさんにヴィヴィオちゃんのそばにつくようにお願いされてるのわたしなんだから……」

 

「えへへー、ごめんね? スバルン」

 

 まるで悪びれた様子もないヴィヴィオの笑顔にスバルは破顔する。 5歳なんだから、このくらい動き回るほうが正しいのかもしれないとでも思ったのだろうか。

 

「ごめんねスバル。 ほら、ヴィヴィオには今回のイベントはちょっと刺激が強すぎるからあまり見せたくないんだよね。 だからできれば、ヴィヴィオを連れて見えない場所にいてほしいかも。 はぁ……こんなときにお気楽極楽あんぽんたんですかぽんたんなヘタレで話をはぐらかす癖に嘘が恐ろしく下手くそな幼馴染(19歳、黒髪)がいてくれたら便利なのに」

 

『………………………………………………』

 

「えっ? えっ? なんでみんなしてコソコソ話してるの!?」

 

 スバルに申し訳なさそうな顔をして謝ったなのはは、此処にいない幼馴染についてただ述べただけにもかかわらず、なのはを除く四人と一匹は少し離れた場所で何か話し始める。

 

『おいおい、またあいつ地雷踏んだのかよ。 ほんと地雷原を全力疾走するのが大好きな奴だな』

 

『絶対になのはさん怒ってますよ。 いつも以上にフルボッコに言ってますもん。 これ完全に初体験したはいいけど、男のほうが早くイきすぎて満足できなかったパターンですよ。 まぁ、あの人はそんな展開すら持ち込めそうにないんですけど』

 

『ちょっと的確な例えだと思った自分が情けない』

 

 四人と一匹がそうやってコソコソ話をしていると、なのははちょっと面白くなさそうな顔をする。 自分だけ除け者扱いされたのだ、普通の反応だろう。 これで喜ぶのは新人二人くらいなものだ。

 

 なんともなしに携帯を取り出し、とある人物に電話を掛ける──が、電源を切っているようで女性の機械的なアナウンスがなのはの耳に聞こえてきた。 通話終了ボタ

ンを押した後、携帯をポケットに戻しながらなのはは呟く。

 

「ペットのくせに……電源切るなんて……。 ……バーカ、もうしらない。 べつに声とか聞きたくなったわけでもないし、どうでもいいことだし」

 

『なんだ、いつもどおりだな』

 

『えへへー、なのはママかわいいでしょー?』

 

『口ではあんなこと言ってるのに、途端にそわそわしだすなのはさんの可愛さが半端ない。 あれで19歳とか信じられないですよ』

 

『むしろ19歳なのに、あんなことしちゃう所が可愛い』

 

 遠くからなのはのほうをみながら、そんなことを口々に言い合う四人。 ガーくんは既にガールズトークに飽きたのか“イベント”のほうに意識を集中させていた。

 

 なのはの元にナース服姿のフェイトがやってくる。

 

「あれ、なのは。 なにしてるの?」

 

「むしろわたしが聞きたいんだけど。 フェイトちゃんなんでナース服のコスプレしてるの? 似合ってるけど」

 

 上から下までマジマジでフェイトを見つめるなのは。 その視線を受けてフェイトはちょっと困ったような、しかし照れたような顔をしながら答える。

 

「えっと……『絶対に似合うから着てくれ! それで写メを送ってくれ!』 って、頼まれて……」

 

「フェイトちゃん、さっき更衣室で一人携帯のカメラに向かって照れ笑いしながら写メ撮ってたんですよー。 可愛かったですー。 男の趣味はあまりよくないようですが」

 

「しゃ、シャマル!? さっきの見てたの!?」

 

「はい、もうバッチリとみてました。 ちなみに私は写メを撮るフェイトちゃんの写メをバッチリ撮りましたよ。 ほら、これなんですけど──」

 

「いやぁああああああああっ!? 見ないでぇええええええっ!?」

 

 後ろから突然現れたシャマルが白衣を纏いニコニコ笑顔を浮かべながら携帯の写メをなのはに見せる。 携帯を覗き込むなのは。 その後ろに興味津々な様子で覗き込

む四人。

 

「フェイトさん、嬉しそうな表情してますね」

 

「これフェイト教の人たちに何万で売れるんだろ」

 

「フェイトは昔からコスプレ系にあまり抵抗なかったしな。 ほんと、なのはもはやてもだけど、男の趣味が悪いよな」

 

「フェイトママかわいいー!」

 

 スバル・ティア・ヴィータ・ヴィヴィオが携帯を覗き込みながらそんな感想を漏らす中、なのはは──

 

「ナースかぁー……。 わたしのときはバリアジャケットやメイド服が似合うって言ってたのに。 ふーん……、そうなんだー……」

 

『あいつ地雷踏みまくってるぞ』

 

『この場所に居ないにもかかわらず一番の存在感を放ってますよ、あの人』

 

「な、なのは……?」

 

「ふぇ? なに? どうしたの?」

 

「いや……大丈夫?」

 

「全然大丈夫だけど? それにしても、フェイトちゃんのコスプレ可愛い……。 わたしも写メ撮らせて!」

 

 ポケットから携帯を取り出したなのはは、フェイトの返事もまたずにシャッターを押す。 何度も何度も撮りまくる。 フェイトは困惑しながらも、なのはに言われた通りのポーズを取る。

 

「あ、こっちにも目線くださーい」

 

「こっちもお願いしまーす!」

 

「フェイトママー、かわいいよー!」

 

 

 「え!? え!?」 おろおろしながら言われた通りにあっちこっちに視線を向けるフェイト。 いつもよりサービス精神旺盛である。 というか、本人自体が困惑でこの事態に処理できなくなっているのかもしれない。

 

 瞬く間にコスプレ撮影会と化した空間に、ヴィータは一言──

 

「そろそろ仕事に戻れよ」

 

 そう呟いた。 が、そんなことなのは以下5名が聞くはずもなく──と思っていたところで、意外な人物が顔を覗かせた。

 

「フェイト。 兄として一言いいか。 ──そういったことは好きな人の前だけで頼む」

 

 声をかけたのはフェイトの義兄であるクロノ・ハラオウンであった。 この“イベント”を用意した立役者であり、また海の人選を決めた人物でもある。 クロノはフ

ェイトの格好にそれ以上追及することはなく、ヴィータの隣に移動し口を開く。

 

「戦局は?」

 

「正直、予想外の粘りを陸が見せているよ。 あっさり終わると思っていたんだけどな。 おっさんはSランクを墜としてさっさと後ろに下がったけど、それを無視したとしても今の陸は異常だ。 ゼスト部隊を起点に、海と張り合っているのだから。 ──まぁ、その分口も悪いが」

 

「それはしょうがないさ。 海よりも陸のほうが言いたいことが沢山あるんだから。 あぁ、フェイト。 その恰好では色々と心配だから、仕事はしなくていい。 此処でなのは達と一緒にいることだ。 救護のほうは他の人選、ちゃんとした専門役職に頼んできたから」

 

 妹のことが心配なのか、背中を向けながらフェイトに声をかけた。 それになのはと軽く笑い合いながらフェイトとなのはは席に着く。 此処は本日の全てを任せられた六課のメンバー、詳しく言うならば隊長、副隊長、新人たちしか入れない場である。 クロノも兄として心配する必要もなくなるだろう。

 

「で? あいつはどこにいんだ? この“イベント”にあいつが来ないわけないしな。 普段のあいつなら嬉々としておっさんを殺しにくるのに」

 

「あいつの考えはよくわからないからな。 残念ながら、問い詰められても答えを出せない。 それにしても、ヴィータに心配されるなんて、あいつはつくづくヒロイン体質なのかもな」

 

「ヒロイン体質だからこそ、あたし達は困るんだけどな。 知ってるか? 昨今のアニメやゲームは、ぼんくらやれやれ系クズ主人公なんかよりヒロインのほうがよっぽど逞しく、心が強い。 だからこそ、無理をしてしまうんだけどな」

 

 だから困るんだよ、胃薬代もバカにならないんだからさ。

 

 そうヴィータは一人呟き、戦局の末を見守ることにした。

 

              ☆

 

「ヒロインとは女の主人公を指す言葉でもある。 知ってました? レジアス中将」

 

 地上本部トップ、レジアスの私室にて白衣を着こんだ上矢俊は、対面するレジアスに話しかける。 二人とも椅子に座っており、両名の後ろにはそれぞれ女性が一人ずつ控えていた。 俊の後ろには機動六課の部隊長、八神はやて。 レジアスの後ろにはオーリス・ゲイズが控えている。

 

 俊から話しかけられたレジアスは、その言葉を無視する形で問う。

 

「……その白衣の下からチラチラ見える服、こちらをバカにしてると解釈していいのか?」

 

「これはこれは失礼しました。 何分、スーツよりこちらのほうが似合っているといわれたもので」

 

 白衣で前を隠し、俊はにこやかな笑みを浮かべる──が、レジアスは無表情で次の質問をぶつけてきた。

 

「陸と海の茶番劇を提案したのは貴様か」

 

「おやおや、部下が一生懸命戦っているのにもかかわらず茶番劇ですか。 怖いですね~」

 

「大切な部下達なんだ。 こんな茶番劇で怪我を負わせるわけにはいかないだろう」

 

 大切な部下達

 

 その一言を聞いた瞬間、俊の口は思わず綻んだ。

 

「ご心配には及びません。 あくまで“イベント”ですので、終わるころには体の怪我はありません。 あくまで体の怪我の保障だけですが。 それにしても地上本部の人たちも意地悪ですねー、トップにこの“イベント”のことをひた隠しにするなんて。 いったい、誰がこんなことを計画したのやら」

 

 慰めるように、同情するように、俊はレジアスに視線を向けた。 レジアスは舌打ちする。

 

「誰がこんなことを計画したのか? 此処まで来ておいて、随分な言い様だな。 貴様だろ、この“イベント”を計画したのは。 ──いい加減、その仮面を外したらどうだ? 機動六課で出会った小僧が」

 

 俊はゆっくりと、顔につけていたピエロの仮面を取った。 後ろにいたはやてに放り投げる。 素顔を晒した俊は、改めて挨拶をする。

 

「何日ぶりでしょうか、レジアス中将。 まさかバレていたとは。 流石は地上本部トップの方だ」

 

「白々しい挨拶だな」

 

「これは失礼」

 

 俊は肩を竦ませ、怖い怖いとアピールする。 そんな俊をレジアスは鼻で笑う。

 

「こんな時間に何をしに来た? 10年前、管理局のエンブレムとラルゴ・キール元帥に唾を吐いた管理局最大の犯罪者が」

 

「いやはや、そんなことありましたねー。 残念ながら今回は関係ないことで此方にお邪魔しましたよ。 ところでレジアス中将は、いまの管理局についてどう思いますか?」

 

「……どう思う……とは?」

 

 俊の言葉に返すレジアスに、俊は腹を抱えて大笑いする。

 

「あーっはっはっは! レジアス中将、流石にそれはないでしょう? それとも──アインヘリアルを作ったあなたには簡単すぎましたか? この問題」

 

 その瞬間、レジアスは年配にも関わらず素早い身のこなしで俊の胸倉を掴みあげる。

 

「貴様! そのことをどこで知った!? スカリエッティか!」

 

 唾を飛ばしながら、レジアスは怒鳴る。 俊はそれにスカした顔で答えた。

 

 

 

「何をそんなに怒っているんですか?」

 

「貴様……!」

 

「『貴様あれを作るためにどれほどの時間と資金を使ったと思っているのか……!』 とでもいうつもりですか? ──あんな脆くてくだらないガラクタ使わないといけ

ないほど落ちぶれたのかよ、レジアス中将。 失望したぜ、あんた」

 

 底冷えするような俊の声。 新人達にも聞かせたこともないような声。 八神はやてすら2年前に聞いたきりの声。

 

「ゼストさんは言ってたぜ? 『昔のレジアスは違法行為に手を染めるような男では決してなかった。 俺はあいつの理想のためにこの体を酷使してもいいとすら思ったんだ』 そう悲しそうに、しかし誇らしそうにいっていた。 ジェイル・スカリエッティは言っていた。 『彼だって、ただ地上を守りたいだけのはずなのにね……』 後ろの女性も、もしかしたら悲しんでるかもしれないぜ? 父親がバカな行為をしているのを身近で見てるんだから」

 

「何一つ知らない小僧が──知った風な口を聞くなッ!!」

 

 胸倉を掴んだままレジアスはそう叫び、自分も倒れる形で俊の頭を床に打ち付けた。 これにははやてとオーリスも驚き、近くに寄ろうとするが、

 

「気に入らんな……その目……!」

 

 レジアスの心の奥底から絞り出したような声に足を止める。 俊は頭から血を流しながら、それでも眼球はしっかりとレジアスを捉えていた。 睨むこともなく、怒ることもなく、同情することなく、憐れむこともなく、ただ──見つめていた。 それがレジアスには気に入らなかった。

 

「レジアスさん、あんた情けないなと思ったことはないのか? 違法に手を染めて、自分の理想すら曲げて──自分が惨めにならないか?」

 

「貴様に何がわかるというのだ!」

 

 好き勝手に自分の価値観で喋る俊を、レジアスは殴り飛ばす。

 

「理想なんてものは所詮ただの妄想に過ぎないのだ! 二十歳にも満たない小僧に何がわかる!? 私だって若いときは思ったものさ! 『地上を平和で安心して暮らせる世界にしよう』 そのためにゼストと共に誓い合った! そして──その結果がいまの地上本部に他ならない! 海に戦力を取られ、少ない戦力で地上を守る! そんなこと、できると思っているのか!」

 

 レジアスは叫ぶ

 

「私は地上さえ守れればそれでいい! そのためにこれまで違法なことだってやってきた。 それのどこが悪い!? 9を守るために1を捨てるのは当たり前のことだろう!

そうしないと地上を守ることなどできないのだ! 私は間違ってなどいない! 地上を守るためならば──違法なことにだって手を染めよう!」

 レジアスとて、何も好きで違法なことを行っているわけではない。 そうせざるおえなかったのだ。 海に取られていく戦力、0にならない犯罪率、どうしたらいいのだろうか? どのようにしたら地上を守ることができるのだろうか? そして彼がいきついた結論が──いまの彼の姿なのだ。

 

 全ては地上のためである。

 

 レジアスの叫びに、八神はやては何も口が出せなかった。 出すことなどできなかった。

 

 八神はやてとて、想いは一緒なのだから。

 

 管理局員は──守るために存在しているのだから。

 

 しかし、此処には管理局員以外の者が1名混ざっていた。 ミッド市民が1名混ざっていた。

 

 市民は荒い息を吐くレジアスの胸倉を掴む。

 

「ざけんじゃねぇぞ!!」

 

 それは室内が揺れるほどの怒号であった。

 

「苦しそうな顔で、悲しそうな顔で、後悔してるような顔で、諦めたような顔で、進むことを止めた人間に──守ってほしくもねえんだよ!」

 

 先程とは真逆の立ち位置で──俊が上でレジアスが下の体制になる。

 

「地上のトップはそんなものなのか!? 俺たちの平和は、違法に塗れた上でしか成り立たないものなのか!?」

 

「それでいいじゃないか! それで平和に暮らすことができるんだ! 何が不満なのだ!」

 

「不満に決まってんだろ!! ──俺たちの平和を守ってくれている人間を自信満々に自慢できないなんて不満しかねぇんだよ!!」

 

 俊の言葉にレジアスが息を飲む。

 

「レジアス中将、アンタしか地上を任せられる人はいないんだよ! 安心して地上の平和を預けられる人はいないんだよ! くだらねえ違法行為がバレて、アンタが牢屋にブチ込まれたら誰が後釜を継げるというんだ! 俺は絶対に認めねえぞ! アンタ以外に、俺たちミッド市民の平和を託すつもりはさらさらねえぞ! レジアス中将、英雄なら英雄らしく──俺に自慢させてくれよ! 違法行為に手を染めず、地上の平和を守り抜いた漢だって──証明してくれよ!」

 

「それができたら苦労するもんか! 私だって頑張ったさ! それでも理想に届きはしない!」

 

「理想なんてものは、所詮人間の頭で考えだしたものにすぎない! 人はな、実現できる範囲でしか物事を考えることができないんだ!」

 

 ガッシリとレジアスの肩を掴む俊。

 

「はやてェ! モニター映せ!」

 

 慌ててモニターを映すはやて。 俊はレジアスの首を動かし、モニターを凝視させる。 そこに映し出されているのは──

 

「ゼスト……、それに多くの部下達……、どうしてまだ倒れていないんだ……」

 

 音声を切ってあったモニターには、必死の形相で食らいついている地上局員の姿があった。 ボロボロの状態で叫びながら、それでも必死に空を墜とそうと抵抗する者たちの姿が映し出されていた。

 

「一人で理想に届かない? 一人で地上の平和を守れない? 一人なら違法に手を染めることだってありえる? アンタには、こんなにも沢山の部下と友がいるじゃないか。 届かない(りそう)に必死の形相で食らいつく、諦める気持ちを知らない、大馬鹿者たちがこんなにいるじゃねえか。 レジアス中将、確かに俺は市民として地上の平和を望む。 安心安全の暮らしが一番だ。 けどさ──その代償で、アンタを失うというのなら俺はそんな仮初の平和なんかいらないよ。 だから言わせてほしい」

 

 俊は背筋を伸ばし、レジアスに頭をさげた。

 

「今まで地上の平和を守ってくださり、ありがとうございました」

 

 そして、頭を上げ笑顔を見せる。

 

「そしてこれからも、守ってください。 正々堂々と自信を持って誇らしく、このモニターに映っている、戦士達と共に」

 

 その言葉を聞いて、レジアシはつい俊に問いかける。

 

「私は……間違っていたのだろうか……? 違法に手を染めることは……間違っていたのだろうか……?」

 

「それはこれから考えていくんですよ。 あなたはこれまで違法手段で地上を守ってきた。 次は合法手段で地上を守ってみてください。 おのずと答えは出てくるはずですよ。 私は自慢したいので、合法を薦めますが」

 

 クスリと笑った俊に、レジアスは卑屈な笑みを漏らした。

 

「……いまさら間に合うはずもない」

 

「間に合いますよ。 ちょっと寄り道しすぎただけですから。 それに、そんなに心配なら私の理想を教えましょうか? 何故、こんなことをするのかその理由つきで」

 

 俊はレジアスに話す。 自分が何故此処にいるのか 何を成そうとしているのか それを最後まで聞いたレジアスは思わず笑った。 当たり前の反応を見せた。

 

「そんな荒唐無稽のことが、できると思っているのか?」

 

「できますよ。 所詮、私の考えた理想ですので。 現実に落とすなんていとも容易い。 ゲームなんてそんなもんですよ」

 

「…………ほぉ、そこまでいうのなら試してみるか?」

 

「?」

 

 レジアスの言葉に、隣に来たはやてと二人首を傾げる。

 

「手を貸すといっているのだ。 勿論──失敗したら犯罪者として逮捕するがな」

 

 その言葉にようやく合点のいった俊は笑みを浮かべる。

 

「それはいい提案ですね。 しかしながらレジアス中将、手を貸すつもりならば覚悟しておいてください。 私、馬車馬のように働かせますので」

 

「年寄りは労わるものだろうに」

 

 二人は握手し、俊とはやては部屋を後にした。 モニターには地上部隊の敗北が記されているが、レジアスはとても誇らしそうな笑みを浮かべ、拍手を送った。 これから始まる──途方もない理想を目指して歩む大切な仲間に精一杯の拍手を送るのであった。

 

             ☆

 

 地上本部の廊下を俊とはやては仲良く肩を並べて歩く。

 

「それにしても血大丈夫なん? 一応、止血はしたんやけど……」

 

「たぶん大丈夫だろ」

 

「それにしてもレジアス中将、ほんとに大丈夫なんかな?」

 

「べつにレジアス中将は地上の平和のために違法行為に手を染めたんだぜ? 大丈夫に決まってるさ。 まぁ、これからが大変だと思うけどな。 機を見て、自白するらしいし。 意外と真面目な方だな」

 

「真面目だからこそ、……ということやろか」

 

「かもな。 それはそうとはやて──」

 

「ん?」

 

 足を止めた俊に合わせる形で止まったはやては、横にいる俊に振り向く。

 

「お前……いつの間に3人に増えたんだ?」

 

「…………は?」

 

 顔を赤くした俊は、定まっていない焦点ではやてを見ていた。 一目見てわかる、危険信号である。

 

 はやてが何か言葉を発する前に、俊はゆっくりとはやてに体を預ける形で倒れこんだ。 勿論、地上本部の廊下には少なからず人もいる。 しかし、俊の体は既に限界らしく人目も憚らずはやてを押し倒した。

 

 その光景を見ていた局員はこう語る。

 

 『八神はやて二佐、とてもうれしそうな表情で押し倒された自分を携帯に収めてましたよ』

 

             ☆

 

 “イベント”を終えた高町なのはとフェイト・T・ハラオウンに届いた写真つきメールは衝撃的なものだった。 なにせ自分の幼馴染(へっぽこ)が親友である八神はやてを押し倒していたのだから。 しかもはやては乙女の表情で頬を赤らめながらである。 何かあったに違いない。 二人の女としてのカンが囁きかけている。 だからこそ、なのはとフェイトは“イベント”が終了した後、大物たちに挨拶した後さっさと八神家にカチコミにいった。

 そして現在──二人(他数名)は、『俊とはやての愛の巣』とプレートに書かれ下げられている部屋の前まで来ていた。 なのはは無言でプレートを引きちぎり遠くに投げ捨てる。 それを見た瞬間、フェイト以外の面々が一定の距離を置いた。

 

 なのはがドアノブに手をかけた瞬間、室内から男女の声が聞こえてきた。 勿論、俊とはやてである。

 

『しかしまぁ、あの後いきなり血が大量に出てきたのには驚いたで。 俊は知っとったん?』

 

『知識だけなら……あったけど。 本当にそんなことが起こるとは思わなかった』

 

『次からは気を付けなあかんで。 激しくするのはええねんけど、それでアンタがダウンしたら元も子もあらへん。 今度あんなことしたらほんま怒るで?』

 

『はやてのはキツイからなー……、今度からは気を付けるよ』

 

 ブチィッ!!

 

 なのはの頭の血管が切れ、今度こそなのはは怒鳴りこむためにドアを開ける──

 

「あれ? なのはちゃん、なんできたん?」

 

「……なのは? 丁度よかった……、一人じゃ家に帰れそうになかったんだ……」

 

 そこでなのはが見た光景は、ミニスカにタンクトップのはやてが俊の腰より少し下の位置に自分の下半身を押し当てている光景であった。 俊は赤ら顔で少し息を乱しながら無意識になのはに手を伸ばした。

 

 ついになのはの血管が切れた。

 

 そこから始まるキャットファイト、それを守護騎士たちは「やれやれ……」と呆れながら見学し、新人達はただただ恐怖していた。

 

 そんな中、フェイトは俊に近づき、掛布団をたくし上げ確認した後、ほっと一安心して俊に問う。

 

「どうしたの? 元気ないみたいだけど」

 

「……風邪が悪化したみたい……」

 

 上矢俊、ここにきてまさかの体調不良である。

 




レジアス中将はほんとうに頑張ってた


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91.小休憩1

 “イベント”から一夜明けた朝、俊は相も変わらず自分のベッドで寝込んでいた。

 

「うーん、39.8度か……。 もう、なんでこんなになるまで黙ってたの?」

 

「いやー、どうしてもここまではスピードが大事になってくるから休めなかったんだよね」

 

「まーた訳のわからない言い訳を」

 

 マスクをしていてもわかるへらへらっとした顔で笑う俊に、体温計で熱を測っていたフェイトはため息を吐く。 顔を赤くし、咳を何度も何度も繰り返す俊。 フェイ

トは俊に水差しを傾けながらチラと横を見ながら問う。

 

「で、どうするの? アレ。 間違いなく俊のせいだと思うんだけど」

 

「いやー……、パパ冥利に尽きるなー」

 

「ちゃんと現実を見なさい」

 

 フェイトと俊が話しているのは俊の部屋。 そして、開け放たれた俊のドアの前では──

 

「いやぁーー! ヴィヴィオもパパとねるー!」

 

「だーかーらー! パパはごほんごほんしてるから一緒に寝れないの! ヴィヴィオまで風邪になっちゃうでしょ!」

 

「ヴィヴィオかぜひかないもん!」

 

「ヴィヴィオくらいの年の子が一番危ないの!」

 

 ドアの前では俊のベッドに駆け寄ろうとするヴィヴィオと、それを止めるなのはの姿があった。 ヴィヴィオの目には涙がたまっていた。

 

「パパがしんじゃう! パパがしんじゃうもん!」

 

「いや、風邪くらいじゃ俊くんは死なないから……。 高校時代、浮気したときにフルボッコにしたけど死ななかったし、大丈夫だと思うよ?」

 

「む~~っ! なのはママはパパのことすきじゃないからそんなこといえるもん!」

 

「なっ!? わたしほどパパのこと愛してる人はいないもんねー! ヴィヴィオのパパLOVE度より100倍は好きですー!」

 

 娘相手に大人げない姿を見せるママ(19歳/職業・魔法少女)。 娘は隣にいる自分のペットに目を向け、お願いする。

 

「ガーくん、なのはママをやっつけて!」

 

 二人のやり取りを見ていたアヒルのガーくんは、ここで自分に振られるとは思ってなかったのかいささか驚いた顔をする──が、それも一瞬で大好きなヴィヴィオのお願いに快く頷き、なのはの前に立つ。

 

「へー……、ガーくんヴィヴィオの味方するんだ。 そう……」

 

「ヴィヴィオ、アイテガワルイ、アキラメヨウ」

 

「ガーくんっ!?」

 

 なのはと対峙してからおよさ3秒、ガーくんは素直に負けを認めるのであった。 頼みの綱のガーくんが降参した以上、ヴィヴィオ一人での戦いとなるだろう。

 

「ヴィヴィオ? パパはごほんごほんで、いまとっても辛いの。 だからなのはママと一緒に下でゲームしてよ。 ね?」

 

 ヴィヴィオの目線と同じ目線になるように、なのははしゃがみこんでヴィヴィオに諭す。 普段のヴィヴィオならこれで頷き、なのはと一緒に下でゲームをするわけだが今回は違っていた。

 

 ヴィヴィオは首を横にぶんぶん振った後、

 

「パパがしんじゃうもん! ヴィヴィオがそばにいないとダメなの!」

 

 そう主張した。

 

 これにはなのはも困り果て、後ろでその様子を見ている二人に視線を向ける。

 

 しかしヴィヴィオのこの行動も、ヴィヴィオの視点に立ってみれば当然のことだろう。 ヴィヴィオにしてみれば、パパである俊はいつでもどこでも元気な人物なのだ。 どんなときでも笑顔で自分をだっこしてくれて、自分のわがままを聞いてくれる大好きなパパなのである。 そんなパパが、ベッドで辛そうな顔をしているのだ。 ヴィヴィオからしてみれば一大事であろう。

 

「ヴィヴィオがきてから俊くんずっと元気だったし、ヴィヴィオの言い分もわかるんだけどねー……。 ヴィヴィオのことを考えると、こればっかりは譲れないんだよなー」

 

 そう小さくなのはは呟いた。 目の前には、パパに向かって走り出しそうな娘の姿がある。 正直なところ、なのはは俊に少しばかり嫉妬していた。 こんなにも娘に思われているのだ。 羨ましい限りである。

 

「でも──ダメなものはダメです!」

 

「あぅっ……!」

 

 がっしりとヴィヴィオを前からホールドするなのは。 ヴィヴィオはそれに抵抗しながら、子供特有の言葉をしゃべる。

 

「なのはママのばか!」

 

「バカじゃありません」

 

「なのはママのあほ!」

 

「アホじゃありません」

 

「なのはママのとしま!」

 

「ママはまだ19歳です! ピチピチでいまが一番かわいい年頃です! それに貰ってくれる人がいるからいきおくれにもなりませんー! そうだよね、俊くん!」

 

『えっ!? も、勿論! なのはみたいな可愛い娘がいきおくれなんかになるわけないだろ! …………まぁ、できれば俺と結婚してほしいなぁー、とは思うけど……』

 

『…………』

 

『いたっ!? フェイトさん、俺病人なんですけど!?』

 

『バーカ……。 ……俊がぼーっとしててよかった』

 

 二人は二人でなにやらやっているみたいである。 それはそれとして、なのはとヴィヴィオである。 なのはは俊の発言を聞いて、満面の笑みを浮かべながらヴィヴィオに喋る。

 

「ほーら、パパはなのはママのことが大好きでしょー。 ほら、ヴィヴィオは娘なんだしこれ以上パパに迷惑をかけちゃいけないから下に行くよ」

 

 何故か微妙に棘のある言い方をしてきた。 娘相手に大人げなさMAXの母親である。 ヴィヴィオはそれでも頬を膨らませながらなのはに対抗する。

 

「パパはヴィヴィオのことがだいすきだもん! パパはヴィヴィオのおよめさんになるの!」

 

「残念でしたー。 俊くんはなのはママのお嫁さんですー」

 

『おめでとう俊。 ついに性別の壁すら越えることができたね』

 

『時を駆けた少女ですら性別の壁は越えられないという事実を二人はわかっているんだろうか……』

 

『さぁ? けど、そろそろヴィヴィオとなのはをどうにかしないとご近所さんに俊が女の子だったという新事実が発覚したあげく、5歳に手をあげるレズ女になっちゃうよ』

 

『俺のことはどうでもいいけど、ヴィヴィオには笑っててほしい。 おーい、ヴィヴィオー!』

 

 いまだ、どちらの嫁なのかで喧嘩していたなのはとヴィヴィオだが俊の呼びかけによりその喧嘩も終わりを迎えた。 俊に呼ばれたヴィヴィオは、普段のにこにことした笑顔で寝ている俊に抱きついくる。

 

「パパ、だいじょうぶ? だいじょうぶ? しんじゃうの? しんじゃうの?」

 

「大丈夫、パパは死なないさ」

 

 しつこいくらい真剣に質問するヴィヴィオに、俊は頭を優しく撫でながら答えていく。 なのはは指をくわえて羨ましそうに見ていた。

 

「ヴィヴィオ、夜までには治すからそれまでなのはママと一緒にいてくれないかな? それに、なのはママはヴィヴィオのことが心配だからあんなこといってるんだからな? 嫌われても、疎まれても、それでも娘のことが心配であんな憎まれ役を買ってくれたんだ。 そこはわかるか?」

 

「……うん」

 

「よしよし、いい子だな。 ほら、だったらなのはママに言わないといけないことがあるよな?」

 

「……うん」

 

 そっとヴィヴィオを撫でる俊の手が止まる。 ヴィヴィオはとてとてとなのはのほうに歩いていき、

 

「なのはママ、ばかとかいってごめんなさい」

 

 そう謝った。 なのはは笑みを浮かべながら、

 

「はい、よくできました。 ヴィヴィオは偉いねー。 流石私たちの自慢の娘! ママもちょっと熱くなっちゃったね。 ごめんなさい」

 

「ううん、いいよ」

 

 二人して抱き合い、仲直りのキスをして照れたように笑いあう。 なのははヴィヴィオをだっこすると、様子をみていた俊に手を振った。

 

「早く治してね。 まってるから」

 

「ああ、すぐに治すよ」

 

 俊となのはは手を振って別れた。 ヴィヴィオをだっこしたなのははそのまま階下へと向かう。 フェイトと俊に二人の話声が聞こえてきた。

 

『よーし、ヴィヴィオ。 パパのためにお昼ご飯作ろっか』

 

『うん! ヴィヴィオがんばる!』

 

『ガーくんも手伝ってね?』

 

『ハーイ!』

 

「「…………」」

 

 その話声を聞いて、フェイトと俊は固まった。

 

「フェイト、二人の調理を止めてくれないかな……? いまの俺の胃ならとんでもないことになる」

 

「私も俊を死なせたくないし、全力で止めてくるよ。 けどその前に俊──手を離してくれないと動けないよ?」

 

「……あ」

 

 無意識のうちに俊はフェイトの手を握っていた。 フェイトはにやにやと笑いながら俊に問いかける。

 

「一人はさびしいのかなー、俊? さびしんぼうで甘えん坊の俊?」

 

「べ、べつにさびしくなんかねえよ!」

 

「あ、そう。 それじゃもう行くね」

 

「あっ……」

 

 フェイトと俊の手がするりと解けると、俊はフェイトの服を無意識のうちに掴んでいた。 フェイトが振り向くと、俊は冷や汗をだらだらと流しながら言い訳の言葉を探し──

 

「えっと……、さびしいのでできればすぐに来てほしいです……」

 

 観念したかのように、うつむきながら小さな声でフェイトにお願いする俊。 フェイトは、そんな俊を愛しそうに抱きしめると頬にキスをし、そのままドアの前まで移動する。 移動したフェイトはくるりと俊に振り返ると、唇に人差し指をあて

 

「今日は私が新婚の新妻並みに手厚い看病をしてあげる♪」

 

 そう宣言し、上機嫌で去って行った。 俊は意識を失うように夢の中へと旅立った。

 

              ☆

 

 ほんと、なんで病人のときの俊は母性というか、庇護欲をそそられるんだろう……。 けども、ついつい苛めたくなっちゃうし、困ってる姿を見たくなっちゃう。 まぁ、いつもの俊もみたいしやっぱり風邪は治ってほしいかな。

 

 私は俊の部屋からキッチンへと移動するために階段を降りる。 そこに、なのはとヴィヴィオの声が聞こえてきた。

 

『なのはママっ!? おなべのなかからまものがでてきたよ!?』

 

『ぎゃぁー!? ガーくんやっつけて!?』

 

『マカセロ!』

 

 ……いったい、いつから家は魔界につながるゲートを引いたんだろうか。 というか、なのは。 鍋から魔物を呼び寄せるなんてレベルが高すぎるんだけど。

 

 自然とため息が出てしまったけどしょうがないよね。

 

 そう自分に言い訳をし、なのは達がいるキッチンへと向かう

 

「なのはー、ヴィヴィオー、そんなに食べ物で遊んじゃ──」

 

「「(´・ω・`)」」

 

「えっと……」

 

「「(´・ω:;.:...」」

 

「あ、うん。 おとなしくゲームしとくんだね」

 

「「(´:;....::;.:. :::;.. .....」」

 

 ヴィヴィオをだっこしたなのはがショボンとした顔でてくてくとリビングへ向かっていった。 あ、あんなに落ち込むほどの酷い出来だったんだね……。 どれくらい酷かったのかな?

 

「……………………」

 

 はっ!? あ、あまりの酷さに現実逃避してた!?

 

「ま、まずはキッチンの片づけから始めようかな……」

 

 スポンジに洗剤をつけ深呼吸をした後、私はこの悪魔たちと戦うのであった。

 



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92.小休憩2

 トントントントン、とキッチンからは小気味よい包丁の音が聞こえてくる。 家の労働の一切を担っている俊が風邪で倒れこんだのが昨日のこと、そして今日はその俊に代わってフェイトが家事を担当することとなったのだ。 高町なのは? 家を燃やすつもりか。

 

 フェイトが俊のためにおかゆを作っていると、背後から何者かの視線を感知した。 フェイトは後ろをそっと振り向く。

 

「|ω・`)」

 

「な、なのは……?」

 

「|)彡サッ」

 

「……」

 

 ……かわいい。 フェイトは先ほどからのなのはの行動をそう結論付けた。 最初はおとなしくゲームをしていたなのはだが、次第に飽きてきたのかはたまた俊のことが心配なのか、しきりにフェイトが担うキッチンに近づこうとしては去っていく。 先ほどからそれの繰り返しである。 ちなみにヴィヴィオはガーくんとゲームに熱中している。 すっかり涙も消えていた。

 

 フェイトは一つでおかゆを作りながら、もう一つで三人分の昼食を作りつつ、なのはに声をかける。

 

「えっと……手伝いたい?」

 

「(コクコク)」

 

「それじゃ、お皿をお願いしてもいいかな? 大きいのを二つと小さいのを一つ。 今日のお昼は豚肉とお野菜の辛味噌炒めにするからさ」

 

 フェイトのお願いになのはは首を縦に動かした後、食器棚から大きな皿を二つと小さな皿を二つ取出し、フェイトに見せながらキッチンに置く。 いちいち仕草が可愛く、フェイトは胸の辺りがキュンとした。

 

「それじゃ次はご飯をよそってくれる?」

 

 なのははご飯茶碗を取出し三人分をそようとテーブルへと置きにいった。 フェイトはそれを見送った後、フライパンから出来上がった豚肉と野菜の辛味噌炒めをなのはが用意してくれた皿に盛りつけていく。 盛り付けが終わった直後になのはが丁度よく来たので、フェイトはなのはに運ぶように言いつける。 それを了承したなのはをみて、フェイトは俊のおかゆの最終段階へと入った。 既に出来上がりつつおかゆに卵を落とし完成である。 それにしてもこの女性、作る料理がミスマッチである。

 

「あ、先に食べてて。 私は俊にご飯食べさせてくるから」

 

 なのはとヴィヴィオにそういってフェイトは二階へと上がっていく。 その顔は心なしか嬉しそうであった。

 

「(もしかしたら、『やっぱり俺にはフェイトがいないとダメなんだ……』とか言われたりして?)」

 

 

 そんなことを考えながら、フェイトは俊が寝ているドアをノックした。

 

            ☆

 

 頭がぼーっとする。 体がふわふわと空を漂っているような感覚に陥って、これが夢なのか現実なのかわからない。

 

 コンコン

 

『俊―? 入るよー?』

 

 俺のエプロンを着たフェイトがおぼんを持って入ってきた。 エプロン姿がよく似合うよな。 まるで新妻みたいだ。 いや、今日は新婚の新妻みたいにしてくれるんだっけ? あぁ、風邪ひいてよかった。

 

 コトンとおぼんを置いたフェイトは俺の背中に手を回し上半身を起き上がらせると、前髪をあげて額をくっつけてきた。

 

「うーん、まだまだ熱が高いね。 おかゆ作ってきたんだけど……食べれる?」

 

 小首を傾げながら聞いてくるフェイト。 あぁ、可愛いなぁ。 なんでこいつはこんなに可愛いんだ……。

 

 けど、本当にフェイトがここまでしてくれるんだろうか? なんだか夢のような気がしてきたぞ。

 

 フェイトが蓮華をもってふーふーとおかゆを冷ましてくれている。

 

 そんなフェイトを見て、俺の体は自然と動こうとしていた。 それに必死に自制を効かせようとするが、体調不良のせいか思い通りにいってくれない。

 

 けどまぁ、いいか。

 

 どうせ夢なんだ。 夢の中でくらい、普段できないことをしても大丈夫だよな、害はでないんだし。 フェイトにキスしても大丈夫だよな。 俺だって好きな娘を前にして完璧に抑えることができるほど、できた人間じゃないんだしさ。

 

          ☆

 

 フェイト・T・ハラオウンはいまの現状が理解できないでいた。

 

「──!?」

 

 声を出そうにも声を出せないフェイト。 しかしそれもそうだろう。 何故ならフェイトの声を発する場所である唇を、上矢俊が塞いでいたのだから。

 

 思わず手に持っていた蓮華を落とすフェイト。 蓮華はベッドのシーツに吸い込まれるように落ち、シミを作った。

 

 そっと唇から離した俊は、そんなフェイトを見てクスリと笑った。

 

「ダメじゃないかフェイト。 食べ物を粗末にしちゃいけないよ」

 

 落ちた蓮華を拾い、置いてあるおかゆをすくう。 熱を冷ましながらおかゆを食べた俊は数回咀嚼した後飲み込んだ。 ぺろりと舌舐めずりをしてフェイトに蓮華を向ける。

 

「フェイト、これちょっと塩分が多いかな? おかゆに塩を使うときは気を付けないと、すぐに塩分過多になっちゃうぜ?」

 

「へ? あ、ご、ごめん……」

 

 思わずフェイトは謝ってしまう。 目の前に人のために作ってきたのに、何故かその人に注意されてしまうフェイト。 しかし俊はそんなことなどお構いなしにおかゆをすくいフェイトの口に持って行った。

 

「ほら食べてみろよ。 ゆっくり咀嚼していくとわかるぜ?」

 

 少しおどおどしながら、ぱくりと勢いよく口に含んだフェイト。 そのままもぐもぐと咀嚼し──

 

「あ、ほんとだ。 確かに多かったかも。 ……むー、でも俊のために作ったんだし……」

 

 頬を膨らませるフェイトに、俊はゆっくりとフェイトの髪を撫でながら近づき、ぺろっと舌でフェイトの唇を舐めた。

 

「──なっ!?」

 

「うん、これくらいが丁度いいよ。 ん? どうしたんだ? フェイト」

 

 フェイトは自分の顔が赤くなるのを自覚する。 それと同時に今度こそ動揺した。

 

「しゅ、しゅんっ!? ちょ、ちょっとどうしたの!?」

 

 ガバっと俊の両肩に両手を置くフェイト。 俊はそんなフェイトの手を取り、ゆっくりと自分の胸の前にもっていく。

 

「ごめんなフェイト。 あまりにフェイトが可愛くて、あまりにフェイトの唇で艶やかで、ついつい舐めてしまったよ。 やっぱり迷惑だったよな?」

 

「い、いや……べ、べつに迷惑ってわけじゃ……」

 

 ここで嫌と言えないフェイトは自分自身に叱咤する。 そんなフェイトを見て、俊はゆっくりと抱きしめた。 フェイトの金色で手で梳くと閊えることがない流れるよ

うな金髪を撫でながら、優しい声色でフェイトの耳に囁きかける。

 

「ごめん、フェイトを困らせて。 やっぱり俺ってダメな男だな……」

 

「そ、そんなことないよ!? ほ、ほら私はこんなに元気だから!」

 

 顔と顔とが見れる距離まで引き離したフェイトは、にっこりと笑顔を浮かべる。 それを見て、俊もニッコリと微笑んだ。

 

「やっぱり、フェイトには笑顔が一番だ」

 

「あぅ……ありがと……」

 

 い、いったいどうしちゃったの!? いつもの俊じゃないよねっ!?

 

 フェイトは心の中で叫ぶ。 しかしそんな叫びも俊には届くはずもなく、フェイトは腰を掴まれ胡坐を掻いた俊の膝に乗せられた。 あわあわするフェイト。 手を背中に回す俊。 そしてもう一度キスをする。 優しくゆっくりとキスをする。

 

 ………べつにいつもの俊じゃなくてもいいかも……。

 

 フェイトは心の中で呟いた。 当たり前のようにその呟きは俊に届くはずもなく、俊はフェイトに話しかけてきた。

 

「フェイトはほんと可愛いよな。 それに人当たりもいいし、仕事だってできる。 なんでもござれの美人だよ」

 

「そ、そんな……」

 

「けど、だからこそ俺は心配になっちゃう。 誰かにフェイトを取られるんじゃないかってさ」

 

「……俊……?」

 

「なぁフェイト。 俺にはお前が必要なんだ」

 

 俊は強引にしかし優しく、フェイトをベッドに押し倒す。

 

 フェイトは抵抗しないまま、成すがままに押し倒される。

 

 ポジションが上になった俊はフェイトに安心感を与えるように笑みを浮かべ、キスをおとす。 今度はフェイトの唇から自分の舌を侵入させ、フェイトの舌を絡ませる──所謂ディープキスである。

 

 驚き引っ込めようとするフェイトの舌を俊は逃がさず、まるで手を取り抱き寄せるようにフェイトの舌を離さない。 幾ばくもしないうちにフェイトも積極的に自分の舌と俊の舌を絡ませる。 『もっと欲しい……、もっとしよう……』 言葉にはしないが、フェイトは目線で俊に訴えかける。 手を俊の首に回し、決して離さない意志を見せた。 二人だけの空間には卑猥な音と、時折漏れるフェイトの声だけが聞こえてくる。

 

 何分が経っただろうか、俊はそっとフェイトの口腔内から自分の舌を離す。 「あっ……」 思わずフェイトはそう声を漏らした。 細い銀色の粘着質のある糸が先程までの二人のつながりを一層認識させる。

 

「フェイト、かわいいよ……」

 

「ふぁっ……、く、首筋にキスしないで……。 す、するならここに……」

 

 自分の指で唇を指さすフェイト。 おねだりするフェイトに俊は首を傾げながら、手を太ももにもっていった。

 

「そこもいいけど、俺はこっちもしたいな?」

 

 ゆっくりと愛撫しながら俊は首を傾げながら聞く。 フェイトは視線を四方八方に向け、誰もいないことを確認する。 全神経を集中させ、気配を感じないことを確認

する。 その間にも俊は太ももを撫で続け、ゆっくり焦らすように下腹部、フェイトのスカートの中へと手を忍び込ませる。 ビクっ、フェイトは緊張で体が跳ねる。

 

 それを見た俊は、フェイトの緊張を解くためかキスをし、意識をそちらに向けさせる。 フェイトの目は幸せそうにとろんとしていた。 俊はゆっくりとフェイトの下着越しに指を這わせていく。

 

「じ、焦らさないでよ……俊」

 

「フェイトが可愛いから、つい」

 

「……もう。 もっとして……、私を愛して……」

 

 ジーーーーーーーーーーッ

 

『シャマルさん! それ以上近づくと録画がバレちゃいますって!?』

 

『大丈夫ですよティアナ。 いまのフェイトちゃんは察知する能力は完全に機能してないようなものですし』

 

『それにしてもひょっとこさん……、意外と積極的なこともできるんですね……』

 

『ありゃ完全に現実と夢の区別がついてない状態だな。 “夢だから普段できないことをしても大丈夫。 だって夢だし嫌われても俺には害がないしな” とか考えてる

ぜ。 さっさと死ね、クズ野郎』

 

『シグナム、ヴィータは荒れてるな』

 

『仕方ない。 見舞いのために午後の仕事を全部断ってきたというのに、当の本人はテスタロッサといちゃいちゃしていたんだ。 自腹でフルーツまで買ってきたというのにな。 まぁ、あのクズが死ねという所には同意するが』

 

『それにしてもはやてちゃん遅いですねー。 まだなのはちゃんに入れてもらえてないんですか?』

 

『主はやては色々と前科があるしな……』

 

 ドアの向こうからティア、シャマル、スバル、ヴィータ、ザフィーラ、シグナムのやり取りが聞こえてくる。 その声を聞いた瞬間、先程まで幸せに浸っていたフェイトの意識が急激に現実へと引き戻された。

 

 思わず俊を突き飛ばし、力強くドアを開ける──

 

「「「「「編集してから渡しますので」」」」」

 

「まだ何もいってないんですけどっ!?」

 

 ドアを開けると、全員がにやにやとした笑みを浮かべながら立っていた。 フェイトは顔が赤くなる。

 

「フェイトちゃん、口の周りの唾液は拭いたほうがいいですよ?」

 

「へっ!? い、いやだ、私ったら……」

 

 袖でぐしぐしと拭うフェイト。 それを愉快そうに見る者たち。 フェイトはその視線に気づいたのか、あわあわと慌てふためいた後、

 

「ちょ、ちょっとシャワー浴びてくる!」

 

 そう言い残しその場を脱兎の如く逃げ出した。

 

 それを見送ったヴィータは俊の部屋へと入りそこで、ようやくしっかりと頭が働いてきた俊の顔面に蹴りを躊躇いなく打ち込んだ。

 

 上矢俊、またしても意識を失うのであった。

 

 



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93.小休憩3

「お~! すごいよシャマル先生! みるみる体が軽くなっていく! ありがとう!」

 

「それでも今日はちゃんと安静にしておかないとダメですよ? 確かに市販の薬よりは効果はありますが、完全に治ったというわけではありませんので」

 

 シャマル先生が人差し指を立てながらしっかりとした口調で告げてくる。 俺はそれに何度も何度も頷きで答えた。

 

 ふと、沢山の気配を感じて起きたのが10分ほど前のことであり、部屋にはヴォルケンや嬢ちゃんが俺の漫画やゲームを好き勝手に使っている光景が広がっていた。 そこでシャマル先生が俺が起きたことに気が付き、あれよあれよという間に風邪クスリを飲ませてくれたのだ。 市販の粉よりも飲みやすい、いかにも効果がありそうなクスリを飲んで数分が経ったいま、俺はクスリの効果は体で体験していた。

 

「あれ? そういえばはやては?」

 

「あ? はやてなら玄関先でなのはにつかまってるんじゃねえの?」

 

「ふ~ん……。 ちょっと様子でも見てくるか。 風邪も大丈夫そうだし」

 

 ベッドから降り、部屋を出ようと腰を浮かした瞬間、ロヴィータちゃんが俺の腕を掴んできた。 そのまま、強引に仰向けに倒される。

 

「止めろ。 お前が行くと面倒なことになる。 それにいきなり活動をすると体に悪い」

 

「ロヴィータちゃん……、結構大胆なのね……。 優しく……してね?」

 

「聞いてたか? いまのあたしの話ちゃんと聞いてたか? 復唱できるか?」

 

 バカを見るような目でこちらを見てくるロヴィータちゃん。 幼女からそんな目を向けられるなんて、僕ゾクゾクしちゃう。

 

「それに、大胆さならお前に負けると思うぞ。 お前あんなことできたんだな」

 

「え? なんのこと?」

 

「……いや、覚えてないならいいや」

 

「え? なに? なんなの? 俺何かしたの? なんで皆してヒソヒソ話してるの? ねぇっ!? ちょっと怖いんですけど!?」

 

 焦る俺の肩にシグナムが優しく手を置く。

 

「ま、主はやてに手を出さなければそれでいい。 後は高町あたりに刺されてれば大丈夫だ」

 

「それ絶対大丈夫じゃないよね? プログラムと生身の人間を一緒にするな」

 

 釈然としない思いを抱きながらも、シグシグからナイフを受け取りロヴィータちゃんが持ってきてくれた果物を切っていく。

 

 それにしてもこの果物。 かなり高価なもののようだが……、

 

「ロヴィータちゃん、これいくらした?」

 

「お前の小遣いよりは少ないぞ。 だがお前がおいそれと買えるほど安くはないぞ」

 

「…………」

 

 予想より万単位で高くて手が止まってしまった。

 

「ロヴィータちゃん、金大丈夫だった……?」

 

「収入ゼロのお前と一緒にするな。 これくらいわけないに決まってるだろ」

 

「ロヴィータちゃんマジイケメン。 それにくらべて──」

 

 チラリと横を見ると、嬢ちゃんとスバルが必死に俺のプライベートパソコンのロックを解除しようとしていた。 なにやってんだあいつら。

 

『あ、あれ……? 絶対に『なのフェイラブ』だと思ったんだけど』

 

『うーん、『なのはたんちゅっちゅ』だと思ったんだけどな~』

 

 ……こいつら、かなりニアミスしてやがる……!?

 

「なあひょっとこ。 あのパソコン解除してきていいか?」

 

「やめて! あいつらには知られたくないから!」

 

「まぁ、私たちにパスワードが知られている現状を鑑みると、貴様のパソコンのロックなんて無意味に思えるのだがな」

 

「そもそも誰だよ、俺のパスワード流出させた奴。 しかもめちゃくちゃ規模が狭いし」

 

 いや、規模が狭いのはいいことなんですけどね? でもあの中には日記も入れてるわけで、それを知られたら確実におちょくられること確実なわけで。

 

「……まぁ、いっか。 アレに辿り着くには10回ものパスワードを入力する必要あるし大丈夫だろ。 あ、

 

シグシグ、りんご食べる?」

 

「いや、私はバナナをもらおう」

 

「やだっ! この子ったらこんなに人がいるところでバナナを口に含みたいだなんて! やっぱりピンクは淫乱なのねっ!」

 

「バナナでそこまで反応できるお前は間違いなく変態だろうな」

 

 ごめんシグシグ、カマ口調が気に入らなかったのなら謝るからレバ剣をこちらに向けるのは止めてください。

 

 シグシグが見舞い品の籠の中からバナナを一本取り器用に皮を剥きながら食す。 なんでこいつはいちいち騎士っぽいんだろう。 緊張でトイレ直行する子なのに。

 

 しょうがないからロヴィータちゃんにあげよう。

 

「はいロヴィータちゃん。 あ~ん」

 

 新婚バリのいちゃいちゃ雰囲気を出しながらロヴィータちゃんの口元にりんごを持っていくと見事に手を叩かれた。 ここまで嫌われてるとそういうプレイかと思ってしまう。 でもベッドに落ちたりんごに謝罪しながら食べるロヴィータちゃんはめちゃくちゃ可愛いです、はい。

 

 あ、咽喉が乾いてきた。

 

「ひょっとこ、病人は水分を沢山とり汗を流すことも仕事だ。 ほら、水分を取れ」

 

「…………」

 

「ん? 何故お前はそんなに悲しそうな顔をしているんだ?」

 

「いや……なんでもない」

 

 なんでザッフィーが水差し取ったの? ザッフィーとフラグ作れってか? ぶっ飛ばすぞ。

 

 とはいえ、素直に感謝を述べながら水を飲むことに。 うん、清涼感が体に染み込んでくる。 頭もスッキリしてきたような気もするし。

 

 ザッフィーにもう一度お礼を言って水差しを渡すと、キャロとエリオが漫画を抱えながらこちらにやってきた。 いったい何事か? エロ本は隠してあるから見つからないと思うんだけど……、だから探しても無駄だぞそこのバカ二人。 なんでさっきからこいつらは俺の部屋を荒らし回ってるの? 俺に恨みでもあんの? やめろ! そこのフィギュアには触るな!

 

「あの、ひょっとこさん」

 

「あ、ロヴィータちゃん。 そこの珍獣二人を俺のフィギュア棚から遠ざけて。 というか、こっちに連れてきて。 ──それで、どうしたのよキャロにエリオ。 俺の見てる目の前でその漫画引き裂く気? それはもうなのはさんの必殺技だからネタ被りになるので使えないよ?」

 

「いや、えっと……そうじゃなくて」

 

 キャロがモジモジとしながら漫画に目を落とす。 持っている漫画は日常系漫画ですか、ほのぼのしてて割と好きな漫画です。

 

「それ気に入った?」

 

「あ、はい! とっても面白いです! そ、その……出来ればお借りできないかと……」

 

「いいよー。 ある分だけ取っていいよ。 いま20巻まで出てるし」

 

 本棚を指さし、一列に並べてある箇所を示すが、エリオとキャロは二人して首を振った。

 

「いえ、今回は4冊で大丈夫です」

 

「あ、そう。 んじゃ、電話さえくれれば六課に持っていこうか?」

 

「い、いえ……。 ここまで取りに行きます。 その……ご迷惑じゃなければなんですけど……」

 

「オッケーオッケー。 深夜でも早朝でもいつでもいいよ。 基本ガーくんが人の気配で起きるから大丈夫」

 

「ひょっとこ、それガーくんは大丈夫じゃないだろ。 アレほんとにアヒルか?」

 

「きっとロストロギアだから大丈夫」

 

「基準がわからん」

 

 エリオとキャロの頭を撫でながらロヴィータちゃんと会話する。 成程ねー、そりゃエリオもキャロもまだ子供なんだし、この家にもっと遊びにきたいよな。 もっと

こっちからも誘っていくか。

 

「ひょっとこさんひょっとこさん! これ借りてっていいですか!?」

 

「流石にプレステ3は無理だ。 諦めてくれ」

 

 小脇にプレステ3を抱えたスバルが嬉しそうな顔して聞いてくるが、バッサリと切り捨てる。 現在進行形でやってるゲームがあるし、流石に無理だよ。

 

「ひょっとこさん、この梨食べていいですか?」

 

「どうぞー、嬢ちゃん剥こうか?」

 

「あ、お願いします」

 

 嬢ちゃんから梨を受け取り剥いていく。 半分ほど剥き終ったら一口大のサイズに切り分け、シャマル先生が持ってきてくれた皿に乗せていく。 嬢ちゃんはお礼をいいながら受け取り、ぱくぱくと食べていく。 うん、食べる姿が可愛いから先ほどのフィギュアの件は不問にしておこう。

 

 皆も梨を食べることに夢中なので、全部剥いてから一息つくことに。

 

「ふぅ……。 体調管理も満足にできないなんて、士郎さんになんて言われるだろうか……」

 

 バレなければいいけど、なのはは絶対に喋るだろうし。

 

 それに桃子さんから何か言われるだろうなぁ。

 

 微妙にへこみながら、りんご剥きを再開しようとした矢先、どたどたと階段を上る音が聞こえてきた。

 

 何事かと思いドアのほうを眺めていると、金色の髪にオッドアイ、アリス風の服に身を包んだ愛娘のヴィヴィオが心配そうな顔を見せながら顔を覗かせた。 俺の顔を見るなりヴィヴィオは駆けだそうとするが、何故か部屋に入ろうとした瞬間に不安になった顔でこちらを見てくる。 そして部屋にいる全員を見て、横にいるガー君を見て、最後に俺をみて、

 

「ヴィヴィオはいっても……パパはだいじょうぶ?」

 

 胸の前に手を置きながら聞いてきた。

 

 はい死んだー! いまの俺は萌え死んだー!

 

 心の中で歓喜の声を上げながら、表情は優しく父親らしく優しく笑いかけながら「おいで?」そう声をかけ手を広げながら答えた。 心配そうな顔から一転、ひまわり

のような笑みで俺にダイレクトアタックを決めてくるヴィヴィオ。

 

「えへへ……、パパもうだいじょうぶ? もうへいき? きょうヴィヴィオとねれる?」

 

「うんうん、もう大丈夫だよ。 今日はヴィヴィオと一緒に寝れるよ」

 

「やたー! パパだいすき!」

 

「俺もヴィヴィオ大好きだよ」

 

 ヴィヴィオを抱きしめながら優しく頭を撫でる。

 

『ロリコンきめえ』

 

『しかも自分の娘だぜ? こいつ絶対に手を出すぞ』

 

『成程、だから高町達にもあまり前に出ないんだな』

 

「なんでお前らはこの光景を素直に微笑ましそうな目で見ることができないの?」

 

 全員腐りすぎだろ。

 

 ヴィヴィオは俺の評判が下がっていることに気が付くことはなく、「よいしょ……よいしょ……」と言いながら俺の膝にすっぽりとおさまってしまった。 下からこち

らを見上げながら恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑うヴィヴィオにこちらも堪らず笑みを浮かべる。

 

「そうだヴィヴィオ、りんご食べるか? ガーくんも」

 

「たべる! ヴィヴィオねー、ウサギさんがいい!」

 

「ガークンハドラゴン!」

 

「ドラゴンはまた今度ねー。 きっと食べる所がなくなると思うから」

 

 それにあれはちょっと時間かかるし。

 

 今回はヴィヴィオを優先しようということで、りんごをウサギに剥くことに。 手元はヴィヴィオが見える位置に移動させ、肩にはジャンプしてきたガーくんが乗っかる。 しゃりしゃりしゃり、剥くこと数分、綺麗に盛りつけられたウサギをヴィヴィオとガーくんが美味しそうに食べている光景が広がっていた。

 

 それにしても、なのはもフェイトもはやても何してるんだろうか?

 

              ☆

 

 家の玄関には高町なのはと八神はやてが立っていた。 いまだに靴を履いているはやてをなのはが見下ろす形である。

 

 両者笑顔で会話する。

 

「なのはちゃん、そろそろ通してくれへんかな? 親友やろ?」

 

「人の男を横取りしようとする親友をわたしは持った覚えはないかな」

 

「いややわ~、なのはちゃん。 ただの幼馴染を自分の男みたいにとらえとるん? あー、だからわたしと俊とのイチャラブにも突っかかってくるんやな」

 

「いちゃらぶ? あれははやてちゃんが一方的に俊くんを食べようとしているだけであって、まったく全然違うと思うんだけどな~。 あ、もしかしてはやてちゃんってそういう風にしか俊くんと接することができないのかな?」

 

 ビキビキ……!

 

 なのはとはやての頭に怒りマークが浮かび上がる。

 

 表情で笑顔であるが、その内面にどんなことを思っているのか?

 

 そんな折、後ろから声をかける者が現れた。 体からは湯気が立ち上り、シャワーによる赤くなった頬が可愛らしい、なおかつ魅惑なプロポーションがより一層艶めか

しく見える、フェイトであった。 フェイトはタオルで金色の髪から水分を吸いだしながら二人に声をかけた。

 

「何してるの? ヴィータたちはもう俊の部屋にいるけど?」

 

「あれ? フェイトちゃんシャワー浴びたんだ。 お気に入りの下着履いてたのに?」

 

「う、うん。 ちょっとね」

 

 曖昧に笑うフェイトだが、自分の手が知らず知らずのうちに下半身に伸びそうになることに気が付き一瞬体が固まった。

 

「? フェイトちゃん?」

 

「な、なんでもない! なんでもない! ほんとなんでもないから! それよりはやて、いつまでそこにいるの?」

 

「なのはちゃんが入れてくれへんねん」

 

「ダメだよなのは。 はやてだけ仲間外れはよくないよ?」

 

「うっ……。 フェイトちゃんは甘いよ……、もうわたしが先に襲うもん……。 逃げられないようにするもん」

 

 フェイトにまで怒られいじいじしだすなのは。 そんななのはをフェイトは抱く。 抱きながら頭をよしよしと撫で続ける。

 

「(やっぱ、なのはちゃんとフェイトちゃんはその組み合わせのほうが似合っとる気がする)」

 

 なのはとフェイトが抱き合っている様子を見て、はやてはそんな感想を抱きながら階段を上る。 と、そこに丁度いいタイミングで先に家に上がらせてもらっていたメンバーが降りてきた。

 

 その先頭にはヴィヴィオがいた。

 

「あっ! はやておねえちゃんだ! あのねあのね? パパはもうすこしねるからはいっちゃダメだよ? それにね、よるはヴィヴィオとおねんねするの!」

 

「そっかー、よかったなーヴィヴィオちゃん。 それじゃ、わたしはちょっとなのはちゃんとフェイトちゃんの部屋に用があるから2階に行くで。 ほんならヴィータ、皆をよろしく頼むで?」

 

 ヴィヴィオと手を繋いでいたヴィータが頷くのを確認して、2階へと上がったはやては一目散に俊の部屋へと向かった。

 

 ノックなしに部屋へと入ると、俊が何かの資料に目を落としている最中であった。 はやての気配に気づき顔を上げた俊は、はやてを笑顔で招く。 はやてはそれにた

め息を吐きながら、一冊のあらかじめ懐に忍び込ませていた資料を手渡した。

 

 それを受け取りぱらぱらとめくる俊。 資料に目を落としながら、俊ははやてに問う。

 

「不正局員これだけ? たったの40人?」

 

「元が少ない上に、レジアス中将の件でかなりの人数が手を引いたから、それだけやな」

 

「まぁ、手を引いた奴らは行動を起こすことができない奴ばっかりだからな。 流れに乗せられる連中ばかりだろ。 きっとこいつらは集団心理で、自然とホワイトなほうに行くだろうな。 まぁ、管理局を変えることができればこの手のタイプは問題ないさ」

 

 俊の問いに答えるはやては、床に転がっていた雑誌を拾い上げ読み始める。

 

「それにしても、俊の言った通りそこにリストされているほとんどが疑心暗鬼に堕ちいってたで」

 

「そりゃそうだろ。 レジアス中将は不正の中心人物みたいな立ち位置だったしな。 なにせバックが最高評議会だし。 そのレジアス中将が墜ちたんだ。 “次は自分か

もしれない”“もしかしたら誰かが自分のことをバラしたかもしれない” そう考えるのが普通だろ。 そうして精神も体も疲労させ、そこにこちらがアクションをかける。 まぁ、予定通りだな」

 

「だからレジアス中将を墜とした後に、一週間から二週間、何もアクションを起こさないっていうたん?」

 

「その通り。 だからしばらくは、ここにリストしてある人物に軽く接触しておくだけでいいかもな。 あくまで軽く、挨拶を交わす程度でいい」

 

「それで? 俊はどうするん? 不正局員相手にどう行動していくん?」

 

「俺? そうだな~、まぁそれなりにしていくさ。 不正局員なんだし、別に気遣うこともないしな。 クズを相手にするときは、こっちはそれ以上のクズになることが大切だぜ、はやて」

 

 ごろんと寝転がりながら答える俊は、薬のせいなのかわからないが大きな欠伸をする。

 

「ほんと心配なんやで? あんたのこと」

 

「大丈夫さ。 俺は勝ち目のある勝負しかしない主義なんでな」

 

 はやてはそんな俊を見て、肩を竦めながら結婚式の雑誌を眺めるのであった。

 



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94.曲芸6

 高校時代、一日だけアリサと二人きりで昼休みを過ごした日がある。 そのときアリサは、上矢俊という人物のことをこう評価した。

 

『自分に激甘、身内に甘く、他人に無関心な男よね』

 

 購買で買った俺の紅茶を横取りしながら、アリサはそう平然と言ってのけた。 正直、アリサの評価に感心した。 いつからかはわからない、いやきっと小学校に上がる前のあの事件の時だろうか。 その時から、少しばかり感性が変わったのかもしれない。 壊れたから変わったのか、はたまた壊れてなくてもこうなったのか。 案外、俺はあの事件を言い訳に使っているのかもしれない。 だとしたら、俺はかなりの親不孝者にあたってしまうかな。

 

『自分に甘いのは当たり前さ。 他人に無関心なのも当たり前。 興味ない存在を見続けるほど、俺は暇じゃないんでな』

 

『自分に甘いのが当たり前なんて、いまのご時世では無理があるわよ。 ほら、どこかの正義のヒーローは自分に厳しく律してるじゃない』

 

『それがそもそもおかしいんだよ。 自分の最大の味方であり相棒は自分自身だ。 世界は自分と自分以外の存在で成り立ってるのだからな』

 

『あんたの考え方、いつか身を滅ぼしそうね』

 

 アリサがため息を吐きながら白い目を向けていたのを覚えている。

 

 こればっかりはしょうがない。 あの時から、一部の例外を除いて俺はそう認識してしまったから。

 

 しかしまぁ……、アリサが友達でよかったよ。

 

 ところで、ここにて唐突に脈絡もなく話題を変更させてもらうが、人間とは面白い生き物で、自分より下に存在する者を認識すると途端に尊大になる生き物である。 そこに例外は存在しない。 人によっては、“人間の醜い部分”と評する者もいるだろう。 しかしながら、俺はこう思う。

 

『“醜い部分”があるからこそ、“綺麗な部分”が映えるのだ』

 

 例えば、人間は自分よりも外道な存在を目の当たりにすると、途端に善行な人間へとシフトすることがある。 それは“醜い部分”が存在するからであり、相手の潜在

している“醜い部分”が自分の“醜さ”を凌駕していた場合、脳の処理が間に合わないことによって起きる反動のようなものである。 自分より下の者を認識したから、自分より下がいると自覚したから。 希望が見えてしまったから。 だからこそ、その者は変わることができ、かつ“綺麗な部分”を存分に見せつけることができた。 醜

いと綺麗は常に一心同体であり、表裏一体なのだ。

 

 人間は脆い生き物だ。

 

 軽く手を払うだけで骨を折ることもでき、親しい誰かが傷つくだけで激昂する。

 

 単純で単調で、醜く脆い、自己欲求と自己満足で形造られた存在。

 

 目の前にいる者たちがいい例だ。

 

 管理局という巨大な組織を使って、自分の欲求を満足させる。 今日までどれほど甘い汁を啜ってきたのか……想像するに難くない。 きっと、高町なのはという存在に出会わなかったら、俺もこの者たちと同じような道を辿ったことだろう。 そして最後には高町なのはという無敵のエースオブエースに勝負を挑み散っていく。 そんな未来を何度も何度も想像してきた。 何度も何度も妄想してきた。

 

 不思議なものだ。 俺は彼女に殺されてもいいと思っているのだから。

 

 これぞまさしく歪んだ愛情である。

 

「さて……ここに書かれていることがあなた方の罪状になりますが……異を唱える者はいないのでしょうか?」

 

 白衣に身を包み、ピエロの仮面で顔を隠した俺は不正局員に告げる。 誰か一人が肩を震わせ、こちらを見る。

 

「キミは……何が目的なんだ?」

 

「はて、どういう意味でしょうか?」

 

 風邪をひいた日から2週間が経った今日、俺はレジアス中将とはやてとユーノを中心に集められた不正局員の資料を抱え、この部屋にきた。 八神はやてが事前に呼び出した不正局員、全40名がいるこの場所にだ。 部屋に入室すると、すぐさま局員たちがそわそわとした目でこちらを見て、俺の姿を視認し硬直した。 大方、はやてが来るものだとばかり思っていたのだろう。 それか──自分達の悪事がバレたとでも思ったのか。

 

 悪事を働いた人物が一人残らず召集されたんだ、そう思っても不思議じゃないよな。

 

「キミの目的はなんなのだと聞いているのだ!」

 

 ヒステリック気味の声を上げながら、俺に掴みかかってくる初老の局員。 ハッスルしてますなぁ、この男性は。 目の下には濃い隈、それに明らかに人間不信になりつつある瞳。 どうやら、自分達の悪事がバレるかもしれないというハラハラ気分を味わい続けるとストレスでこんな状態になるらしい。 チラリと周りをみるが……、大方この初老の男性と同じだな。

 

 ふむ……、逆説的に考えるとはやてだけがこの者達には希望だったのかしれない。 いつ逮捕されてもおかしくない緊張の中で、八神はやてという存在だけがいつもと変わらない様子で挨拶を交わしてくれる。

 

 人は不完全であるがゆえに、誰かを頼る生き物だ。 以前、こういった話を猫モドキとしたことがある。

 

 この者達からしてみれば、八神はやてだけが頼れる存在だと思ったのだろう。

 

『彼女は私に挨拶を交わしてくれるから、きっと私のことを見捨てないはずだ』

 

『彼女になら……』

 

 日を追うごとに、そんな感情が支配する。 それ以外に道が閉ざされていく。

 

 俺がなのはに拠り所を見つけたように──この者達もまた、はやてに拠り所を求めようとしていたのだ。

 

 心身ともに限界の中で、“当たり前”な行動を起こすだけで──人は簡単に堕ちていく。

 

 この手のやり方は詐欺や宗教では常套手段である。

 

 人の弱みに付け込み、相手の心を奪い、相手のスキマを埋め、相手を自由自在に操る。

 

 金も地位も名誉も体も命すらも──簡単に手に入る。

 

 全ては計画通りに事が運んでいる。 精神的に不安定の中、まともな話し合いが出来るとは思ってないし、そもそも話し合いをしようとすら思わない。 他人に付き合うほど暇じゃないんだよ。

 

 だから夕食の献立を考えるのと同時並行で事を進めよう。

 

 やるべきことは至ってシンプル。

 

 ──悪人になればいいだけさ。

 

 掴みかかられていた手を握り返す。 骨が軋む音が室内に響き、痛がる声が聞こえても素知らぬ顔で握り続ける。

 

「誰が俺に触ることを許可した、この家畜以下の生物が」

 

 骨を折るのは得策ではない。 何事もほどほどが大事であるし、ここで怪我を出せば不安定なこの者達は襲い掛かってくるかもしれないしな。

 

 握っていた手を離す。 離されていた手が支えとなっていたのか、どさりと初老の男性は崩れ落ち、こちらを恨みがましい目で見つめていた。 それを見下しながら、

 

「そのような薄汚れた汚い眼でこちらを見られても困ります。 眼球を抉り出されたいのでしょうか?」

 

 凄んでみる。 たった一言、いつもより低い声で喋るだけで相手は黙ってしまった。 声を出すことができなくなった。

 

「賢明な判断をありがとうございます。 こちらも家畜以下の返り血を浴びるなど想像しただけで吐き気がしてくるのでありがたいです」

 

 飛ばし過ぎな感じがして否めない。 事実、超小型イヤホン越しのはやてからもストップコールが何度かきているし。 それでも、俺の口は止まらない。 あぁ……いま

この状況がとてつもなく楽しい。

 

「さて、ここに集まってもらったのには勿論理由があるのですが、理解している方は沢山でしょう。 ──あなた方には私の駒になってもらいます。 管理局を潰すためのね。 不正局員のあなた方には相応しい役柄だと思いませんか?」

 

 左手を差し出しながら告げる声は軽やかで、それとは真逆に俺以外の局員は一斉に驚いた顔でこちらを見た。 何をそんなに不思議がっているのだろうか?

 

「おや、どうかしましたか? そんな顔をして、まるで『管理局を滅ぼす? ふざけるな!』 そう言いたげな顔をして」

 

「あ、当たり前だ! 管理局を潰すなんて……そんなことがまかり通ると思っているのか!」

 

 恫喝するように野次を飛ばす後ろの男性に、俺はクスリと笑ってしまった。

 

「いやはや、管理局に寄生している害虫が正義面して何をほざいているのでしょうか?」

 

「当然であろう! 管理局が潰れたら──」

 

「自分達が困るから、とでも?」

 

 そこで言葉に詰まるのが、クズの証なんだよ。 人のこといえないけど。

 

「楽しいですよねぇ。 皆が平和のために頑張っている最中、自分だけが汚職を働くのって。 楽しいですよねぇ、面白いですよねぇ。 必死に頑張っている連中を嘲笑い

ながら、自分は安全な場所でモニターを見ているだけでいいのですから」

 

 実に賢い生き方だ。 実に堅実な生き方だ。

 

 野次を飛ばした男性に近づき、そっと頬を撫でながら俺は聞こえるようにハッキリと一字一句聞き取れるように言葉を紡いでいく。

 

「覚えておくといいでしょう。 地位なんてものは、残飯以下の価値しか存在しないということを」

 

 ヴィヴィオが壊した俺のフィギュアのほうが価値があると断言できるほど、地位というものに価値はない。 服と同じなんだよ。 服は一生同じものを着ることはありえない。 いつかは脱がなくてはならない、その時──人は裸になる。 それと同様に、地位だっていつかは脱ぐときがくるだろう。 そんなものに固執して何になる? 理想としては、なのはやはやてだと考えている俺からしたら、権力や地位に食らいついている人間を見ると同情してしまう。 可哀想になってしまう。 そして、壊したくなってしまう。

 

 さて、そろそろ飽きてきたので本題に入ろう。

 

 俺は入口から一番近い場所に陣取り、全員に向かって告げる。

 

「いいですか皆さん。 私は何も私利私欲のために管理局を潰そうなどと考えていません。 全ては救済なのです」

 

 全員の頭に疑問符が浮かび上がってくる。

 

「考えてみてください。 管理局の行っている行動を。 思い返してみてください、管理局の実態を。 名前が悪いなんて幼稚なことは言いません。 それよりよっぽど酷いことがあるのです。 分かりますか?」

 

 指を突出し一人に問いかけてみるが、相手は何が何だかわからないという風に顔を左右に振るだけに止めた。 まぁ、当たり前といっちゃ当たり前なんだけどな。

 

「いいですか? 管理局は治安維持といってますが、世界の平和のためにと掲げてますが──そんなこと、実現不可能な夢物語なんですよ。 この世に平和なんて存在するはずがない、“平和”という言葉自体が、争いによって生み出された言葉なんです。 つまり、“平和”とは99%の日常と1%の争いから出来た言葉なのです。 本来なら、争いをしていなければ、平和という単語は生み出されていないはず。 そして、世界は“悪”と“善”の二つで成り立っている。 争いと平和の二つで成り立っている。 上層部の連中ならしっているはずでしょう。 世界に平和なんてものは存在しないということを。 だからこそ、管理局は治安維持が限度なんだということが。 ──さて諸君、長くなってしまい申し訳ないが……つまり私の言いたいことというのは──」

 

 すっと息を吸い込み、肺の中の空気を入れ替え、見下しながら上から目線で偉ぶりながら教えを説くする。 出鱈目で出任せを喋る。

 

「管理局という存在自体が──奴隷そのものなんです。 世界という飼い主に、出来ないことをやらされ続ける哀れな奴隷。 勿論、そこで仕事に従事している皆さん

も」

 

 なのはが聞いたらどういった反応をするだろうか? あいつはこういった話題の時は真剣になるからな。

 

「可哀想とは思いませんか? 底なし沼に落ちた荷物を拾ってこいといっているようなものです。 もがけばもがくだけ深みに嵌り、時が経てば何もしなくても悪化す

る。 そんな場所で一生を捧げるなんて可哀想だと思いませんか? あなた達は選ばれた人間です。 管理局に洗脳されていない唯一の局員達! さぁ、どうでしょう? 私と一緒に管理局を潰しませんか? そのほうが、局員達のためでもあるんですよ?」

 

 当然ながらこの誘いに対する答えは決まっている。 人間なんて簡単な生き物なんだ。 自分より下を見つけたら大きくなるように、自分より外道を見つけたらいきな

り善へと走り出すように──

 

「……私はそんなことしたくない」

 

「わ、私も……」

 

「お、俺も管理局を潰すなんてそんなこと……いまさら」

 ──この通り、勝手に“善人”ぶろうとする。 笑えてくる。 人間の優柔不断さと身勝手さに笑みが零れてくる。 猫モドキは人間のことを分からないと言っていた。 当たり前である。 刹那の間に立っている場所を切り替えることができる存在を理解しようということのほうが難しいだろう。

 

 だから言ってやる。 全てのことを棚に上げ、侮蔑と嘲笑を混じらせ言葉を送る。

 

「いまさら善人ぶるなよ、擬善者」

 

 偽るのではなく、義に尽くすのでもなく、善に擬態した者共に言葉を送る。

 

「自分の過ちを忘れたのか? 自分が何をしたか覚えてないのか? 口だけでならなんとでも言えるぜ? 驕るなよ、不正を働いた愚者共がどの口でほざいてやがる」

 

 俺の言葉に室内が凍りつく。 それもそうだろう、なんたってこいつらは不正を働いた局員。 本来なら、この場において発言権など存在しない輩である。 どんな言葉を吐こうとも、それは嘘で作られていると感じ、どんな正論を紡ごうとも、それは罪の前に掻き消される。 そもそもが不正局員と俺であったなら土俵が違うのだ。 対話することすらままらない。

 

 だからこそ──ここで彼女を投入させる。

 

「ちょっとええかな? そこのけったいなピエロの仮面を被った違法さん? ここをどこだか知ってるんか? 身分を証明できるものはもっとる?」

 

 背中からかけられる声に振り向くと、膨大な資料を抱えながらこちらに笑顔を向けている彼女の姿があった。 彼女──言わずと知れた、管理局に置いて、高町なのは、フェイト・T・ハラオウンと並ぶ人気を博しており、こと此処に至っては絶対的なカリスマを確立している俺の幼馴染──八神はやてである。 それはこの場にいてすぐに感じた。 不正局員を取り巻く空気が一変したのだ。 どこか安心したような安堵が部屋を支配する。

「おやおや、これはこれは可愛らしい御嬢さん。 御嬢さんのように可憐な子が、こんな薄汚い連中に用事でもあるのでしょうか。 だとしたら、とても犯罪チックな臭いがしてきますねぇ」

 

 にこやかな笑みを浮かべたはやてが胸ポケットに入れていたボールペンをへし折る。 よし、遊びは止めよう。

 

 コツコツコツ、靴音をわざと鳴らしながら部屋へと入り、俺の横を通り抜け、連中を守るように俺と連中の線上線に割って入るはやて。

 

 背の低いはやてが、俺のことを睨みつけながら精一杯凄んで見せる。

 

「あんた、さっきこういうとったな。 『管理局という存在自体が──奴隷そのものなんだよ。 世界という飼い主に、出来ないことをやらされ続ける哀れな奴隷さ。 勿論、そこで仕事に従事している連中もな』。 中々面白い発想やな、捻くれ者の発想や。 管理局という存在そのものが奴隷とは……そんなこと、管理局で仕事をしている局員は誰一人として思ってないことやな」

 

「ええ、当たり前でしょう? なんせ、既に洗脳されている──」

 

「それは違うで」

 

 俺の言葉を遮る形ではやてが間髪入れずに否定した。 首をゆっくりと横に振り、「それは違うで」そうもう一度繰り返した。 はやては毅然とした面持ちで俺を見つめながら宣言する。 断言する。

 

「わたし達は、奴隷なんかやない。 此処にいま立っているのは自分の意志や。 此処で働いとるのは自分の希望や。 いまわたし達は、自分の意志と希望でこの場所にい

るんや。 自分達で選んだ歩んでいる道なんよ。 それをどこの誰とも知らん、ぽっと出の者に、管理局のことを何も知らん男が──わたし達の選んだ道を否定できるんか?」

 

「……案外、できるかも知れないぜ?」

 

「ううん、できへんよ。 人は誰かの歩む道を否定することなんてできへん。 人間はそこまで器用でもないし、そこまで偉くもない。 そんなこと出来るのは神様くらい

や」

 

「だとしたら、俺は神様になろう。 他人の全てを否定できる神様になろう。 管理局を潰せるほどの神様になろう」

 

 はやては何も言わず首を振る。 可哀想な子供を見る目でこちらを見つめる。

 

「あんた、わかっとるんか? 神様ってのは一人ぼっちなんやで。 神様は何でもできるけど、何でもできるからこそ、頼ることを忘れて一人ぼっちになるんやで?」

 

 おかしいなぁ。 話し合ってセッティングし、台本だって作ったから茶番だってわかるのに──どうしてはやてはこんなにも、本当に心配そうな顔をして、不安そうな目でこちらを見つめてくるんだろう。 まさか俺が本当にこんなバカな真似をするとでも思っているのだろうか?

 

「しかしながら、そこにいる不正局員はどうだ? まさか、そいつらの不正も選んだ道とでもいうのだろうか?」

 

「そうやな、そういうで。 少なくとも、わたしの知っている人物で一人いるで。 『それも選んだ道だろ? だったらちゃんと責任もって歩んで行けよ』 そう笑いなが

ら平気な顔する人物をな」

 

「そいつ、最高にバカだな。 とんだクズ野郎だ」

 

「そうやな、世界一のクズやで。 乙女の純情を弄ぶんやからな」

 

 ……乙女? ……純情?

 

 頬を掻こうとして、仮面をしていることを思い出し手を止める。 そして一度だけ、はやての後ろにいる連中の様子を伺うと、見事にはやてのことを救世主のような目で見つめていた。 ……ふむ、頃合いかな。 これで連中ははやての駒になったようなもんだしな。

 

 大仰に手を左右に広げため息を吐く。 精一杯バカにする形を取る。

 

「……ふむ、これは勧誘に失敗したみたいですね。 こうなってくると、私は次の手段を取らねばなりませんので早急に失礼させて頂きます。 後ろの皆さんも、いつか

またお会いしましょう。 次こそは色よい返事を期待してますよ」

 

 軽く笑いながら、俺は部屋を出る。 これで後ははやての一声であいつら達は堕ちるだろう。 ほんと、ちょろいものだ。

 

 と、そのときポケットに忍ばせていた携帯が震える。 ディスプレイを見ると、クロノからのメールで、内容ははやてを拾ってくるとのことだった。 あぁ、そういえば失敗のことも考慮してクロノに待機してもらってたな。 クロノに、よろしく頼む、とだけ添えて返信する。 さて、今晩の夕食は……すき焼きにでもすっかな。

 

 そんなことを考えながら本局の廊下を歩いていると、背中に衝撃が訪れ思わずよろめいた。 俺へのダイレクトアタックを仕掛けてきた人物は、そのまま真横からひょ

っこりと顔を出してきた。 少女のような笑みで屈託なく笑う彼女。

 

「こんな所で何をしてるのかな~? なのはさんが逮捕しちゃうぞ!」

 

「なのはさんに逮捕されるなら死んでもいい」

 

「いや、死んだら逮捕できないじゃん……」

 

 至極まっとうな意見だった。

 

 そのまま二人で肩を並べて歩く。

 

「そういえば、なんでなのはが此処にいるんだ? 六課は? ヴィヴィオは?」

 

「ヴィヴィオはフェイトちゃんとガーくんが面倒見てるよ。 今日は上層部に名指しで呼ばれたんだ。 『変わったことはないか?』ってラルゴ・キール元帥に聞かれて

さー……。 思わずテンパっちゃって、『ヴィヴィオは毎日元気に過ごしてます!』って、娘のすくすく成長記録を伝えちゃった……。 まぁ、なにもお咎めなしに退室させられたからよかったけど」

 

「ふーん、そっか。 まぁ、俺のほうは本局に落書きでもしようかなー、なんて思ってきたんだ。 皆一生懸命働いてたから止めてあげたけどな」

 

「俊くん、その上から目線は非常におかしいと思います」

 

「今日はすき焼きにしようと思います」

 

「やったー! すき焼きおいしいよねえ。 皆も呼ぶ?」

 

「だな」

 

 六課に帰るつもりだったなのはは、そのまま夕食の買いものに付き合ってくれるそうだ。 ……これって、見方を変えればデートだよな? 将来の予行練習に……とかではなさそうだ、なのはの様子を見る限りでは。

 

 嬉しそうにはしゃぐなのは、携帯に届いた成功メール。 その二つを交互に見ながら思う。

 

 いまさら察知しても後の祭りだ、と。

 



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95.曲芸7

 暦では9月に入った現在、夏の暑さも幾許か和らぎ季節は秋へと移行しはじめるこのとき、男は一人パソコンのディスプレイと格闘していた。 視線は動かさず、キーボードを弾く音だけが室内に木霊する。 かれこれ何時間だろうか? 最近の彼を見る者は口々にこう語る。

 

『ドクター、目の下に濃い隈ができてる……』

 

 少女たちは心配そうな声でそう語っていた。 だからといって、少女たちに彼を止めることはできないし、しようとも思っていない。 ましてや何故彼がこんなにも一生懸命になっているのかさえ知らされていないのだ。 この場合、止めようがない、そういったほうが正しいだろうか。

 

 ギシっ……男は自分の体を支える椅子に全て預け目頭を押さえる。 ひとしきり押さえた後、手元に置いていた目薬を眼球に落とし再度ディスプレイと睨みあった。

 

 コンコン

 

「誰だい?」

 

『ドクター、私です。 おにぎりを持ってきました』

 

「おぉ、それはありがたい。 すまないが持ってきてくれないかい?」

 

 ドクター、そう呼ばれた男は目線をディスプレイに固定したままドアの向こう側にいる人物に告げる。 ガチャリっ、ドアを開け入ってきたのは女性であった。 長年、ドクターと呼ばれた男の後ろについてきた女性である。

 

「すまないねぇ。 そこに置いておいてくれないかい」

 

「わかりました。 ……ドクター、ところでそれは」

 

 女性は男の目の前に置いてあるディスプレイ画面を指さす。 一目でわかる。 デバイス関係だということが。 男は苦笑しながら答えた。

 

「私の頭をフルに使って、将来役に立つデバイスの資料を作っているのさ。 デバイスのことだけではないけどね。 少人数で大勢を相手取ることができるロボットなんかの資料を作成してはいるが……こちらは現段階の人間の技術では無理かね」

 

「……何故このようなものを?」

 

「知的探究心と好奇心に疑問文は不要なものだよ」

 

 男は女性が持ってきたおにぎりを食べながら、片手でキーボードを弾いていく。

 

 その様子を見ながらわずかに寂しそうな顔を浮かべる女性。 女性は自分で持ってきた水筒のコップを取出し、丁度咽喉が詰まりもがいている男に渡した。 それを引っ手繰るように奪い咽喉を鳴らしながら飲み干す男。 息も絶え絶えになりがらも、男は女性に礼を言って空になった皿とコップを手渡す。 女性がそれを両手で受け取ると、男はすぐさま作業に入った。

 

「そういえばドクター、ドゥーエから面白い報告が来たのですが……知っていますか?」

 

「いや、ここの所部屋から一歩も外に出てなくてね。 キミが来なければ、危うく声の出し方すら忘れるところだったよ」

 

「それではドクターは知らないのですね。 いま現在、管理局にテロを起こしている人物がいることを」

 

 ドクター、そう呼ばれた男のキーボードをタッチする音が初めて止んだ瞬間であった。 しかしそれも一瞬で、すぐにタイピングを再開する。 それでも構わず女性は報告だけを口にする。

 

「どうやらその人物は、様々な人物を巻き込んで管理局の内部からテロを起こしている模様です。 関わっている人物は大物揃いです。 まず、管理局の目玉部隊である六課の部隊長八神はやて。 出世頭として有名なクロノ・ハラオウン。 無限書庫の司書長ユーノ・スクライア。 聖王教会のトップ、カリム・グラシア。 地上本部のトップ、レジアス・ゲイズ。 その他、上層部を除く大物たちも動いている模様です」

 

「ほぉ……あのレジアスが、か。 どういう風の吹き回しなんだろうか」

 

「そこまではドゥーエもわかっていないようです。 しかしながら、気がかりなことがある、と」

 

「ふむ……気がかりなこと……とは?」

 

「首謀者が一般人だということです」

 

 今度こそ、男の指は完全に止まった。

 

「何故管理局の大物達が揃っている中で、一般人が首謀者なのか。それが疑問であるとドゥーエは言っていました。 ……ドクター?」

 

 報告を終えた女性は、つい男の顔を不思議な顔で見てしまった。 しかしそれもそうだろう、男は笑っていたのだ。 子供が誕生日プレゼントをもらった時のように笑

っていたのだ。

 

「いや、すまない。 その男には、その男なりの行動理念があるのだろう。 私にも推測は不可能さ」

 

「しかしながら、何故一般人が首謀者なのでしょうか? カリスマという点では、八神はやてはズバ抜けております。 そういった人物に先導してもらったほうがいいと思ってしまうのですが」

 

「それは違うよ、ウーノ」

 

 男は「あくまで推測の域を出ないが……」そう前置きして喋りだした。

 

「きっと、ほとんどの局員はその首謀者の顔はおろか声すら聞いたことがないはずだよ。 例えば、その首謀者が各人、ここでいうなら八神はやてやレジアス・ゲイズな

どに頼みごとをして、それを頼まれた人物達がまるで自分がお願いしたように頼みながら動かしている。 といったところだろうか。 だから、ほとんどの局員は首謀者のことを知らないはずだよ。 そして、何故一般人が首謀者なのかについてだが……、これは後々のことに役立てるためだと思っているよ」

 

「後々のため……とは?」

 

「テロが終わった後、必ず局は首謀者を探すことになるだろう。 しかしながら、局員から出してしまったら管理局内でどんなことが起こるかわからない。 例え、そのテロが将来的にいい方向に進むものだったとしても、テロ行為であることに変わりはないのだからね。 話に聞く限り、もし大物人物達の誰かを首謀者だと決めつけ逮捕したとしたら──それこそ内部分裂が始まってしまうかもしれない。 かといって、適当な人物を仕立て上げることもできないのは確か。 だからこそ、あちらも部外者のほうが都合がいいと思うはずだよ。 秘密裡に処理をしても気づく者はいないんだからね」

 

 そこまで言ったところで、女性が口を挟む。

 

「まってください。 だとしたら」

 

 若干驚きながら口を開こうとする女性が次の言葉を声に出す瞬間、男が口にする。

 

「そう、その首謀者は自首するつもりだろうね。 それが、このテロの一番被害を出さないやり方だからね。 初めは信じないかもしれないけど、証拠ならいくらでもあるだろうし。 その上で首謀者が一言適当な嘘をつけばいいだけさ。 『自分は人を支配することが得意だ。 だから管理局で使えそうな人物をマインドコントロールし、自分の駒にしてからこのテロ行為に及んだ』 実際、テロは行われたわけだから信じないわけにはいかないしね」

 男が喋り終ると、二人の間に沈黙が降りた。 女性は寂しそうな顔をし、男は唇を噛み締める。 二人に非はなく、強いて言うならその首謀者のくだらない自己犠牲愛を知ってしまっただけ、ただそれだけである。

 

「ドクター……、あの……」

 

「彼が直接的な邪魔をしないように、私も彼の邪魔をしない」

 

「……そう……ですか……」

 

 女性が何かを提案する前に、男はピシャリと言い切った。 その頑なな態度に女性は何も言うことができなくなり、黙ったまま頭を下げ、皿と水筒をさげるため部屋を

後にする。 その直前、男は女性に聞こえるように呟いた。

 

「彼は私の理想だ。 大丈夫だよ」

 

 その言葉に、女性は嬉しそうに何度も何度も首を縦に振った。

 

             ☆

 

 管理局本部のとある一室、三提督と呼ばれる人物を中心に上層部の人間が集まっていた。 手元には膨大な資料の山がいまにも崩れそうな勢いがそびえ立っている。

 

「迂闊であった……、既にこの勢いは止まることなどなく我々を呑み込みんでいくだろう」

 

 円卓の中心で、ラルゴ・キールが声を上げる。

 

「だけどもねぇ……、私はこのままでもいいように思えてくるよ。 なんせ、若い世代が一生懸命、未来に向かって歩こうとしているんだから」

 

 ラルゴの隣に座っているミゼット・クローベルが資料を読みながらつぶやく。 それは勿論、ラルゴにも聞こえており、

 

「確かに、次の世代に託すことも必要じゃし、そう考えてもおる。 しかし、結果がどう転ぼうとテロはテロ。 そんなことを管理局が許すことはできん」

 

「おや? あなただって希望溢れる未来のほうがいいと、常々言っていたではありませんか」

 

「……まぁ、そうなんじゃが」

 

 ラルゴ・キールは迷っていた。 既にこのテロ行為を止める力を上層部が持ち合わせていないからである。 否、少しばかり語弊があるので言い直そう。 上層部をもってしても、この流れを止めることができないからである。 それほど既に、八神はやて達による局員の掌握は完成している。 しかも厄介なことに、八神はやて達が掲げているものが『現在よりも明るい未来』だというのだから介入することがより一層難しくなっているのだ。 それに、ミゼット・クローベルの態度からも分かるとおり、上層部の中にも賛成しつつある人物もいる。

 

 そんな中、室内に大将の一人が疑問の声を投げかけた。

 

「しかし……そもそもの首謀者は誰なんでしょうか? 八神はやてということも考えましたが、そんなふいに思いついたから行動を起こすような人物には──まぁ見えてしまいますね。 しかしながらそこを置いときましても、違和感を禁じ得ません。 他の人物に至っても同じ感想を抱きます」

 

 その疑問に多くの者が同意の声をあげた。

 

 ラルゴはその疑問にため息を吐いた。

 

「八神はやて、クロノ・ハラオウン、ユーノ・スクライア。 これらの者達には共通の友人が存在する。 それも管理局員ではなく一般人のじゃ」

 

「ほっほ、私も会いましたよ。 これで会うのは二度目だけども、坊やは覚えていなかったようですけどね」

 

「それにその人物は、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、さらには八神はやての固有戦力達とも繋がりが存在する。 下手をしたら、アイドル部隊六課の他の者達とも既に面識を持っていたかもしれない。 持っていたとしてもおかしくない人物じゃ」

 

 ラルゴはいまでも鮮明に思い出す。

 

「彼が首謀者だとしたら納得いくことが多々ある。 何故、このような大物達を動かすことが出来たのか、何故誰も存在を気づくことができなかったのか。 私たちは油断していた。 アイドル部隊六課が動かない限り、危険はないと頭の中で判断してしまった。 そこにまんまと付け込まれたのだ。 六課を隠れ蓑にして、六課のメンバーを華やかな表舞台に上がらせることで自分の存在を気づかせないようにしていたのだ」

 

「流石は一坊やの一人息子だねぇ。 あの子が自慢するだけある」

 

 一という名を聞いた瞬間に、室内が俄かにざわついた。

 

「上矢一。 夜の神とまで言われた、とんでもない化け物を知っている人物は沢山いるだろう。 だが、ここにいる何名かはその一人息子に会ったことがあるはずだ。 10年前の闇の書事件のとき、犬のように吠えた可愛らしい男の子だよ」

 

「いまは成長して、狂犬にでもなっているのかもねぇ」

 

 思えばそうだった。 彼は管理局が大嫌いだと叫んでいた。

 

「上矢俊。 彼以外に首謀者はいまい。 彼がもしテロ行為を起こしたのだとすると、じきに此処に来るだろう。 私が10年前に出した宿題の答えは携えてね」

 

 毅然とし、真剣な面持ちで喋るラルゴとは対照的に、終始ニコニコしていたミゼット。 その両極端な二人に困惑しながらも、皆は時期やってくる人物に興味を抱くこととなった。

 

            ☆

 

「く、くそっ……! パーフェクト勝利だけは避けないと……!?」

 

「無駄無駄無駄無駄ッ! 俺のプラチナたんの前でガードすることができると思っているのかスバル!」

 

「明らかな萌えキャラ使ってる、こんなキモオタに負けたくないよぉおおおおおお!?」

 

 ようやく9月に入り、夏の暑さも和らいできたこの季節、いつも通り皆が遊びにきていた。 いま現在は、俺とスバルがリビングで格闘ゲームをしている最中である。 訂正、俺がスバルをフルボッコにしている最中である。 現実ではこいつの本気パンチを食らったら顔面粉砕しそうだけど、格ゲーなら負ける気がしない。

 

「スバルー、ドライブをうまく活用しないと無理だよー?」

 

「そんなこといわれても無理ですってっ!? なのはさん助けてください!」

 

「がんばれー!」

 

 スバルの後ろでなのはがちょくちょくアドバイスしているが、やっぱり教え子だからついつい教えちゃうのか? それとも、あまりにもスバルが不憫すぎて助言してい

るのか?

 

「なんつーか……、このプラチナってキャラ、あたしと少し被ってねえか?」

 

「ふざけんなッ! ロヴィータちゃんよりプラチナたんのほうがぺろぺろしたくなるに決まってる──イタイイタイイタイイタイッ!? ごめんなさいごめんなさいっ! ジョークですから!? ジョークですから!? ロヴィータちゃんの未成熟な体のほうがぺろぺろしたいです!」

 

 先程よりも頭蓋骨を握る力が強くなったのは何故だろうか。 ミシミシと嫌な音が耳の奥底に響いてくる。

 

 何度も何度もタップしてるというのに、ロヴィータちゃんは無表情で俺の頭部破壊に勤しむ。 お前、もしかしてこれをするために横に座って見てたんじゃないだろうな?

 

 それにプラチナたんはヴィヴィオのほうが被ってるような気がするぞ。

 

「ハザマはコンボで削っていかないと、単体攻撃はまったく削らないんだよね。 俊くんは、『テルミがなー……。 テルミがなー……』ばっかりいって使わないんだけど」

 

「成程。 あ、大分慣れてきました。 でもコンボがつながらない……」

 

 この間にも俺のプラチナたんはやられていく。 あぁ……ごめんねプラチナたん。

 

 頭蓋骨が危険な状態にもかかわらず、俺は他の面々がなにをしているのか気になり視線をあちこちに彷徨わせる。

 

「フェイトさ~んっ! やっぱりここがどうしても納得いかないんですー! 解説お願いします!」

 

「うん、いいよ。 ティアは理解力あるからすぐに覚えるよ。 えっとね、ここは──」

 

 嬢ちゃんがフェイトに本を見せながら泣きついていた。 そういえば、嬢ちゃんが11月頃に執務官試験があるとかいってたな。 弁当でも作ってやるか。 ティーダも見てるぞ、頑張れ嬢ちゃん。

 

「普段ひょっとこからバトル漫画などしか借りなかったが、ひたすらほのぼの系の漫画も面白いな……。 心が癒される」

 

「ですよね。 シグナムさんはもう少しこういう漫画を読むべきだと思います」

 

「むっ……! そ、そうなのか?」

 

 シグシグとキャロが以前貸した漫画を読んでいた。 意外や意外、シグシグの膝の上にキャロが座るという心温まる光景が広がっていた。 シグシグ、ちょっとお姉さんみたいで嬉しそうだな。 いまならさりげなくパイタッチくらいは出来るかも。 って、そういえばエリオは?

 

「シャマルさん。 このドクロマークが描かれている小瓶はなんですか……?」

 

「あ、それは触っちゃいけませんよー。 そこの無職さんで実験しましたら、カニのように泡をぶくぶくにしてましたから」

 

「えっ!?」

 

 シャマル先生、それは初耳なんですけど。 ちょっと詳しく説明してください。

 

 そう考えた直後、頭蓋骨を圧迫する痛みがふいになくなった。

 

「あ、あれ?」

 

「ひょっとこ、お前のプラチナたんが負けたぞ」

 

「あぁあああああああああああっ!? 俺のプラチナたんがっ!?」

 

「なのはさん、なのはさん的には悲しくなってきませんか?」

 

「色々と泣きたくなってくるよね」

 

 画面内ではプラチナたんが倒れていた。 絶望が俺を包み込む。

 

「んじゃスバル。 今度はあたしとしようぜ。 ひょっとこ、おすすめのキャラはないのか?」

 

「お前はテイガーさん使ってみ。 意外と相性いいかもしれないぜ」

 

 強引に俺をどかしたロヴィータちゃんは嬉々としてテイガーを探し、その図体に一瞬戸惑いながらも素直に選択、軽くなのはに指導を受けながらスバルと勝負していくことに。

 

 さてさて、俺は愛しのヴィヴィオでも観察しようかね。

 

「ねぇねぇ、ザッフィーはわんちゃん?」

 

「犬ではない。 守護獣だ」

 

「でもわんちゃんだよ?」

 

「だから犬ではない。 守護獣だと」

 

「あぅ……ヴィヴィオわんちゃんのなきごえききたかった……」

 

「…………わん」

 

 ……なんかごめんねザッフィー。 そしてありがとう。 後でほねっこあげちゃう。

 

「あ、パパー! ザッフィーねー、かわいいよ~?」

 

「ヴィヴィオのほうが可愛いよぉー!」

 

「えへー、ありがと」

 

 ヴィヴィオと向かい合いながらこしょこしょ話をする。 ふと、誰かの視線を受けていると感じ探ると、真正面からザッフィーが見つめていた。 別にお前に見つめら

れても素直にお喋りできるぞ。

 

「親バカだな……」

 

 うるさい。 ヴィヴィオが大好きだからしょうがないだろ。 可愛いヴィヴィオが悪いんだ。

 

 だっこをせがむヴィヴィオを抱き上げると、キッチンのほうが甘い香りが漂ってきた。 そこからエプロンを着たはやてとガーくんがシュークリームを持ってくる。 ガーくん、エプロン姿意外と可愛いな。

 

「あ、俊。 俊のエプロン使ってもうたけど、べつにええよね? どうせ一緒になるんやし」

 

「あ、それあげるよ。 昨日熊のデフォルメエプロン買ってきたからさ」

 

「チッ……。 まぁええか」

 

「残念だったね、はやてちゃん。 ちなみにわたしはお揃いの買ったよ」

 

「フェイトちゃん。 エプロンが可哀想と思わんかったんかッ!」

 

「ちょっとまってっ!? それはどういうことかな!?」

 

 違うんだよはやて。 エプロン姿のなのはを見るだけで俺が頑張れるからいいんだよ。

 

「パパー、たべさせてー!」

 

「はい、あ~ん」

 

「あ~ん!」

 

 シュークリームをつまんで、ヴィヴィオの可愛らしい小口に運ぶ。 口に入りきらなくてクリームが飛び出したが、それは俺が指ですくって舐めとることにした。 うん、やっぱはやて上手いな。

 

「あ、そうだ。 なぁ、ちょっとお前らに頼みたいことがあるんだけどさ」

 

 その言葉に俺と一部のロリ以外の全員がこちらを向く。

 

「どうしたの?」

 

「うん。 近々、パーティーやるかもしれないんだけどさ、俺一人じゃ無理そうだから助けてくれないかな?」

 

「うん、いいよ」

 

「流石俺のジョーカー。 頼りにしてるぜ」

 

 なのはが猪の一番に了解してくれ、それを皮切りに、皆も『しょーがないなー』といった感じで了承してくれた。 そんなほんわかした雰囲気の中、後ろから誰かが俺の服の襟首を掴み引き寄せてきた。 目の前にはちょっと怒った感じのロヴィータちゃん。

 

「おいひょっとこ! テイガーじゃ勝てないぞ! ちょっと付き合え!」

 

「えー……。 スバルのマコトに負けんなよ。 スバル、ハザマどうだった?」

 

「コンボが……」

 

「だよなー。 俺もハザマ練習しよっかなー……」

 

「あ、それじゃ参考に見ておこうかな」

 

 とりあえず、ロヴィータちゃんで練習するかな。

 

 その後、ムキになったロヴィータちゃんに深夜2時まで付き合わされた。 すまん、スバル。 お前まで付き合わせてしまって……。

 

 




10割の格げーがあったそうな


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96.曲芸8

 『足りないものは沢山あった。 理解力・広い視野・戦局を見定める目・決断力・冷静さ。 沢山のものが自分の力不足で手のひらから零れ落ちる中で、友達を失いたくないという想いだけが残っていた。 けれどもそれはただの想い。 子供が小さく膝をつきながら必死に庇うだけであり、そんなもの現実というものの前では無力でしかなかった。 子供なんて所詮その程度。 自分の意見を曲げることなく進める奴らは力のある生き物だけなんだ。 あぁ……、俺は何度幼馴染たちに嫉妬すればいいんだろうか?』

 

 ゲームを齧っている人にはわかるかもしれないが、ゲームの中にはどうしてもスキップできないイベントムービーというものが存在する。 それは製作者が意図してそうしているのかどうかは分からないが、そのイベントを見ておくことによって今後の物語の展開を理解するという意味では非常に優秀なものである。 ようは、絶対に見せておきたい場面なのだ。 そんなもの、この物語にはないけれど、あってたまるものかと思うけれど、それでもこの物語も終幕を迎えるためにはどうしても必要な場面だと思うので見ておこう。 いや、振り返っておこう。

 

 10年前、闇の書の事件でのとある一場面のことを振り返ろう。

 

 ナレーション、脚本は全て俺が、上矢俊が担当しよう。

 

 ネクタイを結び、上層部が待っている室内への扉を開けながら過去のことを思い出す。

 

             ☆

 

「落ち着きなさい上矢君! なのはちゃん達が頑張っているというのに、あなたは何処に行くつもりなの!?」

 

 管理局本部の許されたものだけが歩むことを認められる廊下にて、リンディ・ハラオウンは目の前を歩く小さき少年の肩を掴む。 肩を掴まれた少年は大人が本気で止めにきたことにより歩みを止め振り返る。

 

「あそこにいても俺が出来ることなんてないですし、それに俺は約束したんです! 事件の後処理は任せろって!」

 

「だったら大人しくしておきなさい! あなたわかってるの!? いまこの状況が一刻を争うほどのことだってことを!」

 

「だから大人しくしてろってか!? はやてや守護騎士たちが今後どのような処罰が下るかわからないんですよ!?」

 

 大声を上げる少年に、リンディは冷静になりながら、膝をつきゆっくりとした口調で諭す。

 

「はやてちゃんのことは、この状況を打開してから考えていけばいいのよ? それに、あなたがそんなことを考えなくても大丈夫よ。 はやてちゃんのことは私がきちんと責任をもってあげるから」

 

「大人はいつも嘘吐きだ。 そうやって子供を騙していくんでしょ? 父さんと母さんの時のように」

 

「う~ん、少しは大人を信じることって出来ないかしら?」

 

「信じてなんになるの? それで自分にとってどんな利益につながるの? 信じたからって守ってくれるの? 絶対に? 自分の身を犠牲にしても?」

 

 少年の疑問にリンディは答えることが出来ずそのまま黙り込む。 それを確認した少年は再び歩き出した。 少年の行先までの順路は至ってシンプル。 一直線の道筋か

らなる廊下はただ一つの扉へと繋がっている。 上層部の中でも限られたものだけが入室することを許可されている部屋。 そこには、本局統幕議長・法務顧問相談役・武装隊栄誉元帥ら三人を中心に纏まっている管理局の心臓ともいえる人物たちが顔を揃えて日々意見を交わしている場所である。 そこを目がけて少年は進んでいく。

リンディの静止を振り切り、扉を開けた。

 

 円卓上に囲まれた輪の正面で、資料を読んでいた初老の男性は突如入室してきた少年の姿を見ると、優しく穏やかな笑みをたたえて声をかける。

 

「キミはどこからきたのかな? 迷子にでもなってしまったかの?」

 

 その横にいた初老の男性と同じくらいな年配の女性も少年の顔を見て声をかける。

 

「これまた可愛らしい侵入者さんだねえ。 ふむ……どうやって此処まできたのか」

 

 立ち上がりながら少年に近づく初老の男性と女性。 その他の面々は突如やってきた少年に目を丸くしながらも、手を休めることなく仕事を進める。 そこにやってきたのは青ざめた表情を浮かべ冷や汗を流しながら飛び出してきたリンディであった。 リンディは面々に頭を下げる。

 

「も、申し訳ありません!? この子は現在扱っております闇の書の事件にかかわりをもってしまった人物でして、その……えっと、……例の人の一人息子です」

 

 しどろもどろになりながら、最後は蚊の鳴くような声で告げるリンディ。 リンディの言葉に二人は驚き、やがて破顔する。

 

「あの子の子供かい? これはまた将来有望な人材が挨拶にきてくれたみたいだねぇ」

 

「ふむ、確かにな。 しかし道を選ぶのは彼自身。 私達管理局は強制することはできないよ。 ──ところで、リンディ・ハラオウン艦長。 キミは何故こんな所で油を売っているのかな? 闇の書事件は一刻の猶予もない状態だと聞いている。 こちらはいまだに意見が割れていてね……」

 

 先程とは対照的な顔と声のトーンでリンディに話しかけた初老の男性に、リンディは肩を震わせ頭を下げた。

 

「申し訳ありません……。 現在、硬直状態が続いている現状であり、民間協力者による説得の最中であります……。 しかし、いずれにしても闇の書は──」

 

 続きを話そうとするリンディに男性は手で制止させる。 一方、女性は少年の頭を撫でながらポケットから取り出した飴を手のひらの中に落とす。 なんとも微笑ましい光景、孫と祖母が再開した時のようなそんな光景。 だが、そんな光景も少年の絞り出すような声で霧散する。

 

「……闇の書の所有者は……どうなるんですか?」

 

 真っ白なキャンパスに一滴の黒が落ちるように、少年の言葉は室内に広がっていく。

 

「はやては……八神はやては……無罪になるんですよね? フェイトのときだって大丈夫だったんだし、はやてだって大丈夫ですよね?」

 

 少年の問いに答える者はいなかった。 否、答えることができなかった。 此処に存在している利口な大人たちは決して無罪になることはないと知っていたから。

 

 全員の反応を確認し、少年は男性に再度問う。

 

「ねぇおじさん、答えてよ。 はやては無罪になるんでしょ? ならないとおかしいよね?」

 

「なんで……そう思うんだい?」

 

「だっておかしいだろ!? はやては何もしてないじゃないか!?」

 

 しゃがみこみ少年と同じ目線になった男性の顔に唾が飛ぶのも気にせず、少年は怒号にも似た叫びを上げる。 男性は冷静に、頭を振った。 横にゆっくりと何度も頭を振った。

 

「“なにもしていない” そんなことはない。 げんに、闇の書の所有者である女の子のせいで世界の危機にまで発展しているのだからね」

 

「だからって、それははやてが望んでやったことじゃ──」

 

「望む望まない関係なく、彼女が闇の書を所有しているということが大事なんだよ。 わかるかい、坊や?」

 

「さぁ、帰るんだ。 キミをまっている人達が沢山いるだろう?」 男性は少年の肩を押してリンディに託す。 リンディは少年を後ろからしっかりと抱きしめると、促すように一歩後ろに踏み出す。 しかし、少年の体は動かなかった。

 

「“キミをまっている人達が沢山いる?” 知ってるよ、そんなこと。 でも、約束したんだ。 なのはやヴォルケンと約束したんだ。 約束したんだ、はやてと。 一緒に色々なところを二人で歩いて遊びに行こうって約束したんだ。 はやてにだって待っている人達は沢山いる。 貴方達は──そんな女の子を見捨てるんですか? 歩けないのに、希望に向かって歩みを進める女の子を見捨てるんですか? 闇の書を所有していたから。 そんな理由で、」

 

「私情を挟むつもりはない。 それが管理局の、武装隊栄誉元帥の答えだよ」

 

 無情にもバッサリと、少年の言葉は切られていった。

 

「いま此処に10人の人間がいるとして、9人と1人のグループに分けられたとしよう。 その手で救えるのは一つのグループしか存在しない場合、9人を選ぶのが管理局だ。 例え、その1人がキミでいう所の友達だとしても、だ。 それが管理局であり、それが現実だ」

 

 男性は背を向けながら言葉を綴る。

 

「世界とは相応にして、調整されている。 バランスをわきまえている。善と悪・幸福と不幸・男性と女性、どちらか一方が増すことがあっても、どちらか一方が消える

ことはない。幸福の中に不幸があるように、不幸の中に幸福があるように、善の中に悪があるように、悪の中に善があるように世界はそうやって作られている。 友達を助けたい、なんとも綺麗で美しい友情だ。 けれども、キミは理解しなければならない。 キミが助けようとしている女の子、それに付属している闇の書がどれだけの人間の数を奪ってきたのかを」

 

 コツコツコツ、靴音を立てながら近づく。

 

「確かに、その女の子自身には何の罪もないのかもしれない。 けどね、闇の書には罪があるんだよ。 沢山の命を奪ってきたロストロギアには罪が存在するんだよ。 そして現在、それを所持しているのが彼女だ。 無罪にすることは簡単だ。 だが、それでは納得できない者達も大勢いるんだよ」

 

 少年には理解できなかった。 闇の書で家族を失ったわけではない少年には理解することが難しかった。 少年は気づかない。 自分の後ろで、唇が裂けるほどに溢れ出る衝動を抑え込んでいる女性など気づかない。 それでも少年は言い続ける。 世界の真理に対抗する。

 

「……ダメ……なんですか? 9を見捨てて、1を救うことのどこがいけないんですか?」

 

「合理性に欠けている。 それに、キミのいう1とは闇の書の所有者のことだね。 では、少年。 9の中にキミの友達が沢山入っていたとするなら──キミはどちらを選ぶのかな?」

 

 誰が9の中に存在している人物全員が、赤の他人だと断言しただろうか。 9の中に高町なのはが入っていてもおかしくない。 9の中にフェイト・テスタロッサが入っていてもおかしくない。 少年は今度こそ理解していなかった。 『9を捨てるということは、友達を捨てること』、であり、『1を見捨てるということは、友達を見捨てるということ』であることを理解していなかった。 これがいまの現状であり、これが現実である。

 

 少年は言葉を失った。 勇ましく乗り込んではみたものの、得たものは子供には厳しすぎる現実で、失ったものは自分の甘い理想論。 浮かびは消える友の笑顔、消えては浮かぶ彼女の涙。 その間で揺れ動く想いに終止符を打つものはなく、少年は力なく項垂れた。

 

 室内の空気は重く、誰もが作業を中断させていた。 そんな中で、少年は呪詛のように小さく呟いた。

 

「……潰れろよ……。 女の子一人助けることができないような無能共なんかいらないだろ……」

 

 水面に波紋を立てるように、少年の言葉は空間の全てに響き渡った。

 

「……ふざけんなよ、期待外れもいいとこだよ……」

 

「上矢君……?」

 

「雑魚、無能、間抜け、役立たず、やっぱり大人ってクズしかいないじゃねえかよ! お前らに──誰かを失う辛さが分かるのかよ!?」

 

 いまにも掴みかからんとする少年は、さながら狂犬のようであり、男性の咽喉元を食い千切るばかりの勢いであったが、その後に乾いた音が室内に響き渡ったことで、少年はその場で立ち往生することとなった。 赤くはれ上がった頬に手を置きながら、目の前に立っている女性に茫然としながら。

 

 女性は、上層部の連中に深々と頭を下げ、ついで少年のほうへと向き直った。 同じ目線になるようにしゃがみこみ、肩を掴む。

 

「『誰かを失う辛さが分かるのか!?』ええ、私は分かるわよ。 痛いほどわかるつもりよ。 けどね、上矢君。 そんなもの、この場においては意味もない問題なのよ。 この場での答えは一つ。 『上矢君の行動は徒労に終わった』という事実だけよ。 自分より相手の言い分のほうが正しかっただけ。 自分の理想論より、相手の現実論のほうが理に適っていただけなの。 ほら、満足したでしょ? もう帰りましょう?」

 

 母親のように優しく頭を撫でるリンディの手を少年は振り解いた。 その反応を見て、リンディはため息を吐き──俯き涙を流していた少年の顔を強引に自分と向き合わせ、室内に声が反響するほどの大声で叫んだ。

 

「悔しかったら、自分の理想論を押し通せるだけの力を身に着けなさい! 誰もが貴方を認めるような、そんな立派な存在になりなさい! 小さな女の子を守れるような、そんな大人になりなさい! どんな不足な事態が起ころうとも、動じない男になりなさい! 皆を安心させることができる男になりなさい! ──悔しかったら、私たちが驚き、降参するようなことをやってのけなさい!」

 

 女性には既に出来ないけども、此処にいる大人には出来ない芸当だとしても、これから未来を歩く少年になら出来るかもしれないのだから。

 

 少年は女性の胸の中で泣き喚いた。 涙の貯水がなくなった頃、男性が胸のバッチを外しながら少年へと声をかける。

 

「キミに一つ、宿題を授けよう。 問題はこうだ。 『9人の女の子がいまにも谷に落ちそうです。 しかしその一方で、1人の女の子が川で溺れようとしています。 救えるのはどちらか一方だけである。 さぁ、キミならどうする?』 キミがその答えに辿り着き、自らの手でこの扉を開ける瞬間を私は楽しみに待っているよ。 それまで、このバッチはキミに預けておこう」

 

 少年の手をゆっくりと広げ、自分が身に着けていたバッチを託す。 その光景に後ろで様子を伺っていた上層部の連中がどよめきたつが、そばで行く末を見ていた年配の女性が手で制す。

 

 女性に抱っこされた少年は、そのバッチを見て、ついで男性を見て、男性の顔面にぺっと唾を吐いた。

 

「あんたなんて大嫌いだ」

 

           ☆

 

 彼が道を間違わないように、10年間同じ場所に存在し続けているこの部屋で私は語る。

 

「10年前、私は一人の少年に出会った。 その少年は、友達のためだけに闇の書で亡くなった遺族のことを見捨てろと言ってきた。 面白い少年だった。 どんなことを言われても、自分の理想を一切曲げようとしない不可思議な少年であった。 それでも私は、何故かその少年に未来を託してみたくなったのだ。 本当に不思議なことに。 現役のエースオブエースでもないのに、その少年のそばにはエースオブエースとして現在活躍している女の子がいるというのに。 何故か私は彼に未来を託してしまった。 批判は勿論あった。 それでも、後悔なんて微塵もなかった。 後悔も反省もない、しかし心配の種は残っていた。 だが、それも今日で終わりになるらしい」

 

 目の前に立っている青年へと変貌を遂げた少年は、10年前に預けたバッチをこちらに放り投げながら笑った。

 

「彼の言葉は非常に難解だ。 善の中に悪を持ち、悪の中に善を持つ。 彼の言葉に意識を集中することだ。 彼の一挙一足に注目することだ。 この者に対して、最大限の警戒を行うことだ」

 

 19歳だからと甘く見るな。 自分より年下だからと甘く見るな。

 

 何故なら彼は、

 

「目の前に立っている男こそが、管理局設立以来、史上最悪のテロリストだ」

 

 キミの答えを聞かせてもらおう。

 

 丁度のその瞬間、零時を知らせる鐘が鳴った。

 

 9月3日を知らせる鐘が鳴った。

 

 



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97.曲芸9

『人は可能なことしか頭に思い浮かぶことができない』

 

 懐かしい、それが俺の感想だった。 10年前、暴走列車のごとくこの部屋にダイナミックな入場を果たしてきたあの時と同じ机、同じ椅子、同じ面子、いや……面子はかなり老けてるかな? こう……ストレート打ち込んだらワンパンでいけるんじゃね? そう思うほどには老けていた。

 

 俺は目の前の人物たちと対面する。 緊張しないといえば嘘だけど、怖くないなんてことはないけども、それよりも好奇心のほうが勝っていた。 すっと息を吸い込み、肺の中を空っぽにするほど大きく息を吐き出し──

 

「流石に老人方の集まりだと……こんな夜中は厳しかったですかね?」

 

 肩をすくめておどけて見せた。

 

 視線はたった1人の人物だけを射抜きながら。

 

「これでも仕事での残業は当たり前だよ。 キミも年寄りは扱き使ったほうがいいと思うだろう?」

 

「ええ、それには同感です。 人生長く生きたんだ。 さっさと過労でもなんでもいいから蒸発しちゃって構わないですよ。 まぁ、蒸発したいのであれば」

 

 人がリアルで蒸発してるところって見たことないし……是非みれるのなら見てみたい。 今度なのはに頼んでみよう。

 

「しかしながら、この管理局には少々長く生きすぎた存在がいるようです。 体を捨てて、なおこの世の平和を願い続ける英雄がいます。 ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥、あなたに問います。 あなたは、150年間平和だけを考えて、自分の娯楽も全て捨て、自分で命を絶つことも禁じ、150年間という途方もない歳月を生き続けることができますか?」

 

 俺個人としての答えはノーだ。 150年だぞ、150年。 もしもこれにイエスと答えることが出来る奴はいたら、俺はそいつに『キチガイ』の称号をプレゼントしよう。 純正のキチガイだぜ。

 

 質問に対して顎を擦りながら、しばし考えていたラルゴ武装隊栄誉元帥は口を開いた。

 

「率直に言うと、私ではそんなことは無理だ。 いや、私だけではない。 キミだってそうだろう? 上矢君」

 

「ええ、それが普通の反応です。 当たり前の答えです。 あなたは教えてくれました。 完全なる善などなく、完全なる悪などない、ということを。 まさにその通りだ

と思います。 この世が“完全なる平和”になることなんてありえません」

 

 もしも、完全なる平和は存在するという人物がいたら俺に教えてほしいものだ。 『完全なる平和』が存在するというのならば、『管理局』なんて組織は設立されていない。 そして、この先の未来にだって『完全なる平和』は訪れない。 此処にいるメンバーはそれを誰もが知っているだろう。 理解しているはずだろう。 勿論、テロを起こしてなんだけど……こんなこと皆に聞かれたら怒られると思うけど、俺は『完全なる平和』なんてものは未来永劫訪れないと確信している。

 

 それでも──

 

「それでもいるんですよ。 『完全なる平和』を目指して、ただそれだけを目標にして存在している英雄達が」

 

 それは本当に素晴らしいことだと思う。 顔を引きつり、思わずバカにしてしまうほど凄いことだと思う。

 

「何年かかるか分からない。 でも、何年かかってもいいから目指していこう。 そう心に誓い、生きてきた英雄達がいるんです」

 

 お前らだって知ってるんだろう? お前らだって尊敬してるんだろ? 部外者の俺が資料を読んで尊敬したくらいなんだ、局員であるお前らが知らないはずがないし、想うことがないはずがない。

 

「その方々の名前は、最高評議会。 裏でレジアス・ゲイズを操り、ジェイル・スカリエッティを生み出した張本人にして──いまなお平和を願う英雄です」

 

 ふと、スカさんがいま何しているのか気になった。 ──が、その想いをなんとか心の奥底に沈めることにして面子の表情を伺う。

 

 全員の視線を一斉に浴びる俺は、どんな表情をしていただろうか。 どこを向いても、誰かと目が合う状況に不思議と快感を覚えてしまう。

 

 と、見知った女性を発見した。 見知ったといっても、ヴィヴィオと数分会っただけの相手なのだが、あちらは俺のことを完全に理解しているらしく手を振ってきた。 たまらず俺も振りかえす。 そこに、ラルゴ・キールの声が割って入ってきた。

 

「一つ、いいだろうか? 上矢君。 キミは──何が狙いなんだろうか?」

 

 いい質問だ。 あえて漠然とした質問をすることで、こちらに完全な答え、又はそれに近い回答をさせる手法。 例えば、『キミはテロが狙いだな?』なんて聞いても本当に外れていたんじゃ、こちらの意図が分からなくなってしまうもんな。 回答は一回しかないんだから。

 

「そうですねぇー……、管理局潰しですかね」

 

「その答えはダウトだよ。 管理局を潰したいのなら、キミは殺人行為を犯すはずだ」

 

「おいおい、管理局のお偉いさんなら市民の言葉に穿った目を向けることは止めようぜ。 それに殺すだけなら、此処にいる全員を殺せばそれで事足りる。 そんなことしませんが。 なんせ、蟻すら殺すことができない人間ですから」

 

「おや、キミは蟻のような生き物を平気で殺す人間だと思っていたよ」

 

「娘から怒られたんだよ。 『アリさんがんばってるからそんなことしちゃダメー! アリさんに謝って!』だとさ。 可愛いだろ? あいつは世界で一番かわいい5歳児だよ」

 

「ふむ、人は変わるものだね」

 

「そう思う時は、相手じゃなくて、自分が変わった瞬間なんだぜ」

 

 さて、あまり退屈な時間を此処で過ごしていると、ヴィヴィオの真夜中のトイレタイムに間に合わなくなってしまう。 そろそろ寝る前にトイレに行く癖を付けさせたほうがいいよな。 今度、リンディさんや桃子さんに聞いてみよう。 いつものように家に招き入れ、いつものように楽しい時間を過ごすために。

 

 この一瞬だけ頑張ろう。

 

 肺の空気を入れ替えるように大きく深呼吸する。 明日の未来は分からないけども、今日をよりよい一日にするために。 声を大にして宣言しよう。

 

「私がこのような手段を用いたのは、管理局が憎くてテロを起こすためではありません。 誰かを殺したくて起こしたのではありません。 ただ──最高評議会を楽にさせたいのです」

 

 俄かにざわつく室内。 あちこちから疑問の声が上がってくる。

 

 俺には意味が分からなかった。 俺には理解できなかった。 何故この者たちはそんなにも心配そうな顔をしているのか、何故この者たちはそんなにも不満そうな顔をしているのか。

 

 まるでやりたくもない宿題を強制させられている子供の光景が脳裏に浮かんだ。

 

 此処の代表者なのか、ラルゴ・キールは俺に話しかける。

 

「上矢君。 最高評議会に楽をさせたいという君の気持は理解できる。 友達のために此処まで乗り込んできた君のことだ、150年間頑張ってきた最高評議会のことについ

て心を痛めたことだろう。 私達だってなんとかしなければならないと思っている。 だが──」

 

「『だが、それは容易なことではない?』 そう言いたいんだろ?」

 

 ラルゴ・キールの言葉にすかさず割って入りこむ。 ラルゴ・キールは間を置いて頷く。 こいつがそういうことは分かっていた。 だからこそ、俺は下準備を入念にしてきたのだ。 こいつらを黙らせるための下準備を。 頷かせるための下準備を続けてきたのだ。

 

「此処以外の局員は全て掌握済みさ。 地上はレジアス・ゲイズを中心とした人物。 本部は八神はやて、クロノ・ハラオウンを中心とした人物。 管理局が頼りにしている無限書庫はユーノ・スクライア。 懇意にしている聖王教会はカリム・グラシア。 何も全員に逐一内容を話す必要なんてない。 集団心理を煽ればいいだけの話なんでね」

 

 俺の口から言葉が出るたびに何人かが驚嘆の声を上げる。 そこの淑女なんかは拍手つきだ。 しかしそれでもラルゴ・キールは冷静に俺を褒める。

 

「10年前とは大違いの周到さだ。 管理局で働く気はないかな?」

 

「生憎、天職を既に見つけてるんで。 さてみなさん、いかがですか? 俺の賭けに乗ってみないかい?」

 

 俺の誘いにラルゴ・キールは首を横に振った。

 

「内容は知らないまま、頷くようなバカはここにはいないよ。 ミゼット、頼むから彼の誘いに頷かないでくれ」

 

 首を横に振った後に隣にいる女性に抗議するラルゴ・キール。 こちらとしては味方が一人いる状態なので嬉しい。

 

 だが、味方が一人じゃダメなんだ。 此処にいる全員の力がないと管理局は本当の意味で機能しない。 しかしながら上層部の連中だってバカじゃない。 俺の言葉をあ

らゆる意味で解釈し、針穴のような小さく細かいミスと説明不足を狙い撃ってくる。 だからこそ、俺は上層部を最後に回した。 どんな質問にも答えることが出来るように。 小さなミスすらしないように。 出る杭を徹底的に潰し、ルートを全て破綻させてきた。

 

「なに、簡単なことさ。 9月19日にパーティーを開こうというだけだよ。 司会進行ははやてにでも任せる。 勿論、主役は最高評議会だ。 スカさんの娘経由で連れてくることは容易いし、パーティー自体は六課が全面協力してくれると約束してくれました。 流石に末端までは最高評議会のことは教える必要はないと判断していますが、レジアス中将他、大勢の中将クラスは私の意見に耳を傾けてくれているようで最高評議会なき後の管理局について日夜協議しているとかなんとか。 あぁ、もっと詳しい内容が知りたいんですか? これはうっかりしてました。 それでは説明しますね。 会場はなんでも聖王教会側が用意しているそうでとても広いホールのようですね。 流石に管理局を機能停止には出来ませんから、参加者は部隊ごとに交代していくことになるとは思いますが。 参加者は管理局と、聖王教会側、それに無限書庫側。 あぁ、ステージもあるらしく随分しっかりしたパーティーになる模様です。 高齢者にも優しいように食事にも気を付けますよ。 では次に主な役割に──」

 

 べらべらと饒舌に喋る俺の口を、ラルゴ・キールは手で制した。

 

 こめかみに指を押し当て唸る姿に、食卓にのったピーマンをいかに避けて食べるか試行錯誤しているヴィヴィオの影が重なる。 ヴィヴィオ今頃トイレかな? もうお漏らしは勘弁だぞ。

 

 現在の家のことを考えていると、目の前の人物は慎重な声色で俺に問いかけてきた。

 

「キミの構想は分かったし、計画の綿密さも十分評価する。 個人では到底できないことだが、力を借りてここまできたことは素直に感服するし、賞賛に値する。 確かに私達とて、最高評議会を野放しにしているわけにはいかないと思っているのだが、キミに一つ聞きたい。 主犯格であるキミに問いたい。 ──それで未来は良い方向に変わるのか?」

 

 真剣さが伝わってくる。 周りにいる者達もまた同じ考えなのか俺のほうを射抜くように凝視していた。 少し考えれば分かることだよな、上層部だって最高評議会に負けないくらい世界平和のために身を削っているんだから。

 

 だから俺は正直に答える。 質問者に、何をバカなこと言っているんだ、そう言いたげに口を開く。

 

「変わるんじゃない。 変えるんだ。 俺達が俺達自身の手で未来を手繰り寄せるんだよ。 いいか? 未来に答えなんて存在しない。 未来に正解なんて存在しない。 手

にした未来を正解だと胸を張って宣言できるようにしていくんだよ」

 

 自然と拳を握りしめ気づいたら大声を上げて叫んでいた。

 

「いつまで卓上で空想論かましているつもりなんだよ! 世界を平和にしたいだろ!? 安全な世界にしたいだろ!? だったら、行動するしかねえんだよ! いつまであんたらは最高評議会におんぶさせるつもりだ! あんたらだって見てきてるだろ? 最高評議会は限界なんだよ、もう無理なんだよ。 終わらせるしかねえんだよ、楽させるしかねえんだよ! 150年間だぞ、150年間! 英雄だって人の子なんだぜ……? 生涯英雄なわけじゃねえんだよ。 聖人君子でいつもいつだって正しい行動を起こすとは限らねえんだよ! 手にしたバトンをこぼすときだってあるんだよ! あんたらはそれを見て何とも思わないのか? そんな血も涙もない人間じゃないだろ、他人のために身を削ることが出来る存在がそんな奴らなわけがない! そんな人達だから、俺は提案することが出来るんだ! 10年前、天狗になっていた俺を完膚なきまでに叩きのめしてくれた人達だから誘えるんだ!」

 

 時には間違いだって起こすだろう。 過ちだって犯すだろう。 なんてことはない、当たり前のことなんだよ。 150年間、よく頑張ったほうだよ。 だからもうゆっくりと眠らせてあげたい。

 

 だから──

 

「最高評議会が残したモノで、最高評議会の遺志を継ぐんだよ! 今度は俺たちが英雄になる番なんだよ!」

 

 最高評議会が残したモノ、この管理局で再スタートさせていくんだ。

 

 大袈裟に手を振るいながら、身振り手振りを交えてハッキリと正確に伝えていく。 自分たちが立っている場所がどんな所なのか伝えていく。

 

「そもそも、俺達がいま居る場所を作ったのは誰か忘れたとは言わせないぞ。 自分の階級や給料を自慢してもいいけどさ、その場所だって最高評議会が作ったんだぜ? 平和を胸に、信念を掲げ、理想を手にするために、な」

 

 『おぉっ!?』 そんな声が聞こえてきた。 おい、上層部に知能指数が足りない存在が混じってるぞ。 いまの翁は絶対にアホキャラ要因だと思う。 というか思いたい。 じゃないと任せるのが不安になってくるもん。

 

「まぁもっと長い演説を決め込んでカッコイイ俺を演出してもいいんだけど、それよりも優先すべき事柄は多々あるので早めに答えを頂こう。 ──未来をかけて賭けてみるかい?」

 

 キザったらしく右手を差し出す俺に、代表者であるラルゴ・キールは全員の顔を見渡してその頷きを確認した後、満足そうに笑って見せた。

 

「オールイン。 お見事だよ、上矢君」

 

「ま、結果は分かり切ってたことだけどな」

 

 ショー・ダウン。 これにて前座は終了だ。

 

             ☆

 

 事前に攻略法が全てわかっているゲームだった。 味のないガムを噛んでいるような、まるで作業ゲームでもしているような気分だった。

 

 それが今回の一連の出来事における俺の感想。 友人たちが協力してくれた時点でこうなることがわかっていた俺としては、ようやく纏め上げることが出来てよかったなー。 ちょっと疲れましたわー。 くらいにしか感じないのだが、どうやら目の前のご老人二人はそうは思っていないらしかった。

 

「あの10年前の小僧が、よくもまあこんなことを思いつくもんだよ。 上矢君、随分苦労したんじゃないか?」

 

「俺自身は苦労してないですね。 友人に指示出してただけですんで。 なんというか……個人的には呆気ないですかね。 とくに上層部は元々俺を試す感じでしたんで」

 

「私達の目指すべき道もキミと同じということだよ。 しかしそう呆気なくさせたのは他ならぬ君自身だよ。 キミは常に用意周到ですべての事柄に対処できるように事前に用意しておくタイプみたいだね」

 

「俺のような雑魚はこうすることで生き残ってきたんで。 周りが化け物しかいませんから、ついていくにはこの方法しかないですね。 父さんのようにあらゆる事象をぶち壊せることが出来れば楽なんですけどね。 負け犬は負け犬らしく、ってね」

 

 若干、自嘲気味に笑って見せた。 こればっかりはしょうがない。 無いもの強請りしても始まらないしな。

 

 自嘲気味な笑顔を見て、二人の高齢魔導師の顔が曇る。

 

 これにはこちらも慌ててしまい、出された紅茶を急いで置きながら補足を付け加えた。

 

「あ、えっと、むしろそっちのほうがなのはやフェイトと一緒にいる時間が増えるし、俺としてはありがたいのでよかったかな~、なんて考えてますよ!? ほ、ほんとに!」

 

 と、そこで二人はお互いに顔を見合わせてクスクスと笑いだした。 どうやらハメられたみたいだ。 ラルゴ・キールの右隣にいるミゼットさんが声をかけてくる。

 

「そういえば上矢君。 上矢君はどうしてこんな計画を立てたのかしら? 最高評議会なんてはやてちゃんでさえ知らないことだから、初めから上矢君が最高評議会目的だとはあまり思わないのよねぇ」

 

「ポイズン」

 

 そもそもこの計画は、娘を置いて自分だけ楽になろうなんて考えた科学者に突き付けるために行ってきたことなんだけど、それは言う必要もないし、あまりにも様々

なことが絡まりすぎて一概には言えなくなってしまったのよね。

 

 首を傾げるミゼットさんの口元をそっと指で塞ぐとポケットから携帯を取出し見せびらかす。 表示されている名前は現役エースオブエースであった。 もうなんか色々と怖い。 悪いことしてないのに怖い。 桃子さんに、『桃子さんって年齢的におばさんになるんですかね?』とか間違って質問してしまったとき並みに怖い。

 

「その続きは19日、運がよかったら聞くことが出来るかもしれませんね。 んじゃ、俺は帰らせていただきます。 そろそろなのはちゃんが空鍋回してるかもしれませんので」

 

 オタマで空鍋を掻き回すのではなく、玄関先で空鍋ごと振り回しているなのはを想像する。 ……よし、攻略法がわかったぞ。 右から左へ受け流そう。

 

 必死に協議をしている上層部に声をかけて退室しようとした矢先、ラルゴ・キールが呼び止めてきた。 振り向かずに続きを待つ俺に、そっと優しく聞いてきた。

 

「宿題の答えは見つかったかな?」

 

 それは10年前、俺が課せられた宿題だった。 リンディさんにまで怒られた宿題だった。

 

 9と1、どちらか救うことが出来るのは一方だけである、と。

 

 9は崖から落ちそう、1は溺れそう。 救えるのは一方だけ。 そんな、一方が死ぬ未来しか残ってない。 選ぶことができない選択肢。

 

 10年間、必死になって考えて、出た答えはとてもシンプルなものだった。 なのはが教えてくれた。 フェイトが気づかせてくれた。 はやてが自信を持たせてくれた。 ヴォルケン達が後押ししてくれた。

 

 俺の答えは至ってシンプル。

 

「9を救い、1を掬います」

 

 法則壊しはお手の物。 気に入らない選択肢しかないなら自分で作ればいいじゃない。

 

 嬉しそうに笑う二人の高齢魔導師に見送られ、俺は今度こそ退室した。

 

           ☆

 

 着信の恐怖に怯えながら帰ってみると、ガーくんが何故か足を攣ったらしく泣いていた。 アヒルって足を攣るんだな……。

 

「タスケテー!? イタイヨー!? アシガー!? アシガー!?」

 

 必死に助けを求めるガーくん。 おろおろして足をマッサージするフェイト。 何故か覚悟を決めた目で包丁をもっているなのは、そして元気つけようとしているのか、必死にガーくんに向かって“みにくいアヒルの子”を読んでいる天使のようで魔王なヴィヴィオ。 そんな家族にため息を吐きながらふと思ったことがある。

 

 どうやら、俺が手繰り寄せた未来は大正解みたいだ。

 



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98.閉幕

『これにて終了でございます』

 

 わたしの周りにはフェイトちゃんやはやてちゃん、そして愛娘のヴィヴィオが嬉しそうに笑っていた。 華やかなドレスを纏いながら、親友たちに囲まれて大きなホールで楽しくお喋りする。 なんでこんな場所にいるかはわからないけど、心がほっこりと温かくなるのは肌で感じた。 だけど、いつまで経っても彼が自分の所に来ないのが疑問で、ついつい隣にいるフェイトちゃんに彼の居場所を聞いた。

 

『え? そんな人いないけど……?』

 

 フェイトちゃんはおかしそうにわたしを見る。 そんなことあるわけない。 だって、一緒に住んでたじゃん!

 

 わたしははやてちゃんに尋ねてみる。 はやてちゃんだって、はやてちゃんだって、その……体がワナワナ震えてくるけど……彼に色々してるんだし、知らないはずないもんね?

 

『う~ん……。 なのはちゃん、疲れてるんやない?』

 

 知らなかった。 苦笑しながら、わたしに休むようにいってくるはやてちゃん。 はやてちゃんはよく嘘をつくけども、絶対に笑えない嘘はつかない。 それだけは誓える。 そんなはやてちゃんがなんでこんな嘘をつく必要があるんだろう?

 

 ヴィータちゃんにも、シグナムさんにも、シャマルさんにも聞いてみた。 彼がバイトでお世話になったというカリムさんにも勿論聞いた。

 

 全員とも反応は一緒。 わたしが疲労していると思い休養を進めてくるばかりであった。

 

 そんなことあるはずない。 だってわたしが覚えているから。 わたしの記憶にわたしの心に、彼は刻み込まれているから。 きっと、これは何かの間違いだ。 自分自身に言い聞かす。 言い聞かしながら、愛娘のヴィヴィオの答えに唖然とした。

 

『パパ? ヴィヴィオにパパはいないよぉ~?』

 

 無邪気に無垢に答えるヴィヴィオ。 その瞬間、わたしは彼の名前を叫んでいた。 360度、あらゆる所に視線を這わしながら、蟻の子一匹逃すことなく。

 

 何度も何度も視線を動かし、わたしはやっと彼を見つけた。 スーツを着込み、その上に白衣を纏い、手でお祭りにときに買ったと思しきピエロの仮面を弄びながら、わたし達の姿を見た彼は嬉しそうな笑みを浮かべて外へ出ていった。 いまにも消えそうで、いまでも無くなりそうで、既に失せそうで、彼は外へと消えていった。

 

 自然と手を伸ばした、頬から流れる滴を拭うこともせず、わたしはがむしゃらに手を伸ばした。 届かなくても、捕まらなくても、必死に手を伸ばし──

 

「あっ、なのはっ……!? おっぱい掴まないで……! んっ……!」

 

 フェイトちゃんの朝から妙に艶めかしい声で目覚めることになった。

 

             ☆

 

 今日は私のほうが先に起きたので、しばしなのはの寝顔を見守ることにしていた。 同い年にもかかわらず、なんとなく母性本能をくすぐるというか……、ついもふもふしたくなるような、そんな錯覚に陥ってしまうなのは。 9歳の頃からそんな感じなんだよね。 二人揃って母性本能をくすぐるから困ってしまう。 むにゃむにゃと手を動かすなのはは、たまに自分の長い髪の毛を食べようとしたり、眉を顰めたりしながら熟睡している。 う~ん、そろそろ起きるかも?

 

『パパー! 魔法少女コミカルゴメットさんがはじまるよー?』

 

『ちょっとまってー! もうすぐ朝食出来るからー!』

 

 もう一方の母性本能をくすぐる子供は、私の大事な愛娘と一緒にアニメを見るみたい。 今日もヴィヴィオと一緒に起きて遊んでいたみたいだし、ちょっと妬けちゃう。 子供のほうにも、愛娘のほうにも。 はぁ……私も9歳の頃に戻れたらなー。

 

「んっ……。 ダメ……、行っちゃや……」

 

「ん?」

 

 なのはのほうから小さな声で何か聞こえてきた。 あまりにも小さな声量のせいで聞き取れず、ついつい顔を近づけると──なのはがいきなり胸を鷲掴みしてきた。 あまりの早業に反応することさえ出来なかった。

 

「んっ……!」

 

 つい漏れてしまった声を聞いて、なのはの揉みが一層強く、そして早くなる。

 

「あっ、なのはっ……!? おっぱい掴まないで……! んっ……!」

 

 堪らず声を出す。 私の声が聞こえたのか、なのははビクっと体を震わせパチリと目を覚ました。 二、三度瞬きをした後、私のほうを向いて笑顔を見せるなのは。

 

「おはよー、フェイトちゃん!」

 

 なのは、その前に私の胸を揉みしだく行為を止めてください。

 

「うん、おはようなのは。 と、ところでさなのは──」

 

「ね、ねぇフェイトちゃん?」

 

「ん? どうしたの?」

 

 胸を揉む手が止まり、心配したような、それでいてどこか不安そうな顔を見せるなのは。 もしかして、嫌な夢でも見たのかな?

 

「えっとさ……俊くんって人物、知ってる?」

 

「忘れたくても忘れられないと思うよ?」

 

 何を言っているんだろう。 もしかして、まだ寝ぼけているのかな?

 

 私の答えを聞いたなのはは、何故か安堵したように息を吐き、いきなり私に抱きついてきた。

 

「もー! フェイトちゃん大好きー! やっぱそうだよねー、忘れるはずがないよねー!」

 

「きゃっ!? も、もうなのはったら……。 もう俊が朝食作ってるし、早く二階に下りないと……」

 

 

「えー! もうちょっとだらだらしようよー。 どうせ俊くんが起こしに来てくれるんだしさー」

 

「いや、だから……」

 

 その俊が来てるんだって……。

 

 部屋の扉を指さし、なのはの視線を移動させる。 扉の前には、鼻息を荒くした俊と、「わーい、ラブラブだー!」 なんてことをいいながらはしゃいでいるヴィヴィオ、そして欠伸しながら興味なさそうにしているガーくんがいた。

 

 正直、鼻息荒くしている俊が気持ち悪い。

 

「はぁ……はぁ……百合……百合……!」

 

 喋るともっと気持ち悪かった。

 

 扉を一気に開け放ったヴィヴィオが、私となのは目がけて飛んでくる。 それを二人で受け止めながら三人でベッドに倒れこんだ。

 

「ヴィヴィオー、今日も元気だねー!」

 

「うんー! さっきパパとゴメットさんみたからヴィヴィオげんきだよー!」

 

「そっかー。 ゴメットさんカッコいい?」

 

「うん! でも、パパのほうがカッコいいよ! そしてねーそしてねー、なのはママとフェイトママのほうがかわいい!」

 

「あ~ん、もうヴィヴィオ大好きー!」

 

 互いに抱きつく二人。 そこに私も巻き込まれるようにして、川の字になってガールズトークを開始する。 ふふっ、なのはとヴィヴィオとこうやって遊んでるときって幸せ。 ご飯はその……将来の旦那さんが作ってくれてるしね。

 

『うわぁ~~~ん!! 俺も息子切るからその輪の中にいれてくれー!』

 

『オチツケ!』

 

 ……なんで私となのはがチラチラそっちを見ているのかはわかってくれてないんだね……。

 

 はぁ……、この調子じゃいつになるんだろうなぁ。

 

 ──食卓──

 

「つまり夢の中でなのはは俺の存在を抹消したかったということか。 こうして俺が話している間にも『うっせーんだよ、この家畜が』 とか思ってるんですね」

 

「ち、違うよ!? そんなことないもん! むしろ忘れていたフェイトちゃん達のほうが最悪だと思います!」

 

「なのは……、夢って自分の都合のいいようになってるんだよ?」

 

 

 フェイトの優しいまなざしになのはがわんわんと抗議する。 朝からなのはは元気だなー。 それにしても面白い夢だ。 俺がいなくなるかぁ……。

 

 並行世界にはそんな世界もあるんだろうなー、と考えながら箸を進めていく。

 

「じゃ、じゃぁじゃぁ! フェイトちゃんはどんな夢を見たの! わたしは教えたんだし、勿論フェイトちゃんもいうよね!?」

 

「なのはが勝手に言い出したのに……。 まぁ、私の夢は至って普通なんだけど──なのはと俊とヴィヴィオを養っていたかな」

 

「至って普通だな」

 

「でしょ?」

 

 フェイトと二人して頷くが、なのはは納得できなかったのか異議を挟んできた。

 

「はいはい! わたしも俊くん養ってます! フェイトちゃんの夢に抗議します!」

 

「まぁ……所詮夢だしねー」

 

「だなー」

 

 なのはの抗議をさらりと流す。 瞳を潤ませながらいじけるなのはに、二人して鮭の切り身を与える。 するとなのははちょっとだけ機嫌を治したのか、嬉しそうな顔をする。

 

 隣から服の袖を引っ張る感触を覚えて横を向くと、ヴィヴィオが太陽な笑顔で自慢げに夢の内容を話してくる。

 

「ヴィヴィオはねー! なのはママとフェイトママとパパとガーくんといえにいたよー。 それでねそれでねー、なのはママのあたまにねこさんのみみがぴょこぴょこし

てて、フェイトママはわんちゃんがぴょこぴょこしてたー!」

 

「へー。 それはパパも見たかったなー。 それで、パパはどんなだった?」

 

「ハムスターのふくきてママたちのまんなかでふるえてた!」

 

 それ絶対に脅されてる最中ですね。 カツアゲされてます。

 

 ヴィヴィオの頭をなでなでして、ガーくんにも聞いてみる。 アヒルと意思疎通できるとは、時代も進んだものである。

 

「ガークンハドラゴンタオシタ!」

 

 現実でもしそうだから怖い。 なんせ箸で器用に鮭の身ほぐしているアヒルだからな。

 

 みんなそれぞれ面白い夢をみているものだ。

 

 うんうんと頷き、頬にご飯粒をつけているヴィヴィオの顔を拭いてやっていると、なのはとフェイトがこちらに視線を向けてきた。

 

「「んで、君は?」」

 

「リンディさんに暴言吐いて絶望で全身を覆われる寸前だった」

 

 まぁ、本当はウエディングドレスなんだけどな。

 

 なのはとフェイトが出勤する時間になり、見送りとして玄関まできた。 今日は9月19日、いつもと違う仕事になるだろうな。

 

 それを表すように、靴の踵を整えていたなのはがふと何かを思い出したように俺に話しかけてきた。

 

「あ、そうそう俊くん。 今日は此処で仕事があるんだ。 武道館何個分の広さなんだろねー。 なんでもパーティがあるらしくてね、今日は六課が色々と頑張るみたい。 会場設備とか、ショーの司会者とか、まぁ……前線の私達がどれだけするかはよくわからないけどねー」

 

 ……こいつ、いま自分のことを前線といっただと……? お前、いつ戦いに出動したっけ?

 

 俺に招待状らしきものを渡してくるなのは。 丁寧にガーくんの分まで揃ってる。 俺は俺用にカリムさんから貰ったわけだが、折角だしこちらを使わせてもらうことにした。

 

 いつものようにお見送り。 フェイトが自室で何か探し物をしているので、しばし待つことになっているが。 その間、なのははヴィヴィオとあっちむいてホイして遊んでいる。 ……正直なところ、なのははこういう子供と遊んでいる姿のほうが似合ってしまう。 う~ん、戦ってるなのはも恰好いいんだけどな~。

 

 やがて二階からバタバタと慌てて降りる音が聞こえてくると、フェイトが姿を現した。 手に持っているのは車のカギ。 なるほど、部屋に間違って置いていたのか。

 

 「いってきまーす!」 腕時計を見ながら慌ただしく玄関を出ようとするフェイト。 そんなフェイトの手を引いて、体を支えながら俺は耳を近づけフェイトにだけ聞

こえるように囁いた。

 

「なぁフェイト。 すぐに結果が出ない行動もいいものだな」

 

 何を言わんとしているのか理解してくれたフェイトは、そっと微笑んでくれた。

 

 今度こそ玄関を出る二人に手を振って、俺もスーツに着替えに部屋へと向かった。

 

          ☆

 

 時刻は既に19時を迎えようとしていた。 目の前には最高評議会の面々方、室内には俺とスカさんの娘の二人だけ。 ヴィヴィオとガーくんはリンディさんと一緒に会場に向かっている。

 

「(科学の力ってすげー。 脳みそだけなのに生きてるんだもん)」

 

 初めての遭遇でしげしげとポッドを眺める俺、最高評議会は声をかけてきた。

 

『もう一度……言ってもらうか?』

 

 重く、体の芯を押さえつけられたのかと錯覚してしまうほどの声。

 

「ん~? だからさ、俺と一緒に来てほしいところがあるんだよ。 絶対に気に入るって。 一秒一秒、世界のこと考えてたんじゃキリがないぜ? 発狂しちゃうぜ?」

 

『発狂など、当の昔にしておった。 狂い狂い狂い続け、それでも私達は世界の行く末を見守るためだけに存在しているのだ。 力が及ばないことなどとうに知っておる。 願いが叶わないことも知っている。 それでも……可能性を信じて私達はモニターを見続けるのだ。 ここを離れることなどありはしない』

 

 対面してわかる、覚悟の強さ。 最高評議会の想いと重くなった心。 最高評議会は既に知っていたのだ。 だけども、それを肯定して何が変わるわけでもない。 否定して何かが生まれるわけでもない。 最高評議会に力なんて残っていない。 少し調べれば分かることだった。 何も出来ない自分達の愚かさに歯ぎしりしながら、ただ虚ろに刻を刻むのみ。

 

 かける言葉が見つからなかった。 いや、かける言葉はすぐに見つかった。 だけど、その言葉をかけたところで、世界が変わるわけでもなく、最高評議会が変わるわけでもない。 俺なんかが声をかけてもきっと変わらないだろう。

 

 自然に歯ぎしりしていた。 自分はやはり無力なんだと思い知らされる。

 

 それがなにより悔しくて──俺は手にもっていたバブをポッドの中に落とした。

 

『き、貴様ぁああああああああああああああああああ!?』

 

「すまない、バブ一つしか持ってこなかったんだ……」

 

 バブを一つしか持ってこなかった自分が情けなくなった瞬間だった。

 

「鬼畜の所業だ……」

 

 スカさんの娘に当たるドゥーエさんは何故か俺を見て戦慄していた。 残る二人の最高評議会はモールス信号で降参を示してきた。

 

 しゅわしゅわと泡が立つポッドを眺めながら、俺とドゥーエさんは場所を移動する準備を始めた。

 

 疲れたろ? 後は俺達に任せなよ。

 

              ☆

 

 それは唐突に送られてきたものだった。 9月4日に私宛てに届いた手紙、丁寧な字で書かれた手紙を要約すると、いわゆる招待状であった。 こんな酔狂なこといったいどこのだれがしたのだろうか。 資料整理も大詰めにきていた私は、ウーノに招待状を預けそのまま作業に取り掛かった。 抑えることができない笑みを浮かべながら。

 

 そして来る19日、私はその光景に唖然と圧倒されることになった。 正確な人数などしっていないが、ほとんどの局員が来ているのではないかと思うほどの人の多さ、局員以外にも聖王教会・縁のある人物たちは呼んでいるようだが……。 それにしてもこの多さ、予想を遥かに上回っているこの現状に、流石の私も声を失う。 資料が潜ませてあるトランクケースを握っているこの感触だけが、この光景を現実だと実感させてくれた。

 

「流石のお前も驚くか、ジェイル。 無理もない。 こんな現状、実現したくても出来ないものだったからな」

 

「昔までは……」 幾許か優しげな声色で、私と同じこの光景を見る者はそう声を出した。

 

 そう、そうなのだ。 陸と海の垣根を越えて、仲よさそうに話しているこの光景を私はいまだに信じられずにいた。 口々に互いの欠点、それによる支障、そしてその欠点の改善点。 いまごく当たり前に行われている光景が、つい数か月前の管理局では決してありえない光景であったのだ。 なんせ、陸と海の亀裂は海よりも深く、陸よりも長いものであったから。

 

「不思議なものだ……。 おかしいよな、依然からずっとこんな状態だとつい錯覚してしまうのだ。 陸と海に亀裂などなく、こうして世界のためにお互いが尽力を尽くすために各々奮起する。 以前からそうだったんだと……錯覚してしまう」

 

「錯覚するのも無理はない……。 なんせ私だって信じられないのだ」

 あぁ……どうして彼はいつもこうなのだろう。

 

 どんな障害だって、彼は笑って壊してしまう。 いつだってそうだった。 あの時だって、空港事件のときだって。

 

『あ~! スカさんだー! ウーノさんもいるー! あー、チンクもいる! お~い!』

 

 遠くのほうで、お姫様のような服を着込んだヴィヴィオくんが手を振っていた。 その隣には、ママである高町なのはとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンもいる。 ……彼女にもまた、母であるプレシア・テスタロッサのことを話そう。 ──彼によって、自首の機会は潰されてしまったのだから。

 

 駆け寄ってくるヴィヴィオくん、それを確認してトランクから手を離した。 中には必死になって死にもの狂いで集めた研究結果で入っているにもかかわらず、そのトランクから完全に手を離した。 体に軽く衝撃を受けながらも、私はヴィヴィオくんをしっかりと抱きとめた。

 

「こんばんは! スカさんにウーノさんにチンク! わ~! 他のみんなもいる!」

 

 後ろに控えていた可愛い娘たちに挨拶をしていくヴィヴィオくんは、その愛くるしさも相まってかすぐさま皆の玩具と化してしまった。

 

 皆もヴィヴィオに会いたかったのだろう。

 

「あ、スカさんこんばんは~。 今日は家族全員で出席なんですね」

 

「ははっ、このようなお祭りごとを私一人で楽しんでしまったら、それこそ娘たちに後で何されるか分からないさ」

 

 あぁ……いまさらになって考え出した。 いや、放棄して考えに真正面から向き合った。

 

 もし、もしも私が今日自首をしていたら──娘たちの心はどうなるのだろうか?

 

 私は拘束され、最悪死刑になるだろうし、それでいいと考えていた。

 

 生活と安全は保障されている、今後の人生は真っ当な人間として生きていくことが出来る。 だけど、だけども──

 

「ヴィヴィオくん、もしもパパがいなくなったら──どうする?」

 

 ウーノに抱っこされていた彼の娘に問う。 問われた娘はきょとんとした顔をし──そのまま顔をくしゃくしゃにしだした。

 

「あっ、い、いやっ!? べつに彼がいなくなったわけじゃなくて──」

 

「なのはママー! うわぁあああああん!」

 

「はーい、よしよし。 パパは電話一本で棺桶から甦るから大丈夫だよー。 ほらほら、折角の可愛いお洋服が台無しだよー。 パパに見せるんでしょ?」

 

「ひっくっ……! うっ……ぐすっ……」

 

 ウーノの手からなのはに渡るヴィヴィオ。 目から涙をこぼしており、なのはの胸に顔を埋めてぐずりだした。 真っ白のドレスで着飾ったなのはは困った顔をしながら、ハンカチでヴィヴィオの涙を拭ってあげる。 それからヴィヴィオの肩をとんとんと叩きながらゆっくりとあやしていく。

 

「大丈夫だよー、何も怖いことはないからね~」

 

 なのはがヴィヴィオをあやす横では、スカエリッティがこの場にいる全員、ナンバーズ・レジアス・ガーくん・フェイト・そしてなのはから白い目を向けられていた。 頭を項垂れながら謝るスカリエッティ。 ヴィヴィオはぐすんとしながらも、広い心で許してくれたようだ。

 

 スカリエッティは思う。 そして確信する。

 

「なぁレジアス」

 

「……どうした?」

 

「これを、使ってはくれないだろうか?」

 

 差し出したのは研究結果が入ったトランクケース。 娘たちの安全な生活と引き換えに自首することを選んだスカリエッティが未来に残すために作った努力の結晶。

それをレジアスに渡す。 娘たちは知らない。 これを作るためにスカリエッティがどれだけ苦労したのか。 しかしスカリエッティもまた、自分がいなくなることで娘た

ちがどれほど苦労するのかを視野に入れてなかったのだからお互い様だろうか。

 

 トランクケースを受け取ったレジアスは確認を取る。

 

「……いいのか?」

 

「勿論だよ。 いまの私は機嫌がいい。 それに──科学者として、自分の努力の結晶がどれほど役に立つのか興味があるのは確かなのでね」

 

 スカリエッティの努力の結晶、近い将来必ず役に立つときがくるだろう。

 

 そしてその時を楽しみにしながら、スカリエッティは家族の輪の中に戻っていく。 大切な家族の輪の中に、笑顔が溢れる家族の中に、本来あるべき家族の形へと戻っていった。

 

 泣き止んだヴィヴィオが、フェイトから生春巻きを食べさせてもらっている最中、そのアナウンスは唐突にやってきた。

 

『あー、あー。 えー皆さん、楽しんでるやろかー!?』

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 ホール内に流れる機動六課部隊長の可愛らしい声、後に続く野太すぎる野郎どもの声。 その二つがなんともいえない不協和音を醸し出し、ホール内にいる局員は思わ

ず耳を塞いだ。

 

『えー、これよりプログラムを消化していくでー! そろそろみんなもだらだらお喋りしたり、食事をするのにも飽きた頃やろ! ここらで一つ、ショーといくでぇえええええ!』

 

 またもや野太い声がホール内を支配し、その声が静寂に変わる頃、軽快な曲調の音楽が流れだした。 皆の視線は大きいステージへ。 皆がステージを凝視する中、チアリーダー姿のヴォルケンズたちが飛び出し踊りを披露する。 ピンク髪の長身女性は顔を真っ赤にしながら踊り、金髪の柔らかそうな女性は意外とノリノリでボンボンを振るう。 赤髪の幼女は無表情で機械の如く動き、ガチムチの男は笑顔を浮かべながら踊っていた。 迸る汗が一層彼をスターへ駆け上がらせる。

 

『いいぞガチムチー!』

 

『シャマルさぁああああああああん! 俺の尿道に注射器を挿入してくれー!』

 

『ヴィータちゃんかわいいよー!』

 

『シグナム姉さんカッコいいー!』

 

 ボンボンを振り振りしながら踊るヴォルケンズに様々な声と喝采が上がり、一番のサビが終わった瞬間、機動六課のフォワード陣が飛び出してきた。 今度はチアガー

ルではなくミニスカメイド服だ。 男共のテンションはMAX、女性もまた、踊る可愛い新人たちに声援を送る。 管理局員の何が凄いかというと、誰も写真を撮ることなく

ちゃんと余興として楽しんでいることだ。

 

 なのは達も手拍子で盛り上げる。 飛び入り参加自由なこのショー、既にスカさんの娘の何人かがステージに向かって走り出していた。

 

 そんな中、なのは達の元にリンディが足を運んできた。 ワイン片手にやってきたリンディに、なのはとフェイトは頭を下げる。

 

「すいませんリンディさん。 ここまでヴィヴィオとガーくんの引率をしてくれて……」

 

「ごめんねお母さん」

 

「いいのよ、二人とも。 そんなに頭を下げなくても」

 

「あ、ところでリンディさん。 俊くん知りませんか? さっきから探してるんですけど見当たらなくって……」

 

 きょろきょろと辺りを見回すなのは、その顔はどこか不安そうな顔をしていた。 既にアルコールがはいっているリンディはそんななのはに気づくことなく、笑いなが

ら答える。

 

「さぁわからないわ~。 きっと、ちょっと可愛い女の子にナンパでもしてるんじゃないかしら~。 それよりフェイト聞いてー。 皆私のこと20代だと思って話しかけてくるのよ~。 もう大変、リンディちゃん困っちゃう~!」

 

「母さん大丈夫っ!? ものすごく痛い女の人になってるよ!?」

 

「まだまだフェイトには負けないわよー!」

 

「分かったから! 分かったから母さんアルコール摂取するのはもうやめて! 婚活にいる勘違い女性みたいな印象しか持たれないから!」

 

 大分酔っていたリンディに絡まれながら、周りに必死に張り付かせた笑みを浮かべるフェイト。 ちなみに誰もかかわりたくないのか、スカさんファミリーは2m離れたところで素知らぬ顔で談笑していた。

 

 フェイトが絡まれ、スカさんファミリーが無視を決め込む中、なのはだけが不安の色を濃くしていた。

 

 そしてもう一人、ヴィヴィオがいなくなったことにも誰も気づいていなかった。

 

                ☆

 

 華やかなステージでホールが熱狂の渦に巻き込まれる中、青年は幾許か離れた場所で最高評議会に話しかけていた。

 

「管理局ってすごい所だよな。 管理局のおかげで助かった命はいくらでもあると思う。 助けるって行為はさ、その人の何十年後の未来、出会う人さえも守ることになるんだ。 助けられた人物がまた違う誰かと出会い、恋に落ち、ときには喧嘩し、そうやって様々な人間と出会い、人と人とが大きな一本の幹で繋がっていくんだよ」

 

『無限の樹形図か……』

 

「あ、知ってた? こりゃまいった。 ドヤ顔で語った俺が恥ずかしい。 まぁそれもそうか、知識で勝てる生き物なんていないだろうしなぁ」

 

 既にそこには、青年と最高評議会しかいなかった。 青年と一緒に最高評議会をここまで運んできたドゥーエは家族の元へと先ほど走っていった。

 

『キミはいいのかい? こんなところにいて』

 

 三人のうちの一人が話しかける。

 

「いいさ。 ここからでもステージは見えるし、あんたらと話していたいしさ。 それに、ステージを飾るのは俺なんかよりもっと相応しい奴らがいるしな」

 

 青年の視線の先には楽しそうに踊る六課の姿がそこにはあった。 彼女たちは何も知らない。 夏祭りを終えてからの青年の行動など知る由もない。 何故今日此処でパーティーをしているのかすら理解していないだろう。 いや、彼女達だけではない。 ほとんどの局員が理解していないだろう。

 

「俺のお節介は終わったよ。 華やかなステージに野郎がいるより、綺麗な女の子たちが踊っていたほうが見ていて楽しいだろ?」

 

『確かに……。 そうしてお前は、いつだって縁の下の力持ちはするのだろうな……』

 

 バブで綺麗サッパリな脳になった男は、何度も何度も頷いた。

 

 男の目にはこの光景がどう映っているのだろうか? こんな組織を作りたかったのではない! そう叫ぶかもしれない。 逆に、こんな組織になってしまって……、と嘆くかもしれない。

 

 四人とも黙ったまま、時だけが流れていく。 ステージ上では、フェイトが顔を赤くしながら歌を歌っている最中である。 どれほどの時間が流れただろうか、三人のうちの一人、青年の餌食になった男がポツリポツリと話し出した。

 

「目的は……世界の平和だった」

 

 何かを思い出すように

 

「管理局が出来る前はまさに無法であったのだ。 目の前で殺された者もいたし、罪のない者が消える場面にも何度だって出くわした。 なんとかしたかった……、どう

にかしたかった……。 世界を恨むのは簡単だが、人を救うのは難しい。 そんなことわかりきっていた。 理解していた。 だけども、それでも、私達は救いたかった。 それだけが、願いだったのだ」

 

 だから彼らは管理局を設立した。

 

「だけど人の寿命はかくも短いもので、設立して間もなく体に限界が来てしまったのだ」

 

 これからだというのに。 折角設立することが出来たというのに。 悔し涙が止まらなかった。

 

「君なら理解できるのではないか? まぁ理解出来なくてもいい。 とにかく当時の私たちは希望に満ち溢れていた。 管理局を設立し、法を制定し、これからよりよい未来が、管理局が出来る以前なんかよりずっといい世界が待っている! そう期待に胸を膨らませながら」

 

「それで……そんな状態に?」

 

「その通りだよ。 死ねない体になることへの抵抗はなかった。 むしろ自分たちが世界の守護者になったんだと思うと誇らしさすら持っていた」

 

 だが、世界はそんなに甘くなかった。

 

 管理局を設立したからといって、犯罪の一気に減るなんてことはない。 実際はその逆で、管理局が出来たことによって死角が多く生まれることになった。

 

「来る日も来る日も減少しない犯罪率を聞くことになった。 罵声だって浴びせられた。 能無しとまで言われた。 しかしそれも当たり前の反応だ。 君だって、強い存在が目の前にいるのに助けてくれなかったら暴言を吐くだろう? 呪うだろう?」

 

「……うん、俺ならきっとそうするよ」

 

 管理局だって万能じゃない。 それは周知の事実かもしれない。 だけど、そんなもの救いを求めている存在が気にするはずがないだろう。 『助かりたい』 それだけしか頭にないのだから。

 

「だから私達は努力した。 世界が平和になるように。 皆が幸せに過ごすことが出来ますように……、そう祈りながら努力した。 そしてその結果──管理局は内部でも対立しあうことになり、段々と私たちは壊れていった」

 

 何が正義なのだろうか? 何が平和なのだろうか? この行いは間違っていないだろうか?

 

 自問自答するけども、答えはいつも決まっていた。 自己弁護をしていたのだ。

 

「滑稽なことだ……。 私たちは世界を救っている気になっていた。 そこで生活している人間には目もくれず、偽りの秩序だけを必死に守ってきたのだ……。 助けを乞う声を無視して……」

 

 頬に伝う涙は何を意味しているのだろう。

 

 懺悔? 後悔? 憐れみ? 憐憫?

 

 答えは彼ら三名しか持ち合わせていない。

 

 三名の視線の先にはステージが、瞳には踊って騒いでいる局員の姿が映し出されていた。

 

「……私達がやったことは間違っていたのだろうか?」

 

 三人のうちの誰かが呟く。

 

「管理局を作ったことまでも後悔しているわけではない。 しかし……だからと言ってこれまで行ってきた設立以後のことを考えると……」

 

 自信が持てなかった。 正しい答えを欲しがった。 自分達が歩いた道を肯定してほしかった。 さりとて青年は何も言わず、何も語らず、ただ黙っているだけであった。

 

 そんな青年の元に何者かが走ってきた。 英国貴族の息女が着るような洋服を着飾りながら小さなお姫様は駆けてきた。 そのまま勢いを殺すことなく青年の膝にアタックを決める女の子。 青年の腰に抱きつき、力いっぱい抱きしめた後、嬉しそうな笑顔を向ける。

 

「パパみつけたー!」

 

「ミツケター!」

 

「おー、見つかっちゃったなー。 よくここがわかったな、誰も分からないと思っていたのに」

 

「えへへー、ヴィヴィオはパパのばしょならすぐわかっちゃうの!」

 

 青年に抱っこされながらはしゃぐヴィヴィオ。 青年の頭に乗りながら遊ぶアヒル。

 

 ふと、ヴィヴィオが最高評議会の存在に気づく。 抱っこされていた青年の手をすり抜けて地面に降り立ったヴィヴィオは、感心と興奮の入り混じった顔で青年と最高評議会に視線を交互に送った。

 

「パパ! パパ! これ! これ!」

 

「なんだとおもうー?」

 

「ヴィヴィオこれ知ってる! ブレインコントロール! ブレインコントロール!」

 

「う~ん……ちょっと違うかなー。 これはなー、なのはママとフェイトママが働く管理局の一番偉い人達だよ」

 

「ブレインコントロールなのに?」

 

「ブレインコントロールなのに」

 

 しげしげとポッドを覗くヴィヴィオに、くちばしでポッドを叩き強度を確かめるガーくん。 青年はガーくんを手元に引き寄せる。 ヴィヴィオは青年のほうを向きながら問いかけた。

 

「おしごとがんばってるの?」

 

 その問いに青年は笑いながら頷いた。

 

 ヴィヴィオはポッドに向き直る。 向き直り、三体あるポッドを出来るだけ一か所に集めだした。 ガーくんもそれに倣うようにヴィヴィオの手伝いをする。 一か所に集められたポッドを前にヴィヴィオは大きく息を吸い込み──

 

「ありがとうございます!」

 

 その笑顔はひまわりの如き愛らしさで

 

 その笑顔は太陽のように明るく

 

 その笑顔は最高評議会の心をすっと軽くした

 

「パパー、ヴィヴィオちゃんとおれいいえたよー!」

 

「偉いなー。 流石愛しのヴィヴィオだ。 洋服もキュートだし、パパ襲っちゃうかも! あ、そうだヴィヴィオ。 なのはママを呼んできてくれないかな?」

 

「うん!」

 

 褒めて褒めてと急かすヴィヴィオの頭を撫でながら、青年は一つだけお使いを頼んだ。 それに頷いたヴィヴィオはすぐさまなのはを探すため、ガーくんを連れだって走り出した。

 

 それを見送った青年は、最高評議会に向き直り何か言葉をかけようとしたが目の前に広がる光景を前に口を閉ざした。

 

 最高評議会は泣いていた。 大粒の涙を流しながら、大の男三人が泣いていた。

 

 代表格の男が喋る。 顔を歪ませながら喋る。

 

「おかしなものだ……。 私達は、これまでに沢山の救えなかった人達の顔が脳裏に浮かんでは消えていた。 それぞれが苦悶の表情を浮かばせながら、時には悲しそうな表情を浮かばせながら、私達の脳裏に張り付いて離れなかった……。 聴覚の部分には断末魔が絶えず響いていた……。 それが当たり前だと思っていた。 救えなかったのだから。 それをなくすために私達は違法・合法問わず尽力した……。 それでもやはり無謀で無茶であり、そのたびに私達は失意に沈んだ……。 ……いつの間にか涙も流すことがなくなった。 枯れ果てたのだと思っていた……。 ──本当におかしなものだ……。 たった1人の少女の言葉に、何故私達はこんなにも無様に泣いているのだろうか……」

 

 止める術は持ち合わせていなかった。 否、止めようとは思わなかった。

 

「何万、何億、何兆もの苦悶より、たった1人の笑顔のほうが脳裏に張り付いて離れない……。 何万、何億、何兆もの断末魔より、たった1人の感謝の言葉のほうが絶えず響いてくる……」

 

 ぼろぼろと涙を流す最高評議会に、青年が声をかけた。

 

「それが答えだよ。 あんた達のやってきたことのさ」

 

 男たちの目元を拭う青年。

 

 「道を歩めば『間違っているかも』と思うことは幾らでもある。 けどさ、歩むべき先にあるのはいつだって未来だけなんだよ。 俺達の歩く先に道はない。 いつだって、歩いた後に道は作られる。 未来に正解なんてありはしない。 だから俺達は努力するのさ。 歩いてきた道を正解だと答えることが出来るように。 胸を張って誇れるように。 後ろに控える子供たちに立派な背中を見せるのさ」

 

 なぁ、あんたらは胸を張って誇れるか?

 

 挑発的に誘う言葉。 不敵に笑いながら煽る青年。 最高評議会は、先程の泣き顔ではなく最高の笑顔でこう答えた。

 

「私達の歩いた道は正解だった!」

 

 その言葉に青年は子供のように笑って見せた。

 

「ジェイル・スカリエッティに伝えてくれないか。 『好きな道を歩め』 と」

 

「ああ、伝えておくよ。 あー、その……ヴィヴィオの後じゃインパクトないかもしれないけどさ、俺からも言わせてくれよ。 ──いままでお疲れ様でした。 後のことは、俺達に任せてください」

 

「ふっ、ぬかるなよ?」

 

「人間はそこまで愚かじゃないさ」

 

 がっしりと握手を交わす。 残りの二人とも握手し、二・三、言葉を交わした。

 

 最高評議会の顔は晴れやかだった。 もう何も怖いものはないというように、もう何も心配事はないというように。 ただただ、刻の流れを受け止めた。

 

 男三人の体が発光し、薄れていく。 現世に止めることがなくなった魂が、ようやく輪廻転生の理に戻っていく瞬間であった。

 

 青年は問う。

 

「言い残すことは?」

 

「生きててよかった。 それ以外に語る口をもってはいない」

 

 それを最後に最高評議会は姿を消した。 残っているのはただの悪趣味な脳みそと、それを保管してあるポッドだけであった。

 

「さて……いくか」

 

 ショーが終わったピエロは、華やかなステージを見ることなく姿を消した

 

               ☆

 

「え? 俊くんがわたしを呼んでたの?」

 

「うん! あっちにいるよー」

 

 いつの間にかわたしたちのそばを離れていたヴィヴィオを探すこと十数分、迷子になっていたヴィヴィオが知らないお姉さんを引きつれてわたしのことを探しに来た。 しかもわたしが迷子になっているという設定だった。 迷子になっていたはずの娘を探していたら自分が迷子になっていた。 どうやら次元跳躍が行われたらしい。

 

 しかし俊くんがわたしをねー……。 ヴィヴィオの話では、指名はわたしだけみたいだし……これはもしかしたらもしかして?

 

「う、うんっ! あ、あるよね? だってこのドレス、どっからどうみてもウエディングドレスだし……、まさかわたしの魅力に理性が追い付かなくなった俊くんが獣になっちゃって……!」

 

 きゃーきゃーと顔を真っ赤にしながら照れていると、隣にいたヴィヴィオがとても心配そうな顔をしていた。 一瞬にして我に返る。

 

 てくてくとヴィヴィオと手を繋いで指定された所にいくと──

 

「えっと……俊くんは何と戦っていたの……?」

 

 なんか脳みそらしきものがぷかぷか浮いていた。 あ、ガーくんダメだよ!? 口ばしで遊んじゃダメだってば!?

 

「あれー? さっきはしゃべったのにね~」

 

「オカシイネー?」

 

「これが喋ったの!? これが!?」

 

 流石のわたしも驚きを禁じ得ない。 もしかしてこれは悪魔合成に失敗した成れの果てなのかもしれない……!

 

「あ、手紙がある。 これは俊くんからだねー。 ふ~ん、結構ロマンチストじゃん。 でも中身は結構乙女な部分あるし──」

 

 言葉が止まる。 手紙に書かれていた文面を何度も何度も目で追う。

 

「ははっ……冗談だよね……?」

 

 手紙に書かれていた文面は至ってシンプルでわかりやすかった。

 

『ごめん。 刑期を終えたら絶対に働くよ』

 

「ヴィヴィオ! パパを探すよ!」

 

「お? お?」

 

 何があったか分からないけど、お別れなんて真っ平ごめんだよ!

 

              ☆

 

 青年は一人、パーティー会場の外でグラスを傾けていた。 笑い声が絶えない場所で、ここだけが隔絶された空間であった。

 

「今宵は月が綺麗だね。 ひょっとこ君」

 

「月にいくら手を伸ばした所で、触れることは叶わないぜ? スカさん」

 

 隣に姿を現した白衣姿の男は、青年のグラスに軽く自身のグラスを当てて飲む。 幾分か酔っ払っているのか頬が赤い。

 

「あぁスカさん、伝言だ。 『好きな道を歩め』だとさ」

 

「……うむ、ありがとう。 笑顔で逝けたのかな?」

 

「あぁ、最後の最後で救われたよ。 よかったのか、話さなくて」

 

「互いに話すことなど何もないさ……。 それに、……いや、なんでもない……」

 

「変なスカさん」

 

「まったくだよ」

 

 しばし無言でグラスだけを傾ける。

 

「悪いなぁスカさん。 大事な自首の機会を潰しちゃって」

 

「まったく……君には困ったものだよ。 こんな祭りをぶつけられると、こちらとしては何もできないではないか。 それでも、研究結果自体は役立つものだったからレ

ジアスに預けたけどもね」

 

「へー。 結局、スカさんの企みは娘たちにはバレてないの?」

 

「ウーノ以外には誰も知らないと思うよ。 あ、そうそうひょっとこ君、君にこれを返さなければならなかったね」

 

 スカリエッティが取り出したのは、祭りのときに渡した大事なひょっとこのお面。 それを受け取った青年は、先程から手で弄んでいたピエロの仮面を粉々に砕く。

 

「よーし! これで全部元通りだな。 俺も一安心だ! お兄さん記念に踊っちゃうぞー!」

 

 いそいそと服を脱ぎだす青年は、全裸になると不思議な踊りをはじめた。

 

       ヽ(゜∀゜ )ノ

         へ(   )

             ω  >

 

 

 

         ヽ( ゜∀゜)ノ 

           (   ) へ          

           く ω  

 

 

 

  < (警)>

   ( ゜д゜)    ヽ(゜д゜ )ノ 

  <(   )>   へ(   )

  │ │       ω  >

 

 

     < (警)>

    ヘ( ゜∀゜)ノ          ヘ(; ゜д゜)ノ

   ≡ ( ┐ノ          ≡ ( ┐ノ

  :。;  /            :。;  /

 

 

 

 __[警]

  (  )('A`)

  (  )Vノ)

   | | | |

 

 

「どういうことだってばよっ!」

 

「それは俺のセリフだ。 タバコ吸いに外に出たら全裸でお前が踊ってる最中だったんだぜ? 思わず咥えていたタバコ落としてしまったぞ」

 

 まさかおっさんが出てくるとは想定外だった。

 

「とりあえず服を着ろ」

 

「あは~ん? “服を着てくださいお願いします”だろ?」

 

「フンっ!!」

 

 久しぶりに亀頭にデコピンされた。 しかもおっさんのデコピンだからめちゃくちゃ痛い。

 

 亀頭にアロエ軟膏を塗りつけつつ服を着ていると、その間におっさんがスカさんと話し込んでいた。

 

「まぁなんだ。 よかったな、色々と」

 

「えぇ、おかげさまでね」

 

 会話は終了した。 やっぱ野郎ってこういう時の会話が面白くないよな。 もっとボーイズトークしろよ。

 

「しかしひょっとこ。 お前は全部元通りだといったが……それは流石にねえだろ?」

 

 おっさんが言葉をかける背後から、一人の老人が歩いてきた。

 

「おーおー、憎い演出してくるじゃん。 ラルゴ翁。 わざわざ俺を捕まえにパーティーを切り上げてきたのかい?」

 

「その通りだよ、上矢君。 君はテロの首謀者として逮捕されるのだからね」

 

「あーはいはい。 んなことは分かってましたよーっと」

 

 為すがまま、俺はおっさんに手錠をはめられる。 これが噂のゴムゴム人間をも封じた手錠か……。

 

 手錠をはめられた俺は翁に顔を向ける。

 

「んで、懲役どれくらい?」

 

「ふむ……終身刑くらいだろうかな」

 

「マジすか。 流石の俺も驚き桃の木ウソッキーだぞ」

 

「つまんなかったから死刑な」

 

「ラルゴ翁、おっさんは局員として色々問題があるからクビにしたほうがいいと思う」

 

 こいつマジで危ないもん。

 

「けど残念だったなぁ。 ヴィヴィオの運動会とか見たかったし、なのはやフェイトと一緒にもっと過ごしたかった。 はやてにだって礼を返せてないし、ヴィータちゃんだって弄り足りない。 ──ま、しょうがないか。 俺はこの選択が間違っていたなんて微塵も思ってないしな」

 

 遠くのほうで、管理局の車を発見した。 どうやら、俺はアレに乗って連行されるらしい。 ま、俺には相応しい最後かもしれないな。

 

 一つ息を吐き、足を進めようとした直後

 

「上層部のほうで、会議があってな」

 

 ラルゴ翁が喋りはじめた。 うるせぇちくわぶつけんぞ。

 

「世界的テロの首謀者、その人物をどうするかの会議があったのだ」

 

「んで、終身刑が決まったんだろ」

 

「そう。 終身刑が決まったのだよ。 しかし、その終身刑は従来の終身刑とは少し違っていてね。 まぁ、それも無理はあるまい。 なんせその者は管理局に対してテロを行ったのだから。 いわば、管理局を掌握したもの。 そんな人物を拘束するとなると、私たちは多大な労力が必要になってくる。 そこで私達は考えた。 いかに効率

よく、人件を削減し、君を拘束し続けるかを。 そして考えに考え、一つの結論に至ったのだよ」

 

 遠くのほうで、誰かが俺の名を呼んでいる気がした。 その声はいつもいつも毎日毎日聞き続けていた声で、その声は色をなくした世界から俺を救い出してくれたんだ。 その声はゆらぐ俺の心に道を示してくれたんだ。 その声は俺に自信をつけさせてくれたんだ。 その声は俺がどんなことをしても守りたい声だった。

 

「どうだね? 流石の君も、現役エースオブエースにエリート執務官、若くして部隊長になったエリートと、それが所有する固有戦力、次期エースたちに可愛い幼女相手

では……打つ手はないだろう?」

 あぁ……まったくもってその通りだよ。 これは対俺専用の最終兵器だぜ。

 

「はっ、まいったねこりゃ。 お手上げだよ」

 

 おっさんが手錠を引き千切ってくれたので大人しく手を上にあげた直後、泣きじゃくりながらエースオブエースが突っ込んできた。 そして次に幼女が飛びついてき

て、耐え切れなくなった俺は尻もちをつく。 そこにエリート執務官が乗っかり、部隊長、固有戦力がにやにやしながら倍プッシュしてくる。

 

「重い重い重いっ!? なんか腸がねじれてる。 とんでもない方向にねじれてる!?」

 

 さりとて俺の言葉を聞く者は誰もおらず、俺はただただ彼女たちの下敷きとなって小言を受ける羽目になった。

 

 いくら言われても今回ばかりしょうがない。 口を挟む権限すら俺にはない。 だけど、だけどこれだけは言わせてほしい。 皆の返答は分かっているけど、いまだけはちゃんと聞いておきたい。 自分の耳に残したい。 だから俺は肺の空気を入れ替えて、大音量で言ってやった。

 

「ただいま!!」

 

『おかえりー!!』

 

 ほら、言っただろ?

 

 そこからまたもや続く小言の数々。 俺はそれに自然と浮かぶ笑顔を携えながらずっと聞いていた。

 

 ふと、スカさんと目があった。

 

「月が綺麗だねぇ、ひょっとこ君」

 

 それに軽く笑いながら俺は言う。

 

「上に乗ってる太陽が眩しすぎて月がわからないや」

 

 そうだ、明日は遊園地に行こう。

 

 俺は明日の予定を決めながら立ち上がり、ヴィヴィオを抱っこする。

 

 それに不満の目でなのはとフェイトが睨み、はやてが後ろから抱きついてきた拍子に支えきれずにその場で転ぶ。

 

 視界いっぱいに広がったのは、青と白の縞々パンツ。 俺はこの縞パンの持ち主を知っている。 俺が子供の頃から好きな女の子。 守りたい女の子。 高町なのはだ。

いつもいつだって、俺の隣にいてくれた君。

 

 自然と口から言葉が出ていた。

 

「なのはーー! 大好きだー!」

 

「下着に顔突っ込みながら言うセリフかぁーー!」

 

 意地でも口から言葉を出さなければよかった。

 

 顔を真っ赤にしたなのはに怒られながら俺は思う。

 

 明日は今日より楽しい一日を過ごすとしよう。

 

 

 



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最終回.栞

 9月20日の朝10時、俺は自室で一人パソコンの前でキーボードを操作していた。 画面上には文字の記号が羅列してあり、それと並行して違うファイルでとあるものを作成していた。 目の乾きを覚え、常備している目薬をさす。 おっさんがビールを飲んだときのような声をだしながら、俺はしばしの間目を閉じていた。

 

 昨日は色々あった。 最高評議会のこと、俺自身のこと、ヴィヴィオが危うく漏らしそうになったこと、リンディさんに絡まれたこと。 列挙しきれないほどの出来事が24時間という限られた時間の中で起こることとなった。

 

「人生って不思議だよな。 24時間を一瞬で過ごした日もあれば、濃密に過ごす日もある。 それこそ体感でいえば1年は過ぎたと思うほどにさ。 それでも……きっと総合的には変わらないんだろうなぁ」

 

 首を鳴らしながら、目薬によって閉じられていた目を開ける。 そこに映っていたのは勿論パソコン──というわけではなく、

 

「あれ、ヴィヴィオ? いつの間に膝の上に? まったく気づかなかったんだけど……」

 

「えへへー、なのはママがまほうでうごかしてくれたのー!」

 

 両手をバッと広げ怪盗ポーズを決めるヴィヴィオ。 このポーズは俺とヴィヴィオが毎週見てる魔法少女コミカルゴメットちゃんの主人公、ゴメットちゃんがよくするポーズだ。 あの子、魔法(物理)という所が好きなんだよな。 ちなみになのは達は見ていない。 だけどその後はバリアジャケット姿なのだから目の保養と理性の崩壊で体に悪い。 やはりまずは先方の両親に挨拶してからが普通だと思うんだ。 それを怠るのは言語道断だと考えるの。

 

 ヴィヴィオを膝の上に乗せながら、作業中断せざるおえなくなった俺はパソコンに手を伸ばそうとした直後──後ろから何者かの攻撃によって妨害された。 攻撃手段は後ろからの抱きつき行為。 抱きついてきた相手はそのまま両手を俺の首の横からぶら下げて楽な体制へと入っていった。

 

「ふっふっふっ、俊くんは既にわたしの魔法によって拘束されています」

 

「ほう。 どんな魔法なんですかな?」

 

「ひっつき虫になるという魔法です。 つまりわたしは俊くんの後ろをこうやってずっとひっつくしかないのです」

 

「それは残念だ。 なのはを真正面から抱きしめたかったのに」

 

 しかしこればっかりはしょうがない。 なのはの魔法は俺には解けないからな。 それに、正面はヴィヴィオがいるしヴィヴィオを抱きしめよう。

 

 そう思い立ち、ヴィヴィオを抱きしめようとした瞬間、なのはが椅子を回転させ、俺と自分とを正面の位置で固定させた。

 

「えっと……なのは?」

 

「そ、その……くっつき虫は正面からでもくっついて平気というか……なんというか……」

 

 指を絡ませもじもじとするなのは。 頬が朱に染まり、視線をこちらにちらちら向ける。 思わず息子が立ち上がる。 それを必死に座らせることに多大な労力を使ってしまう。

 

「なのはママ? どうしたの?」

 

「へ? い、いやなんでもないけど……。 ──ヴィヴィオ、ちょっとそこどいてくれるかな?」

 

 俺に抱きついているヴィヴィオに、両手を合わせてお願いするなのは。 ヴィヴィオは一層俺の首に回した手に力を込める。 その様子を見て、なのはの何故か言葉を強くした。

 

「ヴィヴィオー、ちょっとだけだから。 ね? ね? 譲ってくれるよね?」

 

「いやー! ここはヴィヴィオのばしょなのー!」

 

 なのはがヴィヴィオの腰を掴むと、ヴィヴィオが膝の上で暴れだしそれによって俺はバランスを大きく崩すことになり──椅子ごと床に倒れこんだ。 なんとかヴィヴ

ィオは無傷だったけど……いまのは正直どうかと思う。

 

「おい、なのは。 いまのはいくらなんでも──」

 

「パパー、いまのたのしいねー!」

 

「ヴィヴィオが喜んでるからどうでもいいや!」

 

 ヴィヴィオの笑顔が生きる原動力です、はい。

 

 いまだヴィヴィオは膝──ではなく腰に座っていた。

 

「なのは~、起こしてくれ~」

 

 なのはに救いを求めて手を上げるも、なのはは俺のパソコンのディスプレイに夢中であった。 急いで立ち上がろうとする俺の腹を、なのはは足で押さえつけ体の動き

に制限をかける。 事実、腹の上あたりを押さえつけられた俺は全く動けない。 ただただ静かになのはのパンツを眺める仕事に精を出すだけであった。

 

「ふーん……これまだ続いてたんだ。 あー、昨日のこともちゃんと書いてるじゃん。 全部キミ視点な上によくわからないけど」

 

「俺は有言実行型だからな。 絶対に出版まだこぎつけてやる」

 

「その時はデータを破壊するか俊くんを破壊するかの二択になるね」

 

「どSな笑みでこちらを見るのは止めてください」

 

 なのはは俺をサンドバックか雌犬ならぬ雄犬とでも思っているのだろうか。 実質その通りだから否定しようがない。

 

 椅子に座ったまま俺を足で無造作に押さえつけているなのはは足を組む。

 

「見えた! ピンクのふりふりパンツだ!」

 

 左の鼓膜が破れた瞬間だった。

 

 後でアロエ軟膏でも塗っておこう。

 

「ところでなのはとヴィヴィオは何しにきたの? フェイトの車まだ直ってないんだろ?」

 

 今日の本当の予定としては、皆で朝早くから遊園地に行くはずだった。 しかしながら、家族全員で準備を、いざフェイトの車で出かけようとした直後に問題が起こってしまったのだ。 有体にいえば、車の後輪がパンクしたのだ。 これには思わず全員が押し黙り、ヴィヴィオに至ってはいまにも泣きそうな始末。 移動手段を絶たれた俺達だったが、そこに名乗り出る者がいた。

 

 それが──ガーくんであった。

 

 よくわからんが、一時間もあれば車を直せるみたいなので大人しく待機することにしたのが20分前。 俺はその間作業を、なのはとヴィヴィオはリビングでテレビを、フェイトは執務官の雑務処理を。 各々が自由に過ごすはずの一時間なのだが……。

 

「暇になりました!」

 

「なりましたー!」

 

 予想を裏切ることなく揉み揉みしたいおっぱいを張るなのは。 乳首をちゅーちゅーしたくなるおっぱいを張るヴィヴィオ。 この思考が覗かれていませんように。

 

「ということで、なのはママは俊パパのパソコンのチェックでもしますか。 あ、これを一から見るというのも……」

 

 足をどけずにマウスを操作しだすなのは。

 

「ヴィヴィオはパパとあそぶー!」

 

 腰の位置を微妙に動かしながら俺の顔に詰め寄ってくるヴィヴィオ。 つい手が勝手にヴィヴィオのスカートをめくる。 いちごパンツだったので、とりあえずぷにってしてみた。

 

 右の鼓膜が破れた瞬間だった。

 

「ちょっとまて……!? いまなのはの足がありえない動きをしたんだけど……!?」

 

 士郎さんに鍛えてもらった俺だが流石にあんな化け物じみた動きを出来る自信はない。 そもそも士郎さんも恭也さんも化け物すぎだよな。 なんだかんだ大先生と呼

ばれていた俺でもあの人たちには勝てないわ。

 

 結局、俺はなのはとヴィヴィオとダラダラと残りの時間を過ごすことになり、丁度一時間が経った頃ガーくんとフェイトが呼びに来た。

 

「おーい俊になのはにヴィヴィオー。 パンク直ったからいくよー!」

 

「おー! ガーくん流石だな」

 

「モットホメテ! モットホメテ!」

 

 飛び跳ねるガーくんの頭を撫でながら、俺達は部屋を出ることにした。

 

 と、そこになのはが袖を引きながらパソコンを指さす。

 

「題名は書かなくていいの? 分かりにくくない?」

 

 なのはの疑問はもっともであったが、俺はそれに首を横に振ることで答えた。

 

「まだ終わっちゃいないからな。 なんとなく、題名はつけたくないわけよ。 俺の題名は却下されましたしね」

 

「あれは当然の結果だと思います」

 

 いい題名だと思ったのに。

 

 嘆息する俺になのははくすくすと笑う。 それが不思議で堪らずつい質問すると、こんな答えが返ってきた。

 

「いや、いつまでもこんな日常を過ごすのかな~、と思ってね」

 

「お気に召さないかい? こんな日常は?」

 

 なのはは極上の笑みを浮かべ答えた。

 

「こんな日常は大好きです」

 

 天使のように笑いながら話すなのはに、心臓がドクンと跳ね上がったのを自覚する。

 

 まったくズルいよな、女って。

 

 ──あんな顔されたら、まともに見つめることなんか出来ないじゃないか。

 

 青年は惚れている女性の顔を見ることが出来ず、ひょっとこのお面で顔を隠しながら部屋を出る。 その後から、栗色の髪の女性が首を傾げながらついていき、金髪の

幼女が青年に抱きつきながら話かける。 金髪の女性は、素知らぬ顔で青年の隣をキープしながら歩き立ち、アヒルは定位置となった青年の頭でちょこんと座る。

 

『ねぇパパー。 なんかおもしろいはなししてー』

 

『んー、そうだなー。 それじゃぁ……時というものは残酷なものである。 9歳でロリロリでツインテールで天使のような幼馴染も昔は“魔法少女”といわれみんなに可愛がられたものだ。 バリアジャケットだって小学校の制服を参考にしたらしく9歳という年齢も相まってそれはそれは可愛らしいものであった。 しかしどうだろう……10年の歳月が過ぎ、その幼馴染も随分とかわってしまった。 あの純粋無垢だった幼馴染はいまは19歳にもなるのにいまだに“少女”と信じて疑わないらしい。 本当に俺と3年間高校に通ったのかと疑いたくなってくるほどである。 髪型にしてもそうだ、いつもはサイドテールにしているのにここぞというときにはツインテール。 確かにツインテールはかなりの萌えポイントであるがいかがなものかと思う。 極めつけはあのバリアジャケットである。 あれっていまだに小学校の頃の制服をモデルにしているみたいだし正直コスプレにしかみえない』

 

『ニートの人にそんなこと言われたくないんだけど……』

 

『あれ……? 遠まわしに私のことも言われてるような……』

 

 いつものように笑いながら、いつものように怒りながら、いつものように冗談を言いながら過ごす──いつも通りの家族の光景が広がっていた。

 

             ☆

 

 ──これは 『ひょっとこ』こと上矢俊がお送りした 非日常が日常的な 喜劇 気楽 喜話 幸運 幸福 な物語である。

 

 ──ん? どうやら彼女達が呼んでいるようだ。

 

 まったく、まだ終わっていないというのに。

 

 ……しょうがない、栞を挟んで終わることにしよう。

 

 それでは皆さんまたいつか──ステージ上でお会いましょう。

 

 



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あとがき

(  ) ミンナ……

(  )

||

 

 

 

 ヽ('A`)ノ オツカレサマ!

  (  )

  ノω|

 

 

             総まとめ

 

 

 無印終了です。ようやく無印が移行できてほっと一息。

 

 無印内で私がやりたかったことは、最後の最後に全て凝縮されています。何故か嫌われ役になっていることが多い最高評議会からなのは世代へとバトンタッチです。

 

 といっても、実際に読んでいただけると分かりますが、バトンタッチはひそかに行われました。むしろバトンタッチというよりはお疲れ様の意味合いのほうが強かったように思います。

 

 このお疲れ様、という言葉をかける人物はかなり前から決めてました。皆大好きヴィヴィオです。理由としては、なのは達は実際に管理局側に立っているということ、スカさん達はもろもろ。

 

 実際に第三者として素直な言葉を語れるのがヴィヴィオだったからです。

 

 悩んで悩んで苦労して、必死になって平和をめざし、その結果として皆に恨まれるだけというのはいかがなものか。管理局にとって欠かせないものをもっていた人達です。

 

 最後くらい笑って感謝で送り出そうではありませんか。

 

 きっと最高評議会の想いはエースオブエースを中心とした若い世代が受け継ぐことでしょう。

 

 

 原作から色々と変わっているキャラたちですが、一番かわってるのはスバティアです。

 こいつらマジで何があったの?そう思うくらいなのは狂となりバーサーカーのようになのはを襲いあわよくば一線を越えようと画策する存在です。

 

 作中でどんどん変わっていったキャラとしてはなのはでしょうか。回をますごとくどんどんポンコツ化(萌え化)していきましたが、やはりメインヒロインとして要所要所をしっかり抑えてくれた方かなと思います。

 

 好き放題やったキャラとしてははやてです。エロ担当になってましたが意外と初心というか一番乙女になっていたかなーっと思ってます。立ち位置的にもとってもいい。

 

 ちなみにちっこいリインはこの世界ではいないの?という疑問をお持ちの方、ちっこいリインはいます。ただひょっとこの前に登場していないだけです。

 

 ヴィータにはお世話になりました。この子ほんとうに頼れるイケメンとして活躍してくれました。

 

 個人的に質問がきそうなところでは、エクリプスウィルスのところかなと思います。これは私自身がForce系はやらないという意味も込めて、とある人物がひょっとこの管理局テロと同時並行で終らせたってことにしています。六課解散後をやるとしたらvividの時系列で終了になります。

 

 

 

 

※次回からA'sを更新していきますが、章分けができるのでこのまま投稿していこうと思います。

A's1話というふうに投稿していきますのでよろしくお願いします。

 




計100話、読んで頂きありがとうございました!


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A's
A's1. 逃げられない


 あれから4年の月日が経った……。 最高評議会という大きな柱から自ら進んで歩み始めた管理局だが、その後は順調にいっているらしく、毎日毎日嬢ちゃんやスバルから連絡が来る。 どうやら二人とも、ワーカーホリックにならずに済んでいるようだ。 というか遊びに来るくらいなのでこいつらちゃんと仕事をしているのか疑いたくなってくる。 4年も月日が経つと色々と変わってくるらしく、フェイトのおっぱいがまだ成長しているとか、なのはがシュークリームを作れるようになったとか、俺が理想の仕事を手に入れたとか、自分たちの環境と事情だって変わってくる。 そうそう、はやて達も管理局を止めたんだよな。 う~ん、管理局の層が一気に薄くなったけど大丈夫だろうか? ……まぁ俺には関係ないからいいんだけどさ。 あ、これを忘れるところだった。 なんと、5歳児のヴィヴィオが小学生になったんだ。 それももう小学4年生だ。 年をとっても天使なことは変わらないし、相も変わらず『パパ』と呼んで慕ってくれる。 ……そろそろ一緒に寝るのを止めないとなのは達から本当に逮捕されかねないけど……。 でもヴィヴィオと一緒に寝ると落ち着くんだよな、ヴィヴィオも俺と考えていることが同じなようである。 この頃は俺よりもヴィヴィオのほうが早く起きるようになってきた。 そしていつも上に乗って起こしてくれる。 嬉しいことであるが、そろそろ自分が小学4年生で、パパが小学4年生なら十分守備範囲だということを理解してほしいこの頃である。

 

 ……そろそろ現実逃避から卒業するか。

 

「なぁ俊。 いつまで固まってるつもりなん? そろそろハンコ押してくれへんやろか? 私たちの新婚生活のために」

 

「ははっ、はやて……。 なんで此処に俺のハンコと99%出来上がってる婚姻届があるんだろうか……」

 

「え? それは私と俊が結婚するからなんやけど……もしかしてちょっと疲れてるんかな?」

 

 それは3時間も椅子に座ってたら疲れるよ。 ……いや、違うな。 いきなりのことで頭がオーバーヒートを起こしたんだろうな。

 

 始まりは一通のメールだった。 はやてから大事な話があると伝えられたメールに、六課でヴィヴィオとふよふよしていた俺は急いで私室まで駆けてきたのだが……そこで待っていたのは99%出来上がっていた婚姻届と各種揃えてある結婚式場だった。 部屋に入った俺を出迎えてくれたはやては幸せそうな顔で言ってのけた。

 

『これでやっと結婚できるんやな! 私のこと幸せにしてくれへんと怒るで?』

 

 惚れるような笑顔で言われた俺は反射的に頷きそうになった所でなんとかこらえた。 そして疑問をぶつける。

 

『えっと……なんで婚姻届とかあるの? まだプロポーズとかもしてないんだけど……』

 

『プロポーズならしてくれたやん。 ほら、最高評議会の手伝いのときに』

 

『え?』

 

『え?』

 

 記憶を辿ってもそれらしいことは言ってないと思う。 ……いや、あの時の俺は最高評議会のことで頭がいっぱいだったから気づいてないだけかもしれない。 もっと記憶を辿ってみることにしよう。 とにかく、ちょっとしたすれ違いがこんな大きなことに発展してしまったのだ。 とにかく俺がいま出来ることははやてに事情とか色々話して説得することだ。 勇気を振り絞ってこんなことをしてくれたはやてには申し訳ないけど……。

 

「なぁはやて。 確かにはやては美少女だし、料理や家事も出来る。 きっと俺の変態的要望にも全部答えてくれて、お前となら幸せな生活が待ってることもわかってる。 けどさ、はやて。 俺はお前が思ってるほどいい人間じゃないんだよ。 きっとお前を不幸にしてしまうかもしれないんだ」

 

 胸の辺りが締め付けられる。 はやてにこんなせこい手段を使う自分に嫌気がさす。 けど──はやては誤解してるだろうし、きっと皆だって俺がどうしようもないクズ人間だってことを忘れている。

 

「なぁはやて。 もうちょっと考えてからにしようぜ?」

 

 鼓動が早く息が詰まるほどの圧迫感に押される。 俺の言葉を黙って聞いていたはやてに若干ながらビビってしまう。

 

 すると、俺の心を読んだのか、はやては優しく笑いながら口を開いた。

 

「私たちのラブラブ生活なんやけど、まず朝は俊が私の耳元で優しく愛を囁きながら起こすんや。 勿論ベッドはダブルベッドで一緒に手を繋いで寝るのが決まりやで? 手錠で拘束してもええねんけど……それは夜中唐突にしたくなったときに邪魔になるからないほうがええよね? そんでもって、私と俊の間には二人の子供がおって、ちゃんと俊と私の間ですやすや寝てるんよ。 私達はその子を起こさないように愛を囁きながら二人して起きて、そうして起きた私たちは二人で肩を並べて朝食を作っていくんよ。 朝食はごく一般的なもので、こんがり焼いたベーコンとお砂糖を使って甘く仕上げたスクランブルエッグ、トースターで焼いたマーガリンたっぷりの食パンにミルクを少しだけおとしたコーヒー。 二人で愛情を注ぎながら作った朝食やから、あ~んとか言ってラブラブをエンジョイしちゃって、けどそれで私たちの子供がちょっと嫉妬しちゃったりなんかして…。 でもな仕事へ行く時間になってしまうの。 本当は行きたくないんやけど、そうせんと生活できへんしそこは諦めるんやけど……。 でも、出勤する寸前で俯く私に俊はキスしてくれるんよ。 とびきり甘いキスを。 ああ、30分に一回のメールと電話は欠かさへんで。 そうして俊がいない時間を頑張って乗り越えて仕事から帰宅すると、玄関で子供と一緒に俊がお出迎え。 そこからまた幸せな時間を満喫して、やがて子供が寝る時間になって俊と私の二人で寝かしつけると、今度は私たちの番とばかりにベッドでいちゃいちゃするんよ。 なぁ今日はどんなプレイでするん? 女子高生・ナース・メイド・巫女・婦人警官・女教師・魔女っ娘・裸ワイシャツ・裸エプロン・テニスウェア・レオタード・チャイナ服・スチュワーデス・チアガール・ドレス・バニーガール・サンタコス・体操服&ブルマ・ゴスロリ・甘ロリ・スクール水着 衣装部屋には多種多様なジャンルのものがあるからどんなことにでも対応できるから色々と飽きへんで。 ──楽しみやなぁ俊。 いまからこんな毎日を過ごすなんて」

 

 数滴パンツにシミを作った俺を許してほしい。 はやてちゃん、絶対に俺の話聞いてなかったよね? ガン無視してたよね?

 

「あ~……えっと……、そのラブラブ生活は俺も楽しみではあるけどほら、俺達まだそういう行為とかしてないじゃん? それにやっぱはやてにはグレアムさんがいるし、結婚するならグレアムさんの所にもいかないといけないし、もし行くんだったら俺も職を持ってからのほうがいいというかなんというか……」

 

 張り付く笑み。 乾いた笑い声。 決してはやてとの結婚が嫌とかではないが、いまの俺には不安定であっちにふらふら、こっちにふらふらしている状態で──誰かを選んで結婚してはいけないんだと思う。 もっと自分の中の何かが固まるまで。 なんか刺されそうな気がするし。

 

 俺の不安を感じ取ったのか、はやてが詰め寄りそっと頬を撫でてくる。 少しばかりくすぐったいが、温かい。 知らず知らずのうちにはやての瞳に吸い寄せられる。 まるで蟻地獄に捕まった蟻のように、段々とはやての顔が近くなるような──

 

「──!?」

 

 近くなるような、ではなく近くなっていた。 口元に触れるはやての柔らかい唇。 下唇を甘噛みするはやて、それに反射的に口を開けた。

 

「んっ……はむ……んぁっ……」

 

 八神はやては開いた口に舌を強引に滑り込ませ、俊の口腔内を自分の唾液でべたべたにしその舌で蹂躙する。 無造作になりながらも、綺麗に歯一本一本見逃すことなく舐めるその姿に俊は動きを止めるしかなかった。 足をかけドアにほど近い壁に体ごとぶつけにいくはやて。 二人の位置関係上、壁にぶつかったのは俊のほうで、俊は苦悶に顔を歪ませたが足をかけられてからの壁打ちのせいで地面に座る形になってしまった。 そこにはやてが俊の片腿に全体重を乗せて座り込む。 六課の制服はタイトスカートになっており、はやてが俊の片腿に全体重をかけるような座り方をすると必然的に俊の視線からは下着が見えてしまうのだが、むしろはやてはそれを楽しんでいるのか、俊の視線の先を辿った後、くすりと笑った。 いまだに唇を離さないはやては、そこからさきに求めてくる。 若干息が荒れ、頬が朱に染まり制服のボタンを外し真っ白なブラウスを露わにする。 たわわに実った胸を俊に押しつけながら股を腿に擦りつけるはやて。 口元が唾液でべたべたになった頃、はやてはようやく唇を離し俊に告げる。

 

「俊……、私はな10年前にとある男の子に人生を台無しにされたんよ……。 私の目にはその男の子しかみえへんねん……。 なぁ俊? 私の人生を台無しにしてくれた男の子は……責任を取るべきやとおもわへん? 責任とって結婚してくれるべきやとおもうんよ……」

 

「はやて……」

 

 俊の肩に手を置き上目使いで話しかける。

 

「私は……10年前からずっとまってるんやで?」

 

 室内は無音に支配される。 正確にいえばはやてと俊の息遣いして聞こえない。 二人だけの世界であった。 どちらかが生唾を呑み込む音が聞こえ、俊のほうが口を開こうとした矢先──

 

「おーいひょっとこ。 ヴィヴィオが『パパがヴィヴィオおいてどっかいった~!』 と言いながら泣いてたぞ。 いまは訓練終わらせたなのはとフェイトがあやしてるから大丈夫だけどよ。 お前もうちょっとヴィヴィオの教育考えろよな、このままじゃ近い将来なのはとフェイトを巻き込んだとんでもない事態にまで発展するぞ。 あと電話で言ってたミロカロスの交換早くしよう──ぜ……?」

 

 外から入ってきたヴィータの瞳に映るもの、それは第三者からしたらもう絶対に危ない関係なりそうな状態のはやてと俊の光景であった。 二人ともドアにほど近い位置にいたせいか、すぐにヴィータの入室に気づき、というか俊のほうは固まり、はやてはヴィータを確認し、またそのまま俊に抱きつき始めた。

 

「い、いやロヴィータちゃん違うんだ!? お前はちょっと誤解してると思うけど、べつにはやてとどうこうあったわけではなくて……!」

 

「ふ~ん……──ほんとか?」

 

「……いや、ちょっとはあったけど……」

 

 あっさり折れる俊。 勇気を出して自分に言ってくれたはやてに申し訳ないと思ったのだろうか。 自分はヘタレすぎてそんなことできないもんな。

 

 ヴィータは冷めた目で俊は見る。

 

「ま、べつにあたしには関係ないけどよ。 ただ……お前ちょっとむかつくから一回死ねよ」

 

「……え?」

 

「お前みたいな人間のゴミのどこかいーんだかな。 なのはもフェイトもよ。 あー、ムカついてくる」

 

「……もしかしてロヴィータちゃん嫉妬?」

 

「なわけあるかっ!」

 

 ヴィータの大声は予想以上の声量を伴っており、その声が引き金となり遠くのほうから俊がよく聞く人物達の声が聞こえてきた。 その中には娘の涙声も混じっていた。

 

「は、はやて!? 一旦離れよう! な!? な!? そのほうがお互いのためにもいいってば!?」

 

「やー……。 私は俊をはなさへんときめてんねん。 死ぬまでそのままこうしとくで」

 

「ロ、ロヴィータちゃんも手伝ってくれない……?」

 

「あ? べつにそのままでもいいだろ。 お前だって嬉しがってるし」

 

「え?」

 

「鏡で一回見ておけ。 おっ! なのは達が来たぞ」

 

 ヴィータはドアから外へと身を翻した。 それと入れ替わるようにして室内に入ってきたのはヴィヴィオをだっこした状態のなのはとガーくんを肩に乗せながらヴィヴィオのためにウサギのぬいぐるみを持っているフェイトであった。 二人とも最初の入室こそ笑顔だったものの直ぐに無表情に変貌する。 ついでに泣き止む寸前だったヴィヴィオもなのはの怖さを直感で感じ取ったのかまた泣き出した。 それを見かねたシャマルが一時自分の所げ避難させることに。

 

 なんともいえない空気が部屋を支配する中、なのはとフェイトがつかつかと俊に歩み寄る。 目線を合わせるためにしゃがみ込み、二人して俊の手を取る。

 

「えっとえっと! これはその……、いや、はやては決して悪いことをしていたとかじゃなくて……! だからはやてと絶交とかそういうのは無しの方向でお願いしたいというか……」

 

 しどろもどろになりながらも自分の意見を主張しようとした俊に、なのはとフェイトは割り込みがちでこう言ってのけた。

 

「「うん、知ってるから大丈夫だよ。 俊(くん)は私以外にこんなことしないもんね! ──……しないよねぇ……?」」

 

 俊の血の気が一気に下がった瞬間であった。 後ろではシグナムがブチ切れ、パパラッチのごとく写メを撮るスバルとティア、うんざり気味でこちらをみるヴィータ、ヴィヴィオをあやしているシャマルとガーくん、おろおろするキャロとエリオ、いまだ抱きついているはやて、そして拘束のごとく手を握るなのはとフェイトを見ながら、上矢俊は乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

 

『──俺が全ての責任を取る』

 

「……もしかしてあのことか……?」

 

 後の祭りとはこのことであった。

 

 

           ☆

 

 

 これは、管理局テロから1週間を過ぎた頃から俺こと上矢俊がお送りする、ちょっと性格が怖くなってきた彼女たちと織りなす物語。 その半年間を綴った物語。 人生という本の1ページである。




なのはパチンコ化ってマジですか。ずっと冗談だと思ってました

※追記です
ちょっと時系列が分かりずらいかもしれませんが、最終話一週間後からのスタートです。
A'sでは六課解散までの約半年間のことを書いていきたいと思います。


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A's2. ソファーでの出来事

 所変わってはやての私室からいつもの部屋に移動してきた俺達。 さっそくロヴィータちゃんにミロカロスを渡そうと思っていたのだが、全く違う件で俺は思わぬ苦戦を強いられていた。

 

「ごめんってばヴィヴィオ。 もう許してくれよ~」

 

「ダメー! ヴィヴィオ絶対にゆるさないもん! パパのこときらい!」

 

 ヴィヴィオを置いてはやての私室に行ったのがまずかったのか、つい先ほどまでなのはの腕の中で泣いていたヴィヴィオが頬を膨らませながら怒っていた。 隣ではガーくんが寄り添うように付き従っている。 ソファーに座り俺のほうを見るヴィヴィオは、かなりご立腹のようだ。

 

 でもそっかぁ……。 俺のこと嫌いなのかぁ~……。

 

「うっぐ……! ひっく……! もう生きてく自信がなくなった、ごめんなヴィヴィオ……。 ヴィヴィオに嫌われたパパは一人寂しく死ぬことにするよ……」

 

 瞳から多量の水分を流しながらヴィヴィオの頭を一撫でし、その場から去っていこうとする俺を、

 

「あっ……! だ、だめ! パパいっちゃやっ……!」

 

 ヴィヴィオは両手で服の袖をめいっぱい掴むことで止めてきた。 涙を流しながら振り向く俺に、ヴィヴィオは

 

「えっとえっと……、今日ね、パパがヴィヴィオとず~っといてくれるなら……ゆるしてあげてもいいよ……?」

 

 そう上目使いで首を傾げながら聞いてきた。 なにこの天使。 なのはやフェイトやはやてとは違った天使さを感じるんですけど。 見てください、これが俺の愛娘です。

 

 勿論、俺の答えは決まっている。

 

「本当に許してくれる?」

 

「うん!」

 

「ヴィヴィオー! 大好きだぁー!」

 

「わぷっ!? パパ息が苦しいよぉ……」

 

 あまりの可愛さについつい強く抱きしめすぎたみたいだ。 これも全部ヴィヴィオが可愛いから悪いのだが。

 

 そんな二人の光景を遠くで見ている者達が3名いた。 一人はDS片手に呆れた顔でひょっとこを見るヴィータ。 そして後の二人はヴィヴィオの可愛さに鼻を押さえているスバルとティアである。

 

「ヴィヴィオちゃんって得ですよね。 娘だからどんなお願いだって出来るし、5歳児だからなのはさんとフェイトさんにダダもコネることが出来ますよ」

 

「けどなー、もう少し厳しくしたほうがいいと思うぜ?」

 

「でもヴィヴィオちゃんくらいの年の子供って、あんな感じで独占欲強いですよね」

 

「そりゃそうだ。 集団行動をまだ習ってないからな。 六課の全員とも、小さい頃は独占欲が強かったんじゃねーの? この年で強すぎると問題が起こるけどな」

 

『ねぇはやてちゃん……? このふざけた婚姻届はなんなのかな……?』

 

『大丈夫やで、なのはちゃん。 結婚式にはちゃんと呼んであげるから』

 

『少し……頭冷やそうか……』

 

「あんな感じでな」

 

 ヴィータが指さす後方で、ドス黒い空気を纏った二人が対話するたびに窓ガラスが割れていく。 エースともなればあんなことも可能になってくるのだろうか。 だとしたら私には到底無理な気がする。 知らず知らずのうちに心が拒否反応を起こしてしまうティアであった。

 

「いや、お二人も凄いけど一番すごいのは……」

 

『アーイソガシイソガシ。 シュウフクモラクジャナイナー』

 

『(お前は一体何者なんだ……)』

 

 全員の心の声が一致した瞬間であった。

 

 割れた窓ガラスもコンマの世界で直していくガーくんに、流石のスバルも冷や汗を掻く。 ガーくんのおかげで窓ガラスが無事なことにはかわりないので突っ込みを入れることが出来ないが。

 

「ところでヴィータさんは何してるんですか?」

 

 いまだDS片手に突っ立っているヴィータにティアが質問すると、ヴィータは苦虫を噛み砕いたような顔でひょっとこのほうを指さした。

 

「あいつにミロカロス貰う予定なんだけどさ。 どうもタイミングが合わなくてな」

 

 ひょっとことヴィヴィオの他に先程まで混ざっていなかったはずの人物が輪に加わっていた。 ちょっとだけしょんぼりした顔でDSの画面を眺めるヴィータであった。

 

 

           ☆

 

 

 俺とヴィヴィオが遊んでいると、フェイトがひょこひょこと隣に座ってきた。 

 

「あ、フェイトママだ。 フェイトママも遊びにきたのー?」

 

「うん、そうだよー。 ヴィヴィオ、だっこしてあげようか?」

 

「うん!」

 

 俺の手からフェイトの手に渡るヴィヴィオ。 フェイトはヴィヴィオをしっかり抱いた後、そっと肩に寄りかかってきた。 鼻腔を擽る女性特有の香りと、落ち着く心。 その二つをしっかりと自覚しながら、俺は思う。

 

 なんでフェイトは俺の左手を力の限り抓っているのだろうか。

 

「? どうしたのパパ? 顔がつらそうだよ?」

 

「あはは、なんでもないよヴィヴィオ。 ちょっと可愛い天使が悪戯してきただけだしさ」

 

「その可愛い天使に内緒で、舌を絡めるほどのキスをはやてとしてたのはどこの誰かな? ねぇ俊?」

 

 可愛い笑みのはずなのに、背筋に薄ら寒いものが常に付きまとうのは何故だろう。 ちょっと可愛すぎて一般人の俺には神気的なアレを受け止めることが出来なかったのかもしれない。 べつにビビってるわけじゃないけど、ビビってるわけじゃないけど、股間の息子が軽く鳴く。 これはきっとアンモニア臭のする汁のほうだと直感した。

 

「え~っと……フェイトさん? あれはその──」

 

「知ってる? 言い訳をする男の人の大半が『あれはその』から始まるんだよ? 丁度いまの俊のように」

 

 ダメだ、勝てる気がしない。 もうなんか土下座して謝りたい。 謝りながら撒き散らしたい。

 

 どっと冷や汗を流し、わずかにフェイトから離れる。 が、フェイトがそれを許すはずもなく俺はなんなく捕まる。 局員って私事でバインド使って大丈夫なんだっけ?

 

 なんともいえない空気が辺りを支配する。 そんな中、相も変わらずフェイトの胸に顔を埋めるヴィヴィオの嬉しそうな声だけが聞こえて、それがいまこの場の状況が俺の妄想でないことを実感させた。 

 

 ヴィヴィオの頭を撫でるフェイト。 ネコのように「あう~、わきゃー!」と言いながら楽しむヴィヴィオ。 

 

「可愛いなヴィヴィオ」

 

「そうだねロリコン」

 

「可愛いよフェイト」

 

「ありがと浮気者」

 

「トイレ行っていい?」

 

「だめ」

 

 どうやら放尿プレイをお望みのようだ。 度し難いほどの変態だ。

 

 どうやってこの場をうまく収め、トイレに行くかを考えていると──フェイトのほうもモジモジと体を揺らし始めた。

 

 ……もしかして──

 

「成程……。 放尿耐久プレイということか。 なかなかの変態具合じゃないかフェイト」

 

「いやなんの話っ!? 勝手に私を変態キャラにしないでくれるかな!? もう十分いるでしょ!?」

 

「しかし俺のリサーチによるとフェイトのおっぱいの成長具合は幼少期からなのはに揉まれたものであって──」

 

「うるさい黙れ」

 

 流石に怒られてしまった。 くそっ! なんで俺はフェイトのおっぱいを揉むことができないんだよ!?

 

 何故俺がフェイトのおっぱいを揉むことが出来ないのかをレポートにして纏めようと考え出した矢先、フェイトが体を預けてきた。 寄り添うのではなく、預けてきた。 ちらりと横目で盗み見ると寝息をたてているフェイトの姿。 いきなり寝だしたフェイトに首を傾げ、何かに気づき必死に起こそうとするヴィヴィオをこちらに抱き寄せ、その金色の髪を撫で梳かす。 手櫛でここまで滑らかに滑るフェイトの髪の毛って凄いなぁ。 

 

「フェイトママ倒された! パパ、フェイトママが! フェイトママが!」

 

「しーっ。 フェイトママは疲れて寝ちゃったんだよ。 心配しなくても大丈夫だって」

 

「そっかぁー……。 大丈夫なのかぁー……」

 

 安心したのか、胸を撫で下ろす仕草をするとフェイトに抱きつくヴィヴィオ。 まぁ、一緒に寝たいだけみたいだし大丈夫だろう。 それにしてもいきなり寝るなんて──

 

「『やっぱ疲れてるんかなー』ですか? ひょっとこさん?」

 

「うおっ!? 後ろから顔を出すな驚くだろ!?」

 

「まぁまぁ。 それよりフェイトさん可愛い寝顔ですね。 分からない問題を教えてもらおうと思いましたが止めておきます」

 

「お兄さんが教えてやろうか? 手とり足とり腰とり」

 

「ひょっとこさん知能指数低そうですし遠慮しておきます」

 

 それなりの学力はあったさバカチン。 少なくとも大学は余裕で行けましたとも。 まぁ執務官の試験問題なんて専門的な分野もあるから分からないけど。

 

「それにしてもフェイトさん、燃料が切れたかのように一瞬にして寝ましたね。 流石に驚きです」

 

「管理局も新体制になって日が浅いから大変なんだろうな。 無理しないといいけど」

 

「う~ん……私も勉強教えてもらうの控えたほうがいいでしょうか?」

 

「おいおい、フェイトでさえ一回は試験落ちてるんだぞ。 素直に教えてもらってろ。 落ちた時の言い訳が出来ないほど教えてもらえ」

 

「むっ、私は別に言い訳なんてしませんよーだ」

 

「ほんとかー?」

 

 自然と零れる意地悪な笑みを浮かべ嬢ちゃんを見ると、嬢ちゃんは舌を出しこちらに思いっきり向ける。 

 

 9月19日を境に管理局は大きな変化を迎えた。 俺は局の人間でもなければ、状況を知ろうとも思わないので、あまり詳しくは知らないのだが、ラルゴ翁たちを中心にクリーンさを前面に押し出しているらしい。 それに局員の年齢制限、なんかも付け加えられたとか。 本部の上のほうは、はやてが実質握ってるようなもんだし、地上はレジアス中将を中心に前以上に頑張っている。 そして何より──陸と海が互いに協力しだしたのが一番嬉しいことだった。 人手が圧倒的に少ない陸、そこに手を空いている海の局員が助ける形でフォローに入っているみたいだ。 

 

 あの時の模擬戦は無駄にはならなかったみたいだ。

 

 海は陸の諦めの悪さを学び、陸は海のエリートによって向上心を刺激された。

 

 互いが互いを認め、切磋琢磨し合う──それがいまの管理局だ。

 

 ただ、管理局は万年人手不足に悩まされている。 そんな状況の中、そこまで手を回せるのは何故か。 そこには外部の存在の力が大きく作用している。 

 

「義賊『フッケバイン』……ねぇ」

 

「あぁ、それ管理局の間でも話題になってますよ。 なんでもエース級がゴロゴロいるそうで。 それに、それを設立した人がカリスマに溢れており世界最強だとか。 全部噂の域を出ませんが……。 どうしますひょっとこさん、完全にひょっとこさんの上位互換ですよ。 ゲームでいう所の常に待機状態になってしまいますよ」

 

「いまどき義賊なんてバカバカしい。 それにカリスマ? 世界最強? 『それは上矢俊の父親を超えてから名乗れ』ってな。 なのはが精神的に最強というのなら、父さんは全てにおいて最強だ」

 

「…………小さな子どもが父親自慢してるみたいで可愛いですねぇ~」

 

 にやにやと笑みを浮かべる嬢ちゃんにデコピンをお見舞いする。 うるさい黙れ。

 

「まぁ、確かにフッケバインは現状ありがたいけどな。 ただまぁ……場合によってお前らが潰すことになるかもしれないがな。 どっちにしろ俺が関わることはないだろうし、どうでもいいや」

 

「そういう人に限って中心人物になってしまうんですよねぇ。 よくあるラノベ展開的に」

 

「魔防0の俺がお前ら魔導師と戦ったら瞬殺されるっての。 それよりその問題集見せて。 ちょっと解いてみる」

 

「いいですけど出来る訳ないですってば」

 

 嬢ちゃんから問題集を受け取り一問解いてみる。 ふむふむ……成程……。

 

「これフェイトの執務官試験と同じ問題だった。 ほら、正解だろ?」

 

「うそぉっ!? 執務官試験って上位に入る、というか一番難しい試験なんですけど!?」

 

 まぁフェイトの試験勉強は皆で手伝ったからなー。 途中でなのはが知恵熱出したりして大変だったけど。 

 

「はっはっは、まぁせめて俺を超えるくらいは頑張ることだな! なんならお兄さんが教えてあげようか? 『なんでもやりますから、教えてくださいご主人様』と猫耳を着用した上で上目使い&旧スク水を着ることが条件だがな!」

 

「いえ、フェイトさんが起きたら教えてもらうのでいいです」

 

 ……そんなあっさり断んなよ。 俺もなのはやフェイトみたいに教師役やってみたいんだよ。 5分で飽きて終了すると思うけど。

 

 後ろで唸りながら問題を解きはじめる嬢ちゃん、隣ですやすやと寝息を立てるフェイトとヴィヴィオを見つめながら、ふと違和感を覚える。

 

 ……そうだロヴィータちゃんにミロカロスあげる予定だったんだ!

 

 辺りを見渡すと、ロヴィータちゃんが一心不乱にゲーム機を見つめていた。

 

「ろ、ロヴィータちゃん!?」

 

『うるせぇバカ! こっちくんな!』

 

「……しまった」

 

 完全に拗ねてる。 うわぁ……やってしまったよ。 これ完全にダメ男の典型だよ。

 

 頭を抱える俺の肩を嬢ちゃんが軽く叩いてくる。 まるで背中を押してくれるようで、すこし安心する。 嬢ちゃん……俺に謝る勇気をくれるのか?

 

「ぷぷっ……! さっさといってきてくださいよ……! ダメ男野郎さん……! ぶはっ!」

 

 近いうちに絶対泣かしてやる

 

 嬢ちゃんのうざすぎる顔を見ながら俺はそう心に決めた。 

 

 ちなみにロヴィータちゃんにはミロカロスと間違えて、しゃぶるドン(シビルドン)を送りつけてしまい殺されかけました。 でも罵倒は気持ちよかったです。

 




いまのポケモ○で可愛いのはどれなのか。私がやっていたときはサーナイトらへんが人気だったけど、いまはドレディア?


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A's3.500円のお買いもの

「あ~、ロヴィータちゃんに踏まれた股間が痛いわー。 ちょっと俺の周りの女の子達は人の股間を弄りすぎじゃないですかね。 なんなんですか? 痴女なんですか? 誘ってるんですか? 下のデバイスでロストロギアを封印ですか? ……夜は痴女になっちゃう魔法少女っていいかもしれん……。 でもあいつら少女じゃないから……当てはまるのはロヴィータちゃんくらいか。 キャロは除外するとして」

 

 しばしロヴィータちゃんの痴女について考える。 あのボディを一生懸命使って誘ってくると思うと、何故か涙があふれてくる。 でも需要はかなりあると思う。 俺だってチンコは勃つし汁も零れてくる。

 

「パパー! おかしは何円までですかー!」

 

「お菓子は100円までですよー。 ガーくんも100円だからなー」

 

「「ハーイ!」」

 

 隣で歩いていたヴィヴィオとガーくんが手を上げながらお菓子売り場の方向に走っていく。 おーい、走ると転ぶから歩きなさい。

 

 夕食を作るためにヴィヴィオとガーくんと六課からスーパーへ移動してきた。 なのはとフェイトはいまだ六課で仕事中。 あと20分くらいで帰ってくるとはメールがきたけど……ほんとうなのだろうか。

 

「あ~、管理局ってやっぱ面倒だよな。 マジ社畜の最先端をいってるぜ。 六課はゆとりの最先端をいってるけど。 けどそもそも六課は士気上げのための美少女部隊だし……ある意味一番確実に仕事をしている気はするかも」

 

 管理局もクリーンな感じだし、そもそも上層部は実質はやてが握ってるようなもんだしな。 それにしてもヴィヴィオ……俺の隣にずっといるんじゃなかったのか……。

 

「うーむ……流石にお菓子の魅力には勝てないのか」

 

 お菓子売り場に走るヴィヴィオを目で追いながら、愛しさ半分寂しさ半分で目的の食材へと向かった。

 

 

           ☆

 

 

 ──駄菓子

 

 それは小さな子どもを引き付けてやまない魅惑な代物である。

 

 5円チョコや10円ガム、30円の棒付きキャンディーなど、子供が手に取りやすい価格設定であり、対象者を小さな子としているため、その舌になるべくあった基準に作られている。

 

 お菓子売り場に入ったら最後、子供はそこからお目当てのものを手に入れるまでは一歩も外部に出ることはない。

 

 親からすれば魔の領域なのである。

 

 そんな場所にヴィヴィオも例に漏れず立っていた。 というより物色していた。 目の前には毎週日曜日の朝に放送される超人気魔法少女アニメの100円指人形の箱が置いてあり、ヴィヴィオはそれを真剣な様子でじっと見つめている。

 

「100円かー……。 どれにしようかなー」

 

 一つ手にとっては箱を上下に動かし、側面に耳を当てて音を確かめる。 カラカラカラという音が聞こえてくると、ヴィヴィオは黙って頷き元の位置に戻す。 既にこの行動は二桁を超えている。

 

 ヴィヴィオは一緒にお菓子コーナーに入ってきたガーくんのほうに振り返る。

 

「ガーくんはなににしたの?」

 

「ガークンハハトサブレ!」

 

「わ~! ハトさぶれおいしいもんねー!」

 

「ウン! ガークンダイスキ!」

 

 アヒルにとって、ハトなどという存在は仲間でもなんでもないようだ。 そもそも仲間意識があるかどうかさえわからないが。

 

「ヴィヴィオハキマッタノ?」

 

「ううん。 どれにするかまよってるさいちゅうだよー」

 

 腕組みしつつ、頭を左右に揺らすヴィヴィオ。 ヴィヴィオにとってみれば、この選びは真剣そのもの。

 

 ここでミスを犯してしまうと家に同じ指人形が立っている光景を見ることになるかもしれないからだ。

 

 そんなヴィヴィオを見てか、ガーくんも一緒になって箱選びに加わった。 大好きなヴィヴィオの役に立つこと、それはガーくんの生き方そのものでもある。

 

 いまだに何故ヴィヴィオにこんなにも懐くのか、フェイト達がペットショップで遊んでいる間にどんな出来事があったのか、真相は闇の中である。

 

『ウーノ姉、あそこにいるのヴィヴィオじゃない?』

 

『あらあら、ほんとうね。 パパの姿が見えないようだけど……どうしたのかしら?』

 

『そんなことより声かけようよ。 おーい、ヴィヴィオー!』

 

 二人揃って箱を選んでいる最中、誰かが遠くのほうでヴィヴィオを発見し声をかけてきた。

 

 その声に反応してそちらを振り返ったヴィヴィオは、自分の名前を呼ぶ二人を視界に入れた途端、駆けだし買い物カゴをもっている人物に抱きつく。

 

「わーい! ウーノ! こんにちは~!」

 

「ふふ、こんにちはヴィヴィオ。 今日は一人でお買い物?」

 

「ううん。 パパとガーくんといっしょ!」

 

 とことことヴィヴィオの後ろをついてきたガーくんが、ウーノに向かって片手を上げる。

 

「オイッスー。 ミテミテー、ガークンコレニスルンダー」

 

 そのまま子供が親にお菓子を見せびらかすように、ガーくんはウーノに自身が手に持っているハトさぶれを見せる。

 

「ヴィヴィオはねー、いまえらんでるの! ノーヴェはどっちがいいとおもう?」

 

「へ? あたし? う~ん……こっち、かな」

 

 ウーノの隣にいたノーヴェにヴィヴィオは自分が両手に持っていた箱を差し出す。 ノーヴェはそれを受けて、しばし迷った後に右のほうを指さしだ。

 

「そっかぁー……。 ヴィヴィオはこっちだとおもうんだけどな~」

 

「じゃぁそっちでいいんじゃないか……?」

 ノーヴェが指した方向とは反対側を振るヴィヴィオに、ノーヴェは困り顔でそう答えた。

 

「それより、ヴィヴィオ。 あいつはどこいるんだ? えーっと、ヴィヴィオのパパは」

 

「パパ? パパならここに──」

 

 そこでようやくヴィヴィオは気づく。 自分の隣に大好きなパパがいないことに。

 

 きょろきょろと周囲を見回すヴィヴィオだが、お菓子売り場にパパの姿はなく──

 

「パパ……まいごになっちゃったかもしれない……!」

 

 はれて俊は迷子認定されたのであった。

 

 必死そうな顔でノーヴェとウーノに伝えるヴィヴィオだが、二人ともそんなヴィヴィオに苦笑する。

 

 二人にはどちらがどのような状態なのか検討がつくのだろう。

 

「それじゃ……迷子さんがヴィヴィオの元にくるまで私達は待っていましょうか」

 

「そうだねー。 あたしも丁度ヴィヴィオと話ししたかったし。 というか……それよりも何よりも、あたしはこのアヒルの生態がずっと気になってるんだけどさ

ぁ……」

 

「ドクター曰く、『突然変異、もしくは誰かが憑依しているかだね。 まぁ生態ロストロギアと言われたほうがある種納得できるんだがね』 とのことよ。 あまり深く考えないほうがいいわね」

 

「やっぱこの家族化け物揃いだ」

 

「でもなのはちゃんは好きなのよね? それにフェイトちゃんも」

 

「うっ……! それは……まぁ。 あたし達に優しく接してくれたり、色々とお菓子のこととか教えてくれたし……。 それに……初めてだったよ。 戦闘機人の力にあんなリアクションを返されたの」

 

『えっ!? ノーヴェちゃんってそんな強い力もってるの!? へー! やったね! 力があると色々なことにチャレンジ出来るから、その力は大事にしないとダメだよー? 大事なのは、その力をもって自分が何を成したいのか、だよ』

 

 初対面の時、ノーヴェは親しげにウーノと話しているなのはに軽いヤキモチを抱き、自分がいかに強い能力を持っているのかを誇示した。

 

 それによるなのはの反応は、ノーヴェが思っているのと180°方向が違く、手を取り優しい笑みを向けるなのはに頬が朱に染まった出来事も記憶にまだ新しく残っている。

 

「オチとしてはなのはちゃんがノーヴェより凄まじい力を持っていたということかしら」

 

「あれは勝てない。 泣いて謝るレベル」

 

 その後行われた軽い模擬戦でなのはの魔導師としての強さを垣間見たノーヴェ他、その場にいた戦闘機人たちに恐怖を植え付けたなのはであった。

 

 ガーくんの背中に乗るヴィヴィオを見ながら、ノーヴェはもう一人の人物についてウーノに喋る。

 

「あのさぁ、なんでなのはさんはあいつの名前を呼ぶとき嬉しそうなのかな……?」

 

「あら? ヤキモチ?」

 

「そ、そんなんじゃないけどっ! ただ……あの俊とかいう奴、やっぱ好きになれないっていうかなんというか……」

 

 既に『さん付け』のなのはと呼び捨てにされる俊。 これが人望の差なのだろうか。

 

 俊に対してさほど嫌悪感を抱いていないウーノはノーヴェの言葉に首を傾げる。

 

「ウーノ姉は知らないかもしれないけど……空港火災のあの時──」

 

「ドクターの火の不注意で火災なり私達が全力をもって消火作業にあたり、自分たちが悪いからお金などを全額こちらが出して謝罪金を一人一人名簿調べて渡した結果、最高評議会に頭を下げて生活保護を受けることになったあの空港火災のとき?」

 

「う、うんまぁ……死者がいなくてよかったよね。 じゃなくて! その時だよ、その時! あたし達見たんだよ。 あいつが……ゴミを見るような目で大人を眺めていたんだよ。 一瞬だったけど、確かにあの目はそんな目だった……。 それでいて、なのはさん達やドクターの前ではニコニコした笑顔を浮かべていたりしてさ、なんというか……気持ち悪い」

 

 必死に言葉を選び自分に話すノーヴェに、ウーノは困った顔をし、

 

「私の妹はそういった認識、そして見解を示しているのですが……ひょっとこさんはどう思いますか?」

 

「そうですねぇ……ノーヴェちゃんが処女かどうかで俺の態度も変わりますね」

 

「あなたがノーヴェから嫌われる理由が分かってしまいました」

 

「……え?」

 

 下を向きながら必死に言葉を選んでいたノーヴェは、第三者の声に驚き顔を上げる。

 

 そこには、買い物カゴを持った俊が立っていた。

 

 自分がいま話題に出した人物で、自分がいま気持ち悪いといった人物。

 

「どうもー噂の気持ち悪い人物です。 お久しぶりですウーノさん。 スカさんはあれから忙しいですか?」

 

「そうですねぇ……泣き目で管理局に奉仕しているみたいです。 収入も安定してますし、私としては嬉しい限りなのですが……ちょっと体のほうが心配ではありますね」

 

「あー、それはご愁傷様です」

 

 頬に手を当ててため息を吐くウーノに、俊は苦笑いを浮かべるだけに止める。

 

「もしよろしければ、近いうちに会っていただけませんか? あまりにも真っ当な人間に囲まれているせいでドクターが発狂しそうで……」

 

「……あの……それは俺が真っ当じゃないということですか……?」

 

「……」

 

「せめて何か言ってください!?」

 

 視線を泳がせたまま、黙るウーノに俊は悲痛な叫びをあげる。 嘘をつけないウーノさんである。

 

「はぁ……」そうため息をつく俊はノーヴェのほうに振り返る。

 

「あー、君とは2度目くらいかな? 一応君がさっき言っていたことは間違いだからな」

 

 指をさし断言する。

 

「俺はあの時、風に揺られて捲り上げられているなのは達のスカートをガン見していただけだから。 薄目でスカートをガン見していただけだから。 ほんとやましいこ

となんて一切ないから」

 

「ひょっとこさんの中ではどこからがやましい行動なのか気になるところですね」

 

 間髪入れずにはいるウーノの突っ込みに、俊は照れ笑いを浮かべる。 べつに褒めているわけでもないのに。

 

「それにほら、あの時は俺って救出された子供の面倒みてたし。 あの子、親御さんとお姉ちゃんがくるまで俺の手を離さなくってさ。 まぁそれもちょっとの間だから記憶にないと思うけど。 それよりも、その後のなのはと話した場面のほうが印象深いと思う」

 

「ふふっ、色々と損な役回りですね」

 

「いやいや、助けたのはなのはだし。 俺のことなんて忘れてくれて構わないですよ」

 

 ウーノと話す俊をみて、ノーヴェは唖然としていた。

 

 自分が抱いていた人物とは程遠い真実、そしてポケットから飛び出ている小学生美少女ゲームに本能が警鐘を上げる。

 

『こいつは真性だ……!』

 

 なのはとは違う意味でノーヴェに恐怖を抱かせる俊。

 

 ガタガタと体を震わせ、ウーノの後ろに隠れてしまうノーヴェ。

 

 それを見た俊は、何事かと思い優しい笑みでノーヴェに近づくが──

 

「く、くるなぁっ!」

 

「えっ!? まだ何もしてないんですけど!?」

 

「そのポケットから飛び出ているゲームが原因ではないかと思います」

 

 ポケットを指さすウーノ。 俊はさりげない動作でゲームを奥底に隠し

 

「大丈夫。 ノーヴェちゃんはじっくりことこと煮込むから」

 

「ぎゃぁあああああああああ!? ウーノ姉! やっぱこいつ気持ち悪い!?」

 

 ウーノに抱きつき泣くノーヴェに、俊は舌なめずりをしながら笑う。

 

 完全に性犯罪者の顔である。

 

 と、ここで俊の足を叩く人物が現れた。 下をみて確認する俊。

 

 そこには怒っているのか、頬を膨らませたヴィヴィオが立っていた。

 

「パパ! まいごになっちゃダメでしょ!」

 

「あー、ごめんなーヴィヴィオ。 パパが迷子になっちゃったもんなー」

 

「そう! パパがまいごになったの! でもごめんなさいしたからゆるしてあげるー。 ヴィヴィオえらい?」

 

「えらいぞー。 それに可愛い!」

 

「えへへ~」

 

 しゃがんで頭を撫でる俊にヴィヴィオが抱きつく。

 

 抱きついたヴィヴィオは頬をすりすり、ウーノとノーヴェの前でちょっとだけ甘えん坊な部分が露出してしまう。

 

 ついでにガーくんも俊の肩に乗っかり、何故かタップダンスをしはじめる。

 

 無言でガーくんを頭から振り下ろす俊。 何故かはしゃぐガーくん。 その光景は既に人類の理解の範疇を超えていた。

 

「で、ヴィヴィオ。 お菓子は何にした?」

 

「これ!」

 

 思いっきり差し出すヴィヴィオの手には、俊自身も見ている朝アニメの魔法少女指人形がのっている。 俊はそれを受け取り、カゴの中へ入れる。

 

「おー、いいなこの指人形。 じゃあガーくんはどれにした?」

 

「コレ!」

 

「ハトさぶれ……。 アヒルじゃないからセーフということか? むしろ敵対関係にあるのかもしれない」

 

 1人納得しカゴの中にハトさぶれを入れる俊。 そのカゴの中にはいくらやマグロ、イカにタコ、えびが揃っていた。

 

「今夜は海鮮丼ですか?」

 

「海鮮丼ですね。 にぎり寿司にしてもよかったんですが、それは仕入れた時にでもしようかな~、と」

 

「ヴィヴィオぷちぷちすき!」

 

「いくらおいしいもんなー」

 

 万歳して、自分の意見を述べるヴィヴィオの頭を撫でる俊。 撫でられて嬉しそうなヴィヴィオ。

 

「んじゃそろそろ俺らは帰るか。 マグロはヅケにしたいし、いくらも手を加えたいしなー。 ほら、ウーノさんとノーヴェちゃんにばいばいしていこっか」

 

「うん! ばいばい!」

 

「ジャーナー!」

 

 一生懸命手を振るヴィヴィオに、軽く手を振るガーくん、そして頭を下げる俊に、ウーノは流麗な動作で手を振り返しノーヴェは俊を警戒しながらもヴィヴィオに手を振り返したのだった。

 

 

           ☆

 

 

 夕食も済んだ高町家。 後は風呂入って各々自由時間を過ごすだけなのだが──

 

 家のリビングでなのはが俺のことを見つめながら、指でテーブルに一定のリズムを刻んでいく。 なお額には怒りマークが具現化している模様。 コメカミもひくひく動いている状態だ。

 

「俊く~ん……? 3人で決めたよね~? ヴィヴィオのお菓子は100円までだって」

 

「仰る通りです……。 だけどさなのは──」

 

「『だけど?』」

 

 指の動きが止まった瞬間、俺は言葉を呑み込んだ。

 

 だって、どんな言い訳をしようとも──

 

『みてみてフェイトママ! ゴメットちゃんでた!』

 

『わー! よかったねーヴィヴィオー。 ところで、100円のお菓子をなんで5個も買ったの?』

 

『なのはママとフェイトママとガーくんとヴィヴィオとパパのぶん! みんなのもかってきた!』

 

『あ~……そういうことか』

 

 ヴィヴィオが100円のあのお菓子を5個買ったことには変わらないのだから。

 

 しかしヴィヴィオよ。 いつの間に買い物カゴに入れたんだ。 会計の時にマジで唖然としたんですけど。

 

 ヴィヴィオとフェイトの会話を聞いてなのはが頭を抱える。 ママって大変だな。

 

「あー、そのー、なのは? 娘が俺達を思って行動してくれたんだし、怒っちゃダメだぞ?」

 

「うぅ……そんなこと俊くんに言われなくてもわかってるよぉ……。 でも、やっぱ今後のことを思うともうちょっとヴィヴィオの教育も考えなきゃダメかなー、なんて思うし……。 最近甘やかしてる気がするもん……。 ヴィヴィオは可愛いし、可愛いし、可愛いし、わたしの自慢の娘だけど、抱っことかずっとしていたいけど、やっぱ俊くんとフェイトちゃんが甘い分、わたしがしっかりしないと……!」

 

「うーん、それはそうだけどな。 でもまだ5歳だし大丈夫なんじゃないの?」

 

「そうかなー? 大丈夫かなー? ママとして心配だよー……」

 

 さっきまでの威勢はどこへやら、急に子犬のようになったなのはをあやしながら俺も今後のことを考える。

 

「(六課解散まで残り半年か)」

 

 風呂遊びの道具をもって、俺の所へダッシュで駆け寄ってくるヴィヴィオ。

 

「パパー! おふろはいろー!」

 

「おー、いいぞー!」

 

『フェイトー、サブレガメニハイルー……』

 

『いや……普通に食べてたらそんなこと起こらないんだけど……』

 

「あ、お母さん? ちょっと子育てのことで……。 はっ!? いや、まだそういうことはしてないから! べ、べつにわたしに魅力がないわけじゃないもん!」

 

 六課解散までには、俺個人の問題のほうも解決しよう。

 

 俺だってもう家族をもっているんだから。

 




駄菓子コーナーの魔力は異常


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A's4.高町なのははDKらしい

 カレンダーを一つめくった今日、ついに10月に突入してしまった。 夏の残暑も消え去り、日中は涼しく、夜は少しだけ冷え込んできたのだが、それでもまだまだうちの娘は元気いっぱいに庭を駆け回っていた。

 

 フリルつきスカートで棍棒を手に庭を一生懸命走るヴィヴィオ、その先にはアヒルのガーくんが後ろをちらちら確認し速度調整を行いながら走っている。

 

 また二人でなにか新しい遊びでも考えたんだろうか。 俺にはサッパリわからん。 この頃のヴィヴィオはよく自分で遊びを創作する。

 

 そうやって自分でどんどん遊びを創作していくことは良いことだし、嬉しい限りだ。

 

「読書の秋に食欲の秋、そして色欲の秋。 う~ん……秋は色々とやることが多すぎて手が忙しいな」

 

 とくに色欲。 なのはとフェイトにキャンプファイヤーの資源となってしまったので、また揃えないといけないのかと憂鬱になってしまう。

 

「いっそのこと……あらたなジャンルに手を出してみるとか。 ボテ……家から追い出されるのでやめとこう」

 

 追い出されるだけじゃなく高町家緊急家族会議で始まってしまうかもしれないし。

 

 いや、だがしかし、本当にそれでいいのだろうか?

 

 この頃は需要もあるし、そういう本も増えてきている。 この大波に乗らなきゃ男が廃るのではないか?

 

「しかしボテはな~、将来的なことも考えるとやっぱ厳しいかもしれないし。 そもそも男である俺は仕込む側なわけで、そういった本を持っていると女性側も敬遠するかも。 なのはだって幼馴染本だけは残してくれたし」

 

 やはりスポンサーのニーズに合わない参考書を買うと捨てられる可能性がある。

 

 まるでなのはがエロ本を欲しがっているみたいに聞こえるが別に問題ないので気にしない。

 

「ボテ腹はまたの機会にするか」

 

 干していた洗濯物を取り込みながら呟くと、下からヴィヴィオが不思議そうにガン見していた。

 

「パパー、ボテバラってな~に~?」

 

「なのはママのことだよ」

 

「おー! なるほどー!」

 

「違うんだ、違うんだなのは!? 俺が悪いわけじゃない! べつに俺は悪くない。 咄嗟のことで頭が回らなかったんだ! お前はスリムだから! まだそんな年じゃないから!」

 

 これ絶対に殺される。 聞かれたら一瞬にして幼馴染のアドバンテージとか一気に消滅する。 ついでに俺も消滅しちゃう。

 

「いいかヴィヴィオ? 絶対になのはママに言っちゃダメだからな? 絶対だぞ?」

 

「はーい! ヴィヴィオおくちチャックするー!」

 

 口元に指を持っていき、左から右に移動させる。 よしよし、ヴィヴィオがいい子で助かった。 ついでにガーくんにも注意しておく。 物わかりのいいガーくんは首をぶんぶん縦に振る。 そもそも絶対的な支配者の前では、ガーくんも下手なこといえないし杞憂だったかもしれない。

 

 干した洗濯物を取り込み、布団を抱え部屋に入る。

 

 あー……庭の手入れもちょっとやっておこうかな。

 

 布団を陽がほどよくあたる場所に置くと、もう一度庭に出る。 庭の端、俺がいつか庭に埋められ、ついでにネコモドキを沈めた位置にほど近い場所に花の花壇は存在する。

 

 季節を移りゆくごとに花壇の色は変わり、彩られ、綺麗に輝く。

 

 それはまるで、なのはやフェイトやはやて達のようで、自然に愛おしくなってくる。

 

 燦然と輝く陽の光を浴びて、花は美しくなるように──

 

 彼女達もまた──

 

 そしてヴィヴィオもまた──

 

「テキシュウダー! モノドモデアエー デアエー!」

 

「んっ!?」

 

 花に触れながら雑草を引き抜いていると、後ろのほうでガーくんが声を張り上げ、誰かと対峙していた。

 

「ちょっ!? ま、まちなさい! 服が汚れる!? だ、だから服が……服……が……。 上等よこのバカアヒル! 人間舐めると痛い目合うってこと分からせてあげるわ!」

 

 なにしてんすかリンディさん。

 

 あぁ……!? 俺が干した洗濯物が!? 窓ガラスが!?

 

 なにしてんだあのババアに糞アヒル……! 俺の頑張りが……頑張りが……!

 

 心の声など聞こえることがなく、ガーくんとリンディさんの戦いは熾烈を極めていく。 リンディさんが魔力弾をゼロ距離から放つとガーくんはそれを避けることなくその身に受け、自身は前足を軽く曲げ延髄に鎌を下ろす。 命を刈り取るその前足を、リンディさんは前屈みに移行し間一髪で避ける。 ちらりと見える胸の谷間、これは高ランクだ。 流石は歴戦の魔導師というところか。

 

 前足を寸での所で避けたリンディさんは、その体重移動に逆らうことなくその場で空中一回転を決め、着地の軸足とは別の足でガーくんに踵落としを決めに行く。 ハイニーソを履いたそのおみ足は地を穿つ。 足と地の直線状にガーくんは存在していた。 空中にいるガーくんはその速さに対応することが出来ず、地に落とされると思った刹那──

 

「ヒカリヲ──コエル……!」

 

 ガーくんは光を超えた。

 

 

           ☆

 

 

「コワッカヨー……、ヤキトリニナルトコロダッタヨー……」

 

 真っ白な羽毛からどこか焦げ臭いにおいを発しながら、ガーくんが涙目で俺に擦り寄ってくる。 ガーくんちょっと離れて、なんかお前めっちゃ熱いんですけど。

 

「まさか……先に光を超えられるなんて……。 仕留めたと思ったのに……」

 

「リンディさん、自分も光を超えることが出来るかのような言い方は止めてください」

 

 ガーくんをなだめながら、リンディさんに紅茶を出す。 今日のリンディさんは黒のシックな服に赤のフリルをワンポイント、下のスカートも黒で揃えてきている。

しかもニーハイ、そしてミニスカ。

 

 年を考えてほしい。 めちゃくちゃドストライクというなんだけどさ! もうこの人やっぱすげえよ、何が凄いかって、熟女なのに20代が着るファッションを着こなしていることがすげえよ! この人絶対に肌年齢10代とかだよ!

 

「リンディさん肌年齢はどれほどですか?」

 

「20代だったかしら」

 

「すげえっ! 20代って十分すげえよ?」

 

 この熟女まじですげえ。

 

「して今日は何用で? なのはもフェイトもいないですよ?」

 

「今日はヴィヴィオちゃんに会いに来たのよ」

 

「ああ、あっちじゃ相手にされないどころか邪魔者扱いなんですか……可哀想に……」

 

「ゲンキダセヨ、ナ?」

 

「なんで無職とアヒルにそんなに心配されなきゃいけないのかしら……!? エイミィとの仲も良好よ!」

 

「よくいるよなー、こういう勘違いする人」

 

「ネー」

 

「あなた、カルシウムはちゃんと摂ってるわよね?」

 

 無言で土下座に移行する俺。 頭に足を置くリンディさん。

 

「ありがとうございます」

 

 礼を述べた瞬間、頭が床に5cmほどめり込んだ。

 

「ところで、ヴィヴィオちゃんはどうして布団で寝ているのかしら?」

 

「ふがほふごふご」

 

「ふ~ん……確かに5歳じゃ体が夜までもたないものね」

 

 納得したリンディさんはより一層足に力を込め立ち上がると、布団ですやすや寝ているヴィヴィオに近づき、ほっぺをぷにぷにしはじめた。

 

「既に失われたそのもち肌……」

 

『聞こえてるわよ?』

 

 失われそうな無職の命

 

 魔力弾が飛んできたときに身を守れるようにガーくんを胸の位置に抱っこする。

 

 しかしそんな俺に目もくれることなく、リンディさんはヴィヴィオはじっと見つめていた。 この人、もち肌欲しさにヴィヴィオの皮を剥ぎ取らないだろうか? リンディさん素手で戦艦の装甲剥ぎ取る猛者だからなー。

 

 丁度そのときヴィヴィオが寝返りをうつ。

 

 毎日俺と同じ時間帯に起きるヴィヴィオにとって、昼に移行する時間帯までがとてつもなく長い。 夜を待たずして体力を使い果たすことがしばしば。 そのためヴィヴィオは、昼を食べて数十分から一時間後ほどお昼寝を毎日しているのだ。

 

 付き添いとしては俺とガーくんが毎日、仕事がない日はなのはやフェイトも一緒になってお昼寝する。 なのはの場合はそのままガチ寝に移行することもしばしば。

 

「ああ、思い出した。 リンディさん、ちょっとの間ヴィヴィオの面倒お願いできますか?」

 

「ええ、勿論よ。 なにか急ぎのようでもあるの?」

 

「なのは達におやつをもっていく約束してまして。 ラズベリーのタルトなんですけど、あまりが冷蔵庫にあるんで、よかったら食べてください」

 

「あら、甘いものには厳しいわよ?」

 

 味覚破壊されてる人がいってもなぁ……。

 

「あ、それとフェイトによろしく言っておいて頂戴」

 

 母親の顔でフェイトの名を出すリンディさん。 やはり母として娘が心配なんだろうな。

 

「言っておくけど、フェイトの心配は半年で終了したわよ」

 

「あれ? そうなんですか?」

 

「ええ。 最初はおどおどしてて、何かにつけて私に確認を取ったり、不安そうな顔をしていたけど、なのはちゃん達と海鳴で生活するようになってからは、私の心配は杞憂に終わっていったわ」

 

「これわいが褒められるパターンやで」

 

「むしろフェイトの教育上、あなたを真っ先に抹殺しておきたかったわ」

 

 これわいが殺されるパターンだった

 

 10年前から思っていたが、この人なんで俺にこんな厳しいんだ。 尋常じゃないほど目の敵にされてるんだけど。

 

 リンディさんがため息を吐きながら、ヴィヴィオの頭を撫でている隙に俺は抜き足差し足忍び足で家を出て行くことにした。 この空間にいると、いつナイフが飛んで

くるかわからないし。

 

 ドライアイスを大量に敷き詰めた箱の中にラズベリータルトを並べ、そのまま玄関を出る。 バイクに跨って六課へ行こうとした直後、膝の上にガーくんがちょこんと座っていることに気づいた。

 

「……いつからそこにいたんだ……? というか、ヴィヴィオの隣にいなくていいのか?」

 

「リンディメッシュトイタラカグコワス。 カグコワシタラナノハニオコラレル……。 ナノハコワイ……。 ソレニスグカエッテコレル」

 

 うーむ……すぐに帰ってこれるような距離ではないのだが、まあガーくんがそこまでいうならそうなんだろうな。

 

「んじゃ行くか」

 

 ガーくんを膝に乗せ、俺は六課へ移動するのだった。

 

 

           ☆

 

 

 爆音轟かせ六課へ向かった彼、ヴィヴィオちゃんがお昼寝中だというのにいい度胸じゃない。

 

「んっ……あう……」

 

 もぞもぞと口を動かしながら眠るヴィヴィオちゃん、可愛くて食べてしまいたい。 彼さえいなければ……! 彼さえいなければ……!

 

 悔やんでも悔やみきれない私の汚点だわ。

 

「はぁ……、それにしても、あの子はいつまで私を心配させるつもりなのかしら」

 

 9歳の頃は可愛かったのに……。 いまでは憎たらしくなって。

 

「ほんと……いつまで経っても目が離せないわ……」

 

 重いため息を空気に流し込み、私は彼が作ったラズベリータルトを食べることにした。

 

 彼はお嫁さんでも目指してるのかしら……?

 

 

           ☆

 

 

「そういえばわたし達ってDKじゃないっ!?」

 

「あ? ドンキーコング?」

 

「ウィエッホッホッホッホwwwwwwッホッホッホッホッホホーホwwwwオホーホwwwオーホホホホホーwwwwwイェッホーwwwwwウッホホwwwwアオーwwwwwwwウッヒャホーオwwwwwwwウッホッホッホッホwwwウーホホホホホーwwwwww」

 

「みんなの書類がっ!? みんなの書類がっ!?」

 

 突然立ち上がり、手を叩きながら意味の分からない言葉の羅列を発し始めたはやてちゃん、そしてそれによって被害を受けたわたしたちの書類。 それぞれのデスクの上にはジュースでべとべとになった悲惨な光景が広がっていた。

 

 よかった、最終ラインは越えなかったみたい……!

 

 やっぱりみんな女の子、口に手を置き上品に液体を零している。 ティアなんかトマトジュース飲んでいたから絵面が怖い、怖すぎる。

 

 そしてその光景を作り出した本人は、その光景に満足気に頷いた後、椅子に座った。

 

「で、なのはちゃん。 百歩譲ってなのはちゃんがドンキーコングなのは認めるけど、わたし達まで一緒にされても困るんやけど」

 

「いや違う違うっ!? 間違えた、千歩ほど間違えたっ! ほんとはJD、女子大生だった!」

 

「きゃぴきゃぴな服に身を包んだゴリラ……」

 

「離れてっ! ゴリラから離れて!」

 

 トラウマもんだから、きゃぴきゃぴな服着てるゴリラとか倒せる自信ないから。

 

「で、なんでいきなり女子大生なんか言い出したんだ? 頭でも打ったか?」

 

 隣で一緒にデスクワークをしていたヴィータちゃんが、心配そうな顔をしながらこちらを覗いてくる。 やばい、なんかわたしが本格的にアレな人みたいなじゃん。

 

「いや、違うんだよ。 そういえば、わたしって年齢的には女子大生なのにもう働いてて、なんか女の子らしいことしてないなと一瞬思ったの」

 

『働いてる……?』

 

 そこ、疑問をもっちゃいけません。 ちゃんと給料もらってるし、上から何も文句言われてないから大丈夫だよ、きっと。

 

 この頃はやてちゃんが、中将の人達に何かお願いしてたけど不正はないはず。 ないはず……!

 

 わたしの言い分にヴィータちゃんが顔を引き攣らせる。

 

「おいおい……十二分に女の子らしいことしてるだろ……」

 

「えー……そうかなー?」

 

 う~ん、自分はあんまりわからないなぁ。 わたしちゃんと女の子らしいことしてるのかなぁ?

 

 仕事柄魔力弾を放ち続けていると、たまに女を捨てたのではないかと不安になっちゃうし、でもでもいまのこの生活が一番楽しいし充実してるのも確かなんだよねえ。

 

「巷の女の子はなにをしてるんだろうなぁ……」

 

『女と女のくんずほぐレズのプロレスごっととか』

 

『しょうがないなぁ、なのはさんは。 妊娠しても責任は取りますので……』

 

「動かないでティア。 残像残しながらこっちに向かってこないでっ!? その手に持ってる怪しげな物体を早く締まって!?」

 

 ただ立っているだけなのに、何故かわたしの方向に瞬歩のような速さで距離を詰めてくるティア。 なにこの子、ほんとなにこの子。

 

 抱きついてくるティアをアイアンクローで仕留めながら、受け取っていたノートに目を落とす。

 

 今日はフェイトちゃんがティアを、わたしがスバルを、シグナムさんがエリオで、シャマルさんがキャロ。 子供組は基本的に真面目……というよりまともな人に頼むことが多い。 だってはやてちゃんだとコメントがカオスなことになるし。 ヴィータちゃんはいっつも書類に埋もれてるし。

 

 ヴィータちゃんって書類といつも一緒にいるよね。 お友達なの? それとも運命共同体とか?

 

 でもでも、ヴィータちゃんのおかげで六課が回っているのは事実なんだよね。 皆感謝しっぱなしだよ。

 

 作業中のヴィータちゃんを無言で後ろから抱きしめる。 赤髪をなでなで、頭をよしよし、ヴィヴィオと遊ぶときのように接する。

 

「なのは、邪魔」

 

「ひどいっ!? わたしなりの感謝のしるしだったのにっ!?」

 

「しるしはいいけど、早くその書類終わらせてくれよ。 後が詰まる」

 

「あー、ちょっとまって。 スバルのノートでちょっと気になるところがあって。 スバルー、集合―!」

 

「はーい!」

 

 元気よく手を上げこちらにダイブしてくるスバルに、すかさずティアシールドを展開する。

 

 シールドを展開したまま、ノートを見せる。

 

「これ、なんで一回消して書き直してるの? それも、最初は丸々一ページ使ってた形跡があるのに、二回目は当たり障りのない訓練の感想と、自己の問題点だけ。 ほんとに、これが昨日書きたかったこと?」

 

 わたしの質問にティアと遊び始めたスバルの顔から笑みが消える。

 

 自分自身でもわかった。 スバルの笑みが消えた瞬間に、わたしの顔が険しくなったことを。

 

 自覚しながら再び問う。

 

「ねぇスバル、わたしが何で自己管理型のノートを渡したかわかる?」

 

 雰囲気を察し、ティアがシールドの役割を放棄した。 それによって、わたしとスバルを隔てる壁が消失し、わたしの瞳にスバルの顔が映し出される。

 

「……暴走したときのことなんて……書けるわけないじゃないですか……」

 

 スバルは俯き気味でわたしにしか聞こえない声量が呟いた。

 

 ぐっと握りしめた拳に何か重いものを感じ、スバルの呟きがどういった意味なのか聞こうとした瞬間──

 

     ( \/ /_∧   <./|   /|       /\___

     ヽ/ /Д`/⌒ヽ  / .| / /     /    //

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      し' \_/    i  />      ̄ ̄ ̄ ̄

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     / し'.ヽ ( .∨    /\________|__|

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 六課の窓ガラスが割れた。

 




平然と光を超える生物


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A's5.ストロベリーパニック

 高町なのは他、六課のアイドル達が唖然と立ちつくす中、青年は周囲を見回し全員がいることを確認し大声を上げる。

 

「おやつにラズベリータルト持ってきたけどおっさん轢いたから何個かおじゃんになった! 文句はおっさんに頼む! すまんな嬢ちゃんとスバル!」

 

「それよりもっと謝るべき箇所があるよね!?」

 

 1人だけ早くこの日常とは逸脱した光景から我に返ったなのはが青年に向かって問い詰める。

 

「世界を逆に回転させてしまったこと?」

 

「君の首を180°回転させたい」

 

「日常を飛び越えちゃうからやめて」

 

 なのはは青年の首をがっしりと掴んで180°回転させる。 その結果、青年の首に通っている神経が切れる音が聞こえてきたが気にしない。

 

「ほら! どうするのこの窓ガラス! 怒られるのわたしたちなんだけど!」

 

『わたしたちっていうか、わたしなんやけどな……。 これ局からお金おりるんかな……』

 

『おりなかったらあいつから請求すればいいんじゃね?』

 

『夫の不始末はやっぱ嫁のわたしがなんとかせなあかんしな~……。 いや、でも今回のことを教訓に……』

 

 なのは達よりも奥のほうからそんな会話が聞こえてくる。 ヴィータの言葉によりお小遣いが下げる可能性が生まれ恐怖する青年。 はやての会話により怒り顔から一転、無表情へとシフトチェンジするなのは。

 

「ところで俊くん。 その箱の中にはラズベリータルトが入ってるの?」

 

 無表情もつかの間、いつもの可愛い女の子に戻ったなのはは俊が手に持っている箱を指さしながら聞く。 俊はそれに頷いて箱の中身を見えるように開けた。

 

「ほい、なかなかうまくできたよ。 ──って、なんだ全員無事だったのかタルトたちよ」

 

 箱をあけて覗き込むなのはに釣られるように、他の面々も覗き込む。

 

 ここらへんはやっぱり女の子というべきだろうか。 みんな甘いものにはめがない模様。 そして俊も爽やかな笑顔で手鏡を駆使してのパンツ覗きに余念がない。 女性たちが甘いものに釣られている間に、青年は自ら甘いものを作り出す。 世界レベルで有名なパティシエを師にもつ男がやる行動である。

 

「んっ?」

 

 と、そこでスバルが俊の行動にいち早く気づき、口頭で注意しようとしたが──

 

 スっ (なのは30秒)

 

 サッ (スバル0.5秒)

 

「露骨すぎてむかつきますッ!」

 

 口よりも先に手を出した。 鍛え上げた右ストレートから放つ拳は、まっすぐに俊の腹部へと命中。 俊は肺から空気を強制的に吐き出しながら吹っ飛んだ。

 

「俊くんっ!? 俊くんっ!?」

 

 急いで駆け寄るなのは

 

「いいぞもっとやれ!」

 

「滅ぼせ!」

 

 煽るヴィータとシグナム

 

 一目散に駆け寄ったなのはは、床に転がっている俊を自分のほうに抱き寄せる。 そして拳を握りしめたまま若干涙目でぷるぷるしてるスバルにきつい口調でぶつける。

 

「スバル、差し入れをもってきてくれた人を殴っていいと思ってるの? わたしは教え子にそんな教育はさせてないよ」

 

「なのはさん、さっきひょっとこさん差し入れを餌になのはさんのパンツやフェイトさんのパンツを手鏡越しに見てましたよ?」

 

 なのはは抱き寄せていた腕をぱっと離し、俊の顔面に膝を決め込む。

 

「なのはさんっ!? 差し入れした人の顔面に膝を決め込むのはいいんですかっ!? いまめちゃくちゃ慣れた手つきで自然に決め込みましたけど!?」

 

「ううっ……、わたしも胸が痛いけど、教え子のためには反面教師になることだって苦じゃないよ……」

 

「なのはさん顔がめっちゃ笑顔です、この上ないほど笑顔です!」

 

 自分の上司に若干の恐怖を覚えるスバル。

 

「なのはタン、お胸が痛いの? お医者さんごっこ──」

 

 スパンと乾いた音とともに、なのはの裏拳で一人の青年の命が散った。

 

            ☆

 

「なんかスバル元気ないな。 まるで女の子みたい」

 

「別にスバルは珍種でもなんでもないし、普通に女の子なんだけど」

 

 桃色のバインドで両手両足を拘束された俊が、張本人であるなのはに疑問を投げかけた。 二人とも、窓ガラスを割ったことの謝罪を六課中にし終ってからのタルトぱくぱくタイムである。 二人肩を揃えて一緒に食べるのが一般的な男女であるが、ズレすぎたこの男女の場合は、女性のほうが男性を拘束し、自分の手で餌付けを行うという食べ方が主流である。 勿論、この食べさせ方により、なのはと俊は向かい合う形となっている。

 

 フォークで俊の口元にタルトを運んだなのはが、そのフォークを可愛らしく先っぽのほうだけ口元に咥えながら考え込む。

 

「だけどまぁ……確かに今日のスバルはちょっと変なんだよね。 こう……元気がないっていうか」

 

「拙者のビンビン丸は今日も活きがいいでござるよ?」

 

「もうすぐ試験だっていうのに、どうしたのかなー? 悩み事があるなら、わたしに相談してくれてもいいと思わない?」

 

「拙者のビンビン丸は今日も活きがいいでござるよ?」

 

「ねぇ、無視した意味がわからないのかな?」

 

「サーセン」

 

 ゴミを見るような瞳で俊を見下ろすなのは。 俊はそれに素直に謝った。 あまり遊ぶとビンビン丸が納刀されることを心得ているのだ。

 

「何かなのはがしでかしたんじゃね? トラウマ的な出来事を」

 

「う~ん……それはないと思うけどなー。 訓練だってあれくらいしないと試験なんか受かりっこないし。 新体制になってから、ものすごく厳しくなったんだよ?」

 

「じゃあ女の子の日なんじゃね?」

 

「上司が女性なのに黙っておく問題かな? 俊くんみたいな上司ならともかく」

 

「そういえば、俺達にも男の子の日があることは知ってるか?」

 

「え? なにそれ?」

 

「たまたまが急に痛くなるんだよ」

 

「皮剥いたぶどうの痛さより、わたし達のほうが絶対に痛いと思う」

 

「やっぱムラムラすんの?」

 

「世界を壊したくなる」

 

「ムラムラは? ねぇムラムラは?」

 

「う、うるさいっ! フェ、フェイトちゃんがいるから大丈夫だもんっ! そういった面では問題ないもんっ!」

 

 顔を真っ赤にしてばしばしと叩きはじめるなのは。 それに降参の意を示しながら俊はスバルを眺める。

 

『……あんぱん』

 

 スバルは手元の資料を見つめながらそう呟く。

 

 俊の右耳に、いまだ熟れたトマトのようななのはが顔を寄せて小声で話しかける。

 

「ね? なんかおかしいでしょ?」

 

「べつにいつも通りじゃね? あいつ基本的にメダパニかかってんじゃん。 いまは休憩としてサイレントモードになってるだけだろ。 へーきへーき」

 

 俊の軽い口調に、なのはは俊の額にデコピンを打ち込む。 バインドによって逃げることもできない俊は甘んじてそれを受け止め、抗議の視線をなのはに向けるが、逆になのはが真剣な表情で自分のほうを見返していた。

 

 一瞬の沈黙、負けたのは──当然として俊のほう。

 

 ため息一つ空気に溶かし、いつものように口踊らせる。

 

「はぁ……流石にもう抱っこできないっていうのに。 ──ついにスバルンの処女を頂くときがきたようだな」

 

 抱きつく姿勢に入っていたなのはが、そのままラリアットを決めるはめにいうまでもなかった。

 

           ☆

 

「ふぅ……」

 

 自然と出るため息を止める力も沸いてこない。 いつもならデスクにじっと座っていることはなく、この自由時間になのはさんとの仲を深めるためにトイレの個室までくっついていくのが日課な私。 前に家族に『その……個室は止めたほうがいいんじゃないかな……?』 とは言われたが愛しているから止められない。

 

 なのはさんと出会ったのは、忘れもしないミッドチルダ臨海空港大規模火災のときだった。 火災発生の際に建物内に取り残された私は、落ちてくる瓦礫を見つめながら助けを呼んだ。 来るはずもない、ヒーローを求めた。 後悔と欲求が渦巻き滴の結晶となって地面へ落ちる。

 

 降りかかる火の粉、落ちてくる土くれ、そして──そんな全てを消し去ってくれた優しくあたたかい桃色の光。

 

 その人は、優しく声をかけてくれた。 その人は、優しく私の手を取ってくれた。 その人は、優しく私を抱きしめてくれた。

 

 赤色よりも柔らかく、灰色よりも純白なヒーローは、たった数秒で私を救い出してくれた。

 

 私を抱いたまま空を駆けたその人は、涙で濡れた私の顔を拭き、地面に下ろした後ぎゅっと力強く抱きしめて頭を撫でてくれた。 決して大きくない体だったけど……あのときの私にはとても大きく感じられた。 きっとそれは、きっとそれが、その人の持っている器の大きさなのかもしれない。

 

 私を救出してくれた後、その人はすぐに離れていった。

 

『ごめんね、ちょっと席を外すね? 大丈夫、すぐに戻ってくるからね? えっと……お名前は? うん、うん。 そっか、スバルちゃんだね。 大丈夫だよスバルちゃん。 すぐに戻ってくるから』

 

 いまなら分かることだけど、あの混乱の最中私だけに割ける時間なんてものは存在していなかった。 致し方ないこと。 しょうがないこと。

 

 だけど幼い自分はそんなことなど分からずに、ただただ周囲で独りぼっちの自分が寂しくて怖くて不安で、また知らない誰かの服をつまんでいた。

 

『あん?』

 

 頭上より聞こえてきた声は、先程のように優しくなく一瞬にして怖くなった私は黙って俯いた。 何故だか手を離すことはできなかった。 きっと、この手を離したら本当に泣いてしまうとわかっていたから。

 

 その人は私が怖くて俯いたことに気づいたのか、それ以降言葉を発することはなかった。 ただただ、じっと私の手を握りしめてくれた。 ただただ、頭を撫でてくれた。 あの人と同じようにあたたかくて、思わず顔が綻んだ。 きっとそれを見られていたのだろう、その人はくすりと笑っていた。 途端に恥ずかしくなった私だけど、何故か嫌な感じは一切しなかった。

 

 それからしばらくしてギン姉と母さんが私を探しにきてその後ろにはなのはさんとフェイトさんがいて……私は後ろの人に抱っこされて……

 

『あんまり泣いていると、せっかくの可愛い顔が台無しだぜ』

 

 私の方向からは表情は読み取れなかったけど、きっとその人は笑いながら話したんだと思う。 だって、あのときの私はちょっと照れていたから。

 

 ふとした拍子につい考えてしまう。 もし、私に兄という存在がいたなら……あの人のように──

 

「俺なら子宮をだっこするかな」

 

「さりげない風を装って気持ち悪いこといいながら私のデスクにこないでください」

 

 回転イスでくるくる回りながら私の元に変態がやってきた。 その後ろからなのはさんが湯気をたててるカップを二つ分持ちながらやってきた。

 

「ごめんね、ちょっと薬を切らしちゃって。 はい、あったかいミルクどうぞ」

 

「なのはさんの搾れたてミルク……!?」

 

「違う違う違うっ!? でないから、まだわたしなにもでないからっ!?」

 

「ダイソンの吸引力なら出る可能性が……!?」

 

「俊くん黙ってて! めんどくさくなるから黙ってて!?」

 

 なのはさんは本当に可愛い。 私の子どもを産んでほしいくらい可愛い。 もうなんというか、本当に子どもを産ませたいくらい可愛い。

 

 ……なんというか、我ながらおかしくなったものだなぁ。 助けてもらったときは純粋な憧れだったのに、いまでは愛情にまで発展して……

 

「なのはさんを孕ませて……」

 

「俊くん助けてっ、教え子から聞こえてはいけないセリフが聞こえてくるんだけどっ!? 鳥肌が! 鳥肌が!」

 

 大好きななのはさんがひょっとこさんに抱きついてマジ泣きする。 ひょっとこさんは胸が顔に当たって嬉しそうな表情……、というより鼻血で大変なことになってる。 これだから童貞は。

 

『フェイトさん、私もあっちのほうで勉強を……』

 

『この問題が解けたらね。 ペーパーで9割取っておかないと厳しいよ?』

 

『ぐぬぬ……』

 

『ココマチガッテルヨ?』

 

『あ、ほんとだ。 ガーくんよくわかったね?』

 

『キョウカショミタカラネ』

 

『えらいえらい』

『エヘヘー、ホメラレタ』

 

「はぁ……」

 

「ため息が多いな、スバルン。 頭痛? 生理痛? 情緒不安定? 悲しくないのに涙がでちゃう?」

 

「恋煩いではないですよ」

 

 けど……頭を悩ましてることは確かだ。

 

 なのはさんは警戒しているのか、ひょっとこさんの後ろに隠れながら私のほうをチラチラ見る。 なにこの可愛い生き物。 でもレイジングハートを振り回すのは怖いのでやめてください。

 

 ほんとこの人は可愛くて、優しくて、カッコよくて、頼りになる上司だなぁ。

 

 訓練だってAランクに昇進させるために一生懸命付き合ってくれて、欠点を埋め長所を伸ばしてくれて、頑張った分だけ褒めてくれる。

 

 そんな私の大好きな憧れの人。

 

 でも──だからこそ──

 

 ガタっ、そう音がたつほどの勢いで席を立つと、驚くなのはさんとこっちを無表情のまま見ているひょっとこさんに一礼して、私はさっさとその場を逃げ出した。 あの二人の近くにいると、なんだか自然と涙が零れそうだから。

 

 カップだけを持って廊下に出る。

 

「なのはさん達に戦闘機人だって、打ち明けるって決めたのに……。 いざ言おうと思うと……体が震えちゃうなぁ……」

 

 だからこそ──打ち明けた後の反応が怖くていまだ一歩を踏み出せない私がいる。

 

 なのはさんは……あのときみたいに私を優しく抱いてくれるのかな……?

 




プラナスガールの後半巻、ようやく入手できそう


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A's6.熟女ははしゃぎメール打つ

「今日のスバルは絶対におかしかったよね!」

 

「そうかぁ?」

 

「絶対にそうだよ! まったく、俊くんはダメダメさんだなぁ。 女の子のちょっとしたサインを見逃さないのがいい男の条件なんだからね? あれは絶対わたしに何かを伝えようとしていたよ」

 

「体重が1キロ太ったという事実をいま伝えようか?」

 

「この頃便秘気味だから!? 魔法少女は太らないって原則があるから大丈夫だもん!」

 

「スカトロなのは……」

 

「ちょっと表出ろ」

 

 冷酷な表情で襟首を掴むなのは。 その握力は凄まじくこっちが漏れそうになる。

 

「た、タンマタンマ!? 冗談だって冗談だって!?」

 

 両手を使ってTの文字を作ると、なのはがぱっと手を離し床に女の子座りをしながら髪を弄りだす。

 

「う~……なんでわたしはおっぱいに栄養がいかないんだろう……。 わたしだってフェイトちゃんみたいに……おっきかったら……」

 

 ちらちらとこちらを見ながら、そう言ったなのは。 俺もなのはのおっぱいをガン見しながら、あっちでヴィヴィオの相手をしているフェイトのおっぱいを思い浮かべる。

 

『フェイトママー? かおまっかだよー? だいじょうぶー?』

 

『う、うん! 大丈夫だよヴィヴィオ! なんでもない、なんでもないからね!』

 

『あ、こらバカアヒル!? 人がヴィヴィオちゃんのために剥いたぶどうを勝手に食べるな!』

 

『ワ~ン、フェイトー! リンディメッシュガイジメルー!』

 

『ま、まぁまぁお母さん。 アヒル相手にそんなムキにならなくても……』

 

『むきーっ!』

 

 あっちはあっちで楽しそうだな。 というかリンディさんしっかり夕食のデザートまで頂いてるんだな。 ぼっち説が強くなってきたぞ! まぁそんなぼっちはどうでもいい。 それよりいまはなのはに伝えなきゃいけないことがあるんだ。

 

 例え貧乳でも、お前の魅力は変わらないよ。 そう言わないと──

 

「な、なのは──」

 

「あら、誰がぼっちですって?」

 

「!? り、リンディさんいつのまに……?」

 

「いつから私があそこにいたと錯覚していた?」

 

「な、なんだと……!?」

 

「で、なのはちゃん泣かして何してるのよ? キモ男」

 

 リンディさんはそのまま俺の隣に腰をおろし、目の前でしゅんとしてるなのはに目をやる。

 

「まだ泣かしてないですよ。 というか泣かしませんよ。 なんていうかまぁ……乙女の悩みですかね。 包茎で悩む男の乙女verです」

 

「大丈夫よなのはちゃん! わたしが処理の仕方を教えてあげるから!」

 

「へっ!? いまどんな勘違いされたの!? リンディさん何を想像したの!?」

 

 なのはを強く抱きしめるリンディさん。 いったいどんな勘違いをしたんだこの未亡人。

 

 あわあわするなのは。 何故か手で俺を追い払うリンディさん。 ……ここはリンディさんに従っておくか。 くそ! くそ! あと数秒早ければ……!

 

 今回の選択が後々の大きな問題にならないことを祈りつつ、なのはにいたらないことを吹き込まないようにリンディさんに言い聞かせた後、その場を去る。 よし、ヴィヴィオと遊ぼう。

 

 ヴィヴィオは苦笑いのフェイトの膝でガーくんと遊んでいた。 俺に気が付くと、両手をぶんぶぶんぶと振り回し、こっちにくるように合図をする。 なんて可愛い娘なんだ。

 

「パパー! だっこ!」

 

「はいはい」

 

 フェイトの膝の上で両手を上げ、だっこをせがむヴィヴィオ。 俺は腋の下に手を入れ一気に抱き上げる。 そのままフェイトの隣に移動し、今度は俺が先程のフェイトと同様にヴィヴィオを膝の上に乗せた。 隣ではフェイトがガーくんを膝に乗せているところだった。 おいアヒル、そこ変われ。

 

「ごめんね俊。 お母さん、ちょっとさびしんぼみたいで……」

 

「んー、俺はリンディさん好きだし別にいいよ。 夕食時に『ワインないの? ねぇワインないの?』って聞くのはやめてほしいけど」

 

「あぅっ……。 今度から持参するように言い聞かせておくね」

 

「けど今日ヴィヴィオがお昼寝してるときに、留守番を申し出てくれたのは素直に助かったな。 やっぱりあの人はなんだかんだで俺達を気にかけてくれてるし」

 

「ふふっ、なんてったって皆9歳の頃からお母さんのお世話になってるもんね」

 

「けど外見まったく変わらないよな……」

 

「うん……。 桃子さんもそうだけど……あれは管理局SSSランク秘密ファイルに記載されてると思うんだ……」

 

「え? そんなのあんの!? なにそれ面白そう!」

 

「しまったっ!? 余計なことを口に出してしまった!?」

 

 今度絶対にみにいこう。 スカさん連れてみにいこう。 ルパンみたいでいまからワクワクしてきた。

 

 フェイトとそんな話題で華を咲かしていると──

 

「はむっ!」

 

「あいたっ!?」

 

 膝で遊んでいたヴィヴィオが暇をしたのか耐えかねたのか、はたまたただしたかっただけなのか、俺の人差し指を本気噛みしてきた。

 

 不意の痛みで思わず手を引っ込め、ヴィヴィオに目を向けると、ヴィヴィオが餅のように頬を膨らませていた。

 

「ヴぃ、ヴィヴィオ……?」

 

「パパ! ヴィヴィオさみしかったなー!」

 

 じーっとこちらを見ながらヴィヴィオは喋る。

 

「ヴィヴィオおきたらパパいなくてさびしかったなー! さびしかったなー……」

 

 一回目の寂しかったは大きく、二回目の寂しかったは小さく発したヴィヴィオは、そのまま俺の手を握り動かしだした。 とんとん、とんとんと俺の膝に当てながらこちらを上目使いで見るヴィヴィオ。

 

 ……そっか。 寂しい想いをさせちゃったのか……。

 

 膝の上に乗せていたヴィヴィオを、後ろからそっと優しくぎゅっと強く抱きしめる。 その温もりを確かに感じながら。

 

「ごめんなヴィヴィオ。 寂しかったんだよな。 お昼寝して起きたとき、おれがいなくて寂しかったのか。 ごめんな、これからはずっと隣にいるから」

 

 ごめんごめん、そう謝りつつあやすように左右に体を揺り動かす。

 

 そうするとヴィヴィオの表情は一転、ひまわりのような笑顔を浮かべ

 

「うん! ごめんなさいしたからゆるしてあげる! ヴィヴィオいいこ? ヴィヴィオいいこ?」

 

「うん、ヴィヴィオはいい子だよー。 えらいえらい」

 

「えへへー」

 

 隣にいるフェイトにいい子か聞くヴィヴィオに、フェイトは笑顔で頭を撫でながらいい子だと伝える。 ヴィヴィオはそれに嬉しそうに笑った。

 

「リンディさんいるから大丈夫だと思ったんだけど……失敗しちゃったなー……」

 

「ガーくんが六課内からいきなり消えた謎がいま解けたね」

 

「残像残していきなり消えたから何事かと思っていたら……。 俺よりヴィヴィオのこと想ってるのかもしれん」

 

 俺が一番ヴィヴィオのこと想っていると自負していたのに。

 

「これは私も負けてられないかも。 よし、そうと決まれば! ヴィヴィオ、おいで! フェイトママがだっこしてあげる!」

 

「わーい!」

 

 ヴィヴィオのほうに両手を広げたフェイト。 その胸めがけてヴィヴィオはとんでいく。 その代りなのかわからないが、俺の膝にはガーくんが綺麗にお座りしている。

 

 ヴィヴィオがフェイトの胸をぺたぺた触ると、フェイトは顔を赤らめながらヴィヴィオを諭す。 『だめだよー?』なんていいつつヴィヴィオの鼻をちょんと押すフェイト。 俺がフェイトの胸をぺたぺた触ると、『もうえっち』なんていいつつ俺の鼻面にどすんと重い拳をいれてくる。 鮮血が舞うこの空間。 ガーくんはクイックル○イパー片手に待機していた。

 

「パパっ!? パパっ!?」

 

「もうヴィヴィオは可愛いねー。 ほらおいで。 私のぷりん『あーん』して食べさせてあげる」

 

「フェイトママ!? パパが、パパが!?」

 

「何言ってるのヴィヴィオ。 パパなんていないでしょ?」

 

「フェイトママっ!? フェイトママっ!?」

 

 ヴィヴィオの俺を呼ぶ声だけが耳に深く残った。

 

               ☆

 

「は~い、ヴィヴィオあ~ん」

 

「あ~ん」

 

 カラメルをたっぷりのせた黄色のお菓子プリン、銀色のスプーンに一口大の大きさをすくってフェイトは膝にちょこんと座っているヴィヴィオの口元に運ぶ。 ヴィヴィオは可愛らしい口を最大限まで開口し、スプーンにのったプリンを迎え入れた。

 

 ちゅるんと擬音が聞こえてきそうなほどの食べ方でプリンを口に含んだヴィヴィオは、もぐもぐと咀嚼しごっくんと呑み込んだ。

 

「おいしいヴィヴィオ?」

 

「うん! ヴィヴィオだいすき! でもでも、フェイトママのほうがもっとすき~!」

 

「えへへ、ありがとうヴィヴィオ」

 

 照れ笑いを浮かべるフェイト。

 

 その様子をフェイトの隣で椅子に座った俊は気持ち悪いほどにガン見していた。 それはもう犯罪者のようにガン見していた。 ときたま、フェイトが俊のほうを見ないまま『顔が気持ち悪い』とのメッセージを送るがそんなことなどおかまいなしにガン見していた。

 

 しかしながら、これには淫乱団地妻の谷間並みに深い理由があるのだ。 その理由をフェイトも共有しているからこそ、あまり強く言えないでいる。

 

「「……」」

 

 その理由とは──

 

「「…………」」(チラっ

 

「ちょっ!? だから大丈夫ですから止めてくださいってば!? 下着を引っ張らないでくださいよ!?」

 

「大丈夫よなのはちゃん! 人生の先輩として処理の仕方を教えてあげるから!」

 

「処理ならちゃんとできてますから大丈夫です!」

 

 目の前で繰り広げられる攻防に、どうすればいいのか困惑している二人であった。

 

「(変態じゃねぇか)」

 

「(まるで俊みたい……)」

 

 なんらかの方程式が出来上がった瞬間であった。

 

「わたしの周りには変態しかいないの!?」

 

 リンディをからくのところで引き離し、一目散にフェイトのほうへ駆け寄るなのは。 現在、一番の安全圏は此処しか存在しないのである。

 

 うわ~んと泣きつくなのはをフェイトがよしよしと頭を撫で慰める。 鼻をすするなのははフェイトをぎゅっと抱きしめた後、文句を言いだした。

 

「出勤すればティアにスバルの変態部下の相手だってしないといけないのに……」

 

 フェイトは苦笑しつつ、そのままなのはを抱きしめ続ける。

 

「まぁまぁ、いいことも必ずあるって」

 

「あの二人わたしがトイレにいると、個室ノックしつつガチャガチャしてくるし……。 どれほどの回数で止まったことか……」

 

「まぁまぁ、……それはちょっと……」

 

「あの二人何故かわたしにえっちな下着見せて誘惑してくるし……」

 

「ガチすぎて怖い」

 

 ちょっとしたパニックホラーである。

 

 なのはの告白に思わず抱きしめていた手を離してしまうフェイト。

 

 はぁ……、そう知らず知らずにため息を吐くなのははフェイトの隣にいた俊を椅子に見立てて腰を落とす。 そしてそのまま背もたれに体を預けるように、俊に体を預けた。

 

「な、なのは……?」

 

「ちらちらこっち見てたでしょ。 バレバレなの」

 

「いいパンチラ具合でした。 具も若干見えそう──」

 

  _, ,_  パーン

 ( ‘д‘)

  ⊂彡☆))Д´)

 

「わかめが──」

 

  _, ,_  パーン

 ( ‘д‘)

  ⊂彡☆))Д´)

 

「俊はちょっと黙ってて」

 

「……はい」

 

 二度の高速ビンタを受けた俊に対し、フェイトは呆れ口調で言い放った。 しかしいまだになのはは俊の上に乗っかっている。

 

 はぁ……、知らず知らずのうちにため息を吐く。

 

「あら、なのはちゃん悩み事? 相談にのってあげようか? 人生の先輩として」

 

「お母さんは黙ってて」

 

「( ゚д゚ )」

 

 驚きの表情を娘に向ける母親。 しかし娘はガン無視である。

 

 娘にキツイ一言をもらいシュンとするリンディに、俊はよしよしと頭を撫でようと手を伸ばす──が、目視できないスピードで払われた。 一瞬何が起きたか理解でき

ずに、リンディと自分の手を交互に見やる俊。

 

 いまだにシュンとするリンディに、今度はフェイトの膝にいたヴィヴィオが身を乗り出していいこいいこしようとする。 しかしヴィヴィオの小さな体では、リンディの頭まで手が届かない。 あぅ……そうヴィヴィオが漏らす直前にリンディは自分のほうから頭を差し出した。

 

 いいこいいこしてもらおうと頭を差し出した─が、その直前にガーくんから後頭部を思いっきり蹴られたため、顔面がテーブルにめりこむほどの頭の下げ方を披露することとなった。

 

「ふざけんじゃないわよこのバカアヒルーッ!」

 

「ヴィヴィオガイイコイイコシテアゲヨウトシテルンダカラ、コウベヲタレロヨ」

 

 そして始める異種格闘技戦。 軽快なフットワークを見せるアヒルに、動きを封じ必殺の一撃を放とうとする人間。

 

「あーっ! けんかしちゃだめー! めっ!」

 

 そしてそれを止める5歳児。

 

 5歳児に正座で説教をされるアヒルと大人の構図がそこにはあった。

 

 ところかわって、なのははフェイトに相談事を持ちかけていた。 相も変わらず俊を椅子代わりにしたまま。

 

「スバルがなのはに隠し事?」

 

「うん。 それもなかなかの悩みだと思うんだ。 スバルの性格上、あまり隠し事はしないタイプの人間だし。 そんなスバルがわたしに対して隠し事をしてるってことは

それなりの問題なんじゃないかと」

 

「……そういえば、今日はティアもしょっちゅうなのはのほうに視線をやってた。 どうせいつも好き好き光線かと思ってたけど──」

 

「実はしねしねこうせんというオチだったのか」

 

「俊くん黙って」

 

「はい」

 

 なのはに手を抓られ、椅子になることに専念する俊。

 

 フェイトは自分の顎を擦りながら、考え込むような形で、言葉を選びながら話す。

 

「なのはは、どうしたいと思ってるの?」

 

「どうしたいって……?」

 

「んーっと、……、スバルのその悩みを聞いて、それからどうするの?」

 

「わかんない……」

 

 ぶんぶん、頭を横にふるなのは。 その際、サイドに結ってある髪が俊の耳に直撃する。

 

「わかんないの?」

 

「うん」

 

「わかんないまま、聞いてどうするの?」

 

 小首を傾げるフェイトに、なのはは、

 

「スバルが何について悩んでるのか分からないし、聞いたところで何が出来るかなんて分からないけど、だけどわたしはスバルの上司だから。 スバルのこの一年間は、わたしが面倒を見るって決めてるから。 もしもこのことでスバルが悩んでいて、一歩を踏み出せないでいるのなら、怖くて震えているのなら、あのときのように──助けてあげたい」

 

 空港火災のときに見つけた一人の少女。 泣いて泣いて、どうにもできなくて、周りは炎に囲まれ、為すすべもなく泣いていた少女。

 

 その少女が、時を経てまた自分の前に立っている。

 

 どうしていいのか分からず、一歩を踏み出せないでいる。

 

 自分に何かを伝えようとしている。

 

「スバルを助けたい」

 

 毅然とした表情で、決意した表情で、なのははフェイトにそう伝えた。

 

 フェイトはそれに笑顔で答える。 彼女もまた、この目の前にいる魔導師に救われたから。 体は成長し、心も成長こそすれど、高町なのはの本質は変わらない。 そんな彼女だからこそ、きっと空は高町なのはが好きなんだ。 フェイト・T・ハラオウンも高町なのはが好きだからよくわかる。

 

 フェイトはなのはを抱きしめて、なのはの頭を撫でながら

 

「がんばろうね、なのは。 私も精一杯のアシストをするから」

 

「うん!」

 

 ヴィータちゃんあたりには相談しとこうか、なんてなのはとフェイトで話が盛り上がり出した頃──

 

「重大発表ッ!!! どんどんぱふぱふーッ!!」

 

 椅子が喋り出した。

 

 あまりの大声に全員の手が止まり、椅子に視線を集める。

 

 椅子は、こほんと咳払いをし

 

「明日、とろろ大会を開きます! 文句は言わせません! とろろ大会を開きたいんです!」

 

 そう主張しだした。

 

『何言ってるんだコイツ……』

 

 フェイト・なのは・リンディの三人は口こそしないものの、そう心の中で呟いた。 対して、ヴィヴィオはガーくんは大喜びだ。

 

「パパー! ととろってな~に?」

 

 

「こう……山の神的存在で、なんかねこバスを愛車にしてるヴィヴィオと同じ5歳児の女の子のおっきなお友達で──」

 

 いきなりの脱線事故だった。

 

「って、違う違う。 とろろな、ヴィヴィオ。 ととろは明日一緒にみような」

 

「お~……、とろろ。 とろろおいしい?」

 

「とろろごはんはおいしいぞ~。 明日はパパがカメラを回してあげるからな」

 

「わーい! ヴィヴィオおひめさま!」

 

「そうだ! お姫様だぞ!」

 

 わ~い! とガーくんの手を取りながらはしゃぐヴィヴィオ。 その様子に椅子は満足し、なのはとフェイトのほうに目を向けた。

 

「「……」」

 

「そんな眼差しで見つめられると、椅子はびくびくしちゃう!」

 

 膝を揺らす椅子に、上にのっっかっているなのはは先ほどよりも強くひねる。 あくまでどく気はないらしい。

 

 椅子の発言によって白けた目を向ける魔導師二人組。 そのうちの金髪魔導師が自分の頭をとんとんと一定のリズムで軽く叩きながら、

 

「大丈夫……?」

 

 

 そう心配そうに聞いた。

 

「あれっ!? なんで頭の心配されてるの!?」

 

「いや、だってさ俊くん。 明日ビデオ回すんでしょ?」

 

「うん」

 

「何のために?」

 

「みんなの仲がいいところを撮るために」

 

「わたし素直な俊くんが大好き」

 

「みんなが白くてねばねばしたものを口に入れて満面の笑みを浮かべてる映像を見ながら、僕も白くてねばねばしたものを下の口から出そうかなと思いまして」

 

 立ち上がり椅子ごと蹴り上げたなのはによって、椅子は椅子から転げ落ちた。

 

「変態! 変態! 変態!」

 

「もっとリズミカルに!」

 

「へ、へんた~い? へ、へへへんたい?」

 

「ぶっ!」

 

「泣かせる! 絶対に泣かせてやるもん!」

 

 涙目になったなのはが椅子の胸倉を掴もうとした瞬間、フェイトの制止の声が聞こえてきた。

 

 勢いよく振り返るなのは。 諦めたような表情と呆れたような表情を、足して半分に割ったような表情で自分の携帯画面を見せる。 映し出されているのは受信画面、

メールの差出人はヴィータ。

 

『明日の夕食はお前らの所でパーティーか。 昼は少し減らしておこうかな』

 

「まってヴィータちゃんっ!? これは罠だから! なんかうちのペットが発情期っぽいから!」

 

「おーいなのは。 いま10月なんだけど。 あ、でもなのはは年中発情して──」

 

「ふんがーっ!」

 

 椅子に襲い掛かるなのは。 ぽかぽかと可愛らしく拳を叩きつける。

 

「いたっ!? 重い重い!? 魔力付加つける拳めっちゃ痛い!? ぽかぽかって擬音違う!?」

 

 フェイトはそんな二人のやりとりにため息を吐きながらぞくぞくと来るメールの内容に頭を抱える。

 

「はぁ……これで最後か。 って、あれ? もう一人メールがきてる」

 

 お母さん

 

 私も仲間にいれてー(*´ω`*)

 仲間外れはマジカルパンチだよ~?ヾ(^▽^)ノ

 

 

 絶句した表情で画面を5秒間見続け、ゆっくりと視線をリンディのほうに向けると

 

「……」(ちらっ、ちらっ わくわくっ うずうずっ

 

「…………」(ぽちぽち

 

 お母さんへ

 娘からのお願いです。 恥ずかしいのでやめてください

 

 そう返信したフェイトはメール画面の削除ボタンをそっと押すのであった。

 




リンディさんほんとかわいい


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A's7.犯人はヤス

 夢と現実の狭間を歩む朝の起床時間帯。 隣でわたしの名前を呼んでいる誰かに返事をしながらも意識は夢の方に傾いていた。 優秀……だと思いたい青髪の教え子がわたしの下着を奪って全速力で六課を駆け回る夢。 教導が終わりシャワーを浴びて、遊びにきてるヴィヴィオでもふもふしようと計画を立てていた矢先に起こった出来事。 バスタオルで体を拭きつつ下着を手に取った瞬間、猿のような速さで教え子が姿を現し下着を奪って逃走。 その代りに置いていった自分の下着をわたしに渡し全速力で駆けていった。

 

 その一瞬が命取りとなってしまった。 個室ガチャガチャまでされたわたしは油断していた。 あの子達からの奇行に慣れてしまっていたのだろう。 こんな初歩的な行動すら瞬時に対応できなかった。

 

 悔いたところで後の祭りである。 急いで下着以外を身に着けたわたしは教え子を確保するため六課内を全力で駆ける──が、タイトスカートの下がすーすーしすぎて思うような走行が出来ずちょっとだけ涙が出始めた。 それでも上司の意地に賭けて追い縋ろうとするわたし。 既に教え子は下着を顔面に押し当て、荒く激しくビートを刻んでいる。 一秒でも早く、このすーすーした感触を終わらせたくて、教え子の名前を叫びながら走る──直前でわたしの名前を可愛らしく呼びながら誰かが後ろから抱きついてきた。 腰に回る手、子ども特有の高い声、そしてわたしをママと呼ぶ唯一の存在、ヴィヴィオである。

 

 ヴィヴィオが後ろからわたしに抱きついてきたのだ。 見事にこけるわたし、無垢な笑顔で抱きつくヴィヴィオ。 そういえば、遊ぶ約束してたもんね。 きっと心配してわたしを探しにきてくれたんだよね。 スカートが捲れ上がっている状態であるが、幸いにも周りには誰もいなかったし、ほっと安心して可愛らしく叱ろうとヴィヴィオに顔を向けたその先に──

 

「──ッ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 瞬時に覚醒したわたしは勢いよく起き上がった。 その拍子に隣にいた誰かが驚きの声を上げてベッドに倒れこんだのが視界の端に見えたので、慌ててその誰か──フ

ェイトちゃんの体を揺らす。

 

「フェイトちゃんフェイトちゃんっ!?」

 

「お、おはようなのは……。 またうなされてたから起こそうとしてたんだけど……もしかして私のこと嫌いなの?」

 

「そ、そんなことないよ! わたしフェイトちゃんのこと愛してるよ! もうLOVEだよ!」

 

「あ、ありがとなのは。 それよりどうしたのなのは? また怖い夢でも見たの? 呪詛のように『下着……わたしの下着……』って呟いていたけど」

 

「そう! それ大事っ! いまとんでもない夢みたの! わたしがシャワー浴びて、そしたらスバルにパンツ取られて、ノーパンで追っかけてたらヴィヴィオが抱きついてきて、それでそれで……」

 

 そこまで言った途端、わたしは次の言葉を言えなくなった。 否、口を開けど音が空気を振動することがなくなった。

 

 目の前にいたフェイトちゃんが首を傾げる。

 

「なのは? それでその後どうなったの?」

 

「それでその……」

 

 頬がみるみる真っ赤になるのを自覚する。 体が熱く、極度の緊張状態なのか脳に酸素がうまく送れていない。 頭が真っ白になり、感覚がなくなっていく。 先ほどの

映像が絶え間なくフラッシュバックし脳裏から離れない。 まるで先程の映像を一生涯残していくことを自分の脳が選んだかのように、鮮明に刷り込んでいく。

 

 忘れられるはずもない。 消せるわけもない。 彼のあんなに驚いた顔、彼のわたしをみる目。

 

「な、なのはっ!? ちょっと大丈夫!? 顔というか体全体が真っ赤になってるよ!? なにがあったの!? ノーパンの先に何があったの!?」

 

 心配してわたしを揺すりながら話しかけてくれるフェイトちゃん。 でもノーパンの先に何があったのってちょっと卑猥すぎるから止めようよ。 仮にもわたしたち一児のママだよ。 先に発言したのわたしなんだけどさ。

 

 でもこれだけフェイトちゃんが錯乱してるとかえってわたしが冷静になれてありがたい。 所詮夢は夢。 そう気にすることなんてなにもない。

 

「ねぇフェイトちゃん……。 ちょっとわたしのパンツ見てくれる……?」

 

「なのはぁああああっ!?」

 

 これは錯乱なんかでは断じてないはず。 ただの確認、とどのつまり確認。 それ以上でもそれ以下でもない。

 

「お願いフェイトちゃん……、わたしのパンツをいますぐみて……」

 

 両手で優しくフェイトちゃんの両手を包みながら、上目使いでお願いする。 するとフェイトちゃんは視線をあちこちに彷徨わせた後、戦火に単騎で突入する覚悟を決めた一人の戦士のような目で頷いた。

 

「じゃ、じゃぁ……入るよ?」

 

「う、うん……」

 

 布団をぺらっと捲り、潜ったフェイトちゃん。 数秒してからわたしは恐る恐る聞いた。

 

「フェイトちゃん……わたし下着はいてるよね……?」

 

「うん、大丈夫。 ちゃんとはいてるよ」

 

 よかった、本当によかった。 これで下着をはいてなかったらわたしは蒸発するところだったよ。 ほっと一息安堵したのもつかの間、もぞもぞと顔を出したフェイトちゃんの表情は不思議でいっぱいだと疑問を投げかけていた。

 

「ねぇなのは?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「なのはってさ、夜寝る前に青の水玉模様だったよね?」

 

「うんそうだけど。 あれ可愛くって気に入ってるんだよねー」

 

「でもいま確認したらさ──ケミカルレースとメローフリルのピンクのショーツになってたんだけど……」

 

 わたしは全神経を遮断した。

 

          ☆

 

 一心不乱に右手を動かす。 一秒間に10往復、一流のテコキラーでもいまの俺には勝てないだろう。 遅漏野郎も瞬時にイかせてしまう俺の能力に乾杯。

 

 高町家で鍛えた集中力を十分に発揮させて俺はとろろをひたすら発生、粘らせていく。 高町家で鍛えた16年間の集大成をいま見せるときが来たようだ。 見ていてください士郎さん。 貴方が鍛えた上矢俊は──

 

「元気にとろろ作ってまぁああああす!!」

 

 しゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこ

 

「しゃこしゃこがっ! 俺の中でしゃこしゃこがゲシュタルト崩壊するっ!?」

 

 なんなんだこの苦行。 とろろ作るってレベルじゃねーぞ!

 

 いや、そもそもおろし金でしゃこしゃこするのが間違っているのかもしれない。 時代はすり鉢に入れてごりごりだろ。 自分の手ですり鉢を使ってごりごりするほうがキメが細かくなりよりおいしいと桃子さんが言ってたし。

 

 傍に置いといたすり鉢を引き寄せ、右手に自然薯をしっかりと掴み一気にとろろを作っていく。

 

 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり

 

「ごりごりがっ! 俺の中でごりごりがゲシュタルト崩壊するっ!?」

 

 侮っていたぞとろろ作り。 とんでもない化け物だよとろろ作り。

 

「朝の5時半から始めて既に1時間半も経過してるのか、そろそろなのはとフェイトを起こさないと遅刻しちゃうな」

 

 自然薯から手を離し、手をしっかりと洗ってからタオルで水気をとる。 それから朝のアニメをガーくんと隣で仲良く視聴しているヴィヴィオを確認してリビングを出ようとしたとき、階段のほうからどたどたとしたけたたましい足音が聞こえてきた。 次いでバンとスリ硝子扉が開く音とともに顔を真っ赤にしたなのはが、いきなり俺の両肩をがっしりと掴んできた。

 

 その後ろにはあたふたとした様子で見守るフェイトが。

 

「な、なのは……?」

「…………」

 

 いきなり掴まれた俺は少量のアンモニアを垂らした後、恐る恐る怖がりながら名前を呼ぶが、なのはは何も言わず俯きながらぷるぷると震えていた。

 

「ふぇ、フェイト? あの……これはどういう事態が起こってるの?」

 

「えっと……多分なのはの勘違いというか寝ぼけているというか……」

 

 歯切れの悪いフェイトの言葉。 なにがなんだかさっぱりわからない──そう思った矢先、なのはが小さく呟いた。

 

「……とって……」

 

「え?」

 

「……責任……とって……」

 

「……はい?」

 

「わ、わたしのノーパン姿見たんでしょっ!? 責任とってよっ!」

 

「んんっ!?」

 

 熟れたトマトを思わせる状態のなのはが涙目で俺に言い放つ。

 

「えっとえっと、んんっ!?」

 

 ヤバイ、何がなんだかサッパリわからない。 俺がいつなのはのノーパン姿を見たというのだ。 土下座してでも見たい代物だよ。

 

 ぷるぷるするなのはだが、そのまま俺にぎゅっと抱きついてきた。 それはもう密着レベルで。 なのはの香りがぷんぷんするレベルで。 顔を埋める姿勢で抱きついてきた。

 

「な、なのはっ!? だ、大丈夫かっ!? なのはっ!?」

 顔を埋めたままぶんぶんと顔を横に振るなのは。 そのたびに布越しに伝わるなのはの柔らかい肌に昇天寸前だ。

 

 こ、これは抱きしめたほうがいいのだろうかっ!? やっぱり抱きしめたほうがいいよねっ!? これもうOKのサインだよねっ!?

 

 だ、だきしめてみようかな……!

 

 生唾のみこみ震える指先に力を入れ、なのはの背中にそっと触れる寸前

 

「あひっ!?」

 

 誰かが俺を後ろからぎゅっと抱きしめてきた。 背中に当たる胸の弾力と全てを包むその包容力。 甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、視界からいつの間にか消

えた人物の名前を口にする。

 

「あのー……フェイトさん? な、なにをしてるんでしょうか……?」

「やきもち」

 

 そう言って、抱きしめる力をより一層強くする。 なんでこの人は俺の耳のそばで、ちょっと拗ねた口調で『やきもち』なんて単語を使うのだろうか。 もう幸せ一杯

でいまにも死にそう。

 

 なのはの背中に触れる直前で止まった手。 後ろからでも分かる、フェイトはじっとその手を見ているのだ。 あかん、なんか別の意味で震えてきた。

 

「ねぇ俊?」

 

「は、はい?」

 

「私は裸見られたこともあるし、責任取って結婚してよ」

 

「け、結婚ですか……?」

 

「うん、そう」

 

「で、でもそれにはリンディさんが……。 それに無職だし」

 

「…………働かせたら虫つきそうだし別にいいのに」

 

 何かを小さく呟いたフェイトが耳を噛んでくる。 痛い痛いやめてください死んでしまいます。

 

 ……でも、もしフェイトと結婚したらいまのこの関係はどうなるんだろうか? なのはとフェイトとの関係も、俺の友人関係も、何もかもが壊れそうで、傾きそうで、正直な所俺は怖い。 かなり前に、なのはが一緒に二人で翠屋をやろうと誘ってくれた時も……俺は怖くて話題を逸らした。 またレアスキル弱虫が発動した。 ミッドに来るとき、士郎さんに結婚したいと言ったけど……いざそういうことを視野に入れていくとどんどん現実が押し寄せてくる。 二人の世間体だってあるし、管理局にとっても二人は大切な存在だし。 ハッピーエンドなんて存在しないのかなぁ……。

 

 でもまぁリンディさんの説得とかは本気で怖いのもまた事実だ。 あの人に結婚報告なんてしたら顔面抉られそうで怖い。 リンディさん子どもの頃から大好きだけど、本能がたまに警戒レベルMAXになるのもまた事実。

 

 ぎゅっーーー! ぼきごきっ

「痛い痛いっ!? なのはさん骨がっ!? 骨がっ!?」

 

「……無視されてなのは傷ついた」

 

「あ、うん……。 ごめんなさい」

 

 骨がみしみしいと悲鳴を上げるが、素直に謝ることにする。 きっと俺が悪いんだろうし。 しかし俺がなのはのノーパン姿を見たかぁ……。 でもよくよく考えてみる

と、普通に裸とか見た気もするんだけど……。

 

「なのは、考えてみれば俺何回かなのはの裸見た記憶があるんだけどさ……」

 

「ノーパンのほうが貴重でしょっ!」

 

「言われてみれば確かに……!」

 

「二人ともいったいどこに向かおうとしてるのっ!? 戻ってきて!?」

 

 状況が中々カオスになってきた中、朝のアニメを観終わり、こちら側にすっとんできたヴィヴィオが俺の腰に抱きついてきた。 これで前になのはが、後ろにフェイトが、横にヴィヴィオがいる構図となった。

 

「ヴィヴィオー、もうアニメ終わったのかー?」

 

「うん、おわった! だからパパをぎゅーっってしにきたよ!」

 

 その直後、ヴィヴィオがぎゅっーとしてきたので可愛くなってつい頭をなでなですることに。

 

 ほんとヴィヴィオのぎゅっーはかわいいなぁ~。 癒されるよ。 でも──

 

「なのはさんにフェイトさんっ!? 魔力付加でのぎゅっーは人命にかかわるので!? 人命にかかわるのでっ!?」

 

 30秒ほど言うのが遅ければ俺がとろろになるところだった。

 

 



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A's8.ヴィヴィオ可愛いよヴィヴィオ

 今日はいつもより30分も遅い出勤となった。 いつも通りの朝食に二人の準備、そこに手間がかかったとは思えない。 やはり朝食前のあの騒動が原因だと考えられる。

 

「だけど嬉しかったなぁ。 二人が俺の横に座って朝食を食べてくれたのは」

 

 いつもは横にヴィヴィオとガーくんがいるだけだもんなぁ。 けど、今日はなのはの寝ぼけ(?)のおかげで二人に抱きつかれるし、二人が横で朝食を食べてくれるしともう死んでも構わないような内容を朝から送っている。 ほうほう……ようやく二人も俺の魅力に気づいたというわけか。

 

「いや~、ほんと照れるなぁ! どうしよっかなぁー、きっと夜にワイシャツ一枚で俺の部屋に来たりして!?」

 

 どうしよっ!? そしたらどうしようかなっ! どうしたほうがいいと思う!? 俺もこのまま結婚ルートに──

 

 ピンポーン

 

『は~い!』

 

「結婚かぁ……」

 

 今朝のフェイトの言葉が脳裏から離れない。 リピートしてる、目を閉じれば伊達メガネのフェイトが俺に向かって、頭をとんとん軽く叩いている。 あれ? これ昨日の記憶じゃね? どんだけポンコツなんだ俺の脳みそ。

 

『あっ! リンディメッシュにももこさんだぁ! おはようございます!』

 

『オイッス!』

 

「いやでもなぁ……結婚資金とか用意してないし……。 その前に職ないんすけど」

 

 資金溜めようがないしなぁ……。

 

『あら、ちゃんと挨拶できてヴィヴィオちゃんは偉いわねえ。 いいこいいこ。 俊ちゃ~ん、なのはから電話もらってお手伝いにきたわよー』

 

「なのはの場合、エースオブエースでトップアイドル、というか宗教のトップ。 局としても絶対に手放さないだろうし、世間的になのフェイで完結してるんだよなぁ。 仮に了承を得ても、それからが問題で──」

 

『ヴィヴィオちゃんはいつも可愛いわねー。 あ、こらバカアヒル止めなさいっ! つけまつげがっ!つけまつげが落ちるじゃないっ!? お邪魔するわよー。 駄犬ー、クロノがいつもお世話になってるからって、子ども達用にジュースの箱を託かってきたわよー』

 

「フェイトの場合、エリート美人執務官としてなのは同様にトップアイドル、というか宗教のトップ。 なのフェイで完結しており、なにより問題なのが──あのリンディさんが絶対に首を縦に振らないことだ。 やはり調教して従順な俺のペットにしない限り──」

 

「誰が誰をペットにするですって……?」

 

「……へ?」

 

 リビングでお絵かきしているヴィヴィオとガーくんを除いて、この場にいるのは俺だけのはずなのに後ろから怒気を含ませた声が聞こえてきた。 それもかなり聞き慣れた、ゆうに3桁は怒らせたことのある俺が断言するんだ間違いない。

 

「──っ!? その声は熟女リンディだなっ!」

 

「なに年上で世話までしてあげた人にタメ口聞いてるのよ」

 

 振り向いた瞬間天井を見ていた。 何を言ってるかサッパリわかんないだろう? 俺は理解したくない。

 

 どすんと音をたてて尻から床に不時着した俺は、目の前にいる人物を見て思わず逃げ出す。

 

「あら俊ちゃん? ママを目の前にして逃げ出しちゃうの?」

 

 モ・モモコの一言で俺はその場に凍りついた。 流石は地球を滅ぼすためにやってきたお方だ。 一言発しただけが俺の中枢神経を乗っ取ったか……っ!?

 

「だめよ~。 ほら、ママに会ったらまず抱きつくのが高町家の掟よ」

 

 ちゃっかりヴィヴィオを抱っこした桃子さんが片手で俺を迎える体制をとる。 いやいやいや、流石に抱きつきませんよ。 なのはみたいに女の子同士じゃないんだし。 それにヴィヴィオだって見てるし、リンディさんだって頭にガーくん乗っけたままだけどこっちを凝視してるし。

 

「ははっ、何を言ってるんですか。 それはなのはが帰ってきたとき用に取ってあげてくださ──」

 

「はい、つーかまーえた」

 

 言い終わる前に優しい香りと温もりに包まれた。 息が出来ないほど強く抱きしめているわけでもないのに、何故かその場所から離れたくないと思ってしまう。 ……なんかいいなぁ、こういうの。

 

「最近、メールの頻度も減ってるわよー?」

 

「うっ……ごめんなさい」

 

「電話もちゃんとすること」

 

「はい」

 

「それと……俊ちゃんは嫌がるかもしれないけど、桃子ママはなのはと同じくらいあなたをこうやって抱きしめたいのよ? ちゃんと覚えておくこと」

 

「……うん」

 

「はい、よろしい。 あら、リンディさんどうしたんですか? なんか羨ましそうな顔してますけど」

 

「へっ!? い、いや何言ってるんですか桃子さん! べつにこんな駄犬相手にそんな表情しませんよ!? ただ……あの子達に勝ち目があるのかと思いまして……(とくになのはちゃんなんて厳しい戦いになりそうね……)」

 

 リンディさんの言葉に桃子さんはふふふと優しい笑みを浮かべるだけであった。 いったいどういう意味なんだ?

 

 為すがままにされる俺、まぁもうしばらくはこのままでもいいかなと考えたが同じく桃子さんに抱っこされていたヴィヴィオがこちらに飛び移ってきたので強制的に離れることとなった。 抱きしめられたままの体制でヴィヴィオを支えるのも困難だしな。 しっかり自分の足で支えないと。

 

 ヴィヴィオを抱っこし、頭を撫でる。 あ、ガーくんダメだぞ。 リンディさんのアホ毛をくちばしで噛んでると北京ダックにされるぞ。

 

 口では言わなかったがガーくんは察したのか飽きたのか、リンディさんのアホ毛をペッと吐き捨ててこっちに飛んできた。

 

「あーこらこら。 肩に乗れ肩に。 飛んでまでこっちに来るなよなー、ちゃんとガーくんも抱っこするから」

 

 ……あれ? 飛んできた…………?

 

「そういえば俊ちゃん。 今日はとろろ大会するんですって?」

 

「え? あ、えぇその予定です。 ちゃんととろろ用に自然薯も用意しましたしすり鉢でスリスリしてます」

 

「懐かしいわねーとろろ。 私も若い頃はとろろを沢山作ったわ~」

 

「へ~、桃子さんもとろろ好きだったんですか?」

 

「そうねぇ……やっぱり若かったし、好きだったわ。 だからこそのなのはよ?」

 

「え? なのはってとろろ好きだったんですか? 気づかなかったなぁ……」

 

「やっぱり19歳の女の子ですもの! ただあの子の場合、俊ちゃんのとろろだけで幸せになれると思うわ! だって私も今も昔も士郎さんのとろろだけだもの!」

 

「士郎さんもとろろ作るのうまいんですね~。 マズったな、昨日の夜にでもコツを教えてもらえばよかったかも。 でも、それにしても嬉しいです。 なのはが俺が作ったとろろだけで幸せになってくれるなんて……っ!」

 

「そうよ! 俊ちゃんのとろろがなのはには必要なの! 精一杯頑張るのよ!」

 

「はい! 俺一生懸命頑張ります!」

 

「……あのー、そろそろ突っ込みいれたほうがいいのかしら?」

 

 突っ込みたいだなんて流石リンディさん。 むんむんむらむらの性欲の権化だな。 それに引き替え桃子さんはやっぱり大人の女性って感じだな。 どっちも大好きだし尊敬できるお方なんだけどな。

 

「……まぁあの駄犬があんな感じならフェイトとの仲も心配なさそうね。 もし報告しなきゃならないようなことを仕出かしたら容赦なく──すけど」

 

 何故だろう、リンディさんの後ろに一瞬修羅が見えた。 そしてなんで桃子さんはあらあらうふふなんですか。

 

 いやーいいね、こういうの。 こうして美熟女二人といい感じにお話ししながら娘を抱っこする。 ヴィヴィオおねむモードに入ったけど。 ごめんなーつまらなかったかな?

 

「あー、ヴィヴィオがそろそろ寝そうなんでとろろ作り再開しましょうか」

 

 俺の言葉に二人は頷き、それぞれのエプロンを身に着ける。

 

「あれ? リンディさん意外と似合いますねエプロン姿」

 

「当たり前でしょ。 素材が最高にいいんだから」

 

「これまた否定できない返答ですね」

 

 あの……桃子さん? わかってますから、わかってますからエプロン姿で俺の背中に指を這わすのは止めてくださいっ!?

 

「も、桃子さんも凄く似合っていて……とっても綺麗ですよ」

 

「うふふありがと」

 

 ……うん、お互いの母親とのスキンシップも完璧だ。 いい関係を築いてるぞ上矢俊。

 

「はぁ……それにしてもなんでこんな腐れかけたゴマ団子みたいな男のことをフェイトが気に入ってるのかいまだに理解できないわ」

 

 ……いい関係を築いてるのか? 上矢俊?

 

 ま、まぁリンディさんはあの極上なツンデレが売りなんだからあれでいいんだ。 本当は俺とドロリッチなことをしたいって欲求でいっぱいなんだろうし。

 

 きゅっと服の裾を摘まんでいるヴィヴィオを起こさないようにそっとソファーに寝かしてから、俺もこの二人のスリスリ大会にエントリーしよう。

 

「(起こさないように……起こさないように……)」

 

 細心の注意と最大限の集中力でヴィヴィオを体をソファーに預ける。 そこをガーくんが無音でバスタオルをヴィヴィオに掛けた。 ガーくんはそのままヴィヴィオを胸辺りでそっと足を折る。 最初は気づかなかったけど、ガーくんのこの状態って警戒態勢なんだよな。 少しでも不穏な気配を発しようものならガーくんはいつでも飛びかかってくる。 ……うわ、いま自分がザクロになるところを想像してしまった。 嫌な気分になったわ。

 

 気を取り直してキッチンに行き、スリスリに参加することにした。 大人三人でも余裕があるこの広いキッチンが俺は大好きです。 なのはとフェイトに駄々をこねた甲斐があった。 えっと……リンディさんと桃子さんは楽しく会話しているし、間に割って入るのは失礼だよな。 桃子さんの隣に行こう。

 

「へー……、あんたはそっちに行くのね」

 

「…………」無言で移動

 

「あら俊ちゃん、記憶に刷り込んでおいた躾を忘れてしまったのかしら?」

 

「……っ!? ……っ!」震えながら移動

 

 桃子さんの隣にいけばリンディさんが、リンディさんの隣にいけば桃子さんが……。

 

 大の大人が二人して青年を苛めるなんて……っ!

 

 そう考えた矢先、リンディさんが呆れた口調で言ってきた。

 

「ほら真ん中きなさいってことよ。 とろろ作りなんて3分で退屈になっちゃうんだから、私達を楽しませなさいよ。 料理や掃除や洗濯の相談でもいいし、ヴィヴィオちゃんの子育てのことだっていいわよ。 ここにはちゃんと立派に娘と息子を育てた親が二人もいるんだから」

 

 とろろを擦る動作を止めることなくリンディさんはそう言った。

 

「母親の前でくらい強がらなくてもいいのよ」

 

「そうよ俊ちゃん。 なのはも自分の教え子のことで悩みっぱなしでメールや電話がしょっちゅうくるのよ。 いまだって教え子にちょっと強く言い過ぎたかもしれないー、とか、何か隠し事をしてるみたいだけどどうやったら力になれる、って相談されてる最中よ」

 

「フェイトもそれは言ってたわね」

 

 たしかにフェイトはなのはの力になるって約束してた。 偉いなぁ二人とも。 真っ先に親を頼ったのか。 本当に偉いなぁ……。

 

 頼る……ねぇ。 ヴィヴィオを預けるかどうかで前にもそんなことを言われたな。 俺ってこれでも色んな人に頼ってるのに。 なのはに頼ってるし、フェイトにだって頼ってる。 はやてはもちろん、ロヴィータちゃんにシグシグミシル、シャマル先生にザッフィー。 それにおっさんにユーノやクロノにも頼ってる。 勿論、お二人にだって頼ってる自覚はあるよ。 やっぱおっさんはいらないや。

 

 そうだ、俺ってかなり頼ってるよな。

 

「何言ってるんですかリンディさん。 俺はかなり頼ってますよ」

 

 スパーンっ!

 

「あらこの自然薯いい音を奏でるわね」

 

「いたいっ!? 自然薯のビンタいたいっ!?」

 

 俺の反応をガン無視で二打目を放とうとするリンディさんに俺は両手を上げて降参の意を示した。

 

「わかりました、わかりましたよ。 どうせスカさんとカリムさんになのはとフェイト辺りには話さなきゃならないことだったし。 え~っと、夏休み前になのはとフェ

イトにプレゼントを渡そうとはやてに頼んで聖王教会ってところでバイトをしてたんですよ、ほんのちょっとだけ」

 

「あぁあれね。 フェイトがデレデレの顔で自慢してきたから覚えてるわ。 私に喧嘩売ってるわけ?」

 

「うんうん、俊ちゃんとっても頑張ったみたいね。 偉いわよ」

 

「どうもどうも。 それで……元々聖王教会でプレゼント代を全部ためれるようにあちら側と相談していたんですが、ちょっとトラブルが起きましてそのことが原因で俺は聖王教会でのバイトを辞めたんです」

 

 スリスリと三人とも手は休まない。 それでいて、俺だけが一人で喋り二人は黙って聞いてくれていた。

 

「その時はガーくんもいなかったし、誰かに家でヴィヴィオと留守番をさせるのもヴィヴィオのためにならないっていうか……ヴィヴィオを残してまでバイトに行くのは間違ってると思い無理を承知でヴィヴィオを同行させながらバイトをしてたんです。 聖王教会側はそれを快く快諾してくれていて……それでいてバイト中は斡旋してくれたはやてが様子を見に来たりして……物凄く順調でした」

 

 いまでも覚えている。 はやてが隣で一緒に仕事をしてくれて、シャマル先生がヴィヴィオの相手をしてくれて。 とっても幸せで充実した時間だった。

 

「でも……それもあっという間に終わりを告げました。 なんというか、聖王教会も一枚岩ではなかったというわけですよ。 カリムさんとは違う一派がいたんでしょうねぇ、そいつらカリムさんにヴィヴィオを聖王教会で預かるよう俺を説得しろと抜かしてたんですよね。 勿論、カリムさんはそれを頑なに拒否してくれました。 そのことが嬉しかったと同時に、ヴィヴィオの安全面での問題とカリムさんのトップとしての立場も危なくなると思い、近くにあった花瓶を床に叩きつけてクビという形で辞めました」

 

 いまでも覚えている。 カリムさんの申し訳なさそうなあの顔が。

 

「カリムさんとはいまだって親交もあるし喧嘩なんてしてませんが、気になってるんですよね。 ヴィヴィオのこと」

 

 ちらりと寝ているヴィヴィオのほうを見る。 一定のリズムで呼吸をするその様はとても可愛らしく、みていて心が洗われる。

 

「聖王教会の事件が怖くてパパとしての自信がなくなった? それともヴィヴィオちゃんのことが怖くなったの?」

 

 桃子さんが顔を覗き込みながら聞いてくる。

 

「自信がなくなったっていうか……ちゃんとヴィヴィオを守ってあげられるかなぁ、なんて思ったり。 それにヴィヴィオのことを怖いなんて思ったことありません。 いつだって可愛いという感想しか出てきませんでした。 だけどたまに思うんです。 ヴィヴィオは何か大きな問題を抱えているんじゃないかって」

 

 ふむふむ、そう声に出しながら桃子さんは頷いた。

 

 なるほどなるほど、そう声に出しながらリンディさんも頷いた。

 

「ヴィヴィオちゃんはあなた達の日常に劇的な変化をもたらしたわよね。 なのはもヴィヴィオちゃんと生活してからちょっとだけ、ほんのちょっとだけだらけなくなったし、ヴィヴィオちゃんと過ごすためにお休みもずっと多くなったわ。 それに生活習慣もヴィヴィオちゃんを中心にまわしてる。 フェイトちゃんだってそうよね。 フェイトちゃんの場合はもっとしっかりしようと頑張って、それでいて時間を出来る限り作るようにしている。 それはあなたにしてもそうよね、俊ちゃん。 あなただってほとんどヴィヴィオちゃんと一緒にいるでしょ?」

 

「そりゃまぁ俺はヴィヴィオのパパですし、ヴィヴィオと一緒にいるのは楽しいし、大好きだからであって──」

 

「そうよね、ヴィヴィオちゃんといるのは楽しいし、ヴィヴィオちゃんことは大好なんだよね。 う~ん……じゃぁそれで問題ないんじゃないかしら」

 

「……え?」

 

 思わず手が止まる。 リンディさんから叩かれる。 なんて理不尽なんだこの人。

 

「きっとね、いま俊ちゃんが抱えていることは時間が経てばあっちから顔を出す問題よ。 いまの話を聞く限りだと個人間で解決する問題でもないだろうし。 確かにあなた達がヴィヴィオちゃんと暮らし始めたとき、私たちも同じことを思ったわ。 ヴィヴィオちゃんは大きな問題を抱えていて、だけどそれはヴィヴィオちゃん自身では解決できない、もしかしたらヴィヴィオちゃんすら知らない問題なのかしれない、そう話し合いをしていたわ。 もしそうなら大人の私達が引き取ったほうがいいと考えあのとき俊ちゃんを呼び出したの」

 

 でもね、そういいながら桃子さんは一人喋る。

 

「子を持った親は子どもの笑顔で理解できるのよ、その子が本当に必要としているのは誰なのかっていうのわね。 その笑顔の先にはいつもなのはとフェイトちゃんとあなたがいるの。 どんな時でも抱きしめてくれる優しいママとパパがいるの。 子育てに必要なものは使命感と愛情の二つだけよ。 あなたはそれを持ってるでしょ? だから大丈夫」

 

 そういって笑顔を向けてくれる桃子さん。

 

「これから先、あんたとなのはちゃんとフェイトには困難な問題が立ちふさがるでしょうね。 あの聖王教会側が欲しいと願ったということはそれほど事が大きいということ」

 

 だけどまぁ……、そう小さく呟きリンディさんは横から俺を抱きしめてくれた。

 

「その時がきたらあなた達はいつも通りにヴィヴィオちゃんを抱きしめてあげればいいのよ。 こんな風にね」

 

 俺の頭を撫でながらもリンディさんのとろろ作りは止まらない。 そんなちょっとぶっきら棒で、それでいて誰よりも当たり前のように俺に力を貸してくれるこの人が俺は10年前から好きなんだよな。

 

「ありがとございます。 でもリンディさん、わざわざとろろを手に馴染ませてから頭を撫でなくていいんじゃないですか? あっちょっ!? 耳の穴にとろろ流し込むの止めてくださいってばっ!? なんか鼓膜に張り付いたっ!? なんか鼓膜に張り付いたっ!?」

 

 10年前から嫌がらせもされているわけなんだが。

 

 ジャンプしとろろを耳の穴から出そうと頑張っていると、リンディさんが面倒そうに話し始めた。

 

「こんなときに一君が居てくれたらあなたの問題事をぱぱっと解決できるのにねー、そのヴィヴィオちゃんを欲しがった一派を消してくれるでしょうし」

 

「え? 父さんがですかっ!?」

 

「そりゃそうよ。 あなたの頼みならね、あの人あなたのことが大好きだもの。 あなたが産まれたときのはしゃぎようなんて凄かったわよ。 後あの人だけね、ラルゴ提督をハゲ呼ばわりしてたのって」

 

「父さん……」

 

 俺も今後ハゲ呼ばわりしてみよっと。

 

「行方不明扱いされてるけど、いまあなたのこと監視してるんじゃないかしら?」

 

 きょろきょろと辺りを見回すリンディさん。 この人本気で疑ってるみたいだけど

 

「あのーリンディさん? 父さんも母さん──」

 

「あの二人が死ぬわけないでしょー。 私達の世代はあの二人の強さを痛いほど味わってきたのよ。 断言する、死んでも復活するわよあの二人」

 

 力強く、これまでにないほど力強くそう語ってくれるリンディさんになんだか少しだけ胸のもやが取れた気がした。

 

「まぁエンターテイナーだからきっとタイミングでも見計らってるんでしょうね。 それか、タイミング逃したか」

 

 そう言って、またとろろ作りを真剣にやり始めたリンディさん。 ふと横を見ると桃子さんは笑顔でこちらのほうを見ていた。

 

 この人なりの励まし方……なのかな?

 

 なんかからかおうとも思ったが、なんとなくいまの雰囲気を大事にしたくてこれ以上何も言わずに俺も作業に取り掛かる。 そうだよなぁ、俺だけで悩んでもしょうがないし頼りになる大人はすぐ近くにいるんだ。 なのはとフェイトが落ち着いたらちょっと話し合ってみよう。 大事な大事な娘のことなんだから。

 

『あふ……あ、ガーくんだ。 おはよー……』

 

『オハヨウヴィヴィオ、ヨクネムレタ?』

 

『うん! なんかねー、おねえさんにだっこされてぽかぽかだった!』

 

『ソッカー』

 

 どうやらヴィヴィオがお目覚めのようだ。 一気にこの場がやかましくなるな。

 

『あ、パパだ! パパー!』

 

 ほーらヴィヴィオが勢いよく近づいてきたぞ。 さて振り向いて抱きしめて──

 

 くるっ(振り向くひょっとこ)

 

 ゴッ(ヴィヴィオの頭突きで股間が粉砕)

 

「おうっ……! おうっ……!」

 

「パパっ!? パパどうしたのっ!?」

 

 いきなり崩れ落ちた俺を心配してかヴィヴィオは必死になって揺さぶり名前を呼んでくれる。 なんとかそれに応えようと手を上げるが、激痛によりすぐに金の玉を元の位置に戻す作業に移行する。

 

「俊ちゃんのとろろ生産工場が……」

 

「あなたって負傷するたびに一番そこにダメージ食らってるわよね。 なにプレイなの?」

 

 二人の声もうまく耳に入らない。 ──が、目の前にいるヴィヴィオがいまにも泣きそうな顔をしているので必死に堪え、最大限の笑顔を向ける。

 

「だ、大丈夫だよヴィヴィオ……。 パパの股間は着脱式だから一晩抱いて寝れば元通りだよ」

 

「お~! よくわかんないけどパパすごい!」

 

 ぱちぱちと小さな手で精一杯の拍手を送ってくれるヴィヴィオ。 そのヴィヴィオの頭を撫でながら立ち上がり、先程までスリスリしていたとろろに少量のダシをかけ、小皿に取り分けヴィヴィオに手渡す。 受け取ったヴィヴィオは小皿と俺を交互に見ながら、

 

「これがととろ?」

 

 小首を傾げながら聞いてきた。

 

「とろろな。 今日はこれをあつあつのご飯にかけて食べるんだぞー」

 

「……」

 

 あれ? なんかヴィヴィオの反応が微妙だな。 いつもなら喜ぶのに。

 

「ま、まぁまぁちょっと食べてみたらヴィヴィオちゃん。 きっとおいしいわよ、私も一緒にスリスリしたのよー」

 

 見かねたリンディさんがヴィヴィオの目線まで膝を曲げて援護してくれた。 桃子さんも両拳を握りこんで『がんばって!』そう鼓舞してくれる。

 

 ヴィヴィオはそんな二人の声援もあってか、小さな口で少量だけとろろをぱくついた。

 

「「「(ドキドキ……)」」」

 

「…………」

 

 ヴィヴィオの無反応に三人揃って生唾を呑み込む。 ヴィヴィオはゆっくりと顔を上げ

 

「……きょうはこれだけなの?」

 

 そう寂しそうに聞いてきた。 うんと首を縦に振った俺にヴィヴィオは落胆したかのようにガーくんを抱き上げてソファーに帰っていった。

 

 先程と同じような恰好で寝始める。

 

 その光景を三人で眺め、

 

「5歳児には厳しかったですかね……」

 

「ちょっと失敗だったみたいね……」

 

 リンディさんと二人、顔を正面に固定したまま話す。

 

 いち早く立ち直ったのが桃子さんだ。 桃子さんは冷蔵庫を物色したのち、あるものを発見して戻ってきた。

 

「俊ちゃんマグロといくらはちゃんと用意してたのね。 それにそこに生わさびもあったわよ」

 

「まぁ一応こんなこともあろうかと今朝準備はしてたんですけど……」

 

「じゃあこれを使いましょうか。 子ども組にとろろオンリーは酷かもしれないし」

 

「……う~ん」

 

「それにヴィヴィオちゃんに泣かれても困るでしょ? 大丈夫、もう少し大きくなったらとろろオンリーでも食べれるようになるわよ」

 

「……そうですね。 確かにいま考えると子ども組にはとろろオンリーはきつかったかもしれないです」

 

「そもそもなんであなたはとろろオンリーにしようなんて思ったのよ」

 

「女の子がとろろを嬉しそうに食べるとか……いいじゃないっすかぁ」

 

 顔面をすり鉢でごりごりされかけた。

 

 なんて怖い人なんだこの人。

 

 リンディさんの魔の手から逃れた俺は、さっそくヴィヴィオを起こしにいくことに。

 

 その間桃子さんはマグロを切り身にしてとろろの上に乗せ醤油を垂らしきざみのりをまぶす。 即興でこれだけのものが出来ればヴィヴィオも満足するよな。

 

 ソファーで寝ているヴィヴィオと俺の気配に気が付き顔を上げるガーくん。 ガーくんの頭を撫でた後、ヴィヴィオを優しく起こす。

 

「ヴィヴィオー、もうおはようの時間だぞー」

 

「うふぁ……おふぅ……」

 

 抱きかかえるとヴィヴィオは言葉にならない声を発しながらもぞもぞと起き出した。

 

「おはようヴィヴィオ」

 

「おあよーパパ」

 

「とろろあるけど食べるか?」

 

「ととろ!? うん! たべる!」

 

 威勢のいい声と共にヴィヴィオはキッチンへと駆けだした。 そこには桃子さんとリンディさんがスタンバイしていてヴィヴィオに小皿を渡していた。

 

「おぉ~! これがととろ……」

 

「違うわよ~ヴィヴィオちゃん。 これはねー、と ろ ろ」

 

「とーろーろ?」

 

「そう。 よくできましたねー、いいこいいこ」

 

「えへへ、とろろかぁ~。 ヴィヴィオちゃんとおぼえた!」

 

 桃子さんの後に復唱するヴィヴィオの可愛さはスターライトブレイカー級だった。 なにこの天使。

 

 それにしても先程までとは打って変わった反応を見せるなヴィヴィオ。

 

 桃子さんからスプーンを受け取り、まぐろの切り身と一緒にとろろを食べるヴィヴィオ。 もぐもぐと大きく口を動かし、ごくんと食道を通して胃に収めた瞬間

 

「おいしいっ! ガーくんこれおいしいよ!」

 

「ガークンモホシイ! ガークンモホシイ!」

 

 笑顔満開でおいしいと連呼するヴィヴィオとリンディさんに往復ビンタを浴びせながらねだるガーくん。 あぁ……やめるんだガーくん……! リンディさんの髪がとんでもないことになっていく……!?

 

 切れそうになるリンディさんをなだめる桃子さん。

 

「そうよね、所詮はアヒル。 争いは同じ土俵でしか起こらないのよ。 私はアヒルになんかにならないわよ」

 

「ハヤクシテヨー、トシマ」(ゲシっと脛を蹴るガーくん

 

「上等じゃないのッ! あなたッ! 今日のレパートリーに北京ダック追加よッ!」

 

 リンディさんがアヒルになった。

 

 エプロンを脱ぎ捨てガーくんを捕まえようとするリンディさん。 それから華麗に逃げながらも煽ることを忘れないガーくん。

 

 一人と一匹のいつもの光景を見ながら、ヴィヴィオは桃子さんに抱っこされて甘えているのであった。

 

 そんな二つの光景を見ながら俺も気合を入れ直す。

 

 よし、皆がくるまで頑張るぞ。

 

 




桃子とリンディ、あなたはどっち派?


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A's9.ヴィヴィオの小学校はどこ?

『えー戦闘で一番大事なものはなんですか? はいティア』

 

『戦闘の長期化に備えてなのはさんのポストカードと抱き枕』

 

『外周』

 

『あ、ティア。 講義の休憩時間にこっちにきてね。 やり直しと苦手な問題集中して解くからね』

 

 ヴィータは一人緑茶をすする。 その隣では八神はやてが思案顔で書類を読みながらサインをしていく姿があった。 はやての周りには膨大な膨大な書類が山となって築かれている。 それをさばきながらはやてはぽつりと呟いた。

 

「ヴィータ……飽きたんやけど……」

 

「……」

 

「なんで部隊長なんてやってるんやろ……。 もう勧誘とかラブレターとか調教願いとかばっかなんやけど。 あとたまにわたし宛ての仕事」

 

「……管理局は平和だなぁ」

 

 自分の仕事を午前中で終えたヴィータはどこか気晴らしに外に出かけようと思った矢先にはやてに捕まった。 はやて曰く『一人で書類整理とかつまらへん。 せめてロリ成分がほしいねん』とのことであった。 ヴィータ自身、大好きなはやてにそう言われるのはやぶかさではない……というよりちょっと嬉しかったので、自分のお茶とお茶菓子を持ってくるとはやての隣にちょこんと座り現在まで至った。

 

 その間ずっとはやては独り言をつぶやきっぱなしである。

 

「なぁ~ヴィータ~。 お膝に移動してくれへん?」

 

「あ? なんで?」

 

「ロリ成分がないとしんでまう」

 

「……まぁ死なれても困るしなぁ」

 

 しょうがねぇなと呟きながらヴィータははやての膝に座る。 ヴィータの頭を撫でながらはやてはヴィータにしか聞こえない声量が呟いた。

 

「ヴィータに変身魔法かけて子どもが出来たってことを口実に籍を入れるって作戦ええかもしれんなぁ……。 最悪ベッドまで行けばこっちが主導権握ればええんやし、じっくりと一晩……いや三日三晩くらいわたしの声しか聞こえない部屋で耳元で愛を囁けば、なのはちゃんやフェイトちゃんと談笑してる最中でもきっとわたしの姿が脳裏浮かんできて──」

 

「うわぁああああああああッ!?」

 

「あぅっ!?」

 

 叫び声とともにはやての膝から転げ落ちるように逃げ出すヴィータ、そこに丁度資料を持って通りかかったフェイトと激突した。 9歳から身体的に大きく成長しスタイル抜群のフェイトと9歳から何も変わらないヴィータの身長の差のせいで、フェイトはヴィータの頭が腰に当たり大きく尻もちをつく形となった。

 

 フェイトの声と空に舞うフェイトの資料、そして一連の連鎖を起こした本人であるヴィータがフェイトのスカートを握りしめながら震えている姿をみて室内で講義を行っていたなのは他新人達と、シグナムとシャマルが手を止める。 ザフィーラは犬の姿で散歩中である。

 

「いたた……ちょっとヴィータ──ってどうしたの? 震えてるけど……」

 

「はやてが……はやてが……!」

 

「ん? はやてがどうかしたの?」

 

 はやてのほうを指さすヴィータ、それに釣られる形でフェイトもはやてのほうを見るが、

 

「ん~……どうやってこのラブレター返信したものか……。 他に男がいるって書くと後がめんどうそうやし──ってみんなどうしたん?」

 

 はやては一枚のラブレターを睨みつけながらうんうんと唸っている最中であった。

 

「あ、あれ? だってさっき身の毛がよだつようなことを言ってて」

 

「何言ってるのヴィータ。 そんなのいつものことだよ」

 

「ちょっとまつんやフェイトちゃん」

 

 それってどういうことなん? あ、あはは……えーっと、えーっと……

 

 そんな声をBGMにヴィータは一人、目をぱちくりさせていた。

 

「休暇もらって夜天の書に引きこもろうかな……」

 

 沈んだ調子のヴィータを、優しく後ろから抱きしめる温かい手。

 

「きっと業務が忙しすぎて変な幻覚でも見たのよ。 ほら、今日はひょっとこくんが料理作ってくれる日だからそれまで休憩しておいたらどう? 後のことは私がやっておくからヴィータだけ先に行く?」

 

「あー……そうしようかな。 うん、確かに最近仕事忙しかったもんな、あんな幻覚みてもしょうがない、しょうがない」

 

 よし、そうとしたら帰宅の準備を進めよう。

 

 帰宅の準備を進めるヴィータ。 そんなヴィータをなのはは一人じっとみていた。

 

「あたたた……ねぇシャマル、ちょっと腰どうにかなってないか見てくれない? って、どうしたのなのは?」

 

「いや……ヴィータちゃん俊くんの部屋のベッドで枕を抱いてくんかくんかしないかと心配になって──」

 

「ごめんシャマル、先になのはの頭の診断お願い」

 

「ちょっ!? わたしは極めて正常だよ! 乙女だよっ!?」

 

「はいはい乙女乙女。 ほら、講義はわたしが受け持つから」

 

 

「だ、大丈夫ですかなのはさんっ!? さっきの発言はちょっと心配になってきます!」

 

「ティアに心配されたっ!? もう生きていけない!?」

 

「はーいなのはちゃん、検査していきますねー。 ストレスは感じますか?」

 

「ティアとかですかね」

 

「あれっ!? なんか段階が一足飛びになってるんですけどっ!?」

 

『なんなんですかっ! 私の何がストレスなんですか乳首すってくださいっ!』

 

『助けてっ!? 誰か助けてっ!? この子の将来が不安になってきたんだけど!』

 

 嬉しそうな表情で抱きつくティアと怖がりシャマルに助けを求めるなのは。 それらを横目にヴィータはひょっとこがとろろ作りに勤しんでいるであろう家に足を進めようとする。 が、それをなのはがひしっと抱きつく形で止める。

 

「大丈夫―? わたしとフェイトちゃんの部屋に安眠用のお香があるからそれ使ってゆっくり休んでね?」

 

「あー、まぁちょっとだけ疲れてるだけだろうし大丈夫だよ。 まぁあいつの部屋よりなのはとフェイトの部屋のほうが嬉しいからありがたく使わせてもらうよ。 うーん……やっぱ少し仕事量減らすかなー」

 

 後ろ手を振って六課を後にするヴィータに、皆も手を振って送り出す。

 

 ヴィータを見送った後、シャマルは心配そうにつぶやく。

 

「過労で倒れないならいいけど……」

 

「確かに心配だよね。 ヴィータちゃん、わたしと同じくらいハードな仕事量だもんね」

 

「(ハード?)」

 

「(え? なのはちゃんの仕事ってハードでしたっけ?)」

 

「(なのはちゃんが壊した訓練所の修繕費どないしよ……)」

 

「(ハードなプレイかぁ……)」

 

「あ、あれ……? なんでみんなこっち見ないの? なんで目を逸らすの!? わたしだって忙しいもん! 皆が楽しめてなおかつ無駄のない練習考えたり、ティアとスバルから逃げたり迎撃したり、あとあと! ……デスクワークしたり! えっとえっと、それとねそれとね? …………」

 

 とくになかったのか、なのははちょっと泣き目になってフェイトに抱きついた。 なのはを優しく抱きしめたフェイトは頭を撫でながらヴィヴィオと同じようにあやす。

 

 二人の周囲に広がるちょっと桃色な雰囲気を感じながらはやてはシャマルとシグナムと相談しながら考える。

 

「視察のときもパーティーのときも、通常業務だってヴィータにはちょっと頼ってたし、ここらで一週間くらいヴィータには休んでもらおうと思うねんけど。 いまパッと休暇を出すと、本人の心理的にマイナスな方面が出てくると思うから少し経過して後がやっぱベストやと思うんやけど」

 

「そのほうがいいですね。 有給休暇も溜まってますし」

 

「いや、今回の休暇はわたしのほうから引いてもらうよう掛け合うで」

 

「はやてちゃん有給残ってましたっけ?」

 

 

「わたしからのお願いなら喜んで聞いてくれる人達が何人もいるからそこらへんは大丈夫やろ」

 

「前回の出来事で一番得をしたのってはやてちゃんですよね。 ひょっとこ君は結局推薦を全部蹴ってるわけですし」

 

「いやーかわいいって罪やわー」

 

 困り顔のシャマルに嬉しそうなはやて。

 

「あ、そういえばフェイトちゃん。 皆に今日はとろろしかないって言ったっけ?」

 

 フェイトの胸の中に顔を埋めていたなのはがふと顔を上げて聞いてくる。 フェイトは一瞬だけ思考し、

 

「いや……そういえば言ってないかも」

 

「え? 今日なのはさんのとろろオンリーなんですか?」

 

「ティアちょっと黙ってて」

 

「え? それほんまなん? とろろオンリーって意外と飽きるの早いと思うんやけど……。 わたし達はそれでもええけど、子ども組、とくにヴィヴィオちゃんはどうするんやろ?」

 

「う~ん……きっと俊くんがなんとかしてくれるよ。 ヴィヴィオが絡むと嫉妬するくらい一生懸命になるし」

 

 なのはの言葉に一同頷く。 ヴィヴィオ相手には人が変わったように献身的になる姿を全員が目撃しているからだろう。

 

 そのことを面白くないと思っている人物もこの場には数人いるのだが……全員ともそれは口に出さない。 なんせ相手は5歳児なのだから。 それにヴィヴィオには全員

とも幸せになってほしいと願っているのだから。

 

「よっしゃ! なら早いとこ仕事終わらせて高町ハラオウン家に突撃やー!」

 

『おぉー!!』

 

 はやての言葉とともに全員が拳を突き上げる。 それを眺めながらなのはは嬉しそうに微笑んだ。 自分に抱きついてこなかった教え子を心配しながら。

 

             ☆

 

 ヴィータが高町ハラオウン家に向かっている頃、台所ではヴィヴィオが桃子と一緒にとろろ作りにトライしていた。

 

 ウサギが餅つきをしている柄が描かれた白を基調としたエプロンを身に着けたヴィヴィオは、自然薯片手に一生懸命桃子の言葉に頷いていた。

 

「ゆ~っくりでいいのよヴィヴィオちゃん。 おててを怪我しないように、ゆ~っくり回してみて」

 

「こう?」

 

 両手で自然薯を持ったヴィヴィオは、体全体を動かしながら自然薯をゆっくり回していく。 勿論、すり鉢は桃子がしっかりと押さえている状態なので安心である。

 

「上手よ~ヴィヴィオちゃんっ! えらいえらい!」

 

「えへへ~。 パパー! ヴィヴィオほめられたー!」

 

 桃子に頭を撫でられ嬉しそうに報告するヴィヴィオ。 顔を後ろに向けてリビングにいるパパへと視線を移すと──

 

『あなたね、アヒル一匹面倒もみきれないの? それとも人のつけまつ毛で遊ぶように教育してるのかしら?』

 

『いや、えっと、ガーくんも悪気があったわけではなくてですね……』

 

『あら、いま現在も私の頭の上に陣取っているこのバカアヒルのどこが悪気がないといえるのかしら?』

 

『いや、ですからえっと……そう! リンディさんは綺麗なんだから飾らなくてもいいというガーくんからのメッセージなんですよ! な!? ガーくん!?』

 

『ふ~ん……ならアヒルに直接聞いてみましょうか。 バカアヒル、私に対しての発言を許可するわよ』

 

『ワーイ、カレイシュウ』

 

『リンディさん落ち着いてっ!? 家具が壊れる家具が壊れるっ!?』

 

『ここまで腹が立ったのはあなたに『リンディさんって頑張ってパイパンにするけどすぐ生えちゃうタイプですよね』って言われて以来よっ!!』

 

『ガーくん助けてっ!? 俺が壊れる俺が壊れるっ!?』

 

「ヴィヴィオちゃ~ん、パパはねーいまちょっとスプラッタなことになってるからちょっと待っててね~?」

 

「はーい! ねぇねぇももこさん、ぱいぱんって──」

 

「それはなのはママに聞くか、将来勉強するからそれまでとっておきましょうね~?」

 

「は~い!」

 

 元気よく手を上げるヴィヴィオ、その際とろろが桃子の顔に付着するが桃子は笑顔を絶やすことなく指ですくって舐めとる。

 

 ふと、一心不乱にとろろ作りを再開するヴィヴィオの姿に、小さいときの自分の娘の姿が重なった。

 

 自分と夫の間に生まれた初めての子。 自分の優しさと夫の強さを併せ持ったとても芯の強い女の子。 自慢の娘。

 

『ママ! なのはパパにクッキーつくる! じゃましちゃめっ!』

 

『はいはい、わかりましたよー』

 

 姉と一緒にパパのために一生懸命クッキーを作る後ろ姿を眺めたものだ。 兄はハラハラした様子でその様を眺めていて、夫は部屋中をうろうろしていた。 それでも娘はそんな周りには一瞥もせずにもくもくとクッキーを作っていた。

 

 その後に士郎さんは救急搬送されることになったんだけど……、なのははあの時のこと覚えてないわよね。 考えてみれば一くんが必死の形相を浮かべていたのってあの時だけよね。

 

「ももこさん、ヴィヴィオつかれた~……」

 

 ぐいぐいと服を引っ張られる感触と、ヴィヴィオちゃんの疲れた声が現実に引き戻される。 すり鉢のほうを見てみると、三口程度のとろろが作られていた。 それを

別皿に分けラップしておく。 これはパパとママ達にヴィヴィオちゃんからプレゼントしましょうね~。 そういうと、ヴィヴィオちゃんは大きく頷いた。 それも極上の笑顔付きで。

 

『なのはねっ! ママのためにいーっぱいがんばるっ!』

 

「……なのは成分が足りないみたいね。 早いとこ帰ってこないかしら……」

 

「なのはママおそいねー?」

 

「「ねー?」」

 

 二人口を揃えて首を傾ける。

 

 するとそこに死にそうな声で俊ちゃんが復活してきた。

 

「ヴィヴィオー……パパにはヴィヴィオだけがすべてだよー……」

 

 あらあらリンディさんにこっぴどくやられたみたいね。

 

 ヴィヴィオちゃんと離すまいと強く抱きしめる俊ちゃん。 ヴィヴィオちゃんは俊ちゃんの頭を撫で撫でして優しくする。 これじゃぁどっちが子どもなのかわからないわねぇ。

 

 タタタタッとガーくんがヴィヴィオちゃんに駆け寄ってくる。 俊ちゃんはガーくんも一緒に強く抱きしめるけど……、あんまり長いこと自分の世界に入られるととろろが作れなくなるから困っちゃうわ。

 

「ほら、いつまでめそめそしてるのよ。 早く準備するわよ準備」

 

「うぅ……さっきまで俺のキャンタマ握ってた痴女の癖に……」

 

「あのまま潰してもよかったのよ?」

 

「ごめんなさい、もうパイパンウーマンなんて言って遊びません」

 

 俊ちゃん、どうしてそんな子に育っちゃったのかしら。

 

           ☆

 

 俺がリンディさんからすこすこされてからアニメが一本視聴終了する時間が過ぎた頃、唐突にリンディさんが喋り出した。

 

「そういえばあなた達はヴィヴィオちゃんの学校どこにするか決めたのかしら?」

 

「…………あ」

 

 そういえばまったく決めてなかった。 なのはとフェイトとそんな話題一回も出した記憶がない。

 

「……いまから決めたほうがいいですよね」

 

「もう10月だし、決めておかないとねぇ」

 

「……ですよねー」

 

 どうしたものか、すっかり忘れていた。 俺としたことがヴィヴィオはずっと成長しないでずっと俺をパパと呼んでくれる可愛い5歳児だと思い込んでいた。

 

「……10年もしたらきっと俺のことなんかクズ呼ばわりして……彼氏なんか出来ちゃって……うわぁああああああああああああああああああッ!!」

 

「落ち着いて俊ちゃんっ!? まだそうと決まったわけじゃないわっ!」

 

「桃子さんは俺のヴィヴィオに彼氏一つできないくらい魅力がないっていうんですかっ!?」

 

「落ち着きなさいよあなたっ!? ヴィヴィオちゃんは可愛いから大丈夫よっ!」

 

「うわぁああああああああああああっ!? もういやだ! そんな世界いらない!」

 

 泣きながら崩れる俊に困った顔と呆れた顔をそれぞれ向ける保護者二人。 そんな俊にヴィヴィオは近づき、いいこいいこと背中をぽんぽんと叩いた。

 

「ヴィヴィオ、パパのことず~っとだいすきだよ! ヴィヴィオね、パパのおよめさんになるもんっ!」

 

 ぐっと両手を握りこぶしにするヴィヴィオ。

 

『パパのおよめさんになるもんっ!』

 

 その言葉が暗黒面に堕ちようとした俊の心を繋ぎとめた。

 

 折れそうなくらいにヴィヴィオを抱く俊。 ヴィヴィオは困った様子でパパと何度も呼ぶが、俊はそれを無視してずっと抱き続けた。

 

 どれほどの時間が経ったのだろう、俊は抱いていた手を離すとゆっくりと立ち上がり桃子とリンディをまっすぐ見つめた。

『ひょっとこー邪魔するぞー』

 

「リンディさん、桃子さん、俺──ヴィヴィオと結婚しますッ!」

 

「お前頭大丈夫か?」

 

 俊の後ろでヴィータが冷ややかな視線を浴びせていた。

 

               ☆

 

「俺としたことが冷静さを欠いてしまうとはな。 それもロヴィータやヴィヴィオといったロリっ娘に見せてしまうとは恥ずかしい。 カッコイイ年上男性のイメージを崩してしまうところだったぜ」

 

「安心しろ、そもそもお前はカッコイイとは縁遠い男だからな」

 

「え? ハンサム?」

 

「はいはいハンサムハンサム」

 

 俺に会いたいから仕事を抜け出してきたというロヴィータ。 やっぱ俺って罪な男だな……。

 

「ひょっとこ服を脱ぐな、だらしない体見せるな」

 

「えっ!? 俺の体だらしないですかっ!? 最近走り込みしかしてないからマズいですかね!?」

 

「まぁ細身ではあるけど、べつに問題ないと思うわよ。 キモいから服を着なさい」

 

 リンディさんからお墨付きをもらったので問題ない。 きっとロヴィータのベッドのお誘いだったのだと思う。 幼女の恥じらいを見抜けないとは紳士失格だな。

 

「おい人間失格、なのはから何も聞いてないのか? てっきり連絡してあるのかと思ったけど……」

 

「え? あー、携帯充電してたから気づかなかったのかも。 ちょいまって確認するから」

 

 部屋の隅に置いてある充電器に近づき携帯と充電器のイチャイチャした雰囲気を切り離す。 残念だったな充電器。 お前は大気中の微生物でも孕ましておくんだな。

 

「あ、なのはから着信あったね。 15件ほど。 はやてからも同じくらいの数できてる」

 

 迷った末にはやてに電話をかけることにした。 ロヴィータははやての家族、はやては親みたいなものだからな。 他の誰よりも心配してるだろうし。

 

 プ──

 

『やっと電話つながったみたいやなぁ俊』

 

「あー、ごめんよはやて。 ちょっと充電しててさ。 それで、ロヴィータのことだろ? たったいま家に到着したよ」

 

『ほんま!? よかったぁ~無事にそっちに着いたんやな。 これで一安心や』

 

「うん、それでロヴィータはどうしたの? 顔色もそこまで悪くないみたいだけどさ」

 

『んーそうなんやけどなぁ……。 最近ちょっと仕事のしすぎやとおもうんよ。 それでさっきわたしの膝の上で寛いでいたかとおもたらいきなり騒ぎ出して……。 シャ

マルは過労でストレスもあるんやろっていってたし……。 ヴィータは大切な家族やし、何かあってからじゃ遅いやろ?』

 

「なるほどねぇ……。 確かにロヴィータ俺から見ても働きっぱなしだったもんなぁ。 比較対象がアレだけど」

 

『うん。 なのはちゃんとフェイトちゃんが自分達の部屋を使っていいって言ってくれたからそっちの部屋で休ませてあげて。 ええか? なのはちゃんとフェイトちゃんの部屋やで? 俊の部屋は絶対にあかんで?』

 

「お、おう……」

 

 どんだけ信用されてないんだ俺。

 

 携帯を閉じポケットに突っ込んだ後、ヴィヴィオ達がいるキッチンへと向かう。

 

「ロヴィータ、ママンから電話があったよ。 俺はなのは達の部屋少し片付けてくるから待っててね」

 

「あ、ひょっとこ! いいってそこまでしなくて。 あたしは本当になんともないからさ」

 

「まぁまぁ遠慮するなって。 あれだろ? 俺の名前をつぶやきながら指でイジっちゃうんだろ? お豆ちゃんクリクリしちゃうんだろ? 大丈夫、俺とお前の仲なんだからさ」

 

「お前と会話してるとゲロ吐きそうになるわ」

 

 お下品な言葉づかいだこと。

 

 それに……、ロヴィータはそう言って気まずそうにそっぽを向いた。

 

「一人だとなんか面白くないし……」

 

 ……こういった女の子の仕草に弱いんだよなぁ。

 

 桃子さんとリンディさんに視線をやると二人とも、笑顔で快諾してくれた。

 

「んじゃ、ロヴィータには手伝ってもらいますか。 よーし、奴隷が一人増えたからラッキーだな!」

 

「らっきー!」

 

 隣にいたヴィヴィオとハイタッチ。 ヴィヴィオは分かっていないだろうけど、可愛いから大丈夫。

 

 ロヴィータの頭を撫でる俺だが、意外にもロヴィータは抵抗することなく為すがままにされていた。

 

 こうしているとロヴィータは本当に人形みたいで可愛いなぁ。 食べちゃいたいくらいだ。

 

 思考を読まれたのかロヴィータがいきなり振り向いてきた。ロリに似合わないような顔を浮かべながらこっちを睨みつけてくる。

 

「どうしたんだいダッチワイフ」

 

「触んなインキンタムシ」

 

 撫でていた手を払いのけるロヴィータ。

 

 ……訂正しよう。

 

 ロヴィータは喋っても可愛かった。

 

            ☆

 

 さてさて、ロヴィータを戦力に加え準備を再開するが、いまの俺達の話題はヴィヴィオの小学校一択となってしまった。

 

「ヴィヴィオが魔法に少しでも興味あるならSt.ヒルデ魔法学院がいいと思うんだけど……本人まったく興味ないしなぁ」

 

「あら、なのはやフェイトちゃんが魔導師なのにねぇ」

 

「なのはママもフェイトママもおうちであそんでるときのほうがかわいい! まほうはなんかいやー」

 

「ふむふむ。 ヴィヴィオちゃんの言うことはもっともね。 私もフェイトが危険な仕事に行くときはいまだに不安があるのよねー。 魔導師は常に危険と隣り合わせ、そう考えると別段魔導師を凄い目で見ようとは思わないし、逆にそんな姿が嫌になっちゃうこともあるわよね」

 

「ヒルデの制服ヴィヴィオに似合うと思うんだけどなー……」

 

「制服はお前が自作してヴィヴィオに着てもらえばいいだろ」

 

「……っ!? ロヴィータ貴様天才かっ!?」

 

「まぁな。 それよりヴィヴィオに希望はないのか?」

 

「きぼう? んーっとねぇ……」

 

 ロヴィータちゃんに尋ねられたヴィヴィオは、体をゆさゆさ揺らしながら考え込む。 といってもヴィヴィオは小学校なんか知らないから希望も何も出てこないだろう

なぁ。 ヴィヴィオに難しく考える必要はないよって言っておくか。

 

「ヴィヴィオ──」

 

「ヴィヴィオねー、パパやなのはママやフェイトママのしょうがっこうがいいなー。 ヴィヴィオはママたちやパパのところでおべんきょうして、ママたちとパパのこともーっとしりたい!」

 

「愛してる」

 

 ひしっと抱きしめたヴィヴィオの体。 うぎゅっと可愛らしい声を出すヴィヴィオの隣でガーくんも『ガークンモイッショニイクッ!』とジャンプしていた。 わかったわかった、手配しておくよ。 そう意味を込めながらガーくんの頭を撫でる。

 

「ヴィヴィオちゃん……やっぱりなのはの娘ね……。 こんなに可愛らしいなんて……もうすっかり対象になっちゃったわ……」

 

 桃子さん、ちょっと意味不明の供述をしながらもほろりと涙。

 

「ヴィヴィオちゃんなんていいこなの……。 私絶対に聖祥小学校の校長になってヴィヴィオちゃんが苦労しないように腕を振るうわ……」

 

 リンディさん、やめてください。 本当にやりかねないから怖い。

 

「いまのいままで妹なんていらないと思っていたけど、ヴィヴィオみたいな妹がちょっと欲しくなった……」

 

 ロヴィータ、姉妹丼の完成である。

 

 しかしまぁ……ヴィヴィオが俺達と同じ学校に通いたいとは驚いた。 でも……正直とても嬉しかった。 是非あそこでヴィヴィオには俺達以上に楽しい思い出を沢山作ってほしい。

 

「あ、それじゃいま聖祥小の制服着てみるか? なのはの制服がパパの部屋に置いてあるから」

 

「ほんとっ!? ヴィヴィオきてみたい!」

 

「ちょっとまてひょっとこ! どうしてお前がそんなものを持っているんだ!?」

 

「たまにベッドで臭いを嗅ぐからに決まってるだろ! とくに3年生のときの制服にはいまだにお世話になってるぞ!」

 

「まって俊ちゃん! それインフィールドフライよ! 俊ちゃんのママとしてもなのはのママとしても流石に見過ごせないわ!」

「くっ……!? この男と同じことをやっていたなんて……!? でもフェイト可愛いしちょっと気持ちがわかってしまうのが悔しいわ……!」

 

「おいやべえ人物が二人に増えたぞっ!?」

 

「大丈夫……心配すんな。 サイズが合ってないのは知ってるさ。 クリップでどうにかしてみるよ」

 

「誰もそこ心配してねえよっ!?」

 

「ロヴィータ……たった1人の娘がさ、俺達が通った学校の制服を着たいと願ってるんだぜ? それを叶えてあげるのがパパの役割だと俺は思うんだ。 そう思うだろお姉

ちゃん?」

 

「いやまぁそれはそうだろうけど……あたしはなのはの小学校の頃の制服の臭いをいまだに嗅いでるお前に問題があるって言ってんだよ。 あと勝手にあたしをお前ら変態家族にいれるな。 あたしははやての家族だ」

 

「人間が自慰をするのと一緒だよ」

 

「いやお前それで自慰してるんだろうが。 あっ!? こらまて逃げるな! お前なのはに殺されても助けてあげないからなっ!」

 

『ツンデレ最高フォオオオオオオオオオ!』

 

 ロヴィータの叫び声を無視して部屋に戻り、真空パックに保存しておいたなのはの制服を取り出す。 勿論そのとき空気中に溶け込んだなのはの臭いを肺に取り込むことも忘れない。

 足取り軽くヴィヴィオの元へと戻る俺。 ロヴィータは俺に軽蔑のレーザービームを当てるが今夜のおかずを提供していることに気づいていない。 桃子さんは笑顔のまま録音テープを握っている。 ……バラされたくないから奴隷になることに決めた。

 リンディさん

『フェイトの制服を捨てるか彼を殺すか。 選択肢は一つに一つね。 コロコロフィーバーよ』

 あれ? 選択してなくね?

 いやしかしそんなこといまはどうでもいいのだ。 いま大切なのはヴィヴィオにこのなのはの制服を着せること。 それが俺に課せられたミッションだ。

「ほらヴィヴィオ、これがなのはママの小学三年生のときの制服だぞー。 ちょっとまってな、ヴィヴィオの背に合わせるから。 はーい背筋伸ばして、決めポーズでもするか」

「ヽ(`・ω・´)ゝ」

「ごめんやっぱ普通に両手を左と右に広げて」

「こう?」

「うん、そうそう。 ふむふむ、オッケーオッケー」

 ヴィヴィオの背丈に合うように服をクリップで止めていく。 見映えは悪くなるが、穴はあけたくないしヴィヴィオが可愛いから問題ないだろう。 ヴィヴィオを待たせるわけにはいかないのでちゃっと終わらせる。

「はいヴィヴィオ。 一人で着替えれるか? パパが手伝おうか?」

「だいじょうぶ! ヴィヴィオできるもん!」

「そっか。 じゃぁがんばれー!」

 俺の声援を皮切りに、ロヴィータと桃子さんとリンディさんとガーくんもヴィヴィオに声援を送る。 ヴィヴィオは初めての制服に若干戸惑いながらもよたよたもたもたと着替えを無事に終え──

「俊ちゃんが心臓発作を起こしたわっ!?」

「ひょっとこっ!? おい大丈夫か返事しろ!?」

「いまがチャンスッ!」

「──はッ!? 危ねぇ……ヴィヴィオのあまりの可愛さに昇天するところだったぜ」

 危ない危ない、もっとヴィヴィオの制服姿を焼き付けておかないと死んでも死にきれん。 ところでなんでリンディさんは忍者スタイルで俺の咽喉元にナイフ置いてんの? まるで死神みたいなんすけど。

「パパー! ヴィヴィオどう? にあうー?」

 いやいやこれはこれはなんというかまぁ……天使が舞い降りてきたね。

 いやこれ凄いよ、入学初日からマドンナ認定だよ。 ヴィヴィオのクラスメートは学園天国だよ、隣の席を狙っちゃうよ。 隣の席に座るの俺だけどさ。

「……ヴィヴィオにあわないの……? あぅ……」

「い、いやいやそんなことないぞッ! ちょっと制服着たヴィヴィオが可愛すぎて言葉が出なかっただけだよ! ヴィヴィオ本当に可愛いぞ! やっぱヴィヴィオは学校なんかには行かせない、ずっとパパと一緒にいようそうしよう!」

「いいよー!」

 ヴィヴィオは嬉しそうに俺に抱きついてくる。 俺は優しくヴィヴィオを抱っこして頭を撫でる。 嬉しそうに少しくすぐったそうに俺に甘えてくるヴィヴィオをみていると、本当にヴィヴィオが俺達の俺の所に来てくれたよかったと思う。 三人ならこんな幸せ味わうのはもっともっと先だっただろうから。 それにヴィヴィオが来てくれてから、二人の帰りをまつのが苦じゃなくなった。 前は一人でつまらなかったけど……ヴィヴィオといると時間の経過が早く思えてくるよ。 子どもって不思議な存在だ。 まぁそもそも一人で留守番なんてほとんどしてないんですけどね。 いつもおっさんで遊んでたし。

 桃子さん達がもっとヴィヴィオの制服姿を見たいというのでヴィヴィオをおろすことにする。 ヴィヴィオはその場で見せびらかすようにくるくると回りながら皆に『かわいい? かわいい?』と聞いて回る。

 桃子さんは笑顔で答えながら頭をなでなで

 ロヴィータも優しい笑みで頭をなでなで

 ガーくん盛大に拍手を送りながらかわいいと連呼

 リンディさんの周りは赤色で埋め尽くされていたためヴィヴィオがひいた。

「ぱ、パパっ!? リンディメッシュさんからちがでてるよっ!?」

「ヴィヴィオが猫のものまねすればリンディメッシュさんの鼻血は止まるよ」

「ほんとっ!?」

 聞いてくるヴィヴィオにうんうんと頷き答える。

 頷きを見てヴィヴィオは意を決したような眼差しでマーライマンと化したリンディさんに向き直り──

「ヴィヴィオだにゃんっ♪」

 リンディさんと二人で萌え死んだ。

『お前はいったいなにがしたいんだよっ!?』

 薄れゆく意識の中でロヴィータの叫び声が頭の中に木霊し続けていた。

             ☆

 桃子さんとロヴィータのおかげでなんとか一命を取り留めた俺とリンディさん。 ヴィヴィオの制服姿は強烈だ。 気を抜けば一気に魂が持っていかれてしまうからな。 これはリンディさんも思っていることだったのが、アイコンタクトで『よくやったわ』と送ってきた。

「あーパパがリンディメッシュさんをず~っとみてる! パパだめー、ヴィヴィオのほうむいて?」

「枯れた女性よりみずみずしい幼女のほうがいいよ。 わかったからわかったから、膝の上に乗って動かないでくれ」

「どうして?」

「抱きしめたらヴィヴィオの背中しか見れないだろ?」

「お~! パパかっくいい! パパすきー!」

「だろ~。 俺もヴィヴィオのことだーいすき!」

「ヴィヴィオのほうがパパよりもも~っとだいすき!」

『……ロリコン』

 おい誰だいまボソっと呟いた奴。

「ヴィヴィオちゃーん、私にもぎゅっ~っとして頂戴?」

「いいよー! リンディメッシュさんにもぎゅ~ってする!」

 俺の膝の上から降りたヴィヴィオはリンディさんの膝に一目散に駆け出し飛びついた。 そこに桃子さんも参入しヴィヴィオは二人に交互に抱きつく。 ちょっとだけヴィヴィオが羨ましくなった。

 ヴィヴィオを見ていると膝に確かな重みを感じたので見下ろす。 ガーくんが綺麗にお座りをしていた。 その頭に優しく手を置く。

「ヴィヴィオカワイイネ」

「あぁ可愛いな」

「ガークンモショウガッコウイッテイイ?」

「勿論。 制服もちゃんと用意しとくさ。 一応、指定服だからな」

「ハーイ」

 アヒル用の制服を受け付けているか明日からさっそく電話してみるとするか。 無かったら自分で縫えばいいだけの話だし。

「学校ではヴィヴィオを頼むなガーくん」

「モチロン。 ヴィヴィオマモルノガガークンノヤクメ!」

 ばさりと大きく羽を広げるガーくん。 成程成程、ヴィヴィオの学校面での安全はクリアできたな。

 羽を広げるガーくんに危ないからと注意をし、羽をたたませる。 ガーくんはヴィヴィオの制服姿がよほど嬉しいのか頭を左右に振りながら歌を口ずさんでいた。

「ツヨクテヤサシイオヒメサマー、タヨレルオヒトダスゴイヒトー」

「はは、なんなんだその歌?」

「ガークンノママガウタッテタ! オヒメサマジャナイノネニ!」

「俺はガーくんのママも言語を喋れることに驚いたよ……」

 末恐ろしいなガーくん一族……。

 他愛もない話をガーくんとしながらチラリと時計に目を向ける。 あー……そろそろ帰ってくることかな?

 時刻は既に夕方5時となっていた。

「桃子さんリンディさんロヴィータタソ、そろそろ作業に戻ろう。 なのは達が帰ってくる。 公務員なのにあいつら定時より早く帰宅することあるし」

「六課はしょうがないわよ。 そういう目的で立ち上げられた部隊でもあるんだから。 んじゃ続きをやりましょうか」

「あ、その前にヴィヴィオ。 なのはママ達に写真送るから、ポーズ撮ってみようか」

「ヽ(`・ω・´)ゝ」

「えーっと……ヴィヴィオはそのポーズ好きなのか?」

「ゴメスちゃんがやってたの! ヴィヴィオはゴメスちゃんすきなんだー」

「ヴィヴィオがゴメスちゃん好きなのは知ってるけど、そんなポーズしてたっけ?」

「うん! きのうやってた!」

「パパがカミソリに絡まったジャングルと格闘してるときだったのか。 でもヴィヴィオ、ゴメスちゃんは魔法少女だけど魔法は嫌いなんじゃないのか?」

「ゴメスちゃんはいつもパンチだからだいじょうぶ!」

「確かにそうだったな。 名前負けはしてないけど、なんであのアニメって魔法少女にしたのかいまだに疑問なんだよなぁ」

 見た目的にはなのはをリスペクトしてるんだけどさ。 あくまで可能性の話だが。

「まぁいいか。 この際、色々なポーズを撮っておくか」

「わーい! ガーくんもこっちきて!」

 手招きでガーくんを呼ぶヴィヴィオ。 首を傾げつつヴィヴィオの元にくるガーくんを抱っこしたヴィヴィオは笑顔でこちらにピースする。 成程、流石女の子だ。 可愛い女の子には可愛い動物はつきものだもんな。

 スカートをちょっと摘まんだポーズや抱っこのポーズ、床に座らせて正座や体育座りにくるりと回ったポーズ。 ねこをイメージしたにゃんこスタイルに前傾姿勢、尻中心に攻めた写真とスカートたくし上げの写真はリンディさんとロヴィータの前蹴りとともに消えていった。 だが既にバックアップは取っておいたので問題ない。 流石に5歳をオカズには使わない、ヴィヴィオフォルダに入れておくだけだ。

「ねぇねぇかわいくとれてるっ!?」

「勿論! ほら、みてごらん」

「ガークンハ? ガークンハ?」

「ほらガーくん単体の写真もこんなにあるぞ。 でもやっぱヴィヴィオがガーくんを抱っこして撮った写真が一番いいな。 待ち受けにしておこう」

「あら、確かにこれは可愛いわね」

「うんうん、ヴィヴィオちゃんとってもかわいいわよ。 ガーくんも男前よ?」

「お前も撮ってやろうかひょっとこ?」

「いや、4pが始まるといけないから遠慮しとく。 それよりママ二人に送りたい。 送る画像は──」

 何にしようかスライドさせていたところで、桃子さんとリンディさんに頭を撫でられていたヴィヴィオが例のポーズ写真を指さした。 おいガーくん、なにちゃっかり桃子さんに抱かれてんだよ、しかもおっぱいが当たる位置じゃねえか。 俺に変われ!

「ひょっとこ、耳から緑色の液体が垂れてるぞ。 お前の故郷はナメック星か」

「神様、ダメ。 隣の部屋で孫悟空寝てる」

「止めろ。 模擬戦のときお前がマイク通して読み上げたせいで死ぬかと思ったわ」

「神様にも穴はあるんだよな……」

「お前は5円玉の穴で十分だろ」

「バカにしてんの? ねぇバカにしてんの?」

 ロヴィータちゃんのやり取りが長くなったせいかヴィヴィオが膝の上でばんばん足を叩いてくる。 ごめんごめん、俺が悪かったよ。

 気を静めてもらうために頭をなでなで。 機嫌を戻してくれたのかヴィヴィオはにっこりと微笑んでくれた。

「よーし、んじゃ二人に送るぞ。 ヴィヴィオ、なんかメッセージあるか? 打っていいぞ」

 ヴィヴィオに携帯の操作を任せる。 俺の右隣にはガーくんが、左隣にはロヴィータが、前にはリンディさんで後ろは桃子さん。 そして膝の上には全員が見守るヴィヴィオが。

 ヴィヴィオは慣れない操作に手間取りながらもなんとか打ち終えた。 ヴィヴィオがなのはとフェイトに宛てたメッセージだ。 修正もなにもせずにそのまま送った。

「さてと……まだ皆が来るまで時間はあるだろうから少しでも多く作って──」

『なのはまってッ!? 運動オンチのなのはが六課からここまで100m走 8秒前半のタイムで走る理由はなに!? 携帯のメールに何が書いてあったのッ!? さっきから私足が攣りそうなんだけど!?』

「予定変更! 玄関に行くぞヴィヴィオ!」

「おー!」

「ガークンモイクー!」

 




ということでヴィヴィオは聖祥に行きます


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A's10.お風呂なの

 わたしは駆ける

 

 鳥のように 風のように 背中に羽を広げて目的地に向かう。

 

『まってなのはっ!? 家ならまだしも公共の場で私用の魔法はまずいってばっ!?』

 

 先程、雑務を粛々とこなしていたわたしの元に一通の添付付きメールが届いた。 宛先人はわたしのこいび──ペット、家事をなんでもこなしてくれるペットである。 仕事中だというのにわたしに構ってもらえなくて寂しかったのかペットがメールを送ってきたのだ。 それ自体はまぁよくあることなので、ため息を吐きつつもメールを確認することに。

 

 そこには天使が変なキメポーズを決めていた。

 

 体中に電流が走るというのはこういうことをいうのだろう。 気が付くとわたしは駆けていた。 後ろから追っかけてくるフェイトちゃんもきっとメールを確認した後、あんな雑務なんかどうでもよくなってきたのだろう。 だってわたしがそうなんだから。

 

 高校のときクラス対抗リレーで、『なのはちゃんは出来るだけ短い距離になるように前と後ろに速い人を置いとくね』と言われたこのわたしが、光の速さで家へと帰る。

 

「ただいまッ! ヴィヴィオはッ!? わたしの可愛いヴィヴィオはどこッ!?」

 

「なのはママおかえり~! ほらこれ──」

 

「かわいいッ! ヴィヴィオほんと可愛すぎるッ!!」

 

「うぎゅぅ……なのはママ……くるし……」

 

 勢いを殺すことなく家の中へダイブしたわたし、玄関ではヴィヴィオがお出迎えしてくれていた。 わたしの姿を確認してニコニコ笑顔で話しかけてくるヴィヴィオ、しかしわたしはそれよりも速いタイミングでヴィヴィオをがっしりと抱きしめていた。 ヴィヴィオの鎖骨が折れてしまうのではないかと心配になるほどの力が抱きしめた。

 

 ヴィヴィオが何か言っているが気にしない。 そのままヴィヴィオのほっぺに自分のほっぺをスリスリしながらひたすら愛でる。

 

「あのー……なのはさん? 一応俺もお出迎えしてるんですけど……」

 

「ガークンモ……」

 

「いまヴィヴィオを堪能してるんだから二人は黙っててっ! あ~! ヴィヴィオ可愛いよー、これ聖祥の制服でしょ? それもわたしの制服だね、無くさないように目立たない所に名前書いてるもん、ほら。 あれ? 俊くん何処いくの? え? ご飯の準備してくるの? いってらっしゃーい。 あーでも可愛いよヴィヴィオ。 ヴィヴィオ可愛いよ。 この制服どうしたの? おかあさんがヴィヴィオのために持ってきてくれたの?」

 

「ううん。 パパがヴィヴィオにくれたの!」

 

「変態止まれッ! いやきょろきょろしながら探さなくていいからっ!? キミのことだよキミのこと!」

 

「はぁはぁ……やっとおいついた……。 ちょっとなのは……雑務終わってないのに仕事放棄しちゃダメだって……」

 

「あ、おかえりーフェイト。 早かったね、どうしたの足ガクガクして。 大人のオモチャが取れなくなっちゃったの?」

 

「俊……いまちょっとそんな冗談に付き合って……られないの……。 ごめん、お水をお願い……」

 

「フェイトーっ! 私の可愛いフェイトっ! おかえりなさい!」

 

「ちょっ!? お母さんちょっとまって押し倒さないで……っ!」

 

「ちょっと俊くん、なんで俊くんがわたしの小学生のときの制服もってるのか教えてくれる?」

 

「つい股間がギンッとなって保存した。 いまでも残り香を堪能している」

 

「そんなに小学生のときのわたしがいいのっ!? いまの19歳のわたしの香りじゃ満足できないのっ!」

 

「ツッコミガオカシイ」

 

「どういう意味なのか説明してよっ! もう俊くんがわたしの制服盗んだのには驚かないよ、キモくて家から追い出したくて軽蔑するけど、ブルマのラインを超えてないからまだ絶交はしないで許してあげる」

 

「よかった……スク水はセーフってことか……!」

 

「いや余裕でアウトだよっ!?」

 

「みてみてフェイトママー! ヴィヴィオかわいい?」

 

「ヴィヴィオ絶対に離さないッ! もう絶対に離さないよッ!」

 

「むぎゅっ!? フェイトママくるし──」

 

「フェイトッ!? ヴィヴィオガタイヘンナコトニナッテルッ!?」

 

 なのはが顔を真っ赤にしながら俊に抗議でぽかぽかと力なく殴り、死にそうな様子で帰ってきたフェイトはヴィヴィオをぎゅっ~っと抱きしめる。 リンディはフェイトに抱きついたまま幸せそうな顔を浮かべ、ガーくんはヴィヴィオの様子におろおろと動き回る。

 

 玄関で男女鳥類合計で6人がぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる中、一人の女性の手を叩く音でこの場が完全に静止した。

 

「あらあら、いい年した大人が玄関でそんなに騒いじゃダメよー。 はーいヴィヴィオちゃんおいでー。 ガーくんも。 なのはははやてちゃんに電話ね、心配したはやてちゃんが連絡してきたわよ。 フェイトちゃんはリンディさんのためにちょっとだけそこで寛いでおいてもらえるかしら? お水は私が持ってくるわね。 俊ちゃんは集合」

 

「お、おかあさんっ!? どうして此処にいるのっ!?」

 

「あれ? なのはが呼んだんじゃ──」

 

 

「はーい、なのはもお口はチャック、手はお膝。 はいいい娘ねー。 でもチャックははやてちゃんに連絡してからにしましょうね」

 

「素直に正座してお口チャックの仕草までするなのは可愛いなぁー、萌え萌えきゅんきゅんしちゃう」

 

「俊ちゃんはちょっとこっちにいらっしゃい」

「……はい」

 

 2階へといざなわれる俊。 ごめんなさいという言葉と嗚咽だけが木霊する。

 

『…………ッ!?』

 

 ヴィヴィオを除く全員が泣き目になっていたのは言うまでもない。

 

『なのはちゃん? 一体どうしたん?』

 

「おかあさんがわたし並みに魔法を使いこなしていたら世界が滅んでたかもしれないよはやてちゃん……」

 

『何があったんっ!? どんな残虐な行為が行われてるんっ!?』

 

 電話口からやての焦りを伴った声が聞こえてくる。

 

「でも心配しないで、きっと死なないから。 あ、ちょっとまって。 いまフェイトちゃんにお水渡してくる」

 

 正座から足を崩し、キッチンへと向かうなのは。 その後ろにヴィヴィオがくっ付いてくる。 なのははコップの8割を水で満たしつつ、ヴィヴィオにフェイトへ渡すようにお願いした。 ヴィヴィオはこくんと大きく頷くとフェイトに水を渡しに走る。

 

 なのはもフェイトの元へと歩を進めながら、はやてと会話する。

 

『あー……ヴィヴィオちゃんの制服姿なぁ。 それならなのはちゃんが飛び出した理由もわからないでもないかも』

 

「でしょでしょ?」

 

『う~ん……まぁしゃあない。 今回の件は見逃したる。 でも雑務は持ってくるからキッチリ終わらせるんやで?』

 

「うへぇ……。 わかりました……」

 

『ほな、こっちもそろそろ終わりそうやから、もう少ししたらそっちに行くで』

 

「はーい。 まってるねー」

 

 通話終了ボタンを押し、携帯をポケットにしまいこむ。 いまだ2階からは俊のごめんなさいと嗚咽が聞こえてくるが完全スルーすることにした。

「フェイトちゃん、夕食前にお風呂入らない? 洗いっこしようよ」

 

 水を飲みほしたコップを横にどけ、制服姿で浮かれてるヴィヴィオに笑顔を向けていたフェイトに、なのははそう提案した。 ちなみにフェイトの後ろにはリンディが背後霊のように存在していた。 その頭の上にはガーくんが乗っていた。

 

 フェイトはなのはの提案に、いいよと笑顔で答えた。 浮かれていたヴィヴィオも一緒に入りたいと言いだし、二人はそれを笑顔で快諾。

 

「あっ! でもヴィヴィオはせいふくぬがないといけないのかぁー……」

 

「んー? また着替えればいいんじゃないかな? 寝るときにパジャマに着替えるんなら問題ないよ? でも、ご飯のときはエプロンつけなきゃダメだよ?」

 

「おぉ~! なのはママあたまいい!」

 

「ふっふっふー、だってママはヴィヴィオのママだからねっ!」

 

 ドヤ顔するなのはにヴィヴィオはてばなしで拍手を送る。

 

 ひとしきり拍手した後、なのはとフェイトとヴィヴィオはそれぞれの着替えと遊び道具を持ってくることに。 その際になのははリビングで一人アニメを観ていた人物に声をかけた。

 

「ヴィータちゃんも一緒にはいる?」

 

「くそっ……! なのはに声をかけられた、これであたしのゆったりとした時間も終わりを迎えてしまったッ……!」

 

「いやそれどういう意味っ!?」

 

 どうやらヴィータは極力関わらないように努めていたようだ。

 

 

 

       ☆

 

 かぽーん、風呂場の中でそんな音が聞こえてくる。

 

 現在風呂場にいる者は、なのはとフェイトとヴィヴィオとガーくん、そしてヴィヴィオに無理矢理入らされたヴィータであった。 リンディも入りたいと駄々をこねた

ようだが、フェイトに断られてしまった。

 

 そんなフェイトはというとヴィヴィオを膝に抱っこして湯船の中で温まっていた。 なのははヴィータの髪を洗っている最中、ガーくんは浴槽でぱしゃぱしゃと泳いでいた。

 

「フェイトママのおっぱいはおおきいねー。 ぽにょんぽにょんしてる」

 

「えーほんと? ありがとー」

 

 抱っこされたヴィヴィオはフェイトの大きな胸を触りながら揉みながら、感心したような声を上げる。 フェイトは娘に触られるのに抵抗がないようで、ヴィヴィオの気の済むようにさせていた。

 

「どうしたらフェイトママみたいにおっぱいがおおきくなるのかなぁ?」

 

「んー、そのうち大きくなるよ、大人になったらね。 ヴィヴィオはまだ子どもだからね」

 

「そっかぁー。 あしたにはヴィヴィオはおとなになってるかな?」

 

「それはちょっと無理かなー。 でもどうしてそんなに早く大人になりたいの? 子どもっていいよ?」

 

「そうだよーヴィヴィオ。 なんでも子ども料金だし、ちょっと泣けば許してもらえるし、小さい女の子ってそれだけで得だよー。 ね、ヴィータちゃん?」

 

「なんであたしに振るんだよ」

 

「だってほらヴィータちゃんはエターナルロリ娘だし。 あ、お湯流すから目をつぶってー」

 

「読みたい本が高い場所にあるときはロリを呪いたくなるけどな。 それになのはだって精神年齢はロリ一直線だろ」

 

 シャワーのノズルを引っ張り、まずなのはがちゃんとお湯が出てるかを手に当てながら確かめる。 お湯が出てるのを確認すると、ヴィータの頭の泡を流しながらもう片方の手で髪を梳いていく。

 

 視線だけヴィヴィオに向けたなのはが質問する。

 

「でもなんでいきなりヴィヴィオはそんなこと言いだすの? 子ども嫌になっちゃった?」

 

「ううん。 パパのもってるえほんにおっぱいのおおきいおねえさんがのってたの!」

 

「「ほう……」」

 

 二人の瞳から光が消える。

 

 いままで泳いでいたガーくんが音もなく水中に沈む。

 

「ねぇヴィヴィオ? パパは持ってたその絵本について詳しく教えてくれるかな?」

 

「ふぇ? いいよー! でもなのはママちょっとこわい……」

 

「ううん、大丈夫そんなことないよ。 ね? フェイトちゃん?」

 

「そうそうそんなことないよ」

 

 安心させるようにフェイトがヴィヴィオの頭を撫でる。 ヴィヴィオは笑顔でそれを受け取る。

 

「えっとねー、パパはねえほんをほんがたくさんあるばしょのおくにおいてたよ。 それでねー、こうね? かみをふたつにしてるえほんがたくさんあった!」

 

「成程成程、ツインテールの絵本が沢山あったんだね」

 

「うわぁー……マジかよあいつ。 19歳でツインテールしてる魔法少女が家にいるっていうチャレンジーだな。 引くわぁー……」

 

「それでね? はやておねえちゃんぐらいのかみのひともいたよ!」

 

「「ほうほう……」」

 

「それでね? みんなはだかになってた! でもね、ヴィヴィオがえほんよんでたらパパがきてダメー! ってされちゃった……。 でもパパもてにおなじようなえほんもってた。 それでねそれでね? パパがヴィヴィオがおとなになったらあのえほんみせてくれるっていったのっ!」

 

 だからはやくおとなになりたいんだぁー、ヴィヴィオはその言葉で締めくくった。

 

 ヴィータは一人、二人の覇気によって気絶したガーくんを引き上げた。 そして今度はヴィヴィオを手招きで呼び、風呂椅子に座らせると体を洗い始めた。 それにならってヴィヴィオはガーくんの体を洗いはじめる。

 

「あわあわあわ~、あわわわわ~」

 

「ご機嫌だなヴィヴィオ」

 

「うん! ヴィータちゃんとあわあわごっこできるからね! でもなのはママとフェイトママとも──」

 

「あー、そっちは見るな、いま見たらヴィヴィオは一生二人に抱きつくことが出来なくなるからな」

 

「お?」

 

 首を傾げるヴィヴィオ、しかしヴィータに見たらダメだと言われたので素直にその言葉を聞きいれたようだ。 既にガーくんの体を洗うことに専念している。 気絶しているガーくんに対して起きるように体を揺らしながら声をかけている。

 

 そんなヴィヴィオの頭を一撫でしてヴィータはちらりと湯船の方に目を向ける。

 

「ねぇフェイトちゃん……爪を一枚一枚剥がしていくのはどうかな……?」

 

「それいいと思う。 それとニッパーで舌を5mmずつ引っ張っていくのもアリだね……」

 

「(あ、今日がひょっとこの命日か)」

 

 一瞬で悟ったヴィータ。 なんせ二人の後ろでは互いの死神がガッチリと握手を交わしていたのだから。

 

 なおもパパをどう調理するかが話し合う二人。 もうすでにその会話は娘に聞かせていい内容とは到底呼べなかった。

 

 ヴィータはヴィヴィオの体の泡を流しながらため息まじりに二人に話しかける。

 

「お前たちがもっとかまってあげないからエロ本なんかに走るんだよ」

 

「なっ!? そ、そんなことないよ! かまってあげてるもんっ!」

 

「んじゃ二人の魅力がエロ本に負けたんじゃねえの? 可哀想に……」

 

「そ、そんなことないよ! 少なくとも私は魅力たっぷりだと思う! なのはよりスタイルいいし!」

 

「ひ、ひどいよフェイトちゃんっ!? わたしよりおっぱいが大きいだけじゃん! それ以外なら負けてないもん!」

 

「いいや! 絶対に迫ったら私にメロメロになるよ! だって俊は私を押し倒したもん! 私がじゃないよ、俊が私を押し倒したの!」

 

「わ、わたしだって何回も押し倒されたよ! それはもう獣のようにっ!」

 

「嘘でしょ?」

 

「ごめんなさい」

 

 素直に頭を下げるなのは。

 

 そんななのはにフェイトは頭を撫でることで答えた。

 

「ま、あいつは童貞だからもう少しわかりやすくアタックとかすればいいんじゃねぇの?」

 

「わかりやすくってどれくらい?」

 

「はやてぐらい」

 

「あんなことしたら心臓バクバクしちゃうから無理だよ、わたし」

 

「小学生かお前は」

 

 言動だけは負けず劣らずなのになぁ。 声にこそ出さないがなのはに対してそう評価するヴィータ。

 

「はやてみたいかぁ……。 ちょっと頑張ってみようかな」

 

「えぇっ!? フェイトちゃんあんなことできるの!? あんなこう……えっちなこと!」

 

「ま、まぁ私達も大人だしね」

 

「さ、流石大人だねぇ~フェイトちゃん」

 

「なのははそういうのはないの?」

 

「い、いや考えたことはあるよ? シミュレーションもやったし、アプローチも散々してきたもん。 でも、でもだよ? いざ本当に俊くんとそういうことをするとなると……」

 

 途端にもじもじしだすとなのは。 一人が顔を覆ったり、へにゃった顔になったりと大忙し。

 

「あー……ある意味では健全な付き合いになりそうではあるな」

 

「私が男だったら絶対になのはと結婚してると思う。 可愛すぎて死にそう」

 

 真剣な表情と声でヴィータに声をかけるフェイト。

 

 

 わからんでもない。 そう口にしたヴィータはヴィヴィオの手を握った浴室を後にしようとする。

 

「おたくらは……聞くまでもないか」

 

 なのはをしっかりと抱きしめたフェイトを見てヴィータはそう呟いた。

 

「あれー? なのはママとフェイトママはー?」

 

「ママ二人はもうちょっと入っているそうだ」

 

「じゃぁヴィヴィオもはいるー!」

 

「ダメだ。 さっきからシャワーで遊んでばっかりだっただろ。 ほら、体拭くから大人しくしてろ」

 

 ぶーぶーと抗議するヴィヴィオ、しかしヴィータが体を拭きはじめてからは大人しくするヴィヴィオであった。

 

『フェイトちゃん、おっぱい触らせてー? なにかが掴めるかもしれない』

 

『胸のふくらみしか掴めないと思うけどいいよ。 その代わり──』

 

『きゃっ!? もう、もうそんなとこダメだって……! んっ……!? ら、らめらめ……』

 

「ガーくんは真っ先にこちらに走ってきてる童貞を止めといてくれ。 もうすぐヴィヴィオの着替えも終わるから」

 

「ハーイ」

 

『くっ!? おのれガーくんそこをどけ! 理想郷がもうすぐなんだッ!』

 

『カナシムミライシカソンザイシテイナイ。 ゲンジツヲタタキツラレルダケダ』

 

『それでも……! 拝みたい世界があるんだッー!』

 

『セントクリョクガハネアガッテイルダトッ……!?』

 

「相変わらずこの家族は毎日楽しそうだな」

 

「たのしいよぉー! ヴィヴィオすきー!」

 

 自分の目の前で嬉しそうにはしゃぐヴィヴィオを見て、ヴィータも呆れながらも笑顔を見せた。

 

「ひょっとこさんッ! なのはさんの下着をくれるということで加勢しに来ました!」

 

「よし嬢ちゃん、特攻野郎Hチームの力を見せるぞ!」

 

「ひょっとこさんと同等とか死んだほうがマシなので抜けていいですか?」

 

「5秒でチーム解散か! それもまたいいだろう!」

 

「あいつら協調性ってもんを知らんのか」

 

「こまったちゃんだねー」

 

 そんな言葉どこで覚えたんだー? ゴメスちゃんがいってた! そんな会話を二人でしながら後を去ったヴィータとヴィヴィオであった。

 

                ☆

 

 ヴィータとヴィヴィオがリビングに戻ると既に六課メンバーとスカリエッティ家族が集まっていた。 全員でトランプをやっていたようだ。

 

「ハートを止めてるのは誰なんでしょうか?」

 

「何故一斉に私のほうをみるのだ。 私はハートの8など──」

 

『ドクターお願い、だ し て ?』

 

「喜んでッ! むひょおおおおおおおおおおおッ! もっと、もっといまの言葉を!」

 

 妹たちの甘えた声に興奮するスカリエッティにため息を吐くウーノ。

 

 ヴィヴィオはヴィータの手を離しスカリエッティの元に一直線に飛び込んだ。

 

「わーい! スカさんだー!」

 

「おぉヴィヴィオ君っ! 久しぶりだね会いたかったよ! 管理局の開発部というのは全く面白くもなんともなくてね。 この間だってビームサーベルを作ったから局員に配らせるように提案したら却下されたよ。 どう思うヴィヴィオ君? とりあえず試作品をひょっとこ君には渡したんだけど──」

 

「おい一番渡しちゃダメな奴に渡すなよっ!?」

 

「でもひょっとこ君からは、『おっさんに白刃取りされた。 スカさんもっとすごいの作って』とお願いされてね。 いま頑張ってる最中なのさ」

 

「スカさんたいへんだねぇ~」

 

 よく分かっていないヴィヴィオの感想。 だがスカリエッティはそれで満足したのか優しく頭を撫でるだけに止めた。

 

「ヴィータ、先程から気になっているのだが……なぜヴィヴィオは聖祥の制服を着ている? ひょっとこのコスプレ魂がまた発動したのか?」

 

「あぁいや、そうじゃなくてヴィヴィオが聖祥に通うからそれの試着」

 

「ほぉ……。 ヴィヴィオがあの魔窟に通うとはな……」

 

「私てっきりヴィヴィオちゃんはSt.ヒルデ魔法学院とかその辺に通うと思っていましたが……成程あの魔窟に通うんですか」

 

「仮にも自分たちの主の母校を魔窟呼ばわりするのはやめろよ二人とも」

 

 魔窟であることには変わりないがな。 ひょっとこが連れてきた狐まだ生きてるかな?

 

「ヴィヴィオ、もっとよく見せてー!」

 

「いいよー! ほら! くるくる~くるくる~」

 

 スカリエッティの娘たちにお願いされたヴィヴィオは、スカリエッティから離れ皆の中心でくるくると回って見せた。 全員が一様に優しい笑みを浮かべるそんな光景が広がる。

 

『もー、フェイトちゃん激しすぎるってばー』

 

『でもなのはも可愛かったよ?』

 

『もう上がったの!? なんで上がっちゃうのッ!? もっと入浴しといてよ!?』

 

『なのはさんの裸体! なのはさん抱きしめてッ!!』

 

『ぎゃぁああああああッ!? 変態が編隊を組んで襲ってきたッ!?』

 

『この動き……ランページ・ゴーストッ!?』

 

 一部見せられない光景も広がっていた。

 

 




キョウスケがエクセレン助けるところ大好きです。

なのはのヴィヴィオへの愛が止まらない


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A's11.ショックだったリンディさんと秘密のレイハさん

「なのはママー、カルピスつくって!」

 

「いいよー、ちょっとまっててねー」

 

 風呂上りのなのはとヴィヴィオがカルピスを作るためにキッチンへと向かっていく。 俺もそろそろ夕食の準備をしようかな。 とろろも大体スリ終わったし、ヅケもいい感じに染みてる。 鶏肉も甘辛に炒めてある。 その他にも大根ときゅうりと梅のとろろ和えや自然薯をスリスリすることなくそのまま焼いた自然薯焼きも用意してある。

 

「はいはいみんなトランプ片付けろー。 あ、ヴィータちゃんとシャマル先生は追加のテーブルもってきて」

 

「ひょっとこ、お前の犬小屋直しておこうか?」

 

「食い終わったら頼む」

 

「了解した」

 

 シグシグの何気ない優しさについお願いしたけど、別に俺は犬小屋で生活してるわけじゃないんだけど。 なんでこいつは俺がいまだに犬小屋で生活してると思ってんだよ。 少しの間だけだよ犬小屋生活してたの。

 

「さて今日の夕食だが、なんと──とろろご飯一択だッ!」

 

『えぇ~っ!?』

 

「の予定だったが可愛い可愛いヴィヴィオが、とろろご飯だけじゃ無理ということがわかったので──」

 

『童貞のくせに生意気だっ!』

 

『短小包茎っ!』

 

「お前ら二人はとろろご飯な」

 

『ひょっとこさん素敵! イケメン抱いて!』

 

「お前らは汁の代わりに溶解液が出てきそうだから止めとく。 とまぁ、二人以外はとろろを使った料理に変更ということで」

 

「ひょっとこ君、君は知ってるかね? とろろを食べていたと思ったら痰(たん)を食べていたという昔話があってだね──」

 

『動くなッ!』

 

 流石にこの人数差では離脱することが出来なかった。 しかしいいことを聞いた。 今度なのはとフェイトで試してみよう。 いや、むしろなのはとフェイトの痰を俺が食べるという行為のほうが興奮。

 

「俊、それを実行したらどうなるかわかってるよね?」

 

 嫌だなそんなフェイトさん。 そんなにマジな目で威嚇するの止めてくださいってば。 ほらちょっとした冗談ですから。

 

「じゃぁ物々交換にしよう。 フェイトの痰と3万円でどうだろう?」

 

 無言で腹パンされた。

 

 もうこれ以上この話題には触れないでおこう。

 

          ☆

 

「ひょっとこ、下に敷くものはレシートがいいか? それともビニール袋がいいか?」

 

「もっとマシな敷物の2択にしてくれ」

 

「ではローションにしよう。 案ずるな、フローラルな香りを選んでやろう」

 

「お前ただ嫌がらせしたいだけだろ!?」

 

 なんなんだいったい。 生理か? 生理なのか?

 

 生理といえば高校時代は、美少女5人組に『生理中はお願い、うるさいから喋らないで』って言われてたな。 ずっと喋れない時期もあったっけ。

 

「あれ? そういえばシャマル先生、ヴォルケンって生理とかあるんですか?」

 

「妊娠もできますよ」

 

「えっ!? それほんとですかっ!?」

 

「嘘です」

 

「よかった、ザッフィーのボテ腹の絵図をみなくて本当によかった」

 

「ちょっとまってください。 なんでそこで私達より先にその名前が出てくるんですか」

 

「そういえばザッフィーって犬の姿でするんですかね?」

 

「さ、さぁ……。 本人に聞いてみたらどうでしょうか?」

 

「それもそうですね。 おーいザッフィー──」

 

 ザッフィーの姿を探し視線をあっちこっちに移動させる。 あ、いたいた。 犬の姿をしたザッフィー、そしてその正面にヴィヴィオもいた。 んー? なにしてるんだろ?

 

 気になって二人に近づく。

 

「ザッフィーにはねー、このほねっこあげるー」

 

「うっ……」

 

「ちがうでしょー。 わんわんだよー?」

 

「わ、わんわん……」

 

 ……ごめんねザッフィー。 ヴィヴィオに合わせてくれてありがとう。 俺も後でビーフジャーキーあげるよ。

 

 一生懸命ザッフィーにほねっこをあげてるヴィヴィオ。 虚ろな目でほねっこを咥えるザッフィー。

 

 いつもヴィヴィオのそばにいるガーくんの姿が見当たらないので探してみると、スカさん一家に捕まっていた。

 

「へー、ほんとにアヒルだねー」

 

「喋るアヒル……。 ふふっ、また新たな開拓の始まりね……」

 

「ふむ……どうにかしてこの生態について調べ上げたいところだ」

 

「ワーハナセー! ガークンハヴィヴィオノトナリニイクノー!」

 

「ほら皆、ガーくんを離しなさい。 ドクターも離してください。 ごめんなさいね、ガーくん」

 

「ウーノハヤサシイネ! ウーノスキ! デモヴィヴィオガイチバンスキッ!」

 

「本当にヴィヴィオちゃんのことが好きなんですね」

 

「ズーットイッショダッタカラネ!」

 

 ウーノさんに頭をよしよしされて目を細めるガーくん。 いいなぁガーくん。 俺もアヒルになったらあんな美人に優しく頭を撫でてもらえるんだろうか。

 

「シャマル先生、アヒルになる魔法ってないですか?」

 

「うーん……そういう魔法はちょっと……。 自分で見た目を変える魔法ってのは存在するんですけどねえ……」

 

「へー、それちょっと教えてくださいよ」

 

「ひょっとこさんは魔法の才能ないですし魔力もレシートの切れ端並ですから意味ないと思いますよ?」

 

 流石にちょっとだけ魔導師に嫉妬した。 魔導師っていいよな、やっぱり。 なんというか格差を感じるわ。

 

 そんな俺の心を察してくれたのか、シャマル先生は俺の両手を自身の両手で包み込み、

 

「でも、私は魔導師でもなんでもないひょっとこさんのほうが好きですよ?」

 

 ふんわりと笑うシャマル先生。

 

「それに、ひょっとこさんが魔導師になっちゃったら誰がなのはちゃんやフェイトちゃん、そしてヴィヴィオちゃんを優しく迎えるんですか? ご飯を作ったり洗濯したり愚痴を聞いたり。 それにいいんですかー? ヴィヴィオちゃんと遊ぶ時間も減るし、ヴィヴィオちゃんひょっとこさんに懐かなかったかもしれないですよー?」

 

「そ、それはダメですよっ! 大問題です! 大事件です!」

 

「ですよね? だからそんなに怖い顔しちゃメっですよ」

 

 両手から顔へと移行したシャマル先生の両手は、俺の顔をゆっくりと優しく撫でてくれた。 ……俺が二人に恋をしてなかったら確実に持っていかれてた。 そう思えるほど、いまのシャマル先生の笑顔は反則で、両手は優しく温かった。 俺は幸せ者なんだと改めて確認させられた瞬間だった。 だから今度は俺から手を握った。 なんとなく、この温もりをもうちょっと感じたかったのかしれない。 シャマル先生ってフェイトみたいに母性の塊って感じだし。

 

『じっ~』

 

 背後から視線を感じ、いますぐ言い訳をしたい衝動に駆られる。

 

「シャマル先生……」

 

「はい?」

 

「俺の後ろに誰かいます……?」

 

「みんなにカルピスを配りながらも目線を私達に固定させているなのはちゃんがいますね」

 

「……どうすればいいんでしょうか?」

 

「それは……手を離してなのはちゃんに謝るとかでしょうか?」

 

 ですよねー。 それしかありませよね。 でも──

 

「いまこの一瞬はシャマル先生の温もりだけを感じたいときはどうすればいいですか?」

 

 本当にこれは困った。 別にシャマル先生に対してフラグとか攻略とかそういった類のものを抜きにして、いまはこうやってシャマル先生の手を握っておきたい。

 

 ……姉ってこんな感じなのかな?

 

 でもそういった意味では意外とリンディさんも姉っていうか……まぁ年がめっちゃ離れてるけど。

 

 思わずシャマル先生に助けを求めた俺だったが、シャマル先生は苦笑しながら言ってきた。

 

「ひょっとこさんは知人男性の中では無職で性格・行動に難がありってことを除いたら頭一つ分以上抜き出てますし──」

 

 逆に収入と性格と行動を除いたら後何が残っているのか聞きたい。

 

「私もひょっとこさんのことは好きですが、流石に恋人関係にはなりたくないといいますか……そもそも私達は人間とは異なりますのでちょっとそういう関係は遠慮しておきます。 あと純粋に怖いので、はやてちゃんとかなのはちゃんフェイトちゃんとか」

 

 少しだけ赤くなった顔でそう言ってくるシャマル先生。 あれ? いま俺あっさり振られなかった?

 

「シャマル先生、俺いま──」

 

「はーいシャマルさんカルピスもってきましたよっ!」

 

 なのはの声と共にシャマル先生と繋いでいた手が解ける。 なのはが丁度引き千切る形で俺の正面に、シャマル先生の正面に立ったのだ。

 

 そこまでしてカルピスを届けるというなのはのプロ意識に尊敬した。 きっと俺の分であろうカルピスはおぼんの中で盛大に零れているけど。

 

 なのはの出現と同時にシャマル先生は、「あ、もう行きますね!」とそそくさと去ってしまった。 あぁ……あと数秒でいいから感じていたかった。

 

 なんてことを考えているとなのはが振り向く。 俺の両手を自分の両手で包み込み、じっとこちらを見つめてきた。

 

「俊くん、これがわたしの温もりだよ」

 

「う、うん。 えっと……なのは?」

 

 俺の返事に頷き、今度はぎゅっと抱きついてきた。 なのはは今度は何も言ってくれなかった。 ただただじっと抱きついてくれるだけだった。

 

 なのはの吐息が聞こえてくる。 自分の心臓がなのはに聞こえないか心配になってきた。 それくらい心臓の鼓動は早く大きく脈を打っている。

 

 自分の足は本当に地に着き2本の足でしっかりと立っているのかの感覚さえあやふやになってきた頃、なのはの体がすっと離れていった。 先ほどまで顔すら見れなかったので、改めてみようとなのはに視線を向け──ようとした瞬間、ばっと何かが正面に覆いかぶさり眼前の光景を見えなくしてしまった。

 

「な、なのは?」

 

「い、いまはダメ……。 あぅ……今頃になってこんな大勢の前でしちゃったことが恥ずかしくなってきたよ……」

 

「なの──」

 

「い、いまはダメっ! ほんとうにダメっ! しゅ、俊くん! これからは二人っきりのときにしようこういうのは! ねっ!? ねっ!?」

 

「ち、違うってそうじゃなくて──」

 

 せめてカルピスいりのおぼんは下に置いてからしてほしかったんだ……。 なんか白いものが股間にほどよくかかったし。 股間のミルクかけが完成しちゃってるし。

 

『おえッ──』

 

『大変だシャマル君っ!? うちの娘たちが口から砂糖をっ!?』

 

『えー、いまのでなのはを抱きしめることが出来なかったひょっとこは童貞の鏡であると同時にへたれポンコツということが証明されてしまい──スバルとティアは涙

目になりながら丸めたティッシュを投げるな。 悔しいのはわかるけど』

 

 丸めたテッシュと、スカさんの娘たちの砂糖を吐く音を聞きながらなのはに視線を向ける。顔を真っ赤にしながらもヴィヴィオを抱いて満足そうな笑顔を見せこちらに手を振ってくれるなのは。 それに俺も笑って振り返す。

 

 今度はへたれポンコツと呼ばれないように、なのはに抱きしめ返そうと決意した。

 

 勿論、二人っきりのときに。

 

              ☆

 

「へー、これが噂のレイジングハートかー」

 

 スカさんの娘さんの一人がなのはのレイハさんをしげしげと観察しながらそう呟く。 確かこの子はなのはの無差別笑顔攻撃で撃沈した子だと記憶している。

 

「でもレイジングハートって完全にアナルビーズだよな。 案外どっかの変態がアナルビーズの一つをもぎ取って出来たのがレイジングハートかもしれないぞ」

 

「どんな仮説っ!? 違うよ全然違うよ! わたしのレイジングハートはそんなんじゃないもん!」

 

 『もーあっちいって! うー! バカバカ!』とハリセンで執拗に頭を叩かれながら強制退去を余儀なくされた。 いやでも完全にアナルビーズだよな。 一回なのはにアナルビーズ見せたとき、自分で首にかけてるレイハさんの形状確かめてたし。

 

「つまりレイジングハートはまだ6つほど残っておりその全て集まった時に真の姿を見せるということか」

 

「見せてどうするん……あほ」

 

 強制退去させられたのでキッチンに戻りながらレイハさんのことについて考えていると、目の前にエプロン姿のはやてがバカを見る目でこちらを見つめていた。

 

 自分の家から持ってきていたのだろうか、純白にふりふりのエプロンはウエディングドレスを彷彿とさせた。

 

「デバイスには無限の可能性が秘められているからな。 ほら夜天の書だってまだまだ隠された機能とかあるんだろ?」

 

「俊が落書きしようとしたら赤い文字で『やめてください』って浮かび上がってきたんやから、なんかまだ機能があるかもしれんな」

 

「皆してその場から一瞬で逃げたよな」

 

「なのはちゃん泣いてたしフェイトちゃん固まってたし、アリサちゃんとすずかちゃんは腰抜かして大変やったな」

 

「はやては平気そうな顔してたよな」

 

「俊に抱きつけてむしろ嬉しかったで」

 

 ……どうして六課の部隊長はこうもストレートな物言いが出来るんだろうか。

 

「ふっふー、それにしてもわたしがこっちを手伝っている間になんか色々とピンクにしてくれたみたいやなぁ」

 

 はやてが頬をぷくっと膨らませ前傾姿勢でジト目する。

 

「い、いや……そういうわけじゃなくて……」

 

「えいっ」

 

 そんな掛け声とともに自分の唇に誰かの唇が重なった。

 

 ちょっとの時間、一瞬で刹那的な重なりだったが、重なった瞬間とてつもない甘い何かが体を駆け抜けた。

 

 小悪魔モードっていうのかな、そんな表情で俺に笑いかけてくるはやて。

 

 舌で唇をちろりと舐めるはやて。

 

「なぁはやて、なんか体が熱いんだけど……」

 

「それはきっと恋の魔法やな。 抑えられへんならここでしてええよ……? わたしはいつでもokやし」

 

 美少女三人組の中でも一番背が低いはやては、上目使いで俺の顔を見てきた。 瞳にはうっすらと涙をためている。

 

 堪えろ俊、堪えるんだ……。 いま変なことをしたら怒られるというか殺される。 いまは俺のとろろを作っている場合ではないんだ……! でもこんな表情をしてるはやては可愛いし……いったいどうすれば──どうするのが正しいんだッ!?

 

 ぎゅっと抱きついてくるはやて。 落ち着け、俺……! こんな流されながら行為に及ぶ若者が増えるからダメなんだ、気をしっかり持つんだ、ながらで雰囲気でしちゃダメだ……っ!

 

「あ、あのさはやて!」

 

「ん?」

 

「やっぱダメだ、そういった行為はもっとこう……付き合いっていうのが」

 

「10年間の付き合いやろ?」

 

「言われてみればそうだ。 あ、いや違う俺が言いたいのは友達付き合いじゃなくて──」

 

「わたしってそんなに魅力ないんかなぁ……」

 

「そんなことあるわけないだろ!」

 

 しゅんとした顔と声で自分の体を眺めるはやてに思わず俺はそう力説し抱きしめてしまう。

 

「むしろ魅力しかない、出会ったときからはやては魅力たっぷりの女だったよ! 魅力がない女に命張るほど、俺は優しい男じゃない!」

 

 つい強く抱きしめてしまう、力が入る。 と、痛かったのかはやてが思いっきり俺を突き飛ばし後ろを振り向いてしまう。 顔が見えないがもしかしなくても怒ってる?

 

「あ、ありがとな……」

 

「お、おう」

 

 声から察するに怒ってないみたいだけど、もしかして照れてるのか? こっちをチラチラと見ながら指をもじもじさせてどんだけ可愛いんだよ。 また抱きしめたくなるじゃんか。 さっきバカにされたからな、今度は強気に行くぞ、俺だって男なんだからな。

 

 一歩、また一歩とはやてに歩きだす。 と、視界の端に虚ろな目をした様子でとろろを生産しているリンディさんを捉える。

 

『フェイトと一緒にお風呂入りたかったのに……フェイトと一緒にお風呂入りたかったのに……フェイトと一緒にお風呂入りたかったのに……フェイトと一緒にお風呂入りたかったのに……』

 

 ……なにこの人怖い。

 

 ま、まぁでも声をかけておこうかな。 放置しておくとこっちに帰ってきそうにないし。 リビングでフェイトが名前呼んでるし。

 

「リンディさん──」

 

「キエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 いきなりとろろぶっかけるのは反則だと思った。

 



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A's12.一撃必殺ホワイトブレイカー

「俺の入浴シーンとか嬉しいだろ?」

 

『俊くんの入浴シーンとかオレンジの皮の搾りかすと同程度くらいだよ。 着替えここに置いとくよ』

 

「サンキュー」

 

 リンディさん主催の『ひょっとこ秋のぶっかけ祭り~とろろでとろとろな瞳を君に~』が終わった後、リンディさんはフェイトが回収し俺は風呂に入ることとなった。 リンディさん娘離れが出来てなさすぎるだろと思ったが、フェイトをヴィヴィオに置き換えると俺も人のことを言えないのでリンディさんの件では何も言わないことにした。

 

『俊くんもう皆食べ始めてるけどいいの?』

 

「いいんじゃない。 料理ははやてに任せてあるし、なのはも戻ったら?」

 

『お膝の上にヴィヴィオを乗せて、隣でおかあさんの過保護すぎる愛情行為にお腹いっぱいの高町なのはは逃亡したのであった。 ヴィヴィオはガーくんとウーノさんが面倒みてるから大丈夫だよ』

 

「桃子さんのなのはへの愛情は小中高の担任が家庭訪問に来るレベルだもんな。 毎年恒例の行事になってたよな」

 

『おかあさんがわたしのこと溺愛してくれてるのは知ってるけど、流石にこの年でお口あ~んは恥ずかしいんだよね。 部下だっているんだし』

 

「心配すんな。 その部下からもお口あ~んされることになるから」

 

『えっ!? わたしってどんな扱いなの!? 上司らしくしてるのに!』

 

「え? なんだって?」

 

『だから上司らしく──』

 

「え? なんだって?」

 

 トントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントン

 

「俺が悪かった。 俺が悪かったから無言でスリ硝子をトントンするのは止めてくれ」

 

 怖いよ、超怖いよ。 目を瞑って頭からお湯流せねえよ。

 

 なのはは俺のお願いを聞いてくれたようでスリ硝子を叩くのを止めた。 よかったスリ硝子は救われたのね。

 

 さ~て、丁度着替えも届いたし俺も上がりますかな。 はやてばかりに任せておくわけにはいかないし、俺もヴィヴィオを抱っこしてお口あ~んしたい。

 

 ということで、ドアを開ける前になのはに一声かけることに。

 

「なの──」

 

『ねぇ俊くん? 20歳になったら……わたしはもう魔法少女じゃいられないよね?』

 

「……驚いた。 なのはさんいまでも魔法少女のつもりだったみたいですよ。 19歳とかもうババア一歩手前──」

 

 ダンッ!

 

「ごめんなさい冗談ですっ! 冗談ですからスリ硝子をひび割れまみれにするのだけは勘弁してくださいっ!? いま割れると俺のレイジングハートから赤色の魔力光が飛び出るから! いいの!?」

 

 そんな幼馴染のみっともない姿を見るのが嫌なのか、なのはさんはスリ硝子を壊すことを諦めてくれた。

 

「んで、いったいどうしたの? なんか悩み事?」

 

『う~ん……悩みってわけじゃないけど、このまま魔導師続けてもいいのかなーってね』

 

 もう何年も一緒にいるのでなのはの冗談は声のトーンで分かる。 だからこそ分かる。 なのはのこの呟きが冗談じゃないということが。

 

『あ、べつにね? いまの現状に嫌気がさしたとかじゃないよ? 魔導師人生は順風満帆だし、収入も無職を抱えれるほどの額貰ってるし、可愛い部下も出来たしね。 ただ忘れがちになるけどさ魔導師の仕事って死の瀬戸際に立つときがあるでしょ? だからちょっと……ね』

 

 含みのある言葉で締めるなのは。 そこまで聞いて俺もやっとなのはの言いたいことを理解した。 魔導師の仕事が死の瀬戸際を歩くことがあるのはなのはを含め全員が知っている。 とくになのはは9歳の頃に魔法と出会いなし崩し的に事件に巻き込まれ、自分の意思で事件を解決に導いた。 その時に痛いほど理解しているはずだから。 心でも、そして体でも。 魔導師になると決めたとき、桃子さんと士郎さん、そしてリンディさんを交えて一日話し合ったのだから。 俺もそのとき会話を盗み聞きしてたから覚えている。 魔導師という仕事の危険性をリンディさんは痛いほどなのはに話していた。

 

 そしてなのははそれを承知した上で、自分の意思で魔導師になると決意した。 俺も桃子さんも士郎さんも止めなかったのはなのはが自分の意思で魔導師になると決意したから。 そんななのはがいま迷っている。

 

 じゃぁなんで迷っているんだ?

 

 そんなこと、あの時と今を比較してみると一目瞭然だ。

 

「ヴィヴィオか」

 

『うん……』

 

 まぁ今と昔じゃ俺達の周りで変化したことなんてヴィヴィオ関連でしか思い浮かばないもんな。

 

 しかしヴィヴィオのことでかぁ。 これはなのはにヴィヴィオが魔導師を好いてないってことは教えないでおいたほうがよさそうだな。 いま言うと、なのはは深く考えないで魔導師辞めるかもしれないし。

 

「なのははどうしようと思ってるんだ?」

 

『わかんない。 そこまで考えが固まってるわけじゃないし……。 でも、なんかいまのままってわけじゃダメだと思う』

 

「そんな状態のまま魔導師を続けると怪我するかもしれないしなぁ」

 

 それで空を自由に動けない体になったら元も子もないし。 なのはみたいな天才だとそういうことがありそうだからちょっと怖い。 自信ゆえに過信する。 実力が高い奴ほど自分の限界を見極めきれない奴って意外といるもんだしな。

 

 俺の怪我という単語に何か感じたのかなのははスリ硝子越しに唸っていた。

 

『う~ん……怪我かー。 相手が怪我することは常に考えてるけど、自分が怪我するってことはあんまり考えたことなかったかも。 擦り傷とかなら別だけど、俊くんが思い浮かべているような怪我はね』

 

「お前は常に相手に怪我させようと考えて行動してたのか。 だからデストロイ高町って言われてたんだよ」

 

『えっ!? なにその通り名!? わたしのどこがデストロイなのっ!?』

 

「え? 違うの?」

 

『どっちかというと、エンジェル高町だとおもうの』

 

 自分で言っておきながら恥ずかしがるなよ。 スリ硝子越しでも顔真っ赤にして俯いてるのが分かるぞ。

 

「ま、俺にとってはその通りだけどな」

 

 …………ちょっとなのはさん、なんか反応してくださいよ。 こっちまで顔赤くなってきただろ。 いや、これは恥ずかしいとかじゃないぞ? 断じて違う。 のぼせただけだから!

 

『えへへ……そう言われると照れるかにゃーにゃんて』

 

「ネコなのは萌えッ!」

 

『ちょッ!? スリ硝子に突撃しないでよ!? 思わずレイジングハートで刺すところだったじゃん!?』

 

 咄嗟の判断でレイハさんをレイピアにするのは魔導師として満点だけど女の子としては減点だろ。 見たことないぞ、デバイスで人を刺そうとする女の子。 あ、シグシグがいたわ。

 

 額から少々紅玉の滴を流しながら、なのはに質問する。

 

「でもなのはは飛ぶことは好きなんだよな?」

 

『うん』

 

 それにね、そうなのはは続ける。

 

『他の人が聞いたら嫌味に聞こえちゃうけど、高町なのはって人物は空に愛されてるんだ。 空がわたしを守ってくれるの。 空がわたしに力を貸してくれるの。 墜ちる気がしないの。 だからかな、わたし自身の怪我に対する意識が低かったのも。 高いけど低いみたいな感じ。 あ、皆には内緒だよ?』

 

 別に嫌味でもなんでもないさ。 なのはが空に愛されてるのは皆が知ってることだから。 周りも、管理局も、次元世界も、だからこそお前はエースオブエースなんだと思うよ。 その不屈の心が空の心を奪ったんだ。 空はなのはを愛し、なのはも空を愛している。 俺のほうが空よりも先に好きになったのに。

 

「実際そうなんだから皆も気にしないさ。 でもまぁ──」

 

 スリ硝子の取っ手に手をかけ思いっきり開ける。

 

 いきなり開け放たれたスリ硝子と全裸の俺になのはは驚いたのか、目をパチクリさせて俺を凝視していた。

 

 ちゃんと笑えているのかな? そう疑問を感じながらも、最高の笑顔でなのはの肩を叩き、しっかりと抱きしめる。 体を拭いていないため皮膚を流れる水滴はそのま

まなのはの服へと染み込んでいく。 それでもなのはは俺を突き飛ばしたりはしなかった。 きっと驚いて何も出来ないだけかもしれないが、それでも一向に構わない。 しっかりとなのはを抱きしめる。

 

「あ、あの……俊くん? パジャマが濡れて──」

 

「魔導師を辞めても構わない。 このまま続けても構わない。 ヴィヴィオのことは俺と他の皆がしっかりとフォローするし、ヴィヴィオもきっと魔導師のことを理解してくれるよ。 ヴィヴィオは賢い子だから。 最高評議会のときだってちゃんと頭を下げてお礼を言えるいい子だから。 だからなのは、お前は自分の思うがままに進んでくれ。 お前の全てを肯定する」

 

 あぁ、風呂上りは素晴らしいなぁ。 火照った体を冷ましてくれる。 だからきっとこの顔の赤みもすぐに誤魔化してくれるだろう。

 

「ばーか」

 

 抱かれた彼女はそう小さく呟くと、笑いながら俺の手を離れた。 これだよ、この笑顔だよ。 この笑顔だけは誰にも渡したくない。

 

「バカでもいいさ。 バカも悪くない、こうして抱き合えるのなら」

 

「抱き合ってないよ。 一方的に抱きついてきたんだからね。 しかも裸で。 心が広いわたしじゃなきゃ逮捕されるところだったんだから。 このおばかさん」

 

 何故だろう、バカって単語は悪口に使うはずなのにいまの俺は笑えている。 これも彼女の魅力の一つなのかな?

 

 彼女は笑いながらバスタオルでいまだ水滴に濡れている髪の毛を拭いてくれた。

 

「ほんとにしょうがないなー。 忘れてたよ、わたしにはヴィヴィオ同様に19歳児の子がいたんだった。 世話かかりっぱなしのね」

 

「その19歳児に怖いビデオ見たときに抱きつくのは誰だったかな?」

 

「さーて記憶にございませんので」

 

 嘘つけ。 高町一家総出でなのはを寝かしつけたことはいまでも覚えてるぞ。 それから怖いビデオ禁止になったことも。

 

「ほらほら、そんな過去はどうでもいいでしょ。 はい、顔は拭いてあげたから後は自分でやって。 ……それと、その……ソレも早くなんとかして、ばか……」

 

 視線を明後日の方向にやりながらなのはが指さしたものは、反り立つ延べ棒であった。 お前も興奮していたのか? わかるぞ、なのは可愛いもんな。 お前がなのはを愛したのはいつからか? 中学生くらいからか? 小学生からか?

 

 俺の延べ棒が恥ずかしいのか、なのははわざとらしく咳払いをしつつ俺のほうをチラチラ盗み見る。 もっと視線下げて。

 

 アイコンタクトを交わすが、なのはは一向に視線を下げてくれない。

 

 しょうがない、俺のほうから攻めてみるか。

 

「レイジングハート! セットアーップ! 刮目せよ! これが俺の全力全開ッ!」

 俺はなのはの目の前で摩擦熱を生み出すかのごとく擦る。 ひたすら擦る。 なのはがこちらを涙目で睨みつけるのさえもオカズにし、スナップをさらにきつくする。

 

 延べ棒はまばゆいばかりの光を放ち、金の延べ棒へと進化する。

 

「なのはしゃがんでッ! 一撃必殺──」

 

 出す寸前でなのはのサマーソルトが鳩尾にクリーンヒット

 

   ↓

 

 後ろに吹き飛ぶ俺

 

   ↓

 

 ピュッ(ホワイトブレイカーが目の中に飛び込んだ音)

 

 

「助けてぇええええッ!? なのはごめん! 俺が悪かったよ!? 謝るから! 謝るから、目ん玉の中で俺に挨拶してくる息子の息子を拭きとって!?」

 

 キモイよ! これヤバイよ!? なにが『お父さん、先代の無念を晴らすチャンスです』だよ!

 

 なのはがこの場から立ち去るのを気配で察知する。

 

 聞こえてくる舌打ち、何故だろうものすごいチャンスを失った気がする。

 

 それでも俺は叫び続ける。 なのはの名前をひたすら呼び続ける。

 

 返ってきたのは黙れと叫びながら投擲されたロヴィータちゃんのアイゼンだった。

 

 




ロヴィータちゃんなんでいたの?


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A's13.あなたはあなたのままだから

「ったく、もう19歳で子持ちなんだからこんなバカなことしてんじゃねえよ。 あたしの胸に触ろうとすんなカス」

 

「すまん。 洗濯板でどこに膨らみがあるのかわからんかった。 でもこのほうがロリ成分が増して俺的にはグッドだ」

 

「誰もお前のロリに対する気持ちなんか聞いてねえよ」

 

 ひょっとこの両目を握りつぶすヴィータ。

 

「誰がお前の目ん玉の中から気持ち悪いもん拭き取ってあげてると思ってんのか?」

 

「誰が家の風呂ぶっ壊してくれたと思ってんの?」

 

「……それに関しては本当に悪かったと思ってるよ……」

 

 ちらりとヴィータはアイゼンが仁王立ちでそびえ立つ風呂場を覗く。

 

「罰としていまから俺のことは『ダーリン』って呼んでもらうからな?」

 

「あたしの貯金を全部風呂場の工事費用に回してくれ。 なんならいまからあたしが働く分の金も全部お前にくれてやる」

 

「あれ!? そこまでして俺のことをダーリンって呼びたくないの!? ちょっと傷つくんだけど!」

 

「お前のことが大嫌いだからな」

 

「ロヴィータちゃん、俺はロヴィータちゃんのことを愛してるよ?」

 

「前世に戻れ。 腐った玉子」

 

「ロヴィータちゃん、それ10年間付き合いのある友人に向けて発する言葉じゃないよね」

 ひょっとこのジュニアのジュニアを目から取り除き終えたヴィータは立ち上がりながら、抗議の言葉を発言するひょっとこに、

 

「一度たりとも友人と思ったことはないがな。 ほらいくぞ、馬糞」

 

「ロヴィータちゃん、それ人に向けて言っていい言葉じゃないよね」

 

 とても的確な言葉を用いて皆がいる部屋へと入っていった。

 

    ☆

 

 全員が食事をしている──というわけではなかった。

 

 食が細い者や食べ終わった者達はそれぞれ好き勝手にゲームや漫画で思い思いの時間を過ごしていた。

 

 スカさんファミリーとかその典型だろうな。

 

 それでも、こちらから見る限り新人達とは打ち解けているみたいだしよきかなよきかな。

 

『みんなー! ひょっとこさんの秘蔵のエロ本見るー?』

 

 嬢ちゃん、キミがその手にもってる9歳のツインテールで縞パンニーソの女の子がランドセルをしょいながらビッチっぽく誘ってる表紙のエロ本を先生に返しなさい。 さもないと先生が痛い目にあいますよ?

 

「俊くん……?」

 

 ほらっ!? もう先生の足首が折れる寸前だよ! いいからそれ返せ!

 

「まぁまぁ俊くん、ここに座って少しお話しようか?」

 

 なのはさん、足首折ってからのその提案は止めてください。

 

 崩れ落ちるようになのはの横に座り込む俺。 というか比喩でもなんでもなく崩れ落ちた。 シャマル先生がいるかいって、彼女たちは人の骨を折りすぎではなかろうか?

 

 心の中で魔法少女を畏怖の対象として祭り上げていたところ、なのはが咳払いを一つして俺に向かって説教をしはじめてた。

 

「いい俊くん? 俊くんがえっちな本を所持していることにはもう諦めの境地に達しているから文句はつけないけど、内容によってはこちらも取るべき手段をとるってことは前々から言ってるよね?」

 

「母乳でも飛ばすの?」

 

「キミの歯が一本一本飛んでいくんだよ」

 

 なんて怖い女なんだ。 歯を一本一本毟り取っていくなんて人間には到底無理な行いだ。 流石はモ・モモコから生み出されし殺戮兵器といったところか。

 

「でも母乳をマッハ3で飛ばしたほうが確実に仕留めることが出来ると思うんだ」

 

「だからなんでさっきからわたしが母乳飛ばせること前提で話を進めようとしてるのっ!?」

 

 なのはなら出来ると踏んでるんだけどなぁ……。

 

「まぁなのはがマッハ3の母乳飛ばしが出来ないとわかったんで俺はヴィヴィオのところにでも──」

 

 ガシっ

 

「おっと俊くん逃がさないよ」

 

 くそっ! 逃げ切れると思ったのに!

 

「俊くん? わたしは別に俊くんが嫌いだからこんなことするわけじゃないからね? むしろ俊くんのことが心配だからこんなことをしてるの」

 

「まぁでもなのは、俺だって二次元と三次元の区別くらいはついてるし性犯罪なんてバカなことしないよ」

 

「ほんとうかなぁ……? じゃあちょっと質問。 わたしがあの表紙みたいにランドセル背負ってあのポーズで下着とか色々見せつけながら俊くんのベッドにいたらどうする?」

 

「病院に連れてく」

 

 ……いたっ!? なのはさ、なんで無言でそんな殴って……っ!?

 

「じゃぁ質問その二。 ヴィータちゃんがあの表紙みたいにランドセル背負ってあのポーズで下着とか色々見せつけながら俊くんのベッドにいたらどうする?」

 

「犯す」

 

 いたっ!? 女性の皆さん……ッ!? ちょっと一列に並んで腹パンは勘弁してくださッ!?

 

「キャロ、エリオ、今後10年間はあの性犯罪者に近づいちゃダメだからね? 大丈夫、いざとなったら私が二人と引き換えに体を捧げるから」

 

「ちょっとそこのフェイトさんっ!? 冗談だよ冗談ッ! なんでマジな顔して教え込んでるの!? ほら、俺が一歩踏み出すたびにエリオとキャロが一歩後ずさりしてるじゃんッ!?」

 

 折角育て上げてきた大切な関係が砂のように脆く崩れ去っていった音が聞こえる。

 

 順々に腹パンをくらいながらも、なんとかエリオとキャロに誤解を解かせようと近づくがついにはフェイトに結界を張られる始末にまで発展した。 ちょっとしたジョ

ークがこんなことになるとは。

 

 しかしながら既に腹パンは佳境にまで達しており、俺はいまだにピンピンしている。 まだまだ腹パンには耐えられる。 これでも鍛えているんだ。 魔力付加なしの成人女性の腹パンなんて大した脅威──

 

「じゃぁ2順目はみんな魔力付加ありでいこっか」

 

 ──あ、俺はここで死ぬんだな。

 

 桃色の魔力を拳に纏わせながら笑顔でこちらに向かってくるなのは。 せめて死ぬならなのはの蒸れた下着の下で死にたかった。

 

 撲殺天使も逃げ出す笑顔のなのはに、俺も笑顔で応える。 あ、ダメだ。 これうまく笑えてない。

 

 せめて一回で死にますように……。

 

「なぁ……いつから此処は殺戮場と化したん?」

 

 ──そんな(俺にとっての)地獄絵図を消してくれたのは紛れもないはやての声だった。

 

「あ、はやてちゃん。 ちょっとまってね、いま乙女のパンチを繰り出すから」

 

「なのはちゃんなのはちゃん、乙女のパンチは風が鳴るほど早くないで」

 

「もうなにしとるん皆。 折角の席を台無しにする気なんか?」

 

 流石は部隊長。 そしてこの場においての一番の良識人。 頬を膨らませ腰に手を当て皆を怒るはやてに、全員ともしゅんとした顔で頭を下げる。

 

 皆への説教を終えたはやては、ため息を吐きながらこちらにやってくる。

 

「ごめんなぁ俊、折角呼んでくれたのにこんなことになってもうて」

 

「あー……まぁ俺も悪ふざけが過ぎたしな」

 

 ふふと笑うはやて。

 

「こちらこそありがとな。 来てくれたのに仕事してもらって。 おかげでこっちは楽が出来たけど、はやては結構疲れたろ? 大丈夫か?」

 

「これくらいなら問題ないで。 これでも魔導師として訓練も行ってきとるから体力もあるし、元々料理は好きだから苦でもなんでもなかったで」

 

 それに、そう続けてはやては笑顔を向ける。

 

「誰かのために料理を作れるって、とても幸せなことやとおもうし」

 

 ……この笑顔は卑怯すぎる。

 

 幼い頃に両親を失ったはやてはずっと一人で生活をしてきた。 何をするにも一人でずっとしてきたんだ。

 

 今の俺のように料理を誰かと作ったりすることもなく、誰かと会話をしながら食事を摂ることもなく、のんびり誰かと漫画やゲームをすることもできず、同じベッドで狭さを感じながら寝ることもなく、何気ない呟きも受けられずに霧散するだけ。

 

 俺が出会うまでずっとずっと、彼女はその生活を続けてきたんだ。

 

 思い出す。 彼女と会った日のことを。

 

 思い出す。 大きな家で彼女と過ごした二人だけの時間を。

 

「そうだな。 誰かのために料理を作れることって、とても幸せなことだよな」

 

「せや」

 

『あ、桃子さん。 ワインでもどうです?』

 

『いいですねー。 それじゃ軽く飲みましょうか』

 

『まってお母さん。 普通は一本のワインを二人で飲むものだよね? なんで一人一本なの?』

 

『あ、フェイトもどう? あなたももうすぐ20歳なんだからちょっとは飲んでおきない』

 

『まだ未成年だから飲まないよ。 それにヴィヴィオもエリオやキャロ達がいるんだから』

 

『大丈夫よフェイト。 酔ったら私が介抱してあげるから』

 

『大丈夫だよ。 あ、私はヴィヴィオの様子でもみてこよ──』

 

『逃がさないわよ、子猫ちゃん。 初めては私のものなんだから』

 

『誰か助けてッ!? 此処に危ない人がいる! 娘に手を出す気満々の危ない母親がいる!?』

 

 あの時は二人っきりで、はやては俺のために料理を作ってくれたけど、今ははやてだけの家族がいる。 いつもはやてのことを考えてくれる優しい保健室勤務の先生に、はやての約束は必ず守り通し、立ち塞がる障害を壊してくれる腹下しの剣士に、ちっこいくせに誰よりも頼れるロリっ娘。 寡黙だがいぶし銀で見せ場を作る犬。 ひまわりのように明るい、俺を心底嫌ってる妖精ちゃん。

 

 ほんと、あいつらが来てくれてよかった。

 

 でも──

 

「もし俺とはやてがあのまま一緒に二人だけの生活を送っていたら、10年後はどうなっていたのかな」

 

「ほぇ?」

 

 きょとんとした表情でこちらを見るはやて。 い、いやいやいや俺も何を言ってるんだろうか。 おかしい、ちょっと落ち着け上矢俊。 はやてがあまりにも可愛いから

って混乱するんじゃない。

 

 咳払いを一つ行い、平静を装って話しかける。

 

「あー、はやて? いまのはだな──」

 

「な、なぁ俊? い、いまから新婚さんごっこでもせえへんか? べつに他意はないんやけどな?」

 

「あかんねん。 そんなことしたらウチ死んで舞う」

 

「しゅ、しゅん!? いきなり口調が変わったで!?」

 

 べ、べつに慌てているわけではない! ただ、エプロン着ながら、胸を押し付けながら、上目使いでそんな可愛いことを言われると男は誰でもこういった反応になって

しまうんだよ!

 

「ま、まぁ口調はおいといて……とりあえずここに座ってからやな」

 

 すとんと下半身の感覚がなくなり膝から崩れ落ちる。 はやてはそれを予期していたかのように受け止めてくれたが──いま何が起こったの?

 

「あかん、こっちもてんぱって思わず魔法使ってもうた。 ほんとはワインで酔わせて介抱する振りしてベッドで押し倒す予定やったのに……。 あんな態度取られてもついついしてしまうやんか……」

 

 小声ではやてが何かをつぶやいている。 俺の脚力の弱さに驚いたのか?

 

『まってお母さん!? バインドまで駆使して娘を無理矢理酔わせようなんて母親のすることじゃないんだけど!? なのは助けて!』

 

『ヴィヴィオー、ちょっとお外にでよっかー。 少し夜風に当たろうねー』

 

『はーい! なのはママだっこ!』

 

『もうしょうがないなー、甘えん坊さんなんだから』

 

『まってなのは!? 私もなのはに甘えたい! いますぐ抱っこしてほしいよ!』

 

 床にぺたんと二人で座る。 はやてとの距離は肩が互いに触れ合う距離だ。 色情を高めるフェロモンがはやての体から漂ってくる。 思わず視界がぐらりと揺れる感覚に陥る。 自分の体が自分以外の誰かに操られているような、そんな不思議な感覚が自分の体を支配する。

 

「な、なぁ俊? 俊も夕食たべてへんやろ? えっと……俊のために特製のとろろご飯を作ったんやけど……」

 

 そういうとはやては立ち上がり、一旦奥へと引っ込み、手に器を持って帰ってきた。

 

「俺のために? え? マジで?」

 

「うん。 新妻はやてちゃんは旦那以外には料理を作らないタイプやから」

 

 いつの間にかはやてが新妻になっていた。 でもどうしてだろう、妙にはやてには新妻という単語が似合っている。

 

「料理上手で可愛くて勉強が出来て家事万能。 なるほど、そりゃ新妻って単語がよく似合うはずだな……」

 

「おまけに夫婦の営みにも積極的やで?」

 

 笑顔でそんなことを言いながら、俺の口にとろろご飯を持ってくる。 折角なので食べさせてもらうことにして、口の中でゆっくりととろろご飯を咀嚼する。

 

「……どうなん?」

 

「…………うまい」

 

「よしっ」

 

 小さくガッツポーズするはやてをよそに、俺はそのままはやてから器を受け取りもぐもぐと食べ始める。 いや、やばいよこれ! めっちゃうまい!

 

 なにも食べてなく空腹だったのも重なり、器になみなみ盛られていたとろろご飯をものの数分で食べ終わる。

 

「あ、俊。 ほっぺにまでとろろご飯を食べさせんでもええんやで?」

 

「──!?」

 

「いや、ただ舌でなめただけなんやからそんな驚かんでも……。 ──それとも、興奮したん?」

 

 俺の肩に体を預けながら笑うはやてに、思わずこくんと頷きそうになる。 い、いかん、ここで下手に頷いたらシグシグに殺されかねない……!

 

 ここは平静を装って──

 

「い、いや、まぁ俺くらい女性経験がある奴だといまの行為なんて何も感じないというか当たり前というか──」

 

 じーっ(テントをじっとみつめるはやて)

 

 ピクンっ(挨拶するテント)

 

「──興奮するっていうか」

 

 こんなとき、正直すぎる俺の体が憎らしい。 俺はまだヴォルケンに殺されたくないんだ。 せめてヴィヴィオの入学式を見るまでは死ねない。

 

「ふふ、かわいいんやから。 ……薬の効果が効きはじめるまでに30分ってとこやろか」

 

「え? 薬って?」

 

「ううん、なんでもあらへんよ。 ほら、これも俊のために作ったんたで? あーん」

 

「い、いや自分で食べれるってば。 シグシグあたりにでもそういうことはしたほうがいいんじゃないか?」

 

「シグナムは胸ばっかり見るからダメや」

 

「あいつはエロ親父のコアでも蒐集してたのか」

 

 なんつー変態剣士だ。

 

「はい、ダーリン」

 

 甘ったるい声でそんな言葉を言われると変な気分になってくる。 きっと雰囲気にあてられたのだろう。 俺ははやてのあーんに応える形で口を開いた。 うん、うまい。 やっぱりはやての料理は最高だ。

 

「でも結婚したら、はやての料理を毎日食べるわけだから太るだろうなー」

 

 旦那さんダイエットが大変そう。

 

「大丈夫やで俊。 運動なら毎日するしな」

 

 何故だろう、はやての運動という単語に変な想像をしてしまった。

 

 うっ、しかも頭までくらくらしてきた……。

 

「(効いてきたみたいやな……)」

 

『ヴィータさん、ひょっとこさんどうしたんですか? なんか目が虚ろになっていきますよ?』

 

『んー? まぁ発作か何かじゃ──』

 

「ダーリン? あー、皆、俊はもう寝たいみたいやからわたしがベッドまで運んでくるな」

 

『は、はやてっ!? ちょっとまて! いや、「ありがとう」じゃねえよ、一言も祝の言葉なんて送ってないから!?』

 

        ☆

 

 室内の喧騒に耳を傾けながら、私は一人縁側で夜風に身を預ける。 室内で火照った体を冷ますこの風がいまは何よりも気持ちいい。

 

 皆楽しそうだな。 シグナムさんやシャマルさんやヴィータさん達は2階に上がっていったし、ティアはナンバーズと楽しそうにお喋りしてるし。

 

 ナンバーズ……か。 私はどう接したらいいんだろう? 私と同じ存在の彼女達と。 友達? 姉妹?

 

「そもそもいきなり自分たちも戦闘機人なんですって言われても困るよぉ……」

 

 ただでさえ自分が戦闘機人だってなのはさんに打ち明けるのに四苦八苦してるのに……。

 

 それにスカさん達もスカさん達だし。 なんでいきなり私と同じ存在だって打ち明けて……全員にやにや笑ってたし。

 

「はぁ……きっとこんな問題で悩むなんてバカらしいって思ってるのかなぁ。 でもでも、なのはさんに打ち明けていまの関係が壊れたりしてら困るし──」

 

「呼んだ? スバル?」

 

「ひゃぁっ!? な、なのはさんっ!?」

 

「ん?」

 

 い、いつの間来てたのか、なのはさんがヴィヴィオちゃんを抱っこして私の隣に立っていた。

 

 ……それにしても妙に子どもを抱く姿が様になってる。 お風呂上りだから色気が増してるのかな?

 

「隣いいかな?」

 

「あ、は、はい!」

 

 私の隣に座るなのはさん。 あ、ヤバイ、いい匂いが……私を誘う匂いが……っ!

 

 座るなのはさんに抱っこされていたヴィヴィオちゃんが、ガーくんと一緒にぴょんと庭に飛び出る。 月明かりに照らされながら、ガーくんと遊び始めるヴィヴィオちゃんはとても可愛くて思わず顔が綻ぶを肌で感じた。 隣をチラリと横目で見るとなのはさんを同じなようで、ヴィヴィオちゃんの方をみてニコニコと笑っていた。

 

 本当になのはさんは笑うと可愛い。

 

 ガーくんと追いかけっこをしているヴィヴィオちゃんは私達の視線を感じ取ったのか、こちらを振り返ってぶんぶんと勢いよく手を振った。 私もなのはさんもそれに振り返す。

 

「ところでなのはさん、ヴィヴィオちゃんとガーくんは何をしてるんですか?」

 

「う~ん、追いかけっこかな? それか鬼ごっこ」

 

 どうやらなのはさんも分からないみたいだった。 でも子どもの遊びって大人には分からない場合も多いからなぁ。

 

 しばし二人でヴィヴィオちゃんの動向を見守る。 ヴィヴィオちゃんもなのはさんのようによく笑う子だ。 なんか本当の親子みたい。

 

 ……いや、なのはさんは本当の親のように接してるんだろうなぁ。 毎日見ているとそう思う。 優しく抱っこするなのはさん、屈託なく笑うヴィヴィオちゃん。 血は繋がってなくても二人は本当の親子なんだろうなぁ。

 

「なんか悩みがあるんじゃにゃいかにゃ?」

 

「へ?」

 

「顔に悩み中って書いてあるよ」

 

 視線はヴィヴィオちゃんのほうを向いたまま、なのはさんは私に話しかける。

 

「ここのとこずっと悩んでたみたいだから、ちょっと気になってたんだ。 ほら、日記にも何か書いてたみたいだし、笑顔がぎこちなかったしね」

 

「わ、私の笑顔ぎこちなかったですか……?」

 

「うん。 いつもの可愛い笑顔じゃなかったよ。 不細工な笑顔だったもん」

 

 この教導官の辞書には躊躇いという単語が登録されていないのだろうか。

 

 たしか夏場にも可愛くないと言われた気がするけど。

 

「ま、まぁ悩みといえば悩みなんですけど……」

 

「それは尊敬するなのはさんにも言えない悩みかな?」

 

「えっと……」

 

 つい口ごもる。 本当はなのはさんに言いたい悩みなんだけど、何故か言いだせない自分がいる。

 

 それを察してくれたのか、なのはさんはそれ以上深く追求することなく違う話題を振ってくれた。

 

「そうだ、折角二人っきりになれたんだから昔話でもしようか。 わたしとスバルが初めて会ったあの時のこと」

 

 あの時と濁したのは出会いが火災の場面だったからかな? こういう時のなのはさんの細かい気配りは嬉しい。

 

「初めて出会った時ですか、あの時は本当にもう死を覚悟してましたよ。 でもどこかで誰かに助けてもらいたくて、咄嗟に出た言葉になのはさんが返答してくれて」

 

 いまでも覚えている。 颯爽と私を助け出してくれたあの純白の天使を。

 

「そうそう。 もう視界に入れた瞬間に絶対に助けるって決めてたからねー。 わたし不思議とそういう時のポテンシャルって通常の3倍くらいの力が出るんだよ」

 

「あぁそれひょっとこさんの同じようなこと言ってましたよ。 『なのはは誰かのためならどこまでも強くなれる。 だからエースオブエースなんだ』って」

 

「……なんでそれを本人に言ってくれないの?」

 

 たぶんひょっとこさんは言ってると思う。 通じているかは別問題として。

 

 頬を膨らませて怒るなのはさんが可愛すぎて辛い。

 

 本当にあの人がうらやましい。 私はなのはさんのことが一人の女性として大好きだけど、なのはさんは私のことを一人の女性として大好きってわけじゃないし。 ……それに女性限定でも私は一番じゃないもの。 女性部門で一番はぶっちぎりでフェイトさんだろうし。 なんだかんだで、ひょっとこさんいなかったら二人が結婚しそうだし。 もう既に一緒に寝てるし子どもいるし、結婚してるようなものだし。

 

「女性同士でも子どもは出来る……」

 

「あの……スバル? 頭大丈夫……?」

 

 はっ!? いけないいけない、折角なのはさんと会話してるんだからそっちに集中しないと。

 

「あ、ごめんなさい。 でも、あのときなのはさんに抱かれて助けられた際にみた景色はいまの色あせずにしっかりと記憶にあります。 なのはさんの表情も。 だから私は魔導師になるって決めたんです。 なのはさんみたいな人になりたいって」

 

 本当にカッコよかった。 誰よりも、何よりも。

 

「でも助け出した後はわたしも色々と慌ただしくって中々会話できなかったよね」

 

「そうですね、あのときはぽつんと私一人になっちゃって……。 私ちょっと泣きそうになっちゃって、知らない誰かの服を掴んで離さなかったんですよね。 でもその時は怖くて、その人を顔を見れなかったんです」

 

「へー。 じゃぁその人がわたしが来るまでスバルの面倒をみてくれたんだ」

 

「といっても会話らしい会話はしなかったです。 ただじっと私の後ろに立ってくれて、頭を撫でてくれました。 でも、それがなんだか心地よくって」

 

「ふふっ、その人がスバルに欲情しない人でよかったね」

 

「えへへっ、本当にそうですね。 あんな人だったらお兄ちゃんに欲しかったかもしれません」

 

 ちょっとだけ可愛らしく夢見る少女のように語ってみる。

 

「あげないよ?」

 

 返ってきたのはドスのきいた上司の言葉だった。

 

「あの……なのはさん?」

 

「ただでさえ最近ロリコン化が著しいんだから、妹キャラのスバルがきたらダメダメ。 スバルはわたしだけを愛してればいいの」

 

 なんて殺し文句を使ってくるんだ、この人は。

 

「は、はぁ……。 べつにその人がいま何処にいるのか知りませんし、なのはさん以外に愛してる人もいませんけど……」

 

 なんだろう、このなのはさんの反応。

 

「……よく考えればスバルは敵じゃないから問題ないか」

 

 なんて酷いことを言うんだ、この人は。

 

 なのはさんは自分で何かを納得したのか、うんうんと頷くと笑顔で私に話を振ってくる。

 

「で、それからわたしとスバルがちゃんと会話したんだよね」

 

「はい。 あのときはとっても緊張しました。 でも、なのはさんは優しく私を……抱きしめてくれて……」

 

 誰かが私を抱きしめてくれる。 離さないように、ぎゅっと力強く、だけど柔らかく。 私を安心させるかのように抱きしめてくれた。

 

「こんな風に……?」

 

 抱きしめたなのはさんが優しく語りかけてくる。

 

「……はい」

 

 なんとかその一言だけを返す私。

 

「大丈夫、大丈夫。 なにも怖くないよ」

 

 子どもをあやすようにぽんぽんと背中を叩くなのはさんの行動に、思わず涙が一筋流れる。

 

 そこからは怒涛のような勢いだった。 いままで我慢していた分、決壊したダムのように溢れ出る涙。 なのはさんはその間ずっと私を抱きしめてくれた。

 

 声を殺して、息をひそめて、なのはさんの腕の中で静かに泣く私。

 

 そんな私を心配したのか、遊んでいたヴィヴィオちゃんが自分のハンカチを差し出してきた。

 

「スバルンどこかいたいの? ヴィヴィオもあたまぶつけたときに、なのはママにだっこしてもらったよ?」

 

「うっ……ヴィヴィオちゃん……ありがとね……」

 

「ヴィヴィオー、スカさんのところでちょっと遊んできてねー。 スカさんがゴメットちゃんごっこしたいんだって」

 

「えっ!? ほんと!? それはいそいでいかないと! いこガーくん!」

 

「オウトモサッ!」

 

 なのはさんからの情報を聞いて急いでスカさんの元へ駆け出すヴィヴィオちゃん。 ガーくんは後ろからヴィヴィオちゃんが転ばないか様子を見ながら一緒についてい

った。

 

『やぁヴィヴィオ君。 どうしたふぐぅ!? わ、私になんの恨みが……!』

 

『ヴィヴィオがゴメットちゃんやる! スカさんはー……モンダミンのやくね!』

 

『お口をくちゅくちゅし続ければいいのだろうか……』

 

「どう? 少しは落ち着いたかな?」

 

「はい……」

 

 ヴィヴィオちゃん達の声をBGMに私となのはさんは正面から向かい合う。

 

「私……ずっとなのはさんに言えない悩みがあったんです……」

 

「うん」

 

「きっとなのはさんにとっては取るに足らない悩みかもしれませんが……それでも私は悩みを打ち明けてなのはさんから違う接し方をされるのが怖くって……。 でも、

なのはさんはずっとずっと私のことを心配してくれて……」

 

 出尽くしたはずの涙がまた流れてくる。

 

 あぁ……もう何が言いたいのかわからなくなってぐちゃぐちゃになってきた……。

 

「でも、そんななのはさんに打ち明けられない自分も情けなくて……でもやっぱり怖くって……」

 

 なのはさんの指がそっと瞼を撫でる。

 

「そっか。 ごめんね? 二度もスバルに怖い思いをさせちゃって」

 

 なのはさんの言葉が心にすっと浸透していく。

 

 別になのはさんは何も悪くないのに。 私が勝手に思い込んでるだけなのに、それでもなのはさんは優しく謝ってきた。

 

 ふるふると首を振る私。

 

「そんな、なのはさんは悪くないんです……。 ただ私に勇気がなかっただけで……」

 

 私はあの時の臆病な自分のままなんだ。 あの時から何も変わらない。 泣きながら、泣きじゃくりながら、ずっとずっとその場に立ちつくすあの頃と変わらない。

 

 そんな私の手をなのはさんは強く握ってくれた。 決して離すことない、そう思えるほどの強い力で握ってくれた。

 

「勇気がないならわたしが分けてあげるから。 スバルの勇気が育つまでずっとずっとこのまま手を握ってあげるから。 だからゆっくりでいいんだよ?」

 

 優しく笑いかけてくれるなのはさん。

 

 あぁ……だから私はこの人のことが大好きなんだ。 私が惚れたのは可愛らしい容姿じゃなくて、この優しく照らしてくれる光に惚れたんだ……。

 

 大丈夫、なのはさんなら受け止めてくれる。

 

 確固たる根拠があったわけでもないのになぜかそう感じた。 気づいたら口が動いていた。

 

「私は戦闘機人なんです。 スカさんの娘たちと同じ存在なんです。 だから──」

 

 もっと他にも言おうと思ったが、なのはさんは人差し指を私の唇にそっと当てた。

 

「そっか。 よく話してくれたね。 いいこいいこ」

 

 なのはさんはあの時と同じように優しく頭を撫でてくれた。

 

 頭を撫でながらなのはさんが話し始める。

 

「そっかぁ、スバルは戦闘機人なのかぁ。 ふむふむ、それは一ついいことを聞いたなぁ」

 

「……へ?」

 

 思わずなのはさんの顔を凝視する。

 

「だって戦闘機人ってことは他の人には出来ないことがいっぱいあるでしょ? そうなると色々な場面で活躍できるしなんでもチャレンジできるよ。 あー、そうなると教導内容を変更しようかなぁ。 ヴィータちゃんと相談して──」

 

「あの……なのはさん?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「えっとその……それだけですか?」

 

「ふぇ? それだけって?」

 

「だからその……反応というかなんというか……」

 

 なんかここまで悩んでいた私がバカみたいだ。 なのはさんは、あーって感じで頷いた後

 

「別にスバルはスバルでしょ? 戦闘機人だとしてもわたしの可愛い部下だってことには変わりないし。 それにほら、わたしの周りって変人しかいなしそこに機人が加

わるだけのことだしね」

 

 だからほら──

 

 そういってなのはさんは、両手を広げてこういった。

 

「おいで。 スバル」

 

「…………はいっ!」

 

 あぁ、やっぱりこの人は私の憧れであり、私が尊敬する人であり、私の初恋の人なんだ。

 

 月明かりに照らせれ、温かい両手に抱かれながら、私は思った。

 

 今夜はゆっくり眠れそうだ、と。

 

           ☆

 

「……あの、どういうこと……?」

 

 隣には下着姿で手を握っているはやて、そして目の前には頭に手を置きつつため息を吐くシャマル先生とロヴィータちゃん。 後ろにはレバ剣を投擲しようとするシグシグにそれを止めるザフィーラの姿があった。

 

 この状況から考えられる結果は一つ。

 

「……bokuhananiwositandesuka?」

 

「落ち着けひょっとこ。 未遂で済んだ」

 

「はやてちゃん疲れてたんでしょうね。 ベッドに入ってから3秒で眠りましたよ」

 

「……じゃぁなんで下着姿なの?」

 

「シグナムが脱がせた」

 

「あいつのプログラムの中には変態親父が混じってるぞ、100%」

 

『離せザフィーラッ! 何故あいつがよくて私が主はやてに近づけないのだ!』

 

『息を荒げながら主の服を脱がすお前を近づけさせるわけにはいかんだろ!』

 

「……まぁでもよかったような惜しいことをしたような」

 

「なのはとフェイト対はやてというバトルが勃発するけどな」

 

「童貞万歳!!」

 

「(一生童貞という図式がもう成り立っているわけなんですけど……ひょっとこさんは気づいてないみたいですね)」

 

「(まぁバカだからな。 それよりも、なのはのほうはうまく問題を片付けたみたいでよかったよ)」

 

「(えぇ本当にそうですね。 流石はなのはちゃんです。 はやてちゃんも寝ちゃってますし、お開きに──)」

 

『だれかー、お母さんが吐いたから片付け手伝ってー』

 

「「……」」

 

 リンディは娘から飲酒禁止令が通達された。

 

 




リンディさんは娘にお世話される天才


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A's14.カルピスの化け物

 残暑も既に過ぎ去ったこの季節、いつも通り俊はヴィヴィオに腕枕をしながら抱っこして寝ていた。 腕枕で寝ているヴィヴィオは俊の服の裾を掴みながらむにゃむにゃと寝ている。 ヴィヴィオの隣ではガーくんが足を折って寝ている。 ヴィヴィオが落ちないように配慮した寝方だ。

 

 短針は明朝4時を指していた。 あと1時間半もすれば二人とも起きてくる時間だ。 普段ならばの話であるが。

 

 俊の腕の中で寝ていたヴィヴィオががさごそと起きる。 眠り眼で寝ぼけてるヴィヴィオは隣で寝ている俊の頬をぺちんぺちんと叩き起こす。

 

「ぱぱ~……」

 

「んっ……うぅん? どうしたヴィヴィオ……怖い夢でも見たのか……?」

 

 眠い目を擦りながらも、こちらはしっかりと意識を覚醒させながら愛娘の頭を撫でる。

 

 ヴィヴィオは俊の疑問に首を振り、下半身をもじもじさせながら答える。

 

「ヴィヴィオおしっこしたい……」

 

「そっか……おしっこか。 そりゃ大変だな……」

 

 うんうんと頷く俊。

 

「──大変だっ!」

 

 慌てふためく俊。

 

「ヴィヴィオまだ我慢できるか!?」

 

「もうちょっとだけならヴィヴィオがんばれる……」

 

「よし! すぐ連れていくからな!」

 

 両手を広げてまっているヴィヴィオを腋の下から抱っこして急いで階下のトイレへと走る。

 

「ふぁ……ねむねむ。 あれ? 俊くん。 奇遇だねぇトイレの前で会うなんて。 ……ちょっとなんでわたしがトイレ行くときに狙い打ちしたかのように来るの変態」

 

 俊がヴィヴィオを抱っこしてトイレに向かうと、そこには丁度ドアノブに手をかけた状態のピンク色のネグリジェ姿の高町なのはが立っていた。 なのはも口ぶりから察するにトイレのために起きたのだろう。

 

「なのはトイレ開けて! ヴィヴィオが催してる! もう決壊寸前!」

 

「へ!? いやでもわたしもトイレに──」

 

「漏らせ! 個人的にも漏らした姿を見たいから!」

 

「いやだよっ!? この年になって漏らすとか洒落にならないよ! あと将来が不安になることをサラっと言わないで! 絶対にそんなプレイしないからね!?」

 

「とりあえずヴィヴィオ! とりあえずヴィヴィオ!」

 

「あ、そうだ! ヴィヴィオの泣き顔見たくないしヴィヴィオを先にして──いやでもわたしも結構ギリギリなんだけど!?」

「じゃぁ一緒に入れば解決だ!」

 

「その手があった!」

 ヴィヴィオを俊から受け取ったなのはは、もう泣く寸前のヴィヴィオを連れてトイレに入る。

 

『はいヴィヴィオ、もうだしていいよー。 えらいえらい、よく我慢したねー』

 

『えへへー、ヴィヴィオがんばった!』

 

『もういいかな~? ママもおといれしたいんだー』

 

『うーん、もうちょっとだけ』

 

『もうママ本当に危ないから!?』

 

 トイレの中からなのはの悲痛な叫びが聞こえてくる。

 

 トイレの中で内股全開でもじもじとする19歳魔法少女。 娘の手前、笑顔を保っているが心なしか頬がヒクついており一人の状態であったのなら完全に慌てふためいている状態だ。 現在トイレを占領中のヴィヴィオは大分我慢していたのか中々動く気配がない。

 

「(ちょっ……本当にどうしよう……! 小さいときに俊くんの前でやっちゃったけど、それはまだ小さいときだったからセーフなわけで……現在だともうお嫁にいけないレベルだよ……! ヴィヴィオをどかすわけにもいかないし……!)」

 

 ヴィヴィオと会話しながら笑顔を保ちつつ、なのはは一人頭を抱える。 この状況をどう脱すればいいのかを真剣に考える。

 

 その時だった。 トイレのドアをノックする音が聞こえてくる。

 

『なのは、大丈夫か? いま俺の部屋に戻って取ってきたもんなんだけど──』

 

 そういって俊くんは何かをドア越しに渡してくる。 流石俊くん、未来のわたしのお嫁さん頼りになる!

 

 すっ(おまる)

 

 ……これでわたしにどうしろと?

 

 俊くんはなんて体の張ったギャクをする人なんだろう。

 

『大丈夫だ! ここには俺とヴィヴィオだけだから問題ない! 俺も音姫によってそっちの音が聞こえないから!』

 

 ドアから少しだけ覗かせている小型カメラを徹底的に破壊する。

 

「(むしろ俊くんとヴィヴィオだからこそ問題なんだけど……)」

 

 1人は(わたしのことが)好きな人で、もう1人は愛娘。 この二人にだけは痴態は絶対に見せられない。 見せたらもうにゃんにゃんプレイでもなんでもしてあげる。

 

 と、そこでようやくヴィヴィオが終わったようで水の流れる音がする。 ほっと安心したような表情でヴィヴィオは水でしっかりと手を洗った後、パパのまつ外へと出

て行った。 外ではヴィヴィオを待っていた俊がヴィヴィオに話しかける声が聞こえてくる。

 

 なのははこの段階になってようやくゆっくりと腰を下ろした。

 

「はぁ……よかった。 なんとか母親の威厳と未来は守ることができた」

 

 ほっと息を吐きながらなのはが安心していると、コンコンと控えめにノックをする音が聞こえてきた。

 

「ん? 俊くん?」

 

『まぁその……後片付けは俺がするから、落ち着いたら出てくれ。 19歳でってのは痛いかもしれないけど、別に俺は気にしないし、正直なのはの漏らしたものを一滴残

さず飲み干したいと考えて──』

 

「俊くんキモイから消えて。 あとセーフだから。 誤解したままこの場を去らないで」

 

            ☆

 

「パパー、ヴィヴィオカルピスがいいー」

 

「だーめ。 お茶にしときなさい。 それか水」

 

「じゃあお茶にする!」

 

「ガーくんもお茶でいいか?」

 

「ウン!」

 

 のどが乾いたというヴィヴィオのためにキッチンへとやってきていた。 一番小さいコップにお茶をついでヴィヴィオとガーくんに差し出す。 ヴィヴィオは嬉しそうにそれを受け取ると口に含み飲み込んだ。 ガーくんもゆっくりと嚥下する。

 

「おいしい?」

 

「うん! ヴィヴィオいきかえった!」

 

「それじゃ寝ようか。 まだ起きる時間まで大分あるしな」

 

「はーい!」

 

 ヴィヴィオと手を繋いで部屋へと戻ろうとすると、丁度いいタイミングでなのはがやってきた。 なのはも咽喉が乾いたのかな?

 

「あ、俊くん達もう寝るの?」

 

「おう。 今日の弁当の注文とかあるか?」

 

「サンドウィッチがいい」

 

「オッケー」

 

「いつもありがと、俊くん」

 

「好きでやってることだから気にすんな」

 

 二人してえへへと笑いあう。 あぁ……やっぱりなのはは可愛いなぁ。 

 

 なのはは鼻歌を歌いながら冷蔵庫の中からカルピスを取出し原液をコップに注いだ。

 

 とぽとぽとぽ(なのはが原液を注ぐ音)

 

 ドボドボド(俺がそのコップにお茶を注ぐ音)

 

 ドッドッドッドッ(ついでにカフェオレも注ぐ音)

 

「なにしてんの俊くん!? 流麗な動作でなにしてくれてんの!?」

 

 お茶とカルピスとカフェオレの奇跡のコラボレーションが実現したコップを持ちながら抗議の意を示すなのは。

 

「それはこっちのセリフだなのは! ほら、なのはがカルピス作ったからヴィヴィオが───」

 

「ヴィヴィオはおちゃでなのはママはカルピス……? なんで……?」

 

 小声でなのはに答えている最中、ヴィヴィオが寂しそうな声で俺の服を引っ張ってきた。 うぅ……やっちまったよ……。

 

「あー、あのなヴィヴィオ? これはカルピスじゃないんだよ。 な? なのは?」

 

「へっ!? あ、えっと、そうそう! カルピスじゃないんだよこれが!」

 

 急に話題を振られて焦ったが持ち前の笑顔で場を作る。 よし、ヴィヴィオが疑問符を浮かべながら首を傾げてるぞ!

 

「どうちがうの?」

 

「これはねー。お茶とカルピスとカフェオレが合体した──オレカルピスって飲み物なんだよ」

 

 カルピスは自己紹介しないだろ。

 

「「…………」」

 

 なのはと二人して、やっちゃった、そう感じながら顔を見合わせる。

 

 しかし以外なことにヴィヴィオはそのオレカルピスに食いついてきた。

 

「オレカルピス? それどーいうの?」

 

 説明を求められて笑顔が凍りつくなのは。 がんばれ、ママがんばれ。

 

「おいしい?」

 

「どうだろうねぇ。 ちょっと飲んでみるねー。 ……正直不気味すぎて飲みたくないけど──」

 

 娘が見ている手前、絶対に残せない。 例えそれが不気味な色を添えているとしても。

 

 覚悟を決めた表情でおカルピスを飲むなのは。

 くいっ(なのは口に含む)

 

 ふるふるふるっ(こちらに向かって涙目で首を振る)

 

 メキメキメキッ……(無理矢理飲ませようと強引に俺の口を開ける音)

 

 飲ませようと延髄に深刻なダメージを負わせるなのはに抵抗を続ける俺。 やがてなのはが耐えられなくなったのか、右手で口を抑える。

 

 あ、いまにも戻しそ──

 

 ぺッ

 

 ヴィヴィオが俺のほうに注目している瞬間に流し台に吐き出すなのは。

 

「なのは……」

 

「……ヴィヴィオ見てないから見逃して」

 

 そんなに不味かったのか……。

 

 だからといって俺に処理を任せるのは止めてくれ。 ひそかに魔力を付加しながら追い込むのもやめてくれ。 ええいッ! 自分で処理しろ!

 

 なのはに対抗して俺も負けじと押し込もうとする。

 

 ヴィヴィオが不思議そうに俺となのはを交互に見る。 ヴィヴィオの中では飲み物=おいしいという図式が成り立っているから、互いに飲み物を口に押し込もうしている親の光景が不思議でたまらないのだろう。

 

「ねぇガーくん、パパとなのはママは何をしてるの?」

 

「ンー、ワカンナイ」

 

 首をぶんぶん振るガーくん。 ……丁度いい、ガーくんにも飲んでもらって味を再確認しよう。 なのは一人の意見だと片寄りも出てくるしな。

 

 なのはも俺と同意見だったのか、視線を一瞬交わした後に笑顔でガーくんにコップを差し出した。

 

「ねぇガーくん? ちょっと飲んでみない?」

 

「エ? ナンデガークン?」

 

「まぁいいからいいから」

 

 なのはが差し出したコップを素直に受け取り傾ける。

 

「( ;´Д`)」

 

 ガーくんのこんな表情はじめてみた。

 

 心なしか痙攣までしてるし。 そんなに不味い代物なのか。

 

 ガーくんはそっとなのはにコップを返し、とことこと歩いて俺の足にしがみついてきた。

 

 ……ガーくんにそこまでのダメージを負わせるなんて……とんでもねえ代物だなオレカルピス……。

 

 俺に抱っこされながらガーくんの一連の行動を見ていたヴィヴィオは、こちらのほうを向きながら、

 

「ヴィヴィオやっぱりのまないでいいかも……。 パパー、もうねむいからねよー?」

 

 なんて賢明な判断を下せるんだ愛娘は! よし、そうだな! もう寝よ──

 

 がしッ

 

「俊く~ん? まだこのオレカルピスの処理が残ってるでしょー? ダメだよー、キミも原因の発端を担ってるんだから」

 

 笑顔のなのはに首根っこを押さえられてしまった。

 

「ガーくん、ヴィヴィオと一緒にわたしとフェイトちゃんのお部屋で寝ていいよ。 ヴィヴォー、フェイトちゃんに抱っこされながら眠るとすっごい気持ちいいからオススメだよ」

 

「ほんとっ!? それはたいへん! いますぐフェイトママのところにいかないと!」

 

 本当に嬉しそうにバタバタと駆けだしたヴィヴィオ。 ガーくんにそれに追従する形でこの場を去っていった。

 

 ガーくんあれから一言も喋らなくなったな。

 

 しかしそれはそれとして──

 

「なのは、いつもフェイトとそうやって寝てるの?」

 

「いつもってわけじゃないけど。 結構な割合かな」

 

「そういえばお前ら修学旅行の時は手を繋いで眠ってたもんな」

 

「まって俊くん。 どうしてわたしとフェイトちゃんのその時の様子を知ってるのかな?」

 

「はやてがくれた。 ……一万で」

 

「俊くん気づいて!? それ買わせられてるから!?」

 

 でもとってもいい買い物だったといまでも思う。 手を繋ぎながら抱き合って寝てるJKなんてそうそういないしな。

 

「って、そんなことはいま問題じゃないよ。 いまの問題はこのオレカルピスをどうするかだよ」

 

「そうだな……。 じゃんけんで負けたほうが一口飲むって方法でいこうぜ」

 

「オッケー、それが公平だね」

 

 二人して頷きあう。

 

「俺はパーを出すからな」

 

「じゃあわたしは俊くんがパーを出してくれなかったら泣くからね」

 

「えッ!? ちょッ──」

 

「最初はぐー、じゃんけん、ぽん!」

 

 チョキ(なのは)

 

 パー(俺)

 

「やったー! わたしの勝ち! はい、俊くん口あけてー?」

 

「いやいやいやまってまって!?」

 

 コップを俺の口に近づけるなのはにストップをかける。 なのははさも不思議そうな表情でこちらを見る。

 

「いまのはおかしいと思わないか?」

 

「え? なんで?」

 

「いやだって……」

 

「あッ──」

 

 なのははぽんと手を叩いて何かを思い出したかのような素振りを見せる。 おっ、わかってくれたか。

 

 そう思った瞬間、なのはが俺に抱きついてきた。

 

「えへへ、ありがと俊くん! やっぱり俊くんは優しいね!」

 

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、理解した瞬間俺はオレカルピスを飲み干していた。

 

          ☆

 

「フェイトママー! だきー!」

 

「うぐっ!? んっ、あふぁ……ヴィヴィオ……? なんでヴィヴィオがここにいるの……? 俊のお部屋で寝てたはずじゃ……」

 

 フェイトの胸めがけて駆けてきたヴィヴィオは、ダイブする形でフェイトに飛びついた。 ヴィヴィオの突進を胸で正面から受け止めたフェイトは肺から一気に空気を

吐き出しながら、目をくしくししながらヴィヴィオに問いかける。

 

「あのねー? パパはなのはママとオレカルピスのんでるから、なのはママがフェイトママとおねんねしなさいって」

 

「へー……二人がカルピスをねー。 ──二人でカルピス!?」

 

 カルピスという単語でフェイトの頭に浮かんだのは決して娘には見せられないような光景であった。 妄想ともいうが。

 

「ヴィヴィオ、ちょっとここでまっててね!?」

 

「いいよー! ガーくんねよ?」

 

「ウン!」

 

 ヴィヴィオとガーくんが手を繋ぎながらベッドに横になったのを確認してフェイトは急いで階下に向かう。 ちなみにフェイトはピンクのネグリジェ姿のなのはとは色

違いの黒のネグリジェを着ている。

 

『……しゅんくんッ……! しゅんくんッ……!』

 

 下からなのはが幼馴染を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「(う~! 今朝ベッドに忍び込んでおけば──)」

 

 などと考えても後の祭りであるが、フェイトは自分で自分を責める。

 

 二人がいるキッチンへはもうすぐだ。

 

 フェイトはなのはの声を頼りにキッチンに歩を進める。 まずフェイトの視界に映ったのは仰向けになってる俊、そして俊に馬乗りになってるなのはだった。 その状態でなのはは俊の名前を呼ぶ。

 

「俊くんッ! 俊くん死なないで! あぁッ! 俊くんの魂が口から漏れ出ちゃう!?」

 

 名前を呼びながら俊の口から出る白い球を必死に口に押し込んでいた。

 

「……二人ともおやすみー」

 

「あぁまってフェイトちゃんっ!? お願いいかないで!」

 

 去っていこうとするフェイトの腰に必死にしがみつくなのはであった。

 

 




( ´・ω・)…  前回更新日5月3日



(´・ω・`)


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A's15.休日(前編)

「ごろごろー、ごろごろー」

 

「ごろごろー、ごろごろー!」

 

 休日の昼下がり、居間でなのはとヴィヴィオが体を横に倒してごろごろと昼食までの時間を貪り、キッチンでは俊が昼食の準備のためにピーマンを取出し刻もうとしていた。

 

「はっ!? いまパパピーマンとったでしょ!」

 

 ごろごろと遊んでいたヴィヴィオがピーマンの臭いを嗅ぎつけたのか、すぐさま起き上がり俊のいるキッチンへと走っていく。

 

『なんだよーヴィヴィオ。 ピーマンちょっとだけしか使わないから大丈夫だって』

 

『……ほんと?』

 

『ほんとほんと。 一個食べれば大丈夫だから』

 

『えー! ヴィヴィオそんなに食べれないのに……』

 

『ヴィヴィオが自分のお皿にあるピーマンを全部食べることが出来たらパパがご褒美あげちゃうぞー』

 

『え? ほんと!?』

 

『うんうん』

 

『じゃあねじゃあね! えーっと……んーっと……』

 

 なのはの耳に聞こえてくるのはご褒美について一生懸命考えているヴィヴィオの可愛らしい声、そしてテレビから聞こえてくる女性向け男性特集のナレーターの声。 テレビに視線を移すと黒髪をツインテールに結んだスタイルのいい女性が指さし棒で画面を指しながら喋っていた。

 

『このように、世の男性はツンデレとツインテールに弱いということが判明しました。 それに萌え袖。 特に可愛らしいリボンで纏められたツインテールに弱いみたいですね。 ちなみに私も今日はツインテールです。 それにほら、萌え袖なんですよ?』

 

「……」

 

 なのはの動きが止まる。

 

『ツインテールというとやはり金髪というイメージが強いようですが、アンケートを実施した結果、そこまで髪の色にこだわらないという方が多いようでした。 ただし、近くに金髪の可愛らしい女性がいる方は要注意です。 あなたがその方よりナイスバディでなかったら勝ち目がないと思ってください。 ちなみに私は昨晩彼氏に振られました。 あの野郎、私より若い女の子のほうがいいなんてぬかし──』

 

『はーい! ありがとうございましたー! お次は──』

 

 無慈悲なナレーターの言葉を耳にしながら、背後に圧倒的な魔力量を察知し、俊とヴィヴィオがいるキッチンへと顔を向ける。 そこには金髪で可愛らしいピンク色のリボンでツインテールに纏めたナイスバディな女性が黒のミニスカに縞々ニース、黄色のセーターで萌え袖を作って俊と楽しそうに会話していた。

 

『昼食作るの手伝おうか?』

 

『んー、そうだな。 それじゃ手伝ってもらおうかな。 そのリボン可愛いな。 それに黒のミニスカ縞々ニーソで萌え袖なんて俺を殺しにきてるのか?』

 

『えへへ、俊のゲームや漫画とか読んで俊の好みを勉強したんだ。 もう10年も一緒にいるから全部わかってたつもりだったけど、もうちょっと勉強しなきゃと思ったかな。 でも人妻だけはやめてね? それに私も女の子だからやっぱりいつでも可愛くいたいし。 その……どうかな?』

 

 萌え袖で口元を隠しつつ、上目づかいで俊を見るフェイト。 口元を隠していない手でちょっとだけスカートの端を摘まんで首を傾げるその仕草は、同性からみたなのはでも頭がくらくらするほどの可愛さをもっていた。 なのはでもくらくらするほどの可愛さだ、それが異性かつその子のことが好きな男ならば──

 

『ねぇフェイト。 俺がいまプロポーズしたらOKしてくれる?』

 

『ふぇ? う、うん。 もちろんOKするよ!』

 

 このようなことになるのは非を見るより明らかだ。

 

 なのはが見ている前で幸せ桃色空間が広がっていく。 その中心には二人の男女、そばではなんとかピーマンを昼食に出させないようにとアヒルに生ピーマンを食べさせる金髪幼女と、ピーマンをむしゃむしゃと食べる白き使い魔。

 

 何かがそこで収束されていくのをなのはは肌で感じた。

 

 なのはの中で警鐘が鳴る。 それに促されるようになのははキッチンに走り俊の背中に飛びつく勢いで抱きついた。

 

「うおッ!?」

 

 予期しないなのはの抱きつきによろめく俊。 なのははそんな俊に構わずにそのままぶらぶらとぶら下がり続ける。

 

「あー……なのは?」

 

「可愛らしいリボンでツインテールに纏めてる金髪ナイスバディの女性は俊くんにはまだ早いからダメ」

 

「お前は何を言ってるんだ……」

 

 呆れた表情を浮かべる俊と、困った表情で首を傾げながら苦笑を浮かべるフェイトをよそに、なのはは喋り続ける。

 

「さっきテレビであってたの。 男性はツインテールに弱いって。 それも金髪ツインテールがそばにいたら一発KOされるって。 俊くんはフェイトちゃんにプロポーズしようとしたでしょ?」

 

「いや……それはだってフェイトが可愛かったし……」

 

「フェイトちゃんが可愛いからってすぐさまプロポーズとか──」

 

 ぶらさがりからおんぶの形に移行したなのはの視界にはフェイトの姿が飛び込み、思わず言葉を止まる。 美少女のなのはが思わず口を止めてしまうほどいまのフェイ

トの姿は可愛らしいということだ。

 

「フェイトちゃん……だいすき」

 

「なのはッ!? ちょっと最近のなのはおかしくないかな!? そっち系に片足突っ込んでないよね!?」

 

「い、いや、間近で見ると一層可愛かったからつい。 って、そうじゃなくて! フェイトちゃん、その服装、わたしの俊くんを誘ってるでしょ!」

 

「い、いや……私は別に……。 って、いつからなのはの所有物になったの。 なのはは俊の彼女でもないのに」

 

 フェイトの言葉になのはが胸を抑えて後ずさる。

 

「そ、それは俊くんが奥手だからで……」

 

「なのはは待ってるだけなの? へー……」

 

「そ、そんなことにゃいもん! ねっ! 俊くん! 夏祭りにキスしたりとか──」

 

「……」(上矢俊、思い出を振り返る)

 

「……」(高町なのは、思い出が蘇える)

 

「「……」」(両者顔を伏せる)

 

 二人とも顔を赤くして照れ笑いを浮かべる。 そんな二人の行動が面白くなかったのか、フェイトは俊の腕に自分の腕を組みこませ強引になのはを離脱させる。 そしてそのまま方が触れ合う距離まで近づきなのはに勝利宣言をする。

 

「私は俊に押し倒されて下着脱がされていくところまでいったよ。 ね? 俊?」

 

 笑顔を俊に向けるフェイト。 俊の額には脂汗が滝のように流れていた。

 

 俊の記憶の中にフェイトが話した内容の場面は一度も再現されなかったのである。 そんなことを通常時の俊がしようものなら未亡人に焼き討ちにされるという結果が目に見えているので当然といえば当然である。 フェイトとの関係を進めるうえで未亡人攻略は絶対に通過しなくちゃいけない問題なのだから。 しかし俊が脂汗を浮かべる理由はもう一つある。

 

 なのはが先程まで自分が持っていた包丁片手に光のない瞳でこちらをじっと見つめているからである。 むしろ脂汗の原因は8割方こちらだといえよう。

 

「えへへ……俊くんはそんなことしないもんねー? なのはしってるよ? 俊くんはなのはことがいちばんすきなんだって」

 

 満面の笑みでこちらにじりじりと詰め寄ってくるなのは。

 

 俊の脳裏に浮かぶのは、『高町なのは襲撃事件』の思い出。 八神はやてと上矢俊が捕食対象の気分を味わうことになったあの凄惨な思い出。 それがいままさにフラッシュバックされていた。

 

 なんとかしてこの状態のなのはを止めないと、そう思い体を動かそうとする俊だが抱きついたままのフェイトがそれを制した。

 

「うー! なのはのわがまま! 俊はなのはだけのものじゃないんだよ!」

 

 流石最強の未亡人の娘。 泣いた八神はやてとは違っていた。 もっとも、現在の八神はやてならフェイト以上のことを仕出かしそうな気がするのはいうまでもない。

 

 フェイトの言葉にピクリとしたなのは、その頃には既に瞳のハイライトは復活していた。

 

「だってだって! 俊くんがフェイトちゃんを押し倒すとか──」

 

「なのは包丁もったまま俺に詰め寄んな!? 刺さる! この距離は刺さる!」

 

 包丁の直線上に位置する俊。 あと数cmで刺さる距離までなのはは体を詰めていた。

 

「俊くんは記憶にあるの! 押し倒した記憶が!」

 

「あるよね、俊!」

 

「いや……これがまったく記憶にないんだよな。 そんなことしてたなら絶対に忘れないだろうし」

 

「ほーら! フェイトちゃんがいつものように俊くんを押し倒したんでしょ! それなら納得できるもんね!」

 

「なっ!? ちょっ! はやてじゃあるまいしそんなことしないよ!」

 

「二人とも、はやてがその場にいたら喧嘩になるからな、いまの会話……」

 

 ため息交じりに、自分の腕の中で泣きながら二人と口論になっているはやてを想像する俊。

 

「フェイトちゃんの意地悪! 可愛さで攻めるのやめてよ! あとその艶めかしい体を使って俊くん誘惑したりとか!」

 

「そ、そんなこといったらなのはだって可愛さを利用して、絶対領域見せたりパンチラとかしてあざといよ! 私服はいつもミニスカだしさ!」

 

「にゃ、にゃいをいってるのかぜんぜんわかんにゃいんだけど!」

 

「それに萌え萌えな二次元キャラみたいだし!」

 

「フェイトちゃんこそザ・金髪二次元キャラって感じじゃん! そっちこそ萌え萌えだよ!」

 

「「うー!」」

 

「ちょっとまってくれ二人とも。 なぜその情報を俺にリークしないんだ。 何故自分一人の中で自己完結しちゃったのさ! 俺まったくパンチラとか見てないんだけど!」

 

 ちょっとしたキャットファイトが勃発しているせいで、俊の言葉が二人に届くことはなかった。 そんな中、俊の袖をくいくいと引っ張る幼女がいた。 くりくりお目めに幼女特有の萌え萌え雰囲気を纏った幼女は、自分のペットを指さしながら困った風を装って俊に話しかける。

 

「パパー、ガーくんがね? ガーくんがピーマンたべちゃった」

 

「……そっか。 ガーくんが食べちゃったのか……」

 

「うん」

 

 あくまでガーくんが食べたことにして自分は関係ないことにしたいヴィヴィオ。 ガーくんも別段それに不満がないようで、何も言わない。

 

「だからね? もうピーマンはないよ?」

 

「いや心配するなヴィヴィオ。 まだ予備のピーマンがそこに──」

 

「パパだっこ!」

 

 その場から一歩動こうとした瞬間、ヴィヴィオは必死になって俊に抱っこをせがみだした。

 

「えー、ピーマン取った後でもいいだろー?」

 

「やぁ! いまだっこして!」

 

 小さな体躯をめいっぱい使って背伸びするヴィヴィオの姿があまりにも可愛かったのか、俊はデレデレした表情になり「しょうがないなー」なんて言いながらヴィヴ

ィオを腋の下から抱っこする。 抱っこされたヴィヴィオはえへへと笑いながら子猫のように俊に頬を摺り寄せて甘える。

 

 背後でキャットファイトが繰り広げているとは思えない光景である。

 

「パパー、なのはママとフェイトママなにしてるのー?」

 

「うーん……なのはがフェイトのスカートめくったり、なのはがフェイトの胸揉んだりしてるからなー。 なのはママが変態ってことしかわからん」

 

「ち、ちがうよ!? ライバルの下着とかチェックしてただけだから!」

 

「な、なのは……んっ……」

 

「フェイトちゃんも変な声だすのやめとよ!?」

 

 慌ててその場から後ずさりするなのはに、フェイトはチロリと可愛らしく舌を出して再度俊に近づいた。

 

「えへへ、と~った!」

 

 ガッチリ腕組みホールドを決めるフェイト。 ヴィヴィオを抱っこした状態の俊はなのはににらみつける攻撃で防御を下げられながらも、フェイトを拒むことなどできようはずもなく、

 

「さっ、早く昼食つくろ?」

 

 フェイトの笑顔にただただ頷くしかなかった。

 

 ──ピンポーン

 

 そこに来客を知らせるベルが鳴った。

 

 その瞬間、なのはは、

 

「俊くん! ほら、はやくいかないと!」

 

 そしてフェイトは、

 

「俊はいま忙しいからなのはがいきなよ!」

 

 ここでも睨みあいが勃発、それに耐えかねた俊がヴィヴィオを抱っこしながら、

 

「あーもう俺が行くから! はい! なのはもフェイトも一緒にくる!」

 

 そう言い残して来客が待っているであろう玄関へと足を運んだ。

 

 二人とも指でつつき合いをしながらも渋々といった感じで俊の後に続いた。

 

「はいはーい、どなたですかー?」

 

「どなたですかー?」

 

 俊の後に続く形でヴィヴィオが問いかける。 俊は問いかけながらもドアを開き──

 

「おっほ!?」

 

 目の前の光景に思わず声を上げた。

 

 俊の目の前には9歳の頃の高町なのはがしていた変則ツインテールをし、ゆったりしたセーターで萌え袖を作り、ストレッチフレアースカートに縞々ニーソで合わせた八神はやてが笑って待っていた。

 

 思わず声が漏れた俊にはやてはいやらしい笑みで近寄りながら、話しかける。

 

「なー俊? ちょっとイメチェンしてみたんやけど……どうやろか?」

 

 くるりとその場で回り、身長差を活かして覗き込みながら聞く。 そのときに右手で萌え袖を作り照れ笑いの表情を作りながら、左手で心なしか胸を強調する。

 

「────素晴らしい」

 

 ヴィヴィオをそっとおろし、はやてにゆっくり近づく。

 

「ど、どうしたんだはやて? なんつーか……いつもの数段可愛いんだけど……」

 

「そ、そんなにちがうん?」

 

 自分の服装をマジマジと見るはやて。 ストレッチフレアースカートの端をつまみ、パンチラギリギリのラインまで自分で持っていくその仕草が、俊をより一層引き付ける。

 

 スカートの端が上がるごとに、俊の体は地面に近づいていき、そして頭が地面の中に埋まった。

 

「パパっ!? なのはママフェイトママ!? パパがしんじゃうよ!?」

 

 パパの頭によって陥没している地面を見ながら、その頭の上に足を置いている二人のママの名前を呼ぶ。

 

 しかしママ二人はそんなことなどお構いなしなようで、こめかみをヒクヒクさせながらはやてと対面していた。

 

「はやてちゃ~ん、今日はなんでここにきたのかな~?」

 

「ん? リインとザフィーラの散歩にヴィータが同行して、ヴィータが心配だからってシグナムがそれに同行してて、シャマルはスカさんと一緒に新薬の実験のために本局に朝から行っておらんのよ。 折角の休日なのに一人でいるのは寂しいなぁと思ってたら、いつの間にかここにきてて」

 

「……じゃあ遊びにきたわけ?」

 

「いや俊を迎えにきただけやな。 遊びはわたしの家で……なぁ?」

 

 語尾を艶めかしい声で俊に向かって放つと、そのまま俊に胸を押し付けてくるはやて。 ただ地面に陥没している俊に胸を押し付けたところで、生死を彷徨っている俊はそれどころではないだろう。

 

 なのはの額に怒りマークが何個も浮かび上がる。

 

「今日の俊くんの予定は家族と一緒に過ごすことで埋まってるから。 遊びに行くのはまた今度にしてくれるー? あとわたしも久々にはやてちゃんの家に行きたいから、俊くんが行くときはわたしもついていくね!」

 

 そういいながらはやての手を取るなのは。 その笑顔だけは抜群に可愛いものだった。 あくまで笑顔だけであるが。 しかしはやても負けていなかった。

 

「いやいやなのはちゃんは仕事で疲れてるやろし、折角の夫婦二人っきりの時間なんやからなのはちゃんがいると邪魔なんよ」

 

 こちらも笑顔でなのはの手を握りながら棘をばらまく。 棘が体中に突き刺さったなのははこめかみをヒクつかせながら握った手に力を込める。 それに反応するかのごとくはやての手にも力がはいる。

 

 両者ともに笑顔だからこそ、その周りに放たれる黒い靄が一層の恐怖をかきたてる。

 

 それを敏感に感じ取ったヴィヴィオは目に涙を溜めてフェイトのスカートを摘まみ、屍の手を握る。

 

「ん? どうしたのヴィヴィオ?」

 

「……なのはママとはやておねえちゃんこわい……」

 

 スカートを摘ままれたフェイトははっとした表情になりすぐさまヴィヴィオに笑顔を見せた。

 

「大丈夫だよヴィヴィオ。 でもここは危ないからパパとフェイトママと一緒にお布団にいこっか」

 

「うん! えほんよんで?」

 

「うん、もちろん」

 

 決壊寸前のヴィヴィオの頭を優しく撫でると、腋の下から手を入れゆっくりと抱っこし、屍の手をしっかりと繋ぐとピリピリする二人に笑顔を向ける。

 

「あ、私はヴィヴィオと俊と部屋にいるから。 二人でファイトっ!」

 

 がっちりと掴んだ手は離さずに、泣き目のヴィヴィオを抱いたまま家に入っていくフェイト。 なのはとはやてが見守る中、玄関からはガチャリという音が鳴った。

 

「フェイトちゃんいま鍵閉めたよね!? 当たり前のように閉めたよね!?」

 

「ちょっ! それは卑怯な戦法やとおもうで!? フェイトちゃんちょっと話し合いの場くらい設けて!」

 

 なのはとはやてが二人して玄関に向かって叫ぶ中、フェイトはヴィヴィオと屍と一緒の布団でほくほく笑顔であった。

 




挿絵投稿、機会があればやりたい


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A's16.休日(後編)

「俺の記憶がない間に何が起こったんだ」

 

「えっと……なのはとはやてが二人っきりにしてほしいとお願いしてきたから、私が気を利かしてヴィヴィオと俊を連れて家の中でゆっくりしてたくらいかな?」

 

「そうか……。 こいつらは殺し合いでもしようと考えてたのか?」

 

 目の前に座っている二人の魔法少女はお互いに頬を膨らませて、そっぽを向いている。 俺が作った昼飯はしっかりと食べながらであるが。 場所は既に玄関からリビングに移っていた。 俺がはやてのパンツ鑑賞しようとした瞬間から意識がなくなり、気が付けばフェイトとヴィヴィオの抱き枕になっていたからサッパリわからん。 なんで二人ともこんなに空気がギスギスしてるんだ?

 

「パパピーマンたべる?」

 

「う~ん、パパもピーマンあるからいいかな。 ほら、ヴィヴィオもピーマンたべて──」

 

「そっかぁ。 フェイトママたべる?」

 

「おーいヴィヴィオちゃんパパを無視しないでくれー」

 

 フォークで刺したピーマンを俺の隣にいるフェイトに向けるヴィヴィオ。 このピーマン嫌いもなんとかしないととは思うけど、どうやって克服させていこうか。

 

「フェイトママもピーマンあるから大丈夫だよ。 というかヴィヴィオ、今日のおかずはピーマンの肉野菜詰めチーズ入りなんだからピーマンあげたら──」

 

「はいガーくん」

 

「アーン」

 

「もしもーしヴィヴィオー?」

 

 フェイトもピーマンを食べないと分かった途端に捨てるのか。 子どもってこういう所が恐ろしいところだなぁ。 というか、お願い一つ聞く約束でもピーマン食べるの嫌だったのか。 それとも目の前に置かれた実物を見て、約束なんて忘れたのかな?

 

 フェイトの席は俺の隣だ。 というよりも、フェイト・俺・ヴィヴィオ・ガーくんの順に並んでいる。 対する向かい側はなのは・はやてだけである。 明らかに場所がおかしい。

 

「そういえば、今日は元々庭で昼食を食べる予定だったんだけど、皆室内でいいのか?」

 

 ビクッ!

 

 庭という単語を聞いて肩を震わせた魔法少女が約2名。

 

「い、いや、庭より室内のほうが情景よくて気持ちがいいんじゃないのかな? ね! はやてちゃん!」

 

「そ、そうやな! なのはちゃん! やっぱ庭より室内やな!」

 

 先程とは打って変わった表情で息を合わせて野外食事を拒否するなのはとはやて。 明らかにおかしい、絶対に俺がノビてる間に何かがあったんだろうな。

 

「……フェイト? なにかした?」

 

「えっと……ヴィヴィオと遊んでたらうたた寝しちゃって、気が付いたら鍵開けるのをすっかり忘れてて……」

 

「うぅ……玄関の外に放置されるのがこんなに怖いことだなんて……」

 

「最初の10分はまだよかったんや……。 その後の50分間がもう涙が出てくるほど情けなくて……」

 

 二人とも放置されたときの心境を思い出したのか、瞳にハイライトを消して沈んだ表情で昼食を食べる。 ……正直物凄く可哀想になってくる。 思わず抱きしめてあげたくなるほどだ。

 

 チラリと横目でフェイトを見る。 フェイトもフェイトで反省というか後悔というか、しゅんとした表情をしていた。 いやまぁ、フェイトが悪いとは限らないし、元々なのはとはやてがモメにモメたのが原因かもしれないしなぁ。

 

「パパー、ヴィヴィオおかわりー」

 

「おー、はいはい。 ちょっとまってねー」

 

 差し出したヴィヴィオの皿に俺の皿の手をつけていない部分を分ける。 むろん、ピーマンもだ。

 

「…………」(固まったまま俺を見つめるヴィヴィオ)

 

「いや……そんなに悲しそうな表情でパパをみてダメだぞ? ピーマンさんだってヴィヴィオに食べてほしいって泣いてるぞ?」

 

「ピーマンさんはパパだからダメ」

 

「こらヴィヴィオダメでしょ。 ピーマンは変態じゃないんだからパパと一緒にしちゃダメ」

 

「まってフェイト。 いまさらっと俺のこと変態にしなかった? 否定はしないけど、別に否定は出来ないけど」

 

「そっかぁ。 ピーマンさんはパパじゃないのかぁ。 フェイトママたべる?」

 

「逆に食べさせてあげよっか。 はい、あーん」

 

「やっ」

 

 手を交差させて嫌がるヴィヴィオ。 明らかな否定のポーズだが、そこまでしてピーマンを食べたくないのか。 お前は哲学する柔術家か? ちょっとこのままじゃ心配になってくるぞ。

 

「うぅ……俊ヴィヴィオが私のピーマンを食べてくれないよぉ……」

 

「ま、まぁまぁ、ゆっくり克服させていけばいいからさ」

 

「うぅ、じゃあはい。 とりあえずあーん」

 

 ヴィヴィオに断られたのがショックだったのか、フェイトはヴィヴィオに食べさせる予定だったピーマンを俺の口に運んでくる。 なんと役得なんだろう。 差し出されたピーマンを咀嚼しながらそう考えていると、

 

「「…………」」(何も言わずに黙ってピーマンを差し出す向かい側の二人)

 

 ……俺だってピーマンはそこまで好きじゃないんだけどなぁ。

 

「浮気は絶対に許さないからね、俊くん?」

 

「わたしは分かっとるで、俊?」

 

 断る術は持ち合わせていなかった。

 

          ☆

 

 昼食を食べ終えた俺達はなんとなく携帯ゲーム機片手にデザートを食していた。 今日のデザートはあんみつである。 円形に並んだ俺達はあんみつをぱくぱく食べながら、どこか遊びに行かないかと計画を立てていた。 遊びに行くことには全員賛成したが、今回はヴィヴィオもいるのでヴィヴィオが退屈しない遊び場ということで揉めた。 俺のアダルトショップ巡り案は反応すらしてくれなかったです、まる。

 

 大人しくヴィヴィオを膝に座らせてヴィヴィオの髪を編み込みしていると、なのはが勢いよく手をあげた。

 

「わたし久しぶりにボウリングに行きたい! わたしと俊くんとヴィヴィオペア対フェイトちゃんはやてちゃんガーくんペアで対決しようよ! ねっ!? ねっ!?」

 

「ちょーっとまつんやなのはちゃん! そのペアの組み合わせには疑問を感じるで!」

 

「そうだよなのは! 此処は私と俊とヴィヴィオとガーくんと二人ということで!」

 

「残念でしたー、俊くんはわたしと一緒が一番嬉しいもんね! それに、二人とも今日は超ミニスカでしょ? そんな姿でボウリングなんてしたらどうなるかなぁ?」

 

 にやにやと極悪っぽく笑うなのは。 なのは自身が可愛いから全く怖くないのだが、それは言わないでおこう。 しかしそうか……ボウリングかぁ、確かに体を動かすのはいいかもしれん。 それに──合法的にパンツ見放題だしな!

 

『いや、べつにそれはかまわへんけど。 むしろこの恰好は見せるためにしてるもんやしなぁ』

 

『わ、私ははやてみたいな考えじゃないけど、俊が見たいっていうのなら別に隠さなくてもいいかな……。 それに今日は攻めるって決めてたし』

 

『う、うぐぅ……っ! ふ、二人ともずるいの! なのはもミニスカにする! 二人のミニスカよりきわどいミニスカがあるもんね!』

 

『『はぁ……』』

 

 思わずこれから訪れるであろう桃源郷を考えながら拳を握りしめると、編み込みのため大人しくしていたヴィヴィオが顔だけこちらに向きつつ聞いてくる。

 

「パパー、ぼうりんぐってなーに?」

 

「んーっと、10本の棒を大きなボールを転がして倒すゲームのことかな。 ちょっとゲームで練習してみよっか」

 

「うん!」

 

 携帯機ゲームのカセットを入れ替えて起動する。 ヴィヴィオの目の前にそれを持っていくと、ガーくんも興味があるのかヴィヴィオの横にピッタリとくっついて画面を凝視しはじめた。

 

 ヴィヴィオとガーくんにとっては初めてのボウリングか。 こういうのは一番初めが肝心なんだよなぁ。 最初が楽しければその後もその遊びを楽しく続けることが出来る。

 

「おー! これたのしい!」

 

「ガークンモ!」

 

「きょうはこれをみんなでするのかー。 ヴィヴィオたのしみ!」

 

 画面を見ながらきゃっきゃきゃっきゃとはしゃぐヴィヴィオとガーくんを見ながら思う。

 

 今日がヴィヴィオとガーくんにとって最高の休日になるように頑張ろう。

 

 それが親の務めなのだから。

 

             ☆

 

 ─某ボウリング場─

 

「いや、お前らが出かける準備に1時間もかけるからおかしいとは思っていたよ。 なんせ素材が抜群なんだから化粧なんてほとんどしなくていいし、服もセンスいいから全部可愛いからな。 そんなお前らがなんでこんなにも時間をかけているのか考えていたが──なるほど、こういうことか」

 

 今日来たのは車で20分移動した場所になるボーリング場だ。 ボーリングってのは遊びでやる分には性別も年齢も考えないスポーツだから休日になると混むんだよこれが。 俺らも学生の頃行ったけど混んでて遊べないってこともあったもんだ。 とくにカップルとかな。 あいつらイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしやがってッ! なんどパチンコと改造モデルガンで店を追い出したことか! 俺への当てつけか! バカッ! はッ!? 危ない俺としたことが取り乱してしまったようだ。 まぁなんだ、つまり何が言いたいかというとボウリングってのはそれくらい人気の娯楽なんだ。

 

 だというのに──

 

「にゃはは……だってふと考えたらわたし達管理局の看板娘たちが全員ミニスカで下着が見えるようなスポーツしちゃったらとんでもないことになっちゃうからね。 上の人に相談したらすぐに此処を貸切にしてもらうことが出来たんだー」

 

 それでいいのか管理局上層部。 それ完璧に職権乱用だろ。 管理局の体制壊した俺がいうのもなんだけど、君ら頭大丈夫か?

 

「それに……わたしも俊くん以外の人に下着見せるのは嫌だったし……」

 

 もじもじとさせながら黒のアダルトチックなミニスカを摘まむなのは。 やばい、とんでもなく可愛い……。

 

「はっはっは、何を言ってるんだよなのは。 そんな、なのはが俺以外の男に下着を見せるなんてそんな俺はぶっ殺さないといけなくてコロコロしながらも金玉もコロコロしちゃってでもまんまんだってコロコロしたいし──」

 

「俊くんっ!? 俊くん冗談だから! わたしは何があっても俊くん以外には見せないから落ち着いて!? ね!? そっちの世界に行かないでっ!」

 

『でもなのはちゃんのバリアジャケットって構造上パンチラ具合が激しいとおもうんよ』

 

『大丈夫だよ、はやて。 なのはレベルの魔導師になると鉄壁のスカートスキルが発動して見えないから』

 

『流石なのはちゃんやな。 萌え系魔法少女の極意をしっかりつかんどる。 まぁ年齢的にもう萌え系は厳しいかもしれへんけど』

 

『でも俊のお宝の中では20後半でもロリ系って表現を使う女性が沢山いたから私達もまだまだ萌え萌えは使えるよ。 それになのはは萌えの天才だから』

 

『あー……確かになぁ』

 

「なんか嬉しいような悲しいような……。 ま、まぁでも大丈夫だよ俊くん。 わたしには俊くんだけだから!」

 

 ぎゅっと誰かが抱きついてくる。 この胸の感触、この形──紛れもなくなのはのおっぱいだ!

 

「ありがとうなのは。 キミはやはり天才だ」

 

「……最低」

 

 ぼそりと呟くなのはの声が妙に冷たい。 何故だろう?

 

「ま、俊くんだからしょうがないか。 ほら、俊くんさっさと登録しよ!」

 

「お、おうそれもそうだな!」

 

 さーて、またとないパンチラ量産舞台だ! 本気出すぞ!

 

        ☆

 

「ねぇおかしくない? なんで三人とも別のレーンにいて全員俺の名前入れて登録してるの? お前達別居中の夫婦なの?」

 

 どうしてこうなったのか。 僕にはまるでわからない。 後ろから三人のパンチラをニヤニヤしながら鑑賞し、あわよくば嬉し恥ずかしハプニングとか手取り足取り腰とりの指導とか想像してたのに三つのレーンを行ったり来たりじゃ落ち着いて座ることもできないぞ……。

 

「はい俊! がんばって!」

 

『俊くんはやくー!』

 

『俊ー!』

 

『はやてちゃんもフェイトちゃんもやめてよー! 俊くん困ってるでしょー!』

 

『そういうなのはちゃんだって──』

 

 ギャーギャーッ!

 

「なんか鳥が騒がしいね。 あ、もうちょっと投げる速度落としても大丈夫だと思うよ?」

 

「ふぇ、フェイト胸が当たってるんだけど……!?」

 

「えっち」

 

 たったいまはやてのレーンで投げ終えたというのに既にフェイトは俺のボールを持ってスタンバイしていた。 それはもう屈託ない笑顔で。 俺がボールを持つと彼女は隣で腕組みし、投げれないように体を寄せる。 まるで彼氏とデートに来たイチャイチャカップルのような気分だ。 しかしそれは後の二人も同様であった。 なのはもはやてもニコニコとした笑顔で自分の番のときも俺が来てからしか投げないし、本当に幸せそうだ。

 

 だからこそ、俺も口では悪態をつくけど止められない。 彼女たちが幸せそうなら俺はそれでいい。 自分が頑張ればいいだけの話だから。 自分が体動かして彼女達が笑顔を浮かべてくれるなら。 でもどうしてだろう? 自分の中が何かが引っかかる。 いまにも地雷を踏みそうな──

 

「ヴィヴィオつまんない!」

 

 その言葉で全員の動きが止まった。 俺はゆっくりと振り返る。 なのはのレーンにじっと座ったまま、いまにも涙をこぼしそうな5歳の幼女を見つめる。

 

「えっと……ヴィヴィオ?」

 

「ヴィヴィオもうかえる!」

 

「ど、どうして? もしかしてボウリングつまんなかった?」

 

 隣にいたなのはがしゃがみ込み、ヴィヴィオの目線と同じ高さで語りかける。 対するヴィヴィオは涙が溜まっていた目を袖で拭きつつ答えた。

 

「だってなのはママもフェイトママもはやておねえちゃん、みんなばらばらだもん。 パパはずっとはしってるしヴィヴィオつまんない……。 ヴィヴィオもうぼうりんぐきらい……」

 

 ぎゅっとなのはに抱きついたヴィヴィオ。 そりゃヴィヴィオにとっちゃ楽しくないよな。 折角皆で遊べると思ってきたボウリング場なのに、蓋を開けてみれば全員とも違うレーンで遊んでるんだもんなぁ。 ヴィヴィオの想像してた未来予想図とはかけ離れた図だろうな。

 

 ボウリング場にはヴィヴィオの鼻をすする音だけが聞こえていた。

 

 既にはやてとフェイトも俺の隣に来ていたが、二人ともバツの悪そうな顔でおろおろしているだけである。 非は完全にこちらにある。 その非はなにもなのはとフェ

イトとはやてだけじゃない。 俺にもある。 俺だってこのレーンの組み合わせになった瞬間に反対するべきだった。 俺の身体能力をもってすればスライディングしながらパンツを鑑賞することができるのでこの状況に甘えていたんだ。 目先のパンチラに目がくらんでしまったのだ。 いわば好きな相手のパンチラが俺の思考判断を狂わせた。 そしてその結果、ヴィヴィオは──

 

「ごめんねヴィヴィオ。 なのはママ達が悪かったよ。 自分たちのことばかり今日は考えちゃってごめんね……」

 

 なのはがあやすようにヴィヴィオを抱っこし頭を撫でる。 ヴィヴィオは胸に顔を埋めたままこくんと小さく頷くだけに止めた。 ヴィヴィオが泣いているのかどうかは定かではないが、最悪の休日になったことだけは確かである。 完全に俺の失態だ。 三人ともすっごい暗い顔してるし、娘は泣くし。 俺もなんだか泣きたくなってきた。

 

 もういっそこのまま失禁でもしようかと考えていた直後、隣にいたフェイトの横を風のように通り過ぎ、なのはの胸に顔を埋めていたヴィヴィオに声をかける人物がいた。

 

「小さくて可愛らしくて愛らしいお客様。 申し訳ございません。 私のほうで手違いを起こしてしまいました。 先ほどまでのレーン分けなのですが、あれは昨日の合コンでのレーン分けを見間違えて組んでしまったものです。 長年この業務に努めていますがこのような失態をしたあげく、あなたのような小さくて可愛らしいお客様に嫌な思いをさせてしまうとは……恥ずかしい限りでございます。 正しくはこのようなレーン分けでした」

 

 そう言って深々と頭を下げた店員は機械を操作する。 何回かの電子音の後、レーン分けの表示は、なのは・しゅんから、なのは・フェイト・はやての一組目としゅん・ヴィヴィオ・ガーくんの二組目に分かれていた。

 

「席もバッチリ隣通しでございます。 お若い夫婦とそのご友人にもご迷惑をおかけしまして、なんとお詫びしたらよいものか」

 

 店員はオーバーリアクションを取りながら悩みだした。

 

 そこにヴィヴィオの小さな声が聞こえてくる。 胸に顔を埋めたままだが、ヴィヴィオの要求はバッチリ聞こえていた。 その要求に店員は笑顔で応える。

 

「わかりました。 それでは少々お待ちください」

 

 深々と頭を下げた店員はすぐに要求されたものを取りに奥へと引っ込んだ。

 

 それと同時に、ヴィヴィオの明るい声が聞こえてきた。

 

「えへへ、パパといっしょ! なのはママといっしょ! フェイトママといっしょ! はやておねえちゃんといっしょ! ガーくんといっしょ!」

 

「そうだよー、もう誰も離れたりしないからね」

 

「せやでヴィヴィオちゃん。 まぁ今後離れることがあるとしたら……その人の命が絶たれたときやな」

 

「ふぇ……」

 

「ちょっとはやてちゃんっ!? いまのヴィヴィオは泣き虫モードなんだからやめてよ!」

 

「ヴィヴィオー、フェイトママがだっこしてあげるからおいで」

 

「うん!」

 

 なのはの胸からフェイトの胸に飛び移るヴィヴィオ。 やはり巨乳のほうがいいもんな。 わかるぞ、その気持ち。

 

「俊くん……?」

 

「うひゃぁっ!?」

 

「いま失礼なこと考えてなかった?」

 

「め、滅相もございませんッ!」

 

 瞬時に背後に周りこみ頸動脈を確実に押さえてくるなんて管理局のエースオブエースは化け物か!? あ、でも胸は気持ちいい……。

 

 俺の考えを見抜いたのか、なのははすぐに飛びのき胸を隠す仕草を取る。

 

「……変態」

 

「およびでしょうか?」

 

「なんか悲しくなってくるから返事するのやめて!?」

 

「でも名前を呼ばれたから……」

 

「キミの名前は上矢俊でしょ!?」

 

「ふッ、懐かしい名だ。 その名をまた聞くことになるとはな……」

 

「いやいや、現役で使ってるでしょ。 また厨二病でも再発したの?」

 

「な、なわけないわい!」

 

「はいはい……。 ほら、早くお礼言うよパパ」

 

「ですなママ。 すいませーん! ──って、あれ?」

 

 スタッフが引っ込んだスタッフルームを尋ねると、そこには先ほどヴィヴィオが要求していたストロー付きカルピスと手紙がぼんに添えられていた。 なのはの方に首を向けるが、こちらの言いたいことが分かっているなのはも首を横に振ることで応えた。

 

「……奇術師か何かか?」

 

「いやいや、わたし達Sオーバー3人に勘付かれない人物なんて早々いないよ。 これでも魔導師だよ? 平時のときでも察知する能力を下げることはないよ」

 

「その割には俺の覗きに気づかないときもあるよな」

 

「…………まぁ見てほしくないわけじゃないし……」

 

 いきなり小声になったので聞き取れなかったが、まぁ殺すという単語はなかったっぽいし大丈夫だよね? 家に帰って殺されないよね?

 

 ちょっとだけ幼馴染の小声の声に心臓をバクバクさせながら、ぼんにカルピスと一緒に乗っけてある手紙を取る。 隣でなのはが覗き込んでいるのを確認して、俺も声に出して読み上げた。 長文ではないが、あまり意味のわからない文章であった。

 

 曰く、『その他のレーンにも順次振り分けておりますので、今日はこころゆくまでご堪能ください』 とのことだった。

 

 なのはも意味が分からなかったのか、首を傾げてこちらを見てくる。 しかしながら、俺だってこれは理解できない。 そうやって二人で首を傾げていると、ふいになのはが体をビクンと跳ねさせた。

 

「……バイブ?」

 

「違うよバカ! はぁ……今日は折角楽しい休日になると思ったのに……」

 

 ため息を吐きながら天を仰ぐなのは。 いったいどうしたというのだろうか?

 

 もうなんか俺の手を握りしめてここから一歩も動かない姿勢を取るなのはに懐疑的な視線を投げかけていると、階下から聞き覚えのあるバカの象徴の声が聞こえてきた。

 

『なのはたんの髪の毛発見! やはりなのはたんはここにいますよ!』

 

『いやそれは分かったからお前らは訓練に戻れよ。 もう期日迫ってんだろ、昇進試験の』

 

『根詰め過ぎるとよくないからって息抜きに犬の散歩に連れて行ってくれたのはヴィータさんじゃないですか! 最後までお供しますよ!』

 

『ふむ、ボウリングか。 そういえば家にヴィヴィオ君がいた頃は諸事情によりこういう場所に連れていくことはできなかったので、本当に彼らに預けてよかったと思えるよ』

 

『主はやてッ!? 主はやては何処にッ!?』

 

 バカの象徴を筆頭に、毎日毎日耳にしている奴らの声が集まってくる。 成程な、いまようやくなのはが後ろに隠れたのか合点がいった。 そりゃ今日のなのはは気合の入った服装だもんな。 あいつらからしたら恰好の獲物ってわけか。

 

 スタッフルームから階段場所を覗く。 うひょー、皆いるじゃん。

 

『あ、スカさんにヴィータちゃんだ! わーい!』

 

『よおヴィヴィオ。 ボウリング楽しんでるか?』

 

『いまからすきになるとこ!』

 

『お、じゃあまだしてないってことか。 ってあれ? パパとなのはママは?』

 

『パパとなのはママ? んーっと……あれ? ヴィータちゃん、パパとなのはママがまいごになっちゃった……』

 

『まぁそんなに涙目になるな。 ティアがいるから──』

 

「ギャーッ!? やめて!? 下着脱がそうとしないで!?」

 

「なのはたーん!」

 

「ぺろぺろー!」

 

「なのはタソー!」

 

「なにどさくさに紛れて俊くんもまざってんの!?」

 

「まぁ着衣派の俺もノーパンまでは認めるよ。 スカートは絶対に脱がすなよ?」

 

「「あいあいさー!」」

 

「セーットアーーーープッ!!」

 

「撤退だ! ちょっと悪ふざけが過ぎたようだぞ!」

 

「コホーッ! シュコーッ!!」

 

 言語を失ったなのはの攻撃は、一切の手加減がなかったので怖かったです。 もう絶対になのはのパンツを脱がすことはやめようと思いました。 本日2度目の臨死体験でした。

 

     ☆

 

 ボウリング場には黄色い声が至るところで聞こえてくる。 元々六課は女性の人数が圧倒的に多いというのに、今回はスカさんの娘も全員参加。 花園にまで発展している。 そして俺の膝の上にはヴィヴィオがおいしそうにカルピスを飲んでいる。 先ほどとは打って変わったほくほく笑顔で、なんとも幸せそうな表情だ。

 

「パパ?」

 

「ん? どうした?」

 

「ぼうりんぐってたのしいね!」

 

「あぁそうだな」

 

 ヴィヴィオの頭をなでなでしつつ、先程についての反省会を頭の中で行う。 はぁ……なんか落ち込むわ。

 

「おーいヴィヴィオ。 ほら、投げ方のフォーム教えてやるよ」

 

「おー! ヴィータちゃんおとなだー!」

 

「いや、見た目がロリなだけで実際にめっちゃ大人なんだけどな」

 

 ロヴィータちゃん、お前はロリと共存する道を歩むのか。 俺にとってはいいことだ。 生涯ロリっ娘がそばにいることになるんだからな。

 

 膝からロヴィータちゃんの元へと移ったヴィヴィオは、幼児用の5本指ボールを使いながらロヴィータちゃんの真似事をする。 ロヴィータちゃん真剣そのものである。 いやー絵になるなぁ。

 

 自身で買ったお茶を飲みながらヴィヴィオとロヴィータちゃんの様子を見ていると、両隣に挟み込むようになのはとフェイトが腰をおろす。

 

「俊くん楽しんでる? あ、お茶ちょうだい」

 

「楽しんでるぞー。 はいどうぞ」

 

「今日は失敗しちゃったね、色々と」

 

 なのはにお茶を渡しつつフェイトの言葉に頷く。 完全に俺らの大失敗だよ。 ヴィヴィオが漏らして以来じゃないか? ここまで大失態を犯したのって。

 

「はぁ……ちゃんとママやってるつもりだったんだけど……ついつい自分のことに走っちゃったよ」

 

「私も。 今日はどうかしてたかも」

 

「「はぁ……」」

 

 肩を落として暗い影を落とす二人。 これは結構重症かもしれない。

 

「あー……そこまで落ち込む必要もないさ。 そりゃ今日は全員暴走してさ、結果的にはヴィヴィオを泣かすことになっちゃったけどよくよく考えてみると今日の失敗はいい失敗だったのかもしれないぞ」

 

「何言ってるの……可愛い娘が泣く姿みてわたしの心はバラバラ寸前になっちゃったんだよ?」

 

「私なんて9歳の頃の自分と重ねちゃったよ……」

 

 相当重症だった。 もうなんか二人の周りだけ負のオーラが半端ない。 はやての方を見ると、はやてははやてでシャマル先生に暗い顔して何かつぶやいてるし。 すんません、シャマル先生そっちは頼みます。 俺はこっちをなんとかしますから。

 

 落ち込む二人をそっと抱きしめる。 両肩にビクリと体を跳ねる感触が伝わってくる。 さらにぎゅっと抱きしめる。 決して自分から逃げることが出来ないように。

 

 抱きしめられた二人が上目使いでこちらを見上げている気配を感じながら、俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。 慎重に言葉を選び、二人に優しく伝える。

 

「よくさ、失敗の先に成功があるって言葉聞くじゃん? あれってさ、失敗をしてから初めて成功が何なのか判明するって意味だと俺は捉えてるんだ。 まぁ、本当は違

うかもしれないけど少なくとも俺はそう捉えている。 失敗をしないままの人生も悪くないが、きっとその人生にベストと呼ばれるものは存在しないと思うぜ。 だって判別する材料が存在しないから。 『きっとこうなんだろうな』そんなあやふやな答えを持って進んでいく道ってとっても怖くないか? 俺なら怖い。 怖すぎるな。 だから今回のことは自分達にとっていい経験になったんだと思う。 俺もなのはもフェイトも間違いを犯した、失敗した。 だから今後はその教訓を生かしていけばいいじゃない」

 

 大丈夫、大丈夫だから。

 

 そう二人に言い聞かせながら、そして自分に言い聞かせながら。

 

「って、どうしたんだ二人とも? 下ばっかり見てないでカッコイイこと言った俺を見惚れてもいいんだぞ?」

 

「「………(いやいやいやっ!? いまは絶対に無理! バレる! 絶対にバレる!)」」

 

 俯いている二人の頭をぽんぽんと撫でつつ、俺のことを呼んでいるヴィヴィオの元へ行くために腰を上げる。 さて、俺もヴィヴィオと遊ぼうかな! 今日は死ぬまで

遊びつくすぞ!

 

「ひょっとこ、賭けボウリングしようぜ久しぶりね」

 

「いいぜロヴィータちゃん! じゃあ俺が勝ったら処女頂戴!」

 

「あたしが勝ったらギロチンな。 ちなみにさっきは全てストライク出したぞ」

 

 ……今日で本当に死ぬかもしれない。

 

            ☆

 

 結局、俺達が家に帰ってきたのは夕方近くになってしまった。 何度かローテーや人数シャッフルしてトーナメントや団体勝ち抜き戦したりと大盛り上がりだったのでしょうがない。 まぁそのせいでヴィヴィオは終盤ねむねむモードでなのはとフェイトと俺を中心に皆で抱っこしたりおんぶしたり。 そのくせ『ヴィヴィオまだかえりたくない』って駄々はこねるし。 まぁ可愛いし、最終的にヴィヴィオがボウリングを好きになってくれたからよかったよかった。

 

 いまヴィヴィオはソファーの上でガーくんを枕にしてすやすや夢の中に旅立っている最中だ。 疲れちゃったんだろうな、今日はお疲れ様。 夕食までゆっくりおやすみ。

 

 ヴィヴィオの髪を撫でていると、後ろからなのはが声をかけてきた。

 

「お疲れ様、俊くん。 はい、紅茶」

 

「サンキュー。 あれ? フェイトは?」

 

「あぁ、フェイトちゃんはいま部屋でティアに勉強教えてるよ。 執務官試験は鬼畜だからね。 今日は元々ティアはフェイトちゃんに教えてもらおうと思ってたみたいだし。 皆も察してティア一人にしてくれたしね」

 

「ティアたん頑張ってるじゃん。 受かるといいな」

 

「俊くんたん付けはやめようよ、きしょいから。 まぁ受かればいいけど……実際のところは微妙かなぁってのがわたしとフェイトちゃんの意見。 一回じゃ決まらないかもしれないね」

 

「厳しいな教導官」

 

「厳しいというか現在の力量を見るとそういった判断を下さなきゃならないんだよぉ。 わたしだってティアには受かってもらいたいよ」

 

「ということは、あの年で受かったフェイトってとんでもなく凄いんじゃね?」

 

「とんでもなく凄いんだよ。 わたしもフェイトちゃんもはやてちゃんもね。 はぁ……こんなに長いこと面倒見るのは初めてだから胃がキリキリするよ……」

 

 ヴィヴィオのソファーに座ったなのはは、ヴィヴィオの髪を撫でながら部下を思いつつ胃をさする。 心優しき教導官は色々と大変だなぁ。

 

 二人でヴィヴィオを黙ったままわしゃわしゃわしゃわしゃと弄る。

 

 わしゃわしゃわしゃわしゃすること数十分、流石に俺も夕食の準備をしなきゃならん時間になってきたので席を立つ。

 

「あ、俊くんちょっとまって。 今日はわたしも一緒に夕食作るよ」

 

「やめて」

 

「ふぇ……」

 

「さぁ一緒に夕食作るぞ! まるで新婚さんみたいだな!」

 

 流石に一日に二人も泣かれると困る。 それも未来の嫁と娘ときたら精神がもたん。

 

 台所で一緒に買ったエプロンを装着しながら鼻歌を歌うなのはを見ながら、ふと想像する。

 

 結婚指輪をはめたなのはと自分が二人揃って台所に立つ姿。 そしてそこに自分達の母校の制服を着たヴィヴィオがガーくんと一緒にやってくる。 そこに指輪をはめて女教師スタイルのフェイトが笑顔でやってくる。 そんな、妄想のような幸せな想像。

 

「ははっ」

 

「? 俊くんどうしたの?」

 

「いや、なんでもないさ」

 

「あー、怪しい。 なのはさんのセンサーにピンってきたよ!」

 

 頬を膨らませてこちらを睨みつけるなのは。 可愛く睨みつけるためまったく怖くない。 そんななのはのほっぺたを摘まんで口から空気を吐き出させる。

 

「ほんと可愛いなぁーなのはは」

 

「はぐらかさない!」

 

 そんなやり取りを繰り返しながら夕食の準備をしていく。

 

『あふ……ぱぱ~? なのはまま~?』

 

「あ、はーい! ここにいるよー!」

 

 ヴィヴィオの寝ぼけた呼びかけに答えるなのはを横目に思う。

 

 休日はまだ終わらない。 きっと夕食後も楽しい休日が続くんだろうな。

 

 それはそれとして、いったいあのスタッフは何者だったんだろうか?

 




サイトのほうではイラストを載せていましたが、ちょいと下手くそすぎたんで自重します。今年中にはリメイク載せると思います


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A's17.ぺろぺろ

 嬢ちゃんとスバルンの昇進試験が明日に迫った夜、俺達海鳴組は呑気にトランプをやりながら寝るまでのしばしの時間を満喫していた。 膝の上にヴィヴィオを乗せた俺は、いち早くババ抜きから上がったのでヴィヴィオの髪をブラシで梳いてツインテールにする作業に勤しんでいた。

 

「あー、ヴィヴィオの髪はスベスベだなー。 この髪をずっと触っていられるなんてなんという役得」

 

 ヴィヴィオのほっぺたをちょいちょいと触りながらヴィヴィオ成分を補給する。 ほっぺたを弄られているヴィヴィオは、何度かくすぐったそうにしながらもこちらにはにかんでいるので止めはしない。 ところでヴィヴィオ? ガーくんの体毛はツインテールに出来ないからそろそろ止めようか? ガーくんさっきからめっちゃ痛がってるから。 アタタッて言ってるから。

 

「そういえば明日が昇進試験だけど、誰が付き添いすんの?」

 

 隣でヴィヴィオにポッキーをあげていたはやてに聞く。

 

「えーっと、二人の付き添いはなのはちゃんとヴィータとシャマルやな。 後学のためにエリオとキャロも一緒に行くみたいやけど。 わたしのほうが昇進試験に受かった時ように、部隊のランク調整と本局への定例報告会でいけないんよ。 シグナムとリィンはわたしのほうについていくみたいやし。 ザフィーラはお留守番や」

 

「番犬だもんな」

 

「最近皆が犬扱いするから人間状態のときでも四足歩行しようとするんよ……。 洗脳って恐ろしいで……」

 

「ほんまかいな……」

 

「いや、ほとんど俊のせいだからね?」

 

 はやてとは逆の隣にいたフェイトが話に入ってきた。 あら、3番目に終わったのね。 じゃあどんけつシャマル先生か。 あ、ちょっと悔しそう。

 

「そういえばフェイトはどうすんの?」

 

「わたしは家にいるよ。 ヴィヴィオの面倒見ようかなって思ってさ」

 

「お? あしたはフェイトママとずっといっしょ?」

 

「そうだよーヴィヴィオ。 明日はフェイトママと何して遊ぶー?」

 

「なにしてあそぼお……。 パパはなにしてあそびたい?」

 

「んー? パパはフェイトママとプロレスごっこしたいな」

 

「じゃあヴィヴィオもそれするー! パパ、ヴィヴィオとしよ?」

 

 ダッ!(ひょっとこは逃げ出した)

 

 バチンッ!(金色のバインドが足の自由を一瞬にして奪う)

 

 ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッ!(プロレス実践中)

 

「ええか、ヴィヴィオちゃん? ヴィヴィオちゃんとパパがプロレスをすると、パパはあんなことになってまうんよ」

 

「ヴィ、ヴィヴィオぷろれすごっこはいい……」

 

 きゅっとはやてのスカートの裾を握るヴィヴィオを、はやては優しく抱っこする。

 

 ヴィヴィオがはやての膝の上で、ガーくんにツインテール計画を再開し始めた矢先、2階からばたばたと慌てて階下に駆け降りる音が聞こえてくる。 ヴィヴィオとはやてはその音に揃って首を向けると、寝間着姿のなのはが慌てながら──

 

「俊くんわたしの万年筆──俊くんが落下させたザクロのような姿にッ!?」

 

「あ、万年筆ならなのはの机の引き出しにあるぞ。 鍵かけてある引き出しの一つ下」

 

「キモッ!? 俊くんタコみたいでキモ!」

 

「お前はよく幼馴染にキモいを連呼できるな」

 

 なのはは起き上がった俺の姿を見るなり、キモいを連呼してその場を去りまた2階へと上がった。 かと思うと、数分も立たないうちにまたばたばたとこちらに戻ってくる。

 

「お、久々のバタなのじゃん」

 

「いやいやいや好きでバタバタしてるわけじゃないから!」

 

 そういったなのははテーブルに座り、さっきから手に持っていた書類に万年筆を走らせる。

 

「ねぇフェイト、バタなのは何してるの? 一向に自分が進化しないからクレーム書いてんの?」

 

「なのはの場合、クレームというなの砲撃だから」

 

「あーなるほど」

 

「えっ!? いまなんで俊くん納得したの!? どの部分で納得する要素があったの!?」

 

 筆を走らせていたなのはがこちらに振り向く。

 

「ほんでんで、なのはは何を書いてるの?」

 

「あの子たちが六課に入ってからの訓練評価を書いてるの。 この子はどの部分が伸びてきたとか、長所はどこで短所がどこかってのをね。 明日昇進試験でしょ? だからそれを提出して評価の際の目安にしてもらうの」

 

「巷で話題の賄賂?」

 

「いやいや、そんなことしたら一発で退職に追い込まれるから」

 

「なのはは今年に入ってからおっぱいが少し大きくなったよな」

 

「えっ!? それほんと!?」

 

「うっそぴょーん」

 

「俊逃げてッ!? なのは本気だから! なのは本気だから!」

 

 ちょっとからかっただけなのに万年筆投擲するなんていまの管理局員って恐ろしい……ッ!

 

「で、俊はなんで咄嗟にわたしの後ろに隠れたんかな? そこらへんについて詳しく聞きたいんやけど」

 

 なのはがバーサーカーになった瞬間、フェイトがなのはを抑えその隙に俺ははやての後ろに隠れた。

 

 い、いかん……ヴィヴィオの髪をツインテにしてるはやての所に隠れるなんてこれじゃまるではやてを盾にしたみたいだ……。

 

 ……はやての好感度がみるみる下がっていく音が聞こえてくる……っ!

 

 男ひょっとこ、ここでカッコイイセリフと共に挽回させて頂きます。

 

「キミのおっぱいを後ろから鷲掴みしたかったからさ」(withウインク)

 

 すいません死んできます。

 

              ☆

 

「女子高生っていいよな」

 

「以上、無職の戯言(たわごと)でした」

 

「はい解散―」

 

「まって、まだ何も言ってないから。 ちょっと皆寝る準備をするのは早すぎるんじゃない!? まって! まだ本題にすら入ってないから!? あれ? なんでなのはさんは僕を犬小屋に誘導しようとしてんの?」

 

「駄犬の躾は飼い主の務めだからね。 そもそも女子高生なんて制服マジックでしょ」

 

「お前はいま全世界の女子高生好きを怒らせた……ッ!」

 

「いやいや俊くん以外に怒る人なんて──」

 

 ガラッ!

 

「私がいる! 私も女子高生が大好きだ! スカートから見える生足! 健康的な肢体! 自己主張する胸! 円光をものともしないその勇気! 私は大好きだッ!」

 

「ドクターいい子ですから黙って家に帰りましょう。 さっさと書類仕事を終わらせてください」

 

「くッ……! ひょっとこ君! 私がいる! 君は一人じゃないということを忘れ──」

 

 ピシャッ!

 

「……スカさんいつ来てたの?」

 

「いまウーノさんからメール来たけど、いきなり家を飛び出してこっちに走ってきたらしいよ」

 

「なんというニュータイプ」

 

 科学者が全力疾走するなんて普通なら一大事件なのにな。

 

 でもスカさんが乱入してきたおかげで、全員とも解散するタイミングをなくしたのか、なんかそのまま戻ってきた。 わらわらとまた円卓上に座る俺ら。 シャマル先生、いつまでトランプ持ってるんですか。

 

 トランプを持ったままイチゴキャンディにするかりんご飴にするか悩んでいるシャマル先生を眺めていると、視界に金髪ツインテールのお姫様の姿が入る。 と、思いきやそのまま俺の腹に体当たりで抱きついてきた。 的確に鳩尾に入れてくるあたりヴィヴィオは将来とんでもない女の子に成長する気がする。

 

 そんな俺の考えなど分かるはずもないヴィヴィオはにぱぁっと笑顔をこちらに見せると、

 

「みてパパ! ヴィヴィオおひめさまみたい!」

 

 そういってツインテールの髪型をこれ見よがしに見せつけてきた。

 

 体当たりをかましてきたかと思いきや俺の目の前に立ち、くるくると回って嬉しさを表現するヴィヴィオ。 長いツインテールが回るたびに俺の顔面にバシバシと当たっているのだがご褒美として受け取っておこう。

 

「可愛いなぁヴィヴィオは」

 

「でしょー」

 

 笑顔いっぱいでそう喋るヴィヴィオはまたもや体当たりで抱きつく。 頭を腹にぐりぐりと擦りつけたヴィヴィオは、ぱっと顔を跳ね上げ小首を傾げながら俺に聞く。

 

「ヴィヴィオがおひめさまならパパはおうじさま?」

 

「んー……ヴィヴィオがパパを王子様だと思ってくれるならパパは王子様になろうかな」

 

「やたー! じゃあヴィヴィオはこまったときはだっこしてくれる?」

 

「ヴィヴィオが困ってなくても抱っこしちゃう。 こんな風に──」

 

 両手をヴィヴィオの背中に回してしっかりと落とさないように固定して立ち上がる。 頭を撫でるとヴィヴィオは嬉しそうに笑った。

 

「ヴィヴィオが泣いてるときはパパがそっと抱きしめてやるよ。 パパはヴィヴィオのパパで、ヴィヴィオの王子様だからな」

 

 俺にとってはこの子の笑顔が見れないことは世界の崩壊と同等の意味を持つのだから。

 

「えへへ、パパだいすき。 でもパパはだめだめさんだからちょっとたよりないかも……」

 

 パパ死亡のお知らせ

 

「大丈夫だよヴィヴィオ。 なのはママとフェイトママもいるからね! ね、フェイトちゃん?」

 

「うん。 パパはだめだめだけど、なのはママとフェイトママがいるから大丈夫だよ、ヴィヴィオ」

 

「ほんと!? なのはママとフェイトママがいればヴィヴィオだいじょうぶ。 ヴィヴィオさいきょーになる!」

 

 娘の強さの信頼の本音を確認し一気にブルーになったが──まぁヴィヴィオが喜んでるし俺が二人に勝てないのは事実なのでよしとしよう。 だが二人にはヴィヴィオ

は渡さん! 手を広げておいでポーズしても渡さないもんねっ!

 

 ヴィヴィオをぎゅっと抱きしめたまま座り直す俺。 フェイトとなのはが手を広げてよこせポーズをしているがあえて無視する。 あ、アヒル口で拗ねた。 ちょっと可愛い。

 

「で、さっきまで何の話をしてたんだっけ?」

 

「自分で言っておいて忘れたんか……。 俊が女子高生最高ってのたまったのがそもそもの始まりなんやで? ……そんなに好きなら明日着てこよか?」

 

「え? マジで?」

 

「まぁそれで俊が満足してくるんならわたしはええけど」

 

「はやては最高のお嫁さんになるぞ」

 

「じゃあその最高のお嫁さんと結婚せえへん?」

 

「NTRは相手の男を傷つけるしなぁ……」

 

「あかん、会話のキャッチボールだとおもたらフリスビーやこれ」

 

「「セーフ! 俊(くん)がバカでセーフ!」」

 

 なんだよお前ら、いきなり審判みたいに手を両翼みたいに広げるなよ。 ビビるわ。

 

「やっぱ既成事実しかあらへんかな……」

 

「あれエロ本とかで見るけどいいよな。 なんか男の尊厳が満たされるというか、もうそこまでしてくれるなら絶対に幸せにしよう──って思えるよな」

 

「へぇ……そうなんか……」

 

 はやてが三日月状の笑みを浮かべる。

 

 何か地雷を踏んだような気がした瞬間だった。

 

      ☆

 

「あの、いつになったら本題に入るんでしょう?」

 

 きっかけはシャマル先生のその一言だった。 りんご飴を食べきったシャマル先生は歯磨きをしながらそう俺に問いかけたのだ。 勿論、さっきの俺の女子高生ネタのことだろう。 他の皆は首を傾げているようだけど。 ヴィヴィオに至っては俺の膝の上でもう寝てるけど。

 

「ああそうそうそうでした。 ほら、さっき女子高生の話したじゃん? あれって前フリだったんだよ」

 

「前フリ? 刑務所行きの?」

 

「ふっ、バカな局員共に俺を捕まえることはできねえよ」

 

「俊くんわたし達の職業思い出してからもう一度言ってみて?」

 

「え? お前らの職業ってアイドルだろ?」

 

「魔法少女だよ!」

 

「少女……?」

 

「そうだよ。 まだまだ現役の少女だよ」

 

「はい、いまから魔法少女のなのはさんが萌え萌えなセリフとポーズをとりまーす! 3 2 1 どうぞ!」

 

「はへっ!? えっとえっと……き、キミのハートを射止めるきゅんきゅん♪ なのはのミクラルラブパワー! えーい!」

 

   / ̄ ̄ ̄\                

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  ヽ:: ー ::ノ

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「真顔止めて、お願いだから」

 

 顔を真っ赤にして両手で顔面を隠しているなのはが一番萌えるわ。

 

 自分のした行動があまりにも恥ずかしかったのか、作成途中の書類を放棄してフェイトの後ろに隠れる。 頭を押し付けるようにフェイトの背中にぐりぐりするなのはを、フェイトは優しく頭を撫でる。 でもフェイトの顔も笑っているんだよな。 めっちゃにやにやしてたし。 そしておそらくはやてはいまの行動を録画していたに違いない。 そう思いはやてに視線を向けると予想通りバッチリ録画してあった。 あとで金を渡すので頼むな。

 

「よーし、なのはの萌え成分も補給出来たし、ここらでちゃんとした本題に入りたいと思います。 ズバリ、高校時代の回想という名のテコいれをしようと思って」

 

「テコ入れってのは聞かなかったことにしてあげるけど……高校時代かぁ。 懐かしいね」

 

「まぁ去年まで現役だったんだけどな、俺ら」

 

「どっちかというとバリアジャケットのほうが似合ってたからね、私達の場合」

 

「正直コスプレだったもんな。 あ、いまもか」

 

 9歳からの精鋭コスプレイヤーだったな。 お前ら。

 

「でもわたしの高校時代は俊くんのおもりしかしてなかった気がする」

 

 ひょいとフェイトの後ろから顔だけ覗かせたなのはが高校時代を思い出しながら話しかける。

 

「高校時代の思い出なぁ。 んー……あ、2年の時の球技大会とかおもろかったな! 主に俊が」

 

「いやその話はやめ──」

 

「女の子は俊を病院送りにしようって団結してたもんね」

 

「え? 俺そこまで嫌われてたの?」

 

「球技が苦手なわたしはちょっときつかったけどねー」

 

 わいわいと話し始めたなのはとフェイトとはやて。

 

 俺は膝の上にヴィヴィオを抱きながら思い出す。

 

 忘れもしない、あの球技大会。

 

 否、忘れられない球技大会だった。

 

 以下、回想

 

 



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A's18.球技大会①

「ねぇ俊くん、今日はバイトある?」

 

 帰りのホームルーム間近に隣の席のなのはが椅子を近づけながらそう聞いた。 現在のなのははバリアジャケットのときとは違い、ツインテールではなくサイドテールだ。 ツインテ亜種みたいなものだな。

 

「あるよ。 ていうか、俺のバイトのシフト知ってるだろ。 俺のバイト先は翠屋なんだから」

 

「じゃあ今日は休もう! 店長の娘の命令です!」

 

「店長の娘は昨日、ケーキ運ぶときにすっころんだよな」

 

「あぅ……思い出させないでよバカ……」

 

 なのはは昨日の出来事が頭によぎったのか、顔を真っ赤にして俯いた。 男の俺はスカートの中をもろに見えたし、顔に精液のようについたクリームに興奮を覚えていたのだが、本人はやっぱり恥ずかしかったようだ。

 

「あんな馬鹿でかい魔力砲撃ったり、魔法に関しては天才と言われてるけど……案外魔法に結びつかないところでは小学生のままだよなぁ、なのはって」

 

「だ、だってあんなところにナプキンがあったから──」

 

「何もないところで転んだぞ?」

 

「も、萌えを研究してて……」

 

「ナイス萌え!!」

 

 うぅ……魔法ならあんな失敗しないのに……、そういいながら俺の机の上にでこをこつんと置くなのは。 男性局員が見たら萌え死んでるだろうな、今頃。

 

 なんせいま目の前で俺のシャーシンをぽきぽき折ってるこの女の子、高町なのはは管理局(萌え)最強の魔導師として知らぬ者はいない存在なのだから。

 

「いまなんか不愉快な紹介のされ方をした気が……」

 

「まぁまぁそういうなよ(萌え)なのは」

 

「あれっ!? なんかいまわたしの名前の前に変な単語が付かなかった!?」

 

「まぁまぁそういうなよ、(おかず)なのは」

 

「 まって最初のほうがいい! もう最初のほうでいいから後者はやめて!」

 

 シャーシンを折る手を止めてまで主張するなのはに、俺も渋々ながら言うのを止める。 なんてわがままな子なんだ。

 

 再び俺のシャーシンをぽきぽき折り出したなのは、ちょっとキミいい加減にしなさい。 お前が俺のシャーシン界隈で何と呼ばれてるか教えてやろうか? 破壊の権化と呼ばれるんだぞ。 俺は罪のないシャーシンを破壊しすぎだ。 だが可愛いから許す。

 

「というか、なのはも仕事あんだろ」

 

「上司が変わってくれたよー。 学生だから無理しないようにって。 だから今日はオフだにゃー」

 

「オフなのかにゃー。 ──そいつ男?」

 

「ううん、もうすぐ三十路の女性教導官」

 

「…………」

 

「他の人の話だと、教導にかこつけていい男に手当たり次第アタックかけてるみたいだよ? え~っと、なんだっけ? 逆なんとかってのもしてるっぽい」

 

 大丈夫なのかその女性教導官

 

「ついたあだ名がまんじゅうとか」

 

「ぶッ!?」

 

「わたしは意味がわからなくて色んな人に聞いたんだけど、苦笑するだけで教えてくれないんだよね~」

 

「なのは、まんじゅう大好きって言って?」

 

「へ? まんじゅう大好き。 これでいいの?」

 

「保存完了っと。 これでまたネタが──」

 

「まって俊くん!? いったいなんなの!? なんか決して越えてはいけないラインを越えてしまった感じがするんだけど!」

 

「まぁ人生色々さ。 大丈夫、なのはは可愛いから」

 

「いやなにそのごまかし。 ……納得いかないけどまあいいや」

 

 帰ったらお母さん辺りにでも聞こうかなー、なんてことを言いながら俺の指に消しゴムをかけていくなのは。 キミ俺の存在を消したいの? そういう意思の表れとみ

ていいのかな、この行為は?

 

 消しゴムで俺の指を消しつつ、なのはがちょっとトーンダウンして話しかけてくる。

 

「けどさー……なんか身近にそういう人がいるとわたしも心配になっちゃう。 その人、仕事ばっかりやってたからいま慌てて結婚相手探してるんだよね。 まぁ独り身は嫌だからってのが理由みたいなんだけど。 なんかその人、男性局員を獲物というかそういう物としか見てなくて──なんかそれってとっても悲しいことだとおもうの。 わたしはまだ彼氏とかいないけど気になる人はいるし、いま胸に抱いてる恋心を大切にしたいって思うけど──もしわたしがあの人の立場になったらわたしもあんな風になっちゃうのかな? 結婚に焦って、心をなくしちゃうのかな?」

 

 なのは小学生の頃からちょっと抜けてる気があるけど、人一倍大人な精神面を見せるときがある。 フェイトのときだって、はやての時だって、俺のときだって。 そしていまだって。 現役高校生の俺らには普通関係ない話であり、笑い話にしかならないようなものなのにな。

 

 いつの間にかなのはは消しゴムをかけることを止めていた。 なのはは手を俺の手の甲の上に置いていた。 この手の位置が俺にとって丁度よかった。 置かれた手をそっと両手で包み優しく笑いかける。

 

「心配すんな。 俺がいる限り、愛も恋も忘れさせないさ」

 

 俺はいつだってそばにいるぞ。 なんせ俺にとっての初恋の女の子なんだ。 釣り合わないと分かっていても絶対に俺は離れないぞ。

 

 自分の中でそう誓う。 例え住む世界が違っても必ず俺はキミの隣に立ち続ける。 そう誓う。

 

「って、なんだよなのは。 そっぽ向かないでくれよー、折角カッコよく決めたのにー」

 

 折角決めたというのに、当のなのははそっぽを向いてこっちを見てくれない。

 

「こ、こっちみるの禁止! み、みちゃダメっ!」

 

「えー、なのは可愛いから目の保養にしたいのに」

 

「はぅ……」

 

 手は放してないから嫌がられてはいないはず。 ……いないはず。 うん、きっと嫌がられてない。 大丈夫、きっと大丈夫!

 

 互いに手を離さない俺らの前に、ぬぅと誰かの影が作られた。 その影に反応して顔を向けると、ツーサイドアップにしたアリサが一枚の紙を目の前に差し出しながら──口から砂糖をおもむろに吐き出した。

 

「きゃぁーっ!? アリサちゃん大丈夫!?」

 

 俺の机に大量に吐き出された砂糖に驚きなのはが心配の声を上げる。

 

「大丈夫じゃないわよ、あんたらのおかげでいつまでもホームルームが始まらないのよ。 はやてなんて瞳にハイライトがないわよ」

 

「あぅ、ご、ごめんなさい」

 

「まったくもう。 ほら、今日は球技大会のチーム決めるためのホームルームなんだから─

 

「アリサが吐いた砂糖、1グラム500円!」

 

『10グラム頼む!』

 

『こっちは7グラム!』

 

『俺は15!』

 

「はいはい待て待て! 10グラムに制限させてもらう! じゃないとすぐなくなる!」

 

『じゃあ俺も10グラム!』

 

『俺も!』

 

『私達も!』

 

「どうするアリサ! 砂糖がもうない! 早く口から吐いて痛い痛いッ!? ごめんなさいごめんなさい、謝りますから頭部は、頭部は勘弁してください!!」

 

「なのは、こいつのどこがいいのかさっぱりわからないんだけど」

 

「ごめん、わたしもわかんない」

 

「ふーん、まぁいいわ。 ほら、さっさとホームルーム始めるわよー! 今日は先生出張なんだからぱっと決めて帰るわよ!」

 

『はーい!』

 

         ☆

 

「球技大会かぁ。 わたしは苦手なんだけどなぁ」

 

「なのはは運動苦手だもんね」

 

「あ、フェイトちゃん」

 

 俊くんとアリサちゃんが教壇に立って話を進めていく様子を見ながら呟いた独り言にフェイトちゃんが応える。 フェイトちゃんはわたしの親友で小っちゃい頃に色々

あったけど今は一番の仲良しさんです。 子どもの頃からスタイルはよかったけど、中学に入ってからスタイルもぐんぐんよくなってきて、今では学年No.1のスタイルの

持ち主さんです。 羨ましい……。 フェイトちゃんは綺麗だし、家事も炊事も出来るし、気立てがいいし……。 うぅ……かないっこないよぉ。 わたしはいまだに童顔って言われること多いのに……。

 

「それにしてもなのは、さっきはとってもかわいかったよ。 ほら、この場面とか──」

 

「にゃぁーっ!?」

 

 フェイトちゃんが見せてきた携帯画面には先ほどの、その……俊くんとの出来事の場面がしっかりと録画されていた。 い、いったいいつの間に録画してたの?

 

「まぁクラスメイト全員とも録画してたけどね」

 

「ほ、ほんと?」

 

「うん、もうバッチリ」

 

「うぐぅ……、ま、またわたしと俊くんの間に変な噂が──」

 

「立ったら大変だから俊は私に任せて?」

 

「いやフェイトちゃん、それは間に合ってるよ」

 

 

 にこりと笑顔でなのはの言葉を遮ったフェイトに、なのはが笑顔で応えた。

 

「いやいや大丈夫だよなのは。 ちゃんとなのはも貰うから」

 

「いやいやフェイトちゃん、わたしがフェイトちゃんを貰うから」

 

 お互い論点がずれてることには気づいてない。

 

「でもフェイトちゃんはいいよねぇー、運動神経いいからガチ勢の野球のほうにいくんでしょ? 俊くんはそっちが内定してるし、はやてちゃんもアリサちゃんもすずか

ちゃんも運動神経いいから、わたしだけバレーのほうに行く未来が……」

 

「え? なのは聞いてなかった? なのはも今回は野球のほうだよ? というか、今回はちょっと特別だからどの学年のクラスもバレーを捨てて野球に全戦力を注いでるよ」

 

「ほぇ? なんで?」

 

 よよよとフェイトちゃんに泣きついていたわたしは顔を上げる。 おかしいなぁ、去年はそんなことなかったのに。

 

 そう疑問を持ったわたしにフェイトちゃんは優しく教えてくれた。

 

「今回は特別に優勝したチーム、まぁ優勝したクラスには過去に没収した代物を全て返すって校長サインが書かれた紙が全クラス委員に配られたの。 それに、MVPに輝いた者は夢の国への招待券があるとかないとか」

 

「へー、なんか太っ腹だね。 いったいなんでだろう?」

 

「どこぞのひょっとこが男衆を集めて校長先生の自宅に夜襲をかけて取り付けたった噂もあったりするんだけどね……」

 

「あぁ……どこぞのひょっとこね」

 

 二人して教壇でレギュラーを決めているどこぞのひょっとこを見つめる。 退学にされていないことが学校の七不思議とされている人物だから……本当にやったのかし

れない。 でもでも、いつ夜襲なんてかけたんだろう? 俊くんが夜中にベッドから移動したら分かるのに。

 

 でもそんなことより──

 

「じゃあ今年は最初から最後までずっと一緒!?」

 

「まぁ元々なのはは去年もずっと私達と一緒に行動してたでしょ? ──チアガール要員と殺伐とした空気をリフレッシュさせる存在として」

 

「この学校はわたしのことをなんだと思ってるの?」

 

 そろそろこの学校について疑問を持ち始めたよ。 それにしても、そっかぁ、チアガールかぁ。 今年も着ることになるんだなぁ。

 

 ……お腹周り大丈夫だよね?

 

 誰にも悟られないように、そっとお腹周りを触る。 うん、問題ない。 見せても問題ないよ!

 

「さ、なのは。 私達も話し合いに参加しよ」

 

「うん!」

 

 フェイトちゃんの言葉に頷いたわたしは、差し出されたフェイトちゃんの手をしっかりと握り、俊くん達がまつ教壇へと向かった。

 

           ☆

 

 基本的にレギュラーと作戦は俺とアリサで決めることとなった。 勝手知ったるなんとやら、流石に俺もアリサも10年間も友人を続けていると相手が何をしたいのか、言いたいのかが手に取るようにわかってくる。 いまだに魔導師組はわからないときがあるけど。 魔導師って意外と何考えてるかわからんときがあるんだよな。

 

 現在、教壇にはスタメンとベンチの枠と乱闘用の枠にヤジ用の枠、そしてハニートラップ枠が用意されている。 勿論、スタメンとベンチ枠以外は俺の手書きだ。

 

「俊くん、こんなことばっかりしてるからわたし達のクラスは動物園って呼ばれるんだよ? わたし達だけクラス替えなかったし」

 

「ババ様の不思議な力が働いたんだろ」

 

「それどこのグンマー?」

 

「違うわよなのは。 女子は楽園、男子は鬼畜が今のあたし達のクラスの呼称よ」

 

「勇者王のロヴィータちゃん連れてこないと」

 

「ヴィータちゃん昨日の夜まで仕事だったからいま寝てるんじゃない?」

 

「ふーん、寝込みを襲うならいまの時間帯か。 まぁそんなことより、レギュラーとベンチを決めてくぞお前ら──っていつになったらはやては降りるの?」

 

 さっきからずっと俺の背中に負ぶさっているはやてに話しかける。 小柄な割に自己主張が激しすぎる胸ががんがん当たってるんですけど!

 

「もうちょいしたら」

 

 まぁ俺も俺で嬉しいし、役得だからいっか。 うへへ……たっぷり堪能してやるぜ……。

 

 はやてに気づかれないように舌なめずりをしていると、フェイトと一緒に隣にやってきたなのはが両手をこちらに広げていた。

 

「なにしてんの?」

 

「だっこ」

 

「前がふさがると書けないから、フェイトにだっこしてもらいなさい」

 

「わかった。 フェイトちゃんだっこして!」

 

「えぇっ!? 流石にそれは予想外なんだけど!?」

 

 両手を広げていたなのははそのままくるりと回転し、フェイトに両手を差し出してきた。 驚き声を上げるフェイトだが、周りからの『ほら……もっと百合百合しろよ……!』という無言の圧力によって渋々半分、照れ半分でなのはを抱っこした。 なのはとフェイトの身長に差異はほとんどない。 それでもフェイトはなんとかなのはを抱っこしようとするもんだから、その体勢は図らずとも──

 

「なのはとフェイトがえきべ──」

 

「いい加減に決めるわよボケナス。 ほら、あんた達二人もこのバカの思い通りにならない! まったく……あたしだって没収品を取り返したいの。 だから──あんまり遊んでるとどうなるか分かってるわよね?」

 

「女帝がキレたぞ、これより本気モードに全員入るようにッ!!」

 

 チョークが一瞬にして蒸発したんだぞ? 誰でも命は欲しいよな?

 

 だっこされたなのはとだっこしたフェイトを隣に並ばせ、ようやく作戦会議を始める。 板書はすずかが役を買って出てくれた。

 

「うし、じゃあレギュラーだけどこれはまぁ女子が5人、男子が4人のレギュラーにベンチにパチンコの名手である佐和田と吹き矢の名人韋駄天御猿でいいよな」

 

「明らかにベンチ二人が何か仕出かしそうだけど……まぁ異論はないわ。 女子はあたしとすずかとフェイトとはやてとなのはでいいとして、男子は?」

 

「俺と野球部三人で問題ないだろう」

 

「オッケー。 それじゃ次はポジションだけど──」

 

 レギュラーの枠に名前を書き、その横にポジションを書いていこうとした矢先、隣からなのはの慌てた声が割って入ってきた。

 

「ちょ、ちょっとまって!? わたしがレギュラーなの!? そ、そんなダメだよ、わたしよりもっと運動神経いい人がいるんだし──」

 

「違うんだよなのは。 このクラス全員がお前がわたわたしながら一生懸命プレーする姿をみて萌えたいんだ」

 

「鬼畜だ!? このクラスメイト達鬼畜だよ!?」

 

「だがなのはに怪我されると困るから、9番でライトにでも置いていて」

 

「いや、それだと長打打たれたときに困るわ。 ファールゾーンで遊んでおいてもらいましょう」

 

「言ってよ! それもう戦力通告だしてよ! そっちのほうがまだいいよ!」

 

 わんわんと俺の制服に顔を押し付けるながら泣くなのは。 優しく頭を撫でつつ穏やかな口調を意識し喋る。

 

「冗談だよなのは。 なのはには三塁を守ってもらう。 んでショートにフェイトを置く。 重要な役割だからな? しっかり頑張るんだぞ?」

 

「ほんと? なのは戦力外にならない?」

 

「ならないならない。 なるわけない」

 

 下から覗き込むように聞いてくるなのはに、首をぶんぶんと横に振りながら答える。 ぱぁとなのはの顔が明るくなる。 ほんと分かりやすい奴だよな。

 

「それじゃなのはは9番でサードに決定ね。 俊はどこにいく?」

 

「そうだなー、1番でキャッチャーにしようと思ってるんだけど」

 

「あら? 1番ってのは分かるけど、キャッチャーは意外ね。 てっきりピッチャーかと思ってたけど」

 

「ピッチャーは女子にやらせようと思ってな。 ほら他クラスも女子はいるだろうし、やっぱり女の子が投げるほうが華があるし、クロスプレー危ないだろ?」

 

「ふーん──本音は?」

 

「ヤジを飛ばしやすいから」

 

 男衆が一斉に頷く。

 

「ま、まぁ……好きにしていいわよ。 どうせキャッチャーは男子に任せるつもりだったし。 なのはよかったわね、あんたの凡打は全部俊がカバーしてくれるわよ」

 

「まったくもう……俊くんは本当にわたし離れが出来ないんだからー」

 

「離れたくないんだもーん」

 

「あんたら今度は顔面にゲロ吐くわよ」

 

 ごめんなさい。

 

「さて、フェイトをショートに置くとなるとピッチャーはあたしかしらね?」

 

 胸を張って両手を腰に置くアリサ。 まぁ確かにアリサがピッチャーなら問題ないだろうな。

 

「一応、肩のことも考えてはやてと交互にしようと思うんだけどね。 それでいいはやて?」

 

 いまだに俺の背中に負ぶさってるはやてに話しかける。 こいつは子泣き爺か?

 

 

「ええよー。 それじゃピッチャー以外のときはファースト守ろうかな」

 

「それがいいわね」

 

「というか男は元々外野だから、おまえらで内野決めていいぞ。 長打打たれたときにきちんと処理できる奴が外野にいないと負ける」

 

「あら俊? それはあたしとはやてが長打を打たれるってことかしら?」

 

 アリサが俺の口を引っ張りながらそう聞いてくる。 後ろからははやてもアリサとは逆方向の頬を引っ張る。

 

「ひょ、ひょんなことひょまいません(そ、そんなことはございません)」

 

 引っ張られているのでうまく口が回らずに変な言葉が飛び出す。 それを聞いて満足そうにパッと手を離すアリサ。

 

「まぁ頼れる外野がいるのはありがたいしね。 ただし──処理を誤ったらどうなるか分かってるわよね?」

 

 クラスメイトの半数が覇気により消し飛んだ。

 

 しかし、いまのポジションを見ると必然的にすずかがセカンドになるな。 すずか的には大丈夫なんだろうか?

 

 なんてことを考えながらすずかの方をチラリとみると、笑顔で指を輪っかの形にした。 よし、本人の承諾を得たし問題ないな。

 

 

 後は打線か。 俺となのははトップとケツで決まったけど、他はどうするかな。 ……ここは経験者に聞くか。

 

「野球部的にはどういう打線にするよ?」

 

 肌が浅黒くガッチリとした体型の野球部Aに話を振る。

 

「そうだな、萌えが9番でお前が1番なら7と8に野球部を置くな。 お前に必ず回すような打線にする。 後はお前が打ってくれるだろ? んで、前にも強打者を置く意味で俺が4番で打つ。 後はそうだなぁ、2番にフェイトさんで3番に女帝で5番6番をはやて閣下にすずか良識人で固めるってのはどうだろう?」

 

 さらさらとレギュラーの枠に名前とポジションを書きながら埋めていく。 ふむふむ、確かにいい塩梅だな。

 

「うし、じゃあそれでいくか。 ってことでいいかな、女帝」

 

「今度言ったら泣かせるわよ。 あたしとしては異論なしだけど他の皆は──」

 

 アリサがクラスを見渡す。 全員ともOKの意思表示をしているのを確認して決定の文字を書く。

 

「じゃあこれで決まりね。 あたしはこれを職員室に出してくるけど、あんたはどうする?」

 

「男衆と乱闘の相談を」

 

「あたしが先生に怒られるんだからほどほどにしてよね」

 

 はーい善処しまーす。

 

 すずかを連れてげんなりしながら職員室へと向かうアリサ。 ツーサイドアップにしている髪がぴょこぴょこと揺れる。 がらりと音をたてて閉じられた扉を眺めながら、おんぶしているはやてに話を振る。

 

「アリサの髪型って可愛いよな。 俺あの髪型大好き」

 

「本人は中学生時代にショートにしたけど誰かさんに爆笑されたあげく、小学生時代の髪型が一番かわいいと言われてしもたからなぁ」

 

「いや……爆笑したのは悪かったけどさ……」

 

 だってしょうがないだろ。 ショート似合わなかったんだし、シャマル先生と被ってたし。

 

「……わたしも髪型かえよかなー」

 

「いや、はやてはその髪型で可愛いと思うぞ?」

 

「そ、そやろか?」

 

「せやせや」

 

 

 うんうんと首を縦に振る。 はやてはそれが一番可愛いよ。 ふいに背中に感じる重みが消えたかと思うと、はやてが回り込んでジっとこちらを見つめてくる。 小柄な

はやてに見つめられると、必然的に上目使いの体勢になって──なおかつ制服も少し緩めてるから位置次第では胸も見える。 ほら、ここの角度から目を細めにすると……ッ!

 

「俊くん?」

 

「俊?」

 

 普通にバレてたみたいです。

 

 ……はやても気づいてるなら言ってくれればいいのになぁ。

 

         ☆

 

 翠屋のテーブル席に5人の女子高生と1人の男子高生が座っている。 男子高生の両隣には男子高生の手を握っている金髪の美人女子高生と腕組みしつつケーキを食べさせている女子高生が、向かい側には頬を膨らませ、メロンソーダをぶくぶくと泡立てている栗色髪の女子高生とそれを宥める紫髪の女子高生、それらを見ながら呆れ果てるツーサイドアップ女子高生の姿があった。

 

 呆れ果てている女子高生、アリサがこの形容しがたい空間をぶち壊す。

 

「そういえば、今回のMVP賞金は夢の国の招待券だけどあんたは誰と行く気なの?」

 

 勿論、この場においてアリサが『あんた』呼ばわりする人物はただ一人しかいない。 この場において唯一の男子高生のことである。 あんたと呼ばれた人物は、はやてに餌付けをされながら答える。

 

「なんで俺がとること前提なんだよ。 もしかして取ってほしいの? おまたきゅんきゅんさせたいの?」

 

「去年のMVPだったからよ。 で、誰と行くつもりなの?」

 

「そりゃまぁ──」

 

 そこまで言いかけて彼を言葉に詰まった。 別に彼の周りからいきなり酸素が消えたわけではない。 彼が失語症になったわけではない。 彼はただ、周りにいる三人の女の子の気迫に圧倒されたのだ。

 

 手を握っていた金髪美女ことフェイトはニコニコ笑顔で手を締め上げ、餌付けをしていたはやては『わたしやろ?』とそれがさも当たり前かのように話し、なのははジト目でこちらを黙って見ていた。

 

「ひ、秘密ってことで……」

 

 ひよるのも無理はない。 それほどまでにこの空間からは重い雰囲気が一瞬にして出来上がってしまったのだから。

 

「ま、まぁ俺がまだなるって決まってないし、そんなことより──」

 

「ねぇ俊?」

 

「なぁ俊?」

 

「俊くん?」

 

「「「わたし(私)と行くよね?」」」

 

 黙って首を振る以外に生き残る術は残されていなかった。

 

「ほんと仲良いわねー」

 

「ねー」

 

 そしてその様子を見ている二人もまた、そそくさとテーブル席から離れていくのであった。

 

 結局、魔導師三人組による詰問は彼が泣きだすまで続行されたのであった。

 

 




高校生になっても小学校の髪型を維持するアリサたそ。どう考えてもヒロイン級になれる逸材。というか設定的にどう考えてもヒロイン。つまりアリサはかわいい


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A's19.球技大会②

 太陽が何度か昇って落ちてを繰り返し、ようやく球技大会当日となった。 授業を一切休みにしてまで行われる球技大会だが、名目上は一応授業となっているため開会式や面倒な諸注意なんかが最初に行われる。 校長の挨拶に始まり、諸注意、体操、宣誓に、生徒指導部のゴリの言葉で終わる。

 

『──とまぁ球技大会はあくまで授業の一環ということを忘れないように。 みんな怪我をしないように楽しく参加してくれ。 今回は先生達も参加するからお手柔らかにな』

 

 不細工な癖に爽やかな笑顔を浮かべるゴリ。 さっさと引っ込め、ボインな生徒会長とボーイッシュな体育委員長をさっさと召喚しろ。

 

 檀上に上がってるゴリに呪怨を送っていると、ふいに視線が交差する。 殺意が芽生えた瞬間だった。 それはあちらも同じだったようで、俺のほうを見て眉を顰めた後──

 

『上矢、頭部死球には気を付けることだな』

 

「アリサ、教師チームに当たったらまずあいつを沈めるぞ。 大丈夫、頭部に30発ほど当てれば流石に男子駆逐殺戮専用マシーンであるあいつも死ぬだろう。 援護は俺らに任せろ。 一気に沈める」

 

「いやよ、あたしが怒られるんだから」

 

 なんて女だ。 可愛いからってわがままなんだから! これだから金髪お嬢様の処女キャラは困るんだよなー!

 

「おだまり暴君。 一大企業のお嬢様は色々と大変なのよ。 あたしに釣り合う男だっていないしね」

 

「海鳴のプリンスたる俺がいるだろ?」

 

「破壊のプリンスがなんですって?」

 

「それサイボーグクロちゃんね」

 

「あのマンガ面白かったわよね。 今度また借りるわ」

 

「一緒にアジャポンの交換しようぜ」

 

「ヒロスエと結婚でもしてなさい」

 

 こいつ……ッ! 俺に死ねというのか……!

 

 しょうがない、アリサとのアジャポンの交換は諦めよう。

 

 嘆息を吐きつつ、後ろでだるそうにしているはやてに話しかける。

 

「はやてー、アジャポンの交換しようぜ」

 

「ええよー」

 

「バカやってないでほらもう解散なんだからクラステントにもど──」

 

 キュポンっ(それぞれの鼻を取り外し付け替える)

 

「これでアジャポンの交換成立やな」

 

「アジャポンーッ!?」

 

 アリサがいきなりアジャポンを叫びだす。 流石一大企業のお嬢様、発声練習まで完璧だな。

 

「ちょちょちょちょッ! い、いまあんた達鼻が──」

 

「だってアジャポンの交換だしな?」

 

「なぁ? 別に普通のことやとおもうけど……」

 

「いやそうじゃなくて! いやアジャポンの交換はあってるけど、そうじゃなくて!」

 

 慌てふためくアリサを見ながらニヤニヤと笑うはやてと俺。 実際、俺もはやても人間なのでアジャポンの交換など出来るはずがない。 これはただ単に、はやての魔法でアリサにそう幻覚を魅せただけなのだ。 他の人から見れば、俺とはやてがただ鼻を摘まみあっただけにしか見えない。

 

 はやてと二人、アリサの見えない所でハイタッチ。 ツンデレお嬢様が慌てふためく姿を見るのは楽しいですなぁ。

 

「アジャポンが! 二人ともアジャポンが!」「アリサちゃん、ちょっと落ち着いて? 落ち着いてから保健室行こうね?」というアリサとすずかの二人の会話を見ながら、はやてとアイコンタクトを交わしていると、後ろからコツンと頭を叩かれた。 そして聞こえてくる幼馴染の声。

 

「こーら、魔法が認知されていない世界で魔法を使うことは許されてないでしょ? しかも私事で使って」

 

 腰に手を当てて怒る栗色ツインテールのなのは。 今日はスポーツということもあり、気合が入っている。 ちなみにブルマだ。 この学校、女子にはブルマしか認めていないらしい。 どう考えても学校の教育方針に一個人の強い感情が入っているような気がしないでもないが、触れるとめんどくさいことになりそうなのでいいや。

 

 いまはそんなことよりなのはだよなのは。 腰に手を当てて怒ってらっしゃる。 どうやら後ろにいるフェイトもそれには同じ考えなのか、首を縦にうんうんと振るばかりだ。

 

「いやいやなのは。 よく考えてみようぜ。 人間は魔法の生き物だ」

 

「はぁ?」

 

 バカにしたような目でこちらを見ている。 ちなみにはやても正気なんか?みたいな目でこっちを見てきた。

 

「いいか。 例えば、俺とお前が子どもを作るとするだろ? そうすると、俺の精液がなのはの子宮に支給されることにより新たな生命が誕生するわけだ。 あの白い液体から大きな子どもを作り出すんだぜ? それこそ魔法だと思わないか?」

 

 フェイトが後ろで「苦しい言い訳を……」はやてが隣で「流石に無理があるやろ……」と呆れている中、なのはは顎に手を当てて「う~ん……」と一生懸命唸っている。 なのはから話題を逸らすことが出来ればいいだけだから、なのはがこうやって考えていることで半ば成功したようなもんだな。 あとはなのはが何か言ってきたときに違う話題を放ってやれば──

 

 そう考えていると、思案顔のなのはが首を縦にうんうんと振りながら答えた。

 

「たしかにそれはそうだけど、そんなことしなくてもコウノトリさんがはこんできてくれるんでしょ?」

 

『え?』

 

「あ、あれ? 違うの? おかあさんが前男女の行い以外の他に、コウノトリさんが運んでくる場合もあるって」

 

 フェイト・はやて・俺が驚きの声を上げると、自分が間違っていると思ったのか、なのはが慌てながら確認を取る意味で俺達を見回す。 そっかぁ……桃子さんは娘を萌え特化にする気なのかぁ。

 

 自然と柔らかい笑みを浮かべてしまう。 フェイトに至っては母性を刺激されたのか、なのはをぎゅっと抱きしめて頭をいい子いい子と撫でている。

 

「え!? ちがうの!? だっておかあさん言ってたよ!」

 

「そうだねなのは。 子どもはコウノトリさんが運んできてくれるよ。 大丈夫、コウノトリさんに任せようね」

 

「そうやな。 なのはちゃんとフェイトちゃんの子はコウノトリさんがきっと運んできてくるとおもうで」

 

「俺はフェイトの金色の髪を受け継いでいると思うな。 でも性格はなのは寄りの萌えっ娘で、中身はフェイトとなのはのハイブリットだな。 芯が強くて優しい子」

 

「あ~、未来のエースオブエースやな」

 

 

 うんうんとはやてと二人、頷きあう。

 

「おかあさんダマしたね!? コウノトリさんが子どもを運んでくるってのは真っ赤なウソだったんだね!」

 

 顔を真っ赤にして携帯で桃子さんに文句をつけるなのは。 いや騙される方が悪いと思うけど。 ……でも、いまさらながらに思うけど……桃子さんの教育ってすげぇ。

 

 それから5分後、一回戦の試合のため俺達はクラステントへと戻った。 終始アジャポンをつぶやくアリサと顔を真っ赤にしてお嫁にいけないとつぶやくなのはが可愛かった。

 

                ☆

 

 

 初戦は同じ学年のクラス同士で戦うこと。 そう校長の御達しがあったので、俺達は2つ右隣のクラスが初戦の相手となった。 このクラス、なでしこ野球部がかなりの数おり、そいつらを中心に女子が強い権力を持っているクラスだ。 『アリサさんみたいな女帝なら歓迎なんだけどな……』とはクラス内ヒエラルキー最下位の男子の声。 アリサは女帝といってもちゃんとした女帝だからな。 ただギャーギャーと我を押し通すようなババコンガとはわけが違うのよ。

 

 一回戦が始まる少しの間、はやてとキャッチボールをしながら相手クラスの男子から聞いた愚痴の数々を思い出す。

 

 うん、初戦にしてはなかなかいいクラスに当たったかもしれん。 強すぎないけど弱すぎない。 いい緊張感を持つことができるな。

 

「なぁ俊! 俊はキャッチャーしかせえへんの?」

 

 キャッチボール相手のはやてがボールを投げながら聞いてくる。

 

「そのつもりだよ!」

 

「でも俊がピッチャーのほうがええとおもうで? ほら、決勝戦は教師チームなんやし! ピッチャーのゴ──ゴリは元高校球児で体育教師の夢がなかったら今頃プロで活躍してるほどの強さやろ? 流石にわたし抑えられる自信あらへんのやけど」

 

 困った顔で頬を掻くはやて。 そりゃ俺だって打てないかもしれないからなぁ。 流石に野球部以外は打つことが困難だろ。

 

「心配すんな! うちには秘密兵器があるから問題ない!」

 

 返したボールをグラブでしっかりとキャッチしたはやて。 ふと、手を止めてジト目を向けてくる。

 

「秘密兵器~? なんかえらい心配なんやけど……」

 

「心配したらあかん。 あたちがなんとかするダッチャ」

 

「俊アヒル口はキモイからやめてくれへん?」

 

 まさかはやてからキモがられる日がこようとは。 結構キモがられてるけど。

 

 はやてと二人でキャッチボールしてる間に審判(試合をしていない野球部+空いている先生)から代表者集合の声がかかったので中断して審判の元へ駆け足で走ってい

く。

 

 予想通り、あっちの代表者はなでしこ野球部のエース。 いかにも気が強そうな女子である。

 

 先生から互いに握手するように言われ、イケメンスマイルでエースと握手しようとした直後にファブリーズを手でシュッシュとされたあげく抗菌ティッシュで拭かれ、自身は手袋を着用に俺と握手した。

 

「先生、これは僕に対して触んなカスという表れだと受け取れます。 言外のいじめではないでしょうか」

 

「上矢君はカスではありません。 クズです」

 

「待ってください先生、僕はカスからクズに言い直せと抗議したわけではありません!」

 

「それでは握手も済んだことですし先行後攻のジャンケンをしましょうか」

 

「決勝戦ではデットボールしか与えないので覚えておいてください」

 

 なんという教師だ。 これは致命傷を避けられない死球を与えるしか他ないな。

 

 いかにして自然な死球を与えるか考えながらジャンケンをしていると、相手がパーでこちらがグーの手で負けてしまった。 まぁどっちでもいいか。

 

「じゃあ私達は後攻でお願いします。 最後の裏でサヨナラホームランの予定ですので」

 

 にこりと笑った彼女はそう口にした。 目はまったく笑っていないけど。

 

 その表情に初めて感覚と思考の全てを目の前にいる対戦相手に向けることとなった。

 

 なでしこ野球部のエースである彼女、楯梨(たてなし)(だったと記憶している)は笑いながらもこめかみをひくひくさせていた。

 

「さっきから黙って聞いていたけど、あなた達珍獣の集まりが決勝戦の舞台に上がれるつもりなの? ここで負けるのに?」

 

 ハッと鼻で笑う彼女、どうやらはやてと俺のキャッチボールの会話を全て聞いていたみたいだ。

 

「全国レベルの実力派ピッチャーとして名が知れてる私の球を捉えることができるの?」

 

「そもそもの規模が小さいなでしこ野球で全国レベル? ってことは高校球児でいうと地方大会レベルかな?」

 

「なッ……! い、いってくれるじゃないの……ッ!」

 

「イキ狂いのサスペンサーとは俺のことさ」

 

「ふざけんじゃないわよ! さっきからバカにして! ただじゃおかないからね! 女子からの嫌われ者の癖に!」

 

「べつに嫌われたって痛くも痒くもないもんねーだ。 俺はなのは達がいればお前らなんて歩く性処理道具にしか見えねーよだ」

 

 舌を出しておちょくると、目に涙を溜めながら顔にビンタをかましてきた。 それを空中三回転半で華麗に避けると、楯梨はぷるぷると震えながら、

 

「実力の差を見せてやるんだからっ! あんたには頭部死球よ! 全部!」

 

 そう言って、即席ベンチへと帰っていった。 なんだ意外と打たれ弱い子だったのね。

 

「さーって整列整列」

 

 楯梨が帰ったのでなし崩し的に整列することになる。 女帝というからどんなものかと思って吹っかけたが、案外メンタル弱い子だったなーと思いながらなのは達が整列している所に戻る──

 

 ドゴッ(なのはに腹パンされ)

 

 バチンッ(フェイトにビンタされ)

 

 ゴキッ(はやてに肩を外され)

 

 バシッ(すずかに足払いされ)

 

 ゴシャッ!(顔面にアリサの右ストレートがクリティカルヒットした音)

 

『代表者が試合する前に戦闘不能に陥ったけど心配ないわ。 自業自得よ。 さ、正々堂々と学生であることを忘れずにお互い頑張りましょう。 それと審判、それによる打順を交代したので再提出します』

 

『はい確かに受け取りました』

 

 遠くのほうでアリサが相手チームと審判に向かってそう説明しているのが聞こえてくる。 よかった、まだ鼓膜は生きている……。

 

            ☆

 

「1番バッターの上矢が致命傷のため代打で韋駄天がいきます」

 

「はいわかりました。 上矢君は高町さんが介抱していますので守備変更も後でお願いしますね」

 

 代打の韋駄天が球審の後ろにいる先生に交代を告げる。 先生は韋駄天の話に頷き、事前に両代表者から渡された紙に何やらメモを書き込んだ。

 

「ふんッ、野球部以外では唯一の危険打者の彼はあれだけ大口叩いていた割には無様なものね。 私が怖くて逃げ出すなんて」

 

 マウンド上の楯梨は、ボールを指で遊ばせながら鼻をならしバカにする。

 

 そんな折、楯梨とは逆方向のベンチから、地獄から這いずる異形の蟲が背筋を辿るような感覚が楯梨を襲った。 小さい頃から野球を経験している楯梨をもってしても感じたことのないこの感覚に、楯梨はたまらず大きくマウンドを飛びのいた。 慌てて相手ベンチをみる楯梨。 そこには──両手両足を拘束され亀甲縛りで横たわっている上矢俊の姿があった。 その横にはSMプレイでしかお目にかかれないようなムチを持った高町なのはがベンチに座りながら時折動こうとする俊にムチを放つ姿が見て取れた。

 

「ひぃッ!? な、なんなのあれ!?」

 

「調教かな」

 

「……流石動物園組ね。 頭がぶっ飛んでるわ。 ──でもまぁ、あの悪名高い彼が出てこないなら安心ね。 素人相手で悪いけど、こっちも没収品は返してほしいの。 本気で行くわ」

 

「ふっ──あんなゴミいてもいなくても負けはない」

 

『あいつ後で潰す』

 

『こーら、発言許可を与えていないのに勝手に発言しない。 フェイトちゃん、ボールギャグをお願い』

 

『オッケー』

 

『それは俺がいつかなのはとフェイトに使うかもしれないと思って買って隠していたボールギャグじゃないかッ!? 何故フェイトがもって──』

 

『わたし達相手に隠し通せるとでも思ってたのかな?』

 

『んッーー!? んッーーー!?』

 

 一画において繰り広げられるおそよ高校生というカテゴリー内では決してあってはならない風景がそこには広がっていた。 初戦ということで見物していた生徒の大半はドン引き、相手チームからは高町なのはとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンに畏怖の視線が注がれ、ひょっとこのクラスの男子だけは爆笑しながら写メを撮っていた。 ちなみに女子は総スルー。

 

 そんな異様な光景を目の当たりにした楯梨が思わず手元を狂わせてしまうのは仕方がないことであった。

 

 楯梨は投げる直前手元を大きく狂わせた。 ストライクゾーンから大きく外れたボールはそのまま韋駄天に一直線に飛んでいく。 韋駄天はそれを華麗に避けようと、大きく飛びのいた。 ここで彼は一つだけミスを犯した。 それは飛びのく際に、体を楯梨が放ったボールと正面に迎え合わせたことだ。 ただ単に体を横にずらすだけでよかったのに、モテなさすぎて童貞をこじらせた韋駄天は楯梨が放ったボールを股間で受け止めたのだ。 何度もいうようだが楯梨は全国レベルの投手。 例え女だろうがその事実に変わりはなく、そんなレベルのストレートを股間に受けた韋駄天は──担架で保健室に運びこまれることとなった。

 

「どうしてうちのクラスの男共はああもバカなんだろう」

 

「それは違うよアリサちゃん。 バカだからこそうちのクラスにきたんだよ」

 

「まぁ女子に頭のいい子が固まってるから必然的に男はバカが多くなるわよね。 あ、ごめん佐和田韋駄天の代わりに代走お願い!」

 

 やれやれと頭を振ってため息を吐くアリサに、調教師のなのはが答える。

 

「はぁ……足の速い韋駄天がいなくなったのは痛いけど、球技大会のルール上あいつはまだ使用可能だから大丈夫よね。 じゃぁちょっと行ってくるけど、私は普通に打

っていいの?」

 

 金属バットを肩に担ぎながら、亀甲縛りでギャグボールを咥えさせられているひょっとこにアリサは話しかける。 そんなアリサにひょっとこは何か言いたそうに視線を向ける。 それに気づきハンカチでギャグボールを掴んで離してあげるアリサ。 なお、ハンカチはそのままポケットに入れることはなくゴミ袋の中に突っ込んだ。

 

「アリサタソひどい。 俺の唾液が染みついているのに」

 

「だからこそ捨てたのよ汚らわしい人畜の癖に」

 

「まって幼馴染に対してする発言とはあるまじき暴言を吐かないで」

 

「あんたが私の幼馴染なのは私の人生の汚点よ。 それで、命令は?」

 

「んー、とりあえずセーフティバントで。 内野がどれくらい動けるのか見たいし、次の打者がフェイトだから二塁に進塁させときたい」

 

「はいはい。 べつに私はわざわざアウトにある必要はないんでしょ?」

 

 ひとつ伸びをしてバッターボックスに向かうアリサ。 その後ろ姿を見送りながらなのはひょっとこに質問する。

 

「ねぇ俊くん? なんでフェイトちゃんの前に二塁に行かせたいの? 別にアリサちゃんもフェイトちゃんと同じくらいの運動能力もってるよ?」

 

 ベンチに座ってのんびりとするなのはに亀甲縛りのひょっとこが答える。

 

「おいおいお前らの世を忍び仮の姿を忘れたのか?」

 

「世を忍び仮の姿って……。 まぁ確かに高校生のうちは魔導師はバイトみたいなもんだけどさ──あっ、そういうことか」

 

 両手を合わせるなのは。 頭の上には電球が灯ったのが見て取れる。 そのなのはの動作にひょっとこは頷き補足する。

 

「そういうことだ。 おまえら魔導師は常日頃から素人たちの球速・球威とは比べ物にならないほどの魔力弾を目に焼き付けているんだぞ。 フェイトやはやてはこの大会、打って当然というわけだ」

 

「……あれわたしは?」

 

「なのははほら……運動と魔法が結びつかないからさ……」

 

「むーっ! すぐそうやってわたしのことバカにしてー!」

 

「ま、まぁまぁ落ち着け! なのはには次の試合でやってほしいことがあるんだからさ! なのはにしか出来ないことが!」

 

「ほぇ? わたしにしか出来ない仕事?」

 

「そ、そうそう! なのはだけが頼りなんだよ!」

 

 ひょっとこ必死の命乞いは、功を奏したのかなのはの顔から笑顔を再び取り戻す結果となった。 なんだかニヤニヤしながらえへへともじもじするなのは。

 

「もうしょうがないなー。 ほんとわたしがいないとダメダメなんだからー」

 

 亀甲縛り中のひょっとこにムチを浴びせながら、顔を赤くするなのは。 横では悶絶してヘブン状態のひょっとこが存在している。

 

「あんた達……わたしのセーフティバント見たのかしら……ッ!」

 

「「うわぁっ!?」」

 

 ザっと土を踏みしめながらこめかみを引くつかせ二人を見下ろすアリサ。 先ほど同様に金属バットを肩に担いでいるのだが、いまにもひょっとこに向かって振り下ろしそうな気分である。

 

「言われた通りに進塁させたあげたわよ~、これで満足かしら。 それと──」

 

 先程とは打って変わって笑顔を見せるアリサ、笑顔で二人に近づき強引に二人の間に腕を捻じ込み引き剥がしひょっとこをすずかに、なのはをはやての方に向けて放り投げた。

 

「いつまで二人でいんのよ! イライラするわね! 本気で顔面にゲロ吐くわよ!」

 

『そうだそうだ汚物ひょっとこの癖に! わたし達のなのはちゃんを独り占めにするなんて!』

 

『帰れひょっとこ! なのはちゃんは俺達に任せろ!』

 

 はやてに抱きしめられたなのはを囲むようにバリケードを作る女子たち。

 

『あぅ……しゅんく~ん』

 

「なのはー……」

 

「ほら、嘆いてないで試合に集中しなさい。 目指すは優勝でしょ。 こんなところでつまずいてちゃ話になんないわ。 ──それに、私がこうでもしなかったらフェイトとはやてがどんな行動に出るか分からなかったわよ」

 

 こっそりとそう耳打ちしてくれるアリサ。 その瞬間、ひょっとこは冷や汗ダラダラの状態へと変わっていった。

 

「す、すまんアリサ……。 確かになのはを独り占めするのはよくないわな……」

 

「(まぁそっちじゃないんだけど、わざわざ私が全部教えるのも癪だし黙っておこうかな)まぁ今後は気を付けなさいよ。 あんたの場合、小中高で引き下がれないところまで来たんだから。 一人でも爆弾を爆発させると不幸な未来が待ってるわよ」

 

「ちょっとまって、なにその恐ろしい設定」

 

「ほら、次はフェイトなんだから応援しなさいよ」

 

「いやその前に……まぁいいや。 なんかあったら魔法少女3人組がどうにかしてくれるだろ。 フェイトー! がんばれー!」

 

 なるようになる。 そう結論付けたひょっとこは思考を球技大会に切り替えて、バッターボックスでバットを構えているフェイトの応援に集中する。 ひょっとこの声が聞こえてきたフェイトは、体全体ごとひょっとこ、ベンチのほうに向き笑顔で腕を大きく振ってその声援に応えた。

 

「フェイトちゃんバッターだから! いまは声援に手を振るんじゃなくて打つことに集中して!?」

 

 陽気なフェイトに驚き、なのはが突っ込む。 なのはだけじゃない、アリサやすずか、他のクラスメイトも驚く中、ひょっとことはやてだけは冷静だった。

 

「まぁフェイトくらいにはあれくらいで丁度いいだろう。 ──雷光の異名は伊達じゃないさ」

 

 フェイトがベンチに手を振る中で放たれた楯梨の渾身のストレートは──キャッチャーミットにおさまることなくライトの頭を大きく越えた。 後ろに目でもあるかのごとく、振り向きざまに振ったフェイトのバットがとらえたのだ。

 

「まわれまわれーー!」

 

 ひょっとこの大声で茫然としていた相手チームがようやく我を取り戻したかのように動き出す。 ライトが捕球している間に一塁にいた佐和田はホームへと生還、そしてフェイトは二塁を蹴って三塁へ。 セカンドが中継をしている際には既に楽々三塁へ進んでいた。

 

『流石フェイトさんだぁあああああああああッ!!』

 

 フェイトのヒットにベンチが沸き立ち、ひょっとこ達の見学をしていた他のクラスもこぞって沸いた。 そして盛大な握手が送られる。 これに慌てたのはフェイト本人であった。 嬉しそうな表情から一転、恥ずかしそうに顔を手で覆い、「やめてやめて!」といやいやと頭を振っている。 その姿が非常に可愛らしく、見ている男共はデレた表情でフェイトをずっと見ていた。

 

「うし、次は俺か!」

 

 番の野球部Aが打席に向かう。

 

「あーちょっとまってくれ」

 

 ひょっとこはAを呼び止める。 ちょいちょいと手でこっちへ来いの合図をし、アリサに聞こえないように耳打ちする。 Aはひょっとこよりも早く、笑顔で応えた。

 

「心配すんな。 ヒットは打たねえよ。 流石にプライドはあるだろうからな。 ここで野球部レギュラーの俺を打ち取れば楯梨も少しは報われる。 同じ野球部のよしみだ、少しは譲歩しないとな。 お前もそう思って俺を呼びつけたんだろ?」

 

「いやセーフティバントで1点入れようと思ったから呼びつけたんだ」

 

「お前は鬼か!?」

 

「俺が鬼ならマウンド上で茫然としている楯梨は既に死んでいる。 いいか? 俺らは遊びで球技大会をしてるわけじゃねえんだよ。 ──卑怯な教師の手によって囚われている友を助けるためにしてるんだ。 いいか? 俺達に敗北は許されない。 卑怯だクズだと罵られ、蔑まれても──友人のためなら汚名を被るのが漢ってもんだろ?」

 

 きゅんっ、野球部Aの胸に矢が刺さる。

 

「ふっ、忘れてたようだな、自分の性別を。 すまねえひょっとこ。 俺という存在を思い出させてくれてありがとよ」

 

「へへっ、いいってことよ」

 

 その後ろ姿は、先程の野球部Aとは違っていた。 もう高校生だから。 そう達観しようと考えているAはいまやどこにもいない。 全ては──友のために。 その一心でAは戦場へと赴き楯梨と対峙する。

 

「ふん、誰かと思えば野球部のレギュラーさんではないですか。 あなたを抑えれば私の面子もまだ保てますね」

 

「甘いな楯梨。 今日の俺は一味違うぞ。 今日の俺は──悪鬼羅刹だ!」

 

「流石バカクラスの男子……何言ってるのかサッパリだわ」

 

「しゃこーい! フェイトさんは俺が還す!」

 

 クマのような咆哮にうんざりしながら楯梨はボールを投げる。 Aは横目でフェイトがホームに走りこんだのを確認し、バントの構えを取った。 しっかりとボールを見るAからは必ず当てるという信念が感じられた──が、ここでボールは大きく変化した。 先ほどと同じ球威、同じ速度、そこから下へと急降下したのだ。 慌ててバントの位置を見定めるAだが時すでに遅し、ボールはバットに当たることなくキャッチャーミットへとおさまった。 ひょっとこよりセーフティバントのサインを出されそれを実行したフェイトは、自身の足を活かしてベース直前まで来ていたため、そこから三塁に帰れるわけもなくタッチアウトとなった。 しょんぼりしながら帰るフェイトに、ベンチの皆は温かい言葉をかける。

 

「うぅ……ごめんね」

 

「まぁまぁいまのはしょうがない。 レギュラーのくせにあいつがセーフティ失敗するのが悪いんだから。 おーい男子諸君、あいつが帰ってきたら魔女裁判式磔の刑な」

 

 ストライックー!

 

『イエッサー!』

 

「俊、顔が怖いよ顔が」

 

 修羅のごとく恐ろしい顔でAを見る俊。 後ろには観音菩薩がチェーンソーを持って待機している。

 

 ストライックー!

 

 バッターアウト! チェンジ!

 

「チッ、使えねえな。 いいかお前ら、この球技大会終わったらあいつは処分だ」

 

「俊、それもうクラスメイトにかける言葉じゃないから。 私が1点取ったから大丈夫だよ」

 

 修羅を宥めるフェイトの元に、肩を落としたAが帰ってきた。

 

「うぅ、すまねえひょっとこ」

 

「明日に殺処分が決定したぞ。 んで、どんな感じだった? お前が打てないってことは大抵が打てなくなるけど」

 

「ありゃ多分SFF、スプリットフィンガー・ファストボールだな。 あんな変化するSFF見たのは初だが。 俺達野球部となでしこ野球部は球技大会で本気出すなと監督に言われてるから、変化球なんて考えてなかった」

 

「ふむ……SFFか」

 

「どうするの俊?」

 

「問題ない。 アリサかはやてが楯梨の頭部に死球食らわせて強制退場の運びにしよう」

 

「いや問題しかないんだけど!? それは流石に怒られるよ!」

 

「まぁ怒られたから反省文書けばいい。 友のためだ。 よっしゃ! 全員守備につけ! 気張っていくぞ!」

 

『おー!』

 

「(たまになんで俊のことが好きなのかわからなくなってくる……)」

 

 フェイトはベンチに戻った楯梨に、死なないで!と手振りで合図を送り自分の守備へついた。

 

「えへへーフェイトちゃん。 わたし頑張って守備するよ! しゅっとしてばばーって!」

 

 ゴロを取って一塁に投げる振り(効果音付き)の幼馴染を見て、より一層の不安を覚えるフェイトであった。

 

 動物園クラス1-0楯梨クラス

 




他クラスからの俊の評価
『日本に来て初日の留学生』


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A's20.球技大会③

 球技大会特別ルール

 ① 試合は5回までのコールドなし 試合時間は1時間以内。 オーバーした場合、その回の裏で試合終了 ※同点のまま試合が終了した場合、延長なしで安打の数で決めます

 ② 試合直前に審判に渡す登録用紙に名前が載っている者なら、何度だって交代を繰り返してもよい

 ③ 故意によるラフプレーは退場とする

 ④ 盗塁は禁ずる ※リードは可

 

「とまぁルールの確認はこれくらいで十分よね」

 

 指で野球ボールを転がして遊ぶアリサと今回の特別ルールについて確認を取る。 今大会、試合が5回までしかないので先に点を取ってからの、逃げ切り型のほうが有利なんだけど──

 

「しょっぱなから楯梨か。 下手したらホームランで同点にされる可能性もあるよなぁ」

 

 ピッチャーマウンドからバッターボックスをチラリと盗み見る。 楯梨は獣のような瞳で俺とアリサを凝視したまま一歩たりとも動こうとしていない。 あれ絶対に指定Sランク危険生物だから駆除したほうがいいと思うんだが、なのは達が動かないのでどうすることもできないか。

 

「ちょっと、あんた私が打たれること前提で話してるんじゃないの?」

 

 頬をフグのように膨らませたアリサがこっちを睨みつけながら怒る。 おぉ……なんか萌える! これはそう、約束の時間を過ぎて待ち合わせ場所にきた彼氏に怒る彼女の態度と一緒じゃないか!

 

「すまんアリサ、お前とは体の関係までが限界なんだ……」

 

「ちょっとまて、あんたの中で何が起きた」

 

「え? 俺のセフレにしてほしいって話だろ?」

 

「それなら一生涯処女のほうがましよ」

 

「またまた~、俺の部屋にきたときどぎついエロ本読んでたくせに~」

 

「あぁあれ? 全部なのはにバラしたわよ」

 

「くそッ! 球技大会なんかしてる場合じゃねえ! 俺はいますぐ帰るッ!」

 

「帰ったところであんたの隣の部屋が地獄への入り口でしょうが……」

 

『二人ともー、いつまで作戦会議してるつもりだー。 早く守備位置につきなさーい』

 

「あ、すいませーん! ほら、守備位置についた。 敬遠なんてサイン出したら顔面青紫色になるまで殴るわよ」

 

「まったく……アリサは頑固だなぁ」

 

 アリサに睨みつけながらもキャッチャーの守備位置につく。 とりあえず、あっちは野球経験者が多いから塁を溜めるとすぐに点を取られるよなぁ。

 

 こちらをじっと見つめるアリサ。 どうやら俺のリードを待っているらしく、アイコンタクトで相談してくる。 う~む……初球は大事だよなぁ。 なんせ相手は楯梨なんだから。

 

 すくりと立ち上がり、キャッチャーミットを楯梨の頭部の直線状に置く。

 

『とりあえず頭部死球で様子をみよう』

 

「いやなんの様子見ッ!?」

 

『心配するな、野球に事故はつきものだ。 それにあっちの主力を潰すことも出来る一石二鳥だろ?』

 

「あんた女子の怖さ知らないでしょ! そんなことしたらあたしが女子の中で恨まれるじゃないのよ!」

 

『そこはほら、アリサの力で抹消すればいいだろ。 お金は万能なんだから』

 

「くっ……もうどうなってもしらないわよ! 責任とんなさいよね!」

 

「あ、それなんか子どもを孕んだ危険性をもった行為をしたときにアリサに言ってもらい──」

 

 カキィンッ!

 

 ホームラン!

 

「ちゃんとしやがれへぼピッチャー! なんだそのへっぽこなボールは!」

 

「頭部死球を本気で投げられるわけないでしょ!? それよりあんたがちゃんとサイン出さないからでしょうが!」

 

 審判にタイムを取りアリサに文句を言いにいくと、アリサが胸ぐらを掴みながら怒ってきた。

 

「いや、だから楯梨を退場させれば勝率がぐんとアップして──」

 

「あんたさ……そもそも故意のラフプレーは禁止って書いてあるのよ?」

 

「俺がラフプレーと思わなければそれはラフプレーとして成立しない」

 

「なんという暴君」

 

 がっくりと肩を落とすアリサ。 なんかアリサの周りにだけどんよりとした靄がかかっている気がするのは気のせいか?

 

「はぁ……あんたのせいで振りだしに戻ったわよ」

 

 べしべしと高速連打でデコピンを繰り出してくるアリサの後方、丁度楯梨がホームに帰ったらしく俺とアリサに聞こえる声で呟いたのを耳にする。

 

「はぁ……ちょっと可哀想になってきちゃうかしら。 まぁでもしょうがないわよね。 だって私はなでしこ野球部のエースで全国レベルなんだから。 みんなー、おまたせー!」

 

「「……」」

 

 恐らく、手を振っている連中は同じなでしこ野球部の連中だろう。 それを証拠に他の奴らはごめんとポーズをとって頭を下げているのだから。 そうかそうか……打ちごろの球か。 まったく──舐められたもんだな。

 

「俊、あともう1点めぐんであげてもいいんじゃない……?」

 

 ぷるぷると肩を振るわせるアリサ。 いまの楯梨の言葉でアリサの中のプライドがボルケーノしたらしい。 もうなんか目が怖い。 笑ってるけど、笑ってるけど暗殺者の目をしてる。 まるで俺のエロ本の中に熟女モノを発見したときのなのはの目と似ている。

 

「……可哀想に。 俺もうしーらないっと」

 

 さて、位置につきますか。

 

      ☆

 

 ストライクッ!

 

 3アウトチェンジッ!

 

 審判の威勢のいいコールがグラウンドに響く。 楯梨からホームランを打たれたアリサは、その後はすぐに立ち直り抜群の制球力と唯一扱える変化球のカーブとストレートとスローボールで後続にバットを振ることすら許さずに3アウトに打ち取って見せた。

 

「ナイスピッチ」

 

「当然よ。 あームカツク! なによさっきのあの態度!」

 

 即席ベンチに戻ってきたアリサは地団駄を踏む。 よほど先程の楯梨の態度が気に入らなかったんだろう。

 

「まぁまぁアリサちゃん。 深呼吸深呼吸」

 

「そうやでアリサちゃん。 こういうのは勝てばいいんよ。 勝った後に一言グサッと心にくる言葉のほうが負け犬には効果覿面やで」

 

 タオルでアリサの顔を拭くすずかの言葉に、はやてが同意する形で補足する。 にこにこと笑う二人を前にアリサも膨らましていた頬を通常時に戻し、頬を掻く。

 

「ん……なんかごめん」

 

「ツンデレ姫可愛いなぁ」

 

「ツンデレじゃないわよ」

 

「俺はヤンデレ大好きだぞ」

 

「「……それ洒落にならない(わ)よ……」」

 

 隣にいた俊のヤンデレ好きにアリサとすずかが可哀想な目を向ける。 対する俊は何故自分がこんな可哀想な目を向けられているのか分からないのか、首を横に捻る。

 

「なぁはやて、俺の周りにヤンデレなんていたっけ?」

 

「さぁ? まぁそんなことより──」

 

『動物園クラスの次のバッターは……はやてさんですか。 はやてさん、早くしてください』

 

「むぅ……もうちょっとまってくれてもええのに」

 

 はやてが何かを言いかけた時、バッターボックスから主審の先生の声がはやてにかかる。 はやては口をアヒル口にし文句を言いながらも、渋々といった雰囲気でバッ

トを持ってバッターボックスに向かっていく。 そんなはやてに俊は後ろから声をかける。

 

「はやて! 頑張れ!」

 

 ビクっと肩を震わせたはやては後ろに振り向き、笑顔で手を振る。 その笑顔に俊の後ろでノコギリを構えて待機していた男子共は撃沈した。

 

『くそッ! なんでいつもコイツばっかり……!』

 

「まてまてまて、その前にお前らはそのノコギリで何しようとしてたんだ」

 

『くそぉ! 俺だってはやてさんに笑顔向けられたい! コイツと俺達と何が違うんだよ!』

 

「まぁ顔だろうな」

 

 発狂した男子共がノコギリでひょっとこに襲い掛かる。 ひょっとこはそれに対し後ろをみずに後ろ蹴りを繰り出す。 そこから始まるベンチ内乱闘。 このクラスに友

情など存在しない。 あるのは殺意のみである。

 

「うるさぁああああい! これだから動物園クラスってバカにされるんでしょうが!」

 

 ひょっとこと男子が殴り合う中、それを強制的に止めたのはアリサの一声であった。 アリサの怒気を孕んだ声に男共は一瞬にしてアリサの目の前で正座し、目をキラ

キラ輝かせている。

 

『うおおおおおおお! アリサさんに説教されるなんて!』

 

『やべえよやべえよ、アリサさんの唾が俺の顔に!』

 

『あッ! お前俺によこせ!』

 

『いや俺に!』

 

「俊、バット持ってきて。 俊は一塁のコーチお願い」

 

 氷のように冷たいまなざしをクラスメートに向けるアリサは、俊から金属バットを受け取った後俊にそう指示を出した。

 

「はいはーい。 そういえばなのは達は──」

 

 アリサに金属バットを渡した俊は、アリサの指示通りに一塁コーチへと向かう途中、なのはとフェイトを探し視線を彷徨わせる。 二人はすぐに見つかった。 ベンチ

の端、隅っこに二人だけの空間を作っていた。

 

『はいなのは、あーん』

 

『あーん。 うん! おいしいね! フェイトちゃんもあーん』

 

「……混ざりたい」

 

 本音を呟きながら、俊は一塁コーチへと向かった。

 

 一塁コーチから眺めるバッターボックスにははやてがバットを長く持って楯梨のボールをファールにしている姿が映っていた。

 

「ファールで出来るだけ粘る気か。 まぁどうせ楯梨のボールなんてはやてにはいつでも打てるもんな。 なぁいまファール何回目?」

 

 一塁ベースにいる女の子にファール回数を聞くと、女の子は6回目だと親切に教えてくれた。

 

 俊は真剣な表情でバッターボックスに立っているはやてを見つめる。

 

「いつだってお前は真剣だもんな……」

 

 カキンッと金属バットと白球がぶつかる音が鳴り響く。 白球はファールゾーンに綺麗に落ちる。 楯梨は嫌そうな顔をしながらもプライドからか、敬遠を選ばない。 対するはやては真剣な表情ではあるが、どこか余裕な雰囲気をうかがわせている。

 

 はやては考える。 もっとずっと粘って、さっさとピッチャーを交代させようと。 そう思いながらバットを振る。 これで8回目のファール。 まだ、まだいける。 そう考えながらはやてはバットを構え直す。

 

「ん?」

 

 バットを構え直すと、一塁コーチに俊がいるのが目に見えた。

 

「あかん、ファールなんてしてる場合やない!」

 

 はやて思わず口に出す。 既にはやては楯梨のボールなど見ていなかった。 視線は一塁コーチにいる俊だけを捉え、バットは的確に楯梨の投げたボールを捉えていた。 小気味よい音を立ててセンターの後ろに深く深く突き刺さるボール。

 

『ナイスバッティング! ゴーゴー!!』

 

 はやての長打に動物園クラスのベンチは沸き立つ。 男子女子ともにベンチ内では声を上げて走れ走れと笑顔で指示を出す。 一方打たれた楯梨は茫然自失。 無理もない日本女子野球界を背負う自分がいとも簡単に打たれたのだから、しかも素人相手にだ。

 

『はやてちゃんランニングホームランいっちゃえー!』

 

 打った本人は自分が打ったボールなど視界から消し、一目散に一塁に走り込み──そこでピッタリと止まった。

 

『なにィイイイイイイイッ!?』

 

「俊みてくれた! わたしが打ったとこ!」

 

「おう! バッチリ見たぜ! でも2塁に進んだほうがいいと思うんだ。 ベンチで修学旅行に俺だけハブろうって提案がいま出されてるし」

 

「そんときは二人だけで修学旅行楽しめばええよ」

 

 一塁ベースにしっかりと足を残しながら、俊の手を取るはやて。 そのままはやては恋人のように腕を組む。 二人の身長差からはやては俊を見上げる形となるのだ

が、見上げるはやてがすっかり笑顔を浮かべるものだから、当の本人は真っ赤になった顔を見せないように視線を逸らすばかりである。

 

『俺来世ではあいつを殺すための殺戮マシーンに転生する』

 

『もうあいつの上履き焼却炉に捨てようぜ』

 

『あたし上矢君が早漏だって校内でいいふらしてやる』

 

 はやての好意の全てが俊に向いていることに憤りを感じるクラスメートからの呪詛のような言葉に俊の背筋は凍る。

 

 そうこうしている間にようやくはやての打ったボールにセンターが追い付き中継を挟みながら二塁へ、そしてピッチャーへと返球される。

 

 楯梨は泣きそうな顔でこちらを見ていた。 瞳に涙を溜めながら1塁で俊に楽しそうに笑顔を振りまくはやてを睨む。

 

 それに気づいた俊ははやてにそれとなく伝えた。

 

「あー、はやて? 楯梨がこっちを見てるぞ?」

 

「せやな。 そういえば俊、今日はお弁当やろ? それでな? ちょっと作りすぎたから俊の分も詰めてきたんやけど……その……よかったら食べてくれへんかなぁって」

 

「え? まじで?」

 

「う、うん……。 だ、ダメやろか?」

 

「いや! まったくそんなことないしむしろ嬉しいよ。 あ、じゃぁ俺の作った弁当も食べる?」

 

「うん!」

 

『俺来世では魚になって骨であいつを殺してやる』

 

『上矢君、顔がいいだけの癖に……! あたしからはやてちゃんを寝取るなんて!』

 

『そうよそうよ! 絶対上矢君は無職になるはずだから、はやてちゃんも今のうちに離れて!』

 

 どうやらこのクラスにはレズ女子が相当数いるようである。

 

            ☆

 

 所変わってこちらはバッターボックスに立っている月村すずかは打席に立つ前に主審の先生に言われた言葉を思い出していた。

 

「『動物園クラスの手綱を掴めるのはあなただけです。 本当にお願いします。 あのクラスは男女ともにおかしい子が多数いますが、あの子たちがいると校内が活気づ

くのです』(って言われてもな~……。 私には無理だよ、絶対に)」

 

 困った表情でとほほと落胆するすずか。 一塁でははやてが楯梨を無視して俊と会話し、ベンチではクラスメートが阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、相手チームはそんな自分のクラスにドン引き、なのはとフェイトは二人だけの世界でポッキーゲームをする始末。 こんなクラスを自分がどう手綱を取ればいいのだろうか。

 

「(だめだめ、いまは打つことに集中しないと)」

 

 首をぶんぶんと振って目の前のピッチャーだけに意識を集中する。 いまなら自分でも打てるのだから。 フェイトとはやてが魔導師であることを知らない楯梨にとって、二人とも素人という枠組みである。 その二人から立て続けに長打を完璧に打たれたのだから落ち込むのも無理ない話である。 しかもそれが二人とも余裕しゃくしゃくで打たれたのだから。

 

 そんな楯梨の投球はストライクゾーンからことごとく外れ、自慢のSFFも一回よりキレがおちていた。 すずかはボールをしっかりと見極めてフォアボールを選び、続く7番8番の野球部も手堅くヒット、1点を追加しなおもノーアウト満塁のチャンスでバッターは9番のなのはへと回ってきた。

 

「お願いしまーす!」

 

 いつの間にか野球帽子を被っていたなのはは帽子を取り、しっかりと挨拶をする。 その様子に主審と野球部はおろか、キャッチャーの女の子でさえもほんわかとした笑みを浮かべる。

 

『なのはー、手が逆だぞー』

 

 ぐっとバットを握りしめたなのはに、一塁コーチの俊が声をかける。

 

「へ? 手が逆?」

 

「あ、なのはちゃん。 バットはね、こう持つのよ」

 

 クエッションマークを浮かべたなのはに、キャッチャーの女の子が優しく教える。

 

「あ、ありがとう! ふんふん、俊くん行くよー!」

 

『おーう! とりあえず打ったらボールは見ずにこっちに全力全開で来るんだぞー!』

 

 なのはが大声で手を振ると、俊も大声で手を振り返す。

 

「クラスの皆もわたし頑張るからねー!」

 

『なのはちゃんがんばってー!』

 

『ノーアウトだからミスっても大丈夫だからねー!』

 

『ファイトー!』

 

 クラスメートも手を振り返しながら声援を送る。

 

 そんな声援を聞きながら楯梨はボールを内角低めに投げた。

 

 魔導師としては天才の域に達しているなのはは、自分が手に持つバットの長さを計測し、視線を楯梨の瞳に奥へと据える。 なのはの雰囲気が変わる。 一陣の風が吹きすさび、長髪を風が遊ばせる。 ゆっくりとバットを構えるなのは。 天才は既に魔導師モードへと移行していた。 全力全開で目前の敵を撃ち抜く一筋の光へと姿を変える。 フェイト・T・ハラオウン、八神はやて・高町なのは──誰を一番敵に回したくない? そう問われたら誰もが高町なのはと答えるだろう。 それほど魔導師としての彼女は敵に回すと恐ろしいのだ。

 

「んにゃっ!」

 

 ストラーイクッ!

 

 だが残念なことにこれはただの球技大会。 魔法の天才も球技はてんでダメであった。 あっけなく空振り三振を決めたなのははクラスメイトの拍手を受けながらとぼとぼと自軍のベンチへと引き返していった。

 

「どんまいなのは! 次があるよ!」

 

「そうそうなのは、次は打てるわよ!」

 

 フェイトとアリサの金髪コンビがなのはを励ます。

 

「そ、そうだよね! 次はちゃんと打てるよね!」

 

「まぁ目をつぶってちゃ打てるもんも打てないけどな」

 

「うぐっ……!」

 

 なのはがベンチに持ち帰ってきたバットを持ちながら俊が一言つぶやく。

 

「う……俊くんのいじわる……」

 

「え? なんだって?」

 

「あんたいつから難聴になったの?」

 

「俺の耳は自分にとって不利益な情報は聞き取れない仕組みになってるんだ」

 

「あんたの人生楽しそうね」

 

 呆れ口調のアリサに笑顔で投げキッスを渡す俊。 その瞬間アリサの足が視認できないほどの速度で俊の頬を取られ俊の体はベンチからバッターボックスまで吹き飛ん

だ。

 

「上矢君、寝てないで構えなさい」

 

「待ってください先生……いまの惨劇を見て言うべきことはそれですか……」

 

「あぁ、打席変更は私のほうで済ませておきましたので」

 

 ピクピクと打ち上げられた鯉のように跳ねる俊に先生は同情することなく進行させる。 その無情ともいえる反応を目の当たりにしたひょっとこはバットを支えになんとか立ち上がり、バッターボックスで構えを取る。 しかし視線はベンチで頬杖をついてこちらを見るアリサに向けられていた。 その横ではなのはが慌てている。 俊に何かを伝えようとしているが、アリサに口を塞がれているため声は届かない。

 

『なのはは黙ってなさい。 こっちのほうが面白いでしょ』

 

『むー! むー!』

 

「なのはたんにあんなことをするなんて……! アリサめ……昼休みに体育倉庫で純潔を奪ってやる……ッ! 泣きながらもトロ顔で俺の──」

 

 ゴッ

 

 デットボール!

 

 満塁でも俊に頭部死球を喰らわせた楯梨は、何故か動物園クラスから賞賛を浴びることとなった。

 

             ☆

 

 5回の野球というのは意外と早く終わるものである。 それに時間制限も設けてあるのだから最長でも1時間である。 とどのつまり、野球というより一種のミニゲーム

と捉えていたほうが分かりやすいだろう。

 

 楯梨クラスと動物園クラスはその後、俊に続くバッターであるフェイトが長打を、アリサが安打で4番が意地を見せてのホームラン。 はやてにすずかで1点を稼ぎ、野球がチャンスを演出、なのはが空振り三振と続き、なんやかんやで計8点も取り一回戦を大勝で終えた。 ちなみに楯梨は泣きながらもひょっとこに一矢報いることが出来たので満足そうな顔をしていた。

 

「まぁ一回戦からなかなか皆いい調子じゃない?」

 

「せやな、なのはちゃんも予定通りの成績やけど守備はぽてんヒットをちゃんと処理してたしいい感じやない?」

 

「えへへ、ありがとー」

 

 アリサとはやてが一回戦の記録を見つつ述べる。 それにすずかとなのはが同意しながら記録帳を覗き込み──

 

「「まぁ問題はうちの大将がすっかりスネちゃったことか(や)な」」

 

 4人ともとある方向に視線を向ける。 そこには体育座りで木と楽しそうにお喋りしている高校生の姿があった。

 

「やぁ木さん。 え! あの銀杏さんついに結婚するの!? へー、お相手は? えッ!? ジェネラル・シャーマンと!? おいおい、あの人確かに淫乱だったけどあの巨根と結婚するなんて……。 やっぱり決め手は巨根かなぁ」

 

「なんであいつあんなに楽しそうに木とお喋りできんの……」

 

「俊……ついにみつけたんやな……俊のレアスキル」

 

「いやはやてちゃん、これ絶対にレアスキルとかの類じゃないと思うよ」

 

「あはは……みんなやりすぎだよ……」

 

 そんな高校生の横には一人、笑顔を浮かべたまま黙って俊を見つめる女子高生がいた。

 

『うんうん、よかったねー俊。 お友達が結婚して』

 

『いや、ほんとほんと! 嬉しいなー! …………俺は頭部死球食らってもクラスメイトが俺を囲ってマイムマイム踊り出すからさ』

 

『よしよし、大丈夫大丈夫。 ちゃんと俊には私って味方がいるからね。 私だけは味方だよ?』

 

 頭を撫でながらそっと触れ合う距離まで移動するフェイト。 フェイトはそのまま頭を撫でるだけじゃなく、自身の豊満な胸にそっと頭を移動させ体全体で抱きしめる。

 

『俊は良い子だから、二回戦も頑張るよね?』

 

 そう笑顔で質問するフェイトに、俊はデレデレの緩みきった顔でこくんと頷いた。 それに対しフェイトは優しく笑い、より一層抱きしめる力を強くする。

 

「流石フェイトね……。 しっかりとあのバカをコントロールしているわ。 まぁそのおかげで──」

 

「「(ギリギリギリ……!)」」

 

「どうどうなのはにはやて。 そんなに怒らなくても──」

 

『ねぇフェイト?』

 

『なーに?』

 

『乳首吸っていい?』

 

『俊が死んだら考えてあげる』

 

「「(ビキビキビキ……!)」」

 

「あれ!? いまのどこに怒る要素があったの!?」

 

「「イチャイチャしやがって……!」」

 

「あんた達ちゃんとフェイトの会話最後まで聞いてた!?」

 

 ギリギリと奥歯を噛み締め、拳を握り耐える二人。 俊とフェイトはそんな二人の光景など知る由もなく、二人笑顔でアリサ達と合流する。

 

「よーし! 二回戦勝ってフェイトの乳首を吸うぞー!」

 

「まって俊、私の話ちゃんと聞いてた!?」

 

「分かってる、照れてるだけなんだろ?」

 

「なんなの俊のその前向きすぎる思考回路は!?」

 

 可愛い奴め……そう思いながら俊はアリサが持っていた対戦表を手に取る。

 

「まぁ分かってたことだったが、やっぱり俺らのチームはほとんどうまい奴らと当たっていくな。 俺らが強いだけで楯梨達だって普通なら初戦で負けるほど弱くないか

らな」

 

「というかどう考えても体育委員と実行委員の悪質な嫌がらせにしか見えないわよ、この対戦表」

 

「うーん、まぁ大方あっち側は大会が盛り上がるように対戦表を決めたんだろうな。 初回からずっと俺達はうまい奴らと戦っていくから見応えはあるだろうし。 逆方向は教師チームが勝ち上がるように細工されてやがる」

 

「えー! それじゃこの大会って仕組まれてるの!? なんかズルくないそれって!」

 

 獣のような唸り声をあげていたなのはだが、俊の説明を聞いて表情を一転させる。 頬をぷくーっと膨らませて両腕をぶんぶんと振り上げ抗議の意思をあらわす。

 

「だがあの誰にでも平等を常とするゴリラと、校長先生がこれに気が付かないわけがないんだよなぁー」

 

「となると、これはゴリ達も共犯ってことになるんやろうか?」

 

「もしくは──そうしなければいけないなんらかの出来事があったのか」

 

 ピンと空気が張り詰める。 自軍のテントとはさほど離れていないので、外からのガヤは聞こえてくるはずなのだが、6人の耳は無音を捉えていた。

 

 均衡を破ったのはやはり俊であった。 手に持っていた対戦表を落としながら、やれやれと首を振る。

 

「なーんってな。 考えすぎだろ流石に! そんなことよりさっさと二回戦の作戦立てて勝利で昼食タイムにするぞ! てめぇら! 全員集合! これより作戦会議を開

く!」

 

 俊の声にベンチでお菓子パーティーをしたり漫画読んだりゲームしていた面々は揃って俊たちのほうへ歩を進めた。 俊は全員が揃ったことを確認し、落とした対戦表を拾い皆に見せる。

 

「この対戦表からいくと、次の相手は十中八九2年の体育専攻科の奴らだ。 んでその次が男子野球部が多く在籍している3年のクラスで、セミファイナルが3年の……こいつらかな。 んで最後にファイナルが100%の確率で教師チームだ」

 

『運がわりーよな俺ら』

 

『これ見る限りだと、ずっと厳しい戦いを強いられるかもしれねえぞ……』

 

『でもアリサ女帝が苦しい顔すると思うと興奮するよな……』

 

『あぁ確かに……』

 

「俊、バット」

 

「死なない程度にな」

 

 ぶんぶんと勢いよくバットを素振りするアリサに男子たちは押し黙る。

 

 俊はそれを確認し、口を開いた。

 

「いいか、いまからお前らに作戦を伝える、一度しか言わないからよく聞いておけ。 まず二回戦は俺の代わりにフェイトがキャッチャーを務める。 ピッチャーは1回か

ら順番にはやて、すずか、アリサ、フェイト、なのはの順で投げてくれ。 主審にはその都度俺から伝える。 二回戦はこれで大丈夫。 キャッチャーをフェイトがする以

上、ボールはバットに当たらない。 俺らが試合をしている間に、ハニートラップ部隊には3年の男子野球部に色仕掛けをしてこい。 あいつらエロいことしか考えてないからな、絶対に襲ってくる。 男子は物陰からいつでも飛びかかれるように準備、スタンガンの使用を許可する。 必ずハニトラ部隊、男子ともに小型のビデオカメラと隠しカメラを忍ばせ証拠を残しておけ。 3回戦時の強請に使用する。 俺らが3回戦勝ったら男子全員でセミファイナルの対戦相手をボコれ。 武器の携帯を許可する」

 

「俊くん、これ絶対に球技大会の作戦会議の内容じゃないよね」

 

「愛するもの(エロ本)のためだ。 俺は修羅になろうと決意した」

 

「もぅ……退学になってもしらないからね!」

 

 ふんとそっぽを向くなのは。 普段から管理局局員として働く彼女としては何か気に障ることあるのだろう。 それか単純に幼馴染のことを心配しているか。

 

 頬を掻く俊に頬を膨らませて怒るなのは。

 

『ていうーかさ上矢君、教師チームってゴリがいるんでしょ? 勝てんの?』

 

「ん? 心配すんな。 ……勝てなかったから物理に切り替えるだけだしな」

 

『なるほど、やっぱお前すげえわ。 退学間近なのに』

 

『上矢君カッコイイー!』

 

「まてお前ら、さりげなく俺単体で襲撃するように仕向けるな」

 

 その後結局、二回戦の呼び出しがかかるまで皆で襲撃に行こうよ派とお前が単体で逝けよ派の二つの意見に分かれ話し合いとなった。

 

「はぁ……バカばっかり」

 

 アリサはそんなクラスメイトを遠くから見ながら呆れ口調で呟いた。

 

              ☆

 

「い や よ ッ ! どうしてあたしがなのは達みたいなことしなきゃいけないのよ!」

 

「これもクラスの勝利のためなんだよ! お願いします!」

 

『お願いしまーす!!』

 

「絶対に嫌!」

 

「アリサちゃん、もう覚悟決めなあかんで?」

 

「うッ!?」

 

「でる! どぴゅッ!」

 

「ぶち殺すわよあんた!? そ、そもそもなんではやて達はそんな恰好で平気なの!? ──チアガール姿なのよ!?」

 

 わなわなと指を震わせはやての恰好を指さす。 アリサが狼狽えるのも納得の光景がそこには広がっていた。 高町なのはがフェイト・T・テスタロッサが八神はやてが

月村すずかが──チアガール姿でベンチに座っていたのだから。

 

 

 青をベースに黄色の線と白い線で縁取られた上に、チラリズムを完璧に抑えたスカート。 ちょっと激しい動きをすればパンツが見えてしまうのではないかと期待感が高まる服装となっている。

 

「大丈夫だよアリサちゃんー。 ちゃんとブルマ履いたままチアガール姿になってるから。 上も完全防御だし」

 

「コスプレイヤーと一緒にすんな!」

 

「魔導師だよ!?」

 

「そもそもあんた達は何もおかしいと思わないわけ?」

 

「まぁわたしはいつもバリアジャケット着てるし」

 

「私はお母さんに色んな服着せられて写真撮られてるし……。 それに俊からもコスプレお願いされて着てたこともあるし……」

 

「わたしは俊がコスプレ好きやから普段から色んなモン着とるよー」

 

「(ダッ!)」

 

 上矢は逃げ出した。 しかしなのはに捕まった。

 

『落ち着けなのは!? 俺は何もしていない!?』

 

『ねぇ……俊くんはなのはの所有物って子どものとき約束したよね……?』

 

 馬乗りで俊と5cmほどの距離で触れ合う距離まで顔を近づけるなのはを見ながら、アリサはフェイトとはやてに言う。

 

「あんた達……あれのどこがいいのよ?」

 

「いや~、あれでちゃんとカッコイイとかあるんよ?」

 

「……右に同意」

 

「ふ~ん、さっぱりわからん」

 

『わたしのこと好きなんでしょ? 世界一可愛いんでしょ?』

 

『世界一かわいいよ!』

 

「うん、やっぱりわからん。 まぁ確かにコスプレになんの抵抗もない2人は分かるけど、なんですずかも抵抗なく着てんのよ?」

 

 フェイトの横で苦笑いを浮かべていたすずかに目標を変えると、すずかは照れながらも

 

「こういう服を着る機会ってあんまりないし……。 ちょっとやってみたかったなぁって思ってて」

 

 もじもじしながらえへへと笑うすずかに、クラスの男子が射抜かれたのは言うまでもない。 そしてその間にはやてがなのはと俊を引っぺがし、自分が俊を独り占めし

たのも言うまでもない。

 

 はやてとなのはの板挟みになっている俊にアリサが気持ち悪いモノでも見るかのように見つめる。

 

「キモイ……」

 

 とても理不尽ではあるが、とてもよくあたっていた。

 

        ☆

 

 結局その後、すずかとクラスメイトの説得もあって嫌々ながらアリサもチアコスを着ることとなった。 なんとこの二回戦、あちら側は5人全員がチアガールのコスプ

レになるまでずっと正座で待機してくれていたのだ。

 

 しかしながら、ここで一つ問題があった。

 

「なんであたしのチアコスがこんなにスカート短いのよッ!」

 

「す、すいません! 間違って一着だけエロコス持ってきてしまって!」

 

「あぁん!? あんた学校をなんだと思ってんの!」

 

「猿共の交尾場」

 

「……まぁ一理あるわね、それも」

 

 荒ぶる神よ鎮まりたまえ、そう何度も何度もクラスメイトは心の奥底から願う。 そうでもしないと1人の男子生徒が死んでしまうから。 俺達の使い捨て装甲板がいなくなってしまうから。 クラスメイトは彼を助けたい一心で願う。

 

『エロコスってすげぇ……、基本的にパンツ丸見えの構造なんだな……』

 

 所詮彼は使い捨て装甲板。 クラスメイト的には意外とどうでもよかったようだ。

 

「あ、アリサちゃんもう整列だからちょっとだけ手を止めよ? その後にゆっくりシゴいても問題ないでしょ?」

 

「……まぁそれもそうね」

 

 ぼろぼろになった俊は引きずりながら、一同は整列へと向かう。

 

「えー、今回の審判は動物園クラスの担任の愛ぽんでーす! 上矢君、大丈夫?」

 

「先生……ババコンガが俺を……」

 

「はいはいアリサちゃんストップストーップ! 上矢君をあんまりイジメないの!」

 

 脳髄を引きずり出そうとするアリサを止める愛ぽん。 既に使い捨て装甲板は完全に心が折れフェイトの後ろに隠れている。 尻を揉んで往復ビンタを受けている最中だ。 彼のエロへの欲求はいまだ折れてはいなかった。

 

「ほらほらアリサちゃん、そのコスもかわいいよ? ブルマも着用してるし問題ないでしょ?」

 

「そ、そうですけど……。 み、皆……これ変じゃない?」

 

 頬を赤らめスカートの端を摘まんでみせるアリサに、皆は笑顔でこう言った。

 

「うんかわいいよ!」

 

「すんごくかわいい!」

 

「アリサちゃんスタイルいいし、よく似合ってる!」

 

「女帝流石! よ! 姉御!」

 

「おっす痴女」

 

「はーいそれじゃ二回戦はじめるよー!」

 

 元気いっぱいに二回戦の開始を宣言する愛ぽん、アリサ達の対戦クラスは心底こう思った。

 

『(こいつらと試合とかもう帰りたい……)』

 

 二回戦

 

 動物園クラスVS2年体育専攻科クラス

 

 動物園クラス、重傷1名。




クラス内の俊の評価
『良心が痛まない消耗品』


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A's21.球技大会④

 二回戦、試合は完全に投手戦にもつれ込んでいた。 二回の裏、すずかとフェイトがバッテリーを組んで2年体育専攻科を捻じ伏せる。

 

『審判! いまボールが分身して飛んできましたよ!?』

 

『初戦で頭部死球でも受けましたか?』

 

『審判!? いまボールが直下で落ちてきたんですが!?』

 

『月村さんは素晴らしいボールを投げるみたいですね』

 

 体育専攻科の奴らが一打席ごとに審判に抗議してくるも審判はほとんどこんな感じでスルーしてくれている。 そりゃそうだろう、ボールに仕掛けなんてないし、そも

そもピッチャーだってお前らが丁度打ちごろのボールを提供するピッチャーなんだからな。

 

 ただちょっと──キャッチャーが最強クラスの魔導師だけのこと。

 

 野球部部員のむさくるしい声が空に響く。 これでチェンジなので、ずっと俺の背中で指を這わせていたなのはとアイドルポーズの練習をしているはやて、そして一人だけスカートを抑えて赤面しているアリサを連れてベンチへと戻る。

 

「おつかれさん、フェイト。 飲み物いる?」

 

「うん、貰おうかな」

 

 少し前に金を払ってスポーツドリンクを買ってきてもらったので、それをそのままフェイトに手渡す。

 

 フェイトは礼を言いながら、こくりこくりとのどを鳴らす。

 

「はい、ありがと」

 

 それが当たり前であるかのようにスポーツドリンクを手渡すフェイト。 俺もそれが当たり前かのように渡されたペットボトルを舐めまわす──直前でフェイトに取られる。

 

「顔がキモい」

 

「イケメンに向かってなんたる言葉を投げかけるんだ」

 

「はぁはぁ言いながら私が口をつけた部分に舌チロチロさせて近づく男の顔がキモくないわけないでしょ?」

 

「大丈夫、浮気はしないって」

 

「まっていま俊だけ次元の狭間に行かなかった?」

 

「次元の狭間に迷い込んでもすぐにキミの元に戻ってくるよ」

 

「ありがとう。 でもこのペットボトルは渡さないからね?」

 

 差し出す手を振り払うフェイト。 どうも淫乱ボディの癖にこういうシチュエーションには照れるみたいだ。

 

 それにしても、そう前置きしてフェイトは眉をハの字にして問いかける。

 

「これって不正というか反則にならないのかなぁ……」

 

「反則? どこが?」

 

「だって……もろ魔法使ってるわけだし……。 それに管理局にバレたら怒られるし……」

 

 この二回戦、俺はフェイトに一つだけ指示を出した。 それはフェイトにとっては至極簡単な行為であり、それでいて完全勝利で二回戦を終わらせることが出来る指示である。

 

 ようはキャッチャーのフェイトに魔法でボールを操作してもらおうということだ。

 

 ピッチャーが投げたボールをフェイトが適当に軌道変えてミットにおさめるだけの簡単なお仕事。 ピッチャーは1回ごとに変わるから文句なんていいようもないし、そもそも女子に男子がそんな情けないこと出来るわけがない。

 

 俺らは1点加えればそれでこの試合は勝ちも同然なわけだ。

 

「まぁアレだ。 管理局になんか言われたら野球漫画持参して『この漫画にある必殺技を真似しただけです』っていえばなんとかなるだろ。 人が考えたことだ。 人に出来ないわけがない。 それに、あっちもフェイト達のチアガール姿を間近で見られてるんだ。 既に勝ち負けなんてこだわってねえよ」

 

 チラリと視線を相手チームのベンチと守備に向ける。 全員ともこちらを凝視しつつ前屈みなっていたり地面に頬を擦りつけていたりする。

 

「……ねぇ俊、これ生徒指導のゴリ先生呼んだほうがいいんじゃない?」

 

「案ずるな、既に我が下僕がゴリを呼んで待機している。 試合終了と同時にゴリがあいつらを殺す予定だ」

 

 そう言われてフェイトもゴリの気配に気づいたのか、軽く頷いた。

 

 フェイトが頷いたその瞬間、二回のラストバッターであるすずかが見逃しの三振でベンチに戻ってくる。

 

「お疲れすずか。 どんな感じ?」

 

「うん、俊君なら余裕で打てるかな。 後は綺麗に合わせられるか、かな?」

 

「タイミングなら太鼓の達人で鍛えてるから自信あるぜ」

 

 グラブを手に取りマウンドへ。 お次のピッチャーはアリサだな。

 

 現在のアリサはエロコス着用のため正直チンコにくる。 高校生にも関わらず、ツーサイドアップのあの髪型と金髪が相乗効果を生み出しているんだろうなぁ。 それ

に──赤面しつつ顔を伏せるアリサに萌え死ぬ。

 

「俊く~ん」

 

「痛い痛いッ!? 眼球押さえないで!? 失明する失明するから!」

 

 後ろから可愛らしい声と共に可愛くない暗殺術で俺の眼球を潰しにかかるなのは。 あ、なんか瞳の中に浮いてる。 へんな生き物が浮いてるよ、これ。

 

 パッと離された手から体を逸らし後ろにいるなのはを見る。 チアコス姿で頬を膨らませているなのは、そして横にはバットを持ったまま笑顔でこちらを見つめている

はやてが静かに立っていた。 ……なんでバットを振りかぶっていたかは聞かないでおこう。

 

「アリサちゃん見るの禁止! というか、そもそも俊くんのせいなんだからね。 アリサちゃんがあんなに困ってる姿なんて早々拝めないよ」

 

「う~ん……確かにな。 まぁ可愛いからいいんじゃね?」

 

「あのねぇ……」

 

「まぁ確かにアリサちゃんがかわええのは賛同するけど──あのボールの軌道はどういいわけするん?」

 

 はやてがアリサの方向を指さす。 正確にはアリサの投げたボールを指さしていた。 下着が見えてるのにもかかわらず、必死にスカートの端を抑えるものだから足も

上げない上に、手も振りかぶらない。 したがって必然的にボールはすぐ下に落ちる──寸前で地を這うようにバッターへ向かい手元で急激にホップしストライクゾーンへ穿つ。

 

『す、ストライーク!』

 

 ここからでも分かる、めちゃくちゃ困りながら宣言する野球部、明後日の方向を見る教師、冷や汗を掻くフェイト。

 

 誰もがおかしいと思いながら、アリサの泣きそうな表情を見ては何も言えずに次の動作に入ろうとする。

 

「で? どう責任とるん?」

 

『なによあいつ! さっきとはまるで球筋が違うじゃない! それにボールがあんな動きするわけないでしょ! 不正よ不正!』

 

 初戦で負けた雑魚がなんかわめいてるし、フォロー入れておくか。

 

「アリサー! それがさっき言っていたライジングキャノンか! 守君もビックリなホップだな!」

 

「流石やでアリサちゃん! この回で終わりやなんて勿体ないくらい!」

 

 はやても俺の作戦にのってくれたのか、声を出して騒ぎ立てる。

 

『お、おいマジかよ……。 あれが女帝の本気だと……!』

 

『あんなボール打てるわけねえだろ……』

 

「そもそもそんなボール投げれるわけないのにな」

 

「まぁ男なんて可愛い女の子が笑顔向ければすぐに騙されるバカな生き物なんやから、いまのを信じたって別に驚かんよ」

 

「たまにお前のことが怖くなる。 まさか俺も騙されたりしてないよね?」

 

 はやてならなんかやりそうで怖い。 そう感じていると、隣に立っていたはやてがそっと俺の胸に頭をこつんと預けた。

 

「体育倉庫でのアレは本気だからしたんよ……?」

 

 ……まってくださいはやてさん。 体育倉庫でのアレってなんですか? 俺と貴女は体育倉庫でナニかしましたっけ!?

 

 困惑する俺をよそに、はやては甘えるように体全体を摺り寄せてくる。 知り合いの中でロリを除いて一番身長が低いはやて。 上から甘えるような潤んだ瞳を向けられて落ちない男なんてまずいない。 俺だって──すぐ横でなのはが爪を右腕に食い込ませていなければ落ちたかもしれない。

 

「なぁ俊? 今日は打ち上げわたしの家にきいへん? 手料理ごちそうしようとおもってるんやけど」

 

「ふんすっ!」

 

 ぐいっと横にいたなのはに引っ張られる。 その拍子にはやてと密着させていた体が離れる。 胸に当たっていたはやての感触が途切れ、代わりにいつもの優しい感触が体全体に伝わってくる。

 

「残念でしたー! 今日の打ち上げは翠屋でやるもんねー!」

 

 ふんすなのはがはやてにあっかんべーをする。

 

「ふーん、まぁ料理が出来ないなのはちゃんは場所を提供するくらいしか出来ないもんなぁ」

 

「「……」」

 

 なのはとはやてが互いに暗殺者の瞳を向ける。 ヤバイよヤバイよ、こいつらが本気でバトると学校壊れるよこれ。

 

 龍虎があいまみえるその間際、審判からの交代が告げられた。 どうやらフェイトが空振り三振で3人とも終わらせてくれたらしい。

 

 ほっと胸を撫で下ろしながらベンチへと戻る。 いや、二人を宥めながらベンチへと戻る。

 

 右隣にはやて、左隣にはなのは。 そんな状況の中、フェイトが満点の笑顔で俺の元へとやってくる。

 

「俊―みてくれたー? 私頑張ったよー!」

 

「おーうフェイト! ナイスキャッチ!」

 

 手を振りながらフェイトは俺の膝の上に腰を下ろした。 しかも正面で正座位の体勢で。

 

 なのはとはやてが睨みあいをしているこの場。

 

 それが当たり前かのように腰を下ろしたフェイトは、

 

「ねぇねぇ、二回戦終わったらお昼ご飯だよね? 今日は二人でのんびり食べない?」

 

 なぁんて可愛らしいことを言ってくる……ッ!

 

「ちょっとフェイトちゃん! いま俊くんはわたしが──」

 

「あ、なのは。 打席が回ってきたよ?」

 

「ふぇ? わわっ! ほんとだ! はやくいかないと!」

 

 わたわたと慌てながら打席に向かうなのは。 一礼した後、打席へと入っていった。

 

 そしてすぐに帰ってきた。 もうなんというか……なんていえばいいんだろうか……。

 

           ☆

 

 試合はなんの面白みもなく4回の俺のホームランで決した。 その後はフェイト、なのはの絶対に打たれない投球で、終わってみれば完全試合という結果で2回戦を終えた。 雑魚共には可哀想なことをしたけど、次の試合のためだ、許せ。

 

 そしてそのまま昼食へ。

 

「ったく! 今度あんなことさせたら首の骨捻じ曲げるわよ!」

 

「まぁまぁアリサちゃん、アリサちゃんのチアコス評判よかったんだしそこまで怒らなくても……。 あ、写真もらったけどいる?」

 

「いらないわよそんなの! ウキー!」

 

 体操着姿のアリサが烈火のごとく怒る。 顔を赤くして、コックが愛情いっぱいで作ってくれた弁当(重箱)を食べながら箸を振り回す。

 

「あぶな!? 箸を振り回すなよ危ないなぁ!」

 

「うるさいうるさいうるさーい!」

 

 女帝アリサ様ご乱心である。

 

 現在俺達は二回戦を終えて昼食タイム。 レジャーシートを広げて、なのは・フェイト・はやて・アリサ・すずか・そして俺の6人で弁当を広げながらのんびり昼食を満喫中である。 中央にははやてが多く作りすぎたらしい弁当箱も置いてある。 なのはとフェイトが強制的に置かせたのだが、これ思いっきりハートマークが描かれてるんだよなぁ……。

 

「それにしても相変わらずはやての弁当はおいしそうだよなぁ。 それ骨付き鶏肉のさっぱり煮?」

 

「そうやでー、お酢をきかせてあるから運動した後に丁度ええし。 一個たべる?」

 

 そういいながら、自分の箸で骨付き鶏肉をつまんで俺の口元まで持っていく。

 

「はい、あ~ん」

 

 自分の小さな口を開けながら促す。 俺がそれにあらがえるはずもなく、はやての口の動きと連動するように口を開け、そこにはやては優しく骨付き鶏肉をいれた。

 

 もぐもぐと咀嚼する。 醤油をベースにした味付けに、思わず白飯をかきこみたくなる。

 

「うまい! めちゃくちゃうまいなこれ!」

 

「せやろ~! これヴィータも好きなんよ! あの可愛らしい口でもぐもぐと食べるんよ!」

 

「確かにこれはロヴィータちゃんもばくばく食うわな……」

 

 うんうんと思わず頷く。 だってそれほどうまいもん。

 

「あ、そうや! 明日あたりわたしの家に泊まりにきいへん? 二人でまたご飯作りながらまったり──」

 

「俊は明日私の家に泊まるんだよね? ずっと前からその話をしてたんだし」

 

 はやての話を遮るような形でフェイトが間に割り込んでくる。 フェイトの今日の弁当はリンディさんが作った愛母弁当だ。 ちなみにリンディさんの弁当はフェイトが作っている。 もうリンディさん仕事してないのになぁ。

 

「あー確かにそれ言ってたな。 二人でゲームでも買って徹夜でクリアしようって話だったよな」

 

「そうそう! ホラーゲームにしよっかって話しをしてて」

 

「どのホラーゲームにするかを決めあぐねてたんだよなぁ」

 

 頭をぽりぽり掻きながら、どうしたもんかと考える。 はやてとの料理作りも魅力だけど、フェイトとは前から約束してるからなぁ。

 

「すまんはやて。 料理は休日にでもゆっくり泊まりでしよう。 そのほうがお互いいいと思うし」

 

 両手を合わせてはやてに謝る。

 

「あっ……そうやな、そのほうが夜存分にできるし。 ただ、流石に子どもは卒業してからがお互いにええとおもうんよ」

 

「まって! いま一足飛びに跳んでいった! 驚くべきものが飛んでいった!?」

 

 冗談だと分かっているけど目が笑ってない分怖い。

 

 球技大会終了後の予定を続々と確認していると、ふいになのはの顔が視界にはいった。 フグのように頬を膨らませこちらを、む~っと睨んでいた。 手には俺が作った弁当。 箸はネコのイラストが描かれており、レジャーシートの一番端に座っていた。

 

 何故だろう。 怒っているんだけど、すごく寂しがっている……ような気がする。 まるでいつも構ってもらえていたネコが急に構ってもらえなくなりスネたみたいな、そんな印象をなのはから感じた。 直感で分かる。 もう10年以上も一緒にいるのだから。

 

 自然と体が動く。 腰を浮かせ、なのはの横に歩み寄り座る。

 

「初戦と二回戦よく頑張ったな」

 

 頭を撫でると、為すがままの状態になるなのは。 目を細めてくすぐったそうな表情を見せる。

 

「でもわたしフェイトちゃんやはやてちゃんみたいに活躍できなかったよ?」

 

「いやいや、それでいいんだよ。 エースにしょっぱなから活躍されても困るしな」

 

 なのははたまに無邪気で無防備に男女を虜にする。 いまがその状態だ。 さっきまで喧嘩していたはやてやフェイト、暴れていたアリサにそれを抑え込んでいたすずかだって、いまのなのはの状態を見てはその行動を停止させていた。

 

 女の人生はベリーEasyとはなのはのためにある言葉だ。

 

 俺にエース扱いされたなのはは顔をほころばせて喜ぶ。

 

「へへっほんと? 嬉しいなぁ」

 

「ふっ、相変わらず扱いやすい女だな」

 

「まって俊くん聞こえてるから!? せめてわたしのいない場所でそのセリフは言ってよ!?」

 

 表情をころころと変えるなのはの仕草に自然と笑みがこぼれる。

 

「まぁでも確かになのははもうちょっと頑張らないとねー。 このままじゃ気になるあいつにいい恰好魅せられないまま大会が終わっちゃうわよ?」

 

「あぅ……ひどいよアリサちゃん。 だってなのは運動苦手なんだもん……」

 

 両手をもじもじさせてしゅんとするなのは。

 

 そんななのはの仕草は可愛いと思うがちょっとまて、

 

「誰なんだ!? なのはは俺と一生離れないって約束したじゃないか!? 浮気か!? 浮気なのか!?」

 

 誰!! 俺のなのはたんをたぶらかしているボケナスは誰なんだ! ぶっ殺してやる!

 

「落ち着いて俊くん怖い怖い!? 顔が般若になってるから! いまにも刺殺しそうな表情でわたしに詰め寄るのはやめて!?」

 

「あぁっ! 体が滑って顔が胸の谷間に!」

 

 ──谷間がなかった

 

「いや……その……ごめん。 ついフェイトやはやてと同じことをしたばっかりに……。 まぁなんだ……揉めば解決するから」

 

「離してフェイトちゃんッ! 鼻がヴォルデモートになるまで殴るからッ!」

 

 怒りがヴォルケーノしているなのはをフェイトが後ろから羽交い絞めでとめる。

 

 百合妄想がはかどるぜ!

 

 なのはの暴れっぷりを安全地帯(はやての後ろ)でスポドリ片手ににやにや見てた俺の肩を誰かが叩く。 優しく触れるように叩かれたその手に合わせて後ろを振り返ると、そこには思わぬ人物がにこにこと孫を見るような表情で立っていた。

 

「こんにちは上矢君。 ちょっとよろしいですか?」

 

 俺の名前を呼んだのは、我らが校長先生その人であった。

 

           ☆

 

 校長先生に連れられ辿り着いた場所は体育館裏。 カーネルみたいでサンダースな校長先生は誰もいないことを確認した後、俺に驚くべき内容を話し始めた。

 

「その年でアナル開発ですか……」

 

「上矢君が私の話を聞いてないことはよくわかりました」

 

 ごくりと唾を飲む俺とは対照的に、校長先生は足軽兵を倒す武将のように軽くボケを流した。

 

「いやまぁちょっと校長先生の話した内容があまりにもバカバカしくて……。 それほんとなんですか?」

 

「業者が気持ち悪い笑みで言ってきたのだから間違いないでしょう。 はぁ……今後学校としてはあの業者と縁を切ろうと考えています」

 

「それがいいと思いますよ。 なんせ──学校行事の賞品のチケットにラブホテルを強要させるようなバカな業者なんですから」

 

 なんてバカバカしい話なんだろうか。 球技大会のMVPに選ばれたら夢の国の招待券がもらえるのは全校生が知っているところ。 しかしその夢の国の招待券の実態は夜遅くまで遊ばせて、あちら側が勝手に予約しているラブホテルへゴールイン。 そんな内容だ。

 

「大方、うちを毛嫌いしている周辺の学校の仕業でしょうね。 うちは運動においても文化活動においても優秀な人材が揃っているのですべての賞を総舐め状態ですから。 それに生徒の容姿レベルも高いのも反感を買っているのでしょう」

 

「まぁよくあることです。 少子化が進んでいるこの現在、どの学校も生徒獲得のために必死になりますからね。 ただ──そのために生徒を傷つけるのであれば私も黙ってはいません。 とにかく、このことは私の方で片をつけたいと思っています。 そこで上矢君には──」

 

「さっさとMVPを取って夢の国のチケットを手に入れろってことですよね」

 

 校長先生の言葉を遮る。

 

「はい、よくできました。 それでこそ私のお気に入りの生徒です」

 

「どーも。 校長先生には幾度となく退学を取り下げてもらってますからね。 それくらいお安い御用です」

 

 いつもとなんら変わらない、校長先生のお願いだ。

 

 キンコンカンコンと学校の鐘が鳴る。 昼食終了の合図だ。

 

「んじゃ俺はもう行きますね」

 

 一礼した後、手を振ってみながまつテントへと向かう。

 

 その背後、校長先生は声をかける。

 

「上矢君、君の退学に待ったをかけるのは何も私だけではありませんよ?」

 

 私よりもあなたのことを思っている先生が近くにいるんですよ?

 

 後ろからかける校長先生の言葉に、俺は誰だか理解できないまま曖昧に頷いた。

 

           ☆

 

 クラスの待機所に行くとゴリが仁王立ちしていた。

 

「あ、すいません。 ゴリラが学校内に侵入してきたので射殺してほしいのですが」

 

「俺なんてバカが学校にいるせいで毎日撲殺したい気分に駆られて困ってる」

 

「ぶさいく天使ー、顔面事故だよゴリラちゃん♪」

 

「ぬうぅぅぅぅおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 こいつは本気で殺しにくるから焦る。

 

 地面にめり込んでいる木刀を見ながら早く管理局に逮捕されないかと切に願う。

 

「ほんでどうしたんすかゴリ」

 

「どうしてお前は年上を敬えないんだ。 まぁいいか。 単刀直入に述べる。 上矢、お前次の対戦相手だった3年野球部組と3年のこのクラスに何かしたか?」

 

 ゴリが手に持っていた対戦表を見せながら話しかけてくる。

 

 ふむふむこの野球部チームはハニトラで強請をしようとしたチームか。

 

 目線を自軍の男衆に向ける。

 

 親指を立てる男衆。 成程、やはりあいつらはエロ猿だったか。

 

 ほんでこっちは俺らでボコる予定だったチームか。

 

 これも……成程、ついでにやっといたか。 お前らアサシンに格上げしといてやろう。

 

 まぁそれはそれとして、ゴリが聞いたのは俺が何かしたかってことだよな。 うんうん、それなら──

 

「何もしてません」

 

「嘘を吐くな」

 

 どうしてこいつは生徒を信じるという教師として当たり前のことが出来ないんだッ……!

 

「一年の頃からずっとお前を見てきたんだ。 お前が嘘をついてるかどうかなんて一目でわかる」

 

『まさかのゴミ×ゴリかよ……』

 

『薄い本がゲロまみれになるな……』

 

「「いま喋った奴前に出ろ」」

 

 顔面交通事故の刑に処する。

 

 ゴリは木刀を、俺はバットを肩に担ぐ。

 

 そこに体育服に着替え終えたなのは達5人娘が笑顔を向けながらゴリを止めにきた。

 

「ま、まぁまぁ先生! 俊くんはわたし達と一緒に試合をしてたわけですし、皆も一生懸命応援してくれてたので、先生が思っているようなことはないとおもうんですけど~」

 

 なのはが冷や汗だらだらで管理局で鍛えた営業スマイルをゴリに向ける。 後ろにいる他の4人も営業スマイルでうんうんと頷いた。

 

「ぬッ、そうだったのか……すまない高町。 まぁ確かにお前達が交代交代でピッチャーをやって頑張ってたのは俺も確認していたしな。 まぁこの2チームとも腹痛が原因なのだからお前らがどうにか出来ることでもないか」

 

 ……あれ? 先生、なんか俺のときと態度が違いすぎませんか?

 

「そうやで先生! もうせっかちなんやから~! ほら、先生達はわたし達と違って3回戦セミファイナルがあるんからこんな所で油売ってる場合やないで!」

 

「お、おう! そうだったな! すまんすまん、それじゃちょっと行ってくるか! お前らも決勝でな!」

 

『ういーっす』

 

 ゴリは先ほどとは打って変わった表情でこの場を後にした。

 

「なんだろう、この理不尽感」

 

 最高の結果に終わったはずなのに、なんかもやもやする。

 

「まぁあんたとあたし達とじゃ先生の対応も違ってくるわよ」

 

「あのエロゴリラめ、決勝で殺してやる。 というかお前らよく2チームともしとめたな」

 

『まぁ決勝はあのゴリだしな』

 

『出来るだけ力は温存させたいし、何より5人娘が俺らのエロ本のために頑張ってくれてるんだから、これぐらいはしないとな』

 

「ちょっとまって皆、わたし達皆のえっちな本のために頑張ってるわけじゃないからね!?」

 

『フォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「えっ!? なにその盛り上がり!? いま盛り上がる要素なかったよね!?」

 

 きっとなのはのえっちな本の言い方に萌えたんだろうな。 なんせ俺の股間も盛り上がったんだから。

 

 しかしまぁ、これはいまの俺にとっては嬉しい誤算であることは変わりない。 戦力を温存し、最終兵器を見せることなく決勝までこぎつけることが出来たのだから。 よし、こちら側は最高の形で決勝を迎えることが出来る。 後はそうだなぁ……あっちの戦力でも確認しとくか。

 

「よーし、皆で教師チームをバカにしにいくぞー!」

 

『おー!』

 

 意気揚々とクラス全員で教師チームの試合を観戦に行くことに。 負けるつもりはないが、少しでも試合を見て勝率を上げておきたいからな。

 

 教師チームvs2年チーム

 

 ピッチャー・ゴリ バット6本を折り完全試合

 

 俺達はフリスビーで遊び始めた。

 

 




教員達からの俊の評価
『義務教育をすり抜けてきた男』


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A's22.球技大会⑤

 ゴリ率いる教師チームの圧倒的かつ理不尽な力を見せつけられた俺達のクラスは、フリスビーで遊びババ抜きで遊び、ティーパーティーをして盛り上がっていた。

 

 ……いかん、これはいかんぞッ……!

 

 もはや完全に俺達のクラスはやる気がなくなっている。 それはそうだろう。 なんせ金属バットを6本も折ったゴリが決勝もピッチャーを務めるのだから。 クロスプレーなんて考えていないんだろう、なんせあちらは完全試合が当たり前のチームなんだから。

 

 私立聖祥大学付属高等学校は、生徒の質が高い水準であると同時に、教師の質も高水準である。 その質の中身は様々で勉学もあれば一芸(音楽や芸術)の質と様々である。 そして当然といえば当然であるが、教師のほとんどが運動が出来る人材だ。 ……まぁ俺らの担任とかいう人物は例外だけど。

 

「まいったな……普段は生徒の運動能力が高いから見落としがちだけど、教師もそれなりの運動能力をもってるんだよなぁ。 まぁそれでも俺ら高校生のほうが分はあるが」

 

 それがどこまで通用するか。 なんせあっちにはゴリがいる。 あいつ一人で9人分と考えてよい。

 

 1番バッターでピッチャー。 全ての打席でホームランを叩きだし、全ての試合を完全試合で終わらせている化け物。

 

 だが、あいつだって人間だ。 どこか、どこかつけている隙があるはずだ……!

 

 クラスメイトが撮ってくれていた教師チームの動画を食い入るように見る。 スロー再生で、早送りで、巻き戻して、時間を掌握し行動を制限する。 ゴリの動きを頭の中でトレースし、勝つ方法を探り出す。

 

 アタックアタックアタックアタックアタックアタックアタック────見つからない。

 

 アタックアタックアタックアタックアタックアタックアタック────浮かばない。

 

 既存のありとあらゆるシュミレーションをしてもゴリを倒す算段が思い浮かばない。

 

「いや、そんなはずはない……。 俺がこの球技大会に出場している以上、優勝するのは俺達だ」

 

 だというのに──全くもって困ったことだ。

 

「だからゴリラに球を渡すのはダメなんだよ……」

 

 この動画を見る限り、俺らの勝利はない。

 

 だとしたら、やるべきことはただ一つ。

 

「勝つ見込みがないのなら、俺が勝てるレベルまで引きずり降ろせばいいだけのことだ。 それを可能にする戦力が俺にはある」

 

 これまでのシュミレーションが役に立たないのなら、それを捨てて新たに作ればいいだけの話なんだから。

 

 幸い、決勝まで30分の時間がある。

 

 ペンと紙をクラスメイトから借り、まずは自分の戦力を把握する。

 

 まずはフェイト。 多分一番ヒットを打てる可能性がある人物だ。 閃光の異名は伊達ではない。 あのゴリのスピードでもフェイトは目で見て確認して、真芯でとらえることが出来るだろう。 だけど──あのフェイトの細腕で前に飛ばせるかどうか怪しい。 身体強化をすればいけるんだが──そんなことさせるわけにはいかない。 流石にそこは線引きしておかないと。

 

 チラリと横目でなのは達と談笑しているフェイトを盗み見る。 可愛い……可愛すぎる! いかん、やはりフェイトに身体強化までさせるわけにはいかん。 フェイトはきっと俺が頼めばやってくれる。 これまでもそうだった。 どんなに渋い顔をしていても、頼めばやれやれといった顔で何でもしてくれた。 フェイトはとても優しく、素敵な人だ。

 

 だから、こんなこと頼めない。

 

 俺のわがままで、俺の都合で、そんな素敵な人を”凡人”にしたくない。

 

「ただまぁ……身体強化はさせないとして、ピッチャーはなのはとフェイトの最強バッテリーに頼るしかないんだよなぁ……」

 

 身体強化はさせたくないけど、ボールは操ってほしい。

 

 なんなんだこのクソガキが考えたようなご都合主義のルール。

 

「でも勝つためには最低条件として打たれないが必要なんだよなぁー! そうなるとやっぱりなのフェイに頼むしか……」

 

 だけど身体強化はダメでボール操りは許可。 いやぁ……なんかこれは違うような──

 

 頭の中で自問自答していると、いつもそばにいる二人の気配を背後で感じた。 ふりむく暇もなく、顔の両横からそれぞれ頭を出して手元の紙を覗き込んでくる。

 

「あれ? 俊くんなにやってるの?」

 

「どうやって教師チームに勝つかのシュミレーション。 ゴリの強さを見て諦めたかもしれんが、俺は絶対に諦めるわけにはいかんのよ」

 

 なんせこっちはいつもお世話になっている校長先生のピンチ。 たったこれしきの不祥事でも叩く奴は死ぬほど出てくるわけだ。 そうなると、人がよい校長は学校の品位を下げないためにも自分からこの学校を去る。 というよりその方法しかない。 それこそがこの問題を計画した奴の真の狙い。 それを未然に防ぐためにも、俺は絶対に勝つんだ。

 

 ただまぁ──

 

 遊んでいるクラスメイトを見渡す。 ふむふむ、やっぱこうなるわな。 俺も校長先生に命令されてなかったらこうなってただろうし。

 

「諦める? 何言ってるの俊くん?」

 

 なのはが首を傾げながらこちらを見てくる。 少し前に顔を突き出せば唇が触れ合い距離。 その距離で、なのははいつもと変わらない笑顔で言った。

 

「みんな俊くんの作戦待ちなんだからね! 早く優勝できる作戦考えてよ!」

 

 肩をバシバシと叩きながらそう言ってのけたなのは。 思わず顔が点になる。

 

「そうそう、俊の指示で皆動くんだからね」

 

「いや、でもだってみんな遊んでたし──」

 

「そりゃ指揮官の号令もないのに動く兵隊はいないでしょ」

 

 やれやれと頭を振りながら、言っておくけどね──そう前置きして

 

「誰も負けることなんて考えていないからね」

 

 フェイトはウインクを飛ばした。

 

 周囲を見渡す。 見渡して、自分を責める。

 

 なんてことだ。 なんて見落としだ。 全員──瞳は前を向いていたんだ。

 

 この場で俺だけが負けることを一瞬でも考えてしまったんだ。

 

「……悪い。 ちょっとお前らのこと甘く見てた」

 

『困るぜ大将―』

 

『ここまできたら優勝しか興味ないんだからなー!』

 

『まぁ元から優勝以外いらないけどねー!』

 

 あぁ、まったくもってその通りだ。

 

 俺達はなんのために此処にきた?

 

「なのは、フェイト。 お前らにはピッチャーとキャッチャーのバッテリーを頼む」

 

 紙に守備位置を書き込んでいく。 と、なのはが横から手を出してペンを走らせていた手を止める。

 

「俊くーん。 お願いをまだ聞いてないよ?」

 

「……でも怒られるかもしれないし」

 

「怒られる……? ぷっ」

 

 俺のセリフを聞いたなのはが笑いだす。 それにつられてフェイトも一緒になって笑い出した。

 

「俊くん、もう2回戦で使ってるんだから今更だよそれ! あはは、あーお腹痛い! それに、身体強化とかしなければあっち側にバレないしね!」

 

 グッと親指を立てるなのは。 それでいいのだろうかエースオブエース。 いや……まぁいいか。 それに、勝つためには必要だしな。

 

「うん、頼んだ」

 

「うむ、頼まれた」

 

 うんうんと首を縦に振るなのは。 かわいい。

 

「さて、それじゃちょっと打順も弄っていこうかな」

 

 守備はこれで問題ない。 無敵のエースオブエースに任せる以上、俺が出来ることなんて皆無だ。

 

 後は攻撃。 1点をどういれるかだ。

 

 クラスメイトを巻き込んで全員で考える。 ゴリが体力切れなんて起こすはずはないし、かといってクロスプレーも出来ない。

 

 あーでもない、こーでもないと言いながらも、なんとか決まった打順と作戦。

 

 勝っても負けてもこれで最後。 これからが俺達の本当の球技大会だ。

 

 指定の時間となり、全員でグラウンドに整列する。 対面にゴリが目を瞑ったまま静かに問う。

 

「よくきたな上矢。 遺言書は書いてきたか?」

 

「そっちこそ、負け犬の首輪は買ってきたのか?」

 

 捻じ伏せる。 ただそれだけを胸に刻み、決勝戦を迎える。

 

         ☆

 

 コイントスの結果、俺達は後攻となった。 ここで守備位置の確認だ。

 

 ピッチャー・なのは キャッチャー・フェイト ファースト・アリサ セカンド・はやて ショート・俺 サード・すずか レフト・野球部A センター・野球部B 

ライト・野球部C

 

 という配置である。 だがまぁ──守備配置なんて問題ではない。 なんせ──

 

 ピッチャーマウンドにいるなのはが足を上げ、振りかぶって投げる。

 

 ボールは外角低め、フェイトが構えていたキャッチャーミットに寸分の狂いもなく剛速球で吸い込まれていった。

 

 一番バッターのゴリが思わず呻く。

 

「ぬぅ……高町。 2回戦のあの投球はブラフだったというわけか……」

 

「すいません、田中先生。 わたし毎日(魔法)球で遊んでいるので、実は得意なんですっ!」

 

 嬉しそうな表情を見せるなのは。

 

 ゴリはそんななのはにふっと笑いかけ、

 

「上矢。 球技大会終わったら校長室に来い。 親御さんを交えて、いまの高町の発言について問いただす。 あと高町、校則で不純異性交遊禁止だというのは知っている

よな?」

 

 ──なんか壮絶な勘違いをしていた。

 

「まってなのはが言ったことはそういう意味じゃないからッ!? 日本人なら言外にあるその真意を汲み取って──」

 

「汲み取った結果があれだ。 つまりそういうことなんだろ? 貴様は殺す」

 

「だから違うって言ってるだろボケ教師が! なのはも反論して──」

 

『あぅ……しゅ、俊くんとなのはが……』

 

「なのはさぁぁぁああああああんッ!?」

 

 違うんだよ! 真っ赤な顔を伏せてほしいわけじゃないんだよ!? ゴリに反論してほしいんだよ!

 

 プツンッ

 

 なんだろう、一気に空気が弛緩した気がする。 俺らの一番の攻撃力であった戦意とピンと張りつめた糸が切れた音が聞こえてきた。

 

「さてはゴリめ……! 俺達の戦意と興奮を冷ますのが目的だったのか……!」

 

 ふと周りを見渡すと、顔を覆っているなのはを筆頭にグランドのメンバー、応援席にいるクラスメイト、全員とも明らかに瞳に宿っていた炎が鎮火していた。

 

 ──してやられた。

 

 ゴリを見る。 あいつはうっすらと笑みを浮かべていた。

 

 なのはが振りかぶって投げる。 外から内に抉るように入ってくるボールに、ゴリはしっかりと腋をしめて──

 

 カキンッ!

 

 真芯で捕えた。

 

 あぁ……やられた。

 

 ゴリにとっては、あのなのはのボールだって絶好の球だったんだ。

 

 高く高く羽が舞うように、白球が空へ登っていく。

 

 ぐんぐんと伸びていく白球は、その頂きに到達し引力に従って──なのはが構えていたミットにすっぽりと収まった。

 

「……へ?」

 

 思わず情けない声が出る。 あ、あれ? 俺の気のせいだったかな? ボールはホームラン一直線のはずだったんだけど……。

 

 ボールを手に取ったなのは、くるくると手の中でボールを弄りながらくすりと笑った。 俺の目はとうとうおかしくなったのだろうか。

 

 くすりと笑って、流し目でゴリを見つめるなのはの周りに、魔力光を模した天使の羽が飛んでいた。

 

           ☆

 

 高町なのはの雰囲気が変わった。 この場にいる全員がそう思ったことだろう。 いつもはぽかぽかとお日様を体現したような存在である彼女。 その彼女があのゴリを打ち負かしたのだから。 まるで鞘から抜き出た日本刀のように。 ウォーターカッターのように。 いまのなのはは触れるもの全てを切るような雰囲気を醸し出していた。

 

 皆が驚くその中、フェイトとはやて、そしてようやく状況を呑み込んだ俊だけが、戦闘モードに入ったのだと理解した。

 

 管理局のエースオブエース。 魔法の天才。 空に愛された魔導師。

 

 その異名を、その呼び名を、この場にいる全員が刻み込むこととなる。

 

 空に愛された彼女の前では飛ぶことすら許されない。

 

 それは何も、人間だけのことではない。

 

 なのはの手から放たれたボールは、フェイトが構えるミットに吸い付くようにはいっていく。

 

 2番打者相手には空振り三振を決めたなのは。 この調子かと思いきや、次ぐ3番打者には初球から綺麗に合わせられた。 これは抜ける── 誰もがそう確信した瞬間、

ボールはギュルギュルとバックスピンを開始して、勢いをなくしストンとピッチャーであるなのはのミットにおさまった。

 

『チェンジッ!』

 

 野球部員の声とともに攻撃と守備が入れ替わる。 ピッチャーであるなのは、そして女房役のフェイトに拍手と賛辞がひっきりなしでかかってくる。 それになのははピース、フェイトは笑顔で応えた。

 

『なのはちゃんすごかったよ! なんかなのはちゃんの周りだけ空気が違った感じだったよ!』

 

『もう無敵って感じだったよ!』

 

「にゃはー、困ったにゃ~。 でもありがと! わたしも打つほうでは役に立てないけど、ピッチャーで一生懸命頑張る!」

 

 Vサインを見せるなのはに、クラスメイトが沸き上がる。

 

 なのはのピッチングで優勝の2文字が現実的なものになってきた。 しかしとうのなのはは、

 

「(ふっふっふ……。 これで俊くんはわたしに惚れ直したかな? 最近、ずっとフェイトちゃんやはやてちゃんに尻尾を振ってるし、ここらで誰が俊くんにふさわしいご主人様かってのを再確認させないとね! あぁ……いまから楽しみ。 打ち上げで俊くんがわたしを見つめながら潤んだ瞳でなのはの名前を呼んで、それになのはが応えて、足を舐めさせてそして──って、ダメダメ!? まだわたしも俊くんもまだ高校生なのに……。 でも──もう高校生だもね)」

 

 などとピンク色の頭で幸せな夢を視ている最中である。

 

 この試合、なのははどう俊の心をゲットするかに重きをおいているようだ。 けど、だからこそ、なのはもこの試合負ける気などさらさらない。

 

「さてと、それじゃ私行ってくるね」

 

「おう、頼んだぞ」

 ベンチで水を一口含んだフェイトが、ヘルメットをかぶりバッターボックスに立つ。 相も変わらず、1番バッターとして切り込み隊長を務めてくれている。

 

「お手柔らかにお願いします。 先生?」

 

 ニコっと微笑むフェイトに、守備についていた男性教師たちが立ちくらみをおこす。 無理もない、スタイルも性格もよいフェイトは、生徒としても女性としても完璧すぎるほど完璧なのだから。 教師としても男性としてもくらっときてしまうものだ。

 

 ただ、ゴリだけは例外としてどっしりと仁王立ちしていた。

 

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンか。 全ての試合で圧倒的な出塁率を誇る強打者。 それに、あの高町のボールをいともたやすく捕球する姿。 上矢の軍勢で一番塁に出したくない人物だな」

 

「あら、そこまで私のことを評価してくれたんですか? ありがとございます」

 

 そう言っている間にゴリは投球フォームからなのはと同じスピードの球を放る。 ただ一つ違う点は球質の重さだろうか。 空気を平伏しながらキャッチャーの元へと向かう球。 バットを一段と強く握りしめたフェイトは、力いっぱいフルスイングする。

 

 何かが折れる音とともに、ボールはころころと力なくゴリの足元へと転がっていった。 それを手に取るゴリは、バッターボックスで両手を痛そうにぶんぶん振っているフェイトに声をかけた。

 

「ほぅ……いまのを打つか。 流石というべきだな。 ただ──その手でこれからの試合が──」

 

「あ、これくらいいつものことなんで大丈夫です」

 

「……そうか」

 

「うー、久々にあんな固い衝撃手に受けたかも。 なのはの魔力弾を素手で受け止めたとき以来だよ。 ねーなのはー! 救急箱取ってー!」

 

『はーい! ちょっとまってー!』

 

 いたたー、なんてことを言いながら両手をさするフェイト。 ネクストバッターサークルで救急箱を構えていたなのはの所にいって、手当を受ける。

 

「うー、じんじんする。 あれはちょっとアリサ達には無理だと思うよ」

 

「だねー。 見た感じそんな気がする。 はい、おしまい」

 

「ありがとー。 じゃあ次がんばってね!」

 

「うん!」

 

 まるで家路の別れ際のような気軽さで手を振り、ベンチに戻るフェイトとバッターボックスに入るなのは。

 

 よろしくおねがいしまーす! そう頭を下げながら入ってきたなのはは、すぐにベンチへと帰ることとなった。

 

「だから打てないってなのは言ったじゃん! 折角ピッチャーかっこよかったのに! かっこよかったのに!」

 

うわぁああああん! とフェイトの膝で泣くなのは。 本人の宣言通り、凄いのは投球だけのようであった。

 

「まぁまぁなのは。 次は俊だし応援してあげよ?」

 

「うっ……ぐすっ……うん。 しゅんくんがんばれー」

 

 まるで地蔵のようにフェイトの膝から動かなくなったなのはは、両腕でがっちりとフェイトを抱きしめて、体をバッターボックスのほうに向けた。 ひらがなばかりの声援を送った。

 

 

 俊はゆっくりと噛み締めるようにバッターボックスに立つ。 両手でしっかりとバットの根本を持ち、長打を狙う。 この一戦、決して負けるわけにはいかないのだ。 俊は自覚している。 自分がクラスを引っ張る存在だと。 自分とゴリの初戦が、この試合の勝敗を大きく左右することを理解している。 しかしそれはゴリとて同じ。 全ての試合を完全勝利で終わらせてきたゴリは、決勝戦もその予定で臨んでいる。 そして、ゴリも理解している。 このクラスは──起爆したら手がつけられないクラスだということを。

 

 動物園クラス。 それは嫌味であり賛辞の呼称でもある。 一度檻から解き放たれた動物たちは、勝利の雄叫びを上げるまで決して檻に戻ることはしない。 ありとあらゆるモノを狩り、不屈の魂をもつ存在。 そしてこの決勝戦、ついに檻は壊され動物たちは地へと降りた。

 

 ゴリはそのことを理解している。 そしてその中心で牙を光らせ瞳孔を見開き、虎視眈々と自分を狙う猛獣が誰なのかを。

 

「お前は本当に怖い存在だ。 普段はバカがバカを着てバカ歩きしているのにもかかわらず」

 

「先生、日本語が不自由なようですが大丈夫ですか?」

 

「一度本気を出すと、あいつらを纏めてあげて襲い掛かってくる。 本当に恐ろしい存在だ」

 

「そりゃどうも。 あんたに言われると体が痒くなってくる」

 

「心配するな。 俺は本音しか言わない主義だ」

 

 だが勘違いしてはいけない。

 

 

「決勝戦、絶対にお前と戦うと思っていたのでな。 お前の対策はバッチリだ」

 

 ゴリは一度も、彼を侮ったことなどないのだ。 彼のここ一番の怖さも知っている。 彼の火事場の馬鹿力も、彼の起爆の材料も、全てを知り尽くしている。

 

 だからこそ──発火している彼の炎を消すことなどいとも容易かった。

 

 世の中で一番重要なものは純粋たる力だ。

 

 どんなに権力をもっていようとも、どんなに金を所有していようとも、どんなに名声を得ようとも、圧倒的な暴力の前には全て平伏す。

 

 そう──ゴリが選んだ球種は全てストレート。 コースはど真ん中。 ゴリはその純粋たる力で彼を捻じ伏せたのだ。 彼の中で燃えていたロウソクの炎が消える。

 

 彼はバットを振った。 確かに目で見てよく狙ってスイングした。 しかし彼のバットは空気を叩きつけ、ボールはミットに収まる結果となった。

 

 それは誰がみても理解できる。 空振り三振というものであった。

 

「上矢、お前がどんなに凄いか知っている。 しかし、いまのお前では俺の球は打てん。 ハラオウンが打てたとしても、お前は絶対に打てない。 何故かわかるか? 簡単だ。 お前が弱いからだ。 ハラオウンのようにしなだれない木はすぐに折れる。 いまのお前はまさにそのしなだれかたを知らない木だ」

 

 バッターボックスからは舌打ちが聞こえてくる。 何も言わないまま、黙ったまま、彼はベンチへと引き下がり守備のためにグラブをはめる。 全員とも、どう声をかけていいのかわからなかった。 空振り三振という完全に打ち負かされた事実、フェイトが当たったのだからこいつなら……という期待が一気に理想へと変わった瞬間、この場にいる全員がそのことを理解していた。 否、一人だけ理解していない者がいた。

 

「どんまい俊くん! 次があるよ! 肩の力を抜いていこう!」

 

 軽やかに言い放つなのは。 俊の肩を叩き、まるで安心させるかのごとくドヤ顔で親指を立てる。

 

 そんな彼女の行動に、俊も顔をほころばせた。

 

「お前がヌいてくれたらそれで十分なんだけどな」

 

「このボケナス! もうなんで三振してんのハゲ!」

 

「あれッ!? 急に冷たくなってない!?」

 

「まぁまぁわたしと俊くんの中じゃない! それに、わたしは本当に俊くんが打ってくれると信じてるし。 それまでに何か対策立てないとね」

 

「だな、あともう1打席回ってくるんだし、そのうちに対策立てないとな。 まいったな……いまのままじゃ全然打てる気がしねえ」

 

 参った参ったとやれやれと首を振る俊。

 

 そんな俊にクラスメイトからも意見が飛ぶ。

 

『まずゴリのことだから絶対にストレートだろうな』

 

『ああ違いない。 ほんでコースもど真ん中だな。 ゴリ性格悪いし』

 

『でもあんなゴリでも妻子持ちだぜ? つまり童貞卒業してるんだぞ?』

 

『ゴリラの交尾か……』

 

『激しそうだな……』

 

「俊くん、どうしてわたし達のクラスはすぐにズレていくの?」

 

「バカしかいないからかな」

 

 至極当たり前な結論に達する。

 

 そしてその軌道修正をするのはいつもこのお方である。

 

「ほらほらあんた達! いつまで喋ってんの! 早く守備に戻るわよ!」

 

 手でベンチから追い払うようにレギュラーメンバーを外へやるアリサ。 自身もグラブをはめ守備位置に入る。 その時、俊の隣にそっと歩み寄り小さな声で胸を軽く小突きながらウインクを飛ばして言った。

 

「ここまで来させたんだから責任取りなさいよ?」

 

 笑顔で笑う彼女は、一片たりとも負けを意識していないようだった。

 

 その笑顔が、俊の胸にすとんと落ちる。 屈託なく笑う彼女。 いつもバカらしいと言いながら、それでもはいはいとその手腕でクラスを纏め上げる彼女。 お互いにLOVEではないがLikeな関係。 今日だって、クラスのために嫌な役を全部引き受けてくれた。 いつだって、クラスのために嫌な役を受け入れてくれた。

 

 そんな彼女の頑張りを俊はよく知っている。

 

「そうだな。 表彰式にお前の笑顔が見たいしな」

 

「バーカ。 そういうこと言わないほうがいいわよ? 普通の女の子なら惚れちゃうから」

 

「なんだよー、お前は惚れてくれないのか?」

 

「ふふっ、ホームラン打ったら惚れちゃうかもしれないわよ? なーんてね」

 

 あっかんべーをしながら自分の守備に戻るアリサ。

 

 自然と出るため息に頭を掻きながら、俊も自分の守備位置についた。

 

            ☆

 

 軽快にストライクをとるなのはの横顔を見ながら、自分がなのはのことを好きになってよかったと考える。 彼女は俺の理想でありヒーローだ。 何度彼女のように強くなりたいと思ったことか。 何度彼女のような存在になりたいと思ったことか。

 

 いつだって彼女は勝利を勝ち取ってきた。 歩く萌え要素でありながら、ウラボスのような存在。 それが彼女だ。

 

 今回だって、きっと彼女は一人も塁に出すことなく5回を終えるだろう。 例えゴリが相手だろうと、空を味方につけた彼女には敵わない。 だから結局、最後は俺とゴリの勝負になる。 勝たなきゃいけないこと前提の勝負。 一度負けた、敗戦を経験した。 フェイトより下だと言外に言われた。 だがそんなことは別に痛くも痒くもない。 だって彼女のほうが数段上なのは俺が一番よく知ってるから。 だが、そのフェイトが俺に期待してくれている。 なのはがアリサが信じてくれている。 他の皆もそうだ。 顔には出さないけども、皆でゴリの対策を考えてくれている。

 

 いったい誰のために?

 

 そんなの決まってる。 俺のためにだ。

 

 いったい何のために?

 

 そんなの決まってる。 俺が打てるためにだ。

 

 バシンッとミットにボールがおさまる音が聞こえてくる。 いまの打者で3アウト。 俺達は互いに声を掛け合いながらベンチへと戻る。

 

「そんじゃ、ちょっと野球部の意地でも見せるかね。 ひょっとこ、出来るだけ粘るからお前も目に焼き付けとけよ」

 

 そういって今日の大会、最後まで4番を背に背負ってくれた野球部はバッターボックスへと向かう。 軽く一礼しグリップを握ってまっすぐにゴリを見据える。

 

 ──1球目

 

 バットを短くもっていたあいつは、コンパクトなスイングでファールチップを当てにいく。

 

 いまの球種はストレートか……。

 

 ──2球目

 

 先程と同じ球威、先程よりもやや内角を攻めたコース。 ゴリは生徒にボールをぶつけたらどうしようなんて考えははなからない。 あいつにそんな脳みそあるかどうかも疑問であるが、それよりも『生徒に当てない』という絶対的な自信を持っているからである。 そして、その自信に裏打ちされるだけの実力を兼ね備えている。 しかし、だからといって、こちらも空振りで終わるわけにはいかない。 いくら球威が重く速くても、先程同様ストレートならあいつだって──

 

 打てないわけはない。 そんな俺の楽観論をあざ笑うかのようにゴリは遥か上を行っていた。

 

 ストン──

 

 まるで不可視の壁に当たったかのように、ボールは谷へと落ちていった。

 

 薄々感じていた。 あのゴリがストレート以外の球種を投げられないわけがないことを。

 

 でも! だからって!

『『ストレートと同じ速度で変化球とかせこいだろッ!!!』』

 

 俺らクラスの悲痛な叫びがグラウンド内に木霊した。

 

 なんなんだあのチート! あいつ管理者権限でも持ってんのかよ!

 

「おいひょっとこ!? お前ほんとに打てるんだろうな!?」

 

「いやいや難易度跳ね上がった!? わかんねえよ! 握り一緒だったし球速変わんねえし!?」

 

 あぁッ!? そんな会話をしてる間にも既にアウトになっている!?

 

 すごすごと戻ってくる野球部員に問う。

 

「おいどうだった!? お前からみてどうだった!?」

 

「あんなボールみたことない……魔物だわ完全に……」

 

 い、いかん……完全に戦意消失してるぞ……。

 

 はぁ……とため息をつきながらベンチに座る野球部員。 そっか、あおちからみてもアレはおかしかったのか……。

 

「……やばいな。 ストレートに絞ろうにもこれじゃ絞りようがないし、第一まだ変化球投げれるかもしれないしなぁ。 というかゴリが下方向の変化球だけしか持っていないはずがない」

 

 パワプロだとゴリは全方向に変化球マークがついてもおかしくない存在なんだから。

 

 せめて握りが違ったり球速が違ったりしてくれれば、こちらも活路を見出せることが出来るのだが……。

 

 唸りながら、眉を寄せる。 どうにかして、どうにかして勝機を──ちゅっ

 

 頬になんらかの感触が。 それを認識する頃には、触れた本人はこちらに抱きつきしなだれていた。

 

「は、はやて……さん? な、なにをしてるんですか?」

 

「んー? 補給」

 

 ……成程、補給か。 確かに補給ないと艦隊も進めないからな。 うん、おっぱい当たってるしなんの問題も──

 

「俊くん?」

 

「俊?」

 

 問題山積みだった

 

「い、いや俺は何もしてないぞ!? 一生懸命ゴリを攻略しようと──」

 

「ふーん……」

 

「ほーう……」

 

 指を鳴らして詰め寄るなあのはとフェイト。 抱きついて離れないはやて。 子猫が甘えるゆに頬を摺り寄せてくる。 ダメだ、この状況でゴリを攻略してるなんて言っても誰も信じてくれない。

 

 ぐわしッと頭を鷲掴みにされ──た直後に、はやてがぱっと離れる。

 

「うーん! 補給完了や! それじゃちょっと解明してくるで。 まぁわたしの読みが当たってればええんやけど……」

 

 ぶんぶんと手を振りながら、バッターボックスから帰ってくるすずかのバットを受け取るはやて。 いったい、何をするつもりなんだ?

 

 両隣にすとんと腰を下ろしたなのはとフェイト、それにクラスの皆もはやての動向に注目する。

 

 1球目

 

 ゴリは容赦なく、抉るように外側いっぱいから内側ギリギリに入る変化球で決めてくる。 やっぱこいつに容赦なんて存在しない。 流石のはやてもそれは打てないと判断したのだろうか、ピクリと体を反応させるだけに止め、バットを振ろうとはしなかった。

 

 2球目

 

 空気抵抗が存在しないのではと思うほど、力強いストレート。 空気の壁を破壊して進むようなその動きに、はやては素早くスイングで対応する。 ボールは真後ろに飛んでいき知らないクラスの男子に命中した。

 

 3球目

 

 追い込まれても顔色を変えないはやてに、ゴリが選んだ球種は大きくうねりをあげて斜め上から斜め下に落ちてくるカーブだった。 蛇が鎌首もたげて襲い掛かってくる様を彷彿とさせるそのカーブに、所見のはやてはなんとかバットには当てたもののころころと一塁線へと転がっていったボールは、ファースト自らがキャッチしベースを踏んでアウトとなった。 流石、このカーブも同じ速度とは化け物度が増してきたな。

 

『ふっ、いまのスローカーブを当ててくるとは恐ろしい奴だな』

 

「「「「どこがスローカーブだよ!?」」」」

 

「え!? 俺の中でスローカーブの定義が歪んできたんだけど!?」

 

「いやまて! あいてはゴリだぞ! きっとスローカーブを知らないんだ! ほら、俺には聞こえてくる……ゴリラがボールを持って嬉しそうにはしゃぐ声が……」

 

「「「「あぁ……確かに……」」」」

 

『貴様ら放課後生徒指導室へこい』

 

 ゴリラがなんか喚いてるようだが、あいにく人間には理解できないんだ。 ごめんね。

 

 それはそうとこれで2回も終了。 いまから3回目か。

 

「よーし! わたしがんばるよ! ズギャーンっていってドキューンって決めてくる!」

 

 両拳を握りしめて、ふんすっ!って聞こえてきそうなほど意気込んでいるなのはの頭をわしゃわしゃと撫でる。 なんか猫と遊んでいるみたいで気持ちいい……。

 

 なのはの頭を撫でていると、つんつんと後ろから誰かに肩をつつかれた。

 

 振り向くと、犬耳と尻尾(の幻影が見える)フェイトがニコニコした笑顔で立っていた。

 

「えっと……」

 

 何も言わずにただニコニコするのみ。 さ、触ればいいのだろうか?

 

 恐る恐る頭を撫でると、耳と尻尾がぶんぶんと反応している──ような気がした。

 

 か、かわいい……。

 

 まるで本物の犬耳尻尾のように動くフェイトの姿をみて、癒される。 フェイトのほうを向いたことで後ろのなのはから凍てつく波動が背中にビシビシと当たっているがいま振り返ったら間違いなく卒倒するので振り向かないようにしよう。

 

『こらー! あんた達早く位置につきなさーい!』

 

「はっ!? そうだった!」

 既に守備位置についていたアリサからのお叱りでようやく我に返る。 お、恐るべし……ドッグフェイト……。

 

 撫でていた手をどけると、名残惜しそうな顔を向けてくるフェイト。 それに後ろ髪をひかれる思いで自分の守備位置につく。 まぁ実際になのはに守備位置まで強引に引きずられていったんですけどね。

 

 1回、2回と無安打で抑えたなのは。 3回は7番8番9番の下位打線のため、あっさりと三者凡退を決めた。 試合を進めていくごとにストレートが重くなり、変化球のキレが増しているのが恐ろしいところだ。

 

 ベンチに戻り、スポーツドリンクを飲みながらこちらの下位打線(といっても野球部2人にラストバッターがアリサにしてあるのでまったく下位打線ではないんだけど)

の応援をする。

 

 1人目は空振り。 本気で悔しさを露わにする。 よくわかる。 俺もそうだったから。

 

 2人目、続けて2球連続ストライク。 もう後がない。

 

「あれ? ネクストバッターサークルにアリサいなくていいのか?」

 

 まぁ俺達ほとんどあそこ使用してないけど。 律儀で真面目なアリサなら普段ならあそこで軽くスイングをし合わせている頃だ。 不思議に思い辺りを見回す。 いた。

ベンチに少し離れた場所。 はやての話を聞いていた。 はやてが話し終えると、黙ったまま腕組みをし考えこむ。

 

「ねぇ俊くん、アリサちゃんの番になっちゃったよ?」

 

「え? マジで? おーいアリサ! 出番だぞ!」

 

『あ、ちょっとまって! いま行くわ!』

 

 なのはと二人で手を振りながらアリサをよぶ。 アリサはそれに応える形で手を振り返すと、はやてと一緒にこちらに走ってきた。

 

「おまたせ! じゃあちょっと行ってくるわね。 はやて、あの話、信じていいのね?」

 

「うんええよ。 さっきの打席で疑心が確信に変わったから」

 

「オッケー!」

 

 足早に打席へと向かうアリサ。

 

 先程のはやてとアリサの会話、そしていまのやり取りを聞いて俺ははやてに問いかけた。

 

「さっきの話ってなんだ?」

 

「俊がなんでど真ん中ストレートを空振り三振したのかの謎が解けたから、アリサちゃんに教えて、わたしの理論で打ち破れるか実践してもらうおうとおもってるんよ」

 

 説明しながらこちらに詰め寄ろうとするはやて、その間にフェイトが当たり前のように座った。 はやてはそのまま立ち上がり、これまた当たり前のように俺の膝の上に座る。 お姫様だっこの形で両手を俺の首にかける。

 

 冷めた二人の視線もなんのその、はやてはそのまま説明を続ける。

 

「ゴリ先生のストレートはバッターがバットを振ってボールが当たる範囲にきたらホップする仕組みになってるんよ。 それも、俊のときは1球目2球目3球目、全部ホップする大きさを変えてきとった」

 

「……マジで?」

 

「マジやで。 俊はど真ん中ストレートを打てなかったショックで見てなかったかもしれへんけど、キャッチャーミットまでは流石に騙せん。 ただ怖いのは3段階ホップやから、ストレート一つにしても的を絞ることができへんってとこなんよね……」

 

 それってつまり、上向きの球種が3つあるってことか……。 なんつー無理ゲー。

 

 でも──

 

『ストライク! バッターアウト! チェンジ!!』

 

 はやてをお姫様だっこしたまま立ち上がる。

 

「ありがとうはやて。 お前がいてくれて本当によかったよ」

 

 下から見上げてくるはやては、若干潤んだ表情で優しく微笑んだ。

 

 着々と、ゴリを俺達のレベルまで引きずりおろしている。

 

              ☆

 

 フェイトちゃんもはやてちゃんも俊くんのお膝に座ってうらやましい……。

 

 わ、わたしだって……! いやでもちょっとまって。 なんでわざわざわたしから座らないといけないの? 別にわたし俊くんのことなんかこれっぽっちも好きじゃないのに。

 

 4回表。 バッターは田中先生。 ここ一番ってときに変なことばかり考えちゃう。 なんかもやもやする。 飼い犬が他の人間にじゃれてついて嫉妬する飼い主の気持ちがよくわかる。 あ、あくまで例えだよ? わたしべつに嫉妬とかしてないよ?

 

 そりゃまぁ、他の女の子と喋ったりするのをみるのは嫌だけど、嫌だけどそれだけだし。 呼べばすぐにクルシ、一日中部屋の中で一緒に過ごしたりもしたし。 べつに俊くんのことなんて好きじゃない。 好きなんかじゃないよ。 わたしがいま頑張ってる理由は好意からきてるものじゃないよ?

 

 じゃあなんのために?

 

「なのは! 4回表、頼んだぞ!」

 

「うん! 任せて!」

 

 うん、やっぱりこの笑顔だよね。

 

 俊くんには笑っていてほしいから。 だからわたしは頑張れる。

 

 自分の中で全ての動きがスローモーションに見えてくる。 そしてその中は自分だけはいつもと変わらない動きが出来る。 何度も何度も経験してきたこの感覚。

 

 バットなんて振らせない。 瞬きさえも許さない。

 

 一瞬で駆け抜ける

 

「これがわたしの全力全開……ッ!!」

 

『なのはぁ……手が痛いよぉ……』

 

 あ、ご、ごめんねフェイトちゃん!?

 

       ☆

 

 全てを無に帰し そんな表情で4回表を投げ終わったなのは。 ゴリに一振りも与えなかったとは、やはり管理局のエースオブエースは化け物か。

 

「すごかったわねぇ、なのはの『滅びよ……』」

 

「いやいやそんなこと一度も言ってないよ!?」

 

「あれ? 気づいてなかった? なのは言ってたよ。 キャッチャーの私のほうまでバッチリと。 アリサはちょっと笑ってたし」

 

「そんなぁ! ひどいよアリサちゃん!」

 

「ちょ、ちょっとだけよちょっとだけ! ほんのちょっと笑っただけ!」

 

 でも、正直俺もあの場面で笑いを取りにくるなのはは凄いと思った。 本人はまったくそんな気ないとしても。 そして同時に思う。 こんなに頑張ってくれている彼女のために、この試合に勝つと。

 

 4回裏、いよいよ俺の出番がくる。

 

 クラス全員でエンジンを組み、円の中心でアリサが話す。

 

「いい? ここが正念場よ。 フェイト、なのは、そして俊。 ここで一気に叩き込むわよ。 そしてなのはで逃げ切り。 追いつかれても、強打者引き入る4番5番6番でまた絶望へ叩き込む」

 

 そうだ、ここが俺達の勝負どころ。

 

「ここは戦場! 勝つるは強者のみ! あたし達は何を成すためにここまできたの!!」

 

「「「「友を救うためにッ!!」」」」

 

「討つべき敵はッ!」

 

「「「「眼前にッ!!」」」」

 

「いくわよー! 猛獣の恐ろしさ見せつけるわよッ!!!」

 

「「「「応ッ!!」」」」

 

 アリサの鼓舞でクラスの士気が一気に上がる。

 

 煌く牙を光らせて、40人あまりの猛獣が牙をむく。

 

 フェイトがバッターボックスに立つ。 今日2回目のゴリとの対戦。

 

 初球はファール。 ストレートになんとか食らいついた。 2球目もファール。 落としたボールに即座に反応しあてにいった。 3球目──中から外へと逃げる球に、腕

をめいっぱい伸ばすことで対応する。 カンッと音をたてて三塁側ファーロゾーンへところころ転がっていく。

 

「フェイトちゃんがんばれ……!」

 

「フェイト! ファイト!」

 

 4球 5球 6球──と食らいついていくフェイト。 ただ、持久勝負となると、俺達に勝ち目はない。 ゴリ相手に体力勝負を挑もうなんてお門違いもいいとこだ。

 

『先生、もっとえぐるようなコース投げてきても大丈夫ですよ? それとも、私に遠慮してるんですか?』

 

『いや、いつでも俺は全力だ。 そうでないとお前達生徒に申し訳ないからな』

 

「俺……もうちょっとゴリはサボることを覚えてもいいと思うんだ」

 

「あぁ、確かに……。 あいつ無尽蔵なスタミナもってるからな」

 

「……正直あいつの空手チョップとか首折れるかと思うよな」

 

『お前らには120%で当たってやる。 心配するな』

 

「いやぁあああぁぁぁああああッ!?」

 

 俺らクラスの切実な願いは、本人の口から否定された。

 

 そんなことをしている間にも、フェイトとゴリの勝負は続く。 9球目をゴリが投げたそのとき、勝負は動いた。

 

 ゴリが投げたボールを、フェイトが押されながらもなんとか打ち返したのだ。 それは綺麗なセンターヒット。 一気に湧き上がるベンチ。 否、ベンチを飛び越して観客までもが沸き上がった。 本人は痛い痛いといいながら、両手をぶるんぶるんさせているけど。 それでもこの歓声を聞いて、笑顔でこちらにサムズアップしてきた。 なので俺らもサムズアップし返す。

 

「いける! いけるぞ! 次は──」

 

「がんばるおー!」

 

「「「「あぁ……うん。 いってらっしゃい……」」」」

 

「あれ!? なんで皆一気にテンション下がったの!?」

 

 えっ!? えっ!? と言いながらテンションを下げる皆に焦るなのは。 違うんだよ、お前が悪いんじゃないんだよ。 これは運命の女神様が悪いんだよ……。

 

「まぁなのははピッチャーでいっぱい頑張ってくれたからもうそれだけで十分だよ。 よっしゃ、後は任せろ!」

 

 なのはが持っていたバットを手に打席へと向かう。

 

「いやいやまって俊くん!? わたしの番でしょ!? なにさらっとハブろうとしてんの!?」

 

 俺の手からバットをもぎ取ったなのはは、ぷりぷりと怒りながらバッターボックスに立った。 かと思いきや、こちらに振り向き、

 

「わたし『ストライーク!』みんなが思ってるよりずっと『ストライーク!』出来るんだからね!『ストライーク! アウト!』よーしいくぞー! ……え? 終わり……?」

 

「よっしゃぁ! ひょっとこ頼むぞ!」

 

「ぶちかませ!」

 

「俊君! 頑張れ!」

 

「俊! 空振り三振なんてしたらただじゃおかないわよ!」

 

「俊、信じとるよ?」

 

『俊―! ホームで待ってるからね!』

 

 クラスメイトの声が自分の中で、炎となって燃え盛る。

 

 人間って不思議なものだ。 さっきまでは攻略不可能だと思っていたゴリだけど、いまは丁度いい相手だと考えてしまう。 この短時間で、まったく認識が変わってしまった。

 

「(´・ω・`)」

 

「お疲れ様、なのは。 後は俺に任せてくれよ。 なのはがこんなに頑張ってくれたんだ。 最後くらい、カッコイイとこ見せないとな」

 

「(*゚∀゚*)」

 

 しょんぼりしながら帰ってきたなのはの頭を撫でながら言った言葉に、すっかり機嫌を取り戻してくれたなのは。 けど、この言葉は俺の本音だから。 ご機嫌取りなんかじゃない、正真正銘な素直な気持ち。 そしてその言葉で、喜んでくれているのが嬉しい。

 

 ゆっくりとバッターボックスに向かう。

 

「ほぅ……一度は完全に消した炎、再び灯すことに成功したとはな。 だからお前らのクラスは面白いんだ」

 

 ゴリが土を鳴らしながらのゴリの言葉。

 

「勘違いしちゃいけないぜ。 前の炎と思うなよ? 今度はあんたがのまれる番だ」

 

 軽くスイングしながらゴリに言い返す。

 

 もう大丈夫。 フェイトのようにしなだれない木だけど、それでも俺はまっすぐに立てる。

 

 俺を支えてくれる人がいるから。 俺を信じてくれる人がいるから。

 

 ゴリが振りかぶって投げる。 インコースにきたボールに逆らわずに振っていく。 ボールがバットに当たる直前にストンとボールは落下していく。

 

『ストライク!』

 

 大丈夫。 心は平静だ。

 

「上矢、お前は本当にどうしようもない人間だ。 お前一人にこの学校は手を焼いている」

 

「そりゃどうも。 でも、いいじゃないすか。 毎日が面白くて」

 

 軽口をたたく。 ゴリはそれに少しだけ口角を釣り上げて応えた。

 

 やっぱり、なんだかんだでゴリもそう思ってるんだよな。 じゃないと、あんなに毎日俺達に付き合ってくれるわけねえか。

 

「今度はスライダーだ。 そういえば、お前は将来どうするんだ? ちゃんと考えてるのか?」

 

 えぐすぎるスライダーを投げながら、耳に痛い言葉のボールをぶつけてくる。

 

「まぁ……一応。 許可が出ればなんすけどね……」

 

 ちらりとなのは達を見ながら喋る。

 

『ストライーク!』

 

「ふん、ヒモ野郎が。 さて、ラスト1球」

 

「かかってきな、ゴリラ野郎」

 

 深く深く深呼吸をする。 なのはが頑張ってくれた。 フェイトが頑張ってくれた。 はやてが頑張ってくれた。 アリサが、すずかが頑張ってくれた。 皆が頑張って、必死に攻略法を探して、最後を俺に託してくれた。

 

 負ける気がしない。

 

 負けるわけがない。

 

 既にあんたは俺達の土俵に上がっているのだから。

 

 いまなら手に取るように分かる。 ゴリが何を投げるのか。

 

 ゴリが振りかぶり放ったボール。

 

 今日の試合、最大球威ともいえるボール。

 

 だから俺も今日一番のスイングで応える。

 

 タイミングはドンピシャ、真芯に当たるその間際、ボールは掬い上げるようにホップする。

 

 1段階、2段階、3段階。 ぐんぐん手元で浮き上がってくる。

 

 あぁ……成程これはソフトボールでいうライズボールか。 これを野球でするなんてこいつはマジモンの化け物じゃねえか。

 

 既に体は動いている。 いまさらバットの方向を変えることは出来ない。

 

 これで終わり。 俺達の優勝は泡となって消えていく。

 

 頭の中でなのはの笑顔が浮かんでくる。 フェイトの笑顔が、はやての笑顔が。

 

 優勝して皆で笑顔で写真撮影している光景を思い浮かべて──俺も自然と笑顔になった。

 

 白球がぐんぐん空へと上がっていく。 シャボン玉のように、頂きへと昇る白球はやがて綺麗な弧を描いてギャラリーの中へと消えてった。

 

 一瞬の静寂、そして──

 

『よっしゃぁああああああああああああああああッ!!』

 

『やってくれると信じてたぜひょっとこッ!!』

 

『上矢君素敵ッ! 抱いて!』

 

 クラスメイトの歓喜の声が聞こえてくる。

 

『すげぇ……あいつやっぱすげえわ……。 あのゴリからホームランかよ』

 

『やっぱりあいつら恐ろしいぜ……』

 

『でも、ちょっと上矢君カッコよくなかった?』

 

『こういう行事のときはカッコよく見えるんだよねぇ。 まぁ一週間もしたらそんな気起きなくなるけど』

 

 黙れビッチども。 俺にはなのは達がいるからお前らなんてこっちから願い下げじゃ!

 

 ダイヤモンドを回りながら、自分を賞賛する声に酔いしれる。 そして、ホームベースで迎えてくれているクラスメイトの元へと飛びついた。

 

             ☆

 

『明日から通常授業に──』

 

 背後に聞こえてくる先生の声をBGMに、校長先生に礼のものを渡す。

 

「どぞー。 なんとかMVP取れましたよ。 俺絶対にフェイトだと思ってたんですけどねー」

 

「ハラオウンさんの名前は確かに出てましたね。 それに高町さんの名前も。 けどどちらも本部のほうに辞退の旨を伝えにきたんですよ」

 

「うぉ!? じゃあ危なかったですねー。 というか、なんでそんな勿体無いことを……」

 

 そう言うと校長先生はきょとんとした顔をして、すぐに破顔した。

 

「成程成程。 キミもまだまだ子どもということですね。 その点やはり女の子のほうが男の子より大人になるのが早いようで」

 

「なのは達は処女です! 大人になんてなってません!!」

 

「分かりました! 分かりましたから校長先生を殴ろうとするのはやめてください!?」

 

 なんて老人だ! 危うく血祭りにするところだったぞ。

 

「しかしまぁ、よく見事に勝ってくれましたね。 信じてましたけど」

 

「そりゃ勿論っすよ。 俺は勝てる戦いしかしないタイプですからね」

 

「ふふっ1打席目でのあの表情も複線だったという訳ですかな?」

 

「うっ……それはそれということで……」

 

「まぁそういうことにしておきましょう」

 

 あぁそういえばこれを渡さないといけませんね。 そう言いながら校長先生は2枚のチケットを取出し差し出してきた。

 

 みるとそれは夢の国の招待券。 それも正真正銘の、ラブホなんて入っていない夢の国を楽しむためのチケットだ。

 

「これって……」

 

「えぇ、正真正銘MVPに渡す商品ですよ」

 

 ……なるほど。 ぬかりないあたり流石校長先生だ。

 

 招待券を受け取り、誰に渡すか考える。 2人か……うーむどうしたものか。

 

 ──あ、いい考えを見つけた。

 

 

 

「ふむ、どうやら使い道を発見したようですね」

 

「ええ、最高の使い道だと判断しました」

 

 うむうむ、我ながらいい考え方だ。

 

『俊くーん! 俊くんどこいったのー!』

 

『あいつMVP賞貰った瞬間に消えていったわねー。 どこいったのかしら?』

 

『俊のことやからなんか裏で動いてたりしてなー』

 

『ふふっそれありそう』

 

『流石の俊君でもそれはないと思うよ』

 

 遠くのほうでいつものメンバーの声が聞こえてくる。 そういえば既にBGMが止んでいることから考えて閉会式が終わったのか。 てことはこのままクラス写真だな。

 

「じゃあ俺はそろそろ行きますね。 あまり繋がっていると知られるとヤバイですし」

 

「それもそうですね。 それじゃぁ上矢君。 今日は一日お疲れ様でした」

 

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」

 

 二人してお辞儀して、そのまま別れる。

 

 クラス写真を撮ったら打ち上げの準備。 今日はまだまだ始まったばかりだ! 忙しくなるなぁ!

 

「おーいみんなー! 愛しのイケメンがきたぞー!」

 

           ☆

 

「ほんと、彼は面白い生徒ですね。 どうでしたか? 球技大会は」

 

 俊が去った後、校長は校舎の影に隠れていた者に話しかける。 その者は校舎の影から姿を現し校長の前に立って顔を破顔させて嬉しそうに報告する。

 

「とても面白く、久しぶりに血が滾りました。 特に4回の攻防は最高だったと感じております」

 

「ええ私も見ておりましたが、とても嬉しそうなあなたを見ているとこちらも嬉しくなってきますね。 あの時、あなたを退学から守ってよかったと実感してますよ」

 

「いやはや、その説は本当にお世話になりました。 まんまと策にはまって学校を辞めるしか術がなくなったとき、あなたが手を差し伸べてくれなかったらどうなってい

たことか……。 私はあのときのあなたに憧れて、教師という道を本格的に目指そうと決めたのですから」

 

「おやおや……それはそれは嬉しいことですね」

 

 笑顔を見せる校長に、ゴリも笑顔で応える。

 

『おいさっきから誰だよ! お前の頭小突いてる奴! 張り倒すぞ!』

 

『うるせー! なんでお前だけ5人娘はべらせてるみたいな構図で写ってんだよ!』

 

『そうよそうよ! なのはちゃんよこしなさいよ!』

 

『だぁああああまれぇぇぇっ! 今回何もしなかったモブ諸君が!』

 

『んだとッ!? 使い捨て装甲板の分際で!』

 

『だまれ自慰をすることでしか存在を見出すことができない馬糞以下のゴミクズ共が!』

 

「……あいつはまた……ッ!」

 

 ゴリは笑顔から一転阿修羅のような表情で拳を握りしめる。

 

 これには校長もフォローしきれないのか、あはは……と笑うばかりである。

 

「っとにあいつはしょうがないですね。 この後ちょっと生徒指導室で説教してきます」

 

「まぁまぁ、いいじゃありませんか。 ああいう子が学校に一人いたほうが賑やかで面白いですし」

 

「はぁ……先生は本当に人がよすぎます。 甘々です」

 

「ついつい高校生の時のあなたを重ねてしまうんですよ」

 

「いやいや!? 私はあんなにバカではありませんでしたよ!?」

 

 大きな身振りで主張するゴリに、校長は一枚の写真を内ポケットからそっと取出し見せる。

 

「ほら、あなたが球技大会で優勝したときのクラス写真です。 真ん中で全裸になっているのがあなたですよ? 多分彼よりひどいです」

 

「ぐぬぅッ……!? そんな昔のことを……!」

 

 こうして、元担任と元教え子の昔話は生徒たちが片付けを開始するまで続いていった。

 

 快晴の空のもと行われた長い長い球技大会は、動物園クラスの優勝で幕を閉じたのであった。

 

 

 




ゴリの話書いてる間、ずっと『すまない彼はゴリラなんだ』のaaがずっと頭から離れなかった。


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A's23.球技大会 ─終─

 クラス写真を撮り後片付けも終わって一時帰宅。 皆で時間を合わせて19:00に翠屋へ向かったわけだが、そこで待っていたのはパンパンと大きな音をたてながら吹き荒れるクラッカーの嵐だった。

 

『球技大会優勝おめでとうー!』

 

 手に持ったクラッカーを投げ捨て、桃子さんと士郎さん、恭也さんに美由紀さんが俺となのはに抱きついてくる。 柔らかく、それでいて温かい優しさがなのはと俺を包み込んでくれた。 みると、フェイトには愛情200%のリンディさん、そしてクロノにエイミィさん&ルドルフ。 アリサにはメイド長と執事長、そしてなにより今回のために会合の日程をズラしてまで翠屋で出迎えてくれた両親が可愛い娘にハグとキスをしていた。 すずかも大好きな姉と両親に抱きつかれながら幸せそうな笑顔を浮かべていた。 はやてには家族でヴォルケンメンバーと石田先生、そしてこの日のために遥々英国からやってきたグレアムさんとリーゼ姉妹が笑顔で迎えていた。

 

「さ、みんなぁ! 今日は貸切よ! いっぱい食べて球技大会の疲れを癒してね!」

 

『はーい!』

 

 小学生のように手をあげて席につく。 俺の両隣にはなのはとフェイト。 アリサやすずかは自分の両親の隣に腰を落ち着かせる。 はやては……ロヴィータちゃんとシグシグとロッテリア達が誰がはやての隣に座るかで揉めていた。 ……グレアムさん、貴方は手を挙げないほうがいいと思います。 最悪退場させられる恐れがありますので。

 

「あーもーわかったわかった。 それなら、リーゼ姉妹が猫になってわたしの膝の上に座って、両隣にシグナムとヴィータがすわりー。 それでまるく収まる結果になるか──」

 

「嫌だ! あたしだってはやての膝の上がいい!」

 

 ロヴィータちゃん完全に身体と精神年齢が一緒になってるよ。 ロリババアなのに。

 

「はーい、みんなーご飯ができたわよぉー。 たーくさん食べてねー!」

 

 桃子さんとリンディさんがから揚げやグラタン、ポテトサラダにおにぎりサンドウィッチにエビフライ、魚のムニエルにピザを大皿に並べてもってくる。 一目で分かる。 これ全部手作りだ……。

 

 料理と桃子さんとの間を視線で何回も何回移動させていたからか、ふと桃子さんの方を見たときには目と目が合った。 というか合わせられた。 桃子さんはニッコリと微笑んで、そのまま俺を抱きしめる。

 

「みんながんばったからもんね。 子どもの頑張りと笑顔は親にとっては最高の喜びよ。 それに、一生懸命頑張ったあなた達に食べてほしいの。 他人が作って運んでくれた料理じゃなく、親が子どものためだけに作った愛情たっぷりの手料理を」

 

「……はい。 いただきます」

 

 自然と笑顔が零れてくる。 あぁ……この人達が自分の成長期を見守っていてくれた本当によかった。 はにかみながらそう思った。

 

 隣でパスタを食べているなのはにも桃子さんは抱きつく。

 

「なのはぎゅーっ! なのはも頑張ったもんねー! 担任の先生から電話があったのよ! 『なのはちゃん物凄く凄かったです! 天使かとおもいました!』って! 天使な

んてそんなの当たり前なのに!」

 

 桃子さんテンションたけー……。

 

「お、おかあさんくるしぃっ!? パスタが! パスタが咽喉に絡みつく!?」

 

 ……うん、桃子さんの相手はなのはにしてもらおう。 あれ女子高生特有のテンションだよな。 前に桃子さんが女子高生の制服着てるとこ見ちゃったし俺。

 

「隣いいか? 俊君?」

 

「あ、士郎さん。 どうぞどうぞ」

 

 いつの間にかなのはは桃子さんにお持ち帰りされていた。 なんか奥から俺を呼ぶ声が聞こえてくるけど怖いから無視だ。

 

「今日はよく頑張ったな。 生活指導の田中先生が電話してきたぞ。 『お宅の息子さんはとてもよくまっすぐに育っております。 境遇にも負けず、前を向いて一生懸命歩いています。 高町さん、本当にありがとうございました』ってね。 あはは、参ったよほんと。 私もあの時はうるっときちゃってな。 あはは、きっと一があの電話に出ていたら肯定しながら親バカっぷりを発揮するはずだ」

 

 そっか……ゴリってば余計なことをしやがって……。

 

「ほんと……これだから教師ってのは嫌いなんですよ……」

 

「あぁ、本当にな」

 

 抱きしめられた士郎さんの胸の中で静かに漏らす。 きっとこの目から落ちる滴は、士郎さんの服に吸収されてすぐにわからなくなるだろう。 それに、皆それぞれの相手に忙しいし。

 

「……士郎さん、俺とっても幸せ者なんですね」

 

「あぁ……そうだね」

 

「もし、俺に子どもが出来たら……子どもにもこの感情を知ってもらいたいと思っています」

 

 自分は一人じゃない。

 

 もし、自分に子どもが出来たなら世界中の誰よりも幸せにしよう。 そう思った。

 

「キミなら出来るよ。 なんせ一達の息子で、私達の息子なんだからな」

 

 そう言った士郎さんの顔は、とても穏やかであった。

 

          ☆

 

 フェイトが酔ったリンディさんに鬼絡みされている。 なんか女の人生説いてるし、チャラ男にだまされるなとか言ってるし、当たり前のように俺の悪口言ってるんだけど。

 

 リンディさんのツンデレっぷりに若干の怖さを感じながら、忍さんが焼いてくれたピザを取り皿に分けようとした手前で、後ろから声をかけられた。

 

「俊! 遅くなってごめん、ちょっと服を決めてたらこんな時間になっちゃってさ」

 

「おうユーノか! 服なんて適当に──結婚してください」

 

 振り向いたら美少女が頬を上気させて肩ではぁはぁと息をしながらこちらを向いていた。

 

「へっ!? い、いやちょっとまってまだ早いよ! まだみんないるし心の準備が──」

 

 顔が熟れたトマトのようになりわたわたとするユーノ。 いやぁ、なかなか乙なもので──ん?

 

「ユーノ。 なんか今日はいつにもまして女装に気合が入ってんのな。 化粧も若干してる?」

 

「う、うん。 今日は俊が頑張った日だから僕も頑張ろうと思って……」

 

 そっかそっか。 だからこんなに可愛いのか。 胸の位置に届くほど伸ばしてる髪は、二つ結びのツーサイドアップに結ばれており、両方に可愛いリボンが巻かれてい

る。 服は水玉が飛ばしてある白地のシャツに淡い緑色のカーディガンを羽織り、下はフレアミニスカに黒のオーバーニーソ。 唇には桜色の口紅を塗っているのが確でできる。 正直これはヤりたい。 そしてそう思ってしまった自分が死にたい。

 

 俺はユーノの肩をがっしりと掴む。 びくりと体を震わせ、目をとろんとさせるユーノ。 おいまて、なんで目を閉じる。 おいアリサ! なんで携帯で写メを撮る!? まてなのはにフェイト!? セットアップはダメだって! こいつユーノだから!? 完全に男だから!

 

 なんか一瞬にして包囲網が出来てしまったが、いまはそんなことはどうでもいい。 まず目を瞑っているこいつを起こそう。 デコにデコピンをかます。 あぅ……と言いながら目を開けるユーノ。

 

「ユーノ、一度しか言わないからよく聞けよ?」

 

「う、うん……」

 

「俺の中の理性と男女の垣根が壊れるから少し押さえてくれ。 お前は素材がいいから女装するとそこらの女よりよっぽど可愛いんだから」

 

 ぼっと顔を真っ赤にするユーノ。 ただただこくんと首を小さく縦に動かした。

 

 …………神様はどこまで俺の邪魔をするんだろうか?

 

 ユーノから2歩下がってあらためてユーノをマジマジと見ながらそう考える。

 

「いや、見方を変えればこれもありっちゃありなのか?」

 

 高校生の性欲では理性とか常識とか倫理とかが消えていきそうだから困る。

 

 そんな俺にストップをかけてくれたのはなのはだった。 ただし冷徹な眼差しをこちらに向けながらだが。

 

「俊くん、ちょっとなのはと一緒にご飯食べようか? ほら、なのはが取ってあげるから何が食べたいか言って?」

 

 肩が壊れるほど強い握力で椅子に座らせられ、有無を言わさず取り皿で取ったご飯を差し出すなのは。 ……死にたくないから従おう。

 

 既に関係は幼馴染では死刑囚とギロチンになっていた。

 

「俊くんさぁ、今日はフェイトちゃんやはやてちゃんにとっても優しかったよね?」

 

「え? そうかなぁ……。 べつに普段通りだったと思うけど?」

 

 別に普段からフェイトやはやてとは仲良いし、あれくらい毎日のことだと思うんだけど……。

 

「……お膝にのせるのが?」

 

「い、いやそれは──」

 

「お姫様抱っこするのが?」

 

「だ、だからそれは──」

 

「……なのはもしてほしかったのに」

 

 そっぽを向きながら、横にいる俺以外には聞こえない声で、なのはは小さく呟いた。

 

 ……なんなんだこの可愛い生き物は……ッ!

 

 ツインテールにした髪を指に絡ませ弄りながらこちらをちらちらと伺うなのは。 本人はバレてないつもりだと思うけど、こっちからしたらその仕草がまた萌えを誘

う。

 

「あー、その……ごめんななのは?」

 

「ゆるさないもん。 でも……明日俊くんが遊びに連れていってくれるなら考えてあげてもいいかな……?」

 

 ……つまりこの萌えとデートする権利をいま与えられたということですね?

 

「ちょっ!? いま俊くんデートだと思ったでしょ!? ち、ちがうからね! これはそういうんじゃないから!」

 

「え!? デートじゃないの!? なにその思わせぶり!? それじゃなんなの、明日の遊びはなんなの!?」

 

「えっと……えーっと……犬の散歩?」

 

「なるほど、納得できる」

 

 犬は股の臭いを嗅いだり舐めたりするからな。 つまりそういうことか。

 

「んじゃぁ明日はどこ行く? 遊園地? 映画? ショッピング?」

 

「うーん……違うところがいいな」

 

「動物園?」

 

「それうちのクラス」

 

 そういえばそうだった。 学校に行けば珍獣がクラスにわんさかいるんだった。

 

 しかし、いま明日といったよな?

 

「明日って学校だけど──」

 

「サボろう」

 

『なのはー、学校サボったらお仕置きよー』

 

「((((;゚Д゚)))) 俊くんやっぱり明日はなしにしよう……」

 

 ……うん、桃子さんのお仕置き怖いよな。 あれは人間がしていい行為を遥かに超えている。

 

「まぁ明日ってのはなしにしても、遊びに行くのは行くんだろ? どこか行きたい場所でもあんの?」

 

 そう聞くと、なのはは目をパチパチとさせ次いで深い深いため息を吐いた。 悪戯好きの子猫を叱るような、いやこれやっぱバカをみる目だ。

 

「……俊くんはこれだからモテないんだよね」

 

「な、なんだよいきなり……」

 

「MVPは何のために取ったの?」

 

 M……V……P……? あ──

 

「そうだった!? すっかり忘れていた、夢の国だよ夢の国!」

 

「そうそう! それだよそれ!」

 

 た、確かポケットの奥に曲げずに──あった! ほっと一安心しつつ、なのはのほうを見る。 なのははニコニコと笑顔を浮かべながら両手をばんざいのように広げて

きた。 うん、とりあえず何やってるのか分からないけど、渡すものは渡してしまおう。

 

 席を立ち、なんかいちゃいちゃしながら食べさせ合いっこをしている桃子さんと士郎さんの前に立つ。 二人とも行為を中断してこちらを見ながら首を傾げている。 そこに、MVPとして校長先生からもらったホテルなしのちゃんとしたチケットをプレゼントする。

 

「あの、これ。 夢の国のペアチケットなんですけど、よかったら二人で羽を伸ばしてきてください。 えっと……育ててくれたお礼というかなんというか……」

 

 あぁー! どうしてこう恥ずかしんだろう! それにいま渡さなくてもよかったんじゃないかな!? 差し出してから気づく不甲斐なさ。 そして振り向けばぽかんと口を開けてるなのはとフェイトとはやて。 いるよな、蚊とかが飛んでくると口を開けながら迎撃するタイプの人。

 

「あら、ありがとう俊ちゃん。 そうねぇ……折角だし明日は臨時休業にして遊びに行っちゃいますか?」

 

「そうだなぁ、折角俊がくれたんだから行ってみるか」

 

「4人目が出来るかもしれませんし」

 

「いや、流石にそれは……年だしお互い……」

 

 夫婦の仲がいいのはいいことだ。 俺もお二人のような関係をなのはやフェイト達と築いていけたらと思う。 まぁ──

 

『……』

 

 それよりもいまはあの三人に弁解というか土下座をしないといけないわけなんだけどさ。

 

            ☆

 

 カランとグラスに圧倒的な存在感で鎮座していた氷が溶けて音をたてる。 中身は三ツ矢サイダー。 しゅわしゅわと泡を弾けさせるサイダーを見ながらのんびりサン

ドウィッチを食べていると横にろりっ娘ロリロリのロヴィータちゃんが座ってきた。

 

「おぉロヴィータちゃん! どうしたの?」

 

「お前がぼっちで寂しそうだったからな。 あと食べたかったから揚げとサンドウィッチをお前が独り占めしてたから」

 

 まぁ確かに皆それぞれ楽しそうにしてるもんな。 なのははいつもの姦し娘たちと。 親は親同士だし、ユーノはクロノと仕事の話してるし。 ロッテリア猫は食事に夢中だし。

 

「まぁいいんでない? 楽しそうだし」

 

「こういう席だと分かるよな。 親密度ってか友達具合が。 いつも話してるけどこういう席だと全く話さない友達とかいるし」

 

「あーそれ高校でもあるわ。 すんごい浅いんだよな、関係が」

 

「つまりいまのお前だよ」

 

「でもロヴィータちゃんは来てくれたじゃん。 つまりロヴィータちゃんと俺は深い仲ってことか?」

 

「食べたい食べ物の場所にお前がいただけだよ。 つまりお前は食事にたかる蝿ってことだな」

 

 どうしてこいつはこう人の心を殺しにかかるような行為を平然とすることが出来るんだろうか。

 

 でもまぁ──つまようじでから揚げを刺して小さな口に放り込みながらロヴィータちゃんは不敵に笑って見せた。

 

「お疲れさん、決勝は痺れる試合だったぜ」

 

 ……ったくこのろりっ娘は。

 

 思わず抱きしめる。 つまようじで眼球を刺されかける。

 

「そういえばなんで決勝のこと知ってんの?」

 

「んー? ザフィーラの散歩がてら皆で観に行ったからな」

 

 成程。 ザフィーラの散歩か。 幼女と大きな犬のコンビか。

 

「幼女はなにをオプションにしても輝くからいいよな」

 

「幼女は正義だしな」

 

 コップにサイダーを注ぎあおるロヴィータちゃん。 こんなに可愛いのに、いつも男よりかっこいいことをするんだろうな。 このロリ娘は。

 

 しばし二人とも無言でサイダーを煽り食事を摂る。 たまにロヴィータちゃんが俺に取り皿を差し出して、目であれを取って来いと命令するのでそれに従う。 無言だけど心地よい空間。 うん、喋るだけが友達じゃないんだよな。 こうやって、喋らなくても居心地の良い空間を互いに共有し、提供できる友達ってのも大事だよな。

 

『えっ!? お小遣いこんなにもらってええの!? うわぁー!』

 

 ふとはやての気色のいい声が聞こえてきたので、ロヴィータちゃんと二人でそちらのほうに視線を向けると、グレアムさんがニコニコとした笑顔ではやてに小切手を渡していた。 ……お小遣いで小切手か。 というか──

 

「グレアムさんがはやてにお小遣いあげると、どう考えても女子高生にお小遣いという名のお金を使って援交──」

 

「ひょっとこ、あのおっさんに殺されたくなかったら喋らないほうがいいぞ。 お前ただでさえ嫌われてるんだからな」

 

 そういえばそうだった。 エロ本ぶちまけたから嫌われてるんだった。

 

「はやての場合、親代わりとなってくれているおっさんの許可を貰うのが大変だよなぁ……」

 

「んー? なんの許可が必要なんだ?」

 

「いや、こっちの話。 それよりひょっとこ、そこのピザ取ってきてくれよ」

 

「はいよー」

 

 ピーマンと薄切りハムをふんだんに使ったピザを一切れロヴィータちゃんに渡す。 ロヴィータちゃんはサンキューといいながらかぶりつく。 その姿はまるで幼女すぎて死ぬほどかわいかった。 ロヴィータちゃん、ほんとかわいいんだよなぁ……。 つまり幼女とちゅっちゅしたい。

 

「……お前ちょっとキモイぞ。 顔が」

 

「えっ? イケメンになにいってるの?」

 

「心配すんな。 自分で思ってるほどイケメンじゃないから。 お前あれだろ? 部屋の鏡みて自分のことをカッコイイと錯覚しちゃうバカだろ」

 

「い、いやそこまでは──」

 

「これだから淋病男はキモいんだよな」

 

「ちょっとまてそれ言ったのだれだ」

 

 顔面を潰れたトマトに変えてやる。

 

「シグナムだけど?」

 

 まぁうちのクラスの田中は『世界大戦末期の状態をよく表現してる顔だよね』って言われてたし、淋病くらいなら甘んじて受け入れようかな? べ、別にシグシグには逆立ちしても勝てないからって理由じゃないからな!?

 

 ロヴィータちゃんは、ははーんと言いながら口角を釣り上げて聞いてくる。

 

「お前シグナムには──」

 

「なのはにゃんが俊ひゅんにダイブなのー!」

 

「うわっぷ!?」

 

 ロヴィータちゃんが何か言いかけて、背後から俺に飛びついてきたなのはに巻き込まれる形で倒される。

 

 ちょ、おいなのはいまロヴィータちゃんとお話中──ってなんか顔赤いし目が怪しくない?

 

 俺のカンは実にあたるもので、挙動がおかしいなのはは俺のことを認識するとすぐに両手で首を鷲掴みに自分の胸に抱き寄せた。

 

「ひゅんくんはなのはのものー! ずーっとなのはのものだもんねー! えひゃひゃひゃひゃ!」

 

 ……こ、怖い。 なんつーか酔ったリンディさんに鬼絡みされているときの既視感を感じる。

 

 先程なのはに巻き込まれたロヴィータちゃんが起き上がりなのはに抗議しようとしたが、なのはのあまりの変貌っぷりを近場でみて思わず桃子さんに問う。

 

「あの……おたくの娘さんはどうしたんですか?」

 

「お水を焼酎と言い聞かせながら飲ましてたらこんなことに……」

 

 なのはの方に振り向き唖然とするロヴィータちゃん。 その間にもなのはの絡みは続く。

 

「ひゅんくんはー なのはのことすきー? それともきらいー?」

 

「いま言わないとダメ……?」

 

「もっちろーん!」

 

「えっと……だ、だいすきだよ」

 

「そうだよねー! きゅうりはやさいじゃなくてすいぶんだよねー!」

 

「あれ!? いまそんな会話一言もしてなかったよね!?」

 

 え!? さっきの告白はなかったことになったの!? 俺の告白よりきゅうりが野菜か水分かどうかのことが大事だったの!?

 

 その後もなのはの鬼絡みは続いた。 一向に噛み合わない会話をしつつ、それでも楽しく夜を過ごす。 途中からフェイトやはやて、悪乗りでアリサやはやてにヴォルケンまで参加してきたもんだから収拾がつかなくなっていった。

 

 意味のわからない言葉の羅列、いきなり始まるもろきゅー談義、何故か床に捨てられていた俺のパンツ。 ユーノ、さりげなくポケットにいれるのは止めて。 日付を跨いでもいまだ明かりがともされ、姦しい声が聞こえてくる翠屋。 夜の宴はまだまだ続きそうだ。

 

 きっと、この場にいる全員が明日は寝坊するんだろうな。 なんてことを考えながら呂律の回らないなのはを介抱するのであった。

 




ちなみに私は球技大会バレーボールでした。


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A's24.ヴィヴィオ、初敗北

 10月某日、時刻は既に夜の3時を回っていた。 そんな時間帯の中、高町ハラオウン家の一室にはいまだ電気がしっかりと点いていた。 夜風は素肌に優しくなくなった季節だが、部屋の主はタンクトップ一枚で細かい作業に没頭していた。

 

「何が悲しくてあいつらのために飾り付けなんて用意しなくちゃならないんだか。 これは後で体で支払ってもらいましょうかな。 あー……でもあいつら羊水の代わりに溶解液入ってそうな奴らだからな、口で我慢しよう」

 

 タンクトップ一枚で作業をしていた部屋の主は彼女二人のご奉仕を想像し下半身が躍動したことについての論文を脳内学会にて発表した後、あぐらをかいた状態のまま伸びをする。

 

「う~ん! あぁ、背中からバキバキと嫌な音が聞こえてくる。 はぁ……なんで俺がこんなことを。 普段ならヴィヴィオを抱き枕にして寝てる時間だというのに……」

 

 自身の愛娘を想像しながらため息を吐く主。 その愛娘は現在隣の部屋で絶世の美女二人に囲まれてすやすやと寝息を立てている最中であろう。

 

「あーやめよ、もうめんどくせ。 あいつらの昇進試験なんて知ったことか」

 

 床一面に広がっている折り紙で作った鎖状の輪っか飾り。 それを見つめながら、ふと主の頭に二人の少女の姿が映し出された。 幼馴染の鬼教導官の鬼畜弾除けでフルボッコにされている姿、涙目で助けを求めてくる姿、鬼教導官の体に触れたい一心で策をめぐらす姿。

 

「ま、好感度上げといても損はねえな」

 

 一人そう口に出すと、主は再び作業を再開し始めた。

 

「そろそろパンツはくか。 掃除してるとはいえ、床に直置きは心配になる」

 

 正真正銘タンプトップ一枚だけの姿だったこの男はいそいそと下着をはいてから作業に戻る。

 

 主の部屋の明かりはなのは達が目を覚ますまで変わらなかった。

 

               ☆

 

「おはよー俊くん。 目の下に隈ができてるよ?」

 

「おはようなのは、目の下に隈ができてんぞ」

 

「にゃはは……だって今日はあの子たちの昇進試験なんだもん。 心配で心配で……。 俊くんもでしょ?」

 

「いや、俺はまったく。 あいつらが昇進試験受かってもなんの得もないしな~。 俺的にはどうでもいいや」

「(1階に降りる前に俊くんの部屋に行ったことは内緒にしとこ)」

 

 日が昇り、短針は7時を指していた。 高町なのはは寝間着姿で、キッチンの弁当に視線を落として一心不乱に作っている俊と話していた。 俊の手元には大きな重箱が4つと弁当箱が3つ、そしてウサギがデフォルメされた小さな弁当箱が用意されていた。 コンロの上には寸胴が2つ並べられており、匂いから察するにビーフシチューと豚の角煮だろう。 なのはは何故こんな朝っぱらからそんな重たい食べ物を作っているのかは問わない。 ただただ、弁当を作る幼馴染を見て微笑むだけであった。

 

 なのはの視線に気づいたのか、俊がだれにともなく言い訳を始める。

 

「急に食べたくなったから作ってるだけだからな。 別にあいつらのためじゃないから」

 

「そうだねー、あの子たちのためじゃないもんねー」

 

「……やめろよその笑顔」

 

「えへー」

 

 子どもが拗ねるように頬を膨らませる俊に、なのははあえてほっぺを膨らませ左右の指でつつく。 愛くるしい笑顔を見せてくるなのはに、俊もたちまち頬を戻した。

 

「ていうかさ俊くん」

 

「んー?」

 

 欠伸をかみ殺した声で応答する俊に、なのはは真顔でこう言った。

 

「ぶっちゃけ気を緩めるとベッドに戻りそうなんだけど。 昨日球技大会の思い出なんて語らないほうがよかったんじゃない?」

 

「同感だ。 あれのせいで俺も作業始めたの深夜になってからだったぞ」

 

「「誰だよ昔話しようって提案したの」」

 

 お互いに相手を指差す。 なんて不毛な行為なのだろうか。

 

 しかし、なのはとこんな会話をしている間にも俊の手が止まることはない。

 

「あ、俊くん! それタコさんウインナーにして! タコさんウインナー!」

 

 ソーセージに切り込みを入れようとした俊の横からなのはが要望する。 はいはいと一つ返事で答えた俊は、単純な切り込みから焼いたときに足が丸まってくる切り方へと変更。 そのままウインナーを焼きはじめる。

 

「試験受けるあいつらにはあまり油っこいものを食べると胃にくるかもしれないから、あいつらの分はボイルにするわ」

 

「はいはーい」

 

 足が丸まりタコの形になっていく様を見ながら返事をするなのは。 俊は大きい幼女みたいだ、という感想を抱きながら料理を進めていく。

 

 しばしなのはが見守りながらの調理が続く。

 

 たんたんたん

 

 ふとなのはと俊の耳に軽やかなリズムで2階から1階へ階段を降りる音が聞こえてきた。

 

『フェイトママはおっぱいもふもふだねー?』

 

『えー? そう?』

 

『うん! もふもふしてる! はー……おとなってすごいね!』

 

『あはは……ありがと。 でもヴィヴィオ、このことパパに話しちゃダメだよ? パパは──』

 

「すんません僕ももふもふフェスティバルに参加してよろしいでしょうか!?」

 

「救いようのない変態さんなんだから」

 

 諦め半分呆れ半分で階下で土下座している俊を指差すフェイト。 その胸には5歳のヴィヴィオを抱っこしていた。

 

「パパだー! パパおはよー!」

 

「ヴィヴィオ! 今日のフェイトママのパンツの色は!?」

 

「くろー!」

 

「なのはママは!?」

 

「ピンクー!」

 

「二人とも勝負パンツであることを確認! 朝の洗濯が楽しみです!」

 

 スパーン!

 

 階下に降りると同時にフェイトの前蹴りが正確に俊の顎を捉える。 後ろに吹っ飛ぶ俊。 そこに待ち構えるなのは。 つまり──死

 

「キョウノアニメハナンダロナー」

 

「なんだろなー」

 

 ちなみに愛娘のヴィヴィオはペットのガーくんの粋な計らいで、アニメ鑑賞に全神経を注いでいた。

 

           ☆

 

「弁当つくってる俺がいうのもなんだけどさ、昇進試験って一日フルに使ってやんの?」

 

 ヴィヴィオが差し出してきた焼き魚の骨を綺麗に取り出しながら俊が聞く。

 

「そうなるね。 たしか午前中に実技で午後は筆記かな。 そして採点して試験官が合格だと判断すれば晴れてAランクってところかな」

 

 同じくなのはが差し出してきた焼き魚の骨を綺麗に取り出しながらフェイトが答える。

 

「ふーん……なんか大変そうだな」

 

「そりゃね。 ランクが上がるってことは局にとっても重要なことだからね。 それ相応の覚悟をもってくれないと逆に困るよ。 たしか試験官ってそういう部分も見るんだよねなのは?」

 

「そうだよー。 成績がよかっただけじゃ意外と受からないこともあるね。 言ってみれば即席内申書みたいなもんかな。 数値に現れない部分も含めての昇進試験だからね」

 

 うわぁ……管理局員って大変そうだなぁ……。 思わず同情する俊。 なんせこっちは悠々自適なヒモ生活。 それも美少女と幼女と一緒の。

 

「でもあの二人なら受かると思うよ。 本来のコンディションで受ければね」

 

 味噌汁をすすりながらなのはは緩みきった顔を見せた。 うん、こいつがそういってるなら間違いないだろうな。 なんせ最強の教導官からのお墨付きなんだから。 俊はそう思いながらもずくを口に運ぶ。 もぐもぐと咀嚼するその横で、ヴィヴィオが拙い箸さばきであるものを取った。

 

「ヴィヴィオー、それちょっと辛いから止めたほうがいいとおもうぞー」

 

 ヴィヴィオがご飯茶碗の中に落とした明太子(まるまる一本)を見ながら声をかける。

 

 しかし当のヴィヴィオは俊のほうを振り向いて自信満々にこう答えた。

 

「だいじょうぶっ! ヴィヴィオむてきだから!」

 

「いやいや、無敵でも内部攻撃には案外脆くてだな」

 

 両手をぐっと握りしめて無敵を強調するヴィヴィオ。 そこになのはとフェイトも笑顔で加わる。

 

「ヴィヴィオー、なのはママもパパに賛成かなー? それちょっとからいよー?」

 

「ううん、そんなことないよ?」

 

「いや食べたことないでしょ……」

 

「ねぇヴィヴィオ? それ全部は多いと思うから、フェイトママにも分けてくれないかなー?」

 

「うーん……いいよ」

 

 フェイトママのお願いに、ヴィヴィオは箸で明太子を半分に切ってあげることでこたえる。

 

 これでヴィヴィオが保持している明太子は半分になった。 しかしこれでもヴィヴィオには多すぎる。 ということで、俊となのはは目配せした後、フェイトと同じ行動をとることに──した瞬間にヴィヴィオは小さな口で明太子にぱくりとくらいついた。

 

「「「あっ」」」

 

 思わず声を上げる保護者。 ヴィヴィオはおいしそうにもぐもぐと噛んだ後、口を半開きにしぶるぶると震えながら箸を落とした。 首をゆっくりと動かして俊の方向に固定すると、俊が何かを言う前にわんわんと目に大粒の涙を流して泣きだした。

 

 健やかな朝の日常は、一転して慌ただしい朝の日常へと変化した。

 

            ☆

 

 ピンポーン

 

「俊ー! なのはちゃん迎えにきたでー!」

 

『はいよー! ちょっとまってなー!』

 

 高町ハラオウン家の呼び鈴を、はやてが押しながら俊の名前を呼ぶ。 俊はそれに玄関越しに答えた。

 

 数分して玄関が開く。 そこには制服姿のなのはと私服のフェイト。 そして俊に抱っこされているヴィヴィオ。

 

「おはよー俊。 って、ヴィヴィオちゃんどうしたん?」

 

 涙の後が見えるヴィヴィオの顔を覗き込みながらはやては俊に聞く。 ヴィヴィオははやての視線から逃れるように俊の胸に顔を埋めた。

 

「あー……明太子を食べて撃沈した」

 

「5歳で明太子は無理やろ……。 梅干しだって目の敵にするみたいやし」

 

 俊にあやされるヴィヴィオを見ながらはやては困ったように笑った。 俊に頭を撫でられるヴィヴィオ。 ヴィヴィオは小さな声で呟く。

 

「ヴィヴィオはしょうがくせいになるからむてきだもん……」

 

「そうだなー、ゴメスちゃんと一緒だもんなー小学生って」

 

「うん……」

 

「あーゴメスちゃんね。 ようやく理解したわ。 たしかヴィータもわたしと一緒にみとったよ? なーヴィータ?」

 

 はやてはガーくんの咽喉を触っていたヴィータに話しかける。

 

「べ、べつに好きでみてねえけどな! ただの暇つぶしだよ!」

 

「ヴィータちゃんゴメスちゃんきらい……?」

 

「いや、べ、べつに嫌いじゃないけど……。 や、やめろお前らのその温かい眼差し!」

 

 手で払いのける仕草をするヴィータ。 思わず俊は頭を撫でようとする。 指が粉砕骨折した。

 

「うごぉ……ッ!?」

 

「まぁロリの頭を撫でようとする俊くんが悪いよ、それは」

 

「まてなのは。 ロリを自称するのはいいけど、他人にロリ扱いされるとなんかムカつく」

 

「まぁまぁ。 ほら、早く行かないとスバルもティアも待ってるよ?」

 

 携帯に記された時間をヴィータに見せるなのは。

 

「あ、なのは弁当──」

 

「フェイトちゃんからもらったよー」

 

「えー!? なのはちゃんええなー……」

 

 なのはが掲げている重箱をはやてが羨ましそうに見つめる。 これくらい家事スキルもトップランクであるはやてだって作ることは出来る。 しかし、しかしながらこの場合、料理の出来栄えなど関係ないのだ。 はやてにとって作ってくれた人物こそが最大の重要項目であるのだ。

 

 そんなはやての心情を知ってか知らずか、俊はふっふっふと笑いながら自身の後ろに隠してあったものを取り出した。

 

 それは重箱ではなく弁当箱。 それも一つではなく三つも。

 

「ほい、これははやてとシグシグとシャマル先生の弁当」

 

 渡されたはやては弁当と俊の顔を行き来させる。 何順かした後、ようやく普段より小さな声で俊に問う。

 

「ほ、ほんとにええの……? わたしのために無理せんでも──」

 

「無理じゃないよ。 そのはやての弁当箱に詰めてるのは、はやてのためだけに詰めたものなんだからさ。 だから遠慮しないで食べてくれ」

 

 そう言われたはやてはきょとんとする。 自分がいま何を言われたのか脳が処理していく。 そして──

 

「えへへ……愛妻弁当や」

 

 幸せそうに弁当箱を持って小躍りする。 漢字がどう考えても間違っているがそんなことをはやてには些細なことである。 既にはやての頭の中には幸せな家庭生活のビジョンまで浮かんでいる。

 

「子どもは二人で二階建ての家にお庭付き。 大きな犬がいるとええなぁ。 なぁあなた? って、あなたはまだやなぁ。 ちょっと早とちりしすぎやろか!」

 

 いやんいやんと頬に手を当てて首を振るはやて。 既に彼女の視界からは俊意外の存在は消えていた。 そこになのはが一言添えた。 なのはは幸せそうにしているはやての池の中に大きな大きな石を投げ込む。

 

「まぁはやてちゃんのその妄想を現実にしてるのがわたしなんだけどね」

 

 ピシリッと固まるはやて。 ヴィヴィオを抱っこして避難するヴィータとシャマルとフェイト。 なのはに捕まり逃げ遅れた俊。

 

 空気が一気に重くなる。 はやてからは黒いオーラがどろどろとあふれ出し、なのはの周りを侵食する。

 

「そうやなー……なのはちゃんはええよなぁー……。 一緒にお風呂はいったり一緒にベッドで寝たり。 朝はおはようのキスしながら起こしたり……」

 

「(どうしよう……何一つやったことがない……)」

 

 暗い雰囲気で話すはやて、自分の家での行動を鑑みて沈んだ気持ちになるなのは。

 

 その空気を吹き飛ばしたのはやはりヴィータの一声であった。

 

「おーい、二人とも落ち込むのはいいけどマジで時間なくなってきたぞー。 なのはもはやても今日はやること沢山あるだろ」

 

 ヴィータの言葉にはっとする二人。 慌てて携帯で時間を確認し、

 

「やばいやばい! これ以上は本当に二人が遅刻しちゃう! ヴィータちゃんシャマルさん早く行かないと!」

 

「もたもたしてたのお前だろー。 まぁいいまから行けば間に合うだろ」

 

「はやくみんな乗り! それじゃ俊、また後で──」

 

 連絡いれるで! そう言おうとしたはやてはふと気づく。 私服姿の俊、俊に抱きついて甘えんぼモードのヴィヴィオ、手を振って見送るガーくん。 そしてちゃっかり俊の隣で笑顔を浮かべているフェイト。 あまりにも自然な光景のため見落としそうになったが、はやては去る直前に気が付いてしまったのだ。

 

「なぁ俊? 今日はもしかしてフェイトちゃんって休みやったっけ?」

 

「おうそうだけど? 昨日言ってただろ? なのはは付き添い、フェイトは待機。 はやてだってそれを了承して、昨日は車取らないといけないからって言って帰ったじゃん」

 

「シャマル! 俊の自宅で待機や!」

 

 いままさに車に乗り込む寸前だったシャマルに別指令を下すはやて。 まるでそれを予想していたかのごとく、シャマルははやてに気づかれないようにそっと苦笑した。

 

「あのーはやてちゃん? 冗談ですよね?」

 

「いいや、これは冗談やない!」

 

『はいはい! わたしもはやてちゃんに賛成!』

 

 間髪入れずに車内に乗り込んでいたなのはが同意を示す。

 

「あはは……困りましたね。 えっと……私ははやてちゃんのお願いなら喜んで待機しますけど、ひょっとこさん的には大丈夫ですか?」

 

「キッチンにさえ近づかないでいてくれたら問題ないですよ」

 

「待ってください、それはどういうことですか?」

 

「問題ないで俊。 わたしも俊の仕事を増やしたくないし、シャマルは台所進入禁止にするから」

 

「待ってください、それはどう言葉を変えても戦力外通告を出していますよね?」

 

「とまぁ俺は問題ないけど、フェイトは?」

 

「うん、私も問題ないよ」

 

 にっこりと笑うフェイト。 この笑顔を見て、誰が俊の後ろで直前まで唇を噛んでいたと予想できるだろうか。

 

「んじゃそういうことで決まりだな。 ほんじゃ皆気を付けていってらっしゃーい」

 

「皆頑張ってねー!」

 

「なのはママがんばってねー!」

 

「イッテラッシャーイ!」

 

 俊をはじめ、家に残るメンバーが手を振って見送る。 なのは達も車内から手を振り返しつつこの場を去っていった。

 

 後に残ったメンバーは俊とフェイトとヴィヴィオとガーくん。 そして直前に待機を命じられたシャマルである。

 

 ヴィヴィオを抱っこしたままの俊は、フェイトにヴィヴィオを預けて伸びをする。 背骨がボキボキと鳴り、腕がパキパキと音をたてる。 夜からずっと作業をしていたため、骨が凝り固まっていたようだ。

 

「っし、じゃあ俺らは作業しますかね。 あ、フェイトとシャマル先生はヴィヴィオとアニメでも見といて。 俺はキッチンで仕込みしてるから」

 

「あ、私手伝おうか?」

 

「マジで? 手伝ってくれるならお願い。 今日は仕込みでかなり時間かかるから、フェイトがいてくれると助かるよ」

 

「ヴィヴィオも! ヴィヴィオもおてつだいする!」

 

 フェイトに抱っこされたままのヴィヴィオが右手を挙げて主張する。 ついでにフェイトの足元にいるガーくんも手をあげた。 ヴィヴィオがいるところに自分もいる

と主張するかのように。

 

「でもそうするとシャマル先生が一人寂しくアニメ観ることに……」

 

「いやいやひょっとこさん、流石に私だってピーラーで野菜の皮を剥くくらいなら──」

 

「シャマル先生には一歩も動かないでもらおう」

 

「そうだね、それがいいと思う」

 

「ちょっとまってください!? 私に対する警戒度高すぎませんかっ!?」

 

 普段はとても優しく精神安定剤と呼ばれるシャマル。 料理が絡むと精神安定剤は大麻へと進化を遂げる。

 

 シャマルが一人、抗議の声を上げる中フェイト達は家の中へと戻っていった。

 

            ☆

 

 キッチンからは相も変わらずいい匂いが立ち込めている。 豚の角煮の様子を見ながら俊はヴィヴィオとガーくんにそれぞれエプロンをつけた。 両手をばんざいの体勢で待機するヴィヴィオとガーくん。 そこに俊はエプロンを通す。

 

 ヴィヴィオのエプロンはデフォルメしろくまがプリントされたエプロン、ガーくんは黒色のエプロン。 本人の希望により三角巾もつけてあげる。

 

「んーっと、ヴィヴィオとガーくんには何をやってもらうかな。 あ、酢飯作ったからそれを冷ます仕事を与えようか」

 

 顎に手を置きしばし逡巡した俊は、自身が先程作った酢飯を思い出す。 これはちらし寿司用に作った酢飯だ。

 

「ヴィヴィオー、この酢飯をガーくんと一緒に冷めしてくれるか?」

 

 昔ながらの寿司桶で作った酢飯をヴィヴィオとガーくんに見せながら説明する俊に、ヴィヴィオは眉をハの字にして困ったように言った。

 

「パパ……ごはんしっぱいしちゃったの?」

 

「ヴィヴィオこれは酢飯といって、ちゃんとした食べ物なんだよ? だからそんなに同情したような目でパパのことを見ないで?」

 

 何故かいいこいいこと頭を撫でられる俊。 役得だから別にいいかと彼はすぐに考えを改め直した。

 

「それじゃヴィヴィオとガーくんは酢飯をお願いね。 パパはちょっと知り合いの魚屋に電話して、お願いしてたものが手に入ったか確認するから」

 

「「はーいっ(ハーイッ)!!」」

 

 右手をあげ答えるヴィヴィオとガーくん。 よいしょよいしょと言いながら、俊が出した小さい机の上に鎮座した寿司桶にうちわで風を送る。 シャマルは黙ったままヴィヴィオ達の背後で待機していた。 死んだ魚の目をしている。

 

 近くにあげられた魚には目もくれず、俊は魚屋に電話をかける。 普段より1オクターブ高い声で話す俊に一生懸命うちわを振るヴィヴィオとガーくん、そして死んだ魚の目でヴィヴィオの行動を見守るシャマル。 俊が携帯電話をポケットにしまったときに、事件は起こった、

 

「おまたせー! ごめんね、ちょっとエプロンがどこにあるかわかんなくて……。 もう、なんで俊ってばコスプレ部屋にエプロン置いてるの!?」

 

 キッチンに広がるフェイトの声。 フェイトは元気な声でわびを入れながら入ってくる。

 

「って、皆どうしたの? 固まったりして?」

 

 首を傾げるフェイト。 しかし、この場にいる者が石化するのは当たり前のことであった。

 

「ふぇ、フェイト……」

 

「ん? どうしたの?」

 

「か、かわいすぎる……」

 

「ふぇ……?」

 

 私服は先程と何も変わっていない。 髪型は先程までとは違い、いつもツインテールにしてる髪を今日は上ではなく下に、つまりおさげに結ってある。 結った髪は前

に垂らしてる。 しかし、そこは問題ではない。 一番の破壊力を演じているのはエプロンなのだ。 一見普通のエプロンと変わりないが、たった一つ、唯一にして無二の

存在感を放っている場所があった。

 

「おっぱいが俺をお出迎えしてくれている……」

 

 そう、フェイトが着ていたエプロンは胸の部分が強調されるような作りになっているのだ。 いわゆるちょっとエッチなエプロン。 主にそういう用途の時に着用するエプロンなのだ。

 

 俊の視線に気づいたフェイトは慌てて胸を隠す。 しかし芳醇で豊満な胸は隠しきることなど出来るはずもなく、逆に寄せ上げ自らの存在を主張する。

 

「むしゃぶりつくしたい……はぁはぁ……」

 

「ちょっ!? 俊おちついて! 意識をしっかりと保って!?」

 

 既にヴィヴィオはガーくんが避難させていた。 二人仲良く酢飯を冷ましている。 いや、場所がキッチンから違う場所に移ったからか、シャマルの制限も解かれ今度は2人と1匹で仲良く冷ましの最中である。

 

「お、おちついて俊! 深呼吸、深呼吸だよ! はい、すってー」

 

「乳首を吸ってぇぇええええええええッ!!!!」

 

「はいてー」

 

「僕の子種を吐き出してぇええええええええええええッ!!!!」

 

 人の形をしたコミュニケーション不能な存在を前にして流石のフェイトも脳の処理が追い付かなくなる。

 

「はぁはぁ……これは第二形態でお出迎えしなければ……」

 

「ちょっとまって俊!? 第二形態ってなに!? 頭大丈夫!?」

 

 フェイトの言葉など既に聞こえていなかった。 でんぐり返しをしそのままブリッジに移行。 その後、ブリッジ状態から上半身だけを浮かせ両腕をだらんと垂らす。

 

「キモイ! 第二形態思った以上にキモイよ!? というかこれ絶対にS子に憑りつかれたよね!?」

 

「おっぱい……」

 

「それ以外に喋ることがあるでしょうが!」

 

 フェイトの問いかけにおっぱいで答えた俊にフェイトは蹴りをかます。

 

 フェイトは自分の幼馴染の身体能力を見誤った。

 

 彼の両親は世界が震える魔導師、そしてその彼を育てた親は高町家。 恵まれた身体能力に恵まれた環境。 そこで彼が手にした力はとてつもないものであった。 普段、彼は理性というリミッターを、いや彼だけではない。 人間は誰しもリミッターを知らず知らずのうちにかけているのだ。 しかし、いまの彼は第二形態。 人間という枠を逸脱した存在。 いまこの瞬間──彼の100%が顔を出す。

 

「おっぱいぃいいいいいいいいいッ!!!」

 

「きゃぁあああああああああああああああッ!!!?」

 

 バーストをかけた異形のダッシュ。 ゴキブリが空を飛行するように文字通り飛んできた。 あまりに一瞬の出来事と、第二形態からそんなダッシュをやられたものだからすっかり女の子モードでビビるフェイト。 客観的に見ればとても萌え萌えするフェイトなのだが、本人は恐ろしいピンチを目の前で体験している。

 

 異形の者がフェイトの胸に手を当てる──その間際バインドが異形の者の足を絡め捕った。

 

「○▽☆●ッ!?」

 

 既に言語が失われていた。

 

 いきなり出てきたバインドに一瞬気を取られる異形の者。 その間フェイトは何者かに後方へと引っ張られた。 そしてそれと同時に何者かが自身より前に出て──

 

「フェイトのおっぱいは私のものなのよぉおおおおおおッ!!」

 

 なんかきた。

 

 素直にフェイトはそう思った。 自分の家のキッチンで異形の者が異形の者を殴りつけたように見えた。

 

「って、お母さん!?」

 

「フェイト、きちゃったわ。 なのはちゃんに今日のことで連絡したら、今日一日フェイトとゴミが二人だけで過ごすって聞いたから急いできたわよ」

 

「まってお母さん!? 私と話すかその自動撲殺機と化してる右手を振り降ろすのを止めるかどっちかにして!?」

 

「じゃあ撲殺した後に親子水入らずで話しましょ」

 

「ストップストップ、お母さんストップ!?」

 

 1秒間に60発もの拳を浴びせるリンディ。 既に異形の者は虫の息だ。

 

 慌ててその拳を止めに入るフェイト。 その時、胸がリンディの右手にばっちりと当たっていたためリンディはニヤけた面を浮かべながら拳を止める。

 

「俊大丈夫!? 私のことわかる!?」

 

「おぉ……おっぱいよ……」

 

「……これは分かってないってことでいいんだよね?」

 

 自分がおっぱいだと認めたくないフェイト。

 

 しかし奇しくもリンディの撲殺により、俊は正気を取り戻した。 命は取りこぼしそうになっていたが。

 

 慌てて救急箱を取りに行き戻ってくるフェイト。

 

「はい俊、ちょっと染みるけど我慢してね?」

 

「フェイトぉ~、私も右手が──」

 

「お母さんは自分でして!」

 

 クワッとリンディに怖い顔を向けるフェイト。 リンディは呼吸困難に陥った。

 

「あぁお母さん大丈夫!? ていうかさっきからお母さんに何しに来たの!?」

 

 衣服を緩めて空気を取り込みやすくして背中を擦るフェイト。

 

「はぁはぁ……ダメよフェイト……。 あっちにまだヴィヴィオちゃんがいるでしょ? もうえっちな娘になっちゃって……」

 

「大丈夫みたいだね。 じゃぁ私俊の手当に戻るから」

 

 息を切らせつつ甘く猫撫で声で、谷間を強調しつつフェイトに擦り寄るリンディ。 そんな母親に対してフェイトはそっけなく返す。

 

「……」

 

「はい俊。 んー、腫れは皆が帰る頃には引くと思うけど。 一応シャマルに見てもらおうか」

 

 先程からヴィヴィオと酢飯を冷ましていたシャマルに声をかける。 キッチンにはフェイトの代わりにシャマルが。 そしてフェイトはリンディを引きずってヴィヴィ

オ達のほうへ行く。

 

「あ! リンディメッシュさんだー!」

 

「リンディダリンディダ!」

 

「はーいおはよー、ヴィヴィオちゃん。 バカアヒル」

 

「ムスメニハツジョウスルクセニ」

 

「娘に発情しちゃいけない法律なんてミッドには存在しないのよ!」

 

「お母さんちょっと黙ってて、ヴィヴィオの心の教育に悪いから」

 

 娘から刺さる氷の氷柱がリンディの胸を深く抉る。

 

 愕然としつつ娘のニーソを撫でまわすリンディ。 フェイトはそんな母親を見ながらヴィヴィオをぬいぐるみのように抱っこする。

 

「もう……新婚さんごっこ出来ると思ってたのに……」

 

 可愛らしく頬を膨らませて漏らすフェイトの言葉は、小さな音量だったのが幸いしたのか誰にも聞こえることはなかった。

 



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A's25.ご褒美試験

ただいま


 俊とフェイトが家で騒動を起こしている頃、なのははスバルとティアナを連れて試験会場にきていた。

 

「うおおおおおおおおお!ついにきたよ!試験会場着いたよ!」

 

「わかったから、わかったから少し落ち着けよ。引率の先生が大声出しながらなにしてんだよ」

 

「え?先生?どっちかというと女子高生みたいじゃない?」

 

「なのは……お前の高校生時代は終わったんだ。いくら呼んでも帰っては来ないんだ。もうあの時間は終わって、お前も前を向いて歩く時間なんだ」

 

「でもまだ卒業して一年だから問題ないよね?」

 

「まぁコスプレなら問題ないだろうな」

 

「一生ロリでいられるヴィータちゃんが羨ましい……。わたしもロリならもっと……」

 

「でも近づいてくるのはロリコンだけだからな。あいつら基本鼻息荒くしてくるからキモイぞ」

 

「うっ……やっぱりやめた」

 

 ヴィータはうんうんと頷き、なのはは自分がロリコンに質問攻めにされる場面を想像したのか顔色を悪くした。

 

「ところでスバルとティアはどこいった?」

 

「あぁそれならあっちにいるよ。ほら、あそこで受け付けしてる」

 

 なのはが指さす方向をヴィータも見る。スバルとティアは受付の人物らしき人から番号カードを受け取り説明を受けている最中だった。いつもの成りは潜めており、うんうんとしっかりと頷いていた。ちゃんと説明を聞いているようだ。

 

「……普段からあんな感じなら可愛いんだけどなぁ」

 

「えー、普段も可愛いじゃん。ちょっとお茶目だけど」

 

「お、お前は聖人君子か……!?」

 

 普段からスバルとティアからセクハラ行為を受けているというのにそれをお茶目で済ますなのは。なのはをヴィータは震えながら見つめる。

 

 そんななのは達の元に一人の女性が手を振りながら向かってきた。

 

「おーいなのは。久しぶりー、どうそっちのほうは?」

 

「あ、お久しぶりです。六課楽しいですよー、お菓子食べれますし」

 

「いやいやいや、六課じゃなくてなのはが好き好き言ってた男の子との関係のこと。どう?少しは進歩した?」

 

「ありょりょりょりょりょりょりょりょりょ!」

 

「痛い痛い!?上司にビンタ止めて!?一応教導隊の上官なんだからビンタやめて!?」

 

「わ、わたしがいつ俊くんのこと好きとか言ったんですか!?わたしはただ人間社会に溶け込めない野良犬のお世話が大変だって愚痴をこぼしただけで──」

 

「へー、俊って名前なんだ。その子かわいい?」

 

「……まぁたまに」

 

「愛しくてたまらないんでしょ?」

 

「それは俊くんがわたしに抱いてる感情です!」

 

「うぉ……この子言い切ったよ……」

 

 なのはの教導隊の上官だという女性はなのはの剣幕と、その言い切り方におもわず後ずさりする。

 

「わかってる、わかってるってば。ちょっとからかっただけだから。もー、べつにいいじゃない好きな人が出来るくらい普通のことなんだから」

 

「もー……すぐわたしのことからかって」

 

 頬を膨らませそっぽを向くなのは。そんななのはにごめんごめんと謝りながら、唖然としながら二人のやり取りをみていたヴィータとエリオとキャロに女性は挨拶をする。

 

「どもーこんにちは。なのはが教導官になった時から桃子さんよりお世話とサポートをお願いされてましたカナコと言います」

 

「「こ、こんにちは」」

 

「うんうん!ショタとロリか、いいペアだね!」

 

 エリオとキャロと握手をするカミコ。

 

「あ、あなたが噂のろりっ娘ヴィータちゃん?略してロヴィータちゃん?うわぁー、ほんとにろりろりしてる!かわいー!ロリなのにツンデレっぽい目つきしてるところがなおよし!」

 

「やめろー!抱きつくなー!はーなーせー!」

 

 エリオとキャロに続き握手しようとしたヴィータにカナコは思いっきり抱きついた。アホ毛を甘噛みし制服から胸を揉みしだき、骨がバキバキ折れる音がするほど強く強く抱きしめる。

 

 その猛攻から必死に逃れようと体をねじるヴィータだが流石教導官とでもいうべきか、しっかりとヴィータの動きに合わせて腕を離さない。

 

「おいなのは!こいつはなんなんだよ!?」

 

 必死に逃れようと頑張るヴィータは、わたし知りませんよ的な顔で作り笑いを浮かべていたなのはに声をかける。

 

「えーっと……なんていえばいいんだろう。分かりやすくいえば女版俊くんかな。三十路で強引に既成事実作って結婚した女局員として一部では有名だよ」

 

「三十路じゃない!29歳11か月で結婚式挙げたから三十路じゃない!あー、ロヴィータちゃんのほっぺ柔らかい!ほっぺたべたい!」

 

「おいこれ性別が女のせいかひょっとこよりひどくないか!?あいつだって節度を守って──ない!」

 

「ヴィータちゃん落ち着いて!?」

 

 クワッと顔を目を見開くヴィータをカナコの手から急いで回収するなのは。ヴィータの頬は唾液にまみれていた。べとべとする頬をハンカチで拭きながら、なのははヴィータに注意する。

 

「気を付けてヴィータちゃん。あの人、どっちでもイケる人だから」

 

「くそっ!やっぱり教導隊は変態しかいねえのかよ!」

 

「まってヴィータちゃん。それじゃわたしも変態になっちゃうから。訂正しなきゃね」

 

「」

 

「あれ!?なんでそんな唖然とした目でわたしのこと見るの!?」

 

 驚きのあまり声が出ないヴィータをなのはが揺さぶりながら問い詰める。

 

「というかカナコさん、この場所にいるってことはもしかして今日の審査員ですか?」

 

「もしかしなくても今日の審査員だよー」

 

 その言葉を聞いて項垂れ頭を抱えるなのは。尋常じゃない項垂れ方を見たヴィータがひそひそ声でなのはに話しかける。

 

「おい、そんなにまずいのかよ?」

 

「まずいよ、めっちゃまずい。あの人妥協しない人で自分の基準点超えないと死ぬ寸前まで教導する人だったから。この試験だってきっとそう。局側から基準ライン聞いてると思うけど、現場と教導で培ってきた目で採点すると思う。早い話が局が決めてるラインなんて場合によっては無視する人なんだ」

 

「おいおいいいのかよそれ……」

 

「それが許されるのがカナコさんなんだ……」

 

 まずいよー……まずいことになっちゃったよー……。そうヴィータを抱きしめながらなのはは呟く。カナコはなのは達からエリオとキャロに視線を向け、なのはに気づかれないように手で壁を作りながら二人に質問する。

 

「ところでエリオ君にキャロちゃん。俊くんってどんな人かな?写真とかある?」

 

「「あ、写真ならここに」」

 

「見せなくていいよー、二人とも」

 

 写真をカナコに差し出そうとするエリオとキャロ。その姿をめざとく発見し二人の手を掴むなのは。にっこりと微笑んでいるのに二人の手はピクリとも動かなくなった。

 

「もーなのは、ちょっと見るだけだって」

 

「ダメです。俊くんに何か吹き込むつもりですよね、完全に。いったいあなたのせいでどれほどのカップルが泡と消えたと思ってるんですか。カナコさん裏で噂されてたほどなんですよ。カナコさんに目をつけられたカップルは必ず別れるって」

 

「いやいや当時は自分より幸せな人が許せなかったけど、いまは自分も結婚して子どもできて幸せだから、もう人様を別れさせて遊ぶのは止めたよ。まぁいい男だったらちょっとつまもうとは考えていたけど」

 

「残念ながら俊くんはわたし以外の女性には興味がないので」

 

「あれあれー?クロノに聞いた話だと、クロノの妹さんと大将中将にいたく気に入られている八神はやてちゃんも狙ってるみたいだけどねー」

 

 ひらひらと手を振りながらカナコに背を向けていたなのはだが、フェイトとはやての名前が出された瞬間、なのはの体がビクリと脈打った。

 

「確かクロノの妹のほうはナイスバディーに加えて性格も優しいし器量好し。なんでもしてくれそうってことで結婚したい管理局員1位だったような気がするなー。それに八神はやてちゃんも出世頭で、料理上手。器量も好し。エロそうなのに昔から好きな男の人のために初めてをずっと守っている純情さ。うーん──勝てそうにないね」

 

「だ、だからなんだっていうんですか。別にわたしは俊くんのこと好きじゃないですし、俊くんが誰と結ばれようとわたしには関係ないことなので。でも俊くんにはわたしがいないとダメだとは思います」

 

「うんうんそうだねー。なのはがいないとダメだよねー。ところでなのは、妹ちゃんとはやてちゃんに差をつける方法知ってるんだけど聞きたい?」

 

 なのはの話しを頷きながら優しく聞いていたカナコは、人差し指を立てながら怪しく口角を釣り上げる。

 

「カナコさんの意見は参考になりません」

 

「でもそれで旦那を堕としたよ?」

 

「うっ……。ま、まぁ俊くんはわたしにメロメロなので必要ないことですが、ここで聞かないと先輩に恥をかかせることになりますからね。き、聞いておいてあげましょう」

 

 指をもじもじ、ツインテールにしたリボンがピコピコと揺れ動く。なのはは周囲の人間のことを気にしながらも耳だけカナコに向けて聞く準備にはいった。

 

「しょうがないなぁ。えーっとね──」

 

 両手で小さな筒を作り、なのはの耳元で話しかける。

 

 なのははそれをふんふんと首を縦に動かしながら聞き──ボンと効果音が聞こえてきそうなほど顔を真っ赤にして大きく飛びのいた。

 

 ヴィータを抱き寄せ真っ赤な顔でカナコを指差す。

 

「ヴィ、ヴィータちゃん変態がいるよ!?」

 

「知ってるよ」

 

 なんと無慈悲な答えなんだろうか。

 

 変態の烙印を押されたカナコはなのはの反応に首を傾げる。どうやら自分が予想していた反応とは違っていたらしく、

 

「あれー?なのはにはちょっと早かったかな?」

 

「まぁなのはは純情なんで。というか、そろそろうちの部下達が帰ってくるのでいいですか?あいつらもこんなところで審査員に会うと変に緊張しちゃうんで」

 

「あ、それもそうだね。それじゃあたしも審査員の説明とか受けてこよっかなー。それじゃまたねなのはー!」

 

「絶対に俊くんに近づかないでくださいね!」

 

 手を振りながらお別れするカナコに、なのははそう釘をさした。カナコが去った後、残されたのはヴィータを抱きしめたままのなのはとポカーンとしているエリオとキャロ。

 

 ヴィータはなのはに問う。

 

「なのはにしては厳しいあたりだったな。苦手なのか?」

 

「いや苦手じゃないし、実際わたしの面倒ずっと見てくれてすごく感謝してる。わたしはカナコさんのこと大好きだよ。でもね、こと男が絡む出来事においてはカナコさんは絶対にダメ。近づけることはおろか関わりを持たれることすら厄介なの。無類の力を発揮するの」

 

「そんなになのか?」

 

「本人の前では言えなかったけど、カナコさん破局させたカップルが多すぎてある一つの呼び名が使われるようになったの」

 

「なんだそれ。疫病神とか?」

 

「滅びの爆裂疾風弾」

 

     ☆

 

「や、やばいですなのはさん。めっちゃ緊張してきたんですけど……どうしたらいいでしょうか?」

 

「大丈夫だよティア。自信もっていこう。審査員がいるから緊張しちゃうだけで、やってることはわたしのときと一緒だよ」

 

「ヤってるだなんてそんな!もうこんなに人が多い中でそんなことを!確かに可愛い声でなのはさん鳴いてくれますけど!」

 

「あ、すいません。この子ちょっと教導の時に頭をやられまして」

 

 頬を赤らめくねくねするティア、周囲にいた人間に笑顔を向けながら説明するなのは。

 

「でも本当に大丈夫でしょうか。AランクですよAランク。エース級ですよ」

 

 不安そうな瞳でなのはを見つめるスバル。ふとなのははスバルが手を振るわせていることに気づいた。自分もよくわかる。どんなに練習を積んでも、どんなに大丈夫だと心の中で思っても、自分の体は震える気持ち。失敗が頭の中を埋め尽くす。どんなに成功をイメージしても隣にいる失敗がそれを嘲り笑いながら指をさす。

 

 目の前にいる自分の教え子は、いまそのまっただ中にいるんだ。

 

 なのはは強く思う。

 

 そんな教え子に自分が出来ることはなんだろう。一生懸命考える。震える彼女達に何をすればいいだろうか。

 

 なのはは自然と体が動いた。二人に笑顔を向けるとそっと二人を抱き寄せ、背中を叩き赤ちゃんをあやすように優しく言葉をかける。

 

「大丈夫、怖くないよ。失敗したっていいじゃない。一生懸命全力全開でやり遂げて、二人が悔いを残さなければそれでいい。受からなかったらまたわたしが一から教えてあげるから」

 

 ね? そう二人に微笑むなのは。

 

 対する二人は恋した乙女のような瞳でなのはのことを見つめる。そっと、ぎゅっと、激しく強くなのはが引き剥がそうとしても剥がれないほど強く強くなのはを抱きしめる。

 

「なのはさん結婚してください!いますぐ結婚してください!一生なのはさんを飼いたいです!お願いします!」

 

「私も!私も結婚してください!」

 

「やめて二人とも骨が折れる、骨が折れるから!!ヴィータちゃんヘルプ!」

 

「あ、ちょっと待ってくれ。はやてと電話してるから。はいはい、こっちはいまから試験開始だから。そっちはどんな感じ?うんうん」

 

「エリオにキャロ──」

 

「「あ、フェイトさんですか?いま丁度始まるところで──」」

 

 無慈悲な通話。なのははこのときほど携帯電話というものをこの世から根絶したいと思ったことはなかっただろう。

 

 ピンポンパンポーン

 

『これよりAランク昇進試験を開始いたします。登録されている方は試験会場へ、その他の方は別室にて待機をお願いします。なお、午前中に実技試験。午後に筆記試験となっております』

 

「ほらもう時間だから!早く行かないとね!」

 

「「嫌です!結婚してくれるまで離しません!」」

 

 頑としてなのはを離さない二人。しかし時間は刻一刻と過ぎ去り、試験を受けるであろう人達もどんどん試験会場内へと歩を進めていく。

 

 この時、なのはは焦っていた。自分の教え子たちが試験の結果ではなく自分のせいで落ちることになったら、他の皆にどう説明したらよいのか。

 

 だからしょうがなかったのだ。こういうより他なかったのだ。

 

「わかったわかった!二人が頑張ってたらちゃんとご褒美あげるから!」

 

「「いえーーーーーーーいッ!!」」

 

 ご褒美と聞いた瞬間、即座になのはから離れハイタッチを交わす両名。

 

「ほら、いつまでいるんだよ。さっさと試験受けてこい。あたし達は上で見ておくから。心配すんな、あたしもなのはも二人が受かると確信してるから今回受けさせてんだ。何も臆することはない。会場の雰囲気にのまれるな、会場全体を自分のペースにもっていけ」

 

 ひらひらと手を振りながらそうアドバイスするヴィータに頭を下げて笑顔で返事する二人。ヴィータに続き、エリオとキャロも二人に声をかけてスバルとティアもそれに笑顔で答える。そしてそのまま二人はこの場を去り、会場へと足早に駆けていった。

 

 そんな二人を見送りながらなのははとある人物に電話をかける。ワンコールのうちに電話に出た人物になのはは泣き目で訴えた。

 

「俊くん……なんでもするから家に帰ったらわたしのそばにずっといて」

 

『なに!?高速回転三所攻めをしてくれるだと!?』

 

「ごめん、やっぱ半径5m以内に近づいてこないでね」

 

 通話終了ボタンを即押し、大きく大きくため息を吐くなのは。

 

「ヴィータちゃん、やっぱわたしが俊くんに惚れるとかありえないわ」

 

「あいつは人間の皮を被ったゴミだからな。明日辺りにゴミ収集車が迎えにきてくれるだろ。さ、あたし達も上に行くか。ほら、エリオにキャロ。迷わないように手つなぐぞ」

 

 そういってエリオとキャロの手を繋ぎ、見学席へと向かうヴィータ。

 

 その周りでは幸せそうな顔を浮かべている男性局員女性局員が多数いたらしい。




お待ちいただいた方、ありがとうございます。投稿ゆっくりと再開していきます。アカウントが残ってましたので、なろうでもオリジナル書き出しました。並行していこうと思います。


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A's26.オムライス

「ヴィヴィオもうつかれたー。ガーくんあとやってー」

 

「ウン、イイヨー」

 

「わーい!」

 

 スバルとティアの昇進試験が始まった頃、丁度ヴィヴィオも酢飯作りに飽きていた。うちわで風を送るのに疲れたのか、うちわをガーくんに手渡し一緒に扇いでいたシャマルの膝に寝転がる。

 

「あらあら」

 

 シャマルはそれに抗議することなく、自身もうちわで酢飯を扇ぐのを止めヴィヴィオの頭を撫ではじめる。

 

「シャマルせんせいのおひざきもちー。ヴィヴィオすき!」

 

「それは嬉しいですねー」

 

「あ、ヴィヴィオシャマルせんせいもすきだよ?」

「はい、わかってますよー」

 

 ふと我に返りシャマルにぎゅーっと抱きつくヴィヴィオをシャマルは抱き返す。ひとしきりシャマルを抱きしめたヴィヴィオはシャマルの膝にまたもや寝転がる。

 

「なのはママとヴィータちゃんおそいねー」

 

「そうですねー、もうちょっと時間かかるかもしれませんね。でも夕食前には戻ってきますよ」

 

「そっかー」

 

 ヴィヴィオはシャマルの手を取りさすりながら返事をする。若干声に元気がないのが心配になったシャマルがヴィヴィオの顔を覗き込むと、ヴィヴィオの目はとろん

としており瞼が落ちそうになっていた。心なしか船も漕ぎ出している。朝から明太子を食べて泣いたり、今日はスバルとティアの昇進試験ということで大人も大分慌ただしくしているので、いつもより余計に体力を使ったのかもしれない。酢飯作りだって5歳の女の子には重労働だ。

 

 それでもなんとか寝ないように頑張っているヴィヴィオにシャマルは声をかける。

 

「ヴィヴィオちゃん、おねんねしてていいですよ。お昼ご飯になったら起こしてあげますからね」

 

「……うん」

 

 ヴィヴィオは小さな声でそう答え、今度こそ夢の世界に旅立った。いまのヴィヴィオは服のままシャマルの膝枕でおねんね。シャマルはそんなヴィヴィオにバスタオ

ルでもかけようと思い立つが、自分の膝にはヴィヴィオが寝ているので動けないことに初めて気が付く。ため息を吐きつつヴィヴィオの頭を撫でていると、さっきまでうちわで酢飯を作っていたガーくんが口にバスタオルを咥えて立っていた。とことことことヴィヴィオの元に駆けより、そっと口からバスタオルを離しヴィヴィオにかけてあげるガーくん。満足そうに頷いた後、酢飯作りのためうちわを再び扇ぎだす。

 

「ありがとうございます、ガーくん」

 

「ヴィヴィオダイジ。ヴィヴィオマモルッテヤクソクシタ」

 

「誰と約束したんですか?」

 

「ナイショー」

 

 器用に口元に人差し指をもっていきシーのポーズをとるガーくん。その人差し指はどこに生えていたものなのかシャマルの疑問はつきない。

 

「(10年間付き合ってきましたがいまだに理解不能なひょっとこさんもさることながら、それよりも不思議なのがガーくんなんですよねぇ。この世界に人語を解す生物はいますが、いずれも高等生物。アヒルが喋るなんて聞いたことありませんし)」

 

 シャマルは思考を巡らせる。

 

「(もし仮にいたとしたら管理局の情報部署の耳に入っているはず。しかしその様子もなく、おまけにガーくんがいた場所はすぐ近くのペットショップ。先程のガーくんの口ぶりから察するに元々は飼い主がいたみたいですし……)」

 

「ヨイショ、ヨイショ。ミンナノタメニガークンスメシツクル!」

 

 体全体で一生懸命うちわを扇ぐガーくん。その光景を見ながらシャマルはこう結論付ける。

 

「(まぁわたし達の中で一番鼻が利くはやてちゃんと直感正答率100%のなのはちゃんが心配してないみたいですから別にいいですよね。ヴィヴィオちゃんのいうことしっかり聞いてるみたいですし)」

 

 自分一人だけでうんうんと頷きそう結論付けるシャマル。と、丁度そこにキッチンでリンディと俊と一緒に作業していたフェイトがひょっこりと顔を出した。

 

「あれ?ヴィヴィオ寝てるの?」

 

「はい、いましがた寝ちゃいました。さっきまで一生懸命頑張っていたんですけどね」

 

「ヴィヴィオエラカッタヨ。ガンバッテタ!ダカライマハガークンガガンバッテルノ!」

 

「そっかー、よしよしガーくん」

 

 シャマルの方へと歩み寄るフェイトは、その途中でうちわを扇ぎながら頑張っているガーくんの頭をよしよしと撫でた。嬉しそうな表情を浮かべるガーくん。フェイ

トはそのままシャマルの隣に座り、シャマルの膝で幸せそうに眠っているヴィヴィオの頭を優しく撫でる。

 

「幸せそうな顔して寝てる。よっぽどシャマルの膝枕が気持ちいいのかな」

 

「そうだと嬉しいんですけど。それよりそっちは終わりました?」

 

「いや……なんというか……その……」

 

 言いにくそうに言葉を濁すフェイト。視線をあらぬ方向に彷徨わせ頬を掻く。そんなフェイトの様子に何か感じたのかシャマルが苦笑する。

 

「ほんとフェイトちゃんは愛されてますね」

 

「あれは愛情というか愛狂だよ。それにそのうち一人は母親だし。……まぁもう一人のほうにそう思われてるのは悪い気はしないかなぁ……」

 

 なんだかんだでちょっとだけ嬉しそうなフェイト。まるで恋する乙女のようである。

 

 ここでそんな恋する乙女が逃げてきた現場を見てみよう。

 

             ☆

 

「知ってましたか……ッ!パン切りナイフはパンを切るためにあるのであって、人の首を切り落とすために存在するのでありませんよ……ッ!」

 

「あらごめんあそばせ……!あまりにも醜く醜悪な生き物が私の隣にいるため思わずナイフを手に取ってしまったのよ……!」

 

「だったらそのナイフをとっとと俺に向けるのは止めてくれませんかねぇ……!」

 

「あなたこそナイフを隙間でとめているそのフォークをどかしたらいいんじゃないのかしら……!」

 

 現場は殺し合いの場へと移行していた。楽しい楽しいお料理教室はどこにいってしまったのか。リンディの手にはパン切りナイフ、俊の手にはフォーク、それぞれの力は拮抗している。しかしこの両者、先程から作りかけや作り終えた料理には一切触れることなどせず、決して料理に怪我を負わせていないところがたち悪い。

 

 そもそも何故こんなことになったのだろうか。

 

「そもそも、リンディさんがタックルなんてしてくるから俺の手がフェイトのおっぱいを揉んだんですよ!元を辿れば悪いのはリンディさんじゃないですか!」

 

「いいえ、あなたが私のフェイトと仲良く野菜なんて切ってるからよ!それに私はちょっとヨロけただけよ!別に悪気なんてないわ!」

 

「……変形性膝関節症おばさん」

 

「もっぺん言ってみろこのクソ餓鬼ぃぃぃ!」

 

 どうやら原因は俊がフェイトの胸を揉んだことにあるようだ。そしてその行動を作った張本人はリンディであるらしい。

 

「フェイトと一緒に仲良く料理してた俺に嫉妬してるんでしょう!」

 

 リンディの猛攻を間一髪でかわし、軌道を先読みにフォークをそこに滑り込ませることでなんとか致命傷を免れながら俊はそう言い放つ。

 

「べ、べつに嫉妬なんて万に一つもしてにゃいわよ!」

 

「にゃのは化してますよリンディさん」

 

「え?ピチピチの女子高生ですって?」

 

「いい歳した女性が何言ってんですか。もう四──」

 

 シュタッ

 

「それ以上言葉を発したら打ち首獄門の刑に処するわよ」

 

 俊の顔の真横には先程までリンディが持っていたパン切りナイフが刺さっていた。首を縦にぶんぶん動かして肯定の意を示す俊に満足そうに頷きながらリンディはキッチンを離れる。

 

『フェイトー、ママと一緒にご飯つくりましょー』

 

『しーッ、お母さんいまヴィヴィオが寝てるから静かにして』

 

『はい……ごめんなさい』

 

 声のトーンが下がるリンディ、一方俊は──

 

「ちょっとちびった……」

 

 19歳にして漏らしていた。

 

『ヴィヴィオちゃん抱っこしたい……』

 

『えーダメだよお母さん。ヴィヴィオいま寝てるんだから起こしちゃうでしょ。それじゃ今度はお母さんがヴィヴィオと一緒にいて?私は俊の手伝いしてくるから』

 

『あ、じゃぁ私も──』

 

『娘のお願い、聞いてくれるよね?』

 

『……はい』

 

 たったったとフェイトはヴィヴィオの元を離れて俊が待つキッチンへと入る。

 

「俊おまたせ、やっと二人で──」

 

「フェイトのおっぱいの感触を手が覚えているうちにプリンを作らないと。お、フェイトもうちょっとで──」

 

 フェイトは静かに退出した。

 

『お母さん、ちょっと2階で精神を休憩させてきていいかな?』

 

『へ?ええ、いいわよ。お昼にはちゃんと降りてきなさいよ?』

 

『あ、それならメールか電話お願いしていい?ちょっと聞こえないかもしれないから』

 

『ええいいわよ』

 

     ☆

 

 一時間後、シャマルの膝枕から起きたヴィヴィオと俊は俊の自室で籠城しているフェイトに声をかけていた。扉は内側から鍵がかけられている。

 

「フェイトー、頼むから返事してくれー。俺が悪かったから、もうおっぱいプリンなんて作らないから出てきてくれー……」

 

「フェイトママー、ごはんだよー?」

 

 ヴィヴィオがとんとんと扉を叩く。すると内側から鍵のロックが外される音が聞こえ──

 

「おおフェイト!ほんと悪かった──」

 

 俊の言葉を聞かずに、扉の隙間から手をだしヴィヴィオを掴んで部屋へと招き入れた。

 

「……フェイトちゃーん。僕もそっちにいきたいなー……」

 

『ダメ。私のおっぱいにしか興味がないんでしょ?』

 

「そ、そんなことないってば!?」

 

『じゃぁ私が貧乳になったらどうする?』

 

「巨乳になる魔法を発明する」

 

『ほらやっぱり。どうせ私なんておっぱい欲を満たすためだけに存在してるんだ……』

 

 扉越しにフェイトのすすり泣く声が聞こえてくる。

 

 それに狼狽えたのは勿論俊だ。あわわわと突如ブレイクダンスをしながらフェイトにおっぱいプリンの弁解をする。

 

「ち、ちがうんだよフェイト!あまりにもフェイトのおっぱいの感触が気持ちよくて──」

 

『はいはいどうせ私はおっぱいだけの女ですよーだ……。いまは若いから皆構ってくれるけど、年が経つにつれておっぱいだけしかない女とか言われるんだろうなぁ』

 

「そ、そんなことないってば!ほらフェイトは可愛いし、実際に管理局1の嫁にしたい女性なんだし!」

 

『でも身内に最大の障害が存在してるし。婚期逃すこと確実なんだよねぇ』

 

「(やばい、フェイトの闇が深すぎる。ダークネスでとらぶってるよこれ)」

 

 現状を考えると、フェイトの言葉は意外と洒落にならないのでどう返すか困っていると、階下よりシャマルが俊のほうに駆け寄ってきた。

 

「ひょっとこさん、リンディさんが赤ワイン探してましたよ?それと今日のお昼はオムライスにするみたいです。フェイトさーん、今日はフェイトさんの好きなオムライスですから早くきてくださいねー!それじゃ私はリンディさんのお手伝いしてきますので。……そういえばヴィヴィオちゃんは?一緒に呼びにいったはずですけど……」

 

「フェイトに取られました」

 

「ファイトです、ひょっとこさん」

 

 頑張ってくださいと声をかけた後、シャマルは階下へと去っていった。数分して響くシャマルの叫び声と鍋がひっくり返る音。どうやら下は下で悲惨な状況になっているらしい。

 

「なぁフェイト、リンディさんもフェイトの大好きなオムライス作ってるみたいだから機嫌なおそうぜ?俺も金輪際フェイトのおっぱいで遊ばないって誓うからさ」

 

『本当に?』

 

「ほんとほんと。それにリンディさんだってフェイトの幸せを一番に考えてくれるから、婚期を逃すなんてことあるはずないって」

 

『お母さんの行動を見てもそう思える?幼馴染二人が幸せな夫婦生活を送っている中で、私だけ独身で30歳過ぎてもハイレグよろしいフォームで、女神(笑)とか言われて──』

 

「なぁフェイト、俺の嫁にならないか?」

 

 その言葉は自然と口から出ていた。俊もその事実に驚き、口元に手を置いて自分がいま何をフェイトに言ったのか脳内で反芻する。反芻し、自分が何を言ったのかき

っちりと理解した後──それでもなお言い続けた。

 

「元々、なのはとフェイトにはプロポーズする予定だったよ。けど中々指輪が決まらなくてずっと保留にしてたんだけどさ。夏ごろにようやく見つけてね。俺としては

六課が解散するまではって考えてたけど……フェイトがそんなに不安を感じていたなんてな。見抜けなくてほんとごめん」

 

 俊は扉に向かって頭を下げた。たとえフェイトの目に入らなくても、それでも俊は頭を下げる。俊はただじっと待った。いったいどれくらい時間が過ぎただろうか、俊の額には一筋の汗が浮かび、流れ落ちる。その間際、ようやくフェイトは俊に声をかけた。

 

『意外とモテてるんだよ?私の他にも女の子の幼馴染が二人、獣属性の女装が趣味の男の子一人』

 

「すいません、若干一名男が紛れ込んでいるんですけど」

 

『地位の高い人がめちゃくちゃアタックしてるらしいよ。そのたびに男性の名前出して断ってるみたいだけど』

 

「三脳が草葉の陰で泣いてるぞおい」

 

 管理局の未来はどっちだ。

 

「それに、誰にモテようが好きな女の子にモテないと意味ないだろ?その女の子が俺にとってはフェイトだよ。その…………返事を聞いていいかな?」

 

 頬を掻く手が熱いのか、頬が熱いのか定かではないが、俊の体は真っ赤になっていた。これが照れからくるものであるのは明白であり、その証拠に先程からプロペラダンスをして気を紛らわせようとしている。

 

 ガチャリ、扉のロックが外れる音とともに重い重い扉がようやく開いた。そこからフェイトは顔を出す。俊の目には潤んだ瞳で自分を見つめるフェイトときょとんと

しているヴィヴィオが映し出されていた。

 

「よ、よぉフェイト」

 

 片手をあげる俊に──フェイトは飛びつき抱きしめた。

 

 バランスを崩し倒れそうになる自分の足に力を込め堪える俊。そんな俊のことなどおかまいなしにフェイトは強く強く、俊の骨がメシメシと音を立てるほどに抱きしめた。

 

「離さないからね……」

 

 そう返事をしながら。

 

 俊もそれに抱きしめることで返した。

 

 抱きしめる合う二人、そんな二人にヴィヴィオがくいくいとフェイトの袖を引っ張る。

 

「ねぇねぇフェイトママー。ドラマのつづきみようよー」

 

「あ、こらヴィヴィオ!?シーッ!いまシーッ!」

 

「……ん?ドラマ……?」

 

「あ、ダメ!いま部屋に入っちゃダメ──」

 

 ヴィヴィオの口元を押さえるフェイト、その隙に俊は先程までフェイトとヴィヴィオがいた自室に足を踏み込む。目に飛び込んできたのは、録画であろうドラマの胸がきゅんきゅんするようなラブシーン。恋人同士だと思われる男女が笑い合いながら互いにキスする場面が映っている。

 

 そんなドラマがふいに消える。俊の後方にヴィヴィオを抱っこしたまま笑顔を浮かべているフェイトが消したのだ。フェイトの笑顔は若干強張っているが。

 

「あははは……。あ、あれー?おかしいなー?いつのまにこんなドラマ流れてたのかなー?」

 

「お?このドラマヴィヴィオがフェイトママのおひざにすわったときにはながれてたよ?」

 

「そ、そうだったかなー?じゃぁ何かの拍子で流れたみたいだねー?」

 

「でもこのドラマたのしいよね!ヴィヴィオだいすき!でもこんきとかよくヴィヴィオにはさからなかった。パパー、こんきってなーに?」

 

 不思議そうな表情で俊に質問するヴィヴィオ。当の俊は顔を真っ青にしていた。

 

「な、なぁフェイト?もしかしてだけど、フェイトはこのドラマずっと見てたのか?」

 

「……うん」

 

 もう逃げられないと観念したのか、フェイトが首を縦に振る。

 

「最初は一人でドラマ見てたんだけど、ヴィヴィオの声が聞こえてきたからヴィヴィオを部屋の中に入れてお膝に座らせてドラマの続きを見てたの。そしたら外から声がするのに気づいて、音量が大きくて邪魔だったのかと思ってボリュームを下げたらその……さっきの『なぁフェイト、俺の嫁にならないか?』ってのが聞こえてき

て」

 

「そこからフェイトママボリュームちいさくするから、ヴィヴィオきこえなかったのー」

 

 フェイトに抱っこされていたヴィヴィオが頬を膨らませながら言ってくる。しかしいまの俊にはそんなことに構ってられるほどの精神状態にいなかった。

 

「それで慌てて、ボリューム落としたら……俊が私にプロポーズしてて……えとその……つい舞い上がっちゃって」

 

 指を絡めながら顔を赤くしてちらちらと俊を見るフェイト。対する俊は──

 

「……つまり俺がフェイトと思って喋っていた相手はドラマの役者であって、俺は自分から秘密を暴露してしまったのか……?」

 

「ま、まぁそういうことかな」

 

『フェイトー、ヴィヴィオちゃーん、ミカヅキモー、昼食が出来たから早くいらっしゃーい。フェイトもいつまでドラマみてるのー?あ、あの子音量大きくして見るのが好きなタイプだから携帯から連絡しなきゃいけないんだった。もう、19歳といってもやっぱり子どもは子どもなのよねぇ』

 

 そんな声が聞こえてきた直後、フェイトのポケットからバイブ振動が俊とフェイトの間を支配した。

 

           ☆

 

「あれ?ひょっとこさんは?」

 

「一人にしてほしいだって。その……色々と叫びたいときもあるよね。一応、俊には分からないように防音障壁してきたからこっちには迷惑かけないから大丈夫だよ」

 

「まぁいまだにスカさんと戦隊ごっこしてる人ですからね。別に不思議ではありませんか」

 

「あらフェイト?顔が真っ赤よ?大丈夫?」

 

「う、うん!大丈夫大丈夫!全然平気!」

 

「そう?ならいいけど」

 

「ヴィヴィオこのオムライスすき!おいしい!」

 

「あらほんと?嬉しいわ、ありがとうヴィヴィオちゃん」

 

 スプーンを握りしめながらニコニコ笑顔でリンディに話しかけてくるヴィヴィオを、リンディも笑顔で抱きしめる。

 

 ヴィヴィオとリンディが抱き合っている姿を見ながら、フェイトは先程の俊の言葉と自分の行動がフラッシュバックする。

 

『俺の嫁にならないか?』

 

 表面には出さないように努力しながらも、フェイトはいまにも小躍りしてしまいそうな気持であった。その証拠に、先程からオムライスを誰にもいない虚空に向けて差し出しているのだから。

 

「あのリンディさん。フェイトさん大丈夫ですか?」

 

「ええ、問題ないわ。あの子、人一倍恋愛ものが大好きだから実家暮らしのときはたまにこういうことになってたの」

 

「はぁ……」

 

      ☆

 

 女子会(年齢の差あり)が下で行われている中、俊はガーくんをベッドに押し倒していた。

 

「ガーくんにだって穴はあるんだよな……。もう恥ずかしくて生きていけないから最後に童貞卒業するためにガーくん協力してくれよ……」

 

「ケガサレルー!?ガークンノミサオガケガサレルー!?オチツイテ!イッタンオチツイテ!?」

 

「はぁはぁ……」

 

「ヤメテー!?ショウキニモドッテー!?」

 

 ついにアヒルとの交尾を成功させようとしていた。

 



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A's27.なのはスネる

なのはが戦闘するたびにスネオのテーマが流れる術がかかったらどうしよう


 ティアとスバルの実技が終了してから数分、いまだに結果は出てこない。きっとあの人が関わってるから揉めてるに違いない。まだ落ちたと決まったわけでもないのに、当の二人は敗戦ムードバリバリで落ち込んでる。

 

「まぁなんだ……ミスったのはショックかもしれんがまだ落ちたと決まったわけじゃないんだから顔をあげろ」

 

「うぅ……無理だよヴィータちゃん」

 

「上司に向かってちゃん付けはやめろ」

 

 流石ヴィータちゃん、二人で落ち込んで下を向いているのにアッパー繰り出すなんて流石すぎる。

 

「なのはさんだって試験官なら落としますよねぇ……」

 

「へっ!?う、うーん……そうだねぇ……」

 

 まぁ確かにあのミスはちょっとなぁ……。

 

 わたしが二人にどう発言すべきか迷っている間に、無言を肯定と受け取ったのかティアとスバルが二人で肩を抱き合い慰め合いを始めた。

 

「うぅ……どうせ私達はエースオブエースにつきっきりで見てもらってるのに試験に受からないほどの愚か者なんだ。こうなったらなのはさんに養ってもらうよりほかないよ……」

 

「そうね……」

 

「まって二人とも。なにわたしが養うのが当然みたいな流れになってんの。わたしもう子どもが二人もいるんだから無理だよ」

 

 一人は可愛い5歳児の女の子、一人は犬のようにわたしにくっついてくる19歳児の男。19歳児のほうが手のかかるから厄介なんだよね。

 

「それにまだ落ちたって決まったわけじゃないから、そんなに落ち込まないの。落ちても昇進試験なんだから受かるまで挑戦すればいいでしょ?」

 

「でも……落ちたらなのはさんに迷惑かかっちゃいますし、なのはさんの評価も……」

 

 ……え?もしかしてこの娘たちそんなこと気にしてたの?

 

「なのはさんは最高の教導官って太鼓判押されてますし、そんななのはさんが一年間面倒を見てくれているんですよ?これで落ちたらなんかもう申し訳なくて……」

 

 まるで捨てられた子猫のように抱き合う二人。そっか……二人は二人なりでそんなことを思いながらこの試験に臨んだんだ。ほんと、可愛い教え子だなぁ。

 

 自然とわたしの両腕は二人を抱きしめていた。そっと二人のおでこにキスを落とし頭をよしよしと撫でる。

 

「大丈夫、わたしはそんなの気にしてないよ。落ちたら落ちたでいいじゃない。受かるまで何度だってわたしが面倒みてあげるから」

 

「「なのはさん……」」

 

 わたしからは見えないけど、きっとティアもスバルも安心しきった表情かな?こういう時にこういったケアをするのもわたしの役目だもんね。それにしてもそんな想いで臨んでいたなんて……ちょっとだけ二人に対する考えが変わったかも。

 

「(二人とも目が血走ってて顔が変態そのものでなのはの髪を舌でテイスティングしてるけど、まぁなのはには知らせないほうがいいな。なんか感動してるっぽいし)」

 

 訓練終わりのプリクラくらいなら一緒に撮りにいってあげてもいいかな!

 

 ピンポンパンポーン

 

『Aランク昇進試験・実技の部の合格者が発表されました。受験者は速やかに確認し、試験官に今後の指示を仰いでください』

 

「あ、結果が発表されたみたいだよ。さ、いっておいで」

 

 二人の肩を押して公表されている会場に向かわせる。

 

「ふぅ……どう思う?ヴィータちゃん」

 

「試験において誤射は最大のミスだ。それに加えていつも通りの動きが二人ともできなかったからなぁ。ただ、やっぱりなのはが教導しているだけあって他よりは頭一つ分実力が抜きん出ていたことは事実だ。普通の採点ならギリギリのギリギリで及第点。なのはと同じ教導官が試験なら……下手したら落ちたかもな。やっぱ試験で誤射はマズイだろ」

 

「終盤挽回してたんだけどねぇー……」

 

 思わずため息がでる。二人にはあんなこと言ったけど、こっちだって責任は感じるんだよね。やっぱメンタルトレーニングをもっと取り入れるべきだったかな……?

 

 自分自身の反省点を探していると、ポケットにいれていた携帯が振動する。ヴィータちゃんに断って携帯を開くとフェイトちゃんの名前がディスプレイに表示されていた。通話ボタンを押して耳にあてると、わたしの癒し100%であるフェイトちゃんの困った声が聞こえてきた。

 

『もしもしなのは?いま大丈夫?』

 

「うん、大丈夫だよ。どうしたのフェイトちゃん?」

 

『いや……ちょっと俊がなのはの声を聞きたいらしくて……』

 

「へ?俊くんが?」

 

 な、なになにいきなりそんなわたしの声が聞きたいだなんて!ほんともう俊くんったらわたしがいないと何もできないダメダメさんなんだから!まったくこまっちゃうなぁ。甘えん坊なんだから。

 

「いいよ。そんなに俊くんがわたしの声を聞きたいくらい寂しがってるならしょうがないなぁ。忙しんだけど、仕方ないにゃぁ」

 

『……もしもしコイキング?』

 

「張り倒すぞハゲ」

 

 いけないいけない、せっかく声を聞きたくて電話してきたのにハゲはダメだよね、ハゲは。

 

 咳払いを一つ、先程より明るく可愛らしい声を出すように努めて電話口の彼に話しかける。

 

「どうしたの俊くん?なにか嫌なことでもあったの?」

 

『心の安寧を保ちつつ現実逃避するためになのはの声を聞きたかった。なのは、俺もうダメだ。挿入は出来なかったけど、ガーくんに顔射かましてしまった。あげくのはてにはお掃除もさせようとしてた。フェイトがビンタして正気に戻してくれなかったら俺の初体験の相手がアヒルになるところだったよ』

 

 どうしよう俊くんの話にまったくついていけない。

 

『しかも量がすごかった。びゅっるるるるるるるッ!って感じで。そんでいま1階でリンディさんと桃子さんと士郎さんが家族会議してる。助けて』

 

 どうしようそんな家に帰りたくない。

 

「あ、あのね俊くん?おちついて?俊くんいま混乱してるみたいだから。いい?わたしの質問にゆっくりと落ち着いて答えてね?」

 

『うん』

 

「よし、いくよ?俊くんはいま何をしていますか?」

 

『自分の部屋でヴィヴィオを抱っこしながらフェイトの太ももを触っています』

 

 頭の血管がキレそうになる。うらやましい!フェイトちゃんがうらやましい!別に俊くんのことなんてなんとも思ってないけど、そんな空間にいれるフェイトちゃんがうらやましいっ!

 

「そ、それじゃぁ俊くんはなんでそんなことをしてるんですか?」

 

『フェイトが泣きながら「アヒルに負けるのはいやっ!俊もどって!アヒルより女性のほうが絶対にいいから!」っていいながら太もも触らせてくれたから、そのままずっと触ってる』

 

 くそぉ……!わたしだって太ももには自信あるもん!おっぱいではフェイトちゃんに勝てないけど太ももなら勝てるもん!絶対に負けないもん!

 

 ……というかさっきから俊くんはなんでそんなことになってるんだっけ?

 

「俊くん?もう一度聞くけど、なんで俊くんは自室でヴィヴィオをだっこしながらフェイトちゃんの太ももを触ってるの?そしてなんでおかあさんとおとうさんとリンディさんが家で家族会議してるの?」

 

『……挿入しようとしたから』

 

「…………は?」

 

『アヒルに挿入しようとしたら家族会議にまで発展した』

 

「なんか頭痛くなってきたんだけど」

 

 頭痛が……!俊くんの発言の一つ一つがわたしの頭を締め付ける!なんてバカな頭をもってるの。もう死にたい、こんな男と幼馴染なんて人生の汚点なんだけど。

 

『あ、桃子さんが呼んでるからちょっと行ってくる』

 

「はっ!?ちょ、ちょっと俊くん!?まだ話終わってないから!」

 

 引きとめようと俊くんに声をかけるが、無情にも俊くんはわたしとの会話を切り自室のドアを開けた。流石にフェイトちゃんの携帯だけあってドアの開閉の音まで聞こえてくる。

 

『もしもしなのは……?』

 

「あ、フェイトちゃん?あのさ俊くんどうしちゃったの?ガーくんにその……えっちなことをしようとするなんて。ヴィヴィオのことは釘刺しておいたけど、ガーくんはまったくノーマークだったよ」

 

『わたしだってノーマークだったよ。どこの次元世界にアヒルと初体験を済ませようとする男がいるの。それも私やなのはと一緒に住んでいながら』

 

 そう、そこなんだよね問題は。わたしやフェイトちゃん、少なくてもフェイトちゃんは家にいたわけだしフェイトちゃんは女のわたしからみても素敵で可愛がってもらいたいというかなんというか──いけない、わたしまでトリップしそうになった。

 

「というかフェイトちゃん、俊くんに何かした?」

 

 やっぱフェイトちゃんが可愛い以上、俊くんがガーくんに初体験をあげるなんて考えられない。というか考えたくない。ガーくんに負けてるなんて絶対に考えたくない。

 

 フェイトちゃんの息遣いが聞こえてくる。ちょっとためらっているというか、言っていいのかどうか分からないって想いがわたしに伝わってくる。わたしはフェイトちゃんの名前を呼ぶ。フェイトちゃんはそれに反応するように、小さく小さく呟くように、

 

『……プロポーズされたの』

 

「…………………………………………は?」

 

『いや、だから俊にプロポーズされたの。えっとね経緯を話すと、俊が私の見てたドラマのセリフを私が言ってると勘違いしてなんかそのままプロポーズしてくれたの。あ、でもでも本人は六課解散のときに私となのはの二人に揃ってプロポーズしたくて……。つまり勘違いフライングした自分が恥ずかしくてガーくんに手を出そうとして』

 

「……………………」

 

 携帯が手から滑り落ちる。カツンと携帯が床と触れ合う音が聞こえたが、いまのわたしにはどうでもいいことだった。

 

『もしもしなのは?』

 

 ヴィータちゃんがわたしの足元に落ちた携帯を拾い、フェイトちゃんと何か話しをする。

 

 そっかぁ……フェイトちゃんそんなことがあったのかぁ……。

 

『あ!なのはさんだ!なのはさーん!』

 

『やりましたよなのはさん!なんとかギリギリで受かってました!』

 

『『なのはさーん!』』

 

 ティアとスバルがニコニコした笑顔で手を振りながらわたしのほうに向かってくる。流石わたしが鍛えただけやって足が速い。それにしても無事に二人とも合格して

よかったなぁ。これで後は筆記だけだよね。ティアのほうは筆記は問題ないし、スバルもちゃんと勉強してたからよほどのことが無い限り二人ともAランクは確実。

 

「なのはさ──」

 

「うわぁぁぁぁああああああああああああああああッ!!」

 

「あぁ!?ティアがなのはさんに殴り飛ばされてトリプルルッツで吹き飛んでいった!?」

 

「お、落ち着けなのは!?流石にティアが不憫すぎるだろ!?」

 

「うぅ……わたしもフライングでもいいからプロポーズされたかったもん!うわぁあああああああん!」

 

「ティア!?大丈夫!?」

 

「絶頂……」

 

 駄々っ子になったなのはと訳も分からず殴られたティア、そして愛想笑いを振りまきつつ事態の収束を図ろうとするヴィータ。

 

 より一層の混乱を極めていった。

 

          ☆

 

 愛想笑いを振りまきながら、とりあえず昼食休憩のために指定されている場所へと訪れたヴィータ。横には無表情で鬼のように電話をかけ続けているなのはと、カウンターを決められたことで絶頂に達したティア、そんなティアを羨ましそうに見つめるスバルに、そんな危ない人物達から守るようにヴィータに手を繋がれているエリオとキャロ。既にヴィータの胃は荒れに荒れている。昇進試験に受かった人や付添でやってきた人達が多数いたため、ヴィータは全員が座れるほどあいているスペースを探しながら足を進める。

 

 どうにかこうにか全員分が座れるスペースを見つけあて、ようやく腰を下ろした。

 

「よしここらで昼食にするか。ほら、なのはも少しは電話止めろって。あいつの履歴がなのは一色になってるぞ」

 

「俊くんは更生させないとダメなの。俊くんはわたし以外見えないように魔法かけるのがいいと思うの」

 

「はいはい、そんなことに魔法使ったら捕まるっつーの。ほら、その俊くんがお前のために作った弁当なんだから食べるぞ」

 

「むぅ……だって俊くんってば──」

 

「でもひょっとこさんらしいですけどね。勘違いでフライングなんて。それでもなのはさんは私のものですけど」

 

「確かにあの人ボケとバカで塗り固めたような人物だからねー。それとティア、なのはさんは私のものだよ?」

 

 重箱を開け、紙皿とコップを配りながらティアとスバルが視線ファイトを始める。

 

「でもー……なんか悔しいじゃん。べつに俊くんことは好きじゃないけど、俊くんがフライングでもなんでも他の人にそういったことをするなんて」

 

 ほっぺを膨らませながら拗ねるなのはに、この空間にいた全員の胸がきゅんきゅんした。無論、その場にいた男性局員はトイレに駆け込み、女性局員は鼻息を荒くする。

 

 ある意味での地獄絵図空間にうんざりしながら、ヴィータはなのはに声をかける。

 

「まぁあれだ。家に帰ってそこらへんは詳しく聞けばいいだろ。それよりいまは昼食だ。お前らもいつまでなのはによだれ垂らしてんだよ」

 

「うん、そうだよね。帰ったらお話ししようとおもう」

 

「(なんかすまんひょっとこ。変なスイッチいれてしまったかもしれん)」

 

 なのはは一つ頷いて、両手で自分の頬をぺしぺしと叩き気合をいれる。

 

「よし!いまは教え子の昇進試験、気合いれないと!」

 

 ヴィータに笑顔を見せながらおにぎりを手に取るなのはに、ヴィータも笑顔で応える。ひょっとこが痛い目をみる未来しか見えないがいまはそっとしておくとしよう。

 

「両手足縛ってベッドにくくりつけて泣きながらわたしに懇願するまで今日は寝させないぞー!」

 

 いまはそっとしておこう。

 

         ☆

 

 一方その頃、高町ハラオウン家では──

 

「で、俊ちゃんもう一度いってごらん?」

 

「えっとその……私こと上矢俊はアヒルに欲情したあげく顔に射精をしてしまいました」

 

「もう一度」

 

「……もう勘弁してください」

 

 士郎があわあわと見守る中、俊が桃子とリンディに苛められていた。

 




*9月8日
すいません128話にも同じ話をアップしていましたので消しました


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A's28.キミの想い、魔力にのせて

 性器のアヒル顔射事件によりリンディと桃子の玩具になっていた俊がついに反論を言い始めた。

 

「そもそも、なのはやフェイトといった可愛い女の子と一つ屋根の下で生活してるんですよ?普通なんかハプニングとかえっちなイベントとかあるはずじゃないです

か。もう19歳だし。なのに俺はそんなハプニングとか起きないんですよ!二人とも起こしてくれないんですよ!?そりゃアヒルで性欲処理しようとも思いますよ!!」

 

「普通思わないわよ、俊ちゃん」

 

「……はい」

 

 反論終了!

 

 間髪入れずに答えた桃子に俊は一度頷いてからそっと目元を拭った。

 

「いや、でもですね桃子さん。もう10月ですよ10月。俺が性欲お化けで変態の鬼畜野郎なら今頃第一子が誕生している頃ですよ」

 

「そうねぇ……なのはがいなくなってもうそんなに経つのね。早いものね」

 

「まぁ会おうと思えばすぐに会えますから、あんまり実感とか沸かないですよね」

 

 俊の言葉に桃子はうんうんと頷く。しかしその横では、

 

「フェイトがいない夜があんなにも寂しいなんて……。フェイトを抱きながら寝たり、フェイトにちょっかいだして可愛い声で鳴かせたり、大人の準備練習したり……。フェイトが高校生までは幸せだったのに……」

 

 リンディは一人泣き崩れていた。

 

「まぁまぁリンディさん。婿養子の俺が慰めてあげますから」

 

「そしてフェイトの本命が無職のクズなんて……!」

 

「リンディさーん、本人が目の前にいますからもう少しオブラートに包んでくださいねー」

 

 流石の俊も獣を思わせるリンディの眼光に冷や汗を掻く。

 

「というか俊ちゃん、そろそろ料理再開したほうがいいと思うわよ」

 

「そうですね。んじゃちょっと失礼して」

 

 そう言って席を立ちキッチンという自分の持ち場へと戻る俊。桃子はその後を追うように俊にくっつき隣に立った。リンディはひとしきり呻いた後、フェイトを襲いに行く。

 

『お母さん、俊の手伝いしてきて。わたしは急遽入った仕事するから』

 

『……手伝いしたら襲っていい?』

 

『やめて』

 

 リンディの口から鮮血が踊り舞う。

 

「リンディさんは下手したらフェイトにヤンデレになりそうですよね」

 

「リンディさんフェイトちゃんのこと物凄く可愛がっていたものね。ふふ……可愛い娘がやってきたって嬉しそうに抱きしめてたのをいまでも思いだすわ」

 

 串カツの準備として玉ねぎと豚肉を串にさす桃子は思いだし笑いをしながらそう言った。一方の俊は市販のタレに独自のアレンジを施しながら、続けて話しかける。

 

「愛し方が尋常じゃなかったですものね。まぁいまもなんですけど」

 

 定期的に聞こえてくるフェイトの冷たい口調とリンディの呻きを肴に昔話で盛り上がる。

 

「そういえば俊ちゃん、今日の試験はいつ終わるのかしら?」

 

「そうですねぇ……多分あと3時間くらいだと思うんですけど……」

 

「多分後4時間はかかると思うわよ。例年昇進試験は時間通りには終わらないのが恒例なのよ」

 

「あ、リンディさん」

 

 口元の血を拭いながら俊の隣、桃子とは反対方向に陣取ったリンディ。コップに水道水を注ぎ口を漱ぎながら俊と桃子に説明する。

 

「昇進試験、あの子たちは確かAランクよね?Aランクはエースの仲間入りだから管理局側も慎重になるのよ。実力はあっても経験不足の局員もいれば、経験だけは一人前だけど実力が伴っていない子もいるからね。まぁその点あの子達は問題ないんじゃないかしら?」

 

「どうしてですか?」

 

「だってはやてちゃんの部隊に教導官がなのはちゃんでしょ?それにあの子達は六課でちゃんと経験を積んで──」

 

「ないっすよ。俺の知る限りでは現地で経験したのは一方的に犯罪者をボコってたはやてを見て、はやてには逆らわないことを肝に命じたくらいだと思います」

 

「……え?経験とか積んでないの?ほら、犯罪者を確保とか、ロストロギアの確保とか」

 

「ゲームしたり教導したりレクレーションしたりケーキ食べたり教導したりお喋りしたりですけど」

 

「……そう」

 

 悟りを開いたかのごとく優しい笑みを浮かべるリンディだった。

 

 ちなみにその頃士郎は──

 

『これがなのはママでこっちがフェイトママ!』

 

『コレハガークン!……ソレトパパ』

 

『うちの娘はいつの間に地球外生命体になったんだ……。そして何故ガーくんは俊君で頬を赤らめたのか』

 

 ヴィヴィオを膝にのせたまま、ヴィヴィオの前衛的な家族スケッチに困惑していた。

 

         ☆

 

 俊と桃子とリンディはキッチンに三人並んで料理を作っていた。

 

「大体の下準備は終わりましたかね」

 

「ええそうね。後はその時々で大丈夫だと思うわ。お疲れ様俊ちゃん」

 

「いえ、これが俺の仕事ですから」

 

 時刻は既に4:30を回っていた。壁時計でその時刻を俊が確認すると同時にキッチンに一人の来客が。金髪をツーサイドアップにしているフェイトが私服姿にオレンジ

フレームの伊達メガネをかけて訪れてきた。

 

「ふぅ……ようやく仕事終わったよぉ。急に入ってくるんだから参っちゃう。ごめんね俊、折角の二人っきりでの料理だったのに……」

 

「いやそれは問題ないよフェイト。ただ横で俺にボディーブローいれてるフェイトの母親をどうにかしてほしいんだけど」

 

 メコォッ!メコォッ!

 

 尋常じゃない音が、決して人体から発せられてはいけない音が俊の人体から現在聞こえてくる。

 

「お母さんおいで」

 

「きゃうんきゃうんっ!」

 

 40代熟女の常軌を逸した行動を垣間見た瞬間である。

 

 犬耳と尻尾でもついているのかと疑いたくなるほどのリンディの愛情表現に、流石のフェイトも苦笑する。

 

「お、お母さん俊が見てるってば」

 

「……リンディ×フェイト。まぁこれもありっちゃありだな」

 

「俊戻ってきて!?」

 

 頬を摺り寄せてくるリンディを強引に剥がしながらフェイトはキッチンに綺麗整頓されて並べられている料理の下準備の数々に目を奪われた。

 

「うわー!これすごい!これ全部俊が作ったの!?」

 

「いや、午後からは桃子さんとリンディさんにも手伝ってもらったよ。流石桃子さんとリンディさんだよ。二人とも俺より手際いいし勉強になった」

 

「ふふ、俊ちゃんに料理を教えたのは誰だか忘れたのかしら?」

 

「ははっほんとありがとうございます」

 

「俊ちゃんにはなのはのお嫁さんになってもらう必要があるんだからね」

 

「またまた桃子さん。それをいうなら婿さんですよ」

 

「え?」

 

「え?」

 

 顔を見合わせる桃子と俊。どちらもおかしいなと首を傾げる。

 

「まぁいいや。それより紅茶飲みます?フェイトも丁度仕事が終わったみたいですし、こっちも下準備は大体終わりましたから、なのは達の連絡がくるまでゆっくりしておきましょうよ」

 

 そう言って茶葉とポットを戸棚から取り出す俊。それに合わせる形でフェイトは違う場所にいる士郎・ヴィヴィオ・シャマル・ガーくんにも紅茶を飲むか聞きにいく。

 

『紅茶飲む人―?』

 

『ヴィヴィオあまいのがいい!』

 

『ガークンモ!』

 

『それじゃヴィヴィオとガーくんはミルクティーにしようねー』

 

 フェイトの声と共にヴィヴィオとガーくんの元気のよい返事が俊達がいるキッチンにも聞こえてくる。とっとっと、と可愛らしい足音を奏でながらフェイトは俊の元

へと戻ってきた。

 

「俊、ヴィヴィオとガーくんの分はミルクティーでお願い。士郎さんとシャマルは私達のと一緒で」

 

「はいよー」

 

 フェイトのオーダーを受けてさっそく取り掛かる俊。そんな俊とフェイトを桃子は優しい目で、リンディは暗殺者の目で見守っていた。

 

              ☆

 

 周囲の騒々しさとは裏腹にスバルとティアナがいる空間は無音が支配していた。正確にいうのならばスバルとティアナには周囲の雑音など耳に入っていなかった。なんせ自分達の手元は──Aランク昇任を証拠づける一枚の紙を掴んでいたのだから。

 

「ほんとこれで落ちてたらどうしようかと思っていましたよ……」

 

「いやーほんとこの子達をどうするかで揉めたのよー!経験はないくせに実力は他を圧倒するほどの力を見せたんだから。普通、実力と経験どっちも兼ね備えてないと昇任は認めないんだけど……この子達の場合エースになる素質は十分にあったのでそれを考慮した結果こういう判定を下したわけ。渋る重役を黙らせるの大変だったんだかねー!」

 

「いえもうなんとお礼をしたらいいのでしょうか……」

 

「まぁ色んな局員を直で見て指導している教導官の意見だったからね。きっとなのはがあそこで発言したら二つ言葉で承認は決まってたわよ。あ、そうそう。なのはの指導に半年間ついてくれたって実績も考慮されてたわよ」

 

「え、なんですかその考慮のされかた。まるでわたしの教導がきついみたいな──」

 

「え……自覚なしとか流石『血飛沫祭りのなのはちゃん』って呼ばれるだけあるわ」

 

「まってください!?なんなんですかその二つ名!?誰が付けたんですかその二つ名!?」

 

 バットでどすどすなのはちゃん。憤慨するの巻。

 

「あ、でもティアナちゃんのほうは筆記満点だったよ。ティアナちゃんえらいね、ちゃんと勉強してたんだ」

 

「えへへ……私執務官になるのが夢なのでそのために毎日勉強だけはしてきましたので。11月にある執務官試験も受けるつもりです!」

 

「へー執務官か。頑張ってね」

 

「はい!」

 

 大きく頷くティアに笑顔を見せながら、滅びの爆裂疾風弾はなのはの服の裾を掴み自分の元に引き寄せる。

 

 そしてなのはにだけ聞こえる小さな声で、

 

「いまのままじゃ落ちるよ。しっかり執務官用のプログラム組んでやらせること。それと勉強のほうも力入れたほうがいいわよ。一度模擬試験やらせてみるといいかも。あの子の弱点が見えてくると思うから」

 

「そ、そんなに危ないですか?」

 

「内側からは近すぎて見えないかもしれないけど、外側からははっきりと分かるわよ」

 

「……わかりました。ヴィータちゃんとはやてちゃんとフェイトちゃんに相談して対策を練ってみます」

 

 なのははしっかりと頷く。自分にとっても一番長く付き合ってきた部下だ。可愛くないわけがない。なのはとてそんな可愛い部下の涙なんて見たくない。滅びの爆裂疾風弾を見つめるなのはの目は真剣そのものだった。

 

「ま、それはそれとして今日はゆっくり休みなさい。なのは今日一日此処にきてからずっと肩に力がはいったままの状態だったわよ」

 

「えっ?」

 

 そう言われてようやくなのはも気づいた。自分の両肩に力がこもっていたことを。

 

 何度も言うが、高町なのはにとってスバルとティアナは初めて長期期間受け持った教え子だ。教導官というのは色んなところを飛び回り、技能を教えていく存在。そこに情を生み出すまでの時間は与えられないことがほとんどである。そんな中、友人である八神はやてからの招待で配属することになったこの六課で受け持った新人達との共有時間はおよそ半年間だ。半年間もの間、自分が一から教え育てていったのがこのスバルとティアナだ。

 

 可愛くないわけがない。

 

 心配にならないわけがない。

 

 なのはは知らず知らずのうちに緊張していままでずっと肩に力がはいっていたのだ。

 

 なのはの緊張の糸が切れた瞬間だった。

 

 腰が砕けるようにすとんと女の子座りをするなのはに、ティアナとスバルはなのはのほうを向きながら喜びの声をあげた。

 

「やりましたよなのはさん!私Aランクです!エースの仲間入りですよ!」

 

「ほんとやりましたよなのはさん!なのはさんがずっと面倒みてくれたおかげです!」

 

 喜びの舞を踊りながら嬉しい報告をする二人に、なのはは女の子座りで下を向き俯いたまま声をあげようとしない。

 

「「なのはさん……?」」

 

 そんななのはに不安を覚えたのか、二人は喜びの舞を踊るのを止めなのはの目線に合わせようとしゃがみこむ。

 

 しゃがみこんでようやくなのはのいまの状態を理解した。

 

 しゃがみこんで目線を合わせて、ようやくわかるなのはの表情。

 

 しゃがみこんで目線を合わせて、ようやくわかるなのはの気持ち。

 

「み、みるのきんしぃ……!じょうかん、めいれい、なんだからぁ……!」

 

 ぽろぽろと零れ落ちる涙を拭いながら、なのはそう二人に命じた。

 

 自分のハンカチは既に涙で濡れて使い物にならなくなっていた。そんななのはにそっと滅びの爆裂疾風弾はハンカチを差し出す。なのはの頭を撫でながら、優しい声色でなのはを労わった。

 

「よく頑張ったね、なのは。お疲れ様」

 

「うわぁああああああああん!」

 

 教導官だって人間で、好きで厳しい指導なんてしてるわけじゃない。いつもいつも教導する側というのは憎まれ口を叩かれるのが世の常である。そんな世界の中で管理局でも笑顔で酷い教導をすると恐れられているなのはの教導を半年間ずっと頑張ってきてくれたのだ。ずっと信じてついてきてくれたのだ。

 

 スバルとティアナが感じている嬉しさは、なのはだって感じているのだ。

 

 そっと、なのはの体を抱きしめる二人の人物がいた。

 

「いままでありがとうございます。私、なのはさんの教導だからこそ至近距離からの魔力弾でも耐えることができましたし、あのおかげで咄嗟の判断能力と思考処理が早くなりました」

 

「私も、なのはさんの防壁の中での無尽蔵ピンボールのおかげで周囲を見渡す目とどんな時でもバランス崩さない体幹を身につけることができました」

 

「ありがとうございました」

 

 一度立ってから深く深く最敬礼をするスバルとティアナ。いつもはふざけてばっかの二人がこんなことをするものだから、ようやく止まりかけていたなのはの涙のダムがまたもや決壊する。

 

 言葉さえも発することができないほど感極まっている状況に、はやてへの報告をして帰ってきたヴィータが自身の携帯を差し出した。

 

 それにクエッションマークを浮かべながら受け取り耳を当てるなのは。

 

 その声はいつもより穏やかになのはの耳へと伝わった。

 

『よおなのは。ロヴィータから聞いたよ。スバティア受かったんだって?よく頑張ったな、なのは』

 

「俊くん……」

 

『あーあんまり喋んないほうがいいと思うぞ。お前の場合、一回泣き出したら止まんないことが多いからさ。それにしてもなのは、半年間よく頑張ってきたな』

 

「うん……。なのはね、よくがんばったとおもう……」

 

『あぁよくがんばったさ。これ以上ないほどよく頑張った。毎回飽きられないように、単調にならないように、色んな状態から学んで考えが凝り固まらないように、柔軟な発想ができるようにパターンを定着化させないように教導プログラム組むの大変だったよな。ほんと、よくがんばったよ』

 

 電話越しに優しい優しい声が聞こえてくる。全てお見通しかのごとく、まるで自分の心を見透かされているかのごとく語られてくる内容に、なのはは黙って頷きながら聞いていた。

 

『嫌われるのが怖かっただろ?自分の教導の真意がちゃんと理解できているか、ちゃんと伝わっているか不安だっただろ?こういうのは言葉で言ったところで本当に理解しないと意味がないからな。上辺だけ理解されても困るし。でも、ちゃんと伝わってるよ、なのはの想い。ちゃんと聞こえてるよ、なのはの心の声』

 

『なのはが放つ魔法にのって、ちゃんと新人達に届いてるよ』

 

「へー、いい男じゃん。キザったらしくて多少キモいけど、ちゃんとなのはのこと想ってくれてるいい子なのね。ふむ……合格」

 

 隣でずっと俊の話しを聞いていた滅びの爆裂疾風弾は満足したように頷いてみせた。

 

「うん……うん……!ありがとう俊くん……。あのね俊くん、なのはもいいたいことがあるの……」

 

 ぽそぽそと電話口に向かって喋るなのは。かと思うと、携帯の通話ボタンを切って携帯をヴィータに手渡しした。

 

「いいのかなのは?もうちょっと話してもいいんだぞ?」

 

「ん、いいの。いつまでもここにいるわけにはいかないし、それに言いたいことは言えたから」

 

 なのははその言葉通り、目元に泣き痕を見せながらも晴れ晴れとした笑顔を早くも見せていた。切り替えは重要であることをちゃんと理解している。

 

「それじゃ帰るか。いまはやてに連絡したら迎えに来るってさ。フェイトも来てくれるってさ。家ではあいつがご馳走を作ってるみたいだぞ」

 

「「まじですか!?」」

 

「まじだ」

 

 ご馳走というキーワードに敏感に反応するスバルとティアナは浮かれてはしゃぎまくる。ヴィータをもちあげ高い高いをし、ヴィータの踵落としによって撃沈され

る。

 

「それじゃこっちも帰りますかね。丁度旦那も迎えにきてくれたし。じゃあねなのは、今日は愛しの俊君に甘えなさいよ」

 

「べ、べつに俊くんのことなんてなんともおもってません!でもまぁ……俊くんがわたしに甘えたいっていうのなら考えてあげてもいいかな……」

 

 頬を赤くしながら体をくねくねさせてそういうなのはに滅びの爆裂疾風弾は豪快に笑い声をあげながら迎えにきていた旦那の元へと駆けて行った。

 

 丁度それと入れ替わる形でなのは達の元へと駆け寄ってくる人物が三人。

 

 フェイトとはやてとシグナムだ。

 

「「二人ともおめでとー!」」

 

 はやてとフェイトの喜び爆発で、場は一層賑やかになったという。

 

       ☆

 

 フェイトがなのは達の迎えにいったのと入れ替えに、俊達の元にもはやてのお願いで先に高町ハラオウン家に到着している者がいた。

 

 人間よりも小さく、まるでお人形のような出で立ちの女の子。今日はちょっとおめかしをしているのかロリータファッション風のドレスを着ている。

 

 その女の子はいま現在、5歳の女児の好奇な瞳に晒されながら困惑を極めていた。

 

「パパ!ようせいさんがいる!ヴィヴィオのめのまえにようせいさんがいるよ!?」

 

「で、ですからリインは妖精さんじゃないですってば~!」

 

 俊に会いたくないあまり、玄関からではなく窓からの不法侵入を試みたのが仇となった。

 




サイトでリインをリィンと誤字ってます。サイトで読む方はそっとその部分だけ視線を逸らしてください。

ついにリインきた!(`・ω・´)


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A's29.ぺろぺろさん

 前回までのあらすじ

 

 ヴィヴィオが妖精さんを見つけた。以上

 

    ☆

 高町ハラオウン家が俄かに活気づき慌ただしくなっていくのを5歳であるヴィヴィオも肌で感じ取っていた。パパである俊が忙しなくキッチンとリビングと居間を往復し、大好きななのはママのパパである士郎が背の高さを生かして家の飾りつけを行っていく。

 

 桃子とリンディが指示を飛ばし、シャマルが盛大に塩コショウを撒き散らし阿鼻叫喚の地獄絵図が生まれていく。

 

 そんな状況の中、ヴィヴィオはガーくんの羽に守られながら庭に面した窓へと連れられ、ガーくんによって開けられた窓から新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 

 口の形を変えて何か喋ろうとするヴィヴィオに、ガーくんは自身の羽で優しく塞ぐ。頭を横に振っていまは喋るべきではないとヴィヴィオに伝える。

 

 ヴィヴィオもそれはなんとなく理解できたのか、人差し指を口元に当て『しー』という動作をした。

 

 大の大人が5歳の子どもには見せられないような悲惨な状態になっている最中、ヴィヴィオの耳には庭側からの小さな小さな声をしっかりと捉えていた。聞こえるはずのない方向から聞こえるはずのない可愛らしい声が聞こえてくる。そんな状況にヴィヴィオは首を傾げながら振り向くと──

 

「ふぅ……やっぱりつかれますね。でもぺろぺろさんに会わないためにはこれくらいしないとです!」

 

 そこには妖精が可愛らしい甘ロリファッションで浮遊していた。

 

「それではお庭から失礼して……。あっ……」

 

 甘ロリファッションの妖精は抜き足差し足(浮遊)で静かに高町ハラオウン家に不法侵入を成功させる。と、そこでようやく妖精は気づく。自分を見つめている5歳の女の子の視線に。キラキラと瞳を輝かせながら好奇な視線を向けていることに。

 

「あ、それではリインはここらへんで退散しますですー……」

 

 ロリータファッションのスカートの端をちょこっとだけ摘まんで可愛らしくお辞儀する妖精は、そのまま笑顔を保ちつつそそくさと退散を試みる──が、ヴィヴィオ

はその隙に見逃していなかった。

 

「ガーくん!」

 

「オウトモ!」

 

 ヴィヴィオの掛け声とともにガーくんは大きな口を開けて妖精をパクリと飲み込んだ。

 

『ぎゃぁああああああああ!?こ、怖いです!?真っ暗です!?はやてちゃーん助けてくださーい!?』

 

 ガーくんの口の中で暗い怖いと泣き喚くリイン。たまらず口を開けるガーくん。

 

「ぷはっ!うぅ……怖かったです……。いったいなんなんですか、いまのは」

 

 慌ててガーくんの口元から這い出てくるリイン。汗をかきながら息を整えるリインに、ガーくんは無表情かつ興味津々の眼差しで見つめていた。

 

「……」ジーッ

 

「うっ……!な、なんなんですか……」

 

「…………」ジーッ

 

 無表情を保ちつつじりじりと詰め寄ってくるガーくんに、リインは恐怖を覚えたのかゆっくりとゆっくりと後退しはじめる。

 

 そんなガーくんにヴィヴィオは頭を撫でたのち、両指の人差し指でバッテンを作り、

 

「ガーくんたべちゃめっ!」

 

 そうガーくんを制した。

 

「た、たべる!?リインを食べる気だったんですか!?」

 

「ガーくんアヒルだから」

 

「……リインはじめてしりました……。アヒルはデバイスをたべるんですね……」

 

 戦慄したのか顔を青ざめるリイン、突っ込み役が不在のため、5歳の女児と妖精の会話はどんどんおかしな方向に進みそうになっていく。

 

 室内の慌ただしい空間の中にぽっかり浮かんでいる不思議空間。ガーくんの頭を撫でながらヴィヴィオはリインに触ろうと手を伸ばす。一瞬身構えるリインだったが、すぐに緊張の輪を解き自らヴィヴィオの顔の前に近づいていく。自分の目の前にやってきた甘ロリ妖精をしげしげと観察し、そっと壊れないように優しく抱きしめるヴィヴィオ。

 

 ヴィヴィオの胸の中にいるリインは抱きしめられながら顔を上に向けヴィヴィオを見つめる。

 

「そういえばヴィヴィオちゃんとは初めましてですね。えっとですね、リインははやてちゃんのデバイスになります。普段はぺろぺろさんが近くにいますのではやてち

ゃんのポケットとか胸の谷間なんかに隠れてますので、こうしてお会いするのははじめてです!」

 

 華やかな笑顔を見せるリインにヴィヴィオは疑問符を浮かべながらこう言った。

 

「デバイスってな~に?」

 

 ヴィヴィオが此処にきてからの半年間、ヴィヴィオの耳にデバイスという単語はほとんどといっていいほど入ってこなかったので、ヴィヴィオがそう思うのは当然だ

といえよう。ママであるなのはやフェイトは常にデバイスとなるレイジングハート、バルディッシュを所持しているのだがヴィヴィオはそれをアクセサリーだと勘違いしている。

 

「そ、そうですね……デバイスというのはお友達という感じでしょうか」

 

「なるほどー。じゃぁヴィヴィオとようせいさんもデバイス?」

 

「へ?どうしてですか?」

 

「ヴィヴィオとようせいさんはもうおともだちだよー!」

 

「ダヨー!」

 

 リインを力いっぱい抱きしめるヴィヴィオ。それに乗じるようにガーくんも羽でリインを抱きしめるフリをする。ヴィヴィオはすっかりこの小さな小さな妖精を気に入ったようだ。確かにヴィヴィオには物珍しいだろう。なんせリインははたから見たら、まんま妖精そのものなのだから。5歳の女の子には夢が膨らむ現実だ。

 

 リインを気に入っているその証拠に先程からヴィヴィオはリインを決して離そうとしていない。

 

 ヴィヴィオにお友達宣言をされたリインは白雪のような肌を赤くさせ、ふいっとそっぽを向いて、

 

「これははやてちゃんとヴィータちゃんが可愛いと念を押すのも理解できますね……」

 

 そうコメントした。

 

 リインはすっかりヴィヴィオワールドに引き込まれていったのだ。

 

            ☆

 

 はやてちゃんから、なのはさんとフェイトさんの元に5歳の可愛らしい女の子がやってきたという話を聞いたときは頭が混乱しました。

 

 そしてそれと同時にリインは戦慄を覚えました。

 

 あのお二人の元に5歳の女の子がやってきたということは、あのぺろぺろさんの家に5歳の女の子がやってきたのとイコールで繋がってしまうのです。

 

 ぺろぺろさんに5歳の可愛らしい女の子を与えるなんて、お肉の園にハイエナを放り込むようなもの。

 

 これをきっかけにぺろぺろさんとお二人の仲が引き裂かれ、はやてちゃんもぺろぺろさんのことを考え直してくれると思っていたのですが──

 

「パパ?パパのとこいきたいの?じゃぁヴィヴィオといっしょにいく?パパはねー、すごーくかっこよくてやさしいよ!ヴィヴィオだーいすき!あ、でもなのはママとフェイトママもだいすき!それにガーくんも!」

 

 ……ぺろぺろさん意外と頑張っているみたいですね。

 

 はやてちゃんは主観が入りすぎてましたし、ヴィータちゃんは元々ぺろぺろさんのことどーでもよさそうでしたからあまりあてにできませんでしたし。

 

 でもまぁリインはぺろぺろさんのこと大嫌いですけどね。

 

 それはそうとして、リインははやてちゃんの伝言をはやくぺろぺろさんに伝えないといけません。

 

「ヴィヴィオちゃん、パパはどこにいますか?」

 

「パパ?パパならねー……あ!あそこにいるよ!」

 

 ヴィヴィオちゃんが指をさす方向に確かにぺろぺろさんは大皿をもって移動していた。

 

「パパにようじがあるの?」

 

「はい、リインはパパさんに用事があるのです」

 

「そっかー。じゃぁヴィヴィオがよんできてあげる!」

 

「あ、まってください!」

 

「お?」

 

 ぺろぺろさんを呼ぼうとするヴィヴィオちゃんを制して、リインはヴィヴィオちゃんの後ろに隠れる形で話しかける。

 

「実はリインは妖精さんなので、ヴィヴィオちゃんやガーくんみたいないい子にしか見えない存在なのです。ですから、ヴィヴィオちゃんがパパさんを呼んでくれても

リインとパパさんは会話をすることができないのですよ……」

 

「ようせいさんってたいへんなんだね……」

 

 悲しそうな声色を浮かべるヴィヴィオちゃん。うぅ……リインの胸がちょっとだけ痛みます。

 

「ですからリインの代わりにヴィヴィオちゃんがリインの話す内容をぺろぺろさんに伝えてください。これはヴィヴィオちゃんにしかできない仕事ですけど……できますか?」

 

「うん!おもしろそう!まかせて!」

 

 か、間髪入れずに返答してきますね……。

 

 ヴィヴィオちゃんの背後に憑くリイン。ヴィヴィオちゃんはアヒルさんを引きつれてとことこと可愛らしい足取りでぺろぺろさんに近づく。

 

 ぺろぺろさんはそれに気づいたのか、笑顔を見せた後ちょっとばつが悪そうな顔でヴィヴィオちゃんの頭を撫でる。

 

「あぁ……ごめんねヴィヴィオ。ヴィヴィオの相手ができなくて。ちょっとシャマル先生という地雷がここにきて爆裂粉砕して。もうすぐ終わるから、終わったらパパと一緒にアニメみような」

 

「うん!ヴィヴィオまってるね!」

 

 笑顔で答えるヴィヴィオちゃんに、足を折り曲げヴィヴィオちゃんの目線に合わせて喋るぺろぺろさん。これは断じてぺろぺろさんじゃないです。こんなぺろぺろさんリインは知らないです。

 

 ぺろぺろさんはヴィヴィオちゃんに両手を広げておいでと囁く。

 

 しかしいまのヴィヴィオちゃんはリインのメッセンジャー。いまはぺろぺろさんに抱っこされるより大事なことが──

 

「わーい!」

 

 えっ!?

 

 ちょ、ちょっと!?ヴィヴィオちゃんリインのメッセンジャー役は!?なんであんなに自信満々に頷いたんですか!?

 

 ぺろぺろさんに抱っこされるヴィヴィオちゃんの後ろでリインは隠れてやり過ごそうと努力しながら、そう思う。

 

 ふと体が軽くなり、ヴィヴィオちゃんの後ろ姿がさきほどより遠くに見えます。あれ?どうしてでしょうか?

 

 はて?リインはヴィヴィオちゃんと離れている。ということは誰かからの手によって、リインとヴィヴィオちゃんは離されたということになりますね。……ではいったい誰から?

 

 一人だけ心当たりのある人物に思い当たり、自分でもびっくりするくらいの嫌な顔でゆっくりと後ろを振り向く。

 

 そこには、ぺろぺろさんの笑顔がありました。

 

「ようリイン。ヴィヴィオと遊んでくれてサンキューな」

 

    _, ,_  パーン

 ( ‘д‘)

 

  ⊂彡☆))Д´)

 

「え!?俺なんでいまビンタされたの!?何も悪いこといってないよね!?」

 

「ご、ごめんなさいです!あまりのキモさについ手が……」

 

「イケメンたる俺になんたる仕打ち」

 

 ぺろぺろさんは相変わらずきもいです。かっこつけ野郎です。

 

 ぱっとぺろぺろさんの手から離されたリインはヴィヴィオちゃんの横で浮遊します。

 

「それにしても久しぶりだなリイン。六課設立からなにしてたんだ?」

 

「リインは基本ずっとはやてちゃんのポケットか、胸の谷間で待機してました。でもすぐにうとうとしちゃってはやてちゃんが仕事中はほとんど寝てました。後は家で自分の服を作成したりとか」

 

「はやての谷間でおねんねだと……羨ましい……。俺もおっぱい枕を経験してみてぇ。ところで、その自分の服を作ってるのなら、その服もリインお手製か?」

 

「はい!はやてちゃんに手伝ってもらいながら二人で作ったんですよー!」

 

「おぉいいセンス」

 

 くるくると回るリインにぺろぺろさんが賞賛の拍手を送ります。まぁ当然ですね。なんてったってリインとはやてちゃんの二人で作ったのですから。

 

「ところでリイン。お前一体になにしにきたんだ?はやてと一緒じゃないのか?」

 

「すぐ近くまでは一緒に車の中にいたんですけど、はやてちゃんは新人達を迎えに行っちゃいました。それと引き換えにリインは伝言を預かってこちらに来たのです」

 

「なるほど。それで伝言は?」

 

「もう忘れてしまいました」

 

 違うんです。此処にくる直前までリインはちゃんと覚えていたんです。でもアヒルに食べられたりヴィヴィオちゃんと話してたりしているうちに記憶からなくなっていったんです。リインは悪くないです。悪いのはリインではなく世界です。

 

 ぺろぺろさんはそっとリインのことを抱きしめて、優しく背中を叩いた。

 

「相変わらずの萌え萌えポンコツデバイスで安心したぞリイン」

 

「リインはポンコツなんかじゃないですー!ちょっとだけ物忘れが激しいだけですよー!」

 

 むかつきます!ちょっとはやてちゃんの伝言を忘れたからといってポンコツデバイス扱いなんて!

 

「まぁまぁ。リインは俺らでいうところのなのはポジションなんだから。ほら、はやても前に言ってただろ?『なのはちゃんとリインはポンコツ萌えやとおもうんやけど』って」

 

「うぅ……はやてちゃんまで……」

 

 がっくりと肩に石が乗っかってきた感じがします。なんかどっと疲れが出てきました。

 

 そんなリインにヴィヴィオちゃんだけはよしよしと頭を撫でてくれます。うぅ……ヴィータちゃんがヴィヴィオちゃんのことを可愛がるのが分かる気がします。

 

「まぁはやての伝言なら俺が電話で聞いとくからいいさ。リインも此処までくるの大変だったろ?ヴィヴィオと一緒にテレビでも見ておいてくれよ。カルピスもってくるからさ」

 

「いえリインもお手伝いしますよ。なんか大変そうですし」

 

「あーならシャマル先生を頼む」

 

『シャマルちゃん包丁を持つのはやめるんだ!取り返しのつかない事態になるぞ!』

 

『包丁を洗おうとしただけなんですけど!?』

 

「シャマル先生、頑張れば頑張ろうとするほど普段の力を発揮できないタイプだから。しかもこういった行事に局地的に」

 

「普段は優しくて落ち着いてて八神家でもしっかり者の位置にいるんですけどねー」

 

 まぁそういうことならしょうがないです。リインがヴィヴィオちゃんとシャマルのお姉さんをしてあげましょう。

 

 ヴィヴィオちゃんの手を引いてキッチンにいるシャマルを迎えに行きます。

 

「シャマルー、リインが迎えにきましたよー。ヴィヴィオちゃんと一緒にテレビみましょー」

 

 キッチンに入りながらいるであろうシャマルに話しかける。

 

 それにしても……はやてちゃんの伝言ってどんな内容でしたっけ?

 

         ☆

 

「ようせいさんビスコたべる?ビスコたべるとつよくなるんだよ?」

 

「リインは強くならなくていいですけどビスコは好きなのでもらいます」

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

 ヴィヴィオちゃんは小さいリインのためにビスコを半分に割り、片割れをリインの口にもってきます。ビスコはその形状から割るという行為をするとカスがぼろぼろと落ちるのですが、アヒルさんが下に落ち

る前に袋で全部回収しちゃいます。現代のアヒルさんはすごいです。

 

 折角のヴィヴィオちゃんの好意なのでリインはそれに逆らうこともせず口をあけてビスコを食べます。さくさくとしたビスケットと中にある甘いクリームが口の中いっぱいに広がってリインを幸せにしてくれます。

 

「はぁ……ビスコはおいしいですね」

 

「ねー。ガーくんとシャマルせんせいもたべる?」

 

「タベル!」

 

「じゃぁお言葉に甘えて、一つだけ」

 

 もう片割れのビスコを自分の口に入れて、新しいビスコを一つずつ取出しピリピリと破いて上げさせてあげる。これを自然体でやってしまうところが子どもらしいです。大人になってもこんなことを自然体でやってしまうのなら第二のなのはさん誕生です。

 

 カランっとテーブルに置いてあるカルピスグラスから氷が遊ぶ音が聞こえてきます。

 

 いまリインはヴィヴィオちゃんのお膝の上で、テーブルの上に置いてある料理の壁によって全く見えないテレビを鑑賞中です。両脇にはそれぞれアヒルさんとシャマルが待機しています。

 

 アヒルさんはヴィヴィオちゃんに頭を撫でられながらもぐもぐと大人しくビスコを食べてます。

 

 ……意外とアヒルって近くでみると愛嬌があるんですね。咀嚼してるところとか、ヴィヴィオちゃんに頭を撫でられて嬉しそうに目を細めている姿とか可愛いです。

 

 ヴィヴィオちゃんとリイン、シャマルにアヒルさんが大人しくテレビを見ている横に若干疲れをにじませながらぺろぺろさんが腰を下ろしてきました。

 

「いやいやそんなに身構えるなよリイン。何もしないってば」

 

「ぺろぺろさんはそういいながらリインにえっちなことを沢山してきましたからもう信用できません。一度落ちた信用を回復させるのがどれほど難しいことなのか身をもって体験してください」

 

「可愛い顔して言うことは恐ろしいんだよなぁお前って」

 

 ため息をつくぺろぺろさん。

 

「その点、ヴィヴィオは可愛い顔して中身は天使だからなー!ヴィヴィオは俺の理想郷だもんなー!」

 

「ヴィヴィオよくわかんないけどパパはだいすきだよ?」

 

 5歳の子に理想郷なんていっても理解できませんってば。

 

 ヴィヴィオちゃんを膝にのせて抱きしめるぺろぺろさん。ぺろぺろさんに場所を譲ったアヒルさんはぺろぺろさんの頭に移動しちゃいました。

 

 ヴィヴィオちゃんも抱かれ慣れているのか、とくに拒絶することなくぺろぺろさんのきのままに抱かれ続けます。ぺろぺろさん、さりげなくリインも抱こうとするのはやめてください。

 

 リインに差し出される指を叩き落としていると、ぺろぺろさんがヴィヴィオちゃんに話しをもちかけてきました。

 

「ヴィヴィオ、リンディさんと桃子さんが一緒に飾りつけしたいってさ。もう危ないことはパパ達で終わらせたし、安全だから大丈夫なんだけど飾りつけしてみるか?」

 

「ほんと(*゚∀゚*)!?ヴィヴィオもしていいの!?」

 

「ああ勿論だ。ヴィヴィオがちゃんといい子にしてたからな。ほら行っておいで」

 

「わーい!ようせいさんいくよ!ガーくんも!」

 

「え!?ちょ!?リインはゆっくり──」

 

 小さいゆえに逃げることもできず、ヴィヴィオちゃんに抱かれたままリインはドナドナされていくのでした。

 

 まぁ……ヴィヴィオちゃんが嬉しそうに桃子さんとリンディさんと飾りつけをしていたので良しとしましょう。




DBが好きなんですが、神と神の終盤を何回もリピートしてします。


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A's30.ようせいさん目視できる人多発警報

 桃子さんとリンディさんとシャマル先生とヴィヴィオとリインが舌でキャンディーを転がしながら遊んでいると、家のインターホンが鳴った。既に飾りは終わっており、料理も運び終えている。後はなのは達の帰りを待つのみだったため、女の子組(熟女含み)は我先にと玄関へと向かっていった。

 

 俺も行きますか。

 

 女の子組(熟女含み)の後を追う形で俺も玄関へと向かう。丁度ヴィヴィオが玄関の鍵を開けるところだったようだ。

 

 ガチャリと開いた玄関から、ウサギのような目をしたなのはが顔を覗かせた。

 

「ただいまー!ヴィヴィオ!」

 

「なのはママだ!おかえりー!」

 

「わふー!」

 

 ひょこっと出てきたなのはを確認しジャンプで抱きつくヴィヴィオ。なのはもヴィヴィオをしっかりと受け止めながら頭を撫でる。

 

「おかえりなさいなのは」

 

「あっ!おかーさん!ただいまー。なのはね、今日はすごくがんばったよ?」

 

「ええ知ってるわよ。えらいわね」

 

 なのはがヴィヴィオにそうしたように、桃子さんがなのはの頭を撫でながら抱きしめた。猫のように嬉しそうに目を細めるなのは。後ろでは士郎さんが指をくわえて羨ましそうに見てる。

 

 ひとしきり桃子さんに愛でられたなのはは、後ろで指をくわえてみていた士郎さんに気づいたのか、

 

「あ、お父さんもきてたの?ただいまー!」

 

 とてとてと駆け寄ってきた。嬉しそうになのはの頭を撫でる士郎さん。士郎さん物凄く幸せそうだ。

 

 そんななのはを皮切りに続々と家の中へと遠征組が帰ってきた。

 

 ちょっと疲れたような表情のはやてやこちらは結構グロッキー気味なエリオとキャロ。……なんかほとんど疲れてるな。

 

「フェイト!ママの胸に飛び込んできてもいいのよ!?ほら、カモーン!!」

 

「あ、遠慮します」

 

 フェイトはそこまで疲れていないのか、出かけてきたまんまの顔色で華麗にリンディさんの誘いを断った。リンディさんあまりのショックに服脱ぎだしたぞ。

 

「ヴィヴィオ、ちょっとリンディさんに抱きついてきなさい。ほんとはパパが抱きつきたいけどそんなことしたら後でフェイトママに殺されかねないから」

 

「俊くん、そんなことしたらまずリンディさんに殺されるでしょ」

 

 そうともいう。

 

「うんわかった!ヴィヴィオがんばる!」

 

 なのはの胸に顔を置いてぬくもりを感じていたヴィヴィオは、俺の申し出を快く快諾し両の拳を握ってガッツポーズをした後リンディさんのほうに向かっていった。ガーくんも同行している。

 

 さて……ヴィヴィオはどうでるのか。

 

「よしよしリンディメッシュさん。げんきだしてね?」

 

 かわいい!めっちゃかわいい!

 

 隣にいたなのはと互いに握手を交わす。そしてそのままユニフォーム交換に入ろうとしたけどそこは真顔で首を横に振られたから諦めよう。

 

「ヴィヴィオちゃん……。……もう一度子育て始めようかしら。今度はママのことを愛しすぎておかしくなるくらいの女の子具合に……」

 

 リンディさんに抱きつくヴィヴィオを抱き寄せながら不穏なことを言うリンディさん。もうそろそろブラが露わになるな……。

 

「はいはい。もう十分すぎるほど子育てしたでしょ。もういい歳した大人なんだから止めてもみっともない。それにブラが見えるよ。俊に毒でしょ」

 

「目がぁーッ!?目がァーッ!?」

 

「大丈夫だよフェイトちゃん。俊くんの目はわたしが守ったから!」

 

「いやそれ逆に視力が……」

 

 痛い痛いよ目ん玉痛いよ!?なんでなのはは躊躇いなく俺の目ん玉突けるんだ!?

 

「私母さんのこと大好きで愛してるつもりだったんだけどなぁ……」

 

 小さく呟くフェイト。しかし声量に反してその言葉はこの場にいる全員に聞こえていたらしく、一瞬場が静まりかけた。その瞬間、リンディさんの服が弾け飛び、涙を流しながらリンディさんはフェイトをきつくきつく抱きしめた。

 

「ごめんねフェイト!ほんとごめんね!ママそんなつもりじゃなかったの!ママもフェイトのこと愛してるわよ!ほんと結婚したいくらい!ほんとフェイトの全てを自分色に染めたいくらいにフェイトのこと愛してるの!ほんとよ!?」

 

「はいはい知ってるから。母さんの気持ちは重すぎて痛いくらいだから。ちょっと遊んだだけだよ」

 

 ふふふと笑うフェイト。

 

「あーもう!可愛い!結婚しましょうフェイト!」

 

「あ、遠慮します」

 

「ジーザスッ!!」

 

 テンション高いなリンディさん……。よっぽどフェイトと離れて辛かったんだろうな。

 

「うぅ……それにしてもいまだに目が見えん……」

 

 そんな俺の服を誰かがちょいちょいと引っ張る感覚。引っ張られる力の方向からしてこれは……小さい女の子だな。ということはヴィヴィオだろう。

 

 そう結論付けた俺はゆっくりと腰をおとし、目の前にいるであろうヴィヴィオをそっと抱きかかえた。頭を撫でながら耳をはむはむする。あぁ……パパって最高。

 

 そうしているとようやく視力が回復したのだろう。だんだんと霞む目がぼんやりからしっかりへと視力の変化を促す。ほら、これでくすぐったそうに笑うヴィヴィオの顔が見えるぞー。

 

 ロリータファッションに身を包み、殺意の波動に目覚めたロヴィータちゃんが俺に抱っこされていた。

 

「てめェ……あたしを抱っこするとはいい度胸してるじゃねぇか……!」

 

 俺は無言のままロヴィータちゃんをはやてに手渡し脱兎のごとく料理が並んでいる部屋へと引っ込んでいった。

 

『てめぇ逃げんなボケナスッ!』

 

『まぁまぁヴィータ。俊も悪気があってやったんやないし。許してやりーよ』

 

『だってあいつ耳をはむはむして──』

 

『はいはいそれじゃわたしがはむはむの上書きしたるから』

 

 舌でテイスティングした結果、ロヴィータちゃんの耳たぶはマシュマロ味でした。やっぱりロリって最高!

 

            ☆

 

 ロヴィータちゃんはロリはロリでも悪魔ロリっ娘だな。じゃないと俺をこんなにもぼこぼこにしないもん。それに今日はもう口をきいてくれないみたいだし。

 

 顔こそ傷物にしてないものの、腕や膝には痣が沢山できました。

 

 耳たぶをはむはむしただけなのに……。

 

「俊もごめんなー。ちょっとヴィータも驚いたんよ。いつになったら玄関から移動するのか俊に聞こうとしたら、俊がはむはむしだしたから」

 

「いやーヴィヴィオだと思ったからつい」

 

「ああいうのはいまのうちに沢山したほうがええもんな。……小学校高学年になるころには俊もどんな態度で対応されるかわからへんし……」

 

「こ、怖いこというなよ……」

 

 ちょっと想像しちまったじゃねえか。

 

 現在俺達は玄関から料理が待っているリビングへと場所を移動し、席順を決めている最中だ。

 

「はやてさーん、どういった席順にしますー?」

 

「んー?べつに好きな場所でええよー」

 

 はやての言葉で各々好きな場所に座っていく。

 

「なのはママとフェイトママはヴィヴィオのよこ!ガーくんも!」

 

「「いいよー」」

 

 テーブルの丁度中心線に真っ先に座ったヴィヴィオは、両手で自身の真横をばんばんと叩いてなのはとフェイトを呼ぶ。ガーくんは当たり前のようにヴィヴィオの隣に鎮座していた。

 

「じゃぁ俊くんはなのはママの横に──」

 

「なのはさんの横は私がいただきますねー!」

 

「ちょっ!?」

 

「なのはさんの処女は私がいただきますねー!」

 

「黙れ」

 

 俺がなのはに呼ばれて行動に出るよりも先に嬢ちゃんがなのはの横にピッタリとくっついていた。タコの吸盤かよという突っ込みを入れたくなるほどのピッタリ具合である。入り込む隙も余地もありゃしない。……しゃうがない、今日ばかりは許してやるか。平日だったら殴り飛ばしているところだったがな。しょうがないだろう?今日の主役はあいつらなんだから。

 

 まぁ俺はフェイトの横で──

 

「フェイトの隣は私のものよ~」

 

「母さん……腕絡ませてくるのやめて……」

 

 フェイトの横には修羅がいた。恐ろしいほどの修羅がいた。

 

 ため息を吐きながらこっちにごめんと謝るポーズを見せるフェイト。いやまぁ親へのサービスってのは大事だからな。こういうのはしっかりとしといたほうがいいさ。

 

 フェイトかなのはの横に座る予定だったので他の場所なんて考えてもいなかった。そのせいもあってか俺がなのはとフェイトの横を確認している間に全員とも座り終えていたようで、どうやら俺待ちになっていた。立ったまま全員の視線を浴びる。……どこに座ったものやら。

 

 そう考え込んでいると、真っ先に席に着いたヴィヴィオが俺の顔をはっとした表情を浮かべる。

 

「ヴィヴィオ……ごはんのことにむちゅうでパパのことわすれてた……。ほんとはパパのせきもあるはずだったのに……」

 

「あー。それは残念だったねー」

 

「どんまいヴィヴィオ。次は忘れないようにね」

 

 しょぼーんとした顔を浮かべるヴィヴィオを両横からなのはとフェイトが頭を撫でたり、自分のほうに引き寄せてデコにキスをしたりして慰める。それにしても完璧

なまでに忘れてたな。でもそのパパの席のことを完璧に忘れるほど夢中にさせた料理自体俺が作ったものだから、なんかちょっと嬉しいというか誇らしい。

 

「まぁ気にしてないよヴィヴィオ。どうせ後で席なんてバラバラになるんだし」

 

「そうそう。俊くんが隣に来るしねー」

 

「ねー」

 

 お前らの両横はテコでも動かないと思うけどな。リンディさんと嬢ちゃんを見ながらそう思う。

 

「ほな俊はわたしの横で」

 

「シャーッ!」

 

「いやですぅ!リインはぺろぺろさんの近くにいると蕁麻疹が出てきちゃいます!」

 

「物凄く嫌われてるんだけど……」

 

「まぁまぁ」

 

 はやてが座る隣にロヴィータちゃんとリインがいるのだが、俺がはやての横に座る(ロヴィータちゃんとは逆方向)ということでロヴィータちゃんは牙を見せながら警戒してくる。そこまで警戒することないだろ。リインに至っては物凄い嫌われっぷりだ。

 

 まぁしかしそこははやての仁徳のおかげだろうか、はやてが笑みを浮かべて二人を撫でるとしょうがない……といったふうに二人も引き下がっていった。

 

「それじゃ早く食べちゃいましょうか。それじゃ……はやてちゃんが音頭でいいのかしら?」

 

「へ?わたしですか?えぇまぁそれでもええけど……ここは直属の上司であるなのはちゃんで」

 

 場を仕切る桃子さんがはやてに振ると、はやては両手でどうぞの形を取りながらなのはにバトンパスする。

 

「わたしでいいの?ティアとかは──」

 

「なのはさん一カメのほうに笑顔お願いしまーす!」

 

「バカはほっといて皆で食べよっか。それじゃ手を合わせてください。今日は皆さんお疲れ様でした」

 

『お疲れ様でしたー!』

 

「いただきます!」

 

『いただきまーす!』

 

 全員とも行儀よく手を合わせてから、それぞれ自分の小皿に好きな料理をとっていく。

 

「ヴィヴィオはなのはママが取ってあげるからねー。なにが食べたい?」

 

「んーっとねー……ヴィヴィオこれ!」

 

 ヴィヴィオが指さしたのは生春巻き。春雨とニラを中心に豚肉と大葉を少々、そんでもって生春巻き用の皮で包んでいる。ヴィヴィオは喜んでくれるかな?

 

 なのはがヴィヴィオが指さした生春巻きをとってやる。フェイトが生春巻きのたれをかけてあげる。ヴィヴィオはまだちょっと慣れていない箸使いでしっかりと生春巻きを掴み、口元へと運んでいった。

 

 その小さな小さな口をめいっぱい開けて頬張るヴィヴィオに、知らず知らずのうちに固唾をのんだ。ヴィヴィオはもぐもぐと咀嚼し勢いをつけてごっくんと嚥下した。ど、どうだ……?

 

「ヴィヴィオおいしい?」

 

 そう聞くなのはにヴィヴィオは笑顔で答えた。

 

「うん!ヴィヴィオこれすき!」

 

 生春巻きを指差しながら答えるヴィヴィオにほっと俺は息をついた。よかった……。いくら料理が出来ようと、娘の口に合わなかったら意味がないからな。

 

「つぎこれ!」

 

「はいはい。色んなものをちょっとずつ食べようねー」

 

 ヴィヴィオの小皿で料理を取りながらなのはも笑顔をみせる。……意外とこうしてみるとなのはって人妻っぽいんだな。いや、人妻っぽくなってきた?なんかそんな感じがするな。まぁ何言ってるか自分でも若干意味不明なんだけどな。

 

 あ、そういえばビーフシチュー出すの忘れてた。

 

「誰かビーフシチュー食べるか?」

 

「私食べます!」

 

「私も!」

 

「あ、わたしも俊のビーフシチュー食べようかな」

 

 嬢ちゃんとスバルが真っ先に手を挙げて、その後にはやてが手を挙げる。それからは雪崩の如く手を挙げられたので、とりあえず全員にビーフシチューを配ることに

した。朝からじっくり煮込んだものだからうまくないわけがないんだけど……。

 

 隣にいるはやてを見る。スプーンに掬いビーフシチューを食べるはやて。ゆっくりと味わうようにはやての咽喉元が動く。

 

「ど、どうだはやて……?」

 

「うん、ええよ。朝から煮込んだだけあってとってもおいしい」

 

「よかった。はやてにそう言ってもらえるならまず大丈夫だな」

 

 それを裏付けるように、料理が得意な桃子さんとリンディさんもおいしいという意思表示をしてくれた。うん、朝から時間をかけて作った甲斐があった。

 

「ひょっとこさんおいしいんですけど、なんかむかつくのでクレームを出したいと思います」

 

「黙って食えバカ舌」

 

 おいしいならクレームを出す必要はないだろ。

 

 テーブルに肘をつきバカ舌に話しかける。

 

「そういえばお前昇進試験ギリギリでの合格だったらしいな。なのはという最高の教導官がいるってのに」

 

「だってー……緊張しちゃって」

 

「緊張を楽しめないようじゃ実力は出せんぞ。お前やスバルの実力ならAランクなんてそこまで難しくないだろうに」

 

「ひょっとこさんそれは私を褒めてるんですか?」

 

「情けないって話だよ。まぁでもお疲れさん。よく頑張ったな」

 

「えへへ」

 

 そんな表情見せられたら、今日くらいはなのはを譲ってあげたくなるから止めろ。

 

「ひょっとこさんは今日一日ずっと家で料理作ってたんですか?」

 

「まぁな。後は飾り付けとか。でも桃子さんやリンディさん、士郎さんがいなかったら結構ギリギリの作業になってたかもしれん。シャマル先生は逆に局地的爆心地でひやひやした。今日はあんまりヴィヴィオと遊んでやれなかったし、明日は一日ヴィヴィオのために使いたいなーって感じ」

 

 チラリとヴィヴィオを横目でみる。相変わらずなのはとフェイトを巻き込みながら楽しそうにお喋りしながら料理を楽しんでる。

 

「来年からは小学生だからただでさえ接する時間が少なくなるのになぁ……」

 

 思わずため息が零れる。そんな俺を唖然とした表情で見つめる嬢ちゃん。お前テーブルにから揚げ落とすな。髪の毛刈り上げっぞ。

 

「ひょっとこさんが……パパっぽい」

 

「いやこれでもパパだよ」

 

「でも立ち位置的にはメイドみたいなもんですよね。あ、男の場合は執事でしたっけ?」

 

「性奴隷メイドだったら喜んでやるんだけどな」

 

 どっちもwin-winの関係だし。

 

「でもメイドさんも可哀想ですよね。朝から夜までご奉仕しなきゃいけないなんて」

 

「というかもろエロ漫画のせいだよなそういう考え方って。一説にはそういう夜のご奉仕専用のメイドがいたのはいたらしいけど」

 

「へ~。あ、ちらし寿司食べたいです。取ってください」

 

「はいはい」

 

 俺の近くにあるちらし寿司を小皿によそって嬢ちゃんに渡す。いま嬢ちゃんはなのはの横ではなくスバルの横だ。なんでも二人でローテーションを組んだとか。

 

「ところでひょっとこさん」

 

 ちらし寿司を食べながら嬢ちゃんが聞いてくる。

 

「んー?」

 

「リインさんいつまでひょっとこさんの周りをぐるぐる回ってるんですか?衛星じゃあるまいし」

 

 それは俺が一番聞きたいよ。なんでリインは怖い顔(可愛い顔)して俺の周りをぐるぐる回ってるんだ?

 

「ぺろぺろさんを監視するためです。はやてちゃんにいつ襲い掛かるかわかりませんからね」

 

「襲わないよべつに」

 

「え……。俊は襲ってくれへんの……?わたしはいつでもええのに……」

 

 俺が言った直後に上目づかいで俺にしなだれかかってくるはやて。指で俺の胸を弄りながら頬を赤らめるはやてに俺の理性は限界寸前だ。

 

「は、はやて……この場ではやばいって……」

 

「そうやな……。じゃぁいまから2階に──」

 

 ミニスカートを少しだけ上にあげながら、俺の耳元で囁くはやてはそのまま俺がロヴィータちゃんにやったように耳たぶを甘噛みする。

 

 こ、こいつ少し酔ってないか……?さっきからずっと黙ったままだったけど……。

 

「は、はやて……?お前酔ってないか?」

 

「酔ってへんよ?だってまだ未成年やからのまへんし」

 

 ということは素面でこんなことしてるのか……?そ、そりゃはやては可愛いし、料理も出来るし家事も出来る。正直俺もはやてのことは大好きだし。でも──

 

「たぁっ!」

 

「あいて!?」

 

 後頭部に小さな痛みが走る。可愛らしい声と共に俺の頭にリインが頭突きをかましたようだ。その証拠に俺の目の前にやってきたリインは頭を撫でながら涙目で俺の

ことを睨みつけている。

 

「やっぱりぺろぺろさんははやてちゃんにとっての悪ですね!はやてちゃんをこんなにしたぺろぺろさんをリインは許しませんよ!」

 

「なにもしてないっつーの……」

 

「うー!やっぱりぺろぺろさんは八神家の敵です!」

 

 ぷんぷんと怒るリインを俺にしなだれかかりながら食事を摘まんでいたはやてが制す。

 

「リイン?俊を困らせたらいかんよ?」

 

「うー。でもでも──」

 

「でもやない」

 

 はやてはリインを胸に抱きしめながら、頬にキスする。キスをされたリインは一瞬俺のほうを睨みつけるが、やがてやれやれといった感じで頭を振ってはやてに体を委ねた。

 

「あの……ひょっとこさん。ぺろぺろさんってのはひょっとこさんのことですよね?それってつまり……」

 

「そうです!リインが生まれたばっかりのとき、この人ははやてちゃんの部屋で寝ていたリインの全身をぺろぺろと舐めまわしたんですよ!」

 

「うわぁ……」

 

 ゴミをみるような目で俺をみる嬢ちゃん。リインの声が大きかったのか、ふと気が付けば部屋にいる全員が俺に注目していた。まてフェイト、なんでそんなに悲しそうな目で俺を見るんだ。フェイトの後ろにだっていま現在進行形でフェイトの指を舐めまわしてる熟女がいるじゃないか。いや別に俺はあの人と同類といっているわけじゃなくて──

 

「それにぺろぺろさんその後リインに変な白くてどろどろしてる液をかけたんですよ!もう最低です!」

 

「それぺろぺろさん通り越してぶっかけさんじゃないですか!?」

 

 あぁ!いまこの場にいる全員の視界から俺の姿が消えた気がする!?

 

「まてまてまて。当時の俺はユニゾンデバイスとかよく説明されてなかったから、リインを最初みたときはほんとに妖精が見えたと思ったんだよ。そんでこすりつけてたら発射した」

 

「まってください。終盤の文脈が明らかに異常です」

 

「お前だってフィギュアに発射することあるだろ?俺だっていまだにたま姉にはお世話になってるよ。たま姉たまんねえよ?」

 

「いやいやいや。私をひょっとこさんみたいな度し難い変態にするのは止めてくださいよ」

 

「じゃぁお前はなのはのフュギュアでしないのかな?」

 

「あれはフィギュアという名の専用ディルドですから」

 

「二人ともストップ!?ちょっと二人とも離れて!濃いよ、二人だけ空間の空気が濃すぎるよ!?」

 

 俺と嬢ちゃんの会話に見かねたなのはが声をかけてきた。なのはは頭を振りながら、俺に釘を刺す。

 

「あのね二人とも?色々と突っ込みたいことはあるけども、とりあえず──黙れ」

 

「「……はい」」

 

 殺気を帯びたなのはの鋭き眼光に俺も嬢ちゃんもただただ頷くばかりであった。やっぱりなのはって怖い。

 

        ☆

 

 ほんっとに俊くんは救いようがないほどのバカなんだから!何がたま姉たまんねえよ!たまるわアホ!まったく、わたしとフェイトちゃんが魔法でヴィヴィオや子ども達には聞こえないようにしてたからよかったけどさ。

 

 さっきからずっと見てたらはやてちゃんに鼻の下伸ばしてデレデレしちゃって、年下の女の子と遊んで、ここは合コンなの?キミは合コンだっていいたいの?

 

 心の奥底でふつふつと感情がマグマのように煮えたぎる。

 

「なのはママ……かおがこわいよ?」

 

 ヴィヴィオの怯えた表情をみてふと我に返る。

 

「え?あ、ごめんねヴィヴィオ!なのはママは怖くないよー。ほら、こんなに元気で笑顔だよー?なのなのー!」

 

「ううん、なのはママこわいよ?」

 

 そこは否定するところじゃないと思うんだけど。

 

「へ?そ、そうかなー?なのはママ怖いかなー?」

 

「ちょっぴり」

 

 物凄くショックなんだけど。愛娘にママ怖いよって言われると物凄くショックなんだけど。

 

 笑顔を顔に張り付かせたままのわたしに、ヴィヴィオはでもでもと続ける。

 

「でもね?なのはママはとーってもやさしいよ!ヴィヴィオなのはママのことだいすき!」

 

「ほんと?なのはママもヴィヴィオのことだーいすきだよ!」

 

 あぁ……やっぱりヴィヴィオって可愛い……。もうフェイトちゃんに続きわたしの癒しスポットになってるよヴィヴィオ。

 

「そうだなのはママ!ちょっとみみかして!」

 

「んー?どうしたのー?」

 

 ガーくんにから揚げをあげているとヴィヴィオが何か思いついたようにわたしの服を引っ張る。わたしはヴィヴィオの顔に耳を近づけながら、ちょっと会場からは背中を向けていかにもな演出をしてみる。

 

「これないしょだよ?ぜったいにいっちゃだめだよ?」

 

「うんうん。大丈夫だよ。どうしたの?」

 

 ヴィヴィオはすっと俊くんを指差した。

 

「あそこにようせいさんがいるの」

 

「パパはあれでも一応人間なんだけど」

 

「お?」

 

「お?」

 

 ……あれ?わたし何か間違ったこと言ったかな?

 

「なのはママ……ちがうよ?」

 

「あ、あれ?パパじゃないの?」

 

「うん。パパじゃないよ。……Σ(・ω・)!?」

 

 ふと何かを思い出したかのような表情を浮かべるヴィヴィオ。うんうんと唸りながら思案するヴィヴィオはとってもかわいくて、何時間見ても飽きないだろう。

 

 ヴィヴィオはちょっと可哀想な表情でわたしを見てくる。

 

「ごめんねなのはママ……。ヴィヴィオはいいこだけど、なのはママはわるいこだからようせいさんがみえないみたい……」

 

 ……妖精さん?もしかして俊くんの頭の上でカルボナーラ食べてるリインのことかな?

 

「あのようせいさんとね、ヴィヴィオおともだちになったの!」

 

 うん間違いなくリインのことみたいだね。はっはーん、それにしても妖精さんか。どこぞの俊くんみたいなことをヴィヴィオも言いだすね。といっても俊くんもヴィヴィオも一般人だからユニゾンデバイスを知らないのは無理ないよね。ここは合わせておこうかな。ヴィヴィオ自身が気づくまで。

 

 嬉しそうに妖精さんと友達になったことを語るヴィヴィオに、わたしはちょっと得意げにリインを指差す。

 

「もしかしてヴィヴィオもあの妖精さんがみえるの?」

 

「( ゚д゚ )」

 

 驚きすぎて声も出ないようだ。

 

「な、なのはママもようせいさんがみえるの……?」

 

 驚き体を震わせながらわたしに聞いてくるヴィヴィオに、わたしは首を縦にゆっくりと動かすことが答える。

 

「なのはママもいいこだったんだ……」

 

 あれー?なんでそこが驚きの対象になるのかなー?

 

「なのはママは生まれたときからずっといい子なんだよ」

 

「そうなの?」

 

「そうそう。けどそうかぁ……ヴィヴィオも妖精さんが視えるんだね。あのねヴィヴィオ、よく聞いてね?妖精さんが視えるってことは、ヴィヴィオは選ばれた人間なんだよ」

 

「えらばれたにんげん?」

 

「そう。ヴィヴィオは魔王を討伐する聖なる勇者に選ばれたの」

 

「ヴぃ、ヴィヴィオそんなにすごいものにえらばれてしまったんだ……!」

 

「そうだよ。時期にヴィヴィオはあの妖精さんを従えて魔王討伐のために冒険しないといけないの」

 

「……ヴィヴィオなのはママやフェイトママやパパとはなれるのはやだ」

 

「じゃぁやっぱり魔王討伐の話はなかったことにしよう!」

 

「えぇっ!?それでいいの!?」

 

 だってヴィヴィオの離れたくないよ光線が凄いんだもん!もうこれは箱入り娘で育てるより他ないじゃん!

 

「よいしょっと」

 

 ヴィヴィオを抱っこして膝の上にのせる。ヴィヴィオの隣にはずっと待機モードでわたしとヴィヴィオの話を聞いていたガーくんがとことことやってきた。すっとヴィヴィオの隣に足を折り、自家製のシューマイを小皿に取り分けるガーくん。タレと辛子をつけておいしそうに頬張る。ヴィヴィオはそんなガーくんをみて、自分も自分もと口を開ける。箸捌きマスターレベルのガーくんはヴィヴィオように辛子をどかして、タレだけが垂らしてあるシューマイを食べさせてあげる。おいしそうなヴィヴィオ。そんなヴィヴィオを見てるとなんだかこちらも嬉しくなり、ついついヴィヴィオの頭を撫でてしまう。もうヴィヴィオったら。ネコみたいな声だしてじゃれついちゃって。ほんと可愛いんだから。

 

「ごろごろごろごろごろ」

 

「……」

 

「ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ」

 

「……俊くん何してるの?」

 

「ネコです」

 

「うちはネコなんて飼っていません」

 

「じゃぁ飼ってください」

 

「……しょうがないにゃぁ」

 

 わたしの太ももを擦りながら隣でごろごろとうるさいバカをほっておくわけにもいかず、なし崩し的に相手してあげることに。

 

「かなーりはやてちゃんやティアといちゃいちゃしてたようだけど、もういいの?」

 

「別にいちゃいちゃしてたわけじゃないんだけど。まぁはやてはシグナムとリインに連れていかれたし、嬢ちゃんとは離されたし。ほらいまはエリオとキャロの相手をスバルと一緒にしてるだろ?」

 

 俊くんが指さす方向に首を動かすと、確かにティアとスバルがエリオとキャロと仲良く話していた。

 

「つまり俊くんはハブられてしまったということだね」

 

「まぁそうなるな。というわけで隣いい?」

 

「どうぞ」

 

 わたしの言葉を聞いて俊くんは自分の小皿を一回取りに戻り、また戻ってきた。わたしの隣に座った俊くんはヴィヴィオの頭を撫でながらポテトサラダをよそう。

 

『ヴィヴィオちゃーん。こっちでリインとトランプしませんかー?』

 

 ふと遠くからリインの声が聞こえてきた。もうお腹いっぱいになったのか。シャマル先生とトランプ片手にこちらにぶんぶんと手を振っている。

 

「あー!ヴィヴィオしたい!ガーくんいくよ!」

 

「ヨシキタ!」

 

「なのはママいってくる!」

 

「はい、いってらっしゃい」

わたしの膝の上からすくりと立ちあがったヴィヴィオはガーくんを連れてリイン達の元へと走り去っていった。残ったのはわたしと俊くんのみ。既にフェイトちゃんはリンディさんに付き合って隣の部屋でリンディさんのお酒に付き合ってる。未成年だから注ぐだけなんだけど。お母さんはお父さんと一目を憚らずにいちゃいちゃし続けている。夫婦仲がいいのはいいことだけど……。うぅ……ちょっと自重してほしいかも。はやてちゃんは相変わらずシグナムさんとヴィータちゃんの両方に挟まれながら楽しそうにご飯を食べている。……ほんとの姉妹みたいで思わず笑みが零れてくる。とくにヴィータちゃんが周囲を気にしながら、はやてちゃんにあーんしてもらってるなんて可愛い以外の何ものでもないよね。あ、視線が合わないように逸らしとこ。

 

「相変わらず料理は一瞬でなくなるなー。あんなに時間をかけて作ったのに」

 

 俊くんは独りでにそう呟く。そうだよね。俊くんは俊くんで朝からずっと頑張っててくれたんだよね。わたしがティアとスバルと一緒に試験を受けてるときも、はやてちゃんが手続をしに本局に行ってるときも、俊くんは何も言わずずっと料理をしてくれたんだよね。ううん、料理だけじゃない。深夜からずっと……飾り付け用の準備もしてたよね。隣の部屋からごそごそしてる声が聞こえちゃったよ?

 

 ほんと……なんでもかんでも一人でしようとするんだから。

 

 そのとき、わたしの体はごく自然に動いた。隣でサラダポテトを食べている俊くんの手をそっと包み込む。いきなりのことでびっくりしてわたしのほうに振り向く俊くんに、わたしはただただ笑みを浮かべる。

 

「お疲れ様、俊くん」

 

「……おう」

 

 人で笑いあう。今日一日疲れたけど、なんか俊くんの笑顔を見たらそれも吹き飛んじゃった。

 

 そうだよね俊くんも頑張ってくれたんだよね。

 

 だったら──ご褒美はあげないとダメだよね?

 




ヴィヴィオの中のなのはママの評価……


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A's31.ご褒美

 宴も終わり皆が就寝した時刻。俊は一人洗い物をしていた。

 

「ふぅ……ほんとに疲れてるんだなみんな」

 

 洗剤つきのスポンジで大皿をこすりながら、さきほどみた家の様子に苦笑する。

 

 なのはとフェイトの部屋には、フェイトを連れ込んだリンディと連れ込まれたフェイトが抱き合いながら寝ていた。(フェイトは必死に離れようとしていたが)

 

 桃子と士郎は自宅に帰り、はやてはザフィーラを除くヴォルケンに抱きつかれながら寝ている。はやての表情もさることながら、ヴィータの幼児のような幸せそうな表情が俊には印象的だった。

 

 そしてヴィヴィオは新人達と一緒に就寝中である。スバルとティアの二人に囲まれてガーくんを抱っこしながら客間で寝ていた。ちょっと年の離れた姉妹のようで、思わず俊の笑みがこぼれたのはいうまでもない。キャロとエリオもそれぞれスバルとティアの隣で眠っていた。

 

 そんな就寝の状況だ。

 

「なのはだけが見当たらなかったが……あいつはどこにいったんだ?」

 

 皿洗いをする前に一通りの箇所は見回り、それぞれの状況を確認した俊だがなのはだけが見当たらなかった。

 

「まぁもしかしたら桃子さんが家に連れ込んでるのかもしれないし、家を出た形跡はないから心配ないか。……いや桃子さんに連れていかれたのならそれはそれで心配になるな。リンディさんもそうだが、桃子さんも色々と危ないゾーンまでいっている可能性があるし……」

 

 桃子となのはのあられもないシーンを想像し前屈みになる俊。

 

「それはそれで……アリだな」

 

 一人納得し皿洗いを終わらせていく。

 

 それから30分後、ようやく皿洗いを終えた俊はエプロンを外し電気を消して、とある人物の場所へと足を伸ばす。抜き足差し足忍び足で到達した場所は、客間でティアたちと一緒に寝ているヴィヴィオの元である。

 

「ヴィヴィオたそー。パパがちゅっちゅしにきたよー」

 

 ただの変態である。まごうことなき変態である。

 

 ガーくんをだっこしながらすやすやと寝息をたてるヴィヴィオに俊は近づき、髪をなでる。金色の髪が闇の中で揺れ動く。ヴィヴィオの小さな手で俊の指をぎゅっと握る。

 

 俊は優しい目で自身の服を脱いでいく。

 

「まってくださいひょっとこさん。対象が誰かはわかりませんが、ここで服を脱ぐ時点で犯罪者ですよ」

 

「……なんだお前起きてたのか」

 

「なのはさんと一つ屋根の下だと思うとお豆の勃起がおさまらなくて……」

 

「顔を赤くして恥じらう乙女を演じてるつもりだろうが、喋ってる内容は下衆そのものだからな」

 

 顔を真っ赤してあわあわとするティアに冷静に突っ込みをいれる俊。しかし突っ込む男も全裸である。

 

「というかひょっとこさん。まだ起きてたんですか?もう深夜ですよ」

 

「片付けしてたんだよ」

 

「それはそれはご苦労様です」

 

「うむ」

 

 寝ている状態で頭をさげるティアに大仰に頷いてみせる。

 

「それはそうとヴィヴィオちゃんって不思議な香りがしますよね。さっきまでくんかくんかしてたんですけど、なんか……高貴な香りがしました」

 

「お前と比べたらドブネズミだって高貴だろ」

 

「中身限定だと否定できない自分がいます」

 

 そこは否定しておけよ。げんなりする俊。

 

「というか香りとかわかるのか。お前は犬だな」

 

「なのはさんの犬ですからね」

 

「残念だな、なのはの犬は俺だ」

 

「いやいや私ですから」

 

「いやいやいや俺だから」

 

 互いに自分がなのはの犬だと譲らない二人。外野としてはすごくどうでもいいことだが、当人たちにとってはすごく大事な部分らしい。

 

「うぅん……」

 

「「……」」

 言い合ってる二人の横でヴィヴィオが声を漏らしながらもぞもぞと動く。一瞬で止まる二人。俊は瞬時にパンツをはき逃げ出す構えをとる。──が、ヴィヴィオは動

いただけですぐにまた夢の中へと旅立った。

 

 ほっと一安心する二人。

 

「……とりあえずここから出るわ。もうヴィヴィオの寝顔もみたし」

 

「んじゃ私もちょっと目が覚めたんでご一緒に」

 

 服を綺麗にたたみ、エリオの横に置くと俊はヴィヴィオをもう一度撫でてたら部屋を出る。ティアもそれにならう形で部屋をでる。

 

 二人並んで歩く廊下。ティアが俊に話しかける。

 

「ひょっとこさん、何故服を綺麗にたたんで部屋においてきたんですか」

 

「パンツ一枚のほうが何かと都合がいいだろ?」

 

 なんの都合がいいんだよ、そうティアは質問したかったが色々と面倒なことになりそうなので口を開かなかった。

 

「それよりひょっとこさん。せっかく二人っきりになったんでちょっと悪戯しませんか?」

 

「いや俺もう自分の部屋で寝る予定なんだけど……。疲れたし」

 

「えー、遊びましょうよー」

 

「だから──」

 

「ヴィータさんの寝顔を写メろうと思ってたのに」

 

「よしいくぞ!ぐずぐずするな!」

 

 きらきらと輝く瞳はまるで少年のようでいて、疾駆する姿はただの変態であった。

 

        

        ☆

 

 その頃のなのはさん

 

 し、心臓がいたいほどに脈を打っているのがわかる……。ど、どうしよう?これ他の人にきこえてないよね?家が微振動で揺れてないよね?

 

 あぅ……きこえてたらどうしよう……。

 

「……これはご褒美なんだから。けっして俊くんのことが好きとかそういうのじゃないから……」

 

 自分自身にそう言い聞かせる。そう、これはご主人様としてとーぜんのことをしてるのであって、それ以外に他意はないもん!

 

「……それにしてもおそいなぁ俊くん」

 

 もう洗いもの終わってるはずなのに……。せっかく手伝ってあげようと思ったのに、手があれるからとかいって手伝わせてくれなかったし。……まぁ戦力になるかと問われたら首を横にふるしかないんだけどね。

 

「はぁ……俊くんはやくきてよー。もうねちゃうよー……」

 

 現在わたしは俊くんの部屋のベッドの上にいます。べ、べつにへんなことをしようってわけじゃないからね!?

 

 た、ただ……驚かせようとおもってるだけだもん。

 

 だからこうして──

 

「メイド服の恰好までしてあげたのに……」

 

 俊くんのコスプレ部屋からメイド服までもってきて着てあげたのに。それにしてもこのメイド服、スカートがめちゃくちゃ短いんだけど……。座ってても下着がみえるってどういうこと?

 

「それに……普段ガーターなんかつけないからこれであってるのわかんないよぉ」

 

 ニーソと下着の間をガーターベルトで連結させているわけだけど、これで本当にあってるのかな?フェイトちゃんならガーターよくしてるから詳しいんだけど……。

 

「なんかこのメイド服、全体的にえっちなんだよね……」

 

 俊くんのコスプレ部屋からもってきてやつだから、ものすごくあやしい。なんかいかがわしい雰囲気とかただよってないよね?

 

 ……魔法で作ればよかったかも。

 

「まぁでも、かけ布団でガードしとけばいいかな」

 

 どうせ俊くんならアクシデントとかあるわけないし。……すこしくらいあってもいいのに。

 

「もう俊くんのばか……。もうなんでこないの。ばかばかばか。もうしらないもん!」

 

 そもそもなんでわたしがこんな恰好までしてベッドにもぐりこんで俊くんまたなきゃいけないの!

 

 もう寝る!

 

        ☆

 

 俊とティアははやて一家が寝ている寝室への扉をそろりとあける。全員がしっかりと寝ていることを確認し、俊とティアは体を滑り込ませるようにして部屋へと侵入していく。二人とも動きが素人じゃないところが怖いところである。

 

 八神一家ははやてを中心に、右にヴィータ左にシグナム、そしてヴィータを抱っこしているシャマルという布陣を展開している。

 

「ひょっとこさん……ザフィーラさんはどこに?」

 

「外の犬小屋で番犬してくれてる。家に女が多いから見張っていようだってさ」

 

「惚れますな」

 

「まったくだ」

 

 ガチムチマッチョなザフィーラに敬礼し、二人はターゲットであるヴィータへと近づく。

 

 二人はシャッター音がしない設定にして写真を撮りまくる。物凄くいきいきとした顔でとりまくる。

 

「よし……んじゃぶっかけるか」

 

 ひとしきり撮って満足した俊はおもむろに練乳をとりだす。どこから取出したのかはきかないお約束だ。

 

 牛の絵柄が描かれた練乳のキャップをまわし、ヴィータに近づく俊。

 

「写真は頼んだ」

 

「まかせてください」

 

 真剣な表情を浮かべる二人。やっていることは最低のゲス行為だ。

 

 しぼりたての練乳をヴィータの顔にちょっちょとかける俊。口元に2滴、目元に1滴、髪の毛に量多めでぶっかける。

 

 ヴィータのみるく添えの完成だ。

 

「これはこれは……」

 

「我ながら背徳的だな」

 

 写真を撮るティアも興奮を隠しきれない様子。

 

「ひょっとこさん、今度は四つん這いで襲ってる感じを出しましょうよ」

 

「いやそれよりも事後っぽくしようぜ」

 

「お、いいですねそれ」

 

 まるでプリクラをとる女子高生のようにきゃっきゃとはしゃぎながら、ヴィータに練乳をぶっかけて遊ぶ変態共。パンツ一枚の男が、ヴィータを襲う絵を撮ったり、オレンジ髪の変態が練乳を口からヴィータの顔に垂らしたりと、あまりにも卑猥な写真がどんどんと出来上がっていく。

 

 その光景が10分ほど経過したとき、二人は恍惚とした表情を浮かべて満足していた。

 

「ふぅめっちゃ楽しかったな」

 

「同感です。明日プリントしてきますね」

 

「頼むわ」

 

 がっしりと固い握手をかわす二人。

 

「ほぉ……お前ら生きて明日を迎えることができると本気で思ってるのか……?」

 

「「ッ!?」」

 

 その声は地獄の底から響いてくるような怒気を孕ませた声であった。重力の圧によって体から崩れ落ちるティア。ティアは崩れ落ちる寸前に俊に手を伸ばすが、危険を察知した俊は足払いでティアにとどめをさす。

 

 冷や汗をかきながら、俊は目の前でのろいうさぎを抱っこしたヴィータが目を赤く光らせていた。

 

「よ、よぉ……ロヴィータちゃん。お、お子様はまだ夢の中で旅行を楽しんだほうがいいんじゃないか?」

 

「あぁ、あたしもそうしたかったんだけどな。──こんなにべたべただと寝苦しくてな」

 

 自分の髪や顔にぶっかけられた白濁液を指に絡ませつつ、睨みつけるその表情に俊はいいようもない快感をひそかに感じた。

 

 顔を近づけ、くんくんと白濁液の臭いを嗅ぐロヴィータ。

 

「……流石にイカ臭くはないか」

 

「いまからぶっかけることもできますがいかがしますか?」

 

「いかがしますかじゃねえよ。ぶっ殺すぞ」

 

 指をぽきぽきと鳴らしつつ、俊に近づくヴィータ。

 

 その頃には騒ぎで強制的に起こされたはやてやシャマルが眠い目をこすりながら、防音の障壁を張っている姿が俊の視界の隅に映された。

 

 ちなみにシグナムはいまだはやてに抱きついたまま爆睡中。はやては下着が丸見え状態のままぼーっとバナナ型のまくらを胸元で抱きしめている。

 

 俊はじりじりと後退しながら、つとめて優しい声色を意識してヴィータに話しかける。

 

「お、落ち着けロヴィータ。お前も女なら俺にぶっかけられたいと思うだろう?」

 

「お前のその自信はどこからくるんだ」

 

「俺の性奴隷だろ!?」

 

「なったこと一度もねえよ!?」

 

 驚愕する俊に驚愕するヴィータ。既にはやては夢の中へと再び旅立っていた。

 

 その間にロヴィータは俊に近づき、首根っこを掴み自分の顔に近づけさせる。

 

 至近距離で俊を睨みつけるヴィータに、俊は笑顔をみせながら言った。

 

「愛してるよ、ヴィータ」

 

 それにヴィータも、最高のロリロリしい笑顔と甘い声をこういった。

 

「あたしも愛してるよ。だーりん」

 

 直後、だーりんの視界にはアイゼンを振りかぶったヴィータの姿が、

 

「──なんていうとでも思っんのかボケナスがッ!」

 

 防音の障壁によって近所迷惑にならないヴィータの怒りは、俊だけにとどまらず俊を盾にこの場から逃げ出そうとしていたティアにも向けられることとなった。

 

「逃げるなティアッ!」

 

「おっぱい吸わせますから許してくださーい!?」

 

 それがティアの最後の言葉であった。

 

       ☆

 

 カチ……カチ……カチ……

 

「…………………ちょっと遅すぎない?」

 

 俊くんの部屋で俊くんをまつこと数時間。完璧に寝るタイミングを逃したわたしは部屋に置いてあった携帯ゲームで遊びながら帰りをまっていた──がいくらなんでも遅すぎる。

 

「……なにあったのかな?って、んなわけないよね。ここは自分の家だし、俊くんがヴィータちゃんあたりにちょっとかいでも出してない限り、そんなことはないか!」

 

 …………ちょっかい出してないよね?

 

 だんだんと不安になってきた。だってあの俊くんだよ?

 

 猥褻物陳列罪と外を歩いただけで『今日未明、ミッドで不審な人物が目撃されました』ってテロップが流れてくる俊だよ?

 

 ……あぁどうしよう、やっぱキッチンに迎えに行ったほうがいいかな!?

 

『あーしんど。これから寝ても一時間くらいしか寝れねえよ。美容に悪いよ』

 

『ひょっとこさんまだいいじゃないですか。私なんてモロ女の子ですよ?美容にダイレクトにくる女の子ですよ?管理局のアイドル枠ですよ?』

 

『お前は懐石料理の端に置いてあるつまようじみたいな存在だから美容なんて気にすんな』

 

 廊下から俊くんとティアの話し声が聞こえてくる。

 

『マジすか。ところでひょっとこさん一緒に寝ます?もう1階に行くのは怖いです』

 

『なのはにバレたら殺されそうだからやめとく。なのはの教え子に手をだすななのー!とかいいそうだし』

 

 語尾になのつけるのはやめてなの。

 

『しょうがないですねぇ。ヴィヴィオちゃんぺろぺろしながら大人しく寝ますか。おやすみなさーい』

 

『はいはい』

 

 たったったと1階におりる音が聞こえてくる。それと同時にカチャリとドアノブが回る音、そして──

 

「ふー。俺も寝よ」

 

 俊くんが疲れ切った声でベッドに侵入してくる。既に目を瞑って夢の中に旅立つ寸前。その俊くんに、わたしは声をかけた。

 

「お、おつかれさま俊くん……」

 

「ん?あぁおつかれさん。……は?」

 

 俊くんがピタリと固まる。つぶっていた目をあけて、ベッドにもぐりこんでいたわたしを凝視する。

 

 ……よくよく考えたらわたしすごい行動にでてるような気がしなくもない。というかなぜパンツ一枚?

 

「えっと……今日はここで一緒にねてもいい?あ、あのね?フェイトちゃんはリンディさんと寝てるから──」

 

「消えろ俺の煩悩ッ!」

 

「ちょっ!?塩まくのやめて!?」

 

「塩をまいてほしくなくば──いますぐここで潮を吹け!」

 

「……調子にのると怒るよ……?」

 

 無言で床に正座する俊くん。調教の賜物だね。

 

「……」スッ

 

「はい俊くん。発言を許可します」

 

「……なんでなのはがここにいるの?」

 

「……わたしとフェイトちゃんの部屋、リンディさんに奪われたから」

 

「リンディさんにフェイトを寝取られたわけか」

 

「いや、ちょっと違うと思うけど……」

 

 まぁだいたいそんな感じかな。

 

「なるほどね。んで寝るところがないから俺の部屋にきたと」

 

「そうそう」

 

「くんかくんかしていたと」

 

「するわけないでしょ」

 

「俺がなのはの立場なら下着を舐めまわしているというのに」

 

 部屋に侵入者迎撃用の魔法を設置しておくことを決めた。

 

 思わずため息をついてしまう。……あんなにどきどきしながら待っていたのに、気がつけばいつも通りになってしまうこの状況にため息を吐きたくなる。

 

 と、そう思っていると俊くんがちらちらと視線を横に動かしているのに気がついた。月の明かりに照らされてわかったことだけど、心なしか顔も赤くなっている。

 

「ん?俊くんどうしたの?」

 

 ビクッとする俊くん。視線を左右に動かした後、わたしを凝視しつつ言いよどみながら声を発した。

 

「あの……なのは?」

 

「ん?どうしたの?」

 

「……パンツまるみえなんだけど」

 

「にゃッ!?」

 

 俊くんの指を辿ると、わたしの下着に一直線。自分が丈の短いメイド服を着ていることにいまさらながら気づいたわたしは、さっきまで使っていた枕でスカートをガードする。

 

「……みた?」

 

「……なのははえろい下着よりも可愛い下着のほうが似合うと思うよ。それは……前にはやてが勝負下着とかいって見せてきたものに近いし」

 

 いったいどんな状況だったのかと問いただしたい。

 

「あれ?というかなのは。いま着てる服って俺のコスプレ部屋にあったものだよな」

 

「……まあね」

 

「それ……エロコスって言って、エロを目的としたコスチュームなんだけど……」

 

「はっ!?」

 

 こ、これが!?こんなに可愛いのに!?

 

 いやいやいやいやそうじゃない。そこじゃない。問題はそこじゃない。

 

 問題は──

 

「つ、つまりなのはは俺と──」

 

「じょ、冗談じゃない!!そんなつもりまったくないよ!」

 

 一生懸命否定するわたしに、俊くんは捨てられた子犬のような目で見つめてくる。

 

「……まぁ今日は頑張ってたご褒美……てきな」

 

 そ、そんな目で見つめられると……。

 

「ほ、ほら!ガーターだってつけてあげたし」

 

「……かわいい」

 

「ほ、ほんと!?フェイトちゃんより似合う?」

 

「それはない」

 

 素直すぎる俊くんにわたしの拳が飛んでいく。くらえ!エクセリオンバスター!

 

「でもほんとに可愛いよ。ガーターつきエロコスメイドとかもう理性が崩壊しそう。それも大好きななのはがこんなことしてくれるなんて」

 

 ほんとうに嬉しそうにする俊くん。……ほんのちょっとだけかわいい。

 

 い、いけないいけない!俊くんにかわいいなんてわたしの目もついに腐ったかと思ったよ。

 

 ……でもまぁ、今日くらいはそれでもいいか。

 

 すとん、とわたしの中の何かが底に落ちていく。体が軽くなる。心が落ち着いてくる。

 

 正座してこちらを伺うように、それでいて変態よろしく舐めまわすようにわたしをみる俊くんに、ふっと笑いかけて隣をぽんぽんと叩いた。

 

 子犬のようにしっぽを振って隣に座る俊くん。

 

 わたしはそんな俊くんの体にそっと寄り添い──そのまま押し倒すようにベッドに体を密着させた。もちろん、恥ずかしいから正面同士ってのはなしにして。

 

「え!?ちょ、なのは!?」

 

 慌てる俊くんはほんとかわいい。ぎゅっと体を抱きしめながら、両足で俊くんの足を挟み込む。

 

「今日はその……特別だから。べ、べつに俊くんのことなんて好きじゃないし、どうでもいいけど……今日は俊くんとっても頑張ってくれたからそのご褒美だもん。べつになのはがしたいからこんなことしてるわけじゃないもん」

 

 強く強く抱きしめながら、わたしは俊くんと自分に言い聞かせる。

 

「そ、そうなのか……。なのは、おっぱいが当たってるんだけど……。それにふとももの柔らかい感触が……」

 

「……変態」

 

 頭をこつんと叩く。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「まったく。ほんとにだめだめさんなんだから。……まぁそんなところも嫌いではないけど」

 

「んじゃ好きってこと?」

 

「そうはいってないでしょ。調子にのりすぎ」

 

「すいませんでした」

 

 まったくもう、ほんとに俊くんはだめだめなんだから。……やっぱりわたしが養ってあげないとダメだね。

 

「なぁなのは?お前……なんかあったのか?」

 

 ふと俊くんがわたしに声をかけてくる。その声色はどこか心配そうな表情が容易に頭に浮かんでくる。

 

「べつになにもないよ。なんで?」

 

「なんとなく。……なんとなくなのはがさびそうに思えたから」

 

「むー。人をウサギみたいにいって」

 

「バニーはあんまり似合いそうにないな」

 

 だから妄想でコスプレさせるのはやめてよ。

 

「ウサギ……か」

 

 それはどちらかというと俊くんのほうじゃないかな?なんてのは置いといて……。まぁすこしだけからかってあげようかな?

 

 魔法でウサ耳をはやすわたし。頬擦りしながら、うさぎ語を話す。

 

「うさうさ。うささささ」

 

「末期症状か?」

 

「正直自分でも頭おかしい人の行為だと自覚してた」

 

 なによ、うささささって。意味わかんない。

 

 そうこうしているうちに俊くんが反転しこちらに顔をむける。丁度正面で見つめ合う形になってしまった。

 

 じっと見つめてくる俊くんに、思わず顔をそむけてしまう。俊くんのくせに。

 

「……可愛いな、そのウサ耳。でも猫耳のほうがなのはは似合うぞ」

 

「ほんと?それじゃ猫耳にする」

 

 ウサ耳から猫耳に魔法をつかって変更する。ちゃんと本物同様に耳がぴょこぴょこと動く仕様にしてある。魔法万歳。

 

 ……それにしてもこの幼馴染。ものすごくだらしない顔になっているけど大丈夫なんだろうか?

 

「俊くん、よだれたれてる」

 

「おっと、いけね」

 

 じゅるじゅると音をたてながらよだれをふく俊くん。なにこの幼馴染きもい。

 

 ……まぁ女の子としてはちょっとだけ嬉しい気持ちもあるけど。自分にここまで萌えてくれるのは。

 

「ところでなのは。俺はいつまでこの状態になってればいいのか?」

 

「わたしが寝るまで」

 

「んじゃ寝るか。俺は黙ってるよ」

 

「もうちょっとだけお話ししよ?」

 

 抱き枕状態になっている俊くんにそう提案する。俊くんは思案したあとに肯定の意思を示した。

 

「まぁなのはがいいならそれでもいいけど……。んで、話題はなんにする?なのはのコスプレ?」

 

「いやいやいやそもそもコスプレなんてしないから」

 

「凄いなお前。メイド服はコスプレにあらずってか。流石10年間もコスプレしてる人間は違うな」

 

「だからあれはコスプレじゃないってば!?バリアジャケットなの!ったくもう……えーっと話題だっけ?それじゃぁ……俊くんの今後の将来とか」

 

「もうちょっと軽いのにしてくれよ……」

 

「だーめ」

 

 逃げようとする俊くん。だけどこっちが両足でがっちり下半身をはさんでいるし強く抱きついてるから逃げられない。観念したのか両手を万歳する。

 

「俊くんは今後やりたいこととかないの?」

 

「まぁとくにはないな。強いて言うならヴィヴィオの授業参観とか家庭訪問とか。ヴィヴィオのことに今後を使っていきたいかな。それとなのはやフェイトのためにも」

 

「他には?」

 

「あとは親に会いたいかな。それに……やっぱいいや」

 

 何かを言いかけた後、取りやめる俊くん。

 

「なになに?なにを言いかけたの?」

 

「べ、べつになんでもないから、んなことどうでもいいだろ!」

 

「だーめ。幼馴染としてちゃんと聞いておかないといけないんだから」

 

 なんだよそれ……。そういいながらも俊くんは喋ろうとしない。無理矢理口をこじあけようとしても必死に口を閉じる。むぅ……こんなときだけ強情なんだから。

 

 こんなときはじっと睨みつける。そうすると俊くんはわたしの眼力に怯えてすぐに喋り出すんだから。

 

「(ぐっ……。そんな上目使いで見つめられると、こっちが折れるしかないよな……)わかった、わかったよ。いうよ。その……結婚だよ」

 

「……へ?」

 

「だからその……結婚したいなって思って……」

 

 けっこん?血痕?……もしかして結婚?

 

 文字が思考回路とマッチした瞬間にわたしは俊くんに詰め寄っていた。

 

「だ、だれと結婚したいの!?誰としたいの!?」

 

「は!?」

 

「ほ、ほら、だって俊くんのまわりには沢山いるでしょ!?フェイトちゃんとかはやてちゃんとかヴィータちゃんとかリンディさんとか!新人二人は眼中にないだろう

けど!」

 

「ナチュラルに二人を蹴落としたな。それにロヴィータとリンディさんと結婚したら色々な意味でヤバイだろ」

 

「……はやてちゃんは?」

 

「はやては……どうかな」

 

 肩をすくめる俊くん。わたしのペットの癖になまいき。

 

「じゃぁだれなの?」

 

「それは……」

 

「それは?」

 

「……お前とフェイトだよ」

 

 俊くんのいった名前が一瞬理解できなかった。いや正確には理解できているんだけど、なんとなく信じることができなかった。

 

「わ、ワンモアプリーズ」

 

「何故英語。だから、なのはとフェイトと結婚できればいいなって思ってんの」

 

 わたしと……結婚?

 

「そ、それってその……エプロン装着して『ごはんにする?お風呂にする?それともディバインバスターする?』とかそういうことだよね?」

 

「お前の中でディバインバスターは隠語になってるのか?」

 

「その他にも俊くんがメイド服きてご奉仕したりする生活だよね?」

 

「そこはなのはがしてくれるんじゃないのか」

 

「だってメイド服なんて恥ずかしくて死にそうなんだもん」

 

 これ部屋を明るくされてマジマジと見られたら悶死する可能性が大だよ。

 

「でもまぁ……そんな感じかな。あんまりイメージはわかないんだけど、小さい頃から好きで高校生からは離れたくないと思って──そして気がつけば二人と結婚したいと思ってた。こうしてみると意外と俺って単純だな」

 

 ははと笑う俊くんに、わたしは笑顔で首を横に振る。

 

「ううん。そんなことないよ俊くん。わたしも……わたしも実はそうだったから。わたしもね、好きな人がいて──将来この人と結婚したいなって思った。小さい頃か

らずっと一緒にいてくれて、月日が流れてLikeからLoveになっていったの。世間的にいえば(俊くんは無職だし将来性がないから)止められるのはわかってる。でも──好きなものは好きなんだもん。しょうがないよね」

 

「なのは……」

 

 俊くんがわたしを見つめながら言ってくる。

 

「そこまでフェイトのことを愛していたんだな」

 

「殴り飛ばすぞこの野郎」

 

 どこからそういう話になった。いや、確かにフェイトちゃんのことは好きだし愛してるし、結婚するならフェイトちゃんがいいって公言したことは覚えているけどさ。いやけどほんとにフェイトちゃんとの結婚生活もいいかもって思うし、正直フェイトちゃんのエプロン姿とか可愛いしもう可愛いしで最高だとは思うけど。

 

 でも結婚したいのは──

 

「わたしが結婚したい相手はフェイトちゃんじゃないよ、俊くん」

 

「え?そうなの?」

 

 そこまで意外そうな顔しなくてもいいのに。

 

「わたしが結婚したいのは──キミだよ。朴念仁さん」

 

 鼻をつんと押してみせる。案の定、ぽかんと口をあけたままの状態になってしまう俊くん。

 

 視線をきょろきょろと動かし、まわりに誰もいないことを確認すると──そっと自分を指差し

 

「……おれ?」

 

 そう問いかけてきた。

 

 それに黙って肯定する。

 

 無音の静寂が部屋を満たす。誰かが下で起きた音が聞こえてくる。

 

 そして──俊くんは顔を真っ赤しながら俯いていた。乙女か貴様。

 

「あ、いや……その……マジか。マジなのか」

 

「うん、マジだよ」

 

「そっか……。マジか。──それで俺はどうしたほうがいいの?このまま体を委ねればいいの?それとも裸になって──」

 

「落ち着いて俊くん!?テンパリすぎだから!?」

 

「お、おうそうか……。そうだよな」

 

 深呼吸して気持ちを落ち着かせる俊くん。

 

「えっと……それでさ俊くん。とりあえず、返事から聞いていい?」

 

「そ、そうだな。えーっと……俺も好きでした。結婚しましょう」

 

 ……多分、というか絶対にわたしの顔は熟れたトマト以上に赤くなってる。

 

 凄く幸せな気分。

 

 やっと、やっといえたこの気持ち。ずっと胸に秘めていたこの想いが成就した。それだけでわたしの世界が幸せに満たされていくのを感じた。

 

 何も言わず、というか言えずに、わたしは俊くんを黙って抱きしめた。俊くんがうめき声をあげながら、骨らしきものがパキリといった気がしなくもないけどそんなことはどうでもいい。わたしはただただ俊くんを抱きしめる。

 

「あ、そうだ。ご褒美をあげないと」

 

「ご褒美?」

 

「うん、ご褒美」

 

 すっかり忘れていたけども、そもそもわたしがメイド服で俊くんの部屋にいたのは、今日一生懸命頑張ってくれた俊くんにご褒美をあげるためだったのだ。

 

「俊くんなにがほしい?」

 

「いや……もう十分なんだけど」

 

 わたしも俊くんに同意見なんだよね。わたしの場合、自分が一番のご褒美を手に入れちゃった……という理由もあるけど。

 

 二人で悩んでいると、ふと俊くんが小声で

 

「初夜……とかするんだよな。結婚した男女って」

 

 そう言ってきた。

 

 いきなりのことに固まるわたし。い、いや……それはそうだけど。

 

「いきなりそれ……?ド変態」

 

「い、いやべつにしたいとか思ってるわけじゃ──」

 

「……なによそれ。わたしじゃ不満だっていうの?」

 

 目が細くなるなのは。その対応に俊はビクリと肩を震わせた。

 

「そりゃはやてちゃんやフェイトちゃんみたいな雰囲気とかは出せないけど、それでもわたしだってその気になればできるんだもん」

 

 そういうと、なのはは俊に覆いかぶさるポジションへと移行した。

 

 もう完全に目がすわっている状態だ。

 

 続きの言葉を発しようとする俊に、なのはは指を口元にあてて制止させる。

 

 すっと体を沈み込ませるなのは。その先には俊の唇が。二人とも瞳を閉じる。窓から差し込む月の明かりが二人を照らしだす──そんなとき、

 

「なのはママがパパをいじめてるー……」

 

 いるはずのない声が聞こえてきた。それも眠そうな。いまにも眠りだしそうなほど浮遊した声をだしながら。

 

 覆いかぶさっていたなのはは体全体を震わせ、大急ぎで俊から飛びのき、声の主に目をやった。

 

 眠い目をこすりながら、ガーくんと手を繋いだ状態のヴィヴィオがそこにはいた。

 

「ど、どうしたのヴィヴィオ……?こんな夜遅くに」

 

 動揺のあまり声を震わせるなのは。スカートがまくれて下着が露わになっているが、そんなこと気にとめる余裕など存在しなかった。

 

 ヴィヴィオはガーくんとは逆の手で抱いていたうさぎのぬいぐるみをもふもふしながら、

 

「こわいゆめみたから、パパといっしょにねようとおもったの……」

 

 そうしゅんとしながらいってきた。

 

 丁度そのとき、ヴィヴィオとは違う存在がドアのすきまからひょっこり顔を覗かせる。

 

「すいませんひょっとこさん。ヴィヴィオちゃんが『パパがいい、パパがいい』としきりにいうものですから──ふぉッ!?エロコスメイドなのはさん!?」

 

 顔を覗かせたのはさきほど別れたばかりのティアであった。

 

 どうやらさきほど騒がしかった原因はヴィヴィオとティアのようである。怖い夢をみたヴィヴィオを寝かしつけていたティアだったが、ヴィヴィオの要望をきいて泣く泣く俊の部屋にきたということだろう。

 

 しかしなんというタイミングでの襲撃だろうか。

 

 とうの本人はすでに目的の人物の隣にいそいそともぐりこんで、ぎゅーっと抱きつきながら夢の中へと旅立った。ついでにガーくんもヴィヴィオの横で寝る体勢に移行している。

 

 残ったのは点数が悪かったテストを母親に見つかったときのようななのはと、二股がバレたときのような俊と、瞳をきらきらと輝かせたティアであった。

 

「あ、あのねティア!これはその──」

 

「……かわいい」

 

「……え?」

 

「かわいい。なのはさんほんとかわいい」

 

 瞳の中で完璧にハートマークが浮かび上がっているティア。既にこの人物にはなのはと俊が同じ部屋にいたという事実よりも、なのはがエロコスメイド服(ガーターつき)を装着しているという事実のほうが大事なようである。

 

 ポケットにいれていたカメラで写真を撮るティア。なのはが動くよりも先に行動を起こすあたり本気さがうかがえる。

 

 つぎになのはが何かを言う前にいきなり抱きついた。

 

「ちょッ!?離して──」

 

「なのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいいなのはさんかわいい」

 

「たすけて俊くん!?この子目がマジなんだけど!?」

 

 荒い息をはきつつ、舌なめずりをするティアに、なのはは戦々恐々、本能が危険だと警告をあげる。これが部下でなかったらレイジングハートを取り出すレベルだ。

 

「ふっふっふ、何故なのはさんとひょっとこさんが同じ部屋にいるのかは大体検討がつきます。おおかた、なのはさんの寝る部屋がなかったのでしょう。でも安心して

ください。ヴィヴィオちゃんがこっちに移動してきたので、私とスバルの横が空きましたから」

 

「わたしに死ねと!?」

 

「なーに、ちょっとお股から赤い血が流れるだけですから問題ありません」

 

「問題しかないよ!?」

 

 なのはのおっぱいを触りながら興奮するティア。いまにもなのはをお姫様だっこで抱えて下に連れて行きそうだ。そんなティアの暴挙を止めるべく、なのはは泣く泣

くある提案をもちかけた。

 

「そ、そうだティア!それなら、俊くんのベッドでわたしと寝ようよ!ほら、俊くんの隣にわたしが寝て、その隣にティアが寝るってことで!」

 

「でもひょっとこさんのベッド、そんなに大きくないですし」

 

「俊くんがヴィヴィオを抱っこしてきつきつまで詰めていけば問題ないから」

 

 ね!?ね!?そう説得するなのは。いつの間にか上下関係が逆転しているような気もしないでもないが、そこはあえていうまい。

 

 ちなみに俊は二人の会話の大きさでヴィヴィオが起きないかを心配していた。

 

「まぁいいでしょう。なのはさんと一緒に寝れるのならひょっとこさんのベッドも、ラブホのベッドも結果は同じです」

 

 いったいこの娘はなにをするつもりなのだろうか。

 

 交渉が成立し、ティアはなのはと手を繋ぎながらベッドにもぐりこむ。俊はヴィヴィオを抱っこし、自分が一番落ちる確率が高い端に移動する。順番でいえば、ティア・なのは・ヴィヴィオ・俊という順で寝ていることになる。

 

「う~……最悪のタイミングでやってきたよ」

 

 思わずなのはが愚痴る。プロポーズ後のこの状況でいきなりの襲撃。色々と準備が整っていたなのはとしても複雑な感情だろう。

 

「(でも──大きく前進できたしいいかな。いまはこれくらいで)」

 

 ヴィヴィオをあやしながら、ティアに高速デコピンをかましていく俊を横目になのははくすりと笑った。

 

 10年以上もまったのだ。一日くらいの我慢など簡単なこと。

 

 そう自分に言い聞かせ、なのははティアにバレないように布団越しに俊の手を握り、ゆっくりと目を閉じた。

 

        ☆

 

 その翌日、何故かなのはがティアを俊の部屋に連れ込み俊に見せつけながらプレイしたという噂が家中に流れていた。




ゲーセンでGGや電撃のUNIの格ゲーをしていたら、なのはのスロット的なものを発見。友人がやったら?みたいな感じでいってくれたけど断腸の思いでやめることに。

理由は簡単です。私が画面をぺろんぺろんのよだれまみれにしてしまうからです


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A's32.ツーカーの仲

「ただいまー!」

 

 ガチャリと開けられた玄関から元気な声が聞こえてくる。どたどたと玄関から部屋に向けて廊下を走ってくる女の子の名前はヴィヴィオ。5歳の女の子で将来の夢は喫茶翠屋のウェイトレス。その後ろには付き従うようにアヒルのガーくん。

 

『ヴィヴィオー!たまごが入った袋もってるんだから走っちゃダメよー!』

 

「はーい!」

 

 右手にはおかし袋。左手にたまごパックの入った袋をもつヴィヴィオは玄関で靴を脱いでいるフェイトにそう返事をした。今日はヴィヴィオとフェイトと俊でお買い物。スーパーで食材や日用品を買ってからの帰宅である。

 

 上限100円という規則の中で一生懸命考えて買ったおかしを早く食べたいヴィヴィオはいち早く部屋に戻ってきたわけだが──

 

「ティアを撲滅させる方法を考えないと……!ティアを撲滅させる方法を考えないと……!」

 

 魔方陣の中心でミサの恰好で踊り狂うママの鬼のような形相に思わずたまごのパックを落としてしまう。

 

 ガタガタとその場で震えるヴィヴィオ。無意識にガーくんをぎゅっと抱きしめてなのはから視線を逸らそうとする。丁度そのときフェイトがやってきた。

 

 それと同時にヴィヴィオはフェイトに抱きつき、

 

「なのはママがあくまになっちゃった……」

 

 そう震える声を出す。そっと抱きしめヴィヴィオの目を隠すフェイト。

 

「な、なのは……?なにしてるの?」

 

「はっ!?フェイトちゃんいつからそこに!?」

 

「いまちょうど帰ってきたところだけど……。俊は回覧板をお隣に渡しに行ってる。それでなのは、いったいなにしてるの?」

 

「ティアを撲殺する方法を考えてたの。この恰好みたらわかるでしょ?」

 

「(わからない、さっぱりわからないよ)」

 

 くるくると踊ってみせるなのはだが、フェイトの目には肉屋の解体ショー実演にしかみえなかった。

 

 そもそも何故なのはがこんなことをしているのかは、昨日の一件が尾を引いているのが明らかである。

 

 プロポーズの朝ということで気分よく1階にやってきたなのはにおめでとうの祝福の声。てっきりなのはは自分と俊のことなのかと思い込み気持ちよく返事をしていた。

 

 ──が、蓋を開けてみればなのはとティアの結婚報告(仮)への祝福の声。それも当の本人がどんな形であれ肯定してしまったので、嘘は事実へと変わってしまった。

 

「どうせ女の子との結婚報告が流れるんだったらフェイトちゃんとの結婚報告のほうがよかった!」

 

「あ、わたしは結構です。普通に俊と結婚するから」

 

 打ちひしがれながら泣くなのはに追い打ちをかけるフェイト。捨てられた子犬のような瞳をむけるなのは。

 

 フェイトはにっこりと笑ってみせた。

 

「そういえば……フェイトちゃん。なんであのとき否定してくれなかったの?」

 

「え゛っ」

 

 キラリとなのはの瞳が光る。幽鬼のように立ち上がり、ヴィヴィオを抱きしめてじわじわと後退するフェイトを壁際に追い込む。

 

「そうだよ。よくよく考えてみればフェイトちゃんがあのとき否定してくれればよかったんだよね……。フェイトちゃん面白そうに笑ってたし……」

 

「そ、そうだったかなー?お、おぼえてないなー」

 

 けっしてなのはのほうはみないフェイト。視線を明後日の方向に動かし棒読みでなのはの言葉をかわしていく。ガーくんはその隙にヴィヴィオを避難させようと手を掴んでフェイトとなのは間からするりとヴィヴィオを抱いて抜けて出て行った。

 

 フェイトの顔が苦虫をかみつぶしたような表情を作る。ヴィヴィオというセーフティネット、そして心の安定剤が消えたことでなのはとフェイトの間にあった隔絶した境界線が消えてしまったのだ。

 

「あはは……」

 

「えへへ……」

 

 二人して笑い合う。可愛らしく笑いあう。

 

 次の瞬間、フェイトは反復横跳びからの空中ジャンプ急降下、右と左に2回のフェイントをいれて左からなのはを抜き去ろうとした──が、そこは管理局のエースオブエース。冷静にすべての行動を見切り、フェイトが抜き去る寸前でがっちりと捕らえた。

 

 後ろから抱きつく形で止めたなのははフェイトの耳元で、

 

「フェイトちゃんにも同じ苦しみを味あわせてあげる……。フェイトちゃんもまだほとんどの人に結婚報告してないもんね?大丈夫だよ、いまなら修正きくから」

 

「い、いやちょっとまって!?そもそも私はティアやスバルみたいな変態にアタックされてないし──」

 

「母親と娘の禁断の愛って、わたしとティアよりも衝撃的な出来事だよねー」

 

「まってなのはそれはやめて!?それだけはお願い!ほんとに婚姻届もってくるから!私の実印が押された状態で婚姻届を渡されるから!というかなのはその隙に俊と

──」

 

「なんのことかわかんないなー。届けを出すときだけティアをバインドで縛ろうなんて全然これっぽっちも考えてないよー」

 

「この悪魔!」

 

「そういえば高校生の頃、俊くんに手作りパンあげようと思って作ってたらオーブンの中からルシファーでてきたことあったよ」

 

「あー、あったねそんなこと。桃子さんのケーキ食べて魔界に帰っていったね」

 

「魔界に帰るルートがオーブンの中しかなかったから帰り際がシュールだったよね」

 

 なのはの唐突な話題変更に対応できるフェイトは尋常じゃない。

 

「……久しぶりにパン作ろうかな」

 

「ケーキじゃなくて?」

 

「パンのほうが女子力高そうだし」

 

「戦闘力なら高いのにね」

 

「でもわたしってほとんど出動したことないんだよね。教導ばっかりで。でもいつもいつも戦場だと家族が心配するしね……」

 

 フェイトを解放してとてとてとキッチンへと向かうなのは。フェイトもそれに同行する。

 

「女の子は心配されるよね。私も小さい頃はお兄ちゃんによく心配されてた。怪我や虐められていないかって。お母さんは男性が私の半径5m以内に近づいてきたかって」

 

「後者の心配は絶対におかしいと思うんだけど」

 

「あの頃の私は純粋でそんなお母さんのことが大好きだったんだよね。……いまでも十分好きだけど」

 

 なのはは強力粉やバターを取りだしながら、フェイトはたまごを割りながら会話する。

 

「おかあさんは流石に最初の頃は心配してたけど、実家通いだったし局が学業優先にしてくれたしリンディさんが面倒みてくれたりだったからそんなことはなかったかなぁ」

 

 局が学業優先させるということは、Aランク以上のなのは達がでる幕がないということ。それはつまり世界が平和である証なのでそれはそれでいいのだが──

 

「ここまで平和だとなにか裏で進行してそうで怖いよね」

 

 フェイトの一言になのはは作業の手をとめて考え込む。自分達がいま置かれている状況と担っている立場。六課が出張るほどの重大な案件が裏で進んでいる可能性、全てを頭の中で計算する。

 

 そして出た結論はこうだ。

 

「そうなったらレベルを上げて物理で殴ろう」

 

「せめて魔法でお願い」

 

 高町なのは。ゲームはキャラを高レベルまで育ててボスの絶望した表情をみるのが大好きな女の子である。

 

 強力粉とココアパウダーを混ぜ合わせ、ふるいかける作業をするフェイトの横で、なのははドライイースト、強力粉、砂糖、塩をはかりで計算してから泡だて器で混ぜていく。

 

「そういえばヴィヴィオはどこいったのかな?」

 

「あれ?そういえばどこだろう?」

 

 すっかりトークとパン作りに夢中になっていたなのはとフェイト。いつもこういうときに自分達の隣でにこにこと作業をするヴィヴィオがいないことにようやく気付

く。

 

 と、作業を止めた二人の耳に廊下からヴィヴィオの楽しそうな声が聞こえてきた。

 

『パパはやくかえってきてねー!お?なのはママとフェイトママはねー、ぱんつくってるよ!』

 

 会話の内容から察するにパパである俊と電話をしているらしい。一旦作業を中止して二人はヴィヴィオの元へと向かう。

 

 受話器を無線のように両手でもってパパと会話していたヴィヴィオは、なのはとフェイトの存在にきづき、

 

「これパパ!これパパだよ!」

 

 と受話器をぶんぶんと振り回した。

 

「あ、だめだよヴィヴィオ。受話器をぶんぶんと振り回したら危ないから。頭ごつんってしちゃうよ?」

 

 頭ごつんの言葉をきいてヴィヴィオはピタリと動きをとめる。頭ごつんは嫌なのだろう。瞳をうるうるさせながら、

 

「なのはママ……はやくヴィヴィオたすけて……」

 

 そう懇願してきた。

 

 くすりと苦笑するなのは。なんだか極端な子だなぁと心から思った。いったい誰に似たのやら。

 

「はいはい。なのはママはいつでもどんなときでもヴィヴィオを助けますよーっと。はいフェイトちゃん」

 

「任された」

 

 受話器をヴィヴィオからもらったなのははそのままヴィヴィオを抱き上げてフェイトに託す。フェイトはヴィヴィオをあやしながら頭をなでなで落ち着かせる。

 

 なのはが手に持った受話器からは俊の声が。なのははちょっと怒りながら俊に返事を返す。

 

「もしもしー?俊くんちょっと遅くない?いったいどこまでいってるの?」

 

『それよりフェイトと二人でパンツ食ってるってマジか!?あれはやめとけ!食あたり起こすぞ!』

 

「いやパンを作ってるだけで──」

 

『へんたいへんたいっ!!』

 

「キミにだけは言われたくない」

 

 まったくもってその通りである。

 

 なのはの肩をとんとんとするフェイト。指で先程まで作業していたキッチンのほうを指差し、口をぱくぱくする。さきに行ってるという合図だろう。なのはも親指と

人差し指でokの輪っかを作ってみせる。

 

 ヴィヴィオを抱っこしたまま去るフェイト。それを見送ったなのはは改めて受話器越しの俊に向き直った。

 

『──ってことだからほんと偶然が重なってさ。ほんとに今回はなにもしてないんだ。だからいつものように頼めるか?』

 

「へ?あ、うん。まかせて。(……話全然聞いてなかったけど大丈夫だよね。だってもうわたしと俊くんは夫婦なんだから。それに10年以上の付き合いだしツーカーの仲だもん)」

 

『頼んだぞ!俺も急いで準備しとくから』

 

「オッケー!」

 

 そういって受話器をおくなのは。いったいなにに対しての頼みこみだったのか。なのはは受話器の前でしばし考え込む。

 

「……いつものように頼めるか。いつものこと……いつものこと……」

 

 必死になっていつものことを考える。自分がいつもしていること。俊が頼み込むほどのこと。となると──

 

「こすぷれ……かな?バリアジャケットのことをコスプレ衣装だって言ってるもんね。俊くん目線でいくと教導してるときはコスプレ中だから、一応いつものことにはなるよね」

 

 でもコスプレかー……。ほんとにこういうの好きだよね。そう思いながらなのははレイジングハートで実家である翠屋の制服に衣装チェンジする。

 

「うん、こんなところかな。……まぁコスプレと問われたら微妙だけど、これはこれで……。意外とよく似合ってるし」

 

 くるりとターンを決めるなのは。その姿ににやにやとした笑みが止まらない。

 

「「(*゚∀゚*)」」

 

「Σ(・ω・)」

 

 そしてそんななのはを影からみていたヴィヴィオとフェイトもまたほんわかした気持ちになっていた。

 

 それに気づいてなんとか平静を装おうとするなのはだったが、顔が真っ赤なせいもあり装う姿がまたなんとも言い表せない萌えをさそう。

 

「み、見るの禁止!」

 

 フェイトとヴィヴィオの目を塞ごうとするなのはだったが、フェイトはそれをひらりとかわし──なのはにこんな提案をしてきた。

 

「ねぇなのは?その服にねこ耳つけて語尾ににゃんをつけるともっと可愛くなると思うよ?」

 

「フェイトちゃんわたしのことバカだと思ってるでしょ。……フェイトちゃんもしてくれるならいいよ」

 

「えっ」

 

 自分も振られることになるとは思わなかったフェイト。しばし思案するが、

 

「……にゃのはのためならしょうがないよね」

 

 そういって自分もなのはの魔法で服をかえる。ついでにねこ耳もつけられた。

 

 ヴィヴィオはそんな二人をみて羨ましいのか、自分も自分もとなのはにせがみ晴れてここにねこドリームが誕生することとなった。

 

「俊くん以外に見られませんように。俊くん以外に見られませんように」

 

「(いまのうちに写真撮っておこう)」

 

 なのはに気づかれないように写真を撮るフェイト。撮った写真を確認し恍惚の表情を浮かべる。

 

「ガーくんこれかわいいでしょー。ヴィヴィオのせいふくだよー」

 

「ワー、スゴクカワイイ!」

 

 手を叩いて喜ぶガーくんにヴィヴィオはよしよしと頭を撫でる。

 

 ひとしきり撮り終えたフェイトはさきほどから気になっていたことをなのはに質問する。

 

「そういえばなのは。俊はなんて言ってたの?もうすぐ帰ってくるって?」

 

「あー、えっとね……。コスプレして待っててだってにゃん。(きっとたぶん)」

 

「ふーんなるほどね。それじゃパン作りながら待っていようか」

 

「そうしよーにゃん」

 

「そうしよー!」

 

「オー!」

 

 意気揚々と三人と一匹はキッチンへと戻り、中断していた作業を開始する。

 

 たぶんもうすぐ帰ってくるだろう。そう思いながら楽しそうにパンを作るのであった。

 

「あ、ところでなのは。さっきの話だけど、またいつもの冗談なんでしょ?」

 

「……はーいヴィヴィオはなのはママと一緒にこれをやろうねー」

 

「はーい!」

 

「ねぇなのは視線をこっちに向けてよ。お願いだから視線をこっちに!?」

 

          ☆

 

「回覧板渡しに行っただけで通報とか頭おかしいんじゃね?」

 

「お前が回覧板と一緒に奥さんの下着を渡したからだろ」

 

「風で家の前まで飛ばされていたんだから俺は悪くないだろ。というか俺はお礼を言われるほどの功績をしたんだぞ」

 

「お前が一言、『奥さん、ちょっと染みがついてますよ』と言わなかったらこんなことになってないんだけどな」

 

 交番内にて俊とおっさんの声だけが響く。お互いに麦茶で咽喉を潤しながら、卓上にはオセロ板を、その横には携帯を置きながら会話する。

 

「それにしても遅いなぁ、なのは。いつもなら急いでここに駆けつけてくれるんだどなぁ」

 

「そうだったか……?お前意外と優先順位低かったと思うぞ」

 

「え?マジで?」

 

「結構マジで」

 

 おっさんが置いた黒が俊の白を挟み込み、盤上は一気に黒側有利へと移行する。

 

「でも流石にくるだろうな。身内の恥だろうし」

 

「人をなのはの恥部みたいにいうなよ」

 

「いってねえよ、顔面男性器」

 

「黙れ顔面アナル」

 

 俊は白を盤上に置いた瞬間、人差し指で強く弾く。白のオセロは寸分の狂いもなくおっさんの顔面めがけて飛翔するが、顔を傾けるだけでおっさんは回避に成功する。

 

「うるせえぞヒモ」

 

 黒オセロを置こうとしたおっさんは誤ってオセロを俊に投げてしまう。俊はそれを自分がてにもっていたオセロで防御する。

 

「うらやましいんだろゴミ虫。管理局の美少女二人と一つ屋根の下で暮らせる俺が。たまに庭にある犬小屋で寝てるけど。おっと手がすべった!」

 

「いやいや人としてそんな生き方は見苦しくてできないから、俺にはむかない職業だなヒモなんて。おっと手がすべってしまった!」

 

 バチーンッ!

 

 互いに投げたオセロが額に命中する。防御と回避を捨てて互いに一撃必殺を選択したのが仇となったようだ。

 

 ぽとりと落ちる白黒オセロ。それが二人のファイトの合図だった。

 

「最近俺と会えなかったからって寂しいアピールしなくていいんだぞおっさん」

 

「いやいや俺は平和な交番勤務が出来てたから幸せだったんだけどな」

 

「「あはははは」」

 

 互いにボディーブローやラリアット、前蹴りからのサマーソルトなどの応酬をしつつもけっして笑顔は崩さない。既にオセロは全壊。机も無残な形へと変貌していた。

 

「「ちょっとお前表でろ」」

 

 いい年した大人たちが何をやってるんだ。

 




卒研のバカ、もうしらない!

四年の後半は遊べるっていったやつ表出ろ (#^ω^)ピキピキ

お久しぶりです。偉い人が時間は作るものっていってましたので、今度から作っていこうと思います。

予約投稿を行いますので、次話は9:00からの投稿になっていきます。


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A's33.ツーカーの仲2

「公務員のくせに市民様を殴るんじゃねーっよパーンチッ!」

 

「市民のくせに毎度毎度問題起こすなキック!」

 

「黙れ男爵イモッ!」

 

「黙れ童貞ッ!」

 

「……それ傷つくわ」

 

「……すまん」

 

 ピタリと攻防の嵐が止む。顔を伏せて涙を隠すひょっとこをおっさんが慰める。肩に手を置いて優しく叩く。

 

 そしてひょっとこはおっさんの顔面を思いっきり殴る。

 

「ふっ、もうバカ二人に言われ慣れているから、これくらいじゃ傷つかんよ」

 

「やっぱお前のこと嫌いだ」

 

「お互い様だな」

 

 舌を出して挑発するひょっとこと、血が混じった唾を吐きながら首を鳴らすおっさん。

 

「真裸万象の力、いまここで見せてやろう」

 

「まてひょっとこ。そのままでは公然猥褻罪でお前を逮捕するぞ」

 

「表現の自由を侵害するつもりか?」

 

「部屋でやれ」

 

「俺の性的エネルギーが部屋一個程度に収まると思うなよ?」

 

「高町教導官たちが泣くぞ」

 

「そんなことはない。むしろ見捨てられる」

 

 それならなおさらやるなよ。とは突っ込まないおっさん。むしろ疲れてきたのか突っ込みを放棄している節もある。

 

 ふとそこにアイスクリーム片手にこっちをひたすら無視した歩行速度で通り過ぎようとしていた人物が目に入った。

 

 バニラアイスをコーンの上にのっけて、それを頭に乗せた小さなデバイスとともに食べる少女。おっさんが知る中で、一番の良識人。

 

「おいひょっとこ。お前の後ろに知り合いがいるぞ」

 

「ん?誰だ……おぉ!俺の玩具!ロヴィータちゃんではないか!」

 

『うわ、ヴィータちゃん。ぺろぺろさんに気づかれましたよ』

 

『他人のフリ他人のフリ』

 

 素知らぬ顔で一切立ち止まることなく通り過ぎようとするヴィータとリィン。ひょっとこが振り返ると二人は視界から消えるように人垣の中は消えていく。しかしそ

れを見送るほどひょっとこは愚かではない。

 

「ロヴィータちゃんまって!俺に愛を!この裸に愛を!」

 

 真裸万象となったひょっとこは人垣を掻き分けてヴィータを追いかける。ヴィータは手に持っていたバニラアイスを投げつけつつ全速力で逃走を図る。

 

 それを逃がすほど真裸万象の能力は下ではない。地を這うような移動方法で人の間をすり抜けていくと、必死に走るヴィータの足をおもむろに掴む。

 

「離さないぞぉ……僕のロヴィータちゃん」

 

 足を舐めながら愛しそうにつぶやく真裸万象。

 

 当たり前だが再逮捕された。

 

        ☆

 

「僕は無実です」

 

「死刑に決まってんだろ」

 

 椅子に座りヒモで雁字搦めにされた真裸万象は無実を訴えた。しかしそれはすぐに却下された。

 

 そばにはゴミをみるような目つきで真裸万象をみるヴィータとリィン。ヴィータの迎えにきたシャマルは顛末を聞かされたあと、同情する瞳をむけていた。

 

「現代医学、魔術を用いても彼の完治は無理でしょう」

 

「あいつ解体しようぜ。社会の悪だぞ、あれ。幼女にあだなす悪党だぞ」

 

「違う、スキンシップだ」

 

「あたしじゃなけりゃ社会復帰できねえよあのスキンシップ」

 

 呆れた口調をみせるヴィータ。それに照れ笑いを浮かべる真裸万象。

 

「えへへ、嬉しいな」

 

「殺すぞボケ」

 

 容赦なく顔面を踏み抜くヴィータ。

 

「これは保護者召喚だな」

 

 やれやれとため息をついて保護者の元に電話をかけるおっさん。それをみながらリィンはヴィータの肩から真裸万象の肩へと移った。

 

「やれやれです。天使なヴィヴィオちゃんやなのはさんがいるというのに、ぺろぺろさんは社会のゴミ。まぁヴィヴィオちゃんとなのはさんとフェイトさんという完璧すぎる布陣に大きな-をいれたという点ではいいですけどね」

 

「お前がロヴィータから俺に移った理由は近場で悪口をいうためか」

 

「それいがいになにがあるというんですか」

 

 バニラアイスのおわびにというはからいでおっさんからもらったアイスキャンディを舐めるリィン。

 

「だいたいリィンはぺろぺろさんのこと嫌いですし」

 

「ツンデレめ」

 

「デレたこと一度もありませんが」

 

「ツンツンめ」

 

「そもそもぺろぺろさんと関わりたくもないです」

 

 やれやれと頭をふるリィンは、可愛らしく浮遊してヴィータの肩に戻る。

 

 リィンと同じくアイスキャンディを舐めていたヴィータ、ふと疑問に思い真裸万象に声をかける。

 

「そういやお前がなのは達の休日に此処にいるって珍しいな。いつもは平日だろ?」

 

「それに加えてヴィヴィオちゃんがきてからはずっとヴィヴィオちゃんといますから、ここにやっかいになる頻度も減っていたはずですのに」

 

 ヴィータの後にシャマルが続ける。

 

「まぁそうなんだけどな。ちょっと回覧板を隣に渡しに行ったら、あれよあれよというまに捕まって」

 

「お前は天才か」

 

「ほんでなのはに引き取りにきてもらおうと電話かけたんだが、一向に現れなくてね。そこにロヴィータちゃんがきてくれたからちょっと遊ぼうと」

 

「べつにお前に会いにきたわけじゃねえけどな。それにしても珍しいな。なんだかんだいいつつ10分くらいでいつも引き取りにきてくれるだろうに」

 

「ひょっとこさんに嫌気がさしたんじゃないですかー」

 

「はっは、なにをいってるんだロリデバイス。俺となのはの仲がこれしきのことで──」

 

 

「ひょっとこ。なのは教導官が引き取りを拒否した」

 

 あまりのショックに服が弾けとんだのはいうまでもなかった。

 

         ☆

 

 そろそろパン作りも終盤、俊くんはまだまだ帰らないけどほんとなにしてるのかな?せっかく翠屋の制服でまっているのに。

 

「俊くんおそいにゃー。ちょっと心配になってきたにゃー」

 

「うーん、なにかに巻き込まれたとか?」

 

「むしろ誰を巻き込んだかもしれないにゃ。というかフェイトにゃん。フェイトにゃんも語尾をにゃんにするにゃん」

 

「私どっちかというと犬だから」

 

「わけがわからないにゃん!?」

 

 にゃんパンチをくりだすにゃのはの頭を撫でるフェイト。隣にはヴィヴィオがあまったパン生地でなにか動物をつくっていた。

 

「ヴィヴィオそれなーに?」

 

「これはガーくん!かわいいでしょ?」

 

「かわいいねー。ヴィヴィオ上手だよー」

 

「えへへー」

 

 アヒルと思い込んでみればアヒルに見えなくもないパン生地を作るヴィヴィオ。その笑顔が眩しくて、ついつい頭を撫でてしまう。ヴィヴィオは嬉しそうに目を細める。

 

「そろそろパンを焼こうか。焼いてる間に俊が帰ってくるかもしれないし」

 

「そうだね。きっと俊くんのことだからニオイに誘われて帰ってくるよ」

 

「じゃぁヴィヴィオ。そのパンもせっかくだから焼こうか」

 

「はーい!」

 

 元気よく手をあげるヴィヴィオ。

 

「ペキンダックだにゃん……」

 

 恐ろしいことを呟くにゃのは。

 

 とうのガーくんは何かを察知し、フェイトの後ろに隠れてしまった。

 

「それじゃ私となのはが作ったパンと、ヴィヴィオが作ったガーくんパンを焼いていくよ」

 

「おー!」

 

 わくわくした様子でオーブンに入っていくパンを見守るヴィヴィオ。丁度そのタイミングで電話が鳴る。

 

「あ、わたしがでるよ」

 

「ありがとう」

 

 しゅたっと手をあげたなのはは廊下に出て、鳴りやまない受話器をとって応答する。

 

「はい、高町です。あ、いつもお世話になってます。はい、俊くんですか?え?そっちにいる?……あぁ、なるほど」

 

 電話の相手は俊を確保しているおっさん。なのははおっさんの説明を受けたのち、げんなりした表情にかわっていった。

 

「いつもいつも本当にすいません!あれにはちゃんと言い聞かせてはいるんですけど、持病がひどくって!……はぁ。ヴィヴィオがきてから少しはマシになったと思ったのですが。反動が一気に爆発したんですかね。えぇはい。わかりました、引き取りにいきますね」

 

 と、そこまで言ってからなのははようやく気がつく。自分が翠屋の制服をきていることに。そして思った。もう少し反省をさせるべきではないか、と。

 

「あのすいません。もう少し反省させるという意味で引き取り拒否でお願いします。パンが焼き上がる頃に迎えにいきますので」

 

 パン>幼馴染の図式を崩さないなのは。電話口ではパンに負ける幼馴染のことを不憫におもっているおっさんの顔が目に浮かぶ。

 

「あ、それと俊くんには反省したのなら、しっかりと言われたことを守りなさいとお伝えください。はい、いつもすいません。お手数かけます。はい、それでは失礼し

まーす」

 

 ガチャンと受話器を置いたなのはは、にゃのはへと戻りフェイトの元に帰っていく。

 

「ただいにゃー。俊くんね、さっきから捕まっていたみたいにゃの」

 

「ツーカーの仲とはいったい」

 

「男女の違いにゃのかな」

 

 きっとなのはが俊の言葉を聞き間違いしただけだと思うよ、とは言わないフェイト。キッチンからは離れ、ソファーでヴィヴィオを抱っこしながらファッション雑誌を広げているフェイトの横になのはも座る。ちなみにヴィヴィオは録画していた深夜アニメをきらきらとした瞳で視聴していた。

 

「あ、このお洋服かわいい。……でもちょっと甘ロリを意識しすぎてる感じかな」

 

「なのはには似合うと思うけど」

 

「えー、そうかな?わたしももう19歳だよ?甘ロリはちょっときつくないかな?」

 

「んー?でもまだ19歳でしょ?成人してないし問題ないよ。(甘ロリっぽいコスプレなんて慣れているレベルでしてるし)」

 

「ほんと?それじゃぁちょっと甘ロリも攻略していこうかなぁ」

 

 甘ロリに興味をもったのか、調べ始めるなのは。

 

 高町ハラオウン家は平和に時間が過ぎていくのであった。

 

       ☆

 

 一方の交番組は──

 

「私は醜い男です。ヴィータ様のような綺麗で素敵な子を追いかけまわすような変態です。……あの、もういいですか?」

 

「誰が止めていいといった。ほら早く次の言葉を復唱しろ。ヴィータ様は天使でかわいくて有能な女の子です。対して僕はミジンコよりも役に立たない存在です」

 

「ヴィータ様はロリなくせして黒下着をはいちゃうおませな女の子です。でも仕事のときはウサギパンツやイチゴパンツをはいてきます。彼女にとってはこれで勝負下

着なのだろうか?対して僕はたまに下着を履き忘れたまま六課に遊びにいく。そんな僕はミジンコよりも役に立たない存在です」

 

「お前があたしに喧嘩を売りたいことだけは伝わったよ」

 

 全裸万象はヴィータで遊んでいた。すでにリィンはおやすみモードにはいったのかシャマルのポケットですやすやと寝息をたてていた。

 

「とりあえずお前は反省文を書け。それ書いたらもう帰っていいから」

 

「え?マジで!?帰っていいの!?」

 

「いつまでも居座られたら邪魔だ。俺はそこまで暇じゃないし。ただし服を着ろよ」

 

「靴下はけば問題ないよね?」

 

「変態度が上がるだけじゃねえか。どっちにしろ猥褻物陳列罪でアウトだよ」

 

「難儀な世の中になったもんだ」

 

「世の中もお前さえいなければ世界は平和だったのにと嘆いているころだろうよ」

 

 渡された紙にすらすらと反省文を書いていく猥褻物陳列罪。それを隣でみるヴィータ。

 

「お前まともな文章書けるのか」

 

「小中高と反省文を書かされ続けた俺は息をするかのごとく反省文を完成させることができるからな」

 

「誠意の欠片もないのな」

 

「誠意があったらまず反省文なんて書かないし」

 

 それもそうか。納得してしまうヴィータ。

 

「もう10月だな」

 

 ふと、本当に唐突にヴィータはそう呟いた。

 

 既に暑いから寒いに移行する期間となった。六課設立から半年が過ぎ去ってしまったのだ。

 

「まだ10月ともいえるがな。この半年間、色々とあったなぁ」

 

「あたしは忙しすぎて疲れたな。とくに最初とかな。新人は手がかかるし、遊びにくるお前はもっと手がかかるし。ヴィヴィオはかわいいけどどこか不安になるし」

 

「あぁ、もうヴィヴィオを預かってそんなに経つのか」

 

 2枚目を書き終えて、ラストページに文字を埋めていく全裸万象。

 

「ヴィヴィオの小学校とか決めてるのか?」

 

「ヴィヴィオの希望で俺らの母校になったよ。まぁ勝手知ったるなんとやらだし、なにかと都合がつくからよかったかも。それに翠屋には桃子さんと士郎さんもいる

し、あそこで手伝いする気満々だしな」

 

「それじゃ家は明け渡すのか?」

 

「そこはまだ検討中かな。借りてくれたリンディさんや大人組と相談したいし」

 

 半分まで字を埋めた全裸。

 

「お前らがミッドからいなくなるならティアやスバルは追いかけてくるかもしれないな」

 

「ありそうだから困る。あいつらなのは狂にもほどがあるからな」

 

「まぁ命の恩人みたいなもんだからな。あいつらの気持ちもちょっとはわかる気がするよ。まぁあいつらはキモイがな」

 

 丁度いいタイミングで文字を埋め尽くす。かたんとペンをテーブルに置き、紙をおっさんに渡す。

 

「ほい、反省文。そろそろなのは達が恋しくなってきたから帰るわ」

 

「おう帰れ。あともうくんな。仕事がはかどらないから」

 

「失礼だな。まるで俺が邪魔してるみたいな言い方すんなよ」

 

「100%お前は邪魔しかしてねえよ」

 

 やれやれと頭をふってバカにする全裸。おっさんの拳を軽くいなしながら、台所で局部にサランラップを巻きつける。

 

「まてまて!?お前それで帰るつもりか!?」

 

「ん?なにか問題でも?ちゃんと猥褻物は隠してるぞ?」

 

「隠しきれてねえよ!?サランラップのせいでより強調されてるじゃねえか!?」

 

「勃起するとすんげぇ痛いんだよな、これ」

 

 股をさすりながら痛みを訴えるサランラップ。

 

「たまにお前は世界意思すら超越した存在だと錯覚するときがある」

 

「照れるからやめろよ」

 

「褒めてねえよ」

 

 ズボンとシャツを渡すおっさん。サランラップはそれを受け取り着替える。

 

「あ、ちょっとサランラップを外すときの快感がたまらん……」

 

 あえぐ全裸をスルーしてそれぞれは帰り支度を始める。ヴィータは寝ているリィンを自分のポケットにいれて、シャマルは携帯ではやてに連絡をいれる。

 

 おっさんは書類仕事に戻り、ひょっとこは全裸からランクアップ。

 

「さーてそれじゃ帰るか。おっさん暇つぶしになったぜ、サンキュー」

 

 

「もうくんなよ。今度きたら殺すからな」

 

「ロヴィータちゃんもまたね!」

 

「さわんなハゲ」

 

 抱きつこうとするひょっとこにヴィータは拳を叩き込む。鼻血を出しながらもひょっとこはリィンを抱きしめようとするが、リィンは血が流れている鼻に掌底を叩き

込む。涙を流しながらシャマルに抱きつくひょっとこ。シャマルは苦笑いをしながらも頭を優しく撫でる。

 

「ロリ怖いよぉ……ふぇぇ……」

 

 鼻血をティッシュでガードするひょっとこに、ロリ二人組は飽きれた視線を送った。

 

          ☆

 

 自宅から香ばしいにおいがする。鼻腔を甘い香りが満たす。

 

 その匂いに釣られるように玄関の扉をあけると、魔法少女のコスチュームに身を包んだヴィヴィオと、恥ずかしそうにスカートの裾を抑えるフェイトの姿。ヴィヴィ

オはすぐにこちらに気づいたようで、満面の笑みを浮かべてこちらに走ってきた。

 

「パパだ!パパおかえりー!」

 

「ただいまー。ヴィヴィオいたい、ステッキがパパの顔面にめり込んでる」

 

「えへへー」

 

 ステッキは振り回すのじゃないぞ。そう言いたい俊だったが、ヴィヴィオの楽しそうな笑顔をみているとそう咎める気力も失せてしまった。

 

 それよりも、気になっていたフェイトに視線を向ける。

 

 ツインテールにサイズがあってなさそうなパッツンパッツンのきわどいコスチュームをしているフェイト。フェイトはさきほどから固まったように動かないでいる。

 

「なぁフェイト──」

 

「ち、ちがうのこれは!えっと、えっと、ヴィヴィオとおままごとしていたらいつの間にかこんなコスプレをすることに──」

 

「ムチムチしててすごくエロイ」

 

「いやぁああああああああああッ!!」

 

 顔を覆いながら逃げるように二階に駆け上がるフェイト。すごく可愛かったのに……そうショックをうける。

 

「あ、俊くんだ。おかえりー。パンあるよ?食べる?」

 

「おう食べる食べる。というかなのは、何故迎えにきてくれなかった」

 

「だってパン作ってたし」

 

「俺とパンのどっちが大切なの?」

 

「あの一瞬はパンだったね」

 

 パンに完全敗北した俊であった。

 

 なのはは自分が食べていたココアパンをちぎり俊の口元に運ぶ。もぐもぐとハムスターのようにそれを食べる俊。

 

「うまい」

 

「でしょ?ヴィヴィオとフェイトちゃんと一緒に作ったんだー」

 

 ヴィヴィオを抱っこしながらなのはとリビングに向かう俊。なのはのパン作りを話を聞きながら、自分も参加したかったと嘆く。

 

「女の子だけの女子会だったからね。俊くんは参加不可能だよ。俊くんのほうは何してたの?」

 

「おっさんと遊んできた。あとロヴィータちゃんを追いかけたりして遊んだ」

 

「また謝りの電話をかけなきゃダメなんだね……」

 

 思わずため息がこぼれてきたなのはであった。

 




いまだに入院しないなのはのストレス耐性は異常だと思う。さすがは不屈のエースだね


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A's34.一家崩壊5秒前

「なのはさん、明日一日デートしてください」

 

「はぇ?なんで?」

 

 デスクで書類整理をしながらポッキー食べていたなのはに、ティアナは体をくねらせながら恥ずかしそうに顔を赤らめて、

 

「だってぇ、友達になのはさんと肉体関係をもったって話したんですもの」

 

 なのはの拳がティアナの顔面にめり込んだ。

 

「落ち着いてなのは!?まずいって!教導以外で部下を殴るのはまずいって!?」

 

「離してフェイトちゃん!あと99発!あと99発でいいから!」

 

「それもう死んじゃうよ!?」

 

 なのはを羽交い絞めにして動きを止めるフェイト。なのははそんなフェイトから抜け出そうともがきながらティアナに手を伸ばす。

 

 フェイトはなのはをぎゅっと抱きしめると自分の胸に顔を埋めさせる。頭を撫でながら、

 

「よしよしなのは、いい子だから。いい子だからそんなことしちゃダメだよー?」

 

 そう優しく諭した。なのははふにゃっとした表情にかわり、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

『流石なのはマイスターのフェイト。あの猫を一発で落ち着かせるなんて』

 

『ヴィータさん、書類の山で姿が視認できないけどいたんですね』

 

『のんびりしてないで誰か手伝えよ』

 

「はい、いい子いい子。それでティア、いきなりなんでそんな話になったの?」

 

「ふーッ!!」

 

「なのはもそんなに威嚇しないの。ほらポッキーあげるから。あーん」

 

「あーん」

 

 もぐもぐとポッキーを食べるなのはの姿はその場にいたティアナとスバル、そしてフェイトをキュン死させたのはいうまでもない。

 

 ティアナが頭を撫でようとして迎撃されたのもいうまでもない。

 

「で、ティア。いったい何があったの?いきなりなのはをデートに誘うなんて」

 

「私ってこんなになのはさんと仲がいいのに一度もデートしたことなんですよ?これっておかしくありませんか?」

 

「まぁ仲がいいならそもそも殴られてなんだけどね」

 

「照れ隠しです」

 

「最近ティアのその精神力は尋常じゃないなと思ってきたよ。まぁ……でもなのはも忙しいよ?教導もあるし、明日ヴィヴィオの学校の手続きと説明で有休使い切る予定だし」

 

「あ、ヴィヴィオちゃんもうそんな時期ですか。早いですねー」

 

「うちに来てから半年過ぎたもんね」

 

 しみじみとするフェイト。思えばフェイトも色々と複雑だった。いきなり金髪の幼女を幼馴染が拉致監禁したのかと疑い、それからママと呼ばれるようになりでも可愛くて萌え死にしそうになって……。

 

「家に帰ればヴィヴィオがお迎えで玄関まで来てくれるんだけど、それが凄く可愛くて」

 

「あーわかります。小さい子どもの抱きつき方とかあるんですよね。あれほんとかわいいですよね」

 

 いつの間にかヴィヴィオトークへと話題はシフトチェンジし、なのははフェイトからこそこそと離れていく。

 

「なのは、どこにいくの?」

 

「ほぇ?あ、なんかいま俊くんの気配を感じて」

 

「あいついまヴィヴィオと家で待機中なんじゃないのか」

 

「待機中というとカッコイイですけど、実質はただのニートですからね」

 

「「否定はできない」」

 

 否定する気もさらさらないなのはとフェイトであったが。二人からしてみれば、仕事をしないことで自分が家に帰ったときに俊がいるというメリットが大きいし、余計な女関係もないしで嬉しいことばかりなのである。

 

「でもあいつ家事は万能なんだよな。メイドにでも転職する気か?」

 

「「……」」

 

 つーっと鼻血が出るなのは。よだれが出るフェイト。

 

「落ち着けそこの固定砲弾とレースクイーン。その反応は明らかにおかしいぞ」

 

 ヴィータの冷静な突っ込みに正気に戻る二人。二人とも変則ツインテールで家事をしている姿を思い浮かべてしまったみたいだ。

 

「まぁでも……そういうプレイもあり……かな?」

 

「あり……だね」

 

 二人して首をうんうんと頷く様をみて、ヴィータは心の中で、

 

「(どうでもいいけど仕事しろよ)」

 

 

 そう突っ込んだ。

 

 ──その頃のひょっとこ──

 

「いでよ天剣!この障壁をブチ破れ!!」

 

 そう言いながら、ひょっとこはスカリエッティが作ったビームサーベルを障壁に突き立てる。障壁とビームサーベルは互いに互いの魔力を削り合い、火花を散らしていたがやがてビームサーベルのほうが空中で霧散して消えていった。

 

「……やっぱりまだダメみたいだな。スカさん」

 

「みたいだね。ふむ……これは面白い。ロストロギアを護る障壁とはかくも固いものなのか……。障壁というより結界か」

 

 そばで空中分解したビームサーベルをみていたスカリエッティは科学者としての本能が騒いでいるのだろうか、いつも以上に真剣な表情で結界と結界の中に鎮座してあるロストロギア──ジュエルシードを眺めていた。

 

「この結界は一つ一つ、構成が違うのかもしれない。ということはそれに対応して作ったものを一個一個ぶつけて中和していく方向にもっていったほうが……」

 

 結界をマジマジと見ながら、専用の機械をだして調べ始めるスカリエッティ。最高の科学者の異名は伊達ではない。後ろ姿をみてひょっとこはそう改めて思った。

 

 ひょっとこは後ろで控えていた人物に話しかける。

 

「なぁラルゴ翁。これって本当に壊せるものなのか?嘘ついてたら鎖骨折るぞ」

 

「もっと年寄りを労わった発言をしてはどうかな。……質問の返答ならイエスだよ。キミたちが壊せるかどうかは別問題じゃがな」

 

「くそ、こんなに凄い結界だとは思ってなかったぞ」

 

「ほっほ」

 

 愉快そうに笑うラルゴの脳天に霧散して取っ手だけとなったビームサーベルの成れの果てを突き刺す。ビクンビクンッ!と痙攣しながら倒れるラルゴ。

 

「結界を解くまで契約書にいれるとサインは絶対しなかったにしても……もう少しなんとかすればよかったな」

 

 うんざりした様子でジュエルシードを眺めるひょっとこ。かれこれ何回目になるだろうか。これと対峙し、さきほどのように自分が負けた回数は。

 

          ☆

 

 新暦75年9月26日

 

 俺の目の前には複雑そうな表情で一枚の紙をみているラルゴ翁、ミゼットさん、レオーネさん。その後ろで頭を抱えている秘書官と思われる女性三名。翁、秘書官いたんだな。この性欲じじい。

 

「もちろん、契約書にはサインしてくれますよね?お三方とも」

 

 できるだけ笑顔を向ける。後ろで秘書官の女性がにらみつけているが、シグシグミシルに比べたら怖くもなんともない。むしろそのまま投げキッスしちゃう。

 

 チュッ

 

「ガハッ……!」

 

 ……投げキッスで吐血されるとこっちも悲しくなってくる。

 

「……ひょっとこ君。その……キミはこの契約書の内容はしっかりと理解した上で私達を呼び寄せ、この契約書にサインさせようとしているんだね?」

 

「もちろんですよ。しっかりと理解した上で契約書にサインをお願いしてるんです」

 

「では見間違いではないということだね。この──ジュエルシードを一個盗むが見逃せというのは」

 

「ええ」

 

 満面の笑みをもって返す。ラルゴ翁とレオーネさんは頭をため息を吐き、ミゼットさんは俺同様ににこにことした笑みを浮かべるだけだ。……流石の俺もこの人が何

を考えているのかよくわからない。だからこそ注意が必要なんだがな。

 

 秘書官は顔色が真っ青になってる。唇は紫色で膝ががくがく震えている。ゴキブリを見つけた時の小学生低学年のなのはの反応そっくりだ。

 

「恐ろしい提案をしてきたね、キミって子は。最高評議会を救った影の立役者であるキミに私達は恩義がある。だからこそキミの申し出を無下にすることなど不可能。

そのタイミングでこの契約書にサインを申し出てくるとは……。キミは間違いなく上矢一の息子だよ。私の執務室に火炎瓶を投げ込んだね」

 

「さらっと俺に憎しみをぶつけるのやめてください。で、さっさとサインしてくださいよ。俺この後なのは達と買い物行くんですから」

 

「私達がこの契約書にサインしないと断ったらどうする?」

 

「それは考えていませんね。貴方がさきほど言ったように、この契約書を断ることなんてできない。そうせざるおえないようにこっちはコトを進めてきたんですよ。まぁ……偶然が重なった結果なだけなんですけどね」

 

「しかし私達にも立場が──」

 

「やだなぁラルゴ様。簡単なことですよ。──もみ消せって言ってんだよ。記録からも記憶からも抹消し、ジュエルシードは元々20個だったという歴史を作ればいいだけの話じゃないですか。簡単なことですよ?」

 

「しかし──」

 

 いまだ何かを言いかけるラルゴ翁。俺はその肩にそっと触れて、

 

「なーに、いまさら罪が一つ増えたところで変わりませんよ」

 

 口から出まかせ……というわけでもないがかなりあてずっぽうだったが、かなり堪えたようで翁はだんまりとしてしまった。いくらなのは達の世代が平和だといっても、翁たちが全盛期の頃は少しくらい不祥事があっただろう、なんて考えで言ってみたが意外とそうなのか?……なんか古傷を抉ったみたいで申し訳ないな。声にだして謝ったら計画台無しだから謝らないけど。

 

「ところでひょっとこ君。貴方はいつからジュエルシードに興味があったの?」

 

 翁の代わりにミゼットさんが話し相手になってくれる。

 

「そうですね、ジュエルシード自体は小学生の、なのはと俺が事件に巻き込まれてからですね。まぁそのときは単純に綺麗だから、なのはに似合うよなー程度でした。本格的に手に入れようとしたのは高校生になってからでした。ただ本局に行っても、なのはかフェイトがいないと行動できなくてジュエルシードの保管庫も見当がつかない。そんな状態でしたね。そんなときこの騒動が起こったんです。それからはやてから貰ったパスで本局の隅々まで探してようやく保管庫を見つけて、ただ障壁が張ってあったのでスカさんに取り除くのを手伝ってもらおうと思いたちました」

 

 後は勝手にそっちが恩義を感じてるだろうと予測して、本日こうやって足を運んだ次第なんですよ。

 

 しかしほんと探すの苦労したなぁ……。本局で何回もなのはに会うし、はやてにも会うし。バレないようにするの大変だったぜ。

 

「でもひょっとこ君。たしかに私達は恩義を感じてるし、個人的にはその契約書にサインしてもいいと考えてる。だけど……それはあなたのジュエルシードの使い方次第。貴方は──なんのためにこのような大がかりな計画を?最高評議会という大きな問題に隠れてこんな計画を進めていたのかしら?」

 

 使い方、つまり目的はなんだってことか……。

 

 それはジュエルシードっていったらこれしかないだろ。

 

「ジュエルシードに秘められてるエネルギーを枯渇させて、結婚指輪を作るんです。プロポーズしたい人達がいるので」

 

「「「……は?」」」

 

 おいなんだよその間抜け面は。なんか悪いこと言ったか?

 

「え?なに?なんか悪いこといった?」

 

「いえ、ちょっと驚いて……。その、なんでジュエルシードで結婚指輪を?」

 

「俺達三人が出会ったきっかけをくれた品物だからです。それがあったから俺達は出会って、今日までの関係を築けた。もちろん、これを取り合って色々あったし悲しい出来事も起こった。でも、ジュエルシードがなかったら俺らは出会わなかった。あの二人は出会わなかった。はやてとも出会わず、ヴォルケンとも出会わず、新人とも出会わず、ヴィヴィオとも出会わなかった。そう考えると、やっぱジュエルシードで作った結婚指輪を渡したいと思って。始まりの物語を作ってくれジュエルシードで、また新しい一歩を、って」

 

 きっとあの出会いは運命のいたずらと神様のきまぐれが起こしてくれたものに違いない。だけどそれが俺達の未来を大きく変えた。無論、いい方向にだ。

 

 だから、また新しい道を歩んでいくならば絶対にジュエルシードを使うんだって高校生のときに決めたんだ。

 

 ふと秘書官に目を向けると、優しい視線を俺に向けていた。まるで姉が弟に向ける視線みたいだ。いや、秘書官だけじゃない。三提督とも孫をみる年寄りのような視

線を俺にむけていた。

 

 な、なんなんだ……?

 

「じつにキミらしい。最高評議会がキミを認めて託していったのも理解できる」

 

「ええ、そうですね」

 

 さきほどまであんなに難色を示していたハゲ翁とレオーネさんがさらさらと書面にサインした。どんな心境の変化があったんだ?

 

「無知は罪といいますが、知らないのですから罪になりませんよ」

 

 ミゼットさん、段々とはやてに毒されていないか?とんでもない屁理屈をこねてるぞ。

 

 しかししっかりとサインをしてくれた。これで三人とも契約書にサインしたな。そろそろなのはとフェイトから鬼電がくるから退散するか。

 

「それじゃ、もう用はありませんので退散しますわ。後のことはこっちでうまくやりますので。ジュエルシードを盗んだ後は頼みますね」

 

 それだけ言うと、俺は返事を待たずに退出する。その直後になのはからコールがそれに慌てながらも対応することになった。

 

 ……それにああいった場ではしっかりとした口調で会話するんだな、ミゼットさんもラルゴ翁も。

 

          ☆

 

 そんな契約を交わしてからいままで一度も進展らしい進展はない。いや今日がその進展した日だろうか。なんにせよジュエルシードを守る結界が固すぎてエネルギー

を枯渇させるどころの話じゃない。

 

「結界はスカさんに任せるとして、俺はどうエネルギーを枯渇させるかって問題あがあるんだよな」

 

 願いを叶えるドラゴンボール、このエネルギーを枯渇させる方法を考えないとな。いっそのこと願いとしてただの石になれってしてみるか?

 

「エネルギー枯渇させる問題として、放出するエネルギーをどこに持っていくかが問題になるかもしれんの」

 

「放出するエネルギーをどこに持っていくか……。例えば、無人で生物がいない惑星に行ってそこで放出するってのは?」

 

「そんなことしたらまずキミの命がどうなるかわからないし、管理局も捜査に乗り出すだろうね」

 

「おいおい、そこはそっちでなんとかしてくれよ」

 

「えーだってー、あの契約書には盗んだことを見逃すことしか書いてないしー」

 

 体をくねくねさせやがって死にたいらしいなこのじじい。

 

「ユーノに相談してみるか、無限書庫にヒントあるかもしれないし。クロノは……立場的に相談したら職が危ぶまれるな」

 

「まあ頑張りたまえ」

 

 それだけいってラルゴ翁は帰っていった。さて、俺達も帰るとするか。

 

     ☆

 

 夕食後、ヴィヴィオを膝にのせてのんびりしているとなのはがげんなりした面持ちで隣に座ってきた。顔を覆い、悲壮感たっぷりのオーラを体から撒き散らしながら。後ろではフェイトが困った様子で苦笑いを浮かべている。

 

「どうした?便秘?」

 

「有休を使い切ってた……。今日ね、はやてちゃんに明日ヴィヴィオの小学校の手続きとか説明とか聞いてくるから有休取るって伝えたら、首をひねりながら『でもなのはちゃん有給休暇なら全部使いきっとるよ』って」

 

「うわ、それじゃ明日俺とフェイトだけで行くことになるのか?ちょっと緊張するな……」

 

「いや……わたしもいけることになったよ。自分の体を犠牲にしてね……」

 

 苦々しく呟くなのは。先の言葉が出てこないため、その後を代弁する形でフェイトが答えた。

 

「ティアが自分の有給休暇をくれたの。ヴィヴィオが悲しむといけないからって。でも条件があって、それが──」

 

「わたしと一日デートすることだったの……」

 

 なのはの処女が危ない……!

 

「大変だぞ、それは変態だぞ!なのはの貞操が……!」

 

 それも分かっているからか、なのははがっくりと項垂れて俺のほうに体を預けてきた。

 

「うー……こんなことなら有休を使い切らなければよかった。というか確認しながら使えばよかった」

 

「なのはママだいじょうぶ?」

 

「大丈夫……じゃないかもしれない」

 

「ッ!?パパ!なのはママがあぶない!なのはママがあぶないよ!」

 

 何が危ないのかさっぱりわかってないヴィヴィオがとりあえず危ないを連呼する。なのははそれがかわいいのか顔を上げてヴィヴィオを抱き寄せながらよしよしと頭を撫でる。

 

「……一応、上司と部下が遊ぶだけの図なのになんで一家崩壊みたいなノリになってるの……」

 

 フェイトの冷静な突っ込みはこの際スルーしておこう。

 

 その後フェイトに確認してみたところ、フェイトはヴィヴィオのことを予想して自分だけ有休を調整していたらしい。たしかに思い返してみればフェイトだけ仕事し

ていたときが多かったな。

 

 まぁ……なのはの自業自得か?

 




ふとラルゴ翁にアダルトグッズを使うと心臓停止で昇天しそうだなぁって思った


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A's35.一家崩壊1秒前

 本日、高町ハラオウン家はちょっとした騒動となっていた。

 

「フェイトちゃんわたしのブローチ知らない!?」

 

「え?たしか部屋の鏡台に置いてあったよ?それより私のイヤリング知らない?」

 

「わかんない!」

 

 原因はなのはとフェイト。バタなのとバタフェイが家の中を駆け回りながら身支度に追われているためだ。かくいう俺も人のことはいえないが、それでもワイシャツをきてネクタイ締めて、あとはスーツを羽織るだけなので二人よりも随分ゆっくりとした時間を過ごすことができる。

 

「パパー!ヴィヴィオもおきがえする!」

 

「はいよー」

 

 そして本日の主役であるヴィヴィオは嬉しそうに自分が着る服をもってきた。いかにもかわいらしい服だ。いつもの萌え萌えとした服は抑え気味で、これなら学校に行くのも問題なさそうだな。

 

「はいバンザイして」

 

「ばんざーい!」

 

 両手を上にあげるヴィヴィオから寝間着を脱がし、服を着替えさせる。シワがつかないように丁寧に着替えさせた後は靴下を渡す。ヴィヴィオはそれを受け取ると床にぺたんと座って一生懸命に靴下と格闘しはじめた。それをぼーっと眺めておく。視界の端には忙しなく動くなのはと、薄く化粧をするフェイト。二人ともそんなことしなくても可愛いのに、やっぱ女なんだな。

 

 袖をちょいちょいと引っ張られる。それに釣られて視線を向けると、ガーくんが黒のスーツと白のスーツを掲げて、

 

「ドッチガイイカナ?」

 

 そう聞いてきた。

 

「とりあえず白はなしかな。するなら黒だろ。青はダメだぞ、有名なキャラと被るから」

 

「ハーイ」

 

 白のスーツを直しにいくガーくん。お前まで気合い入れてるのか。

 

「ねぇパパ。ヴィヴィオちょっとねむくなってきた……」

 

 本日の主役、早くも退場しそうなんだけど。

 

 目をこするヴィヴィオを抱き上げる。うん、ちゃんと自分で靴下をはけるようになってるな。

 

「いまから桃子さんの家に行くんだから我慢しなさい」

 

「はーい」

 

 そういいながら完全に俺の胸に頭を預けるヴィヴィオ。まぁ本人も興奮して昨日は中々寝つけなかったからしょうがないといえばしょうがないか。

 

「俊くん洗濯物した!?」

 

「したよ。家事は全部やっといたよ」

 

「わかった!あ、あとこの服大丈夫かな!?」

 

 白のスーツとスカートでほんわかとした雰囲気を演出しているなのは。胸元には星のブローチ、首元からはレイジングハートをかけている。化粧もこなし普段より可愛い。

 

「問題ないよ。かわいく仕上がってる。しかし早くないか?今回はただ説明きいて書類とかの準備するだけだろう?入学式でもあるまいし──」

 

「俊くんのバカ!こういうときからちゃんとしないといけないの!わたしたちは若く見られるんだから、その分きっちりしておかないと!あぁ……いまから見える。脱線した瞬間にはじまる保護者いびりが……」

 

 高町家相手にそんないびりする人物がいるか?なのはの後ろに控えている人物達が恐ろしすぎてそんなことできないだろ。

 

「まぁ実際俺らは若いしな。成人迎えてないし」

 

 ……いま思えばなのはってこの年で子持ち人妻になったんだよな。なんだろう、このエロスな響き。

 

「魔法淑女人妻なのは……えろいな」

 

「なに考えてるのかなー?」

 

「痛い痛いネクタイ締めないで!?首がモゲる!」

 

 怒った顔で俺のネクタイを引っ張るなのは。さすが必殺仕事人、手練れすぎて一瞬なにをされたか理解できなかった。

 

 ギブを言い渡しているのに、なおもネクタイから手を離してくれないなのは。ふとだんまりを決め込んだかと思うと、何を思ったのかふいに俺のネクタイを緩めて外

していた。

 

「えーっとたしかこれをこうして……」

 

 何かを考え込みながら俺の首にネクタイを巻きつけていくなのは。これは完璧に殺しにかかってるな。

 

「あ、あれ?ちょ、ちょっとまってね俊くん。これ意外と難しいよぉ……」

 

 困った顔で呟くなのは。俺もさっきから酸素をうまく取り込めなくて困っている。

 

 なんとか必死でヴィヴィオだけは床に落とさないようにしているが、そろそろ本格的にヤバくなってきた……。

 

「あーもうわかんない!これちょっと外すからね!」

 

 何故か締めていたネクタイを取られる。するすると首元から抜けていくとネクタイはなのはの手に。そして何故かネクタイを自分に結び始めるなのは。お前時間がないんじゃなかったのか……?

 

「あ、なるほどなるほど。つまりここをこうすれば……」

 

 納得したような表情で再び俺の首にネクタイを締めていくなのは。一生懸命に俺のネクタイを結んでくれているので、俺も一生懸命になのはの匂いを嗅ぐことにする。……少し香水を振りかけているな。いつもの匂いではない。

 

「これでよしっと。はい俊くんもういいよ」

 

「おう、サンキュ」

 

「えへへ、どういたしまして」

 

 ネクタイを結び終えたなのはは満足したように頷き、自分の作業へと戻っていく。

 

「ちょっとネクタイは歪だけど嬉しいなぁ」

 

 俺無職だからまずネクタイを結ぶ機会なんてないし、裸ネクタイくらしかないもんな。いいい機会を作ってもらったヴィヴィオにも感謝だな。

 

「ほらヴィヴィオ。しっかりしろ。もうすぐいくぞ」

 

「ん……あーい」

 

 ヴィヴィオを床におろすと、丁度着替えを終えたガーくんがやってきた。手に蝶ネクタイをもっている。

 

「コレシテー」

 

 アヒルに蝶ネクタイは厳しいものがあるよな。俺はスーツを自分で着る時点で厳しいものがあると思うけど。

 

「はいはい。ちょっとまってろ」

 

 ガーくんから蝶ネクタイをもらい膝をついて締めていく。

 

「ワーイ!アリガトウ!」

 

「どういたしまして。さて、フェイトー!なのはー!そろそろ時間だぞー!」

 

 壁時計をみて事前に話していた時間が近づいてきたためフェイトとなのはに声をかける。

 

『はーい!もういくからちょっとまって!』

 

 遠くからなのはの声が聞こえてくる。フェイトは黒の七分袖のジャケットとタイトスカート、中は白のブラウスだ。普段はしないイヤリングが大人の色気を醸し出し

ている。はい確定。これもう勝利確定。上矢俊、たったいま陥落しました。

 

「おまた──」

 

「あー!なんでフェイトはそんな色気で俺の理性を刺激してくるかなー!これもう犯罪だなー!犯罪的なエロスだよな!これもうダメだ、我慢できない!」

 

「あ、俊。ネクタイ曲がってる。はいそこでストップ」

 

 ルパンダイブの最中ふいのストップ。なんとか空中浮遊で動きを停止すると、フェイトは俺のネクタイに手をかけた。

 

「しっかりしてよね。いまから高町家に行ってそれから学校に行くんだから。それにお母さんもくるんだよ?こんな曲がったネクタイしてきたら……結婚報告するときに殺されるよ」

 

「そんなことしなくても殺されそうなんですが」

 

「そのときは二人で駆け落ちでもしよっか」

 

 当たり前だと言わんばかりのフェイトの表情は、至極真面目なものだった。……頑張ろう。

 

「それにしてもフェイトってネクタイ結ぶのうまいのな」

 

「練習してたしね。ほらやっぱりお嫁さんはネクタイ結べないとダメでしょ?」

 

 おっとフェイト選手、親友である高町なのはに喧嘩を売りました。

 

 しかしなのは選手それを聞いていない。友情はなんとか守ることができましたね。

 

「それじゃ俺もブラとパンツをスムーズに脱がせることができるように練習しておこう」

 

「……なんか手慣れる感を出されるとちょっと引くかも」

 

 ……女心って難しいな。

 

 そうこうしているうちになのはがやってきたのでようやく高町家へ行くことにした。

 

「ヴィヴィオちょっときんちょうする……」

 

「大丈夫大丈夫。少し高町家で落ち着いてから学校へは行くか」

 

「ん、そうだね」

 

 そんなわけでヴィヴィオを落ち着かせるために、高町家でゆっくりしてから学校へは行くことに決まった。

 

        ☆

 

 最近ご無沙汰な高町家に帰ってくると桃子と士郎が快く出迎えてくれた。二人とも相変わらず見た目が変わらない化け物だということを追記しておこう。

 

「いらっしゃいヴィヴィオちゃん。今日は頑張ってね」

 

「うん!ヴィヴィオがんばる!ヴィヴィオむてきだからだいじょうぶ!」

 

 力いっぱい拳を振り上げるヴィヴィオに桃子は頭を撫でる。嬉しそうに笑うヴィヴィオをみていると俊やなのはやフェイトまで嬉しくなってしまう。桃子に頭を撫でられて少し落ち着いたのか、さきほどまでのそわそわとしていた雰囲気が若干薄らいでいた。

 

「なのはもフェイトちゃんも俊ちゃんもガーくんもお疲れ様。ほら時間までゆっくり休みなさい。ケーキと紅茶を用意してるわよ」

 

「うん!ありがとうおかあさん!」

 

「ありがとうございます。あの……母はまだですか?」

 

「さっき買い物にいったけど……まだ帰ってきてないみたいね」

 

「ほ……。それは安心しました。そのまま鍵をかけておいてください。母がこの場にいるとめんどくさいことになりそうなので」

 

「あ、あいかわらず厳しいのねフェイトちゃん……」

 

「今日はママとして本気ですから。私がしっかりしないと……」

 

『俊くんそれわたしのイチゴ!とらないでよ!』

 

『お前は胸についてる乳首でも食べてろ!』

 

『ガーくんこれなーに?』

 

『モンブランダヨ!』

 

『お~。モンブラリンか~』

 

「私が……しっかりしないと……!」

 

 少しばかり涙をみせながら強い意志を覗かせるフェイトに桃子は乾いた笑いを送りながらそっと肩を叩く。

 

 後ろにいる大きい子ども二人と小さな子ども達のお世話は大変だろうと心の中で思いながら。

 

「ま、まぁフェイトちゃんも少しはリラックスしないとね。ほら紅茶だけでも飲んで落ち着いて?」

 

「は、はいありがとうございます」

 

 ソファーにはヴィヴィオがなのはの膝の上に座りながらモンブランを食べさせてもらっている。なのははイチゴのショートケーキを食べながらヴィヴィオの面倒をみているのだが、ヴィヴィオのことに気がいきすぎて自分の服にホイップクリームが落ちそうなことに気づいていない。

 

「なのは、自分のクリームが落ちそうだよ」

 

 なのはの横に座ったフェイトはなにげない動作でなのはがもっていたフォークに付着するホイップクリームを舐めとる。

 

「……」

 

「ん?どうしたのなのは?」

 

 フェイトのほうをじっとみるなのはにフェイトが首を傾げると、なのはは無言で自分の頬にホイップクリームをちょこんとつけた。そのまま何事もなかったかのようにヴィヴィオの相手をする。

 

「……えっと、なのはついてるよ?」

 

「え?なにが?」

 

 ぴこぴことなのはの頭にネコ耳の幻覚がみえるフェイト。目をくしくしと擦るがその幻覚は消えないどころか、さきほどよりも動きが激しくなっている。それによくみるとシッポもぶんぶんと振られている。

 

 ヴィヴィオはガーくんに自分のモンブランを食べさせており、俊は二人をよそに誰かと連絡をとっていた。

 

「……はぁ」

 

 だれにも見られないうちに済ませよう。

 

 そう決心したフェイトはそっとなのはの頬に口寄せて、かわいらしい舌でぺろっとなのはのホイップクリームを舐めとった。

 

 なのはのネコ耳としっぽは千切れんばかりに振られていた。

 

 フェイトは周りを確認しながらさっと身を引いて、誰にも聞こえないようにひそひそ声でなのはに耳打ちする。

 

「なのは……いきなりどうしたの?昨日もあんなに甘えたでしょ?」

 

「んー?べつにー。ただフェイトちゃんが不安そうな顔してたから元気づけてあげようと思って」

 

「ふ、不安そうな顔って……」

 

「フェイトちゃんは美人なんだから、そんな顔しちゃダメだよ。リラックスしなきゃ」

 

 ヴィヴィオの頬をぷにぷにしながらにへらと笑うなのは。

 

「むぅ……なのはだって家を出るまであわあわしてたじゃん」

 

「覚悟決めたからね。わたしやフェイトちゃんが不安そうな顔してたらさ、ヴィヴィオだって不安になっちゃうよ。だからわたし達は常に笑顔でリラックスしてなくちゃダメなんだって」

 

 魔導師と戦うよりもこっちのほうが簡単だよ。そう笑うなのはにフェイトはふっと肩で笑った。ようやく笑うことができた。

 

「……かなわないなぁ」

 

 いざというときの決断力と度胆の強さ。この二つをもっているからこそ彼女はエースオブエースになれたのだ。そう悟るフェイトはなのはにそっと寄り添った。

 

「……ありがと、なのは」

 

「どういたしまして。でもまぁ、いまわたしが言ったことが本当なら俊くんは心臓に毛が生えた生き物だと考えたほうがいいかもね。少なくともわたし達より落ち着いて、ヴィヴィオとも普段通りに接してたんだから」

 

「そうだね。なんだかんだで……俊は頼もしいのかもしれないね」

 

 二人で俊を見つめる。携帯で何かを言い争う俊に目を奪われる。二人に視線に気づいた俊はきまずそうにしながら、声量をかなり絞る。冷や汗を垂らしながら手で戸を立てるその様子に、女としての直感が働いた二人はそっと魔法で俊の電話を盗聴した。

 

『だから違うってスカさん。スカさんが言ってるのは“俺とお前のろりぷに天国~カウパー・サラダバー~であって、俺が頼んだのはそれのらぶ・ぽーしょん編だって!え?置いてない?……まいったな、それは困った。やっぱ予約しておくべきだったかな?でもタイトル的になのはとフェイトにもし受け取られたりすると危ないし

──』

 

「「ちょっと奥でお話ししようか、あなた?」」

 

 一人一つの要領で両肩を外すなのはとフェイト。悲鳴すら上げる間もなくバインドと猿轡で封じ込まれた。

 

「言い訳は後で聞くから。まずは奥に行こうか?大丈夫だよ俊くん。返り血なら洗い落とせばいいし、いざとなったらおとうさんの服を借りればいいでしょ?」

 

「ヴィヴィオー、ちょっと桃子さんと遊んでおいてねー?ママ達はすぐに戻るから」

 

『はーい!パパはー?』

 

「塵と化してなければヴィヴィオの元にまた現れるから大丈夫!」

 

 勢いのままにヴィヴィオは首を縦に振った。もちろん理解など微塵にしていないが。

 

 ずるずるとなのはとフェイトに引きずられる俊を手を振って見送るヴィヴィオ。ガーくんと桃子は合掌して見送る。

 

『ち、ちがうんだ二人とも!?こ、これは純愛物語であって──』

 

『あのタイトルのどこに純愛要素が入ってんのー!!』

 

『どんなタイトルかもしらないくせに!』

 

『し、しってるもん!ね、フェイトちゃん!俊くんに言ってあげて!』

 

『え!?私!?え、えっと……ろ、ろりぷ──っていえないよ!?』

 

 奥の間から三人の声が響いてくる。ヴィヴィオは桃子の膝の上に座りながら、桃子を見上げて笑顔を向けた。

 

「パパとママたちなかよしだね!」

 

「そうねー、パパとママも仲良しねー。……死ななきゃいいけど」

 

 それからリンディが帰ってくるまでの間、なのはとフェイトからの無限コンボをお見舞いされていた俊は、フェイトから話しを聞いたリンディにも無限コンボを叩き込まれることになった。

 

          ☆

 

 無限コンボを決められてから2時間ほどの回復をようしたが、そのおかげもあってなのはもフェイトも平常心を取り戻した。代償は大きかったものの、魔法の力で俊の衣服は元通りになり、俊は楽しそうなヴィヴィオにひかれながら自分の母校へと歩みを進めた。

 

「いい、俊くん。絶対に変なことしないでよね?下半身露出しちゃダメだからね?」

 

「まるで俺が日常的に可半身を露出しているみたいな言い方はやめてもらおう」

 

 唖然としすぎて言葉がでないなのは。

 

「俺が出してるのはチンコであって下半身ではない」

 

「もっと悪いよ!?そのピンポイントはやばすぎるよ!?」

 

 慌てるなのはに口笛を吹く俊。ちなみにヴィヴィオはフェイトが奪取して身の安全を確保した。

 

「それにしても小学校か。懐かしいな。小学生まだいるかな?」

 

「いるわけないでしょ。そういえば俊くんってわたし達が説明受けてるときなにしとくの?」

 

「うーん、ヴィヴィオと学校見学かな」

 

 少し悩んでそう答える俊。書類や説明ごとはなのはとフェイトのほうが得意、というより局員であるためなのは達が受け持つことになっている。ほんとのところ、俊ではなのはもフェイトも不安なので自分達で事を進めようというのが魂胆であるが。俊もそれを理解しているので何もいわず、自分はヴィヴィオと時間を潰そうと考えた結果、さきの学校見学に思い至った。

 

「でも最初は俺も一緒にいくんだろ?」

 

「そりゃね。親の名前を書かないといけないわけだし」

 

「だよなー。俺となのは、そしてフェイトにヴィヴィオ。それとガーくんか?」

 

 あれ?アヒルは名前書いていいのだろうか。そもそも保護者じゃないよな?

 

 ちらりとガーくんをみて悩む俊に、ヴィヴィオを乗せて歩いていたガーくんはぽんぽんと俊の足を叩いた。

 

「モンダイナイ。ガークンハコトバシャベレルカラ」

 

 それこそ問題なんだよなぁ……。口が裂けても言えない俊であった。

 

 ガーくんをどう扱うべきか。その考えに浸っていた俊はふとあることに気がついた。それはミッドでは当たり前のことすぎて失念していた部分。いや、なかったことにしていた部分。それは──

 

「なぁ……ヴィヴィオの名前ってどっちで記入するの?」

 

 ぴたりと全員の足が止まった瞬間だった。

 

 考えてみればそうだった。地球で生活をする以上、母親は一人しかいないのだ。なのはとフェイトの二人を母親として書くなんて真似をしたらどうなるか、想像しただけでも恐ろしい。だからこそ、高町なのはを母親にするのか、フェイト・T・ハラオウンを母親にするのかどっちか一つを選ばなければならない。逆にいうならば、どちらか一方しか選べないのだ。

 

 そしてヴィヴィオは選んだ母親の名字を地球では使い続けるのだ。義務教育が終わるまでは必ず。

 

 俊は自分に問いただす。

 

 これまでこの問題を一度でも本気で議論したことはあっただろうか?

 

 答えは否。

 

 ではなぜ二人ともこの問題について触れなかったのか?

 

 それは多分──

 

「なにいってるの俊くん?」

 

「そうだよ俊」

 

「「ヴィヴィオは高町(ハラオウン)性を名乗るに決まってるよ」」

 

 二人とも自分が母親で、自分の名字を使うと考えていたからだ。

 

「「……ん?」」

 

 頭を抱えてしゃがみこむ俊。自分が先送りにしていた問題をいま気づいたことに後悔するとともに、この場でどちらの姓を名乗らせるのかで言い争いをしはじめようとする二人を抱っこして高町家へと音速で帰宅することにした。

 

「ガーくんついてこい!とりあえず年長者達に助言を乞うぞッ!!」

 

「オウトモサ!」

 

 ジェットコースターのような速さを体験してはしゃぐヴィヴィオに乾いた笑みを浮かべながら高町家へと帰ると、このことに察知していたのか桃子さんとリンディさ

んが対面して待っていた。

 

「あら俊ちゃん。この時間だと学校に行く前にちゃんと気づいたのね」

 

「えぇ、なんとか……。その、すいません桃子さんにリンディさん。どうかお知恵をお貸しください。このままじゃ……なのはとフェイトが戦争起こしてしまいます」

 

 俊に抱きかかえられたまま、ツーンとそっぽをむく二人。桃子もリンディも自分の娘をみながらそこまで考えが至っていなかった娘に呆れて、ため息を漏らしていた。

 



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A's36.疑問多々

 なのはとフェイト、両者テーブルを挟んで席についていた。その隣には保護者の桃子さんとリンディさん。ヴィヴィオはガーくんと美由希さんと別室でおりがみ作りに夢中、俺はその両者の真ん中で正座していた。

 

「俊ちゃん……まさかとは思うけどほんとに三人で話し合いはしてなかったの?」

 

「……はい」

 

「一回も?」

 

「たぶん……」

 

 俺の記憶が正しければの話であるが。俺もなのはもフェイトもヴィヴィオが誰の姓を名乗るのかなんて相談してなかったような。そもそも俺の代までしか上矢姓を名乗ることがないから失念していた。俺が高町かハラオウンを名乗るように、ヴィヴィオもまた高町かハラオウンのどちらかを名乗らなければならなかった……。

 

「……どうしましょう」

 

「どうしましょうと言われても……色々とやり方はあるけども、それよりもなのはとフェイトちゃんがお互いに納得した形で了承しないことにはね。ほらなのは、ネコ

みたいにしゃーしゃー言わないの」

 

「ほらフェイトも犬みたいに唸らない」

 

 桃子さんの隣でなのはが、リンディさんの隣でフェイトがそれぞれ威嚇する。

 

 地獄絵図。まさに地獄絵図である。

 

 あの高町なのはとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンがテーブルを挟んではいるもののいまにもやり合いそうな雰囲気を醸し出している。局員がみたら失神するぞ。

 

 俺だってさっきから冷や汗が止まらないんだから。滝のように流れる汗のせいで一張羅が台無しだ。

 

「まぁなのはとフェイトちゃんは、二人とも自分の姓をヴィヴィオちゃんに名乗らせたいのよね」

 

「「うん!」」

 

「でもヴィヴィオちゃんは一人だからねー。できないこともないけど……俊ちゃん的にはどっちだと思う?」

 

「え!?俺ですか?そうですねぇ……」

 

「適当な返しすると後で痛い目に合うから気を付けなさいよ」

 

 リンディさんの忠告ともとれる発言に、顔を上げて二人に視線を移す。二人とも片方で殺戮者の瞳、片方で萌え殺す気満々の瞳で俺を見つめていた。

 

 不用意な発言はアウトということか……。

 

「そうですね……俺は……。どうすべきなのかなぁ」

 

 高町を名乗っても、ハラオウンを名乗っても、結局のところヴィヴィオは幸せになるだろうしなのはとフェイトがそれで愛さなくなるということはないだろう。

 

「ヴィヴィオ・ハラオウンも、高町ヴィヴィオもどっちも似合うしな」

 

 呟く俺になのはとフェイトは既に興味をなくしたようで、二人で口論を開始した。

 

「なのはより絶対に私の姓を名乗ったほうがいいよ。だって髪色も一緒だし、そのほうが不自然に思われないし」

 

「髪色が違うだけで区別するような人とは付き合わないつもりですから、その点は心配しなくても結構ですー。それよりフェイトちゃんは六課解散したあとは各地を回

っていくから忙しいでしょ?保護者面談なんかはわたしが受け持つから、やっぱり高町を名乗ったほうが自然だと思うんだ」

 

「私だって六課解散したあとはヴィヴィオや俊のそばにいるつもりだからご心配なく。なのはだって教導あるでしょ?そっちのほうが忙しいんじゃない?」

 

「だいじょうぶですー。六課解散したあとは管理局辞めて翠屋で働くつもりですから」

 

「……ずるい」

 

「ずるくないもん。元々わたしはお菓子作りの才能あるし」

 

『それはない』

 

「え!?なんで総ツッコミ!?」

 

 お前にお菓子作りの才能があったら人類パティシエ計画が発動されているぞ。断言しよう。オーブンと魔界を繋げる女はお菓子作りの才能ではなく、黒魔術の才能があるんだよ。

 

「って、ちょ、ちょっとまてよなのは!俺はなにも聞いてないぞ?お前が管理局辞めるなんて」

 

「だって言ってないもん」

 

「翠屋を潰す気か!」

 

「ウェイトレスとレジ打ちだから潰れないよ!ったくもー、俊くんってば。すぐになのはのことバカにして。……それに、わたしだって自分なりに一生懸命考えてみたの。管理局辞めることについては」

 

 頬を膨らますなのは。桃子さんはなのはの頭を撫でながら落ち着かせる。

 

「いやでも、お前が管理局辞めるってかなり人生が変わるような……」

 

「うん、それも知ってる。その上で結論をだしたの。……理由はまだきかないでくれるかな?その……決心がついたらちゃんと自分の口で説明するから」

 

 俺はただ漠然と頷くことしかできなかった。あのなのはが、管理局で絶対的な地位を確立しているなのはが出した結論だ。口を挟むことはできない。なのはの決心がつくときをひたすらまとう。

 

「しかしこうなると……どうするべきか」

 

 なのはもフェイトもヴィヴィオを譲るつもりはなし。もちろん俺の姓を使うのは論外。となると……

 

「「やっぱり、魔導師らしく模擬戦で勝負をつけようか」」

 

 せめて母親らしい仕事で対決してほしい。

 

「まあなのはがフェイトちゃんに母親らしい部分で勝つのは無理だもね。和洋中一通り作れるフェイトちゃんに、無間地獄を製造するなのは。隅々まで掃除をするフェイトちゃんに、いつの間にか本を読み始めるなのは。買い物メモを見ながら品質に注意しながら買いものするフェイトちゃんに、自分のお菓子を真っ先に買い物カゴにいれるなのは」

 

「母親対決ではフェイトちゃんとどっこいどっこいで勝負がつかないね」

 

『んんッ!?』

 

 なのはさんの自信まじ半端ねぇわ!完全に負けてるのにイーブンにもっていった!

 

「いたっ!お、おかあさんつねらないでよ……」

 

 桃子さん顔は笑ってるけど怒ってますわ。もしくは落胆してるか。

 

 一気に涙目になったなのは。小動物のような視線をこちらに向けてくるので、思わずなのはの頭を撫でそうになったが桃子さんによってそれは阻まれた。

 

「俊ちゃんもなのはを甘やかさないの」

 

「あっはい」

 

 思わず答えたけどなんかこれって違くないか?いや、あってるといえばあってるけどさ。

 

「なのはってもうちょっとしっかりしてそうな雰囲気をたまに醸し出すけど、実態はドジっ子魔法使いみたいな立ち位置だよね」

 

「いやいやフェイトちゃん。完璧魔法使いの間違いでしょ。それについつい掃除中に漫画読んじゃうのは俊くんのせいだし、料理できなくなったのも俊くんのせいだもん」

 

「俺に責任転嫁とはやるな」

 

「ちがうもん。だって俊くんがすぐになんでもしちゃうからこんなになったんだもん。俊くんに調教されたようなもんだもん」

 

『……』

 

「はッ!?」

 

 無自覚にきわどいセリフを吐くなのはに三人が冷たい視線で俺をみる。俺はそっぽを向いてそれを回避しようとするが、なのは自身が自爆したことに気づいて顔を真

っ赤に染めて俯いてしまった。

 

「……とりあえず修正しましょうか」

 

 桃子さんの神の言葉によって全員とも何事もなかったかのようにその後は振る舞った。

       

       ☆

 

 議論は平行線をたどるのみだった。

 

 そもそもなのはもフェイトも一歩も譲る気はなく、かといって互いが納得いく結論がでるわけでもない。(魔導師対決は母親と関係なさすぎて却下した)

 

 そろそろ決めないと今日中に訪問できないんだよなぁ。

 

 正座がきつくなったなのはは女の子座り、あとは正座しながらずっと言い合っている。主になのはとフェイトが。桃子さんとリンディさんは諌めるぐらいのストッパーの役割にとどめている。親が口出しして納得することはないだろう。そう結論しているっぽいな、この人達。

 

 実際そのとおりなのだからやっぱり二人とも格が違うなぁ。

 

「こ、こうなったらかわいさアピール対決にしよう……」

 

「か、かわいさアピール対決……?」

 

 まーたなのはが訳の分からないことをいいだした。

 

「こう、どっちが萌え萌え度が高いかで競う」

 

「審査は誰がするの?」

 

「……俊くん」

 

 やめて、マジやめて。どうしてそう完璧なまでのタイミングで俺に話をふってくるかな。

 

 じーっと俺のことをみつめるなのはとフェイト。互いにウインクを飛ばしてくるが、どうすればいいのか判断に迷う。こんな形で決めていいのだろうか?

 

「い、いや……流石にそれはダメじゃないか。もっと違うことで決着つけたほうが」

 

「議論は尽くしたもん。俊くんだって別の案ないでしょ?」

 

 ……まぁ思い浮かばんな。

 

 萌え萌え勝負ならばたしかに不公平さはでないだろう。しかし、しかしだぞ、ヴィヴィオの名字を決める大事なイベントを萌え萌え勝負にしてしまっていいのか?色々と間違ってないか?養子縁組とか……いやそもそも母親をどっちがするかって問題だったな。色々と頭が混乱してきた。

 

「で、どっちからやるんだ。萌え萌え勝負」

 

「ふっふっふ、どうぞフェイトちゃん。そっちに譲ってあげる」

 

「む!なのは……なにその得意げな顔。私だって萌え萌えできるってところみせてあげる」

 

 毅然とした表情をみせるフェイト。しかし実際にやるのは萌えポーズだ。

 

 桃子さんもリンディさんも二人でため息をついている。

 

 咳払いするフェイト。きょろきょろと周りを確認し、この場に俺ら以外はいないことを確認したのち、深呼吸する。

 

 カッと目を見開いたフェイト。

 

「ふぇぇ……ふぇいともえってなんだかわかんないよー……。でもがんばる。もえもえきゅーん!」

 

『失礼します。母さん、管理局のほうからようやく書類が届いた──』

 

「「……」」

 

 フェイトは 窓から 飛び出した

 

 残念 リンディに つかまった

 

「殺して!もういっそ殺してッ!!」

 

「だ、大丈夫だよフェイトちゃん!?可愛かったから!ものすごく可愛かったから!ね!?」

 

「お、おう!そうだよ、めっちゃ可愛かったよ!」

 

 両手で顔を覆い、悶絶するフェイトに顔をかける俺となのは。フェイトは嫌々と顔を左右にふりながら全身をピクピクと震わせている。

 

 ちなみに押し倒して胸と下半身を揉みしだこうとしていたリンディさんはクロノによって羽交い絞めにされている。

 

「というかクロノ、なにしてんの?あれ?今日って普通に仕事じゃないの?」

 

「まあそうなんだが、色々と準備するものがあったもので。僕も仕事が詰まっているから失礼する。後のことは頼んだぞ俊」

 

「できればリンディさん引き取って」

 

「そうしたいのはやまやまなんだが……理由があってな」

 

 苦い顔をするクロノ。リンディさんを引き取るわけにはいかない事情でもあるのだろうか。介護のときは皆で平等に一日ごとに世話するって約束だからな、絶対に逃げるなよ。

 

 視線でそう訴える俺だが、クロノはそっと視線を逸らした。

 

「そういうわけなのでよろしく頼む。……その、強く生きてほしい俊」

 

 まて、なんだその意味ありげなセリフ。優しい笑みで退場するなアナル拡張するぞお前。

 

「な、なんなんだいきなり……?それに、クロノがもっていた資料って」

 

 いつの間にか隣でしくしくと泣くフェイトをあやしながら、リンディさんのほうを盗み見る。柄にもなく真剣な表情で資料を読み込んだリンディさんは、ばっと立ち

上がった。

 

「悪いわね、ちょっと用事がはいったみたい」

 

「あー、管理局関係ですか?」

 

「クロノが資料を渡しに来た時点で頭を働かせなさい」

 

 相も変わらず厳しい人だ。

 

 キリっとした出来る女の雰囲気を醸し出しながら、自然な動作でフェイトの胸をまさぐりにいくリンディさん。直前でしくしくと泣くフェイトに腕をはらわれて俺の乳首にソフトタッチすることに。何故か全力で膝蹴りをいれられたが訴訟を起こす間もなくリンディさんはこの場を去っていった。

 

 暴君かよあの人。

 

 なのはと二人、顔を見合わせて首を傾げる。ちなみにフェイトは泣くのを止めたが真っ赤な鼻とうさぎの瞳で、なのはの萌えアピールをこの目でみようとしていた。

 

「えーっと、まぁわたしとしては観客が一人減ったからラッキーだったのかな?流石におかあさんはいいけど、桃子さんやおとうさんに見られるのはちょっと恥ずかし

いし。おとうさんに見られたら憤死するかも」

 

 舌をみせながらてへへと笑うなのは。かわいい、なんてかわいいんだ。

 

 立ち上がったなのははフェイトと同じように俺らだけであることを確認して、

 

「なっのなっのぴょん!あなたの心になのぴょんぴょん!笑顔届ける高町なのはだよ!なのぴょんって覚えてほしいぴょん!」

 

『俊君達はそろそろいかないと時間がないんじゃないか?車で送っていこうか?』

 

「探さないでほしいぴょんッ!」

 

「落ち着けぴょん!大丈夫だぴょん!」

 

 普段なら絶対にだせないであろう速度で窓を開け放ち逃げようとするなのは。思考がフェイトとまったく一緒だ。

 

 神速で逃げ出す前のなのはをなんとか捕まえて頭を撫でて落ち着かせる。フェイト同様顔面真っ赤に染まっている。……父親にみられたのは辛いなぁ。

 

 ま、父親である士郎さんは色々と察してくれて車のカギを俺に見せつけながらそっと出て行ってくれたけど。

 

「もうダメだぴょん……なのははウサギの惑星に帰るぴょん……」

 

 頭が混乱しててなのはがおかしいことをいってるぴょん。

 

 轟沈寸前のなのはとフェイト。

 

「桃子さん、俺はどうすれば……」

 

「それはもう俊ちゃんが決定権をもってるんでしょ?」

 

 そうだった。よりにもよって今回のジャッジは俺に権限があるんだよなぁ。盛大に爆散した二人の萌え萌えアピール。でもなんだかんだで二人とも必死だったし、ドローだと納得いかないよな。でも甲乙つけがたいし……。

 

 なのはとフェイトが見つめる中、俺は頭を回転させて悩む。どっちだ?何回もリピートを繰り返すんだ。愛らしさと可愛らしさに点数をつけるんだ……!

 

「おーい三人ともー。もうヴィヴィオちゃんが待ちかねてるよ。いつまで学校行くの延期させればいいんだって」

 

 俺達が重大な案件を決めあぐねている中、ヴィヴィオが美由希さんに手を引かれてやってきた。別室でガーくんと美由紀さんと三人で遊んでいたヴィヴィオだが、その頬はぷっくりと膨れており怒っていることが手に取るようにわかった。

 

「おそーい!もうヴィヴィオおりがみあきた!……はっ!?なのはママとフェイトママがないてる!?」

 

 なのはとフェイトの轟沈状態に気づいたヴィヴィオは慌ててかけより、ぎゅーっとなのはとフェイトを抱きしめた。

 

「だいじょうぶ?なのはママもフェイトママもどこかいたいの?」

 

 それはヴィヴィオなりの心配と気遣いで、なんだか傍から見ればヴィヴィオのほうがなのはとフェイトの保護者にみえてついつい笑ってしまった。

 

「パパ!はやくヴィヴィオがないたときみたいにいいこいいこしないと!」

 

 ヴィヴィオにとってなのはとフェイトが泣いているのは大層ダメなようであり、一刻も早く泣き止まそうとしている。たしかにヴィヴィオが泣きそうなときは頭を撫でると自然と笑顔になっている。

 

「はいはい。ヴィヴィオのときと同じように優しく愛情こめてな」

 

 ヴィヴィオのいい子いい子はロヴィータちゃんやなのフェイのいい子いい子よりも少しばかり優しくソフトに意識している。なんせヴィヴィオは正真正銘の5歳児。なにが起こるかわからないしな。

 

 両手でなのはとフェイトの頭を撫でていると、ヴィヴィオは自分も構って欲しくなったのか俺の膝の上にちょこんと座りこちらを見上げる仕草をとっていた。

 

「ねぇヴィヴィオもしてー」

 

 幻覚というか錯覚だと理解しているが、いまのヴィヴィオには犬の尻尾がみえてしまう。

 

 ……そうだ、ヴィヴィオにも意見をきいてみよう。

 

 ヴィヴィオの頭を撫でながら俺はごく自然に話を切り出した。

 

「なぁヴィヴィオ。ヴィヴィオはさ、なのはママとフェイトママどっちも好きか?」

 

「うん!ヴィヴィオだいすき!」

 

「それじゃ……ヴィヴィオはなのはママとフェイトママの……そのなんだ」

 

 どう言えばいいのかわからない。

 

 お前はなのはママとフェイトママのどっちの名字を使いたいか?

 

 そんな切り出し方はないだろう。人の体をした悪魔じゃないか。しかし、しかしだぞ。ならどうやって切り出せば……。両隣にいる二人もどういえばいいのか、どう切り出せばいいのか戸惑っている。ヴィヴィオに喧嘩してる部分を見せたくないから別室に移したわけだし、二人ともヴィヴィオを目の前にして名字をどっちが使うかなんて話題を嬉々としてだせる性格じゃない。

 

「ねぇヴィヴィオちゃん?ヴィヴィオちゃんはとってもラッキーな子よ。いまね、なのはママとフェイトママとパパがね、ヴィヴィオちゃんのお名前を考えてたの。ヴ

ィヴィオちゃんが小学校で使うためのお名前をね」

 

「おー!なにそれ!」

 

「ふふ、高町・ヴィヴィオ・ハラオウンよ」

 

『……え?』

 

 思わず三人とも声が漏れた。予想外な人物から頭の片隅にこびりついていた言葉が出てきたのだ。予期していなかったので間抜けな声がでるのも仕方がない。

 

 おいでヴィヴィオちゃん。そう桃子さんは自分の膝をぽんぽんと叩き、ヴィヴィオは嬉しそうに俺の膝を離れて桃子さんに座った。桃子さんを見上げて話に耳を傾け

るヴィヴィオ。

 

「ヴィヴィオちゃんは幸せものよ。だってなのはママとフェイトママがヴィヴィオちゃんを右と左で守ってくれているんだもん。普通の子はパパやママのどちらか一方

しか守れないのよ?」

 

「でも……パパがいないよ?」

 

「パパはヴィヴィオちゃんが呼べばすぐにくるから問題ないわ。それにパパは弱いから。なのはママとフェイトママのほうが頼りになるわ」

 

「たしかに……」

 

 いやな納得の仕方だな。否定できる材料がないから受け入れるけど。あと両隣の二人は憐みをもった瞳で俺の肩を叩くな、慰めるな。泣きたくなるだろ。

 

「たかまち・ヴィヴィオ・ハラオウン!これがヴィヴィオのなまえ!」

 

「そう。ヴィヴィオちゃんのお名前よ。これから先生にお名前はなんですか?って聞かれたらそう答えればいいのよ。ほら、もう学校に行く時間だからパパとママについて行こうね」

 

「うん!」

 

 大きく頷いてこちらに戻ってくるヴィヴィオ。俺達の手を取ってはしゃぎながら急かす。

 

「はやく!ヴィヴィオがっこうにいきたい!」

 

「ん、あ、あぁ。ちょっとまってな、パパは桃子さんに話があるから」

 

「はやくきてね!」

 

 ヴィヴィオはフェイトとガーくんと手を繋ぎながら走って玄関に向かった。美由希さんも面白そうなのかヴィヴィオの後についていってしまったので残っているのは俺となのはと桃子さんのみであった。

 

「……ありがとうございました」

 

「なのはもフェイトちゃんも俊ちゃんも、三人ともどっちつかずで決められない。そう思ってたわよ。リンディさんと士郎さんもね」

 

 仰る通りです。申し訳ありません。

 

 なのはと顔を見合わせてから二人同時に頭を下げる。顔は見えないが、桃子さんは笑っているだろうか?それとも呆れているだろうか?どちらにしろ、いつかこのご恩は返さなければならない。

 

「あなたたちはヴィヴィオちゃんを抜かして話しをしていたけど、本当はヴィヴィオちゃんこそこの場にいるべき存在なの。だってその名前を使うのはヴィヴィオちゃんなのだから」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「それに俊ちゃんもなのはやフェイトちゃんより冷静に物事を考えることができる立場にいたのだから、あなたがそれに気づかないでどうするの」

 

「すいませんでした……」

 

 いつぶりだろう、なのはと二人で桃子さんに怒られたのは。

 

「もっといえばヴィヴィオちゃんならこの結末になるだろうことをちゃんと予測しておきなさい。あなた達よりよっぽどリンディさんのほうが頭働かせてたわよ」

 

 そういって桃子さんは席を立ち、引き出しの中から書類を取り出した。

 

「この書類があれば地球でもちゃんと三人で生活できるそうよ。私も中身を確認したし、今回は特例で管理局の偉い人、えーっとミゼットさんだったかしら。この方も随分と尽力されたみたい。ちゃんとお礼いっておきなさい」

 

 ぽんと渡された書類は、ものすごく重く感じた。まるで誰かの命をその背に背負ったような──そんな感覚に陥った。

 

「俺らじゃなんにもできないな……」

 

「違うわ俊ちゃん。私達ができることがここまでなのよ。これから先はあなた達が頑張るばんよ」

 

 その言葉に俺もなのはも首を縦に大きくふった。そうだ、これからは俺となのは、そしてフェイトで頑張らないといけないんだ。もう管理局の加護はない。支援はあ

てにしてはいけない。

 

 地球で過ごすのだ。なのはとフェイトは管理局員としてではなく、一児の母として、俺は父として。

 

「「はい、頑張ります」」

 

 気合を入れ直せ、浮かれるな。俺達がしっかりしないと、ヴィヴィオの親として背中と口で語らなければ。

 

            ☆

 

 士郎さんに車で送ってもらい、事務の対応係に話しをつけると何故か理事長室に案内された。

 

 道中、俺もなのはもフェイトも訳が分からず困惑状態。何故理事長に?俺達はただの一家族として見学にきたのに?資料だってミゼットさんとリンディさんが関わっているのだ。うまくやってくれているはず。だというのになぜこんなことに?

 

 ヴィヴィオとガーくんだけが嬉しそうに面白そうに興味深そうにきょろきょろとあたりを見回しているだけだった。俺らはアイコンタクトで事情を理解しそうと必死だっただけだ。

 

 しかし、それも理事長室に行けばすぐに理解した。

 

 理解せざるおえなかった。

 

 装飾が施された理事長室、その机の前でぎこちない笑みを浮かべる俺らと変わらない年齢の女性。そして初対面ですと言わんばかりに自己紹介をするマッパ。

 

「こ、こんにちは。来年度より理事長に就任しましたカリム・グラシアと申します」

 

「補佐のシャッハ・ヌエラと申します」

 

 カリムさん、既に俺の視線に耐え切れなくなったのかそっぽを向いて自己紹介はじめたぞ。マッパさん、鋼の精神と面の厚さで完全に俺を初対面扱いはじめたぞ。

 

「い、いやあのカリムさん?なに遊んでるんですか?しかも理事長って、小学校に理事長室なんて──」

 

「来年度から設立されます」

 

「ヌーブラヤッホーさんも何故補佐なんかを」

 

「今度その名前で呼んだら頭カチ割ります」

 

 カリムさんはぺこぺこと頭を下げるばかり、いったい全体なにがどうなっているんだ?

 

「俊くん、お知り合い?」

 

「ん、まぁ知り合いといえば知り合い……かな?たぶんはやてのほうがこの二人については詳しいと思うけど。とりあえずいえることは……管理局は関わらないようだが、聖王教会は思いっきり関わってくるということだけだな」

 

 いったいなにが目的で、どんな理由でこの場にいるのか。そしてどんな方法で俺らが此処に来ることを予期していたのか。色々と俺にはわらないことばかりだが……

 

「んー?なんかどこかでみたことあるようなきがするー」

 

「こ、こらヴィヴィオ!そんなに人のことをじろじろみちゃダメだよ」

 

「い、いえいえべつに問題ありません……」

 

「ジー」

 

「……なんなのです、この威圧感たっぷりなアヒルは」

 

 少なくとも、聖王教会が噛んできたいうことは──ヴィヴィオが絡んでいるのだろう。

 

「あの、ひょっとこさん?その……お気持ちはわかります。あなたが聖王教会から去ったのは、あの一件を聞かれて不審に思われたからですね。あなたが私達を信用しないのはいたいほど理解できます。ですが……どうか信じてください。私達が此処にきたのは危害を加えるためではありません」

 

 信じてくれないかとは思いますが。そう言葉の余韻を残すカリムさん。たしかに俺が聖王教会に不審を持ったことは本当だが……。

 

「まぁ事情があるんだろう。聖王教会のトップがわざわざ未開の地球に6年も在籍するほどの理由が。べつに詮索しようとも思わないし、個人的に恨みもない。べつに俺は構わないよ。俺らもちょっと特殊な形だから学校側から便宜を図ってもらうのはありがたい」

 

 逆に学校のトップが知り合いで話しの分かる人ならば色々と都合がつきやすい。あとはまぁ……関係を悟られないようにすればいいだけの話だ。

 

「ありがとうございます。ふふ、やっぱりひょっとこさんは優しい人なのですね」

 

 ふんわりと笑うカリムさん。こりゃその手の男性ならばすぐに堕ちるな。……教会に務めていながら罪深い人だな。

 

「いててっ!」

 

 ふいに耳を引っ張られてそのままねじ切られた。

 

 耳たぶが完全に千切れた音がする。これもう再生するの無理そうだぞ。

 

 そんな俺の耳たぶを千切った怪力、高町なのはは俺とカリムさんの直線状に立ちはだかり、すっとカリムさんに握手を求めた。お、流石はなのは。

 

「初めまして、俊くんの妻の高町なのはです。そしてヴィヴィオの母親です。あなた、俊くんの何なんですか?」

 

 なのはさん、狂気の笑みを含ませながらカリムさんに握手を求める。

 

「ひぃッ!?」

 

 カリムさん、恐怖のあまり逃げ出す。なのは、左右にフェイントを入れ込んだ後すぐさま確保。こいつアマゾネスの戦士かよ。

 

「お、落ち着けなのは!?カリムさんに手を出すのは色々とマズイってば!」

 

「大丈夫だよ俊くん。カリムさんとおはなししたあとは俊くんをたっぷりと撲殺、もとい撲滅してあげるから」

 

「撲殺も撲滅もかわんねえよ!?」

 

「撲殺天使なのはちゃんがいい?それとも撲滅戦鬼なのはちゃんがいい?」

 

 なんだその二択。後者は世紀末が舞台の物語か?

 

『ヴィヴィオねーまえにあのひとにあったことあるよー?』

 

『え?ほんと?』

 

『うん!どこだったかなー?』

 

『どこだろうねー?』

 

『ナニヲタクランデルノ?』

 

『とくに』

 

『キョウカイツブシチャウゾー』

 

 ああ……俺もフェイトと同じ安全地帯にいきたい。ヴィヴィオが必死にうんうんと唸っている様子をフェイト同様間近で観察したい。というかフェイト、さらりと魔法で俺らとそっちとの間に障壁張らないで。俺も殺戮現場から逃げ出したい。

 

 にこやかな笑顔で俺との関係を根掘り葉掘り聞こうとするなのは。こちらに縋るような視線を送るカリムさん。いや一応頑張ったよ?でもちょっと無理だったかなぁ……。ほら、補佐であるヌーブラはガーくんに捕まって身動きとれないし。

 

 これはもう人生諦めるしかないよ。あなたも俺も。

 

 全てを悟った俺は静かになのはからの尋問を待つことにした。この場にバグキャラでも現れないかぎりこの場をひっくり返すことはできないだろ。

 

 目を瞑ろうとする俺にコンコンと理事長室をノックする音が聞こえてきた。ついでガチャリとノブがまわり、スーツ姿の誰かが室内に入ってくる。

 

「カリム理事長。管理局からの書類はここに置いておきますよってあら、皆。先に理事長室にきてたのね。道理でいつまでたっても来ないはずだわ。そろそろクロノ呼

び出して迎えにいかせようと思ってたところだったけど丁度いいわね」

 

 それは俺らがよく知る人物で、さっきまで俺らと一緒の部屋にいた人物で、俺の中で暴君として燦然と輝きを放つ、尊敬できる人。

 

 リンディ・ハラオウン──その人がスーツ姿で理事長室を訪れた。

 

 いたよバグキャラ

 




リンディさんはスーツがよく似合うリリカルキャラ


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A's37.問題解決?

 某日、八神家にて

 

 八神はやては書類に目を通したあと、困った顔で正面に座っている女性に話しかける。

 

「えっと……ほんまなんですか?」

 

「ほんまなのよ、はやてちゃん」

 

 はやてに返事を返すのはリンディ・ハラオウン。俊の天敵、フェイトloveの最強母。愛ゆえに娘と母の関係を壊し、女性同士の垣根を越えてフェイトを襲う恐ろしい存在。

 

 そんな彼女がもってきた資料を読んだはやては、そこに記されている事実があまりにも突飛なことなので目を疑うばかりであった。

 

「まさかヴィヴィオちゃんがなぁ……。で、なのはちゃん達は知ってるんやろか?」

 

「まだ知らせてないわ。というよりこの事実を知ってるのははやてちゃんと私と聖王教会の上のほうだけ。ということで喋っちゃダメよ」

 

「はーい。……こうなるとヴィヴィオちゃんを預けたあそこが怪しくなるなぁ。……こっちから仕掛けておいたほうがよさそうやな」

 

「ん?なにかいったかしら?」

 

「いえいえなにも。それで、今日はどんな用件で?この資料を見せるためだけにわざわざ家に来るとは思えないんですが……貴女の場合」

 

 にやりと口角を釣り上げるリンディ。はやてはうわーっとした顔をしながらとりあえず書類を片付けて端に置く。

 

『リイン、雪見だいふく一個やるよ』

 

『ほんとですか!?さすがヴィータちゃんです!』

 

 後ろではリインとヴィータがはむはむと雪見だいふくを食べている。

 

「部屋に移動させましょか?」

 

「いえ、大丈夫よ」

 

 茶封筒にいれてあるもう一つの資料とおぼしきものをテーブルで滑らせながらはやてによこすリンディ。はやてはそれを受け取りながら、中身を取出し隅々まで資料を読み切った後、

 

「……聖王教会もやることがえげつない」

 

 そう呟いた。

 

「あら、探していたものがようやく見つかったのよ?これくらい普通よ。聖王教会だって管理局に頼りたくないから私に個人的な話を持ちかけてきたわけだし。そして今度は管理局の八神はやてとしてではなく、フェイトの友人の八神はやてに話をもちかけているのよ。バカを演じることができるあなたにね」

 

「さぁ?なんのことか、わたしには理解できかねますね」

 

「あらそれは失礼したわ。いまのは忘れて頂戴」

 

 はやては何もいわずに黙って資料に目を通す。

 

 そこに書かれている事柄は、端的にいえばヴィヴィオを聖王教会で見守るというものであった。

 

「これって監視ですよね?」

 

「監視じゃないわ。私がフェイトを温かく見守っているのと同じことよ」

 

「ストーカーじゃないですか」

 

 もう、ストーカーじゃないわ。愛が為せることよ!そう頬を膨らませるリンディをよそにはやては考え込む。

 

 なんせここに書かれていることを友人であるカリムは実行する気なのだから。そしてこの作戦には自分の家族も巻き込まれている。

 

 もう一度、もう一度ちらりと教師の欄をみる。

 

 校長──リンディ・ハラオウン

 

 保健教諭──八神シャマル

 

 体育教諭──八神シグナム

 

 校長補佐・ヴィヴィオの担任──フェイト・テスタロッサ・ハラオウン←ここ重要

 

「(なぜ当然のように校長補佐にフェイトちゃんがいるのか、そして身内が担任をもつことは許されてないはず、とかそういうことは置いといて……シグナムとシャマルが先生なぁ)」

 

 恐ろしく身内で固めたものだった。教育委員会にバレればどうなるかわかったものじゃない。

 

 しかし、きっと聖王教会ならどうにかするのだろう。

 

「もちろん報酬もしっかり渡すし給与も保障するわ。なんせシグナムとシャマルを二人も縛りつけるんだもの」

 

「まぁ管理局を退職してこっちにくるわけですから、それくらいしてもらわんとこまるけど……」

 

 二人がそれを許すかどうか、それがはやてには気がかりだった。なんせいきなりのことだ。しかも相談もなしに勝手に組み込まれているときている。はやてにとっても正直面白くないことではある。

 

「はやてー、なにしてんだ?」

 

「なにしてるんですー?」

 

 雪見だいふくを食べながらこっちにやってきたヴィータとリイン。ヴィータを膝にのせリインを頭にのっけたはやてはヴィータの頭を撫でながら質問した。

 

「なーヴィータ。もしシグナムとシャマルが管理局を辞めて教師になったらどうする?」

 

「んー?あー……いいんじゃないか?どうせ仕事らしい仕事ってないし。あたしもできることなら辞めたいよ。辞めてはやてとのびのび暮らしたい」

 

「なんやヴィータ。そんな甘えたこといって、なにか買いたいお菓子でもあるん?」

 

「ねえよべつに。人を子ども扱いするな」

 

 見た目は子どものくせに。そう思ったが何も言わないはやてとリイン。

 

「ところではやてちゃん、いきなりどうしたんですか?そんなこと聞いて」

 

「んー、ちょっとな。これみてみ」

 

 ほいと渡した資料を読むヴィータ。雪見だいふくの串を弄びながら読み進めるヴィータだが、しだいに顔は険しくなっていく。

 

「……聖王教会えげつねぇ」

 

「それもういうた」

 

「で、どうすんだはやて。あいつら二人とも買い物行ってるけど」

 

「どうていうてもなぁ……。二人に聞いてみなわからへんし」

 

「だな。……しかしヴィヴィオがな」

 

「これは八神家だけの秘密やで?」

 

「ああ。しかしヴィヴィオが聖王教会……のねぇ」

 

「これはなのはちゃん達が大変やで」

 

「大丈夫なのかあいつら。けっこうメンタル弱いぞ」

 

「まぁフェイトちゃんおるし大丈夫やろ。うちはうちでこの案件をどう処理するかが問題になるで」

 

「あたしははやての指示に従うから」

 

「リインもです!」

 

「ふふ、ありがとう二人とも」

 

 よしよしと頭を撫でるはやてに、目を細める二人。ほのぼのとした光景が広がっている。

 

「ちなみに、ちなみにだけどはやてちゃん個人としてはどうなのかしら?」

 

 湯呑を傾けるリンディにはやては一瞬だまりこむが、小さな声で呟いた。

 

「……俊もミッドにいないわけだし……帰ってもええかな」

 

「「「はい?」」」

 

 その声はあまりにも小さすぎて誰にも聞こえなかったらしく、その場にいた全員が聞き返す。

 

「あ、や、な、なんもない!なんもないから!」

 

 顔を真っ赤にしたはやてが両手を大きく左右にふる。疑いをむけるリインとヴィータをさけるように顔を背けながら、はやては別の話題に切り替えていった。

 

              ☆

 

──現在

 

「説明して俊くん。この人と俊くんはどんな関係なの?浮気なの?浮気してたの?死ぬの?」

 

「説明してください亀頭……カリムさん」

 

「お母さん、私の太ももから手を離して。私に頬擦りしないで。というかなんで此処にいるのか説明して」

 

 三人とも違うことを口にする。なのはは俊の足を踏みつけながら、俊は痛みに耐えながら勃起するテントを触りながら、フェイトは隣に座るリンディをどかそうと奮闘しながらかけた言葉である。

 

「えーっと、詳しい話はちょっと。あと上矢さんでしたよね?なんで亀さんなんですか?」

 

 純情ぶりやがってビッチめ!

 

「いま何を考えました?不埒なこと考えましたよね?死にますか?殺しましょうか?」

 

「ガーくんたすけて!?ヌーブラヤッホーこわいよ!」

 

「ヤメロー!」

 

 どすっと嫌な音をたててヌーブラが崩れ去る。ガーくんの頭突き恐るべし。

 

 ヴィヴィオはヴィヴィオでカリムさんの隣にちょこんと座っている。なんか波長でも合うのだろうか、しきりにカリムさんの顔をみながら首をひねっている。かと思えばカリムさんの太ももをちょんちょんと触ってちょっかいかけてるし、カリムさんもその様子に嫌な顔一つしないでにっこりと対応している。……人見知りしないタイプだけどなんか他の奴らと接し方が違うような気がするなヴィヴィオ。

 

 俺の勘違いならいいけど。

 

「で、実際なにしにきたんです?俺らはヴィヴィオの小学校見学と説明を──」

 

「聖王教会の重要案件です。そう言えばあなたは理解できますよね。花瓶を割って退散したほどですから」

 

 復活していたヌーブラがそう俺に告げた。

 

「……なるほどね。ってことは、俺らは聖王教会に喧嘩を売ればいいのかな?」

 

 たしかあのときはヴィヴィオをよこせだの言ってたよな、聖王教会。カリムさんに敵意はないが、聖王教会には敵意ばりばりあるんだよな俺。

 

「逆よ逆。今回は聖王教会の暴走を食い止めるためにカリム・グラシアが先頭に立って用意したの」

 

「フェイトちゃん、話がまったく見えないよ」

 

「私もだよなのは。ねぇ俊、いったい何の話をしてるの?」

 

「聖王教会がヴィヴィオを全身舐めまわしたいって言ってるんだよ」

 

「「聖王教会潰すべし」」

 

「俺の体も隅々まで舐めまわしたいらしい」

 

「「あれ?一瞬にして聖王教会が気の毒になってきた……」」

 

 どういう意味だ。

 

「でもまあ、俺が説明するよりも亀頭……カリムさんから詳しく聞いたほうがいいんじゃないの?俺は一回聞く権利を放棄した身だから、正確な情報を教えることができないかもしれないし」

 

 多分俺がもってる情報と対して相違はないと思うが。聖王教会とヴィヴィオ。古代ベルカとヴィヴィオ。聖王教会がどういった組織なのかを考えれば……まぁ間違いはないはず。あの人に裏を取ってないが。

 

 これは嫌味でもなんでもなく、本当に心から思ったことなんだが……どうやらあちら側には嫌味に聞こえたらしい。カリムさんは沈んだ顔で、ヌーブラは睨みつけるが眼光が弱い。

 

「あーそのー……なんといえばいいんでしょうか」

 

 視線をきょろきょろするカリムさんにリンディさんが助け舟をだす。

 

「あまりこの場で詳しくは話せないわ。ただ、聖王教会にとってヴィヴィオちゃんはとっても大切な存在なのよ。おそらく、二人が思うよりもね。あの聖王教会の偉い人が魔法も認知されておらず発達もしていないこの地球にわざわざ越してきた理由を考えてみればいいんじゃないかしら」

 

「ヴィヴィオと聖王教会ねぇ……。そういえば聖王教会ってあの聖王教会ですか?」

 

「あ、はい。多分その聖王教会かと」

 

「……聖王教会。聖王と呼ばれる存在を崇め奉る大規模組織。それがヴィヴィオと関係してるってことは……──まさか!?」

 

 カンの鋭いフェイトは自分の中で一つの結論に達したようだ。驚きの顔でヴィヴィオを見るフェイトの顔で少しだけ複雑な表情を浮かべている。ヴィヴィオはそれに対して可愛らしい顔で首を傾げるにとどめた。

 

「……なるほど。それなら聖王教会が絡むのは必然というわけですね」

 

「流石は私の娘ね。察しがいいわ」

 

 フェイトの手を握るリンディさん。フェイトは心配そうにリンディを見つめ返す。

 

「聖王教会……聖の王……聖杯……つまり聖杯戦争?」

 

「なのちゃんちょっと落ち着こう?キミは気を緩めるとなのちゃんモードになるから、もう少しだけ頑張ろう」

 

「はーい。ヴィヴィオおいでー」

 

 手招きするなのは。ヴィヴィオはソファーからぴょんと飛び降りてなのはの膝の上に座る。ヴィヴィオの髪を三つ編みにして遊び始めるなのは。

 

「べつにヴィヴィオが何者でも関係ないことなのにねー。ヴィヴィオはヴィヴィオなのに」

 

「お?」

 

「……やっぱ気づいてたのか」

 

「推理小説はよく読むからね」

 

 三つ編み中のヴィヴィオはなのはを見上げながら首を傾げる。それは他の者も同様で、なのはの発言の意味がしっかり伝わっていないのかクエッションマークを浮かべていた。

 

 ただ一人、俺だけがなのはの言わんとしていることを理解できた。

 

 そもそもとして、高町なのはという人間はとんでもない人間だ。普段はぽよぽよしているが、戦闘中でもぽよぽよしているが、年がら年中ぽよぽよしているが、一般の物差しで測ってはいけない。

 

「答えは簡単だよシュトソンくん」

 

「へんなあだ名つけんのやめーや」

 

 動くヴィヴィオを固定して三つ編みにしたなのははどこからか取り出した伊達メガネを装着して悠然と立ち上がった。聖王教会側とリンディさんが口をぽかんと開ける中、なのははゆっくりと室内を歩きながら話す。ちなみにヴィヴィオとガーくんは安全なフェイトの隣に座っている。

 

「答えは常に言葉の中にある。かの有名な高町なのはが言った言葉さ」

 

「なのはの口調が変わったね」

 

「あいつはワンダフルガールだからな」

 

「フェイトママー、なのはママどうしたの?」

 

「どうもしないよ。なのはママはいつもどおり」

 

「……たしかにそうかも」

 

 おい言われてるぞ。娘にワンダフルガールだって認められてるぞ。

 

「俊くんとスカさんが友達になった。それがわたしが疑いをもつきっかけだった。ヴィヴィオを連れてきた初日は局員として俊くんを抹殺するべきか、幼馴染としてミンチにするべきかとても悩んだけど……ヴィヴィオが可愛かったから許した。そして次に俊くんたちが知らないところでスカさんに問い詰めて吐かせた。そして答えを得た」

 

「お前それ実力行使っていうんだよ!」

 

 しょぼんとした顔をするなのはだがやってることはとても恐ろしい。スカさんが不憫でならない。

 

「……お前それいつだよ。問い詰めたの」

 

「……さぁ?あまり重要なことでもなかったし。さっきまで素で忘れてたことだし。うーんと……いつだったかなぁ。管理局が色々と変わる前かな?」

 

 ……つまり俺が色々と動いていたときにはこいつは知ってた可能性があるってことか。いままで隠し通してきたって凄くないか?……いや本人も言ってたけどかなり前に忘れてたな。ヴィヴィオのこと。

 

 そのときになってようやくカリムさんが口を挟む。

 

「あ、あの……いったいどういうことなんですか?い、いま重要なことではないと」

 

「ええ。そうですけど?」

 

「あなたは……全て理解した上でそのような判断をしているのですか?」

 

「全て理解した上でそのような判断を下しましたよ」

 

「…………」

 

 けろりと言い切るなのはに流石のカリムさんも言葉を失ったのか、体を後ろに少しずらした。リンディさんも止めないし、フェイトもなのはに任せているようだ。きっとこの問題はフェイトよりなのはのほうが分かってるのかもしれない。

 

「私には何故あなたがそう平気な顔をされているのか理解に苦しみます。……胸が痛まないのですか?どうにかしようと思わないんですか?真相を知っていながら」

 

「胸が痛む?誰にですか?どうにかする?何をですか?真相?それはヴィヴィオと他人の聖王オリヴィエのDNAが一緒という事実ですか?ふむふむ、ほうほう。それで\(´ε` )/」

 

 カリムさんはよく我慢したと思う。拳を握るだけに止めたのは立派だと思う。

 

「俊の煽りスキルをなのはがいかんなく発揮してるよ。責任とりなよ」

 

「プロはこうする。だからなんですかーʅ(´՞ਊ ՞ )ʃ三ʅ(´ ՞ਊ ՞)ʃ」

 

 頬にできた手形にヴィヴィオがそっと手を触れる。暖かな温もりが頬を包み込む。こりゃいい子に育つわ。なお、リンディさんからは謎の延髄チョップをもらう。

 

「それでって……!」

 

「だってわたし、一度たりともオリヴィエとともに過ごした時間なんてありませんから」

 

 きっぱりとそう言い切るなのはにカリムさんが言葉を詰まらせる。

 

 膝に座ったヴィヴィオはなのはとカリムさんを無視して俺に首をむける。

 

「ねぇパパ?なのはママたちなんのおはなししてるの?」

 

「難しい話さ。ヴィヴィオの将来の話」

 

「ヴィヴィオはウェイトレスさんになる!ゆめのなかでおねえちゃんもおうえんしてくれた!」

 

「そうだなー、夢の中でお姉ちゃんがなー。──ん?お姉ちゃん?」

 

「うん!きれいなおねえちゃん!」

 

 ……おかしいな。ヴィヴィオに姉がいるなんて聞いてないぞ?スカさんも何も言ってないし、もしかしてと思ってなのは達のほうをみるとこちらも初耳のようで言い争いをやめて、こちらを見つめていた。

「ねぇヴィヴィオ?お姉ちゃんって、どんな人?フェイトママは会ったことないけど……。あ、もしかしてシグナムみたいに大人の女性の人をそう呼んでいるのかな?」

 

 フェイトがヴィヴィオに視線を合わせながら質問する。おっぱい万歳。

 

「えっとねえっとね!ヴィヴィオよりおとなだった。なのはママやフェイトママみたい!それでねそれでね、ドレスきてた!それでね、とってもやさしいめをしてるの!ゆめのなかでたくさんおしゃべりしてね、おねえちゃんはいっつもえがおできいてくれるの!」

 

 興奮したようにヴィヴィオは姉の情報を喋る。個人的な感想も多いが、ドレスか……お姫様スタイルか?そして年齢は同じくらいらしい。

 

「あーヴィヴィオ?なんで夢にでてきた人がお姉ちゃんなのかな?それならパパも夢に出てきた美少女悪魔っ娘ちゃんと結婚してるはずだよ?」

 

「えー?でもだっておねえちゃんヴィヴィオとおなじめのいろだったよ?」

 

「……マジか。パパの美少女悪魔っ娘ちゃんはパパを殺して満足して帰っていったよ」

 

 ヴィヴィオと同じ瞳。オッドアイの瞳をもつ女性……か。

 

 ふとなのはとカリムさんをみると、なのはは何故かドヤ顔で、カリムさんは信じられないという様子を受けていた。

 

「それでね?おねえちゃんはね、ヴィヴィオがウェイトレスしたいっていったらよしよししてくれてね?がんばってねっていってた!……ようなきがする」

 

 そっかー、気がするだけかー。でもそれはきっと実際にヴィヴィオと同じ見た目の人物がヴィヴィオにそういったのだろう。どうしてヴィヴィオの夢の中に現れているのか知らないが、案外ヴィヴィオのことが心配になって古代ベルカから現代に転生でもしてきたのかもしれないな。

 

 それこそ違う生物に生まれ変わって。

 

「そっか。それならお姉ちゃんのためにも頑張らないとな」

 

「うん!」

 

 頷くヴィヴィオの頭を撫でながら、カリムさんにこの不毛な争いの終結を提案した。

 

「カリムさん、とりあえずもうやめにしましょうか。お互いにヴィヴィオのことが好きでヴィヴィオを大切にしたいって気持ちは同じみたいですし。聖王教会のことはそちらにお任せします。幸い、リンディさんが校長であるなら……まぁなんとかなるでしょう。ほらなのはも一応謝っておけって」

 

「……ごめんなさい」

 

 わたし悪くないもん。ヴィヴィオとオリヴィエ違うもん。というオーラ全開のなのはは一応謝ったが、すぐにヴィヴィオを抱っこして頬を膨らませた。

 

 フェイトがなのはの機嫌を取っているので、俺はカリムさんとヌーブラに向き合う。

 

「すいません。なのはは基本的に優しいですし柔軟な対応とかできるほうなんですけど……ヴィヴィオは特別な存在で。べつに聖王教会のことを悪くいってるわけでもないし、カリムさんのことが嫌いというわけではなくて……」

 

 どういったらいいか迷っているとカリムさんは優しく口もとに指を置く。

 

「ええ。わかってますよ。あれほど真剣に向かい合ってくれる人がヴィヴィオちゃんの親になってくれて安心しました。こちらこそすいませんでした。少し取り乱してしまったみたいで……。あの、聖王教会のことは私が全力を出しますので、ヴィヴィオちゃんが話していた件について進展がありましたら報告を……」

 

「ええ。もちろんです。色々と解決しないといけないことも多いですしね。まぁすぐに解決するとは思えませんが」

 

「それは同感です。おそらく年単位でのことになるでしょうから、貴方とは今後ともよりよい関係を築いていきたいものですね」

 

「お互い、潰しあうことがないようにしましょう」

 

 にこりと微笑みあう。それに合わせる形でなのはが俺の手を引いた。頬を膨らませていることから察するに多少怒っているのかもしれない。スカさんから色々と聞い

たから、なのはも思うところがあるんだろう。

 

「はいはいわかったよなのは。それじゃもう帰ろうか。なんか疲れてきたし」

 

「帰りたいのはやまやまなんだけど……今度はフェイトちゃんの問題が」

 

 ヴィヴィオを抱っこしたままのなのはがフェイトのほうに視線をむける。そこにはフェイトがリンディさんに壁ドンされている光景が広がっていた。逃げようとするフェイトの行動を阻むリンディさん。

 

「お願いお母さん……補佐だけは許して」

 

「ダメよ。貴女の生活の全てを監視して舐めまわすの」

 

 これ親子の会話じゃないよね。絶対にストーカーに居場所を突き止められてた被害者と加害者の会話だよね。

 

「というかなんで勝手に決めるの。私の勝手でしょ」

 

「母親が爆死してもいいっていうの?」

 

「いやいや怖いよ!?娘にここまで執着する母親って怖すぎるよ!?」

 

 助けを求めるようにすがるフェイト。

 

「でもフェイトちゃん。案外いいかもしれないよ?教師って福利厚生いいってきくし、ヴィヴィオのそばにいられるのは最高だよね。管理局みたいに危険なことはないし。フェイトちゃんの体が危ないかもしれないけど」

 

「たしかにそうだな。ヴィヴィオの安全を考えるとそれもいいかもしれない。校長がリンディさんだし理事長がカリムさんだから都合もつきやすいだろう。フェイトの体がリンディさんによってとんでもないことになると思うけど」

 

「二人とも気づいて!無意識に私がお母さんによって食べられることを容認してる事実に気づいて!?俊はいいの?ほんとにそれでいいの!?」

 

「……親子丼をご所望してもいいですか?」

 

「知らないバカ!」

 

         ☆

 

 高町家に帰ってきた俺達はホットミルクを飲みながら思い思いに過ごしていた。なのはとヴィヴィオはお風呂で女の子向けのアニメ主題歌を歌っている。

 

 結局、フェイトの必死な抵抗と、カリムさんの助けもあってフェイトはヴィヴィオの担任になることだけにとどまった。(リンディさんは半径5m以内に近づかないこと。ただしフェイトが許可した場合のみ近づいていいこと)という条件つきでだが。

 

 そして俺はというと隣で拗ねているフェイトの文句に対してイエスマンになることに徹していた。

 

「助けてくれなかったからショックだった。それに俊は私がお母さんに何をされてもいいってのがわかったし」

 

「いやいや違うよフェイト。俺がリンディさんに肉弾戦で勝てる見込みはないし、俺もフェイトが教師になるのはとってもいいことだと思うんだ」

 

「どうして?」

 

「俺の好きなティアーユ先生とそっくりになるし」

 

「さようなら俊。籍を入れる前でよかったよ」

 

「まってフェイト先生!冗談だよ!冗談だから!」

 

 立ち去ろうとするフェイトの足にしがみつく。この体勢からだと下着が見えて役得ですよ。ぐへへ。

 

「……俊の前でスカート履くのやめようかな」

 

 ぼそりと呟かれたフェイトの恐ろしい発言に僕はたまらず無言で姿勢正しく土下座した。

 

「でもフェイト。管理局はよかったのか?カリムさんも管理局に残るつもりなら無理強いは決してしないとは言ってたけど」

 

 本人は是が非でも教師になってくれって視線で訴えていたけど。

 

「うーん、なのはが管理局を辞めるつもりなら私もいいかなって。それに教師のほうがヴィヴィオも安心すると思うし」

 

 まあ確かにな。なのはが翠屋で仕事して自宅に帰ってきて、外で仕事してきたフェイトをお出迎えとか最高じゃん?フリルエプロンでお出迎えのなのはとか最高じゃん?俺?隣でオナニーしてるからそれでいいよ。そんでティッシュを処理してくれるだけでいいよ。

 

「……二人とも無事に辞められるといいけどな。俺はそれが心配だよ」

 

「……いざとなったらなのはと結婚するから静かに暮らしますって宣言しようかな。でもそうすると色々と誤解が生まれてしまうような……」

 

 心配しなくてもその誤解はすでに生まれている。そしてそれは誤解でもないぞ。

 

「お母さんがごめんね俊」

 

 ふいにフェイトが話しかけてくる。その顔は少し困っていた。

 

「お母さんの気持ちも理解できるんだ。今回のことだって、ほんとは私のことを心配しているからだって気づいてる。成人もしてない娘が死ぬかもしれない仕事をしてるのは親なら心配して当然だよね。いくらいまは世界が平和だからって、この平和が何年続くか分からない。もしこの平和が壊れたら、私の実力からしたら……ね」

 

 真っ先にいくことになるってか。

 

「なのはも私も親の気持ちは痛いほどわかってるつもり。だからまぁ……なんというか。結婚もするしそろそろ親を安心させたいなって。それにもう──」

 

 俺に寄りかかってくるフェイト。肩の力をぬいて全身を俺に預けてくる。上目づかいでこちらを見上げて、微笑みながら

 

「守ってくれる旦那さんがいるからね」

 

 勃 起 不 可 避 。僕の股間は盛り盛り盛り上がりました。ええ、それはもう暴発寸前です。

 

 全身を預けてくるフェイト。これはもう、そういうことなのでは?

 

 生唾飲み込み居住まい正し何かを期待するフェイトの体に触れようと手を伸ばす。

 

「フェイト……愛してるよ」

 

「──私もよ」

 

 最後にみた光景はフェイトと俺の間に顔だけ突出しこちらに見続けるリンディさんの顔であった。

 

『あ、フェイトちゃんお風呂あいたよー』

 

『はーい。ほらお母さん、さっさとお風呂はいるよ。俊はそこに置いといて。……せっかくいい雰囲気だったのに』

 

『えへへ、フェイトは一生私のものよ』

 

『はいはい。わかったわかった』

 

「ねぇなのはママ?パパはなんでしろいめむいてるの?」

 

「きっと恐ろしいものを見たんだよ。ほらヴィヴィオ、髪乾かすからこっちきて」

 

 俊が倒れているその横でのんびり髪を乾かす嫁と娘であった。

 

          ☆

 

 いつもの場所、花が世界を取り囲み、上を見上げれば果てしない空が広がっている空間で小さな女の子は純白なドレスを纏う女性に話しかける。身振り手振りをくわえて、子どもながらに今日あったこと楽しかったことを女性にも感じてほしいと思う女の子に、優しく笑いかける女性。やがて女の子は喋りつかれたのかとてとてと女性に近づき膝の上に座った。よしよしと頭を撫でながら子どもをあやすように女性は子守唄を歌う。女の子は子守唄を聴きながら、ゆっくりとまぶたを閉じる。その顔はとても幸せそうで、女性は満足そうに頷きながら隣でのんびり座っているアヒルの頭を撫でた。アヒルは嬉しそうに頬を摺り寄せながら、そっとくちばしで女性の手の甲に触れる。さながらその光景は騎士と姫の誓いを彷彿とさせる光景であった。アヒルにとって、ヒナから育ててくれた女性はそれほど特別な存在だということだ。そして、そのDNAを受け継ぎ、継承している小さな姫もアヒルにとってはまた特別な存在となっている。

 

 明日もまたよろしくね。

 

 ──ヴィヴィオを膝にのせながらオリヴィエはそう自分の小さな騎士に呟いた。




 ようやく繋げることができました。

 なのはさんがちょっと黒くなっているような書き方になってしまいましたが、基本的にヴィヴィオを優先しての行動になっていますので致し方ない部分もあり、伝え切れていない私の力不足の部分もございます。

 なにはともあれ、これから終盤に入ってきます。


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A's38.よーでた

 ヴィヴィオの小学校見学が終わった翌週、なのははのんびりとデスクワークをしながら料理本を読んでいた。制服姿に足を組みながらぺらぺらとめくる料理のタイトルは『女の必見料理~男を轟沈させる魅力の料理~』。男を海の底に沈めることに特化した料理の数々が並んでいる様だった。

 

 後ろのスペースではヴィヴィオがガーくんとひょっとことヴィータでつみき遊びの真っ最中。向かい側のデスクではフェイトがティアナに勉強を教えている。

 

「あ、ヴィヴィオ!ここはこっちにしないと倒れるぞ!」

 

「だいじょうぶ!ガーくんをここにはめこめばもんだいない」

 

 ふんふんとヴィヴィオはガーくんの体をつみきで築いた橋の真下に無理矢理はめこむ。目を見開いて驚いた表情を浮かべるガーくんだが、愛するヴィヴィオのために無言で自ら橋を支える土台となる。その行動に敬意を表しながらひょっとことヴィータは手をパチパチと叩いた。

 

「これがプロってやつか」

 

「ロヴィータも守護騎士を名乗るなら、これくらいしないとな」

 

「流石のはやてでもつみきで作った橋の下にもぐれって指示は出せねえよ」

 

 満足そうに頷いてガーくんを引っ張り出すヴィヴィオを見ながら二人は話す。案の定、ガーくんを引っ張り出した衝撃で橋は見事に崩れマットを敷いたヴィヴィオ専用遊びルームの中でつみきは盛大にばらばらと散らばってしまう。その様子を眺めながら茫然とするヴィヴィオ。

 

 とりあえずガーくんを抱っこしてひょっとこの胸に抱きつくヴィヴィオ。あやしながら散らばったつみきを眺めながら苦笑する。

 

「あー残念だったヴィヴィオ。せっかく作ったのに壊れちゃったね。また今度頑張ろうか。今日は違うことしよう」

 

「……うん」

 

「大丈夫大丈夫。きっと3割くらいは妖怪のせいだから。妖怪リモコン隠しにチンゲ散らしがいるんだから妖怪つみき倒しもいるさ。ほらここに妖怪ロリータ娘もいるだろ?」

 

「喧嘩売ってんのかお前」

 

「でも最近ニュースでみたけど、なんでもかんでも妖怪にする子どもが増えたらしいな」

 

「ああそれな。子どもをもつ親は大変だろうな。なんでもかんでも妖怪のせいにされて煽られるんだしな」

 

「でもこれのおかげで俺の活動もしやすくなったよ」

 

「は?」

 

 おもむろに立ち上がりズボンを下げるひょっとこ。ズボンを手をかけた瞬間にヴィヴィオを自分のところに退避させて耳を塞ぐヴィータ。ガーくんは目にもとまらぬ速さでヴィヴィオの顔に自分の翼を当てて視界が見えないようにする。

 

 ズボンを下ろしたひょっとこはそのままの勢いでパンツを脱いで、勃起したままのいちもつを握り、座って料理本を読んでいたなのはの所におもむろに向かい、気分よく歌いながらいちもつでなのはをビンタする。

 

「ヨーでる ヨーでる ヨーでる ヨーでる ようかいでるけん でられんけん!」

 

 気分よく歌う掛け声とともにひょっとこは白い何かを発射しなのはの顔にかけた。

 

「これは妖怪のせいなのか!?そうだろう!なのは、いま何時!?」

 

 おもむろに立ち上がったなのはは無表情のままひょっとこの首を締め上げる。

 

「大惨事に決まってるだろコラァ……ッ!」

 

『いいかヴィヴィオ。お前はパパに育てられてると勘違いしちゃダメだぞ。なのはママとフェイトママに育ててもらってるんだ』

 

『?よくわかんないけどわかった』

 

 その後、八神はやてのもと事情聴取が行われ彼は六課の冷たい床で全裸のまま一日を過ごして釈放された。

 

 なお、女性からは冷たい視線を浴びせられ、被害者からは会うたびに唾を吐きかけられる。

 

 以下は目撃者の証言と容疑者の弁明、被害者の怨嗟の声をお聞きください。

 

 目撃者一・いや……なんというか一瞬の出来事で体が反応できなかった。あれが夫だと思うとちょっとだけ結婚は先延ばしにしたほうがいいように思えてきた。

 

 目撃者二・あれやばいっすよ。私もなのはさんへの思い入れは強いですけど、あれはやばいっすよ。

 

 目撃者三・あいつは一年間ぐらい衛星軌道拘置所にぶちこんだほうがいいって。

 

 容疑者の弁明・違います!これは妖怪のせいなんです!あの制服姿で足を組むエロさに欲情した妖怪のせいなんです!信じてください、僕は無実です!

 

 被害者の怨嗟・フェイトちゃんが止めなかったら息の根を止めることができました。妖怪のせいなので処分はなしでお願いします。

 

 




よーでた!!


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A's39.シグナム先生のムフフな授業(前編)

 暗く寒いこの道はどこまでも果てしなく広がっている。どんなに叫んでも、どんなに泣いても世界は僕の方に目を向けることなく、地球は通常通りに回転する。このときほど、僕は自分を呪ったことがない。自分の弱さを恨んだことはない。自分の愚かさと醜さを妬んだことはない。僕がいなくても世界は廻る。だとしたら、僕の価値ってなんだろう。

 

「現状無価値だと思うよ」

 

 肌寒い廊下で全裸正座されていると、フェイトが屈んだままそういった。屈んでいるのだからもっと配慮してほしいものだが、どうも今回はそういうことはないらしく膝かけ持参の屈み体勢で話しかけてくる。

 

「まったくもう、なーんであんなことするかなぁ。覚悟が出来ていないとか、エースオブエースとして心が砕けそうになったとか、雰囲気というものを理解してほしいとか、なのはぶつぶつ独り言呟いてるよ。ヴィヴィオを抱きながら。もっとこう……雰囲気とかさ。やっぱあるでしょ?」

 

「しかし顔射というのはマーキングみたいなもの。これはもうセックスなのでは?」

 

 ボールペンで両目を貫かれた上に唾まで頂けた。これほどの褒美はもうないだろう。

 

「とりあえず今日一日そこで反省してね。それじゃ」

 

「え?トイレは?肛門からもマーキング活動することになるよ?それでもいいの?夫が肛門からマーキングすることになるけどそれでもいいの!?」

 

『大丈夫大丈夫。それくらいで私達は愛想尽かしたりしないから。そんな軽い女じゃないから私達』

 

「いやいや恰好いいしありがたいけど、そういう問題じゃないから!?俺の人としての尊厳が失われて──」

 

『それならもとからあってないようなものでしょー』

 

 にこにこと笑顔で手を振るフェイトは、そのまま部屋へと消えていく。一人寂しいこの廊下でまた一人になってしまったようだ。

 

 コツコツと靴を鳴らしながら近づくる女がいた。淫乱ピンクくっ殺騎士のシグナムだ。亀甲縛りのため体を動かせないので、小刻みにチンピクすることで挨拶した。

 

「おっすシグナム。浮かない顔してんな」

 

「話しかけるなクズ」

 どうやらシグナムの耳にも届いているらしい。女ばかりの情報網ほど怖いものはないな。もっぱら広報活動に勤しんでるのはアホ女ことスバティアだろうけど。

 

「スバルとティアナが嬉々としてお前の悪事を広めていたぞ。なのはを寝取るチャンスだといって」

「バカいうな。なのはにはフェイトがいるんだぞ。あの聖域を犯せるやつなど存在しない」

 

 なのフェイこそが理想郷。俺?隣でオナニーしてるからそれでいいよ。

 

「にしてもなんか元気ないな。オークにでも犯されたか。淫乱ピンクくっ殺騎士のシグナムよ。俺に相談してみるといい。オークのようにお前を犯してフラッシュバッ

クするような一生消えない心の傷をつけてやるから」

 

 爽やかな笑顔でシグナムの心に寄り添っていく。シグナムは少し考えたあと、一度飲み物を買ってくる言い残して去っていく。数分して戻ってきたシグナムの手にはホットココアとおしるこ。シグナムはチンピクしている俺の棒の支えになるようにホットココアを股の下にもぐらせる。

 

「あっつッ!?シグナムさん熱い!めっちゃ熱い!肉棒の止まり木みたいになってるから!?ココアの使い方間違ってるから!これ常に85°以上を維持しないと熱でとんでもないことになるって!いいのかお前!貴重な男の精子が死ぬんだぞ、それでいいのか!」

 

「どうせ生まれてきてから何十億と犠牲してきたんだろう。いまさらじゃないか」

 

 お前の場合、元を断とうというのが問題なんだよ。

 

 自身はおしるこを飲みながら、俺の隣に座るシグナム。こいつ絶対に犯す。亀甲縛りが解かれて俺がまだなのはに殺されていなければこいつを犯して孕ませてとんずらしてやる。それか調教して性奴隷にする。

 

 おしるこ入りのカップを傾けたシグナムは困惑した表情でぽつりとつぶやく。

 

「体育教師とは……どういうものなのだろうか。そう考えていた」

 

「それはお前おっぱい揺らしながらショタを誘惑する生き物だろう」

 

「お前にはもう相談しない」

 

「悪かった、俺が悪かったから棒をココアの中につけようとしないで!染み込まないから、何も染み込まないから!」

 

 必死の懇願に冷めた視線で応えるシグナムはどうにか俺の棒を解放してくれた。

 

 亀甲縛りが解かれたらこいつは穴という穴を犯したのちに調教して穴ガバガバになった状態で奴隷市場に売り飛ばしてやる。

 

「主はやてに快くやりますと言った手前、恥をかかせぬようにと思っているのだが……どうにもそういう体験をしたことがないのでわからない」

 

「お前らは学校生活ってやつをしたことがないもんな。体験してみれば少しは教師ってのがどんなものか理解できたかもしれないが」

 

「主はやてにかしてもらった教師もののアニメをみたが、どうにもしっくりこなくてな」

 

 そりゃアニメと現実は違いますから。

 

「期待に応えたい。完璧に仕上げたい。そう思えば思うほど、教師というものがどのような存在なのか分からなくなってきて困っている。そもそも教師って必要だと思うか?」

 

「お前それは迷宮に迷い込みすぎだろ。前提条件を消滅させてどうすんだ」

 

 真剣な表情で質問してくるシグナムに呆れ混じりの声をかける。こいつは頑張り屋だからな、どんどん沼にはまっていく。

 

「はやてに相談したらどうだ?この手のことにかけてはあいつの右に出るやつはいないだろう」

 

「それはダメだ。主はやてが困った顔で言ってきたのだ。『シグナム、あのな?いまからいうことは断っても大丈夫やからね?』主はやては優しいからあのようなことを言ってくれたが、立場と人間関係がある以上、私が断ることはできない。だから私は笑顔で力強く宣言したのだ」

 

 やり遂げてみせます。お任せください、我が主よ。

 

「私は決めている。主のためならどんなことでもやり遂げると。例えそれが難しいことだとしても、人類が立ちふさがっている高い壁だとしても。私は主はやてのために完璧に仕上げてこなしてみせる。それが──ヴォルケンリッターの騎士というものだ」

 

 教師という職業はべつに人類が直面している高い壁でもなんでもないのだが、まあいいたいことはよくわかる。

 

 こいつもこいつでなんというか……主が大好きなんだよな。こういうとき、こいつのことを素直に恰好いいと思える。尊敬できる。

 

「うッ……!」

 

 突如シグナムが腹をおさえる。

 

「おいおいどうした。拾ったパンでも食ったのか?」

 

「いや……緊張で腹痛が」

 

 ……お前何か月先のことだと思ってんだよ。

 

「トイレ行ってこい。ゲリベンリッターに名前が変わる前に」

 

「今度その名で呼んだら16分割にした上で人肉料理にするからな」

 

 戦艦クラスの眼光で威圧するシグナムに棒を上下に動かすことで降参する。シグナムは腹をおさえたままこの場を後にした。相変わらずの緊張っぷりだな。大丈夫なのかシグナム先生。

 

「っておいおいおい!?ココアどけてからいけよ!」

 

 湯気をたてるココアを残したまま去っていったシグナムの姿は見当たらず、ひょっとこは一人で身をくねらせてココアの呪縛から逃れようとする。

 

 そこにふよふよと空中を漂いながらこちらにやってくる幼女。ヴィヴィオが妖精と信じてやまないデバイス、リインだ。

 

「おいリイン、いいところにきた!ちょっと助けてくれ!」

 

「リインは妖精なので心が綺麗な人にしか見えませんよー」

 

「思いっきり会話してるじゃねえか!心が綺麗な人だろ?それはつまり俺のことじゃん!」

 

「ぺろぺろさんは黒曜石のように黒すぎてツヤがでてるタイプなので候補外です~」

 

 考慮する価値もないのか、ゆら~っとこの場を通り過ぎていくリイン。相手がデバイス幼女であるならば、この技を使わざるおえない。

 

「ヴィヴィオに添い寝できる権利を一回だけやろう!一回だけだぞ!それ以上はダメだからな!これでどうだ?これなら助けざるおえないだろう!」

 

「すでにリインとヴィヴィオちゃんはらぶらぶなので必要ないですー。それによく一緒に寝てますので」

 

「まてお父さんそんなこと許可してない!?いつの間に!?いつの間にそんな関係に!?」

 

 めんどくさそうにこちらをようやく振り返るリイン。話しかけないでくださいと顔にでていた。

 

「うるさいので声を出さないでください」

 

 レベルが多少上がっていた。

 

「リインはおこってるんです。なのはさんにあんなことして」

 

「あんなことってどんなこと?」

 

「だからその……あんなことです」

 

「もうちょっと詳しくいってくれないと分からないなぁ。なのはには色々としてきたから」

 

「えっと……」

 

「あ、もしかして白いあれを顔にかけたことかな?あ、でもそれってなんていうんだっけ?リイン覚えてる?」

 

「え?えっと、たしかはやてちゃんがいってました。が、がん──」

 

「やめろや変態ロリペド野郎」

 

 ひょっとこの顔が壁にめり込んだ。

 

「ヴィータちゃん!」

 

「リイン、こいつと話すと心が穢れていくから気を付けたほうがいいぞ」

 

 こっちこい。手招きするヴィータにリインは急いでヴィータの影に隠れる。

 

 つま先でひょっとこの顔面を突いたヴィータは書類片手にココアが入ったカップを手に持ち、躊躇なくひょっとこの棒に注いだ。

 

「熱い熱い熱いッ!?」

 

「リインをハメようとする罰だ」

 

「はっ!?リインはハメられようとしてたんですか!?」

 

「おう、気をつけろよ。こいつマジで見境ないからな」

 

「おっそうだな。ロヴィータちゃんも昔、俺にガンガン突かれてイッたもんな」

 

「いいかリイン。これが哀れな童貞の末路ってやつだ」

 

 処女のお前に言われたくないわ。

 

「ロヴィータちゃん、シグナム結構ぬかるみに入ってる感じがするぞ」

 

「……まぁ性格からしてな。そうなることはなんとなく予想できていた。どうしたものかなぁ」

 

 思案顔で腕を組むロヴィータ。

 

「あいつは真面目すぎるんだよな。教師なんて適当にしても大丈夫だろ。しかも体育教師だし」

 

「そうはいかないんだよ、シグナムとしてはな」

 

 それが魅力なんだけど。そういったロヴィータの顔はとても優しい笑みに満ちていた。

 

「あ、ところでもう全員帰るからそれを伝えにきたんだった。なのはが今日は顔を見たくないって言ってたからお前ここで一泊しろ」

 

「え?廊下で?こんな冷たい廊下で?」

 

「ほれ、これやるから。流石にトイレいけないと可哀想だからって。優しいあたしの主に感謝しろよ」

 

 おまるをそっとひょっとこの股間の下に設置するヴィータにひょっとこは真剣な顔で首をふった。

 

 ヴィータもそれにそっと首をふる。

 

 首をふるひょっとこ。

 

 首をふるヴィータ。

 

 あーうーと言いながらヴィータの顔のふりに合わせて遊び始めるリイン。

 

 首をふるひょっとこ。

 

 

 

 延髄に蹴りをいれて無理矢理縦に頷かせるヴィータ。

 

「ってことで後は頑張れよ」

 

 それじゃ、手を挙げながら立ち去るヴィータ。その背中に声をかけた。

 

「おいロヴィータ。ちょっとシグナムについて面白い遊びを考えたんだが、ちょっと乗らないか?」

 

 その言葉に死ぬほど嫌そうな顔をするヴィータに、ひょっとこはへらへらと笑った。

 

          ☆

 

「なーんであたしを巻き込むかなぁ。これあたしが始末書を書くことになるんだけど」

 

「まーまーいいじゃないか。メンバーも集まったことだし」

 

 目の前で腕を組むヴィータの肩を揉むひょっとこ。近くではティアナとスバルが準備運動でストレッチ中。驚くほどチンコが反応しないことにひょっとこは、やはりあいつらは女じゃないんだなと改めて認識する。

 

「そ れ に なんであたしまでブルマじゃないといけないんだ?殺すぞお前」

 

 

「いやー、やっぱ紺色ブルマって最高じゃん?」

 

「理由になってねえよ!」

 

 拳をひらりとかわすひょっとこに、アイゼンを取り出そうとするヴィータ。その二人にシグナムは声をかける。

 

「……いったいどういうことなんだ?何が起こっているのか説明してくれ」

 

 困惑するシグナム。自身は上下ジャージ姿で他の面々はブルマ装備。場所は訓練室で、設定は……きっと運動場だろうか。トラックがひかれているところをみるとなのは達が通っていた高校の運動場もこんな感じだった気がすると思いをはせる。

 

 自信満々にひょっとこは言ってのけた。

 

「いまからお前には体育教師として40分間授業をしてもらう。そして10分で纏めだ」

 

「まるで意味が分からんぞ」

 

 ヴィータに助けを乞うシグナム。ヴィータは頭を掻きながら、

 

「まぁなんだ。つまり模擬授業をいっぱいしておけば、シグナムも少しは自信がつくんじゃないかなって思ってさ。それで急遽、こいつとあたしで生徒役をしようって。あの二人はなのはの髪の毛一本を条件についてきた危ない女たちだ」

 

 何処の世界に髪の毛一本でついてくる女がいるだろうか。よっぽどアホだと思うのだが、きっとおそらくなんか楽しそうだから。そんな感想が先にきたに違いない。

 

 メンバーはざっとこんな感じだ。

 

 ひょっとこ・ヴィータ・ティアナ・スバル・ザフィーラ・救護人としてシャマルがそばで控えている。ちなみに全員ブルマ装備である。

 

「なぁひょっとこ。男のブルマほど危ないものはないと思うぞ」

 

「俺はメイド服とか着てるから慣れてる。それにザッフィーも意外に似合ってて可愛いぞ」

 

「……反応に困る」

 

 若干照れているザフィーラに身震いしながらもシグナムは頭を振った。

 

 時刻は深夜。すでに日付は変わっている時刻。明日もまだ仕事があるというのに、自分のために集まってくれたのか。

 

「……まったく。ほんとバカなことを考える」

 

「そりゃどーも。それより先生、さっさと授業を始めようぜ。俺はともかく皆は明日も仕事だろ」

 

「ん、あぁそうだったな。それじゃ授業というものをしてみよう。まずは体を動かすことだな」

 

 まずはストレッチをしよう。シグナムの掛け声にティアナとスバルが元気よく返事をする。デスクワークと勉強で体が動くのを求めていたのだろう。

 

 ヴィータとザフィーラは身長差をものともしない身体能力で軽々とストレッチをこなしていく。そしてひょっとこは当たり前のように余ったので、同じく余りものの

シグナムとストレッチをすることにした。

 

「すまんひょっとこ。私はシャマルとストレッチをするから独りでストレッチをしてくれ」

 

 先生の言葉は絶対だ。

 

 ひょっとこは泣く泣く独りでストレッチをするのだった。

 



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A's40.シグナム先生のムフフな授業(後編)

 学生時代、常にストレッチ相手ははやてだったことを思い出しながら一人でストレッチを済ませる。

 

 シグナムを前に全員で整列する。ブルマ姿の可愛らしいヴィータ、生物学上女であるスバルとティアナ、ブルマをはいたキモい男と照れてるムキムキマッチョのやばいやつ。

 

「そ、それでは教導をはじめる」

 

「シグナム、教導じゃなくて授業だ」

 

「ん、あぁそうだったな。授業をはじめる。といっても……人数がいないのであまり大層な授業はできないか」

 

 考えるシグナム。隣にいたヴィータがひょっとこにきく。

 

「こういった少人数のときはなにをするのがいいんだ?」

 

「ん?まぁ全員で遊べるものだろうな。少人数での授業の場合、二手に分けるのは得策じゃないと思うぞ。教師の体は一つだし、へんな壁ができる」

 

「だってさシグナム」

 

「なるほど。ではボール遊びをしよう。ドッチボール……は無理だろうから中当てはどうだ?」

 

『さんせーい!』

 

 手を挙げるスバルとティアナ。シグナムはうんうんと頷いてボールを一つ手に取った。

 

「中当てっていうかあれか。……女を孕ませる遊びといわれる──」

 

「まてまてまて、お前はエロ本の読みすぎた。なんで受精させる遊びになってんだよ。普通にボールを当てるゲームだろ」

 

「しかしここにはロヴィータちゃんとシャマル先生以外に女がいない。これはいかほどなものかと思うぞよ」

 

「スバルとティアは理解できるが、シグナムとザフィーラもカウントしないのか」

 

「俺はナチュラルにザッフィーをカウントしたお前が恐ろしいよ。シグナムはアレだ。淫乱ピンクくっ殺騎士だから、肉便器的扱いなんだよな」

 

「ふーん、なるほどな」

 

 中当てのフィールドをザフィーラがつくり、その中にヴィータとひょっとこ、そしてザフィーラが入る。両側にはスバルとティアナ。審判役としてシグナム。

 

「ところでひょっとこ。一つだけ忠告しといてやる」

 

「ん?どうしたロヴィータちゃん。ちゃんと中に出してあげるから心配ないぞ」

 

 外側役のティアナにシグナムよりボールが渡される。

 

「いやべつにそんなことはどうでもいい。あたしたちは子どもなんか産めないしな。いま大事なのはそれじゃなくて──ティアとスバルが魔力で身体強化してるぞって

ことなんだが」

 

 全てを言い終わる前にティナが放ったボールがひょっとこの真横をかすめていく。

 

「まぁ死ななければいいか」

 

「先生ッ!?シグナム先生!?ちょっとまって、いま人を殺せるスピードでボールが飛んできたんだけど!?」

 

『まぁ人は能力差があるからな。それはいたしかたないことだ』

 

「お前どこに目ん玉つけてんだよ!?魔力強化は反則だろ!」

 

『しかし自身がもちうる武器を有効的に使う。どこに問題があるのだ?』

 

「おいどうにかしろよお前のリーダーだろ!?あぶ、おぼッ……ぐべッ!?」

 

 ティアナの投げたボールがひょっとこの腹に当たる。ボールが高速回転でうねりながらスバルの元と到達すると、スバルはひょっとこごとティアナにボールを投げつける。

 

 ボールとなったひょっとこをかわしながら、呑気な調子でヴィータとザフィーラは会話する。

 

「しっかし久しぶりだな。こうやって子どもみたいに遊ぶのは」

 

「さっきからブルマが食い込んで気持ち悪いがな。子どもの頃は主はやての遊び相手としてよくしていたものだ。リハビリと称して公園で遊んでいたのを覚えているか?」

 

「覚えてる覚えてる。一生懸命体を動かしながら、笑顔をむけるはやては可愛かったな」

 

 やがて避けるのも面倒になったのか、二人は座り込んで話し込む。

 

 スバルとティアナはうきうきるんるん気分でひょっとこを放り投げながら遊ぶ。その様子をみていたシグナムは隣で困ったように笑顔を張り付かせるシャマルにぼそりときく。

 

「……これはもしや噂にきく学級崩壊というやつか?」

 

 あ、この人教師に向いてないかも。そう思ってしまうシャマルであった。

 

               ☆

 

「シグナムせんせー、ひょっとこくんが家に帰りたいと嘆いています」

 

「む?どうしたひょっとこ。お腹でも痛いのか?」

 

「全身が痛いです。魔導師にボールにされて全身が痛いです。家に帰ってフェイトに癒されたいです」

 

「家に帰っても口をきいてもらえないだろうからこのまま続行するように」

 

 無慈悲な宣告が教師より生徒に告げられる。

 

「いやー、ひょっとこさんがボールになってくれたおかげで楽しかったです。いつもは私達がなのはたんのボールかサンドバックになってますから」

 

「なのはたんからは俺が言っておくからストレス発散に俺を虐めるのはやめなさい」

 

「でも美少女に苛められるなんてうらやましいことだと思いますよ?」

 

「美少女?池沼の間違いだろ」

 

「シグナムせんせー、ティアちゃんのパンチがひょっとこくんの顔面にめり込んでひょっとこくんが原型をとどめていません」

 

「よしそれでは次の授業をはじめる」

 

 律儀に手を挙げて発言するヴィータ。しかしその内容により先生にスルーされる。

 

 補佐となったシャマルが大縄をもってくる。麻でできた大縄を両手にもち、笑顔でシグナムは次の授業を行う。

 

「よし、次は八の字の練習だ!教師である私が回すのは当然として……すまないがザフィーラ。一緒に大縄を回す役を頼めるか?」

 

「問題ない。……跳ぶ役にならなくてよかった」

 

 ぼそりと呟いたザフィーラの言葉をヴィータは見逃すことはなかった。ヴィータはこの場で一番頭がキレる。だからこそ、この後にどんなことが巻き起こるのか、予想できないわけがない。

 

「いやまてよザフィーラ。あたしが回そう。お前は跳んだほうがいい」

 

「いや身長的に無理だろう。諦めて跳べ。……跳べればだが」

 

 嫌そうな顔を浮かべてシャマルに抱きつくヴィータ。対岸の火事だと思っているシャマルはよしよしとヴィータの頭を撫でる。そこにまたもやシグナム先生より無慈

悲な言葉が告げられる。

 

「人数の関係上、シャマルにも参加してもらう」

 

 脱兎のごとくこの場から逃れようとするシャマル。しかし抱きついていたヴィータがそれを許さない。

 

「逃げるなよシャマル……」

 

「お願い……逃がして……!」

 

 シャマルもこの後どうなるか理解できているのだろう。首を横に振っていやいやと答える。

 

 一方、分かっていない組であるひょっとこ・ティアナ・スバルの面々は首を傾げている。

 

「ただたんに八の字するだけだろ?別にそこまで恐ろしくないだろう」

 

「たしかに。いくらシグナムさんでも大縄で危ないことはできないのでは?」

 

 うんうんと隣でスバルが頷く。

 

「お前らは幸せそうでいいな。んじゃお前らが前な」

 

 べつにいいけど。声を合わせる三人はひょっとこ・ティアナ・スバルの順に並ぶ。

 

「うむ。ようやく並んだ」

 

 腕組みして待っていたシグナムは片方をザフィーラに渡して、大縄を回しはじめる。はじめはゆっくりと、跳ぼうとするひょっとこを手で制止、勢いよく回していく。

 

 次第にその速さは目で追えるものではなくなっていき──

 

 フォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォンフォ

ンフォンフォン

 

 けっして大縄では聞こえてはいけないだろう音が聞こえてくる。風を切る音、ではなく人体を切断しそうな音が訓練室という名の校庭に響く。

 

「ざ、残像が……!大縄ではけっしてあってはならない上下に残像がみえている……!」

 

 一歩後ずさるひょっとこ。しかし後ろにいたティアナはぐいぐいとひょっとこを前に押し出す。

 

「まてまて嬢ちゃん!?俺を殺す気か!?」

 

「こういうときのためのひょっとこさんじゃないですか!もしかしたら思ったほど速くないかもしれませんよ!」

 

「上下に同時に残像がでてるのに!?」

 

「それは……ひょっとこさんの目が狂ってるから」

 

 真面目な顔を作るティアナの両目を指で突く。

 

「さあひょっとこ!まずはお前から跳んで見せろ!」

 

 うきうきるんるんわくわくらんらん気分の熱血教師シグナムの声がひょっとこにかけられる。

 

「いや、でも先生……こういうのはやっぱり小学生としての比較対象が必要だからロヴィータちゃんを……」

 

 くいくいとひょっとこの指を引っ張るヴィータ。それに気づきひょっとこが振り返ると、ヴィータは上目使いで頬を赤らめながらもじもじと指を絡ませ、

 

「おにいちゃんががんばってくれたらね?ヴィータもおにいちゃんのためにがんばりたいなぁ……。その……ね?」

 

「ひょっとこ、イきますッ!」

 

『(ちょろい……)』

 

 この場の全員がそう思った。

 

 勃たせながらうきうきで気分で大縄の中にはいったひょっとこは、一発目で足を縄に取られ、浮いたところに縄がムチのように首を刈り取る。縄と首はそのままの状態で一回転。否、一回転では飽き足らず、そのまま水車に磔にされて死ぬまで回される拷問のような行為がヴィータ達の目の前で繰り広げられた。

 

「大縄って怖いっすね……」

 

「あぁ。人類が生み出した現代の拷問方法だな……」

 

「香典はいくらにします?」

 

「5円でいいだろう」

 

「いやいや助けましょうよ!?なんで皆さん見殺しにする方法で話を進めていくんですか!?」

 

 誰も八の字を跳ばずに(跳べずに)のんびりひょっとこの死ぬ様子を眺める横で、天使シャマルだけがひょっとこを助けようと必死だった。

 

           ☆

 

 シャマルの手を握り、ヴィータを膝に抱っこしたままひょっとこはぼそぼそと呟く。

 

「世界が逆に回転した……日常を飛び越えていった……」

 

「うんうんそうだな。はいはいよかったな」

 

 どうでもよさそうにスポーツドリンクを飲むヴィータ。ヴィータの隣では対して動いてもないのにティアナとスバルがもちゃもちゃとハチミチ漬けレモンを食べている。

 

 目の前には腕を組んで考え込んでいるシグナムがザフィーラに相談ごとをしていた。

 

 『やはり……私は教師には向いていないのではないか?これでは主はやての期待に添えないような気がする』

 

『いまのままでは小学生を殺しかねんことは理解できた。ゆっくり頑張っていくよりほかはない』

 

『……やはりそうか。ゆっくりと頑張っていくしかないか』

 

 思案するシグナムをよそに他の生徒は纏めに入る。

 

「どうだった二人とも。シグナムの授業」

 

「うーん……いまのままでは死人がでるかと」

 

「私もティアに同意です。ここに犠牲者がいますし」

 

「……どうしたもんかなぁ」

 

 はやてに相談するしかないのかね。スポーツドリンクをひょっとこに渡しながらヴィータは一人考える。シグナムが今回のことで悪い方向に考えなければいいんだ

が……。

 

 そう思った矢先、シグナムは両手をぽんと叩いて晴れやかな笑顔を向けた。

 

「うむ!やはり一回だけの模擬授業ではあまり練習にならないな!やはり定期的にこの模擬授業をやっていくとする!主はやてのために完璧に仕上げるのだ!そのために協力してもらう!」

 

 全員の瞳から光が消えた瞬間だった。

 

     ☆

 

 ブルマから私服に着替えた面々は絶望の表情で訓練室を後にする。

 

「週に2日もシグナムさんの模擬授業に付き合うなんて……」

 

「それはいいけど、毎回死ぬ可能性があるってのが……」

 

「いやーまさかひょっとこが土下座しながら勘弁してくださいって泣いたのは意外だったな」

 

「シグナムさんの泣き落としであっさり陥落しましたけどね」

 

 まぁシグナムの泣き落としなんてレア中のレアだしな。幼女の真似事をしたヴィータがそう思う。

 

「ん?これなんだ?」

 

 訓練室から帰ってきた面々は、いつもの部屋に向かっていた。扉を開けると、ヴィータのデスクの上には見慣れぬ重箱が置かれていた。その横にはうさぎ印の可愛ら

しい弁当箱。重箱と弁当にはそれぞれ手紙が一枚添えられていた。

 

『おつかれさん。お腹減ってるとおもっていろいろ作ってきたで。ゆっくり食べて』

 

『ばーか』

 

 一枚目は重箱、二枚目はうさぎ弁当箱。

 

 それぞれ誰が作ってきたのか一発でわかる仕様だった。

 

「おいひょっとこ。これお前用だからお前が食べろよ」

 

「ん?ああ、べつにいいけど。そっちの重箱も食べていい?」

 

「それをちゃんと処理できたらな」

 

 後からやってきたシグナムも加わり、全員で夜食となった。熱いお茶を全員分に配り、それぞれが好きなおかずを取る。おにぎりをほおばり、からあげを噛み千切

り、プチトマトで遊んで怒られる。ちょっとした女子会+犬参加の体裁になってきた矢先にシャマルがひょっとこに話を振ろうと目を向けると──ひょっとこはおだやかな笑みのまま息を引き取っていた。

 

「きゃあぁあああッ!?ひょっとこさんが穏やかに死んで……!」

 

「ああ、なのはの弁当だからな。死んでもおかしくはねえんじゃねえの?流石にあそこまでされたら殺されてもなぁ」

 

「いやいやいや、もっと騒ぎましょうよ!?一大事ですよ!?」

 

「死んだままなのはに返しとけば蘇生術使って生き返らせるさ。それより玉子焼きたべりゅ?」

 

「たべりゅうううううううううううううッ!」

 

 10年間の幼馴染よりも主作った玉子焼きのほうが大事だったシャマル。

 

 ひょっとこは女子会が終わるまで、天国の遊園地で遊んでいたという(蘇生術を行ったなのはの証言より)。

 

 



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A's41.健康診断、午前の部

『ねぇなのは、あのこと絶対に言ってないよね?』

 

『大丈夫。あのことだけは絶対に秘密にしてるから。バレたらものすごくめんどうなことになるもん』

 

『そうだよ、絶対に俊にあのこと漏らしちゃうと大変なことになる』

 

 ヴィヴィオとぷよを落として連鎖するゲームをやっている後ろで、なのはとフェイトが耳打ち談義を開始している。二人とも声量をおさえているがかろうじて聞き取

れているので問題ない。どうやらなのはとフェイトのどちらかが漏らしたらしい。この年になって漏らすのは恥ずかしいな。

 

「1デシリットルあたり10万……いや30万はするか」

 

『どうしようフェイトちゃん、俊くんがまたキモいこといってる』

 

『俊がキモいのは産まれたときからだからしょうがないよ』

 

 会話してる振りして俺を貶すのやめーや。

 

 部屋掃除のときにカルピスコンドーム床一面にばらまくぞ。

 

「ふんふん」

 

 そしてヴィヴィオ、したり顔で俺のコントローラー奪って意図的にミスさせるのはやめなさい。

 

 ヴィヴィオを膝の上にのせて適当な詰み方をしながら、耳だけはなのはとフェイトのほうに傾ける。

 

『まさかねー健康診断がこんな時期にあるなんて』

 

『うぅ……明日は朝食抜いていかないと』

 

『いまさら無駄だよなのは……』

 

 ほうほう、朝からなのはは抜くわけか。朝っぱらから手淫船貿易とはやるな。

 

 二人のため息で締めくくられた会談、なるほどなるほど。なんだかおもしろそうなことになってるな。これはさっそくはやてに連絡せねば……。

 

 なのはとフェイトが両隣に腰を下ろす。なのはの魅惑のぷにぷに脇腹ボディーをつまむ。

 

「うるらぁああああああああああああああッ!」

 

 目にもとまらぬ速さで腹パンがとんできた。

 

「ま、まって……!いま骨が砕けた音がした……!やばいところに刺さった!」

 

「コーホー、コーホー」

 

「なのはママがプレデターに!?」

 

 人語を失ってしまったなのは、しかしいまの一件で確信した。

 

 なのはは腹を摘ままれることを嫌がった。それはつまり──体重測定があるということ。

 

 体重測定、しかもなのはとフェイトが二人で受ける。となると健康診断。ということはつまり──検尿検査ももちろんあるわけで。

 

 一応、プロポーズを了承してくれたなのはとフェイトの尿=俺の尿という図式が成り立つわけで、自分の尿を飲んだところで罰則はなにもない。

 

「ぐへ、ぐへへへへへへ……明日はリアルゴールドだぁ……リアルゴールド祭りだぁ……!」

 

 ヤバイやつをみる目のなのはとフェイト、そしてガーくんをよそに俺はさっさくはやてに連絡をとった。二言返事でokしてくれたはやて。

 

 うふふ、明日は楽しみだな。リアルゴールド沢山飲んじゃうもんね!

 

            ☆

 

「前からいってあったとおり、検尿検査は実施しません。課でやることは胸部心電図や血圧、視力に聴力、慎重・体重、そして最後に問診やね」

 

「僕もう帰る」

 

「検尿ないとわかった途端帰ろうとすんな変態。誰がお前みたいなオナ猿帰すか」

 

「それはつまり、ロヴィータちゃんが俺の性処理用愛玩玩具になってくれるということ……?」

 

 ブスッ

 

「ぎゃぁああああ!?目がぁああああああ!?」

 

「穢れきってるくせにつぶらな瞳がむかついた」

 

「ロヴィータちゃんなら基準を越えてるから許可したのに……」

 

「今度はアイゼンで頭砕くぞ」

 

 ドスの利いた声に知らず知らずのうちに頭を床にこすりつけていた。そしてその勢いのままひっくり返ってロヴィータちゃんのパンツを──

 

「ドロワ……だと……!?」

 

「今日はお前がくるって話だったからな。嫌な予感がしてたんだよ」

 

 容赦なく俺の顔面を踏みつぶしながらなんでもないことのようにいうロヴィータ。これ完璧に頭蓋骨にヒビはいってますありがとうございました。

 

「で、はやて。なんでこいつがいるんだよ」

 

「あぁ、まあ俊が検尿目的で連絡取ってきたのはわかってたし、どうせならそのままこっちに連れてこさせて機材の搬入なんかの力仕事をさせようかとおもってな」

 

 ナース服姿のはやてが書類に目を通しながら答える。

 

「まんまと騙されてやんのバーカ」

 

「なんだとロヴィータ!お前なんか俺のチンコで──」

 

「ほう、ここにスライサーがあるのだが……お前の自慢のスティックとどちらが強いか勝負してみないか?」

 

「い、嫌だなぁシグシグミシルさん。僕の魔女スティックなんてレイジングハートの足元にも及びませんよ」

 

 あっぶねー!?なにこのくっ殺女騎士!?いつの間に背後に現れてレバ剣俺の首元に置いてんの!?めっちゃ怖いよ、いますぐ俺が検尿するところだったよ!?

 

「というかシグシグミシルもきてんのか。いかにも役立たなそうなのに」

 

「役に立つ、立たないの問題ではない。主はやてが朝早くに機材搬入や設置のために出勤してきたのだ。騎士として当然だろう。それに私はお前と違って力持ちだから

な。機材の設置を頼まれている。そういうお前は朝早くに何しにきた?」

 

「検尿を飲尿しようかと」

 

「なに!?検尿は個人で病院にて行うことになったのではないのか!?」

 

「それは違うな。この弁当箱でおなじみの醤油さしにいれて俺に提出することになっている。お前の大好きな主はやてからの命令だ。いますぐいってこい」

 

「くっ……!」

 

 歯ぎしりするシグシグ。しかしお前の大好きなはやての名前を出されちゃ断れまい。

 

「か、紙コップは……用意しているだろうな……!」

 

「残念だが、それは新人用だ。お前はその醤油さしに直接注ぎ込まなければならない」

 

「な、なに!?し、しかしこれも主はやてのため……!」

 

 苦渋の決断をするシグシグ。俺はシグシグの肩に手を置き、優しく諭す。

 

「がんばれ、お前はヴォルゲンリッターの最強の剣だ。これくらいどうってことないさ」

 

「……あぁ、そうだな」

 

「いつまで続けるんだその茶番」

 

 呆れたようにロヴィータちゃんが突っ込んでくる。

 

「なに!?いまのは茶番だったのか!?」

 

「え!?本気で信じてたのか!?お前昨日説明されたばっかりだろ!?」

 

 シグシグの反応もしょうがない。こいつは剣に極振りしてる脳筋だからな。

 

「さーて俺も手伝うか」

 

『おいまてひょっとこ!お前の首を置いていけ!』

 

『どうどうどう』

 

 嘶く馬をロヴィータが静める。大変そうなポジションだなロヴィータ。

 

 はやてのほうに近寄り、俺も書類を覗き込む。

 

「なぁはやて。二・三質問したいことがあるんだが」

 

 

「ええよ。ちなみにこのナース服、水をかけると溶ける素材でできてるからきをつけてな」

 

「男衆なにをしている!早く水もってこい!」

 

『動いたら死ぬと思え』

 

『動いてもいいけどな。──アイゼンの餌食になりたいやつだけ』

 

 くそ、俺達じゃこいつらには勝てない……!

 

 このもんもんをどこで晴らせばいいんだ!

 

 ピタリと硬直した男衆たちの目には一筋の川が流れていた。

 

「ほらほら、はよ搬入と設置終わらせてここに皆は先に健康診断終わらせるで。しっかり働いてくれた人は特別にハグしてやるで」

 

『うぉおおおおおおおおおッ!!』

 

「ザフィーラが」

 

『うごがぁああああああああッ!』

 

 歓喜が絶叫に変わる瞬間をみるのは面白い。

 

「俺のハグはダメなのか……」

 

 犬状態でショックを受けてるザフィーラの背中を撫でてやる。うちもこんな犬欲しい。ルドルフがきてくれたら嬉しいんだけどなぁ。あいついまクロノのところのこ

どもたちの相手してるからな。

 

「はいはいそれじゃさっさと終わらせるでー!」

 

 はやてに続く形で声をあげる。そこに白衣姿の本日の主役というか一番頼りになる人がやってきた。

 

「ヴィヴィオちゃんの着替え終わりましたよー。ヴィヴィオちゃんどうぞー」

 

『はーい!』

 

 

 ここについてからすぐにヴィヴィオははやてのナース服をみて着たいとせがんだのでシャマル先生にお願いしていたところだ。はてさて、どうなったかな?

 

 とてとてと俺達の元にやってきたヴィヴィオは白いナース服にふちの部分はピンクの線がかけられている。頭にはナースキャップ。腰に手を当てドヤ顔ポーズを決め

ている。

 

「ふふん、これでヴィヴィオもナースさんになった。ヴィヴィオもうむてき(ドヤァ)」

 

「おお、これは可愛いな」

 

「ヴィータちゃんもきる?」

 

「いやあたしはいいよ」

 

 ヴィヴィオの提案に苦笑しながら首をふるロヴィータ。そんなロヴィータにはやてはあっさりと、

 

「いってないんやけど、いまいる面々は午後からの健康診断のときはナース服に着替えてもらうで?もちろん男は白衣やけど」

 

 愕然とした表情のロヴィータちゃん。

 

 

 普段六課の美少女達と接しない男性スタッフは拳を強く握りしめ高らかに掲げている。あ、シグシグに蹴りが鳩尾にはいった。

 

「ほ、ほんとかよはやて!?正気か!?」

 

「当たり前やろー。ちゃんと水で溶けないナース服を用意しとるんやから」

 

 あ、めっちゃ悩んでる。そもそもこいつ普段着がロリータファッション当たり前なんだから(バリアジャケットはいわずもがな)ナース服くらいで悩むなよ。

 

「まぁはやてと一緒ならいいか」

 

 自分の中で納得できたのかうんうんと頷くロヴィータ。ちなみにヴィヴィオはナースキャップが邪魔なのか装備欄から外して隣にいるガーくんの頭に乗せている。

 

 かくいうガーくんは不安そうに俺に、

 

「ガークンノハクイアル?」

 

「作ってやるよ、時間あるし」

 

「ワーイ!」

 

 羽をばさばさと広げて喜ぶガーくん。お前の毛色が白衣なんだからいらねえだろ。そう突っ込み気分で顔をむけるロヴィータ。

 

 

 俺はヴィヴィオを抱っこしつつはやてに確認を取る。

 

「これで全員か?それなら始めようぜ」

 

「あ、ちょいまち。あともう一人、無限書庫での健康診断のときにどうしても出られなかったからユーノがくるんやけど……まだきてへんのよ」

 

「へーあいつが遅れるって珍しいな。迎えにいってやろうか?」

 

「いやもうすぐそこまできてるみたいなんやけど」

 

 携帯を取り出すはやて。と、ドアが大きな音をたてて開く。ドアを開けた人物は息を荒げながら、はぁはぁと呼吸を落ち着けると俺達のほうをみて謝った。

 

「ごめん、おくれちゃって──」

 

「よう久しぶり。元気だった?」

 

「う、うん!俊も元気そうでなによりだよ」

 

 無限書庫の司書長であるユーノは今日も今日とて、女物も可愛らしい服を着ている。初対面ならまず女と間違えて惚れてしまうほどの顔立ちに、女が嫉妬してしまう

ほどの振る舞い。ほら男性スタッフなんてユーノの姿みて惚けてるぞ。

 

 そっとユーノが俺の手を握り、指を絡ませてくる。

 

「僕ももう少しプライベートな時間が取れればいいんだけど、忙しくてなかなか会いにいけないから、こういうとき会えると嬉しいな」

 

「俺もだよ。ほらヴィヴィオ、ユーノお兄さんに挨拶しようなー」

 

「??こんにちは!」

 

「はいこんにちは」

 

 ヴィヴィオの頭を撫でるユーノ。気持ちよさそうに目を細めるヴィヴィオ。

 

『そりゃ見た目かわいい女がお兄さんなら頭にハテナマークが浮かぶわな。おいはやて、男性スタッフがもう何も信じたくないとうわ言いいながら壁に頭打ちつけてる

ぞ』

 

「はいはいみんな現実にもどってきーな。俊もいつまで握ってるねん」

 

「あっ」

 

 むっとするユーノと舌をだすはやて。なにがどうなってんだかわからない。

 

             ☆

 

 搬入を終えたので、男衆で機材の設置を急ぐ。はやてはてきぱきと指示を出して俺達はそれに従って運んでいく。時間が経つにつれて一気に病院の様へと変化する。

 

 ミニスカート姿のユーノが血圧に使用する機材を運ぶ。

 

「ユーノ俺が運ぼうか?」

 

「ほんとに?ごめん、お願いします」

 

 ユーノから受け取った機材をはやてが指定した場所にもっていく。ユーノは隣でそっと俺に寄り添う。

 

「そういえばこんど無限書庫にいく予定なんだけど、ヴィヴィオ用の絵本を見繕ってほしいんだよ」

 

「うんいいよ。僕が探しておいてあげる」

 

 笑顔で答えてくれたユーノに感謝しつつはやてが待つ場所へと機材をもっていく。

 

 丁度それが最後だったらしく午前中に全ての作業が終わった。開始までは一時間もまだあるらしく、この一時間でいまいるスタッフは早めに健康診断を済ませてなの

は達の診断の際は白衣姿でスタッフ側に回るらしい。

 

「それじゃ10分休憩してその後に二人一組で健康診断にしよか。あ、女性はナース姿、男性は白衣に着替えておいてな」

 

 はやての号令で一旦休憩タイム。俺はヴィヴィオと一緒にジュースを買いに自販機にいった。ユーノやロヴィータはナース服に着替えるために更衣室にいっており、

 

シャマル先生は今回の主役のためこまごまと準備のために席を外している。必然的にはやてとヴィヴィオの三人になった。

 

「はやてなにがいい?」

 

「うーん、ミルクセーキにしよかな」

 

「はいはい。ヴィヴィオは?」

 

「シュワシュワーってやつがいい!」

 

「ヴィヴィオは炭酸と。ガーくんは?」

 

「ツバサヲクダサイノヤツ!」

 

「赤牛ね」

 

 翼を増やしてどうするつもりなのかこのアヒル。

 

 休憩室にベンチに座りながら一息つく。ペットボトルのふたをあけてヴィヴィオに手渡す。ガーくんは当たり前のようにプルタブをあけてごくごく飲むが、お前いまどうやってプルタブあけた。

 

 すとんと隣に腰をおろすはやて。ミルクセーキをあけながら、

 

「そういえば俊は健康診断って今年受けたことある?」

 

「仕事に就いてないから健康診断とかやったことないなぁ」

 

「じゃあ俊も受けてええよ。ヴィヴィオちゃんも。ガーくんも一応受ける?」

 

「うん!」

 

「ワーイ!」

 

「悪いなはやて。なんか迷惑かけて」

 

「ええよ、俊ならいつでも」

 

 ほがらかに笑うはやて。ナース服と相まって白衣の天使にみえてしまう。

 

 ごくごくとおいしそうに咽喉を鳴らすヴィヴィオの頭を撫でていると、すすっとはやてが近づいてくる。

 

「なー俊?午後の健康診断終わったあとって予定とかあるん?」

 

「いやとくにないけど」

 

「じゃぁちょっと付き合ってくれへん?10月の終わりにハロウィンあるやろ?六課でもハロウィンのイベントやらなあかんねん。六課を解放して装飾してお菓子用意してっていう感じで。それでちょっと意見を聞いておきたいことがあってな」

 

「ああいいよそんなことならいつでも。ヴィヴィオは一緒の方がいいのか?」

 

「いやできれば俊一人で」

 

「わかった。それじゃ隊長室にいけばいいんだな」

 

 基本使われることがない隊長室。場所だけはなんとなくで覚えているが、なにがあったのかは思い出せない。はやて他のメンバーと一緒のところで仕事するもんなぁ。

 

 着替えが終わった女子の姿が見え始めた。どうやら休憩時間も残り少ないようだ。

 

 

「そういえば六課って男衆結構いたんだな。会う機会がほとんどないからビックリしたわ」

 

「どうせ今回限りで消える予定だから覚えんでええよ」

 

 え、なにそれこわい。

 

 はやての言葉に恐怖を覚えていると、ナース服姿のロヴィータとシグシグととユーノがやってきた。

 

「おーロヴィータちゃんよく似合うな。シグシグはAV女優みたい。ユーノも中々……結構いけるな」

 

「まて貴様、何故私だけセクシー女優なんだ」

 

 牙突してくるシグシグを避けながらじっくり見る。

 

「シグナム、ガーターはつけへんの?」

 

「な!?主はやてまで……!」

 

「ええやんか。シグナムはそっちのほうが似合うと思うで。わたしも一緒につけるから、ガーターつけてみなへん?」

 

 はやての言葉に心底悩むシグナム。ここは俺からいっておくか。

 

「はやて、ガーターはやめたほうがいい」

 

「え?なんでなん?」

 

 

「男がお前のガーターつきナースコスをみて前屈みにならないと思うか?長座体前屈をしにきてるわけじゃないんだぞ?」

 

 こいつはたまに天然なところがあるから恐ろしい。もう少し俺達男のことを考えてくれ。身長を測るわけであってチン長を測るわけではないからな。

 

「俊も?」

 

「当たり前だ」

 

「……そうなんか。それならやめてあげようかな」

 

 にやにやとした含み笑いを浮かべるはやてから顔を逸らす。ユーノが俺の手を取る。

 

「俊、今日は一緒に回ろうね」

 

「いいけどヴィヴィオとガーくんも一緒だぞ?」

 

「うんそれがいい!……予行練習にもなるし」

 

「いいや俊はわたしと回る予定なんよ。ごめんなユーノ君。ユーノ君はほら他の人と回ってきて色んな人とお喋りしたほうがええんちゃう?いつもは無限書庫でお仕事しとるわけなんやから」

 

「「むむっ……!」」

 

 一発触発の雰囲気が醸し出される。周りの面々はおろおろとするばかり。シグシグははやてが俺と回ろうとしていたことにショックを受けてレバ剣を振り回してく

る。ロヴィータちゃんは、

 

『ヴィータちゃんいっしょにしよー』

 

『ん?あぁいいぜ』

 

 なんてロリ特有の可愛らしい会話をしている。ん?

 

「あれ、ってことは俺と回るのロヴィータちゃん?」

 

「げっ!?マジかよ……。お前ヴィヴィオの付属品だろ。いらないからどっかいけよ」

 

「いやいや後でなのはとフェイトに怒られるって」

 

「……まぁたしかにそれはありそうだな」

 

 思案するロヴィータはしょうがないとばかりにため息をつく。ヴィヴィオと一緒に回らないという選択肢はなかったらしい。

 

「「え?」」

 

 対するはやてとユーノは信じられないとばかりに俺達をみる。にこやかな笑みを浮かべてロヴィータを抱き上げるはやて。

 

「ヴィータ、もしかしてやけど健康診断にかこつけて変なことしようなんて思ってないやろね。例えば睡眠薬を飲ませてそのまま救護室につれていくとか。胸部診断と称してどこかに隔離するとか」

 

「ないないないない断じてない!?というかそんなことしようと思ってのか!?」

 

「い、いまのは一例や一例。……まぁ予想はしてたし保険はかけてるしええか」

 

 しょうがない譲るわ。そういってロヴィータをおろすはやて。俺は涙目のユーノに詰め寄られていた。

 

「俊は僕と回るより小さい女の子のほうがいいの!?僕じゃダメなの!?」

 

「いやダメじゃなくてだな。ヴィヴィオと一緒に回りたい相手だからな?俺はべつに誰でも──」

 

「ぐす……」

 

「な、泣くなよユーノ!ほ、ほら埋め合わせはするから!な!?いつか二人で遊びにいこう!そうしよう!」

 

「僕のいきたいところでいい?」

 

「あぁもちろん!」

 

「うん、それならいいよ!……どこのホテルがいいかな」

 

 怪しく笑っていたような気がするけど見なかったことにしよう。どうにかこうにか二人とも収まってくれたようなのであらためてロヴィータちゃんと一緒に健康診断

をすることにした。

 

            ☆

 

 午後の本番の健康診断のスタッフとなる俺達の場合、自分達の健康診断はセルフで行う。まぁ当たり前だ。そもそもスタッフになるためにいまやっているのだから。例外的にシャマル先生だけ本局で終わらせているらしいのだが、シャマル先生には問診と胸部検査という重要な役目があるので身長や体重といったところにはいない。

 

「検尿があったらロヴィータちゃんの持ち帰って保存して、残りを飲尿するのになぁ」

 

「本人目の前にキモいこというなよ。ほら血圧みるみる下がってるぞ。最高血圧で40とかもう死ぬレベルじゃねえか」

 

 ぼそりと呟いた言葉が聞き取れたのか、ロヴィータちゃんは嫌そうな顔をする。

 

 いまは血圧を測っている最中。既に終わった俺がロヴィータちゃんを。隣でヴィヴィオがガーくんを。

 

「パパー、ガーくんはねがおっきくてはいらないって」

 

「じゃあ羽を一枚千切ってそれを血圧機にいれて検査しよう」

 

「まてまてまてどうしてお前はそう健康診断の概念を壊そうとするんだ」

 

 千切った羽を測定しても無意味だろ。もっともらしい言葉をもらう。

 

 結局、ガーくんはトランフォームしてなんとか測定を可能にした。

 

 やっぱアヒルってすげえ。

 

        ☆

 

「おー、ヴィヴィオ背が伸びたぞ!やったな!」

 

「ふふん!ヴィヴィオむてき!」

 

「そうだな無敵だな」

 

 ヴィヴィオの身長を測ると若干ながら前に測ったときより伸びている。よく寝ているからだろうか、寝る子は育つというもんな。

 

「あ、こら爪先立ちは禁止だっていっただろ!」

 

 隣ではガーくんの身長を測っているロヴィータからそんな言葉が飛んでくる。

 

「ネェノビタ?ノビタ?」

 

「え?うーん、ひょっとここれ伸びてるのか?」

 

「どれどれ。おーやったなガーくん。伸びてるぞ!」

 

「ワーイ!」

 

 嬉しさのあまり竜巻を起こすガーくん。職員が恐怖に怯えているからやめなさい。

 

 今度は俺がロヴィータちゃんの身長を測ろうとする。しかしロヴィータちゃんはそれを頑なに拒否。

 

「いやだって身長変わらないし。体重も変わらないだろ」

 

「どれどれ、ふむふむ。たしかに胸は変わり映えしてないようだが──」

 

「どこ触ってんだお前!」

 

 アイゼンでボッコにされる。なんだよおっぱい触っていっていったじゃん。

 

「いついった!?いまの会話からどうやってその心情を読み取った!?」

 

「天才ですから」

 

「変態なんだよ。だからいーっつーの。あたしは身長と体重は前のかいときゃいいんだよ。ほらそれよりさっさと測るぞ。台座がいるな。あ、おいアヒル。ちょっと飛んで測ってくれ」

 

「イイヨー」

 

『え?アヒルって飛べるの?』

 

『そもそもアヒルって喋れるのか?』

 

 

『ミッド産のアヒルなんじゃね』

 

 当たり前すぎて感覚マヒしてたが、傍から見たらその反応が正しいよな。ヴィヴィオが気にしてない限りどうでもいいけど。

身長を測るために測定器の上に立つ。ガーくんがぱたぱたと飛んで準備をする。

 

「イクヨー」

 

「おお、ゆっくり頼む」

 

「てんちゅうーッ!」

 

「あでッ!?」

 

 返事をした次の瞬間、ものすごい勢いでバーが降りてきた。思いもよらない出来事と舌を噛んだ痛みから一瞬何が起こったのか理解できない。測定器から離れてガー

くんのほうを見上げると、俺の近くの虚空をじっと見つめていた。

 

 ガーくんの視線の先を辿る。

 

 ガーくんの視線が動く。俺もそれに合わせて動く。

 

 ガーくんの視線がまたもや動く。俺はその視線に大きく口をあけて突進する。

 

 何かを口の中にゲットした。

 

「お、おいひょっとこ、大丈夫か?」

 

「パパーいたいいたい?」

 

 心配そうなヴィヴィオとロヴィータ。ガーくんが触ってもいないのにものすごい勢いでバーが降りたのを見たもんな。

 

「ふぁいじょうぶ。あふぉはいまふぉろひた」

 

「悪は滅びた?」

 

 ロヴィータに頷く。あとは舌でこいつの至る所を犯しつくせば──

 

「ぶはッ!いってぇー、いま咽喉チンコ蹴りやがったなエロフィギュア」

 

「リインをぺろぺろさんの口にいれた罰です!不潔です!汚らわしいです!あんなこの世の最果てのゴミ処理場にリインをおくるとはとんだ罰当たりです!」

 

「俺の口内をゴミ処理場呼ばわりするエロフィギュアなんて犯して当然だろ」

 

「リインはエロフィギュアなんかじゃないです!ぺろぺろさんの目をほんとうに腐ってますね!」

 

「リイン、お前いままでどこにいたんだよ?」

 

「ふふんヴィータちゃん。リインはずっといましたよ。ぺろぺろさんが到着したときからです。ただしリインはだれにもバレずにずっといましたから。あのアヒルさん

にみつかっちゃいましたけど」

 

「どうやって?」

 

 ロヴィータがそう聞くと、リインはない胸をそらして自慢げにいった。

 

「ぺろぺろさんの目から逃れたい一心で、リインは自身を透明化させる魔法を編み出したのです。そしてヴィヴィオちゃんをぺろぺろさんの魔の手から逃すために今日いちいちチャンスをうかがっていたのです」

 

「よし血圧器にこいついれてくるわ」

 

「ぎゃー!?助けてくださいヴィータちゃん!」

 

「まてまてひょっとこ。グロ映像になること間違いなしだからやめとけ」

 

 指に噛みついてくるエロフィギュアをどうしようかと迷っていると、ヴィヴィオが嬉しそうにリインを指差した。

 

「パパ!ようせいさんがいる!ヴィヴィオがいいこにしてたからようせいさんがきたよ!」

 

「ん?あぁそうだな。ヴィヴィオがいい子にしてたから妖精さんがヴィヴィオに会いにきたぞー」

 

 ヴィヴィオにエロフィギュアを手渡すとヴィヴィオは嬉しそうにエロフィギュアを内緒のこそこそ話しを始めた。ガーくんもそれに加わってエロフィギュアが身構えているのがなんか面白い。

 

「ヴィヴィオは人気者だな」

 

「うちのアイドルだからな」

 

 楽しそうにおしゃべりしているヴィヴィオたちを連れだって残りをさっさと終わらせることにした。昼飯でも食いながらこいつらにはゆっくりおしゃべりさせてあげたいしな。

 

         ☆

 

 聴力でロヴィータちゃんを遊んだり胸部検査でロヴィータちゃんのおっぱいを眺めることに失敗したり、なんやかんやがあったもののなんとか問診までたどり着いた。ロヴィータとガーくんと手を繋ぎながら頭にエロフィギュアをのせているヴィヴィオ。そんなヴィヴィオがかわいいです。

 

「はいでは問診しますね」

 

     (´・ω・`)

   /     `ヽ.   お薬処方しますねー

  __/  ┃)) __i |

/ ヽ,,⌒)___(,,ノ\

 

     (´・ω・) チラッ

   /     `ヽ.

  __/  ┃  __i |

/ ヽ,,⌒)___(,,ノ\

 

     (´・ω・`)

   /     `ヽ.   今度カウンセリングも受けましょうねー

  __/  ┃)) __i |

/ ヽ,,⌒)___(,,ノ\

 

「はい問診終わりましたよ、ひょっとこさん。それじゃヴィヴィオちゃんも問診しましょう。おいでーヴィヴィオちゃん」

 

「いやいやいや!?ちょっとまってよシャマル先生。問いかけは?いま問いかけなしでしたよね。俺の目すら見ずに終わらせましたよね?」

 

「はい?なんのことでしょうか?」

 

「おらさっさとどけよひょっとこ。後がつかえてるだろ。シャマルだって一人でこの量さばくのは大変なんだぞ」

 

「おいまて、いまの正当化されるのか!?」

 

 俺の声なぞ聞く耳もたないヴォルケンの面々など飛び越して、間違いを犯す男衆がいるかもしれないから、という理由でユーノとシグシグと三人で行動していたはやてに直訴した。

 

 しかしそっと目を逸らされた。

 

 俺が夜天の書の主なら全員性奴隷していたぞ。




はやてもフォローできなかったか……


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A's42.健康診断、午後の部

悲報、時間の感覚を忘れる


 六課の健康診断。ナース姿のはやてやヴィータが検査する中、男が一人検尿コップを片手に立っていた。

 

「検尿の募尿にご協力くださーい!あなたの一滴が男性の性を開放しまーす!」

 

 男の周囲にはぽっかりと空間に穴が開いていた。

 

 男が立ち向かう世界は男のすべてを否定する。常識外を常識だと疑わず、道を貫くものをあざ笑う。どんなに声を大にしても世界はそっぽを向いて男を拒絶する。

 

 それが世界の選択であり、それが男の生きる世界である。

 

「すいません、邪魔ですのでどいてくださいゴミ」

 

「失せてくださいゴミ」

 

 打ちひしがれる男に情け容赦のない言葉をかける女が二人。その名は高町なのはとフェイト・テスタロッサ。健康診断の検査表を手に持っている彼女たちは男の腹を蹴りながら、壁のほうへ寄っていく。

 

「いた!お前らエースオブエースや優秀な執務官が人の出入りが激しい往来でそんなことしていいと思ってるのか!」

 

「大丈夫、魔法で俊くんのことは空き缶だとみんな思ってるから」

 

「どうりで俺の呼びかけに誰も応えてくれないはずだ」

 

「わたしの魔法をあのキモい呼びかけの失敗に利用するのはやめて」

 

 つばをはき捨てるなのは。フェイトはつばが付着した俊の顔を拭う。

 

「手首のスナップが!手首のスナップが完全に首の骨を折りにいってるから!」

 

 真剣白羽止めで受け止めるひょっとこにフェイトは舌打ちする。

 

 通路の壁に移動したひょっとこは正座しながら二人に見下ろされていた。

 

「というか俊くん、なんでここにいるの?バレないように来たはずだけど……」

 

「天の導きだ」

 

「救いようがない神様だこと」

 

 呆れた様子のフェイト。ひょっとこはその手にもっている診断書の中身を読む。

 

「おー、まだ胸が成長するか」

 

「はぇッ!?な、なんでわかるの!?」

 

「去年と比べて胸囲が大きくなったからな」

 

「へー……フェイトちゃんさっき胸は去年とかわらないって言ってたのに……。あれは嘘だったんだ……」

 

「あぁちがうの、ちがうのなのは!ほら俊のせいでなのはが闇堕ちしたじゃん!」

 

 そもそも比べる相手が悪いだろ。とは言い切れないひょっとこ。なのはの瞳孔がガンぎまりのため、それも仕方がない。

 

「相手が牛ならなのはが負けるのも仕方がない」

 

「人間です!ミルタンクじゃないです!」

 

「人間です(たっぷん)!ミルタンクじゃ(たっぷん)ないです(たっぷん)!」

 

「遊ばないで!」

 

 顔を真っ赤にするフェイトの拳をさらりと避ける。なお鳩尾にかかとが綺麗にはいり悶絶。

 

 悶絶し床を転げまわるひょっとこの顔を踏みながらフェイトは心底困った顔を浮かべる。

 

「それにしてもどうしよう……。コレが健康診断にくると困るからなにも伝えずに出てきたのに」

 

「甘いぞフェイト。あと非常に悲しいぞ。一つ屋根の下に暮らすペットと下僕の関係なのに」

 

「気づいて、その二つの関連性はともに主人がいることだから。私たち奴隷になってるから」

 

「それはつまりわたしがご主人……?」

 

「キミはぽんこつメイド」

 

 何かに気づくなのはにやさしいまなざしを向ける二人。自分がいかに有能であるかを一生懸命説明しはじめるなのはを無視してひょっとこはフェイトに泣き真似をす

る。

 

「悲しいなぁ……。俺ってそんなに信用されてないんだ……。ただちょっと幼馴染の検尿を採取しようとしただけなのに、それだけで健康診断があることを知らされな

いなんて」

 

「普通は幼馴染の検尿を採取しようとしないから」

 

「俺がやったゲームでは──」

 

「俊。ちゃんと現実っていうゲームもプレイしないとダメだよ?」

 

「データが読み込めないからなー」

 

 棒読みで虚空をみつめるひょっとこにそっと目元を拭うフェイト。

 

 そんな現場にやってきたのはスバルとティア。二人とも自分の健康診断表を手にもちながら、なのはたちに気づいて近寄ってくる。

 

「あれ?なのはさんにフェイトさん、なにしてるんですか?」

 

「あ、ティア。いま生ゴミの処理をしようと思って」

 

「あー、ひょっとこさん。乙女の健康診断に男が立ち入るのはダメですよ」

 

「黙れメスゴリラ」

 

 隣からなのはのビンタが炸裂する。

 

「ゴリラに謝って」

 

「なのはさん逆ぅッ!」

 

「すまん、スバル。申し訳なかった」

 

「あれ?いまゴリラ認定されました?スバル=ゴリラみたいな図式が成り立ちましたよね?」

 

「二人とも大人気ないなぁ」

 

 後輩をからかう二人をみて、嘆息するフェイト。

 

「はいはい、あんまりいじめないの。二人ともいまどこまでいったの?よかったら一緒に回らない?」

 

「え?いいんですか?次視力にいこうかなって話してまして……」

 

「なのはも私も視力まだだから一緒に受けようか」

 

『やった!』

 

 フェイトの言葉に本当に嬉しそうに喜ぶ二人。ふとフェイトが意識をスバルとティアに向けている間にひょっとこが姿を消していた。

 

「あれ?なのは、俊はどこにいったの?」

 

「俊くんなら予定があるっていってどっかに消えたよ?それよりヴィータちゃんのとこにヴィヴィオがいるみたい。後でヴィヴィオのところにもいこうね」

 

「うん。まぁ俊がいないのはいいことだし、いまのうちに視力測ろうか」

 

 フェイトの提案に異を唱える者はおらず、一向はそのまま視力検査の場所へと足を運ぶ。

 

「えっと、視力検査の担当は後方事務の人みたいだね」

 

 検査場所までついた一行は、検査の担当について話題にする。普段はあまり接点がない事務方だが、いったいどんな人なのだろうか?

 

「あ、ごめんなさーい!まったぁ?」

 

 仲良くしたいねー。なんてことを言い合う一行の前に現れた一人の人物。セミロングの髪の毛を茶髪に染めたその髪の毛はいかにも安っぽく、子供用のナース服を着ているからか異様にピチピチ、ムチムチとしたその姿を嘔吐を誘発させる。サイズが合わないためかナース服からは下着が丸見えであり、目の前のフェイトたちを誘っているのかガーターベルトにTバックで腰をくねらせるナース。よくよくみると乳首の露出はNGなのかニップレスを装着している。

 

『チェンジで』

 

 有無を言わさぬその言葉にナースは体をくねらせながら唇に指をあてる。

 

「あは!もしかして、わたしのかわいさに怖気ついたのかな?あ、やべ。チンコでた」

 

 腰を左右に動かしていたからか、その反動で密封から空気に触れたそのイチモツ。バレないようにポジションセットを行うが、四人ともガン見である。

 

「てへぺろ」

 

「ひょっとこさん。頭やばいっすよ。いや下半身のほうがもっとヤバいですけど」

 

「すげぇ……これが猥褻物陳列罪の具現化ってやつか……!」

 

 本気でひょっとこの頭を心配するティアと、猥褻物陳列罪の具現化に感動するスバル。そして──

 

「お願いだから……その姿はやめて……悲しくなってくるから……!もっと家で構ってあげるから……」

 

「あ、ヴィヴィオ?パパにヴィヴィオの声をきかせてくれる?パパね、お仕事してないはずなのに頭が壊れたみたいなの」

 

 ひょっとこに抱きつきながら涙を流すフェイトと、ヴィヴィオの声で正気に戻そうとがんばるなのは。

 

「まてまて、人を変態みたいな扱いしないでくれ。失礼な奴らだな。警察呼ぶぞ」

 

「つかまるのはあなたですが」

 

「管理局員目の前によくここまでやるな」

 

「とりあえず、視力検査がいま手一杯で忙しいから俺が急遽ヘルプに入ることになった。これから一人ずつ棒で指していくから、その指された文字を思いっきり叫ぶように」

 

「なんか説明しはじめたんだけど」

 

「フェイトさん涙が乾いて瞳からハイライト消えてるけど」

 

「美人で優秀でみんなの憧れのフェイトさん。しかしその幼馴染が猥褻物陳列罪なんて汚点だね」

 

 フェイトに同情しながらも、二人は付き合わないと面倒そうなのでひょっとこの戯れに付き合うことにした。

 

       ☆

「本来なら専用の機械を使うが、その機械がいまあいてないから昔ながらのやり方でいくぞ。まずはスバル。右目から」

 

 スバルは渡された黒い目隠し棒で左目を隠す。決められた線から先へは出ないように注意しながら、ひょっとこが指示する場所の文字をいっていく。

 

「まずはここ」股間に指示棒を当てながら

 

「ん~……股間……いやペニスですかね」

 

「正解だ。次はここ」股間に指示棒を当てながら

 

「ん~……股間……いやあそこですかね」

 

「グッド。次はここ」股間に指示棒を当てながら

 

「ん~……股間……いやちんこですかね」

 

「エクセレント。判定はH。度し難いほどの変態だ。次、譲ちゃん」

 

「え!?終わりですか!?いまので本当に終わりですか!?理不尽すぎません!?」

 

 ひょっとこは文句を言うスバルを無視してティアの検査に移る。

 

「まずはここ」

 

「ん」

 

「次」

 

「ぎ」

 

「次」

 

「も」

 

「次」

 

「ぢ」

 

「次」

 

「ぃ」

 

「次」

 

「い」

 

「はい、続けて」

 

「んぎもぢぃいいいいいッ!」

 

「はい、判定はA。アヘ顔。次、フェイトいってみよう」

 

「え!?それだけ!?いまので視力検査終わりですか!?なにほんとに書いてるんですか!?まってください、これ怒られるの私ですから!」

 

 二人の抗議を無視してひょっとこはフェイトの検査に移る。ものすごくいやそうな顔のフェイト。未使用の目隠し棒をなのはに渡すと、なのはは無言でフェイトに送り返す。

 

「いっそのこと魔力弾で俊をぼっこぼこにしようかなぁ」

 

「でも俊くん、十年間魔力弾浴びてきたからタフさだけは成長してきたよ」

 

「頭の中身は9歳のころが一番キレてたんだけどなぁ」

 

 

「あーわかる」

 

 しみじみとつぶやくなのはとフェイト。視線はもちろんムチムチナースに注がれる。

 

「とりあえずこれから──」

 

 ガタンッ!!

 

「よーし全員そこから動くな。というかそこの猥褻物陳列罪お前が動くな。股間のイチモツを上下に動かすな殺すぞ」

 

「あ、ヴィータちゃん!」

 

「よーなのは。電話サンキュー。やっぱりこいつ手伝いすっぽかしてお前らと遊んでやがったか。ひょっとこ、お前は男性職員のヘルプを頼んだはずだが?」

 

「あんなオスくさいところいたら俺の貞操が危ないだろ」

 

「心配すんな。いかにも危険人物ですってオーラを放つお前を放り込むことで、ユーノに性欲をぶつけないようにするのが狙いだから。ちなみにお前の貞操なんて全人類が興味ない」

 

「カエルに人気なんだけどなぁ」

 

「お前はカエルと交尾でもすんのか。ほら、さっさと持ち場に戻れ!」

 

 アイゼンでひょっとこの腹を叩きながらひょっとこを室外に連れ出すヴィータ。ヴィータは呆然とする四人に向き直り、

 

「悪いな。あいつにヘルプを頼んだはいいものの、なのはとフェイトがきた瞬間いなくなりやがった」

 

 ヴィータの言葉にまんざらでもなさそうな顔のフェイトとなのは。この場にいた三人は心の中でちょろいとつぶやいた。

 

「……あッ!そうだヴィータさん、ひょっとこさんに視力検査させられたんですけど、これどうすればいいですか!?」

 

「ん?ああ、もういっかいやり直しだな。あたしがやってやるからちゃんとした検査場所にいくか。おいそこの脳みそところてんでできてる二人もいくぞ。ったく、あの猥褻物陳列罪のどこがいーんだか」

 

 一人つぶやきながら本来の場所へ四人を誘導するヴィータ。その顔はうんざりしていた。

 

        ☆

 

 そのころのヴィヴィオとリイン。

 

 ひょっとこが遊んでいるさなか、ヴィヴィオはリインと一緒に問診をしていた。隣にはしっかりとシャマルがついており、こちらのほうで正式な問診は行っている。つまり、ヴィヴィオとリインの問診は形だけの行為となる。しかしながらのこの問診が非常にかわいく、癒しとなっていることは間違いなかった。

 

「おからだはどうですか!」

 

「そうですねぇ、ちょっとだけ頭が痛いですね」

 

「あたまがいたいの?じゃあヴィヴィオがいたいのいたいのとんどけーしてあがる。なのはママとフェイトママがしてくれるとね、すぐにいたいのがとんでくよ」

 

「本当ですか?それだけお願いします」

 

「はい!いたいのいたいの……とんでけー!」

 

 女性の頭に手を置いたヴィヴィオは盛大な身振りで手を後ろに動かした。ヴィヴィオは一生懸命であるが、はたからみたらただのかわいいお遊戯である。

 

「はい、これでなおりました!」

 

「あ、本当です。ありがとうございます」

 

「はい!どういたしまして!」

 

 にこにこ笑顔のヴィヴィオ、そのヴィヴィオの頭をなでるリイン。

 

「はー、本当にヴィヴィオちゃんはかわいいです。これがぺろぺろさんが産んだとは驚きです」

 

「リイン。ひょっとこさんは男で産めないわよ」

 

 リインの発言を訂正しつつも、シャマルもヴィヴィオの頭をなでる。されるがままになるヴィヴィオは目を細めて幸せそうな表情を浮かべる。床にはガーくんが正座で

待機しており、守りは万全である。

 

「それにしてもパパおそいね。パパもあたまがいたいのかな?」

 

「ぺろぺろさんは単純に頭が悪いだけですから心配いりませんよ」

 

 説得力を伴うその言葉にシャマルは大きくうなづいた。ちなみにガーくんも床でうんうんと頷いており、ヴィヴィオだけは頭にクエッションマークを浮かべていた。

 

「パパはやくかえってこないかなー。なのはママとフェイトママといっしょにあそびたいのに」

 

「そうですねー。もう少しリインたちと遊びましょう。あと一時間もしたらすべて終わりますので」

 

「ほんと?じゃあヴィヴィオがんばる!」

 

 両拳をぐっと握り締めるヴィヴィオに、たまらず頬をすりすりと寄せるリイン。リィンにとってヴィヴィオは妹みたいな存在だ。

 

「はー。どうすればぺろぺろさんの魔の手からヴィヴィオちゃんを救いだせるのでしょうか」

 

 いまだにひょっとこからヴィヴィオを救いだそうとするリイン。どうやらまだ近いうちにリインとひょっとこのファイトが勃発しそうである。

 

           ☆

 その後のひょっとこ

 

 あたりに人影はない。既に健康診断はすべて終わっており、後は帰るのみとなっている。ひょっとこの携帯電話には着信が100件以上たまっている。相手は六課の面々だ。

 

「あのー……ユーノさん?そろそろ帰らない?」

 

「ううん……もうちょっとしてからにしよう?」

 

「30分前にも聞いたけどなぁ。ほら、ユーノも明日は仕事だろう?」

 

「じゃあ朝帰りする?」

 

 うるんだ瞳でひょっとこを見つめるユーノ。綺麗に着飾ったユーノは美少女と呼んでも差し支えないほどだった。もともと線が細い上に化粧もしているため、なみの女よりもかわいいユーノがひょっとこに抱きつきながら甘えている。

 

「俊、たまにしか会えないんだからもっと一緒にいようよ……。僕は毎日でも会いたいのに、我慢してるんだよ?」

 

「いやまあそうだけどさ。俺はともかくユーノは忙しいだろ?」

 

「俊のためならスケジュールだってあけるよ?」

 

「(……いかん。マジで襲いたくなる。ここは穏便に退散しよう)。あーそれは嬉しいけど、そういった話はまた今度にしよう」

 

 しなだれかかるユーノの体をそっとどけながら、椅子から腰を浮かすひょっとこに、ユーノはぽつりともらす。

 

「古代ベルカについて……神夜がどれくらいかかわったのか知りたくない?」

 

 その言葉にひょっとこの動きが止まった。

 

「僕なら俊が知りたい情報を教えることができるけど。ふふ、知ってるよ?そのために聖王協会にバイトしにいったことも」

 

「まいったな。……相変わらず情報通だな」

 

「ねえどうする?俊次第だよ?」

 

 俊の頬に触りながら、そっと抱きしめるユーノ。そのユーノの甘い罠にかかりたい自分がいることをひょっとこはしっかりと理解したうえで、なおユーノをそっと体から離した。

 

「俺が十年間探してもみつからなかったことだ。お前がもっているとは思わない。それに、俺はそんな情報交換でユーノを抱くほど腐ってない。お互い、翌日に仕事がない日に、蕩けるように貪りあおう」

 

 その言葉にユーノは肩をすくめる。どうやらカマかけは失敗したようだ。

 

「そうだね。そのほうがいい。でも、言質はとったよ?ほら」

 

『俺はユーノを抱く』

 

 にこにこ笑顔でボイスレコーダーを見せびらかすユーノ。

 

「ちょ、ちょちょちょってまて!それはなのはやフェイトに見せることは絶対にやめてくれよ!?頼むからな!」

 

「えー……どうしようかなー?」

 

「なんでもするから!なんでもするから!」

 

 土下座するひょっとこに考え込むユーノ。その姿はまるで小悪魔のようだった。

 




 読んでくださっている皆様は既にご承知のこととは思いますが、本作品のメインヒロインはガーくんとユーノ。聖域がヴィヴィオとなっていることは……あ、すみません。当たり前のことを書いてしまいましたね。

次はハロウィンに向けての日常回だぁあああああ!


※最後のほうは深く考えずにいてください。考えてみてください。この作品ですよ?


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A's43.取材

 六課の朝は遅い。日が昇り、学校へ向かうため子どもたちが通った道をてくてくと歩いてくる女性が一人。彼女の名前は高町なのは。才色兼備の管理局が誇るエースオブエースだ。栗色の髪を一つ結びにして、局の制服に身を包み歩く姿は百合の花である。

 

「あ、おはようございます。今日はよろしくお願いします」

 

 人懐っこい笑みを浮かべる高町さんは取材陣に挨拶をし、出勤のための道を歩く。

 

 普段からこの時間なのですか?

 

「いえ、今日は休みと勘違いしていましたので。普段はいつもどおりの時間帯に出勤しています。今日はたまたまです」

 

 なるほど。普段も出勤の足は徒歩ですか?

 

「まちまちですね。時間をかけて歩いてきたり、フェイトちゃんの車に乗せてもらったり。本当はわたしも免許がほしいお年頃ですけど、周りからとめられているんですよ」

 

 そうなんですか?

 

「『こいつは人をひき殺す恐れがある』そう幼馴染に言われて、なぜかみんな納得してしまったんです。まったく失礼な話ですよね」

 

 それはたしかに失礼ですね。

 

「まったくです。マリオカートで予行練習しているので問題ないのに」

 

 ……たしかにこれは問題ありそうですね。

 

「ん?なにかいいました?」

 

 いえ、なんでもありません。

 

 そうこうしているうちに高町さんの仕事場、六課へと到着する。

 

「まあ六課の敷地内を歩いてるだけでしたし──あっ、い、いまのオフレコで!ご、ごめんなさい!あーどうしよう、どうしようフェイトちゃん!?」

 

『なのはがんばってー!』

 

 あ、大丈夫ですよ高町さん!こちらのほうでカットしておきますので!

 

「ほ、ほんとですか?ふぅ……。あ、それじゃこちらから受付をお願いします」

 

 そうして通されたのは外部の者が名前や目的を提出し訪問カードをもらう受付所。六課はその役割上、綺麗どころが集められている場所のため、外部の者はここでしっかりと記録をとることになっている。

 

 では、失礼して代表の私が記録を──おや、すでに名前が書かれていますね。いったいどんな方が六課に来ているのでしょうか?

 

 名前・スカハッティ

 

 目的・女子更衣室見学(小学生です、社会科見学のため仕方なくきました)

 

 名前・ひょっとこ

 

 目的・女子トイレ見学(小学生です、社会科見学のため仕方なくきました)

 

 ……なるほど、小学生ですか。

 

「その子たちはいま社会科の先生と一緒に見学の最中ですね」

 

『あ、ヴィータさん!庭で焚き火ですか?あれ?それにしてはへんな道具使ってますね』

 

『おうティアか。これはファラリスの雄牛といってな、レクレーションに使う楽しい遊び道具だ。こいつらがどうしても社会科見学していって駄々をこねるからな。仕

方なくうちにあったものを持ってきてやったんだ。耳を澄ましてみろ。楽しそうな声が聞こえてくるぞ』

 

『誰か助けて!こいつマジで殺す気だッ!おい取材陣!六課のメス豚共がこんなに鬼畜だってことを世界に知らせるチャンスだぞ!』

 

『そのとおり!容姿に恵まれているにもかかわらず、それらを一切男に還元しない畜生で陰湿で腐った女性の姿をカメラで捉えて──ひょっとこ君、熱湯投入してき

た!?中と外で私達を殺す気だ!』

 

『中にはお湯を投入』

 

『外にはそっと薪の追加を』

 

『死因は酸素不足』

 

『ボラ〇ノールのCMにのせるとは、こいつらまだ余裕あるな』

 

 六課の庭から楽しそうな声が聞こえてくる。カメラマン、庭のほうもとっておこう。

 

 カメラマンに指示を出す。すると高町さんが私の肩にそっと手を置いて、一ミリたりとも笑っていない笑顔で言い切った。

 

「ここのくだり、カットでいいですよね?」

 

 あまりの怖さに首を縦に振ることしかできなかった。

 

 高町さんの視線から逃れるべく、手元に目を向ける。どうやらさきほどの小学生のほかにもまだ来訪者がいるみたいだ。

 

 名前・ボビー・オロゴン

 

 目的・おひるたべるお!

 

 名前・ハクイノダテンシ

 

 目的・クジャクニナル!

 

 私達取材陣は考えることを放棄した。

 

    ☆

 

 お客様カードを首にぶら下げて私達取材陣が案内された場所は彼女たちの職場であった。高町なのはさんを中心とした花形六課の面々は一箇所に集まって仕事をしているらしい。それはつまるところ、女の園ともいうべき場所である。

 

 本当に取材陣が入っていい場所なのでしょうか?

 

「あはは、そんなにかしこまることないですよ。本当に局の皆さんと同じような職場ですから」

 

 あんまり期待しないでくださいね?高町さんはそう私達に釘を刺しながらそっと部屋をあけた。

 

「ヴィータちゃん!コピー機が壊れてしまいました!?」

 

「なに?まったく、なにしてんだよ」

 

「リインなにもしていません。ぺろぺろさんの顔面をコピーして指名手配犯にしようとしただけです」

 

「コピー機だって心をもってるんだ。こいつをコピーしたいわけないだろ?」

 

「お前、俺だって心をもっていること忘れてないか?」

 

「なるほど。つまりコピー機のせいいっぱいの抵抗ということですか」

 

「ティアみてみて!メタビーだよ!いま私メタビーを動かしてるよ!」

 

 そっと廊下と部屋との境界線を閉じる高町さん。私達取材陣にニコニコと笑顔を浮かべながら、コンコンと扉をノックする。

 

 そのノックはまるで、アイシテルのサインならぬシニタイカのサインに聞こえてしまったのは私だけだろうか。コホンと可愛らしく咳払いをする高町さん。先ほどよ

りも声を大きな声で私達に話しかける。

 

「さて、ではわたしたちが普段使うお部屋を紹介します。ここではいつも書類仕事や、教導の資料、座学や雑務などを行っています。ではご案内します」

 

 編集点すらも理解している高町さん、先ほどの光景はなかったことにしたいのか初めて入りますという体で話を進める。

 

 高町さんのあとから部屋の中へ入った私達が目に飛び込んできたのは、部屋の隅に二つ置いてあるゴミ箱にすっぽりと収まる二人の男性の姿だった。

 

「「にゃ~ん」」

 

「貴様ら空気が汚れるから無呼吸を維持しろと命令したはずだが」

 

 ゴミ箱を蹴りながら男性二人を脅すのは騎士道を体現していることで有名なシグナムさんだ。

 

「ん?なんだこのテレビカメラは?」

 

 私達の様子に気がついたのか、シグナムさんがこちらに近づいてくる。いまにも吸い込まれそうなほど力強いその瞳、長髪をポニーテールに結んだその髪からはシャンプーのいい香りが鼻腔をくすぐってくる。

 

 はじめましてシグナムさん。テレビミッドの取材班です。本日は皆のアイドルである六課の面々を取材に来ました。

 

「ふむ、取材か。あまりそういうのは好きではないが……頑張ってほしいな」

 

 先ほどまでの表情とは一点、やわらかい笑みで私達取材陣をねぎらってくれるシグナムさん。彼女のこのギャップに弱いという男性職員・女性職員は多いだろう。

 

『あのメス豚、朝から香水つけたりチュールスカートはこうとしたり一番浮かれてたよな、スカさん』

 

『うむ。デリヘルかと勘違いした』

 

 ゴミ箱が壊れるかと心配になる勢いで蹴りだしたシグナムさん。男性二人の顔が真っ青まである。

 

「あ、気にしないでください。近くにいると穢れが移りますのでさっさと場所を移動しましょう。さ、こっちが六課の代表者八神はやてのデスクになります」

 

 男性二人の関節があらぬ方向に曲がっていることなどお構いなしに、私達取材陣の案内を続ける高町さん。

 

 あ、あの高町さん?そちらの男性二人は……

 

「え?なんのことですか?」

 

 いえ、先ほどからヘルプを出してきているあちらの男性二人について……

 

「テレビ関係者の方々もお仕事大変ですよね。きっと疲れて幻覚でもみえているんですよ」

 

「いや六課には昔から自縛霊の噂もあるし、もしかしたらその霊をみている可能性もあるで」

 

 うわぁッ!?ビ、ビックリしました。もう驚かさないでください八神さん!

 

「あはは、ごめんな。みながちょっと六課の空気に慣れてないかなおもて」

 

 そういって笑うのは六課の代表者、八神はやてさんである。

 

「けどなぁ六課の様子なんてテレビにおさめても面白くないとおもうんやけど」

 

 いえいえ、六課のアイドルである皆さんが働いている姿をみるだけで嬉しいというのが総意ですから。

 

「まあわたしやなのはちゃんにフェイトちゃんは9歳のころから働いとるし、そうした感情をもつ人がおってもおかしないか。……いや管理局の上層部って大半がそんな

人やっけ」

 

 なぜかげんなりとした表情を浮かべている八神さん。なにか悪いことでも考えてしまったのでしょうか。

 

 それでは八神さん、さっそくお仕事の紹介をよろしくお願いします。

 

「ええよー。みなの働きぶり、ちゃんと撮っておいてな?」

 

 こうして私達テレビミッドは八神はやてさんの先導の下、六課の仕事をカメラに収めることとなった。

 

『最近寒くなってきたな。こたつだすか。よいしょっと』

 

『まてひょっとこ。寒く感じるのはお前がパンツ一枚だからだ。そしてパンツの中からこたつを平然と出すのはやめろ。理が乱れる』

 

『ロヴィータたんみかん食うか?』

 

『お前通信簿に人の話をきかない類人猿って書いてあっただろ』

 

 だから後ろにいる男性はいったいだれなんだ?

 

           ☆

 

 なぞの男性二人がいる部屋の紹介を終えて、私達取材陣が連れてこられたのは『イベント準備中』と名札が書いてある部屋の前であった。

 

 あの、八神さん。ここは?

 

 私の質問に八神さんは満足そうに微笑みながら、

 

「ここは今月末に控えるイベントの準備室や。ほんとは公開しちゃいかんけど……今日は特別にちょっとだけ案内してあげるで」

 

 そういって口元に指をもっていき、私達に静かにするように合図を送る。そしてそっと開かれる扉、そこを通り抜けた室内には様々なコスプレ衣装ともいうべき衣類と、衣装の一つを身にまとった金髪の女性が立っていた。

 

「うーん、あんまり魔女っ娘ぽくないな。やっぱりとんがり帽子とかぼちゃのアクセサリーは必要だよね」

 

「ガークンハカボチャノイヤリングガイイトオモウナー」

 

 アヒルと会話をしながら立っていた。

 

 ん?あれ?おかしいな?アヒルってしゃべるんだっけ?

 

 思わず後ろにいたスタッフに確認を取るもスタッフも絶賛混乱中のようだ。混乱中の私達にいち早く気づいたのはまさかのアヒル側だった。

 

「ロウカデシラナイナイケハイヲカンジタケド、コノヒトタチダーレ?」

 

「んー?この人達はテレビマンっていうて、今日は六課を取材にきたんよ」

 

「ヘー。ジャアガークンアッチデミカンタベテクル」

 

「ガーくんまったく興味なさそうやな」

 

「ガーくんはテレビよりあの子と一緒にいる時間のほうが大事だしね。こんにちは、テレビミッドの皆さん。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。こんな格好ですいません」

 

 魔女っ娘衣装に身を包んだハラオウンさんがくるりと回りながら照れたようにポーズを決める。六課一といわれるボディにもかかわらず、黒ニーソにガーターベルト、そしてミニスカートととてもきわどい格好をしている。私達取材陣はテスタロッサさんをみて思わず前かがみになる。

 

「あ、あれ?どうされました?」

 

「あーフェイトちゃん。いますぐいつもの制服に戻ってくれるか?ちょっと刺激が強すぎたみたいや」

 

 取材陣のこの状態を察してくれたのか、八神さんがそっとフォローをいれてくれる。なにもわかってなさそうなテスタロッサさん。頭にクエッションマークを浮かべながら着替えのために室内へと引き返す。一緒にいる女性のスタッフから冷たい視線が突き刺さる。

 

 そんな私達に八神さんはそっと耳打ちする。

 

「いいもんみれたやろ?その代わりといってはなんやけど、キミらがみた男二人のことは他言無用の放送禁止にしてほしいんよ」

 

 そ、それはなぜですか?ま、まさかどこかの国の王子とかでしょうか?だからこそ、放送できないように──

 

 くすりと含み笑いを浮かべる八神さん。私達取材陣はそれだけでなんとなく察してしまう。この業界にいれば、いやでも一度は耳にしてしまう、目にしてしまうこと。

 

 この世には決してカメラにおさめてはいけない存在がある。あの男性二人がその世界の住人ということなのか。

 

 わ、わかりました。

 

「うん、ありがとな。(存在が猥褻物陳列罪やから、決してカメラにおさめてはいけない存在なんよね、二人とも)」

 

 ちょうどそのとき、扉が開く音と同時に制服に着替えたテスタロッサさんが顔を出した。

 

「おまたせはやて。皆さんもすみません。お時間いただいて」

 

 い、いえ!そんなことはありません!

 

「そうですか?それならよかったです。ではここからは私が皆さんを案内しますね」

 

 あれ?八神さんは案内されないのですか?

 

「わたしはちょっとやることがあってな。これから上の人らと話し合いや」

 

「というわけで、皆さんわたしについてきてくださいね」

 

 バスガイドのように旗をもったテスタロッサさんに連れられる取材陣一同。金髪の髪が揺れるたびに、男性陣の体が前のめりになる。

 

『あ、ティアーユ先生だ』

 

『今日はこけないみたいだね』

 

 無言で男性二人に魔力弾をぶつけるテスタロッサさんに、取材陣は彼女に対する考え方を改める必要がありそうだ。

 

               ☆

 

 同時刻、訓練室にて

 

「いい?みんな?今日はものすーっごくやさしい難易度にするから、全員倒れないでね」

 

「ふむ。普段の教導ではダメなのか?」

 

「普段の教導なんて公開したら誰もわたしの教導を受けたいなんて思わないですよ、シグナムさん」

 

「まー目標がAランク以上だからな。こいつらの能力的に地獄の拷問になるのはしょうがない。目標下げればなのはもそれにあわせて下げてくれるが……」

 

「「快感を捨てるなんてとんでもないッ!!」」

 

 ヴィータの言葉に声を大にして力説するスバルとティアナ。そんな二人に呆れた様子でジト目を向けるヴィータ。

 

「でも初期に比べたら動けてるし問題はないかな。むしろみんな成長速度が速くて驚いてるよ」

 

「なのはさんの胸の成長速度も早いですよ」

 

「え!?それほんと!?」

 

「ええ。上にまたがって上下していたときに母乳が顔にかかりましたから」

 

「『一番絞り生』ができるくらいには成長しているかと」

 

「からかってるよね!?二人とも直属の上司をからかっているよね!?」

 

 自分の胸を抱きながら涙目で怒るなのは。まだだもん……まだなのはでないもん……。と小声でつぶやくその姿はあまりにも愛くるしく、男性がみたら一瞬のうちに虜になること間違いなしだ。

 

 そんな光景をみているヴィータの携帯にフェイトから取材陣がもうすぐ来ることを知らせるメールが入ってきた。

 

「おーい、そろそろくるぞー。配置につけー」

 

『はーい!』

 

 ヴィータの言葉に全員がいっせいに配置につく。今日のなのはたちに課せられた使命──それは教導に対して悪い印象をもたれないことだ。

 

「わたしたち管理局員は常に危険と隣り合わせな職業です。常日頃から自分たちに訓練を課して昨日より一歩でも強くなることを心がけています。その中でもわたしは戦技教導官として、各地を飛び回り局員の技能向上のため教導をしてまわっています。いまは六課に所属しこの子たちの教導を一年間担当しています」

 

 横に体をずらしながら新人四人を紹介するなのは。さきほどは案内役としてカメラに出演したはずだが、本業の教導している姿をカメラに収められると思うと、さきほどまでとは違ったプレッシャーが襲い掛かる。もちろん、案内役なんかとは比べ物にならないほどの重圧だ。

 

 自分が管理局にいる理由、それが問われるわけなのだから。

 

『いやなのははただのオカズだろ』

 

 男性の断末魔が訓練室に響いたことはいうまでもない。

 

         ☆

 

 普段よりもやさしい内容の訓練を視界に映しながら、自身は黒ひげ危機一髪の黒ひげ役になっているひょっとこ。タルにいれられ、シグナムの武器レヴァンティンで体を刺されながらなのはの表情を観察する。

 

「なんかやりにくそうだな、なのは」

 

「そりゃ普段の訓練とは違うからな。カメラの前だと緊張もするだろ。あたしとしてはなのはがヘマしないか気が気じゃない。あたしがヘルプに入れればいいんだけ

ど……」

 

「テレビが撮りたいのは高町なのはであって、八神ヴィータじゃないからな」

 

 その事実にため息を吐くヴィータ。今回の取材、テレビミッドの目的は大人気の管理局員、八神はやて、高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの映像であって六課の映像ではない。だからこそ、高町なのはが案内役となり、八神はやてが橋渡しをし、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンがイベントのPRを行ったのだ。

 

 ぼんやりとなのはをみる、ひょっとこはつぶやく。

 

「ニートの俺にはよくわからんが、あいつもあいつで大変そうだな」

 

 その言葉にヴィータが鼻で笑う。

 

「そりゃ大変に決まってるだろ。なのはの地位は特殊で、本来ならお前という存在がいることがバレたら炎上どころの騒ぎじゃないからな」

 

「なのは達、俺のことを周囲に人間に突然変異した犬って説明してるみたいだから大丈夫。その証拠にいまでも近所の子どもに骨っこもらうから」

 

「レヴァンティンで何度刺しても死なないところをみるに、生物兵器が妥当かもしれんな」

 

「いや、痛みで感覚マヒしてるだけだから」

 

 不思議そうに眺めるシグナムに、タルが真っ赤に染まっている箇所を示すひょっとこ。嬉々としてそこを集中的に刺していくシグナム。

 

「俺もう八神家と縁切るわ。竿役のワンチャンしか信じられない」

 

 そのザフィーラはというと、都合によりテレビに映すことができないヴィヴィオのお守りを買って出ている最中である。さきほどフェイトからアヒルと狼に囲まれてプリンを食べているヴィヴィオの写真が送られてきたばっかりだ。

 

 教導中のなのは達を眺めながら、またもやひょっとこが口を開く。

 

「なのはってさ、天使じゃん?」

 

「はいはい」

 

 また面倒な幼馴染自慢が始まったよ。ヴィータがシグナムが顔を見合わせてめんどくさそうな表情をする。その後に続く言葉はきっと『やっぱ俺の幼馴染ってかわいい、俺って勝ち組だな』こうだろう。そう予想していたのだが──

 

「どうして自分からその翼を捨ててしまうのかな」

 

 その後に続く言葉は予想外なものだった。

 

 呆然とした表情をみせる二人を横目にひょっとこは言葉を続ける。

 

「あいつ、料理は下手だけどお菓子つくりがうまくて、しかも幸せそうな顔して作るんだよ。空を飛ぶときも同じ表情をするんだよ。自分では気づいてないかもしれないけど。だからもったいないなと思う。せっかく空に愛されてるのに」

 

 さびそうにつぶやくその表情は真剣そのもので、ついシグナムはレヴァンティンをひょっとこの尻から引き抜くことを忘れてしまう。

 

 ひょっとこの言葉に様々な感情が混ざり合っている。自分にはなかった力に対する憧れ、そしてそれを捨てることを決断したなのはに対する想い。それらをしっかりと読み取り、嚥下して、ヴィータは答えた。

 

「あいつが空を飛ぶことが好きなのはあたしらもよく知ってる。空に愛されてることも知っている。ただ、それ以上に愛したい子にできたってことなんだろ」

 

「ひょっとこ、お前はこれからが大変だぞ。空に浮気されないように、なのはをしっかりとつなぎとめておかないといけないからな。テスタロッサにしてもだ。お前はテスタロッサの運命を変えた。男ならばその責任をしっかりと果たすことだ」

 

 そして主はやてのこともな。その言葉は口の中に飲み込んだ。いまいうべきことではないし、主の考えを聞かずして自分達だけで判断するのはマズイ。二人ともそう考えた。

 

 高町なのはの心が変化したのは、とある少女と出会ってからだ。そして考えに考えた末、出した結論をひょっとこは尊重することにした。しかし、自分の中の整理をつけたくて、自分の中の考えを誰かに聞いてほしくてヴィータとシグナムに話した。それは間違ってなかったと思う。

 

「さすがは俺の肉便器共。いいこというな。あ、ちょっとまってシグナムさん!それ以上したら漏れちゃう!大腸の中の排泄物が漏れちゃうのぉおおお!んほぉおおおおおおおおおおおッ!」

 

 汚い男のアクメを真正面でみたヴィータは盛大に吐いた。

 

            ☆

 

 高町テスタロッサ家のリビングにて、高町なのはは盛大に打ちひしがれていた。

 

「なんで……後半ばっさりカットされてるの……」

 

 それもそのはず、なんせ自分の教導シーンの後半が丸々バッサリカットされておりその代わりに八神はやてのお料理コーナーが追加されていたのだ。あんなに効果があるかわからないぬるい教導をやった意味がまるでない、といわんばかりになのはは右隣にいるその元凶に肩パンを喰らわせる。

 

「しょうがないだろ。アクメした俺が悪いんじゃない。あそこでレヴァンティンを引き抜いたシグシグが悪いのだ。たしかにアクメして遊んだのは悪かったが、俺なん

てロヴィータの吐しゃ物を顔面に浴びたんだぞ?」

 

「でも俊からしたらご褒美でしょ?」

 

 なのはとは反対側でヴィヴィオを膝にのせながらテレビをみていたフェイトが話しかける。

 

「当たり前だろ。キレイになめとっておかわりを所望したわ。絶縁宣言されたけど。『お前の顔が頭から離れない。頼むから死んでくれ』という熱いラブコールつきで」

 

「まーたわたしとフェイトちゃんが謝りにいくのかー……」

 

「いや俺だって被害者じゃね?」

 

「そもそも俊くんが取材日に遊ぶのが悪いんでしょ」

 

「だって暇だったもん。スカさんも最後はハロウィンの打ち合わせではやてのところにいったし」

 

 子どものように頬を膨らませるひょっとこにかわいくないと一蹴するなのは。

 

「パパよしよし。いいこいいこ」

 

 大人の会話を聞いていたヴィヴィオはとくになにも理解していなかったが、とりあえずひょっとこの頭をなでた。理由はもちろん、パパが一番いいこいいこしないと

いけなそうだったからだ。そんなヴィヴィオの考えに気がつくこともなく、ひょっとこは得意気に二人に顔を向ける。

 

「ありがとうヴィヴィオ。やっぱりヴィヴィオだけがパパの味方だな。それにこの家族の中で誰が一番いい子なのか理解している」

 

 カチンとくるのはなのはとフェイトである。

 

「ないいってるの俊くん。この中で一番いい子なのはわたしだよ?ヴィヴィオは一番わたしにいいこいいこするに決まってるじゃん」

 

「違うよなのは。なのはは学生時代も俊とは別ベクトルで問題児だったでしょ?この家で一番のいい子は私だよ」

 

「いや、なにいってるのフェイトちゃん──」

 

「まあまあ、二人とも嫉妬はよくない──」

 

「そもそも、いつだって被害を被るのは──」

 

 段々とヒートアップしていく口論の中、ヴィヴィオはガーくんを抱きかかえながらフェイトの膝から飛び降りた。そして三人に向かって怒ったように口を開いた。

 

「こらー!けんかはだめ!ヴィヴィオおこるよ!」

 

 いまにもガーくんを投擲しそうなヴィヴィオに三人はピタリと口論をやめて、ヴィヴィオのほうに向き直った。

 

 腰に手を当てて、いかにも怒っていますとアピールするヴィヴィオ。そんなヴィヴィオを前にして三人は無言で床に正座する。

 

「いい?これからヴィヴィオがいいこいいこするから、それでフェイトママもなのはママもパパもがまんすること!けんかしちゃだめ!」

 

『はい……ごめんなさい』

 

 娘に叱られた三人はそれから一時間、なのは・ひょっとこ・フェイトの順番にいいこいいこされ続けた。

 

 その光景を家にやってきたリンディにムービーで録画され、親の間で笑いの種になったことはまた別のお話である。

 

 




あけましておめでとうございます。鹿島(艦これ)がかわいくてホクホクしてます。

男のアクメ顔みせられたら吐くのも無理ないね。


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