ウルキオラさんがTS転生していく話 (鉄パイプ)
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ウルキオラさん、産まれる

初めまして、鉄パイプと申します。
超遅筆で更新は月一回あるかないか位ですが頑張るのでよろしくお願いします!




 

『願わくばもう少し心を知りたかった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識体のみとなった自身に四肢の感覚など存在していない。

霊力も微々たる量、もしくはほぼ感じられていなかった。

 

後は消えるのみだと悟りきった『意識』は暗闇の中でただそっとその時を待ち続けていた。

 

 

 

 

 

待つ。

 

待つ。

 

 

だが自身が消え去る瞬間など一向に訪れない。

 

それどころか自身を引き戻そうとしている何かすら現れた。

 

 

『意識』は本能的にその何かを五感――聴覚で捉えた。

 

鼓動だった。

 

一定の早いリズムを刻むソレに『意識』はまず疑問を感じた。

既に身体は消え去ったはずなのに何故そのようなモノが聞こえるのか。

 

 

そのような事を考えている内にも聴覚の捉える鼓動はますます大きくなる。

それにつれ身体の感じる感覚がまた増えた。

 

触覚が心地の良い温かさを捉える。

 

 

 

『意識』はここでまた疑問を持った。

何故このような温かさを心地良いと感じたのか。

 

 

触覚を感じ、疑問を持ち始めてからしばらく経った時、急に狭苦しさを感じた。

同時に何か声が聞こえた。

 

唸り声、呼びかける声、何かを指示する声。

 

それらが混ざり合って不思議な狭苦しさを助長する。

 

そしてやっとその不思議な狭苦しさから解放された時、新たな五感――視覚が瞼を通して光を感じた。

 

人、人、人。

身体が本能的に上げる産声を聞きながら

 

 

『意識』――ウルキオラ・シファーは深い深い眠りについた。

 

 

 




【今回の要約】
ウルキオラさんが産まれた。


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ウルキオラさん、目覚める

計算だとなんと原作入りは二十話前後から。


「…………」

 

 

白と黒を基調としたツートンカラーの色気の無い少女趣味の部屋。

その部屋のベッドに座りながら俺は或るモノと睨み合いをしていた。

 

その人物の持つ緑の瞳が俺の顔を見据えている

 

 

じぃぃぃぃぃぃ、とこちらも反抗するようにそれ見つめること約30秒。何気なく自身の頬を引っ張ってみた。

ぐぃぃぃぃぃぃ、と実に柔らかそうに伸びる鏡の中の人物の頬。

伸びが限界に達した所で、離してみる。と、自身の伸びきっていた頬とその人物の頬が全く同じタイミングで勢いよく元に戻った。

 

 

そしてまた睨み合いを続けること30秒。何だか莫迦らしくなってきた俺は手に持っていたモノ――鏡を座っているベッドに静かに置き、指を組み、俯いてそのまま小さな溜息をついた。

 

「分からない」

 

 

恐らく今の俺の姿でさえ、他人からは精々拗ねた人間の子供程度にしか見えないのだろう。

 

 

 

俺――ウルキオラ・シファーがこの現世に人間として生まれてから既に7年が経っているようだった。

「ようだ」と言ったのは俺の意識が蘇ったのはつい先ほどの事のためだ。

 

何故俺の意識が現世に産まれ落ちてすぐに眠りについたかは分からない。

 

だがそうしてウルキオラ・シファーの意識が眠りについて宿主を失った身体は生みの親より名付けられた名前、身体の変化、生活環境に従って新しい意識を生み出し適応させ、そうしてウルキオラ・シファーの意識が蘇るまでの7年間を生きてきたようだった。

 

そして今、俺はその新しい意識をとり込み、人間となった。

 

 

 

「しかし…」

 

 

目の前に置かれたランドセル、その横のスリットに入れられた名札を見る。そこには

 

『中村 美咲』

 

と書かれていた。

 

 

「何故、『女』なんだ」

 

 

 

 

そう、この身体は『中村 美咲』と名付けられており、人間における性別は女性だった。

 

顔を上げて正面に置いてある鏡を見ると、ウルキオラ・シファーの容姿を細くし、背を縮め、肌の色を現代の日本人にありがちな色に変えただけのやけに既視感を覚える容姿の『人間』が映っている。

 

そのままぼうっと鏡を見つめていたが、ふと視界の端の机の上に写真立てが見えてそれがやけに気になった。

 

立ち上がって手に取って見るとそれは3人の人間が映っていた。

 

黒いスーツを着て困ったように笑う眼鏡を掛けた男、父。その男と右手を繋いで無邪気に笑う『中村 美咲』。

 

そして逆の左手を繋ぐ女性。その女性を見た瞬間に俺は目を細めた。

 

その身を包む白の大人しいフリルのドレス。光を受けて艶やかさを放つ腰で揃えたストレートの黒髪。病的なまでに白く弱弱しさを演出する肌の色。そしてウルキオラ・シファーやこの身体と同じ光彩を持つその緑の眼。

 

あの『女』によく似た微笑みを放つこの女性こそが間違いなく『中村 美咲』の、俺のこの身体の母にあたる人間なのだろう。

 

 

視線を写真を握っていない掌に移し、握りしめ、霊力の量を確認する。

だが駆け巡るのはゴミのような下級死神ですら2段は格上に思える、破面だった頃の面影もない程に少ない霊力。

何故か苛立ちが募り、握る力が思わず強くなる。

 

 

「…ッ」

 

 

痛みが走り、反射で手を開いた。そこにはしっかりと4つの小さな傷があり、人間である赤い証がゆっくりと流れ出ている。

 

写真立てを置き、その傷を順番にゆっくりとなぞっていく。

わずかな痛みと共にこの小さな身体の脳が警告を送り続ける。

 

 

人間は脆い。この身体も、他の人間も、あの『女』、そして黒崎一護でさえも同じ。

 

 

だがこの存在になることを望んだのは恐らく消えゆく寸前のウルキオラ・シファーだろう。だが、何故俺は過去の自分の食糧と同じその『人間』として生きることを望んだのだろうか。

 

 

疑問、疑問、疑問―――

 

埋もれるほどに積み上がる疑いの思考の中で分かった事はただ2つ。

 

俺の価値観は『中村 美咲』を取り込んだ事ですっかり変わってしまったという事。

そして、俺はこれから『人間』として生きる他無いという事だけだった。

 

「それでも、やはり分からない」

 

 

血の滲む手を力なくぶら下げ、もう一度そう呟いた。

 

 

ウルキオラの思考は父が夕食のために『中村 美咲』を呼びだしにやってくるまで途切れることは無かった。

 

 

 




【今回の要約】
目が覚めたウルキオラさん。
しかしどうしたらいいか分からない。


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ウルキオラさん、気付く

この3話は
プロト三話(文字通りプロットのため保留)

三話(執筆中にミスで消失)

三話G(三話消失のイライラをぶつけて書いたため後に破棄)

真三話(落ち着いて書いたが内容に納得できず保留)

ネオ三話(これ)

と1ヵ月の歴史を辿っています


自分が人間に宿ってから24時間が経過した。

 

その間も絶え間なく答えの出ない様々な自問を続け、そこから生まれた更なる新たな疑問に頭を悩ませていたのだが―――

 

 

(面倒になってきたな)

 

 

この諦めという思考もしくは、思考を放棄するといった事は以前の(ホロウ)だった頃からすれば滅多に行わないものだ。

人間の意識を取り込んだ事で無自覚とはいえ自分も人間らしい行動をしてしまっているのだろうか?

 

(まあ、今は……)

 

ともかく転生という理解説明諸々その他不可能な現象について考えるのは今すぐで無くとも良いのではないか?

何らかの原因で人間に転生したはよいが人間の寿命は途轍もなく短いのだ。いちいちそのような行動に時間を取られていれば気付いた時には死ぬ間際という事も………それは流石に無いが折角のこの命、無駄にしては知りたいモノも掴めない。

 

 

それに―――

 

 

「……美咲?本当に大丈夫かい?何も隠してること無いんだね」

 

 

別の問題も発生している事だ。

 

 

 

 ###

 

 

 

始まりは今朝の事だった。

自分は昨晩一睡もせずに考え、そして迷い続けた。

だが只でさえ脆いというのに更には幼いこの身体では一睡もしない徹夜という行動は多少ならずとも無茶があったようで、感じた事の無いタイプの身体の重さにうまく歩けず一度だけ不様にも転んでしまった。

 

その時、偶然にも『中村 美咲』の父に遭遇してしまい、質問責めにされたのだ。

 

 

動きにくい、頭がうまく働かないというのも厄介な事なのだがそれよりも

 

 

「美咲?何で何も言ってくれないんだい?」

 

 

コミュニケーションの取り方が微塵もわからないのだ。

 

 

(ホロウ)だった頃の自分ならば、そして目の前の人間が今の自分と何ら関わりの無い只の人間ならば自分はいつもの人間(ゴミ)に対する接し方ができた。

だがこの人間は微妙な立場とはいえ自分を作った(?)。いや、言い方を変えてしまえば今の自分のこの身体は元々この男の一部なのだ。

 

 

ならば、藍染様と同じように接すればよいのではないか?

 

 

(……いや、それは無い)

 

 

何故か自然とそう思った。

これも人間の思考の為す事なのか、目の前の人間に対して「敬語」はありえないと勝手にこの忌々しい脳が弾きだした。

 

だが目の前の「父」のような家族がいたころの記憶、つまり(ホロウ)と化す以前の頃の記憶など砂漠全体の砂の1粒にも満たない程残っていない。

 

 

 

そう行き詰まった故の、沈黙。

 

 

昨晩の夕食でそうすればよいのではと思い、そのまま黙って話を聞き流しながら適当に頷いて飯を食べていたのだがその時点である程度は疑惑の眼差しを向けられていたようだった。

 

 

 

さて、思考に没頭していたがどうしたものか。

この人間とは生きてゆくこの先で末長く(虚と比べると言うまでもなく短いが)関わっていくのだ、うまく意思疎通をしないと―――

 

 

 

 

「美咲、もしかして昨日あんまり寝れなかったのかい?目が真っ赤っかだよ。やっぱり一人で寝るのは早かったのかな?」

 

 

突然言葉をかけられ硬直したが、言われた事が頭の中で反芻し、3秒程経ってから理解できた。

 

言葉を返す間もなく、そして今までの時間は何だったのか、安心したような笑顔をその無精ひげを生やした親父面に浮かべ、「今日はオムライスだからねー」と言いながら部屋を出て行った。

 

 

そして、数十秒後に玄関のドアの音が鳴って、『中村 美咲』の父はこの家から出掛けて行った。

 

 

 

「本当に何なんだ」

 

 

俺の小さなため息と共にその声は空しく部屋に響いた。

 

 

 

###

 

 

 

季節は秋。道端に目を向けると落ちている枯れ葉の山が冷たい風に吹かれて身をカサカサと鳴らしている。

日の暮れが少し早くなり、現5時半の時点ですでに空はほの暗い。

 

そんな街中をゆっくりと小さな歩幅で歩きながら、時折身体の霊力の少なさのせいで精度が極端に低くなった

探査回路(ペスキス)を使用して周りの霊体の反応を調べていく。

 

引っ掛かるのは健康な人間ばかりで疑惑を確信に変えつつも、まだ歩いていく。

 

 

 

 

『中村 美咲』の父が出て行って10分後、俺は昨晩ふと感じた違和感を確認するために外に出ていた。

 

実は昨晩に、現在の自分の身体で(ホロウ)の力が使うことが可能なのか試す為に順番に使っていこうとした考えた事があった。

響転(ソニード)虚弾(バラ)虚閃(セロ)と身体に染みついた動作で次々と試そうとするが今の霊力、身体能力では微塵も使える様子が無かった。霊力を増やせばその分、虚弾(バラ)虚閃(セロ)等が使え、その他にも身体強化にまわせるかもしれないが現状では到底無理な話であった。

 

そして違和感を感じた瞬間、唯一希望があった探査回路(ペスキス)を使った時だった。

 

 

前世で何千、何万と使った慣れた感覚が広がり、周りの生物や霊体の反応を薄く広く情報を取り込んでいったのだが、その効果範囲は半径20m程という屑のような結果だった。

一応使うことができると分かったがこの結果にはやはり失望、諦念を浮かべざるをえなかった。

 

 

しばらくして今の人間なのだと割り切り、何気なくもう一度探査回路(ペスキス)を使う。

 

そして気付いた。

 

 

(プラス)の反応が何もない?」

 

自分を中心とした40mの円の内に霊体が何も存在していなかった。

 

たかが40m、その時は偶然存在していなかっただけとも考えられたのだが―――

 

 

 

 

 

(ホロウ)や死神の概念が存在していない…か」

 

 

遊具が何もない枯れた芝生が敷き詰められた寂れた公園、その中の花壇の煉瓦に座りながらそう呟いた。

 

 

一周街を歩き回ったため日はとうに暮れ、近くから夕飯の何らかの匂いが混じって鼻孔をくすぐる。

 

 

俺が生まれ変わったこの世は現世、虚圏(ウェコムンド)尸魂界(ソウルソサエティ)、地獄に続く5つ目の世界と捉えてよいのかもしれない。

まだ俺に霊体が捉えられていないだけという疑念があるがひとまずそう考える。

 

周りの一般人と比べると比較的霊力を持っているため雑魚(ホロウ)に狙われてそのまま餌にされるのは御免だと考えていたが、まさか世界が違うとは。

なら俺が攻撃手段を心配する必要もなかったという事ではないか。

 

 

 

溜息をつくとそのまま吐き出された息が白くなって空気に消えていく。

 

帰るか、とゆっくり立ち上がると煉瓦に座ったせいで身体が冷えたのか少し尿意を感じた。

 

 

人間の身体というのもたいそう不便だ。

食事を摂らなければまともに生きる事が出来ない、さらに口にした食物の無駄な分を排泄しなければならない、身体を清潔にしなければ社会に溶け込めない。

他にも大量にある。

 

心を手に入れるためにはこのような面倒なことを毎日こなさなければならないのか。

 

 

 

白のジャンパーのポケットに手を突っ込んで歩きながら、もう一度溜息をついた。

 

もう帰ろう、あの人間とうまくコミュニケーションをとる方法を考えなければ―――

 

 

 

 

「美咲ちゃーん!!」

 

 

 

公園を出た所で、そんな声が聞こえた。

 

振り向くと栗毛色の髪をした少女がその母らしき人物と手を繋ぎながらこちらに手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

……誰だ。

 

 

 

 




TSモノって女の身体に戸惑う主人公をニヤニヤしながら見るものだと思うんだ。
何が言いたいかというと

BLEACHキャラに会わないとそれまでTS成分がほぼ無いんですよ
だいぶ先ですよ

築上




【今回の要約】
一晩悩んで自己完結したウルキオラさん。
今いる世界が元いた世界と違うことに気付き拍子抜け。
そこに一人の少女の影が。


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ウルキオラさん、学校へ行く

えー、皆さんお久しゅうございます。
いきなり二ヶ月の放置、申し訳ない。
そしてこの話の内容にも申し訳ない。




人間の寿命は地域、人種、個人により異なるというのは当たり前の事であり、場合によっては生まれてすぐに亡くなる者や100近くまで生きる者もいるという。

 

今の自分が住むこの国に暮らしている人間の平均寿命は80歳程とされており、全世界から見るとかなり高い数値である。

この国の憲法によって6歳から15歳までの9年間、義務教育の期間が設けられており、この国の子供には人生の約7分の1程を削って将来のために勉学に励む義務が存在している。

 

その勉学に励む場所、学校。

 

人間の人格形成の上では欠かせない場であり、そこに在学する学生に技術、知識、道徳等その他諸々を生徒と云われる児童に施す機関である。

 

その中でも小学校は学校系統上では最も基礎的な教育をする学校であり、義務教育として社会の根幹を為す重要な基盤を作る事を目標としている。

 

この場所において学ぶ事は人間として暮らしてゆく上では必要不可欠であり、自身もそれならばと納得している。

 

 

……だが、これは何と言ったらよいのだろうか。

 

 

「じゃあ皆で元気に読んでみようね!!」

 

「「「はーい!!」」」

 

 

ガタガタッと椅子をならしながら立ち上がる周りの小さな人間達。その手には『たのしい国語 1年生』と書かれた本。

隣のいる少女がなかなか立ち上がろうとしない俺に言う。

 

 

「美咲ちゃんどうしたの?おなか痛いの?」

 

 

……………。

 

 

 

 ###

 

 

 

 

「……」

 

「美咲ちゃーん、帰ろうよー」

 

「…ああ」

 

 

五時間目の授業が終わって二時半頃、クラスの皆が先生に挨拶しながら帰っていく。

そんな中でなかなか動こうとしない美咲ちゃん。私が声をかけると気付いたようにこっちを向いて無気力に立ち上がる。

そのいつもどおりの無表情には『疲れた』とでかでかと書いてあるように見える程、疲労が浮かんでるように見えた。

 

美咲ちゃんの様子が何かおかしい。何だか美咲ちゃんが昔に戻っちゃったみたい。

 

朝、学校に来る時に話しかけてもいつもどおりの最低限の反応さえ返ってこなかった。

それに昼休みになっても目を輝かせながら図書室に行くこともなかった。

何より家を出るときにお父さんに手を振られても何も返さなかった。

 

教室を出て下駄箱に向かっている今だって美咲ちゃんは私の隣へ来ずにずっと一歩後ろで私のランドセルを見つめてる。

 

 

「美咲ちゃん、私の鞄何かついてるの?」

 

 

振り向いてそう言っても美咲ちゃんはちろっ、とこっちを見ただけでまたランドセルを見始める。

下駄箱に着いた時にランドセルを片方、肩から外して見てみる。

でもお父さんが買ってきてくれたピカピカのピンクのランドセルには自分で頑張って綺麗に書いた名札くらいしか付いてない。じゃあ美咲ちゃんは名札を見てたのかな。

 

でも…『いのうえ まき』…うん、別に字も間違えてないよね。

 

 

うーむ、何で美咲ちゃんは私の名札を見てたんだろ?

 

 

「…おい」

 

 

気付いたら美咲ちゃんが私の袖を引っ張ってた。

あ、今日初めて喋った。

 

んー、やっぱり変なの。

美咲ちゃんお母さんに全然会えてないから寂しいのかな?

美咲ちゃんのお母さん、私もまた会いたいな。優しいし美人だし料理もおいしかったし!!

 

 

一年くらい前に遠くに行っちゃったって私のお母さんが言ってたけど…次はいつ会えるのかなぁ?

 

 

 

###

 

 

 

 

「ご協力ありがとうございました」

 

「いえいえ!持ち主の方が来てくださるといいんですがね」

 

 

日暮れの早い秋の季節。6時の時点でほの暗いと言うのに8時をまわった現在では既に外は真っ暗だ。

会社での仕事が早めに終わって今日は美咲と一緒にお風呂に入れると思ったのだがその矢先。

 

 

「それが、つい五分程前にある女性の方が被害にあったと交番に駆け込んで来られたので連絡先を聞いております」

 

「感付いてはいましたがやはり盗難されたカバンだったんですね…ん?その方は携帯を盗られていなかったんですか」

 

 

帰っている最中に偶然草むらに放り捨てられた婦人の使っていたとみられる手提げカバンを発見した。

ジッパーは開いており化粧品のポーチなどが散らばっていたので盗難されたモノとみて、交番に届けに来たのだ。

 

 

「もうお帰り頂いても結構ですよ?」

 

「……そうですね。でもその前にタバコを吸いたいのですがいいですか?」

 

「あー表でどうぞ」

 

 

目の前の温厚そうな年配駐在警官がそう言ってすぐに電話を手に取ってその女性に連絡をとり始めた。

タバコはまだあったかな、と胸元を探りながら引戸をガラガラと開けて外に出ると室内外の気温の違いに体が少し震える。

暖を求めるようにライターで取り出したタバコに早々に火を点けた。

 

美咲に煙臭いと嫌そうに言われてしばらくは吸っていなかったが今日くらいは許してもらえないだろうか。

吸い込んだタバコの暖かい煙が肺を満たす。そして濃い白煙を伴った息を吐き出す。

 

さっき警官に渡したカバン、あれは妻が使っていた(・・・・・)モノによく似ていたな。

そうしみじみ考えながら最近頭から離れない事を口にする。

 

 

「もうすぐ一周忌だな…」

 

 

 

 

僕の妻であり美咲の母である女性は今から1年程前に亡くなっている。

 

死因は……事故死、だったような気がする。

何故かは分からないがその事を考えようとすると頭がピリピリと弱く痛んでフィルターが掛かったようにハッキリ思い出せなくなるのだ。

そんなボンヤリした記憶の中でも強く残るのは力無く横たわる妻、微かに浮かぶ笑顔、そして腹部に開いた血を湯水のように吐き出す穴だけだった。

 

あれは本当に事故死だったのかなんて事を考えても所詮は無駄だ。どうせ妻が息を引き取った瞬間しか思い出せないのだから。

直前に何かあって、それで彼女はあんな致命傷を負ったのだという微妙な事は推測で分かる。

だがその先が浮かばない。

とても大事な事象である筈なのに脳に掛けられたフィルターがそれをどうしても許さない。

彼女が死んでしまって初めて思い返そうとした時も同じ事が起こり、焦って色々な馬鹿げた推測を立てたりしたものだ。

中でも特に酷い、錯乱しているのではないか?と疑える推測の中には彼女の実家の方からの刺客だの、怪人や人外の仕業だのというものまであった。

 

あの時の僕の発想は本当に酷い、思わず苦笑いが漏れたのが分かった。

流石に怪人なんて、それこそ特撮物の見過ぎで浮かんだ妄想だろう。

 

それに美咲にどう説明すればいいか、という事についてもえらく焦りを覚えたモノだ。

自分ですら彼女に何があったかよく覚えていないというのに幼くして母を亡くした子供はその母の死をどうやって捉えればよいと言うのか。

 

あの時に咄嗟に出た、「母は遠くに行った」というごまかしは今までずっと続けたままだ。

美咲が悲しむのが怖くて、問い詰められるのが怖くて。

 

でもあの子は賢い。僕なんかよりもずっと賢い。

半年経った今でも美咲は母の死をごまかした事に気が付いているんじゃないかと思ってしまう。

 

 

「どうすればいいんだろうなぁ…」

 

 

と、そこでタバコが3分の1程灰になっている事に気付く。携帯灰皿を取り出してそこに灰を落す。

 

ついでに腕時計を見ると時刻が8時5分を差していた。

結局いつも通りの帰宅時間に近付きつつある。寒風に当たりすぎて体調を崩してしまうの嫌だし、何より美咲を待たせるのも申し訳ない。

 

吸い終わったらさっさと帰ってしまおう、そう考えていたその時。

 

暗い道路の先から慌ただしく走る足音を聞いた。

タバコを口にくわえ直してからそちらを向くと、1人の女性が携帯を片手に息を切らしながら走って来るのが見えた。

 

その女性は自身の前を通る時にチラッと僕に目線を向けたがそのまま勢いよく戸を開けて交番の中に飛び込んだ。

煙を吐きながら交番内の会話に耳を傾けると女性がひたすら安堵の声を上げているのが分かった。

携帯灰皿に短くなったタバコを押し付けて、そのまま交番を離れようと背中を向けると後ろでまたも戸が強く開けられる音がした。

 

 

「ありがとうございました!!」

 

 

大きな声をかけられ驚いてギョッとしたが、振り返ると―――

 

更に驚いた。

 

 

「えーと、カバン見つけてくださったんですよね!?私、油断してたら引ったくりに遭っちゃって……お金は盗られてましたけど大した額は入っていなかったし、それよりも大事な物は大丈夫だったんで!!」

 

 

最初に見たときはまったく気付かなかった。

でも今はしっかり分かる

頭を下げて早口で捲し立てる彼女はあの頃からまったく変わっていない。

 

 

「その、お名前を教えて頂けませんか?」

 

 

小さな身長の彼女が上目遣いでこちらを見ながら話してくる。そうだ、僕はこの瞳が好きだったんだ。

 

 

「お久しぶりです、変わっていませんね」

 

「え?あなた会った事って…………あああー!!中村君だ!?」

 

 

僕の初恋の人が指を突き付けて驚いていた。

 

 




今回の話の後半にサブタイトルをつけるとしたら「神奈川恋物語 再会編」とかになるかもしれない。

【今回の要約】
謎の少女は普通にウルキオラさんの友達でした。
それより気になるのはその少女の名字。
そして実は既に亡くなっていた母と再婚フラグの父。


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ウルキオラさん、未知との遭遇

二話目の投稿。
折角の春なんだしもう少し投稿したい気もする。

今回やっと原作キャラが一人出ます。
そう原作キャラがね(ゲス顔)


 

 

 

買ってから三ヶ月が経ち、既に新品と言うにはおこがましい白いジャージに腕を通す。首元に入ったセミロングと言うには微妙に長くロングと言うには微妙に短い髪を両手で掴み、外に放り出す。ジャージを両手で伸ばし、体の前面に付いた細かい皺を無くした。

そしてそのままの流れで前のジッパーを勢いよく引き上げた。準備完了。

 

肩をぐるぐると回しながら自室のドアを開け、腰を左右に捻りながら玄関までの短い廊下をゆっくり歩く。

 

玄関マットの上で最後に大きく腰を捻るとちょうど下駄箱横に存在している等身大の姿見に自分の身体が写っているのを確認し、その体勢で固まったまま姿見の中の自分を見つめる。

 

 

「また髪が伸びている」

 

 

体勢を戻し、姿見の正面に立つ。

 

以前切ったのは、確か一ヶ月前だったような気がする。

 

 

俺が人間として生活してまだ()()しか経っていないと言うのにその間に既に五回髪を切っている。もしや超速再生の名残でも存在しているのだろうか。

 

毛を指先で摘んで弄りながら鏡を見つめ続ける。

 

この名残が現れたのは最近霊力が少しずつ上がってきたからだろうか。いや、そもそもそんな名残が本当にあるのか確定していないのだが。

 

現在、俺の霊力の量は当初の俺の予想である『下級死神と同量』をほぼ達成していた。半年で増える量がこれ程なのだからこの体が一通り成長しきった頃には大体低く見積もって下級大虚(ギリアン)、高く見積もって中級大虚(アジューカス)位にはなるのでは?

 

 

ちなみに現状、霊力が増える要因は二つ存在している。

 

一つ目は身体の強化、柔らかく言えばランニングである。

この世界には危険は少ないと云うものの自衛の手段が無ければいささか不安要素がある。その為、最低限の手段―――響転(ソニード)は使用できる程度にはしておきたい。

身体という器を鍛えれば霊力も自然と増えないだろうか、と思い一カ月ランニングと霊力のコントロールを繰り返ししてみたところ、確かにほんの少しだけ増加しているのが分かった。

7、8才という未熟な身体に無理な運動をさせたなら発育が悪くなると聞いたが、一々気にしていては増えるものも増えないだろう。時間を惜しむ事は無いと判断した。

 

とはいえ、身体を鍛えるだけで大量の霊力が増えるならそこら中のアスリートがみな死神級の霊力を持っている事となる。所詮身体を鍛えることで得られる霊力など微々たるモノなのだ。

 

 

鏡に写るジャージ姿の自分。上までぴったりと上げたジッパーを少し下ろして首元を晒す。

裸眼では何も見えないその場所を今度は霊力を眼に集中させながら細めて見る。

 

首のすぐ下の位置、そこに直径4~5cm程の見慣れたサイズの丸く黒い線がぼんやりと存在していた。

 

虚の証、心の在るべき場所の欠落を意味する『孔』がそこには存在していた。

 

 

 

二つ目はこの『孔』。

これに気付いたのは、人間の入浴という行為に若干の戸惑いを覚えていた五ヶ月半前。未発達の少女の身体という己の器をどこか痒々しい感覚を抱えつつ、風呂上がりにタオルを使用していた時の事だった。

最初は驚いた。が、その『孔』も正確には切れ目のような線が入っているだけだったので、前世が虚であった証なのだろうと頭を切り替えて流した。

 

 

そして、その『孔』に関する霊力の増える要因。

 

その孔のような黒い切れ目の線、そこからゆっくりと漏れ出ていると言えば正しいのだろう。

自分の中にあるガチガチに鎖や鍵で固められた大きな何かが詰まった箱、その隙間から僅かに出る内包された濃い霊力。

 

その微量の霊力は日夜、常にこの今の身体の霊力として追加され続けている。

 

 

今、話した2つの要因では明らかに後者の方が量は多い。後者が無ければ恐らく生きている内に増加する霊力は1か0かの違い、といった程度になっていた筈だ。

だからと言って素直に霊力が取り戻されてゆくのを喜べ、というのもおかしな話だ。

 

この『孔』の線、その奥にある過多数のロックが掛かった霊力の籠った箱、他にも幾つかあるのだが、そこまで情報を与えられれば誰でも気付く。

 

 

自分はもしかしたら(ホロウ)のままなのではないかと。

 

 

 

 

集中が切れて鏡に映る『孔』が見えなくなるのに気付いて我に帰った。

何時までも自問自答をしようとする面倒な思考を振り払い、ジッパーをまた引き上げ、ため息を一つ。

下駄箱の上にあるスタンド型の時計を見ると、もう既に玄関で10分も立ち往生していた。

 

 

「時間の無駄か」

 

 

最近は日の暮れも少し遅くなってきたとは言え、夕方なのだから早くしなくては冷え込んでくるだろう。

靴を足だけで履き、玄関を開け、そのまま夕方の春の気候に駆け出した。

 

 

 

 ###

 

 

 

突然だがランニングコースを軽く話そうと思う。

日や時間帯によって走る道は変わるのだがその中でも必ず通るルートというのはある。

 

1に河辺。

西日が射して川の表面が薄い橙色に染まるのを横目で見ながらゆっくり駆けていく。合計四車線が通る出来立ての橋をいつも通り渡るか、渡らずに別方向に行く、などと気分でコースを変えるのはこの場所だ。

 

2に商店街。

閉まっている店舗は1つも見当たらない実に賑わいのある場所。珠に店先の爺達が「デパートがもう少し遠ければ」と嘆いているのが聞こえるが無視して駆ける。

 

3にある女子高校の前。

西洋風の門には『駒王学園』と書かれており、その中にはヨーロッパから直接移してきたかのような荘厳な校舎が佇んでいる。

ここでは気になる事が1つあった。この身体になってすぐ、ランニングを始めたばかりの頃、希に「駒王学園には近付きたくない」と自然に考えさせられた事がある。それに疑問を感じた時、無理に浮かび上がるその場所へ近付かない、という思考を振り払って近付いた所、その学園に謎の結界が張られており、外内の両方に人影が見えなかった。

俺の思考に自然と意識を植え付ける能力と気配を完全に遮断する高性能な結界。

その2つの正体を掴むという意味でもその場所は毎日通るようにしている。

 

 

そして最後、公園。

地元民の間では『新公園』と言われており、古びた花壇とベンチしかない『旧公園』とを区別化する為に使われている。文字通り、新設されたばかりなので小児が遊ぶための遊具がたくさんあり、夕方でも人気は尽きない。そう、尽きない。筈だ。

 

 

 

全神経を集中させ、全ての音に耳を傾ける。

いつもなら子供の騒がしい声が聞こえてくる筈の公園に今、響き渡るのは、強めの風の唸り声のような音、木の葉がその風で身を揺らされる音、上空でカラスが風を浴びながら鳴く音、そしてそれらの音の隙間から聞こえる1対1の言い争いの怒鳴り声、破砕音。

 

新公園の色濃く育つ草影に寝転がって隠れ、上向きのままで見上げる空には薄い紫の今にも暮れそうな色が広がっている。

雑草に当たっても音が立たないようにゆっくりと腕を持ち上げて手首の安物デジタル時計を見ると、家を出た時刻から40分近く経っていた。実際走っていたのはその3分の2程で、残りの3分の1は今、この位置、この体勢でずっと草むらに隠れ続けている。本当なら今すぐにでも走って帰りたい。

 

だが、奴らのせいでここから出ようにも出られない。

 

破砕音と怒声の響く方向の草をかき分けて見てみる。

 

 

 

「はっ!よく耐えるじゃない…!」

 

「汚らわしい堕天使めがッ!さっさと死に絶えろッ!」

 

 

カラスのような黒い羽を広げながら、白い杭のような大きな光を飛ばす余裕綽々といった表情の短髪女。

女と真反対の純白の羽を広げて、装飾の付いた槍を熟練した手捌きで扱う短気そうな初老の男。

 

 

「アンタも全っ然!懲りてないわね!」

 

「貴様を滅するまでは私はまだまだ死なんッ!」

 

 

その二人が辺りに轟音を響かせながら各々の力をぶつける。

男が霊力(?)を込めた槍を突き出せば、高い風切り音と共に突風が起き、槍を縦に振り下せば、地面に鋭い一本の亀裂が出来上がる。

女が突き出された槍を鋭角的に躱せば、通り抜ける突風が掻き消え、手に持った鋭い光の杭を投げれば、刺さった木々が焼け焦げる。

 

 

「ほーうらっ!ファビオ!へばってきたんじゃないの!?はっ!」

 

「アぁぁビゲイルぅぅ!!その汚い口を閉じろぉぉぃ!!」

 

 

あの二人は戦い始めてから何度か互いに名前を呼び合っていたが、どうやら男はファビオ、女はアビゲイルというらしい。

…口汚く罵りあいながら激しく戦っている割に仲が良く見えるのは何故なのだろうか。

 

草から手を除けると俺は再び空を見上げた。

 

 

 

嬉々としてあの不可解な霊力を使い、闘う白い翼の男と黒い翼の女。

 

奴等は一体何なのだろうか。

霊体化はしておらず、更にこの世界に虚が確認出来ていない状況である以上は死神に関連しているとは考え難い。

滅却師という人間の肉体のまま虚を狩る輩がいたというのも知っているが、それらは『虚』が存在していない限りは成り立たない。

 

そうなると奴等の立ち位置として考えられるのは『虚』側でもなく、『虚を狩る』側でもない第三の存在。

 

 

………「この世には危険は無い」等という推測はこれでもかという程に外れていたという事か。

 

アイツ等の闘いを見ただけで分かる。

今の響転すら使えないこの身体程度では敵わない。

成長して虚閃が使える程になればせめて立ち向かう事が出来るだろうが、現状で無用心に飛び出せば簡単に俺は死んでしまう。

 

 

やはりとりあえず、あの白と黒が闘い終わるまではこうして待機しておこう。

未だに二人の罵り合いから得られた事は少ないが耳を傾け続ければ奴等の情報ももう少しは手に入る―――

 

がぎんっ。ひゅるひゅる。どすっ。

 

 

「ぬぐぅ!?私のセイグリットギアがッ!!」

 

「はっ!!やっぱりアンタ衰えてるわ!」

 

 

セイグリットギアという単語に疑問を覚えたその瞬間、見覚えのある趣味の悪そうな装飾のついた槍が30cm近くにある木に突き刺さり、自分の視界の一部を遮った。

 

…これは不味い。

 

 

 

「おい、小娘。そこで何をしていた」

 

 

すぐ近くから聞こえた冷めた低い声。反射的に立ち上がり、その声の方向へ向けて拳を握って構える。

 

が、目の前に人影は無く、気付いた時には的確な痛みが腹と首に走った。

そして俺は強制的に意識を失った。

 

 

 

###

 

 

 

「………俺は何をしていた?」

 

目を覚ますと星があまり光っていない寂しい夜空だった。

 

自分は何故こんな所で寝ていたのだろうか。

 

身体を起こすと腹と首に違和感を感じた。ピリピリと痛む。

首を揉みながら腕時計を見ようとするが周りが暗すぎて見えない。

微かに霊力を込めて凝視すると8時、という事は理解できた。そういえば今日は父が休みで家にいる筈だ。

 

 

「帰らないと……」

 

 

ジャージに付いた土や草をはらい落としてさっさと『新公園』の入り口まで走っていく。

 

 

何か重要な事を忘れているような気がするが……まぁその内に思い出すだろう。

 

 

 

 

 

「……何であんな下等生物を見逃したのよ?殺してしまえばよかったじゃない」

 

「お前は堕ちたせいで天使の慈悲の心まで無くしたようだな、流石だ。褒めてやる」

 

「…それよりもそろそろ解散しない?」

 

「フム…時間的にはそろそろグレモリーの連中が足並み揃えてやって来る頃だな」

 

「今回の『わざわざグレモリー領で闘って奴らに迷惑を掛けながらやる模擬戦』は私の勝ちね」

 

「いいだろう、今回は譲ってやろう」

 

「アンタのそういう所は変わらないわね…」

 

「ああ、貴様のくだらない遊びが好きな所も堕ちる前から変わっていないぞ」

 

「……ねぇ、ファビオ?なんで私堕ちちゃったのかな…」

 

「知る訳ないだろう。さっさとお前も帰れ」

 

「うん…またね」

 

 

 

 

 

あの後、家に帰ってくると真剣な顔をした父が玄関で待っていた。

そして若干汚れたジャージを脱ぐ隙もなく、居間の畳の上に座らされて帰宅が遅くなった理由を問い詰められた。

素直に『新公園』で寝てしまっていた(?)と答えると、そこから最近は肌寒くなってきたから風邪をひいてしまうだの、怖いオジサンに連れていかれたらどうするだの、30分程注意を受けた。そして気付けば時刻は9時過ぎに。

……風呂に入らないと。

 

 

「美咲、まだ話はあるんだ……いや、こっちの話の方が大事かな?」

 

 

溜息を吐いて立ち上がるとまた呼び止められた。

いつも通りの苦笑いを浮かべながら手招きしている父は本当に申し訳無さそうにしている様に見える。

 

もう一度着席し、父の言葉を待つ。

 

 

「その…美咲はさ、お母さんに会いたいよね?」

 

 

『お母さん』と聞いて、未だに一度も直接目にしていない自室にあった写真の女性を思い出す。

 

彼女についての考察は実は既に済ませてある。

『あの女』と一瞬でも姿が被ったのだから気になるのも当然だ。

目の前の父や周りの人間は『お母さん』の話になると露骨に方向を変えようとする傾向がある。半年前にこの身体に意識が目覚めた時から一度も会わない『お母さん』。時折、『中村美咲』の友人から聞く「遠くへ行った」の言葉。

これ等の事から「己の母は既に亡くなっている。この世界では霊体を見掛ける事も無いから会う事は無い」との推測を立てた。

父の反応から伺うと、どうやら『中村美咲』には『お母さん』が亡くなった事を隠していたようだ。

無理に問いただす必要性は感じないので放っておいた。

だが……会いたい、とは何だ?

 

目を逸らしながら父が続ける。

 

 

「その……だ、実はだな」

 

まだ言葉を濁して長々と渋る。

これで話す事が「母は実は一年前に死んでいる」といった類いのモノならば一度―――

 

 

 

 

「新しいお母さんができるかもしれないんだ」

 

 

 

 

……何?

 

 

 

 ###

 

 

 

「ほら、挨拶しなさい」

 

 

あの言葉から数日後、父は1人の女性と男子を連れてきた。

父曰く、女性は新しい母、男児は同い年の弟になるという。

 

女性の催促の言葉に内気そうな男児が恥ずかしそうに前に出てくる。

 

 

「…えーと、おねえ…ちゃん?」

 

 

疑問形にされても困る。

父に目を向けても変わらず温かい目でこちらを見ているだけで、女性は気まずそうに苦笑いしている。

男児がさっきからの俺の沈黙に耐え切れなかったのか、女性の後ろにあせあせと隠れる。

自分の背後に隠れた男児を撫でると女性はこちらに手を差し出してきた。

 

 

「美咲ちゃん、これからよろしくね」

 

 

近日、母となる女性と握手を交わす。父の表情は依然として柔らかい笑顔だった。

 

 

ちなみに父と俺は苗字が変わるらしい。父は感慨深そうにしていたがこの名前になって未だ半年しか経っていない自分にとってあまり感じ入る事は無い。

 

 

「そうなると美咲は『元浜美咲』になるね!!字画が少しだけ悪くなっちゃうけど…」

 

「どうでもいい」

 

 





今回出たファビオ君とアビゲイルちゃんですが彼らは元家族みたいな関係でアビゲイルちゃんが堕ちちゃった後も情を捨てれずにお互いの討伐という名目で度々会う仲です。

次回からちゃんと主人公君出ますから安心してください(ゲス顔)


【今回の要約】
ドーモ、ウルキオラ=サン。孔です。
そして謎の二人組、一体どの天からの使いなんだ。でもその記憶を消されちゃった。
ついでに元浜の姉になりました。



追記:この2人、思いつきで後々結構大事なキャラにしちゃったから覚えとくといいでしょう


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ウルキオラさん、成長期です

先日ランキングに載ったよ!!
すぐにフェードアウトしたけど!!
すごく嬉しかったよ!!
すぐにフェードアウトしたけど!!


今回の前半、彼らがまだ小学四年生だという事を忘れてはいけませぬ。
違和感が凄いから。


 

 

おれには二年前に姉ちゃんができた。

 

新しいお父さんと会いに行くとお母さんが知らない家におれを連れていった時に初めて会った。

お父さんは表裏の無い優しそうな人だった。

姉ちゃんは、可愛いというか綺麗というか何というか、でもなんか警戒心の強いカラスみたいな印象だった。

 

暮らし始めた最初は何だか取っつきずらかったけど、それでも二年間、それだけ姉ちゃんと一緒に暮らしていれば少しくらいはどんな人なのか理解はできる。

 

 

 

「姉ちゃん、走るのついていっていい?」

 

「好きにしろ」

 

 

こんな感じで姉ちゃんのしているランニングについていこうとした時があった。それも少しだけでも姉ちゃんの心に近付きたかったからした事だ。

 

『元浜』とある表札の前で身体をポキポキと鳴らす真っ白けなジャージを着た姉ちゃん。

おれは自分が「少なくとも姉ちゃんよりは体力があるし、走るのも早い」と思っていたので姉ちゃんを追い抜いてからかってやろうなんて事を考えていた。

 

動きを止めた姉ちゃんはふっ、と軽く息を吐き出したかと思うと次の瞬間。

 

 

「着いてこい」

 

 

おれが見たことも無いような物凄いスピードで駆け出した。

 

 

「え!?ちょ、姉ちゃん……速ッ!!何あれ速ッ!!」

 

 

クラスで一番速いやつよりもっと速かった、いやもしかしたら車にも追い付けるんじゃないかというぐらい速かった。

 

買い物帰りに通る川辺、その買い物をする場所の商店街と駆けていくが一向に追い付けない所か、商店街を抜けた辺りですぐに見失ってしまった。

 

コースが分からないと迷子になってしまう可能性もあったから仕方なく来た道を倍くらいの時間を掛けてトボトボと引き返したのだが、家に辿り着いてみると……。

 

 

「何だ遅かったな」

 

 

分身が出そうな速度で木刀を振り回す姉ちゃんがいた。

 

 

その時、おれは「あ……姉ちゃんと普通の人を比べちゃいけないんだな」と悟った。

正直言うとドン引きだった。

 

もしこの一連の事を姉ちゃんに恋をした人が見たらそれが千年の恋であっても凍り付いていた程だと思う。

想像してみて欲しい。

好きな人が自動車に匹敵する速度で走り、ブロック塀が砕けそうな勢いで木刀を振り回す。

おれだったらトラウマモノだと思う。

 

その後、お父さんから聞いたのだがあれはどうやら張り切り過ぎて本気が出てしまったとの事だった。それでも酷いモノだと思う。

 

結局、ランニングに付いていった事から得られた姉ちゃんのイメージは「残念な女の子」であった。

 

 

 

お母さんに姉ちゃんが女の子らしくないと話すと、クスッと笑われた。

 

 

「あの子の部屋を覗いてごらん、きっと女の子らしい所が見つかる筈よ?」

 

 

そんな謎の自信を持って話すお母さん。

後で姉ちゃんを連れて買い物に行くからその隙に覗いて、との事で、その会話から30分後にお母さんは姉ちゃんと出掛けていった。

 

全く乗り気じゃなかったけど仕方が無いから、と心に言い聞かせて姉ちゃんの部屋のドアの前に立つ。

お母さんが勝手にかけたであろう『美咲の部屋』とポップンに書かれたプレートが本人と死ぬほどそぐわっていない。

 

姉ちゃんとのランニングで完全に消沈した女の子について調べるという好奇心を奮い立たせて、勢いよくドアを開ける。

 

途端に空気が冷え込んだ気がした。涼しい、というには少し息苦しさを感じる。寒いの方が合っている。

家具はベッド、勉強机、本棚だけという物寂しいレイアウト。

部屋全体を白黒の閉塞空間へと染め上げるモノクロのカーペット、カーテン、壁紙諸々その他。

部屋の隅の椅子の上に置かれた恐らく母がプレゼントしたであろうテディベアが絞首刑を待つ囚人のような雰囲気を醸し出す。

 

 

 

「……これはひどい」

 

 

女の子とかへったくれの問題じゃなかった。

 

 

「姉ちゃん……どうやったらこんな趣味になるんだ……」

 

 

この部屋に唯一存在する趣味を表す家具である天井を貫きそうな程に大きな本棚。そのラインナップを見てみる。

 

一番下の段にはお父さんが突然おれとねぇちゃんにくれた子供用の百科辞典。これは分かる、だっておれの部屋にもあるから。

下から二段目には背表紙には何も書いていない本。表紙には『スペイン語辞典』と書かれてあり、同じ段には他にもスペイン語の単語張や会話の本等がギッチリ詰まっていた。……スペインに行きたいんだろうか。

三段目にはこれまたお母さんが渡したであろうファッション雑誌、以前に友達の真紀ちゃんに渡されたというマンガが申し訳無い程度に一緒に置かれている。本来はこういった物をたくさん置くべきなのに…。

四段目にはこれまたカラーがホワイトのCDコンポが、横にはあまり聞いた事が無いような名前のアーティストのCDがいくつか置いてある。「Thee Michelle Gun Elephant」って読み方すら分からない。とりあえず小学生が聞くようなモノじゃないというのは分かる。

五段目には医学書、心理学の本が並べられている。何か操りたい生物でもいるんだろうか。

六段目より上は大して使う事が無いのか埃をかぶった本がまばらに置かれていた。

 

本棚の横のテディベアの置かれた椅子は上の方の本を取るためにあるらしく、テディベアは置く場所が無いからそこに一応置いただけらしい。お母さんが知ったら泣くんじゃないだろうか。

 

机には学校行事の連絡や教科書が几帳面に置かれているだけで面白い物は無い。

 

 

「あとはベッドだけだけど……ん?」

 

 

部屋の最後の家具、ベッドを見ようとした時、ベッドの下に何かが光ったような気がした。

嫌な予感がして、冷や汗が流れるがそうなると逆に気になるのが人間というもの。

 

恐る恐る床に伏せてベッドの下を見てみる、と。

 

 

 

 

 

―――刀があった。

 

 

 

……とりあえず無言で立ち上がり、無言で部屋を出て、無言で立ち尽くす。

 

何故、小学生が刀を持っているとかそういうツッコミはいらない。とりあえず。

 

二度と入らない。そう心に誓った。

 

 

 

 

「なぁ元浜!お前って真紀ちゃんが好きなんだろ!?」

 

「よし松田表に出ろ」

 

 

姉ちゃんの部屋を見た後、友達の兵藤と松田が家に来た。

 

上がるなりなんなり二人は居間にある新しい家庭用ゲーム機を起動、三人で適当にピコピコとやっていたのだが、急に松田がそんな事を言った。

なんとなく動揺して操作を止めてしまってその隙をついた松田に撃破される。畜生。

 

 

「前に可愛いとか言ってたじゃん、あのぽわぽわした感じが」

 

「それだけで決めつけるな……オラッ!!」

 

「あっ!!」

 

復活したキャラクターで迂濶にウロウロしていた松田を狙撃して撃破する。浮かべていたしてやったり顔が悔し顔に変わり、思わずニンマリする。

 

真紀ちゃんは…アレだ、好きというか、姉ちゃんとおんなじ感覚であって別に好みなんてモノじゃ……何かモヤモヤしてきた。

 

「そういうお前はどうなんだよぉぉぉぉぉ!!」

 

「乱射しながら近付いて来るんじゃねぇよ!!クソッ!!」

 

画面の中でおれのキャラが暴れまわるがすぐに弾切れになり、松田にやられる。

 

「んー、俺ねぇ……そうだな……お前の姉さんなんか可愛いんじゃないか?」

 

「江ッ!?」

 

松田がまたしてやったり顔を浮かべて言い放つ。

……別に姉ちゃんが誰を好きになったっていいけど何となくコイツは嫌だ。

 

「てかさっきからイッセーが見当たらないんだが……おわっ!?」

 

「汚ねっ!?」

 

さっきからずっと無言だったイッセーが闘っていたおれと松田に横槍を入れ、そのまま二人ともやられる。

そしてそのまま時間切れになった。その後のリザルト画面のトップにはイッセーのキャラがあった。

 

「うわーイッセーに良いとこ取りされてるし……イッセーは誰か好きな子とかいんの?」

 

「……うーん、担任の先生とか?」

 

少し悩む動作を見せたイッセーの口から出たのはそんな言葉。

 

「あの口うるさいのの何処がいいんだよ」

 

「だって胸に素晴らしい物がついてるじゃないか!!アレは芸術だと思わないか?」

 

「……えーだってアレおれらのお母さんと同じ年齢だぜ」

 

「ババアじゃん」

 

イッセーが顔を凛々しくさせて答える。

何故こんなにイッセーはおっぱいが好きなのかは知らないがとりあえず気になるのは一体何処でそんな情熱を学んできたのかという事だ。

 

「最近あまり見ないけどなぁ……『旧公園』に面白い紙芝居を見せてくれるじいさんがいるんだよなぁ…」

 

元気かなぁ、と残念そうにしているイッセー、その様子からかなりそのじいさんを尊敬しているみたいだった。

 

『旧公園』と聞いた時、松田が思い出したように言う。

 

「そういや『旧公園』の新しい遊具、もう触れるようになったらしいぜ?」

 

「あ、マジで?じゃあ行こうぜ!!」

 

イッセーが応じて立ち上がる。

張り切る二人と共におれは『旧公園』へと向かった。

 

 

 

「は、いいものの……なぁ?」

 

「……何だ、文句があるなら言ってみろ元浜。イッセーにな」

 

「文句はお前ら二人とも抑えてのみ込め…」

 

 

夕日が、あんまり綺麗じゃない空の下、三人並んで帰り道を歩いていく。

遊具は…何かぐるぐる回るデッカい穴空き地球儀みたいなのが唯一つ増えただけだった。遊んでて最初は楽しかったものの、あっという間に飽きた。

他にできる遊びは無いかと模索したが、特に無く、日が暮れて肌寒くなったので帰ろうという流れになったのである。

 

「じゃあ、俺らコッチだから」

 

「またなー元浜ー!」

 

二人がある曲がり角で離れていく。そして寒いと二人でぼやいて身体を擦りながら走っていく。

 

賑やかさが無くなり、急に寂しく感じておれも家に向けて走り出す。

流石に冬場に長袖Tシャツ一枚は寒すぎた。

 

そう考えながらさっきの二人と同じ様に身体を擦りながら駆けていると前方に人影が見えた。

遠目でも分かる程に鮮やかな緑色をした瞳を持つ黒髪の女の子がこちらに歩いてきてる。

 

「姉ちゃーん!!」

 

向こうはとっくにおれに気付いていたらしく、返事も何もせずにいる。

 

そしてそのままお互いが触れそうな距離まで来た所で姉ちゃんがおれのジャンパーを押し付けてきた。

 

「お前を連れ戻してこい、と言われた。さっさと帰るぞ」

 

ぶっきらぼうに言うと姉ちゃんはさっさと踵を反して歩いていく。

渡されたジャンパーを素早く着て、姉ちゃんの横まで走って追い付く。

 

こういう所は優しいのに、何だかその無表情で損している気がする。

姉ちゃんが笑ったところなんか一度も見た事無いんだもの。

 

 

 

うん、まあでもやっぱり。

凄くて強くて可愛くて綺麗なのがウチの姉ちゃんなんだな、って思った。

 

 

###

 

 

 

 

 

 

 

親が再婚して4年が経った。

 

俺と弟はそのまま地元中学校へと進学していった。

小学校を卒業した、という事でまたもや父が感慨深く感じていたが、別にただ単に学習する場所が変わるだけで感じ入る事など何もない。中学校から高校に進学する時なら何か思う事が有るのかもしれないのだが。

 

この見慣れたモノクロの自室の外から桃色に染め上がった山肌の一部が見える。

あの辺りに群生するソメイヨシノは地元ではかなりの花見スポットとして伝えられているが、自分は少しだがこの部屋から見えるのでそれで満足している。

 

 

それはさておき、現在自分は着替えの最中である。

かぶった服の横脇に付いたファスナーを下げて締め、最後にネクタイを着ける。

 

小学五年生の時に母によって部屋に設置された鏡に振り向く。

 

 

 

そこにはセーラー服を着た俺の姿があった。

 

白百合の紋章のついた黒い襟元に入った白い三本線、そして襟と同じ色をした長めのプリーツスカート。

 

制服、と呼ばれるこの服は中学校に入った人間は必ず着用する物だ。理由は集団としてのケジメをつけるだとか、集団としての意識を決定付けるだとか色々あった筈だが、まぁ興味は無い。

これが中学校に通うなかで必要不可欠であると言うならばコレを拒む理由も無い。……だが。

 

「スカートは、やはり……な」

 

慣れない、本当に慣れない。

下から股に入り込む風に不安を覚えざるを得ない。

 

『精神は身体に左右される』と聞いたが、幾千の時を人以外の男性体で過ごした俺の精神がたったの十数年で身体に揺さぶられるものなのか。そんな事は起こり得ない筈だ。

だがこうして自然に服装に疑して文句を考えるようになっている、確実に。……少し、俺の精神も人間に近付いていってるという事なのだろうか。

 

 

とりあえず新品の制服を着た姿を父に見せてくれと言われたのでさっさと見せに行くことする。

自室を出て、スカートが捲れないように階段をかけ降りて居間に入る。

 

父は出来上がった飯の前でソワソワしながら録画した小学校の卒業式をテレビで見ていた。

テレビが放つ大音量の拍手の音で聞こえなかったのか父はこちらに気付いていない。

 

何気なく反対側の席に座る、とやっと父が気付く。

 

「あ、美咲来た……あっ着てる!?美咲、立って!!ほら撮らせて!!」

 

俺の格好を見た父は机の下から起動済みの一眼レフカメラを素早く取り出し、立ち上がるように急かす。

 

「……食後でもいいだろう」

 

「駄目ッ!!今ッ!!」

 

ひたすら断り続けようとしたが父の行動が拒否するにつれて子供っぽくなっていき、最終的に折れざるを得なくなった。

 

結局、父は自分の納得がいくまで俺の制服を撮り続け、その頃には飯もすっかり冷えていた。

 

 

 

 

「はは…いやー満足!!美咲はそういう可愛い格好をしたがらないからね!!」

 

妙に艶々した顔の父が再度レンジで加熱したスーパーの惣菜を口に放り込む。

一度、殴ってみてもいいだろうか。

 

自分もトレーに乗った油っこい唐揚げを掴んで食べる。だが視線は父からずらさない。

 

「すまなかったって、美咲…お礼になんかしてあげるから!!」

 

非難の目線が堪えたのか父の笑みが苦笑に変化し、そして折れる。

だがまだ無視して凝視する。

 

「…なあ…美咲?」

 

「…」

 

むしゃむしゃ。

 

「……みさ…」

 

「……」

 

むしゃむしゃ。

 

「………」

 

「………」

 

 

完全に会話が途切れた。

父が箸でご飯の入った茶碗をコツコツつつき始める。

 

 

「何か……聞いてくれるんだな?」

 

「…!!うん、お願い事何でも聞いちゃうよ!!ドンと来い!!」

 

会話のタネとしては……これで十分だろう。

 

 

 

「そうだな……『お母さん』について…教えてくれ」

 

 

ピシッ、と一瞬空気が固まるような音を聞いた気がした。父もカップに入った安物のコールスローサラダを口にしようとしたまま一緒に固まっている。

空気を読んで何となく自分も動かずにいるが、二秒で飽きて動く。

 

父がもうちょいノってよー、とマヨネーズのべったりついた箸をこちらに向けるがまた無視して食べる。

 

「うーん…それはニュアンス的に昔の『お母さん』って事だよね」

 

「そうだ」

 

箸の反対側で顎をつつきながら父が問い掛けてくる。

 

今の母の事は彼女が自ら話してくるからどのような人物かは分かる。

だが、昔の母は未だに「今から五年前に死んだ」「容姿が自分と似ている」事ぐらいしか知らないのだ。

話すことは多く無くとも少なくはない筈。

 

 

「うーん、何処から話したら……やっぱり僕と彼女の出会いから話せばいいかな」

 

父はよし、と一人合点して語り出した。

 

 

 

「美咲の昔のお母さんはね、貴族だったんだよ。そ、童話なんかでよく出てくるドレスを着て頭を盛りに盛るようなあの貴族。彼女から聞いた話だと母さんはその代の長女。母さんの代は長男がいなかったそうだった上に母さんはなかなかの大物だったらしいんだ」

 

「ん?なんで母の実家の事を詳しく知らないかって?そりゃ行ってないからだよ。母さんは実家がヨーロッパ圏だとか言ってたけどそれも怪しいくらい。行かなかった理由は色々あるけど一番は母さんが断固として反対したからかな。いや、母さんに実家に行こうって言えば『屋敷の裏で逆さ十字に貼り付けにされて業火で焼かれて晒される』と毎回、脅しをかけられて押し通されたんだよ。普段は凄く優しかったのに…」

 

「まぁ、僕も行きたくなかったからそれでいいかと思えちゃったんだよね…。だってよく考えてみなよ美咲。貴族家庭の女性と一般家庭の男性が恋をして、結婚したいと思ったならどうする?ドラマなんかじゃよく有るけど現実は難しいよね」

 

「そ、駆け落ち。母さんと一緒に日本に隠居したんだよ。母さんは元々放浪癖があって、箱入りのまま育つのが嫌だと実家に置き手紙を残しては世界各地をまわってた。そして偶然僕と出会って両思い。これで一組のカップルの出来上がりさ。その後、彼女は実家から荷物を纏めて出ていく。色々反発もあったみたいだけど母さんの権力で無理矢理抑えて飛び出したって言ってた。そして日本に住み着いてそのまま美咲が産まれたって流れなんだよ」

 

「まあ、そんな訳で彼女の実家とは絶縁状態になり、幸せに……暮らしていく筈だったんだけどなぁ……知っての通り、母さんは死んだ。美咲が小学校に上がったばっかりぐらいの時にね。彼女が死んだ原因は…………事故死、そう事故死だよ」

 

「……ッ!!………ああ、大丈夫だよ美咲、ちょっとだけ目眩がしただけだから…。母さん、血、いっぱい、お腹、穴、血……」

 

 

 

「おい、しっかりしろ」

 

父は気付けば顔面蒼白、全身の軽い痙攣、異常な呼吸を引き起こしながら茫然としていた。

何を思い出したのか、それとも何も思い出せないのか、まだ心配させまいと顔を手で覆って何かを呟く父。

 

「なんか……ね、母さんの事を思い出そうとすると頭がピリピリするんだよ、警告されているみたいに…」

 

顔をゴシゴシと手のひらで拭き、無理矢理笑顔を浮かべる父。茶碗やコップを持って立ち上がり、振り返って覚束ない様子で台所へ向かって行った。

 

……頭がピリピリとする、『お母さん』の腹に穴、そして血。

何か、頭に引っ掛かる感覚がする。とても大事な事のような、自衛する上で欠かせない事だったような。

……少し待て、自衛?一体何から身を守るというのか。

自分は何かを忘れている?いや、分からない。

 

………頭に、むず痒い電気のようなモノが通る感覚が―――

 

 

 

「美咲、食器頼んでいいかな」

 

また、ハッとする。見ると父はまだ気分が悪そうで自分が問われたそれを了承すると、寝室へとゆっくり歩いていった。

 

机の上の余った惣菜に目を向けながら、まだむず痒い後頭部をゴツゴツと握って軽く殴る。

だが治らない。治まらない。痛くは無いが苛立ちがつのる。

 

食欲が一気に失せ、余った惣菜を一つのトレーに移す。今は遊びに行ってる弟がどうせ食べるだろう。

 

 

 

その後、洗い物をしている最中も、木刀を振ってる最中も、頭のむず痒さは続いた。

 

 

『お母さん』に穴、血。

……あな?穴?『孔』?

 

いや、それは流石に…無い、のか?

 

 







【今回の要約】
弟は姉を可愛くて綺麗な化け物と見た。
姉から弟?知らん。
そして中学校進学だよ、やったねウルキオラさん。


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ウルキオラさん、恋愛相談。


…久々にハーメルンを開いてみたら、感想で
『待ってます』
だって、だって、言ってもらって…


四ヶ月ぶりの投稿、これ以上下がるような腕もありません故に。

お話は中学2年の夏へ。



季節が夏になった。

気温は30℃を越え、太陽の照り付けが「刺さる」と表現してもよい程に強い。

只今の日にちは8月7日。世間は夏休みと呼ばれる期間に入っている。

何匹もの雄蝉が鳴き喚き、耳障りな音を絶やすことなく、アビールを続けている。

今、リビングで俺はボンヤリとその蝉の鳴き声とテレビから流れる昼の情報番組の軽快なトークを聞いている。

テレビの中で半袖のポロシャツのリポーターと何処かの商店街の甚平姿の爺が下らないやり取りをしているが、正直聞くのも飽き飽きしていた。

机の上のテレビのリモコンを手に取り、4、6、8、10と適当に変えていくが別段気を引く番組がある訳でも無い。

ブツン、とテレビの電源を切ると、チャンネルを座っているソファーの端に放り投げた。

何となく片手で首元をなぞると少し湿った汗の感覚を覚える。

「暑い……」

 

「あら、美咲。私よりも涼しげな格好をしてるのに……」

後ろからTシャツに薄手のスカートという出で立ちの母がクスクスと笑いながらそんな声をかけてくるが、反応せずにソファーに転がった。

この地味な暑さというのは人間になってから何度も体験しているのだが、前世での「あつさ」と言えばこの体温的な「暑」よりも火炎的な「熱」だったのだからこれまた慣れない。

自分は現在、ノースリーブのシャツにローライズの短パンという暑さ対策万全の格好である。

言い換えれば外に出る気の全く無い格好だった。

別にこの格好で外に出ても一応問題は無いだろうが、誰がこのような痴女同然の姿で長時間、公然に出たがるというのか。

「何か、やることは無いのか」

 

「うーん、真紀ちゃんと遊んでくるというのは?」

 

「外に出るのはご免だと言っている」

何故あの愚弟はこのような暑さの中で出掛けていったのか分かりかねる。

そういえば何やら真剣な表情で決心をして出ていったようだが、まあ自分にはどうせ関係が無いのでほうっておこう。

アイツがそのような表情でいる時は八割がロクでもない事を考えている時だ。

溜め息を吐いて、やることを探そうと身体を起こした時、丁度卓上の俺の携帯電話が微かな振動音を伝えながら、バイブレータで震えた。

どうやら電話のようで表示には『井上真紀』とあった。

「真紀ちゃんから?ほら、外で遊ぼうっていうお誘いかもよ」

無視して通話ボタンを叩く。

「……もしもし」

 

『あ、美咲ちゃん?その、よかったら今会えない…?』

本当に誘いだった。

『…重要、というか相談があるんだけど…もしかして弟君家に帰ってる?』

……何だ?このよそよそしい態度は。

「いや、愚弟なら出掛けている」

 

『……そっか、じゃあ今から美咲ちゃんの家に行ってもいい?』

振り返り、母を見ると片手で小さな丸を作っていた。

「ああ、来てもいいぞ。何時頃来る?」

 

『ありがとう!実はさっきから美咲ちゃん家に向かってたから美咲ちゃんに断られたりしたら…』

 

「……断っていたらどうするつもりだったんだ?」

 

『……えー、その、どうしてたんだろ…?』

彼女が電話の向こうで苦笑いしているのが分かった。

「まあいい、家を出ているならすぐに着くだろう。その程度の時間なら直接出迎えてやる」

 

『分かった、多分5分もかからないから』

そう言ったのを最後に電話を切った。それから携帯を置くと玄関へ向かう。

ドアを開けると軽い熱風に出迎えられた。顔にかかる日光を手で遮って表札の前まで出てくる。

「あ、美咲お姉さん……って、どぅわッ!?」

自宅前の道路に彼女の姿は無かったが、代わりに他の見知った顔があった。

「…兵藤か、騒がしいぞ」

 

「あ、ああ!今日は暑いですもんねッ!!」

兵藤一誠、弟の友人でありオレの同級生でもある男がいた。

 

 

ファーストコンタクトはいつ頃の事だろうか。

細やかな事は全く覚えてはいないが、自分が「兵藤一誠」という男を見て、酷く変わった反応をした事だけは覚えている。

彼が愚弟と同じようなだらしない一面を持った少年、それだけであるならばよかった。

兵藤の保持していた内包する力は確実に自分が今まで会った人間の中では最も高いものであったし、外面の一般人の空気と掛け合わせればただ少しの才能を持った、ただの人間という立場に固定してあっただろう。

気紛れで兵藤一誠という人間単体に集中して探査回路(ペスキス)を使わなければ。

 

 

「兵藤、弟に何か用事か?」

 

「あ、えー……」

こちらから目を逸らして頬を掻く兵藤。視線が空と地面とオレの胸を右往左往している。

何となく着替えなかった事を後悔しながらも、言葉に詰まったのを切っ掛けに、いつものように(・・・・・・・)探査回路(ペスキス)を兵藤の体内に集中させた。

 

人の魂の海に潜ってゆくような感覚。兵藤という人間を形作る小さな器をすり抜け、奥深くへ、深くへ、更に奥深くへ。

瞬き一回にも達しない時間だが、魂の奥底へと潜り込むには充分だ。

そして、見つける。

 

兵藤の、奥の、奥で、静かに眠り、微かに渦巻く赤い力を。

 

本来の兵藤の持つ霊力とは明らかに本質が異なっているその赤い力。

それは時に唸り、時に巻き上がり、時に膨れ上がる。まるで何かに呼び掛けるように。

落ち着いて再び渦巻き始めるが、何処と無く爬虫類を連想させるうねり方には少し不安を覚える。

そしていつものように率直に思った。

(―――何というものを抱えているんだ、コイツは)

初めての遭遇以来、会う度に探査回路(ペスキス)を使っているが、この紅い力は間違いなく大きくなっている。まあ、それでも魂の奥の奥でひっそりと潜んでいるレベルだが。

ただし、それだとしてもただの人間が受け止めるには明らかにキャパシティが足りない筈である。

この人間が元人外という変わり者の自分の近くに生まれてきたのはただの偶然なのか、疑いたくなる。 普通の人間として別世界に生まれついたならば、それはそれで受け入れるが、自分の周囲に厄介事が存在しているのはどういう事なのか。好奇心からか、気になって会う度に毎回探査回路(ペスキス)を使っているが、正直関わり過ぎると自分が処理しきれないような面倒事が出てきそうで困る。

 

やはり、この男は―――

 

 

「美咲お姉さん?えーと、アイツ家にいますか?」

 

「……ん、アイツは今出ているな。何か用件があるのか」

ふっ、と意識を引き戻し、応答する。

深く考えすぎて、ぎこちなく接するというのも疲れるだろう。普通に過ごせばいい、普通に。

「いない、ですか」

 

「ああ、今朝出たっきりだ。昼飯時にも帰ってきていない」

額に手を当てて、少し考えたかと思うと、彼は小さく息を吐いた。

「分かりました、ありがとうございます」

 

「伝えたい事があるなら帰ってきたら伝えてやるが?」

 

「あー、大丈夫です」

それじゃ、と軽く会釈しながら兵藤は去っていった。「メールよこしたクセに」だの「済ませたのかよ」だのと、愚痴をこぼしながら走っていく後ろ姿に軽く手を振った。

その場に自分以外に誰もいなくなると、途端に暑さを感じて、日陰を求めて玄関まで後退する。

さて、あの電話からそろそろ5分経つわけだが。

太陽を視界に入れないように、青空だけを見て待っていると、足音を聞いた。

転びそうな不安を誘うその足音の主が家の玄関の前にたどり着いた。

「ごめーん美咲ちゃん、待った?」

 

「待った。とにかく入れ」

 

井上に向けて手招きしながら、冷気を求めて玄関のドアを開け放った。

 

 

「…………何?」

 

「うん、あのー、だから、ね?」

二階の部屋に上がって、井上が発した第一声は小さくて聞き取りにくかった。聞き取り難かっただけだが。

「……告白?」

 

「うん、告白されたの。ついさっき」

とりあえず勉強机の椅子にどっかり座り、井上の方向に向き直る。井上はベッドの足下にちょこんと座った。

「……何となく察してはいるが、誰にだ?」

 

「うん、多分お察しの通り。…弟君にね」

 

「その事について、相談と」

話を聞けば、今朝に愚弟に呼び出され、しばらく適当に歩き、昼飯を奢られた後に、告白されたという。ちなみに返答は保留と伝えたら、顔を真っ赤にして走り去ったのだそうだ。何をやっているんだ、アイツは。

「…話は分かったがオレはその話のどこに口出しをすればいい?」

 

「告白の返事……どうしよっかって…」

 

「告白してきた男の姉に告白の返答を委ねるのは人間としてどうなんだ」

実際にする輩は他にもいるのかもしれないが、そもそも自分に恋愛事を振られても困る。

「いや、だって美咲ちゃんはたまに告白されてるし」

 

「…お前は俺がどう対処するか、見たことが無いのか?」

中学に入ってから数回、急に何処かに呼び出されたかと思えば意味深な言葉をぶつけられ、時に手を握られながら懸命にアピールをされた。その時は、それが人間の男が女にする交尾アピールのようなものだと知っていたのでそのとおり『興味が無い』と言って切り捨てた。

 

「というか!!逆に何で美咲ちゃんはそういう事に興味無いのさ!!」

 

「興味無いからだ」

 

「答えになってないよ…。その、ほら、男の子の姿とか動作を見てドキッとする事とかあるでしょ?」

 

「無い」

 

「枯れてるッ!?」

ダメージを受けたように、床へゆっくりと芝居っぽく倒れ込む。小刻みに震え始めるが、すぐに顔を勢いよく上げる。

「ま、負けない…っ!!み、美咲ちゃんにも乙女力が残っている筈っ!!……そうだ、ほら、誰か男の人を1人思い浮かべてみて!!」

そう言われて真っ先に浮かんだのは、前世で自身を討ち倒した橙色の髪の死神。虚には人間のように明確な雌雄の区別が無かった事を咄嗟に考慮に入れたので、一番最初に出たのはその人物であった。

「はいっ、浮かんだね?浮かんだな、よし!!じゃあ、その人とキスしている光景を思い浮かべてみて!!」

黒崎一護、キス、と思い浮かべて出てきた光景は、奴が胸に手のひら大の大きさの穴を開けて、血を流しながら倒れ伏すシーン。

確かに『地面と』キスをしている。

「はいっ、浮かんだね?これで終わり!!さぁ、ドキッとしたでしょ!?」

 

「全く」

 

「何でェ!?」

男がスプラッターに地面に倒れ伏している光景に浪漫のようなものを感じる輩はどれほど邪悪な心を持った変態だというのか。

「おい、井上。話が脱線しているぞ」

 

「ぐぬぬ、美咲ちゃんの乙女力を取り戻すのは先送りか…。あと名字じゃなくて名前で呼んでね」

そこまで話し切ると、井上は諦めたように溜め息を吐き、肩を落とした。

「その……実際、美咲ちゃんは私と弟君が付き合う事についてはどう思うの…?」

 

「…別にどうも思わん。普通に接する」

 

「うん、ある意味予想通りなんだけどね…」

私にとっては初告白だし、と体育座りで手を組み、俯く井上。頬が微かに赤らんでいるよう見えた。

 

「…井上」

 

「……何?…あと名前…」

 

「俺の意見は変わらん。どうにも思わない」

 

「………」

 

「……だが、まあ、強いて言えるならアイツの望ましい結果になればそれは万々歳だ」

数百年ぶりに家族と認識できた存在、それが愚弟と義母。父は気付いたら家族、という感覚だったので具体的に家族が出来たのだと感じられたのはその二人が家にやって来た時だ。

 

「しかし、もっと言えばだ、井上。お前にとって望ましい結果になれば尚更良いとオレは思っている」

 

「…それは、くっついてくれたら嬉しいってこと?」

 

「そう取ってもいいし、別の意味に取ってもらってもいい。お前が愚弟と男女関係になろうがなるまいが、どちらにせよアイツにとって良い経験にはなる」

体育座りをしながら困ったように首を傾げる井上。顔には、ドユコト?とでかでかと書いてあるように見える。

「お前が幸せになれそうだと思う選択肢を選べばいい。お前らが仲良く二人でやっていくのも、これまで通り普通の仲でやっていくのも、兵藤や松田の奴らは受け入れる筈だ」

 

「……」

 

「言えることは以上だ」

 

 

それから十分間。部屋では呼吸音とクーラーが稼働する音だけが聞こえた。そして井上が、やっぱり分かんないや、と呟いて立ち上がる。

「……うん、ありがと。とりあえず返事は家に帰ってから考え直してみる」

 

「…ああ、それもいいだろう」

それからは告白の話が出ることは無く、ただ部屋の内装、乙女力という謎エネルギー、ぬいぐるみの置く位置など、いつものように雑談をし合った。

 

 

「美咲?ケータイ鳴ってたわよ」

 

「…投げてくれ」

井上が帰って、一時間半後。

風呂から上がり、洗面所にてバスタオルで身体の水分を拭っていた時、そんな声をかけられた。

軽く全身を素早く拭き上げ、スポーツブラを身に着けると、リビング寄りの廊下より飛来する携帯を半身乗り出してキャッチする。

表示を見ると『井上真紀』とある。告白についてだろうか。

スポーツブラと同配色のショーツを履くと、バスタオルで水分の残った頭を拭きながらリビングに入った。

台所に立つ母からドライヤーを使いなさい、と軽い野次が飛ぶがスルーして夕食の並ぶ机に座った。何故か横の愚弟の席が空いている。

「まだ帰ってないのか?」

 

「そうなんだよ、さっきメール送ったけど返信もないし…美咲からも送ってやってよ。『帰ってこないとオシオキ』だって」

父がビールの空缶を回して弄びながら言う。そして、先ほどの井上からのメールを確認する。

 

『To:美咲ちゃん

Sub:告白

結局告白は断りました。これが美咲ちゃんにとって嬉しい結果かは分からないけれど、少なくとも私はこうしたいなって思いました。先ほど弟君に返事をした時にもいいましたが、美咲ちゃんからもヨロシク伝えておいて欲しいです。

P.S.

その、凹んでたら慰めてあげてください』

 

断った、か。今、愚弟がいないのは十中八九それが原因なのだろう。

「美咲、ケータイは食後にしておきなさい。あとあなたはビールそれで終わりですからね」

母が湯気の立つ鯖の味噌煮を運びながら注意する。

そして、家族を1人欠いたまま夕食が始まった。

置かれた裏返しの茶碗から妙な寂寥感が漂う中、ひたすら魚をつつく。

「……んー、所で…何で愚息は帰ってこないの?兵藤さんとこか松田さんとこにでも泊まりに行ってるの?」

母が少し不安そうに問い掛けてきたので、本日あった出来事を纏めて要約して丸ごと話す。

あとで愚弟が帰ってきて文句を言おうが関係ない。

「ほぉほぉ……あの甲斐性無しのエロガッパが…ねぇ」

 

「いやぁ、そんな歳になったんだなぁ」

両親は共に満面の暖かい笑みを浮かべ、赤べこのようにかくかくと首を振り続けた。

「しかし…フラれただけでそんなに凹むなんて、軟弱者になっちゃったんだなぁ」

 

「まあでも、それなら家に帰ってこないのも納得かな」

二人は依然としてニコニコと微笑み、気付けば、高校の時は…、等と二人きりで思い出に浸り始めた。

それから自分が黙々と食べ続け、更にいつもなら夕食も終わる時刻になろう頃、家の玄関の扉が勢いよく開かれる音が聞こえた。そして廊下を駆ける音、階段を昇る音と続き、最後にドアが荒っぽく閉められる音。

茶の間の空気も思わず停止する。

「……帰ってきたわね」

 

「……うん、帰ってきたね」

 

「……慰めに行く?」

 

「……そこは母さんが行った方がいいんじゃ…」

互いに耳を寄せてどうするか小声で相談し合う両親。この人達は折角話したのに何をやっているのか。

その時、ちょうど夕飯を完食したのでガタリと立ち上がる。そのままケータイを片手にリビングを出て、階段を駆け上がった。

「――――?――!?――――……?」

愚弟の部屋から何やら声が洩れている。部屋のドアを見ると、強く閉めすぎたせいか少し隙間が開いていた。

少し聞き耳を立てると、話し相手は兵藤のようでそれらしい声も微かだが確かに聞こえる。だが、戸に耳を寄せた時に聞こえた音はそれだけでは無い。愚弟の涙声も、耳に入った。

(泣く……泣くほどに悲しかったのか)

全く理解できない。何故泣けるのか。

この件は井上が求愛を断って終わり、それだけだと思ったから両親にもすぐに話したというのに。

俺は人間に生まれてこのかた、一度も泣いたことはない。というか寧ろ一度くらい泣いてみたい。

泣くという行為が悲しみや嘆きといった『心』の動きの結果で起こるものなら、それをした自分は今、人間であると再認識することもできる筈だから。

…愚弟のように失恋でも経験すればいいのだろうか。

「……誰だよ?」

ふと扉の向こうからこちらに向けて、腹の底から絞り出すような声が飛んできた。

どうやら俺の気配に気付いたらしい。

「俺だ」

 

「……姉ちゃんか、とりあえず何か用?」

 

「………」

何も話す事を考えていなかったが、気遣いを見せておくくらいの事はしておいた方が良いだろうか。

「……コンビニに行くが欲しい物はあるか」

 

「……無い」

頭の中で、小さく『気遣い』と書かれた紙が真っ二つに破られるイメージが見えた。

内心は少し苛ついたが抑えて、わかった、と小さく呟いて自室へと戻っていく。

ベッドに座って耳をすますと、また耳に入る愚弟とその友人の惨めな慰め合い。

(……鬱陶しい、殴れば大人しくなったりしないだろうか)

立ち上がってハンガーラックから3代目の白ジャージを乱暴に引っ付かみ、下着の上に素早く着る。

隣でめそめそと弱音を聞かされ続けるより、ランニングがてら本当にコンビニに行って気分を晴らした方がいいだろう。

小銭入れを握り、部屋を出る。

リビングの前を通る際にコンビニに行く旨を伝えると父と母からそれぞれ、早く帰るようにという注意とバニラアイスーと注文をされた。

軽く手を振って、玄関から夜の空の下に躍り出と、夏の夜特有の生温い風に身体を煽られて汗が滲み出た。

 

自宅から目的地のコンビニエンスストアまで走った中で最短時間は9分半。

携帯の待受に設定されたアナログ時計のアプリケーションで走り出すタイミングを計る。

なんだか最近、走るのが一種の趣味になっているような気がする。まあ、興味が持てるものが増えていい事だとは思うのだが。

長針が12を差した瞬間、手を振る動作と同時に携帯をポケットに入れ、鋭角的なフォームで風を切って走り出した。

目指すは9分切り。

 

 

 

「――何が、目指すは9分切り、だ」

 

手に持ったビニール袋が車が横切って起きた風でパサパサとなびく。

小さな歩幅でゆっくり歩いて、二酸化炭素の多い都会の空気を身体中に受ける。

全力で走ったことが原因でかいた汗は既に引いたが、ジャージの生地が素肌に張り付いて感覚が非常に不愉快だ。

何故自分は風呂に入った事を考慮に入れずにランニングをしようなどと思ってしまったのか。

食後のランニングは相当胃に来るものがあった。

それに、意気込んで走り始めたというのに、コンビニへの道中に通る3つの信号機全てに引っ掛かってしまった。

 

「空回りばかりしている気がする…いや、気のせいか?」

 

 

何気無しに買った物の確認をしていたら、新公園の横を通っている事に気が付いた。

歩けば20分かかる道程、どうやら随分長い間意識せずに歩いていたらしい。

一般家庭は家族で団欒しながら、テレビを見ている時刻。今は風が吹いていないので聞こえるのは、そのテレビらしき音と空で何かがパタパタと羽ばたく音。横目で空を見上げると蝙蝠が数匹飛んでいる。月は出ていない、暗雲が空を覆っている。

 

「…雨でも降りそうな予感が―――」

 

と、そこで何故か視界が少し黒くなった。

何かが暗雲の隙間から漏れる月光を遮ったのだと思い、また歩きながら空を見上げる。

 

その瞬間、顔面に衝撃が走った。

 

「がッ―――!?」

 

顔に当たった衝撃は俺の身体を空中へと持ち上げた。

思わずビニール袋を取り落とし、中身のアイスや缶コーヒーが道路に散らばるが、その光景もあっという間に手の届く範囲を離れていく。

顔を、掴まれている、何かに。

 

「誰、だッ…!?」

 

俺の顔を目元から頭部まで掴んでいるその何かを空いた両手で掴み返すと、線の細い女性の腕だった。

顔を、と目を稼働範囲限界まで動かすも、目に入ったのは、黒い翼。

見えないと分かり手を引き剥がしにかかるが、その瞬間、女に掴まれた俺の身体が新公園の茂った木に突っ込んだ。

ガサガサと喧しい音と共にジャージのあちこちが木枝で傷付いていく。

 

(コイツ、俺をコケにしているのか…!?)

 

掴み返した手を放して顔を守るが、育ち盛りの夏の樹木は小枝を大量に伸ばしており、通るだけで身体のあちこちに引っ掻き傷ができた。木の中を抜け、公園の中に入った頃にはあちこちでジャージが裂け、木の葉が引っ付いた状態だった。

そして、俺の顔を掴みながら飛行する本人は、まるで俺だけを木にぶつけるようにギリギリ当たらない高さにいた。

 

「放せ…!!」

 

再び手首を掴み、それを軸に下半身を持ち上げ、顔のある筈の場所に体内の霊力を込めた蹴りを叩き込もうとする。

 

「暴れるんじゃない!!」

 

黒い翼の女は叱咤しながら手で蹴りを受け止める。かなり力を入れた筈だが、空中でしかも無理な体勢では大して威力は出ないようだった。

 

(どうする――足と顔は掴まれたまま、両手が使えるから抜け出そうと思えば出来ないこともない。だが、気になる――)

 

その声が、その翼が、その霊力が。自分の頭の記憶の奥底を掘り起こしていく。

何かを、思い出そうとしている。

 

「何だこいつ、急に大人しくなって…まぁ叫ばないだけ好都合だが…!!」

 

女は新公園の中央の広場に辿り着くと、地面に舞い降りて、改めて俺の身体を掴みなおした。

そしてどこからともなく出現させた杭のような光の塊を首に突き付ける。

傍目に見れば、これは人質を取っているように見えるだろう。

 

「ファビオは……いた!!」

 

黒い翼の女は周りの空に何かを探したかと思うと、すぐある一方に探す何かを見付けたらしい。

その方向からはその、何か黒い物体が高速で飛行してきた。

近付くそれもまた、翼を生やした人間だった。

 

(人間?……違う、霊力の質が根本から違っている)

 

飛翔するその人物は途中で後ろから近付く脅威に気付き、咄嗟に振り返って手に持った槍で弾き返す。

そして、追撃が来ないと確認すると、先程のように高速で此方に羽ばたき、そのまま新公園の中央の広場に同じく勢いよく着地した。

 

「…ッ…!!アビゲイル…その女の子は…」

 

「手段を選んでる暇は無いわ。あいつが来たら帰るよう説得するから、後ろから殺っちゃって」

 

飛んできた男は、金の装飾が散りばめられた槍を持っていたが、それより目についたのは彼の翼。

羽先から3分の2程が黒に染まっていた。根元の近くは白の羽根なので、その中途半端さは余計に目を引いた。

そして今この瞬間。この夜という時間帯、新公園という場所にてこの二人の人外を見たことで、記憶のごく一部にかかっていた霧が晴れた。

 

(………そうだ、思い出した。コイツらは、確か三、四年前の…?)

 

特に痛みを伴うワケでもなく、きわめて簡単に、唐突に思い出す。

そして、不自然な記憶の途切れ方から忘れていた、というよりは忘れさせられた事も何となく察する。

 

「…来たか!!下がれッ!!」

 

考え事をしている間でも事態は進行する。

 

男が飛んできた方向より、また光の塊が飛来する。その数、三本。視認は簡単に出来る速度だ。

翼の男、ファビオは3メートル弱の槍をかなり手が余るように持ったかと思うと、勢いよく薙いだ。

そして、轟音。槍が飛来物を三本纏めて弾いた鋭い音と、薙いだ衝撃で巻き起こる暴風の重苦しい音。

背後で翼の女、アビゲイルが小さく悲鳴をあげる。

思わず自分も目を覆いたくなる風だが、その中でまた一つ、遥か遠くの空中より飛んでくる白い影を見つける。

 

「…ッ!!」

 

息を呑んだファビオが槍を近接戦の長さに持ち換え、吹き荒れる風の中で飛来する白い影を待つ。そして更に影は加速した。

 

風が吹き止む、その直後。

影は両手から光を出現させ、豪速のままファビオに襲い掛かった。

 

「ぐぅッ…!!」

 

「よく逃げますよねェ…お二方?」

 

槍と対になった光の剣がかち合う。

力が拮抗し、固まった二人。

 

白い影、白のロングコートに身を包み、長い金髪に眼鏡といった風貌の男。

その男の背中にもまた、存在感を放つ白い翼があった。

 

 





書きます、エタったりなんかしません。
…ただ投稿のスパンが長すぎるんですがね。



【今回の要約】
皆思春期だもん、そりゃ恋愛くらいするさ。
弟は井上に撃沈したけどその内元気になるさ。
しかし、天使と堕天使とその中間の方が一人ずつ来て、勝手に戦り始めて巻き込まれた。




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ウルキオラさん、人間喪失

大魔法峠見ながら書いてたら気付いたら書きあがってた。
すげぇ!!執筆速度上がるならこれから小説書くときはアニメ見ようかな!!
多少は内容に影響出るだろうけど、まあいいや。
さて、次は屍鬼とぼくらの、どっち見ながらやろうかな。

大魔法峠オススメ、特に3話オススメ


ちなみにタイトルに深い意味は無いです。


(追加)編集入れました、詳しくは後書きに。


 

 

 

夜の闇に火花が散る。

 

鈍い音と鋭い音がほぼ隙間なく響き渡る。

ファビオ、と呼ばれた男の持つ槍が振るわれる度に青白い稲妻を放つ。

しかし飛び込んできた白い服の男は余裕綽々と言った表情でなんなく避けている。

 

光る剣と白い槍の軌跡が宙に残像を残していく。

その速度は二人の腕がブレるほどであったが残像の中に見える二人は傷一つ付かない。

すべていなし続けていた。

 

突如、残像が消えて大きな衝撃音が響いた。

 

 

ぎりぎり、ぎりぎり。

 

 

聞こえるその音はどちらかの歯軋りの音か、それとも擦れ合う二つの得物の音か。

黒に染まりかけた白い翼の男越しに見えるその男は、愉悦か恍惚か、もしくはそれに準ずる何かを含んだ笑みを浮かべている。

 

 

 

「ねェ、何度も聞いているでしょう。何故其処の愛に焦がれて溺れて堕落したどうしようも無い糞を庇うんですか?」

 

 

 

聞いたファビオが、鍔競りの均衡を崩して彼の男を払い除ける。

振るわれる大きな凶器をものともせず、気軽に距離をとる姿にはまだまだ余裕が感じられた。

 

 

 

「……」

 

「黙り、は酷いですよォ……私はね、これ以上堕天する仲間を見たくないだけなのに」

 

 

 

相手を苛立たせる事を意識しているのか、素の口調なのか。白い男は、自らが劇場に立っているかのように、ファビオとアビゲイルを煽り立てている。

 

短時間で分かった。

この男は腹の裏側が真っ黒だと。

 

 

 

「ネ?今ならまだ間に合いますよ。その後ろの糞にその槍をブチ込んで殺っちゃってください――」

 

「――口が過ぎるぞ、マルコフ」

 

 

 

怒りを燃やしながら、しかし口調は冷静に、ファビオは遮る。そして槍を構え直す。

 

 

 

「何度もお前に『決着を付ける』などと言ってきた」

 

「…えェ、貴方が出ていく度に私は喜び、貴方が帰ってくる度に私は落胆していましたね」

 

「ああ、横で一喜一憂するお前の事なんて気にしなかった。だから、今あえて言う」

 

 

 

彼の目には確かに固い覚悟があるように見えた。

 

 

 

「私は、アビゲイルに会いたかった。その為に度々出掛けていた。貴様への説明はそれで充分だ」

 

 

 

ファビオの背中の羽根が、また黒に染まった。白い部分は根元のみになる。

 

それを確認した『マルコフ』というらしい男は肺の中の息を全てを絞り出すような溜め息を吐き始めた。

目線はあらぬ方向を向いている。

あああ、と喉の奥から自然と声が出る程に長く、深く。

 

 

 

「……ねェーファビオさーん、後ろの糞の腕の中見えないんですかァー貴方の大、嫌いな『人質』じゃないんですか、その娘ォー」

 

 

 

…人質、俺の事か。

 

コイツら三人は知り合いのようで、どうやら自分はその内輪揉めに巻き込まれたらしい。

このまま時が過ぎれば解放してもらえないかとノーアクション、ノーリアクション、ノーコメントを貫いていたが、正直この険悪な会話からして戦闘は避けられないだろう。

先程、後ろのアビゲイルとかいう人外女に捕まえられた時は、久々に殺意が沸いた。ほんの少しだが。

しかしそれは、目の前で起こった大きな実力の衝突で消え去った。

 

今、俺の頭の中にあるのはどちらに敵対し、どちらに味方するかという事。

 

全員を敵に回す事は出来ないことはないが、パワーもスピードも戦闘経験もあるファビオとマルコフの両方と敵対するのは得策と言えない。

 

ちなみにその点で考えると背後の女は落第だ。

空中で蹴りを止められたとはいえ、あのマルコフと対面している時に少し恐怖で震えていたのだ。

少なくとも面と向かい合っての戦闘なら十中八九は勝てるだろう。

 

そうして、考えを纏めていく最中にコイツらの存在に検討がついた。

「堕落」「堕天」という単語や三人の『翼』という身体的特徴、つまり―――

 

 

 

「――天使」

 

 

 

ボソリと呟くと目元まで落胆が浮かんでいたマルコフが、顔を輝かせた。

 

 

 

「そうですよー天使さんですよー」

 

 

 

満面の笑みと共にこちらに両手を振ってきた。

神話上のみに存在する筈の架空の者達。

文字通り「天の使い」という宗教観からも一般人からも良いイメージを抱かれるべき存在。

 

だが、差別を含んだ罵倒を吐き散らかす20代後半の容姿をした男。

その人物がそんな表情でそんなファンシーな存在を名乗ると何故か非常に目を背けたくなる。

 

 

 

「ッ!!舐めているのか…!!」

 

 

 

そして、当然ながら飛ぶ怒声。

 

天使を名乗る男は此方に両手を振ったのだ。

戦闘で気を張り詰めている最中とは思えない隙だらけの態度に、彼は怒りを隠せない。

 

流石にその隙を狙うような真似はしないのか、ファビオは警告を飛ばす。

それを聞いた本人はつまらなさそうに、また光の剣を構える。

 

 

 

「……まったく、堕ちる気ならそれはそれでさっさと堕ち切ってくださいよ…折角隙を作ってあげたのに、ねェ!!」

 

 

 

光剣を一本を投擲し、駆け出して斬りかかる。翼を黒に染めた男は槍の先と後部でそれを交互にいなしていく。

斬りかかる天使は剣の間合いまで近付こうとするが、それより大きな槍の間合いが許そうとしない。

七合、八合と危なげの無い斬り合いが槍先と剣先で結ばれる。

 

 

 

「マルコフ、本気を出せッ!!」

 

 

 

緊張感の無い立ち会いに焦れたファビオが攻めに出る。

槍の間合いを詰める。

 

 

 

「いや、だから…うわォ!?」

 

 

 

槍の能力らしい突風が槍に纏われ、マルコフの首筋を掠める。

上等な生地で仕立てられたオーダーのコートが少し裂ける。

慌てている様子で、しかし動きは機敏に彼は距離を取った。

 

 

 

「……何ですかァ、私が何故貴方と本気で戦わないか分かってないんですか?」

 

「……」

 

 

 

仕方ないな、といった風に肩を竦めるマルコフ。空いていた手に再び光剣を発現させる。

その目には呆れが浮かんでいる。

 

 

--―短い時間だが、恐らく分かった。

 

表情をコロコロと変える男。

このマルコフという天使、心の底から天使が好きであり、心の底から堕天使が嫌いらしい。

その為に堕ちきっていない友人の天使には敵対するか否か決めかねている、といった所だろうか。

 

その時、俺の背後の女が小さく息を吸い込むのが聞こえる。交渉を始めるつもりであろうか。

 

 

 

「………マルコフ」

 

「何ですか糞」

 

 

 

瞬時に表情が冷え込んだ。

 

俺の首を掴む腕に冷や汗が一筋、伝う。

口調からすると女も堕落する前は知り合いだったのかもしれないが、対する男はその関係を「糞」の一言で切り捨てた。

 

 

 

「帰りなさい」

 

「ヤです、死んでください」

 

 

 

平行線。

アビゲイルは逃げたい。

マルコフは殺したい。

 

この二人は妥協線がどうしても交わらない地点にある。

互いがあわよくば殺してしまおう、必ず殺したいと思っている時点で交渉などはありえない。

そこでアビゲイルにはとって活きてくる札が二枚ある。

そこにいる95%堕天使と、腕の中にいる『か弱い一般の人間の女の子』という二枚のカードが。

 

 

 

「……マルコフ、この人間が見えない?」

 

「見えてますよ、ええ。ホンッッッット、ロクでもない女ですよねェー、ファビオ?」

 

 

 

首がチクリと痛む。光の杭の先が喉元に触れたらしい。

同時に苛立ちが増えるのを感じる。

胡散臭い奴に同情されるのは嫌だが、勝手に内輪揉めの場に盾のカードとして連れてこられるのは更に嫌だ。

 

 

 

「……いや、これは仕方のない…ああ、その筈だ」

 

「……はぁ、全く」

 

 

 

天使の男の殺気が薄まるのを感じる。

 

何となく戦闘としての場は一時的に保留され、話し合いの場が出来上がりつつある。

だが正直に言うと、立場と関係が大体把握出来たので、そろそろ大人しく堕天使の女のカードになる必要も無くなってきた。

 

あとは、何らかの行動してこの場を逃れればいいのだが―――。

 

 

 

「……」

 

 

 

ふと、マルコフと目が合った。

彼は眼鏡のレンズ越しにウィンクを一度、此方に飛ばしてきた。

 

何か1アクションをして、両方の注意を逸らす役割を期待しているらしい。

先程の胡散臭い笑みである程度信頼は得られたとでも思っているのか。

 

だがよく考えると、俺を捕まえた背後の堕天使は確実に死に絶え、槍持ちのほぼ堕天使の男も死ぬか瀕死にはされるだろう。

 

メリットは、ある。デメリットは、少ない。

考え直せば、この男に加勢するのも悪くは無いと思えた。

 

(…いいだろう、渡りに船だ。乗ってやる)

 

場を治める可能性はこの男の方が持っている。

俺が女、奴が男を鎮圧すればそれで終わり。

仕事はそれだけ。

 

それに、たとえ人外でも人の形をして心を持っていれば、殺す気にはなれない。

だからといって他人に始末させると詭弁になるが、今の俺にはそれでいい。

 

この人間の身体で、心を持っている筈のこの身体で、積極的に人殺しなどしたくは無いのだから。

 

信じて、賛同しよう。

俺は無表情のまま、ウィンクを返した。

 

 

 

「……フフッ」

 

 

 

猫目の怪しい笑みをこちらに投げたかと思うと、彼はファビオに向き直した。

動く合図を出すタイミングを計り始めたのだろうか。

 

 

 

「さて、あなたも大体堕ちちゃいましたし……九割八分くらいかな?」

 

「…マルコフ、私からも言おう。帰ってくれ」

 

「私今、孤立させられてぼっちアウェー状態じゃないですかァー堕天使なんて糞を処理したいだけなのに」

 

「今ならお前を見逃す、だから…」

 

「その場合は貴方達が逃げちゃうじゃないですかァー」

 

 

 

向き合い、武器を構えあっての会話に対し、アビゲイルは黙りこくる。

何か喋ってもますます時間を喰い、立場が不利になると理解してるらしい。

 

だがしかし、人質の一般人が無反応無表情でこの場を観察する事が出来るのに違和感を感じない時点で論外だが。

 

現在、首を拘束するは左腕、杭を持って突きつけるは右腕。

何か1つのアクション、それは別に小さなものだろうが大きなものだろうが構わない、だろう筈だ。

 

 

 

「――だから私の事はもう構わないんだ、放っておいてくれても」

 

「ファビオさァーん…堕天使は皆屑ですよ?貴方の思っている以上に非情な事をしているんです。貴方だってその非道な事をやらされてしまうかもしれません。人喰い。狂人(キチガイ)のお付き。それに、当然あなたの嫌いな――」

 

 

 

スッ、とマルコフは目の前の人物に向けて手を差し出す。

親指と中指を合わせた、その手を。

 

 

 

「――人質も」

 

 

 

そのまま、指をパチリと鳴らした。

 

動く合図。

 

瞬時に首を抑える腕の、肘と手首を掴む。

 

そして躊躇せず、女の左腕を横に(・・)180度回転させた。

骨が豪快にヘシ折れる音が耳元で響く。

拘束が緩んだのを確認すると、しゃがみ込んで突き付けられたままの光の杭から身を逃す。

更に女が杭で反撃してこないよう、バックステップで素早く距離を取る。

 

 

 

「――ぇ?」

 

「――なぁッ!?」

 

「――ほぅ」

 

 

 

見慣れない方向にだらりと折れ曲がった腕を見て呆けた声を出すアビゲイル。

大人しかった一般人の女の子が彼女腕を折ったことに気を取られるファビオ。

その隙にファビオに斬りかかりながら、こちらを横目で見て関心した声を上げるマルコフ。

 

場は動いた。

留まる暇はない。

 

背後からは斬撃音と地面に何かが落ちる金属音、そして男の呻き声が聞こえる。

あちらも仕掛けたのだろう。

胡散臭い天使が何を考えているかは分からないが、此方は此方で久々の戦闘にしっかり勘を取り戻して対応しなければならない。

 

腕を折った女のみに神経を集中させる。

 

 

 

「う…腕、腕がッ折れて…!!」

 

 

 

等の本人は途切れることも無い痛みに夢中で、あまり此方を気にする余裕もなさそうな様子である。

どうやら実戦経験というものもほとんど無さそうだ。

 

数年前の勇ましく戦っていた姿は一体なんだったのか。

痛みは無いと知っていたから再現無く戦えたというのか、それともあの頃は本当に強かったのか。

 

 

どちらにせよ、此方がやる事は1つ。

 

女が光の杭を振っても避けられるように取った距離。

 

面倒を引き寄せる原因となりそうな響転は使わない。全脚力を以て駆ける。

殺す気は無い、鎮圧すれば終わりだ。

狙うは悶える女の柔らかそうな鳩尾の肉。

医学上は胃や十二指腸のある場所だが、そこに指を突き刺せば腹筋が使えず、戦闘経験の少ない者なら鎮められる筈だ。

 

蹴り出した勢いのまま、霊力強化の爪先を突き出す。

痛みは酷いものだろうが、これで大人しくなる筈――

 

 

 

「させるかァァァァォォオオオオッ!!」

 

 

 

突如、前の女だけを見詰めていた目が割り込んでくる影を捉えた。

 

突き出した手は中途半端には戻せない。

女を刺す為のその指は、割り込んだ影の左胸の堅い肉に第二関節まで呑み込まれた。 内臓にまで達した指が目の前の人物の血潮の流れを感じる。

 

 

 

「ファビオ―――貴様、何をしているッ……!?」

 

 

 

後ろから驚愕する声が聞こえる。

影の背後で守られた女が絶句して固まっていた。

 

 

 

「……ご、ぼっ…!!」

 

 

 

影、ファビオが血を吐き出す。

髭を生やした口と、在るべき物が無い右肩から。

彼の足下に早くも血溜りが出来ていく。出血多量、医者が見ればそう言って首を横に振る量が、主に右肩から流れ落ちていく。

おそらく、右肩はマルコフによるもの。

 

 

 

「…貴、様…!!」

 

 

 

男の左腕が俺の首を掴もうとゆっくり伸びてくる。殺す、つもりで。

伸びてきた腕を空いた手で掴み抑える。

 

 

 

「ア、ビゲイル…を、殺そうと…!!」

 

 

 

ギリギリと音を経てて、それでも強引に掴もうと手を伸ばしてくる。

必死の形相で、渾身の力を込めて伸ばしてくる。

力を入れれば、当然だが右肩からまた血が噴き出す。

 

それでも、必死に、必死に。

 

 

その女を庇う姿は何故か一瞬、いつかの滅却師と重なった。

 

 

 

 

 

「わざわざ、庇う為だけに、腕と武器を捨てた---?」

 

マルコフは只今さっき知人がした行動に驚愕を示していた。

 

気を取られた相手の腕から槍を叩き落として離れた場所に蹴り跳ばし、剣先を突き付ける。

そこまですれば、少なくとも彼の友人は隙を見計らって槍をもう一度手にするか、徒手空拳で立ち向かうだろうと思っていた。

 

だが甘かった。

彼は『糞』の元へ向かおうとした。

戦っている最中だというのにこちらに背を向けて、言葉も槍も、そして右腕までもかなぐり捨てて。

 

 

 

「貴方は天使でしょう…私と同じ種族なのでしょう…何故、何故…!?」

 

 

 

視界の先には、『糞』の元へ向かおうとするのを無理矢理引き留めようとした時に肩口からバッサリと切り取ったファビオの腕がある。

 

勝手に堕ち、勝手に後悔する元知人の『糞』にそんな、腕一本の価値があるというのか。

彼にはとても理解できない。

 

 

 

かつて、彼にとって『堕天使』とはその姿を見てしまっただけで、見た目玉を千切り捨てたくなる、それほどに憎い存在だった。

かつて、というように今は、気難しいが良い友人のファビオと駄々をコネやすい娘のような存在だったアビゲイル、その二人のお陰で『堕天使』嫌いはかなり治まっていた。

 

だがその矢先のアビゲイルの堕天。

原因は堕天使に惚れた彼女が自ら望んだ事。

 

当然、マルコフの『堕天使』嫌いは戻ってきた。

彼自身はそもそもそれなりに力を持っていたので、鬼気迫る勢いで堕天使を狩り始めた。

 

その姿たるや、「何故マルコフはまだ翼が真っ白いままなのか」と言わせしめる程で、一部ではどうすれば彼が堕ちるのか、などと軽く議論された事がある。

 

 

彼は、堕天使を憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで、それでもまだ憎み切って。

 

気付けば、娘のように思っていた彼女までも憎んだ。

気付けば、堕天使になったならば知人であっても憎んでいた。

 

 

 

 

「……あぁ、なんだ」

 

 

 

そして、マルコフは思い出して気付いた。

少し前、細かく言えばファビオが『糞』を庇う直前。

視界に入った些細で小さく大きな変化、嗚呼決して見間違いではない。

気付いたそれは、確かに重要、そしてもう既に重要な事では無くなった。

 

彼の顔から表情を抜き取るのには十分。

 

 

 

「もう、いいか」

 

 

 

両手に持っていた光の剣を片方消滅させ、もう一本を力無く握り締める。

 

 

目標は、前方の『糞』二匹(・・)

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

 

今、人生において最大の殺気と悪寒を感じた。

手は目の前の男に突き立ったまま。

その男は荒い息のままうわ言を話す。

最初あった気迫は今は微塵も無く、これほどの殺気と悪寒を発する事は出来ないだろう。

 

 

この男からでは無い、ならば。

 

 

振り向いて確認しようとしたが、未だに伸ばされる男の震えた指のせいで振り向けない。

そして、声が聞こえた。

 

 

 

 

「がっかりですよ」

 

 

 

 

突如。

 

風切り音。

 

鋭い。

 

後ろから。

 

当たる。

 

避けろ。

 

死ぬ。

 

 

 

――避けた。

 

 

 

「ッ!?」

 

「……がぁ…」

 

 

 

気付けば先程俺が立っていた場所を光が突き抜けていた。

そして、その光は死に体のファビオの胸に容赦無く刺さり、その命の灯火を消し飛ばす。

 

ドサリ、と彼の身体が膝を着いた。

右腕を無くし、胸に4つの小さな穴開け、光の剣を生やし、それらの場所から血を垂れ流すその抜け殻は、暖かさを失っていった。

 

 

 

「いっぴーき、と」

 

 

 

俺の背後で、そんな楽しそうな声が聞こえた。

振り返ると先程のウィンクの時と同じような笑みを浮かべたマルコフがもう一本、大きな光の剣を発現させている所だった。

 

自分の胸の中で何かが湧き上がる。

 

 

 

「あ、人間さん、ありがとうございました。帰ってくれてもいいですよ」

 

 

 

にこやかに、剣を持っていない方の手を振りながら、「用済みだから帰れ」と柔らかく促してくる。

 

確かに、今の俺には殺気が向いていない。

この男の殺気の先には、腕を折られ、ただ無言で一人の堕天使の死体を眺める女がいる。

俺の感じた殺気と悪寒は俺に向けられたモノでは無く、ただ俺が勘違いしただけという事だ。

 

しかしだからこそ、確認したい。

無防備に背中を向ける男に尋ねたい。

 

 

 

「…俺ごと、殺そうとしたのか?」

 

 

 

 

「どうでもいいこと聞かないで下さい」

 

 

 

男は箒でゴミでも掃くように手を振る動作をする。

 

その様子は、本当にどうでもいいようで。瞬時に――

 

 

――湧いた、胸元に何かが湧いた。

 

――湧いた何かが語りかける。

 

――『撃鉄を起こせ』

 

――『スイッチを切り換えろ』

 

――それは全身を瞬時に駆け巡った。

 

――首から手先までが刃物になった。

 

――深く、冷たく、黒く、無くなる。

 

――意識が勝手に探査回路を使う。

 

――身体に異常は無い。

 

――男にも大した異常はない。

 

――俺が何をした。

 

――この男が何をした。

 

――殺意を向けられた、殺されかけた。

 

――それなのに、この男は何だ。

 

――帰れ?どうでもいい?ふざけるな。

 

――湧き立つものは抑えられない。

 

――誰に向ける。当然男に。

 

――ならば、去ね。この

 

 

 

 

 

「――(ゴミ)が」

 

 

「……!!」

 

 

 

 

殺気に気付いたのか此方をゆっくりと振り返る。

顔には先程のどうでもよさそうな表情は無い。無表情で此方を睨み返してきていた。

が、そんな顔もすぐにヘラヘラとした笑い顔に切り替わる。

 

 

 

「…イヤですねェ、そんなにピリピリしちゃって…困ったことでもあったんですか?」

 

 

 

その言葉に、一瞬胸が痒くなった。

 

――この男は何をしてやれば苦しむだろうか。

 

――やはり天使ならば翼をもいでやれば苦しむだろうか。

 

――今の自分の想像力ではその程度が限界だ。

 

思考がまた始まる。

目の前の花をどういった風にバラバラにするか悩むような気軽さで。

 

 

 

「……というか、さっきからちょくちょく思ってたんですが…何者なんですかねェー貴女」

 

 

 

両腕を組んで片手の人差し指を顎に押し付ける女のような動作をする男。

胸の奥はそれに対して反応し、痒みをもたらす。

 

――本人がいるのだから、聞けばいいか。

 

 

 

「魔力と肉体は、まあ魔力はアレですが肉体は普通の人間ですよねェ……神器は」

 

「おい、(ゴミ)

 

「……」

 

 

 

話し掛けた途端に奴は持っていた光を破棄し、新たに最初使っていた対になった光の剣を生み出した。

その唇は固く結ばれ、目は俺の動きを1フレームも逃すまいと大きく見開かれている。

 

 

 

(ゴミ)、イエスかノーかで答えろ」

 

「……」

 

 

 

折角、前置きをしてやっても口は閉ざされている。

揺さぶりの質問なんて、何も答えなければ動揺で隙なんて表さない、とでも考えているのだろう。

 

――なら仕方ない、その身体に聞こう(・・・・・・・・)

 

 

響転で即座に男の背後に回り込み、その片翼の中腹の骨を強く掴む。

そして、耳元で囁いた。

 

 

 

「――これは、必要か?」

 

「ッッ――!?」

 

 

 

移動した俺の気配を掴み取れなかったのだろう、声を聞くと弾かれたように背後を光の剣で薙いだ。

だが、奴が振り向けば、当然奴の翼も移動する。

さもすれば、奴の攻撃なんて当たるワケがない。

 

 

 

「お前、阿呆か」

 

「このォ…!!」

 

 

 

振りほどこうとしたのか、マルコフは勢いよく、不様に身体を揺する。

流石にそこまでされると放すことを余儀無くされるが、別に大人しくそうされるのを待つ必要は無い。

 

揺らされながらも、掴んでいた翼の中腹を渾身の力を込めて、折り曲げる。

普通の骨を折った時とは何かが違う、メリッ、という音が鳴り響いた。

 

 

 

「い、ギッ……!?」

 

 

 

痛みに激しく悶えたその動きに軽い人間としての身体は弾き飛ばされる。

不様には地面に落下しない。

体勢を整えて着地し、奴の動作を注視する。

 

 

 

「は、はは、折れ、…折れて…よくもォ…!?」

 

 

 

軽くグロッキーになっている。

天使としてのアイデンティティを傷付けられたのはやはりショックな事なのだろう。

 

片手間で考えながら、奴の横側至近距離に響転で大股に踏み込む。

腰の捻りを加えた裏拳を叩き込む――

 

 

 

「ッ見えてるんだよ小娘ェーッ!!」

 

 

 

咄嗟に裏拳の勢いを殺し、限界まで仰向けに身を反らした。直後に眼前を通過する光剣。

髪先を焦がされながらも疑問を抱く。

 

--見えた?何故、見える。

--響転は死神の霊感知や虚の探査回路もすり抜ける筈

 

そのまま体勢を低くし、マルコフから離れようとする。たが当然奴は間髪を入れずに両手に持った光剣で斬りかかる。

 

 

 

「貴女がどれだけ『移動』が速かろうがその直後の行動が分かれば無意味なんですよォ…!!」

 

 

 

一つ、二つ、三つ、四つ。

二刀流特有の手数の多さによる連戟を、身体を翻し首を傾けて避けていく。

 

奴の言った『響転直後の行動』を読むことによる回避方法。

恐らくそれは天使の肉体の神経反応速度にものを言わせた、奴にとってもほぼ無意識でやっていた事だ。

今の人間の肉体では目の前で剣を振るう男の反応速度を上回る事はほぼ不可能で、隙も見付けずに響転をした所で移動先が死角でなければ確実に斬られる。

隙を見つけなければならない、隙を。

 

 

 

「ハハハッ!!かわすのも辛くなってきたでしょうねェ!!」

 

 

 

隙間無く放たれる斬戟から身を逃し続けていたが、時折ジャージの端やセミロングの髪が切られ、焦がされる。

鍛えてはいるが流石に二刀流熟練者の人外による攻撃は避けただけでも相当なスタミナを使う。

体力的にはそろそろ仕掛け時なのだがな。

 

正にそう考えた直後、マルコフがパターンを変えて大きく踏み込んできた。

 

 

 

「翼を折った報いを受けなさいィ!!」

 

 

 

両手の光剣を同時に振りかぶる。間違いなくその一撃で俺を斬り殺すつもりだ。

 

だが、斬戟の弾幕が一瞬でも途切れたならばそれだけで十分だ。

 

響転、瞬間移動と言わせしめる程の速度で奴の視界から外れる――

 

 

 

「死角への瞬間移動、してくれると思ってましたよォ…!!」

 

 

 

だがマルコフはその唇を三日月のように歪める。

読み切っている。そう物語る目は自信に満ち溢れていた。

 

 

 

「後ろォ!!」

 

 

 

勝ち誇るように上げた叫び声。

奴は振りかぶった両腕を隙など気にせずに背後に向けて振り抜いた。

気にすることは無いのだろう、この一撃で目障りな小娘が死に逝くと確信していたのだから。

 

確かにそれには俺も驚いた。

 

 

--何せ、この天使の読みがそんな簡単なもので終わる筈がない、と身構えていたのが全て無駄になったのだから。

 

 

 

 

――俺は上から(・・・)マルコフの側頭部に踵を叩き込んだ。

 

 

 

「な……あ、ガヒッ…!?」

 

 

 

その身体は面白い程に派手に地面に倒れ込んだ。

 

 

――色々とガッカリした。

 

――もう少し頭は切れると思ったが。

 

――我を失えばこんなものか。

 

 

地面に軽やかに着地すると、俺は仰向けに倒れた男の胸に力強く足を押し付けた。

 

 

――逃さないように。

 

――終わりにしよう。

 

――後はこの男を………

 

 

 

 

「そ、の手…は何です、か…?」

 

 

 

思考がその言葉に遮られ、ふと我に帰る。

 

指を向けていた、男の顔に

 

そう無意識に。

さも自然にこの男を殺そうとしていた。

さも自然に、虚閃を出そうとしていた。

 

 

 

「俺は……?」

 

「何で、すか?貴女は、瞬間移動、どころ…か、衝撃波まで、出せるとでも…?」

 

 

 

足の下で息も絶え絶えに呻くような声を上げるマルコフ。

その目には、諦観と侮蔑と苦渋が映っている。

 

何故俺は出せない筈の虚閃を自然に出そうとした。

転生から数年、自分はこれだけの時間をかけたが『響転』と『探査回路』以外は使える気配さえ見えなかった。

昔は「戦力になる」など考えていたのだが、近頃は「寧ろいらない」とさえも考え始めていた。

確かに嘗ては使えないことに不満を覚えていた。取り戻した探査回路、響転と並行してなにか使えるようにならないものか、と試行錯誤したこともあった。

だが気付いたのだ。

 

『虚』閃。それが使えたらそれはまるで自分自身を虚だと、両親や弟や友人の魂を貪る化物だと肯定しているようで。

普通に考えて人間が普通に生きていく中では、そんな技は必要なくて。

家族と過ごしていく中で自然と、自分は少しずつだが人間として受け止められているような気がして。

だから俺は『虚』としての力を思い出すのではなく、人間として生きれる努力をしてきた、その筈なのに。

 

 

 

 

「――まったく、どこが人間、なんですか…ねェ」

 

 

 

 

マルコフが何気無く皮肉のように言い放った言葉が電気のように背中を駆け上がった。

 

 

――……嗚呼、また来た。

 

――胸元から湧き立つものが。

 

――人外呼ばわりでショックか?

 

――そうか、その程度か。

 

――貴様が目指した人間とやらは。

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

 

足下で息を呑む音が聞こえた。

ふと構えた指先を見れば、黒い何かが集まっていた。

無を凝縮し、破壊へと変換したその力が爪先で膨れ上がる。

 

これを放ってはいけない。

 

――ならばどうやって殺す。

 

彼を殺してはけない。

 

――ならばどうやって帰る。

 

彼を気絶させて逃げ帰る。

 

――この男に後日襲撃されたらどうする。

 

戦って追い返す。

 

――周りの人間が殺されたらどうする。

 

そうなる前に護りきる。

 

――人間(オマエ)にそんな力があると思うか。

 

………。

 

――ならば去ね、この男はここで殺す。

 

 

指先の無の力は既に放てる状態になった。

だが、放ってはいけない。

放てばこの天使は死んでしまう。

そうすれば俺は人で無くなるような気がする。

 

だから、それが、それは、それを――

 

 

 

 

 

「――虚閃」

 

 

 

 

 

指から無意識に、そして無慈悲に放たれたその破壊は翼の折れた天使の上半身を命と共に消滅させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が徐々にはっきりし出したのは、それから約3時間後の事だった。

気付けば、俺は裸の格好をして、暗闇の中で自室のベットの上に寝転んでいた。

頭がぼんやりとしている。倦怠感が酷い。

何があったか、どうやって帰ってきたかさえも記憶が怪しい。

壊れかけのビデオデッキのように、頭を巻き戻す。

 

自室のドアを叩いて声を掛けてくる母親、約1時間半前。

力を振り絞って窓から自室に飛び込み、返り血と冷や汗の染み付いたジャージ、下着を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む、約2時間前。

周辺住民に見付からないか精神をすり減らしながら歩き始めた家路、約2時間半前。

堕天使の亡骸を抱えた女が仇を見るような目で此方を見ながら、地面に書いた幾何学模様の絵で帰る、約2時間45分前。

――殺した、約3時間前。

 

 

 

「疲れが…」

 

 

 

片手で顔を隠すように覆う。

肉体的にも精神的にも疲れた。

俺は結局殺したのだ、人の形をした意思を持つ者を。

『虚』の技を使って消し飛ばしたのだ。

 

 

 

「…寝る」

 

 

 

今はただ、なにも考えずに眠りたかった。

力の事も、殺した事も、もやもやしたものは全て投げ捨てて。

 

朝になると汗の臭いも大変な事になりそうだが、今は風呂に入りに行く気も起きない。

 

夏布団の上で寝返りをうつ。身体が泥に沈むように、再び意識が遠退く。

 

ぼやつく視界の中でちょうどクローゼットの横の鏡に上半身が映っている。

 

暗闇の下の鏡の中、仏頂面の顔と白い撫で肩と胸の孔の線がやけにハッキリと見えた。

 

 

 






書けば書くほどマルコフのキャラが惜しく感じられるなぁ…
だからと言って生き返らせるのもちょっと…出す方法無いかな…

次回はまた飛んで一年後のお話。

ちなみに内容がイマイチ理解できないヒトの為の要約。


【今回の要約】
スコア:戦闘不能2名、殺害1名
取得物:虚閃、戦闘モード、人外2陣営の情報(微)
紛失物:人間としての実感一部、自信(小)


(追加)編集箇所
・沸く→湧く
・――また身を任せるのか?
 ――この前世の本能に。


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ウルキオラさん、悪魔接触

に、日曜の夜だから…(震え声)

とりあえず前回の訂正も入れます。
訂正内容は前話の後書きに書いときますんでそこだけ読んでみてください。

ちなみにお気付きかもしれないが、書き方模索中です。
「こんなんいいんじゃね」みたいな作家の書き方をテルミー。


「よーし荷物も片したし、帰ろっか!!」

 

「…進路カードは出したのか?」

 

「うん、出したよ!!」

 

「…鞄の横ポケットから飛び出しているそれはなんだ」

 

「……あれ?」

 

「……」

 

「んぅー?出さなかったっけな…私」

 

「…着いて行ってやるからさっさと出してこい」

 

「うーん、ありがと。…美咲ちゃんは私と同じ所を志望してるんだよね」

 

「ああ、駒王学園だ。近くて学力が高くて学びたい学がある」

 

「前から気になるって言ってたもんね、駒王学園」

 

「……まぁ確かに色々気になるな」

 

「しかし、女子校だったのに共学になるんだもんね。あの三人組が入れるのは良いことなんだけど…みんな学力大丈夫かな?」

 

「あの三人組は今日も家で勉強会だと言っていたから意欲的には問題ないだろう。問題があるのは…」

 

「入る動機、かな?勉強してる最中の形相が凄かったもん、それに呟く言葉が『チチ…シリ…フトモモ…』って…」

 

「……そうだな」

 

 

 

 

中学3年生、晩秋。

生い茂らせた葉を地面に撒き散らした木が寂しげに皺だらけの素肌を晒す時期。

中学に通って三年目を迎える今年の今の時期は学校生活の周辺が妙な空気が漂っている。

黙って参考書に向かう普段は饒舌な学生。

塾のテキスト片手に話し合う髪を染めた女生徒。

見張りをする軍人のような面持ちの教師。

そしてその他が静かになった事に気付かず、声が周りから浮き上がっている不真面目な不良学生数人。

 

前世でも今世でも未だ感じたことの無い不思議なベクトルの緊張の糸が中学校とその周辺に張り巡らされていた。

 

「今年はまだ暖かいね」

 

学校から十分程歩いた帰り道、隣で井上が緊張感も無く呟いた。目に見える範囲に防寒具を付けずにいるその姿にはもうすぐ冬が来るようなイメージは全く浮かんでこない。

吹き付ける風はめっきり乾燥していているがその風が確かに若干温いと感じられる程には温暖な気候だ。

 

「これから間違いなく寒くなるだろうな」

「空気が乾燥していなかったら一年中ずっとこのくらいの気温であってほしいよ…」

 

また緊張感の無い様子で両手で頬を擦り合わせる井上。

そんなモノは地球の公転を止めようとでもしない限り無理だ。

 

「お願い美咲ちゃん!!地球を止めて!!」

「馬鹿か」

「頼めるのはアナタくらいしかいないの!!」

「阿呆か」

「そして私を救ってほしいの!!」

「茄子か」

 

子供の喧嘩にも劣る稚拙な掛け合い。

井上がまた話そうとした瞬間、それを遮るように一陣の風が吹いた。

突然の突風に井上が小さく、きゃ、と声を出す。

自分も思わず立ち止まり、目を閉じて乾燥した風に紛れた塵をやり過ごす。

突き刺すような風に煽られる事、約二秒半。

まだ暖かかった筈の空気が急に冷たくなった気がした。

 

「…美咲ちゃん、さっさと帰ろっか」

 

風に掛け合いの阿呆らしさを指摘されたようにでも感じたのか、そしてそれを恥ずかしく思ったのか井上は俯き、早歩きで進み出した。

恥ずかしがるのなら最初からやらなければいいというのに。

 

「ほらほら、早く早く」

 

仕方ないなといった様子の彼女が小さく手招きをしている。

 

「…帰るのはいいが俺はそこの十字路を左に曲がるぞ」

「え、なんで?美咲ちゃんの家も私の家もコッチなのに」

 

十字路を右に曲がろうとしていた井上が咄嗟に疑問を口に出す。確かにそこを右折すれば家はすぐ近くだ。

 

「駒王学園に少し寄ってくる」

 

そう言いながら角を左折し、井上に背を向けて歩き出す。当然ながら後ろから駆け足で走る音が聞こえてくる。

 

「今から行くの?学校見学」

「…そうだな」

 

彼女自身も当然、といった風に横に追い付いてきた。もしかしなくても着いてくる気なのだろう。

 

「んーでも何でこのタイミングで?」

「…少し用事がある」

「用事があって行くならさっさと行っちゃった方がいいよね。最近は日の暮れが早いから心配されちゃうよ」

 

気を取り直したのか、彼女は俺の歩幅に合わせて早く歩きながら隣で鼻唄を歌い始めた。

 

…この用事というのは裏の事情についての事がメインなのだが、まあ縛りはしない。

忌々しい事に、今の俺には多少の相手なら彼女を護りながらでも闘える戦闘力が存在しているのだから。

 

 

虚閃に虚弾、響転に探査回路。

今から約一年前のあの戦闘以来、前者2つは制限はあるものの使うことが出来るようになり、後者2つはより精度が増した。今虚閃を使ってもあの夜の頭のイカれた天使を消し飛ばした時程の威力は何故か出せない。それは筋肉の活動限界のように脳が自然とセーブをしている感覚とどうにも似ているようだった。

「護れる力がある」などと言えば聞こえは善いが、実際にはそんな便利な力ではない。

一年前、初めて虚閃を使い、初めて殺害をした日より徐々に胸の孔の痕の線が濃くなっているのだ。それも、虚の力を使った日はそれが目に見えて変化している。酷い時は発作のような症状が胸の孔の痕を中心として起こることがあった。

それはまるで、自分の中で『人間』が『虚』に喰い潰されているかのような感覚。孔の奥から湧き上がる何かに精神を揺さぶられる感覚。

これは間違いなく前世の技の数々を使っていく事による反動であり、そして――

 

(――恐怖、か?)

 

人間でありたい、そんな願いが殺した天使の血で静かにじくじくと塗れていくようなイメージ。

今の人間である自分は、虚であった頃の自分を恐ろしく感じているのだ

 

『面倒になったのなら、壊してしまえばいい』

 

何故、そんな思考が出来たのか。

人間の常識が自分に理解できているかなど気にしたことも無く、実感したことも無かった。だが約一年前のあの日以来、再認識した。

自分には、隣を歩く彼女を指一本で殺せる力を持っているのだと。彼女ら、『人間』を塵のように扱い、喰らっていた事を。

気付けば、それが『人間』の自分には恐ろしく思えた。

 

護らなくては、彼を、彼女を、彼等を。

 

 

「美咲ちゃーん、足止まってるよー」

 

掛けられた言葉にハッとする。

目の前で事もなさげに顔を覗き込む彼女。

そう、これが多い。妙な考えで固まる俺に彼女が意識を呼び掛けるパターン。

呼び掛けられたが早いか、さっさと早歩きで彼女を追い抜く。

 

「もー、なんかボケっとするのが癖になってない?」

「気のせいだ」

「いや、だって駒王学園が見えたって声かけてもちっとも反応してくれないし…」

 

そう言われてまた気付く。ランニングで見慣れた道に、見慣れた校舎。前方で長い間変わらない、西洋風の建物がどっしりと身を晒している。

駒王学園。有名私立進学校一覧のリストに名を連ねる学校がそこにあった。

 

「何回見ても大きいね…ホントに私ここに行けるのかな…」

 

井上が圧巻されたように立ち止まって呟く。

 

 

俺が今日ここに来た理由、それは『悪魔』という存在について考察をした為であった。

『天使』、『堕天使』などという空想的存在。そんな存在に憧れる大人が、子供がどれだけいる事だろうか。そしてそんな彼等が実際にその『天使』と『堕天使』が存在していると知ったら何を思うだろう?おそらく、一頻り騒ぎきった後に『悪魔』は存在しないのか、と疑問に思う筈だ。実際、今の自分は「存在していてもおかしくは無い」と考えている。

では、「存在している」とおける場合の問題は何か。

単純明解。奴ら、『悪魔』の倫理観だ。

本来、『悪魔』とは悪を象徴する、神に敵対する者として神話に描かれている。欲望に導かれるがままに暴虐を尽くし、人の大敵として在り続ける。一部では、『悪魔』と『堕天使』を同一視しているものもあるが、今は気にせずとも大丈夫だろう。今気にすべきは奴等が『天使』と対を為す、真逆の性質をもった存在という点。人を救済すべく、天の神より遣わされた善の象徴たる『天使』。その『天使』がアレだけイカれているのだ。

ならば、『悪魔』とはどれ程イカれた者逹だというのか。

 

この町にいる間に何回か捉えた『天使』でも『堕天使』でも無い霊圧は、この目の前の学園からよく感じ取られる。ならば、それが『悪魔』であれ何であれ、確認するのが道理ではないか。

 

 

「今歩いてる人達は皆、帰宅部かな」

 

校門からは十数人の女子生徒が幾つかのグループになって出てきていた。真っ白なワイシャツに燕尾服をモチーフにしたかのような胸元の開いた灰色のビスチェ、そしてその灰色に一部を覆われながらも個性を放つ紅色のプリーツスカート。胸の大きさを強調するため、近所に住む男性は目のやり場に困ると言うことで評判だ。一部からは性的な意味で評判を受けているようだが。

 

「…あれってあんなに胸浮き上がっちゃうんだね、恥ずかしくないかな」

「お前は胸が大きいが…慣れはあっという間に来る」

「いや、慣れるまでが恥ずかしいんだよ…」

「だからあっという間だと言っている。制服の他の箇所にも目を向けろ」

「うー?…じゃあ、あの首元のリボンとか――」

 

井上と数ヶ月後に着ることになるであろうあの制服について話しながら、校門へと近付く。中からは陸上部らしき女子生徒がブルマーのような前時代的な体操服を着て、列を作ってランニングをしているのが見えた。

試しにその集団に探査回路を集中させてみる、が特に変わった様子は無いようであった。

続いては偶然視界に入った体育館らしき施設に探査回路を集中させる。中からはバスケットをしているらしい集団の健康な魂の波長を感じ取った。

 

「美咲ちゃん、ここからどうするの?校内に知り合いがいないなら誰か適当に声かけてみる?」

 

井上が駒王学園の表札をぺちぺちと触りながら問い掛けてくる。中に入りたくてうずうずしているようにも見える。

 

「…声を掛けるといっても、誰にだ?」

「そうだね…」

 

今一度、校舎に目を向ける。人気はまだ全然あるのだが、校門の近くへ近寄ってくる生徒はなかなかいない。遠目に1人や2人制服姿の人影が見えないこともないが、ほとんどは部活動に励み、こちらに気付く様子は無い。帰宅部の集団も先程のグループがちょうど最後だったのかもしれない。

 

「んーもう入っちゃわない?違う制服来てたらお客さんだって分かるだろうし、入っちゃダメって事なら学校から出ればいいし」

「…それは」

 

あまり賛成はできない。井上の目的は学校見学で中に入る事だが、俺の目的は『悪魔』の存在の確認と調査で何も無理に入らずとも達成できる事だ。もし悪魔が予想通りの残虐性を持った生物なら今の自分達は『巣に入ってきた餌』も同然だ。この門を越えたが直後、視界にいる人間全員が術で操られて襲い掛かってくる事も――

 

「じゃあ入ろう!!うん、多分大丈夫!!」

「おい、待て、ちょっと待て」

 

俺の思考も待たぬままに井上は校門を越える。その後ろ姿に迷いは無い。自分も、渋々その背中に付いてゆく。

 

本当に大丈夫なのか、こうして無用心に入ればすぐにでも――

 

 

「この学校に何の用かしら?」

 

 

…ほら、来た。

 

その人物を知覚したのは先ほど校舎を見渡した時。何か厳しい表情でこちらを見つめていた眼鏡を掛けた淡い桃色の目をした女性。その時は大して気にも留めなかったが、段々向こうがこちらに近付くにつれてその霊圧の違いに気がついた。限りなく人間に擬態しているとでもいうのか。

 

「その制服…近場の中学のものね。ちゃんと入る許可は貰ったの?」

 

妙な威圧感を纏わせながら腕を組むその人物。まるで一般人がこの場に来ることを心の底から拒むようなその態度。隣で井上が息を詰まらせて後退りをするのが見える。自分も、体は自然体のまま戦闘をする準備をする。

 

「確かにそろそろオープンキャンパスは開く予定の筈だけど…フライングね」

 

両手をぱしり、と合わせ、急にあくまで優しく諭すかのような口調で語る。その一つ一つの動作がこちらを品定めしているかのように思える。殺気は無い、最低でも捕らえるつもりだろうか。

 

「ああ、ごめんなさい。私は生徒会に所属している――」

 

その人物はゆっくりとこちらに手が届きそうな距離まで来ると、微笑みながら手を差し出し――

 

「――支取(しとり) 蒼那(そうな)です、よろしくね」

 

そう名乗った。

 

 

###

 

 

その二人を見かけたのはただの偶然だった。

何気なく昇降口の前を通ったときに見えた他校の制服。近付いて見れば年下の、まだ中学生らしい女の子が二人困ったように話し合っていた。

何か問題があったわけでも無さそうだったが、ふと片方の女の子から目が離せなくなった。

その表情には限りなく感情が浮かばず、すべてのことが興味無い、とでも言うような憮然とした態度。その身体に詰め込まれた一般人とは一線を画した魔力量。学校の中を隅から隅まで観察するような怪しい態度。もう片方の女の子は、何かしろの会話に表情を輝かせたり、頬を膨らませたりするなど魔力からもいたって普通の少女に見えた。だが妙な魔力を持った少女はそんな彼女と裏腹に、どこまでも冷たく、どこまでも機械的に、この地を探っているように見えた。

 

(…少し、注意をしてみようかしら)

 

今はただの書記だが、来年にはこの駒王学園生徒会副会長という重要なポジションになる。夕方とはいえ、こうも敵かもしれない人物に校内を視察されては上位悪魔としての面子が潰されている。こういう気になった事にはしっかり対応をしなくては。

下駄箱の横を抜け、正面へと出る。夕日が顔に射して少し眩しく感じたが、手で遮って校門前の二人に視線を飛ばす。と、そこで妙な魔力を持った少女と目があった。鮮やかな翡翠色の目が一直線に私の顔を睨んでくる。

 

(…綺麗な色ね、それに彼女の魔力、何か感じたことのあるような…)

 

そんな事を考えていると、快活な方の少女が学園内に入ってきた。それに少し慌てた様に付いて来る怪しい少女。これは、また怪しくなってきた。

そう思い、使い魔に『怪シイ人物二名ノ侵入ヲ確認、応対スル』といった旨を伝え、生徒会室へと飛ばした。これで不測の事態があればすぐさまに増援が来てくれるだろう。

一つ、深呼吸をして息を整える。

自分がこの学校に入学してから関わった大きな事件はほぼ0に等しい。だが、油断をしてはならない。この学校の生徒会として、秩序を守る存在として堂々としていればよい。

並んで歩く二人に正面から近付き、声を掛けた。

 

「この学校に何の用かしら?」

 

まずは、軽く威圧を含めながら。敵対者ならば、これで挑発されていると気付いて何らかのアクションを起こしてくる筈だ。

二人とも、私の声に同時に固まった。だが、その二人の反応の意味はまったく違う。片方は驚いて動きと表情まで固めて動かない、もう片方は即座にこちらを再び睨みつけ、全身から力を抜いた自然体で固まった。まるでこちらとの戦闘に備えるかのように。

 

(これは、もしかして…クロじゃないかしら)

 

この頃の三勢力間はやけにピリピリしている。天使の勢力からの偵察というのはあまり有り得る事ではないので堕天使の勢力の者か。それともしつこいまでにこちらを敵視してくる先代魔王の者か。なんにせよ、もう少し反応を探ってみる必要がある。

 

「その制服…近場の中学のものね。ちゃんと入る許可は貰ったの?」

 

続いては威圧をもう少し込めた注意を飛ばす。しかし、この言葉に一般人らしい女の子が少し怯えたように後ずさってしまった。少し罪悪感がわいたが、もう片方の少女の反応を見て気が変わった。

敵意を飛ばしてきたのだ、軽く片手の拳を握り締めながら。

 

(クロ、いやクロに近いグレーにしておきましょう)

 

彼女が何らかの敵対勢力に属していると認識した所で、今度は少しフレンドリーに近づいてみる。

 

「確かオープンキャンパスは――」

 

彼女自体は人間のように見えるし、可能性としては邪教に属してしまい、その上の者から何か命令を受けたか、それとももしくは彼女自身に暗示が掛けられているか。

その中で後者は可能性が高いと見よう。

根拠は彼女の中に渦巻くその魔力、彼女自身のものとは少し性質が違ったものが混ざっている。特殊な神具を持っていて、それ自体が固有の魔力を持っているならば別だが、鉄砲玉扱いの少女にそんなものが宿っているとは思えないし、彼女自身からは神具の気配を感じないのでその点は切り捨てよいだろう。

不安を解かせるために、怯えたほうの少女に笑顔と自己紹介を載せて握手を求める手を伸ばす。

 

「支取 蒼那です、よろしくね」

「え、えと、はい。でも私たち…」

 

握手に応じた少女が急に言葉を詰まらせて、しゅん、と暗くなる。私が勝手に学校に入ったことに対して怒りを抱いていると思っているのだろうか?悪いことをしていたのが見つかった小型犬のような可愛らしい反応に思わず微笑が漏れる。

 

「…そ、その…来年駒王学園を受験しようと考えてるんです」

 

しおらしい態度でそう伝えてくれた。そしてその言葉に、翡翠の目の少女から視線を感じた。来年にはこの二人が後輩になっているかもしれない、ということらしい。その子に横目で微笑を見せながら問いかける。

 

「そう、じゃああなたたちの名前を教えてくれないかしら?もし来年、この学校に入学したなら声も掛けやすいし、ね?」

 

そう言うと、翡翠の目の女の子の視線がより刺すように強くなった。この子が小型犬なら、あの子は狩に慣れた狼といった所か。

 

「私、井上真紀っていいます!!入学したらよろしくお願いします、支取先輩!!」

「フフフッ、気が早いわよ?井上さん、これでもここはそれなりにレベルの高い高校なんだから」

 

照れたように顔を俯かせる彼女との間に柔らかい空間が広がる。もし、この子が入学したなら仲良くやっていいけそう。

だけど問題は、もう一人の方。

 

「ほらー美咲ちゃん!!この人絶対良い人だよ!!ほら、早く早く!!」

「…元浜です」

 

無理をして敬語を使っている感が否めないが、一応紹介はしてくれた。だが、その綺麗な目は未だ、鷹の目のようにこちらを鋭く睨んでいる。が、名前だけを話すと、彼女は踵を返して、去ろうとした。

 

「ちょっと美咲ちゃん、学校見学はー?」

「今度の機会に来る」

「そんなー」

 

どうやら彼女は退く事にしたようだった。危険を感じたからか、それとも命を受けたからか。

置いていかれかけた少女、井上さんに諭すように告げる。

 

「井上さん、これから案内すると遅くなっちゃうし、改めて来てくれないかしら?その方がもっとお話できるし、ゆっくりできると思うわ」

「うーん…分かりました。じゃあまたお会いしましょうね、支取先輩」

「フフ、次からは下の名前で呼び合えるくらいの仲になると良いわね」

 

そういうと、井上さんはこちらに手を振りながらバックで走り始めた。危ない、どう考えても危ない。そう注意しようと思った矢先、同じようなことを元浜さんから注意されていた。あわただしい女の子だ。

そうして、二人の姿が見えなくなった頃、使い魔が帰ってきた。ぱさぱさと飛ぶ使い魔は、私の手の上に着地すると、そのまま羽を休めるように眠ってしまった。

 

「…元浜美咲に井上真紀、ね…まぁ、注意しておいて損することは無いでしょう」

 

その旨をリアスの方へ伝えておくことも忘れないようにしないと。

薄い紫色に染まってきた空の下、薄寒い空気から逃げるように校舎の中に入る。

 

「『絶対良い人』…か」

 

あの元浜とかいう少女には途轍もない皮肉に聞こえたことだろう。

 

「来年の一年生は、なんだか騒がしそうね」

 

生徒会室へと向いながら、そんな事を思った。

 

 

###

 

 

「感づかれただろうな、恐らく」

 

時刻は0時を回ったあたり、ベッドに転がって呟く。

あの女は間違いなく『悪魔』だろう。あまり重要なポジションでは無さそうだが、あの駒王学園全体が『悪魔』の管理下にあるならば、俺の事は一応程度には伝わっただろう。失ったものは俺の存在と名前と、強さといったところか。まあデメリットは当然あった。

 

「得た物…は、一応あるか」

 

一つは奴らがそこまで直情的な勢力ではないところ。

挑発などを何回かしてみたが、ほとんどが流され、逆に挑発され返される始末だった。口ぶりからして、人間へ対する積極性も存在している。あの時のサイコパス天使と比べたら、遥かにあの悪魔の方が社交的に見える。

二つ目は、彼女らがそこまで積極的に人間を襲おうなどと考えていないこと。

あの後、数人の駒王学園生徒に探査回路を集中させたが大した細工は無かった。校内の彼方此方から妙な霊圧は感じたが、その程度で『いきなり建物内の人間から生気を強制的に搾り取る』といったことはできなさそうだった。

 

「にしても、注意するに越したことは無い」

 

今更、進路を変えようなどといったら井上に泣かれそうなのでその流れは勘弁願いたい。

 

そんな事を考えていると、喉が渇いてきた。

ベッドから下りて唾を飲み込む。飲むものは水で良いだろう。

特に悩むことも無く、部屋から出る。すると、隣の部屋から物音が聞こえた。

そう言えば、今日は愚弟が兵藤と松田の二人を家に泊めているのだった。今の時間まで勉強をしているのかもしれない。そうならば感心だ。

何気なく、愚弟の部屋の前で聞き耳を立ててみる。きっと中からは鉛筆やシャーペンが紙を擦る音が――。

 

 

『――あ―っ――駄目―――の―――大き―――イ―う―イ――ぅぅう―――!!』

 

 

思わず、ドアを蹴り開いた。どがん、とドアから鳴ってはいけない音が鳴ったが気にはしない。

 

「「「だァーッ!!???」」」

 

中では三人が三者三様の反応をしていた。

愚弟は普段見たことも無いようなスピードで四角形の箱をベッドの下に投げ込んだ。兵藤は手に持ったリモコンで、ついさっきまで見ていた肌色一色のテレビ画面をスイッチを切ることで黒一色に染めた。松田は叩き割るかのような強さで明かりのスイッチを殴った。

そして、急に運動したことにより三者の口から漏れる荒い息。

 

………。

 

「姉ちゃん!!ノックくらいしてよ!!」

「そ、そうっすよ」

「あ、危うく…」

 

掛ける言葉が見当たらない。

いや、とりあえず。

 

愚弟(ゴミ)兵藤(クズ)松田(カス)

「「「…は、はい」」」

 

 

「 寝 ろ 」

 

「「「…はい」」」

 

 

 




…勘違い、させたかったんや。
という訳でウルキオラさんがソーナさんと接触しました。
いやーなかなかキャラ難しい。

次の話は入学デース。木場君が出るよ。

それにしても、前回の訂正個所の「沸→湧」って結構重要なフラグなんですよ。
それを忘れてどうする、鉄パイプ。


【今回の要約】
駒王学園は悪魔の楽園でした。
まあでも皆キ○ガイじゃなくて内心ホッとしたウルキオラさん。
…ロックオンされてますよー?
あと三馬鹿の呼び方がゴミクズカスになった。



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ウルキオラさん、高校入学

~本日のコラム~
「抑圧される青少年と異常発達した性知識」

近年、性欲と知識を間違った方向へと伸ばしてしまっている青少年の話をよく耳にする。小学生にして稚拙な言葉とは違う、いわゆる隠語を容赦無く口にしている事だって珍しい事では無いかもしれない。原因は当然、インターネットの世界的発達。何かワードを打ち込めばそれだけで情報が得られるネットは、少年少女とさえ呼べてもおかしくはない者達に中途半端な性知識を与え続けた。さらに、それに加えて異性に対する積極性までも中途半端に得てしまった彼らは、微妙なタガの外し方をしてしまい、異性間の交遊から一歩離れた生活を送ってしまう事が多い。青春時代にセックスパートナーを得られないまま成人し、ちょうどその辺りで消極的になってしまった人物こそが「少子化問題」の一角を背負っているのだと述べよう。だが若年より吸収した性知識を抑圧され続けた人物の中には、希にそれを爆発させてしまう者が現れる。犯罪紛いの事を平気で為し、妙な方向に情熱を向ける。
その例として、現役高校生三人にスポットを当てて、考えてみようと思う。


(一部抜粋)




『皆さん、入学おめでとうございます――』

 

 

桜舞う四月の春先。俺は駒王学園に入学した。

 

今年度の一年生の生徒数、総勢394人。男女内分比率は約三対七、数値にして113人と281人。数年前までは百合の花咲き誇る女子校だった名残はしっかりと残っている。

校内には体育館、剣道場など様々な施設があるが中でも気になったのは新校舎の裏に存在する旧校舎。基本立ち入ってはならないとの指定で、それを聞いた馬鹿三人がうずうずしていたのをよく覚えている。

 

 

『この高校が信条とするもの、5つあります。何か分かりますか――』

 

 

五人各々が真新しい駒王学園の制服に身を包み、学園へと向かった先で通されたのは体育館。悪魔の支配下にある学校といえど、入学式は体育館にて行うというのは変わらないようだった。

 

周りを少し見回す。俺の座る位置は全体から見ると左前辺りだ。その席から3つ右へ行った所に。

 

 

「すげぇ…!!美人ばっかりだし…あ、あの壇上の女教師おっぱいデカい…!!」

 

 

早速、妙な事を興奮しながら呟いて周囲の女子にドン引きされている兵藤(クズ)。そしてその幾つかの後ろの席には。

 

 

「そ――女の―――の―V女優―似――ね――わいい―な――」

 

「確か――てる――で―あっちの――くね――?」

 

 

忙しなく周囲の女生徒に目を配りながら遠目でもろくでもない会話をしているのが分かる愚弟(ゴミ)松田(カス)。こちらも間違いなく周囲から避けられている雰囲気が漂う。

 

コイツらは女性と仲良くなる気は無いのか。

 

 

『あなた逹のこれからの学園生活一日一日が良い日となる事を願っています――。』

 

 

学園長が話し終えて、会場全体から拍手が上がる。

そんな中で壇上に座っていた生徒会らしい上級生の1人が立ち上がる。

あの人物が生徒会長か、と意識を向けると偶然その隣の人物と視線がかち合った。

 

 

「……!!」

 

 

知的なイメージを発するレッドフレームの眼鏡。艶やかな黒髪を首元で切り揃え、その顔に貼り付けたるは威厳の二文字。適度に膨らんだ胸部とすらりとスカートから伸びた脚が異性からの視線を惹き付ける。気品、ルックスは上々だが厳しそうな表情が受け付けない等と思う人物も、時折向けられる微笑に骨抜きにされる。

薄桃色の目が一瞬こちらを睨んだかと思うと、その顔がすぐに周囲に向けていた作り上げたような笑顔になった。

確実に警戒している態度だ。

 

 

『続いては生徒会長からの挨拶です――』

 

 

あの女は生徒会長のすぐ隣の席に座っている。つまり彼女は生徒会でもそれなりに高い地位、それこそ「副会長」程の地位という事だ。

生徒会長が何か話し始めたが、気に止めずにその女に探査回路を集中させる。若干靄がかかったように見えるが、その魂の形は確実に人間の物とは違っていた。

勘違いなどではない、彼女が『悪魔』だ。

 

 

「支取、か」

 

 

彼女の名前をぼそり、と呟きながら更にその隣の女性に何気無く視線を移すと。

 

何となく予想は出来た光景があった。

 

 

悪魔。悪魔。悪魔、悪魔悪魔悪魔。

 

現在壇上にいる駒王学園の制服を着ている生徒会メンバー全員から、同じ波長を感じた。

 

(……覚悟はしていた、が…本当に巣窟とはな)

 

今の状況、例えるなら知識を持った賢い鰐(わに)達の巣の中に居座るような感覚。

最初から取って食うような考えをしているワケでは無いとはいえ、新しい学校への入学の門出を人外で囲まれたりしたならば怪しまざるをえない。

 

 

『部活動も沢山ありますし、生徒会への加入も歓迎します。どうか学校生活を楽しんでください――。』

 

 

入学式をそんなありきたりな一言で締める。

学園長と同様に生徒会長は拍手に迎えられながらも椅子に着席した。

新入生が教員の指示に従って動き始める。

 

この入学式の後は、発表された各々のクラスに行っての面合わせだと書いてある。

 

 

 

 

 

「遠いよっ!!せっかくの同じクラスなのに~!!」

 

「大人しく座れ」

 

1学年10クラス、1クラス40人弱。

意図的か偶然か、自分と井上、愚弟(ゴミ)兵藤(クズ)松田(カス)がそれぞれ同じクラスに分けられた。

過ごす場所が同じ、と張り切って1-Dの扉を潜った彼女を待っていたのは教室の端から端ほどまで離れたお互いの席の位置。

 

 

「名字の頭文字を見ろ、近い方がおかしいだろう」

 

「……でも…」

 

 

席順は名前の頭文字で決められる以上、あ行とま行の自分達には絶対的な距離ができる。

 

机に伏せて動かなくなる彼女。そして聞こえる鼻をすする音。

 

 

「その程度で泣くな。餓鬼か、お前は」

 

「だって心細いし!!同じ中学の人、美咲ちゃんしかいないし!!」

 

「他の連中にも声をかけてみろ」

 

 

ぶうたれながら机を叩く彼女を止めて、そんな助言を与える。

渋々周りを見渡すその口元は尖っていて、納得がいってない事を表していた。

教室内に出来上がったグループを順番に見回していく。

自分達と同じ様に中学からの知り合いらしい4、5人の女子の集まり。

肩身が狭い中、気の合った仲間を見つけたかのような2、3人の男子陣。

気力が切れたのか、机に突っ伏す男女数名。

そして―――

 

「ねぇ、美咲ちゃん。あそこ何の集まりだろうね?」

 

「少なくとも近寄るべき集団では無いな」

 

「でも…あの女子の集団に囲まれてるの男子だよね」

 

 

自分達の後方、見目麗しい可愛らしい女子から養豚場の豚のように肥太った女子まで様々な容姿の女子8人が一つの席を中心に円を作っている。

こちらに背を向ける脂肪の塊のせいでその中心がよく見えないが、金色の髪が隙間からちらと見えた。

 

 

「あー、あそこに混ざる…?」

 

「お前一人で行ってこい」

 

「じゃあ行かないっ」

 

 

その時、教室前方の扉を開けてスーツ姿の初老の柔和そうな男性が入ってきた。

それを確認した教室内の生徒逹が指定された自分の席へと戻って着席していく。

 

 

「むー、じゃあ後でね」

 

 

その言葉を背に後方の自らの席に戻ろうとする。

その際、先程多数の女子に囲まれて見えなかった人物が視界に入った。

 

 

笑顔。それも満面の。

 

 

ヘタをするとそこらの女性よりも指通りの良さそうな純粋な金髪をもったその人物。

そんな人物が線を三本書くだけで出来そうな爽やかな笑顔をこちらに向けていた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

横を過ぎ去るが、言葉は無い。

だが、俺はその人物の名前を自身の中で呟いた。

 

 

(――木場、祐斗)

 

 

教室に入る前には既に気付いていたその人物の存在。

名前は気付いた直後に名簿で確認した。隣の教室からそれぞれ幾つかの『悪魔』の存在を感じ取ったが、この教室内では唯一、人間という種族から外れた霊圧を探査回路が示している。

 

自分が着席すると、初老の教師の賛辞の言葉が始まった。

 

その間も奴の視線を何度か感じた。

 

監視、或いは動向の調査を命じられているのだろう。接触もそう遠くは無い。

 

 

 

牽制と挑発。

自分は敵意を、彼は笑顔。

教室で、廊下で、通学路で。

 

会う度、それらを互いに飛ばしあって「早2週間」。

 

やっと事態が動いた。

 

 

 

###

 

 

 

「祐斗、どうかしら?ソーナから来た報告にあった生徒の行動は」

 

「動向に異常はありませんよ。誰かに不審な連絡をした形跡もないですし」

 

「彼女自身に何らかのおかしな点はあった?」

 

「…彼女、勘がやけに強いんです。僕が彼女に視線を向けようものなら、一秒もたたずにこちらに気付いて睨み返してきました。あとは……」

 

「あとは?」

 

「……気のせいのような気もするんですが、彼女が僕の役割に気付いているような気がして」

 

「監視って役割に?つまり祐斗はソーナの報告の通り、グレーだと?」

 

「いえ、学園での態度だけを見るなら、彼女は間違いなくシロですよ」

 

「どういう事?」

 

「…纏めるなら、彼女自身や交流関係は何も問題がありませんけど、無駄に勘がいいせいで僕に反応してしまって…何か余計に誤解を生んでいるような……」

 

「そう…発見して報告したのがソーナだから間違いは万に一つ無いと思うのだけど…」

 

「まあ、数ヶ月も前の報告ですからね。報告の通り『暗示にかかっていた』のなら、もう解けている可能性もあります」

 

「そうね………祐斗」

 

「はい」

 

「ソーナからは『調査は慎重且つ可及的速やかに』なんて言われたけど、両立なんて難しいと思うの。だからね――」

 

「――『速やかに』ですか」

 

「ええ、こうした方がグチグチ悩まなくて済むわ。そろそろソーナが途中経過を聞きに来る予定だけど、構わないわ」

 

「具体的な方法に何か注文は?」

 

「無いわ、好きにやってちょうだい」

 

「分かりました、リアス先輩。行ってきます」

 

「ええ任せたわ、私の『騎士(ナイト)』―――」

 

 

 

 

「――『速やかに』……ね」

 

 

 

###

 

 

 

「こ、これってやっぱり…!?」

 

「な、なぁイッセーさん?お、お、俺ら避けられてないことございませんでしょうか……ッ!?」

 

「や、やだなぁ~そ、そんな事……」

 

 

震え声のまま三人揃って、空いていた中庭のベンチに腰掛ける。

と、同時に隣のベンチに座っていた読書中だったらしい文学少女が、急に立ち上がって、何処かへと早歩きで去っていった。

その少女がある程度まで距離を取ると、急に駆け出して校舎の中へと消えていくのが見えた。

見えてしまった。

 

 

「「「………」」」

 

 

三人が同時に、両膝に両肘を載せて頭を抱える。

ベンチに、脂汗が落ちる。

やけに大きな音をたてて。

 

 

「……なぁ、元浜、松田、俺らが何やったか、振り返ってみようぜ…」

 

「「…おう」」

 

 

三人が同時に顔を上げる。

 

見上げた空は皮肉なことに快晴である。

雲一つ無い大空に心が洗われていくような感覚を覚え、アルカイックスマイルを浮かべる三人。

そして回想が始まる。

 

 

「入学式、当日」

 

「「入学式、当日」」

 

 

「俺らは、同じクラスになった事を心から喜んだ」

 

 

「同時に、周囲の女子のルックスのレベルの高さに大声を上げて喜んだ」

 

 

「思わず、『女子校サイコーォッ!!【自主規制(ピー)】サイコーォッ!!』……と」

 

 

三人の一銭の価値にもならないスマイルが濁る。

鼻と顎が尖って、背後でざわめきが聞こえ始めた。

当然、幻聴に幻覚だが。

 

彼らの回想が次のシーンに移動する。

 

 

「新入生クラス内オリエンテーション」

「「オリエンテーション」」

 

 

「クラス内でグループを作って趣味の紹介をしあう事になった」

 

 

「そして出番はあっと言う間に回ってきてしまった」

 

 

「みんなの前で何か無いかと焦って鞄をひっくり返して出てきたものは、『熟女のこくまろミルク』と書かれたDVDが、三本」

 

 

三人の顔から光が消えた。白眼を剥き、軽い痙攣を発症し始める。

その光景を、昼休みの部活動でランニングをしていた女子数名が偶然見つけ、遠くから悲鳴があがる。

 

だが三人は気付かない、気付く気力が無い。

 

 

「本日」

 

「「本日」」

 

 

「魔が差して―――」

 

 

 

「女子更衣室を―――」

 

 

 

「のぞきました―――」

 

 

最後の元浜の告白の次の瞬間、ゆっくりと、ゆっくりと、三人は同時に地面に崩れ落ちた。

どしゃあ、と砂埃が立ち上る。

 

そして、兵藤が涙ながらに呟いた。

 

 

「―――……バレました」

 

 

 

彼らの希望という名の社会的地位は、本日、シュレッダーにかけられた。

残ったのは、『ゴミ』と『クズ』と『カス』。それと、女子の冷たい視線のみ。

彼らの目から涙と不純物の混じり合った何かがこぼれ落ちる。

 

 

「……なぁイッセー」

 

「……なんだ」

 

「……これからどうやって生きる?」

 

「……死ぬ」

 

「……そうか、頑張れ」

 

 

会話すら成立しない。が、彼らはその事にも気付かない。

今、この瞬間も他の女子生徒に三人が倒れ伏して寝言のように呟く場面を見られている。

陰口と、悲鳴が彼らの耳に入ってくる。

 

 

「……ほら、松田、お前騒がれてるぜ?」

 

「……ははっ、モテすぎてツラいね」

 

「……松田、あの子辺りに告白してみろよ」

 

「……すまないね、俺は心に決めた人がいるんだ」

 

「……そうか、頑張れ」

 

 

彼らのそんな会話モドキはその後、10分ほど続いた。

 

 

 

 

校内に戻った兵藤、元浜、松田の三人は、とぼとぼと自身の教室に戻っていく。

意気消沈、そんな四字熟語を背に抱えて三人は二階の廊下を行く。

沈黙の中、元浜が口を開いた。

 

 

「午後最初の授業…なんだっけ」

 

「確か、倫理」

 

 

松田もまた、呆然としながら答える。

そっかそっか、と首を振りながら適当に返答する元浜だが、その時彼の真横を女子生徒が駆け足で過ぎ去っていった。

 

 

「ん?」

 

 

何気なくその女子生徒に視線を向けると、幾分か先で彼女もまた、こちらを向いていた。

元浜に見られている事に気付き、ひっ、という軽い悲鳴を残して彼女は小走りで随分先に見える教室に駆け込んでいった。

 

廊下を進む三人の脚が、また止まる。

 

 

「なあ、松田」

 

「なんだよ」

 

「もう慣れた」

 

「哀しきかな、人間の性だな」

 

 

そうとだけ呟くと、彼らは何事も無かったかのように歩き出した。

 

この学校内で今の彼らを認める女生徒がどれほどいるだろうか。

駒王学園現一年生の男子生徒の評判を崖から落ちるような速度で貶めている彼らの事を。

 

 

(姉さん、と……真紀ちゃんは…どうだろうな)

 

 

元浜の頭に浮かんだ二人は、同じことを考えた他の二人と全く同じ人物だった。

 

彼らからは、厳しくありつつも気にかけてくれてきた姉的存在と、無償の善意を常に此方に向けてくれるアイドル的存在の彼女達は救いの光も同然だった。

入学して早2週間、ほぼ毎日のように肩を並べて下校してくれる二人の女子。

 

彼女達がいるだけで、まだまだ彼らの学園生活は暖かい色を保ったままでいられる。

 

 

何気なく溜め息を漏らすと、偶然隣の二人の溜め息と重なった。

思わず顔を見合せ、小さな笑いが込み上げた。

姉達だけではない、隣の二人のような悪友だっている。

 

 

「ははっ……教室に戻るか!!」

 

「そうだな!!」

 

「また先生に目を付けられるのも御免だしな…!!」

 

 

肩を叩きあって、笑顔で慰め合う。

彼らの『前科(ノゾキ)』が無ければ、そこには美しい男同士の友情があったと言えよう。

 

ちょっかいを掛け合って、ふざけながらまた廊下を歩いていく。

 

 

 

これで、彼らの友情のお話は終了―――

 

 

 

 

 

「――……お、あれ美咲お姉さんじゃないか?」

 

「…ホントだな、声掛けようか」

 

 

三人の歩く先の階段、そこを昇っていく翡翠色の目をした黒髪の女子が見えた。

松田が気付いて上げた声を筆頭に他の二人も気付く。

 

 

「おーい!!姉さ―――」

 

 

 

手を挙げて、声を掛けようとした次の瞬間、気付いた。

 

 

 

彼女の隣を歩いていた、金髪の、イケメンに。

 

 

 

「「「…………」」」

 

 

それぞれの体勢で固まる三人。ビシリ、と石の固まるような効果音まで聴こえてきそうな、見事な固まり具合だった。

 

そして、二人が階段を昇って上の階へと消えていってから約10秒後。

 

 

「あれ木場じゃね」

 

「あれ木場だな」

 

「間違いなく木場だな」

 

 

先程のように三人の視線が混じり合う。

 

彼のイケメンの事は既に三人の間を伝わっていた。

数日前に井上が話に出していて、一度その面を拝みにいったことがあるからだ。

後光が見えそうな程の眩しいスマイルを直視出来なくて、すぐに退散したが。

 

そんな校内1のイケメンとして崇められる男子が、元浜美咲と隣り合って歩いていたのか。

その理由を、彼らは知る由もない。

 

だが、彼が、元浜美咲と隣り合って歩いているだけで、彼ら三人の心は一分のズレもなく合致した。

 

 

 

―――イケメン死すべし、慈悲は無い

 

 

 

 

「追えェェェェェェェェェいッッッ!!!」

 

「逃がしたら殺すッ、逃がさなくても殺すッ!!」

 

「タマぁブッ潰せェェェェッッッ!!???」

 

 

三人は同時に剛速で駆け出す。

両腕を脚と共に振り切る短距離スプリンターの走り方。

彼らの上靴が硬質ゴムの地面を蹴る度に、タッタッタッタッ、と弾くような小気味の良い音を廊下に響かせる。

追跡者、猛禽類のような目をした男子三人が、同じポーズで廊下を駆け抜けていく。

それはまるで獲物を追い掛けるチーターのようであったが、三人が同時に脚を上げて走るという点が気味悪さと不気味さと一種の美しさを醸し出していた。

 

彼らが地面に『2』と書かれた階段に辿り着く。

が、そこに目的の男の姿は無い。

彼らは同時に歯軋りを立てる。

 

 

「階段目の前、12段。折り返して、11段」

 

「「応!!」」

 

 

松田の冷静な分析の声に、二人は揚々と返事を返す。

また同時に動き出し、階段を駆け上がる。

二段、二段、二段、二段。快調に間の段差を飛ばし、全力ダッシュのスピードのまま、一階の踊り場へと出る。

そのままの勢いでは踊り場の壁へとぶつかることは免れないが、彼らに恐れる気持ちは無い。

それどころか、ぶつかる気すらない。

 

 

「「――――ッ!!!」」

 

 

外側を走る兵藤と中側を走る元浜が前に躍り出た。

速度は極力殺さない。

前へ突き出した二人の右足が、踊り場の中央を力強く踏み締める。

 

その一歩。

その一歩で次の階段へと跳び移るべく、右足が限界まで曲がっていく。

 

 

まるで、アルファベットの「V」のように。

 

 

限界まで引き絞られた右足が、爆発する。

その右足の爆発は二人の狙い通り、左足を次の階段へと発射した。

それと同時に内側を走っていた松田が豪快に手摺を飛び越え、また三人の肩が何事も無かったかのように並ぶ。

二段、二段、一段ととばしてその階段を昇りきる。

 

そして、三人は地面に『3』と書かれた階層へと出た。

(イケメン)の姿は、無い。恐らく屋上へ向かったのだ。

 

三人が、上の階層への階段を仰ぎ見る。

 

 

「階段目の前、12段。折り返し、14段。踊り場に5名の女生徒を確認」

 

 

二度目の松田の分析、それを聞いた二人は跳ねられたように動き出す。当然松田も二人と同時に階段へと脚を伸ばした。

 

二段、二段、二段―――。

 

そこまで行った所で、踊り場で楽しそうに話す集団が見えた。

見事なまでに進路を塞いでおり、彼女達の間の僅かな隙間を通り抜けるのは至難の技、否、ほぼ不可能に近い。

 

だが彼らは止まらない。それどころか走る速度を上げている。

 

そして、外側二人の脚が二度目の踊り場の床を踏み締めた。

その瞬間。

 

 

「イッセー!!スライスインッ!!元浜ァ!!ヒッチッッ!!」

 

 

指示が飛んだ。

 

それはあるスポーツの走行ルートを示した単語であった。

聞いた兵藤と元浜の脳内に記憶と電気が流れる。

松田の指定した走行ルートが二人の頭の中に光の道となって浮かぶ。

 

 

刹那、その踊り場の空間の流れが遅く見えた。

松田が、先程のように手摺を両足で飛び越える。

元浜が、体勢を低くし、手摺にもたれ掛かる一人の女子の下腹部の寸前を抜ける。

兵藤が、中央の女子二人の眼前をジャンプしながら飛び抜け、奥の女子の周囲を高速で周って抜ける。

 

何かが飛び込んで来て驚く女子達、その顔が非常に可愛らしく、撫でて揉んで写真を撮りたくなったが、今はそんな場合では無い。

 

 

加速が終わる。

三人が残りの14段の階段に辿り着いた時、やっと5名の女子が自身の周囲を通り抜けた者の正体に気付く。

が、もう遅い。

 

彼女らが悲鳴をあげて階段を下っていく頃には、三人は最後の階段を昇り終えていた。

 

後は、目の前の屋上へのドアを開くのみ。

 

 

 

(姉さん――姉さん―――姉さんッ!!)

 

元浜は姉の安否を心配する。校内1のイケメンと歩いていただけなのに。

 

 

(イケメンスレイヤーとしての仕事はただ一つッ!!)

 

松田はこの扉の向こうにいる筈の(イケメン)に殺意を向ける。

 

 

(…ノリで付いてきたけど、どうしよ、退き所を完全に見失ったし)

 

兵藤は、その場のノリに乗ったことを後悔していた。

 

 

 

三人は違う思いを抱えながら走る。

その半開きのドアの向こうへ。

行くのだ。今行かねばいつ行く。

 

ドアノブへ、手を伸ばす―――

 

 

 

「がッ!!???」

 

「もべッ!!!??」

 

「ぺぽッ!!!????」

 

 

が、その手は見えない壁に防がれ、三人は勢いそのままそれへと衝突した。

 

衝撃に耐えきれず、床に倒れていく。

 

そして、仲良く気絶した。

 

 

 

###

 

 

 

「何か、今悲鳴が聞こえた気がしたけど…まあいいか」

 

「……」

 

「見えるんだね、この結界が」

 

「……」

 

 

昼休み、目の前のこの男に「話がある」と連れ出された。

その時、教室内がやけに騒がしくなった気がしたがそんな事はどうでもいい。

 

 

「うん、人払いも済んだし…本題、いいかな?」

 

 

そう、結界。

強固そうな練り上げられた薄い魔力の壁が屋上の出入口からフェンスまで全体を覆っていた。

虚閃でも壊れない、ましてやタックルなどでは傷一つつかないような結界。

 

 

そして人払い。

俺を単体で呼び出し、そんな大層な物を使って屋上内で半拘束状態にする。周囲の目立った反応はこの男だけらしいのだが。

 

 

「帰りたい、と言ったらどうする」

 

 

完全に仕掛けて来ている。

 

そう話すと、男――木場祐斗は困ったように首を傾げ、笑顔で挑発してきた。

 

 

「やだなぁ……ソッチも乗り気だったクセに…」

 

「仕方無いから付いていってやっただけだ、勘違いをするな」

 

 

互いの距離は5m程度空いており、武器でも無ければこの男に先制の手は無いだろう。

右足を半歩下げ、拳を握る。

即座に首を取る、とまではいかないがこれで正面からの攻撃には対応できる。

 

 

「女の子にしては喧嘩っぱやくないかい?もうちょっと穏便に、さ」

 

「ならば、何の為にここに呼んだ。世間話をしにきた訳でもないのだろう」

 

 

ぶっきらぼうにそう返して、相手の神経を煽る。

ペースを掴まれていると察したのか、木場はまた困ったようにしながら息をふぅ、と吐いた。

 

 

「……じゃあ、率直に聞くよ。君は誰から指示を受けてここに居るのかな?」

 

 

そう言いながらこちらを睨み付ける。

その顔には、笑顔は無い。冷たい、射抜くような視線だった。

 

悪魔達はどうやら、俺が別の何らかの勢力に属している可能性を探っているようだった。

そんな質問、ハッタリをかます価値もないのだが、誰が正直に伝えるものか―――

 

 

「――俺には何の事か分からないな」

 

「……!!」

 

 

木場の眉が何かを訴えるようにつり上がる。

その脚が、こちらに一歩近付く。

 

 

「……ここが、悪魔の領域(ナワバリ)だと知っているのかい?」

 

 

話す木場は少し苛立ったようにも見える。

 

 

「当たり前だ、そんな事に気付いていないと思ったのか?(ゴミ)が」

 

「……」

 

 

煽れば煽るほど、敵は怒りに身を任せ、こちらに手を出したくなる。

手を出させれば、後は簡単だ。

響転(ソニード)によるカウンターを叩き込んでやればいい。

 

 

「話は終わりか?俺はもう行くぞ」

 

「……」

 

 

そう言って背中を向けて去ろうとする。

結界がある以上は脱出は難しいが、今は煽る事に意味がある。

 

何でもいい、相手がこちらに明確な危害を加えようとさえすれば―――

 

 

「――いい加減にしてくれないかな」

 

 

木場に、突然肩を掴まれた。

それも前に現れて、眼前から掴まれた。

思わず身を引こうとしたが、肩を掴んだ手がそうはさせない。

奴の浮かべている笑顔がやけに悪意を含んだモノに見える。

 

高速移動、だが瞬歩よりは遅い程度の速度だった。

これがこの男の持ち味なのだろう。

驚異的な速度を見せて、ある程度の反抗精神を削ごうなどという算段だろうか。

 

 

(まぁ、無意味だがな)

 

 

響転(ソニード)を使って、木場の背後に移動する。

そして奴が気付くと同時に奴の頭蓋を軽く掴んだ。

みしり、と少し軋ませながら話す。

 

 

「その程度か?」

 

「………!!」

 

 

今度こそ驚愕する木場。

だがそれもほんの一瞬で、すぐに平淡な顔に変わる

一周して、彼は逆に落ち着いたような様子で話し始めた。

 

 

「……驚いた。君の、その力は神器(セイクリッドギア)なのかな?」

 

 

神器(セイクリッドギア)。一度だけ耳にした事はある。

いつかの天使が持っていた派手な装飾が付けられた槍のような物質の総称なのだろう。

だが、その近辺の情報は皆無なのだ。

 

答えようが無く、黙り込む。

 

 

「……君はホントに人をからかうのが上手だね」

 

「お前は人じゃないだろう?」

 

「違いない……ねっ!!」

 

 

木場の手元が一瞬光るのが見えた。

そして、風を切る音と銀色の反射光。

咄嗟に頭から手を離し、奴から離れる。

 

「…君、ホントに人間かい?色々人間を超越してるんだけど」

「失礼な男だ、どこから見ても人間だろう」

 

木場が振り返り、得物を確かめるように振り回している。

その正体は、西洋剣。

刃渡りは約1m程あって、片手で取り回せる程の重さのようだった。装飾と相まって軽い美術品のようだが、潰された刃が台無しにしている。

 

「うん、じゃあ君が神器(セイクリッドギア)を持っているのが分かった所で…」

 

木場は静かに剣先をこちらに向ける。

 

 

()ろうか?」

 

 

依然としてその顔は、笑顔。

 

 

 




今回、真剣な戦闘回の前の話なのにやけにギャグが多い話になってしまった。
き、気付いたらドアに衝突するくだりまで書いてたし…。

なんとか原作キャラからヒールな雰囲気を出してもらいたいのだが、やはり難しい。


コラムは適当に浮かんだ単語を並べただけなんで、(一部抜粋)も単なるギャグです。
だから問題ないよ!!



【今回の要約】
風雲悪魔学園に入学したウルキオラさん。
だが、そこで仕掛けられる一人目の刺客、木場祐斗。
次回、戦いの火蓋が切って落とされる。
あ、頼むから三人組はおとなしく寝てなさい。



※訂正
384人→394人
木場君→祐斗
早急に→速やかに


※訂正2
181人→281人
ッ~~~~(バンバンバンヒィッ


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ウルキオラさん、騎士と戦う

ヒャッハートウコウダァーォ

1ヵ月以内には投稿できました。
う、うん、当初の予定通りだし…うん。

ちなみにですが今回のお話、おそらくすぐに訂正が入る事になります。
自分で書いて違和感を感じる箇所があるのですがそこに気付けないのですよ。

だからいっぺん「読み手」視点に回って違和感を感じ取ろうと思います。


ちなみに前話の訂正は明日の晩に入れます。



 

「……リアス、貴女…」

 

「ソーナ、この件は大体終息するわ」

 

「いや、そういう問題じゃないのよ…」

 

 

オカルト研究部。

駒王学園旧校舎を拠点とした胡散臭げな部活。

その部室と言える調度品の揃えられた端正で落ち着いた部屋で二人の悪魔が向き合う。

 

 

「いい事?貴女は私が掛けた半年を一日にして潰しかけているのよ…?」

 

 

ソファーの背凭れに疲れたように後頭部を載せる女性、支取蒼那。

腕と脚を組み、堂々とした態度で支取と向き合う女性、リアス・グレモリー。

当然とも言うべきか波風を立てずに調査をしてきた支取は長年の付き合いの赤髪の女性に怒った。昔から大胆な所は度々見掛けていたが、今ここで大胆にならなくても、と静かに怒りを燃やしていた。

しかし一度は興奮して怒鳴り付けようとしたものの、気疲れからかそんな気も失せたようであった。

 

 

「片手間で、でしょ?」

 

「確かに片手間だったけど…忙しかったんだし、雑兵並の扱いの人間に四六時中本気で監視を向けられる程私たちは暇では無いでしょ?」

 

 

ジト目で視線を反らすリアスに支取の青筋かピキリ、と立てられるが押し込んで返答する。

 

 

「暇じゃぁ無いけど……やっぱり慎重すぎるわ。石橋を十分叩いて確認してから渡るのは結構だけど、そんなんじゃ調べるのに一生掛かるわ」

 

「だからといって、安全な鉄橋を作るために毎回わざと石橋を壊しに行く貴女の思考の方が分からないわよ……ちゃんと大人しく、大胆に行ってちょうだい」

 

「……ごめんなさい、意味分からないわ」

 

 

噛み合わない意見。

落ち着く為に二人してテーブルに置かれたティーカップに手を伸ばす。が、中身が無いことに同時に気付いて顔をむっ、としかめた。

リアスが部屋を見回すが、求める人物は見当たらない。何か他の物を用意しに行ったのだと判断し、空になったティーカップを弄びながらその人物を待つ。

 

 

「……リアス、貴女なりにバックの敵勢力の分析を聞かせてくれないかしら」

 

 

ドアをちらちらと見ながら追加の紅茶を待つ支取が言う。そしてリアスが特に気にする様子も無く答えた。

 

 

「…貴女は、彼女を叩いたことで不用意にバックの勢力に攻められる事を防ぎたいのでしょう。だったら安心して平気よ。あの元浜とか言う生徒には、『何の勢力も付いていない』」

 

「どうしてかしら?」

 

「そう聞かれると、半分は勘と答えざるをえないけど…まぁ根拠は送ってくれた報告書の近辺情報と、最近のこの街の外勢力の調査と、祐斗自身からの報告ぐらいね」

 

 

リアスが乱れ一つ無い髪をかき上げる。男が見たらそれだけで見蕩れる色気のある動作だが、生憎この部屋には女性しかおらず、近しい男性もこの程度の事には全然反応しない。

 

 

「出生は至って普通。それに少し異常なのは身体能力程度で、それも神器を持っていると取れば別段怪しいことでも無い。張本人の戦闘能力だって神器を持っている事を考慮に入れても祐斗に勝らないと予測するわ。それに…」

 

「それに?」

 

「彼女は完全に、組織の一員として動いている感覚がゼロよ。監視を警戒しているといえばいいかもしれないけど、鉄砲玉人員が無理せず潜んでるなんて私達に飼い慣らされたいと言っているも同然じゃない」

 

 

そこまで話したところで、二人の耳に足音が届く。片目だけを開いてウィンクしながら顔を見合わせる二人。

もう少しで紅茶が来る。

 

 

「………まあ、予想は私と同じ『シロ』と。バックの存在が私と生徒会の勘違いというのも同じという意見か。……というか貴女、よく考えたらシロだと半ば確信しているのにわざわざ木場君にちょっかい掛けさせたのね。木場君とその辺りの議論はしなかったの?」

 

「ん、ちゃんとしたわよ。でもわざとシロかクロかぼかして彼女の元へ向かわせたわ」

 

「……わざと、って」

 

 

そこまで聞くと、リアスは親指を除いた四本の指を立てた。

 

 

「怪しいと認識して、近辺調査をして、議論材料を集めて、最もそれらしい仮説を立てて……今ここよね?これで大体推理の完成度は80パーセントくらい。別にこのまま例の生徒が怪しいかどうかの推理を終了しても良いのだけど……残りの20パーセント、折角なら埋めて確定情報にしたくないかしら」

 

「本人に聞いて完成、ということ?そんな無茶苦茶な……」

 

「貴女は毎度慎重すぎるわ。仮にその80パーセント(シロ)がハズレで敵勢力が付いていたとして、更にそれらの勢力がここに攻めて来たとしても落とせる訳が無いでしょう?ここを誰のお膝元だと思っているのよ」

 

 

ティーカップを弄んでいた手を再び胸元で組んで自信を表現する。腕を組む度にグラビアのようにその巨乳が自慢するように押し上げられて、制服が悲鳴を上げているように見えるのだが、本人に自覚があるかどうかは不明である。

一段と疲れたような動作で支取が言う。

 

 

「『王に必要なのは慢心に届く程の自信、そして三手先と最悪を想像できる頭。』と言うことね」

 

「………誰の受け売りよ、そのダサいの」

 

「生徒会で押収したある男子の軍略漫画の脇役。意外と面白かったわ」

 

「貴女、忙しいとかどの口でほざいたのよ」

 

「……ちょっとしたユーモラスよ」

 

 

支取も同じように腕を組むが、その胸は一部を残して押し潰された。彼女もちゃんと胸はあるし、その光景も魅力的なのだが、何分周囲の女子の脅威、或いは胸囲が良い意味で酷い。

そうして空気が和らいだ頃、聞こえていた足音がようやく部屋の前まで来て、止まった。

 

 

「…でもリアス、流石に戦闘能力が木場君より低いと言ったのは予想外だったわ。確かに鉄砲玉だけど……それでも彼女、恐らく神器持ちよ?」

 

「あら、ソーナ」

 

 

リアスが可笑しな物を見たように笑う。

 

 

「私は、確かに『相手側になかなかに強力な神器がある』『日中に悪魔は少し身体能力が落ちる』という事を考慮に入れた上で祐斗の方が強いと言った筈よ?」

 

 

扉がコツコツとノックされる。

だがリアスは少し数秒黙って少しだけ話を止めるとまた話し出す。

入ってよい、とのサインなのだろう。

 

 

「それにソーナ、貴女が言ったじゃない。『王に必要なのは慢心に届く程の自信、そして三手先と最悪を想像できる頭。』だって。彼がどれ程不利な状況に追い込まれたって、心配することは無いわ」

 

 

扉を開き、ティーポットとスコーンの載ったトレーを片手に載せた女性が現れる。

馬の尾の様に結んだ黒髪、大和撫子と言い表せるかのような上品な雰囲気、リアスとも並べられる程に膨れ上がった豊かな胸。

 

 

「彼は私の『騎士(ナイト)』だもの、ね?」

 

 

リアスが入ってきた女性にウィンクと笑みを飛ばす。

本当に心配の欠片も無い、その心で言い放った。

 

女王(クイーン)』は返すように優しく微笑んだ。

 

 

 

###

 

 

 

(―――此方に武器は無い。いつかの天使は武器こそ持っていたが半分以上冷静さを失っていたから手玉に取れた。だが―――)

 

 

逐一、反応できる様に身体をゆらゆらと動かしながら思考する。

春先の昼過ぎの屋上は日差しが中途半端だが晴れ空の下で、しっかりと暖かさを持っていた。

そんな天候の中、自分は目の先に立つ男を注視し続ける。先程から隙あらば懐、手元、目元、顎などの有効部位へ拳を叩き込もうと考えていたのだが。

 

 

「………」

 

 

微動だにせず、ただ西洋剣を構える木場。例えるなら澄みきった水面、張り詰められた弦。過度な興奮もせず、殺気立てもせずにいるその姿には一人の戦士としての風格があった。

 

リーチでは相手に分があるのだから、基本的には大振りの攻撃をかわして行動不能になる程の一撃を叩き込む事を狙いたい。

だが、木場は待ちの一手。隙を微塵も見せずに武器と併せ持って広い制空圏を作り上げながらこちらを待っている。

 

 

(……『戦ろう等と言った割には臆病だな』とでも煽った方が良いだろうか)

 

 

睨めっこは続く。視界の中心から木場の好戦的な笑みがなかなか動かない。

考えていた事を実行に移そうか、と考えた時、不意に木場が苦笑を漏らした。

 

 

「『戦ろうなんて言った割には臆病』とでも言いたげな顔だね」

 

 

見透かしたようにそんな言葉を言う。

いや、もしかしたら顔に出ていたのかもしれなかったが、少し不愉快に感じた。

 

 

「まあこうしているのも飽きたし、ね」

 

 

言うが早いか、木場は西洋剣の柄を両手で握り直し、そのまま下手に構えた。

仕掛けるのだと確信し、自らも小さくファイティングポーズを取る。

 

そして、木場が動く。

構えた得物をそのままに強く地面を蹴りだし、こちらに襲い来る。

 

下手に構えられた迫り来る銀色が光を反射した時、ふと思った。

 

 

(少し、遅いな)

 

 

木場のポテンシャルを全て知らない自分だがその動きはやけに緩慢に見えた。

 

 

―――た、た、た、たんっ

 

 

一際力強い足音と翻りを見せる木場の手の中の銀色。

手が届かない、剣の間合いから迫る木場の攻撃。

 

一本目、下から上へ振り上がる木場の剣線。一歩後ろに跳んで危なげ無く回避。

二本目、振り上げた鋒が弧を描くように襲い掛かる。半身を反らしながら横に跳んで回避。

三本目、避けた自分を追うように横薙ぎが迫る。身体を捻りながらまた背後に飛び退いて回避。

 

そして四本目は――――突き。

 

 

「―――馬鹿が」

 

 

得物を手にした腕を引く動作をした木場に思わず呟いた。

後退すべく入れていた両方の太股から力を抜き、咄嗟に脹ら脛と踵に全力を込める。力を入れた脚で地面を噛んでいると自然と前傾姿勢になっていく。

木場の腕と自らの脚が引き絞られ――

 

そして、突きが放たれる。

 

その瞬間、両腕に霊力を込めながら、突きの正面へ飛び込んだ。

木場が想定していなかったかのように目を見開く。

当然ながら凶器は自分の身体へ直進するが、当たってやるつもりは微塵も無い。

 

空気を裂いて突き出された剣を身体を捻るだけで避け、更に一歩。

それと同時に顔面の横を走る剣筋に、撫でるように手を添えた(・・・・・)

もう木場との距離は、歩幅一歩強。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

更に踏み込んだ。木場から息を呑む音を聞く。

剣身に添えた手で側面を撫でながら押し飛ばす。これで反撃の芽は潰れる。

素早く空いた拳を握り込む。あとは簡単だ。

 

 

「持っていけ」

 

 

霊力で硬化した拳で、全力で顔を殴り抜いた。

拳が一瞬、肉を打つ生々しい感触を覚える。

 

 

「ぐ…っ!?」

 

 

木場が吹き飛び、地面にたたらを踏みながら数m先に着地した。

だが、剣を手放さないのは流石というべきか。

 

 

「痛いなぁ…」

 

 

殴った筈のその顔に何故か痕は無かった。

木場がこちらを向く。その表情には焦りのような呆れたような、苦笑いが浮かんでいた。

剣を手にしていない方の手を握ったり放したりしているのを見たところ、その手で辛うじて受け止められたようであった。

 

 

「……ホントのホントに人間?」

 

「人間だと言っている」

 

 

前世は人外だったが、と内心で呟く。

落ち着いたのか木場はまたその手の中の長剣を構える。

 

 

「刃が潰してあるとはいえ、剣に真っ直ぐ突っ込んでくる程の精神力を持った人間って……ねぇ、今まで見たこと無いよ」

 

「……」

 

 

それが自分には隙に見えただけだ、とまた内心で呟いた。

確かに『突き』は、向けられる側からは線ではなく点にしか見えない。それに出せるスピードも威力も高い。

だが、槍ならいざ知らず西洋剣で突きをされても大して驚異には見えなかった。

突きにおいて恐れるべきは、手数。避けても避けても糸口の見つからないまま次なる連撃が襲い掛かり、最終的には身体に穴が増やされる。

西洋剣での突きは、その重さ故に手数が多いという点を生かせない。

突きを次の技の布石にすると言うなら別だが、今のこの男。

 

 

「…木場」

 

「なんだい?」

 

「まだ小手調べのつもりか?」

 

「……君はあれか、『全力で戦わないと萎える』なんて理不尽な人種なのか?」

 

 

木場は溜め息を吐いた。

予想の通り、まだ本気では無かった。

動きが遅く見えたのも、高速移動を使わなかったのもそれが理由らしかった。

 

 

「…まあ僕の役割は『監視』だからね。対象を傷付て重傷に追い込んじゃったら本末転倒だし…」

 

 

だったら何故監視対象にわざわざ接触したというのか。

その疑問の答えはすぐに返ってきた。

 

 

「とはいえ僕のこの役割も君との接触を終えたら恐らく終了なんだけどね」

 

「……終了?」

 

「元浜さんの実力の調査。君が全然戦闘能力らしいモノを見せてくれないから、もう見てこい、だってさ」

 

 

そう言うと木場はまた構える。

だが、その雰囲気が先程と少し違う。

全身の筋肉に力が込められ、更に得物を肩より少し高い位置に構えた様子から得られるイメージが『静かに佇む猛獣』に変わった。

スイッチが入ったのだろう、先程のは軽いウォームアップだと言わんばかりの闘気だった。

 

 

「ほら、構えなよ。うっかり重症を負わせてしまうかもしれない」

 

「本気を出すのか」

 

「嫌だったんだろう?手加減されるのは」

 

「………」

 

「いいよ、君もある程度の無茶は省みないみたいだし、それなら―――」

 

 

木場が、身体を屈めた瞬間。

 

姿が消える。

 

 

「―――無茶、させてあげる」

 

 

探査回路が、己の背後に反応を示した。

そして風切り音。

 

咄嗟に背後に視界を広げつつ、風切り音の元をしゃがんで回避。

しようとした。

 

 

振り返った先の視界。木場が既に剣を振り抜き終えていた。

束ねていない自らの黒髪が拡がって、そして。

 

落ちた(・・・)

 

 

「―――ッ」

 

 

瞬時に響転でその場から離れた。

自分が先程までいた位置に目を向ける。

タイルにばさりと落ちる中途半端な斜めの切り口の髪。両肩を見ると斜めに斬られたせいで右側から左側に行くにつれて髪の長さが短くなるという微妙な髪型になってしまっていた。

 

 

「髪を切り落とすつもりじゃなかったんだよ、ごめんね」

 

 

木場は謝りながらも平然と此方を追い掛けてくる。

憤りが微かに起こったが唸りを上げて振るわれる剣の前ではすぐに吹き飛ばされた。

髪を一刀のもとに切り落とせるなら刃潰しの意味は一体なんだったのか。

 

 

「避けていなかったら死んでいたぞ」

 

「ほら、そこは避けてくれると信じて、ッね!!」

 

 

空気を裂く鋭い音を載せて剣が振るわれる。

悲鳴を上げる程に身体を軋ませながら、全力でかわす。

自分が回避行動に移ればその後、一瞬の間も置かずに木場の斬撃は通過していく。

移動速度こそ辛うじて此方が上だが、奴の得物を振る速度がその差を埋め、更に此方に無茶を強いてくる。

かわす度に見える木場の表情が先程の攻撃は様子見であったのだと語っていた。

 

自分の響転、木場の高速移動、そして風切り音。

木場が駆ければ此方が逃げ、それを追い掛け木場がまた駆ける。

数を重ねていく内に一種の鼬ごっこが展開された。

 

隙など見つからない。

探している暇も木場の行動が続く内は無かった。

 

 

「君の神器は速く動けるだけかッ!!」

 

 

木場から声が飛ぶ。

声のトーンとは裏腹に、表情も動きもその剣線も冷静なままであった。

 

確かに指摘された通りだ。

此方の攻撃らしい攻撃は最初の拳のみで、それ以外は全て実行に移す前に抑えられている。

素手の相手に対する対処に慣れているのか、隙を突くのがかなり難儀なのだ。

剣さえ手から弾き落とせばあとは勝つ打算があるのだが、それも隙自体が無ければ実行には移せない。

 

 

「―――チッ…!!」

 

 

今こちらの隠し札は『虚弾(バラ)虚閃(セロ)』と『霊子を固めて空中に立てる事』の二枚。

ただし現在の威力の低い虚閃や虚弾を単体で使っても隙など大して出来ないだろう。

それに霊子を固めて空に立つ、というのも悪魔という翼を持った種族に対してでは有効なカードとは言い難いだろう。

 

『組み合わせ』『確実に隙を作り』『木場の剣を弾き落とす』方法を探さなくてはならない。

 

 

「シッ!!!」

 

 

木場の剣が制服の袖口を裂き、ボタンを弾いた。リズムは変わっていない。あちらが動き、剣を振るい、こちらが避ける。

なのに徐々に木場の攻撃が身体の節々を掠り始めている。

自分では分からないが、木場から見ればこちらの速度が落ちているように見えるのだろう。

 

太股に触るとかなりの熱を持っていた。

響転という身体が軋む程の動きを人間の身体でしていたのなら当たり前かもしれないが。

 

 

「………!!」

 

 

また避ける。

木場に対して正面を向きながら背後に跳んだ。その瞬間、胸ポケットが、かさり、と鳴る。何か小物が擦れあうような音。

 

そしてそれを聞いてある事を思い出した。

 

 

(……胸ポケットに入った物、使えるか?)

 

 

咄嗟に思い、木場に向き合いながらその胸ポケットに手を入れた。

木場がそれを見て、やっとか、といった表情になった。そして怪しげな行動に対処すべく身構えて停止した。

 

胸ポケットにはそれが五つ入っていた。

そして、ある事を思い付く。

 

 

(これで油断を誘えたなら、力を叩き込み易くなるか)

 

 

浮かび上がる穴だらけの打開策。実行に移すには懸念材料が多いというのに頭を渦巻き始める。

まだ見せてはいない二枚のカードも使う事になる、不確定要素の多い策であった。

 

場の空気が滞る。

木場は停止したまま、此方の指先を睨付ける。

双方が一歩も動かずに互いの一挙一動を見逃すまい、と固まって見つめる。

 

 

 

胸ポケットに感じる五つの感触の内、三つを握り込んで取り出す。

 

そして、それらを投擲した。

 

 

「飛び道具…!!」

 

 

元より構えていた木場は、焦りもせずに自分に向かい飛んでくる三つの物質を切り落とした。

パパパキッ、という木場の剣の速度を知らしめる、ほぼ繋がったような切り落とした音。

だが、切り落とした三つの物質から桜色の破片が幾つとなく吐き出された。

 

 

「神器、じゃないのか?魔力を感じない」

 

 

飛び散ったそれを目で追う木場。

今度はその背後に回り込みながら、ポケットの中の残りの二つに手を伸ばした。

 

 

木場がそれの発する微かな甘い香りに気付く。

 

 

「飴か…!?何故……」

 

「正解、オマケをやろう」

 

 

アセロラ味の桜色の飴。

連続して響転をしている最中にやたら胸元でカサカサと揺れたその存在。

井上が昼食後に「健康に良い」などと言って毎日押し付けてきた物であった。

毎日食べて飽きたので数日前から食べずに胸ポケットに保存していた物をここで使った。

 

叫びながら振り向く木場に刺さるような速度で投擲する。

だが、そこに当然隙など生まれていない。

 

 

「…けど飴なんか牽制にもならないよ」

 

 

より一層冷静に、飛び来る赤い包を弾き落とす。また桜色の飴の破片が木場へと降り掛かる。

 

その瞬間に、この闘いで初めて空中へと跳んだ。

 

木場の頭上10mの地点まで一気に跳ね上がると、昼時の太陽が背中一面に降り注ぐ。

そして木場の口元が動いた。

 

 

 

「―――馬鹿だね」

 

 

皮肉だろうか、先程の自分の言葉とトーンが同じだった。

何も入っていない(・・・・・・・・)ポケットに手を入れながら、ああ当たり前だな、と思う。

確かに空中は戦術的に有利な場所と言える。敵対者の行動の全容を把握でき、更に飛ぶ術を持たない者に対しては一方的に攻撃が出来るだろう。拳銃だって上から下に撃つのと下から上に撃つのでは当然前者の方が当たり易いと思える。

 

だが、自分の相手は『スピードを得意とする人外の剣士』である。

優位など無いに等しい。

 

 

「ワザワザ避け難い空中に逃げるなんて」

 

 

木場もまた空中に跳ぶつもりであろう、身体全体を少し屈めた。

 

 

ここ。ここが一つの分水領。

 

ポケットの中で握り込んだ拳を、振りかぶらずに突き出した(・・・・・)

 

 

「……そうやって馬鹿の一つ覚えのように投げて、意味があると思って―――」

 

 

木場がもはや牽制など無視、といった風に腰の高さで剣を構えた。

 

それは俺が『また飴を投げる』のだと思い込んでいるようで。

今までの行動からして弾くまでもないと判断しているようで。

 

 

恐らく、成功した事を確認する。

 

 

木場が跳ぼうとする一瞬、突き出した腕に霊力を集中させた。

 

そして、手を開く。

 

 

虚弾(バラ)――ッ」

 

 

手から放たれたのは、明るい赤の玉ではなく塗り潰すような濃い黒の弾。

それが飴玉の十数倍の速度で木場へと降り注いだ。

それを見た本人の顔が、頭で思い描いたような虚を突かれた表情と化す。

 

 

「飴、じゃ、ないッ――!?神器かクソッ――!!」

 

 

咄嗟に初弾を切り落としたがそれ以外に二、三十発はある虚弾を初見で全て受け切るなど到底不可能。

木場が迫り来るそれらから身を守るため、腕を頭の上で組んで耐えようとする。

 

 

「…神器など知らないと言ったがな」

 

 

空中の霊子を固めてその上に立ち、直下を眺める。

丁度木場の腕や地面に虚弾が着弾するのが見えた。今のあの木場の状態、隙が出来且つ剣を持った手を突き出していて且つ、自分が攻撃を叩き込める。

これが突然の思い付きで出来上がった猿の浅知恵の先に描いた理想だった。

成功要因が『五秒に満たない時間の内の同行動による木場の判断ミス』という馬鹿げたものであったが、成功したなら目をつむろう。

 

重力に従って捲れ上がるスカートを抑えながら、霊子の足場を蹴った。

 

直下に見える剣を持つ木場の手。

それを攻撃する事で狙うことは一つ。

 

縦に回転を加え、遠心力のついた踵を木場の手の甲へと振り下ろした。

 

 

「ぐッ…!?剣が……!!」

 

 

木場の手を蹴る強い衝撃が踵に走る。

そして数拍置いて地面に剣が突き刺さる音が響く。

 

敵は武装を失った。遠慮と注意は既に不必要。

 

木場の至近距離に降り立つと同時に再び腕に霊力をかき集めた。

一瞬にして掌に凝縮された虚の力が出来上がる。

 

 

間髪入れずにその手を木場の胸に叩き込み、そして放つ。

 

 

虚閃(セロ)――ッ」

 

 

叩き込んで木場に密着した手の先から濃厚な無のエネルギーが膨れ上がった。

 

 

「がッ、ぐっ――!?」

 

 

放たれた力の奔流が木場を巻き込んで屋上の一角を黒く染め上げる。

質量の波の隙間から木場の悲鳴が漏れ出てきた。

 

体内の霊力をここに全て注ぎ込む、とまでの力をこの虚閃(セロ)に込めた。

 

そして放った虚閃は地面を焦がしながら結界へと衝突した。

 

虚閃を放ち終えた時、視界は屋上の地面のコンクリートを削ったことで舞い上がった砂埃で埋め尽くされていた。

 

 

「………死んではいない筈だ、が」

 

 

軽い息切れのような症状に曝され、呼吸を乱す。

今、木場に零距離で撃ち込んだのが現状で出せる限りの力を込めた虚閃であった。

威力は低い。半ば確信はしていた事だが、木場の張ったらしい結界を壊せなかったのだ。

威力は下級大虚(ギリアン)の放つそれを遥かに下回っている。この身体に宿る霊力や放った虚閃(セロ)に込めた力自体は下級大虚の数倍はあった筈だが、その癖なのは人間の身体だからなのだろうか。

 

だが威力が低いとはいえ、至近距離で撃ち込んだのだ。

気絶、もしくは意識を辛うじて保っている状態にはなっている筈。

 

 

「意識があるなら完全に落ちる前に悪魔について尋問を―――」

 

 

探査回路を前方の土煙に集中させる。

 

その瞬間、声が響いた。

 

 

 

「―――焔よ」

 

 

 

業火の音を聞いた。

 

屋上を覆い隠していた砂埃が気流に乗ったかのように切り裂かれ、大空へ舞い上がる。

そして切り裂かれた砂埃の先でゆらりと渦巻く炎と風。

 

木場が、悠然と立っていた。

その手に脈を打つ心臓の如く炎を刀身から吐き出す剣があった。

 

 

「……使う気はなかった、これは人に向ける為に在るものではないから」

 

 

距離がそれ程離れている訳でもない筈なのに、我奴の間に陽炎が立ち上る。

 

 

「でも、これを使ってさっきの光線を防いでいなければ軽傷以上重症未満、といったところだったよ」

 

 

放たれる熱気に息が詰まり、呼吸の間隔が狭くなる。

その熱気の元を持つ木場は傷あれど、汗一つかいていなかった。手に持つあの奇妙な剣を完全にコントロール下に置いている。

 

 

「その息切れの具合からして今の光線が君の本気、かな」

 

 

木場が残った僅かな土煙を奇妙な剣で振り払った。

切り裂く風、巻き上がる砂、そして唸る爆炎。

 

 

「元浜さん、重ねてごめんね。君に『神器を使え』『本気を出せ』なんて言っていたのに、僕自身はまだ君に対してこれを全力で使おうと思わなかった」

 

 

脈打つ刀剣を突き出し、その刀身に手を添えた。

すると一層脈は速くなり、吐き出された蠢くような炎が剣と腕を覆った。

 

 

「―――『魔剣創造(ソードバース)』、僕の神器の名前さ。この剣もその神器の能力で造り出したもの」

 

 

魔剣創造(ソードバース)』。

文字通り、魔の剣を創造できる能力なのだろう。

口振りからすると奴が今、手に持っている膨大な圧力を放つ剣も造り出せる物の一つという事なのか。

 

警戒して魔剣を注視していると、木場が気付いた。

 

 

「ああ、この剣の名は『燃焼剣(フレアグランド)』と言ってね…って―――」

 

 

木場が説明を始めた瞬間、背後に跳んだ。

その先にあるのは、先程木場の手から弾き飛ばした刃潰しされた西洋剣。

コンクリートに突き刺さっていたそれを引き抜き、木場に構えた。

 

奴がまだ実力を隠しているというなら抵抗手段は、もはや片手の指の数にも満たない。

 

 

「……そうか、まだまだ戦意があるんだね。構え方からして元浜さんは剣を得物として使えるみたいだし、もう少し打ち合ってもいいんだけど……」

 

 

木場が足音を起てながら此方へ近付く。

一歩、一歩、と歩が進む度になまくらの剣を掴む手に込める力が増す。

 

互いが大きな数歩で斬り込める位置まで来た時、木場が此方に空いた手を向けた。

 

 

「多分実力は測れたし、時間を考えても丁度だから―――」

 

 

言葉を止めた瞬間、突然手の中の感触が無くなった。

剣を握っていた筈の手に目を向けると、自分が掴んでいたなまくらが白い粒子となって分散していた。

 

得物を、消された。

 

 

「終わりにしようか」

 

 

その言葉と共に熱風が吹き荒れた。

熱源には、木場の『燃焼剣』。

今まで以上の熱量を孕んだ剣がそれを業火として木場の周囲を覆い始めた。

 

思わず両腕で顔とスカートを抑える。

 

木場が再び刀身に手を添え、その剣の能力を解き放った。

 

 

「―――燃え尽きろ」

 

 

その言葉を待っていたかのように、剣は赤の奔流を螺旋状に放った。

空気を揺らしながら此方を呑み込まん、と赤い螺旋は迫り来た。

 

 

「…………糞」

 

 

溜め息と共に漏らした小さな一言。

 

 

 

その直後。

 

赤に呑まれ、意識を手離した。

 

 

 

 

 

 

 

始業のチャイムが鳴り響く。

五時限開始の鐘であった。

 

教室の窓側に一番近い列、前から二番目の席に座る人物が息を吐いた。

 

 

「来ないなぁ……体調でも崩したのかな」

 

 

振り向けど友人の姿は目に入らない。

お腹でも壊したのか、と考え始めるとその友人が体調不良で休んだ所を一度も見たことが無いことに気付いた。

 

 

「珍しいなぁ……飴ちゃんだってあげたのに……」

 

 

顎に手を当てて考えていると、丁度教室に数学担当の女教師が入ってきた。

教師が会話を止めて静まり返った教室を眺めると、その友人の空席を見付けた

名簿を覗き込んで一言。

 

 

「元浜さん、なんでいないか分かる人いるー?」

 

 

女教師と同時に彼女も教室全体を見渡す。

 

すると一人が手を挙げた。

 

 

「体調が悪いそうなので保健室に連れていきました、先生」

 

「ホント?昼御飯が何かが当たったりしたのかしら」

 

 

男性にしては少し高く綺麗な声。

その声の主は木場祐斗。昼休みの間に友人に声を掛けて何処かへ連れていった人物であった。

 

 

(体調不良か、あとで保健室にお見舞いに行かないと)

 

 

数学教師が名簿を書き終え、何事も無かったかのように授業が始まった。

 

 

空席を一つ作りながら。

 

 

 




…うん、納得できない人手を上げなさい。先生怒らないから。

今回もっとも書きたかったことは『人間と悪魔の身体のスペック差』です。
現状の彼女だと『殺意の波動に目覚めた』状態でないと、人外たちとは相打ちにすらもっていけない事を表現したかったのです。
それだけを明確にイメージしながら書いていたら、気付けばこんな負け方になっていました。

今回の彼女の戦闘、かなり不本意だとお思いの方、我慢して呑み込んでいただければ幸いです。


あと誤字脱字はヨロコンデー!!ですが先の展開を予想して書き込むのはホントに勘弁してください(震え声)
気付いたら糞みたいなネタバレをしていそうですので…



【今回の要約】
悪魔の陣営が何やら考察をまとめ始めました。
だが結論は出ないままにウルキオラさんと騎士が衝突。なんと負けてしまう。
そのまま「酷い事する気で(ry」となってしまうのか。頑張れ踏ん張れ美咲ちゃん。




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ウルキオラさん、護り守られ


ら、来週投稿してくれる…だろう…?
『NO! NO! NO! NO! NO!』
じゃ、じゃあ来月…?
『NO! NO! NO! NO! NO! 』
き、今日ですかああああ~!?
『YES! YES! YES! YES! YES! 』
もしかして今からですかぁ~ッ!?

『YES! YES! YES! ''Present for you''』



というわけで投下デース


 

「…大体、終わりかな」

 

 

日の落ち切った街中で木場は呟いた。

日課となっているチラシ配りは今しがた終わった。

あとは軽い見回りに向かわせた使い魔が帰ってくるのを待って、部室に戻るだけであった。

 

 

「あの子なら僕が歩いていても追いついて来るかな」

 

 

使い魔を気にかけながらも身を返して、駒王学園へと歩き出す。

 

チラシ配り、一概に言えば悪魔主義(サタニズム)の布教である。

『悪魔を崇拝し悪を以て善を討つ、そして世界を支配し暗雲へ突き落す』

そのような黒々しいモノではなく、悪魔と人間の間に簡単なギブアンドテイクの関係を結ぶだけである。

悪魔側が1つ願いを叶え、人間側はそれに見合った対価(タマシイ)を差し出す。

周辺地域で悪魔の知名と友好度が知れ渡るため、悪魔にとってもメリットは多い。

人間は望みを叶えてもらえるので言わずもがなである。

 

 

 

「あ、来た。おかえり」

 

 

小さな羽ばたきと共に小鳥が木場の肩に舞い降りた。

木場が手を近付けるとその小鳥の使い魔は頭を傾げるように手へ向けた。

その行動を愛しく思うように、木場は中指の腹で優しく撫でる。

傍目に見ればなんと絵になる光景だろうか。

 

ひとしきりのスキンシップを終えると、木場は使い魔を肩に乗せたままでまた歩き出した。

駒王学園は既に視界に入っている。五分と経たずに着くだろう。

 

 

「元浜さんは多分起きてるし、今頃お話し中かなぁ…」

 

 

木場が思い浮かべたのは昼間に戦闘した1人の女生徒。

 

元浜美咲。

半年ほど前から悪魔関係者の注意リストに入り、駒王学園に入学したことで一気に警戒リストに入れられ、軽い警戒包囲網が組まれた人物。

注意のリストに入れたのは現生徒会副会長、支取蒼那改めソーナ・シトリー。

本人も、間違いであればいい、といった程度の気持ちで注意リストに名前を加えたらしいが、調べれば調べるほど出てくる本人のキナ臭さ。

実際どうなのかは知らないがやれ神器保有者だの、やれ天界からの裏切り者だのと様々な推論から尾ひれが付いた。

 

 

「神器保有者っていうのは間違ってない、筈だけど…」

 

 

彼女が使った黒い光線と黒い弾丸、それと高速移動。

木場はそれが『神器』の力によるものであると、確信できていなかった。

 

 

「何か、何か違うような気が…」

 

 

入学以前に行われた魔力の調査で彼女が『彼女自身の魔力以外にも別の質の魔力を保持している』と判断されたので神器保持者という仮定が成されたのだろう。

だが今思い返せば、調査は恐らく細かく行われたものではない可能性が高い。

 

だからといってあの光線、弾丸、瞬間移動、身体能力強化が彼女の技能によるものだと言われても木場は到底信じる事は無いのだが。

 

 

「…痛ッ…何処からが何処までが人間で、何処からが人外と言えるのか」

 

 

木場が先程使い魔を撫でた方とは逆の腕を持ち上げ、そして制服の袖を捲った。

 

そこには腕が手の甲から肘にかけてテーピングされた光景があった。

痛々しい、とまでは言わないが普通に生活しているだけではしそうにもない怪我。

 

言わずもがな、元浜美咲が付けた傷であった。

蹴りによる手の甲の強い痛み。

雨の如く迫り来た黒い弾丸による下腕部の痛み。

最後に放たれた黒い光線は燃焼剣でほぼ完全に防いだのでそれに関しては心配はいらなかった。

 

 

使い魔がその腕の指先に飛び移り、心配そうに手の甲を優しく突っついた。

 

 

「大丈夫だよ、もう治癒魔法も掛けて貰ってあるから」

 

 

使い魔の気遣いに微笑みがこぼれる。

実際これらの打撲は、腕を無理して使わない限りは1週間以内に治まるらしい。

 

木場にはこれ程の攻撃を平然と加えてくる彼女が少なくともマトモには見えなかった。

 

 

「さて、様子は如何かな…っと」

 

 

校門を通り抜け、まっすぐ旧校舎へと向かう。

オカルト研究会の部室、グレモリー家の悪魔の根城、そして木場の『家族』の待つ場所。

 

古ぼけながらも清潔さを保つ廊下を抜け、ある一室の扉の前に辿りつく。

この中から三つの存在を感じとれる。耳をすませば二人分の話し声が聞こえてくる。

木場はノックをし、止まる会話をしっかり耳で感じ取った後でその扉を開けた。

 

その先には―――。

 

 

 

「―――そうして現在はその四人が最強の悪魔として冥界に君臨しているわ、おかえり」

 

「髪、少し痛んじゃってますわ…一体どんな攻撃をしたのかしらね、おかえり」

 

「…話もいいがさっさと駒を動かせ」

 

 

チェスをしながら悪魔の情勢を話しているリアス。

少し苛立った様子でその相手をする元浜美咲。

その彼女の髪をブラシで梳いている姫島。

 

木場が予想すらしてない光景があった。

 

 

「…何してるんですか」

 

 

 

###

 

 

 

「で、その怪我は…何がそこまでアンタを駆り立てたの?」

 

「うっせぇ、単に転んで壁にぶつかってこうなったんだよ」

 

 

元浜家のリビング。

其処にはガーゼや包帯を身体のあちこちに付けて不貞腐れた息子とそれをからかって弄くる母親の姿があった。

 

 

「だって尋常じゃないわよ、顔に首に背中に手首…それと脚も痛めたんだったかしら」

 

「ぐぅ…」

 

 

壁に正面衝突、そのまま他二人ともみくちゃになりながら階段から落下。14段の階段を一段一段痛みを伴いながら丁寧に転げ落ちた。

それにも拘らず松葉杖を使わないで済む事自体奇跡らしく、保険医からは『丈夫に産んでくれた~』等のうんぬんかんぬんの常套句を言われた程であった。

 

 

「全く、喧嘩みたいな甲斐性見せるような怪我ならまだしもね……噂だと他二人も同じ感じに怪我したらしいじゃない」

 

 

まったく、といった風な態度の母。

正直、正論過ぎてぐうの音も出ない。

 

少し苛立ちながらもそんなやり取りを繰り返す。

すると暫くして玄関扉が開く音が響いた。

 

どすどすと重い足音と共に現れたのは父親であった。

 

 

「ただいま―――何したんだいその傷」

 

「心配が先じゃないのかよ親父」

 

「ふふっ、じゃあお父さん帰ってきたし、夕飯を出す準備をしてくるわね」

 

 

父が少し皺の付いたスーツを脱ぎながら椅子に座り、母はキッチンへと消える。

自然と父親の会話の矛先は息子へ向けられる。

 

 

「また女の子でも追いかけ回してたのかい?ほどほどにしないと嫌われるぞ」

 

「ごッ…!?」

 

 

父の何気無い一言目が容赦なくクリティカルヒットした。

「女の子を追いかけ回していた」というのも当たらず遠からずで、「嫌われるぞ」というのも既に校内の女子のヘイト値を上げ続けている彼にとって耳の痛い話だった。

 

 

「それに高校生になったんだから彼女の一人や二人探してみたらどうだい。兵藤君にも松田君にもいないから、なんて安心してたら案外すぐに先を追い越されたりするんだから」

 

「……まだ二週間しか経ってないのに彼女はできねぇよ」

 

「いやぁ…できる人はすんなりできるもんだよ、彼女って。僕だって中学時代は―――」

 

 

父がつらつらと説教のように言葉を発する。

本当に頭の痛い内容であった。

二年前の玉砕以来、恋愛に対して「がっつくとロクな事がない」と考えていた彼にとってこの話題は思考を蝕む毒のように思えた。

 

 

まぁ、学校にお気に入りのお宝DVDを持っていく事が果たしてがっついていないのかどうなのかはこっそり思考の外に捨て置くとして。

 

 

 

 

「で、美咲はなんでいないのかな?」

 

「知らないよ、なんか昼間に体調崩したって真紀ちゃんから聞いたけど」

 

「……え、体調崩した?あの子が?本当に?」

 

 

珍しいなぁ、と神妙に頷く父親。

そういえば一度もそんな姿を見たことが無いことを彼も思い出した。

姉のあの仏頂面の鉄面皮が頭痛や腹痛、生理痛等で歪む様が思い浮かばなかった。

 

 

「美咲が帰ってこないのはその体調不良と関係あるの?」

 

「いやだから知らないって。でも何か体調不良とは関係無さそうな気もするけど」

 

「…じゃあ…彼氏?」

 

 

父親はそれを何となくで言ったのだろうが、それを聞いた彼の頭になんとなく一人の男が浮かんだ。

 

 

「…木場、祐斗ねぇ」

 

「ん、誰だいそれ」

 

 

心をもやのような物が覆い始めた。

何故昼間、姉は木場と共に歩いていたのだろうか。

何故姉は二人で屋上へ向かおうとしたのだろうか。

聞こうにも本人の姿は無し。

気にすれば気にするほど悶々鬱屈としてくる。

 

 

「……まあ誰だろうと並大抵の男にはあげないけどね!!」

 

 

にこやかな顔でまだ見ぬ「木場祐斗」に殺気を放つ父。

返答しなかった為に勝手に自己完結したようであった。

 

それから何も話す事が無くなり、沈黙が始まった。

キッチンで母が夕飯を盛り付ける音とテレビのバラエティ番組の音だけがこの家の数分を支配する。

 

肘を付いて息を吐くと、偶然父と目があった。

そして父が言う。

 

 

「…もし何かあったらさ、ちゃんと姉さんを守ってあげなよ」

 

「…そんな日は来ないと思うけどなぁ」

 

「いや、きっと来るよ。姉さんが助けて、って言ってくる瞬間がさ」

 

 

どの場面かは浮かばないけど、とだけ付け足して父はまた黙り始めた。

 

 

それから数分して母が夕飯を抱えてキッチンから出てきた。

 

その日の夕食、姉の席に置かれた裏返しの茶碗が使われる事は無かった。

 

 

 

###

 

 

 

所変わって駒王学園。

旧校舎のオカルト研究会の部室内には現在、妙な空気が漂っていた。

 

こつ、こつ、こつ、かつこつ、こつ。

 

 

「天使、堕天使、悪魔の三陣営が頻繁に接触し、戦闘しているという訳ではないのか」

 

「そうね、警戒はし合っているけどそのトップは争うことに対しては消極的よ。で悪魔のトップは先程話した四名」

 

「では表面下で起こる争いは大体が私情か――」

 

「各勢力内部で分裂した過激派、もしくは敵対組織に取り込まれて意図的に戦争を起こそうとするゴミクズね」

 

 

未だに少し苛立った様子の美咲と余裕の態度を崩さずに話すリアス。その二人がさも当然のように、それこそ呼吸のように躊躇いなく盤上の戦争を続ける。片方が駒を動かせばもう片方はほぼ一秒後に次の一手を指す。

ノータイム。二人の脳内で枝分かれした戦術の選択肢がノンストップで絡んでぶつかり合う。

兵士(ポーン)が、騎士(ナイト)が、僧侶(ビショップ)が、戦車(ルーク)が、女王(クイーン)が、盤上でその小さな世界の争いを作り上げる。

 

 

「そして当のお前は現最強悪魔の一人の妹だと」

 

「サーゼクス・ルシファー、冥界では言わずと知れた四大魔王その一角。私の自慢のお兄様よ、っと」

 

「…チッ」

 

 

雑談が気軽に空を飛び交う中、地上での闘いが小さくリアスの優勢に傾く。

斬り込む戦車(ルーク)に逃げ道を磨り潰す女王(クイーン)

リアスの戦略が行う動作や話題の内容、僅かな言葉遣いの変化と共に美咲へプレッシャーとしてのし掛かる。

 

 

「…チェスはちょっとした心得ぐらいしか無いんですが、これって…」

 

「凄いですわね、元浜さん。ノータイムで気を削ぐリアスに対してああも巧く立ち回るなんて…レベル的に見たならセミプロでもやっていけそうな程です」

 

 

木場は扉の近くで、姫島は切り揃えたばかりの美咲の髪にまだ触れたまま二人の対局を見続ける。

 

だがリアスと美咲はそんな二人の目線や会話がまるで聞こえていないかのように闘う。

 

 

「『滅びの力』といったな、お前ら兄妹が持つ強大な力は」

 

「ええ、爵位持ちの純血上級悪魔が名を連ねる72柱、その最上位に位置するバアル家のみが持ちうる特殊な力…まぁ、今代ではバアル家次期当主が力を受け継げなかったからトンデモなく敵視されてるのだけどね」

 

「それは面倒な事だ、な」

 

「…あら」

 

 

美咲が盤上で作り上げた駒の陣形の盾を捨て、迅速に攻め入った。

ここでリアスが後手で防衛に回らざるをえなくなり、不利に陥る。

微かにリアスの余裕が崩れ、少し駒を動かす音が荒くなる。

 

かつこつ、かつこん、かつこつ、かつこん。

 

 

「早い…それにその戦法…!!」

 

「問題は無い筈だ、個人的な嫌悪を向けられても困る」

 

 

美咲が突き出した槍がリアスの防衛で少しずつ削れていく。だが勢いは収まらない。

 

 

「嫌悪…そうね、貴女の使うスタンスは私がこの世で一番嫌いなモノだったわ」

 

「そうか、御愁傷様だ―――」

 

 

美咲の持つ白の女王(クイーン)が一際力強く置かれた。

 

 

 

「―――チェック」

 

 

「………ダメね、参りました」

 

 

終結。対局は美咲に軍配が上がった。

リアスが息を吐いてソファーに凭れ掛かった事で場の空気が糸を切ったように弛む。

 

 

「見事です、リアスに勝てた人なんて久々に見ましたわ……あら、髪の方終わりました」

 

「ボードゲームから気迫が伝わってくるなんて体験は初めてでしたよ」

 

 

二人の軽い拍手を背に、美咲が話し出す。

 

 

「お前は捨て駒にする事を気にし過ぎだ。実際の戦争やそれさながらの図上演習ならまだしも、これはただのボードゲーム。遊び(ゲーム)だ。」

 

「そうね…でも、駄目よ。犠牲(サクリファイス)は」

 

 

リアスがまた大きく息を吐き、美咲に向き直る。

 

 

「軽い息抜きのつもりが随分本気になっちゃったわね、さっさと本題に戻すわ」

 

「……ああ」

 

 

そう言ってリアスが姫島に目配せすると、盤上で黒が追い詰められきったチェス盤が瞬く間に片付けられる。

 

 

「貴女の処遇を一言で纏めると―――」

 

 

チェス盤と入れ替わりで出された紅茶を片手に、言葉を続けた。

 

 

「―――保護ね」

 

「「……はぁ?」」

 

 

美咲と木場の気の抜けた声が重なった。

美咲が苛立っていたのは格上の人物に囲まれたこの状態を抜け出す打開策が見つからなかったから。

木場が戸惑っていたのは自ら戦った敵対者かもしれない人物が、その命を下した自分の(キング)と仲良く(?)チェスをしていたから。

その上にこの処遇なのだ。二人がこのような反応を示すのも当然だと言える。

 

 

「保護とはなんだ、貴様ら悪魔がこちらに仕掛けてきたんだろう」

 

「ええそうよ、そしてそれによって貴女が三勢力やそれ以外のどの勢力にも属していないただの一人の学生である事が『完全に』判明した」

 

「それが、何なんだ」

 

「つまり此方(ウラ)から、三勢力から見た貴女の所属は『悪魔の管理する駒王学園』。よって私達には貴女を駒王学園の学生の一員として保護する義務ができたのよ」

 

 

無茶苦茶であった。

監視はまだ判別する際の前提なので理解は出来る。だがそれなら木場をけしかけてきた意味は何だったのか。

 

 

「先輩…じゃあ僕が元浜さんに―――」

 

「必要ない」

 

 

木場の発言を意図せず遮った。

そのまま机を強く叩いて立ち上がる。机を叩いた際に美咲の全身に巻かれた包帯の下の火傷に響いた。治癒魔法という物をかけられていたとはいえ痛みは残る。

 

そのままリアスに背を向けて扉に向かおうとする。

 

 

「……本当に必要ないかしら、この学園の生徒となった事で貴女は微量だけど他勢力に関わってしまう厄介事に遭う可能性ができたのよ?……貴女が神器持ちだということも相乗効果になってるけど」

 

 

『この学園の生徒だから、裏との関わりを持つ事になるかもしれない』

これを聞いて、美咲は思わず立ち止まった。扉の横に立つ木場と目が合う。

少しの困惑、そして謝罪と懇願が込められたような目だった。

 

 

「……俺以外の生徒を護る事に集中しろ。自分の身は自分で護る」

 

「その『俺以外』っていうのは1-Bの元浜君と兵藤君と松田君と、1-Dの井上さんの事かしら」

 

 

美咲は思わず振り向いた。

リアスの手には駒王学園の校章が描かれた一つの黒いファイル。

そのファイルを見ながらまたリアスは続ける。

 

 

「守るわ、守るに決まってる」

 

 

ファイルを閉じながらリアスも立ち上がり、美咲へと向いた。

 

 

「貴女の言う『俺以外』も、それに入らなかった生徒も、この町の人々も、そして貴女自身も」

 

 

美咲を見据える淡い青色の眼。リアスの身体から確固とした王の風格が発される。

グレモリー家の悪魔は人間を守り抜く。

その言葉に姫島が頷き、木場が息を吐きながら微笑を浮かべる。

 

 

「………貴様らに護れるものか」

 

「いいえ、守ってみせる」

 

「…一人の人間を複数の人間で護り抜く事でさえ難しい。その逆は言わずもがな不可能に近い」

 

「そんな風に思うのならあなたも協力してくれないかしら。その四人を守るのも、それ以外を守るのも」

 

「断る」

 

 

リアスの発言に断固として賛成しない美咲。

家族にさえ鉄面皮とまで呼ばれる美咲だが、今この瞬間は青筋が出来上がりそうな程に額に皺を寄せていた。

 

そして踵を返し、扉から出ていこうとする。

 

 

「…元浜さん、貴女も保護の対象に入っている。それだけは自覚しておいて」

 

「もう話すことは無い、失礼する」

 

 

それ以上の言葉は無かった。

荒々しく閉じられる扉。その横に立っていた木場はその振動で治癒魔法のかかった腕が痺れるのを感じた。

そして遠ざかっていく足音。

 

 

「朱乃、明日から巡回を強化するわ。ソーナにも伝えてちょうだい」

 

「分かりました」

 

 

そう言うとリアスは再び席に付く。そして静かに木場に視線を移した。

 

 

「部長、改めて聞きますが僕が彼女に襲い掛かった意味は……」

 

「祐斗、ごめんなさい」

 

「ッ…!!」

 

 

木場が普段のイメージに似合わず、頭を掻きむしった。

 

 

「体裁で言えば『乙女の柔肌を無慈悲に焼いた悪魔』になりますものね。全身、ボロボロでしたもの」

 

「…どうやって元浜さんにお詫びしたらいいんだろう」

 

「元浜さんの友人と一緒に会食に誘ってみてはどうかしら、別に一対一でも構いませんが…」

 

「からかわないで下さいよ……」

 

 

姫島が木場をからかい始める。

それを止めるようにリアスが尋ねた。

 

 

「で、どうだったかしら。彼女の神器は」

 

「あ、はいはい。少しお待ちを…」

 

「……?…………あっ…!!」

 

 

何か打ち合わせをしていたかのように、姫島が手に付けていた指輪(・・)を取り外した。

木場も最初は疑問符を浮かべていたが、その指輪を見て約数秒。思い出したかのように声を上げた。

 

 

「それ、確かどう処分しようか迷っていた魔力測定用の魔装具じゃないですか?」

 

「当たりよ祐斗、よく覚えていたわね」

 

 

姫島が掌に載せた簡素な外形の指輪にゆっくりと魔力を込め始める。

すると流された魔力が指輪の輪を通り、手の上で小さな風船のような球体と化した。

その球体の表面が二色の色で染まり上がる。

その二色とは、白と黒。

今、その球体は丸めた白い紙に少しの墨汁を垂らしたような姿であった。

 

 

「……これは私達には視覚化しかされていないけど、朱乃にはちゃんと中身の質まで伝わっているのよね」

 

「そうですね、元浜さんが内に秘めていた魔力が反映されているのを感じますわ」

 

 

この指輪型魔装具、名を『対面の球体(エッグミート)』と言い、特定の人物の魔力の質を計る為の物であった。

使用すれば対象人物がどのような心情を内面に抱えているかや対象人物がどのような性質の魔力や神器を持っているか等を詳しく判別出来るという、字面だけを見ればなかなかに便利な物であった。

 

たがこれを手に入れた経緯というのが『他家の悪魔に有効活用の方法が無いからと押し付けられた』からであり、当然他人に押し付けるような物が便利である訳が無かった。

 

条件として『対象に触れ続ける、もしくは対象と約1ヤード以内の距離を保つ』必要があり、更にその対象の内包する性質の入り組み様によっては軽く20~30分はその条件をクリアし続ける必要まであった。対象範囲も1メートルではない辺りが余計に面倒臭さを漂わせている。

 

要するに使い所が極端過ぎて活用法が無い、という事だった。

 

 

「祐斗が髪を斬ったり焼いたりしたから初めてそれを使う機会ができたのだけど……」

 

「…改めて罪状を聞くと大変な事してますね、僕」

 

「乙女にとって髪は命と言いますし、髪自体がもともと『神の気』と人物の波動を表す単語だったとも聞いた事がありますから……重罪ですわね」

 

 

美咲の頭が微妙な髪型になっていたのを整えたのは姫島であった。その時点から既に『対面の球体(エッグミート)』を発動させており、チェスの対局の20分程の間に美咲の魔力の質を計っていたのだった。

 

 

「ちなみに…先輩方はもし髪にそんな事されたりしたら―――」

 

 

髪は乙女の美貌の源の一つである。

そんな問いはリアスと姫島にとって愚問であった。

 

 

 

「――消すわ」「――燃やしますわね」

 

 

 

何も知らない人物なら怯む事間違いなしの威圧感が2方向からのし掛かった。

謎の肩の重みの中、木場が頭でお詫びをどうするか改めて考え直し始める。

 

 

「……誘う…いや、そもそも……謝罪して仲良くなってから………でも……」

 

 

「朱乃、今の祐斗は放っておいて報告をお願い」

 

「はいはい」

 

 

木場を後目に姫島が手の上に浮かぶ球体を指でゆっくりと2つに割った。

白黒斑の球体、その中身に二人は視線を向ける。

 

 

「……真っ黒じゃない、腹に抱えてる神器がそれほど邪悪な物だとでもいうのかしら」

 

 

元浜美咲の内面性を表した魔力球。

その中身は数センチの白い分厚い層と黒に濃い黒を溶かし込んだような闇の球体で構成されていた。

 

リアスの咄嗟の見解に姫島が訂正を入れる。

 

 

「リアス、直接触って調べたから分かりましたけど…元浜さんが抱えているこの『黒色の中心部』は神器ではありません」

 

「神器じゃない?」

 

 

疑問の声を上げたのは木場。

 

 

「じゃあ彼女の使った力は何なんですか?光線に弾丸に瞬間移動、あと見間違いじゃなければ空中に立ってもいましたよ」

 

 

木場は確かにその身で味わったのだ。

速さに自信を持つ自分より速く動く歩法、数十にも及ぶ硬い弾丸が剛速で発される技、そして『魔剣創造』を使わざるをえなくなったあの光線を。

 

どれを取ってみてもただの人間が出来る事では無い。

 

 

「そうですわねぇ……形自体は神器に近いけれど神器とは似て非なる存在、って言うのが私からすれば一番しっくり来ますわ」

 

「…似非神器って所ね」

 

 

姫島曰く、ベクトルが違う。

本来は神器が持つ属性、炎であれ、氷であれ、衝撃であれ、治癒であれ、どれ程神器が弱い物であったとしても神器自体には安定した属性の力、そしてプラスイメージが存在している。

火炎を纏う武器の神器があるとするならそのプラスイメージは火山が如く盛りたぎるような力強い魔力。氷雪を纏う武器があるとするならそのプラスイメージは銀世界が如く反射し吹雪くような美しい魔力。

そういったように神器は己が持つ属性毎に何かしろのプラスイメージを持っている筈だと言う。

 

 

「ですがこれは……」

 

「……見事に黒い中心部でマイナスイメージが渦巻いているわね」

 

 

元浜美咲が内包する魔力は何処からどのように見てもプラスでは無かった。空虚な黒を焼いて煮て蒸して漬けて沈めたような凝縮された闇。

姫島が神器では無いと判断した点はそこであった。

 

聴衆のリアスと木場の頭が考察でフル回転している最中、姫島が更にややこしそうな考察材料を投げ込む。

 

 

「…そういえばこの魔力、どこかで感じた事があるような気が……それと他にも違う種類の魔力がありますわね…」

 

「何種類抱えているっていうのよ……本人の魔力に似非神器の魔力に…また別の魔力?」

 

 

彼女は普通の生い立ちだったはずじゃあないの、と心で小さく愚痴を言う。

リアスが隣を見ると木場がお手上げといった風に首を傾げていた。諦めたようだ。

 

それを見てため息をついたリアスも一時は諦めたのか、姫島の手の上に浮かんでいた魔力球を風船のように両掌で叩き潰した。

気の抜ける空気の音が耳に届く。

 

 

「データは後で生徒会の方に回しておきましょう、ちゃんと後日報告をくれるわ。それにこれ以上疑問が増えると今日の仕事を浮かない気分でしないといけなくなるわ」

 

「…そう、ですね」

 

「祐斗、あなたには元浜さんにデータを取らせてもらった事と互いの関係は望み通りほぼ相互不干渉だという事を伝えておいてほしいの」

 

「保護という名の『超消極的協力関係』ですわね」

 

「私も彼女には後日色んな点で謝罪をする事になりそうね、そもそも話をしてくれるかどうか、だけど」

 

 

そんな台詞を背中に受けながら、木場は扉を開けて廊下へと出た。

頭に彼女との戦闘シーンが浮かんで、思わずまた溜め息を吐いた。

 

 

 

「彼女何者だろうね、まったく」

 

 

 

怒れる仏頂面の彼女の表情を解き解す方法は、浮かんではいなかった。

 

 

 




汚いな流石悪魔汚い
交渉がどうなっても情報だけは頂く隙を生じぬ二段構え

今のウルキオラさんの悪魔に対する好感度は『会ったついでに唾を吐く』レベルです
リアスはどうしてこうなった、フシギ!!保護するならけしかける前に何かしろ話せよってね
木場くんの『ア(ク)マガミ』美咲ルート、現在はテキタイです


次回は楽しい楽しい(予定)夏休みの話になります



【今回の要約】
男ってのは女の為に強くなる生き物なんだよ、アル。
でもその女の子が強かったら守る意味ないよ、バーニィ
いいか、『人間』てなぁどこかしら弱さがあるんだ、それを支えてやらなきゃ。
僕にはよく分からないよ。
いいさ、アルにもきっと分かる日が来る。それまではちゃんと見守ってやれよ!

あ、悪魔との関係は『相互不干渉』になりました。


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ウルキオラさん、沈めて沈む

ギャグって難しい、戦闘も難しい。
Q.じゃあ何が得意なの?
A.ホラーテイスト


美候くんはね、転校しちゃったの


窓の外が闇に包まれた。

軽減されたエンジン音が反響しながら、その他全ての音を押し潰す。

肩肘を付いてじっと外を眺めていると、瞬時に過ぎ去る幾つもの橙色のライトのせいで目頭が少し痛んだ。

 

 

「――え――左――窓――らん――下さい――」

 

 

運転席の父が声を上げたのが聞こえたがその音も掻き消されてイマイチ聞こえなかった。

特に気にせず右側の窓から外の景色を眺める。

 

徐々に進行方向から光が洩れ始め、暗闇に少し馴れた目を細める。

そして完全に視界が光で覆われた瞬間、耳障りな反響する音が消失した。

 

 

視界が完全に明るんだ先にあった光景は―――

 

 

 

「………?」

 

 

 

青々と繁る針葉樹で溢れた山だった。

時折見切れる錆び切ったトタン板の小屋や野性動物らしい狐、想像していた景色とは毛色が違う。

 

 

「あはは……美咲ちゃん、こっちこっち」

 

 

くすくすと笑う隣の友人の声。

そしてすぐに背後でボックスカーの窓が開放される音が耳に届いた。

 

 

車内に磯の香りを含んだ強い風が吹き込んでくる。

 

 

 

「来たぜ―――!!!」

 

「俺達の―――!!!」

 

 

「スゥアァァマビィィィィィチ――――ッ!!!」

 

 

 

先程と同レベルの耳障りな雑音が最後部のシートの三人組から聞こえる。

 

友人の方を振り返るとそこには文字通りの青い海、黄色い砂浜、そして快晴の青空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはー、朝早いのに人多いねー」

 

 

着替え終わった荷物を手に持った水着姿の井上がとてとてと前を走っていく。

 

父は男性陣に荷物運びと場所取り、女性陣には今の内に更衣室で水着に着替えてくることを命じた。

今頃、三人組は目を付けた場所にひいこらと汗水を垂らしながらパラソルを立てている事だろう。

 

ちなみに今日は母は用事で来ていない。海に浸かれないなら代わりにスパで温泉に浸かってやる、と恨みがましく嘆いていた。

 

 

「…日光強いから日に当たりたく無いのは分かるけど…その格好暑くないの」

 

「生地は薄いから平気だ」

 

 

現在自分は白と黒の一般的なホルターネックのワンピースタイプ、動き易いセパレートの水着を身に付けて、更にその上に大きめのラッシュガード生地の白いパーカーを着た格好である。

暑くないかと聞いてきたのは恐らく最初からフードを被っていたからだろう。

 

井上の格好は暖色のリボンビキニにショートパンツ、とこがとは言わないが大迫力である。他にも似たような格好の女性は見掛けるがそれより隣に誘蛾燈が置いてあるかの如く視線が集まっているのが分かる。

 

 

「美咲ちゃんは美肌なんだからもっと周りにアピールすればいいんだよ」

 

「そう言うお前は曝し過ぎだ」

 

 

上げきっていたパーカーのジッパーを腹の辺りまで下ろすと、見馴れた黒い線の円と火傷の面影一つ無い肌が現れる。

 

数ヶ月前に木場に肌を焦がされた痕は何一つ残っていない。これも超速再生の一つなのか、治癒術師の腕が余程良かったのかは分からないが周囲に不要な心配を抱かせずに済んだ点は素直に喜ぶべきだろう。

 

当の本人の木場はあれ以来何度も此方に接触して謝罪をしたり誘いを掛けてきているが、余程の緊急時以外は全く関わる気が無いので何かしろの誘いは軽い会話で流し、業務的な報告はそれ相応の態度で受け答えしている。

他の悪魔も何回か接して来たが、井上とおおよそ良好な関係を結んでいる支取蒼那以外は殆んど雑な受け答えのみで会話を済ませている。

 

本来ならその支取ですら関わり合いたくはないが、何分彼女は井上真紀の友人。

 

今では木場や支取達が『駒王学園の生徒』として接してくるか『悪魔』として接してくるかで人前での対応を使い分けている程であった。

 

 

 

「さて…あそこかな?」

 

 

しばらく歩いた末に見付けたのは見覚えのあるビーチパラソルの下でせっせとビニールシートを敷く父。

三人組は入れ替わりで着替えだろう。

 

 

「おじさーん!!」

 

「お、お帰り。いやぁ、似合ってるねぇ…ナンパには気を付けなよ?」

 

 

敷き終えたビニールシートの上に座った父。こちらに向けてクーラーボックスから出した二本のスポーツドリンクを投げてきた。

 

自分も井上も取り落とすことなくキャッチし、そのままそれに口を付けた。

 

喉を通る冷たい液体の濃い甘味。

暫くして口を離すと、吐息が洩れた。

 

 

「三人も着替えに行ったけど…男の子だし多分すぐに帰ってくるよ。あ、浜辺の美人に見蕩れていなかったらだけど」

 

 

そう言うと父は席を譲るかのようにビニールシートから立ち上がり、そのまま準備体操を始めた。

井上が空いたビニールシートに座り込み、またスポーツドリンクに口を付けた。

ぷはぁ、と満足気な声を出して、井上が父に尋ねる。

 

 

「早速泳ぐんですか」

 

「そうだね、海なんて久々だから年甲斐もなくウキウキしちゃって…」

 

 

肩や腰からポキポキと体に悪そうな音を鳴らしながらラジオ体操第一をこなしていく。

どうでもよいがあのポキポキという音は骨の音ではなく、骨と骨の間の関節にある特殊な液体で生まれた気泡が割れる音らしい。医学書によると実際体に悪いらしいのだが、いくら注意しても暇あらば鳴らすので既に諦めている。

 

 

「財布はそこの黒い鞄に入ってるから何か小腹が空いたら買ってくるといいよ」

 

 

そう言うと父は海に向けて歩き出す。

もうすぐ50歳を迎えると思えない体だ。

 

 

「じゃあちょっと―――」

 

 

父がこちらに振り返り、2本指の敬礼をし。

 

 

 

「―――沖まで」

 

 

 

その敬礼の手を放った。

そのまま父は競泳選手のようにダッシュで海に飛び込んだかと思うと、一目散に綺麗なS字かきクロールで浅瀬を離れていった。

 

すぐに姿が豆粒程になるが、混雑した海水浴場の中でもその水を掻き分ける音が微かに聞こえた。

 

 

 

「……美咲ちゃんのお父さんって、スイマーだっけ」

 

「違うな、結婚以前はよく海外へ行くことがあったと言っていたが…その際に付けた技術だろう。海に飛び込まざるをえない状況によく出遭ったんじゃないか?」

 

「……こないだはプロ顔負けのリフティングとドリブルシュートをしていなかったっけ」

 

「南米の方ではサッカーは良いコミュニケーションツールだったと言っていたから、それはそのせいだろう」

 

「お、おう…」

 

 

 

そのまま自分もシートに座り込む。

それから三人組が来るまで、井上との間に会話は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、先に逝くだろうから、その前にお前らには(バストサイズ)を伝えておく……真紀ちゃんはEのトップ97cmアンダー77cm……姉さんは意外と残念でCのトップボバァ」

 

「「も、元浜ァーッッッ!!!」」

 

 

 

 

急に後方から邪念の篭った視線を感じた。

ノールックで近くにあった物を投擲すると騒がしい三人組の声が聞こえた。

 

振り向けば俺の投げた白い物体がちょうど口の中に詰まった愚弟(ゴミ)が倒れ込んでいる。

 

 

「……今、何投げたの?」

 

「そこの砂に埋まっていた海月だ」

 

 

ちょうど掴みやすい質量のある物体だったのだが、愚弟(ゴミ)の口に突っ込んでしまった海月には少し罪悪感が沸いた。

 

 

「少しここを離れる」

 

 

立ち上がり、後方に向けて歩き出す。

日光で熱された砂が足の裏にしゃりしゃりと快感と不快感を同時に伝えてくる。

 

自分の視界の先で兵藤(クズ)松田(カス)が必死に倒れた愚弟(ゴミ)を担いごうとしているのが見えた。

大分近付いた辺りで二人が俺に気付いた。

同時にわたつき始め、此方を宥めようとするかのような表情である。

 

ちなみに三人組が来るまでに既に三十分は掛かっている。父の予想通り、他の女性を眺めていたのだろう。

 

公衆の面前で知り合いのバストサイズを晒すような輩だがその言い訳は果たして―――。

 

 

「弁明があるなら言ってみろ」

 

 

 

 

 

「残念だけどナイスおっぱい!!」

(彼も悪気があった訳じゃないんです!!)

 

「パーカーから覗くへそがエロい!!」

(そうなんです許してあげて下さい!!)

 

 

 

 

 

「「………あ」」「………」

 

 

 

無言のままパーカーのジッパーを首まで引き上げる。

 

 

 

その数十秒後、砂浜の上に三つの変死体が出来上がった。

 

 

 

###

 

 

 

黄色い砂の散らばったコンクリートの駐車場。

満車になり観光客の車が窮屈そうに詰め込まれたその横を二つの影が歩いていく。

すれ違う誰もが横を通り過ぎる彼等を振り返る。存在感がまるで違っていた。

 

 

「こうして海に来るのも……というか、人間の前に出てくるのもどのくらいぶりだろうな」

 

「……待て、度々研究室から消えるのは一体何処に行ってるからだ?」

 

「秘密だ。明言するならば『神器に関する事』とだけは言っておこう」

 

 

ダークグレーの髪に青色の眼を持つ落ち着いた雰囲気の青年。そして黒髪で悪党の雰囲気を全身から滲み出させている浴衣姿の男。

 

その濃い印象から通り過ぎる人々は

『凄いオーラ出てるけど芸能人かな?』

『…怖いし近寄らないでおこう』

『黒髪のお兄さん、なかなかのイケメンだなぁ…』

『にしても男二人で海水浴場って…』

 

等と思い思いの感想を抱く。

 

 

「そういえばアザゼル、先程"仕事"は終えたと言っていたが…さっさと帰らないのか」

 

「いや、今ここにいるのは単なる俺の暇潰しだ。いいじゃねぇか、たまにはこうして海を見に来るのもよ」

 

「………はぁ」

 

「なんだ、帰りたいなら帰れ。ほら、折角の潮風が苦くなるだろ」

 

 

かっかと笑いながら浴衣姿の男が楽しげに歩いていき、その後ろを灰髪の青年が渋々と着いていく。

 

その浴衣の男、名をアザゼルと言った。こんな場所を気楽に歩いてはいるが『神の子を見張る者(グリゴリ)』と呼ばれる堕天使陣営の中枢組織の提督、言ってみればこんな場所で暇を潰している場合では無い人物だった。

そしてその背後を行く青年、ヴァーリ。今代の『白龍皇』と呼称される神器の器であり、天界冥界人間界の実力者を並べれば上から数えて数十番目に名前が並ぶほどの強者である。

 

 

「うんイイねぇ、この雰囲気!!油の跳ねる音、香ばしい熱気、その横で差し出される冷たいかき氷!!後は看板娘が水着エプロンで迎えてくれたら星三つだな」

 

「食いたいのか?」

 

「その為にワザワザ海の家まで来たんだよ、ヴァーリもなんか食うか?」

 

「…遠慮するよ」

 

 

時刻はお昼時の少し前。アザゼルが向かう海の家には既に幾人もの人影で列が出来上がっていた。

 

アザゼルは口笛を吹きながら浴衣の袖口に腕を突っ込む。そこから取り出したのは浴衣と同様に本人の雰囲気にそぐわないガマ口の財布。

 

 

「ちょっと行ってくるから…暇だったら可愛い女の子か強い奴捕まえとけよ」

 

「前者はともかく俺が求めるような強者がこんな場所で、しかも片手間で見つかる訳が無いだろう」

 

「……まぁ、そうだがな…暴れる相手くらいは見付かると思うぜ?例えば――」

 

 

そこまで言うとアザゼルは面白いものを見付けたように並ぶ列のある部分を指差した。

 

 

「――あの辺とか」

 

 

 

『割り込んでねぇっつってんだろザッケンナコラー!!』

 

 

 

チンピラのようなドスを効かせた声が列の途中から聞こえる。

アザゼルの差す指の先で、いかにも知能の低そうな男共が騒いでいるのが目に写った。

その汚い男の怒声を聞いた瞬間、ヴァーリの顔が呆れたような表情になる。

 

 

「アザゼル、今のは冗談で言ったんだろうな。俺にあのゴミを片付けろと?」

 

「そっちに目が向いてたらその隙に割り込めるかもしれない、プラスで人助けして感謝される。一石二鳥だろ」

 

「…いいか、アザゼル」

 

 

列の中腹、そこで気弱そうな女の子三人が金髪タトゥー、肌黒サングラス、鼻ピアススキンヘッドといったいかにもな三人組に絡まれているのが分かる。

どうやら男三人組がその少女達の前に割り込みをしたらしかった。

 

 

『なあそこのオッチャンさぁ、俺ら割り込んだの見えたか?見えてないよなァ?ほら無反応じゃん、見てないって事っしょ』

 

 

依然、男達は迷惑を周囲にバラ蒔いている。

女の子達は既に泣きそうになっている。

 

 

「――今のお前の根性はアイツらと同レベルだ」

 

「……あー………なんかスゲェ申し訳無い気持ちになってきた」

 

 

列に割り込もうとするガラの悪い男。確かに字面だけ見ればあの場所で騒いでいる男共と同じレベルである。

 

何でこんなにちっちぇえ事で頭抱えなきゃなんねぇの、と思いつつも悩むアザゼル。

ヴァーリは少しニヤつきながら、穏便な方法を考える彼に面白いものを見るような視線を向けていた。

 

 

「……わぁったよ、助けるよ。適当に威圧したら気絶くらいで済むだろ―――」

 

 

「―――そこな不良達っ!!」

 

 

 

 

その前に列の後方から橙色の影が声を張り上げた。

あ"?と声を洩らしながら男三人はそちらに振り返った。

同時にヴァーリとアザゼルの目もそちらに移る。

 

 

「女の子にお痛はいけないと思いますっ!!」

 

 

厳つい男供の前に躍り出た人物は、高校生程度の女の子であった。明るい茶髪に細い肉付きの手足、そしてその場全員の視線を釘付けにしたEカップ(キョニュウ)

 

近付こうとして面食らったが、アザゼルは彼女を見て軽い口笛を吹いた。

 

 

「いいオッパイだ…おお、揺れる揺れる……しばらく静観してみるか」

 

「チッ」

 

「なんだよ文句なら買うぜ、なんならお前があの女の子に加勢しに行けよ」

 

 

彼女が出た事で少し雰囲気が変わる。そこに面白い空気を感じ取った二人はすぐに近くの階段に座って完全に観戦モードになった。

二人の視線の先では、腕を組んで堂々とチンピラ達と対面する女の子。何か策があるかのように自信満々である。

チンピラ達は彼女の身体をじっくり眺めた後、外衆な笑いを浮かべて近寄り始めた。その間は5m。

 

 

「姉ちゃんイイ身体してんなぁ…何?俺達に満足させて欲しいワケ?」

 

「ぐ…ぐぅ……覚悟していたとはいえやはりセクハラ発言が……」

 

 

ジリジリと近付くチンピラにジリジリと遠ざかる茶髪の女の子。どうみても腰が引けている。

 

だが彼女は急に覚悟を決めたように深呼吸をする。

吸って、吐いて、吸って、吐いて、そして叫ぶ。

 

 

「婦女子に悪行を働く行為、赦すまじ!!天誅!!」

 

 

突然の大声に少し身体をびくりとさせるチンピラ達。

彼女は彼等を指差し、更に続けた。

 

 

「美咲ちゃん、やっておしまいっ!!」

 

「――オレは犬か、それともお供か?」

 

 

――刹那、モノクロの人影が彼女の背後から飛び出した。

 

その影は失速する事無く、一番彼女に近付いていたチンピラ――金髪タトゥーに飛び掛かった。

 

 

「う、うおっなん―――ガッ!?」

 

 

人影はその細い太股で金髪タトゥーの顔面を挟み込み、首を折る勢いで身体を捻って、金髪タトゥーを砂の大地に勢い良く叩き付けた。

下は天然のクッションとはいえ、全身を強打した金髪タトゥーはその一撃で悲鳴を上げて気絶した。

 

 

「一匹―――」

 

 

一瞬にして一人を鎮圧し、その気絶したチンピラの顔に乗ったその影が顔を上げる。

翡翠色の石を嵌め込んだような目を持つ端正な顔立ちの女の子であった。

 

 

「おお、格ゲーみたいな技だな。弱コマ投げとかその辺」

 

「確かに何かしろの格闘技をかじっているようだな」

 

「…あの女の子が何秒で場を鎮圧するか賭けでもするか?」

 

 

そのアザゼルの問いにヴァーリは欠伸で返事を返す。

技は鋭いが人間の粋を出ない闘いには興味が湧かないらしかった。

 

いとも簡単に男を捩じ伏せた彼女の視線が、残った二人を貫く。

 

 

「マ、マサを一瞬で…クソっ!!」

 

 

仲間一人がやられ、焦った様子の鼻ピアススキンヘッド。ダッシュで近寄り、金髪タトゥーの顔面に乗ったままの彼女を掴もうとする。

拳を握ろうとしない辺りは彼なりの良心か、それとも女性を殴るのに決心が付かなかっただけか。

 

 

「―――ふッ……!!」

 

「え、えっ…!?ちょ、ぐおぉぉぉぉッ―――!?」

 

 

鼻ピアススキンヘッドが彼女の服を掴んだ瞬間、一瞬でそのパーカーを脱いでその服で鼻ピアススキンヘッドの両手首を拘束。

 

起こった事に戸惑った彼の背後に回り込み、左腕を首に右腕を股間から太股に通し、締め上げながら背中で勢い良く持ち上げた。

 

ゴキリゴキリメリメリと悲鳴を上げる鼻ピアススキンヘッドの腰と首と股関節、その痛みに彼の口からも悲痛な声が洩れ出す。

 

 

「痛い痛い痛い痛いッ――ナニコレナニコレッぶふォッ―――!?」

 

 

ゴキュリと音が鳴り、彼の抵抗が止まる。首を締め上げてオトしたのである。

ダラリと脱力する背中の上の人物をしっかり確認すると、彼女は担いでいた鼻ピアススキンヘッドをまるでゴミでも扱うように金髪タトゥーの上に投げ棄てた。

 

彼女が見せたカウンターに今度はヴァーリが口笛を吹いた。

 

 

「……バルログタイプかと思ったらザンギエフタイプだった」

 

「メキシカンバックブリーカー…メキシコ式の背骨折り技か、なかなかにエグいな」

 

「そんなに嬉しそうに――――あ?」

 

「…どうしたんだ?」

 

 

呆れたように女の子を眺めていたアザゼルが急に顔を険しく、何かを観察するかのような研究者のモノに変えた。

声を掛けても返事が一切無くなる。

 

 

「……チッ」

 

 

疑問を覚えながらもヴァーリは場に目を向け直した。

 

 

予想外の女の子のエグい技に場は静まっている。それもそうだ、まさか身長も体格も並程度の女の子が本格的なプロレス技を使うなど誰が予想出来ようか。

 

だがその静まったギャラリーの中心、そこではボーダーのワンピース水着の女の子と黒肌サングラスのチンピラが静かに闘志を燃やしていた。残ったチンピラの黒肌サングラスには何か格闘技の心得があるらしい。

その空気にドン引きで静まり返っていたギャラリーに緊張が走り始めた。

 

黒肌サングラスが少女との距離を少しづつ縮めていく。少女は動かない、待ちの姿勢だ。

 

 

「………!!」

 

 

そのまま互いの距離が3mを切った瞬間、黒肌サングラスが全力で駆け出した。

身を低くし、両手を半開きで顔面の前に持ってきてのタックル。

フットボールを連想させるような勢いのそのタックルが猛牛のように細い身体の少女へと迫る。男が食い縛った歯を剥き出しに地面の黄砂を強く巻き上げていた。

容赦の無いそのタックルが少女にぶつかる――――

 

 

 

「―――遅い、遅過ぎる」

 

「なんだとッ―――ぼばァッ!?」

 

 

 

少女はまったく動じなかった。

当たるかに思われた剛速のタックルを紙一重でかわす。

そして過ぎ行く男の身体、正確には頭を瞬時に捉えて小脇に抱え込んだ。

自らが真後ろに倒れ込む勢いを利用し―――

 

 

 

脳天を地面に叩き付けた。

 

 

 

 

「…DDT……クハッ、ハハハッ!!女の子が使う技じゃあ無いなぁ…!!」

 

 

目や鼻や口、股間などの急所を狙うと考えていたヴァーリは思わず腹を抱えて笑う。

そのレベルの低い戦闘自体に興味は無いが、今の彼にとってそれ(DDT)は予想外過ぎて笑いを堪えられなかったのだろう。

 

その場に三つの気絶したチンピラの身体が転る。その中心に立つのは高校生になったばかり、というような年の女の子。

鎮圧が終わると彼女は男の手からパーカーを取り戻すと、その命を出した茶髪の女の子の元へとさっさと戻っていく。

 

 

 

「―――おつかれ!!まさかホントにこないだ見せた『King of Shikoku 決勝ラウンド アンセスター高木VSエンニチマスクライガー』の技を再現してくれるなんてっ……!!感激っ!!」

 

「―――時々お前という人間が分からなくなる、というか何故あのような映像を持っていた」

 

 

 

ギャラリーも解散し、二人が姦ましく話しながら去っていく。

解散の雰囲気を醸し出す場にヴァーリも立ち上がる。

 

 

「取るに足らない闘いかと思えば愉快なモノが見れた、俺はもう満足だが―――」

 

 

言葉を止め、座ったまま顔を険しくしているアザゼルに向けて言う。

 

 

「―――アザゼル、何を見付けた」

 

 

彼の顔から更に険しくなる。

その視線の先には当然、先程の女の子。

 

茶髪の女の子と肩を並べて此方に背を向け、人混みに紛れていく。

話すその声も周囲の人間達の雑音で埋められていく。

 

 

「ヴァーリ、パーカーの方の娘の胸元を見てみろ」

 

「……アザゼル?」

 

「見てな」

 

 

そう言うとアザゼルは立ち上がる。

そして軽く息を吸い込んで。

 

 

―――全力で威圧を放った。

 

 

 

空気の流れが変わる。

これこそが、重圧と言わんばかりの威圧感が場を支配した。

 

何も知らない周囲の人々の背中を氷点下に放り出されたかのような怖気が駆け上がる。

一瞬にして騒がしかった海水浴場の一角が謎の沈黙で包まれた。

 

怖気を感じた人々が立ち止まり、その原因を探して周囲を見回し始める中。

 

 

「―――――ッ…!?」

 

 

件の少女のみが動き、振り返ってそのまま真っ直ぐアザゼルとヴァーリを睨み付けていた。

彼女が茶髪の友人を庇うような動作で手を突き出した時、ヴァーリの目がパーカーの隙間にあるものを映した。

 

 

「……黒い円」

 

「ああ、そうだ…見たところまだ発現はしていないようだが、ありゃ多分神器だ」

 

「知っているのか?……オレ自身は見たことも聞いたことも無い。それに『白き龍』の過去の所有者の記憶にもあんな奇妙な魔力を発する物は無かったが」

 

「いやオレも詳しくは知らねぇ、だが耳に届いた話だと『胸に穴を空けて闘う神器(・・・・・・・・・・・)』なんだってよ。気になって調べたが過去の文献にも現代にも目立った所有者は存在していないんだと」

 

 

アザゼルがヴァーリの反応を見て威圧を止めると、周囲の人間はまた何事も無かったかのように動き出した。

 

但し、深緑色の眼の少女の視線は彼等を捉えて離さない。

 

 

「あー、いや…『神の子を見張る者(グリゴリ)』にも一人いたかな」

 

「似たような力の持ち主がか?」

 

「下部の方のグループに所属していたせいか大して話した事も無いがな。名前はなんて言ったっけか、確か―――っと?」

 

 

その時、人混みを掻き分けてゆっくりと翡翠色の眼の少女が近付いて来るのが見えた。

 

 

「ヴァーリ、行くぞ」

 

「…回収して調べるなりしないのか」

 

「調べるなら『神の子を見張る者(グリゴリ)』にいる奴でいい…海の家の焼きそばが食えなかった事ぐらいしか未練はねぇ」

 

「はいはい、了解」

 

 

人混みを抜けた彼女が彼等に向けて走り出す。砂の上とは思えない程の早さで無表情が駆けてきた。

 

だがそれに見向きもせずにアザゼルとヴァーリは踵を返す。

 

アザゼルが浴衣の手元に手を突っ込み、一つの変わったブレスレットを取り出した。

 

 

「―――起動」

 

 

その言葉に反応したブレスレットが淡い光を放つ。光は瞬時に二人を包み込む。

 

そしてそのまま彼等の姿が人混みに紛れた瞬間、彼等の反応はその場から一切合切消え去っていた。

 

 

 

###

 

 

 

「い、今の寒気って……?」

 

「…少し身体を冷やしたんだろう、大人しくしておけ」

 

 

上腕を擦る井上、やはり一般人があれほどの威圧を浴びる事は普通起こりえない。

あの浴衣の男が自分に向けて威圧を放っていた。そしてあの時に一番傍にいた人物は井上。

 

自分でさえ冷や汗をかくほどの重圧に晒されたのなら体調が悪くなるのは仕方の無い事だろう。

 

 

「兎に角休め、すぐに良くなる」

 

「そうかな…じゃあ戻ろうか」

 

 

昼間の太陽の下では井上の顔が少し青くなっているのがよく分かった。

 

 

あの威圧感の主は一体何者だったのだろう。

探査回路には引っ掛からず、威圧を受けた後で本人の気配を感じ取ろうとしても出来なかった。

雰囲気は確かに人外のものであったが、それが天使なのか堕天使なのか悪魔だったのか。

少なくとも只者では無さそうではあったのだが―――気配や存在を極限まで抑え込む技能や道具を所持していたのだろうか。

 

加えて、奴の視線は間違いなく自分の胸元――孔の痕を捉えていた。

孔の痕から目を逸らさず、脇にいた同じく只者ではなさそうな灰髪の男と話していた所を見ると此方に興味を抱いていた事実は言うまでも無いだろう。

 

 

非常に面倒だ、そう考えると自然と肩を落としていた。

 

何が面倒かと言うと浴衣の男と灰髪の男について知ろうと思えば確実に駒王学園の悪魔共を頼らなくてはならないからだ。

独自に調べるのは身体的にも立場的にも大きな危険が伴うが、奴等に頼むなら小規模の立場的な不利が発生するだけで済む。

 

だが現状でさえ『保護』という名目で立場を下に置かれているというのに、その上手助けまで求めればどうなるのか。

 

 

「…………」

 

「大丈夫?美咲ちゃんも気分悪そうだよ」

 

「…いや心配は無い」

 

 

嗚呼、心配させては駄目だ。

何も今、先程の二人組の件で頭を悩ませる事は無いのかもしれない。

彼等がもう一度現れれば別だが、この海水浴場には気分転換の意も込めて来ているのだ。

 

一先ずは頭の中から消し去ろう。

 

 

 

「―――姉さん!!真紀ちゃん!!」

 

 

思考を一区切りした辺りで、丁度駆けてくる愚弟を見付けた。

 

 

「何かさっき『海の家で女の子が不良に絡まれてる』って話を偶然聞いて……その、大丈夫だった?」

 

「うん、全然大丈夫。全部美咲ちゃんが鎮圧したから」

 

「鎮圧て……」

 

 

いつも通りか、とため息を吐く。

まるで心配して損したと言いたげであった。

 

そしてその辺りで愚弟の背後から走り寄る二人に気付く。

 

 

「元浜ー!!二人とも無事かー?」

 

「真紀ちゃん、何か顔色悪くないか…?」

 

「ああ、コイツは気分が悪いそうだ。連れていってやれ」

 

 

そう兵藤と松田に伝えると二人は井上を囲んでワタワタと慌て始める。

 

宥める彼女に心配する野郎共、そんな光景を横目に荷物を置いたパラソルへと向かおうとする、が。

 

 

「…姉さん、気のせいだったらいいんだけどさ…今日一回でも海に入った?一回も見掛けてないんだけど…」

 

「………いや、入ってないな」

 

 

井上が浜辺ではしゃいでいるのを見ているだけで半ば満足していたので、入っていない事に今気付いた。

 

 

「―――ほぅ」

 

「―――それはそれは」

 

「―――損だねっ!!」

 

 

それを聞き付けたのか、瞬時に三人プラス愚弟に四方を防がれた。

先程の態度は何処へやったのか。

 

 

「よし、この際だから海に放り込んじゃおう、バッシャーンって!!」

 

「つまり美咲お姉さんの身体を合法的に触っていいと!?」

 

「なるほどうらやまけしからんッ!!むしろ率先してやるッ!!」

 

「一応一目も人気もあるから大人しめになー…よし、やる」

 

 

井上、兵藤、松田、愚弟。

四人が各々呼応して飛び掛かってくる。

井上、貴様は無理をするんじゃない。

 

「このッ――」「ブッ…!?」

兵藤の腹にフックがめり込む。

 

「どいつも――」「ボッ…!?」

松田の顎をアッパーが打ち抜く。

 

「こいつも――」「ッ――!?!!?」

愚弟の股間に全力の蹴りが突き刺さる。

 

「大人しくしろ」「痛いっ!?」

井上の頭を軽いチョップが襲う。

 

 

「いいや、はしゃぐね!!」「!?」

 

 

鎮圧し終えたと油断した瞬間に後ろから誰かに抱え上げられた。

 

 

「おおっ、軽い軽い! これなら――」

 

 

嬉々とした声を出しながら自分を抱える人物―――父が両腕を振り被る。

 

 

「投げられるねッ――!!!」

 

 

そして、海へ投げた。

躊躇い無く投げた。

思い切り投げた。

オレ(・・)を投げた。

 

 

「ふざけ……―――ッ!?」

 

 

咄嗟に抵抗しようと父の身体を掴む。

が、その手が掴んだのは―――海藻。

 

――何故身体に海藻が巻き付いている

――沖まで行って何をしてきたんだ

――というか今まで海に潜伏していたのか

――そんな、そんな阿呆な事が

 

 

 

そんな思考の下、海へ落下した。

上がる水飛沫、初めて味わう海水、「イエーイ」という父達の声、お互いにハイタッチする音。

 

 

口から出ていく気泡を見上げながら、静かに思う。

 

 

 

 

 

―――あとで潰す、絶対

 

 

 

 




赤龍帝と白龍皇、ひそかにニアミス




日常シーンは原作始まる前に書いとかないと。

え、なんでかって?

原作始まったら急転直下で余裕が出来なくなるからさ。


あと今回出た内容についての再三注意です。
現状でハイスクールD×Dに出てくるBLEACHの能力はD×Dの解釈に当てはめてオリジナル要素を加えた物となります
「これ、~じゃない?」「これ理論的に無理」などの設定に批判的な意見は控えて頂くようお願いします。



※訂正
志鳥→支取
何で間違えてたのかね、コレ



【今回の要約】
青春のページを増やしていくウルキオラさん。
だがその内に秘めたる力とは一体何なのか。
『胸に穴を空けて闘う神器』?
『神の子を見張る者』に所属する同類?
フラグはますます立って行く。


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ウルキオラさん、元同胞ですよ

昨日の夜投稿しようとしたら寝落ちした、スマソ。


さて今回のお話は、夏休みが終わって二学期。
平穏な駒王学園にある一人の男がやってくる。


「ソーナ、少し聞きたい事があるのだけど……先日学園で講師として採用したこの人物って…」

 

「ああ、スペイン語教師として採用したあの…」

 

「で、どうなの?必要書類には『裏との消極的関与アリ』と書いてあるけど」

 

「ああ、その人はね。以前シトリー家で保護した人物なのよ。私が助けたわけでは無いから詳しい事まではハッキリ言えないけどね」

 

「どういった経緯で関わったの」

 

「何処かの陣営のはぐれが作り出した魔獣と戦闘していた所を保護、だった筈よ」

 

「……戦闘、ということは何か技能もしくは神器を所持しているのかしら」

 

「ええそうね、詳しくは教えられないらしいけれどそれなりの戦闘向けの神器だって本人は」

 

「その人はこの駒王学園の戦力に含めても?」

 

「一応含めましょう。彼の着任はシトリー家に対する恩返しだと本人から聞いているし……あ、でも彼自身は争い事を好む質では無いから無理には駆り出さないでほしいわ」

 

「…まあ、そもそもシトリー家に対する恩返し、って言うならグレモリー家が積極的に関わるべきでは無いかしら」

 

「良識的(?)だし、性格も良し。恐らく彼は『極力非常時以外は真っ当な教職員』という立場にいてもらう事になると思う」

 

「分かったわ。……しかしソーナも以前から紳士的で品行も良さそうと言っていたし、どのような御仁か気になるわね」

 

「………そこは…ちょっと」

 

「え?」

 

「……その、欠点というか」

 

「欠点?」

 

「……ええ」

 

「…どんな?」

 

「…話していると、疲れるわ」

 

「…そのくらいなら別に」

 

「疲 れ る わ」

 

「………そ、そう…」

 

 

 

###

 

 

 

二学期がスタートした駒王学園。

 

新校舎三階、その一室には自分や井上を含めた十数人の生徒が集められていた。

教室の名は第3外国語教室。そして廊下に並ぶように同じ構造の教室が幾つか存在している。

【選択制第二外国語】、これらの教室にいる生徒達はそんな名前の授業を受ける準備をしている。

 第一学年の時点で既にそれらの授業があるというのは驚きであるかもしれないが、駒王学園のパンフレットにも書いてある「売り」なのだという。

その中でも自分たちが選んだのが、このスペイン語専科。

 

 

 

「美咲ちゃん、スペイン語なんて興味あったの」

 

「無かったらこの授業を選ばないだろう。……興味ないのか?」

 

「うん」

 

「せめて言い澱め馬鹿」

 

 

そもそもスペイン語には幼少時から自室に辞典と単語帳を置くくらいには興味があった。

その理由は意外な所にある。

 

手元にスペイン語辞典があったなら試しにスペイン語表記での「鉄」という単語を引いてみてほしい。

その結果、「鉄」は『hierro【イエーロ】』となる筈。

他にも「音」は『sonido【ソニード】』、「剥ぐ」は『arrancar【アランカル】』、「剣」は『espada【エスパーダ】』等々。

色々と身周りで思い当たる節が大量に出てくるという興味深い事を見付けたのである。

その謎の関連性は当時幼少といえる年齢であった己の知的分野を擽った。

確かに"興味"の範囲にしか収まらないのだが、その興味だけでも手を伸ばす価値はあると思えたのだ。

 

そういう風に自分には明確な理由はあったのだが。

 

 

「まあ、来る新任の先生もカッコいいとか言われてるし別にいいかな」

 

 

彼女は本当に何となくで選んだらしい。

それでいいのか井上。

 

 

と――そこで彼女の背後に忍び寄る影を見つける。

手が節足動物のような忌避を覚えるような動きをしている。

ジェスチャーで人差し指を唇に当てるその影、無防備な井上に悪戯をする気らしい。

 

そしてその影が彼女の真後ろに到着した瞬間。

 

光速でその豊満な胸を握り締めた。

 

 

「Eカップ―――ゲットだぜッッッ!!!」

 

「―――!?!!? ぎゃあああああああっっ!!???」

 

「ちょ、井上、それ女の子の悲鳴じゃない」

 

 

そう言いながらも影はその掴んだ巨乳を全力で揉みしだき、楽しむように彼女の耳に息を吹き掛ける。

 

 

「ひぃぃっ!!?? やめ、や、ちょ、桐生さ、わひぃっ!?!!?」

 

「んー? 感じてるのかしらこのエロ娘めーフフフッ」

 

 

酔った中年のような雰囲気で胸をテクニカルに弄くりまわす影―――桐生。

頬を染めて女性の胸を揉む彼女は他人から見れば色狂いのレズビアンにしか見えない。

そんな脳内桃色の官能大好き女だが弟達三人組が女だったらこのような性格になっていたに違いない。

 

 

「おうおうおう、またデカくなってるんじゃない?」

 

「……その辺りで止めにしておけ」

 

「何よ、元浜も揉みたいの? でもアンタ昔から一緒なんだし揉んでるんじゃないの、この桃源郷メロンをさ」

 

「………」

 

「…チッ、反省してまーす」

 

 

約三十秒にも渡った愛撫が終了する。

解放された井上は息を荒げ、身体を抱き締めて頬を染め、淫靡な気配を醸し出す。

近くにいた人物は切なげな呼吸のリズムに気分がもどかしくなっている事だろう。

 

 

「いやうん、ここまで色気があると羨ましいを一周回ってムラムラしてくるわね」

 

「桐生さんっ!?」

 

 

桐生の発言にツッコむ井上だが、身体から溢れるその色気がこの教室内の数少ない男子を惑わせる。

具体的言うとモゾモゾさせて、目を逸らさずにはいられなくさせる。

 

 

「しかしこのバストは何人の男子の目に焼き付いているんでしょうね? ……ねぇ、どうよ」

 

 

気が済んだのか満足気な顔で最も近くにいた男子に絡み始める桐生。見境無しだった。

絡まれた男子も話題に出される井上も顔を真っ赤にして桐生を睨め付ける。

 

 

「もうスペイン語教師が来るだろう、戻れ」

 

「はいはーい、じゃあまた昼ご飯の時にねー二人とも」

 

「うう………」

 

 

これまた満足したように彼女は教室を出ていった。

そういえば桐生は中国語の授業を受けると言っていたのを思い出す。奴はわざわざ胸を揉みに隣の教室に来たのか、阿呆らしい。

 

 

「…大丈夫か」

 

「大丈夫、じゃ、ない」

 

「…机に伏せておけ」

 

 

聞くが早いか井上は、わふっ、と小さく呟いて突っ伏した。授業が始まるまでには回復しているだろう。

 

会話を止めて改めて教壇に向き直すと、急に教室が沈黙した。

そして廊下側から聞こえてくる大きな足音。

自分達以外はみな、既に足音を耳にしていたのかもしれない。

 

 

「井上起きろ。来るぞ」

 

「名前で、呼んでー…」

 

 

忠告はしたが返事はいつもどおりであった。

顔を上げようとしなかったので仕方なしに扉の方を向く。

 

扉のガラスからは既に教員の黒スーツが見えていた。だが動かない。

手を何やら動かしているのを見ると、何かを準備しているらしい。

 

 

「………ふぅ……あれ?まだ先生来てない…」

 

「いや、扉の前に立っているが―――」

 

 

井上の気の抜けた質問に答えたその直後。

 

 

 

扉の隙間から白い球が数個教室内に投げ込まれた。

ぱぁん、と軽い破裂音と共にそれは大量の煙を吐き出した。

瞬時にして教室の前部分が白い流動的なカーテンに隠される。

 

 

「うぇっ!? 何これっ!?」

 

「煙幕……」

 

 

井上も他の生徒も咄嗟の事に混乱する。

生徒間でざわつきが生まれ始めるが、それを遮るようなタイミングでバンッ、と力強く教室の扉が開けられた。

 

 

「――ほぅ、君達が吾輩の生徒かね」

 

 

ガタイの良いシルエットが煙の中を突き進む。

 

 

「――吾輩は高校生に物事を教えるのは初めてだが」

 

 

教壇に辿り着くと、キュキュィ、と靴底で地面を鳴らす。

 

 

「――安心したまえ、皆吾輩のセンスで染め上げてやろう」

 

 

そしてシルエットのまま謎のポーズを決めると、一気に煙を振り払った。

 

 

「ヘイッ!!!! 坊や(ニーニョ)お嬢さん(セニョリータ)…吾輩のことは"先生(マエストロ)"、もしくはッ―――!!」

 

 

掻き分けられた煙の先から此方に向けて指が突き出される。

堀の深い教師の顔が現れ出た。

 

 

「―――ドルドーニ、そう呼びたまえ」

 

 

 

自信満々の名乗りに、教室が沈黙に陥るが―――

 

 

 

 

自分は、奴の存在に目を剥いていた。

 

 

 

 

###

 

 

 

初授業。そう、初授業。

『ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ』として初めて人間に物事を詳しく教え、教育した。

 

前世で人間の魂を喰らい殺す立場であった我輩が今度はその人間を育んで成長させる立場に立つなど如何にも冗談がキいていると思わないか?

育てた後は美味しく食べる、等という最高にアホらしく最低にくだらないジョークになっても可笑しくはない。傑作だろう。

誰がそんな事をするというのだ。我輩と答えた輩がいたならソイツには是非こう申し付けよう。

 

 

「物事はちゃんと見極めてから言え呆け糞(トンチィータ)

 

 

…だがまぁそうは言ったものの、仮に元同胞が現れて我輩の事を笑ってなじっても、大して怒りは感じないだろう。

 

我輩が教育員として働く動機はただ二つ。

我輩を命の危機から救った恩師、その方の御家に対する恩返し。そして『教える』という行為自体に興味を覚えた為だ。

故に教えた生徒自身にあまり愛着は無い。

そういったものは過ごす時間が多ければ多いほど、そして彼等が我輩に対して好感を覚えれば覚えるほどに増えていくもの、要はペットと同じだ。

 

彼等ははたして我輩に興味を持っただろうか。

そして我輩が戦い以外の楽しみを『教える』という行為に見つける事が出来るのだろうか。

それは彼等、選択制第二外国語スペイン語選択者28名に掛かっている。

 

 

嗚呼、気になる。

今すぐ彼等の内の誰かを捕まえて我輩の授業の感想を聞きたい。

だから、早く、早く―――

 

 

 

「何処の世界に初授業で教室に煙幕を投げ込む先生がいるんですか」

 

 

 

「――早く解放してもらえないだろうか」

 

 

「先生、貴方に反省の色が見られたら解放しましょう。『このようなくだらない事をして申し訳ありませんでした』ハイ、復唱」

 

「い、いや、だがあれはこれからの教員生活における大事な一歩を踏み出すのに必要不可欠でしてな……」

 

「自重という言葉を辞書で引いて深く海馬に刻み込んで下さい」

 

「…だ、だが吾輩はッ」

 

「ドルドーニ先生……否、『野上大五郎』先生?」

 

「ッ!?」

 

「…何か喋って下さい」

 

「謝罪する、心からの謝罪を。…だから本名で、本名で呼ぶのだけは勘弁を―――ッ!!」

 

 

ソーナ・シトリー。

綺麗で性格も良くこちらの事を気に掛けてくれる、我輩の恩師である御方の如く素晴らしい女性である。

 

…だが、これでは、まるで我輩の母親のようではないか。

それにここは人通りの多い廊下で…ほら、視界の端で生徒がこちらを見ながら何やら話しているのが見える。恥ずかしい、非常に恥ずかしい。

 

 

「生徒会メンバーが気付いてすぐに窓を開けていなかったら火災報知器が作動していた可能性だってあったんです。それに―――」

 

「わ、分かった…ミスシトリー、深く心に刻んでおく…」

 

「その台詞は何回目なんですかね、野上先生」

 

 

ハイライトの消えた美しい瞳が非常に我輩の被虐心をくすぐる、なんて事はない。恐ろしい、普通に恐ろしい。

 

それと、この身体に付けられた名前は嫌いだと何度も言っているというのに遠慮無く呼んで来る辺りに彼女に怒り具合が見て取れる。

 

 

「く、クソッ…何故この身体には『野上大五郎』なんて名前が付いて……」

 

 

無駄な事を口走りながら、抑まらないミスシトリーの視線のレーザービームを味わっていると。

 

 

急に何かを感じた。

 

誰かの鋭い視線。

そして探査回路(ペスキス)がチリつく一瞬の感覚。

 

 

「…!! 今のはッ…!!」

 

「先生、話を逸らそうとしたらビンタします」

 

「!?」

 

 

咄嗟に探査回路(ペスキス)を向けられた鋭い視線に集中させようとするが、その瞬間、口元だけが笑っているミスシトリーの顔と彼女の両掌が我輩の視界に入った。

湧き出た冷や汗と共に身体が固まる。

 

掌に彼女の魔力が集まっていくのが分かる。

 

 

「ま、待て、今ちょっと気になるこt」

 

 

「―――先生は大人ですし、お尻は恥ずかしいでしょうから」

 

 

威圧感に思わず後退ろうとするが、ミスシトリーの上履きが我輩の足の甲を踏みつける。更にそのままネクタイを掴まれて引寄せられぐぇ

 

 

「――代わりに顔で♪」

 

 

 

――久々に気絶というものを味わった。

 

 

 

 

 

 

 

「野上先生、お疲れ様です…どうしたんですその顔?」

 

「い、いや、何でもない…」

 

 

眼を醒ますと既に昼休みも終わりかけとなっていた。

職員室に行くと心配そうに隣席の女性数学教員が聞いてきた。

 

 

「それより早く昼食を済ませてしまわないと、終わってしまいますな」

 

「そうですね、午後の授業の準備なんかもありますし。…わぁ、バスケットにサンドイッチが…これ全部野上先生が作られたんですか!?」

 

「ふ、ふむ? まぁこのくらいなら片手間で手軽に作れる物ですから」

 

 

小型の新品バスケットに詰められた手製のサンドイッチを素早く口に運んで行く。

 

 

「それから…御婦人(セニョリータ)? 我輩の事はドルドーニと呼んで頂きたいのだが」

 

「えっ、えーと…でも野上先生の方が呼び易いですし…」

 

 

談笑をしながら、時にサンドイッチを一つ彼女に分け与えたり、冗談を含んだ口説き文句を飛ばしたりしていると。

 

 

「ムッ…!?」

 

 

また先程と同じ。

誰かからの鋭い視線と探査回路(ペスキス)がチリつく感覚を感じた。

 

すぐさまサンドイッチを呑み込み、周囲に探査回路(ペスキス)を広く伸ばした。

人間、人間、人間、悪魔、人間。

探査回路(ペスキス)が素早く周辺の人物の魔力を汲み取って行くが、悪魔以外に目立って異常のある魔力、霊圧その他諸々は読み取れない。

 

 

「…何故引っ掛からんのだ」

 

 

そんな事を考えている内に気付けば鋭い視線が無くなっていた。

 

残ったのは首を傾げる女性教員の疑問の声とヒリヒリと残る頬の痛みだけであった。

 

 

そして、その時ちょうど昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………来て、いない、のか?」

 

 

帰路の最中、ふと呟く。

 

あの視線とチリつく感覚を先程から感じているような感じていないような、錯覚が我輩を襲っていた。

 

日の早くなった冬の空が薄暗く黒に染め上げられている。

その空の下、最寄駅までの距離を探査回路(ペスキス)で周囲を警戒しながら歩いて行く。

 

 

「我輩を追っ掛けている者は突っ込むラインと引き際のラインを見極めるのが非常に上手いようだな」

 

 

ふと歩いてきた道を振り返ってみるが、幽かに我輩の影が射すだけで、何も無い。

 

 

「………」

 

 

明日、少し謀ってみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨーシ!!今日のスペイン語の授業はこれで終わりなんだが……所で我輩特製のサンドイッチを食べたいってな坊や(ニーニョ)お嬢さん(セニョリータ)はいるかね」

 

「おお、サンドイッチとな!!」

 

「君は…井上だったかね」

 

 

翌日、朝から度々同じ視線を受けている内に我輩の追っ掛けが我輩の行動や言動を探っていることに気付いた。

 

何故そんな事をするのか。せめてそれだけは見極めなければならないが…。

 

 

「欲しいならばあげようじゃないか、職員室まで取りに行ってくるから暫し待ちたまえ」

 

「早めに取ってきてねードルドーニせんせー!! 美咲ちゃんも、ほら待機待機!!」

 

「……ああ」

 

 

その声を背に教室から飛び出す。

 

まだ確証は掴めないが、彼もしくは彼女が我輩の行動を知りたいと思っているならば。

 

さぁ、我輩の追っ掛けよ。我輩の新しい行動パターンだ。さっさと付いてくるがいい。

 

 

そう考えながら探査回路(ペスキス)で周囲の魂の情報を読み取りながら人通りが極力少ない廊下を選んで駆けていく。

 

 

視線とあの感覚は―――今来た。

 

 

「――まったく誰だか知らないが…躾が足りていないのではないかね」

 

 

廊下の角を一つ曲がり脚を止めると、その時探査回路(ペスキス)が―――捉える。

近くも遠くもない距離に、動かずにいる一人の人間。いや、人間というには何かが混じっているような魔力もしくは霊圧。

 

今立つ廊下の前方に人影が無いことを確認し、振り返る。後ろにも人影はない、だが探査回路(ペスキス)が一人の存在を伝えてくる。

先程曲がった廊下の角。

 

 

「……出てきたまえ、ストークとはあまり褒められる趣味ではないぞ」

 

 

声を掛けるが、反応は無い。

廊下の角に留まったまま動かない。

 

 

「まぁいい。出てこずとも――」

 

 

響転(ソニード)

磨かれた廊下を靴底が滑る。

視界が加速し、瞬時に角に立つ。

そこには―――

 

 

「我輩から行くが―――何…?」

 

 

誰も、いない。

直ぐ様探査回路(ペスキス)で探るとその人物が更にその先の廊下の角を曲がって逃げていくのを捉えた。

 

 

「……探査回路(ペスキス)をすり抜けながら瞬間移動した…だと?」

 

 

それではまるで――などと考えて、すぐにその一人の霊圧だけに探査回路(ペスキス)を集中させる。

その人物は今人気の多い廊下を全力疾走していた。完全に我輩の視界から消えているというのに、まるで我輩が眼以外で存在を捉える術を持っていることを知っているかのように。

 

 

「………面白い、ではないか。いいだろう」

 

 

彼の存在が使ったものが響転(ソニード)だと言うなら。

彼の存在に混じる霊圧が『虚』だと言うなら。

 

元同胞との逢瀬も悪くない。

 

 

 

「――鬼ごっこだ。捕まったなら、たっぷり話を聞かせてもらおうか」

 

 

 

探査回路(ペスキス)を全開に、彼の元同胞が何処へ瞬間移動しようとも逃がさない。

『狩り』とも軽く言えるこの状況に、意図せず闘争心が沸き上がる。

最近はご無沙汰であり、さらに戦闘があっても敵は闘争心が沸き上がらないような獣や弱者であった。

 

彼の元同胞がこちらを撒こうとしているところを見ると、積極的に闘おうというつもりでは無いらしいが。

 

 

「―――クハ、ハハハハッ!! 行くぞッ―――!!!」

 

 

響転(ソニード)。人のいない廊下を抜け。

 

響転(ソニード)。階段を一つ降り。

 

響転(ソニード)。人だかりのある廊下を抜け。

 

そこで元同胞もこちらが高速で追い掛けている事に気付いたのか、人間では有り得ないような距離を瞬間移動し始めた。

 

 

「―――やはり、間違っていないようだな!!」

 

 

今まで何故気付けなかったのか。

元同胞の虚の霊圧がやけに薄いから?

我輩の探査探査回路(ペスキス)が鈍っていたから?

 

挙げるならば前者なのだろうが、今はどうでもよかろう!!

 

 

「―――さあッ!! 追い付きそうだぞ、もっと素早く逃げたまえ!!」

 

 

反応と同じ一直線の廊下まで追い付く。

視界の先には、並んだ窓の中で唯一開けられた窓、そして上に向かって跳び上がる影。

間違いなく響転(ソニード)を使っている。

 

こちらも響転(ソニード)で窓まで来ると枠に掴まり、真っ直ぐ校舎の上を見上げた。

 

そこに、元同胞の姿を見た。

 

 

「…!!」

 

「……君か、元浜くん」

 

 

小柄な身体つき。

風に靡くスカート。

此方を見据える翠の瞳。

少し強張った整った顔。

 

我輩の生徒の一人であるその娘が我輩の遥か上、屋上のフェンスに掴まっていた。

 

彼女は軽く舌打ちすると我輩目掛けて『虚弾(バラ)』らしきものを放ち、そのまま屋上に消えた。

 

 

虚弾(バラ)か―――いやなんだコレは…?」

 

 

少し身構えたが、一発弾くと驚くほど虚の霊圧が薄い事に気が付いた。

思わず首をひねり、疑問の声が口に出る。

 

 

「彼女はヴァストローデではなくアジューカスだったのか…それとも――」

 

 

――彼女が、まだ『解放』していないのか。

 

 

「…まあ本人に聞けば済むことだがな」

 

 

窓から飛び出し、校舎の壁に沿いながら宙を蹴って屋上まで駆け昇る。

そして落下防止用のフェンスを掴み、屋上のタイルに着地する。

 

元同胞の彼女の姿は無い。

 

 

「さて何処に隠れ――――!?」

 

 

間近で一歩分の足音。

視界の脇に、揺れる黒髪。

 

速い。

反応する前に手首を後ろに回され、足払いが掛けられた。

 

寝技で抑え込むつもりなのだろう。

 

 

「―――なかなかテクニカルではあるが…」

 

 

踏み留まり、強引に腕を振りほどく。

 

 

「チッ―――」

 

「パワーが足りんよ、お嬢さん(セニョリータ)

 

 

振りほどかれたが早いか彼女はすぐに屋上の地面から離れ、空中へと逃げる。

 

まぁ大人しく捕まってもらうがね―――!!

 

 

「逃がさんッ――!!!」

 

「…!!」

 

 

間髪入れずに彼女の直下に 響転(ソニード)をする。

宙に立つその足を掴まえる。

 

 

「さぁ鬼ごっこは終わりだが―――痛"ッ!!蹴るなッ!?痛い痛いッ!! え、スカート……知るかッ!!」

 

 

空中であることなどお構い無しに我輩の顔面に蹴りが飛来する。

スカートの中身だと? どうでもいいわッ!!

 

だがガッスガッスと叩き込まれる蹴りが緩まる気配は無い。

 

 

「お痛が過ぎるぞお嬢さん(セニョリータ)ッ!!」

 

「グ……!!」

 

 

何か落ち着いて話をできる状況にするには、と考えてある事を思い付く。

 

彼女の脚を掴んだ腕を振りかぶる。

視界の端に緑を捉えた。

 

あそこに―――!!

 

 

「―――ぬおおおおおおおぁぁぁッ!!」

 

「―――!?」

 

 

敷地内の森に向けて。

その身体をブン投げた。

 

 

彼女の身体が声にならない悲鳴を出しながら森へと消えていくのが見えた。

そしてガサガサと木々に突っ込む音。

 

…我輩自身でしておいてなんだが文字通りぼろ雑巾のように吹き飛んでいった。

 

 

「……これで少しは大人しくなっただろうか、いやはや近頃のお嬢さん(セニョリータ)はここまでやんちゃなモノか…?」

 

 

フェンスの上に降り立つ。

 

上履きの底の跡が上質なスーツの肩部分に大量に出来ているのを見て思わず溜め息が出る。

櫛を取り出して髪を整え、更に靴底の跡を手ではらっていく。

 

暫くして、大方それが済むと先程彼女をブン投げた森の、比較的木の葉が少ない場所目掛けて飛び降りた。

 

 

「……そう言えば、一般人の目撃者は…まぁ少ない筈だからミスシトリーが手を回して処理してくれるだろう」

 

 

気を付けていなかった訳では無いが…それでも目撃者はいるだろう。

大体は昼間の学校の運営を任されている駒王学園生徒会、最近その会長となった彼女に任せれば済む筈だ。

 

 

と――そこで落葉だらけの地面へと着地する。

息を吐き、周りを見渡すと丁度木から降りてきた彼女の姿があった。

 

あちこちに木の葉を付け、木に片腕を付き、「―――馬鹿じゃないのか、奴は」と肩で息をしながら呟いていた。

 

……申し訳ない気持ちが無いわけではないぞ、ウン。

 

 

「さてお嬢さん(セニョリータ)、話をしようじゃないか」

 

「―――!? またッ…」

 

 

我輩に見付かっても依然、木に片腕を付いたままの彼女。

予想以上に消耗したのだろうか。

 

どちらにせよ話をする必要はある、と彼女に近寄っていく。

 

 

「君も色々と気になる事があるだろう、元同胞。安心したまえ、我輩もだよ」

 

「……やはりキサマも元虚か…」

 

「流石にこれだけ響転(ソニード)で追い掛けっこをすればお互い厭でも気付くさ」

 

 

ある程度近寄っていくとようやく彼女も普通に立ち、此方を睨み付けた。

日々ミスシトリーの絶対零度の視線を浴びている我輩からすれば屁でもない。悲しいことに。

 

 

「じゃあ早速我輩から質問だが―――君はアジューカスだったのかね」

 

「……その質問の意図が読めないが、答えならノーだ」

 

「そうか…なぁに、これから入る本題に大いに関係ある事さ。気になるだろう―――」

 

 

ああ、そうだ。

元浜美咲、君の虚の霊圧を我輩が会ってすぐに感じ取れなかった事、そして君がさっき放った貧弱な虚弾(バラ)にも関わる事だ。

 

 

「―――君の中の虚の存在が薄弱なことがね」

 

 

………待て何故首を傾げる。

まるで…その、話が食い違っているような。

 

あ、ああ、ひょっとして。

 

 

「ひょっとして君は自分の中の虚が薄いのでは無く、我輩の虚の霊圧が濃いと思っていたのかね?」

 

 

彼女が小さく頷く。

 

我輩の解放すらしていない状態で濃いと思うなど…彼女は本当にヴァストローデだったのか?

 

 

「残念ながらそれは違うな。我輩はお嬢さん(セニョリータ)以外に元同胞に会ったことが無いから分からんが……恐らく元同胞の誰もが口を揃えて『君の虚の霊圧は薄い』と言うだろう」

 

「………じゃあ、逆に何故キサマは人間としてよりも虚としての霊圧の方が濃い?」

 

「―――ああ、それが一番大事な質問だ。簡単さ、君が―――」

 

 

『解放』。

我輩はこう呼んでいたが、これだと『帰刃(レクレシオン)』と意味が混同するかもしれんな。

 

この『解放』とは、あくまでその前の状態を指すのだから。

 

 

ならばここで代わりに出すべき適切な呼び方は―――少しあの坊やとかぶるがこれが良い。

 

 

 

 

「―――君が、『虚化』していないだけさ」

 

 

 

 

###

 

 

 

「あの馬鹿ッ……!! っと、お前は確かグレモリーの…」

 

「…? 君は、シトリー眷属の…」

 

 

廊下を歩いていると、寒いというのに窓を開けながらキョロキョロして焦っているシトリー眷属を見つけた。

 

…どうかしたのだろうか。

 

 

「私は会長を呼んでくるから…この場で何かあったら鎮圧してくれッ!!」

 

 

長い黒髪を翻し、ブルーフレームの眼鏡を掛けた彼女が走り去っていった。

 

生徒会長――ソーナ・シトリーを呼び出す必要があるレベルの事なら状況説明くらいはしてくれてもいいのに…。

 

とにかく、昼間に裏関連の問題を起こす輩がいるというなら意識を切り替えないと。

 

 

「……さて、何が起こったのか―――」

 

 

先程のシトリー眷属が立っていた開かれた窓まで近寄る。

 

そして、窓から外に眼を向けたその時―――

 

 

 

 

―――森へとなかなかの速度で落下していく知り合いを目にし、唖然とした。

 

 

 

 

「…………えー、今のは……元浜さん?」

 

 

混乱して思考が停止しかけたが、その直後。

 

 

「―――何とか――――処理してくれる――――」

 

 

見たことも無い、濃い顔の黒スーツの男が元浜さんの落下地点近くに向けて降りてきた。

 

 

「…奴は、なんだ?」

 

 

黒スーツの男は侵入者だろうか。こんな昼間に?

即座に気を引き締め、窓から飛び出す。

 

森へと入っていき、校舎から見えない位置まで来た所で―――

 

 

「『魔剣創造(ソードバース)』―――」

 

 

その手に剣を創造していく。

魔剣は作らない。アンブッシュするため、念を入れて魔力の発生は極力抑える。

 

木の幹を足場にし、落下予測地点へと急ぐ。

そして、聞き覚えのない男の声が微かに耳に届いた瞬間に移動を止め、そのまま木陰に身体を隠した。

 

 

「……会話しているのか?」

 

 

男がゆっくりと元浜さんへ近寄っていくのが見える。

何故彼女はあの男と戦い、会話しているのか。

 

 

 

 

「……『虚化』……だと…?」

 

「黒崎一護が使っていたものとは意味が全然違うが―――というかそもそも知っているかね」

 

 

 

 

……虚? クロサキ?

一体何の話をしている?

 

 

 

 

「じゃあ…何だ? 『虚化』…とは…」

 

「そのままさ、『虚と化す』―――我々の身体を『人間を食らう化物』へと一時的に戻すのさ」

 

 

 

 

―――…一体、何の、話をしている。

 

頭が追い付かない。

あのシトリー眷属は僕にどうしろと言った。いや、待て、今は関係ない。違う、大いに関係ある。じゃあ僕はどうすればいい。この場を鎮圧、してどうする。

 

今は―――

 

 

 

 

瞬間、辺り一帯に強烈な威圧感が走った。

 

 

僕と元浜さんと黒スーツの男、三人ともが一斉に身震いをした。

特に黒スーツの男は悪寒まで感じているようだった。

 

この魔力は、分かる。

空気全体が肩にのし掛かるかのような凄まじい重圧。

部長にも匹敵する程の強大な存在感を持った魔力。

 

―――誇り高き現魔王四家に名を連ねるレヴィアタン家、彼の家名を支配せしめた

 

 

「シトリー家の魔力―――生徒会長か…!?」

 

 

剣が重く感じる程の重圧に息ができない。

それは草木の向こう側にいる彼女達も同じようで―――。

 

 

 

「なんだ、この、重圧、は」

 

「…お嬢さん(セニョリータ)、すまないが時間切れのようだ」

 

「何が、時間切れ、だ」

 

「我輩とお嬢さん(セニョリータ)先生(マエストロ)生徒(エストゥディアンテ)、つまりこれから君に何かを教えていく機会も増える、という事だ……また、今度に、詳しく―――」

 

 

 

足音が響いた。

音はそれほど大きくないというのに。

一歩、一歩と近付いてくる。

 

冷や汗が、止まらない。

 

威圧の矛先が向いているらしい男は、既に歯を鳴らしていた。

 

 

そして、声が響く。

 

 

 

 

「 ノ 」

 

 

 

ざりっ。

 

 

 

「 ガ 」

 

 

 

ざりっ。

 

 

 

「 ミ 」

 

 

 

ざりゅっ。

 

 

足音が止まる。

姿が見えた。

 

 

「………我輩は…103だ」

 

「………何?」

 

「………最後に、君の番号を、教えてもらえるかな」

 

 

………最後、と付けたのは何か深い意味があるのだろうか。

 

そう考えながら、姿の見えた生徒会長に目を向ける。

 

 

「………フフッ」

 

 

掌に魔力を集中させながら、無表情で笑う(・・・・・・)彼女の姿があった。

 

 

 

「………俺は」

 

「………ああ」

 

「………4だ」

 

「……………ん?」

 

「4だ」

 

「え、いや、ちょ、ま―――」

 

 

 

 

―――その瞬間、生徒会長の姿がブレた。

 

 

 

 

そして僕が瞬きをする間に轟音。

そう、表すなら『パン』ではなく『バァン』、文字通りの轟音が鳴り響いた。

 

0.1秒にも満たない瞬きを終えた次の時には―――

 

 

「………あれ、あの男は…?」

 

 

目を剥いた元浜さん。

掌を振り抜いた体勢の生徒会長。

 

ただそれだけが視界の中にあった。

 

 

生徒会長の振り抜いた掌から上がる謎の蒸気(!?)を見ながらふと思う。

 

 

 

 

 

―――鶏を絞めたらあんな音なんだろうな。

 

 

 




←あの辺にドルドーニ

そしてサンドイッチを待つ井上は犠牲になったのだ。



さて、2人目のBLEACHキャラ「ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ」さん。
名前長い。打つの疲れる。

彼は…ええ、友好的関係に置いて相方ポジ…に、なる、のか?

まあ本編入ったら分かるわ、サム



※訂正
セニョール→セニョリータ
友人ブッ殺
レヴィアタン家→シトリー家
本編で何度も『ミスシトリー』って言ってるだろうがアンポンタン

※訂正2
ある読者の方より指摘を受けた
11ヶ所中9ヶ所を直させていただきました、アリャリャーッス!!
…勝手にHN載せてごめんね!!
ちなみにその他2ヶ所の指摘ですが
「さぁ、我輩の追っ掛けよ」→これは追っ掛けに対する呼びかけ
「アンブッシュするため、」→忍殺語使いたかったんや…見逃してや…


【今回の要約】
夏休み終わっちゃったね、どうでもいいけど。
…それと元同胞との遭遇、彼は強敵でしたね…
それに『虚化』とは具体的には一体何なのか? 奴が使っていたモノとは違うようだが…
え、過去形? ドルドーニは…シトリーさんの10トンビンタで粉々に…(震え声)


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ウルキオラさん、クリスマス



※今回のお話は皆様が危惧するような展開は御座いません。ご了承ください。


さて季節は冬。
馬鹿三人組の松田がなにやら…


 

「再三の確認だ……本当に、無いと言っていたんだな…!?」

 

「月始め、数日前、今日。小刻みに三度聞いたが予定は無いと、確かに」

 

「下調べも俺と元浜で回ってきた。男二人でデートスポットを行くのは辛かったが…おかげで抜かりはねェ!!」

 

「お前らの支援あってこそだぜ…ダチ公!! ありがとうよ…!!」

 

 

 

彩られた紅葉を楽しむ季節は過ぎ去った。

今日は12月22日。クリスマスも間近に迫った本日、ある男達の計画が動き出そうとしていた。

 

兵藤家、一誠の自室。

そこにはいつもの三人の姿があった。

その中で携帯を握り締める男、松田は獣のような荒々しい呼吸をしながらあることを実行しようとする。

 

 

「往くぞ…」

 

「応ッ…!!」「応よ!!」

 

 

画面に映る名前は『美咲姉さん』。

呼び出し音を押すとそのまま耳に押し付ける。

 

コール音が、一回、二回、三回―――

 

 

「………ゴクッ」

 

「………」

 

「………」

 

 

松田の唾を呑む音が響いた瞬間。

 

コール音が中途半端に途切れる。

 

そして―――

 

 

 

『もしもし、……松田か?』

 

 

 

その冷静な女性の声が電波を通して届いた。

 

元浜と兵藤が二人揃ってガッツポーズをする。

彼女が電話に出た、まず条件が揃う。

 

 

「え、えと…どうも、美咲姉さん……夜にすいません」

 

『……まだ7時、気にする時間ではないが』

 

「そ、そうっスね」

 

 

ぼすっ、と兵藤が軽いボディブローを叩き込む。

(時間なんて今気にする事じゃないだろボケェ!!)というツッコミだ。

 

 

『…で、何の用だ。世間話の為にかけたという訳でもないんだろう』

 

 

ドクン、と三人の胸が同時に高鳴る。

 

 

「あ、あのですね…」

 

『ああ』

 

「その………」

 

『………』

 

 

脇二人が早く、早く、とジェスチャーで松田に伝えてくる。

(黙っちゃってる、向こうも黙っちゃってるから!!)と元浜が松田に軽いボディブローを何発も叩き込む。

 

 

「に…24日、なんですけど……」

 

『ほう、24日』

 

 

その日に、その日に、と脇二人が口パクで彼に伝えてくる。

松田の震えが大きくなっていく。

 

 

「その日に…い、一緒に………」

 

『……ふむ』

 

 

 

舌が渇く。

生唾を呑み込む。

 

一拍置いて、告げた。

 

 

 

「ま、町をあるk―――」

『まあ、24日は今さっき予定が出来てしまったが…』

 

 

 

 

―――固まった。

 

三人ともが、固まった。

 

 

 

 

「え、だ、誰との…予定スか…?」

 

 

 

 

 

 

『――――木場だが』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――今日、ここに哀戦士(バーサーカー)が生まれた。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

「アイスティー、おまたせしまし、たっ☆」

 

「………?」

 

 

12月24日、木場に呼び出された日。

待ち合わせは5時と冬なら日が暮れきった時刻に指定された。

 

その指定場所である近場の喫茶店。

その窓際の一席に自分は座っていた。

 

 

「……ンフフッ☆」

 

 

…先程注文の品を運んできたウェイトレスが何故か同士を見るような目で此方を見てきた。

一体何の同士に俺を見ている。

 

何となくそのウェイトレスを見ていると、注文で呼ばれたのかちょうど俺の横の席へとやってきた。

その席には、一目で分かるような中学生程の年齢のカップルが―――

 

 

 

「―――ケッ」

 

 

 

その席に行った瞬間、ウェイトレスの顔が『鬼』と化した。

 

 

…少し、察した。

 

 

こんな日に一人でいる自分にシナジーを感じたのだろうが…年下にまで嫉妬を燃やすのは少し大人気ない。

普通に微笑んで立っていた時は男性客に色目を使われていた程に綺麗であったというのに。

 

ウェイトレスが注文を取り終えて戻ろうとする時、もう一度此方にパチコン☆、とウィンクを飛ばしてきた。やめろ、みっともない。

 

 

 

と、そこで腕時間を見ると『16時50分』、そろそろ来てもおかしくはないが―――

 

 

 

「―――いらっしゃ………あ」

 

 

 

その時、ウェイトレスの挨拶が中途半端に止まるのを聞いた。

 

腕時計から目を移すと、待ち人の姿があった。マフラーを外してウェイトレスに微笑みかけている。

 

ウェイトレスが目を輝かせて質問しているのが分かった。見てくれは一応美男子なのだからそれも当然だが。

 

 

 

「お一人様ですか!? ですよね!?」

 

「いえ、人を待たせているかもしれないので―――あ、いました」

 

「………ご案内します」

 

 

 

彼が此方を指差すと、ウェイトレスが明らかに消沈しながら近付いてきた。一々疲れないのだろうか。

 

 

 

「……ご注文は」

 

「ホットコーヒーと、ショートを二つ」

 

「かしこまりました、ごゆっくりどうぞケッ……」

 

 

 

視線を天敵でも見るような眼に変え、ウェイトレスは去っていった。

 

軽く溜め息を吐き、改めて目の前に座った男を見直す。

 

 

 

「待たせたかな」

 

「五分待った」

 

「…それはそれは」

 

 

 

いつも通りだなぁ、と男――木場裕斗が呟く。

いつも通りでない言動をする必要が何処にあるというのか。

 

 

 

「外見てみなよ、雪が降ってる」

 

「…そうだな、これから話すことに一切関係無いがな」

 

「もう…」

 

 

 

仕方ないな、といった雰囲気で木場が苦笑いをしているとちょうどホットコーヒーが運ばれてきた。

 

 

 

「あと木場、コーヒーと一緒にケーキを頼んでいたがあれは何のマネだ」

 

「ん、もう少しこの喫茶でお話したいかなと思ってね」

 

「……目的の話はこんな場所で出来るような内容か?」

 

 

 

ホットコーヒーにのんびりとミルクとシュガーを混ぜる木場。完全にしばらく居座る気だ。

 

 

 

「いや、今からする話はただの世間話さ……この店から出たい?」

 

「……」

 

 

 

正直を言うと居辛い。

何せ日付が日付だけに店内の七、八割が男女のペアなのだ。

そういうのは柄ではない。

 

 

「まぁ…じゃあ少ししたら出ようか」

 

「…それでいい」

 

 

―――自分は悪魔が嫌いだ。

 

だからこそ悪魔には、積極的には関わらないと決めていたのに。

しかし今自分は目の前の悪魔と皮肉にも談笑している。

 

自分は―――

 

 

 

「―――そういえばこないだの井上さんとの昔の話を途中までしか聞かせて貰ってなかったね」

 

「…地方プロレスの映像を持ってきて困惑したという話だったか」

 

「そう、それそれ」

 

 

 

結局その後、雑談で一時間程居座り、外の雪が止んだのを頃合いに喫茶店を出た。

 

ちなみに最後まであのウェイトレスは俺を睨み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、元浜さんの話も楽しんだしそろそろ重要なお話をしてもいい頃かな」

 

「最初からそうすればすぐに終わっていただろうに……どこで話す」

 

「……そうだな、選ばせてくれるというなら―――」

 

 

店を出ると既にアーケード街のイルミネーションに明かりが灯っていた。

生え揃った街路樹、入ったことのない洋服店、ファーストフードのチェーン店。その全てがクリスマスイブの町を彩る一つの要素となっていた。

 

横に並んで歩くカップルを邪魔に思いながらも木場に着いていく。

しばらくして彼はある細い路地の前で止まった。

 

 

「―――ここかな」

 

 

木場はすいすいとその細い路地を進んでいく。それに付いていくこと約数分。

 

ある店の前に辿り着いた。

 

 

「………ダーツバー『AfterDark』、こんな店があったのか」

 

「できたのは割と最近らしいけどね」

 

 

そう言うと木場はシックな外装のドアを迷いなく開けて、中へ入っていった。

 

自分も続けて店内へ入ると―――

 

 

 

「―――いらっしゃいませ…って木場じゃないか。どうしたんだ、開店時間直後に来るなんて珍しい」

 

「どうもマスター、今日は少し静かな場所で話がしたくてね…一番奥のテーブルを借りるよ」

 

 

 

―――不思議な雰囲気のする場所だった。

ライトが一部、外のイルミネーションのような派手さを持っているにも関わらずに落ち着いている。広めな空間に客が誰一人いないこと、BGMが1970年代のピアノジャズであることも関係はあると思うが。

 

 

「で、そちらのお嬢さんは誰かな? いつもの一緒に来ている大学生の姉さんではないみたいだが…」

 

「……マスター、まるで僕を『違う女性を引っ掛けて遊んでいるような馬鹿』みたいに言うのはやめてくださいよ」

 

「おや…違うのかい?」

 

 

木場を弄ぶカウンターに居る人物。

一目見たときは男性かと思ったが、声質と膨らんだ胸部から見てボーイッシュな女性のようだった。

バーテン服に身を包み、腕組みをする姿は短めのボブと相俟ってかなり凛々しく見える。

その人物が俺に向かって声を掛ける。

 

 

 

「ダーツバー『AfterDark』へようこそ。私の名前は―――この店に短期間で三回以上来た奴にだけ教えてるから…今はマスターと呼んでくれ」

 

 

バーテン服の女性、マスターは一物抱えてそうな黒い笑みを浮かべた。

 

 

 

「…じゃあ、マスター」

 

「なんだい?」

 

「何故短期間で三回以上来た客にしか名前を教えないんだ?」

 

「……この店に初めて来る奴はね、少し雰囲気と自分に酔った奴が多いのさ。しかもそういう奴等に限ってこの店を楽しめずに二回目以降は来ない……そんな奴等に名前を中途半端に覚えて貰ってもねぇ…まぁ、単なる私の流儀だと思って貰えればいいさ」

 

 

 

そこまで話すと彼女は一番奥の席を指差し、小さく「どうぞ」と言った。

 

それに従い、この店で一番奥のテーブルへと移動した。

 

 

 

「飲み物は…僕と同じでいいかな」

 

「お前は何を飲むんだ?」

 

「炭酸のジンジャー系、気に入ってくれると嬉しいけど…」

 

「甘過ぎなければ何でもいい」

 

 

 

木場がカウンターのマスターへと流し目をすると、会話が聞こえていたのか彼女が何かを準備し始めた。

 

…これからする会話を彼女に聞かれていいのだろうか。それにこの店だって時間が経つにつれて他の客が続々と入ってくる筈だ。

 

 

 

「……ああ、ちなみにマスターは一応裏関連、悪魔とかそういう話は知ってるよ。他の客だって内輪の話に夢中になれば他人の話なんて耳に入らなくなるさ」

 

 

 

此方の心を透かしたかのように答えた木場、彼がダーツボードが取り付けられた機械の前に行って何かをするとダーツボードが点灯した。

 

 

 

「さて元浜さん、ダーツのルールは如何かな?」

 

「経験は無い、ルールは知っているが…」

 

 

 

生意気な様子の木場がテーブルに戻ってくる。

 

木場が持ってきたダートを一本奪い去り、間髪入れずに数m先のダーツボードへ向けて投擲した。

 

俺の投げた赤いシャフトのダートは直進する。

そしてそのまま吸い込まれるように中心円の直上、すなわちトリプル20に突き刺さった。

 

 

 

「…こうするだけのゲームだろう」

 

「…なるほど、それじゃあそうだな―――」

 

 

 

木場も同じようにダートを手に取り、狙いを付ける間もなく投擲した。

 

木場が投げた青いダートは―――

 

 

 

―――俺の投げた赤いダートのシャフトに連なるように刺さった。

 

 

 

「―――お互い利き目禁止、利き腕禁止で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――元浜さんはさ、『化物』の定義ってどんな風に考えてる?」

 

 

手元が狂った。

 

明日の方向へと飛んだ赤のダート。

辛うじてヒットするがダブルリングの6という微塵の点数となった。

 

背後の木場に抗議の視線を送る。

 

 

 

「ごめんごめん……で、どうかな」

 

 

 

木場は微笑みながら先程届いた『ウィルキンソン辛口マスターブレンド』を啜っていた。

何故そんな事を聞いてきたのか。

こんな事で手元が狂う自分も自分だが。

 

 

 

「さぁ…少なくとも話も聞かずに部下に攻撃を命じる悪魔(バカ)は含まれると思うが」

 

「…貶すなら部長じゃなくて僕にしてほしいなぁ」

 

「あの女が俺の弟と恋仲になる許可を土下座で頼んできたら考えてやる」

 

「…多分一生無いんじゃないかな」

 

「俺もそう思う」

 

 

 

向き直り、今度は特に妨害も無いままにダートを投げた。

ブルに近い位置の18に刺さった。

 

「おしい」と木場が大して惜しんでもいないような声音で呟くのが聞こえた。

 

 

 

「―――先に僕が話そうか、『化物』の定義」

 

 

 

木場がドリンクを置き、テーブルに軽くもたれ掛かる。大して気にもせず改めてラインの前に立った。

左手の中で赤いダートを弄びながら、集中を高めていく。

 

 

 

「話すといい」

 

「じゃあ失礼して……僕が思うに『化物』っていうのは―――」

 

 

 

ダーツバーを構える。

先程と違って集中を乱すことなく、ブルを射抜くビジョンを浮かべる。

 

自分の中で三拍数え、そして投げ―――

 

 

 

「―――人間のように、『心』を持った生物が『化物』だと思う」

 

 

 

 

―――手元が、狂った。

 

 

投げて思わずすぐに振り返る。

 

木場は、また一本取ってやった、といった顔をしていた。

彼がドリンクを持っていない方の手で俺の背後を指した。

 

 

自分の投げた赤色、そのシャフトが指す得点は、1のトリプルラインで3点。

大外れ。

 

軽く指を鳴らしながらボードに近寄り、自分が投げたダーツを回収していく。

 

テーブルに戻ってくると真っ先に問い掛けた。

 

 

 

「何故、だ。逆ではなく、か?」

 

「……なるほど、何でそんなに動揺したかと思ったら…ちょうど僕と逆―――『心を持たない生物が『化物』だ』と言いたかったのかな?」

 

「………非常に残念な事に大当たりだ」

 

 

 

【心を持たない生物が『化物』だ】

まさにそうではないか。

慈悲も道徳も感情もなく相手を蹂躙する存在。

誰かが抱く希望を幾百と纏めて擂り潰す存在。

それを『化物』と言わずして何を『化物』と言うのか。

 

それに事欠いて、【人間のような心を持った生物が『化物』】だと。

 

 

 

「…何を根拠に」

 

「うーん、何処から話そうか……じゃあさ」

 

 

 

木場が残った炭酸を全て胃に注ぎ込み、入れ換わるようにしてダーツボードの前に出る。

 

俺と同じように左手でダートを弄り、考え込む動作を見せる。

 

 

 

「元浜さん、君はさっき冗談で悪魔を『化物』だなんて言ってたけど…僕達悪魔のしている仕事がなんだか分かる?」

 

「仕事……悪魔のイメージからすれば、契約、聖職者への悪事だが」

 

「前者がアバウトだけど当たりかな」

 

 

 

彼の手から青色が放たれた。

話していたにも関わらず、最後まで集中が途切れてはいなかった。

 

18の、トリプルライン。54点

 

 

 

「人間の求めうる欲望を叶え、その対価を支払ってもらう…まぁ、契約だね」

 

 

 

そう言いながら木場はポケットから小さく折り畳まれた紙を取り出す。

奇妙にもそれを回転させるように投げてきた。

 

落とさないように受け取り、八折りの紙を開く。

内容は『あなたの願いを叶えます!』、そんな謳い文句が書かれた胡散臭いチラシだった。

 

 

 

「それを人間に渡すことで僕達悪魔は契約を何人もの人々と結んでいく」

 

「……これでか? 悪魔本人が言うのだから本物という事は信じるが…何も知らない一般人は信じないだろう」

 

「駄目で元々、とかそういう人も多いけどね」

 

 

 

話しながら木場がダート投げていく。

20、7のトリプルライン。安定して点数を稼いでいた。

 

木場がダーツを回収していくのを見ながら、辛い炭酸に柑橘系の果物が数種類飲み易いようにブレンドされた手の中のドリンクを飲み干す。

 

 

 

「さっきマスターが入店時に、いつもの女子大生じゃないのか、みたいな事を言っていたけど……実はそれも契約者の一人でね」

 

「……契約者の女性と一緒にダーツバーで遊ぶのか」

 

「まあ、そうして欲しいという契約だからね」

 

「…ホストだな」

 

「部長に言われ慣れてるよ」

 

 

 

戻ってきた木場が空の両方のグラスを見て、そのままマスターに何かを注文し始めた。

メニューも見ずにすらすらと注文しているのを見て、改めて木場がこの店の常連だと確認させられた。

 

 

 

「ちゃんとその相手の女性も対価を払って、僕とここで遊んでいるんだよ。まぁ、さっき元浜さんが言ったみたいに少し不純な関係に聞こえるかもしれないけど……」

 

「『対価を払って悪魔と夜に遊ぶ』と言えば少し不純どころじゃないがな」

 

「それは置いといて……まぁ、それでも僕や、他の悪魔達はそうして人間達の願いを叶えていってるんだ―――契約者は皆大体満足そうな顔をしてくれるよ」

 

 

 

そこまで言うと彼は感慨深そうに目を閉じた。

 

 

 

「―――でもだからこそ思い返さずにいられない。僕が、悪魔に転生する直前に味わったあの焼けるような『悪意』を」

 

 

 

そう言った瞬間、木場が冷え切った(・・・・・)

 

店内に木場の冷たい怒気が広がる。

まるで綺麗な水溜まりに一滴の黒絵具を垂らしたかのように店内が静まった。

周りの客も本能のような何かで冷気の源を感じ取ったのか、一番奥のこのテーブルに目を向けた。

 

 

 

 

「―――木場ぁ…次やったら退場な。ほれ、砂糖漬け焦がしトーストと苦味増しカプチーノ」

 

 

 

冷気を滲ませて佇む木場の頭に、ぼすりと飲み物類が載ったプレートが置かれた。

当然の如くマスターであった。

 

プレートをテーブルに置き直すと木場の頭に軽い制裁をもう一発。なんでもなーいなんでもないから皆さんダーツに戻ってねー、と少し陽気なテンションでマスターはそのままカウンターに帰っていった。

 

木場は少し毒気を抜かれたように溜め息を吐いたが、すぐに近くのテーブルに軽い謝罪の言葉を掛けていった。

 

 

 

 

「………えー、あー…ごめん」

 

「…どうでもいい事だ。それより木場、悪魔に転生とはなんだ」

 

「…そう言えば元浜さん、三勢力関連の話は基本的な事しか知らなかったね」

 

 

 

木場はばつが悪そうにしながらも、運ばれてきたカップを勧めてきた。

 

手に取りながら話に耳を傾ける。

 

 

 

「簡単に言うとね、部長のような上級悪魔は『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』という他種族から悪魔に転生させることができるアイテムを所持してるんだ」

 

「…それによって転生悪魔は生まれる、と」

 

「その通り……僕の場合は本当に死ぬ寸前で転生させてもらったからね、僕にとって部長は文字通り『命の恩人』だよ」

 

 

 

リアス・グレモリーは木場の命の恩人。

たとえその命の器を変えられたとしても、彼女をそう思える理由が木場にはあるのだろうか。

それとも、ただ単に生き永らえた事への感謝なのか。

 

カップの中身の熱い液体がやけに苦く感じる。

 

 

 

「先程は『悪意に殺されかけた』などと言っていたが」

 

「……そのままの意味さ……こんな場所でする話ではないけど…」

 

 

 

木場が苦虫を噛み潰したような顔しながら続ける。

 

 

 

「僕はね…ある教会で行われた特殊な神器の計画、その被験者の一人だったんだよ」

 

「……教会、という事は天使の陣営か」

 

 

 

そう言われて浮かんだのは、胡散臭い笑みを浮かべるいつかの堕天使嫌いの天使。

狂気を感じさせるような視線と思考、相手を逆撫でする事を目的としていたかのようなあの言動。

ロクな者ではなかったという事実ばかりが思い返せる。

 

 

 

「ああ、奴等は居もしない頭の中の虚像にすがり付く馬鹿共だよ」

 

 

 

吐き捨てるような口調、そして沸き上がる憎悪。

例えるならば、木場の心の奥深くに根付く『憎悪』が彼の苦悩を吸って成長している、といったような表現。

 

 

 

「被験者か、あまり良い響きではないが」

 

「……響きどころじゃない、中身も最悪さ」

 

 

 

木場の瞳はとっくに曇り始めていた。

彼が、今まさに彼でなくなっていくかのように見える。

 

 

 

「計画の要である神器との適合実験、それに関わる狂信者や妄信者の神父、そして適応に失敗した被験者達の末路―――その全てが最悪で最低の『悪意』に包まれた物だった」

 

 

 

『悪意』―――木場が、心を持った生物こそが『化物』だと考える、その根本的な原因。

 

 

 

「適応に、失敗した被験者は」

 

「―――処分さ。『ゴミ(フリョウヒン)ゴミ箱(ジゴク)に』だとか言ってたよ」

 

「………(ゴミ)、か」

 

「ああ、ゴミさ」

 

 

 

狂信者に妄信者、彼らもまた人間であった筈。

ならば何故、何処からそのような『悪意』を生み出したのか。

 

 

 

「神父共がね、僕や他の被験者を処分する時、僕は奴等のような人間が『化物』にしか見えなかったんだ」

 

 

「…………」

 

 

「…元浜さん、簡単に辿り着く結論だよ。人間は心を抱くが故に『悪意』を生む、だからこそ―――」

 

 

 

 

 

 

「―――心を持った生物は、『化物』でありうると僕は思うんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追い出された、な」

 

「いやごめん、ホントにごめん」

 

 

 

俺と木場は小雪が積もった住宅街のアスファルトを行っていた。

 

あの後、憎悪が昂りきった木場に飛んできた物はお勘定のボードだった。

投げた主は当然マスター。

親指を出入口に突き付けて、木場にジェスチャーで「退場」と伝えていた。

 

自分はあ、と一瞬呆けた木場に蹴りを叩き込んで正気に戻すとすぐに店の外へ連れ出したのだった。

 

 

 

「そろそろいい時間だ、俺は帰るが」

 

「あー…」

 

 

 

気付けば既に22時過ぎであった。

街にいた健全なカップルは解散し、そうでもないカップルはまだ遊ぶか少し早いが宿泊できる場所に行くか、そういう時間帯だった。

 

木場が話し出すのを、足が雪を優しく踏み砕く音を聞きながら待つ。

 

 

 

「…もう少しだけ、もう少しだけ話に付き合ってくれない?」

 

「……どのくらい」

 

 

 

そう尋ねると、木場は偶然通り掛かった自販機の前で止まった。

 

そしてそこで温かい缶コーヒーを買うと、こちらに投げた。

 

 

 

「君がそのコーヒーを飲み終わるまで」

 

「安い」

 

「…じゃあもう一本いる?」

 

「………」

 

「冗談だよ」

 

 

 

溜め息を吐きながら、立ち止まる。

人工的な光を放つ自販機に、木場と同時に背を預けた。

 

 

 

「で、今更何の話だ」

 

 

 

大して固くもない缶コーヒーの口を開けると、その小さな口から湯気が立ち上った。

 

飲もうとして口に近付けて。

 

 

 

 

「―――『虚』という存在について」

 

 

 

 

止まる。

が、何事も無かったかのように口を付けた。

隣で木場がまた困ったように微笑むのが見える。

 

 

 

「どこまで知ってる」

 

「ソースがいつかの君と野上先生の会話だけだからね、何一つ知らない」

 

「…そうか」

 

 

 

缶コーヒーの中身は4分の3ほどに減った。

 

 

 

「……人を喰らう化物だ。恐らくこの世界にはいない」

 

「そっか、じゃあ何で君はそんな化物の事を知ってるの?」

 

「何故そんな事を聞く」

 

「答えてくれないかな、僕としては君の飲むペースが予想以上に早くて焦ってるんだ」

 

 

 

缶コーヒーの中身は2分の1まで減った。

 

 

 

「……かつてそうだったからだ。今は人間だがな」

 

「そうか、なら君のあの黒い光線や黒い弾丸は虚とやらの技術なのかな」

 

「その通りだ」

 

 

 

缶コーヒーが4分の1まで減った。

 

 

 

「じゃあ、君は……今ここでその虚に戻れる(・・・)のか?」

 

「………」

 

「…元浜さん」

 

 

 

―――空になったスチール缶を握り潰す。

異様な音と共に異様な形になったそれをゴミ箱に放り込む。

 

 

 

「時間切れだ」

 

「……無理して飲んだでしょ」

 

「そうして何が悪い」

 

「…君はホントに……」

 

 

 

木場が呆れたように息を吐き出す。それは白い空気となって宙に消えた。

 

自販機から背を離す。

 

 

 

「今度こそ解散だ」

 

「…元浜さん」

 

「なんだ、もう一回は無いぞ」

 

「『美咲さん』って呼んでいいかな」

 

「………」

 

 

 

動き出す気配の無い木場を背にしたまま、話す。

 

 

 

「…まさか貴様、この程度で仲良し気取りか」

 

「いや、そこまでは言わないけどさ……君に剣を向けたあの時から今までで通算百回以上の謝罪と弁明をしてる計算にもなるんだよ?」

 

「何にせよ悪魔は嫌いだ」

 

「悪魔じゃなくて個人としての僕は?」

 

「普通だ」

 

「……だったら、ダメかな?」

 

「………」

 

 

 

振り返る。

気付けば木場が目の前に立っていた。

 

 

 

「木場」

 

「なんだい」

 

「……お前は、木場のまま(・・・・・)だ」

 

「…それでいいよ」

 

「………」

 

「……ありがとう、美咲さん」

 

 

 

 

とりあえず、一度蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「したの!? ゴールインしちゃったの姉さん!?」

 

「阿呆か」

 

「痛"!? でも姉さん木場のこと今まで避け気味だったじゃん!? なんで急に一緒に出掛けたりしてんの!?」

 

「………"友人"ならば、そのくらいは普通ではないのか?」

 

「……父さーん!!母さーん!!姉さんに(自称)男友達ができたー!?」

 

「「何ィィィィィィィィィッ!?」」

 

 

 

 




……木場とだけは和解する、って話の意味が伝わっただろうか?
まあ2人がくっつくとかじゃないって伝わればいいかな…と



ちなみにこの木場の行動群はエクセルで行先リストを適当に作ってからランダムにして選びました
一度くらいはそんな感じにしてもいいやってな感覚で
【『喫茶店』】【『ダーツバー』】【『自販機前』】

…『オカマバー』と『愛人の家』が上下にあってヒヤッとしたのはナイショ



ドルドーニ「我輩は?」
鉄パイプ「次回からです」
ドルドーニ「!?」



【今回の要約】
個人:トモダチ 悪魔:テキタイ
木場との仲はこんなになりました
え、三人組? パーリナイしましたよ?(すっとぼけ)



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Profile & Interrude

今回は本編投稿の前にスペックとその他を投稿…

するだけのつもりだったのですが1話辺りの文字数を減らすのが嫌だったのでまとめて別の方面の方々の話をば。


…ふと、「コイツスゲー使えるんじゃね」と思いついた。




Profile

 

Name:元浜美咲

Soul:ウルキオラ・シファー

Age:16

Top:164cm

Weight:44kg

B/W/H:76/56/79

Benchpress:40kg

 

Ability

虚閃

簡単に言えば赤黒いビーム。威力は一般の域を出ない者でもなければ牽制にしか使えないレベル。

虚弾

簡単に言えば黒い弾丸。威力は専用の機械で投げられた硬球程度で当たったら痛いレベル。

響転

簡単に言えば瞬間移動。敵の探査能力を抜けて移動できる為、かなりの武器になる。

探査回路

簡単に言えば魂のレーダー。使われ過ぎると話が面白くなくなる、ご利用は計画的に。

身体強化

簡単に言えば身体強化。上記のベンチプレスの数値が低く見えるくらいには強化が可能。響転と合わせて使っていく事になるだろう。

 

Friendship

(例) ○ ○ (55/100)

「――――――――」

数値は40~50付近が普通~知り合い。

低くなるにつれ関係劣悪、高くなるにつれ関係良好。

主人公以外の人物は特筆すべき者以外はコメントを省く。

 

 

From:元浜美咲

 

《井上真紀》(80/100)

「護るべき存在、似ている」

 

《元浜(弟)》(75/100)

「家族、無くしてはならない」

 

《兵藤一誠》(70/100)

「不思議な力を持っているが…」

 

《松田》(70/100)

「クリスマスの時の電話は一体…」

 

《桐生》(55/100)

「別の意味での色狂いの馬鹿」

 

《ドルドーニ・アレッサンドロ・以下略》(55/100)

「友好な関係を築くべき人物且つ貴重な情報源」

 

《木場祐斗》(25/100)←→(55/100)

「食えない男、これからの関係次第」

 

《ソーナ・シトリー》(35/100)

「…井上と関わっていなければ」

 

《リアス・グレモリー》(20/100)

「………」

 

《姫島朱乃》(30?/100)

「あまり関わっていない、これから次第」

 

《元浜(父)》(85/100)

「…自分の―――」

 

《元浜(前母)》(???/100)

「気にはなる、だがもう会うことは無い」

 

《元浜(母)》(75/100)

「実質、実母」

 

 

From:井上真紀

 

《元浜美咲》(90/100)

《元浜(弟)》(75/100)

「…お友達?」

《兵藤一誠》(75/100)

《松田》(75/100)

《桐生》(65/100)

《支取蒼那》(60/100)

「良い先輩っ!!」

《ドルドーニ・アレッサンドロ・以下略》(60/100)

 

 

From:元浜(弟)

 

《元浜美咲》(85/100)

《井上真紀》(85/100)

「…まだ、諦めては…」

《兵藤一誠》(85/100)

《松田》(85/100)

《桐生》(55/100)

《木場祐斗》(30/100)

「アイヘイチュー」

 

 

From:兵藤一誠

《元浜美咲》(75/100)

《井上真紀》(75/100)

「おっぱいおっぱい!!」

《元浜(弟)》(85/100)

《松田》(85/100)

《木場祐斗》(30/100)

「アイヘイチュー」

《リアス・グレモリー》(55?/100)

「美人美おっぱいだと聞いてる、一目見たいなぁ…」

 

 

From:松田

《元浜美咲》(85/100)

「……くそッ」

《井上真紀》(75/100)

《兵藤一誠》(85/100)

《元浜(弟)》(85/100)

《木場祐斗》(20/100)

「アイウォナキルユー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つの人影が降り頻る雨の中を進んでいく。

人影が持つ黒い傘にまるで何かを打つような音で雨が落ちてくる。

その傘の下にいるのは、傘と同じ漆黒の色をしたスーツを着こなす男性。

彼は濡れ鼠となった高級な革靴を見て、雨に苛立たし気に舌打ちをする。

 

暫く閑静な住宅街を歩いていると、ある場所に辿り着いた。

半分以上廃墟に見える教会。彼は迷いなくその敷地に入っていく。

 

雨の当たらなくなった場所で傘を畳むと、塗装は剥げたが未だ重々しさを残す扉を一息に開けた。

 

 

 

「―――ん~? ドーナシーク、割とすぐ戻ってきたけど散歩は楽しんだのかにゃ?」

 

「この雨音が聞こえていながらそのような事をほざくか」

 

 

 

蝋燭でぼんやり照らされた堂内。その基はステンドグラスの下で揺らぐ祭壇の燭台。

見慣れた『頭が粉砕された父の像』に逆十字を切って、男は教会内の聖堂へ足を踏み入れた。

幾つも並べられた長椅子。

その老朽化した長椅子の一つにもたれ掛かって立っている一人の女性が男―――ドーナシークに話し掛けてきた。

 

 

 

「どぼどぼじゃん、近寄らないでね」

 

「言われなくても近付かないがな、濃い香水の臭いで鼻がヒン曲がる」

 

「ンだとコラ」

 

 

 

教会に似つかわしくない女性の服装、雰囲気、口調。ドーナシークはそれを全く咎める事無く、長椅子の脇を抜けて祭壇へと近付いていく。

 

 

 

「…カラワーナ、ミッテルトはどうした」

 

「ミッテルト? ミッテルトなら―――」

 

 

 

カラワーナと呼ばれた女性がドーナシークに振り返り、そのまま長椅子の一つを指差した。

 

 

 

「―――そこ」「―――ここ」

 

 

 

指を差された祭壇に最も近い長椅子。

ドーナシークがその横まで来た時、その長椅子から見えない女の声が響いた。

 

足を止めて視線を移すと―――だらしなく長椅子に寝そべる女性の姿があった。

寝ていたのか何なのか、ともかくミッテルトと呼ばれた女性は視界に映る上下逆さまのドーナシークに声を掛けた。

 

 

 

「おかえり、もうすぐ定例報告集会始まるよ」

 

「知っている、だからさっさと帰ってきたのだ」

 

「…びしょ濡れで?」

 

「黙れ」

 

 

 

ドーナシークがミッテルトの寝そべる長椅子を軽く蹴った。「う"っ」と呻き声を上げたミッテルトを横目にドーナシークは祭壇の前まで移動した。

その背後でミッテルトが起き上がり、カラワーナが近くまで歩いてくる。

 

 

ここに揃うは皆が皆、堕ちた者逹。欲望と冒涜、快楽に身を浸したが故に神から見放された者逹。そして今現在進行形である不穏な計画を練り合わせて実行しようとしている者逹。

 

堕天使、彼らはそう呼ばれる存在であった。

ドーナシークにせよ、カラワーナにせよ、ミッテルトにせよ、彼等は一人一人がある種の欲望を求める三人であった。

 

 

 

「―――全員集まったのかしら」

 

 

 

―――そして、更にもう一人。

 

祭壇の下よりその声が聞こえた瞬間、堂内にいた三人の堕天使逹が同時に自らの翼を広げた。

羽ばたきの音と共に冒涜の黒色に染め上げられた堕天使の翼が合計三対出現した。

 

 

 

「ひぃふぅみ…全然足りてない、というか半分しかいないじゃない―――」

 

 

 

祭壇の直下に隠された階段より歩き出で来た女性。彼女はゆっくりと地上に姿を表す。

それと同時にその女性も黒い鴉のような翼を解放するように広げた。

 

美しい。ブラックオニキスのような黒く柔らかい艶を持った髪。端正な顔立と共にその目と唇に秘められた色気。身に纏ったローブの上からでも分かる豊満な肢体。背中に広げられた汚れ一つ無い穢れた翼に背景の蹂躙された父の磔の像が相俟って、名の有る画家の絵画のようにすら見えた。

 

 

 

「下郎な神父は居ても居なくてもどちらでも良かったけれど…あとの二人は、ねぇ?」

 

 

 

困ったように吐息を洩らす堕天使、その名を―――レイナーレと言った。

 

 

 

 

「レイナーレ様、少なくとも一人はそっちにいたと思いますよ? もう一人の頭でっかち馬鹿は知らないけど」

 

 

 

カラワーナが聖堂と宿舎の隣接箇所に存在している扉を指した。

その言葉を聞いて、その場にいる四人が一斉に沈黙して耳を澄ます。

 

すると微かな音が聞こえてきた。

女性の話し声。音はそれだった。

 

 

 

「……彼女以外でそっちに誰かいたかしら」

 

「レイナーレお姉様、多分また独り言ですよ」

 

 

 

独り言、確かに先程から話し声らしきものは聞こえるがそれは一人分しか無かった。

ブツブツと、たまに聞こえる笑い声とが捨てられた教会の雰囲気と合わさって軽い心霊現象にすら聞こえる。

 

 

 

「―――新入りッ!! 早く来いッ!!」

 

「―――ッ!!?!?」

 

 

 

静かだった教会内にドーナシークの喝を含んだ怒声が響き渡る。

すると扉の向こうからバタンガタンと何かが転げ落ちる音が大量に聞こえてきた。

 

そして、暫くの間をおいて沈黙。

 

その様子にドーナシークが溜め息を吐いた。

 

 

 

「まぁもう少し時間が掛かりそうだし、この場にいる人員だけでも別に本題が話せないという訳でも無いし…」

 

 

 

沈黙したドアの向こう側の人物は置いといて、レイナーレは三人に向けて両手で椅子に座るよう指示をした。

三人は一番近くの席に座ってレイナーレの言葉を待った。

レイナーレは一つ咳払いをした。

 

 

 

「―――さて、私達の計画を本格的実行の段階に移す時が来たわ」

 

 

 

レイナーレがローブの内側から一枚の写真を取り出した。

写真に写る人物は、金髪の外国人の可愛らしい修道女の女の子であった。

そしてその写真の空き部分を埋めるように黒く太い字で『聖母の微笑』と書かれていた。

 

 

 

「―――近日、私達の計画の要となる『元』聖女、アーシア・アルジェントが私達の元へと来るわ」

 

 

 

レイナーレが凄惨且つ妖艶な笑みを浮かべると、目の前に座る三人もつられるようにして笑みを浮かべ始めた。

 

『元』聖女、アーシア・アルジェント。

ヨーロッパ方面の中規模カトリック教会にて聖女として活躍していたが、神器の能力が強力過ぎて神の加護を承けていない悪魔を治療してしまった『元』聖女の『現』魔女。

天使の加護を承けた教会の者逹にあっさり魔女として異端視され当てなく放浪。

神器の希少性に目を付けた堕天使陣営によって保護されたその少女。

 

 

 

「『元』聖女の体内から希少性の高い神器をサルベージし、それを取り込んで私自身の力を至高へと押し上げる―――アハハッ」

 

 

 

レイナーレの美しく黒い笑みが、欲で醜く歪んでいく。そのまま声を抑えきれずにレイナーレは大声で笑い出した。

 

 

 

「アーッハハハッ!! やっとよッ!! これによってアザゼル様やシェムハザ様に評価して頂き、組織内で高みへと上り詰めるッ…!!」

 

「我々は長年待ちましたもの、レイナーレお姉様」

 

「そうよ、ミッテルト!! 上を騙してまでこの計画を進め、そして遂に!! 私達は報われようとしている!!」

 

 

 

彼女の笑い声は、止まない。

廃れた教会に彼女の持つ欲を全て凝縮した笑い声が反響する。

ミッテルトは誇らしげに胸を張り、カラワーナは余裕そうに欠伸をし、ドーナシークは笑い声を増長するように軽い拍手をする。

 

三者三様の反応、だがその心に抱く野望は同じであった――――

 

 

 

 

「―――アハハハッ…………は?」

 

 

 

そこでレイナーレが急に何かに気付いたように笑い声を止めた。

他の三人はレイナーレが声を上げるのを止めた事に疑問を覚えたが―――

 

 

 

「―――アハハッ…ヒヒッ……」

 

 

 

視線がある一ヶ所に集中する。

 

宿舎へ続く扉、そこから笑い声が聞こえた。

一瞬にしてカラワーナとミッテルトが警戒体勢に入るが、ドーナシークは違った。

 

 

 

「………チッ」

 

 

 

不機嫌そうに舌打ち、そして大きな足音を鳴らしながら扉へと歩き出す。

 

その様子にレイナーレが気を殺がれたように溜め息を吐いた。

 

 

 

「―――新入り、神器と遊んでないでさっさと来い」

 

 

 

そう言って戸を開け放つ。

 

中には長い銀髪、否、白髪の若い女の姿があった。中途半端に脱色した髪の毛は髪先から半ばまでがストレス性の病で色が落ちたかのように不健康な色をしていた。

その腕に掻き抱くは豪華絢爛、装飾で飾り付けられた白く禍々しい槍があった。

扉の奥に座り込み、虚ろな目でニヤつく彼女はただ単純に不気味である。

 

扉を開けたが為に、笑い声が堂内にこだまする。

 

 

 

「―――アハハッヒヒハハハハァッハハアッハハハハッハハッヒヒヒヒッ、ガハッハハハッアハヒヒヒッヒッヒッ、ヒッヒッヒッヒヒヒ……」

 

 

 

笑い袋を力任せに捻り切ってもこのような笑い声は出ないだろう、そんな声。

だがその場にいた堕天使全員が聞き慣れているかのように耳を塞いだ。

 

暫く笑い続けると女は徐々に声を弱めていき、そして間を置いて槍に向けて呟いた。

 

 

 

「愛してる、ファビオ―――」

 

「―――取り上げるぞアビゲイル」

 

 

 

頬を擦り付けようとした女性の腕から槍を蹴り上げる。あっ、と言う声も聞かずにドーナシークは槍を掴み、彼女に背を向けた。

 

 

 

「ッ―――!!! 返せッッッ!!!!」

 

 

 

一秒と間を置かずに、手に光の槍を生み出す。

そして躊躇など全くせずにそれをドーナシークの背中に向けて振り抜いた。

 

カラワーナとミッテルトが目を剥くが―――

 

 

 

「―――気狂いめ」

 

 

 

子供の駄々を扱うように、ドーナシークは即座に振り向いて奪い上げた神器らしき槍でアビゲイルの槍を弾き飛ばした。

 

そして、そのまま突き出された女の腕に掠らせて聖堂の床に槍を突き刺す。

 

ざくり、と常人なら恐れを成しそうな重厚な音が鳴り響く、が―――

 

 

 

 

「―――ア、ア……」

 

「……そんなにこの神器が好きか」

 

 

 

少しズラされれば彼女自身の腕を斬り落としていた槍に、壊れ物でも触るようにゆっくり手を触れる白髪の女。

 

まるで愛おしい者を抱くように、また槍を胸の中に抱き締めた。

 

 

 

「……レイナーレお姉様ぁ…どうしてあの変な槍フェチ女なんて引き受けたんですかぁ…? 自身の神器が恋人なんて言ってしまえば ある意味超ナルシストじゃないですか」

 

「ああ、ミッテルトはまだ知らなかったわね」

 

「…何を?」

 

「―――あの神器は彼女の物ではないわ」

 

「…………はぁっ!?」

 

 

 

ミッテルトが驚きの声を上げる。

 

後ろで何となく聞いていたカラワーナと件の女に構っていたドーナシークがその声に驚いて身体を跳ねさせた。

 

二人の苛立たしげな視線を受けるミッテルト。

 

 

 

「あの神器、実は『嵐神の裂槍』といってファビオ・サンドラグッドって天使の神器なのだけど……知らないかしら?」

 

「…ファ、ファビオ…―――はぁあっ!?!!?」

 

「黙れ」「うるさい」

 

 

 

今度は声を上げるのを察したのか、ドーナシークとカラワーナはちゃんと耳を塞いでいた。

密かに件の女が槍を抱きなおして目を輝かせたが、別段気にした者はいない。

 

 

 

「ファビオって……『沈黙の老紳士』のファビオ…よね? 神器は知らなかったけど」

 

「そうよ、上級天使への昇格という名誉を死ぬ直前まで拒み続けた大馬鹿者よ」

 

「……死ぬ―――はぁあああっ!!?!?」

 

「…流石に五月蝿いわよ、ミッテルト。というか死んだ事自体はもう約十年前の事なのに何故知らないのかしら…」

 

「…堕天してから上の事なんて全然気にしてませんでしたよぉ…」

 

 

 

ミッテルトが知っているファビオ・サンドラグッドの情報と言えば、『糞強い』『糞ウザい』『糞五月蝿いし、全然沈黙してない』等という断片的な情報であった。

 

 

空気が、急に軟化し始めた。

 

レイナーレが咳払いをして気を取り直す。

 

 

 

「まあ、あの堕天使を引き受けた理由は二つ。『とっくに宿主が死んだ神器が何故他人の手元に残っているかの調査』、『それを成功させれば神器の新たな可能性をアザゼル様に評価して貰える』―――この二つね」

 

「確かに、持ち主が死んだのに特殊加工もしていない神器が自然消滅しないなんておかしいですもんね」

 

「そう、その点で言えば今回の『聖女の微笑』を人為的に取り出す儀式と何らかの関連性も見られるから一石二鳥でもあるわ」

 

 

 

 

今より約1ヶ月前、その『神器が別の人物を勝手に宿主と認める現象』に偶然気が付いた堕天使がいた。

気付いたのは件の女の知り合いで、数年ぶりに女に会いに来た時に気付いたらしかった。

 

件の女は約十年前に『ファビオ・サンドラグッド』が亡くなってから、彼の置き形見となった槍を一日と側から離さずに自室に閉じ籠っていたらしかった。髪の微妙な白髪はその影響だという。

 

 

 

「その事象が発覚した時は何人もの堕天使が、槍を奪う、彼女を手懐ける、なんて事を考えたらしいけど……」

 

「……けど?」

 

「あの槍、神器としての神格と能力が無くなってるのよ」

 

「…それは確かに誰も欲しがらないかなぁ」

 

 

 

『嵐神の裂槍』。

突かば雷が走り、薙げば暴風が吹き荒れる。

闘えば闘う程に使用者を中心に風は吹き荒れ、稲妻が飛ぶ。その様子はまさに嵐。

 

ファビオ・サンドラグッド自身の武勇と彼がが使うその神器は、彼の名を実力者として知らしめるに十分なインパクトだった。

 

 

 

「上級天使への昇格を認められる程の戦力になる神器が一人の女堕天使を襲うだけで手に入るのよ? 誰もが奪いに行こうと考える事でしょう」

 

「…でも、蓋を開けてみれば『ただの切れ味の良い槍』ですからね」

 

「ええ、誰もが急速に興味を失っていったわ―――私以外はね」

 

 

 

ドーナシークが件の女に怒鳴っている。

不思議な事に槍にかまける彼女を注意するドーナシークの様には、何処か手慣れた様子があった。

 

まるでカラワーナやミッテルトと違い、以前から彼等が接触しているように。

 

 

 

「これは名誉の種になる、そう考えた次の時にはもう即座に引き受ける事にしていたわ。世話が面倒だから即座にドーナシークに押し付けたけど」

 

「鬼畜ですね、レイナーレお姉様」

 

「……いや、だって、あれは…関わりたくないわ」

 

 

 

そう言って二人を指差すレイナーレ。

 

カラワーナとミッテルトが視線を向けると、急に怒鳴る事を止めて口をあんぐりさせたドーナシークと――――

 

 

 

 

 

「―――んんっ…ピチャ、レロォ…んぁ、ピチャ、ピチャ…んっ」

 

 

 

 

 

―――槍を舐める女の姿があった。

 

 

 

 

 

「…………レイナーレお姉様」

 

「……何?」

 

「私も、そうしたと思います」

 

「でしょ」




…という訳で脇役だったアビゲイルさんをもう一回出してみた
キャラを濃くしてな!!

ミッテルトとレイナーレのキャラが全然掴めてないから誰か教えてくれろ。
今回は応急措置でこんな会話にしたけど恐らく性格違うと思う。

レイナーレのグループの堕天使はレイナーレを抜いて5人。
ドーナシーク、ミッテルト、カラワーナ、アビゲイル……あと一人って誰だ!?
そういうフラグを適当に立てとく。

次の話は時系列が非常にメンドイ事になった、次投稿した話を見た人は意見くれたらうれしい。



あ、ガンダムオンラインやってる人はフレにならないか。
鉄パイプのプロフィールにFサバジオンのネーム乗せとくからドゾー。



【今回の要約】
レイナーレ陣営が着々と計画を進める…。
あれ、2人仕事してない方がいらっしゃいますねェ…
アビゲイルと、おいそこの頭でっかち、早く来(ジュッ



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ウルキオラさん、悪寒です(前)

さて、本編投稿の前に注意。
・この1話前にプロフィールと閑話を投稿しています。
・この話は改変する可能性が非常に高いです。
・この話の改編に関するアドバイスが欲しい。




 

―――遠い記憶。

実際は存在していた時間より遥かに短い時間しか経っていない。

なのに、生まれ変わる前の記憶が数百数千もの時を越えて遠ざかっていくような感覚だった。

 

俺が消える前に触れたモノを忘れ去った、という訳では無い。忘れる訳が無い。

 

ただ、それは自分の記憶ではなくなっていくように。

登った山を下りて山を再確認すると、「こんなに高かったのか」と他人事の如く思うように。

 

 

しかし遠ざかっていく記憶を冷静に見つめ返すと、例も交えてあることに気付く。

 

『過去』――ウルキオラ・シファーが遠ざかっていっているということではない。

『現在』――元浜美咲自体が遠ざかっていっているだけだということに。

 

記憶は、『過去』は、在るだけ。

自身が、『現在』が、遠退いていく。

 

『過去』は、手を伸ばせば届く位置にあるのだ。

 

 

 

―――遠い記憶は、動かない。

 

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

はらり、とページが捲られた。

印刷物の物語の中では、ヒロインと共に洞窟に隠れた主人公が全身に蠅避けのローションを塗って洞窟外を歩く何者かをやり過ごす、といったシーンが描写されていた。

耳障りな蠅の羽音、外で紅く光る眼、そして下がりゆく彼女の体温。主人公は所持物の一つであるゲームブックを片手に、その場に留まる事を選ぶ。緊張からか、殺そうしていた筈の息が自然と荒くなっていく。

武器は無い、よって洞窟外の生物に立ち向かう術は無いのだ。

 

見付かるわけにはいかない状況で、その選択肢は吉と出るか凶と出るか―――

 

 

 

 

 

 

「―――なに読んでんの、元浜?」

 

 

 

次のページに移ろうかという時、唐突に声が掛けられた。

ここ一年で聞き慣れた女友達の声。その声の主はそんな発言と共に俺の頭に片手をぽんと載せた。

 

 

 

「…これだ」

 

「んー、なになに―――貴志祐介の『クリムゾンの迷宮』……へぇ、どんな堅苦しい本読んでるのかと思ったら…結構娯楽性のあるモン読んでるのね。アンタの事だから…哲学チックな読物でもしてるのかと」

 

「俺の事だから、か」

 

「何よ、実際そんなイメージでしょ? 新しく入ってきた一年生だって、クールとか、頭良さそうとか、小難しそうとか、姉が弟の真面目成分を全部吸い取って産まれてきただとか、思ってる筈よ」

 

「実はお前が考えたものだったりするんじゃないだろうな―――桐生?」

 

「そんなことないわよ、ちゃんと聞いて回った意見を整頓した物よ」

 

 

 

 

年が明けて冬が過ぎ、そして春までもが過ぎ去ろうとしているこの5月末の気候。

駒王学園に新一年生が入学し、我々元第一学年は第二学年へと押し上げられた。

 

今は放課後。

第二外国語教室の窓から見下ろす校庭には、新しい制服を身に纏った新入生達が帰路に着こうとする光景が見られた。帰宅部か、それともまだ部活に入っていないだけか、どちらにせよかなりの数の生徒が帰宅している様子である。

 

手に持った文庫本は開いていたページに指を入れたまま閉じた。

目を軽く綴じて休ませると、改めて教室の中を見回す。

教卓で何やら帳簿を付けるドルドーニ。

ペンシルで額をつつきながら唸る井上。

先程まで井上に少し勉強を教えていた桐生。

 

そして窓際で本を読んでいた自分、計四人が第二外国語教室の中にいた。

 

 

 

「桐生さーん!! ココ、よく分かんないでーす!!」

 

「真紀、今教えたばっかりじゃん…」

 

「いやだって、何で微分したら三乗が二乗になるのかとか理屈がよく分かんないし…」

 

「あー、イメージがよく湧かないって感じかな」

 

「それそれ」

 

 

 

そんなやり取りをする井上と桐生。

珍しい事に井上は本日の数学の授業の内容があまり頭に入ってこなかったらしい。

特に変わった事があった訳ではない、ただの五月病だと本人は言っていた。心配するような事も無いだろう。

 

桐生は本からすっかり興味を失い、井上に勉強を教え始めた。少し耳を傾けてみると、三次元を微分すると?等という阿呆な質問をしている。放っておこう。

 

 

ともあれ、自分は読書に戻る―――

 

 

 

 

 

「―――彼女が欲しいぃぃぃぃいいッ!!!!」

 

「一年生の女の子ォォッ!! ダイブミー!!!」

 

「ついでに木場はくたばれェェェェェッ!!!!」

 

 

 

「…」

 

 

 

聴覚が、そんな声を微かに掴んだ。

 

本に栞を挟んで閉じ、すぐさま窓を開けて外を見渡した。

グラウンド近くの芝生の上にある三人組の姿を捉える。

少し遠い、距離にして50m以上はあるだろう。

目を細めると三人は勿論、校門を潜る一年生や部活動をする生徒から奇異の眼で見られていたのがなんとなく分かった。

 

 

 

「…ドルドーニ」

 

「む、ん? 急に何かね」

 

「何か書くものを寄越せ」

 

「構わんが…」

 

 

 

立ち上がって教卓のドルドーニへと近寄ると渡されたボールペンに加え、ペンケースの中から適当に二本のペンを取り出した。…何か一つ高そうな物が混じっていたが深くは気にしない。

ペンを三本も握り締めた自分にドルドーニが何やら不思議そうな顔を向けていた。

 

その三本のペンを片手の指の間に一本ずつ挟み込んで準備完了。

 

 

 

「あとは―――」

 

 

 

開いたままの窓に向き直る。

そこから豆粒ほどの塵共が微かに見えた。

 

そして、そのまま助走を付けて―――

 

 

 

「―――シッ」

 

 

 

―――ペンを窓の外へ投擲した。

 

ペンが指先を離れ、窓の外へと消えていく。

 

一、二秒後。地面が軽く弾けるような、ターンという音が三つ分、耳に届いた。

狙いは上々、勢いも善し。

京土産の万年筆がぁぁぁああッ、という声が後ろから聞こえたが気にせず窓の外へ向けて耳を澄ませた。

 

 

 

 

「―――狙撃ッ!? 狙撃だッ隠れろォ!!」

 

「ど、どどどっど、何処から撃ってきたッ!?」

 

 

 

三人の背後の土が投擲したペンを中心に三ヶ所弾け跳んだのを見て、馬鹿共は焦りながら近くの小さな草むらに飛び込んだ。三人には何が彼等に襲い来たのかも分からなかっただろう。

 

隠れているつもりか分からないが普通に見えているし、もう一度投げれば当たる。

 

 

 

「元浜ァ!! 松田ァ!!」

 

「現在地ッ」「現在地ぃ!!」

 

「後ろの森だっ、近い上に隠れる場所も多い!! あと剣道部の更衣室がある(ボソッ」

 

「今、時間的に部活開始前の着替え中か―――」

 

「そして、その場所は既に隣倉庫から覗けるように加工済み―――」

 

 

「「「―――そこで合流だなッ!!」」」

 

 

 

そう言って近くの木々の隙間に散り散りになって消えていく馬鹿共。

 

三人組の言動と行動の一部始終を見ていた少しの生徒達がドン引きしている。

 

 

 

………。

 

 

 

「………虚弾(バラ)―――!!」

 

「待ちたまえ  待  ち  た  ま  え 」

 

 

 

いつの間にか近寄ってきていたドルドーニに肩を掴んで止められた。

 

 

 

「また三人組が何かしてたのかね?」

 

「離せ、殺る」

 

「…弟君達の馬鹿を止めるならいつも通りもっと穏便に済ませたまえ」

 

「……響転(ソニード)―――」

 

「何故目立とうとするッ!?」

 

 

 

ゴミとクズとカスの背中が完全に木々の隙間に消えていった。

早く鎮圧せねばまた厄介事を起こすだろう。

 

 

 

「別に目立つつもりは無い」

 

「じゃあ後で普通に叱れば―――」

 

「目立たなければいいんだろう、じゃあ跳んでも大丈夫だ」

 

「なんだその謎の自信は」

 

「何の話か分からないけど朝の占いで美咲ちゃんは今日1日隠し事が上手くいく、って言われてたよ?」

 

「君は数学の勉強をしていろ……というかいつの間に近付いたのだッ!?」

 

「………―――」

 

「窓枠に足を乗せるんじゃない、下からスカートの中身見えてしまうぞはしたない」

 

「おー、何か分からんけど頑張れー美咲ちゃーん」

 

「煽るな、戻りなさい」

 

「三階の窓から飛び出すくらいいいじゃん!!美咲ちゃんだし多分(?)心配ないでしょーが!!それにスカートの中だのなんだの……このエロドーニっ!!」

 

「エロドっ、……語感悪ッ!?せめて『ドルドーニ・アレッサンドロ・エロ・ソカッチオ』にし―――いやいやいやいや、何を言ってるんだ我輩はッ!?」

 

「五月蝿い、もう行くぞ―――(ソニ)

 

「待っ、というか何故我輩がツッコミに回っているのだァァァァッ!?」

 

 

 

 

 

「……どうでもいいけどただでさえ私達『変態三人組』の関係者なのにこれ以上騒ぎ立てたら三人組と同レベルのアホに捉えられちゃうんじゃないかしら」

 

 

 

 

 

 

そんな、無駄に賑やかな新学年の1ページ。

もしかしてこの調子でいけば今年も色恋沙汰などは目立った事も特に無く終わるのかもしれない。

というより、女っ気ゼロのゴミクズカスを見ていると色恋だのなんだのと阿呆らしくなってくる。

 

駒王学園二年生になってから目立った戦い事、面倒事は一つも無い。

あの忌々しい紅髪の女が視界に入るわけでもなく、支取蒼那が悪魔として目立った行動をしたのを見たわけでもなく、堕天使に天使に悪魔の勢力争いを見たわけでもない。

 

『数ヶ月前にドルドーニからこの世界における『虚』の力の説明を受けた』が、そもそも今年に入ってからは響転と探査回路しか使っておらず、強制的に教えられた戦闘用の知識が無駄になってしまっている感覚すらある。

 

でも、それでよかった。

それでもよかった。

あの四人や周囲の友人達に何も無ければそれでよかった。

 

日々の小さな変化1つが大きな変化を及ぼすこともヒトになって理解したから。

 

 

 

だから、だろうか―――

 

 

 

 

『イッセーに彼女ができた』

 

 

 

 

―――そう聞いた時、自分は祝いの気持ちよりも胸騒ぎが先に立った。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

兵藤一誠―――それが俺に付けられた名前だった。

私立駒王学園に通う高校二年生、男、彼女持ち。

 

彼女持ち。

彼女持ち。

彼女持ち。

…もう一回言っとこ、彼女持ち。

 

そうワタクシ兵藤一誠は、何を隠そう数日前に彼女が出来たばかりなのです。

凄くね?凄くね?

…ある程度コミュ力があったら普通?

いや、だってスゲー美人なんだぜ?

凄くね?凄くね?

…あ、ウザい、って…スンマセン。

 

 

まぁとにかく俺は彼女ができたばっかりで…それを聞いた俺の悪友達は―――

 

 

 

「―――シィィィィィィィッッ!!!」

 

「―――ダァミィッッッッッ!!!!」

 

 

 

何故か英語で嫉妬を叫びながら襲い掛かってきた。

フハハァッ!!ハイになっている今の俺に攻撃が当たるかなァ!?アイキャンフライッ、ワナビアセ○クスッ!!

 

そのあと俺と元浜と松田は無駄にガガガッ、と音を経てながら拳を交わしあった。

当然、元浜姉さんの仲裁(鉄拳)が入ってすぐに終わったけどな。

鎮圧(物理)されて暫くすると頭の冷えた元浜と松田に「まぁ…お前の恋だし、頑張れよ」と励まされた。やっぱりアイツらは友達、ダチ公だ。あばよダチ公、俺は先に大人の階段を登ってやる、上で待ってるからよ!!

 

ちなみに彼女ができた旨はちゃんと女性陣にも伝えた。

元浜姉さんは珍しく目を剥いて驚いていた、俺だってやれば彼女の十人二十人はできる男なんスよ。

真紀ちゃんは何故かめでたいと言って一本締めを一人でやっていた、締めてどうするんですか。

桐生は…『アンタのモノはまあまあだから相手もソコソコ満足できんじゃないかしら』と……まあまあってなんだよ!!

 

 

と、まぁそんなワケで俺は幸せ絶頂期の中にいるわけですよ!!

 

 

そしてそのまま時が過ぎ、初デートの日。

 

 

 

 

「ま、まずは洋服屋にでも入ろうか」

 

「ふふ、じゃあ私の服を選んでもらっちゃおうかな」

 

 

 

 

俺の事が好きだと言ってくれた娘、天野夕麻ちゃん。

可愛い、カワイイ、カワイイヤッター!!

 

ツヤのある長い黒髪に口元に浮かべたかすかな微笑みにスレンダーだけどラインは豊満な体にすらっとのびた太ももとふくらはぎに……やっべ可愛すぎて鼻血出る。

 

俺が何か言う度に面白いと笑ってくれて、俺が少し呆けたりしてると大丈夫?と顔を近付けて心配してくれて、俺が手を伸ばすと恥ずかしげにその手を握ってくれて。

 

洋服屋でお互いに何が似合うか見て回った。小さな小物の店で硝子細工の動物をお揃いで選んで買った。お昼のファミレスで話しながら楽しく食事もした。

 

 

楽しい。

凄く楽しい。

とっても楽しい。

 

楽しかった。

凄く楽しかった。

 

 

………筈だったんだ。

 

 

 

 

 

「―――楽しかったわ。…まあ殺すけど」

 

「あ………え、え………?」

 

 

 

夕暮れの公園で、その別れ際。

 

夕麻ちゃんはお願いと称して、それを俺に向けた。

光が集まってできた槍、文字通りのビームサーベルのようなモノを。

 

それを投げ、痛い。

 

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!!!!!!

腹が焼けるように熱くて痛い!!!!!

 

見れば、いつの間にか夕麻ちゃんの持っていた光の槍が俺の腹を貫いていた。

血が溢れる、真っ赤な真っ赤な血が溢れる。

 

 

 

「―――ね。――――たち―とって危―因子―――ら、――めに始末―――もらっ――わ。」

 

「ア、ア、ゥグギ、あ……………ッア…!!」

 

 

 

声が聞こえない。

声が出せない。

 

そのまま仰向けに倒れ込んでしまう。

体を見下ろすとピンク色の丸みを帯びた物体が少し見えた。

何か分からない、何かは分からないけど、理解したら血と共に胃袋の中身を全部出せる自信がある。

 

 

 

「恨―――、そ―身に神――――せた神を――でちょうだ――」

 

 

 

頭が回らなくなる。セイ、なんだって?

 

そこで突然、ポケットの携帯電話が震える感覚が伝わってきた。

痛い、痛い、バイブレータで激痛が走る。

誰だ、誰かは分からない。誰でもいい。この状況から助けてくれるなら。

 

と、そこで夕麻ちゃんが倒れ込んだ俺に再び近寄ってきた。やめろ来るな。

 

 

 

「……誰かし―――、私達のデートの時間―邪魔する――て」

 

 

 

そう言いながら俺のポケットをまさぐり始めた。

痛い、痛い、痛い痛い痛い、コイツ痛みを与えるためにわざと強く身体を揺らしているのか。

激痛をそのままに30秒。やっと取り出した真っ赤に染まった携帯は当然コール音が止まってしまっていた。

 

が、折り返し掛けてきたのか再び携帯が着信音をかき鳴らしながら震えだした。

思わず手を伸ばした。

偶然にも俺の携帯に掛けてきたその人物に助けを求めるように。

 

 

誰か、助けて。

 

 

 

 

「―――残念♪」

 

 

 

その一言と共に携帯が地に落ち、夕麻ちゃんの靴の踵で踏み割られた。バキッ、という砕け散る音だけが耳を貫く。

 

そう呟いたのだけが耳に届いた。

それ以上は、それ以降は、笑い声と足音しか耳に届かなかった。

カツリ、カツリと朝はあんなに待ち遠しかった足音が今はこん、なにもこ、わくかんじ、る。

 

さむい、ちが、ちがたりな、い。

じめんに、ひろ、がるしゅいろ、のじゅうたん、これぜんぶおれのち、ち、ち。

ぶわぁ、とひ、ろがって、はらにもどそう、と、して。

も、ゆびを、すりぬけ、て、てを、よごすだ、け。

 

 

 

 

あー。

 

 

 

 

あかい。

 

あかい。

 

 

赤い。

 

 

赤い。

 

 

赤い。

 

 

 

 

 

 

 

―――紅いなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

「―――よりにもよって…貴方だというの、兵藤一誠」

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

なんだと?

 

『どう思う』って…主語を付けたまえ、主語を。…ああ、『兵藤一誠の彼女』になったという人物の事か。なんだね、近くにいた男の子が急に気になるお年頃かね?

……謝罪する、謝罪するからその手を下ろしてくれ。我輩とて女性の手形を頬に付けたまま帰りたくはない。…最近は冗談も言うようになったかと思えばこうなのだから、ハッキリしたまえよ。ハッキリと。

何、前世の序列?慎み深かった我輩は何処に行ったのかって?

……気にするなと言ったのはお嬢さん(セニョリータ)の方ではないか。敬語混じりだったのは会ってから一、二ヶ月程だけだろう。言っておくが我輩がどれだけその一、二ヶ月の間苦労したか分かるかね?

会えば体の動きが勝手にぎこちなくなり、話す言葉もピンポイントに君と話すときだけ敬語混じりになり……いつだっただろうか、『ドルドーニは元浜による折檻プレイを楽しんでいる』とかいうアホな噂が流れただろう。

む、原因は、桐生…?年末に流れた『元浜木場カップル説』も彼女の仕業………というかそういうタイプの妙な噂は彼女が大元だという事が多いのか。よし分かった、叱っておこう。

 

で、『兵藤一誠の彼女』についてだったか。

君は会った事がないのか。…入れ違いで一度も会えなかった、それは残念。

ああ、我輩は名前も顔も把握しているとも。学校の生徒なれば関わりが無くとも我輩の生徒だからな。

2ーC、出席番号2番。天野夕麻。部活動無所属、クラス内でも他の生徒とは一線を画した雰囲気の持ち主で誰にでも人当たりがよい上に成績も優秀。その美しいルックスと合わせてまさに絵に書いたような美人。

と、まぁこれがクラスの生徒、一般教職員から見た評価だよ。

…重要なのは我輩の評価かね。

分かった、イメージを率直に言おう。

 

 

 

彼女は―――やけに存在感が無かったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん、風呂沸いたってさ」

 

「―――、そうか…分かった」

 

 

 

弟のドア越しの声で現実に戻ってくる。

頭の中で反芻していたドルドーニの言葉が瞬時にして吹き飛んだ。

座っていたベッドから立ち上がる。

 

今日は兵藤が彼女と初デートだ、と騒いでいた当日。そして今既に外は夕方になっている、その初デートとやらもそろそろ終わる時刻なのだろうが。

 

廊下に出ると目の前に愚弟がいた。

 

 

 

「もうそろそろイッセーの初デートも終わりだろうなぁ……いいよなぁ」

 

「それを言うためにドアの前に立ち止まっていたのか、どけ、邪魔だ」

 

 

 

そう言うと愚弟は、あーあ、天野さんかぁ…、と呟きながら部屋へと戻っていこうとした。

 

そういえば愚弟は天野夕麻と何度か対面したと言っていたか。

 

 

 

「おい、ゴミ」

 

「なんか慣れきったわ、その呼び方…なに?」

 

「天野夕麻をどう思う」

 

「85、61、81で着痩せするタイプ」

 

「殴るぞゴミ」

 

「も"ッ、……言いながら殴られたんですが」

 

 

 

黙殺。

 

 

 

「天野さん……天野さんねぇ、美少女だって噂には聞いてたんだけどイメージとは違ったかな」

 

「イメージ?」

 

「『笑顔が可愛い』とか『存在感がある』とか『天使みたい』とか、そんな感じの噂を耳にしたんだけど―――」

 

 

 

愚弟は、少し唸ってこう続けた。

 

 

 

「笑顔は、可愛いとかそういうのじゃなくて妖艶とか腹に何か抱えてそうな感じで―――」

 

「存在感も、あれだけの美貌と性格のわりにはどちらかといえば無いし―――」

 

「何よりそのイメージ自体が『天使』というより―――」

 

 

 

「小悪魔、あわや堕天使、みたいな?」

 

 

 

俺はあんまり好きなタイプじゃないなー、とだけ言って愚弟は部屋に戻っていった。

 

 

………………………。

 

 

その場で、しばらく固まる。

 

『イッセーに彼女ができた』という話を聞いた時の胸騒ぎが、また起こった。

 

 

 

気付けば携帯電話を手にしていた。

 

 

 

兵藤の電話番号を打ち込み、コール音が鳴り出すのを待つ。

 

 

一回。

 

二回。

 

三回。

 

四回。

 

五回。

 

 

留守番電話だった。

 

 

 

「………」

 

 

 

自室に、ゆっくりと足を戻す。

そのままベッドの前まで来ると、しゃがみこんでベッドの下へ腕を深く入れた。

 

だが、何も掴まない。腕を戻しもしない。

あと数回掛ける。その数回の内に兵藤が出ればそれでいい。

 

再コールのボタンを片手で押す。

 

 

一回。

 

 

二回。

 

 

三回。

 

 

四回―――――。

 

 

 

 

―――コール音が、少しのノイズと共に途中で途絶えた。

 

 

 

「―――ッ…!!」

 

 

 

漂っていた予感が自分の中で収束した。

 

掴む。ベッドの下からそれを引き摺り出す。

 

そしてそれを握り締めたまま、窓を開けて飛び出した。

 

 

薄いタイツを履いた足が隣家の屋根を踏み締める。

そしてそのまま、また隣の家の屋根へと跳び移っていく。

次の家へ、次の次の家へ、次の次の次の家へ。

裸足ではないだけマシにせよ、恐らくこのタイツは使い物にならなくなるに違いない。だがそんなことはどうでもよい、重要じゃない。

 

 

 

 

「俺が一度も見たことも無かった同学年の女子―――」

 

 

 

 

探査回路が近くの公園に何かを感じ取る。

そちらの方へ、スカートをはためかせながら跳躍する。

 

 

 

 

「ドルドーニと弟が言う『存在感の無さ』―――」

 

 

 

 

知らない家の屋根に付いたアンテナを掴んで、一旦停止。

 

そして、響転(ソニード)

視界の中の景色がブレていく。

 

 

 

 

「確実性などない、だが―――」

 

 

 

 

探査回路(ペスキス)が、前方に何かを捉える。

 

それは結界。

堕天使の魔力が練り込まれた、推測を結論付ける結界。

 

 

 

 

「―――天野夕麻が、何らかの道具で気配を消した人外であるという可能性か」

 

 

 

 

片手に持ったそれ(・・)――――刀に手を掛ける。

抜き去れば、鈍い輝きが夕陽を微かに反射した。

 

二階建ての家の黒い屋根を強く踏み締め、結界目掛けて空高く跳ぶ。

 

 

 

 

 

 

見えた。

結界の中に人影が。

 

赤、否、紅が二つ。

 

 

片方は、もう既に半年以上も目にする事のなかった特徴的なストロベリーブロンドの持ち主。

 

もう片方は、もう、片方、は。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――紅い血で染まった、兵藤一誠。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刀を振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――眼下で公園を包む直径300m以上の結界が一刀の下、真っ二つに裂けた。

 

 

 

 

 

 





スゲー微妙なところで切ったけど「ココで切るのは流石に無い」と思う意見が合ありましたら後編となんとか合体させます。


さて、今回はイッセー君死亡シーンまで。
原作にして約8P分くらい、短いッ。

でも、主要キャラの死亡シーンを他者からの視点で描こうとするとこんなもんじゃないっすかね。

イッセーを語り部にして原作のような話の運び方をしてみましたけど…うん、これやりにくい。


あと『数ヶ月前にドルドーニからこの世界における『虚』の力の説明を受けた』とか言ってますけどこのシーンの描写はまだないです。回想で後に出します、ハイ。


ドルドーニの活躍? 敵が来たら、もしくは回想シーンであるよ、ウン。



【今回の要約】
2年生へと進級したウルキオラさん、原作開始。
イッセー君は謎の美少女Lさんにお腹をブッスリ♥
ぶっ倒れるイッセー君の横で、次回、火花が散る…?
後編を待て。




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