機皇帝ワイゼル∞インフィニティ・ストラトス (王・オブ・王)
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~IS学園入学編~
第零話 ノーフューチャー


 インフィニット・ストラトス……それは一人の天才により進化した兵器。

 それに搭乗し、仕様するできるものたちは女性だけ、しかしその“常識”を打ち破った男二人。

 ISで戦い、人々を助け、守ることに命をかける者たち。

 人々は彼らを決闘者(デュエリスト)と呼んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 IS……通称インフィニット・ストラトス。

 一人の天才によって作られたその“機体”は一つの事件により世界を震撼させた……。

 

 日本に建設された特殊国立の高等学校。それがIS学園。

 ISと呼ばれる“機体”の操縦訓練が主な授業である。

 学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約。

 こんなありえない学園ができたのも全てISがこの世界にできたからだ。

 

 ISの細かいことは、入学生に配られる資料にすべて乗っている。

 ISとは女性にしか使えないこともあり、女尊男卑になった世の中。

 これがこの世界の常識。

 つまりIS学園の生徒は全て女性だった。そう“だった”のだ。

 この世の中で、ただ二人だけISを使える男性がいる。

 

「織斑一夏……」

 

 彼は誰にも聞かれぬほどの小さな声で、ふと名前をつぶやいた。

 ここはIS学園一年一組。

 そして美しい白髪をした彼はその“織斑一夏”の背後の席に座っている。

 赤い瞳を輝かせながら彼はその背中を見つめた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 俺、織斑一夏がISを動かせてしまい、このIS学園に来ることになった時……正直憂鬱だった。

 自分以外が全員女、これは退学まで俺の神経が持つかどうかと思ったが、今は少し安心している。

 今、俺が付いている席、教卓の真ん前のこの席の背後には間違いなく男が座っていたからだ。

 テレビでも新聞でも、ISに乗れる男は俺だけど公表していたはずなのに男がいる。

 そんな疑問はどうでも良い、とりあえず男がいるのだから良い。

 クラス中の女子生徒は俺ともうひとりの男子生徒に視線を注いでいる。

 

 そんなことを考えていたら担任の『山田真耶』に呼ばれていたことに気づく。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 前の席の男、織斑一夏はずいぶん焦っているように思える。

 おそらく考え事でもしていたんだろう。

 仕方ない、この学園で男は俺とお前だけ、それはそれは考え事ぐらいする。

 今も数多の視線が俺と一夏を釘付けにしているが、思った以上にこれは……恥ずい。

 

『フン、どいつもこいつもただの小娘にすぎないだろう』

 

 頭に響く声に、溜息を飲み込む俺。

 ―――お前がそう思っても俺はそう思えないんだよ。なんたって思春期なんだから……。

 

『思春期だと? 貴様、仮りにとは言えお前はイリアステル三皇帝の一人なんだぞ』

 

 ―――今は一人だけど?

 

『なぜオレがこんな目に……』

 

 いやはや、俺の“中の人”には完全同意である。

 俺がなぜこんな目にあったか……なんてものは些細な世界の意地悪。

 まぁ意地悪などで済ましていいことではないのかもしれないが、その程度のもの。

 最大の問題は一人の天才。そいつの気まぐれと心意気と興味本位とかその他もろもろにより俺と“中の人”は“一人まとめて”こんな学園へと放り投げられたわけだ。

 

「……君!」

 

 ハッ、意識をはっきりさせると俺は教師、山田真耶の声を聞く。

 いつの間にやら自己紹介は俺の番まで回ってきていたようで、そのとなりにいつの間にやら立っている黒いスーツを着た女性は俺を睨んでいる。

 危うくダイレクトアタックを受けるところだったと焦りながらも、中の人が煩いので外見に出さぬように立ち上がった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 俺、織斑一夏は背後を向いてその男子生徒を見る。

 女尊男卑の世界になってからは珍しいタイプの男で、女性にまったく恐れも何も抱いていないという様子……悠然と立つ姿は男の俺でもカッコイイと思わされた。

 ツンツンとした白い髪、赤い目、長い足とその長身。

 俺の学校にもらったそのままの制服と違い、許可されている制服改造をしたのだとすぐわかるほどに長い制服のすそ。

 白く長い上着は実に似合っている。

 そしてなによりも、彼の強さを象徴するのはその腰に携えた剣……ん、剣?

 

「のわっ!」

 

 ついつい声を上げて退いてしまった。

 けれどその男子生徒はまったく気にしていないという風に口を開く。

 

「プラシド・イリアステルです。趣味はD・ホイ―――げふん、バイクに乗ることです」

 

 俺を含め……クラスは騒然とした。

 それもそうだろう、たった今まで悠然と立っていた男はそのギラギラとした目を少しゆるませて普通に、俺より普通に、そつなく挨拶をこなしたのだ。

 その腰の剣は一体なんなのかすら聞く気がなくなるほど、優しい声音で普通に趣味はバイクなんて言った。

 全員、唖然としていたが―――俺を筆頭にすぐさま拍手が起こる。

 なんだか『あれで優しいってのも素敵』『バイクに乗った姿見てみたい』などなど、モテるんだなぁ。

 俺もコイツみたいにモテる男になってみたい、なんてついつい思ってしまった。

 ―――ハハッ、無理だろ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 よし、第一印象はこれで良いはずだ。ダメならたぶん俺の腰の剣が原因である。

 危うくバイクをいい間違えそうになったが問題はない。

 俺は何事も卒なくこなして、織斑一夏をサポートしたいだけだ。

 

『貴様、なにをヘコヘコとしている! そのようでは不動遊星に勝つのは夢のまた夢だ!』

 

 俺の中の人がすごい文句を言ってくる。

 ―――不動遊星に勝たなきゃいけないわけでもないし、この世界に遊星は居ないって……。

 まぁ、そんなことを言っても無駄なのは熟知しているつもりだが……言ってしまう。

 

『関係無い、ジジィの方がまだ風格があった!』

 

 ものっそい怒鳴られてます。

 実は俺は本体ではありません、この体……プラシドはもともと俺の“中の人”で俺はしがない普通の男でした。

 ちょっとした事故が原因でプラシドの精神を押しのけてプラシドになってしまったけれど、精神は普通の男の子だ。

 この世界の未来がわかるぐらいでね……。

 

 織斑一夏の姉でありこのクラスの担任教師である織斑千冬さんが俺の隣に立って背後を向かせる。

 前を向くだけならまだしも、背後を見れば前を向いていた時の倍以上の人数が視界に映るわけで……緊張した。

 

『まともな挨拶もできんようなら俺に体を返せ!』

 

 ―――待て待て、学園で“通常時”過ごすのは俺なんだぞ!

 心の中でそう言って“中の人”をなんとかいさめる。

 俺のすぐ横の織斑先生が、俺の方を向くクラス中の女子生徒プラス一名に話をはじめた。

 

「こいつは正真正銘の世界でISを使える男の二人目だ。今までは篠ノ之束博士の元で身を隠していたが一夏のことが露見したので姿を隠す必要が無くなったという訳だ。戸惑うかもしれんが適応しろ」

 

 さすが、言うことと威圧感が違う。まるで海兵隊の軍曹だ。

 なんてことを行った暁には名簿で俺の頭にダイレクトアタックなので黙っているとしよう。

 

「よろしくお願いします」

 

 静かに一礼。

 今度は間もなく拍手が巻き起こる。

 静かに席に着く俺は黙って話を聞くことにした。

 

『ふん、これでは先が思いやられる……』

 

 それはこちらの台詞ですプラシドさん、あの執事をやった礼儀正しい貴方はどこへ……。

 とか言えばまた怒られるのは明白なので黙っているとよう。

 

 

 

 

 

 こうして……中の人(プラシド)(プラシド)のIS学園での不思議な戦いが始まった。

 

 真の決闘者(デュエリスト)として、俺たちはどうなっていくのだろう……。

 

 それはきっと―――走り抜けた先に見えるはずだ。

 

 

 

 




あとがき
はじめましての皆様、久しぶりの皆様、いつもの皆様、ごきげんよう。拙者が作者のキングでござる。
故あってIS×プラシド(遊戯王)の小説がはじまったがなにぶん書き始めたばかりでござるから生温かい目で見ていただけたら僥倖で候。
戦いまではまだ少しあるでござるからな、しばしお付き合いいただければ……とは思うでござる。

では次回をお楽しみにしていただけたなら、まさに僥倖!


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第一話 登場! スーパーエリート候補生

 さて、どうしたものか……二限目が終わってそうそうだが織斑一夏と俺から女子生徒たちが離れていく。

 こんな行為も二度目だが、たしかこれは女子生徒たちにより一夏争奪戦の問題だったはずだ。

 誰かが抜け駆けすることも許されないからこそ、お互い様子を見ていたはずなのだが、一限目の後にポニーテールの少女こと、篠ノ之箒は一夏を連れて密会に行ってしまった。

 束の妹だなぁ……強引なところはそっくりだ。

 

『篠ノ之束の妹だと? 全然似ていないな、あの騒々しい女とは大違いだ』

 

 まぁ中の人から見ればそうなるだろうなぁ。

 

「なぁ!」

 

 ハッ、と意識を外側に向けると……目の前には織斑一夏の顔があった。

 驚き少し後ろに下がった俺は、愛想笑いを浮かべることもない。

 

「知ってるとは思うけど自己紹介しとくな、俺は織斑一夏、一夏って呼んでくれよ。よろしくな」

 

 軽く右手を差し出してくる織斑一夏に、俺も右手を出してその握手に応じる。

 ここで、というよりコイツと敵対しても良いことなんてなんにもない。むしろアイツ、篠ノ之束に文句を言われる可能性だってある。

 

「俺はプラシドって呼んでくれ」

 

「たった二人の男なわけだしさ、仲良くしてくれよ」

 

 なんて嬉しそうな顔で言うんだコイツは、世界的に重要な人物という自覚がないのだろうな、警戒する色なんてまったく見せやしない。

 IS学園で、俺という者を除けばたった一人の男ということでただでさえモテるコイツの遺伝子目当てで近づいてくるかもしれない奴だっているかもしれないのに、まったくそんなこと考えていないという様子だ。

 

『とんだ甘ちゃんだな、おい……コイツに守る価値なんてあるのか?』

 

 俺と“一緒になって”六年、これでもプラシドは丸くなった方である。

 かつてなら一夏がこんなんであれば迷いなく『斬るぞ! こいつには覚悟がたりん!』ぐらい言っていただろう。

 ―――守らなきゃいけないだろ、俺とお前は生き残ってもしょうがないし……。

 

『フン、ならばそいつを守るのは好きにしろ、俺はなにもせんぞ』

 

 あらやだツンデレ。なんて言ったら殺されるので黙っておくとしましょう、俺ったら賢明。

 

「良ければISのこととかも教えてくれよ」

 

「ああ、伊達に篠ノ之束の元にいなかったことを見せてやろう」

 

 そう言うと、一夏は屈託なく笑う。

 しかして少し離れたところから鋭い視線を感じた。

 間違いなくそれは篠ノ之箒からのもので、俺が一瞬だけそちらに視線をやると急いでそらす。

 

「ところでその剣って……」

 

 目の前の一夏に視線を戻すと、俺の剣をガン見している。

 そんなに気になるのだろうか?

 

『俺の“剣”を簡単に見せびらかすなよ』

 

 ―――わかってるっての。

 それでも、どうせなら教えておいても損は無い。と思ったそんな時、長い金髪を揺らした少女が近くへと寄ってくる。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 俺はそちらを向く。

 その少女は、俺だけに話しかけているわけではなく俺の前方の席で俺へと向きを変えて剣をガン見する一夏にも話しかけているようだ。

 声をかけられてそちらを向く一夏だが……そんなにこの剣が気になるのか?

 

「へ?」

 

「聞いてます? お返事は?」

 

 聞いているのは明白だろうに……。

 

「あ、ああ聞いてるけど、どういう用件だ?」

 

「まあ! なんですの、そのお返事、わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

 あぁ、イギリス代表セシリア・オルコット。

 俺は“今現在”のこの女は嫌いだ……なんだか物言いがいちいち鼻につくし、男を見下しているし、そもそも性格が嫌いだ。

 すぐにでもその態度を“改める”のだからそこまで嫌いではないが、今のこの高飛車な態度はいかがかと思う。

 

『なんだこの女は!』

 

 ―――まったくの同意だよプラシド。

 その高飛車な態度に普通の表情の一夏。

 

「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」

 

 まぁそうだろうな、いちいち他人の名前を覚えていられないだろう。

 ただでさえ一夏はISのことを覚えなければならんのだ。それぐらい当然である。

 

「私を知らないっ!? このセシリア・オルコットを!? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこの私を!?」

 

『いちいちやかましい小娘だ』

 

 まったくの同意だが、表に出てるのが俺で本当に良かったと思う。

 プラシドなら剣を抜いて脅すぐらいはしていたことだろう、間違いない。

 だって下っ端だもん。

 

『貴様ァ!』

 

 ヤベっ、ついうっかり洩らしちまった。

 プラシドとの会話はこういうところが厄介である。

 自分で考えることとプラシドに伝えることをついつい間違えてしまったり……面倒だ。

 

「あ、質問いいか?」

 

 一夏が手を出して静止をかける。

 止まったセシリア・オルコットは笑みを浮かべた。

 

「フン、下々の者の要求に答えるのも貴族の努めですわ。よろしくてよ!」

 

 高飛車! ってな態度で言うセシリア・オルコットだが、このあとの展開を知っている俺としては笑いをこらえるのに一苦労だ。

 まったく、織斑一夏のような男が世界初の男性IS乗りになったというのが不運なのか幸運なのか……。

 真剣な表情で、一夏は口を開いた。

 

「代表候補生って……なに?」

 

 コントさながら、周囲の女子生徒は見事にこける。

 新喜劇に出れること間違いなしのこけっぷりだな。

 

『ば、バカの世界チャンピオン……』

 

 今回もプラシドに同意しよう。

 ただ純粋な意味でのバカである。

 勉強すればついてこられるようになるだろうし、俺がゆっくりと教えていくとしよう。

 一夏を指差して呆れたような態度をとるセシリア・オルコット。

 

「信じられませんわ! 日本の男性というのはこれほど知識に乏しいものなのかしら、常識ですわよ。常識!」

 

 最後の『常識』を強調して言ったのはそれほど物をしらないことに呆れたのだろうけれど……別にそれほど問題ないと俺は思う。

 結局、男子高校生なんてISをいくら知ってようが意味はない。

 もちろん工学が好きな奴は知っていて当然かもしれないが、日本の政治に関わるわけでもなくつい最近まで中学生をやっていた一夏が知らなくても……そんないうほどではない。

 何事も自分の物差しで図るものではない。

 

 とりあえずセシリア・オルコットが説明をするが……一夏はどれだけすごいかいまいちわかっていないようだ。

 まぁ当然っちゃ当然だ。

 

『小娘がエリート、エリートと……』

 

―――ちょっとプラシドご立腹?

 

『当然だ。代表候補生が……候補生風情が、分をわきまえろッ!』

 

 ちょっとどころじゃなく盛大にご立腹だったようだ。

 まったく、いまいち沸点がわからない人だが今回はまぁ怒るのも当然か……候補生が強いと思いすぎるのも問題ありだな。

 たしかにエリートとしての自覚はある分に問題はないが、誰かを導くということがエリートの務めだともわかっていないようでは才能の持ち腐れだ。

 

「あぁ、そりゃラッキーだ」

 

 つい最近まで大してISのことを知らなかった一夏にとってはどれだけのものかわかっていないのだろう。

 まぁ確かに俺だって代表候補生と同じクラスになったからといって浮かれることは何もないのだがな、そりゃそうだ。他人だしな。

 

「馬鹿にしていますの?」

 

 その言い方じゃそうなるだろう。

 喧嘩を売るようなものだ。

 天然でこうするからこまるこんなバカは世界に二人といらない。

 

『ふん、馬鹿な小娘だ。鳥籠の中の鳥とも知らずに』

 

 天然で誰かを苛立たせるバカがもう一人居た。いらない。

 

「お前が幸運だって言ったんじゃないか」

 

 あっけからんと言う表情でそうのべた一夏。

 あ~オルコットさんものっそいイライラしていらっしゃるよ一夏君? 

 まぁ……あとはお前好きにしてくれ、俺はこの件には関わらないでいたい。

 

「大体、何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね。唯一男でISを操縦できると聞いていましたけれど、期待はずれですわね」

 

 一夏の表情がわずかに歪む。

 それはどこか落ち込むような感じだが、どこか面倒くさいと言うのも読み取れる表情で……お気の毒に……。

 

「俺になにかを期待されても、困るんだが」

 

 そりゃそうだ。

 また偉そうに御高説を始めるエリート様だが……おっと俺まで喧嘩腰になってどうする。

 俺はクールでいよう。

 

『なぜなにも言わん織斑一夏、貴様それでも!』

 

 あぁうるさいよプラシド、こんなんでも“いざという時”すごく役に立つしカッコイイから困る。

 入試の時、教官を倒したとか倒してないとかいう話になっているが……。

 まぁ教官の度合いにもよるが“俺たち”なら倒せないなんてことはないだろう。

 

「あ、貴方も教官を倒したって言うの!?」

 

「やかましいぞ金色ドリル!」

 

 ―――プラシドォォォォッ!!

 

『黙れ!』

 

 今、俺はプラシドでは無い。

 俺の体を使っているのは間違いなく先ほどまで“中の人”だった正真正銘のプラシドだ。

 無理矢理、俺の精神を押しのけて体のコントロールを奪うとは、怒り浸透だったのだろう。

 教室はシーンとなっている。……まぁ当然だな。

 

「あ……貴方っ、今なんと!!」

 

 そんな時、助け舟が時の女神から出された。

 チャイムの音が鳴り響き、エリート様は舌打ちを鳴らす。

 

「話の続きはまた改めて、よろしいですわね!」

 

 俺たち二人を睨みつけてから去っていくオルコット。

 プラシド曰く金髪ドリル。

 そんなドングリピエロみたいなノリで言わんでも……とは思うがイライラしているようなので黙っている。

 

『ふん、あとは好きにしろ』

 

 ―――プラシドさんそんな殺生な!

 と言っても返事はくることはない。

 まったくもう、この注目はどうしろというんだ。

 

「す、すみませんでした」

 

 俺は大人しく席につく。

 

「どうしたんだプラシド?」

 

「いや……友達に絡まれるのは嬉しくないからな」

 

 誤魔化すためにそう言うと、一夏は嬉しそうに笑っている。

 まったくもって、確実に俺の雰囲気が違うことに気づかないのだろうか?

 まぁ、楽で助かるにこしたことはないがな……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一日の授業が終わり、俺と織斑一夏は寮への道を歩いていた。

 背後から付いてくる沢山の一夏目当て女子生徒たち。

 溜息をつく一夏。

 

「初日からこれじゃ、先が思いやられるよな?」

 

「まったくだ」

 

 頷くのは俺、中のプラシドは……今は出てこないようだ。

 

「そう言えば寮の部屋別々だったな、男同士だから一緒だと思ったんだけど」

 

 そんなわけがないだろう俺から願い下げである。

 一夏と同じ部屋なんかになったら何度、篠ノ之箒“たち”の無断入室をされるかわからないからな。

 俺は一人でのんびり……だと信じたい。

 二人して部屋番号を見るが、それほど離れた数字ではないのがわかる。

 とりあえず今日はゆっくりしたい……というのが俺の心情だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 部屋へとやってきて、入る。

 無論その部屋は俺の一人部屋であり、篠ノ之束が用意した俺用の部屋。

 プラシドの体である俺は一人部屋を余儀なくされるが、プラシドの体だとなぜ一人部屋でなければならないのかはまだ言う皆に説明する段階ではないだろう。

 部屋は他の両室とほぼ変わり無いが、ベッドが一つ無いのと一つだけ別の部屋があるのが決定的に違う箇所だ。

 

「さて、これでゆっくりできるな」

 

 カバンを置いて、設置されている勉強机の椅子を出して腰掛ける。

 

『フン、なぜ俺が学生など……』

 

「良かったな、お前の時代じゃできなかっただろう?」

 

 そんな言葉をつぶやくと、俺の中のプラシドは小さく鼻をならした。

 まぁ、悪くないって感じか、プラシドはこういうところがあるが基本的には良いやつだ。

 生理的に合わない以外は仲間思いでもあるし……高校生なんてやるのは初めてだろう。

 俺もこういう高校生に関してははじめてだが、二人でやってけたら嬉しい。

 

『ええい、ISなどより早く俺にDホイールで戦わせろ!』

 

「無理だろ、外出可能な日になったらいくらでも変わっていやるから抑えててくれ」

 

『ふん、ならばその間はISでストレス解消させてもらう』

 

「頼むから変なことはしないでくれよ?」

 

 そんな風に頼んでみるが、きっとノリに乗ったら俺の頼みなんて聞くことはないのだろうと察する。

 六年も一緒に生きてきたのだからそんなこと簡単に予測可能だ。

 まったく厄介な相棒である。

 かつてのプラシドの仲間曰く『やること全てが裏目にでる』というのはあまりに恐ろしい言葉だ。

 どうかこの世界では上手くいきますように……。

 

 願いながら、俺は篠ノ之束へとメールを送った。

 とりあえず定期連絡、のようなものだ。

 あのシスコンにも困ったものである。

 さて、あいにく腹は減っていないことだし、晩ご飯は面倒だ。

 

 俺は制服を脱いで寝巻きへと着替えるとすぐにベッドに入り眠りについた。

 

 明日、波乱が起きるとも知らずに、気楽に寝てしまう。

 

 

 




あとがき

はい、一話、サブタイトルはルチアーノがデュエルアカデミアに転入してくるときのものでござる。
とりあえずセシリアに因縁をつけられましたのでこれにて下準備完了でござる!
よって次回は……お楽しみにということでこれにて!



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第二話 波乱の幕開け、クラス代表推薦!

 IS学園に入学してから一日。

 俺はこの学園に来てはじめての朝飯にありついていたわけだが、突如俺の正面の先へと座るアンノウン。

 まぁ問題はないから、軽く『おはよう』と挨拶をすると目の前の二人、織斑一夏と篠ノ之箒は挨拶を返してきた。

 少し不機嫌そうな篠ノ之箒が気になるが、一夏を見れば苦笑するのみだ。

 一夏が食事をして話かけるが、無視をしている。

 あたりから聞こえる声は一夏への過度な期待。

 ただ男で扱えるだけならそこまでの期待はなかったのであろうけれど、彼の姉、織斑千冬は最強のIS操縦者とまで言われる女性だ。期待もされるだろう。

 

「そ、そういえばイリアステル……お前は、姉のところにいたと聞いたが……」

 

 おや、ようやく仕掛けてきたな。

 

「事実だ。俺は篠ノ之束と共にいた」

 

「そ、そうか……」

 

 それだけ聞くと黙ってしまう。

 

『なんだ、どういうことだ?』

 

 ―――人には色々な事情があるのだプラシド。

 そう言うが、なぜプラシドは理解してくれないのだろう。

 まぁ家族のいなかったプラシドにはわからないと思うが……一夏も篠ノ之箒も、姉には苦労するようである。

 俺は再び黙々と食事を続けるが、一夏は箒に『名前で呼ぶな』と言われて少し気まずそうにした。

 

「織斑君、隣良いかな?」

 

 そう言って立っていたのは俺たちと同じ一組の三人組。

 

「ん、ああ、良いけど」

 

 その三人組が一夏の隣に座る。

 女心が理解できない奴だな、そっち方面では本当にダメダメなやつだ織斑一夏。

 ちなみにその三人組、一夏の隣から夜竹さゆか、谷本癒子、布仏本音だ。

 ―――プラシド、好みの子とかいないのか?

 

『俺がその程度の小娘に惚れると思うなよ。アイツの方が最高……忘れろ』

 

 恥ずかしがってやがる。が、あまりへたに突っ込むと余計なことになるのが明白だな。

 

「あっ、織斑君もだけどイリアステル君も沢山食べるんだね」

 

 俺の方に話が飛んでくるとは意外だ。

 まぁ男の子だからな……。

 先の一夏のように無粋なことは聞かんぞ。

 

「私は先に行くぞ……」

 

 篠ノ之箒はそう言うと去っていってしまった。

 俺もさっさと食べなければな……。

 四人が話をしている内に食事を続ける。

 すぐに二回、手を叩く音が聞こえた。

 

「いつまで食べてる。食事は迅速に効率よく取れ!」

 

 ほらな? こうなると思っていたよ。

 

『かつての世界を思い出すな』

 

 まぁ、戦争中だったらしいからな、当然といえば当然か……。

 ここも訓練校みたいなもんだからそうだよな。

 まったく、シリアスな雰囲気のプラシドなんて柄じゃなかろうに……お前はリアル腹筋崩壊している姿が一番だ。

 

『貴様ァッ!』

 

 やべ、また洩れてた……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 教室にて、織斑千冬先生はクラス代表の話をした。

 他薦自薦は問わないこれだが、俺の“記憶”が正しければ一夏だけで無く、俺まで推薦されると思う。

 絶対嫌だ、俺はならんぞクラス代表なんぞ……面倒事が多すぎる。

 俺は大人しく、慎ましくしていたい。

 

『なぜ自薦しない』

 

 ―――プラシド、良く考えてみろ……バイク、D・ホイールに乗れる時間が少なくなるぞ。

 

『そういうことか、ふん、ならば良い』

 

 おそらく下っ端時代にリーダーに憧れたんだろう……。

 

『貴様……剣のサビにされたいか?』

 

 また洩れていたようだ。というより俺を剣のサビにすればお前ももろともだぞ、よいのかプラシド。

 まぁプラシドのことは一旦置いておいても、ここから先が問題だ。

 

「織斑君を推薦します!」

 

 一人の女子生徒が手を挙げて言った。

 まぁこれは“俺”の知っている流れだが……。

 

「私はイリアステル君を推薦しま~す!」

 

 こいつ間違いなく布仏だろ。

 声でわかる。

 クラス代表なんて面倒だ。本当に面倒で仕方がない。

 

「他には居ないのか? いないなら無投票当選だぞ」

 

 抗議しようとする俺の前にいる一夏が立ち上がった。

 いや、お前はなれよ。絶対になれよ?

 

「ちょっと待った、俺はそんなの―――」

 

「納得がいきませんわ!」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、織斑千冬はわずかに笑みを浮かべた。

 なるほど、そういうことを求めていたと……実に弟思いの姉だな。

 俺は声のした方を向く。

 セシリア・オルコットが、立ち上がって講義していた。

 

「そのような選出は認められません!」

 

『またあの女かッ!』

 

 ―――もしかしてプラシドはオルコットのこと嫌いか?

 

『気づくのがおせーよ』

 

 結構、不機嫌そうにいうプラシドだが、やはり偉そうなのは嫌いなのだろう。

 かつての敵チームの偉そうな彼には『死に損ないが!』なんて言われていたものな。

 しょうがないっちゃしょうがないが、昨日みたいに無意味に喧嘩を売るのはやめてくれ、マジで。

 

『なんだ貴様はああいう女が良いのか?』

 

 ―――セシリア・オルコットじゃなきゃダメってわけじゃないが……可愛いじゃないか……。

 

『外見か』

 

 ―――いや、外見は大事だぞ?

 そんなことを行ってみるが、プラシドは興味無さげに返事をしてくる。

 結構可愛いと思うんだがな、セシリア・オルコット。

 その他にも可愛い子は山ほどいるが……。

 

「男がクラス代表など良い恥さらしですわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえと仰るのですか!?」

 

『俺がリーダーで恥さらしだと?』

 

 ―――いや、俺たちだから落ち着けプラシド。

 マジで勘弁してくれ、これ以上プラシドを煽ればやがて大変なことになる。マジだぞ?

 だが、セシリア・オルコットが止まることはなく。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、耐え難い苦痛で……」

 

『あの女、不動遊星を生み出したこの国を馬鹿にするというのか!』

 

 ―――好きなのか嫌いなのかどっちかにしろよプラシド。

 

『不動遊星はいずれ俺が殺す!』

 

 もう好きに言っててくれ、そのぶんその時は俺も安心できるからさ。

 一夏はイギリスのメシマズに関して突っ込んでもれなくセシリア・オルコットの反感をかっている。

 相変わらず織斑先生は笑ってるし、まったくどうしろというのか……。

 

「決闘ですわ!」

 

決闘(デュエル)だと!?』

 

 ―――プラシドうるさい。

 

「あぁ良いぜ、四の五の言うよりわかりやすい!」

 

 売り言葉に買い言葉、俺カンケイナイ。

 黙って机に両肘を付き、手を組んでその手を額に当てる。

 なんでもない風にしている俺と一夏は代表候補生でエリートたるセシリア・オルコットに『どれぐらいハンデをつける?』と聞く。

 素晴らしい挑発、いや、ここまでくるとジョーク扱いか、だが男としてそれは正しい選択だ。

 この世界でなければな……。

 大爆笑で包まれる教室。

 

「男が女より強かったのってISができるまでの話だよ?」

 

 笑う女子生徒たちは、純粋に男を見下しているように感じる。

 黙っていようと思った俺だが、そうもいかないようだった。

 

「見下すのもいい加減にしろよ」

 

 立ち上がったのは俺ではなく、“プラシド”である。

 

「男が女より強かったのはISが使えるからだ……織斑一夏と俺というイレギュラーが居る状況、これから先に男がISを使えるようになればどうなることか、わかっているのだろうな?」

 

 あぁ、怒ってらっしゃるよプラシド。

 こうなったら俺のどうにかなる場合ではない。

 プラシドは自分が見下されるのにかなり過剰に反応する。

 この年頃の男はそういうものだ。俺にも覚えがある……。

 

「女、貴様もあまり調子に乗るなよ。貴様など牛尾哲にすら劣る!」

 

 なぜお前はその名を憶えている……とは突っ込まないでおこう。

 

「な、なにを言ってますの?」

 

 わけがわからないという表情のセシリア・オルコットに同意する俺。

 だが馬鹿にされているということはわかってか、怒りを表情に表す。

 

「金髪ドリル、俺の機皇帝で踏み潰してやる」

 

「ッ……貴方は私が必ず倒してみせますわ!」

 

 セシリア・オルコットは“俺たち”を指差して宣言する。

 笑みを浮かべるプラシドと相反して苛立ちを見せてくるセシリア・オルコット。

 置いてかれた一夏は気の毒だが、全部プラシドのせいだ。

 

「二人まとめて、一瞬で片をつけてあげますわ!」

 

 大きな声で宣言するが、俺は若干ながらも同情の念を抱く。

 

「話はまとまったな、勝負は次の月曜と火曜と水曜……第三アリーナで行う」

 

 三日に分けたのは三人の組み合わせで戦うからだろう。

 セシリア・オルコットは俺と一夏を同時に相手にするつもりだったらしいが、大した自信だ。

 プラシドは腕を組んで笑みを浮かべるが、中の俺としては勘弁して欲しい。 

 

「織斑とオルコット、イリアステルはそれぞれ準備をしておくように」

 

 まったくもって面倒なことになってきたな。

 ―――プラシド、余計なことしちゃって……。

 

『ふん、戦うのは“俺だけ”になるだろう。お前は俺の後ろで見ていれば良い』

 

 ―――まぁそうだけどさ……。

 私生活では俺が出なきゃいけないと思うと気が重くて仕方がない。

 こんな大見得切って代表候補生を挑発して、真ん前から戦いを宣言するようなキャラを立てなかっただけに余計だ。

 金髪ドリルなどと罵倒したプラシドを恨むがそれも全て後の祭り。

 頑張ろう。うん。

 体のコントロールが俺に戻ると、静かに座って頷いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日の放課後、実に厄介なことになったと……俺は考えながら歩いていた。

 寮の部屋に戻ると、ベランダに人参が刺さっていた。

 何を言っているかわからねぇと思うが俺にもわからねぇ……嘘、わかる。

 

『とうとう来たか』

 

 戦慄するプラシド、俺もだが、人参に近寄ることを俺が拒否していた。

 いや……考えても仕方あるまい。

 鍵を開けて、窓を開く。

 その瞬間“人参型の機械”の扉も開き、その暗闇の中から一人の女が飛び出す。

 

「やぁプラシド君!」

 

 中から現れたのは紫色の髪をした巨乳の女、篠ノ之束。

 篠ノ之箒の姉であり、“俺たち”の恩人でもある。

 ボロボロだった俺たちを“直して”から、ボディーガードとして雇ってもらったりで恩はしっかりと感じている。

 

「今日はプラシド君……表に出てる君の方に用があるんだよ」

 

 俺の方とな?

 束はなんだかおもしろそうな顔をしてみてくるが……こういう時はろくなことがないのはわかっている。

 近づいてきて、俺の顔の至近距離まで寄る。

 

 ―――近い。と言いたいが、言うに言えない。

 

「うんうん、言いたいことは良くわかるよ~」

 

 なら離れて欲しいが、離れてくないのだろう。

 吐息がかかるような距離で、下手に口を動かせば重なってしまいそうで怖い。

 おそらくそんなことになれば俺の中でプラシドが大激怒するんだろう。

 あいつ、ああ見えて純情で一筋だから……。

 俺は束の両肩を持って体を離す。

 

「ところで、何の用できた?」

 

「その疑問に答えてあげよう! 理由は簡単、束さんは君に良い物をあげたいのだ!」

 

 良い物とな?

 

『覚悟しておけ、ろくなものではないはずだ』

 

 俺の中でプラシドがそう悪態をつくが、まぁそうだろうなと納得する。

 だが、絶対と言い切れないのが彼女の難しいところだ。

 たまに欲しいものをドンピシャでくれたりする。

 

 さて、見せてもらおうか……その良い物とやらをな。

 

 

 

 おおよそ一週間、プラシドの戦闘スキルを期待していないわけじゃないが、不安だ。

 

 

 

 

 




あとがき
拙者必死にて更新速度が徐々に遅くなるで候、そこらへんは申し訳ないでござる!
とりあえず次回はさっさと更新したいと思っているでござる。
次回は皆の衆待望の戦闘にて!
束などとの過去もちょくちょくと紐解かれていくでござる。

それではセシリアとの戦いである次回をお楽しみにしていただければ、まさに僥倖!


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第三話 蘇る力 機皇帝ワイゼル

 さて、あれから大体一週間、ようやく待ちに待った月曜日になったわけだが……待ちに待っていたのはプラシドだけだ。俺は違う。

 俺はプラシド。でも楽しみにしていたほうじゃない。

 今現在、第三アリーナにて“俺たち”とセシリア・オルコットが視線を交わしている。

 第三アリーナの地に立っている表が俺であるプラシド。

 そして上空にて自らのIS『ブルーティアーズ』を纏っているセシリア・オルコット。

 

「さぁ、ISを装備しないのかしら?」

 

 挑発してくるセシリア・オルコットに俺は反応しないでおく。

 ここからは俺の出番ではない。

 ―――頼んだぞ、プラシド。

 

『フン、貴様はそこで見ているが良い!』

 

 目をつむった瞬間、体のコントロールが俺から離れる。

 次に目を開くのは、俺ではなく“プラシド”だ。

 

「雰囲気が変わった?」

 

 セシリア・オルコットがつぶやくが、そのとおりである。

 先ほどまでの俺とこの俺は別人であり、同一人物。

 

「待たせたな女」

 

 冷たい声でつぶやいたプラシドに、焦りを見せるセシリア・オルコット。

 確実に戦いに対する覚悟が違うのだ。俺とプラシドとでは……。

 命を落とすかもしれない戦いの真意を知っているプラシドと、スポーツか何かだと思って戦いを行っている代表候補生では“各”が違う。

 

「貴方、何者ですの?」

 

「消えゆく者に答える名は無い」

 

 ―――いやプラシド、消しちゃダメだからな?

 とか言っても返事は返ってこない。

 目の前の戦いに集中するということ、だろう。

 

「な、なにを!」

 

 狼狽するセシリア・オルコットを相手に、プラシドは腰についた鞘から剣を引き抜き空に向けた。

 

「さぁ、シンクロキラーの威力、存分に味わうがいい!」

 

 ―――いや、ISだから。

 

 光を放つ剣。

 ISを装備するための光はプラシドと俺、二人を包んで姿を変える。

 弾け飛ぶ光、そこから現れるプラシドは白いISに身を包んでいた。

 

「機皇帝ワイゼル」

 

 スラッとした腰まわりの灰色の装甲、白い胸部分には∞の文字が装飾される。

 

「ワイゼルC(キャリア)

 

 足にも白い装甲。

 

「ワイゼルA(アタック)

 

 左腕にも白い装甲が伸び、その前腕には大きな刃が装備される。

 

「ワイゼルG(ガード)

 

 右腕にも同じような装甲だが、肩部分は左よりも大きく、白い装甲の隙間から緑色の部分が見えた。

 プラシドの顔部分、右目付近には灰色の装甲が追加され、∞の文字が緑色に浮かび上がる。

 額部分に白い装甲が装備され、その白い装甲が開き、黒い装甲が現れた。

 

「ワイゼルT(トップ)

 

 その黒い装甲部分に赤いラインが入る。

 最後に胸の∞のマークが輝いた。

 プラシドは一つだけ見える赤い瞳で上空の青い敵を睨みつける。

 

「さぁ、ショーの始まりだ!」

 

 飛び立つのはプラシド、つまりは『機皇帝ワイゼル∞』と呼ばれたIS。

 その瞬間、戦闘開始のブザーが鳴り響く。

 音は遥かに響き、セシリア・オルコットの緊張感は一気に膨れ上がる。

 戦いの雰囲気を肌で感じ取る俺とプラシド。

 笑みを浮かべるプラシドにつられてか、プラシドの中で俺も笑みを浮かべた……ような気がした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 戦闘開始の音が鳴り響くと同時に、セシリアはBT(ビット)兵器『ブルーティアーズ』を放つ。

 四機のビットが動き出し、プラシドの周囲を旋回する。

 眉一つ動かさぬプラシドを見て、セシリアは笑みを浮かべた。

 

「いきなさい、ブルーティアーズ!」

 

 突如、ビットの先端がプラシドへと向き、四機が同時にビームを放つ。

 多方向からのオールレンジ攻撃。

 本来“普通の相手”との戦闘であれば、これでほぼ決まるのだろう。

 けれど、今回はそうも行かない。

 普通じゃない相手なのだ、プラシドと彼の二人は……。

 

「フッ、見えているぞ!」

 

 彼とはまったく違う雰囲気で、プラシドは体をひねらせ多方向からのオールレンジ攻撃を回避する。

 素早い華麗な動きでビットからの攻撃を回避し、セシリアへと近づいていくプラシド。

 しかし攻撃はビットだけではない。

 ビット攻撃が止んだ瞬間、セシリアが大型ライフル『スターライトmkⅢ』を撃つ。

 だがその一直線のビームにプラシドが直撃するわけもない。

 

「避けるまでもない!」

 

 プラシドは左腕の(ブレイド)でビームを切り裂く。

 拡散するビーム、プラシドは目を鋭く細めると……飛び出す。

 

「ッ―――ブルーティアーズ!」

 

 飛んでくるビットからの攻撃に、プラシドは足止めを食らう。

 前方に並ぶ四つのビットからのビームを、プラシドは急降下して回避する。

 地面スレスレを飛行するプラシドへと追い打ちをかけるように真上からビット攻撃を放つ。

 ISの中でも早い部類に入るであろう機皇帝ワイゼル∞はそのビームを避けながら地上スレスレを飛ぶ。

 

「さすが、篠ノ之束博士の下に居ただけはありますわね!」

 

 ビットの攻撃を止め、ライフルをプラシドが飛ぶ先に撃つ。

 地面に左腕の刃を刺し、急停止した。目の前に落ちるビームにも、プラシドはまったく動揺しない。

 

「ふん、所詮はこの程度か……ハハハハッ!」

 

 突如笑い出したプラシドに、セシリアは眉をひそめる。

 

「行くぞワイゼル!」

 

 地面に刺したブレイドを引き抜いて、飛ぶ。

 セシリアは、近づくプラシドへの牽制としてプラシドの周囲に配置したビットからビームを打ち出す。

 

「厄介なビットだ、まずそちらからつぶそう!」

 

『ビット操作中はセシリアはそちらに集中していて動けない、ビットだけに集中しろ!』

 

「わかってる!」

 

 プラシドの頭に響く声は彼の声だ。(プラシド)の中にいる彼のサポートにより、プラシドはなんの遠慮もなく動く。

 急停止してビームを避けると、身を翻して一番近いビットをそのブレードで切り裂く。

 ただの一撃でビットは真っ二つになり破壊された。

 

「私は、国家代表候補生ですのよ!」

 

 セシリアの声が聞こえる。背後のビットがビームを放とうとするが、プラシドが流れるような動きで背後のビットへと飛び破壊する方が早い。

 これで二機、飛んでいるビットは残り二機。

 その程度ならば破壊するのは造作も無いと、プラシドはセシリアへと飛ぶ。

 

「(あの薄い装甲、胴体に一撃当てれば体勢は崩れますわ……そしてそこに一斉攻撃を撃ち込めば)」

 

 一瞬、脳内にて次の展開を想像する。

 セシリアは近づいてくるプラシドとの距離をしっかりと見据えた。

 そして……距離が近づいた瞬間、セシリアが笑みを浮かべる。

 

「かかりましたわ」

 

「なに?」

 

「四機だけではありませんのよ!」

 

 腰部の二本の銃口がプラシドの方を向く。

 この戦闘にてはじめて驚愕というものを見せるプラシド。

 

『悪い、報告すんのわすれてた』

 

「貴様ァ!」

 

 このスピードでは減速できても止まって方向転換して回避することもできない。

 避ける方法は―――皆無。

 二つの銃口から放たれる二発のミサイル。

 

「クッ!」

 

 放たれたミサイル―――そして、プラシドを爆発と共に爆煙が覆う。

 セシリアは爆煙から離れて、同時にプラシドがいるであろう場所に腰部のミサイルを含めた四機のブルーティアーズにて一斉射撃を行った。

 何度も起こる爆音に、セシリアは笑みを浮かべる。

 自らの勝利を確信した彼女は爆煙の方を見つめ続けた。

 

「貴様、蜂の踊りを見たことがあるか?」

 

 たった今、倒したと思った男の声が聞こえる。

 それに不信感を抱くセシリアは、驚愕に顔を歪めた。

 爆煙が晴れ、そこに飛んでいるのは間違いなくプラシドだ。

 

「ふん、この問いは無意味か……ただ確かなことは、貴様は俺に敗れるという運命に縛られている!」

 

 プラシドは左腕でセシリアに指差す。

 言葉も出ないセシリアを相手に、笑みを浮かべたプラシド。

 

「貴方ッ、なぜ……直撃のはず!」

 

「それはどうかな?」

 

 不敵に笑うプラシドは、会場でその戦いを見ている生徒たちを魅了する。

 大勢が見ていようと、そこはたった二人だけの世界。何人も入ることは許されない。

 セシリアが動揺しながらも、プラシドのISを良く見る。

 

「右腕?」

 

 プラシドの右手、ワイゼルG(ガード)と呼ばれる武装だけが破壊されていた。

 ボロボロの右パーツが粒子となって消えると、プラシドはなにもついていない右腕を軽く振る。

 

「貴様が攻撃を放った瞬間、ワイゼルGの効果を発動した。攻撃はすべて俺の右腕、つまりワイゼルGへと誘導される」

 

「なっ!」

 

 つまり攻撃はすべて右腕に集中していったということだ。

 それでもシールドエネルギーは爆風などによって削られ、半分ほどまでに減っていた。

 

『プラシドはこういうところでツメが甘いんだ』

 

「黙ってろ、もう油断などしない!」

 

 プラシドが右腕を真横に向ける。

 緑色に輝く粒子がプラシドの右腕に集まる。

 右目につけられた端末についた∞のマークが緑に輝き出す。

 

「現れろ、ワイゼルG3!」

 

 右腕に新たに装備された腕パーツ。

 それは先ほどと違い前腕部分には盾がついていて、先ほどより強固なものであるのは明白だ。

 

「これが俺の機皇帝ワイゼル(インフィニティ)だ!」

 

 驚くセシリアを他所に、プラシドが左腕のブレイドを振るい、飛ぶ。

 すぐに我に返ったセシリアは残った二機のビットと二つの銃口、計四つのブルーティアーズを操作する。

 だが飛んでくるミサイルもすべてプラシドのブレイドに切り裂かれていく。

 二つのブルーティアーズがプラシドの背後に配置されるが、プラシドがその程度のことを意識できないはずがない。

 

「そこかぁ!」

 

 プラシドが突如振り返り、視界におさめた二つのビットに接近し、切り裂く。

 

「俺の剣は全てを切り裂いてきた……貴様の小道具を切り裂く程度、造作もない!」

 

 全てをビットを切り裂いたプラシドがセシリアへと視界を移す。

 放たれたスターライトmkⅢ。

 それを切り裂くプラシドは自らのIS機皇帝ワイゼルのスピードを持って接近していく。

 距離を離しながらライフルを撃ち続けるセシリアだが、プラシドはその距離を徐々に詰めていった。

 

「無駄だ、すでに運命は決まっている。その運命(さだめ)を切り裂く力も、撃ち貫く力も無いお前では……俺には勝てん!」

 

「貴方は一体……ッ!?」

 

 スターライトmkⅢの銃身を切り裂いたプラシドが、セシリアの懐に入る。

 プラシドはがら空きのその体をブレイドで切り裂く。

 ISのシールドバリアにて衝撃だけがセシリアの体に伝わる。

 

「(展開が遅い近接装備ですが、出して軽く牽制すればさがれる……そうすれば私のフィールドに相手を誘い込める!)」

 

 思考し、セシリアは攻撃をさらに一度喰らいながら自らの武器を呼ぶ。

 

「インターセプター!!」

 

 名を読んでから、わずかにタイムロス。その間にさらにプラシドの一撃を受けるものの、なんとか近接戦闘用装備を呼び出してプラシドのブレイドを防ぐ。

 だが力により徐々に背後へと下がることを余儀なくされるセシリア。

 

「無駄だ!」

 

 プラシドの蹴りがセシリアの脇腹に直撃し、体制を崩したセシリアのインターセプターがプラシドの右手に叩き落される。

 これでセシリアには身を守る術が無くなってしまった。

 勝負は決まったも同然だろう。 

 

「機皇帝ワイゼルの攻撃……」

 

 ワイゼルの腕のブレイドに青いオーラが纏いつく。

 その青いオーラは徐々に形をなし、竜の頭のようになる。

 

「ワイゼルアタック!」

 

 左手の青き竜のオーラが付与されたブレイドが、セシリアを切り裂いた。

 それによりシールドエネルギーはゼロになり、試合終了のブザーが鳴り響く。

 ショックと、動揺を隠せずに体の力を抜くセシリアの腕を掴むプラシド。

 

「貴方は……」

 

 セシリアの視界に映るプラシド・イリアステルという男の表情は、優しいというか、生ぬるいというか、そんな感じだ。

 決して先まで戦い続けた争いを好むような表情をしていない。

 それに戸惑い、先よりも動揺するセシリアが、考えていた言葉を全て消し、今そこにある疑問を投げかけた。

 

「貴方は―――誰、ですの?」

 

 そんな疑問に、目の前の彼は屈託の無い笑みを浮かべる。

 

「イリアステルの三皇帝の一人―――ってのは憶えなくても良いか……プラシドだ」

 

 そんな自己紹介と共に、セシリア・オルコットは彼から視線を外せなくなっていた。

 跳ねる白銀の髪。地上から数メートルのその場の風に、その髪は揺れる。

 

 

 

 これがIS学園設立以降はじめての男性IS操縦者の戦闘。

 そして、IS学園にて彼ら(プラシド)のはじめての戦いでもあった。

 

 

 




あとがき

初戦闘にござる。当初は圧倒的性能にプラシド圧勝のはずだったのでですが彼の性格を考慮してこういうことにしたでござる。
ついでにこうした方が次回のためになる、ということでございました。
戦闘がかけたのでこれでもう満足しそうで候。   蟹「こんなことでお前に満足されてたまるかッ!」
まだ満足できないようなので頑張るでござる。

次回は驚愕の展開になると、思います。
では、次回をお楽しみにしていただければ、まさに僥倖!!


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第四話 ∞無限の力! 機皇帝の銃剣士

 プラシドがセシリア・オルコットと戦った日の翌日。

 火曜日はプラシドが彼、織斑一夏と戦う日だった。

 二日連続での戦闘はプラシドかセシリアの勝った方が行うというルールであるのは、当然一夏がIS初心者であるからという理由からである。

 一夏との戦闘前、プラシドにくっついている方である彼はわずかに溜息をつく。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 俺、プラシドとは別の“なにか”は一夏との戦闘前から憂鬱な気分だった。

 そもそも昨日プラシドが悪いと言わざるをえない。理由は一つ―――セシリア・オルコットのことだ。

 彼女は明らかに俺を意識している……どういう意味かはわからんが、標的にされた可能性が大である。

 殺す気か、はたまた捉えて国に持って帰るつもりなのかはわからないが、代表候補生にやられる俺たちではないので安心だが、あまり油断してもいられない。

 

「はぁ……」

 

『戦う前から不抜けているようでは勝てんぞ、良い負けっぷりだったと賛辞でも送って欲しいのか?』

 

 ―――相変わらずトゲトゲしい言い方だな。

 

『ふん、今日は貴様が戦いたいと言ったのだからしっかりしてもらおう』

 

 ―――イリアステルの名が汚れるから?

 

『わかってるんだな』

 

 まったくもって可愛げのない男である。

 別に男に可愛げを求めているわけではないが、優しさぐらいは欲しい。

 このプラシドの半分は俺という名の優しさで作られています。

 今日、俺の目的は織斑一夏を戦闘で慣らしておく必要があるからだ。

 昨日の戦いでセシリア・オルコットは手を抜いたり油断したりは戦闘で無いはず……ならば一夏が勝つ可能性など万に一つ程度、それをなんとか相打ち、しいては“原作”通りにさせるためにこちらも強化する。

 プラシドと一夏を戦闘させれば圧倒的力でボコボコにして終わりだろうからな……。

 

『さて、両者規定の位置につけ!』

 

 反対側のコーナーにいるであろう織斑千冬の声が機械を通して聞こえる。

 まったく、向こうは篠ノ之箒に山田真耶、そして織斑千冬の三人の女性か……こちらは一人と淋しいものだ。

 織斑一夏め、あの体質どうにかせんといかんな。俺の剣で切り裂くか……。

 

『貴様らしくもない思考だな』

 

 ―――最近思考洩れがひどいな。

 

『まったくだ』

 

 はぁ、とりあえずは行こう。

 俺は剣を引き抜いて機皇帝“ワイゼル”を展開。

 そして足をカタパルトに設置すると、腰を落として風の抵抗を最小限にする。

 俺の知っているワイゼルには足が無かったので、こうして足があるのが新鮮だが……まぁそんなことはどうでも良い。

 プラシドである俺はしっかりと前を見据えて宣言する。

 

「プラシド・イリアステル、機皇帝ワイゼルで出る!」

 

 カタパルトが凄まじい速さで前方へと動き出し、止まる直前でカタパルトから足を離して飛び立つ俺。

 第三アリーナは昨日の戦いが嘘のように綺麗に整備されていた。

 ふむ、実にいい設備であるな、IS学園め。

 初心者の割に、綺麗な出撃のしかたで登場する一夏は昨日届いた専用IS白式を装備している。

 白い装甲、青や金の装飾は実に美しい造形だ。

 

 俺はすでにプラシドへとバトンタッチしている。

 

「ふん、浮かれているようだな」

 

「なに?」

 

 いきなりのプラシドの挑発行動。マジ勘弁してくれと思うが、それを言ってどうにかなるなら彼のかつての仲間だって苦労していないだろう。

 勝手に他人のもの奪ったり使ったり……ダメな子だ。

 

「貴様はなにもわかっていない。貴様はなぜここにいる?」

 

「俺はみんなを守るため。なんて言わないぜ……大切なものだけを守る力を得るために、俺は今ここに立ってる」

 

「ふん、俺好みの答えだ」

 

 その答えを聞いたプラシドは珍しく上機嫌に笑みを浮かべた。

 これに関しては俺も驚いたし、突然表情や雰囲気を変えたプラシドに一夏も驚いている。

 プラシドは突如上空へと飛び上がると、俺たちが出てきたカタパルトが設置されている監視塔らしきものの上に立つプラシド。

 ワイゼルの姿のまま腕を組んで立つプラシドに、疑問を持たざるをえない一夏とその試合を見ている生徒、そして教師たち。

 機皇帝ワイゼルの背後から、オレンジ色の光が発せられ、そこから現れるオレンジ色のほぼ丸と言っても良い機体。

 その機体の中央には、ワイゼルの胸部と同じく∞の装飾。

 

 それはどことなくワイゼルと似ているようにも思えるが、まったく違うものだ。

 

「あとは好きにしろ」

 

「わかってるさ」

 

 プラシドの声に続いて、響くのは俺の声。

 そう“俺自身”の声である。プラシドとあまり変わらない声だが、どちらかというとコイツの“真の姿(アポリア)”の寄りの声。

 驚く者たちに、俺はとりあえずの答えを教えておく。

 オレンジ色の機械から響く声は不気味……なのだろう。

 

「この機体はセシリア・オルコットのビットのようにISの武装の一つだ。ただプラシド・イリアステルという人格が埋め込まれているだけでな」

 

 とりあえずそういうことにしておく、さもなければ面倒事が増えるだけだ。

 こういうことでこの期待()はなんの問題もなくいられる。

 ただこの武装が意味不明というぐらいだろう。まぁそれもさほど問題ない。

 篠ノ之束と共に居たのだから、あの女が作ったことにすればすべて解決する。

 

「それが、プラシドのISの力の一端ッ」

 

 一夏の方に視界を向けると(目などないのだが)驚愕しているようにも見えた。

 だがそれ以上に戸惑っている姿がわかる。

 

「問題としてはこの機体、ならびにワイゼルの“この手”の武装は攻撃をされればワイゼルのシールドエネルギーも削られることだ。つまり、この機体に攻撃をし続ければお前の勝ちもある」

 

 そんな言葉に、一夏は両腕の拳を握りしめて表情を引き締めた。

 戦うことへの姿勢がしっかりと伝わってくる……良い闘気だ。俺も久しぶりに熱くなってくる。

 俺の闘志が伝わっているというように、一夏は笑みを浮かべていた。

 その額に冷や汗を流しているといっても、なかなかどうして根性があるようだな。

 

「“俺たち”のISは“機皇帝”そしてこの姿は機皇帝グランエル」

 

「機皇帝、グランエル」

 

「そして、今回お前を相手にする俺の姿はまた変わる」

 

 一体いくつの姿があるのだと、焦りを覚えている雰囲気の一夏をはじめとした全ての生徒。

 今頃、この技術が束のものだと思い頭を抱えている織斑千冬、作ろうと思えば束はこの程度の技術を制作するのは可能だろうが……これは束のものではない。

 さあ、一夏―――これが今回お前と戦うべき姿だ!

 

「機皇帝グランエルの効果発動!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 今だに、動かないプラシドだが、もう一方の(グランエル)は動き出していた。

 オレンジ色の機体、グランエル。そこから響く声。

 

「リミッター解放レベル10」

 

 その声と共に、グランエルの∞の装飾の中の穴二つが開き、どこまでも深い黒が現れる。

 

「メイン・バスブースター・コントロール、オールクリア!」

 

 その黒の奥深くで輝く緑色の光。

 

「無限の力、今ここに解き放ち、次元の彼方へ突き進め GO!」

 

 ∞の文字が開き、その奥より緑色の光がさらに輝き、その光はグランエルを包み込む。

 

「アクセルシンクロ!」

 

 なおも聞こえる声。それと共に、緑色の光は弾け飛んだ。

 

「カモン! TG(テック・ジーナス)ブレード・ガンナー!」

 

 緑色の光の中から現れたのはオレンジ色の機械戦士だった。

 左手に巨大な銃を持った機械の戦士<TGブレード・ガンナー>はその機械の奥にある瞳にて織斑一夏を見る。

 その視線を受けた一夏は、機械からの視線を無機質なものに思えなかった。

 しっかり意思のあるソレとしか思えないその視線。

 

「そっか……プラシドの人格が移してあるなら、お前もまたプラシドなんだよな。でもプラシドじゃ面倒だから、別の名前でもつけないか?」

 

 笑う一夏。まさか自分が一人として扱われるとは思わず彼は笑いをこらえきれなかった。

 機械から聞こえる声だが、しっかりとした人間のものと思える一夏は共に笑みを浮かべる。

 今はTGブレード・ガンナーである彼と共に笑う一夏。二人を遠くから見ているプラシドの口元にも笑みが見えた。

 

「そうだな、名乗っていいのかわからんが……ホセと呼んでくれ」

 

 彼は自らを『ホセ』と名乗った。

 

「ホセ?」

 

「あぁ、機皇帝グランエルを駆る。最も哀しく、友情を大事にする者の名だ……」

 

 笑う彼のことがいまいちわからない一夏だったが、離れているプラシドは目を細める。

 プラシドのかつての仲間の名。

 もう少し仲良くしておいても良かったと今なら思える“彼ら”の片方。

 グランエルを駆る彼なりの覚悟をもってその名を背負ったというのは、プラシドにはわかる。

 

『フッ……ホセ、その名を背負った以上、孤独になることは許されんぞ』

 

『当たり前だろ』

 

 遠く離れた二人でも、心の中で会話できていた。

 彼、ホセは自らの銃からサーベルを伸ばす。それは大衆から言わせればビームサーベルと呼ばれる者に等しい。

 空でそれを一度振るホセが眼前の()を睨みつける。

 一夏はそれに応えるように自らのIS白式に装備された唯一の武装『雪片弐型』を手に持つ。

 

「行くぞ一夏!」

 

「来いよホセ!」

 

 ブレードを持ったホセが動き出し、その刃を振るう。

 だが一夏とてただではやられない。

 数年前に剣道で鍛え、ここ数日で箒の攻撃により研ぎ澄まされた反射神経によりその刃を雪片弐型で受け止めた。

 十数秒ほどつば競り合いになると、ホセの方がその強靭な足で一夏の脇腹を蹴る。

 

「ほぼ同等の力で力比べなど無駄なことだ。即座にほかの攻撃をして隙を見つけなくてどうする!」

 

 そう言うホセがビームサーベルを消して銃を一夏に向ける。

 驚愕に顔を歪める一夏に、銃口を向けたままトリガーを引く。

 特有の音と共に、実弾がいくつも吐き出される。

 それらを急降下し、地上を滑りながら避ける一夏。

 

「回避は上手いぞ、だがまだだ!」

 

 ビームサーベルを展開して、再び飛び出すホセ。

 そのスピードは初心者が扱う“現在の白式”に追いつくなど造作もないことである。

 地上にて、片手を地について避けたスピードを使い方向転換する一夏。

 

「その機転は戦いで役に立つぞ、一夏!」

 

「なんか俺、鍛えられてるみたいだ……なッ!」

 

 一夏とホセの刃がぶつかり合い、二人の顔の間で火花を散らす。

 先ほど言われたことを思い出す一日が足にてホセを蹴ろうとするが、利き足が踏まれて上げることができなくなっていた。

 ―――甘かった!

 そう思った時にはすでに遅い。ホセのもう片方の足が一夏の腹部を打つ。

 

「ぐっ―――まだ、まだぁっ!」

 

「飲み込みが良いぞ一夏、それでこそ織斑千冬の弟だ!」

 

「ありがとよ!」

 

 飛んでくる一夏によって振られる雪片弐型を、後方に下がりながら紙一重で避けていくホセ。

 あえて、だろう。

 しかしその紙一重がつめられない一夏は焦っていく。

 

「焦りが見えるぞ一夏!」

 

 ―――わかってる!

 そう大声で答えたいもののそうは行かないのは現実だ。

 クラス代表になんてなる気は無かったが、こうなってしまってはホセにも負けたくはない。

 昨日散々戦い方については復習したのだ。

 ならば使ってみるほかはない。

 

「いくぞ!」

 

「来い一夏!」

 

 一夏が雪片弐型を変形させ、そこからビーム状の刃が現れる。

 ―――この場で使うかッ!?

 驚愕するホセをよそに、一夏は笑みを浮かべてその背の二つあるスラスターウイングからエネルギーを放出。

 

 一夏のIS白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)である『零落白夜』によりただでさえシールドエネルギーを消費し続ける。

 挙句に一夏はさらにホセに攻撃を当てられるように瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用した。

 

「これでッ―――決める!!」

 

 一瞬でホセとの距離をつめる一夏が零落白夜を使用した雪片弐型を振るう。

 それはエネルギー性質のもの全てを無効化させるISの中でもトップクラスの武装。

 振られた刃はホセのブレードを消滅させ、ブレード・ガンナーの装甲に―――わずかな傷を作る。

 

「なにッ!?」

 

 驚愕する一夏だが、ホセとの距離が先ほどより離れているのは事実。

 使ったのだ、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を……。

 

「良くやったと言わざるをえないな一夏! 本気を出すに値する相手だ……」

 

 ホセ、しいてはプラシドはその攻撃を直撃すればほぼ一撃で仕留められかねなかっただろう。

 それほどの威力なのだ。零落白夜という兵器は……。

 

「だが理解しろ一夏、今はまだ良いがこれは人の命を奪う兵器だ。いずれそれをその身に刻む日が来るだろう!」

 

 それは、今の一夏には実感がないことだが理解はできた。

 これをただのファッションやら遊び道具だとは思うなということ、だろう。

 だからこそ、負けを理解しながらも一夏は頷く。

 

「止めだ一夏、TGブレード・ガンナーの攻撃。シュートブレード!」

 

 ホセの持つ銃の先から、荷電粒子砲(ビーム)が放たれる。

 それは一夏へと直撃。同時に試合終了のブザーが鳴り響き、全てが終わった。

 

『試合終了。勝者、プラシド・イリアステル!』

 

 煙の中から咳をしながら出てきた一夏がブレード・ガンナーことホセを見て笑い―――拳を突き出す。

 目の前の拳に、ホセは拳を軽くぶつけて、粒子になり消える。

 

 少し離れた場所にいるプラシドへと視線をやる一夏。

 プラシドは上空から跳んで降りる。

 それを見ている女子生徒たちから悲鳴が飛び交うが、会場の外から跳んできたバイクに飛び乗りアリーナ内部に着地した。

 間違いなく無事なのだが、あれは本当に人間かと疑いたくなる。

 

「フハハハッ! 織斑一夏、貴様との戦い楽しみにしているぞ!」

 

 指を差してくるプラシドに親指を立てた腕で応える一夏。

 プラシドは満足そうに頷くとそのバイクを走らせる。

 

「行くぞ、我がD・ホイール『T・666(テリブル・オーメン)』よ!」

 

 笑いながら去っていくプラシドはなぜだが不自然なぐらい楽しそうだった。

 いつもとまったく違う雰囲気だ。

 どちらかというと『ホセ』と名乗った機械の人格の方がまだいつもの『プラシド』らしかった。

 まぁきっといろいろあるのだろうと頷く一夏。

 

 明日はセシリア・オルコットとの戦いだ。

 油断するわけにはいかない―――。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 私、セシリア・オルコット。

 

 正直、あのお方のこと―――気に入りませんわ!!

 

 まぁ確かに? 男性なんて所詮、女性に怯えてビクビクとしているだけの存在と思っていました。

 けれど、そうでない人も世界にはいる。それが彼で、私だって男性を見下していた部分もあるのでそれはいけないこと……セシリア・オルコットは自分の非を認めて次は同じ失敗をしない。

 だからそこだけは感謝しますけれど……けれど……あの私を見下した態度だけは気に入りませんわ!

 なんて思っていたら一転、私に手を差し伸べて、別人にも思えるあの様子は……。

 

「誰かと思えばセシリア・オルコット」

 

 そんなことを考えていたら、突如隣に不思議な形をしたバイクが止まって、それに乗っているプラシド・イリアステルが私のことを見ていた……って!

 

「きゃあぁっ!」

 

「やかましいぞ!」

 

 か、考えていたら急に出てくればびっくりもします!

 それにしても、バイクなんてずいぶん久しぶりに見ますわ。

 乗っているのはプラシド・イリアステルさんですけれど……あぁ、目つきが悪い方ですのね。

 

「なんだその露骨な顔は」

 

 腕を組んで不機嫌そうな顔をするイリアステルさん。殿方のそんな表情をみるのは初めてですわ。

 突然だまりだした彼の顔をのぞき見て見ますが、時々眉が動いたりするあたり何かを考えている―――のかしら?

 

「っきゃぁぁっ!」

 

「うぉっ!」

 

 い、いきなり目を開けるから―――ハァっ、ハァっ……ビックリしてしまいましたわ。

 それでも、怒鳴らないあたりはいつもの“彼”ということでイイのかしら?

 これは二重人格? 無意識?

 

「バイク、カッコイイですわね」

 

「あ、おう……自慢のバイクだからな」

 

 そう言って笑みを浮かべながら、彼はそっと自らのバイクを撫でる。

 ―――ッお、おもいのほかすさまじい破壊力。ですわッ……。

 今までと違う類の、なんだか思い出というか、感傷に浸るというような……でも笑顔。

 

「ん、そういえばオルコットは一夏と俺の戦い見なくて良かったのか?」

 

「はい、織斑さんのISを今見るのは失礼かと思いまして」

 

「向こうは情報収集してるかもだぞ?」

 

「それでも、私は代表候補生としてのプライドがあります」

 

 私は胸に手を当てて高らかに宣言してみせる。

 どうです? 結構、カッコイイと思ったのですけれど?

 チラリと彼の方を見ると、彼は私を見てあの暖かな笑みを浮かべるのみ。

 なんだか、私が道化のようですわ。

 あぁ~、妙に顔が熱い。こんな屈辱―――ッ、でも、屈辱なのかしら?

 

「おっと、それじゃ、俺は先に戻るから……明日の試合、楽しみにしてるなセシリア!」

 

 そう言うと、去っていく彼。

 私は手で銃の形を作ると、彼の背中に人差し指を向ける。

 標的は―――逃しませんわよ?

 浮かれたように笑って、私は(プラシド)ではなく彼を思い出す。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ○―プラシド・イリアステル VS セシリア・オルコット ―×

 ×―  織斑 一夏     VS プラシド・イリアステル―○

 ○―セシリア・オルコット  VS   織斑 一夏    ―×

 

 

 

 セシリア・オルコット  辞退

 

 プラシド・イリアステル 辞退

 

 よって、織斑一夏をクラス代表とする

 

 

 

 

 




あとがき

これにてクラス代表候補戦終了でござる!
ちなみにプラシドの中の彼がホセの名乗った意味は後々に、そしてなぜブレード・ガンナーだったかは……グランエルの効果からということでござる!
まぁ色々と過去話とかも入れていくつもりなので、これからもよろしくお願いするで候。

疑問などがあればドシドシと“ネタバレにならない”程度に応えるにて!
では、次回もお楽しみしていただければ僥倖!!


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第五話 第二のD・ホイール 変わりゆく日常

 さて、どこから説明しようか……まずはISの実施授業なわけだが、俺たちは今現在空を飛んでいる。

 ISを動かすときは基本的にプラシド本人が動かすはずだが、現在は“俺”が飛んでいた。

 授業のように命令されISを動かすのは嫌いらしい。

 まぁ、らしいっちゃらしいよな。

 それにしても、一夏もかなり綺麗に飛ぶ。やはり二度の実戦はいい刺激になったようだ。

 通信にて、織斑先生の方から新たな支持が下る。

 俺の横に並んで飛ぶ一夏とセシリア。

 

「急停止、できないとおそらく織斑先生から鉄槌がくだる」

 

 そんなつぶやきに、横の二人は生唾を飲む。

 頷いたセシリアが俺と一夏を見る。

 

「では、行きましょう!」

 

 俺と視線を会わせて頷くセシリア。

 なるほど一緒にというわけか、あまり“綺麗”な戦い方などをしてこなかった俺からすれば一緒に降りれば雑さが目立つのでごめん被りたいが、そうも言っていられないだろう。

 体を傾けて地上へと向かうセシリアに、少し遅れて俺も続く。

 

 地上すれすれで体勢を整えるセシリアは華麗に着地するが、それに対して“プラシド”はかなり雑な着地だった。

 地面に刃を突き刺して無理矢理止まる。

 

「プラシドさん!?」

 

 突然の行動に驚くセシリアが“俺”を見るが、今のその俺の目つきだけですぐわかった。

 今の俺は俺では無く“プラシド”である。

 じゃなければ、こんな無理矢理な着地をするはずがない。

 

「ふん、実戦でそのようなものなど当てになるか、止まればいい!」

 

「そうでもないからやってるんだ」

 

 ―――痛ッ!

 プラシドのせいで痛いのは俺、というより寸前でチェンジしやがったなアイツ……。

 あぁ、痛い損だ。頭押さえてる間に一夏は少し離れた場所に巨大なクレーター作ってるし。

 着地失敗とか目も当てられないな。

 なんか知らないが、セシリアは一夏に駆け寄っていかない……おかしいな。

 

「急停止か、まぁ実戦でもやったりするし大丈夫だろう」

 

 つぶやくと、一夏の方を向いて頷く。

 あいつも俺も似た者同士、戦闘にて本領を発揮し、戦闘でしかそういうことはできない。

 お互い刃を交じあわせた同士だし、昨日から妙に一夏が馴れ馴れしい―――という言い方は良くないが、くっついてくる。

 やはりあいつは……いや、そんなことは無い。無いはずだ。

 

「プラシド!」

 

 ほら、また来た。ドデカいクレーターを作って織斑先生に怒られたのだろう。

 まぁIS学園に二人の男、仲良くなりたいというのは正しいのだからしょうがない。

 俺だって一夏とは仲良くやっていきたいと思ってる……けど、いささか近くないか?

 

「そういやさ、お前のISスーツってISスーツっぽくないよな」

 

「そうですわね」

 

 一夏の言葉に、セシリアがやってくる。

 そりゃそうだ。

 俺のISスーツなんてほぼ服みたいなものである。

 なんたって、今俺が着ているこのISスーツの外見はかつてプラシドが着ていたイリアステルとしての服そのものなのだからな。

 こんな服でもワイゼルを装備すればだいぶ大人しくなる。

 問題はないのだが、なんでまた束はこう面倒なことを……。

 

「さて、後で一夏とプラシドはクレーターを埋めておけ」

 

 織斑先生の言葉だが、非常に不本意である。

 まぁ付き合ってやろう。こいつには色々と覚えてもらわなければいけないこともある。

 放課後に訓練をつけてやろうと思ったが、今日は一夏が代表就任のパーティーだったか、ならば明日だな。

 

『待っていろ、織斑一夏!』

 

 ―――それは俺のセリフだよ。

 パーティーか、まぁたまにはそういうのも良いだろう。

 もうすぐクラス代表戦もあるしな、少しは息抜きも必要だ。

 そのあとは覚悟してもらうがなぁ……一夏?

 

「どうした一夏?」

 

「いや、一瞬寒気が……」

 

 おや、感はするどいようだ。

 こいつは戦闘につかえるな、うん。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 パーティー会場は食堂。

 まぁそうだろうなぁ、この段階での“未来を知っている”俺は大体察していたがな。

 現在、このパーティーの主役である一夏の右に座る俺、一夏の左には篠ノ之箒。

 俺の隣にセシリアが座っているが、良いのだろうか?

 

「セシリア、チェンジするか?」

 

「えっ、いえ今回の主役は実質お二方なんですから」

 

 初対面のころよりなんだか控えめになったが、うん、人あたりがいい感じで好きだぞ。

 無意識に一度頷くと、セシリアは不思議そうに俺を見てくる。

 さて“俺”の記憶が正しければ今頃、寮の部屋にはいるのだろうか?

 二組の専用機持ち……。

 

「ん、プラシドどうした?」

 

 一夏のことばに、我に返る。

 

「あぁ、悪い……さて、せっかくの一夏クラス代表就任パーティーだ。乾杯!」

 

「乾杯」

 

 俺と一夏は自らのグラスを持ち上げてぶつけあう。

 やたらカメラのライトがカシャカシャ光っているが、余計なことを突っ込まない方が賢明だろ。

 明日の校内新聞は一面は一夏と……俺のことばかりだろう。

 

「あの、プラシドさん?」

 

 隣のセシリアの声に、俺はそちらを向く。

 なんだか話しにくそうにしているが、まぁこんな感じの娘だった気が……しないでもない。

 俺と視線を合わせるのか合わせないのか、チラチラと俺と目を合わせてくる。

 

「どうした?」

 

「わ、私とまた戦ってくださる?」

 

 データを集める気なのか、なんなのか? まぁとりあえずは良いだろう。

 俺自身も戦ってみたいという本音があるからな。

 

「是非も無しだ。そしたら今度は……」

 

「ホセさんと戦いたいのですが!」

 

 ―――うぉっ、ものっそい勢いでっ!?

 悪い気はしないが、ホセ()なら勝てると思われているとしたら、なんかテンション下がる。

 まったく嬉しくない。

 

『貴様の考えていることなど手に取るようにわかる』

 

 ―――長年の付き合いだもんな……。

 

『ただたんにわかりやすい』

 

 ―――くたばり損ないのくせに。

 

『貴様ァッ!』

 

 たまには俺だって堂々と反撃ぐらいする。

 まぁ、それでもお互い本気で怒ったりはしないんだがな、でもたまに俺が取っておいたデザートがなくなるのはなぜだ。

 冷蔵庫にあるプリンはさっさと食べてしまおうと思う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その夜、なぜか俺―――いや、俺たちは篠ノ之束に呼び出された。

 妙になつかれているが、あんなにも露骨な好意を不意にするのはモテない男代表の俺には無理だ。

 まぁ現在はプラシドという外見のおかげで結構な好意を受けているようだが、どうにも“その手”の好意を受けることはないようである。

 せいぜい好奇心程度だろう。

 

『何を考えているか知らんが、もうすぐ着くぞ』

 

 ―――おう、よろしく頼むぞ。

 現在外側に出てるのは“プラシド”の方だ。

 俺たちのバイク、否、D・ホイールであるT・666(テリブル・オーメン)を駆り、IS学園から街へと伸びる高速道路を走っていた。

 時刻は深夜一時過ぎ、この時間ならばこの高速道路を使う人間なんて居ないので、速度制限をぶっちぎってプラシドは走る。

 まぁ、そういう時のライディングがどれだけ気持ちいいから俺も知っているから余計なことを言うつもりはないがな。

 

「ところで、あの女はどこを指定したんだ?」

 

 ―――場所のことはわからないが、とりあえず街に出てくれだそうだ。

 

「チッ、また面倒事をさせられる気がするぜ、あの女のボディーガードはかなり骨が折れたな」

 

 ―――危うくまた腹筋崩壊するところだったな。

 

「ふん」

 

 そこは否定しないあたり、そのぐらい大変だったことを物語っている。

 律儀にヘルメットをつけてしっかりとD・ホイールを走らせるプラシドだが、街までは結構長い。

 まったく、束もよく俺とプラシドの口での説明程度で“D・ホイール”を完成なんてさせれる。

 天才さまさまだよ。

 そんな借りがあるからこそ、プラシドも束に必要以上は逆らわない。こいつなりに恩義を感じているのだ。

 高速道路が入り組んだ場所にやってくる。

 下にも上にも高速道路だらけ。

 

「まったく、篠ノ之束のことだ、すぐにでもそこらへんから出て―――」

 

「束さんは応援してくれる子供達の期待を決して裏切らない!」

 

 ―――マジか……。

 現れたのは我らが篠ノ之束さん。

 高速道路を走っていたら上に走る高速道路から篠ノ之束が落ちてきた! なにを言ってるかわからねぇと思うが俺もわからねぇ。

 しかもそのD・ホイールは、まさか……。

 

「そう、プラシド君から6年間聴き続けた情報を下に作った第二のD・ホイール! それがこれ、ホイール・オブ・フォーチュン!」

 

「なにぃ!?」

 

 あの『無職王』『ごくつぶし』『キング(笑)』で有名であったジャック・アトラスのD・ホイール。

 俺たちが話したことだけを頼りに作ったというのか?

 嬉しそうに満面の笑みを浮かべながらこちらを見てくる束。

 

「ぶい!」

 

 さすが、と言わざるを得ないな。

 よもや二機目ということはD・ホイールに内蔵されている“小型モーメント”の二つ目を開発したということなのだから……。

 たった一人で、しかもこれと並行で第四世代ISについても研究しているのだろうし、天災以外に贈る言葉が見当たらない。

 こんなものを簡単にいくつもつくってしまうのだ。天災に違いない。

 

「そういえばなんだけどね、プラシド君。君を呼び出したのはほかでもないんだけどぉ……」

 

 ホイール・オブ・フォーチュンにまたがる束は思った以上に違和感がない。

 ただヘルメットをつけないと髪の毛がホイールに巻き込まれそうで怖いのだが……。

 まぁそんなことはともかくとして、なんなのだろう。

 

「私、なんか追われてるんだよねぇ」

 

「なに?」

 

 疑問符を浮かべそう聞くプラシド。

 直後に上空に影が浮かぶ。

 視線を上げれば、そこには巨大なISもどき。

 

「面倒ごとを振りまく女だ!」

 

「あははは~! 頑張ってね。応援してるよぉ~!」

 

 そう言うと束はホイール・オブ・フォーチュンで先を走っていく。

 おのれ束、このデカいISもどきはどっからつれてきた!

 だが、考えている暇は無い。

 さっさと片付けて帰らなければ朝になってしまう。

 

「ちっ……行くぞ」

 

 プラシドは間違いなく俺に語りかけている。

 終わったならば、プラシドが束に怒鳴り散らすことだろう。

 まぁなにを行っても無駄なのだろうけれど……今は目の前の脅威を排除するだけだ。

 ―――ああ、やろうプラシド!

 

「ライディングデュエル、アクセラレーション!」

 

 そんな馴染みの掛け声と共に、未知の敵との戦闘が開始される。

 ―――こういう風に戦うのは久しぶりだが、やるしかあいまいな。

 このホセ()の戦い、ぞんぶんに堪能していただこうかッ!!

 

 

 

 

 

 




あとがき

今回は話はあまり進まなかったでござるな。
とりあえずはアクセラレーションということで、次回はライディングデュエル(仮)となります。
どんな戦闘になるかはともかくとして、戦闘パートに過度な期待は禁物でござるよ!
束との絡みも次回は結構あるにて、では次回をお楽しみにしていただけたなら、まさに僥倖ッ!!


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第六話 無限の力 GO アクセルシンクロ!

 ISよりも一回り大きいであろう巨体を飛ばしながら、プラシドを追うISもどき。

 それはプラシドを追っているのか、その前を走る束を追っているのかはわからないが、間違いなく“俺たち”の敵なのは確かである。

 前を行く束がホイール・オブ・フォーチュンをターンさせた。

 周囲を回るたった一つのホイールだからこそできる芸当である。―――というより、いつのまにやらそんな技を身につけているとは……。

 こちらを向きながら走る束。

 

「さぁプラシド君、やっちゃえ~!」

 

 まったく、簡単に言ってくれることである。だが、こうするのが久しぶりだからか嬉しそうなプラシド。

 非常に面倒な二人が非常に面倒なことにハイテンションになっていて、非常に面倒である。

 プラシドがハンドルから片手を離して開いた手を少し横上を飛ぶ巨大なISもどきに叫ぶ。

 

「さぁ行くがいい、機皇帝グランエル∞!」

 

 そんな声と共に、俺は出ざるをえないので出ることにした。

 グランエルの機体を体に、俺は“その戦場”へと姿を現すことにする。

 俺たちの“恩人”である束に手を出されては黙っているわけにもいかない俺と、コイツ。

 ならば俺たちの取る選択しは一つじゃないか、そう……この世界に来たときからしてきたようにすれば良いのだ。

 その“剣”で全てを断ち切る!

 

「さぁ、シンクロ召喚だ!」

 

 ―――別にこれはシンクロ召喚ってわけじゃないんだけどな。一応前口上はするが……な!

 グランエル()の中心が開き、その中から緑色の光が溢れ出て、一夏との戦いの時と同様に俺を包み込む。

 その中で、光の中で、俺はグランエルの効果(シンクロ召喚)を意識した。

 

「シンクロフライトコントロール! リミッター解放、レベル5!」

 

 自らの内より出てし力に、俺の意識が乗り移るのが意識できる。

 

「ブースター注入120%! リカバリーネットワーク、レンジ修正! オールクリア!」

 

 俺がソレになった瞬間、背後の俺はまた俺の中へと還った。

 これこそが、グランエルの力、機皇帝の力、過去を変えようと必死であがき続けた“奴ら”の力の一端!

 

「GO! シンクロ召喚! カモン! TG(テック・ジーナス)パワー・グラディエイター!」

 

 その光の中から俺は姿を表す。ISもどきに人が入っていれば相当驚愕したのだろうけれど、機械なのは間違いないようだ。

 まったく同様していない。

 俺の姿はグランエルでもなければブレード・ガンナーでも無く、TG パワー・グラディエイターである。

 

「出たねぇ!」

 

 束の嬉しそうな声が聞こえるが、気にしないことにしよう。

 俺はアックスを両手で持って巨大なISを睨みつける。

 ちなみに追記するならば今現在、ずっとD・ホイールで進みながらこの行動を全て行っているのを忘れないで欲しい。

 

「行け、TG パワー・グラディエイター!」

 

 プラシドの支持がなくても行く! と言いたいが、どうもノリノリのプラシドは放っておいた方が賢明だ。

 それをよくわかっているからこそ俺は聡く賢明な生き方ができてきた。

 じゃなければプラシドと束を両方相手なぞ、死んでしまうわ。

 俺は巨大なISもどきへと接近する。

 

「マシンナイズ・スラッシュ!」

 

 叫ぶと同時に、アックスを振るう。

 両腕をクロスして、そのアックスを受けるISもどきだが、パワーで圧倒的に俺の方が上だ!

 その力のまま切れないなら切れないで振りきり、ISもどきを高速道路下の海へと叩き落とした。

 

「終わりか?」

 

「ふんワイゼルを出すまでもない」

 

 まったくそのとおりである。

 だが、こちらを見ている束は楽しそうというより、“甘い”とでも言いたげな目だ。

 それはまるで、何かをわかりきっている状況下でするような……罠カードを見誤った時のような?

 

「そんな姿であれに勝てるかな?」

 

 バイクを走らせながらそう言う束に、俺はわずかに苛立ちを感じた。

 あまりにも何が言いたいのか、遠まわしすぎる。

 

「俺が負けるとでも言うのか?」

 

「プラス思考!」

 

「なに言ってんだテメェ!?」

 

 うお、ついつい悪い口調が出てしまった。でも今のは仕方ないと思う。

 Q()に対してA()で返さないなんてどうかしてるよ。

 

「きたぞ!」

 

 プラシドの声に我に帰ると、俺の真上に黒い巨大な影。

 それは間違いなく先ほど海へと打ち落としたISもどきである。

 

「なにぃッ!?」

 

 俺の胴体へと拳を打ち込み、高速道路を転がる俺。

 なんとか体勢を整えるが、俺が体勢を整えたときにはすでにISもどきは次の攻撃モーションに入っており、両腕を俺に向けていた。

 その巨大な腕の甲部分に集まるエネルギー。

 避ける暇すら与えず、その機械のAIは即座に判断し俺へとその手のレーザー兵器を放った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ISもどきの攻撃がホセへと直撃した直後、巨大な爆発が起きた。

 束とプラシドの間で起こっていたその戦い。

 ホセが攻撃を受けたときの爆風に、プラシドがわずかにその威力を体に浴びた。

 

「ぐぅッ!」

 

 痛みや風圧などを耐えて走行するプラシドは横を飛ぶ黒いISを睨みつける。

 ホセを倒せば次のターゲットはプラシドか束。ワイゼルを出す準備すら必要かと思われた……だが、そうではない。

 爆煙の中から、薄い赤の膜を纏ったパワー・グラディエイター、しいてはホセがD・ホイール以上のスピードで飛び出したからだ。

 

「ふん、最初から本気で行けば良かったものの……」

 

 口元に笑みを浮かべてそうつぶやくプラシドだが、すでにホセの姿は見えない。

 黒いISもどきは現在索敵中なのだろうけれど、そのスピードより圧倒的にホセの方が早い。

 ホセがやろうとしていることを、プラシドは悟っていた。

 もちろん、前方にいる束も同じくその顔でわかるほど、待っていましたと言わんほどの笑顔。

 

「さて、“君”はどういう風にこの束さんを満足させてくれるんだい?」

 

 言って笑う束に、プラシドすらも笑みを浮かべる。

 黒いISはホセを逃亡したと判断したのか、その体を高速道路を走行する篠ノ之束へと向けた。

 だが、プラシドも束もどちらも驚愕や恐怖の表情も浮かべることはない。

 その表情に見えるのは確実で、絶対な―――余裕だ。

 

『お前にそんなことで満足されてたまるか!』

 

 通信機から聞こえる叫び声と共に、先へと飛び去ったホセが後方から飛んでくる。

 赤い光をその身に纏いながら飛んでくるホセは今だ二人と一機の位置からでは小さい。

 それでも確実に近づいて来ていた。

 

「アクセルシンクロォォォッ!!」

 

 間近に聞こえる叫び声は確かにプラシドと束の真上から聞こえたものであり、二人の真上にはオレンジ色の姿をしたホセが、TGブレード・ガンナーの姿で飛んでいる。

 それが彼のもう一つの姿であり、本気の時の姿だが、まだこれ以上の本気は隠し持っていた。

 ただ、それをここで使用するのに問題があるというだけだ。

 それに、この程度の相手であれば……。

 

「GO! TGブレード・ガンナー!」

 

 ホセが銃のトリガーを引く。

 マシンガンのように連続で吐き出される弾丸を、黒いISはその巨体に似つかわない動きでよける。

 だがホセはその黒い巨体より素早く移動し、至近距離で弾丸を撃ち込む。

 直撃と共に煙を上げながら飛んでいく黒いISは、上空へと飛び上がった。

 それを追うホセ。

 束とプラシドの二人はバイクを止めて上空を見上げる。

 

 上空でぶつかりあうオレンジと黒の二機。

 その巨腕を振り回しながらホセを落とそうとするが、ホセがその程度の攻撃に当たる訳もなくブレードガンナーのスピードをもってして避けながら銃を撃ち黒いISもどきの体勢を崩させる。

 直後、銃からサーベル状のビームを伸ばし、黒い機体に斬りかかった。

 

「腕をもらう!」

 

 振られたビームサーベルに腕を落される黒い機体。

 斬りかかったその勢いのまま、ホセは体を回転させて蹴りをあびせる。

 わずかに下がる黒い機体に、ホセはさらに飛ぶ。

 残像すら残すブレードガンナーのスピードをもってして、すれ違いざまに黒い機体のもう片方の腕を切断。

 

「まだだ!」

 

 そこから急ターンで身を翻し、黒い機体の両足を一撃で斬った。

 

「これこそがアクセルシンクロ! そして、クリア・マインド!」

 

 黒い機体の正面にいるホセは、そのISもどきの中央にサーベルを突き刺す。

 ホセの手にある銃に集まる目に見える粒子―――ホセがトリガーを引いた瞬間、その銃口からは一夏に放ったビームがはき出される。

 それは黒い機体を貫いた。

 大きな穴の空いた黒い機体を高速道路下の海に落とすと、ホセは束とプラシドのいる地上へと降り立った。

 

「なにやってんだお前ら」

 

 ホセがそう言うのも仕方がないことである。二人は心配していたわけでも返ってきたホセに笑顔を浮かべるわけでもない。

 ただ、スタンディングデュエルの最中であったのだ。

 空中戦をはじめてすぐに始めたのだろう。展開は結構な終盤を迎えていた。

 二人のどちらもホセになにかいうことはない。

 プラシドはおなじみデュエルディスクで、束は昔懐かしき初期のデュエルディスクだ。

 

「束さんのバトルフェイズ! いけぇ、私のA・O・Jカタストル、プラシド君にダイレクトアターック!」

 

 ガションガションと音を鳴らしながら、A・O・Jカタストルはプラシドにビームを飛ばした。

 

「ぐわあぁぁぁッ!!」

 

 ダイレクトアタックにより吹き飛んだプラシド。

 それによりデュエルが終了したのか、ソリッドビジョンが消え去り、二人はデュエルディスクを待機状態にする。

 立ち上がったプラシドがホセを視界に入れる。

 

「ふん終わったか」

 

 プラシドはそう言ってホセへと近づく。

 

「こっちも終わったけどね~」

 

「人間ごときに……気に入らん……気に入らんぞォォ!!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 俺が戦っている間のデュエルは……なんだか熱いバトルだったようだ。

 まぁプラシドが負けたようだがしょうがない。

 この世界にもマジック&ウィザーズ。つまりデュエルモンスターズというカードゲームは存在していた。

 それを知ったときのプラシドの口元に浮かぶ笑みは、それもはもう……といった感じである。

 デュエルディスクは俺たちが話をしてから束が突如販売してみて、とんでもない収入を得たというのは語るまでもないだろう。

 世界的カードゲームだからな。

 

「ていうか、俺が戦ってる間にお前らは……」

 

「先に挑発してきたのはこの女だ!」

 

 まぁ、挑発に弱いプラシドもプラシドだと思うよ。俺は……。

 さて、とりあえず事情を聞こうか?

 俺は今の体(ブレード・ガンナー)を消して、プラシドの中に戻る。

 

「ふぅ、さて……あれはなんだ?」

 

 デュエルディスクとデッキをしまって俺は聞く。

 束は楽しそうに笑うが、俺はまったく楽しくないのだが?

 こう、俺としてはさっさと用件を教えて欲しいのだがな……あんなものを作れるとすれば誰でもない。

 間違いなく束だけだ。

 

「無人機の試作品だったんだけど、ちょっとした“手違い”でね……」

 

「手違い、だと?」

 

 そんな失敗をコイツがする? 数十カ国の数十万発のミサイルを同時に日本に撃てるような奴が、ミスだと……。

 その確率はいったい何%ほどなんだ?

 これは間違いなく作為だ。

 

「何を考えてる?」

 

「……やっぱりわかるか~さすがだね!」

 

 ビシィッ、と俺に指を指して言う束だが、俺から言わせてみればただことをなかったことにされているにすぎない。

 まったく、なにを考えているんだこの女は、どうせ答える気はないのだろう。

 

『おいホセ、なんとかしろよ』

 

 ―――できたら誰も苦労しないっての……。

 

「さてさて、束さんは忙しいからね!」

 

 そう言うとデュエルディスクをD・ホイールにセットして、束はホイール・オブ・フォーチュンにまたがった。

 思った時にはもう遅い。

 

『逃げられるぞ!』

 

「わかってる!」

 

 俺も即座にD・ホイールにまたがる。

 走らせようとグリップをひねるが、俺のD・ホイール、T・666が動き出すことはなかった。

 原因を考えれば一人しかいないだろう。

 そう、俺のはるか前方を走る人物、篠ノ之束だ。

 このT・666だってプラシドの注文通りに束が作ったもの、動かさなくするようなモノを持っていてもなにもおかしくはない。

 

『おのれぇっ!』

 

「はぁ……帰るか」

 

 バイクは束が見えなくなってから動くようになっていた。

 まったく、面倒なシステムをつけてくれたものだな……非常にやっかいである。

 そろそろ時間も時間だ。朝になって俺が無断外出をしていたのが織斑先生に見つかれば間違いなく壊される。

 

「急がないとな」

 

 バイクを走らせる。

 ―――それにしても涼しいな。

 急いでいるけれど、それを忘れるぐらい気持ちがいい。

 D・ホイールと呼べば良いのか、バイクと呼べば良いのかはわからないが、このT・666は間違いなく“俺たち”の相棒であり、はじめて乗ったときからしっくりときていたのを思い出す。

 プラシドが“アレ”を試したときも楽しそうにしていて……危うく外に行こうとするので俺が必死に止めたのもいい思い出……いい思い出ではないな、やっぱり。

 

『俺が究極体になればIS学園まですぐにでも着く』

 

「俺が嫌だよ!」

 

『なにぃっ!?』

 

 本気で驚くなよ……。

 いや、実際にあの形態は嫌だな、半身が千切れる思うと怖くでしょうがない。

 あと変形ってどういう感覚だよ。

 俺は絶対やらんからわからないし、わかりたくもない。

 

 高速道路の上から見える水平線の彼方には、太陽が登り始めていた。

 少しばかり急ぐ必要がでてきたな。

 気持ちのいいぐらいの風を受けながら、俺はT・666のスピードを上げた。

 

 

 




あとがき

とりあえず、今回は束さん回……になるはずだったけれども微妙でござる。
やはりこの段階では彼女を思いっきり出すまでには至らぬようで候……え、ガッツリ出てた? まぁ、凄まじい人でござるから今回はこれだけということで!
次回はみなさまお待ちかね、彼女の登場でござる。そう! シェンロン……ガンダァァァァムッ!

では、また次回お会いいたそう!


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第七話 進化する獣 一夏と代表候補生!

 なんとか帰ってくることができたが、時刻も織斑千冬が行動する前だったのかなんとかなった。

 寮に帰って少しして、朝ごはんを食べてから俺専用の部屋の追加部屋に少し入ってその後に学園に向かう。

 いつも通り、現在俺は相変わらずの裾の長い制服を着て、腰に剣を引っさげて歩く。

 プラシドは睡眠を取らないが、俺は精神的に睡眠を取らなくてはなんか人間という枠から外れたようなので睡眠をとるために、今日はプラシドと交代だ。

 学園の廊下を歩いていると、一組の前に見慣れぬ人影が立っていた。

 

「中国代表候補生、凰 鈴音(ファン リンイン)、今日は宣戦布告に来たってわけ!」

 

 まぁ放っておいて問題無いだろう。

 そう思っていると、プラシドは前の方の席だからか、その凰鈴音の背後に立つ。

 

「邪魔だ女」

 

 ―――っておいぃぃぃっ!!?

 びっくりしてんじゃん、みんなね! 目の前の凰鈴音ももちろんだけどみんなビックリしてんじゃん!

 なんでもうちょっと言葉をオブラートに包まない!

 

「なっ、あんたもう少し言い方ってもんが……って男ォッ!?」

 

 まぁビックリするわな。

 

「チッ……邪魔だ」

 

「あ、あんたがプラシドね、一夏につぐ男性IS操縦者っていう!」

 

「だからどうした」

 

 あら、こういう強気な女は嫌いなのかプラシド?

 まぁ聞くまでも無いだろうが、態度を見ればわかる。

 大抵プラシドは人間相手にはこんな感じな気もするがな。

 

「やかましい人間だ」

 

 プラシドは面倒そうにつぶやく。

 だが、それがまた凰鈴音を激昂させるというのに、まったくもって馬鹿な男である。

 しかも自分が喧嘩を売っていることに気づいていない。

 この年頃の男はそういうものだ。俺にも覚えが……無い。

 

「ふん」

 

 プラシドは凰鈴音を無視して自分の座席、つまり一夏の後ろの席につく。

 

「あ、あんた、覚えてなさいよ!」

 

 捨て台詞を吐いて消える凰鈴音。

 プラシドはまったく気に求めてないという様子だが、一夏やセシリアは苦笑しているのみ。

 いや、それだけでなくクラス中の生徒が苦笑して俺たちを見ている。 

 あぁ、安心して眠りにもつけねぇよ。

 ―――おいプラシド、頼むから大人しくしといてくれよ?

 

『ふん、無駄に目立つ行為など誰がするか』

 

 ―――してるんだよ!

 

『チッ……うるさい奴だ』

 

 もういや、でもとりあえずは寝ておこう。

 俺はそっと意識を消した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そのまま、プラシドの中にいた彼は寝続けて、昼時へと変わった。

 昼ごはんは毎度学食のプラシド。

 私生活は基本的に彼に任せってきりのプラシドは新鮮さを感じながら立ち上がる。

 

「おいプラシド、飯行こうぜ!」

 

 一夏からの提案。

 ―――なぜこの俺がこいつと同じ席で飯など……。

 などと思いながら考えていると、いつものプラシドと違うとわかっている一夏は苦笑する。

 しょうがないと思いながらも、隣に立つセシリアをチラッと見た。

 少し溜息をつくも、セシリアは頷く。

 

「一緒してくださるのであれば私がお昼ご飯代を出してさしあげますわよ?」

 

 諭すようにいうセシリア。

 

「俺好みの交換条件だ」

 

 ニヤリと笑うプラシドだが、どうしてここまでこの男を誘いたいのかと言うと、聞きたいことが山ほどあるからだ。

 今日という日にこうなってくれたのは些か厄介ではあるが、今日を逃せばいつ聞けるかわからない。

 だからこそ、大して高くもない食事代でなんとかプラシドを釣る。

 

 

 

 少し遅れていったプラシドとセシリアが並んで昼食を手に入れたときには、すでに一夏と鈴は食事をしていた。

 なぜかはわからないが、一夏を挟むように座る箒と鈴。

 一夏が嬉しそうにしている。

 

「ここに座るといい」

 

 箒が一夏の方によってプラシドとセシリアの座るスペースを用意した。

 プラシドは大人しく箒のとなりに座り、そのとなりにセシリアが座る。

 そのセシリアにおごらせたカツ丼を見て、プラシドは黙ったまま割り箸を割った。

 

「あっ、あんた!」

 

 そんな声に、プラシドが視線をそちらにやると一夏のとなりの鈴だ。

 ようやく気づいたのかと、笑う一夏の腕がつねられる。

 せっかく一夏と話せると思っていたのにまさか『一夏の一号さん』が来たせいでそれもできず、挙句の果てには今朝自分にあんなにも小馬鹿にした男。

 まったくもって腹ただしいものである。

 

「今朝のこと忘れてないからね!」

 

 ビシィッ! と指差して言うが、当の本人であるプラシドは鈴を一瞥してすぐに食事を再開。

 その余裕満々の態度が余計頭に来る鈴。

 さすがにプラシドの記憶の中にある“この時”の鈴よりも鈴の余裕はない。

 全てはこの男、プラシドのせいだ。

 

「このニワトリ頭っ!」

 

「ムシケラ風情が俺を愚弄する気か!」

 

 立ち上がるプラシドと、それに呼応するように立ち上がる鈴。

 その二人の大声に周りから注目の目が集まる。それに気づいて鈴をいさめる一夏。

 そして同様にセシリアもプラシドの肩をそっとおさえる。

 

「プラシドさん、そんないきなり怒鳴らなくても、少し落ち着きましょう、ね?」

 

「……フン」

 

 黙って座るプラシドが昼食を続ける姿を見て、鈴も座ってとなりの一夏に耳打ちをする。

 

「あいつなんなのよ」

 

「少しあってな、まぁ悪い奴じゃない……かな?」

 

 いつもの、ホセのような性格の彼が悪い奴じゃないのは確かだ。

 自分にISのことを教えてくれて、なおかつ戦い方も弱点も白式での近づき方などその他もろもろと教えてくれた。

 けれどプラシドの、こっちの方は正直良いやつかと聞かれれば微妙なラインだ。

 

「どこがよ、ていうかなんで私『ムシケラ』扱いよ?」

 

「大丈夫だ。ああなってる時は俺だってムシケラだから……な! プラシド!」

 

「なんだ織斑一夏」

 

「違うじゃない!」

 

「悪かった」

 

 ムキー! と怒る鈴に『騒がしいぞ!』と言ってまたプラシドと鈴が言い争いになる。

 こう見ていると似た者同士なのかもしれないと思ってしまう一夏。

 まぁ鈴はプラシドのように天然で喧嘩を売るような人間ではないが……。

 チャイムが鳴ると、鈴は溜息をついた。

 

「じゃあ一夏、そっちの練習が終わった頃に行くからね。時間空けといてよ」

 

 そう言って食器を片付けに行く鈴。

 箒がぐぬぬ、と拳を震わせているが、それを見てセシリアは苦笑した。

 プラシドはまったくなにも思っていない表情で食事を続ける。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 放課後、練習のためにアリーナに集合した一夏、箒、セシリア、そしてプラシドの計四名。

 HLが終わると同時に意識を覚醒させたプラシドの中の彼、これで三人とも安心というわけだ。

 正直箒はプラシドとあまり話がことがないから突然性格が悪くなったり良くなったりで良くわからない。

 

「で、どうするんだ?」

 

 プラシドの質問に、三人が難しそうな顔をする。

 今回、箒が日本の量産型IS打鉄を借りてきたまでは良かったのだが、これでどう練習するかだった。

 ここは気を利かせて箒とセシリアに一夏の相手をさせてやりたかったが、そんなに実のある練習になるかは微妙だった。

 だからこそ、一時間は二人に好きにやらせてやるつもりだったプラシドだが……。

 

「セシリアは参加してこなくてもよかったのか?」

 

 いつも通りのISスーツであるプラシドが隣でまったくデザインも雰囲気も違うISスーツを待とうセシリアに聞く。

 微笑を浮かべなが頷くセシリアを見て、わずかに疑問を感じた。

 ―――セシリアは一夏のことが好きなんじゃないのか?

 そう思っても答えは出ないし、聞く気もしない。

 

「む、剣道の大会で優勝するほどの腕前を持つ篠ノ之箒と互角にわたりあう……か」

 

 数年もブランクがあるにもかかわらずここ数週間でその勘を取り戻した。だとすればとんだ化物である。

 いや、もしかすれば織斑一夏はそれほどの潜在能力を秘めているのかもしれない。

 事実、六年間かなり戦闘経験をつんできた自分に一撃を掠らせたのだ。しかも初の実戦で……。

 箒と剣を交えぶつかりあう一夏を見るプラシドの目は、わずかに細まった。

 

「そういえば、プラシドさん私と戦ってくださるという約束は?」

 

 そういえばリベンジしたいんだったなと思い頷くプラシド。

 

「あぁ、クラス代表候補戦が終わったらやろう。今は俺たちのクラス代表に勝ってもらわなければならないからな」

 

「そうですわね」

 

 笑顔で頷くセシリア。

 それを見るプラシドが、みけんを押さえて軽いため息をついた。

 ISスーツの相手とは、目のやり場が困るものである。

 

 

 

 一時間ほどしてから、一夏との特訓相手をセシリアに変えるよう指示したプラシド。

 現在アリーナの観客席にて座ってその特訓を見ているプラシドと、箒。

 二人の視線の先では青いビーム兵器を避けている一夏。

 筋はかなり良い。

 

「イリアステル」

 

「ん?」

 

 突然声をかけられて驚き半分だが、普通に返すプラシド。

 イリアステルと呼ばれることに今だに慣れないからか、わずかに反応が遅れる。

 

「お前はたしか、姉は……篠ノ之束はどうだった?」

 

 ―――ああそうか、数年も離れていたんだものな。気にはなっているよな。

 

「元気一杯でこっちが疲れるぐらいだ。お前のことずっと心配してたぞ」

 

 間違いはない。いつも元気で振り回されていたプラシドだが、一日たりとも箒の名が出なかった日なんてない。

 就寝前などに箒の話題を少し振ってみればそれから一時間は寝れないことを覚悟しなければならないほどだ。

 彼女は間違いなく妹を愛している。

 ただ天災ゆえに見えていないのだ、人の心が……。

 

「私のことを心配……か、あの人のせいで私はひどい目にあったというのに」

 

 ―――たしかIS学園に入ることになったのも束の妹だから強制だったんだっけ? 束はあれをわかってないんだろうけどさ。

 プラシドは腕を組んだまま頷く。

 だが、その内仲直りはさせようと、心に決める。

 

 

 

 そして一時間、次はプラシドが一夏の特訓をつける番だ。

 IS『機皇帝』のワイゼルを纏ったプラシドが、一夏の前に立つ。

 中身に関してはプラシド本人ではなく、先ほどまでと同じく彼だ。

 

「さて、一夏……ここまでの特訓、篠ノ之には剣を、セシリアにはオールレンジ攻撃の回避をしてもらったわけだが俺とは実践に近い訓練をしてもらう」

 

「つまり、戦うってことか?」

 

「まぁ、俺はかなり手加減するけどな……いつでもかかってくるが良い」

 

 軽く腕を振るう、それと同時に一夏がプラシドへと突っ込む。

 横から振るわれる雪片弐型を受け止めたプラシドは目を細めてその力を実感する。

 悪くない、力を込める軸もブレていなければ狙いも悪くない。

 

「末恐ろしい成長速度だ」

 

 一夏の刃を受け流すと、プラシドは一夏に蹴りを浴びせて、空へと飛んだ。

 それを見て、一夏はプラシドを追って空中へと向かう。

 (ホセ)自身、前回戦ったときを思い出しても一夏の成長には驚かされていた。

 さすが織斑千冬の弟、と思う半分……これはもしかしたら織斑千冬をいつか越すのではないかと思わされるほどの成長。

 

「うおぉぉぉっ!」

 

 一夏が空中のプラシドに向かって縦一閃で刃を振るうが、プラシドはそれを受け取め、受け流す。

 左腕の刃を振るい、一夏のISを攻撃。

 バリアエネルギーが現象するのがわかる。

 

「まだまだ!」

 

 横から刃を振るう一夏だが、同じように受け流すプラシド。

 だが、受け流された刃は先ほど力を込めていないからかそこまでおお振りにはならず、すぐに刃を返してプラシドを受け流された場所から斬る。

 

「なにっ!?」

 

 ワイゼルの胸部分に一撃を食らわせると、プラシドがわずかに体勢を崩す。

 隙を見つけたと言わんばかりに、一夏は雪片を構えて再び斬りかかるも、プラシドはワイゼルの右腕を一夏に向けて、そのまま右腕を射出する。

 直撃した一夏がプラシドの追撃をできず地上に降りる。

 プラシドも同じく地上に降りるが、驚愕が拭えないでいた。

 

『織斑一夏、あの順応性はムシケラのくせに凄まじいな』

 

 ―――本当にな、あいつは化物か?

 心の中でプラシドと会話をする(ホセ)に、再び一夏が斬りかかる。

 今度は受け流さずその刃を受け止めた。

 

「すさまじいこの順応性、いやこれは適応しているわけではなく……進化しているか?」

 

「なに言ってんだ?」

 

 つば競り合うプラシドと一夏の二人。

 

「そのままの意味だ。セシリア戦のBIT兵器だって並の操縦者であればあのままBITを落とすことなどできるはずもなく落ちるだろう、だがお前は全部破壊して、セシリアを後一歩まで追い詰めたそれはまさしく進化」

 

『人類の進化、人間のくせにこいつ……』

 

 プラシドが何を思ってか彼の中で言う。

 二人は刃を何度もぶつけ合うがどちらも優勢になることも劣勢になることもない。

 何度も実戦を積んているプラシドと同じことができるというのは、まさしく恐ろしい進化。

 プラシドも本気ではないとはいえ、織斑一夏という人間に対して戦慄を抱く。

 

「進化する獣か……」

 

「なんだって?」

 

 一夏は不思議そうな表情をするが、次の瞬間、プラシドの目が光った。

 刃がぶつかった瞬間、力点をずらして一夏の刃を受け流す。

 驚愕する一夏だが、プラシドは横から蹴りを放って一夏を吹き飛ばした。

 立ち上がる一夏とその場に佇むプラシド。

 

「そろそろ終わりにしよう。十分だ」

 

 その一言で、プラシドはもちろん一夏も同時にISを粒子化する。

 倒れる一夏と、その場に立っているプラシド。

 流石に疲労はプラシドの比じゃないようだ。

 連戦すればそうもなるだろうと、笑みを浮かべながら頷いたプラシド。

 とりあえず、今日のところは解散といった所だろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜、九時を過ぎた頃にプラシドは寮の屋上のベンチにて缶コーヒーを飲んでいた。

 寮の屋上はIS学園校舎の屋上と同じように芝生があり、自動販売機だってある気分転換にいい場所だ。

 ベンチに座って何か考え事をしているプラシド、現在表に出ている彼。

 

「隣、失礼しますわね」

 

 そう言って隣に座ったのは、セシリア・オルコットだった。

 彼女が自分のパーソナルスペース内に入ったことすら気づかないほどに、プラシドは考え事に没頭していたのだ。

 

「なにか考えごとですか?」

 

「そうだな、難しいことだ。俺はなぜここにいるのか、とかな……」

 

 そうつぶやくプラシド。隣のセシリアは静かに手に持った缶紅茶を飲む。

 両手で持った缶を下ろすと、そっと空を見上げてつぶやく。

 なんとなくではあるが、束を思い出したプラシド。

 こうして、こんな風に話しをしたのはこの世界では束一人だったからだ。

 

「私は国のため、ここにいますわ。一国の名を背負うものとして恥を晒すわけにはいきません……だから、私はここにいます」

 

 それがセシリアの決意なのだろう。きっとその中には死んだ両親、いや母親のためなどもあるのだろうけれど、それでも確かな“決意”や“目的”があった。

 しかして自分にはそれが無い。

 最低限織斑一夏のサポートができれば退学すれば良いと思っているほどだ。

 まったくもって先が見えない状況下、なにを目的にすれば、なにを求めれば良いか……。

 

「深く考える必要はないと思います。まだ、時はあるのですから」

 

 その一言と共に、いつのまにか飲み干した缶紅茶を自動販売機の空き缶入れに投げるセシリア。

 立ち上がったセシリアはプラシドの方を見て微笑む。

 

「私は戻ります」

 

「あぁ、俺はもうしばらくここにいるよ」

 

「お話できてよかったですわ、それではこれで……」

 

「ああ、また明日」

 

 屋上から去るセシリア。

 わずか15ほどの少女があそこまでの決意を持っているのだ。

 それに比べて自分は、と思うもなにをすればいいかわからないというのも事実。

 自分だけでなくプラシドも同じくで、生前もその後も目的が用意されていた場合と違い、今回は自らそれを見出さなければならないということで無い状態。

 いつかは見つかるかもしれないけれど、今自分たちにあるのは戦いだけだ。

 

「なんか無いもんかねぇ……」

 

 そんな時、派手な音と共に屋上へと入ってきた人影。

 そちらに目をやると、その人物は長いツインテールを揺らしてプラシドに気づいた様子もなく自動販売機で飲み物を買う。

 出てきたお茶を取ると、プラシドの方へとやってくるも、プラシドに気づいて躊躇した。

 プラシドの方を見ているのは間違いなく凰鈴音である。

 

「暇してたんだ、隣どうだ?」

 

 そんな気さくなプラシドに、今朝や昼の印象しかない鈴は怪訝な顔をするも少し離れて同じベンチに座る。 プラシドに一部始終を聞いて多少は聞いていた彼は、避けられても別段不思議には思わない。

 自分だっていきなり相手が友好的になれば疑いもする。

 数分はプラシドを警戒していた様子の鈴だったが、それもなくなると次は少し苛立ったというか、呆れたような雰囲気を出す。

 

「一夏関連か?」

 

 そう聞くと、驚いたような表情をする鈴。

 彼には大体わかる。先ほどのセシリアの訪問は以外だったが、今日この時間にこうしてここに現れたということは一夏の問題が発生したからだ。

 あれは天然でいて朴念仁だから……。

 

「なんで、わかんのよ」

 

「たった二人の男でしょっちゅうつるんでるんだ。それぐらいわかるさ」

 

 そう言って笑うプラシドに、鈴は驚き半分納得半分と言った様子。

 

「一夏とは知り合いだったようだし、お前も大体一夏に惚れてることぐらい察しもつく」

 

「なにそれ、一夏とあった女の子はみんな一夏に惚れるって言ってるようなもんよ?」

 

「その通りだ」

 

 鈴の方を見て断言するプラシド。

 最初、鈴はプラシドという人間に苛立ちを覚えていた。その偉そうなのと人を見下した態度にだ。

 だが今はなんでも見透かされているようなそれに苛立ちを覚えて……。

 

「あいつはそういう人間なんだよ、別に誰が悪いわけでもない」

 

 そう、一夏はそういう人間だ。だからこそ、あそこまでモテるにも関わらず誰とも付き合ったことも無い。

 鈴はそれを理解している上で、自分の約束も覚えられていないことを苛立つ。

 しかしそういうことをしっかり覚えている人間であればIS学園に来たとき、確実に一夏は誰かのものになっている。

 

「あぁ~もう、馬鹿一夏……」

 

「アイツを惚れさせるならばそれなりのことをしなければな」

 

 笑ってそういうプラシドの方を見て、やはりどこか怪訝な顔をする鈴。

 

「あんた、その今朝との違いはなによ。今朝そんな感じだったらあたしだって無駄にあんたに敵意をもったりしないですんだのに」

 

「……すまん」

 

 そう言って苦笑するプラシドに、鈴は突然吹き出した。

 あんなに『ムシケラ』などと言っていた人間が突然こうなるというのはさすがに腹に来る。

 笑いが止まらない鈴を、驚いた様子で見ているプラシド。

 そこから数分間笑い続けた鈴が、落ち着いて目元の涙を拭う。

 

「あ~おもしろ、今度ほかの子にいろいろ聞いてみよ」

 

「一夏に聞いたほうが早いぞ」

 

「一夏なんて知らないわよ! ギッタンギッタンにしてやんだから!」

 

 ―――なるほど、クラス代表候補戦か……。

 納得するプラシド。

 ならばその日を楽しみに待っているとしようと思った矢先、少し何かが引っかかった。

 記憶が曖昧なのだ。

 ―――どっちが勝つんだったか?

 

『ふん、そんなことは試合を見ればわかることだ』

 

 心の中のプラシドの声に、なんとなく納得したが何かが引っかかる。

 思い出そうとして出てくるのは先日戦った束の作った作品だ。

 

「さて、じゃあそろそろ戻るわね」

 

 そう言って立ち上がる鈴。

 来たときのようにプラシドを敵視するような様子は無く、ただ友達を見るような目だ。

 

「あんたもさっさと戻って寝なさいよ」

 

 鈴はそのまま屋上を出ていった。

 また一人になったプラシドは何かを考えている。

 今考えるべきことは自分の立ち位置についてだ。

 クラス代表候補生は一夏に譲った。これはよしとしてこの戦いの結末がどうなるかわからないということは、自分の中で整理がつかないことが山ほどある。

 どちらかが勝ってどちらか負ける。その時自分はどうすればいい?

 慰めればいい? それでも良いかもしれないがもし何かがあればここでどういう判断を取れば良い?

 

「まったくわからん」

 

『何を考えてるか知らないが、お前は無駄に考えすぎだ』

 

 ―――でもプラシドの作戦に乗るのも失敗しそうだしなぁ。

 

『なにィ!?』

 

 ―――そんな驚くようなことかよ。ルチアーノにだって言われてたくせに……。

 そんなことを言ってしまったせいでまたプラシドを激昂させる。

 それでも、彼もプラシドも本気で怒っていない部分を見ればこれもやりなれたやりとりだ。

 彼がプラシド相手にこういう冗談を言えるようになるまではいろいろと事件があったのだが、それを知っているのは彼らと束ぐらいのものだろう。

 クラス代表戦までは一週間と少し、その間プラシドも彼も彼らなりのできることをするのみだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ―――こちら、篠ノ之束の無人機を回収した。

 

 ―――任務完了、ただちに帰還する。

 

 ―――了解。鍵はそろった。諸君、パーティーの準備をしようじゃないか……。

 

 

 

 水面下にて『なにか』が動き出していた。

 

 




あとがき

今回は鈴が出てきましたね! みんな好きかい? ミス酢豚!
拙者嫌いではないで候。
次回は代表候補戦、いったいどんな結末を迎えるのか……と思ったか!
まだでござる、その間の話しがまだ続く、そして次回一組に新たな転校生推参!

次回をお楽しみにしてくれたらただただ僥倖!


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第八話 新たな転校生 プラシドの心眼と鬼っ子

 翌日、学園にて一組の教壇に立つ山田真耶。

 静かになった生徒たちを一瞥する織斑千冬は頷いて廊下側を見る。

 プラシドはわずかに眉を潜めた。

 ―――転校生? 些か早すぎないか、確か転校生は代表候補戦が終わってからじゃ……。

 そんなことを考えていると、山田真耶が口を開く。

 

「今日はなんと、転校生を紹介します!」

 

 そんな声と共に、入ってきた一人の―――少女。

 赤い長髪をなびかせて、本当に同い年かと思うほどの小柄な少女がIS学園の制服をまとって現れる。

 ―――なん……だと……?

 プラシドに憑いている彼は驚愕のあまり、動揺を抑えきれていなかった。

 もちろん、体の中にいるプラシド本人も同じく、という感じだ。

 

「ルチアーノ・トレントです。よろしくお願いします」

 

 軽く一礼して笑顔を見せる転校生『ルチアーノ』を見て、立ち上がったのは彼ではなく“プラシド”だった。

 クラス中の全員、真耶と千冬の視線を浴びたまま、プラシドは自分以外全てが見えていないようにルチアーノの前に立つ。

 しっかりとその表情を見ると、その表情は怯えているようにも見えるが“プラシドたち”の知っているルチアーノはそんな表情は見せない。

 自分たちの知っているルチアーノと違う所と言えば、前髪を下ろしてるというところと、女性の服装をしているということだろう。

 

「貴様……本当に女か?」

 

 顔を近づけたプラシドが、そう聞いた。

 瞬間、頬を張られる。

 

「ひ、ひどいよ……たしかに胸とかないけど、ボクはしっかり女の子だよ」

 

 プラシドを睨みつけるルチアーノ。

 

「貴様ッ……」

 

 ―――馬鹿、いきなり聞く奴があるか!

 

『黙っていろ!』

 

 プラシドはルチアーノのことを睨みつけるが、直後、後頭部を殴られた。

 背後からの強襲、鈍痛に膝を地に付けるプラシドが背後を向くと、そこにはいつも通りの表情である千冬。

 初めて彼女にぶたれたのであろうプラシドはその痛みに顔をゆがめる。

 

「今のはお前が悪いな」

 

 プラシドの襟首を掴み立ち上がらせる千冬は、そのままプラシドを席へと座らせる。

 そしてため息をつくと、クラス中を見渡す千冬。

 唖然としていたクラスの雰囲気は決して消える事はない。

 とりあえずプラシドのことは置いておくしかあるまいと、千冬はルチアーノの隣に立つ。

 

「さてこの後は三組との合同IS実習だ。各自着替えて第一グラウンドに集合、ルチアーノの面倒は鷹月、お前が見てやれ」

 

「はい」

 

 プラシドの後ろの席にいる鷹月 静寐(たかづき しずね)の返事を聞くと、頷く千冬。

 ルチアーノの席は鷹月静音の横の席、つまりプラシドの斜め後ろだ。

 そして、千冬は手を一度叩く。

 

「解散!」

 

 そして、全員が時間内に第一グラウンドに集合するために集まるために着替えを開始しようとする。

 先ほどから表に出ているプラシドは相変わらずの鋭い目つきで一度ルチアーノを見た。

 恐るように着替えの入ったバックを胸に抱くルチアーノ。

 それに気づいてか、一夏がプラシドの腕を掴んで引っ張る。

 

「女子が着替え始める前に行くぞ!」

 

「待て、俺は奴に話が! おのれっ!」

 

 一夏に連れて行かれるプラシド。

 

 

 

 アリーナの更衣室に着くまでは離してくれず、結局プラシドはアリーナの更衣室まで来ることになった。

 

「なぜ邪魔をした織斑一夏!」

 

「これ以上アイツに絡むなって、お前かなりえげつないまねしたぞ」

 

 それはきっと、女子生徒の制服をきてどこからどう見ても女子生徒にしか見えないルチアーノのことを女か疑ったからだろう。

 あげくに、殴られた後に睨みつけて、怯えさせるという所業に出たという、とてもいつものプラシドとは思えない行為ばかりだ。

 

「ふん……」

 

「どっからどうみてあの子が男に見えたんだよ」

 

「似たやつを知っているだけだ」

 

 こういう時のプラシドにしてはやけにシリアスな雰囲気をしていることに気づいて、一夏は軽く笑みを浮かべる。

 別にただ喧嘩を売るとかいうわけでなく、なにかを思っているというのは一夏にだってわかった。

 けれど、あまりあのルチアーノに関わらせるのは良くないだろう。

 そう理解した一夏はなるべくプラシドの暴走をとめようと思った。

 学園で唯一の男友達なのだから……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 実習は今回もいつもと同じように数機のISを用意して、順番に使用することになる。

 専用機持ちは一組だけで四人、代表候補生であるセシリア、一夏、プラシド、そしてルチアーノだ。

 この四人は専用機持ちとして分かれて各自他生徒へとISを教える義務がある。

 チーム分けされ、四人+千冬の計五チームで分かれた。

 だからこそ四人はそれぞれ授業中に会話することもできないが、それといって問題はないと言える。

 

「さて、チームの人数がずいぶんまばらだな」

 

 織斑千冬の言葉だが、事実だった。

 一夏の所には十数名、織斑千冬の所にもそれより少し少ないくらいだが十名ほどで、ルチアーノの所もそれなりに多いが、プラシドのチームはいささか少ない。

 まぁ、それも全て“今日のプラシド”が纏っている空気などにもよるのだろう。

 真の意味での“プラシド”がそのISスーツを纏っていれば完全に“あのプラシド”である。

 それも全て、プラシドの中にいる彼ぐらいにしかわからないのであろうけれど……。

 

 実習が始まると、各チームはそれぞれ練習を初めて行く。

 プラシドが立ち上がったままの打鉄の隣に立つ。

 

「さぁ、踊って見せろ!」

 

 ―――馬鹿、そんな言い方があるか!

 

『まったくやかましいやつだ。お前はいつもうるさいなホセ』

 

 色々な意味をふくめての言葉だろうけれど、彼と彼とでは別人だ。

 とりあえず、プラシドが彼へと変わると、プラシドの周囲にあった棘棘しい雰囲気はなくなった。

 ふぅ、と一息をつくプラシドはなんとなくだが、周囲から見れば爽やかな風にも思える。

 

「さて、今のは忘れて……ゆっくりやろう」

 

 そんなプラシドの声と共に、先に前に出たのは鷹月静寐だった。

 彼の“かつての記憶”から言わせれば、彼女は確かクラスのしっかりもの。それでいて一夏にいろいろ教えていた記憶がある。

 ―――とりあえず打鉄に乗ってもらわなければならないが、どこのどいつだ。立ったまま打鉄を降りたのは……。

 次に乗る相手のことを考えてしゃがんだままISを渡すのが量産型ISの基本である。

 ワイゼルの本体である胸部とワイゼルC(キャリア)だけを出現させて、彼は生身の手をかるく静寐に差し出した。

 静寐は頬を赤らめながらプラシドの手を取ると、彼は彼女を勢い良く持ち上げてお姫様抱っこ。

 彼がそんな行為を気にもせずやっているのは目の前の打鉄を立ったままにした誰かへの苛立ちのせいであった。

 

「よっと」

 

 そんな掛け声と共に静寐を打鉄に搭乗させる。

 最初のうちはよくやる失敗で、プラシドも束にISの練習をさせてもらっていたときによく言われていた。

 ―――さて、これで歩いてもらうわけだが……。付き添ったほうがいいか、危なっかしい。

 

「じゃあ、歩いてみるか」

 

「あ、うん」

 

 静寐がゆっくりと歩き出すが、ぎこちない歩きに対して、隣のプラシドはスムーズに歩いていく。

 隣を歩くプラシドが、迷ったような表情をしながらも聞く。

 

「ルチアーノって、女だったか?」

 

 一緒に着替えただろ? と言わなくても静寐は理解したのだろう。

 苦笑しながらも、頷いた。

 

「そうか……」

 

「でも、なんで?」

 

「昔の男友達にそっくりだったんだ……」

 

 そんな言葉に、驚きながらも攻めるような目をする静寐。

 意味を理解しながらも、プラシドは何も答えられずにいる。

 何かを答えなければならない状況なのは彼自身も理解していただろう。

 

「だったら後でしっかりルチアーノちゃんに謝らないとね?」

 

「わかっている」

 

 そう、つぶやいた彼だったが、それだけで充分という風に静寐は頷く。

 ―――なんだ、短時間でずいぶん気に入られたようだな、ルチアーノ。

 クラスメイトとそんなにも早く打ち解けられた“彼女”を微笑ましく思い、彼は笑みを浮かべた。

 それを至近距離で見ていた静寐には、いささか破壊力が高かったとかなんとか……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 クラス代表候補戦が近いにもかかわらず、一夏の強化をしなくても良いのだろうか?

 まぁ俺のちょっとした愚痴である。こんな時にそんなことをしている暇などあるのだろうか?

 正直、一組として舐められるわけにもいかないから俺はさっさと一夏を強化したい。

 強化しなくてもあまり心配していないというのも事実だが『進化する獣』にも無茶のしすぎは良くないだろう。

 だが、とりあえずは今やるべきことを思い返す。

 今日の授業が終わり、俺は織斑先生にお願いされたプリント運びを手伝い、その後、クラスメイトからルチアーノの居場所を聞き、第二アリーナへと向かうことになり……俺は第二アリーナへとやってきた。

 

「ルチアーノ・トレント、少し良いか?」

 

 そう声をかけると、俺に声をかけられた赤い髪の“少女”はどこか驚いたような、怯えたような様子を見せる。

 まったくもって“俺たち”の知っているルチアーノとは正反対の性格であった。

 こんな子がアイツのわけがない。

 一緒にいた鷹月静寐も俺が謝罪しようとしているとわかってか笑顔で頷く。

 

「あのさ、ルチアーノさんに言いたいことがあるんだ。その……」

 

 少し深呼吸。こうして面と向かって謝罪するというのは小っ恥ずかしい。

 

「お前を斬る。ISを用意しろ!」

 

 ―――おいぃぃィィッ!!?

 俺の意思を反して、プラシドが勝手に出てきて勝手に宣言しやがった。このバカチンがぁっ!

 あぁ、もうだめだぁ。おしまいだぁっ!

 

『黙れ!』

 

 ―――黙ってられっか畜生め! この下っ端! 下っ端! 腹筋崩壊!

 

『黙っていろと言っているのがわからんのかこのムシケラが!』

 

 俺はなんも言えない。ここまで綺麗に逆ギレされては俺は何も言えない。

 じゃあこれをなんとかしてくれるよね。このプラシドくんはさ!

 俺なりに、考えて無理だ。これは俺あれですね……イジメが起きるフラグ。

 見てみろよあの鷹月さんの顔、死んだ魚みたいになってんじゃん……。

 

「さぁどうした! 貴様も専用機もちの端くれだろう!」

 

「ぼ、ボクだってわかってないんだよ。なんで“こんなIS”が家に送られてきたのか、黒い服着た人が沢山着て、それでいつのまにかIS学園に入学させられて……」

 

 なに? なんだかきな臭くなってきたぞ……これは。

 ―――プラシド、今回はお前の好きにするがいい。

 

『今のはホセっぽかったぜ』

 

 ―――やかましい、嬉しくないわ。

 珍しく軽口を叩くプラシドをいさめて、ルチアーノを俺たちは見る。

 鷹月静寐は自分の立ち位置に困っているようだが、今更どうしようもないのはわかっているようだ。

 さぁ、早くISを取れ……ルチアーノ!!

 

「……ッ、スキエル!!」

 

 ルチアーノはその名を叫び、ISを展開した。

 輝き、一瞬の内に現れたのは青い装甲をまとったルチアーノだった。

 青い装甲はしっかりと従来のISのように手足を纏っているが、あきらかに異質なのはその胸部装甲。

 俺たちのIS“機皇帝”のワイゼルやグランエルと同じように、その胸には銀色の∞という装飾。

 背中には青い翼があり、頭部にも青いヘッドギア。そして青い尻尾のようなもの……その姿が彷彿させるものは、俺もプラシドも同じだ。

 

「機皇帝、スキエル!」

 

 これで判明した。コイツをつくって彼女の家に送りつけたのはこの世に一人しかいない。

 そして、なぜ彼女かは俺たちが説明した容姿と似ていて、名前が同じだったからとかそんな理由に間違いない。

 だが、雰囲気がおかしいことに気づくまでに時間は要さない。

 彼女が両腕を使って前髪をかきあげた。オールバックで少しだけたれた前髪、そしてプラシドの右目とは反対側、左側に装備された∞のマークが描かれた端末。

 

「ひぃやっははははッ! 威勢が良いじゃん!」

 

 ごめん、アイツそっくりのキチっぷりでした。

 ―――なんだこれはっ!! 全く意味がわからんぞ!

 

「やはりそれが貴様の本性か!」

 

 いや、本性だとはわかってたわけじゃないだろ。と言ってもプラシドは聞く耳持たずなのだろう。

 俺から言わせれば、驚愕というか意外というか、なんだ、これはいったいどうなっている!

 

「女、今からここは戦場になる。巻き込まれたくなければ逃げるんだな!」

 

 プラシドが叫ぶと、鷹月さんは我を取り戻し走ってアリーナを出て行く。

 まぁそれが正しいだろうな、今のプラシドもルチアーノも、危険なオーラしかしないから……。

 

「お前をライフ0にする!」

 

 プラシド、それ違う人の台詞! と言っても聞こえないだろう。

 ともかくライフってなんの話しだ。シールドエネルギーだろ? 

 てか、シールドエネルギー0になれば両方止まってくれるよな、そうだよな、そうだって言ってくれ。

 俺の願望も虚しく、戦いが始まるのかプラシドもワイゼルを展開して構える。

 

決闘(デュエル)!」

 

「ひぃやっハっハッハっハッ!」

 

 そして、双方が動きだした。

 鷹月静寐はすでに教員に報告に行ったんだろうぜ。

 それを意識している“俺”だが、プラシドにもルチアーノにも伝える気がなかったのは、どこかこの戦いの結末というのを期待していたからなのだろうと思う。

 どちらが勝つか、その結果どうなるか、なにがどう変化するのか、まったく退屈しない日常の中、それ以上の刺激を求めてしまうのはきっと……“人間”としての本能だ。

 闘争本能自体もまた然り、けれどプラシドはきっと気づいていない。

 アイツが一番人間らしいということに……。

 

 

 

 




あとがき

さて、現れました転校生ルチアーノ!
とりあえず、これ以上語ることはなし。
では、拙者は続き執筆ということで、これにて!

次話をお楽しみにいただければ僥倖ッ!


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第九話 運命の対決! そこにある二つの心

最後に重要なアンケートござるよ!

ホセ「黙ってアンケートに参加するのだ……このアンケートの行方は大いなる神のみぞ知る」

ということで、参加してくだされば助かったりするのでござる!

ホセ「HAHAHA☆」ガションガションガション


 第二アリーナにて、プラシドのワイゼルとルチアーノのスキエルが動きだした。

 ISにしては随分形がおかしな二機の期待は激しく似通った場所が見受けられる。それが胸部アーマーの中心、そこに装飾された∞のマークは確かに二機とも同じだ。

 そしてこうしたものをつくれるのは篠ノ之束ぐらいのものである。

 

 地上をホバー移動する二機。先に攻撃をしかけたのはプラシドで、左腕のブレードを振るうがスキエルことルチアーノが飛び上がりその刃を回避した。

 ―――チッ、面倒な機動性だ!

 心の中で悪態をつくプラシドがスキエルを追うために飛び上がった。

 空中にてスピードの早いスキエルはプラシドのワイゼルを引き離し、止まる。

 

「もう諦めたか!」

 

 そう言って表情に余裕の笑みを見せるプラシドだったが、振り返ったルチアーノがプラシドに左手を向ける。

 一瞬輝くルチアーノの左手に、巨大なキャノンが装備され、その二つの砲身がプラシドを捉えた。

 

「なにぃっ!?」

 

「ひゃっはははは! 死ねぇ!」

 

 ―――殺す気かよ!?

 プラシドの中の彼がプラシドの中で叫ぶ。

 楽しそうに笑いながら、ルチアーノの装備したの縦二門のキャノンからはビームが放たれる。

 回避行動を取ろうとするがすでに遅い。放たれた巨大なビームは、プラシドの胴体部分を狙って放たれたものだ。

 そんなものを喰らえば間違いなくエネルギーバリアはゼロになるだろう。

 だがそのビームはプラシドの前で角度を変えて、プラシドのワイゼルG(ガード)だけに直撃する。

 

「なにぃっ!?」

 

 驚愕しているルチアーノ。

 そんなルチアーノめがけて、ワイゼルGが破壊されながらも接近する。これで切り裂けばかなりのダメージだろう。

 しかし、目の前でルチアーノはその可愛らしい表情に狂気の笑みを浮かべる。

 プラシドたちが見慣れた。

 その表情で考え全ては否定される。

 

「なんてねぇ!」

 

 ルチアーノは素早く体を横に回転させた。それと共にスキエルの尻尾部分がプラシドを吹き飛ばす。

 

「ぐぅっ!」

 

 吹き飛ぶプラシドだがすぐさま体勢を整えて右手にワイゼルG3を装備する。

 これでガード性能はかなり変わった。

 ルチアーノは再び腕に装備したキャノンを放つ。先ほどより隙もすくなく威力も低い。

 プラシドはそのビームを避けて、ルチアーノへと飛ぶ。

 

「ばぁか、こっちにだって接近戦ぐらいあんだよ!」

 

 そう言って、彼女は右手に盾を装備、そこからビームによるバリアーが張られてワイゼルの刃を止めた。

 舌打ちをして、プラシドが刃に力を込める。

 徐々に削れていくバリアだが、ルチアーノの尻尾がプラシドへと狙いを定める。

 

「ひっひっひっ、これで、終わりだぁぁ!」

 

 その鋭利な尻尾の先がプラシドへと突撃しようとするが、その先端をプラシドが右手のワイゼルG3で受け流した。

 驚くルチアーノをよそに、プラシドが笑みを浮かべる。

 

「ワイゼルA4!」

 

 そんなプラシドの声と共に、ワイゼルAが爆発を起こした。

 

「なっ!」

 

 再び驚愕するルチアーノ、ワイゼルAの爆発により破壊されたバリア。

 そして、吹き飛んだ左手パーツ部分に再び粒子が集まりそれらが新たなパーツ『ワイゼルA4』を形作る。

 それは通常のISの手と言っても良い。鋭い爪、機械チックな手のひら。

 ただ手首から体にかけてはただのワイゼルAである。

 

「へっ、同じようなISすんなよ!」

 

 我を取り戻したのか、ルチアーノがそう言って左手のキャノンを撃つ。

 しかしその程度の攻撃はワイゼルG3によって防がれる。

 

「その程度の攻撃を俺たちに当てることなどできないということを知れ!」

 

 ワイゼルA4の手首からなにか長方形の端末が落ちた。

 それを掴むと、その端末からはビームでサーベルが現れる。

 これがワイゼルA4の能力の一端。

 

「ワイズ・ブレード!」

 

 叫びと共に、刃が振られて、ルチアーノへとダメージが通る。

 エネルギーバリアーを削られて距離をとることを選んだルチアーノは地上へと降下していく。

 それを追うプラシドはルチアーノと同じように下降していくも、ルチアーノは寸前で急停止してアリーナの壁際へと背をつける。

 

「くそっ! お前、ぶっつぶしてやるッ!! スキエルA3ィ!!」

 

 ルチアーノの左手に装備されたキャノンが形を変えた。

 ワイゼルがルチアーノと同じく、地上スレスレで止まってスキエルへと飛ぶ。

 スキエルのキャノンがチャージされていき、ワイゼルはスキエルへと接近していく。

 どちらの攻撃が先かはまだわからない。

 だが、それを確かめる前に戦いは終わりを迎える。

 

「貴様ら、止まれ!」

 

 そんな言葉と共にプラシドとルチアーノの間に現れたのは、織斑千冬であった。

 彼女が素手で持った雪片弐型がワイゼルA4を止め、ルチアーノはすぐさま砲身を真上に向けた。

 千冬の鋭い目が、プラシドとルチアーノの二人を射抜く。

 

「ふん、まぁ良い」

 

 そう言うと、プラシドはISを解除していつもの制服のまま地に降りる。

 プラシドたちのIS“機皇帝”の待機状態である剣を手に持ち、それを鞘へと収めるプラシド。

 遠くを見れば一夏たちが見え、彼が千冬に雪片弐型を借したというのを理解できた。

 

「ちくしょう! お前、絶対ぶっつぶしてやるからなぁっ!!」

 

 叫ぶルチアーノを見て驚いた表情を見せる一夏たち。

 

「模擬戦は構わん、だが私怨での模擬戦はやめてもらおうか……怪我に関わる。今度の学園別トーナメントで決着をつけろ、異論は認めない。そしてそれまでお前たち二人の戦闘は一切禁止だ」

 

 そんな言葉に、ルチアーノは舌打ちをしてISを解除する。

 落ちたことによってオールバックが崩れ、前髪がしっかりと下に落ちた。

 彼女は『しまった!』という表情を浮かべて、走って去っていく。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ルチアーノが去っていったことにより、俺たちの前にいる織斑先生はため息をついて雪片弐型を一夏へと投げる。

 粒子化する雪片弐型。それと共に俺のそばへと寄ってくる一夏、箒、セシリア、静寐の四人。

 それよりも、俺たちの中の問題はルチアーノだ。

 

 ―――俺たちと同じか?

 プラシドの中で聞く。

 

『いいや、俺たちのことを見てそれほど驚いた様子もなかった。別人だろう』

 

 二人の中では、結果ルチアーノは別人であり、ただの似た人になった。

 これだけできれば充分だろう。これでプラシドも彼女に余計なことはしないようなので安心だ。

 だがルチアーノに“スキエル”を送った彼女のことは一発げんこつぐらいぶちこみたい。

 

「イリアステル君、謝るって!」

 

 静寐がプラシドのことを責めるような眼をする……つまりは俺が責められてるってことじゃねぇか!

 ―――クソがっ! この馬鹿プラシドのせいでっ!

 

『貴様いい加減にしろよ』

 

 ―――お、ま、え、が、し、ろ!!

 ちくしょう、どういうことだ。俺の学園での立場が危うくなってきやがった。もともと危ないけど!

 

「ふん、確認はすんだ。もうやつに戦いを挑むこともない」

 

 そう言ったプラシドを、少し疑うような眼をする鷹月静寐。

 ―――とりあえず俺に変われ。

 プラシドは大人しく俺に変わる。

 体のコントロールが俺に戻ると、俺の雰囲気が変わったことに気づいてか少し安心した顔になる一夏とセシリア。

 

「悪い。今度はしっかり謝る」

 

 申し訳ないということが顔に出たのか、俺を見た鷹月さんは驚くも、頷いた。

 ルチアーノを追うためかアリーナから去っていく鷹月さん。

 ため息をつく俺のそばに寄ってくる一夏。

 

「どうしたんだよいったい」

 

「いや、本当に俺の知り合いじゃなかったかの確認だ……」

 

 その言葉に、首をかしげる面々。どうやら織斑先生は去っていったようだ。

 結果は? と聞かれて首を縦に振るとわかってくれたようで、一夏は俺の隣に立って軽く俺の肩を叩いた。

 まったく状況もわかっていないくせによく俺に向けて『お前は悪くない』って視線ができるんだ。

 とんだお人好しの甘ちゃんで、そんな奴は“あちらの世界”にも居ないと断言できる。

 

「さて、俺に付き合ってくれんだろ?」

 

 一夏の言葉に、苦笑して頷く。

 

「すまん、今日はISを使う気になれん」

 

「なら仕方ないな。今度何かあったら言ってくれよ、俺にできることならなんでもすっからさ!」

 

 そう言うと、一夏は嬉しそうに頷く。

 まったくもって屈託無い笑顔で頷く一夏を見ると、俺が危機感を抱かざるをえない。

 コイツは自分の重要性をまったく理解していない。

 今の世の中男でISを使えるのは一般人が核ミサイルを撃てるようなものだ。桁は違えど意味は同じ。

 呆れるようにため息をついて、俺は一夏に背を向けたまま歩く。

 

「あっ、私も!」

 

 セシリアがそう言うと、俺の後をついてくる。

 まったく、一夏のそばにいなくて良いのか? よもや俺についてくるとは、なんと心優しい子か……。

 原作の三倍は優しいな、やはり男二人がこの学園にいるというのは変わってくるのだろうか?

 まぁ、良い子になっているぶんには何の問題もないのだがな。

 

 アリーナを出て、寮に向かって歩いている最中に意外なものを見た。

 道の端にて、二人の少女が結構な範囲を取って遊んでいる。

 まぁその遊びが意外なものなのだが……。

 

決闘(デュエル)か……」

 

 俺は近づいていって二人のソリッドビジョンを見ながらつぶやく。

 二人の女子生徒、二人共一年か……その二人が俺に気づいて驚いたようだ。

 

「い、イリアステル君!」

 

「ま、負けられない!」

 

 やはり誰かに見られている場だと負けられないという精神は同じ決闘者(デュエリスト)として負けられない。

 二人の生徒がつけているデュエルディスクは束が作った後期生産型で、わかる人風に言えばGXのものだ。ほかにも色々なタイプのデュエルディスクが売っているが、そういうのは『専門店』に行かなければ買えるものでは無いだろう。

 まぁそんなことはともかくとしても、デュエルをこの学園で見たのは今日が初めてで、少し驚く。

 隣のセシリアは俺を一目見て笑う。

 

「えっと、マジック&ウィザース……たしかデュエルモンスターズでしたか」

 

 これは意外だな、セシリアが知っているとは。

 

「わ、私だって世界的に有名なゲームを知らないほどではありません」

 

 つい声に出してしまっていたようだ。

 だが本当に意外だった。てっきりセシリアのことだから『低俗な庶民の遊びなんてしませんわ! オホホホホ!』と笑うものだとてっきり。

 けれど、口ぶりからしても、決闘(デュエル)を見ている表情からしても、詳しく知っているわけではないようだがな……。

 そう言えばこの世界にはスタンディングデュエル、つまり通常の決闘(デュエル)しか確率されていないようだ。

 まぁ、さすがにライディングデュエルは対象が絞られすぎるか……。納得である。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 私、セシリア・オルコットとしたことが……まさかプラシドさんのように大人な雰囲気の方がこんな遊びに興味があるとは知りませんでしたわ。

 プラシドさんは初めて見たようですが、この学校でデュエルモンスターズをやっている生徒は沢山いるようで、何度もやっている所を見たことがあります。

 これを覚えればプラシドさんと一緒に遊べるのでしょうけれど……はあッ!? そう、私はやりかたがわからない。

 

「ぷ、プラシドさん?」

 

「ん、どうしたセシリア?」

 

 はぁ、何度聞いてもプラシドさんの呼び捨ては私の心を……なんて言っている暇はありません!

 

「私に、こ、この……で、決闘(デュエル)を教えてください!」

 

 い、言ってしまいましたわ……。

 プラシドさん。これで私と貴女の二人で時間を共有して、手とり足取り、ですわね!

 でも、了承してくれるでしょうか?

 言ってしまったのは良いんですが、教えるのが面倒なんて言われたら……。

 

「良いぜ!」

 

 嬉しそうに言うプラシドさん。

 ここまで嬉しそうな顔をするプラシドさんは初めてではないでしょうか、きましたわー!

 もしかして私一歩前進? いえ、十歩は前進しましたわ!

 私はプラシドさんから顔を背けて嬉しさから真っ赤になってしまった顔を冷やし―――もう一度プラシドさんに向き直りま……。

 

「良いだろう、貴様にデュエルというものを教え込んでやる! フッ、円舞曲(ワルツ)を踊るがいい!」

 

 まさか、一夏さんに放った台詞がこんな形で帰ってくるなんて……これもすべて私への罰ですか?

 私が教えてもらいたいのはプラシドさんですぅ、貴方じゃない方の!

 本物のほうのプラシドさんに教えてもらいたいんです。

 貴方は怖いから偽物!

 

「やった勝った!」

 

 どうやらデュエルは終わったようで、プラシドさんは私の肩を片手をポン、と置いてそちらを見る。

 ひぃっ、逃亡不能ですの!?

 

「負けちゃったよイリアステルく~ん」

 

「いい負けっぷりだった」

 

 プラシドさんは敗者の方にねぎらいの言葉(?)をかけると私の肩に手をかけたまま私の方を見る。

 そして“本物のプラシド”さんなら絶対しないような凶悪な顔で笑いを浮かべた。

 心底恐ろしいですわ。

 

「さぁいくぞセシリア・オルコット。貴様に真の決闘(デュエル)を教えてやる!」

 

 あぁ、プラシドさんに手を引かれるなんて、なんと嬉しいことでしょう。

 問題は彼が彼であって彼でないこと、私が手を引いて欲しいのはこんな強引な人じゃなくて、もっと優しくて紳士的なあの方なのに……。

 早く彼がプラシドさんに戻ってくれるのを、私はただ願うだけですわ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 地球の極東、日本はすでに日が沈み、日本の領海内にあるIS学園もまたしかり……。

 すでに日が暮れ、時刻は八時を回ろうとしている。

 食堂はピークを越し少し空いてきていた。

 そんな時に、IS学園で二人しかいない男子生徒のうちの一人、プラシド・イリアステルは食堂へとやってくる。

 彼のとなりにはイギリス代表候補生であるセシリア・オルコット。

 最後に一般生徒に目撃された彼女はプラシドに片手を掴まれたまま複雑な表情で連行される彼女。

 

「うふふ、どうしますプラシドさん?」

 

 だが、彼女はやけに嬉しそうだった。

 

「(まさか、デュエルモンスターズを教えていただいている最中に本物の方に戻っていただけるなんて嬉しい誤算でしたわ!)」

 

 実際彼女のいう“本物”が“偽物”なのだが、それを彼女が知る由もなく、優しい方のプラシドが本物だと信じ込んでいるのだった。

 だが、今の表に出ている総時間で言えばプラシドよりも彼の方がずっと長いのだから間違っているとも言い切れないだろう。

 彼が変わったのはプラシドがあまりにも教え方が下手だったからだ。

 ルールを守って楽しくデュエル。彼にとってはよほど大事なことらしい。

 

「うふふ」

 

 楽しそうに笑っているセシリアはプラシドと共に晩御飯を受け取る。

 席を探すプラシドが何かに気づいたようで、そちらへと足を進めていく、セシリアも無意識の内についていくが、無意識なのでなにもわかっていない。

 プラシドが見つけた席は、二人の女子生徒が座っていた席だった。

 その席に座っていた二人はプラシドを見て驚く。

 

「ルチアーノ……さん」

 

 席に座っていたのはルチアーノと静寐の二人だ。

 少し驚き、わずかに怯むルチアーノだが、プラシドの雰囲気を察してか少しだけ警戒心を解く。

 相席良いか? と聞くと、静寐はルチアーノを見て、彼女は恐る恐る頷いた。

 丸いテーブルを囲むようになっているソファに腰下ろすプラシドに続いて、セシリアも腰を下ろす。

 

「ルチアーノさん、申し訳なかった。俺も君と同じ感じなんだ」

 

 おそらく、その一言でわかったのだろう。二重人格、にしてはすこし違和感を感じるような謎の現象。

 自分じゃない自分が勝手に発言して勝手に動く。

 その言葉を受けて、ルチアーノは静寐を見たが、おそらく……といった感じで頷く静寐にルチアーノはプラシドを見る。

 なら避けるわけにもいかない。とわかってくれたのだろう。

 

「これから、よろしく」

 

 そう言って軽くお辞儀をしてくる可愛らしい小さな同級生。

 どうしてこうなったかは若干ながらしくまれた偶然。と言わざるをえないが、これもまた良い出会い。

 プラシドがやわらかく笑みを浮かべると、ルチアーノも嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

『あのガキとは大違いだ。すぐ調子に乗りやがるしな』

 

 ―――あの歳の子供とはそういうものだ。俺にも覚えがある……。

 

『お前、今の台詞無意識だったろ?』

 

 否定できない彼は、完全に無意識だったということだろう。

 彼はそろそろホセという存在であるということが随分板についてきたようで、ホセの台詞を自然に出してしまった。

 結構、彼にとってはショックのようで心の中でわずかにショックを受ける。

 そんなことを忘れるために、食事にしようという一言と共に四人は食事を始めた。

 無意識のセシリアも少しして意識を取り戻し、なぜこんなことになっているかわけがわからないという風に食事を続ける。

 

「ちょっと良いかな?」

 

 そう言って現れたのは、新聞部の副部長、黛薫子だ。

 会ったのは一夏のクラス代表就任祝いの日以来、だろう。

 彼女がなぜ現れたかなんてものは、プラシドを見つけてついでに今日転校してきた一年生を見かけたからというだけで充分である。

 彼女は楽しそうにしながらセシリアのとなりに座る。

 取材開始ということらしい。

 

 食事が終わるまでしばらく取材に付き合っていたルチアーノだが、食事を終えたことに気づいた薫子は大人しく立ち上がる。

 

「いい判断だ。引き際をわきまえている記者という者は好感を得られるぞ」

 

『またホセのような物言いだな』

 

 そんな心の中の声も無視して言うと、薫子は頷く。

 ルチアーノも軽くお辞儀をして去っていき、静寐もそれに続いて去っていく。

 一方、セシリアはプラシドの隣で止まっている。

 それに気づいて歩きだそうとしたプラシドだが、薫子に止められた。

 

「なんか一言!」

 

「欲しがりだな。じゃあ俺のことはプラシドって呼んでくれって新聞に書いといてくれ、苗字で呼ばれるのが慣れないんだ」

 

 そんな一言、それで充分という風にその場から去っていく薫子の背中を見送ると、プラシドは食器を片付けて部屋に戻ろうと食堂を出る。

 数人の生徒が行き来しているが、特に気にするほどでも無いだろうと思いセシリアに話しをふろうとしたその時、セシリアが廊下の先を指差していた。

 その指をたどって先を見てみると、そこには見慣れた赤髪。

 駆け足で寄ってきた彼女は頑張って作った睨んだ目つきで言う。

 

「これから仲良くしていきたいけど、学年別トーナメントではしっかり倒すからね!」

 

 それだけ言うと走り去っていくルチアーノは、曲がり角にて一度だけプラシドを見て可愛らしくウインクをして去っていった。

 ロリコンでもなんでもない彼だったが、グッときてしまい自分の右頬を一度叩く。

 隣で驚いているセシリア。

 

「ど、どうしましたの?」

 

「いや、なんでもない。なにかおかしなものに心を奪われそうになっただけだ」

 

 そんな言葉に、セシリアは頭を使って考えてみる。

 

「昔、母にこんなことを言われましたわ……」

 

『なにセシリア? 飼い犬のジョニーが人形をくわえて離さない? それは無理矢理引き離そうとするからよ。逆に考えるのよ“あげちゃってもいいや”と考えるのよ』

 

 ―――なるほど、どこかで聞いたことがないこともない気がするがきのせいだろう。

 プラシドは自分の中で考えを整理する。

 きっと言いたかったのは“逆転の発想”だろう。

 つまりは、たまにはああいうロリ体型な女の子を魅力的に思うのも悪くない、と……。

 セシリアは自ら首をしめることになったということは知らない。

 

「で、プラシドさん、このあとデュエルについてもっと詳しく」

 

「いや、ほら夜だし……」

 

「構いませんわ!」

 

 そこまでの決闘(デュエル)への情熱に、プラシドと中の彼は心を動かされた。

 女性と一夜を共にする。そんな言葉はどこかへと吹き飛んで、今はただ“決闘(デュエル)への情熱を持った一人の決闘者(デュエリスト)との熱い師弟関係”という構図だけが浮かびあがり、若干舞い上がる彼。

 プラシドはただ戦う相手が増えるというだけで喜んでいる。

 

「いくぞセシリア! しっかりついてこいよ!」

 

「はい!」

 

 走っていくプラシドとそのあとを追うセシリア。

 二人が途中で織斑千冬に見つかりげんこつを落されるまで時間は数分とない。

 だがこの間二人は何もかも忘れて自分の世界に入り込み、馬鹿になって熱くなっていた。

 

 この一日は長く感じたと後の彼は語っている。

 ルチアーノとの敵対、そして仲直り、セシリアとの一夜詰めデュエル教室。

 楽しくも忙しい一日だが、まだ始まったばかりだ。

 

 こんな一日はまだまし忙しさだったと、いつか彼は言うことになるだろう。

 あんな毎日が続いてくれる方がマシだったと……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ―――織斑一夏の情報を得るためだ。

 

 ―――しかし、あのAIの調整はまだ……。

 

 ―――むぅっ、ならば一刻も早く完成させるのだ。

 

 

 

 世界は誰の予想にも反して進んでいく。

 

 

 

 




あとがき

みさなま、アンケートでござる。
結構ストーリーに関わる重要なことですので投票だけでも感想にてしてくだされば僥倖!!
次のヒロインでござるが、一夏から分けるので二択ということで、下の二択でござる!

1,シャルロット・デュノア

2,ラウラ・ボーデヴィッヒ

上記二名のどちらかをプラシドのヒロインに入れるという企みで候。
ということでアンケートを答えてくだされば拙者、感謝感激感無量!
では拙者これにて、また次回もお楽しみにしてくだされば……まさに僥倖ォッ!!

PS,良いお年を!


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第十話 シグナーの輝き 誇り高きレッド・デーモンズ

いやはや、前回のアンケートにご協力くださってありがとうございますで候!
結果はもう、ラウラ圧勝ワロタでござる。

サテライトのクズ野郎「やはりロリは最高だな!」

まだラウラが出てくるのは先になりますが、お楽しみにしてくださればまさに僥倖!
では本編をどうぞ!!


 あの日から、少しばかりの日がたったが、セシリアはさすが天才だ。

 デュエルモンスターズを教えれば飲み込むまでが恐ろしく早い。

 彼女は、プラシドにとってはまったくもって教え甲斐のある少女であった。

 徹夜づけで決闘(デュエル)を教えた日はいつの間にやら一緒に寝ていて……なんてこともあったが語る必要はないだろう。

 

 さて、現在プラシドは自らのD・ホイール。T・666(テリブル・オーメン)にまたがっている。

 目の前に立っているのは、ルチアーノだ。

 ISを纏っていない彼女は赤い長髪をした可愛らしい少女。ちなみにボクっ娘という特典付き。

 

「どこに行くの?」

 

「少しな……一夏にも今日は付き合えないと伝えておいてくれ」

 

「あっ……う、うん」

 

 そんな返事を聞くと、プラシドは一度だけ頷いてヘルメットをかぶる。

 T・666のグリップをしっかりと握りしめて、プラシドはその縦三輪の不思議なバイクを走らせた。

 静かに手を振るルチアーノは、プラシドが見えなくなると同時に踵を返して軽く駆けていく。

 風に揺れるスカートと赤い髪、同じルチアーノでも少し違うだけでだいぶ違うのだと、どこぞの誰かは心で思う。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その数十分後、今日の待ち合わせ場所である第五アリーナに到着したのは鷹月静寐である。

 彼女は友人であるルチアーノと一夏との模擬戦を見にきたのだが、バリアで遮られた向こうに見えるルチアーノは少し緊張しているようにも見えた。

 彼女がISを使えば性格が豹変してしまうのはわかっているが、昨日の放課後にプラシドは言ったのだ。

 

『明日はルチアーノと模擬戦をしろ』

 

 なにを考えているのかはわからないが、セシリアも一夏も彼がなんの考えも無しにそんなことを言うはずがないと信じてやまない。

 自分から言わせてもらえればそこまでの信頼を彼に寄せられる彼女たちはあまり理解できない。

 突然性格が豹変して乱暴者になったと思いきや、突然大人しくなって人当たり良くなる。だがそこだけならばルチアーノとは変わらない。

 なら、なぜ自分は彼を信用できないかと、不思議にすらなる静寐だった。

 

 

 

 アリーナの中央にて、白式を装備する一夏を視線に入れながら、ルチアーノは自らのISの待機形態である腕輪に触れる。

 それと共に、ルチアーノが光に包まれて件のISスキエルを装備した。

 独特なフォルムを持つそのISはやはり何度みても、一夏からはワイゼルと共通する点がいくつも見受けられる。

 青いISを身につけた彼女が、そのスキエルのゴツゴツとした手で髪をかきあげた。

 

「ひゃはっははは!」

 

 狂ったように笑い、顔を上げるルチアーノ。まったく違う人物に見える理由は目につけた端末や上げた前髪だけじゃない……と思う一夏。

 額に嫌な汗が伝う感覚を感じるのは目の前からのプレッシャーのせいだ。

 だが、邪気は感じない。感じるのはむしろ無邪気さだ。

 

「ボクがお前をぶっつぶしてやるよ、プラシドの言いなりになるのはほんとは癪なんだけど、付き合ってやるよ!」

 

 楽しそうに笑うルチアーノが両翼をはためかせて飛び上がる。

 空中戦ということで、一夏も同じく飛び上がるがすでに空中のルチアーノはスキエルA(左腕)にキャノンを装備して一夏に向けて構えていた。

 それに気づかない一夏ではない。

 

「まずはお手前拝見ってとこかな?」

 

 放たれたビームだが、出力は低く隙も少ないタイプのようだ。

 一夏はルチアーノに飛びながらもその攻撃を回避して、接近していく。

 動かずに何度かその後ビームを撃つルチアーノだが簡単に回避していく一夏。

 その回避能力はプラシドの戦いの時と比べればかなりの成長が見えるものだ。

 

「ハッ、幼馴染が見てるからって必死かい?」

 

 見下すように言うルチアーノだが、一夏は笑ってルチアーノの懐に入った。

 

「幼馴染だけじゃないさ、みんなが……友達が応援してくれてるから強くなれるんだ」

 

 雪片弐型を横一閃に振るう一夏だが、ルチアーノは縦に回転してそれを避け、回避ついでにその尻尾で一夏の胴体を叩く。

 吹き飛んでいく一夏が、地上すれすれで体勢を立て直すが、スキエルことルチアーノはそのスピードをもって接近。

 一夏の目の前まで飛んだ素早くその右手に握ったビームサーベルを振るうが、一夏は雪片弐型でガードして、即座に蹴りを撃ち込む。

 

「なにぃっ!?」

 

 驚くルチアーノ。これがプラシド(ホセ)直伝の敵のリズムの崩し方だ。

 突然の反応力に驚愕したルチアーノはすでに一夏、いやプラシドの策略にまんまとはまっているということである。

 しかし接近戦でなら一夏の有利であることは当たり前でもあった。

 

「やりやがったな!」

 

 悪態をつくルチアーノに追撃をかけようとする一夏。

 だが、彼女は瞬時加速(イグニッション・ブースト)にてその攻撃を回避して距離をとった。

 まずい、と思う一夏だがすでにルチアーノは一夏を撃つ準備をしている。

 

「スキエルA3!」

 

 彼女の左手のカノンはまったくの別物へと変わるが、それに大したタイムロスも無く一夏は無防備なままだ。

 向けられた銃口から、先ほどの出力とは全く違ったビームが放たれる。

 なにもできないままその攻撃を食らって一夏は終わりかと思われた。

 だが瞬間、一夏の右腕が輝く。

 

「ウオォォォッ!!」

 

 一夏の叫びと共に発動した瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 彼の体が異常なスピードにて上空へと移動する。

 普段の瞬時加速(イグニッション・ブースト)の比ではないスピードのその加速力に、ルチアーノはおろか一夏すらも驚愕の表情を見せた。

 そして一夏は自らに右腕を見る。うずくその右腕の装甲を貫き、その疼きの正体がわかった。

 

「これは……」

 

 装甲すら関係無く、右腕に浮かび上がったのは―――赤い痣だった。

 

「赤い……龍の尾?」

 

 右腕の装甲を消した一夏はその疼きの正体、赤い痣を目視する。

 それは間違いなく彼の想像通り『赤き龍の痣』であり、その部分は『尾』であった。

 赤き龍の痣に疼き以上の何かを感じて、一夏は考える。

 だが、一夏は完全に油断していたせいで、目の前の脅威を忘れていた。

 

「どこ見てるんだ、ばぁ~か!」

 

 いつのまにやら目の前に現れたルチアーノの尻尾に叩かれる一夏だが、すぐに体勢を整えてルチアーノを視界に入れて再び接近していく。

 ルチアーノからの射撃を回避しながらも、当たりそうになるものを雪片で切り裂いた。

 まだ終わらない。

 こんなところで負けるわけにはいかないのだ。

 

「なんだか知らないけど、力を貸してくれ!」

 

 一夏の右腕の赤い輝きがどんどんと増していく。

 それと共に一夏の動きは先ほどより素早く、キレを増す。

 何度目ともわからない異常といえる一夏の動きの変化に、ルチアーノは自らのスタンスを崩されていく。

 接近を許したルチアーノに、一夏が雪片弐型を振る。

 その斬撃を直撃したルチアーノのシールドエネルギーが削られるがお互いがお互い、一気に勝負を決めることができない。

 それは“力を借りた現在の一夏”の戦闘力とルチアーノの能力が均等しているからである。

 中々決まらない戦いは、まだ続くようだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 現在、プラシドはどこかわからない暗い場所に座っていた。

 すぐそばに座るのは篠ノ之束。彼女は沢山のモニターに囲まれながら沢山のキーボードを素早く叩いていく。

 何かを作っている様子だというのは理解できるが、並の人間ではそれすらも理解できないだろう。

 それだけ“普通”とは違うのだ。

 

「それにしても、突然“こんなもの”を作ってだなんてねぇ」

 

「今日中にとは頼まない、俺はすぐに帰るさ。今回は近場にいてくれて助かった」

 

「え~束さんは悲しいよ!」

 

 まったくもって我侭なお嬢様であると、プラシドは笑みを浮かべた。

 いつも通りの、自分たちにだけ見せるような仕草の彼女を可愛らしく思うも恐ろしく思うプラシド。

 自分たちを含めた織斑千冬と篠ノ之束と織斑一夏。

 それ以外の人間には興味がなくもはや視界にも入れないほど、なのだ。

 

「束……ッ!?」

 

 プラシドは左腕を押さえる。そこに浮かぶのは一夏のような赤い痣。

 赤き龍の痣は、龍の頭。

 一夏とは違う形だが間違いなく『同じ類』だということは間違いない。

 突然輝きだしたその痣を見て、プラシドは笑みを浮かべた。

 

「俺の痣が共鳴している……誰だ?」

 

 つぶやくプラシドの声に反応した束が、その痣を興味深そうに見る。

 

「これが前話してくれた?」

 

「そうだ、最近突然現れた俺の……シグナーとしての証」

 

「なるほどなるほど!」

 

 興味深そうに頷いた束は、再び作業に集中しなおす。

 プラシドは自らの左腕にて輝くその痣を一度撫でると、笑みを浮かべた。

 

『かつてシグナーと戦った俺がシグナーになるとはな……』

 

 なんとも因縁深いことに、痣の形は彼が殺そうとまでしていた不動遊星のものだ。

 だが、プラシドの中の(ホセ)はなにか運命的なものを感じていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 第三アリーナにて、鷹月静寐はバリアの向こうの戦いを最初はワクワクとしながら見ていたのだが、途中から座ってただただ無心で見ていた。

 突然動きが変わった織斑一夏とルチアーノとの戦闘も最初は楽しかった……けれどさすがに……。

 

「しつこい……」

 

 謎の転校生VS織斑一夏。

 多くのギャラリーが集まっていたのにもかかわらず、ずっと均衡した戦いを見続けるのは飽きたのか帰ってしまった生徒が沢山いる。

 まばらに残っている生徒もいて、それでもかなりまばらだ。

 それに気づいているのか気づいていないのか、楽しそうに戦う二人が静寐の視線の先に見えた。

 

「はぁ……」

 

 ため息をついて座ると、横がいささか騒がしい。

 視線を横に向ける静寐。少し離れた場所はまったくISが関係ないことをやっている二人。

 セシリア・オルコットと篠ノ之箒の二人が、それぞれ『デュエルディスク』を腕につけて決闘(デュエル)を始めてしまっていた。

 しかも、デュエルはもうラストスパートのようだ。

 そもそもプラシドの弟子であるセシリアがデュエルモンスターズに目覚めたことがことのはじまりだった。

 織斑一夏とルチアーノの戦いをよそに、静寐は二人の決闘(デュエル)の方に視線がいっていた。

 どうやらセシリアがラストスパートをかけるようだ。

 

「私はターンエンド、さぁヤリザが相手だ!」

 

 青いモンスター『六武衆―ヤリザ』がフィールドに一枚。

 箒は絶望的だろうけれど、セシリア・オルコットのフィールドはゼロ枚、手札が一枚。

 これは絶望的だろうと、あまりデュエルモンスターズに定評のない者でもわかることだ。

 これからどうやって逆転することができるのだろうと、静寐は目を細めて見ている。

 

「私は、セシリア・オルコットはこんなところで負けませんわ!」

 

 そう宣言した瞬間、セシリアの右手に赤い痣が浮かび上がった。

 見ている静寐も、箒も驚愕し、その右腕に視線を集める。

 セシリアがデッキからカードを一枚、引き抜く―――そしてそのカードを見ることなく、セシリアはそのカードをデュエルディスクに置く。

 

「気高きプライドを潜め、現れよ。バイス・ドラゴン!」

 

 引き抜いたカードはバイス・ドラゴン。

 かのモンスターを特殊召喚し、セシリアは左手の手札を右手に持ち替え唯一のカードをフィールドに召喚する。

 

「現れなさい、クロック・リゾネーター!」

 

 時計のような形をした調律者が、フィールドに現れた。

 不気味な笑みを浮かべながら、黒き龍と共にヤリザの前に立ちふさがるクロック・リゾネーターに、箒は額から汗を流す。

 チューナーモンスターとレベル5のモンスター。

 ―――ラストのドローカードでこの状況にしたッ……そんな、私のライフはあと1500、オルコットのライフは200ッ、私が手札のバーンストライクをヤリザに装備して攻撃、それですべてが終わるはずだったのに……。

 篠ノ之箒は勝ちを確信していただけに、絶望的な気分を味わう。

 

「レベル5バイス・ドラゴンに、レベル3クロック・リゾネーターをチューニング!」

 

 クロック・リゾネーターとバイス・ドラゴンが光となって輝きを放つ。

 それは高貴なる輝き。

 

「王者の鼓動、今ここに列を成す! 天地鳴動の力を見せてあげますわ! シンクロ召喚!」

 

 二つのモンスターは一つとなり、ソリッドビジョンの派手な爆発と共に紅の龍が姿を表す。

 その気高きプライドを象徴する龍はその巨腕をにぎりしめて、眼前の敵に吠えたける。

 

「高貴なる魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン!」

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴンは口から荒く息を吐き、眼前の的を“見下し”ながら腕を組む。

 圧倒的能力差。攻撃力3000の壁が立ちはだかる。

 ―――いや違う。あれが壁なんじゃない“私”が壁なのか……ッ。

 箒は今、負けを確信した。

 プライド、高貴なる魂。それらにふさわしい王の風格をもった龍を目前にして、箒は両腕を下ろす。

 

「とどめですわ。アブソリュート・パワー・フォース!」

 

 セシリアの宣言と共に、紅の龍はその腕を解き、片腕を引く。

 その手に集まる獄炎が一瞬だが大人しくなる。

 爆発力を持った火というのは一瞬おとなしくなる。

 それはすなわちバックドラフトのようなもので―――瞬間、巨大な炎がレッド・デーモンズ・ドラゴンの手から放たれ、箒のヤリザを破壊してそのままダメージを箒に与えた。

 

「ぐあっ!」

 

 仮想ダメージにより体勢を崩す箒。

 ライフポイントは0になり、ソリッドビジョンは消えて、同時にセシリアの右腕に浮かび上がっていた赤き龍の―――翼の痣は消えていた。

 セシリアは箒に手を差し出して笑みを浮かべ、片手で髪を払う。

 

「良いデュエルでしたわ」

 

 驚愕する静寐と箒“あの”セシリアが他人に手を差し出すなんてそんなことがあるはずがない。

 だが目の前でこうやって相手を讃えて『良いデュエル』だと宣言して手を差し出した。

 頑固でプライドが高い、あのセシリアがこうも変わる。

 プラシド・イリアステルとは一体何者なのかと、静寐と箒は内心戦慄すら覚えた。

 

「あ、ああ……こちらこそ」

 

 そう言って笑みを浮かべるとセシリアの手をとって立ち上がる箒。

 

「まぁ私やプラシドさんにはかなわないのは当然のことですけれど、なかなかやりますわね」

 

 なんだかセシリアが普通の決闘者(デュエリスト)になっている。

 静寐の予感では、敗者を見下しながら『おほほほほ! 踊りなさい、死の円舞曲(ワルツ)を!』ぐらい言うと思っていた。

 まさかこんな風になるとは……。

 

「あ、デュエルやってたんだ」

 

 この場の三人以外の声が聞こえて、そちらに目を向ける三人。

 そこに立っていたのは赤い髪をなびかせる年齢以上に幼く見える少女、ルチアーノだ。

 バリアの向こうを見ると、そこではすでに別の模擬戦が始まっていた。

 

「トレントさんもこのセシリア・オルコットに挑戦いたします?」

 

「あぁ、ボク負けないよ」

 

「私だって負けませんわよ。なんたってプラシドさんの“弟子”なのですから!」

 

 なぜだかわからないけれど、静寐は二人の間になんだかわけのわからない雰囲気を感じ取った。

 敵対関係? いや、それにしてはなにか違う雰囲気が漂ってくる。

 まったく意味がわからない。

 

「なに、俺がどうした?」

 

 そんな場所に現れたのはプラシド・イリアステル。

 静寐の感によれば、この原因はきっとプラシドだ。

 静寐はプラシドに、織斑一夏を見習って紳士でいて欲しいと思う。まぁラッキースケベなのはいなめないけれど……。

 

「なんでもないよ」

 

「そ、そうですわね! 今日もデュエルですわプラシドさん!」

 

 赤い顔をしてわざわざことをごまかす二人だが、プラシドは気にしていないようだ。

 先ほどあんなことを言ったのは確かだが、一夏との共通点がわかった。

 唐変木なのだ。

 そしてセシリアとルチアーノの二人の違和感もなんとなくだが、理解できた。

 

「これは修羅場の予感」

 

 最近読んでいる良い意味でジョークのきいた本。それを思い出してクスクスと笑う静寐。

 とりあえずは楽しそうでたまらない。

 今後はプラシドの周囲も見ておこう、一夏はダブル幼馴染に現在板挟み中。これはこれでまた楽しそうである。

 さて、自分もセシリアと箒を見ていたらその熱気に当てられたようだと、笑う。

 

「(久しぶりにデミスDDBでも出そうかな)」

 

 そういえば最近の禁止カードなども確認しておかなければと、背を伸ばして一人寮に帰ることにした。

 結局、残されたのはプラシドとセシリアとルチアーノと、おまけ程度に箒。

 なんだか自分が場違いな気がしてきた箒だが、そんな時に救世主がやってくる。

 

「ふぅ、終わった終わった」

 

 やってきたのは一夏で、崩した服装で現れたがそれもまたイイ絵になる。

 

「そういや箒、セシリアに負けたんだって?」

 

 突然そんなことをいう一夏。きっと言ったのは静寐だろう。

 今度少しお話する必要があるようだ。

 ISの模擬実習とか起きないかと思う。

 

「とりあえずヤリザを抜くところからはじめる」

 

「そうか、まあいつでも相手になるぜ箒!」

 

 くわっとした表情で一夏につめよる。

 

「ほ、本当だな!」

 

「ああ同室だしお安い御用だ!」

 

 そういう一夏に、嬉しそうに頷く箒。

 それを少し離れた場所から見るプラシドは怪訝な顔をする。

 まったくもって罪な男だと……一夏を爆発させたい気持ちを押さえていると、ふと自分の感覚が変わるのを感じた。

 間違いなく、自分が裏方に回ったのだろう。

 

「織斑一夏、ならば俺と戦え!」

 

「えっ! いや、今日は待ってくれよ。最近デッキ編集もしてないんだ」

 

「ならば明日だ! お前を俺の機皇帝で踏み潰してやる。セシリア・オルコットのようになぁ!」

 

 そう宣言するプラシドは心底嬉しそうだ。やはりマジック&ウィザース(デュエルモンスターズ)が好きなのだろう。

 だからこそまったく右も左もわからなかった世界に来てもやってこられたし楽しめた。

 今でこそいろいろな楽しみ方もあったが、あの頃は……。なんて考えるがやめる。

 彼は内側からプラシドのやることを見ているのも今では楽しみだ。余計なこともするけれど。

 

『おいホセ』

 

 ―――なんだよ?

 

『シグナーがどこにいるか感じれるか?』

 

 ―――わからん。

 

『ふん、貴様は運命に縛られるだけの男ではないからな、ほかのシグナーから離れていてもおかしくない』

 

 褒めているのか貶しているのかわからない言葉遣いではあるが、別に責めているわけではない。

 だが事実、プラシドのいるとおり同じ赤き龍の痣をもつシグナーを探さなければならないと思っている彼。

 赤き龍の痣、シグナーが選ばれたということはこの世界にそれなりのことがある。ということと考えられた。

 ―――だが、赤き龍に選ばれたシグナーなんてどこに……案外近くにいたりするのか?

 今は体の感覚がない自分、その左腕の痣がわずかに疼いた。

 ―――幻想痛覚(ファントムペイン)

 

 すぐそばにあるそれに気づかぬ彼たちが、それに気づくまではそこまで時間を要さないだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その夜、セシリア・オルコットは寮の屋上にて怪訝な表情をしていた。

 彼女の前に立つ一機のISは間違いなくブルーティアーズ。なのだが、その空ににあう青が真っ赤に染まっている。

 なにをした覚えもないセシリアだったが、部屋にてイヤリング状態であったブルーティアーズが赤く染まっていることに気づいたからこそ、こうして確認したのだが、真っ赤なことには変わりがない。

 その色はまるで―――。

 

「―――レッド・デーモンズ・ドラゴン?」

 

 その赤いフォルムはつい最近“いつの間にかデッキに紛れ込んでいた”カードにそっくりである。

 自らの右腕に浮かぶ痣もなにもかもわからないことばかりで、不気味な雰囲気を体中で感じていた。

 国家を代表したこの機体をこんな風にしてしまったと考えれば、体中の毛穴が開いて涼しい夜にもかかわらず嫌な汗が吹き出す。

 イギリス代表として考えてその焦りを体中が表現するが、心の中でこのブルーティアーズの姿には妙な安心感を感じていた。

 

「私に、なにを語りかけるつもり?」

 

 赤いブルーティアーズに右手を触れると、その右手の痣は輝き出す。

 それで全てを理解したのか、頷くセシリアが微笑むと、その赤い機体は元の青に戻る。

 

「えっ、せっかく赤いブルーティアーズ、否レッドティアーズを受け入れようと思った矢先にこれですの!?」

 

 青い機体ブルーティアーズを撫でるセシリア。どうやっても赤くなることはない。

 なんだか残念な気もするがこれで良かったのだろうと頷く。

 ただ、自らのデッキを腰に下げたポーチから出すと、その上から一枚を引き抜く。

 赤き龍、レッド・デーモンズ・ドラゴンが自ら引き抜いてそのカードに微笑む。

 まるで『これからよろしく』と言っているかのように微笑んで、ブルーティアーズをイヤリングに戻すと、セシリアはそのてにレッド・デーモンズ・ドラゴンを持ったまま踵を返して歩き出した。

 その耳のイヤリングは、一瞬だけ―――赤く染まる。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ―――決行日は?

 

 ―――無論、織斑一夏が閉鎖された空間にいる時、篠ノ之束のラボを襲えばそれなりの“モノ”も手に入るだろう。

 

 ―――では、正しき世界のために!

 

 

 

 影は徐々に濃さを増して、いずれ形あるものへと変わる。

 

 

 




あとがき

今回ちょっとグダグダだった気がしないでもない。しかし全部意味のあること!
伏線はすべてバラ撒き申した。さぁここからが新たな戦いの始まりでござる。
ISがしっかり続いていればここまでオリジナリティ満載の話しでなくてもよかったもののぉっ!
イズルしっかりするでござるよ。
では、次回をお楽しみにしていてくだされば感激でござる!!


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第十一話 脅威強襲 新たなるシグナーたち!

 クラス対抗戦。

 とうとうこの日がやってきた。

 俺、プラシド・イリアステルはこの試合の結果をスッポリと忘れている。

 理由も知らなければ原因もわからない。

 ならば俺は今になる前のようにその時を“生きる”だけだ。

 

『おい、今回は俺たちが動く必要はないんだな?』

 

 ―――暴れたかったか?

 

『退屈だ』

 

 ―――なるほど、納得の答えだ。

 

 だが、そんな退屈もすぐに終わるだろう。

 これがどう終わるか覚えていないが、シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒが来れば闘争に身を焦がすことだって可能だ。

 あの二人は並大抵の腕では勝てない……まぁ俺とプラシドの敵で無いのは確かだがな。

 

「今回の戦いはどちらが勝つと思いますか?」

 

「当然、織斑じゃないの?」

 

 セシリアとルチアーノが楽しそうに会話しているが、それは俺にもわからないことであった。

 そもそも鈴の武装龍咆(りゅうほう)だけを警戒していればこの戦い勝てないことはない。

 近接特化の白式が接近戦で負ける確率は少ないしな。

 だが砲身斜角がほぼ制限なしで撃てるというものに見えない弾丸。厄介きわまりない。

 

「さて、今回の戦いはどちらが勝つか……」

 

 考えている間にも戦闘は始まっていて、いつのまにやら龍咆により一夏はかなりピンチだった。

 やはり龍咆は厄介で強力な武装だ。

 見えない弾丸での攻撃は一夏の判断力などを狂わせる。

 直後、ふと俺は気づく。

 

 ―――どちらが勝つにしろ、確かクラス対抗戦は中止。なぜ中止なんだ?

 

 何があった。思い出せ、一体なにがあった……。

 その理由は、やはり学園側の予期せぬ事態、それはたとえば規格外の侵入者……か?

 俺は急ぎ振返ると走った。

 後ろで驚きながらもついてくるセシリアとルチアーノ、それから山田先生の声が聞こえるがかまっている暇はない。

 轟音と共に、地が揺れた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 プラシドとセシリアとルチアーノが出ていった後の部屋にて、山田真耶と篠ノ之箒と織斑千冬の三人がそれぞれ表情を変えた。

 先に動いたプラシド、直後に落ちてきたゴーレム。

 緊急事態だということを察して、千冬が真耶の横の席についてキーボードを高速で叩いていく。

 学園中の情報が入ってきて、わかったのは未確認のなにかがこの学園に飛来したということだ。

 しかも、バリアフィールドを―――貫通して。

 

「織斑、凰、試合は中止ただちに退避しろ!」

 

 アリーナのシャッターをしめて、アリーナには一夏、鈴、そして“所属不明のIS”だけが残る。

 さっそく動きだした所属不明のISは手始めに鈴に向かってビーム兵器を放つ。

 なんとか一夏が鈴を助けてビームを避けるが、焦りを隠しながらも顔をしかめる千冬。

 姿を現した深い灰色をしたそのIS。

 手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びていて、全身装甲(フル・スキン)

 無機質な姿はまるで人が乗っていないのだと思わせる。

 ―――人が乗っていないIS? いや、ありえない。だが、あいつならば作れるんじゃないのか?

 千冬は脳内で思考を巡らせていく。

 

「織斑君、凰さん、今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで制圧に行きま―――えっ、なにこれ!」

 

 山田真耶の動揺する声に、千冬はそちらのモニターに目をやった。

 背後から箒も覗き込むが三人そろって表情を驚愕に変える。

 冷静でポーカーフェイスであるはずの千冬も驚愕していた。

 

「これは、バリアフィールドが展開されたというのか?」

 

 独自のシステムでのバリアフィールドは“必要以上に強力”である。

 そして、一夏たちのいる場所はそのバリアフィールドに囲まれていて、誰も入れない状態になってしまった。

 そのフィールドを破るだけの対艦ミサイルや対艦刀は、このIS学園にはない。

 ―――たとえあったとしても、ここまでやった奴が簡単に取らせてくれるものかっ。

 

「同型機が緊急時用ハンガー前と生徒用ハンガー前に待機!」

 

 ―――やはりか!

 千冬は自らの指の爪を噛んだ。

 この状態でなにもできない自分が歯がゆいと……今ここに“アレ”があればと、焦る。

 だがモニターで戦いを見ていると、助けに行きたいという気持ちもあれば『戦って勝って欲しい』という気持ちもあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 緊急時用ハンガー前に立つ黒いIS。

 恐ろしいまでの静寂の中、足音が響く。

 真っ白の髪を風に揺らして、現れるのは白い服を来た青年。

 

「貴様たちは何者だ。せっかくの決闘の場に現れやがって」

 

 赤い瞳を細めて、彼『プラシド』は腰に携えた剣を引き抜く。すべてを切り裂くその剣はプラシドの顔を映す。

 どこまでも銀色のそれを見ても黒いISが反応することはない。

 

「チッ、無視しやがって……機皇帝で踏み潰してやる!」

 

 その瞬間、輝くプラシドの体。現れるのは『機皇帝ワイゼル∞』と呼ばれしIS。

 左手のブレードを振るって飛ぶと、黒いISはようやく動き出す。

 ワイゼルを追いながらも両腕の砲口からビーム兵器を放つ黒い機体。

 

「そうだ、それで良い……」

 

 楽しそうに口元を歪めるプラシドが、その素早さをもって黒い機体のビームを避け、近づいていく。

 懐に入り、斬りかかるも黒い機体はその巨体に見合わぬスピードと反応速度をもって回避。

 だがその程度は想定済みだ。

 斬りかかる勢いのまま体を一回転させて蹴りを放つ。

 後方に下がる黒い機体は両肩に装備された連射性能の高いビームを撃つ。

 

「そうだ、踊れ死のダンスを!」

 

 その連射されるビームを回避しながら、プラシドは楽しそうに口を歪めた。

 誰だか知らないが自分がいるこのIS学園を狙ったことを後悔させるため、プラシドはその敵とのダンスを始める。

 自らの大切なものを奪った機皇帝の圧倒的な力。

 それを過剰なまでに信用している彼は笑いながら黒い機体に狙いをつけた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 生徒用ハンガー前にて、黒い機体が肩からビームを連射していく。

 その砲口の先には青い機体ブルー・ティアーズ。それを操るセシリアは苦々しい表情をしながらその攻撃を回避していった。

 こう攻撃を回避しながらではBIT兵器すら満足に使うことができない。

 ブルー・ティアーズの本分は一体一の戦いではないはずだ。

 

「クッ、なら!」

 

 ブルー・ティアーズを操作を諦めたセシリアは敵の方に体を向けてスターライトMk3を撃つ。

 それが直撃することはなく、素早く回避され、セシリアに追撃をかけようとする。

 その巨腕からビームを放ちながら接近してくる黒い機体を見据えて、セシリアは唯一の近接武器であるインターセプターを片手に持つ。

 もう少し接近戦武器さえあれば、と歯痒くなるも仕方がない。

 

「狙いなどッ!」

 

 放たれるビームを避けながらも、狙いなどたいしてつけずに片手でライフルを撃つ。

 優雅やらなんやらいう戦いを優先するわけにもいかない。

 屈辱的だが今できることはなんでもする気で戦わなくてはならなかった。

 

「はぁっ!」

 

 ビームは当たることなく回避されるが、今は良い。

 本命はそちらでなく“接近戦”による一撃。

 急接近からのインターセプターによる切りかかりを、片手で防ぐ黒い機体。

 だがこれが防がれることすらも予想済みである。

 

「私のブルー・ティアーズは飛ばすだけが戦闘方法じゃありませんのよ!」

 

 背中のブルー・ティアーズが、本機に接続されたまま黒い機体の方を向く。

 動揺した様子もないそれを見て、セシリアは敵が人間じゃないことに気づいた。

 ブルー・ティアーズから放たれたビームは―――避けられた。

 

「なっ!?」

 

 不自然な動き、上半身が90度横に傾き、ビームは避けられる。

 人体の構造上はありえないが、機械ならばありえることだ。

 馬鹿な、と悪態をつく暇は無い。

 プラシドや一夏との戦いを通して、プラシドや一夏や箒との訓練を通して、自分は強くなったはずだと、即座に動こうとするがその巨腕はセシリアの腕を掴む。

 

「このッ!」

 

 いた仕方ないと、セシリアは腰部の砲身を“目の前”の敵に向ける。

 ブルー・ティアーズの隠し技といってもいいミサイル。それが放たれて至近距離で爆発を起こした。

 だがその爆発にはセシリアも巻き込まれる。

 

「ぐぅっ!」

 

 損傷をしながらも、爆煙の中から出るセシリア。

 脚から血を流しながらも、なんとか倒すことができたと安心した―――が、それが悪かった。

 爆煙の中から現れた黒い機体はところどころこげているがそれだけだ。

 爆発への耐性が高い。

 セシリアは足を掴まれ大きく持ち上げられて、地面に投げられる。

 

 蒼い雫(ブルー・ティアーズ)は地に零れ落ちた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一夏と鈴は黒い機体に対して有効な攻撃ができないでいた。

 話している時などもお構いなしに攻撃してくるその相手に、二人は作戦会議一つできない。

 二人はそれぞれ回避しながら攻撃。その程度しかできないし、挙句に当たっても大したダメージ一つ与えられない。

 そんな厄介な相手に、二人は苦戦を強いられる。

 

「一夏、よく狙いなさいよ!」

 

「狙ってるっつうの―――なにっ!」

 

 突如連射されるビームを回避しながらも、一夏は鈴の方をこまめに確認していく。

 黒い機体が動き出す。身に合わぬ小回りのきく動きで一夏をすり抜けて鈴の方へと進んだ。

 ―――不味いッ!

 一夏がそう思った時はすでに、鈴と黒い機体との接近戦が始まっていた。鈴の近接戦装備双天牙月は黒い機体の腕を断つことはできない。

 ぶつかり合う黒い機体の腕と鈴の双天牙月。だがそれは大きな隙でもあると、一夏は飛ぶ。

 

「落ちろぉ!」

 

 背後から切りかかろうとした一夏だったが、黒い機体の腕が真上を向いた。

 それと同時に、黒い機体の肩も一夏の方を向く。

 肩の砲口から放たれたビームが一夏をひるませ、下がらせる。

 

「ぐぁっ!」

 

「一夏!」

 

 一夏のことに気を取られた鈴が両腕を黒い機体に掴まれて、そのまま投げ捨てられ、シャッターに叩きつけられた。

 地に落ちる甲龍。

 それを見た一夏の表情が変わった。

 醜きものを、仇を見るような侮蔑する眼でその巨体を睨みつけて雪片弐型で斬りかかる。

 

「ここから出て行けー!」

 

 叫ぶ一夏だが、それも無意味な行為だ。

 黒い機体は縦の斬撃を避けて、一夏の腹部に拳を叩きつけ、ひるんだ一夏に両腕をむけてビームを撃つ。 

 その出力の攻撃を受けるわけにも行かない一夏はなんとか気力だけで痛みに耐えてそれを避ける。

 しかし至近距離で即座に肩のビームを何発も受け、落ちていく。

 

「そ、んなっ……」

 

 落ちていく白式。

 その間、感覚は妙に研ぎ澄まされて、一夏は鈴の方に視界を向けた。

 シャッターに叩きつけられ、地に落ちた鈴の甲龍は双天牙月を支えになんとか立ち上がっているが戦闘は厳しいだろう。

 ―――俺には誰も守れない。鈴も、箒も、千冬姉も……。

 

『一夏、そんな敵を倒せなくて、なにが男か!』

 

 そんな声が、アリーナのスピーカーを通して聞こえてきた。

 箒の一喝に口元を綻ばせる。

 ―――そうだよな、こんなところで負けててなにが男だってな……。

 プラシドならばきっとこの程度の相手は簡単に倒してしまうのだろう。だったら、この学園でたった二人の男の一人としてこんなところで生き恥を晒すわけにもいかない。

 なんとか地上スレスレで体勢を整えた。

 

「俺は、守る!」

 

 あの日から消えていた赤き龍の痣が、一夏の声に呼応して再び輝きを放つ。

 体が楽になってくる感覚がした。それと共に一夏は腕を振るう。

 

「俺は、アイツを止めたい。止めなきゃならないんだ! 赤き龍! 俺に力を貸せ!!」

 

 その叫びと共に、赤き龍の『尻尾』の痣はさらに輝きを増す。

 それは徐々に白式を変えていく。科学や理屈では解明できないほどのことがそこでは起こる。

 白式の色は徐々に白銀へと変わり、黄色や青の部分は輝きを放つ水色へと変わっていく。

 一夏の目は金色へと変わり、そのウイングブースターは変形して機械チックなものの翼へと変わる。

 

「行くぞ!」

 

 白銀の粒子を散らして、一夏が飛び出した。

 その姿はまるで星のような輝きを放ち、美しさはその箒の目も鈴の目も釘付けにする。

 赤き龍の、シグナーの力。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 地上に落ち、割れた地面に埋まるようになっているセシリアが、苦悶に顔を歪めるも違和感を感じる。

 自らの右手に視線をやると、そこに輝くのは赤き龍の『翼』の痣。

 あの日浮かび上がった痣が輝きを放っている。

 体が徐々に楽になっていく。

 

「感じる。これは鼓動……」

 

 立ち上がったセシリアが黒い機体を視界に入れた。

 腕がセシリアに向けられ、それと共にビームがチャージされる。次の一撃で決めるつもりのようだ。

 けれど、そうはならないだろう。

 放たれるビーム。

 

「私はまだまだ動けますのよ!」

 

 そのビームを回避して、黒い機体の方へと飛ぶセシリア。

 連射される肩のビームを回避する彼女のブルーティアーズが、徐々に色を変えていく。

 それは赤。―――あの日と同じように蒼い雫(ブルー・ティアーズ)は姿を赤に変える。

 スターライトは粒子化し、ブルー・ティアーズのウイングブースターは形を変え、龍の翼のようになった。

 

赤い雫(レッド・ティアーズ)!」

 

 その姿はまさしくレッド・デーモンズ・ドラゴンを彷彿させるような姿。

 赤き翼に装備されたブルー・ティアーズ、否―――レッド・ティアーズはその機械の翼をはためかせながら飛ぶ。

 敵機の攻撃を回避しながら、その赤き流線型を描き接近していく。

 

「これが、王者の力!」

 

 黒い機体は腕の高火力ビームを放つ。

 だが、セシリアのISであるレッド・ティアーズの手に集まる赤いエネルギーによりそのビームは相殺された。

 動揺することもない機械だが、その手でビームを弾きながら黒い機体に接近していくセシリア。

 

「この程度の攻撃、レッド・ティアーズの前ではっ!」

 

 ビームを放射し続ける黒い機体へと迫っていくセシリアが行っているのは“ただ進む”という単純な行為。

 これならば他所に集中力を回そうと多少は問題無い。

 

「レッド・ティアーズ!」

 

 背中の翼から射出される四機のビットが、黒い機体を囲んで一斉にビームを放つ。

 その四本のビームは黒い機体の腕を貫き―――破壊した。

 それによりわずかに体勢を崩す黒い機体。

 だがそれで充分だ。セシリアはすでに黒い機体をその瞳でロックしている。

 

「天地鳴動、突き貫け!」

 

 赤いエネルギーの集中した腕を後ろで溜め―――。

 

「アブソリュート・パワー・フォース!」

 

 ―――放つ!

 

 赤きエネルギーは手の形をして黒い機体へと直撃し、爆発を起こす。

 その爆煙の中から落ちていく黒い機体。

 セシリアは勝ったことを確認するために地上へと降りる。

 下に落ちているのは、スクラップとかした黒い機体。

 

「私は、私の……」

 

 何を言いたかったのか、セシリアはISを解除するとその場で倒れた。

 赤き龍の痣は輝きを失い、その腕から消える。

 その場に、教員たちが来るまでそれほどの時間はかからないだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 白銀の白式と黒い機体が空中に戦闘を行っている。

 雪片弐型と敵機の拳が打ち合いになるが、どちらも一歩も引かない。

 だからこそ一夏はそのさらに早くなった白式にて距離を一度取る。

 先ほどよりも圧倒的に有利な一夏。

 黒い機体が肩のビームを撃つが、一夏は無駄なくよけていく。

 

「見える!」

 

 そのビームを回避しながら、一夏は黒い機体の頭上に移動して、蹴りを放つ。

 落ちていく黒い機体相手に一夏はさに接近して片腕を切り落としてさらに蹴りを放つ。

 地上に倒れる黒い機体。

 

「信じる! 俺の成すべきと思ったことを!」

 

 それは自分自身に関わる全ての人間を守るという、小さいながらも途方もなく大きな願い。

 黒い機体が残った腕でビームを放つ。高火力のそれが目の前に迫るが一夏は自らの刀にてそのビームを切り裂く。

 

「雪片弐型は伊達じゃない!」

 

 ビームを切り裂き、黒い機体はホバー移動で距離を取ろうとする。

 しかしその行動も今の一夏の前には無意味だ。

 

「行くぜ! シューティング・ソニック!」

 

 振られた雪片弐型。それと共に放たれる白銀の斬撃は黒い機体へと迫り、その上半身と下半身を泣き別れさせる。

 それが彼の必殺の一撃。シールドエネルギーも底をつき、一夏は疲労から膝をつく。

 ―――守れた。

 白銀の白式は元に戻り、赤き龍の痣も消える。

 それを気にすることもななく一夏は鈴を回収しに行こうとしたが、その瞬間新たに空から飛来してきたものが一夏の前に立つ。

 

「なっ!」

 

 今しがた倒したばかりの黒い機体が新たに自らの前に現れた。

 巨腕を片方、一夏に向ける黒い機体。

 やけにゆっくりに感じられる時間、腕からビームが放たれ、それはまっすぐと一夏へと奔る。

 

「一夏ぁぁぁっ!」

 

 その叫び声は鈴のものだ。

 せっかく助かったと思ったのに、早く自分が動いていればと後悔する鈴だが―――ビームが収まった時、一夏は元の場所に立っていた。

 鈴だけではない、一夏自身も驚いている。

 彼の前にて、そのビームを防いだのはオレンジ色の小さな機体だった。

 

「これ、は……」

 

 つぶやく一夏。

 

「はやく下がれ一夏!」

 

 その言葉と共に黒い機体に新たなオレンジ色の機体がぶつかる。

 黒い機体がひるんだ隙に、一夏はホバー移動して鈴の方へと撤退した。

 その表情に浮かぶのは驚きではなく、すでに笑みだ。

 なぜ一夏が笑っているのかわからない鈴は、混乱していた。

 

「なんで笑ってんの?」

 

「最高の助っ人が来てくれたからさ」

 

 オレンジ色の機体が黒い機体を翻弄していく。

 四機のオレンジ色の機体の他に、一機だけ動かない機体がある。

 それは間違いなく、一夏の見慣れた“親友であり師”である彼の姿だ。

 

「合体する!」

 

 そんな声はオレンジ色の機体から聞こえてきたもので、鈴は驚愕していた。 

 オレンジ色の機体である彼へと近づく四機の機体。

 彼ことホセ、グランエルである彼の∞の装飾の間が開き、黒き中に緑色の光を宿す。

 

「グランエルT(トップ)!」

 

 彼の声に呼応して、変形するグランエルは上と下に穴が開き、そこをグランエルTが貫通。

 グランエルTは赤き瞳を輝かせる。

 

「グランエルA(アタック)!」

 

 本体であるグランエルの左側に、変形し腕のように伸びたグランエルAが装備される。

 

「グランエルG(ガード)!」

 

 右に装備されるのは先ほど一夏を守った強固なる盾。

 変形したグランエルGは右腕になる。

 

「グランエルC(キャリア)!」

 

 最後にCはほかのISと違い足ではなく、その体を支える機械といったところだろうか。

 その姿はワイゼル、スキエルと同じようなデザインとフォルム。

 この世界の人間でこれを知っているのは篠ノ之束ぐらいだろう。

 

「これこそが最強の機皇帝! 機皇帝グランエル ∞ (インフィニティ)!!」

 

 その声と共に、赤い目が再び輝く。

 イリアステルの三皇帝、最後の一人にして最後の一体。

 これこそが彼の名前の由来にして彼がプラシドと対等である証。

 その名は機皇帝グランエル。

 

 ―――『地』を司る機皇帝なり。

 

 

 

 




あとがき

最近感想がもらえて嬉しいので超頑張ってスピードで書いてみたでござる。
これ誤字がないか心配……そして!

超☆展☆開!

これがやりたかった! 賛否両論山ほどあると思うけど、受け入れてくれると嬉しいでござる(キリッ
赤き龍さんったらなんというご都合主義。まぁそんなもんでござるな。
次回はようやくやってきた機皇帝グランエルの戦いでござる!
まぁ結果がどうなるかは……うむ!

えっ、一人消えた? 気のせい気のせい(

では次回もお楽しみにしてくだされ!!


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第十二話 孤高の巨帝! 機皇帝グランエル

 機皇帝スキエル ∞ (インフィニティ)

 そして―――機皇帝グランエル ∞ (インフィニティ)

 これまで、最強の機皇帝であるグランエルは今だ、真の姿を見せてはいなかった。

 

 だが、今日ここで機皇帝グランエル ∞ (インフィニティ)は真の姿を見せることとなる。

 そのオレンジ色の巨体にて、地響きをならせながら現れた機皇帝は最強の名を冠すにふさわしいものだった。

 

「さて―――このやり方は束では無いようだな」

 

 彼、ホセはそのグランエルの体のままそう言うと、左手のキャノンを黒いISもどきに向けた。

 その黒いISもどきはやはり中身が無いのだろう。その射線上から機械的に避けるとグランエルへと空中から強襲をかけようと肩のビームを撃つ。

 連射性の高いそのビームが上空からグランエルへと襲い、その周囲を砂煙が覆う。

 

「やられてんじゃない!」

 

 離れた場所から見ている鈴がそう言うが、一夏はただ笑みを浮かべてその方向を見ているだけだ。

 圧倒的なその雰囲気に、一夏はホセが倒されるというビジョンは一切見えていなかった。

 常に一緒にいて、何度も言葉を交わして、何度も刃を交わせた自分だからこそわかる。

 初めてみるホセのあの姿だが、負けるはずが無い―――。

 

 直後、砂煙を見下すように浮游している黒い機体がピク、と動く。

 だが遅い。

 砂煙に巨大な穴が開き、そこから放たれた白銀のレーザーは黒い機体の左腕を吹き飛ばす。

 直後、風が吹き砂煙が吹き飛ぶと、そこにはただオレンジ色の機体が、傷一つなく―――存在していた。

 

「ふん、この程度か……この 俺 (グランエル)の装甲を貫くには程遠いか」

 

 グランエルが、突如動きだした。

 だが動きだしたにもかかわらず、グランエル()は黒い機体に近づくわけでもない。

 グランエルは地上にてホバー移動で不規則に動く。

 黒い機体はなにかを感知するようにグランエルをロックする。

 それはもちろん彼にもわかることで、ほかのIS同様やかましいアラームが鳴るが、特に何もいうこともなく、彼はゆっくりと左腕を持ち上げた。

 

「消え失せるがいい」

 

 黒い機体が残った片腕を構える。並のISなら一発くらっただけでも充分致命傷なほどの威力のあるそれ相手に、彼は避けることなく対峙しようという。

 だが、離れている一夏はただ笑っているだけだ。隣の鈴がなにか言っても傍観するのみ。

 黒い機体が、腕の高火力ビームを放つ。

 だが同じように機械であるからか、グランエルは一切の同様も見せることもない。

 

「グランド・スローター・キャノン!」

 

 左腕から放たれるのは、黒い機体から放たれた攻撃よりもよほど高火力な白銀のビーム。

 それは黒い機体を飲み込み、さらにはるか背後の空の雲を蹴散らす。

 白銀の砲撃が消えたとき、すでに黒い機体は影も形も消え失せ、その場にはただ静寂が残るのみ。

 

「終わったか……」

 

 グランエルから声が響くと、空から白いISが降りてくる。

 

「ふん、おせーよホセ」

 

 白いISを装着しているプラシドがそう言うと、グランエルが粒子になって消え、同時にプラシドが纏っているワイゼルもまた粒子となった。

 アリーナに降り立つプラシドの表情は少し優しい。

 つまりは、中身がプラシドではなく(ホセ)だということだろう。

 

「ふぅ……どうにか、こうにかか?」

 

 そうつぶやいたプラシドが空を見ると、空から黒い機体が落ちてくる。

 黒い機体は、そのまま一夏の上へと落下。激しい砂煙を上げるそちらを見てため息。

 ―――ルチアーノのやつ、派手にやらかすなぁ。

 多少呆れをふくみながらもそう思ったプラシド。

 だがこれにて一件落着―――となるだろう。だがプラシドにとってはなにも終わっていない。

 これが篠ノ之束の仕業でないならなんだというのだろう。

 なにか、危険な予感がした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼女、セシリア・オルコットが目を覚ませばそこには知らない天井。

 まだ痛む体に鞭を打ってなんとか起き上がると、思い出す。

 今日の戦い。

 

「痣は……」

 

 右腕の痣はすでに消えていて、跡すらない。

 周囲を見渡すが、カーテンで遮られていてなにも見えない。

 一体今が何時なのかもわからない。

 そんな時、外からなにか言い争うような声が聞こえてきた。

 

「一夏は私の幼馴染なんだから!」

 

「それを言うなら」

 

 間違いない。声の主は凰鈴音と篠ノ之箒。

 それだけで充分察することができた。きっとカーテンの向こう、隣のベッドには織斑一夏がいるのだろう。

 彼も怪我をしたのだろうか、まぁ無事なようでなによりだと、セシリアは息をつく。

 

「お前らは少し静かにしてくれ、隣にセシリアが寝てるんだぞ!」

 

 そんなプラシドの声が聞こえた。先ほどからいたのだろうか?

 たぶん口調的には優しい方、つまりはセシリア・オルコットが惚れた方のプラシドだ。

 彼の怒ったところなんて見たことがないだけに、嬉しくなり顔がにやける。

 にやける顔を押さえていると、突如カーテンが開いて夕陽が差し込んだ。

 

「お、起きたのか」

 

 安心したようにそう言って笑うプラシドは、横から当たる夕日によっていつも以上にセシリアの視線を釘付けにする。

 すでに言葉すら出ずに、見とれているセシリアは突如、顔を真っ赤にして視線を落とす。

 

「どうした……あぁ」

 

 彼はそう言うと開いたカーテンの向こうにいる一夏を見る。

 セシリアは気づいていないが、プラシドは一夏を見てセシリアが顔を赤くしていると思った。

 とりあえずという形で、プラシドはセシリアの寝ているベッドの横に椅子を出して座る。

 

「ふむ、とりあえず今日よく頑張りましたってことで、全員分だ」

 

 ベッド横の台を移動させて、その上に片手に持ったビニール袋の中身を置いていく。

 それを見て、目を輝かせる面々。

 並べられたのは学食に売っているプリンなのだが、少し違う。

 

「こ、これは学食に売ってるプリンの横にいつも売ってる学生が手を出すには少し躊躇する程度の値段の、あのプリン!」

 

 一夏が怪我をしているにも関わらず激しく興奮する。

 

「あ、アイスで例えるならハーゲ○ダッツ! 学生には少し手の出しづらい程度の値段の、プリン!」

 

 鈴がくわっと表情を変え、今にも食いつかんという表情。

 

「(ぷ、プラシドさんが私にご褒美をくれるなんて!)」

 

 全員がそれぞれ喜ぶ中、箒が少し悩むような表情を見せていた。

 その表情の意味がわかるプラシドは、笑ってその頭を撫でる。

 なんだかそれは、兄が妹にやるようなそれに似ていた。

 

『プラシド君、君にとっては箒ちゃんは妹になるわけだね!』

 

 学園に来る前に言われた束からの言葉である。

 別に束と籍を入れる気も無ければ付き合う気もない……今はない。と自分に言うプラシド。

 箒は箒で昔姉に褒められたりしたことを思い出す。

 

「とりあえず、お前の声援があったからこそ一夏が勝てたんだ」

 

「その通りだ」

 

 そんなプラシドと一夏の声に、箒は薄らと笑みを浮かべて頷いた。

 プラシドはもう一度セシリアの横に座り直す前に、椅子をあと三つ出して置く。

 座るのは箒と鈴と……。

 

「あっ、お待たせ」

 

 入ってきたのは、ルチアーノだった。

 彼女も今回の戦いの功労者、なのだが……。

 

「織斑くん、ごめんなさい!」

 

 頭を下げる。

 理由は戦闘状態だったにしろ一夏の怪我に貢献した一人でもあるから、だろう。

 事故だから、という理由で一夏も笑ってすますと、残った椅子に座るルチアーノ。

 ちょっと高級なプリンで合計六人は小さく乾杯。

 祝勝会といったところだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜、晩御飯も食べた後に俺は自室にて鍵をかけて、机に座る。

 通信機を起動して、束との連絡を図るが、出るのが遅い。

 いつもはすぐさま出てくるというのに……。

 

『はいはい束さんですよ!』

 

 まったくもって頭が良くない返事が聞こえる。

 

「ふぅ、今日の学園への乱入者の件だが……」

 

『私がやろうと思ってたんだけどねぇ、やられちゃった!』

 

 まぁ、もしもやったとしても一気なのだろう。それを知っているからこそ安心できる。

 これが束の仕業じゃないんだとしたら心おきなく調べて、相手を徹底的に“破壊”できるのだから……。

 

『近場にあった私の秘密基地パート1がバレちゃってねぇ、急いでほかのところ行ったから束さんの大事な無人機が盗まれちゃったんだよ』

 

「わかった。とりあえずお前は無事なんだな?」

 

『もしかして心配してる~?』

 

「……また今度連絡する」

 

 そう言うと、俺は容赦なく通信を切った。

 まぁ無事なら安心、俺の心労もこうして一つ無くなったわけだな。

 さて、寝るとするか……。

 

「お~いプラシド!」

 

 そんな時、ノックの音と一夏の声が聞こえた。

 俺の安眠の邪魔をするというのか、おのれ織斑一夏、今日一日は安静にしていればいいものの……。

 機皇帝グランエル∞の姿で戦った日というのは疲労が酷いから早く寝たいのだが、さもなくばまたプラシドが授業を受けたりすることになる。

 まぁドアの向こうで俺を呼ぶ一夏を無視するわけにもいかず、俺はドアを開いた。

 

「どうした?」

 

「よう、俺とデュエルだ!」

 

 片手にデッキを持ち、片手にデュエルディスクを付けて宣言する一夏。

 ほう、良かろう……。

 

『早く俺に変われ!』

 

 ―――待てプラシド、夜は長い。

 

『……チッ、さっさとしやがれ』

 

 ―――物分りが良いな。

 俺は一夏を部屋に招き入れる。

 すると、ドアを開けた時には気づかなかったが、制服のベルト部分にいくつかホルダーが入っていた。

 ほう、やる気まんまんということだなぁ、この野郎……。

 

「今夜は寝かせないぜプラシド」

 

「良いだろう。この戦いの行方は大いなる神のみぞ知る……」

 

 俺も静かにデュエルディスクをつける。

 さすが俺のライバルだ。良いだろう、さぁモーメントを輝かせるが良い!

 あ、違う。俺までプラシドみたいになってる。

 

『みたいとはどういうことだ!』

 

 俺の心の中で文句をいうプラシドだが、さっさと終わらせて変わってやるとしよう。

 フッフッフッ、俺のデッキの恐ろしさを思い知るがいい。

 俺は“アクセルシンクロ”で“満足”させてもらうぜ?

 

 ―――決闘(デュエル)!!

 

 

 




あとがき
さてさて、最近更新遅れてる拙者が通りますぞ。
まぁとにかく今回は特に特記するべき場所はないでござるな。
グランエルが出たぐらい?

では、次回はダブル転校生でござるよぉぉぉぉ!
次回をお楽しみにしていただければまさに僥倖!!


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~IS学園激闘編~
第十三話 新たなる出会い 二人の転校生!


 プラシド・イリアステル。

 IS学園二人の男の内の一人にして、今のところ一学年最強と言われるIS操縦者。

 イギリス代表候補生であるセシリア・オルコットのデュエルの師でありそして篠ノ之束の元ボディーガード。

 織斑一夏の現在の最も親しい人間でもあり、篠ノ之箒とは友人関係でもある。

 ここまで重要人物と関わり合いのある彼のはずなのだが、上記にあげた人物を“狙う”人物は誰も彼に“アプローチ”をかけようとはしない。

 理由としては彼が軽視されがちというのもあるだろう。

 特記すべき情報も無いのだから、当然なのだ。

 

 

 

「それにしても鈴が来てくれて良かったよ。話し相手少なかったからな」

 

「あ~鈴か……鈴ね……」

 

 一夏のとなりに座って二人でゲームをやっている青年。

 その名は五反田弾、やけにモテる男の隣でずっと友達をやってきた青年で……一夏を狙う人物からそれなりに“重要参考人”扱いされているが、特に手を出されないのは彼が“ごく普通の一般人”だからだろう。

 彼の隣ですべてを見てきた彼は織斑一夏という男の“悪行”をすべて知っている。だからこそ、今ここにいるもう一人の人物であるプラシドとはすぐに打ち解けることができた。

 

「なぁプラシド、一夏って鈴相手にもアレか」

 

「アレだ」

 

「気の毒になぁ」

 

「何の話だよ」

 

 二人の会話に、なにが? と言わんばかりの一夏。

 それをまた冗談で返す弾だが、その二人の後ろ姿をベッドに座って見ているプラシドはふと思う。

 やけにくっつきすぎでは無いだろうか、と……。

 ―――織斑一夏、やはりこの男はホ―――。

 

「お兄、お昼できたよ」

 

 そんな言葉と共に蹴って開けられたドアに、ビクッと反応する弾。

 プラシドは大体予想できていた。

 そこに妹である五反田蘭がやってくることなど……。

 

「さっさと食べにきなさ―――っい、一夏さん!?」

 

 一夏と同じとまではいかないが、かなり美形であろうプラシドに目もくれず一夏を確認する。

 やはり恋は盲目、ベッドの上に腰掛けるプラシドは見えないのだろう。

 急いで壁に隠れて、顔を覗かせると軽くプラシドを見て驚くも、すぐに一夏の方に視線をやって会話。

 弾は少し怒られているようだが、妹が親友に惚れているとはどういう気分なのだろうかと興味深く思うプラシド。

 

「じゃ、二人共飯食ってけよ」

 

「ありがと」

 

「一夏から聞いている五反田食堂の食事か、楽しみだな」

 

「期待すんなよ?」

 

 そんな言葉を聞くと、プラシドは軽く笑って弾と一夏の後を追う。

 

 

 食事をしてみて、率直な感想はおいしいだった。

 食堂というのはやけに多いチェーン店と違い店ごとにまったく味が違うというものだからこそ、嫌いではない。

 群を抜いて美味しいというわけではないが、プラシドにとっては口当たりがかなりいい類であった。

 つまり好きな味なのだろう。

 ちなみに、プラシドは一夏から少し席を離して、弾の正面に座っている。

 一夏と蘭の会話は見ていて片方が気の毒なのであまりきにしないことにした。

 

「そういえばプラシドはやるんだろ、決闘(デュエル)

 

「やるというより、やっている」

 

 そういうプラシドを見て、弾がポケットからデッキを出す。

 言いたい意味がわかり、プラシドの表情がわずかに変わった。

 もちろん表に出ているのは彼なのだが、どこか好戦的な表情に変わる。

 

「昔はこれでもアンティークでブイブイ言わせてたんだ。今はシンクロなんて出たけど、いろいろ強化したし悪くないと思うぜ?」

 

 決闘(デュエル)で絆を深めて……なんて悪くないことであると(ホセ)は思っている。

 むしろそういう熱い友情ものは結構好きな類である彼は静かにデッキを出した。

 デュエルディスクは持ってきたカバンに入っているし問題無しだろう。

 私服のプラシドはそう言って立ち上がると、弾と共に食堂から去っていった。

 残された一夏と蘭。

 

「一夏さん、あの人なんで剣なんてぶら下げて」

 

「聞いてやらないでくれ!」

 

 プラシドのバイクの後ろに乗せてもらってきた一夏だが、腰の剣とプラシドに注目されて恥ずかしかった。

 しかもプラシドが彼ではなく本物の方だったから余計にやっかいだ。

 一夏は帰りもあの気分を味わうのかと思い、深くため息をついた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そして翌日、ことは起こった。

 普段ならなんでもない日常もはずだが今日はイベントがあったというわけだ。

 教室に座るクラスメイトたち、そして我らが一年一組の教卓、その前に立つ二人の美少女。

 クラスの雰囲気は、なんとも形容しがたい。

 

「シャルル・デュノアです。フランスからきました。皆さん、よろしくお願いします」

 

 そう言って可憐な表情で笑う少年。

 纏っているのは男子の制服であり、彼は男“として”この学園に転入してきた。

 クラスの中の唖然とした空気『男……?』という言葉に反応する少年。

 

「はい。こちらにボクと同じ境遇の方がいると聞いて、本国から転入を―――」

 

 瞬間、凄まじい黄色い声援。

 それに驚愕するシャルル・デュノア。

 男に飢えてるこの学園の生徒からしたら、男の転入生、しかもまた一夏とは違った意味でのイケメンが現れればそうなるさ。

 まぁその気持ちは男だらけの研究所で過ごしていた“シャルロット”にはわからんことだろうが……な?

 騒ぐ中、とうとう織斑千冬が一喝―――瞬間沈黙するクラス。

 

「つ、次はボーデヴィッヒさん! 自己紹介お願いします!」

 

 なぜだか緊張している山田真耶の言葉に、動かないラウラ。

 緊張でもしているのだろうかと思う面々の中、プラシドだけは違った。

 ―――助けるか、助けまいか……いや、ここで助けるわけにはいかん。

 

『確か織斑一夏が殴られるのだったな?』

 

 ―――あぁ、だがここで邪魔をすれば……。

 考えていれば、織斑千冬が促してラウラに挨拶をさせる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 たった一言の宣言にて、終了。

 だが他に何かを期待しているクラスメイトたち、クラス中の生徒たちの期待を裏切るような沈黙。

 山田真耶が、気を遣いながら発言する。

 

「あの、以上ですか?」

 

「以上だ」

 

 そして視線を動かすと、一夏とプラシドの二人を捉えた。

 まるでその目は獲物を見つけた飢えた獣、たった一匹のはぐれ狼がまぎれこんだ。

 わずかながら流れるプレッシャーに雰囲気がわずかに変わる。

 

「貴様がっ……」

 

 突如、ラウラ・ボーデヴィッヒは歩き出し、一夏の前に立つとその右手を左にもっていく。

 その右手が一夏の頬を叩く―――ことはなかった。

 

「ふん、そこまでだ小娘、俺の許可なしにこの男に手を上げることは許さん」

 

 ―――やだプラシドくんったら男前……ってなにしてくれてんだお前は!

 だが彼の叫びに、プラシドが答えることはない。そしてプラシドはすぐさまに彼へと変わる。

 プラシドの左腕が彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒの右手を掴んでいた。

 しかたあるまいと、プラシドはため息をついてその左腕を上げる。

 ―――確かに、俺の親友に手を出されるのはあまり心中穏やかではないな……。

 

「今、クラスメイトに手を上げようとしたのはなぜだ。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 小さい身長の状態で、右手を掴まれて上げられたラウラは行動不能―――と思うも飛んでプラシドの顔を蹴ろうとする。

 だがその程度の攻撃を喰らうプラシドではない。顔を逸らして手を離す。

 ラウラが独特の構えと共にプラシドを睨みつけ、プラシドは剣に手を置く。

 

「やめておけ、俺には剣がある」

 

「ふん、どこのどいつか知らんが、剣一本で私が止められると思ったら大間違いだ」

 

「はぁ……やってみるか?」

 

 プラシドの視線、そのプレッシャーにラウラは内心戦慄した。

 目の前の敵の強さがわからないほどではないラウラには、プラシドがかなりの使い手だということがわかる。

 この学園の、このクラスの生徒はこんな男と日々を過ごしているのだと思うと、わずかに脅威に感じた。

 

「やらんでいい」

 

 直後、プラシドの脳天に織斑千冬のげんこつが直撃した。

 

「ぬああぁぁぁっ!」

 

 頭を押さえて蹲るプラシド。先ほどのプレッシャーは拡散して、ラウラは内心驚いている。

 先ほどのプレッシャーが本物なのか、それとも偶然、はたまた何か他の物をそう勘違いしたのか……。

 わからないが、目の前で頭を押さえながら立ち上がった男と先ほどプレッシャーを送ってきた男は違う人間にすら見えた。

 

「まったく……ボーデヴィッヒ、お前もだ」

 

「はい」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは名前すら知らない男を“邪魔者”と判断する。

 もう一度、織斑一夏の方に目を向けるがせっかく用意してきた言葉をさきの一瞬で忘れてしまった。

 とりあえず一睨みしてから、ラウラは支持された通り自分の席に向かう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 次の授業は二組との合同実習らしいが、プラシドはあまり気乗りはしていなかった。

 とりあえず決まりということで彼も一応、教室を出て校庭へと出る。

 集まった面々の中、セシリアと鈴が山田真耶と戦闘をしたが……それはもうこてんぱんにやられていた。

 一夏がラッキースケベをしたりもしたが、それに関しては鈴だけしか制裁を加えなかったというのは、意外だ。

 とりあえず、今は専用機持ちがそれぞれ生徒たちにISの解説をしているという感じだ。

 専用機が“本来より”二つ多いせいか、一人一人が教える生徒は比較的少なくてすむ。

 

「鷹月か……」

 

「静寐でいいのに」

 

 プラシドの目の前に立つのは、彼と結構関わりのある少女、鷹月静寐だ。

 彼女はプラシドにとってはすぐ後ろの席の少女で、ルチアーノにとっては友達だろう。

 ルチアーノの方に行かなかったのは、意外としか言いようがない。

 とりあえず、気にせずIS実習をすることにした……自分に向けられる“誰か”の視線を気にすることも無く。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 実習が終わるとプラシドは一人廊下を歩く。

 プラシドのIS機皇帝は展開と同時にISスーツを装着できる。

 ならばその技術を応用すれば瞬時にISスーツを展開可能であり、特に着替えに時間を要することはない。

 だからこそ一夏やシャルルよりもすぐに着替えを終わらせ廊下を歩いていたわけだが、アリーナを出た瞬間、背後から殺気を感じた。

 瞬時に振り返ったプラシドが目の前に迫る拳を見た瞬間、左手でその攻撃を弾く。

 

「貴様ッ!」

 

 プラシドが攻撃を弾けば、敵ことラウラ・ボーデヴィッヒは素早く懐に入って軽やかにプラシドにサマーソルトを打ち込む。

 顎に蹴りが直撃し、普通の人間ならば気絶するような攻撃―――だが、普通の“人間”ならの話だ。

 サマーソルトを打ってから着地するラウラ、だがその瞬間その首をプラシドが掴み、上を向いている顔をゆっくりと下に降ろした。

 

「……ッ!?」

 

 その瞳を見た瞬間、ラウラは自らの背中に嫌な汗が出たのに気づく。

 だが瞬間―――その殺気が消えてただ純粋な敵意だけをプラシドから感じる。

 

「これでわかっただろう小娘。貴様はそれなりに強いかもしれんが……俺たちに肉弾戦で勝つのは不可能だ」

 

 ―――特殊な訓練でもしているのかっ!?

 ラウラは内心でかなり焦っていた。それでもこんなところでこの男に邪魔をされるわけにもいかない。

 自分の任務は織斑一夏、ならびに白式のデータ回収である。

 私情も入れるならば、織斑一夏を“始末”して織斑千冬と共にドイツに帰りたい。

 だがそうもいかなくなった。先に潰さなくてはいけないのはこの“プラシド・イリアステル”という男だ。

 織斑一夏に手を出させないことを宣言した後にて、自分に戦慄を感じさせるほどの相手。

 

「貴様は……」

 

 ―――誰だ?

 言おうかと思ったが、口には出せなかった。どう考えたって目の前の男はプラシド・イリアステルでしかない。

 自分はなぜ目の前の人物が先ほどの人物と別人だと思ったのだろうか? と疑問に思う。

 

「ふん、あの女からの指示が無ければ織斑一夏を守る行為など……」

 

 ぶつぶつというプラシドが、ラウラの方を見る。

 

「どうしても織斑一夏に手を上げるつもりならば……」

 

 ―――この状態で交渉? だが、上手くいけば私の一人が勝ちだ……。

 そう思い、どんな条件でも飲むつもりだった。

 織斑一夏を始末できれば自分の勝ちなのだから、それもそうだろう。

 

決闘(デュエル)だ!」

 

 突然、プラシドが制服のベルトにつけてあるホルダーから紙束を出す。ラウラは知らないがそれはデッキ。

 決闘(デュエル)の必須アイテムであり、決闘者(デュエリスト)にとっての剣。

 だがラウラはそれがなんだかわからない。

 敵のフィールドで戦うのは構わないが、知らないことで戦うなどナンセンス。

 

「断る!」

 

「なにぃ!?」

 

 多少の無理はしてでも条件を飲むつもりでいたが、これはだめだ。

 相当驚いているプラシドを見ながらも、ラウラは眉一つ動かさない。

 だが内心ではなんでこんなに驚いているのかと驚いている。

 まるでその『決闘(デュエル)』を受けることがあたりまえ、という風にいう。

 

「貴様ァ……ならば今すぐ去るんだな! IS学園に貴様のような奴は必要ない!」

 

「お前が決めることか!?」

 

 思わず突っ込んでしまうラウラ。

 冷静さを欠いていたと思い、咳払いをすると再び無表情に戻る。

 ―――いかん、相手のペースにもっていかれるな。私はラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 

「そもそも、その決闘(デュエル)というのはなんだ。聞いたこともない……所詮低俗なゲームなのだろうが―――」

 

「あなた!」

 

 そんな時、声が聞こえた。

 二人の間に入ってきたのは金髪を振り乱しなぜだか肩で息をしながら歩いてくるセシリア・オルコット。

 やけに怒っているようだ、なぜこんなに怒っているのかわからないラウラ。

 だがイギリス代表だかなんだかに興味はない。

 

「イギリスの代表候補生か」

 

「今は一人の決闘者(デュエリスト)です。デュエルを侮辱するなんてとてもじゃないけれど許せませんわ!」

 

 また面倒なのが増えたと、げっそりとしたくなるラウラだが、ここは我慢した。

 

「挑まれた決闘(デュエル)も受けない方に誰かをとやかく言う資格はありませんわ!」

 

 宣言するセシリアだが、そういう彼女も始めたのはつい最近だ。

 そういうところはセシリアらしいが、直したほうがいいなぁと思ったりするプラシドの中の彼。

 しかし、すでにプラシドは蚊帳の外、プラシドは体のコントロールを彼に壌土すると、引っ込んでしまう。

 

「このセシリア・オルコット、圧倒的なパワーで貴女を葬ってさしあげ……ってどこですの!」

 

 最近はそんな役回りばかりである。

 プラシドも周囲を見渡すが、いつのまにやらラウラはいなくなっていた。

 二人が目を離した一瞬の内にだ。まったくもって忙しい娘だなぁ、なんて思いながらも背を伸ばす。

 そう言えばまだシャルルとは話していなかった。

 喋っていたのは一夏だけだ。

 ―――興味を抱くな。

 口元を歪めて、プラシドは歩き出す。セシリアを置きっぱなしにして……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 プラシドの中の(ホセ)がシャルルとの会話をしてみたいなと思いながらも、そんなチャンスがそう都合よく訪れるわけもなかった。

 彼には彼なりに目的があるのだから仕方ない、今はプラシドではなく一夏についていった方がいいのだ。

 だからこそシャルルと自分が話すことはこれ行こうそうはないと思っていたのだが……そうでもなかった。

 昼休みの屋上、ルチアーノとセシリアに腕を引っ張られやってきたプラシド。

 不味い時にきてしまったと若干後悔している。

 なぜこの時のことを忘れていたのかと……。

 

「どういうことだ……」

 

 不機嫌というより、もう呆れ半分の篠ノ之箒がそういう。

 セシリアとルチアーノは一夏から『一緒に屋上で食べようぜ!』ということしか聞いていなかったようだ。

 本来の箒の計画であれば二人きりだったのだろうけれど、今回は凰鈴音に運命が味方したようである。

 

「大勢で食った方が美味いだろ。それに、シャルルは転校してきたばっかで右も左もわからないだろうし」

 

「そ、それはそうだが……」

 

 そう言って鈴を見る箒。二人の間に飛び散る火花が見えるようだ、とプラシドは苦笑する。

 だがどうにも、セシリアは参加していないようだと疑問を持つ。

 なんだかルチアーノと火花を散らし合っているのはなんでなのだろう。

 なんとも言えない空気のまま、プラシドの隣のシャルルがそのとなりの一夏を見る。

 

「えぇと、本当にボクが同席して良かったのかな?」

 

「いやいや、男子同士仲良くしようぜ。今日から部屋も同じなんだし!」

 

 笑顔でそういう一夏に、シャルルが笑顔を見せた。

 

「一夏って優しいね」

 

「えっ!」

 

 ―――なに顔赤らめてんだ。

 思うプラシド。

 

「なぁに照れてんのよ、あんたぁ」

 

「べ、別に照れてねぇぞ」

 

 鈴の指摘が図星なのだろう、明らかな動揺を見せる一夏。

 怪訝な顔をしたまま、鈴は自ら持ってきた弁当を開く。

 

「お、酢豚だ!」

 

 反応を見せる一夏に、鈴は今朝作ったと言う。

 ドヤ顔などをしないあたり、純粋に食べてもらいたいと思ったのだ。

 ただ箒に負けたくないという気もあるのだろうけれど……。

 

「んっん!」

 

 咳払いが聞こえると、セシリアの方に視線が集中する。

 

「私も、今朝はお弁当を作ってきましたのよ!」

 

 ―――ヤバイ! 殺されるぞ一夏!

 叫ぼうとするプラシドだが、そんな失礼なまねをするわけにもいかない。

 十数秒の時間が、かなり長く感じ、その間葛藤していたが現状から一夏を助け出す方法が見えなかった。

 そうとも知らず織斑一夏は期待している。

 ―――メシマズの国になにを期待しているのか、ただセシリアは見かけだけは優雅に作る女だ。

 そう、目で楽しむという点ではセシリアはプロだろう。

 

「どうぞ!」

 

 セシリアが出した弁当の蓋が開くと、その中には大量のいろいろなおかず。

 しかも問題としてはほぼ他国の料理ばかり、申し訳程度にフィッシュ&チップスが入っているだけだ。

 彼は『これはひどい』と口にしそうになって止まった。

 

「これがセシリア・オルコット特製、シンクロ弁当ですわ!」

 

 そんな発言に、プラシドは震えそうになる声を押さえて聞く。

 

「な、なぁ……優雅さと気品さは……」

 

「料理は見かけも大事ですがそれだけが大事なわけではありません、もっと必要なものがありますわ!」

 

 ―――そうだ。そのとおりだ……それがわかっているならば、セシリア!

 

「殿方を満足させるだけの量! いわゆるパワーですわ!! だからこそ今回は優雅、気品を捨ててみました!」

 

 ―――捨てんな! とは言えないプラシドは大人しく、している。

 あんなものを食ったあかつきには……とゾッとした。

 だが神はプラシドに優しくは無い。

 

「召し上がれ、プラシドさん!」

 

 ―――あぁ、神よ。

 もしかしてだが、疑いながらも、セシリアが自分のことを好意的に見てくれているのではないか?

 などと思うプラシドだが今はそんなことで悩んで困っている場合ではない。

 全員、どこもかしこも複雑そうな表情……否、一夏と鈴と箒はそれぞれ弁当でイチャイチャしている。

 ―――おのれリア充、俺が機皇帝で踏み潰してくれようか……。

 心の中で自らが守ろうとした友人を恨む。

 

『ホセらしい、微妙に違うが』

 

 目の前に満面の笑みで差し出される弁当。

 俺は自ら持ってきた箸を使ってその弁当の中身、まずはエビフライを掴んで、口へと運んだ。

 噛み締めるが……普通のエビフライだ。

 味が普通だったことに安心できるかと思いきや、そうは行かない。

 目の前の弁当は減る気配を見せない。

 

 ―――このプラシド・イリアステル。IS学園の中でセシリアの設定を忘れたッ!

 

 辞世の句と共に、プラシドはほぼ無意識のまま箸を進めていた。

 無心のままなら怖くない。

 結局弁当は、昼休みが終わるまでには食べ終われなかった。

 

 

 

 

 




あとがき

キリがいいのでこのへんで!
続きをこのあと入れると恐ろしく長くなりそうだったので、今は前半って感じでござるね。
本番は放課後に続くでござる。


<予告>

セシリア
「えっ、プラシドさんとデュノアさんがデュエル!?」

シャルル
「プラシド・イリアステル。君に負けるわけにはいかない! 高速切替(ラピットスイッチ)デッキで倒す!!」

プラシド
「こいシャルル・デュノア! 俺の機皇帝で粗挽き肉団子にしてくれる!」

セシリア
「次回『男の戦い 脅威の高速切替デッキ!』ライディングデュエル、アクセラレーション!」


てな感じにやってみたはいいものの、こうISメインの小説でデュエルをがっつりやってしまうものかどうしたものかという感じでござるなぁ。
今までのように軽い感じがいいのでござろうか……難しい。
しかしとりあえず上の次回予告……本気にしちゃダメでござるよ?

では、次回をお楽しみにしてくださればまさに僥倖!!



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第十四話 決闘! 機皇帝VS高速切替デッキ!

今回はガッツリとデュエルが入っていますが、デュエルパートは飛ばしてもらっても問題はありません!
ISだけを楽しみたい方は飛ばしちゃっても大丈夫ですよ!


 プラシド・イリアステルとシャルル・デュノアの二人が居た。

 織斑一夏が職員室に呼び出されたということで男子二人、一夏を待つことになったのだが、思った以上に会話がない。

 問題はプラシドの方にあったからだろう。

 セシリア・オルコットの料理を食べた昼休み以降、彼が起きない。

 五限目、六限目を受けた後のプラシドがなぜ一夏を待つ気になったかといえば、それは間違いなく束からの要望のためだ。

 織斑一夏が強くなるまでは守るという役割もあるプラシドにとっては面倒ながらもラウラが来た以上離れているわけにはいかないと判断した。

 

「ねぇプラシド、君はなんでISに乗れるの?」

 

「織斑一夏にISが乗れるか聞いてみろ」

 

 シャルルからの質問に答えるには答えるがその答えは適当なもので、答えとも言えなかった。

 だがそれ以外の答えはないのだろう。

 それからシャルルはまた黙ってしまう。

 気まずそうに苦笑するシャルルは、なんとなくプラシドが昼と雰囲気が違うことに察しがつく。

 

「シャルル・デュノア……お前に聞きたいことがある」

 

 そんな質問に、シャルルは嬉しそうな顔をした。

 はじめてのプラシドからかかってきた声だ。

 

「貴様はなぜ男の格好をしてまで織斑一夏のデータがほしい」

 

 その言葉に、凍りつくシャルル。

 あたりには人っ子一人いないからこそ、すぐに状況を整理してシャルルは笑う。

 

「な、なにを言って」

 

「俺にわからないとでも思ったか……」

 

 嫌な汗が背中に伝っていることに気づいたシャルル。

 こんなところで“父の命令”すらクリアできないままこの学園を追放され、IS学園に見放されるのか?

 否、そんなわけにはいかなかった。

 彼に、彼女にとっては父こそが唯一の肉親なのだ。

 捨てられれば全て終わり、自分の生きる意味もすべて無くなってしまう。

 

「お、お願い……言わないでっ!」 

 

「条件がある。俺を“満足”させてもらおう」

 

 即答、なにを考えているのだろうか……しかし男を満足させるならばやはり、やり方は一つだろう。

 

「わ、わかったよ。君を満足させればイイんだろう? 男の人を満足させる方法なんて一つだよね……どこにする?」

 

 緊張しながらも聞くシャルルだが、プラシドは不敵な笑みを浮かべるのみ。

 考えているのだろうとわかり、シャルルは気分を凹ませる。

 よもや自分が大切にしていたものがこんな男に奪われるなど屈辱でしかない。

 

「ならば貴様はデュエルディスクとデッキを持って屋上にやってくるんだな!」

 

 そんな声と共に、プラシドは去っていった。彼は完全に一夏の護衛のことをほったらかしだが、まぁいいのだろう。

 残されたシャルルはわけがわからないという風にしていたが、突如両手で顔をおさえる。

 耳まで真っ赤になっているシャルルは走ってその場を去っていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 十数分後、校舎の屋上にてプラシドとシャルルが数メートル離れた状態で立っていた。

 

「なんでまた決闘(デュエル)なの?」

 

 シャルルの言葉に、プラシドは表情に笑みを浮かべながら手を振る。

 

「俺が満足するためだ! そして、この戦いに貴様が勝てば貴様の願いを一つだけ聞いてやる」

 

 この男はシャルルのような美少女を見ても揺れることはない。それは生涯決めた恋人が一人いるからだろう。

 それはともかくとして、シャルルは『ボクがデュエルモンスターズをやってなかったらどうするつもりだったんだろう?』と思っているが、そんな時はきっとIS勝負だった。

 プラシドは懐から何かを取り出すと、デュエルディスクにつけてそこから伸びる縄を回してシャルルの方に投げる。

 それは手錠で、シャルルが腕に装着しているのデュエルディスクにはまると取れることはなくなった。

 

「さぁ、受けてもらおうか……決闘(デュエル)を!」

 

 かつてプラシドの中の彼がおふざけで作ったものなのだが、まさかこのように実際使われることになろうとは作った彼自身も思っていないだろう。

 彼は『伝説のチームサティスファクション』の大ファンなのだから仕方がない。

 

「この手錠はデュエルが終わるまで外れることはない!」

 

 爆発するシステムまで付けなかったのは正解だっただろう。

 二人ま視線を合わせる。

 すでにこれ以上の言葉はいらない。

 あとは決闘(デュエル)をやりながら、自分たちの力をぶつけ合いながらで充分だ。

 

 ―――決闘(デュエル)

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 IS学園の三人の男の内の二人の美青年の戦い。

 それは光のごとく素早さでIS学園全体に広まった。

 IS学園にてよく注目を集めるプラシドと今日やってきた新たな男子生徒、シャルル・デュノア決闘(デュエル)となれば大衆が食いつかないわけがない。

 だがその大衆に組み込まれる人物には身近な人物たちもいた。

 

 一年一組にて、セシリアが自分の席から勢い良く立ち上がった。

 

「えっ、プラシドさんとデュノアさんが決闘(デュエル)!?」

 

 しかも、この学園ではセシリアと一夏ぐらいしか見たことがないプラシドのISと同じ名『機皇帝』を冠すデッキ。それを使っているというのだから驚きでセシリアは腰を抜かしそうになっていた。

 その情報を持ってきた目の前にいる少女、鈴も驚いているようだ。

 彼女もプラシドとは決闘(デュエル)をしたことがあるが、彼が使っていたのは『機皇帝』ではない。

 

「一体、どうして……」

 

「そんなことより早く行くわよ、箒はもう言ってるから!」

 

 それを聞いて、急いで立ち上がるセシリアは鈴と共に走って屋上に向かうのだった。

 これにて、教室は誰もいなくなる。

 廊下を走るセシリアは昼ぐらいからプラシドが『恐い方』になっていたことを思い出す。

 どうしてだろうと思うも、今は急ぐことにした。

 

 

 

 

 

 学園の屋上にて行われている、プラシドとシャルルの決闘(デュエル)はヒートアップしていた。

 あたりにはギャラリーたちが押し寄せていて、場所をとっていた箒の隣にセシリアと鈴が到着する。

 そこから少し離れた場所にはあのラウラ・ボーデヴィッヒの姿すら見えた。

 決闘(デュエル)を知らなかった彼女が見に来ているのは以外に思ったが、まぁ良いだろうと気にしないことにする。

 今は目の前の戦いを見ることに集中することにした。

 

「フハハハハッ! さぁ、合体せよ、機皇帝ワイゼル!」

 

 プラシドのフィールドに現れる一機のロボット。

 そのフォルムはまさしく彼のISである機皇帝ワイゼルだった。

 驚愕する“それを見たことが無い”面々だが、セシリアはただ静かに固唾を飲むのみ。

 それにやられたことのあるセシリアだからわかる。

 すでにシンクロモンスターを召喚しているシャルル・デュノアは―――負ける。

 

「見たことのないモンスターッ!?」

 

 驚愕するシャルルだが、すでに遅い。

 彼女のフィールドにいるシンクロモンスターはすでに“機皇帝”の標的だ。

 

「機皇帝ワイゼル∞の効果発動……忌まわしきシンクロモンスターを吸収しろ!」

 

 そんな言葉と共に、機皇帝ワイゼルの胸の∞の装飾が開き、そこから無数の触手が飛び出した。

 無数触手は飛び出すと同時にシャルルのシンクロモンスターを捕える。

 

「ボクのヴァイロン・シグマが!」

 

 シャルルのモンスターであるヴァイロン・シグマはワイゼルに吸収された。

 

「そして機皇帝ワイゼルはそのシンクロモンスターを装備カードとしてその元々の攻撃力分を得る!」

 

 攻撃力は機皇帝ワイゼルの攻撃力、2500にヴァイロン・シグマの攻撃力である1800の値がプラスされ、攻撃力は4300にまで上がる。

 それにはこの決闘を見ているすべての生徒が驚いていた。

 未知の能力、シンクロモンスター吸収。

 彼の言うシンクロキラーとは、まさしくシンクロを抹殺するための力。

 

「けれど、ボクは負けるわけにはいかないんだ!」

 

 シャルロットは叫ぶ。

 

「ヴァイロン・シグマがフィールドに居なくなったことによって、ヴァイロン・シグマに装備されていた装備カードである『魔道士の力』『ヴァイロン・マテリアル』が破壊されるよ」

 

 ソリッドビジョンで表示される、フィールドにある二つのカードがバラバラに砕け散る。

 だがシャルロットは口元に笑みを浮かべるのみだ。

 

「ヴァイロン・マテリアルの効果発動! このカードが破壊された時、デッキからヴァイロンと名のつくカードを手札に加えることができる。ボクが選択するのは、ヴァイロン・マターだ!」

 

 手札に加えられるカードだが、プラシドは今だに笑みを浮かべるのみだ。 

 別に今更装備カードが手札に加えられたところでどうということはない。 

 

「機皇帝ワイゼル、シャルル・デュノアを踏みつぶせ! バトルフェイズだ!」

 

 ライフポイントはお互いまだ4000だ。

 だが、このダイレクトアタックを喰らえばシャルルは一撃で終わる。

 そんなわけにはいかないと、シャルルはデュエルディスクのボタンを押す。

 

「リバースカードオープン、和睦の使者。これによってこのターン、ボクが受けるダメージは0になる!」

 

 このターンはどうすることもできないことを悟り、プラシドは舌打ちをする。

 

「俺はカードを三枚伏せターンエンド」

 

 そしてシャルルのターンが始まるが、目の前の機皇帝ワイゼルを見てシャルルは苦しそうな表情を見せた。

 目の前のモンスターはシンクロキラーであり、自分が勝つ方法はかなり限られてくる。

 だが、諦めるわけにはいかない。今ここで負けてしまえば父からの期待に応えられない。

 あの父が唯一、ようやく自分に期待を抱いたのだ。こんなところで負けるわけにはいかない。

 シャルルはデッキの上のカードに手をそえると、しっかりと眼前の敵『機皇帝ワイゼル』を睨みつけた。

 

「ドローッ!!」

 

 大きな動作と共に引き抜いたカードを、そのままデュエルディスクに置く。

 

「ボクは『ヴァイロン・プリズム』を召喚!」

 

 放たれたモンスターは雷を身にまとう機械天使。

 天界から地上を見下ろす星の観測者(スターゲイザー)の一員。

 だが、目の前の攻撃力4300の機皇帝ワイゼルに勝てるほどではない。

 

「プラシド・イリアステル。君に負けるわけにはいかない! 高速切替(ラピットスイッチ)デッキで倒す!!」

 

高速切替(ラピットスイッチ)デッキだと?」

 

 怪訝な顔をするプラシドを、強い眼差しで見るシャルル。

 

「手札からさっき引いた『ヴァイロン・マター』を発動『墓地の装備カードを三枚デッキに戻して』二つの効果より一つを選ぶ。ボクは一枚をドローする……お願い、来て!」

 

 カードを引き抜き、それを見ると同時に笑みを浮かべてそれを発動する。

 

「ボクは手札からフォトン・リードを発動、効果により手札からレベル4以下の光属性モンスターを特殊召喚するよ。ボクが召喚するのはシャインナイト!」

 

 レベル3の光属性モンスター、シャインナイトが召喚された。

 攻撃力400、守備力1900のモンスターを“攻撃表示”で召喚したシャルルに、プラシドは警戒を強める。

 口元に笑みを浮かべたシャルルは、胸の前に手を置く。

 チューナーモンスターとモンスターが揃った、そしてレベル7だ。

 

「ヴァイロン・シグマか……こりないな」

 

「いや、ボクの高速切替(ラピットスイッチ)デッキはヴァイロン以外にもう一つの可能性がある。それにボクはシグマを一枚しか持っていないしね、高くて……」

 

 そう言って笑うシャルルが、次の瞬間表情をひきしめた。

 

「母さんがくれたこのカードで君を倒す!」

 

 ギャラリーたちもプラシドと同じように、息を飲んだ。

 目の前に立つシンクロキラーモンスター。機皇帝ワイゼル∞相手に、勝機を見出したというのか?

 答えは間違いなく次のターンまでにわかるはずだ。

 

「レベル3のシャインナイトに、レベル4のヴァイロン・プリズムをチューニング!」

 

 再び行われるシンクロ召喚に、プラシドは目を細めた。

 

「リミッター解放レベル7、世界の平和を守るため、正義と力がドッキング!」

 

 激しい機械音と共に、現れる巨大な機龍。

 その姿はプラシドの中の“彼”が意識を“取り戻していれば”ずいぶん久しいものだろう。

 片腕のドライバーが激しく回転すると共に、独特の咆哮と共に現れた機械の龍。

 

「シンクロ召喚、起動せよ! パワー・ツール・ドラゴン!」

 

 金色の龍は叫びを上げて現れる。

 

「そしてシンクロ召喚に使用したヴァイロン・プリズムの効果が発動するよ。このカードがモンスターカードゾーンから墓地に送られた時、500ライフポイントを払い、場のモンスターに装備することができる。ボクが指定するのはパワー・ツール・ドラゴンだ!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンの背中のウイングに白銀と金色の装甲が追加された。

 

「パワー・ツール・ドラゴンの効果発動、デッキからランダムに装備カードを……引く!」

 

 シャルルがデッキからカードを一枚引き抜く。

 そのカードを手元にて見ると、表情に笑みを浮かべた

 プラシドはその表情に何かを感じて、警戒を強める。

 

「ボクは手札より、装備魔法『ブレイク・ドロー』を発動、誰に装備するかは言わなくてもわかるよね!」

 

 装備されるのはシャルルのフィールドに唯一いるモンスター。

 

「まだまだ、ボクの高速切替デッキの装備カードは半端な数じゃないよ。手札より『魔導師の力』をパワー・ツール・ドラゴンに装備、ボクのフィールドの魔法・罠の数だけ500ポイント攻撃力が上昇!」

 

 これによりパワー・ツール・ドラゴンの攻撃力はさらに上昇していく。

 その数値は2300から『魔導師の力』により攻撃力が1500ポイント上がり3800にもなる。

 

「そしてボクは手札のカードを一枚捨ててこのカードを発動するよ」

 

 さらにパワー・ツール・ドラゴンの両手に装備される二振りの剣。

 

「『閃光の剣トライス』か!」

 

 驚愕する様子のプラシド。

 笑みを浮かべているシャルルはすでに勝ちを確信しているのだろう。

 本来ならば『閃光の剣トライス』は攻撃力を500下げて二回攻撃を得るのだが、魔導師の力を装備しているパワー・ツール・ドラゴンはデメリット無しで装備することができる。

 そして、シャルルの手札はあと一枚のみ、状況はバトルフェイズへと以降した。

 

「行け、パワー・ツール・ドラゴン! ツインソード・ブレイク!」

 

 攻撃力は500違うにも関わらず、攻撃をしかける。

 

「ここで装備カード扱いになっているヴァイロン・プリズムの効果発動、攻撃力は1000上がる!」

 

「なにっ!」

 

 片方の剣を振るパワー・ツール・ドラゴンだが、攻撃は機皇帝ワイゼルの右腕だけを切り裂く。

 

「ワイゼルGの効果により攻撃対象はワイゼルGへと以降する!」

 

 守備表示のワイゼルGが破壊されるが、プラシドにはダメージはない。

 

「ブレイク・ドローの効果によってボクは一枚ドロー! 次の攻撃は通すよ、行けパワー・ツール・ドラゴン!」

 

 唸りを上げるパワー・ツール・ドラゴンがふた振りの剣を振り上げて、機皇帝ワイゼル∞を襲う。

 4800のパワー・ツール・ドラゴンの攻撃に、プラシドは舌打ちを打つ。

 

「リバースカード発動! (トラップ)『鎖付き爆弾』これは装備カードとなりモンスターに装備し、そのモンスターの攻撃力を500上げることができる。俺が指定するのは機皇帝ワイゼル∞だ!」

 

 攻撃力が500増加する機皇帝ワイゼル∞の攻撃力は4800。

 相打ち―――しかし、シャルルは笑みを浮かべて手札のカードをプラシドに向ける。

 

「ダメージステップ、ボクは手札から速攻魔法『リミッター解除』を発動!」

 

 手札から放たれた速攻魔法『リミッター解除』の効果により、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力は装備カードでアップした分、4800アップする。

 これにより機皇帝ワイゼル∞との差は4800であり、これが通ればライフポイント4000のプラシドの負けだ。

 

「リバースカードオープン!」

 

 だが、プラシドは動く。

 

「『リミッター解除』を発動する!」

 

「えっ!?」

 

 プラシドもシャルルと同じカードを発動。これにより二体のモンスターの攻撃力はまた同じになった。

 驚愕するシャルルと正反対に、楽しそうな笑みを浮かべているプラシド。

 そして、『機皇帝ワイゼル∞』と『パワー・ツール・ドラゴン』がぶつかり合い、爆発。

 9600の二体のモンスターは相打ちという形でフィールドから消えた。

 

「機皇帝ワイゼル∞がフィールド上から消え去ったことにより『ワイゼルA』『ワイゼルT』『ワイゼルC』が破壊される」

 

「パワー・ツール・ドラゴンの効果によって装備カードを墓地に送ることでパワー・ツール・ドラゴンは破壊されない。ブレイク・ドローを破壊!」

 

 ただ一体、パワー・ツール・ドラゴンだけがフィールドに残されると思われた……。しかし、その場には―――機皇帝ワイゼル∞が立っていた。

 驚愕する面々。

 真っ白な装甲を輝かせ、そこに立つは機皇帝。

 

「なっ!?」

 

「どういうことですの!?」

 

 鈴とセシリアが言葉を出さざるを得ないほどの驚愕を見せるが、プラシドもシャルルも騒がしいギャラリーを気にすることはない。

 表情に笑みを浮かべているプラシドと驚愕に言葉も出ないシャルル。

 わけがわからないという状況のギャラリーとシャルルに説明するために、プラシドはデュエルディスクに置かれているカードを手に取り、見せる。

 

「俺の機皇帝ワイゼルは二種類あってな、五枚のモンスターが先ほどのように合体する『機皇帝ワイゼル∞』……そして今フィールドにいる『機皇帝ワイゼル∞』は単体である『機皇帝ワイゼル∞』だ!」

 

 だがそれだけでは召喚条件が成立したとは言えない。

 

「俺の機皇帝ワイゼル∞、そして全てのワイゼルのパーツが破壊された時、俺はリバースカードである『リミット・リバース』を発動してワイゼルGを召喚した。そしてワイゼルGはフィールド上に『機皇帝』と名のつくカードがなければ破壊される……それにより手札の『機皇帝ワイゼル∞』の効果『自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが効果によって破壊され墓地へ送られた時のみ手札から特殊召喚できる』が発動した」

 

 つまりは、再び目の前の巨大なモンスターを相手にする必要が生まれた。

 だが、まだ終わるわけにはいかない―――シャルルはバトルフェイズを終了すると手札から魔法カードを発動する。

 

「ボクは手札からブラックホールを発動する!」

 

 ワイゼルを残して吸収されれば負ける。

 だからこそこのカードで二体を破壊する方がましと考えたのだろう。

 だが―――無駄だ。

 

「『機皇帝ワイゼル∞』の効果発動、一ターンに一度だけ魔法カードの発動を無効にして破壊する」

 

 唯一勝てるかもしれなかったカードもこのザマであった。

 モンスターを召喚する方法も、手札すらももう無い。

 

「ターン……エンドッ」

 

 そう言わざるをえない状況で、プラシドは笑みを浮かべていた。

 心底楽しいと言わんばかりの表情であり、そんな表情の彼はかなりレアだ。

 

「ふん、まさか俺がこの『機皇帝ワイゼル∞』を使わされるとはな……織斑一夏やセシリア・オルコット、凰鈴音すらもなしえなかったことだ」

 

 そう言う彼に、驚くシャルル。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引かれるカード。

 

「貴様の高速切替デッキ、なかなかのものだ。相手が悪かったな! ワイゼル、パワー・ツール・ドラゴンを吸収しろ!」

 

 先と同じように触手が伸ばされ、パワー・ツール・ドラゴンは機皇帝ワイゼル∞に吸収される。

 こうしてワイゼルは再びパワーアップし、パワー・ツール・ドラゴンの装備カードすべては破壊。

 

「バトルフェイズ!」

 

 フィールドには攻撃力2500に2300がプラスされた攻撃力4800の機皇帝ワイゼル∞。

 再び降り出しに戻った―――否、シャルルのフィールドにはカードが無い。もちろん、手札にもだ。

 

「機皇帝ワイゼル∞のダイレクトアタック!」

 

 そして、機皇帝ワイゼル∞はシャルルの目の前へと高速移動し、巨大な腕を振り上げる。

 攻撃力4800のワイゼルが、ライフポイント3500のシャルルへとダイレクトアタックをしかけた。

 決闘(デュエル)に決着がつく。

 勝者―――プラシド・イリアステル。

 

 

 

 

 

 

 ソリッドビジョンは消え、手錠も外れ、プラシドはシャルルへと歩み寄る。

 苦笑するシャルルは、すでに言うことはないという表情だ。

 初めて見た時より、ずっと表情も雰囲気も“尖っている”が、どこか優しさもあるように見える。

 

「“ホセ”風に言うならば『満足した』と言ったところか、貴様の決闘は十分一夏たちに通じるな」

 

 笑うプラシド。

 それを見て、シャルルも、笑う。

 デュエルを通して理解して、今ので確信を持つことができた。

 プラシドは別に言いつけるつもりなど無かったのだろう。

 まったくもって人騒がせであると、シャルルは胸をなでおろす。

 

「さて、アイツが寝ている間に何事もなかったかのようにしておくとするか」

 

 そう言うと、踵を返すプラシド。

 

「あの、ありがとう!」

 

 背中を向ける彼に向かってそう言うが、プラシドは何も答えず去っていってしまった。

 彼とはいい友達でいれそうだと、シャルルは安心する。

 久しぶりの緊迫したデュエルだったと、自分もなんだかんだ楽しかったことを思う。

 ―――戻ったら一夏にも聞いてみよう決闘(デュエル)、やってるかな?

 

 

 

 

 

 プラシドが寮の部屋に戻ると同時に、プラシドの中の“(ホセ)”が目を覚ました。

 それにより、表に出ているのは彼の方だ。

 カバンを置いて、背中を伸ばす。

 

「ふぅ、セシリア……あそこまで脂濃いものを大量に出すとは」

 

 疲労ゆえに眠っていた彼はそこまでの疲労を溜めた相手であるセシリアを心の中で少しばかり恨む。

 それにしても一夏の護衛をプラシドに頼んでおいたにも関わらず、なぜかここに普通に帰って来ていたのはなぜかと疑問に思う彼。

 実際はプラシドが一夏のことを忘れて帰ってきたのだが、特に気にする必要もないと彼は頷く。

 確かにラウラ・ボーデヴィッヒは一夏を恨んでいるが、IS勝負でもない限りそこまでするはずはないと確証があるからだ。

 

「まぁことが終わればラウラは一夏に惚れるからな」

 

『あれが織斑一夏に惚れるだと?』

 

「意外だろ、俺もそう思うけど……まぁ一夏だからな」

 

 納得せざるをえない状況なのだが、一夏をそれといって理解せず、恋愛面などにおいても疎いプラシドはいまいちわかっていないようだった。

 それでよく恋人などできたものだと言いたいところだが、まぁ気にする必要もないだろうと彼は言葉を飲み込む。

 だがそんな時、扉をノックもせずに開けるものが居た。

 

「ん、誰だ?」

 

 そう言ってそちらを見て、彼は驚愕に表情を変えた。

 現れたのは銀髪をなびかせた少女、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 警戒心を強めて彼女を見るプラシド。

 

『変われ』

 

 その言葉と共に、彼はプラシドと変わる。

 

「あれが決闘(デュエル)か?」

 

「そうだ」

 

 ―――あれ? おい、なんの話だ。

 プラシドの中で疑問を浮かべるホセを無視してプラシドはラウラと会話を続ける。

 見上げるラウラに見下ろすプラシド。

 

「あれに勝てば、貴様は私の邪魔をしないんだな?」

 

「ふん、そういうことだ」

 

 そう言うと、ラウラは踵返して去っていった。

 そしてその場に残るのはプラシドとホセの“二人”のみ。

 ―――で、プラシド……決闘(デュエル)ってなんの話だ?

 

 

 

 

 

 ―――馬鹿かお前は!

 

「なにおう!」

 

 ―――あれほど余計なことはするなと言ったのに、お前は本当にいうことを聞かないやつだな!

 本来のホセの気持ちが痛いほどわかる彼はプラシドの中で深いため息をついた。

 だがそれでも、彼は反省の兆しなど一切見せることなどない。

 

「ふん、貴様のいうことを一々聞いていたら動くことすらできなくなりそうだ」

 

 ―――あぁもう、お前がそんな勝手だからホセの忠告も聞かずに腹筋崩壊したんだろうが。

 

「貴様言ってはならんことを!」

 

 ―――事実だろ。

 

「クッ、貴様と決闘(デュエル)さえできれば黙らすことなど容易だというのに!」

 

 ―――こっちのセリフだ!

 

 ずいぶんな大喧嘩になっているが、これも全部よくあることである。

 束のところにいたときからしょっちゅうこんな調子なので、最初はおもしろおかしく見ていた束はその内飽きて―――その内、構うのを止めた。

 結局この喧嘩は夜まで続き、晩御飯を誘いに来たセシリアが独りで叫び続けるプラシドを止めるまで続くことになる。

 最初に見たのがセシリアで無ければ、今頃『一人で叫び続ける男』というひどい噂が流れるところであった。

 

「プラシドさん、なにがあったんですの?」

 

「いやなんでもない」

 

「そんなことよりプラシドさん、明日も私、丹精こめてシンクロ弁当を!」

 

「気持ちだけで一杯だ!」

 

「えぇ!?」

 

 もしかしてセシリアは自分に気があるんじゃなかろうかと本気で思い始めたプラシドだが、すぐに頭を振る。

 まさかそんなことがあるはずはない。一夏のそばにいるからよく話しかけられるだけだろう。

 そう考えてプラシドは歩き、セシリアはその後ろをついていくのだった。

 

 

 

 その日、デュエルモンスターズのパックを両手いっぱいに抱えて歩くラウラが見られたという。

 

 

 

 

 

 




あとがき

はい、シャルルの高速切替デッキはヴァイロンとパワー・ツール・ドラゴンの装備魔法デッキでござる。
まぁこれが拙者が考えた『高速切替デッキ』でござる。
感想で書いていただいた『剣闘獣』もソレ良い! とは思ったものの、やはり武装を高速切替するシャルルを思い装備カードを高速切替するデッキにしたでござる。
まぁデュエルがメインの話じゃないので適当な感じでござったが……まぁいずれはしっかりとしたデュエルも書きたいなぁ、とか思う所存で候。

では、次回もお楽しみにして頂ければ僥倖で候!!


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第十五話 満たされぬ魂、決闘の意味

 翌日、特になんのアクションも起こさないラウラを不審に思うクラスの面々。いや、アクションを起こさないからだけではない。彼女が目元にくまを浮かべている挙句、休み時間の度に机に大量のデュエルモンスターズのカードを並べていろいろと見ているからだった。

 昨晩見かけられた『ラウラ・ボーデヴィッヒがカードパックを大量に抱えていた光景』は噂や都市伝説ではなく実話だったことがわかる。そしてその原因を作ったのがプラシド・イリアステルであると知っている人間はいない。

 正直な話、彼自身もそれが自分のせいだと気づいていないのだ。

 訝しげな顔をしてカードとにらめっこをするラウラ・ボーデヴィッヒに今日始めて声をかけたのは、意外にも気弱なルチアーノだった。

 

「ボーデヴィッヒさんもデュエルモンスターズやるの?」

 

 ―――や、やった! さすがルチアーノ!

 というのがクラスメイトたちの総意であった。よもや昨日転校初日にこの学園一のモテ男である織斑一夏にビンタをかまして一日無愛想で仏頂面だったあのラウラ・ボーデヴィッヒに声をかけるというのはそれほどに凄まじい行為である。そこにシビれる憧れるのだ。

 声をかけられたラウラは、ルチアーノへと視線をやると難しい顔のまま頷いた。

 

「そっか、この学校でもやってる人は沢山いるし声をかけてみてもいいかもね、ボクもいつでも挑戦待ってるからね!」

 

 すっかり学園内でも有名になってしまったデュエルモンスターズというカードゲーム。購買の方でもカードの入荷数が日に日に増えていき、挙げ句の果てには決闘盤(デュエルディスク)まで売っている始末だ。

 この学園もだいぶ決闘(デュエル)に染まってきている。

 

「これは、織斑一夏もやっているのか?」

 

「うん、一夏君は結構強いみたいで」

 

「それだけ聞ければ良い」

 

 無愛想にそう答えるラウラだが、苦笑しながらルチアーノが携帯電話を取り出してラウラに見せる。

 気づいていなかったのか驚いている表情だ。

 

「もう、昼だったのか……」

 

「うん、一緒にいかない?」

 

 それに首を横に振る理由が、無いわけではない。ラウラ自身この学園の生徒ほとんどが気に入らないのだ。

 ISをファッションかなにかだと勘違いしているような、浮ついた態度のこの学園の人間たち……だが、プラシド・イリアステルだけは違う。あの男だけは完全に“戦う者の眼”をしていた。

 あの眼光は自分と同じく戦場にいたような人間がするような……。

 

「ボーデヴィッヒ、一緒に食事でもどうだ?」

 

 本人ことプラシドが声をかけてきたことによりラウラは思考を中断する。その誘いに乗るべきか乗らざるべきか、しかしどちらにしろプラシドとは戦うことになるのだから大人しく今は付き合っておこうと思う。

 ラウラは机の上に並べたカードを一つにまとめて、頷く。それを見たプラシドはわずかに笑みを浮かべたので、敵相手になにを……と思いながらもラウラは大人しくついていくことにした。

 

 

 

 食堂に移動したプラシド、ルチアーノ、ラウラの三人だったが、すでにセシリアがテーブルをとっていて四人でテーブルに座ることになってしまう。

 やはり付き合うんじゃなかったと思う反面、端からルチアーノ、ラウラ、プラシド、セシリアなので話す機会がないわけじゃないと安心する。

 いつもなら簡易的な食事で済ますものの、ルチアーノがあまりに押すものなので買ってしまった天丼。食べたことなどないが一応食べてみようと思う。

 

「箸の使い方わかる?」

 

「む、この程度は訓練してきている」

 

「そっか」

 

 笑顔で頷くルチアーノだが、そんなルチアーノを見て意外そうな顔をしたのはプラシドだった。

 やはり同じく“ロリ”だからお姉さんぶりたいのか、と思う。

 だが、実際そうなのだろう。なぜか世話を焼いているところを見るとお姉さんっぽく見えないでもない。

 

「ところで、なんでまたデュエルモンスターズをやろうと考えたんだ?」

 

 そう聞くプラシド。

 

「織斑一夏を倒すならまずは貴様からだと言っていただろう」

 

 ―――プラシドが言ったな、そう言えば。

 思い返す彼は、ため息をつきたくなるも押さえる。どちらにしろ素人なんかに負ける自分ではないと思っているし、いざとなれば彼は自ら『本気』のデッキでラウラと戦うことだろう。

 この学園に来てから一度も出してはいない本気だが、それを出せる相手が現れるというのも悪くない。

 ―――あれ、俺ってとんだデュエル脳?

 思うも、きっと気のせいだと思い込む。

 

「プラシドさん、勝手にそんな約束をしたんですの!?」

 

 突然怒り出すセシリアに困った顔をするプラシド。

 

「なぜお前の許可がいる!?」

 

「それはもちろん私がプラシドさんに勝ってないからですわ!」

 

『なるほどそれも一利ある』

 

 ―――ねぇよ!

 突如納得してしまう自分の中のプラシドにツッコミを入れながらも、プラシドは冷静に『ない』と返す。

 なんだかんだで最近は彼自身もセシリアの扱いになれてきた節があるのか、適当にあしらうということを覚えた。それでもあまりほっとけないのはそれはセシリアがセシリアだからだろう。

 ずいぶんセシリアをデュエル脳にしてしまった気がしないでもないが、これで良かったのだろうかとたまに不安になる。

 

「待っていろ、お前に勝ってみせるからな!」

 

「ふん、ムシケラごときにこの俺を超えられると思うなよ!」

 

「なにおっ!」

 

「勢いよく立ち上がったら飲み物こぼすよラウラ!」

 

 突然変わったプラシドのせいでラウラを怒らせたようだ。ルチアーノがラウラを注意するがそのようなことにも耳を貸さずにプラシドを睨みつけるラウラ。

 すぐにプラシドは彼へと戻る。目つきが鋭いものから変わると、ラウラが首をかしげる。それを感じ取るということは感がそれなりに鋭いということだろう。

 静かに座ったプラシドが『すまん』と言うとラウラはわけがわからないという風に座って食事を続ける。

 いつの間にかラウラを名前呼びしているルチアーノだが、ラウラの方も気にしていないようだ。

 

「さて、私は先に教室にもどるぞ!」

 

 少ししてそう言うラウラを見て、ルチアーノも食事を終えたのか一緒に食堂を出ていった。セシリアと話をしていたプラシドの食事はあまり減っていない。

 まだ10分も経っていないことに気づき、ずいぶん急いでいるな、と思うがそこまで急ぐこともないだろうとセシリアと話を再開するプラシド。

 

「やぁプラシド」

 

 再開して間もなく、シャルル・デュノアと織斑一夏だった。

 

「いいかい?」

 

「どうぞ」

 

 そう返答するとシャルルと一夏が座る。

 

「遅い昼食なんだな?」

 

「ああ、一夏と決闘(デュエル)しててね」

 

「昨日の見たけどやっぱりシャルルは強いよ」

 

 そう言って笑う一夏だが、お互いベテランなのだからそこまで気にする必要はないとプラシドは笑う。

 むしろこの短期間で急成長したセシリアにプラシドは驚きを隠せない。完全にあの使いにくいレッド・デーモンズ・ドラゴンを使いこなしている。

 攻撃しなければ破壊される効果など恐ろしくてプラシドには使えない類である。

 それにしてもプラシドにもう一枚の機皇帝ワイゼルを使わせたというシャルルには驚きで、(ホセ)もシャルルの決闘(デュエル)には興味が湧いていた。

 

「で、どっちが勝ったんですの?」

 

 このセシリア、興味津々である。どっぷりデュエルモンスターズに漬かった者の脳であるセシリアにも慣れた一夏が自慢げな顔で自分に指を指す。

 さすがと言わざるをおえないが、最近は一夏のデュエルを見たことがない。スターダスト・ドラゴンを使うらしいがどのパックで当たったのかも聞く機会はないし別に使う予定もないので聞くこともない。

 それに関してはセシリアも同じくだが……。

 ―――まさかこの二人はシグナー?

 そんなことあるはずがないと脳内で完結するプラシド。

 

「一夏は強いや、引きが強いね」

 

「デッキは信じれば答えてくれる!」

 

 まるで、プラシドの好敵手とも言える彼のようなことを言うと、プラシド(ホセ)は笑った。

 

「プラシドはなんだか、昨日と雰囲気が違う感じがするね?」

 

 そんな言葉に、沈黙しながら固まるプラシドと、突如笑い出すセシリアと一夏。

 なぜプラシドが固まったのかは、状況が悪いからだろう。しかしシャルルがわからないのは一夏とセシリアの二人が笑っていることだった。なぜだかおかしそうに笑う二人。

 ほかの生徒たちはプラシドたちの座っているテーブルを見ているが、おそらくメンツのせいだろう。

 

「そういえばそうだな、もう慣れてて全然気にしてなかったけど、プラシドはたぶん二重人格的なやつだよ」

 

「え、そうなの?」

 

「あぁ、そうも言えなくはない……記憶があったりなかったりするが」

 

「時たま変わるんですのよね……ま、まぁ私はこっちのほうがす、好きだったり……」

 

 最後の方はボソボソと言ってしまっているせいで誰にも聞こえることはない。

 シャルルは新事実に驚愕を隠せない。それは意外と深刻なことではないかと思うも、プラシド自身もそこまで深刻そうな顔をしていないので良いのだろうと思うが、ここで一つ疑問を覚えた。

 記憶があったりなかったり? つまりは……。

 

「昨日の決闘(デュエル)って、プラシド記憶あるの?」

 

「あぁ~いや、それが……無いんだ。すまない」

 

 素直に謝る彼だが、謝る必要など無いと言う。昨日のプラシドはやけに強かったが、こちらのプラシドもやはり強いのだろうか?

 デッキが同じではないのは薄々感づいてはいるが、どんなデッキを使うのだろう。やはりシンクロキラー? などと想像すればキリがない。

 

「じゃあまた決闘(デュエル)してよ。今度は記憶があるうちにね?」

 

 そう言って笑うシャルルに、笑顔で返すプラシド。こうして約束されたわけだが、次の戦いも結局はプラシドが勝つのだろう。彼はまだ一度もこの学園に来てから本気を出していない。

 彼が扱うのはTG(テックジーナス)デッキ。だが“彼ら”の本質は機皇帝にある。つまりはそういうことだ。

 それからデュエルモンスターズの話やISの話をしながら、昼を越していった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 放課後、アリーナにて一夏がシャルルにライフルの扱い方を教えている途中、ざわざわとしだすアリーナ。

 そちらに目を向けた一夏とシャルル。そして訓練に付き合っていた鈴と箒が見たのは自らの専用ISを纏っているラウラ・ボーデヴィッヒの姿。

 先ほどプラシドやルチアーノと昼食を取っていた時とはだいぶ違う目つきで、一夏を睨みその名をつぶやく。

 

「なんだよ」

 

「貴様も専用機持ちらしいな、ならば話は早い。私と戦え」

 

 驚愕する一夏の隣のシャルル。

 

「嫌だ、理由がねぇよ」

 

 そう言って顔を逸らす一夏だが、そんな態度に目つきをさらに鋭くするラウラ。

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

 絶対的な理由、彼を憎むに値する理由が、彼女にはあった。

 

「今じゃなくても良いだろ、もうすぐクラスリーグマッチなんだから。その時で」

 

 あくまでも拒否する一夏を無理やりにでも戦わせるため、ラウラは肩部についたキャノンを一夏へと向ける。

 

「止まれラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

 そんな声と共に、現れたのは白いIS機皇帝ワイゼル∞を纏ったプラシド。そして蒼いIS機皇帝スキエル∞を纏ったルチアーノだった。

 楽しそうに笑うルチアーノと、冷静に現状を理解してラウラを止めるプラシド。プラシドの中はホセの方のようで気性もそこまで荒くなく、戦いを止めようとする。これがプラシド本人だったなら余計に厄介なことになっていただろう。

 

「クククッ、おいプラシド。ボクはいつでもやれるよ?」

 

 ISを纏い性格が変わっているルチアーノだが、無理矢理戦闘などをしたりしないぶん“プラシド”よりだいぶましと言える。

 学園の眼帯三人組が集まったわけだが、一夏はようやく自分は銃口を向けられていたと整理して武器を構えるが、すでにシャルルは構えていた。

 状況が悪化するだけだと、ラウラの眼前に着地して振り向くとシャルルと一夏を見る。その眼で理解できたのか、二人は武器を収めてISも解除する。

 

「ラウラ……お前はなにもわかっていないな」

 

「なに!?」

 

 プラシドの言葉に、動揺するラウラ。

 

「ヒャッハハハハっ! プラシドなんかに言われてやんの」

 

 そうして煽るルチアーノだが、ラウラはそんな言葉は頭に入っていないようで、ただ驚いたような表情でプラシドを見るのみだ。

 彼はISを解除して制服に戻るとワイゼルの待機フォームである剣を鞘に収める。

 

「ルチアーノ、ラウラが余計なことをしたら頼む」

 

「プラシドに命令されるのは癪だけど、まぁいいよ」

 

 そんな返答をするルチアーノにも驚くラウラ。二重人格のバーゲンセールか何かかと思うが、この二人だけだろうと思う。いや信じる。

 そしてラウラはプラシドの言っている意味の答えが出せないでいた。だからこそ、ISを即座に解除して一夏の方に視線を向ける。

 

「今日のところは引いてやろう」

 

 そう言って、ラウラはその場より走り去っていった。早く彼に答えを聞かなければならない。

 だからこそ急いで去っていったのだ。

 一夏へと走り寄る鈴と箒。

 

「どういうことだ一夏!」

 

「アイツとあんたに何があったのよ!?」

 

 詰め寄る二人だが、一夏の方もわからなかった。なぜ初日に叩かれたのか、なぜ恨まれているのか……。

 あとのことはプラシドに任せるしかないと思いながらも、息をつくだけしかできない。

 まさに意気消沈、なんだかブルーにすらなってくる一夏だったがすぐ目の前にブルーの装甲が降りてきた。

 

「なぁに落ち込んでんだよ似合わない」

 

 余計なお世話であると思いながらも、ヘタのことを言えばこの鬼っ子に仕留められかねないので黙っていることにする。

 それが正しいと思いなんでもないと返事をした。シャルルはまた二重人格が現れたと混乱しているようだ。

 今日はこれ以上の訓練はやめておこうと、一夏は頷いた。

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒはプラシド・イリアステルを見つけ、走ってその腕を掴んだ。

 立ち止まったプラシドが振り返ると、その目を見てラウラははっきりと言葉を、疑問を口にする。

 

「私にわかっていないものとはなんだ! なにがわかっていない!」

 

 だが彼は答えることはない。つまりは自分で見つけろということだ。

 それに気づきながらも、ラウラは目の前の疑問の答えが見つからないことが歯がゆくて仕方がない。早く答えろと言わんばかりの視線でプラシドを睨みつけるが答えはでない。

 プラシド自身も答えを言う気は無かった。それは彼女が見つけるか……“織斑一夏”が示すものだと思っているからだ。

 

「答えろプラシド・イリアステル。私にわかっていないものとは」

 

「言ったはずだラウラ・ボーデヴィッヒ! 一夏の前に俺を決闘(デュエル)で倒せとな! 答えは決闘(デュエル)で通じ合い、出せるものだ。それもわからんような小娘に俺や一夏たちを相手にする資格などない!」

 

 ―――なにいってんだこの男っ!!?

 驚愕しているのは、彼の中のホセだ。今の言葉もすべてプラシド本人が発した言葉である。大事なシーンで台無しにしてくれたものだと思うホセだが、彼が『決闘(デュエル)で通じ合い』など言ってくれるとなんとなく嬉しくなる……が、それとこれとは話は別である。どうせなら本当に二重人格ならホセとがよかったとぐらい思うホセだが、もう何も言うまい。

 なるようになれであとはプラシドに任せることにした。良いフォローを期待していたのだが、プラシドはラウラの手を振り払い背を向ける。

 

「来い、T・666!」

 

 携帯端末を操作して自らのD・ホイール(バイク)を呼んだプラシドはそれにまたがり走り出す。

 まったくもってフォローも何もない。ただ言いたいことだけを言っただけ……彼の中のホセは『もうどうにでもなれ』とつぶやいて意識を眠らせることにした。

 今日はもう起きない。起きたくない。願わくば一発だけ、プラシドの頬を張りたかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 それから少しして、夕日があかね色を空に差す頃。

 学園内の広い広い敷地のその一角にて、ラウラ・ボーデヴィッヒは今まで言えなかったことをその人物に話していた。

 だが、その相手『織斑千冬』はラウラの言葉を聞きながらも、受け入れる気は無いと言った様子だ。

 それを覗く一夏にさえも、それは理解できた。

 

「お願いです教官。我がドイツで再びご指導を! ここではあなたの能力は半分も生かされません。大体、この学園の生徒など、教官が教えるにたる人間ではありません」

 

 彼女がこのIS学園に来た目的の一つでもある、織斑千冬を連れ戻すということ。

 

「なぜだ?」

 

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている」

 

 ラウラは許せないのだ。世界を変えた兵器であるISがこんなにも軽いものとして見られている。

 楽しくわいわいと、へらへらと扱われている……自らの運命を変えたこのISと千冬がこんな風になっていることが許せないのだ。

 

「そのような程度の低いものたちに教官が時間を割かれることなど!」

 

「―――そこまでにしておけよ、小娘」

 

「っ!」

 

 その圧力(プレッシャー)に怯むラウラ。冷たく鋭い織斑千冬の目を向けられたラウラは、いつもの織斑千冬と違う感覚に焦っていた。そう、彼女の本来の姿はこうで正しいのだという反面、動揺を隠すこともできない。

 小娘―――そんな言葉が頭の中をループする。

 何も知らない、わかっていない。だからこその小娘という言葉。

 

「……も……ないから、ですか?」

 

「ん?」

 

 ラウラにしては小さな声に、千冬はそちらを見て疑問を抱く。

 俯くラウラが、その小さな手に握りこぶしを作っている。

 

「私が決闘(デュエル)もできないから! そう言うのですね教官!」

 

「え、あ……うん」

 

 千冬は混乱していた。自らが教えた部下がなにやらわけのわからないことを言っていると……。

 

「やはり、私は軍の中でしかものを知らない。いわば“井の中の蛙”……決闘(デュエル)もできない小娘は誰も相手になどしてくれやしない。わかりました、ならば私はこの学園で誰よりも強いであろう教官に勝って、また我がドイツでご指導をしていただきます!」

 

「あ、ああ……」

 

「失礼します教官!」

 

 そう言うとなにか決意を固めたのか、ラウラは表情を引き締めたまま千冬が言うまでもなく寮への道を走っていく。

 なぜか声をかけられた挙句、話に置いていかれた千冬だがこんな経験は始めてだと焦らずにはいられない。

 だからこそ、とりあえずカッコ悪いところを見せるわけにはいかないので一応言っておく。

 

「そこの男子。盗み聞きか? 異常性癖は関心しないぞ」

 

 この学園で三人いる男の内の一人、弟である織斑一夏に声をかける。

 これで教師の面目は保たれただろうと安心するも、若干不安が残っていた。さすがにもうラウラの教官ではないと言えど、元教え子がどこか道を外れているのではなかろうと心配になる。

 後々のケアはしっかりしようと決めて、千冬はとりあえず久しぶりの弟との水入らずを少しばかり楽しむことにした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜、晩御飯も食べ終え、セシリアやルチアーノと決闘(デュエル)をした後に部屋へと戻るプラシド。

 表に出ているのはもちろん(ホセ)の方で、楽にいろいろと進んでいったがさすがにTGでルチアーノに勝つのは苦戦したというものだ。セシリアはまだまだ詰めが甘いのでなんとかなるものの……。

 晩御飯にシャルルが来なかったのは、おそらく“一夏にバレた”のだろう。だがこれにより正史に近づいたというものだ。自分というイレギュラーを加えながらもなんとか軌道修正をしなければいろいろと支障が出るかもしれない、否、すでに出ている。

 だが徐々に直せては来ているのだ。

 

「だが、計画は順調に進んでいる。懸念すべきことも徐々に減らしていけばいい」

 

 そう言うと、プラシドは自らのデッキを出してカードを並べていくのだった。

 電気をつけながらそうしていると、やはりこういう時一人部屋というのは便利だと頷く。

 沢山のカードを並べてみるが、そのどこにもスターダスト・ドラゴンもレッド・デーモンズ・ドラゴンもない。

 並べられたカードを整理してデッキを並べるとそこには四つのデッキ。

 一番上のカードはどれもプラシドしか持っていないであろうカードばかり。

 一つがブレード・ガンナー。

 一つが機皇帝ワイゼル∞。

 残り二つは未だ見ぬドラゴンともう一体の機皇帝。

 そして最後に置かれたカードが一枚。そこに描かれていたのは、謎のモンスター。

 

 ―――彼はそれらを一つ一つ丁寧にデッキホルダーに入れるのだった。

 

 これを使うときはおそらく来ないだろうと思いながらも、期待している自分がいることに気づきながら……。

 

 

 

 

 




あとがき

お久しぶりで候。まぁ前回のあとがきで書き忘れたのでござるが、予告はなんとなくで次話とはまったく関係ないでござるよ(キリッ
ラウラが見事に勘違い。千冬混乱。いろいろと惨事になっていることに気づいていないプラシド。
これはいよいよという感じでござるな、次回はアニメでセシリアと鈴がフルボッコにされる部分。

どうなっていくのか、お楽しみにして頂ければまさに僥倖ぉっ!!


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第十六話 連続決闘! 変動する未来

 翌日、学園中はちょっとしたお祭り騒ぎであり、学年別トーナメントで優勝すれば織斑一夏と付き合えるという噂が流れていた。

 まぁこれもすべてプラシドの予想通りと言えば予想通りではあるのだが、セシリアはその話を聞いて苦笑するのみであるのに違和感を覚える。

 プラシドの机のそばに立つセシリアとルチアーノ。

 

「とんだ噂になってますわね、なぜか」

 

「織斑君も大概だけど、なんでこうなったんだろ」

 

 二人の疑問ももっともだが、プラシドにはわかる。大体野次馬のせいだ。

 盗み聞きとは良くないことだと思うプラシドは、廊下から教室を覗く布仏たちを見て苦笑する。

 向こうはそれに驚きながらも、気づかれているとうなだれた。

 

 そして、シャルルと一夏の二人がやってくると蜘蛛の子を散らすように去っていく生徒たち。

 その意味にまったく気づかない一夏に苦笑を隠せないセシリアとルチアーノだが、二人もすぐに席に戻る。

 チャイムギリギリにやってきたラウラは今日もまたアクションを起こすことはない。というより今日のラウラはどこかおかしく、授業中も涎を垂らして寝ている時すらあったほどだ。運が悪いことにそれは織斑千冬の授業であり、ラウラの小さな頭を容赦なく拳が襲う。

 休み時間はおろか昼休みも寝ていてルチアーノが声をかける隙すらなかったほどである。

 

 

 

 昼休み中、なんやかんやあって決闘(デュエル)をすることになったプラシド。

 いつものメンツで一夏、シャルル、セシリア、箒、鈴、ルチアーノの五人の中で、プラシドと決闘(デュエル)をしたことがないのは箒と鈴の二人。

 なぜかそんな話をしていたらプラシド本人がルチアーノと決闘(デュエル)することになり、現在屋上に立つ二人。

 開始五分足らずで流れたプラシドとルチアーノの戦いに、数々の生徒たちが決闘(デュエル)を見に来ていたがその中にはラウラの姿もあった。

 

「バトルフェイズに入るよ!」

 

 決闘(デュエル)もラストスパート。

 しかし問題なのはプラシドとルチアーノのフィールドに機皇帝ワイゼル∞と機皇帝スキエル∞がいるからだとかじゃない。一番の問題はもっと他にある……。

 

「ヒャッハハハハハッ! いけぇ、機皇帝スキエル∞!」

 

 決闘(デュエル)を始めた途端、彼女がISを駆るときの彼女になってしまったことだ。

 もうプラシドの中の彼を含めてみんなドン引きであるが、誰もが何も言えない立場にある。単純にあのルチアーノを相手にするのが恐いからだ。

 

「ワイゼルGの効果発動!」

 

 スキエルの攻撃はワイゼルGに引き寄せられ、爆発。ワイゼルの右腕が無くなるが。ダメージが通ることはない。

 お互いにライフはすでに1000であり、あと一撃でも攻撃を通したら負けである。それでもプラシドは笑みを浮かべていた。まるで策はあるというふうに……。

 

「ターンエンドだよ!」

 

 ルチアーノの宣言を聞き、プラシドは決闘盤(デュエルディスク)のデッキの上に手を添える。

 静かにデッキを見ながら上のカードを―――引き抜く。

 彼女のフィールドには機皇帝をなすための五体のパーツ。

 プラシドのフィールドにはワイゼルGが無いため、四体のパーツである。

 フィールドに魔法、罠はおろか伏せカードは一枚も存在しない。攻撃が通ってもスキエルGに攻撃を寄せられ次のターンにプラシドは終わる。

 ドローしたカードを、そっと見るプラシド。

 

「フッ、勝利の女神は俺に微笑んだようだな」

 

 そんな言葉に、驚愕する周囲の面々だが、プラシドの手札には今引いたカード一枚。これからどうやって勝つというのか?

 簡単なことだ。プラシドには今引いたカード一枚により“光差す道”が見えた。

 ―――頭の中に遊星テーマが流れる俺はデュエル脳だな。

 

「俺は機皇兵ワイゼル・アインを召喚する!」

 

 現れるのは簡易的なワイゼル。これにより機皇帝ワイゼル∞の攻撃力は『ワイゼル』と名のついた機皇兵ワイゼル・アインの攻撃力である1800が上がり4300。

 機皇兵ワイゼル・アインの効果により『機皇帝』と名のついたモンスターは一ターンに一度の貫通効果を得ることができるが、ルチアーノのスキエルGを破壊すれば勝ち、と思ったがそうはいかない。

 スキエルC3がルチアーノのフィールドに存在しているが、そのモンスターもまた攻撃を無効にすることができるのだ。

 

「二度の攻撃を無効化されればもう勝つ術はない。ボクの勝ちだ、ヒャッハハハハっ!」

 

「その程度のことを考えていないとでも思ったか、俺はレベル1のワイゼルC、ワイゼルA、ワイゼルTで―――オーバーレイ!!」

 

 驚愕するルチアーノ、それと共に機皇帝ワイゼル∞から離れる三つのパーツが光となり地面に渦巻く小さな銀河へと吸い込まれる。

 

「三体のモンスターで―――オーバーレイ・ネットワークを構築!」

 

 その小さな銀河からあふれる光。それと共に現れる一体のモンスター。

 

「エクシーズ召喚! 現れろ、ベビー・トラゴン!」

 

 プラシドの叫びと共に現れたモンスターに、ギャラリー含めてルチアーノはキョトン、とせざるをえなかった。

 そのモンスターは小さく、愛らしい表情の小さな虎のモンスター。大きな顔と大きな耳に、女子生徒たちはワンテンポ置いて黄色い声援を送る。

 

「くっくくっ……ひぃやっははははっ! プラシド、そんなモンスターでどうしようっていうんだよ。エクシーズ召喚とは驚いたけど、攻撃力900?」

 

 笑うルチアーノを見て、プラシドはその顔に笑みを浮かべた。

 

「ベビー・トラゴンの効果を発動! オーバーレイ・ユニットを一つ取り除くことにより。自分フィールド上に表側表示で存在するレベル1モンスター一体をこのターン相手にダイレクトアタックが可能にする!」

 

 そんな言葉に、驚愕するルチアーノとギャラリーたち。固唾を飲んで見守るセシリアはプラシドが負けるわけがないと確信があった。彼女は知っていたのだ。

 そのコンボをこの学園で最初にくらったのは彼女だが、それを知る者は二人だけである。

 エクシーズモンスターというのは(この世界では)最近出たばかりのカードだが、それを使いこなせるだけの技量が、プラシドにはあった。

 

「なにぃっ!?」

 

「スキエルGとスキエルC3が防げるのはモンスターを対象にした攻撃のみだ! さぁ、行け機皇帝ワイゼル、その力で機皇帝最強を証明しろ!」

 

 機皇帝ワイゼル∞の胴体だけがスキエルの脇を抜けてルチアーノの前に現れる。

 機皇兵ワイゼル・アインが変形し、機皇帝ワイゼル∞の左腕部分につくと、その刃がルチアーノを襲う。

 1800のダメージにより、ルチアーノのライフは0になり、決闘(デュエル)は終了した。

 ギャラリーたちの声援を受けながら、プラシドは彼へと戻りルチアーノへと歩み寄ると片腕を差し出す。

 

「良い決闘(デュエル)だった。見せてもらったよ、お前の力と、その可能性を!」

 

 そう言って笑いかけると、ルチアーノは顔を赤くして俯いてしまった。元の彼女に戻っているのだろう。

 疑問を覚えるプラシドだが、彼女はその手をとることはなく前髪を急いで元に戻すと一人で立ち上がる。

 駆け寄ってきた一夏を見てプラシドは親指を立てた手を向ける。

 

「あぁ!」

 

 一夏も同じく親指を立てた手を向けてくるが、なんとなくだろう。

 ギャラリーたちもすぐに去っていき、残ったのはいつも通りのメンツばかり。

 ルチアーノも大丈夫なようですぐに普通に戻る。

 

「そういえば、私プラシドをボコボコにするって言ったのに約束を果たせてなかったわね!」

 

 そんなことがあったようななかったような。たぶんなかった気もするが当初彼女に喧嘩を“プラシドが売っていた”ので彼は覚えていた。

 まぁそのうちと返事をして軽くスルーすると鈴がなにか文句を言うがそれもスルーである。

 この学園に来てスルースキルが磨かれた自分に惚れ惚れしてしまいそうになる彼は自制してルチアーノを見た。

 当然のように機皇帝スキエルを使っていたが、これは何か言うべきだったのだろうかとも思う。

 

「まぁ、今更か」

 

 そう言うと笑ってプラシドはギャラリーの中、混ざって立ちながら寝ていたラウラを思い出す。

 どこまで夜ふかしをしたのかわからないが、終わった直後に起きて少し混乱していた姿を思い出し、吹き出しそうになるもおさえる。

 まったくもって悪くない子であると、心底思う。

 だが今日はあの日、自分が動くわけにはいかない。なぜなら今日セシリアと鈴はラウラに重傷を追わせられなければならないのだから……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そして時間は進み放課後。

 プラシドは現在―――混乱していた。

 やはりセシリアと鈴を見捨てられなかった彼は、急いでアリーナまでやってきたわけだが、現状がまったく理解できない。

 目の前に広がる光景は……まるで不思議と言うより、混沌としていた。

 プラシドの中の(ホセ)にとってはプラシドの本来居た世界。破滅の未来を見たときよりも恐ろしい衝撃であった。

 

「な、なんだこれはっ!」

 

 後ずさり、驚愕に表情を歪ませる。

 その場にいるのはラウラ、鈴、セシリアの三人……そして鈴が叫んだ。

 

「必殺、黒炎弾!!」

 

 ISバトルなんて、あるわけもない。セシリアはただ見ているのみであり、ラウラと鈴はその体にISをまとわずにただ腕に決闘盤(デュエルディスク)をつけて……決闘(デュエル)をしていた。

 まったくもって謎というより、もはや恐怖すら感じる光景であり、プラシドはただただ歴史を書き換えたく思った。

 イリアステルの技術。願わくば今欲しい。

 ラウラがソリッドビジョンの真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)の攻撃を受けて、ライフポイントが0になった。

 ―――ISでの戦い。私闘とセシリアと鈴が重傷を負う事件はどうなった!?

 

『フハハハハッ! ずいぶん古典的なカードだが、最強の決闘者(デュエリスト)の一人と呼ばれる城之内克也のカードだな』

 

 プラシドの言葉など頭に入ることもなく、プラシドは足早にセシリアの隣に立つ。

 なにか話しかけてくるが、まったく頭に入ることもない。わけがわからないという風のプラシドの隣に現れたのは鷹月静寐であり、彼女はプラシドの肩に手をポン、と置く。

 

「なんでこうなったか、でしょ?」

 

 頷く。説明せずともわかってくれてありがたいと何度か頷くと、どこか遠くを見て、呆れたような表情で静寐は話をはじめる。

 彼女が、学年別トーナメントに参加するために練習しようとしていた時のことのようだ。

 鈴とセシリアがアリーナにいるのを見てほかの場所でしようとしたが、少し楽しそうなので見ていた時のこと……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アリーナにて立っているセシリアと鈴。

 

「あたしは学年別トーナメントにそなえて練習しようと思ってたんだけど」

 

「あら私もまったく同じですわ」

 

「優勝は私がもらうわよ」

 

「別に一夏さんと付き合う気はないので決勝で会うことがあれば“勝ちをゆずって”差し上げますわよ。貴方がプラシドさんを倒せれば、ですが」

 

 いささか挑発的だったセシリアだが、悪気はない。赤き龍の翼の痣を持つシグナーはおそらく天然挑発体質であるのだ。だからこそ、鈴はセシリアを睨みつけるが、それがわけもわからずとりあえずセシリアはセシリアで鈴を睨みつける。

 額に青筋を浮かべながらも、鈴はまだ手は出さない。

 

「古いだけが取り柄の国のISにこのあたしが負けるわけがないじゃない!」

 

 明らかな挑発に、セシリアも額に青筋を浮かべて笑顔を浮かべる。

 

「あらぁ、弱い犬ほど良く吠えるという奴ですわ!」

 

「決着をつけるしかないようねぇ!」

 

 売り言葉に買い言葉。とうとう戦いに発展しようという瞬間、彼女たちはどこからか何かを出して腕へと装着する。

 ISの戦いかと思い、見ていた静寐が内心わくわくしたのにも関わらず。その行動一つでげんなりとした。

 腕につけた決闘盤(デュエルディスク)が展開。

 

「こんなところで私闘を行って怪我なんて目も当てられませんわ!」

 

「すなわち残る決着の付け方は……!」

 

決闘(デュエル)!!』

 

 とんだ決闘脳であり、決闘者(デュエリスト)たちである。

 

「先行はチャレンジャーである貴方からどうぞ!」

 

「ならお言葉に甘えて、ド―――」

 

 瞬間、セシリアと鈴の間を弾丸が駆け抜けていった。

 二人が行動を止めて弾丸が飛んできた砲口を見る。黒い巨体には白銀の髪の少女が搭乗している姿、間違いない。

 ドイツの第三世代IS。

 シュヴァルツェア・レーゲン……鈴にとっては昨日見た機体だが、ラウラの様子は少しおかしい。

 

「ふん」

 

 彼女はISを粒子化して両足で地面につくと、右腕に持ったそれを左腕につける。

 間違いなく―――それは決闘盤(デュエルディスク)であった。

 それを装備したラウラがデッキをウエストにつけられたホルダーから出し、セットする。

 

決闘(デュエル)だ!」

 

 ―――ラウラ、お前もか。

 ブルータスに裏切られた気分の静寐はもうどうにでもなれと思いながらなぜだか隠れてみているのがバカバカしくなって出てから背中を壁に預けることにした。

 それからしばらくしてからだ。プラシドがなぜか急いだ様子でやってきて、呆然としていたのは……。

 多分だがどこかで三人がいた話を聞いて心配してきたのだろうけれど、そんな必要は一ミリもない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 げんなりとしたプラシドがため息をついてラウラと鈴とセシリアを見る。

 なんだか三人して先ほどの決闘(デュエル)の話をしているが、実に微笑ましいと思うプラシドは何度も頭の中で『これで良かったのか?』と疑問を繰り返す。

 微笑ましい。しかしこれではいろいろと不味い。正史から離れすぎて未来が変わりかねない……そうなれば破滅の未来の可能性すらでてきてしまうと、(ホセ)は焦りを感じ始めていた。

 

「あんた良いカードはあるんだから、あとは回数積んで慣れるしかないでしょうね」

 

「そ、そういうものなのか?」

 

 ラウラは自分のデッキを持ったまま小首をかしげる。よもや“あれ”がある前にこんな微笑ましい光景を見れるとは思わなかったと思ってから『あれ』とはなんだったかと悩んだ。

 ―――記憶がとんだ? それとも憶えてなかったか……どういうことだ?

 混乱する彼だったが、彼の中のプラシドはわからんという風にため息をつく。

 

『なんだ、奴らが怪我をしなかったのがそんなに嫌なのか?』

 

 ―――そういうわけじゃないさ……ただ正しい歴史が。

 

『ふん、まぁ俺には関係ないことだ』

 

 ―――関係ないって、お前のせいでもあるんだぞ?

 

『まだなにも起きてるわけじゃないぞ』

 

 そんな風に乱暴に答えると、プラシドはそれ以降彼の言葉に返事をしなくなる。

 どうやら怒らせてしまったようだが、この程度は慣れていた。それでも久しぶりなので若干なりとも驚いたが、すぐに気持ちを切り替えた。

 ここで鈴とセシリアはラウラに一方的に攻撃されて……ラウラはその行為によって叫ぶ一夏を笑う。

 しかしそんなことはここでは無い。ただ単純にラウラと鈴が決闘(デュエル)をして、やはり経験の差やらなやら故にラウラが負けて、なぜ負けたかなんてものをセシリアが教えたり……。

 

「平和だが、違う」

 

 そう、違うのだ。願わくば歴史の修正すら行いたい彼。

 静寐はすでに去っていて、アリーナにいるのは自分を含めた四人。

 

「よお、なにやってるんだ? ってラウラ!?」

 

 一夏と箒とルチアーノが現れて、ラウラを見た一夏が『げぇっ!』と数歩下がって怯む。

 そんな一夏を見て、睨むラウラ・ボーデヴィッヒ。その眼は間違いなく転校してきた日と同じく憎しみを込めた瞳だった。それを見て安心してしまう自分に、なんだか嫌気がさす。

 だが正しいのだ。場に緊張感が奔るが、そこはなんとか自分が止めるしか方法はあるまい。

 

「やめろラウラ」

 

「ならプラシド・イリアステル、決闘だ!」

 

「あらボーデヴィッヒさん、私を倒してからそういう事は言ってくださる?」

 

「ボクもね!」

 

 ルチアーノとセシリアが名乗りを上げるが、ラウラは初心者。セシリアも初心者だがここ数日でかなりの戦いを経験しているのでレベルが違う。

 だからこそ、ラウラは一夏を睨むだけだ。いま行動に移すことはできない。

 このままでは不味いと、プラシドはここで自分が行動を起こす。

 

「ラウラ、一夏との決着なら学年別トーナメントでつけろ……それで構わないだろう?」

 

決闘(デュエル)で勝つことすらできない私には、それしかないか……織斑一夏、絶対に叩き潰してやる。正々堂々とな!」

 

 強行してこないだけありがたいと、プラシドは心の中で安心する。

 ラウラはピリピリとした雰囲気を纏いながら踵を返して去っていくが、思うことはなんだか決闘者(デュエリスト)並に正々堂々としてしまったなと若干なりともやつれそうになる。

 やはり、良いことだとは思っても心の中では『正史』を思ってしまう。ところどころ抜けている記憶だがここは間違いなく違う。

 

「さて、プラシド。私と戦ってもらうわよ!」

 

「フン、貴様如き相手にならん!」

 

「なんですってプラシド! てかあんたあたしに対してちょっと喧嘩売りすぎじゃない!?」

 

「さぁムシケラめ、この俺が機皇帝で踏み潰してやる!」

 

「あたしの真紅眼(レッドアイズ)で吹き飛ばしてやるんだから!」

 

 プラシドと鈴が睨み合う。

 ―――おいプラシド、変われや!

 

『貴様、俺の決闘(デュエル)を邪魔しようと言うのか!!』

 

 心の中で言い合う二人。だから静かにしているプラシドだが、そんなプラシドを置いて話は進んでいく。

 

「プラシドさんと戦う前に私との決着をつけてもらいましょうか、鈴さん?」

 

「いい度胸じゃないの!」

 

 プラシドが黙っている間に、鈴とセシリアは額をぶつけ合いながら話しを続ける。

 しばらくプラシドと話しをしていた彼が意識を覚醒させたときには、すでに目の前に巨大なソリッドビジョンが展開されていた。

 驚きのあまり声も出なかったが、そんなことおかまいなしに一夏が鈴とセシリアの二人を応援して、箒は興味深そうに見ていて、ルチアーノぐらいだ。プラシドを心配していたのは……。

 だが、目の前の戦闘にすぐさまプラシドは魅入っていた。

 

「レッドアイズとレッド・デーモンズ……」

 

 二体の龍が対を成してフィールド上に揃っている姿は圧巻と言えるだろう。

 攻撃力は違えど同じぐらいの迫力はある。

 セシリアと鈴はISスーツのまま戦っているのが、まぁプラシドにとっては目の保養であった。

 鈴のターン、彼女は手札より魔法カードを発動する。

 

「魔法カード『黒炎弾』を発動するわ。私のフィールドの真紅眼の黒竜の元々の攻撃力分のダメージを相手のライフポイントに与えるわ!」

 

 セシリアのライフは残り600で、この2400のダメージが通ればおしまいだ。

 比べて鈴のライフは3600もあるという余裕ぶり。

 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)の口から文字通りの黒い火球が、セシリアへと放たれた。

 だがセシリアは口元にえ身を浮かべて、決闘盤(デュエルディスク)のボタンを押す。

 

「二歩先を行きますわ。リバースカード、オープン! 『クリムゾン・ヘルフレア』!!」

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴンが雄叫びを上げ、その口から灼熱の炎を吐き出した。それは黒炎弾を弾き、さらにその黒い炎も一緒に押し返す。

 驚愕する鈴だが、セシリアは人差し指と腕を伸ばし、真上に上げる。

 

「自分フィールド上にレッド・デーモンズ・ドラゴンが存在するとき、相手のダメージを与える効果を無効化し倍にして返して差し上げますわ!!」

 

「な、なんなのよそのインチキカードは!!」

 

「喰らいなさい、黒竜の炎も共に……灼熱のクリムゾン・ヘルフレア!」

 

「きゃあぁぁぁっ!!」

 

 爆発。鈴を中心に爆煙が巻き上がり、それによりセシリアは勝ちを確信する。

 いや、すでにライフポイントがゼロになる音が聞こえて勝者はセシリアだと確実だ。

 彼女は人差し指を天に突き上げたまま宣言する。

 

「私のデュエルは常にエンターテイメントでなければいけませんわ!!」

 

 高笑いするセシリア。爆煙は晴れてソリッドビジョンも消えると、鈴は悔しそうな顔でセシリアを睨むのみだ。

 だがそんなセシリアも今だに一夏とプラシドには勝てていないのである。ルチアーノとは戦ってすらいないから微妙だが、今のままでは勝てないだろう。

 

「だぁ~! 負けた負けた負けたぁ! くやしぃぃっ!!」

 

「セシリアに勝つのは並大抵のことじゃないさ」

 

 そう言って鈴の隣に立つのは箒。彼女もセシリアに負けたからこそわかることなのだろう。

 箒と鈴は同時に頷く。

 一夏のダブル幼馴染は見事にセシリアに倒された。

 そして今度こそISの訓練でもと思った途端、アリーナに雪崩のように入ってくる女子生徒たちと、それの先導をするように逃げてくるシャルル。

 

「どうしたシャルル?」

 

 一夏がシャルルの背後の女子生徒たちに若干引き気味に聞くと、わたわたしていて答える暇などないというような感じだ。

 

「どうしたんだみんな?」

 

 彼の疑問ももっともだが、わかっているプラシドは即座に頭の中で状況を整理する。

 

「これ!」

 

「え、なにこれ?」

 

 シャルルと一夏は女子生徒たちが出した学年別トーナメント申請用紙を手に取った。

 書いてある内容を朗読しだす一夏。

 

「今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。直、ペアができなかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締切は……」

 

 そこまで読んで一夏とシャルル、そしてプラシドは猛烈なアタックを受ける。

 

「みんな悪い! 俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

 両手を合わせて謝罪する一夏だが、それにより女子生徒たちはシャルルと一夏から離れてプラシドの周りに集まることとなった。

 残り一人の男子である彼、プラシド・イリアステルは女子と組むことは必須。ならば女子生徒は決して食い下がることなくプラシドへと近寄るのみ。

 ちゃっかりその女子生徒群の中にセシリアとルチアーノが混ざっているが誰もツッコミをいれない。

 

「俺は組みたいやつがいる! よってこれにて散るがいい!」

 

「え~! 誰!?」

 

「すべては大いなる神のみぞ知る。こいT・666!」

 

 プラシドが跳んで、女子生徒たちを抜けて立つ。すると自動運転で走ってきたプラシドのD・ホイールが現れた。

 それにまたがったプラシドはすぐさまその場から去っていく。

 ちなみに今表に出ていたのはプラシド本人ではなく彼であり、プラシドのふりをしただけだ。

 彼は組みたい相手などは居ないが、学年別トーナメントに参加することを特に決めていない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自室に戻ったプラシドだが、彼の自室にはなぜか先客が居た。

 

「待っていたぞ」

 

 ―――どうしてこうなった。

 先客とは、ラウラ・ボーデヴィッヒであり……彼女はまっすぐと彼の瞳を見つめながら眼帯を外した。

 オッドアイのその眼で見つめられたプラシドはひるむことなくその眼に魅入るのみ。

 

「私と組め」

 

 そう言って出された申請用紙。

 

「なぜ俺と……」

 

「簡単なことだ。私は織斑一夏と戦わねばならない!!」

 

 そんな言葉に、彼は困っていた。トーナメントに出てみたいとは思うが、正史を再現できない。

 頭を抱えたくなる思いを遮って直、彼はその場で悩み、何も言えずにいた。

 だが何も言わない間はずっとラウラは待っている。

 

『馬鹿馬鹿しい』

 

 ―――どういうことだ?

 

『なにが正しい歴史だ。そもそも未来がまちまちにしかわからないお前が今更そんなことを言ってもすべて無駄。俺は自らが思うように進んできた……運命は己が剣で切り開くのみ!』

 

 ―――……何言ってんだお前。

 

『ふん、ホセもそうだ。計画外のことがあってもそれを含めて破滅の未来を回避できればその先のことを……希望なんてものを求めてやがった。お前はどうなんだよ“ホセ”』

 

 ―――プラシドのくせに偉そうに。

 

 彼はどこかふっきれた様子でその表情に笑みを浮かべるとその用紙に手をかける。

 ラウラは口元に不敵な笑みを浮かべるが、プラシド(ホセ)も同じく笑みを浮かべると……お互いがこの場で用紙にクラスと名前を記入した。

 これによりお互いが組むということを承知して、プラシドとラウラは組むこととなったのだ。

 誰にも教えることもなく。この場で二人だけが交わした契約……この組み合わせを彼や彼女たちが知るのはまだまだ先のことになるだろう。

 

 ―――運命(さだめ)は己が手で切り開くプラシド。

 

 ―――ならば俺は、己が道をその足で疾走するのみ。

 

 

 

 

 

 




あとがき
今回はあれでござるな。決闘描写が多い挙句……決闘描写をところどころ飛ばしているでござる。
まぁISがメインの話しなのでこれで問題はないのでござるが、細かく描写するのもまた面d(げふんげふん
学年別トーナメントをラウラと組むことになったプラシドは一体どうなるのか!
そしてセシリアや鈴、箒やルチアーノは誰と組むのか!?

最近実戦の決闘で始めてハルバート・キャノンを使えて感極まっている作者はどんなテンションで小説を書き進めるのか!?

お楽しみにしていただければまさに僥倖!!


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第十七話 折れぬ心 決闘に賭けた想い

 プラシド・イリアステル。

 世界でISを使える男の二人の内の一人だが、それだけでは別に誰も疑問に思わない。いや、織斑一夏に向けている疑問と同じ疑問しか向けないというだけだ……だが、プラシド・イリアステルはまったくどの国にも情報が無いのだ。

 報道機関ですらも彼の実態をつかめていない。

 どこで生まれたのか、いつ生まれたのか、そしていつから篠ノ之束と共にいたのか……。

 どこの国も彼の情報が欲しかった。

 

「……またですの?」

 

『はい、プラシド・イリアステルの情報が迅速に欲しいというのが国の要望であります』

 

 深夜、セシリア・オルコットはため息をついて画面の中の女性に視線を向ける。

 女性は事務的に、無表情でただありのままの事実を伝えた。セシリアは要望を受ける側であちらは頼む側なのにも関わらず、あちらはあくまでも立場が上ということであり、セシリアが逆らうことはできない。

 彼女とて貴族であり、御上の威光には逆らえないのだ。それがわかっているからこそ、今までは国の上の要望は大人しく聞いていたセシリアだが“彼”が関わればさすがに我慢の限界も早い。

 

「正直言って気に入りませんわ! 上司の方々にお伝えください。私たちはもう同じものを見ていないと!」

 

『それは命令を背くということですか?』

 

「いつから命令する立場になったのですか? 私はただ自分の正しいと思ったことのために生きる!」

 

 画面に映る女性は目を伏せる。ただ、愚かと言わんばかりの目を開いてセシリアに向けると、無表情のままに言葉を続ける。

 

『高貴な家に生まれ、代表候補生となった貴方の宿命です。これは』

 

「宿命など関係ありませんわ。自分のすべきことは、私自身で決める!」

 

『これ以上は無駄ですか、では上司にはそう伝えておきます』

 

 通信が切れると、セシリアはその場、寮の屋上にて制服の長い袖をめくる。ISの訓練でもない限り滅多に出ないセシリアの素肌。その白い雪のような肌の右腕には、紅い痣が浮かび上がっていた。

 しかしその赤き龍の翼の痣は痛々しいものでもなんでもなく、セシリアもそれが嫌なものだとは思っていない。

 なぜか感じていた。それは誇り高きものであり、その痣はいずれ必要になる力であると……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日の朝、寮の食堂で一夏とプラシドの二人は食事を行っていた。珍しく二人だけの光景でセシリアも箒も鈴もルチアーノもシャルルも居ない。この“学園に二人だけの男”同士で朝食である。

 やはり男二人でテーブルを囲んでの食事というのは珍しい。テーブルを囲むようになっているソファに座る二人は同じような日本の和食を食していた。

 ―――やはり朝の和食は良い。

 

『くそっ、こんなことしてる場合か……学年別トーナメントはもうすぐなんだぞ、イリアステルの三皇帝として負けることは許さん。もちろんルチアーノも簡単に負けやがったら……』

 

 ―――あのルチアーノは関係ないだろ。

 

『機皇帝を使う以上はしっかりと働いてもらう必要はある……それに、機皇帝を倒すというのもやぶさかじゃないしな』

 

 プラシド、いやホセは心の中でなんとなく納得した。かつての未来での機械との戦争、それは機皇帝とまったく同じ機械たちとの戦いであり、そして今では愛着のある相棒。なんと皮肉なことだろうと思いながら、それはそれでプラシドも割り切っているので良いのだろうと思う反面、彼の方がモヤモヤとした気分になってきた。

 そんな時、声がかけられ横を見れば目の前に一夏の顔。

 

「ぬおっ!」

 

「大丈夫か? ぼうっとしてたってよりなんか悩んでる感じだったけど」

 

 心配するような一夏の顔を離して、フッと笑う。

 

「いや、大丈夫だ。気にするな」

 

「気にするなったって……心配もするって」

 

 ちっともドキっとしないプラシドだが、女性がそんな言葉を一夏のような男にかけられればそれはもう惚れてしまうだろう。そんな天然ジゴロのところが数々の女子生徒を虜にしているのかと何度か頷くプラシド。

 結局学園内でもプラシド人気より一夏人気の方が高い。プラシドがちょくちょくプラシドになるからなのが問題なのだが、プラシドの中の彼が女子生徒からの好意に気づいていないので直さなくても直しても同じだと思っている。

 

「ありがとう一夏」

 

「ははっ、なんかくすぐったいな」

 

 恥ずかしがりながらそう言う一夏が食事を再開するので、プラシドも食事を再開することにした。

 あたりから『プラシド×一夏』だとか『プラいち』だのと声が聞こえるが無視する。

 ―――誰得だ。

 

『なんの話だ?』

 

 ―――気にするな。

 そう言うとプラシドは黙るので珍しく素直だな。と思いながらも安心する。そんなことを説明されては確実に胃が痛む。

 プラシドことホセは急いで朝食をかき込んで完食すると急いで席を立った。まぁ一夏も急いでついてきたのでまたそこでこそこそと声が聞こえてきて、なんて負の連鎖を繰り返しながらも今日が始まる。

 女性ばかりのIS学園に男二人。一夏もだと思うがその倍は疲れているプラシド(ホセ)なのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

『セシリア・オルコットを国に呼び戻すと?』

 

『彼女はまったく立場というものをわきまえていないように思う。代表候補生として我々の要望は絶対と認識されなくては』

 

『ならば新たな代表候補生を送り込みますか?』

 

『いや、代表候補生を一学年に二人も送り込むのはさすがに難しい』

 

『しかし代表候補生以外ではこちらの要望に応えらえられるか……それにセシリア・オルコットに目をつけられれば並の人間では』

 

『だからこそ呼び戻したい』

 

『しかしIS学園にこちらの手を伸ばすのは』

 

『だからこそ、我々がここにご参加させていただいているというわけです』

 

『……貴方は』

 

『さぁ―――ビジネスの話しをしましょうか……この一人の天災に弄ばれた世界にて、我々男が上に立てる数少ないビジネスを……』

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昼休み、IS学園の購買にておもしろいものを発見したプラシドが興味深そうにそれを見ていた。

 それを見ていたのはプラシドだけでなく、一夏やセシリアやルチアーノや箒、シャルルや鈴、ラウラもだ。

 数々の生徒たちがそれを見て騒いだりしている中、ただ真剣な表情でそれを見ているプラシドと一夏たち。

 

『学年別決闘(デュエル)大会、ここに開催! 優勝賞品は買い物券6000円分!』

 

 その文字を見た者たちははしゃいだりしているが、ただ静かな決闘者(デュエリスト)たち。

 ただ賞品に目を取られただけの生徒たちとは確かに違う雰囲気を放つ数人の生徒たちはまごう事なく強者である。プラシドをはじめとした一夏たち。それに最近はじめたばかりのラウラに鷹月静寐。学園の生徒会のメンバーや教師も何人か……。はしゃぐ生徒たちの中、それらの決闘者(デュエリスト)たちはお互いを意識することができた。

 

『ふん、無論―――』

 

 ―――参加だ。

 

『学年別トーナメント同様、負けることは絶対に許さんぞ……デッキは登録したもの以外は禁止』

 

 ―――あぁ、だからこそ今回は俺の力をこの学園に見せつける。

 

『アクセルシンクロではなく……』

 

 ―――機皇帝を出す。我が最強の機皇帝にて蹴散らしてくれる。

 彼の口の端がわずかに吊り上がり、強者達はその雰囲気の変わりように気づくと身を引き締めた。『生半可な気持ちで戦えば狩られる』ということを肌で感じた。

 そんな中、ラウラは口元に笑みを浮かべる。

 

「(そうか、私が転校してきた日に織斑一夏にくわえた攻撃を防いだ後の人が変わったような殺気の正体はこれか……能ある鷹は爪を隠す。コトワザという奴も確かに侮れん)」

 

 プラシドから発せられる圧力(プレッシャー)を受け止める決闘者(デュエリスト)たちの中で笑っていられるのは少ない人間だけだ。その中の一人がラウラであり、シグナーであるセシリアもその内の一人だった。

 そしてセシリアもセシリアでプラシドの変化には気づいている。

 今までだってただただ普段のプラシドが優しいだけじゃないことにだって気づいていた。

 

「(プラシドさん、貴方の本気が見られるというのですね。しかし私にもまだ策がありますわ貴方のシンクロキラーを超える策が……)」

 

 プラシド。いやホセに機皇帝という隠し玉があるように、セシリアにも隠し玉はあるのだ。まだまだ油断はならないと雰囲気で悟ったホセは再び心の中でどこかに忘れたはずの高揚感を取り戻す。

 決闘(デュエル)など勝って当然のお遊びだと、心の中で思っていたふしが無いとも言い切れないホセが……今心の中で興奮している。

 そう、いうなれば『ワクワクを思い出すんだ』と言われたような気分で、ワクワクを思い出した感じだ。

 プラシド、ラウラ、セシリアの三人が表情に笑みを浮かべている中、一夏や鈴、シャルルに箒にルチアーノは笑みを浮かべる余裕などなかった。

 しかし鈴にもまだ考えはある。

 

「(ここ一ヶ月もしない内に私の真紅眼(レッドアイズ)デッキは有名になった。世界に数少ないカードだものね……でもここで予期せぬカードを入れてデッキの扱い方を少し変えれば敵は動揺してかなりの戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)を得ることができる。けど、それは私の真紅眼(レッドアイズ)デッキと言えるの?)」

 

 葛藤する鈴。

 

「(ボクの高速切替(ラピットスイッチ)デッキじゃプラシドはおろか一夏にも勝てない。でも、父さんに捨てられ、母さんを亡くしたボクには今、母さんの残してくれたカードと決闘(デュエル)しかないんだ。せめてこれでは最強を証明したい)」

 

 志を胸に闘士を燃やすシャルロット。

 

「(学年別トーナメントの一夏との約束はおかしなことになってしまったが、この学年別決闘(デュエル)大会では私が優勝し一夏に付き合ってもらう約束を果たしてもらうぞ……そのためにはまず、デッキの強化だ)」

 

 勝利の褒美のために自らをもう一度見直す箒。

 

「(変わっていくボクは恐いけど、それでも決闘(デュエル)がしたい。だったら深くなんて考えないで戦えばいいんだ……プラシド、今回は勝たせてもらうよ)」

 

 内なる自らを恐れながらも決闘(デュエル)を諦めないルチアーノ。

 

「(みんなすごい気迫だ……俺、勝てるのか? シャルルにもなんとか勝てたけど次も勝てる自信はない。俺はこの大会に出てどうするんだ。いっそのことスターダスト・ドラゴンを抜いて、なんてできるわけもない……くそっ! どうすればいい)」

 

 自らの弱さに苦悩する一夏。彼とて学年ではトップクラスの腕を持つ決闘者(デュエリスト)だが、プラシドに勝てないことが彼の枷となっている。

 だからこそ今ここで、自分は出るべきなのか悩んでいるのだ。どちらにしろ負けるならばでない方が正解なのではないかと……。

 一夏は息をついた。

 

「昼休みの時間無くなっちまいそうだ! みんな、早く行こうぜ!」

 

 そう箒に言うと、彼女は静かに頷く。一夏を先頭に購買から出て行くのは箒、セシリア、鈴、ルチアーノ、シャルル、プラシドといつものメンツだ。

 しかし全員静かでどこか考え事をしているという様子だ。おそらく全員“学年別決闘(デュエル)大会”のことを考えているのだろう。

 おそらく目前に控えた学年別トーナメントよりも真剣に考えている。

 

 

 

 プラシドたち六人は屋上にて作ってきた弁当や購買で買ったパンなどを食べながら先ほどとは違いわいわいと話しをしていた。

 まぁその話しの大体はISのことや決闘(デュエル)のことと、あまり華やかな話ではないのが事実だ。

 ちなみにセシリアはあの日以来プラシドの言いつけ通り“シンクロ弁当”という悪夢を生み出すことはなかった。最初は大人しく弁当を作ってくるのだがそれが壊滅的に不味いことに気づき現在修行中で今は大人しく購買のパンを食べる。

 話をしている中、突然ルチアーノが笑みを浮かべて言う。

 

「ボクは参加するつもりなんだけど、みんなは決闘(デュエル)大会、参加するの?」

 

 そんな言葉に、全員がわずかに雰囲気を変えた。

 嫌な雰囲気ではない。ただ闘志がぶつかり合うだけでなく、好敵手同士であるそれぞれを応援しあうような、そんな暖かな雰囲気ではある。

 決闘大会が開かれるからと言って全員が敵なわけではないのだ。全員が仲間かもしれないし敵かもしれない。やはり好敵手(ライバル)という言葉が一番適しているのだろう。

 

「俺は言うまでもないだろう、我が機皇帝の力をもってして全てを蹴散らす」

 

 ニヒルに笑いそう言うプラシド。

 

「私は参加しますわ。ISでは無理でも決闘(デュエル)で負けるわけにはいきませんもの」

 

「はん、つい最近はじめた奴が何言ってんのよ……もちろん私も参加するわ。狙うはもちろん優勝よ」

 

「ボクも参加するよ。いや、参加しないわけにはいかない」

 

「私も無論参加するつもりだ。今回こそ勝たせてもらう」

 

 笑みを浮かべる面々、だがそんな中、一夏だけが笑みも浮かべずにただうつむいていた。

 いつも能天気というか、元気と言える彼がそんな暗い雰囲気をしていて気にならない者はいないだろう。

 だからこそ彼の肩をゆするシャルル。それに気づいた一夏が驚いたように顔を上げて、直後に話を整理して空笑いをする。

 

「あ、あはは、俺は今回は不参加ってことで」

 

 そんなことを言った一夏に、どこか不思議そうな面々だったが……いち早くそれに気づいたセシリアは目を細めた。

 

「どうしてですの?」

 

「あっ、えと……ど、どうせやったって勝てないしさ。負けるならやらないほうがマシかなって―――」

 

 直後、セシリアが立ち上がった。食べかけのパンを乱雑にビニール袋の中に入れると全員を見て一礼。

 それには『よろしくお願いします』という意味も含まれているのだろうけれど、なによりも雰囲気を悪くしてしまったことに対しての侘だ。しかしそれをしてからもセシリアは抑えきれない感情を無理に抑える気はないといった表情で一夏を睨みつける。

 先ほどまでは怒っている様子だったにも関わらず、今はどちらかというより落胆しているような目だ。

 

「がっかりですわ。貴方を今まで好敵手(ライバル)だと思っていましたが、情けない!」

 

 そんな言葉をかけられた一夏が、自嘲するように笑う。

 

「そうだな、そうかもな……」

 

「ッ……なんですその眼は? そんな捨てられた飼い犬のような眼をしているから負けるんですわ! 失礼します!」

 

 そう言って不機嫌そうなセシリアはそこから去っていき、ルチアーノはそんなセシリアのフォローのために足早に去っていく。プラシドは『出来た子』だと思いながらも、この空気をどうにかしないとともう反面。一夏にはいい薬だったと思う。

 まさかそんなことを思っていたのだと、思いもしなかった。

 だがプラシド(ホセ)もかつてそんなことを思ったことがないこともない。

 ―――負けるぐらいならやらないほうがいい。

 

『なんだ復唱なんかしやがって』

 

 ―――ふっ、俺にも覚えがある。

 

「一夏、少し付き合え」

 

 そう言って一夏の腕を掴むと食事をほったらかしにして一夏を肩に担ぐと、ISを展開して飛び立つ。

 驚愕するシャルルと鈴だが、箒がその二人の腕を掴んで止める。彼女にはプラシドが成そうとしていることがなんとなくわかるのだろう。それが一夏を良い意味で先に進めさせるということであるということも……だからこそ二人を止めたのだ。

 

「あいつに任せておけ」

 

 箒のそんな言葉に、シャルルと鈴は大人しく従う。三人そろっての昼ごはんというなんとも言えぬ光景ではあるが、嫌な雰囲気にもならずにすんだのはおそらくデュエルモンスターズのおかげだ。

 とりあえずデッキ構築の話でもしておけば話題は尽きない。

 デュエルモンスターズさまさまだと、箒は心の中で何度も頷いた。

 

 

 

 アリーナの一つに、プラシドは降り立った。

 誰も居ないアリーナにて、プラシドは一夏を下ろして自分もISを解除する。制服姿の一夏とプラシドの視線が交差する。一夏はなぜこんなところに連れてきたのか? と言いたそうな表情だがプラシドは答えることはない。

 ただその場にて、プラシドは決闘盤(デュエディスク)を装着する。

 

決闘(デュエル)だ一夏」

 

 その言葉に、一夏は踵を返して戻ろうとするがそうはいかない。

 

「臆病風に吹かれるか一夏、それでは織斑千冬の弟は敵に恐れて逃げる人間だと学園で噂になるな」

 

「ッ千冬ねえは関係ないだろ!」

 

「ふっ、ならば決闘(デュエル)を受けるがいい一夏!」

 

 そんな言葉に、一夏は決闘盤(デュエルディスク)が無いと両手を上げるが、プラシドは自らのつけていた決闘盤(デュエルディスク)を外してデッキを抜くと、一夏に投げ渡す。

 受け取った一夏だったが、プラシドは手にどこからか出したのか金色の骨のようなものを取り出してつける。そこから緑色の輝くビームのようなものが出現し、腕についているものは決闘盤(デュエルディスク)へと変わった。

 早い話がイリアステルの頃に使っていた本物のプラシドの決闘盤(デュエルディスク)それにデッキと墓地をつけただけだ。

 

「さぁ……」

 

 

 

 ―――決闘(デュエル)!!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 五分ほどしただろうか、ただそれだけの時間で様々な出来事はおきていた。

 ライフポイントは変動し、一夏のライフポイントは2300ポイント、プラシドは1800だ。

 一夏の手札は二枚でプラシドの手札は三枚。一夏のフィールドには攻撃表示の『スカー・ウォリアー』とセットされたモンスターが一枚とセットされた魔法罠カードが一枚で、プラシドのフィールドにはセットされた魔法罠カードが二枚だ。

 プラシドのターンが開始されドロー、メインフェイズへと移る。

 

「このカードは相手フィールド上のみにモンスターがいるとき特殊召喚できる! 現れろ、TGストライカー!」

 

 その言葉と共に、プラシドのフィールドに青い装甲をまとった戦士が召喚される。攻撃力はスカー・ウォリアーの足元にも及ばず、挙句スカー・ウォリアーは戦闘で一度だけ破壊されない効果を持っている。

 だがそれでも勝利を諦めることはないプラシドに一夏は気持ちで負けていた。

 

「レベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したとき、このモンスターは特殊召喚できる。現れろ、TGワーウルフ!」

 

 現れる機械チックな狼男。プラシドのフィールドに召喚された二体のモンスター。

 レベル3のTGワーウルフとレベル2チューナーのTGストライカーの二体が揃っている時点で次に何が起こるかなんてことは一夏にはわかる。

 

「レベル3のTGワーウルフに、レベル2のTGストライカーをチューニング!」

 

 やはり来たかと、身構える一夏。フィールド上のスカー・ウォリアーは一度だけ破壊されないが、プラシドであればこのターンで破壊してくるはずと、予感がしていた。

 光り輝く光景を見ながらも、一夏は手札とフィールドのカードをもう一度確認する。負けたくないという気持ちが先立って焦りが発汗量を増やす。

 

「(けど、勝てるのか……俺に……)」

 

 プラシドに勝ったことは一度もない。ならば同じだまた負ける。

 

「リミッター解放レベル5、レギュレーターオープン、スラスターウォームアップ、OK! アップリンク、オールクリアー! GO! シンクロ召喚!カモン! TG ハイパー・ライブラリアン!!」

 

 前口上と共に、現れるのは真っ白な服を着たモンスター。レベルは5で攻撃力は2400というそこそこのモンスター。だが今の一夏のフィールドにいるスカー・ウォリアーの攻撃力は越えた。

 攻撃力はスカー・ウォリアーを超えている。

 それだけでこの戦況は充分だが、まだだ―――プラシドはまだ召喚権を行使していない。

 

「さらに私はリバースカード、TGX3―DX2を発動!」

 

 プラシドの発動した罠カードはTG専用のカードである。墓地のTGと名のついたモンスター三体をデッキに戻し、シャッフルした後に二枚をドロー。戻すのは前のターンに倒したTGラッシュ・ライノとたった今シンクロに使ったストライカーとワー・ウルフ。

 ここに来てドローアドバンテージを得るカードを使ったプラシドの顔に、わずかな笑みが浮かんだ。

 それを見て一夏は身構える。

 

「私は手札から、TGサイバー・マジシャンを召喚!」

 

 ここにて召喚権を使ってモンスターを召喚、レベル1のチューナーモンスター。

 

「このモンスターは手札のTGと名のつくシンクロモンスターを召喚する際に手札のモンスターで代用できる! 手札のTGラッシュ・ライノに、TG サイバー・マジシャンをチューニング!」

 

 再びのチューニングに、一夏はゴクリと生唾を飲む。この確実に勝っている戦況で、なぜか一夏は焦らされていた。

 そして心の奥底で、相手の逆転すら楽しみに、嬉しく思える自分がいた。負けるならばやりたくないとまで思っていた一夏は、今プラシドの戦い方を楽しみにしている。

 

「リミッター開放レベル5、ブースターランチOK、インクリネイションOK、グランドサポート、オールクリア GO! シンクロ召喚! カモン! TG ワンダー・マジシャン!!」

 

 現れるのは可愛らしい魔法使いのTG。攻撃力は1900と低い。

 TGハイパー・ライブラリアンの効果によりプラシドは一枚ドロー。

 

「ワンダー・マジシャンの効果発動! 召喚時に相手フィールド上の魔法、罠カードを一枚破壊することができる。私が選択するのはそのカードだ!」

 

 破壊された一夏のカードは罠カード『スキル・サクセサー』であり、そのカードは自分フィールド上のモンスター一体の攻撃力を400上げることができる。

 これによって、スカー・ウォリアーを守るはずだった一夏の計画はこれで狂うが、まだスカー・ウォリアーを破壊できるわけではない。

 

「私は手札より、永続魔法『TGX300』を発動。このカードが存在する限り、自分フィールド上にいるTGと名のついたモンスター一体につき自分フィールドに存在するモンスターの攻撃力は300ポイントアップする!」

 

 自分フィールド上のTGと名のつくモンスターは二体。つまりは二体のモンスターは600ポイント攻撃力が上がる。

 TGハイパー・ライブラリアンの攻撃力は3000になりTGワンダー・マジシャンの攻撃力は2500だ。

 スカー・ウォリアーでは足元にもおよばない。

 

「バトルフェイズ、ハイパー・ライブラリアンでスカー・ウォリアーを攻撃! マシンナイズ・ソーサリー!」

 

 放たれた攻撃がスカー・ウォリアーに直撃する。

 

「スカー・ウォリアーは攻撃によって一度だけ破壊されない!」

 

「だがダメージは受けてもらう!」

 

 一夏の体を擬似的な衝撃が襲う。ライフポイントが攻撃力の差、900ポイント削られる。

 ライフポイント4000のルールが主流であるこの世界では大きなダメージだ。

 まだ残っているスカー・ウォリアーの前に現れるのはワンダー・マジシャン。

 

「いけ! スカー・ウォリアーを破壊しろ!」

 

 ワンダー・マジシャンの拳がスカーウォリアーを貫き、今度こそ破壊する。衝撃に膝をつく一夏が、目の前の現実を直視する。

 負ける。負ける―――心の中でその言葉だけがループして駆け抜ける。なのに、あれだけ嫌だった負けているという現状が今は楽しくて仕方がない。

 プラシドの残りライフは変動も無くあと1800で、一夏は2300から1300引かれて1000ポイント。

 

「ようやく思い出したようだな一夏……リバースカードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 その宣言と共に、一夏は立ち上がり眼前のプラシドを見る。

 一夏の表情には笑みが浮かんでいて、その笑みはいつも浮かべるものと違い目の前の闘争を楽しまんとする決闘者(デュエリスト)の目だ。

 彼の眼を見てプラシドも笑みを浮かべる。

 一夏は自らの目を閉じてデッキの上に手を置く。

 

「俺の……ターンッ!!」

 

 引き抜かれるカード。そして一夏は目を開いて、笑みを浮かべた。

 

「俺はデブリ・ドラゴンを攻撃表示で召喚!」

 

 真っ白な、どこかスターダスト・ドラゴンに似た容姿のモンスターが現れる。

 レベル4の攻撃力1000、守備力2000のモンスターを攻撃表示。しかしそれに意味がないわけではない。

 

「デブリ・ドラゴンの効果発動。このカードの召喚に成功したとき、自分の墓地に存在する攻撃力500以下のモンスター一体を攻撃表示で特殊召喚することができる。来い! デコイ・ドラゴン」

 

 現れるのはレベル2の攻撃力300を持つドラゴン族モンスター。攻撃対象にされた時墓地のレベル8以上のモンスターを特殊召喚するという強力な効果を持つ。

 

「デブリ・ドラゴンの効果で特殊召喚されたモンスターの効果は無効化される」

 

「ここにきてそのカードを引き当てたか!」

 

 プラシドの声に笑みで答える一夏は、まだ終わっていないとばかりに宣言する。

 

「俺はセットされたモンスターを反転召喚、チューニング・サポーター!」

 

 レベル1のチューニング・サポーターが召喚され、合計レベルは通常であれば7だ。

 

「チューニング・サポーターは効果によりシンクロ素材とする場合レベル2として扱う事ができる」

 

 そしてこれで、合計レベルは8となる。

 

「レベル2のチューニング・サポータとデコイ・ドラゴンに、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!」

 

 上空へと舞い上がる三体のモンスター。

 

「集いし願いが新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!」

 

 現れるのは白銀の(ドラゴン)。その巨体を二枚の翼を羽ばたかせながら浮かばせて、眼前の敵を睨みつける。

 一夏の楽しむような表情に呼応するように叫びを上げる竜は今その場に降り立った。

 そしてプラシドは見逃すことはない。

 

 一夏の腕に輝く紅き龍の尻尾の痣を……。

 

 

 

 

 




あとがき

始めて思いっきり決闘で切ったでござるな! 次回はこの決闘の続きになるでござる。
いやもぉ、決闘は書くのが本当に疲れるでござる。映像じゃないから余計に(汗
今回はこの後の話でメインキャラとなる一夏とセシリアとラウラへの伏線を立てたでござるよ。決闘大会とか開いちゃってこの学園って、ほんと決闘馬鹿。

とりあえず次回は決闘の決着と一夏がシグナーとわかったプラシドの話でござる。
もう原作はだいぶドボドボになってきているでござるが、みんなついてこれてるでござるか!?

では、次回もお楽しみにしていただけたらまさに僥倖で候!!


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第十八話 揺るがなき境地クリア・マインド!

 現れるのは白銀の竜、スターダスト・ドラゴン。

 アリーナにてただ二人、一夏とプラシドが決闘(デュエル)をしていた。二人の決闘者(デュエリスト)は己がフィールドにシンクロモンスターを召喚し、対峙する。

 だが、一夏はフェイバリットカードを召喚したところでプラシドのフィールドに存在するTGハイパー・ライブラリアンを超える攻撃力を持ってはいなかった。スターダスト・ドラゴンの攻撃力は2500で、ハイパー・ライブラリアンの攻撃力は3000、そしてワンダー・マジシャンの攻撃力はスターダストと同じく2500。

 だが、一夏の表情には笑みが浮かんでいた。

 

「バトルフェイズ! 俺はスターダスト・ドラゴンでTGハイパー・ライブラリアンに攻撃!」

 

「攻撃力はハイパー・ライブラリアンの方が上だ!」

 

「それはどうかな?」

 

「なに!?」

 

 スターダスト・ドラゴンが吠えると共に、その体に紅いオーラを纏う。そしてスターダスト・ドラゴンの攻撃力は―――3300にまで跳ね上がる。

 

「俺はさっき破壊された『スキル・サクセサー』の二つ目の効果を発動! モンスター一体を指定して、墓地に存在するこのカードを除外することにより指定したモンスターの攻撃力は800ポイント上がる!」

 

 スターダスト・ドラゴンの攻撃力は上がり、3000のハイパー・ライブラリアンを超える。

 これにより一夏はプラシドのフィールドのモンスター二体をどちらでも破壊することができるようになった。

 だが次のターン驚異となるのは間違いなくハイパー・ライブラリアン。

 

「いけ! シューティング・ソニック!」

 

 一夏の叫びと共に放たれた閃光。ハイパー・ライブラリアンは迎え撃つもスターダスト・ドラゴンに敵うはずもなく一瞬で消し飛ばされた。

 ダメージは300。プラシドは擬似的に再現されたその衝撃を受け、顔を歪める。

 これによりプラシドのライフは残り1500となり一夏は1000。

 一夏のフィールドのモンスターはスターダスト・ドラゴンのみで、これ以上攻撃はできない。

 

「俺はカードを二枚伏せてターンエンド!」

 

 プラシドのフィールドには攻撃力が2200のワンダー・マジシャンが一体。さらにシンクロをまたげば勝つ可能性はあるかもしれないが、彼の手札には現在この状況を打開できるカードはない。

 だが、彼はまだ諦めない。彼のフィールドには二枚の伏せカードがあるのだ。

 彼はデッキの上からカードを一枚―――。

 

「ドロー!」

 

 引き抜いた。

 そして、その引き抜いたカードを見る彼はそれを手札にくわえると真っ直ぐと一夏を見る。

 なにかあったのかと、疑問に思う一夏だがすぐに彼の目を見て戦闘態勢に映った。

 

「罠発動『リミットリバース』! このカードの効果により攻撃力1000以下のモンスターを墓地より特殊召喚する! 現れろ、TGサイバー・マジシャン!」

 

 再び現れるサイバー・マジシャンに、身構える一夏。

 

「この時、私の手札のTGワーウルフの効果が発動される! レベル4以下のモンスターが特殊召喚された時、特殊召喚できる!」

 

 レベル3のTGワーウルフが現れる。それによりプラシドのフィールドのTGは三体、よって900の攻撃力が上がりTGワンダーマジシャンはとうとうスターダスト・ドラゴンの攻撃力を越した2800へと上がった。

 だがまだだ、これでは決め手に欠けるとプラシドはシンクロ召喚の準備をする。

 

「私は、レベル3TGワーウルフと手札のレベル1のTGドリル・フィッシュにTGサイバー・マジシャンをチューニング!」

 

 上空にて再び合計レベル5のモンスターのためのシンクロ召喚が行われる。

 

「シンクロフライトコントロール、リミッター開放レベル5、ブースター注入120% リカバリーネットワークレンジ修正、オールクリア GO! シンクロ召喚! カモン! TGパワー・グラディエイター!」

 

 現れるTG系のモンスター。攻撃力はTGと名のついたモンスターが二枚なので600上がることによりワンダー・マジシャンは攻撃力2500。そしてパワー・グラディエイターの攻撃力は本来の2200に600が追加され2800だ。

 スターダスト・ドラゴンと一夏を倒すに充分な攻撃力ではある。だがプラシドは慎重さをきす。

 

「手札より、速攻魔法『TGX1―HL』を発動。自分フィールド上に存在するTGの攻撃力と守備力を半分にして、魔法・罠カード一枚を破壊する! 能力を半分にするのはTGパワーグラディエイター、選択するカードはそれだ!」

 

 破壊されそうなカードを見て、一夏が顔をしかめながらも行動を起こす。

 

「リバースカード、オープン! 『荒野の大竜巻』発動! お前の魔法、罠カード一枚を破壊させてもらう。俺が破壊するのはTGX300だ!」

 

 破壊されるTGX300。それにより攻撃力は元の状態に戻ってしまいプラシドのモンスターではスターダスト・ドラゴンを破壊できなくなってしまう。

 だからこそ、プラシドはその表情に笑みを浮かべた。いつものような優しい彼の笑みでも無ければ、戦う時のような表情でもない。その表情ははじめて一夏とISで戦ったときの表情に似ていた。

 プラシドのターンエンドの宣言を受けると共に、一夏は笑みと共にカードを引く。

 

「一夏!」

 

 自分を呼ぶ声に、一夏はプラシドの方を見る。

 

「楽しんでいるようだな」

 

 その言葉に、一夏は笑みを浮かべて頷いた。負けるだなんて関係ないと、一夏は再び思い出す。

 決闘(デュエル)は勝ち負けなんかじゃない。

 だからこそ、プラシドは決めた。一夏の腕に浮かび上がった赤き龍の痣を見ながらも、頷く。

 

「ならば一夏はこれを受け継ぐ資格がある……見ていろ一夏! クリア・マインド!!」

 

 その言葉に、言いようの無い圧迫感が一夏を襲った。それはプラシドから放たれているものであり、感じたことのないような彼の雰囲気に息を呑む。

 

「レベル5のTGパワー・グラディエイターにレベル5のワンダー・マジシャンをチューニング!」

 

「なっ、相手のターンにシンクロ召喚!?」

 

 頷いたプラシドが、足を肩幅まで開いて片手を上げる。

 

「リミッター解放レベル10、メイン・バスブースター・コントロール、オールクリア!」

 

 紅く輝くプラシドの体。

 

「無限の力、今ここに解き放ち、次元の彼方へ突き進め!」

 

 そして最後に、プラシドの左腕に赤き龍の頭の痣が浮かび上がった。

 

「GO! アクセルシンクロ! カモン! TGブレード・ガンナー!!」

 

 現れるのは緑色の機械戦士。いつもプラシド、いやホセがなる姿とは色が違うが確かにブレード・ガンナーである。

 レベル10のブレード・ガンナーの攻撃力は3300。

 これでは、スターダスト・ドラゴンで勝つことはできない。

 

「アクセルシンクロ、シンクロを越えたシンクロ! これが進化したシンクロだ!」

 

「進化した……シンクロ?」

 

 本来はD・ホイールに乗って、が前提のアクセルシンクロだが、ホセはこの世界にきた六年でスタンディングデュエルでのアクセルシンクロを習得したのだ。

 これがアクセルシンクロと呼べるのかすらわからないが、彼はこれをアクセルシンクロと呼ぶ。

 

「恐怖、良心、悪心、すべての心を超越した、揺るがなき境地。それが、クリア・マインド!」

 

「クリア・マインド……?」

 

「そうだ、一夏」

 

 シンクロを越えたシンクロ。それがまったくわからない一夏ではあったが、これ以上遅延させるわけにもいかずカードを一枚伏せてターンを終えた。

 

「私の、ターンッ!」

 

 プラシドがカードを引き抜くと同時に、一夏が罠カードをオープンさせる。

 

「サンダーブレイクを発動。手札を一枚捨てて相手フィールド上のカード一枚を破壊する。俺が選択するのはTGブレード・ガンナーだ!」

 

「甘い、TGブレード・ガンナーの効果発動! 効果の対象にされた場合、手札を一枚捨てることによりその効果を無効にする!」

 

 不発する一夏の一発逆転のカード。そしてプラシドは手札のカードを発動。

 

「TGX300を発動。これによりTGブレード・ガンナーの攻撃力は300アップする。行け、ブレード・ガンナー!」

 

 彼の声と共に、飛び出したブレード・ガンナーがスターダスト・ドラゴンと戦闘をはじめる。

 ブレード・ガンナーの銃とスターダストの攻撃がぶつかり合い何度も衝撃を生むが、プラシドはただ仁王立ちで立っていた。すでに勝ちを確信しているのだ。

 いや、すでに彼、一夏も負けを確信していた。目を離せないのだ。道の領域クリア・マインドから……。

 一夏のライフポイントは残り1000。スターダスト・ドラゴンの攻撃力は2500でTGブレード・ガンナーの攻撃力は3600。

 

「ブレード・ガンナー! シュート・ブレード!」

 

 銃から現れたブレードに切り裂かれるスターダスト。それと共に一夏もブレード・ガンナーの攻撃を受け……ライフポイントが0へと変わる。

 爆煙が晴れると、アリーナにはプラシドとブレード・ガンナーのみが立っていて、ソリッドビジョンであるブレード・ガンナーが消えれば一夏が立ち上がりまた二つの影のみが残った。

 

「一夏、お前はこれを習得できるはずだ」

 

「俺が?」

 

「そうだ。まずは新たな速度の地平へ行くことを考えろ」

 

 言っている意味がわからないものの、だが一夏は『無理だ』とは言えなかった。

 

「シグナーであるお前ならわかるはずだ」

 

 プラシドは制服の腕部分をめくって左腕を見せる。

 

「それ!?」

 

 その左腕にあるのは赤き龍の頭の痣。一夏の尻尾の痣のように輝くそれを見て、一夏はそって右腕を出す。

 二人の腕で輝くシグナーの痣。

 ようやくプラシドは見つけたのだ。おそらくこれが輝くということはこの世界になんらかの異変が起こる。

 だから一夏で良かったと思った。動きやすいしなによりも共に行動しやすい。

 だが同時に焦りも覚えているのだ。一夏たちを意味の無い戦いに巻き込んでしまうと……。

 

 

 

 すでに授業中の教室にて、セシリアは机の上においていた右腕を腹の方に隠していた。

 突如輝きだした右腕の痣がバレるわけにはいかない。タトゥーだと言われかねないからだ。

 さすがにそんな勘違いをされるのは不本意どころの騒ぎではない。

 

「(何事ですのっ! どこかで誰かが何かをしているのはわかるのですが……もぉ、最近ろくなことがありませんわ!)」

 

 授業を受けながら、セシリアはどこかの誰かを恨むのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 放課後、一夏とプラシドはほかのメンバーと合流した。セシリアも一夏の顔を見ると一夏の表情が変わっているのに気づいたのか何も言うことはなかった。

 ちなみに現在ISで実戦さながらの訓練しているのは箒とシャルルとセシリアの三人で、鈴とルチアーノは決闘(デュエル)大会に向けて、決闘(デュエル)中である。そして一夏とプラシドの二人は空中でISをまとって飛んでいた。

 これもすべて『クリア・マインド』習得のためであると、プラシドなりの訓練だ。

 さきほどからいつもの速度の倍以上の速度だが、白式は加速度的にワイゼルほどのスピードを出せるわけもない。

 

「速度の出し方を考えなければならんな」

 

「どうすんだよ、闇雲に飛んでたってしょうがないじゃないかよ」

 

「確かにな。まともなアクセルシンクロを習得してからでないとスタンディングでクリア・マインドの境地にたどり着くことなど夢のまた夢だ」

 

 悩むプラシドが、ふと下のアリーナに目を向ける。

 セシリアとシャルルと箒の訓練も、鈴とルチアーノの決闘もすでに終わっているようだった。

 降りるプラシドと一夏がだ、まだアクセル・シンクロを習得していない。それでもプラシドは今日のアクセルシンクロの練習は無駄だと確信した。

 そこまで深い理由は無い。いうなれば単純かつ完結に……“ここはIS学園だから”だ。

 決闘ばかりに目を取られてどうすると、思う反面、もうこのままでもいいんじゃないだろうかとおもっているふしもある。

 

「さて、一夏はシャルルのコンビ……セシリアも鈴と、箒もルチアーノと出るんだろ? コンビネーションは磨いておいたほうがイイんじゃないか?」

 

 セシリアと鈴、箒とルチアーノの方に視線をやると、頷く。

 紅い竜を使う同士で相性が良いのだろう、最近妙に仲がいいというか、そんな感じがする。代表候補生同士だからというのもあるのだろう。

 箒とルチアーノは……たぶんだが誘ったのはルチアーノな気がする。あぶれた箒を思って誘ったのだろうけれど、ISに乗った状態のルチアーノと一緒というのは中々骨が折れるだろう。

 ―――プラシドほど疲れないとは思うがな……。

 

『それはどういう意味だ?』 

 

 ―――そりゃお前、ホセのためにルチアーノが伏せたカードを。

 

『俺が使ってやったほうがあれは良かった』

 

 ―――相変わらずの超俺ルールだな、まぁ良いけど。

 そんなジャイアニズムにも慣れているし、なによりもプラシドはどうも憎めない。大概プラシドに頼っていたりするし時たま励まされたりもする。なによりもこの状況でここにいる違和感を自分だけ感じなくて済む。

 とりあえず今日、はこれでプラシドは戻ることにした。特に練習に付き合う必要性も無い。

 

 

 

 寮の自室に戻ると、プラシドは鍵を開けて中に入る。

 ベッドに腰掛け、腰にかかっている三つのホルダーを外してその中の二つを置く。プラシドが持つのはその内のデッキの一つ。持つのはTGデッキであり“彼のデッキの一つ”である。

 突然、ノックも無しに部屋の扉が開かれて何者かが入ってくるが、プラシドは驚くことも無い。

 入ってきたのはプラシドと同じように白い髪の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 近々行われる学年別トーナメントのタッグ相手であり、相棒。

 

「プラシド・イリアステル……」

 

「あぁ、いつも通り……決闘といこうか!」

 

 ラウラとプラシドは決闘盤(デュエルディスク)を腕につけて決闘(デュエル)を開始する。

 毎日かかさず行われるラウラとプラシドの内密な決闘(デュエル)だったが、この二人は一度もISでの訓練を行ったことはない。

 だが、二人はそれでもなお負けるつもりはなかった。ラウラは自分の部下や上司以外の人間に始めて信頼を寄せている。だが彼女自身それに気づくこともしていなければ彼自身、自分が信頼されているとも思っていない。

 ―――ラウラがしっかりと一夏に惚れるようにしないとな!

 

『それは必要なことなのか?』

 

 ―――正史と同じとまでにはいかないにしろできれば同じような感じにしないとな、今のところ一夏のハーレムは形成されてるわけだから、あとはラウラだけだ!

 

『クッ、そうか……ハハハハッ!』

 

 なぜだか馬鹿にするような笑い方をするプラシドに違和感を覚える彼だったが、特になにも言うことはない。

 文句の一つや二つ言ってやりたいがなぜ笑われているのかもわからないので何も言えない。

 しかたないので笑うプラシドを放っておいて今はラウラとの決闘(デュエル)に集中することにした。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 そして、学年別トーナメントの日へと時は動く。

 男子の更衣室として使われるアリーナにて、一夏が着替えを終えて上に映し出される画面を見ていた。

 

「へぇ、しかし、すごいなこれ」

 

 そんな言葉に、着替えを終えたシャルルまでもが出てきて画面を見た。

 画面に映し出されるのは、各国から集まったどこかで見たような顔の地位の高い人間ばかり。

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認に……それぞれ人が来ているからね」

 

「ふぅん、ご苦労なことだ」

 

 だが一夏にはそんなことは関係無かった。彼が戦いたい相手は一人、着替える必要がないからかここに来ていないプラシド・イリアステルだけだ。

 一夏の初の実戦であったあの日以来まともに戦うことができたことがない。強くなった自分を彼に試す。

 だからこそ、今は偉い人間が見に来ようと来まいと関係はないのだ。だが……一つだけ問題があった。

 

「(プラシドは誰と組むんだ。この間聞いた時はもう相手は決まってると言ってたが……)」

 

「一夏はわかりやすいぐらいプラシドと戦いたいみたいだね」

 

「ん……あ、ああ。まあな」

 

「戦いたいのはわかるけど、冷静にね? 一年の中では現時点最強だと思う」

 

「ああ、わかってる」

 

 プラシドと戦い気持ちはあるが、だが心のどこかであのラウラ・ボーデヴィッヒのことも考えていた。

 なぜかはわからないが自分を敵視していた彼女。プラシドに守られていたから何事も無かったものの、それでなければどうなっていたかもわからない。もしかしたら大事な人達だって傷つけられていたかもしれないのだ。

 だからこそラウラのあの敵意の意味も知りたい。

 そして、新たな画面が現れた。そこに表示されたトーナメント表。

 

「対戦相手が決まったね」

 

「あ、おう……っ!?」

 

「ええっ!?」

 

 一夏とシャルルは、そのトーナメントを見てプラシドがなぜここに居ないのかわかった気がした。

 

 

 一方、女子更衣室の方でも驚愕の声が上がっていた。

 箒や鈴やセシリア、ルチアーノすらも驚愕に声が出ていないが、その中でも箒が冷静になりそのトーナメント表を見る。

 作為すら感じられるそのトーナメント表……そして全員が驚愕しているのは―――。

 

「プラシドとラウラがチームですって!?」

 

 大声を出す鈴。だがそれを含めても箒は手に汗を握る理由は他にある。

 

「一戦目に当たることになるとはね」

 

 隣のルチアーノが苦笑する。箒も同感だ……二人の一戦目は一夏・シャルルチーム。

 そしてセシリアと鈴の二人が戦うことになるのは、プラシドとラウラの二人。間違いなくこのトーナメントの優勝候補である二組。

 これが吉と出るのか凶と出るのか、どちらにせよ激戦は免れなく。

 今日一日アリーナが持つのか心配である。

 

 

 

 




あとがき

今回は決闘の後半とクリア・マインドを教えようと頑張る巻きでござるが、一夏中々達せず。
そして始まったトーナメント。さてさて、今回はどうなっていくのかでござるが……まぁここは企業秘密でござるな。
とりあえず、次回は一夏&シャルルVSルチアーノ&箒でござる!

お楽しみにしてくださればまさに僥倖!!


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第十九話 大会開始! 空を舞う機皇帝スキエル∞!

 アリーナにて、一夏とシャルルの二人が、ルチアーノと箒の二人と睨み合う。練習だって一緒にしたししょっちゅう一緒にいるメンツではあるが、今は別だ。

 真剣な戦い。まだ開始の合図は鳴らされていないが、すでに戦いは始まっているのだ。

 仲間だからこそ、友達だからこそここで手を抜くわけにはいかない。

 しかし個人の真剣勝負に水を差すほどルチアーノは無粋でもない、彼女は箒を前衛に出して自分は後衛に、シャルルの相手に徹することにした。

 箒が量産型ISである打鉄にて、武装である刀を構える。

 

「フッ、一夏……こんな形で戦うことになるとはな」

 

「剣道じゃ勝てないけど、ISなら俺に分がある!」

 

 幼馴染であり、剣道でも箒に一本も取れていない一夏としてはリベンジの機会といったところだろう。

 だが、一夏の背後のシャルルが目を細める。

 

「それにこれはチーム戦だよ!」

 

「ヒャハハハハッ! じゃあこっちが余計に有利じゃん!」

 

 箒の背後にいるルチアーノが笑い出すが、一夏とシャルルは黙って冷や汗を流す。ISバトルでのルチアーノはまったくもって性格も違えば考える戦略も違う。

 なによりも好戦的であり、単純に強い。一筋縄で勝てるはずもなく。また箒も一般の打鉄を使ったIS乗りよりよほど強い。さすがに専用機で中遠距離のシャルルでは時間稼ぎぐらいにしかならないものの、一夏相手ならばそこそこはやれるだろう。

 あとはルチアーノがシャルルをどう倒すか、である。

 

 観客席にはセシリアと鈴が、そして観客席の階段に立っているプラシドとラウラ。

 

 開始まであと5秒。カウントが始まり一秒、また一秒と時間が過ぎていく。

 

『たたっ斬る!』

 

 一夏と箒の言葉が同時に放たれて、カウントは0。ブザーが鳴り響くと同時に一夏は雪片二型を展開して飛び出す。

 箒も一度だけ刀を振るうとその場で両足をそろえて止まる。風を読むように冷静でいて静か……。

 

「開幕直後に先制攻撃……わかりやすいな!」

 

 言葉を放つと同時に、近づいてきた一夏の突き出される雪片弐型は箒の刀によっていなされる。

 それにより体勢を崩した一夏を横目に見て、箒は刀を一夏に振った。一夏の顔面に吸い込まれていく刀だったが、瞬間―――現れたシャルルが両手に持ったサブマシンガンを乱射する。

 

「くっ!」

 

 それを見て打鉄を後退させる箒。

 

「ルチアーノ!」

 

「言われなくたって!」

 

 上空から聞こえた声に、一夏とシャルルは同時に顔を上げる。上空に滞空しているルチアーノが両手で胸の中央にキャノンを持っていた。いつもの比じゃない大きさのそれはその威力の高さがわかる。

 一夏が後退していき、シャルルも後退しながらサブマシンガンを乱射した。しかしその弾丸の射線上に現れた箒が弾丸を刀で切り裂く。そのような芸当ができるのは彼女がその道のプロだから、だろう。

 焦りを覚えたのか、一夏が上空に飛び上がるが、すでに遅い。

 

「リミッター解除! いけぇ、スキエル・A5キャノン!」

 

 放たれる巨大な粒子砲。一般的にはビームとすら呼ばれるそれを一夏が瞬間加速(イグニッション・ブースト)を発動して、上に避けた。

 だが一夏の頭の中には疑問ばかりが駆け巡る。

 

 ―――これだけのために? いや、違う!

 

 そう思った時にはすでに遅い。ビームが消えればその真下から現れる箒が、白式の足を掴んで最大出力で真下へと投げる。

 量産型のISと言えどそれほどのことは可能だ。中々の速度で落ちていく白式だがすぐに体勢を整える。その時にはすでにシャルルがルチアーノの方へと飛んでいる。一夏は当初のシャルルとの作戦通り箒を落とすことに集中することにした。

 

 空中にて、シャルルはルチアーノに上空から真下のルチアーノにサブマシンガンと、グレネードを装備したライフルを撃ち続ける。

 だがルチアーノも尻尾部分であるスキエルG(ガード)を使って攻撃を防ぎながら、真下へと降りながら避けていく。

 ルチアーノは地上スレスレのところで急停止と同時に急加速で地上をホバー移動する。そんなルチアーノを追うシャルルも同じく地上をホバー以上しながら射撃を繰り返す。

 グレネードなどは避けれるものの、マシンガンはさすがに尻尾でふせぐしかない。

 

「逃げるだけじゃボクに勝てないし、箒も勝てるはずがないしね!」

 

「ヒャァハハッ! お前なんかにゃやられるわけにはいかないよ。ボクはプラシドをぶっ潰さないと気がすまないからね!」

 

 振り返ったルチアーノが、先ほど使ったスキエルA5を投げつけるが、シャルルはサブマシンガンを放り投げて盾を出すとスキエルA5を吹き飛ばそうとする。

 だが、その瞬間―――ルチアーノの顔に笑みが浮かんだ。眼帯で隠れていない方の片目がギラリと光る。

 

「ツイン・ボルテックス!」

 

 そんな言葉と共に、スキエルA5が爆発し、同時に強い電気が奔りシャルルへと攻撃を行う。

 

「うあぁぁっ!」

 

 電撃での攻撃に、シャルルは声を上げてISのバランスを崩し、地面に倒れる。そんなシャルルに近づくルチアーノが左腕を振るうと、その左腕にはスキエルAが装備される。

 その銃口がシャルルに向けられると、銃口に少しづつエネルギーが集まっていく。

 

「ぐっ……ぼ、ボクは……」

 

 辛そうにしながらも、シャルルが起き上がろうとするが、体がシビれる感覚が今だに残っているのか立ち上がることも困難だ。

 だからこそルチアーノは油断していたのだろう。突如、横から飛んできた巨大なそれごとルチアーノは吹き飛んでアリーナの地面を転がる。

 飛んできたのは箒と打鉄であり、シャルルの方を見れば箒を吹き飛ばしたであろう本人である一夏が立っていた。

 

「一夏お前ぇっ! って箒邪魔だよ、重いなぁ!」

 

「なっ! 重いだと!? 私のどこが重い!?」

 

「胸だよこのおっぱい馬鹿!」

 

 そう言って箒を蹴り飛ばしたルチアーノがすぐに立ち上がり、翼をはためかせる。起き上がった箒は刀を構えた。

 シャルルも頭を押さえながら起き上がると、すぐに両手にライフルを出現させて撃つ。

 そうするも箒はルチアーノの前に立って弾丸を切り裂く。飛び上がるルチアーノが左腕のキャノンをシャルルへと撃つがそのビームも一夏の雪片二型に切り裂かれるのみだ。

 

「ちっ、面倒だなぁ!」

 

「そりゃ結構!」

 

 一夏がルチアーノへと近づき剣を振るうと今回は当たった。空中にて吹き飛びそうな体勢を整えると、ルチアーノは目を細める。

 

「スキエルA4!」

 

 そんな声と共にルチアーノの両手の装甲が一度消えて、再び現れるのは二つの銃口。両手を一夏に向けるということは必然的に銃口を一夏に向けることになる。

 

「やべっ!」

 

 一夏が気づくがもう遅い。ルチアーノは顔に笑みを浮かべて両手の銃口からマシンガンのようにビームを撃つ。

 連続して放たれるマシンガンのようなビームが一夏へと向かい―――爆発が起きて爆風が起きる。

 

「ヒィヤッハハハハッ! ばぁ~か!」

 

「ルチアーノ!」

 

「ん?」

 

 箒の声に、ルチアーノはそちらを見る。見れば、すでに箒のエネルギーは0になっていて、シャルルはどこにもいない。

 それに気づいた時にはすでに遅い。煙が晴れて、その中から現れたのは一夏。ルチアーノがスキエルGを使って『零落白夜』を防ぐが、尻尾は切り裂かれてルチアーノのISには大きなダメージが与えられた。

 

「このぉっ!」

 

 驚愕するルチアーノだったが、すぐに両手のスキエルA4を一夏へと掃射する。しかしそれでも一夏を退けただけだ。まだ一夏への攻撃を防いだ張本人であろうシャルルがどこにもいない。

 

「ボクはここだよ!」

 

「っ!?」

 

 ルチアーノが上空に目を向ければ、太陽の光に目がくらまされた。しかしその瞬間、太陽を背にしていたシャルルが上空から突っ込んでくる。

 両腕のスキエルA4を撃つルチアーノだが、シャルルの右腕にシールドを構えて攻撃を防ぎながらルチアーノへと突撃し、そのまま地面へと叩きつける。

 ルチアーノが下、シャルルが上のまま地面へとぶつかるとシャルルのシールドの装甲は吹き飛び、そのシールドは真の姿を現す。

 

「パイルバンカー!?」

 

「もらったぁ!」

 

 叫びと共に、放たれるパイルバンカー。その攻撃は装甲が薄く、一夏の攻撃を受けているスキエルには致命傷だった。

 激しい衝撃と音と共に、シールドエネルギーが0になり、ルチアーノと箒のチームの負けとなる。だがシャルルと一夏もただではすまない。本当は優勝候補であるラウラ・プラシド、または鈴とセシリア戦に使おうという話になっていた隠し玉、パイルバンカーを使わされた。

 まだ使っていない手はあるものの、それだけ箒とルチアーノのコンビネーションなどが強かったということだろう。

 

「後半のあれがなかったら、ここに立ってたのはどっちになってたやら……」

 

 息を途切れさせながら言うシャルル。起き上がったルチアーノは悔しそうにしている。

 箒の方は一夏に支えられているようで、少しばかり嬉しそうにも見えた。

 

「こんなの、こんなのボクは認めないぞぉっ!」

 

 そう言うとルチアーノは先に出て行く。大きな会場で巻き起こる拍手を浴びながら、一夏、シャルル、箒の三人もまたその場を去った。

 専用機持ちの一戦目はやはりというべきか、凄まじいものとなった。そして篠ノ之箒はやはり篠ノ之束の妹ということかと驚愕されている。ISの扱いは専用機持ちほどではないにしろ凄まじいものだった。

 さらに、ルチアーノという謎の専用機持ちもそうだ。彼女も凄まじい戦闘力だった。目をつけられたのは間違いないだろう。

 

 

 

 観客席にて、ラウラとプラシドが戦いの一部始終を見たが黙っている。

 その二人はやはり目立っているようであたりから注目もされているし、気にもされているようだ。プラシドと違いラウラの方が表情は豊かで、パイルバンカーの時は結構驚いた表情を見せていた。

 それに比べるとプラシドは最初から“知っていた”ような表情でただ戦いを見ているのみて、どちらかというと一夏やシャルルや箒よりもルチアーノを気にして見ていたように思える。

 

「あの盾殺し(シールド・ピアース)は侮れないな、当たればただではすまないだろうし……今見れて“良かった”と言うべきか……遊びのくせによくやる」

 

 プラシドの横でつぶやくラウラだが、特にその言葉を否定することもないプラシド。

 彼らは人殺しの兵器を扱っているという自覚がイマイチ足りない。それを当然と思わないこともない。実際このIS学園という場所で楽しく訓練をしていれば自覚を持てるはずもない。

 横にいるラウラは命を賭けた場所に立っていたのだ。今まで実銃だって何度も撃ったことだってあるだろう。ISとは手に持つその銃が“変わっただけ”にすぎないのだから、自覚はもちろんある。

 しかし、今まで居た場所とここを一緒にするのは少し違うのだ。

 

「さて、準備をするとしようラウラ」

 

「ああ、お前とならばやれるさ」

 

 そう言うラウラは、しっかりとプラシドを信頼しているという表情であり、それはプラシド以外の誰にも向けない表情だ。

 教官であった織斑千冬には敬意の念を持って接していた。部下には威厳を持って接していた。だが、同格の相手というのをここに来て始めて得た。それをラウラ自身、自覚はしていないがそうなっている。

 それはおそらくISを兵器と意識して扱うプラシドと感じ方が似ていたことも理由の一つで、ラウラの知る“ISをファッションか何か”だと思っている人間たちの一人ではないからだ。

 共に戦うに、ISでの戦いで背中を任せられる相手というのを、このIS学園にて手に入れたラウラは静かに踵を返し、プラシドと共にその場を去っていった。

 

 

 

 プラシドとラウラが居た場所から、少し離れた場所にてセシリアと鈴の二人が試合の一部始終を見てゴクリと喉を鳴らした。あのクラスのコンビネーションを、プラシドとラウラに勝っても喰らうわけであり、それを思えば今更ながら焦りを覚える。

 代表候補生二人だから多少は楽だろうと言う感覚を持っていた自分たちが今更ながら愚かに思う。だがコンビネーションだってしっかり磨いたはずだと、セシリアは頷く。

 

「やるわよセシリア」

 

「ええ鈴さん、やるからには勝ちますわ!」

 

 笑い合う二人、最近は二人でいることが多い。

 一組と二組の合同実習では大抵組むことになる二人。遠距離と中、近距離という二人は非常に良い相性といえるし、今大会の優勝候補と言っても良い。

 教員である山田麻耶一人に落とされるなんてこともあったが、織斑千冬とほぼ同期の代表候補生だったのだ。特に一年である二人が落とされても疑問はない。

 

「頼りにしていましてよ?」

 

「任せなさいよ、あんたはあたしの背中を守っててくれればいいからね」

 

 そう言って鈴とセシリアがハイタッチをする。お互い信用し信頼しているからこそこうして“あの二人”を相手にするというのに笑顔でいられるのだ。

 想い人であるプラシドを相手にするセシリアだが、手を抜くつもりもなくただ本気でいくつもりであった。

 それが鈴に伝わっているからこそ、鈴もセシリアに背中を任せられる。

 二人は共に立ち上がって、戦いに向けての準備のために動きだした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 それから少ししてから、アリーナの中は妙にざわついていた。

 理由としてはアリーナにて、とうとう見所とも言える試合が始まろうとしているのが理由だろう。目は付けられてはいた一夏とシャルルの戦いだが、予想に反して善戦したルチアーノと箒で盛り上がった熱がさらに強くなる会場。

 間違いなくこの試合は今大会最高潮の盛り上がりを見せることだろう。

 IS学園にてたった“三人の男”の一人であり、おそらく一年でもっとも強い人物。それでいてまだまだ未知のISを駆り新たな戦いを見せてくれる。期待しないほうがおかしいというものだ。

 未知のISと言えばラウラのシュヴァルツェア・レーゲンもそうである。今だにまともな戦いを見せないラウラは決闘では負けることは多いもISバトルでの戦績は未知数。

 

 アリーナの中央に四機の専用機。

 

「プラシド、あんたがラウラと組むとは意外だったわ」

 

「だろうな、けど誘われたら断る理由もない」

 

 笑うプラシドはいつもの彼で、ワイゼルを装備しながらもいつもの彼であった。それにわずかな違和感を覚える鈴とセシリアだが深く追求する気はない。

 だから素直に疑問だけを問いかけることとした。

 

「へぇ、あんたらがISで一緒に訓練してたなんて聞いてないけど、コンビネーションは大丈夫なの?」

 

「そんなものは不要だ。ISなど無くともコンビネーションを磨くことぐらい俺にとっては造作もない」

 

 そう言いながら、プラシドは左腕を振るい空を切った。プラシドの言葉に会場がざわつき出す。コンビネーションをまったく鍛えずに戦うなど、さすがに最強クラスの二人でも無謀というものだ。

 先ほどから一切喋らないラウラとセシリアだったが、セシリアが口を開く。

 

「本気で勝たせていただきますわよ!」

 

 宣言したセシリアの目は完全に相手と戦うという瞳であり、強く熱い眼差しであった。

 

「……侮れないぞラウラ!」

 

「お前が言うならば信じよう」

 

 そんな言葉に、セシリアは先ほどまでの強く熱い眼差しを豹変させる。なんだか先ほどまでとは別の意味でプレッシャーがプラシドへと降りかかった。それはセシリアの額に浮かぶ青筋に関係があるのかどうか気になるところであるが、すぐにセシリアは頭を左右に振って先ほどのような表情に戻る。

 先ほどの異様なプレッシャーはなんだったのかと、若干なりともあった油断を完全にかき消すラウラ。さすがに代表候補生二人を相手に油断するつもりはない。

 決闘(デュエル)で培った感は無駄ではないと信じたいというものだ。

 

「さてプラシド、いつかの約束のためにぶっ飛ばしてやるわ!」

 

「私がやらせんさ!」

 

「黙って下がりなさいよラウラ! セシリアよろしくね!」

 

「わかりました。最初からフルパワーでいきますわよ!」

 

「ブルーティアーズにパワー型のパッケージはないだろ、セシリア!」

 

「お勉強していただいて光栄でしてよ!」

 

 カウントが開始される。青いモニターの数字が徐々に少なくなっていくと共に、会場の空気も引き締まる。

 来賓の席にいる各国のお偉い型もプラシドと代表候補生三人の戦いを息を飲んで見ていた。

 そして、モニターに表示される数字が0になると同時に、ブザーが鳴り響き四機が動き出す。

 

『負けるなよホセ』

 

 ―――当然だ! 機皇帝ワイゼル∞の力を思い知るが良い!

 

 

 

 

 

 

 




あとがき

はい、戦いが一つ終わってまた一つが始まりましたでござる(キリッ
ルチアーノと箒は負けたでござるが……まぁ専用機二機でござるからな! さすがに厳しい!
そしてISでの訓練をまったくしていたないプラシドとラウラはコンビネーションを磨いてきた二人相手にどう立ち回るのか!

お楽しみにしていただければまさに僥倖! ではまた次回でござるな!


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第二十話 歪められた願い 真の力、機皇帝グランエル!

 ブザーと同時に動きだした四機のISは、すぐさま行動を開始する。

 まず中央へと、いや、敵へと向かっていくのはワイゼルと甲龍(シェンロン)の二機であった。もちろんそれは接近戦しかないワイゼルでは仕方のないことでもあるだろう。甲龍ならば中距離戦闘もできるかもしれないが、ワイゼル、いやプラシド相手に遠距離からひたすら撃つなどと不毛なことをする気もしない。

 だからこそ鈴は接近戦をしようと言うのだ。私念がないかと言われれば否定はできやしないが是非もなし、今まさにいつぞやの決着をつけるために鈴は近接武装である双天牙月を振るう。

 

「ふん!」

 

 巨大な青龍刀を、プラシドはその左腕のブレードで防ぐ。

 だが甲龍の馬力はワイゼルの比では無い。そのパワーをプラシドがいつまでも持ちこたえることは不可能と言ってもいいだろう。

 だからこそ、そこは“パートナー”がカバーするべき場所なのである。

 

「鈴さん!」

 

 セシリアの声に、鈴は気づいた。足からバーニアを噴かせてプラシドから離れれば、鈴の居た場所には弾丸が奔り観客席近くの壁へと直撃し、爆発を生んだ。

 撃ったのはまごう事なくラウラであり、その巨大な砲身から煙を出しながらすぐさま移動を開始した。先に潰すのはセシリアとの予定であればプラシドだ。まだ対処法があるプラシドならばまだラウラよりましである。

 しかしプラシドとて並のIS乗りでは無い。すぐにワイゼル∞のスピードをもってして鈴へと近づこうとするが、上空からセシリアがスターライトmkⅢにてプラシドの前方へと射撃をした。それにて足止めをされるプラシド。

 

「ナイス、セシリア!」

 

「プラシドさん、鈴さんなんて追いかけても良いことはありませんことよ!」

 

「前言撤回!」

 

「遊んでいる暇があるのか蒼いの!」

 

 そんな声にセシリアが気づけば、衝撃を感じた。声の主は間違いなくラウラであり、今の衝撃は素直に殴られた痛みである。地上へと落ちていくセシリアがなんとか踏ん張り落下は避けて両足を地面へとついたが、上空には黒い機体シュヴァルツェア・レーゲンとラウラ。

 だが、ラウラの背後から接近する影、鈴は双天牙月を分裂させて二刀流になると両腕を振りかぶってラウラへと切りかかろうとするが、背後を見たラウラがすぐに片腕を鈴へと向けた。

 

「なっ、動けないっ……」

 

「まさか、AIC!?」

 

 驚愕するセシリアだが、すぐにスターライトmkⅢをラウラへと構える。

 

「俺を忘れてもらっては困るな!」

 

 そう言ってセシリアへと突撃していくのは機皇帝ワイゼル∞を駆るプラシド。

 だがセシリアとて馬鹿みたいにただつっ立っているわけがなく、背後に下がりながらラウラへとスターライトを撃つ。それに気づいたとしても遅く、ラウラの背中へとスターライトは直撃する。衝撃と共にAICこと慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)を止める。

 プラシドがそちらに意識を向けた瞬間、セシリアは腰部のブルー・ティアーズにてミサイルを放つ。

 

「くっ!」

 

 即座に体勢を変えてセシリアから離れながら、ミサイルを切り裂いていく。今戦いでは爆風でのシールドエネルギー低下すら敗因になりかねないから、だろう。

 ラウラは上空にて鈴の双天牙月を両手のプラスマ手刀にて防いでいる。

 

「離れましたわね!」

 

 そんな叫び声と共に、ブルー・ティアーズから分裂し、放たれたビット兵器ブルー・ティアーズ。

 ビットはワイゼルへと向かって飛ぶ。

 上空の鈴がラウラと近接武器にてつば競り合いになりながらも、レーダーを使って龍砲をプラシドへと放つ。

 

「なにっ!」

 

「この数の攻撃を完全にさばき切れますか!」

 

「えぇい!」

 

 プラシドは地上をホバー移動しながら連射される龍砲とビットから放たれるビームを避けていくが、一発が左腕へとかすった。さすがにワイゼルGをもってしてもこの数の攻撃をさばききれるはずもないが、ブルーティアーズがプラシドの前へと配置されれば、それを切り裂く。残り三機。

 

「甘いわねプラシド!」

 

 そんな言葉と共に、プラシドへと放たれる龍砲。それはワイゼル∞の頭へと向かうが、途中でプラシドの右手へと直撃し、右腕ことワイゼルGが破壊される。

 だが次に再び放たれる龍砲。そして三機のビットがプラシドを狙う。

 

「上へと避けろプラシド!」

 

 そんな声と共に、急上昇するプラシドだったが、ビットはプラシドへと向いている。

 装甲の薄いワイゼルではこの三機の攻撃は直撃すれば致命傷とも言えるだろう。しかしこれは一人で戦っているのでは無いと、プラシドは笑みを浮かべる。

 瞬間、三機のビットは三つの刃のついたワイヤーに破壊される。そのワイヤーをたどってみていけば、放ったのはラウラ。

 つば競り合いになりながらも攻撃できるのは鈴だけれは無かった、ということだ。

 

「くっ! 邪魔すんじゃないわよラウラ!」

 

「なにを言う。これは“タッグ”での戦いだ!」

 

 そう言うラウラはさらに三つのワイヤーブレードをセシリアへと飛ばす。

 

「やりますわね!」

 

 セシリアはワイヤーブレードを避けるために急上昇し攻撃を避けていくが、それでは自分が攻撃できない。対処法を考えるうちに、ブルー・ティアーズの足がワイヤーブレードに巻き付かれる。

 そして、鈴とつば競り合うラウラが突如背後へと下がったことによりバランスを崩される鈴だが、すぐに龍砲をラウラに撃つ。AICで防御するラウラ。

 

「ハッ、まだよ……っぐぅ!」

 

 背後からの攻撃に、鈴は下へと落ちていき地上にぶつかった。さらにワイヤーブレードにて振り回されるセシリアまで鈴の上に落とされる。

 セシリアと鈴の二人が体勢を整えて上空を見れば、そこに浮いているのは二機のISの影。白と黒の機体の登場者はどちらも眼帯をしていた。左目に眼帯をするラウラと右目に眼帯をするプラシド。二人が二人を見下ろす。

 ワイヤーブレードを戻すラウラと、右手の破壊されたワイゼルGをワイゼルG3へと新たに変えるプラシド。

 

「ぐっ、プラシドとラウラ、大したコンビネーションだわ。ISでの訓練をしてなかったからって舐めてたかも!」

 

 鈴はそう言いながらシールドエネルギーを確認した。まだまだ余裕はある。

 上空のラウラが腕を組んでその表情に笑みを浮かべた。

 

「ISでの訓練など私たちには今更不要、私たちはコンビネーションを鍛えるためにずっとタッグデュエルを鍛えてきた!」

 

「な、なんですってぇぇっ!?」

 

 大声で驚いたのはセシリア。まるで怒っているようにも見えるが気のせいだろうとすますプラシドだが、妙に自分を睨んできている気がするのは気のせいだろう。

 ラウラが笑いながら二人に向けて右肩のレールガンを向ける。

 

「私たちは熟練度やISでのテクニックに関してお前たちを大きく上回る。だがタッグでの戦いともなるとコンビネーションが必要になるだろう、タッグデュエルで鍛えたコンビネーションと、この大会で私たちがタッグを組む意外性というタクティカル・アドバンテージの二つ。私たちはこれで次の戦い、織斑一夏を葬り去る!」

 

 宣言するラウラだったが、プラシドはそこまで自分のISでの戦闘能力を過大評価していない。だが二人の実力はこの程度じゃないことだってわかっている。だが二人は自分たちを少しばかりでも侮っていた。それが敗因だ。

 すでにビット兵器ブルー・ティアーズは腰の誘導ミサイルだけ、すでにセシリアはただのライフル持ちだ。

 

「ふん、落ちるがいい!」

 

 そんな言葉と共に、放たれるレールガンだが、セシリアはその弾丸をライフルにて迎撃。そしてすかさずもう一度スターライトを撃ち腰のミサイルをも発射させる。

 スターライトをAICにて防ぐラウラの脇をすり抜けるプラシドがセシリアへと飛ぶが、そのプラシドの前へと現れる鈴。

 

「甘いわね、二人だって言ったのはラウラよ!」

 

「だからこそ俺は安心して前に出れる!」

 

「はぁ? ……きゃぁっ!」

 

 プラシドが急上昇すると同時に、プラシドの影にかくれて見えなかったラウラが姿を現しレールガンを撃つ。そしてすぐにラウラはスピードを上げてアリーナをホバー移動し追尾していくミサイルを避けていく。

 体勢を崩した鈴を通り過ぎて、プラシドはセシリアを追い上空へと飛んだ。だが突如セシリアが追ってくるプラシドに対して、つまりは真下向かって何かを投げた。

 

「あれは……インターセプター!?」 

 

 それに対してセシリアはスターライトを撃ち、小規模の爆発をさせる。

 

「ぐぅっ!」

 

「懐が!」

 

 爆風の中から現れたセシリアが、そのスターライトmk3の銃口をプラシドの腹部にぶつける。

 突き刺さるようにぶつかったその銃口に、まずいと思うプラシドだったが、すでに遅い。

 

「ガラ空きでしてよ!」

 

 放たれる青い閃光、それと共に地へと叩きつけられたプラシド。すぐにセシリアは動き出してラウラと鈴の方へと移動する。

 ラウラはすでにミサイルを迎撃したのか、鈴と空中戦を繰り広げながら龍砲とレールガンを撃ち合う。レールガンを避ける鈴とは違い一歩も動かずAICにて攻撃を防ぐ。

 ラウラはワイヤーブレードを放った。

 

「いきなさい、最後のブルーティアーズ!」

 

 その言葉と共に放たれるミサイルに、ラウラは気づくことなく正面から放たれる龍砲を防いでいくが、真下から迫るミサイルには気づけず……気づいた時にはもう遅い。

 

「なにっ!?」

 

 ミサイルの直撃、ラウラを中心に爆煙が巻き起こるがその中、ラウラの元へと戻ろうとするワイヤーブレードを撃つが、当たることなく爆発の中へと戻っていくワイヤーブレード。

 爆煙が晴れたそこにはラウラ。だがさすがにダメージは入っているようでシールドエネルギーも削れている。笑みを浮かべて軽いタッチを交わす鈴とセシリア。

 

「くっ、男の尻ばかりを追い続ける割にはよくやる!」

 

 そう言いながらラウラは肩のレールガンを二人に向けたが、セシリアがスターライトを構えて鈴が双天牙月を構えた。

 笑みを浮かべるラウラ。それに気づいた時にはすでに遅く、鈴は背後から斬られる。斬ったのは無論先ほどセシリアが倒したと思ったプラシドだが、シールドエネルギーはすべて削っていなかった。

 

「けど、もう動けるなんて!」

 

「頑丈さだけが取り柄なんでな!」

 

 そう言ってプラシドがブレードを振るが、セシリアは紙一重のところで回避を成功させる。そこに隙が生じた。

 セシリアを狙っていたラウラのレールガンが放たれる。

 

「まだですわ。まだ負けない……そうでしょうレッド・ティアーズ!」

 

 その声と共に、輝くセシリアの右腕の赤き龍の翼の痣。そしてセシリアは先ほどとは全く違う動きで身を翻してレールガンを避ける。

 それを見て……いや、セシリアの腕の痣を見て明らかな動揺を見せるプラシド。

 

 観客席にて、立ち上がった一夏。

 

「あれは!」

 

「なんだ、知っているのか一夏!?」

 

「なにあれ、ボクの知る情報には無いよ!」

 

 箒もシャルルも、もちろんルチアーノも知らないその姿に驚愕を隠すことはできない。

 プラシドの言っていたシグナーがセシリアだとは一夏も思わず、立ち上がって驚いてしまったことにしまったと顔をしかめる。

 一夏は自らの腕を隠すように抱いた。

 

「ブルー・ティアーズが赤く?」

 

 赤き龍の元、ISが変化していく、それは一夏も知っている。

 あの時に起きた現象とまったく同じものであると、一夏は痣の輝く右手を隠しながら戦いを見た。

 

 セシリアのブルー・ティアーズはクラス代表戦での時のごとく、レッド・デーモンズ・ドラゴンのように変化し、形を変えた。観客席は盛大に盛り上がり、半比例するように来賓の席では困惑が巻き起こっている。

 これを見せてどう説明すれば良いのかと迷うが、そんな暇はない。今はただ目の前の二人を倒さなければならないと、その手に持つスターライトを地面へと放り投げ―――飛ぶ。

 その速度は今までのブルー・ティアーズよりも早い。

 

「なんだそれは、そんなもの情報には無かった!」

 

「当然ですわ! 誰にも見せていませんものっ!」

 

 翼を羽ばたかせ、セシリアが飛ぶ。赤い雫(レッド・ティアーズ)は赤い流線型を描きながらラウラのレールガンを避けていくが、ラウラはしびれを切らしてすぐにワイヤーブレードを放った。

 動揺で動けなかったプラシドが我に返るとすぐに飛び立つ。

 

「セシリア、聞くのはあとだが、しっかりと説明してもらうぞ!」

 

「私だって詳しいことはわかりませんが、プラシドさんが聞きたいならば知ってることは、私が勝たせてもらった後でお話しますわ!」

 

 プラシドの振るうブレードを、セシリアはその右腕で受け止めるも、まったく切れることも無ければダメージも無い。赤く輝くそのレッド・ティアーズの右腕はまさにレッド・デーモンズ・ドラゴンの持つ腕そのものと言わんばかりにエネルギーが凝縮されている。

 さらにセシリアの左腕も振るわれるが、プラシドはワイゼルG3にてその左腕を防ぐ。

 その様子を見ていたラウラがそちらにレールガンを向けるものの、突然の攻撃に体勢を崩すこととなる。

 

「ぐっ!」

 

 攻撃を受けた方を見ればそれは鈴であり、すぐ鈴に向けてレールガンを撃つラウラだったのだが、鈴が持つ“スターライト”にレールガンを相殺され、龍砲がラウラを襲うもAICにてなんとか防いですぐにレールガンを放つ。

 

「このっ、死に損ないがぁっ!」

 

 ラウラが鈴に向けてワイヤーブレードを放った。

 それを見て、セシリアが目を細める。

 

「押し通らせていただきます!」

 

 レッド・ティアーズの腕に集まるエネルギーがさらに強くなり、ワイゼルG3を破壊する。

 

「なにぃっ!?」

 

 驚愕するプラシドだが、セシリアは左腕にてプラシドを殴り飛ばす。セシリアにしては優雅ではないが、決闘者(デュエリスト)であるセシリアとしては正解と言っていいパワー重視だ。

 プラシドを退けるとすぐに鈴の元へと向かうセシリア。鈴がワイヤーブレードにて攻撃を受けるが、セシリアはワイヤーブレードのワイヤーを掴むことに成功した。

 

「はぁっ!」

 

 ワイヤーを引っ張ると、ラウラまでもが引っ張られセシリアの方へと勢いをつけて引き寄せられる。赤く輝くセシリアの右手。左手にて引っ張ったワイヤーを離すことは無い。引き寄せられるラウラが両腕を前にしてその攻撃のダメージを軽減させようとするが、おそらくダメなことはわかる。

 

「アブソリュート・パワー・フォース!」

 

 そんな叫び声と共に右手が突き出され、赤いエネルギーが手の形となって放たれた。いくら減速したところでセシリアにワイヤーを握られている時点で避けることは不可能。

 だが、そんなラウラの前に突如白い装甲が現れる。

 

「プラシド!?」

 

「味方を庇うのはタッグデュエルの醍醐味だ!」

 

 そう言って笑うプラシドだったが、すぐにセシリアの『アブソリュート・パワー・フォース』の直撃を前を向いて受ける。爆発と共に吹き飛んだプラシドとラウラ。プラシドに庇われたおかげでラウラのダメージはかなり少ないものとなっているが、やられ弱いワイゼル∞のシールドエネルギーは0へと変わる。

 セシリアの隣に立つ鈴。

 

「プラシド!」

 

「すまないラウラ。ここまでのようだ」

 

 そんな言葉を聞いて、ラウラはプラシドをそっと壁際へと寄せる。

 

「ラウラ?」

 

「休んでいろ。ここまでやったのだ、一人で充分だ!」

 

 ラウラはすぐにセシリアと鈴のもとへと飛ぶ。

 ―――情けないっ、この俺がっ!

 

『ふん、お前にとってはそこまで使い勝手のいいものでもないワイゼルでよくもまあ……いい負けっぷりだった!』

 

 ―――いざ言われると腹立つなそれ。

 プラシドは“プラシド”を放っておいて、ラウラの戦いを見ることにした。ここで負けてしまっては、正史を再現できることがなくなる。

 焦るプラシドだったが、ラウラと鈴とセシリアの三人に動きがあった。

 

「私は、教官をあんな風にする。織斑一夏を……消さなければならない!」

 

「消すとか、なにいってんのよあんた!」

 

 鈴が動き、ラウラのプラズマ手刀と双天牙月を何度もぶつけ合う。

 

「私はっ! 私はそのためだけにこの学園に!」

 

 AICにて鈴の動きを止めると、すぐにレールガンを鈴に向ける。

 

「あんな種馬一人、どうということはない!」

 

「あんたねぇ!」

 

 叫ぶ鈴だが、今のラウラが容赦することはない。もう一歩なのだ。目的まで、織斑一夏を消すまで後一歩なのだ。それをこんなところで、こんなISを遊びで使っているような女たちに負けるわけにはいかない。

 だが、横からの攻撃によりレールガンが破壊される。下がるラウラだが、レッド・ティアーズの拳を受けて吹き飛ぶラウラ。

 

「(ぐっ……力が欲しいっ! プラシドに庇われることなんてない。むしろプラシドを守ってやれるほどの力が欲しい!)」

 

『汝、より強い力を欲するか?』

 

「(よこせ、力を……比類なき最強を!)」

 

 突如、ラウラが叫び声を上げる。それに驚愕するセシリアと鈴と会場の面々。シュヴァルツェア・レーゲンが形を変え、ラウラを飲み込もうとする。

 だがそれでももがきながら抵抗する。ラウラの意思を反するようにラウラは激しい痛みと共に取り込まれていく。

 ―――馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 早い、早すぎる! まだだ、一夏ともまだ戦っていない!

 

『ふん、あれがどういうものかわからんがお前が倒せば解決だろ』

 

 ―――そういう問題じゃない。一夏が切らないとダメなんだ!

 

『ちっ、勝手に言っていろ』

 

 そう言うと黙ってしまうプラシド。だがプラシド(ホセ)はそれも気にならないほどに焦っていた。

 だめだと、ここでこんなことになってしまってはダメだと……こんなことならばさっさとルチアーノと組んで箒にラウラと組んでもらえば良かったと後悔の念が押し寄せる。

 それでもだめだ。セシリアが強ければラウラをもっと前に倒してしまったかもしれない。

 

『非常事態発令。トーナメントの全試合は中止。状況レベルDと認定。鎮圧のため、教師部隊を送り込む。来賓、生徒はすぐに避難すること』

 

 それと共にシャッターがしまっていく。

 

「ラウラ!」

 

 叫ぶ鈴だが、すでにシュヴァルツェア・レーゲンに飲み込まれたラウラに声は届かない。

 シャッターは完全に閉ざされ、アリーナには四人だけ。

 ワイゼルを解除したプラシドはすぐに走って鈴とセシリアの元へと寄る。セシリアのレッド・ティアーズはすでにブルー・ティアーズへと戻り武装がなにも無い状態だ。

 ラウラを飲み込んだシュヴァルツェア・レーゲンとも言えないそれは形を変えてISを纏った人のようになる。その右手に握られているのはまごう事なく刀。それも一夏の雪片二型そっくりだ。

 

「セシリアはISを解除してすぐに下がりなさい!」

 

「でも!」

 

「武装の無いあんたはさっさと下がりなさい! あんたを守りきれるかわからない!」

 

 そんな鈴の言葉に、セシリアは頷きISを解除した。

 その容姿、代表候補生である鈴がわからないはずがない。間違いなく、それは織斑千冬の姿だ。

 鈴は両肩の龍砲を撃つ。しかしその攻撃は当たることなく、横に走って避けられ、瞬間―――距離を詰められる。

 

「っのぉ!」

 

 双天牙月を振り上げるが、それよりも早く黒いそれは刀を振り双天牙月を払い飛ばす。声を上げる暇もなく、鈴は一度斬られる。

 斬撃を受け、数歩下がるがさらにソレは刀を振り上げた。シールドエネルギーは0になった。もう一度切られれば無事である保証はない。

 

「きゃぁっ!」

 

 声を上げる鈴だったが、突如、鈴の目の前に現れたオレンジ色の機体が斬撃を防ぐ。

 

「鈴、ISを解除しろ!」

 

 そんな言葉と共に、鈴は反射的にISを解除した。

 斬撃が止まり、鈴は下に落ちる。尻から落ちたためか痛みで尻をさするも、目の前のソレが動かなくなったことに気づいたからか怪しく思いセシリアとプラシドのもとへと歩く。プラシドが鈴をかばったグランエルGを粒子化して消す。

 プラシドは焦りながらもそれを見上げた。教師部隊が現れてソレを囲むが、認めない。認められない。プラシドにとっては最悪としか言えない状態だ。

 ―――どうすればいい! このまま教師部隊にやられるのを黙って見ていろと言うのか!?

 

『ならば行動を起こせばいい。何度も言わせるな……お前は“神じゃない”んだぜ?』

 

 ―――わかっている!

 

『ならなぜ動かん、貴様がモタモタしているから凰鈴音が危うかったのだ。歴史改変もできんお前では今を戦い続けることしかできないはずだ! お前も知っているだろう。我が神ゾーンは諦めなかった。シグナーというイレギュラーが現れようと自らの求めた歴史のために諦めなかった。ならなぜ貴様が諦める。アンチノミーもそうだ。アイツも諦めることなく不動遊星に希望を見たからこそすべてを託した。貴様はどうだ……今の貴様は正史と言う名の“運命”に踊らされているにすぎん!』

 

 ―――っ!

 

『貴様がイリアステルの三皇帝の一人であるということに自覚を持つならば、アポリアの一部であるならば少し道を違えた程度で立ち止まるな! 貴様が歩くことをやめた時こそアポリア(崖っぷち)から突き落とされた時だ』

 

 ―――……フッ、フハハハハッ! おもしろいことを言うなプラシド。まさかお前が俺を励ますとはな、今回ばかりは否定せんだろう?

 プラシドからの返事は無いが、ということは確実だろう。間違いなく“励ましていた”のだ。珍しいというよりこの世界に来て、彼と共になってから丸くなったということだ。

 それもあるだろうけれど、一番の理由はもっと前の―――この世界に来る前のことが理由なのだろう。

 

「セシリア、鈴、下がってくれ……俺がやる!」

 

 プラシドがそう言って前に出ると、その左腕に赤き龍の痣が輝く。

 

「プラシドさん。いえ、ホセさん……」

 

「任せてくれ」

 

 そう言ってラウラを取り込んだソレの前に立つホセ。教師部隊がなんらかの連絡を受けたのか下がっていく。おそらく、いや……間違いなく彼女のおかげだと確信したホセは後で礼を言おうと決める。

 ホセは腰の鞘に入っている剣を引き抜くと、上に掲げた。

 

「現れろ、機皇帝グランエル(インフィニティ)! グランエルT(トップ)! グランエルA(アタック)! グランエルG(ガード)! グランエルC(キャリア)!」

 

 現れるのは5機のオレンジ色の機体。それらがプラシドの前に集まる。

 

「合体せよ、機皇帝グランエル!」

 

 プラシドの声と共に合体するオレンジ色の機皇帝。その最強の機皇帝は巨体を起動させる。

 すぐにその場から下がるプラシドとセシリアと鈴の三人。

 ラウラを飲み込んだソレを赤い瞳でわずかに見下ろすグランエルだが、すぐにソレは動き出す。通常のISと大きく違うグランエルをISと認識したのだろう。

 

「ふん、さすがだな織斑千冬のコピー……だが所詮コピーだ」

 

 グランエルはその右手、グランエルGから発せられるシールドにてその刀を止める。接近攻撃を持たないグランエルだが充分だ。右手で刀を止めて、左手でその腕に狙いを定める。

 光り輝くその左手の銃口。放たれるのは巨大なビームカノン。吹き飛ばされるコピーの右腕。右腕を滅ぼしてさらに地面を激しく抉る。

 これにて武器はなくなったと思われたが、すぐに左腕から新たな刀が現れて振るわれた。切り裂かれるグランエルGこと右腕だが、ホセの力はそれだけではない。

 光り輝く左手、さらに放たれた攻撃をコピーは避けると左腕にてグランエルの左腕を切り裂く。

 両腕を失くしたグランエルだが―――まだだ。

 

「そう、まだ終わってなどいない。我らが機皇帝は三位一体!」

 

 グランエルの右腕に装備されるオレンジ色のワイゼルA3。グランエルに合うように形を変えるそれが振るわれるが、コピーは素早く避けて背後に回りこんだ。

 しかし現在のホセは普通のISを纏っているわけではない。グランエルCはそのままに上半身だけが90度回転する。回転の勢いを利用してコピーの頭を切り裂くが、再びコピーはグランエルの左腕を切り裂く。

 

「まだだ、我々はイリアステル!」

 

 グランエルの胸の∞の文字が開き、その中からTGブレード・ガンナーが現れるとコピーの左腕を切り落とす。彼らは、いいや、彼はイリアステルの三皇帝の四人目。こんなところで負け、絶望するわけにはいかない。

 ホセの名を名乗った自分がこんなところで諦めるわけにはいかないのだ。

 

「これが私の戦いだ。シュート・ブレード!」

 

 ホセはその銃でコピーの両足を撃ち抜き、ブレードにてコピーの胸を切り裂いた。後ろ向きに倒れるコピー。それと共にグランエルとブレード・ガンナーの二機が消え、ホセがプラシドの中へと戻るとすぐに走り出す。

 セシリアと鈴が止めようとするが無駄だ。今は自分が『しっかりと彼女を助けられたか?』ばかりが頭を支配している。

 

「ラウラ!」

 

 その名を呼びながら、ホセは倒れているコピーの裂け目を両腕でこじあける。

 

「……ぁっ」

 

 小さく声をあげたラウラの、その小さな声を聞き安心したのか、ホセは大きく息をついて彼女をその中から引きずり出した。

 溶けるように元に戻るシュヴァルツェア・レーゲン。

 風が吹きラウラの眼帯が落ちると、その綺麗なオッドアイを見てホセは笑みを浮かべた。

 ラウラはその笑顔を目に焼き付けながら、意識を落とす。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ラウラが次に目を覚ましたのは、医務室のベッドの上だった。ISスーツのままだが、眼帯は無い。

 外は夕焼けに変わっていて―――。

 

「なにが、あったのですか?」

 

 自分の寝ているベッドの側に、織斑千冬が座っていた。

 

「一応重要案件である上に、機密事項なのだがな……VTシステムは知っているな?」

 

 さきほどのシュヴァルツェア・レーゲンが変形したシステムの名前だ。

 

「ヴァルキリー・トレース・システム?」

 

「そう。IS条約でその研究はおろか、開発、使用、すべてが禁止されている。それがお前のISにつまれていた。精神ダメージ、蓄積ダメージ、そしてなにより操縦者の意思。いや、願望か……それらが揃うと発動するようになっていたらしい」

 

「私が……望んだからですねっ」

 

 布団を握りしめてそうつぶやくラウラ。

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「っ、はい」

 

「お前は誰だ?」

 

 その質問の意図が、ラウラにはわからなかった。

 

「私は……?」

 

「誰でも無いなら丁度良い。これからお前は、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 そう言って立ち上がる千冬。一方のラウラは言われてもわけがわからないという表情だ。

 踵を返して歩いていこうとする千冬だったが、立ち止まる。

 

「それから二つ……お前は私になれない」

 

 どこかおかしそうにそう言う千冬。

 

「あと、でゅ、でゅえるとは……なんだ? 今度教えてくれ」

 

 そう言ってから、千冬は去っていった。

 彼女が部屋を出て行く音を聞いてから、ラウラおかしくなって笑う。彼女に言われた一つ目のこともそうだが、二つ目の事の方が今は大きい。

 プラシドにまんまと騙された気分だが、やけに心地良い。

 千冬でも知らぬことがあるのだと、少しわかったこともあった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜、食堂にて―――。

 

「結局、トーナメントは中止だって」

 

 そう言ったのはシャルルだ。ラーメンをすすりながら聞く一夏と鯖の味噌煮を箸で食すプラシド。

 やはりな、と言った表情のプラシド。

 結局プラシドとセシリアと鈴が内密に一夏にことを話すと、一夏は当初は怒っていたがすぐに倒したプラシドに礼を言った。やはり自分で倒したかったという気もあったというようだが『プラシドに倒してもらったなら満足』だそうだ。

 

「ただ個人データは取りたいから、一回戦は全部そうだよ」

 

 興味なさげな返事をする一夏だが、プラシドとラウラの二人と戦えたならまた話は別だっただろう。

 ん? と食堂の端に目を向ける一夏。そちらには女子生徒が三人ほど、しかも一組の生徒ばかりだ。

 三人の生徒はショックを受けたと言わんばかりの表情で走っていく。

 プラシドは一夏をジト目で見る。

 

「なんだよ?」

 

「なんでもないが……箒が待っているぞ」

 

「お?」

 

 一夏が立ち上がって箒の方へと向かっていく。

 話し合っている声が聞こえるが、シャルルはそちらに聞き耳を立てるのが必死なようだ。

 笑うプラシド。どうやら思いのほか正史通りにはいくらしい。

 

「惚れたか」

 

「えぇっ!? なななっ、なにが!?」

 

「聞くまでもないだろう、まったく一夏が羨ましい」

 

 そう言って笑うプラシドに、シャルルが『プラシドも大概だと思うけど』と聞こえないようにつぶやく。

 確かにそうなのだが、すでに一夏に釘付けにされてしまっているシャルルにとっては一夏が一番だ。

 

「付き合ってもいいぜ」

 

 そんな一夏の言葉が聞こえると、シャルルは後ろへと振返る。まったく、と笑うプラシド。

 

『ほう、意外でもないか、幼馴染というのは』

 

 ―――フッ、まだまだ一夏というのがわかっていないなプラシド。

 

『なんだと?』

 

 プラシドのそんな言葉を聞いてから、一夏と箒の会話に聞き耳を立てる。

 

「付き合うさ!」

 

「そうか!」

 

「買い物くらい!」

 

 瞬間、一夏の頬を拳が打った。なんの受身も取らずの直撃だ。これは死ねると思う。

 だがその程度の攻撃を受け慣れているのが一夏だ。ダメージは大きいがまだまだだと思われる……しかし箒の蹴りによる追撃であえなく撃墜。

 激怒した箒が去っていくが、シャルルはすでに一夏の元へと向かっていた。

 立ち上がるプラシドが二人の元へと歩くが、一夏は倒れたままだ。

 

「織斑君デュノア君、プラシド君朗報ですよ!」

 

 そう言って現れたのは副担任こと山田麻耶。逆から読んでも、と言うのは持ちネタのようなものだ。

 ちなみに名前で呼ぶ理由はプラシドが名前で読んで欲しいと言ったからである。最初は恥ずかしがっていたものの、最近では慣れたものである。

 

「今日は大変でしたねぇ、でも! 三人の労を労う素晴らしい場所が、今日から解禁となったのです!」

 

「え」

 

「場所?」

 

 戸惑う二人だが、プラシドは知っているので冷静だ。

 

「男子の……大浴場なんです!」

 

 腕を振るってそういう山田麻耶。

 ―――揺れるおっぱい。

 

『貴様、浮ついた考えを』

 

 ―――我慢しろ、俺とて男だ。お前にもそういう覚えがあるだろう。

 否定できるとは言わせんぞと言わんばかりのホセだったが、仕方のないことだ。だって男だものと、開き直る。

 それにしても男子大浴場解禁、シャルルと一夏の大事なイベントだと、頷くのだった。

 

 

 

 大浴場というのも乙なものだが、今日はやめておくことにしたプラシドは一夏とシャルルに断ってから部屋へと戻ってきた。それに風呂に入っていては時間指定までして呼んだ客に申し訳がない。

 部屋で待っていると、ノックが聞こえてプラシドがドアを開ける。

 ドアの前に立っていたのは金髪の少女セシリア・オルコットだ。三人目のシグナーでありレッド・デーモンズ・ドラゴンの使い手。

 

「お、お待たせいたしましたわ!」

 

「入ってくれ」

 

 そう言って部屋へと招き入れると、椅子に座らせるプラシド。

 すぐ前に置いた椅子にプラシドも座る。

 

「少しいいか?」

 

「は、はい!」

 

 赤い顔のセシリアをまったく気にも止めず、セシリアの右手を聞き手である左手を取り制服の袖をめくる。

 目を瞑っていたセシリアだったがすぐに目を開いて右手を引くと痣を隠す。

 

「いや、今のはそのっ! 違うんです。タトゥーとかじゃなくて最近できた痣でっ、でもあんなの!」

 

「わかっている」

 

 そう言ってプラシドは左腕の袖をめくり上げる。その腕には赤き龍の頭の痣。それを見たセシリアが、わなわなと震えてそれを見る。

 一夏があるというのに驚いたが、まさかプラシドにまであるとは思わなかったというのが事実だ。

 プラシドはその痣について一夏へと教えたことだけを教える。内容はその痣を持つものはシグナーと呼ばれることとシグナーの持つモンスターカードのことだ。レッド・デーモンズ・ドラゴンがシグナーの龍だと言っても特に驚かなかったところを見ると、なんとなく予想はできていたようだ。

 結局シグナーについての説明をしただけで、セシリアを帰した。なんだか不機嫌だったようだが少しばかり夜ふかしさせたからだろうか? と想い寝ることにするのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、朝のHLにて山田麻耶が非常に気まずそうな表情をしている。それもそうかと頷くプラシド。彼女の心労を考えればゾッとすることだ。そして、現れるのはそんな山田麻耶を待ってはくれない。

 胃薬持参の仕事であると思うも、山田麻耶は非常に喜怒哀楽が激しいので問題ないだろうと思うことにした。

 そこに現れたのは金髪の少女。ざわつく教室。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん改めてよろしくお願いします!」

 

「えっと、デュノア君はデュノアさんだったということでしたぁ~……」

 

 そして訪れるのは、沈黙。

 

「……は?」

 

「ちょっと待って、昨日は男子が大浴場―――」

 

 さすがにこれ以上は不味い。何がまずいかと言うと一夏もだが自分も不味い。今更自分は入っていなかったと言って信じられる空気ではない。

 セシリアも何か言ってくれるという保証もないのは確かだ。

 

「逃げるぞ一夏、スリップ・ストリームでついてこい!」

 

 そう言うプラシドだがすでに遅い。一組の壁が吹き飛び現れる甲龍(シェンロン)

 

「一夏ぁっ!」

 

「だからスリップ・ストリームでついてこいと!」

 

「わけわかんねぇよ落ち着けよ、混乱してんのもわかるけどぉ!」

 

 このことをまったく考えてなかったプラシド、いやホセは現在大混乱中だ。昨日の昼までは覚えていたのにも関わらず起きてからすっかり忘れていたがゆえの混乱。

 一夏に『スリップ・ストリームでついてこい』と言ってもわかるはずがない。

 とりあえず逃げようとするプラシドだったが、一夏の腕を取ったところで鈴の甲龍から龍砲が放たれた。

 

『馬鹿かあの女は!?』

 

 ―――まったくの同意!

 超スローに見える龍砲。

 

「死ぬ。これ絶対死ぬ!」

 

 ―――まったくの同意。

 一夏にも同意するプラシドだが、目の前の龍砲を今更防げるはずがない。

 だが、その攻撃は二人に直撃することは無かった。ラウラ・ボーデヴィッヒとそのISシュヴァルツェア・レーゲンがAICを持ってその攻撃を防いだからだ。

 だがプラシドは考える。

 ―――なぜ? 一夏に惚れる要因は無かったはずだ。それでも惚れたというのか? 一夏はそれほどまでに『もげろ』という存在だったのか?

 

『お前はなにを言っている』

 

 プラシドがそう思うが、隣の一夏が目を開いて力の抜けたプラシドから手を離す。

 

「あれ、ラウラ……助かったぜサンキュー!」

 

 そう言う一夏だったが、突如振り返ったラウラが一夏の胸ぐらを掴む。

 

「うおっ」

 

「……間違えた。お前だプラシド」

 

 気づいた時にはもう遅い。プラシドの胸ぐらが掴まれ、ラウラとプラシドの距離が一気に縮まった。

 そして、プラシドの唇がラウラの唇と―――重なる。二人の唇が重なり、プラシドはおろかクラスの面々、隣のクラスから進行してきた鈴ですら固まっている。

 離れるラウラだが、プラシドは放心状態だ。理由としてはまさか自分が……という理由だろう。

 

「お、お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

 

 ほんのりと赤くなった顔でそう宣言するラウラ。

 心の中でプラシドが文句を沢山言っているようだがそちらはまったく聞こえなかった。

 クラス中の大声が聞こえるが、まったくもって反応できないプラシド。

 

 ―――待てラウラ!? 何のことだ! まるで意味がわからんぞ!

 

 彼は、心の中で叫んだ。

 

 

 

 




あとがき

さてさて! これにてトーナメント終了にござる! 負けた最大の理由はやはりセシリアのシグナーの力でござったな。まぁもう一つを言うならあまり使い勝手の良いとも言えないワイゼルをホセが使ったことに候。
ある意味舐めプでござるが、彼なりの本気で負けたわけでござる。

いろいろ改変もしていきましたでござるが、次回もお楽しみにしていただけたらまさに僥倖ぉ!

では次回も、ライディングデュエル、アクセラレーション!


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第二十一話 新たなシグナー登場 迫る驚異と臨海学校!

 わけがわからなかった。俺にはもう、わけなんてわかるはずがなかった。

 休み時間、教室はざわついているなんてレベルでは無く。もう祭り状態だった。

 ラウラからの熱烈なキッスを受けたプラシドことホセこと俺はげっそりとしている。IS学園に着てここまでげっそりとしたことはない。普段ならきっと人を寄せ付けなかったことだろう。

 まぁ、あくまでも普段ならの話だ。

 

「ねぇねぇプラシドくん!」

 

 シャルルとの風呂の件はなんとかその時間帯はセシリアと決闘していたということにしたが、問題はラウラとのことだ。前方の席で若干二名の恐ろしいオーラを纏う女二人のせいで一夏には詰め寄る女子生徒はいない。しかしそのぶん俺に詰め寄る女子生徒が山ほどいるということだ。

 シャルル、いやシャルロッテのことを聞いてくる女子生徒はいないが、ラウラとのことばかり聞いてくる女子生徒たちに一言だけ言うことにした。

 

「俺にもわけがわからないんだ」

 

「なぜだ嫁よ。私はお前を嫁にすると決めたのだ」

 

 女子生徒に囲まれていたのにどこから現れたのか、ラウラが目の前に現れて俺の膝の上に乗る。ああ、やらかい……がっ! まったく嬉しくないのである。いや、嬉しくないと言えば嘘になるがただ現状では混乱を生むだけだからやめてほしい。

 ―――だけどやっこい。

 

『貴様はその浮ついた考えをやめろ』

 

 ―――無理だ。女性に触れる機会などそうそうないのに!

 

『いつでも作れるだろうが……』

 

 作れたら苦労するかって話である。俺はそこまでガッツリと行くタイプではないし、むしろ行けないタイプだ。ラウラは俺の膝の上に乗りながらクラスの生徒からお菓子をもらっている始末。あぁこぼれてる。ホームパイは溢れるって!

 だがそんなことを言う気力も俺にはない。完全にこれは好かれているぞ、俺は鈍感でも唐変木でもないからわかる。これは完全に好意を寄せられているのだ。

 まぁキスされて気づかない馬鹿はどこにも……あぁ、前の席にいた。

 

「ところでラウラ、少し教官殿の元に行く必要があるからどいてもらえるか?」

 

「わかった嫁よ。帰ってきたら決闘(デュエル)をしよう!」

 

 膝から降りてそう言うラウラは……実に可愛いとは思う。

 

「帰ってきたら時間無いと思うぞ」

 

「なら昼だな!」

 

「おう」

 

 俺は疲れながらも軽く跳んで女子生徒たちを超えると、走って逃げる。後ろから俺を追ってこようという猛者はいないようでさすがに逃げ切ることに成功した。

 フハハハハッ! 女子生徒共、本当のランニングというものを教えてくれる!

 もうなにを考えているのかいまいちわかっていないが、とりあえず保健室で休んでからにしよう。わずか数十分にて俺のライフポイントは100ぐらいだった。

 

 

 

 女子トイレの個室にて、セシリアは顔を苦々しく歪めている。さっさとプラシドを問い詰めたいというのにこんな時に本国からメールが届いていたのだ。

 内容を簡単に説明するならば、トーナメントでのあの赤くなった現象とシステムについてだ。そんなものを詰んだという報告もなければなにもない。それもそうだろうとは思ってもシグナーが、なんて言えるはずもない。

 だからこそ詰みである。

 

「まったくもう、どうすれば良いのですの!?」

 

 外から女子生徒の小さな悲鳴が聞こえ、落ち着く。

 この学園のシグナーは現在知っているだけで三人である。自分とプラシドと一夏、しかしまだシグナーはいるらしい。話によればシグナーは5人か6人。

 そして、シグナーが持つデュエルモンスターズのドラゴンのカード。それがレッド・デーモンズ・ドラゴン。一夏のスターダスト・ドラゴン。だがプラシドは?

 相変わらず謎だらけの彼だが、そこがまた良いと思ってしまうあたりセシリアはプラシドに―――。

 

「完璧にやられちゃいましたわね」

 

 どこかおかしそうに、そう言うセシリア。

 それにしてもラウラが今朝やったことを思い出すと早くプラシドの元へと行かなければと思う。

 こんなところで油を売っていては不味いことになる。ラウラ、強敵が現れたものだとため息をついた。

 

 

 

 

 プラシドは織斑千冬と共にいた。別になにがあるというわけでもないのだが、ただ改めて話してみたかっただけだ。プラシドがというのもあるが、織斑千冬の方も、である。

 友人である束に聞いたところでまともな答えが返ってくる保証もないので、本人に聞いたほうが良い。

 小さな部屋にて、机を挟んで座るプラシドと千冬の二人。

 呼び出したのは千冬の方なので先に話を切り出すのが妥当だと思いながら口を開こうと思ったが、先に話を始めたのは意外にもプラシドの方だった。

 

「先日のラウラの件、任せてくださってありがとうございます」

 

「ああ、気にするな。お前に任せて正解だった……」

 

 そう言って、珍しく生徒を褒める千冬だったがそう言うだけの意味はある。なんだかんだ言ってプラシドとはこうして話をしたこともなかったから丁度良い。

 

「それは良いとして、お前のISだが……他のどのISともまったく違うがあれは第何世代なんだ?」

 

「束、いや篠ノ之博士から聞いたことによれば俺のISは“普通のIS”とは違う派生をたどったISだということです。どちらかと言えばクラス代表戦にて襲撃してきたゴーレムに近いものかと」

 

「なるほど、各国が作っているISとはまったく違う派生のISでありながら他のISを凌駕する能力……それともお前が異常なのか、とりあえず今わかることはお前のIS機皇帝は一機のISではないということぐらいか」

 

 その言葉にプラシドが目を細めた。表に出たのは本物のプラシドということだろう。

 それに焦りを覚えながらも、冷静にプラシドを諌めようとするホセ。

 ―――余計なことするなプラシド。

 

『ふん、少し黙っていろ。お前にこの女を相手にさせるわけにはいかない』

 

 どう言う意味かはわからないが、今回は任せることにしてみた。

 プラシドも冷静な声にホセは黙っている。

 目つきが変わったプラシドを見て、織斑千冬も目を細めた。

 

「俺の専用ISである機皇帝とはワイゼル、グランエルの二体を差す」

 

「ワイゼルは“お前もあっちも”使えるようだが、グランエルは“あちらの方”しか使えないということまでは大体わかる」

 

『ほぉ、人間のくせによくやる』

 

 ―――俺のことを気づいているのはさすがとしか言えんな。

 

「二重人格で人格の片方をISに移す。どういう技術を使っているのかなんて予想もできないが、あの天災のことだ。説明されても理解できないことばかり言うのだろう」

 

 さすが友人わかっているようだと、ホセは束のことを思い出す。

 出会った頃からそうだった。いつも説明を求めても大抵わけのわからないことばかり。そして巻き込まれるのは周りばかりで……直させようとしたのだがどうにもそうはいかなかった。

 まったくもってとんだ女であると思う反面、興味がそそられることや面白いと思ったことならやりきる。おかげでプラシドはいろいろと巻き込まれもしたがありがたいことに今ここにいられるのだ。

 

「まぁこの話はここまでで良い。私が聞きたいのはでゅえるのことだ」

 

 ―――はい?

 

決闘(デュエル)のことだと?」

 

「そうだ。最近学園でちょっとした騒ぎになっているようなので気になってな。今朝ボーデヴィッヒからお前に聞いたほうが早いと聞いた」

 

 ―――な、なるほど……。

 いささか不味いと思う反面、教えなければと思う。だがたかがカードゲームと呼ばれればそれまで、ホセは葛藤していた。

 だがそんな中、最初に話をはじめるのは千冬でもホセでもない。そう、今織斑千冬の前にいるのはホセではなくプラシドだ。

 

決闘(デュエル)を知らずに貴様この学園にいたというのか……!」

 

 ワナワナと手を震わせるプラシド。

 ―――勘弁してくれプラシド。やめろ、やめて、やめよう。だめだ、相手が今までの問は格が違う。

 

『この女は決闘(デュエル)も知らないのにこの学園にいたというのだぞ!』

 

 ―――まぁIS学園だからね! チェンジを要求する!

 

『良いだろう』

 

 やけに聞き分けがいいプラシドに疑問を覚えながらも織斑千冬からの怒りをかうことを阻止したホセ。

 そして織斑千冬のプラシドの中身はホセへと変わる。

 安堵の息をついて、ホセは千冬の方に目をやる。

 

決闘(デュエル)自体を見たことはないと?」

 

「ああ、見たことは無いとは思うんだが、直訳すると決闘になるわけだがどういうことだ?」

 

「まあカードゲームの戦いのことをそう言うんです。ていうかほんとに知らないんですか有名ですよ」

 

 そう言ってからハッ! と気づく。今の言い方はまずくなかったろうか? と思うも千冬は特に何をいうでもない。

 彼女自身ISと弟と生徒のこと以外にあまり興味が無いのでカードゲームかと若干落胆しているも、生徒や弟がやっているのだから確認しておきたかった。

 

「カードゲームとはあれか、よく学園でも見る」

 

「ああそれです。それが決闘(デュエル)です。見たことはあるみたいで安心です」

 

 なるべく当たり障りのないようにと必要以上に気を遣うのは彼女が怖いから。

 

「なるほど、あれが……」

 

「一夏も夢中になってますよ」

 

「知っている」

 

 ―――なるほど、それで気になったか?

 プラシドはなんとなくだが納得することができた。

 だがあのカードゲームが決闘だとは思わなかったわけだな……詳しく説明したほうが良いのか?

 

「詳しい説明は、必要ですか?」

 

「いや、ただのカードゲームならばいい」

 

 そう言って、千冬は部屋を出ていこうと立ち上がる。扉を開いてから、立ち止まった千冬。

 

「ボーデヴィッヒのことだが、頼んだ。あいつはまだまだ子供だ」

 

「はい」

 

 織斑千冬は部屋を出て行く。一人残ったプラシドは少しでも疲れを癒すためにと、ホセからプラシドに変わる。

 精神的に疲れているホセがプラシドの中で眠り、表に出るのはプラシド本人。保健室で休もうと思ったが千冬とこうして話した後に千冬の授業をサボるわけにもいかない。

 

「ふん、IS実習か……急ぐ必要があるな」

 

 なんだかんだで学生らしく授業に送れないようにすると、プラシドも随分適応してきたようだ。それともどこかで学生など“そういうこと”に憧れを抱いていたのか……おそらく前者であろうけれども、なんだかんだでプラシドも本気でIS学園が嫌いなわけでもない。

 人間にだって“昔ほど”露骨な態度をとることは無くなった。

 

 

 

 グラウンドに現れるプラシド。

 すでに実習は始まっているようで、数機の打鉄を使いぎこちない動きをしている女子生徒たち。遅れてやってきたプラシドだが、堂々としていてまったく反省の余地もない。

 だが千冬がそれを咎めないのは自分が呼び出したのにも原因があるから、だろうけれど―――。

 

「遅れてきたのは責めないが、少しは反省している風にぐらいしろ」

 

 さすがに一言は言うことにした千冬。そんな言葉に、プラシドは視線を千冬に向けるだけだ。

 プラシドがいつものプラシドではないことに気づいてため息をつくと顎で生徒たちがいる方を差す。

 

「まったく」

 

 千冬のそんな言葉を聞きながら、プラシドは生徒たちの集まる方へと行く。打鉄を扱う女子生徒が手を振ってくるがプラシドは『ふん』と返事でもないような返事をするのみだ。

 辺りからは『プラシドくんがプラシドくんだ!』など『プラシドくんじゃない方!』などと言われている。

 

「あっ、プラシド君、今日の実習はみなさんにISでの攻撃の仕方などを教えてあげてください!」

 

「ふん、まともに動かせるようにはなっているようだな。山田麻耶、貴様が教えたほうが早い」

 

「えっと、専用機持ちの皆さんの義務のようなものだと……織斑先生が」

 

 その言葉に、プラシドは眉をひそめる。

 

「専用機持ちが二人一組で武装の扱い方を教えているので、プラシド君は織斑君と一緒にあちらの方をみてあげてください」

 

「……良いだろう」

 

 案外素直にいうことを聞いた“こちら”のプラシドに、山田麻耶は心底安心したという風に息をついた。

 プラシドが現れた生徒たちが黄色い悲鳴を上げるがそれはいつも通りだ。

 なんだかんだでプラシドも口は悪いがしっかり教えているようで安心と、麻耶は奇数で余った一夏の方に歩いていく。

 

 

 

 セシリアと鈴の二人も相変わらず二人一組にされ、二人で生徒たちにISの武装などを軽く説明して今は刀を振らせているが、プラシドの方をこまめに確認する。

 それを見て、鈴は苦笑するとセシリアの肩を叩く。少し驚いたのかビクッ、としてからセシリアは鈴の方を見る。

 

「行ってきてもいいわよ? 少しくらいなら」

 

「フッ、なにを言うのです鈴さん、これもまたノーブル・オブリゲーション(貴族としての義務)ですわ! サボるなんてもってのほか!」

 

「案外盲目じゃないのね」

 

 意外そうにそう言う鈴だったが、セシリアはチラチラとプラシドの方を見る。まぁ暴走しないだけ良い風な恋なのだろうと思う。

 一夏のことになると自分はすぐに暴走してしまう。ISで殴るのは“ともかく”としても、今日の龍砲はさすがにやりすぎだと思う半分、いたしかたない気もする。

 なんたって一緒に風呂に入ったというのだから……。

 

「そういやそれってノブレス・オブリージュじゃなかった?」

 

「それはフランス語ですわ。ノーブル・オブリゲーションは英語ですの」

 

「へぇ~」

 

 そう言ってISをまとったセシリアはプラシドのことを一端忘れて生徒たちへと教えることを再開する。

 メリハリのしっかりつけれるセシリアを見て、鈴は横に行く。

 突然自分の隣に着た鈴を疑問に思うが、鈴の方は笑っているだけだ。

 

「あんたのそういうとこ、結構好きよ」

 

「……わ、私そういう趣味は」

 

「あたしもないわよ!」

 

 セシリアの頭を自らのISでどつくと、セシリアの痛みを訴える声が聞こえるが知ったことではないと、自分も切り替えて他の生徒たちにISの扱い方を教えることにした。

 素直に言って損をしたと、鈴はため息をつく。教えている生徒が鈴のため息を自分のことかと想い不安そうになっているが、それを鈴が知るよしもない。

 得てせぬところで負の連鎖。まぁそこまで深刻なものではないにしろ、鈴とセシリアはいつも通りコンビ扱いである。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時は過ぎ去り、昼休み。食堂にはいつも通りプラシドと一夏をはじめとするセシリア、箒、鈴、シャルル、ラウラ、ルチアーノの総勢八人。

 テーブルを囲むソファに座る面々。専用機持ちばかりが集うそこは注目の的と言ってもいいものだ。

 そんな視線にも慣れている面々だが、そんな中でも慣れることなく苛立ちを現すモノが一人。

 

「プラシド、なんか機嫌悪いの?」

 

「これが機嫌が良いように見えるならば貴様の目は節穴もいいところだな凰鈴音!」

 

「あたしに当たんないでよ」

 

 そう言って鈴はラーメンをすする。一夏を含めて全員苦笑するが、ラウラだけが首をかしげる。

 学年別トーナメントの時、ラウラは組むと決めた日からほぼ毎日プラシドとタッグデュエルをしてきたが、この“プラシド”が不機嫌な時など無かった気がする。いや、最初はどことなく不機嫌だった気がしないでもないが、慣れればそうでもない感じがした。

 むしろこんなプラシドはそうそうお目にかかれないレアな感じがするラウラ。

 

「また嫁の新たな一面を見ることができたな」

 

「ラウラさん、何をおっしゃっているのですか?」

 

 笑顔のまま青筋を浮かべて聞くセシリア。

 

「私は“あちら”の嫁の方が好きだがな」

 

 つまりはホセということだろう。実際ラウラを助けたのもラウラと手を組んだのもラウラとタッグデュエルをしたのもほとんどホセの方だ。

 

「ふん、それは“アイツ”に言うんだな」

 

 もうまったくの別人だということを隠すこともないプラシド。隠す必要がない面々だとわかっているからこそ言っているのだろう。

 

「そういやプラシド、タッグデュエルってどうやってたんだ? 噂も聞かなかったし……」

 

「俺の部屋には束が作ったデュエルマシーンがある。そいつとタッグデュエルでラウラと共にタッグデュエルをしていたというわけだ」

 

「姉さんがそんなものを……あの人はなにをやってるんだっ……」

 

 片手で頭を押さえて心底疲れたような顔でため息をつく箒。身内だろうがなんだろうが、あまり好きではないのは確かだろう。

 プラシドの中のホセは『できることなら二人のよりを戻してやりたい』と言っていたが、それができるかどうかは箒にかかっているのだろう。

 

決闘(デュエル)と言えばそろそろあたしと決闘しなさいよプラシド。一夏には勝てなかったけどあんたはボコボコにしてやんだから!」

 

「馬鹿だな鈴は、俺に勝てないでプラシドに勝てるわけ―――へぶっ!」

 

 脳天をどつかれた一夏は頭を押さえているが、鈴は気にせずプラシドに箸を向ける。

 それを疎ましくも思わずに、プラシドはその表情に笑みを浮かべて腰の剣を抜き放ち鈴に向けた。

 さすがにそれは不味いと思ったのかセシリアが『落ち着いて』と声をかけるが聞く耳持たず。

 

「ふん、いい度胸だ。放課後来るんだな……“アイツ”が相手をしてやる。俺よりは弱いから安心するのだな」

 

「それは挑発と受け取るわよ? 覚えてなさいよ、ボッコボコにしてやるんだから!」

 

 ここに決闘の約束がされたのだが、セシリアがついていけていない。あまりの勢いに鈴を止めて自分が決闘を申し込むことすらできなかった。

 だが少しホセの決闘も見たい気持ちもある。彼の決闘を見たことは山ほどあるが、一夏の言うアクセルシンクロというものも見てみたい。

 正直に言えば初見と同時に戦ってみたかったが、仕方ないので今回は鈴に譲ることにする。

 ここでラウラかルチアーノ相手ならば決死の覚悟で止めていただろうけれど、鈴ならば“どうでもいい”と言っていい。

 

「せいぜいプラシドさんにやられると良いですわ!」

 

「あんたはもっと私の味方しなさいよ!」

 

 先日のトーナメントで共に見事なコンビネーションを放った相棒はいとも簡単に味方につくのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 放課後、決闘(デュエル)は人目につかない広大なIS学園の敷地内の一部で行っていた。

 食堂の、大きなスペースを使っても誰も文句を言うことは無かっただろう。むしろ『決闘が始まります。一般生徒は対比してください』ぐらい言われても良いぐらい今のIS学園は決闘(デュエル)一色なのだ。

 それでもプラシドと鈴が人目につかない場所で決闘を行うのは今度の大会に備えて、である。

 プラシド、いやホセと鈴の二人が同時に決闘盤(デュエルディスク)を装着した。

 結局、セシリアも連れてこずにここには二人。

 

「あんたと二人だけってのも新鮮よね!」

 

「ああ、一夏ぐらい連れてこなくて良かったのか?」

 

「今度の決闘(デュエル)大会のこともあるからね。呼べないわよ!」

 

「つまりは呼びたくはあったと」

 

「うっさいわね、さっさとはじめるわよ!」

 

 お互いが視線を交差させて、笑みを浮かべる。好戦的で不敵でそれでもって目の前の闘争を楽しまんとする決闘者(デュエリスト)の目だ。

 

「さぁはじめようか!」

 

「上等!」

 

 一夏にもセシリアにも負けた鈴だが、新調したデッキはまだ誰にも公開していないし誰とも戦っていない。いや、唯一ルームメイトのティナにだけは見せたがそれ以上は無い。

 まだ負けていないが、プラシドや一夏やセシリアは他の決闘者(デュエリスト)たちとは比にならない強さだ。

 特にプラシドはこの学園最強の男かもしれない。だからこそ今回、鈴は勝負を挑んだんのである。

 

「私の真紅眼(レッドアイズ)を……見せたげるわよ!」

 

「見せてみろ! 俺のとっておきのアクセルシンクロをお前に披露してやる!」 

 

 

 

 ―――決闘(デュエル)!!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕方、鈴とプラシドの戦いが終わったことはいつものメンツや学園中に知れていた。

 だが学園に知れたのは勝敗のみ、どういう経緯で誰がなにをしたかは誰も知らないのだ。もちろん鈴の新しくなったデッキもプラシドのアクセルシンクロも誰も見ていない。

 いろいろな噂や話の中、寮内をかけまわるルチアーノの姿。彼女は走って寮の一室に勢い良く入る。

 

「どうしましたルチアーノさん?」

 

 何事かと思いながら冷静に言うセシリア。

 

「アイキャン、ヒアマイ、ハーッベル!」

 

「どうしたっていうの!?」

 

 明らかに動揺するルチアーノに動揺を隠せなくなったセシリア。

 持っていた飲み物を渡すとルチアーノが一気に飲み何度か咳をして冷静さを取り戻す。

 

「ぷ、プラシドが……負けた!」

 

「っ!? なにかの間違いではありませんの!?」

 

「いや、プラシド本人が言っていたんだ」

 

 その言葉に、わずかに後ずさるセシリア。彼のTGデッキとは戦ったことは数度しかないが、一夏を倒すほどの力を持つのは確かだ。

 ならばプラシドが勝つのは当たり前と思っていた。

 それほどまでに彼は強いはずだったのに―――なぜ?

 だがプラシドの心配ではなく、真に恐るべきは鈴の新たなデッキとやらだ。

 

「一体、なにが……!」

 

「わからないけど、ボクは鈴に備えてデッキの調整しておくよ」

 

 ルチアーノはそれだけ言うと出ていった。デッキを腰のポーチに入れると部屋を出る。

 寮の生徒たちは誰も彼もその話で持ちきりのようだ。

 そう思っていると、ふと織斑一夏が歩いてくる。

 

「セシリア、プラシドが呼んでる」

 

 プラシドが呼んでいるということ、一夏がやってきたこと、それら全ての要素を鑑みてことの理由は……。

 

「シグナーのことですか」

 

 間違いなくそのことだろう。

 だからこそ、一夏と共にセシリアはプラシドが呼んでいるというプラシドの一人部屋へと向かうことにした。

 ノックもなく扉を開ける一夏と共に、部屋に入ればいたのは二人。

 もちろんプラシド。

 それから―――鈴だ。

 

「鈴さん?」

 

 そんな言葉に、プラシドは頷く。

 

「あぁ、四人目のシグナーだ」

 

「えっ!?」

 

「どういうことだプラシド!?」

 

 一夏も知らなかったようで、心底驚いた様子だ。

 ため息をついた鈴は右腕の袖をめくって、その赤き龍の痣を見せる。

 まじまじとそれをみつめる一夏とセシリアの二人。それになんだか恥ずかしそうにする鈴はすぐに隠した。

 それは間違いなく赤き龍の足の痣だ。

 

「それで、あたしのシグナーの(ドラゴン)だったわね」

 

「いや、決闘(デュエル)トーナメントもあるわけだから見せなくてもいいぞ」

 

 そう言い見せようとする鈴を止める一夏。

 

「いいわよ、私だってあんたたちのエースカードは知ってるわけだし……なによりこの(ドラゴン)を見せたぐらいで私は負けないしね」

 

 笑みを浮かべる鈴に、セシリアと一夏は何かを感じる。

 彼女に勝てる気がしないほどの余裕と気迫、軽く言ったにも関わらず一夏とセシリアはその感覚を思い知った。

 

「これがあたしの竜」

 

 そのカードの名は―――『煉獄龍 オーガ・ドラグーン』

 シンクロモンスターであり、プラシド(ホセ)が知っているシグナーの竜ではないカード。

 だが実際にそれがシグナーの証である(ドラゴン)であることは確実だ。

 

「シグナーについては色々聞いたからね」

 

 鈴は自らの煉獄龍オーガ・ドラグーンを腰のホルダーに入っているデッキに入れると二人に指を向ける。

 

「今度の決闘(デュエル)大会、シグナー同士だからって手加減はしないからね!」

 

 そんな言葉に、一夏とセシリアは面食らうもすぐに笑みを浮かべた。

 

「ああ、上等だ!」

 

「私が本気を出せば、一瞬ですわ!」

 

 売り言葉に買い言葉、三人のシグナーが仲良く話しているのを見ながら、プラシドは安心したように息をついた。

 これでシグナーが四人揃ったが、これはこれで問題があるのに気づく。

 世界になんらかの驚異がない限り赤き龍の痣が復活することはない。

 邪神か時間を越えた敵か、自分が知っているのはこの二つだ。

 そしてもう一つ問題を抱えていた。

 ―――この俺がアクセルシンクロを使った上で負けるとは……。

 

『ふん、とうとう来たようだな』

 

 ―――あぁ……俺は習得しなければならない。アクセルシンクロを越えたシンクロを……。

 

 彼が心の中に思い浮かべるのはTGの未知のモンスター。“彼”が使った最強のモンスター。

 この世界に迫る驚異、進化したシンクロ、さらに間近に控えた臨海学校。

 数々のことを目の前にしながら、プラシド(ホセ)はできる限り先のことを予測しながらも、自らのカードを思い出す。

 

 そして今、優先すべきは―――トップ・クリア・マインド。デルタアクセルを習得することである。

 

 

 

 

 

 




あとがき

さて、今回は酢ぶt、げふんげふん、鈴のシグナーとしての覚醒!
シグナー竜は知ってる人は知っている煉獄龍オーガ・ドラグーンでござる!
そして、プラシドに決闘で始めて勝ったキャラクターは鈴でござりましたな。地味に偉業を成し遂げていることに鈴は気づいてござらんでござる。

次回はIS本編で言えば一夏とシャルルが水着を買いに行く巻でござる。さてさて、プラシドはどうするかなど、お楽しみにしてくださればまさに僥倖!!


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第二十二話 降臨せし機械龍 セシリアと野外デート!?

 朝、プラシドは外から差し込む光によって目を覚まし、上体を起こす。

 不味い、という表情をして眉を潜めると、掛け布団をそっとめくり、すぐに戻した。

 片手で顔を押さえると、どうするかと考えてみるが道が一つしかないことに気づく。

 

「ん……んぅ」

 

 唯一の道を取る前に、プラシドの隣で寝ていた“少女”は起き上がった。

 

「ぬぉわっ!」

 

 急いで顔を逸らすプラシドだったが、もぞもぞと起き上がった少女は猫のように背を伸ばすと外を見る。

 

「もう朝か……どうした嫁?」

 

「いずれこうなることは予想できた。ラウラ、まず布団をかぶってくれ、肌が見えるのは良くない」

 

「しかし夫婦とはすべて包みかくさずにと」

 

 ―――おのれ黒ウサギ部隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)

 心の中でラウラの直属の部下である少女を恨むが、時すでに遅しである。

 プラシドはラウラの体を見ないように掛け布団をラウラの体にまきつけるとようやく目を合わせた。

 

「いいかラウラ、隠せ。これは命令だ」

 

「うむ、決闘(デュエル)の教官である嫁の命令ならば仕方ないか……」

 

 大人しく布団で体を隠すラウラ。その姿を見てようやく安心できたプラシドはため息をついてラウラを見る。

 何も着てなかったはずなのに眼帯だけは外さない。特に気にすることもないが、細かいところが気になるのは彼の性分だ。

 とりあえずと思って辺りを見回すと、ベッドの下に脱ぎ捨てられた服があった。

 

「服はたためラウラ。ほら、着てくれ」

 

 そう言って服を渡すと、プラシドは制服を持って洗面所の方へと向かうことにする。

 着替えながら考えることはここ最近のことであった。彼の知っているIS学園であれば誰もが一夏ばかりを好きになるはずが二分してしまっているのは変えようのない事実。

 実際にラウラは自分に好意を持っているのはわかる。

 

「おいプラシド!」

 

「危ないな、丁度着替え終わったからいいものの」

 

 洗面所の扉を勢い良く開けて入ってきたラウラの方を見たプラシドは制服を上下着ていた。

 あとは首元のホックをかけるだけだが、息苦しいので外しっぱなしにすることにする。

 特にそんなことを気にすることもなく、ラウラは自らのウエストについているホルダーからデッキを取り出した。

 

「嫁、私と朝の決闘(デュエル)をしよう!」

 

 ―――なんでこんな子に……。

 大体自分のせいであるも、目の前の現実を受け入れがたいというのも事実だ。

 

「ちなみに私が決闘(デュエル)したいのは嫁の方だからな!」

 

 素直に嬉しいプラシド(ホセ)だったのだが、若干現実味がない。昔の彼自身別に女性から好意を受けることなどなかったから、余計なのだろう。

 

「わかった。じゃあ一回だけだぞ?」

 

「ああ! 外に行こう!」

 

 しょうがないので決闘(デュエル)に付き合うことにしたプラシド。

 だが、彼は甘く見ていた。なにがかと聞かれれば、ラウラのことだ。

 このIS学園の生徒のレベルは最初のころとは違い格段に上がっている。理由は男であるプラシドと一夏がやっていることであり、さらに次の決闘(デュエル)大会が始まるというせいだ。

 それに勝ち上がれば間違いなくプラシドや一夏と戦い、うまくいけば目に留まる可能性があると女子生徒たちは奮起している。

 だがそれがどうラウラに関係あるのか? 周りの生徒たちが強くなるということはそれに追いつこうとするラウラの進化するスピードもまた上がるのだ。

 そして彼女には大きな後ろ盾とも言える『黒ウサギ部隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)』がある。

 

 故に―――ラウラは今やかなりの腕を持っている。そしてそんなラウラと今のプラシド(ホセ)

 

「TGハイパー・ライブラリアン! 俺はカードを2枚伏せターンエンドだ!」

 

 TGハイパー・ライブラリアンの攻撃力は2400。並の攻撃では倒されることはないだろう。

 先行一ターン目にしてレベル5のシンクロモンスターを召喚したプラシドの表情に浮かぶのは笑み。

 だが一方のラウラもその表情に笑みを浮かべた。

 

「いくぞ、嫁! 私の……ターンッ!」

 

 カードを引き抜くと同時に、ラウラの表情に浮かぶのは笑み。

 

「このモンスターは相手フィールド上にのみモンスターがいる場合、特殊召喚できる! いでよ、サイバー・ドラゴン!」

 

 現れるのは白銀の機械龍。

 その姿は彼もプラシドも知っている。いや、当然のことだろう。

 決闘(デュエル)をやるもので知らない者がいるであろうかというカード。

 この世界ですらそのカードを持っている人間は少ないだろう。そもそもそのカードをメインにしようというデッキそのものが並の人間では使えないのだ。

 だがラウラはそれを使いこなす天性の才能があった。

 そう、サイバー・ドラゴンという数多の可能性を持つ機械龍を扱うそれを人は『サイバー流』と呼ぶ。

 

 『サイバー・ドラゴン:星5/光属性/機械族/攻2100/守1600』

 

 ―――出た、ラウラのサイバー流は侮れない!

 下手をすれば1ターンキルすらされかねないデッキに、身を引き締める彼だが相手ターンとなればできることなどたかが知れている。

 現れたサイバー・ドラゴンの攻撃力はハイパー・ライブラリアンにはかなわない。

 

「私は手札より魔法カード『エヴォリューション・バースト』を発動!」

 

『来たぞ、サイバー・ドラゴンの技の魔法カード!』

 

「サイバー・ドラゴンが自分フィールド上にいるときのみ発動可能、相手フィールド上のカード一枚を破壊することができる。TGハイパー・ライブラリアンを破壊!」

 

 サイバー・ドラゴンの口から放たれた青いプラズマによりハイパー・ライブラリアンが破壊される。

 ダメージは無いがせっかく召喚したシンクロモンスターが消えた。フィールドにだしたTGサイバー・マジシャンと手札のTGラッシュ・ライノを無駄に失ってしまったのは痛い。

 ―――だがこれでサイバー・ドラゴンは攻撃できなくなる……。

 

『だがサイバー・ドラゴンでなければ』

 

 心の中でプラシドの声が聞こえた。確かにそのとおりだ。

 まだラウラは召喚権を使ってすらいないのだから……油断はできない。

 

「私は手札よりプロト・サイバー・ドラゴンを通常召喚!」

 

 現れるのはサイバー・ドラゴンよりも小さく簡易的な機械龍。

 

 『プロト・サイバー・ドラゴン:星3/光属性/機械族/攻1100/守600』

 

 サイバー流デッキには欠かせないカードと言っていいほどのそのモンスターが現れた。

 そんな攻撃力の弱いモンスターを出すということは、その効果が狙いなのだろうと簡単にわかる。

 プラシドは焦りを隠せずにいた。

 プロト・サイバー・ドラゴンはフィールド上に存在する時、サイバー・ドラゴンとして扱う。

 

「手札より『融合』を発動!」

 

『やはり来たか!』

 

 ―――なにを出すラウラ!

 額から汗を流しながらも、彼女のこれからの動きに期待を隠せない。

 なぜなら彼もまた決闘者(デュエリスト)なのだから……。

 

「私はフィールドに存在する二体の“サイバー・ドラゴン”で融合!」

 

 二体が吠え、次元の狭間へと吸い込まれていく。

 

「機械龍よ! 二つの力を以て今、姿を表せ! 融合召喚!」

 

 次元の狭間から現れるのは二つの頭を持った機械龍。

 

「サイバー・ツイン・ドラゴン!」

 

 『サイバー・ツイン・ドラゴン:星8/光属性/機械族/攻2800/守2100』

 

 やはりか、と思う半分“あのカード”での融合召喚じゃなくて助かったと心底安心する。

 巨大なモンスターの前に、プラシドのフィールドはガラ空き。あるのは魔法・罠カードが二枚のみだ。

 だがそれを警戒しようがしまいが、攻撃起動の罠カードならばそれはそれで構わないと、ラウラは眼帯に隠していない片目を細めた。

 

「行けサイバー・ツイン・ドラゴン!」

 

「くるか!」

 

「エヴォリューション・ツイン・バースト!」

 

 その攻撃により、プラシドの4000のライフポイントが削られそうになる。

 いや、削られるだけでは済まされないだろう。サイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力は2800であり、

 だが目を細めたプラシドが決闘盤(デュエルディスク)のボタンを押した。

 

「リバースカードオープン『リビングデッドの呼び声』を発動!」

 

 リビングデッドの呼び声は墓地のモンスター一体を特殊召喚することができるカード。

 しかし特殊召喚したモンスターにリビングデッドの呼び声は装備され、リビングデッドの呼び声が破壊された時特殊召喚したモンスターも破壊される。

 だがその程度のデメリットであれば構うことはない。

 召喚したのはTGハイパー・ライブラリアン。

 

「ダメージを軽減してきたか、だが! いけサイバー・ツイン・ドラゴン!」

 

 その口から放たれようとする青いプラズマだが、プラシドは笑みを浮かべてさらにボタンを押した。

 

「さらにリバースカードオープン『プライドの咆哮』!」

 

「なっ、そんなカードは嫁のデッキに!」

 

「入れたのさラウラ! このカードは戦闘ダメージ計算時、自分のモンスターの攻撃力が相手モンスターより低い場合、その攻撃力の差分のライフポイントを払って発動する!」

 

 プラシドの体に仮想のダメージが奔る。

 TGハイパー・ライブラリアンとサイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力差は400。よって400ポイントのライフポイントを払うことになる。

 プラシド:LP/4000→3600

 

「そしてサイバー・ツイン・ドラゴンとの戦闘中のみ、TGハイパー・ライブラリアンの攻撃力は相手モンスターとの攻撃力の差分の数値と300ポイントアップする!」

 

 TGハイパー・ライブラリアン:攻撃力2400→3100

 

「なにっ!」

 

「迎え撃て、TGハイパー・ライブラリアン! マシンナイズ・ソーサリー!」

 

 ハイパー・ライブラリアンがラウラのサイバー・ツイン・ドラゴンを迎え撃った。

 爆風に体勢を崩されそうになるが、両足でなんとか体勢と保つ。

 ラウラ:LP/4000→3700

 反撃されフィールドがガラ空きになったのはこれでラウラになってしまった。

 

「ぐっ、やるな嫁!」

 

「当たり前だ!」

 

 まだまだ決闘(デュエル)は始まったばかりだ。

 真剣なこの戦いをそう簡単に終わらせるわけにはいかないと、ラウラはメインフェイズ2に移行する。

 今打てる手は取っておこうと、ラウラは手札よりモンスターカードを特殊召喚。

 

「私はサイバー・ドラゴンを特殊召喚する!」

 

「また現れたか!」

 

 攻撃力2100のサイバー・ドラゴンでは、次のターンにはハイパー・ライブラリアンに破壊されることが目に見えている。

 ならばどうするか?

 ラウラの手札はすでに一枚。

 だが残りライフはまだ3700であり、次のターンで負ける可能性は少ない。

 

「ターンエンドだ」

 

「ならば、俺のターン!」

 

 プラシドがカードをドローした瞬間、目を細めた。

 

「俺は手札よりTGカタパルト・ドラゴンを召喚!」

 

 現れるのは名前のとおり、背にカタパルトを装備したドラゴン。

 

 『TGカタパルト・ドラゴン:星2/地属性/ドラゴン族/攻900/守1300』

 

「カタパルト・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、手札からレベル3以下の『TG』と名のついたチューナー1体を特殊召喚する事ができる! いでよTGジェット・ファルコン!」

 

 さらに召喚されたのはTGジェット・ファルコンという黒い鳥。

 

 『TGジェット・ファルコン:星3/風属性/鳥獣族/攻1400/守1200』

 

 ステータスこそ高くはないが、チューナーモンスターであり、TGカタパルト・ドラゴンと合わせればレベルの合計は5。

 そしてプラシドは、いやホセは目を細める。

 いつもの雰囲気と違うことに気づき、ラウラは『来たか……』と笑みを浮かべた。

 

「レベル2TGカタパルト・ドラゴンにレベル3TGジェット・ファルコンをチューニング! リミッター開放レベル5! ブースターランチOK、インクリネイションOK、グランドサポート、オールクリア GO! シンクロ召喚! カモン、TGワンダーマジシャン!」

 

 現れるのはホセのTGデッキのキーカードとも言えるモンスター。

 

 『TGワンダー・マジシャン:星5/光属性/魔法使い族/攻1900/守0』

 

「そしてTGジェット・ファルコンをシンクロ召喚に使用した場合相手に500ポイントのダメージ!」

 

 ラウラ:LP3700→3200

 そしてフィールドに揃ったのはレベル5のシンクロモンスターが二体。片方はシンクロチューナーだ。

 ホセは片腕を振るう。

 

「私はTGハイパー・ライブラリアンにTGワンダー・マジシャンをチューニング!」

 

 つい最近、鈴に敗北を喫したが、強力であり今のホセのTGデッキのエースカードであることに変わりはしない。

 ホセの目つきが変わり、その周囲に赤いオーラが溢れ出す。

 それもソリッドビジョンの一つであろうと解決する一夏やラウラだが、それはまぎれもなくホセ自身が出しているものである。

 

「リミッター解放レベル10! メイン・バスブースター・コントロール、オールクリア! 無限の力、今ここに解き放ち、次元の彼方へ突き進め GO! アクセルシンクロ! カモン、TGブレード・ガンナー!」

 

 次元を裂いて現れるのは緑色の機械戦士TGブレード・ガンナー。

 

 『TGブレード・ガンナー:星10/地属性/機械族/攻3300/守2200』

 

 ラウラがこのカードを見るのは始めてではない。だが目の前に立ちはだかるこのカードとどう戦うか……。

 絶賛連敗中のラウラにとっては大いなる壁であるのは確かだった。

 しかしここで怯むわけにもいかない。

 

「いけ、TGブレード・ガンナー! サイバー・ドラゴンを攻撃!」

 

 ブレードを振るいサイバー・ドラゴンを切り裂くブレードガンナー。

 ダメージにより尻餅をついたラウラのフィールドにはモンスターはもう居ない。

 ラウラ:LP3200→2000

 

「私はこれでターンエンドだ! さあラウラ、凰鈴音に次ぎお前は私を超えることができるか!?」

 

 そんな言葉に、立ち上がったラウラは衝撃のせいか眼帯が外れていた。

 その綺麗な金色の眼はまだ諦めていないという眼だ。その場しのぎの攻撃や効果などではブレード・ガンナーには無意味。ならば道は決まっている。

 このドローに全てをかけるだけだと、ラウラはデッキの上のカードを―――。

 

「私のターン!!」

 

 引き抜いた。

 

「さぁ、見せてもらおうか! お前の可能性を!」

 

 ラウラが引いたカードを見て、笑みを浮かべる。

 

「ん?」

 

 手札からカードを引き抜き出す。

 

「私は魔法カード『カップ・オブ・エース』を発動!」

 

「そのカードは!?」

 

「コイントスを1回行い、表が出たら私が、裏が出たなら嫁がカードを二枚ドローできる」

 

 笑みを浮かべたラウラが懐からコインと一枚取り出した。

 軍人らしく賭け事をするとは、この歳にしてはよろしくないなと思いながらそんな博打は嫌いじゃないとホセはその表情に笑みを浮かべた。

 ラウラはコインを弾き、目を瞑る。

 空中で回転したまま落ちてくるコインを、ラウラは目を閉じたまま取った。

 目を開いたラウラがそっと手を開く、コインは―――。

 

「表だ!」

 

 それによりラウラはカードを二枚引く。

 笑みを浮かべたラウラは先ほどまで持っていたカードを出す。

 

「私は魔法カード、死者蘇生を発動!」

 

 そのカードにより召喚するカードはなにか? 

 この場を乗り切るためならばサイバー・ツイン・ドラゴンでブレード・ガンナーの攻撃を受けるだけでいい。

 しかしラウラの表情は完全に『勝つ』と決めている。

 

「私が召喚するのはプロト・サイバー・ドラゴンだ!」

 

 現れるのはサイバー・ドラゴンにすらスペックで劣るプロトの方だ。

 疑問に思ったホセだが、彼女はさらに手札を消費する。

 

「さらに私は手札より、速攻魔法『地獄の暴走召喚』を発動! 相手フィールド上にモンスターが存在し、私のフィールドに攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する!」

 

 だが、プラシドのフィールドに存在するTGブレード・ガンナーはデッキに一枚のみだ。

 召喚されるのはラウラのフィールドにいるモンスターと同名カード。

 そしてプロト・サイバー・ドラゴンはフィールドに存在するとき『サイバー・ドラゴンとして扱う』つまりは―――。

 

「現れろ、私の墓地に眠る二体のサイバー・ドラゴン!」

 

 サイバー・ドラゴンがさらに二体召喚され、ラウラのフィールドには計三体の“サイバー・ドラゴン”が存在することとなった。

 このカードたちは先ほどまで手札にあったカード。

 そしてこの状況で引き当てたカードを、ラウラは使用する。

 

「魔法カード『パワー・ボンド』を発動!」

 

「なんだと!」

 

 驚愕するホセだが、すでに遅い。

 パワー・ボンドとは魔法カードである融合の効果にさらに機械族限定という効果が付いているがこれは所詮おまけにすぎない。

 一番のポイントは特殊召喚された融合モンスターの攻撃力が2倍になるということとエンドフェイズに召喚した融合モンスターの元々の攻撃力分のダメージを発動プレイヤーが受けるということだ。

 

「機械龍よ! 三つの力を以て今、眼前の敵に永遠の終焉を! 融合召喚!」

 

 三体のプロト・サイバー・ドラゴン(サイバー・ドラゴン)が次元の狭間へと吸い込まれ、その狭間から新たなモンスターが生まれる。

 白銀の装甲を持ち、三つの首と二枚の翼を持つ機械龍が、その巨体を持ち上げて現れた。

 

「サイバー・エンド・ドラゴン!」

 

 『サイバー・エンド・ドラゴン:星10/光属性/機械族/攻4000/守2800』

 

 サイバー流の切り札と言えるカードであり、ほかのモンスターの追従を許さない圧倒的な攻撃力。

 そしてその効果は相手の守備力を貫く貫通効果。

 召喚するのが困難であるが故に1ターンキルすら可能にするその能力。

 そしてその圧倒的な攻撃力は現在パワー・ボンドの力により……。

 

 サイバー・エンド・ドラゴン:攻撃力4000→8000

 

 さらなる高みへと到達していた。

 

「さあ行けサイバー・エンド・ドラゴン! エターナル・エヴォリューション・バースト!」

 

 攻撃力8000のモンスターに3300のブレード・ガンナーが適うはずもない。

 その攻撃の前にブレード・ガンナーは破壊されその攻撃力の差分のダメージである4700がホセへと襲いかかる。

 プラシド:LP3600→0

 ライフポイントが0になったときの特有の音が鳴り響き、その決闘(デュエル)の終了を告げた。

 

「か、勝った! 嫁に勝てたぞ!」

 

 立ち上がった彼がラウラの元へと寄り、その頭を撫でた。

 ソリッドビジョンはすでに消えていて戦闘などなかったかのような状況だ。

 

「よくやったな、流石だ」

 

「あ、ああ!」

 

 年相応というより、見た目相応に喜ぶラウラ。

 ここ最近でラウラはずいぶん感情を表に出すようになったと笑うプラシドが、ラウラの眼帯を拾うとそっとラウラに付けた。

 自然に、親切でやったつもりのプラシドだったが顔を赤くしているラウラを見て『まずかった』と思う。

 自分からラウラを落としにかかってどうすると頷いて立ち上がった。

 何かの間違いだと思いながら、プラシドはラウラを誘って食堂へと向かうことにする。

 おそらくセシリアたちが待っているであろうと……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝食を食べた後、プラシドは現在街へと繰り出すために駅に立っていた。

 すでに目的の駅には着いていて、プラシドはただ待っているだけだ。

 誰をか……。

 

「お待たせしました!」

 

 学園から一緒でいいもののあえて時間を遅らせてきたセシリアを、である。

 どうやら待ち合わせというものに憧れているらしいが、プラシドは若干なりとも面倒だと思ってしまった。

 しかし一夏の方ではなくなぜ自分ときたのか、なんて疑問ばかりが浮かぶがまさか自分のことが? と思ってはまた『そんなことありえない』とする。

 とりあえずセシリアとの合流もすんだし、いくとしようと、二人揃って歩き出す。

 

「それにしてもセシリアも街に用があるのか?」

 

「はい、なにかいいアクセサリが欲しいので」

 

 さすがの女子。おしゃれには気を使っているのだなぁ、と思う。

 

「デッキホルダーなどにつけようかと」

 

 間違いなく決闘者(デュエリスト)である。

 

「質素だものな」

 

「はい、さすがにそのままというのも……もうすぐ大会もありますし!」

 

「その前に臨海学校が待っているだろう」

 

 それもそうですね。と忘れていたかのように言って笑う。

 一瞬だけその笑顔に見とれそうになるも、彼は臨海学校を忘れるほど決闘(デュエル)大会が楽しみなのかと笑った。

 完全に決闘者(デュエリスト)である。おもにプラシドや自分のせいで……。

 だが今更後悔してもしかたないことだと、今は楽しむことにした。

 とりあえず水着を買わなければならないがそこらへんですぐ見つかることだろう。

 

「プラシドさんは何を買いに?」

 

「水着だ」

 

「私もご同行させていただきますわ!」

 

 うおっ、と食いついてきたセシリアに驚く。

 ―――あれか、物珍しいのか男の水着が……。

 ということで済ますが、やはり一夏のような男がそばにいると勘違いしないようにと他人からの好意に気づかない。

 そんな覚えは無いが、プラシドにはなんとなくホセの気持ちがわからないでもなかった。

 

 

 

 プラシドとセシリアの二人はデパートの水着売り場にて水着を見ている。

 選んでいるのは最初はプラシドだったのだが、途中からセシリアまで水着を数着ほど用意してプラシドに見せてきた。

 とりあえず選んでもらったものの中でもっともセンスが合っているものを選んだ。

 特にそれ以上何かがあるわけでもない。

 弾とたまたま会って軽く挨拶を交わした後に、アクセサリショップに行く。

 

「これなんてどうでしょう?」

 

 デッキホルダーをデコレーションするものだけではなく、普通のアクセサリも買うようだった。

 よくよく考えれば当然である。彼女も“女の子”であるのだから……。

 

「ネックレスか、紅いな」

 

「はい、レッド・ティアーズのためのものです」

 

 そこまで得意ではないと言えど自らが使うワイゼルに勝ったのだ。流石と言わざるをえない。

 シグナーは現在自分を含めて四人。

 臨海学校での銀の福音暴走事件は“どちら”なのだろうか?

 どちらにせよ自分たちに危機が迫っているのは事実だ。

 

「あの、プラシドさん?」

 

「ん、ああすまない」

 

 せっかく外出を誘ってくれたのに失礼なことをしてしまったと思うプラシド。

 いつの間にやら外に出ていて、挙句にセシリアと手まで繋いでしまっているという実におかしな状況。

 悪い気はしないのだろうけれど、違和感は感じる。

 

「次はどうするか?」

 

「お食事でも?」

 

 そんなセシリアの提案に時計を見れば、丁度昼少し過ぎといった時間。

 丁度店も空いてきて良い時間帯だろうと、プラシドが歩きだそうとした直後、もう一方の手を誰かに引かれた。

 振り返ったプラシドの視界には誰も映らない。

 少し視線を下げれば、そこには今朝一緒にいた銀髪、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 

「ラウラさん!?」

 

「嫁よ、私も行くぞ」

 

「ラウラ、一人で来たのか?」

 

「途中までルチアーノと一緒だったのだが……先に帰った。人だらけで酔ったらしい」

 

 なるほど、と頷くとプラシドはセシリアの方を見た。

 なんとも言えぬ表情をしているが、それでもプラシドことホセは彼女の好意に気づかない。

 何らかの理由があるのだろうと心の中で決め付けている。

 そんなプラシドを見て、セシリアはため息をついて苦笑した。

 

「行きましょう」

 

「うむ」

 

「ああ」

 

 二人の返事を聞いて歩き出す。

 なんだか腑に落ちないという表情で歩き出すセシリアと、なんだかよくわからないプラシドとラウラ。

 妙な三人組は歩いて、近場の食事が取れる場所へとやってきた。

 ちょっとした評判の店に入ると、席へと案内される。

 

「あっ」

 

 そこで意外な人物との遭遇。

 案内された席の隣の“一人席”にて、山田麻耶が座っていた。

 そんな彼女を見て、苦笑するプラシドとセシリアに、ラウラはその雰囲気の意味がわからず首をかしげる。

 予期せぬ三人の来行に呆けていた麻耶だったが、すぐに『見られた……』と顔を真っ赤にした。

 

「いや、よくある事です先生。ひとり飯ぐらい普通ですって」

 

 そう言って横の席につくプラシド。

 

「ほ、本当ですか?」

 

 三人で食事に来ているプラシドが言ってもなんのフォローにもならない。

 

「はい、もうよくあることで」

 

「私は常にみんなと食事だぞ」

 

 セシリアのフォローも虚しくラウラが言った言葉に全て崩れる。

 涙目になる山田麻耶を相手に、プラシドは迷いに迷った結果―――席を詰めた。

 テーブルは四人掛けで、プラシドの正面に椅子に座っているセシリアとラウラ。つまりはプラシドは二人分の席に座っていたのだが詰めたことによって一人分が空く。

 プラシドは麻耶の方を空けて、隣の席を軽く叩いた。

 

「どうぞ、山田先生」

 

 そんなプラシドの言葉に、口元を押さえて今にも感激の涙を流しそうになる麻耶。

 

「い、いいんですか?」

 

 セシリアは苦笑して『どうぞ』と言い、ラウラは『別に構わん』と返事をする。

 片方は若干なりとも残念そうだが、別に“邪魔者”が一人増えたところでもう変わりはしない。

 ラウラは余裕と言わんばかりであり、なにがあってもプラシドを手に入れる自信があるのだろう。

 

「じゃ、じゃあお邪魔して……」

 

 赤く紅潮した表情の山田麻耶がプラシドの方に寄る。

 プラシドは麻耶と壁に挟まれているが、少し麻耶が寄りすぎで窮屈そうだ。

 それを見てむすっとするセシリアとラウラ。

 さすがに目の前でベタベタされるのはいや、ということだろう。

 

「さ、さぁ、昼にしようぜ!」

 

 そんなプラシドの提案と共に、メニューが開かれることとなる。

 とりあえずは本能に身を任せようと、セシリアとラウラもプラシドにやけにくっついている麻耶のことを我慢して食事を決めることにした。

 注文してから、しばらくは四人で雑談。

 

 ―――悪い意味ではないが、織斑先生ほど緊張はしないな。

 

 こちらも悪い意味ではないが、麻耶はあまり先生という感じがしない。

 デュエルモンスターズの話も普通に付いていけるし、なによりもその雰囲気が……だ。

 無意識だろうにやけにプラシドに近い山田麻耶。

 

 ―――ぱいおつが当たってるでござるよ。拙者のヤリザ殿の危険が危ない。

 

『貴様、俺の体で妙なことを!』

 

 ―――生理現象でござる。お主にも覚えがあるでござろう。

 

『チッ……』

 

 それはあるに決まっている。恋人だっていたのだから当然だ。

 あの荒廃した世界で唯一の心の支え……。

 

「プラシド君、今度決闘しましょうか!」

 

 そんな言葉に、意表を突かれて驚愕するプラシド。

 山田麻耶からの挑戦、だが受けることを拒否する必要もない。

 

「はい、俺で良ければ」

 

「ふぁ~」

 

 惚けた表情で笑顔を浮かべる山田麻耶に、プラシドことホセは一瞬だが見惚れた。

 それを察したのかセシリアが笑顔のまま負のオーラをかもしだし、なんだか背筋に悪寒が奔りプラシドは我に返る。

 頷いたプラシドはまた雑談を開始することにした。

 程なくして頼んだ料理が来て、それぞれ食事を開始する。

 

 ちなみに追記するならば一組で麻耶に敬語を使うのは、数少ない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 それから麻耶も一緒に街を回った後に、学園へと帰ってきた。

 ラウラと分かれてプラシドとセシリアになってから、夕食時だからか人通りのない廊下を通っている最中、プラシドが立ち止まる。

 それに吊られて立ち止まったセシリアだったが、プラシドが今日買ってきたものを入れた紙袋の中を漁り、一つの品を取り出す。

 

「これは?」

 

「今日は買い物に付き合ってもらったしな。それに二人と合流する前に買ったものだから二人の前では出しづらくてな」

 

 しっかりと包装されたそれを受け取ったセシリアは嬉しそうな表情で何度も頷く。

 言葉が出てこなくなっている。

 

「あ、あっ、あっ……ありがとうございます!!」

 

 感激のあまり目には涙すら浮かんできて、セシリアはそれを見られないために背を向けた。

 それに若干なりとも驚くプラシドは『やはりまずかったか!?』と焦ってあたふたとするが、本物のプラシドの時と比べるとずいぶんシュールだ。

 すると突然、振り返ったセシリアがプラシドの胸へと飛び込む。転びそうになるプラシドがセシリアを受け止めた。

 セシリアが精一杯背を伸ばして、プラシドの首に両腕をかけて、それでようやくセシリアの顔とプラシドの顔は近づく。

 そしてセシリアはそっと、プラシドの唇に唇を合わせた。

 

 ―――どういうことだ?

 

 そんな疑問をよそに、セシリアは離れてそっと笑う。

 恥ずかしさのせいか嬉さで感動しているせいか、あるいは両方か……彼女の頬は赤い。

 プラシド(ホセ)の中のプラシドがなにかをわめいているが、彼にとっては今はどうでもいいことだ。

 これは間違いなく挨拶やそういうものではないと、本能でわかる。

 

「今日はありがとうございました……ではまた!」

 

 そう言って走り去るセシリアをよそに、プラシドはそこで目を点にしたまま固まっていた。

 セシリアが去った方とは違う方の道にて、その一部始終を見ていた者たちがいる。

 

「これはこれは……」

 

「やるね、セシリア……」

 

「セシリアはエロいなぁ~」

 

 翌日には大変な噂になっているであろうことを彼や彼女は知らない。

 そしてその噂が色々な場所で誇張されたりなんてことも、今の彼らは知らない。

 これもまたIS学園にたった二人の男故、と言うことだろう。

 

 臨海学校まであと少し―――ちなみにプラシドはあと十分ほどそこで呆然としているのだった。

 

 

 

 

 

 




あとがき

フハハハハハッ! 待たせてしまって申し訳ありませんで候!
それにしてもこの状況、プラシドはようやくセシリアの好意に気づいたのか!?
そして麻耶も落としてしまったでござる。

次回は臨海学校初日! さて水着回というやつでござるが、まったく関係ないでござるな。文章オンリーなもので。
では、次回もお楽しみにしていただければまさに僥倖である!!


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第二十三話 限界突破! トップ・クリア・マインド!!

 あの日からセシリアとの会話がいささかギクシャクもしたプラシドだったが、すっかり元に戻っていた。

 そして同時に、学園中にセシリア“も”プラシドにキスをしたことも噂で広がっている状態であり、必然的にラウラに次いでプラシドにキスをした相手とされることをセシリア自身よく思っていなかった。

 臨海学校当日、IS学園から旅館へと向かうまでのバス内にて誰がプラシドや一夏の隣をとるかという話になっていたが、プラシドの提案によりプラシドと一夏は隣になることになる。

 

 バス内にて、わいわいとしている女子生徒たちと、楽しみだということが顔に出ている一夏。

 窓際のプラシドと窓際が良かったがじゃんけんで負けた一夏の二人。

 

「そういえばプラシドは海は初めてか?」

 

「ああ……飛んだことはあるが遊んだことはないな」

 

 束に連れられて散々世界中を飛んだが、海は上から見るぐらいだ。

 自分がプラシド(ホセ)になる前であれば遊んだ記憶が無いわけではない。

 だがそれでも、随分久しいことであるのには変わりなかった。

 

「じゃあ今日は沢山遊ぼうぜ!」

 

「そうだな……」

 

「プラシドさん!」

 

 背後の席からの声に、上を見上げればセシリアが顔を出している。

 してやったりの顔なのはプラシドの後ろの席を勝ち取ったからだろう。

 

「海に着いたら私にサンオイルを―――」

 

「断る」

 

「えぇっ! どうしてですの!?」

 

「プラシドは恥ずかしがってんだよ!」

 

「余計なことをいうな一夏」

 

 珍しくからかわれたプラシドは窓の外を向いてしまい、それを笑う一夏と腑に落ちないという表情でありながらも大人しく座るセシリア。

 プラシド(ホセ)は、そんな過激なアプローチに答えられるほどの度胸はない。

 決してセシリアが嫌いなわけではないが、ただその生肌に触ってサンオイルを塗るというのはまた別である。

 気分転換にふと、歌を口ずさむ

 

「帰ってテレビを見ていたい、最近アニメがおもしろい」

 

「お前の歌声なんて初めて聞いたよ」

 

 隣の一夏からの言葉に、彼は笑ってだけ返す。

 そう言えばそうであると思った。そういう学生らしい遊びというのをこの世界に来てからした覚えがない。

 せっかくの学生なのだからそういうのもまた一興であると思う半分、自分は遊ぶためにこの学園に来たわけではないと思い出す。

 一夏や箒を守るためでもあれば、さらにシグナーとして覚醒したメンツを守り、世界を驚異から救う。

 プラシドにとって世界を救うという行為は二度目だろうけれど、やり直しはきかない。

 遊んでいる場合ではない。今は覚悟が必要だろう……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 海……。

 

「イィィィィヤッホォォォォォッ!!」

 

 テンション最高潮で叫びながら海へと走るのは―――プラシドである。

 もちろんホセの方だがバスの中での黄昏はすっかりどこかへとすっ飛んで、今は海しか見えていない。

 一番乗りのプラシドのあとから生徒たちがやってきて海へと飛び込んだりする。

 少し遅れてやってきた一夏とセシリアと鈴、そしてセシリアとのキスを覗いて噂にした張本人である布仏本音もいた。

 

「おぉ~いお前ら!」

 

 そう言って現れるのは頭に大量のわかめを乗せた誰か。

 小さく悲鳴を上げるセシリアや鈴だったが、一夏が警戒しながら指を指す。

 

「誰だお前!」

 

「俺プラシド! 鈍いなぁ一夏は!」

 

 わかめを払い言ったプラシドは両手で持ったそれを見せる。

 

「うぉっ! 何持ってきてんだ!」

 

「こいつはウミガメ、たまたま浅瀬に来てたんだ」

 

「浅瀬って―――」

 

「ああ! それってボール!?」

 

 テンションの高いプラシドの声にビクッ、と跳ねる一夏とセシリアと鈴。

 そんなプラシドに驚いた様子もない本音ことのほほんさん。

 本音の『バレーボールしようよ!』という言葉にプラシドは『まだ泳ぐ!』と言ってまた沖にくりだす。

 あまりの驚愕に言葉も出ない様子の一夏たち。

 

「あのさ、プラシドってあんなだっけ?」

 

「いや……セシリアはどう思う?」

 

「いつも静かな感じのプラシドさんがあんなはしゃいで……子供っぽい一面もまた良いですわね」

 

「そうか」

 

 セシリアに聞いた自分がバカだったと遠くで泳ぐプラシドを見れば。

 ほかの女子生徒たちと合流して楽しそうに話している。

 それを見た直後、セシリアは真横にパラソルを突き刺し、持ってきたサンオイルなども放り投げて走り出す。

 

「プラシドさんの隣は一人! このセシリア・オルコットですわぁ!!」

 

 叫びながら走り出したセシリアもいつものおしとやかさを捨てて海に飛び込みプラシドの方に泳ぐ。

 ちなみになぜだが赤き龍の痣は現在消えているということもあり、安心して腕をさらせるというものだ。

 隣の鈴が肩に乗ったりしているが特に気にする必用もあるまいと一夏はため息をつき笑みを浮かべる。

 なぜだか元気が無かったプラシドが元気そうでなによりだと、腰に手を当てて頷く。

 

 

 

 その後、落ち着いたプラシドが砂浜へと帰ってくる。

 

「プラシド!」

 

 そう声をかけられて見れば、そちらには可愛らしい水着を着たルチアーノと……タオルの妖怪。

 いや、プラシドにはわかっているがやはりルチアーノの方が気になってしまう。

 完全に女の子だと自分の目で初めて確認できたところで驚愕しているが、そんな暇はない。

 すぐにタオルの妖怪の方に視線をやると、笑みを浮かべる。

 

「ラウラ、恥ずかしがらないで」

 

「し、しかし……」

 

 タオルの妖怪ことラウラはタオルの上からどういう原理でか眼帯をつけているが、はたまたどういう原理でかルチアーノはラウラに巻かれているタオルを一斉に取り上げる。

 現れるのは、プラシドが知っているラウラの水着姿ではない。また別の水着だった。

 それにふいをつかれて、プラシドはラウラに見とれる。

 

「可愛いぞ」

 

 プラシドがそう言うと、転校初日のラウラからは思いもよらないほどの笑みが浮かぶ。 

 

「そ、そうか! 私はそんなことを言われたのは初めてだっ……」

 

 しまったと思う半分、それ以外に結局言葉は見つからないだろうと思う。

 

「プラシド君、ビーチバレーやろーよ!」

 

 そう声をかけられたプラシドはその顔に笑みを浮かべる。

 全力で楽しもうと、セシリアとラウラを見た。

 3on3の戦いができるということだ。

 

 コートを作って戦いは始まる。

 決闘(デュエル)以外でのクラスメートと遊びなど始めてだ。

 

「んっふふっ! 7月のサマーデビルと言われた私の実力を見よ!」

 

 放たれる鋭いバレーボール。

 素早く動いたセシリアがレシーブし、プラシドが飛ぶ。

 

「フハハハハッ! この俺に戦いを挑むなどいい度胸だ! この俺が最強なのは決闘(デュエル)だけでないと知れぇっ!!」

 

 跳ぶと同時にスマッシュ。

 あたりからは『うわ、プラシド君がプラシド君だ!』なんて声も聞こえるが、彼は彼でこれは楽しいのだろう。

 こういうことは初めてであるからこそテンションが上がっているのだ。

 

 ―――俺にもそういう覚えがある。

 

 中で納得するプラシド(ホセ)だったが、やけにはしゃぎすぎである。

 ラウラが顔面でボールを受けて走り去ったりしたが、その結果一人の空き枠に山田麻耶が入り、一夏やシャルルや鈴なども参加しようとやってきた瞬間、一夏の女神が降臨した。

 誰もがその滅多におがめない肌に感嘆の声を出し、一夏は魅了されぼぉっとする。

 プラシドがプラシド(ホセ)にチェンジしたことにより、プラシドは一夏のおもしろい反応を見ていたがその視線に気づいたほかの生徒たちがなにやら騒ぎ出す。

 

「まさかプラシド君は織斑君が!」

 

 ―――いや、それはない。

 

 すぐにプラシドは戦闘態勢に入る。

 プラシドの背後には麻耶と一夏の二人で、相手側のコートには悪鬼が一人。

 冷や汗を流しながらも、プラシドは初めて千冬と対峙した。結果は報告するまでもあるまい。

 

 夕方までの時間、遊びに遊んだ生徒たち。

 そしてはしゃぎにはしゃいだプラシド。

 ようやく真面目モードへと戻った彼はおそらくビーチに現れなかった“彼女”がいるであろう場所へと足を進めた。

 そこに行けばすでに二人の人影があった。

 一人は今日対峙した千冬、そしてもう一人は篠ノ之箒である。

 

「赤椿……」

 

「それがお前の専用機なわけだな」

 

 そんな声に、驚いた様子で振返る箒と、わかっていたかのように振返る千冬。

 特に部外者というわけじゃないからだろう。二人とも何も言わずにいる。

 

「束から連絡があった。明日は確実に“来る”だろう」

 

 その言葉に、頷く箒と千冬。

 

「“何もするな”とは言ったがどうなるかはわからないところだ。それなりに覚悟しておけ箒、それから織斑先生も……」

 

「だ、そうだ……篠ノ之、お前も義兄になるかもしれない男の言葉は肝に銘じておけ」

 

「!?」

 

 そんな千冬の“冗談”に驚愕する箒とプラシドだったが、彼女はフッと笑ってプラシドの横を通ると去っていく。

 後頭部をかくプラシドを見て、少し笑って箒も千冬のあとを追っていった。

 二人の姿が見えなくなった頃、プラシドも帰ろうと歩きだそうとした瞬間、背後に気配を感じて振返る。

 そこにあるのはただの影。黒い影がそこには“存在”していた。

 

「なんだ……?」

 

『気をつけろ、確実に普通ではない』

 

 その影を見て警戒するプラシドだったが、直後―――その影から赤い目が二つ現れる。

 

「見つけたぞシグナー」

 

 この相手はシグナーを知っている。

 間違いなく普通ではなく、間違いなく仲間ではない。

 明らかな殺意と敵意を感じ取り、プラシドはどこから出したのか決闘盤(デュエルディスク)を腕につける。

 シグナーを知っているならば決闘(デュエル)で決着をつけるのは間違いないはずだ。

 

「フフフフッ……フハハハハハハッ……!」

 

 笑い声と共に、目の前の影は跳んで崖の下へと消えた。

 プラシドはすぐに走って崖の端から下を覗いたが、影などあるはずもなく下はただの海だ。

 舌打ちをしてから左腕を見れば、そこに輝く赤い痣。

 

 ―――間違いない。今のが敵だ……。

 

 あれを相手にする日はそう遠くないと、彼はそう確信しながらも踵を返すのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜、旅館にて食事の時間。

 集まっている生徒たちの中に、プラシドはいた。

 机組とテーブル組に分かれる中、プラシドはおそらく隣に来るであろうセシリアのことを考えながらもテーブル組に参加するのだった。

 そして結果は予想通り、自分に好意を持ってくれているのであろうセシリアは隣へと座って食事をする。

 隣には久しぶりにルチアーノ。

 最近は彼女と一緒にいることも少ないのでなんだか新しかった。

 

「やはり刺身だな」

 

「魚を生って最初は抵抗あったんだよね」

 

 そう言って少量のわさびと共に刺身を食すルチアーノ。

 

「やはり日本人でなければそうだろうな」

 

「プラシドってどこの人だっけ?」

 

「生まれも育ちも日本だ。途中世界中を飛び回ったりもしたが……」

 

 そんな言葉に、ルチアーノは苦笑。

 IS学園を探してもプラシドほどの年齢で世界中を飛び回るなんてことはなかっただろう。

 プラシドは15歳には見えないが、それを言えばセシリアや箒やある意味ラウラやルチアーノも年齢不相応の見た目なので突っ込むことはやめることにする。

 誰も知らないだろうけれどプラシドは“6年前”からずっと変わらない。

 それが彼なのだが“束以外”それを知る者はいない。

 

 机組にて一夏が騒動の原因となり騒ぎが起きそうになっているので、プラシドはため息をつく。

 

「まぁ騒ぎを起こせば織斑先生が来ることであろうな」

 

 そんなつぶやきによって一斉にボリュームが下がる。

 織斑千冬の偉大さを思い知るプラシド、ならびに少数の生徒たち。

 ふと一夏を見てみれば、プラシドに親指を立ててウインクをしているので、プラシドは苦笑で返す。

 お互いこれにて安心というわけだ。

 

「プラシド、箸が使いにくい」

 

「ほらフォーク」

 

 ルチアーノの言葉に念のためと用意しておいたフォークを出せば、頭を軽く小突かれた。

 わけがわからないプラシドだったが、最初のアレが引いているのだろうと思い我慢することにする。

 セシリアが何かを言っているがプラシドは黙って食事をしていた。

 

 ―――大トロなんて初めて食べた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 食事が終わった後、少女セシリア・オルコットが廊下をこそこそと歩いていた。 

 理由を語る必要などないだろうけれど一応、言っておくならばプラシドが目当てである。

 先ほど同室の女子生徒に『セシリアはエロいなぁ』などと言われたがめげずにプラシドの部屋、つまりは一夏と千冬の部屋の隣にやってきたが、箒と鈴とシャルル、そしてラウラとルチアーノまでが織斑姉弟の部屋の前でじっとしている。

 

「どうなさいましたの?」

 

 黙っている五人の中で、鈴が口元に人差し指を当てて『黙れ』と伝えてくるので、セシリアも黙って彼女たちと同じように戸に耳を当てた。

 戸の向こうから声が聞こえてくる。

 

『ぐっ……これは……』

 

『ふふっ、一夏は上手いだろう?』

 

『千冬ねぇをずっとしてたから、プラシド相手でも問題はないはずだぜ』

 

 なんだか怪しい声が聞こえてきた。

 

『ぐっ……ふっ……』

 

 セシリアまでもが戸に耳を当てるが、それが悪かったのだ。

 限界まで体重のかかっていた戸はあっけなく外れ、そのまま倒れる。

 つまりは六人の体も倒れるということで、倒れた六人が顔をあげれば、視界には布団に寝そべるプラシドの背中に両手をそえる一夏がいた。

 すぐさま頭で処理を完了する六人。

 

 

 

 結局、千冬により正座をさせられる六人。

 椅子に座る一夏と立っているプラシド、そして千冬も椅子に座ると呆れたという表情をしている。

 

「まったく、なにをしてるか馬鹿者がっ」

 

 シャルロットが安心したように『マッサージだったんですか』と言うと、ルチアーノとセシリアが頷く。

 いつものような真面目な表情をした隣のラウラが口を開いた。

 

「それにしても良かった、てっきり……」

 

「なにやってると思ったんだよ?」

 

 一夏の質問に、プラシドは『やはり』と片手で頭を押さえる。

 

「それはもちろんホ―――」

 

 すぐさまルチアーノがラウラの口を塞いだ。

 それに安心して胸をなでおろす面々の中、プラシドも心の中では胸をなでおろしていた。

 今思えば彼女たちがくることぐらいわかっていたことなのにと思うが、すぎたことなので気にしない。

 とりあえず変な噂が立たないようで安心だった。

 

「こう見えて、こいつはマッサージが上手い。順番にお前たちもやってもらえ」

 

 珍しく千冬が箒たちに飴をやっているので珍しいと思いながらもプラシドは余計なことを言う事はしない。

 触らぬ神になんとやら、触ってこれが無しにでもなれば自分が箒や鈴やシャルロットから恨まれるのは目に見えているからだ。

 まぁ、特に何も言わねばこちらに被害は何も無い。

 ということでとりあえず箒がマッサージをしてもらうらしく一夏が立ち上がったのでプラシドが空いた椅子に座る。

 

「まぁその前に、飲み物を買ってこい一夏」

 

 そう言うと一夏は立ち上がり、部屋を出ていった。

 

 部屋には一夏を除いた面々になり、千冬は冷蔵庫からビールを出すと畳まれた布団に肘をかけて座る。

 いつもの教師モードとは違いプライベートのように楽にしていて、雰囲気がいつもと違うのは誰でもわかる。

 

「おい、いつものバカ騒ぎはどうした?」

 

 そんな言葉に、箒が動揺している。

 

「織斑先生とこうして話すのは、初めてですし……」

 

「恐縮しているということです」

 

 シャルロットの言葉に続くプラシドだが、ずいぶん楽にしているのは彼女たちよりは接点があるからだろう。

 束関係の話ではそこそこ話したし、ほかにも話すことは山ほどあってそれなりに話してきた。

 

「なるほどな。まぁいい」

 

 缶ビールのプルタブを空けて、千冬が視線を移す。

 視線の先は箒、鈴、シャルロットの三人。

 

「そろそろ肝心の話をするか……」

 

 缶ビールを傾けて喉に流すと、いつもの様子からは想像もつかない“可愛らしい声”で気持ちよさそうに声を上げる。

 嬉しそうな顔は、本当に嬉しいというか、生きる喜びというか……。

 プラシド(ホセ)にも覚えがあった。

 

「で、そこから半分はあいつのどこが良いんだ?」

 

 半分というのはシャルロット、箒、鈴のことだ。

 明らかに動揺する三人に、特に動揺もせずいるセシリアとラウラとルチアーノの三人。

 姉直々の言葉に動揺する箒と鈴とシャルロット。

 

「確かにあいつは約に立つ。家事も料理も中々だし、マッサージも上手い、付き合える女は得だな」

 

 一拍置く千冬に、プラシドも『人が悪い』と苦笑。

 

「どうだ、欲しいか?」

 

 そんな意味深な言葉に、三人が期待した顔をする。

 

「くれるんですか!?」

 

「やるかバカ」

 

 この(ブラコン)あってあの(シスコン)というわけだ。

 若干なりともプラシドは『やれよ』とは思うが、いざ一夏が女を連れてきたらどうするのかと思うとゾッとする。

 三人は『え~』と落胆の声を上げるがそれ以上プラシドは関わる気は無い。

 自分を磨けと言っている千冬だが、圧倒的余裕。このままでは一夏は千冬ルート一直線。

 

「まぁ俺には関係のないことだ」

 

 そうつぶやいたプラシドだったが、肩に手を置かれる。

 おいたのはもちろん千冬で、見上げれば千冬が笑っていた。

 

「何を言っている。残りはお前に関係あるやつらだろう」

 

 視線を千冬に合わせると、苦々しい顔をするプラシド。

 

「さて、根掘り葉掘り聞かせてもらいたいなぁ……プラシド?」

 

 そんな言葉に、プラシドは片手で頭を抱える以外はなかった。

 とりあえずその後、一夏が帰ってきてからマッサージをされている箒と鈴とシャルロットを置いておいて、プラシドは千冬について状況を説明するはめになるが、セシリアの顔が赤かったのは言うまでもないだろう。

 色々と説明させられるプラシドも恥ずかしそうだったが、ラウラは『また新しい嫁の一面を』と言っていた。

 最終的に泥酔した千冬から逃げるように部屋を出た時点で、疲れているせいか全員なにも言わずに解散。

 プラシドは部屋に戻った。

 

「待ってましたよプラシド君!」

 

 決闘盤(デュエルディスク)をつけた浴衣姿の山田麻耶が、畳の上に座っている。

 そう言えば約束はしたが、修学旅行の中学生じゃあるまいしまさか夜だとは思わない。

 枕投げの代わりに決闘などと……。

 

「いいでしょう」

 

 プラシドが断るはずもなかった。

 決闘(デュエル)を挑まれれば断る理由が無い。

 特に、未知の相手である山田麻耶との決闘(デュエル)は楽しみで仕方がない。

 (ホセ)の中のプラシドはバレーボールでの件から一切出てきていないが、それはそれで良かった。

 先に戦うのは自分だと、プラシドは決闘盤(デュエルディスク)を腕につける。

 

 ―――決闘(デュエル)!!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜、旅館の中庭にて立つ二人の人影。

 それはプラシドと山田麻耶であり、二人がつけている決闘盤(デュエルディスク)を見れば二人が決闘(デュエル)をしていることは明白である。

 そして決闘(デュエル)はすでに数ターンが進んでいて、お互いのフィールドはそれぞれしっかりと違いが出ていた。

 

 プラシド:LP/4000

 モンスター:2 TGハイパー・ライブラリアン TGラッシュ・ライノ

 魔法&罠:2

 手札:2

 

 山田麻耶:LP/3200

 モンスター:0

 魔法&罠:5

 手札:3

 

 プラシドのターンが終了し、麻耶のターンへと変わる。

 

「私の……ターンです!」

 

 その言葉と同時に引き抜かれるカード。

 彼女のデッキテーマは大体理解したが、全てがわかったわけじゃない。

 しかしそのカードを引き抜いた麻耶の表情には笑みが浮かび上がる。

 いつもの麻耶に浮かんでいるその顔ではない。

 

「私は手札より! 『虹の都―レインボー・ルイン』を発動!」

 

 強き決闘者(デュエリスト)の表情であった。

 発動されたフィールド魔法により、辺りはソリッドビジョンによりコロシアムへと姿を変える。

 かかった虹。麻耶の魔法&罠ゾーンに配置されている四つの宝石と、一枚の伏せカード。

 麻耶のフィールドにある宝石は、『宝玉獣』たちであり、宝玉獣が破壊された時に永続魔法として配置できる効果によって置かれたものである。

 

「私は『虹の都―レインボー・ルイン』の効果発動! 私の魔法&罠カードゾーンの『宝玉獣』と名のついたカードの数により発揮できる効果が増えます。そして宝玉獣が四枚以上である時の効果を発動します!」

 

 レインボー・ルインの四の効果。

 メインフェイズに1度だけカードを一枚ドローできる。

 麻耶はカードを引き抜いて、笑みを浮かべた。

 

「リバースカード、発動! 『宝玉割断』私はデッキより宝玉獣と名のついたモンスター一体を墓地に送って発動、私が捨てるのは『宝玉獣コバルト・イーグル』です。相手フィールド上のモンスター一体の元々の攻撃力を半分にできますが、その代わりプラシド君は一枚ドローしてくださいね! 半分にするのはTGハイパー・ライブラリアンです!」

 

 言われた通り、プラシドはデッキからカードを一枚ドロー。

 そして、麻耶は次の行動に移る。

 

「私は手札より『宝玉獣サファイア・ペガサス』を召喚します!」

 

 現れるのは青い宝石を翼に装備したペガサス。

 

 『宝玉獣サファイア・ペガサス:星4/風属性/獣族/攻1800/守1200』

 

「召喚時効果発動、手札・デッキ・墓地から宝玉獣一体を魔法&罠ゾーンに置くことができます! 私はデッキより『宝玉獣アメジスト・キャット』を置きます。サファイア・コーリング!」

 

 さらに増えた宝玉に、プラシドは内心で焦った。

 

「これで七体の宝玉獣が墓地並びにフィールドに揃ったわけか……」

 

 だが、あのカードが彼女の手にあるとは考えにくい。

 今現在持っているカードはなんなのかと考えるが、この状況で決めてくるとは思えなかった。

 

「戦闘を開始します! サファイア・ペガサスにてTGラッシュ・ライノを攻撃! サファイア・トルネード!」

 

 竜巻を起こすペガサス。

 その竜巻はラッシュ・ライノを飲み込み、さらにプラシドにダメージを与える。

 ラッシュ・ライノの攻撃力は1600であり、200のダメージを受けた。

 プラシド:LP/4000→3800

 

「私はこれでターンエンド!」

 

「墓地のTGラッシュ・ライノの効果発動、このカードが破壊されたエンドフェイズ時、自分のデッキからラッシュ・ライノ以外のTGを手札に加える。俺が選択するのはTGジェット・ファルコンだ」

 

 TGの最大の利点はモンスターが破壊された後のサーチ。

 ドローの宣言と共にカードを引き抜くプラシドだったが、手元にある五枚のカードを見て頷く。

 

「俺は手札よりTGカタパルト・ドラゴンを召喚、そして効果によりジェット・ファルコンを特殊召喚!」

 

 これで手札二枚を消費した。

 

「TGカタパルト・ドラゴンにTGジェット・ファルコンをチューニング!」

 

 そしてこれでTGの最速の力を発揮する準備が整う。

 

「リミッター開放レベル5! ブースターランチOK、インクリネイションOK、グランドサポート、オールクリア GO! シンクロ召喚! カモン、TGワンダー・マジシャン!」

 

 現れるのは彼の仲間内ではお馴染みのTGワンダー・マジシャン。

 そのモンスターが現れた瞬間、プラシドの雰囲気がわずかに変わったことに気づいて、麻耶は少し警戒する。

 だがプラシドの顔はいつも以上におだやかでいて、その雰囲気は静かである……。

 

「山田先生は、私のデッキを知っていたんですか?」

 

「えっ……いえ、TGというカードを使うということぐらいしか……」

 

 プラシドはその顔に笑みを浮かべる。

 だからこそ、TGハイパー・ライブラリアンを攻撃力半分のまま残した驚異で無いと放置したのだ。

 それこそが仇となると、知らぬまま……。

 

「ならば見せよう。私の力を!」

 

 そう宣言すると、彼は手を振る。

 

「まずTGハイパー・ライブラリアンの効果によりシンクロモンスターが召喚されたためカードを一枚ドロー! 次にワンダー・マジシャンの効果によりフィールド上の魔法&罠カードを破壊。私が破壊するのは永続魔法となっている『宝玉獣トパーズ・タイガー』だ! さらに墓地のジェット・ファルコンの効果によりシンクロに使用されたため500ポイントのダメージを受けてもらう!」

 

 山田麻耶:LP/3200→2700

 怒涛のチェインでつながれた効果により、彼はどんどんと自らを優勢にしていく。

 麻耶のフィールドには四枚の永続魔法となった宝玉獣、そしてサファイア・ペガサスが一体。

 

「行くぞ! クリア・マインド! レベル5TGハイパー・ライブラリアンにレベル5シンクロチューナーTGワンダー・マジシャンをチューニング!」

 

 プラシドの体が赤く光る。

 

「リミッター解放レベル10! メイン・バスブースター・コントロール、オールクリア! 無限の力、今ここに解き放ち、次元の彼方へ突き進め GO! アクセルシンクロ! カモン、TGブレード・ガンナー!」

 

 麻耶にとっては初めて見るモンスターであろう。

 次元を裂いて現れた機械剣士はその巨体を輝かせる。

 それはプラシドのISに似ているが、ワイゼルデッキを使っている彼がブレード・ガンナーを出したところで驚くことではない。

 それよりも驚くべきなのはシンクロチューナーという未知のモンスターと、それによって召喚されたモンスターのステータス。

 

 『TGブレード・ガンナー:星10/地属性/機械族/攻3300/守2200』

 

「私はTGブレード・ガンナーでサファイア・ペガサスを攻撃! シュート・ブレード!」

 

 呆気なく切り裂かれたサファイア・ペガサスは破壊され、そのまま墓地へと送られた。

 攻撃力1800のサファイア・ペガサスと攻撃力3300のブレード・ガンナーの攻撃力差は1500。

 山田麻耶:LP/2700→1950

 ダメージは1500の半分である750しか与えられていない。

 

「虹の都―レインボー・ルインの二つめの効果を発動、1ターンに1度だけ受けるダメージを半分にできます」

 

 だが麻耶のフィールドにはモンスターが居なかった。

 プラシドはターンエンド。

 ああなった彼は本気で相手を潰す気でもあるけれど、本気で相手の可能性を楽しみにしているふしがある。

 それを知っている少女たちの中に今、山田麻耶も含まれた。

 

「私のターン!」

 

 引き抜かれたカードをその目に確認して、麻耶はその表情に笑みを浮かべる。

 

「私の墓地とフィールドに宝玉獣と名のついたモンスターが七種類以上存在する場合のみ特殊召喚が可能となる。私の一番のモンスター! 『究極宝玉神 レインボー・ドラゴン』降臨!」

 

 空から現れる巨大な龍。

 

 『究極宝玉神 レインボー・ドラゴン:星10/光属性/ドラゴン族/攻4000/守0』

 

 宝玉デッキ最強のカードであり一撃必殺の切り札。

 その強力な効果は召喚したターンは使えないこそ、次のターンまで生き残れば相手が生き残る確率などたかが知れている。

 そして効果を使えないレインボー・ドラゴンでも、充分な驚異を発揮できた。

 

「さらに自分フィールド上に永続魔法カードが3枚以上存在する場合に、このカードは特殊召喚できます。『バッド・エンド・クイーン・ドラゴン』!」

 

 『バッド・エンド・クイーン・ドラゴン:星6/闇属性/ドラゴン族/攻1900/守2600』

 

 さらに現れたモンスターに、彼は笑みを浮かべる。

 

「レインボー・ドラゴンでブレード・ガンナーを攻撃です。オーバー・ザ・レインボー!」

 

 攻撃を放とうとするレインボー・ドラゴンの攻撃宣言に、プラシドはチェーン。

 

「ブレード・ガンナーの効果発動! 相手ターンに一度、墓地のTG一体を除外してこのカードを除外する。私が除外するのはTGラッシュ・ライノ!」

 

「ですが、巻き戻しにより攻撃対象はプラシド君自身、ダイレクトアタックします!」

 

 レインボー・ドラゴンの攻撃は、プラシドに当たり爆発を起こした。

 プラシドが吹き飛んで地面を転がったが、すぐに体勢を整えて立ち上がる。

 プラシド:LP/3800→1800

 驚愕する麻耶だったが、プラシドのフィールドを見て納得する。

 

「罠カード『ダメージ・ダイエット』の効果により、このターン受ける全てのダメージを半分にする」

 

「ですがこの攻撃は受けてもらいますよ。バッド・エンド・クイーン・ドラゴンの攻撃、トラジェディ・ストリーム!」 

 

 放たれる攻撃に、プラシドは再び体勢を崩す。

 いつも以上にダメージが強く感じる。

 だが、これでこそ決闘(デュエル)であると笑った。

 プラシド:LP/1800→850

 瞬間、プラシドのフィールドのもう一枚のカードがオープンした。

 

「罠発動『ダメージ・コンデンサー』を発動。自分が戦闘ダメージを受けた時、手札を1枚捨てて発動する事ができる。その時に受けたダメージ以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 そう宣言したプラシドを見て、麻耶がクスッ、と笑った。

 麻耶を見てなぜ笑ったのかわからず止まってしまうプラシドだったが、麻耶は嬉しそうに笑うのみだ。

 

「ごめんなさい。プラシド君最近ずっと何か悩んでいるような顔でしたから……楽しそうで良かったと」

 

 プラシドは素直に驚いていた。

 一生徒をよく見ている。男だからかと思いはするが、それを含めてもよく見ていると思う。

 海では素直に楽しんでいたが、終わってからすぐに確かに色々悩んでいたりもした。

 千冬と箒と会ったあとのこともあって余計だ。

 そんな自分のためにわざわざ夜に自分のために決闘(デュエル)をした。

 

「私は貴女の生徒で良かった……」

 

「ふぇっ!?」

 

 真っ赤な顔になる麻耶だが、離れているプラシドはわかっていない。

 それでいてもこのモードなのだから、そういう浮ついたことを考えてはいないのだ。

 

「私がデッキから召喚するのは、TGサイバー・マジシャン!」

 

 『TGサイバー・マジシャン:星1/光属性/魔法使い族/攻0/守0』

 

 すでに麻耶は攻撃する術は無い。

 そのTGサイバー・マジシャンを放置するしかない。

 麻耶は頭を左右に振って我に返った。

 

「ば、バッド・エンド・クイーン・ドラゴンの効果発動! 相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手は手札を1枚選んで墓地へ送り、私はデッキからカードを1枚ドローします!」

 

 カードを一枚引く麻耶と、手札のカードを一枚捨てるプラシド。

 そしてバトルフェイズを終了する麻耶はメインフェイズ2にてレインボー・ルインの効果でカードを一枚引く。

 

「私はカードを二枚伏せてターンエンドです!」 

 

 その宣言と共に、プラシドはデッキの上のカードを掴み―――引き抜いた。

 

「これが私のラスト・ドローだ!」

 

 引き抜いたカードを見た瞬間、プラシドの表情が変わる。

 

「スタンバイフェイズ、除外されていたTGブレード・ガンナーが帰還する!」 

 

 帰ってきたブレード・ガンナーとサイバー・マジシャンが並ぶ。

 

「私は手札より速攻魔法TGX1―HL(ティージーエックスワン エイチエル)を二枚発動! 自分フィールド上に存在するTGと名のついたモンスター1体を選択して発動する。選択したモンスターの攻守を半分にしてフィールド上に存在する魔法・罠カードを一枚破壊する! 私は双方共TGブレード・ガンナーを選択!」

 

 ブレードガンナー:攻/3300→1650→825 

 

「破壊するのは永続魔法である宝玉獣ルビー・カーバングルと宝玉獣エメラルド・タートルの二体!」

 

 こうして残った永続魔法としての宝玉獣は一枚になってしまう。

 これではダメージを半分にできないが、麻耶はその表情に焦りを見せることはない。

 それでなんとなく理解したプラシドだが、彼は止まらない。

 

「私は手札のレベル1TGドリル・フィッシュにTGサイバー・マジシャンをチューニング!」

 

 手札シンクロは話に聞いていた。驚く必要は無い。

 

「リミッター解放、レベル2! レギュレーターオープン! ナビゲーション、オールクリアー! GO! シンクロ召喚! カモン、TGレシプロ・ドラゴンフライ!」

 

 『TGレシプロ・ドラゴン・フライ:星2/風属性/ドラゴン族/攻300/守300』

 

 低レベルで、攻守も頼りないモンスターならば、目的は効果。

 

「1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する『TG』と名のついたシンクロモンスター1体を墓地へ送る。そして、墓地へ送ったモンスターのシンクロ召喚に使用したシンクロモンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、この一組を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる!」

 

 TGブレード・ガンナーが元のTGハイパー・ライブラリアンとTGワンダー・マジシャンに戻る。

 フィールドに揃った三体のモンスターだが、麻耶には意味がわかっていなかった。

 それを見てもプラシドたち以外の者には意味がわからないだろう。

 今なら大丈夫だと、自分に言い聞かせてプラシドは、ISを纏った。

 

「えぇっ!?」

 

「私は光を超え、さらにその先へ!」

 

 その場にとどまりながらも、自らのIS機皇帝ワイゼル∞にエネルギーを貯めていく。

 プラシドの周囲に風の波紋が広がる。

 麻耶はそんな奇っ怪な行動に疑問を抱きながらもやめさせようとは思わなかった。

 

「いくぞ!」

 

「ファッ!?」

 

 プラシドは麻耶の方へと向く。

 

「えぇぇっ!?」

 

「トップ・クリア・マインド! レベル2TGレシプロ・ドラゴンフライとレベル5TGハイパー・ライブラリアンにレベル5シンクロチューナー、TGワンダー・マジシャンをチューニング!」

 

 直後、貯めていたエネルギー全てを使いプラシドは麻耶の方へと迸る。

 叫び声すら上げる間もなく、プラシドは麻耶へと近づき、その目の前で光の中へと―――。

 

「―――消えたッ!?」

 

 そして光を超えたスピードのアクセルシンクロを超えたその力をもってして、光速の先の世界でプラシドは叫ぶ。

 

「リミッター解放、レベルマックス! レギュレーターオープン・オールクリアー! 無限の力よ! 時空を突き破り、未知なる世界を開け! GO! デルタアクセル! カモン!」

 

 プラシドがフィールドへと戻ってくるが、戻ってきた場所は元プラシドがいた場所の背後からだ。

 丁度いた場所に着地するプラシドが即座にISを解くと、彼と共に出てきた巨大な機械の騎士。

 

「TG ハルバード・キャノン!!」

 

 その姿は正しくTG最強というにふさわしいモンスター。

 プラシドは念願のデルタアクセル、トップ・クリア・マインドを習得することができた。

 麻耶はその姿に戦慄する。

 

『TGハルバート・キャノン:星12/地属性/機械族/攻4000/守4000』

 

「バトルフェイズ! ハルバート・キャノンでバッド・エンド・クイーン・ドラゴンを攻撃!」

 

 その宣言と共に、麻耶はリバースカードをオープンさせる。

 

「罠カード『立ちはだかる強敵』発動! 攻撃宣言時にのみ発動可能なこのカードの効果は私のモンスター1体を強制的に攻撃させることが可能になります。私が選択するのは『究極宝玉神レインボー・ドラゴン』です!」

 

 これでこのターン、レインボー・ドラゴンと相打ちせざるをえないことになる。

 だがその瞬間、立ちはだかる強敵に麻耶がチェーンで罠カードを発動。

 

「リビングデッドの呼び声を発動! 私は墓地から宝玉獣アンバー・マンモスを召喚します!」

 

 アンバー・マンモスが召喚されればハルバート・キャノンがレインボー・ドラゴンを攻撃するダメージステップで、間違いなくレインボー・ドラゴンの一つ目の効果が発動される。

 一つ目の効果とはフィールド上の『宝玉獣』と名のついたモンスターを墓地へ送ってその数×1000ポイント攻撃力を上げるという強化効果。その効果は相手ターンでも発動できるものである。

 すなわち死へと向かうということ。

 

「だが、TGハルバート・キャノンの効果発動! 1ターンに1度だけモンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚を無効にし破壊する事ができる!」

 

「そんな!」

 

「召喚を無効にし破壊されれば効果をチェーンすることもできない! クローズ・サモン!」

 

 これで、アンバー・マンモスが出ることはなくなった。

 よってこれにてレインボー・ドラゴンとハルバート・キャノンの相打ちが決定づけられる。

 飛ぶハルバート・キャノン。

 

「いけ、ハルバート・キャノン!」

 

「迎え撃って、レインボー・ドラゴン! オーバー・ザ・レインボー!」

 

 二体のモンスターがぶつかり合い、爆発と共に消え去る二体のモンスター。

 そして、フィールドには攻撃表示のバッド・エンド・クイーン・ドラゴンだけが残る―――かと思われた。

 

「えっ!?」

 

 彼のフィールドには緑色の機械剣士TGブレード・ガンナーがいる。

 

「TGハルバート・キャノンはフィールドから墓地へ送られたとき、墓地のTGモンスター1体を特殊召喚できる!」

 

 その効果によって現れたTGブレード・ガンナー。

 

「バトルフェイズは終わっていない! TGブレード・ガンナーで攻撃!」

 

 3300の大物が再び現れたわけだが、このターンさえしのげば、手札にある『聖なるバリア―ミラーフォース』でどうにでもなる。

 レインボー・ドラゴンがいて、例のコンボがあったからと伏せなかったのだが取っておいて正解だったと安心した。

 

「バッド・エンド・クイーン・ドラゴンならまだ私は負けない」

 

 3300のTGブレード・ガンナーに1900のバッド・エンド・クイーン・ドラゴン。

 ダメージは1400と考えればまだ350も残る。

 TGブレード・ガンナー:攻/3300→4100

 

「え?」

 

「私は墓地のスキル・サクセサーの効果を発動。墓地のスキル・サクセサーを除外することで、モンスター1体の攻撃力を800ポイント上昇させる!」

 

「そんなカードは使って……まさか!」

 

「バッド・エンド・クイーン・ドラゴンに落とされたカードだ!」

 

 これで勝負は決まった。

 ブレード・ガンナーの斬撃によりバッド・エンド・クイーン・ドラゴンは体勢を崩し、射撃により爆発。

 その爆風により麻耶は体勢を崩して尻餅をつく。

 山田麻耶:LP/1750→-250

 それと共にすべてのソリッドビジョンが消えて、二人はただ旅館の中庭にいる。

 彼は麻耶へと歩み寄って手を差し出す。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あっ、えへへ、ごめんなさい。やっぱりダメージを受けるのは慣れなくて」

 

 麻耶が手をとった瞬間、引いた。

 

「ッ!?」

 

 思いのほか麻耶が軽かったこともあり、勢い良く手を引いてしまったせいで胸に麻耶が飛び込む形になる。

 焦るプラシドと麻耶だが、お互いがお互いに余計なことをしないほうがいいのかと思い何もしないせいでその状態のまま留まってしまう。

 あたふたとする二人だったが、先に動いたのはプラシドで麻耶の両肩を掴んで離す。

 体に残る感触に、プラシドは気まずく言葉が出てこない。

 

「ぷ、プラシドくん、私たちは教師と生徒で、いやでも責任は……」

 

「ではこれで、また明日!」

 

 プラシドはこれ以上は不味いと思い。

 先ほどのまともさなども全て捨てて麻耶から逃げた。

 まったくもって情けないと、プラシドに言われるパターンなのだが、プラシドが出てこない。

 それを疑問に思いながらも仕方ないので今日は休もうと自分の一人部屋に帰った。

 安心と思ったのだが、ラウラとセシリアと、なぜかルチアーノの三人が寝ている。おそらく、ラウラを止めようとルチアーノは来たのだろうと頷く。

 布団を囲むように三人が寝ているが、セシリアを真ん中にしてラウラとルチアーノを寝かせると、椅子に座ることにした。

 

 ―――プラシド! プラシド!

 

『……なんだ?』

 

 ―――お前夕方あたりからいっさい喋ってないぞ?

 

『なんだと―――今はいつだ?』

 

 ―――もう夜だ。消灯時間は過ぎてるしな。

 

『……そうか、まあ良い。お前は三皇帝としてプライドを持ってやっているのなら文句はない』

 

 ―――お、おう。

 

 それ以降、また彼は喋らなくなってしまった。

 なにがあったのだろうと、疑問に思う彼だったが、これ以上考えても不毛だろうと素直に目を瞑る。

 座ったまま寝る程度造作もないと、彼はすぐに静かな寝息を立てた。

 プラシドの、あの荒廃した世界で生きた記憶や三皇帝になったときの記憶、それらの場所で培った感などが警告しているのだ。

 

 何かを―――。

 

 

 

 

 

 




あとがき

まあ最初の方はともかくとして後半はだいぶ真面目な決闘モード!
これも伏線の一つでござる。気づいている方は気づいているかもしれませぬな色々!
そして次回は銀の福音暴走事件。
しかしいつもとは違う福音事件発生といった感じになる……やもしれませぬ!

では次回をお楽しみにしていただければまさに僥倖!!


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第二十四話 復活の邪神 痣を持つものたち

今回は少し短めですが、たぶん内容は濃いと思うでござるよ!


 朝、プラシドは椅子に座ったまま寝ていたことに気づいてハッ、と起きる。

 座ったまま自分は布団がかけられていて、すでに敷布団も畳んであり、自分だけが取り残された感覚が否めない。

 だが昨日のデルタアクセルができたという感覚を思い出せば、妙に手が震える。

 ようやく、念願の新たな力を手に入れることができたのだ。

 

「よし、今日は……銀の福音じゃないか?」

 

 そうつぶやいて片手を頭に当てて考えていた瞬間、襖が開く。

 

「プラシドさん、織斑先生が専用機持ちは集合だと……あと篠ノ之束博士が」

 

「あの女がきただと!?」

 

 即座にプラシド(ホセ)がプラシドへと変わったせいもあり、セシリアがビクッ、と驚く。

 近くに立てかけてあった剣を取るとISスーツを即座に装着。と言っても着るに近いものだ。

 だがセシリアの横を通って常人とは違い運動能力をもってしてプラシドは旅館から走り去ってしまった。

 まったくなんなのだと思いながらも、セシリアは織斑千冬に言われた通りに集合場所へと向かうこととする。

 

 

 

 場所は海近くの岩場。

 プラシド以外の専用機持ち、織斑千冬、そして篠ノ之箒が集まった。

 合計人数は7人、そして頷く千冬。

 

「よし、専用機持ちは“アイツ”以外全員揃ったな」

 

「ちょっと待ってください。箒は専用機持ちじゃないでしょう?」

 

 鈴の言葉に箒がわずかに狼狽するが、千冬が説明しようとする。

 しかし、それより大きな声に千冬以外の面々はビクッと跳ねた。

 

「ヤッホォォォォー!!」

 

 大きな声と共に現れたのは篠ノ之束。

 頭につけたウサ耳に見合うだけのジャンプ力をもってして千冬へと跳んだが、千冬は軽くその頭にアイアンクローで返す。

 特に力は入れてないからこそ、今は余裕の表情なのだ。

 そして束が何かを言おうとした瞬間、轟音が聞こえる。

 

「篠ノ之束ぇっ! 貴様には色々と聞かせてもらうぞぉ!」

 

 自らのD・ホイール、T・666(テリブル・オーメン)を駆り現れたプラシドが現れた。

 これにて全員集合だと、千冬は束の方を見れば箒に殴られている。

 大きなため息をついてプラシドに降りろと顎で指図した。

 中身はもうプラシドからホセに戻ったのか素直だ。

 

「自己紹介ぐらいしろ」

 

「え~面倒くさいなぁ。そんな興味ない子達になんで挨拶なんて」

 

「束、そういう態度は良くないと言っているだろう」

 

 プラシドからの言葉に、面倒な表情をしながらも専用機持ちたちの方を見る。

 本気で目の前のメンツ全員に興味がないわけではないのだろう。

 

「私が天才の束さんだよ! ハロー♪ 終わり!」

 

 嵐のような女だと、プラシドと千冬は同じタイミングで頭を抱えた。

 実に言われたことしか忠実にやろうとしない。

 興味のないものにはとことん興味のない彼女らしいが、ルチアーノの方を見て笑い。

 セシリアの方を見て目を細めた。

 すぐにいつものように戻る束は空に手を向ける。

 

「さぁ、大空をご覧あれ!」

 

 大空から落下してきた銀色の箱。束のリモコンのボタン一つでその銀色の箱は粒子化し、中身である紅のISが姿を現した。

 このメンバーの中でそれを知っているのは束とプラシドぐらいのものだろう。

 全員その壮絶さに声も出ない様子だ。

 

『まったく、この女は毎度余計な騒動を』

 

 ―――お前がいうか、お前が。

 

『なに?』

 

 ―――なんでもない。

 

 箒はいつの間にやら紅椿に搭乗していて、束が勢い良くパネルを叩いている。

 まったくもってろくなことにならないと思いながら、すぐに束の作業は終わり紅椿が飛び立つ。

 スピードは従来のIS以上だが、エネルギーを貯めた状態のワイゼルのスピードには匹敵しないだろう。

 ワイゼルのスピードは光を超えるが、通常それに耐えられる人間もその速度を出す必用も無いので、紅椿は純粋にすべての性能が異常なのだ。

 

「刀からビームが出たり、まるでスーパーロボットだな」

 

「プラシドが言うの?」

 

 シャルロットからの指摘に、確かにと思いながら頷く。

 しかし紅椿のステータスは総合評価するならばワイゼル以上であるのは間違いない。

 束によって放たれるミサイルを、ひきつけた後に一撃の斬撃ですべてを破壊する。

 ラウラが感嘆の声を上げるが、あれは箒だからこそというのもあるだろう。

 

「インチキ技術もいい加減にしなさいよ!」

 

「鈴の龍砲も大概だよ」

 

 ツッコミ疲れしかねないと、シャルロットはため息をつく。

 ほかの面々の武装に比べればシャルロットはずいぶん普通である。

 

『やれる。この紅椿なら!』

 

 ―――なにをやれるというんだか……。

 

 通信を通して聞こえてくる箒の言葉に、呆れたように笑うプラシド。

 やはりまだまだ15歳ということだろうと頷く。

 

「大変です! 織斑先生!!」

 

 走ってきた麻耶から端末を受け取る千冬。

 来たかと、目を細めて束を見るプラシドだが、彼女は『?』という表情をする。

 すぐに白をきる彼女のことなのでそこまで信用はないのだが、今回ばかりは違う気がした。

 理由などいらない。ただたんにそう思ったのだ。

 

「特命任務レベルA……現時刻より対策を始められたし……」

 

 そう呟いた後、千冬は専用機持ちたちに視線を向ける。

 

「テスト稼働は中止だ。お前たちにやってもらいたいことがある!」

 

「あれ、こちらの方は?」

 

「篠ノ之束だ」

 

「うぇええぇぇぇっ!?」

 

 明らかに狼狽し、おもしろいリアクションをする麻耶を見て、プラシドは少しばかり安心した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 旅館内の一室はもう完全にブリーフィングルームそのものだった。

 PCの画面には小難しい情報ばかりが並べられていて、畳の上に開かれているモニターには銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の情報が並べられている。

 そして銀の福音に搭乗するナターシャ・ファイルスとの通信もできずにいるらしい。

 

「衛生による追跡の結果、福音はここから2キロ先の海上を通過することがわかったが……問題はその周囲に建設途中の高速道路があるのだが、ほぼ迷路と言っていいその高速道路を高速で走り回る影があり、それがどうにもおかしいらしい。いや、というよりおかしいのだ……間違いなく福音はその場所を目指している」

 

 プラシドが目を細めた。

 

「それも調べて欲しいそうだ……」

 

「ふん、まるで便利屋だな」

 

 そうつぶやいたのはプラシドであり、千冬もそれに反論することはなかった。

 IS学園自体各組織でそこまで好かれているものではない。

 ならば当然というものであろう。

 まずセシリアが情報の公開を求め、それに応えて千冬が情報を公開。

 代表候補生である面々とプラシドは、目を細めてそれなりの覚悟をした。

 質問が飛び交う中、ラウラが質問。

 

「偵察は行えないのですか?」

 

「超音速飛行を続けている。アプローチは謎の影のところに行く前に一度だけだ。合流させてしまえば逃げられかねない」

 

「アプローチが一度だけなら、一撃必殺の威力をもった機体で当たるしかないですね」

 

 麻耶の言葉に頷く面々。

 一拍置いて、一夏が驚愕する。

 

「あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「それしかありませんわね。ただ問題は……」

 

 鈴とセシリアの言葉に、シャルロットがそちらを見た。

 

「どうやって一夏をそっちへ運ぶか、エネルギーは全て攻撃に使わないと難しいだろうから……移動をどうするか」

 

「目標に追いつける速度のISでなければいけないな。嫁のワイゼルはどうだ?」

 

 ラウラの言葉に首を横に振るプラシド。

 

「トップスピードは一番だと宣言してもいいがその速度を持続できない。速度で言えばルチアーノの方が早いが……」

 

「装甲を削ってあの速度を維持してるから、一夏君を運んでっていうのは難しい。超高感度センサーも必要になる……よね」

 

 そう飛び交う言葉の数々に、ついていけていない一夏本人。

 

「ちょっと待て俺がいくのか!? プラシドの方が適任なんじゃ!」

 

「バカかお前は、高速道路の影を追うならば俺のT・666が一番に決まっているだろ。それにグランエルで攻撃をしかけても逃げられたりすればそれで終わりだ」

 

 全員が同時に頷く。

 一夏が不満そうな表情だが、千冬はそんな一夏を見て静かに一言。

 

「織斑、これは訓練じゃない、実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」

 

 そんな言葉に一夏はハッ、と表情を変えた。

 拳を握り締め、しっかりと現実、命をかけた戦いということを見据えて振返る。

 

「やります。俺が、やってみせます!」

 

 その言葉に千冬は頷いた。

 今の話からして最高速を出せるのはルチアーノだが、それでは一夏を運べない。

 プラシドは下に行くつもりのようだが、いざとなれば一夏を運んでもらわなければならないのだ。

 

「ちょっと待った!」

 

 天井が外れ、そこから降り立つのは篠ノ之束。

 

「ここは断然紅椿の出番なんだよ!」

 

 その言葉に、千冬やその他の面々は目を細めた。

 もちろんプラシドもだが、自分が言って箒の浮かれ具合がどうなるとも思えない。

 しかし実際なんとかなるだろうと思い若干なりともプラシドは安心するのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局、作戦は正史通りに紅椿と白式の一撃必殺作戦。

 しかし不審な点もいくつかある。そのひとつを解消するチームがプラシドを含めて二人。

 プラシドのT・666の後ろに乗っているルチアーノ。

 高速道路を走るプラシドだが、後ろのルチアーノが腰を掴む手を強くする。

 

「間違いない。俺を……いや俺たちを呼んでいるようだな!」

 

 プラシド(ホセ)は左腕に輝く紅い痣をみながら目を細めた。

 最高速で走れば、プラシドの視線の先には黒いバイクとそれにまたがる黒ずくめの男が映る。

 逃すわけにはいかないと、プラシドがさらにスピードを上げるがいつぞやに学園を襲撃してきたゴーレムが現れた。

 

「プラシド、ボクはこいつらを片付けてからいく!」

 

「頼んだ!」

 

「誰に言ってんだよ! ヒャハハハハッ!」

 

 ISを纏ったルチアーノが笑いながらゴーレム二体を相手に飛ぶ。

 それに目もくれずに走るプラシドだったが、前を走る相手には一向に追いつけない。

 だが突然、相手は速度をゆるめてプラシドの隣を走る。

 

「待っていたぞシグナー」

 

「やはりダークシグナーか!」

 

 プラシド(ホセ)の言葉に、バイク否、D・ホイールに乗る男は右手を出す。

 そこに浮かび上がるのは間違いなくダークシグナーである証。紫色の(シャチ)の痣。

 想像していたのと、いざ目の前にそれがいるのとでは大きく違う。

 プラシド(ホセ)は体のコントロール権限をプラシドに渡す。

 それにより目つきは変わり、シグナーとしての痣は消えてしまった。

 

「ふん、俺が潰してやる!」

 

「お前に興味は無いが……」

 

「どうでもいいことだ。現れろ、機皇帝グランエル∞!」

 

 その言葉と共にプラシドの背後から現れるグランエルのパーツはすぐに合体して機皇帝へと姿を変えた。

 無敵にして強大なその姿を見ても、フードをかぶる男は唯一見える口元に笑みを浮かべるのみだ。

 

「現れろ、地縛神Chacu Challhua(チャク チャルア)!」

 

 その声と共に現れるシャチの地縛神。その巨体とグランエル∞が空中にて戦いを開始しようとするが、プラシドは男を追うのみだ。

 最高速であればワイゼルの方が早いだろうけれど、速度を保つならばT・666の方がいい。

 それ故にT・666で走っているのだが、徐々に男に距離を離されていくプラシド。

 

「どうしたシグナーの片割れ、遅いぞ!」

 

 その馬鹿にした態度とともに、男は大きく笑い声を上げた。

 黙っているプラシドが、その表情に苛立ちをあらわにしている。

 D・ホイールに乗りながら、立ち上がったプラシド。

 

『やめろプラシド!』

 

 そんなホセからの通信も切り、プラシドは男に指を指して剣を抜き放つ。

 

「貴様に俺の本当の姿を見せてやる!」

 

 T・666の前方に穴が開きそこに剣を差し込むプラシド。

 それと共に飛び上がると、プラシドの下半身が機械のように変形し、D・ホイールも変形。

 先端部分に合体すると、伸びたパイプが背中につながる。

 

「うおぉぉぉっ!!」

 

 そして、いつもの決めポーズ。

 スピードは上がり、すべての性能が格段にアップ。

 高笑いするプラシドと、初めて口元に焦る様子を見せた男。

 

「これが俺の究極体だ。この姿を見て生きて帰れると思うなよ!」

 

 そう言うと、プラシドは左手を男に向けた。

 

「スピードカウンターを10個取り除くことで相手のモンスター1体を破壊する! はぁ!」

 

 左手から放たれる紫色の光弾を男はなんとか避けるがスピードが減速してしまう。

 ちなみに『スピードカウンターうんぬん』は必要ないだろう。

 今のを外すとは、と笑みを浮かべるプラシドはこの圧倒的な有利ゆえだ。

 迷路のようにいりくんだ高速道路の道。

 男を先に行かせ、プラシドはその後ろを走りながら先ほどの道を逆走する状態になった。

 道の先にグランエルとChacu Challhua(チャク チャルア)

 

「く、よく避ける!」

 

 そう言いながら腕から光弾を出すプラシド。

 究極体だからこそ放てる攻撃なのだろう。

 

「いけ、グランエル!」

 

 プラシドの言葉に、ホセは応えてグランエルのキャノンをChacu Challhua(チャク チャルア)に撃ち込んだが死に際にグランエルの右腕であるグランエルGを噛み砕き破壊していく。

 だがグランド・スローター・キャノンを撃つことはまだ可能であり、男へと銃口を向けるホセ。

 

「止まれ!」

 

 グランエルから響くホセの声に、男は笑い声を上げるだけだ。

 自らの地縛神を破壊され狂ったのかと思われたが―――違っていた。

 彼の右腕の痣は消え、その代わりフードの上から男の背中にコンドルの地上絵が浮かび上がったのだ。

 

「なに!?」

 

「いけ、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)!」

 

 その声と共に上空から降り注ぐ光弾。

 それを放ったのは一夏と箒が相手にしていたはずの銀の福音。

 思ったより早かった。ホセにとってはソレだけの話なのだが敗因には充分すぎるものだった。

 グランエルの左腕、グランエルAが破壊されグランエルの下半身であるグランエルCもボロボロである。

 

「なにをやっているホセ!」

 

 叫ぶプラシド。ホセがブレード・ガンナーへと変わろうとするがもう遅い。

 もう一度放たれた銀の福音の光弾。

 今度は半分がグランエル、半分がプラシドへと……。

 

「なにっ!?」

 

 その光弾の直撃を受けたグランエルは落ちていき海へと落下、水しぶきをあげながらむなしくその姿を海へと消した。

 そしてプラシドも避けようとするが不可能。

 爆発と共にその光弾の直撃を受け叫び声を上げる。

 

「ぐああぁぁぁぁっ!!」

 

 叫びながら、バイクは転倒。そしてそれだけでは済まず。

 バイクは爆発してプラシドの上半身がバイクから千切れ、地面を転がってその場に落ちる。

 同じく剣もそのままプラシドの隣へと転がってきた。

 プラシドは顔は酷く、死んでいるというのは一瞬でわかる。

 普通の人間であれば、の話だが……。

 

「ふんシグナーでないお前に用はない」

 

 そう言うと男は高速道路を走って去っていく。

 プラシドに意識はないのは確かで、高速道路を走ってくる音が聞こえた。

 それは第二のD・ホイール、ホイール・オブ・フォーチュンで、乗っているのはなぜか束ではなくセシリアだ。

 

「プラシドさん! 大丈夫ですか!?」

 

 そう言ってかけよるセシリアには見えていなかったのだろう。

 近くに言って初めてわかった。

 上半身と下半身が分かれていること、そしてプラシドの中身が機械であるということも……。

 

 

 

 




あとがき

今回は繋ぎ、という感じでござるな。
そしてとうとうプラシドが究極体に! と思った瞬間『腹☆筋☆崩☆壊』!
次回、プラシドの正体を知った彼らはどうするのか、プラシドはどうなるのか!?

では、次回をお楽しみにしてくだされば、まさに僥倖である!!


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第二十五話 終わりの始まり それぞれの進化

 暗い……暗い……俺の意識は覚醒しているのか?

 いや、もう目を覚ましたのかすらわからない。目の前はずっと闇だ……。

 失明しているだけかもしれないが、どちらにせよ目の前は真っ暗な絶望だ。

 負ける気はしなかったさ……自らの力を過信していたといえばそうで、油断していたといえばそうだ。だが、まさかここまで呆気なくやられるとは予想外だった……。デルタアクセルを習得したことにより浮かれていたせいだ、くそっ! これでは篠ノ之箒を注意しようとしたが立場がない! これが……永遠のこの闇が死というなら、死とは辛いものだな。

 

 ―――起きてください。

 

 なんだ? 眩しい。この空間はなんだ? 真っ白だ……俺の体は、プラシドなのか……先に誰かいる? 男か?

 

 ―――貴方はまだ死んではいけません。まだ貴方は成し遂げていない。

 

 俺に何ができる。俺はこのまま死ぬことぐらいしか……。

 

 ―――いいえ、貴方は死なない。貴方たちの『絆』が死なせない。

 

 俺に、絆?

 

 ―――そうです。貴方が紡いだアポリアとの、いやプラシドやこの世界の人々との絆。

 

 しかし、その絆に報いることなく俺は……っ。

 

 ―――絆は報いるなどということではなく、お互いを思う心です。貴方は沢山の仲間たちに囲まれている……それだけで充分ではありませんか、仲間たちがいれば絶望する必要なんて、ありません。

 

 絶望の必要がない? 仲間たちに……?

 

 ―――そう、貴方の仲間たちです。貴方を信じている者たちです……その中には、私も含まれています。

 

 お前、いや……君も?

 

 ―――フッ―――それでこそ私の仲間、イリアステル滅四星の一人であるホセ(アポリア)です。つい嬉しくなってしまいますよ。もちろん私は貴方を信頼している。なんといっても私の“仲間たち”が認めた人間なのですから……。

 

 俺が……認められている? 

 

 ―――もちろんです。でなければ貴方に“彼ら”が託したモノも意味をなくす。貴方はプラシドでありホセでありアポリアであり“イリアステル三皇帝の四人目”でありイリアステル滅四星の五人目であり四人目。

 

 俺は……。

 

 ―――そしてアンチノミーと同じデルタ・アクセルの力を手に入れ滅四星の二人の力をすでに自らのものにしてしまった。貴方は彼らであり貴方である……パラドックス(矛盾)を抱えながらも、貴方は恐れるものなどないのです。貴方には仲間がいる……そして忘れないでください、貴方はイリアステル滅四星であり、すでに私たちの“仲間”なのです。

 

 君や彼らが私の仲間……っ、まて! どこに行くんだ!

 

 ―――これ以上、言葉は必要ありません。貴方には仲間がいる……今を生きる仲間が……。

 

 待て、待ってくれ―――!!

 

Z-ONE(ゾーン)!!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 勢いよく上半身を起こしたのは―――プラシドだった。

 肩で呼吸をしながら起き上がった彼は、布団に寝かされていることに気づいて彼はあたりを見渡す。

 間違いなく自分に割り当てられた旅館の部屋であり、自分の荷物も部屋の端にあるが、最後に見たときとはだいぶ違っていた。

 自らの体には複数のコードが“接続”されていて、大量のコンピューターが自分の周りに配置されている。

 そして、そのコンピューターを制御していたと思われる彼女と目があった。

 

「やあやあプラシドくん、起きたみたいだね! こんなこともあろうかと予備のパーツを量子化させておいて正解だったよ!」

 

 相変わらずのハイテンションの彼女が、寝起きのプラシドに抱きつこうとするがプラシドは彼女の頭を掴む。

 

「あのセッシーが『プラシドさんが!』とか泣いて帰ってきた時は何事かとおもったよ! せっかくホイール・オブ・フォーチュンを貸したのになんの実りもなかったし!」

 

 束が人の名前を覚えるなんて珍しいと思う。

 その経緯を聞くのも面白そうだが、それは“彼”がいるときで良い。そう思った。

 ふと、気になったので聞いてみる。

 

「ホセはどうした?」

 

「いやいや! 天才束さんでも君の“心の中の存在”がわかるわけないじゃないか、起きている状態なら精神の波長でなんとか人格が変わったというのもわかるんだけどね。寝ている状態じゃ」

 

 笑う束だが、ホセが居ないということに別に心配している雰囲気はない。

 

「ふん、アイツがそう簡単に死ぬわけがない」

 

 思い出せば最後に見たのは海上で撃墜されるところだ。

 

「信頼かな?」

 

「ふん、誰が……」

 

 プラシドはそう言いながらも、ホセが死んだとはまったく思っていなかった。

 同一人物として生きているからだとかそんな理由ではない。

 ただ彼が“ホセ”という名前でイリアステルの三皇帝の一人であるからこそだ。

 人はそれを“信頼”と呼ぶのだろう。

 

 

 

 外は夕方、夕日が差し込むブリーフィングルームは息の苦しくなる空気が満ちている。

 嫌な雰囲気なのは確かで、山田麻耶も織斑千冬も、ほかの教員たちも全員黙ってモニターを見るのみだ。

 だがそんな静かな空間に入ってきたのは、意外でもなんでもないがプラシドだった。

 彼はどういうことかどこから持ってきたのか車椅子で部屋に入ってくる。

 

「プラシドくん!?」

 

 起きてきた彼に驚愕する麻耶。

 束から事情を聞こうにも『本人から聞いてくれ』の一言により誰もプラシドのことについては聞けなかった。

 だからこそ彼が起きてから事情を聞こうと思ったものの、そんな状況ではないのが明白。

 

「銀の福音は、あの男はどうなっている!」

 

 そんな言葉に、千冬は冷静な表情だ。

 

「あれからずっと沈黙状態だ。男と福音の距離はおよそ5キロ、確実に誘っているからこそ……お前にも専用機たちにも仕事はまだ与えない。本部からの情報を待つ」

 

「ふざけるな! あの男を倒すのは“俺たち”のするべきことだ。この俺が脆弱な人間ごときにっ!」

 

「……もう一人はどうした?」

 

 その言葉に、プラシドが押し黙り千冬は目を伏せた。

 実質この戦いでの、任務失敗での犠牲者は二人となったわけだ。

 頭が痛くなってくると思いながらも、モニターを見る千冬。

 

「お前は外の連中と話でもしていろ」

 

 そう言って千冬はプラシドの後ろに回り込みその車椅子を押してブリーフィングルームから追い出す。

 文句を言って抵抗しようにも足が動かないことにはどうしようもない。

 追い出されたプラシドは車椅子を押して少し離れた場所にいる五人の元へと向かう。

 プラシドのもとまで話は聞こえてくるが、やはりほかの専用機もちとラウラとでは心の持ち用が違うと思い知らされる。

 

「おい!」

 

 声をかけて近づくプラシドに驚く五人だが、すぐに笑顔を浮かべた。

 起きて良かったということだろうけれど……。

 

「お前たちの望む俺ではないがな」

 

「そんなことはどうでもいいのよ。友達が二重人格とかどっちが起きたとか、とりあえず無事でよかったって……」

 

 そういう鈴はいささか重い雰囲気をしているが、彼に聞いていたプラシドは予測していた。

 彼はこれを止めることができなかったが、今はどうでもいい。

 そんなことよりも目の前の五人は説明を求めていた。

 

「お前たちの察しの通り俺はサイボーグだ。ただ感情があるだけのな」

 

「サイボーグっていうと未来から来て核戦争止めたりする?」

 

 あながち間違いでもないが、この世界のプラシドに対しその説明は間違いだ。

 この世界でのプラシドはまったくのイレギュラーであり、ただ束が修理しただけの存在。

 明確な存在理由はない。

 

「あの、下半身が取れてても大丈夫でしたの?」

 

 そんなセシリアの言葉に、足を動かしてみようとするがうまくいかなかった。

 

「まだ神経系統が自動接続できていないようだから下半身はうまく動かないが一日もすれば充分動く」

 

 安心したように微笑む面々を見て、少しばかり目を細めたプラシド。

 何が言いたいかということはわかる。なぜ動かないのか? 戦わないのか? ということだろう。

 だが『戦わない』わけではない。

 まだ『タイミングではない』だけだ。

 

「……俺は他人に希望を与えるのは得意じゃない、どちらかというと絶望を与える方が会っている。だからお前たちにどうこう言う気はない」

 

 それだけ言うと、プラシドはまた車椅子を押して五人の前から去ってしまう。

 なにかのトリガーだったのか、それを期に表情に輝きが戻るセシリアとラウラとルチアーノの三人。

 残りの二人こと鈴とシャルルはあまり表情が晴れない。

 

「箒さんに喝を入れるのはお二人のお仕事ですわね」

 

 楽しそうにそういうセシリアを見て、ため息をつく鈴と少し驚きながらも頷くシャルル。

 アレに勝つためにも、自分たちには彼女が、彼が、みんなが必要なのだ。

 だからこそ五人の少女と一人の男は今ここで立ち上がったのだから……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 それから少しした後、旅館から少し離れた場所にプラシドがいた。

 車椅子の彼の横に立つのは束であり、たった今ルチアーノが軽く走ってきたところだ。

 先ほどと同じ、いや一人が足りない状態であの男に挑もうとプラシドはしている。

 

「箒ちゃんは大丈夫みたい」

 

 そんな言葉に、頷く束。

 

「ふん、でなければこちらが困る」

 

「行かなくてよかったの?」

 

 そんな束の言葉に同意と言わんばかりの表情で頷くルチアーノだが、プラシドはいつものように不敵に笑うだけだ。

 何かおかしいことを言っただろうかと思うルチアーノだが、プラシドはそういう人間なのだから気にする必要もない。

 こちらのプラシドにも慣れてきて、ルチアーノもその他の生徒たちも扱いには困らない。 

 

「アイツに言葉をかけるのは俺じゃなく“織斑一夏”だ。そして言葉をかけることがあってもしてもそれは“俺じゃない”のは間違いない」

 

 そんな言葉に、頷いたルチアーノと束。

 振り返った束が腕に決闘盤(デュエルディスク)を装備した。

 二人の視界に映るのは束の背中のみだ。

 

「頼んだぞ束」

 

「任せといてよ。早く終わらせたらご褒美もあげるからね♪」

 

「それはホセに言え。いくぞルチアーノ!」

 

「ああプラシド!」

 

 プラシドの目の前に量子化されていたD・ホイールことT・666が現れる。

 壊れるのを見越してもう一台作っていた束には感服せざるをえないだろう。

 しかしそんな暇はない。プラシドは下半身を変形させるとT・666と合体する。

 

「うおぉぉっ!!」

 

 いつも通りのポーズと共に合体したプラシドが走りさり、そのあとをスキエルを纏ったルチアーノが追っていく。

 そこに残るのは束と『ローブをかぶった一人の男』のみだった。

 腕に浮かぶのは『猿の地上絵』をかたどった痣。

 時間稼ぎ? 違う。束はこの命懸けの決闘(デュエル)を楽しみながらも、勝つ気でいた。

 

 

 

 究極体となったプラシドは上空のルチアーノと共に男の元へと向かう。

 高速道路へと上がり、速度をどんどんと上げていけば男の後ろ姿が見えた。

 プラシドに追い抜かされる前にスピードを上げる男だが、究極体のプラシドの方が早い。

 遠くでは箒たちと銀の福音が戦っているのが何度も閃光が見える。

 

「懲りない男だな、プラシド・イリアステル!」

 

「貴様ごときに負けたというのではイリアステルの三皇帝の名折れだからな、貴様ごとき倒すことなど造作もない! いけスキエル!」

 

 そんな声と共に、スキエルがプラシドの上空を飛び、先と同じくゴーレムと戦う。

 命懸けのレースをする男とプラシドを尻目にスキエルにて上空を飛び回りゴーレム二機を相手に飛ぶ。

 二機のゴーレムが攻撃を放つがスキエルの機動性をもってすれば避けるのは苦もなく、軽く体をひねって攻撃を避けながらも、左腕のスキエルA3にて敵を撃つ。

 その攻撃は充分な威力であり、ゴーレムの腕を撃ち落とした。

 これならば大して時間を取ることもなく箒たちの援護にいけそうだと、笑みを浮かべた。

 

 

 海上の高速道路を走るプラシドと男の二人。

 男を追いながらプラシドは手より光弾を放つが当たることはない。

 だからこそプラシドは、左腕にワイゼルAを纏った。

 さらにスピードを挙げて男の右側にまわると腕を振るう。

 

「ふん!」

 

 男は右腕につけた決闘盤(デュエルディスク)でワイゼルの刃を防いでつば競り合う。

 バイクを運転しながら戦うという奇妙なことをする二人だが、バイクと合体しているプラシドの方がよほど奇妙である。

 何度も刃を振るうプラシドだがすべてはことごとく防がれていく。

 

『プラシド!』

 

 ルチアーノからの通信。すでにゴーレムを片付けて箒たちの援護に向かったのだろう。

 攻防を一端やめてから、プラシドが通信に出る。

 

「なんだ!」

 

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)がセカンドシフトに移行した! さっさと来いよバカ!』

 

「貴様らだけでなんとかならんのか!」

 

『なったら通信なんかしてないっつ~の! うわぁっ!』

 

 それにて通信が切断された。

 目の前の男を倒さなければこれからさらなる災厄すらも降りかかるだろう。

 しかし、不毛な戦いを続ければルチアーノたちが危ない。

 それでもプラシドは男との戦いを続けるという選択肢を選ぶのか……。

 

「ふん、これを使わせるとはな……」

 

 そう言うと、プラシドと男の真下に∞の模様が浮かび上がる。

 それを見た男は明らかな動揺を見せた。

 笑みを浮かべるプラシドが左手に決闘盤(デュエルディスク)を展開して、左腕にデッキを装着する。

 プラシドが出した答えは肉弾戦などではなかった。

 正真正銘、真っ向からの―――決闘(デュエル)だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 日本の領空、そこにいくつもの閃光が奔る。

 一方は銀の福音ことシルバリオ・ゴスペル。

 そしてもう一方は紅。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

 ふた振りの刀を振るう紅椿を駆る箒と、それに相打つ銀の福音。

 

「一夏、今だ!」

 

「おう!」

 

 少し離れた場所から飛んでくるのは先ほどやってきた一夏。

 白式のセカンドシフトである雪羅にて銀の福音を落とそうと飛ぶが、それを察知した銀の福音は即座に箒から離れて一夏と距離を取ろうと離れる。

 しかし逃さないと言わんばかりのスピードで銀の福音を追う一夏。

 セカンドシフトの銀の福音は6枚の翼からエネルギー弾を放つが、それらをさばいて一夏は銀の福音と何度もぶつかり合う。

 

「ラウラ、頼む!」

 

 そんな声と共に、下にある小さな島からレールガンを放つラウラだが、避けられた。

 しかし目的はそちらではなく、あくまでも陽動であり、だからこそ銀の福音がラウラの方を見ただけで良いのだ。

 その一瞬の隙をついて斬りかかる一夏だが避けられ、ラウラのレールガンも放たれようが避けられ、挙句に銀の福音の反撃までくらってしまう。

 次はセシリアがスターライトmkⅢにて銀の福音を何度も撃つ。

 

「私はここにおりましてよ!」

 

「ヒャァハハハハっ!」

 

 笑い声と共に放たれるビームが銀の福音へと放たれるがかするだけで大したダメージにはならない。

 さらには龍砲まで放たれるが、それでも落ちることはないのはそれほどの性能だという証。

 皮肉にも従来の性能を圧倒するというステータスは正銘されている。

 

「一夏、今よ!」

 

 そんな鈴の声と共に、銀の福音は大量のエネルギー弾を放つ。

 エネルギーの雨に飲み込まれそうな鈴を助けたのはシャルロットだった。

 

「一夏急いで! もうもたない!」

 

 海上にはエネルギー弾のせいで水蒸気。

 一切の音がやんだかと思われた瞬間、風を切る音が聞こえ銀の福音はそちらを向く。

 飛ぶのは一夏であり、右腕を振りかぶり銀の福音へと飛ぶ。

 

「今度は、逃がさねぇ!!」

 

 銀の福音は寸前のところでその腕を回避。体を逸らして避けたので一夏都銀の福音は至近距離。

 少しばかり離れようとする一夏だが、翼にエネルギーが溜まっていくのがわかる。

 もう、終わりかと思われた瞬間、一筋の光と共に銀の福音の翼が切り裂かれた。

 

「フハハハハッ! 油断したな、この俺がいるこをと忘れていたのが貴様の運の尽きだ!」

 

 そう言いながら翼を斬った本人ことワイゼルを纏ったプラシドは上空へと上がる。

 つまりはそういうことだろうと、理解した一夏はすぐに右腕を振りかぶり銀の福音へとぶつけ、そのまま加速する。

 銀の福音のシールドエネルギーが削られていき、そのまま島の浜辺へと銀の福音をぶつける。

 

「うおおぉぉぉっ!!」

 

 シールドエネルギーが減っていく中、一夏の首へと銀の福音が腕を伸ばすが、その腕は飛んできたプラシドが切断した。

 見事にIS部分の腕だけ切り裂いたプラシド。これで手が一夏へと届くことなく、シールドエネルギーはゼロ。

 立ち上がる一夏と、隣りのプラシド。

 降りてきた箒たち。

 

「終わったな……」

 

「ああ……」

 

 瞬間―――銀の福音が再び動きだした。

 驚愕する面々が同時に背後へと飛ぶと。

 浜辺に立ち上がった銀の福音から排出されるように浜辺に倒れるナターシャ・ファイルス。

 そこに立つのはただの機械、なのだが独特の威圧感があった。

 突如、紫色に色を変える銀の福音。

 

「まさかダークシグナーがなにか!」

 

 そう言ったプラシドの方を見る一夏。

 

「これが終わったら説明してやる。今は距離を取るぞ!」

 

 プラシドの言葉に面々はその銀の福音から距離をとった。

 再び飛び上がった銀の福音はその紫色のビームの翼の形を変える。

 翼に誰もが見覚えがあった。知らないものはいないであろうナスカの地上絵。

 そのコンドルの地上絵の翼だった。

 黒と紫の二色へと変わった銀の福音は翼を広げて再び先ほどのようなエネルギー弾を撃つ。

 

「くっ!」

 

 一夏やプラシドたちが同時に散開して攻撃を避けるが、もう一度銀の福音を倒すだけのエネルギーが彼らには無かった。

 

「だけど、こんなところで終わってたまるかあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 最高速度を出して、一夏が飛ぶ。

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

 

 ビームの雨をかいくぐる一夏だったが、銀の福音が正面にエネルギーの凝縮された玉を作る。

 

「一夏!」

 

 箒やシャルロットの声に耳をかしながらも、ここで引くわけにはいかないと飛ぶ一夏。

 だが瞬間、彼の意識は一瞬だけ消える。

 

 先ほど、起きる前に見た夢のような、そんな空間に立つ一夏。

 たった今まで戦っていた自分がなぜこんなところにいるかわけがわからなかった。

 落とされた記憶はない。

 

 ―――恐るな。自分の速度(スピード)を信じるんだ。風とひとつになるんだ。

 

 ふと、声が聞こえた。

 

「風とひとつ?」

 

 ―――そう、できるはずだ。

 

 一瞬―――目の前に映る光景は、エネルギーの玉をチャージしながらも後方へと下がっていく銀の福音。

 そして自分は加速しどんどんと速度を上げていくが、彼が銀の福音へと到達するよりエネルギー砲が放たれる方が早いだろう。

 それでも加速した一夏。

 彼の右腕に赤き龍の痣が浮かび上がり、輝。

 同時に、白式の姿は以前のようにスターダスト・ドラゴンのように変わっていく。

 

「一夏下がりなさい!」

 

「一夏ァ!」

 

 鈴とシャルロットの声も無視して、そのまま彼は―――消える。

 

「消えたッ!?」

 

 驚愕する箒だが、銀の福音のエネルギー砲が放たれた。

 それは誰にも当たることはない。もちろん消えた一夏にも当たらず、銀の福音は周囲を見渡す。

 プラシドも、誰も動くことはない。

 笑みを浮かべるプラシド。

 昨晩のプラシドのように、空間を裂いて現れる一夏。

 驚愕する面々。一夏の姿はスターダストよりも機械っぽい形へと変わっていた。

 背中から伸びる二つのウイング。白式のセカンドシフトと相まって神々しさすら感じるフォルム。

 

「見えた……水のひとしずく」

 

 そうつぶやいた一夏が、飛ぶ。

 銀の福音がビームを放つ。大量のそれらを見て、回避するために加速する一夏だがその速度は紅椿と同じかそれ以上。

 プラシドと一夏が同時に銀の福音へと攻撃をしかけようとするが、急加速して避けようとする銀の福音の加速先にシャルロットがマシンガンを乱射する。

 止まった銀の福音を一夏が捉えようとするが、翼から放たれるエネルギー弾に再び足止めされた。

 

「行きますわ! レッド・ティアーズ!」

 

 そんな声と共にセシリアのブルー・ティアーズが赤へと変わった。

 

「えぇい! 私だってシグナーなんだから!」

 

 鈴の右腕の痣が輝き、甲龍のは黒へと変わり機械の翼が生える。

 龍砲が消えて、翼に龍砲が装備されることによってその姿はスリムになった。

 シグナーたちの変わりように驚きながらもそれを使えぬ自分たちに焦りを覚えるシャルロットやラウラやルチアーノ。

 だが今は戦うだけだと援護に徹することにした三人は銀の福音へと射撃を開始する。

 箒もまた第四世代だがあの四人に任せようと撃つ。

 

「行くわよ! 煉獄の混沌却火(インフェルニティ・カオス・バースト)!」

 

 龍砲から放たれた炎を二枚の翼でガードしながらも下がっていく銀の福音。

 翼を広げた瞬間、プラシドが腕のブレードにてその翼の一枚を切り裂く。

 

「フハハハッ! この程度か!」

 

「アブソリュート・パワー・フォース!!」

 

 叫ぶような声と共にセシリアがその炎を纏った拳にて銀の福音を吹き飛ばす。

 殴られたことによって吹き飛ばされ海へと落ちようとする銀の福音はなんとか体勢を整えると飛び上がる。

 今までのエネルギー弾の数とは比にならないほどのエネルギー弾が放たれて、全員がそれぞれあたってしまう。

 再び劣勢へと立たされる面々だが、一夏の受けた攻撃は少なく、ほかの面々よりも動ける。

 

「まだだ、まだ確実に攻撃を当てられる状況じゃないと!」

 

 そう言い飛ぶ一夏だったが、銀の福音は先ほどと同じくエネルギー弾を一夏へ向かって撃つ。

 先ほどのエネルギー弾は拡散してそれぞれに当たったが今度は一夏だけを狙っている。

 直撃コースとして撃たれたその攻撃。

 

 だが―――そのエネルギー弾が当たることはなかった。理由はかき消されたからだ。

 

「え?」

 

 困惑する一夏だが、ほかの面々も同じである。

 大量のエネルギー弾をかき消したのは巨大なビーム。

 そして、かき消したその巨大なビームが放たれたのは海からで、あり―――この中の面々に撃てるだけの者はいない。

 だが一人だけ、一夏や皆は知っている。

 そんな超強力な攻撃を撃てる仲間を……。

 

 海の中から現れるのはオレンジ色の巨体。

 

 ―――機皇帝グランエル∞

 

 声と共に現れたのは―――間違いなくグランエルでありホセ。

 全員の表情に笑みが浮かび上がり、新品同然となっているグランエルにてホセは左腕のキャノンを撃つ。

 銀の福音がそれを回避するが、背後から迫ったプラシドがもう一枚の翼を切り裂き、これにて攻撃は少なくなる。

 

 ―――機皇帝ワイゼル∞

 

 再び生え変わる二枚の翼。

 それでも充分だ。動きを遅くすることには成功したのだから……。

 上空から放たれたビームに、銀の福音の翼が再び破壊される。

 撃ったのは上空にてスキエルA5を装備したルチアーノ。

 

 ―――機皇帝スキエル∞

 

 そして、その銀の福音へと飛ぶ一夏。

 輝きを増したその姿は、五つへと変わった。

 プラシドは目を細める。

 その姿はまさしく彼のライバルとも言える存在、不動遊星が使ったシューティング・スター・ドラゴンの姿に類似していた。

 

「シューティング・ミラージュ!!」

 

 叫び声と共に、五人の一夏が銀の福音へとその右腕を叩きつけた。

 バラバラとまではいかないものの手足を失い胸を貫かれた銀の福音は機能を停止どころか、動かない。

 重要な部分は破壊していないと思いたいが、破壊していてもこの際どうでもいい。

 グランエルが上空へと上がり、その姿を消す。

 

『ふん、どこで油を売っていた……』

 

 ―――少しばかり、友に会っていたよ。

 

『……そうか』

 

 そう言って彼は近くの島の浜辺に降りる。全員が浜辺に降りた。

 昏睡しているナターシャ・ファイルスを抱える一夏。

 ボロボロの銀の福音を持つシャルロット。

 シグナーたちの機体も元へと戻った。

 

「終わったな」

 

 つぶやいたプラシド。

 

「ようやくな……」

 

 まだダークシグナーとの戦いは終わってなどいない。

 プラシドも決闘で決着をつけたが、あのダークシグナーが消滅しただけだ。

 そしてあのダークシグナーは自らが倒されることを考慮して銀の福音を強化していた。

 これからもダークシグナーと叩うということを思うと、プラシドはまだまだ気が重くなる。

 でも、それでも今回の件は……これでおしまいだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝、旅館前にて専用機持ちが計八人が立っていた。

 そしてその八人の前に立つのは千冬と麻耶。

 

「作戦完了! と言いたいところだが、お前たちは重大な重大な違反を起こした」

 

 全員が揃って返事をする。

 覚悟はできていたことだと全員理不尽は感じない。

 待機命令無視で突っ走ったのだから当然。

 

「帰ったらすぐ、反省文の提出だ……懲罰用の特別トレーニングも用意してあるから、そのつもりでいろ」

 

 そんな千冬に麻耶が物申す。

 

「あ、あの織斑先生、もうそろそろこのへんで、みんな疲れているはずですし」

 

「……ふむ、しかしまぁ……良くやった」

 

 千冬の言葉に、全員が意外そうな表情をする。

 わかっていたプラシドことホセだが、やはり驚いてしまう。

 というより褒められるのが妙に嬉しく感じる。

 意外、というのがわかっているのか千冬は視線を逸らす。

 

「あぁ、全員よく帰ってきたな……今日はゆっくり休め」

 

 そんな言葉に意外すぎて全員それから数分ほど動かなかった。

 これにてまさしく一件落着、全員気を張ることなくのんびりとできる。

 

 

 

 専用機持ち六人が食事をする中、その周囲には生徒が集まっていた。

 銀の福音のことを聞きたいのだろうけれど、専用機持ちが話すことは一切できない。

 谷本癒子、布仏本音、相川清香、鷹月静寐が色々と聞くが、ラウラの『監視がつく』の一言でそれぞれ散る。

 だが残っている鷹月静寐は『それでもいいかも』とか言っているが、プラシドの言葉に下がっていった。

 

「結局いろいろとわからないままですからね」

 

 ダークシグナーやシグナーのことを報告するわけにもいかず。

 結局いろいろと『不思議なことが起こった』でことと次第は終了である。

 そもそも話したところで信じられないだろう。

 それでも疑問はいくつか残る。

 銀の福音の暴走を起こしたのはおそらくダークシグナーだけの仕業ではないということ、彼らにも協力者がいるということ……。

 

「まったく、これから大変だな」

 

「本当ね。帰ったら帰ったで、反省文か~」

 

 鈴がため息をついて、シャルロットが苦笑する。

 ラウラは『当然だ』と言っているがそれがわかっていても面倒なものは面倒なのだ。

 

「そういえば一夏さんと箒さんはどこに?」

 

 わずかに空気が凍る。

 プラシドは『これが覇気か……』と鈴とシャルロットから出る空気を感じ取った。

 しかしこんな空気の中、食事とは酷なものよとプラシドは真実話すことにする。

 

「一夏はわからないが、箒は束と話をしているのだろう。俺が少し話をしろと言っておいたからな」

 

 そんな言葉に空気の圧はなくなりまたわいわいとしだす。

 ふと、プラシドは色々思い出した。

 聞いていないことは山ほどある。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 海岸にて、篠ノ之箒と篠ノ之束の姉妹二人。

 呼んだのは箒の方であり、理由は姉妹二人で久しぶりに話したかったから、とかいうわけではない。

 ただたんに友人であるプラシドから『たまには話したらどうだ?』と言われたからだ。

 別に話題もなにもないのに誘ってしまい、今では後悔している。

 だが、束はそれをわかっているというように笑うのみ。

 

「紅椿は箒ちゃんのお願いで持ってきたものだよ」

 

「……は、はあ」

 

 突然なにを? と小首をかしげて返事をする箒。

 

「今日は箒ちゃんの誕生日でしょ? だからこれをあげちゃうのだ!」

 

 そう言って束が何かを飛ばした。

 受け取った箒には飛んできた時点でそれがカードだということがわかっていて、渡されたそのカードを見る。

 驚愕と共に、束を見たが彼女はただ笑顔を浮かべているのみ。

 

「これは?」

 

「世界に4枚しかないカードの内の3枚だよ! それと、そのカードのためのカード! 誕生日プレゼントだよ♪」

 

 そう言った束、そしてそれを受け取った箒はそのカードを見る。

 古臭いカードだが、不思議と使ってみたいと思う。

 そして箒は束の方を見たが、すでにそこに束は居なかった。

 彼女は少しだけ頬を綻ばせて笑うと、踵を返してその場から歩き去る。

 

 

 

 プラシドが夜、旅館から出て海岸へと向かった。

 砂浜の上に立つウサギのようなシルエットを視界におさめて彼は歩いてその隣りに立つ。

 別に久しぶりというわけでもない二人だが、やけに久しく会うような気がしてしまった。

 数ヶ月前まではいつも一緒にいたのだから数日会えないだけで久しく思うのは当然かもしれない。

 

「今回の件に関しては多分だけど私の隠れ家を襲撃した人達が一枚噛んでるね! しっかりと調べないとねぇっ!!」

 

「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

 

「そりゃあねぇ、みんなげ協力して何かを叩き潰すなんて嬉しくない方がおかしいよぉ♪」

 

 その場でウサギのようにピョンピョンと跳ぶ束。

 

「さて、とりあえず私は色々調べなきゃならないから……これはセッシーにあげてよ。量子化してあるホイール・オブ・フォーチュンの待機フォーム」

 

 そう言って渡されたのは白いネックレス。

 

「セシリアに? というよりなんでそんなセシリアに興味が……」

 

「そりゃ本当のホイール・オブ・フォーチュンの乗り手と同じ、龍の痣とシグナーの龍を使うセッシーには興味も出るよ。シグナーになりたいね私も」

 

「シグナーじゃなくても良いのさ、誰もが運命()と戦う権利と力はあるのだからな」

 

 そう言ってただ海を見る彼を、少し驚いたような表情をした束は、少し間を空けて笑い出した。

 

「ぷっ……ハハハハハッ! アハハハハハッ! 似合わな~い!」

 

 大爆笑する束から顔を逸らすプラシド。

 

「そ、それでもお前はダークシグナー一人をもう倒したんだからな」

 

 自分でも思っていたからこそ、紅い顔で気まずそうな表情なのだろう。

 こういうキザな台詞をいうのはプラシド担当だ。

 

「なあ束……?」

 

 すでに、束は居なくなっていた。

 声をかけたプラシドは浜辺に一人きり、彼は剣を抜き放ち、空に掲げた。

 銀色の刀身は月光を反射する。

 

「揃った……とうとう揃ったぞプラシド!」

 

『ずいぶん嬉しそうだな』

 

「あぁ、これでいい。全てが揃ったんだ。ダークシグナーを倒すさ、必ずな!」

 

 そんな宣言と共に、彼は彼のままはじめて剣を振るった。

 その一閃は空を切り裂き地を抉る。砂浜の砂はその質上すぐに元通りになるが、プラシドにとってはそんなことはどうでもいい。

 彼の剣には彼自身であるグランエルも宿っている。

 

「フッ、ゴーレム事件も銀の福音事件もすべては第三者の仕業というわけか、ならば我々の敵は自然と見えてくる。敵はダークシグナーとそれに協力する者たち、さあ、全てをこの機皇帝で破壊してみせよう」

 

『ふん、言われるまでもないな、お前も覚悟しておけよホセ』

 

 彼は口元に笑みを浮かべながら月を見て笑う。

 その姿はまさしくイリアステルの三皇帝というにふさわしく、不敵で大胆、未来を守るため、新たな幸せな未来を築くために戦っていた彼らの仲間といえるだろう。

 彼は彼の守るべき友を守るために戦い、彼の相棒と言える存在は未来のために戦っていく。

 絆で結ばれた仲間のために、彼は機皇帝()を取るのだ。

 

 

 

 

 

 




あとがき

銀の福音終了と共に、アニメ版は終了でござる!
こっからどうするか悩みどころでござるよ。
まぁとりあえず決闘大会や箒の新カードなど消化待ちのものばかりでござるからな!

では、次回もお楽しみにしていただければまさに僥倖でござる!!


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~闇のシグナー編~
第二十六話 新たなる影


 結局、臨海学校から帰ってきても何事もなかったかのような日々が続く。

 それも当然といえば当然か、あの件に関しては他言無用の機密事項、話が漏れて大騒ぎとなればそれこそ悪い意味で何事もなかったかのような日々は続かないだろう。

 すなわちこれで良いと言える。

 思い出話に花を咲かして結局一夏狙いの生徒たちにはなんの進展もなしであった。

 それもそうだ、何かあれば専用機持ちたちが発狂することになるのが目に見えている。

 鈴辺りは目のハイライトを消して『よし、殺そう』とか言い出すに違いない。

 

「では、決勝大会を始めます!」

 

 現在俺は休日中なので久しぶりにIS学園を出て街の小さなカードショップで開催される決闘(デュエル)大会に出ていた。

 街にいくつもあるカードショップの一つに参加した俺だが、決勝まで行くのになかなかどうして苦戦することもなく順調で、手応えがないと感じていたが少しばかり事情が変わる。

 店にて決闘盤(デュエルディスク)を付けた俺の正面に立つのは、篠ノ之箒。

 なぜこんなところで会ってしまったのか……まぁそんなことを言っていても話は進まないだろう。

 

『ちょうどいい機会だ。奴の新たなデッキとやらも楽しみだしな』

 

 ―――まぁそれに関しては同感だな、さて……俺の機皇帝相手にどこまで持つか楽しみだ。

 俺の笑みに、吊られたのか箒も笑みを浮かべた。

 楽しそうでなにより、さて……満足させてくれよ?

 俺と箒は同時に口を開く。

 

 ―――決闘(デュエル)!!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

スタンディングデュエル、それはバーチャルの世界で進化した決闘……。

 

そこに命を懸ける、伝説の痣を持つ者たちを、人々は、ファイブディーズと呼んだ……。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ―――呼びません。

 別にシグナーが全員ファイブディーズというわけではないということを覚えておいてほしい、特にプラシドには……。

 まぁ前述のことはともかくとしても、俺の機皇帝相手に箒はかなり善戦した。

 いや、善戦したどころの話ではなく……完璧な引き分けだ。

 この世界に来て俺の『機皇帝』と引き分けまで持ってきたのは箒が初めてであり……今現在どういうわけか俺は箒と共に喫茶店に来ていた。

 

『自業自得だな』

 

 まったくであり反論もできない。

 決闘(デュエル)の最中に俺に負けなかったら今日は色々奢ってやるなんて言ってしまったせいでだいぶ損している。

 こうして箒と話す機会もないのでいい機会だと思ってはいるが、少し話しづらくもあった。

 

「まぁ散々貯めた金だ。気にせず使ってくれ……それよりもお前のあのカードだが」

 

「あの……姉さんからだ」

 

 彼女がしっかりと束を『姉さん』と呼んだことに安心して、俺は頷く。

 仲良きことは良きことかな、個人的にも二人が仲良くしてくれる方が嬉しい。

 というより束はあのカードを持っていたのか、とんでもない女だな。

 

「私からも聞かせてくれ、まずは機皇帝グランエルについてだが……まぁISのことは姉さん関連だから聞かないがなんだあのインチキカードは」

 

「そんなことを言えばお前だってインチキドローだったじゃないか」

 

「私はインチキなどしていないぞ」

 

「俺も同じだ」

 

 俺に論破された箒は『むぅ』と頬をふくらませているが、可愛いじゃないかと思う。

 どちらかというとセシリアやラウラに感じる可愛いとは違って“妹やら姪っ子やら”に感じる類の可愛いだ。

 束と何かあれば箒が妹になるのかと思えば少しばかり得する気がする自分が憎いところ。

 

「それにしても、お前はTGデッキ以外は無いのかと思っていた」

 

「まあ俺の本気……と言うのはおかしいが俺自身の証でもあるからな、このグランエルは」

 

 ありのままを伝えてみるが、箒はわけがわからんと首をかしげるのみだ。

 当然と言えば当然の答えなのだろうけれど、理解されないというのは少し寂しい。

 

『わかるわけがないのは当然だ。お前も俺もな』

 

 ―――ごもっともで。

 

「あと一つ聞きたいことがある」

 

「なんだ?」

 

 聞いて、俺は店員が持ってきたコーヒーを啜る。

 すると少し顔を赤らめた箒が頷くと、口を開いた。

 

「姉さんとお前はどこまで進展しているんだ?」

 

 ―――っ!?

 

「げほっ! がはっ……えほっ、ゲホゲホッ!」

 

「どどどどどうした!?」

 

 それはこちらのセリフだ! と思うも明らかに動揺しまくってる箒を落ち着かせるためにまず自分から落ち着くこととする。

 何度か胸を叩いて深呼吸。

 ふぅ、と一息ついて箒を見ると『大丈夫か?』という顔をしていた。

 こうして箒と話すと自分と箒がいかに微妙な関係かわかるな、特に束関係のせいで微妙な関係だ。

 

「束からはなんて聞いている?」

 

「そ、それは……」

 

 顔を逸らす箒から『言わせるな恥ずかしい』と聞こえるようである。

 あることないこと箒に伝えたに違いない。

 過去に戻って歴史改変したいところであるが、できないのだから諦めよう。

 

「とりあえず、大抵は束の虚言だ。俺が女に手を出す度胸があると思うか?」

 

「ない」

 

 少し傷ついたぞ……。

 

「だが一緒に添い寝などもしていたというのも嘘なのか? あれに関しては詳しく聞いたから嘘だとは」

 

 それは本当だと、とてもじゃないが言えないのだ。

 昔懐かしい武士のような侍のような娘のことなのだ、おそらく添い寝をしたことがあるとでも言ってみれば確実に『責任をとれ』とか言われるだろう。

 だからこそ『そんなことはない』と答えるのだ。

 

『ふん』

 

 束のわがままを聞いて添い寝した日は、プラシドはずいぶん怒っていた。

 自らの体は女と遊ぶためのものじゃないらしいが、俺とて遊んでいるつもりはないのだ。

 ただ自分に好意を寄せてくる女なんて今までいなかったものだから、ついな……。

 

「束の言うことだぞ、面白いと思ってるだけだ」

 

「ありえる」

 

 納得してくれて何よりだと思いながらも、運ばれてきたサンドイッチをかじる。

 箒の前に置かれるストロベリーサンデーを見て、どこか違和感を感じるのだが特に気にすることはないだろう。

 まぁ他人の目を気にするからか、基本的にこういうものは学園で食べないようだからこういうところで発散してくれれば俺としても嬉しい。

 一夏の前でそういうところを見せればアイツも少しはクラッと行くと思うのだが……。

 

「はむっ、はむ……」

 

 やけに長いスプーンでストロベリーサンデーを頬張る彼女を見れば俺もまぁ奢る甲斐がある。

 常にそばにいられない姉の代わりに面倒見のいい兄ぐらいになれればいいとは思う。

 それに、自惚れではないと思うのだがおそらく箒も俺といる今は学園にいるときよりも肩の力を抜いている気がする……。

 

「で、お前は一夏とはどうなんだ?」

 

 丁度口いっぱいに頬張ったストロベリーソースのかかったアイスを飲み込んだあとを見計らって聞く。

 それに驚いたのか、箒は目を見開いてから赤い顔で周囲を確認した。こんなところにIS学園の生徒がいるわけがあるまいと思いながら周囲確認をすました箒が軽く手招きをするので身を乗り出して箒の方に耳をやる。

 もう一度あたりを確認した後、箒が耳に手を当ててボソッと一言。

 

「なぜ知っている?」

 

 気づかないと思っていたのか愚か者が……と思うも言いはしない。

 とりあえず乗り出していた身をソファに戻して言う。

 

「大体察しはつくさ、それでどうなんだ?」

 

 箒と鈴とシャルロットの誰かに肩入れする気はないが、今はとりあえず箒の話が聞きたい。

 セシリアとラウラが居ないというのはどういう状況なのかも楽しみだ。

 

『野次馬か』

 

 ―――そこまでじゃない。

 

「つかず離れずだったが、紅椿の件からは少し距離が縮まった……ような」

 

「ならよかったじゃないか、アイツは鈍感かアレだから露骨なアタックじゃないと気づかないぞ」

 

 そう言うと、顔を赤くする箒。

 露骨なアタックで何を想像したか知らないが、とりあえず暴走は禁止したい。

 まぁ露骨なアタックでも気づかないのであれば一夏は本格的に“アレ”なのだろう。

 たとえそうだったとしたら俺は焦りに焦ってIS学園からの逃亡すら考えることになる。

 

「それにしても……」

 

 言葉を続けようとしたがやめた。

 箒はすでに口いっぱいにストロベリーサンデーを詰めていたので話をやめる。

 下手な地雷を踏んでぶばっ、と出されるわけにもいかないしな……。

 

 それからしばらく、俺はコーヒーとサンドイッチを食べていた。

 会計はもちろん俺もちで店を出て少し歩いていると、突如俺たちの横に一機のD・ホイールが止まる。

 もちろんそれを運転している人物を俺たちは知っているし、俺たちの知り合いでこれを持っているのは一人のみ。

 

「セシリアか」

 

「箒さん、私に黙ってプラシドさんとデートなんて! とんだダークホースでしてね!」

 

「いや、これはプラシドが勝手に」

 

 これがクリボーの気持ちか……というよりなぜこうなる!

 仕方ないので横でD・ホイールことホイール・オブ・フォーチュンに跨り目立つセシリアにこととしだいを説明する俺。

 だが説明したら説明したらで『私に黙ってプラシドさんと決闘!?』と言い出した。うん、嬉しいんだけど……面倒というかなんというか……。

 

「まぁ私も今日はこれで満足だ。あとはセシリアと楽しんでくれプラシド」

 

 そう言って去っていく箒。

 彼女の後ろ姿は完全に『面倒事は任せた』と言わんばかりである……少し箒の印象が変わった。

 それにしてもセシリアが現れるとは予想外。

 

「プラシドさん、ライディングしましょう!」

 

 決闘がない辺りは普通だが、なぜ俺がセシリアとD・ホイールにてツーリングをせねばならないのか……というより、ツーリングって、セシリアはバイクの免許を習得済みなのだろうか?

 もしやとは思うが、束はD・ホイールをどう登録しているのだろうか?

 なんにも申請が無ければもれなく違法車として取り締まられかねない。考えれば考えるほどゾッとするが、今までT・666を使っていた俺が考えても結果は出まい。

 今度聞いてみようと思い……俺は考えるのをやめた。

 

「それもいいが買い物なんてどうだ?」

 

 そう言うと、セシリアはホイール・オブ・フォーチュンを量子化する。

 辺りの通行人たちは驚いた表情でセシリアを見るが、俺はさっさとここを離れたいのでセシリアの手を引くこととしよう。

 別に抵抗したりはしないので俺のメンタルも安心だ。

 手を振り払われたり叩かれたりすれば俺のメンタルがダウンしてしまうだろうけれど、セシリアならば安心である。

 

「ぷ、プラシドさんは積極的ですのねっ」

 

 それほどでもない。と思いながら彼女の手を引いていたが途中で『こっちですわ!』と言われて行ったのは喫茶店。

 まぁその喫茶店が俺と箒が先ほど言った喫茶店というのは不幸な偶然であり、おかげさまで俺は店員に『うわぁっ』って目で見られた。

 俺のメンタル的なライフポイントは鉄壁に入った。

 

「お好きな席にどうぞ」

 

 そんな言葉を受けて、セシリアが選んだ席はなんの偶然か先ほど箒と座った席だ。

 箒もセシリアもやたら美人なせいで目立つ。

 コーヒーだけを頼む俺、紅茶と適当なものを頼むセシリア。

 先ほどとほぼ変わらないような状況でありながら、妙にシリアスな雰囲気をかもしだす。

 

「ご相談なのですが」

 

 ―――やはりな。

 

『面倒事はごめんだぞ』

 

 ―――助けてもらった恩があるだろ?

 

『……』

 

 プラシドの沈黙は肯定と受け取って問題ない。

 敵でもないセシリアへの恩義はしっかりと感じているようでなによりである。

 そして、目の前のセシリアは少し悩むような表情。

 意を決したのか口を開く。

 

「来週、祖国にてパーティーがあるのですが……そのパーティーについてきてほしいというか……」

 

 ―――どういう、ことだ?

 

「いえ、IS開発事業で最近名前が上げられているであるアルカディアムーブメントをご存知でしょうか?」

 

「なに?」

 

 セシリアは今なんと言った? 有名なIS開発の事業にアルカディアムーブメントだと……?

 その会社は確かサイコデュエリストのディヴァインが作った会社のはずだが、いやなにかの偶然か? その程度の名前であれば誰かしら付けるとも考えられる。

 でも、なんだこの嫌な感覚は……。

 

「IS開発事業なのですが、その会社主催のパーティーに招待されて、出なければならないようなのですがどうにもおかしな点がいくつかあり嫌な予感もして……」

 

 なるほど、そういうことか……。

 シグナーとダークシグナーが現れたのだからあの男がこの世界にいないという保証はない。

 しかし本当にそうなのか? たとえそうだったとしてもいろいろな疑問が俺の頭の中に渦巻く。

 くそ、なんだ。なにが正解だ?

 

『ふん、行ってみればわかることでいちいち悩むな』

 

 ―――脳筋じゃねぇか。

 

『悩んで結果を先延ばしにするよりはマシだな。それに俺たちには間違っても修正できるだけの力がある』

 

 過去に戻れないくせに今更なにを、と思うもののこの際だ。

 確かにプラシドの言っていることが今のところ一番マシなのだが、そうだな……助っ人に相談するとしよう。

 あいにくIS学園には頼れる教師がいるわけだしな。

 俺はセシリアの提案に同意した

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日はセシリアと店を巡ったりなどした後、二人してD・ホイールに乗って帰った。

 ちなみに捕まったりしなかったので安心だ……見つかりもしなかったから見つかったらどうなるかはわからんがな。

 そして現在IS学園敷地内の寮にて、俺はある人部屋を訪ねた。

 

「イリアステルか、どうした?」

 

 寮長室、つまり俺は織斑千冬を訪ねてきたわけだ。

 織斑千冬と話すことに関して、少しばかり気の弱い俺では役不足であると、今件に関してはプラシドに交渉を頼むこととする。

 

 

 

 プラシドの視線に気づいてか、千冬は周囲を軽く確認した後部屋へと入れた。

 織斑千冬がそうして生徒を部屋に招くのは珍しいことであるが、ジャージの彼女は椅子を出すと別の椅子に座る。

 最初に出した椅子に座れということだろうけれど、プラシドは立ったまま話を進めることにしたようだ。

 プラシドは立ったまま話を進めていき、セシリアのパーティーのこととアルカディアムーブメントのことを話す。

 およそ五分もないそんな話を千冬は鋭い目で聞く。

 

 ―――俺じゃ絶対話にならなかったな。

 

 彼は気が弱い。

 

「つまりはどういうことだ?」

 

「いざとなった時、どうにかできるように後ろ盾をしておけ」

 

 その言葉に千冬が立ち上がり、片腕を上げる。

 

「待て織斑千冬、お前に俺が倒せると思うか?」

 

 プラシドはそう言った後にニヤリと笑うが、無情にもその腕は振り下ろされる。

 拳が直撃した頭頂部を押さえて片膝をつくプラシドだが、自業自得と言わざるをえない。

 

「ぐおぉぉっ」

 

「ふん、敬語を使え敬語を」

 

「も、申し訳ありせん」

 

 途中でプラシドは表に出ているのをホセへと変わったため痛みも引き受けたホセが痛さに顔を歪める。

 結局こうなるのだから最初から自分で話していればいいと思った。

 多少ビビリながらになるが痛いよりはそちらのほうがよほど良いと、彼は今度から気をつけることとする。

 結局話は夕飯を食べるには遅い時刻まで続いてしまう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 プラシドの部屋、つまりは俺の部屋にて俺は通信を開いていた。

 画面に映るのは見慣れた顔、篠ノ之束でありいつも通りの笑顔で話をしている。

 もちろん箒のカードのこともあるが、すでにこととしだいは話し終えた。

 しっかりと下準備も済まして、目的を果たさねばならないのだ。

 

「では、頼んだぞ束」

 

「了解! こんなこともあろうかと作っておいたものが役に立つよぉ!」

 

「フッ、それでこそ束だ」

 

「じゃあ受け渡しの日にね!」

 

 そんな会話を終えて、俺と束の通信は終わる。

 とりあえずこちらの下準備は完了したと一息つく。

 あとはアルカディアムーブメントを調べるだけだが、それはまた翌日からで良いだろう。

 俺は椅子から立ち上がるとベッドに寝ようと上着を脱いだ。

 瞬間、ドアがノックされる。

 

「誰だ?」

 

 ドアを開けると、そこには制服姿のラウラ。

 両手で抱えているのはおそらく寝巻きなのだろう。

 確かに忍び込んで裸で俺と共に寝るのは良くないと思うが、こう堂々とされて断りにくい俺のことも考えて欲しいものだ。

 どうにも、こうまでされると断りにくいというか断るのもあれというか……。

 

『優柔不断だな』

 

 ―――やかましい。

 

「まぁ入れ」

 

 やましいこともなければ問題ない……はずだ。

 せっかく一緒に寝ようとしてくれる女の子を門前払いするほど俺は鬼でもない。

 ラウラを部屋に入れると、さっそく服を脱ごうとしているので視線を逸らして着替えを待つ。

 とりあえず素数でも数えるかと思ったが俺は数学が苦手だということに気づく。

 

「嫁、終わったぞ」

 

 嫁じゃないが、なんて言っても無駄だろうから言わないでおいた。

 そちらを見れば素直にパジャマを着ているラウラ。

 これにて安心と頷くと、ベッドを指出す。

 

「先に寝ていてくれ」

 

 そう言うと、素直に頷いたラウラがベッドへと入った。

 俺が同じベッドで寝るのかと思いため息をつきそうになるも、しょうがないと一息。

 ラウラの意識が無くなってきた頃にそっと入ることとしよう。

 それが一番無難である。

 

 一夏を羨ましく思っていた時もあった……というか今でも羨ましいが俺はラウラとセシリアの二人で一杯一杯である。

 ここに束が加わったと思えばゾッとした。

 素直に、単純に一夏を尊敬せざるをえない。

 

 ―――さて、来週はいささか忙しくなりそうだ。

 

 この、休息とも言っていい時間を彼は彼なりに楽しむこととした。

 この先ずっと、こうのんびりした日々が続くとは思えないからこそ……だ。

 

 

 

 

 

 




あとがき

新章突入です! ここからはオリジナルが大きくなりますがどこぞの姉妹やどこぞの企業などもしっかり出す予定でござる。
まぁ当分はこのアルカディアムーブメントという企業の話になるかもしれないでござるなぁ。
そしてこれに一枚噛んでる者たちなど今回はとんでもなことになる確率100%!

では、次回もお楽しみにしていただければ、まさに僥倖!!


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