機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン) (sibaワークス)
しおりを挟む


PHASE 1 「ヘリオポリスのアスラン」


 陣営入れ替えガンダムSEEDです。

 大昔に某巨大掲示板に書いておりましたものを編集しました。

 お見苦しいところが多いかと思いますが、よろしくお願いします。


 ――「アスラン・ザラ」はヘリオポリスに住む、学生である。

 

 本名は、「アレックス・ディノ」と言った。 事情による偽名である

 

----------------------------------------

 

 

1月25日

『戦争が始まってから11ヶ月が経過した……。  父と決別してから2年になるだろうか。

ヘリオポリスに来てからの日々は楽しいが、ただ父のことだけが気がかりだ。

 オーブ本国に近い、カオシュンが落ちたらしい、

 

父は、プラントは一体いつまで戦争を続けるつもりなのか……。

 ……そう言えばイザークがフレイに手紙をもらったらしい。

 珍しくイザークがからかわれていた。 』

 

 

----------------------------------------

 

 人工陽のあたるキャンパスのベンチで、

アスラン・ザラはタブレットPCのキーを叩いていた。

中立国オーブのコロニーである、ここヘリオポリスに来てからというもの、日記を書くことは彼の習慣となっていた。

 

『15で成人を迎えるプラントと比較すれば、

 今でも学生をやっている事は不思議なものがある。

 だが、今でも父の元にいればザフトで人殺しをやっていたかもしれない……』

 

 アスランはふと手を止めて、

タブレットの画面に、テレビウィンドウを表示させた。

 画面にニュース番組が映し出され、

 キャスターがオーブ本土に近い、東アジア連邦領カオシュンでの戦闘の様子を伝えていた。

 

『一応は中立国ということにはなっているが、完全とはいえない。

オーブも結局のところ地球連合の各国と各種の条約を結んでいる。

勿論、プラントとも不戦条約を結んでいるのだが……いざとなればどうなるかはわからない……』

 

 アスランはニュースを見ながら、日記を追記した。

 そして、戦争の影を感じさせる重いニュースに、思わずため息をついた。

 

 そんな時、彼の脳裏に嫌でも浮かんでくるのは、自分の家族のことであった。

 

 『俺の母は…双方の和睦のために活動していた。 ……しかし、母はナチュラルに撃たれた。

 そのころから遺伝子至上主義者として知られていた父を凶弾からかばって…死んだのだった』

 

 

----------------------------------------

 

 アスランの母は3年前に死んでいる。

 

 夫であるパトリックをテロリストの凶弾から守る為に死んだ。

 

 地球とプラントとの急速な関係悪化を招いた 「マンデルブロー号事件」の収拾の為に、

 彼らが地球に降りたときであった。

 

 アスランの母と父は、共にコーディネイターであった。

 優秀な学者であり、プラントを指導する議員の立場にもあった。

 

 アスランの母はその時、プラントと地球の間を取り持つ、穏健派の立場をとっていたが

 彼の夫、パトリック・ディノは、遺伝子の優劣こそが人間の価値を決めるという

 遺伝子至上主義者として広く知られ、

 事実上のプラント国軍であるザフトを創立をした一人でもあった。

 

 ゆえに狙われたのだ。

 

 

 その時は今のような本格的な戦争には至らなかった。

 しかし、レノアの死によって地球、プラント双方に決定的な楔が打たれたのは確かだった。

 それは、勿論、アスランの父、パトリックにも。

 

 事件以来、アスランの父は変わった。

 自警団の域を出なかったザフトを軍隊として再編し、

 プラントを守る――それどころか、地球に攻め入る軍隊へと変えた。

 

 その頃はまだ14歳の、幼さが残る少年であったアスランだが、

 コーディネイターにとっては兵士となれる歳であった。

 

 

 当然、彼も亡き母の仇を討つために父と共に戦うことを求められた。

――しかし、アスランは父に従いきることが出来なかった。

 戦うことが正しいことと信じられなかったのである。

 

 

 ――そして、『アスラン』は『アスラン』となった。

 母の旧姓、ザラを名乗り、本名である

 『アレックス・ディノ』を捨て――アスラン・ザラとなったのである。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

『ここ最近、プラントに居たころの友達を思い出す。キラ・ヤマトだ。アイツはオレが、戦争を嫌って国を出ただけと信じている。

 アイツにとってオレはアスランでしかない。キラ・ヤマト――今もプラントにいるのだろうか』

 

 

 アレックスがアスラン・ザラを名乗ったのは、プラントを出たときが初めてではない。

最初に名乗ったは、7歳のときだ。

 その頃から既に、プラント、地球圏で命を狙われる身になっていたパトリックは、家族の身を守る為に、

アレックスに「アスラン」という偽名を名乗らせ、母親と共に月に住まわせた。

 

 

 その頃から彼には、親友が居た。

 

 

 キラ・ヤマトは月の幼年学校で同じクラスになった少年だった。

 幼児の頃から、機械いじりが趣味であるアスランと、

 ヒマさえあればコンピュータをいじっているようなキラは、

 似たような趣味を持った良いコンビといえた。

 

 月から共にプラントに移り、そこでも良い友人としての関係を築いていた。

 プラントを出てからもいくらかメールのやり取りはしていたのだが、

 戦争が始まり、Nジャマーによる通信の妨害が入るようになって、

 いつからか連絡もつかなくなった。

 

 アスランはキラとの関係に面倒なモノが入るのを恐れて、キラに自分の正体を明かしていなかった。

 自分が本当はアスラン・ザラではなく、アレックス・ディノという名であることもキラは知らないのだ。

 

 父親に軍隊への参加を強いられたために、プラントを離れる事になったのも知らない。

 そう考えると、キラと会ったのはもう随分昔のことであるような気がしてきた。

 

 

----------------------------------------

 

  アスランはキーを打つ手を止め、タブレットの電源をスリープ状態にすると、

 そのままベンチに寝そべった。

 人工の空を仰ぐと、あの日の事に思いを馳せた。

 

 

 

「行くんだね……アスラン。 いつか、戦争の心配がなくなったら、また会おう」

 

友との別れの日、アスランはキラにプレゼントをした。

 

 何時か地球に行って野生の生き物を見たいと言っていた彼の為に、ロボット鳥を作ったのだった。

 

「プラントに居たら、いつか戦争に巻き込まれるかもしれない。キラも家族と一緒に、此処を離れることを考えたほうがいい」

 

 そこには、此処ではない何処かで、また友として再会したいという思いが込められていた。

 できれば地球のような土地で、本物の鳥でも眺めながら……。

 

 ロボット鳥を受け取ったキラは、ありがとう、と礼を言うと共に、

「プラントと地球でほんとに戦争になるなんてことはないよ……僕の両親だって、ナチュラルだけどプラントに受け入れられているんだから」

そう言ってキラはアスランに握手を求めてきた。

 

 つながれた手と手に、ロボット鳥が乗った。

二人は、その様を見て、笑いあった。

 

 

 

 ――しかし、皮肉にも、その後地球圏の状況は混迷の一途を辿っていった。

 

地球連合がプラントに宣戦布告する原因となった爆破テロ、「コペニルクスの悲劇」が起き、さらには人類が今まで体験し得なかったあの未曾有の悲劇、『血のバレンタイン』が起こってしまう。

 

 それでもアスランはうっすらとした期待を捨てずに居た。

 

 

 

『いつか、平和になったら、キラともまた会える。 父とも…ひょっとすれば……』

 

 

 

 

それは期待や願いや信条というよりは、祈りに似ていたのかもしれない。

 

 

 

--------------------------------------

 

「アスラン?」

 

アスランはキラの呼ぶ声が聞こえた気がした。

 

「アスラン」

いや、それとも母だろうか? まさか父だろうか?

 

 

「アスラン?」

いや、それならこの名前で呼ぶはずが無い、誰だっけ――?

 

 

 

 

「アスラン!!」

 

「……え?」

 

 アスランが眼を開けると、眼前にはカレッジの同級生、ニコル・アマルフィの顔があった。

 

 そこでアスランは自分が眠っていたことに気づき、あわてて身形を整える。

 

「なんだか幸せそう、女の子の夢でも見てたんですか?」

 

ニコルは柔和そうな、女性と見違えるような顔で微笑んだ。

その後ろで同じく学友のディアッカ・エルスマンも笑っている。

「だらしねえなぁ……アスラン、教授が呼んでるぜ? 今日こそグループワーク終わらせねーと」

 

「ン……ああ、そうだったな」

 

 

 

アスランは現実に還り、タブレットをPCを抱えると、二人のあとに続いてキャンパスの道を歩いた。

 

 

 

 この二人とはカレッジの同じ研究室の仲間である。二人ともオーブ国籍のナチュラルであった。

 

 

 

 

 オーブは南太平洋ソロモン諸島に出来た新興国で、

 極東の「ニホン」という国が、CEへの改暦の際、島の先住民族らと建国した国家である。

「ありとあらゆる人種を拒まず、ありとあらゆる国家に介入しない」

それがオーブの建国の理念であった。

 ゆえに、アスランのようなコーディネイターでもすんなりと留学が出来た。

しかしながら、それでも国土はナチュラルが支配する地球にあるのだ。戦争の火種となりかねないコーディネイターをこうも簡単に受け入れるのは、やはり特殊な事といえた。

 

 

 そう考えると、アスランの目の前にいる二人も、あながちそうした事情と無関係では無い。

ニコルは地球の東ヨーロッパ系を思わせる白すぎる肌をしていたし、

ディアッカはアフリカ系の血を引くこと強く示す褐色の肌をしていた。

 

 人間が紆余曲折の果てに統一国家を持つようになり、宇宙に出るようになっても尚、人種や民族の問題は色濃く残っていた。

 人種や宗教が意味を成さない、遺伝子を調整されて生まれてくるコーディネイター達の間ですら、親や先祖の生まれた国でコミュニティが出来るほどなのである。

 だから、こうした人種の混在をなんら問題なく扱っているオーブという国の土壌は、アスランをとても安心させていた。

 

 

 

 

ディアッカとニコルは、同じ研究室の仲間、

イザーク・ジュールの恋の話で持ちきりになっていた。

 

 

「女の子と言えば、聞いたか? イザークのヤツ」

「フレイ・アルスターですっけ? 凄いですよね」

「アイツもフレイも地球から来た連合の人間だし、

 実は地球からの付き合いだったりすんのかね?なあ、アスラン?」

ディアッカがアスランに聞いてきた。

「どうだろうな」

アスランには検討もつかない話だった。

 

 イザーク・ジュールは、頭の固い朴念仁といった感じの男だった。

 地球連合からの留学生で、金持ちの息子と聞く。

 なかなかの美男子であるはずなのだが、プライドが高く、

 ツンとすました性格ゆえか、まるで女ッ気がない。

 

 対してフレイ・アルスターはお嬢様を絵に描いたようで、

 恋の噂も多く、キャンパスの中でも特に眼を引く女の子だった。

 

  (あの、イザークがフレイ・アルスターとか……)

 

 

 ありえなくはないし、面白い組み合わせだ、とアスランは興味のようなものをもったが、

 それ以上は取り立てて実感のわかない話だった。

 

 無理も無かった。そういった事に縁のない少年時代を送ってきたし、

数年前まではそれどころではなかったのだ。

アスランは、そんな自分が、この様なノンキな恋の話に加わっている事をを自覚すると、

 ひどく奇妙な感覚に陥った――それ以上に、不思議な幸福を感じるところでもあった。

 

「なにニヤニヤしてんの? お前、何か知ってんのか?」

「いや……なんでもないよ」

 それはアスランにとっては、平和の実感であった。

 無意識に、いつまでもこれが続いて欲しいという想いが、そこにはあった。

 

 

--------------------------------------

 

 

 研究室に着くと、イザークが見知らぬ少女と話していた。

ピンクの髪でずいぶんと美しい、整った顔立ちをしていた。

自分達とそう変わらない年齢に見えた。

 

 少女はイザークに返礼すると、研究室の隅にある椅子に腰掛けた。

 

「おい、アレ誰だよ」

ディアッカがイザークに尋ねた。

教授の客だ、とイザークは言った。

「俺も来客があると聞いていたから、しばらくここで待って貰うことになった」

「何のお客さんなんですかね? 教授独身だし、うちの学生には見えないし――」

ニコルも見知らぬ客を訝しんでるようだった。

 

「ひょっとして、教授、あれでロリコンだったりして」

ディアッカがニヤつきながら、下品な詮索をした。

「ディアッカ!」

ディアッカの過ぎた冗談をイザークが咎める。

 

しかし、

「……そんなことよりイザーク……手紙のことを聞かせろよ!」

「な……手紙!?」

「とぼけるな! フレイ・アルスターへの手紙だよ」

今度はディアッカがイザークをからかい始めた。

見事な反撃だなとアスランは思った。

「知らんとい言ってるだろうが!」

「顔……真っ赤ですよ、イザーク」

ニコルまでそれに乗り始めた。

 

アスランは思わず笑った。 本当に此処は、彼らは、平和であるのだ。

 

「そ、そうだ、アスラン! 教授からだ! プラント製品だから手に入れるのに苦労したらしいぞ」

「おい、ごまかすなよ!」

「う、うるさいな!」

 捲くし立てるディアッカを手で払って、イザークはアスランに小型のバッテリーを渡した。

モビルスーツの部品にも利用されている高性能の電池ユニットだ。

「ありがとう。 コレならすぐにハロにも積める」

「あ、例のロボットですね!」

 

 アスランはショルダーバッグから、手のひらに載るサイズの、

 緑色のボールのようなモノを取り出した。

 自作した「ハロ」というロボットだ。

 

 

 原型は、昔、地球圏で流行したマスコットロボットである。

デザイン自体はアスランのモノではなかったが、

このサイズまで小型化したのはアスランが初だった。

アスランは研究室の机に部品を並べると、ハロに組み込み始めた。

 興味深そうにニコルが覗き込んでいる。

 

 アスランは夢中になって部品を遊んだ。

 

 

 

 アスランは幼い頃から機械いじりが好きだった。

コーディネイターであるが故か、一度分解した機械はどんな構造かすぐ理解できた。

ありとあらゆる機械についての本を読み漁っては、自分で作って試していた。

プチ・モビルスーツのユニットや、電動二輪車まで仲間と作ったことがあるほどだった。

 

 父親のパトリックはそんな子供のアスランを見て「どちらの遺伝なのか……」と頭を悩ませた。

コーディネイターといえど、子供の頃の情緒までは、やはり人間である。

アスランは好奇心に任せて、自分の私物まで分解してしまう子供だったのであった。

 

 母親のレノアは農学のエキスパートであったが、機械工学には疎いタイプであったし、

 パトリックもどちらかといえば、理学や工学よりは、人文科学を愛していた。

 遺伝至上主義の立場をとっていたパトリックは、

 個人の趣向や興味の矛先までも遺伝子が決めるわけではないのだと、幼い息子をみて思ったほどだった。

 

 

 

「出来た……」

とアスランが電源を入れると、ハロの目に当たる部分のランプが光った。

 

『アスラン! ハロ、ゲンキ』

 

途端に、ハロは動作を開始した。コロコロと机の上を転がると、

ぴょーんと、1mくらい飛び跳ねた。

 

「うわっ、このサイズなのに、すごい」

ニコルは驚いた。

『ニコル! ニコルモゲンキカ!』

「ははっ、可愛いな……」

 

 ボイス・データはニコルの声を使わせてもらっていた。

彼は男性であるのだが、透き通るような、優しい、心地よい声をしているのだ。

 

 機械的に合成された音声が出ているので、本人のそれとは少し印象が違っているのだが、

ニコルの声は、そのロボットの愛嬌をずっと良いものにしていた。

 自分の声が小さなロボットから出ているのをみて、ニコルは感動しているようだった。

 

「今度の課題用だけど、こういうのなら、ウケがいいかな?」

とアスランは言った。

 

 ウケがいい、と言ったのは、彼がコーディネイターであるが故だ。

 いくら、ナチュラル、コーディネイターという差別が無いオーブでも、

完全に偏見が無くなる事は無い。

 同級生の大半はナチュラルである。ただでさえ、人間は嫉妬する生き物であるのだ。

遺伝子調整を――正確には遺伝子調整を受けた両親からその形質を引き継いで生まれてきたアスランは、やっかみの矛先となることも多かった。

 と、なれば気を使う。下手に彼らの神経を逆なでしてしまうような難解なレポートや製作物でも出してしまえば、いらぬトラブルを招いてしまうこともあった。

 ハロみたいなモノであれば、ナチュラルの同級生達の気に障ることも無いだろう、と。

だが、

「気遣いのつもりか? それ」

 と、イザークだけは突っかかってくるのだった。

 

 

 

イザークだけは特別だった。いつもアスランに突っかかってくる。

 「別に……」

 アスランは、またか、と思いながら苦笑した。

 

 

 イザークこそ、偏見や差別でそのような態度を取る訳ではないのをアスランは見抜いていた。

 恐らくだが、アスランがコーディネイターであろうと無かろうと、イザークはこういう態度を取ってくるだろう。

 ナチュラルで在るが故の劣等感からではなく、ただ単にプライドが異様に高いのだ。

 コーディネイターであるアスランに真剣に勝とうとしてくるくらい。

アスランは怖い顔をしているイザークを見て噴出した。

「なんだ、なにがおかしい?」

 アスランはそれを不快には思わなかった。

むしろ、イザークがそういう実直さを貫いている男であるのを、好ましく思ってたくらいだった。

「この間イザークが作った太陽電池よりかは面白いと思うけどな」

「なっ……見てろ貴様! 今に……」

 だから、アスランもつい本気になってしまうのだ。

 

 

--------------------------------------

 

ヘリオポリスの外壁まで到着した。

ロアノーク隊長の判断は正しかったようだ。

楽に進入できたことに調子に乗るトール。

そを諌めるミリアリア。

「ナチュラルは管理が甘いな」とサイ。

 

作戦開始時刻までもう少しだ、カズイ達がジンで陽動、その後足つきを爆破。

MSを奪う手筈になっている。

 

僕は許さない、両親と友人を殺したナチュラルを。

 

----------------------------------------

 

 

ヘリオポリス近くの宇宙空間を、エンジンを使わない、ボートのようなものが泳いでいる。

ザフトの艦から発進された「ランチ」と呼ばれる小型艇である。

 

 本来は船からの乗り降りや、船から船への移動に使う乗り物である。

 

今は、一直線にヘリオポリスを目指した。

 

 この乗り物は発射時に少しだけ力を加え、慣性に従ってずっと移動するので、

移動に熱を使わない。 コレくらいの質量と体積であれば、コロニー側も隕石か何かと思って

警戒しないはずであった。

 

 

 コロニーの外壁につく瞬間、エアバッグを広げた。そのままぶつかる形で、コロニーの壁にとりつく。

本来はバーニアをふかして減速するが、熱を出せばレーダーに感知されてしまう。

 

 それは明らかな隠密行動であった。

 

 

 ランチに乗っていたのは、ザフトの特殊部隊。

 

――キラ・ヤマトの姿も、その中にあった。

 

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

 

 ヘリオポリスのベイ・デッキに一隻の地球軍籍の船が停泊していた。

地球連合軍内で多く使われている、些か年式の入った輸送艦である。

 表向きは、ヘリオポリスに資源の受け取りのために寄航した、ということになっている。

 

 

その船のブリッジには二つの陰があった。

一人は、スーツを着たどれかと言えば政治家のような雰囲気をした男性。

 

  

  

 もう一人は、地球連合軍の白い制服に、サングラスを架けていた。

 

 エンデュミオンの鷹、と呼ばれる連合のエースパイロット、ラウ・ル・クルーゼである。

 

(中立国とはいえ、資源の輸出で連合・ザフト両方に商売が出来るのだ。

 今回の計画のような事がなくても、戦争に参加してないと誰が言えようか……)

 彼はヘリオポリスの宇宙港を見ながらそんなことを考えていた。

 

 

 

――ヘリオポリスは、元々は宇宙開発の為の資源を調達する、資源衛星であった。

 だから、地球連合の船でもそういった取引ということであれば怪しまれることはない。

 

 

 CE元年以後、地球圏の国家は、こぞって宇宙に入植地(コロニー)をもつようになった。

 

 

 その理由が、そもそも西暦から、新暦であるCE(コズミック・イラ)へと

 移行する原因となった国家再構築戦争(第三次世界大戦)である。

 

 地球上の人口が、とうとう国家の中で制御できなくなるほど膨れ上がると、

 食料・資源の深刻な枯渇が始まった。

 

 その奪い合いこそが、先に述べた 地球上の国境線をほぼ書き換えることになった大戦である。

 

 人類はその人口を大幅に減らすという、余りに大きな犠牲を経て、

 宇宙という未開拓地の資源に、危機解決の糸口を掴んだのだった。

 

 それ以来、宇宙は人類にとって希望の大地であった。

 

 

 その価値観は今日における、コーディネイターとナチュラルの戦争においても、深く根ざしていた。

 

 宇宙開発における権利の摩擦。それこそがこの戦争の原因の一つである。

 

 

 

 

――だから、こうして連合とザフトの戦時中にも関わらずうまく立ち回っているオーブに対して、クルーゼは嘲笑の一つでも浮かべたくなるのだ。

 

「……中立国とは聞いて呆れたものだな」

クルーゼは言った。

 

「だがそのおかげで計画もここまでこれたのだ。あとは双方の思惑が何処まで通るか、といったところさ」

クルーゼが言ったセリフにブリッジにいた、もう一人の男が返した。

黒いスーツを着込んだ男である。

 

 このコロニーで作られているのは、地球軍の秘密兵器であった。

 ザフトのモビルスーツの圧倒的な性能に、苦戦を強いられていた地球軍は、

 コーディネイターをも擁し、高い技術を持っているオーブに力を借りることで、

  起死回生の力を持つ、スーパー・マシンを生もうとしていた。

  

 ラウ・ル・クルーゼの任務は、それに乗り込むパイロットたちを地球からここまで護衛してくることであった。

 

「彼らの上陸は済みました……このまま万事上手くいけば良いのですが」

「”エンデュミオンの鷹”のカン、というヤツかね?」

スーツの男が、クルーゼのサングラスの奥を覗き込む。

 

「しかし、戦いとはいつも2手3手先を考えておこなうものだ。

 ……どう転ぼうと、オーブに技術を流した、という事は逆もまた可能ではないのかね?」

「なるほど」

 

その男の言葉に、ラウは腑に落ちた様子であった。

 

 が、そうは言ったものの、クルーゼにとって、各々の勢力の動向などは今はどうでも良かった。

彼は軍人としてここに来ているのだ。責務を果たすべく動くだけである。

 

「では、私はまだ済まさねばならないことがあってね。 後は頼むよ、ラウ」

 

スーツの男は親しげにラウの肩を叩くと、船を降りていった。

 

 

 

「相変わらずはしっこい男だな、ギルバート・デュランダル……」

 去った背中にそう言うと、ラウはブリッジの窓から見える、ベイ・デッキのエアロックに視線を向けた。

「……?」

ふと何かの気配を感じたような気がしたからだ。

 

サングラスの奥に隠された視線は、コロニーの壁の向こうにある、宇宙を見詰めているようだった。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

 ヘリオポリス側のレーダーからギリギリ発見されない距離に、

 ザフトの新鋭宇宙戦艦「ヴェサリウス」の姿はあった。

 

「そう難しい顔をするなってナタル、折角の美人が台無しだぞ?」

 そう言いながら無重力のブリッジに浮かぶのは、黒いザフトの軍服を着込んだ仮面の男。

ザフト特務隊隊長、ネオ・ロアノークであった。

 

「しかし、評議会からの返答を待ってからでも遅くはないのでは?」

 ネオに副官のナタル・バジルールが返した。

軍人らしく、髪を短く切り込み、精悍な印象が強い女性だが、ネオの言う通りのかなりの美人である。

 

 「前線で功を立ててこそ、自分がザフトである意義があるとは思わんか?」

 冗談めいてネオが言った。そのセリフは、彼の異様な風貌に反して、ひどく軟派な印象を感じさせた。

 「それは本心で?」

 訝しげにナタルが言った。ネオは口元だけをゆがめると、

「ま……アレは新たな戦いを産み落とす、戦乱の種と言う奴だ。見過ごすわけにはいかないさ」

 と言葉を続けた。

 

 ネオは、一枚の写真をナタルに投げた。

 それは無重力の中をくるくると回転しながら飛ぶ。

 

 ナタルがそれを手に取ると、そこには地球連合が開発したとされる、新型モビルスーツが写されていた。

 

 眼前に見える、中立国所有のコロニー。

 その中にあってはならぬ筈の敵軍の新型兵器。

 ネオは、本国からの命令を待たず、独断でその機体を奪取、もしくは破壊しようとしていた。 

 

 「言ったろ? 俺もザフトだ……地球軍の新型機動兵器、あそこから運び出される前に奪取する」

 

 そういうとネオはブリッジ・クルーに合図した。

 クルーは無線で、コロニーに先行している部隊の兵達に、作戦実行の意を告げた。

 時計は、回りだす。

 

 

 

 

 

 コロニー外壁から内部に通じるエア・ロックが開いた。

 内部に潜入した工作員が上手くやってくれたようだとキラ・ヤマトは思った。

「ナチュラルは管理が甘いな」

 部隊の仲間である、サイ・アーガイルが言った。

「楽勝!楽勝! サクッと新兵器とやらを頂いて帰ろうぜ!」

「トールは調子に乗らないの!」

 それに続いてトール・ケーニヒとミリアリア・ハウも言った。

 そんな彼らを見て、キラは微笑む。

作戦開始のプレッシャーが、仲間達のお陰で少し和らぐ。

「ヴェサリウスから、作戦は予定通り開始するとの連絡があった。 行こう」

 

 

 赤いノーマルスーツ――これはロボットであるモビルスーツに対して出来た言葉で、人が着る宇宙服のことを言う――を着込んだキラが、同様のスーツを着た少年達に合図をした。

 

 彼らは皆、ザフトの兵士。

 Zodiac Alliance of Freedom Treaty――ZAFT(ザフト)。 自由条約黄道同盟の頭文字をとった、プラントの為の義勇兵である。

 

 長引く戦争によって慢性的な人的枯渇に陥ったザフトは――いかに一人一人が、高い能力を持つコーディネイターであるとしても――年端もいかない少年たちまで最前線の兵士として徴用せねばならなかった。

 

 しかしながら、彼らの着ていたスーツは、ザフト正規の緑色とは異なる真紅――。

 特務隊に所属する、精鋭なのだ。

 

 

 

 

 

 

 キラ達が、コロニー内部に侵入したという報告は、すぐさまヴェサリウスにも届く事になった。

 

「よーし、ボウズどもは無事に進入できたな、行こう! ……慎ましくな」

「了解!抜錨!ヴェサリウス発進する!」

「……発進と同時に機関最大! さーて、ようやくちょっとは面白くなるぞ、諸君!」

 

 陽動の為、ヴェサリウスがコロニーに向けて動き出す――。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 2 「再会、ザフトのキラ」

陣営入れ替えガンダムSEEDです。


 

『当然のことながら、また友人として会えることと信じていた。

 いつ何処で出会っても友達になれる。

 そんな相性のよさというか、気安さというか、

 そういう当たり前の感覚を、あまりに信じすぎていたのかもしれない』

 

 

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 

ヘリオポリス宇宙港の管制室はパニックに陥っていた。

 

「こちらヘリオポリス。接近中のザフト艦、応答願います。ザフト艦、応答願います!」

無許可で進攻してくるヴェサリウスに対して、再三の通告をするも、全く反応が無い。

「管制長!」

「落ち着け……えーい!アラートを止めんか! 接近中のザフト艦に通告する。

 貴艦は既にわが国の領域を大きく侵犯している!

直ちに停船されたし、ザフト艦!直ちに停船されたし!」

 

  時折、こうして領域を侵犯されることは今までにもあった。

 

 それらは戦略的な意味を持つこともあったし、挑発と牽制であることもあったが

 それは結局 パフォーマンスであり、政治手段でしか無かった。

 戦争の一部ではあるものの……今回も、と管制長は思いたかった。

 

 しかし、この接近はいつものそれと、明らかに様相を違えている。

 

 Nジャマー妨害が出ているのである。

 Mコロイドによる対ビーム用の撹乱幕も感知できていた。

 つまり、それは……。

「強力な電波干渉、ザフト艦より発信されています! 

 これは明らかに攻撃を想定した戦闘行為です!」

 

「な……!」

 

 有無を言わさぬ、武力行為であるということだった。

 

 

------------------------------------------

 

 港にある輸送艦には、管制室からすぐに連絡があった。

 

「電波妨害直前にモビルスーツが出ている! 艦を出せ! 

 どうせ港はすぐ封鎖される……メビウス全機出すぞ!」

 

クルーゼは、ブリッジクルーに指示を出すと、

自身もモビル・アーマーに搭乗する為にデッキへと向かった。

 

彼に「エンデュミオンの鷹」の呼び名を与えた愛機、

純白のメビウス・ゼロがあるのだ。

 

-------------------------------------------

 

 港の奥深く、宇宙港のベイから直接、資源採掘所まで繋がっているルートがある。

 

これは、通称「坑道」と呼ばれていた。

ヘリオポリスのような資源衛星型コロニーは、通常資源を採取する小惑星に

人間が住む居住区がくっついている形をしている。

その資源衛星、いわゆる"鉱山"と呼ばれるエリアから、

 すぐに宇宙に資源を持ち出せるようにしたのが「坑道」だった。

 

 この坑道は、資源の搬入、搬出が簡単であるが故に、あることにも適していた。

 「大型機械の建造」である。

 

 今、ヘリオポリスの坑道には、連合軍が作った、その巨大な建造物が隠されていた。

 全長400Mは在ろうかという巨大な宇宙船……連合軍の秘密兵器

 「強襲機動特装艦 アークエンジェル」であった。

 

 オーブの国営軍需企業「モルゲンレーテ」。

 連合軍は兼ねてからこの企業と秘密取引をしており、

 共同でこの艦と、艦載機となるモビルスーツの開発を進めていた。

 

 ――が、その情報があろうことか敵軍に漏れていたのである。

 

 「迂闊に騒げば向こうの思うつぼだ。対応はヘリオポリスに任す」

 艦長である、ジェレミー・マクスウェルがクルーに向けて言った。

 「モビルスーツの搬入を急げ……いざとなれば艦は出すと管制塔に伝えろ!」

 ――何事も無ければ、この艦と共にアラスカに降りて、息子に会う約束だった。

 ――それに、姪のシホにも会わねばならない。

 逼迫した状況の中、ジェレミーは脳裏に一瞬だけそのようなことを考えた。

 そして次の瞬間には忘れ、いざとなれば地上に出ているバルトフェルドを呼び戻さなければならないと思った。 

 

 が、その全てが叶うことが無かった。

 

 キラ達、ザフトの仕掛けていた時限爆弾が爆発したのだ。

 

 

-------------------------------------------

 

ゴォオオオンと、文字通りの爆音がして、

それだけで鉄をも焦がしてしまうであろう、光と熱風と煙とが、

密閉された坑道を埋め尽くした。

 

 

 艦の近くに居た連合軍の兵士たちは光に包まれ形も残らなかった。

あとの兵士たちは熱風と煙とに次々と焼かれていった。 

 

 

-------------------------------------------

 

 

(よし……!)

 

先行班の仕掛けていた爆弾が爆発すると共に、

キラ達は坑道から地上へ向かうルートへ飛び出した。

 

「艦はやったのか!?」

「あの爆発だ、やれてなくても、直ぐには動けない」

「なら、鉱山側から占拠する! ヴェサリウスからジンも出ている!」

「了解!」

キラたちはアークエンジェルが埋まってしまったのを確認すると、

地上や各地に残存している連合の兵達に強襲を仕掛けた。

 

 と、コロニーの内部に15メートル大の影が入ってきた。

 ザフトのモビルスーツ・ジンであった。

(カズイ……)

キラはその機体を見つめた。

あのマシンにも、キラの友人が乗っているのだ。

 

 ザフトのモビルスーツはマシンガンをコロニー中に撃ち込んだ。

 ドラム缶サイズの弾丸をばら撒ける代物である。

 轟音と硝煙が今度は地上をも支配していく。

 

 と、それに炙りだされるように、

鉱山の部分――坑道のさらに奥の、コロニーの資源基地から

大型のトレーラーがいくつか出てくるのが見えた。

 

連合軍が、モビルスーツの襲撃を知って、慌てて運び出そうとしているのである。

 

「あれだ! 連合のモビルスーツ!」

「報告じゃ、五機のはずだって――」

「工場に隠してるって可能性があった!  僕らでいく!サイ達はアレをお願い!」

 

 工作班から送られてきた情報を元に、キラは仲間を伴って、工場区の方へと向かった。

 

「了解だ、キラ! 死ぬなよ……」

 

サイ、トール、ミリアリアはキラたちを見送ると、トレーラーに襲撃を仕掛けた。

 

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 ヘリオポリス全域に緊急避難警報が発令された。

アスランたちの居る研究室にもサイレンの音が聞こえてきた。

 

そして、巨大な振動――。

 

「隕石!?」

ディアッカが机にしがみついて言った。

だが、アスランは――

「違う、駆動音? モビルスーツの!?」

 

聞きなれた音を耳にして、急いでカレッジの建物から外に出ようとした。

 

「モビルスーツのって……」

慌てて机の下に隠れたニコルがアスランの言葉に動揺した。

「とりあえず外に出よう……その、君も!」

「あっ……ええ」

アスランは仲間と、部屋の隅に居たピンクの少女を連れて、外へと飛び出した。

 

「!?」

アスランは目を疑った。

 

 さっきまでバカな恋の話をして通った道が、煙を立てて燃えている。

 そして、アスランを眠らせた、温かな日差しの空には――

「ミサイルだぁあああ!」

ニコルが悲鳴を上げた。

 

 コロニー守備隊がミサイルを放ったのである。その先には、

 

(ジン!? 特務隊仕様のジンなのか!)

アスランには見覚えのある機体だった。

 

 

 ZGMF-017 ザフトで最も使用されている汎用モビルスーツ『ジン』であった。

アスラン自身も数回は乗った事のある機体である。

 

しかもその機体は一般的なグレーの塗装がされている機体ではなく、

特務隊と呼ばれる、ザフトの中でも特殊な任務を行うエリート部隊用のものであった。

 兵器としての主張を込めた、カーキグリーンに塗られている。

 

 と、あれば、事態が、自分が想像した以上の事であるのに、アスランは気づく。

「逃げるぞ!」

 アスランたちは、近くのシェルターへと避難しようとした、が――

「!」

 ピンクの髪の少女が突然あらぬ方向へ向かって走り出した。

 

 

「おい、君! なにを――くそっ!」

 

「アスラン!」

「すぐに戻る! 先に避難しててくれ!」

 

 

アスランはほうっておけず、彼女を追って走り出した。

 

 

 

 

少女は、カレッジの裏側にある、モルゲンレーテの工区へと向かっているようだった。

「おい!待てよ!」

アスランは必死に彼女のあとを追った。

「お気遣い無く――私には確かめねばならぬことがあるのです!」

彼女は信じられない速度で駆けぬけていく。

――並みの少年たちより、ずっと足の速い自分が追いつけない事に、

アスランはいささか戸惑いながらも、彼女を見失わないように懸命に走り続けた。

 

 

すると、

 

あるブロックで、彼女が立ち止まって、カードキーでモルゲンレーテの工場区へのゲートを開けた。

 

(――?)

 

あんな少女がどうして? と、思った次の瞬間、

アスランは少女を追って入った工場区で、信じられないものを見た。

 

ゲートの向こうは手すりになっており、その下、階下に見える光景には……。

 

 

 

 

「やはり……そうでしたか……」

 

「モビルスーツ!?」

 

 

 

 

 

 トレーラーに詰め込まれたモビルスーツが、並べて2体、置いてあった。

 どちらも、ザフトのものではなかった。

 

 全く、アスランが見たことのない機体。

 

 ザフトが標的としている、連合の秘密兵器であった。

 

 

 

 アスランは必死に事態を飲み込もうとしたが、

その思考は直ぐに、ザフトの攻撃によってさえぎられた。

 

ズゥウウウウウン!!

 

工場の何処かが崩れる音がした。

 

 

 

 思わず身を伏せるアスラン。

 しかし、少女はモビルスーツを見詰めたまま、全く動じずに立っていた。

 

「……連合の俗物たち。 父を欺き、さらにはわたくしに黙ってこんな……」

 

 少女が何か呟いた気がした。

しかし、アスランは先ほどからの轟音で耳が麻痺しており、良くは聞き取れなかった。

 

すると――

 

(やっぱり特務隊!)

 

上空からフライトユニットをつけたザフトの兵士が降下してくるのが見えた。

真紅のノーマル・スーツ。 

間違いない、ザフトのエリート部隊であった。

 

彼らは、アサルト・ライフルを乱射しながら、

眼下にあるモビルスーツ搬送用のトレーラーに降りていく。

トレーラーの陰からも、別の影が出てくるのが見えた。連合の兵士だ。

 

その場は、銃撃戦の舞台となった。

 

(連合とザフトがヘリオポリスで――?)

 

今の状況が信じられないアスランだったが、それでも理性は失わなかった。

 

(逃げ……あの子も……!)

 

アスランはモビルスーツを見詰める彼女の手をとった。

「なにやってる、逃げるぞ!」

「!? あなた――わたくしは!」

アスランは手を引いて、最寄のシェルターまで走った。

 

 

 

 

「もう無理だ!此処には二人は入れんよ!」

シェルターは既に満杯になっていたが、一名だけは入れるようであった。

 

「なら、友人を、女の子なんです」

アスランは彼女一人をシェルターに入れようとした。

「お離しになってください! わたくしは」

「死ぬぞ! ……オレは大丈夫だ」

「……ああ」

 

少女はそこで、アスランが何故、自分の手を引いて走ったか理解したようであった。

 

「――ありがとう、このご恩は忘れませんわ」

「いや……」

「あなた、お名前は?」

「オレは…………アスラン・ザラ」

「ありがとうアスラン、私は――ラクス――」

と、彼女が名前を言いかけたところで、今までで、一番激しい振動がした。

 

「早く!」

アスランは彼女をシェルターに押し込んだ。

と、ドアが閉まったところで、警報レベルが最大となり、シェルターのドアがロックされた。

 

 

 

 アスランは彼女の名前が少し気になりつつも、その場をあとにするしかなかった。

この分では近くのシェルターにはもう入れないだろう。

 

 

 さっきのあの工場区を抜けて、別のブロックに向かうしかないと思った。

 

一旦、このブロックを抜けて、地上に出ることも考えたが、

こちらに攻撃を仕掛けてきたザフトのモビルスーツがいるのだ。

 

 たとえ銃撃戦が行われている可能性があっても、自分ならそれが一番安全だ――。

アスランはそう判断すると、急いで先ほどの工区へと足を向けた。

 

 

 

工場の崩壊が酷くなっていた。辺りからは黒々とした煙が立ちこめ、

あちこちから、火の手が上がり、金属と薬の焼けたような嫌なにおいがした。

 

 手すりの下では銃撃戦が行われているようだった。

アスランは腰をかがめて、その様子を伺うと、音が止むのを見計らって一気に駆け出した。

 

 ――階下のトレーラーでザフトの襲撃に耐えていた連合の士官が、

その気配に気がつく。とっさに銃口を向ける――が、

「子供……ザフトじゃない?」

と、アスランが明らかに民間人であるのに気づいて、銃を降ろした。

しかし、

「――おい、少年! 伏せろ!」

連合の士官が、叫ぶ。

「っ!?」

 その声を聞いてアスランが振り返る。

 咄嗟に、自分が狙われていると気がついた。

 

 階下にいた赤いノーマルスーツを着たザフト兵が、アスランをライフルで狙っていたのである――が、

 

「チィ!」

 

 それに気づいた連合の士官がそのザフト兵を撃ち抜いた。

 「ぐぁっ」

 悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちるザフト兵。 

 

 しかし、ザフト兵は事切れる前に、銃の引き金を引いていた。

 何発かは間に合わず、銃口から発射され、アスランの体を掠めることになった。

 

ババババ!

 

「っ!」

 思わずアスランは、弾丸をよけようとして、手すりに足をかけ、階下に飛び降りようとした。

 

――と、そこへ

 

「ア、アフメドォッ!? ……よくもアフメドを!」

撃たれた兵士の仲間であろう、別のザフトの赤いスーツが、連合の士官に飛び掛った。

 

至近距離である。

ザフト兵は、邪魔になるライフルを捨てて、ナイフを取り出して斬りかかった。

 

「危ないっ!」

助けなければ。と本能的に感じて、アスランは跳んだ。

 

そして、連合の仕官と、ザフトの赤いスーツの間に割って入った。

 

 

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 

 

「――アスラン?」

 

 

 なぜか、ナイフを持った、ザフトの兵士が動きを止めた。

 ザフトが着る、ノーマル・スーツのバイザーの色は濃く、

 宇宙服であるため、その中の顔を良くうかがい知ることは出来ない。

 

はずであったが、

アスランは、その兵士が誰であるか、直ぐにわかった。

 

 

「キラ・ヤマト……」

 

 

数年ぶりの再会であった。

 

 

 

血と、炎を浴びながらの……。

 

 

 

 

 

---------------------------------------

 

「乗れ!」

と、後ろに居た連合の士官が、アスランの手を取った。

そして、トレーラーに横たわっていたモビルスーツのコクピットに、彼を押し込んだ。

 

 

と、ひときわ大きな炎が工場を包んだ。

 

コロニーの外では、ヴェサリウスが艦砲射撃を開始していたのである。

 

キラ・ヤマトも、その炎から逃れる為に、アスランたちが乗り込んだ物の、

横に寝かせてあったモビルスーツに、自身も潜り込んだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 3 「その名はイージス」

陣営入れ替えガンダムSEEDです


------------------------------------------

『何かの間違いであれば、と思うことほど、

 いつも、それが逃げられない現実だと思い知る。

 母の事も、キラの事もそうだった。

 だが、生きている限り、そうした物事が続いていくということ。

 そんな当たり前の事実を、その時の俺は、認識すら出来ないでいた』

 

------------------------------------------

 

 

 

 

 

 放り込まれたコクピットの中で、アスランは先ほどの兵士の顔を反芻していた。

 ――顔は見えなかったが、瞳はなんとなく伺い知ることができた。

 そして、自分の名を呼ぶ声。

 「アスラン」と。

 

 それだけでも、先ほどの兵士が嘗ての親友キラ・ヤマトに間違いないとアスランに確信させていた。

 (――あの、虫も殺せないような奴が? 死なせるのが怖くて、生き物も飼えなかったようなキラが――ザフトで兵士をやっている?)

 

 だから、トリィみたいなものを作ったのだ、アスランは。

 

 それが、ザフトだというのか? 

 アスランは信じられなかった。

 ……だが、否定しようとすればするほど、事実が圧し掛かってくるのだった。

  

 先ほどから、許容できないことばかり起きている。

 しかし事態は、アスランにそんな事を整理する余裕すら与えてくれなかった。

 

 「おい、君大丈夫か? ……シートの後ろに隠れてるんだ!」

 アスランをコクピットに押しこんだ士官が言った。

 

 我に返ったアスランは、言われるがまま、

 パイロット・シートの後ろにあるスペースに身を隠した。

 

 

 

 士官が、モビルスーツを起動させる。

 

 電源が入り、各種計器とモニターが動き始める。

 と、モニターの左手に、もう一体のモビルスーツが表示された。

 

 先ほどのザフトの兵――キラが乗ったモビルスーツだ。

 

(このモビルスーツは一体……)

 

 

 そもそも、こんな事になったのは何故なのか?

 このモビルスーツが原因なのか?

 アスランは直感的にそう考えて、コクピットの中を見回した。

 

 基本は、ザフト製のジンと似た部分が多かったが、

 計器類が大幅に簡略・整理されているような気がした。

 ジンのそれより洗練されている部分がある。

 技術的には進んでいるようだ。

 

 

「まさか、俺が動かす羽目になるとは……だが、このイージスだけでも!」

 

 

 士官が、機体を動かそうと、

 メイン・コンソールを操作し始めた。

 アスランも、その方向に目を向ける。

 

 マスター・キーを起動させると、

 モビルスーツを動作させるためのオペレーション・システムが起動された。

 表示されたのは、地球連合軍のエンブレム。

 (地球軍が、やっぱり此処でコレを作っていたということなのか?) 

 アスランはその紋章に目を引かれて、覗き込むようにしてその画面を見た。

 

 

 モビルスーツの損害状況や、弾薬、推進剤が簡単にチェックができる画面が表示されて、

 その後メインの起動画面が映った。

 

 

 

 

 

 

 General

 Unilateral

 Neuro-Link

 Dispersive

 Autonomic

 Maneuver

     Synthesis System

 

 GAT-X303 AEGIS

 

「ガン……ダム……? イージス?」

ディスプレイに表示されたOSの頭文字(アクロニム)を追って、アスランが呟いた。

 

 ジェネラル・ユニラテラル・ニューロリンク・ディスパーシブ・オートノミック・マニューバー・シンセシス・システム。

 

 「単方向分散型神経接続自律機動汎用統合性機構」と言った。

 いわゆる、ナチュラルが、ザフトの作り出すコーディネイター専用マシンに対抗する為に作り出したシステムであった。

 

 機体制御の複雑さを緩和させるため、フレームとパーツとそれらをつなぐ回路を、人体の神経に見立てて制御するといった物だった。

 

 OSが起動すると、士官はゆっくりと、モビルスーツ、イージスを立ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

--------------------------

 

 「凄いもんだな」

 サイ・アーガイルは乗り込んだモビルスーツの中で感嘆の声を上げていた。

 

 自分たちの脅威になると聞かされてはいたものの、

 ナチュラル主導で作り上げた兵器など、如何ほどのものかと正直思っていたのである。

 

 しかし、これらの兵器の完成度は予想以上であった。

 

 (ムーバブル・フレーム……ザフトの作る機体がマシンを人の形にしたものであるのに対して、

  コイツは人体のように骨格をあらかじめ規定して、人の形にマシンを乗っけている……)

 

 この機体の運動性能が如何ほどのものであるか、サイは純粋に興味が沸いてしまっていた。 

 

  

 従来のモビルスーツは外骨格(モノコック構造)で設計されており、

 装甲そのものが骨格として、全体の重量のバランスを取って機体を支える構造をとっていた。

 その点では既存兵器の延長線上にあると言ってよい。

 

 しかし、それら構造は、言わば「鎧に合わせて体を作る」という行為であり

 関節の可動範囲は人体のそれに比べて、大幅に制限される事になり、

 また装甲が破損した際の安定性の低下、全体の強度に制約が生まれる。

 

 しかし、連合の機体は、機体の支持を装甲ではなく駆動フレームで行うため、 

 抜群の安定性能と、人体さながらの稼動範囲・運動性を実現していた。

 

 

 

 そしてさらに、この機体はその骨格を十分に活かす為に、

 未完成であるものの、人間の神経をモチーフにしたOSを導入していた。

 つまりは、人体の持つ適応性や柔軟性をそのまま機体に持たせているのである。

 

 ――これならば、あるいはナチュラルでもジンに十二分に対抗できるであろう、とサイは感じた。

 

 「サイ、こっちは大丈夫だ、すごいぜコレ」

 「ホント! 冗談じゃない!こんなの量産されたら……」

 トールとミリアリアからも、無線で感嘆の声が上がった。

 「さすがロアノーク隊長だ、作戦決行の判断、イエスだね」

  

 やはり、早期に連合軍は潰しておかなければ、この戦争は長期化してしまうであろう。

 ――自分たちが敗北することは思いつかないまでも、サイは地球連合軍の脅威を素直に認めているのだった。

 

 

----------------------------------

 

 

 

 

『ヘリオポリス全土にレベル8の避難命令が発令されました……

 住民は速やかに最寄りの退避シェルターに避難して下さい……』

 

 コロニーの中は逃げ惑う人々で溢れていた。

 その中には、アスランと別れたイザーク達の姿もあった。

 

 レベル8。 

 コロニー崩壊・強制避難勧告が出るのがレベル10なのである。

 崩壊寸前の危機、緊急事態であるということだ。

 

 

 当然であった。

 目の前に、攻撃をしてくるモビルスーツがいるのだから。

 

  「また揺れた!」

 ニコルが悲鳴をあげた。

 コロニー全体がまた大きく揺れたようであった。

 

 すると、イザーク達の居たキャンパスの後方、モルゲンレーテ工場区のあるほうから、

 ゴウ!と音を立てて――炎に巻かれたモビルスーツが現れた。

 

 「モビルスーツ!? ザフトの援軍か!?」

 イザークが叫んだ。

 「エングン! エングン!」

 ニコルが抱えていたハロも真似て叫ぶ。

 

 

 

 ――イザークが知る由もなかったが先ほど、キラ・ヤマトが奪取したモビルスーツであった。

 

 

 そして、イザーク達の前方に迫っていたザフトのジンが、それを迎えるように、進行方向にある、こちらに向かって歩いてきた。

 

 「こっちに来る!」

 

 イザーク達を挟む格好になった。

 

 イザーク達は、前後の路を断たれ、窮した――。

 

 

 

----------------------

 

 

 

 ――しかし、そんなイザーク達の狼狽を他所に、彼らの恐怖の対象となっているモビルスーツ――ジンのパイロットは、先程からコクピットの中で震えが止まらずにいた。

 

 「ええい! ナチュラルめ、何してんだよ! 早く逃げてよ!」

 緑のノーマルスーツを着たパイロット。

 カズイ・バスカークがうずくまるイザーク達を見て言った。

 

 震える手を必死に抑えながら操縦桿を握っている。

 

 コクピットに積まれているウォーターパックの水は飲みつくしていた。

 それでも咽の渇きが止まらない。

 

 元来、戦いには向かない気質であるのだ。

 ――それでも、彼がザフトに志願したのは、彼をそうさせるだけの動機があったのだが。

 そして、そういった気質を持ちながらも、彼はパイロットをやるだけの実力を示していた。

 

 「くそっ、当たっても知らないよ!」

 

 ジンのマシンガンを、コロニーの守備隊に向けて放つ。

 それから陽動の為――無差別攻撃に一旦は見せるため、

 なるべく民間の施設や、コロニーの基部に当てないように弾丸をばら撒いた。

 

 

 そんな、カズイの元に、先ほどやっと、通信が入った。

 「カズイ!」

 

 ――友人であり、同じ部隊の仲間であるキラだ。

 

 「キラ、やったんだ!?」

 

 

 キラが、無事に敵軍の機体を奪取したのだと理解した。

 これでようやくこの作戦も一段落着く――とカズイは、胸を撫で下ろした。

 しかし――

 「アフメドがやられた! ……もう一機は連合の士官が乗ってる」

 「え!?」

 

 と、キラの乗った機体が飛び出してきた近くから、もう一機のモビルスーツが現れた。

 アフメドが奪取するはずだった機体だ。

 

 着地が上手くいかず、よろよろと傾きながらも、その機体はこちらを睨んでみせたようだった。

 

 

 

----------------------

 

 「――!」

 思ったようにバランスをとれず、連合の士官は顔をしかめた。

 

 アスランもシートの後ろで大きく体を揺さぶられ、肩をコクピットの壁にぶつけていた。

 (なんだよ! まともに動かせないのか?)

 アスランはシートの後方からコクピット画面を覗き込む。

 

 「ジン!?」

 

 すると、コクピットのメイン・カメラには、正面にジンの姿が表示されていた。

 それから――先ほどのキラが乗ったモビルスーツも。

 

 

 

 そして――

 「避難中の民間人もいるか!」

 士官がモビルスーツの足元のカメラを見て言った。

 

 「イザーク!ディアッカ!ニコル!」

 アスランは叫んだ。

 

 「知り合いか?」

 

 ――アスランは、友人たちが自分たちが乗っているモビルスーツの足元にいるのに気づいた。

 

 

----------------------

 

 一方、それに対峙するジンのコクピット。

 

 カズイは、注意深く、連合のモビルスーツを観察した。 

 

 (なんだ……歩くこともできないのか?)

 

 よたよたと、歩行を覚えたばかりの子供のような動きをする敵のモビルスーツ。

 (ナチュラル……だからか?)

 

 カズイの胸に少しだけ、安堵と落ち着きが戻ってくる。

 

 「キラは、動けるの?」

 「基本動作だけならなんとか――兎に角、一機は失敗だ! カズイも脱出を!」

 

 キラに、脱出を促されるカズイ。

 

 仲間がやられ、敵軍のモビルスーツが起動しているのだ。

 

 それに、自分たちは今、中立国のコロニーに強襲をしかけている。

 作戦が長引くのは、それだけで不利であった。

 

 

 だが、逃げる、と考えた先で、カズイはふと止まった。

(アイツ――俺でもやれるんじゃないか)

 まともに動けない、敵のモビルスーツ。

 

 それは、自分にとって機会である気がした。

 アレを、持って帰る。

 そうすれば――自分もキラ達の様に、赤いスーツに。

 ――アカデミーの優秀者、もしくは優秀な兵士――栄誉あるものにその衣服は与えられた。

 

 カズイは、離脱をやめた。

 

 「キラ、それを持って逃げて、俺、アイツを……捕まえる」

 「カズイ?」

 「アフメドがやられたんだろ? キラは予定通り、武装パックの回収班と早く離脱して!」

 

 カズイは、ジンの操縦レバーを大きく倒した。

 バックパックのバーニアが噴出し、機体が加速される。

 

 「カズイ!」

 「わあーっ!」

 

 カズイのジンが、大きく剣を振り上げた。

 

 

--------------------------

 

 「ジンが……来るッ!」

 アスランが叫んだ。

 

 ザフトの――カズイのジンが、この機体めがけてサーベルを振り上げてきた。

 

 「チィ!」

 連合の士官が身構える。

 と、何かのスイッチを押した。

 

 

 

 「色が!?」

 変化するイージスの様子を見て、カズイが叫んだ。

 先ほどまで灰褐色をしていた、敵の機体が、鮮やかな紅色に彩られていく――。

 

 「!」

 

 一瞬、気を取られたものの、カズイは構わずに斬りかかった。

 

 ――だが、

 

 キィィイイン!!

 

 と、振動する金属の高音が鳴り響いて――

 「えっ!?」

 ――ジンのサーベルが弾かれた。

 

 

 「いまだ!!」

 

 

 と、連合の士官はジンが動揺したのを見逃さず、

 モビルスーツの手で思い切りジンを殴り飛ばした。

 

 

 「ぐっう!」

 

 体勢を崩して、近くのビルに倒れこむカズイのジン。

 舌を噛みそうになって、カズイはうめき声を上げた。

 

 「ちくしょう! 何が起こったんだ?」

 

 カズイはジンの状況を慌てて確認した。

 「カズイ! この機体は、フェイズシフトの装甲を持つんだ。 展開されたら、ジンのサーベルじゃびくともしない!」

 離脱中のキラから通信が入る。

 「フェ、フェイズシフト? あ、赤くなったのがそうなのか……」

 「カズイ……?」

 

 キラからの無線で、敵の正体を知ったカズイは、落ち着いて機体のコンソール画面を見た。

 殴られた箇所の装甲が変形しているようではあったが、何処も故障してはいないようだ。

 

 そうだ、殴られたくらいで、ジンが壊れるものか。

 それに――やはり、相手はナチュラルのモビルスーツだ。

 

 殴った後の自分の姿勢すら保てていないではないか。

 

 

 

 殴り飛ばした側であるイージスは、その一連の挙動すら制御できないらしく、殴ったあとそのままバランスを崩して、大きな轟音と土煙を上げ、ヒザをついて倒れた。

 

 どうやら、相手の機体と、そのパイロットは、基本的な動作すら覚束ないらしい。

 

(ナチュラルなんかにモビルスーツが使えるもんか……!)

 

 カズイはその様子を見て、確信した。

 

 「いいから! キラは脱出を!」

 カズイはもう一度キラに、先に脱出するように告げた。

 この敵は自分が捕まえるのだ。

 

 いけるはずだ。

 そう自分にも言い聞かせるように。

 

 

 

 

--------------------------------

 

 

 一方、倒れたイージスのコクピットでは。

 

 「わっ!?」

 

 コクピットが揺さぶられた事によって、アスランの体がシートの後ろから大きく投げ出された。

 しかし、

 

 「少年!」

 

 ガッ!

 

 連合の士官が、アスランを掴み、ひしっと、自身の厚い胸板で受け止めた。

 

(なんだろう……)

 

 ――『厚い胸板』 なぜかアスランは不公平を感じた。

 何に、対してかはわからなかった。

 だが、とにかく、何かと比較して酷く不公平な気がした。

 

 

 「怪我は無いな……任せろ、なんとかする!」

 

 

 士官はアスランを再度シートの後方にやると、

 再度機体を立て直そうとした。

 何とか立ち上がり、もう一度、姿勢を保とうとするイージス。

 

 しかし、目の前には、再びジンが……。

 

 

 

 

 

 「……装甲が良くたって、コクピットを狙えば!」

 カズイのジンは、今度は剣を突き刺すような格好にして、イージスを狙ってきた。

 

 

 どれだけ装甲が優れていて、 斬撃をいなすことは出来ても、

 弱点を刺突するような攻撃を、そこまで完全に防御できるとは思えない。

 それは妥当な攻撃であるとは言えた。

 

 

 「くそ!」

 イージスのコクピットに座る士官にも、その様子が見えた。

 

 自分が乗っている機体――イージスのフェイズシフトは無敵に近い防御力を持っている。

 

 とはいえ、さすがに、衝撃やダメージを完全に無効化できるとは思えない。

 破壊されないまでも、このままでは敵に捕獲されてしまうだろう。

 

 

 

 ――しかし、自分が操作するイージスはといえば、

 やっと立ち上がって、倒れないようにバランスを取るので精一杯だった。

 

 

 

 

 そうして、焦せる士官を他所に、アスランは先程見かけた影を追った。

 ――皆は!?

 

 アスランは、イージスのモニターの隅に、地面にうずくまる友人たちの姿を見つけた。

 イージスがバランスを崩して、倒れた事により、周囲の建物が倒壊しそうになったのであろう。

 皆、必死で恐怖に耐えているようだった。

 

 

 

 (こんなの……!)

 

 

 ここで、これ以上モビルスーツなんかが暴れたら……!

 

 アスランは、抑え切れなかった。

 「まだ……人がいるんだぞ! こんなものに乗っているなら、なんとかできないのか!」

 

 アスランは、士官の前をさえぎるようにして、

 シートの後ろから体を乗り出した。

 

 「何をっ!?」

 そして、士官の手から無理やりレバーを奪い、イージスを操作する。

 そして、

 

 

 「させるかぁーっ!」

 アスランは機体を操作した――。

 

 

 アスランの操作どおり、イージスは、動いた。

 立ち上がったままの体勢から腰を落とし、一気に足を伸ばして――ジンの下半身にタックルする。

 

 

 「うわぁあっ!?」

 そのまま、タックルを受けたカズイのジンが吹き飛ばされる。

 

 と、アスランは間髪いれず操作を入れる。

 

 「武器は! 何かないか!?」 

 

 手早くコンソールを動かし、先程のOSのメイン画面を参照する。

 機体の情報が表示されると、アスランはさっと目を通した。

 

 「未完成なのか!? よくもこんな状態で!」

 

 アスランは機体のオペレーション・システムが殆ど手付かずなのに気がついた。

 火器管制どころか、動く事すらままならないのだ。

 

 「どいてくれ!」

 連合の士官の体が邪魔で、アスランは思わず叫んだ。

 「何をする!」

 「代わってくれ! 俺が動かす!」

 「モビルスーツをか!?」

 

 アスランはコクピットの後方から、シートに身を乗り出す。 

 士官はアスランの手馴れた手つきを見て、そのまま機体を預けた。 今度は自分がシートの後ろのスペースに移動する。

 

 アスランはといえば、表示されている情報から、何が出来て何が出来ないのか、冷静に状況を判断する。

 

 (OSを書き換えて全部、動かせるように――こんな戦闘中には到底ムリだ……なら!)

 

 最低限の挙動を行えるように設定を施し、火器のチェックをして、使える武器を調べる。

 (使える武器は牽制用のバルカンと……クロー・バイス・ビームサーベル? これか!)

 

 

 

 

 そうしているうちに、タックルを受けたジンがよろよろと立ち上がった。

 「ば、馬鹿にしてぇ! 赤いモビルスーツなんて! ナチュラルが俺への宛て付けかよぉっ!」

 吹き飛ばされたカズイは激昂した。

 

 

 

 

 

 

----------------------------

 

 

 ――カズイ・バスカークは、キラと共にザフトに志願した少年であった。

 

 昨年の2月14日。

 連合の核攻撃で散った「血のバレンタイン」の犠牲者……。

 宇宙に消えて行った、多くの友人たちの弔いの為、共に志願したのだ。

 

 カズイは、コーディネイターであったが……いかなる社会、組織、集団であろうとも、

 それに属する個人の優劣というものは、いつもその明確な線引きを要求する。

 カズイは、落ちこぼれまでとはいかないまでも、「平凡なコーディネイター」であった。

 

 そんな自分からしてみれば、ナチュラルに無残に命を奪われるという

 友人たちの受けた仕打ちは余りにむごいのだ。

 

 コーディネイターは、生まれながらにして、宇宙に飛び立つという崇高な使命を持っているというのが、プラントの社会の通念であった。

 だから、自分のようなものこそが、ナチュラルたちに示さなければならないのだ。

 

 選ばれたもの、コーディネイターの在り様というものを、そしてその怒りを。

 

 

 だが、同時にカズイの中には無意識、無自覚ではあるものの、ある黒い思いが芽生えていた。

 

 

 ――自分が、この戦いを通じて、主役になること。

 

 それは、コーディネイターといえど、戦いの熱に浮かされた少年にとっては当然のことと言えた。

 

 

 しかし、そんなカズイの思いすら、

 あっけなく現実に打ち砕かれることになる。

 入隊前の試験と訓練の結果――キラたちは赤い特殊部隊のスーツを与えられ、

 自分はその部隊に配属はされたものの、緑のスーツの一兵卒――。

 

 

-------------------

 

 

 その思いが、”赤い”モビルスーツに攻撃された為、一気に煮沸したのだ。

 

 ――なんとしても、この赤いモビルスーツだけは自分が仕留めなければならない。

 そんな思いに動かされて、カズイはもう一度レバーを握り締めた。

 

 「ええーーい!」

 

 ジンが、再び剣を突き刺そうと、イージスに迫る。

 

 

 

 

 

 「また、ジンが来るぞ!」

 連合の士官が叫ぶ。

 

 だが、アスランは、それに構わず淡々とキーボードを操作する。

 (腕一本! 腕一本でいい……)

 

 敵は、間違いなく油断している。

 アスランはそう判断した。

 先ほどまでの此方の動きを見て、

 真正面から白兵戦を仕掛けて来ているのだ。

 そうに違いなかった。

 

 アスランは、敵が十分に接近してくるのを見はからってから――イージスの姿勢を傾けた。

 

 

 そして、

 

 カァーーン!!

 

 アスランの操るイージスが、振り下ろされたカズイの剣をなぎ払った。

 「!?」

 イージスの腕には、格闘用のクローが展開されている。

 

 「こ、こいつ、こんなに動けたのか!?」

 イージスの予想外の動作に、カズイのジンの動きが一瞬止まる。

 

 と、アスランは、敵の動揺を悟って、そのままクローを振り上げた。

 

 ――が、

 「ちぃっ!」

 カズイも流石に兵士であった。

 

 イージスのクローを、咄嗟にジンの剣で受け止める。

 「そんなものっ!」

 と、イージスを力で押し返そうとするカズイ。

 

 だが――

 

 「いけぇーッ!」

 

 

 ――ジンが、イージスのクローを受け止めたのを見て、アスランはビームサーベルのパワー・スイッチを押した。

 

 

 ブゥウウン!!

 駆動音がして、クローが発光を始める。

 

 

 「え……!?」

 

 

 イージスのクローに取りついている装置から、まばゆい光が発せられるのを、カズイは眼前に見た。

 

 「ヘアァッー!!」

 アスランが叫んだ。

 

 

 黄色い閃光が、クローを包み、それが刃のようになっていく。

 

 

 (え……剣の方が……?)

 『斬られた』と、カズイ思った瞬間、

 カズイのジンは、それを受け止めていた剣ごとイージスのビームサーベルによって、真っ二つに両断されていた。

 

 

 ドゥウン!!

 

 

 と、軽い爆発が、真っ二つに割られたジンの上半身で起こった。

 

 

 

 「ぐわぁッ……!」

 

 また、イージスが大きくゆれた。

 今度は、士官の体が投げ出され、コクピットの壁に体を強く打ちつけた。

 爆発に身構えながら恐らく、ジンのバッテリーの燃料や、推進剤に着火したのだろうとアスランは思った。

 

 爆発を終えたジンは、下半身だけが残っているような状態になって、そのままその場に崩れ落ちた。

 

 

 ――パイロットはどうなったか、とアスランも思ったが――コクピットは跡形も無かった。

 が、それ以上気にしている余裕は無かった。

 

 

 久しぶりのモビルスーツ。

 訓練で操縦は何度も行ったが、アスランにとって、実戦は三回目でしかない。

 

 (うっ……)

 

 アスランは吐きそうになるのを必死に堪えて、イージスを座らせた。

 

 今頃になって体に受けた振動と ――今まで起きた事の連続に対する疲れが、一気に出て来たのだ。

 

 

 アスランは、士官が気を失っているに気がつくと、ハッチを空ける。

 外の煙がコクピットの中に入ってきたが、それでも外気を吸えるのがありがたかった。

 

 眼下を見やると、建物の陰から、不安そうに此方を見つめる仲間達の姿が見えた。

 

 『アスラン!』

 ハロが叫んで、飛び出してきた。

 

 「……アスラン……なの?」

 

 ニコルもハロを追って出てくる。

 

 仲間達は、イージスのコクピットに座るアスランを見上げ、不安げに表情を曇らせていた――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 4 「大天使の飛翔」

-----------------------------------------

 

『連合のモビルスーツの性能とやらを、

 この目で見てしまう羽目になった。

 その事が、これから始まる全ての発端となってしまうのだ』

 

 

------------------------------------------

 

 

 

……気を失っていた士官が目を覚ました。

 

 「あ、気がついたんですね?」

 『オハヨウゴザイマス! オハヨウゴザイマス!』

 

 目の前にいる子供が介抱してくれたようだ。

 

 士官は自分が、公園のような場所のベンチに寝かされているのに気がついた。

 

 枕元では丸っこいロボットのようなモノがグルグル転がっている。

 

 

 (……さっきの少年の知り合いか)

 先程のイージスの中での事を思い出す。

 

 すこし体は痛んだが、幸い、なんとも無いようだ。

 

 

 士官は身を起こすと、ニコルに礼を言った。

 「ありがとう、レディ」

 「……男です」

 「おっと、そりゃ失礼」

 ニコルは顔を引きつらせながらも士官に笑顔で返してくれた。

 『エレガント~レディ』

 ハロが言った。

 「うるさい」

 ニコルはハロの口を閉じた。

 『アワワワ……』

 

 「大丈夫ですか?」

 「……ああ」

 

 アスラン・ザラが士官の前に立つ。

 

 「さっきは助かったよ? ……だが、君は、何者なんだ?」

 「アスラン・ザラ……ここの工学部の学生です」

 「学生?」

 

 学生があのようなモビルスーツの操縦をやったというのか?

 

 士官は面食らったような顔をした。

 ――しかし、自分の中で一つの仮説を立てて、それを納得させた。

 

 「自己紹介が遅れてすまないね、ボクは、アンドリュー・バルトフェルド。 地球連合軍大尉だ」

 「連合……」

 

 士官……バルトフェルドは辺りを見回した。

 

 イージスは――あった。

 それに付いて一先ずバルトフェルドは安堵する。

 

 そこから更に、辺りの様子を伺う。

 

 目の前にいる少年たち以外は、皆避難してしまったのか、

 周囲に人気は全く無かった。

 

 

 バルトフェルドが現在の状況を整理していると、少年たちの一人が話しかけてきた。 

 「アンドリュー・バルトフェルド……大尉殿?」

 「君は?」

 「イザーク・ジュールと申します。 エザリア・ジュール、大西洋連合国防理事会のジュールの息子です!」

 

 「君が、なるほど……」

 バルフェルドには聞いたことのある名前だった。

 

 

 「イザークのお袋さん、軍の関係者だったのかよ?」

 とディアッカがアスランに耳打ちした。

 アスランもその事実は初めて知った。

 

 

 「ヘリオポリスに連合軍が補給の為に寄航するという話は聞いておりました。

 しかし、この状況を見るに、事態はもっと切迫したものになっている、ということでしょうか?」

 「……まあ君らの想像通りと思うがね」

 「母が、いえ、連合が、中立国を巻き込む形で……!?」

 「オーブといえど、地球の国家ということさ。 前から、そういう話になっていたんだよ、ジュール君?」

 

 イザークが、顔を曇らせる。

 詳しい話は彼も聞かされていないようだと、バルトフェルドは思った。

 

 バルトフェルドは、しばらく考え込むようにして、呼吸を整えると

 「ちょっといいかね、君たち……今の状況はわかるかな?」

 

 と、胸元を探り出した。

 そして、あるものを取り出し、アスラン達に突きつけた。

 

 拳銃だった。

 

 

 「何をするんです!? 俺たちは……!」

 アスランは手を上げながらも、バルトフェルドを睨んだ。 

 「勿論、感謝しているさ」

 

 

 そしてバルトフェルドは、

 バァン!と、空に向けて一発、威嚇射撃をした。

 そして、一列に並べ、という風にアスラン達に目配せした。

 仕方なくアスランたちも応じた。

 

 「悪いが、しばらく私と一緒に行動してもらうことになる」

 バルトフェルドが言った。

 「え!?」

 「軍の機密を見たんだ。 このままハイサヨナラ、ってワケにはいかないだろ?」

 「だって軍の機密って……こんなのしょうがないじゃないですか」 

 

 ニコルが言った。彼らは、軍の施設に潜り込んだわけでも、スパイ活動をしたわけでもないのだ。

 むしろバルトフェルドを助けたのに、何故このような仕打ちを受けなければならないのか?

 

 それは、アスランたち全員が思うところであった。

 

 「なんでかって言えば……まあ、こっちの都合だけどさ。 あとは、条約で決まっているから、かね?」

 バルトフェルドは軽い口調で言った。

 「条約って……」

 「例の10月会談で決められた、いわゆるザフトと地球の『月面条約』だよ、それくらい知ってるだろ?」

 

 「……オーブは、地球連合加入国じゃない」

 

 アスランが噛み付く。

 と、イザークのことを思い出し、ちらりと、彼の方を見た。

 イザークは圧し黙っている。 

 

 「オーブだって調印しているよ? だから、軍の機密を知ったものについては、第三国の国民であろうと……」

 「そんなん知るわけねえだろ!?」

 今度はディアッカが怒鳴った。

 

 「知らないじゃ済まされないんだよ? 今、戦争中なんだ……コロニーの外ではね。 それも知らないって、言う気かい?」

 バルトフェルドは銃口を向けたまま、少しだけ顔を緩めた。

 

 

 「ま……悪いね、とりあえず手伝って貰えないか? 仲間と連絡を取りたいんだ。イージスの無線を、使ってもらえるかな?」

 

 少年たちは何も言えなかった。

 

 

 大尉は本当に悪いと思っているようだった。

 それでも、銃口は反らさない。彼は大人なのだ。

 

 

--------------------

 

 

 ヘリオポリスの坑道の中。

 

 まだ、息が出来る。

 と、いうことは生きているのだ――あたり前の事に、マーチン・ダコスタは気がつく。

 ――死んだと思ったのだ。本当に。

 

 

 先の、アークエンジェル爆破のとき、ダコスタは咄嗟にコンテナの中に隠れたのであったが、

 幸いにも弾薬輸送用のシェルコートがされたものであったため、熱風や爆炎を浴びずに済んだのだ。

 

 コンテナのドアは……開いた。

 熱で変形してあかないのではないか、と不安になったが、問題なかったようだ。

 妙な匂いがする。有毒なガスが出ているかもしれない。

 ダコスタは出来るだけ息をしないように口元を隠しながら外へ出た。

 

 あたりは地獄絵図だった。

 

 黒い塊になってしまった嘗ての仲間たちが当たりに浮かんでいる。

 こういったときに動じない訓練は受けていたし、死体を見るのは初めてではない。

 が、流石に気が狂いそうな心持がした。

 

 

 誰か、誰かいないのか?

 

 「ダコスタ曹長!」

 

 ――と、向こうから自分を呼ぶ声がした。

 

 「アイマン軍曹か!」

 ダコスタは壁を蹴ってその方向に跳んだ。

 坑道の中はコロニーの円筒の中心部にあるため、重力が発生していない。

 

 「生きてたんですね、良かった」

 整備兵である、ミゲル・アイマン軍曹であった。

 若いながら、優秀なメカニック・スタッフであった。

 

 「生き残りは?」

 「それが殆ど……俺たち整備班はエイブスのおやっさん含めて、殆ど無事なんですがね……艦長以下、メインクルーは全員……」

 「この爆発では、やはり……か……船は?」

 「アイシャ中尉が、一人で準備を進められてます」

 「中尉が? ということはアークジェンルは無事?」

 「埋められちまってますよ 瓦礫で完璧に、手間取ってます」

 ――と、言うことであれば、こちらへの爆破は陽動・足止めであり、ザフトの狙いはモビルスーツであったということだ。

 

 「中尉が生き残りを探してます。 X-303から信号が来たらしいんです。救援に行く為に船をうごかさにゃ、人が足りないんです。曹長も自分と一緒に来て下さい」

 「303、イージス……バルトフェルド大尉、無事なのか……」

 ダコスタはとりあえずミゲルに従い、艦へ向かうことにした。

 

 まだ、敵は近くにいるのだろう。

 急がねばならなかった。

 

------------------------------------

 

 

 

 

 

 コロニーの外では、依然、激しい戦闘が続けられていた。

 

 「オロールとマシューは散開しろ、敵の的になるだけだ!」

 その中には、ラウ・ル・クルーゼの駆る、純白のメビウス・ゼロの姿もあった。

 

 ジンのバズーカが友軍の輸送艦を捉えた。

 

 「チッ!」

 

 クルーゼはメビウス・ゼロを反転させて、救援に向かう――が、間に合わなかった。

 輸送艦はエンジン部を破壊され、航行不可となり、そのままヘリオポリスの外壁に衝突して爆発した。

 「ええい、どうにもならんか――しかし!」

 

 

 「――ッ!」

 敵軍の機体をロックし、命中をイメージする。

 

 メビウス・ゼロには四つの火砲がついたモジュールがついている。

 それは、パイロットの特殊な脳波を感知し――その柔軟な動作で、敵を3次元的に包囲し、文字通り、四方からの砲撃を加えることが出来た。

 ――ガンバレル、と呼ばれている兵器だった。

 

 クルーゼは、メビウス・ゼロの有線式ガンバレルを射出すると、ジンを包囲するように操作し、一斉に砲撃した。

 「な!? どこから――」

 ジンのパイロットは、上下左右からの砲撃になすすべも無く、機体と共に――消えた。

 

 被弾したジンが爆散したのだ。

 

 

 「ハマナ機、ロスト!」

 ヴェサリウスのオペレーターが叫んだ。

 「ロスト!? こんな戦闘でやられたというのか?」

 

 ナタル・バジルールが驚きの声を上げた。

 連合軍のモビルアーマーと、ザフトのモビルスーツの性能には、歴然とした差があるのだ。

 通常ならば、このように圧倒的優位な状況で遅れを取るはずがないのだ。

 

 

 「ちょっと、邪魔な奴がいるみたいだな……ナタル、俺のシグーを出せ」

 「隊長自らでありますか!?」

 「カズイ・バスカークの機体からも通信が途絶えた。 と、なると最後の一機も見逃しては置けん」

 「しかし……」

 「それにぃ、こうして俺に挑んでくる相手を無下にはできんだろ?」

 ニヤリ、とネオが笑った。

 「ハッ……?」

 「撤退信号を出すと同時に俺のシグーが出る! その間にコロニーから出て来た連中を回収してくれ」

 

 

------------------------------------

 

 

 

 

 ――クルーゼのメビウス・ゼロは、一機を撃墜。

 一機を大破させる戦果を上げていた。

 が、母艦は撃沈。 仲間のモビルアーマーも全滅していた。

 

 と、敵艦から信号弾が発射された。

 「……撤退? いや……まだ何か」

 

 ――!

 

 ラウ・ル・クルーゼの脳裏に、明確なイメージが浮かぶ。

 「フ、貴様が出てきたか、会いたかったよ……ネオ」

 

 

 

 

 ジンが港から引き上げる中、ヴェサリウスのハッチからは紫の機体……ザフトの指揮官用モビルスーツ『ZGMF-515シグー』が発進されていた。

 この機体は次期主力機として開発されたものであり、現在は指揮官、エースパイロット用に配備されている。

 ジンに比べて、機動性が大幅に向上されている機体である。

 

 また、ネオ・ロアノークの機体は、通常の機体よりも更に上乗せして推力を追加させたカスタムタイプであった。

 カラーリングも、通常のホワイトグレーの塗装とは異なる、紫のパーソナルカラーにペイントされている。

 

 ――その機体が、宇宙空間を旋回するたびに、装甲が反射した紫の光が、敵には見えた。

 それは、さながら紫電が一瞬、宇宙空間に煌くように見える。

 

 ――その一瞬の稲光こそ、地球軍を恐怖に陥れたエース、ネオ・ロアノークの紫電(ライトニング)の二つ名の由来であった。

 

 

 

 

 その紫の機体を、同じく『エンデュミオンの白い鷹』と称えられる、ラウ・ル・クルーゼが迎え撃つ。

 

 彼らは共に、月面のグリマルディ戦線で、その二つ名を与えられていた。

 

 

 「私がお前を感じるように、お前も私を感じるのだな! 不幸な宿縁だな……ネオ……いや……」

 そう、言いかけてクルーゼは口をつぐんだ。

 このような状況にも関わらず、クルーゼの声には一種の高揚が混じっていた。

 口元に僅かな笑みがこぼれている。

 

 

 二人には、見えない何かの因縁があった――そして、確かにその感覚を、共有していた。

 

 「今日こそ落とさせてもらうぞ! ラウ・ル・クルーゼッ!」

 「フ、来たまえ、ネオ・ロアノーク!」

 

 白と紫、二人のエースの機体が、宇宙に交わる。

 

 

-----------------------

 

 

 『こちらX-303イージス。地球軍、応答願います。地球軍、応答願います』

 

 「ア、アー、コチラ、アークエンジェル、X303、聞こえマスカ?」

 アークエンジェルのメーンブリッジで、一人通信を続ける女性士官(ウェーブ)がいた。

 

 

 地球連合軍中尉、アイシャ・コウダンテであった。

 型ぶった軍服の上からでもわかる、盛り上がった女性的なラインをした女性である。

 屈強な男たちの中に混じれば、その服装に関わらず、ひどく場違いな印象を周りに与えるだろう。

 

 

 「コウダンテ中尉!ご無事で何よりです! マーチン・ダコスタ曹長であります!」 

 ダコスタはブリッジに入るなり敬礼した。

 

 「……マーチンクン、アイシャって呼んデネ?」

 「ア……アイシャ中尉!」

 ダコスタは言い直した。

 そうであった。

 この士官は、少しでも略式が通じる場所では、酷くファミリーネームで呼ばれるのを嫌がるのだ。

 

 「アイマン軍曹から話は聞いております、 イージスから、通信があったと聞いておりますが……」

 「エエ、大尉も無事ヨ、タダ、ザフト艦からNジャマーによる通信妨害がマダ続いているワ……今だ戦闘行為続行チュウ……艦を至急発進させないトネ」

 

 アイシャ中尉は酷く訛った公用語を話す。

 聞き取れないレベルではないし、会話も成り立つのだが、カタコト、と言っても差し支えないほどだった。

 

 「は、発進でありますか!?」

 「ええ、アナタが来てくれたお陰で最低限の人員が揃ったワ」

 「自分が……!?」

 

 一体、どういうことなのだろうか、とダコスタは目を見開いた。

 

 自分は副操舵士(コ・パイロット)の一人に過ぎないのだが……。

 

 「アナタが、メーン・パイロットをしてチョウダイ」

 「えっ!?」

 そんなバカな、とダコスタは思った。

 

 

 操舵は確かに行えるが、自分はあくまでメーンではなく、サブとなる訓練しか受けていないのだ。

 「そ、そんな艦を発進させるなど! 無理です!」

 「いえ、アナタならデキルワ。アンディ……大尉の選んダ兵ですもの

 それにモルゲンレーテは、まだ戦闘中ノ可能性モ在るワ、大尉、見殺しにスル気?」

 

 アイシャ中尉はまっすぐに見詰めてきた。

 

 (大尉……)

 

 バルトフェルド大尉は開戦時から、いくつもの戦闘を共に乗り越えてきた上官だった。

 見殺しになど出来ない。

 

 「わ、わかりました……でも外には、まだザフト艦が居ます。戦闘などできませんよ?」

 「シェイシェイ……では、残ったメンバーをブリッジに集めて。 タダチに最低限の人員で艦起動、同時に特装砲発射準備スルワ」

 

 

------------------------------------------------------------------

 

 港の入口で、激しい戦闘を繰り広げていた ネオとクルーゼであったが、

 ふいに、クルーゼのメビウス・ゼロが姿を消した。

 

 しかし、それを追うネオには、その動きが察知できていた。

 「コロニーの中に逃げ込んだか……ちょうどいい!」

 

 ネオはシグーをヘリオポリスの中へと向けた。

 

 ――いた!

 

 感覚で、わかる。

 追い詰める、と、クルーゼのゼロを発見すると同時に、ネオはシグーにライフルの引き金を引かせた。

 

 ズバババ!

 と、弾丸が発射され、メビウス・ゼロの装甲を掠める。

 

 「フッ」

 「クルーゼ! 逃げ込んだつもりだろうが、こんな狭い所ではその妙な武器も使えまい! 袋のネズミだッ!」

 

 先ほどまでクルーゼが使用していた兵器――ガンバレルは宇宙空間で敵機を包囲をして使う武器である。

 コロニー構内のような狭い場所では使用が出来ない。

 

 ネオのシグーは、ライフルで牽制すると、剣を引き抜き、クルーゼの機体に接近する。

 「機体をズタズタにしてくれるっ!」

 

 しかし、

 「ガンバレルが使えないという判断かね? 甘いな――ネオ?」

 クルーゼは、ガンバレルを展開させた。

 「バカな! こんなところでは撃てはせんぞ!」

 「……もしや撃つ、と思っているのかね?」

 「――なッ!?」

 

 ズガアァ! と音がして、ネオのシグーが揺れた。

 

 スラスターに、肩の装甲に、4基中、2基のクルーゼのガンバレルが突き刺さっている。

 

 「糸電話のポッドで、モビルアーマーで格闘戦だとぉ!?」

 ネオは大きくバランスを崩しながらも、突き刺さったガンバレルを抜き、ライフルを乱射した。

 

 「まだだ!」

 ライフルの弾丸が、残ったガンバレルを全て破壊させた。

 

 「ほう……仕留めたつもりだったが、すんでで避けたか。 腕を上げたな、ネオ。 これでは相打ちか」

 クルーゼは軽く舌打ちすると、さらにヘリオポリスの内奥へと向かった。

 

 ネオはスラスターに異常が出ているのを見つけながらも、まだ戦闘が可能な範囲だと判断し、そのままクルーゼを追った。

 

 「やってくれる――だが、こうなっては、尚更最後の一機、この眼で見てからでないと帰れんな……」

 

 クルーゼを撃退する以外にも、ネオにはもう一つ目的があった。

 奪い損ねたらしい、連合の最後のモビルスーツである。

 

 

 

----------------------------------------------------------------

 

 アイシャはブリッジのあちこちの席に移動しては、オートの起動設定を施していく。

 艦の動作の殆どをコンピューターにやらせる気なのだ。

 

 「発進シークエンス。非常事態のタメ、プロセスC-30からL-21マデ省略。フロー正常。生命維持装置異常なし。

  CICオンライン。武器システム、オンライン。FCS、コンタクト。磁場チェンバー及びペレットディスペンサー、アイドリング、正常。

  外装衝撃ダンパー、最大出力でホールド。主動力、コンタクト。エンジン、異常なし。

  アークエンジェル全システム、オンライン。発進準備完了!」

 

 アイシャは、ほぼ一人で、発進の準備を行ってしまった。

 

 「もう一度、X-303宛てに打電、カークウッド伍長。メイラム伍長、準備はイイ?」

 「ハッ!」

 「大丈夫です!」

 「ダコスタ曹長、頼むわネ」

 「やってみます!」

 

 「気密隔壁閉鎖。総員、衝撃及び突発的な艦体の破壊に備エ、前進微速!」

 

 アイシャは席に座ると、特装砲――艦砲としてはこの時代最強の威力を誇るであろう、陽電子砲ローエングリンの照準をあわせた。

 

 「アークエンジェル……発進!」

 と、告げると同時にアイシャがトリガーをチェックした。

 陽電子がチャージされ、砲撃が放たれる――!

 

 

 

------------------------------------

 

 クルーゼとネオの機体は、コロニーの港からエアロックを潜り抜け、

 人工の大地が見えるところまで出た。

 

 宇宙港からそのまま、コロニーの芯へ抜け出た形になるため、

 一旦は遠心力のように発生しているのコロニーの重力を受けず、空中を飛ぶ形になる。

 

 

 「ン……アレか!?」

 

 ネオのシグーは眼下に機影を3つ、直ぐに発見した。

 開けたスペースに屈んでいる、灰色の見慣れぬモビルスーツ、

 先程まで追いかけていたクルーゼの白い機体

 そして……

 

 「連合の新型……逃げ込んだクルーゼのゼロ、それに……カズイ・バスカークの足か!?」

 

 市街地に、ジンの残骸があった。

 

 

 一方のクルーゼもアスランのイージスの姿を認めていた。

 「ほう……奪取されたと聞いていたが、一番価値のあるX-303が残っていたか……」

 

 しかし、その姿を見つけながらも、クルーゼのメビウス・ゼロに戦う力は残っておらず、コロニーの中に不時着していく。

 

 

 「連合のモビルスーツめ……部下の仇は取らせてもらう!」

 ネオは、一旦クルーゼの追撃をやめ、ライフルを構え、イージスの方に銃口を向けさせる。

 

 

 

 

 「――またモビルスーツが!?」

 

 イージスの中で戦艦宛に通信を送っていたアスランが、モビルスーツの熱源反応に気づく。

 急いで機体を動かそうとした。

  しかし、通信作業の為同乗していたバルトフェルドがそれを制した。

 

 「アスラン! 待て、動くな! 電文が来ている」

 「え?」

 「アークエンジェルだ! 3、2、1……」

 

 

 

 

 

 

 グオオオオオン!! 

 

 

 

 

 「うわぁ!?」

 アスランが声を上げた。

 ヘリオポリスの大地を引き裂き、白い400M台の巨大な物体が現れた。

 

 

 「あれが、俺たちの母艦、アークエンジェルだ――」

 バルトフェルドが言った。

 

 それは大天使、というよりも、巨大な天馬を思い浮かべさせるデザインであった。

 

 が、その白い巨体が大地を割って宙に浮かぶ様は、その名前に違わぬ荘厳といえる様相であった。

 

 

 

 「チィ! ……足のついた軍艦だと!?」

 思わずネオは機体を後退させた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 5 「コロニーの中で」

 『その戦艦はアークエンジェルといった。

  平和を運ぶ"天使の箱舟"なのか、

  それともコーディネイターを滅ぼすための"大天使"なのか

  その名前はどうにも好きになれなかった』

 

--------------------------------------------

 

 地を割って現れる大天使――その名前と真逆の行為をしながら、

 『強襲機動特装艦 アークエンジェルは』大地に産声を上げた。

 

 

 

 

 「アイシャ中尉! X-303イージス健在! ……で、ですが戦闘中です! 敵機も補足しました! ZGMF-515シグー――こ、これは紫電(ライトニング)の!?」

 アークエンジェルの、ブリッジのオペレーターがアイシャに告げた。

 

 「援護射撃――ミサイル、モウ撃てル?」

 「す、直ぐにはムリです!」

 アイシャが敵機への攻撃を指示した――しかし、艦の動作は、ほぼオートで制御しており、各部の整備も完了していないのだ。

 すぐにできる筈は無かった。

 「準備、急がせテ、照準は私がやりマス! マズは艦を浮上させテ、状況を確認する!」

 

 コロニーの中央部――アークエンジェル側からすると空中にいる、ネオのシグーは、船を見下ろす格好となった。

 「チ、やれたとは思ってなかったがね、まさか無傷とは思わなんだ」

 コクピットの中のネオは、忌々しそうに舌打ちした。

 

 ネオはシグーを大きく旋回させて、アークエンジェルを一望する。

 

 「――とりあえず動いただけか? 報告が確かなら、補給前だ……ならば」

 

 とネオは、浮上するアークエンジェルに向けて、機体を一気に加速させて、ギリギリまでシグーを近づけた。

 

 「て、敵機、シグー接近!!」

 「ミサイルハ、マダ?」

 ブリッジが慌てふためる。

 「機銃をオートで展開しましょう!」

 「ダメ。 コロニーの中で機銃の乱射はデキナイ!」

 アイシャ、ただ一人が冷静であった。

 

 

 ネオが近づいても、アークエンジェルは迎撃してくる気配がない。

 「――反応が無し、と。 まあコチラも対艦装備がなければ迂闊に手は出せんが……」

 

 

 それならばと、思い立ち、ネオはそのまま、アークエンジェルに直進した。

 

 「キャッ!?」

 アークエンジェルが軽く揺れた。

 

 

 ネオのシグーがアークエンジェルの船体の横部を蹴り飛ばしたのだ。

 コロニー芯部は無重力地帯であるため、その反動で、ネオのシグーは加速した。

 

 「この隙に乗じて、モビルスーツの方をやらせてもらう!」

 今度は一気にイージスの方へ距離を詰めていく。スラスターの不調を、キックによる反動で埋めたのだ。

 

 

 イージスのコクピットの中で、アスランもその動きを見ていた。

 「チッ!」

 アスランはフェイズシフトのスイッチを押した。

 装甲に電圧がかかり、色が灰色から赤に変化していく。

 

 「色が? そいつがフェイズシフト装甲か――コレならどうだ!」

 

 ネオのシグーは、装備しているライフルの弾丸を入れ替えた。

 そして、そのまま空中から地上にいるイージスへと銃口を向け、引き金を引く。

 

 装填した弾丸は、強化APSV――超高速徹甲弾。

 凄まじい貫通力を持つ弾丸である。

 

 それは地球連合軍の兵器の殆どを、数発で沈黙させる威力を持つ――筈であったが、

 「――ッ!」

 アスランは、身を屈めて防御の体勢をとった。

 頭部カメラやコクピットは隠せるようにする為だ。

 

 ズガガッ!

 

 凄まじい金属音が、着弾した箇所から鳴り響いた。

 

 

 ネオはモニターの表示を望遠モードにしてイージスの様子を伺う。

 ――イージスにダメージは無いようであった。

 

 「おいおい、なんてこった、あそこまでの強度とは!」

 ネオはその、あまりの防御力に驚嘆した。

 

 ネオが見た限りでは、着弾箇所の塗装が、一瞬、赤から灰に変わったような気もしたが、

 現在のイージスの装甲には、傷一つ確認できないのであった。

 

 「あの反応、PS装甲はリアクティブアーマーのようなものか……? ――ッ!?」

 

 と、シグーのセンサーに熱源反応があった。

 アークエンジェルから、ミサイルが発射されたのだ。

 

 「レーザー誘導で狙い撃つ気か!?」

 

 3発、シグーに向けてミサイルが接近してきた。

 しかし、

 「チッ!」

 ――見える!

 ネオは、ライフルを構えて、ミサイルに銃口を向けた。

 ライフルのモードをフルオートにして、弾丸をばら撒く。

 

 「撃ち落とシタ!?」

 アークエンジェルの中、アイシャがその様子を見て驚愕した。

 ネオのシグーは、接近してきたミサイルを、回避するでなく、ライフルの弾丸で狙撃するという、離れ業を披露したのだ。

 

 「ヤッパリ、あの紫のシグーハ……!」

 「おお……」

 アークエンジェルのブリッジがどよめいた。

 

 これが、紫電(ライトニング)の異名を持つパイロットの動きなのか。

 アイシャ以下のアークエンジェル・クルーも舌を巻いた。

 

 

 と、その時、ネオの打ち落としたミサイルの内の一発が、コロニーの機関部を巻き込み、爆発した。

 

 「あっ!?」

 アイシャが叫ぶ。

 

 被弾したパーツは、コロニーのバランスを支える、支柱のような部品であった。

 その為、見た目には少々のダメージでも、被害が出れば重大な影響がコロニーに及んでしまうことになるのだ――。

 

 

「うわあ――っ!」

 ニコルが地上で叫んだ。

 

 コロニーの機関部が破損した事で、またも大きな振動が、イザークたちを襲った。

 コロニー全体の形が歪み始めているのだ。

 

 これは、コロニーが円筒の形をしており、その本体が回転する事で遠心力――中の住人たちにしてみれば重力を発生させている事に由来していた。

 コロニーは、繊細なバランスで成り立っているのである。

 

 イザークらも、咄嗟に物陰に隠れ、身を伏せる。

 しかし、落下物と振動が容赦なく彼らを襲った。

 

 「コロニーの中で撃ち合って……!」

 それを見ていた地表のアスランは、イージスを操作した。

 「おい、また!」

 バルトフェルドが勝手に操作を始めたアスランに言った。

 「大尉は降りてくれ、イージスでシグーを迎撃する!」

  アスランはバルトフェルドを無理やり下ろし、

  イージスをジャンプさせ、空中にいるシグーへと機体を向けた。

 

  

 「来るのか! 最後の一機」

  ミサイルの爆発からの回避運動を取っていたネオは、それに気づいた。

  シグーのレーダーに、”敵機”の識別信号を持つ機体が接近していると、反応があったからである。

 

 ネオは、距離をとってから、ライフルをイージスに向けた。

 

 「――それなら、その性能、とことん試させてもらうぜ、子猫ちゃん!」

 

 ズバババッ!  シグーの銃口から弾丸が発射された。

 ガガッ!と数発がイージスの装甲を掠めた。

 

 ピー! とエラー音がコクピットに鳴り響く。

(被弾によってアンテナのセンサーが故障? 流石に完全に無効化とはいかないか?)

 如何に、イージスの装甲が無敵の硬度を誇っていたとしても、モビルスーツ自体は精密機器の集合体なのである。

 被弾すれば、何かしらの損害が機体に出ることは明白であった。

 

 

 ネオのシグーは、できる限りのデータを取るため、あるだけの弾丸を放とうとしていた。

 

 「チッ!」

 何発もあたるわけには行かない。

 アスランはイージスのスラスターを噴かし、機体を加速させ、空中に舞うようにして、攻撃を回避した。

 

 「速い! シグー以上なのか!」

 ネオがその機動性に驚嘆する。

 見たところ、ザフトの主力であるジンはおろか、

 新鋭機のシグーをも超えるスピードを有しているようだったからだ。

 

 (このイージスという機体、速い……!)

 弾丸を軽く回避できた事に、アスランは勢いづいた。

 しかし、

 「!?――しまった!」

 自分が回避した弾丸が向かう方向を悟って、アスランが叫ぶ。

 

 

 イージスがよけた弾丸は、仲間の居る地表に、そのまま直撃することになった。

 

 

 

 

 ズババババ!

 土煙を上げて、雨のように地表に降り注ぐ弾丸。

 

 「うわぁー!」

 地上ではニコルたちが、再度、悲鳴を上げていた。

 

 「――冗談じゃない!」

 

 これ以上、コロニーの中で戦闘をするわけにはいかない。

 何か手は無いのか――と、アスランは先程発見した武器を試す事にした。

 

 (高出力のビーム兵器――複列位相砲スキュラ!)

 

 イージスには、アスランも俄かには信じられないような機能が搭載されていた。

 変形機構――機体の構成を組み替え、モビルアーマーにその形を変えてしまうというものである。

 ザフトにもこのような機能を持つモビルスーツは存在しないはずである。

 

 (変形機構を試す!)

 

 アスランが操作すると、機体は大きく足を広げる形で回転し、スラスターが一箇所に集中、イージスは飛行機――というよりは前時代のロケットのようなシルエットになった。

 

 ――イージスは、モビル・アーマー形態に、その形を変えた。

 

 

 「モビルアーマーに変わっただとッ!?」

 

 

 それを見て、ネオが咄嗟に機体を引かせた。

 もう一度、イージスから距離をとる。

 正体不明の機能に、ネオは警戒した。

 

 

 しかし、

 

 ズバァアア!

 

 「先程よりもさらに速い!? 逃げられんか?」

 

 変形したイージスの加速力は凄まじいものがあった。

 モビルアーマーとなったイージスに、あっという間に追いつかれそうになる。

 

 イージスは変形すると、スラスターのほとんどを機体後部にまわし、

 それによって爆発的な推力を得ることが出来るのだ。

 ――しかもそれだけではなく、変形によってエネルギー供給回路を組替え、モビルスーツが今まで使用出来なかったような、高出力の火砲、『スキュラ』を単体で使用出来るようになる。

 

 

 「当たれば一発で仕留められる――いけぇ!」

 

 アスランが、ネオのシグーをロックオンし、イージスは、スキュラを発射した。

 

 

 

 

 

 

 「――待て、それは!」

 地上に降りて、その戦闘の様子を見ていたバルトフェルドが、アスランに叫んだ。

 

 

 その武器は威力が強すぎる――と続いた。

 

 

 

 

 

 

 しかし、モビルスーツに乗るアスランに、当然、届くはずもない。

 

 

 

 

     ズビュゥウウウウゥウウウン!

 

 

 

 轟音と、凄まじい閃光がコロニーに走った。

 

 

 

 「――ああっ!?」

  対照的に、アスランは絶句した。

 

 ――自分が撃ったその砲撃は、大型戦艦の主砲並みの火力であったからだ。

 

 

 

 

 「な――ッ!」

 ネオはギリギリの所で回避運動を取った。

 

 

 

 ズガガガガガッ!!

 

 

 凄まじい威力の砲撃は、シグーが腕に装備していた盾ごと、その腕をもぎ取っていった。

 

 

 それどころか、そのビームは、シグーの腕だけで止まらず、減衰しつつもそのまま直進し――なんと、コロニーの外壁をも貫通した。

 

 ズドォオオオン!!

 

 音を立てて外壁が崩壊し、コロニーに穴が開く。

 

 「一撃!? 一撃でシグーのABC(アンチビームコーティング)シールドを貫通した上にコロニーの壁に穴を!?――チッ! これ以上はこちらも戦えんか!?」

 

 

 シグーのシールドは、ビーム兵器にも対抗できるように対ビーム加工が施されていた筈である。

 それが全く効果を示さずに破壊された――PS装甲も含め、今の自分には、あのモビルスーツに対抗する手立ては無い。

 

 

 ネオは機体を、敵の攻撃によって開いた大穴へと向けた。

 

 クルーゼへの迎撃、仲間の回収、敵の最後のモビルスーツに対するコロニー内への強行偵察。

 出撃した成果としては十分であろう。

 

 「メインのスラスターが無事なら当たりはしないものを、クルーゼめ、後になって効くってか?」

 

 ネオは、イージスの凄まじい性能を目の当たりにし、撤退しつつも、コロニーの地表に残る部下の機体の残骸に目をやった。

 「……すまんな、カズイ」

 そう一言呟くと、ネオは、穴から外へと出て行った。

 

 

-----------------------------

 

 

 

 コロニーの地表に降り立ったアークエンジェルに、イージスも身を寄せた。

 アスランのイージスは仲間達を手に抱え、開いたカタパルトデッキに降り立った。

 

 「バルトフェルド大尉!」

 ダコスタが、イージスから降りたバルトフェルドに駆け寄った。

 「ダコスタ! それにお前ら、よく無事で!」

 

 

 アイシャも、バルトフェルドに駆け寄った。

 

 が、声を掛けるようなことはなく、敬礼をして、視線を向けるだけであった。

 アイシャと目のあったバルトフェルドは、

 

 『悪い、心配かけたな』

 と視線を送った。

 

 アイシャは微笑んで

 

 『いつものことダカラ、心配してないワ』

 と視線で返してきた。

 

 「アイシャ中尉、君たちのお陰で助かった、よくアークエンジェルを」

 「いえ、ご無事でなによりデスワ、大尉」

 それ以後は、事務的な会話で二人は接する。

 

 「ところで…彼らは…?」

 ダコスタがバルトフェルドに聞いた。

 

 

 ――ヘリオポリスの学生たちのことだ。

 

 すると、イージスのハッチが開き、アスランが出てきた。

 

 「なんだ、子供じゃないか!?」

 「あの少年がコレに乗ってたってのか…?」

 下からそれを見上げていたクルーたちがざわめく。

 

 

 「大尉……これは一体?」

 「先ほど、ジンに襲撃された際、彼がこれを操縦してジンを撃退してくれた」

 「……彼が?」

 

 一斉に、疑惑の目がアスランに向けられる。

 

 

 「ほう…これは驚いたな」

 すると、艦の後方から声が聞こえ、一人の男が現れた。

 連合の士官服を着ていて、顔には黒の深いサングラスをかけている。

 クルーゼだ。

 

 「……先ほどこの艦に機体を回収していただいた、第七機動艦隊所属、ラウ・ル・クルーゼ大尉だ、よろしく頼む」

 とクルーゼが言った。

 「第五特務師団所属、アンドリュー・バルトフェルド大尉だ、こちらこそ」

 と、バルトフェルドも返す。

 

 (ラウ・ル・クルーゼ……聞いたことがある、確かエンデュミオンの鷹の二つ名を持つエース)

 

 バルトフェルドは、目の前の男からある種の緊張感を感じた。

 と、同時に

 (それにしてもこの男、初対面の人間にグラサン取らないなんて、いい度胸じゃないか)

 不快感もあわせて。

 

 だが、

 「……申し訳ないが、私は目に事情があってね、サングラスを外したくないんだが、よろしいかな?」

 とのクルーゼの返答に、バルトフェルドは、ドキリとした。

 (全く、この男は心でも読めるのか……) 

 やはり不快だ。この男とはなんとなく合わない。バルトフェルドは直感で感じた。

 

 「ところで、乗艦許可をいただきたいのだが? 私の船も落とされてしまってね。 この艦の責任者は?」

 「……この艦の艦長は先ほど戦死されました」

 ダコスタが言った。

 「マクスウェル艦長が……?」

 バルトフェルドにとっては初耳だった。

 「無事だったのは艦にいた下士官と、十数名のみです。 私は坑道におりましたがコンテナに隠れて運良く難を」

 あれだけの爆発だ。 クルーに何かあるのではとおもっていたが、あの艦長が……。

 「よって、現在は、バルトフェルド大尉にその任があると思われます」

 とダコスタは言った。

 「俺が、かい?」

  寝耳に水である。バルトフェルドはダコスタに思わず聞き返した。

 「事態は深刻だな……が、ともかく許可が欲しいなバルトフェルド大尉」

 「やれやれだな。 わかった、乗艦を許可する」

 バルトフェルドは、頭を掻いた。

 

 

 「――それで、彼は?」

 クルーゼは、今度はアスランの方へ目を向けた。

 「見たままの、民間人の少年だ。 襲撃を受けた時、何故か工場区に居てな……Gに乗ってもらったんだが……アスラン・ザラという」

 「ふむ……」

 「しかし、あの少年のおかげで、先にもジン1機を撃退しイージスだけは守ることが出来た」

 「ジンを撃退した!?」

 ダコスタが思わず、驚きの声を上げた。

 あの子供が、そんなバカなと、周りの下士官や、クルーからも声があがる。

 

 「アレの正規のパイロット達は?」

 クルーゼは護衛してきたパイロットたちの所在をダコスタに聞いた。

 「ちょうど指令ブースで艦長へ着任の挨拶をしている時に爆破されましたので……共に……」

 「フム……」

 が、結果はそのようになっていた。

 

 クルーゼはアスランに近づいた。

 そして、アスランを凝視する。

 サングラスで、目はどのようになっているかわからないものの、

 威圧されるような、見透かされるような鋭いものを、アスランは感じた。

 

 と、

 「君は、コーディネイターだな?」とクルーゼは一言言った。

 

 「……はい」

 唐突に言われ、どうするべきかアスランも迷ったが、アスランはそのまま真実を応えた

 この状況では仕方ないと感じた。隠そうとしても、いずれわかってしまうことだ。

 なにより、この視線に、嘘をついても仕方がない気がしたのだ。

 

 すると、先程以上に辺りがざわついた。

 コーディネイター。

 無理もないのだ。 地球軍はコーディネイターと戦争しているのだから。

 思わず、下士官の一人が、銃を構えた。

 すると、辺りの兵士たちも、銃をアスランに構えだす。

 

 「クッ……!」

 流石にアスランも息を呑んだ。

 

 

 ――しかし、

 「――やめろ!」

 アスランの前に、庇うようにして陰が――イザークだった。

 「コイツは敵じゃない、先の戦いを見ていなかったのか!」

 「イザーク……」

 「はーぁ、バカみてぇ……そんなんだから、やられてんじゃねえの、地球軍?」

 ディアッカも、アスランを庇うように前へ出た。

 「そ、そうですよ! アスランは僕らの為に……」

 ニコルも同じように、地球軍を前にして睨んだ。

 「ニコル……ディアッカ……」

 

 少年たちの気迫に、感じるものがあったのか、兵たちが戸惑いながら銃を降ろした。

 

 「ミゲルもカークウッドも銃を下げろ」

 バルトフェルドも言った。

 「此処は、中立国のコロニーだ、だから、コーディネイターがいてもおかしくないんじゃないかな。

  コーディネイターが皆ザフトって、ワケでもないだろうからな? そうだろ、アスラン・ザラ?」

 「……ええ、俺も元々はプラントにいましたが、戦争に参加するつもりはありませんでした。

  だから、縁も合ってヘリオポリスに留学したんです」

 「モビルスーツの操縦経験は?」

 クルーゼが聞いてきた。

 「……プラントでは作業用モビルスーツの操作技術は必修ですから」

 

 アスランは半分、嘘を言った。

 自分は父親に命ぜられるままに、ジンのテストパイロットをさせられたことがある。

 

 「アスランと言ったかな……? すまなかった、私はただ知りたかっただけでね。

  テストパイロット達は、基本的な動作の習得にもかなりの時間がかかっていた。

  それを、訓練なしに瞬時に動かせた……ということだからな。 騒ぎにしてすまない」

 

 クルーゼ大尉はそう言って、一言アスランにわびた。

 

 それからクルーゼは

 「そうだ……早く、ここを脱出したほうが懸命だ、外にいるのはロアノーク隊だ」

 と言った。

 

 「紫の機体をしていたが……例の、エースパイロットか」

 「あの男は些か厄介でね。ここでのんびりしてるわけにはいくまい、とりあえず私は次の攻撃に備えさせてもらおう、艦の説明を頼みたい」

 と、言ってクルーゼは艦の奥へと進んでいった。

 

 

 「すまなかったな、少年」

 「いえ……」

 バルトフェルドがアスランに話しかけた。

 「とりあえず、艦の中に入りたまえ、今からではシェルターもあるまい。しかるべき場所で処置が確認できたら、船を下ろそう」

 

 「……軍艦の中に、ですか」

 仕方が無かった。

 今のアスラン達に、それ以外の選択肢は無いのだから。

 

 

-----------------------------

 

 アイシャ中尉に案内され、船室に向かうアスランたち。

 

 「すまない」

 アスランは、友人たちに言った。

 

 「バカじゃねーの?」

 ディアッカが言った。

 「え?」

 「逃げおくれたのさ、イザークが飛び出したんだよ、アスランが外にいるって、お前を追って」

 「あ……」

 アスランは、前を歩くイザークを見た。

 「ま、俺らもさ、そうだったから」

 「……ディアッカ」

 「ん?」

 「ありがとう……」

 「やめろっての、そういうの」

 ディアッカは笑った。

 

-----------------------------

 

 

――ヴェサリウスの船室。

無線機の前でキラが壁を叩いた。

 

 「カズイが!? そんな!……嘘だっ!!」

 サイから通信を受けて、キラは愕然とした。

 「事実だ、カズイの機体ロストしたって……」

 

 (そんな、みんなで生き残るって……戦争が終わるまでって約束したのに……!?)

 

 連合のあの新型がカズイのジンを倒したのだろうか?

 ナチュラルの士官が? いくら機体の性能が良くとも……。

 

 しかし、キラは連合のモビルスーツの前で見た、あの顔を思い出す。

 「アスラン……」

 

 まさか、しかし、もし彼が連合側についていたとしたら?

 

 そんなはずがない。アスランは戦争が嫌だといっていた。

 と、キラは思い直した。

 アレは自分の見間違いに違いないと……。

 

 だが、

 

 「ロアノーク隊長機帰還。

  被弾による損傷あり。消火班、救護班はBデッキへ」

 艦内に隊長機が被弾して戻ったとのアナウンスが鳴り響く。

 「あのロアノーク隊長が被弾……?」

 

 事実は、キラにとって良くない方向へと向かっているようだった。

 

 

 キラは胸騒ぎを感じずには居られなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 6 「敵軍、ストライク」

 『友人たちの言葉には、ただ感謝するしか無かった。

  ただ、その言葉を思えば思うほど、

  キラ・ヤマトの言葉も一緒に思い浮かんできてしまうのだった』

 

------------------------------

 

 ヴェサリウスのミーティング・ルームでは、

 ネオやナタルなどのブリッジクルーと、パイロットの全員が、ヘリオポリスから持ち帰った各種映像を検証していた。

 

 潜入した者の中には、カズイのジンが撃破されるまでの一部始終を撮影した者もいて、

 その映像はキラの面持ちを沈痛な物に変えていた。

 「敵兵器のビーム・サーベルとフェイズ・シフト装甲については、コチラでも技術は持っていた。

  しかし、実用化までには到っていない代物だ。

  ま、正直"お偉方"はナチュラル相手にそんな物は不要だと思っていたらしいがね。

  それよりかは、この機体の持つ運動性能そのものが驚異的だな」

 

 ネオはイージスの、その性能が如何に脅威かを指摘した。

 

 「オリジナルのOSについては、諸君らも既に知っての通りだ。

 どうやら、最後の一機については、動かしながら動作を調整してる様子だが……。

 次に出てくるときは完全な状態である可能性も高いだろう。 

 また、この機体には変形機構など未知の部分も多い。 まぁ、ますます見過ごせない状態になったわけだ。

 各員、十分、警戒するようにな」

 「ハッ!」

 

 ネオの言葉に、パイロット達は敬礼した。

 

 「ルークとゲイルは出撃準備――ビーム砲、バルルスの使用許可が出ている。直ちに取り掛かれ!」

  ナタルがパイロットに檄を飛ばす。

  出撃を命じられたパイロット2名は、ミーティングルームに併設されたパイロット・ルームに流れていった。

 

 (カズイ……)

 

 キラは映像の中のジンを何度も見返した。

 カーキ色に塗装された、カズイの機体が、赤い敵機に両断される様を……。

 (アスラン……)

 そして、そのたびに、かつての親友の顔も思い出してしまうのだった。

 

 「バジルール艦長! 僕も出撃させて下さい!」

 「なんだと?」

  キラは、居ても立っても居られず、出撃を申し出た。

 「機体が無いだろ? それにお前はもう、あの機体の奪取という重要任務を既に果たしたんだ。

  ……カズイの事はわかる。だが、それなら余計にお前を出させるわけにはいかんな」

 ネオが言った。

 「今回は譲れ、ヤマト。他の者たちも仲間をやられた悔しさがある」

 ナタルにもそのように諭される。

 「ハッ……」

 キラは唇を噛んで、モビルスーツデッキへと向かった。

 

 「――ザフトならでは、だな?」

 「ハッ?」

 「いやなに……キラ・ヤマトみたいな連中が多いという事だよ」 

 「はぁ……?」

 ネオの言葉を、ナタルは理解することが出来なかった。

 

------------------------------

 

 アークエンジェルのブリッジでは、バルトフェルドとクルーゼが、今後の事について話し合っていた。

 「取り敢えずあの少年達は、しばらくは艦に置いておこうと思う。 既にシェルターもLV9に移行して封鎖されている様だしな」

 バルトフェルドが言った。 

 「致し方あるまい、 だがまあ、イージスの力も必要だ」

 「――というと、また彼をアレに乗せる、ということか?」

 クルーゼの発言にバルトフェルドが聞き返す。

 「無論だ。 あのモビルスーツの力なくして、此処からの脱出はありえんよ」

 「……君が乗るわけにはいかんのか?」

 「――すぐにあの機体の性能を引き出せ、というなら到底不可能だよ。船の代わりの的になれ、というなら、出来るがね?」

 「フム……」

 こうなるのであれば、もっとあの子らを早く、解放すべきだったな――。

 バルトフェルドは大きく息を吐いた。

 「大尉殿がそれでどうするのですかな? まだ船は宇宙へ出てもいない」

 「わかっているよ」

 

 バルトフェルドはブリッジの電話機を取った。

 アイシャに少年たちの様子と、物資の積み込み作業の進捗を確認するためだ。

 やらざるを得ない状況がある。

 自分はそれをやるだけだ。

 

 それは良かった。

 

 ただ、そこにまで、子供を巻き込むのは、バルトフェルドにとって酷く不満だった。

 

 

------------------------------

 

 「貴方は……クルーゼ大尉?」

 船室に座り込むアスランの元に、サングラスをかけた男……ラウ・ル・クルーゼが現れた。

 

 「アイマン軍曹が探していたぞ? アレの整備、手伝ってもらえんかとな」

 「アレ――ガンダムのことですか?」

 「? ……ああ、そういう呼び方もあるのだったな。私からも頼みたい。アレは君の機体だ」

 「俺の機体……!? 俺の機体とはどういうことですか!?」

 アスランが声を荒げた。

 「今はそういうことになっているということだ」

 しかし、クルーゼは一方的にアスランに告げる。

 

 「それって、もう一度アスランにあれに乗れって言ってるワケ?」

 ディアッカがクルーゼに言う。

 「そのつもりだ……敵部隊はまだこのコロニーの近くにいる。今この艦を守れるのはアスランだけだ」

 クルーゼはそう言い放つ。

 「それは脅迫ではありませんか?」

 イザークがクルーゼに噛み付くように言った。

 「だが、事実だ」

 「ひどい話……」

 ニコルもそう呟いて、クルーゼを睨む。

 「俺は……元はプラントのコーディネイターですが、戦争に参加したくなくて!それを……」

 「それはわかる話だ。だが君はもう巻き込まれてしまった。このまま何もせず、巻き込まれたまま死ぬかね?

  君には選択肢がある。 今言ったとおり、このまま何もせず死ぬか。

  それともこの状況を打破するために、積極的に行動するかだ」

 クルーゼは淡々と言った。

 「卑怯だ……」

 アスランは震えながら言った。

 

 これではプラントに居たときと同じじゃないか。

 

 アスランは思った。

 

 

 

 

-----

 

(……これは、アレックスは、スペシャルだ……我らコーディネイターが新人類であることの証明なのだ!)

 

 あの日、ジンのテスト機に乗っていた日、連合のモビルアーマー部隊の、突然の襲撃を受けた日。

 

 『アレックス機!健在! 残っているのはグゥド・ヴェイアの機と、この機体のみです!』

 

 アスランは生き延びてしまった。

 それからは、父に言われるがままにモビルスーツに乗る日々が続いた。

 実戦はそのときを除くと一回。

 しかし、その一回は地獄だった。

 

(……アレックス、なぜ戦おうとしない?……臆病者が!)

(貴様は仲間の死を見てなんとも思わんのか?撃つんだ、アレックス!)

(母の仇は目の前のナチュラルどもだ!殺せ!アレックス!)

(お前は選ばれた素質、"SEED"なのだ、アレックス!)

(貴様はそうやって…逃げて、ごまかしているだけにしかすぎん…失望したぞ、アレックス)

 

 何度も何度も、アスランは父に言われた。

 

-----

 

 

 

「逃げてない……」

「ン?」 

 

 アスランは、自分で自分の肩を抱きかかえるようにうずくまったが――周りを見た。

 

 自分を心配して避難もせず飛び出してきたイザーク。

 こんな状況を気にするな、と言ってくれたディアッカ。

 かばいだってくれたニコル。

 

 (打破する……行動か)

 

 自分はあの時、状況を打破する為に動いていたのだろうか?

 わからない、今はわかりたくはない。

 だが、この心に残っているもの、自分は――父から逃げているのだろうか?

 という感触。

 そして――今心から、必死で忘れようとしているもの。

 

 かつての親友――キラ・ヤマトの姿。

 

 アスランは、少し考えた後、息を整え、立ち上がった。

 「わかりました……俺がやります」

 「そんな、アスランいいんですか!?」

 ニコルが驚く 。

 「でもクルーゼ大尉……。俺が乗るのは、ここに居る友達の為と自分の為です!」

 アスランは立ち上がり、クルーゼの前へ向かう。

 

 「アスラン、お前……」

 イザークがアスランの肩を叩く。

 心配ないさ、とアスランはイザークに向けて微笑んだ。

 「良い面構えだな。アスラン・ザラ」

 クルーゼが言った。

 「……」

 アスランはクルーゼを睨んだ。

 しかし内心、アスランは、クルーゼのその言葉が嫌ではなかった。

 「フッ……」

 クルーゼが微笑した。

 

 こういう状況でなければ、嫌いな人ではないかもしれない、とアスランは思った。

 

 

----------

 

 「機体のデータバンクのハッキング、完了」

 「メンテナンスデータの解析も完了しました」

 

 ヴェサリウスのドックでは、奪取した機体――GAT-X105の解析作業がほぼ完了していた。

  

 その作業の中にはキラの姿もあった。

 彼はパイロットでありながら、優秀なエンジニアでもあった。

 

 「ゲイル機、カタパルトへ」

 オペレータのアナウンスがドックに鳴り響く。

 エアダクトがしまり、発進カタパルトにジンが進んでいく。

 

 「アスラン……」

 キラは無重力のドックの床を蹴って跳んだ。

 

 X-105のコクピットでは、エンジニアが作業をしている途中だった。

 「この機体、使えそうなんですか?」

 「いえ、OSが酷い状態でして……」

 「見せて……」

 キラは、コクピットに乗り込む、と……

 「すいません!」

 「うわっ?」

 キラは突然、メカニックを跳ね飛ばし、コクピットのハッチを閉めた。

 

 「本当に全然……調整が終わってない!」

 キラは、コンソール画面を表示させると、メンテナンス用のキーボードを取り出し、OSの操作を始めた。

 

 「なんだ!」

 「ヤマトが突然!」

 「この機体を使うのか!?」

 「ムリだろ!?」

 外ではメカニック達がそれを見て騒いだ。

 

 

------------

 

 

 「さすがだな~コーディネーター様ってのは」

 「……」

 「あ、ごめんごめん。嫌だよな? 俺、ブルーコスモスとかそういうんじゃないから、安心してよ?」

 

 メカニックのミゲル・アイマン軍曹に指示されながら、アスランは機体の設定を急いでいた。

 

 「あ、アイマン軍曹、アンテナの所、さっきの戦闘で故障したんで」

 「ハイよ……換えの部品が無くていけるかね?」

 「振動による接触不良だと思うんで、大丈夫だと思います」

 「……お前、機械好きだろ?」

 「え?」

 「いやさ……なんとなくね」

 「まあ……」

 ミゲルは先程からアスランに気さくに話しかけてくる。 どうにも軍人らしくない男性だった。

 「OSの設定、終わりました」

 「1時間足らずでか、流石だな? コーディネイターってのは、ミンナそうなの?」

 「……人に、よります」

 「そういうもん? ……じゃ、俺、おやっさんに報告してくるわ」

 「あ、アイマン軍曹……ザフトは?」

 「あー、ミゲルでいいよ。――多分、あちらさんの補給も終わる頃だ。そう何度もコロニーの中まで仕掛けてくるかはわからんケド……」

 

 

---------------

 

 「大丈夫だ……基本はジンの応用でいける」

 キラはOSと、機体の情報を凄まじいスピードで解析していく。

 

 「キャリブレーション取りつつ、ゼロ・モーメント・ポイント及びCPGを再設定

  疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュール直結!

  ニュートラルリンケージ・ネットワーク、再構築!

  メタ運動野パラメータ更新!フィードフォワード制御再起動、伝達関数!

  コリオリ偏差修正!運動ルーチン接続!システム、オンライン!ブートストラップ起動……!」

 

 ――出来た。

 キラは、キーボードを仕舞った。

 

 作業開始してから完了するまでのその間、5分であった。

 

 General

 Unilateral

 Neuro-Link

 Dispersive

 Autonomic

 Maneuver

     Synthesis System

 

 GAT-X105 STRIKE

 

 

 OSのメイン画面が表示された。

 「ガンダム?……ストライク」

 ――X-105、ストライクが起動する。

 

 「動いた!? コイツもやっぱ出るのか?」

 「聞いてないぞ!?」

 

 「ゲイル機、ルーク機……出撃どうぞ!」

 ――部隊のジンが出撃した。

 ……ハッチが開いている今がチャンスだ!

 キラはストライクを無理やりカタパルトに運ぶと、発進準備を取った。

 

 「武装は――ランチャーストライカーパック、これが使えるか!」

 

 キラは武装を装備すると、カウント・ダウンを省略し、

 先に発進したジンに追って、ヴェサリウスを出た――本当にあの機体に乗っているのがアスランなのか――それ確かめる為に。

 

 

 「――何!? キラ・ヤマトが奪取した機体でだと!? 呼び戻せ!すぐに帰還命令を!」

  すぐさま、ヴェサリウスのデッキに、キラの無断出撃が知らされた。

 「あのバカ……ボウズを止めろ! 間に合わんかッ!?」

 「ロアノーク隊長!」

 「念のため俺のシグーの整備を急がせろ! 今のアイツは危険だ、奪取した機体も、

  ウズミ議長の大事な跡継ぎも、無駄死にさせるわけにはいかん!」

 「ですが、隊長の機体はメインスラスターが……それにあの敵機、

  推定ですが、変形すると我が軍のジンの通常の3倍の推力があります!」

 「大丈夫だって、それでも俺の機体は十分速いさ――急いでくれ!」

  ネオはナタルに告げた。

 

 (しかし、あのキラが、命令違反……ヘリオポリスで何かあったのか?)

 

  普段は温厚で、命令に忠実なキラのらしく無い行動に、ネオは疑念を抱くのであった。

 

---------------

 

  アークエンジェルに警報が鳴り響いた。

 「コロニー全体に電波干渉、Nジャマー数値増大!」

 「来たか!?」

 ブリッジが急に慌しくなる。

 「やはり……黙っていてはくれないか……ヤツめ」

 「クルーゼ大尉……またヘリオポリス内で仕掛けてくると?」

 「私ならばそうしますな……こちらは撃てず、向こうは撃ち放題だ」

  クルーゼは言った。

 「……予想していた事態ではあるが」

 「それとバルトフェルド大尉……艦長は貴官にやっていただきたい」

 「俺が…?」

 「先任大尉は私だが……私はパイロットだ」

 「やれやれ、仕方がないか。総員戦闘配置……アスラン・ザラには承諾を得ている、イージスの発進準備を。 

  ――で、パイロットのクルーゼ大尉殿のモビルアーマーは?」

 「……まだ出られん」

 「となれば、虎の子のイージスと、この戦艦のみか……ならクルーゼ大尉はCIC、アイシャはイージスのオペレートを!」

 「ハッ!」

 「了解した」

  アイシャとクルーゼはブリッジの担当席に着座する。

 「接近する熱源あり!ジンです!別方面から部隊の進入も確認しました!

  しかも…拠点攻撃型重爆撃仕様一機、対艦砲撃用が一機です!」

  カークウッド伍長が報告する。

 「厄介だねえ……さすが紫電(ライトニング)……手加減なしだ。だがこちらもみすみすやられるわけにはいかない!」

  バルトフェルドは声を張り上げた。

 「目的はあくまでコロニーからの脱出だ……極力コロニーに傷をつけるな!アークエンジェル発進だ!」

 

---------------

 

 「三番コンテナだ! シールドとビームライフルをイージスに装備させろ!」

 チーフメカニックのマッド・エイブスが怒鳴った。

 「アスラーン! 三番だ!三番!」

 ミゲルもコクピットのアスランに叫ぶ。

 

 ――そのアスランは、コクピット内部で再び緊張に震えていた。

 

 「イージスは機動力に優れた機体ヨ。ジンよりもかなり早く動けるワ」

 

  アイシャが、先程からアスランにイージスのスペックについて説明していた。

 

  アスランは、ビーム・ライフルをイージスに握らせる。

 「ライフルのE-CAPが切れると本体との直結に切り替えになるワ、残弾数に常に気を配っテ」

 「了解……」

 「……シェイシェイ、アスラン。 頑張っテ」

 「ハイ」

 アイシャ中尉はウインクした。

 

 この人も随分と軍人らしくない。

 チャーミングな女性だ。

 アスランは少し、緊張が安らいだ。 

 「イージスの想定出力はジンの5倍……それに変形機能……か」

 

 (コレを、ナチュラルが……)

  アスランは思った。

 恐らく、未だにザフトが完成させていないだろう技術を、連合はもう作り上げていた。

 (カレッジでも思った事だが……ナチュラルとコーディネイター、それほど違うものなのだろうか?)

 そうは思えない。

 だが、そうであるならば、何故この戦争は起きたのか?

 父はどうして……。

 

  しかし、アスランは考えるのを止めた。

 (今は、ただ目の前の戦いに集中するだけだ――仲間を守る)

 

 「イージス、発進!」

 アイシャが発進を告げる。

 「アスラン・ザラ、出ます!」

 アスランはリニア・カタパルトに機体を載せると、イージスを発進させた。

 

---------------

 

 先頃、ネオが脱出したルートから、二機のジンが進入してきた。

 ――そしてもう一機。

 「この照合パターンは! X-105、ストライクです!」

 メイラム伍長が、レーダーの反応をバルトフェルドに告げた。

 キラの乗るストライクだった。

 「何!? もう実戦に!?」

 「今は敵だ! 撃たねばやられるぞ!」

 クルーゼが叫ぶ。

 

 

 

 「中立国と言いながらアレを隠していたんだ。 コロニーへの多少の被害は止むを得まい――キラ、ついてきたんだ! 根性を見せてもらうぞ」

 「ハイ!」

 「ヘヘッ、ロアノーク隊長には一緒に謝ってやる。 あの足つきの船、沈めるぞ!」

 ジンとストライクが、アークエンジェルへ向かって飛ぶ。

 

 と、そこへ、赤い、目を引く彩色の機体が現れた。

 アスランのイージスだ。

 

 「あれが連合のモビルスーツか! おまえら、行くぞ!」

 すぐさま、ジンのパイロットは、アスランのイージスに照準を合わせる。

 「落ちろーッ!」

 バルルスと呼ばれる、試作ビーム兵器を装備したジンが、イージスに向かって砲を放つ。

 

 ビシュウッ!

 

 緑色の光を放つビーム粒子が一直線に飛んでいく。

 

 が、

 

 「かわしたっ!?」

 「映像で見るより速いぞ!」

 

 イージスはそれを難なく避けて見せたのだ。

 

 「くそ!」

 ジンのパイロットはイージスの影を必死に追っては引き金を引いた。

 

 ビシュウッ! ビシュウッ!

 

 コロニー内に緑の光線が何度も引かれる。

 

 「ルーク! いくらなんでも!」

 「ルークさん!」

 

 キラと、もう一人のパイロット、ゲイルが叫ぶ。

 「チッ……!」

 ジンのパイロット――ルークは舌打ちする。

 さすがにマズったか――?

 ルークは自分の攻撃が思いのほかコロニーに損害を与えている事に気がつく。

 

 「っ……コロニーが!?」

 一方アスランは、自分の避けたビーム砲が、全てコロニーのダメージとなっていることに気がつく。

 

 ゴォオオオオオオン!!

 

 運悪く、ビーム砲の一発がコロニーのメインシャフトに命中していた。

 円筒型コロニーの遠心力のバランスを保つ、重要なパーツである。

 コレが破損した事によって、ミシミシと音を立てて、コロニー全体が歪んだ。

 太陽光を取り入れる超硬度ミラーの一部に、ヒビが入る。

 

 「くそ、このままじゃコロニーの重力が保てなくなってしまう! ジンを止めなくては!」

 

 アスランは、止むを得ず、ジンに近づいていく。

 

---------------

 

 「ミサイルは使うな! ゴットフリートを使え!」

 バルトフェルドが叫ぶ。

 「メイン・メガ粒子砲ですか!? アレも威力が……」

 ダコスタが言う。

 「アレは威力を調整できる! それにストライクにミサイルは効かん!」

 「なら、マニュアルで照準をよこせ。 私が狙い撃つ」

 クルーゼが言った。

 

 アークエンジェルのカタパルトの上部にある、ハッチが開く。

 中から巨大な砲台が現れる。

 アークエンジェルの主砲である、メインメガ粒子砲「ゴットフリート」である。

 

 

---------------

 

 「ルークさん! ゲイルさん! モビルスーツは僕が引き受けます! あの足つきの船を!」

 「キラ!出来るのか?」

 「同じタイプ機体です! 追いつけるはず!」

 「わかった! そいつの性能、見せてくれ!」

 キラは、ジンに乗る二人のパイロットにそう通信すると、イージスへストライクを向けた。

 

 

 

 

 「!? 白い機体が……」

 一方ジンを止めようとしたアスランは、突然現れた白い機体、ストライクに戸惑った。

 「この機体、もしかして……」

 工場で見た、キラの乗った機体と似ている、と思ったからだ。

 

 「……アスランなの?」

 「キラ……が乗っているのか?」

 お互い、中のパイロットを感じながら、手が出せない。

 距離をとりつつ、牽制の用のバルカンすら撃てなかった。

 

 

---------------

 

 「ゴットフリート、照準――撃てっーーー!」

 「――ッ!」

  バルトフェルドの指揮に従い、クルーゼがゴットフリートを放った。

 

 バシュウウウン!

 

 大口径のメガ粒子が収束され、まっすぐにジンに向けて放たれる。

 

 「おわっ!?」

 「ゲイルー!?」

  

 二機の内、一機のジンがビームの光に飲まれ、爆散した。

 ――艦砲に当たるはずがない、そう思っていたジンのパイロットであったが、

 クルーゼの照準が、ジンのコースを先読みしていた為、避け切れなかったのだ。

 機動性を落とす、拠点攻撃用の重装備をしていた事も災いした。

 

 だが、

 

 「なんだと!?」

 クルーゼが叫ぶ。

 拠点攻撃用の大型ミサイルをジンは抱えていたのだが、ビーム砲によってそれが暴発してしまったのだ。

 

 ドォオオオオオン!!

 

 大爆発が起きて、コロニーの外壁に大穴が開く。

 

 ゴオォオオオオ!!

 

 コロニーの中の空気が抜けていく。

 そして、円筒の中の張り詰められた空気が、その一点から抜けようとする事で、

 コロニーの中に暴風が巻き起こる。

 その力は凄まじく、コロニーの円筒が歪んでいく――。

 

 「な、これ以上はマズイ! コロニーが持たん!」

 バルトフェルドが叫ぶ。

 「――撃つのをやめろというのか!? ジンはまだ一機居るぞ!」 

 「だが――!」

 

---------------

 

 「アークエンジェル、どうしたんだ! ……コロニーが!?」

 異常を察知したアスランが、アークエンジェルの方を見る。

 見ると、コロニーに大穴が空き、そしてアークエンジェルの砲撃が止んだように見えた。

 

 「やられるのか!? アークエンジェルが!」

 そんな――イザークが、ニコルが、ディアッカがアレに乗って――。

 

 アスランはストライクを気にしつつも、機体を反転させて、アークエンジェルへと向かう。

 

 

 「足つきにゲイルさんがやられた!? イージスもそっちに!? 待てっ!」

 キラも、イージスを追おうとする、が、

 

 「変形した!?」

 

 アスランのイージスがモビルアーマーへと変形したのだ。

 推力が大きく違うため、キラのストライクでは追いつけない。

 

 そして、キラは、中のパイロットが気になる余り、後ろから撃つ事も出来ない。

 

 「ルークさん!」 

 キラがルークに無線で知らせる。

 「何!?」

 モビルアーマーに変形したイージスが、まっすぐにジンへと向かう。

 「真正面だと、なめるな――!」

 

 ジンのビーム砲が、アスランのイージスを狙う。

 アスランは接近する直前、変形をといて、モビルスーツへと姿を戻した。

 

 バシュウウッ!

 

 その刹那、砲が放たれる。

 バァアアアン!と、音がして、イージスがビーム粒子の光に包まれる。

 

 「やったか!?」

 ルークが叫ぶ。

 しかし、

 

 「――トゥオオオーッ!」

 

 イージスは、ビームをABC(アンチ・ビーム・コーティング)シールドで防いでいた。

 そして、そのまま、イージスはビームサーベルを展開させ、ジンに切りかかる。

 「ちぃ!」

 ジンは咄嗟に、持っていたビーム砲、バルルスを盾にした。

 

 ズバァッ!

 

 バルルスをイージスのビームサーベルが真っ二つに引き裂く。

 ドォオンと、バルルスが爆発して目くらましになる。

 今だ! とルークは思って、その隙にジンをイージスから離そうとした。

 ――だが、

 「!?」

 イージスは爆風を物ともせず飛び込んできた。

 

 そして――

 

 「ヘアァッー!」 

 

 イージスが、蹴りを突き出してきた。

 「――足に!?」

 そして、その時になってルークは気がついた。

 

 イージスは腕だけでなく、足にもクロー・バイス・ビームサーベルが搭載されている事に――。

 

 「う、うわああぁあーッ!」

 

 ルークは叫ぶと同時に、ジンのコクピットごと、イージスの脚部ビーム・サーベルに切り裂かれていた。

 

 ドォオオオン!!

 

 

 「ルークさん!?」

 ルークのジンが、爆発する。

 

 

 「う……うわああぁあああ!」

 

 

 キラは、二度目の仲間の死を見る事になった。

 そして、キラは――。

 

 

 

 「うわあああああ!!」

 

 思わず、持っていたビーム砲の引き金を、引いた。

 

 「ッ!?」

 イージスが、それに気づき、回避運動を取る。

 

 バッシュウウウウウ!!

 

 「アレは?」

 「ストライクのアグニか!?」

 ランチャー・ストライクパックという、ストライク用の砲撃装備である。

 そのメイン装備であるビーム砲アグニの火力は、イージスのスキュラと同じく――大型戦艦の主砲に匹敵する。

 

 

 そのビームが、イージスを――素通りし、コロニーのメインシャフトに、当たった。

 

 流れ弾でも、コロニーに穴をあけるような、強大な火砲が、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、コロニーの耐久力は、限界を超えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 7 「ビギニング」

『脆い平和である事は、確かにそうだった。

 だが、それで過ごした時間が終わってしまうことは、やはり、悲しい』

 

------------------------

 

 

 

 「う、うわああぁああああ!!」

 ヘリオポリスの大地が割れた。

 

 アスランの眼前には、巨大な暗黒が現れた。

 ――ヘリオポリスに空いた、宇宙への大穴であった。

 

 

 「これ――こんな威力――!」

 『キラ・ヤマト!! 戻れ! 作戦は中断だ! 早く!』

 呆然としているキラの元に、ヴェサリウスのナタルから通信が入った。

 

 猛烈な空気の奔流に飲み込まれながら、アスランのイージスはコロニーの中から宇宙へと放り出されていった。

 

 (アスラン――!?)

 

 

 キラは、ストライクのカメラをイージスの居た方向に向けた。

 

 しかし、そこには、コロニーの残骸を飲み込んでいく闇しか見えなかった。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

 

 「X-303 イージス、聞こえル!? アスラン・ザラ、応答シテ!」

  

 

 通信機から声――アイシャ中尉の声が聞こえる、とアスランは思った。

 そして、その次に聞こえてきたのは自分の吐息だった。

 

 自分が何処にいるか、何をしていたかを自覚する。

 

 

 ――コロニーが壊れた。 ザフトの攻撃によって。

 自分はモビルスーツに、イージスに乗って――ザフトと戦ったのだ。

 

 我にかえったアスランは、通信機のスイッチを押した。

 「はい……中尉?」

 「大丈夫? 聞こえるのネ? 戻レル……?」

 

 アスランは、機体状況を確認した。

 破損箇所なし――。

 機体の動作に問題は無いようだった。

 

 「ええ……問題なさそうです」

 「コチラの位置……誘導するワ、大丈夫ネ?」

 

 アスランは言われるがまま、機体を動かした。

 

 (ヘリオポリスが……)

 

 アスランは辺りを見回した。

 

 

 ――コロニーは残骸と化していた。

 あそこまで破損してしまったら、修復はできるのだろうか――。

 

 「くそっ! 俺は何をやっているんだ?」

  アスランは頭を抱えた。

 「仲間は守れたかもしれないが――これじゃ」

  この先、どうなってしまうのか――。

 

  しかし、今は何も考えられなかった。

 

----------------------

 

 

 意気消沈するアスランだったが、アークエンジェルへ向かおうとするイージスに向けて、残骸の中から救難信号が出されているのに気が付く。 

 それは国際救難チャンネルの信号――ヘリオポリスから射出された、シェルターを兼ねた救命ポッドだった。

 

 

 通常ならコロニーからある程度の距離まで射出された後、

 回収しやすい地点で静止動作が入るが、

 このシェルターのみなぜか、射出直後に静止作業が入った模様である。

 

 「あっ……」

 

 アスランは、その救命ポッドを見過ごしても於けず、

 モビルアーマー形態に機体を変えると、そのポッドを掴んで持ち帰った。

 

 

-----------------------

 

「民間人の収容終わったソウデス…シカシ、よろしかったのデスカ?」

 

ブリッジに向かう途中、アイシャがバルトフェルドに言った。

 

「この艦が民間人を保護できるような状況でないことくらいわかっているがね。

 そういったことをいちいち議論するのに、時間を取られたくなかったのさ」

 

そう言ってバルトフェルドは茶化した。

 

アイシャはしばらく黙っていたが、バルトフェルドの目を覗くと微笑んで、

「フフ…優しいのネ?」

 

と一言、言った。

 

 

バルトフェルドも、その顔を見て微笑んだ。

 

 

-----------------------

 

 ブリッジに着くと、クルーゼ以下の士官、下士官が揃っていた。

 「来たか。 結局アスランが拾ってきた民間人を収容したそうじゃないか?」

 クルーゼが言った。

 「こっちにも原因があるし、あのまま放っておくべきじゃないだろう?」

 「……艦長は君だ。 判断にどうこう言うつもりはないさ。

  問題はこれからどうするかだ……ザフト艦も近くで目を凝らしている事だろうしな」

 

 先ほどからアークエンジェルは動かずにじっと息を潜めている。

 

 敵はザフト軍の新鋭戦艦ナスカ級――ヴェサリウスが1隻。

 そして、機体の奪取に、もう1隻戦艦が使われた形跡があることを、先ほどクルーゼが教えてくれた。

 

 現状、人員も装備も足りておらず、船をまともに動かせる状態ではないため、正面からの戦闘行為など、無謀と言う他無かった。

 

 今しばらくは、壊滅したヘリオポリスの残骸が、相手のレーダーを阻害する熱を出しているため、敵に見つかることはない。

 

 しかし、このまま隠れて居ても、状況は変わらず、いつかは見つかってしまうのは明白である。

 アークエンジェルは早急に対策を考えなければならない状況であった。

 「やれやれ……いっそのこと、投降したほうがいいかね?」

 「……艦長」

 ダコスタがバルトフェルドを睨む。

 冗談が通じん奴だ、とバルトフェルドは思った。見るとクルーゼまで心なしか険しい表情になっていた。

 サングラスで詳しい表情までは良くはわからないが。

 「悪い、冗談だよ……この艦とGは決してザフトに渡さない。 このまま月本部へ最大戦速で突き抜けるか……それか……」

 「“アルテミス”か?」

 クルーゼが言った。

 「アルテミス? ユーラシアの軍事基地ですか? 確かにラグランジュ3から一番近い友軍基地ですが――」

 ダコスタが聞き返した。

 

 

 

 アルテミスは、ユーラシア連合軍の資源補給基地であった。

 CE(コズミック・イラ)に改暦が行われてから、宇宙に植民地、コロニーが置かれるようになって、

 宇宙空間にも”領土”の概念が発生した。

 

 そして、それが故に他国への牽制というモノが必要となった――アルテミスもその時代に出来た古い基地であった。

 

 小惑星の中から資源を豊富に含んだものを見つけ、利用しやすい位置まで持ってきて中身を掘り出す。

 ――そこまではアスラン達が居た、ヘリオポリスと同じであった。

 違うのは、掘りぬいて空洞になった中身を、そのまま要塞と化してしまうのだ。

 それは、小惑星の持つ堅牢さをそのまま転用できる、非常に効率の良い利用方法といえた。

 

 このようなタイプの基地は、いくつも地球圏に存在していた。

 ――が、現在はその殆どが、ザフトに制圧されつつあった。

 アルテミスのような、老朽化して、資源基地としても、要塞としても利用価値がなくなったものを除いては。

 

 

 「今、アルテミスは友軍への補給くらいにしか使われてはないし、ザフトの監視の目も薄い。

  それに、あそこは衛星を移動させたときのレーザー核パルスがまだ生きている。

  ――つまりは光波防御システムが使えるほどの出力が残っている――転がり込むにはいいと思うがね」

 バルトフェルドが言った。

 「あんなものをまだ使っているのか」

 「傘のアルテミス……なんて言ってむしろ、ウリにしてるよ」

 「宇宙で篭城とは、本来は自殺行為だぞ?」

 クルーゼが言った。 それもムリは無かった。  

 

 光波防御システムは所謂ビームのバリアである。

 ビーム兵器やミサイルに対しても絶対に近い防御力を誇る代わりに、

 当然、バリアを出している間は自分たちの攻撃もできないというものだった。

 

 元々は、まだ強度等に不安があったコロニーが、隕石等から身を守る為に考案された古い装置なのだ。

 

 現在は、ほぼ100パーセントに近い、生命維持の循環システムを得ているとはいえ、

 宇宙とは、本来、空気も水も自分たちで作りださねばならぬ空間なのである。

 そんな中で敵の攻撃を凌ぎながら篭城作戦をする、というのはいかにコロニーが発展した時代とは言えど、まさしく自殺行為である。 

 

 また、その強力なバリアを張るには、相応の高い出力が必要であり、

 そのような設備を使うには、そもそも迎撃用の装備を一切持て無いような可能性があった。

 つまり、篭る事は出来ても、外に出ることも、出るための攻撃をすることもできない。

 

 ――本当に何も無い宇宙空間でだ。

 

 そんなものを利用しているユーラシアがどのような組織であるか。

 おのずと、クルーにも不安は募った。

 

 「私は月本部への到着が何より優先すべきことだと思いますが……」

 「ダコスタ曹長の言うことも尤もネ。 デモ、この艦は物資の搬送も完了してないワ、今はアルテミスに向かったほうが得策ネ」

 「……艦長にお任せしよう」

 士官たちの意見は纏まった。

 選択肢はそもそも限られてはいたが。

 「そうなると、途中での追撃が問題ですね……振り切ることは難しいかと」

 「賭けに出るほか無いさ、手も無いわけではない」

 「そうだな……そうと決まれば、デコイを使う、敵軍を誘導させて隙を作るぞ!」

 バルトフェルドが叫んだ。

 「了解、熱源誘導デコイ、射出準備!」

 「発射と同時に、アルテミスへの航路修正の為、メインエンジンの噴射を行う。

  後は艦が発見されるのを防ぐため、慣性航行に移行。第二戦闘配備。艦の制御は最短時間内に留めよ! ……後は運だな」

 

-----------------------

 1/25

 

 脱出することはできたものの、ヘリオポリスが犠牲となってしまいました…。

 普段は陽気で冗談しか言わないバルトフェルド大尉も、心なしか気落ちしている様子です。

 

 そういえば、イージスに乗っていた例の少年……アスランが救命艇を保護してきました。  

 現在艦は避難民を収容できる状態とは言い難く、クルーゼ大尉と艦長の間で

 軽い揉め事があったようです。見るからに相性が悪そうな二人ではありますが…

 アイシャ中尉もいたおかげか、どうやらそれほど波紋は起きなかったようです。

 結局避難民は収容することになりました。

 

 その際、偶然にも彼らの友人が一人乗っていたと聞いて、内心私は助かったような気持ちがしました。

 …コロニーの破壊の原因…突き詰めていれば我々の責任でもあるわけですからね。

 

 フォルダ:マーチン・ダコスタ FILE:航海日誌1

 

---------------------

 

 

 「まったく……よく艦長も許してくれたもんだぜ」

 ミゲルがアスランに言った。

 

 敵の攻撃があったため、食料も物資も十分に詰め込めなかったのである。

 避難民の受け入れなど、本来できる状況ではなかった。

 (確かに、こんなにすんなり行くとは……バルトフェルド艦長、理解のある人なのだろうか?)

 アスランはそんな風に感じていた。

 

 ヘリオポリスの救命艇と聞いて、イザークたちもデッキに来ていた。

 彼らもまた友人や家族が気になるのだろう。ひょっとすれば乗っているのかもしれないのだから。

 

 一人ずつ救命艇から人が引き出されているとき、見覚えのある顔が現れた。

 

 「……フレイ!」

 

 イザークが驚いて声をあげた。

 

 「え……ウソ、イザーク!!」

 フレイは引き出されてイザークの顔を見るや否や、イザークに向かって抱き着いてきた。

 「馬鹿、フレイ!」

 「バカとは何よ!……私、本当に……怖かったんだから」

  フレイはイザークの胸に顔をうずめ泣いた。

 「オイ…こんなところで泣くな…お、おい!フレイ……!」

 「あなたがいるなら……ここ、ザフトの船じゃないの?」

 「そうだ……ここは地球軍の」

 「でも、よかった……会えて」

 「だから泣くな! フレイ!」

 イザークは周りを気にして言った。

 

 しかし、言いながらもイザークはフレイを抱きとめている。

 

 「……プフ」

 ディアッカはそれを見て軽く笑った。

 顔には出さないが、心の中では微笑というより、本気で笑っているに違いない。

 普段、クールな風をしているイザークが、こんなにも狼狽しているのだ。

 「……」

 たじろぐイザークを見て、アスランも無言で笑った。

 

 その様子に、アスランも少しだけ救われたのだ。

 

 

-----------------------

 

 「この船…どこに向かってるんでしょうね」

 船室で待機中、ニコルが言った。

 「一度進路を変えたからな……近くにまだザフトいるんじゃねーの?」

 「ザフトはまだ、この船を追ってるだろうしな」

 「父さん……母さん……大丈夫かな……」

 ニコルが不意にこぼした。

 「大丈夫だって、避難命令全土に出てたから、きっと脱出してんよ」

 そう言ったディアッカも、どこか不安げだ。

 

 「あの、ディアッカのお父さんは今……?」

 ニコルが場の空気を変えるためか、違う話題をディアッカに話し掛けた。

 「親父?ああ、今は地球にいるよ……一人になってるおふくろを思えば、良いのか悪いのかわかんねぇけど、とりあえず無事だ。」

 「――ディアッカの父さんって何やってる人なんだ?」

 アスランもディアッカに尋ねた。

 アスランはニコルの両親とは会ったことがあるが、ディアッカの父には会ったことがない。

 「フリーのジャーナリストやってるよ。最近はなんだか妙なこと調べてるみたいで、

 ほとんど家に帰ってこないんだよな……親父の事だから、ただ女の尻を追っかけまわしてるだけかも」

(父親か……)

 ディアッカの話を聞きながら、アスランは思った。

 アスランはもう、戸籍上でもアスラン・ザラであり、パトリック・ディノの息子ではないのだ。

 

 パトリックが、出国の際、ダミーの戸籍を用意したのだ。

 

 ”アレックス・ディノ”は、大方死んだ事にでもしているのだろう。

 

 オーブに軽く留学できるような身柄ではなかったので、それはちょうど良い措置にも見えたが、

 アスランにとっては父からの勘当の印と感じていた。学費とその後当面の費用も手切れ金のようなものだ。

 そのことは今はプラスに働いていた。

 アスランがディノ国防委員長の息子だと連合軍に知れたら、どうなっていたかわからない。

 

 親子ではないということ。

 アスランは別になんとも思わないと思ってはいたが、なぜかスッキリはしなかった。

 

 

 

 ――と、そこへまたクルーゼが現れた。

 

 「アスラン、機体の整備を頼む……人手が足りないのでな」

 

 ――また、アレに乗って戦わなきゃ行けないのか?

  アスランに先程の戦闘と、コロニー崩壊の様子がフラッシュバックされる。

 

 (だが、俺は仲間を守ると決めた。俺以外にそれはできない――)

 「アスラン……」

 ニコルや他の仲間が、心配そうにアスランを見る。

 「……決めたことだから、良いんだ。俺はできることをやるさ」

 アスランはそれだけ言うと、モビルスーツ・デッキに向かった。

 

 

 

 「ねえ…あれってどう言うことなの? あのアスランって子……?」

 アスランが出ていった後、フレイはイザークに尋ねていた。

 「お前の救命ポッド、モビルスーツに運ばれたって言ってたろ?

 そのモビルスーツを操縦していたのはアスランだ」

 「ええ!? どうして、あの子?」

 「あいつは――コーディネイターだ」

 イザークは少し躊躇いながらも言った。

 「ええ……! それじゃあ……」

 フレイが驚きの声をあげる。

 「でも、アスランはザフトじゃありません、僕らの仲間、友達です」

 ニコルはそうフレイに言った。

 「そう……僕達の仲間……友達……なんですよね」

 

 ――ニコルはそう言うと少し考えこんだ、そして、

 「僕達、これでいいんでしょうか? アスランに守ってもらってばっかりで……」

 ニコルは訴えるように他の仲間に言った。

 

 ずっと気になっていたことだ。

 

 ――できることをやる。 アスランはそう言った。

 

 

 

 ならば、自分たちに、できることは果たして何も無いのか?

 

 

 

 「あいつはいつもそうだ……何もかも、自分一人で出来るような気になって」

 イザークが言う。

 

 「お前ら、珍しく気が合うじゃんか?」

  ディアッカも応える。

  三人は目を合わせると深く頷いて、ブリッジに向かった。

 

 「フレイ、少し待っててくれ、俺たちも、用ができた」

 フレイ・アルスターはイザークに言われるまま一人船室に残って、ベッドに座っていた。

 

 

 

 「アスラン……あの子がイージスの……?」

 

 

 

 

 

-----------------------

 

 

 

 「こんなにも……脆いとはな……」

 ――ヴェサリウスのブリッジで、崩壊したヘリオポリスを見ながら、ネオが言った。

 「いかがされます? 中立国のコロニーを破壊したとなれば、評議会も……」

 ナタルが言った。

 「……なるほどね、これは確かに、俺のミスかな?」

 

 中立のコロニーを壊してしまった。

 本来であれば、外交的に大きな痛手となる。

 下手をすればオーブや、今までは味方だった陣営も、一気に敵へ回す可能性が出てきてしまう。

 

 しかし、中立と言っておきながら、連合の機体を作っていたオーブへ突きつける証拠も各種ある。

 ――事態は、まだやりようがある、とネオは思った。

 

 「議会への召集があるかもしれません……まだ追うつもりですか?」

 「ここでアレを見逃すわけには行かん、それに、住民のほとんどは退避したハズだ……」

 「ですが」

 「――血のバレンタインに比べれば、どうという事は無いだろ?」

 「アッ……」

 ナタルが黙る。

 

 ネオもそれ以上は何も言わない。今のネオはザフトの軍人であった。

 

 「如何なさいますか? あの足つきの船、ヘリオポリスの崩壊に紛れて、既にこの宙域を……」

 「いや、それはないな。 俺が強行偵察した時、奴らは殆ど撃ち返して来なかった。

  碌に動けないか、弾が無いかのどちらかだ。 多分、じっと息を潜めているんだろう」

 ネオは断定した。

 

 「……宙域図出してくれ……網を張る」

 ネオは、ブリッジのミーティング・ブースへと向かった。

 

 周囲の宙域が表示され、アーク・エンジェルの予想進行ルートが表示されている。

 「網……ということは、あの艦が向かうのアルテミスであると? しかし、そうなった場合、月方向へ離脱されたら……」

 ナタルがそう言いかけたとき、オペレーターから月方面へ高速で移動する熱源を感知したと報告が入った。

 

 月へ一直線に向かう熱源反応――。

 

 ネオも、その報告を眺める。

 

 (俺が、奴だったらどうする……俺がもし奴だったら――)

 

 「やはり、ガモフは月方面に残すべきでは……」

 ナタルが言った。

 ネオは少し思案すると、

 「――いや、今のでいっそう確信した、そいつはデコイだ! あいつらはアルテミスへ向かう。

  ガモフには、軌道面交差のコースを、索敵を密にしながら追尾させる。 ヴェリウスは先回りして待ち構える!」

 「ですが、追撃にしても、迎撃にしても、モビルスーツが無くては――」

 「あるぜ? 連合から奪取しただろ? データは吸出したし、折角の可愛い子ちゃんだ。使ってやろうぜ?」

 「な……アレを?」

 ネオは、ニヤリ、と笑った。

 

 

 「よーし、行くぞ諸君! 針路、アルテミスへ!」

 

 ネオは声を上げて、艦に指示を出した。

 

-----------------------

 

 ヴェサリウスの船室。

 キラと同室だったアフメドの荷物がまとめられた。

 死体は確認できなかった……カズイ同様に。

 

 キラは、同室ではあったが、アフメドとあまり話したことはなかった。

 ただ熱心に何かの鉱石を手作業で磨いて加工していたことだけ覚えている。

 

 もっと仲良くしたかった。

 

 (……カズイ、本当に、もう居ないの?)

 どこかで生きている…そんな気がしてならない。

 だが、現実は受け止めなければならないのだろう。

 こういうことが続いていくのが戦争なんだと、キラは今初めて理解した気がする。

 

 「アフメド……カズイ……」

 そして…

 「アレに乗っているのは――アスラン? なら、君は……僕の……敵?」

 

 船室のベッドに寝転びながら、キラは重い気持ちを持て余していた。

 

 

 そこへ、

 「キラ・ヤマト。 ロアノーク隊長がお呼びだ」

 一人の隊員がキラを呼びに来た。

 

 

 

 ――理由はもちろん、先の命令違反だった。

 

 

 

 

 

 「キラ・ヤマト、出頭しました」

 仮面の男――ネオ・ロアノークの部屋。

 

 ネオは自室の机に構えていた。

 

 「よう――話す内容はわかっているな?」

 「……先の戦闘では、申し訳ありませんでした」

 「どういうつもりだ? あんな命令違反。 場合によっては銃殺だぞ?」

 「……」

 「安心しろよ、懲罰を科すつもりはねぇ。

  ただ話は聞いておきたい。お前らしくない行動だったからな……アレが起動した時もお前は傍に居たな?」

 「申し訳ありません。思いもかけぬことがあって、動揺して……。

  あの最後の機体、あれに乗っているのは、恐らく……アスラン・ザラ。 友人だった、コーディネイターです」

 

  意を決して、キラは言った。

 「――何?」

 「まだ、はっきりと決まったワケではありませんが、カズイの乗るジンを撃破したこと、そしてあの動き……」

 

 ネオはしばらく黙って聞いていたが、

 

 「……戦場で再会とはな」

 といって、低いうなり声を上げた。

 「そっか、戦争ってのは皮肉なもんだ。仲の良いダチだったんだろ?」

 ネオは、手を組んで、その上にアゴを置いた。

 その境遇に同情するのか、自身に思い当たることもあるのか、ため息をついた。

 

 

 「……ええ」

  キラは感情を押し殺してはいたが、少し声が震えてしまっていた。

 「どうして、彼が、地球軍に居るのか、モビルスーツに乗っているかはわかりません。でも、恐らく何か理由があって――」

 

 ネオは、しばらくはキラの言うことを無言で聞いていた。

 

 しかし、

 「――前はお前の友達でも、今は俺達の敵だ。撃たなきゃなんねえのはわかるよな?」

 

 と、言いきった。

 

 

 既に2名のパイロットがその敵――イージスの犠牲になっているのである。

 状況を考えても、そのパイロットと戦う事になるキラの命の事を考えても、

 その選択肢以外残っては居なかった。

 

 だが、 キラは続けた。

 「僕は、彼を説得したいんです! ……彼は戦争を嫌ってプラントを出たハズだから、何かわけがあるはずなんです……!

  オーブに居たのに、 地球連合に人質を取られるとかして、たとえば……だから、僕はそれを確かめたいんです!」

 「だが、もし……聞き入られなかったら? 本当にプラントの敵になっていたら?」

 

 そんな、ネオの問いにキラはしばらく黙っていたが、

 

 「――もし彼が本当に地球軍のパイロットだったとしたら……僕が……撃ちます」

 

 と、言った。

 

  キラの脳裏には、血のバレンタインで死んだ両親、友人の顔が浮かんでいた。

 そしてカズイの事も……。

 

 死んだ人間を裏切る事は、彼には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その時、ネオの執務室のドアの前にいた、一つの陰が反応した。

 

 

 先ごろ、ヴェサリウスの僚艦、ガモフから物資の搬入に伴って来た、サイ・アーガイルだった。

 

 

 

 彼は、そっと、部屋の前から離れた。

 (通信したとき、キラの様子がおかしかったのは、カズイが死んだせいだけじゃなかったのか……)

 察するに、よほどの仲の良い友人だったのだろう。

 「でもな、キラ…そいつはカズイを殺した俺達の敵なんだぞ……」

 サイはそっと呟いた。

 

 

 

-----------------------

 

 

 「大型の熱量感知。戦艦のエンジンと思われます! 距離200、イエロー3317、マーク02、チャーリー、進路、0シフト0!」

 アークエンジェルのブリッジ・クルー、メイラムが叫んだ。

 

 「横か!? 同方向へ向かっている? ……つくづく厄介な男だな」

 クルーゼが言った。

 

 アークエンジェルの横を、ネオたちが乗るヴェサリウスが素通りしていった。

 自分たちはエンジンを使っていないため、敵のレーダーや監視に引っかからない状態ではあるが、

 それでも敵が自分たちの真横を通り過ぎていくのは、バルドフェルドにとっては生きた心地がしなかった。 

 

 「気づかれてはいないようだな?」

 「目標、本艦を追い抜きます。艦特定、ナスカ級です」

 「コチラの意図に気づいて、先回りして、頭を抑えるつもりだな」

 「――ローラシア級は?」

 クルーゼの"読み"を聞いて、バルトフェルドが言った。

 もう一隻、ヴェサリウスと共に行動している艦があった筈だからだ。 

 「それが……本艦の後方300に進行する熱源あり!」

 「挟み撃ちされたか……」

 ヴェサリウスの僚艦、ローラシア級戦艦ガモフは、アークエンジェルの真後ろから追尾する形で存在していた。

 

 「このままでは、いずれ後続のローラシア級に追いつかれる。

 逃げようとエンジンを使えば、熱で感知されて、あっという間にあの男のナスカ級が転進してくる、という運びだ」

 「ちッ、さすが紫電(ライトニング)……やってくれるな」

 と、バルトフェルド考え込んでいると、

 

 「……2番のデータと、宙域図、こっちに出してくれ」

 と、クルーゼが言った。

 

 「大尉、何か策が?」

 「……まあ、少しは、やり返さんとな?」

 訝しげに見るバルトフェルドに対して、クルーゼは含みのある笑みを浮かべた。

 その言葉は、バルトフェルドにとっても頼もしいところであったが、

 (どうにも好きになれないな、コイツのこういうところ……)

 とも思わせていた。

 多くを語らず、自分だけで事を運ぼうとする人間を、彼は好まないのだ。

 

 と、その時

 「艦長、民間人が……話をしたいと!」

 「……悪いけど、苦情は後にしてもらえないかと伝えてくれるか?」

 「いえ、それが……ヘリオポリスの学生達が艦の仕事を手伝いたいと!」

 「なんだって?」

 カークウッドは予想もしていなかったことを告げた。

 

 

 

 

 

 『敵影補足、敵影補足、第一戦闘配備、軍籍にあるものは、直ちに全員持ち場に就け!軍籍にあるものは直ちに……』

 アークエンジェルの艦内アナウンスが流れる。

 

 「そんな……俺たちが乗っているのに」

 避難してきた民間人たちが騒ぎ立てる。

 

 『アスラン・ザラはモビルスーツデッキへ。 アスラン・ザラはモビルスーツデッキへ』

 

 その様子を見ながらも、アスランはノーマルスーツに着替えるため、ロッカールームに移動していく。

 

 その時だ。

 

 

 「皆!? ……その格好は?」

 

 アスランは、軍服を着たイザーク達と鉢合わせた。

 「俺達も艦の仕事を手伝うことにした、人手不足らしいしな」

 「ブリッジに上がるなら軍服を着ないと行けないそうです」

 ニコルとイザークが言った。

 「それにしても、連合の軍服はダサいよな…ザフトの赤服だっけ? ああいうデザインにすりゃ良かったのに。」

 「生意気いわないノ」

 ディアッカの軽口をアイシャ中尉がたしなめた。

 

 「……お前ばかりにやらせるのは気分が良くないからな」

 「こんな状況ですから、僕らもできることするんですよ」

 イザークはふてくされるように、ニコルは微笑みながら言った。

 「そう言うこと。じゃあ、俺達行くわ。アスラン…がんばれよ。」

 ディアッカが、アスランの肩を押した。

 

 (みんな……)

 アスランはその背中を見送ると、ロッカールームへ向かった。

 (俺のせいで巻き込んでしまったのか? でも……)

 今まで、こんな気持ちでモビルスーツに乗る事があっただろうか……。

 

-----------------------

 

 クルーゼはブリッジからパイロット・ルームへの移動中、

 先ほどの避難民収容の件を思い出していた。

 

 (あの男……バルトフェルド、危ういやもしれん)

  そういった甘さをクルーゼは好きではない、そういった人間は己の正義に酔うロマンチストの偽善者でしかないというのが、クルーゼの持論であった。

 アンドリュー・バルトフェルドが冷静なリアリズムを持っているにもかかわらず、そういった感情に支配されていることにクルーゼは少なからず失望の念と焦燥感を覚える。

 (いざとなれば私が動くほかあるまい……いい戦士ではあるのだが)

 

 そういったことを考えていると、艦内の通路に見慣れない人影を見つけた。

 ……アスランが連れてきた民間人だろうか、と思った。

 

 赤い髪の少女だ。 軍艦が珍しいのかずいぶんと熱心に見ている。

 

 (……? )

 何か、感じるものがあり、声をかけようとした矢先、彼女と目が合った。

 

 ――?

 

 一瞬……妙な感覚を感じた。

 どこかで感じたことのある感覚……ネオとも違う……むしろこの感覚は……。

 

 「あの…どうかしましたか?」

 少女はクルーゼの方を怪訝な顔つきで見ている。

 「いや…何でもない。 お嬢さん、あまり軍艦の中をうろうろしないほうが良い。 もう間もなく戦闘になるだろう」

 

 クルーゼはそういうと、パイロット・ルームに流れた。

 

 

-----------------------

 

 「ほう……それがGのパイロット・スーツか?」

 ノーマルスーツに着替えたアスランに、クルーゼが話し掛けてきた。

 「イージスのコクピットに詰まれてたものを見つけて――」

  アスランは白地に青いラインが入ったパイロット用のノーマルスーツに着替えていた。

 「――その格好に着替えたということは、やる気になったのかね? アスラン」

 

 見ると、クルーゼもノーマルスーツに着替えていた。

 

 クルーゼのスーツも、アスランの着ているものと同じく、白を基調としていた。

 しかしクルーゼのスーツはより、白い部分が多く、彼の乗機であるメビウス・ゼロのカラーを連想させた。

 形も一般兵のものと少々異なっているようだった。

 恐らく、エースパイロット用に与えられたか作ったものだろう。

 

 クルーゼはいつものサングラスの変わりに、 ヘルメットをかぶっても邪魔にならないゴーグルのようなものをつけて、やはり目元を覆っていた。

 「この艦を守れるのは貴方と俺だけだと……大尉が言いました。俺は友人を守るために戦うんです」

 そうだ、イザーク達も今できることをしようとしている。

 自分もそうするのだ。とアスランは思った。

 

 「それでいい、戦いたくて戦うものなどそうはいない……戦わなければならないから戦うのだ……自分のために、他人のためにな」

 クルーゼは少しだけ笑みを浮かべた。

 「……作戦を説明するぞ」

 クルーゼはアスランを手招きした。 戦いが始まるのだ。

 

 

 

 ――コクピットについたアスランを、意外な人物が迎えた。

 「俺がオペレーターになった。 以後、モビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘管制担当となる。 よろしくな!」

 「よろしくお願いしますデショ?」

 ディアッカが調子よく言った。案の定アイシャ中尉に注意されていた。

 友人たちが戦う……不安ではあった。

 しかし、なぜか心強い。

 

 「アスラン…作戦内容は理解しているな? ……君は艦と自分を守ることだけ考えろ。」

 クルーゼがアスランに念を押してきた。

 

 わかりました、とアスランは返した。

 

 「アスラン…それからあの娘……」

 「ハ?」

 「……イヤ、何でもない。」

 

 クルーゼは何か言いかけたようだが、大した用事ではなかったらしく、それ以上何も言わなかった。

 

 

 

 (……また、お前も来るのかキラ?)

 ……間違いなく来るだろう、わかっていることだ。

 

 

 あの白い機体――アレは恐らく――。

 

 

 

 

 

 クルーゼの純白のメビウス・ゼロが先行して出撃した。

 

 

 ――作戦はこうだ。

 クルーゼのゼロが隠密先行して前面にいる敵の戦艦を撃破、その間、アスランが後方の艦とモビルスーツからアークエンジェルを守る――。

 

 

 「……やるしかないか!」

 アスランは操縦桿を強く握った。

 

 ――カタパルトの準備が整ったとディアッカが告げる。

 

 

 

 「アスラン・ザラ、イージス、出るぞ!」

 

 

 

 イージスが、宇宙へと、飛び立つ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 8 「友と、戦場で」

『仲間達を巻き込んでしまったのか? 

 それとも、これも何もかも、 結局は俺たち一人一人が、

 自分たちの意思でおこしてしまう事なのか。

 わかるはずも無いが、結果、キラと戦う事になってしまうのは事実だった』

 

-----------------------

 

 アークエンジェルのブリッジでは、バルトフェルドがタイミングを見計らっていた。

 艦の前方にはナスカ級を捉えている。

 

 ――まだ、コチラには気づいていない。

 

 「エンジン始動! 同時に特装砲発射し牽制!目標、前方ナスカ級!」

  バルトフェルドが叫ぶ。

 「陽電子チャンバー正常臨界!」

 「ローエングリン、撃てッー!!」

 

 

 アークエンジェルから特装砲・ローエングリンが放たれる。

 陽電子を打ち出す、ほぼ防御不可能な破壊砲――。

 

 敵を警戒させるにも、好都合な武器だった。

 

 

 

 

 

 「前方より熱源接近!その後方に大型の熱量感知!戦艦です!」

 ヴェサリウスのオペレーターが叫んだ。

 

 「回避!」

 ナタルが叫ぶ。

 「――ふーん、こっちに気づいて慌てて撃ってきたか?」

 ネオが、当たるはずの無い砲撃に首を傾げる。

 

 「キラ・ヤマトを出撃させろ! キラ――さっきの言葉信じるぜ?」

 

 これが作戦なのか、それとも本当に苦し紛れの一撃なのか――。

 その探りあい。 

 今、戦いは始まった。

 

 

------------------------

 

 

 ヴェサリウスのカタパルトには、キラ・ヤマトの乗るストライクが準備されていた。

 

 ヘリオポリスに出たときとは、装備が違っている。

 

 ――X-105ストライクには、用途に応じて装備を換装できるシステムが搭載されていた。

 

 地球連合軍の開発したGAT-シリーズは、モビルスーツの運用試験をするための

 実験機としての側面が強く現れていた。

 それは、まだ地球軍にとって、モビルスーツは未知の兵器である、ということだろう。

 

 そのため、各機体が、モビルスーツの運用方法、試験しなければならない項目に向けて機体性能を特化させていた。

 例として、102デュエルはモビルスーツの汎用性を実験するための機体となっていた。

 同様に、103バスターは火器の実装試験や支援攻撃のデータを取るための機体。

 

 そしてストライクは、装備によって、多種多様な戦闘に対応できるか?

 というモビルスーツの兵装や適応性のチェック、そして、引いてはあらゆる戦闘に耐え切れる、万能機を作るためのテスト機でもあった。

 ――モビルスーツという、究極の汎用兵器に、最も適しているコンセプトの一つとも言える。

 

 「ソードストライク? 剣か……」

 

 (コロニーの時みたいな……ことは無いよな……)

 キラは、ヘリオポリスで放った砲撃のことを思い出していた。

 今思えば、あの凄まじい火力は、もう少しでイージスを焼き尽くしてしまうところだったのだ。

 

 「アスラン……今度こそ」

 君を、説得するチャンスを作ってみせる。

 キラは、決意を込めて、操縦桿を握った。

 

------------------------

 

 「前方、ナスカ級よりモビルスーツ発進。機影1です! 距離67、後方ローラシア級からはモビルスーツ――3!」

 「機種特定……これは……Xナンバー、デュエル、バスター、ブリッツです!」

 「なっ!?」

 アークエンジェルのブリッジがざわめく。

 

 ――先程ヘリオポリスにて奪われた、イージス、ストライク以外の連合の秘密兵器である。

 その全てを、使ってきたのである。

 

 「フッ、全部投入してきたか、コイツはキツイな……頼むぞ、クルーゼ大尉」

 バルトフェルドは、発進したクルーゼの白い機体を見ながら言った。

 

 「対モビルスーツ戦闘、用意! ミサイル発射管、13番から24番、コリントス装填!」

 アイシャがアークエンジェルのミサイルの装填指示を出した。

 アークエンジェルは用途に応じて、ミサイルの種別を切り替える事が出来る。

 

 コリントスM114は、滞空防御用の、対MS戦に最も相性が良いものだった。

 

 「さあて、ちゃんとした戦闘、っていったらおかしいけど、アークエンジェルの初陣みたいなものだな……」

 バルトフェルドはブリッジを見回した。

 「君たちは、マニュアルどおりに操作してくれるだけでありがたい。 コンピューターに任せれば大丈夫だ」

 「は、ハイ!」

 「……大丈夫です」

 緊張する少年たちに、バルトフェルドは声を掛けた。

 (後はクルーゼ頼みか……だが、このアークエンジェル、そう簡単に落しはしない)

 

 「さあ、戦争を始めるぞ!」

 そして、バルトフェルドは自分にも檄を入れた。

 

 

------------------------

 

 

 宇宙空間に流れる、イージス。

 その広大な漆黒の空間に身を乗り出すのは久しぶりだった。

 「……」

 独特の無重力の質感に、アスランはかつての、父との日々を思い出しそうになった。

 「う……」

 過去の出来事への嫌悪感に胸が焼かれそうになるアスラン。

 「今は、アークエンジェルを守る事だけ……!」

 アスランは、そんな雑念を、頭から振り払った。

 

 

 アスランは、アークエンジェルを先行をするように、機体を進めた。

 その時である。

 

 

 

 「モビルスーツの反応……一機! ……あの白いヤツかッ!?」

 

 

 

 前方から接近する反応があった。

 イージスのセンサーと識別コンピュータがその相手を告げる。 

 X-105、キラ・ヤマトの乗るストライクであった……。

 

 「アスラン……アスランなの!?」

 敵のモビルスーツから通信が入る。

 

 「オープンチャンネルで……!? こいつ!」 

 敵軍に向かって、全方位で誰でも聞き取れる短距離通信をしてしまう、その危うさ。

 ――キラだ。

 そういった所に、アスランは、直感的にキラを感じていた。

 そんな優しさ、無条件さを持っている少年だったのだ。

 「やっぱり……アスラン、どうして! どうしてそんなものに、どうして――君が地球軍に!?」

 キラのストライクはビームサーベルを抜いた。

 「ええい!」

 アスランは已む無く、イージスの両手を挙げてキラのストライクに近づき、組み付いた。

 「――アスラン!?」

 会話をアークエンジェルに聞かれないようにするためだった。

 アスランはイージスの無線を切って、機体を流れる振動を通じて会話する――”お肌のふれあい会話”と呼ばれる方法でキラに話しかけた。

 「剣を引けキラ! 俺は地球軍じゃない!」

 「ならどうして! 戦争なんか嫌だって、君だって言ってたじゃないか! その君がどうしてモビルスーツに……!?」

 「ヘリオポリスで戦争に巻き込まれたんだ――お前こそ何故ザフトに居る? 何故戦争なんかやってるんだ!」

 

 「血のバレンタインで僕の両親が――」

 

 「――え?」

 その一言に、アスランは思わずキラに聞き返す。

 「だから!」

 

 その時、イージスのレーダーに、更なる反応があった。

 「また別のモビルスーツ!? X-102、デュエル!?」

 と、いうことは、ザフトの――援軍!

 

  アスランは咄嗟に、キラのストライクから離れた。

 

 

 

 

 

 「ヴェサリウスからはもうキラが出ている。俺は援護に回る! 二人は"足つき"を!」

 ――X-102、デュエルのコクピットのサイ・アーガイルが言った。

 

 宇宙を流れる、三つの機体。

 ザフトのローラシア級戦艦から出撃した三体の"G"タイプのモビルスーツであった。

 

 ヘリオポリスから奪取後、機体の調整を経て、実戦投入できる段階まで整備されたのだ。

 

 操作系統は若干、ジンとは異なっていたものの、本来はナチュラルの使用を想定されて居たためか、

 サイ達にとっても操作性自体は非常に扱いやすく、良好であった。

 

 キラが直ぐに機体を持ち出し、実戦に投入できたように。

 数回の実機シミュレーションを経ただけのサイ達が、今まで搭乗してきた機体と変わらず操作できるほどに――。

 

 「ちょっと待てよ? モビルスーツは俺が! このブリッツならあの赤いヤツを――」

同じく奪取した機体であるブリッツに乗ったトールが、サイに文句を言った。

 機体の性能を対モビルスーツ戦で試してみたいのだ。 

 「あたしたちは船をやるの! いいわね、トール」

 「ちぇ」 

 そんなトールを、いつもどおりミリアリアが制した。

 彼女も、奪取した機体、X-103バスターに乗っている。

 

 

 結局、サイのデュエルのみ、先行しているヴェサリウスの方向に機体を向けた。

 ミリアリアのバスターと、トールのブリッツはアークエンジェルへと向かう。 

 

 

 

 (――居た!)

 サイが機体を進めると、敵機は直ぐに見つかった。

 ソレと組み付く、キラのストライクと一緒に。

 

 (キラのヤツ、動きが悪い。 やはりイージスのパイロット――)

 

 サイは、先程耳にしたキラの話を思い出していた。

 (仕損じるわけにはいかない)

 

 サイはデュエルを、イージスとキラのストライクの方向へ、一気に加速させた。

 「キラ、仕留めるぞ!」

 「サイ!?」

 

 サイは、デュエルのライフルを構えた。

 「叩くんだろ! カズイのカタキだぞ!」

 「……!」

 デュエルのビームライフルから、閃光が放たれる。

 それを予測したイージスは、バーニアから大げさな光を放って、宇宙に回転した。

 

------------------------

 

 

  一方で、ブリッツとバスターの二体が、アークエンジェルに攻撃を仕掛けていた。

 

 「アンチビーム爆雷、発射! 撹乱幕、張っテ!!」

 アイシャがミサイルの中に、対ビーム兵器用の特殊弾頭を装填するように指示した。

 アンチビーム爆雷は発射されると、他のミサイルに紛れて宇宙に飛び出し、

 アークエンジェルを取り巻くように進んで、爆発した。

 弾頭からは、火も爆風も現れず、一瞬の輝きが宇宙に散ったのみであった。

 

 そこに、ミリアリア・ハウの駆るバスターが現れる。

 「足つきの船!」

 そのアークエンジェルの独特な形状を指した名で、彼女は呼んだ。

 「これでどう!?」

 バスターは、手に持った94mm高エネルギー収束火線ライフルを、アークエンジェルに放った。

 

 ドゥウウ! と、凄まじい光が一直線に、アークエンジェルへ向かった。

 

 ――バスターは、ヘリオポリスで開発されていた機体の中でも、高火力、重武装の機体であった。

 恐らくは、火力による他の機体への支援や、対艦を想定した砲撃戦、遠距離から敵への狙撃など、

 モビルスーツの持てる火砲全般のテスト・その運用に関する実験の為に作られた機体であろうと、ミリアリアは予想していた。

 

 何より、バスターの持つビーム砲が、その想定が間違っていないことを証明していた。

 

 ザフトが所有する、ジンの大型ビーム砲「バルスス」よりも、余程高出力で、精度の高いビームを放てるのだ。

 

 それは、戦艦の艦砲と同等の出力であった。

 恐らく、ナスカ級やローラシア級戦艦と同等の火力を、この機体一機で発揮できるであろうとミリアリアは感じていた。

 

 アークエンジェルは、自軍が作り出した超火力に、身を焼かれるのだ。 

 その皮肉をミリアリアは思ったが、――そうはならなかった。

 

 「ビームが散る!? エム・コロイドかなにか……ビーム撹乱幕?」

 

 バスターの放ったビーム砲は、アークエンジェルに着弾する前に、文字通り霧散した。

 一直線に飛んだ光は、束が粒になって、やがて消えていった。

 アークエンジェルの射出した、アンチ・ビーム爆雷の効果であった。

 

 ミラージュ・コロイドと呼ばれる、物質をばら撒くのである。

 ――それは光線、ビームの収束、もしくはその分散・偏向を行える物なのだ。

 

 「当然――対策済か、厄介ね」

 「ミリィ! 接近して一気に!」

 「ダメ、トール!」

 

 トールのブリッツは、アークエンジェルに接近した。

 

 「速ぇ!」

 トールは、ブリッツの運動性能に狂喜した。

 ブリッツは、電撃戦闘を想定した特殊戦闘機であった。

 多種多様な実験的モジュールを搭載できる他、ある特異な装置も装備している。

 ――と、同時に、電撃戦闘つまりは奇襲・強襲が行えるように――単純に速いのだ。

 

 「艦長! 高速で接近してくる機体があります! ブリッツです!」

 カークウッドがバルトフェルドに叫んだ。

 「弾幕! ヘルダートで防御! 同時にイーゲルシュテルン展開!」

 すぐさま、バルトフェルドが指示を出す。

 

 アークエンジェルのブリッジの後部にある、16門のミサイル発射艦から、先程の「コリントス」よりも一回り小さいサイズのミサイルが発射される。

 ――対空防御用のミサイル、ヘルダートであった。

 これは敵機を攻撃するためというより、接近してきた戦闘機やモビルスーツ、大型ミサイルなどを迎撃する用途に使用されるものであった。

 

 高速でミサイルがブリッツに向かう。

 「!」

 ブリッツは、バルカンを放ち、そのミサイルを逆に打ち落とす。

 予想外のミサイルの速さに、トールは回避一辺倒になる。

 

 と、そこへ、

 

 ズバババ!!

 

 アークエンジェルが、船体中に搭載したバルカン砲、イーゲルシュテルンを放ってきた。

 幾つかの砲門は、ブリッツへ正確に狙いを定めている。

 

 「くそ!」

 実体弾に対して無敵に近い防御を誇るフェイズ・シフト装甲を、ブリッツやバスターも持っていた。

 しかし、戦艦に搭載されているような大型バルカンを連続で受けては、流石に機体も無事ではすまない。

 トールのブリッツは後退を余儀なくされた。

 

 「トール! 無事!?」

 「艦艇部から仕掛ける! 援護を!」

 「トール!?」

 

 心配するミリアリアを他所に、トールのブリッツは再び前進し、アークエンジェルの艦艇部に回った。

 

 今までトールが戦った地球軍の戦艦は、多くがモビルスーツ開発前の、直線上の砲撃戦闘しか想定されていない設計のものしかなかった。

 故に、艦載機の発進カタパルトや、滞空防御網の甘い艦艇部が弱点であることが殆どだった。

 

 ――しかし、

 「底部イーゲルシュテルン起動! 底部迎撃用ミサイルも射出!」

 アークエンジェルはモビルスーツ運用を想定した艦である。 当然、その弱点を克服していた。

 「うぉっ!?」

 ちょうど、ブリッツが艦艇部に回り込んだところで砲門が開いたため、ブリッツが前と後ろから狙われることになった。

 「トール! 迂闊よ!」

 と、ミリアリアのバスターは、肩部に搭載された、ミサイル・ランチャーの砲門を開けた。

 「――いけっ!」 

 バスターの肩からミサイルが放たれる、と、宇宙空間でそれは眩い赤熱光を放った。

 

 

 「フレアか!?」

 バルトフェルドが言った。

 アークエンジェルの発射したコリントスが、ブリッツより、その光に反応した。

 バスターが放ったのは、ミサイルの反応を目的から反らせる、熱を持った誘導弾だった。

 

 「ちぃ!」

 ブリッツはその隙に、イーゲルシュテルンの火線から逃れる。

 「バスター、良い子!」

 いくつもの弾薬、武器を使い分けることができる。

 ジンよりも余程対応力がある、とミリアリアは感じていた。

 ――彼女はバスターの性能を気に入っていた。

 

 

 「あのバスターのパイロット、器用なのが乗ってるじゃないか――」

 それを見ていたバルトフェルドは、自分たちの作り出した兵器を、こうも操ってくるコーディネイター、ザフトという敵に、改めて畏れを抱いた。

 

 しかし、それで怯む様な軍人でも、バルトフェルドは無かった。

 

 「ゴットフリートを使う! 左ロール角30、取り舵20!」

 「左ロール角30、取り舵20!」

 バルトフェルドの号令に、ダコスタが復唱で返した。

 

 

 225cm連装高エネルギー収束火線砲――ゴットフリートMk.71

 アークエンジェルの主砲であり、大火力を誇るメガ粒子発射砲台である。

 モビルスーツに小型かつ強力なビーム砲を持たせられたのである。

 それが単純に大型化すれば――威力はおのずと明らかである。

 

 ともすれば、それに相対するモビルスーツのパイロットにも、緊張が走った。

 

 「トール! 引いて!」

 「ち!」

 しかし、トールは、機体を射程以上に引かせなかった。

 

 (アレだけのサイズ、いくら新型でも直ぐに収束できるかよ!)

 トールの思うとおりであった。

 

 ビーム兵器は、発射するまで、その粒子を収束する僅かな時間を要する。

 それは、大型で、高火力であればあるほど、収束に長い時間が生まれていた。

 

 アークエンジェルは、ゴットフリートを放った。

 ――しかし、ブリッツとバスターには当たらない。

 

 

 強力である反面、艦砲はその火線を読まれやすいのだ。

 

 

 ――しかし、

 「今だ! 続けてリニアカノン、バリアント! 両舷――撃てぇ!!」

 それを補うように、アークエンジェルの側面に搭載された火砲があった。

 

 110cm単装リニアカノン――バリアントMk.8である。

 それは、物体を電磁誘導により加速して撃ち出す、リニアレールカノンの一種だった。

  宇宙に物質を押し出すマスドライバーに使われている技術と同様の原理で、弾丸を射出する。

 

 加速された弾丸は、物体を容赦なく破壊し――それに、ビームよりも連射が効いた。

 

 「なっにー!?」

 トールは慌ててレバーを倒した。

 

 ドゥウウウ!!

 

 あわやブリッツを掠めるが如く、電磁加速された大砲が背後を通った。

 (これは――)

 

 ようやくトールは、ブリッツをアークエンジェルの射程から引かせた。

 

 ミリアリアのバスターがその援護をし、二人は合流する。

  

 「大した装備だ! 取り付けない!」

 「――対策がいるわね、データは取れたわ」

 「なら、先にモビルスーツの方か! サイは!?」

 

二人は、サイとキラを探した。 二機は依然、イージスと交戦中であった。

 

------------------------

 

 

 

 

 「こいつ!戦い慣れている!?」

 デュエルのコクピットの中、サイは呟いた。

 先程から、アスランのイージスは、サイのデュエルの攻撃を全て回避していた。

 

 「それだけじゃない、あの動く、腰のスラスターが速いんだ!」

 

 ――サイは、イージスの変形機構の話を思い出していた。

 報告では、イージスはモビル・アーマー形態に変形する機能があるということだった。

 その際、機体は大幅にその構造を組み替える。

 

 必然的に、機体の駆動部にはある程度の可変性が生まれることになった。

 

 イージスの腰に付けられた、他のモビルスーツよりも大きく動く可変式スラスター。

 ――恐らくは変形機能の副産物であろうとサイは推測した。

 

 設計者も恐らく想定していなかったであろう。

 アスランという、予想よりも遥かに高い能力を有するパイロットの操縦によって、

 イージスもまた、本来考えられていた以上の高機動性を持つに至ったのだった。

 

 「だけどぉーッ!」

 サイ・アーガイルもザフトのエリート・パイロットであった。

 

 サイのデュエルが、バルカンを発射する。

 バルカンといえども、至近距離で攻撃を受ければ機体はダメージを受ける。 

 「ッ!」

 アスランはイージスを回避させた。

 「速いなら! こういう使い方をする!!」

 サイのデュエルは、ビームライフルを発射しながら横になぎ払うように撃った。

 

 バシュウウウ! 

 

 光線が、宇宙空間を切り裂くように輝いた。

 

 ビーム・ライフルをビームサーベルのようにして使ったのである。

 

 「なんだ!?」

 アスランはその予想外の攻撃に一瞬戸惑った、がシールドを構えてそれを防いだ。

 本来のように一直線に放つではなく、横に薙ぎ払ってしまったビームでは、モビルスーツを痛めつけるほどの威力にならないのである。

 しかし、それが狙いであった。

 イージスが盾を使って、止まった瞬間に、接近戦に持ち込む!

 「たぁあー!!」

 サイのデュエルが、ビームサーベルを引き抜いた。

 

 イージスはそれを、同じくサーベルを展開させてなぎ払う。

 「剣が、速い!」

 

 X-102、デュエル。

 他の機体のベースとなった最もシンプルな機体である。

 他の機体と比べて、特別な武装も、機能も無い。

 しかしながら、この機体は、基本性能を底上げすることに特化された調整がなされていた。

 何も特筆すべき点が無い反面。

 ――この機体は他の4機よりも、ずっと動かし易いのだ。

 

 「いいぞ!」

 良いモビルスーツだ! とサイは無意識のうちに感じていた。

 デュエル、という名前も気に入っていた。

 ――勇敢なヤツだ。 このモビルスーツなら、カズイの仇も取れる、と。

 

 「チッ! やるッ」

 アスランは舌打ちした。

 敵のパイロットはかなりの実力者である。

 高度に訓練されている上に、高い素質を持ったパイロットなのであろう。

 ――が、アスランもまた、それを相手に凌いでいた。

 

 実力は伯仲。

 

 しかし、

 「サイ!わたしが頭を押さえるわ!」

 ミリアリアのバスターがイージスの後方にまわる。

 一旦、アークエンジェルから引いたバスターとブリッツが、サイとキラに合流したのである。

 

 ――囲まれた!?

 

 四方を、イージスは囲まれる。

 

-----------------------

 

 

 「敵、戦艦、距離740に接近! ガモフより入電。本艦においても確認される敵戦力は、モビルスーツ1機のみとのことです」

 ヴェサリウスのブリッジ。

 接近するアークエンジェルの報告と、キラ達の戦闘の模様が報告される。

 

 「あの、妙ちくりんなモビルアーマーはまだ出られんということか?」

 ネオが、誰ともなしに呟いた。

 「そう考えてよいのでは?」

 ナタルがそれに返す。

 「ふむ……」

 ネオは、妙な胸騒ぎを感じていた。

 

 「……敵戦艦、距離630に接近!間もなく本艦の有効射程距離圏内に入ります!」

 「了解、こちらからも砲撃準備だ」

 「モビルスーツが展開中です! 主砲の発射は……」

 ヴェサリウスのオペレーターが思わず聞き返す。

 「友軍の艦砲に当たるような間抜けは居ない」

 ナタルが言った。

 「そういうこと」

 ネオが茶目をこぼすように言った。

 「主砲、発射準備! 照準、敵戦艦!」

 ナタルは、それに気づかないフリをして、クルーに指示を飛ばした。

 

 

 

-----------------------

 

 

 「ふむ……アスランは粘っているようだな」

 宇宙空間を独り、潜行しているメビウス・ゼロのコクピットの中、クルーゼは言った。

 

 ラグランジュ3……ヘリオポリスのあった付近の空域には、

 宇宙に散った多くの戦艦やモビルスーツの残骸が漂っていた。

 クルーゼはその中に身を隠すようにして、ゼロを進めていた。

 先程のヘリオポリス破壊の際に生まれたデブリも、既に多分に含まれているようだった。

 

 これらの一部は地球と星々の重力に引かれて、デブリ・ベルトに招かれる事になる。

 

 「まだ、この中に入るわけにはいかんな」

 

 今しばらくは、まだ。

 

 クルーゼはじっと息を潜める。

 少しだけ呼吸を止めた。

 

 

 宇宙の静寂が、クルーゼを包んだ。

 

 クルーゼはその感覚を愛していた。

 

 張り詰めた感触。

 何もかも包み込み、何もかもを寄せ付けないような、ただ、そこにあるだけの宇宙の、暗黒の深淵――。

 

 クルーゼにとっては、パイロットをしている、そのときの感覚だけが、生きている証明のような気がしていた。

 

 ――とらえた。

 

 やがて、クルーゼは、機体の向こうに、ある感触を掴んでいた――。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

 「イージス!!」

 トールのブリッツが、アスランに迫る。

 「チィ!」

 が、アスランは変形して、四機の包囲から逃れようとした。

 しかし、

 「ミサイル!?」

 

 変形したイージスに、バスターのミサイルが、襲い掛かり、包囲からの脱出を阻もうとする。

 ――モビルアーマーの推力で振り切った矢先、眼前にデュエルが待ち構える。

 

 「くそ!」

 やむを得ず、アスランは機体をモビルスーツ形態へと戻し、デュエルの攻撃に備えた。

 

 と、そのときである。

 

 「いっけぇええええ!!」

 ブリッツが左手にある武装を使った。

 

  ズバッ! ガキィイーーン!

 

 「しまった!?」

 イージスの足に、ショックが走った。

 アスランが、状況を確認すると、イージスの足を、巨大な鉤爪のようなものが、鷲掴みにしていた。

 

 ――ブリッツの左手に装備された、ワイヤー・クロー・アーム、「グレイプニール」が、イージスの左足を掴んだのである。

 

 北欧神話において、最強の魔物を封印した、魔法の鎖が名前の由来であるそれは、その名のとおり、如何なる機動兵器も捕える強固さを有していた。

 

 「捕まった!?」

 アスランはスラスターを吹かせようとした。

 しかし、思うように行かない。

 

 

 「今だ! 行けッ!」

 トールが叫んだ。

 「キラ! チャンスだっ!」

 サイが、キラに言った。

 

 先程から、牽制を行うばかりで、イージスから距離を取るばかりだったキラにだ。

 

 (僕が!? ――アスランを!?)

 

 キラは、ストライクに装備された、巨大な剣を見た。

 対艦刀、シュベルトゲベール。

 戦艦をも切り裂く、大型ビームサーベルである。

 ――これならば、あのイージスだって簡単に切ることが出来るだろう。

 

 アスランごと。

 

 (アスランを……)

 

 

 イージスのコクピットの中で、アスランは、周囲を見回した。

 必死に心を押さえつけ、パニックにならない様に状況を把握しようとする。

 と、アスランは気づいてしまった。

 

 キラの乗る、ストライクが、剣を構えているのを。

 

 「キラ!?」

 

 

 ――キラはストライクに、剣を持たせると、そして――。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

 (ッ――!?)

 

 「機関最大! 艦首下げ! 位置角60!」

 ネオ・ロアノークが突然に叫んだ。

 

 「ハッ!?」

 突然の出来事に、クルーはおろか、副官のナタル・バジルールも呆然としている。

 

 「急げ!」

 ネオがもう一度叫ぶ、と、

 「これは……本艦底部より接近する熱源、モビルアーマーです!」

 ヴェサリウスのオペレーターが叫んだ。

 ネオの直感が当たったのだ。

 

 

 「――遅いさッ!」

 そう、クルーゼは感じていた。

 クルーゼのメビウス・ゼロは、スラスターに点火すると、全速力でヴェサリウスに接近した。

 そして、ガンバレルを展開し、放てるだけの全火力を持って、ヴェサリウスに攻撃した。

 

 

 

 

 「――CIWS作動! 機関最大! 艦首下げ! 位置角60!」

  ナタルが、先程のネオの号令を叫んだ。

 「間に合わんか!」

 ネオが言った。

 

 ブリッジが大きく揺れた。

 

 グォオオオオオオン!!

 

 ヴェサリウスの装甲が、爆発した。

 「機関損傷大! 推力低下!」

 「第5ナトリウム壁損傷、火災発生!」

 「ダメージコントロール、隔壁閉鎖!」

 「火災発生!プラズマタンブラーを抑制できません!」

 「敵モビルアーマー離脱! 艦長!!」

 オペレーターたちが次々に艦の被害を伝えた。

 「くっそー! 撃ち落せぇーっ!」

 ナタルが絶叫した。

 

 「……離脱する! ガモフに打電!」

 ネオが口惜しそうに言った。

 「隊長! しかし」

 「もうムリだ! ボウズどもを引かせろ!」

 ネオは、ナタルに構わず、撤退の指示を出した。

 

 

 「この前はほとんど相討ちだったがね……今日はわたしの勝ちだな! ネオ……いや」

 

 ――ムウ、とクルーゼは言った。

 

 クルーゼのメビウス・ゼロは、散々弾丸を打ち込むと、最後にワイヤー・アンカーを射出して、ヴェサリウスの外壁に突き刺した。

 そして、ワイヤーを使った、遠心力で大きく機体をぐるり、と転回させると、そのままヴェサリウスに背を向けて、離脱していった。

 

 (クルーゼ……!)

 ネオはただ、ヴェサリウスのブリッジで、奥歯をかみ締めるだけだった……。

 

 

 

 

 「クルーゼ大尉より入電、作戦成功、これより帰投する!」

 おお、とアークエンジェルのブリッジに歓声あがった。

 

 「機を逃さず、前方ナスカ級を討つ! ローエングリン、1番2番、斉射用意! イージスは!?」

 「コースからは外れてます!」

 「よーし! ブチかませ!」

 バルトフェルドが叫んだ。

 

 「陽電子バンクチェンバー臨界! 電位安定しました!発射口、開放!」

 

 「ローエングリン、撃てぇーっ!!」

 

 

 

 アークエンジェルの前方――ネオたちが、"足"と形容している部分から、大型の砲が放たれた。

 コロニー内で、鉱山からの脱出にも使った、陽電子特装砲である。

 主砲でなく、特装砲と呼ばれているのは、主砲と呼ぶには取り回しが悪く、放たれる包囲が前方に限られている為であるのと、もう一つ。

 ――主砲として使うには、余りに威力が強すぎるのだ。

 

 

 ――陽電子がぶつかった物体は対消滅する。 防ぐ術はない。

 

 

 「熱源接近! 方位、ゼロ・ゼロ、ゼロ! 着弾まで3秒!」

 ヴェサリウスのブリッジでは――その砲撃が、確実に当たる、というアナウンスがされた。

 「右舷スラスター最大! 躱しなさいよっ!」

 ――ネオが叫んだ、叫ぶ他なかった。

 

 ローエングリンは、ヴェサリウスの右舷を貫いた。

 ヴェサリウスの右側が、スプーンで抉られたアイスクリームのように、その形を失った。

 猛烈な爆発がヴェサリウスに起こり、ブリッジは振動に襲われた。

 「ぬぉおおお!!」

 ネオはナタルにしがみついた。

 「――!」

 胸と腰を鷲掴みにされたが、気にしている余裕はナタルにもなかった。

  

 

 

 

-----------------------

 

 シュッ!!

 

 「あっ!?」

 

 トールが、何か見えた、と思ったとき、既に砲撃は始まっていた。

 ――ブリッツの死角から、クルーゼのガンバレルの砲が放たれたのである。

 

 ズゥウウウン!!

 

 メビウス・ゼロの攻撃は、正確にブリッツの手元に命中した。

 

 「ロックが!?」

 

 と、トールが思った瞬間、イージスの足からグレイプニールは外れていた。

 

 ――今だ!

 

 アスランは思い切り、レバーを倒した。

 

 

 「ヴェサリウスが被弾!?」

 と、サイは機体に通信が入ったのを見た。

 ――自分たちがイージスと戦っている間に、ネオの乗るヴェサリウスが被弾していたのだ。

 

 と、キラ達の目にも、ヴェサリウスから放たれた花火のような閃光弾が――撤退信号だ。

 「ウソ、やられたの!? 撤退!?」

 ミリアリアが驚きの声を上げた。

 

 

 

 「……クルーゼ大尉!」

 「作戦は成功だ、アスラン!」

 アスランの元に通信が入る。

 ヴェサリウスを撃ったクルーゼが、全速力で反転してきたのだ。

 

 機を逃さぬように、アスランはイージスを変形させた。

 

 「アスラン!?」

 キラのストライクは、剣を持つ手を緩めた。

 ――それを見た、サイが、デュエルを動かす。

 「――なんでさ! 此処まできて!」

 デュエルが、イージスを追った。

 

 しかし、イージスは、ある程度デュエルから距離をとると、反転してきた。

 そして――。

 

 「サイ! 離れて! あの武器だ!」

 「!?」

 キラが、映像で見た、イージスの強力な火砲――スキュラである。

 

 「チィッ!」

 サイは、機体をイージスから離した。

 イージスの放ったスキュラの光線が、避けた筈のデュエルの装甲を焦がした。

 

 「サイ、引こう! これ以上はモビルスーツのパワーが持たない!」

 

 

 「……ああ、わかったよ!」

 サイはその声を聞くと、口惜しそうに言った。

 

 

 

 

-----------------------

 

 

 ――戦闘が終わり、敵は引いていった。

 

 アークエンジェルは、メビウス・ゼロと、イージスを収容した。

 アスランは、イージスをカタパルトにつけ、ドックの定位置に運んだ。

 

 「――あ」

 途端に、体の力が抜けた。

 

 コクピットのハッチが開く。

 

 「よう! すげえじゃんか、アスラン!」

 ミゲル・アイマンが彼を迎えた。

 「……」

 しかし、アスランは答える事が出来なかった。

 

 (――キラ)

 

 キラだったのだ。

 あそこにいたのは、キラだったのだ。

 

 途中からは無我夢中だったが、あそこにいたのは、キラだった――。

 

 「降りろよ、なんだ? ションベンでも漏らしたか?」

 理由がわからず、ミゲルは困惑した。

 

 ――アスランは、小さな嗚咽を吐いた。

 

 「――アスラン?」

 と、メビウス・ゼロから降りてきたクルーゼが、イージスのハッチまでやってきた。

 「大尉! アスランが降りてこないんスよ」

 「アスラン、無事かね?」

 クルーゼは、コクピットの中に身を乗り出した。

 

  アスランは、クルーゼの方を見た。

 

 クルーゼは既に、ヘルメットを取り、バイザーからサングラスに付け替えていた。

 そのクルーゼの顔が、間近にあった。

 

 「よくやったな、アスラン。 艦は無事だ」

 ほんの少しだけ、クルーゼの目元が透けた気がした。

 

 クルーゼはアスランの手を引いて、コクピットの中から外へ連れ出した。

 

 すると、

 

 「アスラン! アスラン、ゲンキカ?」

 今度は、ハロがアスランを迎えた。

 

 「アスラーン!!」

 自分を呼ぶ声がして、アスランは、その方向へ振り向いた。

 

 ニコルだった。 イザークもいた。 ディアッカも。

 

 

 

 ――アスランの胸を、急に得体の知れない感情が襲った。

 

 

 それは、友への想いでも、キラへの想いでもなかった。

 何もかもが綯交ぜになった、堪えきれない感情だった。

 

 

 

 

 アスランは、ヘルメットを取らなかった。 泣き顔を見られたくはなかった。

 

 

 

-----------------------

 

 

 

 「畜生! もうちょっとで落とせたのに!」

 トールが、ガモフの控え室で、心底悔しそうな声を上げていた。

 「敵の作戦勝ちね……」

 ミリアリアは、ドリンクを飲みながら言った。

 トールは、ミリアリアの飲んでいるボトルに手を伸ばした。

 ミリアリアは、そのまま渡した。

 

 「甘く見すぎたな。 そういえば、サイは? キラも――」

 

 

 

 

---------------------

 

 

 

 ――パイロット用のロッカールームでは、キラがサイに詰め寄られていた。

 体を押されて、ロッカーに強く押し付けられるキラ。

 

 「……どういうつもりだよ、あれ、カズイの仇だろ?」

 少し、涙ぐんだ、強い怒気を持った声で、サイは言った。

 「サイ?」

 「そうだよな、友達が敵になったなんて、俺も想像もできないよ。でもさ!」

 「サイ!? 僕は! 僕は……」

 「悪い……」

 サイは、キラから手を離した。

 

 声はまだ、震えていた。 

 「……今こういうこと言うのは、卑怯になるのかもしれないけど、俺は、お前のこと信じてるからな……」

 サイはそう言うと、キラを残してロッカールームから出て行った。

 

 「サイ……」

 

 僕は、どうすればよかったんだろう。

 

 アスランを、討てば良かったのだろうか――友達を――?

 

 

 

 キラは、そのまま立ち尽くした――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 9 「ザフトの雷神」

 『俺が目を背けたくなってしまったのは、

  もう、戻れない時間があることを自覚してしまったからかもしれない。

  それは、プラントで過ごした時間も、ヘリオポリスで過ごした時間の事も』

 

 

 

 

------------------------

 

 

 宇宙に浮かぶ小惑星が、突如眩いグリーンに輝いた。

 ――ユーラシア連邦の宇宙基地、アルテミスが、光波防御システムを展開したのである。

 

 「やれやれ、大仰なことだ」

 バルトフェルドがブリッジで呆れたように言った。

 「アルテミス、本艦の受け入れ要請を了承。臨検官を送る、とのことです」

 「オーケイ、ありがとう」

 バルトフェルドはメイラムからの報告を聞くと、キャプテンシートに、どっしりと深く身を寄せた。

 そこへ、アイシャが、飲み物の入ったボトルを持ってきた。

 「ヨウヤク、かしラ?」

 「フム……キリマンジャロかい?」

 「東方美人ヨ」

 ボトルからは紅茶にも似た、東洋茶葉の独特の匂いがした。

 「やれやれ……こんな時くらいは……」

 「コーヒーばかりは体に毒ヨ」

 バルトフェルドは仕方なくお茶を啜った。

 

 アルテミスからレーザー・ガイドビーコンが出される。

 

 アークエンジェルがそのラインに沿って入港準備に入ると、バリアの一部が欠けて、アークエンジェルを迎え入れた。

 

 (何お茶飲んでんですか? こっちは初めてなんでヒヤヒヤですよ)

 ヘリオポリス出航以来、無理やりメーン・パイロットをやらされていたダコスタが、暢気そうなバルトフェルドを恨めしそうに見た。

 「顔で文句があるのがわかるぞ、ダコスタ」

 「信頼してるノ。 ほら、マーチン君のモアルワヨ」

 アイシャはダコスタの横に、お茶のボトルを浮かべた。

 無重力の為、ボトルは宙に浮いた。

 

 ゴゴゴ!

 

 「あいた!」

 ダコスタが操舵を少し誤り、艦を揺らしたため、ボトルが派手に額に当たった。

 

 

 

---------------------

 

 ようやく幾らか気分の落ち着いたアスランは、ロッカールームで着替えを済ませ、仲間達の元に足を向けていた。

 「アスラン、少し良いかね?」

 と、同じくパイロットスーツから着替えたクルーゼが声を掛けてきた。

 「――はい?」

 「耳を?」

 と、クルーゼは言うと、アスランにそっと耳打した。

 「イージスの事だが……君以外動かせないように、起動プログラムをロックして置きたまえ」

 「……?」

 最初、アスランは意味がわからなかった。

 「いいかね?」

 「ハッ……?」

 しかし、クルーゼの言葉はいつも、不思議な力を帯びていた。

 アスランは、何か考えのある事かとも思い、一旦イージスの元へ向かった。

 

---------------------

 

 「これで、ようやく助かるのかね?」

 「地球軍の基地なんだろ?」

 「オーブには帰れるのか……?」

 「折角東部から疎開してきたのに……」

 「スカンジナビアのコロニー方が安全だったのではないですか?」

 

 船室では、避難民が口々にその不安を吐露していた。

 

 「――なんかさ、思ったより、オーブの人間すくねえよな?」

 避難民の出迎えもしたディアッカが言った。

 そうなのだ、ポッドの中にいた人間は、半分以上が地球連合から疎開してきた人間だった。

 「それはな――」

 イザークが言いかけたところで止めた。

 「イザーク!」

 フレイ・アルスターがイザーク達のいる船室に入ってきたからだ。

 「ばかばか! どうしていつも居なくなっちゃうのよ!」

 「わ、悪い……」

 「この船? もう大丈夫なのよね?」

 「ああ――多分は」

 「多分?」

 「まあ、なんとかなるさ――それよりフレイ」

 「あ、アスラン!」

 ニコルが戻って来たアスランを見つけた。

 「アスラン、オツカレ!」

 ハロが跳ねだして、それを出迎える。

 

 「ちょうどいい、食事にしないか? アスラン」

 イザークが言った。

 「あまり、食欲が無いな」

 「ダメですよ、食べなきゃ。 アスラン、何食か抜いてるんじゃないんですか?」

 ニコルの言ったとおりだった。

 体は疲れているはずだが、アスランはここ二日ばかり、殆ど食事をとっていなかった。

 「タベロ! アスラン! タベロ! アスラン!」

 「そうだな、士官食堂の一部が開放されている、行くぞ?」

 何か、話があるのか、イザークは、アスランやフレイを連れ立って、食堂へと向かった。

 

 

 

 

--------------------- 

 

 先程の戦闘の際、ヴェサリウスは推進部を大きく損傷したため、足止めを余儀なくされていた。

 運悪くしてか、そのタイミングでネオは本国に報告を迫られていた。

 

 「――紫電(ライトニング)が、ジンとパイロットを4名も失うとはな」

 「それほどの敵、という事です。 こちらも連合軍のモビルスーツとは史上初の戦闘をやったんですがね? ――それで補給は?」

 「それは出来ぬ相談という事だ――今から暗号通信で文章を送らせてもらう――」

 

  やむを得ず、ザフト本部と連絡を取っていたネオだったが、そのように言われて、一方的に通信を切られた。

 

 「ン……」

 暗号通信で送られてきたメールは直ぐにプリントアウトされ、ネオに渡される。

 ネオは、届いた文章にさっと目を通して、苦笑する。

 

 目を丸くしているナタルにもその文章を寄越した。

 

 「評議会からの出頭命令ありますか! ……あれをここまで追い詰めておきながら!」

 「まぁ仕方ないさ……あれはガモフを残して、引き続き追わせよう……評議会も今に知る事になるさ」

 とネオは言った、しかし。

 「――気になるとしたら、ディノ国防委員長のご機嫌って所だな」

 「と、仰られますと?」

 「いや、なに、俺もクビが危ういという事さ」

 ネオはまた嘯いた。

 

 

 

---------------------

 入港後、艦に臨検官がやってきた。

 アイシャとバルトフェルドが敬礼で出迎える。

 「本艦の要請受領を感謝致します」

 無言で、ブリッジに入室する臨検官。

 と――

 

 「え? なんです――コレ?」

 ダコスタが眼前の状況に呆然としていった。

 

 アークエンジェルは、武装した兵の乗った複数台のランチに囲まれていた。

 

 それだけではない。

 ドックに格納されているモビルアーマー・メビウスも、

 まるで固定砲台のように、砲身だけ起動されて、アークエンジェルを狙っていた。

 「少佐殿!」

 バルトフェルドが臨検官にどういうことか問う。

 「お静かに願おうか? 艦長殿――」

 臨検官はそれを制した。

 

 と、武装した兵士達が、更に中に入ってきた。

 

 銃を突きつけられるクルーたち。

 

 さすがに、後手を組まされるような事はなかったが――友軍を迎え入れるような態度には、とても見えなかった。

 「どういうことか、説明していただきましょうか?」

 「どういうことも何も、保安措置として艦のコントロールと火器管制を封鎖させていただくだけですよ」

 バルトフェルドの質問に恐らく用意していたであろう答えを述べる臨検官。

 「封鎖?……し、しかし、こんなやり方……」

 思わずダコスタが呟く。

 「貴艦には船籍登録もなく、無論、我が軍の識別コードもない。

  状況などから判断して入港は許可しましたが、残念ながら、まだ友軍と認められたわけではありませんのでね」

 「しかし……!」

 「軍事施設です。このくらいのことは、ご理解いただきたいが?」

 「クッ……」

 ダコスタが、臨検官に睨みをきかせる。

 が、

 「ダメヨ、マーチン君?」

 アイシャがそっと耳打ちするように言った。

 「では、士官の方々は私と同行願いましょうか。事情をお伺いします」

 

 バルトフェルドとアイシャは、武装した兵士に連れられ、船から降ろされた。

 

 「よう、クルーゼ大尉もかい?」

 「――ああ、アイマンやエイブス達と整備の最中にな」

 途中で、モビルスーツデッキの方向から、クルーゼも数人の兵士に、半ば拘束されたような状態でやってきた。

 「――と、いうと、デッキは無人かな?」

 「無人ではありませんな、ユーラシアの兵士たちでいっぱいだ――」

 「喋らないでください」

 銃を突きつけられ、黙らされる二人。

 「物騒ネ」

 アイシャは酷く冷たい目で、その兵士を見た。

 兵士は少し居竦んだようだが、臨検官に促されると、

 アイシャからは目をそらして、そのまま士官たちを歩かせた。

 

---------------------

 

 

「な、何!?」

「そのままだ、動くな!」

 武装した地球軍の兵士が、食堂にも流れ込んできた。

 わけもわからず、アスランたちも銃を突きつけられ、その場に待機させられる。

 

 「おい! なんだってんだよ! いきなり! ふざけるんじゃねぇよっ!」

 思わず、ディアッカが武装した兵士に食って掛かる。

 「うるさいぞ、黒いの!」

 「なっ――!?」

 肌の色で露骨に差別されたディアッカが、激昂しそうになった。

 「よせっ! ディアッカ」

 アスランが、それを取り押さえる。

 「何コレ、なんなの? ここ味方の基地じゃ――」

 不安そうにイザークに擦り寄るフレイ。

 「――大丈夫だ」

 イザークがフレイの肩を抱き、そっと囁いた。

 ――そして少し照れて離した。

 

 

 ……しばらくして、ブリッジクルーのカークウッドたちや、メカニックのミゲルたちも、食堂に集められた。

 名目としては、友軍として識別できないため、一時的に戦力を封印するというものであった。

 「……識別コードがないとはいえ、これは不当では?」

 ダコスタが言った。

 「いんや、コードは関係ないな多分……」

 チーフ・メカニックのマッド・エイブスが言った。

 モビルスーツ・デッキの方向に技術者らしき人影が向かったのを、彼は見ていたのだ。

 「ユーラシアって、大西洋連合と仲、悪いんですか?」

 ニコルが言った。

 「……仲が悪いとか、そういう問題じゃないな」

 イザークが言いかけた。

 「イザーク?」

 イザークが、内情を知っているようなのに驚いて、アスランが思わず聞き返す。

 「こういう状況なのに、連合国はそれぞれ我先にとやろうとしている。だから母が帰ってこれないことにもなる……」

 「……そうなの? おば様、それでイザークと私をヘリオポリスに……?」

 フレイもイザークに問い返した。

 「フン、恐らく、第八艦隊と合流前に、この船の情報を――」

 

 (話はこの事か……)

 イザークの母が、大西洋連合軍の関係者であることを聞いていたアスランは、それで大体の事情を推し測った。

 (クルーゼの大尉の忠告……) 

 ザフトにも内部の派閥争いはあった。父、パトリックなどはその中心にいた人物だ。

 恐らくこれもそんなところだろう、とアスランは思った。

 (いつの間にか戦争をやらされて、こんな事にも巻き込まれている……)

 アスランは、また気分が落ち込むのを感じた。

 

 「いつまでこんな状態なんですかね?」

 ダコスタが、他のクルーに聞いた。

 「分からん。艦長達が戻らなきゃ、何も分からんよ」

 メイラムが途方にくれて言った。

 「友軍相手に暴れるわけにもいかないしなぁ」

 ミゲルが忌々しそうに辺りを見ながら囁く。

 「……あーあ、いろいろあるんだな、地球軍の中でも」

 ディアッカが、大人を見下す風に言う。

 

 (どこも一緒か……)

 

 アスランは、溜め息を止められなかった

 

 

---------------------

 

 「大西洋連邦。極秘の軍事計画か…よもやあんなものが転がり込んでこようとはな」

 アルテミスの司令官、マルコ・モラシムが、アークエンジェルの映像を見ながら言った。

 「ヘリオポリスが噛んでるという噂、本当だったようですね」

 副官らしき男が言った。

 「連中にはゆっくりと滞在していただくことにしよう」

 

 と、ドアをノックする音がした。

 

 「失礼します。不明艦より、士官3名を連れて参りました」

 アークエンジェルを臨検した士官と、バルトフェルド、アイシャ、クルーゼであった。

 「入れっ! ……ようこそアルテミスへ、この度は災難でありましたな」

 「いえいえ、お騒がせして申し訳ございませんな、司令殿」

 「マルコ・モラシム大佐だ。 アンドリュー・バルトフェルド大尉、アイシャ・コウダンテ中尉、それに……ラウ・ル・クルーゼ大尉」

 「ご足労おかけいたします」

 三人は、司令のモラシムの前に一列に並ばされた。

 「君達のIDは調べさせていただいた。 確かに、大西洋連邦のもののようだな」

 モラシムは、三人の顔を見ながら言った。

 「お手間を取らせて、申し訳ありませんな」

 クルーゼが返す。

 「いや、なに……。輝かしき君の名は、私も耳にしているよ。"エンディミオンの白き鷹"殿。グリマルディ戦線には、私も参加していた」

 「――ほう、ではグラディス准将の部隊に?」

 「そうだ。戦局では敗退したが、ジンを5機落とした君の活躍には、我々も随分励まされたものだ」

 

 グリマルディ戦線。

 開戦三ヵ月後に起きた、ザフトと地球軍の月面での覇権を賭けた、大規模な戦闘である。

 そもそもは、ザフトが地球軍の所有する月面基地プトレマイオスを目標に侵攻を開始、

 月の裏側にあるローレンツ・クレーターに橋頭堡となる基地の建設を開始した事が始まりだった。

 その結果、両軍はグリマルディ・クレーターを境界に月を二分し、幾度とない衝突を繰り返した。

 ――このことから月の最前線はグリマルディ戦線と呼ばれた。

 

 クルーゼはその戦いの最終局面、"エンデュミオン・クレーター決戦"と呼ばれる戦いで、特殊な脳波コントロールを用いた兵装、ガンバレルを有した最新鋭モビルアーマー、「メビウス・ゼロ」に搭乗し、

 五機のジンと、一隻の戦艦を撃墜する華々しい戦果を上げたのだ。

 

 これは、ザフトのモビルスーツに惨敗を喫していた地球軍のパイロット達に、大いに勇気を与える事になった。

 

 以後、彼は、決戦の地、エンデュミオンの名を受けて、"エンデュミオンの白き鷹"と呼ばれるようになった――

 

 「ええ……」

 だが、クルーゼは、そのような華々しい戦果を賞賛されたにも関わらず、些か不愉快そうに返した。

 ――もとより、褒めるつもりや世辞で言ったではないのが、横で聞いていたバルトフェルドにもわかった。

 そして、その態度を気にする様子もなく、モラシムは続けた。

 「しかし、その君が、あんな艦と共に現れるとはな?」

 「――特務でありますので、残念ながら、子細を申し上げることはできませんが」

 「なるほどな。だがすぐに補給をというのは難しいぞ」

 やはりか、という様子で、クルーゼが顔の向きを上げた。

 「……ザフトの船も間近で構えているはずですが」

 「フッ、ザフト?」

 

 モラシムは、副官に指図した。

 司令室に備え付けてある大型スクリーンに、アルテミス外部の映像が映し出される。

 そこには――

 「ローラシア級!?」

 アークエンジェルを追跡したうちの一隻、ガモフが映し出されていた。

 「見ての通り、奴等は傘の外をウロウロしているよ。

 先刻からずっとな。まぁ、あんな艦の1隻や2隻、ここではどうということはない。だがこれでは補給を受けても出られまい」

 「ですが、奴等が追っているのはアークエンジェルです。 このまま留まり、アルテミスに被害を出すわけにも参りませんが?」

 バルトフェルドが言った。

 「はは! 被害だと?このアルテミスが? 奴等は何もできんよ。そして、やがて去る。いつものことだ」

 

 光波防御システムがある限りは――と、その後に付け加えられるのであろう。

 「君達も少し休みたまえ。だいぶお疲れの様子だ。部屋を用意させる――奴等が去れば、月本部と連絡の取りようもあるだろう。全てはそれからさ」

 モラシムが迎えの兵士を呼んだ。 再度、銃で武装した兵士が部屋に入ってくる。 

 

 「――アルテミスは、そんなに安全ですかな?」

 部屋から去り際、クルーゼがモラシムに言った。

 「難攻不落の要塞だよ」

 

 ――難攻不落?

 クルーゼはその言葉のマヌケさに、口元をゆがめるばかりだった。

 

 

 

---------------------

 

 

ガモフのブリッジでは、アルテミス攻略のため、サイたちが集まって先ほどから意見を出し合っていた。

 「あれは、レーザーも実弾も通さない、変わりに向こうからも撃てないけどね」

 サイが、宙域図を指しながら言った。

 「……私のバスターで長距離射撃は?」

 「無理だね、気づかれずに撃つには距離をとらなきゃならない……そうなれば超射程ライフルといえども着弾前に防がれてしまうよ」

 「そう…」

 「膠着を待って、やり過ごす。 愚策ではあるがな」

 そこにガモフの艦長、ホフマンも加わる。

 トールからは陰で"ちょび髭"と呼ばれていた。

 

 本人からしてみれば、若い兵士の多い、ザフトの中で精一杯の威厳を形で示そうとしたことだが、

 その外見が、いかにも地球の古い時代の軍隊を連想させて、当の若者たちの目には滑稽に映ってしまっていた。

 無論、今のような真剣な場面では、そんな素振りは誰も、微塵も見せないのだが。

 

 「あんな前時代の遺物、よもや要塞に転用するとはね」

 「だが防御兵器としては一級だぞ? 重要な拠点でもない為、

  我が軍もこれまで手出しせずに来たが、あの傘を突破する手立ては、今のところない。やっかいなところに入り込まれたな」

 「それこそ核兵器級の破壊力でもないと……かな?」

 

 サイとミリアリアが話している中、何か考えているのか、

 普段なら一番お喋りなトールが、黙り込んでいた。

 

 しばらくすると考えがまとまったのか、トールは顔に笑みを浮かべていた。

 

 「この傘ってヤツはいつも開いちゃいねえんだろ?」

 「ああ…敵がいないときは展開してないけど」

 「……俺の機体、あのブリッツなら何とかなるかもしれない」

 トールは自信を込めて言った。

 「不可能を可能にする男……トール・ケーニヒってな!」

 「……それ、ロアノーク隊長の受け売り」

 ミリアリアは指摘した。

 不可能を可能にする男――。

 ネオが何かにつけて言っているフレーズだったのだった。

 

 

 

 

---------------------

 

 

 「ザフト艦、ローラシア級、離脱します。イエロー18、マーク20、チャーリー。距離、700。更に遠ざかりつつあります」

 アルテミス管制室のオペレーターの一人が、モラシムに告げた。

 「フ……分かった。引き続き対空監視を怠るなよ」

 

 いったとおりではないか、とモラシムは思った。

 ザフト艦は手出しを出来ず、引くしかないのだ。

 大方援軍を呼んで、包囲でもするつもりなのかもしれない。

 

 しかし、その前に自分たちは大西洋連合の機密を解析し、ユーラシア連邦本国へ送る事が出来る――。

 その後、逃亡の時間も十分あるだろう。

 そうすれば、自分たちユーラシアが今後、地球圏での戦争のイニシアチブを取る可能性が出来るし、何より――個人的な出世にも繋がるのだ。

 

 が、そのようなモラシムの夢想に楔を打ち込むような一報が入ってきた。

 

 「司令……艦の方の調査はある程度までは、順調なのですが、モビルスーツのデータの方が……」

 「なんだと?」

 「艦の方は時間をかければ何とかなりそうなのですが、モビルスーツ側はOSに解析不可能なロックがかけられていて、未だに起動すら出来ないということで……今、技術者全員で解除に全力を挙げているということなんですが」

 「チッ……」

 

 解析に余りに時間を掛けすぎれば、先程の計画は水泡と化すのだ。

 ザフトが援軍を連れてきて、この要塞を完全包囲してしまえば、コチラの物資が尽きて、今度はクルーゼ達の言ったとおりになってしまう。

 

 まだ慌てる事はなかったが、事は早急に進めなければならなかった。

 

 

---------------------

 

 

 ガモフのモビルスーツデッキでは、トールの搭乗するX-207"ブリッツ"が起動していた。

 

 「ミラージュコロイド、電磁圧チェック、システムオールグリーン。……テストもなしの一発勝負……へへ!」

 

 

 コクピットの中で、トールは緊張と、奇妙な高揚に中てられていた。

 ――キラに聞いた、"ムシャブルイ"というヤツだろう、とトールは思った。

 

 

 「アルテミスとの距離、3500。光波防御帯、展開なし」

 「了解! いっちょやりますか」

 トールは、機体のチェックを終えると、オペレータに合図した。

 

 「大丈夫かしら…トール」

 「うーん派手好きなトールにはぴったりな機能だね…機能自体は究極的に地味だけど」

 

 パイロット・ルームでは、トールのそんな様子を、サイとミリアリアの二人が心配そうに眺めていた。

 

 

 危なっかしいのだ、彼は。

 

 

 「ブリッツ……出るぜ!」

 トールのブリッツは、アルテミスから十分な距離をとって出撃した。

 

 ("トール"と"ブリッツ"か……)

 

 トールは、自身の名前を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 トールは、北欧神話に伝わる、最強の雷神の名前だった。

 

 

 

 トール・ケーニヒのルーツは西ヨーロッパにあった。

 

 

 ユーラシア連合の西方に生まれた彼の両親は、胎児のときに"S型インフルエンザ"の猛威を受けた――そして、その病原克服の為に遺伝子改良を受けた。

 その際、両親のそのまた両親――トールの祖父母の代にあたる人たちは、自身の子供を人造の天才にする誘惑に勝てなかったのだという。

 

 

 そうして生まれたトールの両親は、同じような境遇のお互いと出会い、彼を生んだ――。

 

 

 そのような境遇、ルーツはプラントでは珍しいものではなかった。

 コーディネイターは宇宙に飛び立つための新人類であるという、 ある種の選民思想がその主流となっている傍らで、

 そのようなやむを得ずコーディネイターになってしまったという人々は少なからず存在していた。

 

 彼ら、トールの両親のような、コーディネイターは己の出自を捨てきれず、宇宙よりも地球に置いてきた自分たちのルーツを大事にした。

 彼らは望んで宇宙に出たわけでもなかった。 そして、望まれて宇宙に出たわけでもなかったからだ。

 

 

 それゆえ、息子であるトールに、古めかしい――プラントでは好まれないような、オカルティックと批判されてしまうような神話の神の名を付けた。

 

 が、トールは、そんな自分の名前が好きだった。

 

 未来ばかり向いているプラントの社会の中で、自分は過去とも繋がっているような気がしたから。

 それはコーディネイターの多くが抱える、ルーツ不在という強迫観念から逃れるものを、自分が持っているという無意識の強さだった。 

 

 

 

 (父さんたち……)

 

 ザフトに参加する事については、かなり両親から反対された。

 

 トールの両親のような、地球にルーツを求める、コーディネイター達は、

 どのような迫害に合おうと、自分たちと地球に住む人々との間に、決定的な線引きは好まないようになり、

 この戦争においては、ナチュラルとの融和政策を支持する――いわゆる、穏健派という派閥を形成するようになっていた。 

 

 トールはそんな両親を理解してはいたが、彼自身は2世代目――生まれながらのコーディネイターである自分自身を強く感じていた。

 だから、血のバレンタインで多くの友人を失ったとき、両親の反対を押し切ってザフトに志願したのだ。

 

 

 しかし、トール自身は、自分がナチュラル達に代わる新人類の一人とは思っていなかった。

 

 

 ただ、自分は、強く、この世界を少しでも変えていきたかった。 

 雷神・トールの名前と共に。

 

 

「ミラージュコロイド展開…撒布減損率30%…連続使用は80分が限度か……」

 トールはブリッツの特殊機能、ミラージュコロイド・ステルスを展開した。

 

 ミラージュコロイドは、光や粒子を収束、または分散、偏向できる性質を持ったコロイド状の微粒子である。

 ミラージュ、蜃気楼――この物質はその名のとおり、モノを目に映らせる可視光線を――捻じ曲げることが出きた。

 つまりは――ブリッツは――一瞬陽炎のようなものに包まれたかと思うと宇宙の闇に―――消えるのだ。

 

 

 

 

---------------------

 

 「パイロットと技術者だ!この中に居るだろ!」

 モラシムが、アスランたちがいる食堂に現れた。

 

 そこには既に、避難民含むアークエンジェル乗組員全員が集まっていた。

 

 「――何故俺たちに聞くんです?」

 ミゲルが言った。

 「何?」

 モラシムがミゲルに詰め寄った。

 「艦長たちが言わなかったからですか? それとも聞けなかった?」

 「貴様!」

 モラシムの傍らに控えていた副官が、ミゲルの首を押さえた。

 「よせ……フフ、そうだな諸君らは大西洋連邦でも、極秘の軍事計画に選ばれた、優秀な兵士諸君だったな」

 「イージスをどうしようってんです……!」

 「別にどうもしやしないさ。 ……ただ、せっかく公式発表より先に見せていただける機会に恵まれたんでね? パイロットは?」

 「クルーゼ大尉ですよ! 聞きたい事があるなら大尉に聞いてみては如何です!」

 横暴なモラシムの態度に、ダコスタが吼えた。

 「フン、先ほどの戦闘はこちらでもモニターしていた。ガンバレル付きのゼロ式を扱えるのは、あの妙な男だけだということぐらい、私でも知っているよ」

 すると、モラシムは、

 「女性がパイロットということもないと思うが…この艦は副官も女性ということだしな……」

 ――近くにあった腕を取って軽くひねった。

 

 「やめて! いたぁい! って……僕は男ですよ!!」

 と、腕をつかまれたニコルは怒って腕を振り払った。顔が真っ赤だ。

 

 「なんと……こんな美しい顔の少年が」

 「いますよ!」

 ――自認だったのかと、アスランは思った。

 「なら、こっちなら間違い……ないな」

 「何よ!その間は!……ちょ!痛いったら!」

 今度はフレイの腕が掴まれる。

 「フレイ!……やめろぉお!」

 イザークが怒りのあまりモラシムに掴みかかった。

 「……なんだ小僧が!」

 「うわッ!」

 イザークがモラシムに突き飛ばされた。転がり、派手に食堂の椅子にぶつかるイザーク。

 フレイが急いでイザークに駆け寄る。

 

 「なっ、卑怯な…!」

 流石に、アスランも腹に据えかねた。

 「アスラン――!」

 ミゲルが、アスランの肩を抑えようとした。

 それは、マズイ、と。

 

 アスランも自分がそうすることで、どのような状況になるか分からないではなかった。

 ――だが、流石に許せなかったのだ。

 

 「やめろよ……あれに乗ってるは俺だ!」

 アスランは叫んだ。

 「ふざけるな!お前のような若造に乗りこなせるものではない!」

 モラシムも言う、当然の事だが。

 が、アスランはこう続けてしまった。

 

 「……俺は、コーディネイターだ!それでいいだろ!」

 

 

------------------------

 

 

銃を突きつけられ、イージスのコクピットに座らされた。

 

「OSのロックを外せば良いんですね」

「ああ、だが、他にも君は出来るのだろう?」

「何が……!」

「例えば…こいつの構造を解析し、同じものを造るとか…逆にこういったモビルスーツに対して有効な兵器を造るとかね」

 

 それはアスランの神経を逆撫でした。

 

「俺は、ただの民間人で学生だ! 軍人でもなければ、軍属でもない! 戦争には参加する理由が無い!」

「そこまで戦いが嫌かね……同胞を裏切って、逃げ出してまで平穏がほしかったのか?」

「……逃げ出した!?」

「そうだろう? 君はコレを動かし、ザフトのモビルスーツと戦うほどの能力を有している――コーディネイターといえど、それほどの力を持つものは希有な筈だ。

 その君が、オーブに居たのは何故だ? 戦争から逃げ出して、自分だけ助かろうとしたのではないか」

「そんな……!?」

「そして、この船に乗った。 どんな理由でかは知らないが、同胞を裏切ったのだ。 ならば……」 

「違う……!」

「違うか? だが考えても見たまえ……この戦争を……プラントにいても、地球にいても、結局は巻き込まれることになるのだ……ならばどちらについたほうが得かをな」

アスランは男を睨んだ。

「……地球軍側に付くコーディネイターというのは貴重だよ。 それに、我々も手段を選んでいられんのだよ。 さあ……ロックを外して貰おうか?」

 

 

 

------------------------

 

 

 宇宙の闇に溶けたブリッツは、そのまま、アルテミスの外壁まで到着する。

 ミラージュコロイドは、可視光線や赤外線を含む電磁波を遮断した。

 宇宙空間ではほぼ、完璧に近いステルス性を発揮する事が出来るのだ。

 

 

 

 そしてトールは、リフレクターと呼ばれる、アルテミスの外壁に装着された光波防御システムの発生装置を発見した。

 

 (ニンジャ……)

 トールは思った。

 

 

 キラにはよく、ニホンのことを聞いていた。

 キラの両親はニホン生まれだという。キラもその文化に明るかった。

 トールと同様に、キラもどちらかと言えば地球に近いコーディネイターだった。

 彼とは、地球の話も多くした。 かつて地上にあった再構成以前の国家や文化の話も。

 

 (隊長みたいな名前が俺にも欲しい――そうだな、隊長は紫電――シデン――俺は、黒い――そうだな、"オニ"――"ライジン"――)

  

 

 「ブリッツ――雷神トールにはピッタリだぜ!!」

 

 トールはコクピットの中で、叫んだ。

 

 それは潜入作戦の恐怖や緊張を取り払うためか、それとも戦いへの高揚か。

 

 その両方であるのだろう。

 

 トールは、アルテミスのリフレクターをロックすると、もう一度、思い切り叫んだ。

 

「"ザフトの黒い雷神"! トール・ケーニヒ! 行くぜッ!!」

 

 ブリッツがビーム・ライフルを乱射した――

 

 

-------------------

 

 豪華な士官用の応接間に通された後、バルトフェルド達は暇をもてあましていた。

 (予想はしていたが、こうまでとはな……)

 盗聴の可能性を考え、バルトフェルドは押し黙っていた。

 クルーゼもソファーに座ったまま、じっとしている。

 アイシャだけが、豪奢な部屋のインテリアをあちこち見物していた。 

 

 「寝てるのか? クルーゼ」

 じっとしたまま動かないクルーゼに、バルトフェルドが分かっていて言った。

 退屈しのぎである。

 「……艦長こそこういう時に寝ておいたらどうだ? カフェインの採り過ぎで眠れんのだろう?」

 「へいへい……」

 皮肉めいたギャグを、そのまま返された。

 

 (大方、艦の調査が終わるまでは、ここに閉じ込めておくつもりだろうがね、まあ――)

  艦内のコンピューターからは、最重要のデータ――特にモビルスーツ関連についてはロックを掛けてきた。

  そしてイージス本体についても、クルーゼがアスランに細工をさせたと言ってきた。

 (隙を見計らって脱出、しか無いか?)

 ともバルトフェルドは思った。

 

 しかし、ザフトに4機のモビルスーツを奪われた以上、ユーラシアにある程度の情報などくれてやっても構わないか――とも、バルトフェルドは思った。

 ――あの艦とイージスさえ、無事に友軍の元へ届けられるなら。  

 

 やり遂げなければならないのだ――自分は艦長なのだから。

 地球を蹂躙するザフトを――今は討たなければならないのだ。

 

 バルトフェルドは部屋を歩き回るアイシャを見た。

 こういう部屋は、落ち着かないのだろうな、とバルトフェルドは思った。

 

 部屋のインテリアは、軍の高官を迎える事もあるのか、かなり豪華に作られていた。

 現在、アルテミスは、友軍への補給が主な利用方法と聞いている。

 将官たちのレクリエーションに使われる事もあるのかもしれない。

 

 このような部屋は、アイシャに生まれた家を想像させてしまうだろう――。

 

 ――彼女のような娘が今後も生まれるのであれば、俺はザフトを撃つ――。

 

 そう思って、この計画に志願したのは、いつの日だったであろうか?

 まだ一年と、経っていないはずなのに、この数日余りの激戦に、酷く遠く感じてしまっていた。

 

 すると――

 

 「――何かが?」

 

 クルーゼが突然呟いた。

 「どうした? ……うぉっ!?」

 

  ズシィイイン!!

  部屋が、途端に大きく揺れた。

 

 「おっ、おっ!?」

 「この振動ハ?」

 アイシャが転びそうになったバルトフェルドを支えた。

 「敵襲だ!」

 クルーゼが叫ぶ。

 

 

 

------------------------

 

 

  振動は、アスランたちのいるモビルスーツデッキにも伝わってきた。

 

 「管制室!この振動はなんだ!?」

  基地内用の電話機をとって、モラシムが叫んだ。

 「不明です!周辺に機影なし!」

 「……だがこれは、爆発だぞ! 超長距離からの攻撃かもしれん! 傘を開け、何をしている!?」

 「で、ですが! これは、ぼ、防御エリア内から攻撃されてます! リフレクターが落とされていきます!」

 「な……に……?」

 

 と、モラシムを一際大きい振動が襲った。

 「モビルスーツが出ました!」

 要塞外部を索敵していた兵士の一人が叫んだ。

 「出た!? 出たとはなんだ!」

 「う、宇宙空間に出たんです! 幽霊みたいに! 突然!」

 「も、モビルスーツが、一人でに……!?」

 

 

 ――モラシムが呆然としていると、アスランはその様子を見て、コクピットのハッチを閉めた。

 

 

 「な! コーディネイター! 何をしている!!」

 動き出したイージスにモラシムが叫ぶ。

 『攻撃されてるんだろ! そんな場合か!』

 アスランがイージスのマイクで叫んだ。

 

 アスランは、イージスを発進させて、要塞の外へ出した。

 

 

 「爆発じゃないのか……おい……!」

 避難民たちが揺れを感じて騒ぎ出した。

 「この警報はなんだ!?」

 ダコスタがユーラシアの兵士を問いただす。

 「ん…いや…これは……?」

 「分からねぇのかよ! だったら誰かに聞いて来い!どう考えたって、これは攻撃だ!」

 ミゲルは腰のベルトにスパナがついていた事を思い出して振り上げた。

 「うわっ……ま、待て……!!」

 

 ――そして、もう一度大きく場が揺れた。

 

 「こんなことをしてる場合かよ!」

 事態の重さを感じたミゲルは、強引に武装兵を撥ね退けて、食堂を出た。

 「止まれ!」

 武装兵が、ライフルをミゲルに向ける。

 しかし、

 「――すりゃあああ!!」

 「――うぉ!?」

 イザークが兵士をタックルで跳ね除けた。

 続いて、カークウッドやメイラムが、その兵士を押さえつけた。

 「イザーク!」

 「やられっぱなしではイラつくからな――大丈夫か? フレイ、行くぞ!」

 「う、うん……」

 ……お坊ちゃん然としたイザークの、意外な一面に、フレイは感じるものがあるようだった。

 

 「僕は男ですよぉッー!」

 そして、ニコルも食堂のイスを振り上げて奮戦していた。

 「おい、ニコル帰って来い!」

 ディアッカが言った。

 「お前ら下がれっー!!」

 が、ニコルは止まらなかった。そして、ユーラシアの兵士たちに隙が出来た。

 「今だ!」 

 避難民たちも一斉に、食堂から流れ出した。

 ――その隙に、クルーたちはブリッジに向かう。

 

 

 

------------------------

 

 

 「叫べ! クルーゼ、アイシャ!」

 応接室のバルトフェルドは、一計案じた。

 明らかにこれは攻撃を受けている為に起きた爆発だった。

 このままではこのアルテミスと心中するハメになりかねない。

 「叫ぶ……?」

 「助けを呼ぶのさ」 

 「……そういうことか」

 クルーゼは、バルトフェルドの真意を理解した。

 「キャー! トメテー! タスケテー!」

 「今ので壁が! 空気が!!」

 アイシャとクルーゼも、叫びだした。

 

 扉をガンガンと叩いて、外に助けを求める。

 

 ――門番が、何事かとドアを開けた。

 チャンスだ。

 

 「いま……」

 「ハァアアイッ!!」

 

 ――バルトフェルドが、当身を門番に喰らわせようとしたところ、

 

 「ハァアアアアアアッ!!」

 「ウボァ!」

 

 ――アイシャの鮮やかなハイキックが、兵士の後頭部を捉えていた。

 気を失い、倒れこむ兵士。

 

 「さ、イマヨ?」

 アイシャはそういって、部屋から出て行った。

 そして、現れた兵士を軒並み拳法のような動きで倒していった。

 

 「……」

 「いい女じゃないか」

 クルーゼが、出番を奪われたバルトフェルドの肩を叩いた。

 

 

 

------------------------

 

 

 「外の防御に優れている反面、中の防御はザルだな!」

 

 トールはそう呟いた。

 

 事実、そうであった。

 光波防御システムという、無敵の外壁を持つ余り、

 要塞付近・内部での迎撃システムは、殆どアルテミスに用意されていなかった。

 

 アルテミスの内部には、敵の攻撃をまるで想定していなかったであろう艦が、殆ど丸腰の状態で置かれていた。

 

 トールのブリッツは余裕のある限り、それらの艦隊にビーム・ライフルを乱射した。

 

 

 「あの足つきの船は――あそこか!」

 

 要塞のドック奥に、一際目立つ大きな船――アークエンジェルがあった。

 トールのブリッツが向かう矢先、

 「――イージスッ!?」

 

 赤い機影が立ちはだかった。

 イージスである。

 

 「会いたかったぜ! カズイのカタキだ!!」

 ブリッツは、イージスに向けて、一気に跳んだ。

 「――コイツ見ているとなんか、クビがムズムズしてきやがる! 落ちろよ!イージス!」

 トールが、ブリッツの腕を振り上げた。

 「――盾?」

 と、アスランは思った。

 ブリッツの腕には、シールドらしきものが装着されているだけ――と思ったが、

 (ビーム・サーベルが――)

 シールドの先に、ビームサーベルと、ライフルらしきものが装着されているのにアスランは気づいた。

 (盾に武器付き!?)

 

 ――トールのブリッツは、その名前のとおり、電撃戦用の機体であった。

 開発当初は重武装と高機動力を備えた、一撃離脱のモビルスーツを作るプランもあった。

 しかし、ビーム兵器を作る過程で、光線を偏向するミラージュコロイドの研究が進み、

 このミラージュコロイドを用いたステルス・ウェポンを作る事に決まった。

 それが現在のブリッツである。

 しかし、それには問題もあった。

 機体をミーラジュ・コロイドで包む以上、外付けや手持ちの武器は出来る限り減らさなければならない。

 それゆえ、ブリッツの兵装は特殊な形状をしていた。

 盾の中に、全ての武器を内蔵してしまう方法である。

 これならば、武器をコロイドでカバーして、隠してしまう事が出来る。

 

 これは三点のウェポン・プラットフォームを持つ事から、トリケロス、と命名されていた。

 

 その奇妙な兵装は、少なくとも、アスランを一瞬惑わせる事には成功していた。

 

 「チッ!」

  咄嗟にアスランは、シールドでビームサーベルを防ぐ。

 アンチビーム加工されている筈だが、回避が遅れた為、思い切り刃を受けてしまった。

 流石にシールドに、大きな切り傷が付く。

 

 「そらぁーッ!!」

 ブリッツが、ここぞとばかりに、イージスに攻め入る。

 「速い!?」

 アスランのイージスは、ブリッツのビームサーベルを受けるだけで背一杯だった。

 「――こんな場所では!」

 

 イージスも高機動性を有する機体であったが、いかんせん場所が悪かった。

 ――イージスの機動性は、スラスターの加速力による、瞬間的なスピードが特徴であった。

 しかし、要塞内部のような、狭い場所では、その機動性が殺されてしまう。

 アスランは思うように動けなかった。

 寧ろ、速すぎる機体は狭い場所での戦いを困難にしていた。

 

 対して、トールのブリッツは、ミラージュコロイドを用いて、敵の懐に潜り込む事を想定して作られていた。

 直線での動きであればイージスに及ばなかったが、狭い場所を動き回るには――ブリッツのほうが向いていた。

 

 「ザフトの機体になっているなら、これにも……」

  自分と同じコーディネイターが乗っているのだ、とアスランは思った。

 

 なら、これと戦っている俺は――"裏切りモノ"、なのか?

 

 「違う!! ――来るなよ! こんなところにお前らが来るから!」」

 

 アスランは、ブリッツの剣を撥ね除けて、距離をとった。

 

 

--------------------------------

 

 

 

 

 「艦を出せ! 良い的だ! 我々も脱出するぞ!」

 「モラシム司令がいません!」

 「かまうか! このまま全滅してはならん!」

 ザフトの侵入を知ったアルテミスの副官が艦内放送を使って、要塞内の兵や士官に叫んだ。

 

  慌ててアルテミス中の船が、出港を始める。

 

 

 

--------------------------------

 

 

 アルテミスから脱出をし始めた艦船が、続々とアルテミスから宇宙に出て行った。

 そして、それらの幾つかは、対峙しているイージスとブリッツの間を横切っていった。

 「船が逃げ始めたか! あーくそ! イージスが見えねえ! 邪魔だよ!」

 

 視界を妨げる戦艦を避け、イージスを探すブリッツ。

 

 

 ――見つけた!

 と、イージスを確認したトールだったが、それをまたさえぎるように戦艦が――。

  

 「このー!」

 

 トールは、トリケロスに装着された、サーベル、ライフルに続く三つ目の武器――高速運動体貫徹弾「ランサーダート」を目の前の戦艦に放った。

 ミサイルのような――それにしては細長い、槍投げのヤリのような形状をした武器が、発射される。

 

 それは、大型の戦艦の装甲に突き刺さり、突き刺さった装甲の内部で――爆発した。

 

 ズドォオオオン!!

 

 ――トールもデータの上では知っていたが、それは対艦用に考案された、炸裂弾の一種であった。

 

 「うほぉッ!?」 

 

 思った以上の威力があって、要塞の中で戦艦が爆発を始める。

 

 

 

 「アスラン!」

 「ディアッカ!」

 船の爆発に紛れて、ブリッツから隠れたアスランに、ディアッカから通信が入った。

 「無事だったのか?」

 「ああ、艦長さん達も皆無事だ! ここから出るぞ! 戻れ!」

  アスランは、イージスをアークエンジェルへと向けた。

 

 

------------------------

 

 

 「――イージスはどこだ!? くっそー!!」

 トールは自分の迂闊さを呪った。

 

 「トール!」

 ミリアリア達から通信が入った。

 アルテミスが爆発したのを見て応援に来たのだ。

 「ミリアリア! 要塞の中で艦が爆発した! こっちに来るな! 足つきが逃げる!」

 「え!?」

 「逃げる船を出来るだけ囲うぞ!」

 

 大型戦艦のエンジンが炎上したため、アルテミス自体が崩壊する可能性があった。  

 トールも急いで、内部から脱出した。

 

 トールが要塞のドックから外へ出ると、 

 ミリアリアのバスターと、サイのデュエルが、アルテミスから脱出する艦艇を包囲していた。

 

 しかし、アークエンジェルの姿は捉えられなかった。

 

 アルテミスから発生した瓦礫や、逃げ出した艦が、またも目くらましになったのだ。

 

 一度逃げられてしまえば、アークエンジェルはザフトのナスカ級に匹敵する航行速度を出せると聞いている。

 またも、取り逃がしてしまったのだ。

 

 「見てろよ ……次こそ、"ザフトの雷神"がお前を――」

 

 トールは、爆発、炎上するアルテミスを背に、宇宙の虚空を見詰めた――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 10 「アスランの日記」

-------------------------------------

『アルテミスで、ブリッツというモビルスーツとまたやりあう事になってしまった。

 逃げても逃げても追いかけてくる戦争の気配なようなものに、

 俺はこんなメモを書いて発散するしかないのだ』

 

-------------------------------------

 

 

 CE30年代。 空前のコーディネイターブーム。

 その切っ掛けは一人の天才が、人類の可能性と共に提示した――自分が人造の天才であるという真実。

 それは、多くの子を持とうとする親達を、遺伝子改良という禁忌に触れさせる事にもなった。

 

 

 人類の可能性――彼が木星にて発見した、地球外生物の化石は、

 人という種が、まだまだ先に行けるという証明であると同時に、

 人という種が、まだまだ、安息の時を迎える事が出来ないという事の証明でもあった。

 

 

 エビデンス・ゼロワン。

 

 ジョージ・グレンが見つけてきた、クジラ並の知性を持ったであろう、

 地球外の、未知の生物の化石。

 

 地球圏に混乱と希望を齎したその化石は、唯、存在し続けていた。

 人類になんら言葉をかけることもなく……。

 

 

 

---------------------------------------

 

 「いたずらに、戦火を広げてどうする? パトリック――」

 エビデンス・ゼロワンの化石の前で、パトリック・ディノは、ウズミ・ナラ・アスハに話しかけられた。

 パトリックは、ちらりと、ウズミの方を見たが、そのままエビデンス・ゼロワンを見上げ続けた。

 

 地球外生物の存在証明(エビデンス)――と名づけられたソレは、全長10メートル余りの、

 水棲脊椎動物――鯨のような様相をしていた。

 ただ、ソレには、地球外の生物であることをまるで主張するかのように、その骨格に不釣合いな物体――鳥類の翼のようなものがついていた。

 

 ファースト・コーディネイターである、ジョージ・グレンが木星の衛星、エウロパで発見したソレは、

 現在はプラントの首都、 アプリリウス市の最高評議会議事堂のホールに飾られていた。

 

 人類が、その閉塞した旧暦を終えて、コズミック・イラという新たな歴史と宇宙に希望を見出した発端――。

 プラントの建造を元とした、宇宙開発全ての契機となった物体でもあった――。

 

 そして、これは、コーディネイターが新たな世界を作る事への存在証明(エビデンス)――。

 パトリック・ディノはそのようにも考えていた。

 

 「――我々に戦争に感けている暇は無い、そういったのは君だろう?」

 「そうとも」

 ウズミも、パトリックの横に立ち、エビデンス・ゼロワンを眺めた。

 

 「――我々は、新たな世界を作らなければならんのだからな」

 パトリック・ディノはそういうと、ウズミに背を向けて歩き出した。

 

 「レノア、我々はどうすれば良いのだろうな……?」 

 残されたウズミは、今は亡きパトリックの妻の名を呼んだ。

 聡明な女性。

 

 そして、過去と未来を繋いでいた女性であった。

 

 

 

--------------------------------------

 

 

 

 「再度確認しました。半径5000に、敵艦の反応は捉えられません。完全にこちらをロストした模様」

 「アルテミスが、上手く敵の目を眩ませてくれたってことか?」

 メイラムの報告に、バルトフェルドが応えた。

 

 先程のアルテミスの崩壊に伴い、要塞の残骸やら、逃げ出したユーラシアの艦やらが、

 レーダーに引っかかるジャミングとなり、ヘリオポリスの時同様、敵の目を眩ます事になったのだ。

 「だったら、それだけは感謝しないとネ」

 アイシャがそういって、食事をブリッジに持ってきた。

 ダコスタにも手渡してブリッジのメンバーに配り始める。

 人手が足らず、ブリッジのメンバーは、殆どの時間哨戒任務に当たらねばならず、

 ブリッジで食事をするハメになっていた。

 

 (ローラシア級がロストしてくれたのは幸いだが……こちらの問題は、何一つ解決していないな)

 バルトフェルドは、運ばれてきた食事を見ながら思った。

 

 「ソイミートはいい加減飽きたな、本物の肉も食べたいのだがね」

  バルトフェルドが肉――正確には"大豆の合成淡白と細胞培養で作られた合成肉"を挟んだバーガーを食べながら言った。

 「むちゃ言わんでください」

  ダコスタが運ばれてきた食料を他のクルーにも配りながら、言った。

 「もうメシくらいしか楽しみが無いだろう? コーヒーも尽きてしまったしなぁ」

 「え? だってコーヒーは」

 食堂やリラックス・ルームのティーディスペンサーを使えばいくらでもまだ飲めるではないか、と言おうとしたが。

 「自販機のアレをコーヒーと呼ぶのかね?」

 「……」

 ダコスタは流石に呆れてため息をついた。

 「……それに、あんな物に水を使うわけにもいかんだろう?」

 「あ……」

 肝心なことを忘れていた自分を、ダコスタは恥じた。

  

 循環しきれない水や、マシンのメンテナンスに使われた水は排出せざるを得ない。

 アークエンジェルは、軍艦なのだ。乗組員の飲み水以外にも、マシンのメンテナンスや艦の各種マシンの稼動にも大量の水を消費する。

 ヘリオポリス出航時に船に積まれていた水は、底を突きかけていた。

 

 「しかし、アスラン・ザラはまたイージスに篭ってるのかね?」

 「ええ、アイマン軍曹が心配してました。……それこそ艦長と違って、碌に食事も取らず、らしいですよ」

 

 やれやれ……彼に負担をかけすぎたかな。

 

 バルトフェルドはあっという間にハンバーガーを平らげてしまうと、

 アイシャの淹れたお茶に手を伸ばした。

 

 (――ゴハン以外のオタノシミは、地球か月ニ降りてから?)

 (そうだな、流石にね?)

 アイシャとバルトフェルドは、他のクルーに聞こえないように、そんな会話した。

 

 「ところで空き部屋にぶち込んだ連中はどうする? 連中にも手伝わせるか?」

 

 

------------------------------------

 

 

 

『2月1日。

 今日もまた、モビルスーツの整備に一日を費やす。

 そうしていないと落ち着かないのだ。

 

 アルテミスではマトモな補給すら受けられなかった。

 水も足りなくなってきて、パーツ洗浄器すら使えない。

 避難民たちはシャワーも毎日浴びれないという。

 

 食料もそうだ。 今のところ問題は無いが、

 段々簡略化された食料がメニューに割られ、

 酒保――戦艦内に置かれるはずだった売店用の品が配られなくなった。

 

 なのに、俺にはパイロット用の高カロリーで量の多い食事が渡される、

 パイロットになったつもりは無いのに……』

 

-----------------------

 

 アスランは、アークエンジェル艦内で見つけたノートとペンで、日記を書く習慣を続けていた。

 

 バルトフェルドの配慮で、数日前からアスランには士官用の個室が割り振られていた。

 

 アルテミスの一件以来、アスランは気落ちする事が多くなった。

 

 戦場で命のやり取りをするストレスは尋常なものではない。

 また、彼はたった一人、ナチュラルの中に紛れることになってしまったコーディネイターなのである。

 

 一人の時間が必要だろうという、せめてもの気遣いであった。

 

  それは、確かにアスランの心を慰める事にはなったが、更なる疎外感を生む事にもなった。

 アスランは自然と、部屋にこもりがちになった。

 そうでなければ、イージスのコクピットで過ごす事が多くなった。

 

 

------------------------------------------

 

 

『2月2日

 イザーク達には悪いことをしてしまった。

 しかし、クルーゼ大尉は不思議な人だ。

 あの人からは人に何かを押し付けるような感じがしない。

 なんと言うか、まるで――人間に似せて作られた、精巧なロボットのような感じがする。

 人間らしさの、何かが違うと言えばよいだろうか?

 

 でも、そのせいか何でも話せてしまう。

 

 お陰で、イザーク達とまた普通に話せるようにもなった。 

 

 しかし、これから先、どうなるんだろう。

 月か地球に向かう途中で、降りれるのだろうか?

 ヘリオポリスはどうなったんだろうか……』

  

 

-----------------------

 

 

 

 「アスラン! メシにするぞ?」

 イザークが、イージスで作業するアスランに向かって言った。

 「悪い、食欲がわかない」

 「しかしな……」

 ムリにでも連れ出そうとするイザークを、ニコルが引かせた。

 「知らんぞ……」

 イザークはアスランに言うと、一人で食堂に向かってしまった。

 

 ニコルもそんなアスランを心配そうに見ていたが、方法が見つからない事に気づくと、その場を離れるしかなかった。

 

 

 アスランは、一人になって、黙々と作業をした。

 一緒に食事に行かないのは、食欲が沸かないのもあった。

 しかし、本当の所は、イザーク達と、どう顔を合せればよいか分からなくなっていたからだった。

 

 今のアスランにとっては、彼らすら怖かった。

 アルテミスで、自分がコーディネイターであるということを、まざまざと、酷い形で突きつけられたのだから。

 

 「食べないのかね?」

 そこに、クルーゼがやってきた。

 先程のやり取りを聞いていたようだ。

 「食べたくないんです、何かを食べても――咽を通らなくて」

 アスランは少しだけ、彼の方を見ると、それだけ返して、直ぐに作業に戻った。

 「それはいかんな? 食事はパイロットにとって重要な仕事だ」

 「――俺はパイロットじゃありませんよ」

 アスランは、クルーゼを突き放すように言った。

 「なら何故君は、先程からずっとイージスの整備をしているのだ?」

 「貴方たちがやれっていったんでしょう――それにいつ敵が来るか――」

 

 ――敵?

 

 敵、という言葉を自分が使った事に、アスランはハッとした。

 

 

 アスランも、ついこの間までは、『敵』という言葉に、特段何も感じてはいなかった。

 映画やテレビ放送、そして、最近はニュースで聞いた時も――父の元にいた時ですらだ。

 

 それが、今は、自分と相手を分ける、非常に残酷な言葉として、アスランに重くのしかかっていた。

 コーディネイターである自分。

 イザーク、ディアッカ、ニコルの友人である自分。

 キラ・ヤマトの友人であった自分。

 

 その自分の敵とは何なのだろうか――?

 

 

 

 (敵って――誰だよ)

 キラか? ザフトか?

 コーディネイターか?

 アスランは、思わず手を止めた。

 

 

 そんなのアスランの様子を見てか、尚クルーゼは語りかけてきた。 

 

 「……ならば、尚更食べておきたまえ、結局コレに乗るのは君なのだからな?

  つまり、コレの整備をする事と、君が食事を取る事は全く同じ事だ」

 

 ――と、彼はアスランの足元に何か投げつけた。

 

 「……?」

 「それなら食べられるだろ?」

 

 軍用の濃厚流動食のパックだった。

 戦線で衰弱した兵士や、調理が困難な宇宙空間でも十分な栄養を取る為に、旧世紀から脈々と使われてきたものだった。

 トーフ・ハンバーグ風味と書いてある。

 

 「私はそれで三食済ませる事が多い」

 

 ――三食だって?

 アスランは思わずクルーゼの顔を見た。

 冗談を言っているようには見えなかった。

 

 「こんなモノで、ですか?」

 こうした戦闘食は手軽に栄養を取る事が出来るし、

 味だって娯楽が少ない戦場の兵士が食べるものであるため、どちらかといえば美味なものが多い。

 

 しかし、それだけで済ませてしまうというのは、やはり人間の食事とは言いがたかった。

 

 「昔から余り食に興味がなくてね。 食べなくて済むなら、私は何も食べなくてもいいくらいだ――それはスグに済ませられて楽で良いぞ?」

 

 アスランはあっけに取られた。

 ――この人は、どんな人なのだろう。

 

 アスランは却ってクルーゼに興味が沸いた。

 クルーゼは、会った時から不思議な人物だった。

 常にサングラスで目元を隠し、その心情を悟らせない。

 

 バルトフェルドのような人はまだ分かりやすかった。

 

 彼は軍隊として振舞っていたし、恐らく、彼の胸には、国家とか、個人的な感情とか、

 戦う理由が明確にその形を示して、仕舞われているのだろうということは見れば分かった。

 が――クルーゼからは、そういったものが何も感じられなかった。

 

 「――大尉は、なぜパイロットをやっているんです?」

 「何?」

 「いえ、なんとなく」

 「フム……」

 アスランは、思わずクルーゼに聞いてしまっていた。

 「他に食べる方法を知らないからさ」

 とクルーゼがいった。

 「本当、ですか?」

 余りに嘯いているように聞こえたので、アスランは更に聞き返した。

 「……そうだな後は――生きている心地がするからかもしれん」

 

 生きている心地?

 スリルを味わいたいという事か?

 ――が、クルーゼの様子からはそのような軽薄な意味合いではなく、もっと深い何かが込められているような気がした。

 アスランに、その真意は分からなかったが、とりあえず、その言葉に嘘は無いような気がした。

 

 

 アスランは、流動食のパックを手に取った。

 しかし、

 「――アスラン、食べるのはやはり待ちたまえ」

 「え?」

 急に、クルーゼがそれを遮った。

 

 

 「アスラーン!」

 ニコルが、食堂のプレートに何かを山盛りにして持ってきた。

 

 「ディアッカがチャーハン作ったんです! 食べますよね!?」

 「あ……」

 

 「食えよ? 食わないなんていわないよな?」

 作ったディアッカも一緒に来ていた。

 「イザークが、作れってうるさくてさ?」

 

 

 ――ディアッカは、幼い頃、ジャーナリストの父と、世界各地を旅しており、その時、様々な地球の料理を知ったと聞いている。

 簡単なものは幾つか作れるようになったという。

 

 中でも米を使った料理は、彼の得意分野だった。

 「米と調味料とくらいしか自由に使えなかったから、具は殆ど入ってねーけどよ」

 「ね、食べてくださいよ」

 アスランは目の前のラッピングされたプレートを見た。

 

 ディアッカのチャーハンか、ヘリオポリスでは何度か食べさせてもらったな――グループワークが終わらない時、みんなで徹夜して――その時夜食にも食べたっけか。

 

 アスランは、チャーハンのラッピングをあけようとした。

 「待ちたまえ」

 クルーゼが止めた。

 「無重力ブロックだ。 イージスがそれを食べてしまう事になる」

 「アッ……」

 アスランは手を止めた。

 

 ラッピングを開けたとたん、米粒は空中へ離散するだろう。

 そしてここは精密機器の塊の中なのだ。

 

 ニコルがしまった、という顔をする。

 

 「そんなマヌケなことで、この艦が沈む事になったら流石に死に切れん、食堂に行って食べたまえ」

 

 アスランは思わず笑った。

 笑ったのは久しぶりだった。

 そして、プレートを持つと、クルーゼに会釈して、イージスのコクピットから這い出た。

 

 ニコルたちとモビルスーツデッキから食堂に向かう途中、イザークもいた。

 彼らはちらり、とアスランのほうを見た。

 「さっきは悪かった……まだなら、一緒に食べないか?」

 そんな彼に、アスランは言った。

 「――なんだ、全く」

 イザークは悪態をつきながらも、アスランと同じ方向に流れ始めた。

 

 

 

 

 

------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 砂時計のような、異形の物体が、100個ほど宇宙空間に浮かんでいる。

 L5宙域に建造されたコーディネイター達の楽園――プラントである。

 

 Productive Location Ally on Nexus Technology――プロダクティブ・ロケーション・アレイ・オン・ネクサス・テクノロジー。

 コーディネイター達が生み出す、"次代技術による生産基地"その略称がプラントである。

 

 ほぼ完全な水源の自給を目指して作られたその施設は全行程60Kmに渡る。

地表の約7割は水源で占められている。ゆえに充分な居住地帯を確保するにはサイズそのものを巨大化させる必要があったのだ。

 

 そのサイズは、地球にいながらも、夜空に瞬いて見えるほどであった。

 

 その一角に、ザフトの使う軍事施設もあった。

 ローラシア級や、ナスカ級戦艦が、すっぽりと包まれてしまうような、宇宙船用メンテナンスドックが、浮かんでいる。

 

 「誘導ビーコン捕捉。第4ドックに着艦指示でました。進入ベクトル合わせ」

 「ビーコン捕捉を確認。進路修正0ポイント、3マーク16、ポイント2デルタ。回頭180度。減速開始」

 

 ヴェサリウスは、そのうち一つへ着艦する準備をはじめた。

 

 「査問会には、キラ・ヤマトもお連れになるので?」

 ナタルが、艦の入港手続きを進めながら言った。

 「ああ。ヤツが一番深い分析が出来る。OSの組み換えまでアッと言うまにやってしまえる位だからな」

 「オーブは……かなり強い姿勢で、抗議してきているようですが……」

 ナタルは、ネオが本国に呼び戻されることになった原因を言った。

 「……ま、わかっちゃいるがね。 正直、その辺は、お偉方の思惑に任せるしかないよ」

 「ハッ……?」

 「ザフトの仕事は別のところにあるということさ――まあ、ナタルも、少しは休めよ。 そんなにゆっくり出来る時間もないだろうけどな」

 ヴェサリウスのクルーには数日間の休暇が与えられていた。

 ネオがプラント評議会で開かれる臨時査問委員会に招かれている間の、短い期間ではあるが、戦い詰めのナタルにとっては、しばらくぶりの休暇であった。

 「――いえ、そうであるならば、ヴェサリウスの修理と補給を急がせます。 隊長も大変かとは思いますが、お気をつけて」

 (またヴェサリウスに戻ってこれるといいが――)

 ナタルの心配を他所に、ネオは今後の事に不安を感じていた。

 

 「ン……ありゃあ?」

 と、ネオは、ヴェサリウスの外に、一隻の見慣れぬ艦を見つけた。

 ナスカ級戦艦だった――が、それは一般的な碧に塗られたカラーリングでは無く、黒に近いグレーに塗装されていた。

 ――ザフトで新造された戦艦、ナスカ級「アルベルト」だった。

 

 

-------------------

 

 

――ネオ達は、ヴェサリウスからランチに乗り、そこから入国用のシャトルに乗った。

 

 

 「……御同道させていただきます、ディノ国防委員長閣下」

 「礼は不要だ。私はこのシャトルには乗っていない。いいかね?」

 

 パトリック・ディノの席の近くに、キラとネオは腰掛けた。

 

 「――リポートは読ませてもらった。しかし、問題は、奴等がそれほどに高性能のモビルスーツを開発したというところにある。パイロットのことなどどうでもいい」

 「左様で、ございますか?」

 「……」

 キラはうつむいた。

 ネオは、パトリックへのリポートに、キラから報告された敵のパイロットの事を記載していたのだ。 

 「――キラ・ヤマト君? 君も自分の友人を、地球軍に寝返ったものとして、報告するのは辛かろう――?」

 パトリックはキラに言った。

 「ええ……」

 「その箇所は私の方で削除しておいた。向こうに残してしまった機体のパイロットもコーディネイターだったなどと、そんな報告は穏健派に無駄な反論をさせる時間を作るだけだ」

 「ですが――あれほどの脅威、報告をしないとあれば――」

 「奴等は、自分達ナチュラルが操縦しても、あれほどの性能を発揮するモビルスーツを開発した……そういうことだ、ネオ?」

 「――了解しました」

 

 ネオも、それ以上は食い下がらず、パトリックの言う事に頷いた。

 

 「君の働きには満足しておるよ、ネオ。 ――例の新型機の開発は君に任せたい」

 「それは……!?」 

 「アレのデータも使えるだろう。 査問委員会が終わったら、国防委員会まで来ると良い」

 「――ハッ」

 やはり、思ったとおりの展開になったと、ネオは感じた。

 

 

 

 

 

 

 

---------------------

 

 

 

 

 キラたちと別れ、港から、議事堂に向かう車の中で、

 パトリックはネオのレポートを再度読み直していた。

 

 (敵軍のパイロットは、キラ・ヤマトの友人――アスラン・ザラ――?)

 

 その名前は、パトリックにも見覚えがあった。

 なぜなら――

 

 「気になりますか? そのパイロットのこと?」

 車の隣の席に座る、白いスーツを着た男が言った。

 歳は30手前くらいで、まだ若い。 パトリック・ディノの秘書にもみえたが、両者の立場は対等にも見えた。

 まるで、ビジネス・パートナーのように。

 「フン、"ナチュラル"のパイロットなぞ、気にしてはおられんよ」

 「歳は閣下のご子息と同じ頃で――?」

 パトリックは思わず、隣の席の男の目を見た。

 「息子は死んだよ? テロでな――」

 「――失礼。では、私と同じでしたか……」 

 白スーツの男は大げさに悲しそうな顔をした。

 この男も両親を、14歳の頃にテロで失っている。

 

 「それよりは、このモビルスーツだ」

 「……イージス、ですか? これが一番欲しかったなぁ――」

 「モビルスーツの設計も手かげている君ならばそう思うだろうな――それより木星船団の件、ご苦労だったな……。

  君のおかげでこの戦争が終わるまでわれらはヘリウムには苦労せんよ」

 パトリックは隣の男に言った。

 

 彼は、先日プラントに帰還した、第08木星探査船団のグループ・リーダーを勤めた一人であったのだ。

 「いえいえ……プラントの為、当然のことです」

 「どうだね?5年ぶりのプラントは?」 」

 「船内で戦争のことを聞いたときには驚きましたよ、本土はまだ平和で安心しました」

 

 木星船団――CE20年代から度々行われてきた、地球・木星間の調査、資源の採取を目的とした船団探査である。

 大型の宇宙船を使い、人類がようやく到達した最果ての地、木星圏内まで足掛け5年で往復する壮大な計画であった。

 

 

 かつては、地球連合国が合同で行っていた一大プロジェクトであり、その運営は、現在もなお残る、国際的な宇宙開発機関『D.S.S.D』の先進となった。

 CE50年代に入ってからはプラント主導で行われることになった。

 嘗ては、プラントのオーナー国家がその資源を根こそぎ奪い、

 独占していたが、今回は、その資源の全てがプラントの戦力として使われることになった。

 

 プラント単体でも、その航行を可能にしたのは、ジェネシスシステム……ソーラーセールの開発のおかげであった。

 巨大なレーザー発射装置で、宇宙船側にソレを受ける"帆"を張る。

 船は、ソーラセールの名のとおり、ミラーのような帆で太陽風やレーザーを受けて、ソレをエネルギーに推進し続けるのだ。

 (我らはより遠くへ行けるようになった。 木星圏まではその内に燃料なしでも行けるになるだろう……。われらの叡智は常に進化しつづけているのだ)

 パトリックは思った。

 それをいつまでも下等な旧人類に関わっている暇はない――目の前にいる男は、そのための人材であり、コーディネイターの権化のような男であった。

 

-----------------

 

 

 ――プラントは嘗て、資金を提供した宗主国が作る「プラント運営会議」の支配下にあった。

 そう、プラントは搾取される対象、まさに植民地――プランテーションの場であった。

 

 それはプラントの成り立ちから、運命付けられていたものであった。

 

 

 

 遺伝子を調整される事で生まれてきた人造の天才たち、コーディネイター。

 彼らはその出自と、持たざるものたち――ナチュラルに生まれた人々の嫉妬から、地球では迫害されて住めなくなった。

 

 そんな彼らが行き着いた先が、宇宙、そしてプラントであった。

 

 ――地球圏の人類たちは、増えすぎた人口や、枯渇した資源への救いを宇宙に求め、その手を伸ばそうとしていた。

 だが、それには、犠牲が必要であった――空気の無い、苛酷な環境へ、開発の先駆けとなる、優秀な能力を持った人間達による人柱が――。

 

 彼らは行かざるを得なかった。 コーディネイター達は、その責を負わざるを得なかったのである。

 だが、彼らはソレをナチュラルに強いられた事としては思わなかった。

 ――人類の新たな歴史を刻むため――自分たちが新しい世界を作る選ばれた新人類であると思うことで、その孤独な環境に立ち向かっていった。

 

 優秀な頭脳と、強靭な肉体を持ったコーディネイター達による、宇宙に生まれた創造的な植民地――。

 それが誕生したばかりのプラントだった。

 

 プラントで生み出された技術、資源は地球圏に安定をもたらした。

 プラントが稼動してからの数十年は、CE開史以来の繁栄の時代だった。

 国家再構築戦争で荒れ果てた国家は徐々に国力を取り戻し、

 増えすぎた挙句、大戦で大きく減少した人口は、再び安定した増加に転じ、

 地球圏は再び繁栄するかに見えた――。

 

 

 ――しかし、それは、宇宙空間で孤独に耐える、コーディネイター達の犠牲の元に成り立っていた。

 所詮は、偽りの平和に過ぎなかったのである。

 

 いつしか地球圏の人間たちは、その富が失われる事と――その莫大な利益を生むコーディネイター達の能力を恐れた。

 

 それがいつしか、現在の地球とプラント間の戦争へと繋がっていくのだ――。

 

 

 

---------------

 

 

 アプリリウス・ワンの中心部から、一気に議事堂のある直下へ異動する、巨大なエレベーターの中。

 キラはプラントの光景を眺めていた。

 小惑星を寄せ集めて、そこから取れる鉄と水で作った人工物――そんなこと誰が思えるだろうか?

  

 巨大な湖が、地表の殆どを埋め尽くしている。

 地球の環境をほぼ完全に再現したこの人造の大地には、亜熱帯の気温が再現され、緑豊かな植物がこの宇宙の果てで見事に色づいていた。

 

 長い距離を下る事になるエレベーターの室内には、その数十分の退屈を紛らわせるため、TVが設置されていた。

 プラント国内向けのニュースが放送されていた。

 

 「では次に、ユニウス7追悼、一年式典を控え、アスハ最高評議会議長が、声明を発表しました」

  キラが画面を見ると、ウズミ・ナラ・アスハ議長の横に、見慣れた少女の姿があった。

 「――カガリ・ユラ・アスハか、最近メディアにも出るようになって――そういえば、今はお前のお姉さんも同然だったか?」 

 「ええ、まあそのように呼べと言われてますが……」

 「うらやましいねー、こんな清楚な、お姫様みたいな娘と一つ屋根の下か?」

 「そんなんじゃ――それに――」

 と言いかけて、キラは止めた。

 

 画面の中のカガリは、鶯色の可憐なドレスを纏い、清楚な雰囲気を漂わせていた。

 

 

-----------------------

 

 

 

 最高評議会議事堂の中。

 オーブ連合首長国領、ヘリオポリス崩壊についての臨時査問委員会が開かれていた。

 

 議場に設置されたモニターには、ネオらが奪取したストライクをはじめとしたモビルスーツの映像が映し出されている。

 

 「ストライクいう名称の付いたこの機体ですが、大きな特徴はランチャー、ソード、エールと、3タイプの武装を換装することの出来る、汎用機となります。

 そのストライクという名前のとおり、攻撃作戦に於いて大きくその機体特性を変える兵装を使い分け――」

 キラは、議員たちを前に、奪取した四機の機体について説明した。

 それが、如何に、自分たちの脅威となりうるかを。

 

 「こんなものを造り上げるとは…!ナチュラル共め!」 

 「アーガイル、そう憤りたつな、まだ、試作機段階だろう? たった5機のモビルスーツなど脅威には……」

 「ケーニヒ議員、そうは言いますが、ここまで来れば量産は目前だ。その時になって慌てればいいとでもおっしゃるか?」

 「これは、はっきりとしたナチュラル共の意志の表れですよ! 奴等はまだ戦火を拡大させるつもりなんです……」

 「静粛に! 議員方、静粛に……」

 

 「やれやれ……これがコーディネイターのトップか……」

 ネオはその光景を複雑な心境で眺めていた。

 

 キラは自身の報告で議場が大いに荒れたのを見て、少し身を引いた。

 

 「以上の経過で御理解頂けると思いますが。我々の行動は、決してヘリオポリス自体を攻撃したものではなく、あの崩壊の最大原因はむしろ、地球軍にあるものと、御報告致します」

 「やはり、オーブは地球軍に与していたのだ……条約を無視したのは、あちらの方ですぞ!」

 

 

 「戦いたがる者など居らん。我らの誰が、好んで戦場に出たがる?」

 

 ――騒然としている議場の中、パトリックが口を開いた。

 議員たちは、一斉に静まり返る。

 「穏やかに、幸せに暮らしたい。我らの願いはそれだけだったのです……だが! その願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です! 自分達の都合と欲望の為だけに、我々コーディネイターを縛り、利用し続けてきたのは!」

 

 

 議員たちは完全に押し黙った。

 彼らの脳裏には、一様にして、あの悲劇のことが思い出されていた。

 

 「243721名! ……それだけの同胞を喪ったあの忌まわしい事件から1年。それでも我々は、最低限の要求で戦争を早期に終結すべく、心を砕いてきました。 だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです」

 

 ――血のバレンタイン。

 この戦争の直接契機となった、あの悪夢を。

 

 「我々は、我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!」

 

 パトリックは叫んだ。

 そのために、彼はこれからも進み続ける。 そのためならば、どんなものを犠牲にしようとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------

 

『2月3日 今日は余りに色々なことが起こりすぎた……頭がクラクラする。

 まず、営巣や船室に閉じ込められたあのアルテミスのユーラシアの軍人たちと揉め事があった。

 その後、あのユニウスセブンで、氷拾いだ。

 ……キラはあそこで両親をなくしたのか。

 ――それから、あの女!』

 

 

 アスランは、ノートを乱暴に閉じて寝た。

 頬が真赤に腫れ上がっている。

 

---------------------

 

 

 

 アルテミスから脱出する際、アークエンジェルの中から逃げおくれたユーラシアの兵たちも数名存在していた。

 その中には、あの司令――マルコ・モラシムも含まれていた。

 

 「馬鹿なことを抜かすな! 大西洋連合の船だろコレは!」

 

 モラシムが、閉じ込められた士官室の中から怒鳴った。

 

 ――一部のユーラシア兵が、アークエンジェルのクルーになりたいと言い出したのだ。

 スパイでは無いかと疑ったが、空き室に一人ずつ閉じ込めておいたのに、それぞれが申告しだしたのだから、

 ユーラシアの体制に、疑問を抱く兵士も多かったのだろう。

 

 「ですがねえ? 彼らは亡命してもいいって言ってるんですよ?」

 一応、話を通しておかねば後々面倒な事になると思い、バルトフェルドは律儀にもモラシムの元へやってきたのだ。

 「大体なんだ! こんなところに閉じ込めて、不当ではないか!」

 「――大佐殿が暴れるからでしょうが。 大体、我々が受けた仕打ちに比べればどうということはありませんよ」

 「ええい、忌々しい! どういう手を使ったか知らんが、そうやって貴様らはあのコーディネイターの子供も手なづけたのか!」

 

 「――ふざけた事を言わないで貰いたい!」

 

 珍しくバルトフェルドが怒鳴った。

 

 その様子を、アスランも見ていた。

 「彼は善意で協力してくれてるんですよ――まったく、連合同士が力をあわせなきゃならん時に、自分たちの利益を取ろうとする誰かさんのような人とは違ってね?」

 「何を! 貴様らとて同じだろう! コーディネイターとの戦いの後を考えねばならんのだ! だから貴様らもオーブと!」

 モラシムが叫ぶのを止めないので、バルトフェルドはやむを得ず、士官室のドアに付けられたインターフォンを切った。

 ドアをドンドンと、叩く音だけがしばらく響いた。

 

---------------------

 

 人手不足が少しは和らいだが、依然として艦の状況が厳しい事に変わりは無かった。

 

 「これで精一杯か? もっとマシな進路は取れないのか?」

 「無理ですよ! あまり軌道を地球に寄せると、デブリ帯に入ってしまいます!」

 バルトフェルドのむちゃな要求に、ダコスタが叫んだ。

 

 地球連合宇宙軍本部がある月のプトレマイオスクレーター。

 そこに至る最短のルートは地球を軸とした軌道だった。

 

 「こう進路を取れれば、月軌道に上がるのも早いんですが……」

 「デブリベルトか――突破できないのか?」

 「デブリ帯をですかっ!? そりゃ無理ですよ! この速度を維持して突っ込んだら、この艦もデブリの仲間入りです!」

 

 ――人類が宇宙に進出して以来、撒き散らしてきたゴミの山。

 それらは重力に引かれて、地球の周辺に漂い、層を成し、帯状の膜を作るに至っていた。

 高速で星の軌道に引かれるデブリは、時に宇宙船を沈めるほどの破壊力を生む事もあった。

 

 現在もこの戦争お陰で、デブリは増え続けている。

 このままでは地球圏がデブリに閉ざされてしまうため、現在は民間のジャンク屋たちが、政府や様々な機関から雇われて、

 このデブリを回収する任務についていた。

 

 「待てよ――デブリベルトか――」

 クルーゼが、何かを思いついたように言った。

 「相対速度をデブリベルトに合わせられるかね?」

 「え……合わせてどうするんです?」

 ダコスタが目を丸くして言った。

 

 「デブリベルト……上手く立ち回ればいろいろなことが解決する」

クルーゼは説明を始めた。

 

 

---------------------

 

 「補給を受けられるんですか? どこで!」

 アスランがクルーゼに言った。

 「受けられると言うよりは……勝手に補給すると言った方がいいな」

 「今、我々はデブリベルトへ向かっている」

 「デブリって……ちょっと待って下さいよ!まさか…」

 

 アスランが、バルトフェルド達の言わんとしている事に気がつく。

 「カンがいいな、アスラン?」

 「察しのとおり、デブリベルトには、宇宙空間を漂う様々な物が集まっています。

  そこには無論、戦闘で破壊された戦艦等もあるわけで……」

 「まさか、そっから補給しようって……」

 ダコスタの説明を聞いたディアッカが、そう言って絶句した。

 「仕方ないだろ? そうでもしなきゃ、こちらが保たんよ」

 「だから、君達にはその際、ポッドでの船外活動を手伝ってもらいたい」

 「ぇぇー……」

 ニコルが困惑した表情を浮かべた。

 「あまり嬉しくないのは同じだ。 だが他に方法は無いのだ。我々が生き延びる為にはな……喪われたもの達をあさり回ろうと言うのではないさ。

  ただ……分けてもらうだけさ。 まだ、生きる為にな」

 

 

---------------------

 

 ――思いのほか、作業は順調だった。

 地球軍の廃棄された戦艦、ジンの残骸――民間の輸送船らしきものまであった。

 

 その中から、パックされた食料、アークエンジェルで使える弾薬――その他もろもろを発見しては艦に持ち帰った。

 

 アスランのイージスも、モビルアーマー形態に変形し、大きなものは一旦それで抱えて船の近くまで運んだ。

 「――花?」

 と、アスランは、モニターの隅に妙なものを見た気がした。

 

 花輪だった。ユリのような花と、白詰草で編まれた花――宇宙空間で原型をとどめているという事は、コーティングでもされているのだろうか。

 ――シロツメクサか、懐かしいな。

 アスランは思った――が、思い出したことを後悔した。

 

 ソレは数少ない思い出であった。

 キラと――そして、母の。

 

 月面で、過ごした僅かな時間。 

 今はそれすら、アスランを苦しめるのだ。

 

 アスランはその思い出を振り払うように、作業に戻ったが――。

 

 「おい! アレって!」

 イザークが無線で、声を上げた。

 「え?」

 「Y方向――大陸だ!」

 大陸――? 何をいっているのか、と思ったアスランだったが、指示された方向には、異様な光景が広がっていた。

 

 

 「あ、あ……」

 

 確かにそれは、大陸だった。

 嘗て、地球軍が放った核ミサイルによって、一年前に崩壊させられた、プラントの一つ――ユニウス・セブンの残骸だった。

 

 

---------------------

 

 「あそこの水を!? 本気かよ!」

 ディアッカが言った。

 

 作業を一通り終えて、一旦船に戻った少年たちを迎えたのは、信じられないバルトフェルドの一言だった。

 「あそこには――ユニウスセブンには、一億トン近い水が凍り付いているんだ」

 「……だけど! ……見たでしょ? あそこは、何十万人もの人が亡くなった場所で……」

 「水は、あれしか見つかっていない――誰も、大喜びしてる訳じゃない。水が見つかった!ってね……誰だって、できればあそこに踏み込みたくはないさ。

  だけどしょうがないさ、生きてるんだからな、俺たちは――」

 

 つまりは生きねばならない。

 バルトフェルドは、そう続けるのだろう。

 

 

 

---------------------

 

 「どれくらいで終わりそうだ?」

 クルーゼが、作業用ポッドで弾薬を運びながら、ブリッジに聞いた。

 「後4時間ってとこですかね? 弾薬の方はそちらの1往復で終了ですが……」

 「アスラン・ザラは無事か?」 

 ――そして、改めてクルーゼは尋ねた。

 

 「死体を見るのは初めてで無いと思ったのですが……考えてみれば、モビル・スーツの操縦は出来ても、ただの少年なんですよね、彼」

 ダコスタが気の毒そうに言った。

 「忘れてはいなかったが――そうだな」

 

 クルーゼは、ユニウスセブン近くを哨戒する――といっても、先程から照準も動かして無いらしいイージスを見た。

 

 

 

---------------------

 

 ――少し前の出来事である。

 

 先程の花輪がなんとなく気になって、アスランは作業の傍ら、

 イージスのカメラでユニウスセブンのあちこち眺めた。

 

 その時である、モニターに映る、ある陰を見つけてしまったのは。

 

 「――?」

 人か? と、アスランは思った。

 

 「どうした? アスラン・ザラ――何か見つけたのか?」

 「いえー人が……」

 「人? どこの宇宙服を着ている?」

 「宇宙服――?」

 

 そうだ、ここは宇宙空間なのだ。

 

 だが、待て、さっきの陰は宇宙服など着ていなかった。 

 ならばアレは――。

 

 見なければ良かった。

 にも関わらず、アスランは見てしまった。

 

 紫の掛かった、黒髪だった。

 女性の後ろ姿のように見えた。

 

 「カリダさん!?」

 キラの母――自分にとっては、もう一人の母とも呼べた人だ。

 

 と、何かの拍子に、その陰が回転した。

 

 「――ッ!?」

  

 黒く、変色して、縮んでしまったそれは、人と呼べるものではなかった。

 

 

 

 「……うわああぁーッ!!」

 アスランは、絶叫した。

  

 「アスラン! どうした!? アスラーン!!」

 

 アスランは、しばらくの間絶叫し続けた……。

 

 

 

---------------------

 

 

 査問委員会が終わり、議員らが議場から続々と出てきた。

 

 「久しぶりだな、キラ」

 「あ、……ウズミ議長閣下」

 「そう他人行儀な礼をしてくれるな」

 「あ、ハイ……あの……ウズミ……父さん」

 「ハハ……ムリまでせずとも良い、ここにはカガリはおらんぞ?」

 「あ、ハイ、そうですね……」

  カガリはいつも言っていたっけ、もう家族なのだから、ちゃんと父は父と呼べと。

 「ようやく君が戻ったと思えば、今度はカガリがおらん……なかなか一緒にいる時間はとれんものだな」

 「ハイ……」

 「また大変なことになりそうだ……ますます時間が取れなくなるやもしれんな

  できれば私とて、カガリと君とで食事ぐらいはしたいのだがな…」

 「そうですね……」

 

 両親を亡くしたキラを、ウズミは両親と旧知の縁をということで身元を引き受け、彼が成人として問題なく生活できるように身を立ててやった。

 カガリもキラを家族と認め、戦う彼の帰る場所を作ってくれた。

 

 「キラ・ヤマト」

 キラは、後ろから呼ばれた、ナタル・バジルール艦長だった。

 「失礼します……議長閣下、足つき追撃の任務で、――新任の隊長が君に話があるそうだ」

 「新任!? ロアノーク隊長は――!?」

 「それについても説明する――早急に来てもらえないか?」

 「わ、わかりました。……それじゃあウズミさん、失礼します」

 「ああ……」

 キラはナタルに連れられて、港へと向かった。

 

 

 

---------------------

 

 

 

 

 死体を見て絶叫した後、アスランはしばらく艦に戻って休んでいた。

 

 すると、アスランは、船室でフレイ・アルスターがオリガミを折っているのを見かけた。

 「あの……フレイ? 何を――」

 気を紛らわせたくて、アスランは彼女に話しかけてみた。

 「ああ、花を折っているの。 生花なんてないでしょ――だから」

 「ああ……」

 アスランは理解した。

 これは、ユニウス・セブンへ供える為の花なのだ。

 何十個も、色とりどりの紙で折られた花々がそこにあった。

 「イザークにも手伝ってもらったのよ」

 「イザークが……?」

 

 あまり、そういったことをするような風に見えないフレイの意外な一面に、アスランは感じ入った。

 

 「これ、よかったら、あなたのイージスで、あそこに供えてあげてくれないかな?」

 「ん――わかった――」

 

 

 アスランは、ダンボールに花を丁寧に詰め込むと、箱を抱えて、イージスの元に戻った。

 

 「隠れなくてもいいのに……」

 「なんで言うんだ? あんな事……」

 「別にいいじゃない?」

 

 物陰に隠れていたイザークが出て来た。

 オリガミを折るなんて、男のやる事じゃない――と適当ないい訳を言って、隠れていたのだ。

 本当はアスランにそういった姿を見られたくなかったのだ。

 「ねえイザークとか、他の子もそうだけど……アスランが、コーディネイターでも平気なの?」

 「平気……? フレイは……嫌なのか?」

 「ううん、全然そんなことないけど…ほら、この前みたいなことがあったじゃない…

 イザークとアスランが友達なのは、わかるけど、本当に何も思ったことはなかったのかなって」

 「そうだな、いくらかはある」

 「……そうなの?」

 「まあな……だがあいつは……大した奴に変わりがないと思っている。 コーディネイターで無くてもあっても」

 「へぇ?」

 

 フレイは、イザークの手を取った。

 「……な、なんだ?」

 「いーでしょ?」

 「まぁ……」

 フレイはしばらく、イザークの手を握っていた。

 

 

---------------------

 

 

 アスランのイージスは、花を撒いた。

 ユニウスセブンに色とりどりの仇花が散っていく。

 

 「宇宙の傷跡か……」

 ふと、キラのことを思い出した。

 

 ――キラの心に刻まれた傷は、このボロボロの大陸と同じ形なのだろう。

 

 どうして、こんなことになったのか……?

 いや…今は考えないでおこう…、今考えても仕方のないことだ。

 

 アスランも、イージスのコクピットのなかで、黙祷をささげていた。

 

 と、そこに――。

 「民間船? 撃沈されたのかこれ……?」

 

 薄いグリーンに塗装された船……プラントの高級旅船クラスの宇宙船だった。

 

 

 「……救難信号!?」

 

 と、その船の近くから、救難信号が出されている事に気がついた。

 

 「救命ポッド――なのか?」

 艦船用の救命ポッドだった。

 

 

 

---------------------

 

「アスラン、君も拾い物が好きだな」

クルーゼにそう言われてしまった。

拾ってきたポッドは、MSデッキに収容され、周りを船外活動をしていたクルーに囲まれている。

「それじゃ、開けますよ」

救命ポッドのハッチを、ミゲルが開けた。

 

だが……なにも、出てこない。

 

 「まさか……もう、ずっと見つからずに…干からびてミイラになってるんじゃ…」

 ニコルが言った。

 デブリベルトなら、ありえることだ。

 「ダコスタ、中を覗いて見ろ」

 「な、何で自分が!?」

 「命令だ」

 しぶしぶ、中を覗くダコスタ……だが

 「トリィ!」

 「ウワアアア!」

 ダコスタは突然出てきたロボット鳥に、顔面を急襲され、驚きの余り倒れこんでしまった。

 「あれ……は?」  

 アスランにとって見覚えがある、ロボット鳥が、アークエンジェルの中を飛ぶ。

 見覚えがあるもなにも……あれは、俺が――

 

 「すいません、気を失っていたみたいで……」

 すると、ポッドの中から声がした。

 「皆さん……ご苦労様です」

 

 

 ――少女だった。 年の頃は、アスラン達と同じくらいだろうか?

 

 緑色のドレスを着て、どこか上品さを感じさせる。

 少女は、ポッドから、勢いを付けて飛び出た。

 しかし勢いが余ったのか、姿勢制御ができず、そのまま流れてしまった。

 「ア……」

 アスランはその娘の手をつかんで、引き寄せる。

 「あ、ありがとう……その、ごめんな……さい」

 アスランとその娘の、目が合う。

 利発そうで、クリッとした目だった。

 ……しかし、どことなく……だれかに似ているような気がすると、アスランは思った。

 

 「……本当に、助けていただいてありがとうございます」

 「いえ、そんな……」

 少女はゆっくりと微笑んだ。

 アスランも微笑み返す。 だが……。

 「……あれ?」

 「え、な、なにか?」

 少女はアスランじろりと見ると、突然慌てだして、あたりを見まわした。

 「え、え、え!?」

 ぐるりと、アークエンジェルの中を見まわす。

 そして、最後に、アスランの肩にある地球軍のエンブレムを見た。

 「げ!」

 少女は突然叫びだした。

 「ど、どうしたんだい!?」

 アスランは、わけがわからなかった……が、次の瞬間

 

 「お、おまえ、ザフトのモノじゃないな!?」

 「……はあ? ……え!?」

 「気安くわたしに触るな!」

 

 

 

 バキィイイイイ!!

 

 

 

 「な、なんで……?」

 

 彼女の鉄拳がアスランの頬に炸裂していた。

 

 (父上にも、ぶたれたこと無いのに……!)

 

 そう思った次の瞬間、アスランの視界は歪み、意識は朦朧としていった。

 

 

 

---------------------

 

 

 

「それに――性格は画面に映りませんよ――」

 彼女の義弟が、少し前にそう言いかけて止めたのを、アスランは知る由もなかった。  



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 11 「敵国の戦姫」

----------------------------

 

『余りに色々なことが起こりすぎた……頭がクラクラする。

 まず、営巣や船室に閉じ込められたあのアルテミスのユーラシアの軍人たちと揉め事があった。

 その後、あのユニウスセブンで、氷拾いだ。

 ……キラはあそこで両親をなくしたのか。

 ――それから、あの女!』

 

----------------------------

 

 キラは、ヴェサリウスのネオの執務室に通されていた。

 

 本当はウズミとの面会を終えたら、

 カズイ・バスカークの両親の元へ向かうつもりであったが、急務であれば致し方なかった。

 というのも、ネオが、隊の指揮権を新任の隊長へ一時譲渡する事になったのだ。

 

 「急な話ですまんな……ディノ国防委員長のご命令でね」

 ネオはキラに、今回の人事が急なモノであったことを明かした。

 「いえ、シャトルの中でそのようなお話をされていたので、もしやと思いましたが……」

 「ああ、俺には統合設計局での別任務が下される事になった……噂の”ZGMF-X”シリーズのテストパイロットだとさ」

 「お、おめでとうございます!」

 キラは敬礼した。

 

 試作機のテストパイロットは、機体の限界性能を引き出す、極めて高度な技術を要される。

 しかも、ザフトの兵士達の間で噂になっているZGMF-X……ザフトのフラグシップモデルたる、最新鋭兵器。

 そのテストパイロットに選ばれるということは、パイロットの中でも、最も名誉のある事であった。

 しかし、当のネオは、

 「めでたいもんかよ? 俺の体が持たないでしょ……」

 「ハッ?」

 と言った、キラも思わず面食らう。

 「足つきまで横取りされるんだ。参っちまうな。 ――気をつけろよ? キラ? 新任の隊長、かなりのクセモンだぜ?」

 ネオはそう言って、キラに異動の書類を手渡した。

 「……敵軍にいるダチのこと、決めておけよ?」

 最後に、ネオは念を押した。 

 キラは、顔を強張めた。

 「はい……」

 

 キラは敬礼をして、ネオの執務室から出た、

 

 

 その後、ヴェサリウスの船室から私物を回収したキラは、一旦宿舎に戻ろうとした。

 しかし、

 「キラ・ヤマト……連絡がある」

 と、ナタルに呼び止められる。

 「我々は予定を35時間早め、明日、1800の出発となる。その1時間前にナスカ級"アルベルト"に集合だ」

 「えっ……?」

 それでは、カズイの両親の元へいく時間が取れないではないか――なぜか、と理由を聞こうとしたところ

 「特務だ――君の義姉上である、カガリ・ユラ・アスハの乗った船が、消息不明になった」 

 と、ナタルが、耳打ちしてきた。

 

 ――カガリが?

 

 キラは目を見開いてナタルを見る。

 「カガリ嬢が、追悼式典の準備のため、ユニウスセブンへ向かってたのは知っているな? その視察船ゴールドウインドの消息が昨夜から分からなくなっているのだ。

  公表はされていないが、地球軍の船と何らかのトラブルがあったようだ」

 「そんな……」

 

 ――ガモフはアルテミスで足つきをロストしたままで――ユニウスセブンは、その近くのデブリベルトにある――。

 

 嫌な予感を、キラは抑えられなかった。

 

 

 

----------------------------

 

 

 「それで、私をどうするつもりなんだ?」

  少女はバルトフェルドを鋭い視線で睨みつけてきた。

 「どうするって……」

 バルトフェルドは苦笑した。 

 

 クルーゼの奇策によって、補給の問題を解消したアークエンジェルだったが、

 その際、妙な拾い物をしてしまった。

 

 ――救命ポッドから助け出された、この少女だ。

 彼女はアスランを殴りつけたあと、散々暴れまわった挙句に、ポットで宇宙に逆戻りしようとした。

 そんな彼女を、アイシャが必死になだめて、この士官室まで連れてきたのだ。

 クルーゼも、同席している。

 

 「いい加減に信用してくれないか?」

 子供をあやすような調子で、バルトフェルドは言った。

 目の前にいる少女は、第一印象の清楚さや凛々しさとは打って変わって、乱暴で、まるで癇癪を起こした子供のようなのだ。

 「ふざけるな! 私達の船をつぶしたやつらといい、地球軍は本当に汚いな!

 ……ユニウスセブンの時だってそうだ、そうやってお前達は力のないものを……!」

 

 彼女は先ほどから地球軍に対して苦言を言い続けている。

 

 「ちょっと待ってくれ、さっきから君の言ってることが良くわからんのだが……とりあえず僕らは君に危害を加えるつもりは無いよ」

 「良く言うな! ……お前らもひょっとして、さっきの連中とグルなんじゃないのか? 大方わたしを利用しようって魂胆だろうが……そう上手くはいかないぞ!」

 吐き捨てるように少女は言った。

 「利用って、一体なぜ?」

 「とぼけるな! わたしをカガリ・ユラ・アスハだと知ってのことだろう!」

 カガリ・ユラ・アスハ……?

 どこかで、聞いた名だと、バルトフェルドは思った。

 「たしかプラント現最高評議長もウズミ・ナラ・アスハといったが……?」

 クルーゼがソレを聞いて呟いた。

 「それでは、君はウズミ・ナラ・アスハ議長のご息女、カガリ・ユラ・アスハなのか?」

 バルトフェルドが驚いて言った。

 「フンなにを今さら ……って、本当に知らなかったのか!?」

 その様子に、逆に彼女の方が驚いた。

 

 「……そうだが」

 

 しばらくの間、沈黙が流れる。

 「……お、おまえら、わたしが議長の娘だとわかったからって、なにをやっても無駄だぞ!」

 「……」

 

 カガリ以外の三人はため息をついた。

 

 

 

 

------------------------------

 

 「イテテ……」

 顔が真赤に腫れている。痣になるだろう。

 殴られた後、しばらく休んでいたアスランだが、

 痛みは、まだ引かなかった。

 

 「大丈夫かよアスラン? とんでもねえ女だな」

 ディアッカが、そんなアスランの様子を気遣いながら言った。

 部屋には、ディアッカとニコル、イザークがアスランの見舞いに来ていた。

 「あれ――カガリ・ユラ・アスハらしいですよ」

 「らしいな、ニュースではオヒメサマって感じだったが」

 「あれが、スなんでしょうかね? お嬢様にも色々ありますけど」

 「……そうなのか?」

 「ええ……」

 

 カガリ・ユラ・アスハのことは、アスランもよく知らなかった。

 父の同僚でもあり、親交もあったウズミ・ナラ・アスハのことは良く知っていた。、

 しかし、彼に娘がいると知ったのは、ほんの数年前のことだった。

 

 所謂箱入り娘であったと聞いていたのだが……。

 

 「ほら、アスラン。 今度は具入りチャーハン作ってきてやったぜ」

 ディアッカがチャーハンの盛られた皿をアスランの前に差し出した。

 「――野菜? どうしてこんな」

 「ユニウス・セブンにあったやつだよ……」

 「ああ……」

 

 ユニウス・セブンは農耕プラントだった。

 故に、そこから汚染の心配の無い、長期保存用に加工された生鮮食品のパッケージがいくつも見つかった。

 

 

 プラントは、元々は食料の自給を禁止されていた。

 これは、かつてプラントを支配していた運営会議、ひいてはその宗主国たちが、

 コーディネイターを恐れ、コントロールする為に強いていた圧政の一つであった。

 

 しかし、プラントの人々は、自分達の独立と――宇宙において、人間の生活出来る環境を作る――テラ・フォーミング技術の発展の為、ユニウス・セブンを元とした農耕プラントを作ったのであった。 

 

 それならば、このような食材が見つかるのも、アスランに納得出来る事であった。

 アスランの母も、亡くなる以前はそういった研究をしていた。

 

 月にいた時も、アスランは何度か、キラと母の職場へ言った事がある。

 月面に作られた、地球を模した大規模な農場――そして

 

 (カリダさん……)

 

 よく、キラの母、カリダも一緒に行った。

 アスランの母、レノアの研究成果である野菜を使って、美味しい料理をいくつも作ってくれた。

 

 あの亡骸――あれは本当にカリダだったのだろうか。

 

 だとしたら――と、しかし、アスランは、あの光景を思い出すまいと、頭を振った。

 

 

 「ディアッカ――」

 「あん?」

 「ロールキャベツ作れるか?」

 「好きなのか?」

 「ああ……」

 「しょうがねえ、病人の頼みだ、すぐ作ってやるよ」

 

 ディアッカは、船の厨房の一つへ向かった。 

 

[newpage]

 

 

---------------------------

 

 「要するに君は、追悼慰霊団代表としてユニウスセブンへ来たが、

  船が地球軍と諍いになって、あのポッドで単身脱出させられたということか……」

 「諍いになったのは地球軍が言い掛かりをつけてきたせいだけどな!」

  幾分かはおとなしくなったが、カガリは敵意をむき出しにして言った。

 「それで、君の船はどうなったのかな?」

  手を焼くバルトフェルドに変わって、クルーゼが聞く。

 「……わからない」

  と、そこでカガリは表情を曇らせた。

 アスランの報告では、カガリの救命ポッドは撃墜された民間船の近くに浮遊していたと言う。

 (彼女の船は恐らく撃沈されたか――)

 と、バルトフェルドは思った。

 「とにかく、我々自身も手がいっぱいでね、お嬢さんには悪いが、しばらくここにいてもらう。」

 「――カガリだ」

 「悪い、カガリ様?」  

 「フン……」

  どうやら、まだ信用されてはいないようだ、とバルトフェルドは思った。

 

 

 

 

 

 「デブリ帯は無事に抜けましたが、まだ多くのデブリが存在する宙域です、これ以上の速度は……」

 「わかった、続けてくれ」

 船の操舵に四苦八苦するダコスタの肩を、バルトフェルドは叩いた。

 

  ――アークエンジェルは、残骸からの”補給”を終えた後、デブリベルトを脇から抜けて、月本部を目指した。

 

  弾薬、水、食料については何とかすることができたものの、余計な荷物を一つ背負ってしまった。

 「あのお嬢さん、どうしたものかね?」

 「どうするとはどういうことか……?」

  バルトフェルドの呟きに、クルーゼが反応した。

 「このまま月本部へと連れて行けば彼女は……」

 「それは歓迎されるだろうな、アスハ議長の娘だ、利用価値はいくらでもあるだろう」

 「できればそういう手は使いたくないんだがね。 あんな娘に」

 「それならば……アスラン・ザラ達は?」

 クルーゼが、バルトフェルドを真正面に捉える形で向いた。

 「……クルーゼ大尉?」

 「あの子はアスハの娘だ。 それだけで、ただの民間人とは言えるかね?」

 「今は利用できる物は利用しなければならない時……と、そういうことかな?」

  笑いながら、バルトフェルドはクルーゼの方を向いて言った。

 「ヒューマニズムは結構だがね、それで、この船を守れるかな?」

 「フゥ……」

 サングラスでクルーゼの目線は見えなかったが、バルトフェルドも、クルーゼの顔を真正面から見据えた。

 

 ――お互いに、静かな笑みを浮かべている。

 が、その奥にあるのは、明らかな双嫌悪だった。

 

 (き、きまずい……)

 一人、船の舵を必死に取るダコスタは、ブリッジから逃げ出したくなる衝動に駆られていた。

 

 

--------------------

 

 「ぼ、僕が持っていくんですか…?」

 「わ、私は嫌よ…」

 「どうでもいいから早く持っててくれよ」

 

 中々ロールキャベツが届かないので、アスランは厨房と食堂が隣接するエリアに様子を見に来ていた。

 すると、ニコルやフレイが、何やら良い争いをしている。

 

 「一体、なにを言い争っているんだ?」

 アスランはディアッカに尋ねた。

 「いやね…フレイがあの娘に食事もってくの嫌だって……それで揉めてんだよ」

 「わ、私は嫌よ…あんなコーディネイター子のところなんて…恐くて」

 「フレイ……!」

 「だったら……ニコルか、イザークが持っていけばいいじゃない」

 「う……」

 「ア……」

 

 イザークもニコルも押し黙る。

 

 ――コーディネイターに対する恐れ。

 フレイは、露骨に、その恐怖を露にしていた。

 

 「無理もないよね~」

 「え……ああ」

 

 ディアッカが軽い調子で言ったが、アスランは黙った。

 ソレには慣れている。 だが――

 「ニコルは……」

 「イザークこそ……」

 二人までが、そのような感情を抱いている事にアスランはショックを隠せなかった。

 ……しかし、

 「ま、アスランをあそこまでぶっ飛ばす女なんか、俺も恐いよ」

 「こ、腰抜けめ……」

 「イザークこそ」

 

 (……え? )

 アスランは、その意味を理解すると、目を丸くした。

 

 

 ……カガリの食事は、結局アスランが運ぶ事になった。

 

 友人達は、彼女がコーディネイターであるかより、アスランがいとも容易く"ぶっ飛ばされた"事に、恐怖感を抱いているようだった。

 

 「なんだかな……」

 

 ――アスランは自然と安堵していた。

 

 

 「お、おい! コーディネイターの小僧!」

 

 カガリの軟禁されている士官室に向かう途中、例のモラシムに出会った。

 メイラムたちに連れられ、恐らく、風呂か食事か、何かしら用を足してやる為、外に連れ出されたのだろう。

 「早く、お入りください!」

 メイラムは、抵抗するモラシムを、部屋に押し込もうとした。

 「わ、私を此処から出すんだ! な! なんなら、君をユーラシアで――」

 

 モラシムは必死にアスランに訴えかけたが、抵抗虚しく、士官室に押し込まれ、また外部ロックで閉じ込められた。

 

 ――まったく!

 あの男のせいで、友人達にすら疑心暗鬼になるようになってしまったのだ。

 

 アスランは酷く気分を害した。

 

 

 

 

 

 「入るぞ」

 無愛想に言うと、アスランはカガリの部屋に入った。 

 「お前は……」

 カガリは、アスランを睨んだ。

 「さっきはよくも殴ってくれたな」

 「知るか、そんなの……近くにいたお前が悪い」

 悪びれる様子もなく、カガリは言った。

 ――なんて気の強い女だ!

 アスランは、部屋の入り口にあった棚に、乱暴にトレイを置いた。

 

 「ほら、食事だ、食べろ」

 「て、敵軍の食事なんか食えるか!」

 カガリはそっぽを向いた。

 

 そして、アスランに早く出て行け、と言わんばかりに手を振った。

 

 しかし、その時、

 グ~~~ 。

 

 と、カガリの腹から音が鳴った。

 「~~~!」

 赤面するカガリ。

 「あ……」

 僅かな間だが、沈黙が流れる。

 

 「敵軍の物でも食事は食事だ、食っとけよ」

 「……」

  

 カガリの滑稽な様子に、怒るのがバカらしくなったアスランは、

 プレートを持ち直して、カガリの目の前にある机まで運んでやった。

 

 彼女はしぶしぶ料理に手をつけた。

 「炒飯とロールキャベツ? 軍艦のワリにずいぶん変な物を出すんだな?」

 「それは俺の友達の……手製の料理だからな、いいから食えよ」

 「……いただきます」

 ぶっきらぼうに言うと、カガリは食事を口に運び始めた。

 

 (これが、ウズミ・ナラ・アスハの娘……?)

 

 評判と大きく異なる彼女の姿に、アスランはまじまじと視線を向けた。

 

 「……なんだ人の顔をじろじろ見て……気色悪い」

 「お前本当にあのカガリ・ユラ・アスハなのか?」

 「じゃあ、誰だというんだ!」

 「カガリ嬢は清楚で上品だと聞いていたんだけどな?」

 訝しげな目で、アスランは彼女を見詰めた。

 「う、うるさいな! 味方ならまだしも、なんで敵相手にあんなことをしなきゃならんのだ!

  敵軍相手に礼儀を尽くす必要はない!……ただでさえ肩こるってのに」

 「……フ」

 

 (なるほど、しっかりと礼儀作法は教育されているが……こっちが地、みたいだな)

 

 アスランは、なんだかおかしくなってしまった。

 

 「な、なんだよ! 何笑ってんだ!」

 「ハハハ、悪い悪い! いや、ぶん殴ったんだから、コレくらい勘弁しろよ」

 「な……なんだよぉ!」

 

  腹の音を笑われたのかと思って、カガリは頬を膨らませた。

 

 (しかし、何か忘れているような――まあ、いいか)

 アスランは、しばらくカガリをからかって遊んだ。

 

 

 

---------------------------

 

 

 

 数時間後。

 アークエンジェルは一般的な就寝時間に当たる時刻になった。

 クルーが交代で船室に入り、睡眠を取っている。

 「……いまなら」

 

 部屋の外に人の出入りが減った事を悟ると、カガリは、ドレスの胸元に手を突っ込み、

 手のひらにロボット鳥を取り出した。

 「ようし、もう動いて良いぞ、トリィ」

 「トリィ!」

 「静かに…! えらいぞ、トリィ」

 

 トリィは、まるで本物の小鳥のように チチチと鳴くと、ドアの電子ロック部へ、キツツキのように取り付いた。

 そしてくちばしの先で、機械を検分するかのように、突付いた。

 ――すると、ドアのロックが外れた。

 周りを見て誰もいないのを確認すると、カガリはそっと部屋から抜け出した。

 

 「暴れるフリをして、ちゃんと覚えておいてよかった……デッキまでの道……」

 

 ――デッキに地球軍の開発したモビルスーツがあるのを見た。

 

 (キラが奪取したヤツと同じタイプだな……)

 

 カガリは、義弟のことを思った。

 本国も、既に事態を察知しているだろう。

 ひとまず、宇宙に出てしまえば、どうとでもなるはずだ。

 

 (私だって、ジンを動かすことぐらい出きるんだ……キラにできて私にできないはずがない……! )

 

 カガリは駆け出し、デッキへと急ぐ、と

 「っきゃ!?」

 「うわ!?」

 カガリは誰かとぶつかった……女だ。

 (軍服は着ていない……民間人の女)

 フレイ・アルスターだった。

 「あ、あなた……カガリとかいう……!」

 「黙ってろ! 騒ぐなよ!」

 「あ…あ……」

 カガリは、連絡されたらまずいとは思ったが、

 口封じする前に急いでMSデッキに向かったほうが早いと判断した。

 「でも、あの女――なんでこんな所に――まあ、いいか」

 

 カガリはフレイの姿に、何か感じるところがあったが、

 気にせずに、デッキへと急いだ。

 

 「――び、びっくりした」

 残されたフレイは、この事を誰かに伝えた方が良いと思い、イザーク達の船室に向かった。

 

 

 

-------------------

 

 

 「……そうだ! あの女!」

 自分の個室でベッドに寝そべっていたアスランだったが、ようやく胸に抱えた疑問が解けた。

 

 (殴られたせいで忘れていたのか? ……なんでアイツが、トリィを持ってる?)

 ――彼女は、自分がプラントを出るとき、キラにプレゼントしたトリィを持っていた。

 

 (あの女もキラの知り合いなのか――?) 

 

 まだ、起きているだろうかと、アスランはカガリの閉じ込められている部屋へと向かった。

 ――が、いない。

 

 鍵が外されて、部屋はもぬけの殻であった。

 

 いない、脱走したのか……?

 しかし、艦内の何処へ逃げるというのだろうか。

 

  ――まさか?

 

 と、アスランは思った。

 「イージスを使うつもりか!?」

 

 

--------------------

 

 ――デッキに忍び込むと、カガリは工員達の隙を突いて、イージスを起動させた。

 工員達は、皆連日の突貫作業で疲弊していたため、潜入は容易であった。

 

 駆動音がして、ディアクティブモード(準備状態)の灰色のイージスが動き出した。

 

 「――おい!?イージスが!!」

 「な、なんだ!どうしたって言うんだ!?」

 

 (――動かせる!)

 そう、カガリは確認すると、イージスの歩を進めた。

 「ハッチ開けろ!開けないとぶっ壊すぞ!!」

 「……じょ、冗談じゃない!!」

 ミゲルをはじめとした工員達は急いで避難すると、強引にハッチをこじ開けようとするイージスの姿を見て、やむなくハッチを開けようとした。

 

 「あの子、ノーマルスーツも宇宙服も着て無いぞ!?」

 「コクピット閉じろよ!」

 カガリはコクピットのハッチを開けたままにしていた。

 「チッ、わかってるさ……よし…このまま」

 カガリは、イージスの歩行を進めながら、ようやく閉じる操作を見つけ出し、イージスのコクピットを密閉状態にしようとした。

 しかし、

 「待て!!」

 「え!?」

 ノーマルスーツを着たアスランが、イージスのコクピットへ飛び乗ってきた。

 「チイ!!」

 カガリは急いでコクピットのハッチを閉めようとしたが、アスランが一足先にコクピットに入り込む。

 「おい、お前! 自分が何やってるのかわかって!」

 「うるさい!!」

 カガリはアスランに絡まれたまま、強引にモビルスーツをカタパルトに乗せて発進させた。

 

 

------------------------

 

 

 「暗号パルス受信…これは第八艦隊です!」

 「なんだって!?」

 ブリッジクルーからどよめきが上がった。

 

 本来アークエンジェルが所属する艦隊である、第八艦隊。

 その先遣隊から、コチラを迎えにきたという、暗号が発信されていたのである。

 先程、それをやっとキャッチしたところだった。 

 

 「合流ポイントの通知を送りました……まだ時間がかかりますが」

 「やっと助かるんだな」

 「エエ、ヨカタわね……艦長?」

 

 バルトフェルドは、民間人の少年達にも知らせてやりたいと思った。

 

 そこへ

 「か、艦長!!」

 「おお! 君か、ちょうどいい、今ビッグニュースが」

 

 「……こ、コチラもです! あのカガリ嬢が」

 イザークが息を切らして、ブリッジに駆け込んできた。

 そして、――アラートがブリッジに鳴り響いた。

 デッキの工員達が、鳴らしたのである。

 

 「……え?」

 バルトフェルドがきょとん、とした様子でイザークを見る。

 

 と、ブリッジでデブリの哨戒任務についていたディアッカが――。

 「おい! 誰かがイージスに乗ってるんだ――って、ええ!?」

 驚きの声を上げた。

 

 息を落ち着かせると、今度はイザークが叫んだ。

 「カガリ嬢が、イージスで脱走しました!」

 

 

----------------

 

 

 

 ――未だ、アークエンジェルは、デブリの散乱する宙域にいた。

 

 「う、うわあああああ!?」

 つまり、ハッチから飛び出したイージスはデブリの群れの中に突っ込む事になる。

 

 灰色のイージスは、そうしたデブリを避けながら、高速で宇宙を突っ切っていった。

 

 途中何度も、小惑星大の、コロニーや艦船の残骸にぶつかりそうになって、

 カガリはその度、慌ててレバーを動かして避けるという動作を繰り返していた。

 

 「こ、こら!」

 アスランはそんなカガリからコントロールを奪おうとするが、

 無理な姿勢で乗り込んだ上、先程からカガリが滅多矢鱈にイージスを動かすので、コクピットがゆれてうまくいかない。

 「くっそ! なんだこのモビルスーツ……! ジンの何倍の出力があるんだ!?」

 「いいから、離せよ――おい! 前!」

 「え!?」

 巨大なデブリが、イージスの目前に現れた。

 「う、うわああああ!!」

 カガリはレバーを思いっきり動かしてかわした。

 「か、かわせた!」

 ―――が、

 「――馬鹿!そんなにうごかしたら!!」

 「ええ!? ……うわああああ!!」

 

 イージスは思いきりバーニアを噴かした為、今度は凄まじいスピードで戦艦の残骸に突っ込んでいった。

 

 『おい! 誰かがイージスに乗ってるんだ――って、ええ!?』

 ディアッカがイージスに通信してきたが、カガリの顔を見て驚いた。

 

 「くっそおおお!!」

 再度、カガリはイージスのバーニアを大きく噴かせた。

 

 戦艦の残骸をなんとか回避する。

 

 ――いける! こうして逃げれば、きっとキラ達が見つけて―― 

 

 しかし、そんなカガリの浅薄な希望を打ち砕くように、ディアッカが画面の向こうで叫んだ。

 『アスランも居るのか!? レーダーに反応がある! そのバカ女を止めろよ! このままじゃあと30秒で――』

 「ち!」

  調子の出て来たカガリは、無線のコントロールをするボタンを見つけると、通信を全て遮断した。

 しかし、

 「バカヤロウ! 今の聞いてなかったのか! ――レーダーを見ろ!」 

 

 「え……!」

 

 

 カガリは、イージスに搭載されている近距離レーダーを見た。

 ――小惑星群にも似た、細かなデブリの群が、イージスを待ち構えていた。

 

 このままスピードで突っ込んだら、イージスは――。

 

 「あ、き、機体を止めなきゃ――」

 「最高速だぞ! 間に合わない!」

 アスランが、カガリに乗っかる形で、シートにすわり、コントロールを奪った。

 「お、お前みたいな子供が……モビルスーツが動かせるのか!?」

 「――いいから、貸せェ!」

 「ヒャッ!」

 

 と、イージスのモニターにも、細かなデブリが迫ってくるのが見えた。

 ――ぶつかる!?

 「わ、わああああああ!!」

 カガリが悲鳴を上げたとき、アスランが咄嗟にあるスイッチを押した。

 フェイズ・シフト装甲の起動スイッチだった。 

 

 ――ガガッガガガッガガッガッガガガガガガ!!

 

 機体が何度も大きく揺れた。

 

 「グゥッハ!」

 

 カガリは、背中を大きくシートに叩きつけられた。

 

 (しまった、コイツ!? こんなドレスで――!?)

 アスランは、カガリがノーマルスーツも、シートベルトも付けて無い事に気がつくと、

 彼女がシートから投げ出されないように、正面から抱きついて、覆い被さるように彼女を抑えた。 

 

 「グゥ……ウワァッ!!」

 

 コクピットが大きくゆれた。

 

 カガリとアスランはシートから投げ出された。

 アスランは必死にカガリの体を覆った。

 

 

 「うわ…うわあああああ!」

 「クッ…!!」

 

 

 

 機体の揺れは、やがて収まった。

 

 

 

 「……PS装甲がなかったら死んでたな…」

 「あ……あ……」

 

 カガリは、恐怖で小さく縮こまっていた。

 揺れが収まり、二人の吐息だけが、辺りを包み、静寂が訪れた。

 

 アスランの背中越しに、カガリは、イージスのモニターに映し出された宇宙空間を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――闇。

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の闇、何もかもを包み込んでしまうかのような、絶望の空間だった。

 

 「あ……」

 自分はこんな所に飛び出していたのかと、改めて恐怖が襲ってきた。

 自然と、カガリは、アスランの背中に手を回した。

 

 アスランは、そんなカガリを受け止めるようにした。

 

 

 二人はひしと抱き合うようにして、しばらく体を落ち着かせた。

 

 

 

 …………

 ……

 

 「――え? あ、ど、どこ触ってんだ、は、離れろ……」

 

 ようやく落ち着くと、カガリは自分が男に抱きついている事が分かって、アスランから離れようとした。

 「どっちがだよ……また殴るなよ」

 アスランはカガリを抱きかかえていた腕を解いた。

  

 「全く……オマエ! いったいなに考えてんだ! こんな無茶して!!」

 と、アスランは強い口調で、カガリに言った。

 ビクリ、とカガリの体が震える。

 

 「いいか! 周りは宇宙だ、ノーマルスーツも着ないで!」

 

 突然怒鳴られたので、カガリは身をすくめた。

 

 カガリは、宇宙の事など何も知らない。

 だが、アスランの様子から、カガリは自分がどれだけ浅はかな行動をしたのか理解した。

 「でも、お前達は……どうせ、私を利用しようとするだろう……? 

  そうすれば、父上にも……プラントの皆にも迷惑がかかるだろう……だから……」

 

 カガリはアスランから顔を背け、声を震わせて言った。

 

 「だから、イージスで逃げようとしたのか……? とりあえず逃げればどうにでもなると思ってたのか?

  ……宇宙に出たってモビルスーツ内の酸素なんてたかが知れてる、あっという間に死ぬぞ!? 全く、お前はどういうヤツなんだよ!」

 「わ、私は……」

 「お前が死んだら、余計に皆が迷惑すると思うぞ……」

 「私は……ただ…」

 カガリは目に涙を溜めていた。 

 

 ――アスランはそれを見ると、それ以上何も言わず、沈黙した。

 

 カガリは言葉が上手く見つからず、アスランの顔をちらりと見た。

 「あ……」

 アスランのヘルメットのバイザーが少し割れて、顔から血が出ていた

 「お前、怪我してる……」

 「さっき思いっきりぶつけたからな。心配ない、バイザーの破片で少し切れただけだ」

 「ちょ、ちょっと見せてみろ……」

 カガリはアスランの体に触れた。

 「いいよ、大した事はない……ウッ、さ、触らないでくれ、痛む」

 「お、お前?」

 

 ――カガリが少し、触れただけで、アスランはかなりの痛みを感じた。

 

 (宇宙服のヘルメットが割れる衝撃を、全身に受けたのか? それなら……!?)

 と、カガリは思った。

 

 「大丈夫だ、ノーマルスーツを着てたしな……お前こそ大丈夫か? 全くベルトも締めないで、放り出されたら終わりだぞ?」

 「アッ……お前、もしかして――?」

 カガリは、アスランの先程の行為の意味をようやく理解した。

 「ほ、骨とか折れてないかな?」

 「大丈夫だ――あちこち痛むが、誰かさんがつけたアザよりはずいぶん楽だ」

 そう言うと、アスランは自分のヘルメットの頬に手をやった。

 「なんでだよ……お前、私は敵国の……」

 敵国の、プラント側の人間を、地球側の人間が、なぜそこまで助けるのか?

 カガリはアスランに問う。

 「――そんなの、あたりまえだろ?」

 が、アスランは、人として行動した迄だった。 

 

 

 ――カガリは、アスランをみつめた。

 「……ご、ごめん」

 「え?」

 「わ、悪かったよ……なんだかんだいって助けてもらって……お前にも迷惑かけて、怪我させて……」

 「……いいさ」

 

 アスランは、カガリの意外としおらしい様子に、調子を崩した。

 「あの……傷の手当てさせてくれよ」

 カガリは、アスランのヘルメットを取ろうとした。

 「別に大丈夫だ」

 「やらせてくれ、このままじゃ……私……バカみたいじゃないか!」

 「……分かった」

 カガリの必死な様子に、アスランはヘルメットを外した。

 

 

 (最初はとんでもない女だと思ったが、意外に女らしいというか……優しいところもあるんだな)

 

 カガリは、持っていたハンカチで、アスランの額を拭いた。

 ガラスの破片が刺さっていない事を確認すると、傷口を救急キットにあった消毒薬で丁寧に拭いてやった。

 

 「なあ、お前、名前なんて言うんだ?」

 ガーゼと包帯を巻きながら、カガリはアスランに聞いた。

 「アスラン、……アスラン・ザラ」

 「――アスラン?」

 「どうした?」

 「いや、同じ名前をよく聞くんだ……弟がさ、よく、お前とおんなじ名前の友達の話をするんだ」

 「え……!?」

 と、その時  

 「トリィ!」

 トリィがカガリのドレスの胸元から顔を出した。

 

 「あ……!?」

 

 トリィの登場に驚きながらも、出て来た場所があまりな場所だったため、アスランは照れて目をそむけた。

 「――ああ、これさ、私の友達で、トリィって言うんだ、弟のなんだけどな。 その”大事な友達”にもらった物らしくて」

 「ちょっと待て、お前の言う弟って……キラ・ヤマトのことか!?」

 

 キラに姉がいたなんて話は、アスランは聞いたことがない。

 だが、今までの話を聞けば、そうとしか思えない。

 

 「え――なんでキラのこと?」

 「――そのトリィは俺が作った物だ」

 「!?」

 

 カガリは手当てをする手を止めた。

 先程のアスランの言動を思い出す。

 ――モビルスーツを動かせる。

 

 「じゃあ、お前は……コーディネイターで、キラの、昔の親友なのか? だからモビルスーツを!?」

 「ああ……」

 「なんでだよ!? なんでキラの友達が!! なんで、こんなとこに、地球軍にいるんだよ!?」

 「俺は地球軍じゃない!! どうしてかなんて――」

 

 俺にもわかるもんか――。

 

 

 体中の痛みに苛まれながらも、アスランには、胸の痛みの方が、強く感じられた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 12 「慟哭の宇宙(そら)」

----------------------------------------

 

『宇宙に飛び出すようなカガリだが、

 カガリはキラの姉になっているのだという。

 なら、俺は、キラの敵になってしまったのだろうか?』

 

----------------------------------------

 

 

 

 ”アルベルト”は形状こそ、同じナスカ級である”ヴェサリウス”と同じであったが、

 色が、黒に近いダークグレイで塗装されていた。

 それだけでなく、モビルスーツデッキのスペースがかなり拡張されており、内部でモビルスーツのメンテンナンスだけでなく、

 簡単な部品の製造や、改造も行えるようになっていた。

 

 その艦の廊下を、ナタル・バジルールが進んでいく。

 

 (第08木星船団のグループ・リーダーを勤めた男か)

 ナタルは先刻渡された資料を思い返した。

 

 木星船団に選抜されるのは、コーディネイターの中でもトップクラスの人間だけである。

 その男がザフトに参加――それもパトリック・ディノ国防委員長の大抜擢でだ。

 どんな男かと、ナタルは思った。

 

 が、ナタルはどのような人物であろうと気に入らないような予感がしていた。

 自分には紫電(ライトニング)――ネオ・ロアノークの副官が合っているような気がしたからだ。

 

 

 ナタルがアルベルトのメーン・ブリッジに着くと、そこには赤いザフトのエリート服を着た、オレンジの髪をした少年がいた。

 CICの一席に座っているため、この艦のメインクルーの一人だと思われた。

 

 しかし、その様子は落ち着きが無く、ナチュラルの――コーディネイターでも、民間人ならそうかもしれないが――

 歳相応か、幼い少年を思わせた。

 

 手で携帯端末をいじくっている。

 おおよそ、軍務についているとは思えない。

 

 (なんだこの艦は?)

 ナタルが思わず注意しようとしたところ、白い軍服を着た男が、その赤服の少年から携帯端末を取り上げた。

 

 「拝啓、マユラ・ラバッツさま、僕は、新しい職場に着きました。

 また、ゲームで対戦できるのを楽しみに――ですか」

 「あ、ちょ! 隊・長!」

 「もう、仕事が始まるんですよ、ちゃんとやってもらわないとねぇ?」

 「りょ、了・解!」

 少年は敬礼し、男は、少年に携帯を返した。

 

 

 「……ああ? ヴェサリウスの艦長さん、いらっしゃったんですね?」

 その男が振り向いた。

 年の頃は20後半か30手前と言ったところだろうか。

 金髪と――垂れている癖に、妙に威圧感を与える眼光が特徴的だった。

 

 「どうも、ムルタ・アズラエルです、以後よろしく?」

 (この男が? こんな――軟弱そうなヤツが?)

 

 どの想像とも違う優男風の男だったため、ナタルは思わず顔をしかめた。

 

 「しかし、僕らの乗る船の艦長さんが、こんなに若くて美人な方だってのは、ディノ委員長の粋な計らいってやつですか?」

 「……」

 「冗談ですよ、ご心配なく。 君の優秀さは聞いていますよ。 あの木星探査船(ジュピトリス)の中では女性は少なく、居ても既婚者ばかりでね?」

 

 (なんだコイツは……こんな男の下で……ネオ隊長も些か言動には問題があったが……)

 ナタルは早くも先が思いやられていた。

 

 しかし――

 「本日付で貴下の指揮下に入りました。 ナタル・バジルールです。 よろしくお願いします」

 ナタルは見事な敬礼を返した。

 彼女は誇り高い、義勇兵(ザフト)なのだ。

 

 

 

-----------------------------------------

 

 

 アークエンジェルへの帰路、しばらく、カガリとアスランは無言だった。

 

 お互い、納得の出来ない感情をぶつけた。

 そして、勿論答えなど出なかったからだ。

 

 が、しばらくして、アスランが口を開いた。

 「仲良かったよ」  

 「え……?」

 

 考えてみれば、友達とか、仲間とか、恋人でさえも、他人との関係は不思議な物だ――と、アスランは思った。

 

 肉親と違い、本当に微妙な線と縁でつながっている存在だ。

 もし、違う学校に入っていたら

 もし、自分が、偶然相手に声をかけなかったら

 

 全く会った事のない、赤の他人。

 そして、お互い知り合うことも無い仲で終わる。

 

 それでもアスランは、そんな薄っぺらい縁の中で、確かなものが存在すると感じていた。

 こいつとなら、どんな場所であっても、

 どんな年齢であっても、どんなきっかけでも、友達になれる。

 

 キラはそんな人間だった。

 アスランはそう感じていた。

 

 「アイツは俺と全く違う性格だったが、俺とは気が合ったんだ」

 「キラか――?」

 「人当たりは良くて優しいヤツだけど、スグ泣いて、時々無神経なヤツで。

  優秀なくせに、ぼんやりして、周りに合わせようとして、流されて、うじうじしていた」

 「ああ……」

 

 だが、一緒にいると楽しい。何時間でも話せた。

 それだけだった。

 

 「そうだよ、あいつそうだ……!」

 カガリは頷いた。

 

  だがアスランにとって、それは形が違っても、ヘリオポリスで出会ったあの三人にも言えることだった。

 

 「ヘリオポリスにザフトが来て、俺は友達を守りたくてイージスに乗ったんだ

  俺だって、アイツとは戦いたくなんてない! でも、俺じゃなきゃ、イージスを動かせない、皆を守れない!」

 「だからって、キラと戦うのかよ! それでいいのか!?

  確かに、あの戦艦に乗ってるのはオマエの友達かもしれない。でも、キラだってオマエの友達だったんだろ!?」

 

 カガリは、不条理に憤った。

 何故なのか、あの義理の弟はただ、周りの人間の為に、失われたモノの為に犠牲になろうとしているのに。

 

 (キラは周りの人間を何よりも大切にするやつだった。

  だから、血のバレンタインで――。 なのに、どうしてそんなアイツが、戦場で友達と戦わなきゃならない?)

 

 何故また、このような過酷な目に会うのか。

 

 が、カガリはアスランを見て思う。

 (でも、こいつもキラと同じ――誰かが傷つくのを見たくないだけなのか――?)

 

 キラに戦う理由があるように、アスランにも戦う理由はある。

 そしてお互い、どちらも譲れない物なのだ。

 互いに、正しいのだ。

 

 

 

 

  少し前、カガリはザフトに志願しようとしていた。

 無論、自分に出来る事などたかが、知れていることは分かっていた。

 それでも、キラが戦っている中、自分だけがプラントにいることは出来なかったのだ。

 しかし、

 「おまえ一人が行ったところで何ができる?オマエは銃を撃つ相手の兵士のことを考えたことがあるか!?」

 そう、父であるウズミに言われた。

 そして、お前は世界のことを何も知らんとも言われた。

 だから、カガリは少しでも世界のことを学ぶために、父の仕事を手伝い始めた。

 

 銃を撃つ相手は、弟の友かも知れなかったのだ。

 

 そう考えると、この戦争の行き着く先はどこなのだろう?

 

 いや――結局、人の行き着く先は――。

 

 

 イージスのモニターに、遥か先に浮かぶ、アークエンジェルが見えた。

 二人は、そんなことを考えながら、せめて、先の見えない宇宙から、戻ろうとしていた。

 

 

-------------------------

 

 

 「と、言うわけで、この船の最初の任務は、カガリ・ユラ・アスハの捜索になります」

 

(なんだろう……この人)

 キラ・ヤマトは、眼前の新たな隊長に先程から妙な緊張感を感じていた。

 それはどれかといえば、不快感――威圧感のようなものに近かった。

 「アルベルトが……カガリの探索に、ですか?」

 「おや…? 冷たいですね?義理と入ってもお姉さんでしょう?」

 「いえ…そういうことではありませんが」

 

 キラはアルベルトの搭乗口の前で、アズラエルから作戦の変更を聞かされた。

 足つき――アークエンジェルの追撃は引き続き行うが、カガリの探索を最優先で行う、という物だった。  

 

 「君の姉上はアイドルだからな…頼むぞ、キラ・ヤマト」

 「ハイ……ディノ委員長」

 

 そういうと、キラはアルベルトの内部へ、アズラエルと共に流れた。

 

 「民間船だから……無事だといいのですが」

 「どちらにしても君が行かなくては始まりませんよ? 彼女は、今のプラントの心の支えですからね?

  彼女を無事に英雄のように連れかえるか……それとも彼女の亡骸を胸に涙を流すか?」

 「……!?」

 「それ相応の結末を用意しなくては……士気に関わるんじゃないですかね?」

 「そんな……」

 「じゃ、いそいでください……すぐに出ますよ」

 

 

 

--------------------------------------

 

  イージスはアークエンジェルへと無事に帰艦した。

 フェイズ・シフト装甲のおかげで、機体へのダメージは殆ど無く、

 衝撃を受けた間接部の簡単な修理のみで済んだ。

 

 

 「やれやれ、お嬢さん? 殺されても文句は言えないよ?」

 バルトフェルドがカガリに厳しい口調で言った。 

 しかし、

 「ああ……私も覚悟を決める」

 「え?」

 「私に出来る事があるなら、やらせるといい――人質でもなんでも」

 先ほどと打って変わって、毅然としていて――それでいて冷静で真摯な態度で、カガリは答えた。

 「いや……とりあえず、さっきの部屋に戻ってもらおうか?」

 バルトフェルドは、カガリを部屋に戻した。

  

 「甘くないか? 営巣にでも入れたほうが……鍵はロックした筈だが」

 クルーゼが言う。

 「いや……あの様子なら大丈夫だろう」

 バルトフェルドがクルーゼに言った。

 脱走前と雰囲気が違う。

 今度また、同じような無茶をするようにはバルトフェルドには思えなかった。

 「しかし、何があったんだ? アスラン? あのお嬢さん随分と様子が……」

 バルトフェルドは今度はアスランに尋ねた。

 「いえ、少し話をしただけです。 彼女も国の為に必死だったんでしょう」

 

 「プラント、君は未練はないのか? 住んでいたのだろう? 家族は――」

 クルーゼが言った。

 「俺の家族はもういません。 今の俺は、戦争に参加しなくていいなら、どこでもいいですよ……」

 「……?」

 アスランは、クルーゼとバルトフェルドに会釈すると、部屋に連れて行かれるカガリの方を見て、モビルスーツデッキを後にしようとした。

 

 「アスラン……」

 クルーゼがその背中に声を掛ける。

 「大尉、俺は――何の為に戦うか分かりません」

 「――アスラン?」

 しかし、アスランはその呼びかけに応えず、クルーゼの声を払うようにデッキを出ていった。

 

 

----------------

 

 「ひやひやしたぞ? 顔と胸はまあまだけど、やっぱ、大したオヒメサマだぜ……」

 「全くだ……ツッ!」

 「我慢ですよ、アスラン」

 

 アスランは医務室で、ニコルとディアッカと、軍医のアビーに手当てを受けていた。

 

 アビーは先日のアルテミスからアークエンジェルに乗り込んだ、まだ若い女性の軍医だった。

 通常業務に当たっていたところ、ザフトの攻撃に巻き込まれ、已む無く他の兵士と共にアークエンジェルに乗り込んだのだという。

 「体中、痣が出来ていますね」

 アビーが、アスランの体に鎮痛材と包帯を巻いた。

 「今度は体中かよ、サイナンだな」

 ディアッカがデーンと勢いをつけて、アスランの背中に湿布を張った。

 「ウアァッ!」

 アスランがのた打つ。 

 「頭、切ったんですか? なんか……ガーゼが雑ですね……直しますよ」

 と、ニコルが、頭の包帯に手をかけようとした。

 「……あ、イヤ、……これはいいんだ。」

 アスランがそれを断った。

 「え?」

 ニコルは不思議そうな顔をしている

 「これは……このままでいいんだ」

 アスランは、自分で少しだけ包帯の位置を治した。

 

(……借りはきちんと返してもらわないとな)

 

 アスランは、泣きそうなカガリの顔を思い出していた。

 

 

-------------------------

 

 「ええ!おば様が!?」

 「先遣隊と一緒に来てる」

 イザークとフレイが、食堂で、先程ブリッジで聞いた第八艦隊の救援の話をしている。

 既に民間人の間にもその話は広まっており、全員、安堵の表情を浮かべていた。

 「おば様が……よかった」

 「俺や、フレイのことは当然知らなかっただろうが、こっちの乗員名簿、さっき送ったからな」

 「よかったわね、イザーク。 これで……助かるのね」

 フレイはイザークの手を取った。

 「おば様に会えるのも久しぶりね。 私、準備しなくっちゃ」

 「準備……?」

 「女には色々あるのよ!」

 フレイは少し首をかしげて、イザークに目配せした。

 

 (母上……)

 イザークは船室へと駆け出すフレイを見ながら、母を思い案じた。

 

 

 プラントと地球の関係が緊張を迎えたとき、イザークは、母にオーブへの疎開を言い渡された。

 その時、懇意にしていた連合事務次官、ジョージ・アルスターの娘、フレイと共にヘリオポリスに渡ったのだ。

 交際を始めたのは、ヘリオポリスについてからだった。

 

 自分と同じく、父を失った彼女。

 彼女はいつも気丈に振舞っていていて、それが強くイザークを惹き付けた。

 

 それが、少しばかり母にも似ている事については、イザークは気づいていなかった。

 

 

 

-------------------------

 

 

 「それでは、ネオ・ロアノーク隊長殿、以上がボクのチームで開発した設計プランの全てになります」

 ネオは、アズラエルから新型モビルスーツの部品に関する設計書やその他諸々のデータを受け取った。

 「ほう、これは、素晴らしいですな」

 「フフ、ライトニングのお役に立てるなんて光栄ですよ」

 

 読めない男だと、ネオは目の前の男に対して思った。

 ――ディノ委員長は、それでも駒が欲しいのだろう。

 このような得体の知れない男でも、政治的、軍事的に使える駒が。

 自分のようなパイロット上がりでは、限界があるだろう、特に自分では――。

 

 「奪取した敵のデータから、YMF-X000Aの設計はフレームから書き換えました……が、部品の殆どは完成していましたからね。

  ソレらをそのまま使えるようにしてあります。数日後の第一テストには間に合いますよ」

 「コイツは――流石は木星帰り」

 「イージスとかいう可変機のデータがあれば、X-11Rまでの実証が出来そうなのですが――ひとまずX-09Jプランまでのテストは可能な筈です」

 「了解した。 あの足つきの船、追撃の件はお願いする」

 ネオとアズラエルは互いに敬礼した。

 

 「フフ、もっと時間があれば貴方とはお話したいモノでしたがね。 あなたはボクと同じような気がするし」

 「――? ええ……」

 アズラエルの言葉の意味は分からなかったが、目の前の男に対する、正体の知れない嫌悪感だけはネオの胸に強く残った。 

 

 

----------------------------

 

 

 「本艦隊のランデブーポイントへの到達時間は予定通り。

  合流後、アークエンジェルは本艦隊指揮下に入り、本体への合流地点へ向かう。後わずかだ。無事の到達を祈る!」

 先遣隊の旗艦となっているネルソン級宇宙戦艦モントゴメリの艦長、モンローと正式にコンタクトが取れた。

 「ハッ!」

 普段は軍服の前を開けているバルトフェルドも、この時ばかりはやはり服装を正している。

 と、

 「大西洋連邦国防理事会のエザリア・ジュールです。まずは民間人の救助に尽力を尽くしてくれたことに礼を言いたい。

 そちらのポッドは大西洋連合からの疎開者を多く含んでいた。 合流を待っている。」

 イザークの母である、エザリアジュールもモントゴメリのブリッジにおり、通信に映し出された。

 

 イザークは、その通信を端目で見ていた。

 エザリアにもブリッジの様子が届いているのか、視線がカメラの中心からずれた。 ブリッジのCIC席に座っているイザークのほうを見たのだろう。

 「――ご子息もご無事です、この後通信をお繋ぎ出来ますが?」

 「え……」

 「いえ――」

 公務中につき、戸惑うイザークとエザリア。

 「短時間ならば問題ありますまい、準備させます」

 そんな二人をバルトフェルドは押し切るように言った。

 モンローとエザリアは目を見合わせた。

 モンローが、そ知らぬ風を装ったので、エザリアは少しだけ首を頷かせた。

 「では――」

 通信が切られる。

 「と、いうわけで、行って来い」

 「……ありがとう、ございます」

 イザークはアイシャに案内され、通信の出来る個室へと向かった。

 

----------------------------

 

 構造は慣れているヴェサリウスと全く同じであるはずだが、キラはアルベルトの艦内でどうにも落ち着かない時間を過ごしていた。

 ――一つは、カガリの身が気になって、もう一つは、あの隊長にどうにも馴染めないのだ。

 

 

 そのためか、今後の航路を決定するミーティングに、パイロットであるキラも参加を申し出ていた。

 

 「予定の航路から行けば――このままデブリベルトを中継するのが良いと思われますが、状況から判断して、カガリ嬢の船は撃墜されたと見るのが良いでしょう」

 「……え!?」

 「それならば、尚の事その安否の確認が先だと思われますが!」

 ナタルが一歩を歩を進めて、アズラエルに進言する。

 「落ち着いてください、艦長サン? ……先程、アルベルトのレーダーが謎の艦影を捉えているんだよ」

 「艦影……?」

 「隊長! 照合・完・了! 地球連合軍、ネルソン級です!」

 「ですが、この艦の任務は!」

 「ニブイなあ、キラ・ヤマトくん? ――この一連の、どうにも臭うと思わないかい?」

 「え……?」

 

 「カガリ嬢。 もしかしたら最初から狙われていたのかもね。 この艦影、まずは気づかれないように追跡します、いいですね?」

 「ですが……」

 ナタルが尚も食い下がる。

 「ボクに従うように――本部からも、ロアノーク隊長からもそう言われてたんじゃないかな?」

 「……」

 「じゃ、皆、航路は例の戦艦を追ってくださいね? ……しかし運がいいなあ、ボクは? ビギナーズ・ラックかな?」

 

 軽い調子でアズラエルは言った。

 

 

 

----------------------------------

 

 「イザーク! ……ヘリオポリス襲撃の報を受けたときにはどうしたものかと!!」

 「母上……」

 通信機の画面いっぱいに母の顔が映し出される。

 「聞くところによると、艦の仕事を手伝っていたとか――貴方は私の誇りです。貴方の父もきっと喜んでいます」

 「はい……!」

 母の言葉に、イザークは素直に喜んだ。

 

 「あなたも連戦で疲れているだろうと思うけどあと少しです」

 「ええ! …………ですが、母上!」

 と、イザークは少しだけ声の調子を強めた。

 「母上自らが、何もこのような前線に出てこなくとも! もう少し自重をされてください」

 イザークの母、エザリアは笑みを浮かべた。

 「フフッ――なんだかお父様に似てまいりましたね」

 「いえ……そんな、私なんかはまだ、父上に遠く及びません」

 

 ただの、親子の会話とは言いがたかった。

 

 イザークは、この母親に甘やかされた記憶はあるが、自ら甘えた記憶が無い。

 ジュール家は、所謂名家の家系であった。 代々、医師や軍人、政治家を生み、栄えていた。

 しかし、CEに改暦した際――その混乱の折、一度は没落した。

 

 しかし、イザークの祖父や、父の奮闘もあり、また名家として復活しつつあった。

 当初は、そのような情勢の中、生まれた事で溺愛された。 

 しかし、その様子が少し変わったのは、イザークの父が病死した事にあった。

 

 エザリアと、イザークは、彼が老いてから出来た妻と子であったため、死別も早かった。

 父が死んでからは、母は自らジュールの家を支えるものとして奔走した。

 

 そして、イザークもその責を負った。

 母から厳しく、しかし甘く――。

 その教育と躾を受け、イザークはただ、母を支えたい一心で努力した。

 並外れたプライドと、コーディネイターにすら真っ向から挑むその負けん気は、ここから培われたものであった。 

 

 「――あなたが、ヘリポリス、しかも工学科に進むといったことを反対すればよかったとも思ったわ」

 「母上、そのお話は……!」

 「いえ、そうね、貴方が決めた事ですものね――ジュール家のものとして、率先して宇宙に出たいと、前から言っていたもの。 安心なさい、このG計画が成されれば、未来は私達のものよ」

 「はい!」

 と、また力強くイザークは頷き、

 「母上……これからは、私もお手伝いしたく思います!」

 と応えた。

 「ありがとう……でも、この戦いに貴方がこれ以上関わる事は無いわ」

 「母上……?」

 エザリアは、イザークに諭すように言った。

 「あなたの仕事は戦う事ではないわ。 戦後にこそ、やるべき事が沢山ある……今度は、地球で安全な場所を探しておきます。それまでの我慢よ?」

 エザリアは言った。

 

 安全な場所――自分の身を案じて、エザリアはオーブへの疎開、ヘリオポリスへの留学を薦めてくれた。

 しかし、その結果は――。

 

 「あのG計画の機体。 あれの装甲が宇宙でなければ作れないなんて事が無ければ、貴方のいるヘリオポリスで機体を受け取らずに済んだのに、本当にすまないことをしたわね」

 「……母上」

 エザリアは、イザークを戦火に巻き込んだことを悔いているようだったが、オーブを、中立国を巻き込んだ事については何の呵責も感じていないようだった。 

 結果、友人達が巻き込まれる事になったことも……。

 

 「ヘリオポリスといえば、その、イージスに乗っている子、コーディネイターと聞きました? 大丈夫?」

 「? 母上……アスランは……」

 その上に、母は、彼の友人を疑うような事も言ってきた。

 反論しようとするイザークだったが、

 「貴方の事だから、きっとその子を信頼しているのでしょうね。 でも、コーディネイターは、いつか貴方の障害になる。 あまり、気を許してはダメよ?」

 「母上!」

 「時間だわ……続きはあったときに話しましょう? フレイも連れていらっしゃい? 乗っているんでしょう……楽しみにしているわ」

 エザリアは微笑むと、イザークが反論する前に、通信は切れた。

 

 「母上……母さん」

 いつもこうだった。

 彼女は息子を思うあまり、息子の言わんとすることに気がつかないのだ。

 

 

 

-----------------------

 食堂で待機していたアスランたちの所へ、通信室からイザークが帰ってきた。

 「どうよ? イザーク、ちゃんと甘えられたか?」

 「うるさいぞディアッカ」

 イザークはディアッカを無視して、給茶機でコーヒーを注いだ。

 「ほら」

 イザークは人数分コーヒーを注いで遣した。

 

 「お袋さん、立派な人なんだな」

 アスランは言った。

 「フン、そうだよ」

 からかわれたのかと思ったイザークがそっけなく応えた。

 その様子から、本当にイザークが母親を誇りに思っているのがわかった。

 

 「合流したら、お前はイージスを降りろよ」

 「え?」

 「――今度は俺がやって見せる」

 「あ……」

 イザークはコーヒーを啜った。

 

 母親が戦っているのだ。

 イザークの心情を、アスランはなんとなく察した。

 

 (俺は……)

 アスランも同じように思っていた頃がある。

 父の為に、ジンのテストパイロットをやっていた頃だ。

 

-----------------------------------

 

 

 

 「的・中! 敵艦隊の予想航路出ました!」

 「このルート……やはり、予想が当たりましたね?」

 

 敵艦はデブリベルトのあるエリアから、少し離れた宙域に向かっていた。

 このような宙域に向かう艦があるとすれば、その役割は――。

 

 「足つきへの補給?」

 ナタルがアズラエルに言った。

 「ご名答。 さて、じゃ準備しますよ?」

 「仕掛けるんですか!?」

 「叩けるときに叩かなきゃ? 今まで散々チャンスを逃してきたから、そもそもこんな戦争になったんでしょ?」

 「ですが、カガリ嬢の捜索は!」

 「後でもいいでしょう? それに、居るかもよ? 彼女……?」

-------------------------

 

 「レーダーに艦影3を捕捉、護衛艦、モントゴメリ、バーナード、ローです!」

 「やった!」

 ダコスタがオペレーターの発言に、思わず歓声を上げた。

 ため息を下げるバルトフェルド、アイシャが彼の手に、そっと自分の手を重ねた。

 しかし、

 「……ん? あ!……これはっ!」

 「どうした?」

 「ジャマーです! 近況エリア一帯、干渉を受けてます!!」

 「!?」

 一気に、ブリッジに緊張が走る。

 「前方にて、戦闘と思しき熱分布を検出! 先遣隊と思われます!」

 「戦闘だと……!」

 イザークが絶句する。

 「モントゴメリより入電! ランデブーは中止! アークエンジェルは直ちに反転離脱、とのことです!」

 そのイザークを打ちのめすように、絶望的な報告が入った。

 「イエロー257、マーク40にナスカ級!熱紋照合、ジン3、それと、待って下さい、これは……ストライク!? X-105、ストライクです!」

 「では あの、紫電(ライトニング)のナスカ級だと言うのか!?」

 バルトフェルドが叫んだ。

 「いや……違うな」

 しかし、クルーゼはそれを否定する。

 「なんだ……分かるのか?」

 「もっと不愉快な何かだ……危険だな」

 

 「艦長! あの艦にはッ!」

 イザークがバルトフェルドに叫んだ。

 「イザーク……」

 ダコスタの横で、コパイロットを勤めていたニコルが、呟く。

 

 「――このまま反転しても逃げ切れるかはわからん。 総員第一戦闘配備! アークエンジェルは、先遣隊援護に向かう!」

 「艦長……」

 クルーゼがバルトフェルドを見る。

 バルトフェルドにはクルーゼの言わんとしていることが分かった。 

 「くそ、せめて合流してからならばな、このタイミングで……」

 「仕方あるまい。 私もゼロで出る――艦を沈めるなよ?」

 「分かってるよ」

 バルトフェルドがキャプテンシートに着座する。

 「総員、第一戦闘配備! クリ返ス! 総員、第一戦闘配備!」

 アイシャがバルトフェルドの号令を復唱した。

 「……ッ!」

 イザークもCICシートについた。

 (アスラン……頼む!)

 

 

--------------------------

 

 「モビルアーマー、発進急がせ!ミサイル及びアンチビーム爆雷、全門装填!」

 艦長であるモンローが叫ぶ。

 「熱源接近! モビルスーツ……4!」

 「……くぅ……どういうことだ? どこで察知された……?」

 モンローが思わぬ敵の襲来に、呟く。

 「ここまで来て……!何故今まで敵艦に気づかなかったのだ!」

 エザリアも叫んだ。

 「……艦首下げ!ピッチ角30、左回頭仰角20!」

 

 近くで爆発が起きたのか、艦が揺れた。

 「あぁっ!?」

 エザリアがブリッジの椅子から放り出されそうになった。

 敵が遠距離から牽制の大型ミサイルを放ったのだ。

 迎撃したものの、艦は一気に戦闘の空気へと変わる」

 「……アークエンジェルへ、反転離脱を打電!」

 モンローがオペレーターに告げた。

 「なんだと……それでは……」

 「この状況で、何が出来るって言うんです? あの艦が落とされるようなことになったら!」

 モンローが怒鳴った。

 「クッ……奪われた味方機に落とされる、そんなふざけた話があるか!」

 エザリアは奥歯をかみ締めた。

 「エザリア委員は避難なさってください!」

 「――艦長! アークエンジェルが!」

 オペレーターが、アークエンジェルが反転せずに此方に向かっている事を告げた。

 「バカなっ!」

 自分達の犠牲を無駄にする気か? と、モンローが叫ぶ。

 

 

 「……イザーク!」

 

 

---------------------------

 

 アークエンジェルの艦内に、アラートが鳴り響く。

 船室で休んでいたアスランも、パイロットルームへ駆けていた。

 すると――。

 「アスラン!!」

 「カガリ!? どうして――また、鍵は!?」

 自由に部屋から出ているカガリに、アスランは驚くも、今は第一種戦闘配備が発動している。

 それどころではない。

 

 しかし、カガリは尚もアスランに詰め寄る。

 「アスラン! これって、戦闘なのか? 戦いに行くのか?」

 「落ち着け! そうだ……ザフトの船が、地球連合を襲ってる」

 「ザフトが……キラなんだろ!?」

 「……え?」

 「わかるんだ……私、キラが近くにいるんだよ! 来てるんだよ! だからお前は行っちゃダメだ!」

 「そんな……?」

 「キラと、友達と戦う事になってもいいのかよ! 撃てるのかよ!? キラだぞ!?」

 「……」

 アスランは黙った。

 

 撃てるのか?

 

 だが、それでも――

 

 「行かなくちゃ」

 「え……?」

 どうして、とカガリが尋ねる。

 「襲われてる船には、友達の母親が乗っている」

 「……!」

 「部屋に戻ってろ、今度艦長に見つかったら、女でも営倉行きだぞ!」

 「アスラン!!」

 アスランはカガリを突き放すと、パイロットルームに急いだ。 

 

   

 

 

 

 

 「あの子……やっぱり……それにストライクのパイロット……?」

そのやり取りを陰から見ていた姿があった。

 フレイ・アルスターだった。

 「どうして戦闘なの……?」

 

 

 

---------------------------

 

 『あー、イージスのパイロットが君の友人だと言う話は聞いています』

  ストライクのコクピットの中にいるキラの元へ、アズラエルから通信が入った。

 『……撃てるね?』

 「……ハイ」

 キラは答えた。

 「アスラン、僕は…君を……」

 

 キラはカタパルトに進んだ。

 出撃前、事前に、アズラエルから渡されたデータに目を通す。

 「MSの活用プログラム…!?短時間で良くこれだけ…」

 『さすが、ロアノーク隊長の後任になるだけのことはあるってか…なあ、キラ』

 「ええ……」

 隊の仲間からも通信が入る。

 

 確かにそうだった。

 敵艦の進行方向と大まかな位置からアークエンジェル側の進路を計測。

 更に短時間でMS同士の戦闘におけるシュミレーションを機体にセットした。

 アズラエルはずば抜けた能力を持っている。

 

 (あの違和感もそれが理由なんだろうか?)

 キラは思った。

 しかし、それでもキラはなんとなくアズラエルが好きになれなかった。

 カガリ捜索の任を放り出し、アスランと戦うハメになってしまった。

 

 『ストライクは、エールで出てください。 その装備なら、イージスにも追いつけます』

 

 アズラエルから連絡が入った。

 初めて使う装備だが、汎用的なライフルと機動性を強化するブースターの組み合わせだ。

 十分に使いこなせるだろう。

 

 キラに、迷っている暇は無かった。

 アスランを退けて、カガリの救出に急ぐ。

 

 

 「了解しました! エールストライク……キラ・ヤマト、行きます!」 

 

 

-------------------------------

 

『敵は、ナスカ級に、ジン3機。それとストライクだ。気を付けろ!』

 ディアッカが、出撃前のアスランに通信で告げた。

 そして――

 『アスラン……』

 珍しく、イザークからも通信が入った。

 「イザーク……任せておけ!」

 『頼む……!』

 本当ならば、自分が出撃したいくらいなのだろう。

アスランの操縦桿を握る手にも、思わず力が入る。

 

 『カタパルト、接続! システム、オールグリーン! 進路クリア! イージス、どうぞ!』

 「アスラン・ザラ、出るぞ!!」

 

 

---------------------------

 

 

 「あの黒いナスカ級のプレッシャー、気になるが……」

 白いメビウス・ゼロの中でクルーゼは、機体を友軍の元へと急がせながらも、遠くに捕らえたナスカ級に、妙な違和感を感じていた。

 

 ――ネオの気配では無かった。

 にも、関わらず、こんなにも自分を不快にさせる何かの存在を感じていたのである。

 

 

---------------------------

 

 

 「どうですか? 艦長サン?」

 悠然とシートに構えたアズラエルが、頬杖を着きながらナタルに聞いた。

 「足つきも来た模様です」

 「へぇ……」

 と、言うと、アズラエルは立ち上がった。

 「どちらへ行かれるのです!?」

 「なに、ボクもちょっと、あの艦を間近で見たくなってね」

 「……指揮官が自らなど!」

 そんなバカな、とナタルは言いたいようだったが、アズラエルは意に介さないように、ブリッジを後にした。

 

 

 

 ジン3機とストライクの猛攻に、数分もせずに地球軍の船は沈黙した。 

 「護衛艦、バーナード沈黙!」 

 「くそッ!」

 アークエンジェルのブリッジで、イザークが叫ぶ。

 「モビルスーツ4機……しかも一機はストライクだ! ……だけど、アスランならきっと!」

 ディアッカがイザークをなだめるように言う。

 「アスラン――頼む、何をやっているんだ!」

 その声も、イザークには届かない。

 

 

 

 「ええい! モビルスーツの数が、戦力の絶対的差で無いことを教えてやる!」

 クルーゼのメビウス・ゼロが、ガンバレルを展開した。

 「――いけっ!!」

 ジンの内、一機を包囲し、一斉に射撃する。

 「のわっ!?」

 ジンのパイロットが、包囲されことにも気づかぬうちに絶命した。

 ガンバレルを収束し、次の敵機へ向かおうとするクルーゼ。

 だが、

 「――ッ! かわせんか!」

 敵の攻撃をクルーゼは”感じた”

 だが、感じる事が出来ても、それを動作にするには、機体が重すぎた。

 所詮メビウス・ゼロも、モビルスーツと比較しては前時代的な兵器なのだ。

 

 ドォウ!

 二機のジンに囲まれて、そのうちの一機の放ったバズーカに、ガンバレルの一つが落とされる。

 

 「チッ!」

 

 「クルーゼ大尉!」

 それを、アスランのイージスが助ける。

 

 「うぉおおお!」

 アスランのイージスはモビルアーマー形態を取っていた。

 そのロケットのような格好のまま、敵のジンに突っ込む。

 

 ズバババ! 

 

 敵のライフルが、イージスを襲う。

 しかし、イージスはフェイズ・シフト装甲で上手くジンの弾丸を凌ぎ、そのまま敵に突撃していく。

 「突っ込む気か!?」

 敵のパイロットが叫んだ。

 「トゥアアアア!!」

 アスランのイージスは、先端部に付いたクローで、ジンを串刺しにした。

 そして、ビームサーベルを展開して、アームを思い切り開いた。

 開いた海中のイソギンチャクのような肢形にイージスが変わると同時に、攻撃を受けたジンの機体は文字通り四散し、爆発した。

 

 

 

 「――アスラン! やめろおお!」

 

 と、そこに、イージス目掛けて高速で接近する機体があった。

 キラのストライクだ。

 「キラかっ!?」

 アスランはモビルアーマー形態のまま、キラと離れようとするが、今回は振り切れなかった。

 「ストライク、装備が!」

 また、ストライクの形態が変わっている事にアスランは気づいた。

 今度は巨大なバックパックを背中に背負っている。

 

 見たところ、ブースターの類である事は間違いなかった。

 「キラ! 止めるなッ!」

 アスランは機体を反転させ、モビルスーツ形態へ変形させた。

 その刹那、ビームサーベルとビームサーベルの干渉する激しい光が生じた。

  

 アスランは、イージスのサーベルをキラに振り上げようとする。

 しかし、

 (――どうにかできないのか!?)

 コクピットへの直撃を避け、相手の腕部を狙って、無力化しようとする。

 しかし、キラはそんな考えが通じる相手ではない。

 (アスラン……!)

 キラもまた、決定的な攻撃が無意識に出せないでいた。

 お互いがお互いを、止めようとしていた。

 

 (撃てるのか?)

 カガリの問いが、アスランを追い詰める。 

 甘さであった。

 

 

 

 

 

 「ゴットフリート1番、照準合わせ、撃てぇーっ!」

 アークエンジェルが、アルベルトに向けて艦砲を放った。

 が、光線は当たらずにそのまま何も無い宇宙を通過する。

 

 「メビウス・ゼロ被弾!」

 その上に、メイラムがクルーゼの被弾を告げた。

 「クルーゼが!?」

 とバルトフェルドは驚きの声を上げた。

 しかも――

 「敵、ナスカ級よりミサイル、ローへ向かっていきます!」

 「このままでは我が艦も! 艦長!」

 次々と、味方の劣勢を告げる報告が入ってくる。

 「クソッ! あの黒いナスカ級! なんとしても落とすんだ!」

 バルトフェルドの指揮する声にも熱がこもってくる。

 先遣隊は善戦していたが、それでも徐々に、追い詰められていた。

 

 「アスラン……!」

 ストライクと激しく斬りあうイージスを見ながら、イザークは祈るような気持ちで、自分の任務を続ける。

 「ロー、撃沈!」

 しかし、その祈りも虚しく、味方の艦の撃沈を、カークウッドが告げた。

 「撃沈だと!? 二隻がか!?」

 バルトフェルドが驚愕する。

 確かに戦力差はあるが、ここまでとは……。

 「モビルアーマー隊全滅、更に――敵、ナスカ級より更に、モビルスーツ発進あった模様! シグータイプです!」

 「援軍だと!?」

 絶望的な報告の上、この期に及んで、更に敵が増える――バルトフェルドの顔に流石に焦りが浮かんだ。

 

 「ジン二機、モントゴメリに向かっていきます!」

 「シグータイプ、本艦に接近!」

 

 

-------------------------------

 

 「――どこだ! この船のブリッジは?」

 カガリは先程から、アークエンジェルの船内を歩き回っていた。

 「私が、私が行けば、こんな戦いは……」

 止められるはずだ。

 自分が乗っている事をザフトに告げれば、こんな戦闘は止まるだろう。

 そうすれば、アスランは、キラは、戦わずに済む――。

 

 片っ端から通路をとおり、ドアを開け、カガリは先を目指した。

 すると――

 

 「なっ!? 君は!?」

 「えっ……!?」

 

 ある部屋のドアを開けたところ、髭面の士官が現れた。

 マルコ・モラシムであった。

 

 「カガリ・ユラ・アスハか?――保護されたと聞いていたが、本当だったのか?」

 

 と、ドーン、と爆発音がして、艦が揺れた。

 「お、おいアンタ、ブリッジ! 知らないか!? 私が戦いを止めなくちゃ――」

 「な、なんだと!?」

 

 ドオオオン!

 

 再度、大きな振動が船を揺らした。

 「なっ、戦闘なのか!? 沈むのかこの艦は!? 冗談ではない!!」 

 モラシムはカガリの手を取った。

 「ブリッジだな!」

 「――こっちよ!」

 そこへ、フレイが現れた。

 「止めてちょうだい、あんたなら出来るんでしょう! 案内するから、早く!」

 「……行くぞ!」

 「うっ……!」

 モラシムはカガリの手を引いて、ブリッジに引っ張っていった。

 

 

--------------------------

 

 

 「フフ、させないよ? ――あの船には堕ちてもわらなくちゃ」

 

 アルベルトから発進したアズラエルのシグーは、カスタム・タイプであった。

 通常のシグーとは異なり、背面のウイングスラスターが大型化していた。

 カラーも、通常よりも濃い、ブラック・カラーだった。

  

 シグー・ムトクイフと、彼は呼んでいた。

 アズラエル自らがカスタマイズした、木星の重力圏でも動作する、大出力化された機体であった。

 

 

 その、シグーを、クルーゼが迎え撃つ。

 「アレは? ……アレがプレッシャーの正体か!」

 ゼロのリニアカノンが、シグー・ムトクイフを狙った。

 しかし、速すぎる。

 (――照準が?)

 合わない、だけではない。

 

 クルーゼは、敵の動きを読むことが出来た。

 それは、予測とか、経験から来る推測、というレベルを超えていた。

 予知、に近いものだった。

 

 しかし、この敵にはそれが通用しない、読めないのだ。

 

 

 「へぇ?……あの白いモビルアーマーは」

 アズラエルの機体は余裕を持ってクルーゼのゼロを迎えた。

 

 翻るような優雅な動作を持って、シグー・ムトクイフは旋回した。

 「そんな機体でさぁ!」

 シグー・ムトクイフのバズーカが、メビウス・ゼロを狙った。

 

 「――ムッ!?」

 ガンバレルを一つ落とされて、バランスを崩されたゼロは、回避しきれず、更に被弾して、ガンバレルの殆どを破損した。

 「ええいッ! 当たり所が悪いとこんなものか……!」

 自分がなす術も無く撃ち落とされたのに、クルーゼは驚嘆した。

 

 

 そのままアズラエルは最大速度で、アークエンジェルに接近すると、撃てるだけの砲を放った。

 余りに速い敵の接近に、回避しきれず、被弾するアークエンジェル。

 

 

 

 その間にも、残った二機のジンは、先遣隊の旗艦、モントゴメリに向かっていた。

 

 

-----------------------------------------------

 

 「なっ!? カガリ・ユラ・アスハ!?」

 「戦闘中ヨ! 何事!?」

 アークエンジェルのブリッジに、突如カガリと、それを連れたフレイとモラシムが入ってきた。

 アイシャとバルトフェルドが驚きの声を上げる。

 

 「フレイ!!」 

 イザークもそれを見て叫ぶ。

 「この子を殺すわ!」

 フレイがカガリの手を取って言う。

 「痛ッ……!」

 強くてを引かれたカガリが苦痛の表情を浮かべた。

 「何を!」

 「おば様の船はどれ! イザーク、おば様がどうなっても良いの!?」

 

 「そ、そうだ! この艦、まずいのであろう! この娘を人質に取れば」

 「大佐殿! アンタまで!」

 バルトフェルドはアイシャに目配せして、三人をブリッジの外へ出すように指示する。

 

 

 しかし――。

 

 「艦長!! シグータイプ、再接近!  ――ああっモントゴメリが!!」

 

 メイラムが絶叫した。

 

 「なっ!?」

 

 

------------------------------------

 

 

「主砲塔被弾! 機関部損傷! 隔壁閉鎖!」

「何をやってる! 何故あのジン1機落とせない!」

 モントゴメリにアラートが鳴り響く。

 「脱出してください! エザリア委員!」

 「しかし! アークエンジェルが――あっ!?」

 

 艦橋に、ジンの機影が大きく見えた。

 そして、ブリッジに向けて、バズーカを構えた。

 

 その動作が、ゆっくりと、そして鮮明に、エザリアには見えた。

 

 

 

 

 

 「……イザークッ!!」

 

 

 

 

 息子の名前を呼ぶと同時に、エザリアの体は爆風に包まれた。

 

----------------------------------------

 

 

 

 「母上……?」

 

 

 

 呆然と、光に消えていく、母の船を見詰める、イザーク。

 

 

 (間に合わなかった……?)

 

 

 それを理解するまでに、数秒掛かった。

 そして――。

 

 「かああさぁあああああああああん!!」

 

 イザークの絶叫がブリッジを包んだ。 

 

 

----------------------------------------

 

 「か、貸せ!」

 絶叫した後、力が抜けたようになっているイザークから、通信機を奪うモラシム。

 「な、大佐殿! 何を!」

 強引にキーボードを操作してから、モラシムは言った。

 「ザ、ザフト軍に告ぐ、こちらは地球連合軍、――アークエンジェル!」

 

 

 

 「隊長! 足つきからの全周波放送です」

 「なんでしょうね……? 降服する気になったんでしょうか?」

 シグー・ムトクイフのコクピットのアズラエルの元にも、その通信は届いていた。

 

 突然の放送に、ザフトは困惑した。

 しかし、次にモラシムが発した言葉で、さらに困惑することになる。

 

 「と、当艦は現在、プラント最高評議会議長、ウズミ・ナラ・アスハの令嬢、

  カガリ・ユラ・アスハを保護している! ……人道的立場から保護した物であるが、  

  以降、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴艦のカガリ嬢への責任放棄とみなし当方はこの件を自由意志で処理する!」

 

 

 

 

 「格好の悪いことだな、援護に来て不利になったらこれか」

 被弾して、艦に戻っていたクルーゼは、メビウス・ゼロのコクピットの中で、ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 ――しかし、あのまま続けていても、降伏する事になっただろう。

 

 どういう経緯かは分からなかったが、皮肉な事に、あのアルテミスの嫌味な男は、アークエンジェルの危機を救ったのだった。

 

 

 

 

-----------------------

 

 

 「ホラ……乗ってたでしょう、カガリ嬢? ……フーン、でもスマートじゃないですね、保護した民間人を人質にするなんてサ」

 「アズラエル隊長……」

 「わかってるよ…全機攻撃中止、帰艦してください」

 アズラエルはそう指示を出すと、シグーをアルベルトに帰らせた。

  

 

 

-------------------------

 

 「……モラシム!」

 バルトフェルドが怒鳴った。

 「……何故、最初からこうせんのだ! 貴様らこそ、アルテミスを潰しておいて、こんなことで沈むというのか!」

 「クッ……」

 バルトフェルドは、キャプテンシートの肘掛をドン、と叩いた。

 

 (やれやれ……)

 そして、自分の不甲斐なさに一人呆れていた。

 

-----------------------------

 

 

 イージスとストライクは戦いを止めていた。

 

 「カガリが……カガリが……足つきに?」

 キラが震えた声で言う。

 先程まで剣で斬りあっていた為、二機はそのまま揉みあう形となっていた。

 そのため、キラのその声が接触回線でアスランにも伝わってきた。

 「なに……?」

 アスランも、先程の通信を聞いて愕然としている。

 「……なんで、なんでだ!?」

 キラは激昂した。

 「なんで、罪もない民間人にそんなことをっ!! アスラン……!」

 「キラ……!?」

 「カガリは……取り返す!」

 

 

  キラはそう言うと、そのままアルベルトに帰艦した。

 

 『ウゥ……』

 「アッ……!」

 

 すると、アスランの耳に、何かが聞こえてきた。

 

 (イザーク……!?)

 

 イザークのすすり泣く声だった。

 

 高慢で、プライドの高い、彼の見せる初めての泣き顔だった。

 (イザークの母親の船……!)

 

 そこで、アスランは、自分が彼の家族を守れなかったと始めて気が付いた。

 

 (――俺は!?)

 

 アスランは、なにひとつ、守れなかったのだ。

 カガリも、キラも、アークエンジェルも、イザークの母親も――。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 13 「カガリ、吼える」

------------------------------------

 

『願えば願うほど、思えば思うほど、

 事態は悪いほうへ向かうような気がした。

 結局のところ、出来ることなど何もなかったのかも知れない。 

 ……それでも!』

 

------------------------------------

 

 

 ブリッジに重苦しい空気が流れている。

 

 「か、艦長、後方にナスカ級、依然健在、……どうしましょうか?」

 「……え?」

 細い目で、ダコスタを見るバルトフェルド。

 「い、いえ……失礼しました……」

 「……そうだねえ、体勢、立て直さなきゃな」

 バルトフェルドは苛立ちを抑え切れない自分を感じていた。

 

 勝てる戦では無かったとは思う。

 だが、やり様はあったのではないか?

 

 いや、そうだ。 

 クルーゼのいう通り、あのモラシムのやった通り、最初からあのカガリ・ユラ・アスハを人質に使うべきだったのかもしれない。

 

 「大天使っていうより、疫病神かね? この船……?」

 

 思わず、らしくないことを呟くバルトフェルドだった。

 

 

 

 

 アークエンジェルのモビルスーツデッキでは、急ピッチでメビウス・ゼロの修理が行われていた。

 「急いでくれよ。これで、終わった訳では無いからな」

 クルーゼは、ミゲルやマッド・エイブスにそう言いながら、バイザーを器用に取り外してサングラスにあっという間に付け替える。

 ――素顔が見えるかもしれない、と覗き込んでいたミゲルは、その早業に驚いた。

 「分かってますよ! しかし、クルーゼ大尉をあそこまでやるなんてね……」

 「只者では無いな、あのシグーのパイロット……」

 クルーゼは、メビウス・ゼロの修理の様子を眺めながら、水の入ったボトルを片手に、何かの錠剤を飲み干した。

 

 (……よもや、裏が押さえられているということはあるまい?)

 

 ……クルーゼが、思案していると、そこへ

 「どういうことですか!」

 と、アスラン・ザラが憤りながら詰めかかって来た。

 

 「どうもこうも、聞いた通りだ? あの嫌味な男に危機を救われたという事だ」 

 「危機を救われたって……!? あの女を人質にとって脅して、そうやって逃げるのが、地球軍て軍隊なんですか!?」

 

 ――クルーゼは無言で、アスランを見詰めた。

 「ン……!」

 瞳が見えないはずなのに、強い眼光のようなものを感じてアスランが黙る。

 「このような事態になったのも、我々の力が足りないからだ」

 「……ッ」

 「君にも私にも、この艦の、今の状況をどうこう言う資格は無いさ」

 クルーゼはそう言うと、アスランの肩に手を置いて、モビルスーツデッキを後にした。

 

 

-----------------------------------

 

 

 アークエンジェルの後方では、手出しが出来ないまま、追跡を続けるナスカ級戦艦”アルベルト”の姿があった。

 

 そのブリッジでは、隊長であるアズラエルに、副官のナタルが意見していた。

 

 「このまま付いていったとて、カガリ嬢が向こうに居られれば、どうにもなりますまい」

 ナタルがアズラエルに向けて言う。

 「ま、そうですね。 お手上げって所かな?」

 「そんな……! みすみすこのまま、カガリ嬢を地球軍に……!!」

 アズラエルの適当な態度に、思わず声が大きくなるナタル。

 そんなナタルを気に留めないかのように、オレンジ髪の兵士に、アズラエルは尋ねた。

 「あのさ? ガモフの位置は? どのくらいでこちらに合流できます?」

 「確・認! 現在、6マーク、5909イプション、0,3です! ……合流には、7時間はかかるかと!」

 「それじゃ、間に合いませんね。 手を打つ前に合流されてしまうか……」

 「……難しい状況です。 いかがなされますか?」

 ナタルは、余裕ぶるアズラエルに、皮肉を込めて言った。

 

 「あー! やめやめ、打つ手がありません!」

 「なっ!?」

 あろう事か、アズラエルはギブアップを宣告したのだ。

 「人質を取られている以上、ムチャな事は出来ないですしね。 休憩です、休憩。 しばらくのんびりとしてましょう」

 「クッ……!」

 それでも飄々とした態度を崩さないアズラエルに、ナタルは歯噛みするばかりだった。

 

---------------------

 

 イザークはずっと、船室のベッドで毛布を被っていた。

 

 目は虚ろで、うっすらと涙を浮かべていた。

 

 「イザーク……」

 フレイがずっと彼に寄り添っている。

 「母上……」

 イザークがポツリと、言葉を漏らした。

 すると、堰を切ったかのように、涙が溢れ出した。

 「クッ……ウゥ」

 

 母は、大切な家族だった。

 それだけではない、彼の人生の指標でもあった。

 過去の全てでもあった。

 そういう生き方をしてきた少年だった。

 

 見舞いに来ていたディアッカは思わず目をそむけた。

 見ていられなかった。

 

 すると、アスランも様子が気になったのか、イザークのいる船室へとやってきた。

 「……アスラン、今は……」

 入らないほうがいい、とディアッカは言いたそうだった。

 

 それでも、罪悪感や、友への心配から、足を進めるアスラン。

 

 と、イザークがそれに気づく。

 「ッ……!」

 顔を背ける、イザーク。

 こんなときでも、泣き顔を見られたくないという気持ちが働いたのだろう。

 「イザーク……」

 すまない、ともいえなかった。

 そんな事を言っても、彼の母親は帰らない。

 謝りきれる、ことではない。

 

 「出て行って!」

 フレイがアスランに言った。

 「うそつき! イザークが言ってた! アスランが任せろって! なのに!!」

 「おい、フレイ!」

 ディアッカが、フレイとアスランの間に入って、フレイを止める。

 「――私、聞いたんだから! あんた、あのストライクのパイロットと、友達だったんでしょう!」

 「……え!?」

 ディアッカが、驚きに声を上げる。

 「――!」

 そして、イザークもそのフレイの一言に目を見開く。

 「あんた! 自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんじゃないの!」

 その上に、更にフレイは続けた。

 

 「――!?」

 フレイの言葉に絶句する、アスラン。

 

 (撃てるのか?)

 

 カガリの言葉が、アスランの頭に反芻される。

 

 

 ――と、ずっと声を潜めて涙を流していた、イザークが、言葉をこぼした。

 「……出て行ってくれ」  

 「イザー……」

 「出て行ってくれ!!」

 声を掛けようとしたアスランに、イザークは怒鳴った。

 

 「アスラン……」

 ディアッカは、いこうぜ、とアスランの肩を押すと、部屋にはフレイだけを残して、其処を後にした。

 病室の外では、見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりの、重たい表情をしたニコルがいた。

 「デテイケー……」

 ニコルが抱えていたハロが、イザークをまねして喋る。

 

 「……クッ」

 「アスラン!?」

 

 アスランは、ディアッカとニコルに背を向けると、宛てもなくアークエンジェルの廊下を流れ出した。

 追いかけようとするニコルをディアッカは止めた。

 

 一人にしてやるべきなのだ。

 アスランも、イザークも。

 

-----------------------

 

 

 

 アスランは、アークエンジェルの宇宙の見えるブリッジまで来ていた。

 

 一人で、星々の海を眺めていた。

 

 

 (お父さんも一緒ですか?)

 (ああ、そうとも。アレックス、二人で星間旅行だ!)

 

 なぜか、幼い日のことを思い出したアスラン。

 すると、彼の頬にも、一筋の涙が流れていた。

 

 それが、心的な疲労から来る幼児退行とは、聡明なアスランには分かっていた。

 そして、その記憶が今の自分を更に苦しめる事も――だが、

 

 (木星遥か、土星も越えて、天王星へ寄り道がてら、海王星からまだ先へ!)

 

 とめどない記憶の奔流にアスランは窓ガラスを叩いた。

 

 戦闘にも絶えられる強化プラスチックである。勿論びくともしない。

 が、アスランはこのまま窓を破って宇宙に消えてしまいたいくらいであった。

 この宇宙の果てへ――そこなら、戦争も無いだろう。

 

 アスランは遥か漆黒を眺めた。 このまま、魂が吸われそうだった。

 無限の虚無の彼方へ――。

 

 しかし、まだこの世界はアスランを繋ぎとめておきたいようだった。

 何かの感触が肩に触れた。 それがアスランの意識を、一気にこの場所へ還らせた。

 

 「トリィ!」

 「あっ……」

 トリィだった。

 後ろに人の気配があった。

 カガリ・ユラ・アスハだった。

 「……よう」

 女らしくない、声の掛け方だった。

 アスランは軍服の袖で、涙を拭くと、振り返った。

 「大丈夫か?」

 「……ああ」

 アスランは頷いた。

 

 アスランはトリィを手のひらに載せると、そのままカガリに差し出した。

 それを受け取るカガリ。

 

 「ありがとう」

 カガリは微笑んだ。

 「キラから預かった、大事なものなんだ」

 「――そうか、お前が。 戦場には連れていけないだろうからな……」

 「ああ」

 カガリは、手にトリィを乗せたまま、その手を口元に寄せた。

 チチチ、とトリィはカガリに口付けをした。

 

 「トリィはさ、鍵が掛かってると、勝手に開けちゃうんだ――お前がつけたのか?」

 カガリは、アスランの方を見ながらそんなことを言った。

 「――鍵を!? そんな機能はつけた覚えはない」

 「そうなのか? 録画機能とか、他にも色々」

 「いや、デバイスに拡張性は持たせてあるが――」

 「それじゃ、キラのヤツ……」

 「キラ……相変わらずなんだな」

 

 そうだった、アイツは根っからのハッカー気質だった。

 

 「キラか……」

 「キラのストライクと――戦ったのか?」

 「いや、途中で止めることが出来たよ……お前のお陰でな……」

――すまない、とアスランは付け足した。

 「いいんだよ! 私……! キラと、お前が戦わないで済むなら……それで」

 

 カガリは、そういうと、少し困った様に、もう一度アスランに笑顔を向けた。

 

 その顔に、アスランの心は少し癒されるようだった。

 

 

----------------------------------------

 

 

 

 「自分もコーディネイターだから、本気で戦ってない、か?」

 「本当に、そう思います?」

 「まさか」

 

 食堂で、ニコルとディアッカは先ほどの件について話していた。

 

 「――取られちまった、あのモビルスーツ……ストライクってのに乗ってんの、アイツの昔の友達らしいな」

 「あのカガリって子と話して――ましたね」

 

 先刻、アスランと分かれた後。

 また、カガリ・ユラ・アスハが部屋から行方を眩ませたと、ダコスタから捜索を頼まれていたのだ。

 

 ――そして、アスランとカガリの会話を聞いてしまった。

 

 「疑うわけじゃねーけどな」

 「でも……仲のいい友達だったみたいですよ」

 「あーあ……」

 ディアッカは、椅子に寄りかかって、天井を仰いだ。

 

 「――イザーク!」

 その視線の先に、イザークがいた。

 

 「……思わんな」

 

--------------------

 

 

 

 

  時がたち、アークエンジェルに標準就寝時刻が訪れた。

 

 

 『キラと、お前が戦わないで済むなら……』

 

 「俺は……」

 

 イザークの母を死なせてしまった。

 (でも……)

 あの、真っ直ぐな瞳を思い出した。

 そもそも、何故自分はイージスに乗り続けてきたのか。

 

 (カガリがこのままこの船に乗っていれば、ここは安全か? それで……友達が守れるのか?

 だけど……守れたとして、カガリはどうなる!?)

 

 自分は、キラは、どうして戦い始めたのか。

 その理由を思い返す。

 

 

 『何故戦わん! アスラン!』

 あの時、父の言葉を、なぜプラントを出たかを。

 (母さんは! そんな事を――望んでない!)

 

 「俺は……こんなこと、許せない」

 アスランは、部屋を出た。

 

 

--------------------

 

 「カガリ……!」

 アスランは、灯を消して眠りについていたカガリの下を訪れた。

 「トリイ!」

 「静かに……トリィ!」

 アスランはトリィを宥めると、ベッドに眠るカガリの名をそっと呼んだ。

 「……アスラン!?」

 「カガリ……」

 顔を近づけ、そっと耳打ちしようとすると

 「まさか、オマエ、わたしに……そんな!」

 よからぬ妄想をしたのか、カガリは顔を真っ赤にして枕をアスランにぶつけた。

 「――バ、バカ、そんなんじゃない! 静かにしろ!」

 アスランはカガリの口を塞ぐと、部屋から連れ出した。

 「オマエ、私になにするつもりだ、私はそんなはしたない女では……!」

 「違うっていってるだろ! 少し黙っててくれ!」

 声を潜めながら、アスランは言った。

 

 

 

 

 

 カガリが何回も抜け出したせいで、見まわりが頻繁に来るが、

 事前に調べていたため、なんとか見つからずにこれた。

 だが…

 「あれアスラン? ……なにやってるんだ?」

 「……アスラン!その子! まさか」

 途中ディアッカとニコルに見つかった。

 「黙って行かせてくれ。 ……俺は!」

 と、アスランが言うと。

 「――同じ、コーディネイターだからか?」 

 「イザーク!?」

 ディアッカとニコルの後ろに、イザークもいた。

 

 

 

 罪悪感から、目を背けそうになるアスラン。

 しかし、彼はそれを必死で堪え、イザークを見詰めた。

 それでも、伝えなければならない事があると感じたからだ。

 「罪の無い民間人を人質に……そんなこと、俺は出来ないんだ!」

 アスランは、イザークに言った。

 イザークは、しばらく無言だった。 しかし、

 ――フ。

 と、アスランは一瞬、イザークが笑った気がした。

 「母もそう言うだろうと思う」

 「イザーク?」

 「行かせてやれ。 俺も手伝ってやる」

 イザークは言った。

 「あ……」

 「ボ、ボクもです MSデッキの方も、人がいっぱいだと思いますか……」

 「ま、女相手に、こんなのは良くねえよな……」

 ニコルとディアッカも、大きく頷いた。

 

 「な、なんだお前ら! さっきからイかせてやれだのなんだの、ち、違うぞ、アスランと私は、そんなコトをしようとかそんなんじゃ……」

 「少し黙っててくれ、カガリ」 

 アスランはカガリの手を引くと、友らと、走り出した。

 

 

 

 

 

 アスラン・ザラはパイロット・ルームにカガリを入れて、宇宙服に着替えさせた。

 「ちょっと待て、そんなドレス……入るのか?」

 「いや……大丈夫さ! ちょっと待ってろ! ――む、向こう向けよ!」

 「あ、すまない……」

 カガリは、ドレスのスカート部分をたくし上げ、強引に宇宙服を着込み、あまった布地を腹の部分にしまった。

 そのため、パイロット・ルームから出てきたカガリは、腹が膨れた妊婦のような格好になっていた。

 「おいおい、手が早いな~アスラン、いきなり臨月かよ!」

 その様子をディアッカが、冷やかした。

 「――そ、そんなこと、この短時間で出来るわけないだろうが! ば、ばか……」

 しかし、真に受けたのか、カガリは顔を真っ赤にして俯く。

 「い、いや……冗談だよ」

 

 「カガリ……いいかげんにしてくれ」

 アスランは呆れたように言うと、今度はモビルスーツデッキへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 「ご苦労様です、僕が代わりますよ」

 「ああ、頼む」

 

 「お疲れ様です、俺が交代します!」

 「ああ、すまない。」

 

 「ご苦労さん、俺が代わるよ」

 「お、悪い」

 

 三人が協力して見張りを代わったため、イージスまではすんなりと着けた。

 警戒が強化された反面。それを逆手に取った形である。

 

 イージスに乗り込むアスランとカガリを三人が見送る。

 「ありがとう……みんな、また会えるといいな」

 「それは…どうでしょうね……」

 ニコルが少し、困った顔をしていった。

 「暴れたりしなきゃ、大歓迎だけどね」

 「あ、ああ……」

 ディアッカがそう言うと、カガリは少しはにかんで、バツが悪そうにアスランの顔を見た。

 「それじゃあ、アスラン、気をつけて、カガリさんも」

 「ああ…」

 ニコルが微笑んだ。 

 

 アスランが、イージスを起動させる。

 そして、コクピットのハッチを閉めようとした時、

 「アスラン! オマエは帰ってくるよな!?」

 「イザーク……!?」

 「今度は約束出来るだろ! アスラン!!」

 

 

 「――必ず戻ってくる」

 

 アスランイザークに親指を立てて応えた。

 

 「――そうだ、そこの黒い奴!」

 カガリもハッチが閉まる前にと、叫んだ。

 「俺か……なんだ?」

 「あの炒飯作ってくれたのオマエなんだってな、すっごく美味かったぞ!……そんだけ」  

 

 ディアッカはそれを聞くときょとんとしていたが、

 「グゥレイトォ!次は、俺のとっときを食わせてやるぜ、必ずな!!」

 ハッチが閉まる間際に笑顔でそう言った。

 

 

 「おい! 何やってる!?」

 ミゲルが、少年達の影を見つけて怒鳴った。

 しかし、既にイージスはコクピット側から発進シークエンスをスタートさせていた。

 

 『エアロックを空ける! 退避を!』

 

 

---------------------

 

 「――アスラン・ザラが!? カガリ嬢を!?」

 「ええ、ガキども総出で逃がしたようです!」

 ブリッジで、ミゲルからの報告を、バルトフェルドが聞いた。

 次いで、クルーゼからも通信が入る。

 「あのお嬢様を、今度はアスランが連れ出したようだ――私はゼロで待機する」

 「……了解」

 「……口元が笑っているぞ。 艦長がそれではいかんな?」 

 クルーゼが釘を刺すように言った。

「修正くらいは君でするんだな?」

 「分かったよ、コイツは重罪だな」

 確かに、そうだ。

 だが痛快ではないか。

 

 「オトナの都合なんざ、戦争なんざか……」

 

 自分が、連れ出して以来、彼らはずっとソレに振り回されてきた。

 

 挙句、彼らを苦しめる事になってしまった。

 

 それなのに、彼らは自ら反抗してみせたのである。

 

 ――やはり痛快だった。

 

 

--------------------

 

 「アスラン、帰ってきますよね?」

 「帰ってくるさ」

 ディアッカとニコルが言った。

 

 

 

 人質を取る事を認めない――それは、アスラン本人の心情であり、正義であって、あの少女がコーディネイター、如何に関係ない筈だ。

 それなら、自分は――。

 

 「アイツは、帰って来るさ」

 イザークは、それを、信じるのだ。

 

-------------------

 

 

 

 「足つきからのモビルスーツの発進を確・認! こ、これは――パターン照・合! X-303イージスです!」

 「単機で?」

 オペレータの報告に、アズラエルはボンヤリとした声で返した。

 「アズラエル隊長、これは!?」

 「あーもう、慌てないでください。マズは状況を把握してからにしましょうよ――あ、念の為ボクのシグーは準備しておいてください?」

 

 

 

 「第一戦闘配備発令、モビルスーツ搭乗員は直ちに発進準備、繰り返す、モビルスーツの…」

 すぐさま、アルベルト全体に警報が鳴り響き、第一種戦闘配備が発令された。

 キラも、ストライクに乗り込んで、出撃の命令を待つようにしていた。

 (アスラン――やっぱり、戦わなければいけないのか!?)

 

 しかし、

 「お、おい! イージスから全周波放送が!」

アルベルトがイージスからの通信をキャッチしたと情報が入る。

 「え!?」

 キラもすぐさま、イージスの発している放送に、ストライクの無線機のチャンネルを合わせる。

 

 『こちら、地球連合軍アークエンジェル所属のMS、イージス、カガリ・ユラ・アスハを同行、引き渡す!』

 「え……?」

 (アスラン、君は……)

 『ただし、ナスカ級は艦を停止、ストライクとそのパイロットが単独で来ることが条件だ! ……この条件が破られた場合、彼女の無事は…保証しない』

 その放送は、アルベルトにもキャッチされ、すぐさま艦内全域に流された。

 

 急いでキラはブリッジに無線をつないだ。

 

 「隊長!行かせてください!」

 アズラエルに嘆願する。

 「いいんですか…罠かもしれませんよ…?」

 「お願いします!」

 「……いいでしょう、行きなさい」

 「ありがとうございます、アズラエル隊長!」

 意外とすんなり認められた事に安堵したキラは、ストライクを起動させた。

 

 

 「そんな、アレにカガリ嬢が乗っているかどうかも……よろしいのですか、隊長!?」

 「いいじゃないですか…ある意味コレは好機ですよ」

 

 

 (それに……見ておきたいものですからね……あの二人は)

 

 

-------------------------------------

 

 

 「来るぞ……?」

 「え……?」

 

 アスランが、カガリの指差す方向を見ると、カガリの言うとおりに、ストライクが接近してきた。

 

 「間違いない、アレに乗ってるのキラだ」

 「……本当にキラだと、わかるのか?」

 「ああ、なんとなくだけどな?」

 接近してきたストライクにアスランははイージスのライフルを向けた。

 

 「キラ、ヤマトか?」

 「……ハイ」

 「コクピットを開いてくれ」

 ストライクのコクピット・ハッチが開く、アスランも倣って、イージスのハッチを開けた。

 「顔、見せてやれ」

 「え…、ああ」

 カガリは顔を出すとキラに向かって大きく手を振った。

 「……確認した」

 「では、彼女を連れて行け……」

 アスランは、カガリをそっと宇宙空間に送り出した。

 それをキラが、ストライクのコクピット側で受け止める。

 

 「色々と、ありがとうアスラン。 友達にもよろしく言っといてくれ……あとキラも、心配かけたな」

 カガリがアスランに向かって微笑んだ。

 キラも、どこかホッとした様子だった。

 

 アスランは、キラが昔から、

 年上やお姉さんみたいなタイプに弱いのを思い出していた。

  甘えるのがうまいというか……幼年学校のころは、喧嘩は強いくせに、気が弱いからすぐ泣いて、保健医に甘えていたのだ。

 カガリともそんな感じなのかもしれない。

 

 そう思ってアスランはその二人の様子をほほえましく眺めた。

 

 「トリィ!」

 「あ――トリィ」

 と、アスランはまだ、トリィがイージスのコクピットに残っているのに気が付いた。

 

 「カガリ、キラ……」

 アスランはトリィを、キラ達に向けて、そっと飛ばした。

 トリィはまっすぐキラに向かって、キラの手のひらに止まった。

 「ありがとう、……アスラン」

 キラはそう言った。そして、目を伏せた。

 「あ……」

 

 これでは、まるであの時の再現だ。

 別れの日、友情を誓った日。 

 全く、笑えない話だとアスランは思った。

 

 「――アスラン! 僕と一緒に来てくれ!」

 

 キラが近距離無線をアスランにつなげて叫んだ。

 「キラ!?」

 「僕は君と戦いたくない! もうすぐ、この戦争も終わる。今のプラントなら、君が戦うようなことはないよ」

 「……俺は」

 「お願いだ、アスラン!」

 キラは、何度も訴えかけた。

 ノーマルスーツの無線から聞こえる声は、Nジャマーの妨害を受けてか細いものだったが、

 キラの声は、まるで真空の壁を通りぬけて、アスランには、直に叫んでいるように聞こえた。

 

 

 (今度は約束出来るだろ! アスラン!!)

 

 ――しかし、アスランには、守るべきものがあった。

 

 「……俺は行くことが出来ない。俺だって、お前とは戦いたくない!

 だが、俺には、あの艦には……戦ってでも守りたい物があるんだ!」

 

 

 アスランと、キラのあいだに、長い沈黙が流れた。

 

 しばらくして、キラは意を決したように、

 「なら僕は…君を…撃つ!」

 と、一言だけ言った。

 「俺もだ、キラ!」

 

 アスランも、様々な感情を堪えて、そう返した。

 そして、イージスのバーニアを逆噴射すると、ハッチを閉めて、ストライクから離れ始めた。

 

 

 

 その時……

 

 

 「敵機、ストライクから離れます!」

 「アルベルトはエンジン始動すると同時に砲門開放! ……行きましょうか!」

 

 アルベルトが動き出し、アズラエルのシグー・ムトクイフ が出撃した。

 

 

 

 「――やはりか! 艦長! アークエンジェルを引かせろ! メビウス・ゼロ、出るぞ!」

 クルーゼもそれを確認すると、メビウス・ゼロを出撃させた。

 

 

 

 

 「アズラエル隊長!?」

 突然動き出した母艦と、現れた隊長機に驚くキラ。

 「――君はカガリ嬢を連れてアルベルトに帰還してください!」

 アズラエルのシグーはあっという間にキラのストライクを追い抜き、イージスへ向かおうとした。

 

 

 

 「――なんだ!?」

 妙な殺気がアスランを突いた。

 眼前には、先の戦いでは碌に合間見える事もなかったので分からなかったが――

 見たことことないくらい、速く、それでいて滑らかな動きをする機体――アズラエルのシグーがいた。

 

 「――アスラン!」

 「大尉!?」

 と、同時に、クルーゼのメビウス・ゼロもアークエンジェルから出撃しこちらに向かってきた。

 「何もしてこないと思ったのか!来るぞ!!」

 「クッ……!」

 やむを得ず、ライフルを構えるイージス。

 

 

 「アズラエル隊長、そんな! 止めてください!」

 ストライクのコクピットの中、キラは必死にアズラエルに通信を試みる。

 しかし、アズラエルに無線が届かないのか、応えようとしない。

 (アスラン、……これじゃこっちが約束破りじゃないか!)

 キラが、そう思っていたとき、カガリが突然動き出した。

 「ザフトがこんな真似していたら……こんなの卑怯じゃないか!」

 「カ、カガリ、何を!」

 カガリは、ストライクの通信機のスイッチを入れ、全周波放送にすると、思いきり叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「  や  め  ろ  馬  鹿  ! !」

 

 

 

 

 

 「え……!?」

 「カ、カガリ様……?」

 「カガリ様、なんでしょうか……?」

 

 見知ったカガリとは全く雰囲気の異なる声に、アルベルトのクルーは呆然とした。

 (……やっちゃったよ)

 キラはストライクの中で頭を抱えた。

 

  「バ……馬鹿ぁ……?ぼ、ボクに言ってるのか……!?」

 アズラエルは流石に看過できず、思わずシグーの動きを止めた。

 

-----------------------

 

 「あ……、ゴホン」

 カガリは気まずそうにヘヘ、っとわらって、咳払いをした。

 そして、

 「隊長の名前、なんていうんだ」

 と小声でキラに聞いた。

 「アズラエル」

  とキラは答えた。

 

 「……アズラエル隊長、お止めください、追悼慰霊団代表であるわたくしのいる場所をを戦場にするおつもりですか?」

 「カ、カガリ……?」

 「そんなことは許しません、すぐに戦闘行動を止めてください。」

 カガリは先ほどとは口調を変えて、丁寧に、そしてより毅然とした言葉で言った。

 

 (フウ……仕方ありませんね…困ったお嬢様だ……しかし、僕を馬鹿呼ばわりとはね)

 「…了解しました、カガリ様。」

 アズラエルはそういうと、武器を下げ、アルベルトへと転進した。

 

 「――これで、少なくとも、今は戦わなくて済むだろ」

 「カガリ……」  

 「本当はな、私が、見たくないだけなんだ……お前達が戦うところ」

 

 

 キラはイージスをもう一度見た。

 イージスはしばらくライフルを構えていたが、アズラエルがシグーを引かせた事を確認すると、

 純白のメビウス・ゼロと共に、アークエンジェルへと帰っていった。

 

 

 キラは、赤い機影が小さくなっていくのを見ると、アルベルトへと帰艦していった。

 

 

 

---------------------------

 

 

 「あのお嬢さんのお陰で、助かったようだな」

 「クルーゼ大尉……」

 「話は帰ってから聞く、君の友人も艦長も、君を待ちくたびれているだろうからな」

 「……ハイ」

 

 どういう意味か、アスランには分かった。

 

 

 ――後部カメラに、徐々に消えていく白いモビルスーツが見えた。

 

 (さよならか? キラ……)

 

 キラとアスランは、互いに背を向ける形で、つかの間、戦場を離れていった――。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 14 「目覚める刃」

--------------------------

 

「カガリはキラの元へ帰って行った。

 それにしてもイザークが、あの女を帰すのをすんなり許してくれたのには驚く。

 愚考するに、辛い事だが、イザークには俺と違って、肉親に対する決意があるのだろう」

 

 

--------------------------

 

 

 「歯を食いしばれ、アスラン」

 「……ッ!」

 

 ビダーン!!

 

 「アゥ……!」

 バルトフェルドの張り手が、アスランの頬を思いっきり打った。

 耳がジンジンする。

 「――君の顔を痣だらけにするわけにはいかんからな」

 拳骨で無かったのは、バルトフェルドなりの配慮なのだろう。

 

 ――アスランが周りを見ると、他の少年達全員の頬にも、しっかりと赤い掌の跡が残されていた。

 「エヘヘ……」

 ニコルが痛みを堪えながら笑う。

 アスランも照れくさそうに笑った。

 イザークだけが、そっぽを向いていた――しかし、少しだけ笑みを浮かべながら。

 「――良く帰ってきたな」

 「え……?」

 「なんでもない!」

 

 

 

 

 「艦長に絞られたらしいな?」

 バルトフェルドに修正された後、イージスの整備に戻っていたアスランに、クルーゼが話かけた。

 「ええ……」

 「勝手な行動はするなということさ」

  懲罰が下るかと思っていたアスランであったが、ビンタ一発で済んだ事は意外であった。

 「……申し訳ありませんでした」

 アスランは、自分の行動をクルーゼに詫びた。

 あの時――敵が撤退してくれたものの、クルーゼの援護が無ければ落とされていたかもしれない。

 その自覚が、アスランを謝罪させていた。

 「ン……顔つきが違う。 あの敵のパイロットと何かあったのかね?」

 「え……?」

 クルーゼは、そういったアスランの変化を敏感に感じ取っていた。

 以前のアスランならば、感情が先に来て、謝罪の言葉を述べる余裕など無かったであろうから。

 「いえ、別に何も……」

 「そうかね?」

 アスランは言葉を濁した。

 クルーゼもそれ以上は聞かず、話を切り上げた。

 

 クルーゼは手に持っていたドリンクを飲み干した。

 そして、また何かの錠剤を一緒に飲んでいた。

 

----------------------

 

 「キラ、入りますよ?」

「あ……カガリ?」

 アルベルトのキラの船室に、カガリが訪れた。

  案内してきたオレンジ髪の兵は、ドレス姿のカガリに頬を赤らめていた。

 「気分が悪いそうなので、具合はどうかと思いまして……」

  先刻、アルベルトに帰投してから、キラは船室に篭っていた。

 「――ご案内ありがとう」

 「ハッ! 敬・礼! どういたしまして!」

 案内の兵が退室し、部屋のドアが閉まる。

 

 ――途端に、カガリの様子が変わる。

 「ああ~肩こった! 向こうだと飾らなくて楽だったんだけどな」

 「いや、敵軍相手だからって、猫をかぶらなくてイイってわけじゃないと思うけど……」

 「猫をかぶるって……そういう言い方をするな」

 「ご、ごめん……」

 いつもの変貌振りに、 キラは苦笑する。

 (敵軍に捕らわれていたっていうのに、楽だったって、さすがカガリだな)

 キラは、この義姉の、こういった奔放な振る舞いが好きだった。

 周囲に流されてしまいがちな自分には出来ない事だから。

 少し、危なっかしいところもあるが……。

 

 「本当に大丈夫?何かされなかった?」

 それでも、心配なので、キラは尋ねる。

 暴力を振われた形跡は無いものの、ひどいことを言われたり、監禁されたりはしなかったのだろうか。

 「――アスランは真面目だったからなぁ?」

 「……ハ?」

 もじもじとした様子でカガリが言った。

 「い、いや……お前の友達が良くしてくれたよ」

 カガリの肩に止まっていたトリィが、キラの肩に移る。

 「アイツ……イイやつだったぞ――それと、アイツの仲間もな?」

 「え?」

 カガリは、キラの目を見て言った。

 「ナチュラルにも、イイヤツ居るよな?」

 キラにも、カガリの言わんとしている事が分かった。

 

 キラだって、両親はナチュラルなのだ。

 「わかるよ。でも、僕はナチュラルを許せない……」  

 「――そうか」

 

 嘗て、ウズミにも、ザフトに入隊する前に同じような事をを言われたことがある。

 それでも、キラは死んだ人間を裏切ることなんか出来ないと思った。

 

 「でもオマエ、絶対諦めるなよ。……いつかまた一緒にいられる時が来るさ!」

 「カガリ……」

 

 キラの胸に、アスランとの別れの光景がよみがえった。

 それだけではない。 何故このような事になってしまったのだろうか?

 様々な思いが去来する。 

 

 ――どうしてだろうか? 

 あの時は、未来への不安がありつつも、父も母も居て、アスランと何時か再会できると信じていたのに。

 あんなに、一緒だったのに。

 

 「う……」

 

 「キラ?」

 カガリが、キラの顔をのぞきこむ。

 「ごめん……」

 キラが顔を背ける。

 目の筋に、うっすらと線が見えた。

 「――キラ」

 

 カガリは、キラの肩を抱きしめた。

 「カガリ!?」

 突然の抱擁に驚くキラ。

 「辛いよな――だから、我慢するな」

 そして、本当の姉が、弟にしてやるように、カガリはキラの髪をなでてやった。

 

 「――うぅ」

 キラは、泣いた。

 カガリの胸を借りて、ずっと堪えていた感情を開放させた。

 

 

 

 

 「うあ゛ぁああ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛ぁあ゛ぁぁっ! うあ゛ぁああ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛ぁあ゛ぁぁ!!」

 

 

 

 ――よしよし。

 

 カガリは、キラの号泣を聞きながら、彼が泣き止むまで、そうしていた。

 

 

 

-------------------

 

 「もうすぐ、第八艦隊っていうのと合流できるみたいですね」

 ニコルが食堂で、シチューを啜りながら言った。

 「――らしいな、あのカガリって女のおかげかね?」

 ディアッカもピラフを頬張りながら言った。

 

 先刻、ザフトの船が退散したのは、カガリを引き渡した結果だというのは、予想できる事であった。

 

 「僕達、降りられるんでしょうか?」

 「ああ、多分、そうなるんじゃね?」

 

 イージスを見てしまい、アークエンジェルに乗り込む事になり――戦争に巻き込まれてしまうことになった。

 が、それも戦場という非常事態の中である。

 

 第八艦隊――援軍とアークエンジェルが合流できれば、ひとまず、その戦場という非常事態から開放される可能性が出てくるだろう。

 そうなれば、自分達の今後についても、当然決まってくるはずである。

 

 「でも……」

 「でも?」

 「アスランは――降りられるのかな」

 

 アスランはイージスに乗り、その性能を存分に発揮し、幾つも敵を倒し、敵国の要人を独断で解放してしまった。

 状況が整理されれば、そういった責任も逆に問われてしまう事になるのではないだろうか。

 ――そうなればアスランはどうなるのか?

 

 「それから、イザークは? それにボクも――」

 「ええ?」

 

 元の生活になんか、戻れるのかな。とニコルは呟いた。

 自分達は知ってしまった。

 プラントからの移住者であるアスラン、地球から来たイザーク。

 それと比べれば、ニコルは何も知らない。平和な中立国の平凡な少年に過ぎなかったのだ。

 

 でも、その自分ですら――。

 国境の外では、こんな事が日常的に行われているというのを、身をもって知ってしまった。

 

 「降りられるさ、お前は……」

 「ディアッカ?」

 「……チッ、なんなんだろうな!」

 

 ディアッカもニコルと同様に、胸の中に腑に落ちないものを感じているようだった。

 

 

-------------------------

 

 

 「……アスラン! あの時は、ごめんなさい!」

 「いや……」

 「あの時は私、イザークが可愛そうで、貴方の事を考えず、酷いこと言っちゃった。 本当にごめんなさい」

 「君にとっても、イザークのお母さん……恩人だったんだろ?」

 アスランは、先刻の非礼を、フレイから詫びられていた。

 「うん、イザークと一緒に、ずっと私のことを助けてくれて、だから……」

 「……いいさ、俺より、イザークのことを頼むよ」 

 「……うん、ありがとう、アスラン」

 

 アスランはフレイを許した。

 寧ろ、詫びたいのは自分だった。

 イザークの母を死なせてしまった。

 母親を失う辛さは、アスランも知っていたのに――。 

 

 「戦争って嫌よね……早く終わればいいのに」

 フレイが、ポツリとつぶやいた。

 

 「……? そうだな……」

 アスランは同意したが、フレイの様子に、何か――少しだけ、只ならぬものを感じた。

 

 

--------------------------

 

 

 「確かに、艦隊との合流前に追いつくことが出来るが……これでは、こちらが月艦隊の射程に入るまで10分しか時間が無いぞ?」

 ガモフのブリーフィングルームの中、ちょび髭の艦長、ホフマンが言った。

 「ですが、幸いにもこの艦には地球軍から奪取したモビルスーツが三機あります。

  バスターは言わずと知れた大火力の対艦戦を考慮した機体ですし、

  ブリッツは接近装備しか無いけれど、電撃戦法に優れた一撃離脱の攻撃力のある機体です。

  それを汎用性あるデュエルでサポートすれば、十分やれます」

 サイが作戦を承認させるために説明した。

 

 「モビルスーツ戦闘は、数や時間じゃない……そういうことっすよ」

 「でも、やっぱり無茶じゃないかしら?」

 「ミリィは心配しすぎ」

 「トールは無茶しすぎ」

 「……ゴホン」

 浮ついた二人のやりとりに、艦長が咳払いする。

 「――アズラエル隊長はノイマン隊長にカガリ嬢を引き渡した後にやってくる。

 それまでに、なんとしても足つきは僕らで沈める、いいね?」

 サイが、もう一度二人を見る。

 「よっしゃ! 任せとけ!」

 「そうね、作戦としてはベターかも。いいわ、オーケー。 前回の戦闘データもあるしね」

 二人は頷くと、早速作戦開始の準備に掛かった。

 

 「あのアズラエルという男、気には入らんが――」 

 「ご心配なく、ボクだって、ロアノーク隊長の方がいいです。 ロアノーク隊の力、見せてやりましょう」

 

 サイもまた、ホフマンに敬礼すると、モビルスーツデッキへ向かった。

 「まったく、若造どもめが……」

 ホフマン艦長は、そんな彼らを不本意ながら見送った。

 「あんな青臭い連中を……しかも評議員の息子まで……我々ザフトも思ったより、寒い軍隊かもしれんな……」

 

 

 それにつけても、アズラエルとかいう木星帰りの得体の知れない男には、ホフマンも反感を抱いていた。

 コーディネイター・プラント国家の実を反映した実力主義とはいえ、ザフトも軍隊なのである。

 この間まで木星に居た男に、軽々しく扱われるのには、歴戦の兵士であるホフマンには納得がいかなかった。

 若者達の作戦に乗っかる形ではあるが、彼もまた、ロアノーク隊のザフト兵である事を、示さねばならないのだ。

 

-------------------------

 

 モビルスーツデッキへ向かう通路の中、サイはトレードマークのアイウェアーを磨いていた。

 ――カガリ嬢返還までの顛末は既に聞いている。

 

 ザフト側では、なぜ地球軍が、カガリを解放したのか計りかねていた。

 しかし、事情を知るサイにとっては、その一連の事件がどのような意味を持つか、おおよそ検討が付いていた。

 

 イージスのパイロットとストライクのパイロット――キラだけで交わされた会話の内容も。

 

 (……キラ、やっぱりオマエは友達を殺せるような奴じゃないよ )

 

 アイウェアーを磨き終えると、サイはまたそれを掛け直す。

 「だから、キラ。……悪いが、カズイの敵は、俺が討つ!」

 

 せめて、キラに、 嘗ての友を殺す業を背負わせない為にも――。

 「これで、必ずしとめるぞ……イージス!」

 

---------------------------------

 

 

 「レーダー波に干渉! Nジャマー反応増大!」

 「103、オレンジアルファに、ローラシア級! モビルスーツ、熱紋確認! ブリッツ、バスター、デュエルです!」

 

 ――第八艦隊との合流を目前にして、ザフト艦の接近を告げるアラートが鳴り響く。

 

 「あいつらっ! チィ!合流を目前にして! 総員、第一戦闘配備!」

 バルトフェルドがクルーに対して号令をかけた。

 

 

 その号令はすぐさまアスランの元へと届く事にもなった。

 「!」

 アスランは船室のベッドから飛び起きて、デッキへと向かった。

 もう、体が慣れてしまっている。

 

 アスランは苦笑した。 これではプラントにいた頃と同じだ。

 

 と……

 

 「イザーク!」

 「アスラン!」

 ブリッジに向かうイザークとすれ違う。

 

 「もう、これが最後だ」

 「え……!?」

 「艦隊と合流するまで、落とされるなよ!」

 「……ああ!」

  

 今度は、守ってみせる。

 アスランはそう決意した。

 

-----------------------------

 

 

 アークエンジェルが確認できる距離まで接近すると、三機のモビルスーツはフェイズシフト装甲を展開した。

 灰色だった機体が、一気に色づいていく。

 

 

 それを捉えたアークエンジェルからは、イージスが迎え撃たんと発進する。

 「APU起動! 進路オールクリーン! イージス、いけるぜ!」

 ディアッカがアスランに合図する。

 

 「このタイミングで仕掛けてくるとはやってくれるな――持ちこたえるだけで十分だぞ、アスラン!」

 クルーゼのゼロからも通信が入る。

 「ラウ・ル・クルーゼ! メビウス・ゼロ出るぞ!」

 一足先に純白の機体が宇宙へと飛びだした。

 

 「アスラン・ザラ――出る!」

 続いて、イージスが、発進した。

 そして、接近してくるGタイプと同じく、宇宙で鮮やかな赤に変色した。

 

 

----------------------------

 

 先行したクルーゼの目に映ったのは背中合わせにぴったりとくっつき、固まって進行する3体のモビルスーツだった。

 「……?」

 その様子を訝しげに見るクルーゼだったが、

 「――ッ! 避けろ! アークエンジェル!」

 何かを”感じて”、クルーゼが叫んだ。

 

 と、三体のモビルスーツはパッと、お互いの機体の距離を離した。

 そして、その消えた影から、大口径のビームが光った。

 

 「――! 機体で射線を隠していた!? 味なマネを!」

 バルトフェルドが叫んだ、回避は間に合わない。

 

 ドゥウウ!

 

 アークエンジェルの後部のスタビライザーをガモフの主砲が掠める。

 ――ガモフの射線を、サイたちが機体の陰で隠していたのだ。

 

 大きく、アークエンジェルの艦橋が揺れた

 「くそっ! 体勢を整えろ! イーゲルシュテルン作動! アンチビーム爆雷用意! 艦尾ミサイル全門セット!」

 

 この砲撃の結果、アークエンジェルの迎撃の態勢が俄かに遅れ、サイたちが先手を取る事に成功した。

 

 

 「モビルスーツを引き離す! 二人は足つきを!」

 「了解!」

 バスターとブリッツがアークエンジェルに向かう。

 サイは、そのままイージスに仕掛けた。

 

 

 サイは前回の戦いから、想定以上にイージスのパイロットの技量が高いことを見抜いていた。

 (それはつまり――手を抜かずに、一気に決めるって事だろ!)

 サイのデュエルは、単機イージスへ直進した。

 

 「デュエル!?」

 「イージスがぁッ!」

 

 

 サイは、先回の戦闘から考えていた。

 ――敵機、イージスは、自分の操るデュエルよりも機動性には

 優れてはいるが、接近戦闘ならば、むしろ自分とデュエルに利がある。

 懐に潜り込めばいけるはず――と。

 サイはライフルで牽制すると、一気に加速してビームサーベルを引き抜いた。

 

 「チイィ!」

 ――今回の戦いは、合流まで持ちこたえればいい。

 そう聞いていたアスランは、リスクの多い接近戦を回避しようとする。

 イージスを変形させ、サイのデュエルから離れようとしたが、

 サイはライフル、バルカン、サーベルを使い分け、それを阻止していた。

 

 「そういうの、隙があるんだよ! テキパキ変形なんかぁーッ!」

  サイは、デュエルのライフルの先端にグレネードを装着すると、イージスに向けて放った。

 「クッ!?」

  至近距離で放たれたグレネードを、イージスがシールドで防ぐ。

 

 ズドォオオオオン!!

 

 と、凄まじい爆発が起きて、イージスのシールドが破損する。

 「盾がッ!?」

 

 イージスやデュエル、Gタイプの持つシールドは高い剛性と、

 アンチビームコーティング仕様を備えている。

 並みの攻撃ならびくともしない。

 

 しかし、デュエルの持つグレネードは、そういった特殊装甲の破壊を目的に作られたものであった。

 

 「――しまった!?」 

 「――うぉおおおお!!」

 

 このチャンスを逃さんとばかりに、爆風の中から、デュエルが現れる。

 「オマエは、俺がやらなくちゃならないんだ!」

 

 イージスは、遂に接近戦に持ちこまれる。  

 「クソォ!こんなところで!」

 やむを得ず、アスランはイージスのクロー・バイス・ビームサーベルを展開させ、デュエルに向けて振りかざす。

 しかし、サイはそれを難なくシールドで受け止めた。  

 「――甘いッ!」

 「ッ!?」 

 

 グァアアンッ!

 

 イージスのコクピットが衝撃を受けて大きく揺れる。

 デュエルに、わき腹にあたる部分を、蹴り飛ばされたのだ。

 

 「グワァ!?」

 吹き飛ばされたイージスは無防備な状態となる。

 「貰った!」

 サイはそのまま、続けて突きを繰り出してきた。

 

 「……なんの!」

 だが、アスランはイージス腰部のバーニアを上手く使い、機体を回転させた。

 イージスの特徴、変形機能の副産物である、可動式スラスターの利点である。

 アスランはイージスの体勢を一瞬で変えて、サイのデュエルのサーベルを上手くいなした。

 

 「!? ……そういう使い方の出来るパイロットなのか! ……ならぁッ!」

 再び、サイは、イージスに迫る。 今度小細工無しの、接近戦である。

 

 (来るのか……それなら!)

 ――アスランは、敢えてソレに乗った。

 

 そして、

 「――ヘァーッ!!」

 ――イージスの脚部サーベルがデュエルを襲った。

 

「……チッ!?」

 が、デュエルはそれをシールドで防いでいた。

「足のビームサーベルだと!? ……そんなものでっ!」

 衝撃でデュエルのシールドを跳ね飛ばすことは出来たものの、デュエル本体には攻撃は届いていない。

 

「……かわしたのか!?」

 

 確実に仕留めるつもりで放った奇襲が、敵に防がれた。 

 アスランは敵のパイロットの実力を、認めざる得なかった。

 

 

---------------------

 

 ――アークエンジェルに二機のモビルスーツが迫る。

 バスターとブリッツだ。

 

 以前の戦闘データを元に、ミリアリアは兵装を選択した。

 「……これなら!」

 ライフルを前に、ランチャーを後ろにして、二機の銃を連結させる。

 ――ライフルを合体させて作る、超高インパルス長射程狙撃ライフルだ。

 名前の通り、本来は遠距離の敵に強力なビーム砲を放つ兵器だが、

 至近距離で放てば、絶大な威力を持つ対艦砲になる。

 

 「いっけええええ!」

 

 ドシュウウウ!! 

 閃光が、アークエンジェルに向かう。

 

 「アンチビーム爆雷!撃てエエ!」

 

 アークエンジェルが、以前バスターと交戦したときと同じく、アンチビーム爆雷を放つ。

 ミラージュコロイドが宇宙空間にばら撒かれ、ビームを減衰させようとする。

 

 「この出力なら、止めきれないわ!」

 

 ミリアリアの読みどおりだった。

 ――バスターのビームは、ミラージュコロイドに威力を削られながらも、撹乱幕を貫いて、装甲に直撃した。

 

 ズバァアア!!

 アークエンジェルの翼のような箇所に、ビームが当たる。

 

 しかし……。

 

 「……ウソ!」

 命中はしたが、ダメージが少ない。

 着弾箇所が熱で融解したのか――赤く変色したようであったが、直ぐに元の純白の状態に戻った。

 「あれって、まさか、ラミネート装甲!? ……アンチビームの撹乱膜とあわせて……よく考えてあるわね」

 

 アークエンジェルの装甲は、敵軍がビーム兵器を実装してくる事を想定して作られていた。

 装甲を幾つかの層に重ねて作る、ラミネート構造にしており、ビームの直撃を受けても、その熱量や運動エネルギーを装甲全体に拡散させることで損傷を軽減する事が出来る。

 熱エネルギーを排熱し続けることが出来る限り、ビームを無効化出来る代物であった。

 

 「そういう装甲なら……実弾兵器で!」

 しかし、ミリアリアは、すぐさま次の手段を講じた。

 バスターにはもう一つ強力な砲がある、対装甲散弾砲だ。

 今度はランチャーを前面に、ライフルを後部に接続する方法を取る。

 ビームより威力は落ちるが、ラミネート装甲にはかえって効果的かもしれない。

 「今度は……これで!」

 ――そのときである。

  

 シュッ……!

 

 「え!?」

 ズドオオオン!

 ミリアリアのバスターが衝撃でゆれた。

 「モビルアーマー!?」

 白い機体がバスターに向かう。

 「エンディミオンの鷹……!? でも、私だって!」

 

 

-----------------

 

 

 ブリッツがアークエンジェルに攻撃を仕掛けた。

 「ブリッツならば接近されなければ問題ない、迎撃しろ!」

 アークエンジェルはその豊富な武装を生かして、ブリッツを迎撃する。

 「チィ、さすがだぜ……だけどな!」

 トールはブリッツのミラージュコロイドを展開した。

 陽炎状の靄に包まれて、ブリッツは宇宙の暗闇に溶ける。

 「き……消えた!?ブリッツ、ロストしました!!」

 「慌てるな! ミラージュコロイドのステルスだ! ……ひきつけてから、榴散弾頭を撃て!」

 「りょ、了解しました!」

 Gタイプに熟知しているバルトフェルドが、イザークに言った。

 「いいか……撃たせてからだ!」

 「来ました!」

 ――ブリッツがビームライフルを放った。アークエンジェルが被弾し、激しくゆれる。

 「撹乱幕が効いてる! これくらいは被害にもならん……発射角からブリッツの位置を推測……今だ、撃てェ!」

 「了解!榴散弾頭……発射!」  

 アークエンジェルが特殊な散弾ミサイルを発射した。

 「ミサイル? ――なにッ!?」

 ミサイルの先端部が外れ、中から細かい散弾が放たれる。

 「チィッ!」

 

 トールは急いでミラージュコロイドを解除する。

 ――フェイズシフト装甲と同時には使えないのだ。

 トリケロスを盾として構え、攻撃に耐える。  

 「いいか、間を与えるな、イーゲルシュテルンを自動照準で撃ちまくれ!」

 次いでバルトフェルドは、機銃で弾幕を張った。

 

 「くそ、さすがだな……まあ元々そっちのもんだしな!」

 ただ攻撃するだけではあの船落とせない。

 そう感じたトールは、別の方法をとることにした。

 

 

 

 

 「若造どもは良くやっているな! よし艦砲、撃て!!」

 ガモフのホフマン艦長が攻撃を指示する。

 ガモフの主砲がアークエンジェルを襲う。 今度は尾翼の部分をかすめた。

 

 「あたったか!? ……ダメージコントロール確認! ……ダコスタ!」

 「やってます! でも、まずいですよ、回避アルゴリズム、解析されてるかもしれません」

 「この人員ではどうしても動きがな……仕方ない、ランダム回避運動をとれ!」

 「……いえ、自分がなんとかやってみます!」

 「出来るのか?」

 「やって見せます!」

 

 再度、ガモフからビーム砲が放たれる。

 「ええい!」 

 今度は、ダコスタが回避運動をとる――見事に主砲を避けた。

 「やるじゃないかダコスタ……! よし、こちらも艦砲を使うぞ!」

 バルトフェルドが、ゴットフリートの砲門を展開しようとした。

 

 

 

 ――その時である。

 

 

 「よっしゃああああぁああああ!」

 

 

 ――敵機接近のアラートが、アークエンジェルのブリッジに鳴り響いた。

 

 「ポイントゼロ! 敵機の反応あり!」

 「ゼロ距離だと!? 敵機の反応!?」

 「ブリッツです!」

 「どこだ……直上!?」

 

 

 ――ブリッツは弾幕のため、アークエンジェルには近づけなかったが、ミラージュコロイドを展開し、気づかれないうちにアークエンジェル直上に移動していた。

 「でりゃああああ!」

 トールはブリッツのグレイプニールをアークエンジェルの甲板に放った。

 ガガッ!

 伸びた鉤爪が、アークエンジェルの装甲を掴んだ。

 

 「何をするつもりだ!?」

 「うおおおおお!」

 と、グレイプニールのワイヤーが巻き戻され、それは、ブリッツ自身を引き寄せる。

 猛スピードでワイヤーに引っ張られ、ブリッツはアークエンジェルに突貫してゆく。

 「迎撃!」

 「間に合いません!!」

 ブリッツはフェイズシフト装甲で強引に弾幕を潜り抜け、甲板に取り付いた。

 「不可能を可能にする男! ――黒い雷神、トール・ケーニヒってな!」

 「まずいぞ! あの武器は――!」

 ブリッツがランサーダートを乱射した。

 それを見てバルトフェルドが叫ぶ。

 戦艦に突き刺さり内部で爆発する槍型の炸裂弾である。

 直撃すればアークエンジェルの装甲もただではすまない。

 なんとか、小型のイーゲルシュテルンが、それが突き刺さる前に撃ち落としたが、

 それでも炸裂弾には引火・爆発し、アークエンジェルの装甲を巻き込んで焼いた。

 「――装甲が! いかんか!」

 「ダメージを受けた状態では、廃熱が追いつきません!」

 「クッ――!」 

 

 アークエンジェルの白い装甲に僅かに亀裂が入る。

 ――ブリッツのライフルの照準は、それを捉えていた。

 

 

 

-------------------

 

「バスターか……しかし、その火力、当たらなければどうという事は無い!」

 

 クルーゼは、バスターに向けてガンバレルを射出した。

 バスターにはフェイズシフト装甲がある為、多少の攻撃ではダメージにはならないかもしれないが、

 十分足止めにはなる。

 「……艦隊に合流すれば私達の勝ちだ……!」

 「流石ね……でも!」  

 ミリアリアがバスターの両肩に装備されたミサイルを全弾発射した。

 高速で動き回るモビルアーマーには有効な戦法である。

 「ム……!?」  

 メビウス・ゼロのガンバレルが一つ撃墜された。

 「ほう! だが、まだ落ちんよ!」

 しかしクルーゼは、モビルスーツに唯一勝る、直線の機動力を生かし、

 他のミサイルを避けきった。

 

 距離をとって反転、レールガンを放ち、バスターを牽制する。

 「アークエンジェルはやらせん!」

 「……強い!」

 クルーゼは、モビルスーツとモビルアーマーという宇宙空間に置ける絶対的な機動性の差を、

 経験と技術で見事に埋めていた。

 

 ミリアリアのバスターはといえば、クルーゼの巧みな動作と、ガンバレルによって動きを封じられている状態であった。

 だが……

 

 「クルーゼ大尉、アークエンジェルが!」

 「何……!?」

 クルーゼの元に、ディアッカから、ブリッツがアークエンジェルにとりついたとの連絡が入る。

 急いで戻ろうとするが、今度は逆に、バスターがクルーゼを足止めする。

 「させないわよ!」

 ミリィがバスターのランチャーをショットガンモードにして放つ。

 「チッ!」

  小口径ゆえ貫通力はないが、広範囲の面の攻撃が、メビウス・ゼロの装甲を粉砕した。

 「ええい……貴様にかまっている暇は無いというのに!」

 

 

 

------------------------

 

 「なめるなぁぁぁーーーっ!!」

 サイはイージスの攻撃に動じることなく、再度ビームサーベルを振りかざした。

 「コイツ、やる!? ……赤か!?」

 アスランがいつの間にか防戦に追い込まれていた。

 「ここで、仲間も守れずにやられるか!」

 「イージス……カズイの仇は、俺が取る!」

 

 イージスとデュエルは、お互いのパイロットの意志を反映するかのように激しく斬り合う。

 

 それぞれ、今守るべき仲間と、今は亡き仲間との為に。

 

 「ビーム・ベイオネット!」

 サイは、デュエルのビームライフルの、先程までグレネードが付いていた部分に、ビームサーベルを装着させた。

 デュエルのビームライフルの先端には、ウェポン・ラックが付いており、

 様々な装備が追加できるようになっていた。 

 

 「銃剣になった!?」

 サイのデュエルは、ライフルにサーベルを付けると、それを銃剣のように取り回した。

 

 ライフルを放ち、牽制しては、近づいて攻撃する。

 攻防一体の、間合いを重視した武装である。

 

 「くそ!」

 アスランは両腕のビームサーベルを展開してそれを防いだ。

 

 「イージスが二刀流だって!? やるけどっ!」

 2本のマニピュレーターを使用する二刀流は、勿論それだけ操作も困難になる。

 また、ビーム・サーベルは接触したものを容赦なくビームの粒子で切断する武器である。

 誤って自分の機体を傷つけてしまう心配もある以上、両手にビームサーベルを展開して使うのは熟練したパイロットでも中々出来ない。

 センスがなければコーディネイターとて、誰でも出来る技術ではなかった。

 

 「ヘァアアア!」

 「このおお!!」

 二つの腕を駆使して、サイのデュエルの追撃を引きなそうとするアスランだったが、それでも振り切れなかった。

 

 ――そこへ、アークエンジェルから通信が入る。

 「アスランッ! ブリッツに取り付かれた! 持たない! 戻ってくれ!」

 「――なに!?」

 アスランはディアッカからアークエンジェルの危機を知らされた。

 「……アークエンジェルが!?」

 

 急いで戻ろうとするイージスを、デュエルが阻む

 

 「艦に戻る!? ――行かせるかっ!」

 「……どけ、アークエンジェルが……!」

 

--------------------

 

 

 

  デュエルに行く手を阻まれながらも、アスランはアークエンジェルを見ていた。

 ――ブリッツの攻撃で、爆発を起こしたのが見えた。

 

 (やめろ……アークエンジェルには…俺の仲間が乗っているんだ)

 

 

 アスランの脳裏に、皆の顔が浮かぶ。

 

 俺のためにシェルターから出てきてくれた。

 一緒に戦うと言ってくれた。

 帰ってくると信じてくれた。

 

 

 (アークエンジェルを……やらせるか!)

 

 

 ――途端に、アスランは自分の体の奥で、何かが弾けるような感触を感じた。

 

 

 戦闘に高揚――アドレナリン。

 それに似た感じもしたが、もっと別の何かのようにも感じた。

 

 

 熱く、そして冷たく。

 感覚が研ぎ澄まされて――それでいて痺れる様な感覚。

 

 全ての感情がクリアになり、しかし、それでいて確かに感じる――恐怖、不安。

 それは生命が鳴いているかのような体感だった。

 

 

 ただ一つだけはっきりと分かること。

 

 それは――力だった。

 

 (アスラン、お前は、特別なのだ。 コーディネイターの中でも――)

 なぜか、途端に父の記憶がフラッシュバックした。

 

 「うるさいっ!!」

 それを振り払うようにアスランはレバーを思い切り倒した。

 

 すると、全身に痛みが広がった。

 カガリと共にデブリに突っ込んだときの傷の痛みと――もっと別の自分の体の奥底から、自分の体を突き刺すような痛み。 

 

 しかし、それは、心地よかった。

 

 

-----------------

 

 

 

「行かせるかッ、イージスッ!!」

 サイのデュエルが、そんなイージスの隙を突かんと、一太刀を繰り出した。

 だが…

 「……!」

 

 ビュウン!

 

 「なんとッ!?」

 イージスはサイが一瞬消えたかと思うほどのすばやい動きでデュエルの太刀を避けた。

 「デュエル……邪魔だ!!」

 イージスはそのままデュエルの後方に周り、デュエルを思いきり蹴り飛ばした。

 「うわぁッ!?」

 バランスを崩し、飛ばされて行くデュエル。

 「……アークエンジェルを!」

 アスランはデュエルに見向きもせず、モビルアーマー形態に変形するやいなや、

 すぐさまアークエンジェルへと戻った。

 

 

 「……アスラン!?」

 メビウス・ゼロの中、クルーゼは妙な熱を感じていた。

 (なんなのだ、この感覚は……まるで、命そのもののような輝き……?)  

 「これは……一体!?」

 

 

 

 激しい爆音と共に、アークエンジェルのブリッジがゆれる。

 ランサーダートの誘爆によって生じた傷に、ブリッツがビームライフルを放ったのだ。

 「ブリッツのパイロット! やってくれる……装甲は!」

 「もう排熱が追いつきません、このままでは!」

 「ク……!」

 バルトフェルドが狼狽する。

 「コイツで終わりだぜ、足つき!」

 

 トールが、とどめの一撃を放とうとした。

 その時、

 「……やめろおおおおお!!」

 

 モビルアーマー形態のイージスが、高速で接近してきた。

 

 「イージス!? いつのま……うわあああ!!」

 イージスはそのままブリッツに突っ込んだ。

 フェイズ・シフト装甲同士が激しくぶつかり、ブリッツが吹き飛ばされる。

 

 

 「トールがッ!? ……イージス!」

 体勢を整えたサイのデュエルは、ブリッツがやられたのを見ると

 イージスがモビルアーマーからモビルスーツへ変形をしている隙を突いて、背後から攻撃を仕掛けた。

 ――なりふりは構っていられない。

 

 「貰ったぁあああッ!」

 「……!」

 

 ――だが、アスランはデュエルの動きを全て察知していた。

 そして……

 

 「えっ……!」

 サイが、息をのんだ。

 

 (四……刀……流……!?)

 

 

 イージスが、手足合わせて4本のビームサーベルを展開したからだ。

 「う、うわああああああ!!」

 ――四本のマニピュレーターを同時に扱う。 人間業ではなかった。

 

 デュエルの右手に、右足に、左足に、腹部に、サーベルが深く食い込む。

 

  そのうち腹部が爆発し、ショートする。

 「サイ、サイ! 大丈夫か、サイ!」

 「トール! どうしたの!?」

 「ミリィ ……サイが!」

 

 あちこちを切り刻まれたデュエルはそのまま動きを止める。腹部の傷は内部まで達し、コクピットをも巻き込んでいた。

 「目が、目があぁ!」

 ショートし、爆発したコクピットの機器の破片が、サイのヘルメットのバイザーを粉々にしていた。

 サイの顔面からは、血が流れている。

 「あ……うぐああ……ぐああ……」

 「サイ……畜生っ!」

 「トール、これ以上深追いはダメよ……敵艦隊が来るわ!」

 「くそ……解った、引き上げる!」

 トールのブリッツはサイのデュエルを抱きかかえると、ガモフに帰艦した。

 

 (……惨め……惨めだ! キラ、カズイ……!)

 ――サイは、痛みではなく、自分の無力さに泣いていた。

 

------------------------

 

 アスランの耳に、荒い吐息の音が聞こえてきた。

 ――それが、自分のものだということに、気が付くまでしばらくかかった。

 

(……終わったのか? )

 

 無我夢中で、自分が何をやっていたのか良くわからない……。

 茫然自失としながらも、アスランは自分が敵を退けたことは理解した。

 

「アスラン? 大丈夫か?」

「クルーゼ大尉、 平気です」

「アスラン、君は……?」

「……?」

 

 無線機の向こうで、クルーゼが沈黙する。 

「いや、なんでもない、君の働きで艦が護れた……帰艦するぞ」

「わかりました……」

 

 

 二機がデッキに到着する前に、クルーゼの声が聞こえた。

 「――第八艦隊だ」

 

 

 アスランも、機体のレーダーに反応があったのに気づいた。

 その方向を眺めると、アークエンジェルの行く先には、煌びやかとも言える第八艦隊の姿があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 15 「決意」

---------------------

 

『無我夢中でやったことで褒められるのは複雑だ。

 でも、もう間もなくそんなことも終わる。

 終わると思いたい』

 

---------------------

 

 

 アルベルトのデッキでは、カガリがプラントへの帰路に付こうとしていた。

 プラントから追いついた迎えのナスカ級に、ランチで移動するところである。

 デッキにはその送別の為、ナタルやアズラエル、キラらも見送りに来ていた。

 

 「例え戦場でも貴方に会えて嬉しかった、キラ」

 「ええ、ボクもです……”姉様”」

 それを聞いて、カガリは口元に微かな笑みを浮かべる。

 ――対してキラの顔には多少引きつった様子があった。

 カガリに、言わされているのだ。

 

 「御身柄は、ノイマンが責任を持ってお送りするとのことです」

 「――アズラエル隊長、アルベルトは、追悼式典には戻られますの?」

 「さぁ? それは分かりませんが?」

 飄々とした様子で、アズラエルは言った。

 式典のことなど、すっかり忘れていたという風である。

 カガリは、アズラエルの目を見据える。

 「戦果も重要なことでしょうが、犠牲になる者のこともどうか、お忘れ無きよう」

 「ですねぇ? 肝に銘じましょう」

 アズラエルは肩をすくめた。

 ――その言葉が届いたかは甚だ疑わしい。

 「何と戦わねばならないのか……戦争は難しいわね」

 と、カガリは今度はキラの方を見た。

 「ええ……」

 キラはそっと、頷いた。

 (――頑張れよ、キラ)

 そんなキラに、カガリは口の動きだけでそっと励ましの言葉を伝えた。

 しかし、その言葉が虚しいものであるのを知ってか、カガリはそっと目伏せると、ランチへ乗り込んだ。

 キラも、その言葉を解してはいたものの、返答を思いつかずにいた。

 

 

 「何と戦わねば……ねぇ?」

 アズラエルが、キラの後ろに立って言う。

 「はは、簡単な事です、自分たちの害になる敵と戦えばいい。とてもシンプルじゃないですか」

 「……」

 

 キラは何も言わず、アズラエルを一瞥した。

 その視線には、明らかに嫌悪が篭っていた。

 そんなキラを気にせず、アズラエルは続けた。

 「――ガモフから、先程連絡が入りました。 サイ・アーガイル君が、負傷したそうです」

 「え――!?」

 キラが目を見開いて驚く。

 「イージスに、やられて、あわや失明するところだったとか」

 「あ……!?」

 

 「君が、あの時、敵を撃っていれば、ねぇ?」

 アズラエルはそれだけ伝えると、口元に笑みを浮かべて、去っていった。

 残されたキラは、デッキで、ただ震えていた。

 

 (俺は、お前の事信じているからな)

あの時の、サイの顔が、キラの脳裏に浮かぶ。

 「サイ……カガリ……!」

 嗚咽に近い声が、キラの口から溢れた。

 

 

---------------------------------

 

 

 「180度回頭。減速。更に20%、相対速度合わせ!」

 「了解! 180度回頭。相対速度合わせ!」

 ダコスタがバルトフェルドの号令に復唱する。

 

 「いいんですか? 旗艦の横っ面なんかに止めて」

 ダコスタが不安げに言った。

 艦隊の旗艦――メネラウスはいわば城砦の中心部であり、言うなれば王のいる玉座の間がある場所だ。

 極秘のG計画のメンバーに選ばれたダコスタではあるが、少し前までは只の下士官に過ぎなかったのである。

 自分の操舵でそのような大それた事をするのは、流石に気後れした。

 

 そんな様子のダコスタを、バルトフェルドは一笑した。

 メーン・パイロットという大任を任され、連戦を乗り越え……随分成長した様子に見えたが、この部下のこういったところは変わらないのだ。

 

 「――レイ・ユウキ提督が、艦をよく御覧になりたいんだとさ。

  後ほど、ご自分でこっちに来るとさ。あの御大将こそ、この計画の一番の推進者だったからな」

 

 レイ・ユウキ――地球軍の准将である。

 かなり、若く見えるが、歴戦の将校であり、アークエンジェルを元としたG計画の発起者であった。

 

 バルトフェルドとは長い付き合いである。

 

 

 

 アスランは、アークエンジェルの窓から見える。

 第八艦隊の様相を眺めた。

 真隣に位置する大型戦艦には、第八艦隊のシンボルマークである、八つの星が描かれていた。

 

 (――?)

 と、アスランはそのマークに見覚えがある気がした。

 

 

『ヴェイア――アレックス――地球連合の艦隊だ――撃たれる前に撃て――』

 『モビルアーマーの数が思った以上に多い――ダメか!?』

 『アレックス――!!』

 

 (ウッ……)

 断片的に、過去の戦闘の情景がフラッシュバックされる。

 凄惨で、過酷な戦闘であったことは覚えている。

 アレは、モビルスーツで初の実戦をした時の――そのときに戦った部隊なのか?

 

 よく思い出せない、あの時の戦闘は無我夢中で、記憶が飛んでいる。

 そういえば、この間も戦闘のことも、そうだ。

 俺はあのときどうして――。

 

 「アスラン!」

 「あ……」

 頭を抱えていた、アスランの元へ、ニコルが現れた。

 「やっと、これで降りられるんですね、ボクたち……」

 「……ああ」

 

 (もう止そう……もう戦う必要は無い……そんな事を考える必要もなくなるんだ)

 

 

 アスランは先程までの思考を振り払って、考えるのをやめる事にした。

 

---------------------------

 

 

 「お久しぶりです、提督」

 「アンドリュー! 無事でなによりだ! 先ほども戦闘中と聞いて、肝を揉んだよ」

 アークエンジェルに着艦、したランチから、精悍な将校が降りてきた。

 レイ・ユウキ准将である。

 「それに、アイシャも無事だったか……それにクルーゼ大尉……君がいて良かった」

 「いえ、さしてお役にも立てず」

 一人一人、艦の士官、下士官達と握手を交していくユウキ。

 一通り、握手を終えたところで、デッキの一角に目を留める。

 「彼らが……ヘリオポリスの学生達か」

 ユウキは、アスラン達の前に立つと、一人一人に礼を言った。

 「君らのおかげで艦を守ることが出来た……感謝する。」

 そして、イザークの前に立つと、

 「イザーク……大変だったな」

 と言った。

 「いえ、自分は……」

 「エザリアのことは、大変残念に思う。 君の母上は友人でもあった。 惜しい人を亡くしたものだ」

 「……母は最期まで地球の事を考えておりました」  

 「そうか……」

 ユウキは、イザークに手を差し出した。握手で応える、イザーク。

 「エザリアも、君の成長を喜んだことだろう――そして」

 ユウキは、アスランの方を見た。

 「君が、イージスを操ったという少年か――君は……」

 

 と、ユウキが言いかけたところで、共に随伴してきた仕官が、彼に時間が余り無い事を告げた。

 「そうだな、まだザフトの追跡もある……また後で時間が取れるといいな」

 ユウキは、アスランに手を差し出した。

 「あ……」

 アスランは、そのまま握手を交した。

 「じゃあ、また」

 気さくな笑みを浮かべて、レイ・ユウキは去っていった。 

 

 (ああいう人が……地球軍の、提督?)

 プラントにいた頃、地球軍は卑劣で、野蛮だと、何度も父から聞かされた。

 

 もう少し、軍隊らしい人間が現れるのかと思っていた。

 しかし、あのレイ・ユウキという将校からは、少しの嫌悪感も感じなかった。

 

-------------------------

 

 

 

 

 「つまらないな……」

 何ともなしに、自室でアズラエルは呟いた。

 「ボクが木星まで行けたのは、君のお陰でもあるのに……まさか、ねぇ?」

 アズラエルは、先程ナタルから渡された第八艦隊についてのファイルを眺めた。

 「やめてよね――ナチュラルの君が――」

 

 

-------------------------

 

 レイ・ユウキと面会を終えた後、アスランはクルーゼにメビウス・ゼロの修理を手伝わされた。

 「直りそうかね、アスラン?」

 「ええ、でも大尉、合流したのに何故……?」

 もう第八艦隊と合流したのだ。

 これだけの戦力相手では、ザフトも攻撃を仕掛けてこないのではないか――とアスランは思った。

 「戦場では不備があるよりは無いほうがいい、生き延びる事が出来るかもしれない」

 「それはそうかもしれないですけど……」

 アスランはゼロの部品交換不可能な部分を手作業で修理した。

 「まあもうすぐ、こんな事もせずに済むようになりますから……かまいませんが……」

 「……アスラン」

 「はい?」

 自分が生意気を言ったので、クルーゼが気を悪くしたのか――とアスランは思った。

 しかし、

 「君には世話になった、礼を言う」

 クルーゼの口から出てきたのは意外な言葉だった。

 「艦を守ることが出来たのは、他でもない、君のおかげだ……感謝する」

 クルーゼは、軽く礼をした。

 

 「俺は……俺のやるべき事をやっただけです。 仲間を守る為に……」

 

 アスランは、最初にクルーゼから言われた事を、そのまま返した。 

 

 「そうか、なら君の戦う理由もなくなるな。 正直を言えば、君のようなパイロットにはいて欲しいものだがね」

 

 戦う理由がなくなる?

 その言葉に、アスランは違和感を覚えた。

 

 (キラは? イザークは? 父は……)

 

 「――俺は、本当にこのまま降りていいんでしょうか、大尉? ……戦争はまだ続くのに、戦える俺が」

 アスランはクルーゼに思わず聞いた。

 

 「君の力は確かに魅力的だが、君がいれば勝てるという物ではない。

  己惚れるな……己の戦う理由の見えない者が戦場にいても、ただ死ぬだけだ」

 アスランはその言葉に黙った。

 

 すると、

 「クルーゼ大尉!」

 突然アスランの背後から声がした。 アスランが振り向くと、其処には大柄の軍人の姿があった。

 「アデス……!」

 クルーゼが声をあげた。どうやら、知り合いの様だ。

 しかし、クルーゼは、突如何か思い出したように、

 「いえ、お久しぶりです、アデス大佐」

 と、口調と態度を改めて言い直した。

 「止めてください! 軍務の上ではそういうわけには行きませんが……私にとってクルーゼ大尉は今でも尊敬する隊長です」

 「そうは言ってもな……今では、君の方が上官だろアデス?」

 クルーゼは、アデスの首元の階級章を見ながら言った。

 「確かに、階級は私のほうが上になってしまいましたが……軍人としては貴方のほうが上だと、今でも思っております」

 「教えたはずだ……軍人は如何なる場合も規律を護らねば生き残れないと」

 「ハッ……そのとおりです!」

 アデスはクルーゼに敬礼をした。

 「……やはり、わかっていないようだな、アデス」

 クルーゼは苦笑した。

 「懐かしいものです、グリマルディ前線のとき、あの時はユーラシアとの複合軍で、ゼルマン艦長とクルーゼ隊長が居て、実戦経験の少ない私は、ずいぶん心強かった物です」

 「なに、君の働きはすばらしかった。 今の地位がそれを証明している」

 「いえ、私のようなものより……本来なら隊長のほうが……!」

 「士官学校を主席で卒業した君と、私のようなパイロット上がりでは昇格の早さが違って当然だ……もっと自信を持ち給え、アデス」

 ……戦友か、とアスランは思った。  

 こんなクルーゼ大尉は初めてだ、とも。

 

 以前はアスランにクルーゼは言った。

 何故パイロットをやるか? それは生きている心地がするからだと。

 

 恐らく、彼の居場所はこの戦場なのだろう。

 

 

 なら、自分の生きる場所は――生きている場所は何処なのだろうか――。

 

 (いや――少なくとも戦場じゃない――俺のいる場所は――)

 と、アスランの思い返す場所は、レノアと、キラと、幼い自分のいる、月面の農場だった。

 それから、ヘリオポリス――。

 

 それらは失われた場所だった。

 アスランは哀しかった。

 

 地球に降りれば、新たな居場所は見つかるのだろうか?

 生きているという実感を得ることは、果たしてできるのだろうか、と。

 アスランは思い悩むばかりだった。

 

 

 

 そしてふと――。

 

 『アレックス、お前と私で――新しいザフトを、歴史を作るのだ――』

 

 父の傍らに居た時を思い返した。

 

 その場所だけは、ありえない――。

 

 アスランは、(かぶり)を振った。

-----------------------

 

 「除隊許可証?」

 バルトフェルドから渡された書類に、ディアッカは首を傾げた。

 艦の仕事を手伝ったりはしたが、軍に志願した覚えは一切無い。

 にも関わらず、”除隊許可”とはどういうことなのか?

 それに、この書類に書かれている日付は、ヘリオポリスにザフトが来た以前の日付では無いか。

 「例え非常事態でも、民間人が戦闘行為を行えば、それは犯罪となるんだよ」

 バルトフェルドが言った。

 「ええー!」

 とニコルが声を上げる。

 「それを回避するための措置として、日付を遡り、君達をあの日以前に、入隊した志願兵って事にしたんだよ。 まぁ、君らの好意は非常に在り難かったからね……こっちも相応のムチャをしたのさ」

 「はぁ……」 

 ニコルが平然と言ってのけるバルトフェルドにため息をついた。

 「――本当に、ありがとう。 今俺が生きてるのは君らのお陰だよ」

 バルトフェルドは少年達に礼をした。

 「いえ……」

 

 色々な事があった。

 銃口も向けられたし、死ぬ思いもした。

 墓荒らしのような真似もさせられたし、友達が傷つくのを間近で見る羽目になった。 

 でも―― 

 「ボクたち、何も知らなかったから――」

 知る事になった。

 そして、自分達も結果的にバルトフェルドたちに守って貰っていたのだ。

 「――アスラン・ザラは?」

 「ああ……クルーゼ大尉に呼び出されて……」

 「そうか、彼にも渡しておいてくれるか……俺も最後に、挨拶しようとは思っているが……」

 バルトフェルドは、近くにいたイザークにアスランの分の除隊許可証を渡した。

 

 と……

 「……バルトフェルド大尉! お願いがあります!」

 イザークがそれを受け取りながら言った。

 ん?と呟いて、バルトフェルドがイザークを見た。

 「俺を……私を、地球連合軍に入れてください! 志願したいんです!」

 「ええ!?」

 「イザーク!?」

 

 突然のイザークの発言に、ニコルとディアッカも驚いた。

 

 

 「ふざけた気持ちで言ってるのではありません。 母が討たれてから……私は考えました」

 「復讐かね? ――君の母上は君を戦争には……」

 「違います!」

 イザークは叫んだ。

 「確かに、母は、私を戦争に巻き込まんとして、中立のオーブへ留学させました。

  自分も――母が討たれるまでは正直、何とも思っていませんでした。戦争はその内に終わる。

  しかし、母が討たれ、艦隊と合流して、地球に降りられると聞いた時、自分は違和感を感じました。

  ――これでもう安心か! これでもう元通りなのか? ……そんなことはない!」

 「イザーク……」

 ニコルが呆然として、それを聞いた。

 「世界は依然として戦争のままだ……母は、戦争を終わらそうと必死で働いていたのに!

  本当の平和が……戦うことによってしか得られないなら! 俺はもう、安全な場所でそれを待っている事など、したくは無い!

  自分も……母の遺志を継いで戦いたいと! ……自分の力など……なんの役にも立たないのかもしれませんがッ!」

 

   イザークは、バルトフェルドに訴えた。

 

  「私も、同じ気持ちです――」

  「フレイ!?」

  「私の父も、コーディネイターとの諍いで――テロで死にました

   ――でも、私も、それでも! 何も出来ないと思い込んで、知らないフリをして、ずっと目を背けて来たんです!

   でも、お父様に続いて、おば様までなくして、私も思いました。 このまま、同じような悲しい事が繰り返されていいのかって。

   だから私も、イザークと一緒に……!」

  フレイは、寄りそうようにして、イザークに駆け寄った。

 

  「おい、イザーク!」

  ディアッカが、本当にいいのか、とイザークの肩を掴んだ。

  「ディアッカ、ニコル、お前たちは気にしないで船を降りてくれ」

  「え……」

  「お前達はオーブの人間だ。 これ以上この戦争に参加する事も無いさ」

  「だけどよ……」

  「お前達から、アスランに渡してくれ――」

 

  イザークは、二枚のうち、一枚の除隊許可証をディアッカに渡した。

  そして、もう一枚を、バルトフェルドに返上した。

 

  「相当な覚悟があるようだな――男がそう決めたのであれば、拒む理由は無い。 だが、よく覚えておきたまえ……憎しみに囚われた戦争は殺戮しか生まないのだ」

  「俺は――コーディネイター自体を憎むことはありません」

  イザークはバルトフェルドを睨む様な目で見た。

  

 その脳裏には、きっとアスラン・ザラの姿があるのだろうと、バルトフェルドは思った。

 

 

-------------------------

 

 

 アークエンジェルのモビルスーツデッキに、メネラオスから次々と補給物資が詰め込まれていた。

 その中には、イージス用の武器らしきものもあった。

 「イージスプラスユニット?……それにスカイ・グラスパーの改修型!? 殆ど大気圏用じゃねーか!」

 ミゲルが納入書を見て驚く。

 「地球に降りるのか……」

 マッドが面倒くさそうに頭を掻いた。

 

 

 「――戦闘機か、あの男が好きそうだな」

 クルーゼは、運び込まれた、スカイ・グラスパー改修機――スカイ・ディフェンサーと呼ばれる、大気圏内用の小型戦闘機を見て呟いた。

 どちらかといえば、クルーゼは宇宙を舞うほうが好きだった。

 しかし、久しぶりの地球――その戦いもまた、彼に何かを予感させていた。

 

---------------------------

 

 

 「降りるとなったら、名残惜しいのかね?」

 「まさか……え?」

 デッキで一人、イージスを眺めていたアスランの元に、一人の将校が訪れた。

 レイ・ユウキだった。

 「アスラン・ザラ君だな? 報告書で見ているんでね――しかし、ザフトのモビルスーツに、せめて対抗せんと造ったものだというのに。コーディネイターが使うと、こうもなってしまうんだな」

 「さあ……」

 アスランは、突然の連合の将校の来訪に、言葉に窮した。

 しかし、レイ・ユウキ准将は、そのまま気さくに言葉を続けた。

 「君は、プラント出身だそうだが?」

 「……はい」

 「……もし、よければ、どうしてプラントを出たのか教えてくれないか?」

 「え……」

 レイ・ユウキはアスランを見た。

 (この人――?)

 アスランは直感で感じた事を、呟こうとした。

 しかし、

 「閣下!メネラオスから、至急お戻りいただきたいと!」

 「やれやれ……君達とゆっくり話す間もないか」

 迎えの兵士が、ユウキを呼んだ。

 「何にせよ、早く終わらせたいものだな、こんな戦争は……アークエンジェルとイージスを守ってもらって感謝しているよ。 良い時代が来るまで、死ぬな!」

 「……あの! アークエンジェルは……これから?」

 「アークエンジェルはこのまま地球に降りる。ヤツらはまた戦場だ!」

 「――俺は」

 「君が何を悩むのかは分かる。君の力は必要かもしれん……軍にはな。でも、恐らく君は、何か願いがあってプラントを出たのだろう?」

 「でも……出来るだけの力があるなら……!」

 やらねばならないのではないか――逃げては、いけないのではないか。

 アスランはそう言おうとした。

 しかし、

 「――出来る力があれば、やらねば成らないのかね? そうして自分を傷つけて……いつか、周りも傷つけるぞ?」 

 「え……?」

 「覚悟の無いモノに、戦争は出来んさ。 ――まあ、それでも君は私のように成らん事だな」

 「あ――!?」

 

 

 

 貴方は――と、アスランは言おうとしたが、ユウキは、そのままデッキから飛び立ち、メネラオス行きのランチへと向かってしまった。

 

 

 

-----------------------------------

 

 ナスカ級戦艦、アルベルトのブリッジで、ナタルは声を荒げていた。

 

 「バカな! 攻める!? あの戦力相手では此方も只ではすみません! 第一、足つきは大気圏に突入を!」

 「――確かに、このタイミングで戦闘を仕掛けたという事実は古今例がありません。 

  ですが、あの船が大気圏突入の為に全神経を集中している無防備な今の状態こそ、アレを仕留める最大のチャンスとは思いませんか?」

 アズラエルは宙域図を広げて、作戦を説明し始めた。

 

 現在、自軍の戦力はナスカ級であるアルベルトが1隻。

 先程合流したガモフと、本国からの増援であるツィーグラーを足して、ローラシア級が2隻。

 モビルスーツは、ジンが補給分も合わせて11機、そして――ブリッツ、バスター、ストライクの3機。

 

 対して、敵軍はネルソン級10、ドレイク級20、そしてアガメムノン級と呼ばれる大型の旗艦、メネラオス。

 そしてモビルアーマーが40機以上と推測。

 ――モビル・スーツの優位性は開戦以来の戦果で十分証明されていた。

 戦力比も、地球軍のモビルアーマーと比較すればジンとの差は1:3。

 ソレに加えて地球軍から奪取したあの驚異的な性能を持つモビルスーツもある――。

 しかし、それでもこれだけの数を相手にするには、相応の犠牲を覚悟して、のことであった。

 地球軍がさらなる兵器を隠し持っている可能性だってある。

 

 「状況はこちらの不利です! いかにモビルスーツが敵軍に対して優位な戦力であろうと――」

 「無理を無理と言うことくらい誰にでも出来ますよ。それでもやり遂げるのが優秀な人物。 軍隊でなくても……ビジネスの世界でもそうでしょう?」

 「なっ……!?」

 「……例えです。 貴方ってもしかして、確実に勝てる戦しかしないタイプ?」

 「ッ!」

 「それもいいですけどねぇ。 ここって時には頑張らないとザフトは勝者にはなれませんよ? 頑張って下さいよ、虎穴に入らずんば虎児を得ずってね」

 アズラエルは、ブリッジの画面を最大望遠にして、第八艦隊を眺める。

 

 (レイ・ユウキ――か、邪魔なヤツだったけど……ここらで退場してもらおうか)

 アズラエルは、メネラオスに乗っている人物の事を思うと――口元を歪めた。

 しかし、目は、どこかつまらなそうだった。

 

 

  「そうだ、それに――あのストライク? やってくれると思いますよ――今の彼なら」

 

-----------------------------------

 

  「アスラン――」

  キラは、ストライクのコクピットに、篭っていた。

  「ボクは君を――撃つ――討たなきゃ」

  敵意と悲しみを目に潜めて。

 

-----------------------------------

 

 

 避難民が、シャトルに乗り込む準備を始める。

 ――アスランも船室から僅かな荷物を持ってその列に並び始めた。

 しかし、いくら探しても、ニコルやディアッカの姿が見えない。

 「――アスラン!」

 「探した……まだ、その服なのか?」

 「アスラン……僕達……」

 

 ニコルは、アスランに除隊許可証を渡した。

 そして……。

 

 

 「残る!? 残るって、アークエンジェルに!?」

 ディアッカとニコルは、アークエンジェルに残る旨をアスランに告げた。

 

 「イザークが残るってよ……アイツだけおいていくなんて、出来ないしな」

 ディアッカも、この戦争に対してずっと感じていたことがあった。

 それは、父と地上を旅していた時に学んだ経験からも来ていた。

 一種の使命感であった。

 ――アスランと、イザークと。

 二人の友人を通してみた、この戦争の本質である。

 イザークは、やるべき事をやる為に戦おうとし、

 アスランは、出来る事をする為にコレまで戦ってきた。

 なら自分は――。 

 「――とりあえず、今は降りられねえよ」

 

 「何かあっても、ザフトには、入らないでくださいね……」

 ニコルにも、そうした考えがあった。

 今まで平和な世界に存在していた。

 でも、身近にこのような戦乱があった。

 それに巻き込まれてしまった。

 

 もう、戻れないような気がした。

 ――それは、自分自身のことでもあったが、イザークやアスランのこと。

 「アスラン、ボクがイザークを見てますから、アスランは、元の場所に戻ってください」

 ニコルは、自分が、彼らを元の場所に帰らせなければ成らないと感じていた。

 

 イザークは戦争に近すぎた。 アスランは戦争に深く引きずられすぎた。

 それならば、ニコルは、自分は――平和な世界に居た身として、それを引き止めるべきなのではないだろうか。

 変わりに自分が、戦争に埋没していく事で――。

 

 「それじゃ……」

 「おい!」

 

 二人は、書類を渡すと、アークエンジェルのブリッジの方へ流れていった。

 

 

 

 「俺は――」

 

 『逃げおくれたのさ、イザークが飛び出したんだよ、アスランが外にいるって、お前を追って』

 『そこまで戦いが嫌かね……同胞を裏切って、逃げ出してまで平穏がほしかったのか? 』

 『なんでだよ!? なんでキラの友達が!! なんで、こんなとこに、地球軍にいるんだよ!?』

 

 『アレックス! 何故戦わん!』

 

 

 (くそっ!)

 アスランは、その場で立ち尽くした。

 

 ――シャトルに乗り込むランチの、発進を継げるアナウンスが聞こえた。

 アスランは、決めねばならなかった――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 16 「宇宙に降る星(前編)」

----------------------

 

 『その決断を、きっと幾度と無く後悔する事になるだろう

 でも、俺には後悔する事しか、その時残されては

 居なかったんじゃないだろうか。そんな気も、するのだ』

 

----------------------

 

 「この疫病神(アークエンジェル)とも漸くおさらばか」

 「どうやらネ?」

 メネラオスへのランチに、モラシムが乗り込む。

 アイシャとメイラムが入り口まで随伴する。

 「地球に降りる事になるとは――ユーロに帰ったら、我々も動くぞ」

 「デ、ショウネ」

 「――例え味方でも、もう君らとは、出来れば会いたくないものだな」

 「そう、ネガッてオリマスワ?」

 「フン……」

 

 鼻を鳴らして、モラシムはランチへ消えていった。

 

----------------------

 

 

 メネラオスのシャトルへ向かうランチは、続々と出発を始めていた。

 アスランは、先程からそのランチへ向かう列に中々並べずに居た。

 

 「居たか! アスラン・ザラ!」

 と、そこへ、バルトフェルドがやってきた。

 「艦長……?」

 「間に合ってよかった……少しいいか?」

 

 バルトフェルドは、手招きした。

 

 

 避難民の姿が見えないところまで来ると、バルトフェルドが切り出した。

 

 「君には世話になったからな、一言、礼を言わせてくれ」

 「あ……」

 「ここまでありがとう。 軍人として、男として感謝する」

 バルトフェルドが、深々と頭を下げた。

 「俺は――」

 「君の友人達の事は聞いたか……?」

 と、バルトフェルドはアスランの顔をうかがう。

 アスランは顔を下げた。 どうやら事情を聞いたらしい。

 「そうか……だが、君だけは降りた方がいいと俺は思う」

 「え……?」

 「友達の思いを無駄にしないことだ――そして、君はこの戦争の根っこに関わりすぎている」

 

 アスランには、バルトフェルドの言わんとしていることが、なんとなく分かった。

 

 自分のように、出来る人間が居る――それが出来るから、やらされる。

 出来るから、やらねばならない――コーディネイターとナチュラルの軋轢はそうして生まれてきたのだ。

 

 アスランが戦うという事は、アークエンジェルという狭い戦争の中で、それが再現されたという事だ。

 

 「ユウキ提督も、そう望まれている」

 「あの人も……? 艦長、あの人は……!」

 「君にだけは言っておいてもいいだろう……軍の上層部にも秘密だがね――君と、同じだよ」

 「……!」

 

 アスランは息を呑んだ。

 

 だから、自分はこうも簡単に船を降りる事が出来るのだろう。

 地球軍の兵器をあそこまで使っておきながら。

 軍の上の人間に――コーディネイターがいたから。

 

 「俺は――」

 

 

-----------------------------------------

 

 

 ガモフのモビルスーツデッキに、補給用のパーツが続々と搬入された。

 アズラエルのアルベルトから運ばれたものである。

 その中には、複製されたブリッツ、バスター用の弾薬や、デュエル用に製造された新兵器もあった。

 「……突撃用の屍布( アサルトシュラウド)ですか?」

 「元々、破損したモビルスーツを補う為のパーツでしたからね」

 アズラエルが、ガモフのメカニックにそのパーツを説明をしていた。

 アサルトシュラウド。

 元々は、ジンやシグーの装甲を補い、火力を強化する補助火器を追加する装備であった。

 アズラエルは、それを破損したデュエルを改修するためのパーツに転用したのであった。

 「後は、パイロット次第かな」

 

------------------------------

 

 トールが医務室に見舞いに訪れたときには、サイは既に半身をベッドから起こしていた。

 

 「サイ……大丈夫なのかよ?」

 「大丈夫だって、傷はたいしたこと無いよ」

 その顔には包帯が巻かれていたが、表情は明るかった。

 「――彼女がくれたお守りが、守ってくれたよ」

 ベッドの傍らには、粉々になった、オレンジのアイウェアがあった。

 「ああ……」

 アイウェアのお陰で、サイは眼球への致命傷を避けることができたのである。

 片目のまぶたを少し掠めただけで、視力に影響は無い、とのことだった。

 

 (私の想いが、貴方を守るから――)

 

 サイは、婚約者の顔を思い浮かべた。

 

 「――イージス、想像以上だ……足つき、絶対に地球には下ろさない」

 「おい――大丈夫だって、俺やキラに任せておけよ」 

 そういうと、トールは医務室を出た。

 

 

 

 「キラか――」

 

 サイは、嘗ての日々を思い出していた。 

 良く、婚約者と、キラと三人で遊んだっけか。 

 その日々は、まだ無くしては居ない。

 まだ、取り戻す事が出来るのだ。

 

-----------------------

 

 

 ガモフの艦長室では、アズラエルがホフマンに作戦の説明をしていた。

 「ガモフに先陣を切れと仰るのか?」

 「ええ、あの足つきを沈めるのなら、そうするべきです」

 「うむ……」

 

 アズラエルの作戦は理にかなってはいた。

 

 地球軍の第八艦隊は、その火力こそ恐ろしいものの、モビルスーツ数機による強襲攻撃には無力に等しい。

 地球軍から奪取したモビルスーツと、複数のジンによる波状攻撃、そしてガモフによる突貫攻撃があれば、

 その包囲を崩し、艦隊を根こそぎ倒すことも可能である、というものである。

 

 しかし――大気圏での戦闘となるのだ。

 だからこそ、この作戦の意味はあるのだが、それは艦を自ら危険にさらす、ということでもあった。

 「――その意志がないと言うのなら、 ボクのアルベルトで全て行います」

 「そうは言っていない。 しかし、それでも足つきが落とせるか――」

 言葉を濁す、ホフマン。

 「では、ここで、あの船が地球に降りるのを見ていると?」

 アズラエルは流し目でホフマンを見た。

 「……わかりました。 それでは、ディノ国防委員長と、ロアノーク隊長には私から連絡をさせていただく」

 艦とクルーの命を預かる責任から、即決は出来なかったが――こうも言われては、流石にホフマンも堪え切れなかった。

 「どうも? ボクはあのモビルスーツの整備を監督しています」

 「助かります」

 「――ただし、30分以内に収めてください?」

 しかし、アズラエルはそんなホフマンに余裕すら与えなかった。

 はい、とホフマンが返答を返すと、アズラエルは艦長室から出て行った。

 

 

 「クソッ! なんであんな木星帰りの男を委員長は……!」

 ホフマンは机を叩いた。

 なんとしても、あの男の鼻を明かしてやらねばならない、とホフマンは思った。

 

 

 

----------------------------

 

 

 アズラエルは、過去の日を思い出していた。

 もう、自分にとってはとるにたらない出来事ではあったが、自分のその後の行く末を決める出来事ではあった。

 

 夕暮れ、学校からの帰りだった。

 

 一人の少年を、大勢で待ち伏せて――痛めつける筈が返り討ちに会った。

 

 (やめてよ――勝てるわけ無いでしょ――)

 

 少年の一言を思い出して、一気にアズラエルの時間は現在まで戻る。

 「――時間です!」

 

 アズラエルはシグーのコクピットから、アルベルトのブリッジに居るナタルに告げた。

 そして、ナタルが改めて全軍に、指示をだす。

 

 「モビルスーツ隊、発進準備! ストライクは、ランチャーストライカーを装備! ガモフの砲撃と同時に、全機出撃せよ!」

 

 

 地球に降り始めたアークエンジェルを狙って、アズラエルの部隊が攻撃を開始する。

 

----------------------------

 

 「アークエンジェルは降下体勢に――何ッ?」

 

 レイ・ユウキが指示を出そうとした刹那、レーダーに反応ありの声が聞こえた。

 

 「ナスカ級1、ローラシア級2、グリーン18、距離500。射程距離まで予測、15分後です!!」

 「このタイミングで攻撃だと!?」

 「提督! いかがなさいますか!!」

 「舐められたものだな……第八艦隊も。 バルトフェルドに回線繋げ!」

 

 ユウキはアークエンジェルのバルトフェルドに向かって通信を繋いだ。

 

 「アンドリュー、どうやらザフトがやる気のようだ」

 『の、ようですな――いかがなさいますか』

 「無論、降下だ。 アークエンジェルとイージス、アラスカに降ろして、一刻も早く量産せねばならん。限界点まではきっちり送ってやる! ジン1機も通さんぞ!」

 『――了解しました!』

 

 「避難民のシャトル、離脱準備急げよ! コレより本艦はアークエンジェル援護防衛戦に入る!」

 

------------------------------

 

 

ガモフが主砲を発射すると同時に、各艦からモビルスーツが次々と出撃した。

 第八艦隊は船を並列させる密集体型を取っていた。

 正面からの攻撃なら、ビームの一斉射で如何なる敵をも殲滅できるだろう。

 そう、正面からの攻撃なら。

 

 「――モビルスーツ隊は右舷に回りこめ。 アルベルトは正面の艦隊を牽制する! 大型ミサイル! 撃てェッー!!」

 アルベルトから、対艦用の大型ミサイルが放たれる。

 無論、当てようと撃ったものでなく、敵軍への牽制の為のものである。

 

 ミサイルは全てが撃墜、回避された。

 しかし、その瞬間、敵の陣列に僅かな揺れが生じる。

 

 モビルスーツ隊が入り込むのはその瞬間だった。

 「フ……遅いですね」

 先陣を切るのは、アズラエルのダークカラーのシグーだった。

 アズラエルは、地球軍の弾幕を物ともせず、敵の陣営奥深く切り込んでいく。

 そして、その周辺の艦を指揮していると思われる250メートルクラスのネルソン級に、突貫した。

 「――悪く思わないでください?」

 アズラエルはバズーカを構えると、艦橋、エンジン部、推進剤をピンポイントに撃ち抜いていった。

 

 ドォオゥ!!

 

 ネルソン級は被弾箇所に激しい爆発を起こし、動きを止める。

 

 「セレウコス、被弾、戦闘不能!」

 「何ッ! 戦闘開始3分だぞ! なんだ、あのシグーは!?」

 「カスタムタイプの模様ですが、詳細不明! それから後続――Gタイプです!」

 「クッ!」

 メネラオスのユウキの元にその様子が届き、早くも苦戦の予感が、地球軍を包んだ。

 

--------------------------

 

 

 「どこ――」

 

 キラは、じっとその気配を探っていた。

 

 分かる気がするのだ、今の自分なら。

 

 「どこ――アスラン!!」 

 ストライクのコクピットの中、キラは、アスランのイージスの姿を一心不乱に探していた。

 

 

 ハァ……ハァ……。

 

 

 キラは、自分の吐息が、段々大きくなるのを感じていた。

 感覚が、鋭くなっていく。

 そして、痛みが広がっていく――全身の感覚が開いていくように――。

 (……地球軍、ナチュラル……アスラン……)

 

 眼前に、地球軍の艦隊の姿が見える。

  

 (……敵!)

 

 ブォオウ!! 

 

 キラはストライクのバーニアを噴かし、一気に彼我の距離を詰めた。

 「か、艦長!…上です!」

 「何い!?」

 キラのストライクは、連合の艦を回り込む様にロールする。

 

 「敵軍に奪取されたストライクかッ……ガァ!?」 

 

 ズドゥオウ!

 キラのストライクが、連合艦に向けて直上から、インパルス砲アグニを放った。

 

 「ぬぁあああああああ!!」

 

 アンチビーム爆雷も効かない至近距離である。

 ビームは連合艦のブリッジ、そしてエンジンをも貫通した。

 

 「……一つ!」

 連合艦が爆発する。  

 

 「あの白い奴……ストライクとか言ったか?」

 「敵に回るとは……やっかいな!」

 その様子を見ていた、連合のモビルアーマーパイロットが驚嘆した。

 「――おい! 一気に仕掛けるぞ、こいつは並みの敵ではない!」

 

 今度はモビルアーマー・メビウス三機がストライクに攻撃を仕掛ける

 

 「モビルアーマー……三機か!」

 キラはその方向に向けて、態勢を整える。

 「……貰った!」

 メビウスは猛スピードでストライクに接近すると、すれ違いざまにミサイルを放った。

 「……!」

 しかし、ストライクの頭部のバルカン砲、イーゲルシュテルンはすぐさまそれに反応し、迎撃した。

 「……な!?」

 いとも簡単に、自分の攻撃を防いだストライクに、連合のパイロットは驚くも、距離をとって再度攻撃の態勢を整えようとした。

 

 キラのストライクも、すれ違ったメビウスを追撃する。

 しかし、単純な推力はモビルアーマーの方が上である。

 その上、今のストライクは機動性のやや劣る、ランチャーストライカーを装備していることもあり、追いつけなかった。

 

 メビウスの編隊はストライク一度を引きはなすと、フォーメーションを組んで攻撃を仕掛けてきた。

 

 今度は、各機が連続して、砲撃を時間差で放った。

 「……グッ!」

 さすがのストライクも回避しきれず、肩に敵のレールガンをかすめた。

 「着弾! 命中だぜッ!」

 「モビルアーマー乗りを舐めるな!」

 

 連合のパイロットが、ストライクに攻撃を当てたことで、勢いづいた。

 だが……

 「無傷!?」

 「あれが……噂の装甲かよ!?」

 着弾箇所に破損が見られないことに、メビウスのパイロットが驚く。

 「頭を狙え! 直撃すればメインカメラくらいはやれる!」

 メビウス編隊の隊長が部下に言った。

 今度こそは、ともう一度攻撃を仕掛けるため、メビウス三機は旋回。

 再々度、ストライクへと向かった。

 

 しかし、今度のキラには、その動きが手に取るように分かっていた。

 「……モビルアーマーなんかに!」

 キラのストライクは、腰に付けられたアサルトナイフ、アーマーシュナイダーを装備した。

 「やめてよね……邪魔しないで!」

 イメージだけでなく、感触として感じていた。

 

 高速で、メビウスが接近――もう一度、すれ違いざまに時間差で砲撃――

 

 ……ズバアアア!!!

 

 「――え?」

 しかし、メビウスがまた再び、ストライクとすれ違った瞬間――なぜか、メビウス編隊の内の一機が真っ二つになった。

 ストライクが、手に持っていたナイフで、メビウスを切り裂いていたのだ。

 

 「バカ……な」

 僚機のメビウスパイロットは目を疑った。

 

 いくら敵のパイロットがコーディネイターであろうと、高速で移動する自分達を、ナイフで斬れるものか――。

 しかし、それは紛れも無く事実であった。

 キラのストライクは、ナイフで、モビルアーマーを切り裂いていた。

 

 

 「……!」

 キラは、熱くなっていた。 同時に恐ろしいほどに冷静になっていた。周りの事全てが、情報としてしみこんでくるようだ、とキラは感じていた。

 「そこ!」

 「……あ!?」

 またもう一機、メビウスが爆発した。

 メビウスのパイロットは、乗機が被弾した瞬間も、爆発する瞬間も、気がつかないまま絶命した。

 キラがロックオン無しで肩のミサイル……ガンランチャーを射出、命中させたからだ。

 

 

 「なんだ――アイツは、化け物か!?」

 「まるで悪魔だ――白い悪魔だ」 

 

 戦闘をモニターしていた、地球軍のほかのパイロット達にも動揺が走る。

 

 「う、うわああ!! こちら敵軍に奪取されたストライクと交戦中! 応援求む!」

 

 周囲のモビルアーマー群が、一斉にストライクへ攻撃をかける。

 

 「……うわあああああああ!」

 ソレに、キラは吼えた。

 

 ズガガガガガガ!!

 キラは向かってくるモビルアーマーの攻撃を巧みに避けながら、ガトリング銃の雨を降らせた。  

 ランチャーストライカーの肩に装備された120mmの大口径対艦バルカンだ。

 装甲が引き剥がされ、十数機のメビウスが次々に爆発していく。

 

 「次!」

 キラは続けざまに艦へと突貫した。

 「二つ!」

 アグニで豪快に連合軍艦を貫く。

 「三つ!」

 ガンランチャーをブリッジに叩きこむ。

 「四つ!」

 イーゲルシュテルンで弾薬を誘爆させた。

 「五つ……!」

 弾薬が少なくなっている、そこでキラは無駄弾を撃つのをやめ、

 艦に突っ込んだ。フェィズシフト装甲で敵の機銃をはじき、艦に取り付く。

 「……うわああああああ!」

 アーマーシュナイダーをブリッジにつきたて、そのまま艦橋を引き裂いた。

 艦が爆発する。

 

 まさに、鬼神の如き戦いぶりであった。

 

 「……キラ? 凄い……!」

 ミリアリアは驚愕していた。

 戦闘開始六分にしてキラは五隻の戦艦……そして実に千人以上の生命を宇宙に散らせていた。

 

 

 

----------------------

 

 

 連合艦の前に、突如としてブリッツが現われる。

 ミラージュコロイドを解除したのだ。

 「へ……死ぬぜ……俺の姿を見たら死んじまうぞ!」

 トールのブリッツは、グレイプニールで連合軍艦の艦橋を握りつぶした。

 

 「トール!一人で出すぎないで! ブリッツは乱戦に向いてはいないのよ!」

 「心配すんなって……キラやアズラエル隊長においてかれちまう!」

 「もう……無茶はしないでね!」

 

 ブリッツとバスターは第八艦隊の隊列を、次々に突破していく。

 

 「このおお!」

 バスターは砲を合体させ、超高インパルス超射程狙撃ライフルを放った。

 連合艦がビームに貫かれ、爆発する。

 「どけどけ! 雷神さまのお通りだぜ!!」

 ブリッツはその高い運動性を生かし、母艦をなくしたモビルアーマー達をなぎ払う様に次々と落としていった。

 

 遠距離と近距離、バスターとブリッツ、二つの機体のコンビネーションは見事な物だった。

 

 そして、大型のネルソン級へと、二機は向かう。

 「ミリイ!援護たのむ!」

 「オッケー!!」

 バスターの両肩のミサイルをミリアリアが放った。

 「回避しろ!」

 対峙する連合の艦長が叫ぶ。

 「だめです! 間に合いません!」

 そのまま回避しきれず、いくつものミサイルが艦に命中し、艦は沈黙した。

 「バスター……まさに暴風、破壊か……ああ!?」

 目の前の光景に連合艦長は恐怖した。

 なぜなら、ブリッツが宇宙の闇から亡霊のごとく浮かび上がったからだ。

「"アルテミスの亡霊"か!?」

「俺はザフトの黒い雷神、トール・ケーニだぜ!」

 ランサーダートが艦に突き刺さり、装甲内部で爆発した。

 

---------------------- 

 

 

 「カサンドロス、沈黙!」

 「アンティゴノス、プトレマイオス、撃沈!」

 「敵ローラシア級接近!」

 「セレウコス、カサンドロスに突撃照準!」

 「……ぬぅ!?」

 

 悲鳴のような報告が次々メネラオスにブリッジで上がった。

 Gタイプの戦闘力は想像以上だった。

 レイ・ユウキの脳裏にも、最悪の事態が浮かぶ。

 

 

 

 「……本当に降りられるのかね? この状況で!?」

 「お、俺に言われたって……?」

 モビルスーツ・デッキで待機していたクルーゼが、堪らず声を上げた。

 ミゲルが困り果てたように、それに返す。

 クルーゼはデッキに設置されている無線機でブリッジへ繋いだ。

 「……艦長! 私を出せ! 予想以上だ! あの機体らが相手では艦隊が持たんぞ!」

 「クルーゼ大尉……本艦への出撃指示はまだ無い。待つんだ」

 「何を悠長な……イージスも出られんのだぞ」

 クルーゼはイージスを見上げた。

 

 パイロットが居ないのだ。

 

 「だがしかし、――出来るのかね?」

 「やってみるさ……」

 クルーゼは微かに笑みを浮かべた。

 「さすが、エンデュミオンの鷹……分かった! 降下シークエンスのフェイズ3までには戻ってこいよ」

 「近づく敵を牽制するだけだ、問題ない。 そちらこそ……戻ってくるまで落ちるなよ!」

 

------------------

 

 

 

 アークエンジェルのパイロットルーム。

 イザークがパイロットスーツに身を包んでいる。

 「――よせよ」

 

 「……アスラン!?」

 

 アスラン・ザラが、そこに居た。

 

 「貴様! 降りろと言ったろ! 何故だ!?」

 「――自分の意思だ」

 「バカを言うな! 貴様は連合の人間ではないだろうが! ディアッカもニコルも……何を考えている!!」

 

 イザークが、アスランの胸倉を掴んだ。

 「出来る力があるから――」

 「――ふざけるな!」

 「!」

 部屋の壁に、アスランの体が叩きつけられる。

 

 「――だったら力が無いものはどうすればいい! 俺には、出来る力が無いから、平和な場所でうずくまってろというのか!」

 「……違うさ」

 アスランは、イザークを見た。

 

 「俺には、何かの為に戦う事なんて出来ない」

 「……?」

 

 『何故戦わん! アレックス!!』

 父の言葉が、アスランをもう一度刺す。 

 

 「――だから、せめて、戦うお前らが――安全なところに付くのを見届けるまで、代わりに俺がイージスに乗る」

 

 

-----------------------

 

 カタパルトから、純白のメビウス・ゼロが発進した。

 と、併せてアークエンジェルは、本格的な大気圏突入の準備に入った。

 「ダコスタ、降下できそうか?」

 「やったことないんだからわかりませんよ!」

 ダコスタが一杯一杯といった風に答えた。

 「おいおい……メイラム、ダコスタは頼りにならん、そっちが頼むぞ」

 「了解、ダコスタ曹長よりは働いて見せますよ!」

 「お、おい……!」

 

 慌てるダコスタを見て、ブリッジのクルーは笑った。

 

 「……大丈夫よ"アンディ"クルーの皆がついてるワ」

 「心配してないさ……やるだけだよ? アイシャ"中尉"」

 「ハイ……"大尉"」

 

 アイシャとバルトフェルドは、二人だけにしか分からない目線を交わした。

 

 

 

 「艦長! モビルスーツ……えっ、アスラン・ザラから通信です!」

 

 「……そうか、繋いでくれ」

 「え?」

 「アスラン!?」

 ディアッカとニコルも思わず声を上げる。

 「アスラン・ザラ、本当にいいのか?」

 「敵にストライクが出ているなら……仲間が無事に降りられる保証はありませんから!」

 「……大気圏での戦闘になる。高度と時間をちゃんと見ていろよ!」

 「はい」

 イージスのコクピットの中、アスランは頷いた。

 

 (良いのか……?)

 しかし、それでもアスランは自問した。

 確かに、このままオーブへ、地球に下りてもなんの解決にもならないだろう。

 だからといって、軍にいて……キラと、敵同士になっていいのか?

 (でも……父上が戦って、イザークも戦って……俺だけが、このまま地球に下りるなんて出来ない…!)

 

 アスランはイージスの操縦桿を握り締めた。

 

 「クルーゼ大尉が先行しているワ……援護を!」

 「了解しました!」

 

 カタパルトの外は巨大な地球のパノラマだった。

 重力にひかれるのを、アスランは感じた。

 「アスラン・ザラ、イージス出る!」  

 

 アスランはイージスを出撃させた。

 

 

---------------------------------- 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 16 「宇宙に降る星(後編)」

 「アスランが出た!?」

 クルーゼの元に、バルトフェルドから、アスランがイージスで出撃したという連絡が入る。

 「イージスが援護に向かう! 2機で持たせろ!」

 「……了解した」

 (情に絆されたか? いや――自分に嘘がつけんか。 ……お坊ちゃんだな、アスラン)

 クルーゼは、メビウス・ゼロを駆りながらも、アスランの志願に幾許かの戸惑いを感じた。

 

 

 「アデス艦長! 敵モビルスーツ接近!」

 「迎撃!」

 と、アデスが指揮する艦、ネルソン級ベルグラーノにジンが数機接近していた。

 「ベルグラーノ――アデスか! ……こちらクルーゼ、援護する!」

 クルーゼは、そのジンに向けてガンバレルを掃射する。

 「あ!?」

 不意を突かれたジンが被弾する。

 「今だ!コリントス ……てええぃ!」

 アデスがその隙を見逃さず、ベルグラーノからミサイルが発射され、ジンを撃破した。

 「クルーゼ大尉! 助かりました! さすがです!」

 「フッ……――ッ!?」

 アデスを支援し、一息ついた途端、悪寒が、クルーゼを襲う。

 

 

 「……アスラン、聞こえるか! あのシグーが来る! 食い止めろ!」

 

 「甘い甘い……ボクを数で押そうなんて……ナンセンスですよ!」

 アズラエルはシグーを加速させると、艦隊とモビルアーマー隊を潜り抜ける様にした。

 

 アズラエルのシグー・ムトクイフはそのずば抜けた加速力で地球軍を振り切ると、アークエンジェルが確認できる距離まで近づいた。

 シグーのカメラ越しではあるが、アズラエルの眼にも、 巨大な地球をバックにしたアークエンジェルが見えた。

 

 アズラエルにとっては久々の地球だった。 先程から機体越しにもずっと地球の重力を感じることができていた。

 木星のそれよりも、ずっとやさしい感覚がする。

 「アークエンジェル……悪いが使わせてもらうよ!」

 アズラエルがアークエンジェルへ攻撃を仕掛けようとした矢先、レーダーに反応があった。

 「……ン?」

 GAT-X303 イージスだった。 

 

 

 アスランも同様に、アズラエルの機体をレーダーに認めていた。

 「アレは……あのときの黒いシグー!?」

 その機体が、カガリを帰した時、黒いナスカ級から出てきたシグーということを思い出していた。

 

 「やっと、その機体、間近で見せてもらえるね?」

 アズラエルはシグーをイージスへと向けた。

 「――本当にシグーなのか!? ライトニングの紫のより速い!」

 イージスとほぼ同等ではないかと思えるくらいだ。

 「フ!」

 アズラエルのシグーが、ビームサーベルをイージスへと振りかざす。

 「ビームサーベル!? シグーが!?」

 イージスはそれをシールドで受けた。

 「フフ……"ご自慢の坊や"ですか!」

 「ク! ……この!!」

 アスランのイージスは、力技でシグーを押し返した。

 「出力はそっちが上! 面白い」

 アズラエルは戦闘中にもかかわらず、子供のよう笑みを浮かべた。

 

 イージスは間合いを取るため、隙を狙ってモビルアーマー形態に変形した。

 地球の重力に機体が引かれて、動作が重くなっている為、推力のあるモビルアーマーのほうが有利だとも考えたからだ。

 「……それが変形!」

 すると、アズラエルのシグーも、バックパックに背負っていたパーツを頭部からかぶさる様に装着し――変形した。

 「フ……でも僕のシグー・ムトクイフだって捨てたもんじゃない!」

 

 アズラエルのシグーは、バックパックが稼動する事によって、スラスターの位置が変化する。

 ――地上飛行用モビルスーツ、ディンにもこのシステムが採用されている。

 「シグーが変形した!?」

 アズラエルのシグーは木星の超重力圏での使用を想定しているため、推力は大きかった。

 モビルアーマー形態のイージスにも追いつかんばかりの勢いである。

 「速い!? ……イージス以上なのか?」

 

----------------------

 

 

 「クセルクセス、撃沈!」

 「アークエンジェルはどうだ!?」

 「まもなく降下シークエンスフェイズ2に移行します! まだ降下限界点まで至りません」

 「間に合うかどうかの瀬戸際か……」 

 「艦隊、これ以上の隊列、維持できません!」

 「クッ……!」

 レイ・ユウキが歯噛みする。

 「ベルグラーノ、アデス大佐より報告、既にモビルアーマー、護衛巡洋艦、一隻も無し!」

 オペレーターが、また一つ苦境を伝えた。

 「モビルスーツによる火力一点突破……そして強襲か」

 敵の指揮官はモビルスーツを良く理解しているとユウキは痛感していた。

 そして、いかに自軍のトップはそれを無視していたのかを……。

 「このまま防戦したところで、どうなるか!」

 ユウキは、決意した。

 「残った艦に打電しろ……そろそろジンに補給が入る。 攻撃がやんだ瞬間、一斉攻撃に出るぞ!」

 「しかし! それではアークエンジェルが、降下中に無防備になります!」

 「――大丈夫だ策はある」 

 そういうと、レイ・ユウキはメネラオスの通信機を動かし、艦隊の全艦に通信を繋いだ。 

 

 「メネラオスより、各艦コントロール。レイ・ユウキだ! 

  アークエンジェルは、間もなく降下シークエンス・フェイズ2に移行する! 

  厳しい戦闘であるとは思うが、彼の艦は、明日の戦局の為に決して失ってならぬ艦である。

  各艦は本艦の出す合図と共に、前進攻撃を開始せよ! 

  敵軍のモビルスーツは脅威だが、わが軍のモビルアーマーも火力と推力では勝っている!

  一斉攻撃ならば、敵の再度の追撃を防げるはずだ! 地球軍の底力を見せてやれ!!」

  

 レイ・ユウキは声を張り上げた。

 

 

---------------------

 

 ナタルはアルベルトのブリッジで、報告を聞いた。

 「なに! 敵艦隊が動くのか!?」

 「はい! 我々に一太刀浴びせるつもりでしょうか?」

 「刺し違えてでも足つきを守る気か チィ! モビルスーツを戻させろ!メビウスを叩かせる!」

 「艦長!各機体の消耗の度合いが違います……コレでは!」

 「作戦が敵に突かれたか! アズラエルめ、だから言ったのだ!」

 ナタル口から思わず愚痴が出た。

 「状況は?」

 「ジンは4機が補給、3機が撃墜、5機は依然戦闘中…ですが間も無くパワーが!」

 「見事な頃合だな…ナチュラルとて学習しないわけがないか……ジンの補給作業急がせろ!」

 

---------------------

 

 「状況は良くはないんだろ!行かせてくれ!」

 「何言ってるんですか!まだダメですよ!」

 サイは医師を跳ね飛ばしてモビルスーツ・デッキへ向かった。

 「無理をするな! サイ・アーガイル!」

 ナタルが通信機で言う。

 「大丈夫です……行けます!」

 サイはかまわず、デュエルを動かした。

 「アサルトシュラウド…対艦戦ならちょうど良い!

  サイ・アーガイル、デュエル…いきます!」

 ガモフからサイのデュエルが出撃した。

 

 「評議員の息子も出たか――! く、敵艦艦隊が来るぞ! アズラエルが見ているのだ! なんとしても足つきを落とすぞ!」

 それに勢いづいたガモフの艦長も、更なる攻撃を指示する。

 

---------------------

 

 

 敵陣を掻い潜り、キラはアークエンジェルへと直進していた。

 「アスラン……アスランはどこだ……」

 

 キラの感覚は益々鋭くなっていった、周りのモノすべての動きがわかる。

 目だけでなく全身で周りを見ているを感じだと、キラは思った。

 

 「……!」

 何か来る、キラはとっさにそう感じて身構えた。

 「あれは……見たことある、足つきの白いモビル・アーマー……!」

 キラが感じた気配の正体、それはラウ・ル・クルーゼのメビウス・ゼロであった。

 「開戦から数分で五隻の戦艦を落とし、ここまで来たか、凄まじいな!」

 「――来るッ!」

 ストライクを迂回するようにして、クルーゼが間合いを取る。

 

 刹那、ストライクとゼロがすれ違う。

 「え……!?」

 「む……!?」

 それは、奇妙な感覚だった。

 「僕は……この人を……知ってる?」

 「なんだ……この感触は……?」

 ストライクとゼロの動きが一瞬と止まる、がキラはその感触を振り払うようにして、

 クルーゼのメビウスにビーム砲を向けた。

 

 「なんだ……この敵!」

 ランチャーストライクのアグニが火を吹く。

 宇宙戦艦の装甲を一撃で貫通するビーム砲である、メビウス・ゼロの装甲などひとたまりもない。

 「当たらなければどうということはない!」

 クルーゼはゼロの推進力を生かし、アグニを回避する。

 「妙な敵だが……連戦で消耗しているはず……ならば!」

 メビウス・ゼロのガンバレルがストライクを取り囲むようにして展開する。

 「あの武器!?」

 「フ……!」

 ガンバレルのリニア砲がストライクに向けて放たれる。

 アグニに命中し、アグニが爆発する。

 「ク……!」

 ストライクがひるんだところに、クルーゼは容赦なく砲を叩きこんだ。

 しかし、キラが素早く反応したため、急所には命中しなかった。

 また、フェイズシフト装甲の為、ダメージは事実上、ほとんどない。

 しかし、

 「……パワーが?」

 先ほどまでにパワーを使いすぎたせいか、装甲に衝撃が走っただけでも、残り少ないバッテリーを削る。

 フェイズ装甲はビーム以外のどんな攻撃も無効化する代償に、どんな攻撃にもバッテリーを消費してしまう。

 「これじゃ、なぶり殺しにされる!」

 キラは何とかガンバレルから逃れようとする。

 

 「キラ・ヤマト!聞こえるか……!」

 アルベルトから通信が入る。

 「そんな場合じゃ……!」

 キラには返事をする余裕はない、ガンバレルの包囲から抜け出すので精一杯だった。

 しかし――

 「アズラエル隊長が、イージスと交戦中だ、援護できるか!」

 ――その一言で、キラの様子が変わる。

 

 「イージスが……アスランが!?」

 

 イージス、アスラン、そのイメージが頭を駆け巡る。

 カズイの顔、傷ついたサイ、アフメド……

 キラの中の、何かが弾けた。

 

 

 「――!」

 先ほどよりも、さら感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 

 ――右! ……左! ……後ろ回って右上!

 

 ――真下!

 

 「なに!?」

 キラのストライクが、まるで、踊っているかのようにクルーゼは感じた。

 動作に全くの無駄はなく、確実にガンバレルの射線を避けていく。

 

 「……!」

 キラはランチャーストライカーパックをパージすると、ストライクを母艦であるアルベルトへと向かわせた。

 

 「あのパイロット……!」

 クルーゼは、ストライクの動きに戦慄すら感じていたのだった。

 

 キラはアルベルトに帰艦しようとしたが、連合艦隊の一斉攻撃が始まっているため、戻ることが出来なかった。

 もう、ほとんどバッテリーが残っていない。  なんとか補給を受けなければ……。

 そう思ったキラは、あることを思いつき、アルベルトに打電した。

 オペレーターが、キラの電文をナタルに報告する。

 「艦長!ストライクのキラ・ヤマトからです! ……エールストライクをカタパルトで打ち出してくれと」

 「何!?」 

 無茶なことを……撃ち落とされたら終わりではないか。

 ナタルはそう思ったが、キラが出来るというのならば、やってみるしかない。

 ストライクの力は依然、必要であり、どのみち、このままではキラも撃墜されてしまうだろう。

 「わかった! エールストライク準備!……リニアカタパルトへ!」

 

 

 キラにナタルから通信が入る

 「キラ・ヤマト!エールストライク射出するぞ、いいか!」

 「はい!!」

 「よしレーザー通信オンライン……相対速度はそちらであわせてくれ!」

 アルベルトのカタパルトが開き、エールストライクが射出された。

 キラはストライクのキーボードを取り出し、マニュアルでドッキング操作を行う。

 「相対速度、モーメント制御をエールストライクのCPに送信、軸線あわせ……」

 キラとストライクは軸と速度をあわせる。

 

 「5、4、3……ドッキング完了!」

 

 キラのストライクはそのまま宇宙空間で換装を終えた。

 

 「成功したか……大したパイロットだ…。」

 

 キラはエールストライクを全速力で、再度アークエンジェルへと向かわせた。

 

 

---------------------

 

 もともとはスマートなデザインのデュエルであったが、

 アサルトシュラウドを装備したその姿は、あまりに無骨だった。

 しかし、そんな外見とは裏腹に動きは素早い。

 各所に取り付けられたスラスターが宇宙空間での機動性を大幅に上げているのだ。

 「……もらった!」

 サイは、新たに追加されたミサイルポッドとレールガンを一斉射した。

 ズガガガガガ!

 ミサイルが砲門を無力化し、レールガンが装甲を粉砕する。

 数回の攻撃で地球軍の戦艦は沈黙し爆発した。

 

 

 レイ・ユウキの指揮の前に、反転攻勢を仕掛けられ、やや苦戦を強いられていたガモフであったが、

 サイのデュエルの活躍によって、態勢を整えはじめていた。

 

 開戦からのブリッツとバスター、それにストライクの働きもあって、敵陣に大きな穴があき始める。

 

 これを好機と見たのであろうか、ガモフが先行しはじめた。

 「何をやっているガモフ、出過ぎだぞ!」

 アルベルトのナタルが叫ぶ、しかしガモフの艦長、ホフマンは警告を聞こうとはしなかった。

 「アズラエルの目の無さで、囲まれそうに成ったのだ! ならば、この機を逃して成るものか!」

 デュエルが敵陣に開けた穴を、ガモフは進んでいく。

 

 「トール! ガモフが突っ込んでるわ!」

 「え、何やってんだよ、あのちょび髭!」

 

 トールとミリアリアは、互いを支えながら戦っていた。

 

 「だが……足つきをとめられるかもしれない!」

 その二人に通信が入る――聞き慣れた声だった。

 「……サイかよ!? 大丈夫なのか!?」

 「言ったろ? これくらい大した事ない」

 サイのデュエルが、ブリッツとバスターの元に現れた。

 「二人とも……先行したガモフを追うぞ!」

 

 

---------------------

 

 イージスとアズラエルのシグー。

 二機は大気圏上で激しい追撃を繰り広げていた。

 イージスはモビルアーマー形態に、シグーはバックパックを変形させて高機動形態となっている。

 「……フフ」

 「……クソ!」

 機体の機動性ではほぼ互角であろう。

 だが、アスランが動きの一つ一つに重力による干渉を受けているのに対して、アズラエルの動きは実に軽やかだった。

 「木星の重力に引かれたんですよ? ボクは……!」

 「ああ……!」

 それは、経験の差であった。

 シグーのライフルが、イージスに命中する。

 「うわ……あ!」

 イージスのコントロールが一瞬取れなくなった。

 「地球の優しい重力も知らない君が、僕に勝てるわけがない」

 アズラエルはアスランを振りきり、アークエンジェルへと向かった。

 「アークエンジェル……やらせるかッ!」

 アスランはイージスを強引に持ち直すとシグーを追った。

 

 

 「敵機、シグータイプ、本艦に急速接近!」

 「何……!」

 大気圏降下中の無防備なアークエンジェルに、アズラエルは容赦なく狙った。

 

 しかし――。

 

 「ええ? 大型反応――メネラオス!? レイ・ユウキこの高度まで降りて?」

 シグーの、アークエンジェルへの進行をさえぎるように、メネラオスの艦砲が撃たれた。

 

 

 「閣下! 我が艦ももう、これ以上降下したら戻れなく――!」

 メネラオスには大気圏を突入できる能力が無いのだ。

 これ以上、降下しながらアークエンジェルを守ろうとすれば、艦は耐え切れず燃え尽きてしまう――。

 そんなメネラオスに、通信が入る。

 「ローラシア級が突貫しています!」

 隊列に出来た穴は、戦艦の突撃を許すほどであったのだ。

 「……デュエル、バスター、ブリッツ、ストライクが開けた穴か……これほどとはな!」

 三機のGが、さらに連合の船、モビルアーマーを次々と落としていく。

 そして、今、アークエンジェルは無防備な状態である。

 モビルスーツならばイージスとメビウス・ゼロがなんとか、迎撃するだろうが、戦艦となれば……。

 「モビルアーマー隊はあの三機を集中攻撃しろ! チ……そろそろ腹を括る時か?」

 

---------------------

 

 ――ガモフは戦場を突き進んでいた。

 しかし、トール達は地球軍のモビルアーマーの必死の反撃に、遅れをとっていた。

 

 「おいおい、ガモフに追いつけねえだろうが……どけよ!」

 ブリッツのビームライフルが火を吹き、メビウスに命中する。

 「……まだだ青き正常なる……!!」

 だが、メビウスは火達磨になりながらも、そのままブリッツに突撃する。

 「カ、カミカゼッー!?」

 メビウスは特攻、自爆し、ブリッツが爆発に包まれた。

 「う、うわああああ!?」

 「トール!?」

 防いだトリケロスと右腕が吹き飛んだものの、ブリッツ本体は無事だった。

 

 「大丈夫なの!? トール!!」

 「へ……へへへ……ああ、ちょ、ちょっとビビったけど」

 バスターがブリッツを支えた。

 「どうしたの……動けないの!?」

 「間接と駆動系全滅……くっそパワーダウンだ!!」

 ブリッツが色彩を無くしていく。

 「トール……コレじゃ!」

 「仕方ない、二人は後続のツィーグラーに行くんだ! ミリィもそろそろパワーがマズイだろ?」

 「サイは……!?」

 「ガモフに追いついて……何とかする!」

 

---------------------

 

 「……提督が!?」

 アデスは驚きの声を上げる。

 「指揮権をアデス艦長に移すと!」

 アデスは黙り込む……が、直ぐに軍人の顔に戻り、指揮を取る。

 「提督……了解しました……目標敵艦!ナスカ級! 艦の間隔合わせ、一斉発射!」

 

 「反転攻撃したお陰で、後続のナスカ級とローラシア級、そしてジンは防げる。

 あとはあの機体と、先行しているローラシア級だけ……それならば、当艦が盾になれれば良い。

 砲の一つでも動かせればなんとかなるだろう――総員退艦せよ。 私だけ残る」

 

 「な、なんですと!? き、旗艦を捨てると…?」

 「盾になれるのはこの艦だけだ。 旗艦の死は艦隊の死……だが、後の兵と戦果は死なない」

 レイ・ユウキは、そう指示し、一人、メネラオスのブリッジに残った。

 

 

 ――地球軍の陣営を強引に突き進んでいたガモフが、ようやくアークエンジェルを捕らえた。

 「とうとう見えたぞ、足つき……アズラエル一人に手柄を渡せるか!」

 ホフマンが、攻撃命令を出そうとしたとき……。

 

 「か、艦長!敵艦が!」

 「……なっ!? こんな高さまで、メネラオスが護衛してきているのか! 撃ち落とせぇー!」

 

 「このメネラオスはそう簡単には沈まんさ…!」

 砲火を全体に受け、爆発しながらも、メネラオスは反撃を自動照準で返す。

 

 

 「やれやれ……ユウキくん――”やめてよね” コーディネイターの君が!!」

 

 しかし、アズラエルのシグーがメネラオスを迎え討った。

 「シグータイプ!? のわっ!!」

 

 エンジンにアズラエルのシグーによる砲火を受けた。

 「まだまだああ!!」

 レイ・ユウキはパネルを操作した。

 エンジンの出力を上げ、メネラオスをガモフへと向かわせた。

 

 ――メネラオスが、ガモフに特攻をかける。

 

 「き、旗艦が特攻だと……馬鹿かナチュラルは……撃ち落とせえい!」

 

 しかし、メネラオスは、ビーム撹乱膜の影響を受けないところまで、ガモフに接近すると、メインビーム砲を一気に放った。

 「ば、バカな!! ……アズラエルが見ているのだぞ! アズラエルが!」

 ビームがガモフを貫通した。

 

 

 

 「――ガモフが!?」

 敵に囲まれながらも進行していたサイも、ガモフの爆発に気づいた。

 「間に合わなかった……!」

 

 後退していた、ミリアリアたちにも、その光景が見えた。

 「トール! ガモフが!」

 「ま、まじかよ……ホフマン艦長……!」

 

 ガモフは、大気圏の中で、その形を崩していき、やがて大爆発を起した。

 

 

 「メネラオスがっ!?」

 「ユウキ提督!?」

 アークエンジェルもその様子をモニターしており、バルトフェルドが声を上げた。

 

 「あの人が……!?」

 アズラエルを追撃していたアスランも、思わず反応した。

 

 だが……。

 『大丈夫だ!』

 「提督……!?」

 

 メネラオス爆発に紛れて、地球軍の新型脱出艇に乗り込んだレイ・ユウキから通信が入った。 

 

 「これは大気圏も突入できる代物でな、丁度テストしたいと思っていた所だ――第八艦隊に出来るのはここまでだ! 後は頼むぞ!」

 「提督! 全く、アンタって人は!」

 「アンドリュー、部下は上官に倣いたまえ――」

 

 

 

 

 しかし、そこへ、

 「やってくれるじゃないか! でも――」

 アズラエルのシグーが現れる。

 「――この敵は!?」

 「許さないよ。君が地球に降りるなんて――レイ・ユウキ!!」

 

 シグーのライフルが、脱出艇を狙った。

 「やらせるか――それにはっ!」 

 しかし、ようやくイージスが、アズラエルに追いついた。

 「俺と同じ、同じ人が乗っているんだ!!」

 

 「イージス! アスランという少年か!」

 脱出艇からもイージスの姿が見えて、レイ・ユウキが思わず叫んだ。

 

 

 ズビュゥウン!

 

 「チッ!」

 イージスのビームライフルを受けて、アズラエルは脱出艇から離れざるを得なかった。

 「まあ、いっか……レイ・ユウキ――まだ、最後の仕上げが残っている」

 

 

 アズラエルは脱出艇を無視し、アークエンジェルへと向かった。

 「敵が――!! アスラン・ザラ! アークエンジェルを守ってくれ!」

 「あっ!」

 「同じ、意思を持って戦うコーディネイターとして――頼む!」

 「はい――!」

 

 脱出艇からの無線の声に、アスランはこたえた。

 

 やれる力がある。

 いや、やって見せる――!

 

 

 

 

 シュヴァアアアン!!

 

 ――だが、閃光がアスランの行く手を阻んだ。

 

 グリーンに輝くビームがイージスをかすめたのだ。

 

 「あっ!?」

 

 

 「アスラァアアアアアアン!」

 「……上!?」

 

 イージスめがけて、MSが突進してきた。

 キラのストライクだった。

 

 「アスラン! ……ストライクが行った!」

 「クルーゼ大尉!」

 キラのストライクを取り逃した後、周囲の敵の駆逐に当たっていた、クルーゼのメビウス・ゼロが戻ってきた。

 

 「大尉! 俺がストライクを止めます!……大尉はアークエンジェルを!」

 「……わかった、降下前には戻れ!」

 クルーゼのメビウス・ゼロはアークエンジェルを攻撃するシグーへ向かう。

 

 ビームサーベルによる斬りあい、格闘の末、イージスとストライクが組み合う。

 「アスラァン!!」

 「キラ……!」

 接触によって、お互い、相手の声が震動となって直接聞えた。

 

 「言ったよね? 僕は……君を撃つって!」

 「!!」

 キラが、幾度もイージスにビームサーベルで斬りかかる。

 その動きは、尋常ではなかった。

 それは単純に、的確でそして恐ろしく速い動きであった。

 サーベルがイージスをかすめる。アスランは防御に追われて反撃が出来ない。

 精一杯である。

 「どけ、キラ! ……今、お前とは!」

 

 アスランはイージスをモビルアーマーに変形させて、なんとか間合いをとろうとした。

 しかし、

 「アスラン……君はあ!」

 ストライクがビームサーベルを投げる。

 「チ!」

 変形をキャンセルし、シールドで防いだ、シールドにサーベルが突き刺さる。

 

 

-----------------------

 

 「さて、最後の仕上げ――この高度と速度なら――ここか!」

 

 「シグー接近!」

 「なんだと!?」

 

 

 シグーのライフルからグレネ―ドと弾薬が乱射される。

 ドガガガガ!

 

 大気圏突入中は無防備なのだ、なんの迎撃も出来ない。

 そのため、攻撃は直撃 アークエンジェルが大きく揺れる。

 「被弾……降下シークエンスに異常!オートバランサー起動します!」

 「降下位置、測定開始…修正…だめです、誤差発生!」

 ダコスタが叫んだ。

 降下地点にズレ――目的地に真っ直ぐ降りられなくなる事を示していた。

 

 「ええい…これ以上はやらせんよ!」

 必死で追撃するも、メビウス・ゼロでは、アズラエルのシグーに追いつける筈も無く、攻撃を許す事になってしまった。

 「またあのモビルアーマー……!」

 「――この重圧感……もしや!」

 「不愉快だな……でも今は止めておきましょう!」

 アズラエルは2、3度クルーゼと弾丸を撃ち合うと、身を翻して撤退してしまった。

 「あとは……上手くやってくれるようにね……フフ」

 「チッ!」 

 ――クルーゼの脇を、アズラエルの機体がすり抜けていった。

 「クルーゼ! そろそろ限界だ! 戻れ!」

 「ええい――了解だ!」

 クルーゼはやむを得ず、メビウス・ゼロをアークエンジェルに帰還させた。

 

--------------------------------

 

 

 キラはアスランが憎かった。

 

 何より、ナチュラルといることが、である。

 彼にとって、周りの人間は彼の生きがいであった。

 そのためなら彼はその人間の為に自分を犠牲にしてもかまわないとさえ思った。

 だが、アスランはそこから外れ、敵となった。

 それは、キラにとって裏切りに他ならなかった。

 

 それでもキラは信じていた――しかし。

 

  「僕の仲間を…僕を!」

 

  アスランは、自分の友を傷つけたのだ。

 

 キラの猛攻は凄まじかった。 

 ストライクが圧倒的優勢で、イージスはずっと、防戦一辺倒となっていた。

 

 ――しかし、本来大気圏での戦闘においては、イージスのほうが有利であった。

 ストライクと比較して、腰部のスラスター、そして大出力の背面ブースターが機体を支えるからだ。

 重力下の操縦になれたアズラエルには後れを取り、

 尋常でない気迫のキラに苦戦を強いられているものの、まだ、アスランにも勝機はあった。

 

 アスランはじっとチャンスを待って何とか耐えていた。

 

 ――ストライクがビームサーベルを振り回して、アスランの剣をなぎ払う。

 「クッ!」 

 「アスラァアアン!!」

 イージスの胸ががら空きとなる、――が、それを狙おうとするストライクにも隙が出る。

 「――今だッ!」

 イージスのサ―べルは手だけではない、つま先のビームサーベルを展開し、

 ハイキックの容量でキラのビームサーベルををなぎ払った。

 グワァアァアン! 

 「……!?」

 ビームサーベルを吹き飛ばされ、ストライクもバランスを崩される。   

 だがキラは落ち着いていた……。

 

 ――キラはイージスの動きを観察しているうちに、あることに気がついていた。

 

 (イージスが変形したり、高速で移動するとき……スラスターが動く……アレだけの稼動が実現しているなら……腰のスラスター接続部は……やはりフレームが剥き出しだ!)

 

 

 イージスの腰の可動式スラスターは、変形システムの副産物である。

 結果的にモビルスーツ状態でも、これは高い機動力を生んだ。

 ――だが、この構造は、変形を優先した結果出来たモノである為に、 一部フレームがむき出しであるという弱点も生んでしまっていた。

 

 「そこだっ!」

 

 キラはアーマーシュナイダーを取り出すとイージスの腰のフレームに突き立てた。

 

 ガッ!

 フェイズシフト装甲に包まれていない、剥き出しフレームにナイフが突き刺さる。

 

 「左推進システムに異常発生!? 接続部がやられたのか!?」

 大気圏の重力に引かれて落ちているのである。

 スラスターに異常をきたしたイージスは、たちまちバランスを崩した。

 「うわあああ!」

 イージスはストライクから離れ、大気圏を落ちていった。

 「……!」

 

 ――今のキラに友を殺すことへの躊躇はなかった。

 ライフルの先をイージスに向ける

 

 

 「やられっ――キラに!?」

 

 

 アスランは瞬間、死を感じた。

 

 ――だが、

 

 「あと一息でアークエンジェルは生きのびるというのに……こんな所でむざむざとイージスを落としてなるものか!」

 「脱出艇が!?」

 ――レイ・ユウキの乗る、メネラオスの脱出艇が二人の間を遮った……。

 

 「――邪魔をッ!」

 

 いつものキラは、戦いを嫌う温厚な少年であった。

 そんな少年のキラが、離脱用のシャトルを撃つようなことはない筈である。

 だがそのときのキラには、アスランへの純粋な殺意しかなかった。

 ――キラは冷静であった、が、正気ではなかった。

 

 「キラ、やめろ! それには!!」

 

 トリガーを、キラは引いた。

 

 「はあ……っ!?」

 

 ビームが脱出艇を貫き、アスランの目の前で、脱出艇は爆発した。

 

 「ああああああぁぁぁ!!」

 アスランは絶叫した。

 

 

 

 爆発の次、アスランの目に移ったのは、ライフルを構えるストライクの姿だった。

 「キラ……キラあああ!」

 

  ――アスランの中の、何かが弾けた。

 

 「……次は……イージスに当てる!」

 再びキラは、イージスに照準を合わせる。

 「……キラ!」

 アスランはイージスをMA形態に変形させた。

 スラスターが多少不調でも、これならそれなりの機動力は確保できる。

 

 「無駄!」

 「クッ!」

 しかし、それはあくまで推力である。

 イージスの回避能力は格段に低下していた。

 「そこだ!」

 キラの狙いは正確だった。今の状態で避けきれるはずが無い。

 「……!!」

 アスランは、何を思ったか、イージスのアームを思いきり開き、振り乱した。

 その動きは、蜘蛛か、昆虫か、甲殻類を連想させた。 足をむちゃくちゃに動かし、バタつかせる。

 だが……。

 

 「……!」

 アスランのイージスが、大きく奇抜な動きをはじめた。

 

 ブウン、ブウン!

 と振り下ろされ、上げられる足に合わせて、イージスが動く。

 

 そして、ストライクのライフルを、ギリギリで回避していった。

 「イージスのあの動き、AMBAC(アンバック)とでも言うのか……!?」

 

 

 ――Active Mass Balance Auto Control 能動的質量移動による自動姿勢制御

 

 元々は推進剤を使わない、質量を用いた動作を使った、宇宙での姿勢制御をさす言葉である。

 モビルスーツが、宇宙空間で戦艦に対して圧倒的優位を誇ったのは、この機能によるその機動性であった。

 モビルアーマーよりもずっと少ない推進剤と時間で、縦横無尽に宇宙を動き回れる。

 

 ――アスランのイージスもまた、この原理を利用し、重力に弾かれながらも強引に動きを変えていた。

 

 

 「……うぉおおお!」

 

 アスランはイージスの破損していない右スラスターを最大出力でふかした。

 ストライクに間合いを詰める。

 「……!」

 キラはライフルを連射するが、アスランは例のAMBACを多用し、回避して行く。

 「――甘い!」

 

 間合いを一気に詰めてアスランはイージスをモビルスーツ形態に戻し、ビームサーベルを四刀流にして繰り出した。

 

 「チィッ!」

 二本をシールドで弾く。 もう二本は装甲を掠めるも寸でのところで回避する。

 

 ――そしてキラは、イージスのシールドに、先ほど投げつけた、ストライクのビームサーベルがまだ埋まっている事を見つける。

 「ッ!?」

 アスランのイージスは、シールドを切り離した。

 キラがビームサーベルを手に取り、シールドを切断した。

 「盾がっ!?」

 「コレで――決める」

 

 ストライクと、イージスは、互いに間合いを取り合う。

 そして――。

 

 

 

 「……キラァァァアア!」

 「……アスラァァアン!」

 

 

 二機が激しくビームの刃で攻めぎ合う。

 

 しかし、何度か斬り合ううちに、キラのストライクのほうが優性となる。

 やはり、イージスのダメージは大きかったのだ。動きが鈍く、反応が遅い。

 その上、イージスはシールドまで失っている。

 キラの剣が、イージスの左手首を切断した。

 「グアァッ……!?」

 「――もらった、アスラァアアアン!」

 

 

 キラはビームサーベルをアスランに振り下ろした。

 

 

 ――しかし、刃がイージスに触れる直前、キラは突然の嘔吐感に襲われた。

 「うぐ……う……ああ……!」

 それだけではない、全身が、唐突に痺れだし、痛みを帯びてきた。

 キラがコクピットでもがく。

 

 そして――

 「なんだ? ……ストライクの動きが止まった!?」

 「う……ああ…!」

 「……今ッ!」

 アスランはイージスで、ストライクに斬りかかった。

 キラは、力を振り絞ってストライクを操作する。

 なんとか、イージスのサーベルを一度は受け止める。

 「あのシャトルには……俺と同じ……!」

 アスランの声が、キラに届く。

 「そんなの……僕だって……仲間が……君が……!」

 アスランにも、同様にキラの声が聞こえた。

 「クッ!」

 しかし、アスランはその声を振り払うかのように、もう一度、イージスのサーベルを大きく振り上げた。

 「シねえええ!キラ!!」

 「アスラン!!」 

 ストライクの肩を、イージスのビームサーベルが切り裂いた。

 「!」 

 キラが、ギリギリの所で急所への攻撃を回避したのだ。

 「う……うわあ!」

 このままでは勝ち目がない。

 そう思ったキラは、いちかばちか思いきりレバーを倒した。

 

 ドォウウ!

 

 ――ストライクは加速しながら大気圏に落ちていった……。

 

 

 

 「……キラ!?」

 剣を振り下ろしてしまうと、アスランは、体の中の妙な力が消えてゆくの感じた。

 感覚が元に戻っていく……。

 キラのストライクが、小さな爆発を起して、地球へと落ちていった。

 

 (俺が、俺は――本気でキラを殺そうと……? なんだ……体中が痛い)

 

 

 

 「アスラン!」

 アークエンジェルから通信が入る。

 「……ディアッカ!」

 「アスラン・ザラ!聞えるか!?」

 「艦長!」

 「いいか、アスラン! もうアークエンジェルへは戻れん! しかし、イージスは自力で大気圏を突入する能力を有している……機体は大丈夫か!?」

 

 アスランは機体の各部をチェックした、スラスターとアーム一本の損傷があるが……。

 「これか…大気圏突入モード……MA形態に変形……異常はありません!」

 「そうか……Gはスペック上、単体での突入も可能だが、イージスは特にそれが優れている……アークエンジェルの誘導に合わせれば大丈夫だ」

 「……ハイ」

 

 Gは大丈夫……ならキラのストライクも……。

 

 自分で攻撃しておきながら、どうか生きていてくれ、とアスランは思った。

 「敵の攻撃で突入地点がずれた、データを送るからアークエンジェルに合わせろ!」

 「了解しました!」

 イージスにデータを入力し、突入モードをスタンバイする。

 「冷却エアシステム起動……ポイントよし、突入角度合わせ……完了」

 

 

 と、アークエンジェル内のメビウス・ゼロから通信が入った。

 「無事だったか、アスラン」

 「……大尉もご無事で」

 「アスラン……なぜ降りなかった?」

 「俺がやらねば、ならない気がしたからです」 

 「……君は何者だ?アスラン・ザラ」

 「――!?」

 「友を思う責任感、それだけかね? 私には君が――」

 

 しかし、クルーゼはそれきり黙った。

 

 「キラ……」

 

------------------------

 

 

 「うわあああああ!」

 熱い……体が……!

 重力に引かれていく……。

 「アスラアアアン!」

 

 キラのストライクは大気圏に揉まれて、地球へと降りていった。

 

 

 「……追加しても……強襲用か!」

 アークエンジェルが大気圏を降下して行く。

 サイのデュエルはアサルトシュラウドの推進剤と武装を使い果たしていた。

 結局、追いつけなかったのだ。

 「……キラ!」

 サイは、地球に降りていくアークエンジェルと、ストライクを黙ってみる事しか出来なかった。

 

 

 「アークエンジェルの限界点突破を確認! 残存勢力はこのまま月本部へ撤退する!」

 ベルグラーノのアデスは、残った艦隊の戦力に打電すると、残存勢力をまとめて、離脱を開始した。

 そして、地球の見えるパネルを見詰めると、レイ・ユウキを元とした犠牲者達に敬礼をした。

 

 

 「くっ、結局逃がしたか――あの男め! 我々も離脱する! ツィーグラーに打電! サイ・アーガイルたちも呼び戻せ!」

 「ストライク! 大気圏突入の報あり! ――消息不明!」

 「何ッ!? ええい!」

 ナタルは、全軍に撤退命令を出した。

 これ以上の戦闘は無意味である。

 

 

 

 「結局、彼は死んじゃったか――まあ、でもこれで面白くなるかな?」

  アズラエルは、アルベルトにシグーを戻らせながら、一人微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------

 

 星が見える、テラスに、少女が独り佇んでいた。

 

 その、少女は多少不機嫌であった。

 

 父が、約束を破ったことなどはさほど気にしてはいないと思っていた。

 だが、……多少は気にしてはいるのだろう、と思いなおした。

 あの男は、やはり私の父親なのだから、と。

 

 もう一週間近く先伸ばしにされた自身のささやかな誕生パーティーの約束を、今日も破られたのだ。

 

 公のパーティーは二度もやった。

 が、そんなものは意味は無い。

 

 「年頃の娘なら、普通に拗ねてしまうところですわね」

 

 テラスに涼やかな風が流れた。

 心地よかったが、長い髪にはすこし煩わしい。

 

 ……夜空を見上げた少女の目に、赤い光が移る。

 

 「……あれは」

 流星……?

 いや……違う……。

 

 

 なにか胸騒ぎを感じた少女は、外へと駆け出していた。

 

 

 

----------------

 

 「これは……ヘリオポリスで製作されていた…」

 「姫様…ご存知なのですか…?」

  エリカ・シモンズが、驚く。

 「ええ…この目で見ましたから…」

 「そうですか…」

 

 大気圏を突入し、一部が焼きただれたストライクがそこにはあった。

 

 「それでこちらが……パイロットなのですが……」

 運び込まれ、テントで眠っている少年を見た。

 

 ザフトのパイロットらしいが、まだ自分とそう変わらない少年だ。

 そのドッグタグには名前が刻まれていた…。

 

 「う……」

 「パイロットの意識が戻った?」

 「……」

 パイロットの目が開く。

 「……僕は……生きてるの……?」

 パイロットがポツリと呟く。

 「……ええ……貴方は生きてますわ……もう心配はありません」

 少女は、彼の手を優しく握った。

 焦点の定まらない瞳で、彼は少女を見つめた。

 「……君は……誰?」

 

 「私は、ラクス・クラインですわ……キラ・ヤマト……」

 少女は、愛らしい笑みを浮かべてそういった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む


PHASE 17 「星のはざまで」


------------------------

 『あの息が詰まりそうな時間を終えた後、俺は凍った。

 それは、初めての地球だったということだ』

------------------------

 

 イージスが大気圏を降下していく。

 

 アスランは、最後の力を振り絞って、降下点のデータを入力した。

 もう腕が動かなかった、体中が痛むのだ。

 激しい筋肉痛……と、嘔吐を伴うような重たい疲労。

 

 キラと戦っていたときの妙な高揚感が消えたと同時に、今度は苦痛がアスランを襲った。

 

 ――あの感覚は何だったのか?

 キラへの怒りが、あのような力を与えたのだろうか?

 デュエルと戦ったときも……。

 

 (いや……もっと前にもいつか……?)

 

 「キラ……」

 アスランは、自分でキラを攻撃しておきながら、キラが生きているようにと願った。

 (でも――あの人、ユウキ提督を俺は守れなかった――)

 ようやく、自分と同じ目線を持つ人に出会えたというのに。

 

 アスランはシートに倒れこんだ。

 

 

 

------------------------

 

 先の作戦の結果、アルベルトを中心としたザフト特務隊は、第八艦隊に甚大な被害を与えることに成功するも、アークエンジェルを取り逃がし、ガモフを失った。

 

 モビルスーツ部隊は、被害は少ないといえ、優秀なパイロットを数名失った。

 そして、その中には現在生死不明だが、現議長であるウズミ・ナラ・アスハの養子である、キラ・ヤマトも含まれている。

 

 

 「足つき、降下に成功したようです」

 嫌味を込めて、ナタルはアズラエルに報告した。 

 

 しかし、アズラエルは、いつもの通り、

 「……ええ」

 そうですね、と受け流すように返した。

 アズラエルは先ほどの戦闘で得たG兵器のデータを、コンピュータ端末で眺めていた。

 

 まったく気にも留めていない、と言わんばかりだ。  

 「隊長……我々は!」

 「――言いたい事はわかりますよ、艦長さん? ――それなら、ほら、足つきの降下予測地点を見てください」

 アズラエルは先ほど届いた、アークエンジェル降下予測の軌跡を端末の画面に表示させた。

 「これは……」

 アークエンジェルの軌跡はアラスカを過ぎて、ザフトの勢力圏へと向かっていた。

 「大気圏では無防備になるから、アレを攻めるチャンス。  そして万が一取り逃がすことがあっても、我が軍の勢力圏へ落とせれば……」

 アズラエルはナタルの方を向いて言った。

 「……二重の策、ということですか?」

 「”二重”? フフ、それはどうかな……」

 アズラエルは、また、データが表示された画面に目を移した。

 

 

 

-----------------

 

 

 大気圏を抜けて、大地が見えた。

 アスランはアークエンジェルの誘導に促されるままに、オートで空を滑空した。

 轟々とした大気の渦が、イージスを包む。

 

 雲を抜け、広大な針葉樹林が、彼らを迎えた。

 

 ――そのまま、開けた盆地に、イージスは不時着した。

 

 

 

 

 どれくらい時間がたっただろうか。

 

 呆然としていたアスランは、地球に降り立った事を確認した。

 

 

 時計は、その土地の標準時刻換算で、10時、それにしては随分暗かった。

 

 アスランは、ハッチをあけた――と、

 

 バリバリバリ!

 

 と、猛烈な風と、衝撃がアスランをおそった。

 ノーマルスーツのバイザーを開けていたアスランは、慌ててバイザーを閉じた。

 

 まだ宇宙だったのか!? と、アスランは思った――が、違った。

 

 

 それは地球の冷気だった。

 

 

 

 

 アスランは、ハッチの外を見た。

 夜明けだった。

 

 

 氷が、飛んでいた。

 イージスの周りには、湯気のような――摩擦熱で生じた、水蒸気だろうか?

 それにしては――蒸気というよりは煙――いや、まるで立ち込める炎のようにも見える――厚みのある白い気体が立ち込めた。

 

 

 ――アスランは、ノーマルスーツの手首に装着された時計に、温度計も装着されていたのを思い出し、その外気温を見た。

 マイナス60度ほどだった。

 

 

 

 「ンッー?」

 

 

 朝日が、差した。

 

 

 途端に、辺りは白い光に包まれた。

 

 

 「あっ――……」

 

 

 銀世界だった。

 

 

 アスランにとって初めての地球だった。

 

 

 滔々と降り積もった雪と氷の織り成す、無限の氷河。

 暗闇を差した光が、まるで水晶のような粉塵を一条の剣に変えている。

 アスランは絶句した。

 

 

 その時、彼は忘れていた。

 キラの事も、自分がイージスに乗っていたことも。

 

 

 「……」

 アスランは――泣いていた。

 

 

 

 どうしてかは分からなかった。

 

 ただ、世界の光と、氷の白さに、涙が止まらなかった。

 

 

 そこはシベリア――ユーラシア連邦、旧ウルグスク市跡地。

 

 

 ザフトの一大拠点が存在する、『シベリア包囲網』の、一歩手前だった――。

 

 

 

 

-----------------

 

 

 「よう、相変わらず元気そうじゃないの」

 「――久しぶりね、ロアノーク隊長」

 

 ネオ・ロアノークが自室で、誰かと通信していた。

 映像もオンラインになっている。

 

 ジェネシス衛星を介したレーザー通信である。

 その回線はほぼ守秘回線となっており、

 コレが日常的に使える人間は、ザフトの極限られた上級将官のみとなっていた。

 

 ネオは勿論のことだったが、相手もまた、そうであった。

 

 「紫電(ライトニング)の噂は、地上でも聞こえているわ――新型機のテストパイロットですって? 大したものじゃないの」

 「噂ってのは嫌なもんだよ。 敵さんにゃ目標にされて、味方には実力以上の結果を求められる――それに、その名前は返上する事になるかもしれん」

 「貴方らしくないわね……それって、アークエンジェルの事かしら?」

 「それがまさか、君の居るところに落っこちるとはねぇ――まぁ、紫電(ライトニング)と、委員長の秘蔵っ子(アズラエル)が落とせなかった船だ……メビウス勲章モノであることは保証するよ、"白銀の魔女"さん?」

 

 「その呼び方はやめて! ――それならまだ"月の兎"の方が好きだわ」

 「ふぅん……まぁ、どちらも君に似合っているよ。 マリュー・ラミアス隊長殿?」

 

 

 ネオはそういうと、画面に向かって手を差し伸べた。

 それは、女性を口説くような仕草で――画面の向こうに居るのは、美しい女性だった。

 

 (いかめ)しいザフトの軍服を着ているものの、はちきれんばかりの女性的なラインがその服を盛り上げ、彼女の美貌を、却って悪い意味で強調させてしまっていた。

 

 マリュー・ラミアス。

 ――ザフトの誇る将の一人であり兵站のスペシャリスト。

 戦争初期、ザフトの深刻な物量不足を補い、”オペレーション・ウロボロス”を成功に導いた一人である。

 

 

 

 

 ――オペーレション・ウロボロスとは、ザフトが地球軍に敗北を喫した、第一次ビクトリア攻防戦の反省から立案された作戦である。

 

 

 第一次ビクトリア攻防戦――それは、C.E.70年3月8日。

 ユニウス・セブン破壊による食糧不足の補充の目的もあり、ザフトは衛星軌道上から地球軍ビクトリア基地の宇宙港並びにマスドライバー施設「ハビリス」に降下作戦を決行。

 

 ――しかし、この戦いの結果は、先に述べたとおりザフトの惜敗に終わった。

 

 この戦いにおいても、ザフトはモビルスーツを主戦力とし、当初は地球軍を圧倒する。

 モビルスーツは、地上でも有効であるという確証を得ることが出来た。

 しかし――地上側での戦力支援が無かったために、結局は、決定的勝因を得ることが出来ないまま、物資が尽きて撤退するという結果となった。

 

 

 そこで、ザフトは、この戦いから得た教訓から、

 《地上での支援戦力を得るための軍事拠点を確保》

 《宇宙港やマスドライバー基地制圧による地球連合軍の封じ込め》

 《核兵器、核分裂エネルギーの供給抑止となるニュートロンジャマーの敷設》

 

 以上の3つの柱からなる赤道封鎖作戦「オペレーション・ウロボロス」を立案する。

 

 CE70年4月1日に発動されたこのNジャマー展開並びに、赤道直下のマスドライバー施設への一斉攻撃作戦は、ザフト側が大勝を収める事になった。

 

 この作戦の結果、ザフトは地球軍の宇宙進出作戦に致命的な打撃を与え――更には、地球に於ける戦力図の基盤を作る事にも成功した。

 

 

 

 ――この作戦において、マリュー・ラミアスは、所謂兵站――補給、通信、兵の移動、軍備の移送、その諸々の指示を担当した。

 彼女は少ない戦力を、巧に分散、集中せしめ、最小限の兵力で、作戦行動に必要な十分な戦力を構築した。

 開戦初期の圧倒的な物量不足をザフトが補えたのは、彼女の手腕によるところが大きい。

 

 ――そして彼女は、その後6月に起きた、月面での"グリマルディ戦線"に於いても、優れた手腕を発揮した。

 

 地球軍が大量破壊兵器を用いたとされる、自爆行為によって、ザフトは月面の主戦力の多くを失い、残存勢力も月からの撤退を余儀なくされた。

 当然、地球軍はそれらの戦力を包囲、殲滅せしめんとした。

 

 しかし――彼女の立案した『月の階段作戦』によって、ザフトは地球軍の追撃を見事に逃れ、最小の犠牲で、月からの撤退を完了した。

 

 その”脱兎”のごとき手腕から、彼女は『月の兎』の異名で呼ばれる事になった――。

 

 

 

 「その君が、今やシベリア方面軍の総司令だものな」

 

 シベリア――ユーラシア連邦の大半を占める、氷河と針葉樹林帯、タイガに覆われた氷の大地――。

 CE改暦以前は、ロシア連邦の領土であり、地下資源の採掘も盛んであったが、未だ多く、未開の地を残していた。

 

 しかし、CE改暦以後、旧来の技術では採掘できなかった、豊富な地下資源の開発が進み、さらにはプラントから齎された宇宙開発の技術を応用した「ドームポリス計画」も立ち上がり、いつの間にか、シベリアは地球における重要な資源基地の様相を帯びる様になった。 

 地球上の主要な地下資源は既に掘りつくされたと考えられていたからだ。

 

 

 ――しかし、現在のシベリアは、ユーラシア連邦とザフトの最前線と化していた。

 と、いうのも、一つの理由はそこに、マリュー・ラミアスが居る事からも分かる。

 

 

 「長期的な作戦展開が必要だからと、採掘基地を任されたけど――」

 「ああ、地球でこれだけ広い前線を維持できているのは君のおかげだろう」

 

 地球全土に広がる、ザフトの地上勢力。

 それらを支えるためには、安定した資源の供給が必要であった。

 その意味からも、ザフトはシベリアを欲した。

 マリュー・ラミアス以上の適任はないと、ネオも思うところであった。

 

 「たしかに、この基地で取れる資源は、ザフトの地球侵攻作戦を支えてくれた――でも、私たちは、長く地球に居るべきではなかったのかもしれないわね」

 

 しかし、当のマリューの含みある言葉に、ネオは顔を顰めた。

 

 「――前線の士気、保ててはいなそうだな?」

 「少なくない数の脱走兵が出ているわ。 ――そのために、上層部は宣伝作戦を利用して、エースパイロットたちをここシベリアに集中させているの」

 「ン? パナマ攻め――オペレーション・スピットブレイクの為じゃないのか?」

 「それもあるけれど――恐らくは、兵士達の士気を保つためよ」

 マリューは言った。

 「月の兎や、紫電と一緒か」

 二人は笑いあった。

 「兎も角、作戦が起きるまでは、”シベリア包囲網”を失うのは得策じゃないわ。

  ――この作戦の成就の為には、ユーラシアと大西洋連合という二大勢力を分断させねばならないしね」

 

 ――ザフトが計画している、地球軍への大規模侵攻作戦。

 そのためには、地球連合の各勢力を物理的に分断せねばならなかった。

 そのひとつで、最たるものが、大西洋連合本部『JOSH-A(ジョシュア)』のあるアラスカと――ユーラシア連邦資源基地『天国(ニューボ)』のあるカムチャッカを遮る様にして作られた、『シベリア包囲網』であった。

 

 ――そして、マリュー・ラミアスは、その任務を全うするべく、シベリアの基地を任されていた。

 「ま、なんにせよ、また君と一緒に戦えるのが楽しみだよ。 ――俺も、士気高揚の為に、一肌脱がせてもらうさ」

 「新型機の開発が間に合えば、ね。 お待ちしているわ」

 

 

-------------------------------------------

 

 

 (――宇宙船の筈だから空調は完璧なのは分かるが、外がアレだと、なんとなく艦内も寒く感じるな)

 バルトフェルドは、ブリッジで状況確認をした後、自室へと戻ってきた。

 

 レイ・ユウキと第八艦隊の数多の犠牲によって、アークエンジェルと、イージスは無事に地球へと降下できた。

 

 「しかし――よりによってシベリア包囲網とはな」

 

 バルトフェルドは、久しぶりにバスタブに湯を張った。

 宇宙では出来なかったことだ。

 

 

 「――アイシャ、バラのエッセンスか」

 先に湯船に浸っていたアイシャに、バルトフェルドが言った。

 

 「エエ、こんな時ダカラコソ――ネ?」

 「そうだな……」

 

 バスタブに、アイシャに身を預けるように自身も湯船に浸かる。

 

 ほんの少しだけ、目を閉じて眠った。

 戦いは、また彼らを直ぐに包もうとしていた。

 

 

 

------------------------

 

 

 ドックで整備を受けている小型戦闘機を前に、クルーゼとミゲルは話していた。

 

 「マニュアルは見せてもらったが、面白そうな機体だな。 本来はストライク用の支援機か」

 「そうですね、本来はストライクの換装用パーツを運搬する為に設計されたもんですよ」

 「スカイ・グラスパー・ディフェンサーか……私は運び屋か?」

 

 

 ”スカイ・グラスパー”――大空を掌握する者、という意味であるが、その名前にはもう一つ意味があった。

 ”大空で掴むもの” モビルスーツの武装の運搬、運用、併用が目的とされた、地球軍初のモビルスーツ支援専用機であった。

 

 

 本来、小隊の中核を担い、武装を切り分けるストライク・デュエルとの連携を考慮して作られた機体であったが、

 ストライクが敵軍に奪取されたため、急遽イージス用に調整、改修されたのが本機だった。

 

 「大尉だったら、ダイジョーブ、ダイジョーブってね」

 往年のコマーシャルのモノマネをミゲルはした。

 「……」

 「……あら?」

 クルーゼが無表情の為、ミゲルは少し気まずかった。

 「……まあ、一緒に搬入されたイージスの強化パーツも凄いモンですよ。 これが在れば、なんとかアラスカまで、逃げ延びられるかなって……?」

 「ふむ……」

 

 

 スカイ・ディフェンサーで運ぶ、イージス用のパーツも新たに追加された。

 

 

 主に、宇宙空間での戦闘を主眼に置かれたイージスが、大気圏でもその能力を発揮できるように開発されたものであった。

 

 

 

----------------

 

 

 「ん……?」

 

 アスランが、目を覚ますと、そこは医務室だった。

 

 イージスから降りた後、アスランは倒れこむようにして此処に運ばれた。

 随分眠ったような気がする。

 「寝てたのか? ――あ?」

 デジタル時計を見ると、夜の20時だった。

 それだけしか眠っていないのかと、アスランは思ったが、時計の脇に表示された日付を見て驚く。

 

 「――2月14日」

 丸一日以上眠っていた事になる。

 しかも、今日は――。

 

 (血のバレンタイン……か)

 昨年の今日、戦争は激化を辿る事になったのだ。

 

 

 「あっ……」

 アスランはベッドの脇を見て驚いた。

 

 ディアッカと、ニコルとイザークが居た。

 三人とも、椅子や空いているベッドにもたれて眠っていた。

 心配で看病してくれていたのかもしれない。

 

 しかし、彼らも疲れきっていたのだろう。

 

 

 アスランもベッドにもう一度身を投げた。

 

 

 (父上……)

 

 

 貴方は、俺を戦う道具としか思っていないようだった。

 だから、貴方の元を離れざるを得なかった。

 

 そして、彼らと出会った。

 

 力ではなく、友人として、俺を受け入れ、拒絶してくれる仲間に――でも――。

 

 

 (俺は……何をしているんだろうな、戦争をして……)

 

 

 疲れは、再びアスランを包んだ。

 アスランは、もう一度瞼を閉じた。

 

 「それにしても、地球か――」

 

 

 ずっと、昔、地球に行きたいと思っていた。

 

 母さんと、一緒に。

 

 母さんと地球へ、父さんと外宇宙へ。

 

 それが、こんな形で……。

 

 

----------------

 

 アルベルトと、ツィーグラーが、プラント本国へと到着した。

 

 アズラエルから、隊員各自に、しばらくの休暇の指示が出される。

 

 サイ・アーガイルもまた、その一人であった。

 

 (本当なら、アフメドやカズイ、キラも一緒だったのにな……)

 

 サイは、地球に落ちていくストライクを見ていた。

 

 フェイズシフト装甲は、大気圏突入にも耐えられると聞いている。

 しかし保証はない、中の人間がどうなるかは分からないし、 キラのストライクはイージスとの戦闘でずいぶんと傷ついているようだった。

 あのまま耐え切れず大気圏でバラバラとなったのかもしれない。

 地上に激突して、そのまま粉々になったのかもしれない。

 「……無事でいろよ」

 サイは、今はそうとしか言えなかった。

 

 船を出て、基地から出る。

 民間人も使う一般のルートに出ると、私服に着替えたトールとミリアリアが居た。

 「サイも帰るところか?」

 「俺はまず病院に行ってから、実家に帰るよ」

 「ああそっか」

 「……じゃあ、またね、サイ」

 サイはミリアリアとトールと別れ、病院行きの路線へと向かった。

 

 サイは、顔の片側を包帯で覆っていた。

 大した傷ではないが、うっすらと跡が残っている。

 外科手術で簡単に消えるはずだが、サイは傷を消すつもりはなかった。

 

 

-----------------

 

 

 追悼式典も終り、プラントは落ち着いていた、――表面上は。

 しかし、世界はめまぐるしく動いている。

 

 ウズミ・ナラ・アスハは、レノア・ディノの墓へと向かっていた。

 

 

 もう直ぐ、友パトリックと政権を争うことになる。

 その前に、どうしても、彼女の墓に行きたかったのだ。

 

 

 ――先の追悼式典でも、パトリックは、徹底抗戦を呼びかけた。

 ザフトの元に団結を唱える、シュプレヒコールまで起きて、追悼式典というよりは、決起集会といったような様相だった。

 

 (パトリック……以前はあのような男ではなかった)

 

 

 

 随分昔、アレは、プラントの前身に当たるコロニー、『ミュトス』でまだ学生をしてた頃だ。

 パトリックが、一度だけ、ウズミに身の上話を打ち明けた事がある。

 

 『――親の虚栄心と復讐心、そのエゴによって私は生まれた、虚しいものさ。

  ……しかも私の両親はブルーコスモスに狙われることになると、私をあっさりと捨てた』

 

 ウズミは思った。 

 そういった経緯があるからこそ、彼は自分達の親でもあったナチュラルを捨てることが出来、そして、だからこそ、未来を――遠い外宇宙を目指せたのであろう。

 

 『――希望を背負って生まれ、ここに来たオマエとは違うかもしれないな』

 自嘲気味に、パトリックがそう言った事も、ウズミは思い出していた。

 

 (思えば、パトリックは自己の存在理由に飢えていたのか――今更だが)

 「レノア……」

 ウズミは、彼女の墓地にそっと、花束を置いた。

 亡きパトリックの妻、レノア。

 まっすぐな研究者で、ナチュラルとコーディネイターの溝をある種、超えていた。

 そんな彼女だからこそ、却って、パトリックは惹かれたのだろう。

 

 『ジョージ・グレンの言った調整者の意味、私、分かる気がするの。 宇宙と、地球と、きっとその先に未来があるから、それを調整していくのって、ニュータイプな人類といえないかしら?』

 

 遠い宇宙だけを眺めてきたパトリックにとって、レノアは初めて共に飛べる存在であったのだろう。

 

 「今度の議長選は間違いなくパトリックが選ばれるな……しかし、今の奴は……」

 彼は、レノアの墓にもう一度目をやった。

 「……どうかパトリックを見守ってやってくれ」

 

 ウズミが墓地を出ようとすると、見慣れた車が来た。

 自分が普段、移動で使っているものだった。

 迎えに来いとは言ってない。

 

 

 「お父さま!」

 すると、カガリが車から飛び出してきた、かなり、慌てた様子だ。

 「キラが……キラが!」

 

 

 

------------------- 

 

 

 ラクスが自室に居ると、ノックがした。

 「あら、オルガ。どうされましたの?」

 「ロンド・ミナ・サハク様がお待ちです。 お茶にお招きしたいと」

 「ええ……キラ様にあってから、参りますわ」

 「畏まりました、ラクスさま」

 彼女の付き人件、ボディーガードであるオールバックの少年は、深々と礼をした。

 

 「しかし、ラクス様、よろしいのですか? 彼にあのような待遇をして」

 オルガは、キラ・ヤマトの処遇を言った。

 墜落してきたストライクについては国家間の手続きに従って――無論、オーブとしては秘密裏にデータを簒奪したが――回収したのにも関わらず。

 キラ・ヤマトについては、ラクスが極秘裏に、自分の館にて保護していた。

 父であり、この国の主事であるシーゲルにも、この事実だけは伝えられていない。

 「だって……私のお庭に落ちて来たのですから」

 ラクスはにっこりと笑った。

 「なるほど……失礼いたしました」

 ラクスは、支度をすると、キラの居る部屋に、オルガを連れ立って向かった。

 

 

 

 「ミナ様はよくお話してくださるのに……ギナ様は私がお嫌いなのかしら?」

 「ギナ様は男性ですから」

 「あらら……どういう意味ですか?」

 「ラクス様の美しさに、目を奪われるのです」

 「そうですか? あらら……なら、キラ様は?」

 「メロメロですよ」

 「めろめろ?」

 

 そんな会話をしながら、二人はキラ部屋へと入った。

 

 

 

 

 「あ……」

 「ご機嫌いかがですか?キラ様?」

 包帯に包まれたキラがいた。

 「ラクス……様?」

 

 「――ラクスで大丈夫ですわ、キラ様……キラ様、私に、めろめろですか?」

 「えっ……?」 

 

 キラは虚ろな目で、ぼうっと、ラクスをみつめた。

 

 「うふ?」

 

------------------------ 

 

 

 

 時が、流れようとしていた。

 戦いの陰は、白い大地を包んでいた。

 

 

 ――地上に堕ちたアークエンジェルを、遠方から監視する集団があった。

 彼らはファー付きの分厚いコートを着込んでいる。

 その下には、青や白を基調とした、地球軍の軍服が見えた。

 

 「先日、オーブからリークのあった船で間違い無いね。 アレ、ヘリオポリスで建造された、地球軍の新型強襲機動特装艦、アークエンジェルだ」

 兵士らしき少年が、双眼鏡を見ながら言った。

 「――マッケンジー伍長! ゼルマン少佐から連絡だ!」

 「どったの?」

 「"兎"の配下の"狂犬"が艦を出た! バクゥ5機を連れて、その船へ向かっているぞ!」

 「なるへそ……」

 

 少年――ラスティ・マッケンジーは、口元に笑みを浮かべた。

 「そいじゃ、オヤジの乗るはずだった船――どんなもんか見せてもらおうかね?」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 18 「重力下のアスラン」

『頭が重い――なぜかカガリを思い出すのは、甘えているからだろうか? それとも』

 

 

--------------------------------

 

 犬がいる――と、遠目から見れば、誰もが思うだろう。

 エイプリル・フール・クライシスの影響で、土地から離れられない事情を持つ者や、

 先住民の血を引く人間以外がすっかり居なくなってしまったシベリアでは、

 野生化したハスキー犬が、群れを成して歩く姿が良く見られたからだ。

 

 が――、少し目を凝らせば分かる。

 犬の姿が、辺りの樹林と比べて、余りに大きいのに。

 

 それは、犬ではなかった。

 ザフトが、地上侵略の為に開発した四足歩行動物型モビルスーツ、TMF/A-802”バクゥ”だった。

 

 その付近で、ノーマルスーツを着込んだ男達が数名居た。

 極寒のシベリアでは、宇宙用の装備を使いまわした方が、ザフトには効率が良いのである。

 

 

 「例の戦艦の様子はどうか?」

  ――バクゥのコクピットの中、金髪のリーゼントに同じ色の髭を蓄えた中年の男が言った。

 目は鋭く、その口元には余裕と不敵さが自然と浮き出ていた。

 ザフトの小隊長用に用意された黒い軍服を着ており、立ち振る舞いから組織内での地位の高さをうかがわせる。

 

 「ハ! 依然なんの動きもありません!」

 外に居るノーマルスーツを着た部下が、無線で、男に答えた。

 

 「まぁ、地球(おか)へ降りてきたばかりではな。 Nジャマーの影響で、自分達が今どの辺りにいるかも大まかにしか分からんだろう」

 「仕掛けますか? ――シュバリエ隊長?」

 「フゥム……」

 男はよく手入れされた顎鬚を撫でた。

 「あれは紫電(ライトニング)の隊が仕留められず、レイ・ユウキの第8艦隊がその身を犠牲にしてまで地上に降ろした艦だ。――目的は、敵艦、及び搭載モビルスーツの、戦力評価とする」

 男――モーガン・シュバリエが部下たちに告げる。

 と、直ちにノーマルスーツの男達は雪原に姿を消した。

 

 すると、雪の中からバクゥが四機、現れる。

 「倒しては、いけないのでありますか?」

 「ハッハッハッハ!」

 部下の豪儀な言葉に、モーガンは声を上げて笑った。

 「紫電(ライトニング)が仕留められなかった獲物を、”月下の狂犬”が仕留めたというのも、中々面白くはありませんか?」

 「貴様らは、地球に来てまだ半年だ。 そういう油断は寿命を縮めるぞ?」

 「ハッ!」

 「ですが、我々はアカデミーに選ばれて、地上任務となっているのです! お任せください!」

 「……ユーラシアの連中の事も気にかかる、気を抜くなよ?」

 「ハッ!」

 

 仄暗い雪原の中、バクゥが、立ち上がる。 その姿は獲物を狙う野犬そのものだった。

 

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 アスランは、当てもなく、外の景色が見れる艦橋までやってきていた、。 

 

「地球か……」

 

 既に夜深いのに眠れない。

 いや、大気圏から落ちた後、眠りすぎたのかもしれない。

 ここ三日余り、少し眠っては頭痛に苛まれて目を覚まし、そしてまた眠るという日々をアスランは繰り返していた。

 

 漆黒の闇の中、時折風に吹かれて飛んできた氷が、窓に張り付いては散る様をアスランは見ていた。

 

 その光景は美しかった。

 

 「宇宙とは違うんだな……」

 同じ闇なのに、とアスランは思った。

 

 目に見える景色は暗黒、なのに質感が異なる感じがした。

 窓を眺めても、吸い込まれていくような感覚がない。

 

 ――優しい?

 いや――。

 

 アスランはその質感をどうにか言葉で表現しようとした。

 しかし、それにぴったりと思い当たる言葉が見つからなかった。

 

 「夜明け、綺麗だったな」

 あの夜明けは素晴らしかった。

 

 「カガリならなんていうかな……?」

 

 

 ――それにキラなら。

 

 

 その思考が頭を擡げたとき、また、暗く、重たい感情がアスランを包んだ。

 何もかもが、アスランを追い詰めていた。

 

 

 「アスラン! ここにいたんですね! クルーゼ大尉が整備を……アスラン?」

 ニコルが、アスランを呼んだが、その様子に思わず顔を覗き込む。

 「ゲンキカ? アスラン!?」

 ハロもコロコロとアスランの周りを回った。

 

 「――すまない、気分が悪いみたいなんだ」

 「あっ……わかりました。 クルーゼ大尉には伝えます。アスラン、未だ休んでたほうがいいですよ」

 「悪い……」

 

 アスランはニコルから顔を背けると、自室へと向かった。

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 ブリッジでは、クルーの面々が今後について話し合っていた。

 目下の問題は敵の勢力圏内の中で、いつまで見つからずにいられるか、ということだった。

 

 「船の排熱はブラックホール排気システムを通じて冷却されますから、熱源探査は問題ないでしょう。

  衛星からの赤外線探査さえ誤魔化せれば――レーダーが当てになんないのは、お互い様ですから」

 ダコスタがバルトフェルドに言った。

 

 「あとは、相手側がどう出るか――か、一度シッポを掴まれると不味いね」

 「ニュートロンジャマーかぁ……撤去できないんですか?」

 アスランを見送った後、ダコスタの隣で艦の状況確認をしていたニコルが言った。

 「テッキョ! テッキョ!」

 ニコルの膝の上で、ハロが飛び跳ねる。

 「コラ、そのロボットはブリッジに持ち込むんじゃない。 ――無理だな。 地中のかなり深いところにドリルで打ち込まれちゃててさ、数も分かんないんだよ?」

 「そうですか……」

 「出来りゃ、やってるさ。 電波にエネルギー、影響被害も大きいからな」

 

 

 ニュートロンジャマー。

 自由中性子の運動を阻害することにより、全ての核分裂を抑制するザフトの作った装置である。

 この装置の為に、核ミサイルをはじめとする核分裂兵器、核分裂エンジン、原子力発電などは使用不可能となった。

 

 副作用として電波の伝達が阻害されるため、それを利用した長距離通信や携帯電話は使用不可能となり、

 レーダーも撹乱される。これにより精密誘導兵器が使用不可能となり、戦争は長距離ミサイルによる抑止の時代を終えて、再び有視界接近戦闘の時代を迎えた。

 

 

 ザフトではこの通信妨害効果を活用すべく、ほぼすべての艦艇にニュートロンジャマーを搭載。

 戦闘時に稼動させるのが定石となっている。

 そして、その環境下で最も有効な兵器としてザフトが開発した新兵器がモビルスーツである。

 

 

 ――この兵器が撃ち込まれたCE70年 4月1日は、

 地球上の主要都市で通信の混乱、そして未曾有のエネルギー危機を引き起こした。

 化石燃料資源が既に枯渇して久しい、地球連合の各国政府は、地球規模で深刻なエネルギー不足が起きたことで、

 当時の地球人口の約1割、およそ10億人の餓死者・凍死者(その大部分は貧困層を主とした一般市民である)を出す惨事が起き、

 後に、エイプリフール・フール・クライシスと呼ばれる事になった。

 

 「でもさ? Nジャマーのお陰で、地球の世論はブルーコスモス以外も反コーディネイター派に傾いちゃったじゃん。

  オーブもコーディネイター嫌い、アレで増えたぜ? ザフトも随分な事やっちゃったよねぇ」

 ディアッカが言った。

 「――核ミサイルがドバドバ飛び交うよりはいいんじゃないの? あのユニウス7への核攻撃の後、核で報復されてたら、今頃地球無いぞ?」

 バルトフェルドが皮肉に皮肉で返す。

 「そりゃ、まぁ、そうですけどー?」

 「ま、このシベリアなんかも、ドームポリスだなんだって、暫くは栄えてたのに。今じゃ元の雪原に逆戻りだからね――」

 

 

 

------------------------------

 

 

 

 「アスラン? アスラン!!」

 アスランの自室の前で、ミゲルがドアを叩いている。

 その様子を見た、イザークが声を掛ける。

 「……なんなんだ?」

 「アスランが出てこないんだよ……参ったなー、イージスの変形機構、アイツじゃなきゃわかんなくてさ」

 「――出てこない?」

 

 

 

 

 

 

 部屋の中、アスランは、おぼろげにその音を聞いていた。

 ――しかし、その音はぼんやりとした輪郭でしか掴めなかった。

 (なんだ――)

 体が動かない。

 

 (カガリ――……)

 どうしてだろうか、あの少女の顔が浮かんだきり、線が切れたように、アスランの自覚も切れた。

 

 

 

 

------------------------------

 

 「足つきが落ちたのが旧ウルグスク――か」

 「狂犬部隊(マッドドッグ)が既に向かっています」

 「ええ……そうね、先ずは彼らに任せましょう」

 マリュー・ラミアスは執務室で、部下であるジャッキー・トノムラの報告を聞いていた。

 「脱走兵の行方はつかめそう?」

 「どうやら、先住民族(ヤクート)の集落で生活している模様です」

 「――受け入れられているの?」

 「ええ」

 「それは、皮肉ね。 ディノ委員長閣下が聞いたらどう思うかしら」

 

 マリュー・ラミアスは頭を抱えた。

 

 ザフトは既に数十名にも及ぶ脱走兵を出していた。

 

 

 アース・ショック。

 コーディネイター達が地球の文化、環境に触れることで受けるカルチャーショックのことである。

 コーディネイター達は知識では、地球を深く知っていた。

 恐らくは、地球に暮らすナチュラルの一般市民よりもだ。

 

 だが、実際に地球に降り立ったザフトの兵士達は、直に目にする地球の環境に、

 瞬く間に、今まで培ってきた価値観を破壊されてしまうのだ。

   

 ――マリュー自身にも思い当たるところはいくつもある。

 地上に降りたときの空気。 人工の大気とは異なる、無造作で、『自然』――まさにナチュラルな風。

 人造的に『調整』――コーディネイトされた環境では、到底感じられないものだ。

 

 その一撫で、彼女自身も地球という、大自然の存在を感じてしまうのだ。

 

 (未だに地球に帰りたがる第一世代が多いのも分かるけれど……まして生まれた故郷なら。けれどもこんなに根深いとは)

 

 過酷な戦場――慣れない地球という環境でのストレス。

 それが当初ザフト司令部の考えだした結論であった。

 

 しかし、マリュー・ラミアスは思うのだ。

 これはもっと、プラント――コーディネイターのアイデンティティに関わる処から起きている問題なのではないか、と。

 

 「お陰で、こちらに飛ばされてくるのは、よく言えばコーディネイターらしい。 悪く言えば、選民主義のお坊ちゃんばかり――」

 

 末端の部隊の統率にも苦労が絶えないという。

 

 「早く、ロアノーク隊長に来てもらえないかしらね?」

 

 

 

--------------------------

 

 

 ザフトが数多く所有する宇宙基地。

 その一つ”ファルゲン”に程近い宙域で、ネオ・ロアノークによる新型機のテストが行われていた。

 

 「――ッ!!」

 彼の操縦するテスト機は、従来のモビルスーツを凌駕する速度、運動性能で、用意されたデコイを回避していく。

 

 デコイはスペースデブリや小惑星を模した形のバルーンで、中にはランダムに動いたり、

 こちらに接近してくるように操作されたものもあった。 

 

 「ぬおおおお!」

 

 

 しかし、ネオは巧みに操作を行い、全123のデコイを完全に回避した。

 

 「――フゥ……やはり不可能を可能にするな、俺は」

 『テスト終了。お疲れ様です。 ロー・バッテリー確認。 YMF-X000A、機能停止します』

 オペレーターからテストの終了を告げられる。

 

  ――その機体の形状は特異だった。

 足回りはザフトのシグータイプに見られる、曲線的なフォルムをしていたが、肩や胴回りは、先ごろ地球連合から奪取されたG兵器に酷似していた。

 

 敵から奪った兵器を直ぐに技術転用できる。

 ザフト脅威のメカニズムが、其処には具現化されていた。

 

 「……さすがだな」

 コクピットのネオが漏らす。

 『ハイ、3設計局が合同で開発しただけあります!』

 「そこは俺が、でしょ?」

 ネオは軽い口調で言った。

 『は、ハァ』  

 思わずオペレーターは言葉に窮してしまった。

 

 「しかし、殺人的な加速だな? 全領域での使用を想定しているとあるが、地上で使う事になればパイロットがもたんのではないか?」

 『ええ……コレだけの機体ともなれば、乗るパイロットを選ぶでしょう。 まあ、ですが、それ以前に、動力が――数分のテストでバッテリーがアガってしまいました。上層部はどうするつもりなんでしょうね?』

 「……その辺は考えがあるんだろうさ。 後、この妙なバックパックは?」 

 「それは"ファトゥム"です。 この機体でのテスト後、09Jの主兵装になる予定です。 切り離すとSFSとしても運用が可能です」

 「やれやれ……ドダイまでモビルスーツに詰め込むのか。 ディノ委員長閣下のモビルスーツ偏重主義には参るよ」

 

 ドダイ――というのは、地上でモビルスーツを直立で乗せて運べる、通称”SFS(サブ・フライト・システム)”と呼ばれる支援兵器の俗称だった。

 正式名称は”グゥル”と言い、主にジンと連動した運用がなされている。

 

 今後製作される新型兵器には、その支援兵器を内蔵してしまおうという事らしかった。

 

 

 

 ザフトは、宇宙におけるモビルスーツの圧倒的な優位性――それを確認すると、地上においても、それを実証しようとした。

 そして、それが正しいものと確認されると、地上での戦力も、ヘリや戦車などの既存兵器から局地専用にカスタマイズされたモビルスーツに変わり始めた。

 

 それには多大なコストが掛かったものの、その分の戦果をザフトに齎し、

 更には地球軍に対する心理的な威嚇を与えることに成功した。

 

 モビルスーツの既存兵器に対する優位性は、 コーディネイターにとっては自分達のナチュラルに対する優位性そのままだった。

 その観念が、ザフトという軍隊をいつの間にかモビルスーツ偏重主義に推し進めていた。

 

 しかしながら、ネオはそんな風潮を危惧していた。

 

 「モビルスーツは便利で万能だけどさ、何でもやらせる事無いんじゃないの? 却って非効率な場合もあるしさ。 人間にも向き、不向きってあるでしょ?」

 『それは努力でなんとでも出来ます。モビルスーツの運用も同じですよ!』

 「やれやれ……」

 

 努力でなんとでも出来ると思えるのは、そういう素質があるからなのだ、とネオは苦笑せずにはいられなかった。

 

 

 

-------------------------

 

 「折角機会を与えていただいたのに、ご期待に沿えず申し訳ございません」

 「……足つきを取り逃がしたのは仕方があるまい。 アレがそれだけの船だということだ」

 国防委員長室で、アズラエルとパトリックが話している。

 「シベリアに落ちてはくれましたがね?」

 「フン、心配いらんよ……足つきはあそこから出られんさ」

 「月下の狂犬に、乱れ桜、切り裂きエド……確かに、錚々たる顔ぶれが集結しておりますしね?

  これなら、あの目障りなイージスも……」

 

 ――パトリックはアズラエルを睨んだ。

 アズラエルは気が付いていない様だった。

 

 「あの船はなんとしても沈める……それよりも今は目下の問題の事だ」

 「議長選の事でしょうか?」

 「あんなもの、何の問題でもないさ」

 「では例の――ジェネシス・システムに、NJC――ですか」

 「頼むぞ、アズラエル。 ――君やネオをこんな急な人事に付かせたのは、偏にこの為なのだからな?」  

 「お任せください、議長のご配慮、無駄にはしませんよ?」

 

 ――ヘリオポリス崩壊に伴う、ネオ・ロアノークの査問と一時的な異動。

 そして、それを補うべく召集されたムルタ・アズラエル。

 

 ヘリオポリス崩壊は予想外の事態ではあったものの、その一連は、パトリックの工作であった。

 

 

-----------------------

 

 

 「イザーク?」

 フレイがイザークの部屋のドアをノックした。

 「いいぞ」

 フレイが部屋に入ると、イザークは机に座り、書物を読み、コンピューターを睨んでいた。

 

 「それ、モビルスーツの……」

 画面にはイージスのコクピットの映像と、操作方法のマニュアルが映し出されていた。

 「イザーク、貴方……」

 「――今すぐには無理でも、アレがアラスカについて、量産されるようになれば、俺のようなものでもパイロットになれる方法があるはずだ」

 「……イザーク」

 「アスランが、大気圏で撃ったのは、プラント時代の友人だ。 アイツは――もう」

 「うん……」

 フレイは、机に向かうイザークの肩に、後ろから手をかける。

 「フレイ?」

 「……私もついているわ。 イザーク。 だから――無理はしないでね」

 「俺は死なん。 ――お前を置いてはいかない」

 

 イザークはフレイの境遇を思った。

 

 彼女は自分よりも前に、両親をなくしている。

 「私も……私の想いが……」

 と、言いかけて、フレイは言葉を詰まらせた。

 

 「フレイ?」

 イザークはそんなフレイの様子に、後ろを振り返る。

 

 フレイは、そんなイザークの顔に口付けた。

 「ン……!」

 無言で、時が過ぎた。

 

 

 

 

 その静寂を打ち砕いたのは、第二戦闘配備のサイレンだった。

 

 

 

--------------------------- 

 

 

 

 

 「本艦、レーザー照射されています! 照合! 索敵照準と確認!」

 「総員! 第二戦闘配備発令!」

 メイラムの報告に、バルトフェルドが叫ぶ。

 「なんだよ! もう見つかってんじゃんかよ!」

 ディアッカが慌てて席についてモニターを確認する。

 

 

 と、アラートが鳴り響く。

 「来たか!?」

 「第一波、ミサイル攻撃6発!イーゲルシュテルンにて迎撃します!」 

 「Nジャマーの干渉酷く! この吹雪の中の攻撃で発射位置、特定できません!」

 メイラムとカークウッドが次々と状況を伝えていく。 

 「戦闘配備発令! 機関始動! クルーゼ大尉とアスランは、搭乗機にてスタンバイ!」

 バルトフェルドもそれに答え、一つずつ指示を与えていった。

 

 「あの! アンチビーム爆雷とNジャマーは!?」

 ダコスタが叫ぶ。

 「いらんだろうが!」 

 「あッ!」

 

 地球上は常にNジャマーの影響下にあるのだ。

 先程、その話をしていたではないか。

 

 それに、ビーム撹乱幕は、ミラージュコロイドをばら撒いて起こすのだ。

 地上でそんなものを撒いても、風に吹かれれば、磁場で固定も出来ず、どうしようもないのだ。

 

 ――そもそも、地上では、大気の影響を受けて、生半可なビーム兵器は大幅に威力を減衰されてしまう事になる。

 その点では、アークエンジェルの対ビーム装甲に直接脅威となるビーム兵器は少ないであろう事は予測された。

 

 

 

 

 「どうした! イージスとスカイ・ディフェンサーのスタンバイは出来んのか!? ……何!?」

 

 バルトフェルドは、イージスのパイロットが、未だコクピットにいないという報告を受けた。

 

 

--------------------------

 

 

 「スカイ・ディフェンサーはまだ出られんか?」

 「突貫でやってますが!」

 「イージス頼みか……アスランはまだ来んのか?」

 

 

 クルーゼがデッキを見回す。

 いつもなら、警報と共に飛んでくるアスランの姿が見えなかった。

 

 

---------------------------

 

 

 

 自室のベッドで、アスランはうずくまっていた。

 (行かなくちゃ……)

 しかし、体が動かないのだ。

 頭も働かない。

 

 

 「アスラン」

 「……イザーク!」

 仕官用のコードを割って、部屋に入ってくる陰があった。 イザークだ。

 

 「乗れないのか?」

 「乗るさ……」

 「乗れないなら、俺が乗る」

 「バカ言うな……」

 「バカだと? 俺がバカな事を言っているというのか!」

 「イザークが戦いたい理由も分かる」  

 「今はそんな哲学など語っている暇はない!」

 「体が……動かないんだ」

 「頼む! ――立ってくれよ、おい! ――勝手なのは分かっている! だが!」

  

  イザークがアスランの服の襟元を掴んだその時。

 

 「……イザーク、君は下がれ。 そうして喚いていれば、気分が晴れるというものでもあるまい」

 ドアのほうから、また別の声がした。 

 バルトフェルドが、アスランを迎えに来ていた。

 「艦長!?」

 

 

 

 

 「――悪いな!」

 ドカッ!!

 「うっあ!?」 

 バルトフェルドに、いきなりアスランが頬を殴られ、ベッドから落ちる。

 

 「何を!!」

 「悔しいか!」

 「――ッ! なんでッ!」

 「悔しいなら、今回だけはイージスに乗ってくれ! 俺は悔しい、ユウキ提督を助けられなかった」

 「ユウキ提督――」

 

 そうだ――俺は――。

 

 「……俺だって!!」

 

 アスランは立ち上がる。

 「キラも……」

 と、小声でアスランはうめいた。

 「自分で決めた事だったのに――」

 アスランのヒザが震えている。 

 

 (アスラン・ザラ――)

 あの大気圏の戦い……あの戦いがこの少年を、更に傷つけてしまっているのが、痛いほどバルフェルドには分かった。

 

 

 「……乗れそうです。 ありがとうございます」

 

 「――アスランッ!!」

 

 イザークが、言葉にならない何かを言いかけた。

 アスランは無言でデッキに向かった。

 

 バルトフェルドはイザークの肩に手を置いた。

 彼らにも、彼らの戦いがあった。

 

 

 

----------------------------

 

 

 

  コクピットに着座したアスランは、息を抑えた。

 体の不調――精神的な処から来ているものであるのは、アスランも自覚していた。

 だが、その重みを堪え、アスランはイージスの操縦艦を握った。

 

 「大気圏用には調整してある! 動けるはずだ」

 「ああ……!」

 ミゲルの説明にアスランは応じた。

 

 「……おい、アスラン、大丈夫かよ?」

 アスランの疲弊した様子に、画面越しのディアッカも、思わず顔をしかめる。

 

 「――行くさ、アスラン・ザラ……イージス、出る!」

 ディアッカの目は見ないようにして、アスランは発進をカウントさせた。

 

 

 カタパルトから、イージスが打ち出される。

 

 ゴウ! と猛烈な吹雪が、イージスを包んだ。

 

 

 

---------------------------------

 

 「――出てきたな、バクゥで仕掛けるぞ? トラックは後ろに下がらせろ、3機は先に行け! 様子を見てから、俺が後続として出る」

 アークエンジェルからイージスが発進された事を確認すると、モーガンは部隊の面々に進軍を指示した。

 

 

 イザークは、ミサイルの熱に紛れて、高速で接近してくる機影をレーダーに見つけた。

 「TMF/A-802…… ザフト軍モビルスーツ、バクゥと確認!」

 声を張り上げ、ブリッジに報告する。

 「地上戦用の四足モビルスーツか! 援護は出来るか?」

 「既に接近されてオリ! この距離ではイージスに当たリマス!」

 「敵の数も、所在も分からぬウチに艦を動かすのは得策ではないか――すまん、アスラン・ザラ!」

 

  

 襲撃してきたモビルスーツがバクゥである報は、アスランの元にも届いていた。

 「地上だから、当然か! 下に降りないと――」

 アークエンジェルのカタパルトから、そのままバーニアで加速し、

 一旦空中に跳んだアスランのイージスは、噴射で下降を減速しながら、地上に着陸しようとした。

 しかし、

 「雪か?!」

 イージスの足が雪原に取られて、バランスを崩した。

 (迂闊――?)

 

 

 と、思った瞬間。

 

 ピピピというブザーが、コクピットに鳴り響いた。

 (ロックされた!?)

 

 敵のバクゥが放ったマイクロミサイルポッドだった。

 すぐさま、フェイズシフト装甲を展開するが、雪に足を取られて、上手く立てない。

 

 止むを得ずアスランはシールドを構えてミサイルに備える。

 

 ドォオオオン!!

 轟音がして、ミサイルがイージスの近くの雪原に着弾した。

 

 ミサイルが着弾した地点からは氷が砕けたようなものと、舞い散った雪が派手に飛散して、

 イージスの目を奪った。

 (雪が目くらましになるのか!?)

 アスランはなんとか、イージスの体勢を整えようとした。

 だが、 

 

 

 「ぐわッ!!?」

 

 

 雪煙を割って、”犬”が――バクゥが飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 イージスがシールドで、バクゥの突撃を受けた。

 衝撃で吹き飛ばされる。

 「しまった!?」

 ――アスランのイージスは、盾を手放してしまっていた。 

 

 

 「宇宙ではどうだったか知らないが、地上では妙な変形も使えんしな」

 モーガンは先行した3機の部下のバクゥと、イージスの戦闘の状況を見ていた。

 「だが、そいつは、あのネオの特務隊を幾度にも渡って退けたのだ。 ――慎重にやれよ!」

 

 「フン、ナチュラルの作ったモビルスーツなど!」

 「我らに適うはずがありません!」

 

 

 モーガン隊のバクゥは、代わる代わるアスランのイージスに砲撃を仕掛けた。

 「ック!!」

 アスランはそのたびに、大きく跳ねるようにして避けた。

 

 「蚊トンボのように! チョコマカと!」

 「ミサイルを使え! あの装甲も無敵ではない!」

 雪原を爆風が荒らしていく。

 バクゥは背面に積んだミサイルを次々と掃射し、アスランを追い詰めた。 

 

 (マズイか――!?)

 アスランに焦りが見え始めた。

 先程から何とか致命傷は避けているものの、流れ弾や爆風で、装甲へのダメージは重なっている。

 スラスターの推進剤も無限ではない、このままムチャなジャンプを続けていればあっという間に推進剤が切れて、

 追い詰められるだろう。

 (雪の設置圧を計算して、OSの設定を書き換えれば――クソ! そんなこと、戦闘中に出来るはずが無い、どうすれば――?)

 

 

 ――しかし、考える間もなく、イージスに再度ミサイルが迫る。

 

 「チィッ!」

 

 再度、イージスはスラスターを吹かせて空に舞った。

 ジャンプの最中、ライフルを構える。 

 

 「このっ!」 

 

 アスランは引き金を引いた。

 だが、イージスの放つビームは狙いから大きくそれて、バクゥには命中しなかった。

 

 大気圏内ではビームは大きく減衰し、また地上の環境の影響を受けて反れるのだ。

 (くそ! 変形して敵から離れて――せめて、出力の高いスキュラが使えれば……! ”使えれば”か!?)

 

 しかし、大気圏内では、変形は出来ない。

 ――いや、変形は――出来なくはない(・・・・・・・)

 

 

 アスランは、やや広い窪地を空中から見定めると、其処に着陸した。

 またも、バランスを崩し、地面にヒザを付いて転ぶイージス。

 

 「体勢を崩した!」

 「今度こそ終わりにさせてもらうぞ!」

 

 バクゥ、三機が、それぞれ三方から迫った。

 「ビームサーベルでしとめてやる!」

 

 貴様が乗ってる、”その機体”の技術を転用した新兵器だ!

 と、バクゥのパイロットは思った。

 

 つい先日、アズラエルの部隊からシベリア基地に情報が送られ、実装したばかりの兵器である。

 これならフェイズ・シフト装甲も、簡単に切り裂けるだろう。

 

 バクゥの口――犬の頭部に当たる部分に、まるで本物の犬がチューバーをくわえたように、ビームサーベルの柄の部分が装着されていた。

 水平方向にビームサーベルの歯が展開され、すれ違うだけで敵を両断できるようになっていた。

 

 三機のバクゥが、一斉に迫った。

 

 

 「今ッ!」

 アスランは思った。 アスランはイージスを立ち上げる。

 

 「間に合わんッ!」

 バクゥのパイロットはそう予測し、イージスに突っ込んだ。

 

 が――。

 

 

 アスランのイージスは軽くジャンプした。と、空中で強引に大きくその形を変えた。

 (大気圏内で変形したのか?)

 (バカな――)

 バクゥのパイロットたちは目を剥いた。

 

 宇宙用のモビルアーマーに変形しても、大気圏内では動けないではないか。

 宇宙用のロケットを地上で使うようなものだ。

 

 そう、一方向にしか噴射できないスラスターで一体何を――。

 

 

  ――と、イージスは最大出力で、そのまま空中に"跳んだ"

 

 

 ”飛ぶ”、というものではなかった。 スラスターの出力で強引に”弾け跳んだ”のである。

 

 ズバババ!!と、凄まじい重力と衝撃がアスランを襲った。

 

 「グァ……!」

 

 垂直に上方向に飛ぶかと思いきや、斜め上に吹き飛んだ。

 重力の影響を受けるのだ。 ビームライフルや装備した武器の重量が全方向に等しくなければ当然であった。

 

  (だけど――!!)

 

 アスランは上空に吹き飛んだ状態で、一度イージスを元に戻した。

 

 強引にではあるが、空高く、高速で舞い上がった為、変形できる時間は十分にあった。

 

 

 そして、今度は地上に頭を向ける形で再度変形させる――。

 敵はまだ、地表に密集している。

 今ならば――。

 

 

 「高エネルギー反応!?」

 「イージスからか!?」

 

 

 ズドォオオオオオオオッッ!!

 

 イージスから、スキュラが放たれた。

 三機のバクゥを薙ぎ払う形で、大出力のビームが放たれる。

 

 

 地上でのスキュラは、辺りの電磁波の干渉を受けて、宇宙で放った時以上に、プラズマの奔流が大きく波打っている。

 大口径のビームの閃光が、巨大なうなりとなり、バクゥを竜巻のように、なすすべも無く包んだ。

 

 「ガァ……!?」

 

 

 ――三機のバクゥのパイロットがビームの熱に融けていった。

 

 

 

 イージスはそのまま、モビルアーマー形態のまま、地上に落ちていく。

 (イージスを戻さないと――)

 この形態のまま、地上に落ちると直ぐには戻れなくなる。

 敵はまだいるかも知れないのだ。

 

 「うわっ!」

 慌ててイージスを人型に戻したが、雪原につんのめりになり、倒れこんでしまう。

 

 と、ビーッビーッ!とブザーがイージスの異常を告げた。

 

 アスランがハッとして、コンソール画面を見る。

 

 (駆動部に異常が――!?)

 画面には、脚部、それから肩、ヒザなどの関節部に多大なダメージがあると警告が表示されていた。

 

 さらに、スキュラを無理に使用したせいか、バッテリー残量――パワーも残り僅かとなっていた。

 

 

---------------------------------

 

 

 「――バカな? 地上でモビルアーマーにだと?」

 敵の余りにムチャな戦いぶりに、モーガンは絶句した。

 しかし――。

 「あんな動きをしたのだ。イージス、もうマトモには、動けんようだな」

 情報どおりならば、もう間もなく、パワーも尽きる頃だろう。

 

 「――よくもやってくれた。 あいつらも、ようやくザフトらしくなってきた所だったのに」

 

 命を散らした部下たち――まだ出会ってから数ヶ月。

 これから良い兵士となる筈の若者達だった。

 

 

 「部下の仇だ――沈めさせてもらう!!」

 

 ”月下の狂犬”の異名を持つ男が駆るバクゥが、アスランの元へ向かう。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 「アスラン! 新しい敵だ! 武装したホバートラックが6台にバクゥが二機――一機は隊長機だ!」

 ディアッカがアスランに、新たな敵の出現を告げた。

 

 

 「な……!?」

 アスランの背中に嫌な汗が流れた。

 

 「二機――もうイージスは……」

 限界が来ようとしていた。

 

 絶体絶命――そんな言葉がアスランの脳裏に浮かんだ。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

 『おい、そこの赤いモビルスーツ?』

 「!?」

 聞いたことのない声だった。

 

 イージスの無線機から、その声は流れているようだった。

 

 

 

 「どこからだ?」

 ブリッジのバルトフェルドたちにも、その声は聞こえていた。

 「わかりません! しかしこれは友軍のチャンネルです!」

 「照合完了! ユーラシア連邦軍です!」

 「ユーラシア連邦!? シベリア包囲網にもまだ残っていたのか!?」

 

 

 オペレーション・ウロボロス後の、”月下の狂犬”、モーガン・シュバリエの攻撃によって、

 大半がモスクワ基地まで後退させられたと聞いていたが――。

 思わぬ援軍の声に、バルトフェルドは縋る思いで耳を傾けた。

 

 

 

 『アーと、イージスのパイロットさん、コッチの誘導する地点まで、バクゥを誘ってくれる?』

 「味方なのか?」

 『そりゃ、そうっしょ?』

 

 しかし、コードは地球軍のものだった。迷っている暇は無かった。

 アスランのイージスは既に限界が来ようとしていたのだから。

 

 

 イージスはヨロヨロと立ち上がると、蛙とびの要領で、指示されたポイントに移動し始めた。

 

 

 

---------------------------------

 

 「逃げるつもりか――!?」

 「シュバリエ隊長! 自分達で包囲します!」

 「いや、待て――貴様ら、敵は――」

 

 

 バクゥ一機と、ホバートラックがイージスを包囲するように展開し、後を追った。

 

 すると――。

 

 

 グワアアン! と、駆動音がして、バクゥたちの前を何かが横切った。

 

 

 「ジン?」

 バクゥのパイロットはその影を見て思った。

 友軍のジンが何故此処に――と、しかし、そのジンは、あろう事か、自分に砲を向けてきた。

 

 

 ドガガガアア!

 爆音がして、バクゥが、炎に包まれた。それだけではない、ホバートラックが次々と砲火に曝されている。

 

 「地球軍、ユーラシアか!?」

 モーガンは咄嗟にバクゥを反転させた。

 

 「――ジンじゃない! 戦車だ! 足が戦車のジン!?」

 

 モーガンは奇妙なモノを見た。

 それは、一見すると、自軍のモビルスーツ、ジンに見えた。

 

 しかし、よく見るとそれは人型をしていなかった。

 脚部は、戦車をそのままつなげたような格好をしており、頭はジンよりも幾分か平べったく、箱型をしていて、

 人の頭というよりは、物見台のような格好と成っていた。

 

 「なんだあの機体は!?」

 『どうよ、ウチの”ジンタンク”? イカしてるでしょ? イージスのパイロットさん?』

 後方で次々と爆発が起き、呆然としているアスランに、先程の通信の声が答えた。

 

 

 「こ、こんな! ナチュラルが俺たちのジンを……舐めるな!」

 先程砲撃を受けたバクゥは、装甲を燃やされながらも、背中に背負ったリニアガンの照準を、ジンタンクにあわせた。

 しかし、キャタピラのほかに、ホバークラフトも付いているのか、ジンタンクは予想外に軽快な動きをしていた。

 

 「早い……!?」

 

 そうこうしているうちに、ジンタンクから更なる砲撃が行われた。

 それだけではない、周囲から――敵の伏兵がいるようで、次々と砲弾が撃ち込まれてくる。

 「に、逃げ……ウワァァアアア!」

 数発の榴弾が叩き込まれ、バクゥは爆散した。

 

 

 「クソ 撤収する! 残存部隊は俺に続け! 邪魔が入った!」 

 モーガンは残ったホバークラフトや航続の部隊をまとめて、戦場からの離脱を始めた。

 

 (なんてことだ! 若い部隊を任されて――いや、俺が甘かったか――あのモビルスーツ、やはり恐ろしい敵のようだ――!)

 

 敵が予想以上だったことはあるが、パイロット四人と同数のモビルスーツを失った。

 

 モーガンはこれから対峙する敵への恐怖と、自身の不甲斐なさに、怒りに震えた。

 

 

----------------------------------------------

 「地球軍のモビルスーツ?」

 『どうかな? そんな難しいもんじゃないけどね――モビルタンクかな?』

 

 アスランは、敵の撤退を確認すると、イージスのハッチを開けた。

 

 雪原に、一人の兵士がいる。

 先程のジン・タンクのパイロットだ。

 ノーマルスーツは着ていない。ファーつきの大きなフードをした防寒服を着ている。

 対して、ノーマルスーツを着たアスランは、ゆっくりと近づく。

 

 と、どこに隠れていたのか地球軍の車両と思われるジープや、ホバートラックがいくつも近づいてきた。

 

 アスランはヘルメットのバイザーをあけた。

 寒風がアスランの顔を襲う。思わず目を瞑った。

 眼球が凍るかと思う冷気だった。

 

 「――若い?」

 アスランはジンタンクに乗っていた兵士の顔を見て驚いた。

 

 「そりゃ、お互いさまっしょ?」

 相手の兵士は笑った。

 

 「俺はラスティ・マッケンジー。 どうぞよろしく?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 19 「ラクス再び」

------------------------------

 

『地球での鬱々とした気分は、晴れていくのだろうか。

 思うに、宇宙しか知らない俺は、のしかかる大気に慣れていないのかもしれない』

 

------------------------------

 

 

 ユーラシア連邦の秘密基地には、士官を中心とした数名のクルーだけが招かれた。

アークエンジェルはそこから十数キロ離れた平原に停泊する事になった。

 

 いささか、あの巨体では目立ちすぎるというものだろう。

 

 

 

 「アスラン・ザラと――俺もつれて行くんですか?」

 ミゲルが驚きの声を上げて、バルトフェルドに言った。

 「あちらさんが、イージスの修理に使う部品を提供してくれると言うんだ。変わりに情報もよこせと言ってきたがね?」

 「ええ……」

 「ま、今更機密も無いさ」

 

 傍らでは、チーフ・メカニックのマッド・エイブスが頭を抱えていた。

 「まあ、俺たちはイージスを使いすぎたよ。 提案に従うしかない、行って部品を調達してきてくれ」

 

 先刻の戦いで、イージスは間接のモジュールに深刻なダメージを負った。

 第八艦隊からの補給部品で修理は可能だとは思われたが、アークエンジェル内部の設備や物資だけでは、

 敵の来襲に修理が間に合わない恐れがあった。

 

 

 故障の直接的な原因は、先刻のアスラン・ザラの無理な戦い方にあったものの、

 普段からのオーバーワークも大きかった。

 と、なれば、できるだけ部品の予備は調達しておきたいところだった。

 

 「に、しても、ジン・タンクか……」

 バルトフェルドは、イージスと共に現れた珍妙な客に目をやった。

 イージスを詰め込んだトレーラーを牽引する、異形のモビル・タンク。

 ユーラシア連邦軍が鹵獲したジンと自軍のリニアガン・タンクを合体させた独自の兵器であった。

 

--------------------------------

 

 「ラスティ!? 貴様こんなところで何をしている」

 「よう……イザーク 意外と元気そうだな」

 

 アークエンジェルに通された、ラスティを見るなり、開口一番イザークが言った。

 

 「知り合いなのか?」

 「……地球にいた頃のな。 コイツは――」

 「ジェレミー・マクスウェルの息子です。 苗字は違いますがね? ――ユーラシア連邦、シベリア方面軍機械化混成大隊所属、ラスティ・マッケンジー伍長です」

 「ジェレミー……”艦長”の?」

 え? とアスランはバルトフェルドに顔を向けた。

 

 「ヘリオポリス襲撃の際に――」

 「存じておりますよ。 アルテミスの生き残りが、報告してくれましたから」

 

 後でアスランは知った事だが、ラスティの父親はキラ達の襲撃で戦死した、アークエンジェルの正規艦長であるということだった。

 イザークとは互いの両親を通じて面識があったそうだ。

 

 

-------------------------------

 

 

 シベリアの雪原を東に向かって進み、ガン・ガラン・ドームポリス跡地にまでやってきた。

 

 (電気も無いのに、まだ人が生活しているのか?)

 ユーラシアの用意した車の窓から、アスランは荒廃した街の様子を眺めた。

 隣にはクルーゼも座っており、サングラス越しに彼もまた街を眺めているようだった。

 

 ――ドームポリスは、シベリアなどの居住がしにくい地域に、

 月面や火星に建造されるドーム型コロニーを作って、多くの人が居住できるようにすると言う計画であった。

 

 人口増加に伴い、人の住める土地が必要であると言う事、

 そして、宇宙に採掘基地が移行したコズミック・イラにおいて、

 地球上で未だ資源を採掘できることは、国際的に大きなアドバンテージであること。

 それが、ユーラシア連邦がこの計画を推し進めた理由であった。

 

 宇宙に人が住める土地が作れるならば、シベリアの凍土など、造作も無いこと――とユーラシア連邦の政治家達は考えた。

 何せ、空気と水がいくらでもあるのだ。 月にドームコロニーを作る事に比べれば何するものか――と。

 

 その傲慢をあざ笑うかのように、ドームのミラーは割れ、人口の楽園は外の雪原以上に雪と氷に閉ざされていた。

 ナチュラルに生まれた人々が自然を嘲笑した結果、調整されて生まれてきた人々が、自然に変わってその傲慢を淘汰したのである。

 皮肉と言うほか、あるまい。

 

 その皮肉の残骸を、アスランやクルーゼ達の乗る車は進んでいた。

 

 

-----------------------------

 

 ドームポリスの最奥、資源採掘基地に偽装されて、ユーラシアの基地はあった。

 「ジン!……シグーやザウートの部品まである」

 

 アスランは基地入口の格納庫で目を見張った。

 そこにはおびただしい数の、ザフト製モビルスーツの残骸があったのである。

 「こんなに……」

 車を降りて、ラスティの案内に従う。

 「――スゴイでしょ? ま、俺らもそれなりに頑張ってるつーか。 それでも、負けちゃってるけどね」

 「さっきのタンクも鹵獲したパーツで?」

 「そそ。 ここにあるパーツで研究もしてね――あれは本部からきた技師と共同で組み立てた記念すべき第一号!」

 「何機もあるのか?」

 「今のところ三機かな――おっと、これは機密事項か」

 ラスティは笑った。

 「"わかる"部品だけ戦車につなげたって感じかな――コーディネイター様はうらやましいね、なんでもわかっちゃうんだろ」

 ラスティはアスランの方を見る。

 「……そんなことは無い」

 侮蔑とは違えど、偏見の視線を向けられたアスランはむっとした。

 「ふぅん?」

 何かを探るようにラスティはアスランを見た。

 「でも、そうだな。 使える部品だけピックアップして、つなげ合わせて――それで十分戦力にはなるんだ」

 「でしょ? なにもスーパーマシン並べるだけが戦力じゃないって」

 「ああ……面白い機体だと思うよ」

 「そう? ――それじゃ、此処にある部品は言ってもらえれば渡せるからさ。必要なものだけリストしておいてくれ――代価はさっき言ったとおり」

 「――あとで俺が、あのジン・タンクを見ればいいんだな?」

 「そそ、楽しみにしてるよん?」

 ラスティは笑顔で言った。

 

 

----------------------------

 

 

 

 「ゼルマン――少佐殿か!」

 「お久しぶりですな、クルーゼ大尉! グリマルディ前線以来です」

 

 司令部についたアスランたちを出迎えたのは、ユーラシア連邦シベリア方面軍司令官、ゼルマンだった。

 月面のグリマルディ前線で、クルーゼと共に戦った男だった。

 

 「あの時も劣勢から混合軍を作る事になったのでしたな――なんとも縁があって、喜ぶべきか」

 「フ、今も劣勢……ですかな?」

 「まあ、先ずはお互いこれからの事を話すべきですな――時間もありません、手短に」

 

 

------------------------------

 

 

 地球軍のビクトリア基地が崩壊したのは3日前だった。

 と、ゼルマンは開口一番に言った。

 バルトフェルドは面食らった。

 ビクトリア基地といえば地球軍の持つ、宇宙進出の要所であるマスドライバーのある基地の一つである。

 重要拠点という事だった。

 

 「我々が大気圏突入をしている裏で、ですかな」

 バルトフェルドが言った。

 「左様、それからのザフトの勢いは凄まじく、南アフリカ統一機構は、ほぼザフトの手に落ちたと言っても過言ではない」

 「やれやれ……」

 「そのため、此処シベリアにも兵と物資の出入りが激しい」

 「シベリア包囲網が強化されている、と?」

 「恐らくは、兼ねてから噂されているザフトのパナマ侵攻作戦に掛けての布石……」

 前々からザフトが、地球軍に対して決定的な打撃を与える大規模作戦を行う事は噂されていた。

 「と、なれば何としてもその前にアラスカには到着したいものですな」

 「――あの船、飛行できるとは大したものだが、大気圏内ではいかがかな?」

 「あまり高度は取れませんな?」

 アークエンジェルに搭載された飛行装置、『ミラージュ・コロイド・レビテーター』は、現行浮かせるだけで精一杯の代物だった。

 高高度を自由に飛んで、一気に目的地へ――というわけにはいかなかった。

 「と、なれば貴君らが任務を果たすためには、此処から東に抜けるしかない。ここから南は山脈だらけですからな」

 

 ゼルマンは地図を出した。

 現在地であるガン・ガランを指差す。

 

 そして其処から東へ向かうと――。

 

 「……シベリア包囲網の第一陣を切り抜けろと?」

 

 シベリアの東には旧サハ共和国の都市と、いくつもの鉱山基地があった。

 ザフトがそこ一帯を占拠して資源基地を作っている。

 「ここを突っ切る以外に道は無いかと 西回りで行くならユーロは激戦区。集中砲火にあいますぞ?」

 

 「それなら、そのままベーリング海を抜けて、ユーコン・デルタのJOSH-Aにつけますかな?」

 バルトフェルドは笑っていった。

 「それは無理でしょう。 サハ周辺の基地を抜けて、北極艦隊まで相手にするのは」 

 シベリアの東端を抜ければ、アラスカは目前であった。

 しかし、シベリア基地を抜けた先には今度は北極海に陣取るザフトの艦隊があった。

 基地を突破した戦力で、この大部隊に立ち向かうのは無謀、というよりは、無理であった。

 

 「――セント・ローレスもザフトの潜水艦だらけでな。 ユピックの人々やアザラシが迷惑しているとか」

 「ふぅむ――とすれば」

 「しかし、カムチャッカ半島の北のエリアまで突破すれば、天国(ニェーボ)の戦力と合流できる」

 「ニェーボ……ヘブンズ・ベース計画の一環で作られた基地?」

 「その通り。 まだあそこには相応の戦力が立ち往生している――そこまで行けばカムチャッカを南に抜けてオホーツクからニホンを一気に抜ける――」

 「なるほど、そこから東アジア共和国の勢力圏に入り――ホンコンを経由して――そうだな、オーブ領海スレスレを行ければ――」

 

 アークエンジェルの今後の針路が出来上がった。

 

 このシベリア包囲網を突破すれば、比較的安全な東アジア圏内を抜けて、その後は中立地域であるホンコン、オーブを上手く利用して太平洋を抜ける。

 そうすれば大西洋連邦の勢力圏に到着できる、という目算だった。

 

 「補給無しで行ける距離では勿論無いが、ホンコンのような街なら補給も可能かと」

 「で、しょうな」

 クルーゼの言葉にゼルマンが返した。

 

 ――ホンコンはCE開史後、様々な事情から、あらゆる”グレーゾーン”が混在する中立都市となっていた。

 

 「大洋州連合は完全にザフトの勢力圏――ですが赤道連合はまだ中立なら十分に考えられる進路です」

 「まぁ、その通りだが気が早いですかな? バルトフェルド――少佐殿?」

 

 先の大気圏での戦闘の前、第八艦隊との合流時。

 バルトフェルドは正式に艦長として任命された為、大尉から少佐に昇進していた。

 

 「此処には、あの"月の兎”をはじめとしたザフトのエースが多くおりますぞ?」

 「ハハッ――それを先ずは、あなた方と一緒に倒さねばならない?」

 「左様。 我々もこのままではユーロ戦線とシベリアの両端から挟撃されてしまうことになる」

 「その前に、せめてシベリア基地を叩いて大西洋連合とコンタクトを取れるようにしておきたいと――ザフトの大規模作戦に対抗する為に」

 「その通り。 我々もそのために一大作戦の決行を立案した――シベリアからの大脱出作戦(エクソダス)だ」

 

 

 

--------------------------- 

 

 

 「キラの足取りがつかめたのか?」

 「ええ、オーブの近海に落ちていた模様です。 オーブ政府からストライクの返還の連絡がありました。しかしパイロットは依然……」

 「チッ――機体が無事なのに、肝心のパイロットがわからんとは」

 

 部下の報告に、ネオ・ロアノークはやきもきした。

 

 「キラ・ヤマト、でしたか? 大気圏での戦闘記録は私も見ましたが、凄まじいパイロットです。 ここで失うには惜しいですな」

 「ま、それもあるけどね。 なんか、ほっとけないんだよ?」 

 

 あの少年は真っ直ぐなのだ。

 無事で居てくれるといいと、ネオも思った。

  

--------------------------

 

 「ねー主任、ラクス様は?」

 ショートカットの少女が、作業中のエリカ・シモンズに聞いた。

 「忙しいのよ? それに、お姫様がモビルスーツに毎日乗るのもおかしいでしょう?」

 「でも、もうシミュレーターじゃ練習にならないですよ」

 別のブロンド少女が、エリカに言った。

 「せっかく、アタシとマユラが02と03のデータを手に入れたのに・・・」

 もう一人、眼鏡をかけた少女が言った。

 三人の少女は、エリカを囲んで、宇宙から落ちてきたストライクのデータを眺めていた。

 「ストライクの構造だって、ラクス様なら……」

 「まあ、ね」

 エリカは、作業を終え、使用していたパネルの電源を落とした。

 「また、あの子につきっきりなの?ラクス様」

 「趣味悪いなぁ……顔はいいけどなんか優柔不断そうで」

 「ジュリは、あのロウとかいう傭兵の人が好みなんでしょ、わたしだったら……」

 「マユラはあのゲーマーの子とどうなったのょ!」

  女三人で姦しいとは、オーブの宗主国の古いことわざ。

 よく言ったものね、とエリカは思った。

 「ザフトのエース、キラ・ヤマト……」

 どうするつもりなの、ラクス様。

 エリカはそう思った。

 

 

 

 

 

  オーブの風は、ねっとりとまとわり付くようだった。

 湿気を多分に含んだ海風は、キラにとって未知のものだった。

 

 両親と共に数度ニホンに観光した事はあったが、ニホンの風はもっと涼しい感じがしたからだ。

 

 

 海が見えるラクス・クラインの邸宅の庭で、療養中のキラはなす事もなく、海を眺めていた。

 

 

 太陽が煌いて、海面が翻るたびに光を乱反射する。

 

 きれいだな、とキラは思った。

 

 ふと、海鳥がキラの頭上を飛んで言った。

 

 ――鳥か、平和になったら、アスランと地球に――。

 

 しかし、自分はそう想いあっていた友と、地球と宇宙の狭間で殺しあったのだ。

 

 お互い、敵意をむき出しにして。

 

 

 アスランはカズイを殺した。

 そして、サイを傷つけた。

 

 

 そして、彼と幾度も戦う内、

 

 

 『アスラアアアアアアアアン!!』

 『シねえええ!キラ!!』

 

 

 彼は自分を、自分は彼を――。

 

 

 「何を見てらっしゃいますの?」

 と、後ろから声が聞こえた。

 

 ラクス・クラインだった。

 

 「――キラさまの目は、悲しそうですわね」

 

 

 出会ったときから、不思議な少女だった。

 

 「悲しいよ」

 キラはポツリと呟いた。

 

 「沢山の人が死んで――それが嫌で戦おうと思った――なのに――ボクは――」

 

 友達と戦う事になった。

 と。

 

 ラクス・クラインは、キラの瞳をじっと見詰めて、それから、そっと頭を撫でた。

 「――大丈夫です、ここは、平和です」 

 「ラクス・クライン……」

 「ここにいてもいいのですよ――」

 「ボクは……」

 

 今のキラに、それを応える気力は無かった。

 

----------------------------

 

 連合が、プラントを効率的に支配するために行った、食料自給自足の禁止。

 しかし、地球政府への反感が募るにつれて、それを破り、プラントは独自に食料を生産し始めた。

 農耕プラント、ユニウスセブンはその生産地点の一つだった。

 

 このプラントには、食料の生産以外にもう一つ重要な役割があった。

 宇宙空間において、人類が生活できる環境を作ること。

 テラフォーミングやコロニー……そういった技術を研究することだった。

 

 プラントの学生は大抵、アストロノーツを目指すか、宇宙環境学を専攻しようとする。

 

 血のバレンタインで犠牲になった者に、キラやサイ達の友人が多く居たのは、そういった学生達が多数ユニウスセブンに所在していたからだった。

 

 

 「サイ……その傷」

 「結構酷いみたいね……消えるの?」

 ミリアリアとトールが、包帯を外したサイの傷を心配した。

 「ああ、傷は消えるよ、でも、戦争が終るまで消さない」

 「え?」

 戒めという意味もある。

 だが、この傷が、あのアイウェアのように自分を守ってくれる。

 サイには、そんな気がしたからだ。

 

 

 しかし、その傷を常に曝しておくのは、人の気を引くようだと思い、サイは、新しいアイウェアを取り出して掛けた。

 ザフトで開発された、視覚補正デバイス付きのものだった。

 

 

 

 ――彼らは、アプリリウスにある、血のバレンタインの合同慰霊碑の前に立っていた。

 この間の追悼慰霊集会で送られたのか、慰霊碑の前は、幾千の花で溢れていた。

 

 「カズイは死んだ、キラも生きてるかどうかわからない」

 サイは、トールとミリアリアに言った。

 

 「でも、俺達は、みんなの為に……最後まで生きて戦わなきゃと思う」

 「……そうだな!」

 「ええ!」

 

 サイの言葉に、二人もうなずいた。

 

 すると、

 「サイ、あれ……」  

 互いの気持ちを再確認した後、トールが不意に口を開いた。

 

 「……カガリ・ユラ・アスハ?」  

 カジュアルドレスに身を包んだ、カガリが、慰霊碑に向かって歩いてきた。

 「あなた方は、確かキラと同じ部隊の?」

 「はい、カガリさん」

 「あなた方のことも、キラからよく聞いておりました」

  カガリ嬢は笑みで返したが、その瞳は憂いを帯びていた。

 

 サイは、場の雰囲気が詰まったのを感じて、口を開いた。

 「……キラのことは、本当に」

 「いえ、大丈夫です」

 カガリは、サイの言葉を遮った。

 「キラは……生きてる、きっと。 私には分かります」

 

 カガリは、三人に会釈すると、慰霊碑の前まで向かい、 手に持っていた花を慰霊碑に添えた。

 

 

 

----------------------------------

 

 

 「キラ・ヤマト……」

 「ラクス様、楽しそう?」

 三人の少女たちに囲まれながらラクスはお茶を飲んでいた。

 そして、茶を飲みながら、ラクスはキラのドック・タグを眺めた。

 「――まさか、あのストライクに乗ってた子が、現最高評議会議長の息子とも言える人だなんてね」

 「利用価値、アリってこと?」

 「マユラは野暮ね、ラクス様、ゾッコンなのよ」

 「えー、なんかあの子暗そう。ラクス様はもっとマジメな人がいいって言うか――」

 「アサギ、あんたもしかして……」

 「ち、ちがうわよ!」

 

 騒がしい少女たちに優しげな目を向けながら、ラクスは微笑んだ。

 そして、もう一度ドック・タグに目を向けるとラクスは微かに口元を曲げた。

 

 

 

 (あの瞳……そしてストライクから得られた驚異的な戦闘データ……キラ・ヤマトなら、わたくしと共に歩めるだろうか)

 

 

 

 「……なら、そろそろ、わたくしも時間を進めましょうか」

 

 

 ラクスは、茶を静かに飲み干した。

 

 

----------------------------------------

 

 ジン・タンクのコクピットの中、アスランはタブレットPCを操作していた。

 アスラン・ザラが日常的にイージスの整備を担当していると聞いた為、ラスティやユーラシアの技術者が、鹵獲したモビルスーツのパーツと引き換えに、情報提供を要求したのだ。

 

 「モノアイと索敵システムをそのまま流用したのか?」

 「そーそー。 凄いよねザフトの一つ目は。 これ、ちゃんとピント合わせてくれるし、狙いやすいし」

 「――まあ、地上じゃ水平射線で十分だから、これならナチュラルでも操作しやすいかも」

 「でしょー? ジンのわっけわかんない、あの計器やらボタンやらさー、アレ、なんなの?」

 「主に姿勢制御関連の物だな」

 「あんなもん、オートに出来ないワケ?」

 「できないことは無いが、自分で動かしたほうが早いし、応用が利くから……」

 「……」

 ラスティは呆れた目でアスランを見た。

 「なんだ?」

 「いや、コーディネイターも、意外と頭が固いんだなって」

 「……悪かったな。 それは多分、ザフトの上層部が固いんだと思う」

 「――ハイスペックなモビルスーツに、ハイスペックなパイロットを乗せ、その汎用性で多分類・多勢の敵に対処するって感じ?」

 「まあ、な」

 「資源の少ないザフトがそういう作戦を取るってのは納得できるけど。それにしてもソートーな自信家だね、ザフトのトップは」

 

 ザフトのトップ――と、アスランは父を思い出した。

 頭が固い――自分と似ているかもしれない、と。 

 

 

 「……どったの?」

 「いや――」

 

 アスランは、物思いに止めていた手を再び動かした。

 

 機械いじりに手を動かしている間は楽しかった。

 戦争に手を貸しているに変わりはなかったが、見たこと無い機械を解析し、分析し、データを作るという作業は悪いものではなかった。

 

 「おい! ラスティ! ……こいつは俺でも動かせそうか?」

 と、その傍らで、ジン・タンクを眺めていたイザークがラスティに聞いた。

 この機体を見たイザークは、バルトフェルドやアスランに無理を言ってついてきたのだ。

 「ん? 多分できると思うけど……」

 理由は勿論、ナチュラルが動かせて、モビルスーツに対抗しうる兵器があるならば――自分がそれに乗れないかと、思ったからだった。

 「なんとか、アークエンジェルに、コイツを一機をもらえないものだろうか」

 「まさか。 でも、イージスと交換なら?」

 「アスラン、どう思う?」

 「――どう思うって」

 アスランは絶句した。

 「いや、それはいくらなんでも無理な話か――」

 

 イザークは自嘲するように鼻で笑った。

 

 

 「あー、そういえば、イザーク。 あのフレイって子? アルスター家の子だっけ?」

 と、突然ラスティが、フレイの話をイザークに始めた。

 「ああ……それがどうした」

 「シホちゃんはどうするのよ?」

 「シホ……?」

 アスランはイザークの方を見た。

 「ま、まだ正式な話ではなかったのだ。俺は……」

 「シホちゃん、かわいそー。 まだ待ってるぜ、彼女」

 「だが、しかし!」

 「――ま、彼女も、俺のオヤジが死んでホントーに、一人ぼっちだからさ。 落ち着いたら会いに行ってやるとか、してあげなよ」

 「……ああ」

 

 なんの話だ? イザークにフレイ・アルスター以外の婚約者か何かが――。

 と、アスランが思っていると、

 「――アスランはカノジョとか居ないの?」

 「え?」

 突然ラスティに話を振られたアスランは、面食らった。

 

 「なんか、お前、暗いんだよ? ――そうだ、コーディネイターのその手の話って興味あるな、今度キャラオケでも行くか?」

 

 

 「キャラオケだと!?」

 下で作業していたミゲルが声を上げた。

 

 「それはいい! 俺、軍に入る前はバンドやってたんだ! お前ら、キャラオケ行くならアニキが奢ってやるぞ!」

 

 「決まりだな! ガン・ガランには無いが、南の非武装地帯にあるんだよ。 多分この後、あんたらも俺たちと行くんだろ?」

 「いや俺、歌うのだけはダメなんだ……」

 「歌は嫌いなのか?」  

 「いや、歌はいいけど」

 「ま、親睦を深めるためと思ってさ。 これから、合同作戦なんだし、な」

 

 

-----------------------

 

 

 「オルガ、近日中に、ユーラシア連邦に向かいますわ」

 「畏まりました」

 「ジュリ、父に連絡を。それから、モスクワのカナーバ様と、レヴェリー家の方にも」

 「はい」

 「行くのはジュリとマユラとアサギ――それからオルガも別経由で合流しましょう。 ホンコンの方にもお話を通して置くように」

 ラクスは僅かな側近たちに話を告げた。

 聞いていたはアサギ、ジュリ、マユラと呼ばれた三人の少女たちと――オールバックのオルガという青年だった。

 

 「しかし、ラクス様自らがご出立にならなくても……」

 オルガが、ラクスに言う。

 「――父も今ばかりは賛成してくださいますわ。 キラ・ヤマト。 彼が降りてきてくださったから」

 「手に入れたカードを直接、ラクス様が差し出す事に意味があると?」

 「ええ……あの方は、私の綺羅星の王子様です。 オーブの理念が、この戦争の先を生き残る事が出来るかもしれない……」

 

 ラクス・クラインは微笑んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 20 「穏やかな時を」

------------------------------------------------- 

 

 『ラスティ・マッケンジーとアイツは言った。

 イザークとも知り合いらしいが、シホって誰なんだ?

 そんなこと、気にしている場合でないのかもしれないが』

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 いつからだろう。 一人と気がついたのは。

 

 いつからだろう、一人じゃないと思えるようになったのは。

 

 アスランと出会ってからだ。

 

 

 早くに、周りを理解できるようになった。

 自分がどう振舞えば、周りがどう思うか理解できた。

 

 だから、他人の求めるように振舞ってきた。

 

 

 でも、彼は、彼だけは……。

 

 

 僕が振舞いたいように。振舞わせてくれた。

 

 

 

 

-------------------------------

 「……キラ様?」

 夜のクライン邸。 キラを匿っている部屋に、ラクスは訪れていた。

 暗闇の中、一人、キラは震えていた。

 

 「ラクス・クライン? なんともありません……ごめんなさい」

 「キラ様……」

 涙の跡が、彼の目元には残っていた。

 ラクスはそれを心配そうに見詰める。

 「……泣かないって決めたのに」

 「なぜ?」

 

 ラクスは、キラにたずねた。

 「僕が泣いても……泣いていても何も変わらないから」

 「人を思って涙を流せるなら、泣いてもいいのですよ?」

 「僕は……」

 

 

 戻りたくない。

 戻れば、また……”敵”と戦わねばならない。

 

 「悲しい夢を見たのですね?」

 「――姉が、姉と言える人が、泣いてもいいって言ってくれたんです。 その前は、僕の友達が」

 「そう?」

 「昔から、一人だったから、僕は……でも、アスランが居てくれたから……」

 「一人じゃなくなったんですね」

 「両親とも……彼がいなければ……」

 ラクスは、そっとキラを抱いた。

 

 「わたくしと、同じですわね……」

 

 え?と、キラは顔を上げた。

 

 「分かってしまうのでしょう? お父様や、お母様の事」

 「――うん。 子供でいたかったのに……」

 「わたくしもです。 ”他人”がいなければ、自分を理解してくれる”他人”と出会わなければ――私たちは孤独も同じです」

 

 キラは、ラクスの瞳を見詰めた。

 

 「君は……誰?」

 「私は、ラクス・クラインですわ? キラ・ヤマト」

 

 ラクスは、無言で、キラを抱き続けた。

 「……僕は戻らなくちゃ」

 「どうして?」

 「友達が居るんです。 まだ」

 「……また、一人になるかもしれませんよ」

 「そうだとしても……一人じゃない事を教えてくれた友達と戦う事になったとしても」

 

 ラクスは、もう一度強くキラを抱いた。

 「なら、泣いてください、キラ。 貴方は泣いてもいいのですよ? その、心のままに……」 

 

 

 

--------------------------

 

 

 「キラ・ヤマト君か……ウズミの養子になっているとはな」

 「お父様も是非、一度お会いになってください、きっと気に入ってもらえますわ」

 「ラクス、今度は何を考えているんだ?」

 「初めてのボーイフレンドの紹介をしたいだけですわ」

 「……まったく」

 

 ラクスの父、オーブの首相であるシーゲル・クラインは苦笑した。

 

 「ユーラシアとの交渉は、許可しよう。 しかし、あそこは今、あのアークエンジェルが降りてきている。 変な気は起こさぬようにな?」

 「うふふ」

 「言っても無駄か」

 ラクスは父に紅茶を淹れて渡した。

 「――大西洋連合に技術を売った人間がいて、私たちに黙ってあの五機を完成させた人間がいます」

 「アストレイ・シリーズを処理できたのは幸運だったがな。 しかし、サハクをも欺くとは……」

 「連合……それからザフト。 このオーブにも通じているものがいる。 ならば、わたくし自ら動くほかございませんわ」

 「ラクスよ」 

 ラクスの言葉を遮って、シーゲルが言った。

 「私はお前に、出来る事なら、只の娘でいてもらいたいのだがな」 

 お茶をすすってから、ラクスのほうを見る。

 

 しかし、ラクスは静かに微笑んで茶を飲むだけだった。

 

 

------------------------

 

 

 「アスラン・ザラの状態、マズいかもしれんな」

 「……アノコ、マッスグ過ぎるワ。 張り詰めた糸ミタイ。 強そゥに見エて……」

 「プツリ、と切れるか?」

 

 艦長室で、アイシャとバルトフェルドが、アスランについて話している。

 

 ――先回の出撃前。

 バルトフェルドの一撃がなければ、立ち上がる事もまま成らなかったアスラン。

 彼の精神状態が悪化の一途を辿っていることは、容易に見て取れた。

 

 「迂闊だったよ。 何故彼が此処に戻ってきたか考えるべきだった。

  自分が頑張って艦を守らなきゃならない。そう思い詰めて、追い込んでしまったのだろうな自分を」

 「……デモ、彼ガイナケレバ、大気圏デこの船は沈んデいたワ」

 「パイロットとしてあまりにも優秀だったからねぇ。 兵士として一番大事な、精神面の構えが無い事をもっと気にするべきだった」

 「アンディ……」

 

 アイシャがバルトフェルドの肩に手を置いた。

 

 「……何か、彼をケアする方法は無いものかな」

 バルトフェルドは、アイシャに目をやった。

 心配そうなアイシャの瞳が見える。

 

 

 そして、その下に、豊満な肢体が――。

 

 「ソウネ……心当たりナラ、アルケド?」

 

 その視線に気づいてか、アイシャが言った。

 

 「いや――ソレは、ちょっと。 ダメかな?」

 「アラソウ?」

 

 悪戯げにアイシャは言った。

 

 バルトフェルドはもう一度アイシャの言わんとしていることを考えたが、やはりそれは却下した。

 

 「まあ、ポリツェフまで着ければ、しばしの休暇だ。 ――少しは気が晴れるといいが……」

 

 

 

 

--------------

 

 

 

 ガン・ガランから南下すると、ポリツェフというドーム・ポリスがあった。

 ここは、かろうじてその機能を残しているドームポリスの一つであった。

 かつて旧歴の時代に炭田や油田の開発によって栄え、ユーラシア連邦内の資源生産の数十パーセントを今も尚担っている地域であった。

 また、このドームは大規模な水力発電施設と、旧暦の頃に作り上げた循環型火力発電所を残していたため、現在も変わらず文明の利器が利用できる数少ない都市となっていた。

 

 

 ザフトとの戦争が始まった際、ここは真っ先に狙われることになったが、

 エイプリル・フールクライシスによって多数の凍死者を出したシベリアにおいては、

 この都市の喪失は、周辺――それどころか、シベリア一帯のライフラインの、完全な遮断を意味していた。

 

 人道的観点から、この都市はユーラシア・ザフト双方によって非・戦闘区域に定められ、

 ザフト、連合双方も武器を持ち込まず、戦闘行為を行わないという協定が組まれた。

 

 

 「――ポリツェフのドームポリスはさ、夏はパカーってふたが開くんだぜ?  20度近くまで気温が上がるんだ」

 「へぇ……今は?」

 「マイナス15度でございます。 まぁ、ドームの中は10度くらいまで保温されるし。快適だけどね」  

 ラスティがアスランに言った。

 

 ユーラシア連邦の兵士たちが、休暇に使うこともあった。

 古くから交易がさかんな街でもある。ザフトの兵士たちもそ知らぬ顔をして、潜り込む事もあるという。

 

 命のやり取りをしているとはいえ、それは隣人を直ぐに刺し殺すような状況とは異なる。

 憎悪の対象と互いがなることはあっても、生活と言う命の営みの前では、それを看過する事も容易くなるのが人間だった。 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 「――まさか本当にバクゥを二機も補給してもらえるとはな? 残りがザウートなのは仕方ないさ、こちらも使いようはある」

 「……悪いわね。 でも、"月下の狂犬"の見たてがそうであれば、こちらもしのご言ってられないわ」

 マリュー・ラミアスは、モーガン・シュバリエからのオンライン回線を執務室で受けていた。

 

 「……例のパナマ攻めが近いんだろう? 大丈夫なのか」

 「だからこそ、よ? あの足つきの船は、ユーラシアとも接近したんでしょう?」

 「ああ……敵は恐らく、補給も兼ねてポリツェフドームに向かうだろう」

 「そうでしょうね、ガン・ガランから直進してくるとは思えないし」

 「……こちらはその前に、仕留めてみせるさ」

 「任せるわ。 なんとしても、鉱山地区への接近を防いでちょうだい」

 

 

 

 ――ザフトの前線は、思った以上に疲弊していた。

 少ない国力を薄く、薄く広げた結果。

 補いきれない消耗が、ザフトという軍隊を覆っていた。

 

 

 だからこそ、ザフトはシベリアを占拠し、マスドライバーを落とすという時間稼ぎを主とした手段に出たのである。

 

 モーガン・シュバリエを元とするエースパイロットとモビルスーツの性能。

 その圧倒的な攻撃力を前に連合を威圧、速攻で制圧する作戦によって、敵に畏怖を与え、牽制する。

 その隙に敵の陣容を崩し、短期決戦に持ちこまんとするのが、ザフトの当初の戦略であった。

 

 しかしながら、現在、戦況は不気味な膠着状態にあった。

 

 ――ザフト、上層部による大規模作戦の強行。

 それが原因である事はマリュー・ラミアスも悟っていた。

 

 恐らく、プラント――いや、ザフトはこの戦いの勝利を決定的な物にしたいのだ。

 

 連合に痛みを与えるだけでなく、ただ我々コーディネイターの勝利を得るためだけでなく。

 戦後、完全なる優位を、それも恒久的に、ナチュラルに対して得るためだけの決定的な勝利が――。

 

 

 そのために、自国の国力の乏しさを理解していながらも、ザフトは広大な戦線を維持し続けていた。

 

 「分かっているさ。 今、俺たちの状況が予想以上に危ういってのはな」

 「ええ……ありがとう、モーガン。 今度飲みましょう? まだ先だけど、ネオもじきに降りてくるわ」

 「……んん? まぁ、いいがね。 あんたも好きだな」

 「あなただって、嫌いじゃないでしょう?」

 「おいおい、司令殿に散々つき合わされたからだよ。 俺はビールしか飲まんぞ? ウォッカはゴメンだ。 ありゃ脳に悪い」

 「なら美味しいエールを見つけたの。 今度ポリツェフでね?」

 「……やれやれ、ネオの奴も大変だな」

 モーガンは苦笑した。

 

 

------------------------

 

 

 「――ポリツェフまでのルートの間に、いくつもの廃坑を通る、私ならそこに待ち伏せるな」

 クルーゼがブリッジでバルトフェルドに言った。

 「相手、あの月下の狂犬らしいな」

 「先刻の戦闘データと、ゼルマンからの情報提供では、そう見て間違いないだろう」

 

 月下の狂犬、モーガン・シュバリエ。

 ザフトの喧伝している、エース・パイロットの一人である。

 四足歩行型モビルスーツバクゥを駆り、ユーロ戦線からシベリア戦線でユーラシア軍を徹底的に叩いた、屈指の軍略家でもある。

 バルトフェルドや、クルーゼは、月面のグリマルディ戦線で彼の指揮する部隊と戦ったことがある。

 その時はモーガンは指揮官であった。

 戦法に変わったところはないが、非常に先を読むのが上手い。

 パイロットとしても一流で、攻め時、そして引き際を必ず逃さない男だった。

 強敵、ということである。

 

 「今、敵に攻め込まれたとして、アスラン・ザラは戦えるかな?」

 「――今の彼を戦わせるのは得策ではないが、止むをえまい」

 「ふぅむ……」

 

 それに対抗しうる戦力を持っているのは――あの紫電(ライトニング)の隊をも退けたイージス……そして、そのパイロット、アスラン・ザラだけだった。

 

 「そう案ずるな艦長。 策が無いわけではない。 ゼルマンに頼んで、助けを得ている」

 「あの――タンクかい?」

 「ああ……それとな」

 クルーゼは、第八艦隊から渡されていた、モビルスーツの武装についての書類と――この土地の地図を手渡した。 幾分か年季の入ったものだった。

 

 

 

 

 ドックでは、急ピッチでイージスの整備が行われていた。

 ガン・ガランで手に入れたザフト製の部品も利用したため、思った以上にスムーズに作業は進んだ。

 

 そして……。

 

 「ヒュー! こいつは凄いぜ」

 ラスティが、改修されたジン・タンクのコクピットを見て歓声をあげた。

 「一般的なナチュラルの反応にあわせて、照準の動作をオートメーションにした。 マニピュレーターもかなり使いやすくなっているから、物を運ぶ動作も楽なはずだ」

 「これなら、楽チンだぜ! さっすがー!」

 「それから火器管制もザフト製のものを流用できるようにしてある。 さっきの戦いで拾ったバクゥのランチャーをつなげてある」

 

 ラスティと二台のジン・タンクは、アークエンジェルに持ち込まれていた。

 かつては上官であったクルーゼが、ゼルマンに支援としてもちかけたのだ。

 

 ――あんな実験用の兵器でよければ。

 

 とゼルマンは許可してくれた。

 

 

 実際のところ、ジン・タンクは確かに戦力として有効ではあったものの、

 それがザフトのモビルスーツに対抗できる武装かと言えば、そうでは無かった。

 あくまで、これは、ザフトへのささやかな反抗の意思が成せた、悪あがきにしか過ぎなかった。

 

 イージスによって三機のバクゥを撃破したことに比べれば、残り一機の撃墜は、運が良かったに過ぎない。

 貴重な戦力ではあったが、今後の作戦において、最新鋭兵器のアークエンジェルとイージスが加勢してくれる事に比較すれば、

 そもそもユーラシア側には比べようも無いことだった。

 

 

 「ところで、ラスティ、もう一機のパイロットは?」

 「――いねーよ?」

 「え?」

 「死んじまった」

 「――それじゃ、どうして」

 「ウチの人員は裂けないけどね。 アスランのお陰で、この操作性なら、ある程度機械に――作業用モビルが動かせる程度の人間なら、動かせるってさ」

 「まさか……」

 

 ――残りの一機は、少し離れた場所に置かれていて、実機シミュレーションの最中だった。

 アスランは、遠目にそのコクピットを覗いた。 

 イザークがいた。 ディアッカとニコルもその様子を見ていた。

 

 「あ……!」

 「オーブの工科大の学生だったんでしょ? それに、お前のずっと近くにいたんだ……いけるよ。 やらせてあげれば?」

 「なんで……!」

 「なんでってー。 わかるでしょ? イザークの様子見てれば」

 「でも、アイツまで死んだら、俺はアイツの――」

 「ばーか、お前のためでもあるよ?」

 「……え?」

 「わかるっしょ?」

 「――ああ」

 アスランは、止めに入ろうとした自分を制した。

 

 

 「おたく、どうして地球軍なの?」

 「俺は、地球軍じゃない……」

 「あー、メンゴ。 成り行きとは言えさ。 コーディネイターとナチュラルが敵対してる戦争で、アスランにはそういうの無いのってこと」

 「俺は……」

 「俺も」

 「えっ?」

 アスランはラスティを見た。

 「俺は別に、コーディネイターだからどうこうって気持ちはないさ。ただ、戦争で攻撃されるから、あと他にもオウチのジジョーとかあるから戦わなきゃならないだけで」

 「家の事情か……」

 「ん? おたくんところも、オウチが色々あんの?」

 ラスティは笑った。

 「コーディネイターも色々あるんだな?」

 ラスティは、ドックに置かれた冷蔵庫から、ドリンクを出した。 スポーツドリンクに近い栄養補給の出来る飲み物だった。

 アスランにもそれを手渡す。

 

 「コーディネイターだって同じさ。 皆と……」

 「俺たちより、ずっといろんなことが出来るのに? 生まれ付き」

 「練習したり、勉強したり、訓練したりすればな。コーディネイターだからって、赤ん坊の頃から何でも出来るわけじゃない、努力するんだ。 下手したらナチュラルの何倍も……」

 

 

 コーディネイターは、生まれたときから、将来を嘱望されている。

 いや、ナチュラルの子であってもそうであるのだ。

 なお更、コーディネイターは生まれたときから実るべくして作られた畑であり、そうなる事を義務付けられていた。

 

 生まれたその瞬間から、彼らは絶え間ない努力を強いられている場合が殆どであった。

 

 

 アスランもまたそうであった。

 彼の生みの親、パトリック・ディノは、何かにつけてアスランが特別であると説いた。

 ”種子を持つもの” コーディネイターの中でも、更に選ばれた存在であると――。

 

 

 アスランにとっては、そんな父の思いは重荷でしかなかったのだったが。

 

 「ま、そりゃそうだよな……ろくでもない事情がなけりゃ、戦いなんかさ……」

 ラスティはドリンクを飲んでいった。

 アスランも倣ってドリンクを飲み干した。

 

 (ユウキ提督――……)

 

 アスランは、レイ・ユウキを思い出していた。

 

 もっと話がしたかった。

 

 あの人は何故、戦っていたのだろう?

 コーディネイターであるのに、何故、同胞を殺すための兵器である、イージスなんかを作ったのだろう。

 

 だが、アスランは思った。

 

 

 自分と同じく、彼も理由が出来てしまっただけなのでは無いか。

 

 (なら、父も……?)

 アスランは、パトリック・ディノの事も思った。 

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 

 窓から、明るい光が差し込んでいる。

 大きな書架がところ狭しに並べられていた。恐らくどこかの図書館なのだろう。

 机の真ん中に、寄り添うようにして、若い男女が座っている。

 「……だから、俺は、ジョージ=グレンが“ニュータイプ”と呼んだそれは、 コーディネイターが創造する新しい歴史そのものだと思う」

 「新しい歴史?」

 若い女性は食い入るように、青年の書いた論文に見入っている。

 「ああ……人類はお互い責めぎあう段階から一歩先のステップへと移行する時期へときているんだ」

 「へえ……?」

 「いつか、人類はコーディネイターが先駆者となって、国境や人種、古い慣習やわだかまりを捨てる。

 その時こそ人類はその争いに満ちた黒い歴史から開放され、外宇宙という新しい世界へと飛び立つんだ。

 そして新たな時を刻む……だから、その礎となるために俺は歴史構造学をやっているんだ……なあレノア、君はどう思う?」

 

 女性は、青年の顔を見ると笑顔でうなずいた。

 

「ええ……きっとあなた言う通りよ、パトリック……」

 

 

 

 

 

 

 

 ずいぶんと昔のことを夢に見ていたようだ。

 と、パトリックは思った。

 

 感傷など、とうの昔に振り切ったはずだったのだが。

 

  自室で仮眠を取っていたパトリックは、目を覚ますと、情報端末に電源を入れた。

 

 アズラエルから、イージスとアークエンジェルに関する情報が届いていた。

 

 (アレックス……)

 

 と、パトリックは、記憶から消そうとした名前を思い出してしまった。

 

 (いや、今は考えるまい。我々には時間がないのだ。 ナチュラルは滅ぼさなければならない……われらの世界、未来の為に)

 

 そのためには、障害となる者は誰であろうと倒す。 たとえ、それが長年の友であっても――血を分けた者であってもだ。

 

 

-----------------------------

 

 

 ――議事堂控え室。

 連合のG兵器――イージスの驚異的な戦闘能力を映した映像を、パトリックは見ていた。

 「そんなものを見せてまだ駄目押しをしようと言うのか」

 そこに、ウズミが現れる。

 「……私は正確な情報を提示したいだけですよ」

 映像を見続けながら、パトリックは言った。

 「正確にお前の選んだ情報をか? パトリック、お前の提出案件、オペレーション・スピットブレイクは、本日可決されるだろう。世論も傾いている。もはや止める術はない」

 「……我々は総意で動いているのです? それを忘れないでいただきたいな?」

 「戦火が広がればその分憎しみは増すぞ。旧歴の禍根すら、半世紀掛かってもまだ消えんのだ! それで、どこまで行こうと言うのだ!?」

 「その考えが古いというのです。 我らの歴史は……我等コーディネイターはもはや別の、新しい種です。ナチュラルと同じ道を歩む事はありえません」

 「早くも道に行き詰まった我等の、どこが新しい種かね? 婚姻統制を敷いてみても、第三世代の出生率は下がる一方なのだぞ? 我らの未来は……!」

 「これまでとて決して平坦な道のりではなかったのだ……今度もまた、必ず乗り越えられる。我等が叡知を結集すれば」

 

 「パトリック!! 命は生まれいづるものだ!作り出すものではない!」 

 ウズミは叫んだ。

 「そんな概念、価値観こそがもはや時代遅れと知られよ! 人は進む、常により良き明日を求めてな」

 そこで初めてパトリックはウズミの方を向いた。

 

 「これは総意なのです、アスハ議長閣下。我等はもう、今持つ力を捨て、進化の道をナチュラルへ逆戻りすることなどできんのですよ」

 

 開場の時間が近づいていた。

 パトリックは、ウズミの方を見ずに、議場へと向かった。

 

 「レノア……あの男が、あんな事を言うようになってしまった。 あれでは――エースよ……我々は進化したのではない」

 

 誰もいなくなった控え室で、ウズミは一人呟いた。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 アズラエルは執務室で電話受けていた。

「――気になるかい? 旧友の事は? ええ……それじゃ、あとは任せたよ?」

 

 

 ――アズラエルが電話を切ると、直ぐに次のベルが鳴った。

 

 「これはディノ委員長閣下。このお時間ではまだ評議会の最中では?」

 電話の主は、パトリック・ディノだった。

 『――スピットブレイクの件は通った。まだ2、3あるが。終わったら、夜にでも君と細かい話がしたい。どうかね?』

 「ええ、こちらも下準備は整いました。お伺い致します」

 『フ……我らが本気になれば、地球なんぞ……だな?』

 

 用件を伝え終えると、パトリックは電話を切った。

 「フ……下準備が整った、か」

 

 

 アズラエルは微笑むと、一枚のディスクを胸元から取り出した。

「だめだよ、ディノ委員長、地球には優しくしないと、それはエコ(E・C・O)だよ? エコ」

 

 

 

---------------------------------

 

 「付き合ってくれて、ありがとう?」

 「ん……いいさ」

 プラント本国で休暇を与えられたミリアリアとサイは、戦場で亡くなった戦友たちの家々に挨拶に回っていた。

 「ロアノーク隊長、全部先回りしてたね」

 「そういうとこ、私、好きだな」

 「そういえば、トールは?」

 「――ライブだって」

 ミリアリアは苦笑した。

 「ま、それはそれで、アイツにしか出来ない事だしね」

 

 トールは、プラントでは、一定数の評価を集めるミュージシャンだった。

 

 「そういうのって、時々凄く勇気付けられるよ」

 「そうね……わたしも」

 「そういうところ、好きなんでしょ?」

 「――え!?」

 「……気がついてないと、思ってた?」

 

 今度はサイが苦笑した。

 二人は互いが親密な関係であるのが、周知の事実であるのに、本気で気づいていなかったのだ。

 

 「でも、私とトールじゃ」

 「お似合いだと思うよ」

 「ううん……ダメなの――」

 「……検査、受けたの?」

 「うん……無理みたい」

 

 

 プラントでは、出生率の低下から婚姻統制が敷かれていた。

 

 ――子供のできないカップルは、婚姻が認められないのである。

 

 それどころか、プラントでは、予め遺伝的に子をなせるカップルを合理的に検査して見つけ、年少のうちから婚約を結ぶのが一般的であった。

 

 旧暦に生まれた、自由恋愛を尊ぶ風潮は、コズミック・イラでも変わらず残っていたが、プラントにおいては、

 婚姻は生命を育む行為であり、同時に、目的と意思を伴った、社会的生産であった。

 自分たちが生まれてくる理由を予めもったのがコーディネイターという人々であった。

 それならば、生み出す子供たちに、目的を与えようとするのも、彼らのアイデンティティを思えば自然と成せる事であった。

 

 「サイがうらやましいかな? 好きな人と婚約できたんだもの」

 「でも、ミリィ、婚姻できなくたって、好きにすればいい。愛ってそういう……!」

 

 「だめだよ――ケーニヒの家とハウの家、絶やすのって、ダメなことだよ。これからプラントをずっと続けていこうって言ってるのに」

 

 互いに、プラントの勃興に関わった家の血筋である。

 

 

 これから、トールとミリアリアは、プラントの未来を築く柱にならねばならなかった。

 

 だから、婚姻のできない恋愛をいつまでも続けていくわけには行かないのを、二人は理解していた。

 

 「でもさ……」

 「いいの――でも、そうだな。 お互い子供は別の人と作って――とか、いいかな?」

 「……それって、ナチュラル的だな」

 

 今度は二人揃って苦笑した。

 

 明日があるとも知れぬ戦場。

 昨日友が死に、今日は別の友が行方知れずになり、明日はわが身かもしれない。

 

 それでも、彼らは未来を見詰めていかねばならなかった。

 

 

 

--------------------------------

 

 「ポリツェフはまだ学校があってさ! 女子学生とか時々慰安で来てくれてさー」

 「おお!」

 「な、キャラオケいったらサ……イケたらナンパしてみよーぜ? ニコル、お前はどんな子が好きなの?」

 「ぼ、僕は……その、女性的な人かな……」

 「巨乳か!」

 「な、なんでそうなるんですか!」

 「ディアッカは?」

 「うーん、刺激的な子かな」

 「巨乳か!」

 「ビンゴ!」

 

 ラスティはアッという間に、少年たちに打ち解けた。

 

 ソレを遠目に大人たちが見ている。

 「いいねー若いって」

 バルトフェルドがいった。

 「ああ……いいな」

 クルーゼが呟いた。

 「……!?」

 とても珍しいものを見たような顔で、バルトフェルドがクルーゼを見た。

 「フン……」

 と、クルーゼはそ知らぬ顔でどこかに行ってしまった。

 

 

 

 

 「……?」

 クルーゼが、アークエンジェルの廊下を歩いていると、赤い髪の少女に出会った。フレイだ。

 「あっ……」

 「何を眺めているのかね」

 フレイはじっと、外の景色を――遠方をじっと見ているようだった。

 「外の景色を……その、コレくらいしか気晴らしがないから」

 「……そうか。 また、戦闘になるかもしれんが。もう直ぐ安全な街に着く。暫くは休めるだろう。君もイザークと外出するといい」

 「……ありがとう、ございます」

 フレイはいった。

 そして、

 「――あの、イザークが、あのモビルスーツに乗るって」

 と、続けた。

 「ああ……操縦技術や戦闘について色々聞かれているよ。 君は、止めないのか?」

 「私が言って、止まる人じゃないから――あの、彼をお願い! ……お願いします」

 「フム……」

 お辞儀をするフレイをクルーゼは見た。

 そして、こくり、とうなずいた。

 

 フレイもクルーゼを見た。

 「あの……ありがとう」

 そして、改めて、礼を言った。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

 「お世話になりました」

 「ええ、キラ様。 またお会いできる事を祈っておりますわ」

 「――僕も」

 

 ラクスとキラは握手を交わした。

 

 「キラ様、お車のご用意が出来ました。 お話はお分かりですね?」

 オルガが、キラを招いて、メモを手渡した。

 

 「え、ええ……」

 「貴方はオーブ軍に保護されるまで、近くの無人島に漂流していた……ラクス様のお名前はくれぐれも出されぬように」

 「コレだけのご好意を頂いたのですから……」 

 「うふふ」

 ラクスが微笑む。

 

 「貴方と、そのお友達が、いつか平和に手を取り合える日がきますように」

 「今度は……あなたと……いえ」

 「……? どうかなさいました?」

 キラは顔を曇らせた。

 「いえ、その友達ともそういった約束をして、戦場で会う事になったので……」

 「まだ、わかりませんわ?」

 「ラクス……」

 「約束してください、キラ? ――またわたくしに会いに来てくださいね」

 「必ず……」

 

 

 赤いザフトの軍服を着たキラは、車に乗り込んだ。

 

 

 「世界は巡る――キラとも、運命が導くなら、また会えるでしょう」

 

 

 

 

 そのときを待ちわびて、ラクス・クラインは時間を進めるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 21 「月下の狂犬」

----------------------------

 

『今戦っている敵はエースパイロットなのだという。

 月下の狂犬という異名を持つ、モーガン・シュバリエ。

 聞いた名前の気がするが、覚えてないという事は、忘れたがっているということにしておこう』

 

----------------------------

 

 

 モーガンの母船、レセップス級地上戦艦 寒冷地改修型『バルテルミ』。

  

 ――その隊長室。

 

 部下の女性隊員が、補給されたモビルスーツの資料を持って訪れたところ、

 モーガン・シュバリエは、宇宙でのイージスの戦闘を録画した映像を見ていた。

 

 「失礼します――これは、イージスという機体の戦闘の様子ですか?」

 「ああ、作戦前にもう一度確認しておきたくてな――しかし、凄まじい」

イージスの鬼神の如き戦いぶりが其処には映し出されていた。

 サイ・アーガイルが負傷した際の戦闘の映像であった。

 

 「ホルクロフト。 俺は以前にも一度だけ、こんな戦い方を見た覚えがある」

 「え?」

 「まだ、ザフトが軍隊の体を成してなかった頃だ」

 とモーガンは語り始めた。

 

 「連合のモビルアーマー部隊と、出来たばかりのモビルスーツ部隊がカチ合わせたことがある」

 「――公式発表より以前にモビルスーツ戦闘が行われていたという……あの戦闘ですか?」

 「ああ、そのとき俺は教官兼、指揮官でな? あの時も酷かった。 敵は、あの第八艦隊の一部隊でな。 艦3隻とモビルアーマー20機超を要する大部隊だったが、こちらは10機のプロトタイプのジンとローラシア級と輸送艦一隻ずつで――結局生き残ったのはズタボロのローラシア級とジン二機だけだった」

 「しかし、その戦いは確か、隊長の采配のお陰で敵軍を一機も漏らさず殲滅できたとか……そのためモビルスーツの機密は漏れることなく、その後の作戦を遂行できた……と聞いておりますが」

 「フン……俺は何もしていないさ。 やったのはその二機。 グゥド・ヴェイアと、アレックス・ディノの乗った機体だった。 二名とも今は死んでるがね」

 

 グゥド・ヴェイア。

 開戦初期のザフトを支えたエースパイロットで、血染めの英雄と呼ばれた伝説の兵士である。

 赤くペイントされた機体に乗り、多くの戦果を挙げた。

 ザフト・レッドの制服が、アカデミーの優秀者と、特務隊に送られるようになったのは、彼の栄誉を称えてのことだった。 

 

 そしてもう一人、アレックス・ディノ。

 パトリック・ディノの息子――テロで死んだと聞いたが、生きていれば、優秀な兵士となっていただろう、とモーガンは思っていた。

 

 「SEED論……遺伝子を残そうとする生命の覚醒。 ジョージ・グレンが熱心だったニュータイプ論にもう一度火が付いていた頃だった。

 ディノ委員長は、そういった戦場で異常なほどの覚醒状態を保てる兵士たちを”種子を持つもの(ハイヤーシード)”と呼んでいた」

 「まさか、相手はナチュラルですよ? あの、イージスに乗っているパイロットがそうだと?」

 部下がいった。

 

 「いや……。 ただ、そういう敵が相手となる、と思うようにしているのさ。 でなければ、俺は只の負け犬だよ」

 

 

-----------------------------

 

 

 

 「イージス・プラス計画?」

 「他の4機が盗まれちまったからな、急遽組み直された、イージスの強化プランだ」

 

 ドックでミゲルが、アスランに武装の説明をしている。

 「A型、B型、C型の用途に応じた武装を使い分ける。 それぞれの部品を組み合わせて利用もできるし、やろうと思えば全部乗っけられるぞ。

  ――まぁ、そいつぁ大気圏内じゃ重すぎるがな。今回はクルーゼ大尉の指示でC型の特殊兵装を装備している」

 アスランはイージスを見た。

 イージスの頭頂部にある、鶏冠の部分に、追加パーツが装着され、額のブレードアンテナも、縦に二本新しく取り付けられている。

 肩の部分にも追加装甲のようなものが施され、背中にも大気圏内用のブースタが取り付けられている。

 しかし――。

 「見たところ、アンテナの形が変わっているところ意外は、普通の装備のようだが……」

 「んふー。 ところがどっこい……ま、説明するからコクピットに上れよ」

 「ああ……」 

 「クルーゼ大尉のスカイ・ディフェンサーもようやく調整が済んだからさ……連携してやることになるんだけど」

 アスランとミゲルはコクピットから下げられたリフトに登った。

 

 

 

 

 

 「――がんばるねぇ、彼」

 その様子をドックの隅から見ていたラスティが言った。

 「アスラン、まだ体調が戻ってないのに」

 ニコルが心配そうに言った。

 「……なんどか話してるんだけど、時々ボーっとしてるし。 アイツ、その内ストレスでおかしくなっちまうよ?」

 「ええ……僕たち全員、アスランには頼りっぱなしで」

 

 アスランは、働きづめだった。

 モビルスーツの整備に、調整。 ジン・タンクの改造。

 彼の技術者としての技能がそれだけ素晴らしいということでもあるが。

 

 「……イザーク、彼女貸してあげれば?」

 「な!? 貴様!」

 「ん、まあマジメな話さ。 そーいうのも必要かもって事」

 「な……ンム」

 イザークが黙り込んだ。

 「――ア、悪い悪い! ……ま、今は俺たちも出来る事やって、セーゼー、手伝ってあげましょ?」

 ラスティはジン・タンクの方へと向かった。

 「……待てよ! 操縦の続きを教えろ!」

 

 イザークもラスティと一緒に向かった。

 

 

 「イザークまで……僕も、しっかりしなきゃ――」

 仲間達が、どんどん戦争へとのめりこんでいってしまう。

 ニコルは、そんな彼らを見つめるしか出来なかった。

 でも、見つめ続けていなければならない。 そんな使命感みたいなものも感じていた。

 

 

 ニコルがそんな事を思っていると、ディアッカがドックまでやってきて、皆に呼びかけた。

 「おい! ユーラシアからデータ通信があったぜ! 何日か前のプラントで流れた映像らしい」

 「え……?」

 作業中だったアスランもその声の方向に思わず振りむいた。

 

 

----------------------------

 

 

  ディアッカが、艦内放送用のモニターをつける。

 アスランやミゲルらメカニックも、作業の手を止めて、モニター前に集まった。

 「この間の追悼式典の映像らしいぜ」

 ――そこには、ディアッカの言ったとおり、血のバレンタイン犠牲者への追悼式典の映像が流れていた。

 

 (父上……!?)

 アスランは目を丸くした。

 モニターの中には、彼の父――パトリック・ディノが映し出されていた。

 

 

 アプリリウスの慰霊碑の前に作られた演壇に、パトリックは登った。

 

 マイクを前に、鋭い目をして、軽く息を吸ってから、彼は弁を始めた。

 

 

 『――あの痛ましい悲劇から、1年の時が経過しました。

  しかし、事態は解決は愚か、ますます戦火は広がる一方です。

 

  あの日、連合の卑劣な核の炎によって、プラントの一つが破壊され、

  多くの尊い生命が失われました。

 

  それ以来、我らは一丸となって、連合の暴挙に抵抗して参りました。

  されど、可能な限り平和的な解決を! 母なる地球に住む彼らを、我らが祖として思うがこそ!』

 

 

 

 「――ずいぶんと、上から目線だな」

 その映像は艦内放送で艦全体に流されていた。

 ブリッジで、その演説を見ていたバルトフェルドが思わず漏らす。

 「ええ……」

 ダコスタもうなずいた。

 

 我らが祖と思う――それは、自分たちとは異なる”種類”として思う。

 人間がサルを原人と呼んで区別するかの如くである。   

 ダコスタは、その演説から透けてみえるパトリックの思想に嫌悪の表情を浮かべた。

 

 

 

 『にもかかわらず! 地球連合は未だに我らを虐げ! 暴圧しようとしている!

  しかし、我らは決して屈してはならないのです!

  それはザフトがあるということです! 地球連合の横暴を決して許してはならない!』

 

 「ザフトがあるって……」

 やる気マンマンだな、とミゲルは思った。

 

 「コペニルクスや世界樹の事は棚に上げるか……精々思いあがるがいいさ……」

 スカイ・ディフェンサーのメンテナンスをしながら、クルーゼはパトリックの演説を冷笑した。

 

 

 

 『もともとは、地球連合が浅ましくも、貪欲に我らの技術を求め、資源を欲し! プラントから不当に搾取せしめんとした事に起因があります!

  かかる仕打ちをなんと言うでしょうか!? それは、植民地からの搾取! 収奪に他ならない!!

  プラントは地球の植民地として作られたのではない! 我らコーディネイターが未来への! ――いえ、人類全体が新世界を創造する為に作られた基地であったはず!』

 

 

 「これが……敵……?」

 イザークは、その演説を見て呟いた。

 

 アスランは、それを聞いて視線を落とした。

 アスランの肩が、自然と震える。

 

 

 

 『しかし、地球連合は贖罪せぬばかりか、食料の自給自足の禁止など、一方的な束縛を強いてきました!

  そもそも地球連合に属する国家は何の為に在るのかっ!? コズミック・イラとなってからも、

  互いの権力闘争に興じ! 日に日に資源を枯渇させ! 一方で徒に人口を増大させ! 

  我らにその肩代わりをさせようするその厚顔無恥な存在は、もはや単に重荷であるだけの圧制者でしかない!!』

 

 「――これ、追悼式典ですよね?」

 「戦意を煽動しているようにしかみえねえ――決起の演説だぜ、こりゃ?」

 過激なパトリックの演説に、ニコルやディアッカも眉を潜める。

 

 

 

 『しかし、彼らがその様な愚行に出ているのは何故か! 

  我らが恐ろしいからです! 我らに取って代わられるのが怖いからです!

  故に、地球連合は我らをあらゆる方法で縛りつけようとしている!

  宇宙の片隅においやって、支配しようとしている!

  ――我々とて、戦いたくて戦っているのではない!

  しかし! 鎖と隷属の対価で購われるほど、命は尊く、平和は甘美なものでしょうか!?

  否ッ! この宇宙に生きる生命の尊厳に掛けて、断じてそうではない!

  他の人々がどの道を選ぶのかは分かりません! 

  しかし! 私について言えば、私は自由を求める! そして正義を求める!

  然らずんば死を! 

  故に、私は、この宇宙に生きる、未来と、歴史と、生命と、自由と正義に、この身を捧げる所存です!

  わが身、我が死――ザフトの為に!』

 

 どっと、会場が沸いた。

 

 

 「おっ……!?」

 余りの迫力に、イザークが息をのんだ。

 

 

 

 

 ――パトリックがそう思うか思わざるかは分からなかったが、見事な戦意の鼓舞であった。

 熱狂が、追悼式典を包んだ――。

 

 

 

 ”ザフトの為に!” ”ザフトの為に!”

 

 シュプレヒコールが、ザフト側関係者から相次いで行われる。

 それを見た最高評議会議長、ウズミ・ナラ・アスハが顔をしかめている。

 

 

 「プラント――今こんななの?」

 「この場面だけ見るなら、地球の軍事政権と変わらんな」

  ラスティとイザークがいった。

 

 

 (父上……!!)

 アスランは画面から目を背け、ドックから出て行った。

 

 「え、アスラン!? ……どうしたんだろ」

 ニコルがアスランの背を目で追った。

 「元はアイツもプラントの人間だ……面白いことではないだろう」

 イザークが言った。

 

 しかし、ニコルにはそれだけではない、何かがあるような気がして、釈然としていなかった。

 

 ラスティもそんなアスランの様子を、ちらりと目で追っていた。

 

 

 

 

 「あっ……」

 と、ニコルは、再度画面に目を落とした。

 ダークグリーンのスーツを着た、カガリ・ユラ・アスハが登壇したからだ。

 

 

 『まずは、皆さんと一緒に――犠牲者の方に心からの哀悼の意を送りたいと思います』

 カガリは、そっとささやくような声で言った。

 パトリックとは対照的である。

 

 『別れは……悲しい事です、故に――』 

 カガリは、祈るように、犠牲者への、戦没者への想いを黙祷した。

 

 ――シュプレヒコールで沸いていた、会場の熱が、そこで一旦冷める。

 

 「……やるじゃん、あの姫様」

 「そうですね……」 

 ディアッカの言葉に、ニコルがうなずいた。

 

 パトリック・ディノの顔が画面に映し出された。

 

……表情から、その全てを伺う事はできないが、

 パトリックの顔には、政敵の娘に対する敵愾心が何処となくあふれているようにニコルには見えた。

 

 

------------------------------

 

 

 

 「父上……!」

 誰もいないところまで来ると、アスランは壁を殴った。

 「まだ、戦おうと……言うんですか! あなたは!」

 

 言いようの無い怒りと失望が、アスランを包んだ。

 「なんで、そんなに戦いたいんですか……俺は!」 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 旧暦の時代に、食い尽くされた、資源の泉。

 

 モーガン・シュバリエはアークエンジェルを待ち伏せる為に、そこに陣取っていた。

 

 「鉱山の穴がモビルスーツを隠してくれる……ザウートは雪の中に隠せ」

 「ハッ!」

 

 部下たちが、手際よく待ち伏せの為の準備を進めていく。

 「シュバリエ隊長! ラミアス司令からの補給です!」

 と、部下の一人が補給品のリストを持ってきた。

 「ほう……これは……間に合わせてくれたのか、マリュー・ラミアス」

 

 モーガンは、補給物資を届けてくれた艦に足を進めた。

 

 「――隊長専用にカスタマイズされた機体です」

 「うむ……」

 

 そこにあったのは、強化されたバクゥだった。

 モーガンのアイディアを取り入れ、細かい調整と改造がなされている。

 

 「専用機なんてのは、不合理だと思っていたがな……アレだけの敵相手では、こういうのも必要だろう」

  

 モーガン側の戦力は、バクゥ5機。 ザウート4機。 ジンが4機とグゥルが2機。ホバートラック2台、陸上戦艦 1。

 十分にアークエンジェルを仕留められる戦力であるとモーガンは思った。

 

 「さて、狂犬(マッド・ドッグ)部隊の諸君……あのお御足に喰らい付くぞ!」

 

 モーガンは吼えた。

 

--------------------------------- 

 

 パイロット用のロッカールームに、アスランとクルーゼは詰めていた。

 ノーマルスーツに着替えながら、クルーゼはアスランに話し始めた。

 

 「もう間もなく、敵が待ち伏せていると推測されるポイントに付く。 作戦を説明するぞ」

 「はい!」

 「……どうした? いつになくやる気だな」

 妙に返事が早く、声に力が篭っている。

 そんなアスランの様子に、クルーゼが訝しげに言った。

 「いえ、そういうわけでは?」

 「……? 無理をするなとも言えんが、平静は保つようにな」

 

 アスランの肩をクルーゼが叩いた。

 少しばかり、鬱陶しげにアスランはクルーゼの顔を見る。

 「――大尉は、何故戦うんですか?」

 アスランは、前にも聞いた質問をクルーゼにした。

 「突然だな? 前にも話したと思うがね?」

 「イザークも……ラスティも、みんな戦う理由がある、亡くなったレイ・ユウキ提督も」

 「――それで、私の戦う理由を聞けば、君が戦う理由も――”口実”も見つかるのかね?」

 「!? それは――」

 アスランは、クルーゼの思わぬ言葉に絶句した。

 

 「君は疲れているようだが……それだけではないな」

 「え……?」

 「君は、疲れ果てている。 だが、それでも戦場に立っている。 最初は私も艦長と同じ、友人への責任感からと思っていたがね」 

 「俺は、ただ……!」

 「私には、君は戦う理由を求めているように見える――しかし、その理由が自分でもわからんのではないか?」

 「……」

 「……君は何者だ? アスラン・ザラ?」

 今度はクルーゼが、アスランに以前も聞いた質問をした。

 

 「大尉……」 

 

 なんども、逃げたくなった。

 立ち上がれなくなるほどに。

 それでも、本当に戦いを拒否することは無かった。

 なぜか?

 アスラン自身にもそれは分からなかった。

 

 

 

 

 だが――今は……おぼろげながらアスランはその理由が見えた気がした。

 

 

 

 

 (父上……!)

 

 

 ずっと、彼は父の呪縛から逃れられていないのだ。

 アスランは、俯いて、ぐっと拳を握った。

 「……今は、コレまで通り、友人を守る為に戦い給え」

 その様子を見てか、クルーゼがアスランにそっと諭した。

 

 大尉、とアスランが顔を上げてクルーゼの顔を見た。

 

 

 彼は余計な詮索をしない。

 アスランの目の前には、到底伺い知れない、サングラスに隠れた彼の瞳があるだけだった。

 

 

 

 「――では、いいかな? 敵の狙いは恐らく……」

 クルーゼは、そのまま作戦の説明を始めた。

 「はい――」

 アスランも、パイロットスーツを身に着けながら、その説明に耳を傾けた。

 

 

-------------------------------------

 

 「アスラン? 調子はどう?」

 イージスのコクピットに座ると、ラスティが声を掛けてきた。

 「クルーゼ大尉の指示通りコッチも動くからさ……面倒見てね、イージスで」

 「ああ……任せてくれ」

 「およ?」

 アスランの強い返事に、ラスティが、素っ頓狂な声を上げた。

 「どうかしたか?」

 「いんや……まあ、気をつけてね」

 

 

 

 ガン・ガランからポリツェフドームに至る途中、針葉樹林の森(タイガ)がプツリと切れる。

 鉱山開発された地区にアークエンジェルは突入した。

 

 「イージス・プラスのC型装備は司令官型装備(Commander)だ。イージスの持つ指揮官機としての能力を更に発展させている。 やり方はもう大丈夫か?」

 出撃前のアスランに、ミゲルが無線で聞いてきた。

 「わかっている」

 「システム展開中はOSに負担が掛かりすぎるから、動作が重くなる可能性がある。 下手したらイージスの動きが止まるから、くれぐれも注意してくれ」

 

 

 

 

 「――アスラン、この先に待ち伏せするポイントがあるとすればどこか分かるかね?」

 と、今度はクルーゼから通信が入った。

 「鉱山のあったところですか?」

 「ああ、あの穴にモビルスーツを隠すのが、有効な戦法といえるからな」

 「その敵の、裏を掻くということですか?」 

 「艦長のアイディアだ。 ザフトはスタンド・アローンのモビルスーツ戦闘に長けている――が、それは各個戦力の集まりに過ぎん。 C型装備のレーダーと、スカイ・ディフェンサーでB型装備――筒をこちらがやる。 目は頼んだぞ」

 「筒と目ということは……狙撃ですか? ビームで!?」

 「B型のスマート・ガンと――君ならできるさ?」

 クルーゼはそういうと、通信を切ってしまった。 

 

 アスランは、その言葉を聞いて、もう一度レーダーや装備の準備を始める。

 

 

 (ミラージュ・コロイド・モーショントラッカーOK・ヒートシーカー準備、スーパー・アクティブ・ソナー準備……システム、クルーゼ大尉のスカイディフェンサーにチェック、B型をリ・ドッキングする際には一部レーダーは解除……)

 

 ――地球軍が作り出した、イージスの装備はかなりのものであった。

 

 (――コレをナチュラルが……か、なら、本当は振り回されているのはザフトなのか……?)

 

 と、チェックを終えたアスランの元に、仲間達から次々と通信が入る。 

 ここ最近、元気のなかったアスランを心配しての事だった。

 

 「アスラン、此処をくぐりぬけられたらキャラオケだぜ!」

 「アイマン軍曹……了解です」

 「アスラン! こっちもお前の”目”からの情報は全部モニターする、クルーゼ大尉にもバッチリ渡すから、安心してくれよ」

 「ディアッカ……頼む」

 「あのよ、ポリツェフに付いたらなんか上手いメシでも食いにいこうぜ――あとは女の子でもアサりにさ」

 「え?」

 アスランが聞き返した。

 「たまにはさ? ……今日のお前、なんか気張ってるぜ?」

 「そんなことはないさ……」

 アスランは、モニターのディアッカからまた目をそらした。

 彼は人間関係に淡白に見えて、こういうところに敏感なのだ。

 「……それじゃ付き合えよ?」

 「ああ――」

 

 アスランは、息を吸った。

 

 

 「イージス、発進準備完了、どうぞ!」

 

 

 

 「アスラン・ザラ――出るッ!!」

 イージスが、月下に舞う。

 

 

 

 

-------------------------

 

 

 

 冬のシベリアの日暮れは早く、あっという間に太陽が隠れる。

 

 

 月の明かりがおぼろげに、アークエンジェルを照らしていた。

 

 

 

 

 その輝く月に導かれるように、”巣穴”から、狼たち――いや、狂犬たちが顔を出した。

 

 

 

 

 

 「ザウート隊、準備――」

 モーガンが無線で指示を送る。

 

 

 

 と――。

 

 

 「いや、イージス! ――単機で降りてきた?」

 

 モーガンが構えた。

 

 イージスが、アークエンジェルから出撃し、地上に降下する。

 

 

 

-------------------------

 

 十キロほど、アスランのイージスが先行し、アークエンジェルはゆっくりとその後ろを追った。

 ――轟々とした、アークエンジェルの飛行音が鳴り響いていたが、辺りは静まり返っているようにアスランには見えた。

 

 

 アスランは、バーニアを噴射し、そっと地上に降り立つ。

 時間を掛けて調整したおかげで、以前のようにバランスを崩す事は無い。

 

 

 ――イージスが地上に降り立つ、その様子を、モーガン・シュバリエも見ていた。

 バクゥの機体自体は、イージスの周りに数十はある、廃坑の穴倉に隠れているが、

 地上で同じく雪原の中に隠れているホバートラックのカメラが、イージスを見張っていた。

 (やはり、か――)

 

 イージスがしっかりとした動作で大地に降り立つのを見て、モーガンは前回しとめられなかったのは痛手と思わざるをえない。

 だが、しかし、それも対等の立場になったに過ぎない、とモーガンは思った。

 

 (装備が違っているな――)

 前回とは異なり、大気圏内用のブースターらしきものを取り付けているほか、ブレードアンテナの形状も変わっている。

 局地専用に換装してきたのだろうか?

 (――先にヤツだけ出てきたのは、予想通り――だが――)

 

 臭うのだ。

 

 恐らく敵は、奇襲を警戒し、先に索敵の意味も兼ねてモビルスーツか偵察機を出してくる。

 そこまでは、読めていた。 問題はその後。

 (ここで――仕掛けるか――いや)

 「隊長!」

 部下が通信してきた。

 「待て、慌てるな、作戦通り、足つきとモビルスーツを引き離してから、ザウート隊のいるエリアに足つきを運ぶのが役目だ」

 「ハッ!」

 「引き際は各自の判断に任せる。 深追いはするな、連絡を密に――あと、俺が退けといったら退けよ?」

 

 

 

 モーガンの作戦は、先にバクゥ隊をもって哨戒に当たるモビルスーツを攻撃。

 ――敵戦艦が退却した場合はこれをザウート――TFA-2/ザウート、ザフトで使われている砲撃専用機が待ち構えているエリアに追い込む。

 というものであった。

 

 敵戦艦がモビルスーツを援護した場合は、今度がこちらが退却する風を装って、同エリアに誘い込む。

 万が一、先の戦いのように予期せぬ敵の援軍、ないし装備があった場合は――。

 

 (――敵が、進路上、この先のポリツェフに向かう他無いのは分かっている。 最悪の場合は、廃鉱山の中に掘られた鉄道網を使って先回りする)

 と、なればこの作戦の要は進退のタイミングをどう計るか――ということだ。

 

 (何度も場数を踏ませたホルクロフトは大丈夫として、ヒヨっ子も多い――幸いアカデミーでみっちり訓練をつんだ連中だが――あとは俺次第か)

 

 こういうとき、ザフトの体制というのが少しばかり邪魔になるとモーガンは感じた。

 

 

 

 ザフトは個々の能力が総じて高いため、基本的には階級が無い。

 それぞれの知識レベルと判断力の高さから、指揮系統がある程度分散していても、問題が無いため、柔軟な戦術が取れるのだ。

 初期のザフトが義勇兵(ミリシャ)然としていながら、地球軍に早期から対応できたのは、そのような型に囚われない思考ができたからだ。

 

 しかしながら、軍隊というものは、命令を集団で遂行し、戦果につなげるものである。

 

 

 昔から、よく言われている言葉を、モーガンをこの戦争の最中何度も思い出した。

 

 

 

 『兵は働かない無能に限る、ただ命令を遂行するから。

  将は働かない有能に限る、楽をする為の最低限の努めはして後は兵に任せるから。

  参謀は働く有能に限る、作戦の準備を最善の状態まで行うから。

  そして、働く無能は迷惑だから軍隊に入れてはいけない』

 

 しかし――

 

 『一見すると、働く有能は参謀意外も務まるから、働く有能だけ軍隊に迎えれば良いように思える。

  しかし、働く有能は兵にすると将の言う事以上に動き、将にすると兵に任せず失敗する。

  働く無能と化してしまうのだ。 だから、働かないものを有効に活用するのが戦略である』

 

 ――ザフトの事ではないかと、思ったくらいだ。

 

 (思えば、ザフトは”軍隊”として見れば、効率的な面のみ優先してきたが、実際は強いのか弱いのか分からんところがあるな――)

 

 モーガンが、そう思えるのは、青年期以降の人生の全てをプラントの自警団――今で言うザフトの設立までに費やしてきたからである。

 

 

 

 

 

 モーガンは、既に壮年とも言える年に差し掛かっていた。

 

 まだ、出来上がってから半世紀も経ってないプラント――コーディネイター社会の中では、年長者の部類に入る世代であろう。

 彼は、地球出身の第一世代のコーディネイターで、ザフトに入隊する前も、地球で軍人をしていた。

 

 モーガンの両親は、息子をただ健康で優秀な人間にしたいと思って、遺伝子操作を行った。

 その両親は、彼が成人する前に病気で無くなった。

 

 そんなワケで、彼は手っ取り早く収入を得る為に、地球でも、その頭脳や肉体を活かして職業軍人をやっていた。

 若かった彼は、見る見るうちに地球軍でも頭角を現して、人類初の宇宙艦隊の設立にも深く関わった。

 

 ――しかし、彼は、地球軍に居られなくなった。

 理由は簡単だった。

 コーディネイターだったからだ。

 

 

 地球軍は彼を追い出しておきながら、いざ戦争が始まって彼がザフトに加わると

 ”飼い主に噛み付いた犬”と彼を罵った。

 

 彼にしてみれば、ザフトも地球軍も生きる手段でしかなかった。

 戦いの中に身を置く事は、彼の生を実感する事であったし、時代が求めることでもあった。

 

 彼は、軍隊というものに、自分の人生を重ねていた。

 勿論、コーディネイターとしてのアイデンティティや、ザフトという政治理念への共感は強くある。

 しかし――。 

 

 (結局、俺は負け犬になりたくないだけだ――軍隊をやるだけしか出来なかった人生で――それが生きがいというものだ)

 

 コーディネイターという歴史が始まって、最初の世代とも言える彼は、一種そういった同年の仲間に比べて、

 自身の境遇や人生に、ある種の引け目を感じていた。

 宇宙に出る選ばれた新人類であるはずのコーディネイターであるにも関わらず――彼は戦争や軍隊というものでしか生きてこられなかった。

 

 だからこそ、パトリック・ディノ達と一緒に、ザフトという組織を一から作り上げてきたのは彼にとっての生きがいとも呼べた。

 

 それが、彼の年齢や功績と反比例して、前線に立たせている動機でもあった。

 ――ザフトの上層に入るには、地球の軍隊にいた期間が長すぎる、というのもあったが。

 

 

 

 『前線に出るのは構わないが死ぬんじゃないぞ? 君は貴重なのだ――』

 

 

 

 開戦時にパトリック・ディノから言われた事をなぜかモーガンは思い出していた。

 

 

 

 

 しかし、今は勝つ事だけを考える。

 自軍の弱点、利点をモーガンは計算しつつ、イージスの様子を再度伺った。

 

 

------------------------------------

 

 

 (それにしても、イージス、何をしている――)

 イージスは、この前とは違い、バーニアで飛び跳ねることはせず、ゆっくりと歩を進めている。

 そして――

 

 「……?」

 

 イージスは突然、立ち止まると膝を付いた。

 そして、地面に掌を付いた。

 

 「――!?」

 モーガンは何かと思ったが、イージスはと言えば、その後微動だにせず、地面に屈んでいる。 と、その掌にあたる部分には、追加で装着されたと思われる、スパイクのようなものが付いていた。

 

 

ポーン、と機体に振動のようなモノを感じて、モーガンが咄嗟に仲間に叫ぶ。

 「!? 各員 動くな! ソナーだ!」

 「えっ!?」

 「ソナーですか!?」

 

 超音波を発し、その反射で物体の有無を確認する。

 海中探査に用いられるものだが、それと同様の装置を地上に突き刺すことで、音紋索敵用のアクティブソナーとなる。

 イージスに詰まれたものは、予め登録しておいた敵兵器のエンジンや駆動音を識別・分析する機能があった。

 

 「――クルーゼ大尉! 周囲にモビルスーツ5! 座標、機種、解析――大尉とアークエンジェルに送ります!」

 「了解、地下のモビルスーツの詳細な位置はアークエンジェルの解析を待つとして、周囲にトラックも2台か――そちらから行く!」 

 

 と、今度はクルーゼの機体――スカイ・ディフェンサーがアークエンジェルから飛び立った。

 

 「戦闘機!?」

 「見たことないタイプのようです!」

 

 偵察用に地上に出ていたホバー・トラックのパイロットが言った。

 そして――

 

 クルーゼは、アークエンジェルから飛びたつや否や、上空で、ザフトのホバークラフトに向けて大きく旋回した。

 そして、狙いを定めると、ビーム砲を発射した。

 

 シュバッ!

 大気圏内にも関わらず、クルーゼの狙いは正確だった。

 

 「イージスのビームライフルより出力が弱い筈なのに!」

 アスランは感嘆した。

 クルーゼは地上で放つビームの誤差も計算に入れて、射撃を命中させていた。

 

 バババッ!

 

 2台のホバートラックはビームの直撃を受けて次々に爆発した。

 

 と、モーガンたちが見ていた地上の映像もパタリ、と消える。

 「地上のカメラが止まった? トラックがやられたか!?」

 「た、隊長!」

 「……俺が地上に出る! お前たちは待機しろ! 位置が割れている可能性がある」

 「ハッ!」

 モーガンは、廃坑の穴から、専用のバクゥを出した。

 

 

 

 「ゼルマンから貰ったデータ、ここの地質ならば、仕留めることもできる――」 

 ホバー・トラックを仕留めたクルーゼは、再度上空で大きく旋回した。

 次の狙いはモビルスーツである。

 

 

 と、今度は地上に飛びだしたモーガンのバクゥが、アスランのイージスへと向かった。

 「――隊長機か!」

 ソナーを使う為に屈んでいたイージスは、すぐさま立ち上がり、咄嗟に後方に跳ねた。

 と、同時にモーガンも跳ねた。

 

 (噛み付いてくる!?) 

 バクゥの足が、雪原を跳ね飛ばして跳躍した。

 その動作は四足動物型とはいえ、あまりにも生物的で、アスランが”獣に噛み付かれる”という錯覚を覚えるほどだった。

 

 「ちぃ!」

 アスランはシールドを構えて――ビームサーベルを回避した。

 「ヘァアーッ!!」

 すれ違いざまにイージスもサーベルを振り上げる。

 

 「っ!?」

 すんでのところで、モーガンのバクゥも回避する。

 

 バクゥはイージスを飛び越えて着地すると、そのまま雪原を疾走して、イージスから距離をとった。

 イージスは格闘用のクローを展開すると、盾を構えながらジリジリとモーガンのバクゥに近づいた。

 

 モーガンのバクゥも、ビームサーベルの刃を短く展開すると、ゆっくりと、うかがうようにイージスの周りを迂回した。

 

 さながら、その光景は、獅子とそれを狩る部族の戦いのようにも見えた。 

 

 (――そうだ、こっちへ来い! ――戦闘機は――迂回しているな、こちらの母艦の砲撃でも警戒しているのか)

 

 ――モーガンのバクゥは引いた。 待ち伏せ地点までおびき寄せるつもりなのだ。

 

 「ジンを出せ! 足つきをケツから叩く! おびき寄せるぞ――来い イージス!」

 「逃げるか!?」

 

 

 モーガンが指示したとおり、イージスの後方を進むアークエンジェルの元には、雪原の中に隠れていた寒冷地仕様のジンが2機、グゥルという支援飛行機に乗って、現れた。

 

 「艦長! ジンが二機、後方に!」

 イザークが、バルトフェルドに敵機の反応があることを告げた。

 グゥルと呼ばれる飛行支援機に乗ったジンは、ライフルを構えて、アークエンジェルの後方にぴったりとついていた。

 「ドダイに乗っているのか! クルーゼ、戻れるか?」

 バルトフェルドは飛行するジンの迎撃の為に、クルーゼを無線で呼ぶ。

 『ああ艦長、こちらでも把握している――だが、この配置――艦長、恐らくは二段構えの待ち伏せだ。アークエンジェルは前進してもらえるか』

 「――なるほどな! 了解した!」

 

 

 

 モーガンのバクゥは、イージスを徐々に目標地点までおびき寄せる事に成功していた。

 (来るか、イージス! ――だが、なんだ、戦闘機がまだコッチにいる?)

 モーガンは、クルーゼのスカイ・ディフェンサーの様子を訝しんだ。

 バクゥがアークエンジェルの後方についているのに、そちらに戻る気配が無いのである。

 (足つきもこちらに向かっている――上手く行き過ぎているか? それにあのジンモドキは――積んでないのか?)

 

 「トゥェエーー!!」

 アスランが、イージスのシールドに新しく詰まれた武装に手を掛けた。

 「ヌッ!?」

 モーガンが警戒して跳ねた。

 

 トゥルルル!!

 「ビーム……ブーメランか!?」

 

 データで見たことある装備だ。

 X-105ストライクに積まれているのと同じタイプの武器――ビームブーメラン「マイダスメッサー」である。

 「こしゃくな! ぬおっ!?」

 ビシュウッ!

 バクゥがその攻撃を避けた瞬間を狙って、イージスが更にビームライフルを撃ってきた。  

 「やるっ! 上手い――が!」

 ――次の攻撃をモーガンのバクゥは読んでいた。

 ビームブーメランは牽制、ビームライフルでその隙を突く――と見せかけて、そこまでが牽制!

 

 「後ろからやる気かッー!!」

 

 ――投擲された、ビームブーメランは、弧を描いてモーガンのバクゥの背後へ向かってきていた。

 モーガンは真上にジャンプした。

 ――素通りしたブーメランは、その先にいたイージスの方へ向かう。

 

 自滅!

 

 と、モーガンは考えたが、そうはならなかった。

 イージスに接近すると、ブーメランのビームの刃は自動で消えて、イージスの手元に吸い寄せられるように戻った。

 

 「そうだろうな――!」

 そのような扱い辛い兵器を敵が作るはずもなかった。

 

 「チィッ、あのバクゥッ……!」

 巧にこちらの攻撃を避ける敵に、アスランが舌打ちした。

 エースパイロットと聞いては居たが。

 こちらの思惑が筒抜けである。

 

 

--------------------------

 

 

 「アークエンジェル側の解析完了――データ受信、敵はまだ動いていない――そろそろ、仕留めるとするか」

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーは、敵の位置データを受け取ると、旋回をやめて地上へと急降下した。

 

 クルーゼのスカイディフェンサーは、その機体の全長よりも長い、ビーム砲を装備していた。

 ――イージス・プラス計画で作られた、ビーム・スマートガンだ。

 本来はイージスプラスのB型装備に含まれている。

 B型は――砲撃仕様( Blast-TYPE)である。

 

 

 

 「フッ……狂犬の部隊か――が、地を這う犬も、空に舞う鷹には敵うまい?」

 

 

 スカイ・ディフェンサーはその装備を運搬、そして――併用できるようになっていた。

 

 

 「――そこだッ!」

 イージスから送られた、スーパー・アクティブ・ソナーのデータを元に、クルーゼは砲を放った。

 

 

 バッシュウウゥウウウウウ!!

 

 ビーム・スマートガンから、ストライクのアグニ、イージスのスキュラに匹敵するほどの火砲が放たれる。

 

 「っ!? 熱源!?」

 穴の中にいるバクゥのパイロットは叫んだ。

 「地面の上から――!?」

 

 ドカァアアッ!!

 

 クルーゼのビームが、”地表を貫き”、地下にもぐっていたバクゥを撃破した。

 「――仕留めた! アスラン!」

 「了解!」

 

 

 「戦闘機があんな砲を!? それに、やはり位置が割れている――バクゥ隊、シベ鉄を使って退避しろ!! 早く!」

 モーガンは、部下のバクゥの撃墜を知ると、残りのバクゥに退避命令を出した。

 「で、ですが!! 隊長一人にイージスを任せるなど!」

 「バカが! 退けといったらすぐ退けといったろうが!」

 

 ――このしばしの躊躇いが、残りのバクゥの運命を決めてしまった。

 

 「させんよ」

 クルーゼは、バクゥの逃亡を把握すると、急いで残りの機体へと向かった。

 

 

 「あ……うわっー!?」

 ドゥウウウ!

 廃坑の穴倉に隠れていたバクゥ達が、次々と、地面の上から狙撃され、撃破されていく。

 

 

 

 「隊長! バクゥが……! こいつら!」

 「ホルクロフト! 貴様は無事か! 貴様だけでもバルテルミと合流しろ!」

 「ハッ……!」

 (ええい――地上のNジャマー対策、ここで、この戦闘でか――)

 モーガンは歯噛みした。

 しかし、それで尚、諦めることは彼はしない。

 戦いとはそういうものだ。

 (が――ホルクロフトは逃げおおせた。 間もなく、バルテルミとザウート隊と合流。まだ足つきは仕留められる――)

 

 

 「アスラン――ソナーのデータからすれば前方20キロの地点にザウートだ! 恐らく敵の地上艦もあるだろう――例の作戦で行くぞ」

 「了解です」

 アスランは、敵の誘いに乗る風にして、バクゥを追い続けた。

 

 

 モーガンのバクゥは、背面にミサイルを背負っていた。

 ズババババ!!

 ミサイルを出来る限り発射し、イージスに向けて放った。

 

 「そんなモノ! ――しまった!? そういうことか!?」

 アスランは、敵の狙いに、気づいてシールドを構え、ブースターを吹かせた。

 しかし、少し遅かった。 

 アスランの視界は、ミサイルの爆煙と雪埃でさえぎられてしまった。

 

 最初から攻撃ではなく、視界を奪う事が目的だったのだ。

 

 「――いただいたぁああ!」

 

 ――モーガンのバクゥが、イージスに一気に飛び掛る。

 煙幕は自分の視界も潰してしまうが、モーガンは敵の位置を経験から予測、把握しすることが出来た。

 このような、大胆な戦術が、彼が”狂犬”と呼ばれたる所以でもある。

 戦士として、兵士として、四半世紀以上を軍人として、前線で戦ってきた、ただ独りのコーディネイターとしての経験がなせる技であった――。

 

 「大丈夫だ――C型なら見える!」

 しかし、イージスに積まれたC型装備は、索敵能力も向上されていた。

 「ヘァアアッー!」

 煙の中、バクゥの接近を、イージスは察知する。

 

 ――並のパイロットでは、把握しても動く事が出来ないだろう。

 アスランには、それが出来た。

 

 ザゥアアッ!!

 

 「なぁっ!?」

 アスランのビームサーベルが、モーガンのバクゥの前足を切り裂いた。

 「こ、こんな動きが……やはり、只者ではない敵だ!?」

 ――退く!!

 頭の中の理屈を飛ばして、モーガンは反射的に機体を引かせた。

 「逃げた!」

 アスランは、イージスをジャンプさせるようにバーニアを噴かせて、イージスを宙に飛ばした。

 

 煙幕の中から抜けて、モーガンを追跡する。

 

 

 

 (来い――コッチだ――!)

 

 

 モーガンが、ザウート隊と母艦、バルテルミが待機する地点まで段々と近づいていく。

 

 そして、イージスも。

 

 そして、また――

 

 「こちらアークエンジェル! ジンのヤツはしぶとい! クルーゼまだか!?」

  アークエンジェルも、サブ・フライトシステムである”グゥル”に乗った二機のジンに追われるようにして、その方向に近づいていた。

 

 (――やれる!!)

 

 

 後僅かで、バルテルミの有効射程圏内である。

 モーガンが勝機を感じた――。

 

 

 

 しかし、

 「アスラン、止まれ、この距離なら十分だろう――B型装備、パージする」

 「了解!」

 イージスは急に歩みを止めた。

 「ソナーで確認できた地点にレーザーポインターを打ち込む! 母艦も恐らく出てくる。 そちらは外すなよ」

 「分かりました」

 

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーはビーム・スマートガンと諸々のパーツをパージした。

 アスランのイージスが地上でそれをキャッチする。

 

 「砲撃管制(Blast Control)モードに切り替え。 長距離射撃準備!」

 

 

 

 

 ――一方、モーガンの頭上を追い越して戦闘機が飛んでいく、クルーゼのスカイ・ディフェンサーである。 

 

 「バルテルミの位置がバレるか!? だが、あのビームがあったとしても、戦闘機程度――ザウート隊、出ろ! 撃ち落せっ!!」

 「出てきたか――なら」

 クルーゼが、姿を現し始めたザウート隊に向けてミサイルを放つ。

 ザウートはそれを難なく撃ち落した。

 しかし、ニ、三発、あさっての方向に向けて撃ったミサイルがあった。

 

 

 ――それはミサイルではなかった。

 敵軍の情報をイージスのC型装備の元へ届けるレーザー・ポインターだった。

 レーザーポインターは、先ほどアスランが使用したスーパー・アクティブ・ソナーと同様のものが搭載されていた。

 

 

 「――クルーゼ大尉のレーザーポインターから情報転送開始。 距離確認――ビームスマートガン、ブラストモード……このビームライフル、スキュラと同じ威力で狙撃が出来るのか……!?」

 アスランがコクピットのコンソールに表示された数値を見て驚く。

 

 ビーム・スマートガンは、メガ・ビームランチャーに狙撃用のレドームを取り付けた武装であった。

 

 ストライクのランチャーストライクに匹敵する火力と、条件さえ揃えばバスター以上の精密射撃が可能であった。

 

 地上でスキュラが使えないイージスの火力を補填する為に考案された装備である。

 

 ――スマート・ガンの砲身部が、エネルギー・チャージを始めた。

 そして、ビームの収束が始まる。

 

 「母艦から――撃つッ!!」

 数秒のチャージ・タイムを終えて、イージスのビーム・スマートガンが閃光を発した。

 

 

 ズブュウウウウウウウ!!

 

 収束された粒子の光線が一直線に光った。

 

 

 「なんだ!?」

 「――当艦に、長距離からビーム兵器!?」

 「宇宙空間じゃ無いんだぞ!? そんなバカな――グァわああアッ!?」

 

 バルテルミの艦橋に、ビームは命中した。

 艦橋に大穴が空き、爆発と、火の手が上がる。

 

 「――爆発でノイズが――エネルギーも再チャージか、流石にそこまで便利なモノじゃないか」 

 連射は不可能なようだった。

 アスランはすぐさま二射目のチャージに取り掛かった。

 

 

 「バルテルミが被弾!? くそッ!」

 『シュバリエ隊長! ど、どうすれば――!』

 「落ち着け! バルテルミは一時退避しろ! ザウート隊は一時坑道に――むっ!?」

 『うわああああああ』

 

 再度、モーガンのバクゥからもビームの光が見えた。

 今度はザウート隊が待機している方向に向かった。

 

 『――カノーネ1、カノーネ2大破!』 

 「なっ!? ザウートが!?」

 『敵の戦闘機が接近! カノーネ4被弾!! 大破!』

 

 敵に作戦が読まれていたのだ。

 ――初段の待ち伏せは恐らく予想はされていたが、二段構えでの待ち伏せが読まれてしまうとは……。

 「致し方あるまい! 貴様ら、俺がもう一度イージスに突貫する!」

 こうあっては、目標の変更が必要であった。

 

 アークエンジェルまでは、撃墜は不可能であろう。

 ならば、あのイージスだけでもと。

 『隊長! ガンナー1、ガンナー2、坑道から出て援護します』 

 『カノーネ3! まだ動けます! ザウートですがブースタを使えば! 隊長に追いつけます』

 

 「――貴様ら! まだ負けんぞ! たかが一機のモビルスーツ!! マッド・ドッグ隊が終わってたまるか!」  

 

 モーガンのバクゥはイージスから随分離れていたが、反転。

 イージスに向けて再び走り出した。

 

 足が一本切り落とされているため、無限軌道(キャタピラ)に切り替える。

 『隊長! ――あのイージスという機体、恐ろしい性能を持っています。 全員で一気にかかりましょう』

 「フ――ああ、久しぶりにゾクゾクしているぞ。 イージスだけじゃない、あの戦闘機乗りも大した物だ――」

 『カノーネ3はブースタでこちらに来い! ガンナー1とガンナー2は援護!!』

 

 

 

 

 ガンナー1とガンナー2と呼ばれた2機のジンは、寒冷地仕様に改修されたジンにスナイパー・ライフルを備えていた。

 

 

 その二機が、ブースタを使って加速しようとするザウートを援護した。

 ザウートを狙い撃たんとするクルーゼのスカイ・ディフェンサーを迎撃するのである。

 

 「チッ! ザウートを援護している……と、あれば、狙いを切り替えたか?」

 クルーゼが予感したとおりだった。

 

 

 (足つきはもう落とせん――イージスだけでも落とす――となれば)

モーガンはそう判断すると、すぐさま部下に連絡した。

 

 「バード1、バード2! 足つきの前方に回りこめるか!?」

 モーガンが、グゥルに乗ってアークエンジェルを追い回しているジンに連絡した。

 『シュバリエ隊長!? まさか、足止めしろって!』

 『あんなデカブツを! 追い出すとはワケがちがいますよ!』

 ジンのパイロットたちが任務に難色を示す。

 足止めするということは、敵艦の火砲の前面に出て、それを避けながら敵を牽制しなければならないということである。

 

 「――作戦変更だ! イージスだけでも潰す!」

 既に、頼みの綱であったザウートとバルテルミはやられていた。

 戦艦を撃破するまでの火力は最早、無い。

 

 だが……。

 

 (あれだけの高出力なビーム砲、モビルスーツや戦闘機が撃つとなれば、エネルギーの問題がある筈……間もなく、エネルギーが切れるとすれば――あのような敵、そこを撃ち逃さば、もうチャンスは無い!!)

 

 「――あの赤いモビルスーツだけは撃たねば! 狂犬(マッド・ドッグ)部隊は負け犬だ!」

 『隊長……! わかりました! やって見せます!』

 『文字通りの”足止め”でしょうかね? あの美脚へし折ってやる!』

 

 

------------------------

 

 

 「バクゥが――二機!?」

 アスランのイージスの元に、モーガンと――その部下、ミューディー・ホルクロフトの乗るバクゥが向かってきた。  

 

 「チッ! C装備停止! パージする!」

 

 アスランは針葉樹林の中に一旦、身を隠すとイージスにまとわり付いていた各種のレーダー解析装備を切り離した。 

 

 ――この装備は貴重品なのである。 予備が多く積み込まれたビーム・ライフルなどの装備のように使い捨てるわけにはいかなかった。

 

 アスランは針葉樹林の中から身を出すと――全速力でかけてきたミューディーのバクゥと鉢合わせた。

 

 「こいつぅうう!」

 

 ミューディーのバクゥが跳ねた。

 (――パワーも残り少ない、アークエンジェルと合流しなくては――)

 アスランはバーニアを噴かして、ビーム・ライフルは使わないようにバルカンでバクゥを牽制しつつ退いた。

 

-------------------------

 

 アスランが合流しようと目論んでいたアークエンジェルであったが、ジンが必死の足止めを行っていた。

 「あんなゲタ付きのジンくらい落とせ! ――クルーゼとアスランが敵戦艦を追い払った! もう撃ち落しても構わんぞ」

 イーゲルシュテルンが集中的にジンに向けて放たれる。

 「艦長! ジン・タンクが出る! 邪魔な連中、さっさとおとさにゃ、こんどはアスランがやられちゃうよ?」

 ラスティが通信でバルトフェルドに言う。

 「分かってる! マッケンジー伍長は出撃! 地上からジンを狙え!」

 

----------------------

 

 

 「うおおおおおお!」

 「――ザウート!? この速さで!?」

 一方、ブースタを使って加速したザウートが、一気にアスランの近くまで接近してきた。

 ザウートの大砲が、アスランのイージスを狙った。

 「チッ!」

 直撃すれば、イージスといえどもダメージは避けられないであろう、強烈な火砲が飛んでくる。

 

 「お前の相手はアタシだっ!」

 そして、それに呼応するかのようにミューディーのバクゥが牙を剥いてくる。

 

 さらに――

 

 「こんどこそぉッ!」

 モーガンのバクゥも更に迫る。

 

 

 (マズイか――?)

 敵の必死の反撃にアスランにも焦りが生まれ始める。

 

 

 バッ!!

 

 

 ミューディーのバクゥが跳ねた。

 その陰から、ザウートの火砲がイージスを狙う。

 更に――その二機の後方からは、モーガンのバクゥが三枚目の刃として向かってくる。

 

 ――ッ!?

 

 

 イージスが、盾を構えた。

 

 

 そのとき

 

 『アレックス!』

 

 (こんなときに? なんだ? 俺は何を思い出して――?)

 

 ――ふと、父の声が聞こえた気がした。

 

--------------------------

 

 ――そうだ、こんなこと、前にもあった。

 

 キラと戦ったとき、デュエルと戦ったとき――そして、初めてモビルスーツで人を殺したとき。

 

 

 ――父を、初めて恨んだとき。

 

 

 

 絶叫の記憶がアスランの脳裏に蘇った。

 

--------------------------

 

 

「――ッ!?」

 

 ビクッっとアスランの体が震えた。

 

 同時に――痛みが、アスランの体に走った――そうだ、戦わなくては――!

 

 痛みは、明確な思考となってアスランにフィードバックした。

 父が、父が強いたのだ。

 ……今、思い出した。 

 

 (敵――俺の――敵!)

 

 感覚が、鋭敏になっていく、アスランは感じた、あの時の力だ。

 あの時の力が、熱が自分を支配していく。

 

 アスランの中の、何かが弾けた。

 

--------------------------

 

 ――アスランは、ザウートの火砲を冷静にシールドで受けた。

 「防いだ!?」

 と、同時に、飛び掛ってくるミューディーのバクゥに向けてシールドの先端を向けた。

 「しまった!?」

 ミューディーが叫ぶが遅かった。

 イージスのシールドの先端は格闘用のスパイクのような突起が付いており、接近時には補助武器になった。

 

 グァアアアン!!

 

 イージスの首を刈ろうと、ビーム・サーベルを展開していたミューディーのバクゥだったが、喉仏に当たる部分に、クローをつきたてられ、百舌のはやにえのような格好で、串刺しになる。

 「ッ――!」

 と、アスランはミューディーのバクゥをそのまま盾にした。

 「ホルクロフト!?」

 仲間ごと切るわけにいかず、モーガンのバクゥはやむを得ずサーベルを展開せずに、三本の足で器用にバランスを取ってイージスから離れた。 

 

 「!!」

 ――アスランは、ミューディーのバクゥをうち捨てた。

 と、アスランはすぐさまバーニアを噴かせて跳んだ。 

 

 「あっ!?」

 

 ――ザウートのパイロットが気づいたときには遅かった。

 動きの遅い砲戦用の機体で避けられるはずもなく、イージスのサーベルによってザウートは両断されていた。

 

 「カノーネ3がやられたッ!? クソ! うごけぇ!」

 ミューディーは必死に操縦桿を動かした。

 かろうじて操縦系統は生きていたらしく、ミューディーのバクゥがゆっくり立ち上がろうとする。

 だが、

 「――!」

 奇妙な覚醒状態にある、アスランのイージスがそれを見逃すはずもなかった。

 バッ!

 アスランはシールドに装備されたビーム・ブーメラン、マイダス・メッサーを投げた。

 

 ズババババッ!

 

 バクゥの4本の脚部が弧を描くブーメランの軌道で、切断された。

 「ああ?! こんな! こんなぁあああ!!」

 雪原に倒れこむバクゥ。

 

 (! ――やらせるか! 部下を! これ以上!)

 モーガンのバクゥは、今度こそミューディーを救うべく、またも駆ける。

 

 しかし、イージスは間隙を与えず、先ほどミューディーの機体を串刺しにしたシールドの先端を、再度彼女のバクゥに向けた。

 

 バシュウ!!

 

 今度はブーメランではなく、シールド先端の突起が飛んだ。

 

 突起はスパイクになっているほか、ワイヤーが付いており、ウインチ・クローともなっている。

 ストライクやブリッツのワイヤー・クローを参考にした武装であった。

 重力下での戦闘においては、高所でぶら下がったり、モノを引っ張ったりするのに使用できるようになっていた。

 

 ギュルウゥウウン!!

 

 ワイヤーはミューディーのバクゥの首に絡まってクローが胴体に突き刺さった。

 「こんなの! こんなの! イヤァアアア!」

 ミューディーは機体が動かないパニックと恐怖で泣き叫んだ。

 

 「ゥェエエエエエエイ!!」

 アスランのイージスは、そのまま彼女のバクゥを力任せに振り回した。

 

 ブゥウウウウン!!

 

 

 「ヌゥッ!?」

 こちらに向かってきていた、モーガンのバクゥめがけて、まるでハンマーか何かのように振付けられる。

 (こっちの味方の機体を――なんてことしやがる!?)

 モーガンは、バクゥの姿勢を出来る限り低くして、それを避けた。

 が、

 

 メギメギギイイ!

 

 激しく金属のぶつかる音がした。

 アスランにぶつけられたミューディーのバクゥのボディが、モーガンのバクゥの背面のバックパックを滅茶苦茶に潰していた。

 

 

 ――が、かろうじてモーガンは直撃を避けた。

 

 「――貴様ァッ!!」

 「ッ!?」

  バクゥが跳んだ。

 

 アスランはワイヤーを絡めている為に、動作の邪魔になっているシールドを切り離した。

 ――ビームサーベルを二刀流で展開する。

 

 

 バババババ!!

 

 バクゥとイージスが組み合い、ビーム・サーベル同士が干渉し、激しくスパークした。

 

 「ぁああああああ!!」

 

 モーガンのバクゥは、イージスに覆いかぶさるようになっていた。

 アスランが、それを振り払おうと、イージスの膝蹴りをバクゥの腹に当たる部分に放った。

 

 グァアアアアン!!

 

 衝撃でモーガンのコクピットが揺れた。

 「ぐぅぬううう!」

 が、モーガンは凄まじい振動に耐えて――喰らい付いた。

 「ぐぉおおおおおお!!」

 バクゥがブースタ、キャタピラを使って、イージスに強引にのしかかる、イージスはそのままバクゥにマウント・ポジションを取られて、仰向けに倒される――。

 「終わりだ!」

 モーガンのバクゥには、チューバーから発せられる二本の横薙ぎ用ビームサーベルの他に、もう一つ武器があった。

 「!?」

 ――モーガンのバクゥの口元には、縦にもう二本、小型のビームサーベルが装着されていた。

 

 ブゥウン!!

 

 それは光の刃を発すると、まるで、サーベルタイガーの”犬歯”のような形になった。

 

 文字通り、敵に喰らい付く為の武装であった。

 

 「――チィイイイ!!」

 

 だが、アスランは冷静であった――。

 イージスは、思い切り足を振り上げた。

 

 ブァアアア!!

 

 「――あっ!?」

 モーガンが叫んだ。

 

 ――柔道で言う、巴投げのような格好になって、バクゥはそのまま振り払われた。

 

 「ぐぁあ! ――ぬぅああああああ!!」

 足を一本無くしているモーガンのバクゥは、受身が取れず、雪原で派手に転げまわった。

 

 グガガガガガガア!!

 凄まじい轟音を響かせながら、バクゥはのた打ち回り、やがて動きを止めた。

 

 

 

------------------------

 

 

 ――あたりが吹雪いてきた。

 月が、赤いイージスの機体を照らしている。

 ふと、モニターを眺めるアスランの目に、月の光が一際強くなった気がした。

 

 違った。

 イージスの機体色が変わったのだ。

 赤ではなく、白味のかかった灰色に。

 

 

 それが、月の光を赤より強く反射していたのだ。

 

 

 

 「切れたか! パワーがッ!」

 「――何ッ!?」

 

 

 グググ……。 

 

 アレだけ派手に格闘戦で痛めつけられて――なお、モーガンのバクゥは立ち上がろうとしていた。

 

 モーガンの居るコクピットの中は、惨い有様になっていた。

 先ほどからピー、ピーッと、殆ど全てのアラートが鳴り響いていた。

 機体は限界を迎えており、あちこち軋む音がコクピットの中まで聞こえてくるようであった。

 

 モーガン自身も――体中、骨折しているようであった。

 血も吐いていた。 さっきの凄まじい振動で内臓をぐちゃぐちゃにかき回してしまったらしい。

 

 が、モーガンは立っていた。

 

 「――こ、こいつ……もう、やめろ! もうやめるんだぁ!」

 

 

 アスランは――思わずイージスを退かせていた。

 その様子に、モーガンはほくそえむ。

 

 ――怯えている!

 

 「フッ――フッハハハハ! もう武器も! 逃げるだけのエネルギーも残ってまい!!」

 

 モーガンのバクゥは動いた。 動いてくれた。

 手負いの狂犬は、金属の皮膚の隙間から、血のような重油を撒き散らし、イージスへ駆けた。

 

 「クッ!?」

 アスランのイージスは、格闘用のクローを展開した。

 

 「それでは、バクゥを仕留められん!」

 

 今度こそは、と、モーガンは頭部に備えた”犬歯(ビームサーベル)”を再度展開させ、イージス目掛けて勢いよく跳躍する。

 

 

 ”グゥオオオオオ!!”

 

 それは、痛んだ機体が上げた駆動音に過ぎなかった。

 が、まるで手負いの犬が発した必死の咆哮にも聞こえた。

 

 

 

 「勝ったぞ!」

 

 

 モーガンは勝利を確信した。

 

 

 しかし――。

 

 

 「――!?」

 

 ズガアアアッ!!

 

 ビームの牙で、イージスの喉笛を貫いた――と、モーガンは信じた。 しかし、機体を貫かれていたのは、自分の方だった。

 

 「ガハッ!!」

 イージスが、格闘用のクローで――バクゥのボディを貫いていた。

 ――バクゥの突進力を利用しているため、深く、クローがボディに突き刺さっている。

 「カ、カウンターか……?」

 

 まさか、狙っていたのか――分かっていたのか。

 

 モーガンは、脱力した。

 勝てない、この敵は、自分の戦いの更に上をいってしまう。

 

 (こんな――戦い方――化け物め――)

 完全なる、敗北だった。

 

--------------------------

 

 

 「なんで――なぜそうまでして戦う!!」

  ――父のように!!

 アスランは、激昂した。

 

 

 

 「……?」

 刃を通して、イージスと接触しているため、

 アスランの嗚咽がモーガンの耳にも伝わった。

 

 

 

 「なぜ……そうまでして戦う!」

 

 

 この声は、とモーガンは思った。

 「――アレックス・ディノ……?」

 ――それが、嘗ての教え子の声に聞こえて、思わず、呟いた。

 

 

 

 「えっ……!?」 

 

 アスランもまた、その声にはっとする。

 父上?――とアスランは思ったが、それは父の声ではなかった。

 だが、しかし、それは確かに自分の本名を呼ぶ声、どこかで聞いたような――?

 

 

 ――刹那。

 

 

 バチバチバチ!!

 限界を迎えたバクゥのボディに火花が走る。

 あちこちの電気系統がショートしているのだ。

 

 

 「――あっ!?」

 アスランがバクゥから離れる。

 

 

 カカッ!! ドォオオオオオオ!

 

 

 ――バクゥの機体に残っていた燃料や推進剤、弾薬にそれが引火し、轟音を上げて爆発した。

 

 

 「あっ……ああ……」

 

 アスランは、呆然としてコクピットのシートにもたれた。

 

 

 

--------------------

 

 

 ――クルーゼのスカイ・ディフェンサーが狙撃用の寒冷地仕様のジンを撃破。

 アークエンジェルとラスティのジン・タンクがグゥルとそれに乗るジンを撃破したのはそれとほぼ同時刻だった。

 

 

 

 アークエンジェルは、敵の母艦、”バルテルミ”が完全に撤退したのを見計らって進軍。

 その後、イージスとスカイ・ディフェンサーを回収した。

 

 

 イージスの近くには、爆発し、コクピット諸共焼け爛れたバクゥ一機と、四肢を切断され、コクピットが蛻の殻となったもう一機のバクゥの残骸があるのみだった。

 

 

 

 

-------------------

 

 

 

 ――コズミック・イラ71年 2月22日

 

 ザフト創立からの功労者にして、月、地上において数々の武功を上げたザフトの英雄――月下の狂犬 モーガン・シュバエリエ、戦死。

 その報は、旧知であったパトリック・ディノにも直ぐ知られることになった。

 

 そして、その英雄を打ち倒した敵軍の新兵器、イージス。

 

 その脅威と名前は、戦慄として、ザフトの兵士達の間に瞬く間に広まっていった。

 

 そして、それには――奇妙な噂も付随して回った。

 ――モーガン・シュバエリエの狂犬部隊のパイロット、唯一の生き残りであるミューディー・ホルクロフトが聞いたモーガン、最期の言葉。

 

 

 敵の兵器、イージスのパイロットは、死んだ筈の――ディノ国防委員長の息子、「アレックス・ディノ」だという噂である――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 22 「運命の出会い」

------------------------------

 『名前を呼ばれたとき、俺は自分が何故戦っているのか考えてしまった。

  俺は戦う父を倒したかったのか?

  そしてあのバクゥのパイロット、知っていた人なのだろうか』

 

------------------------------

 

 

 ――CE70年 6月4日

 

 ラグランジュ2付近――ナスカ級戦艦"ノーベル"

 

 エンデュミオン・クレーター攻防戦終了後――。

 ザフト軍はその多くを敵の自爆攻撃に巻き込まれ、残存勢力は散り散りになっていた。

 

 しかし――。

 

 「ようやく残存部隊が纏まったか――まさか、ここまで上手く逃げおおせるとはな」

 モーガン・シュバリエは、撤退した先の艦長に礼を述べた。

 

 彼女のお陰で、脱出は速やかに行われ、犠牲も最小限に済んでいた。

 

 その艦長であるマリュー・ラミアスが、モーガンの差し出した手に応えて握手した。

 「マスドライバーを使った投擲攻撃――それこそが脱出の手段とは、地球軍も思うまいさ」

 「見事に見逃してくれました。 兵達が無事で何よりです」

 

 マスドライバーとは、電磁力を用いて、物体を周回軌道外まで押し出す装置である。

 物資の輸送、大型の宇宙船の発進。それから質量弾を用いた攻撃にも利用できる。

 

 Nジャマーによって、長距離弾道弾が使用できなくなった現在の戦場では、

 特に、月面や衛星基地での戦闘において、隕石やミサイルなどをマスドライバーで投擲し攻撃するのは良くある事であった。

 

 

 ――マリュー・ラミアスは、その中に紛れて、物資や人員を月から脱出させた。

 

 「あんたみたいな若いのが居ると心強い」

 「光栄ですわ、ザフトの英雄にそう言って頂けるとは」

 「よせよ――結局はこの戦は敗退だ。 たとえ敵の自爆だとしてもな。 ……それと敬語はよしてくれ、同じ将官だろ?」 

 「ええ……ですけど」

 相手はザフト勃興の祖でもあり、年も随分と上だった。

 やはり、マリューにとっては”目上”の存在となる。 

 すると、マリューが対応に困るのを察してか、

 「そうだ、食事でも行かんか? アンタとは軍略の話がしたいな」

 とモーガンが言った。

 口説かれているのか? とはマリューは思わなかった。

 「――そうですわね、でも、それならお酒でもご一緒しません?」

 その提案にモーガンは意外そうな顔をした。

 「ん? 酒か? 珍しいな……まあいいだろう」

 地球での生活が長いモーガンには嗜む程度の飲酒の習慣があったが、プラントでは非生産的な行為として、敬遠される風潮があった。

 ――宇宙空間では依然、酒造が難しく、酒類が高級品である、ということもあったが。

 マリューにしてみれば考えがあった。

 酒は人との距離をいとも簡単に縮めてくれるからだ。

 

 そこへ、

 「ちょっと待った」

 と、もう一人脱出艇に乗り込んでいたザフトの将官が現れた。

 「マリューさん? こんな怪しいおっさんの誘いに乗っちゃダメでしょう?」

 「ロアノーク……貴様?」

 ネオ・ロアノークだった。 先のグリマルディ戦線ではモーガンの指揮下、紫のシグーを駆って数十機のモビルアーマーと、三隻の艦を撃破した。

 「怪しいとは挨拶だな、貴様のお面の方が余程怪しいぞ? 取ったらどうだ?」

 「やだな、前にも言ったでしょう? コン中凄いよ? 脳みそ飛び出てんだから」

 負傷を隠すために、彼は奇妙なマスクを普段からしている――という話だった。

 「嘘ばっかり?」

 マリューが嗜めるようにネオに言った。 

 「――冗談だよ。ま、酷い怪我だから、マリューさんのような美女には見せたくないんだ。 飲みに行くなら俺も連れてってよ?」

 「どうします?」

 「……フ、それも悪くないか、お前の話も面白そうだ」

 

 ――そうして、モーガンとマリューとネオは、時折、連れ立って飲むようになった。

 

 激化する戦闘の中で、彼らは確かに戦友であった。

 

 

 

 

-----------------------

 

 「シュバリエ隊長が……そう……」

 司令室で、モーガン戦死の報を、マリュー・ラミアスは沈痛な面持ちで聞いた。

 「貴方は最期まで前線で戦う事に拘って――」

 「司令、国防委員会から連絡が来ております」

 「分かったわ、繋いで頂戴――」

 

 しかし、マリューには感傷に浸る時間も与えられなかった。

 

 マリューは国防委員会からの電話を取る間にも次の手を考えていた。

 それから、モーガンの葬儀のことも。

 彼の葬儀すら、今は前線の兵士の戦意高揚に使わなければならなかった。

 

 それが、マリューには辛かったが、彼女は司令官なのだ。

 

 

----------------------

 

 国防委員会の執務室。

 アズラエルが、二人の高官に、モーガン・シュバリエ戦死の報を読み上げた。

 「……残念です。あの月下の狂犬が連合軍のモビルスーツの前に倒れたとは」

 アズラエルは、大げさに悲嘆を込めた声で言った。

 「パトリック、私にはまだ信じられんよ。今にもあいつが顔を出すんじゃないかと」

 ――国防委員会のメンバーでもある、デュエイン・ハルバートンが言った。

 彼もまた、パトリック、モーガンと共に、ザフトを立ち上げたメンバーの一人であった。

 「……過去を思いやっても戦いには勝てんよ? ハルバートン」

 しかし、感傷に浸るハルバートンに対して、パトリック背を向けて冷たく言った。

 「だが、パトリック! 彼の死は重たいぞ! モーガンが前線に立つことで、兵士達の士気も、地球での戦線も維持できていたのだ!

  逆に言えば、彼ほどの人物に前線に立ってもらわなば、これまでのザフトは戦力を保てていなかったという事だ……」

 「何を言う。 確かに我々は、一人の英雄を失った。 だが、それだけだ! 何も変わってはいない!

  我らの戦況は未だ有利だ! 傲慢なナチュラルを打ち崩す日は近い! 一人の将を失っただけで、我らの戦いは何も変わらん」

 

 「何も変わらんだと!? パトリック! モーガンが死んだんだぞ! 私たちの……モーガン・シュバリエが……」

 

 ハルバートンは、パトリックに叫んだ。

 アズラエルは、声に驚いたのか、思わず顔を伏せた。

 

 

 

 「……モーガン・シュバリエには、”友人”として哀悼の意を表する。 だが、我らは止まれんのだ……ハルバートン」

 パトリックは、そっと返した。 

 ハルバートンは、それを聞くと、拳を握り締めて、無言で部屋から退出した。

 

 「……しかし、予想以上ですね。 あの足つきの力は」

 アズラエルは、ハルバートンが部屋から出るのを見て言った。

 「……モーガンが敗れたとて――たかが一機のモビルスーツと戦艦など、大局に影響はない」

 「ええ、ですが、私も不安なのです。 妙な噂が兵達の間に広まっています。

  そういうものが、何かしら、我らの計画に影を落とさないかと」

 「噂……?」

 顔を背けたまま、パトリックはアズラエルに尋ねた。

 「いえ、少々言いづらいことなのですが――根も葉もないデマゴーグと言えど、

 その――イージスのパイロットが、アレックス・ディノという名前だという、噂です」

 「――!? くだらんな」

 「申し訳ございません……こんな妄言は、連合か……何者かが意図的に流した可能性もあります。

  ですが、戦争は生の感情がするもの。 精神的な不安というものは侮れません。 ――早急に手は打ったほうが良いかと」

 「……シベリアの戦線については、既に考えてある」

 「――失礼しました。 では、私もコレで――」

 

 顔を伏せていた、アズラエルもまた部屋を出た。

 

 (アレックス……?)

 

 ――暫く、パトリックはその場で立ち尽くしていた。

 

 

 

----------------------------

 

 

 「フフフ……アハハハハ!!」

 部屋から出て暫く歩いたところで、アズラエルは声に出して笑った。

 

 

 ずっと笑いを堪えていたのだ。

 

 

 「――あーあ、こんな風になるんだ。 フフ、まだまだ楽しくしないとね?」

 アズラエルは、ことも愉快げに言った。

 

 

 

----------------------------

 

 「モーガン・シュバリエを倒した……か」

 ブリッジで、バルトフェルドがポツリ、と呟いた。

 「君も私も、月のグリマルディ戦線では散々彼に苦しめられたからな、コレで意趣返しができた、という事かな?」

 それにクルーゼが乗っかる。

 

 バルトフェルドは、コーヒーを口にし、クルーゼはゼリー状のドリンクを飲んでいた。

 

 「ふぅむ……だが、どうもそんな気分がしないんだよね。 アスラン・ザラのお陰で倒せたようなものだからな」

 「だがなかなかどうして――艦長の作戦、見事に決まってたじゃないか」

 「どうかねぇ? 機体の性能に頼った策だよ? 事がうまく進んだのは、君の洞察力の高さが何より成功の要因だ」

 

 「……フッ」

 「ハハッ……」

 

 二人の間に珍しく穏やかな空気が流れる。

 戦いに勝利した安堵が、それを齎していたのかもしれない。

 

 「ところで――アスランが戦う気になったようだが?」 

 とクルーゼが、話題を変えた。

 「ああ、なんか、やる気みたいだね――でも、余計に危なっかしい気がするな」

 しかし、バルトフェルドは、クルーゼの話に頷かず、コーヒーを飲みながら顔を顰めた。

 「いい兆候と思うがな? ああして、戦う意味を見つけて戦士になるのだ」

 「おいおい、戦士なんて碌なものじゃないよ。 あんな若さで、死んだほうがマシ、だなんて思って欲しくない」

 

――二人の間を沈黙が支配した。

 

 「……この状況で、まだ、そんなことを言っているのかね?」

 暫くして、クルーゼが呆れるように言った。

 「――当然だろ? 彼の境遇を考えてみろ?」

 そして、バルトフェルドがそれを嘲るように返した。

 

 ――そして、二人はそのまま口を噤んだ。 その後、一切、言葉を交わさなかった。

 

 

 (や、やっぱり……きまずい……)

 そして、ダコスタは、また一人ブリッジの重苦しい雰囲気に胃を傷めていた。

 

 

------------------------------

 

 

 『ボクは、グゥド・ヴェイア、よろしくアレックス?』

 

 『貴様らの教官をする事になったモーガン・シュバリエだ、パトリックの息子か? 手加減はせんぞ?』

 

 『アレックス! 何故戦わん!? ヤツはナチュラルのスパイだったのだ! 殺せ! あそこにいるナチュラルごと――』

 

 『SEEDが現れるってのはなぁ! もう人間がダメになるってことなんだ……ダメになるってのは、遺伝子弄くられてってことなんだよ!』

 『テメェも一緒だ! 子供も残せないような弄られ過ぎたコーディネイターも! 戦うために作られた俺も! だから――!』 

 

 『……ギャアアアァアアア!!』

 

 

 

 

 「――アッ!?」

 アスランは、夢の中で聞いた絶叫に目を覚ました。

 (夢……?)

 夢の内容は良く、思い出せない、……しかし、嫌な汗をかいた。

 

 アスランは、シャワーを浴びに、部屋を出た。

 

 

 

 --------------------------

 

 「――このバカッ! 連絡もしないで! 一人で暢気に無人島でキャンプしてたと!?」

 「む、無茶を言わないでよ!」

 「わ、私がどれだけ……心配したか! 心配したんだよ、キラ……!」

 

 うわーん、と画面の向こうでカガリは泣き出してしまった。

 通信機の前のキラは、ほとほと困り果ててしまった。

 

 ザフトのカーペンタリア基地に無事たどり着いたキラは、ジェネシス衛星を使ったレーザー通信で、プラント本国と連絡を取った。

 「――ごめん、カガリ。 だから、こうして特別衛星まで許可を貰って、連絡しようと思って」

 「当たり前だろ!」

 「ご、ごめん……」

 「カガリ……あまり、キラを困らせるな」

 「ウズミさん……?」

 

 画面の向こうに、養父、ウズミ・ナラ・アスハが現れた。

 「元気そうだな」

 「――ご心配を、おかけしました」

 「いや、キラが無事でいてくれたのが何よりだ」

 「ありがとう……ございます」

 「……また、戦いがお前を連れて行ってしまうだろう。 だが、こうして泣き喚いて心配する”家族”もいる……命を粗末にすることだけはするな」

 「……はい」

 

 

 キラは、”家族”に応えた。

 

 

  

特別通信室から出ると、キラは思わぬ人物から声を掛けられた。

 

 

 

 「――よう」

 

 「えっ……?」

 「無事でよかった――!」

 「元気そうだな! キラ!」

 サイ、ミリアリア、トールだった。

 

 

 そして――。

 

 「聞いたぞ、キラ? 先の低軌道会戦の戦果。 ”キラの五艘飛び”って――随分有名になってるぜ?」

 「……ロアノーク隊長! みんな、どうして!?」

 ネオ・ロアノークだった。

 

 「二日前に降りてきたところさ――一時的に譲渡していた指揮権が戻ってきて、こいつらと一緒にな。

  ――ナタルは元々が軌道艦隊所属だし、なーんか、アチラさんに気に入られて連れて来られなかったがね」

 「ああ……では、ロアノーク隊は、これからは地球での作戦行動に?」

 「……足つきが落ちたシベリアがマズいらしい……明後日にはもう応援に向かう予定だ」

 「――! アークエンジェルが?」

 「そう! だから、キラが基地に戻ったっていうから、みんなで慌てて会いに来ちゃった」

 ミリアリアが笑って言った。

 「――モーガン・シュバリエ隊長、知ってるだろ? ……戦死された。 イージスにやられてな」

 「えっ……!?」

 「俺も、テストを急ピッチで切り上げさせられてね」

 

 キラは、友の顔を思い出す。

 アスラン――。

 

 「俺たちはその応援に行く。 だが、キラ。 お前はまだ体を休めていても構わん――後日、また連絡に――」

 と、ネオは言いかけたところで

 「いきます」 

 キラが、即答した。

 「……おい」

 ネオは力を込めた声で言った。

 

 いいのか?

 

 ということだろう。 キラは、大気圏で、友が乗るイージスを仕損じていた。

 「ボクが――あの船を逃してしまったんです、だから――」

 

 両親の仇、友の仇。

 そして、今も尚、戦いは続いている。

 (泣くのは止めた……ううん、多分泣いたっていい。 でも、ボクは……ボク以外の誰かが泣くのはイヤだ)

 

 あの少女。 ラクスは許してくれた。

 それでも、今自分は戦いをやめてはならない。

 

 サイが、こちらを思いつめた目で見ていた。

 その顔には傷がある。

 (サイ……)

 だが、その目は、今はキラに戦いを強いてはいない。

 ただ、彼を信じてくれていた。

 

 しかし、キラはその目を強く見返した。

 ――大丈夫だよ、サイ。 ボクは戦う、と。

 

 

 「ボクとストライクも連れて行ってください!」

 

 

---------------------------

 

――アークエンジェルがポリツェフに到着する三日前。

 

 

 ザフトの輸送艦に偽装した飛行船で、ラクスと側近のアサギは国境を越えていた。

 ――下方には、中国大陸が広がっている。

 東アジア共和国を超えて、間もなく、ユーラシア連邦の西方――東欧地区に入る予定であった。

 激戦が続く、黒海周辺を飛ぶのを避けるため、随分と遠回りせねばならなかった。

 

 しかし、まだ少女と呼べる二人には、その長旅も苦ではないようであった。

 

 「ニュートロン・ジャマーのお陰で、大気汚染がまた進んだようですね」

 「古い産業廃棄物から化石燃料の代わりになるものを、無理やり取り出して使っているようです」

 やっと、汚染が清浄化されて、太古の清々たる山河がよみがえりつつあった東アジアは、この戦争でまた急激に汚染されつつあった。

 

 先ほどから荒れ果てた大地と、薄く靄が掛かったような下界を、ラクスはただ眺めていた。

 その様子は何処と無く浮世離れしていて、天女か何かが、世を憂いているようにも――もしくは、気まぐれな女神が、この世の乱れる様を、娯楽のように――高みの見物をしているようにも見えるだろう。

 

 その様子を、アサギはじっと眺めていた。 ラクスの横顔は美しかった。

 彼女の父親、シーゲル・クラインはナチュラルだった。

 にも、関わらず、このような美貌を持つというのは、まさしく、天与のものかと、アサギは自分とラクスを比べてしまうのだ。

 アサギ自身も、愛嬌のある瞳と、癖はあるが美しい金髪をしていて、十分美しい少女であったが――その視線には、羨望と崇拝が感じられた。

 

 幼少からアサギ――そして残りの側近であるマユラとジュリも、彼女の身の回りの世話をし、警護をし、彼女の公の仕事も手伝った。

 彼女たちにとってラクスは友人であり、姉妹であり、そして――絶対的な魅力を持つ、君主であった。

 

 「あらら? いかがなさいましたか?」

 アサギの視線に気づき、ラクスは窓からアサギの方に振り返った。

 小首をかしげて、アサギの目を覗き込む。

 ハッ、としてアサギは息をのんだ。

 同性にも関わらず、そうした無垢なラクスの振る舞いには、背筋に痺れを走らせる愛くるしさがあった。 

 揺れるラクスの睫毛に、アサギはしばし、目を奪われた。

 「ああ、いえっ……」

 アサギはそんな自分の視線をごまかすように、ラクスに以前から依頼されていた仕事の進捗を伝え始めた。

 「先日ご依頼いただきました、件のデータですが……アメノミハシラ経由で、月の”フルモンテ”に渡しておきました」

 「ありがとう、アサギ。 ……計画の進捗はどうですか?」

 「モデルワンへのフィードバックは問題なく……アカツキ計画もこれで実現の目処が立ちました」

 「まあまあ、それでは”アマツ”は如何ですの?」

 「そちらはサハク家の方々が取り計らっております。 いざとなればどちらの陣営にもつける様に、イズモ級の手配も、ジュリを通じてサハク家の方と準備しております」

 「イズモとクサナギはサハクの方々に差し上げるとして――ツクヨミはクライン家に回してくださいますの?」

 「ええ……ジュリが上手くやってくれてるはずです」

 「――後は、アクタイオン社の方と、ユーラシアとお話を済ませるだけかしら?」

 「マユラと、ユーラシアにパイプのあるオルガさんが……でも、あの人信用できるんです?」

 「優秀な人材には間違いはございませんわ」

 

 ――普段のおっとりとした印象からは想像できない早さで物事を即断していくラクス。

 毎度の事ながら、アサギはどちらが、この主君が自ら望む姿なのか、と思うところであった。

 「――アサギ、少し休みましょう。モスクワからはシベリア鉄道でポリツェフに移動になりますわ」

 「はい、ラクス様――」

 

 

 まもなく、輸送艦はザフトの制空圏内に入ろうとしていた、その中に、世界を傾けかねない、可能性を秘めて――。

 

 

-----------------------------------

 

 

 「っしゃあああ!! キャラオケだぁあああ!」

 ミゲル・アイマン軍曹が車に乗り込むなり声を上げた。

 「テ、テンション高いな。 ミゲル……」

 「当たり前だろ? お前ら、お兄さんが、真のキャラオケってもんを教えてやるぜ?」

 ミゲルは歯をむき出してサムズアップした。

 「……その前にどッかで飯くおーぜ」

 「ああーそうですね……此処のところ軍隊食ばっかりですし」

 「ちょっといい店でも行こうぜ――あの二人はデートだろうし――シャクじゃん?」

 ディアッカとラスティが、二人で車に乗り込むイザークとフレイをジト目で見ながら言った。

 

 「おーおー僻むな僻むな! それじゃあオナゴでも釣ってからキャラオケにシャレ込もうじゃないの?」

 「だな! な! アスラン!」

 「え? いや……俺は……?」 

 「な! アスラン!」

 「な!?」

 「……あ、ああ、そうかもな……」

ラスティとディアッカの妙な気迫に押されて、アスランは思わず頷いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ――ポリツェフのドームポリス。

 守衛に連合軍のIDカードを見せ、滞在時間を言い渡される。

 48時間だ。

 ――実際にはアークエンジェルに必要物資が積み込まれる時間まで、ということになるので、そこまで時間一杯遊べるわけではないが。 

 アスラン達にとっては、本当に久しぶりの外出だった。

 

 

  軍用の無骨なジープ車なのが残念だったが、平和な街中をドライブするというのは、ただそれだけで、アスランの心を落ち着かせた。

 (――平和か)

 少し前まで、こうだったのにな……とアスランはまた振り返りそうになった。

 が、それを考えるのを必死に止めた。

 「あ、ヤーパン通りですって、ニホンのカナザワとオダワラとアオバクって街の町並みを再現しているらしいですよ」

 ニコルがドームポリスの入口で貰ったガイドブック片手に笑顔で言った。

   

 今は友人達と束の間の休息を楽しむべきだと、アスランは思った。

 

 

 「折角シベリアまで来たんだし、ボルシチでも食っていくか?」

 「あ、そーそー。 この先のメダイユって店が美味しいよ、ちょーっと値が貼るけど」

 ミゲルがラスティの指を差すほうにハンドルを切った。

 「貰った給料なんて、この先等分使い道ないし、いこうぜ」

 「物資はどこも足りてないけど、食料はこの土地で取れるものが、まだ結構あるからね、多分なかなかイケるよ」

 男だけのむさ苦しいジープは、ラスティのオススメのシベリア料理店へと向かった。

 

 

----------------------------

 

 一方、アスランたちを見送ったアークエンジェルは、非武装地帯ギリギリに設営されたユーラシアの宿営地に停泊していた。

 日常生活に必要な物資の補給と、ゼルマンたちからの連絡待ちである。

 

 「ここなら、まあ、攻撃される心配も無いがね、クルーゼもアスランもいないとなると、流石に落ち着かんな」

 バルトフェルドが、キャプテンシートにもたれて言った。

 「あーあ、自分も出かけたいな……」

 「心配するな、交代で出してやるよ」

 「どーも……んー!」

 ブリッジでダコスタは大きく伸びをした。

 「ボクも買い物くらい行こうかと思ったけど、この辺は豆が不味くてねえ」

 バルトフェルドもダコスタに倣ってキャプテンシートで伸びをした。

 「豆?」

 「まあ、この気候では紅茶派が多いのも仕方ないか」

 「――ああ、その豆ですか……」

 

 この人は、どこでもこの調子なのだ。 

 「しっかし、若者たちはいいが、クルーゼのヤツは何処で何しているのかね?」

 「え? ――ああ、そういえば、想像もつかないですね、わざわざ外出許可を得て、どこにいったのでしょうか」

 

 私生活というものが凡そ感じられないクルーゼの行き先に、二人はあれこれを思案をめぐらせた。

 しかし、見当も付かなかった。

 

 

-------------------------

 

 

  ポリツェフ公営図書館――連合軍のIDでその建物の中にクルーゼ入ると、地下の重要資料の部屋に入った。

 重厚な書物や、公的文書のリスト、コンピューター・サーバーや端末が並んでいる、薄暗い部屋をクルーゼは通った。

 どの書物にも禁貸出の文字が書かれている。

 

 と、クルーゼは意外な人物とあった。

 「――? 君は……イザークとデートじゃなかったのか?」

 フレイ・アルスターが、なぜかそこに居た。

 「えっ!? ああ、いえ、こういうところ、なかなか来れないから、イザークが」

 「……そうなのか? 君たちカップルというのも、妙なものだ」

 「イザーク、勉強熱心だから」

 「こういうときは、そういったものを忘れるべきだと思うがね」

 「あの――大尉さんはどうして……」

 「私も調べものだよ。 あと、人に会いにね」

 

 では、とクルーゼは手を振ると、そのまま書架の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 ――懐かしいものだ、とクルーゼは思った。

 あの男は、本当に儀式ばったものが好きだった。

 忌むべき、自身の半身――。

 

 

 途中、妙に凝った配置にされている書架の群れで立ち止まると、クルーゼは後ろを振り返った。

 

 先ほどから、自分の後をずっとつけている影があった。

 ――クルーゼ自身が呼びつけて、挑発したものであったが。

 

 「――こんなところに降り立つのも何かの縁だと思ってね?」

 「……チッ、面倒臭え、凝ったマネしやがって!」

 

 「ほう? この場所まで来てもらった意味が分かるとは――ただのギルの使いかと思ったが――”図書館の司書(ライブラリアン)”か?」

 「? ――貴様――!」

 目の前には、銃を構えた、黒い長髪の少年がいた。

 歳はアスランと同じ頃……酷く荒んだ鋭い目をしているのがクルーゼには好ましく見えた。

 

 

------------------------------

 

 

 ――レストラン・メダイユの店内は人気店だけあってそれなりに込み合っていた。

  公用語も通じたが、この地方の言葉も覚えたらしいラスティが皆の分も注文した。

 

 「――ラスティってこの辺の人なのか?」

 「んー違うよ? 母親がブリテンの生まれ。 子供のころは大西洋連合育ち。 親がリコンしてから母親と一緒に西ユーロにずーっと居てさ」

 「離婚……」

 「色々あったのよ、軍人のカケーだしさ」

 注文をすませそんな会話をしていると、前菜が運ばれてきた。 モシャモシャとサラダを頬張りながら、ディアッカは店内を一望した。

 

 「――観光客でもいねーかな」

 「観光客ですか?」

 ニコルが聞き返した。

 「いるわけねえだろ? 非武装地帯とは言え、最前線の目と鼻の先だぞ?」

 ミゲルが言った。

 街は平和を保っているが、それが薄氷の上にあるものだということは、アスランたちも忘れてはいなかった。

 「……ま、そりゃそっか。 でも、オーブではさ、リゾートに来た女の子とかが狙い目なんだよね」

 ディアッカが言う。

 「なんでよ?」

 「旅行先ってのは開放感があるもんだろ? ひと夏のナンチャラってやつ?」

 「なーるへそ?」

 その発想は無かった――と、ラスティもレストランの中を見渡した。

 

 「あの、料理来ましたけど……」

 アスランたちの目の前に、ローストした鮭と、シベリア・コートレティ(カツレツ)と、この地方のペリヌイ(水餃子)が運ばれてきた。 

 「食おう食おう」  

 「いねーかなーどこぞにいい女」

 

 と……。

 

 「ジュリはなに食べるのー?」

 「あたし、お肉がいいかな」

 「……また太るぞ?」

 

 

 (おい、アスラン!) 

 ラスティがアスランを小突いた。

 (――ゆっくり食えよ? 今来た女子三人組)

 「え?」

 ディアッカが小声で言った。

 (……よくね?)

 

 アスランがディアッカの差すほうを見た。

 そこには、同い年くらいの少女達が三人で食事していた。

 (まぁ……)

 (入口で――狙い打つぜ!)

 (……あ、ああ)

 

 男だらけのテーブルで、見知らぬ後から来た女性の食事ペースに合わせて食べるのは、なかなか困難を伴う作業だったが、

 ラスティとディアッカは優雅なそぶりで見事にこなしていた。

 アスランはといえば、久しぶりの開放感から食が進み、ゆっくり食べているつもりだったが先に食べ終えてしまった。

 ミゲルは仕方ないので、シャルロットを注文し、ニコルは紅茶をおかわりした。

 

 

 「アノ子達、立ったな――」

 「ンフフ、俺たちも出ようか――」

 「流石だな、中々の上玉じゃないか――」

 

 ミゲルとディアッカラスティとが徐ろに立ち上がる。

 先ほどの女子達も席を立ったのだ。

 

 

---------------------------

 

 

 

 (――恐らくだけど、フツー飯を食ったら次どこにする~キャッキャウフフーってガイドブックを広げる)

 女子達は、ラスティらの目論見の通り、店の前でガイドブックを広げた。

 

 (――観光客みたいだな、行けるぜ)

 ディアッカが小声でラスティに告げた。

 (ま、そこで道でも聞けば、後は……ね)

 

 ラスティは微笑を浮かべた。

 

 「……んじゃ、まあ、俺が行って来るよん、見てな!!」

 ラスティは意気揚々と言った。

 

 

 

 

 そこへ、

 「――ねね、ちょっといい?」

 ラスティが声を掛けた。

 「え?」

 

 

 女子達の一人、赤毛の少女がラスティの方を見る。

 (チャラい――ないわ――)

 めがねの少女が赤毛の少女に視線を送る。

 (この人、さっきのお店の中にいた気がする)

 金髪の少女が、二人に視線を送る。

 (――ナンパよ、ナンパ)

 

 「ごめんなさい。あたし達、待ち合わせがあるの?」

 「――えっ!? でもさ……俺ちょっと」

 「大事な待ち合わせなの」

 

 (え、俺が――俺がふられ――ウァッ!!)

 

 

 

-------------------------------------

 

 

 「バカッ! なにやってんだよ!」

 「全然袖にもされてねーぞ!」

 「も、もう辞めましょうよ、フツーにキャラオケいきましょうよ」

 「臆病者は黙っていろよ!」

 「ひどい!」

 「ンッフフ、それならこのディアッカ・エルスマンに任せな! 俺に惚れ伏せ女ども!」

 

 

 

 

 

 「――あのさ、観光?」

 今度はディアッカが声を掛けた。

 「え?」

 

 赤毛の少女がディアッカの方を見る。

 (またナンパ――あ、でも今度はオシャレ――)

 

 めがねの少女が赤毛の少女に視線を送る。

 (――でも、やっぱりないわーなんか、目がやらしい)

 

 金髪の少女が、二人に視線を送る。

 (――軽そう。 コイツ、女に刺されるタイプだわ)

 

 「悪いんだけどさ? 仕事で来てるの」

 「え!? ……いや、そういわずに」

 

 

 「う・ざ・いんだけど」

 

 

 (ヒ……ヒヒ……非グゥレイトォオオオオオ――!!)

 

 

----------------------------------------------

 

 

 「だめじゃねーか!」

 「やっぱりこう、ナンパってばれてますよ、アレ。 それにアノ子達、本当に待ち合わせしてるみたいですよ?」

 「あのさ、辞めた方がいいんじゃ」

 「うるせえ! 例えそうだとしてもこの引き下がれるかよ!」

 「最終兵器だ――行けっ! ニコル!」

 「――ハァっ!? なんでボクが――!?」

 

 

 

 

 

 「――あ、あの……」

 今度は――なぜかニコルが声を掛けた。

 「え……また? ……って」

 

 赤毛の少女が、もじもじとしているニコル方を見る。

 (女の子? ――え、男の娘!?)

 

 めがねの少女が赤毛の少女に視線を送る。

 (――か、かわいい……かわいい!)

 

 金髪の少女が、二人に視線を送る。

 (――え、やだ。 ど、どうする!? どうする!?)

 

 ――三人は、ひそひそと何かを話し合った。

 

 「き、君、なにかあたし達に用?」

 「あ!? ……あ、あの、ヤーパン通りにいきたいんですけど、ボク、道がわかんないなーって」

 

 

 (――ど、どうする? 待ち合わせ?)

 (……ちょっと位なら大丈夫じゃない? )

 (むしろ、この子、姫様に……)

 (ラクス様の好みとは違わない?)

 (――いや、あたし好きだなぁ)

 (ジュリって守備範囲広いよね……)

 (うん、やっぱり好きだなぁ)

 (まぁ、ジュリもこう言っているし――)

 

 

 

 「……あの?」

 「……案内してあげる♪」

 がしっと、腕をとられるニコル。

 「いこっか?」

 「え!?」

 有無を言わさず、連れ出される。

 「ね、名前は?」

 「え? あ、ニコルですけど……」

 「ニコルくんね? じゃ、行こう!」

 「ちょ!? え! ちょ!? 待ってぇ!?」

 

 

-------------------------

 

 

 「あいつ! 上手くやりやがって!」

 「……そんなことより、なんだか無理やり連れて行かれているように見えるのだが」 

 「や、ヤバイ! う、上手く行き過ぎた! このままだとニコルが拉致られるぞ!」

 「あ! タクシー停めたぞ! マジでやばい! 走れ!」

 

 

 残りの男性陣は全速力で駆けた。

 

 

 「待て! 待ってくれ!」

 「……?」

 ニコルを捕まえている女子達は止まり、タクシーを先に譲った。

 

 「わ、悪い、そいつは俺たちの連れで……」

 アスランは女子達に理由を説明しようとした。

 

 「んー?」

 

 訝しげに少女達がアスランを見る。

 「え、えーと……」

 アスランが言葉に詰まる。

 すると……。

 「悪いね! お嬢さんたち。 実はこいつら、君たちを遊びに誘いたかったらしくてさ」

 年長者のミゲルが前に出て理由を話した。

 「そいつも、俺たちの連れなんだ。 ――気に入ってくれたなら悪いが、全員一緒じゃ、マズイかな」

 

 ミゲルは物腰を柔らかくして、女子達に話しかけた。

 (ミゲル……)

 2つか3つくらいしか違わないはずだが、こういう場面では、ミゲルは、アスランにはずっと大人に見えた。

 

 

 と、

 「あれ……もしかして、ミゲル・アイマンさんですか!?」

 三人のうち、金髪の少女が声をあげた。

 「ん? 俺を知ってるの?」

 「きゃ!? 本物!? ”デフロック”初期メンバーのミゲルさんですよね!?」

 「あ、なに!? デフロックのファン!? うれしいなーこんなところで! 俺なんか覚えてくれてたんだ」

 「勿論ですよ! 今だってライブのアンコールはミゲルさんが作った曲ばっかりですよ!! サ、サインしてくれませんか!?」

 

 そこに居た他の人間はあっけにとられた。

 

 

 

-----------------------

 

 

 「あらら? ジュリ達から?」

 ホテルに着いたラクスの元に、フロントから伝言があると伝えられた。

 「――アサギは無事にジュリたちと合流……まぁ、そのまま観光? あの子たちが珍しい」 

 ラクスは伝言を受け取ると、部屋に荷物を置いた。

 

 

 (――いい殿方とでも会えたのかしら? それなら、わたくしも……久しぶりに一人で羽を伸ばしましょうか)

 

  ポリツェフドームは、美しい街並みを残しているドーム・ポリスであった。

  一人で見て回るだけでも、それなりに落ち着いた時間を過ごせるだろう。

 

 合流してともに街並みを回ることも考えたが、それはあの娘たちにとって半ば仕事のような時間になってしまうだろう。

 たまには彼女らにも休養が必要と思っていたところだ。 彼女たちとは後で落ち合う事にして、ラクスはフロントに帰る時間を伝えると、ホテルを後にした。

 

 

-----------------------

 

 「ニコル君! 一緒に歌おう!」

 「は、はい!」

 ――青髪の眼鏡の少女――ジュリはニコルを連れ出すと、幽霊が出てくるアニメの唄を歌いだした。

 

 

 ポリツェフのキャラオケ・ボックスに、アスランたち一行は居た。

 

 金髪の娘――アサギはミゲルが軍に入る前にやっていたバンドのファンらしく、アサギは熱心にミゲルの話を聴いていた。

  

 ディアッカとラスティは赤い髪の少女――マユラに相手にされていなかったが、それでも女子と騒げるのがうれしいらしかった。

 

 会はそれなりに華やかになり、盛り上がっている。

 

 「よっしゃ! お前ら風を起こすぞ!!」

 

 ミゲルはそういうとジャケットの前を肌蹴て歌いだした。

 

 ――ミゲルの唄は見事なものだった。

 「ぎゃああああああ、ミゲル狂愛!」

 「何語よそれ」

 はしゃぐアサギにマユラが呆れた。

 

 「――で、アスラン!!」

 「あ、ああ」

 「なんでオマエはさっきから歌わないんだよ!」

 「え、あの……」

  

 アスランは先程から目録を眺めているだけで、全く歌おうとしていなかった。

 

 「そうだよん! アスラン! 歌おうぜ! 元はといえばオマエと親睦を深める為に来たんじゃないか」

 「アスラン! すっきりするぞ? 声を出すときは出さないと」

 「アスラン!」

 

 アスランは、唄や音楽が苦手ではなかった。

 寧ろ好きだった。 だが人前で歌うのはどうしても好きになれないのである。

 それに、アスランはこれといってポピュラー・ミュージックに興味がなく、何か歌え、と言われても、ピンとくる歌がなかった。

 仕方なく――。

 

 「……じゃ、じゃあ、ヴェートヴェンの第九を」

 「――合唱曲!?」

 全員が突拍子も無い選曲に肝を抜かれた。

 「何人編成だよアレ!」

 「――そういう問題じゃないと思いますけど」

 「まぁ、メインは四部合唱だし、いけないこともないか」

 「そういう問題でもないと思いますけど……」

 

 

 「……いや、もちろん。 独唱用の曲で」

 アスランが言った。

 「いえ、そういう問題なのでしょうか……」

 ニコルは突っ込むのを止めた。

 

 

-------------------------------------

 

 

 「――ゼルマン司令、首尾は如何です?」

 ようやく、アークエンジェルはゼルマンと再び連絡が取れた。

 アークエンジェルの通信パネルには、ゼルマンの顔が映し出され、 バルトフェルドが作戦の進捗と、ユーラシア本部側に大西洋連合から連絡がなかったを聞いていた。

 

 Nジャマー影響下の地上では、中継器や光ファイバー回線を用いたレーザー通信が主だった交信方法であった。

 遠距離での通信を取るのはほぼ不可能に近い。短距離であれば、辛うじて電波や通信機も使えるが、

 現在は携帯電話も利用できないのが当たり前だった。

 TV受信も、現在はほぼケーブル・テレビに切り替わっている有様だった。

 

 「ポリツェフまで無事にたどり着けたようですな――残念ながら、大西洋連合から連絡はまだありませんな」

 「……それは流石に妙な。 シベリアに落ちたことは、アラスカも察知している筈ですがね」

 バルトフェルドは首を傾げる。

 「うむ……敵に気取られないようにする為かはわからんが、確かにニェーボ経由で伝令の一つでもあっても良いかと思いますが」

 「仕方ありません。 こうなった以上は、先ずはあなた方との作戦の遂行を優先しましょう」

 「ふむ……」

 画面の向こうのゼルマンは頷いた。

 

 「敵の包囲網は幾重にも構成されておりますが、主だった基地は三点――そこから東に行ったバイカル湖の付近にある資源精製基地――」 

 ゼルマンはシベリアの地図を指しながら言った。

 「そしてもう一つ――敵の総本山とも言える司令部のあるミール・ヌイ、以前はダイアモンドの一大採掘所でしたが、現在はレアメタルが算出されるようになりましてな」

 「”ミール・ヌイ(平和)”か……確か大穴の開いている土地でしたな?」

 「左様。そして最後に、以前はシベリア鉄道の収束地点であったリマン・メガロポリス――カムチャッカのニェーボを迎え撃つ形でシベリアの東端に位置しています」

 「――ふぅむ、なかなか厄介な――勝算はあるので?」

 三箇所に主だった基地が点在している――そして、それぞれに堅牢な守りがある。

 ザフト軍のゲリラ戦法に、翻弄され、広大なシベリアの大地に散り散りになっているユーラシア軍には、集合すら困難に見えた。

 「子細は申し上げられませんが、一つ作戦がありましてな」

 「……ほう?」

 「そこで一つご相談がある」

 「あまり、いい話の予感がしませんなぁ」

 バルトフェルドは苦笑した。

 先刻、敵軍の英雄に勝利した自分たちではあるが、あのように上手く事が運び続けるとは限らないのだ。

 

 「――ポリツェフで補給を終えられた後、アークエンジェルは東部のバイカル基地への攻撃を依頼したい」

 「こちらから攻めろと?」

 「……無論増援も送りましょう。 攻め落とす、までは行かなくても良い。 敵をそちらにひきつけて欲しいのです。あの月下の狂犬を破った今、敵軍は貴艦の動向に目を光らせているはず」

 「やれやれ……囮に最適か……いえ、お引き受けしましょう。 私がそちらの司令官でもそうするでしょうしね」

 「ハハ、心強い事だ。 ――噂になっておりますぞ? 狂犬を倒した、虎の艦長が居ると」

 「トラァ?」

 突拍子も無い事を言い出したゼルマンに、バルトフェルドは首をかしげた。

 「ここシベリアには、野犬の他に、実は虎も多く居る。 シベリアに蔓延っていた月下の狂犬を倒した貴公は差し詰め、地上の虎、というわけだ」

 「なんともはや……」

 「鷹と虎――それに神の盾(イージス)の載っている大天使(アークエンジェル)とは、無敵の艦でありましょう」

 流石に、バルトフェルドは苦笑した。

 「――あの、シベリアを蹂躙するザフトどもをこれ以上野放しにはできません。 なんとしても大脱出(エクソダス)の遂行をいたしましょう」

 「ええ……ま、それなら”虎”もお手伝いしましょう?」

 お世辞を鵜呑みにするほどバルトフェルドは愚かではなかったが、バルトフェルドはそう返して、ゼルマン達の――ユーラシアの強がりのようなものへ返したのだった。

 

 

-----------------------------

 

 アスランの歌は中々に聞かせるモノだったが、やはり盛り上がりには欠けた……。

 アスランは歌い終わった後、まるでモビルスーツに乗った後のことのように疲れてしまって、

 キャラオケ・ルームの椅子にどっと倒れこんだ。

 「アスラン、クラシック好きなんですか?」

 すっかり経たりきったアスランに、フォローも兼ねてニコルが聞いてきた。

 「……父親がそういう音楽しか聴かなくてね」

 「へぇ……」

 「母はアイドルとか好きだったんだけど、俺がそういうのに興味もつと、父がいい顔しなくてさ」

 

 と、アスランはそこで自分が何を言っているのか気が付いた。

 

 ――父の事。

 

 しまった。

 つい気持ちが緩んでしまった。

 久々の外出、仲間との楽しい時間――それが彼の心を思っている以上に開かせてしまったのだろう。

 

 ……両親のこと、己の出自の事は、どんな些細な事でも、身の危険に繋がる。

 そう思って、プラントを出るとき、どんなことも極力喋らないと決めたではないか。

 と、アスランは思い直していた。

 それきりアスランは口を噤んだ。

 「……まあ、そんなところだよ」

 本当は、父や母の事を思い返すと、気が滅入るから――という自分の心情的な問題があったことも、最近アスランは気が付いてきていた。 

 「アスランってさ、父親の事苦手だろ?」

 ――突然、そんなことをラスティが言い出してきた。

 「えっ!?」

 ビックリして、アスランは声を上げた。

 「……いや、なんとなく、俺も苦手だからさ」

 ラスティは笑った。

 

 「ご、ごめん……ちょっと、トイレ、歌ったら何か気持ち悪く」

 父の事を思い出したり、人前で歌うというニガテな行為をした為か、アスランの頭を奇妙な頭痛が襲ってきた。

 「ちょっ、どんだけ歌うのニガテなのよ?」

 「……そ、外の風に少し当たってきてもいいか?」

 アスランはそのままキャラオケ・ルームを出ようとした。

 「ムリに歌わせちまったかな? ワリィなアスラン……ま、苦しけりゃ車に戻ってろよ」

 「ああ……すまない。 ミゲルのキャラオケ、楽しかったよ」

 ミゲルはそう言うアスランの肩を押した。 

 

 こうして参加してくれたアスランにも、後ろできょとん、としている少女たちにも、

 つまらない思いをさせないために、ミゲルやラスティはそっとアスランを外に出してやった。

 

 「それじゃ! 次は誰が入れる?」

 「んじゃ、アタシー! 折角、ユーラシアに来たんだから、カリンカ歌っちゃいまーす!」

 

 ディアッカが、適当に場を盛り上げ、マユラがマイクを取った。

 マユラはとても愛らしい声で歌い始めた。

 

 

----------------------------

 

 

 

 いつの間にか、辺りは暗くなっていた。

 シベリアは日が落ちるのが早いのである。

 

 寒くはなかった。 ドームポリスなので温度が一定に保たれているのだ。

 

 気分治しにアスランはブラブラと街を歩き始めた。

 

 ポリツェフは西ヨーロッパの街並みを再現しており、どれかといえばこの地方の建築様式や、ユーラシア連邦本部のあるモスクワよりも、パリの街並みに近かった。

  

 すると、市場のような処に出た。

 まだまだ店を仕舞う様子は無く、夕食の支度をする主婦や、休暇中の兵士らしき人々が食材や日用品を買い求めていた。

 アスランも興がわいたのか、覗いていく事にした。

 

 「――鮭か?」

 珍しいものが幾つもあった。

 蜂蜜――樹液の様なモノを瓶詰めにしたもの、多種多様なジャム、干した鮭、何故か木彫りのクマをみやげ物においているところ――。

 

 

 アスランは、そういったものを眺めては、地球に居る事の不思議さを思った。

 また、家族の事を思い出してしまうが、仕方なかった。

 ずっと言っていたのだ。母と地球に行きたいと、地球の自然を、文化を、見て回りたいと。

 

 

 だが、今のアスランの気持ちは軽かった。

 初めて過ごす異国の地の夕暮れは、思う以上に彼の心を軽くしていた。

 

 

 

 しかし、そんな彼の気持ちは、一気に暗転する事になる。

 ――とある店の一角で、騒ぎが起きていた。

 「おい! てめぇ!」

 「や、やめろよ! 非武装地域だろ!」

 「るせぇ! こんなふざけた物出しやがって!」

 「ま、間違えただけだろ! アースダラーでよければ――」

 アスランがその騒ぎを覗き込むと――店主の手には、ザフトの軍票が握られていた。

 掴まれている男は、ザフトの兵士で、うっかり支払いに軍票を出してしまい、店主の神経を逆なでしてしまったようだ。

 「見逃してやれよ、ザフトが本気出したら! このドーム・ポリスなんて」

 「料金、払ってくれるんってんだろ?」

 周りの人間が、その男を必死に止めるが、店主は聞き耳を持たなかった。

 「――コイツらのせいでウルグスクはダメになって、俺はこんな所でその日暮らしをするハメになったんだぞ! 

  それなのコイツは舐め腐って、こんなところまでノコノコ遊びにきてやがる! こんな屈辱があるか――」

 

 この街には、ザフト兵も時折休暇に来ているのが周知の事実であったが、

 店主はいざ目前に、その相手がハッキリと現れてしまったが為に、溜まっていた感情が爆発し、歯止めが利かないようであった。

 彼は拳を振り上げて、ザフトの兵士らしき人間を殴ろうとする。

 しかし、

 「調子に乗るな! ナチュラルのサルが!」

 ザフトの兵士は、その手を取り、逆に店主を投げ飛ばした。

 「ぎゃぁあああ!」

 店主は市場の石畳に叩きつけられた。

 そして、うーんと唸り声を上げると、そのまま動かなくなってしまった。

 

 「おい! 大丈夫か!」

 「い、いくら、なんでも……」

 「ひどい……」

 

 すると、今度は投げ飛ばした側の兵士が、周りの人間から避難の視線を浴びる事になった。

 

 「あ……」

 兵士が後ずさりをするが、もう遅かった。

 「サル呼ばわりしたぞ! あの男!」

 「逃がすな! 血祭りにしろ!」

 

 ――そして、周りの人間たちは一斉にザフト兵士を追い立てた。

 手当たり次第に物を投げる者、ザフトの兵士を捕まえて殴ろうとするもの。

 

 

 市場は狂騒に駆られた。

 

 「――ひ、ひぃいっ……!」

 兵士が悲鳴を上げた。

 流石に、多勢に無勢であった。

 兵士は地べたに倒され、無茶苦茶に蹴り飛ばされ、踏まれ、棒の様なモノで殴りつけられた。

 

 

 「……こんな――!」

 アスランは、どうするべきか迷った。

 だが、あの兵士――同じコーディネイターの男――このままでは死んでしまうのではないか――。

 

 いいのか? そんなことが許されて――だが、今自分が名乗り上げれば、自分もまたあの男と同じようになるのではないか?

 

 様々な思考がアスランの頭をよぎった。

 だが、それでもアスランは叫ぼうとした。

 

 

 

 「やめっ――!」

 

 「おやめなさい!!」

 

 アスランとは、別の声が大きく響いた。

 振り返ると、帽子を被り、深い紫のセーターを着た少女が居た。

 先ほど投げ飛ばされた店主を介抱している。

 

 ――店主は意識を失っていたが、死んではいないようだった。

 

 

 「おやめなさい。 その方一人、殺めてなんになるというのです」

 

 帽子の奥に、桃色の髪を結わえた少女――彼女はまるで、気品に満ちた女王のような声で、民衆を制していた。

 

 「な、なんだあんた――」

 「じゃ、邪魔するなぁああ!」

 

 一瞬、少女の声に止まった民衆であったが、一度暴徒と化した人間たちである。

 あろう事か、少女に向けて物を投げつけるものまで現れた。

 

 ――石が少女の顔に向けて飛ぶ。

 「あっ!?」

 ぶつかる――っとアスランは思ったが、少女は、素手でそれをキャッチしていた。

 

 「俗物……」

 

 少女が小さな声で、何かを呟くと、石を投げつけた方を見て睨む。

 

 ――少女のあまりの迫力に民衆は引いた。

 

 少女がまるでモーセのように、民衆を二つに割って道を作る。

 地面にうずくまるボロボロのザフト兵に駆け寄った。

 「しっかりなさって?」

 「うっ……ああっ……」

 「立てますか?」

 「あっ……」

 

 と、街の向こうから、このザフト兵の仲間だろうか――こちらを伺う男が二人ほど居た――。

 

 「お行きなさい?」 

 「――は、はい」

 「ただし――軍に戻ってもお忘れなきよう。 貴方もまた、このような憎しみに巻かれているのだと」

 

 少女は、最後に強い視線で、ザフト兵の目を見た。

 ……ザフト兵は、無言で、仲間らしき男たちの下へ逃げていった。

 

 

 

 

 

 

 「お、おい! このガキ――どういうつもりだ――」

 「このアマもコーディネイターじゃ!」 

 「やれ――ヤッチまえ――!」

 今度はその矛先が少女に向かう、

 

 すると――少女が、何かに気が付く。

 「ブルーコスモス……?」

 

 ――拳銃を持った男が、少女に迫っていた。

 咄嗟に、少女が身を翻す。

 

 バァアン!!

 

 銃声が市場に鳴り響く。

 

 「ひぇええ!?」

 市場が今度は混乱に包まれた。

 流石に、銃を使おうというものは暴徒の中には居なかった筈だ。

 全く別種類の暴力に、民衆はパニックに陥る。

 

 (アレって、聞いた事がある、コーディネイターを狩る、過激派団体――)

 アスランは、咄嗟にそれが、ブルーコスモスだと分かった。

 

 ブルーコスモス――それは自然保護団体に端を発し、遺伝子改良を全面的に否定する一種の思想・イデオロギーを持つ集団、主義者達の事である。

 特定の団体ではなく、そういった主義・思想を持つ人々たちが次第に勢力として集まり、そういった人々の総称として呼ばれる事になった。

 

  反コーディネイターの思想が高まる地球に於いては、現在、最も勢いのある圧力団体でもあった――。 

 

 「恥を知らないのですね……全て殺してしまえばよいと思っている……」

 

 しかし、少女は全く動作ず、どうするべきか思案していた。

 ――動いたのは、アスランの方が早かった。

 

 「君! こっちだ!」

 アスランは、少女の手を取った。

 「!? あなた――わたくしは!」

 「あいつら――話のわかる人間じゃない!」

 

 アスランは、無理やり少女の手を取って、一目散に市中へと逃げた。

 

 

 

 

------------------------

 

 

 アスランは、少女の手を握ったまま、ポリツェフを駆け回り、あの場から逃げ去った。

 一瞬の事だ。

 アスランの姿形まで覚えられては居ないだろう。

 

 

 もう、大丈夫な筈だ。

 

 一先ず、アスランは仲間達の居るところまで向かう事にした。

 理由を話して、一先ず安全なところまで匿ってもらおう。

 万が一、少女を狙うような者が居たとしても、地球軍のジープならば、あの過激派たちも襲ってこないはずだった。

 

 「ありがとうございます」

 「いや……」

 「もう、大丈夫ですわ。 ごめんなさい、貴方まで巻き込んでしまうところでしたわ」

 少女はアスランに礼をした。

 「――いえ、俺のことは。 君こそ、凄いな。 あの状況であのコーディネイターを助けてしまうなんて……」

 「いえ、あなたこそ……止めようと為さいましたね?」

 少女は、アスランの方を見た。 

 「あらあら? まあ! 前にもこのような事をあった気がしたのですよ……」

 ふと、少女は帽子を取った。

 「君は……!」

 

 アスランは少女の顔を見て驚愕した。

 

 ――彼女はあのヘリポリスで見た顔。

 「貴方は素晴らしい方ですわ、正義を為そうとし、そして……二度も私を助けてくださいました」

 カトー教授の研究室に居た、あの少女であった。

 

 

 

 「――ありがとう、このご恩も、生涯忘れませんわ」

 

 それは、運命の――少なくとも、彼女にとってはそうだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 23 「若者たち」

-------------------------

『ヘリオポリスで出会った彼女は、美しかった。

 美しいものが嫌いな人間なんていないから

 俺は、つい見とれてしまった』

-------------------------

 

 

 

 

 「君は……あのとき、ゼミに居た……」

 「ええ。 オーブからここに参りましたの」

 「オーブから?」

 

 アスランは、もう一度目の前の少女を見た。

 

 改めて見ると――一見したときには気が付かなかったが、少女がいかに美しいか分かる。

 「わたし、オーブのNPOに所属しておりますの。 カトウ教授にはそれでお世話になっておりまして――アスラン・ザラ、あなたは、どうしてこちらに?」

 オーブの学生だったのでは――? と少女が聞いてきた。

 「名前? どうして……」

 「恩人のお名前を忘れませんわ」

 少女はそういって微笑んだ。 先ほどの毅然とした態度とは違い、見るものを魅了し、気持ちを柔らかにする笑顔だった。

 

 (そういえば、名前を名乗っていたか……)

 シェルターに押し込むとき、名前を名乗ったような気もする。

 

 しかし……なんというべきか。

 「俺は……その……ヘリオポリスをあの後避難して、地球に……今は……観光かな?」

 説明に窮し、アスランは咄嗟に出鱈目を言った。

 

 「まあ、そうでしたの? 貴方がご無事で何よりです。 ずっと気になっておりましたのよ」

 

 少女は笑顔で言った。

 ――信じたのだろうか? こんな戦時下で……。

 「ここはキレイな街ですものね」

 だが、少女は全く疑う様子もなく、笑っているばかりだった。

 「あの時は、大変だったね……でも、驚きだな、こんな偶然」

 「――運命でしょうか?」

 「え……?」

 思わぬ言葉を聞き、アスランは、少女の顔を見た。

 

 「私は――」

 と、少女は自分の胸に手を置いた。

 「……ミーア。 ミーア・キャンベルと申します。 自己紹介が遅れまして」

 「いえ……俺は、アスラン・ザラ……改めてよろしく」

 

 アスランはミーアを見た。

 吸い込まれそうな瞳と、花弁の様な唇が、仄かな街灯に照らされて、透明な反射を持って浮かびあがった。

 「どうかなさいました?」

 「いえ……綺麗なので……あっ」

 何を言っているのか……とアスランは自分自身思った。

 「まあ、ありがとうございます」

 ミーアは賛辞をそのまま受け取ってしまった。

 

 それが全く嫌味にならないのだ。

 

 

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 「名はその存在を示すものだ。ならばもし、それが偽りだったとしたら……それはその存在そのものも偽り、ということになるのかな?」

 

 図書館の近くにあるホテルの一室に、ラウ・ル・クルーゼは居た。

 目の前には黒い長髪の男性と――先ほどクルーゼに銃を突きつけた少年が居た。

 

 「いいや、人と言うのは偽りきれるものではない。 偽り続ければそれが真実となり、やがては追いつかれるというものだ、ギル……」

 「かもしれないな。 事実こうして、君と私が、まるで”運命”のように再会できている。 人とは物事を偽り切れるものではないと思える」

 

 男性――ギルバート・デュランダルはラムを一口飲みながら言った。

 

 (……怪しいものだな。 お前の様な男が、偶然ユーラシアに居るなど、事が上手すぎる) 

 

 クルーゼはグラスに口をつけず。 サングラスをしたままギルバードを睨んだ。

 

 「カナード君。 ご苦労だった。 下がってくれたまえ」

 「……」

 デュランダルは少年を下がらせた。

 ここまでクルーゼを案内してきた、長髪の目つきの悪い少年は、何も言わず部屋を後にした。

 「彼は……ライブラリアンかね?」

 「厳密に言うと違うな。 まあ、大体察しているんじゃないか」

 「GARMの被験体か――どこまで知っているんだ? ギル?」

 「ラウ……私たちは共犯者じゃないか」

 氷の音を鳴らして、デュランダルはグラスを空けた。

 

 「車の事なら、カナードに送らせるさ、君も飲みたまえよ」

 「……」

 クルーゼもまた無言でグラスを舐めた。

 

 「私にとっても、人を偽るというのは、辛いものだ。 だが、戦後の事を考えなくてはならん。 人の犯した過ち、というものは、いつかは粛清せねばならない」

 「――そんな権利が、君にあるのか?」

 「権利は無いが、義務はあるな」

 「……確かに。 だが、よく言えたものだな」

 

 クルーゼはグラスを飲み干した。

 再度、デュランダルが酒をこさえようとする。

 「――私には酔っている時間が”死ぬほど”惜しい、それを知って勧めているのか? 相変わらず嫌な男だ」

 クルーゼが言った。

 「秘密を分かち合いながらのむ酒だ。 おいしかったろう?」 

 「言っても無駄か……」

 クルーゼはグラスを突き出した。

 デュランダルが、氷を入れて、オン・ザ・ロックの用意をした。

 「――本当は然るべき時になってから渡すつもりだったがね、折角こうして会えたんだ、約束の情報は用意させてもらったよ」

 デュランダルは、グラスと一緒に光ディスクをクルーゼに差し出した。

 (よく言う男だ……)

 クルーゼは懐にそれを仕舞った。

 「ギル……君は邪魔者を始末したいだけだろう? 私が何を偽り、どう生きようと、全ての者は生まれ、やがて死んでいく。ただそれだけのことだ」

 「だから何を望もうが、願おうが無意味だと?」

 「……いやそうではない。ただそれが我等の愛しきこの世界、そして人という生き物だということさ」

 「君とてそうして生きているのだ――それに意味を見出してね。 会えてうれしかったよ、ラウ。 次は予定通りホンコンで会おう」

 「――”予定”か」

 

 デュランダルはベルを鳴らした。

 あの目つきの悪い少年――カナードが入ってきた。

「車が用意してある」

 ぶっきらぼうに、カナードはクルーゼに言った。

 クルーゼは、立ち上がる。

 「ご馳走になった。 いい酒だな」

 「ラ・マニーだ、秘密に良く似合う。 ……また共に飲めるのを楽しみにしているよ」

 「――”また”か、人の嫌な事を何度も言う」

 クルーゼは笑みを浮かべて立ち去った。

 

 

 「妙なヤツだ……」

 外に出る為のコートを用意しながら、カナードはデュランダルに言った。

 「似過ぎたもの同士は憎み合うということか……」

 ギルバード・デュランダルは杯を再度乾かした。

 

   

--------------------------------------

 

 

 アスランは、ミーアをつれて、仲間たちの居るキャラオケボックスまで戻ってきた。

 

 丁度、宴も終わりの時刻だったのか、彼らもゾロゾロと店から出てきた。

 

 「――ああッ! アスラン、おまえ!」

 「キャラオケ抜け出したと思ったら、ちゃっかり別の女の子と!!」

 ラスティとディアッカがアスランに詰め寄った。

 「いや、違うんだ……これは!」

 アスランが説明に困っていると、ミーアも、ディアッカたちと一緒にいた少女たちの方を見て驚いていた。

 

 「えっ!? なんで……ラク……?」

 「まあ――”みんな”どうしたんですの?」

 「……ああ! あの、”ミーア”じつはね……」

 「この人たちが一緒に遊ばないかって言ってきたから……」

 

 「アスラン――その子って」

 ニコルが、ミーアの方をちらりと見て言った。

 「ああ、彼女は、ミーア・キャンベル。 オーブのNPOに所属している子で、カトー教授が研究してた効率太陽電池を――」

 「こちらに届けにきましたの! それ以外にも、エイプリフールクライシスでお困りの地域を回っておりますのよ」

 ニコルとアスランの会話を聞いて、ミーアは笑顔で言った。

 

 「え? じゃあ、マユラちゃんやアサギちゃんも、そういう活動してるってワケ?」

 「そ、そうなのよ!」

 「明日はここから少し離れた、電気が全く無い集落の所にいくのよ」

 「だから、仕事っていってたんだ?」

 ディアッカが納得した様子でいった。

 

 (なんか……変わった子みたいですね)

 (ああ……)

 アスランとニコルは小声で喋った。

……と、ニコルの頬に、キスマークが4つ付いているのを、アスランは見つけた。

 「どうしたんだそのホッペ?」

 「ええっ!? あの……」 

 ニコルが急にしどろもどろになる。

 すると、彼の持っているハロが、

 「アスラン! ニコル ガ!」

 「ん?」

 「ニコル ガ ヤラレター!」

 電子音声で意味の分からない事を言い出した。

 「やられてない!」

 「やられたって?」

 アスランがハロに聞き返す。

 「オーサマゲーム! デ チューサレタ!」

 「えっ……」

 「ハ、ハロぉ!」

 「ディアッカ ト ラスティ ト メガネ ニ スカートハカサレタァ」

 「う、うう……」

 「た、大変だったんだな……」

 「ハロォ」

 アスランが、顔を引きつらせた。 

 

 一方ラスティはそれを聞いてニヤ付いている。

 なんとなく、どういう会だったかが察しが付いた。

 

 ――すると、ミーアがハロに気が付く。

 「まあ! かわいい! この子は?」

 「えっ……ああ、ハロです。 これは俺が作ったものですが……元々は市販品で……子供の頃、流行りませんでしたか?」

 「わたくし、離島の田舎の生まれでしたから……」

 ミーアは言った。

 「ハロ?」

 「あらあら」

 「ハロォ」

 「まぁまぁ!」

 ミーアは、ハロをいたく気に入った様子で、そのまま構い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

――そのままアスランたちは、彼女たちが宿泊するホテルまで送っていく事になった。

 

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

 「――でも、すごい偶然! ミゲルさんと会えるなんて! 私、まだ信じられません!」

 アサギがミゲルの手を取っていった。

 「う、うん……俺も楽しかったよ」

 それは男女というよりは、ファンとアーティストの関係そのものだった。

 

 故郷の町が、ザフトのお陰で消えて――弟と母も行方が知れなくなって。

 それどころでは無くなってしまったのだが。

 だが、ミゲルは、また戦争が終わって落ち着いたら、バンドでもやってみるものかと思った。

 

 

 

 「ニコル君? また機会があったら遊ぼう? オーブに帰ったら連絡頂戴!」

 「あ、ジュリさん……」

 「付き合うとかじゃなくて、ニコル君かわいいんだもん、ね、遊ぼうね?」

 「は、はぁ……それなら、そのいいですよ?」

 メモを貰ったニコルは、笑顔で、自分の連絡先を書いた紙も渡した。

 

 

 

 ――ラスティはそうした二組の方を羨ましそうに見ていた。

 「――しょうがないなぁ」

 「およ?」

 ラスティの手にも、マユラからメモが渡される。

 そこには彼女のメール・アドレスが記載されていた。

 「返事は気長に待ちなさいよね? こう見えても、アタシメール友達は多いの?」

 「おー! ありがとう! こんどまたユーラシアに来るときは教えてね?」

 「まあ、気が向いたらね」

 「僕はもう、とっくに君にメロメロだから?」

 「はぁっー……諦め悪いのね?」

 「んふ?」

 

 

 

 「アスラン、今日は、会えてうれしかった。 ――また貴方とはお会いできるような気がしますわ」

 「ええ……なんだか俺も、そんな気がします」

 ミーアは、アスランの手を取った。

 そして。

 「あっ……」

 ミーアはアスランの頬に、そっと口付けした。

 敬愛の印である。

 オーブでも、地域によっては、珍しい事ではない。

 「……」

 「では、”また”アスラン」

 ミーアは手を振り、去っていった。

 

 

 「ミーア……そういう名前なのか? そうなのか……? また会えるのか……?」

 アスランは自分の頬を撫でた。

 

 

 

-------------------------

 

 

 「お、おい……」

 「え?」

 「あ?」

 「どうしたんですか?」

 

 ディアッカが一人だけ震えている。

 「なんで……俺だけ余ったみたいになってんだ……」

 「いや……そういわれても」

 アスランは悲しそうにしているディアッカにかける言葉が見つからなかった。

 

 (ディアッカって、肝心なときに残念ですよね……)

 オシャレで、料理上手で、話も面白い、いつもは結構モテる。

 だが、何故か女性と深い縁が無いディアッカを、ニコルは不思議に思うのだった。

 

 

 

 

---------------------------- 

 

 「ありがとう、イザーク、今日は私の行きたいところばっかり」

 「お陰でクタクタだ」

 「もぅ……そんなこと言ってる」

 フレイとイザークは、車でアークエンジェルへの帰路に着いていた。

  イザークは今日一日、フレイを喜ばせる為に、彼女の行きたいところに全て付き合ってやっていた。

 食事、観光、それから買い物。

 奔放な彼女に振り回されたといってよい。

 

 「――つまんなかった?」

 「そうは言ってない」

 

 ――道路の信号が赤になった。 

 

 停車させて、信号を待つ間、しばらく、無言になる。

 

 「私は楽しかったな――」

 「そうか?」

 「また、戦いになるでしょ? 私、今日のこと忘れないかも」

 「大げさな、戦争が終わったらこんな時間くらい、いくらでも……」

 イザークがそう言おうとしたとき、

 

 ――!?

 

 フレイがイザークに口付けていた。

 

 「……!」

 イザークは絶句した。

 フレイの顔から伝わる体温を強く感じた。

 ……歩道を渡る、通行人が見ている気がした。  

 

 

 やがて、信号が変わった。

 

 後方から盛大にクラクションが鳴った。

 「――ば、ばか!!」

 

 イザークはフレイを慌てて引き離すと、ハンドルを握ってアクセルを踏んだ。

 

 ――エンストした。

 さらにクラクションが後方から鳴り響いた。

 イザークは何とか自分を落ち着かせると、車を発進させた。

 

 

 

 

------------------------------- 

 

 

 

 キラ達は、カーペンタリアを出発した後 ――ボスゴロフ級潜水艦からセント・ローレス島付近でヴァルファウ級輸送艦に乗り換える。

 そこからは吹雪のシベリアの空を飛ぶ。

 

 「――ごめん、僕のせいで、その傷……」

 隣のシートに座っているサイに、キラは詫びた。

 サイは、キラに鋭い視線を投げかけた。

 キラが視線を下げると、サイは、その視線を追いかけるようにして

 「彼女にもらった品が台無しだよ」

 と、ケースの中に入ったバラバラの色眼鏡を見せた。

 

 「あっ……」

 「でも、コレが守ってくれたんだ」

 「サイ……」

 キラは顔を上げた。

 「生きててくれてうれしいよ。 ――俺はこんどこそ、イージスのヤツを倒さなきゃならない」

 「僕も……例え友達が乗っていたとしても、僕は……」

  辛くとも、大事な友人だとしても、僕は一人ではない。 

 「ムリはするなよ……キラ……」

 仲間の為に、帰る場所の為に。

 

 キラはそう思って、新たな戦いへ思いを馳せた。

 

 

 

-----------------------

 

 

 「よう、マリューさん? 元気にしてた」

 「久しぶりね。 ネオ・ロアノーク」

 

 数十時間のフライトの後、シベリア軍総司令部のあるミール・ヌイにて、ネオはマリューと再会を果たしていた。

 「しかし凄いね……この基地、図書室に研究室。軍用とは思えないスポーツジム。 ……バーとかはないわけ?」

 「ここは、学び盛りの若い兵が多いから、このくらいは必要かと思ってね」

 「……やれやれ」

 「そう言わないで頂戴、私たちコーディネイターにとっては、大学っていうのは、心の”ふるさと”なのよ」

 マリューはそう言って笑った。

 

 プラントに住む、コーディネイターの殆どは、高度な学識を有している。

 ――持てる能力を活かすことを義務とする彼らにとってそれは当然のことであった。

 

 ザフトは義勇軍である。 

 その殆どの兵たちは、平時は別の仕事についている。 職業軍人は一人も居ないのだ。

 そして、ナチュラルの基準からは驚くべき事に、彼らプラントの人間は、半数以上が何かしらの研究者であった。

 

 「俺は――学問より、もっと別のことが知りたいな」

 ネオは、司令室に他の誰もいないのをいいことに、マリューにぐい、と近づいた。

 「もう……やめてください? セクハラです」

 「……君が傍に居ないと大変だったよ」

 「――雑務の処理が?」

 マリューは芝居の掛かったネオの態度に噴出した。

 「もう、そういう事言わないの?」

 ……茶化すマリューに口を尖らせるネオだったが、

 「また、会えてうれしいわ。 ネオ?」

 素直に、マリューは再会を喜んでくれていた。

 「俺もさ、マリュー」

 ――それを聞くと、ネオは、自惚れて、体をマリューに引き寄せた。

「……もう! そういう冗談は辞めて!」

 「いいじゃないの……」

 ネオはそのまま顔を近づけていき……。

 

 「……相変わらずね、ネオ!」

 「うげっ!」

 後ろから厳しい口調で声を掛けられた。

 

 

 ――夢中になって気が付かなかったが、司令室に来客があったのだ。

 声の主を察して、恐る恐るネオは振り返る。 やはり、思ったとおりの人物であった。

 「……ありゃ、これはイメリアの姉さん、お元気でしたぁ?」

 「貴方ほどじゃないけどね」

 

 そこに居たのはザフト、シベリア方面軍、地上侵攻部隊隊長、レナ・イメリアだった。

 

 ザフトの誇る、女性パイロットにして、”鬼教官”と噂される女傑である。

 敵や味方からは、”乱れ桜”の異名で知られていた。

 

 ――ネオはその女性への癖の悪さを、彼女に良く咎められていた為、彼女の事を密かに苦手としていたのであった。 

 

 

 

--------------------------

 

 

 

 「イメリア教官! お久しぶりです!」

 「あらミリィ! 久しぶりね。 貴方の話は聞いているわ」

 基地のロビー。

 レナ・イメリアに飛びつくように、ミリアリアが挨拶した。

 二人はザフトのアカデミーで、教官とその教え子という間柄であった。

 「それから、サイ・アーガイル……その顔、兵士らしくなってしまって……ケーニヒは相変わらずね」

 「ちょっとぉ教官! 俺だって活躍してるんですよ! ”ザフトの黒い雷神”って言えば俺のことなんですから!」

 「そういうところが相変わらずって言っているの……そんなの聞いた事ないわよ」

 「そんなぁ……」

 がっくり肩を落とすトール。

 「――それに比べれば、キラ・ヤマト……貴方の話はよく聞いてるわ、味方には”キラの五艘とび”――敵には”ザフトの白い悪魔”って」

 「え……あの、いや……無我夢中でやっただけです」

 「なんだよそれ! 白い悪魔って! キラァ!」

 トールがキラに、”パクったな!”と詰め寄った。

 「全く、ネオも大変ね」

 

 「……にぎやかな部隊だこと」

 「あっ……」

 

 ロアノーク隊の面々が姿勢を正した。

 ロビーに、司令官であるマリュー・ラミアスが現れたからだ。

 「シベリア方面軍、司令官のマリュー・ラミアスです。 ロアノーク特務部隊の諸君、以降貴官らは我々の指揮下に入ります!」

 「ハッ!」

 ロアノーク隊は、マリューの敬礼に返礼した。

 「ふふ……歓迎するわ。 早速だけれど、貴官らはこの後、南西のバイカル基地の防衛に向かっていただきます」

 マリューが早くも辞令を出してきた。

 「えっ……」

 すると、トールが顔をしかめた。

 「先ほどカーペンタリアから到着したストライクと、宇宙から降下されたブリッツはまだ修理が完了しておりません」

 そうなのだ。 大気圏上での、第八艦隊との戦闘で、酷く機体を傷めたブリッツは、その特殊な機体構造も手伝って、修理が完了していなかった。

 イージスとの激闘の末、大気圏に落ちて、オーブから返却されたばかりのストライクは言わずもがな、である。

 「そのため、両機はこのままこのミール・ヌイ作戦司令本部にて修理を継続。キラ・ヤマトとトール・ケーニヒには別の機体を宛がわせてもらいます」

 

 「ハッ!」

 「了解しました!」

 キラとトールは敬礼した。

 (マジかよ……今更ブリッツ以外か……)

 トールが少々不安に煽られて、肩を震わせる。

 

 (大丈夫よ、トール、私がついててあげる)

 ミリアリアが小声でトールに言った。

 (じゃあさ、バスター貸してよ)

 トールも小声で、ミリアリアに返した。

 (ダーメ。 あの子は貸せないわよ)

 (えー……だめか)

 トールはため息をついた。

 

 

 

 (――もし、アスランが此処に来ているとしたらストライク無しで……勝てるのかな? ――いや)

 勝てる筈がない――どうすればと、キラは何度思考を巡らせた。

 どうすればいいのか? ――出来れば、戦いたくない、なんて言っていられないだろう。

 

 その思考のループはキラの表情を険しくさせていた。

 

 「大丈夫さ、キラ。 俺とデュエルでしとめて見せるさ」

 サイが、そんなキラに言った。

 「サイ……」

 「俺だって、キラにトモダチを殺して欲しくない」

 サイは、アイウェアを掛け直した。

 

 

--------------------------

 

 

 ザフト軍、バイカル資源基地。

 「――チェッ! また虫だ!」

 その隊員用の寄宿舎で、年若い隊員が忌々しげに舌打ちした。

 

 彼らはこの間、アカデミーを卒業して直ぐに、補充要因としてシベリアに送られてきた人間であった。

 「イラつくなよ、アウル?」

 ベッドに寝転んだ、同室の隊員が言った。

 「イラつきもするさ! こんな寒いだけの土地送られて、やることと言ったらジンを磨くだけだ! 俺はナチュラルを踏み潰しに来たってのにさ!」

 「確かに、専用の機体まで貰ってこうとは、うまく乗せられたってことか?」

 

 二人は昨年、共に志願をし、その優秀さから半年で全ての過程をパスし、赤いザフトレッドの制服を与えられて、晴れて一兵卒として、

 このシベリアに派遣されてきた。

 

 二人にしてみれば、最初こそ最前線に送られるという事実に、ムシャブルイを止められなかったが、

 連日の退屈な待機任務に加えて、慣れない地球の不便な生活が、早くも二人を倦厭させていた。

 

 「スティング! おまえも手伝えよ!」

 アウルは部屋の中、虫を必死に追った。

 その様子にスティングはため息をつく。 

 「時間の無駄だな――また図書室でも行くか」

 と、スティングが立ち上がろうとしたとき、部屋のドアが開いた。

 「シャムス先輩!」  

 

 「よう、久しぶりだな。 降りてきたってのは聞いていたんだが――挨拶に来るのが遅くなっちまったな」

 彼らのアカデミーの先輩に当たる、浅黒い肌をした伊達眼鏡の少年――シャムス・コーザが入ってきた。

 

 

 

 

 

 「同期のミューディーがやられた……今治療を受けてる」

 二人にコーヒーを勧めながら、シャムスが言った。

 「マッド・ドッグ隊でしたっけ?」

 「あの、噂の足つきの船にやられた……」

 そうだ、とシャムスは言った。

 「月下の狂犬がやられったってんでしょ? 一体ザフト、どうしちまったのかね?」

 「――お陰で、最近のナチュラルどもは図に乗るばかりだ。 あの様な思い上がり、許しちゃおけない。 だが! マリュー司令もイメリア隊長も重い腰を上げない!」

 「アハ、司令って胸だけじゃなくて、腰も重たいんだ!」

 「茶化すなよアウル」

 スティングがアウルを小突いた。

 「――ってのも、上から、例の大規模作戦をやるって言われているかららしいが、そうだとしても、こんなの許しておいていいのか、ってことだ?」

 「……へぇ?」

 若い二人は、シャムスの話に食いついてきた。

 「そこで一つ面白い話を聞いた。 ここから北西にあるナチュラルの集落に――最近地球連合軍らしき集団が訪れている」

 「そこって……」

 「確か、ザフトから逃げ出した脱走兵たちが逃げ込んでいると噂の……」

 

そうだ、とシャムスは頷いた。

 

 「おかしいと思わないか? あの噂の船が下りてきた、このタイミングで……もしかしたら、地球軍がまた何か企んでいるのかもしれない。

 なのにモーガン・シュバリエ隊長が死んで、基地の司令官連中は益々臆病になるばかりだ……だから、俺たち、若いヤツだけで、やろうっていうんだ」

 「……へぇ、おもしろそうじゃん、先輩?」

 「猿に還ろうとする愚か者達をか……」

 

 アウルとスティング、二人の新兵は初めての戦いの予感に、心を震わせているようだった。

 

 「脱走兵は基地の連中への見せしめにしたっていい! ザフトは義勇軍だが、脱走は死刑だ――要は簡単な話だぜ。 うまくいけば、あの足つきの船の情報も手に入るかもしれない」

 「そいつはいいね! とっとと手柄立てて、虫の居ない清潔なプラントに帰りたいよ!」

 と、アウルは漸く壁に虫の姿を見つけた。

 

 ドン!

 

 「ハハハ!」

 勢い良く、壁に手を突いた。 

 彼の手の中には、みるも無残に四肢を潰された虫がいた。

 

 アウルにとっては、ナチュラルも、そこまで堕ちた同胞も、掌のぬめりと同じものでしかなかった。

 

 

 

-------------------------

 

 

 

 「少し、芝居が過ぎましたかしら……」

 「えっ?」

 

 淡いピンク色をしたランジェリーを纏っただけのミーア――ラクスが、ベッドに寝そべって言った。

 衣服を出来るだけ纏わず眠るほうが好きな彼女にとっては、側近たちと外泊した時だけに許される、大きな贅沢である。

 その品の無さを知っているが故に。

 

 

 「あのアスランっていう子と何かあったんです?」

 側近の少女たちも同じような格好になっている。

 ジュリは淡いパープル、マユラはオレンジ、アサギは名前の通りのグリーンの掛かった浅葱色のランジェリーを着ていた。

 「いいえ……予定が早まっただけですわ」

 「……ラクス様、楽しそう」

 

 

 (アスラン・ザラ――ヘリオポリス在住の留学生。 現在は志願兵として大西洋連合軍に外国人隊員として所属――か、この様な縁、会ってみたいと思ったけれど――)

 何か、何かが、ラクスに引っかかる。

 だらしなく寝そべるラクスに、少女たちが集まる。

 三人は菓子と茶を持っている。

 

 ――このような興をラクスたちが時折開くようになったのも、元はといえば、家族同然に過ごしていたマユラ・アサギ・ジュリたちの輪に、ラクスが加わったのが始まりであった。

 彼女たちにとっては、子供の頃からの習慣の延長に過ぎなかったが、ラクスが戯れに加わったことで、この自由な会は、少女たちにとって特別なものに変化した。

 

 ラクス・クラインとはそういう少女であった。

 美しいから、だけではないだろう。

 確かに、ラクスのその肢体が眩いから、肌を見ることで、自分自身も美しくなれると思える――という動機も、少女たちの中にはあった。

 

 「――こうして、貴女たちとおしゃべりするのも久しぶり」

 

 だが真実、ラクスはシャーマンであった。

 現実に非現実を持ち込む才能の様なものを持っていた。

 

 なんの意味も無い。 戯れのパジャマパーティーは少女たちにとっては神聖なものになっていた。

 夜はまだ浅く、お茶会は長引きそうだった。

 

 「――明日は、ようやくウズミ・ナラ・アスハとコンタクトを取れますわ……」

 

 ただし、菓子と共に消えていくのは、世を動かしかねない、神託のような言葉だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 24 「レドニル・キサカの森」

-------------------------

 

 

  「ディアッカが残念な事になったが、

  あんな時間が持てたことに感慨がある。

  でも、歌はダメだ。 それはやっぱりダメだろう」

 

 

 

-------------------------

 

 

 「何度言われても我々は、地球軍に参加するつもりは無い」

 「――だが、亡命は認めろと?」

 「……」

 

 暖炉が燃える民家で、浅黒い肌をした男と――地球連合の軍服を着た男が話している。

 

 「明後日また来る……よく考えてくれたまえ、何も諸君らに我らの代わりに戦えと言っているのではない、君らにとっても有益な話だ……では、な」

 

 軍帽を被りなおし、家を後にしようとする。

 

 「……村長か?」

 厚手のコートを羽織り、ホバートラックに載ろうとする軍人を、この村の村長が止める。

 

 「彼らをそっとしておいてくれんのかね?」

 「コーディネイターだぞ?」

 「電気が通らなくなって、学校も病院も無い。 こんな処に残れた者は極僅かだ。 ――だが、彼らはここでの生活を望んでいる。 ここの住人になりたいというものもおる」

 「何を、そもそも、そうしたのは誰だ? コーディネイター達だろう?」

 「……旧暦の頃から我が物顔で土地を歩く、我がユーラシア連邦も変わらんと思うがね? 忘れたとは言わせないよ。ドームポリス計画の為に、住む土地を先祖がえりさせられたのをねぇ?」

 「……ナンとでも言ってくれ、また来させてもらうぞ」

 

 

 ホバートラックは近くの駐屯地まで走る。

 

 基地が近くになるにつれて、徐々に電波が通じるようになり、基地と通信が出来るようになった。

 

 『――少佐自らの勧誘如何でしたか?』

 「流石に話は聞いてくれたよ。 まあ、奴らとて、追われる身だ。 時間の問題だ――我らと同じく、手段は選べまい」

 

 

 マルコ・モラシム。

 元アルテミスの司令官――現在は基地陥落の責任を取らされ、降格。 

 ここシベリアで一部隊の指揮と――敵からの逃亡兵の勧誘に当たっていた。

 

 

 

 

--------------------------

 

 

 

 「モビルスーツを持ち出そうとするときに限って客かよ」

 「だが、アレ、紫電(ライトニング)だぜ?」

 スティングとアウルが、モビルスーツ格納庫の、コンテナの陰に身を隠している。

 

 先日シャムス・コーザから聞いた作戦を行うために、機体を持ち出す準備をしにきたのだ。

 丁度そこに、ロアノーク隊の面々と、彼らのモビルスーツが搬入されてきた。

 「――あれか、連合のGって奴は?」

 「ハッ、スペックは凄いって聞いたけど、ナチュラルが作ったものでしょ?」

 「だな、でアッチは……あの紫電(ライトニング)の機体か?」

 

 搬入されたモビルスーツは三体。 サイとミリアリアの機体になっているデュエルと、バスター。

 そして、もう一体。

 スティング達が視線を移した先には、大型のブースタを装備されたジンがあった。

 しかし、それは本来宇宙戦用に強化されたジン・ハイマニューバであった。

 なぜそれが、こんな地上の基地にあるのか――。

 「アレって空間戦闘用の高機動タイプのジンじゃ?」

 「よく見ろアウル、大気圏内用にカスタムされてる」

 そこにあったものは機体各部に地上戦用のジンの装備が取り付けられており、外観も通常の機体と差異があった。

 カラーリングは本来グリーンだが、その機体は全身が白く塗られている。 

 またアンテナの集合体である鶏冠は真赤にペイントされている。 

 そして、何より一番の違いは、機体の目に当たるメインカメラが、ジンで使用されているモノアイではなく、連合の奪取した機体で使われているデュアル・アイ・カメラであることだろう。

 ――特徴的なカラーリング等から、スティング達は恐らくそれが元々テスト機であったことを察した。

 

 

 「先日までやっていたZGMF-Xシリーズのテストで使っていた試作機の一つだ」

 ネオは整備されている白いジンに目を向けて言った。

 「モビルスーツ同士の格闘戦に耐えうる分厚い装甲を持たせて、重くなった分は大型ブースタで無理やり飛ばす……無茶な機体だな」

 「悔しいけど、今のザフトに、イージスに対抗できる機体、まだ無いもの」

 サイとミリアリアも、ネオに倣ってその機体を見上げながら言った。

 

 「――?」

 「どうかしました? 隊長」

 突然後ろを振り返ったネオに、ミリアリアが言った。

 「いや、何、見られている気がしたんでね? 俺のファンかなぁ?」

 「ハァ?」

 

 この上官は突飛な事を言い出すことが多い。

 以前副長をしていたナタル・バジルールがよく首を傾げていたのを、ミリアリアは思い出していた。

 

 

 

---------------------------------

 

 

 「ン?」

 基地の中を歩いている途中、ネオは不穏な空気を察して、その方向へ足を向けた。

 

 そこは独房だった。

 「吐けよ! オラ!」

 ――中では、シャムス・コーザやスティング、アウル・ニーダが、連合軍の捕虜に手ひどい拷問を行っていた。

 「――何をしているか、貴様らッ!」

 独房の中に押し入り、シャムスの腕をとるネオ。

 「なんだ? ……ネオ・ロアノーク隊長殿か」

 「捕虜への拷問は月面条約で禁止されているだろうが!」

 「”敵国の人間”へはな、コイツラは人間じゃない猿だ」

 シャムスが嘲るように言った。

 「猿だと? ……何を言っている!」

 「バカで役立たずなナチュラルなんて、古い種類でしょう!」

 「違う! 人間だ!」

 スティングのあまりの言い振りに、ネオは叫んだ。

 

 「――越権行為も甚だしいな。 俺はイメリア隊長からここを任されている! なんと言われようと俺は徹底的にやらせてもらう」

 ネオの手を振り払って、出て行けとシャムスは言った。

 

 「そうやってナチュラルを見下し続けるから……分かり合えないんだろうが!」

 「ハッ、こいつらと何を分かり合って? 人類の未来はコーディネイターが導くんだ! コイツらもう不要だろ」

 アウルが嘲るように言った。

 「貴様らッ!!」

 

 ネオは少年たちを尚も睨んだ。

 その剣幕に、少年たちも少し怯んだのか、捕虜を殴る手を止めた。

 

 「チッ……興がそれましたな。 この事はイメリア隊長に報告させていただく!」

 

 ――シャムスは汗でずれた伊達眼鏡の位置を直すと、アウルやスティングを連れて独房から出て行った。

 

 「――おい、あんた大丈夫か?」

 ネオは連合軍の捕虜に駆け寄った。

 (以前から差別的な所はあったが……イメリアの奴があんな振る舞いを許しているのというのか? コーディネイターは理性的な筈じゃ)

 

 戦争という狂気が、コーディネイターをも変えていってしまっているのか? 

 (コーディネイターが導くのではない――共に調整して未来を創る――だから俺は――)

 

 ネオは、言いようの無い嫌悪感を胸に抱いて、マスクに隠された顔をゆがめた。

 

 

 

 

----------------------------- 

 

 

 

 翌日。

 

 「上手くモビルスーツを持ち出せたな」

 「――ハハッ、イメリア隊長が留守で助かったぜ」

 「だけどさー、始末書じゃすまないぜ?これ、しくじったら」

 

 シャムスとスティングとアウル、三名の赤服のモビルスーツが、

 大型トレーラーに積み込まれる。

 

 一団は基地から離れた件の集落へと向かう。

 

 「――捕虜が吐いた。 地球連合は脱走兵たちを懐柔しようとしているようだ。 佐官クラスの人間が、あの集落に毎日のように通っているらしい。

  もし、脱走兵達が、その話に乗ろうものなら……」

 シャムスがハンドルを握って、脱走兵たちの居る集落へと車を出す。

 「いいね! 村ごとドン! だ!」

 シャムスの思惑に、アウルは無邪気に笑った。

 自分達の行う事の意味を、文字でしか理解していないのだ。

 

 

 

----------------------------

 アーク・エンジェルは、バイカル資源基地への攻撃に向けて、ポリツェフを発ち、現在は針葉樹林の中で、ユーラシア連邦軍の増援との合流を待っていた。

 

 その間、敵からの攻撃を警戒し、クルーゼとアスランに偵察任務が下されることになった。

 

 

 「最近、この辺りで未確認機の報告があったらしい、何か異常があれば直ぐに連絡してくれ」

 バルトフェルドが、無線でコクピットの中に居るアスランたちに連絡した。

 

 『了解した。 スカイ・ディフェンサー出るぞ』

 『アスラン・ザラ、了解しました。 イージス、A型装備スタンバイします!』

 

 アークエンジェルのカタパルトから、クルーゼのスカイ・ディフェンサーが発進され、アスランの乗る――大型の飛行機のようなものが発射口にスタンバイした。

 

 それはイージスのモビル・アーマー形態であったが、一部形状が変わっていた。

 まず、翼の様な大型のウイング・スラスターがつけられている。

 さらには、空気抵抗を軽減するため、シールドが、ジェット機の機首のように、装着されていた。

 イージスが大気圏内でもモビル・アーマー形態に変形できるように考案された”イージス・プラス計画”のA型装備であった。

 

 また、今回は偵察任務の為、レーダーの強化が行えるC型装備のパーツも付加されていた。

 

 そのため、流石のアスランも操作が追いつかず――

 「へぇー、イージスの中って、改めてみると凄いですね?」

 と、シートに座るアスランに話しかけて来た者があった。

 シートの後部にセットされた、非常用副座に座っていたニコルだった。

 「苦しかったら言ってくれニコル」

 「大丈夫です、ある程度のGなら耐えられます」

 現在、ニコルは、アークエンジェルのコ・パイロットを勤めている。

 と、いうのも彼はヘリオポリスのカレッジで、プライベート・エア・プレーンと、スペース・クルザー級のライセンスを取得していた。

 そのため、ニコルは、今回アスランの補助の為にイージスに同乗する事になったのだ。

 

 慣れない航空機仕様のモビル・アーマーの操縦であるのと、偵察任務であるため、各種計器のチェックに目を光らせなければならなかった。

 と、なれば、流石のアスランにも困難な任務となる。 もう一人、乗員を増やすのが単純かつ有効な手段であった。

 

 

 『アスラン、今回は調整が間に合わない上に、C型装備も付いているからモビルスーツ形態には戻れん! 敵に見つかったらムリせず帰って来いよ?』 

 「……ああ、わかった」

 

 

 今回はテストも兼ねて、イージスの飛行を試すのだ。

 カタパルトにイージスが進む。

 

 「イージス、発進、OK!」

 ディアッカが言った。

 

 「了解! イージス・A型! 出る!」

 

 ビュゥウウ!

 

 「うっ……!!」

 

 凄まじいGにニコルが少し呻いた。

 が、何とか耐えた。その様子を見たアスランは安心し、空にイージスを昇らせた。

 

 

 「うわぁっ……」

 ニコルが思わず声を上げた。

 

 広大なシベリアの大地と、雪を降らす山脈の様な雲が、眼前には広がっていた。

 

 

 

------------------------

 

 

 「――おい、短距離レーダーに反応がある」

 モビルスーツ用のトラックの中、スティングが仲間に告げた。

 「連合の戦闘車両か?」

 「いや、民間の大型トレーラーだな、早いぞ」

 「怪しいな……もしや地球連合の偽装車両かもしれん」

  シャムスは、その方向にトレーラーを進めた。 

 

 

 

 「なんだ? ――北から救難信号だって?」

 シベリアの空を飛ぶ、アスランのイージスに、信号が届いた、とニコルが言った。

 「ええ……民間の物のようですが」

 「識別――わかるか?」

 「NPO団体のもののようですね?」

 「NPO……」

 と、聞いて真っ先に思い浮かんだのが、先日出会ったミーアという少女の顔だ。

 「まさか、ポリツェフで出会ったあの子たち……」

 「どうします? ――ザフトがいるかもしれませんよ? 見つかるかも」

 「出来れば、様子が気になる、行ってもいいか」

 「僕も……もし、ジュリさん達だったら……」

 

 

 アスランのイージスは上空を旋回すると、信号の発信源に向かって飛んだ

 

 

 

------------------------------

 

 「だから、なんだって! こんなところにあんたらみたいな女の子がいるんだっての!」

 シャムスが、少女の襟元を掴んでいった。

 少女はアサギだった。 先日ポリツェフを出て、大型トラックで移動している最中、ザフトに停められて尋問されているのだ。

 

 無論、ここは戦闘地域ではない。 公用車道となっていた。

 

 「ちょ! 止めてよ!」

 「乱暴しないでください、私たちは――」

 

 アサギとジュリが、シャムスに抗議する。

 

 「いいから積荷を見せろ!」

 「だーからー! なんでザフトに見せなくちゃならないのよ!」

 「こちらは戦時中だ! 当然の行為だろうが!」

 

 「無礼な……」

 「あ! ――ミーア!」

 トラックの後部座席から、――忍ぶのに使うミーアという名で呼ばれて――ラクスが出て来た。

 

 「中立国の民間車両は不当に攻撃してはならない、ましてやここは戦闘地域ではありません。 あなた方の行っている行為は――」

 「う、うるさい! オーブはヘリオポリスでモビルスーツを作っていたのだろう! 信用ならん! 荷物を見せろ!」

 「……」

 ラクスが、顔を険しいものにした、その表情には、普段の愛らしさは微塵も残っておらず、どこか人を凍りつかせる、ゾクリ、とした冷淡さが感じられた。

 「――ッ」

 シャムスが面喰らうが、スティングがラクスに銃を突きつける。

 「調子に乗るなよ。 ナチュラルの女が」

 

 と、

 「シャムス先輩! そいつら、救難信号だしてやがる!」

 モビルスーツを積んだトラックの運転席から、アウルが声を掛けてきた。

 「こっちに向かってなんか飛んでくる! ……地球軍の戦闘機だ! どうする! やっちゃう!?」

 「――チッ、いや、シッポを掴むのが先だ!」

 

 シャムスは、ラクスたちを一瞥すると、雪原に唾を吐いて、トラックに乗り込み、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 「――アスラン、トラックが複数台居ます! ザフトのもの――あっ!? Nジャマー反応増大!」

 イージスのコクピットの中、ニコルが声を上げた。

 「敵!?」

 「い、いえ……レーダーがダメになる瞬間、離れていくのが見えました」

 それを聞くと、アスランは胸を撫で下ろした。

 

 

 

 その後、救難信号を察知した場所にようやく降り立つと、アスランは民間車両の近くにイージスを降ろした。

 「……やはり」

 そこには、ミーアの姿があった。

 

 

 

 

「ラクス様!」

 「あの機体って!」

 「ヘリオポリスで作られていたものですわ……来てくださったのですね、アスラン・ザラが……」

 

 

---------------------- 

 

 

 「貴方は……!」

 コクピットから降り立ち、ノーマル・スーツのバイザーを開けたアスランの姿に、ラクス――ミーアは大げさに驚いて見せた。

 

 「……ご無事、ですか?」

 「――ええ、でも、どうして? アスラン様がそんな物に――」

 「……話せば、長くなります」

 

 

 「えっ! ニコル君!?」

 「ジュリさんにアサギさん、マユラさん……どうも」

 「――地球軍だったの? ミーアの話じゃ、オーブの子って」

 「オーブの子供ですよ、僕。 今は外人部隊ですけど……」

 VTOL戦闘機となっているイージスから降り立ったニコルも、三人娘に詰め寄られていた。

 

 

 「――お話はまた、後で……救難信号を出されていたようだったので」

 「ええ。 ザフトの方が、突然私たちに嫌疑をかけて参りまして」

 「なるほど。 戦闘区域外と言えど……こういう事もあった以上、ここは危険です、ポリツェフに戻られては」

 「いえ、私たちも危険は承知で参りました。 この先に積荷をお届けするまでは……私たちもオーブの支援者たちの代表で来てもおります」

 「ですが」

 それで貴女たちが命を落としては――とアスランが言おうとした。

 「オーブは、あのヘリオポリス崩壊事件以降、その理念が揺らいでいるのです。 だから、私たち民間がこういうこともせねばと思いまして」

 ミーアは透き通る微笑をたたえていった。

 しかし、その視線は強い。

 

 「――わかりました。それでは、俺たちが目的の場所まで送りましょう」

 「まあ……でも助かりますわ。 ザフトの方たち、お話を聞いてくださらなかったので」

 「ザフトが?」

 

 ――アスランは驚いた。

 理知的で、志が高く、ただ宇宙の平和の為に戦う義勇軍――。

 そこに背を向けたアスランですらも、嘗て少年兵として、僅かながら在籍していた期間は、それを感じていたのだ。

 

 その軍隊が、そんなことを――?

 父が、戦いの中、変わっていったように、ザフトもまた変わっていってるのだろうかと、アスランは思った。  

 

 

 「これで、三度目ですわね」

 「え?」

 ふと、ミーアがにっこり微笑んだのをアスランが見た。

 「三度も、私を助けてくださいました」

 ミーアがアスランの瞳を覗き込む。

 「いや、その……」

 アスランは思わず赤面した。

 

 自分が、この少女に好意を抱いているのを、アスランは認めざるをえなかった。

 

 

 

------------------------

 

 

 「キサカ、オーブから荷が届いたようだ」

 この土地の人間と近い、東洋系の顔立ちの男が言った。

 「ありがとう、バリー」

 それに、浅黒い肌をした男が返す。

 「だが、妙な客も一緒だ」

 「妙な客……?」

 「戦闘機に擬装されているようだが――例の機体のようだ」

 「……?」

 色黒の男――レドニル・キサカは小屋から外に出た。

 雪原の中、大型トレーラーと、灰色のVTOL戦闘機のような物が止まっていた。

 

 

 

 

 

 「お久しぶりですな、”ミーア”さん」

 「ええ、キサカさんもお変わりなく」

 キサカと、ミーアが握手をする。

 

 キサカは小屋の中に、賓客をもてなすかのように、ミーアを迎え入れた。

 

 

 アスランたちはといえば……。

 「君たちは……?」

 屈強な男たちに、周りを囲まれていた。

 (この人たち……?)

 立ち振る舞いや、身構え方から、訓練を受けた人間だ、とアスランはなんとなく察する事が出来た。

 

 「先ほどの方々を成り行き上、こちらまでお連れした。 ザフトが有無を言わさず、彼女らを尋問しようとしたらしく」

 「――そんな、バカな、ザフトがそんなことを?」

 ピクリ、とアスランのその発言に、男たちの眉が動いた。

 「その機体――連合軍の”戦闘機”か?」

 「ン? ああ――……」

 モビル・スーツとは思われて無いらしい、と知ったアスランは好都合だと考え、うなずいた。

 モビルスーツであれば、あらぬ疑いをかけられてしまうだろう。

 どうにも、ただの地元の人間に見えない、目の前の男たちに……。

 

 

 「その方は、私の恩人ですわ」

 「――貴方の?」

 キサカが、ミーアの声に振り返る。

 「そうか、それは失礼した。 君たちも入りたまえ」

 キサカが、アスランとニコルも手招きした。

 

 

 

 

 

------------------------

 

 

 小屋の中で、アスラン達があたたかいスープをご馳走になっている間、屋外では男たちによる太陽電池の組み立てが行われていた。

  ミーアのトラックに積まれていたものだった。

 

 アスランとニコルはパイロットスーツを着ていたが、ソレを半ば脱いだ状態になっていた。

 鹿肉のスープは、体の肉がほぐれるような温かさだったからだ。

 

 

 先ほどから、窓から覗くその様子を眺めていたニコルとアスランであったが、男たちの手際の良さに驚いていた。

 

 「あんなに複雑なものを……」

 ニコルはその第一人者である、カトウ教授の下で学んでいたので、その作業が如何なる意味を持つか理解していた。

 「この土地の人たちって、機械に詳しいんでしょうか?」

 「いや……」

 (あの人たちは……)

 アスランは、もしや、と思った。

 

 

 

 すると、

 「今、別の来客中でな、帰ってもらえないか」

 「随分挨拶だな、私より大事な客が来ているのか?」

 

 小屋の入口に、誰か来ていた。

 キサカが入室を拒んでいる。

 

 ――と、その人物とアスランは目があった。

 

 「ぬあっ!」

 「ああっ……!」

 ニコルもその人物の顔を見て叫んだ。

 「アルテミスの司令……!」

 

 「こ、コーディネイターの小僧!?」

 小屋の入口にいたのは、元アルテミスの司令――アスランにとっては忌まわしき、マルコ・モラシムその人だった。

 

 「コーディネイター……?」

 と、キサカがその言葉に反応した。

 

 

 

----------------------------

 

 「や、疫病神の子鬼どもに、こんな所で会うとはな」

 「こっちのセリフですよ」

 ニコルがモラシムを睨んでいる。

 「こんな所で何を……」

 アスランが訝しげに、軍服姿のモラシムを眺めた。

 「フン――こいつらはな、ザフトの脱走兵なのだ、君相手には失敗したがな、私は諦めんぞ! スカウトに来たのだよ!」

 「スカウト? 脱走兵……?」

 「その話なら何度来ようと断らせていただく、帰ってくれ」

 「ま、待て! 話を聞け! じょ、条件を書類にして持ってきた。 受け取るだけ受け取れ! な!」

 モラシムはキサカに、ファイルを渡した。

 「わかった、見ておく。 それではな」

 ファイルを受け取ると、キサカは外にモラシムを追い出した。

 

 

 「――君も、コーディネイターなのか?」

 「え?」

 「何故地球軍に入った?」

 キサカが、アスランの目を見据えていった。

 「俺は……成り行きです、ヘリオポリスにザフトが攻めてきて、そこにいた軍艦に乗るハメになって、友達を守る為に」

 「……成り行きで同胞と戦う側にまわったのか」

 「――ッ」

 アスランの胸に言葉が刺さった。

 モラシムにも、以前アルテミスで同じようなことを言われた。

 

 そこへ、

 「キサカ様――アスランはそのような方ではございませんわ」

 ミーアが、凛とした声で言った。

 「ミーアさん?」

 「私を何度も助けてくださいました。 ポリツェフでは迫害を受けるコーディネイターの方を助けようともなさいました。 ――この方は、コーディネイターやナチュラルに拘る方ではありません。 自分の為さるべき事を為さろうとする方です」

 「あっ……」

 その言葉に、アスランは痛みをあっという間に忘れた。

 「そ、そうです! アスランは僕たちの為に、自分と同じコーディネイターと戦ってくれたんです! だから、裏切るとか、そういうのじゃないんですよ!」

 ニコルも、アスランを擁護した。

 

 「そうか……すまない。 さっき聞いたと思うが、私たちも人のことは言えないような立場でね」 

 キサカはアスランに詫びた。

 「いえ……」

 「そうか、仲間の為か……それなら納得も出来るというものだな」

 

 キサカはそうして微笑した。

 

 「俺たちは、皆、どうしてこんな所に来てしまったのか、理解はしているつもりだが、納得は出来ていない」

 キサカは、窓の外で懸命に働く仲間たちを見て言った。

 彼らは、皮製のフードを着て、白い息を吐きながら、太陽電池を組み立てていた。

 

 

 「ザフトを脱走……どうして」

 アスランはキサカに尋ねた。

 「――うまくは言えんな、ただ、夜になれば君らも理解できるかも知れんな」

 「夜?」

 アスランはきょとんとして言った。

 

 

 

 

----------------------------

 

 「アスランは、ヘリオポリスを出た後、ではずっとそうして?」

 「ええ……」

 青空が広がってはいるものの、外の空気は刺すような冷気だ。

 アスランは、ミーアから渡されたコーヒーを飲みながら、頷いた。 

 「それは辛い事もあったでしょうね――」

 「……」

 アスランは、顔を伏せた。

 

 辛い事か……。

 

 「アスラン,脳波レベル低下」

 と、ニコルの持っていたハロがコロコロと転がりだして、アスランに擦り寄った。

 「あ、ハロ、邪魔しちゃダメだよ」

 「ニコル……?」

 「あ……僕、キサカさんとジュリさんたち手伝ってきます!」

 ニコルは、ノーマル・スーツを着なおすと、外へと向かっていった。

 「お、おい、ニコル……!」

 ミーアと二人きりで残されたアスランは狼狽する。

 しかし、当のミーアは、気にする様子もなく転がってきたハロにかまっている。

 「まぁ、ハロ、お元気? 私はミーアですわ」

 「ミーア! ハロォ! ゲンキ!」

 「まぁ、私のお名前を!?」

 「……簡単な単語なら、覚えるようにしています」

 「ハロ! アソボ!」

 「アスランがお作りになったのですね、素敵ですわ」

 「素敵……ですか?」

 「コーディネイターって素敵ですのね、こんなに可愛いらしいものが作れるのですもの」

 「……あの、そんなものでよろしければ、いつかお作りしますが」

 アスランの口から、自然と言葉出た。顔が上気して、熱くなる。

 「まあ! 本当!」

 その言葉を聞いたミーアはぱあっと、明るい笑顔を咲かせた。

 「あ、その、いつになるかはわからないのですが……」

 アスランは、言葉に詰まりながらも言った。

 「楽しみにお待ちしておりますわね、アスラン?」

 ミーアは嬉しそうにアスランの手を取った。

 「……俺も、外の作業、手伝ってきます」

 顔を真っ赤にして、アスランは外へ向かった。

 「あらら?」

 

 

 一人残されたミーア――……ラクスは首をかしげた。 そして、少しだけ微笑んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 25 「AURORA」

--------------------------

 

 『彼女との出会いはいつも驚きをくれる。

  特別、だったりするのだろうか?

  ――そんな文法、飛躍の限りである』

 

 

 

--------------------------

 

 

 太陽電池の組み立てを、アスランは手伝っていた。

 効率太陽電池は、地球で今急スピードで普及が進んでいる発電設備であった。

 アークエンジェルにも同様の設備が搭載されている。

 

 元々は、スペースコロニー用に開発されたもので、スペースコロニーの運営に必要な大半の電力を賄っていた。

 無論、大気圏内では宇宙空間ほどの発電量は期待できないものの、ニュートロンジャマーで失われた発電施設の代替物として、十二分に期待できる物であった。

 エイプリルフール・クライシス以後の地球は、この太陽電池によってライフラインの甦生が目指されていた。

 地球環境に負荷を与えず、かつ十分な電力を供給できる効率太陽電池が今まで普及していなかった理由は、

 偏に、原子力発電の方がコストが少なく、旧来の利権によって稼いでいる人間があまりに多かったからだ。

 

 オーブ等は数年以上前からこの設備の実用化に成功し、現在は計画が中断しているものの、軌道エレーベーター”アメノミハシラ”建造計画などで、オーブ本国の電力供給を賄う目算まで立てていた。

 

 エイプリル・フールクライシスによって大規模なシェアが発生している現在、地球では”太陽電池長者”や”太陽電池成金”なる言葉も生まれていた。

 

 

 「オーブのNPOが安値で技術提供しているとは知っていたが……」

 「あのお嬢さんたちには助かっているよ」

 「――こんなシベリアの戦闘区域近くまで彼女たちだけで来たのか……」

 「……設置は我々で行うと郵便で返事をしておいたからな。 技術者がいらないから、最低限の人数で来たんだろう」

 

 どこか、引っかかる話ではあった。 こんなポリツェフから離れた集落に、あんな軍隊で使うようなトラックで少女たちだけで……。

 

 「アスランと言ったな、凄いもんじゃないか」

 キサカは、アスランの手際の良さと、知識の深さに感心した。

 「僕なんて荷物運びしか手伝えないのに」

 ニコルも同年代のアスランとの差に、複雑な心境のようである。

 「コーディネイターといえども、その歳でよく知ってる、我々以上だ。 そんな君が何故、軍隊など」

 「軍隊に入るつもりはありませんでしたよ。 それに、子供の頃から、こんな事ばかりしていましたから……」

 「さっき、成り行きで戦うことになったと言ったな」

 「――ええ」

 「そうか……私もだよ、ただ、祖国を守る為に戦いだした。 ”戦争が始まったから””求められたから”戦いだした」

 「えっ……?」

 「戦う理由が無ければ、戦ってはいけんのかもしれんな」 

 

 

 どこか、虚しげな目で、キサカは言った。

 

 

 ――アスランはその目を、どこかで見た気がした。

 

 

---------------------------

 

 「モビルスーツ輸送用のトラックが一つも無いのか? ウチの部隊のモビルスーツが運べんでしょうが」

 補給部品の帳簿をつけながら、ネオが言った。

 「シャムス・コーザが3台使ってパトロールに行くと言っていましたが」

 年若い、まだ少年といえる兵士がそれに応える。

 「3台も使ってパトロールなんてありえんだろ?」

 「し、しかし……イメリア隊長が居ない今、シャムスさんがここを仕切ってますし」

 「ああもう、ザフトってのは!」

 

 ネオは頭を抱えた。 皆、個人レベルで優秀で組織としては厳格に機能しているが、変なところで学生然としている。

 ザフトを構成する人間の若さと、個人主義から生まれる風潮であった。

 

 (しかし、敵の作戦を警戒して、この基地の残存部隊は待機を命じられているはずだ……3台もモビルスーツを使って何をする気だ……?

  あんな、ナチュラルに横暴するような連中が……? よもや……)

 ネオは、なんとなく、嫌な予感がした。

 

 「見捨ておけんな、俺の持ってきた機体と――グゥルを一つ借りるぞ。 奴ら、どこへ行った?」

「北西の、集落に……」

 「――チッ、マリューの言ってた脱走兵の居るところか……!」

 予感が的中したのを感じると、ネオは急いで出発の準備を始めた。 

 

 

 

--------------------------

 

 集落の近く、Nジャマーによる電波妨害を最大値にして、スティング達が潜伏していた。

 双眼鏡を覗いたアウルが、集落の様子を見て言った。

 「見ろよ! スティング! 連合の左官クラスだ! ソレから――」

 「太陽電池か、それに見た事ないタイプの戦闘機――なんだ、アレは、ビーム砲を積んでいるのか?」

  スティングも、その様子を見て言った。

 「それは見過ごせんな、確定だ! 裏切り者を抹殺してあの新型戦闘機を捕獲する!」

 シャムスが笑った。

 無論、そんな単純な話ではないだろうことは、シャムスも理解していた。

 だが、脱走兵については、コーディネイターのアイデンティティというデリケートな問題を孕んでいたからか、彼らがずっと放置されてきたことを、

 遺伝子至上主義者であるシャムスは非常に不満に思っていた。

 それを撃つ口実ができただけで、充分であったのだ。

 

 トレーラーからジン三機が立ち上がる。

 いずれも、それぞれのパーソナル・カラーにペイントされていて、調整された専用機であった。

 手にライフルやバズーカを構えて、集落に向かって歩き出す。

 まるで要塞を攻め落とさんばかりの重装備だ。

 

 「ハッハッー! 全部焼き尽くしてやろうぜ!」

 アウルが声を上げて笑った。

 

 「脱走兵たちは軍の備品も色々持ち出しているらしいからな――だが、これなら思う存分目標を破砕できる!」

 シャムスが口元をゆがめた。 まるでゲーム感覚なのだ。 

 

 

 

--------------------------

 「キサカ! ジンだ!」

 作業を行っていたキサカらの下に、バリーが来て叫んだ。

 「何!? ……何故今頃か」

 「派手に彩色されている上に、使った感じが無い……アレは恐らく、アカデミー出の新兵だろう」

 「……イメリアを抑えておきながら、ラミアスに新兵が抑えられんとはな」

 キサカは、急いでジンの向かってくる方向へ走った。

 

 

 

 「ザフトが!?」

 アスランとニコルもまた、イージスの方へ向かおうとする。

 だが――

 「待て、君たちのあの戦闘機があるから、ザフトが来たのかもしれん」

 「えっ?」

 「機体は絶対に動かすな、先ずは――村長が行ってくれる」

 

 

 

------------------------

 

 

 集落から数キロは離れたところに、彼らはいた。

 

 20m程のもある巨体を前にする恐怖は如何ほどのものであろうか。

 

 だが、村長は動じなかった。

 この極寒の地を転々としていた民族の末裔である。

 

 ――生きるに辛い土地である上に、西と南に強大な大国があり、祖先たちもそれなりに苦労しただろう。

 その想いがあるがゆえであった。

 

 バリーが傍らに立ち、村長がジンを見上げながら言う。

 「――私があの村の村長だ。 突然のモビルスーツで来られては恫喝に思える。ここはポリツェフ同様戦闘区域外と――」

 

 ジンの集音指向マイクが拾っている筈だ。

 老人は物言わぬ巨人に対して語り続ける、だが――

 

 

 「!?」

 

 バシュウウッ!!

 一体のジンが放ったバズーカの弾丸が村長の後方へ飛んでいった。

 

 「何!?」

 ズドオオオン!!

 

 集落の一部が爆音を上げて吹き飛んだ。

 シャムス・コーザが撃ったのだ。

 「ちょっとぉ、先輩! そりゃいくらなんでも」

 「構うものか! こんなゴミどもに! ――話す事なんて無い! 行くぜ!」

 「フッ、違いない」

 ジン、三機が飛んだ。

 

 ブォオウウ!

 「ひ、ひゃああ!」

 ジンのバーニアが巻き起こす凄まじい熱風に、村長の体が木の葉のように舞った。

 バリーが、急いでその体を抱えた。

 

 

 

----------------- 

 

 

 村はパニックに包まれていた。

 「――ラクス様! こちらへ!」

 ミーア――ラクスの側近の少女たちが咄嗟に彼女を守った。

 (――積荷は無事ですの?)

 (はい、既に安全な場所へ! ラクス様も避難を!)

 

 

 

 「アスラン! 撃ってきましたよ!?」

 「チッ!」

 コクピットに乗り込んでいたアスラン達は、イージスを発進させた。

 「待て、少年! ――ええい、仕方あるまいか!」

 

 キサカは、村のハズレにある大きな倉庫の様な建物へと向かった。

 

 「なにぃ!? ジンだと? ……ま、また私は巻き込まれたのか……やっぱりあいつ等は疫病神だ!!」

 途中、慌てふためくモラシムをキサカが見つけた。

 「――この先の倉庫の離れに、地下室がある、そこ隠れていろ……この村の中で一番安全だろう。出来るだけ仲間を連れて避難してくれ」

 「な、何!?」

 「ユーラシアへの協力も考えるから、早く!」

 「あ! わ、分かった!」

 

 

 

 

 「スティング、戦闘機が飛んだぞ!」

 「――行けるな? アウル、そっちは任せた――こっちは太陽電池を破壊する!」

 

 スティングはブースタを吹かすのを止めると、集落へ降り立った。

 

 ドォオオオン!! 

 数十トンはある巨体が降り立っただけで、集落を凄まじい振動が襲った。

 古い建物などはそれだけで倒壊した。

 

 カン!! カン!!

 

 

 「――ああん?」

 コクピットに伝わってくる僅かな振動を感じて、スティングは地面へとジンのカメラを向けた。

 

 ザフトの緑のノーマル・スーツを着たものが数名いた。

 手に小銃や拳銃を持って、ジンの頭部を狙って狙撃をしている。 

 恐らく、基地を脱走するときに持ち出した装備を自衛に使っているのだろう。

 「チッ、軍を抜け出して、武装して……無様な」

 スティングはその様子を忌々しげに舌打ちすると、ライフルをその方向に向けた。

 

 ――が。

 「――クソッ、モビルスーツなら撃てるんだがな」

 生身の人間をジンのライフルで撃っては寝覚めが悪い。

 スティングはジンの足を振り上げ、思い切り、

 ドォン! 

 と地面に足をついた。

 

 

 「うわぁああ!」

 無様に、転び、地に伏せる元ザフトの隊員たち。

 「フン、コーディネイターの誇りを無くした、貴様らには地べたがお似合いだ」

 

 

 

 

 

 「――アスラン! ジンが!」

 「分かった!」

 

 アスランは高度を取ると、旋回して、機首に備え付けられたビーム・ライフルを放った。

 「うわっ!?」

 アウルがソレを回避する。

 「地上でもあんな精度のビームが撃てるのかよ! 聞いてない!」

 その上、ジンの滞空性能など、たかが、知れている。

 「こうなったら……」

 アウルもまた、スティングと同じく、集落へと降り立った。

 

 「あいつ等! 村を盾にして!」

 「卑怯だぞ!」

 アスランとニコルが叫んだ。

 「はは! なんだ? 撃ってこないの? ――そうだよねぇ! ごめんねぇー! 賢くってさあー!」

 アウルのジンは、地上に降り立ち、アスランを狙い撃った。

 

 

 

 ――と。

 

 ガキィイイン!!

 「な、なにぃ!?」

 アウルのジンが、突如吹っ飛ばされた。

 

 「ジン……だと!?」

 太陽電池の破壊を行っていたスティングも、そちらに反応した。

 

 そこにいたのは、ジンだった。

 

 しかし、新品同様のアウルたちの機体とは違い、あちこちの装甲が被弾して、はがれていた。

 肩のショルダー・アーマーも左側が破損している。

 ジンの大きな特徴でもある、頭部の大きな鶏冠――アンテナユニットも無くなっていている。

 背中のウイング・スラスターも壊れてしまったのだろうか、腰のジャンプノズルを除いて全て外されてしまっていた。

 そして、武器らしい武器もまるで持っていない。

 

 「なんだよこの半分壊れたようなジンは!」

 「フン、こいつも脱走兵たちの装備だろう!」

 あまりにも粗末なジンの登場に、アウルたちは寧ろ戸惑った。

 あんなもので、エリート兵である自分たちに立ち向かうのか――と。

 

 

 すると

 『何故こんなことをする――ザフトの司令部の意向か?』

 全周波の通信が流された。

 「あのジンに乗っているのは……キサカさん?」

 集落の上空を旋回するアスランとニコルにもその通信は届いた。

 『ハッ! ボクたちはあんたらみたいなナチュラルレベルまで堕ちたゴミムシどもを処刑に来たんだよ!』

 『粛清というヤツだ』

 それに、アウルとスティングも放送で返す。

 「そんなのって――酷い」

 ニコルが絶句している。

 『――アウル! スティング、そんなポンコツさっさと始末しろ! 俺はあの戦闘機をやる!』   

 シャムスは鼻で笑って言うと、バズーカとライフルを抱えてジンをジャンプさせた。

 

 

 

 

 「声が若い――やはり新兵か――戦争に浮かされているだけか――話を聞かないというのなら!」

 キサカは、ジンを走らせた。

 

 「来る!?」

 「武器もなしに!」

 アウルが、ライフルを構える。

 「小僧ども! モビルスーツの格闘戦を教えてやる!」

 キサカのジンは腰を落とし、少ないバーニアを一気に加速させた。

 

 「うわっ!?」

 思ったよりも、速い――とアウルは思った。

 武器も、滑空用の大型スラスターも、身に纏う装甲すらも減っているキサカのジンは、単純な運動なら、アウルたちのジンよりも早かった。

 なぜなら、”軽い”からだ。

 

 対してアウルたちのジンはもてるだけの火力や装備を積んでしまっており、小回りに関しては寧ろ悪くなってしまっていた。

 

 「わ、わあっー!!」

 アウルのジンは、タックルを受けて、村の外れに吹き飛ばされた。

 「アウルっ!?」

 スティングが予想外の展開に面食らう、と、キサカのジンはボクシングのような構えを取った。

 そして、スティングのジンの顔面にパンチを放った。

 

 ガン! ガガガン! ガッ!

 ワン・ツーのリズムで、タイミングよくパンチが命中する。

 

 「ちっ! そんなもんで ――っ!? カメラが潰れた?」

 と、突然、スティングのコクピットのモニター表示の大部分が消えた。

 頭部とモノアイに装着されたメインカメラが、殴られた事により壊れたのだ。

 

 「ええい!」

 スティングはバーニアを噴かせて、機体をジャンプさせ、一旦ジンを引かせた。

 

 

 

 ――!

 キサカは間隙を与えず、今度は吹き飛ばされて、倒れているアウルのジンに馬乗りになってマウントポジションを取った。

 

 

 ガン!ガン! ガン!ガン!

 

 

 何度も、何度も、アウルのジンの顔面にキサカのジンのパンチが命中する。

 

 「くそ! なんだよ! これは! くそっー! こんなのってないだろう!」

 やがて、アウルのジンはレーダーとカメラとコンピューターを潰され、動きを止める。

 

 

 「これで一機良し! ――アスラン! 大丈夫か!?」

 「キサカさん!? 村があるので、撃てなくて!」  

 「――もう一つ、後方に引いたジンがいる!」

 「……少しは村から離れてますけど、あんな重装備! ビームが命中したら村ごと吹き飛びますよ!」

 「大丈夫だ――あの辺りは夏には大きな湖になっている」

 「え――?」

 「ヤツの周囲を何箇所かビームで撃ってくれ!」

 

 

 

 「くそ……まさかカメラがやられるなんてな――だがサブカメラもレーダーも生きてる、こっちにはまだ武装だってある――」

 ……卑怯だが、集落を巻き込まないために、この装備の自分を撃たないであろうという確信が、スティング側にもあった。

 

 ――スティングが、呼吸を置いて態勢を整えようとした矢先。

 

 「機体反応!? あのポンコツか!?」

 スティングの目の前に、キサカのジンが現れる、そして――背中から羽交い絞めにされる。

 「借りるぞ――」

 と、キサカのジンは、スティングのジンの腰に備え付けられた、重斬刀を手に取った。

 そして――

 

 ズバアア!!

 

 「な!? 何をした!」

 自分のジンが、斬られた――と思った次の瞬間。

 

 「撃て! アスラン!」

 

 ズビュウウ!!

  

 アスランのイージスが、スティングのジンの周囲にビームを放った。

 

 バァアアアアアアアア!!

 

 凄まじい爆発のような蒸気が発生した。

 

 キサカのジンは、スティングの機体を離すと、すぐさまそこから退避した。

 「な!? なんだ!!」

 スティングは何が起こったかわからず、狼狽していると。

 「ぐわぁッ!?」

 突然――ジンが”落ちた”。

 

 

 

 

 「水――!? 凍っていたのか!?」

 スティングのジンが居た地面は、”割れて”、その下から黒く深い、水源が現れた。

 ――シベリアの凄まじい冷気は、数分で水を凍らせる。

 そしてその冷気は、湖自体を凍らせてしまう――数十トンの重みをものともしない氷に――。

 

 だが、ビーム兵器ならば、それを溶かしてしまうこともできるのであった。

 

 「クソッ! メインブースターがイカれてやがる! 沈んでいく――浸水だと……バカなっ!?」

 スティングのジンは損傷によって湖の中に徐々に沈んでいく――。 

 『改暦時の国家再構築戦争で出来た大穴だ――深さ30メートルはあるぞ』

 「……クソォッ!」

 スティングのいるコクピットの中にアラートが響く。

 スティングは止むをえず、脱出レバーを引いた。

 ジンが完全に沈んでしまう直前、コクピットブロックが射出された。

 

 

 

 

-----------------------------

 

 「これで――残り一体か」

 3機の内、2機のジンまで撃破したキサカであったが、

 『そこまでだ!』

 「……?」

 キサカがジンのカメラを向けると、そこにはバズーカとライフルを構えるジンが――シャムスの機体であった。

 

 

 『調子に乗るなよ! 同胞を裏切った上にこのような所業!  プラントとザフトに対する明確な叛逆行為だ!』

 「……よせ、こんなことをしてナンになる」

 『なんになるだと!? 地球軍が、バカな古いナチュラルがプラントに核を撃ったんだぞ! 未来を創る我々を――なのに何故お前らはコーディネイターの誇りを捨てて!』

 「……誇りとはなんだ?」

 『なにィ? 話にならんな? 思考力までナチュラルレベルに落ちたか? ――コクピットから出ろ、さもなければ、この集落を皆殺しにする』

 (そのつもりだろう……もとより――どうする?)

 『早くしろォ!』

 『ダメだ! キサカさん!』

 

 キサカは、シャムスのジンを見る。 今にもバズーカを放とうとしている。

 (ク……)

 キサカは、ハッチを開けた……。

 

 『いい心がけだ。 ザフトの誇りが少しは残っていたかな? ――じゃあ死ね!』

 (――!)

 キサカのジンに向けて、シャムスがバズーカを向ける。

 

 

 

 

 

 ――そこへ、

 

 

 「やめろぉおおおお!」

 上空を旋回していたアスランのイージスが急降下キサカとシャムスのやり取りにたまらず、急降下した。

 「あ、アスラン!」

 ニコルが恐怖とGに悲鳴を上げる。

 「ニコル! フェイズシフトならッ耐えられる! 舌を噛まない様に歯を食いしばれ!」

 アスランはギリギリまで高度を下げて、キサカとシャムスの間に躍り出た。

 「ぬ!! ぬあああ!」

 突然降りてきた戦闘機にシャムスは発砲した。

 ドオォオオオン!!

 

 イージスが、キサカの盾になった。

 その機体名の如く、である。

 「ぐぅうううう!」

 「うわあああああ」

 砲弾が命中し、イージスは、そのまま地表に不時着した。

 

 

 「少年――無茶を! だがっ!」

 キサカのジンは、この隙に、シャムスのジンに迫った。

 しかし、

 「このやろおぉお!!」

 「さっきのジンの内一機! まだ動けたか!?」

 アウルのジンが、立ち上がり、キサカのジンを羽交い絞めにした。

 

 「……ハ、ハハッ! よくやったアウル! 今度こそ終わりだな!」

 シャムスが、ジンにサーベルを握らせた。

 「ゆっくり処刑してやる」

 

 

 「ぐぅ……!」

 動けないキサカのジンに、シャムスが迫る。

 「抑えてろ、アウル! ちょっとコクピットだけ潰すだけだ! 直ぐ終わるぜ!」

 

 (今度こそ――打つ手なしか……)

 絶体絶命……キサカの脳裏にそんな言葉が浮かんだ。

 

 

 

 

だが――。

 

 

 ピー!

 

 突然、コクピットのレーダーが、接近する物体の反応を告げた。

 「!?」

 ソレは、アウルと、シャムスの機体にもあった。

 

 「――モビルスーツの反応!? 友軍機!?」

 「で、でもこんなスピードで……」

 「識別信号確認……ジ、ジン・ハイマニューバ! 地上でか!?」

 「お、おい――それって――」

 

 

 シャムスが反応があった方向を見た。

 ――その方向には遠方でグゥルが浮かんでいるだけだった。

 その背には何の機体も乗せず。

 

 いや、そんな筈は無い、乗っていた機体はどこへ行ったのか――。

 シャムスはそう考えた。

 

 

 

 ――上だった。

 

 

 

 「!?」

 「ぬおおおおおおおお!!」

 

 ネオ・ロアノークの白いジン・ハイマニューバがサーベルを片手に降りてきた。

 

 ブゥウウン! 

 

 着地する瞬間に、サーベルが振り下ろされる。

 

 ガァアアン!

 と金属同士のぶつかる音がして、シャムスのサーベルが地面に叩き落された。

 

 

 

 『やめろ! 貴様らはザフト兵なのだろうが!!』

 白いジンから、声が響く。

 「この声、ネオ・ロアノークか!?」

 「シャ、シャムス先輩!」

 アウルがうろたえる。

 「クッ……な、何故邪魔をする! こいつらはザフトの脱走兵なのだぞ! 誇りを捨ててナチュラルになろうとしているんだぞ!!」

 が、シャムスは引かず、ネオの通信にそう返した。

 

 『コレはただの暴虐だ! 貴様らこそ、ザフトの誇りを知らんのか! 恥を知れ!!』

 「は、恥を知れだとぉおおお……!!」 

 シャムスは激昂した。

 「だとしても! ネオ・ロアノォオオク!! アンタは格好よすぎるんだよぉお!!」

 今度はジンにライフルを握らせ、ネオに照準を合わせる――。

 

 「こんの……バカチンがぁああああああああ!!!」

 ネオが吠えて、彼のジンが”飛んだ”。

 「速ッ!?」

 凄まじい速度で、真上へジャンプする――そして、高度を取ると上空で、今度は下方にバーニアを噴かし、加速する!! 

 

 

 ズアガアアアアァアッ!

 

 

 「のわあああぁ!」

 ――ネオのジンの飛び蹴りが、シャムスの機体の頭部を捉えていた。

 

 あまりの衝撃に頭部が吹っ飛び、シャムスの機体はそのまま倒れた。 

  

 

 

 「せ、先輩!! ネ、ネオ!! や、やったな!!」

 『やめろ! アウル!! ……自分が何をやったか見てみろ!』

 キサカのジンを捕まえていたアウルの元に、ネオの声が響く。

 

 「え……?」

 アウルはその声に、ふと冷静になり、生きているモニターから辺りを伺った。

 ――殆どのモニターが潰れているので、良く様子がわからない。

 『ハッチを開けて、自分の目で良く見てみるんだ』

 「あっ……!?」

 今度は別の声――その声が、自分が押さえつけているジンのパイロットのものだとアウルは気づいた。

 接触回線でキサカの声が聞こえてきたのだ。

 

 アウルは、言われるままにハッチを開けた。

 

 

 

 

 

 「ああっ……!?」

 

 

 

 

 

 そこには、モビルスーツによって、滅茶苦茶にされた――『生活』が、ただ広がっていた。

 

 壊れた家、かまど、庭。

 車――そして――

 

 「!?」

 

 そして――自分の機体の足元にあるものに、アウルは気が付いた。

 「人……?」

 モビルスーツに踏み潰されて、ぐちゃぐちゃになった人の肉だった。

 

 「ぼ、ぼくがっ……?」

 ――アウルの体から力が抜けていった。

 

 

 

 

 

 「……うぅ」

 ヘルメットのバイザーを開けたスティングを襲ったのは猛烈な吐き気だった。

 嫌なものが、焼ける匂い……。

 生身の戦場を知らなかったスティングは、その日穢れを知った。

 自分の身に染み付いた、猛烈な穢れを。

 

 「貴様――!!」

 嘔吐したスティングの目前に男がいた。

 キサカの同胞である、バリーだった。

 バリーは力任せに、スティングの腹を殴った。

 「ぐぁあッ……」

 

 そして更に……とバリーは思ったが、すんでのところで堪えた。

 殺してやりたかった。

 だが……この少年たちも、結局は以前の自分たちと同じなのだと、バリーは知っていた。

 

 「くそぉおお!!」

 バリーは絶叫した。

 それ以上スティングを殴らなかった。

 

 

-------------------------------

 

 

 「――あの白い機体、ザフトのモビルスーツなんでしょうか」

 「ジン・ハイマニューバか?」

 不時着で一時行動不能になっていたアスランたちのイージスだったが、ようやく再起動を終えていた。

 

 『すまない――こいつらは基地につれて帰って処分させる――あんたらの処遇は聞いてない。 殺してやりたいだろうが――身柄を貰っていいか?』

 と無線から、相手のパイロットの声が聞こえた。

 『頼む……早くしてくれ、今にも、殺ってしまいたい』

 キサカのジンがそれに応答した。

 

  

 ネオのジンは、三人の少年を回収すると、村から離れていった。

 

 「ラクス様……アレは」

 「志のある兵のようですわね」

 グゥルに乗り、空に消えていく兵士を見た。

 「でも、太陽電池は滅茶苦茶ね」

 「――もう一つの積荷は?」

 「それは……どうやら無事のようです」

 「予想外の出来事でしたが、貴女たちも、荷物も無事なら、良しといたしましょう」 

 ラクスはそういって微笑んだ。

 

 

 

------------------------------

 

 

 「死んだのは2名だけだが、村はめちゃくちゃだな……どうする? またザフトは来るかもしれんぞ?」

 モラシムが、遺体の処置を行うキサカに言った。

 「――我々は戦争に参加しない」

 「まだ、そんな事を……ユーラシアは君たちに手出しをしない。 その意味を考えるんだな?」

 モラシムは、ホバートラックに乗り込んだ。

 「疫病神め……シベリアに降りて来たのは知っていたが……やれやれ」

 

 こちらを先ほどからずっと睨んでいる、バリーやアスランを一瞥すると、モラシムはトラックを出した。

 

 

 

 

 

 『――ラン! アスラン! 無事か! ずっと連絡が無かったぞ!?』

 イージスの無線機に、クルーゼからの連絡が届いた。

 Nジャマーの影響下で無線が届くということは近くまで探しに来ているということである

 「申し訳ありません。 クルーゼ大尉、ニコルも機体も無事です。 それが、色々ありまして――」

 『ン……? 妙な気配を感じた気がしてな――直ぐ戻れるか?』

 「いえ、あとで報告いたしますので――今しばらく、よろしいでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 日は既に落ち、辺りは、すっかり夜を迎えていた。

 

 集落から、西へ進んだところに、不思議な地形がある。

 ”シベリアの蝶”と呼ばれる、奇妙な野原があるのだ。

 

 「この場所――旧暦の頃、謎の大爆発があったそうですよ……月夜の晩、蝶が瞬いたとか」

  ニコルが、アスランに言った。

 

 旧歴の時代、ここで謎の大爆発が起きて――隕石の落下とされているが――それ以来、ここには幻想的な蝶の形をした開いた土地が残った。

 

 蝶の土地は、本格的な宇宙開発が始まって以来、神聖な場所とされていた。

 天から来たものが天に帰る――神秘的な魂の回帰を示す伝承は世界中にいくらでもあった。

 その伝承を想起させる何かが、この土地にあったからである。

 

 

 プラントに生まれた脱走兵たちを弔うのに、これ以上の場所は無かった。

 アスランたちもまた、彼らの見送りに参加していた。

 

 

 

 「――キサカ」

 「いつかはあるかも知れないと思っていたことだ」

 「業、かな?」

 バリーとキサカは、埋められた仲間達に祈りを捧げた。

 宗教の無いプラントにおいて、葬儀は”魂が星に帰る”と文句を捧げた後、黙祷を捧げる。

 

 だが――。

 「地球の土になった仲間達に――」

 キサカはそう言って、黙祷を捧げた。

 地面の中、彼らは、このシベリアの土と一体化していくのだ。

 夜になれば、星が覗けるこの地で――。

 

 

 

 

 

 「ああっ……!」

 ニコルが天を仰いだ。

 

 緑の光が、天にカーテンを引いていた。

 オーロラだった。

 

 

 「すごい……! ねえ、アスラン……地球っていいところなんですね」

 「ああ……!」

 アスランも声を震わせた。

 ニコルも、生まれは地球だが、ずっとコロニーで育っていた。

 地球という星の息吹を、今改めて感じたのだろう。

 

 

 

 

 

 「大義を信じていた――今でも、ザフトが間違っているとは思わない」

 キサカが、夜空を見上げるアスランに言った。

 「……?」

 「それで私は、このシベリアの地を、さっきの少年兵達のように蹂躙し、Nジャマーを打ち込んだ」

 「えっ……」

 「それが何を生むか考えてしまった――そして知った。何も、考えてなど居なかった自分を」

 「でも、貴方は――」

 「変わらんさ。 そして、今もジンを捨てていない。 あの村も、私たちの居場所ではないということだ」

 

 キサカも、アスランと共に、オーロラを見上げた。

 星は何も教えてくれなかった。

 

 アスランはふと、その目が誰に似ているのか、やっと理解していた。

 

 ――レイ・ユウキ提督だった。

 

 

 そして――何故か父にも似ていると感じていた。

 

 

 

 

----------------------------

 

 

 

 

 

 「……キサカか、久しぶりだな」

 「アスハ議長……」 

 アスランたちが去った後、キサカはラクスたちの”本命”の荷物を受け取っていた。

 

 ――高性能の通信機である。

 オーブの軌道エレーベーターや、プラントの衛星を経由して、プラント側と連絡を取る事が出来るものだった。

 

 

 「ジェネシス衛星をハックしている都合上、時間はあまりとれん――用件は――」 

 

 ウズミ・ナラ・アスハはキサカに話し始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 26 「シベリア包囲網を破れ!」

-------------------------

 

 『志願したかそうでないかの差はあるものの

  戦争に巻き込まれてしまった事は一緒だった。

  キサカさんの目は、戦士の目だった。

  だが、俺は、嫌だ』

 

---------------------------

 

 

 

 「独房入りだけ? それはどういうことだ!?」

 ユーラシア軍を追撃する作戦を終えて、基地に帰還したばかりのイメリアを前にして、ネオが叫んだ。

 「彼らのやった事は確かに問題だわ。 だけれど、脱走者を放置し続けていたマリュー・ラミアスのやり方には私も疑問があった」

 「しかし! あいつらのやったことは!」

 「……あなたこそ、核を撃たれて何故そのように聖人君子のような事が言えるかしら」

 「……」

 ネオは一瞬押し黙るが、

 「ならばあの二名の新兵はこちらに預からせてもらいたい」

 といった。

 「なんですって?」

 レナ・イメリアは思わず聞き返した。

 「シャムス・コーザは君の直属の部下でもある。 だが、あの新兵たちの教育はこちらでやらせていただきたいと言っている!」

 ネオは机を叩いた。

 司令室の重厚な机が震える。

 「……まあいいわ、元よりあの二人は、貴方の部隊に任せるつもりだった。 けれど、貴方まで地球かぶれになっているとはね?」

 「俺はザフトだ」

 「――止めましょう。 この話はコレが片付いてからにするわ」

 レナ・イメリアは司令室のモニターをつけた。

 そこには、シベリアをこちらに向かって進むアークエンジェルの姿が遠方から映し出されていた。

 

 

 

 

 

-------------------------

 

 ――司令室を退した後、ネオは部下のミリアリアと供に独房にいた。

 「貴様ら二人は、独房入りを終えたら、我がロアノーク隊の雑用になってもらう」

 ネオが、独房に入ったアウルとスティングに言った。

 「雑用!?」

 「俺たちはパイロットで……!」

 格子付きの原始的なドアにかじりつく二人の少年。

 しかしネオは全く取り合わない。

 「……今のおまえ達に力を持つ資格は無い!」

 「ッ……!」

 それきり二人はおとなしくなった。

 

 「じゃ、ごめんね、ここで数日おとなしくしてて?」

 ミリアリアは独房をロックした。

 

 「ね、ねえ……せめてさ、雑用じゃなくて技術班とかさ……ネオ! お姉さ~ん!」

 「ミリアリアよ!」

 アウルの泣き付くような声に、ミリアリアは気の毒そうに手を振った。

 

 

 「チッ……おとなしくしてるか」

 スティングは独房のベッドに座り込んだ。

 「ちょうどいい。 ムカつきが取れねぇ……モビルスーツは暫くゴメンだ」

 「……そりゃ、そうだけどさ?」

 アウルもへたり込む。

 

 そうして静寂が二人を包んでしまうと、またあの戦闘の嫌悪感が戻ってきた。

 

 

 

 

 「イメリアのヤツ……」

 まさかシャムス・コーザの肩を持つとは思わなかった。

 「……イメリア教官、教え子を幾人も討たれてますから、それにユニウス・セブンではご家族も」

 ミリアリアがネオに言う。

 「ああ……」

 それは、分かっている。 

 だが……。

 (……憎しみで一度傾いちまうと、人間ってヤツはどんどん自分のやってることが分からなくなっちまう)

 

 少なくとも、今までは捕虜への暴行や、脱走兵が潜んでいたとしても、民間人の集落を襲う事を許すようなことはしなかった筈だ。

 

 元は理知的で、模範的なザフトであった彼女ですらそうなのだ。

 この戦争は、どこへ向かうのであろうか。

 

 

-------------------------

 

 パトリックはいよいよ一ヶ月前に迫った議長選の準備に追われていた。

 しかし、彼はザフトのトップである国防委員会の委員長でもある。

 

 ――目まぐるしく寄越される地球の前線からの報告に目を通し、必要に応じて指示も出した。

 

 「――エドワード・ハレルソンも、足つき討伐隊に回すので?」

 「ああ、そうしてくれ、私の権限を使ってくれてもかまわん」

 「ええ、畏まりました」

 

 アズラエルが、パトリック・ディノから命令を受けて、

 指令書をシベリア方面軍に発信させた。

 

 また一つ、ネオ・ロアノーク隊に続いて、別の部隊をアークエンジェル隊討伐に回したのだ。 

 戦力の不足に悩む現在のザフトに於いて、一つの艦にこれだけの戦力を割くことは、異例といっていい。

 

 「流石に閣下もあの船が捨て置けなくなったので?」

 「フン……オペレーション・スピットブレイクを前に、無闇に士気を下げられるワケにもいかん。 ……それに、あの船を狙うパフォーマンスをすれば、囮にもなる」

 「成る程……囮……ね」

 

 アズラエルはそうして含み笑いをした。

 

 

 

 

 

 

 国防委員会の建物から出たパトリックは、執務の為アプリリウスの議事堂に向かう。

 

 「……ン?」

 護衛を引きつれ、ホールに入ったところで、エビデンス・ゼロワンの前に、一人の少女が立っている事に気が付く。

 カガリ・ユラ・アスハだった。

 

 「……珍しいですな、こんな所にお一人で」

 思うところがあったのか、パトリックはカガリに声を掛けた。

 「これは、ディノ委員長閣下、待ち合わせがございまして」

 「ああ……婚約者をお待ちですかな?」

 「ええ、まだ少し時間がありましたので」

 カガリは会釈した。

 「……この化石を見ると、私たちプラントの本来の意思を思い出せる気がして」

 「意思?」

 「――ええ、プラント、ひいてはコーディネイターの」

 

 小娘が何を言うか――とパトリックは思ったが、カガリの言う事は正しかった。

 全てはこの未知の発見への感情が引き起こした出来事なのかもしれない。

 希望、好奇心、不安、恐怖――。

 

 だが、それだけではなかった。

 

 「地球を捨て去れ、と、この化石は私に言っているような気がします」

 カガリを一瞥してから、パトリックは言った。

 「……地球を?」

 その発言に、カガリが食いつく。

 「巣立つ時が来ているのです。 地球にしがみつき、無闇に人工を増やして、汚染して……あまつさえ、残った資源を奪い合う、愚かなナチュラルの作った歴史を清算せばならない。……今ナチュラルはその業を、宇宙に持ち出して我らに尻拭いさせようとしている、言語道断というもの」

 「――それが、ザフトの仕事であると?」

 カガリは、表情を固くしていった。

 「かもしれませんな……ご納得いただけませんかな?」

 「……いえ、わからない話ではない……でも、それは優しくありませんね」

 カガリは少し気分を悪くしたのか、声にトゲがあった。 

 「私は、少しの間、地球連合の船に保護された事がありました。 ……連合の方々も、皆優しかった。 互いに理解というものが出来る気がしました」

 その言葉に、パトリックが眉を動かした。

 「オーブが作ったあの船での事ですか? あんなものを作るナチュラルが優しい等とは思えませんな? あの船とその艦載機は……」

 既に幾人もの、ザフトの兵士の命を奪っているのだ、とパトリックは言おうとした。

 しかし、

 「アスランは……」

 とカガリが言いかけたのを聞いて、パトリックは言葉を止めた。

 「……いえ、あの兵器のパイロットとも私は会いました。 彼もまた優しい普通の方でした。 きっと何か理由があって戦っているのでしょう」

 

 「……」

 パトリックはカガリに会釈すると、その場を離れた。

  

 

 

 

 

-----------------

 

 

 「イイ髪ネ……」

 アークエンジェルの、アイシャの士官室。

 そこに備え付けられた浴槽に、フレイとアイシャが入っていた。

 

 フレイの髪が痛んでいるのを見かねて、アイシャがトリートメントをしてあげていた。

 

 クルーの中でも数少ない女性でありながら、あまり会話した事が無い二人であったが、髪を気にしていたフレイは、軍艦の中に於いても全く美貌を損なわないアイシャに声を掛けられ、つい応じてしまったのだ。

 

 

 「――これ、市販してるヤツなんですか?」

 「ンッンー、違うワ。 ワタシノ、テヅクリヨ?」

 「凄い……艶々になってる」

 「仕事ダタカラ」

 彼女の髪を拭きながらアイシャは言った。

 「仕事……美容師さんとか?」

 「そんなトコネー」

 アイシャは上機嫌で応えた。

 「女ノコがキレイになるトコ、好きよ。 好きな人ガ居ると、キレイニナルの。 ソウデナイノは全部嘘」

 「嘘……?」

 「ソーヨ? 好きな人ガデキテ、キレイニなるノハ本当のキレイ。 今の貴方、本当にカワイイワヨ?」

 「……ありがとうございます」

 フレイは自分で自分の髪を撫でながら言った。

 「デモ。男は、女の嘘の方がスキ」

 「えッ……?」

 「タブンヨ?」

 

 アイシャは悪戯げに笑った。

 「イザークはキット余所見シないから、アンマリソワソワシチャダメヨ?」

 「も、もう! 中尉!」

 あまりからかわないで、とフレイは言った。

 

 と、言うのも、昨日から新しい乗員がアークエンジェルに増えたのだ。

 

 

---------------------

 

 アークエンジェルのブリッジでは、またもクルーゼとバルトフェルドが頭を抱えていた。

 

 「また避難民を保護するハメになったのか」

 「NPOとしてこちらに来たが、先のザフトの襲撃で車は焼きだされ、同行してきた別のグループとは連絡が付かないらしい」

 「やれやれ……自己責任だろうが」

 「――そうは思うんだがね、なんせオーブ国民だからな」

 「……なるほど」

 クルーゼがため息をついた。

 「無下にはできないよねぇ」

 バルトフェルドはコーヒーを啜った。

 

 「それだけかね?」

 クルーゼがふと呟いた。

 「ん?」

 バルトフェルドが目を点にした。

 クルーゼはそれだけで理解した。

 

 

--------------------------

 

 アークエンジェルの船室で、ダコスタが少女たちに書面を渡していた。

 

 「――先ほども言いましたが、この船は安全とは言いがたい状態にあります……しかし、大西洋連合はオーブと戦地での民間人の保護を約束していますし、この船はオーブ洋上や香港を通過する予定でもありますので……」

 保護された民間人への各種事項を説明しているのだ。

 

 「わかってますよ!」

 「本当に感謝してますよ! お兄さん!」

 ジュリとマユラがダコスタの腕をとって感謝を述べる。

 「マ、マーチン・ダコスタ曹長です!」

 「曹長さん! ありがとう!」

 気づけば、彼女らの胸元に手が当たっている。

 「……」

 ダコスタは歳若い少女たちの行動に、顔を赤くして押し黙った。

 「で、では自分は失礼します!」

 

 (なあ、ダコスタさんって童貞?)

 (お、俺が知るはずないだろ)

 ディアッカの耳打ちに、アスランも顔を赤くした。

 

 「フフ、マユラちゃんとゴドーコー出来るなんて夢見たい」

 ラスティが、マユラの手を取ろうとするが、跳ね除けられた。

 「……そ、良かったわね」

 あくまで、そっけない。

 

 

 「……あ、あの行動は制限されるかと思いますが、何か不自由があれば仰って下さい……」

 アスランが、おずおずとミーアに聞いた。

 「まあ、アスラン! ありがとう! 助けていただいた上に、そんな心遣いまで」

  ミーアは、そんなアスランの手を取る。

 

 「あっ……」

 アスランは、それだけで何もいえなくなってしまうのだ。

 

 

--------------------------

 

 その、数十分前のことである。

 艦長室にミーア――ラクスが通され、バルトフェルドに何やら書面を渡していた。

 

 「――これは」

 バルトフェルドが言葉に詰まる。

 「はい!」

 笑顔でラクスは答えた。

 

 「よもや、オーブの姫君とは……」

 「悪い、お話ではないかと思いますが」

 「ふむ……」

 

 バルトフェルドが書類の隅から隅へと目を通す。

 そこに書かれていたのはヘリオポリス崩壊事件に対するオーブの調査書類であった。

 

 そして、オーブの一部氏族によって執り行われた大西洋連合との裏取引に関する内容についても。

 

 「サハク家をも出し抜いてあの五機を作り上げたのだから大したものです」

 サハク家――オーブの有力氏族であり、かの国の軍事に強い影響力を持つ家系とバルトフェルドも知っていた。

 「……申し訳ないが、私も単なる士官の一人にすぎなくてねぇ。 ここまでの詳しい事情は知らなかったんだ。 それで? そちらの頼みは?」

 「まあ! お願いを聞いてくださいますの?」

 「ここまでオーブが情報を握っているとは、恐れ入った。 アラスカのサザーランド少将が聞いたら、すぐにでも会見のテーブルを用意するかと」

 ラクスが、静かにほほ笑む。

 「では、わたくしを一先ずホンコンまで運んでいただけますか?」

 「ホンコンまで……? その間、この船をじっくり見学したいとそういうことですかな?」

 「ええ! このお船、とっても素敵で、気に入ってしまいましたの!」

 

 愛くるしく、天真爛漫、といったような笑顔。 まるで菓子を目の前にした少女のように朗らかにラクスは言った。

 

 (レイ・ユウキ提督の言った通り……オーブには食えない王様とお姫様がいる……か)

 バルトフェルドは、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 

-----------------------------

 

 

 世界で最高の透度を誇るバイカル湖は、コズミック・イラにおいてもその美しさを保っていた。

 冬の盛りである今、湖面は凍りついており、あまりに深く、そして透き通った湖は、青の光のみ通し、その湖面に出来た氷はエメラルドの様なプリズムを発していた。

 

 

 ようやく見せた太陽が、氷を美しく輝かせ、あたり一面が光に包まれた。

 「――地球ってヤツはこうなんだ」

 サイ・アーガイルはアイウェアの位置を直した。

 そうしなければ、目を悪くしそうだったからだ。

 水深1,741m。 世界中の淡水を足せばその二割が自分の足元に凍っているのだという。

 

 

 「……いけないな、俺まで地球に被れちゃいそうだ」

 サイは頭を振った。

 この星は美しすぎる。 生命を産み育んだ惑星なのだから当然なのだが。

 

 人を殺す冷気も。熱さも。凍土もマグマも、天変地異も疫病も。

 それすらを乗り越えて宇宙まで進出した改良された人類――その自分がたかだか”H2O”に感動しているのだ。

 

 なにやらそれが、滑稽にも、自然にも思えたサイは、腕の時計を見やると、デュエルのコクピットへと戻った。

 「キラ、ジンの調子はどうだ?」

 サイは無線でキラに聞いた。

 

 修理中のストライクの代わりに、彼の元にはアカデミーを卒業した際に支給されたパーソナル・タイプのジンが宛がわれていた。

 『うん、久しぶりだけど悪くないよ――でも、なんで色が変えられちゃったんだろ?』

 「青、好きだったの?」

 キラのジンは、以前は青を基調としたカラーだったのだが、現在は白をベースとしたカラーに塗り替えられていた。

 『ううん……まあ、昔スキだったTV番組のキャラクターのカラーだったんだ。 ”木星探査SAS”サイも昔みてたでしょ?』 

 「……ゴメン、覚えてない」

 確か、ナチュラルの子供が見るような特撮番組だ。

 『ええ!? 面白かったんだけどな……』

 「いやさ、そんなつもりじゃなかったんだけど」

 サイは口ごもった。

 「――プロパガンダのつもりなんじゃないかな? ザフトの白い悪魔って」

 やめてよ、とキラは言った。 あまり、その名前を気に入っては居ないらしい。

 大仰な二つ名――それは自身が多くの人間を殺した事の証明でもある――キラの場合は、その名前がついたのが、友人との死闘が元であるのだからなお更だ。

 「それか、青ってブルーコスモスを連想させるし」

 それに、白はこのシベリアじゃ迷彩になるよ、とサイはフォローのつもりで言った。

 まあ……とキラは呟いて、ジンの状態をチェックした。

 間もなく、作戦が始まるのだ。

 

 

 バイカル湖の南方に、ユーラシア連邦の施設をそのまま接収する形で、ザフトの資源開発基地は建設されていた。

 アークエンジェルと、北部のユーラシア連邦軍が動きを見せたことで、近々攻撃の可能性アリ、と、基地司令官レナ・イメリアは頻繁に偵察と防衛隊を繰り出していた。

 

 つい先日まで、北方ではレナ・イメリア自らが指揮していた部隊と、ユーラシアの不穏な動きをする部隊が、追いつ抜かれずの攻防を繰り広げていたのだ。

 敵は、確実に何かを企んでいた。

 

 バイカル資源基地に到着したロアノーク隊も、早速その任務に当たる事になったのだ。

 「俺たちはイメリア教官が追いかけていた北方の不明部隊を警戒する事になる」

 「――だけど、アークエンジェルは西から来るんでしょ? 基地の防衛は大丈夫なのかな」

 「……イージスの事が気になるのか?」

 サイの一言にキラは黙った。

 (まぁ、だから、隊長はキラと俺について来い、って言ったのかもな)

 「大丈夫さ、南方にはイメリア隊長もいるし――問題ないさ」

 

 

 

 

--------------------------------

 

 

アークエンジェルの元に、地球軍の輸送機2台が到着した。

 

 その内一機から、ジン・タンクの姿が現れる。

 

 「アレは……!?」

 荷物搬入の手伝いをしていたイザークがそれを見て声を上げる。

 「ああ、アレがタンク最後の一台。 ユーラシアの誇るテストパイロット部隊、『特務部隊X』が使ってる。 今回はその特務隊がゾーエンってワケ」

 ラスティが言った。

 

 

 クルーゼと共に、搬入機体をチェックしていたアスランだったが、ふとコクピットハッチが開いたのを見た。

 その中には日焼けした肌をした、黒い長髪をした少年の姿があった。

 (……?)

 その少年が、こちらを強く睨んだような気がした。

 その視線をアスランは覗き込んだが、既に少年は別のほうを向いて、なにやら機器搬入の指示を、同行してきた隊員にし始めた。 

 

 「彼なら……アテに出来そうだな」

 クルーゼが呟いた。

 「知ってるんですか?」

 アスランは尋ねたが、クルーゼは「いや」とだけ言って、自分のスカイ・ディフェンサーの元へ向かった。

 

 

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

 ブリッジでも、作戦開始前の準備・確認に全クルーが追われていた。

 「艦長! ゼルマン司令からの伝令! 本日ヒトヨンマルマルに作戦開始、アークエンジェルは西方から南南東に進み、バイカル資源基地を攻撃されたし!」

 「……応援はあの特殊部隊だけか」

 「いえ、我ら秘策用意せり! 貴艦の攻撃と併せて我が隊も動く、大天使と虎の健闘を祈る、とのことです!」

 メイラムがバルトフェルドに告げた。

 (秘策ね……)

 バルトフェルドはコーヒーをすすると、引き続き、増援部隊との連絡を確認した。

 

 『こちらカナード・パルス特尉だ。 コレより我々特務部隊Xは貴艦の指揮下にはいる』

 「アンドリュー・バルトフェルドだ。 よろしく頼む」

 モニターには増援のジン・タンクのパイロットが映し出され、バルトフェルドに挨拶した。

 バルトフェルドはそれに答え、いつもの軍人としては気さくな態度で応えるが、カナードは無言無表情で敬礼で返すのみだった。

 (生意気な)

 かなり年若く見える士官にそのような態度を取られたので、バルトフェルドも些かムッとした。

 

 「アークエンジェルが先行する――後詰は任せるよ」

 バルトフェルドはそういうと通信を切った。

 クルーゼの様な無愛想な手合いはこれ以上ゴメンだと、彼は思った。

 

 

 

 

--------------------------

 

 

 

 作戦開始の刻限となり、アークエンジェルは指定された地点への移動を開始した。

 ユーラシア側の先遣隊とそこで合流し、バイカル湖基地への攻撃を仕掛ける事になる。

 

 「虎の艦長さん! 輸送機からだぜ」

ディアッカがバルトフェルドに通信を繋いだ。

キャプテン・シートに備え付けられた受話器を取る。

 

 『こちら、特務部隊Xのグラスコーだ。 もう間もなく敵の監視空域に入ると思われる、こちらはジン・タンクを発進させる』

 ブリッジのモニターにも、輸送機の艦長の顔が映し出された。

 「了解だ。 こちらもスカイ・ディフェンサーを発進させる――」

 と、バルトフェルドが言ったところで――

 「!?」

 バルトフェルドは思わず耳に痛みを覚えて受話器を放した。

 

 ピーーガガガー!!

 

 「っ!?」

 酷いノイズ音が――通信が乱れたのか、とバルトフェルドは思った。

 もしや敵に察知、妨害されたのか、とバルトフェルドは懸念したが、その予想が外れている事を、直ぐに思い知る事になった。

 

 

 カッ! と瞬間、ブリッジ全体が激しい光に照らされた。

 ――それは、モニターから発せられた光であった。

 

 直ぐにシェードが調整されて、光は収まったものの、その後に残されたのは砂嵐の様なノイズであった。

 

 

 ――何があった!?

 

 バルトフェルドは、その一連の状況から、直ぐに事態を察知する――戦いの経験が、彼に告げる。

 

 「状況知らせろッ!」

 バルトフェルドが吼えた。

 「輸送艦――撃沈しました!」

 「撃沈!? 敵は――!?」

 「不明です! ですがこれは――恐らく――!!」

 と、カークウッドが告げようとした時――。

 

 「ハッチ開けるな!! 閉じろォッ!」

 ”何か”を理解して、バルトフェルドは絶叫した。 

 

 

 

 

 ――アークエンジェルのカタパルトには、クルーゼのスカイ・ディフェンサーがスタンバイしていた。

 

 『――!? 発進できん!』

 クルーゼもまた――こちらはカンであるが――”何か”を察知して、そう叫んでいた。

 「えっ?」とアスランも何事かと思った次の瞬間。

 

 

 

 ズオオオン!!

 

 

 

 「!?」

 

 

 

 ――アークエンジェルが、揺れた。

 

 

 

 

 「――モビルスーツカタパルト付近! 被弾!!」

 「これは! 敵の長距離射撃! ビームです!!」

 「ダメージコントロール確認! エンジン部にも被弾あり!」

 ブリッジではカークウッドとメイラムが悲鳴の様な声で報告を上げていた。

 

 「高度を下げろ! 敵に狙われているぞ!!」

 バルトフェルドが叫ぶまでも無く、ビーム砲を直撃したアークエンジェルは、黒煙を上げて、地上に降りた。

 

 ――バルトフェルドは、すぐに敵の正体を察知していた。

 

 「……バスターか! あの連中も降りていたのか!」

 

 

------------------------------------

 

 

 30から40メートルまで育った落葉松の樹林の中、GAT-X103――バスターが身を隠して居た。

 その付近には、エイプリフール以降、廃棄された市街地もあり、今度はそちらに姿を隠す。

 

 その手には――二基のランチャーを接続させた”超高インパルス長射程狙撃ライフル”が握られている。

 

 

 パイロットのミリアリアは唇を舐めた。 

 

 

 『ナイス! ミリィ!』

 トールが、雪原に隠した長距離ケーブルを通じて、わざわざ賛辞を送ってきた。

 (バカッ。 観測手がはしゃいでどうすんのよ)

 ミリアリアはそんなトールに呆れながらも、自分の中に張りすぎていた力が抜けていくのを感じた。

 

 (――イメリア教官に任されたのだもの。 ここは突破させないわ――アークエンジェル)

 ミリアリアは、再度トール達観測手から送られるデータや映像と、自身の望遠スコープに集中した。

  

 

 「――大丈夫よ、トール。 こんなのもの、撃って当てればそれでいいのよ」

 バスターの銃口が、冷酷にアークエンジェルを狙う――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 27 「暴風、ミリアリア!」

--------------------------------

 

 「彼女と暫く同行する事になってしまった。

  余計に戦いに負けられなくなるということだが

  もう戦ってしまう、ということだった」

 

--------------------------------

 

 敵軍からビーム砲による長距離狙撃を受けたアークエンジェルは、一先ず高度を下げ、恐らくは敵の狙撃手から死角になるであろう山陰に身を寄せた。

 

 『ハッチ展開の瞬間を狙っていたようだな』

 「危ないところだった。 エンジンを掠めただけで済んだものの、もうちょっとで一巻の終わりだったよ」

 ブリッジのバルトフェルドはスカイ・ディフェンサーのコクピットに居るクルーゼと電話で話している。 

 会話しながらも、バルトフェルドは残った輸送艦からの報告と、爆散した輸送艦に対する状況確認、索敵を平行して行い、事態の把握を急いでいた。

 

 『こちら特務部隊X。 カナード・パルス。 狙撃前に出ていたので無事だ』

 「了解した。 そのまま後方にて待機、周囲への警戒を怠らないでくれ」

 ――輸送艦に積まれていたジン・タンクは直前に出撃していたため無事であった。

 『了解した』

 

 ――それにしても、母艦が撃ち落とされたのに平然としている。

 少し気になったが、事態はそれ所ではない。

 

 

 「ダメージ・コントロール、どうか?」

 「装甲を大破する程度には至っておりません。 艦の機動にも問題ありませんが、左のレビテーターにかなりのダメージです。 狙われたらマズイですね」

 「むう……」

 バルトフェルドはアゴを抑えて考えをめぐらせた。

 

 時間はなかった。

 今回の作戦は敵基地に対するニ方向からの攻撃――特に自分たちは敵の気をひきつける陽動も兼ねているのだ。

 このまま動けないで居れば、北方から進軍する予定のゼルマン達のみで基地へ向かう事になる。

 そうなれば――敗北はどのみち必至である。

 

 「しかし、狙撃とはな。 しかも典型的な足止め狙撃だ。してやられたよ」 

 『フン、Nジャマーによるレーダーの阻害……科学戦も詰まる所まで来てしまえば、大昔の有視界戦闘に逆戻りというわけだ』

 クルーゼが言った。 

 お互いレーダーやセンサーが使えなくなり、長距離弾道弾の使用を封じられた接近戦を余儀なくされた戦場。

 

 そこで活躍するのは巨大化した歩兵たち、モビルスーツだった。

 

 それゆえに、歩兵を狙撃手を以って迎撃するというシンプルな作戦が再び有効となった、ということであろう。 

 

 「恐らくコレだけの長距離を狙撃できるとなれば、敵軍に奪取されたバスターの可能性が高い。 考えるべきだったよ」

 『今更それを言ってどうするつもりだ?』

 「ッ……わかってるさ。 問題は、例えバスターといえども、本来は先ほどのような精密な射撃は困難ということだ」

 『……周囲に観測手がいる、ということか』

 「モビルスーツか、戦闘車両か……どんな類かは分からないけど、間違いは無いだろうね」

 『フム……』

 クルーゼは押し黙る。

 (レールガン……バリアントなら、撃とうと思えば理論上は100km射程の攻撃が可能だ。 敵が待ち伏せているポイントごと吹き飛ばすか……)

 対抗狙撃には、敵が隠れている場所を砲撃で根こそぎ爆破してしまう策も非常に有効であった。

 だが……。

 

 (いや、あの基地周辺には、放棄されたとはいえ都市がそのまま残っている。 基地もできるだけ無傷で返してもらいたい。

  それに、あのバイカル湖……砲撃などして汚染してしまうわけにもいかないか……)

 

 「矢張り、頼みの綱はイージスか……C型装備で索敵し……B型のスナイパーライフルで、こちらから撃つか――」

 『それなら――』

 「……?」 

 バルトフェルドの発案を聞いて思いついた事があるのか、イージスのコクピットにいるであろうアスランが口を開いた。

 『……やれるのかね?』

 クルーゼが無線で今度はアスランに語りかけた。

 アスランは暫く無言であったが、

 『俺に考えがあります』

 と言った。 

 

 

------------------------------------------

 

 

 ――数時間前。

 ザフト基地での作戦開始前のミーティング。

 

 「敵軍の動きを察知したわ。 北北西の方向から例の”足つき”が接近中。 また北方には不穏な動きをするユーラシアの軍勢を確認。 恐らくは基地の後ろから北東にかけて広がる、この凍ったバイカル湖を降りてくるはず。 ――状況は確認中だけど、恐らくそれなりの勢力だと推測されるわ」

 

 レナ・イメリアがロアノーク隊も交えて、基地の面々に今回の迎撃作戦を説明していた。

 

 「しかし……気になるのはあの船が、恐らく我々に監視されている事を知って、この基地に近づいているということ」

 「陽動……と?」

 ネオがレナに言った。

 「可能性はあるわね――そこで、ロアノーク隊のメンバーの一人に、本作戦の中核を担ってもらう必要がある」

 と、レナは一人のパイロットを指した。

 

 「……ハッ!」

 彼女――ミリアリアは、立ち上がって敬礼した。

 (……私?)

 と彼女は内心思った。

 「敵軍の兵器を利用するというのが悔しいが、ミリアリア・ハウが操縦する”バスター”には非常に高い狙撃力と火力を持つ。

 コレであの船を狙撃する事で”足を止めさせる”、ということよ」

 「で、ですが! それなら自分が!」

 溜まらず、同じミーティングルームにいた、シャムス・コーザが名乗りを上げた。

 内心、ネオに受けた制裁について、まだ腹に据えかねているのだろう。

 敵愾心を露にして、ロアノーク隊であるミリアリアを睨んだ。

 しかし、

 「いえ、ミリアリアが適任。 彼女は私が教鞭をとった中で最高のスナイパーよ」

 「えっ……」

 必至で声に出さないように、ミリアリアは気持ちをなんとか抑えた。

 

 憧れていた教官に、自分が認められていたと知ったのだ。

 

 

--------------------------------------

 

 

 「教官、私なんかが本当に……」 

 「私の言った事、信用してないの?」

 「そ、そんなはず……」

 

 ミーティングを終えて、出撃するまでの僅かな間、ミリアリアはイメリアに尋ねていた。

 本当に自分がそのような重要な役割を任されてよいのかと。

 

 「古来から、女性のスナイパーは珍しいわけではないわ。 アカデミーで私が教えた事を思い出しなさい」

 「でも、教官、その頃は私を……」

 「ずっと……男を見ていたからよ? 今も変わってないみたいだけど」

 「えっ……?」

 ミリアリアは顔を赤くした。

 「……でもね、ネオや貴女を見ていると思うのよ。 ただの軍人としてではなく、ザフトであるならば、それも――」

 いえ、と言いかけて、レナはそれ以上の言葉を止め、ザフト式の敬礼をミリアリアに向けて行った。

 「……ハイ」

 ミリアリアもそれに返礼する。

 

 

--------------------------------------

 

 時刻は15時を迎えようとする頃。既に、空が陰って来た。

 (……さあ、イージス、どう来るの?)

 「足つき、着弾後から動き無し」

 観測手であるトールから、目標の報告が行われる。

 

 

 狙撃。 目標を長距離から狙い打つ事。 

 特に、軍事作戦においては、敵軍に察知されない箇所からそれを行い、

 敵軍の指揮系統の中枢となる司令官や通信兵――重要な戦力を狙い撃ち、削ぎ落とし、敵軍に対して最も有効な打撃を与えることが目的となる。

 どこから撃たれているかわからない――その心理的な動揺も狙撃における重要な効果の一つである。

 

 狙撃手(スナイパー)には通常、観測手(ポインター)と呼ばれる、目標の細かい情報や、敵への命中有無の確認、索敵等を担当する相棒がつく事になる。

 今回はトールと他1名がそれに該当した任務についている。

 

 両名とも、ミール・ヌイ基地に用意されていた偵察用のディン――ザフトの飛行型モビルスーツを使っている。

 (今のイージスには、高性能のセンサーがついていると聞いている――トール達がやられなければいいけど)

 あの月下の狂犬の母艦、バルテルミを狙撃したと聞いている。

 (可能性としては、こちらに対して接近しつつ長距離狙撃――かしら?)

 相手がナチュラルと言えど、自分たちが狙われていると知って、迂闊に近づいてくるワケは無いだろうとミリアリアは思った。

 

 事実そうだ、いまだ動きは見えない。

 だが、それでも気を、抜いてはいけない。

 相手は、サイを傷つけ、あのキラをも退けた相手なのだ。

 

 (少なくともディンは飛べるから――発見されても逃げられるわよね……)

 それに、あのディンはブリッツのデータを流用し、改造したカスタム・タイプとなっているのだ。

 静止している状態限定だが、周囲にミラージュコロイドを散布し――姿を消す事までは出来ないが、ステルス性を高めることが出来るようになっている。

 

 

 ミリアリアは、こちらからは死角となる山陰に隠れたアークエンジェルの方向をじっと見た。

 まだ、動かない。 

 ――外すわけには行かない。 不用意な射撃はこちらの位置を知らせる事になる。

 それに、今はいいのだ。

 こうして時間を稼ぐだけで、十分である。

 敵軍は恐らく、基地を包囲する陣形で来るだろうことは予想された――と、いうよりは、他方向から包括的に攻撃を行わない限り、基地を陥せるわけがないのだ。

 (なら、足つきを足止めさえすれば)

 サイやキラ、それにネオが向かった北方側の陣営が、そこから侵攻してきた敵部隊を排除できるだろう。

 地の利は今や完全にこちらにあるのだから。

 

 

 「ミリィ」

 と、アークエンジェルを監視しているトールから報告が入った。

 すぐさま、ミリアリアは狙撃ゴーグルを覗き込んで、その方向を見た。

 「――アークエンジェルが動くぞ!」

 

-----------------------------------------

 

 『反対だがねぇ、僕は』

 『しかし、結局のところ、コレしか方法は無いさ』

 『だが……無茶が過ぎる、イージスとアスランをむざむざ見殺しに出来んだろ?』

 

 イージスのコクピットの中、バルトフェルドとクルーゼが言い合う声が聞こえる。

 「いえ、やらせてください! この装備ならいけるはずです」

 アスランは、カタパルトにイージスを進めた。

 

 (――俺が守る)

 

 

 アスランは、”彼女”の事を思い出していた。

 

 

  ――ミーアが、この船に乗って間もなく、彼はプレゼントを渡した。

 

 「まあ、かわいい!」

 「いえ、コレくらいしか、ここでは暇がなかったもので――」

 それは、ピンク色をしたボール型ロボット――ハロであった。

 

 アスランの言った事は半分本当で、半分嘘だった。

 

 以前、ガン・ガランのユーラシア軍基地によった際、彼は余分なパーツも引き受けていた。

 気の滅入っていた彼は趣味の機械工作でもやって気を紛らわせようとしていたのだ。

 それには、ニコルの入れ知恵もあった。

 

 結局のところ、そのような気分にもなれず、時間のとれず――結局作れず仕舞いだったのだ。

 ミーアに会うまでは。

 

 

 彼女にコレをプレゼントすると決めた途端、アスランはハロ作りに没頭していた。

 ――久しぶりに、何もかも忘れて、手を動かす事に熱中できた時間だった。

 

 「ありがとう、アスラン――あなたはいつも、素敵なものをくれますのね」 

 

 

 

----------------------------

 

 

「彼女も……守ってみせる」

 

 アスランは、ノーマルスーツの酸素を確認した。 

 そして、コクピットの耐G強度を確認する。

 

 「アスラン! こっちも準備できたぜ――あのバスターってやつ、その”ガンダム”って機体の中じゃ、多分一番厄介だな、気をつけろよ!」

 ディアッカが発進準備完了を告げると同時に言った。

 「え……ブリッツの方がずっと強くないですか? 消えるんですよ?」

 ニコルがそれに思わず反応する。

 「フン……ああいうのは、一番基本性能が高いものが厄介なんだ。 デュエルも居るかもしれん、俺もいざとなればタンクで出る――気をつけろよ」

 CICに座るイザークもアスランに言った。

 「フッ……」

 アスランから自然と笑みがこぼれた。

 そうだ、彼らも守ってみせる。

 

 

 『アスラン、言うは安いが、実行するには困難が伴う。 いけるな?』

 最後に、クルーゼが念を押してくる。 

 アスランが言い出した作戦は、無茶なものであった。

 「いえ、やれます。――やらせてください」

 『フッ……ではやってくれるかね?』

 『……クルーゼ、あまりアスランを焚きつけるな』

 最後までアスランとイージスの事を案じていたバルトフェルドが口を挟む。

 『艦長、生憎、私はアスランの心情とやらに配慮して、無理と思える作戦でもやらせてやろうと思うほど愚かではない』 

 それに対してクルーゼが返す。

 『無理だと思えば始めからやらせぬさ。 だが、今のアスランなら出来ると思える。だからこの作戦を採った』

 『……わかったよ』

 最後には、バルトフェルドも折れた。

 

 「ありがとうございます、艦長、大尉」

 アスランは、機体の最終チェックを終えた。

 

 「APU機動、イージスはA型装備でスタンバイ! イージス、発進よろし!」

 ディアッカが告げた。 

 

 「――アスラン・ザラ。 イージス、Aプラス! 出るっ!!」

 

 アスランは声を張り上げた。

 

 天に、イージスが舞った。

 

 

 「――良し! イージス発進と同時に ECM最大強度! スモークディスチャージャー投射! 両舷、煙幕放出!」

 そして同時に、バルトフェルドも指示を出した。

 

-------------------------------- 

 

 「煙幕!?」

 トールが叫んだ。

 

 アークエンジェルは浮上のそぶりを見せると同時に、その巨体を覆い隠すように、煙幕を濛々と吐き出し始めた。

 

 そして――。

 「ミリィ! イージスが発進した――なにっ!?」

 トールのディンがイージスの発進を目視で確認した――と、予想外のモノを見た。

 「どうしたの!? トール!?」

 「変形だ! イージスがモビルアーマー……いや! 戦闘機に変形した!!」

 

 

 イージスは煙幕の煙を輪って、空に舞い上がった――と、すぐさまシールドを機首にして、Aパーツを利用したモビルアーマー形態へと変形した。

 それは不恰好なロケットといった、本来の姿とは異なり、洗練された航空機のようなシルエットに変わっていた。

 その映像は、オンラインを通じて、ミリアリアの元へと届けられた。

 

 (これって、あの脱走兵襲撃した子達のデータにあった不明機――それなら!? まさか!?)

 

 

 

 ミリアリアの予感は、的中した。

 

 

 

 ゴォオゥッ!! 

 

 イージスは空高く舞い上がると、一瞬、爆発したかのような光を放って、加速した。

 ――アフターバーナーの類であることは、用意に想像がついた。

 

 

 変形したイージスは、ソニックブームを発しながら、トール達の”目”を振り切った。

 

 

 (――ッ!?)

 「ミリィ! イージスがっ!?」

 予想外の事態ではあった。 まさかイージスが、大気圏内で変形できるとは。

 

 (単機でこちらに向けて突貫!? ――どうするつもり?)

 ミリアリアは、急ぎ、イージスの方向へライフルを向ける。 数秒で、こちらのカメラにも把握できる距離に到着する模様だ。

 (バルテルミを撃破した火力があるなら、単機で基地を仕留められるというの!?)

 

 敵の狙いは、あのイージスの装備を使った電撃戦闘――こちらの想定する範囲外の新装備を以って、こちらの裏をかこうということであった。

 それならば……

 

 ――絶対いかせない!

 

 

 

 ガンッ!!

 

 ミリアリアのバスターは、近くの廃墟となった手ごろなビルの上に、ライフルの砲身部を乗せた。

 そのほうが射撃が安定する。

 

 「ミリィ! すまん! 観測した速度から、凡その接触時刻を算出する!」

 「OK! トール、頂戴!」

 

 トールのディンから、手に入っただけの情報を転送してもらう。

 

 

 ――ギリギリ間に合う範囲で、計算が終わる。

 

 ――既に何秒たったろうか。 後はカンと経験で補うしかない。

 ミリアリアはカウントを開始する。

 

 

 

  5――ミリアリアは、唇を舐めた。喉がカラカラに乾いている。

 

 

  4――ライフルの先、まだイージスの姿は見えない。

 

  3――角度はこれで良いのか、というイメージが一瞬脳裏をよぎるが、”コレで良い”というシナプスがそれを上書きする。

 

  2――トリガーに指をかける。

 

  1――無心。

 

 

  0! ――見えた!

 

----------------------

 

 

 

 ズビュウウウウウウ!!

 

 

 

 バスターの超高インパルス長射程狙撃ライフルから、一直線に光が放たれる。

 

 それは限りない高速を以って、アスランのイージスに向かう。

 

 

 「チィイィ!?」

 

 ミリアリアには、イージスが光ったように見えた。

 (――やった!?)

 

 一瞬、仕留めたというイメージが脳を支配した、が。

  (木の葉……?)

 

 目に映ったのは、空をひらひらと舞い落ちる木の葉――ではなかった。

 それはイージスの機影。

 

 バスターの超高度収束ビームの余波に舞い上げられた、イージスの姿であった。

 イージスには、ビームは直撃しなかった。

 

 あまりに強いビームは、周囲の大気を灼熱のイオンに変える。

 それが、上空を舞うイージスを煽ったのであろう。

 

 イージスはその衝撃を消すため、あえてそのショックを機体全体で受け止めたのだ。

  

 (外した!?)

 

 ミリアリアの胸にガラスのトゲで突き刺したような痛みと、全身に冷たいものが走る。

 

 だが、彼女はその感触に耐えた。

 自然に操縦レバーが動いていた。

 

 

 

 バスターは連結したライフルを分解すると、直ぐに少し離れた物陰に隠れた。

 

 

 「!」

 

 息が苦しいと、ミリアリアは感じていた。

 呼吸が詰まりそうなほどの緊張。

 

 

 ――イージスは、バスターのライフルで受けた衝撃を和らげ、大きく上空を旋回した。

 

 (イージス!)

 

 

 ミリアリアはその挙動で、イージスが、自分の位置を察知したわけではないと感じた。

 (イメリア隊長のところへは――行かせない)

 

 もう、外さない。

 先ほどの狙撃で、ミリアリアは掴んでいた。

 イージスの”リズム”を。

 

 

 イージスは、大きくこちらを警戒して、旋回する。

 アークエンジェルのところへ戻るのか。

いや、まだこちらを探っている。

 (私を……探している?)

 と、ミリアリアは判断した。

 

 それならば……。

 

 ミリアリアとバスターは、再度銃口をイージスに合わせ始めた。

 

 

 

 (バスターちゃん……いくよ)

 

 

-----------------------------

 

 

 

 「――くっ! なんてパワーだ!」

 アスランは光線をギリギリで回避した、凄まじい緊張に、尿を少し漏らしていた。 

 無論、気にする余裕など無い。

 

 『アスラン! 無事か!』

 クルーゼの声が聞こえる。

 「はっ……い!」

 凄まじいGに意識を飛ばしそうになりながら、出来る限りの速度でアスランはイージスを旋回をさせる。

 

 『頼む! アスラン!』  

 

 クルーゼの必死の声が聞こえる。

 その声には、珍しく、熱がこもっている気がした。

 

 「――うぉおおおお!!」

 イージスは、再度、高度を落とし、敵基地方向へ加速する。

 

 

 

-----------------------------

 

 5。

 

 4。 

 

 3。

 

 2。

 

 1。 

 

 

 ――(撃つ)

 

 

 

 

 

 ズビュウウゥウウウウ!!

 

 バスターのライフルから、高出力のビームが真っ直ぐ発射され、イージスの予測コースへと――

 そう、最高速で、空に舞う、イージスをぴったり捉えるコースへ。

 

 

 

 「今だッ!」

 が、イージスは――。

 

 

 

 

 (え!?)

 ミリアリアには一瞬、何が起きたか分からなかった。

 

 ビームの予測コースに、イージスは居なかった。

 

 

 ただ、その少し手前で、先ほどと同じように――空中でバランスを崩して回転する――”人型”のイージスが。

 

 

 (人型!?)

 

 

 ミリアリアは察した。

 

 「変形したッ!?」

 

 変形したのだ。 こちらに撃たせやすい方向に飛んで。

 加速した状態からの強引な変形で、無理やり速度を変えて回避したのだ。

 

 

 ――と、いう事は。

 ミリアリアを、絶望が侵食する。

 

 

 「ミリィ!!」

 トールの声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 ズビュウウウ!! 

 ――廃墟を貫いて、ビーム砲が飛んできた。

 

 

 「ああっ!?」

 バスターの片腕に命中し、腕が吹き飛んだ。

 ビームが次々と自分に向かって放たれており、バックパックにも被弾した。

 

 しかし、こちらを狙っていたイージスは未だ眼前遥か遠く空を散っている。

 

 

 

 (――どこから! 支援戦闘機!?)

 

 自分を撃ったのは……戦闘機だった。

 アークエンジェルに搭載されていると報告のあった、スカイ・ディフェンサーであった。

 

 

 

 「堕ちろ!」

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーは、小口径ビーム砲を乱射した。

 イージスを狙って放たれたビームの射角から、こちらの位置を把握したのだ。

 

 

 (煙幕は……イージス発進を援護するためではなく、あの戦闘機の発進を隠し、別方向から私の位置を探る為に……最初から、イージスは囮!?)

 

 バスターは、バランスを崩し、尻を付いて、仰向けに市街地に倒れた。

 

 スカイ・ディフェンサーはその市街地に向けて、ビームを乱射した。

 瓦礫が、バスターを覆い尽くしていく。

 

 「ハイドロ消失……! 駆動パルス低下! なんでぇ!? イメリア教官!!」

 

 バスターは、その動作を停止した。

 

 

 

 

 「ミリアリアァア!!」

 トールのディンが、雪原から姿を現し、空に舞う。

 雪の中に隠れるように息を潜めていたのだ。

 

 「逃すか!」

 それを発見した、カナード・パルスのジン・タンクが背面に背負ったレールガンを発射した。

 「!?」

 ディンの脚部が吹き飛んだ。

 「チッ! こんなおもちゃじゃな」

 レールガンの精度の悪さに、カナードは舌打ちした。

 

 トールのディンは、足を失っても構わず、ミリアリアの元へと飛んだ。

 

 

 

------------------------

 

 バイカル資源基地周辺、イメリア部隊。

 「ミリアリアが、やられた!?」

 バスターの大破が報告され、イメリアが思わず声を上げた。

 「チィ! だからあのような女などに! 迎撃準備かかれ!」

 シャムス・コーザが部下たちに指示をだす。

 

 イメリアの部隊はザウートを中心とした、砲戦主体の部隊になっていた。

 基地に接近する敵勢力を砲撃で打ち落とす、最後の手段であった。

 

 「ご心配なく! イメリア隊長! 俺がロアノークへの借りと、見逃していただいた分はお返しする!」

 「コーザ……”俺”はやめなさい」

 「アッ……”私”が、やってみせます!」

 「来るわよ」

 

------------------------   

 

 「ミリアリアのバスターから戦闘不能のシグナル!?」

 北方の防衛ラインでも、キラ達の下に、バスター大破の報が届く。

 「ちっ、ミリィ……無事だと良いが、なんだか雲行きが怪しいな――ン?」

 

 ネオの、ジン・ハイマニューバの元へ、妙な反応があった。

 

 「おいおいおいおい! なんだこの数は! レーダー壊れてんじゃねえのか?」

 

 と、ネオの目には信じられないものが映った。

 ネオの近距離レーダーに、大型の熱反応が2つ。 そして、周囲に数十の”敵機”の反応が現れたのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 28 「散華」

 『今思えば、あんな事を何故言い出したのか分からないし、何故出来たのかもわからない。

  でも、あの後、イザークと一緒にメシが食えて、彼女とも、お茶が飲めた。

  生きているってことだった』

 

 

 

---------------------------

 

 「バスターを行動不能にしたか! よし! アークエンジェル、前進するぞ!」

 ブリッジのバルトフェルドがクルー全員に指示する。

 

 「艦長! 俺も出撃させてください!」

 と、そこにイザークも発言してきた。

 「イザーク……」

 「今は、少しでも火力の必要な状況である筈です!」

 アスランの身を挺した行動を目の当たりにし、彼もまた黙っていられなくなったのだろう。

 「わかった。 カナード・パルス特尉やラスティ・マッケンジー伍長の後部に追従! 援護を頼む!」

 

 

 ――さらに、そこへ。

 

 「艦長! 友軍の連絡機が接近! ゼルマン司令より伝言、我、秘策整エリ! ”ハンニバル級陸上戦艦バグラチオン”ト同級艦ニテ、北方ヨリ攻撃を開始スル!」

 「……そうか、秘密兵器というわけだ。 ――反撃開始だな!」

 

-----------------------

 

 数十の戦車や航空機から砲撃が開始された。

 「キラ! サイ! この数では、雪原にいたら囲まれる! 俺が引き付けるから、その間に撤退しろ!」

 「撤退ですか!?」

 「そんな! こんな敵に!?」

 

 ジンと、デュエルで応戦の構えをしていた二人は、ネオの命令に戸惑う。

 

 「アレが見えんのか! コイツら全部、アレが連れてきたんだ」

 ネオが、データをキラとサイの機体に送る。

 

 ――と。

 

 

 「なんだアレ! レセップス級より大きい!?」

 「地球軍の陸上戦艦なのか!?」

 戦車の大軍の後ろには、初めて見る巨大な陸上戦艦の姿があった。

 

 「――恐らくだが、鉱山内のシベ鉄にでも隠してんだろう。 奴ら、アレを見つけ出されないために、イメリア相手に、こそこそ追いかけっこしてたってわけだ!」

 

 

 追い討ちをかけるように、その後方より、更にもう一つ大型戦艦の姿があった。 これもハンニバル級陸上戦艦”ボナパルト”であった。

 

 

 「ぬおおおおお!!」

 ネオのジンは上空へと飛んだ。

 敵の火線を自身へと引きつけて、キラたちを逃がすためである。

 

 数発、敵のリニアガン・タンクの砲撃を被弾した。

 しかし、彼は雨のように放たれる敵の弾丸を回避した。

 

 「くそ! 足場さえ――!」

 一方、サイのデュエルも、何とか援護をしようとしたが、雪原に足を取られてしまっていた。

 デュエルは防衛任務と聞いて、砲戦迎撃に有利なアサルトシュラウドを装備しており、それが更に、足かせとなっていた。

 宇宙では、ブースターの増加から、機動力を向上させる事になるが、地上ではその超重量のため、極めて動作が鈍重になってしまう。

雪に足をとられて、思うように動く事すらままならなかった。

 

 「退くんだ! お前らを無駄死にさせるわけにはいかん!!」

 「サイ! 退こう! 体勢を立て直さなくちゃ」

 「チィッ!」

 

 北部の戦場、ロアノーク隊は退却を開始する。

 

----------------------------

 

 

 「ネオ・ロアノークが退いただとお!? チッ、所詮口だけの男だ!」

 ザウートに乗ったシャムス・コーザが言った。

 

 

 レナ・イメリアも共に居た。

 レナは通常のザウートではなく、ザウートの強化・発展型のバド・ザウートに乗り込んでいた。

 この機体にはある特殊な機能も追加されている。

 

 

 

 「――落ち着きなさい。 コーザ。 敵の接近に備えるのよ。 しかし、ナチュラルがあんなものを用意していたなんてね」

 新型の大型陸上戦艦の準備――それが奴らの目的だったのだ。

 あと少し、今しばらくの時間があれば、それを察知することは出来ただろう。

 

 アークエンジェルさえ、降りてこなければ。

 モーガンが死ぬ事もなく、アークエンジェルの対応に気を取られて付け入る隙を与える事もなかったろうに。

 レナは決断した。

 戦いはここだけで終わるのではない、と。

 

 「――総員! 基地は放棄します! 総員、退避なさい!」

 イメリアが基地の放棄を告げた。

 

 中にいたザフト兵たちが、続々とホバートラックや、輸送機に乗って撤退を始める。

 その中には、アウルやスティングの姿もある。

 

 

 「姐さん! 無事か」

 ネオたちが、基地周辺まで押し戻され、帰還する。

 道中、部下を助けようとしたのか、ネオの機体には無数の傷が出来てしまっていた。

 「ここは俺が引き受ける! 姐さんたちは!」

 ネオが、イメリアと、シャムスらザウート隊に告げる。

 

 「いえ――それには及ばないわ」

 「おい?」

 「私が、止めてみせる」

 「……わかった、だがそこまで気負うなよ? 北方の敵にはいい方法を知っている」

 「……任せるわ」

---------------

 

 「ラクス様! 危険ですよ!」

 外の様子が伺えるブリッジにラクスは来ていた。

 アスランは、遥か遠方の為、イージスの戦う様子は見えない。

 

 だが――。

 

 「アスランが勝ちますわ」

 ラクスは自信気に言った。

 「わたくしがついておりますもの」

 

---------------

 

 

 「イザーク! ……私」

 フレイが、通信で、ジン・タンクの中に居る、イザークに話しかけた。

 CICを離れ、ジン・タンクの予備パイロットとなったイザークの代わりに、決まった仕事のなかったフレイがその補充要因として入る事になったのだ。

 

 「心配するな。 お前を守ってみせる。 誰も死なせん!」

 「守るから、私の想いが!」

 「行って来る! ……イザーク・ジュール、ジン・タンク、出るぞ!!」

 

  イザークのジン・タンクも、アークエンジェルから発進される。

 

 

 

-----------------

 

 

 「サイ! 良いか! 俺に合わせろよ!」

 「ハイ!隊長!」

 バイカル湖の上に張られた氷の上に、ネオのジンと、サイのデュエルが残っている。

 

 向こうからは、戦車の大部隊と大型陸上戦艦が、氷上を駆けて来る。

 

 「キラ! オーバーガンを持って来い!」

 「ハイっ!」

 キラのジンが、基地から運ばれた装備の中から、ネオのジン・ハイマニューバ用に用意された大型ビームライフルを持ってきた。

 

 オーバーガンと呼ばれる、カードリッジ式のメガ・ビームライフルであった。

 試作段階ではあるが、弾数が三発までと限られる代わりに、極めて高い出力のビームが放てる代物であった。

 

 ブッピガン!

 金属音を立てて、ネオはオーバーガンを装備した。

 

 

 「おい、――あれネオの機体じゃ」

 独房から出され、避難を始めたアウルが、ネオたちの様子に気づく。

 「あの数を引き受けるのか!」

 無謀な――とスティングは思った。

 

 

 

 「狙うことはない。1、2、3……」

 「――今だッ! サイ!」

 「シュートォオオオオオ!!」

 サイのデュエルのビームライフルと、ネオのオーバーガンが同時に放たれる。

 

 バッシュウウ! 

 

 

 

 「っ! まさか!」

 スティングが叫ぶ。

 そういうことか、と。

 「えっ? ――なるほど!」

 先の集落での戦い、スティングは脱走兵のキサカに――氷の下にあった湖に落とされたのだ。

 つまり、ネオのやろうとしていることは……。

 

 

 

 バババババ!!

 ビームは敵陣ではなく、バイカル湖の氷に放たれた。

 水深、2kmに及ぼうとする世界最深度の湖に――。

 

 

 「リニアガンタンク部隊! 後退せよ!」

 戦艦”バグラチオン”にて指揮を執るゼルマンは、戦車隊をすぐさま止めた。

 

 一部ではあるが、バイカル湖の氷が大きく砕けて、大穴が空いた。

 コレで、敵は迂回をせざるを得ない。

 

 

 

 地上戦力が主である、敵部隊を暫くの間足止めすることは可能だろう。

 

 

 「やっぱ俺って不可能を可能にする男かな。 ――パクりだけど?」

 

 

------------------------

 

 

 大勢は決した。 敵軍の迎撃部隊は徐々に後退をはじめ、アークエンジェルも前進を始める。

 

  こうなってしまっては、超火力を誇る、アークエンジェルの艦砲の独壇場であった。

 

 アークエンジェルから、ゴッドフリート、バリアントが放たれる。

 

 アークエンジェルを迎撃に来たディンや、地上のトーチカ、迎撃火器を次々に撃破していく。

 

 「艦長! ピートリー級、2!」

 メイラムが、眼前に迫る敵の陸上戦艦――レセップス級よりは小さい、ピートリー級戦艦の接近を告げた。

 

 

 「ジン・タンク! 援護する! いけるか!」

 バルトフェルドは、敵陸上戦艦を迎え撃つため、ジン・タンクの面々に攻撃を命じた。

 「あいよ! こっちに任せてね!」

 ラスティが軽快に応える。

 「い、いけます!」

 イザークは初陣の緊張と恐怖に襲われながらも、はっきりとした声で答えた。

 「……」

 カナードは無言でうなずいた

 

 

 と、アークエンジェルから放たれるビームにあわせて、カナードのタンクがマズ突出した。

 

 

 背面のレールガンを掃射し、敵ピートリー級の砲門をピンポイントに狙い打っていく。

 神業である。

 

 「――さっすが特殊部隊」

 「すごい……」

 ラスティは感嘆の声を漏らし、イザークは絶句した。

 

 

 

 カナードは敵の攻撃が恐ろしく無いのか、ホバーを使って高速でグングン敵陣へと入って行った。

 

 「よし、俺らも行くよ! 付いてきてね、イザリン!!」

 と、ラスティもまた機体を加速させた。

 イザークもそれに負けじと、機体を必死に前に出す。

 「わ、わああああ!!」

 恐怖を晴らすため、イザークは絶叫した。

 

----------------------

 

 バスターを撃破したアスランは、その後もモビルアーマー形態で空を飛び、敵基地に接近しては退避する、ヒットアンドアウェイの要領で、攻撃を仕掛けていた。

 

 

 そこで待ち構えていたのは、基地防衛の最後の要――。

 

 アークエンジェル隊を待ち構えるべく編成された、レナ・イメリア直属のザウート隊であった。

 

 9隊のザウート――ザフトではモビルスーツを三体ずつの小隊を組んで戦うことが多い、3小隊の編成なのだろう。

 

 よく統率されたザウートの砲撃は、アスランにとっても脅威となった。

 

 

 「――ここは……俺の距離だ! あの時の戦闘機! 待ってたぜ!」

 近づいてくるイージスに向けて、シャムスのザウートが砲撃を放つ。

 「クッ!?」

 その、一機だけ飛びぬけて射線が恐ろしいザウートにアスランは気が付くと。

 

 「――!」

 先ほど、バスター相手に取った戦法をもう一度、試す事にした。

 

 ――空中で、人型に変形!

 

 

 「なにッ!?」

 イージスの姿が変わった事に、シャムスが一瞬驚く。

 空中で変形し、急激に速度を変えたため射線がズレ、ザウートに大きな隙が出来る。

 

 「うぉおお!」

 それを狙って、イージスがビームライフルを構える。

 

 

 「シャムス・コーザ、迂闊!」

 「イメリア隊長!?」

 レナの声に、我にかえったシャムスは、急ぎ回避行動を取った。

 「うわっ!?」

 ビームはザウートをそれて、地面に当たる。 

 爆風がザウートを煽った。 

 

 「すいません! 隊長!」

 「しっかりなさい――行くわよ! イージス! ”乱れ桜”と呼ばれた戦い方! 見せてあげるわ!」

 

 

----------------------

 

 

 ――乱れ桜。

 レナ・イメリアに付けられた異名である。 

 しかし、これは、敵から彼女に与えられた名前ではなく、友軍が彼女を評して付いた名前であった。

 

 

 戦場に舞い散る、花。

 シベリアをザウートで縦横砲撃した際に飛び散る、氷と炎の舞。

 

 それが、舞い散るサクラのように見えたのである。

 

 

 そして、肉親をナチュラルに殺された彼女の深い憎悪が生む、自身の命を問わない、肉を散らすような凄まじい気迫と戦い。

 

 

 もう一つの花は、彼女の機体自身から飛び散る残骸であった。

 

--------------------

 

 

 「ちょこまかと! ナチュラル風情が!」

 

 モビルスーツ形態のまま着地したイージスに、シャムスのザウートが、大型マシンガンを発射する。

 「――!」

 

 しかしアスランは追加された、A型装備の強化スラスターで空中へ舞い上がると、後退しながら、ビームライフルを放つ。

 

 (やはりだ、近づいてしまえば、それほど恐ろしい敵じゃない)

 アスランは思った。

 

 ザウートは、ザフトが初期に開発した火力支援用の機体であった。

 ジンと比較して汎用性に欠けるものの、安定した火力で、地上においては圧倒的な機動力を持つ、バクゥが現れるまで有効な戦力として使用されていた。

 

 しかし、それは地上の戦力が、戦車に限定した場合である。

 いつかは予想された、モビルスーツ同士の戦闘。

 ザウートの弱点と、バクゥが開発された理由は、そこであった。

 

 

 

 アスランは、シールドに取り付けられたビーム・ブーメランを投げる。

 「うわっ!?」

 ザウートの一体が、それに切り裂かれて爆散する。

 そして、そのまま弧を描いて別の一体へも――。

 

 「チィ!」

 しかし、その機体は、すんでのところでブーメランを回避する。

 が、

 「あっ!?」

 既に空中を進み、死角に入り込まれていたイージスから、ブーメランに気を取られていたところに、ビームライフルを放たれ、結局は撃破された。

 

 「く! くそぉおおおおお! よくも同胞を!!」

 シャムスは叫んだ。

 「破壊する……ただ破壊する……こんな行いをする貴様達を! この俺が駆逐する!」

 

 シャムスがイージスに飛び込んだ。

 「!」

 しかし、アスランは冷静に空中へと退避する。

 「ブースター!」

 しかし、シャムスは緊急移動用のブースターを点火させる――。

 

 「ザウートが空中戦!? ――しまった!」

 上空まで一気にジャンプしてきたザウートの予想外の行動に、アスランは羽交い絞めにされる。

 

 「うおおおおお!!」

 

 重量のあるザウートにそのまま押さえつけられ、アスランは地上へと落下する。

 

 

 「今です! 隊長!」

 シャムスが、イージスから離れる瞬間。

 「各機! てぇええ!!」

 「あっ!?」

 

 ドドドドドドォオオオ!

 

 「うわあああ!?」

 ザウート達が、一斉に火砲を放った。

 

 猛烈な爆発がイージスを襲った。

 

 

 「ハハハハハハ!! やったぞ! あのイージスを!! これが隊長の”桜”なんだよ!」

 

 シャムスは高笑いした。 しかし。

 

 

 「シャムス・コーザ! まだよ!」

 「――えっ!?」

 

 爆煙を割って、イージスが、飛び出てくる。

 「退きなさい! シャムス!!」

 レナが叫んだ。

 

 ズバアアアア!!

 

 「のがっ!!」

 完全に油断していた。

 シャムス・コーザのザウートは、なすすべなく、イージスのビーム・サーベルに肩の部分を裂かれていた。

 

 「バ、バカな! フェ、フェイズシフト装甲とはいえ……」

 アレだけの砲撃で急所に当たらず逃げ延びれるというのか。

 

 「く、ナチュラルなんぞに! 何という失態だ! 俺は! 万死に値する!」

 「反省は後! アレだけの攻撃を受ければ、流石に無傷という事は無いはず!!」

 

 レナの言うとおりであった。

 アスランの技量で、イージスは致命傷は避けたものの、フェイズ・シフト装甲にパワーの多くを吸われてしまっていた。

 

 バッテリー残量が既に、危険域である。

 

 

 (ザウートは残り7つ。 ――退くか?)

 

 大勢は決した。 一旦補給へと戻るべきか――。

 しかし、眼前に居るのはただの部隊ではない、そうやすやすと逃がしてくれるだろうか?

 

 と、アスランが思案していると、そこへ。

 「アスラン!」

 「イザーク!?」

 

 後方から聞きなれた声の通信が入る。

 イザーク・ジュールの乗るジン・タンクであった。

 

------------------------------

 

 北方の部隊は、ネオの奇策によって、後は僅かながらに追撃してくる戦闘機を迎撃するのみとなっていた。

 「隊長、できればミリアリアの援護を――!」

 サイが、徐々に後退しつつ、ネオに言った。

 撃破された仲間が心配でならないのだろう。

 「ああ、そうしたいが――何か、この感じ――ラウ・ル・クルーゼか!」

 「えっ!?」

 ネオが突然、敵のパイロットの名前を叫んだ。

 

 上空からは、クルーゼのスカイ・ディフェンサーが、ロアノーク隊に接近していた。

 

 「随分とくたびれているなネオ? 退却中か――それからデュエル、それに、あの、もう一つの妙な感じ、アスランのご友人も居るという事かね。 ――さて、どうするかな」

 

 「嫌な時に嫌な所にいる、クルーゼ!」

 

 もはや、ネオのジンも、サイとキラも、弾薬を撃ちつくしていた。

 

 「フ、まあ、万が一もある――今はまだ、やらせるわけには行かんからな!」

 

 クルーゼは、残るロアノーク隊に足止めを仕掛ける事にした。 

 

-----------------------------

 

「増援か……」

 イメリアは、駆けつけたジン・タンクのほうを眺めた。

 増援に駆けつけたのは三台。

 敵がイージス含め4。自分達のザウートが7。

 

 数の上ではまだ勝るものの、敵の増援が来た。 それはつまり後方から敵の支援が到着しつつあるという事である。

 

 「アークエンジェルが追いついてきたか! ここまでのようね!」

 レナは、引き際を察した。 しかし。

 「――嫌です!」

 「シャムス・コーザ!?」

 部下のシャムスが突然、それに異を唱えだした。

 

 「数多の失態! これで償わせていただく――」

 シャムスのザウートが、前に出る。

 「戦闘機やジンモドキなんかに! イージスだけは俺が仕留める!」

 

 先日に引き続き、今日の戦いでもまた、彼は失態を続けてしまった。

 なんとしても挽回したいという気持ちが、彼を前に進めてしまっていた。

 「イメリア隊長は撤退を! 自分たちもシャムスさんと彼奴ら迎撃します!」

 他の隊員たちも、それに感化され、前に出始める。

 

 

 「アナタたち! 退きなさい!  命令を!!」

 しかし、部下たちは自分を逃がそうと、前進を続ける。 

 

 (……半年のアカデミーでは、理性と理想の余る彼らを兵隊に出来ないというの!)

 レナはコクピットの中を叩いた。 

  

 

 

 

 「――ザコが!!」

 援軍に来た内、カナードのジン・タンクが、先ずザウートたちの火線に飛び込んだ。

 ジン・タンクの放つ、リニアガンが、ザウートたちに次々に命中していく。

 「さっすがあ! 俺もマユラちゃんにいいトコ見せないとね! な?イザーク?」

 そして、ラスティがその討ち漏らしに、マシンガンを浴びせていく。

 「言うなぁああああ!」

 イザークは、アークエンジェルの指示に忠実に、それを援護した。

 

 

 「……皆!」

 アスランも、機体を後退させながらも、格闘用のクローを展開し、エネルギーを温存しながら、隙を見てザウートに攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 「舐めんなよ! ナチュラルのおもちゃが!」

 と、カナードのジン・タンクの元へ、シャムスのザウートが向かう。

 ザウートの背から、大砲が発射される。

 「あ?」

 が、カナードのジンはいとも容易くその攻撃を回避した。

 「チッ」

 そして、面倒くさげに、カナードはマシンガンを放った。

 

 ズドオオオンン!

 

 「ぬあ!?」 

 シャムスの機体が激しく揺れた。

 (な、なんだ!? たった数発のマシンガンで!? なにが!?)

 

 ――カナードは狙い撃ったのだ。

 

 ザウートが背負う大砲の”砲口”を。

 そのため背中の弾薬が炸裂し、シャムスのザウートは誘爆から身を守る為に、オートの緊急動作に入った。

 体中の弾薬をパージするのである。

 

 一気に全身の武器を奪われて、シャムスはパニックに陥る。

 

 (な、なんだと! これでは戦えん!? ナチュラルなんかに! こんなこと)

 一気に、恐怖がシャムスを襲った。

 

 「ひ、ヒィイイイ!」

 

 「ハハ、消えろよ!」

 カナードがジン・タンクに積まれていたバズーカを取り出し、構える。

 装甲の厚いザウートでも、十分に吹き飛ばせるジン用のM68キャットゥス 500mm無反動砲である。

 

 

 「コーザッ!!」

 しかし、レナのバド・ザウートが、カナードとシャムスの間に割ってはいる。

 

 

 「隊長!?」

 

 ズオオオオン!!

 

 爆風が、レナのバド・ザウートを包んだ。

 

 

 「隊長機? 部下を守ったのか」

 バド・ザウートが、激しく爆発する――。

 

 「!?」

 しかし、カナードは、違和感に気が付いた。

 

 

 「ハァアアアアアアア!!」

 爆風の中から、細身のモビルスーツが現れる。

 

 その痩身からは、花弁のように、身に纏っていた装甲を散らしながら。

 

 

 「なんだと!?」

 カナードがジン・タンクを退かせようとしたが遅かった。

 ズバアアア!!

 

 その細身のモビルスーツが持っていた一対の双剣で、カナードのジン・タンクが切り裂かれる。

 

 「チョバムアーマーか何かか! ザウートの中に、別のモビルスーツを!」

 カナードのジン・タンクはそれ以上の戦闘は出来そうもなかった。

 やむを得ず彼は機体を引かせた。

 

---------------------------

 

 ――バド()・ザウート。

 元々は、ザウートに変わる汎用火力支援機を作ろうとして開発されたものであった。

 装備だけでなく、身にまとう各パーツを、鎧のように着せ替えることで、多種多様な戦況に対応できる様にする、というものであった。

 

 しかし結局は、ジンでその役割が十分に行われることがわかると、その開発は中止された。

 しかし、レナ・メイリアがこの機体の持つもう一つの特性に目を向けて、自身の専用機に試作機を幾つかもらいうけたのだ。

 

 バド・ザウートの素体は、ジンやシグーをベースに、重量のある装備を抱えて動けるように、トルクや運動性を強化されていた。

 追加パーツを脱ぎ捨てた状態では、かなりの身軽さを誇るのである。

 

 一つの機体で(一方通行ではあるが)その機体特性を大きく切り替える事が出来る。

 

 また、脱出の際、機体を軽く出来る事はサバイビリティも向上させられる。

 

 指揮官でありながら、逼迫したザフトにおいては、常に前線で戦わなければならない――そんな彼女にとっては最良の機体であった。

 

 そのザウートが、身にまとう装備を脱ぎ捨てる時、レナ・イメリアは、蕾が花開く瞬間を想像した。

 そのため彼女は、この機体に、自身の異名を載せて、バド・ザウートと名づけたのだ。

 

-----------------------------

 

 

 「カナード特尉がやられた!? イザーク下がれ!」

 ただの敵じゃない――ラスティが叫ぶが遅かった。

 

 「ハァアアア!!」

 レナのバド・ザウートの”素体”が――ラスティとイザークに向かう。

 

 「うわああ!」

 ラスティの機体が切り裂かれ、イザークのジンも頭が跳ね飛ばされ、2体は、その動きを止める。

 

 そして、再度、バド・ザウートが、イザークの機体へトドメを刺さんと接近する――。

 

 

 

 「うわあああああ!!」

 イザークが恐怖に叫ぶ。

 「――イザーク!!」

 前進してきたザウートを、あらかた退けたアスランが、それに気付いて、イザークの元へと飛ぶ。

 

 

 アスランは、バド・ザウートの前に立ちふさがると、敵の装備を見て、間合いを取った。

 敵は、剣しか持ってない。

 

 そして――。

 

 ピーーーと、パワーダウンのシグナルが、イージスのコクピットに鳴り響いた。

 

 途端、イージスのフェイズ・シフト装甲がその鮮やかな赤を失い、灰色に染まっていく。

 

 

 

 

 

 「――フ、アナタの花は散ったようね」

 

 ということは、バド・ザウートの持った重斬刀――本来は、急所意外、イージスに通用しない剣でも――刃が通る、という事になる。

 

 

 

 辺りには、動く機体は最早無かった。

 

 ザウート隊は、無念にもほぼ全滅。

 が、敵のジン・タンクたちも全て行動不能状態。

 

 アークエンジェルも、こちらに向かってはいるが、まだピートリ級の一つが粘っていて、此方を狙い撃てるだけの距離には入っていない。

 

 

 

 

 (――一騎打ちかしら? イージス)

 

 「た、隊長!」

 動けないシャムスが、通信でレナに声を掛けてきた。

 

 「シャムス・コーザ……あなた、弟に似てたわ。 負けん気で、でも誰よりも宇宙に出たがっていた――」

 その未来を、ナチュラルが閉ざしてしまった。

 ユニウス・セブンに撃ち込んだ核ミサイルで――。

 

 

 (だから、やられるわけには、いかないのよ――これ以上、ナチュラルなんかに――)

 

 

 

 数秒、時間がたった。 その緊張感。 まるで、それはサムライ同士の、居合いの戦いである。

 

 

 (侮りはしない。 ナチュラルといえど。 モビルスーツの戦いなのだから――悪いけれど、勝機はこちらにある)

 

 勝機とは、間合いである。

 

 イージスの装備は、最早手に取り付けてある格闘用クローのみ。 

 それに引き換え、バド・ザウートは長剣を二刀流にして装備していた。

 

 隙を、見逃さなければ、先ず、負ける事はない。

 

 

 

--------------------

 

 

 

 「――アスラン!」

 ジン・タンクの中で、イザークは呻いた。

 

 「くそ! 何も出来んのか? 折角出てきても、俺は――」

 何のためにここに来たのか?

 

 「くそ! ダメだ動かない。 マズいぞ! イージス、もうパワーが!」

 ラスティもまた、ジン・タンクの中で叫ぶ。 それが無線を通してイザークにも伝わってくる。

 

 

 

 (何か――あっ!?)

 

 と、イザークはコクピットの中にあるものを見つけた。

 歩兵用の携帯式防空ミサイルシステム(スティンガー)である。

 

 

---------------------

 

 

 (どうする……?)

 アスランはジリジリと間合いを詰めていた。

 

 (イザークとラスティを……守らなくては)

 体が、熱くなっていく。 あのモーガン・シュバリエを倒した時と同様に、凄まじい集中力がアスランの中に生まれてくる。

 

 アスランの中で、何かが、弾けた。

 

 

 

 (――!)

 アスランの、イージスが動いた。

 レナ・イメリアは、それを見逃さなかった。

 

 カァアアアアン!!

 

 イージスのクローを、レナが受け止める。

 (な!?)

 凄まじい速度であった。 レナのバド・ザウートはムリな体勢で、攻撃を受けたために、バランスを崩す――。

 

 「ヘアアアッーー!!」

 アスランもまた、その隙を見逃さなかった。

 

 「甘い!」

 が、レナは、ニ刀あるうちの一つの剣を地面に刺して杖のようにし、転倒を防ぎ――もう一方で再度振りかかったイージスのクローを退ける。

 

 

 カァアアアン!!

 

 「ッア!?」

 思わぬ反撃に今度はアスランのイージスが面食らってよろける。

 

 

 

 「――強かったわよ、あなた!」

 レナは、敬意を表した。 ナチュラルといえど、今まで戦ってきた敵の中で最強の相手であった。

 レナは、双剣を構えなおした。

 そして、その刃は、アスランのイージスに向かう――。

 

 

 

 

 しかし。

 

 

 「イケェエエええ!!」

 

 

 

 

 

 ――ドォバアアアア!

 

 

  「あ!?」

 爆発がした。

 剣を持った腕を撃たれて、バド・ザウートの動きが止まる。

 

 

 (バカなッ!? 動ける敵は――いない筈――!?)

 レナはあたりを索敵した――と。

 (敵の歩兵――子供!?)

 

 ジンタンクのコクピットハッチを開けて、此方にスティンガーを構える、イザークの姿を、レナは確かに見た。

 

 

 

 (――私はまだ侮って――ナチュラルと――敵はモビルスーツと思いこんで――!?)

 

 

 

 

 「トゥオオオオオオ!!」

 

 

 ズガァアアア!!

 

 「!?」

 アスランは、レナのバド・ザウートの胸に、クローを突き立てていた。

 

 

 

 「きゃああああああ!!」

 スパークが、コクピットを襲った。

 バッテリーと燃料が――それに引火する。

 

 

 

 

 グォオオオオンと、爆発を起こし、レナ・メイリアの機体は――散った。

 

 

-----------------------

 

 

 

 「イメリア!?」

 クルーゼに応戦している、ネオは、イメリアの死を感じた。

 そして、それは機体のシグナル・ロスト、という形で、正式に告げられる事になった。

 

 

 

 

 

 「きょ、教官……きょうかあん!」

 トールのディンに助けられたミリアリアは、バスターのコクピットの中、うめき声を上げた。

 トールは今すぐにでも、ミリアリアを抱きしめてやりたかった。

 

 

 

 

 

 「イザークやるじゃん!」

 「あ、ああ……やれたのか」

 爆発するバド・ザウートを見ながら、イザークはへたり込んだ。

 ラスティが彼を褒め称える。

 『助かった……イザーク』 

 イージスからも、アスランの声が届いた。

 「フ……フン」

 イザークはそれに応えられず、ただ鼻で笑うのみだった。

 ただ、彼は口元を嬉しそうに曲げていた。

 

 

 

 

 

 

 「くっそおおおお! なんという失態だ! こんな戦いでイメリア隊長を死なせてしまった!  ……私は……俺は……僕は!!」

 戦場から離脱しながら、シャムス・コーザは号泣した。

 自分を見出し、育ててくれた師匠とも呼べた上官を、失ってしまったのだ。

 

 

 

 

 コズミック・イラ71年 3月2日。 多くのザフト兵を育てた、”乱れ桜”。

 レナ・イメリア、戦死。 

 

 

 

 バイカル資源基地は、アークエンジェル隊とユーラシア連邦軍に突破され、

 いよいよシベリア戦線は、ザフトシベリア方面司令部があるミール・ヌイとリマン・メガロポリス基地を残すのみとなった。

 大脱出作戦(オペレーション・エクソダス)は、今、最終局面、決戦のときを迎えようとしていた――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 29 「父のつくった戦場」

-------------------------------

 

 『ただのイイヤツだと思っていた。 でも違う。

 ラスティが、あんな風に、俺も、皆も、同じ様に扱えて、タンクにだって乗ってしまうのは

 あの人と同じだからってことだ……!』

 

 

 

 

 

-------------------------------

 

 

 

 

 

 遠方に、廃墟となったドームポリスが見えた。

 

 「やっと、此処まで来たか」

 

 遅い朝焼けに照らされながら、

 アークエンジェルの艦橋で、一人それを見やるラスティは、そっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------

 

 薄暗い部屋で、地球連合の将校が受話器を取っている。

 

 「ええ、あなたの仰るとおり。 ……情報は諜報担当から、随時受け取っております」

 

 男は、受話器に耳を傾けながらも、モニターに映し出されたデータを確認する。

 

 「分かっておりますとも。 ブルーコスモスの信条は”青き正常なる世界”の為に、ですからな。 そのための”エコ”ですから。 ……ええ、この美しい自然を守る為に、コーディネイター達には大人しくなって貰わねば」

 

 将校は受話器を置く。

 「フフッ……流石は我らがエースの血か。 後はミール・ヌイのマリュー・ラミアスを残すのみ……」

 

 将校はシベリアの勢力図を画面に映し出して眺めた。

 そこには、ザフト・シベリア軍司令部を包囲する形で、大部隊が編成された事を示す図表が映されていた。

 

 

 

 

-------------------------------

 

 アークエンジェルはバイカル資源基地を、ゼルマンの指揮するユーラシア軍と合流、陥落せしめ、そのまま北東のザフト軍シベリア本部基地のある、ミール・ヌイを目指す事になった。

 

 

 と、その移動の最中のことであった。

 

 「電文で、アラスカから!?」

 待ちわびた知らせを、バルトフェルドはようやく受け取った――地上に降りてから、何の補給も指令も受けられなかった彼にしてみれば、ようやくやって来た天啓にも思えた。

 しかし、その内容はあまりに簡潔で、淡白な物であった。

 

 「貴艦は、ユーラシア連邦軍と共に、ミールヌイ攻撃作戦に加わり、これを突破。我らはユーラシア軍基地、ニェーボに合流し、リマンメガロポリス周辺基地の攻撃にあたる……」

 

 読み上げた内容に、コレだけか、とバルトフェルドは落胆した。

 

 

 「サザーランド少将、なにを考えている……?」

 

 サザーランド少将。 レイ・ユウキと並び、G計画を推進させた一人。

 コーディネイターへの過激な敵対思想を持つ人間ではあったが、リアリストであり、またバルトフェルドの様な前線の人間を徴用するといった、官僚主義の強い地球連合においては、有能な将の一人である。

 が、バルトフェルドには解せなかった。

 

 (確かに、このユーラシア戦線は重要な戦いだ。 だが……)

 ここまで、自分たちを、孤立させて戦わせているのは何故なのか。

 あまり考えたくない想像ばかりが、彼の頭に浮かんでくるのであった。

 

 

------------------------

 

 アークエンジェルのモビルスーツデッキ。

 「最初はそりゃ怖かったさ。 敵の剣がタンクのカメラを潰したときにはな……」

 フレイ相手に、得意げにイザークが語っている。

 

 フレイはその話を、複雑そうな様子で聞いているが、顔にはどこか、情がこもっている。

 「……フレイ?」

 「ううん? ま、良かったわよ無事で」

 「そんなに心配するな、俺は……」

 「……”匹夫(ひっぷ)の勇(ゆう)、一人に敵するものなり”って知ってる?」

 「ん、ん?」

 「東アジアのことわざ。 えと……アイシャ中尉に教えてもらったの。 無闇に戦いを求める愚か者の勇気は、一人の敵を相手にするのが精いっぱいって意味よ」

 「む、むう」

 イザークは思わず唸った。

 確かに、調子に乗りすぎているかもしれない。 だが、彼には嬉しかった。 戦える事が。

 それは――。

 (もう、アスランばかりには任せておけんさ。 俺にもやれることが出来たのだ)

 

 

 と、イザークはイージスの整備をしている筈のアスランの方を見た。

 (……ん?)

 アスランは何やらクルーゼ指導の下、ストレッチをしていた。

 

 

 

 「――先日の戦いで、意識を飛ばさなかったのは流石だがな。 この後の戦い、どうなるかは分からん」

 「ええ……正直、宇宙での生活が長かったから……毎日酷い筋肉痛ですよ」

 「だが、鍛えれば直ぐに慣れる。 コーディネイターは便利でいいな」

 

 かく言うクルーゼは何時の間に筋肉を鍛えているのだろうかと、アスランは思った。

 しかし、この人のことだ、きっと人に見せぬ努力をしているのだろう、と直ぐに思い直した。

 

 「俺もやります」

 「イザーク?」

 腹筋運動を行っているアスランの横へ、イザークが並んだ。

 「……それは結構だ。 では、また最初からやるか、アスラン」

 「はぁっ!?」 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それから、1時間後。

 クタクタになって、倒れこむ二人の姿があった。

 クルーゼが、張り合う二人を、とことん勝負させてみたのだ。

 

 (アスランもアスランだな、折れれば良いものを……)

 クルーゼには珍しく。 興が、わいたのだ。

 

 「勝ったぞ……! 一回ッ!!」

 「なんなんだよ……イザーク……ホラもう一回!」

 「くっ……くぅううう!!」

 ただでさえ、日ごろの雑務で疲れているアスランは、息も絶え絶えと言ったところであった。

 イザークが限界を迎えて倒れた。

 

 軍配はアスランに傾いた。

 しかし、

 

 「休んでいるヒマは無いぞ、アスラン。 今日は近接格闘の訓練をしてほしいと言っていただろう」

 「ええっ!?」

 「まあ、君が疲れているなら、いいが……」

 「クルーゼ大尉! それなら自分がッ!」

 倒れた筈のイザークが立ち上がって挙手した。

 

 「いや、なんでイザークが……」

 「私は構わんよ?」

 「そ、それなら、俺だって……!」

 よろよろと、アスランも立ち上がる。

 「……やるか、アスラン! こう見えても俺はコロニー格闘術を」

 二人が、ファィティングポーズをとってにらみ合う。

 

 と、そこへ、珍客が現れた。

 「あらあら? コロニー格闘術ですか?」

 「ちょっと、ダメですよ! ミーアさん!」

 ミーアが、ふらりと、ドックへ現れた。

 ニコルが、それを後ろから追いかけてきていた。

 

 「おいおい……お嬢さん。 此処には我々の秘密兵器があるのだ……お見せするわけにはいきませんな」

 「まあ、申し訳ございません。 この子がアスランに会いたがっていたもので」

 と、ミーアは掌に、ピンクのボールの様なものを取り出した。

 ハロだ。

 「ハロハロ!」

 すると、ニコルのハロも飛び出てきて、ピンクと緑のハロが2体で転がりまわる。

 「ハロハロ!」 

 「ハロォオ!」

 

 

 「ム……」

 クルーゼの周りをコロコロと転がる。

 

 「お二人でにらみ合って、ケンカは良くありませんわ?」

 クルーゼがハロに気を取られている隙に、ミーアは、なぜか構え合っているイザークとアスランに声を掛けた。

 

 「いえ、これは……」 

 子供っぽい所を、ミーアに見られてしまったので、アスランは赤面した。

 「ち、違います、これは組み手を」

 イザークが弁明する。

 

 「まあ! それは良いですわ。 私も父から武道をならっておりますの、今度手合わせしてくださいな」

 「ええ……ええ!?」

 

 

 

 

-------------------------

 

 

 「ミリィは?」

 「大丈夫だとは思うけど。 まだ、少し独りにしてやろうぜ」

 トールとサイが、基地の廊下を歩きながら話している。

 

 先日、バイカル湖の戦いで敗北を喫した彼らは、幾つかの拠点を中継しながら、司令部のあるミール・ヌイまで退却していた。

 「イメリア教官……あの人まで失ってしまうなんて……」

 

 いよいよ以って、敵軍のイージスへの恐怖が、サイ達にも芽生え始めていた。

 自分たちは同等の性能を持つ機体に乗っている筈であるのに、あの異常な戦闘能力。

 

 あの機体のパイロットは果たして本当にナチュラルなのか。

 サイは、その正体を知ってはいた。 知ってはいたが、キラの旧友とは、一体どんな人物なのか。

 ――同じ、コーディネイターといえども、ミリアリアの狙撃を自分は回避できるだろうか。

 

 (キラ……)

 その敵と唯一渡り合ったのが、その敵の友であるキラとは何と言う皮肉なのか。

 

 

 「そういえば。 変な噂があるよな? あのイージス、パイロットはディノ委員長の死んだ筈の息子だって」

 「……まさか、違うよ」

 「……? なんか知ってるの?」

 あまりにきっぱりと否定するサイに、トールは思わず尋ねた。

 「いや、地球軍にもコーディネイターはいるかもしれないけどさ。 そんな流言に巻かれてる場合じゃないでしょ」

 「ま、そりゃわかってるけどさ……」

 「もう直ぐ、地球連合がこの基地目掛けて攻撃してくる筈だ。 でも俺たちも、恐らくはパナマへ侵攻作戦を控えている。 今は、何としてもここを守ろう」

 

 サイは、トールの肩を叩いた。 

 不安をぬぐい、決意を新たにしようとして。

 

 

 「こりゃ、お前たち! そんな辛気臭い顔してんじゃないのよ!」

 と、そんな二人に更に声を掛けてくるものがいた。

 

 「チャンドラさん!」

 「お久しぶりです!」

 基地司令部つきの、ダリダ・ローラハ・チャンドラであった。

 ネオ・ロアノークとも交友があるザフトの隊長クラスの兵士で、今はマリュー・ラミアス直属の部下であった。

 電子戦のスペシャリストで、現在ではナチュラル側でも利用されている、Nジャマー下でも利用可能な短距離センサーなどを開発した技術者でもある。

 

 「君たちは確か、サイ・アビゴル君と、トール・ギス君だよな? ボルジャーノ隊の?」

 「違います」

 「ロアノーク隊くらい覚えてくださいよ」

 

 そして、名前を覚えない事で、有名な人物でもあった。

 

 「いや、ネオまでは覚えてんのよ、ネオまではね! あっはっは!!」

 

 

 

--------------------------

 

 

 「援軍は……望めないという事でしょうか?」 

 「すまんな、ラミアス……私も手を尽くしてみたのだが」

 「いえ、ハルバートン閣下」

 ミール・ヌイの司令室。 

 マリュー・ラミアスが、ジェネシス衛星を介して本国へ連絡を取っていた。

 

 「……しかし、シベリア包囲網を突破されるということは、ザフトの地上侵攻作戦の停止を意味する。地上での資源の供給がストップし、地球の二大勢力が、また連携する事になるのだからな」

 「それだけ、ディノ委員長が、”オペレーション・スピットブレイク”に絶対の自信を持っているということでは?」

 マリューが、かねてから噂されていた大規模作戦の名称を口にした。

 

 ――オペレーション・スピットブレイク。

 スピット、すなわち串とビリヤード用語のブレイクの意味。

 つまり、地球をビリヤードの球に見立て、その地球に串を突き立てて息の根を止めるという意味の作戦である。

 

 (それにしても、地球軍の勢力がここまでとは……まるで此方の動きが読まれているみたい。 ううん……でも、それにしては、何か違和感が)

 「……しかし、スピット・ブレイクは、確かに戦争の早期終結の為のものではあるが、それだけで勝てるというものでもない。 すまんが、ラミアス。 君には何としてもシベリア包囲網は死守してもらいたい」

 

 「ハッ!」

 マリューはザフト式の最敬礼をハルバートンに行った。

 

 (――もしかして、シベリアは用済みなのかもしれない……では、何故、撤退を申し渡されないのか? 盟友のハルバートン副委員長にまでその意を告げないで……)

 

 「私は、できることをするしかないわね」

 

 マリューは行うべき執務を片付けると、司令室を後にした。

 

 

 

----------------------------

 

 

 

 

 「――ハルバートンめ、こそこそと嗅ぎまわっている様だな」

 「ええ、ですが、最重要のセキュリティをかけております。 ハルバートン閣下が本気で此方を疑ったとしても、真のスピットブレイクの内容までは伝わらないでしょう」

 「フン……ウズミほどではないにせよ、あの男もプラントの完勝を信じてはいない。 が、この作戦が成功した暁には、最早ナチュラルなぞに、我々止める事など出来んようになる」

 国防委員長室――アズラエルと、パトリックがまたも密談を行っていた。

 「シベリアでは、最後の防衛作戦が敷かれております。 ま、ラミアス司令さんの事です。 それなりの結果は出してくれるでしょう」

 「……フム」

 「あの船と、イージスだけは、何としても落としてもらいたいモノですね」

 「……」

 パトリックが、鋭い視線でアズラエルを見た。

 「おっと、すいません、元はといえば、ボクが大気圏で仕留めていれば済んでいた話です。 閣下のご友人が犠牲になる事もなかったのに……」

 アズラエルが芝居が掛かった口調で言う。

 「――ですが、それでもシュバリエ隊長の尊い犠牲は無駄ではなかった……ご安心ください。 既に事は成しております。 ”計画”に必要なだけのレアメタルは手元へ」

 アズラエルが、手書きの紙媒体の資料を、パトリックに渡した。

 ――現在においても、それが最も情報の流出を防げるものである。

 「フェイズ・シフト装甲に必要な分は確保か……」

 

 パトリックは、口元を押さえた。

 

 事は進んでいる。 自分の思った方向へと。

 そして、世界の運命も、同じ方向へと進んでいるのだ。

 パトリックはそう信じた。

 

 コーディネイターによる創世の歴史が、始まると信じていた。

 

 その為には、何者を犠牲にしても構わない。 そう、何者も。

 

 

 

------------------------

 

 

 (サイに引き続いてミリアリアも……それだけじゃない、シュバリエ隊長やイメリア教官、ザフトの英雄と呼ばれた人たちが、アスランに……)

 深夜、基地は既に暗闇に包まれている。

 

 キラはこっそり、自室を抜け出し、防寒服を着て、星の見える基地の外壁へと出た。

 ドームポリスと同じく、防雪用のクリスタルミラーが備え付けられてはいるが、気温は僅かに零度を下回っていた。

 

 吐く息が、白い。

 

 キラは、周囲をぐるりと見回した。

 あたりに人はおらず、基地周辺の状況が見渡せた。

 

 広大な施設に、見事な要塞が建造されている。

 これが半年足らずで作られたものだと、誰が思うだろうか。

 

 

 ――基地は、元よりここにあった採掘施設や空港を流用して作られ、プラント誇る短期建築技術を用いてあっという間に建造された。

 宇宙から、ある程度組み立てられた建物を地上に落とし、それをモビルスーツなどを使って建造するというなんとも豪快な方法であった。

 

 この基地の司令である、マリュー・ラミアスのアイデアが多分に採用されているという。

 

 しかし、そんな方法とは裏腹に基地の防衛は堅牢であった。

 ザフトの優秀な頭脳を持つ技術者たちが、Nジャマー降下前に採取したデータを下に、綿密な建造計画を立て、それに合わせて部品を建造しているのである。

 

 設計図どおりに組み立てられた要塞は、地球軍――ナチュラルが十年以上かけて作った基地を上回る防御、迎撃性能を備えていた。

 

 幾重にもわたる防衛網、シベリア鉄道を改造して作られた輸送設備。

 ダイアモンド採掘跡に作られたモビルスーツ発信基地。

 

 しかし、周囲には、既に住民が退去しているものの――鉱山街として栄えた頃の街並みがそのまま残っていた。

 

 仄かに、基地の明かりに街並みが照らされている。

 そして、それに重なる星が美しい。

 オーロラも見える。

 

 

 (アスラン……)

 

 キラは空を見上げた。

 月が見えた。

 

 

 キラは星と、何より月が見たかった。

 あそこにいたときが、一番楽しかったから。

 

 

 

 

 と、

 「――!」

 「そこで何をしている」

 突如、背中から声を掛けられた。

 

 (あっ……!?)

 しまったと、キラは思った。

 

 ザフトは義勇軍である為、一般的な地球の軍隊に比較すると、ある程度の自由が許されている。

 作戦活動の妨げにならない程度の夜間の外出、娯楽施設の利用などが可能であった。

 

 しかし、ここ、ミールヌイ基地に於いてはこの方面の中枢司令部のある施設を含んでいる。

 就寝時間を過ぎてからの自室への外出は、些細なものも含めて処罰の対象となった。

 

 

 しかし、自分が後ろを取られるとは……初めてだ、とキラは振り返る。

 キラはカンがいいほうだと自分では思っていた。

 戦闘でも、訓練でも、敵の気配を察するのが上手かった。

 それゆえに、トールに誘われて、軍律違反に障るような事をしても、ばれる事は無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「ネオの部下だけあるわね。 夜遊びだなんて」

 ――そんな自分を捉えたのは――マリュー・ラミアス司令だった。

 

 

 

 「司令……!?」

 「静かに、いいわよ、見逃しておいてあげる。 それに、ここ、人はこれ以上来ないから、安心しなさい」

 「?」

 「職権乱用なのよ? 誰にも来ないように、司令権限でね」

 

 マリューは傍らから酒瓶を出した。

 

 「えっ……?」

 「司令というのも疲れるものでね。 でも、こんなところじゃないと、飲めないのよ」

 「……あの自室では?」

 マリューの突拍子の無い行動に、思わず呆れてしまったキラは、口から問いを零してしまった。

 「――一人で飲んでも面白くないでしょう? せめて、星を見ようと思って」 

 

 マリューは、星を眺めると、酒を飲み始めた。

 それは、彼女の体の中の何かを洗い流そうとしているような、そんな動作にキラは見えた。

 

 (ロアノーク隊長と親しいと聞いたけど、何故、この人は、ザフトの司令なんてしているのだろう)

 キラはマリューの顔をまじまじと見詰めてしまった。

 

 「なぜ……司令はザフトへ?」

 「え?」

 マリュー・ラミアスが不思議そうな顔をして、キラを見た。

 

 今なら、聞いてもよい気がした――不躾な質問ではある。 しかし、それでもそんな質問をしてしまった。

 キラは聞きたかった。

 一番の友が、敵になっている……。

 目の前にいる女性は、明らかに戦争に向いていないのだ。

 その彼女が戦っている理由を聞けば、”それ”に対する自分なり答えが見つかるような気がしたからだった。 

 

 「ああ、いえ」

 キラが、流石に失礼かと思い、そこを離れようとした。

 「――そうね。 勿論、地球軍の横暴を許せなかったというのはあるわ」

 「あっ……」

 そんな、キラを引き止めるように、マリューは話し始めた。

 

 「でも、一番の理由は、私たちコーディネイターが生まれた意義……私たちは人類という種を前に進める為に生まれてきたと思うの」

 

 遺伝子を改良されて生まれてきた自分たち。

 

 それは、何のためであったか――細かく言えば、コーディネイター個人個人によって違うだろう。 

 だが、その原点は人類のより良き発展の為ではなかったか。

 

 

 たとえ、親の見栄やエゴの為でも。

 何かを為して欲しいという理想の為に生まれてきたとしても。

 子に夢を持たせてあげたいという祈りの結果に生を受けたのだとしても。

 

 そこに共通するのは、発展というものへの希望ではないだろうか。

 

 「戦争というのは大きな、途方も無い破壊だわ。 でも、過去の歴史上、戦争は技術の発展や文化、歴史の構築に貢献してきた部分もあるの」

 それが正しい事とは思わないけど……とマリューは述べた上で、

 「戦いが避けられないなら、せめて、この戦いが終わった後、少しでもそうした発展に寄与する事が出来れば、と思ったのよ」

 

 マリューは、少し哀しそうな顔で、そう述べた。

 

 「ボクも……それは正しい事かと思います。 戦う事が、善とは思わないけど」

 「でも……」  

 と、マリューは、自分の意見を自ら否定するようなそぶりを見せた。

 

 「戦いが生むのは、何度も歴史が繰り返すとおり、死と憎しみなのだわ」

 それは、如何なる戦争が齎す発展をも打ち消す、哀しみなのだ。

 マリューはそう言いたかったのかもしれない。

 

 思えば、コーディネイターというのも、既存の倫理を破壊する事で生まれてきているのだ。

 遺伝子を書き換え、宇宙に出でて、人類という種の夢を実現しようとしている――しかし、そんな自分たちですらも、結局は、破壊と憎悪を増やすことしか出来ないのではないか。

 

 

 そんな、哀しみが、彼女を星の下につれて来ているのだ。

 

 「キラ・ヤマト、貴方は第一世代のコーディネイターだったわね?」

 「ええ……」

 「貴方のご両親は、なにを願って、貴方をコーディネイターにしたのかしらね……」

 

 キラも、星空を仰いだ。

 

 自分は、どのような願いを受けたのか。 

 死んだ両親は、教えてくれては無かった。

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 「スウェン、久しぶりだな」

 「シャムスか! ……その傷は」

 「俺は、たいしたことは無い、カスリ傷だ! ……俺よりミューディーの方が酷かったが、もう直ぐ戦線復帰が出来そうだ」

 「そうか……」

 

 キラとマリューが語らった、翌日。

 

 ミール・ヌイ基地に、リマン・メガロポリス方面から、対アークエンジェルへの攻撃部隊が到着した。

 

 ――ザフトのエースパイロットの一人、”切り裂きエド”を隊長とした、ハレルソン部隊である。

 

 スウェン・カル・バヤンも、その一人であり、シャムスやミューディとはザフトに入る前からの旧知であった。

 

 「木星船団から帰ってきた時、出迎えずに行けず、悪かったな」

 「戦時下だ。 まあ、さびしかったがな」

 「ハハッ……木星はどうだった?」

 「――俺はヘリウムとアンモニアの採取がメインだったな」

 「燃料と窒素化合物の摂取ってわけか。 臭そうな仕事だな?」

 「実際、臭かったぞ」

 「ハハッ、マジかよ」

 

 シャムスは旧友との久しぶりの再会に、笑顔を浮かべた。

 

 「……ガニメデで、エビデンスの兄弟でも見つかるかと思ったが、水だけだったな」

 「その話は後で聞くさ……ところで」

 シャムスは急に表情を改めた。

 「敵の……イージスの話か」

 スウェンも、顔を険しくする。

 「ああ……お前には、直に話しておきたくてな」

 「わかった……ミューディーからも聞きたい、行こう」

 

 二人は、彼女が眠る病室へと足を進めた。

 

 

 

 

----------------------------

 

 

「――ふぅ~、しっかし、シベリアか……折角地球にいるんだから、できりゃ、オヤジたちの故郷の南米の方に行きたかったぜ」

 貨物機から降りた、褐色にドレッドが掛かったロングヘアーの男――エドワード・ハレルソンが大きく背伸びをした。

 

 「そりゃ、良いねぇ。 水着の子猫ちゃんに会えそうだしな」

 「その声は……よう、ネオ!」 

 ネオ・ロアノークがそれを迎える。

 拳と拳をつき合わせて、二人は互いで応える。

 「お久しぶり」

 「地球に降りてきて、基地勤務になったら、また急な転属だろう? 司令の姉ちゃんとはもうヤったか?」

 「この要塞くらい、ガードが固くてさ」

 「ハハッ、そりゃ残念だったな」

  

 

 エドワード・ハレルソン。

 ”切り裂きエド”の異名を持つザフトのエース・パイロット。

 陽気な彼に似合わぬ、その物騒な二つ名は、彼がモビルスーツにおける近接戦闘のスペシャリストであることから付いた。

 

 

 

 物資の不足しがちなザフトでは――圧倒的な物量を持つ、地球軍に、一対多の包囲戦を仕掛けられる事が多々あった。

 

 ザフト側は、モビルスーツという、強力な戦力でそれに対抗したが、やはり、物量の差を覆す事は難しく、

 弾丸が尽き、エネルギーが切れてしまえば、後は数の差で追い込まれる、といった場面が多くあった。

 

 しかし、エドは、そういった戦闘に於いても、ジンのもつ近接戦闘用のサーベルを駆使し、弾丸が尽きて尚、地球軍を圧倒した。

 ――そうした戦闘を経たとき、彼の機体は、敵軍のマシンオイルで、まるで返り血を浴びたように赤く染まっていたという。

 

 それが、彼の異名の由来である。

 

 

 「……イメリアの姐さんや、あのシュバリエのダンナが死んだんだって?」

 「ああ……」

 「信じられんな……」

 

 二人とも、エドにとっては盟友であった。

 イメリアは友に轡を並べた仲間として、モーガンは軍人としての先達として……。

 

 

 その二人は、もう居ないのだ。

 「……アンタと二人なら、敵だって取れるさ」

 「ああ……妙な噂もある敵だ。 一筋縄じゃいかないだろう。 ――だから、ネオ、面白い機体を持ってきたんだ。 コイツで、イージスを仕留めて見せるぜ」

 

 二人はそのまま、モビルスーツデッキへと向かい始めた。

 

 「……ディンといえば、一時期は紫電(ライトニング)の代名詞だったがな」

 「ほう? ディンを使うのか?」

 

 ザフトの誇る、可翔型モビルスーツ、ディン。

 徹底的に軽量化されたボディに、簡易変形機能を持つことで、地球上での飛行を可能としたモビルスーツである。

 初期の降下作戦においては、ネオロアノークが、オペレーション・ウロボロスの幾つかの作戦で使用し、戦果を挙げた。

 それゆえ、ディンの機体は、今でも彼のパーソナルカラーである、紫が、標準的な塗装となっていた。

 

 「今回は、俺用に染めてきた」

 エドは、ニヤリと笑った。

 

 ――モビルスーツ・デッキには真紅に染まった、彼のディンがあった。

 

 

-----------------------

 

  

 「この先の廃棄された”ウッブス”で一時休息、そこからは恐らくシベリア包囲網における、最後の戦いになるだろう」

 ゼルマンが、ハンニバル級戦艦、”バグラチオン”の艦長室で、バルトフェルドとクルーゼを迎えていた。

 周囲には、”ボナパルト”の艦長や、主だった士官たちも集まっている。

 

 

 「ミール・ヌイには、彼奴らの作った”仮設要塞”がある――あなた方のあの船でも、突破は困難でしょう。 だがようやく――此処まで準備することが出来た」

 ゼルマンは二人に敬礼した。

 「感謝しますぞ、バルトフェルド少佐、クルーゼ大尉……これで、これでようやく、あの宇宙のバケモノどもを、このシベリアの地から追い出すことが出来る――」

 

 そのゼルマンの物言いに、バルトフェルドは表情を変えそうになった。

 

 それを成し遂げられたのは、彼の言う”バケモノ”の一人――友達を見捨てられない、真っ直ぐな少年のお陰なのだが。

 

 

 

 

 

----------------------

 

 

 廃棄されたドーム・ポリス、ウッブスに、身を隠すようにして、ユーラシア連合軍が続々と集結していた。

 

 

 北東にミール・ヌイ要塞を挑み、この廃墟はさながら前線基地となっていた。

 

 

 人が住んでいたウルグスクやガン・ガランと違い、ウッブスは完全な廃墟であった。

 その様子も、ゴーストタウンどころか、最早瓦礫と言った方がいい、酷いモノであった。

 

 

 「ウッブスは、あのゼルマン司令が惨敗した場所でもあるんだ」

 故障したジン・タンクのパーツを寄せ集め、修理するアスランとラスティと、それを手伝うイザーク。

 

 「……なんだか、えらく寂しいところだな」

 イザークが呟いた。

 「そりゃ、そうっしょ……ココ、Nジャマーで、一番最初に万単位の死人、出したところだもん」

 「えっ……?」

 

 

 それきり、ラスティは黙って作業をした。

 今日のラスティはいつに無く寡黙だった。

 

 アスランも、それ以上は深く尋ねずに、作業に没頭した。

 損傷の著しいカナード機は完全に分解し、イザークとラスティの機体にパーツを回す事となった。

 特殊部隊であり、戦闘力が並外れて高いカナードには、別のユーラシアの新兵器が回されるのだという。

 

(ライトニングの部隊のモビルスーツ、バスターもいた……)

 作業しながら、アスランは、先日の戦いを思い出していた。

 (キラ……生きているのか……また、出てきたら戦わなくちゃならないのか……?)

 バスターのみならず、クルーゼの報告から、ロアノーク隊がシベリア戦線に合流しているという事もわかっていた。

 キラ、大気圏に突入し、もし自分と同じく、ストライクが無事だったら――。

 

 

 「――アスランさ、他のユーラシアの連中には気をつけろよ」

 「え?」

 と、修理と考え事に夢中でいたアスランに、ラスティが言った。

 「どういうことだよ」

 「なんでも、だよ? 特にウッブスではネ?」

 

 

 

 

 

 そのラスティの忠告は、直ぐに、アスランやイザークにも分かるところになった。

 ――バグラチオンに出航していたクルーゼに、アスランが呼ばれた時だ。

 

 

 「バケモノが!」

 「――!?」

 

 見知らぬ、ユーラシアの兵士から、塗料の様なものを、投げつけられた。

 防寒の為に着ていたノーマル・スーツの半身を汚すだけでアスランは済んだ。

 

 

 「お前――!」

 イザークが、塗料を投げつけた相手に向かって叫ぶ。

 が、相手は、数多いるユーラシアの兵士に紛れてしまい、見つけることは出来なかった。

 そう、シベリア中から集結した、大勢のユーラシア軍兵士の中に――。

 

 「――!」

 

 思わずその方向を見たときに、アスランは気付く。

 

 兵士達は皆、一様に、アスランを見ていた。

 先ほど塗料を投げつけた兵士と同じ目で。

 

 恐怖、畏怖――。

 

 

 アスランは、居た堪れなくなった。

 

 

 「相手にするな、アスラン」

 イザークがアスランの肩を抑える。

 「いいさ――わかってる」

 そう言いながらも、アスランは震える手を押さえた。

 

 

 

---------------------------

 

 

 

 アスランは、クルーゼに頼まれた用事をこなし、ジン・タンクの修理を終えると、

 兵士たちから逃れるように、ウッブスの構内に足を踏み入れた。

 

 

 「おい! アスラン! どこへ――!」

 ドームポリスの瓦礫の中へ歩いているアスランを、イザークが追いかける。

 

 

 「おいおい――俺の忠告を聞いてなかった? まぁ、その様子じゃわかってる、かな?」

 ラスティが、そんなアスランに気が付いていたのか、先回りして待ち構えていた。

 

 ラスティはアスランのノーマル・スーツを見やった。

 ノーマルスーツにべったりとした、蒼い塗料が付着している。

 ラスティは布切れで、それを拭いてやった。

 

 ノーマルスーツは宇宙服である。 

 有害な物質や放射性物質も付着しないようになっているのだ。 

 布でふき取れば、塗料も簡単におちた。

 

 「ブラッドブルー……」

 アスランが呟いた。

 「――知ってるんだ?」

 

 

 アスランに蒼い塗料を投げつけたのは、コーディネイターは青い血をしている。

 そういう揶揄である。

 地上をブルーコスモスの色に染める。

 そんな意味もこもっていると言う。

 

 反コーディネイターの人間が、デモの際によく行う行動であった。

 「……アスランさ? 俺前に、なんで、地球軍なのって聞いたよね?」

 「――ああ」

 アスランはうなずいた。

 以前、ラスティは唐突にアスランがどうしてアークエンジェルでパイロットをやっているのか聞いてきた事がある。

 

 

 「……こういう光景を、見てるからなんだよ」

 

 ラスティは、アスランを手招きした。

 

 

 市街地の更に奥――瓦礫の山を避けるようにしてアスランとイザークはラスティを追った。 すると、ドームの天井に大穴が空いた箇所があった。

 

 

 

 

 

 

 

 「――これは!?」

 「ウッ……!?」

 天井の大穴から差し込んだ冷気と雪が積もり、白くなった街。

 そして、それでも隠しきれない、激しい戦火の爪あと、灰で染まった街並み。

 

 さらに――。

 

 

 

 

 (人――?)

 

 

 

 氷の中、雪原の中、乾燥しミイラのようになった、人々の姿だった。

 白骨化しているものもある。 

 しかし、その数は、あまりにも多い――この街で死んだ人々がそのままになっているかのような――視線の先に遺骸が無い所は無かった。

 

 

 「なぜ……死体をこんなに放って置くんだ!?」

 「ムリッしょ? こんな凍土の中さ、全部片付けるなんて」

 ラスティが、ケタケタと笑いながら言った。

 「しかしッ……!」

 イザークが、あまりにむごたらしい様子に叫ぶ。

 

 「ザフトはなんで、こんな事が出来る……!」

 

 イザークの声に、アスランはハッとする。

 その瞬間、アスランの脳裏に様々な光景がフラッシュバックした。

 

 

 

 ココとよく似た光景――ユニウスセブンの残骸だ。

 ミイラの様になってしまったカリダ――キラの母親の死体。 

 

 「ウッ……」

 強い吐き気を覚えて、アスランは地面に蹲る。

 「大丈夫か!? アスラン……」

 「……俺は……」

 

 うずくまるアスラン。

 地面の氷砂を、握り締めて、歯噛みする。

 

 「ザフトはさぁ? まあここでドンパチもしたけど、やったことといえば、核の報復にNジャマーを撃ち込んだダケだったからネ」

 

 

 アスランはキサカの事を思い出していた。 

 彼もきっと、こういう光景を目にしていたから、ザフトを脱走したのだろう。

 

 「直接手を汚してするわけじゃないから、こうもできるんだろうね?」

 (――!)

 

 やったのは、ザフトだ。

 父だ。

 

 

 「例えそうだとしても、この結果が人間のやったことなのか……コーディネイターが」

 イザークが呟く。 

 

 

 ”人間のやること”か――。

 先ほど、アスランに付けられた、『ブラッド・ブルー』。

 

 それは、コーディネイターの人間性の否定である。

 アスランは思い返す、前にも以前、その話をした。

 あれは、初めてモビルスーツで実戦を迎えた日――。

 

 

 (なあヴェイア――どうして機体を赤く塗るんだ?)

 (ボクはね、アレックス――自分の血が赤いってことを証明したいんだ――)

 

 

 

 

 様々な過去の光景の残像が、アスランから力を奪い、立ち上がれなくしていた。

 

 しかし、

 

 「見たか? なあ?」

 「……ラスティ?」

 「見ろよ、見てくれよ」

 

 ラスティはアスランの肩を支えて、無理やり立たせた。

 「お袋が、この街で死んだ。 ……その時もオヤジは来なかった。 お袋の顔は、凍傷で酷いことになってた。 鼻が無くなって、黒くなってて」

 「……え?」

 アスランが、ラスティの顔を見た。

 

 

 「俺はね? お袋を殺したコーディネイター達より、オヤジが憎かった。 オヤジはコーディネイターを憎んでいたけど。 

  結局は、オヤジは軍人で、コーディネイターの女に捨てられて、俺とお袋は”予備”だったんだ……だからあんな船に乗ってまで」

 

 いつも、柔和な笑みを浮かべて、飄々として、捉え所の無いラスティの顔――それが、奇妙な熱気に彩られていく。

 

 「だけど、見たかよ! お袋! オヤジの船が、此処まで! やっと此処まで来たぞ! だけど見ろよ! ハハッ! オヤジのヤツは死んでんだぜ! ざまあ! ざまああみろ!!」

 ラスティは笑った。

 あっけに取られて、アスランとイザークが絶句する。

 

 「……お前も同じだろ? オヤジやお袋がプラントにいるのに、地球軍に味方しているんだろ?」

 「俺は……っ」

 

 

 アスランの脳裏に、遠い日の母の言葉が浮かんだ。

 (貴方のお父様はね、新しい世界を創造する仕事をされているのよ……)

 それが、どんな世界を生むというのだ。

 

 

 「いいよ、アスラン……俺、本当はサ。 戦争で生きられるだけ生きて、それで死ぬつもりだった。 オヤジの予備なんてゴメンだったから。 でもオヤジが死んで、その船が地上に降りてくる事になって――俺は――俺はもう一度――!」

 

 「ラスティ……!」

 

 アスランは、ラスティの手を振り払った。

 

 

 「……俺とは違うってか? アスラン?」 

 さびしげな表情で、ラスティが言った。

 「一緒だ……!」

 「……?」

 アスランの言葉の意味がわからず、ラスティは首を傾げる。

 

 (父上と一緒だ――!!)

 

 アスランは、自分を奮い立たせると、アークエンジェルの方向へ向かって走った。

 

 自分は御免だった。

 死んだ物に巻き込まれて、今あるものに目を向けないのは――。

 

 

 

 

 アスランは理解した。

 ラスティが、いつも飄々としているのは……いつ死んでもいいと思っているからだ。

 

 

 思えば、父も――なのだろうか?  

 母無き世界で、あの人は、パトリック・ディノは、今、どうのような世界を想い描いているのだろうか?

 アスランには理解できなかった。

  

 

 だが、ラスティの言葉を聞いてアスランは思った。

 

 

 

 『アレックス! 何故戦わん!』

 

 自分もまた、あの男――パトリック・ディノの”予備”にされようとしていたのだ。

 ”自らの創造する世界”の”予備”に――。

 

 そして、父も――父もまた―ー。

 

 

 

--------------------------------

 

 

 「ラスティ! 貴様! どういうつもりだ!」

 イザークは、ラスティの襟首を掴んで、締め上げた。

 

 「……お前はいいよな? イザーク」

 「……なんだと!?」

 ラスティは、イザークの手を振り払った。

 「あんな風に戦えるアスランが、なんで、あんなに後ろ向きなのさ? そいで何で戦い続けるワケ? 不思議に思わないの?」

 「なっ……!?」

 ラスティもまた、アークエンジェルの方向へと向かって歩き出す。

 

 「――俺は?」

 一人残されたイザークは、呆然と立ち尽くした。

 

 自分は友の事を――友と思っていたアスランの事など、本当は何も理解していなかったのかもしれない。

 

 そして、自分自身のことも。

 アイツが戦っているのは自分達の為で、そうして戦えるのは、コーディネイターとして能力があるのだから、当然だと。

 自分は、コーディネイターでは無いが……自分もいつかそのように戦えるようになりたいと。

 

 だが、しかし、根本が違うのではないか。

 

 ――アスラン自身にも、もしかしたら、自分と同じような戦う理由が――戦わなければならない理由があるのではないか――。

 

 イザークは今の今まで、そのような事を考えもしなかったのだ。

 

 

 

--------------------------------

 

 

 

 時に、宇宙紀元(コズミック・イラ)71年、3月。

 

 少年達の様々な思惑は省みられないまま、

 春の見えない極寒のシベリアで、今、決戦が始まろうとしていた――。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 30 「決戦前夜」

 『何故、ラスティが俺にあのような光景を見せようとしたのか。

  何を思って俺に接していたのか、今ならわかる。

  アイツもまた、俺と同じで、俺もまた、父と同じなのかもしれない』

 

 

------------------------

 

 

 「ジェレミー艦長のことか……?」

 ブリッジで、イザークに訪ねられたバルトフェルドは、コーヒーを口に含むと、言葉を濁した。

 

 

 マクスウェル家は、大西洋連合において有名な軍人の家系だ。

 その分家であるハーネンフース家や、資産家としても有名なフラガ一族。

 そして何より、イザークのジュール家と並ぶ名門である。

 

 「正直、シベリアに降りるまでマッケンジー伍長……ジェレミー艦長にもう一人ご子息が居たなんて話は聞いた事が無かったな。 ハーネンフース家の姪御さんがいらっしゃる話は伺っていたがね」

 「そうですか……」

 イザークは、先刻の出来事を思い返す。

 

 彼がアークエンジェルとアスランに近づいたのは、偏に父親の怨念を母親に会わせる為だった――のかもしれない。

 

 そうであれば、自分とは真逆だった。

 自分はこの船に託された母の意志を守る為に戦っているのに。

 

 ラスティは――。

 

 

 「軍人としては、優秀な人物だったよ。 そうだな、だが……」

 「だが?」

 

 バルトフェルドが、続けようとした言葉を止めた為、イザークが聞き質す。

 「いや……その、家庭の事までは知らんな、とね?」

 しかし、バルトフェルドは話をはぐらかすような事を言った。

 イザークはそのようなバルトフェルドを訝しみながらも、それ以上問いただす事はできず、口を噤んだ。

 

 

 

 (マクスウェル艦長も、確か夏娃(ハーワー)プログラムに参加していたか……そうなれば、息子(ラスティ)と反りが合わないのも、戦争が始まってから他のご子息の話が無いのも、サザーランド派としてこのG計画に参加するのも納得がいくことだ……)

 

 バルトフェルドは、イザークからの質問には答えなかったが、一人飲み込んだ言葉については、そんな風に考えていたのだった。

 

-----------------------

 

 

 

 ラスティがイングランドに来てから、八つ目の春を迎えた時だった。

 唐突に、父親から手紙が届いた。

 

 「お前の母親と共に、もう一度関係を直したい」

 

 その一言であった。

 

 沸々と憎悪が沸きながらも、ラスティは母親に従った。

 彼女はまだ、父親を愛していたからだ。

 

 医者として、母親として、父親のやろうとしたこと――ラスティを意地でもコーディネイターにしなかったことを選びながらも、それでも母はジェレミーを愛していた。

 そんな母親が、ラスティには理解できなかった。

 「いつか、お父様は認めてくださるわ」

 母は口々にそんな事を言っていた。

 

 そして、ようやく、父は認めざるを得なくなった。

 

 

 ――プラントとの緊張が高まり、”あの男の息子達”は、全員死ぬか、”敵側についた”のだ。

 

 

 だから、ラスティにお呼びが掛かったのだ。

 ――予備として。

 

 母は、父を愛していたし、優秀な医者だった。

 それでも、父は、母より結局は、自分の一族の血を、”出来る限り望む形”で残す事だけを選んだのだ。 

 

  

 

 会うことは結局叶わなかった。

 開戦とその直後に、Nジャマーが降下。

 偶然、父親と会う約束をしていた、軍事施設のあるミール・ヌイでラスティ達は立ち往生することになった。

 

 ラスティの母親は医師として、戦火に巻き込まれた人々を懸命に救護したが、彼女もまた――。

 

 

 

 

 ラスティは、今でも覚えている。

 

 それでも、父に会おうとした母の為、何とか父と連絡を取ろうとした事を。

 その母を見捨てて、オーブのコロニーに渡り、新造戦艦の建造に携わろうとする父の姿を知った事を。

 そして、あろう事か、自分に――。

 

 「今すぐ、そこを離れてアラスカに来い。 ジブラルタルにザフトが降下する前なら、まだ間に合う」

 それだけ告げて、父が通信を切った事を。

 

 

 

----------------------

 

 

 「アスランなら、わかってくれると思ったのになぁ」

 ジン・タンクのコクピットに篭りながら、ラスティはぼんやりとそんな事を呟いた。

 

 (アイツも、多分、オヤジが居ないか、居ても居ないのと一緒なんだろう)

 ラスティはそう確信するに至った。

 

 最初は何故、コーディネイターのクセに自分達に味方するのか不思議だった。

 友達の為? それだけじゃないだろう。

 彼は、オーブの国民ではなく、プラントからの留学生だと聞く。

 

 相手側に両親や血を分けた兄弟が居るなら、そこまで戦おうとするだろうか?

 ”同胞”と呼べるものは少なからず居るだろうに。

 

 (仲のいい友達と敵ドーシになっちゃったって聞いたけど……)

 

 彼は自分でも、きちんとは理解していないのだろう。

 そこまでしても、自分が戦場に立つのは、相応の理由があることを。

 

 「死んじゃうよ? ……アスラン。 俺は死んでもいい、と思ってたから、ここまで生き延びれたんだしねぇ」

 

 

 ラスティは、アスランを殺したくなかった。

 

-----------------------

 

 「つらそうなお顔ですわね?」

 「え?」

 

 ミーアの部屋に食事を持ってきた――というのは口実で、ミーアの顔を見に来たアスランは、開口一番彼女にそういわれた。

 「参ったな……」

 アスランは照れくさそうに、顔をずらした。

 先刻受けたショックの余韻が、目元に残っているのだろう。

 

 「ニコニコ笑って戦争は……出来ませんよ」

 

 と、言ってから、アスランは後悔した。

 心を見透かされた事に対して、彼女に皮肉めいた事を言ってしまったのに気が付いたからだ。

 「ああ、いや……」

 アスランは、慌てて訂正しようとした。

 何をしているのだ。 自分は、こんな事を言うために来たというのではないのに。

 自分はただ……。

 

 

 「あっ……」

 と、ミーアがアスランの目元を指で拭いた。

 

 彼女の目が、文字通り、自分の目前にある。

 吐息までが、伝わってくる。

 

 「お忘れにならないでくださいね」

 私が、いることを、とミーアは言った。

 ――辛いなら、自分が慰めるから、と彼女は言いたいのだ。

 

 「貴女は何でも、お見通しなんですね……」

 アスランは苦笑した。

 

 アスランはそのままミーアの指に涙を乗せた。

 

 

-----------------------------

 

 

 カナード・パルスは、刻限通りに現れた相手を見ると、ほんの僅かに、こめかみを動かした。 

 「――お前が?」

 現れた”相手”に確認を取ると、”相手”は無言でディスクを差し出した。

 

 (……クソッ)

 自身の中に揺れるものを感じたカナードは、懸命に顔にそれを出さないように勤めた。

 

 

 その三十分後である、ラウ・ル・クルーゼが、彼の前に現れ、今度は彼がクルーゼにディスクを渡した。

 

 

--------------------------

 

 

 

 ミール・ヌイ基地の図書室の中、緑の軍服を着た少年達が無言で本を読んでいる。

 時折、文章をノートに書いては、強すぎる呼吸をした。

 「……こんなことをやってなんになるって言うんだ、今更――」

 「おい……」

 

 ふと、そのうちの一人が、嗚咽を漏らし始めた。

 

 間もなく、この基地の最終防衛作戦が開始される。

 自分達は不退転の士として、これから、戦わねばならないのだ。

 その前に、戦争の為おざなりになっていた、自身の研究に一区切りをつけるため――”自分が亡き後”せめて誰かが研究を引き継いでくれるように、彼らは皆一様に論文の作成に当たっていたのだ。

 

 ザフト兵――いや、プラントに住む、コーディネイター達は、その半分以上が、何かしらの専門分野を持つ、研究家としてのキャリアを持っている。

 そんな若い、彼らなりに考えた、”ザフト兵”では無い、自分たちのコーディネイターとして――いや、人間としての有意義な、”最後の時間”であった。

 

 

 ――今までは自分達が負ける事など考えても居なかった。

 だが、ザフト創立の祖の一人である、英雄モーガン・シュバリエが死に、次いでレナ・イメリア迄もが、地球軍に敗れ去った。

 

 そこで彼らは始めて自分達が、死と隣り合わせである事に気が付いた。

 無敵のモビルスーツに乗っていた筈の自分達が、実際は鉄で出来た棺桶に乗っている事に――。

 

 「あの、イージスはバケモノだ。 あんなのと戦って、死んでしまったら、何にも成らないじゃないか、何にも――」

 知性の高さが、人格の高さに比例することは時にあるが、知性の高さが、それ即ち精神の強さに直結するとは限らない。

 精神の強さは、挫折や危機を知る事で鍛えられるからだ。

 

 その上で言えば、彼らは挫折や危機を知らなかった。

 明晰な頭脳と感性が、その感情がどのような不都合を生むかをわかっていても、それをコントロールする術までは生まなかった。

 

 「もうダメだ――こんなところ逃げた方が――!」

 少年兵の一人が、パニックになろうとする。

 

 「バカヤロウ! 諦めるな」

 と、それを一喝して、黒い軍服を着た大柄な人物が現れた。

 コーディネイターとしては恰幅のいい彼は――ロメロ・パル。

 マリュー・ラミアス直属の部下の一人である。

 

 ザフトの中では、火器管制のスペシャリストで、この基地ではマリューの補佐に当たっている。

 そして、彼は――

 

 「逃げようものなら、俺たち、マリュー督戦隊が、後ろから撃っちまうぞ?」

 「あっ……」

 もう一人、背後から黒服の人物が現れる。

 ジャッキー・トノムラ、彼もまた、マリュー直属の部下であった。

 

 彼らに、チャンドラを加えた三名が、自称”マリュー督戦隊”である。

 

 督戦隊とは、軍隊において、自軍部隊を監視し、命令無しに敵前逃亡、或いは降伏する様な行動を採れば、後方から攻撃や警告を加え、強制的に戦闘を続行させる任務を持った部隊のことである。

 ――近代戦闘に於いては兵士の士気を上げる為の最後の手段であり、司令官が「死守」と命じれば、兵達が文字通り死ぬまで戦うまで、それを継続させるのが任務である。

 

 

 ――が、彼らに於いては、あくまで自称である。

 士気の低下しがちな最戦線において、彼らの尊敬する”司令の為なら死ねる!”の合言葉の元に、年若い兵達を監督する任務に当たっていた。

 

 

 「一つ言っておく! お前たちは死なない!」

 ロメロが言った。

 「マリュー司令を信じろ! あの人は絶望的とも言える月の撤退作戦を成功させた! 今度も、必ずお前たちを助けてくれる!」

 「……!」

 「だから、諸君らも、どうか諦めず、司令に力を貸して欲しい!」

 兵達が、顔を見合わせた。

 が、徐々に希望がその顔にさしてくる。

 

 そうだ、まだ自分達にはマリュー・ラミアス司令が居るではないか。

 それに、目の前にいる ”マリュー督戦隊”の面々も、歴戦の猛者であり、スペシャリストの集団である。

 

 まだ戦いは決まったわけではないのだ。

-------------------------- 

 先刻ハルバートンに告げられた、これ以上の増援は遅れないという通告。

 ――送られてきたのは、パトリック・ディノが直々に寄越した、エドワード・ハレルソンの部隊。

 

 そして、画面の前にいる、アカデミー時代の後輩だった。

 

 「久しぶりね、ナタル?」

 『ええ……貴女の噂はかねがね聞いております。 マリュー・ラミアス』

 

 ザフトの前身機関であり、まだ政治結社・自警団であった”黄道同盟”――その最初期のアカデミー出身者である二人の関係は、旧知の間柄でありながらギクシャクとしていた。

 昔から、反りが合わないのだ。

 性格が、そして、軍人となったときの理想が……。

 

 「――リマンメガロポリス側に貴女が居てくれるなら、大変心強いわ」

 

 

 元々、ネオの部下であったナタルだったが、現在はアズラエルにその手腕を買われて、本国の国防委員会付けになっている。

 しかし、今回、そのアズラエルと、パトリック・ディノ国防委員長直々の命令で、ここシベリア包囲網の防衛作戦に参加させられていた。

 

 ここから数千キロも離れてはいるが、ユーラシア大陸の東端部の”リマン・メガポリス前哨基地”で、カムチャッカ半島にある、敵の基地からの攻撃を迎撃する任務に就く。

 

 

 『及ばずながら、お手伝いさせていただきます』

 ナタルはマリュー・ラミアスの方が、少しばかり先輩で、また軍功も立てていた為、マリューに敬語を持ってあたる。

 しかし……。

 『月面の様なこと、また上手くいくとは限りません。 後方からの支援、敵軍の分断。 必ずや、やり遂げてご覧にいれます」』 挑発的とも取れる態度で、マリューに言うナタル。

 その様子に、ため息をこぼしそうになるマリュー。

 

 「……ジェーンに宜しくね。 北極艦隊との合同作戦になると思うから……」

 

 前面には地球軍。  背面には、この恐ろしい後輩が居る。

 「フフッ……」

 『――なにか?』

 突然噴出したマリューに対し、眉間に皺を寄せるナタル。

 

 しかしながら、マリューは、彼女が嫌いではなかった。

 彼女ほど、優秀な指揮官を、他に知らなかったから。

 

 (ナタルと、北極艦隊の白鯨ジェーン・ヒューストン。 背後の守りは完璧か……後は、一芝居うつしかないわね)

 

 そして、マリューは決意した。

 

 と……

 

 「敬・礼! 本日付で作戦本部補佐に配属されましたクロト・ブエルです! よろしくお願いします!」

 司令室に入ってくる少年が居た。 ナタルからも聞いていたが、アズラエルがもう一人援軍として送ってきた、彼直属の部下である。

 「ああ……貴方が。 ナタルからも聞いているわ。 大変優秀だとか」

 『落ち着きが無く、非常に変わっては居ますが、情報解析については優秀です』 

 「恐・縮!」

 オレンジ色の髪にザフトレッドの制服を着たクロト・ブエルは敬礼した。

 「こちらこそよろしく頼むわ。 人手不足の上に、危険な作戦となる今回の防衛に参加してくれて、大変感謝するわ」

 少し目線の低いクロトにあわせて、マリューは返礼した。

 

 (うわー……おっぱいデカッ……)

 それに対してクロトは顔を赤らめるばかりだった。

----------------------------

 

 次こそ、アスランと戦う事になるだろう。

 キラは、自室で、決意を新たにしていた。

 

 ――ストライクの修理は既に完了していた。

 

 バスターを欠いてしまったものの、此方にはブリッツ、デュエル、そして自身のストライクを加えた三機の”ガンダム”がいる。

 そして、エドワード・ハレルソンの精鋭部隊。

 

 「アスラン、ボクは……」

 両親の仇を、とらねばならない。

 戦争を終わらせなければいけない。

 だから……たとえ、アスランが敵として立ちふさがってきたとしても、負ける訳には行かない。

 

 と、キラが思いつめているところに、

 

 「キーラ?」

 「……トール!?」 

 トール・ケーニヒが現れた。

 「何、怖い顔してんだよ」

 「……ミリアリアが、イージスにやられたって言うから」

 「……ま、それは許せねえよな」

 キラはトールの方を見た。 怒りと憎しみで、顔が歪んでいる。

 ……だが、

 「だけどさ、そんなに怖い顔してるなよ? なんかキラ、此処のところ暗いぜ? 無理も無いけどさ」

 直ぐに、元の明るい彼の表情に戻った。

 

 「……大丈夫だよ」

 キラは笑った。

 彼のこの明るさに、助けられた事が幾度あるだろうか。

 

 「あと、ホラこれ、本国から。 ――お姉さんからだぜ? なぁなぁ、何!?」

 と、トールは、キラに、小包を渡した。

 (カガリから……?)

 キラは小包を開けた。

 と、中には、映像ディスクが数枚はいっていた。

 

 「へぇービデオレターかなぁ? なぁなぁ、カガリさんが映ってるんだろ? 差し支えなきゃ見せてくれよ?」

 「いや……それはちょっと」

 軍の検閲が入るから、多分”素”を出している事は無いとは思うが……。

 

 それでも、自分に送られたカガリの映像を他人と見るのは気が引けた。

 彼女の本当の姿を知っているが故に……。

 

 

 「――それと、あ! これは……!」

 もう一つは実家で録画しておいた、特撮SFドラマ、”劇場版:木星探査SAS”のダビングビデオだった。

 

 「……こんなの見てるの?」

 「い、いいじゃない! 面白いよ!」

 

 ささやかな、”姉”の心遣いを感じるキラだった。

 

---------------------

 

 サイは自室でキーボードを叩いていた。

 

 「元気かな? こちらもなんとか、無事でやってるよ。 君から貰ったアイウェア、壊れてしまったけど、まだ大事に持っている。

  君の想いが僕らを守ってくれるんじゃないかって思ってる」

 それは、親しい人へのメールのようであった。

 

 

 「ミリアリアは幸い怪我は無かった。 君には、君のやるべき事を頑張って欲しい」

 メールを送信した。 彼女に、自分の想いも届くように。

 

------------------------

 

 

 「こちらの防衛網は完璧だけどさ、あの数は厄介だよ、ラミアス司令殿?」

 ネオ・ロアノークは、作戦会議室でマリューに言った。

 「ええ、如何にこのミール・ヌイ要塞が堅牢を誇っていたとして、アレだけの数のリニアガンに囲まれれば、ひとたまりもないでしょうね」

 マリュー・ラミアスは素直に認めた。

 

 敵軍が新造陸上戦艦と共に用意した戦車の数は此方の予想を大きく超える数であった。

 此方も多数のモビルスーツで迎撃に当たるが、それを上回る数で、敵軍からの飽和攻撃を受けてしまえば、要塞はその機能を発揮する前に容易く突破されてしまうだろう。

 『では、どうするというのです?』

 ナタルが、そのようなマリューの態度に眉を潜める。

 「降・伏!? 白旗でも揚げますか?」

 同席を許されたクロトも思わず、そんなことを言った。

 「その前にちょっと、やってみたい事があるの――こう見えても、私、材質工学をやっていてね――ギリギリで間に合ったものがあるのよ」

 

 と、マリューは、要塞の設備の最も外周にある、対機甲兵器用の防御壁の部分の図を、会議室の大画面モニターに表示させた。

 「――これは!?」

 「ここで取れたレアメタルを加工してもらって、先日降ろしたのよ」

 

 要塞をぐるりと囲む、文字通りの第一関門――そこには――。

 

 「これはもう、盾で防ぐしかないわね」

 

 マリューの秘策は、皆を納得させるものであった。

 

 『――時間が稼げるというのであれば、北極艦隊もやりようがあるわ』

 と、モニターに、表示される顔があった。

 金髪藍眼の美女――白鯨と称される、ザフト北極艦隊の若き美貌の提督、ジェーン・ヒューストンであった。

 

 彼女は、シベリア包囲網最後の壁とも言うべき、北極圏に布陣しているザフトの潜水艦隊の司令官である。

 平時は宇宙に海を作るというテラフォーミング技術を研究していた縁で、今やザフト随一の水中・海上戦闘のエキスパートであった。 

 

 

 「よお、久しぶり!」

 『エド……』

 エドワード・ハレルソンが、ジェーンに顔が見えるように、カメラにウインクした。

 その仕草が、自然と二人の仲を匂わせた。

 『ゴホン!』

 同じく、モニター越しに会議に参加していたナタルが咳払いする。

 ――通常の軍隊では絶対に見られないが、義勇軍のザフトでは、ごく稀にこういった光景も見られた。

 「おっと、失礼。 ま、なんにせよ背中は任せるぜ。 ラミアス司令にヒューストン提督?」

 エドは、目の前にあるキーボードを操作し、会議室の画面に、自身の指揮するモビルスーツ隊の縮図を表示させた。

 

 「それじゃ、俺たちは足つきに奇襲、かく乱をかける。 そして、狙いは勿論――」

 「敵軍最強の戦力――イージスね」

 マリューが、エドに向けて言った。 エドは頷く。

 「あいつさえ抑えれば、あんたの秘密兵器でどうにかなりそうだしな」

 エドは、白い歯をむき出しにして笑った。

 

---------------------

 

 

 「……しかし、ラミアス司令? あんたも気になっているんだろ?」

 会議後、司令室で茶を振舞われていたエドが、マリューに言った。

 「どう意味かしら?」

 「ディノ委員長が、俺の隊を寄越したってことさ。 それ以外は偵察機の一台も寄越さないのに」

 「……そうね」

 

 ――アークエンジェル討伐を名目とした、エドワード・ハレルソンの派遣。

 それがあるにも関わらず、基地防衛戦力の増員自体は殆ど見込めず、僅かながらの人員の補給のみ。

 それだけ、ザフトが逼迫しているということだろうか?

 (表立って部隊を動かせない理由でもあるということかしら……)

 

 「ま、だがしかし、ディノ委員長にも考えがあってのことさ。 どちらかといえば穏健派のアンタの所に、最強の手駒のネオと俺を寄越したんだからな?」

 「……自分で言うかしら?」

 「ハハッ! でも、そうだろ?」

 エドはからりとした笑顔を浮かべた。 マリューはこの男と話していると、雲が掛かったような戦況も、晴れていくような心持がした。

 

 「逆に言えば――あのアークエンジェルやイージスはそれでも仕留めたいってことだ。 案外、妙な噂も本当かもしれないな?」

 「ディノ委員長の息子か……」

 

------------------------

 

 

 ユーラシア連邦軍は、シベリアと、ジブラルタル基地周辺の南ヨーロッパの二点で、戦いを強いられていた。

 そんな中、膠着状態にある南ヨーロッパ前線にて、ユーラシア軍は賭けに出た。

 

 戦乱の中枢である、ジブラルタル基地に大規模な陽動攻撃を行った後、必要最低限の戦力を残し、モスクワまで本隊は後退。

 シベリア方面軍と申し合わせて建造されていた”ボナパルト”に人員と武装と資源を載せ、シベリア戦線側に大移動したのだ。

 

 そして、シベリア方面軍側でも、ユーロ側の援軍と合流すべく、アークエンジェルを囮にする形でこれに連動。

 ”バグラチオン”を中心とした大脱出軍を構成するに到った。

 

 

 全ては、兼ねてから用意されていた周到な計画であった。

 が、それでも、ユーラシア連邦軍にとっては背水の策であった。

 

 ――実行の後押しをしたのは、やはり大西洋連合の最新鋭秘密兵器である、アークエンジェルの降下が絶妙のタイミングであったからだろう。

 アークエンジェルの降下があったからこそ、機械化混成大隊長ゼルマン少佐を中心とした部隊は、必死の工作活動に成功し、二隻の大型陸上戦艦と基地を包囲するに足りる戦車を用意するに到ったのだ。

 

 そしてとうとうユーラシア連邦は、ここに終結した機動四個師団相当の戦力をミール・ヌイ攻略に投入。

 ――カムチャッカ半島に駆けつけた大西洋連合の援軍と友に、シベリア包囲網のザフト軍を逆に包囲する事に成功した。

 

---------------------------

 

 「ゼルマン少佐……いや、大佐どのか」

 クルーゼが、敬礼をしながら、バグラチオンの艦長室に入った。

 「おお、これはクルーゼ大尉……なに、人が居ないもので、司令官をこのままやる事になって」

 嘗て、一時的に部下であったが故か、若輩のクルーゼに、ゼルマンは敬語で話す。

 クルーゼにはそうして、人をひきつける……人を魅了する性質、のようなものがあった。

 生まれながらの気品のような物が、自然と人に敬意を払わせるのだろう。

 

 「宇宙艦隊所属だった貴方が、よもやシベリアとは……最初は私も驚いたものです」

 「いや何、ユーラシア宇宙艦隊は、出来たばかりのところを、この戦争でほぼ壊滅させられてしまった――。 おかげで転属もスムーズでしたよ」

 「ふぅむ……」

 苦笑するゼルマンに、クルーゼも微笑を浮かべた。

 

 クルーゼは、作戦の承認に必要な書類を、ゼルマンに手渡した。

 「しかし、ゼルマン大佐。 貴方はボナパルトのグラディス中将から直々に作戦指揮を命じられたのだ。 その采配、頼りにしております」

 そして、本来の指揮官の名前を口にした。

 「――あの勝利の女神に認められるとは、光栄ですよ」

 モーガン・シュバリエによって、分断され、モスクワまで後退させられていたシベリア方面軍本隊――その司令官であった、タリア・グラディスは、前線でただ一人、抵抗とバグラチオンの建造を実行していたゼルマンを高く評価していた。

 そのため、ゼルマンは今日まで独断で大隊――残存したシベリア方面軍の司令官としての実権を与えられていた。

 

 そして、それがこの大脱出作戦の最終局面に於いて、正式なものとなったのだ。

 

 

 「バグラチオンには、グラディス中将の他にも、政府からアイリーン・カナーバ補佐官も来ております」

 「……そうだろうな。 現状では、このような大規模作戦。 委任状が間に合うまい」

 「ええ」

 本来、作戦とは、軍司令部において立案、決行される――しかしながら、そのコントロールは、民意――即ち、その代表である政府にゆだねられている。

 しかし、ニュートロン・ジャマーの影響から、通信が阻害された現在においては――その作戦決定許可の是非を現場で即断するために、政府の役人達が前線まで同行することもあった。

 実際には、この緊急時である。 役人達は目付け役というよりも、書類を書くだけのオブザーバーになりがちではあった。

 

 

 

 

------------------------------------------------

 

 「あっ……」

 ラスティは、アークエンジェルで宛がわれた部屋に向かう途中、マユラに出会った。

 「マユラちゃんも災難だね。 こんな船に乗り合わせちゃったなんて」

 「……オーブの民間人も乗っているんだもん。 怖くは無いわよ」

 「フフ……あのピンクの子のボディ・ガードだもんね?」

 「……!?」

 「俺さ、こう見えても、ソダチがいいから?」

 

 ラスティは、マユラがただの民間人で無いのに、なんとなく気が付いていた。

 幼い頃は、自分の近辺にも彼女らの様な存在が付いていたから。

 ブルーコスモスに、コーディネイターである疑惑をかけられて……と、いうのも、父親のジェレミーがある計画に参加していたからなのだが。

 

 そういったところも、ラスティが父を嫌悪する一因になっていた。

 

 「……ダイジョーブだよ。 俺も居るしね……じゃ、また後でね?」

 「あ……」

 

 ラスティは、そういうと手を振って、作戦開始前の、最後の休息へと向かった。

 

------------------------------------------------

 

 要塞攻略作戦まで、既に丸一日を切っていた。

 アークエンジェルは、ユーラシアの機甲大隊1つを僚軍として、基地の南方に陣取った。

 

 シベリアの早すぎる日暮れを迎えると、アークエンジェルは闇の中、野営地の明かりに照らされ、ぼうっと、白い巨体を浮かばせていた。

 

 その中では、クルーたちが、各部署で作戦前の最終確認に追われていた。

 

 

 「さて……作戦を説明する、とはいっても話は単純。 一番火力の高いアークエンジェルが、敵のモビルスーツ発射口のある基地南部から進軍する。 それ以外の部隊は周囲を囲うようにして大砲をぶっ放す。 まあ、そんなところだ」

 バルトフェルドが、ミーティング・ルームのスクリーンを前にして図表を指しながら言った。

 その前方には椅子が並べられ、アスランを含むパイロットや、ブリッジ・クルーたちが並んで座っていた。

 

 「基地の砲台、トーチカに関しては航空部隊が攻撃する予定だ。 その際厄介なのが、敵の飛行モビルスーツ・ディンだな。航空戦力を先ず狙ってくるだろうから、これをクルーゼのスカイ・ディフェンサーとアスランのイージスA型装備で甲板上から迎撃。 それ以外のトーチカ含む地上戦力は、アークエンジェルの火力と戦車部隊で撃破する」

 「ですが、それでは近づく前にアークエンジェルが狙い撃ちにはされませんか? それに航空戦力だって、敵要塞には恐ろしい数の砲台があります。 あれでは近づくことすら……」

 ダコスタが、挙手して質問した。

 

 「何のために基地を囲んだと思っている。 レールガン・キャノンで攻め行って、先ず外壁部の砲台を無力化する」

 「いえ、ですが、それが、まず問題です。 戦車で接近砲撃では、敵のモビルスーツの攻撃で、犠牲がいくら出るか……」

 「……承知の上、だそうだ」

 

 心配性なダコスタの質問に、バルトフェルドが冷淡な一言で返した。

 「……」

 ダコスタは意味を理解して押し黙った。

 軍隊とはそういうところである。

 

  

 「アークエンジェル侵攻上の敵地上戦力には、マッケンジー伍長と、イザークが当たってもらう事になる。 航空部隊の攻撃が成功すれば、それに乗じてアスランのイージスと、クルーゼのスカイ・ディフェンサーで一気に攻め入る。あとは例の特務部隊Xのカナード・パルス特尉が、アークエンジェルの援護に当たってくれるそうだ。 そして今回の作戦は長時間に及ぶ可能性がある――各員、今まで以上の戦いになることを覚悟しておいてくれ」

 

 「ハッ!!」

 バルトフェルドが敬礼し、皆が返した。

 

 (……ザフトに居た頃は、敬礼なんて何も思わずやっていたが……)

 アスランは、未だにその空気に抵抗があり、やりそびれてしまった――が。

 「ハッ!!」

 (イザーク……)

 隣に居たイザークは、少しばかり大きすぎる声を出しながら、返礼をしていた。

 

 

 

---------------------------------------------

 

 

 ミーティング後。

 アークエンジェルの外、吹雪の中ノーマルスーツを着たアスランは、作戦開始前のイージスの起動テストを行っていた。 

 

 

 「……アスラン」

 作業中、後ろから肩を叩かれた、防寒服を着た、バルトフェルドだ。

 金属製のタンブラーを持っている。

 アスランはそれを受け取ると蓋を開けた。

 中身はコーヒーだった。

 「君に、また苦労をかけるな」 

 「ありがとう……ございます」

 コーヒーをすすると、少しばかり、喉に焼けるような感じがあった。

 

 「ジンジャーとウォッカが入っている。 この辺の防寒対策さ、体があったまるぞ」

 「えっ! 作戦開始の24時間前を切ってますよ、少量でもアルコールは……!」

 「クルーゼみたいなことを言うな? ……まあパイロットはそうか……そのくらい大丈夫だよ」

 バルトフェルドもコーヒーを飲みながら笑った。

 

 「……何を言っている」

 「ブッ」

 後ろから、件のクルーゼが幽霊のように現れて、バルトフェルドは思わずコーヒーを噴出した。

 「いや、何、アスランにコーヒーをな?」

 「ム……?」

 クルーゼはアスランの方を見た。 アスランは微苦笑した。

 「まあ、アスランが死んだら、君のせいだな」

 クルーゼはそう言って微笑すると、バルトフェルドの肩を叩いて、今度はジン・タンクの起動テストをしているイザークの方へ行ってしまった。

 

 「嫌なヤツだな……」

 バルトフェルドが言った。

 「そうですか?」

 アスランは笑った。

 

 サングラスの下に隠れた、クルーゼの目元も、笑っている気がした。

 

 

 

---------------------------------------------

 

 

 

 敵軍の動きを察知した、ザフト側も、防衛配置の確認に余念がなかった。

 既に連合軍の動向を察知し、各砲座やトーチカに兵士達を配置する準備をしている。

 

 それらの進捗を一つ一つ確認しながら、マリュー・ラミアスは司令室で執務に当たっていた。

 

 「リマン・メガロポリスにナタルが着いたそうね」

 自席で書類をみながら、マリューがジャッキー・トノムラに聞いた。

 「ええ、バジルール隊長なら、司令官としても見事に戦ってくれるでしょう」

 

 「この戦いの勝敗は、ユーラシア側の死力を尽くした攻撃を、一度でいい――防ぎきれるかに掛かっているわ」

 

 ザフトは逼迫していた。 増援は今後見込めない。

 要塞自体の備えは万全ではあった。 ――しかし、”今ある以上”の戦力の増加はありえないのだ。

 

 「だけど、私たちにはオペレーション・スピットブレイクがある――ユーラシア連邦もそこまで余力があるとは到底思えない」

 つまり、戦いは。この敵軍の初回総攻撃が、それ即ち”決戦”ということになる。

 「敵が此方に目を向けてくれたお陰でジブラルタル基地もほぼ無傷。 ジェーンの北極艦隊とナタルの居るリマン・メガロポリスもまだ戦力としては十全。 敵側にもオペレーション・スピットブレイクの噂くらいは流れているでしょうから、長期戦を持ち込んでくることは先ず無い筈……」

 マリューラミアスは、椅子から立ち上がる――と、それに呼応するようにジャッキー・トノムラ――と同席していたダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世とロメロ・パルが、敬礼をした。

 

 「この戦いに、ミール・ヌイ要塞の全防衛戦力を投入します!」

 

 

---------------------------------------------

 

 

 基地の食堂でキラは一人食事を摂っていた。

 「よ、キラ、隣良いか?」

 と、そこに声を掛けるものが――ネオ・ロアノークだ。

 「隊長……」

 「ここんところ、お前と話す機会も無かったからな」

 ネオは、トレイに山盛りのサラダや、ローストビーフにシチュー、それからクルミの入ったライ麦パンを続々と頬張った。

 「――なんだよ、お前。 ヨーグルトとスープっだけって」

 ネオのトレイと比較して、キラのトレイには少量の料理しか盛られていなかった。

 「隊長こそ、そんなに食べるんですか?」 

 キラは少しばかり呆れる様に言った。

 「俺達はこれから戦いに行くんだぜ?食っとかなきゃ、力でないでしょ」

 それは正論の様に思えたが、どうにもそんな気持ちにはなれなかった。

 「ん? そいつは……」

 と、ネオはキラの持っていた手荷物に目がいった。

 

 「木星探査SAS……この間TVで放送されたヤツじゃないの!」

 先ほど、カガリから届けられた、木星探査SASの映像ディスクである。

 「ご存知なんですか?」

 意外だった、ネオがこんな特撮番組に興味があったとは……。

 「ご存知も何も、一期は俺がガキの頃にやってたのよ? お前らは新版だろ?」

 

 確かに言われて見れば、キラの好きな木星探査SASは長寿番組であり、ロング・シリーズとなっている番組だ。

 

 木星探査SASは 宇宙を冒険する『スペシャル・エイリアン・サーチャー』が木星圏で謎の古代文明の遺跡と出会うというスペクタクル・ロマンである。

 子供向けの単純な内容ながら、ジョージ・グレンのエビデンス・01の発見をベースにした哲学的なSF描写は、老若男女問わない、熱狂的なファンを生んでいる。

 

 キラが見ていたのは、リニューアル版の方であり、それより10年程前にネオ位の青年が子供の頃見ていたであろう初代のバージョンも存在していた。

 

 「……でも一期って地球だけの放送ですよね?」

 「ン……まあ、その頃は居たのよ、地球に」

 「いいな~コーディネイターに差別的な内容があるとかで再放送やソフト化も無いし、僕、新版の方ですけど、ライバルのイワン・イワノフが好きなんですよ」

 「お! マジかよ! 俺も好きだぜ? イワンの役者、1期で主役のシェルド・フォーリーやってたってのが又燃えるよなぁ」

 「イワノフ節とか言って」

 「俺もよくマネしたりなんかしちゃったりして」 

 「……今のイワノフ少佐のモノネマです?」

 「イワノフは俺の心の師よ? 最初はシェルド・フォーリーやニール・ザムなんかもイワノフを敵視してたんだけど、段々尊敬するようになっていくのがいいよなぁ~」

 「ええ……」

 

 キラは、笑った。

 

 ――そういえば、アスランも呆れながら、一緒に見てくれたっけ。

 アスランとも、こんな話をしたのを覚えている。

 もっとも彼は、SF描写や役者の演技に納得がいかない、みたいな感想ばかり出てきたけど……。

 

 「帰ってきたら、貸してくれよ?」 

 「え?」

 「俺、忙しくて見てないのよ」

 「ええ、是非」

 ネオは、ミートボールが入ったを皿を一つ、キラのトレイに寄越した。

 

 キラはそれを受け取ると、口にミートボールを運んだ。

 

-----------------------------

 

 夜が明けた。

 春が近くなってきたシベリア北部は、現地時間の昼前には日が差していた。

 夏になれば、極北に位置するこの土地は、逆に日の暮れない土地になるという。 

 

 キラは既に、ストライクの中に居た。

 

 「キラ、元気にしていますか? シベリアには、連合軍のあの新型戦艦が降りているとか――」

 キラの手元の小型端末からは、カガリのビデオレターが流されている。

 「貴方も、お友達も……ご無事でおりますように……」

 祈るような所作を、画面の中のカガリは行っていた。

 

 友達というのが、サイ達だけでなく、アスランを指しているという事は、言われなくてもキラにはわかった。

 

 

 (アスラン……!)

 それでも、キラは、行かねばならなかった。

 

 

----------------------

 

 

 見渡す地平に、戦車が縦列隊形をとっている。

 アークエンジェルの甲板にスタンバイしたアスランは、イージスの中からそれを眺めていた。

 軍隊というものを倦厭するアスランにとっても、その様は壮観であった。

 

 

 

 「作戦開始――」

 ゼルマンが、バグラチオンのブリッジで告げた。

 

 

 

 「アークエンジェル、発進!!」

 バルトフェルドもキャプテンシートから号令を発した。

 

 

 ザフト・シベリア方面軍 ミールヌイ要塞基地への攻撃が、今開始された。

 

 

 

 

 

 

 そして、同時刻――。

 

 

 

 

 「マリュー・ラミアスがミール・ヌイを死守出来たら、次は此方の番だ。 追撃の兵はリマンから出す。 ――そのためにはなんとか勝てたでは話にならん! 敵軍は余力を残して勝利せねばならん! 各自、ニェーボから来る敵を早期迎撃に当たれ!」

 

 ナタル・バジルールが、リマン・メガロポリス前線基地で指揮を飛ばしていた。

 

 そのときである。

 

 「何? なんだと――反応が消えた!? 反応が消えたとはなんだ!? モビルスーツがっ!?」

 司令部付きのオペレーターが一人、大声を上げている。

 「どうしたというのだ、作戦は今――」

 ナタルが、オペレーターに何事かと問いただす。

 

 すると――。

 

 「ぜ、前衛部隊が、やられたのとのことです……あっという間に……敵の――モビルスーツに!」

 「――なんだと!?」 

 

---------------------------------

 

 カムチャッカ半島、北部から、ユーラシア大陸に繋がる箇所に、ザフトの前線基地があった。

 そこは最早、見る影も無い。

 基地に居た兵達は虐殺され、施設は破壊され、モビルスーツたちは黒煙を上げて残骸へと代わっていた。

 

 近くには、オレンジ色のカラーをした”ストライク”によく似た機体が数機。

 

 そして、その中心には、ダーク・グリーンのカラーに塗られた”ブリッツ”によく似た機体が一機。

 「先行量産型の”陸戦型ダガー”は上々の仕上がりか。 ――そっちはどうかな? ”NダガーN”は?」

 「……悪くないよ」

 「フフッ、そうか。 まあ、盛大に行こうじゃないか? 君たち、第81独立機動軍(ファントムペイン)の初陣だ」

 

 遠く離れた、ニェーボの司令室。

 そこからオンラインネットワークを通じて、大西洋連合の将校が”ブリッツ”に似た機体――”NダガーN”のパイロットに話しかけていた。 

 

 

 「なあ、シャニ・アンドラス少尉?」

 

 

 

  ”NダガーN”のコクピット中――シャニと呼ばれたオッドアイの不気味な少年は、虚ろな目をして、口をあけたり閉じたりした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 31 「ジ・エッジ」

『俺はどこかで、許しを得たかったのかもしれない。 

 そして、俺にはやらなければならないことがあった』

 

-------------------

 

 

 「開戦から、そっちはずっと北極。 コッチは宇宙に地球に大忙し。 ……話をする暇も無かったな」

 『ずるい男……』

 

 部下が苦笑いする中、エドワード・ハレルソンはディン本体からケーブルを延ばして、軍用の通信機器にオンラインしていた。

 

 通信の相手は、ジェーン・ヒューストン。 かつての恋人だ。

 

 咎めようとするスウェンを、別の部下が止めた。

 恐らく、エドにとって、大切な時間だから。

 

 

 『返事、聞きたくなかったんでしょ?』

 「――そうかもな。 でも、俺はモビルスーツで飛びたかった」

 『……今なら、聞いてくれる?』

 「今度は、北極まで、俺の翼で迎えに行くよ……君はまさしく、俺のエンジェルだ」

 『ッ……どうして今頃! 私は!』

 と、突然ジェーンとの通信が途絶えた。

 彼女が切った、というよりは、切れた、といった感じだ。

 

 「フッ……残念、時間切れか。 じゃ、定刻には少し早いが、行こうか」

 そして、エドの機体――AMF-103C ディン・カトラスは、コードを乱暴に引きちぎるようにして、飛び立った。

 

 アークエンジェルを待ち伏せするポイントを目指して。

 

 

 

----------------------

 

 ザフトのミールヌイ司令部では、地球軍の作戦開始と共に、あわただしく情報が飛び交っていた。

 

 そんな中、早速地球軍に先手を打たれた事を告げる知らせが入った。

 

 「ラミアス司令! 北極艦隊と、リマン・メガロポリスのバジルール司令との通信が途絶えました!」

 トノムラが、マリューに叫んだ。

 「なんですって!? 事前の最終状況は?」

 「詳細は不明ですが、カムチャッカ北部の通信基地にモビルスーツらしき機影を発見……との事です、それ以降は恐らく、施設が破壊されて状況不明!」

 

 「司令! ミールヌイ周辺の外部施設との連絡、情報回線も一方的に遮断されていきます!」

 チャンドラも叫んだ。

 「……こちらの通信網が解析されているというの!?」

 「7から13番までのオンライン遮断! これではジェネシス衛星との通信も維持できません」

 「――偵察部隊より、通信が遮断する前に入電あり、敵大型戦艦と航空部隊! 要塞南東部、Β地点より進軍を確認! この侵攻ルートは……通信施設と発電施設をピンポイントに狙っているとしか思えません!」

 

 「なるほど……しっかり下調べは済んでいるって事ね」

 

 しかし、マリューにとってはこの程度の事は、予想の範囲内であった。

 

 「遮断された要塞周辺の地域にはEWACジンを派遣! 早急に通信網を復旧して!」

 マリューは、破壊された通信網をリカバリーするべく、通信機能が強化されたジン、専用車両の派遣を命じた。

 

 

-------------------

 

 

 南東部、ゼルマンの指揮する部隊では戦闘車両と戦車隊が数百キロ離れたミール・ヌイ基地を目指して進軍していた。

 

 「――雪原や凍土の中に隠れているかもしれん……注意せよ」

 

 と右手に巨大な川が見え始めた。 小さな滝が幾つも連なっている、イリヤク川である。――そこに。

 

 グワアアアン!!

 

 半分凍っていた川を打ち砕いて、モビルスーツが現れた。

 ザフトの水陸両用型モビルスーツ、ゾノであった。

 

 縦に流れる戦車隊を横から攻撃すると、鉤爪をふるって、戦車を潰し始めた。

 小回りが聞かず、蹂躙されていく戦車たち――。

 

 「思ったとおりか、厄介だな。 だが――」

 

 と、後方に控えていたバグラチオンのハッチから、”モビルスーツ”が発進した。

 

 

 

 「なっ!? ナチュラルのモビルスーツ!? あんなのデータに無いぞ!?」

 スマートなシルエットに、ビームマシンガンとビームナイフを装備したグレーの機体――。

 

 「速いっ!? わ、わあああ!?」

 その機体は、ゾノの懐に潜り込むと、ビームナイフをコクピット突き立てた。

  

 動きを止めるゾノ。

 戦車の中から、身を乗り出して歓声をあげる兵士達。

 

 「”ハイペリオン”の怪物、”シュライク”か――アレで未完成とは、わがユーラシア連邦とアクタイオン社もなかなかやる――」

 ゼルマンは誰ともなしに呟いた。

 それは、ユーラシア連邦と軍事企業アクタイオン社で進められていたモビルスーツ開発計画――”ハイペリオン・プロジェクト”の試作機、”シュライク”であった。

 

 

 

--------------------------

 

 「おいおい……どこにこんなに戦車を隠してたんだよ」

 アークエンジェルのブリッジ。

 機体管制を担当しているディアッカは呆れたように言った。

 

 無理も無かった。

 今までイージスとクルーゼのゼロやスカイディフェンサーで急場を凌いでいたというのに、今や自分の周りには一個大隊――凡そ40機近くのの戦車がいるのだ。

 

 そしてアークエンジェルよりやや上空の高度には、地球連合軍で広く採用されている”F-7D スピアヘッド 多目的制空戦闘機”が、コレもまた数十機の編隊を組んで飛んでいた。

 

 (トンでもねえ物量だな、どんな手段でもとるってことか?)

 

 成り行き上、味方する事になった地球軍ではあったが、この形振り構わぬ戦争のやり方というものに、ディアッカは薄ら寒さを感じていた。

 

 

 

 

 「……来るぞ」

 アークエンジェルの周りをスカイ・ディフェンサーで哨戒していたクルーゼが、甲板でイージスを待機させていたアスランに通信で告げた。

 「ッ!?」

 敵の機影はまだアスランにはまだ見えなかったが、アスランはこうしたクルーゼのカンの様なモノを信頼し始めていた。

 

 アスランはイージスのビームライフルに狙撃用のレドームを装着した。

 

 センサーの強化された”イージス・プラス”の機能と連動させる事で、精密な射撃を可能としている。

 

 (それと……新しい機能か、でもこんな機能、使い道はあるのか?)

 アスランは、コンソールを操作して、FCS(火器管制システム)の画面を開いた。

 イージスの胸元――そこに、新しく取り付けられた”プルアップ”の機能。

 腹部の装甲を、シャツを(プルアップ)くるようにして、フレームを露出させるという機能だった。

 

 なぜ、そのような機能が必要になるかといえばイージスには、本体のフレームに組み込まれた、モビルスーツ形態では使えない武装があるからであろう。 

 

 

 アスランがそんな事を考えていると、先ほどのクルーゼのカンが、アークエンジェルのブリッジからの報告で証明された。

 

 

 「艦長! ――敵モビルスーツ接近! 光学センサーで確認――AMF-101ディンです!!」

 

 

 「迎撃開始! プレゼントを積んだスピアヘッドをやらせるなよ!」

 バルトフェルドが号令を発した。

 

 

 

 

 

----------------------------

 

 ミール・ヌイ要塞に到る前にも、防衛網は幾重にも用意されていた。

 

 30~40Mの、氷雪を纏った針葉樹林は、モビルスーツを一時的に隠す事も出来る。

 永久凍土に包まれた大地は、宇宙から落とされた設置式のトーチカをカモフラージュすることも出来た。

 

 そしてそれら拠点からの苛烈な攻撃が、進軍中の地球軍を容赦なく襲った。

 

 ――見えない敵からの狙撃に、雪原を行く戦車が次々と撃破されていく。

 「どこからだ!」

 「何も無い地平なのに!」

 Nジャマーで、あらゆる索敵機器が妨害された戦場では、目だけが便りである。

 巧妙に隠された敵砲台を敵弾の斜線から目視で発見せねばならなかった。

 

 

 「――まるで旧暦のフィランド軍のようだな」

 ゼルマンがぼそり、と呟いた。

 かの軍は、ミサイルがまだ普及する前の歩兵同士の戦争において、雪原からの奇襲で無敵を誇っていたのだ。

 「そういえば、ザフトにも”白い悪魔”ってのがいるんでしたっけ?」

 「大昔の名スナイパーにも付けられた異名だな、やれやれ……」

 

 戦争は、Nジャマーによって、逆行させられてしまった。

 

 「まあ、だが、違う点もある。 その頃の戦車に暖房は付いていない」

 ゼルマンは嘯いた。

 

  

 

 「くそっ! どれだけいやるんだ!」

 遠方から寒冷地仕様のジンで地球軍の迎撃にあたっていたザフト兵が漏らした。

 撃っても撃っても後方から沸いてくる敵に、ジンのライフルの弾丸が尽きようとしていたのだ。

 

 やがて……。

 

 「見つかったか!?」

 スピアヘッドの編隊が、自分目掛けて降りてくる。

 「舐めるな! カトンボ如き!」

 

 ジンは狙撃用の大型ライフルを投げ捨て、マシンガンに持ち替えて放った。

 

 だが、戦闘機――スピアヘッドの編隊は、その攻撃を予想していたのか、散開し、ジンのパイロットの視点を混乱をさせた。

 

 (なんだあの、オレンジの機体!?)

 と、ジンのパイロットが、編隊の中に、一際派手なカラーリングをした機体を見つけた。

 

 思わず、パイロットがそこに目を奪われる――と、それをスピアヘッド側も察知したのか、そのオレンジの機体は翻るように高度をとり――共に飛行していた編隊と、ミサイルを放ち、それがジンの全身を炎上させた。

 「しまった!?」 

 そしてオレンジの機体は上空から急降下すると、燃えているジンのコクピットに、トドメを差すようにミサイルを放った。

 「うわああっ……!」

 

 絶命する、ジンのパイロット。

  

 

 ――一方、移動砲台たる、モビルスーツを失った事で、付近に潜伏していたトーチカ班達は撤退を始めた。

 牽制と、陽動を担当していたモビルスーツを失っては、場所を察知されて狙い撃ちをされるだけである。

 

 と――。

 

 「撤退する兵士も皆殺しだ――誘導焼夷弾を使え」

 ゼルマンは、逃げ出した兵達を焼き殺すように命じた。

 

 あたり一体を焼け野原にする焼夷弾が戦闘機から放たれ、逃げ惑うコーディネイター達はその身を灰に変えられてしまった。

 

 「あのオレンジのスピアヘッドは、”黄昏の魔弾”ハイネ・ヴェステンフルスか」

 「ええ、思い上がったコーディネイター達に思い知らせてやりましょう。 地球軍にまだ兵有りということをね」 

 「ふむ……」

 部下の言葉に満足そうにゼルマンはうなずいた。

 

 

 

 

------------------

 

 

「くそ! 近づけない! 足つきめ!」

 「あれだけ大きな的なのに……うぉ!?」

 3個小隊のディンが接近してきたが、アスランの狙撃に、一機が爆散する。

 

 「くそ! 大気圏内なんだぞ! あんな精密な射撃!! ――うわあッ!?」

 撃破された僚機に気を取られていたディンもまた、クルーゼのスカイ・ディフェンサーのビーム砲に射抜かれていた。

 

 「アスラン、腕を上げたな!」

 「――ッ!」

 アスランは無言で、ライフルを撃ち続けた。

 

 

 

 「ディンが九機か――やれやれ、普段だったら脅威だが、この状況ではな」

 バルトフェルドが言った。

 

 普段は、アークエンジェルとイージスとスカイディフェンサーしかいない状況で敵を迎撃するが、今回は周囲に大量のタンクが居る。

 

 無論、空を舞うディンに砲撃を当てられるタンクなど居はしないが、アークエンジェルへの接近を牽制する事くらいは出来る。

 

 結果的に、普段は敵への攻撃、追撃、防御、牽制、索敵と多種多様な対応を臨機応変にとらなければいけないアスランやクルーゼの負担を劇的に減らす事が出来た。

 そのため、アスランは敵への狙撃に専念する事ができた。

 

 

 

 

 

 「……アスラン、調子よさそうだけど?」

 飛行するアークエンジェルの下で、イザークとラスティもまた、ジン・タンクを走らせてた。

 その後ろに、ユーラシアの戦車部隊が付いている格好だ。

 「……ラスティ、貴様」

 先刻の事を思い出し、その真意をラスティに問おうとするイザーク。

 「イザリンも、あの調子で頼むよ?」

 「ッ!」

 しかし、ラスティは答えることも無く、煽るような一言をイザークに言った。

 

 そして、ラスティは機体を加速させた。

 前方に、敵機が見えたからだ。

 

 「バクゥ!?」

 「イザーク、ビームサーベルに気をつけてね! バッサリ持ってかれるよ!」

 

 前方からは、雪を散らして駆けてくる巨犬、バクゥの姿。

 「イザーク! バクゥが来たわ、気をつけて!」

 無線からは自分を案ずるフレイの声が聞こえた。

 「――俺にだって戦う理由があるなら、無理を通してみせる!」

 イザークは、ラスティに倣って、機体を前進させた。

 「イザーク!?」

 「ぬあああ!!」

 リニアガン・タンクよりは、ジン・タンクの方が接近戦をこなせる筈であった。

 イザークは、友軍機を守るため、味方の砲撃に巻き込まれないギリギリの所まで、機体を加速させた。

 

 「いくよ!」

 ラスティのジン・タンクがバズーカを放つ。

 バクゥはそれを難なく回避しようとする。

 だが――。

 

 バッ!

 

 「ネット?!」

 

 バズーカの弾丸は、着弾直前に弾けて、巨大なネットが広がった。

 「イーザリン!」

 「ちっ! そんな気遣い――だが、……いただくぞッ!」

 

 ネットに絡まったバクゥを、イザークのタンクが狙う。

 

 ドドドド!!

 

 レールガンとミサイルが放たれ、バクゥに命中する。

 「わ、わああああ!!」

 バクゥが、爆発する――イザークが、敵機を撃墜したのだ。

 

 「や、やった……! やったぞ!」

 初めての、撃墜であった。

 奇妙な高揚と感動が、イザークを包む。

 「油断しないで! まだ何機かいる!」

 ――が、そんな呆けたイザークに、ラスティが怒鳴った。

 

 「ッ……わかっている!」

 イザークは、我にかえると操縦桿を握る手を改めた。

 

 

----------------------

 

 「司令! 第二防衛ライン突破されました!」

 「――こんな短時間で? 予想より2時間速い!」

 「敵軍の数は凡そ――四個師団!」

 「大型戦艦を含めてそんな数……よく集めたわね。 ナタルやジェーンとの連絡は!?」

 「不・明! 通信、いまだ復旧できません!」

 トノムラ、チャンドラ、クロトの三人が、司令室で次々に報告を上げていた。

 

 「進軍スピードも速いですが、予想よりも敵に被害が出せてません」

 「動きが良いわね。 総司令官はタリア・グラディスかしら? ……敵軍にも複数のモビルスーツがいるということだけど」

 「ええ、こりゃまずいかも……」

 ロメロ・パルが要塞を中心とした防衛ラインの図を表示した。

 予想される敵の数と、進行方向を記した地図が映し出された。

 

 味方は青、敵は赤で表示される。

 画面は赤で埋め尽くされていた。

 

 「――アークエンジェル隊に部隊を裂きすぎた? いえ、それでも、アークエンジェル隊に損害は出せていない……」

 「間もなく、ロアノーク隊とハレルソン隊が出撃します」

 「こうなれば、彼らに任せるしかないか……」

 

 

--------------------------

 

 

 「――早いじゃないか!」

 エドワード・ハレルソンは、司令部からの連絡を受け取って、声を上げた。

 

 雪原に、真赤なディンが幌を被って隠されている。

 旧世代的な、ケーブル車から伸ばされた受話器を置いたエドは、ディンのコクピットに戻った。

 

 「さって……スウェン。 友達から、例のイージスの話、直で聞いたんだって?」

 「ああ……」

 部下のスウェン・カル・バヤンにエドは通信した。

 「シャムスやミューディーの話では、イージスの最も恐ろしい能力は……格闘戦における戦闘能力だ」

 「ヒューッ!!」

 エドは口笛を吹き、大げさ声を上げた。

 「ってことは、俺と同じか?」

 「エド――いや、隊長、まさかその敵に接近戦を仕掛けるつもりか?」

 「ああ、その通りだ」

 「何故敵の術中に入る!? たとえお前――隊長がイージスと同じく、モビルスーツ格闘戦のエキスパートだとしても、敢えて敵の土俵に入ることはあるまい。 それに、ヤツに敗れたエース達も皆、接近戦でトドメを……」

 「そこだよ、スウェン」

 エドは、頭を振った。

 「そうせざるをえないのさ。 俺より前にヤツとやった、モーガンの旦那やイメリアの事を思い出してみろ」

 「……」

 二人とも、モビルスーツ戦においては、エドに全く劣らない戦闘技術を持っていた。

 その二人が、シャムスやミューディーですら見抜いた、格闘戦に特化した敵の力を見抜けないはずは無かった。

 

 「と、いうことは、遠距離から仕留められる相手じゃないってことさ。ヤツにはフェイズ・シフト装甲もあるしな」

 「ッ……」

 スウェンは押し黙った。

 

 「デュエルにストライクとか……”ガンダム”っていうんだっけか?」

 エドが、スウェンに聞いた。

 「確か、そういう呼び方もある」

 OSの頭文字を繋げてそう呼ぶらしい、とスウェンは答えた。

 「俺が乗るなら……そうだな、”ナイト”ってのはどうだ? ”ナイトガンダム”。 馬鹿でかい剣とかランスとか持ってさ、”切り裂きエド”にはピッタリだろ?」

 こんな状況でも余裕を崩さないエドに、スウェンは呆れたようにそうだな、とだけ言った。

 「まっ……こいつでも……十分やれるがな」

 エドは、機体を立ち上げた。

 

 「剣での戦いに、俺は負けんさ――だからこの機体を用意したんだ」

 

 エドの機体には、腰に二本のビーム剣が用意されていた。

 真紅に塗られたディン・レイヴン――通常のディンよりもパワーと飛行能力が向上され、更にミラージュ・コロイド技術を応用し、ステルス性も高められている。 その上に、さらに”切り裂きエド”の為の調整がなされ、彼はそれに”ディン・カトラス”という名前を付けていた。 

 

 そして、更なる秘策も、エドたちは用意していた。

 

 「安心しろって――命を粗末にするつもりは無いさ。 各員、モビルスーツを起動! ――グゥル・イフリートにも火を点けろ、離脱するタイミングを誤るなよ!!」

 エドは、機体を今度は宙に浮かせた。

 

 

-----------------------------------

 

 

 アークエンジェルは、予定通りに敵の拠点を幾つも突破していた。

 

 やがて、敵の機影も見えなくなり、空白の地帯を通過するようになった。

 要塞はまだ、ぼんやりとも見えない。

 

 

 アスランは、機体を落ち着かせると、甲板に設置されたモビルスーツ用の電源ソケットからケーブルを引き出し、イージスの腰に突き刺した。

 

 イージスのバッテリーが充電されていく。

 

 クルーゼも先ほど一度ドックに戻り、バッテリーや燃料の補給を行っていた。

 

 「――アスラン、大丈夫か?」

 ディアッカが、アスランに声を掛ける。

 「ああ……」

 「イージスのバスケット、空けてみな?」

 「えっ……」

 

 アスランはコクピット脇にある、バスケットをあけた。

 「これは……」

 「チャーハンは、流石に食えねえだろうからオムスビだ」

 「オーブの料理か……ありがとう」

 「焼きミソが入っている、疲労に効くぜ? 喉に詰まらせんなよ」

 アスランはバイザーをあけて一つオムスビを食べた。

 かなり味が濃く、しょっぱかったが、確かに疲れた体にはうまかった。

 

 クルーゼもまた、食事を摂っていた。

 クルーゼの場合はチューブで吸う流動食だ。

 カフェイン入りのクリームソースチャウダーである。

 

 「アスラン、水を飲みすぎるなよ、トイレに行きたくなるぞ」

 クルーゼがアスランも弁当を食べている事に気づいて言った。

 当然、食事を摂れば、水も飲むだろうということだ。

 「えっ?」

 発言の意味がわからず、アスランは声を上げた。

 「戦闘中は漏らせばいいが、哨戒中に気が散るのは命取りだ」

 「ああ……」

 

 戦闘機乗りとしてのキャリアもある、クルーゼならではのアドバイスだった。

 

 

 「――ッ! 何か来る」

 と、クルーゼが呟いた。

 「!」

 アスランは弁当をバスケットに仕舞うと、イージスを直ぐに準備させた。

 

 しかし、イージスの高感度センサーには反応が無い。

 クルーゼのカンが外れたのか? だが……。

 

 

 「――艦長! 高速で接近する敵影、数6!」

 メイラムが、バルトフェルドに叫んだ。

 「何!? このスピード、戦闘機!? いや、まさかミサイルか?!」

 

 モビルスーツでは、ありえない接近速度である。

 だが、その実体は、どちらでもなかった。

 

 「いえ――これは、モビルスーツ用の輸送機、グゥルです! 大型のブースターが装着されている機種の模様!!」

 「――突っ込んでくるのか!? スピアヘッドは散開して後退! 戦車隊には支援砲撃を要請しろ!!」

 

 

 

 

 「ヒャッホオオオオオオオ!! 目を回すなよ! スウェン!!」

 「グッ……!」

 凄まじい、重力の荷重に耐えながらも、6機のディンは必死でモビルスーツ輸送用の高速戦闘用SFS(サブ・フライト・システム)――”グゥル・イフリート”にしがみついた。

 

 

 

 

 「特攻でもするつもりか!? 撃ち落すぞ! アスラン!」

 「――グッ!」

 

 アスランは、狙撃用のライフルを構えた。

 

 (速過ぎる――!?)

 全部は撃ち落せない、アスランは直感で悟った。

 

 

 「ええい!」

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーは、接近する六機のグゥルのうち、一機をロックすると、ビームとミサイルを放った。

 

 

 「迎撃!」

 バルトフェルドもCICに命じる。

 アークエンジェルからゴッドフリートと滞空迎撃用ミサイル・ヘルダートが発射された。

 

 だが、

 「間に合わんさ! いっけえええ!!」

 エドワード・ハレルソンのディン・カトラスは、グゥルからパッと機体を離した。

 

 ――そして、スウェンら、他のハレルソン隊の乗る、機体もそれに倣った。

 

 

 「特攻ではない、SFSだけ、ぶつける気か!?」 

 「させるかー!!」

 ビームと、突っ込んでくるグゥルとが、交差する。

 

 

 「あ、あああああ!?」

 しかし、その内、他の機体より更に速く、突っ込んでくるグゥルが一機あった。

 しかも、そのグゥルは、背にまだディンを乗せている。

 

 ――コクピットを襲う、激しいGに、タイミングを逃して機体を離脱させ損ねたパイロットがいたのだ。

 「バカッ!?」

 エドが叫ぶが遅かった。

 

 

 「あッ!?」

 ――そのディンとグゥルは、減速せずに、アークエンジェルの真横をそのまま通り過ぎて――空中分解した。

 恐らく、グゥルのエンジンが限界を超えた加速に、オーバーヒートしたのだろう。

 

 

 ――だが。

 

 ドォアアアアア!!

 

 ただ、機体が爆発とは思えない、激しい閃光が、アークエンジェル後方に発生した。

 

 (機体の爆発だけじゃない、ありったけの爆薬を積んで――!?)

 それを見たアスランが、アークエンジェルの危機、という事に気が付く、

 

 「ッ!!」

 クルーゼもまた、とっさに反応して、突っ込んでくるグゥルの内二機をビームで落とす。

 

 ドォオオオン!!

 

 こちらも激しい爆発を起こしたが、アークエンジェルに直撃はしなかった。

 

 「ええい!」

 アスランもまた、ギリギリで2機を撃ち落す。

 

 ――此方も激しい爆発を起こした。

 

 「――あと一つ!!」

 アスランは、目を爆炎と閃光に奪われながらも、もう一機を狙おうとする。

 だが、

 (やっぱり、間に合わないか!?)

 グゥル・イフリートはもう――アークエンジェルにぶつかる寸前であった。 

 

 「ええい!」

 アスランは、咄嗟に決断した。

 

 アークエンジェルの甲板を蹴って、空中に飛び出したのである。

 そして、シールドを構え――。

 

 

 ドォオオオオオオオン!

 

 「うぉおおおおお!」

 突っ込んでくるグゥルに、体当たりした。

 

 

 

 「――お!?」

 エドは、よもや仕留めたかと期待する――だが。

 

 イージスは、空中を舞っていた。

 シールドだけが、バラバラに砕けて、破片となって地面へ落下していった。

 

 「ハハッ!! そりゃ、そうか!」

 そんなに楽な仕事ではないのは、エドには覚悟の上だった。

 

 

 

 「スウェン! 予定通りだ、お友達の出番だぜ!」

 「ああ――あいつらならやってくれる!」

 「――それじゃあ行くぜ! ヤタガラス戦法だ!」

 

 

 

 

-------------------------

 

 

 「艦長! 敵艦補足!!」

 「なにっ!?」

 一難去ったアークエンジェルの下に、更なる敵の知らせが届いた。

 「――これは、レセップス級寒冷地改修艦、”バルテルミ”です!」

 「月下の狂犬の船か!?」 

 

 以前、アスランがイージスで狙撃した、モーガン・シュバリエの母船であった。

 そして――。

 「更に前方、機影10! ザウートです! あの編成から、バイカル湖の生き残りと推測されます!」

 

 「――ザフトの英雄の亡霊たちか!」

 

 今まで、アスランが倒して来た、英雄の遺志を継ぐ者たち――憎悪と、覚悟を持った――戦場で最も恐ろしい手合いが、そこには待ち構えていた。

 

 

--------------------------

 

 「イメリア隊長の残した機体で、目標を破壊するッ!」

 「シュバリエ隊長が言ってた――いいナチュラルは死んだナチュラルって――」

 

 アークエンジェルの前方、陸上戦艦バルテルミからは、モーガンが使用していたものと同じタイプの強化されたバクゥ――バクゥ・スタークが発進していた。

 パイロットは、彼の一番の部下であった、ミューディー・ホルクロフトである。

 

 

 そして、それを取り巻くように配置したザウートを指揮する一際大きな大砲を背負った機体――イメリアの使っていたバド・ザウートの同系機に搭乗しているのは、彼女の弟子とも言えたシャムス・コーザであった。 

 

 「出来ればイージスをこの手で倒したかったが――スウェンとハレルソン隊長にそれは任せる」

 「わかってる、私たちは地上のタンク部隊を止めればいいんでしょう?」

 「ああ、みんなミューディーと宜しくやりたがってるぜ!」

 

 

 ザフトの地上部隊が、攻撃を開始した――。

 

 

 

----------------------------

 

 「いよいよ敵も本気か! イザーク! ラスティ! 頼むぞ!」

 アークエンジェルのブリッジ、バルトフェルドが叫ぶ。

 「あいよ!」

 「了解しましたッ!」

 

 「……カナード特尉、そちらの準備もどうか?」

 バルトフェルドは、ドックに居る”特務部隊X”の面々にも通信を飛ばした。

 

 モビルスーツは、地上においても高い戦力を誇るが、一個だけ明確な欠点があった。

 それは、”長時間の移動速度”が、遅い事である。

 瞬間的なスピードは、宇宙船の技術を応用したブースターなどで持つことは出来たが、地上での基本的な移動は、足である。 

 それは、如何なる地形をも走破する万能の移動手段ではあるものの――燃費も悪く、速度自体は、戦車に劣った。

 

 そのため、カナード達は、戦闘あるまでドックで待機していた。

 「シュライクの準備は出来ている」

 「百舌(シュライク)か……妙な名前のモビルスーツだね」

 「由来は知らん」

 「クッ……そ、そうかい」

 相変わらず無愛想なカナードに苦笑して、バルトフェルドは通信を切った。

 

 

----------------------------

 

アークエンジェルから飛び降りたイージスは、そのままディンとの空中戦を強いられていた。

 

 強化スラスターが取り付けられた、イージスプラスA型装備がそれを可能にしていた。

 

 (そろそろか――)

 

 ダッ!!

 

 しかし、長時間、モビルスーツのまま空を飛ぶ能力までは無い。

 スラスターがオーバーヒートしてしまうし、一度に噴出できる燃料の量は決まっていた。

 

 そのためアスランは、時折、アークエンジェルの甲板や外壁に取り付いて、ブースターの冷却と推進剤の循環をしながら空中戦を繰り広げていた。 

 

 (シールドを壊してしまったから、モビルアーマーになれない――)

 イージスが大気圏内で、戦闘機のようなモビルアーマーに変形するには、シールドが必要だった。

 計算された角度が生む、空力制御が、イージスの飛行を可能にしていたのであった。

 

 シールドが機首に取り付けられない今の状態では、変形しても上手く方向転換がとれない、逆にあらぬ方向に飛んで行って、危機に陥ってしまうだろう。 

 

 

 「おちろっ!」

 アークエンジェルの外壁を蹴って、再び空に舞ったアスランが、ディンめがけてビーム・ライフルを放った。

 「うわっ!?」

 ディンのうち一機が、ビームに貫かれて爆発する。

 

 「アスラン! 地上で待ち伏せに合ったようだ! 早くコイツらを始末して支援に向かうぞ!」

 クルーゼも、スカイ・ディフェンサーでアスランを援護する。

 

 

 

 「イージス、やはりかなり出来るようだ、空中戦もこなせるとはな、だがっ! 迂闊!」

 エドは、イージスの瞬間の隙を捉えて、ライフルを放った。

 「……そんなもの!」

 だが、アスランは、そのまま射線に真っ向から突っ込んできた。

 「わざとか!?」

 

 カアン!!

 

 ライフルを肩と腕の装甲で受け流して、イージスは真っ直ぐエドのディン・カトラスに向かってきた。

 

 「噂の装甲か! ディンのライフルでは仕留められんか! ――スウェン! これ以上こちらの損害が出ないうちに、例の作戦でやる!」

 「ああ! 長期戦はこちらが不利だ!」

 

 ハレルソン隊のディンたちは、背中に、左手を回した。

 

 「――?」 

 アスランは一瞬、敵が何をしているのか、判断できなかった。

 だが、次の瞬間、ディンたちは、腕に見覚えのある武器を装備していた。

 「アレは、ブリッツの――!?」

 左腕に装備されている、鉤爪”グレイプニール”にそれはよく似ていた。

 モビルスーツを掴んだら最後、滅多なことでは離さない捕縛用の兵器。

 おそらく、ブリッツのモノを解析して作ったものであろう。

 それは、オリジナルとは少しばかり形を変えていて、どれかというとのその形は、爪と言うよりは、カラスの嘴に似ていた。

 

 「”クロウビル”を使うぞ!」

 アスランを取り囲むようにして、三機のデインが接近した。 

 そして、

 

 スパンッ!!

 

 スパンッスパンッ!!

 

 皆一様に、腕に装着したワイヤークローアーム”クロウビル”を射出した。

 

 「っ!?」

 アスランはそれを避けようとしたが、

 「しまった!?」

 見慣れぬ武装に、動きが読めず、足が掴まれてしまう。

 

 「もう一度だ!」

 スパッ! スパンッ!!

 

 再度、外した二機が、クロウビルを射出する。

 今度はイージスの両の腕を捉えて、アスランは捕縛されてしまった。

 

 「う、うわああああああ!?」

 「三本の爪、ヤタガラス戦法だ!」

 「!?」

 

 ディンが三体がかりで、イージスを引っ張った。

 懸命にバーニアを噴かして離れようとするイージスであったが、三対一では流石に振り切れなかった。

 

 「くそっ!」

 「やらせん!」

 捕縛されたイージスを助けようとするクルーゼ、しかし、それをスウェンのディン・レイヴンが遮る。

 「チィッ!」

 

 

 「よし、スウェン、いいぜ! それじゃ――ご愁傷さまだが、イージスのパイロット、焼け死んでもらうぞ!」

 「なんだっ!?」

 ディンのコクピットの中、三人のパイロットが、スイッチを押した。

 

 「塵芥になれ! イージスのパイロット!!」

 

 ビビビビビビビイ!!!

 

 

 

 「あっ!?」

 アスランの目の前が真っ白になった。

 

 

 

 

 バアアアン!!

 イージスの機体が発光する。

 

 「うわああああああああああ!!」 

 ワイヤークローを通じて、超高圧電流が流されたのだ。

 

 

 シュウウウン、とイージスの機体が灰色に染まっていく――。

 

 

 「やった……!」

 

 エドのカトラスを含む、三体の機体が、地上に降りていく。

 

 

 「アスラン……!?」

 クルーゼが、その様子に絶句する。 

 

 

 「やりました、隊長!」

 「ふむ……」

 

 灰色に変わり、動かなくなったイージスを見下ろす三体のディン。

 

 

 

 

 

 

 「イージスをやったのか!?」 

 アークエンジェルや戦車部隊と砲戦を繰り広げていたシャムスが叫んだ。

 

 「アスラン!?」

 イザークが、イージスが落ちたのとの知らせを聞き、絶句する。

 

 

 「アスラン……! 嘘っしょ!? アスラン……!?」

 ラスティもまた、機体を後退させ、呆然とする。

 

 

 

 

 

 

 「隊長、この機体を捕獲します!」

 エドの部下が、ワイヤーを張りなおして、イージスを持ち帰ろうした。

 「いや待て、破壊する」

 が、エドはそれを制した。

 この敵は、幾つものを友軍を倒してきた宿敵なのだ。

 今此処で、破壊しておかねばならない気がしたのだ。

 「ですが……この機体、持ち帰って分析すれば……」

 

 確かに、それが最も自軍の為になるだろう。

 唯一取り逃した、この機体を持ち帰れば、あるいは……だが……。

 

 

 

 

 

 「アスラン! 死んじゃうのかよ! アスラン!!」

 ラスティが、通信機を通じてアスランに叫んだ。

 「ラ、ラスティ……?」

 イザークや、ディアッカにも、その声が入る。

 

 「嘘でしょ? お前が、降りてきたから、俺はもう一度生きる気にもなってきたんだよ! アスラン! アスラン!!」

 ラスティの声は続く――。

 と――。

 

 

 「……さっきの嘴みたいなやつのせいか」

 声が、聞こえた、アスランの……。

 

 

 

 「アスラン!」

 「無事だったか!?」

 「パイロット及び回路保護の為、全エネルギーの80パーセントを放出……これじゃ動けない、フェイズ・シフト装甲解除……再起動」

 

 

 「待て! アスラン、今行く!!」

 「ラスティ、俺も!!」

 二体の、ジン・タンクがアスランが落下した地点に、加速する。

 

 

 

-----------------------

 

 電流は、アスランの体を一瞬貫いた。

 しかし、イージスの優秀な設計は、コクピットを完全な感電から守っていた。

 

 が、アスランはショックの瞬間、死を覚悟した。

 

 ――死。

 

 それが、アスランがずっと遠ざけていた記憶を強く呼び覚ませていた。

 

 

 あれは、ザフトが形になったばかりの頃。

 プロタイプのジンを載せた船が、連合の第八艦隊の末端と遭遇したときだ。

 

 アスランは、死を覚悟した。

 コクピットの直ぐ近くに攻撃を受けて。

 そのときだ、戦友とも呼べた、グゥド・ヴェイアと共に、敵軍を全滅させた。

 

 

 

 

 しかし、アスランが、強く死を感じたのはその後だ。

 

 

 それから暫く経って、ヴェイアが脱走した。

 アスランは、父に命じられ、それを追撃にする任務についた。

 

 「――俺はお前の代わりに、パトリック・ディノにモルモットにされたんだよ!」 

 戦闘の最中、ヴェイアは言った。

 

 「”SEED”を試すために、俺を何度も死線に送り込んでな!」

 それを必死で否定したのを覚えている。

 

 温厚な少年であった筈のヴェイアは、そのときはまるで残忍な殺人鬼の様に変貌していた。

 

 「SEEDが現れるってのはなぁ! もう人間がダメになるってことなんだ……ダメになるってのは、遺伝子弄くられてってことなんだよ!」

 

 「人間って種族が滅びる寸前まで行って目覚める力なんだよ! つまりコーディネイターってのはそうだってことだ! 何が人類の進化だよ! ハハハハ!!」

 

 「テメェも一緒だ! 子供も残せないような弄られ過ぎたコーディネイターも! ――戦うために作られた俺も! だから――!」

 

 

 

 激しいモビルスーツ戦の末、二人は白兵戦になった。

 

 生身での――。  

 

 

  

 

 

 「アレックス! 何故戦わん!? ヤツはナチュラルのスパイだったのだ! 殺せ! あそこにいるナチュラルごと――」

 

 

 そして、アスランは父に、命じられるままに。

 

 

 「……ギャアアアァアアア!!」

 

 

 

 

 

-----------------------

 

 

 

 

 そして、アスランの体が、弾けた。

 

 

 

 

 「――トゥォオオオオッ!」

 OSが再起動すると同時に、イージスを持ち帰ろうと接近してきたディンのコクピットを仰向けに寝転びながら、キックの要領で――脚部ビーム・サーベルで貫いた。

 

 「わぁっ!?」 

 声にならない叫びを上げて、ディンのパイロットが絶命する。

 

 そのまま、勢いで、イージスが起き上がる。

 

 

 「なっ!? パイロットも機体も生きてたか!」

 エドのディン・カトラスがイージスから咄嗟に離れる。

 

 アスランのイージスは、ビーム・サーベルを振るっていた。

 それはディン・カトラス装甲を僅かに掠めていた。

 

 「ハ、ハレルソン隊長! わ、わあああ!」

 「落ち着け! ――ッ!?」

 と、イージスが、体に取り付いていた”クロウビル”のワイヤーを逆に引っ張った。

 「チィ!」

 エドは咄嗟に武装を振りほどいたが、部下のディンは、自分で張ったワイヤーに逆に引っ張られていった。

 

 「うぉおおおおお!!」

 ディンの機体は軽く、パワーも一対一ならイージスと比べられないほどに非力だ。

 ディンはそのままなすすべなく引き寄せられ、そのまま吸い寄せられるように、イージスのサーベルへと――。

 

 

 ズアアアアン!!

 

 またも、一体、コクピットを貫かれて、ディンが動かなくなった。

 

 

 

 「……くそ、やはりこうなったか、だが――」

 最後の一体になった、エドのディン・カトラスが、イージスと対峙する。

 

 エドのディンは、腰のホルスターに装着されたビームソードを抜いた。

 それはビームの刀身がやや短めの曲刀――ビーム・カトラスであった。

 

 

 「相手になるぜ、イージス。 俺は剣捌きだけなら、イメリアよりすごいぞ?」

  

 

 (――強い)

 真紅のディンに、アスランはヴェイアを思い出していた。

 

 そして、アスランは――

 「俺は戦わなきゃならいのか、生きる為に――」

 「!?」 

 指向性通信で、敵パイロットに、語りかけた。

 アスランは平常では無かった。その振り切れた精神が起こした行動であろう。

 「サイコなヤツだな――おれはそうだぜ?」

 「俺は、それなら……父上に会わなきゃ」

 「? ……まさか本当に噂通り……?」

 「……」

 「まあ、いいさ……それじゃ、勝負と――いこうか!!」

 

 ディンが跳ねた。

 手にはビームカトラスを携えて――アスランもまた、クローバイスビームサーベルを展開した。 

 

 「ゼエエエイ!」

 「ヘアアアアッーー!!」

 

 空中からはディンが、地上ではイージスが待ち構え、二体の機体が交差する。

 「なッ!?」

 アスランが絶句した、すれ違い様に、アスランは胸の装甲と、アンテナを切り裂かれていた。

 もう少しで、コクピットに届くところであった。

 そして、エドは。

 「スラスターが!?」

 

 背中の羽――ディンの最大の武器とも言うべき、スラスターを切り裂かれてしまっていた。

 

 

 

 「あのアスランが押されているのか!?」

 クルーゼが、地上の戦いの様子に気が付く。

 そして、接近戦で無敗を誇っていたイージスが、手傷を負った事に驚愕する。

 

 

 

 「チィッ! イージス奴! まだ動けたか!」

 「シャムス! 仕留めなきゃ!」

 また、エドとアスランの戦闘に気付いた、シャムスとミューディーも、機体を援護に向かわせた。

 

 「させるか!」

 「アスランッ!!」

 

 それを、イザークとラスティが砲撃で牽制する。

 

 「クッ!」

 「ザコがああああ!!」

 ジン・タンクに、シャムスのバド・ザウートとミューディーのスターク・バクゥが向かう――。

 

 「うわあああ! 俺とて! 俺とて!!」

 必死で、照準をあわせ、二機を攻撃するイザーク。

 

 しかし、

 「ただのナチュラルに!!」

 「やられるものかっ!」

 シャムスとミューディーは、仮にもザフトのエリート兵士であった。

 この間まで民間人で戦闘経験もなかったイザークと、モビルスーツ未満でしかないジン・タンクに倒せる敵ではなかった。

 

 「イザークは下がれ! あいつ等は俺が!」

 「くそっ! くそっ! くそっ!!」

 

 ラスティも砲撃を放つが、当たる気配すらない。

 

 そして――。

 

 「落ちろオオオ!!」

 

 バド・ザウートの射程が、とうとう二人に及ぶ。

 

 

 

 ――しかし。

 

 

 「また、会ったな?」

 アークエンジェルから、影が飛んだ。

 カナードの”シュライク”であった。

 

 

 「くううう!?」

 軽快な動きで、バド・ザウートの懐に入る。

 「フッ!」

 バド・ザウートのコクピットに、ビーム・ナイフが突き立てられようとする――。

 

 (やられる!?)

 咄嗟に、シャムスは武装の緊急排出(パージ)のボタンを押した。

 

 バアアン! と、蕾が花開くように、バド・ザウートの装甲と武装が、その身から剥がされ、痩身の本体のみが、その場に残った。

 

 その挙動に阻まれて、”シュライク”のビームダガーの刃は、シャムスに刺さることは無かった。

 

 「……チッ! あの時と同じか! 装甲をパージしただと!」

 以前、イメリアに同じ戦法で機体に手傷を負わされたのを思い出し、カナードは舌打ちした。

 

 

 「くそ! こんなに早期に素体を晒してしまうなんて!!」

 武装を使い尽くす前に装備外すハメになってしまった事をシャムスは後悔した。

 「シャムス!」

 「……わかっている! ……フォーメーションS32で行くぞ!」

 だが、悔やんでいる暇は無い。 

 ミューディーのバクゥに援護されながら、シャムスのバド・ザウートは双剣を構えた。

 

 「ハッ!」

 迫り来る2体のモビルスーツにカナードは動じることなく、ビーム・ナイフを構えた。

 

 

---------------------

 

 「スウェン……頃合を見て、離脱しろ」

 イージスから間合いを取りながら、エドは言った。

 

 「!? バカな、まだ作戦は終わっていないのだよ! ロアノーク隊も後続から……」

 「間に合わんさ……それに、俺としたことが――元シャトル乗りだってのによ、羽を切られちまった!」

 「――だが、足つきさえ落とせば!」

 「落としたところで、後続の戦車隊からは、逃げられないだろ? まあ、安心しろ――イージスだけは落とすさ、スウェン、命を無駄にするな」

 

 

 ブゥウンと、ビーム粒子の振動音が響いた。

 二本のビームカトラスを揺らして、エドのディンが構えをとった。

 

 

 「じゃあ……おぼっちゃん? ”切り裂きエド”の最期の戦いだ。 ぜいぜい楽しませてくれよ?」

 敵からの指向性通信が、アスランの耳に届いた。

 「……ッ」

 返す言葉が見つからず、アスランは無言を通した。

 

 「……おいおい、こう見えても、好きだった女に再会を誓って、戦いに来たんだ。 頼むぜ?」

 「女……?」

 「そうだよ! そういうワケ!」

 

 エドに誘導されるようにして、イージスもまた、二本のビーム・サーベルを構えた。

 

 二機が、対峙した。

 (ミーア……)

 アスランの心にも、今は確かに光るものがあった。

 

 ――二機が同時に動いた。

 

 「トゥオオオオ!」

 

 アスランの二本の剣が、エドに振りかかった。

 「――ヒュウウウウ!」

 それを、エドが二本のビームカトラスで受け止める。

 ビーム同士の干渉が、激しいスパークとなって発光する。

 飛び散ったビームの粒子が、エドのディンの装甲を焦がした。

 

 剣と剣が交わる膠着状態――と思われたが、

 「貰った!!」

 アスランが動いた。 爪先のビームサーベルを展開し、両足を薙ぎ払うように切り裂いた。

 

 ズバアアアア!!

 「なにぃいい!」

 エドのディンは、その瞬間体を支える軸を無くし、ビームサーベルの反動に吹き飛ばされる――だが、

 「まだまだぁあああ!!」

 エドのディンは上半身だけで飛んだ――足を切られた分、機体が軽くなって、破損したスラスターでも飛べたのだ。

 「ブースター出力最大ッ!!」

 

 

 空中に飛んだ、ディン・カトラスは、翼状のスラスターを大きく広げ、そのまま地面に向けて加速、鳥が獲物を狙うように、イージスに飛び掛った――。

 「ああ!?」

 アスランはその異様に思わず怯んだ。

 「はああああ!!」

 ディンが、イージスに組み付き、アスランのイージスは仰向けに組み伏せられる。

 

 「――戦いには負けたが、剣の勝負には勝ったぜ! イージスッ!!」

 「グゥ!?」

 

 そのままディンは、ビームカトラスを突き立てようとする。

 目前に迫るカトラスの刃――しかし、アスランは冷静だった、一度死を覚悟した事が、アスランに更なる覚醒を生んでいた。

 ――アスランの脳裏に、イージスのあらゆる情報が駆け巡る。

 そして、

 

 (!? 腹の装甲が、弾けた!? 何を!?)

 と、刃をコクピットに突き立とうとしたとき、エドの目には、腹部装甲を捲くる様にしてパージするイージスの動きが見えた。

 そして、その装甲に隠されていたフレームの中には――。

 

 (ビーム砲――スキュラとかいう――!?)

 

 

 そう、おもった次の瞬間、エドの全身は、スキュラの光に焼き尽くされていた。

 

 

 

 

-----------------------------

 

 

 ビュウウウウウウ!!

 

 イージスの腹部から放たれた光線が、ディンを貫いていた。

 

 

 ――モビルスーツ形態でも、スキュラを使えるようにする補助兵器、プルアップユニット――。 

 

 スキュラは本来、機体回路を組み替えたモビルアーマー形態での使用が前提であるため、出力は通常の70パーセントが限度である。

 またフレームを露出することになるため、機体の中心部を丸裸にする、諸刃の刃であった。

 

 しかしながら、至近距離で放てば如何なる敵を倒すのに十分な威力となるであろう。

 たった今、エドのディン・カトラスを倒したように――。

 

  

  「エド!?」

 スウェンがその様子を見ていた。

 「剣の勝負に拘るからだ……!」

 コクピットの画面を叩く、が、彼はハレルソン隊の副官なのである――生き残りは最早自分のみだったが。

 スウェンは止むをえず、クルーゼのスカイ・ディフェンサーを牽制しながら、自身のディンを退かせた。

 

 「ミューディー! シャムス! ロアノーク隊と合流する! 一時撤退だ!」

 「そんなっ!?」

 「”切り裂きエド”まで敗れたというのか!?」

 そして、カナードのシュライク、イザークとラスティのジンタンク交戦中だったシャムスとミューディーにも撤退の連絡を送る。

 

 「ここまで来て……なんとかならないの!」 

 「――退くぞ! ミューディー!」

 「えっ!?」

 

 シャムスが、退却を口にした。

 それに驚くミューディー。

 普段ならば、シャムスこそ、よほど敗色が濃厚にならない限り、撤退しようとしないのに……。

 「イメリア教官が言ってた……戦いは、常にこの一戦で決まるのではないと思えって……」

 「――! わかった……」

 

 その言葉に、シャムスの覚悟を感じたイメリアは、バクゥを退かせた。

 「シャムス、乗って!」

 「クッ!」

 装甲を脱いで細身になったバド・ザウートは、ミューディーのバクゥの背に乗った。

 彼らの後続についていたバクゥやザウートは、撤退命令を聞くと、緊急離脱用のブースターや、母艦であるバルテルミに乗り込んで退却を始めた。

 

 

 

-----------------

 

 

 アスランのイージスは、雪原に倒れたままになっていた。

 アスランは、生きていた。

 

 「まだ、生きてるのか……俺」

 

 

 「アスラン……!」

 と、アスランの耳に、通信機を通してラスティの心配する声が届いた。

 

 「……ラスティ、俺は……」

 「え?」

 アスランは、ラスティだけに、指向性通信を送った。

 

 

 「戦争に、巻き込まれそうになったんだ。 父上に言われて。 だけど、嫌だった。 それは、父上が……父上が……」

 

 敵は撤退した。

 アークエンジェルはイージスを一旦改修する為に高度を下げてきた。

 

 アスランは、ハッチを開けた。

 シベリアの寒風が、コクピットの中にすぐさま入り込んでくる。

 

 「生きるしかないじゃないか……」

 

  アスランは風に一人、泣いていた。

 ノーマルスーツ越しのはずなのに、身を切り裂く風が、ただ痛かった。

 

 アスランは、耐えるしかなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 32 「ミール・ヌイの激戦」

 『俺が苦しいと思ったことも、全てこの大きな戦争の中に消えていく気がした。

 だが、そうであるならば、父上のやろうとしていることも、また……』

 

--------------------

 「情報どおりですね」

 『うむ……ラディ……中将、流石の……ですな』

 ボナパルトの豪奢な艦長室、一人の女性将校が帽子を脱いで、通信モニターに向かっている。

 Nジャマーの干渉が酷く、相手の音声が時折乱れる。

 「ジブラルタルや黒海の部隊が動けば、我々は一溜りもなかったものを」

 『後ろを……ことはありますまい。 これだけの戦力があれば、後はユーラシア伝統の縦深攻撃で……でしょう』

 「兵達の被害がいくらでるかわかりませんけどね……」

 

 

 と、轟音が艦長室にも響いた。

 ――ボナパルトの主砲が発射されたのである。

 「予定通りですね。 ――では」

 『この戦いを……後世史家は何と……でしょうな』

 「……そうですね。 差し詰め、宇宙紀元(コズミック・イラ)におけるカンナエ……いえ……旅順攻略戦――でしょうか」

 『フフ……皮肉……ですな』

 

 モニターの電源が消え、部屋の明かりが落ちる。

 「グラディス中将、お時間です。そろそろブリッジへ」

 「いやな男……」

 「ええっ」

 「違うわ……こちらの話よ」

 

 女性将校は帽子を被りなおして、部屋を後にした。

 

 

-------------------------------

 

 「セーフティーシャッターが下りたお陰で、コクピットへの感電は防げていたみたいだけど……」

  医務室から出てきたアスランを、フレイとミゲルが支えていた。

 「――心的ショックが心配ですが、今のところ体に問題はなさそうです」 

 軍医のアビーが、ミゲルに耳打ちした。

 「大丈夫かよ、アスラン?」

 コクピットから、彼を引っ張り出したミゲルは、それを聞いて、心配そうにアスランを覗き込んだ。

 

 「問題ありませんよ……」

 アスランは、二人に借りていた肩を外すと、自分の足で歩き出した。

 「少し休めよ、アスラン」

 「――敵は、大丈夫なのか?」

 「イザークも出てるわ。 アスラン、酷い顔してるわよ……」

 「……ああ」

 

 アスランは、二人に促されるまま、パイロットの控え室に入った。

 そのままアスランは、ベンチに横になった。

 

 (……生きてる)

 アスランは、いつの間にか閉じ込めていた記憶を、先刻の戦いの最中思い出していた。

 (……父上)

 アスランは、自覚していた。

 自分が戦ってきた理由を。

 「――本当は、俺は父を……」

 ぽつり、とアスランが呟くと、それに返る言葉があった。

 「……アスラン?」 

 えっ? とアスランは体を起こして声のした方向を見た。

 「ミーア……」

 どうしてここに、と言う間もなく、ミーアはアスランに目線を合わせた。

 

 「ハロハロ」

 ピンクのハロが、ラクスの掌か差し出された。

 「ハロが、貴方の居るところを教えてくださるのです」

 そんなはずは無かった。

 作った本人がそんな機能が無いのを知っている。

 「また、辛そうなお顔」

 「……気付いてしまったんですよ」

 ラクスが、きょとん、とした顔になった。

 「俺は、本当は戦いたかったんです。 辛くて、苦しくて、逃げ出したのに。  それでも本当は、ある人にわかってもらいたくて、戦いたかったんです」

 「……アスラン」

 「ごめんなさい、こんな話……」

 アスランはハロを、手に取った。

 ハロはコロコロと手の中を踊った。

 

 「戦う事は恐ろしい事ですわ。 でも、それでも貴方がそれを望むのであれば、きっと何か意味があるはず……アスランの行方が、健やかでありますよう、私は祈っておりますわ」

 

 そして、ラクスはアスランに頬を寄せた。

 

 父を止めたい。

 アスランはそう思っていた。

 

 それが、このまま、地球軍の一パイロットとして戦う事なのか。

 それとも”アレックス・ディノ”として、プラントに戻るべきなのか。

 

 この時のアスランには、決めようも無かった。

 

 ただ、アスランは、もう逃げようとは思わなかった。

 このまま戦い続け、行き続けて、父と同じ世界を生きようと思った。

 

だが、それを選ぶという事は、彼が、自身の最大の障害と対決する事を意味していた。

 

 嘗ての親友、キラ・ヤマトとの……。

 

-------------------------

 

 

 「南西を主として、ユーラシア軍、八方面からミール・ヌイ要塞に接・近! それから……これはパターン解析、間違いありません! アークエンジェルです!」

 クロトが司令室でマリューに告げた。

 「ええい! なんでジブラルタルは動かないのよ!」

 管制担当のチャンドラが机を叩いた。

 「依然、リマン方面との通信は行えず! 状況不明!」

 「ハレルソン隊からの通信も途絶えました……恐らくは……」

 「ユーラシア軍、最終防衛ライン到達! このまま最終防衛ラインが突破されれば、要塞機甲防壁への射程圏内に入ります!」

 「グッ……」

 

 マリュー・ラミアス唇を噛み締めた。

 だが……。

 

 「状況は不利か……でも、まだ全てが終わったわけではないわ」

 マリューの瞳は、未だ輝きを失っては居なかった。

 

--------------------------

 

 

 「バグラチオン、ボナパルトの主砲を全門開放! 撃てぇーっ!!」

 二つの大型陸上戦艦から巨砲が放たれる。

 

 一列に並んだ、廃ビルを利用した塹壕ごと、ジンが吹き飛ばされる。

 ジンの防衛網が崩れるや否や、戦車たちは食物に群がる鼠のように、敵陣に押し寄せた。

 

 

--------------------------

 

 

 「フォーメーション! いや……いい! とにかく撃て! うてぇ!」

 「死守しろ! 死守! 守れえ!!」

  ありとあらゆる戦術を記憶していたはずの、ザフト側の指揮官も、最終的には単純な号令を叫ぶだけになっていた。

 

 拠点に陣取ったジンが、バズーカを放てば、それで数台の戦車が吹き飛んだ。

 いつもの戦いなら、それで終わりである。

 だが今回は、その吹き飛んだ戦車の後ろから、それを上回る数の戦車が表れた。

 

 「いやだ! ……もう嫌だよぉ!!」

 ジンのパイロットが恐慌する。

 自分の周りには、十数機の戦車の残骸があった。

 そのうちのいくつかからは、蒸し焼きになった兵士達が、半分死体になりながらも操縦席から這い出てきて……それがザフトの兵士を結果的に追い詰める事になっていた。

 撃って撃って、撃ちまくる。

 銃撃と、機体の駆動から来る振動で、体の感覚がもうおかしくなっている。

 「ウゲェッ!」

 思わず吐いた。

 吐瀉物が、ヘルメットのバイザーを汚してしまった。

 「ウ……ウ……」

 更なる嫌悪感に襲われて、慌ててバイザーをあけた。

 ずるり、とヘルメットの中に溜まった途社物が、バイザーを開けた顔面からコクピットの中に落ちた。

 と、

 「あ……?」

 バイザーが開ききったその途端、ヘルメットの中に、炎が流れ込んできた。

 

 「息が出来ない」

 それが、そのパイロットが死の直前に思った最後の思考であった。

 

 

 コクピットを大砲で燃やされたジンは、そのまま崩れ落ちた。

 1:10に及ぶ比率の犠牲ではあるが、各地に点在するザフト側の拠点とモビルスーツは、徐々に瓦解を始めていた。

 

 

--------------------------

 

 

 

 「いけえぇっ! いけえぇっ!! 下がるな! 第二機甲隊、前へ!!」

 頭上を掠める機関砲、大砲。

 

 地球軍の戦車乗りたちは、自分達が本当に戦車に乗っているのかわからなくなってくる。

 これではまるで歩兵の戦闘である。

  

 近づいて、撃つ、ただ、撃つだけ、そして――撃たれる。

 

 

 

 鉄がはじけて、中に詰まった肉が飛び散った。

 油は地面に湖を作り、血は池を作った。

 

 それでも、シベリアの凍土はまだ赤く染まらない。

 

 

 

 「第三防壁突破!」

 「ザフト防衛軍、後退していきます!!」

 「――罠だ! 奴ら、モビルスーツを自爆させる気だ!」

 轟音が、氷の大地を破裂させ、欠片を天上空高く打ち上げた。

 

 花火は戦車を巻き添えに大輪の華を咲かせ、

 振ってくる氷は歩兵達の頭の上に落ちて、彼らをおとなしくさせていた。

 

 

--------------------------

 

 

 

 「ライフルがありません!」

 「なんだと!?」

 「弾がないんです!」

 「踏み潰せ! ジンで戦車や歩兵を踏み潰すんだよ!」

 「そんな酷い事できません! 人間のやるべきことじゃない!」

 「ナチュラルは人間じゃない! サルと思え!!」

 

 泣き叫ぶ十代の少年兵――ザフトでは成人とされた――に対して、こちらも、それでもまだ二十代の上官が、必死で叱咤していた。

 しかし、十代の少年兵は、動けず立ち止まったままだった。

 

 そこに――。

 「人……!?」

 最初は、虫が飛んでいるのかと思った。

 地球に来てからというもの、自分を散々悩ませる、プラントには居ない鬱陶しい蚊やハエ――。

 だが、そうではなかった。なぜなら今自分はジンに乗っている。

 なら目前を飛行するコレは――。

 

 それは、ロケットベルトをつけた、ノーマルスーツの地球軍工作兵であった。

 彼らは少年の乗るジンのカメラとコクピットに大型の設置爆弾を取り付け、そして――。   

 

 「わ、わああああああああ!!」

 少年は爆炎に包まれた――。

 

 

 

 「言わんこっちゃ無い! ……このサルどもが!」

 少年の上官は激昂した。

 そして、迫り来る地球軍の戦車部隊を片っ端から踏み潰した。

 「クッ、ハハハハッ!! ペシャンコだ! そうだ、地べたが似合いのサルが! ハハハハッ!!」

 が……。

 

 「うわああっ!?」

 ジンの足が、突然吹き飛んだ。

 「じ、地雷は如何なる場合でも条約違反だ……ナチュラルめ……! 報告しなくては……!」

 だが、それは地雷では無かった。

 意図的に爆薬を詰め込んだ戦車で作った対モビルスーツ用のIED(即席爆発装置)であった。

 

 すぐさま、ジンは歩兵達にコクピットを抑えられる。

 「そんな、嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だああ!」

 ジンのパイロットは、パニックになって、コクピットのハッチを押さえるしか出来なかった。

 

 

 しかし、ハッチは無理やりこじ開けられた。

 ――そして、銃声が響いた。

 

 

------------------

 

 「最終防衛ライン! とうとう突破されました!」

 「要塞外周部に二個大隊接近!」

 「敵大型戦艦、射程距離に入るものと思われます!!」

 「――おいでなすったわね!」

 マリューは、チャンドラに目配せした。

 無言でうなずく、チャンドラ。

 

 

 

 

 「60サンチ障害物破壊用臼砲用意、目標! 敵要塞防壁」

 バグラチオンのゼルマンが、要塞の外周にある防壁に向けて、一斉射撃を命じた。

 すでに、ミール・ヌイ要塞に殆どの部隊は到達し、包囲射撃が開始されようとしていた。

 

 

 「撃てぇええええッ――!!」

 そして、乾坤の一撃を放つべく、ゼルマンが叫んだ。

 

 ドドド、ドン!

 

 ドドドドド!!

 

 ドドオオオオオオン!!!

 

 日の極端に短い、夏前のシベリアのことである。

 既に、当たりは暗がりに包まれていた。

 故にその景観は、見るものを圧巻させた。

 

 城壁を中心に、周囲から、光の線が飛ぶ。

 まるで、花火の逆だ。

 花弁の中心に向かって光の菊花が咲いているようであった――。

 

 

 ドドドドドドド!!

 百発。

 

 ドドドドドドド!!

 千発――。

 

 

 ズババッバババッババッバア!!

 轟音、轟音、轟音!!

 

 

 完膚無きまでに――という言葉そのものだった。

 無傷の箇所など、一つも残さぬように、苛烈な砲撃が放たれる。

 

 

----------------------------

 

 

 

 

 「――全軍、突撃」

 

 砲撃が、一旦止まるのを待ってから、命令が下った。

 

 

 

 

 ”要塞”から、モビルスーツが現れる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリュー・ラミアスが、反撃を命じたのである。

 

 

--------------------

 

 

 

 「無傷ッ!?」

 ゼルマンが、その報告を聞いて思わず叫喚した。

 

 「は、はい! 敵防壁に、損傷確認できず!!」

 「バカな! アレだけの攻撃だ! 防壁はおろか、要塞の砲台も破壊できる算段であろう!」

 「で、ですが――ああ! ご覧ください!!」

 

 着弾の硝煙が時間と共に晴れて――そこには、砲撃前と変わらぬ外壁が現れた――。

 

 「ば、バカな……」

 そして……敵のモビルスーツの大軍が、現れた。

 

 

 「ゼルマン大佐!」

 先ほどまで余裕を見せていた部下達が、血相を変えてゼルマンに縋った。

 「ッ……各自迎撃! ……フェイズシフト装甲かッ……奪った技術を既に実現させていたのか、兎め!!」

 

 

 

 それは半分正解で、半分誤りだった。

 ザフト側も、フェイズ・シフト装甲の技術は実現手前まで来ていたのだ。

 後は、実用化に伴う情報のみであった。

 ――最もザフトは、当初はそこまで利用せずとも勝てる、としていたのであるが。

 

 ともあれ、それが、GATシリーズの奪取によって、手に入った。

 と、なれば、フェイズ・シフト装甲の実戦投入は造作も無いことであった。

 

 

 「大佐! 敵のモビルスーツが出てきています、既に被害甚大! 第四大隊――全滅ッ!」

 40機以上の戦車が、既にこの僅かな間に全滅している事になる。

 

 

 「ウウッ――だが、いかに彼奴らザフトと言えど、そこまでの防壁は用意できてはおるまい。 アレの製造には大量のレアメタルも必要だ……あの薄皮一枚、突破できれば!!」

 

 「し、試作型ビ、ビーム砲をスタンバイさせます!」

 「突撃隊を編成しろ! しくじるなよ!」

 

 

---------------------

 

 「隊長!」

 「マリューさんの作戦が上手く言ったようだねえ」

 ネオ・ロアノークの部隊は、基地の南部に陣を張っていた。

 「――敵軍がまんま策に掛かった、此方に誘い込まれて、深追いしたところをガブリ、ってね。 だがフェイズ・シフト装甲にも欠点はある」

 

 ビーム砲だ。 たとえばアークエンジェルみたいな船についている……とネオは言った。

 

 

 「俺はここで、基地の防衛と後詰のどちらにも入れるようにしておく――キラ、サイ、トールの三人は乗機とドダイを使って、バルテルミと連携、イージスと足つきを攻撃しろ!」

 

 「ハッ!」

 三人の少年は、ネオに敬礼した。

 

 

 (アスラン――)

 (ミリィ、イメリア隊長の敵は討つぜ――)

 (イージス、カズィと傷の礼はさせてもらう――)

 

 三人の少年達は、それぞれの”ガンダム”に乗り込んだ。

 

 

 

----------------------

 

 

 「何!? フェイズ・シフト装甲!?」

 「ええ、それに足止めされたユーラシア軍が、逆に反転、包囲挟撃にあっているとのこと!」

 「ザフトめ……そんなものを……!」

 アークエンジェルのブリッジに、早速ゼルマンたちの情報も届いていた。

 必死に思考をめぐらせるバルトフェルド。

 すると、

 「艦長! ユーラシアの偵察隊より報告! 此方に向かって飛行する物体3! デュエル、ブリッツ、ストライクです!」

 「ッ!?」

 

 弱り目に祟り目、といったところであろうか。

 「――厄介な、当然、まだ近くにさっきのバルテルミもいるだろうしな。 どうしたものか」

 『フ、またピンチか』

 頭を抱えるバルトフェルドに、ドックのクルーゼから連絡が入る。

 『こちらラウ・ル・クルーゼ。 間もなく補給が完了する――迎撃するなら何時でも出られるが、どうする?』

 「……三体の、G相手か……」

 『こちらが奴らをひきつけている間に、味方が要塞を落としてくれるならソレもいいがね、まぁ、それが見込めないなら、この隙に撤退して東に抜けるか?』

 「おいおい……」

 

 ここまで共に戦ってきたユーラシア軍を見捨てる、と、いうのも考えなければならない状況ではあった。

 当然、それが出来るバルトフェルドでもなかったが。

 

 (フェイズ・シフト装甲を破壊するにはビーム兵器が必要だ。 アークエンジェルか、イージスが持つ……イージスか!?)

 

 すると、あることをバルトフェルドは思い立った。

 

 (今のイージスなら、飛べる。 最大戦速でイージスだけでも――だが、まて――)

  バルトフェルドはこの作戦の本来の姿を思い出していた。

 (敵要塞には無数の砲台とモビルスーツ部隊がある――それをそもそも圧倒的な戦車部隊で包囲、攻撃する手筈だったはずだ――)

 

 その後航空部隊による攻撃である。

 二つの攻撃で、敵の砲台を徹底的に無力化した上で、最後の一押しをこの艦とイージスでお行う予定であったである。

 

 (それに、イージスだけで敵を振り切れるか――)

 バルテルミや、ロアノーク隊も、当然待ち構えているだろう。

 そういった部隊の対空砲火も、振り切らねばならなかった。

 

 

 (それに、イージス一機では、火力も足らん――待てよ、イージス、一機!?)

 

 「……クルーゼ、話がある」

 『ン……?』

 クルーゼはカメラ越しに、サングラスに隠れた視線を、バルトフェルドに向けた。

 「イージス・プラス計画に、確かスカイ・ディフェンサーによる強化案もあったな?」

 

--------------------------------

 

 

ドックでは、ミゲルを元とする、メカニックスタッフたちが急な作業に追われていた。

 

 「――本当に大気圏内で使うんですかい!」

 「半分ロケットみたいなもんですよ!」

 「かまわんさ! 操縦は私がやる!」

 クルーゼが、怒鳴りながら、メカニックたちに指示している。

 

 

 アスランは、呆然とその姿を眺めていた。

 「――来たか、アスラン、”イージス側”に早く乗りたまえ」

 「クルーゼ大尉、これは……!?」

 と、声を掛けてきたクルーゼに、アスランが返した。

 「おや、カタログスペックについては説明はされていただろう?」

 「ですが、この形態は確か、宇宙戦用の――」

 アスランは、イージスを眺めた。

 イージスには、積められるだけの、”イージス・プラス”の拡張ユニットが、搭載されている。

 「その通りだ。 だが、一つ手があるのだよ」

 「手……?」

 「アスラン――スカイ・グラスパー・ディフェンサーは、何故”ディフェンサー”というか、教えてやろう」

 

 

 

 

 

------------------------------

 

 

「いいか、アスラン、コントロールは私がやる! 君は火器管制を頼む」

 クルーゼ、無線でアスランに告げた。

 「了解しました!」

 アスランは、クルーゼに返答した。

 

 

 「マジかよ……イージスとスカイ・ディフェンサーが合体しやがった」

 ディアッカが、管制パネルに送られた機体情報を見て呟いた。

 

 「スカイ・ディフェンサーの推力と装甲を付加した、重攻撃突撃艇形態……」

 アスランは、FCSなど、コントロールパネルから見ることが出来る情報を再度確認した。

 

 「アスラン、君の命、私に預けてもらうぞ」

 「――お願いします」

 「フッ……」

 

 

 そのフォルムは、普段のイージスの如くの、モビルスーツでも無く、宇宙で度々見せたモビルアーマーとも少し異なり、イージス・プラスとなって可能となった戦闘機形態とも違った。

 

 機首に、スカイ・ディフェンサー。 後部にソレをくわえ込むような形でモビルアーマー状のイージスがくっついている。  

 それは、飛行機やモビルアーマーというより、小型の巡洋艦(クルーザー)を連想させた。

 

 

 発進カタパルトへ、その合体した機体が進む。

 

 「カタパルトクリア、進路オールグリーン!! ABCイージス、発進よろし!」

 ディアッカが、クルーゼとアスランに発進可能を告げた。

 

 「了解! イージス・プラス (アサルト)(バスター)(クルーザー) !! 出るっ!」

 

 

 途端、クルーゼがブースターを吹かせた。

 「ぐぉおおっ!!」

 凄まじいGが、パイロットである二人を襲った。

 

 バッシュウウウッ!!

 

 爆発するようなスラスターが、イージスを大空の彼方へ推し進めた。

 暗くなった天に、それは赤い、彗星の様な光を放った。

 

 

 

 

--------------------------

 

 

 

 「何か……くるっ!?」

 「前方から――高熱源体接近!?」

 「――戦闘機!? いや、隕石――?」

 

 グゥルに乗る三体のガンダムの下へ、妙な情報が入ってくる。

 

 それは先ほど、アークエンジェルから発進された、アスランとクルーゼの乗るイージスであった。

 

 「接近――!?」

 

 ビュウウウウオウ!!

 

 凄まじいソニック・ブームとオーバ・フォースを発生させて、その機体はキラ達の脇をすり抜けていった。

 

 「なにぃっ!?」

 「今のは、イージス!?」

 「――でもあの速度は!」

 

 慌てて反転し、ビームを放つが、もう間に合わない。

 「まずい……アレが、イージスだとしたら、狙いはフェイズシフト防壁か!?」

 

 キラたちは、グゥルのバーニアを最大戦速で吹かして、その赤い光を追いかけた。

 

--------------------------

 Nジャマーの影響下、高速で移動するイージスはキラたちの三機のGを捉える間も無かった。

 

 グウォオオオオオオ!!!

 大気の中を凄まじいスピードで、イージスが貫いていく。

 

 「――スカイ・ディフェンサーは、重力からイージスを守る為に設計されている」

 「重力から?」 

 「アークエンジェルで使用されている、ミラージュコロイド・レビテイターの応用だ。(グラビティ)・ディフェンサー計画――(グラビティ)・アーマー計画とも言ったかな?」

 「全領域でモビルスーツを運用できるか……」

 実現すれば、近いうちに、連合側でもザフトのような飛行型モビルスーツが――それも何倍も強力な機体が作れるだろうとのことだった。

 だが、アスランにしてみれば、その技術で超高速旅客機でも作るべきだと思った。

 

 

 「――来るぞ、アスラン。 迎撃を頼む」

 と、クルーゼが告げた。

 眼前には敵の防衛部隊の火線があった。

 

 

 

 ズバババババ!

 地上から、激しい砲火が放たれた。

 要塞からも長距離砲、ミサイルなどが発射されている。

 

 異常を察知したザフトの部隊が、ディンも発進させていた。

 間もなく、アスランたちに接近しようとしている。

 

 

  

 「あたらんさ」

 クルーゼは、地上や敵要塞から攻撃がされたのを察知すると、レバーを縦横無尽に振った。

 

 

 シュバッ!

 

 数百の光の線を掻い潜って、ABC(アサルトバスタークルーザー)は飛行を続けた。

 

 「――ッ!」

 

 ――アスランは、進路をふさごうとする、ディンの部隊に照準を合わせた。

 「あわせるぞッ」

 「ハイッ!」

 クルーゼが叫び、それをアスランが理解する。

 

 今だ、と二人の意思が重なる。

 

 ズビュウウウウウ!!

 

 ABCに装着された(Blaster)型装備の一つ、ビームスマートガンが火を噴いた。

 

 ビャアアアアアア!!

 一列に編隊を組んだディンたちを一閃で薙ぎ払った。

 

 「見事だな」

 (……(Commander)型でセンサーや照準も強化されている!)

 

 運用面の問題があるものの、二人の乗るイージスは無敵だった。

 

 そして、高速のイージスは、ミール・ヌイ要塞に届いた。

 上空高くに飛んで、敵の攻撃を回避する。

 スカイ・ディフェンサーと合体しているから出来る事だ。

 

 要塞は、周囲をぐるりと囲む防壁の中に元々あった空港や、市街地を残していた――そして、それをそのまま塹壕とし――地上に堅牢な城砦を作っていた。

 そして何より、奇妙な大穴――旧歴の鉱山跡を幾つも残していて、その大穴の中にこそ、マリューラミアスは要塞本部を作っていた様だった。

  

 「地上と地下の二面要塞だったのか……!」

 「――では、アスラン。 フェイズ・シフト装甲に任せて突っ込む。 が、流石に早々何度も接近は出来んぞ」

 「はい!」

 「衝撃までは消せんからな、この速度で敵弾に直撃すれば、下手をすれば地平の果てまで転がり飛んでいくからな?」

 「クルーゼ大尉に、お命預けます」

 

 「……よし、では行くぞッ!」  

 

 

 二人のイージスは、要塞に急降下した。

 

 

 

 「上です! 直上から接近する物体有り!」

 「何!?」 

 ミール・ヌイ司令部に謎の機影ありとの報告が入った。

 「これは――機首不明、ですがパターン判別。 イージスと推測!!」

 「あっ……!?」

 「なんだ、このスピードで落ちてくるのか!? まるで……彗星だぜ……」

 チャンドラが呟いた。

 

 

 凄まじい火線をギリギリで回避しながら、イージスは進む。

 恐怖がアスランを襲うが、クルーゼはモノともしない。

 それが妙にアスランを落ち着かせていた、が。

 (この人も――死ぬのが怖くないのか?)

 アスランにそんな思いも、一瞬抱かせていた。

 

 

 「撃てぇッ!! アスラン」

 「グッ!!」

 アスランは照準を合わせた。

 目標は、敵、防壁である。

 

 

 ズビュウウウウウウウ!!

 ビームスマートガンで、撃てるだけのビームを放った。

 

 フェイズ・シフト防壁は、ビームの前に貫通、瓦解していった。

 

 

 

------------------------

 

 「ゼルマン大佐! イージスがやってくれたようです!」

 先程から敵の多数のモビルスーツに囲まれ、数発被弾していたバグラチオンだったが、その報告にすぐさま動く。

 

 「さすが、クルーゼ大尉の部隊よな! バグラチオン、前進! 再度60サンチ障害物破壊用臼砲用意、目標! 敵要塞防壁、破損した箇所を狙え!」

 

 バグラチオンの艦砲が、ビームを受けて破損したフェイズシフト防壁に命中する。 

 ビームを受けて、通電の解かれたフェイズシフト装甲は最早防壁の意味を成さなかった。

 

 

 大砲を受けて、防壁は爆発。

 木っ端微塵に粉砕され、大穴が空いた。

 そこを中心に生き残っていた戦車部隊が次々に砲撃を放った。

 

 「今だ、スピアヘッド隊、敵陣を爆撃だ! ――資源基地は出来るだけ残せ! だが、敵要塞の破壊が最優先、多少の被害は構わん!」

 ゼルマンが号令をだした。

 

 と、準備していた戦闘機部隊が発進。

 敵の要塞目掛けて発進する。

 

 そして、防壁を失い、混乱している要塞に照準を合せると雨霰のようにミサイルと爆弾を降らせた。

 

 

-----------------------

 

ドドドドドド!!

 「ッ!!」

 司令室が揺れた。

 「クソッ! 奴ら加減てモンを知らないのかよ!」

 クロトが思わず叫んだ。

 「うろたえるな! ――要塞上部は?」

 「被害甚大です! が、まあ引っかかってはくれましたね」

 ロメロが言った。

 「……ですが、この大穴が本体だということを、あのイージスに見られたかもしれません」

 しかし、ジャッキーがそう言って懸念を表した。

 「要塞の、本部がこちらだということがバレた――か、なら打っててるでしかないか」

 マリューは決断の時を強いられていた。

 

 と、そのときクロトが声を上げた。

 「隊長! リマン・メガロポリス方面から通信が届きました!」

 「本当!状況はどうなの!?」

 助け舟――とマリューは思った。

 だが。

 

 「ええっ……わ、我、前線基地の5割を失い後退……とのこと」

 「……そんなバカな! ナタルがッ!?」

 

 

----------------------  

  

 「――バカを言うな、これだけの戦力相手に何をやっている!」

 「で、ですが、敵の正体がわからないのです!」

 「突然、敵の部隊が現れて、味方を――」

 「なんということだ……追撃どころかシベリアの退路を断たれているのか!?」

 

 (ッ……突然敵の攻撃が始まって、モビルスーツが発見されたと思えば、あっという間に各方面の基地が撃破されている……何らかの特殊部隊による破壊工作(サボタージュ)か)

 

 ナタル・バジルールが、司令室の机を叩いた。

 

 「止むをえん! 前線基地は破棄――一度部隊を後退させて、敵の本陣の動きのみを防ぐ!」

 「ですが、それではシベリアの部隊の退路が……」

 「大丈夫だ……万が一の退路は、あの人――マリュー・ラミアス司令と共に用意してある。 それに、ミール・ヌイは落ちん! 我々は何としても敵の進軍を抑えるのだ!」

 

---------------------

 

 『よくやってくれた、シャニ・アンドラス少尉……』

 「うん……」

 NダガーNのコクピットの中、生気の無い瞳で、シャニはうなずいた。

 まるで人形である。

 『――フ、優秀が故に読みやすいか。 ナタル・バジルール。 味方にそれを補うものが居ればといったところか。 あの方の目利きどおりだな』

 

 通信機の向こうにいる、将校の言っている意味は、シャニには良くわからなかった。

 ただ、コレで休める、とシャニは思った。

 

 「おわっ……スッゲー……」

 と、シャニはふと、自分の足元を見た。

 戦っている最中は興奮でわからなかったが、足元には、炎に包まれた無数のザフト兵の遺体があった。

 

 「キレイだな……人間が燃えるのって……」

 シャニは、モビルスーツのカメラ越しに、そんな事を思った。

 

 

-----------------

 

 イージスは、そのまま基地攻撃に加わっていた。

 すると、突然。

 「――ッ!? 来るか!」

 クルーゼが呟いた。

 

 そして、イージスの高性能レーダーにも、反応があった。

 

 

 「ラウ・ル・クルーゼェエエエ!!」

 

 

 現れたのは、異形のジン。

 白いボディに赤い鶏冠、さらにモノアイではなく、ストライクによく似た、青いデュアル・アイのゴーグルと口元。

 背中には一際目立つ、黒い大型ブースターを背負った――ネオ・ロアノークの、陸戦用のジン・ハイマニューバであった。

 

 「あれは!? キサカさんの村で見た――」

 「フ、ネオ・ロアノークか! だが、モビルスーツでこの機体に――」

 

 追いつけるか、とクルーゼは言おうとした――が、速い。

 「なに! 着いて来ているのか!?」

 「ジンを、振り切れない!?」

 「ぬぐぉおおおおおおお!!」

 

 ABC(アサルトバスタークルーザー)となったイージスに、追いつかんばかりの加速を、ネオのジンは見せていた。

 

 「あんな機体でか――無茶をする男だ」

 ネオの機体は、イージスとは違い、Gへの負荷対策など恐らくなされていないはずだ。

 と、なれば体がバラバラになりそうな衝撃に、ネオは耐えている事になる。

 

 

 「……あの試作機ほどでは無いがッ、こいつも殺人的な加速だッ!!」

 

 今、ザフトで開発が進められている”ミーティア”という特殊兵装ユニット――それに使われるエンジンを、ネオの機体は搭載していた。

 が、その爆発的推進力は本来、無重力で広大な宇宙で使われるものである。

 ネオのように、地上に転用して、同様の性能を引き出そうとすれば、パイロットが持たない筈であった。 

 

 「立つ瀬無いでしょ――! 仲間があれだけやられて、お前を見過ごしてちゃ!」

 だが、それでもネオは行かざるを得なかった。

 散っていった戦友たちの為に。

 

 そして、彼は見事にそれを乗りこなしていた。

 

 なぜならば――。

 

 「こんな、加速如き! 俺は、不可能を可能にする男なんだよッ!」

 

 ガンッ!!

 高速のデッドヒートを繰り広げながら、ネオのジンは、ライフルを構えた。

 「オーバーガン!!」

 「――いかん! アスランッ! 分離する!!」

 

 イージスと、パーツを分け合うような格好で、アスランの乗るイージスと、クルーゼのスカイ・ディフェンサーが分離した。

 

 「ッ!?」

 ネオが、照準が分かれたことを察知して減速した。

 

 「――当てられていたな、あのままでは」

 クルーゼが、珍しく、冷や汗をかいて動揺していた。

 

 

 「ネオ……というと、紫電(ライトニング)なのか!」

 「イージスッ!!」

  

 ジンが――ソード・ストライクが使っているのによく似たビームソードを振った。

 ストライクの対艦刀よりは小ぶりになっている。

 「ビームサーベル!?」

 イージスは、クロー・バイス・ビームサーベルでそれを受けた。

 

 二体のモビルスーツは、空中から地上に降りながら、激しい格闘戦を繰り広げた。

 

 「――更にやる様になったな! イージス! が、負けん!!」

 ネオのジンが、蹴りを繰り出した。

 「うおおおお!」

 アスランのジンも、蹴りで応戦する。

 

 ガアアン! モビルスーツ同士の殴り合いである。

 だが、

 「ッ!?」

 アスランが、一つ、押された。

 

 「落ちろ! イージス!」

 「あっ……!?」

 イージスがバランスを崩す、それをネオのジンがオーバーガンで狙った。

 

 「やるではないか! ネオッ!!」

 と、クルーゼのスカイ・ディフェンサーが機銃を放って、ネオを狙った。

 「ッ!?」

 

 ババババババ!! 

 マシンキャノンが、ジンに向かって幾つも放たれる。

 咄嗟に、ネオはオーバーガンを盾にして防いだ。

 

 「チィッ!? ええい、一度退くか!」

 

 ドオオオン!

 

 爆発が、ジンを包んだ。

 

 「やった!?」

 「まだだ! 仕留めては居ない!」

 

 爆発したのは、オーバーガンだけだった。

 ――ネオのジン・ハイマニューバは、そのまま後退した。

 

 アスランは胸を一先ず撫で下ろし、敵影の無い、地上へと落下していく。

 

 しかし――。

 

 「……ンッ!? 別の感じ? アスラン気をつけろ! ――ヌフゥッ!?」

 ネオのジンを退いた、その一瞬の虚を突かれた。

 

 

 ――クルーゼが被弾して、地上へと落下していく。

 

 「クルーゼ大尉!? ハッ!?」

 

 イージスのレーダーに反応があった。

 そこに表示されたのは、X-105 ストライク――。

 

 

 「アスラアアアアン!!」 

 「ストライク!? ――キラかッ!?」

 

 

 グゥルに乗ったキラのストライクが、アスランに追いついたのだ。

 大気圏に落ちて以来、無事だったのか――

 

 とアスランは脳裏に瞬間的に思った。

 

 しかし、その状況がアスランを現実に戻した。

 キラのストライクが追い付いた、と、なれば当然、それだけではない。

 

 「――ブリッツに!? デュエルも!」

 

 イージスのレーダーにはストライクの他に二機の――”ガンダム”の反応が表示されていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 33 「哀は、シベリアから」

 『生きるという事を決めたが、 それが……それが……』

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 「こっちは動かんか! ……アスラン! 後退しろ! 間もなくゼルマンの隊も来る! 味方の砲撃にやられるぞ!」

 クルーゼが、不時着したスカイディフェンサーから通信でアスランに叫んだ。

 

 「後退しろって言ったって……」

 

 グゥルに乗った三体のモビルスーツ。

 

 眼前には、恐らく最強クラスの敵であろう、キラのストライク。

 後方には、ブリッツとデュエル――。

 

 

 それは、絶体絶命の状況に思われた。

 

 「ならば、アスラン……空港エリア付近の市街地に抜けろ!」

 「え?」

 「あそこならユーラシアも砲を撃たん!」

 「一体なぜ……それより大尉はどうするんです!」

 「なんとか脱出する! 急げアスラン!」

 

 

 アスランは、機体の状態をすばやく確認した。

 C(Commander)型装備の全般と、A(Air)型装備の一部が機体にはついている。

 B(Blaster)型装備はクルーゼのスカイ・ディフェンサーにほぼ装着されてしまっていた。

 

 

 「クッ!」

 アスランは、ストライクにビームを撃って牽制、地面を蹴ると、A型の強化ブースターを点火した。

 変形する為に必要なウイングパーツが、スカイ・ディフェンサーに持っていかれた為、飛行機形態にはなれなかった。

 しかし、地上用の強化ブースターは残っているため、空中を滑空するくらいの事は出来そうだった。

 

 「逃すか!」

 サイがビームライフルを放つ。

 「グゥ!?」

 イージスの右足をを僅かにビームが掠めた。

 

 ジュッ!

 装甲を焼くが直撃は何とか避ける。

 

 「そりゃああああ!!」

 だが、その一瞬、アスランの動揺を見計らって、トールがブリッツの”グレイプニール”を射出した。 

 右足を庇うようにして、留守になった左足を、ブリッツに掴まれる。

 

 「うああああああ!!」

 

 ブースターを噴かしていたため、ワイヤーはピンと伸びて、イージスが引っ張られる。

 ブリッツ側も、イージスに引きずられそうになるが、それを、”グゥル”のスラスターも使って、全力で逆噴射を行う。

 

 やがてそれが、イージスのブースターの勢いを消して、アスランは地面に叩きつけられるように落ちた。

 

 「今だ!」

 「ッ……!」

 キラとサイは、機体を逃げようとするイージスに近づける。

 アスランは挟み撃ちになる格好だ。

 

 「――クソッ!」

 あわや囲まれる、という状況であったが、アスランはイージスを仰向けにさせると、

 

 腹部の装甲を”プル・アップ”させて、スキュラを露出させた。

 

 「あれは!?」 

 キラが叫ぶと同時に派手な粒子の光線が、闇の中に輝いた。

 

 ズビュウウウウウ!

 

 それは丁度、イージスの直上に来ていたキラのグゥルを巻き込んだ。

 

 「なっ!?」

 グゥルのエンジンが爆発する直前に、キラのエールストライクは飛び上がって、巻き添えを回避する。

 

 ――ストライクが引いたことを確認したアスランはそのまま、デュエルとブリッツを薙ぎ払うように、更に夜空に一本の線を引いた。

 

 「ウワッ!?」

 思わず、サイとトールは、シールドを構える。

 

 ……二機が、シールドを元に戻したとき。

 

 イージスは、スキュラでグレイプニールのワイヤーを焼き切って、市街地へ向けて滑空していた。

 

---------------------------------------

 

 

 大脱出(エクソダス)作戦も大詰めを迎えた。

 シベリア包囲網の崩壊は始まり、東側へのルートも確保されようとしていた。

 

 

 だが……それは、作戦の真の目的では無かった。

 

 

 「マスドライバーが見つからない!? バカな!? 空港に建造されているのではなかったか?」

 「いえ、予想されている箇所には、シャトルの打ち上げ滑走路は作られておりましたが……」

 「……資源打ち上げ用のマスドライバーの奪取こそ、我らの真の目的だぞ……! この要塞にあるのは間違いない筈だ!」

 

 バグラチオンのブリッジ。

 ゼルマンが部下に叫んだ。

 

 ――わざわざ、空港を外して砲撃を行ったにも関わらず、目的の施設は確認できなかったというのだ。

 

 (――宇宙への大脱出(エクソダス)、それこそが我らユーラシアの目的だ)

 開戦して間もなく、オペレーション・ウロボロスによって、ジブラルタルのマスドライバー施設を奪われたユーラシア軍は、宇宙から撤退せざるをえなくなった。

 それに対して、マスドライバーを保有する大西洋連合は、未だ月面に基地を抱えて、ザフトに抵抗していた。

 

 地上においては、大西洋連合と互角の権威を見せていたユーラシアであったが、ザフトは宇宙にいるのである。

 ――必然的に、この戦争における地球軍のイニシアチブは、大西洋連合が握ることになった。

 

 ユーラシア連邦としては何としてもマスドライバーの奪還を行い、大西洋連合に対抗せねばならなかった。

 

 だが、ジブラルタルは奪われたユーラシアの面目上、自身の手で取り返さなければならなかった。

 

 

 だが、このミールヌイ要塞についてはどうか?

 

 

 

 シベリア包囲網の瓦解と、噂されるザフトの大規模作戦に備える作戦であれば、大西洋連合も力を貸さざるを得ない筈――。

 

 

 資源の不足などの様々な事情を挟みながらも、ユーラシアがシベリアの奪取を急いだのは、そのような内情が理由であった。

 

 全ては、ユーラシア連邦の自国の利益の為であった。

 

 

 

 

 「――探し出せ! あんな大きなものを……一体どこに?」

 ゼルマンは、スピアヘッド隊を全て出すように命じた。

 基地の攻撃ではない、マスドライバーの確保の為だった。

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 「勝敗は決しました! 残存部隊は地下の坑道を通じて、”スリンガトロン”まで集合を!」

 マリュー・ラミアスは、要塞に残る全ての戦力に命令した。

 「敵に壊されちゃ、一環の終わりですからね」

 チャンドラがうなずく。

 

 「みんな――私のような頼りない司令官に、ここまで付いてきてくれて、ありがとう。」 

 マリューは、直属の部下である督戦隊の面々に礼をした。

 

 「この敗戦の責任は私にあるわ。多くの部下も殺してしまった。 ――ザフトの英雄たちも大勢……私はその責を果たすべく、ここに残って、皆の脱出を支援します」

 マリューは言った。

 

 しかし、

 

 「……何を仰るやら」

 トノムラが言った。

 督戦隊の面々は、笑っている。

 「貴方が死んでどうなさるのです? それこそ此処で死んでいったザフトの兵達が浮かばれませんよ」

 ロメロが言う。

 「貴女は明日の戦局にまだ必要な人だ、それに考えても見てよ? 俺たちが送った資源の量! ザフトはまだまだ戦えるって!」

 チャンドラが砕けた風に言った。

 

 「貴方達……」

 「大丈夫、俺たちだって、死ぬつもりはありませんよ」

 「ラミアス司令には、ムリにでも行って頂きます!」

 

 督戦隊は、マリューに最敬礼した。

 

 

------------------------------------

 

 ミール・ヌイにぽっかりと――まるで、地獄の入口のように開いたダイヤモンド採掘跡は、旧暦に計測された折には直径1,250メートル、深さ525メートルという巨大さであった。

 

 マリューラミアスは、その内部に要塞を作っていた。

 その為、現在その大穴は、更に巨大な闇をシベリアの土地に覗かせていた。

 そして、その穴――内側、内壁の部分に、今、レールのようなものがせり出していた。

 レールは、底部の中心から、徐々に外側、高所に広がるようにして配置されている。

 ”スリンガトロン”と呼ばれる、リニアレールを用いた、マスドライバー施設であった。

 この長大な円形のレールは、ハンマー投げのように、中心から外に広がる遠心力を加えた加速で、超重量の物資の打ち上げをも可能としていた。 

 そこに、大気圏離脱用のシャトルや物資専用の打ち上げ艇が準備されていた。

 

 「モビルスーツなんて置いていくんだよ! 大事なのは人だ!」

 シャトルには続々と、脱出してきた兵士達が乗り込んでいる。

 

 

 「離脱する事がわかれば、敵もこの施設を狙ってくるでしょう」

 「俺たちは残って、この”アルトロン”を死守しますから」

 「チャンドラ、スリンガトロンだよ」

 「どっちでもいーの!」

 三人は、マリューを離脱艦に見送った。

 

 「……で、お前まで残っていいの?」

 「勿・論! 僕も司令の為なら死ねます!」

 「おっ! よく言った!」

 

 クロトも敬礼して、督戦隊の面々と共に、基地の最終防衛任務についた――。

 

 

 (……でも、勿体無いよな。 あんなにオッパイ大きくて優しい姉ちゃん。 でも、まあ、隊長には逆らえないしね……)

 今の上司も悪くない。 色々あるが、憎んではいない。

 だが、次に、誰かの部下になるなら、あんな人がいいと、クロトはぼんやりと考えていた。 

 

 

 

------------------------------------

 

 

 

 

 「チッ!? 」

 ビームが、イージスをかすめる。

 グゥルに乗るブリッツとデュエル、そしてエールで空を滑空するストライク――三体のガンダムに追われたイージスは、クルーゼの指示通り、市街地の中へと降りた。

 

 

 「――どこへ行った! Nジャマーの影響が強くてわからない!」

 トールが、忌々しげに言った。

 すっかり夜を迎えた廃墟は、モビルスーツをも包み込んでしまっていた。

 

 「俺があぶりだす! トールとキラは出てきた所を狙ってくれ」

 「了解!」

 「わかった!」

 トールはグゥルを着陸させると、地上に降り立った。

 キラも倣って地面に着地する。

 

 

 サイは、グゥルに乗ったまま、市街地の大きな建物が目立つ何箇所かを、リニアガンとミサイルで砲撃した。

 

 

 ズガガガガ!!

 

 「――チッ!」 

 イージスはしゃがみこみ、建物の陰に隠れるようにした。

 18メートル大のイージスが隠れこめる場所は、市街地の中にはそれほど多くない。

 

 「キラ! イージスを見つけたら、俺の居るところまで誘い込め!」

 「トール?」

 「静止状態にこの暗闇なら、地上でも何とか姿を誤魔化せる! ミラージュをコロイドをオーバーフローさせてステルス状態を維持させるんだ」

 「……わかった、確実に仕留めよう……」

 

 ――上手くすれば、イージスを無力化できるかもしれない。

 

 と、キラは一瞬考えて、頭を振った。

 そんな気持ちでは、自分の命を縮めるだろう。

 相手はあのアスランなのだ。

 

 

 (でも、アスラン……僕を……)

 殺しにくる、だろうか?

 

 「ミラージュコロイド! 精製限界値を維持! オーバーフロー!!」

 

 ブリッツは、磁場を用いて機体表面をミラージュコロイドで覆い、その姿を光学的に屈折化。

 機器的にも、視覚的にも、ほぼ完全なステルス状態となる。

 

 しかし、地上では大気の流れ、磁場の乱れ、様々な障害が、ブリッツの表面に纏ったミラージュコロイドを散らしてしまう。

 

 トールのブリッツは、限界量のミラージュコロイドを吐き出し、強引に磁場定着できない部分のカモフラージュを補っていた。

 「――このデカい建物の中に隠れる。 二十分しか持たない、早めに頼むぜ、バッテリーが上がっちまう」 

 「……わかった!」

 キラは頷いた。

 

---------------------

 

 一方アスランもまた、レーダーの利かない、一対三の戦闘に、生きた心地がしなかった。

 

 必死で息を潜め、自身の機体についている装備に、何か状況を打破するものが無いか探した。

 

 「C型装備の――MCMT(ミラージュコロイド・モーショントラッカー)が使えるか……機体の動作が重くなるが、一か八か……!」

 だが……。

 (この条件で使用するなら、グレネード発射機構を使って、煙幕を貼る必要がある。 結果的に自分のコッチの位置を知らせる事になる、チャンスは一度……)

 

 だが、やるしかない、あの三体を相手にまともに戦うなど……流石にムリだ。

 

 

 

 

 サイのデュエルの空爆によって、無人の市街地は、幾つかのポイントを残して平地になっていた。

 街全体を破壊すれば、逆に爆風や粉塵がカモフラージュになって、逃げられてしまう。

 

 隠れられる場所にある程度を目星をつけて、ピンポイントに破壊していく作戦を、サイはとっていた。

 こうすれば、上手くいけば敵を炙り出すことが出来、どちらにせよ徐々に敵を追い詰めていく事ができた。 

 

 しかし、敵であるイージスは、自分から姿を現した。

  

 「ン!? ミサイル!?」

 

 熱源反応があった。

 

 しかし、それは、自分達の居る方向とは僅かにずれた箇所へと飛んだ。

 

 ボシュ!!

 

 と、それは着弾と同時に激しい、霧のような煙を吐き出して、あたりを包んだ。

 「煙幕か!? (さか)しい!」

 

 だが、サイは落ち着いていた。

 (大丈夫だ、隠れられるポイントは、既に限られている)

 サイはグゥルを移動させると、煙の影響が出来るだけ少ない方向へと回った。

 「サイ!!」

 「大丈夫だ、キラ――今の煙幕弾の発射位置から、イージスの位置を予測する!」

 

 ――ピッ!

 サイのデュエルが、その位置を割り出す。

 

 「よし! 2時方向、距離12! キラ!」

 「ッ!!」 

 サイとキラの機体が、その方向に、同時にビームライフルを向けた。

 

 ――だが。

 

 

 ビュウウッ!!

 

 

 

 「なぁッ!?」

 ――その方向から、逆にビームが飛んできた。

 

 ビームは、煙やビルなどの障害物を真っ直ぐ貫いて、正確に、ストライクとデュエルのいる位置に――。

 

 

 バァァアアンッ!

 

 「しまった!?」

 「っ!?」

 ビームは、ストライクのビームライフルと、デュエルの左脚に命中した。

 

 「うわああああああ!!」

 サイは、バランスを崩し、グゥルから落下した。

 バーニアを噴かして、受身を取るが、片足の無い状態で、廃墟となった市街地にうずくまった。

 

 キラは、ライフルの爆発に巻き込まれながらも、後方へと退いた。

 「サイ!?」

 「くそっ! イージスには、こっちが見えてたのか!?」

 「ソナーやセンサーが使える可能性があるって聞いた、もしかしたら!」

 

 キラはイージスの攻撃を警戒して、後ろに跳ねた。

 

 

 ビシュウ!! 

 再度ビームが飛んでくる。

 

 「ええいッ」 

 ビームライフルを失ったキラは、下がるしかなかった。

 

 

 

 「チクショウ……!」

 移動手段をなくしたサイは、やむを得ず、這い蹲るようにして、僅かながらに射線を確保した。

 そしてビームが飛んできた方向に、ライフルに装着されていたグレネードを、放った。

 

 せめて、イージスだけでも、炙りださねばと考えたのだ。

 

 

 「チィッ!」

 アスランにはそれが見えた。

 シールドを構え、廃墟から飛び出すイージス。

 

 

 

 「いた!」

 

 空中に飛び上がったイージスを見て、ライフルを撃つサイ。

 しかし、機体の挙動が制限された今の状態では、イージスには当たらない。

 

 「キラ! サイ! コッチに誘き寄せられるか!!」

 と、そこにブリッツに乗るトールから通信が入った。

 「待ち伏せしたブリッツで奇襲する! こっちへ!」

 

---------------------

 

 

 「この動き、やはりキラだ……! 」

 イージスは、先ほどから姿の見えないブリッツに注意しながらも、今度はキラのエールストライクを追った。

 「足さえ当てれば――」

 先ほどのデュエルのように、無力化できるだろう。

 

 甘いだろうか――? だが。

 (無事だったキラを撃つのか? ライフルを奪えたなら――?)

 

 デュエルからも、時折放たれる援護射撃を回避しながら、アスランは徐々にキラを追い立てていく。

 

 ――と。

 

 

 大きな教会のホールの様な所を背にして、キラのストライクが立ちつくしていた。

 「キラ……」

 イージスは、ライフルの照準を合せ、そして――。

 

 

 

---------------------

 

 

(来た!)

 トールは、チャンスが来た事を悟った。

 

 トールのブリッツは、キラの背後にあるホールの中に隠れていた。

 ステルス状態となっている自分に、イージスは気が付かない筈だ。

 

 隠れ蓑を散らす、風の抵抗をせめて受けないようにして――まさに、トールの好むニンジャのように。

 

 

 「行くぜイージスッ! 黒い雷神、トール・ケーニヒがお前をっ……!」

 

 トールが、引き金を引いた。

 

 

 バシュウウウウウ!!

 

 

 「ぇっ……?」

 

 

 

 

 バアアアアアン!!

 なぜか、ブリッツの右肩がビームに射抜かれていた。

 

 

 

 ドアアン!!

 

 「うわあああっ!」

 キラが背にしたホールの中で、軽い爆発が起きた――陽炎の様な靄が散って、その中からブリッツの姿が露になった。

 

 

 

 煙を肩からもうもうと出しながら、倒れこむブリッツ。

 

 

 「トールッ!?」

 「……なんで見えてんだよッ!?」

 

 イージスは、ライフルの射線を、最初からストライクではなく、ブリッツのコクピットに向けていた。

 

 

 ――ミラージュ・コロイド・モーション・トラッカー。

 

 ミラージュコロイドを周囲に散布し、そこで起こるコロイドの動きから周囲にある物体の形状、距離をまず測定し、それらイージスの指揮官用センサー、コンピューターで分析することで敵の動きを察知するという仕組みである。

 

 コロイドが散ってしまうまでの極短時間の間ではあるが、あらゆるレーダーを阻害するNジャマー影響下でも、高精度に敵の動き察知する事が出来るという代物だった。

 最初にイージスが発射した煙幕は、ミラージュコロイドをばら撒く為のものであったのだ。

 

 

 ミラージュコロイドの流れを分析する機構であるが故に、副次的に、敵がミラージュコロイドステルスを用いた場合、そのステルスを無効化してしまうという利点もあった。

 

 

 ただし、起動中は、イージスのコンピューターのリソースを大きく割いてしまうため動作が重くなり、格闘戦などへの対応が困難になるというデメリットもあった。

 そのため、ブリッツにビームが当たった事を確認したアスランは、すぐさまMCMTのスイッチを切った。

 

 

 ――しかし、アスランには一つ予想外のことがあった。

 

 (ビームが反れた?)

 

 アスランは――ブリッツのコクピットを狙っていたのだ。

 だが、ビームは僅かながらにズレて、ブリッツの肩に命中した。

 

 「ミーラジュコロイドの影響で、ビームが曲がったのか?」

 基本的には、ブリッツのミラージュコロイドは、アンチビーム爆雷としてばら撒くものと同じものである。

 ブリッツが身に纏っていた濃すぎるミラージュ・コロイドが、ビームを僅かに偏向させて、パイロットを助けたのであろう。

 

 

 

 

 (……アスラン!)

 

 ――煙を上げるブリッツを見ながら、キラは自分の鼓動が早くなるのを感じていた。

 血の流れが、感じられる、沸騰しそうなほどの高い体温の感覚と、感覚の肥大化。

 

 

 

 

 ――キラの中の、何かが弾けた。

 

 

 ブワアアアッ!!

 

 

 キラは、エール・ストライカーのブースターを全開にして、アスランに迫った。

 ビームサーベルを抜刀、切りかかる。

 「キラッ!?」

 アスランもビームサーベルを展開させて、それを受ける。

 

 ババババ!!

 

 二本のビームがふれあい、激しくスパークする。

 

 「トールッ! 逃げて!」

 

 ストライクとイージスは、激しい剣戟を交わしながら、空中を乱舞するように、飛行、格闘した。

 

 

 

 キラのストライクは、これ以上自分達が傷つけられないように、イージスを離れた場所へ追いやっているように、トールには見えた。

 

 「……くそ! クソォ!!」

 

 トールのブリッツはミーラジュコロイド展開中に攻撃を受けてしまったため、ダメージが甚大であった。

 ステルス展開中は、エネルギーの都合から、フェイズ・シフト装甲を展開出来ないため、肩の爆発のダメージが広範囲に及んだのだ。

 「この俺が……策に溺れたのかよっ!」

 

 モビルスーツの性能を当てにしすぎた報いだった。

 「すまねぇ……ミリィ!」

 

-------------------------------------------

  

 

 アークエンジェルは、予定通りミール・ヌイ要塞を、ABCイージスを追う形で侵攻。

 その超火力で、戦車大隊を支援しながら、ぐんぐん歩を進め、要塞目前にまで迫っていた。

 

 「ゴットフリート撃てェーッ!!」

 バルトフェルドの号令に合せてビームが打たれる。

 ズビュゥウウー!!

 そして、未だ残っていたフェイズシフト最後の一端を破壊する。

 

 

 

 ――アークエンジェルの要塞到達で、戦況は決定的な物になった。

 

 

 「クソッ! このままではバルテルミが持たんか!」

 徐々に後退しながら、アークエンジェルを迎撃していた、シャムス、ミューディー、スウェンの三人も、その母艦バルテルミと共に徐々に追い詰められていく。

 

 

 「ミューディー、シャムス! 司令部から撤退命令だ!」

 「なにぃ!? ……くそ! 結局俺は……」

 

 ――シャムスはバド・ザウートの弾丸を既に撃ちつくしていた。

 ミューディーのバクゥも、背中の砲を撃ちつくし、牙――頭部のビームサーベルまでもが、破壊されていた。

 スウェンのディン・レイヴンも、最早翼折れ、刃折れ矢尽きるといった有様だった。

 

 「撤退命令の中身は……バルテルミは、このまま後退。 要塞外周部を回って北方を突破、北極艦隊の用意した撤退船と合流する」

 「北部に突破だと!?」

 「なんで! リマン・メガロポリスの軍勢と合流すれば東部から……まさか!?」

 「リマンの前線基地は全て落ちた……ナチュラルに……地球軍によってな」

 

 三人の少年達は、沈黙した。

 彼らの牙も、弾丸も、翼も、儚く奪われていた。

 

 敬愛していた人間の仇も討てず、彼らは生きる為に逃げねばならなかった。

 「……要塞の人員は、出来る限りの希少資源を持ってマスドライバーで宇宙へ離脱する。 北方側は当然、敵軍が待ち構えているだろう。それを突破できる戦力は俺たちだけだ……行くぞ」

 

 やむを得ず、バルテルミが、アークエンジェルに進路をあけ渡す形で、退いた。

 

---------------------------------- 

 

 

 「ゼルマン大佐! ラウ・ル・クルーゼ大尉からの電文をキャッチしました。 敵要塞本部は――採掘跡の奥です。 しかも大穴にマスドライバーを発見したとの事!」

 「ありがたい、大尉! よし……目標を大穴に! マスドライバーは傷つけるな! 歩兵による突入で敵施設を占拠するのだ!」

  

 ゼルマンの命令は、すぐさま全軍に届けられた。

 戦車達は要塞の外壁内部に侵入すると、すぐさまあたりを蹂躙した。

 

 ミールヌイの大穴に向けて、ユーラシアの全戦力が終結しつつあった――。

 

 

 

 

 ――大穴の底、離脱艇の準備が進む中、バスターを失っていたミリアリアは後方支援として、オペレータの任務についていた。

 

 

 「ロアノーク隊長!」

 

 大穴に、ネオのジン・ハイマニューバが帰還してきた。

 ライフルを失っており、機体に幾つかの被弾跡がある。

 「ミリアリア! 離脱の準備はどうか! バスターは!?」

 「既に輸送機で空港から北方に抜ける準備をしてます!」 

 「そうか! 敵に返すにはまだ惜しいからな! 俺は機体に補給をする間、状況確認の為、司令部に行く! お前たちも気をつけてな」

 基地の底部についたネオのジンは機体への補給を急がせた。

 

 「補給? ロアノーク隊長は……まだ出撃されるのですか!?」

 「今度は撤退の支援だ。 ……マリューは?」

 「ギリギリまで司令室で指示を出すとの事です!」

 「はぁっ……全くあの人は……!」

 

 ネオは、ジンから降りると、司令部へと向かった。

 

------------------

 

 

 

 「――ほう……レアメタルの採掘状況か……」

 クルーゼは、蛻の殻となった要塞のある施設に侵入すると、残っていたコンピュータ端末からデータ・ベースにアクセスした。

 ――カナードと、デュランダルから受け取ったディスクも使用して、ハッキングを行う。

 「フッ……ここでも使えたか、さすが図書館司書(ライブラリアン)の技術だな……」

 

 と、クルーゼはあるものに気付く、特定のレアメタルが、プラント本国に大量に送られているのを。

 

 「やはり、人類は向かうべくして向かうのかね……終わりの日へと」

 

 そして、更にあるデータにも気が付く。

 「ほう……あの男の部隊のデータかね」

 端末に映し出されたのは、ロアノーク隊の情報であった。

 

 そして、一人の少年のデータに目が留まった。

 「これが、キラ・ヤマト? 彼が、アスランの……?」

 そのデータを見た瞬間、クルーゼは口元を大きくゆがめた。

 

 「クククッ……ハハハ、皮肉なものだな……そうか……」 

 クルーゼは、手に入れた情報に満足したのか、端末の電源を切って、施設から出ようとする。

 が、足元に転がるザフト兵の遺体を見て、ふと立ち止まる。

 

 「先に、準備しておくか……」

  もはや、その表情は、何の感情も見せていない。

 

---------------------------

 

 

 ドオオオン!!

 「きゃあっ!」

 

 大穴内部――ミリアリアがオペレーターとして配置についていた司令部の一室が揺れた。

 

 「今の爆発!? 基地内部まで敵が!?」

 

 ミリアリアは身に着けていたインカムを置いてあたりを見回す。

 「白兵! 白兵戦用意! 敵に入口を発見された!」

 「白兵……!」

 

 生身での銃撃戦になるということだった。

 ミリアリアは、拳銃を握った。

 

  

---------------------------

 

 

 「……マリューさん? 敵の侵攻速度が速い、いよいよ、ここも落ちそうだ」

 

 ミールヌイの司令室。

 チャンドラ、ロメロ、ジャッキーの三人の姿はなく、マリューだけが残っていた。

 

 マリューは崩壊しつつある基地の様子を、司令室にある、おびただしいモニターから見ていた。

 殆どの中継局は破壊されているが、基地内部を映したカメラは未だ生きていた。

 

 (ッ……)

 そこには、地球軍と白兵戦になって、頭に銃撃を受け、脳漿を散らす少年の姿。ミリアリアの様な少女といえる年齢の女性兵士が、炎に焼かれていく姿も映っていた。

 若い人々の軍隊である、ザフトの惨状は、戦いの惨さをより強調するかのようだった。

 

 と、マリューは、そのモニターの中の一つを見た。

 図書室だ。

 

 数名の兵士が地球軍に包囲され、そこに逃げ込んだ。

 地球軍はザフト兵達に、容赦なく軽機関銃を乱射した。

 

 一人の少年が、机に山積みになっていた白いレポート用紙を胸にを抱え込む――。

 

 やがて、部屋になだれ込んできた地球軍の兵士達が、それを押さえつけて、背中から彼を何度も撃った。

 レポート用紙が、真赤に染まっていく。そこに書かれている内容を塗りつぶして……。

 

 

 「……行くわ、ネオ。 ねえ、今回の戦い……」

 「――本国の動きも怪しいし、恐らく内通者も居る。 敵の動きが良すぎるからな?」

 

 マリューは視線を落とした。

 

 「全部分かっていた事だわ。 私はやるべき事をやった……恐らくはオペレーション・スピットブレイクの為に。 でも思うのよ……私たちは、地球に降りて戦う以外にもっと目を向けなくてはならないことがあった――そんな気がするのよネオ」

 「……そうかもな、だが今は、生き延びる事だ。 行こう!」

 

 マリューはネオに促され、司令室を後にした。

 

と……。

 

 「あれは……”月の兎”マリュー・ラミアスか!」

 「何!?」

 地球軍の兵士が、既に要塞内部に侵入していた。

 

 「――チッ、地下の侵入路までバレてたのか! マリュー! 逃げろ!」

 ネオは、拳銃を構えると、敵兵に向けて放った。

 「ネオ……!」

 「君に死なれたくない! 行けっ!」

 ――マリューは、ネオの身を案じながらも、離脱艇へ向けて走った。

 

 

 ネオは必死で足止めをしたが、当初ニ、三人だった兵士が、指揮官であるマリューがいると聞きつけてか、

 「……おいおい!」

 ――十人近い兵士が、なだれ込んできた。

 「グレネード!!」

 「ちょま……!」

 流石に不味いか!? ……ネオに悪寒が走った。

 敵兵が手榴弾を使おうとしたのである。

 

 ――そのとき。

   

 バンッバンバンバン!!

 「うわあああ!」

 地球軍の兵士達が、次々に倒れた。

 

 「ミリアリアかっ!?」

 

 物陰から飛び出たミリアリアが、拳銃を乱射したのだ。

 ミリアリアの弾丸は、正確に敵兵の顔面を射抜いていた。

 「隊長! 銃っ!」

 ミリアリアは、弾丸を撃ちつくした拳銃を投げ捨てて、腰のホルスターから別の銃を取り出した。

 「っ!!」

 ネオは、その意図を理解して、自分持っていた拳銃を彼女に向かって投げた。

 ミリアリアはそれをキャッチすると、転がりながら、敵兵に対して更に、いわゆる二挺拳銃で弾丸を放った。

 

 バババババ!!

 

 

 弾丸が次々と敵兵に吸い込まれていき、俄かに辺りが静かになった。

 

 

 ネオの元に駆け寄るミリアリア。

 「さっすがぁ……バスターでも白兵でも、”ダブルハンド”か」

 「でも――モビルスーツの時よりも、酷い気分です」

 辺りに立ち込める”におい”に顔を少ししかめるミリアリア。

 「かもな……助かったよ。 さあ、俺たちも脱出しよう」

 ネオとミリアリアは連れ立って、大穴底部のメカドックへと向かった。

 

------------------------ 

 

 「余計な敵は構うな! マスドライバー施設の占拠が先だ!」

 ゼルマンはバグラチオンのブリッジで指示を飛ばす。

 「もう間もなく、敵施設も落ちる……ようやく、報われる。 これで私も、もう一度宇宙へあがって、あのバケモノどもと戦える……!」

 

 ユーラシアの軍隊は、既に完全にミール・ヌイ要塞を包囲していた。

 

 敵戦力の殆どは沈黙。

 一部が、 当初マスドライバー施設があると予想していた空港エリアから脱出を開始した――。

 急な目標変更の為、空港エリアが手薄になったからである。

 

 その隙を突いた敵輸送機が、他の部隊との合流に向けて飛んだのだ。

 が、ゼルマンたちユーラシア軍にとって、今更そんなことはどうでも良かった。

 悲願であるマスドライバー占拠。

 それさえ叶えば――。

 

 「司令! 敵基地深部へ潜入した部隊より入電! 敵司令官マリュー・ラミアス! 多数の兵と共に大気圏離脱用の船で脱出しようとしているとのことです」

 と、そこへ、部下からの報告が届いた。

 

 「チッ……兎め、流石に逃げ足だけは速い。 宇宙にバケモノどもを決して帰してやるな……あの女だけはシベリアの肥料にしてやろう」

 ゼルマンは満足げに言った。

 

 

 

------------------------  

 

 

 「まあ、ユーラシアに渡すくらいなら……ってね」

 

 この基地に、クロトが赴任する前から、数名の工作員が着々と準備していた。

 

 味方に対してザフトは甘い。

 互いにコーディネイターであるという、人種的な束縛に頼るが故の弱さは、いつの時代も一緒であった。

 嘗ての皮膚色や神の名を信じて派閥を作っていた人間達の組織が、容易く内部崩壊していた事を、コーディネイターだって知っているはずだ。

 しかしながら、よもや”自分達がおなじ”であるとは露にも思わないのであろう。

 

 クロトは準備を終えると、急いでその場を離れた。

 

 

 

------------------------  

 

 

 マリューと大勢の離脱兵を乗せた艦艇は、発進位置についていた。

 

 そして、間もなく離陸の時を迎えようとしていた。

 

 

 「まだ、終わるわけではないのね、全てはここから……」

 と、マリューは離脱艇のシートに座りながら呟いた。

 

 

 そして、加速が開始する。

 ――その先に何があるかも知らず。

 

 

--------------------------------

 

 市街地を、アスランのイージスと、キラのストライクが滑空していた。

 「……ッ!?」

 ストライクの姿が見えなくなり、アスランは大きなビルに背を寄せて辺りの様子を伺った。

 

 ――と。

 

 グワアアアン!

 「あッ!?」

 キラのストライクが、背後のビルを破壊して現れた。

 

 ズバアアア!!

 「キラ!?」

 イージスは背中のテール・スタビライザーをビーム・サーベルで破壊されて、軽い爆発が起きた。

 ドゥッ!

 「ぐわあっ……まだ!」

 そのままイージスは前のめりに倒れそうになったが、アスランは転がるようにしてバランスをとって、直ぐに体勢を整えた。

 

 バッ!

 キラのストライクが、スラスターを噴かして飛んだ。  少し屈むような体勢をとっていたイージスの頭上を通り越して、ジャンプする――。

 「後ろをとられた!?」

 しかし、アスランは、脚のビームサーベルを展開させると、回し蹴りの要領で、背部に攻撃した。

 「ヘェアーッ!」 

 「クッ!」

 後ろを取るのを失敗したキラは、小さくうめき声を上げると、シールドを構えて刃を受けた。

 

 グワアアン!

 空中でイージスの蹴りを受けるハメになってしまい、吹き飛ばされるストライク。

 イージスはその隙を逃がさず、ライフルを向ける、だが――。

 「なっ!?」

 キラのストライクは、地面には落下せず、ブースターを噴かせてそのまま空中で一回転――ぐるり、とバク転をすると、今度は水泳の競技者が、体をロールさせてフォームを変える様に――空中をバレルロールして体勢を整えた。

 

 ――キラのストライクそのまま流れるように大地を滑空、シールドを投げ捨てて――ビームサーベルを両手に構えた。

 

 (こんな動き……!?)

 

 既に、イージスの目前には、ストライクのビームサーベルの刃が迫っていた。

 

 ――人間業ではない。

 

 ズバァァア!!

 「ああっ!?」

 ――ビームライフルと、シールドを持った左腕、そして右足の太股にあたる部分が切り裂かれる。

 

 アスランはそれでも、なんとかジャンプして、キラのストライクから距離を取ろうとする――が。

 

 ブゥウン!!

 

 「――ンッ!?」

 刹那。

 

 勝負あった――と、言わんばかりに、イージスの喉元――コクピットの直上にビームサーベルの刃が突きつけられた。

 

 ――脚を切られてしまった為に、動けなかったのだ。

 

 沈黙があたりを包む。

 ブーン、というビームの粒子が大気を焦がし、振動する音だけが響いた。

  

 「アスラン……!」

 「キラ……」

 

 今一度、二人は突きつけられていた。

 

 ――戦う事に対する答えを。

 

--------------------------

 

 ずっと一緒だった。

 兄弟のように、二人はただ、気が合った。 

 また会えたら良いと思っていた、それだけだったのに。

 

 

 キラの背後、市街地のエリアから少し離れた要塞の建物が、爆発を起こしているのが、アスランには見えた。

 そして、さらにその後、空には月が――。

 

 あそこから、どうしてこんなところに来てしまったのだろう。

 

 

 それぞれが、取り返しの付かないところまで来てしまったのだろうか。

 今のキラには――アスランを討つ明確な理由が出来てしまっていた。

 

 ジジッ!

 

 喉元に突きつけられたビームサーベルが、更に近づけられ少しイージスの装甲を焼いた。

 「クッ……!」

 やむを得ず、アスランは――。

 

 ガンッ!

 

 「!?」

 

 イージスが腹部の装甲を捲り上げ(プルアップし)て、スキュラを露出させた。

 キラが、サーベルを動かすなら、巻き添えにビームを放つという意思表示である。

 

 地球に落ちてから、アスランは様々なものを見てきた。

 戦いに傷ついた人、それを助けようとする人、それでも戦おうとする人……。

 

 その根源に父がいる。 

 自分はそれから逃げていたのだ。

 だから、今度こそ、その返答を出さねばならなかった。

 

 しかし、アスランは……。

 

 (キラ……!)

 

 

 引き金を引けない。

 それは、アスランに残った最後の未練だった。

 これを撃てば、自分は、もう戻れなくなる。

 アスラン・ザラとしても、アレックス・ディノとしても――。

 

 キラ・ヤマトを永遠に失うのだ――父と引き換えに。

 

 (そんなことが……)

 

 

 ”長い瞬間”が、アスランに続く。

 

 

 だが――。

 

 「ああっ!?」

 

 ピーっと、アスランのコクピットに、イージスのパワーダウンを示すブザーが鳴り響いた。

 先ほどの空中戦での消費分に加えて、スキュラを多用したためにエネルギー残量が極端に低下していたのだ。

 

 「――!」

 

 迷いの消えないアスランに対して、キラは、砲を突きつけられた事で、躊躇がなくなっていた。

 

 (アスラン……)

 

 キラは、レバーを握る。

 イージスのコクピットは、あとほんの少しの操作で、完全に焼き尽くされる。

 

 

 「――アスラァッン!」

 

 しかし、ストライクとイージス、二機の均衡は、突然打ち破られた。

 

 

 「ラスティ!?」

 ラスティの乗る、ジン・タンクが現れたのだ。

 「……敵の援軍!?」

 

 クルーゼからの救難信号を聞いて、アークエンジェル隊が増援に駆けつけていた。

 ラスティのジン・タンクがストライクをレールガンで狙う。

 「――クッ!!」

 キラはイージスから離れる様に跳んだ。

 

 「あれが、ストライクっての! いいねえ、俺も乗りたいなぁ!」

 

 ラスティが砲を連射し、ストライクを牽制する。

 

 「戸惑ってんなよ! 死ぬつもりかよ! アスラン!」

 ラスティは、アスランに通信を送ってきた。

 「……ラスティ?」

 「……俺は、お前に死んで欲しくない」

 イージスを庇いたてるように、ジン・タンクが聳え立つ。

 

 

 

 そして、ラスティは、バズーカをストライクに放つ。

 

  バッ!

 

 「網!?」

 ラスティが放ったのは、先ごろバクゥを撃破したときにも利用した、モビルスーツ用の捕縛ネット弾であった。

 バズーカの弾が弾けて、中からネットが放出される。

 コロニー構築にも使用されるメタポリマー・ストリングスを使った網である。

 コレに捕まれば、例えストライクでも容易に脱出はできなくなる。

 

 

 「こんな武器に!」

 ストライクは、サーベルで網を切り裂こうするが、意外に強度があり、ビームサーベルでも切り裂くのに少しばかり時間が掛かった。

 「クッ」

 

 

 

 そこへ、新たな陰が現れ、ストライクを追撃する。

 「無事かアスラン!!」

 「……」

 一機は、イザークのジン・タンク。

 そしてもう一機はイージスやストライクとまた異なったゴーグルの様な顔の意匠に、細身のグレーのボディ。

 カナード・パルスのシュライクであった。

 

 (なんだ!? この敵……ストライクと言ったが……この感じは!?)

 カナードは、ビームナイフを構えながらも、敵のパイロットから感じる奇妙なプレッシャーに不快感を感じていた。

 (えっ……?)

 キラは、シュライクの姿を見た――と、同時にキラにもまた言い知れぬ不快感が込み上げてきた。

 

 (エンデュミオンの鷹とは……別の感じ? でも、僕は、この敵のことも知っている……!?)

 

 以前、メビウス・ゼロと戦場ですれ違ったとき、キラは敵のパイロット……クルーゼに奇妙な感触を受けたことを思い出していた。

 

 だが、それと同様にして、全く異質――不快感としか言いようのないものが、二人を襲った。

 

 それは、ほんの刹那。

 一瞬とも呼べない時間に起きた、キラとカナード、二人の共感であった。 

 

 

 

 

 「不快なんだよ! 死ねェッ!!」

 ビーム・マシンガンを乱射して、ストライクの脚を狙うカナード。 地上における戦いでは、モビルスーツは土台たる脚を失えば、殆どの戦闘能力を失うからだ。

 

 ババババッ!

 ストライクの脚にビーム・マシンガンが命中するが、すぐさま致命傷とはならない。

 シュライクの持っていたビーム・マシンガン、”ザスタバ・スティグマト”は連射が効くが、出力が低く、フェイズ・シフト装甲を破壊するにはある程度の命中が必要だった。

 「クソッ!!」

 

 キラはそれ以上攻撃を受けまいとして、必死に避けようとする。

 だが、それにはネットが邪魔だ。

 

 

 「終わりだな! ストライク!!」

 イザークもまた、ストライクに向けて砲を必死で放つ。

 フェイズ・シフト装甲とて、リニアガンを全く無効に出来るわけではないのだ。

 

 「……キラッ!」

 アスランが、呻いた。

 

 

 その場の誰もがストライクの最期を確信していた。

 

 ――キラ以外は。

 

 

 

 

 「……こんなことでっ!」

 キラは、冷静だった。

 ストライクのカメラと、キラの目線は、イージスとその中のアスランを真っ直ぐ見据えていた。

 体の中の何かが弾けた感覚、それに任せて、キラはストライクを屈ませた、そして――。

 

 カッ!!

 

 「アスラアンッ!!」

 

 ブゥウオウ!

 

 キラのストライクは、エールストライカーを、出力全開にした状態のまま分離させた。

 

 バババババ!!

 エールストライカーは、ストライクの体に絡みついたネットを巻き取るようにして――大型の質量弾として、イージスに向けて発射された――。

 

 

 「あっ……!?」

 「いくらイージスでも、フェイズ・シフトの切れた状態なら、エールに残った推進剤の爆発に――耐え切れない!」

 キラは、エールストライクをそのまま大型のミサイルに見立てて、イージスにぶつけようとしたのだ。

 

 ――高速で、真っ直ぐイージスに向かうエールストライク。

 

 

 

 激しい爆発が、そして起こった。

 

--------------------

 

 

 アスランは見た。

 無線越しに、潰れかけたコクピットの中、ラスティが微笑む姿を。

 

 

 

 「言ったろ……俺は……アスランを……」

 

 エールストライカーの直撃を、ラスティのジン・タンクが受けていた。

 

 

 「ラスティ……!」

 「嫌だ! オヤジになんて、絶対会いたくない……ッ!!」

 

 画面が、真赤に染まる。

 

 その声は、無線を通して聞こえたものだったのだろうか。

--------------------

 

 

 「あッ!?」

 イザークが、叫んだ。

 

 ――ドォオオッン!

 

 ラスティのジン・タンクが、轟音を上げて爆発した。

 

 

 「あっ……ああっ……!」

 茫然自失となりかけるイザーク。

 

 「イザーク!!」

 しかし、フレイの呼びかける声に、イザークは我にかえった。

 

 「ッ! アスラン!?」

 イザークは爆発の後方を見た。

 アスランのイージスは無事だった。

 

 「――ストラィクッ!!」  

 

 イザークは激昂した。

 ――ジン・タンクを真っ直ぐ、キラのストライクに向けて走らせる。

 「野郎!」

 カナードのシュライクもまた、ビームナイフを手にとってストライクへと駆ける。

 

 

 「っ! 失敗か――!」

 キラは、イージスが残っている事を確認すると、接近するジン・タンクとシュライクに気が付いた。

 そして、

 バアッ!

 

 ストライクは、腰に備え付けられた、二本のモビルスーツ用のナイフ、アーマーシュナイダーを手に取ると、一本をジン・タンクに投げつけた。

 

 ズバァッ!

 「なにぃぃ!?」

 アーマーシュナイダーは、ジン・タンクのキャタピラー部分のコネクタに突き刺さり、ジン・タンクの脚を潰した。

 軽く爆発が起きて、イザークのジン・タンクが動きを止める。

 

 「くそぉーっ! クソクソクソーっ!!」

 目に涙を浮かべながら、イザークがレバーを滅茶苦茶に動かす、それでも機体は動かなかった。

 

 

 

 

 「――ッ!」

 残る最後の一機、カナードのシュライクと、キラのストライクが対峙した。

 

 勝負は一瞬だった。

 

 ズバアアッ!

 

 「!?」

 カナードのシュライクは、ストライクのアーマーシュナイダーにビームナイフを持つ手首を切り取られていた。

 

 そして、アーマーシュナイダーの刃は、そのままコクピットに向かう。

 「クッ!」

 それを避けようと、カナードのシュライクは肩をストライクにぶつけた。

 

 ガガッ!

 

 「チィッ!!」

 だがしかし、キラのストライクも、腕を伸ばし、アーマーシュナイダーの刃はシュライクの喉元に届いていた。

 

 グワアアーンッ!

 

 派手なスパークを起こして、カナードのシュライクは行動を止めた。

 コンピューターがやられたのだ。

 

 「バカな……マシンの性能差があるとは言え……この俺がこうまで!?」

 特殊部隊として、百戦錬磨を誇っていた、自分が手も足も出なかった。

 カナードは、ストライクのパイロット――キラに戦慄すら感じてしまっていた。

 「なんなんだ……アイツは!!」

 

 

 「足つきが来る……!」

 敵戦力を悉く無力化したキラだったが、レーダーにアークエンジェルの反応があるのを見ると、止むを得ず機体を下げた。

 「アスラン……!」

 灰色になって、動きを止めているイージスを一瞬見やると、キラは口惜しげに機体を撤退させていった。

 

 (体が……)

 

 異常な覚醒状態から、キラは冷めつつあった。

 体全体に、痺れるような痛みと、凄まじい倦怠感。

 それと必死に戦いながら、キラは退却を続けた。

 

 

 

 

--------------------

 

 

 「ラスティ……」

 イージスの中、アスランはうめき声をあげた。

 

 『そりゃ、お互いさまっしょ?』

 アスランは、ラスティの事を思い返していた。

 

 『いや、コーディネイターも、意外と頭が固いんだなって』

 『アスランってさ、父親の事苦手だろ?』

 

 ラスティは、自分と同じだったのだ。

 

 『……お前も同じだろ? オヤジやお袋がプラントにいるのに、地球軍に味方しているんだろ?」』

 『俺は、お前に死んで欲しくない』

 

 ――もう一人の自分だった。

 そして、自分の代わりに――死んでいった。

 

 「討たれるのは、俺の……俺のはずだった! 俺が……あいつを討つのを躊躇った俺の甘さが……お前を殺した!」

 アスランはイージスの中、号泣した。

 「何が生きるだ、戦うだ、バカヤロウ!!」

 アスランは、自分で自分をなじった。

 そうせざるには居られなかった。

 

 自分自身が許せなかった。

 

 

--------------------

 

 

 「よう、キラー・トマト!! 無事か!」

 「その呼び方……チャンドラさん?」

 キラが、ミール・ヌイの司令本部がある大穴に近づいたところ、通信が入った。

 チャンドラからだった。

 「――悪い、司令部はもうダメだ。 空港の方に回ってくれるか?」

 「隊長たちは!?」

 「アルマーク隊の皆なら、回収は済んだ! ネオとハウだけが此処に残ってる」

 「ミリアリアと隊長が!?」

 「司令のシャトルを守ってくれてる! 敵さん、マスドライバーが相当欲しいみたいでな」

 

 チャンドラは基地内部に敵兵が侵入してきている事を告げた。

 

 と、

 ババババッ!!

  

 通信機の向こう、チャンドラの側から銃声が聞こえてきた。

 恐らく、間近で白兵戦が行われているのだろう。

 生身の戦いが。

 

 

 「――皆さんは!?」

 「俺たちは督戦隊だからな……俺たちが残らなきゃ、誰が残ってくれるって言うのよ?」

 

 

 

 マリュー督戦隊の面々は、既に敵に占拠された総合司令室から出て、マスドライバーの管制室に臨時司令部を作っていた。

 現在の最重要作戦は、マリュー・ラミアスや味方の兵を出来る限り一兵でも多く宇宙に返す事であった。

 

 まさに、此処はその水際である。

 

 「よし! ジェネシス衛星との通信が回復した――これでシャトルの発進準備、整いました!」

 ジャッキー・トノムラが叫ぶ。 残る通信網を短時間で纏め上げて、撤退に必要な情報を最低限整える。

 

 「シャトルが飛ぶまでは、俺達がしっかり指揮しますから――残る火器は本部の防衛に使うな! 撤退部隊の支援に!」

 ロメロ・パルもまた、要塞にまだ残っている砲台を使って、要塞外へと撤退する部隊の援護射撃を行っていた。

 

 と、焦げ臭い臭いが、彼らに届いた。

 

 「あーあ……とうとうここにも火の手が上がったか」

 パルがぼやいた。

 「まあ、マスドライバーとその管制さえ残ってりゃなんでもいいんだろ?」

 トノムラも答える。

 「そういや、あの赤毛の……クワトロくんは?」

 チャンドラが二人に聞いた。

 先程から姿が見えないのだ。

 「クロトだろ……通信網の復旧に行ってくれたよ。 ……やられてなきゃいいけどな」

 「ああいう若い奴が残ってくれないとね?」

 「オレらだってまだ若いんだけど……」

 

 ドオォオオオン!!

 

 彼らの居る管制室が、またも揺れた。

 階上で、グレネードが使われたらしかった。

 三人はふと、手を止めて、互いの顔を見合わせた。

 

 「ナチュラルだったら俺らの年なんて、まだ若造の部類だろ? ……なんか戦争が始まってから老けた感じがするよ」

 パルが言った。 

 「やっぱり、司令のオッパイ、死ぬ前に揉んでみたかった」

 チャンドラが言った。

 「だな」

 「うん」

 他の二人も頷いた。

 「まあ、プラントの為になるなら、本望だけどね……! さ、司令を見送ろうぜ」

 三人は、お互い笑いあって作業に戻った。

 

----------------------

 

 

 「ミリィ! 援護を!」

 「ハイッ!」

 ミリアリアは特務隊仕様の、カーキ・グリーンのジンに乗って空に舞うネオのジン・ハイマニューバを援護した。

 次から次へ、航空部隊が押し寄せ、戦車隊が大穴の周りを占拠しようとする。

 脱出用のシャトルを狙い撃とうというのだろう。

 

 「やらせはせんよ!」

 ネオはオーバーガンを地上に向けて放つと、並み居る戦車隊を薙ぎ払うように一掃した。

 

 

 

 

 ――そして、とうとうその時がやってくる。

 

 マリュー達の乗る脱出艇の、発進準備が整った。

 

 

 

 「3、2、1……」

 督戦隊の面々が、カウントを取りつつ、管制室で満足げに微笑みながら、それを見送った。

 彼らに、逃げる時間は無いだろう。

 

 しかし、多くの若い兵士達と、明日の戦局を担う司令官を残せるのだ。

 ザフトの義勇兵(ミリシャ)としてこれ以上の事は無いだろう。 

 

 

 

 そして、船は加速を始めた――。

 

 

 

 

 

 ――ドドドドド!!

 

 

 

 

 「!?」

 が、マリューは突然の轟音にシートから身を乗り出した。

 

 

 

 「なんだ!?」

 その上空、ジン・ハイマニューバに乗り込んだネオは目を疑った。

 

 

 大穴の内壁の一部が、突然崩れたのだ。

 「バカなっ! 何故崩れた!?」

 

 と、マスドライバーのレールを支える支柱の部分が、次々と瓦解を始める。

 

 グォオオオオン!!

 

 轟音を上げて、レールのシャフトは曲がり、マスドライバーは崩壊を始める――。 

 

 しかし、脱出艇は既に加速を始めており、このままでは、多くの兵士とマリューを載せたまま――。

 「くそおっ!!」

 わけもわからないまま、ネオは脱出艇へ機体を向けた。

 

 

 

 「どうしたの!?」

 マリューは自分の座席から、警告も無視して、走って操縦席へと向かった。

 「司令!? 危険です! シートについて!」

 パイロットに言われ、マリューは、船の加速が始まっていることを確認すると、コクピットの脇に備えられた非常席に腰掛けてベルトを締めた。

 「マスドライバーが崩壊を――加速が――止められない!」

 パイロットが悲鳴の様な声を上げた。

 「行って!! このままでは生き埋めになる――」

 

 マリューはコクピットから見える範囲の状況を見て叫んだ。

 外壁は大きく崩れ、スリンガトロン――マスドライバーの崩壊どころか、この地下基地すら飲み込む、地崩れが起きようとしていた。

 

 

 パイロットは、やむを得ず脱出艇の加速を続けた。

 

 

 ガウウウウアアアアアン!!

 遠心力を使って加速しているのだ。

 この歪んだレールを使っていれば、あらぬ方向に吹き飛ばされるので無いか――。

 

 「う、うううぅ!」

 パイロットも、マリューも生きた心地がしなかった。

 

 

 

 カアッ!!

 

 しかし、シャトルは何とか加速をはじめる。

 

 

 だが――。

 「前方! レールが崩れてます!」

 恐るべき事が起きていた、ちょうど大穴から空へと射出される部分――発射口に当たる部分のレールが、瓦解に巻き込まれて崩れ落ちようとしたのだ。

 このまま突っ込めば――。

 「うわあああああ! もうダメダアアア!!」

 パイロットが、絶叫する。

 

 (ここまでなの……ネオ……ムウ!!) 

 マリューは、祈るように胸元を押さえた。

 彼女のお守りが、そこにあるのだ。

 

-----------------------------

 

 

 

 ――ガキンッ!!

 「うおおおおおおお!!」

 

 

 

 と、マリューの耳に、ネオの声が聞こえた気がした。

 

 

 ――脱出艇は、無事、空を飛んでいた。

 

 

 

 

 (――あっ!?)

 

 マリューは、後方に遠ざかっていくマスドライバーのレールをみた。

 崩壊するマスドライバーのレールを支えるモビルスーツ。

 

 ――ネオの白いジン・ハイマニューバであった。

 ブースターを最大出力にしてレールを持ち上げ、脱出艇の発射を助けたのだ。

 

 

 「へっ……へへっ……やっぱ俺って、不可能を可能に……」

 我ながら崩壊するマスドライバーを持ち上げるなど、無茶をしたものだ。

 と、ネオが思ったのも束の間。

   

 ババババッ!!

 

 「うおぉわ!!」

 ムリをしすぎた機体に限界が来たのか――ジン・ハイマニューバは煙を上げて穴底に落下していきそうになった。

 

 「隊長!」

 グゥルにのったミリアリアのジンがそれを拾い上げた。

 「格好よかったです……その」

 「ヘヘッ、そう? 惚れちゃいけないぜ?」

 「いえその、オジサン趣味は無いモノで……好きな人も居ますし」

 「マジメか……へこむな……」

 

 ネオは苦笑しながら、空を見上げる。  

 マリュー・ラミアスの乗る船は宇宙へと向かって加速していった。

 

 

--------------------

 

 「バカな!? マスドライバーが!!」

 「崩壊していきます!! こ、これでは……」

 一方、バグラチオンのゼルマンは、マスドライバー崩壊の報告を聞いて、絶句していた。

 

 「バ、ばかな……マリュー・ラミアスめ、血迷ったか……」

 

 これでは、この作戦に何の意味も無いではないか。

 

 マスドライバーは貴重な施設である。

 恐らく、ザフト側も相当なコストをかけてあの”スリンガトロン”を建造した筈なのだ。

 

 それを敵に奪われまいと破壊するなど――考えもしない事であった。

 

 「北極艦隊も、リマンも残っているのだ……こんな……こんな……」

 

 ゼルマンには、敵の、マリュー・ラミアスの意図が全く読めなかった。

 当然ではあった。

 この破壊は、マリュー・ラミアスが行ったものではなかったのだから。

 

 だが……。

 「ゼ、ゼルマン大佐、マスドライバーから、脱出艇が……!」

 

 「許さぬ……あの女を逃すな! バグラチオンを前に出せ! シュライクに”バリアントライフル”を持たせろ!! なんとしても脱出艇を撃ち落せ!」

 ゼルマンは絶叫した。

 

 マリュー・ラミアスが、コーディネイターが自分を嘲笑っている様にしか思えなかったのだ。

 

 

 

-----------------------

 

 

 「隊長!!」

 「敵艦の上か!?」

 グゥルに乗って撤退を始めたネオとミリアリアであったが、ニ十数キロ離れた箇所に、バグラチオンの姿を見かけた。

 そして――。

 

 「狙撃する気か!? マリューの船を!」

 直ぐに、その意図に気が付く。

 

 

 

 自身の身長より高い、長大なリニア・レール・カノンを構えたシュライクが、バグラチオンの艦橋に着座している。

 狙撃体勢に入っており、狙いは、当然、マリュー・ラミアスの脱出艇である。

 マス・ドライバーを経て射出されたため、当然相当な速度にはなっているが、それを狙える代物であった。

 

 

 「――くっそ! あんなものを用意して!」

 「マズいですよ! あれじゃ」

 「間に合わんかっ!?」

 敵の位置まで、かなり距離がある。

 このままでは……とネオが思ったところに、

 「隊長、まだ機体、持ちますか!?」

 「ミリアリア? 何を!?」

 「オーバーガンを私に貸して、全速力で抱えて飛んでください!」

 「……なんとぉ!」

 

  思わぬ申し出であった、がやるしかない。

 

 「行くぞ!」

 ネオのジンは、ミリアリアのジンを抱え、グールを蹴って飛んだ。

 

 

 ――そして、全速力で加速した。

 

 グォオオオオオオ!!

 

 凄まじい重力がミリアリアを襲った。

 

 

 「うっ……あああああ!」

 

 苦痛がミリアリアを襲った。

 ネオですら肉体が悲鳴を上げる加速であるのだ。

 少女であるミリアリアは、気を失っても当然な負荷が掛かっている。

 「ミリアリア、大丈夫かっ!?」

 「ダイジョブ……です!」

 が、ミリアリアは耐えた。 彼女もまたザフトなのだ。

 

 「隊長!」

 

 バッ!

 ミリアリアの合図を聞いて、ネオは加速を止めた。

 

 「この距離でいけるというのか!?」

 「――いけますっ!」

 

 今度は外さない。

 

 ミリアリアは、オーバーガンの引き金を引いた。

 

 

 

 

 ――ビュウウウウウ!!

 

 

 レール・カノンの発射態勢に入っていたシュライクに、ビームが迫る。

 

 

 「熱源接近!」

 「どこからだ!?」

 迂闊にバグラチオンを前に出して狙撃コースを確保したため、シュライクはおろか、艦全体が丸見えとなっていた。

 と、なればミリアリアにとっては距離以外、狙撃を阻む要素は何一つ無かった。

 

 

 「艦ごと……いっけぇええええ!!」

 「あ、あんな距離から……!? う、うおおおおおおおお!!」

 

 ミリアリアの放ったオーバーガンのビームが、シュライク、そしてバグラチオンのブリッジを撃ち抜いていた。

 しかし、流石の巨体を誇るバグラチオンであった為、爆発はブリッジとその周辺だけに留まった。

 

 だが、その爆発はゼルマンの肉体を粉微塵に変えていた。

 

 

---------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミール・ヌイ要塞を巡る戦いは、終わりを告げた。

 

 凡そ四個師団の戦力を投入したユーラシア連合軍は要塞を占拠。

 しかし、秘密裏に確保を目標としていたマスドライバー施設”スリンガトロン”は敵側の自爆によって破壊。

 要塞自体も、圧倒的な包囲攻撃によって瓦礫と化し、既に無意味な拠点となっていた。

 八割近い戦力を犠牲にしたユーラシア軍にとっては、戦果は鉱山の奪還に留まるという、割の合わない結果になっていた。

 

 要塞攻略までの二日間あまりで、連合側の死者は数万に上った。

 その中には、司令官に任命されたゼルマン大佐も含まれていた。

 

 ザフト側も、死者はほぼ同数と推測されていた。

 

 どちらにせよ、夥しい遺骸だけが、シベリアの地に残されたのだった。

 

 しかし、 このシベリア戦線において、

 月下の狂犬、モーガン・シュバリエ。

 乱れ桜、レナ・イメリア。

 切り裂きエド、エドワード・ハレルソン。

 ザフトのエース三名が討ち取られたという事実。

 そして、オペレーション・ウロボロス以降、苦渋を舐めさせられていた地球軍が、ザフトに正面からの作戦で打撃を与える事に成功したという事実は、大いに地球軍を勇気付けることになった。

 

 これ以降、地上に於ける地球軍の反抗作戦は活発となっていく。

 

 

 しかし、各方面のザフト軍もまた、まだ不気味な沈黙を保っていた。

 結局は、この戦いも、地球を取り巻く陰謀が光と影をあらわしたに過ぎなかった。

 全てはこれから、また流転していくのだ。

 

----------------------------

 

 

 「さすが、ラミアスさん。 アレだけの戦力差でありながら――要塞は落とされたものの、敵の戦力を十分削ってくれました」

 国防委員長室。

 アズラエルが、パトリックに向けて報告書を読み上げている。

 「途中で……マスドライバーが壊れるアクシデントもありましたが、まあ、結果は上々です」

 「しくじった……か」

 「ハハ……これは手厳しい」

 

 全ては予定されていた通りであった。

 

 「まあ、よい……ハルバートンの手勢など、後でどうにもなる。 ……これで、漸く真のオペレーション・スピットブレイクの準備は整ったか」

 「ええ……いざとなれば……ユーラシアが一番の障害になりますからね?」

 「ナチュラルたちは、今頃、戦勝に沸いて戦力を散らしているだろうからな……」

 「役目を終えたシベリア一つ……安いものです」

 

 アズラエルは、一枚の資料をパトリックに渡した。

 

 シベリアが”役目を終えた”とされる事を証明するものだった。

 

 そこには、ザフトで使われているジェネシス衛星――その形を変えた、”ある物”の姿が描かれていた。

 「我らの創世の光(ジェネシス)と、共にね……」

 

 

----------------------------

 

 

 「ええ……そうです、あの船は十分に役目を果たしてくれました。 囮としてね……」

 大西洋連合の将校が、受話器を取っている。

 「フフッ……まだ今しばらく……奴らの目を欺いてくれるでしょう」

 

 

----------------------------

 

 

 「ええ。 無事に全ては終わりました。 マスドライバーは逃しましたが……」

 バグラチオンと共に並ぶハンニバル級、ボナパルト――その一室。

 

 「ええ、タリア・グラディス中将は無事です。 ですが、この戦勝があれば、わがユーラシア連邦も大西洋連合に……」

 

 金髪の女性が誰かに向かって電話をかけている。

 電話の先は――ユーラシア連邦大統領だった。

 

 「ええ、それでは、大統領……あとはお任せください」

 

 ユーラシアの政府高官、アイリーン・カナーバであった。

 

 

 電話を終えて、残務処理に入ろうとするカナーバの元に、陰が現れた。

 

 「誰!?」

 

 アイリーンは咄嗟に銃を構えた。

 まだ、ここは戦場なのである。

 

 「――久しぶりだね、アイリーン。 今はレヴェリーじゃなくて、カナーバだったかな?」

 「……貴方は……?」

 

 そこに居たのは、パイロットスーツを着て、サングラスを架けた男。

 

 そして、彼はおもむろにサングラスを取った。

 

 「そんな……貴方は……! アル……!? 嘘よ! アル・ダ・フラガは死んで……!」

 

 カナーバは絶句した、目の前にいた人物は、既にこの世に居ない筈の人間であったからだ。

 

 

----------------------------

 

 「ありがとよ……短い付き合いだったけど、お前のおかげで、マリューを助けられた」

 

 ネオはジン・ハイマニューバのコクピットから這い出した。

 ネオの陸戦型ジン・ハイマニューバは、バーニアが焼きついて、機体のフレームにも限界が来ていた。

 

 しばしの間ではあったが、愛着がわいてきた頃であった。

 「心から感謝してるぜ……! お前と別れるのは忍びないけど、じゃあな……俺の愛機よ……安らかに眠れ」

 

 ネオは、空港にジンを置き去りにしてヴァルハウ級の輸送機に乗り込んだ。

 一旦はジェーン・ヒューストンの指揮する北極艦隊と合流する事になる。

 

 

 

 

 離れゆく、シベリアの地、基地は逃げようとする兵士を一兵も逃さぬという、容赦の無い、最後の包括攻撃で燃え上がった。 

 ネオのジンは炎の中崩れていった。

 

 ネオは、輸送機の中に設けられた居室に向かうと、座席に座っている部隊の面々の顔を眺めた。

 

 

 皆、様々なものを、あそこに置いてきた様な顔をしていた。

 

 

 

 透き通ったバイカル湖の氷、ダイヤモンドダスト――そして、死臭と灰と――。

 彼らにとっては、様々な意味で鮮烈な体験だったに違いないだろう。

 

 戦いはまだ続くのだ。

 生き延びて、生き延びて、そして血反吐を吐く日々がまだ、続く。

 

 (若い頃から、戦場とか……戦争なんかに浮かされちまうと……あとの人生、きついぜ……)

 

 泥のように眠るトールそれを優しく肩で支えるミリアリア。

 悲しげな表情で、窓の外を眺めるサイ。

 

 そして――。

 

 (アスラン、僕は……)

 沈痛な面持ちで、窓から虚空を見詰めるキラの姿があった。

 

 

 「なあ、キラ……木星探査SASのディスク、貸してくれよ」

 ネオはキラの隣に腰掛け、話しかけた。

 「置いてきちゃいました……」

 「……そっか」

 

 キラがあそこに本当に置いてきたのはなんなのか。

 

 イージスとストライクの戦闘があった事を聞いたネオは、キラの眼差しの先を思った。

 

 

 

-------------------------------

 

 

「ラスティ……」

 

 アークエンジェルに回収されたイージスのコクピットの中。

 

 アスランは一人呟いた。

 

 「俺は父上に会わなきゃいけないんだな……」

 彼の死が、教えてくれた。

 「もう誰も、死なせない……だから、キラ……お前が戦うと言うのなら」

 

 敵となるのであれば、戦わなければならないのであれば――俺はキラも討つ。

 

 アスランはその決意を固めていた。

 

 

 

 

 ――それが忌み嫌っていた父と同じ業だとは、その時のアスランは気が付かなかった。  

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む


PHASE 34 「北海を発して」


 『もう迷わないと決めた事で、俺は戦う意思が出来た。

 まず決める、そしてやり通す。 それが何かをなすときの唯一の方法。

 それは彼女から後で聞いたことだった』

 

 

 

-----------------------

 

 大脱出作戦(オペレーション・エクソダス)終了後、アークエンジェル含む地球連合軍は戦勝に沸く間も無く、事態の収拾に追われていた。

 

 と、いうのも立て続けに部隊の指揮を混乱させる事件がおきたからだ。

 

 「ゼルマンが死んだか……そうか」

 アークエンジェルのブリッジで、バルトフェルドから勧められたコーヒーを口に入れて、クルーゼが一息ついた。

 普段、コーヒーを勧めても決して口に入れないクルーゼが、素直にカップを受け入れたのに、バルトフェルドは珍しいな、と思いつつも話を続けた。

 「敵軍の脱出艇を狙撃するよう、艦を進めたところ、逆にカウンタースナイプされたそうだ」

 「ふむ……いい軍人だったのだがな……」

 と、クルーゼは感傷に浸る様子を見せた。

 が、直ぐに「ところで、先程から、ユーラシア側が慌しくなっているようだが……」とバルトフェルドに聞いてきた。

 「それがな……ユーラシアのオブザーバーが暗殺されたらしい」

 「……暗殺だと?」

 クルーゼは思わずカップを落としそうになった。

 「ああ、殺されたカナーバ補佐官の傍らには、ザフト兵が自害していたとか。 恐らくはグラディス中将に報復を考えて……結果カナーバ補佐官の方を……とね。 しかし妙な点も多い……」

 バルトフェルドもまた、戦いに勝ったというのに浮かない顔をしていた。

 

 政府高官の暗殺という不可解な事件。

 マスドライバーの崩壊に伴い、自分たちがゼルマンに囮として利用されていたらしい事がわかったこと。

 ――そして、ラスティという少年の死。

 

 自分たちが、おぞましい世界に居るのが、厭でも自覚された。

 

------------------------

 

 ドックからは、特務部隊Xが撤退していった。

 カナード・パルスは挨拶も無く去っていった。

 

 ただ、一言――。

 

 イージスから降りてきたアスランに、

 「あのストライクのパイロットは何者だ?」

 と聞いてきた。

 

 アスランは、ネオ・ロアノーク率いる特務隊に所属しているらしいという一般的な情報だけ伝えた。

 無論、自分のかつて友人であるなどとは言わずに……。

 

 

 そして、アークエンジェルのドックには、アスランのイージスと、クルーゼのスカイ・ディフェンサーだけが残された。

 

 

 

 

 作戦が終わって二日が経った。

 

 事態の収拾は完了し、アークエンジェルはシベリアからカムチャッカへと発つ事になった。

 

 まだ、アスランは、ラスティが消えたショックからは、完全に立ち直っては居ない。

 けれど、それでも立ちあがらなければならない事は自覚していた。

 

 

 それから日々、イージスの整備に勤しみ、また戦いへ赴く準備をする。

 心配するミゲルをよそに、アスランは淡々と仕事をこなした。

 

 

 

 「……結局俺は無力か」

 そんな中、イザークが、ドッグで少しばかり疲労にうなだれたアスランに話しかけてきた。

 「……言えばいいだろ、無力なのは俺だ……ラスティは俺が殺したって、ストライクにトドメをさせなかった俺が……」

 が、そんなイザークにアスランは突き返すように言った。

 「そうではない!」

 イザークはアスランの胸倉を掴んで言う。

 「俺は……憎い! ザフトが……何より、無力な自分が憎い!」

 「……俺は、お前の母さんも、ラスティも死なせた」

 「――違う、お前は!」

 イザークは、アスランを突き飛ばした。

 「何故何も言わん! ……何故そうまでして戦える!?」

 「……イザーク?」

 

 アスランには、イザークの言わんとしている意味がわからなかった。

 

 それを見て更に、イザークは憤った。

 自分には力が無い。

 ――自分は目の前の友の助けにもならないのかと。

 

 アスランの側からしてみれば、イザークの気持ちは理解できなかったが、それでもアスランにはイザークに伝えたい事があった。

 

 「大丈夫だ……イザーク。 俺はもう誰も死なせない」

 「……ッ!」

 

 アスランは強い瞳で、イザークを見た。

 

 (俺はコイツと違うのか……? コーディネイターとナチュラルだから? いや……違う、やはり俺が……俺という人間自体が……無力……!)

 

 気位の高いイザークが、初めて明確に自覚した劣等感だった。

 

 イザークは、アスランに背を向けてドッグを出た。

 

----------------------- 

 

 大脱出作戦(オペレーション・エクソダス)は後味の悪さを残しながらも、地球連合軍の勝利に終わった。

 これによってザフトの戦力は、大幅に後退して、西ヨーロッパのジブラルタル、黒海のディオキア、そしてユーラシア大陸の東端、リマン・メガロポリスのみを残し、シベリア戦線は新しい方向へと進んだ。

 

 そして、今、アークエンジェルはミール・ヌイで受けた傷を直す為に、各地球連合国が各国合同で建設した基地、天国(ニェーボ)へと向かっていた。

 

 

 

 その途中、アークエンジェルはシベリアから離れる前に、ある儀式を行った。

 ――戦没者への別れである。

 

 「……大脱出作戦(オペレーション・エクソダス)の戦死者に対して、哀悼の意を表し、全員敬礼!」

 

 

 離れ行くシベリアの地に、バルトフェルドは敬礼をした。

 それに倣って、クルーは全員、礼を行う。

 

 

 

 アスランたちは、艦橋に上がって、花輪を投げた。

 北極に近い東シベリアの地は、ようやく昼の時刻を回ったころで、日が差してきた。 

 

 

 

 遅い夜明けの光に照らされて、花が大地に散っていく。

 

 「イイヤツだったよな……」 

 「……ああ」

 ディアッカがイザークに言った。

 「そうですね……もっと、遊びたかったな……」

 ニコルもそれに対して呟いた。

 

 「アスラン、またキャラオケ付き合えよ……」

 「ええ……」

 ミゲルが、アスランの肩を叩いた。

 アスランは、この土地に――地球に初めて降りたときのことを、ラスティに出会ったときを思った。

 

 今はもう、涙を流してはいない。 

 

 

-------------------------------

 

 

 マユラは、ラスティの姿が見えなくなってからというもの、アークエンジェルが寄港地に寄ってオンラインになるたびに、ラスティに何通かメールを送っていた。

 

 しかし、いつまでも返事は無かった。

 

 

 「失礼しちゃうわね……」

 

 それが、何を意味するか、マユラにもわからないではない。

 

 だが、彼を――嘘でも自分に好意を告げてきた男の子の事を想うならば――。

 

 「……今度ユーラシアに来る事があったら、どっか一緒に行ってあげるわ……じゃあね、バイバイ――返事、まってるわよ?」

 

 

 

 ――ユーラシアには、一見軽そうだが、ちょっと素敵な男の子がいた。

 そうマユラは記憶に留めることにした。

 

 

 

 と、マユラは端末に、新しいメールが届いているのを見つけた。

 

 「あ……ゲーマーの」

 少し前に、ひょんな事から知り合った男の子からのメールだった。

 

 いつもは気が向いたときだけ返信するのだが……。

 

 「……ま、ね」

 

 直ぐに返事を書いて――端末がオンラインになったら自動で返信するように仕向けた。

 

 

 返事をもらえるのは、嬉しい事なのだと、マユラは思ったからだった。

 

------------------------

 

 『拝啓、MRさま

  早速のお返事、ありがとうございます!

  僕は仕事で多少のミスがあって、大目玉を食らってしまったところです。

 

  何事もゲームのように上手くは行かないものですね。

 

  そういえば、僕は今度ホンコン・シティに行く事になりました。

 

  そこからはまた――宇宙に行く事になりそうです。

  いつか君のいるオーブにも行きたいです!

  また、ゲームをしましょう!』

 

 

 

 車に揺られながら、クロトはメールを打っていた。

 「……堅すぎるかな?」

 クロトが、書いたメールを、隣の席にいる少年に見せた。

 「堅い……あいつに見せれば?」

 オッドアイの少年がボソ……っと呟いた。

 「え、やっぱり? なあ、女ってどうしたら?」

 クロトは後部座席から、前方の運転席に手を伸ばした。

 運転手にメールの内容を見せようとする。

 「うっぜーよ! おまえら!」 

 運転してんの! と運転席に座る少年が言った。

 しかし、

 「まあ……でも女性っていうのは、真心が大事だからな。 ……抽象的な話じゃなくて、何かこう、具体的なデートコースとか、してあげられる事とか書けば、進展するんじゃねえの? この人、アタシの為にこんな事を……みたいな」

 律儀にも彼は答えてくれた。

 「なるほどぉ!」

 クロトは目を輝かせて、メールを手直しし始めた。

 

 「――ったく」

 運転席のオールバックの若者は、ため息をついた。

 

-----------------------------------------

 

 「随分苦戦したみたいですね?」

 

 ザフト軍リマン・メガロポリス基地の一室。

 ジェネシス衛星を介して、アズラエルとナタルが通信で話していた。

 「……面目ありません。 全ては私の責任です。 ミール・ヌイ基地は陥落し、貴方の直属の部下であるクロト・ブエルもMIA(作戦行動中行方不明)に……」

 ナタルは悔しさを堪えながらも、素直にアズラエルに失態を報告した。

 「いえいえ……貴方でなければ、ニェーボの勢力はシベリアを覆って、さらなる犠牲が生まれたことでしょう」

 アズラエルは、あからさまに自分の寛容さを誇示するようなセリフを言った。

 (くそッ……!)

 それはナタルにとってこの上ない屈辱であった。

 

 「……しかしながら、戦いはこれからです。 オペレーション・スピットブレイク。 貴方にも働いてもらわねば」

 「ハッ……!」

 だが、ナタルは悔しさを必死に堪えて、アズラエルに敬礼した。

 

 戦いはまだ続く、そしてこの男は、この戦いを牽引する一人なのだ。

 自分は、それに従う義務があった。

 それを通す事が彼女の誇りであった。

 

   

------------------------------------------------

 

 ――プラントとの緊張が高まる中で、旧プラント理事国3国合同軍を母体とした、人類史上初の世界規模の安全保障組織である地球連合軍が発足した。

 そして、プラントとの戦争を想定した、その象徴たる、国家間を跨いだ安全保障……防衛の前線たる基地の建造が必要となった。

 

 その基地の建造計画こそが「ヘブンズ・ベース計画」であった。

 

 カムチャッカ半島に建造された天国(ニェーボ)も、その一つであった。

 

 

 「随分痛んでいるな……」

 アークエンジェルを浅瀬に作られた港に入港させながら、ダコスタは呟いた。

 「……ここも先の戦いで攻撃目標にされたからねえ。 まあ、だがさすがヘブンズ・ベースの一つだ。 よく耐えたよ」

 バルトフェルドが言った。

 

 「これでようやく一息つけますかね……」

 ダコスタが言った。

 「――そうもいかん気がするなぁ」

 バルトフェルドは呟いた。「えっ?」と、ダコスタは思わず聞き返した。

 

 

-------------------------------------------------

 

 

  ニェーボのドックで、修理と補給を受けるアークエンジェルであったが、その内容にバルトフェルドは嘆息した。

 

 

 「い、イージスの戦闘データはこちらでも頂くが、この基地ではユーラシアの目もある。 貴官らにはやはりアラスカの本部を目指してもらって……」

 「だが、増員は無し、……イージスの追加パーツと、スカイ・ディフェンサー一台を予備にやるから、なんとか頑張れと?」

 

 バルトフェルドよりも年若い将官が、その問いに対して、窮していた。

 

 「いや……だから、つまり……」

 「アーサー・トライン准将? ……この補給でアラスカまでというのは……」

 「い、いや。 ともかく、今伝えたとおりだ! 我々も先の作戦で消耗が激しいのだ。 す、すまないがな……」

 

 いかにも頼りなさげな若年将官のセリフに、バルトフェルドは怒鳴りそうになった。

 

 こいつはコネか何かで――恐らくは本部のイエスマンになるべくこの基地に指し仕向けられたアラスカ子飼いの指揮官なのだろう。

 

 (――ニェーボを守りきったんだから無能ではないのだろうが……)

 

 しかしながら、この補給の顛末で、バルトフェルドは何となく、本部の意向が読めた気がした。

 

 「我々に囮になれと?」

 「ぬっ……!?」

 「だから、余計な人員や物資を渡すわけにも、護衛艦をつけるわけにもいかないと……」

 「き、貴様……!」

 

 流石の将官も表情に怒りを浮かべる。

 が、バルトフェルドは鋭い視線だけでそれを”一喝”した。

 「ムムゥッ……!」

 「准将殿、それでは確かに承りました……それでは我々はこれより南下し――太平洋を経由してアラスカ基地を目指します。 ご協力、感謝いたします」

 

 

 ――船の客の事は言わないほうがいいだろうとバルトフェルドは考えた。

 この様子では何をされるか、何を言われるかわかったものではない。 

 

 

 (ま、受け取った情報はあの娘等を降ろしてから、サザーランド少将に渡せばいいだろう。 ホンコンまでは、なんとしても無事に辿りつかなくちゃな……しかし、ホンコンか……嫌な街だ)

  

 バルトフェルドは、傍らに立つアイシャをみた。

 「?」

 アイシャは、何もかもを見透かした目で、バルトフェルドを見るだけだった。

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

 『シベリアでの事、ご苦労だったな……』

 「ハッ」

 ニェーボの一室。

 バルトフェルドとアイシャは並んで画面に敬礼をしていた。

 画面の向こうには、アラスカ本部にいる、G計画最高責任者の一人、サザーランド少将が映されていた。

 敬礼するバルトフェルドに対して「楽にして、かけてくれ」と目配せをする。

 バルトフェルドはそれを見て着座した。

 『ヘリオポリス以来の諸君らの働きには感謝の言葉もない……さて、トライン君から聞いたかもしれんが、諸君はそこニェーボで仮修理を受けて、我らの居るアラスカまで来てもらう事になる」

 「……一つお尋ねしたい事が」

 「ん、なんだね?」

 バルトフェルドは、話の腰を折ることにはなるが――本題に移る前に、一つどうしても聞きたかった質問をした。

 「オーブの学生達が、未だ、わが艦には乗っております。 それらをニェーボで降ろすわけには……」

 ずっと気がかりだったアスランたちの事である。

 成り行き上、地上での戦いにもつき合わせてしまったが、ラスティの死が、彼らをこれまで以上に追い詰めているのをバルトフェルドは理解していた。

 だが、

 「すでに彼らは実戦も経験し、立派な軍人になっている。 機密事項もあるから難しいな……第一、彼らは地球降下前に正式に志願している筈だ」

 と、サザーランドは否定の意を表してきた。

 「ええ、ですが、彼らはシベリアの戦いでの疲労がピークに達しております、これ以上は……」

 しかし、尚食い下がるバルトフェルド。

 普段従順に従う部下の様子に、サザーランドも何やら思うところのある素振りをする。

 

 「ふむ……なら、そうだな……あのイージスのパイロット。 彼以外、ということならば何とかなるかもしれんが……」

 

 その回答にバルトフェルドは口を塞いだ。

 

 ……アスランだけを残すなど、出来るはずが無い。

 そんな事、当の本人達が、納得するわけがないのだ。

 

 「わが軍で最も重要な機密を知ったのだ。 それも敵性国家の留学生がな……しかしながら、ジュール家のご子息も居て、彼はその友人だという。 彼はその為に戦っているのだろう? この忌むべき戦争の中で、その美しい友情、善意の協力については、本当に感動しているのだ。 この程度の補給で申し訳は無いが、今後も彼らに出来る限りの事はしよう――アラスカについた暁には、取るべき方法もあるだろう」

 

 サザーランドは、諭すような口調で言った。

 

 バルトフェルドはその言葉を意外に思った。

 サザーランド少将といえば、対コーディネイター・プラント路線を推し進めている事でで有名な人物であったからだ。

 

 (しかし、レイ・ユウキ提督を自身の片腕にしたということもあるか……)

 だが、バルトフェルドはどうにもサザーランドの言葉を手放しで受け取ることが出来なかった。

 

 今はただ、アラスカを目指す事しか出来ない。

 その事がだけが、ただはっきりとしている事実であった。

----------------------------------

 

 「エドの事……すまなかったな」

 「やめて頂戴……彼は軍人であることを選んだ……それだけよ」

 

 北極艦隊旗艦、ボスゴロフ級”メルヴィル”の艦長室。

 

 ネオと、艦隊提督であり、”白鯨”の異名を持つ、ジェーン・ヒューストンが話していた。

 

 「回収した機体はリマン・メガロポリスに運んで修理させるわ。」

 「そうしてくれるか?」

 先の戦いで、ブリッツ・デュエル・バスター・ストライクの四機は何れもダメージを受けていた。

 今はまだ、この四機は貴重な戦力であり、代替の利かない物資であった。

 特に、イージスに対抗するには。

 「でも……貴方達はどうするの?」

 「坊主達は、少し休ませてやりたいな……だが、足つきがデータを持ってアラスカに入るのは、なんとしても阻止せねばならん」

 「それなら……既に極東方面の部隊が動いているわ」

 「動向を、既に掴んでいるのか?」

 「……足つきはニェーボを出たそうよ。 スパイがその情報を掴んだみたい」

 「単艦でか……? 妙だな」

 「でも、それをノコノコ追っている部隊があるの」

 「……?」

 ネオは首を傾げた。

 

-----------------------------------

 

 

 

「グリマルディ戦線の失態から、海に潜らされて来たが、ようやくチャンスが巡ってきたようだな……」

 ジェーンの乗ると同じ、ボスゴロフ級戦艦”クストー”の艦長室。

 

 一人の剃髪の男性が、嫌らしい笑みを浮かべていた。

 

 「フン……紫電(ライトニング)や月下の狂犬、そしてあのマリュー・ラミアスですら仕留められなかった足つきだ。 アレを仕留めさせすれば……私ももう一度……!」

 男性は艦長室のモニターに、アークエンジェルやイージスの情報を表示させる。

 

 

 「――フハハハハ! この命、もう一度プラントに賭ける事ができる! されど――この”不死身のガルシア”がな!」

 

 

 男性――ザフト軍極東方面戦術偵察潜水部隊指揮官、ジェラード・ガルシアは、一人艦長室で高笑いをした。

 

 

-----------------------------------

 

 「……ガルシア? ああ……サイクロプスに艦隊突っ込ませて左遷された”海坊主”か……」

  ネオは、ジェーンに言われた男の名をようやく思い出した。

 

 月面のグリマルディ戦線において、地球軍の不穏な動きを察知し、脱出を始めた部隊が多い中、一人功を焦り、全軍を突撃させ、まんまと地球軍の自爆攻撃に引っかかって艦隊をほぼ全滅させた男――それでいながら自身はなぜか生き延びて未だ前線にたっている――自称”不死身の男”ジェラード・ガルシアであった。

 

 「恐らくだけど、足つきは囮よ。 ……無視するわけにもいかないけど」

 

 面倒な話である。

 ミール・ヌイが落ちた事と、来るべきオペレーション・スピットブレイクで、自軍が混乱しているというのに、単身功を稼ごうと勝手に動いているのである。

 だが、ネオはその話を聞いて意外にも、

 「ふぅむ……まあ、だが丁度いいか」

 とうなずいた。

 「え?」とジェーンはネオにどういう意味かと尋ねる。

 

 「つまり、アークエンジェルはコッソリ逃げる、海坊主がそれをガッツリ追う。 で、俺たちは”それ”をコッソリ追う」

 「そうやって……二重の監視でアークエンジェルの動向を探ろうってワケね?」

 「そういうこと」

 「……まさか、味方をダシにして、漁夫の利を得ようというのではないでしょうね」

 「そこまでしないよ、件のガルシアさんじゃあるまいし」

 ネオは笑って言った。

 「……まあ、貴方なら信用してもいいかしらね」

 ジェーンは頷く。

 「――ありがとよ、それじゃすまないが、ボスゴロフ級一隻を預けてもらえるか?」

 「……わかったわ。 丁度、ネームドシップが空いてる。 それから、本部から新型の試作機と補充要員も来ているの……海上での戦いになるし、それごと、貴方に預けるわ」

 ジェーンは澄んだブルーの目でネオを見た。

 「ありがとう……エドの仇は、無念は必ず晴らすさ」

 「……よろしくね」   

 

 ネオとジェーンは握手を交わした。

 

-----------------------------------  

 

 ニェーボから、アークエンジェルが出航してから、オホーツク海を抜けていた。

 

 「海か、本当に地平が見えない……」

 アスランは窓の外から見える水平線に感動した。

 「アスランは、海初めてなんですか?」

 「ああ、プラントの水場も凄かったが、やっぱり”自然(ナチュラル)”は違うな」

 「ですよね?」

 ニコルは笑いながら言った。

 「もう直ぐ、ニホン海に出るそうですよ。 そうなれば少し暖かくなるそうです。デッキに出られたらいいですね」

 

 ――ニコルはそうしてアスランに話しかけていた。

 それが、彼のことを案じてなのを、端から見ていたディアッカは気が付いていた。

 

 しかしアスランはニコルの不安を他所に、どこか振り切れた様子だ。 

 

 (ラスティがああなっちまって……覚悟が出来たってことかよ?)

 ディアッカはそんなアスランを複雑な顔で見る。

 (イザークも、タンクに乗っちまって……)

 友達を見捨てられないのは、ディアッカも本当だった。

 

 だが、ディアッカの心には、陰が浮かんでいた。

 戦争に巻きこまれていく――そしてそれは当初の目論見とは違った――全く自分たちの意思が及ばない何かに巻かれていく感覚――。

 (冗談じゃねえよ……)

 ディアッカの心もまた、ラスティの死によって、他の少年達とは又違う形で磨り減っていたのだ。

 

 

----------------------------------

 

 イザークは、一人、黙々とシャドーボクシングに打ち込んでいた。

 訓練室で、迷いを振り払うかのように……。

 

 

 「あらら?」

 そこへ、ミーアが現れた。

 「貴方は、イザークさまですわね?」

 「……!? 貴女か……また、こんなところをうろついて……」

 イザークはそれに驚きながらも、 軍艦の中を勝手に歩き回るミーアを嗜めようとした。

 「このお船、素敵なもので……でも訓練中でしたのね。 お邪魔をしました」

 「ええ、本当に」

 イザークは突き放したように言った。

 しかし、ミーアは悪びれる様子無く、笑顔でその場に居座る。

 そして、一言――

 「……頑張るのは大切な事です。 でも、貴方はアスランとは違います」

 と、言った。

 「っ!?」

 その一言に目を見開くイザーク。

 「いくら貴方が対抗しようと、アスランはアスランですわ。 貴方はアスランにはなれません。 アスランは――」

 「――何がわかる!」

 イザークは、思わず激昂し、ミーアの肩を掴もうとした。

 

 だが、

 

 フワッ……。

 

 「あっ!?」

 ミーアが、イザークの手に自分の手を軽く添えただけで、イザークの体が倒れた。

 「なに……が……?」

 何が起きたかわからず、混乱するイザーク。

 

 「前にお話しましたように、父に武道の手ほどきを受けておりますのよ?」

 微笑みながら、ラクスは言った。

 「――人には出来る事と出来ない事があります。ですが、人は自身の運命すら変えることも出来る」

 「……?」

 「女の私が、貴方をこう出来たように……」

 イザークは起き上がった。

 「俺も、まだ……?」

 「貴方次第、ですわ? ――貴方は見所がありそう。 父に、紹介したいですわ」

 

 ラクスは優しく微笑んだ。

----------------------------------------

 

 ニュートロンジャマーの影響下での運用を目的に建造された、大型潜水母艦・ボスゴロフ級、その一番艦である”ボスゴロフ”――。

 

 北極艦隊からこの艦を受領したネオは、早速新たに部下となったクルーと顔合わせをしていた。

 

 「――エドモンド・デュクロか、D.S.S.Dから木星船団とは……大した経歴だが、どうしてザフトに?」

 

 目の前に居る自分よりも少しばかり年上の厳しい男性に、ネオは尋ねた。

 D.S.S.Dとは国際的な宇宙開発機構で、コーディネイターやナチュラル、国籍なども問われない純粋な学術的探求を目指す組織であり、木星船団は……アズラエルも参加していた、現在はコーディネイターの中でもトップエリートしか在籍でない組織である。

 

 彼の見た目は荒々しい、軍人を絵に描いたような人物であったが、その内面からは迸る知性が感じられた。

 

 ネオの質問にエドモンドは、暫く考え込むと、

 「いえ、なに……」と言い出して、

 「上手く言えませんが、”上”を向いてばかりいたもので……今、”下”を見ることを忘れては、上を目指す事、それ自体を無くしてしまいそうな気がしましてね」

 と述べた。

 

 ――ネオにとっては分かる話ではあった。

 マリューとは方向が多少異なるが……本質的には同じタイプの思想を持つ相手だと、ネオは感じていた。

 「偏に、プラントの国防の為にか……その力、アテにさせていただくよ」

 その言葉に、エドモンドは敬礼で返した。

 

 「――では、早速ですが、本国から届いた機体を紹介させていただきますよ」

 「あんたも開発に参加したんだってね?」

 「ええ、地球の海中は全くのシミュレーター環境下で作りだしたものですから、多少の不安はありましたが……よい出来です」

 

 

 ボスゴロフ級のモビルスーツデッキに、ネオとエドモンドは脚を運んだ。

 そこにはネオの新しい愛機の姿があった。

 

 「ほう……」

 面白い機体だ、とネオは感嘆の声を漏らした。

 

 「本国でUMF-4Aグーン、ならびにUMF-5ゾノに代わる新しい水陸両用機として開発されている試作型モビルスーツです。 このたび性能実証の為に実戦投入されました――UMF/PSO-1 ”アッシュ”です」

 

 エドモンドが紹介した”アッシュ”は、細身の体に丸い胴体を持ち、首は無く、そこから手と脚だけが底から生えたような、どこか蛙の様な両生類を思わせるシルエットだった。

 

 エドモンドの機体は赤と臙脂色にペイントされており、

 ネオの機体は試作機である事を示す、イエローとオレンジのカラーでペイントされていた。

 

 「ロアノーク隊長の機体は第一号機の為、特別上等なパーツが使われております」 

 

 ネオはその異様なモビルスーツに、クーックックと、堪え笑いをした。

 元来、モビルスーツというものが、嫌いではない性質なのだ。

 「……これはなかなか、乗りこなし甲斐がありそうだぜ」

 ネオは満足そうに言った。

 

-------------------------------

 

 クルーゼは、自室のベッドに蹲っていた。

 今日は、妙に体が痛むのだ。

 

 「グッ……ハァッ……!」

 ピルケースから乱暴に薬を取り出し、水で飲み干す。

 「ガッ……」

 吐き気を堪えて、呼吸を落ち着かせていた。

 

 

 しかし、苦しみながらも、クルーゼはなぜか笑っていた。

 先ほどから、数日前のある出来事が思い出されて、笑いが止まらなかったのだ。

 

 (嘘よ! アル・ダ・フラガは死んで……!)

 

 「フ……ハハハ!」

 

 クルーゼは、声を上げて笑う。

 

 

 

 ただし、毛布を被り、今の無様な姿を誰にも見られないようにして……。

 

 

 「一族の遺産……元レヴェリー家直流のアイリーン・カナーバですらその行方を知らなかった、か……」

 

 シーツを握り締め、必死に痛みを堪える。

 やがて、薬が効いてきたのか、その痛みは徐々に治まってきた。

 

 「すまんな、アイリーン。 だが君の叔父上がいけないのだよ……ふふふ、ははははは!」

 

 痛みが完全に引くと、クルーゼはもう一度声を上げて笑った。

 

 その声は乾いていた。

 空虚で、まるで洞穴から風が流れてくるようだった。

 

  

 ――復讐は、まだ始まったばかり。

 とクルーゼは思い、ふと鏡を見る。

 

 今日はサングラスをつけていない。

 

 クルーゼはそっと、目尻の皺を指で撫でた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 35 「蒼海のイージス」

 『慣れていくのが自分で分かったが、それを意識的に自覚してしまうと戻れない気もした。

  どうでも良いところではあるが、生身で海にもぐるよりも先にモビルスーツで海に入ることになってしまったのが、残念だ』

 

 

----------------------- 

 

 

 東アジア連邦の勢力圏である、ニホン海の洋上に出たアスラン達は、デッキに出ることを許可され、少し肌寒さを感じながらも、潮の香りを楽しんだ。

 

 「ここから西はチャイナがあって、東にはニホンがあるんです、前に一度キュシューへ旅行へ行った事があるんですよ」

 ニコルはアスランの隣で、このあたりの地理についてあれこれ説明している。

 「ニホンか……」

 「アスランも行った事あります? ……あっ、地球は初めてでしたね」

 「……昔の友達の親がそこの生まれらしくてさ、色々聞いたな」

 「そうなんですか! ……ホンコンではまた、少し休暇が貰えるそうですよ、楽しみだなぁ」

 

 ――その友達とは、ストライクのパイロットのことだろうか?

 と、思ったニコルは話を必死にそらそうとした。

 

 その友達がラスティを殺したのだから。

 

 

 

---------------------------------

 

 「うっす! キラさんちーっす!」

 「ヤマトさん! おはようございます!」

 「あっ……うん、おはよう」

 

 水色と、ライトグリーンの掛かった頭髪をした二人組み――アウルとスティングの二人にふかぶかとした挨拶をされたキラは、思わず顔を引きつらせた。

 

 「あの二人は……?」

 キラはそっとミリアリアに耳打ちした。

 「ネオ隊長が連れてきた雑用よ」

 「赤服だけど……」

 「色々在ったらしくてね? でも、あの二人生意気なのよ? そんなのに敬意払われてて、凄いじゃない」

 ミリアリアは笑って言った。

 

 

 イージスをあと一歩まで追い詰めたキラは、味方にも名実ともにエースとして認められつつあった。

 

 「ところで……この船、というか足つきはどこに向かってるんだろう」

 キラはぽつりと呟いた。

 「多分ですけどね! キラさん!」

 「うわっ」

 その言葉を聞きつけたアウルが、いつの間にか背後に廻って言った。

 

 「この先に俺のお母さんの故郷――コリア半島があるんですが、そことニホンのキュシュー……ツシマっていう島もあるんですがね。 その間を抜けると、東シナ海っていう海があるんです、そこをさらに越えると……」

 「カオシュンか、ホンコンか……」

 キラは察した。

 

 カオシュンとは台湾の付近にある、マスドライバー施設のある連合軍の基地だ。

 現在はザフトが接収しているが、先のシベリア陥落を受け、現在はマスドライバーの使用も中止され、東アジア連邦とのにらみ合いを続けている。

 

 

 そしてもう一つは、ザフト・連合入り混じった中立地帯になっているホンコンである。

 

 宇宙紀元(コズミック・イラ)への改暦の原因となった国家再構築戦争以後、その歴史的な状況から、あらゆるグレーゾーンが許されるようになった、混沌とした独立都市であった。

 

 「まあ、オレらの追ってる”海坊主”が仕掛けるとしたら、そこ、東シナ海じゃないっすかね」

 

 

------------------------------------- 

 

 「ふん……”足付き”め、左側のエンジンに被弾した痕跡がある、どうやらニェーボではろくな補給が受けられんかったようだな、ともなれば――」

 ――ジェラード・ガルシアは、母艦クストーまで帰ってきた偵察用ドローンに録画された映像を見てほくそえんだ。

 

 クストーは先程から、アークエンジェルの遥か後方を隠密潜行していた。

 

 

 

 クストー――ボズゴロフ級潜水艦は、円筒形の本体を中心に、艦の前方に大きく突き出たドライチューブを4本備えており、

 1本につき2機、計8機の水中用モビルスーツを搭載可能な大型潜水艦である。

 大型化した影響で、本来の潜水艦の用途である隠密性は薄れたものの、Nジャマーを元とした各種レーダーが阻害されている現在の戦場では問題が無かった。

 そして発見されたとしても、先の水中専用モビルスーツデッキに加えて上部にもモビルスーツ用3基、VTOL機用に4基の垂直リニアカタパルトを装備している。

 潜水艦としてよりは、母艦としての機能が重視された船であった。

 

 当初、地上に拠点を持たないザフトは、この潜水艦をなんと、宇宙から幾つも降下する事によって、即席の拠点を作る事に成功したのだった。

 連結する事で、基地的な運用を取る事も出来る。

 

 

 ガルシアが単艦で、アークエンジェルを落とそうとしているのも、このように潤沢な戦力を常備できるからであった。

 

 ――ガルシアはその経歴から、後方に追いやられて久しく、部隊の損耗は殆どと言っていいほど、無い。

 寧ろ実戦の時を今か今かと待ちわびていたくらいであろう。

 

 

 「――彼奴らとて海上での戦闘はなれておるまい。 フフ……この不死身のガルシアが東シナ海に沈めてやろう……バルサム!」

 ガルシアは部下を呼んだ。 

 

 「へいへい、グーンで出ろって言うんでしょう? 相手は手負いだし、楽勝でさぁ」 

 背が高く、目つきの悪い部下のバルサム・アーレンドがガルシアの召集に答えながら言った。

 彼もまた、ジェラード・ガルシアと共に宇宙から半ば左遷される形で、地球に降ろされた一人であった。

 

 ――なぜかガルシアの部隊には、紆余曲折あって、ザフトの食み出し者となっている人材が集っていた。

 実績はそれなりに有りながら、肝心な場面で大失態を演じて、それでも尚食い下がるガルシアは、そういった落ちこぼれ達――本来は、選ばれた人間であるコーディネイターには変わり無いのだが――の受け皿と機能していたからであろう。

 

 「へっ……この蒼雷(サンダーインパルス)のバルサムにお任せくださいよ」

 「……お、おおっ、さ、さすが、ワシの部隊のエースだな」

 自身にもそういった面が多分にあるのを棚に上げて、やたらと自信過剰な部下に、ガルシアは少しばかり辟易した。

 自分でつけたその異名は、明らかに紫電(ライトニング)のネオ・ロアノークに対抗してつけたものであったからだ。

 

------------------------------------- 

 

 

 「クストーが動いたか?」

 「ええ、そうみたいです」

 ネオは、ブリッジの一席でデータ分析をしているキラの画面を横から覗き込んだ。

 

 キラはパイロットとしてだけでなく、情報分析やコンピューター制御においても、ザフト随一と呼べる能力を持った優秀なハッカーであった。

 

 各種ソナーやセンサーから得た情報をあっという間に分析して見せたキラは、画面にあるデータを映して、ネオに見せた。

 「これ、見てください」

 ネオは、それを食い入るように見ると、

 「おおっ! これは……」

 と、驚きの声を上げた。

 「どう思います?」

 そんなネオに、キラが意見を求めた。

 すると、

 

 

 「なるほど……わからん!」

 と言った。

 

 「た、隊長……?」

 きょとんとした顔しているキラに、ネオは「わかりやすく説明してくれ」と言った。

 この隊長は、変なところでこういった本気か冗談か判らないような抜けた面があった。

 「えっとですね……これが、クストーだとすると、この波がアークエンジェルなわけです。 と、なるとやはりガルシア隊は、東シナ海上で攻撃を仕掛けるつもりかと……」

 キラは、ソナーで解析されて図表化された音紋の波を、一つ一つ指差して説明しながら言った。

 「なるほど……と、なると、”海坊主”への対処で足つきの進路がわかるな。 このボズゴロフで先回りして、網を張れるってワケだ」

 「……え、ええ、そうなります」

 

 ――ソナーの図表やシステムの事については判らないのに、そういうことは直ぐに判っちゃうんだ。

 と、キラはネオの洞察に感じ入った。

 

 ネオはその情報の意味を知っただけで、次に何をするべきか即座に判断した。

 こういった判断力と言うか、理解力というところは、キラも叶わない。

 ネオは、物事の本質の様なモノを誤解無く理解する事が出来るようだった。

 

---------------------------------

 

 甲板に一人、アスランは日の光を浴びていた。

 現在はニホン海の南端に差し掛かっており、赤道に段々と近づいているからか、上着を脱いでも、寒さを感じない程度に気温が上がってきていた。

 ブリッジに野営用のシートを引いて、アスランは寝転んだ。

 

 

 海に出てからはや二日、最初は目新しかった光景も、やがてはただの代わり映えの無い風景になってしまった。

 

 だが――風は別だった。

 時折アスランの体を拭きぬける潮風は、やはりプラントでは味わえないものだった。

 

 (こういうところに住んでいるナチュラルが……宇宙まで来てプラントと戦争をするのか)

 

 それは、アスランの素直な感想であった。

 だが、そう思った自分自身を自覚すると、やはり自分は宇宙生まれのコーディネイターであるのだと再確認された。

 (宇宙は過酷だから――俺たちみたいなコーディネイターが生まれて、宇宙に追いやられたのか? それを認めたくないから父上は戦争を?)

 

 ラスティがいなくなってからと言うもの、アスランは嫌でも自分の戦う理由について目を向けさせられた。 

 

 (俺が戦ってしまっているのは、父上から目を背けていたからだ)

 ――俺は止めたかったのだ。 父を。

 

 父から逃げた事と、もう一つ――パトリック・ディノの息子と言う責務――コーディネイターであると言う事から逃げ出した負い目。

 

 その二つが、アスランを責め立てていた。

 

 (ラスティ、お前は偉いよ。 死んだ父親からも逃げなかったもんな……でも、死んでしまったら……)

 

 アスランは、自分を包む、風の陽気にうとうととした。

 

 ――と、その眼前に陰が現れた。

 

 「……ミーア?」 

 潮風に吹かれる髪を押さえながら、ミーアが寝そべるアスランに微笑んだ。

 よろしいですか?とミーアは寝そべるアスランの横に腰掛けた。

 

 「あの、明るい方は……?」

 「ラスティですか? 彼は元々ユーラシアの軍人だから、あちらに残って……」

 「そうですか……アスラン、嘘はお上手ではありませんのね」

 「……」

 アスランの言葉を少し遮るように、ミーアは言った。

 アスランは、言葉に窮した。

 「貴女は、何でもわかってしまうのですね」

 空とミーアを交互に見上げながら、アスランは苦笑した。

 「だって、アスラン、悲しそうなお顔ですもの……」

 「――!」

 

 アスランは息を飲んだ。

 

 「でも、あの人は、きっと信じて戦うものがあったのでしょう?」

 

 胸の震えが止まらないアスランを他所に、ミーアはそのように続けた。

 

 「どうでしょう――」

 アスランは言葉を濁した。 だが、アスランにはわかっていた。

 ラスティは、父親の呪縛に立ち向かったのだ。

 

 自分が父親の予備として、”血筋”の為に生きることを良しとせず――いや、本当は生き延びて、最期まで生き延びる事で、”父親の為には死んでやらない”自分になろうとしていた、今はそう思えるのだ。

 

 

 父が見た夢を子供に押し付けようとする。

 

 それはまるで何かに似ていた――それは自分と、自分たち――コーディネイターそのままではないか。

 

 

 

 やっぱり、自分とラスティはよく似ていたのだった。

 瞼を閉じれば、ラスティの顔が浮かぶ。

 

 (いいよ、アスラン……俺、本当はサ。 戦争で生きられるだけ生きて、それで死ぬつもりだった。 オヤジの予備なんてゴメンだったから)

 

 (でもオヤジが死んで、その船が地上に降りてくる事になって――お前が、降りてきたから、俺はもう一度生きる気にもなってきたんだよ)

 

 (言ったろ……俺は……アスランを……殺したくないってさ)

 

 

 

 「……じゃあ、おまえはいいのかよ、死んでしまって……死んでしまったら、なんにもならないじゃないか……」

 

 

---------------------------------

 

 

 「航路良しか……いやしかし、海の上のアークエンジェルと言うのも冴えるものだな」

 キャプテンシートで、ブルーマウンテンを飲みながら、バルトフェルドが言った。

 

 真っ青な海の上に、白い船体をしたアークエンジェルの姿は、前時代の豪華客船を連想させる壮麗さだった。

 

 「水の抵抗というのは、宇宙船乗りには妙なものですが……水面との反発力で、飛ぶより速度が出せますからね」

 ダコスタも手馴れたもので、水上をボートのように滑るアークエンジェルをなんら問題なく操舵していた。

 「ですが……大丈夫ですか? 海の上なんて……逃げ場無いですよ」

 ダコスタが不安そうにバルトフェルドに聞いた。

 「……Nジャマーの影響は海上にも及んでいる。 と、なれば見つかる心配が一番少ないのは海の上だ」 

 

 バルトフェルドはコーヒーを飲み干した。

 「まあ、こっちに間者(スパイ)でもいなきゃ、そうそう見つからないよ」

 と、言うとバルトフェルドはコーヒーのお代わりを入れようとした。

 

 

 「艦長! 七時の方向――何かがぴったりとくっ付いているようです!」

 ところが、イザークがニェーボで新しく取り付けた海中探索用のソナーを見ながら言った。

 

 

 「ム、むう………漁船……じゃないよなぁ」

 「この反応は海中を進んできています!」

 アークエンジェルはかなりの速度で海上を滑空していた。

 それに追いついて、海中を進んでくるとなれば――。

 「潜水艦でも無いとなれば――魚雷か……!」

 

 バルトフェルドはカップを適当に置くと、キャプテンシートに身を戻した。

 「総員! 第一種戦闘配置! ダコスタ、浮上しろ! アイシャ!」

 「了解! ヘルダートと底部イーゲルンシュテルン起動! 魚雷の3番と4番は照準マニュアルでワタシに!」

 

 バルトフェルドとアイシャは状況を察すると、すぐさま戦闘準備を始めた。

 

 「遅いぞ! ダコスタ! まだあがらんか!」

 「大丈夫です!」

 アークエンジェルは、レビテイターの出力を上げると、海面から徐々に上昇をした。

 

 「い、いるんですかね? スパイ……?」

 「さあ、な? それにしてもツイている敵だな……」 

 安全かと思いきや、予想以上に早くやって来た敵の来襲に、ダコスタとバルトフェルドは苦笑した。

 

 「来ました! 魚雷とミサイルです! 第二波、第三波も来ます! 第四波、第五波も! 恐らくは敵潜水艦がいるものと思われます」

 「迎撃しつつ上昇を続ける! イージスは、支給された”プラスD型”は使えるのか?」

 「いけるってよ!」

 ディアッカがバルトフェルドの言葉に、モビルスーツ・ドックの返事そのままを叫んだ。

 

 

---------------------------------

 

 「へっ。 しかし蒼雷(サンダーインパルス)と呼ばれた俺が、こんなイカみたいなモビルスーツに乗るハメになるなんて」

 「まあ、そういうな、ナチュラルの技術者の設計ではあるが、ザフト初の完全水陸両用モビルスーツだ」

 モビルスーツ――グーン。

 それは、特殊すぎる用途の故か、他のザフト製モビルスーツと大きく異なったシルエットをしていた。

 水中を高速で進むためのイカの様な尖った頭頂部と、 ジンに比べて広いモノアイ・ブースを持ったカメラ。

 そして水圧に対抗するためか、全体的にずんぐりむっくりとした、どこか愛嬌のある姿。

 

 一説には、海の無いプラントでの開発は難航したため、親プラント国家のナチュラルの技術者のアイデアが多分に採用された結果であるとされていた。

 

 「ま、格好つきませんが、信頼はしてますよ――バルサム・アーレンド、グーン出ます!」

 

 ドライチューブの中に、グーンは進む。

 チューブの中に注水がなされ、水圧が徐々に加わっていく――。 

 ハッチが開き、グーンは水中を魚雷の群れと共に発進した。

 

 

---------------------------------

 

 「イージスプラス(depth)型か――他のABC型装備との併用は不可――よくこんなものまで」

 「泳げはしないが、十分いけるはずだぜ! 頼むぞ、アスラン!」

 ミゲルが、無線で、コクピット内のアスランに声を掛ける。

 「――気張るなよ?」

 「ああ――アスラン・ザラ、イージス・プラスD型、出る!」

 

 イージスはカタパルトに進むと、蒼海に向けて発進した。

 「仲間が死んだばっかりだってのに――あいつも――」

 

 自分が整備した機体に乗って、海に飛び込んでいく少年。

 そう年は変わらないものの、自分より年下の人間が苦しむのを分かっていながら、ミゲルは送り出す事しか出来なかった。

 

--------------------------------

 

 「キャビーティング魚雷装填、ハッシャ!」

 アークエンジェルのブリッジでは、CIC席に座ったアイシャが火器管制を取っていた。

 数種類の魚雷を使い分けて、アークエンジェルを狙う魚雷を迎撃していく。

 すると、その中に奇妙な陰が混じっている事に気が付く。

 「――魚雷ジャナイ!」

 アイシャがブリッジに報告を上げた。

 「これは……音紋照合! 恐らくはモビルスーツです!」

 「水中用のモビルスーツ!?」

 イザークからの報告にバルトフェルドが声を上げた。

 「アスラン・ザラ! 水中での迎撃は船ではなく、モビルスーツが相手になるぞ! 注意しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 「――うお!」

 魚雷の群れに混ざっていたバルサムのグーンだったが、先を行く魚雷が次々と誘爆させられているのに気が付いた。

 「ケッ、あの船、ナチュラルの宇宙船だってのに、やりやがるな」

 こうなれば、自身でさっさと始末するしかない、と思ったバルサムは、部下のグーン数体を引き連れて、速度を上げた。

 

 が――。

 

 ピピッー!!

 

 「うぉおお!?」

 途端、バルサムのコクピットに、警告が走る。

 敵の攻撃が直撃すると言う警告音である。

 「――ばかな!?」

 ナチュラルに手動で狙われて、しかもそれが確実に命中する――ということである。

 バルサムのグーンは咄嗟に身構えた。

 

 グォオオオン!!

 魚雷が命中し、バルサムのグーンに震動が走る。

 

 だが……。

 

 「ハ、さすがグーンだ、なんともないぜ!」

 

 耐圧性能に長けたグーンは、装甲もジンなどの陸戦・宇宙用のモノと比較して強固にされていた。

 元々、海岸から沿岸部基地への強襲用に開発がスタートされたものである。

 ある程度敵の攻撃を受けてでも、進軍せねばならない状況下での利用を想定されていた。

 魚雷の一発程度なら沈まないのである。

 

 

 「敵にも腕のいいのがいるらしいな。 だが、このグーンならやれるぞ! セナ、プロスト、シューマッハ! 蒼雷(サンダーインパルス)分隊の力を見せてやろうぜ」

 

 部下たちを先導するように、バルサムはアークエンジェルに向けて突撃した。

 

 

--------------------------------

 

 

 「これは……海上からも接近する機体あり! ザフトの大気圏内用モビルスーツ、ディンと思われます!」

 「ちっ、盛りだくさんだな……」

 バルトフェルドが舌打ちする。

 「このまま派手にドンパチやっていたら他の敵にも気付かれる可能性があるか……」

 「針路はいかが為さいますか?」

 ダコスタが聞いてきた。

 今までは敵に察知されないように、なるべく海の真ん中を進んできたが、見つかってしまったのであれば、陸地に寄せて進んだほうが良いのではないかと言う提案である。

 「……敵にルートを知られるのは避けたがったが、こうなれば仕方ないか。 迎撃しながらホンコンに直行する! あの海域の近くなら、ザフトも戦いづらいだろう」

 バルトフェルドはそう決断すると、戦いながら針路を目的地であるホンコンへと真っ直ぐ向けた。

 

 

 

 

 アークエンジェルを三体のディンと、四体のグーンが囲む。 ボズゴロフ級の搭載能力を活かした、モビルスーツ部隊としては大編成の攻撃である。

 

 

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーはイージス・プラスのB型装備を身につけて、ディンを迎撃した。

 

 ズバアッ!

 「うおぉっ!?」

 

 早速、ディンのうち一機にビームを命中させる。

 まだ落ちては居ないが、武器を持つ腕を吹き飛ばして、敵の戦闘能力を無力化させることができた。

 しかし――。

 

 「!?」

 上空から敵のミサイルも飛んできていた。

 その大きさから、敵の母艦から放たれたものであろう。

 

 Nジャマー下では、本来長距離の誘導ミサイルは使用できないはずである。

 ならば――恐らくはこのディンが、レーザーか何かを使用する事によって、このアークエンジェルの詳細な座標を、母艦に教えているのだろう。

 「チッ、敵は見えるだけではないか――海の下にもいるな。 アスラン、いけるか――?」

 

 

 

 

 

 「へっ、上がディンに気を取られている間に、俺らが真下からアークエンジェルを叩く、楽な作戦だぜ」

 バルサムは、あっという間にアークエンジェルの直下にたどり着いていた。

 

 先ほどから魚雷の攻撃が絶え間なく続いているが、母艦であるクストーも敵に対して波状攻撃をしかけているのだ。

 そうそう易々とやられはしなかった。

 

 「しかし……バルサム分隊長!」

 「……なんだ!」

 そうした有利な状況にも関わらず、部下のセナが不安そうに通信を送ってきた。

 「イージスが居ないと言うのです、ディン隊の報告では……」

 「なんだって?」

 「イージスの姿が甲板にも空にも見えないと……うゎぁ!」

 

 ズガ! ザザッー!

 と、突然ノイズが通信に走り、セナの機体との交信が途絶えた。

 

 「お、おいセナ! どうした何が!」

 叫ぶとそのとき、

 

 「うわあああああああ!」

 今度はプロストが悲鳴を上げた。

 「!?」

 バルサムが、その方向を見たとき。

 

 ――手が、海中の闇から、”巨大な手”が迫ってきていた。

 

 

 (プロストの機体が喰われてー!?)

 それは何か、異形の怪物に、グーンが食べられているように見えた。

 

 

 プロストのグーンは、握り締められて、爪を立てられ、そして――。

 

 ギュウオオオオオン!!

 

 (あの威力は――フォノン・メーザー砲!?)

 掌から発せられた、フォノンメーザー砲によって、プロストのグーンは、バラバラに粉砕された。

 

 「モビルアーマーだとっ!? あっ! イージスかぁ!?」

 バルサムが叫んだとおりだった。

 

 海中から襲ってきた巨大な手――それはモビルアーマー形態のイージスであった。

 

 ――イージスプラスD型。

 

 イージスのモビルアーマー形態を、水中でも使用できる様に改修するパーツであった。

 

 

 

 「うおおおおお!」

 イージスは、スキュラ――正確には、水中では分散してしまう、スキュラのビーム・エネルギーを音量子に組み替えて放つ、「スキュラ・フォノン・メーザー砲」を放った。

ミラージュコロイドがエネルギーを組み替える際に発する残滓が、本来不可視のはずのフォノン・メーザーに僅かながらビームの様な光の屈折を与えていた。

 

 カッ!!

 

 「わああーっ!?」

 バルサムのグーンは、スキュラの威力に、腕部を一気に持っていかれた。

 

 

 「スキュラって、こういうことなのか?」

 アスランが思わず呟いた。

 

 ――武器の名前となっている、スキュラとは、半身は美しい女性で、下半身は魚で、腹部からは6つの頭でできた帯の様な体をしている怪物の名前である。

 イザークが、こういった事に詳しく、以前聞いたことがあった。

 ――恐らくは、変形する前のイージスの姿が、流麗な女性的なフォルムをしているのに対して、変形したイージスは、正に、このスキュラの名前を連想させる異形だから、メイン武装にその名前をつけたのだろう、と。

 

 イージスは海中において、まさにその魔物(スキュラ)を体現していた。

 

 

 「ぐ、グーンの装甲が一撃で……こんなのがあるだなんて聞いてない! シューマッハ! 逃げるぞ!」

 バルサムが、最後まで残った部下に撤退を告げた。

 

 「分隊長殿、しかし……! ディン隊がまだ……!」

 「いいから撤退だ! 俺たちがこのザマでは、どうにもならんぞ!」

 

 

----------------------------

 

 

 ――海上のディン部隊は、突然の撤退命令にパニックとなっていた。

 「なんだと!?」

 「バルサムがしくじった!?」

 

 クストーからのミサイルの照準を合せていたディンたちであったが、肝心の攻撃部隊が撤退とあっては、自分たちも逃げるほか無かった。

 長距離ミサイルはあくまで足を止めるための手段であって、豊富な迎撃武装と装甲を持つ、アークエンジェルをしとめ切れるほどの攻撃力はないのだ。 

 

 「――貰った!」

 相対するクルーゼの側には、ディンの動きが止まった理由は分からなかったが、そんな敵を捨て置くほど、彼は無能では無かった。

 

 ビーム・スマートガンの一閃を、空中のディンに向かって放った。

 

 「うわああーっ!」

 断末魔の声を上げて、ディンのパイロット達が、ビームの粒子に飲まれていった。

 

 

 「アスラン! 水中の敵を仕留めたようだな!」

 ディンを撃退したクルーゼが、アスランに通信で言った。

 「はい! ですが、二機取り逃がしました……!」

 「良い、艦は無事だ。 深追いはするな。 ――しかし、アスラン、手馴れてきたものだな」

 

 新型装備を易々と使いこなし、なれない水中での戦闘で、敵を撃破して見せたアスラン。

 「モビルスーツで格闘するならまだしも、D型のモビルアーマーなら、宇宙と殆ど同じ感覚で操作できますから……」 

 そうは言うアスランだったが、確かに、彼は戦士として手馴れてきていた。

 

 最初は、敵を撃つ感覚に戸惑いがあったが、今では、何にも感じていない。

 アスランは、それを自覚するところでもあった。

 

 

 (俺は、まだ死ぬわけには行かない……)

 今ははっきりと、そう感じるアスランだった。

  

 

--------------------------------

 

「な、なんだと……!? あれだけの戦力を使って仕留め切れなかったのか!? それどころか……モビルスーツ五機を……!?」

 

 一方、クストーのブリッジでは、ガルシアが戦況を見て呆然としていた。

 

 「く、くそ……こ、こんな筈では……! バルサム、お前! 何が楽勝だ!!」 

 「あ、あんな水中で動ける機体があるとは聞いてなかったんですぁ! ムリでしょ!!」

 「このばか者がぁ! ……グゥウ、だが、まだ終わらんぞ、この”不死身のガルシア”は諦めんのだ! まだチャンスはある筈……!」

 

 薄ら笑いを浮かべるバルサムを突き飛ばして、ガルシアはソナーを睨んだ。

 

 アークエンジェルは、ホンコンへと遠ざかっていく。

 

 「ぐっ……だが良い、ホンコンの海域ギリギリで待ち構え――今度はワシがゾノで出る!」

 

 

----------------------------------

 

 

 「海坊主、散々だったみたいだな」

 ネオは、先の戦闘の記録を見ながら言った。

 

 ネオ達の乗るボズゴロフは、一足先にアークエンジェルの針路を読み取って、ホンコンへと先回りしていた。

 

 「――ホンコンか――足つきの情報を集めるのにも、部下に休暇を取らせるにも丁度良い。 俺もたまにはエビでも食いたいしな?」 

 ネオは、仮面の下に僅かに見える口元を緩めていった。

 が、次の瞬間には引き締めていた。

 

 (ホンコンなら、あの男ともコンタクトが取れるかもしれん、一度会っておくか――ギルバート・デュランダルに……)

 

 

 

----------------------------------

 

 

 

 「――この隠居親父を引っ張り出して、何を見せようと言うのだ、娘よ」

 霧深い、ホンコンの港――。

 

 本来、軍艦が寄航するエリアは、港の端と端に置かれるなどして、民間船や民間人からはその全貌が見れないような配置となっている。

 

 しかし、彼は――連合軍の軍艦が見える岬に一人立っていた。

 

 眼前には白い巨体、アークエンジェルの姿があった。

 彼はシーゲル・クライン。

 

 ヘリオポリス崩壊事件の責任を取って政界から身を引いた、嘗てのオーブの首相。

 そしてミーア――ラクスの父、その人であった。

 

 

 

  



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 36 「ホンコン・シティの交差」

-------------------

 

 『繋がる瞬間を待ち焦がれることは、悪いことではないと思うが。

 そういったものは、何かしら運命が必要なのかもしれない。

 だが、運命の結果どうかなれば、それはそれで物事は決まってしまうかと思えば、なんだということだ』

 

-------------------

 

 

 

 「ニホンのアリアケ・ラボを経由して、このホンコンにか……」

 中華風のインテリアが施された部屋で、黒い長髪をした男性が、左手でチェス駒を弄っている。

 豪奢な机の上には、様々な紙媒体の資料が並べられ、何故かその脇にはチェス板が置かれていた。

 

 彼はこの板で遊びながら思案をする時が、一番良い考えが浮かぶのだ。

 

 「たしか、この間のシベリアの戦いでも――カムチャッカ側で強化人間が投入されたと聞いているが」

 今度は右手にもったブランデーを一口舐めると、男性はグラスの中の氷の音を鳴らした。

 

 「ならば……私のこの駒は、どう切ろうか――」

 

 男性は、ふと、左手に持ったチェス駒を眺めた。

 その駒はクイーンだった。

 

 行く先は二つのナイト――。

 

 「チャンスは最大限に生かす、それが私の主義だ……」

 

 

 

 

----------------------------

 

 

 「ニェーボで思った以上に補給が受けられんかった上に、先の戦闘だ。 これからも洋上で付けねらわれるのは間違いないぞ?」

 「――サザーランド少将の考えが読めんな」

 「問題は、物資が足らんと言う事だ――戦力もな。 あのイージスの追加パーツはなかなかのものだったが……ネオ・ロアノークの部隊も気になる」

 「ふむ……」

 

 アークエンジェルのブリッジ。

 クルーゼとバルトフェルドが現状について話しながらブリッジの外を眺めている。

 

 窓からは、華やかに汚れたネオ・ホンコンの街並みが見えた。

 天空高くそびえる摩天楼は、旧暦から変わることの無い世界一の人口密集都市であることの証明である。 

 

 旧暦の頃からの歴史的背景により、雑多な国家、雑多な法、雑多な人種が入り混じる事になった街――それがホンコン・シティだった。

 

 戦争からくる治安の悪化が近年叫ばれているが、メインストリートを外れなければ、子供が一人で歩いても問題の無い街ではある。

 アスランら少年達には、しばらくの休暇をだしてある。

 

 バルトフェルドはホンコンシティの街並みを目を細めて見た。

 

 反吐の出る思いだった。

 虚飾と、欺瞞と偽善の街。

 

 自分たちナチュラルとコーディネイターの織り成す、歪な世の中そのままだ。

 ――アイシャと出会った頃のままである。

 

 「宛てが無いことは無い」

 バルトフェルドが言った。

 「ほう……あの少女かね?」

 と、クルーゼがサングラスの奥から、ちらりと、眼光の強い視線を覗かせた。

 「ハハッ……それもある」

 相変わらずカンの強いクルーゼに思わず苦笑したバルトフェルド。

 

 しかし、彼の思うところは別にあった。

 

 

 

----------------------------

 

 「ここでは武器の補給は一切禁止されている」

 艦の検疫と入港許可の為に訪れたホンコン自治政府の役人が言った。

 出された書類にバルトフェルドはサインした。

 「……ちょっとお伺いしたいのですがねぇ?」

 書類を渡しながら、バルトフェルドがたずねる。

 「なにか?」

 「……ゴルディジャーニ商会というのは今、どこに?」

 

----------------------------

 

 「本当によろしいのですか? ラクス様」

 「ええ……あなた達も折角のホンコン、楽しんでください」

 三人の側近達が、ラクスの申し出に、嬉しく思いながらも困惑していた。

 

 ――この後、アークエンジェルが寄る寄港地、ホンコン・シティ。

 そこでは、自分の護衛はやめて、各自思い思いに過ごして欲しいと言うのだ。

 

 しかし、ホンコンはある種コーディネイター・ナチュラルに分け隔てないの街であると同時に、どのような敵が潜んでいるか分からない魔都の様相も呈していた。

 だが、ラクスには、そのようなリスクを鑑みても実行したい、ある思惑があったのだ。

 

 「……もう少しで、違和感の正体がつかめそうな気がしますの。 あのお方の」

 

 ラクスは桃色のハロを優しく撫でた。

 

------------------------------

 

 「ジュリさん達……こちらで降りるんですか?」

 「さみしい? ニコルくん?」

 「ま、まあ……」

  顔を寄せてくるジュリにニコルはどもった。

 

 ミーアら四人の少女達は、ホンコンでアークエンジェルを降りる事になった。

 ここからは民間の便でオーブまで戻る事になる。

 

 ――少年達は、休暇を得たため、最後に彼女らとホンコンの街を観光する事になった。

 いつもの軍服や作業着とは違い、私服に着替えた少年達が降下口まで降りてきた。

 

 

 「ミゲルさん! 最後に一緒にホンコンを周りましょ!」

 「ア、アサギちゃん……わ、わかったよ! わかった!」

 アサギに腕を引かれて、ミゲルは船を下りていった。

 

 

 

 「アタシ達もいこ? ……マユラはこっちの友達と遊びに行くっていうし」

 「あ、はい」

 ニコルもジュリに腕を引かれて歩き出す、胸を押し付けられて、ニコルは赤面した。

 

 

 

 「アスラン!」

 そして、ミーアがアスランの腕を取った。

 「ずっとお待ちしておりましたのよ、わたくし! 貴方が来てくれるのを。さあ、行きましょう?」

 「え、ええ……」

 密着するミーアに、アスランもまた、鼓動を早くした。

 「……お会いしたときから、アスランの事を、もっと知りたいと思ってましたの? だからこうしてご一緒できるのがうれしいんです」

 しかし、ミーアはそんなアスランの気も知らず、顔を近づけて、アスランの瞳を覗き込んだ。

 思わず、その表情に見惚れてしまいそうになって、アスランは顔を背けた。

 「……でも、この街は詳しくなくて……」

 「アスランが行くところならどこへでも!」

 しかし、ミーアはさらにアスランの顔を見ようと回り込む。

 

 その仕草は、こちらを困らそうと計算して行っているものなのか、無邪気さから来るものなのか、アスランには判断がつかなかった。

 

----------------------------------

 

 

 「……昔の家に?」

 アスラン達と同じく休暇を与えられ、フレイを誘ったイザークだったが、フレイは用事があるとそれを断っていた。

 「本当にごめんなさいイザーク。 ほら、ここって以前パパの任地だったでしょう?」

 大西洋連合の高官であったフレイの父、ジョージ・アルスターは、確かにここで公務を務めていたことがあった。

 「どうしても、やらなきゃいけないことがあるの」

 「……そういえば、お前はこの戦争が起きて、宇宙に上がってから、碌に地球に帰ってこれなかったんだな。 気にするな、俺もそれなら行くところが……」

 イザークが、そういいかけたところで、

 「……でも、夕方には戻るわ! だから、食事くらいには……」

 急にフレイが、声を大きくしてイザークに縋った。

 「……どうした?」

 そんなフレイの様子に、イザークはやや驚いた声で言った。

 

 確かに、こんな機会は滅多に無く、自分たちは死と隣り合わせの戦場にいる。

 大切な時間を、逃したくはないだろう。

 

 しかし、今のフレイの声には――例えそうであっても、鬼気迫るものがあったようにイザークは感じていた。

 

 「なんでもないの……なんだか、目を離すと、イザーク居なくなっちゃいそうで……だから……」

 ばかな、とイザークは笑った。

 髪を撫でるように腕を回すと、イザークは正面からフレイを抱いた。

 

 (そういえば、ラスティが死んだところ……モニターするハメになったのか)

 

 先の戦闘の際、彼女は自分の代わりにオペレーターやCICの補助を任されていたのだ。

 イザークはそんなフレイを愛しく思った。

 

 「お前も、アルスターさんが亡くなってから、なかなか自分の事を考える時間がなかっただろう」 

 「うん……エザリアおば様に、全部助けてもらって……なかなか整理って出来なかったから……」

 ハッとして、イザークはフレイの顔を見た。

 「いらないものは、処分して……私、貴方についていくわ」

 「本当に……?」

 「本当よ」

 

 フレイの目に、戸惑いは見えない。

 ――イザークは、先程よりきつく、フレイを体に引き寄せた。

 

 

 

----------------------------------

 

 ザフトがホンコン自治政府と交渉して借り受けた秘密ドッグ――そこにはロアノーク隊の乗船しているボズゴロフの姿もあった。

 「キラ? 外出しないのか?」

 潜水艦内の狭い食堂でボーっと座っているキラを見たネオは、声を掛けた。

 

 「いえ……そういう気分になれなくって」

 「いかんな、気を切り替えられない兵士は死ぬだけだぞ?」

 ネオは、キラの前の席に座る。

 「……アークエンジェルも此処に停泊している。 よもや、お前の友達に会ってしまうかもな」

 「そんな心配は……」

 「顔はあわせたくないよな……」

 ネオも、何故かため息をついた。

 「いいから出て来い、お前の姉さんに、お土産でも買ってきてやれ」

 「カガリに……?」

 そうか、それもいいかもしれない。

 

 そう思い立ったキラは、席を立ち、ネオに礼を言った後、自室に戻ろうとした。

 

 しかし、ネオは思い出したように、キラに背中から声を掛けた。

 「――そうだ、キラ。 サイ達にも言っておいたんだが、最近、ブルーコスモスとは違った妙な集団がホンコンで見えるようになった」

 「……妙な集団?」

 キラはネオの方に振り返った。

 「ブルーコスモスといえどもホンコンでは好き勝手に出来ない。 ……そいつらは所謂、人狩り(マンハンター)だ」

 「傭兵……ですか?」

 キラも噂には聞いたことがあった。

 

 中立地帯のような場所でザフト・連合、コーディネイター・ナチュラルを問わずに、依頼さえあれば人を消す、殺し屋のような集団がいることを……。

 

 「噂に過ぎんがね、危険な事に巻き込まれないようにな」

 ネオはそういうと手を振った。

 

 

 そういえば、ネオはどこかへ出かけるのだろうかと、キラは思った。

 しかし、あっという間にネオは姿を消していた。

 

----------------------------------

 

 

 アークエンジェルと、ボズゴロフが互いにその存在をとぼけるようにしている港――その中にもう一つ、民間船に偽装した連合軍の船舶があった。

 

 ――その中の豪奢な一室に、連合の将官と、科学者の姿があった。 

 

 そういった特殊な状況下で使われる、凡そ公には出来ない事をする為に作られた船であった。

 

 

 

 そして、その中では、やはり公には出来ない内容を、科学者と将官が話していた。

 

 「通常、ミラージュコロイドは磁場によって定着させています。 しかし、それでは定着は不十分で」

 白衣を着た学者が、連合の将官に資料を渡した。

 「ですが、今回、アクタイオン社のバチルスウェポンシステムを使用する事によって、地上でも十分な定着を可能としました」

 「それなんだが……」

 将官が、それに口を挟んだ。

 「理屈は分かったが、その定着も”磁場”でやってるんだろう? NダガーNは従来のシステム、例えばブリッツと何が違うんだね」

 「それを説明するのは難しいのですが……いえ、分かりやすい言葉で言えば、”念力”になります」

 学者は言いにくそうにしながらも、これが適当と思った言葉を選んだ。

 「は? ……念力とは、あの念力かね?」

 「ガンバレル――メビウス・ゼロに使用されている兵装が、脳波コントロールによるセミ・オート操作なのはご存知かと思います」

 「ああ……」

  突然、オカルトめいた説明を始めた学者に顔を顰めた将官であったが、その説明に合点がいったようだった。

 「バチルス・ウェポンシステムは、量子通信並びにミラージュコロイドを媒介にして、ナノマシンを操作する事が出来ます。それを”高度空間認識能力保持者”――」

 と、学者はまたそこまで言いかけて、言葉を選んだ。

 「ジョージ・グレン……の言っていた”ニュータイプ”のセンスを持つ人間が使う事によって、より高度な応用を利かせることが出来るのです」

 ちらり、と学者はその将官を見た。 

 やはりしまったかと、学者は思った。 目の前の将官は反コーディネイター派として知られる人物だったからだ。

 だが、そんな心配とは裏腹に、将官は微笑をたたえていた。

 「かまわんさ。 それを我らが使うのだからな、気味のいい話だ」

 学者の心配を見透かしていた将官は、そういって学者に話を続けるように促した。

 「……つまりは量子通信とコロイドを用いて、このナノマシンを脳波コントロールするのです」

 と、学者は、そのまま話を続けだす。

 「さらにはミラージュ・コロイドは人間の脳波に反応をするということを、証明した実験がありましてね。 不可思議な現象ではありますが、これには兼ねてから仮説のあったX粒子――実証はされておりませんが、この粒子があると仮定すれば、ナノマシンの制御だけでは説明できない、コロイドを完璧に定着させるこの現象にも説明がつきます」

 「そのような、不確定なモノ、兵器として実用に耐えるのかね?」

 「ええ、事実、あのNダガーNのパイロットはそれを行っております。 仮定されるX粒子をイメージ出来るほどの空間認識力保持者――我々はそれをXラウンダーなどと仮称しております。 つまりはそれだけ強い集中力――精神力ともいえますかな、それをもってパイロットが、”肉体”——自身の機体が粒子に包まれるイメージをすることで、地上でのステルスを成功させているのです」

 「あの被験体――”シャニ・アンドラス”はそれほどなのか?」

 「薬物による刷り込みや、機械的な訓練。宇宙放流を行うことでの認識能力の強化。 それからインプラントを埋め込むなどの脳改造もしております。やや精神が不安定ですが、我々の研究の成果として自信を持っております」

 将官は苦笑した。 強化人間(ブーステッドマン)とはよく言ったものだ。

 「彼は、今この街で休暇中か? フフ、そんな非人道的な事をしながら随分と優しいな」

 「あのお方の提案でして……ある程度の人間性と、高い感受性は、不安定ではあるが、より高い能力に繋がると」

 「ハハ……”ソキウス”達を見れば、それも分かる話だな――ご苦労。 あの方にはジャックが感謝していたと伝えてくれ」

 ジャック、と名乗った将官は笑うと、帽子を被りなおした。

 

------------------------------------

 

 街のメインストリートを抜けて、港の方に向かう少年が一人いた。

 着古したジャンパーに、穴の空いたジーンズ。

 それから大きなヘッドフォンをしている。

 品が良いとは言えない衣服と伸びきった頭髪は、行き場の無いストリート・チルドレンを思わせて、実際彼はこの街に来てから何度も警官に職務質問されて、その度に地球連合軍のIDを見せるハメになった。

 それが何度も続いたため、一回一人の警官の息が止まりかけるまで殴ってしまい、上官にもみ消して貰っていた。

 それでも彼は自分の身形に気を使うようなことはしていなかった。

 そういった概念がすっぽり抜けているし、自分の着たい服を着ないと、落ち着かないのだ。

 そうやって自分と言うものを少しでも主張していかないとバラバラになりそうな危うさを、少年、シャニ・アンドラスは自覚していた。

 

 シャニはあてどなく、街を歩き、適当に小銭をばら撒いてモノを買って食べた。

 正直、賑やか過ぎるこの街は好きになれなかったが、それでも軍の施設よりはマシだと思った。

 

 ホンコンのとある港についたシャニは、海を眺めた。

 「ミョーな感じ……」

 ヘッドフォンから大音量のロック・ミュージックを聴いていたシャニだったが、そこまで来てふと妙な質感を感じて、ヘッドフォンを外した。

 

 途端に、周囲の人間の思念雑念が奔流となって彼の中に流れ込んでくる。

 ――感受性を異常に強化された彼は、人の思念や考えのようなものを感じるセンスがあった。

 だから、人の多い場所では、ヘッドフォンを外す事が出来ない。

 周りの濁流の様な思念が、勝手にシャニの頭の中に入ってきて、まるで蛇がのたうつ様にかき回すのだ。

 その際の、自分の身を削るような他人の意思の感覚、それを――ざらっとした感触――彼はよく、そういった表現をしていた。

 

 だから普段は大音量の音楽でそういった思考をシャットアウトする――自分の世界に閉じこもる事が、一種彼のセーフティーになっていたのだ。

 

 しかし、今は、あえて周囲の人間の雑音を不快に思いながらも、自分が感じた違和感の正体を探した。

 

 そうしながら海を眺めていると、シャニは幾つもの船が港に停泊しているのに気が付いた。

 

 旧世紀の時代からこの沖で漁をしている帆船も幾つかあったが、――この戦争が始まってからたどり着いた難民達の船が幾つも停船している。

 皆、行き場が無く、とりあえず戦争の心配の無いホンコンに押し寄せたのであろう。

 多くの船が、長い航海と戦争の巻き添えを食らって、ボロボロにくたびれていた。

 さながら海上の難民キャンプ、スラム街といったような風景だ。

 中には豪華客船のようなものもあって、そこに居る人々は小さな船の人々よりも清潔な身形をしていたが、浮かべる表情は明日への不安で暗かった。

 

 シャニはその難民達の姿に故郷を垣間見た。

 故郷、自分にとっては何の価値も無い場所。 同じような子供たちと身を寄せ合い、犯罪で命を繋ぎ、享楽に逃げ込むしか希望を見出せない場所……。

 

 難民達の思念や、対照的に後方の歓楽街から流れてくる能天気な人々声は、シャニにそれを強く思わせ、彼は顔を顰めた。

 

 

 気色の悪さに少し身を振わせるシャニだったが、その声の中に、ようやく僅かながらの違和感の正体の様なものを見つける。

 

 「あッ……一つじゃない……二つ、三つ。 ……六つ……七つか……」

 

 何か、予感の様なものを感じる。

 

 「強いのが……違うな……なんか……優しいのが……一つある……」

 

 シャニは、再びヘッドフォンをして、外部との感覚を閉じた。

 そして、最後に感じた、一際違う違和感を目指して、彼は歩き出した。

 

------------------------------------ 

 

 時刻は午前。

 適当に街を歩くミーアとアスランだったが、アスランはと言えば歩く速度が彼女を困らせていないか――そんなことばかり考えていた。

 「まあ!」

 港を出ると、きらびやかに整備された市街が整然と並んでいたが、一つ路地を抜けると途端に雑多な街並みが広がっていた。

 ホンコンの街は、その複雑な歴史的経緯と、経済の循環において一つの大きな拠点となっていることから、国家再構築戦争においても、この戦争においても、直接的な戦災を免れていた。

 それゆえ、このような古くからある風景を持続させる事に成功していた。

 

 屋台から、どぎつい料理の香りが流れる。

 (しまったな……)

 折角二人で出かけたのなら、こんな猥雑とした場所を通るのではなかった。

 「こういうところでは、歩きながら食べるんですよね?」  

 しかし、ミーアはアスランの手を取り、屋台の人ごみを駆け出した。

 

 「あ、まってください、こういう屋台は不衛生なところが多いので……そうだ」

 アスランは、屋台の群れを抜けて、少しはなれたところに、トラックでアイス・クリームを売っている店を見つけ出した。

 こういうものならば、そういったリスクは殆どない筈だ。

 

 「どうぞ」

 「あらあら、ピンクちゃんが」

 「テヤンデイ!」

 ミーアは渡されたアイスクリームとハロを見比べた。

 コーンの上に盛られた丸いアイスの山は、ハロにそっくりだった。

 

 

 

------------------------------------ 

 

 ディアッカは一人、船を下りた。

 友人たちは一緒に観光する相手がいたし、第一自分はそんな気分にならなかったのだ。

 

 そんなときである、思いがけない人物が連絡を入れてきていた――。

 

 

 「久しぶりだな」

 「オヤジ……」

 ディアッカの父、タッド・エルスマンだった。

 フリーのジャーナリストを職業としており、世界中を飛び回っている。

 今回偶然にもホンコンにおり、アークエンジェルのディアッカに面会を求めてきたのだ。

 

 「元気そうじゃないか、向いてなさそうな事をしている割には」

 「まあ、な、やれるもんだよ」

 

 二人は喫茶店に入っていた。

 香港にもチェーンを出している、オーブに本店を持つなじみの店だった。

 

 カフェテラスで親子でコーヒーをすする姿は親子の感動の再会、というには程遠かった。

 

 この父は仕事が好きなのだ。

 ディアッカは知っていた。 

 多分、母よりも、自分よりも。

 母それを知ってこの男を選んだのだ。

 

 「知らせを聞いたときには驚いたがな、地球軍とは」 

 「こっちだって色々大変だったんだぜ? 子供だけで……」

 「母さんが心配していた、連絡は定期的にしているのか?」

 「そりゃ、まあ、そうだろ」

 

 だが、責任を取って、自分に対しても父親をやっているタッドを、ディアッカは嫌っては居ない。

 

 

 「で? まさか俺の顔を見に来てくれたのか?」 

 「……気になる事があってな」

 「え?」

 「お前の乗っているあの船だ」

 

 タッドは、周りに聞かれても差し支えないように言葉を選んで話し始めた。

 

 「かなり注目を浴びているらしくてな――その挙動で、相手側が大きく動いている」

 「マジかよ……」

 「ああ、お前たちはどうやら、あちらサンの精鋭を幾つも破ってきた。 その上には」

 タッドは、注意深く写真を出した。

 イージスだった。

 「これ……」

 「これに乗っているのが……」

 仕事のときの、父親の顔を見るのは久しぶりだった。

 今のタッドの顔はジャーナリストの顔だった。

 手段を選ばない、情報を勝ち取るためなら何でもする男の顔――。

 その顔が、ディアッカの横を擦り抜けて、耳打ちした。

 「ザフトの最高司令官である、パトリック・ディノの息子、アレックス・ディノという噂がある」

 「……!? ちげーよ! あれに乗っているのはアスランって言う俺の……知ってるだろ?」

 ディアッカは父の言葉を一笑に付した。

 

 だが、あのアスランが、敵軍にそのような噂と動揺を与えている。

 その事実はディアッカをひどく困惑させた。

 

 「その友達の事を、お前はどれだけ知っているんだ?」

 「……?」

 「アスラン・ザラくん……プラント籍であるならば、厳重に出生の情報が管理されているはずだ、コーディネイター達の国家に”子供”として所属してたならばな」

 「どういうことだよ?」

 「彼の個人情報は完璧なのだがな……その割に、関連する情報が出てこないのだよ、月の幼年学校以来、まるで彼は名前だけの存在の様な……」

 「ま、待てよ、親父!」

 ディアッカがタッドの話を遮った。

 「何の話をしているんだ、まさかアスランの事をかぎまわって――」

 「彼の事を調べているわけではないんだ……前に言ったろ? 物事には流れがある、流れを見て必要な事を切り取るのが俺の仕事だ」

 こういう物言いをされると、ディアッカには分からぬ世界になる。

 この父親は、息子にもこういった接し方をする大人だった。

 「……その少年は、もしかしたら、ザフトに関わっていて――何か理由があってプラントを出たのではないか、だからこそ、イージスに乗り続けているのでは」

 「……!?」

 「良い友達のようだが……そしてその様子では何も知らんと見える」

 

 タッドは、困惑する息子の様子から、その大まかな認識を悟った。 

 

 「これから、どうするかはお前の自由だ。 だが、その少年もただの子供ではあるまい。 あの船は危険だ。 降りられるのであれば、降りろ。流れはお前も巻き込んでいる」

 イージスの写真を仕舞いながら、タッドは最後に、少しばかり父親らしい事を言った。

 「……すぐには決められねえよ」

 降りる――今まで考えても居なかったその言葉を反芻した。

 だが、すぐに頭の中に友のことや、今までの戦いのこと、ラスティの事が浮かんで、それは明確な答えとは成らなかった。

 

 「そうか……だが、母さんを哀しませるなよ」

 タッドはそういうとコーヒーを飲み干して立ち上がった。

 「この後、仕事があってな……時間は少しだけだが、メシでも食いにいくか?」

 「……いいさ、時間がつまってんだろ?」

 今更、仲良く再会を喜んだり、別れを惜しんだりする間柄でもない。

 ぶっきらぼうに、ディアッカは言った。

 

 この仕事人間の父親が自分の為に時間を作ろうとしているということが、どういうことなのか。

 それを母親に幼い頃から何度も言われていたが、それを完全に理解する程度まで、ディアッカは大人になっていない。

 「……またな」

 「ああ……そうだ、ディアッカ。 最近この街に、ブルーコスモスの傭兵(マンハンター)が出るらしい。 コーディネイターのみならず、その支援者も襲う連中だ。お前も、その友達も、念の為気をつけることだな」

 「へいへい」

 

 

 そうして、親子は別れた。

 互いに背を向けてから、タッドは一度振り返った。

 

 そのときだけは、タッドは父親の目をしていた。

 

 

---------------------------------------------

 

 ニコルとジュリは、二人でホンコンの街並みを歩いて廻った。

 料理店や、カフェ。それから映画館では過去の名作が上映されていて、二人は大いに盛り上がっていた。

 そうして半日過ごすと、ふとニコルは楽器店に立ち寄った。

 

 彼の趣味である。

 

 そこには、シンセサイザーが置かれていた。

 音色をピアノに合わせると、そっと指で撫で始める。

 

 最初少しぎこちなかったが、ニコルのピアノは美しかった。

 

 「すごい……やっていたの?」

 「昔から……だけど、こんなもんです」

 最近練習も出来ませんでしたからね、とニコルは苦笑した。

 

 「学園祭でロックもやりましたよ……そうだ、ミゲルさんのデフ・ロックの曲も多分……」

 この間聞かせてもらった曲からコードを割り出したニコルは、多少アドリブを聞かせてキーボードを弾いた。

 すると、どこからかギターの音色が聞こえてきていた。

 明らかにニコルの音色にあわせている。

 

 「?」

 ジュリが不思議そうにその方向を眺めると、茶色い頭髪の少年がエレキギターを弾いていた。

 「わっ……」

 彼のエレキギターは見事なものだった。

 プロ――それ以上である。

 

 ついつい、そうなると相手に併せて、ニコルは曲を弾いた。

 キーボードとギターソロのアンサンブル――いわゆるバトルになる。

 

 (すごいやこの人……弾いていて気持ちいい、ミュージシャンなのかな?)

 ニコルはつい楽しくなって、キーボードを走らせた。

 と、いつの間にか相手の少年の周りにちょっとした人だかりが出来る様になっていた。

 自分の演奏はたいしたこと無いが、相手の技量ならば当然、といったところだろう。

 

 と……。 

 「トール、ちょっともう!」

 その少年のガールフレンドだろうか、ノリに乗ってギターを弾く彼の手を少女が止めた。

 「目立ちすぎ……」

 少女は、彼を引っ張っていってしまった。

 

 「あっ……」

 取り残されて、ぽつんとしてしまったニコルもまた、シンセのキーボードから手を離した。

 しかし、

 「……いいじゃんか」

 と、そんな、ニコルに話しかける声があった。

 「デスにも合いそうだよ、お前のピアノ」

 「えっ……?」

 

 ニコルが声の方向に振り向くと、オッド・アイの長髪の少年がいた。

 

 

---------------------------------------------

 

 フレイと別れたイザークは、ミーアに案内された場所へ向かっていた。

 

 ――自分自身にも出来ることがある。

 無力な自分を、捨て去る為に、イザークは足を勧めていた。

 

 「……俺の求める答えが、此処にあるのか?」

 そう聞いて訪れたのは、古い中国拳法の道場であった。

 入口には、扉こそ付いていないが大仰な門がある。

 

 過去には、ここホンコンのムービー・スターが、アクション俳優となるため修行したという話もあるところだ。

 

 おそるおそる、一歩、足を踏み入れる。

 「イザーク・ジュール君かね?」

 「――っ!?」

 イザークは混乱した。

 門をくぐった、ばかりの自分が、何故か後ろから話しかけられたのだ。

 (何の気配も感じなかった……!?)

 イザークは、声のほうを振り向いた。

 が、何の姿も無い。

 「!?」

 「ハハッ、感性やよしか、確かに」

 「あっ!?」

 イザークは、再び視線を自分の直前へと向けた。

 

 そこには編み笠を目深に被った、拳法着の男性の姿が――。

 「貴方は!?」

 「ワタシか――ワタシは――そうだな、”キング”とでも名乗っておこうか」

 「キング!?」

 「強くなりたいのだろう、少年――コーディネイターにも負けないように」

 「なぜそれを!? いや、そんな事はどうでも良い! 俺を強くしてくれるんですか!?」

 「たわけ!」

 イザークはビクッとした。 

 凄まじい気迫である。

 「強くあるには、何よりも君自身の気骨が求められる。 私が君を強くするのではない。 何より君が君自身を強くするのだ。 付いてこられるなら、今日一日で、それを高めていく方法だけを教えてやろう」

 「高めていく、方法……!」

 「知りたいかね?」

 笠の奥に、強い瞳が見えた――正に、”キング”の名に相応しい、真赤に燃える爆熱の炎――それを覗いたイザークの心臓もまた、轟き、叫んだ。 

 「私に教えを授けてください! なんでもいたします!」

 「うむ……いいだろう、ついてきたまえ」

 

 キングと名乗る男に連れられ、イザークは道場の奥に足を踏み入れた。

 

 

-------------------------------------------

 

 「もう! はしゃぎ過ぎよ」

 ミリアリアがぷりぷりと怒りながら、トールを小突いた。

 「……ネオ隊長が言ってたでしょ。 ホンコンには怪しい人間だって沢山居るって!」 

 「まあ、いいじゃん。 あのキーボードの子、可愛かったしさぁ、つい」

 「むぅ……?」

 ミリアリアがジト目でトールを見た。

 「うげ、いや……まあ、でもちょっとくらい、いいだろ……あと、ギターが気に入ったんだ! 地球の木で出来たギターだぜ」

 「ギター……ね」

 ミリアリアにしてみればウッド・チップセラミックスでもナノファイバーでも楽器の音など大差ないように思えるのだが。

 「……お、おれ買ってくるからさ、ちょっと、待ってて!!」

 「買うって!?」

 「ホンコンなら、ビクトリア経由でプラントに送ってもらえるだろ? な!?」

 

 そういうと、トールはミリアリアをそこで待たせて、楽器店の中に入っていってしまった。

 仕方なしにミリアリアは壁にもたれてトールを暫く待つ事にした。

 

-------------------------------------------------------

 

 「降りる……か」

 それもいいかもしれないな、とディアッカも思い始めていた。

 父親について歩き、いろんな世界を見てきた。

 そんな生活を繰り返していたから、オーブでの穏やかな生活は心地よく、楽しかった。

 

 充実していた日々だったようにも、今なら思えてくる。

 

 (こうなってくると、ガクセーでベンキョーしてたってのが良いことのように思えてくるな……)

 

 船を下りて、オーブに帰って、もう一度学生として勉強するのも悪くないと思った。

 友を見捨てて置けない使命感から船に残ったディアッカであったが、その友たちも、自ら戦う意思を見出し、戦争に自主的に参加しているように見えた。

 

 (そうだな……イザーク達がそう思うなら、俺には止められない……オーブに帰って、学生でもやって、女でも……)

 と、ディアッカが思った矢先。

 

 (――ン?)

 目線の先、楽器店だろうか、俯きながら店先に退屈そうに誰かを待つ少女の姿が――。

 

 その姿に、何故か惹かれたディアッカは、声を掛けようとした。

 

 しかし――。

 

 (あの男も――ナンパ――じゃないな?)

 

 自分より先に、少女に近づく人間たちがいた。

 すっぽりとフードを被った少年と、帽子を目深に被った少年。

 ――父親から教わった、”カン”というものが、ディアッカに告げた。

 ”マズイ人種”だと。

 

 「おい!」

 ディアッカが声をあげた。

 

 

----------------------------------------

 

 

 「目標、補足、データ通り」

 帽子を被った少年が告げた。

 「プラント最高評議会議員の娘、ミリアリア・ハウ」

 フードを被った少年も言った。

 「ザフトのエリートパイロット。 ナチュラルにとって障害、ソキウスナイン、任務了解」

 「捕獲対象、レベルファイブ」

 

 二人の少年が”彼ら間だけに伝わる声”で囁きながら、ミリアリアに近づく――。

 

 

 「おい!」

  

 しかし、少年たちの後ろから、色黒の少年が叫んだ――。

 

 目標の少女――ミリアリアがハッとして顔を上げる。

 

 (えっ……!?)

 ミリアリアは目の前の光景に絶句した。

 自分の顔、目前約30cmというところまで、二人の少年の顔が近づいていたのだ。

 

 しかも、それは兵士である自分に”全く気付かれず”にだ。

 

 ミリアリアは咄嗟に判断した。

 目の前にいる人間は特殊な訓練をした人間だと――そして、それが自分を狙うという事は――。

 

 (マンハンター!!) 

 

 ミリアリアは咄嗟に身構えて、走り出した。

 

 「民間人……事前連絡あり、ディアッカ・エルスマン、ナチュラル、攻撃対象では無いが保留対象」

 「アークエンジェルクルーの為保留事項承諾。 我々の情報を獲得している可能性あり、一時任務を停止する」

 「ソキウス・ナイン保留行動に移る、優先順位を他の目標に変更」

 「ソキウス・テン了解」

 

 「お、おい……!」

 二人の少年は、ディアッカの方を一瞥すると――。

 「えっ……!?」

 まるでオリンピックの短距離選手のような――凄まじいスピードで路地裏に駆け込み、そのまま姿を消した。

 「あっ……!」

 ディアッカは、といえば、声を掛けようとした少女――ミリアリアの事が気になって、彼女の走った方向へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (もう! デートだと思ったから……こんな歩きにくいパンプスなんて履いてくるんじゃ――)

 形にこだわり、歩きづらい靴を履いてきた自分の自覚のなさをミリアリアは呪った。

 

 あれから数百メートルは駆けて、路地裏に逃げこんだ。

 

 しかし訓練を受けた自分にああまで接近できるなんて――途端にこの街が、何か恐ろしいものに見えてきた。

 (でも……)

 あの時、声を掛けてくれた子が居てくれたお陰で助かった。

 あの子は……。

 

 

 「アンタ……無事か?」 

 と、路地の方向から声がした。

 恐る恐る、声の方向を見ると、色黒の少年がいた。

 

 「あなたは……さっきの……」

 「あいつら、ヤバそうだったから、大丈夫?」

 「う、うん、ありがと……」

 見た限り、普通の、民間人の少年であったようだ。

 自分と同じくらいか、少し年上だろう。

 

 少し、ハンサムだとミリアリアは思った、ただ雰囲気から何となくナチュラルな気がした。

 コーディネイター特有の”整然”とした感触が無い。

 

 「なんで……わかったの? マズそうって」

 

 自分ですら、接近に気が付かなかった手際だったのだ。

 恐らく自然に――人の視線を受け付けない、訓練された動きで素早く接近していたはずだ。 

 

 「ちょっと、身内にああいう手合いと仲いいのが居てね、なんて? ところでお宅、一人?」

 「友達と……」

 「へぇ?  ……とりあえず、あいつ等もう居ないみたいだ」

 信用できるのか? とミリアリアは思った。

 もしかしたら、この少年も、先ほどの人間たちとグルであるという可能性も否定できない。

 

 だが……。

 

 「なんか、気になっちゃってね……あんたみたいな可愛い子なら、人攫いみたいな連中も寄って来るよ」

 (ムッ……)

 なんだか、言い方がやらしい。

 自分の顔が良い事を知っていて、相手の喜ぶ言い方を知っている男の言い回しだ。

 

 こういう人間が、ブルーコスモスの過激派とは思えなかった。

 

 だが、助けてくれた事には変わりが無い。

 「あ、ありがと……」

 一応ミリアリアは礼を述べた。

 

 

 「いや……」

 少年は、少し口篭って(計算のようにミリアリアには見えたが)それから、「それなら、お礼に、ちょっと付き合ってくれない?」と言った。

 

 「え……」

 困った。

 だって自分は……。

 

 ミリアリアが返答に困っていたところ。

 

 「――ゴッドサンダークラッシァアアアアッュ!!」 

 

 聞きなれた声が飛び込んできた。

 

 「あべしっ!!!」 

 

 色黒の少年が吹き飛んだ。

 

 「ミリィ! こいつ、ブルーコスモスか!?」

 ――トールだった。

 

 自分が変質者に追われているようだと聞き、慌てて追いかけてきたのだろう。

 トールのドロップキックが少年に炸裂していた。

 「ち、違うのよ、トール」

 「え?」

 ミリアリアは慌てて少年に駆け寄った。

 「あのさ、大丈夫? ごめん……」

 少年――ディアッカは路地裏に積まれていたゴミ袋に突っ込んで、意識を朦朧とさせていた。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 「ラウかね……ああ、私だ?」

 ギルバート・デュランダルは、室内の凝った形をした受話器を手に取っていた。

 アンティーク趣味の取っ手が非常に細い電話機だ。

 

 ニュートロンジャマーの影響で携帯電話が軒並み使用できなくなると、こういったものが再び好事家達に取引されるようになっていた。

 

 「先に例のレストランで待っていて貰えないか? すぐに向かう」

 

 

 そう言ってデュランダルは、受話器を置いた。

 

 それから数分後、デュランダルの部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

 「ああ、入りたまえ……」

 入ってきたのは――12、3歳くらいの少女であった。

 

 「大佐……わたし……」

 「よく、今日まで我慢したね、これで君はもう一人じゃない」

 「本当?」

 「ああ、私は傍に居て上げられないが、彼は君と同じだから、きっと優しくしてくれる」

 

 デュランダルは、少女の髪を撫でた。

 

 と、また別のノック音が部屋に響いた。

 

 「入りたまえ」

 

 ドアを開けて、一人の男性が入ってきた、長い金髪をしている男性だった。

 

 「――ようやく、見つけたよ」

 「この子が……」

 

 入ってきた男性に紹介するように、デュランダルは少女の背中に手を回し、そっと押してやった。

 

 「フラガ一族の三分家……ルーシェ家の少女だよ」

 「では、この子も施設で……? こんな子が……」

 「フラガの嫡流が”なくなった”今、レヴェリー、バレル、ルーシェ家の家人が何者かに狙われていると言う話も聞く。 互いに家と家で、同士討ちをしているのかもしれん。 マティウスの一族の妨害とも思えんしな……」

 男性は、まだ背の伸びきって無い少女に目線を合わせた。

 「君……名前は?」

 「ステラ・ルーシェ……」

 男性は少女の肩に手を置いた。

 「俺は……今は、”ネオ・ロアノーク”だ……君みたいな子供をもう生ませないために、ザフトに居る」

 

 男性――仮面をつけていないネオは、少女に優しく言った。

 少女は、安心したようにその手に縋った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 37 「キスの記憶」

遅くなってすいません


 『運命と言うものがあるのだろうか? その運命とは誰が決めるもなのかと言う事は

  例えそれが自分自身だとしても、俺には大きすぎることだということだ』

 

--------------------

 

 「ナインとテンがしくじった。 情報を頂いておきながら、残念です」

 

 「……いや、あのお方から勅命があったラクス・クラインだけでも始末できれば良い、フィーニスも動かす」

 

 「了解しました」

 

 

 

 ホンコンの一角。

 自治政府の建築物であったが、それは表向きの顔であり、裏では別の勢力に情報を売る拠点基地となっていた。

 

 

 ――その一角で、戸惑いの表情を浮かべる陰があった。

 先ほど上官からの通信の後、 信じられない情報が、画面に映し出されたからだ。

 

 どうして、今なのか?

 

 これが真実であるならば。

 何か自分の知らない事象が発生しているのだろうか。

 

 

 今は、まだマズイ。

 ――今は。

 

 「キラ・ヤマト……」

 動かねばならないと、陰は思った。

 

-------------------------------

 

 ホンコンの高級中華料理店”サイオーボ”。

 クルーゼとデュランダルはここで待ち合わせていた。

 「”サンゾーホーシ”様は既にお待ちです」

 中華風の衣服に身を包んだボーイが、クルーゼの為にデュランダルが用意していた会員名の事を言った。

 ここは、地位や名前のある人が、素性を隠してよく使う店なのだ。

 無論、会員制で選ばれた人間しか利用できない店である。

 

 ボーイはデュランダルをクルーゼが待つ席に案内した。

 そこは個室になっており、赤と金に彩られた、中国の宮殿の様な、けばけばしい壁紙と調度品で囲まれていた。

 そんな中に、一人黒いコートに金髪にサングラスをかけて黙っているクルーゼは、ひどく浮いて見えた。

 

 そこに、ダークスーツに赤のネクタイをしたデュランダルが並ぶと、二人はまるで映画の悪役にも見えただろう。

 「やあ、遅くなってすまないね」

 「……ああ」

 些か不機嫌そうにクルーゼが答えた。

 「密会に良く使っているのか?」

 待たされたことと妙な名前で予約を取られていた事が、些か彼のカンに障ったようだ。

 そういう冗談めいたことに、彼は意味を見出せないのだ。

 (こういうところは、”彼”とは違うのだから、妙なものだ)

 デュランダルは、クルーゼのそうした振る舞いに、ある人物を重ね合わせて――その感想は口に出さずに仕舞いこんだ。

 

 デュランダルはボーイに”いつものコースで”と注文すると席に付いた。

 ボーイは頭を下げてその場を引くと、個室の扉を閉めた。

 

 そうして此処は密会の場所となる。

 

 「名前で予約を取るわけにもいかないだろう? ――まあ、ここは客の秘密を漏らすような店では無いがね」

 「――君はどんな名前で予約を取っているのだ?」

 「ウォン・フェイフォン」

 「……知らんな」

 「カンフー映画は見ないかね? ウォンさん、と呼んでくれたまえ、サンゾー?」

 デュランダルの人を煙に巻くような戯れを無視して、クルーゼは水さしからグラスに水を注いで、一口飲んだ。

 クルーゼの無言の催促に、デュランダルは苦笑して本題を切り出した。

 「……アイリーンが、亡くなったそうじゃないか」

 「そうらしいな」

 「彼女が居なくなっては、てんやわんやの大騒ぎだろう。 特に、オーブでは。 ――モルゲンレーテの大口顧客でもあったのだからね?」

 「連合国もな……」

 「”遺産”のありかはわかったかね?」

 「いや……」

 「アイリーンではなかったということか」

 「――だが、時間の問題だ」

 「と、すれば次はアラスカのヒエロニムスか。 彼の妻はバレル家の出身だからな」

 「……いずれ、たどり着けるはずだ」

 クルーゼは、サングラスを外して、デュランダルの目を見た。

 

 デュランダルは顔色一つ変えずに、その瞳を見返した。

 そして、ディスクを一枚懐から取り出して、クルーゼに差し出した。

 「コレを君に……」

 「なに……?」

 思わず、クルーゼの表情が動いた。

 「滅んだと思われたルーシェ家に生き残りの子供が居たらしい。 その子供が居た施設が」

 「遺産の一端か!?」

 「……ディオキアに施設があったらしいがね。 今はもう廃墟だそうだよ。その子も、また行方が知れないらしい」

 「……」

 クルーゼは無言でディスクを受け取った。

 デュランダルはじっと、その様子を眺めていた。

 

 そして、個室のドアをノックする音が聞こえた。

 

 

 「さて、サイオーボの料理は君も気に入ると思うよ?」

 デュランダルはボーイを招き入れながら、微笑んで、クルーゼに言った。

 (なにせ……アル・ダ・フラガも好きだったのだから……)

 その理由は、喉の奥に飲み込みながら。 

 

 

-------------------------------

 

 ドロップキックを受けて、意識を朦朧とさせていたディアッカを、二人は抱き起こして、その詫びに茶と中華まんをご馳走していた。

 「いやー! 悪い! ミリィを助けてくれたのに! ごめん!」

 「……」

 ディアッカは、中国茶を飲みながら、ふて腐れていた。

 (ひっさしぶりにグッとくる子を見つけたと思ったら、彼氏同伴かよ……)

 しかし、ディアッカは蹴られた事とは別のことを考えていた。

 「ごめん、痛かったよね? トール本気みたいだったし……」 

 「べっつにー。 死ぬかと思いましたけど」

 口を尖らしながら、ディアッカはいった。

 「いや、まあホントにさ……ところで、アンタ、この辺の人じゃなさそうだけど旅行?」

 「……ああ、オーブの人間だよ?」

 少し、濁した。

 

 「オーブ、か」

 ヘリオポリス崩壊の事を思い出して、トールもまた口ごもった。

 

 トールが口ごもったのを見て、なんとなく、ディアッカも、彼らがこの土地の人間で無い事を悟った。 

 「あんたらは……?」

 思わずディアッカも、トール達に質問を返す。

 

 ――自分たちと同じくらいの年齢のカップルが、まさかこの時勢に旅行だろうか?

 「あ、あたし達は……」

 「ハ、ハネムーンだよ」

 

 ブッ!!

 

 ディアッカは口に含んでいた茶を吐き出した。

 

 「トール!」

 ミリアリアが顔を赤くしてトールの頭を小突いた。

 『ばか! ここはプラントじゃないのよ! 余計な事を言わないの!』

 そして、トールにそのまま耳打ちした。 

 

 15で成人するプラントでは、婚姻統制で指定された条件をクリアすれば、入籍することも可能であった。

 しかし、一般的なナチュラルの感覚からすれば、常識とは程遠い感覚だろう。

 

 それはミリアリアも自覚していて、ディアッカが驚いた理由も理解していた。

 「じょ、冗談だよ……東アジアから来たんだ」

 トールもまた、自分が発言した事の意味に気付き、そっと撤回をした。

 

 先ほどミリアリアが襲われた事もある。

 このような場所で、自分がコーディネイターである事を明言するのは、得策ではないだろう。

 

 「そ、そうかよ……なんか、折角のデートの邪魔して悪かったな」

 「いや……」

 「ごちそうさん、それじゃ俺はここらで退散するよ……」

 「ま、待てよ!」

 

 背を向けて行こうとするディアッカの手を、トールは引いた。

 ディアッカは驚いて、トールの方を振り返った。  ミリアリアも、不思議そうにトールの顔を見る。

 「……あのさ、良かったら、一緒にまわらね?」

 「ハァ?」

 ディアッカは困惑した。

 自分の恋人を助けたてくれた恩があるとはいえ、元はと言えばナンパしようとしていた男を、折角のデートに邪魔させるというのだ。

 

 「い、いや、カノジョさんと二人で廻りなって」 

 「いや、いいから!」

 トールは、強くディアッカの手を引いた。

 「うわっ!」

 自分より背の低いトールに、思った以上に強い力で引っ張られたので、ディアッカは思わず体が倒れそうになった。

 「ととっ!」

 トールは慌ててそれを支えた。

 そして、そのまま、こっそりとディアッカの耳に、

 『いや……実は色々あってね。 アイツ……ミリアリアを元気付けてやりたいんだ。蹴飛ばしといて悪いけどさ、奢るし、な?』

 と、耳打ちした。

 『それはカレシの仕事だろ?』

 『普段一緒に居過ぎると、こういうとき上手くいかないんだよ? な? あんたも一人で退屈だからミリィを誘おうとしたんだろ? 気を使うなよ!』

 『はぁ?』

 屈託の無いトールの笑顔に、ディアッカは怪訝な視線を向けた。

 

 こいつは自分が下心を秘めて、カノジョに声を掛けたということを理解していないのだ。

 (なんか、面白い奴……)

 

 イザークやアスラン……ニコルとは違った意味でまた純粋である。

 

 思えば自分の友人は、純粋な人間が多い。

 真面目で、裏表の無い――自分がこんな風な皮肉屋なのに、なぜなのだろうか。

 それはともかくとして、ディアッカは、目の前の男に、少なからず好感を抱いていた。

 

 「……分かったよ。 ホンコンは初めてじゃねーし。よかったら面白いところ、案内するぜ?」

 「マジか!?」

 「ちょ、あんた達……勝手に」

 「そうと決まれば、行くぜ! お二人さん?」 

 「よっしゃぁああ!」

 「ちょ、ちょっと……!」

 

 今度は困惑するミリアリアを置いて、ディアッカとトールは意気投合した。

 

 

-----------------------------

  

 

 「そう、回る円をイメージするのだ、胸に火が灯り、背中に光が差し、頭上に太陽が昇る様に……」

 キングの下、二人だけの道場の中で、イザークは無我夢中で教えを受けた。

 

 イザークが教えを受けたのは太極拳に似ていた。

 だが、太極拳のそれとは、まず大きく構えが異なる。

 

 太極拳は全ての動作が円を基準とするのに対して、キングの教えは掌を開き、片腕を前に突き出し、

 日輪をなぞるような大きな円の動きの中に、時折天を突くような鋭い拳の一閃が光った。

 

 「雑念を捨てよ。 周囲と一体となるかのように、動くのだ。 正しく体を動かす事は、万物を誤解なく理解し、受け入れる事だ」

 

 キングの声が、自身の中に染み入るようにイザークは感じていた。

 

 ――理解し、受け入れる。

 その言葉を頭で考えたとき、フレイとアスランの顔が彼の脳裏に浮かんだ。

 

 「動きが硬いぞ、イザーク」

 

 しかし、すぐさまそれをキングに咎められる。

 

 イザークはまた、体を動かす事に意識を集中した。

 

 

 

 しかし、イザークは先ほどから何度もそうした思考と動作を繰り返していた。

 

 葛藤、葛藤、葛藤――。

 

 無理もなかった。

 自分が此処に来てしまったのは、フレイとアスラン――その二人が原因なのだから。

 「我を持つな」

 キングがそれを再度咎める。

 「我をも受け入れれば、我が立つこともない」

 「受け入れる?」

 ふと、イザークは、言葉を漏らした。

 そして、動作を止めた。

 

 「たわけ! 止まるでない!」

 トン、とキングがイザークの手を叩いた。

 

 「!」

 イザークは、再び体を動かし始めた。

 

 (受け入れる……)

 俺は、自分を果たして今まで受け入れていたのであろうか――。

 受け入れるとはどういうことなのだろうか……。

 

 

 

 頭の中に生まれた、命題。

 それを解き明かさんとするように、イザークは体を動かす事に熱中した。

 

 そうすることで、何かしらの答えが、自分の中に見つかるような気がしたからだった。

 

 しかし――。

 (……)

 やがて、イザークは思考を止めた。

 忘我の域である。

 

 

 (ほう……)

 キングはその様子を見て、思わず感嘆した。

 (この少年は”オマケ”らしいが――なかなかだ。 少し危ういところがあるが――)

 キングは、イザークの様子に満足そうに頷いた。

 

 

 と、イザークは動きの中の――天を突く拳、直線の動作をしたところで、動きを止めた。

 

 「あっ……」

 イザークは、何かを掴んだかのようだった。

 

 「どうかね? 自分の中の凝り固まって澱んだものを見た気分は」

 「――激しい怒りと悔しさが俺の中にはありました。 でもそれは、俺が自分の弱さを認めなかったから」

 「それがわかれば上出来。だが、分かっただけでは真に分かった事にはならん」

 「……?」

 キングの遠まわしな言い方に、イザークは分かりかねたような表情を浮かべた。

 「修行の路は遠いということだ。 だが、忘れるな? 穏やかで澄んだ心、それこそ明鏡止水。 それを忘れて怒りや自我に取り付かれれば、哀しみだけが後に残る事になる」

 「ハッ……」

 ――明鏡止水。

 自分はアスランを目の前にして、心を穏やかにしていられるだろうか。

 

 「自分と向き合うことだけではない。まずは在りのままを受け入れる事からはじめるのだ。 受け入れればそれは君の器の大きさとなるだろう」

 

 そうすれば、コーディネイターにも劣る事はないだろう。

 キングの言葉は、そう繋がるかのようだった。

 

 

 「穏やかで澄んだ心――だからこそ、私も娘に”(ラクス)”という意味の名前をつけたのだ。 明鏡止水、忘れる事なかれ……我が弟子よ」

 「――師匠!?」

 

 と、イザークはあたりを見回した。

 

 明鏡止水――それがキングから受け取った言葉だった。

 そこにはもう、キングの姿はなく、どれだけ探しても見つかる事はなかった。

 

 

---------------------------

 

 

 アイシャはバルトフェルドの帰りを待つ間、ホンコンの街を眺めていた。

 

 『理想の器……夏娃(EVA)なんだよ』

 

 ずっと昔に、ダンテ・ゴルディジャーニから言われた言葉を思い返す。

 

 「アンディ……」

 バルトフェルドが、あの地獄から自分を救ってくれたのだ。

 コーディネイト技術が禁止された後も、最悪な方法でその恩恵を受けようとした男達の欲望。

 それにまみれた、希望の無い世界の中から自分を救ってくれたのが、アンドリュー・バルトフェルドだった。

 

-----------------------------

 

 重苦しい表情で、バルトフェルドはドアを開けた。

 社長室とプレートが書かれたその部屋の中、重厚そうな机と椅子に一人の男が座っている。

 「よう、久しぶりじゃないか、アンディ」

 中にいた白髪の眼鏡の男――ダンテ・ゴルディジャーニは笑顔で彼を迎えた。

 「本当に、お久しぶりですね、社長」

 「なんだ、軍を辞めて、またウチで広告マンとして働いてくれるのかい?」

 「……ハハッ、冗談はよしてくださいよ」

 ダンテは、表情を一変した。

 「タカリに来たってワケか?」

 「……協力して欲しいだけですよ」

 「分かってるさ? お前は恩人だからな」

 ダンテは、椅子に深く寄りかかった。

 「だがな、軍隊をやっていて、本当にそれでいいのか? 例えば、コーディネイターを滅ぼしたって何も変わりはせんよ?」

 「ですが、この戦争が終わった暁には、夏娃計画(ハーワープログラム)みたいなモノが生まれなくなるでしょう」

 「ハッ! 売春婦がこの世から無くなるか? 生まれの格差が無くなるか? それと一緒だ」

 ダンテは、嘲笑した。

 

 「協力はしてやるさ……だが、覚えておくがいい。 この戦争が終わったとて、何れまた、同じ事は繰り返されるさ。 アレだけ使わないと誓った核でさえ、使われたのだからな」

 

  ダンテ・ゴルディジャーニはニヤリ、と笑った。

-------------------------------

 

 

 「……君は?」

 ニコルは目の前の不思議な少年に、きょとんとした。

 その少年は、鋭く、怪しい目をしていた。

 だが、不思議と人を引き付ける瞳だった。

 

 「――シャニ」

 その少年はぼそり、と呟いた。

 自己紹介らしかった。

 

 「弾いてくれない? もう少しだけ」

 シャニはそう言ってニコルに演奏を促した。

 「……はい」

 ニコルは、優しく微笑んで、楽器屋のキーボードを弾いた。

 シャニはじっと、その音に聞きほれていた。

 

 

 (いいわ――)

 その二人の様子を蚊帳の外にされてしまったジュリが見ていた。

 最初はほったらかしにされて不満げなジュリであったが今は――。

 (美少年同士というのも……すっごくイイ!!)

 新しい何かに目覚めていた……。

 それは啓発であったと言って良いだろう。

 

 

 

-------------------------------

 

 

 「マ、マユラさ~ん!」

 マユラは、指定された場所に来ていた。

 待ち合わせの相手はメール友達のゲーマーの少年だった。

 オレンジ色に近い頭髪をしている。

 「感・激! こうして又ゲームできるなんて嬉しいです」

 「そうね、一緒に遊べる機会なんて、そうそうないから」

 はしゃぐ相手に適当に頷いて答えるマユラだったが、その表情は優しかった。

 相手の少年は、その様子に何か期待をしたのか、パァっと顔を明るくした。

 「なんか、オススメある?」

 「あっ! ハイッ! この対戦格闘のバトルアニキⅢなんて推・薦! 激・熱!」

 

 ――アイツだったら、どんなデートだったろうなぁ。

 ふと、マユラはラスティの事を思い出した。

 

 でもそれは目の前の少年に失礼な気がして、今は彼とゲームを遊ぶ事に、マユラは集中した。 

 

 

 

 

-----------------------------

 

 

 ホンコンの街並みは昼の時刻を越えて夕方を迎えた。

 夏には及ばない季節であり、日の暮れるスピードも早かった。

 

 アスランとミーアは、ホンコンを一望できる展望台に来ていた。

 クゥロン駅から程近い、スカイテラスである。

 

 

 アスラン達はその一角の窓に二人で並んで景色を眺めた。

 

 「わぁっ……」

 既にビルの明かりが目立つ様になっており、十分に夜景が楽しめた。

 

 ふと、アスランは自分たちの周りに人が殆ど居ないのに気が付いた。

 戦争で、観光客も減っているのだろう。

 だが、僅かながらに人は居た、恋人達だった。

 情勢の事を思えば、もしかしたらそれらは、休暇中や、これから出征する兵士かもしれなかった。

 だが、束の間の平和を謳歌しようとするその姿は、平時のときとなんら変わらない。

 アスランは、隣に居る女性を意識せざるを得なかった。 

 (ンッ……?)

 ミーアが、僅かながらに肩を寄せるのをアスランは感じた。

 みると、ミーアは長袖ながら肩を出した服装をしているのに、アスランは今更ながら気が付いた。

 緊張していて、彼女の服装の細かいところまで気が付かなかったのだ。

 

 視線をちらりと移して、アスランは赤面した。

 そして、夜景に眼を向ける。

 

 ――その様子にミーアは気が付いていて、くすくすと笑った。

 「いかがですか?」

 「ああっ、いえ、とてもかわいいです、その服」

 「――夜景なんですけど?」

 「えっ……あっ……」

 しどろもどろになるアスラン。

 

 必死に言葉を探した。 

 「その、ハロは……気に入っていただけましたか」

 「えっ……?」

 「ああいえ、夜景がきれいですね」

 「ええ、こんなにキレイなの……人がまだこんなに生活できるなんて」

 Nジャマーの影響で、夜景の見れる都市は、今は僅かながらにしかない。

 ――あなたのほうがキレイですよ?

 そんなありふれた殺し文句がアスランの脳裏に浮かんだが、ついぞ喉から出ることはなかった。

 「ミーア……」

 アスランは、名前を呼び捨てにしてみた。

 「はい?」

 ミーアが、アスランの瞳を見据える。

 「いえ、素敵なお名前ですね……」

 しかし、言葉が続かず、照れ隠しに、そんなことを言ってしまった。

 「……そうでしょうか?」

 「たしか、どこかの国の言葉で、湖、という意味でしたでしょうか」

 「ええ、よくご存知で……父が、つけてくださりましたの」

 「お父さんが……」

 

 アスランは言葉に窮した。

 と、そんなアスランの様子を見て、今度はミーアが言う。

 「アスランというお名前は……どういう意味ですの?」

 「……古い言葉で、夜明けとか、獅子という意味だそうです」

 「まあ、強そう」

 くすくすと、ミーアが笑った。

 今の目の前の少年は、そんな風には見えなかったからだ。

 「父が……つけてくれました」

 

 それは、真実だった。

 本名であるアレックスはありふれた名前であった――聞けば、父であるパトリックの家系にあった名前だというが。

 だが、偽名であるこの名前……母によれば”アスラン”は、父親が思いを込めてつけたのだという。

 今思えば、この名前に父が何を託そうとしたか、何を期待したかは、分かる気がする。

 それは重荷でしかなかったが。

 

 「素敵なお名前ですこと」 

 ラクスは、アスランに近づいた。

 

 「……!」

 次の瞬間、アスランは眼を見開いた。

 小さく形のよい、彼女の唇が、目の前にあった。

 

 

 そっと、アスランはミーアの生身の肩に触れた。

 ミーアはさらに体を寄せてきた。

 

 

 アスランは、ミーアの肩を抑えたまま硬直する――。

 

 アスランは躊躇うが、その美しさに、彼女の両肩を抱いてしまおうかと考えた。

 だが、アスランにはそれを行うことができなかった。

 唇の感覚すら分からなくなるような、眩暈のしそうな一時――。

 

 

 

 

 

 そのまま、長い時間が過ぎた。

 

 

 

 

 「ハァッ……」

 熱っぽい息が、アスランの口からこぼれた。

 

 暫くの間、アスランはミーアの顔を見れなかった。

 しかし、呼吸を整えた後、ミーアの方を向きなおす、が。

 

 「ン……?」

 アスランは、奇妙なものをみた、険しい顔した、ミーアが、自分の後方を眺めている。

 気分を害してしまったのだろうか――そんな風にも思ったが、それが検討外れであることをアスランは次の瞬間には理解していた。

 

 自身も背後を振り返る、そこには――。

 

 「行きましょう」

 ミーアがアスランの手を引いて駆け出す。

 アスランの背後には、フードをした少年と、帽子を深く被った少年が居た。

 

 

 

 

 「――ソキウス・テン、目標を発見。 オーブの姫、ラクス・クライン」

 「ソキウスナイン了解、夏娃計画(ハーワープログラム)によって生まれたイレギュラー・クラスのハーフコーディネイター――ナチュラルにとって障害。 レベルゼクス。抹殺対象」 

 「了解、フィーニスと合流し、排除する」

 「――傍らに居たものはアークエンジェル・クルー。 コーディネイターの報アリ、ナチュラル協力者とみなし、無力化」

 「無力化後、限定解除許可。チェッカーを使用し、特定因子を計測後処遇について決定」

 「了解――」

 

 

 

 二人の少年は、駆け出したアスランとミーアを追いかける。

 

 

-----------------------------

 

 

 ホンコンの街中をぶらり、と歩いていたキラは、カガリへのみやげ物をあれこれ買い集めていた。

 きっと彼女なら、こういうところに来たがったろうな、と思うと、キラは少しだけ自分自身の人間的なところを自覚できた。

 

 戦いの最中、自分は自分を忘れることが多い。

 

 ――特に、アスランを前にしては。

 

 それは、自分で決めたことなのだが、何か自分が自分でなくなってしまうような気がして、恐怖も抱くところであった。

 モビルスーツという器が、そうさせているのだろうか。

 

 と――そんなキラの目の前に。

 

 「!?」

 何か、見えた気がした。

 「今のは!?」

 見知った、姿が見えた気がした。

 あの後姿――彼女は――!

 

 

 

 

 キラは慌てて、その陰が見えた方向へ駆け出した。

 

 そして、眼に映ったのは。

 

 (えっ……!?)

 

 二人の少年に追われる、ラクス・クラインと、アスランの姿だった――。 

  

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 38 「呪われしもの」

陣営入れ替えガンダムSEEDです。


 『何かが突然変わったと感じるときがある。でも本当は突然じゃない。 それまであったものが積み重なってそして次へと移って行くということだ』

 

 

--------------------------

 

 

 ホンコンのメインストリートを避けるようにして、ミーアとアスランは走った。

 そして二人を追う、帽子を目深に被った少年とフードをすっぽりと覆った少年。

 その四つの陰が、ジグザグと路地を縫うように、駆け抜けていく。

 

 

 (――あいつらは一体!?)

 アスランは時折振り返り、後ろの陰を確認する。

 

 (それに――ミーア、君は?)

 そういえば最初に出会ったときもそうだった。

 自分と同等――コーディネイターである上に、軍人としての訓練や、イージスに乗るためのトレーニングを日々積んでいる自分と同じ、もしくはそれ以上の走力を持っているように見える。

 

 (一体、どうして?)

 今日は束の間のデートの筈だったのに。

 なぜこんなことになてしまったのか、わけもわからずアスランはミーアに追従した。

 

 

 二人はやがて、ホンコンのメインストリートを離れて、郊外へと逃れてきていた。

 ホンコンがいかに中立都市として繁栄しているとはいえ、地球と宇宙という未曾有の大戦の戦火に、無傷であろう筈は無い。

 一度メインストリートを抜ければ、廃墟に近い、スラムのような街並みもみえてくるようになった。

 (この先には……オーブの協力者がいる……そこまで逃げれば安全、でも……)

 一方、ミーアは何かに気が付いていた。

 (追い込まれている……?)

 知識を頼りに安全な方向へと逃れているつもりであったが、どこかへ追い込まれているような気がするのだ。

 (よもや……?)

 と、ミーアが強い予感のようなモノを感じた時である。

 

 「……あっ!?」

 

 道路が、大きく陥没していた。

 数日前、整備が滞っていた為に、陥没事故が発生したのだ。

 郊外で起きた事である、流石のミーアも情報が入らないことは把握していなかった。

 恐らく自分たちを追っているものたちは、この事故の情報と――さらに言えば、”自分の逃げる方角の情報”を知って、ここに誘導してきたのだ。

 

 つまり、ミーアが何者か――ラクスだと知っているという事である。

 

 

 (なぜ……いえ、今は乗らざるを得ませんわね)

 ミーア――ラクスは賭ける事にした。

 

 敵の狙いに敢えて乗ることで、活路を得る。

 それは彼女が常々、政治の舞台でやっていることでもあった。

 

 ラクスとアスランは追い込まれるままに、唯一の逃げ場らしい、古く、廃棄されたビルに逃げ込んだ。

 

----------------------------------

 

 (どうして彼女が)

 キラは懸命にその後姿を追った。

 

 (それに――)

 何故、友まで此処にいるか。 

 

 キラも懸命に走った。

 

 「……アスラン!」

 

 そのまま追えば、どうなるのだろう。

 彼と生身で対面したとき、自分は何を言うのか。

 どうしてしまうつもりなのだろうか。

 

 それは彼自身にもわかることではなかった。

 

----------------------------------

 

 「ソキウス・ナイン、任務完了」

 「了解、テン継続して追い込む。 ――フィーニス応答を」

 ――ラクスとアスランを追い込んだ二人の少年が”自分たち”にしか聞こえない声で、もう一人の仲間――フィーニスに連絡した。

 しかし、それに答える”声”がこない。

 

 

 すこし遅れて、”声”が届いた。

 「あー? うるっせえな、聞こえてるよ」

 フィーニスが鬱陶しそうに答えた。

 ――ナイン、テン、そしてフィーニスの三人は、まったく同じ顔、同じ声をしていた。

 そして、フィーニスと呼ばれた少年だけが、全く違う口調、性格をしていた。

 

 

 フィーニスは一人、ラクスとアスランが追い込まれた廃屋の中に待機していた。

 廃屋の中は真っ暗闇になっており、ホンコンのメインストリートや港から来る遠い光が僅かながらに窓から入っている状態だった。

 

 

 

 そんなところに、長時間待機させられて、フィーニスと呼ばれる少年は酷く苛立っていた。

 

 (人形どもが……ムシズが走るんだよ! クソがっ!)

 苛立ちは、そんなことを彼に思わせた。

 

 だが、

 「我々は、目的の為に存在」

 「ゆえに、その表現はナチュラルの基準から言えば妥当」

 と、ナインとテンから、その”思念”に対して返答があった。

 

 

 何となく、”声”と同じように解るのだ。

 「あっ……! チィイ! ムカツク! 筒抜けかよ!」

 その返答に余計にイラだつフィーニス。

 「……?」

 思ったことが――そのまま近くにいる3人の共有感覚となっていた。

 感情に乏しい、ナインとテンの思念はフィーニスにはよく伝わらないものの、フィーニスの強い感情はナインとテンに伝わっていた。

 

 ”声”は”機械”による補助がついているものの、いわゆる、それはテレパシーと呼ばれるものに近い感覚といえた。

 

 

 「――ああ、もう! フン……だが暇つぶしにはなったか。 そろそろだな……!」

 

 追い込まれてきた獲物を感じて、フィーニス・ソキウスは思った。

 こんな何も無いところで待たされたかいがあったものだ、と。

 

 

 「誰かいる!?」

 「あなたは……!」

 

 獲物――の二人が、フィーニスの待つ部屋に誘導されて入ってきた。

 この建物の中を通り抜ければ、獲物――ラクス・クラインが頼る協力者の施設に通り抜けられる様になっていた。

 

 

 だから、この建物に至る道を細工し、また、この部屋を通らねばならないように、出口を幾つか壊していた。

 

 

 

 全ては、この獲物を確実に狩る為に、だ。 

 

 

 

 窓からさしこむ、ぼうっとした光に照らされたフィーニスの姿は、獲物にとってはまるで怪異の様に浮かび上がっていることだろう。

 そう考えると、二人の強張る表情にフィーニスの興奮も増してきた。

 

 「会いたかったぜ……ラクス・クラインちゃん? ぎゃははは?」

 

 上から、何度も聞かされた、”最高”のハーフコーディネイターを”壊していい”といわれているのだ。

 抑え切れない興奮に、嗜虐的な笑みを浮かべて、フィーニスはラクスに近づく――。

 

 

 

 

 

 「っ……? 今なんて? ラクス・クライン……?」

 一方、ラクス――ミーアの後ろに付く形で、フィーニスが口にした名前を聞いたアスランは、その名前の心当たりがあるのに気付く。

 (オーブの代表だった、シーゲル・クラインの娘……なんで、ミーアが……!?)

 「――それから、イージスのパイロットか! まあ、コーディネイターらしいから、そこそこ楽しませてくれるよな」

 (……!)

 自分のことも知っている!

 ――と、言う事は目の前の少年は……何か政治的、軍事的な理由から差し向けられた、刺客。

 

 

 

 アスランがその事実を把握したそのとき。

 ガッ!

 

 「ぐぁわっ!?」

 アスランの腕に痛みが走った。

 

 先ほど自分たちを追いかけてきた二人の少年のウチの一人、フードを目深に被った少年が、後ろからアスランの腕を拉いで、床に組み伏せようとしてきたのだ。

 

 「――グッ!」

 だが、アスランも今や、前線の兵士である。

 ――それも、イージスを難なく操る、スペシャルなのだ。

 

 「!?」

 後ろから手を固められたアスランはそのまま地面を蹴って、腕をとられたまま背面蹴りを放った。

 フードの少年――ナインがアスランの思わぬ反撃に手を離す。

 

 「!」

 すると、もう一方、帽子を深く被った――テンが、アスランに飛び掛る。

 「ヘアァッー!」

 しかし、アスランも、”イージス”でも良く使う、鮮やかなハイキックで、テンの顔面を打った。

 

 「!?」

 だが、テンもまた、すんでのところでそれを回避する。

 しかし、蹴りが僅かに掠めて、テンの被っていた帽子が吹き飛んだ。

 (避けた!?)

 アスランはそのあまりの身のこなしの素早さに驚く――コイツらは何者なんだ。 コーディネイター!?  ザフトなのか!?

 ぐるぐると状況を理解する為にアスランは思考をめぐらせたが、それは益々アスランを混乱させるだけであった。

 

 と――アスランはある事に気付く。

 窓から差し込んだ光が、帽子の下に今まで隠されていた少年、テンの顔を浮かび上がらせていた。

 

 「……!?」

 

 間近でその顔を見た、アスランは、また一段と酷く混乱した。

 (……この顔、どこかで……あっ……ああ……!?)

 

 ――封じていたアスランの記憶が、フラッシュバックした。

 

 

 

 

 (なあヴェイア――どうして機体を赤く塗るんだ?)

 (ボクはね、アレックス――自分の血が赤いってことを証明したいんだ――)

  

 「グゥド……ヴェイア? どうして!?」

 

 浮かび上がったその顔は、アスランの古い戦友の顔だった。

 でも、そんな筈はない、彼は死んだ。

 なぜなら――

 (アレックス! 何故戦わん!? ヤツはナチュラルのスパイだったのだ! 殺せ! あそこにいるナチュラルごと――)

 (……ギャアアアァアアア!!)

 アスランはヴェイアを……。

 

 

 

 「アスラン!?」

 と、ミーア――ラクスが叫んだ。

 「しまった!?」

 アスランが混乱している、一瞬を狙って、フードのナインが、アスランを押さえ込んだ。

 「ッ!?」

 そして、その状況はさらにアスランを混乱させた。

 組み伏せられて、間近に見たナインの顔もまた――ヴェイアの顔だったのだ。

 

 

 

 「グゥド・ヴェイアだと……なんでオリジナルを知ってやがる?」

 「オリジナル……?」

 「コイツ、ただの留学生じゃなさそうだ。素性を隠したザフトの脱走兵かもしれないな、DNAチェッカーを予定通り使えナイン、フッ、楽しみだな……そして」

 

 アスランの一瞬の格闘の最中、冷静に状況を探っていたラクスを、フィーニスはじろり、と眺めた。

 ラクスは身構える。

 

 「フン、あんたが相当の使い手だとはしっているが、俺たち三人に適うかな?」

 「ミーア! グワアアッ!?」

 「――アスラン!?」 

 

 アスランはスタンガンのようなものをナインとテンに押し付けられていた。

 体の自由を奪われるアスラン。

 

 「クッ……!」 

 息を飲むラクス。

 と、

 スタンガンのようなものの先端には、針が取り付けられていた。 血液を採取する注射針である。

 それが、アスランの血液を採取した。

 「チェッカー作動、データベース、リンク。 ザフト、ヴェイア在籍時メンバーで確認――該当」

 「ん? 早いな。 アルゴリズム選定の上位層ってことは、相当若く見えるが、それなりのパイロットかなんかだってことか……?」

 

 

 「――該当名。 アレックス・ディノ、登録では既に死亡済み、補足要綱――ザフト発足時のメンバーにして最高評議会議員、パトリック・ディノの一子」

 

 

 「……!?」

 「アスラン……!?」

 淡々と読み上げたナインのセリフに、こめかみをピクリ、と動かす、フィーニスとラクス。

 

 「――おいおいおい、どうやら、思った以上の獲物のようだな……通りでオリジナルを知ってるわけだ」

 「フィーニス、この標的は抹殺対象に相当」

 「いいや、そいつはつれて帰るぞ。 ククッ、スポンサーにこれ以上無い土産だぜ……”ナチュラル”の為にもなるんだ」

 「……了解」

 「了解」   

 

 (アスランが……)

 一方、ラクスは、今まで自身が感じていた、違和感、そして予感、そうしたものの正体を少しずつ理解していた。

 

 

  

 「クククッ、ヒャハハハハ! それじゃああ行くぜェ! ラクス・クライン。 ぶち壊して、陵辱して! 破壊してやるぜぇ!」

 

 ――フィーニスは、大型のダガーナイフを懐から取り出した。

 ナインとテンも、スタンガンや、ナックルガードを手に取り付ける。

 こちらの動きを一瞬で奪うタイプの武器だ。

 

  

 

--------------------------

  

 

 「えっ……!? この状況は!?」

 

 ――アスランの背を追いかけてきた、キラは眼前の光景に面食らった。

 (アスラン……と、ラクスが、どうしてここに!?) 

 

 キラは、アスラン以外にも、見知った顔が――ラクスがいる事に驚いた。

 そして、さらに、そのラクスが三人の少年に今まさに襲われようとしている事も。

 

 ――気になることもあったが、とりあえず今、やらねばならない事を咄嗟に理解した。

 

 「ラクスッ!」

 「えっ……キラ様!?」

 バッ!

 

 キラの体が跳ねた。

 「ッ!?」

 キラはそのまま飛び蹴りをソキウスナインに見舞った。

 突然の奇襲に、ソキウスナインは、体を崩した。

 

 「だれだっ!? なぜこんなところに……!?」

 フィーニスが叫ぶ。

 

 「今っ!」

 すると、ラクスも跳ねた。

 「しまった!?」

 ラクスは、あっというまにフィーニスとの間合いをつめて、懐に入り込んだ。 

 (光輝唸掌……!)

 そしてラクスは、目にも留まらぬはやさで、フィーニスの下腹部に拳を打ち込んだ。

 その拳は、掌底打ちに近い形になっていた――フィーニスの様な刺客が、防御服を着ていることを予想した一撃だった。

 (グゥウウ!?)

 掌底打ちの為か、内臓に響くような震動を受け、フィーニスを猛烈な苦痛が襲った。

 「ぐぇえええ」

 胃液を吐き出し、フィーニスが崩れた。

 

 「!」

 フィーニスを助けるため。ソキスウ・テンがラクスを狙うが、それに気付いたキラが着ていたジャケットを脱ぎ捨て、テンの頭に投げつけた。

 「!?」

 ジャケットが瞬間の目くらましになったすきに、キラはテンを脚払いした。

 そして、テンは転倒する。

 そのまま、キラは、仰向けに転倒したテンの鳩尾近くにエルボーを放った。

 「がはああっ!?」

 相手の肋骨を粉砕する可能性もある危険な技で、相応に効果はあった。

 

 そんなキラに、先ほど蹴りを受けて怯んでいたナインが再び立ち上がって飛び掛ろうとした。

 しかし、それに対応する様に、フィーニスを今しがた倒したラクスが、床に置ちたジャケット――キラがテンに投げつけたモノを手に取り、ナインに向かう。

 

 「ハッ!」

 ラクスが、ジャケットを――まるでムチか――布槍のように鋭くしならせて、ナインを打った。

 ナインが手に持っていたスタンガンのようなものが吹き飛ばされる。

 

 「!?」

 予想外の攻撃に、ナインは虚を突かれる。

 「はああ!」

 そのままラクスはナインへ近づき、手を取り、ナインを投げ飛ばした。

 

 「ぐあああ……!」

 思い切り体を打ちつけ、ナインは動きを止めた。

 

 

 「くそっ……ヤツは……キラ・ヤマト!? こんなところにどうして……!?」

 フィーニスが忌々しげに言った。

 「……あなた方は、何者です?」

 「クッ!?」

 ラクスの拳を受けて、うずくまるフィーニスを見下ろすようにラクスが言ってきた。

 

 

 「……ラクス! アスラン、どうして……これは何が……」

 倒れるアスランにキラは近づく、気を失っているようだった。

 (こんな……)

 アスランを抱きかかえるキラ。

 

 「キラ様……まさか、こんなところでお会いするとは思いませんでしたが、助かりました」

 ラクスがキラに言った。

 そして今度は、フィーニスを見下す形で、

 「もしかして、コレも――キラ様が来るのも、あなた方が仕組んだことなのですか……? いえ、その様子では違うようですわね」

 と言った。

 

 「ぐぐぐ……!」

 見下ろされる屈辱に、歯噛みするフィーニス。

 「じっくりと聞かせていただきましょう、このわたくしを狙った者の名前を……それが解ればヘリオポリスから続く一連の出来事の意味もよくわかりますわ」

 「ラクス……?」

 ラクスからは聞いたこのない、冷たい声に、キラは驚いた。

 「ふざけんじゃねえぞ、まだ、なんだよ!」

 すると……あまりの屈辱に、フィーニスは、叫んだ。

 

 そして禁じ手を使う事にした。

 

 

 

--------------------------------

 

 

 楽器屋で出会いからしばらく、ニコルとシャニとは共に連れ立って話していた。

 音楽の話をニコルが行い、シャニが面白そうにそれを聞いていた。 

 そしてその姿をうっとりとした表情でジュリがみていた。

 

 「ヘッドフォンが無くても大丈夫だ」

 「えっ……?」

 「前にもいたんだ。 そういうヤツ……すぐ死んじゃうけど」

 「戦争で……?」

 意味は解らなかったが、なんとなく、シャニの口にする言葉はニコルに染み込んでくるようだった。

 「やさしい感じ……俺は……」

 オッドアイが、ニコルを見詰めた。

 (……?)

 その虚ろな瞳は、どことなく宇宙を思わせた。

 

 しかし、ニコルが吸い込まれそうになった瞳に、突然歪な光が宿った。

 そしてシャニが頭を抱えだした。

 「う、うぐぐぐ。 うがあ……」

 「シャニ!? どうしたの!?」

 「……薬、じゃない! 俺以外のだれか……使う……ッ!」

 

 

 (……!?)

 突然、ニコルの脳裏にもキーンという、耳鳴りの様な不快感が襲った。

 

 

 

--------------------------------

 

 「なあ、なんだよアレ、避難中のプラント要人の娘を預かったって言ってたけど」

 「へぇー結構可愛い子じゃん、愛人かな?」

 「ネオはそんな趣味はなさそうだけど?」

 

 ボズゴロフに帰ってきたネオは、見知らぬ少女を連れていた。

 「よう、スティング、アウル、丁度いいところに居たな、この子を部屋まで案内してくれないか? ステラっていうんだ」

 「ええーっ?」

 アウルが急な申し出に声をあげる。

 「うう……」

 近づくアウルとスティングの姿にビクリ、と体を震わせ、不安げに、ネオの背中に隠れるステラ。

 「……なんだ? PTSDか?」

 スティングがステラを訝しげにみえる。

 「人見知りなだけさ?」

 「……ヒトミシリ?」 

 子供の情緒の発達も早いプラントでは、あまり使われない言葉だった。

 ――背丈から、年齢は自分たちとそう変わらないおもわれたが、随分と幼く見えた。 

 「――いじめるなよ」

 「……そんなことしないよ……」

 シベリアでの捕虜への暴行のことを言っているのだろう。

 「それじゃ後は……ン――!?」

 アウルとスティングにステラを渡した瞬間、

 「どうした?」

 「いや……妙な感じ――すまん、ちょっとブリッジに行ってくる、ステラを頼むぞ?」 

 そういうと、ネオは駆け出していった。

 

 

--------------------------------

 

 

 ホンコンの港に止まっている、民家船に偽装した船が突然揺れた。

 「なんだ!? 感応波が出ているぞ?」

 「バカな!? だれが!?」

 「――ゲ、ゲルフィニートが、動きます!」

 

 ――と船体を突き破って、モビルスーツが中から現れた。

 モビルスーツは、そのままブースターノズルを使ってジャンプした。

 

 それを、港の一角に船から避難した、連合の将校がじっと見詰めていた。

 「緊急停止コードを入力します……!」

 同じく避難していた研究員が、将校に告げる、が

 「いや、先ずはホンコン自治政府に連絡を……それから、ゲルフィニートを可能な限りモニターするんだ」

 「モニターですか!? しかし」

 「――脳波コントロールシステムを動かすほどとなると、恐らくはフィーニスだな。 それも動揺しているということだ、何があったか、事態を把握せねばなるまい、それにアレはまだ何処の軍にも存在していない機体だ」

 「ハッ……!?」

 「どうとでもなる、貴重なケースだ。 データの回収を漏らすなよ」

 

 

 

 

--------------------------------

 

 「――?」

 「どうかしたかね?」

 「なんだこの感じは――?」

 サイオーボで密談を続けるクルーゼは、妙な気配に気付いた。

 (アスラン……? いや、もっと違うものだ)

 デュランダルも何か思うところがあるらしく、食事の手を止めた。

 「確かに不快な気配があるな、少し待っていてくれないか? 状況を見てくるよ」

 デュランダルは席を立つと、個室の外へ出て行った。

 

 

 

 「ウォン様、丁度お電話が……Sコールです」

 「ほう?」

 部屋から出たデュランダルが、店のものから電話を受け取る。

 一般回線では無い、密談用の電話回線だった。

 「――君かね? なんと……そんな事が? ふむ……」

 デュランダルは、声の主から、ある情報を受けた。

 「いや、正体はわからんが……テロかもしれんな……いざというときはザフトとホンコン自治政府に掛け合っておこう。 存分にやりたまえ、ネオ」

 デュランダルはそういうと、電話を切った。

 

 「ウォンさま、正体不明の機体が、郊外で……避難を」

 「うむ」

 デュランダルはボーイに電話機を返すと、クルーゼの待つ部屋に情報を伝えに向かう。

 カンのいい彼のことだ。

 いくらかは気が付いていることだろう。

 

 

 

--------------------------------

 

 「ゲルフィニート……来たか!」

 フィーニスが笑みを浮かべた。

 「モビルスーツ!? 何処の軍の!?」

 キラが、叫んだ。

 キラ達がいる、廃ビルの前に、モビルスーツが降り立った。

 ソレは見たことない機種で、ザフトのものにも連合のものにも見えなかった。

 

 「ククク……ひねり潰す! 破壊しつくしてやる!」

 フィーニスは、ラクスの掌底を受けた腹部を抱えながら駆けた。

 モビルスーツに圧倒されていたラクスとキラは、ソレを見逃す。

 フィーニスは、廃ビルの屋上に駆け上っていった。

 

 そして、屋上から飛び降りた。

 

 モビルスーツは、それを意思があるかのように自然な動作でキャッチしていた。

 そして、コクピットハッチが開かれた。

 中は無人だった。

 

 「さすがに……しんどいな……ここまで運ばせるのは……だが……これで……」

 

 フィーニスは、ゲルフィニートのコクピットに収まると操縦桿を握った。

 

 

 

 

 「ラクス!」

 「キラ様!」

 ラクスとキラは、モビルスーツから発せられる、殺気の様なものを感じていた。

 あの大きすぎる力は、自分たちに向けられている。

 自分たちを殺すためだけに、動いているのだ。

 

 「――!」

 キラは、気絶しているアスランを見た。

 そして、彼を思わず抱えた。

 抱えてから気付いた。

 

 (僕は……なんで……!?)

 自分の行動が矛盾していると一瞬考えたが、事態はそれどころではなかった

 

 キラはラクスに目配せすると、廃ビルから抜け出した――。

 

 

 すると、ズゥウウン!

 と轟音が鳴り響いた。

 

 

 「!」

 キラは咄嗟に跳ねた。

 ラクスも続く。

 

 危ないところだった。

 先ほどまでいた建物は倒壊していた。

 そして、自分たちを簡単に肉片に変えるほどの大きさのコンクリートのが、ほんの数メートル横に落ちてきていたのだ。

 

 

 そして――その後ろには。

 

 ゴゴゴゴ……と駆動音を鳴らす異形のモビルスーツ。

 紫にペイントされたボディに、ガンダムタイプを思わせるが、複眼の付いた異形のマスク。

 そして肩の辺りから、左右に三本ずつ――腕にも見えたが、スタビライザーの様なものが生えていた。

 

 「チッ……武器はまだついてないか……だが……こいつらをひねり潰す事位は出来る……!」

 

 FCSを確認したフィーニスは舌打ちしていった。

 NMS-X07PO――特殊戦用試作モビルスーツ、ゲルフィニート。

 正規のコンティペンションにも出されていない、異形の機体だった。

 

 試作機ゆえ、本来予定されていた武装も、一般的な兵装もついてはいない。

 

 だが……この機体に搭載されていた”自分の意思”で動かせるシステム――は好都合だった。

 ここまで機体を運ぶ事が出来たからだ。

 

 「まさか使うハメになるとは思わなかったが‥…これで……踏み潰してやる!」

 フィーニス・ソキウスは笑った。

 そして、ゆっくりとモビルスーツの歩を進める。

 

 

 

 

 

 「!?」

 キラとラクス――そして抱えられたアスランの三人はそれから逃げる。

 モビルスーツの一歩は、地面から見ると、思いのほか大きく、早かった。

 そして齎される震動と轟音も、恐怖を掻き立てるものだった。

 

 

 廃屋の多い、郊外であることを利用し、建物の隙間を縫って逃げようとする。

 だが――フィーニスには通じないようだった。

 

 「ク……クク……この機体に乗ってるとわかるんだよ……お前らのいる場所がさ……」

 ビルを無理やり打ち壊して、ゲルフィニートは進んだ。

 

 

 「うわああっ!?」

 ゲルフィニートが建物を壊したことで出来た瓦礫が、もう少しでキラを潰すところだった。

 抱えているアスランを捨て置けば――まだ逃げられるかもしれない。

 

 だが、なぜかそれがキラには出来なかった。

 モビルスーツの上で、あれほど殺しあったというのに。

 

-------------------------

 

 「ロアノーク隊長! 正体不明機です!」

 

 ボズゴロフのブリッジにネオが到着するなり、サイ・アーガイルが報告してきた。

 「連合のか!?」

 「それが、良くわからないんです、廃棄された市街地を破壊していて……」

 (……これは、ゲルフィニート! コイツが出てきているということは、遺産絡みの何かということか?)

 遠距離からモニターされた映像を見たネオには、思い当たる事があった。

 

 「見捨て置けんな――」

 ネオが、呟いた。

 それを聞いて際が驚く。

 「た、隊長!? しかし此処は香港で、例えアレが連合の何かの作戦だとしても、ザフトが介入するわけには」

 「正体不明機によるテロ行為! これは人道的観点からも、寧ろザフトが協力すべき事案である」

 「そ、そんな無茶……」

 「大丈夫、俺は不可能を可能にする男だ」

 「国際問題ですよぉ!」

 サイが叫ぶ。

 「いざとなったら俺が責任を取る為に、単機で出る――あとは任せるぞ、サイ!」

 「た、隊長!」

制止するサイの声を聞かず、ネオはブリッジを飛び出していた。

--------------------------

 

 「いけませんわ……」

 ラクスは逃げながら、あることに気が付いていた。

 徐々に海の方向に、追い込まれていっている。

 

 

 ――逃げ場がなくなるということだった。

 

 

 

 「死ねよ……シネシネシネシネ!!」

 

 

 そして――キラ達は窮した。

 大戦の煽りで倒壊し、捨て置かれた港湾地区――海の目前までキラ達は追い込まれてしまった。

 

 

 「――ははは! じゃあ、そろそろゲームオーバーだな……踏み潰させてもらうぜ!!」

 

 

 

 

 ゲルフィニートが、足を上げた。

 

 

 

 しかし――。

 

 

 

 

 

 「待ちなさいよぉおお!!」 

 

 

 ズバアアアア!!

 「――!?」

 キラとラクス――そして気を失っているアスランに、頭上から水が降り注いだ。

 海水だった。

 

 何かが――大きなモノが水しぶきを上げて海から飛び出したのだ。

 

 「モビルスーツ!?」

 「あれは!?」 

 「クーックックック、見つけたぜ子猫ちゃん……!」

 キラ達の眼前に現れた、黄色とオレンジに塗られた、これもまた異形のモビルスーツ。

 ――UMF/SSO-3。 ネオのアッシュだった。

 

 

 

 「あれは、ロアノーク隊長の、新しい機体!」

 キラが叫んだ。

 

 

 「正体不明機に告ぐ、ここは非武装地域! 直ちに破壊行動を止めなければ、強制的に武装解除を行う!」

 「ザフトの機体……だと!? ふざけやがってえぇええええ!」

 フィーニスが、ゲルフィニートを走らせた。

 「――そんな機体! もしかしたら強化人間かもしりゃせんが!」

 だが、アッシュは腰を屈めて、背中のブースターを点火した。

 

 ブォオウ!!

 

 アッシュは高速で、地表スレスレを”跳んだ。”

 

 「――!? 敵の動きが見えない!?」

 フィーニスは驚嘆した。

 自分には、並みのコーディネイター以上の能力がある。

 ――だが、この敵は。

 「よっしゃあああ!」

 一気にゲルフィニートに近づいたアッシュ。

 手に装着されたクローが、ゲルフィニートの肩と頭部をあっという間に切り裂いた。

 

 「ぐぁああ!?」

 ゲルフィニートはそのままアッシュに押し倒され、組み敷かれた。

 何てことだ。 これではまるで、先ほどのラクス・クラインとの戦いの二の舞ではないか――。

 

 「……聞こえるか? パイロット、お前の正体、じっくり調べさせてもらうぜ――」

 と、フィーニスの元に、敵のパイロット――ネオの声が接触回線を通して聞こえてきた。

 「地球連合の強化人間――図書館(ライブラリアン)も噛んでいるのだろう?」

 「!?」

 フィーニスは眼を見開いた。

 

 ――なんだ、コイツは、どこまでしっているヤツなのか?

 トップシークレットの言葉を、まさか敵の、”ザフト”のパイロットから聞く羽目になるとは。

 だが……自分が、ソレを漏らすわけにはいかなかった。

 

 「ハッハハッ……また違う俺が生まれるのか……俺の何度目の終り(フィーニス)だ? ……チクショウ……ちっくしょう……チックショオオオオ!!」

 フィーニスは、シートの脇にあったコンソールパネルにパスコードを入力した。

 

 

 ――自爆コードだった。

 

 

 

 

 「!?」

 ネオは、ただならぬ雰囲気に気付き、咄嗟に機体を離した。

 

 「――自爆!?」

 ネオのアッシュが引いたのを見たキラもまた、状況を判断した。

 「ラクス――!!」

 キラはラクスの手を引き、アスランを抱えて海に飛び込む――。

 

 

 

 

 

 

 

 ズォオオオオオオオン!

 

 

 

 

 僅差で爆炎が、周囲を包んだ。 

 

 

  

 

 

---------------------

 

 

 

 少しばかりの時間が流れた後、キラとラクスとアスランは、近くの岸辺にあがった。

 二人とも海水でぐちゃぐちゃになっていた。

 アスランを、横に寝かせると、ラクスとキラは顔をあわせた。

 

 

 なんという状況なのだろうか。

 

 水に濡れたラクスの髪がべったりと、彼女の顔に張り付いていた。

「……」

 キラはそれに気付くと、そっとそれを掻き分けてあげた。

 髪の奥から彼女の瞳が見えた。

 

 

 そのまま二人は見詰め合った。

 

 

 

 

 そして、ラクスから、キラに口付けた。

 

 生命の危機から、解放された安堵がそうさせたのかもしれなかった。

 

 キラは思わず息を止めた。

 邪魔するものは居なかった。

 

 

 

 唇は、多くのことをラクスに語っていた。

 二人の事情を知っても知らなくとも、この感触が彼女に必要なものを教えてくれた。

 どちらが必要であるか、ということである。

 

 

 

 だが、確かに、好意というものが、二人に共有されていたのは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、長い時間が、そのまま過ぎた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 39 「消えた言葉は」

陣営入れ替えガンダムSEEDです。


「すれ違うことは今まで幾つもあった。 

 これからもそうなのかと思うのか、それとも思わないのか。

 今の俺の考えはそこに帰結する」

 

------------------------------

 

 

 

 ――フィーニス・ソキウスの自爆から数時間前。

 ホンコンに集った者たちはそれぞれの時間を過ごしていた。

 

 

 

------------------------------

 

  トールにともに観光を持ち掛けられたディアッカは連れ立って歩き出した。

 「ガイドマップ見てるけど、お店が多すぎてわかんないのよね」

 「タクシー捕まえても言葉が通じねーしな」

 あまりに雑多な人々が集う香港では、却って共用語が通じない場合もあった。

 

 トールとミリアリアが、思うように観光できないという愚痴をこぼすとディアッカは笑って、

 「そんなら、昔親父と一緒に行った店に連れてってやるよ! まぁ、腹減ってんなら、とにかく屋台でなんか食っとくか?」

 と、慣れた様子で香港の道なりを案内した。

 幼少のころから父に連れられ諸国を歩いたため、街の歩き方、というものを分かっている。

 

 「オニーサン! バッグドウ! オカネモチスキ! バッグバッグ!」

 気が付くと、怪しい風貌の中年女性が片言の共用語で、トールの手を取り露店に引き込もうとしている。

 「ちょ、ちょっと! 結構です!」

 「アラ、カノジョニプレゼントヨ!」

 「ぷぷ」

 ディアッカはそれを見ておかしそうに噴出した。

 

 その後、三人はディアッカのオススメの酒家で広東料理を食べた。

 オーブの育ちであるディアッカは、箸を器用に使って、料理を食べる。

 ミリアリアとトールは最初用意されたナイフとフォークを使っていたが、ディアッカがコツを教えると、あっという間に箸の使い方を覚え、料理を食べ始めた。

 

 「ミリィ、そのシューマイとってくれ」

 「はい、トール、あーん」

 「あーん……ンッ」

 いつものように、ミリアリアがトールに料理を取って差し出す。

 しかし、

 「ハッ……」

 ミリアリアは気が付く、今日はもう一人いたのだ。

 「ンフフ……うらやましいね」

 「んぐっ……んぐっ……だろ!?」

 「……」

 ミリアリアは赤面する。

 「あ、あんたチャーハンだけでいいの?」

 話を紛らわそうと、ミリアリアは言った。

 「お二人さんの熱いサマを見てたら、これで十分だっての?」

 ディアッカはニヤニヤして、烏龍茶を啜った。

 「んー? じゃあ、ミリィのあーん、一回くらいなら、OKだぜ?」

 トールはあっけらかんとしていった。

 「ばかっ」

 ミリアリアは隣席のトールを肘で突いた。

 

 

 

 

 食事を終えると、時刻も夕暮れを越え、夜が迫っていた。

 

 

 三人は、観光の最後に、小輪(フェリー)に乗った。

 ホンコンシティの摩天楼が、船上からは輝いて見える。

 さすがに、ロマンティストとはいいがたいミリアリアも、その光景には見入っていた。

 「素敵……」

 建物の、夜景の輝きなど、見え透いた虚飾でしかない。

 プラント出身で、現実的な価値観を教育されるコーディネイターである彼女は最初はそう思っていた。

 だが、それはどこか星々を――そして、宇宙に輝く人の営みである、故郷のプラント、コロニーたちを想像させた。

 

 「ほら」

 ディアッカは、船上で買ったジャスミンティーを二人分、トールに渡した。

 「あっと……」

 「デートのシメだろ……行って来いよ」

 トールにウインクして、ディアッカは自分のジャスミンティーをストローで啜った。

 

 トールは微笑むと、飲み物を二人分持って、ミリアリアの元へ向かった。

 

 

 ディアッカは遠くで邪魔しないようにそれを見ていた。

 二人は、先刻までの通り、しばらくの間はにぎやかに笑いあい、小突きあい、ふざけあっていたが、やがて、静かに夜景を眺めて……ミリアリアはトールの肩に頭をもたれた。

 寄り添う二人の影は、夜景に照らされ、黒い、一つの影になる。

 

 「……くく、お似合いじゃん」

 自分は何をしているのだろう。

 

 しかし、ディアッカは久しぶりに、戦争を忘れていた。

 「……それじゃ、邪魔にならない内に消えておくかな」

 そっと、その場をあとにしようとするディアッカ。

 だが、

 「おーい! エルスマン!」

 トールが自分を呼ぶ声がした。

 「ええ……?」

 「この子がさ、写真を代わりに撮影してくれるって、来いよ!」

 「おいおい。折角のいいムードだったってのに……」

 トールは最後に、記念撮影するつもりなのだ。

 

 三人は、香港の夜景を背後に、一列にならんだ。

 

 トールが、妹を連れた12歳くらいの少年にデジタルカメラを渡す。

 

 「いいのかね、俺まで写って?」

 「何言ってんだよ、今日は本当に……ありがとな」

 トールが笑顔で言った。

 トールは、ミリアリアと腕を組んで、ディアッカの肩にも手を置いた。

 ディアッカはふと、ミリアリアの方を見た。

 ミリアリアは、とても柔らかい表情をしていた。

 ――そういえば、街で見かけた時には、もっと険しい表情をしていた。

 これが、本来の、彼女の表情なのかもしれない、とディアッカは直感で思った。

 

 「可愛い顔するじゃん」

 

 ――ディアッカは、その言葉を口にする直前で飲み込んだ。

 

 (……って、それ言わない方がいいっつーの)

 すこし残念そうな笑みを浮かべて、ディアッカはトールたちに合わせ、カメラのレンズの方向を向いた。

 

 

 「君たちは旅行?」

 「いえ、妹と疎開する途中なんです……」

 「そっか、旅の無事を祈るぜ、ありがとな!」

 

 少しばかり年下の少年からカメラを受け取るトール。

 ディアッカの持っていた携帯端末にも、写真のデータをリンクで送る。

 と……。

 

 「お兄ちゃん!」

 少年の妹が街のはずれの方を指さす。

 

 カッ!

 

 ――夜空が一瞬、赤く染まった。

 

 

 「爆発!?」

 

 ドォオオン!!

 

 ホンコンシティの港のはずれあたりで、大きな爆発が起きたようだった。

 パニックになる、船上――。

 

 それは、フィーニス・ソキウスのゲルフィニートが自爆した光だったが、フェリーの人間たちは知る由もないことだった。

 

 

 

 『皆さま落ち着いてください、最寄りの港に入港いたします、皆さまお荷物を持ち、係員の指示に従い落ち着いて行動してください』

 船内のアナウンスが鳴り響く。

 

 フェリーは、港に向かって反転した。

 「な、なんだよアレ!? ホンコンシティで戦争だってのか!?」

 ディアッカが叫んだ。

 

 「ミリィ……!」

 「……うん!」 

 トールがミリアリアの方を向く。

 ミリアリアもそれにうなずく。

 

 「エルスマン、俺たち行かなきゃ……」

 「ええ!?」

 「……助けてくれてありがと……元気でね!」

 

 二人は、港にまもなく入港するというアナウンスを聞くと、人であふれかえる搭乗口へと降りて行った。

 

 「俺は……」

 戻るのか、あの船に。 

 あの爆発、アークエンジェルと無関係ではないのではないか。

 戻ればまた、戦争が、自分を包み込むのではないか。

 はたまたは友が巻き込まれていくのを――この目で見ることになるのではないか。

 ディアッカはふと、携帯端末を開いた。

 今しがたの写真――。

 トールと、ミリアリア。

 

 このまま、オーブに戻れば、あのような出会いもまたあるかもしれない。

 戦争が終われば、この二人とも再開できるのでは……。

 

 しかし、そのすぐ隣のフォルダには、イザークや、アスランらと撮ったスナップも残っていた。

 

 「くそ……! 無事だろうな、アークエンジェル!」

 今はまだ、決められなかった。

 ディアッカは友を捨て置けないのだ。

 

 

-------------------------------------

 

 

 「シャニ……大丈夫? 落ち着いた?」

 楽器屋の中、突然、頭痛を訴えたシャニを、公園まで連れていき、ベンチに座らせたニコル。

 依然、苦しむシャニに手を伸ばすと……。

 「触るんじゃねぇ!」

 「あっ!」

 その手をはねのけるシャニ、その眼光は凄まじく血走っている。

 その異様に、足が引くニコル。

 

 「ああ……」

 だが、シャニの瞳は、一瞬で悲哀を帯びた、虚空を感じさせるものに変化する。

 

 ――それが、ニコルにとって、妙に印象に残った。

 

 「……」

 シャニは沈黙したまま、首にかけていたヘッドフォンを耳にはめて、ニコルを眺める。

 

 「……悪い、でも聞こえる」

 「……?」

 シャニが聞こえる、とつぶやいたことの意味を分かりかねるニコル。

 ヘッドフォンで、耳を封じた直後にいう言葉ではないだろう。

 「お前との音楽が……」

 「あっ……シャニ……」

 ニコルはシャニが、ほんのわずかに、無表情そうに見える口元を、柔らかに曲げた気がした。

 

 と、コーン、と虚空に何かの音が響いた気がした。

 花火? とニコルは思ったが、にわかに喧騒が激しくなってきた。

 

 

 「……あ……」

 とシャニは、何かに気づいたように、ヘッドフォンをしっかり支えるようにすると、ニコルに何か言いかけたが、視線を背け、どこかに歩き出した。

 その背中は、どこかニコルを拒絶するようにも見えた。

 ニコルは、声をかけられなかった。

 

 

 シャニとは、そのまま別れた。

 

 「……どういう人だったのかな」

 ニコルと共にシャニを介抱していたジュリがつぶやいた。

 「わからないけど……あの音楽が見れたから」

 ニコルは、どうしてよいかわからない顔をしていたが、その表情は優しげだった。

 ジュリはそういうニコルを好ましく感じていた。

 

 

 

 「優しいのが一つ……重いのが……一つ……」

 ふらつく頭を抱えながら、シャニは港の船を目指した。

 それは今しがたゲルフィニートが発進された、連合の擬装船だった。

-------------------------------------

 

 「……ずいぶん遅かったな」

 イザークは駆けてきたフレイに声をかけた。

 食事の約束の為だ。

 

 当のイザークも、キングとの鍛錬の為汗だくになったので、一度着替えに戻り、時間ギリギリに到着していたのだが。

 それにしてもフレイが待ち合わせに遅れたことなぞ、滅多にないな、とイザークは思った。

 「整理に時間が掛かっちゃって……」

 「……まあいい、どこに行く?」

 イザークにしては、素直に遅刻を受け入れた。

 彼もまた、戦争を受けて、時間の尊さを学んだ。

 折角の食事の時間をそんなことで潰したくないのだ。

 「……イザークの行きたいところでいいわ」

 フレイは、そんなイザークの気を知らずか、すべてイザークに任せてきた。

 「でも、この街、アルスターさんと住んでいた所だろ? お前の行きたいところで……」

 「いいの、わたし、この街好きじゃないから」

 「フレイ?」

 イザークはちらりとフレイの目を覗き込んだ。

 瞳は何も語らなかった。

 

-------------------------------------

 

 

 「よう、アンディ、物資の用意はできたぞ、時間をかけてすまなかったな」

 「どうも、ゴルディジャーニ社長」

 ゴルディジャーニ商会で待たされること数時間、すでに時刻は夜に差し掛かっていた。

 アンドリュー・バルトフェルドは形だけの礼をすると、その場を後にしようとした。

 

 「アイシャは元気か? 夏娃(ハーワー)プログラムの当事者は次々と行方不明になってな。 彼女が無事なのは大したものだ」

 ダンテ・ゴルディジャーニがニヤリと笑っていった。

 

 「元気ですよ……僕の最愛のレディだ」

 「フ……じゃあ早くベイビーが生まれるのを祈ってるよ。 そうすれば、あのプログラムも無駄じゃなかった。遺伝子調整技術を禁じられた権力者たちは、我が子を直接調整することは叶わなくなった。 そのため、理想の子を産む夏娃(イヴ)を求めた――」

 

 「……!」

 思わず、バルトフェルドは怒鳴りたくなったが、相手の術中にはまる事は望むところではない。

 

 「まあ、イヴが産んだのはアベルとカインだ……人類最初の殺人の当事者の、な。 ……そういえば、港でひと騒動あったらしいぞ……早く戻った方がいい」

 「なんですって?」

 「くく、やはり、我らはカインの子か?」

 ――バルトフェルドは、ダンテへの怒号を飲み込んで、息を深く吸い、気持ちを落ち着かせる。

 そのまま戯言を続けるダンテを放って、バルトフェルドは部屋を後にした。

 

 

-------------------------------------

 

――そして現時刻。

 

-------------------------------------

 「……自爆されちまった。 だがあれは、図書館の勢力(ライブラリアン)の手のものだ」

 『ふむ……軍の上層部は、とことんこの戦争を利用するつもりだろう』

 

 ――ホンコンシティの自治警察から解放されたネオが、現場近くに置かれているアッシュの通信機で何者かと会話している。

 暴走したモビルスーツを止めた身でもあるので、報道管制は敷かれるはずだし、あまり人目にさらしたくない新型機だが、やむを得ないだろう。

 

 「まあ、手は回してくれたようだな、助かる。 ……しかし、ザフトのモビルスーツと守秘回線までつなげるように手回ししているとはやりすぎじゃないか?」

 『言うなよムウ。私と君の仲ではないか。……いや、ネオ・ロアノーク隊長とお呼びすべきかな』 

 「おいおい……」

 『後は任せてくれたまえ、なんにせよ、奴らが動き出した以上”遺産”の在処はいずれわかるさ、君はステラを失うんじゃないぞ』

 

  ネオは通信を切ると、帰艦手続きの続きに取り掛かった。

 中立地域でモビルスーツを乗り回したのだ。

 便宜を図られても、すぐに放免というわけにはいかなかった。

 

 そして……。

 

 

 (……キラ)

 ”偶然居合わせた”部下の分の手続きも行わなければならなかった。

 

 

-----------------------------------

 

 「気が付かれましたか?」

 「ン……ミーア?」

 アスランが意識を取り戻すと、周囲は自治警察の車両と警官らしき人だかりに囲まれていた。

 自分たちは屋根だけの簡易的なテントの中にいるようだった。

 ミーア……ラクスはシートの上に座り込み、眠るアスランの頭を膝に乗せていた。

そして、彼の顔を濡れた布でふいてやった。

 

 「ああ……無事だったのですか、良かった……何が、どうなって……?」

 「……どうやら、テロリストが、わたくしを狙った、それがこの顛末のようです」

 「君を?」

 そこで、アスランは思い出した。

 あの追跡者たちは、自分のことを知っていて、ミーアのことを、別の名前で呼んだのだ。

 

 「わたくしも、事情聴取に向かわねばならないようです……ごめんなさい、”アスラン”」

 

 ”ラクス・クライン”と。

 「ミーア、君は……!」

 ミーア……ラクスはアスランの半身をそっと立てた。

 

 と、アークエンジェルにも乗艦していた赤毛の少女――マユラが、ミーア……ラクスの手を引き、自治警察の元へと案内していった。

 

 「……アスラン、ごきげんよう、また後程」

 ラクスがアスランにほほ笑みかける。

 

 手を伸ばせばまだ届く位置に彼女の頬はあったが、その笑みはアスランにとても遠く感じた。

 アスランは呆然として、去りゆく彼女の背を目でおった。

 

 「待ってください、ミーア――私は」

 

 だが、彼女が進む先には――

 

 

 

 

 

 

 

 (……キラ!?)

 

 

 

 

 

 視線の先にいたのはキラ・ヤマトだった。

 アスランと、ラクスの事が気になって様子を見に来たのだ。

 キラは、海に濡れたため、ネオの持ってきた赤いザフトの制服に着がえていた。

 

 

 キラを見た、アスランは、震えていた。

 

 

 乾いていた口が、さらに乾く。

 「お前が……ラスティ……!」

 その胸に、戸惑いと、悲しみと、怒りともつかない張り裂けそうな気持がこみ上げてくる。

 

 

 「あ……」

 一方キラも、沈痛そうな表情でアスランを見た。

 

 

 三度目の再会だった。 

 

 なんでだろう。

 会うたびに、こんなことを望んでいるのではなかったのに。

 

 キラは、口にはできない思いに、爪が掌の皮膚を破るほど、強く手を握り締めていた。 

 

 

 

 

 「――ッ!」

 アスランとキラは、互いに何かを語ろうとした。

 

 

 だが、それは声にならなかった。

 

 

 

 

 「アスラン」

 そんな中、アスランに背後から声をかけるものがいた。

 

 

 ――クルーゼだった。

 騒ぎを聞いた彼は、連合の少年兵が巻き込まれたと聞き、駆けつけたのだ。

 アスランは返事もせずに、キラを見ていた。

 

 

 と、クルーゼがアスランに向けていた視線を前に向けた。

 

 ――感じたのだ。

 キラを迎えに来た、ネオ・ロアノークを。

 「ネオ・ロアノーク……!」

 「……ラウ・ル・クルーゼか!?」

 

 戦場では何度も相対した、が直接顔を合わせるのは初めてのはずだった。

 が、ネオには目の前の男がクルーゼだと、確かに感じられた。

 

 

 

 ホンコン自治警察の巨大なライトが、昼のように、ゲルフィニートの自爆現場を照らしていた。

 

 

 アスランとクルーゼ、キラとネオ。

 

 

 ――そして、その間に挟まれるラクスという形になった。

 

 

 

 キラとアスラン、その二人の視線に挟まれたラクスは、感情の読み取れない表情で沈黙した。

 

 

 

 

 

-------------------------------------

 

 やがて、事態の収拾と事情聴取のため、ホンコン自治警察が当事者となる面々をそれぞれのテントに連れて行った。

 

 

 「ラクス様……折角のホンコンでしたのに」

 聴取へ向かうラクスを出迎えたのは、側近の一人マユラだった。

 「貴方こそ、デートの途中だったのでしょう?」

 「いえ、私は……」

 

 「収穫はありました……ふふ、母が生まれ、父と出会った場所なだけあります」

 

 ラクスは、ネオと共に連れ立って歩くキラを見た。

 そして、自身の唇をなぞってみた。

 

 唇は、知っている。

 そして、饒舌に彼女に語っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

PHASE 40 「運命の船出」

陣営入れ替えガンダムSEEDです。


 「自分が何をするべきなのか、彼女は分かっているようだった。

 俺もどうしなければならないのか、その時は既に、気が付いているはずだった」

 

 

 

-----------------------------

 

 

 先日の騒動の後、アスランはホンコン自治警察からすぐに解放された。

”テロリストが極秘に来訪していた要人を狙った”

事件はそのように処理された。

 

 

 アスランはといえば、キラ・ヤマトがなぜあそこに居たのか。

そして――想いを寄せた、ミーア・キャンベルという少女がラクス・クラインであったという事実に、呆然とするばかりであった。

 

 

 事件の後、クルーゼと共にアークエンジェルに帰ったアスランは、バルトフェルドからも事態の報告を求められた。

 

 「なるほど、彼女を狙って、ね。 彼女……オーブの姫君、ラクス・クラインは、メディアにこそ出ないが、連合の政治家や軍人の間でも有名でね、幼いころから父親の外交を補佐していたって聞く」

 「彼女が……?」

 おっとりとしていて、まるで陽だまりの中から生まれてきたような、彼女の表情――そこからは想像もつかない事だった。

 だが、アスランにも覚えがないわけではない。

 ヘリオポリスで一瞬見せた怜悧な表情や、シベリアでの毅然としたふるまい、あの謎の少年たちに追われたときの身のこなし――。

 ただの少女ではない、何かが見え隠れしていた。

 「シベリアに居たのも、極秘裏にユーラシア連邦の要人と会談するためだったそうだ。そこで、この船に拾われ、彼女は自身の国が作り上げた兵器を自らの目で見たいと考えた……」

 「それで、艦長は、あの娘に脅されて、彼女の身分を私たちに知らせず、この船に乗せたという訳か……大方ヘリオポリスの件で、だな?」

 「おいおい……よしてくれよ」

 バルトフェルドは苦笑した。

 「まあ、黙ってて悪かったよ、だが、僕も事が済むまでは、大っぴらに話すわけにはいかないと思ってね」

 そんな大人たちの会話を聞くことで、アスランはミーアが余計に、ラクスという存在だったということを痛感した。 

 

 「……ザフトの兵士が、現場にいた様なのですが」

 と、アスランは思わず、もう一つ気になっていた事を口にした。

 今の話題を聞き続けるのが些か辛かったこともあるだろう。

 「ロアノーク隊のようだな、恐らく我々を追跡し、ホンコンに入っていたのだ。 まあ、予想は出来ていたことだがね、追われる君たちを見て、後を付けた、らしいが……」

 クルーゼがアスランに言った。

 

 「彼女がザフトと通じている可能性は無い、か……?」

 その報告も耳にしていたバルトフェルドが言った。

 何か、思うところがあったのだろう。

 「そんな……!? どうしてそんなことを?」

 アスランが驚いて聞き返す。

 「いや……それは無いな。 で、あればアークエンジェルに乗り込むまではせんだろう」

 バルトフェルドは顎を抑えた。

 

 

 (思惑が交差した、ということだろう。 この街ならあり得ることだ……)

 クルーゼは内心そう思っていた。

 だが、それが運命と呼ぶべきものなのか、”誰か”が仕組んだことなのか。

 テロリストのモノとされるモビルスーツについても、内心、見当が付いていた。

 だが、クルーゼは自身の望みが叶う、その時まで、軍人として振舞うだけだった。

 

 

----------------------------------------------

 

 

 ラクス達がアークエンジェル内にあてがわれた部屋では、側近の少女たちが下船の為の荷造りをしていた。

 「見てみて~ミゲルさんといっぱいチェキちゃった~!」

 アサギが端末に撮られた大量の写真を、ラクスと他の二人に自慢する。

 

 「分かったわよ!」

 苦笑しながらも写真を見てやるマユラ。

 「そうだ、マユラはどうだったの、デート」

 「悪くなかったわよ。 まあ、ゲームばっかりで雰囲気の欠片もなかったけどね、食事もラーメンだったし!」

 「あら、あたしはニコル君と……ふっふ」

 「なによ、ジュリ……教えなさいよ!」

 

 三人娘が作業を進めながらも、賑やかに燥いでいた。

 

 「あ、でも……ラクス様は……あんなことになってしまって」

 ジュリが申し訳なさそうにラクスに言った。

 

 「いえいえ……とても素敵なデートでしたわ」

 ラクスはニッコリと笑って言った。

 「アスラン・ザラ……あの人はわたくしの騎士になってくれる方かもしれません」

 

 彼女はシャーマンであった。

 人を冷静に智識で判断し、かつその本質は肉身と感性で見抜いていた。

 アスラン・ザラ――その内側に秘めた純粋さ、正義漢そして――弱さ。

 

 それまでの旅路で彼女は彼を励まし、揺さぶり、支えた。

 そして口づけの瞬間。

 それは帰結した。

 

 

 「わたくしは……」

 

 そして彼女は、もう一つのことに思いを馳せた。

 

 

 

----------------------------------------------

 

 「お忍びで来ていたオーブの姫様を狙った、か……」

 ボスゴロフ船内、自室のネオ・ロアノークはホンコン自治政府の発表したニュースを眺めてつぶやいた。

 「キラ、お前……あの姫様と面識でもあったのか? 彼女が襲われているのを見て、あの廃墟に向かったとのことだが」

 部屋の中には、キラ・ヤマトが招かれていた。

 キラが、ラクス・クライン襲撃、並びに、モビルスーツによる無差別破壊の際、現場に居合わせた事を改めて聞こうと思ったのだ。

 ――ネオはアスラン・ザラの事までは把握していない。

 

 

 ホンコン政府の聴取はキラとネオの予想に反して実に簡易的なモノだった。

 ネオは知っている、裏で”誰か”が手を回しているのだ。

 

 「いえ……最初は、プラントの知人と見間違えて」

 「知人?」

 「ええ……負傷で入院している筈の……友人を見かけた気がして……その、サイ・アーガイルの……」

 にわかに、キラの肩が震えた。

 「ああ……マティウス市で療養していると聴いているが……まさか、その子がホンコンにいたってか?」

 「いえ、結局、見間違いだったみたいです、その人影を追いかけて路地裏に入ったら、偶然彼女たちが」

 「”偶然”か……」

 ネオはマスクから露出した顎を抑えて考えるしぐさをした。

 

 (ギルバート・デュランダルのいるところ、偶然が多発するとでも言うのか?)

 昨日面会した、あの得体のしれない男の事を、ネオは思い返していた。

 

 「ホンコンが結果的に無事だったのは何よりだが、致し方ない事とはいえ、足つきに動きがバレちまったかな……まあ、ここは一つ、海坊主達と合せることにしますか」

 「……そういえば、ロアノーク隊長」

 「ン?」

 「……いえ、あの襲撃者は本当にテロリストかと思いまして」

 「ホンコンシティみたいな場所で起きた事だ、何もかもがキナ臭いな」

 

 キラが聞きたい話は、本当は全く違うモノであった。

 キラ・ヤマトはあの場にいたサングラスの男性の事を思いだしていた。

 ネオ・ロアノークが”ラウ・ル・クルーゼ”と呼んだアスランの背後に立っていたあの人物……キラ自身、どこかで会ったような……そんな既視感を覚えていたのだ。

 戦場で何度か立ち会ったからだろうか?

 が、ネオに直接それを聞くのは――何故かとても憚られて、キラは最後までその話題に触れることは無かった。

 

 因縁のような物がある。

 ネオがそのクルーゼという名を口にするたび、その傍らで戦っていたキラは密かに感じていたのだ。

 

 

---------------------------------------------

 

 翌朝。

 アークエンジェルのタラップから下りた少女たちが、船を見上げる。

 

 そして、アサギ、ジュリ、マユラらは見送りに来ていたニコルやミゲルたちに手を振ると、ラクスの分の荷物迄持って、用意された車に運んだ。

 

「――それでは、わたくしたちはここで」

 潮風に流れる髪を抑えながらラクスは言った。

 「……ええ」

 アスランは、ラクスの微笑みを見ながら言った。

 

 そこにある表情は、いつも自分に向けられていた彼女の顔に違いなかった。

 遠い、とは感じなかった。

 しかし、彼女はミーアではないのだ。

 

 「アスラン」

 

 ラクスは微笑みながら、アスランの手を取った。

 

 「また、お会いしましょう」

 「ミーア……ええ」

 アスランは手を握り返した。

 そして……

 「あっ」

 ラクスはアスランの頬に口づけた。

 「生きて、必ず」

 

 

 

 そうして、彼女らは港から去って行った。

 

---------------------------------

 

 ホンコン・シティの港から、太平洋を突っ切る形でアークエンジェルは出航した。

 目下は、赤道連合の領海に沿って東へと進んでいくことになる。

 長旅である。

 

 

 東南アジアからなる、赤道連合は、中立の立場を取って居るものの、現在は大西洋連邦の圧力に屈し、親地球連合の動きを見せていた。

 しかし、名目上の中立国の領域で、ザフトが大規模な強襲を仕掛けてくる可能性は低い。

 

 そして、それを追う立場にあるザフトのカーペンタリア基地は、オーストラリアに建造されていた。

 親プラント国家の立場を取っている大洋州連合が提供した土地である。

 大洋州連合は、過去にプラント理事国家から外された経緯を持っていた為、戦争に乗じて、ザフトと密約し、事実上の援助をしていた。

 

 すべては、戦後の利益の為である。

 

 この戦争はナチュラルとコーディネイターの対立、というただ単純なものではなく、政治と経済の絡み合ったイス取りゲームでもあった。

 しかし、アークエンジェルにとっては、それは関係ない。

 

 

 地理的に、アークエンジェルにとっては現在の状況は有利と言えた。

 

 ザフトに南に追い込まれることなく、中立地帯スレスレを飛び、太平洋を無事に突っ切り、アラスカにある地球連合軍本部を目指す事。

 それだけが、今のアークエンジェルの目的であった。

 

 

-----------------------------------------------

 

 ダンテのオフィスはホンコンの高層ビルの一角、その上階にあった。

 そこから、彼は、白い巨体がゆっくりと海に流れていく様を見た。

 

 「……”アンディ”の船が出るか」

 コーヒーを啜るダンテ・ゴルディジャーニ。

 (入れ違いにサーペント・テイル商会が来るとは、ホンコンも休まる暇がないな)

 スケジュールに書かれた、新たな来客の予定を目にしたダンテは、僅かに口元をゆがめた。

 

 「しかし……アンドリューが来た矢先に、あのモビルスーツ騒ぎで、保護された最後のプログラム対象までもが脱走とはな……まあ、金持ちのジジイの所有物になっているよりは良いか?」

 

 

-----------------------------------------------

 

  別の高層ビルの一室で、ダンテと同様に、上層からアークエンジェルの出航を見つめる者たちがいた。

 ラクス・クラインとその側近。

 そして、ラクスの父、シーゲル・クラインである。

 シーゲルは簡素なスーツ姿で、ラクスは赤の上品なスーツドレスに着替えている。

 

 「……これが、お前が旅をして得た全データ、そして、もぎ取った交渉の結果か」

 「ええ」

 ラクスは微笑を浮べた。

 そして、ティーカップをもち上げると、徐々に海に出ていくアークエンンジェルの姿を、茶を飲みながら見つめた。

 シーゲルは、ちらりとその方向を見るも、すぐに手元のタブレット型のコンピュータ端末に視線を移した。

 「しかし……その”少年”の話が本当なら……」

 シーゲルが”アスラン”のデータを見て何かを言いかける。

 「……昔を思い出しますか?」

 ラクスが、続けた。 

 「そうだな」

 シーゲルは、幾つか保存されたアスランの写真を眺めた。

 

 自分の旧知の人物とはそれほど似ていなかった。

 母親似なのかもしれない。

 が、娘のラクスと並んで写った時のどこか不器用な笑顔は、彼とよく似ていた気がしていた。

 

 

 

 「……お前が紹介してくれた少年も、なかなか見どころがありそうだ。 彼、イザークとそのアスランが、私とウズミのようになればよいが……」

 「ええ……彼らの友情は戦後にこそ、輝くかもしれませんわね」

 「あまり物事の先を見すぎるものではないぞ、ラクス」 

 「うふふ」

 

 ラクスはお茶を飲み終えると、ティーカップをオルガ・サブナックに手渡した。

 「ユーラシアの方々に話はお通ししてあります……タリア・グラディス中将には残念ながら接触できませんでしたが」

 「あの局面では致し方ありませんわ、よくやってくれました」

 オルガはラクスに一礼した。

 「しかし、事が地球軍に有利に動きすぎている気もする」

 「……ええ、オーブも動きづらいですわね」

 シーゲルは一通り情報を見終えると、タブレット端末を机に置き、アークエンジェルを眺めた。

 

 

 「……さあ、お父様、アークエンジェルの戦闘を見られる機会となるかもしれませんわ?」

 「ふむ……」

 シーゲルは目を細めて、沖に向かうアークエンジェルをじっと追った。

 と、視界の片隅に妙なものが見えた気がした。

 

 (船が……?)

 アークエンジェルの進路に重ならないようにして、古い旅客船のような船が海に流れるのを、シーゲルは見つけていた。

 

------------------------------------------

 

 ――ボスゴロフ級潜水艦、クストーのブリッジ。

 指揮官であるジェラード・ガルシアがモニターに映るモビルスーツのデータをチェックをしている。

 「カーペンタリア経由でカオシュンの部隊に頭を下げ……揃えたモビルスーツはディンが3、グーンが6、そしてこのゾノ……これならば足つきを海に沈めることも出来る……!」

 ガルシアは、自らモビルスーツに乗り込む気でいた。

 これが最後のチャンスなのだ。

 失態を重ねていた自分が、この不快な重力の中、ナチュラルと戦うことも出来ず、日々哨戒任務に明け暮れ、無益に時間を浪費するのは苦痛でしかなかった。

 

 ザフトに自ら志願した身とはいえ、プラント本国には残してきた研究もある、家族もいる。

 一刻も早く功績をあげ無ければならなかった。

 

 「私が死ぬ事は無い、私は”不死身のガルシア”なのだ……!」

 

 元々薄毛だった頭を剃り上げているのは、彼がザフトに参加すると決めたことの”けじめ”だった。

 ナチュラル的と、同胞から言われるかもしれなかったが、ガルシアはジンクスというものを信じていた。

 

 所詮、人間がすることである、最もの不覚的要素は精神的動揺にあると知っていた。

 故に自身の能力の不足からくる失敗はあったとしても、最善を尽くし、次につなげる方法を取れる事。

 それが自身を信じる事であり、ガルシアの哲学であり、そうした不屈の精神が、ザフトという組織の窓際に追い込まれた者たちに、妙な人望を与えるところでもあった。

 それゆえ、カオシュンの膠着から空いたモビルスーツとパイロットの補充を十二分に受けることが出来たのだ。

 温存していたモビルスーツも出し、後の始末も考えず、全ての戦力を出し切るつもりでいる。

 

 「へっ、今度は俺も本気で行きまさぁ……俺はディンの方が得意でしてね……」

 ブリーフィングルームからバルサム・アーレンドが言ってきた。

 おめおめと逃げ帰ってきたというのに調子のいい男だ、とガルシアは思ったが、後がないのはこの男も一緒だった。

 「失敗は許されんぞバルサム! その蒼雷(サンダーインパルス)の名、しくじれば二度と名乗れんと知れい!」

 「へっ、へい!」

 

 狙いは、ホンコン・シティの領海ギリギリ。

 小細工無しの短期決戦である。

 

 「――隊長、ネオ・ロアノーク隊から合流の要請と、攻撃を支援するという電文が入っておりますが」

 ガルシアの副官であり艦長であるビダルフが言った。

 

 「無視しろ、合流なんぞ待っていられるか! ネオ・ロアノークはホンコンでひと騒ぎ起こしたらしいからな、フン、その埋め合わせに使われてたまるか、なあに、直ぐには追いつけんだろう……やつらにも手出しはさせんさ!」

 

 ガルシアが短期決戦を部隊に強いたのは、ネオ・ロアノーク部隊をなんとしても介入させないという、強い思惑もあった。

 

 「それから隊長、ホンコンの船が、足つきの後ろに二隻ついてきているようです、一隻は不明ですが、もう一隻は海上警備の船の様です……戦闘はメデイァに中継される可能性があります、世論を考えると、本国に後で何と言われるか……」

 ビダルフはもう一つ、懸念していた事を言った。

 「ふん、構わん、今更地球の世論がどうともあるまい、むしろプラントにいる連中と地球のナチュラルに見せてやるさ、足つきの堕ちる所を」

 

 

---------------------------

 

 

 アークエンジェルが出航する少し前に、兄妹の乗る旅客船は、予定を急遽早めて出航した。

 昨日のテロ――フィーニス・ソキウスが自爆した件を受けて、乗客が騒ぎを始めたからだ。

 

 その船籍は地球連合国で、乗客の多くは富裕層や知識人だった。

 香港で滞在が望めないとわかると、彼らは、復興の始まりつつあった大西洋連邦の都市に移動を始めよう、ということになったのである。

 この船はそうした乗客たちのニーズに答えて、準備が進められていたモノだった。

 

 不安がる妹に寄り添う兄が、水平線を眺めている。

 二人にとって、戦争が身近に感じられるようになったのは最近だ。

 

 少し前まで、コロニーに居たのだが――戦況の悪化から、地球に降りてきたのだ。

 

 人口増加による各国の移民政策を受けて、地球に住めるのはその土地に土着した生活を望む人か、一部の富裕層、特権階級の人々が多かった。

 

 地球の都市に住むより、宇宙に住んだ方が税金も安く、仕事も多く、閉じたその世界の中は戦争でもなければ、地球での出身国の文化や、人種的な問題は別として、コーディネイターとナチュラルの軋轢に悩まされる事は無かった。

 

 しかし、ヘリオポリス崩壊を受けて事態は変わった。

 技術者であった少年の両親は地球軍にその技術を買われて――いつビームが飛んでくるかわからない宇宙から地球に降りることにしたのだ。

 

 だが、そこでまた、両親と自分たちは各地をたらいまわしにされることになった。

 彼の両親は些か後悔していた。

 子供達の為を思って、地球に来たのに、と。

 が、子供たちにとっては、多少の恐怖はあるものの、地球という土地を船で廻れること自体は苦しくなかった。

 両親と一緒で、比較的安全な地域を転々としていたから、ではあったが。

 

 

 「あ、こんなところにいた」

 「あ……」

 赤い髪に少し毛を逆立てた少女が、少年の袖を引いた。

 「この船に乗れるのは、ウチの父さんのおかげなんだから、感謝してよね?」

 少しお姉さんぶって笑うその幼馴染の少女の態度は、いつも少年をムッとさせた。

 だが、少女は、その少年の態度が可愛くてついやってしまう。

 

 「……ね、向こうに言ったら、また一緒の学校にいくのよね?」

 「でも、無事に行けるかわからないだろ」

 「そんなこといって、戦争で死ぬのなんて、アタシいやよ」

 「だって、地球連合だって、勝てるかわからないし」

 「――知らないの? 地球連合はモビルスーツを開発したのよ! 赤いモビルスーツで、ザフトのエースパイロットをみんなやっつけちゃったんだから」

 赤色が好きな少女はモビルスーツをヒーローのように語る。

 戦争はヒーローごっこじゃないのにと、少年は思ったが、この口うるさい幼馴染の気を逆立てたくないと思う程度には少年は成長していた。

 

 「ねえ……さっき、見慣れない子供が船に乗っていたの、いこ? ……マユちゃんも一緒に?」

 「うん、お姉ちゃん」

 「……マユ! 父さんたちを待ってようよ」

 少年は、父の言いつけを素直に守ろうとした。

 いい子なのだ。

 「ふふ、決まりね」

 だが、赤毛の少女は妹を連れて行ってしまおうとする。

 「ま、待てよマユ! ……ルナマリア!」

 「置いていくわよーシン?」

 

 三人の少年少女たちは、船室の奥へと向かった。

 

---------------------------

 

 「……目標補足、連合の足つきだ……ビダルフ! クストーに火を入れろ! ワシがゾノで先に仕掛ける! 一気に仕留めるぞ」

 

 ジェラード・ガルシアがゾノのコクピットの中で叫ぶ。

 クストーのドライチューブに、注水が始まり、水圧への調整が始まった。

 「……ネオ・ロアノークに見せつけてやる、”不死身のガルシア”の戦いを!」

 抵抗を減らす為、わずかな角度で開いた出撃カタパルトから、モビルスーツ、ゾノが出撃した。

 

 その姿は手の生えた緑色の球体、とでも言うべき姿で、イカのような姿をしたグーンとはまた違った意味での異様を見せていた。

 長い手の先には鋭いクロー、そして球体のトップには、申し訳程度に頭部と言えるものが付いており、そこにはジンにも付いている、各種アンテナデバイスを満載したトサカと――そして不気味に光るモノアイが輝いていた。

 それは、両生類のような、半魚人――もしくは、こう言ったほうが、多くの人間には伝わるかもしれないだろう「海の怪物」と。

 

 

 

---------- 

  

 「何!? ソナーに反応だと? 確かか!?」

 バルトフェルドがあまりに急な攻撃に声を上げた。

 ガルシアの強引ともいえる作戦は、ひとまずバルトフェルドらアークエンジェルクルーを驚かせることには成功していた。

 「なんとまあ、非武装地域を抜けた途端にとはね」

 「引き返したいところですね」

 ダコスタが笑った。

 最近バルトフェルドに言動が似てきた。

 無論、冗談である。

 引き返したところで、自体は解決するわけではない、いずれ戦闘は避けられぬ事は明白であった。

 

 それに、ホンコンはありとあらゆる勢力を受け入れる土地であるが故、ルールは厳しく定められていた。

 滞在許可時間を破り、さらには敵を引き連れて逃げ込んだアークエンジェルがどうなるか、恐らくは敵に敗れたほうがマシな程の面倒事が待っているだろう。

 

 

 

 「総員、第一戦闘配備!」

 「繰り返ス! 総員、第一戦闘配備!」

 

 バルトフェルドが号令を出し、アイシャがそれを復唱した。

 

 

 号令を聞いたアスランが船室から飛び出て、パイロットルームへと向かう。

 「……アスラン!」

 途中、イザーク達と鉢合わせる。

 「頼むぞ、アスラン」

 「僕たちも頑張りますから!」

 イザークとニコルが、アスランに笑顔で言う。

 

 「ああ、任せてくれ」

 アスランは頷いた。

 そして、頬を撫でる。

 ラクスに別れのキスをしてもらった所だ。

   

 ラクスの言葉は、アスランの中でまだ生きていた。

 (彼女が、ニコルやディアッカの国の姫なら……無関係ではないか……)

 そんな愚にもつかないことを思って、自分を奮い立たせていた。

  

 

 

 一方アークエンジェルのブリッジでは、

 「数は分かるか!」

 「これは……音紋照合……グーン6、不明機1!!」

 「空中からもモビルスーツ接近……ザフトの飛行型モビルスーツ、ディンです!!」

 「魚雷の接近も確認! 恐らくはボスゴロフ級です!」

 カークウッドとメイラムが叫ぶ。

 「なんという大部隊で……! ……イージスはD型(Depth)で出せ!  魚雷の第一波を迎撃したのち、アークエンジェルは浮上! クルーゼのスカイディフェンサーと共に、ディンを迎え撃つぞ!」

 

 

 CIC室のアイシャは、バルトフェルドの命令通りに、発射された魚雷の第一波を、同じく魚雷で打ち落とした。

 しかし、その後つづく第二波、第三波に、前回と同じく、魚雷ではない物体を見つけた。

 ――水中用モビルスーツ、グーンである。

 更に、今回はその中に、一際加速をつけて接近する物体もあった。

 

 「アスラン・ザラ、気を付けテ、特別な敵がイルワ!」 

 

 

----------------------

 

 

 

 「……ただいま、ホンコンの領海近くで、地球連合軍艦と、ザフト軍との戦闘が開始された模様です……ニュースは引き続き、こちらの情報をお伝えします」

 ホンコンのケーブル・テレビジョンはレーザー中継された海戦の様子を映していた。

 

 アークエンジェルの後方を船で追跡していたホンコンの自治組織が流す公営放送である。

 恐らくはドローンを使って撮影されているからか、画質はそこまで良くなかったが、その白い巨体は紛れもなくアークエンジェルであった。

 

 「モビルスーツの姿は見えんな」

 「恐らく、海中で戦っているのでしょう」

 「ふむ……」

 ラクス・クラインとシーゲル・クラインがテレビを見て言った。

 「うふふ、アークエンジェルはいいから、イージスの活躍を見せてほしいものですわね」

 ラクスが冗談めかして笑った。

 

 

------------------

 

 

 (アスラン……)

 ボスゴロフの艦内でも、ケーブルTV局とラインが繋がっている間は、ホンコンの放送を見ることが出来た。

 ブリーフィングルームに、ネオが特別に許可して、テレビの中継を映している。

 キラは戦闘の様子を黙って見つめている。

 いっそ、このまま沈んでくれたら――。

 しかし、

 「海坊主相手に――足つきが沈んでほしくはないかねぇ……」

 ネオは、こちらの電文を無視し、単艦アークエンジェルに挑むガルシアの事を思い出し、苦笑してそう言った。

 そのような相手に、幾度も自分たちを退けた敵が負けては欲しくないのだ。

 

 「当然だぜ! ブリッツもバスターもようやく修理が終わったし、足つき落とすのは全員集合したロアノーク隊だ!」

 トールは、勇ましげに、片方の掌を、もう片方の拳でパチンと叩いた。

 

----------------------------- 

 

 

 「――ディアッカ」

 ディアッカの父、タッドエルスマンも、ホンコンのカフェで、市内用ポータブルテレビを見ながら、その様子を見守っていた。

 結局は息子は降りなかっただろうと、彼は思った。

 

 

-----------------------------

 

 「さてと……ラウ、見せてもらおうか、エンデュミオンの鷹の活躍ぶりとやらを」

 デュランダルもまた、自室の一つである、豪奢な中華風の一室で机につき、珍しくチェス盤を横にどけ、テレビから流れるアークエンジェルの映像を見つめた。

 

-----------------------------

 

 アークエンジェルからは、先ず、クルーゼのスカイ・ディフェンサーが発進された。

 白に赤のラインの入ったその戦闘機は、大きく上空を旋回すると、接近するディンの姿を見つけた。

 

 「恐らく、あのモビルスーツはまたレーザーの照射係だな……本命はミサイルか……」

 クルーゼは、その敵モビルスーツの数から、これが敵部隊にとっての決戦であることを悟っていた。

 恐らく、飛来するミサイルの数も前回の比ではないだろう。

 

 弾薬以外の物資の補給はホンコンである程度出来たものの、アークエンジェルは天国(ニェーボ)で仮修理を受けただけの状態なのだ。

 宇宙からシベリアに至るまでの戦闘のダメージは、残っていた。

 集中砲火に晒されれば、アークエンジェルは持つだろうか?

 

 と、ディンがアークエンジェルに接近すると同時に、敵艦からミサイルが発射されたという信号がキャッチされた。

 「発射位置から敵艦の位置が推測できたか……?」

 

 クルーゼはディンに牽制のビーム砲を放つ。

 しかし、ディンはスカイディフェンサーから距離を取り、クルーゼと艦に近づき過ぎないようにした。

 敵は逃げ回りつつ、レーザー照射を行っているため、埒が明かない。

 

 ならば、とクルーゼが敵母艦へ攻撃を加えようと反転したところ――コクピットのアラートが、直下の海上からの攻撃を教えた。

 

 

 浮上してきたディンが、スカイ・ディフェンサーに向けてミサイルを発射してきたのだ。

 「もうここまでグーンに近づかれたのか……!」

 今度は、クルーゼがグーンの攻撃と、ディンの牽制に回避一辺倒となる。

 

 「アスランは……!?」

 

 グーンを抑える筈のアスランの反応が近くには無い。

 隊長機らしき機体に、足止めされているようだった。

 

-----------------------------

 

 D型装備を付け、モビルアーマー形態となったイージスは潜水艦のように海中を進んだ。

 と……。

 

 「グーンより早い……!」

 接敵する敵の中に、ひときわ早い反応があるのを見つけた。

 

 「――イージスか、アイツはワシがやる! グーン隊は、全機、アークエンジェルを狙えッ!」

 ガルシアの水中用モビルスーツ、ゾノがその巨体を以てイージスに突っ込んだ。

 

 

 ゾノは、イージスよりも一回り大きく、その全体が水圧に耐える為の重装甲となっていた。

 そのゾノが、水中を全速で突っ込んでる様は、まるで鉄球投げのハンマーが近づいてくるようだった。

 

 「迂闊なッ!」

 だが、アスランは動じず、イージスの脚部を展開させて、スキュラを構えた。

 

 「ぬはは! やって見せろ!」

 イージスはスキュラ――フォノン・メーザーに変換された砲を放つが、水中のゾノの機動は思う以上に素早く、命中しなかった。

 「チィッ!」

 アスランが舌打ちすると、ガルシアのゾノはそのまま構わずイージスへ突っ込んだ。

 「なら!」

 アスランもまた、エンジンを吹かしてゾノに突っ込む。

 

 ガッ!!

 巨大な”掌”と言った様子のモビルアーマー形態のイージスが、ゾノをアームで捕まえると、放たれたハンマーを、手で受け止めるような構図になった。

 

 ズゴゴゴ!!

 凄まじい振動が、両者のコクピットを襲う。

 「うっ……! なんてパワーだ!」

 「イージスめ、水中でスモーを取る気かァ!?」

 ゾノの推力を、何とか受け止め殺したイージスは、ゾノを掴んだまま、一撃必殺の砲、スキュラを放とうとする――ゾノは逃げられない。

 だが、

 「その武器がチャージするまでには数秒掛かる……!」

 と、ゾノはその長い手を伸ばし、イージスの胴に向け――。

 「しまった!?」

 気付いたアスランが、ゾノを解き放つが遅かった。

 ゾノの掌にはフォノン・メーザー砲が搭載されていた。

 捕まえたつもりが、捕まえられていたのだ。

 

 フォノン・メーザーが砲がイージスに命中した。

 PS装甲にもある程度の効果があるようだった。

 被弾した個所のチェックをすると、装甲の破砕迄は行ってないようだが、スラスター部にかなりのダメージを受けてしまったようだ。

 「くそっ!」

 

 モビルアーマー形態では仕留められない敵だと悟ったアスランは、イージスをヒト型に戻す。

 イージスは、格闘用のクローを展開した。

 ――水中ではビーム・サーベルは使えなかった。

 水中ではビームは著しく減衰してしまう他、ビームのプラズマが水と触れると激しい水蒸気爆発を起こした。

 下手をすれば、ビームサーベルの発振機側を、負荷で故障させてしまう可能性もあった。

 (しかし、あの巨体をこのクローで仕留められるだろうか……)

 

 既に、アークエンジェルと距離が生まれている。

 アスランはじりじりと艦から引き離され、少しばかりの焦りが生まれていた。

 

----------------------------

 

 

 「回避しつつロール20、ダコスタ!」

 「やりますよ!」

 「バリアントを展開! グーンを近づけるな!」

 

 バルトフェルドが檄を飛ばす。

 「底部、イーゲルシュテルン起動! ……ンッ!?」

 アークエンジェルが揺れた。

 いかせん、グーンの数が多かった

 グーンのミサイルは、イーゲルシュテルン、底部大型バルカン砲の迎撃を掻い潜って、アークエンジェルに命中した。

 「CIC、グーンに集中砲火……!」

 「ダメよ、アンディ! 敵艦からのミサイルもクルワ!」

 「……くっ! ディンを何とかしなければ、どうにもならんか!」

 

 敵の空中戦用モビルスーツ、ディンは飛行形態をとりながら、アークエンジェルに対してレーザー照射を行っていた。

 その照射めがけて、母艦であるクストーから放たれたミサイルが向かう、というわけである。

 

 「NジャマーのECM、EP最大強度! レーザーへのジャミングも出せ!」

 バルトフェルドはCICのイザークに向けて言った。

 「やってますッ!」

 必死に操作をするイザークが怒鳴って返した。

 「落ち着いてイザーク!」

 「っ……すまん、フレイ」

 フレイも今は、CIC席の一席に座って、艦の仕事を補佐するまでになっていた。

 シベリアではイザークがジン・タンクに乗っていた為、その代わりを務めていたからだ。

 

 イザークが操作したECMとは、Electronic Counter Measuresの略で、要するに敵への電子妨害である。

 敵軍のレーダーや電子兵器を妨害し、通信や誘導を阻害するのが目的だった。

 レーダー照射は完全には防げないだろうが、敵軍のモビルスーツと艦の連携をある程度は阻害することは出来るはずだった。

 

 「……クルーゼは何をやっているか!」 

 しかし、それも今の状況では時間稼ぎにしかならない、バルトフェルドは叫んだ。

 

 

  

 ――クルーゼは、ディンに対して先ほどから攻撃を仕掛けていたが、ディンの側は、ただひたすら回避に専念していた。

 

 その中、一際動きの速い、”蒼い”ディンが、クルーゼを必死に翻弄していた。

 

 「――ち、ECMがきつくて、クストーとの連携が厳しい……! だが、俺だってザフトだ、与えられた任務くらいやってみせらぁ!」

 

 バルサム・アーレンド用にチューン・ナップされたディンだ。

 

 「シューマッハ! ハイネル! ミサイルを誘導し続けるんだ!」

 この作戦の肝は、母艦とグーン隊の攻撃であった。

 本当は自身で功を立てたいバルサムであったが、勝つためには手段を選ばないガルシアの気迫に従った。

 「へ……! ホンコンのテレビに映ってるんだろう! 蒼雷(サンダーインパルス)がエンデュミオンの鷹を手玉に取る所、見せてやるよ……!」

 バルサムが、牽制にライフルを放つ。

 

 落ちなければいいのだ、クルーゼにとっては、不利な戦いである。

 

 

 結果、キャプテンシートのバルトフェルドも変わらず、対応に追われることになった。

 

 「……これだけのミサイルを撃ってきているということは、敵艦は、海上に浮上して、ディンの情報を受け取っている可能性が高いな」

 「発射角から、敵の艦の大まかな位置は割り出しておりますが!」

 「こちらも長距離ミサイルで、敵艦を攻撃、いや牽制だけでもできれば……! バリアント……角度を付けて撃て! ウォンバット装填!」

 バルトフェルドが呻いた。

 「そうだ……もう一機、スカイディフェンサーが……!」

 イザークが思いついたように言った。

 アークエンジェル隊は、ニェーボで、もう一機、補充のスカイ・ディフェンサーを受領していた。

 「パイロットがいないだろう……!」

 「こ、このまま沈むくらいなら!」

 と、挙手する者がいた、ニコルだ。

 

 「ディ、ディフェンサーの操縦系統を以前に拝見しましたが、エアプレーンのライセンスがあるボクでも出来ます! アスランと飛空形態のイージスに乗ったこともありますし! 敵艦を見つけて、レーザー照射をするなら……!」

 「じょ、冗談だろ、ニコル!!」

 ディアッカが絶叫した。

 イザークも、CIC席で、火器をチェックしながらも絶句している。

 

 「……グーンの数も多い! この火線の中、素人パイロットを出すなんて、あり得ん! アマルフィ二等兵は引き続き、コ・パイロットとしてダコスタの補佐を!」

 「……でも!」

 

 ――再度、アークエンジェルの底部にグーンのミサイルが被弾した。

 大きくブリッジが揺れる。

 

 「うう……っ!」

 ニコルは押し黙って、そのまま操舵補佐をつづけた。

 

 

--------------------------------------

 

 

 「フハハ! どうだイージス! ゾノの性能は!」

 ゾノが鉤爪を付いた腕を振り回すと、イージスはそれをシールドで防いだ。

 が、その力は凄まじく、イージスは海中を吹き飛ばされた。

 「なんてパワーだ……!」

 

 アスランのイージスは手を前に翳した。

 イージス・プラスへの改修を受けた際に、人で言う袖口の所に、グレネードの発射機構が追加されていた。

 「これならッ!!」

 「ぬぅっ!?」

 グレネード射出口から放たれたのは魚雷だった――真っすぐ、ゾノに向って命中――したが、肩の装甲をゆがめただけで、ゾノを落とすには至らなかった。

 

 「なるほど、そういう武器も用意していたのか! だが残念だったな!」

 ゾノも同様に魚雷を発射した。

 ゾノは首のまわりに、ぐるりと囲むようにしてミサイル発射口が設置されている。

 533mmの6連装魚雷発射管が左右に一つずつである。

 12発の魚雷を同時に発射できるものであった。

 「チッ!」

 しかし、動揺せず、巧みにゾノの魚雷を避けるイージス。

 

 (いけるか……!?)

 アスランは再度、接近してきたゾノに、クローで斬りかかる――しかし。

 ガッ! 装甲に少し突き刺さるだけで、ゾノの致命傷には至らない。

 

 イージスは、再度大きくクローをゾノに振りかざした、しかし、クローは肩部装甲を少し切り裂いただけで弾き返された。

 

 (パワーと装甲……厄介な!) 

 

 とアスランが苦戦しているところに……。

 

 「なんだ、増援!?」

 

 アスランは、イージスの高性能レーダーに反応するものを見つけた。

 それはモビルスーツではなく、巨大な影――船だった。

 

 ――その海域の戦闘で、イージスとアスランだけがその存在に気が付いていた。

 

 ECMが過剰に展開された海上戦の為、接近に誰も気が付かなかったのと、イージスの指揮官機としての、性能が故であった。

 

 「ハッハッハ!! 終りだ……落ちろ、イージス!」

 ガルシアが、高笑いをあげて、トドメを刺そうと、大量のミサイルを放った。

 ミサイルで動きを止めた後は、必殺のフォノン・メーザー砲でとどめを刺す……!

 

 

 「――まずい!」 

 

 

 イージスは、発射されたミサイルを見ると、盾を構えて、水中を急いだ。

 

 

-------------------------------------

 

 

 

 

 ――海を往く民間の渡航船。

 

 

 「ねえ、貴女?」

 「ヒッ……!」

 

 倉庫の一角に、その子供はいた。

 少女――ルナマリアが、その女の子に近づく。

 ……と、

 「お願い! ぶたないで!!」

 女の子は涙目で懇願した。

 

 「ぶたないで……って……」

 そんなことしないわよ、とルナマリアが言った。

 

 「綺麗な服着ているけど……貴方もしかして、密航者?」

 密航者、と聞いて、マユがおびえた様子になる。

 その兄であるシンは、どうしたものかと思いながらも、涙を浮かべる少女にそっと近づいた。

 

 「……なあ、君何処から来たんだ? もしかしてホンコンから乗ってきたの?」

 シンは、少女に尋ねた。

 「密航者だったら、この子どうなるの?」

 「さあ……」

 今度はルナマリアが、心配げにシンに聞いた。

 CE70年代におけるホンコンは、戦争犯罪者が逃げ込む中継点にも使われていた為、密航という話は子供たちの耳にも珍しいものではなかった。

 

 自分たちと同じくらいの子供が、そうであっても、だ。

 コーディネイターであれば、話は別である。

 

 「……まあでも、安心なさい、ウチのお父さんは偉い人だし、この船の出資者でもあるから、悪くしないわよ?」

 ルナマリアのホーク家はそれなりの資産家であった。

 この戦争で儲けた企業複合体の傘下に加わっており、彼女の父親も軍需産業でかなりの高い地位にいると、シンは聞いている。

 

 

 「と、とりあえず行こうよ……もう船は出ちゃってるしさ……こんな寒い所いないで」

 シンは微笑んで言った。

 そして、ルナマリアも、彼女の手を取ろうとする。

 

 さらに……。

 「いこっ!」

 と、怯えていたはずのマユが、優しく彼女の手を取った。 

 不安げな視線を浮かべる彼女を放っておけなくなったのだ。

 「……うん」

 少女は、マユにそっと返事を返した。

 笑顔で、さらに返すマユ。

 

 と……。

 

 

 ウウウウー!!

 

 サイレンが、船の中に鳴り響いた。

 驚いた少年たちが、倉庫から、甲板へと向かう。

 

 

 「戦争だ……!」

 シンが言った。

 

 デッキには大勢の人々が集まり、悲鳴をあげていた。

 「なんでこんな近くまで……!?」

 「気が付かなかったのか!」

 

 遥か遠方には、空中に浮かぶ巨体が――アークエンジェルだった。

 周囲に爆発が起きており、戦闘行為が行われているのを示していた。

 

 船員に、富裕層に見える乗客たちが詰め寄っている。

 「さっきから大規模な通信妨害が出ていたようで……いつの間にか接近していたらしく!」

 船員も、状況を良く把握していないのか、そんな事を叫んだ。

  

 「出発を急がせたせいか……!?」

 「ホンコンにも、連合にも見逃してもらっているのだ、こっそり進めばこうにもなるさ!」

 「引き返さないと!!」

 「出来るかよ、今引き返したらビザも、立場も……」

 

 また、アークエンジェルとは別に、これも遥かに離れた海上であるが、水平線には別の船が見える。

 

 「あれ、ホンコン自治政府の船だぞ!」

 双眼鏡を覗いた男性が言うと、乗客たちはその方向を見て不安の声をあげた。

 「マズイな、メディア用のドローンも飛ばしている……!」

 「高い金を払って、逃げ出した事がバレるのか……」

 

 船内には落ち着くようにと、アナウンスが流れた。

 乗客たちは、不安を押し殺し、渋々船内に戻る。

 

 

 船長室では、船長が乗客たちからのクレームの対応に追われていた。

 「急げって言ったのはそっちでしょうに……!」

 船長は、乗客たちの勝手な言い分に苦言を吐いていた。 

 「連合の強いている渡航禁止令を裏で抜け道したのは……」

 

 

 戦時中、人の流れをコントロールする為、民間船の渡航も厳しくコントロールされた。

 しかし、富裕層の間では、少しでも安全な場所を求めて、その抜け道を行くことはざらにあった。

 この船はそういった人々の船であったのだ。

 

 「……戦闘には巻き込まれるな、ホンコンの船には近づくな……そんな無茶な……!!」

 ホンコンのメディアに自分たちが撮影されるのは嫌なのだと分かったが、その為に船が戦闘に巻き込まれて良いものか……。

 

 そんな葛藤が、民間の渡航船の進路を惑わせ、立ち往生させていた。

 

  

 

 

 

 少年、シンもまた船室に戻ろうとしたが、何かに気が付く。

 マユが、妹がいないのだ。

 「マユ!?」

 と、デッキの片隅に、足をすくませたマユの姿が――。

 彼女は以前に、間近で爆発を見たことがあるせいか、戦火に対して非常に敏感なのだ。

 

 シンはマユの元に走り、手を取る。

 

 と……。

 

 ドゥオオーーン!!

 

 あたりに轟音が鳴り響く。 

 

 「うわあっ!?」

 思わずシンも、その音に、心臓を揺さぶられた感覚に陥った。

 「シン!!」

 ルナマリアも、そんな兄妹の様子に気が付いた。

 シンと、マユにルナマリアも駆け寄る――。

 

 

 ――と、海が膨らみ、炸裂した。

 海中で、ゾノの放った魚雷の流れ弾が暴発したとは、シン達は知らない。

 

 

 

 ドオオオオン!!

 轟音と水しぶきが、三人を襲った。

 

 「あ、ああ……!」

 マユはその音にさらに竦み、茫然自失となっていた。

 

 「おにいちゃ…‥‥!」

 「マユ!」

 シンはその妹の姿に、自分を奮い立たせた。

 妹を、自分が守らねば誰が守るというのだ。

 

 「ルナ、マユ! 行くよ! 船の中に隠れるんだ!」

 

 

 

 

 ――と、その時である、海上に巨大な影が……!

 

 

 

 

------------------------------------------------

 

 

 「……どうやら、苦戦しているようだな、アークエンジェルは」

 「そう、見えますかしら?」

 「ふむ……?」

  

 テレビ中継を見るシーゲルと、ラクス。

 

 ――とその時、画面に何かが映る。

 

 「――船籍不明ですが、どうやら民間船のようです! どうしてこんなところに!!」

  

 ホンコンのメディアが、撮影用ドローンの望遠を一杯にして、ある船を映し出した。

 どうやら、渡航船のようである。

 

 「こんなタイミングに、こんなところにいるとは……密航ではないにせよ、金で特権階級に買われた渡航船か……!」

 シーゲルがその正体に気が付く。

 

 「ええい、早く逃げないか……!」

 命より惜しいものはない筈だ、とシーゲルは思う。

 ラクスは黙ってそれを見つめた。

 

 と、民間船の近くで爆発が起きた。

 民間船を狙ったものではないが、流れ弾であろう。

 このままでは巻き込まれるのは時間の問題だ……。

 

 

 すると、海上に、何かが現れた。

 

 「これは……!」

 シーゲルが息をのんだ。

 

 

 それは、赤い、真紅のモビルスーツであった。

 

 

 そして――。

 ドドドドドドドド!!

 

 盾を構えた、モビルスーツが、何かの攻撃を受けた。

 その様子は、さながらそのモビルスーツが民間船を守ったかのようだった。

 

 「おお……!」

 「うふ……流石ですわね、アスラン」

 

 ラクスは笑顔でその様子を見た。

 

 

 

------------------------------------------------

 

 「あ……あ……」

 

 

 船上のシンは、絶句してその様子を見た。

 

 激しい攻撃を――その巨体は遮ってくれた。

 

 (守った……赤いモビルスーツが……!?)

 

 

 ――フェイズシフト装甲の防御力を頼りに、アスランが行った咄嗟の判断だった。

 

 

 

 「――紅いモビルスーツ……!」

 ルナマリアが、叫んだ。

 『そこの民間船、早く移動を!』

 アスランは思わず、通信をオープンにして叫んだ。

 

 「――ああ!」

 

 シンは、再び海中に戻っていくイージスをじっと見ていた。 

 

 

 

 ――そして、一方、

 「ガルシア隊長! 何が!?」

 イージスを引き留めていたはずが、急に反応と動きを止めたガルシアのゾノ。

 それを案じた、バルサムのディンから通信が入る。

 「民間船が居たのか……!? イージスが、守った!? まるで、ワシが攻撃したみたいじゃないか……!?」

 「隊長……!?」

 様子のわからないバルサムには、ガルシアが突然意味不明な事を言い出したように聞こえた。

 「わ、ワシを悪役にしたのか……!? 許せん、許せん!! イージス!!」

 

 アスランのイージスは、モビルアーマー形態に変形すると、ゾノを民間船から引き離すようにおびき寄せた。

 先刻のことで冷静さを少し欠いたガルシアはそれに乗った。

 

 

 「――ケリをつけてくれるわ!」

 ゾノが、再びアスランに襲い掛かる。

 

 「ち、コイツ――!」

 アスランは、モビルスーツ形態にしたイージスで、ゾノと組み合った。

 

 ――至近距離で、フェイズシフト装甲を頼りに、グレネードを放つ!

 

 アスランは、そう、判断した。

 「甘いわ!」

 グレネードを撃とうとした、イージスの片腕を、ゾノの腕が掴んだ。

 「チィッ!?」

 そして、もう片方のゾノの腕が、イージスの頭部を捕えた。

 

 「いくら、装甲が固かろうと、メインカメラとコンピュータを潰してくれる!!」

 

 ザフト内には、当然、奪取した連合のG兵器のデータが共有されていた。

 そのためにガルシアは、イージスの頭部に、メインとなるカメラとコンピュータが搭載されていることを知っていた。

 ここを潰せば、戦闘力の大半を奪うことが出来るのだ。

 

 連合の技術者は、人体の中でも最も安定した個所であろう頭部に、機能の中枢を集めたのだろうとガルシアは想像した。 

 

 

 

 「なんだと!?」

 アスランが叫んだ。

 ゾノの鋭い爪が、イージスの頭に食い込み、カメラのレンズに突き刺さろうとした。

 

 その様子が、まるで自身の頭を掴まれたかのような映像になって、アスランのいるコクピットのディスプレイにも流される。

 きしむ音が、コクピットにまで伝わってくるようだった。

 幾つかのアラートも鳴り響いている――。

 

 「ええい、くそっ! ……このまま、じゃカメラが――そうか!!」

 アスランは、何かに気付く。

 メイン・カメラはフェイズシフト装甲に包まれておらず、さらに潰されては、戦いどころではなくなる――ならば。

 

 「トゥオオオーー!!」

 

 ――敵も同じことだ!

 

 アスランは、掴まれてない側のイージスの腕に、戦闘用クローを展開させると、分厚い装甲に覆われていない、ゾノのモノアイめがけてそれを突き刺した。

 

 

 「なんだとっ!?」

 

 

 逆に自分のメインカメラがやられたことでパニックになるガルシア。

 思わず、イージスを離し、距離を取ってしまう。

 

 「いまだ!」

 アスランは、D型装備を起動させ、イージスをモビルアーマー形態に変形させた。

 

 「これで終わらせるっ!!」

 アスランは、モビルアーマー形態でゾノに組み付いた。

 フォノン・メーザー砲に変換されたスキュラをフル出力でゾノに放つ……。

 

 

 「ぬ、ぬあああああ!!」

 

 ゾノの半身を大きく抉る様に、メーザー砲が放たれた。

 ――そして、残骸となったゾノを捨て置いて、アスランは、アークエンジェルの元へ向かった。

 

 

 

 

----------------------------------

 

 

 「隊長のゾノがやられたのか!?」

 「ひるむな、まだイージスが合流するまでいくらか時間はある! 攻撃を続けろ!」

 アークエンジェルに攻撃を続けるガルシア隊のグーンと、ディン。

 

 

 「アスランが隊長機をやったようだぜ!」

 一方、アークエンジェルのブリッジでは、ディアッカが皆に聞こえるように、その事実を告げた。

 

 

 「よし……アスランには急いで戻る様に伝えろ! ……くっ!?」

 喜びも束の間、また、ミサイルが命中した。

 前方ハッチの部分に、甚大な被害が出たようだ。

 

 「――くそっ上部の砲さえ使えれば!」

 CIC席のイザークが忌々し気に言った。

 底部のイーゲルシュテルンだけでは、火力が足りないのだ。

 

 「……上部の砲、そうか! ダコスタ! 艦を360度バレルロールさせろ!」

 「ええええええっ!?」

 

 と、バルトフェルドがとんでもない事を言い出した。

 アークエンジェルを上下反転させて、無理やり主砲であるゴットフリートを使おうというのである。

 空間戦闘ならば、有効な手段であるが――ここは地球の重力下である。

 「大丈夫だ、お前なら出来る! アマルフィ二等兵、サポートしてやってくれたまえ――エレガントに頼むぞ、ダコスタッ!」

 「無茶なあー! 知りませんよ!」

 ダコスタは悲鳴を上げてベルトを締めた。

 

 「アイシャ、仕留めろよ!」

 「リョウカイ♥」 

 

 アイシャは、この男のこういうところが好きなのだ。

 

 

 

 

 「本艦はこれより、360度バレルロールを行う。総員、衝撃に備えよ!」

 アークンジェル艦内にも、アナウンスが流れる。

 

 「なにぃいー!」

 ミゲルが慌てて工具箱に道具をしまい込むと、近くの身体が固定できる場所へと向かう。

 宇宙空間と違って、マジックテープやベルトでは役に立たたない。

 幸い、というよりは、必然、アークエンジェルは宇宙船なので、床や壁、天井に至るまで緩衝材が使われている。

 少しぶつけたくらいでは体を痛めないのだが……。

 

 

 「や……やだ……!」

 と、CIC席に座っていた、フレイが足元を抑えた。

 彼女は軍服のサイズが合わなかったので、私物のスカートをはいていたのだ。

 「ヒュー!?」

 ディアッカが思わず口笛を吹いた。

 

 「ディアッカー!」

 イザークが顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

  

 

--------------------------------

 

 

 

「あらあら! まあまあ! なんてこと!!」

 アークエンジェルが、上下逆さまになって砲を撃ったのを、ラクスは口元を抑えて驚いた。

 

 「まったく無茶苦茶だな……こんな戦い方」

 一緒にテレビを見ていたオールバックの青年、オルガが呆れたように笑って言った。

 

 「いや、これでいいんだ……」

 しかし、シーゲルは、そのアークエンジェルの柔軟な戦い方に、自分たちの国家が作り出した技術の使い方というものを、考えたようだった。

 

 

 

--------------------------------

 

 

 上下反転したアークエンジェルは、海面に向けてゴットフリートの照準を取ると、アイシャは接近した3機のグーンに一発でビーム砲を命中させた。

 

 

 

 「なっ!? ブリード! グーデリアン、ブーツホルツッ!!」

 仲間のグーンが、次々撃ち落された為に、バルサムが悲鳴をあげた。

 

 残るは、グーン3機、そして自分たちディンが3機である。 

 

 

 しかし――。

 

 

 「こちらグーン隊、イージスが……グワァッ!?」

 既に、グーン隊の元にはイージスが戻ってきていた。

 その水中での恐ろしさは、よく知っている。

 

 

「くそっ……!! まだだ……エンデュミオンの鷹だけでも……! 行くぞ! ハイネル! シューマッハ!!」

 バルサムの蒼いディンが、クルーゼのスカイ・ディフェンサーに迫る。

 

 温存していた、胸部の六連装ミサイルランチャーを三機同時に一斉射した。

 

 「フッ……! 次はそちらが追いかける番かね……! ならば!」

 クルーゼは、上昇すると、フレアを放ち、さらに水面ギリギリまで急降下した。

 「なにっ!?」

 バルサムが叫ぶ。

 いくつかのミサイルは、フレアに反応し、追尾を妨害され暴発。

 そして、残りのミサイルは――。

 

 「フッ」

 海面に激突し、暴発した。

 

 「な……バカな! うおおおおっ!」

 バルサムが、スカイ・ディフェンサーを追ってライフルを乱射した。

 モビルスーツと戦闘機のドッグ・ファイトである。

 しかし――。

 「回避した!?」

 クルーゼはバルサムのライフルを全弾かわすと、出来るだけ引き付け、反転する――そして、装備していた、イージス・プラスB型(Blaster)装備の一つ、長身のビーム砲「ビームスマートガン」を、バルサムのディンめがけて発射した。

 

 「なぁっ……!?」

 バルサムのディンはビームに貫かれていた。

 「うおおお!?」

 さらに、残りの二機も、直線上に並んでいたがために、クルーゼのビームに貫かれていた。

 

 

 

 

 

 

 そして――。

 

 

 

 「状況はどうなっている!?」

 「ぜ、全滅……文字通り、一機も残らぬ……!」

 「ばかな……!?」

 クストーのビダルフが、絶句した。

 

 さらに、オペレーターが絶望的な発言をする。

 「足つきの艦載機が接近しています!!」

 「……! 海中に潜り、この海域を離脱するぞ……!」

 「間に合いません!!」

 

 

 

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーは、クストーを見つけると、ビームスマートガンでそれを撃ち抜いた。

 

 

 

------------------------------

 

 

 「ほう、やるようになったな、ラウ」

 

 中継を見終えた、デュランダルは満足そうにその様子を見た。

 

 かなりの遠目であるが、クルーゼが一本のビームで、ディン三機を貫いたのを、デュランダルは確かに見た。

 

 「……勝利の栄光を君に!」

 わずかに酒が注がれたグラスを、デュランダルはこの場に居ない友の為に掲げた。

 

 

 

 

-----------------------------

 

 

 「先ごろ、戦闘が終了したと思われるホンコン・シティ領海の付近の海域ですが……ご覧ください! 連合の紅いモビルスーツが、民間船を押しています……救助しているのでしょうか!」

 

 

 

 イージスは、先ほど戦闘中に助けた連合の船を助けに戻っていた。

 エンジン部が故障したというので、バルトフェルドに許可を貰って、危険な海域に流れないように、ある程度の場所まで船を押してやった。

 

 そして、イージスと共に、水中にもぐったアスランは、得意の機械の知識を活かして、その故障を分析した。

 

 「機関部の故障は大したことなさそうだが、底に大きな歪みがあるな……」

 

 船に寄り掛かる形で、イージスは海から上がると、コクピットハッチを開けた。

 「先ごろ通信したイージスのパイロットです……故障の原因が分かりました」

 「ああ、私が通信を受けた船長です、本当に恩に着る……しかし、随分若く見えますな」

 「……なぜ、あんなところを?」

 船長の率直な感想を流すと、アスランは言った。

 「――この船は、本来渡航が禁じられている時間にわたっている船なのですよ、勿論合法に、手段を使ってね、軍隊さんならわかるしょ? いつものように内密に頼みます」

 「……」

 気が付けば、周囲は物珍しそうな視線でこちらを見つめる人々で溢れていた。

 

 恐らく、戦地から逃げ出すための特別な人たちの船なのだろう。

 「随分と若いな……」

 「あれ、オーブで開発されていた例の新兵器じゃ……?」

 「パイロットはコーディネイターって噂を軍の関係者から聞いたぞ……?」

 

 ひそひそと、アスランの姿を見て囁き合う人の姿も現れた。

 これ以上、アスランは関わり合いになりたくなかったので、修理の方法だけ船長に手短に伝えた。

 

 用を終えて、アスランが、船から離れようとしたところ、

 「あの……! ありがとうございました……!」

 一人の少女が、アスランに駆け寄ろうとした。

 マユだ。

 

 と、「おいやめろ!」と大人の一人が、マユを止めた。

 コーディネイターかもしれない、アスランを警戒してのことだろう。

 しかし、急に止められたため、マユは、手に持っていたあるものを落としてしまう。

 

 「マユの携帯!!」

 

 大事な物なのだろう、マユは慌ててそれを拾おうとした。

 その時、運悪く。

 

 グゥワッ!

 

 船が大きく揺れて傾いた。

 先ほど見つけた――歪みのせいか――アスランはそう思った。

 そして、続けて思った、今こちらに向っていた少女は?

 

 「あっ――」

 

 マユの身体が、滑って、デッキを転がった。

 そして――海に――。

 

 

 「マユッ!」

 シンが、叫んだ。

 

 だが、マユの身体が海中に投げ出される事は無かった。 

 彼女の身体を受け止める者がいた。

 

 ――倉庫に居た、あの少女だ。

 

 

 彼女はマユの身体をデッキの端で受け止めると代わりに、その衝撃を受け止めた、半身を大きく跳ねさせて、海へと落ちて行った――。

 

 

 

 「ああっ!?」

 

 マユが目を見開いた。

 

 

 

 海に沈んでいく少女――泳げないのだろうか。

 

 と――。

 

 「ええい!」

 

 

 

 彼女を追って海に飛び込む姿――アスランだ。

 

 

 ノーマルスーツのアスランは、海に落ちた少女を拾い上げると、イージスのボディに設置されたフックを昇り、船の上まで戻った。

 船の揺れが段々収まると……アスランはバイザーを開けて、少女の顔を覗き込んだ。

 

 息はしている。

 

 「あなたは……」

 「無事かい?」

 アスランは優しく少女に微笑みかけた。

 よかった、生きている。

 

 

 「ああ……」

 少女は、安心したように、目を閉じた。

 

 

 

 アスランは、デッキに彼女を寝かせると、少女を心配してかけてきた船員や――先ほど携帯を落とした少女の知り合いと思われる、同じくらいの年の少年たちの方を見た。

 

 「あれが……モビルスーツのパイロット……!」

 「うん……!」

 憧れのまなざしを以て、シンとマユと、ルナマリアはアスランを見た。

 

 

 

 

 「……」

 その視線に戸惑いを覚えたアスランは、イージスのコクピットに戻っていった。

 戦場で人助けなど、偽善と傲慢でしかない。

 アスランはそう思っていた。

 

 

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 「どうやら、海坊主、ダメだったみたいだな……」

 中継を見終えたネオが、キラに言った。

 

 「ええ……」

 

 「しかし、イージス、随分カッコイイ真似してくれたじゃないの、パっと見、ザフトが悪者よ、アレ? ……全く最期まで余計なことしてくれンなぁ海坊主さんは」

 アスランが民間船を庇った様子を、キラも見ていた。

 その姿に、少しだけ、決意が揺らぐ気がするキラ。

 彼は、変わっていないのだろう。

 

 だが……。

 

 「というわけで、ロアノーク隊が、正式にアークエンジェル討伐隊の任につく、何としても、アラスカに奴らをたどり着かせるわけにはいかん」

 

 キラは、ネオを見た。

 そして、サイを。

 

 「あ……」

 キズ付いたその姿に、またキラは、ある人の面影を重ねる。

 

 

 そしてまた、ここにいないカズイを、アフメドを、多くの同胞を瞼の裏に重ねる。

 

 「……了解しました!」

 

 キラは、力強く頷き、敬礼した。

 

 

------------------------------------------

 

 

 

 

 「ぬっ……う……」

 海上までは何とか酸素がもってくれた。

 水圧が心配だったが、脱出パックが無事だったのは大きかった。

 

 救命ボートを広げると、その場に寝転がる。

 「ああ……さすが、このワシ、”不死身のガルシア”よ」

 

 ガルシアは笑った。

 

 だが、彼には何も残されてなかった。

 

 「どうしよ……」

 

 

 広い太平洋の中、彼は取り残されていた――。

 

 

 

------------------------------------------

 

 

 「気が付いた?」

 疎開先に再び進みだした避難船は、落ち着きを取り戻していた。

 ルナマリアが、ベッドに横たわる少女に心配げに話しかけていた。

 

 「あなた、どこから来たの?」

 「……ホンコンの施設から」

 「ああ、じゃあ……」

 

 孤児か、何かが逃げてきたのかなと、ルナマリアは思った。

 

 「あの人は?」

 と少女は言った。

 「あの人?」

 「助けてくれた人――」

 「ああ、あのカッコイイパイロットね、行っちゃったわ、モビルスーツと一緒に、また会えないかな――」

 ルナマリアは頬を赤らめて言った。

 

 「ねえ、貴女、名前はなんていうの?」

 と、思い出したようにルナマリアは言った。

 そういえば聞いていなかったのだ。

 

 

 「……メイリン」

 ホンコン近くの文化圏では、時折使われる名前であった。

 「奇麗な名前ね……でも、あなたこれからどうなるのかしら……まあ、どうにかなるわね、この船にいる間は、アタシを姉と思っていいわよ!」

 

 ルナマリアは笑顔でメイリンに言った。

 

 

---------------------------------------------

 

 

 「あの戦いを見て一層思った。 ……オーブの理念が生き残る事が出来るか、我々の作った技術も、使いよう、なのかもしれんな」

 「うふふ……それなら、お父様をお招きしてよかったですわ」

 「……急ぎ、オーブに戻るぞラクス」

 

 

 

 シーゲルとラクスは部屋を発った。

 

 行き先は、平和の国、オーブ首長国連邦である。 

  



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。