深海感染 (リュウ@立月己田)
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‐ZERO‐
プロローグ~第一章


 とある鎮守府の始まり。

 そして、大本営で行われた会議。



 全ては、密かに行われた……


 ■プロローグ

 

 とある鎮守府の早朝。

 

 朝日が水平線から顔を出し、ウミネコの鳴き声が聞こえてくる。早起きを日課にしている者は眠たい目を擦りながら起床し、大きなあくびをしている時間だろう。

 

 平和そのものといった感じの鎮守府に、海に突き出したコンクリートの造形物がある。ここは船を停泊させるだけでなく、艦娘が海と陸を行き来する場所でもあり、そんな埠頭の先端に、1人の艦娘が立っていた。

 

 金色のカチューシャが朝日できらめくと、長い髪が潮風に揺れ、大きく露出した肩が晒された。赤色の装飾が入った巫女服のような白色の着物。袴を改造したフリル付きの赤いミニスカート。金剛型の特徴である服装に身を包んだ彼女は、たなびく髪を肩で押さえながら、うっすらと白く光る水平線の彼方を見つめて小さなため息を吐いた。

 

「今日は、少し雨が降りそうですね……」

 

 西側の空には灰色の雲の固まりが見える。今朝の新聞に書かれていた天気予報が外れてくれなかったと、彼女は落胆した表情を浮かべている。

 

「悔んでいたって仕方がありません。それよりそろそろ準備をしないと、みんなが目覚める時間ですね」

 

 そう言って両手を空に向けて上げた彼女は、ググッ……と、背伸びをした。身体からはパキポキと音が鳴った後、艤装がきしむ金属音が鳴り響く。

 

 メンテナンスは日々欠かしていないはずなのに……と、彼女は思いながらもストレッチを繰り返し、程なくして両腕を下ろす。余程気持ち良かったのか、伸びを終えた彼女の頬はほんのりと赤く染まり、気分が向上しているように見えた。

 

「今日の予定は、第一、第二艦隊で練度を積むための演習。第三、第四艦隊はいつもと同じように遠征任務ですね」

 

 懐にしまっていた書類を取り出して、彼女は呟きながら執務室の方へと歩き出した。何度も視線を上下させて文章を読み直した後、彼女は深いため息を吐く。それも仕方がないことで、この予定は彼女がこの鎮守府に帰ってきてから数ヶ月の間、変更されたことは1度も無く、同じことの繰り返しなのだ。

 

「飽きた……と、言えば確かにそうですが、いくら進言しても変えるとは思えませんし……」

 

 繰り返される日々を思い、もう一度小さくため息を吐いてから懐に書類をしまう。

 

「ですが、日常に変化はつきものです」

 

 慢心してはいけないと、ある艦娘と同じことを彼女は思ったのだろうか。

 

 彼女の瞳は目の前の風景ではなく、どこか遠くを見ているように感じられた。

 

 

 

 

 

 ■第一章 新型近代化改修

 

 海軍総本部。通称大本営。

 

 その名の通り、海軍の全てを取り仕切る場所であり、エリートが集まる場所でもある。各地域にある鎮守府への指令もここから発せられている。

 

 言わば、海軍の中枢と言えるこの場所の、とある建物の一室で、一部の提督達による極秘の会議が行われていた。

 

 会議室に良くある長机とパイプ椅子。出席している人物等を考えればもう少しマシな物は無かったのかと思えてしまう状況にもかかわらず、彼等は気難しい顔を浮かべながらも文句を言わずに座っていた。

 

 そんな中に、1人の人物がホワイトボードに向かってマジックを走らせながら、つらつらと言葉を紡いでいる。

 

「えー、ですからして……艦娘の練度を上げるには、今まで演習を行うのが一番効率が良いと思われてきました。もちろん、実践に出るのが1番ではありますが、被害を受けて修理をする時間と費用を考えますと、これ以外に方法はありません」

 

 彼の肩章を見る限り、周りの人物たちとは違って階級はそれほど高くはない。

 

 しかし、提督たちと違って、男性には首からぶら下げられたネームプレートがあり、照明が反射して鈍い光を放っていた。

 

 そこには階級ではなく、男性の名前と『深海棲艦戦略部 部長』という文字が書かれている。

 

「ふむ、それは周知の事実だな……。しかし、単純に性能を上げるなら装備の変更でまかなえるだろう?」

 

「はい。ですが、装備の開発は妖精が関わるモノですので、運が悪いと費用ばかりがかさんでしまいます。実際に狙った装備が出るまで開発を行いますと……」

 

 ホワイトボードの前に立っている部長はそう言って、電卓をカタカタと操作してから座っている人物たちに見えるように盤面を向けた。

 

「この通り、平均的な確率で計算いたしましても……必要な資材の数はとんでもないモノになります」

 

「うぅむ……」

 

 室内に多数の重いため息が響き渡り、無言の時間が過ぎていく。

 

「ならば、練度を向上させるために、複数の鎮守府で合同大型演習を行うのはどうですかな? 開発にかかる費用よりも少なくて済むでしょうし、一石二鳥ではないかと……」

 

 沈黙に耐え切れなかった1人の男性が周りに提案したが、誰もが表情を暗くしたまま俯いている。

 

「確かに、それも一つの手ではあると思います。ですが、移動による資材消費に、合同演習による艦隊の一時離脱、演習時の指示を行う間の海域攻略の停止、更に鎮守府を守るための艦隊を考えなければならないとなると、参加をしたがる鎮守府がいくつあるかは……」

 

 彼らの心中を部長が代弁する形で、恐る恐る口を開いた。彼の的確な説明によって、合同演習を行う場合の問題は山積みであるということが明白となり、提案した男性も頭を抱えながら俯いてしまう。

 

「以上のことを考えますと、非常に申し訳ありませんが、その提案は難しいと思われます……」

 

 そう言って、部長は提案した男性に頭を下げた。

 

 これだけの人物の前で悪い報告や説明をしなければならない彼は、普通であれば萎縮し、そのまま黙ってしまってもおかしくはないだろう。しかし彼には切り札といえるべきカードを携えて、この場所に立っていた。

 

「現在の深海棲艦の勢いから予想いたしますと、本土近くの海域まで出現し、多大な被害が出てしまうはそう遠くはないと思われます。従いまして、早急に手を打たなければならないのですが……」

 

「そんなことはとうの昔から分かっている! 今決めなければいけないのは、その対策をどうするかだろうがっ!」

 

 席に座っていた中でも若い方に入る一人の男性が、机に拳を強く叩きつけて叫んだ。

 

 大きな声と音に部長は体をビクリと震わせたが、すぐに姿勢を正して小さな笑みを浮かべる。

 

「何がおかしいっ!?」

 

「い、いえ、そういう訳ではございません。ただ、その対策について、私に一つの提案があるのです」

 

「……提案だと?」

 

 別の席に座っている初老の男性がしゃがれた声でそう言うと、部長はそちらへと向きながら、小さく頭を下げて口を開いた。

 

「はい。私ども深海棲艦戦略部は、この事態を重く受け止め、打開策として『新型近代化改修』を提案させていただきたいと思います」

 

「新型……近代化改修とは、いったい……?」

 

「それについて、説明させていただきます」

 

 部長はそう言って、再び小さな笑みを浮かべてマジックを持ち、ホワイトボードへと向き直った。

 

 キュッ……キュッ……と、マジックが走り、白い盤面に大量の文字が書かれていく。

 

 その文字を見ていた男性達が驚いた表情を浮かべながら、ざわめきはじめる。

 

 しかし部長は気にすることなく書き続け、己が思い描いている全てをホワイトボードに出し切ると、一番重要な部分を大きく円で囲み、男性達へと向き直って大きく口を開けた。

 

「……これが、新型近代化改修です」

 

 部長が言い終えると、部屋の中が静寂に包まれた。席に座っている男性達の多くは大きく目を見開いたままホワイトボードを見つめ、呆気に取られたように固まっている。

 

「こ、こんなことが、できると思っているのかっ!?」

 

 その中の1人は急に声を荒らげると、拳で机を叩きつけた。大きな音に驚いた部長はビクリと身体を震わせるも、すぐに冷静さを取り戻して口を開く。

 

「できなければ、この場で提案いたしません。ですが、難しいことは事実であり、成功するとハッキリに言い切れないのも、また事実なのです」

 

「しかしこれは……前代未聞ですぞ……」

 

「馬鹿な……正気の沙汰ではない……」

 

「だが、成功すれば……」

 

 席に座っている男性達が意見を交わすが一向にまとまらず、部長は時を見計らって一喝するように咳込んだ。

 

「何事にも初めてと言うのはつきものであり、失敗を恐れては前には進めません。これが成功した暁には、今までにない強力な艦娘たちによる艦隊が、完成することは間違いないのです!」

 

 ざわめきがどよめきに変わる中、初老の男性は机の上で両手を組ながら部長の顔をじっと見つめた。

 

 彼は海軍本部の中で一番の古株であり、この中において最大の発言力を持っている。

 

「おぬしは……」

 

 腹に響くような低い声が部屋の中に響き渡ると、騒いでいた男性達が口を紡いで押し黙った。

 

「……成功すると、見込んでいるのか?」

 

 凄まじい眼力が部長を襲う。

 

 口の中に貯まった唾をゴクリと飲み込み、部長はゆっくりと口を開く。

 

「はい。必ずや成功させてご覧にいれます」

 

 キッパリと言い、力強く見つめ返した。

 

「よかろう……進めてみるが良い……」

 




 まずは、ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
艦娘幼稚園からお読み頂いている方々の中には、驚いた方もおられるかもしれませんね。

 以前から告知しておりましたが、艦娘幼稚園とは正反対であるシリアス小説を連載開始致しました。
元々は同人書籍として考えていて作品ですので、1冊の本の分量……約20数話で12万文字前後の予定であります。暫くの間、お付き合い頂けると幸いです。

 また、前書きにも書かせて頂きましたが、今作品にはいくつかの違和感を覚える可能性があります。
最後までお読みいただけますと謎が解けると思われますので、宜しくお願い致します。

 艦娘幼稚園の方も、宜しくお願い致しますね。


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第二章 その1

 とある鎮守府にいる提督は悩んでいた。
彼は己の道を貫く代わりに、日々追い詰められている。

 それは、ある作戦での戦いが切っ掛けだった。


 

■第二章 鎮守府に忍び寄る影

 

 

 

 鎮守府の中心に位置する場所に大きな建物があり、最上階にある部屋の一つに、執務室と呼ばれるところがある。ここには普段、デスクワークをこなす提督が居る場所として、鎮守府に関係する全ての者が理解していた。

 

「うーむ……」

 

 机に座ったまま書類と根競べをするように、1人の青年が唸り声を上げている。

 

 真っ白な軍服に同じ色の軍帽を被り、しかめ面を浮かべたまま微動だにしない彼は、この鎮守府を任されている提督である。類い稀なる才能を見出だされた彼は、進められるまま最年少で海軍に入隊し、若くして将来を有望され、この鎮守府を任されることになった。

 

 しかし、才能はあっても経験は無し。

 

 右も左も解らず、知識だけで行動を起こした彼の指揮は、鎮守府近海の警備すらままならず、連戦連敗を繰り返した。

 

 それを見た大本営の上官たちは、手の平を返すように彼を見捨て、冷たくあしらうようになった。

 

 だが、彼の才能は持って生まれたものだけではなく、努力の天才でもあった。

 

 失敗を経験にし、何がいけなかったのかを独自に分析。地盤固めに遠征任務を繰り返し、艦娘達のコンディションを見切るや否や、完璧な編成を組んで大成功を連発させた。

 

 次に彼は、遠征で得た資材を建造や開発に投じる。初めこそは失敗だったが、資材の投入数などのコツを掴むと一転し、次々に新規の艦娘たちや強力な装備を生み出し、戦力を整えていった。

 

 準備を完璧に行った彼は、近海の海域を難無く攻略。それらの報告書を見た大本営の上官たちは、またもや手の平を返したように彼を持て囃そうとする。

 

 だが彼は、それこそが失敗の種であると分析し、己の信じる道を進んで行こうとした。

 

 そうすれば、今度は出る杭は打たれるといった風に、妬みを買うことになる。

 

 無意味な作戦や嫌がらせ、無謀な指令を押し付けられた。

 

 それでも彼は、その全てを難無くクリアし、どんどんと階級を上げて邪魔する者を蹴落としていった。

 

 大本営に所属する者たちが彼を認めざるを得なくなってきた時、大きな一つの失敗を犯してしまう。

 

 

 

 慢心。

 

 成功を繰り返せば繰り返すほど、それが当たり前のようになってしまうのだ。

 

 彼も例外ではなく、心に大きな隙が生まれてしまった。

 

 そして、それが大きな失敗を招いてしまう。

 

 

 

 

 

 ◎ 第一艦隊の危機

 

 

 

 ザザッ……ザーッ……

 

 耳障りなノイズ音が聞こえ、榛名は少しだけ眉をひそめた。鎮守府から遠く離れたこの海域では提督と通信を行うのにも一苦労で、深海棲艦が潜んでいるかもしれない以上、探知されてしまう可能性もある。

 

 そんな心配をしていた榛名だったが、ノイズ音が小さくなると同時に、聞き覚えのある男性の声が聞こえ、ほっと胸を撫で下ろすように表情が和らいだ。

 

「あー、榛名、聞こえるか……? 聞こえたら返事を頼む」

 

「はい、提督。榛名はしっかり聞き取れています」

 

「よし……通信は良好みたいだな。状況はどうなっている?」

 

「先ほど三度目の深海棲艦の部隊と交戦しました。ですがこちらの被害は少なく、小破にすら至っておりません」

 

 榛名は明るく丁寧な口調で提督に答えた。これは慢心ではなく、事実を述べている。

 

「了解した。引き続き海域深部への攻略を行ってくれ」

 

「かしこまりました。榛名にお任せ下さい!」

 

 榛名はそう言って、鎮守府との通信を艦隊へと切り替える。

 

「旗艦の榛名より、各艦に入電します。周囲を警戒しつつ更に深部まで進み、深海棲艦の本隊を捜索します。提督の期待に応える為、もうひと踏ん張りお願いします!」

 

「了解。千歳より二式艦上偵察機を発艦させます!」

 

 そう答えた千歳が、手に装着した操り糸を素早い動きで動かしてカタパルト組み立て、偵察機を発艦させた。コックピットに乗っている妖精が敬礼をすると、千歳は凛とした表情で頷き、敬礼を返す。偵察機は重く響くエンジン音とプロペラが風を裂く音をかき鳴らしながら空へと上っていき、その姿はすぐに豆粒のように小さくなった。

 

「う、潮は先行して目視で周囲を警戒しますっ」

 

「ほいさっさ~。漣も一緒に行きまーっす」

 

 駆逐艦である彼女らの仕事は、潜水艦が相手の時は主力となって攻撃し、今のような状況では周囲警戒の為に索敵を行う。深海棲艦が海中から出現する際に浮かび上がる水疱を逃さぬよう、目を懲らしながら左右に別れ、海面を優雅に滑って行く。

 

「それでは更に奥へと進みます。先行している2人から少し距離をとりつつ、遅れないようにお願いします!」

 

「「「了解!」」」

 

 全員からの返事を聞いた榛名は、目を閉じながら回線を切った。敵に察知されないためには当たり前のこと。しかし、気を抜いてしまっては、そんな簡単なことも忘れてしまう。

 

 慢心は絶対にしてはいけない。提督のために、失敗する訳にはいかないのだ。

 

 榛名はしっかりと前を見つめたまま、胸元に手を添える。提督の顔を思い出しながら、必ず勝ち進むと心に念じた。

 

 しかしその数分後、榛名の想いとは裏腹に天候は徐々に悪い方へと変わっていく。

 

 進むべき海路の先に靄のようなものが見えると、先行していた潮と漣が反転し、榛名の元に帰ってきた。

 

「は、榛名さん。前方に霧が発生していますが……ど、どうしましょう……」

 

「霧の深さはどんな感じですか?」

 

「軽く入ってみましたけど、5メートル先も見えない感じですっ!」

 

 おどおどした潮と対照的に気合いの入った感じの漣は、榛名に向かって敬礼をしながらそう答えた。

 

「千歳さん、偵察機の方はどうですか?」

 

「……2人の報告と同じです。偵察機からも霧を確認しましたが、視界は殆ど無いみたいで、中に入れそうもありません」

 

「そう……ですか、分かりました。提督に指示を仰ぎますので、全艦この場で待機して下さい。ですが、くれぐれも周りには注意を配り、警戒するようにお願いします」

 

 榛名はそう言ってから、再び鎮守府へ通信を取った。

 

 呼びだし用の電子音が耳に鳴り響き、どうにもこの音が好きになれないと少しだけ顔を歪ませる。暫くすると、ノイズ混じりの提督の声が聞こえてきたが、先ほどと比べて音質に難があるように感じ取れた。

 

「どう……した……だ、榛名?」

 

「申し訳ありません、提督。深部へ進むために偵察を行っていたのですが、かなり濃い霧が発生しているみたいで、視界がままなりません。このまま進んでしまうと、敵艦の発見に支障をきたしてしまう恐れがあるのですが……」

 

「霧……か。電探の方は……どう……んだ? 潮に13号……対空電探が……搭載し……てあるが……」

 

「動作の方は問題ありません。しかし、それ以外に電探は無いですし、霧の中で敵戦闘機が発艦して来ることは考えにくいのですが……」

 

「ならば……目視でその……まま進行し……くれ……」

 

「で、ですが、それでは敵艦の発見が遅れてしまう恐れが……っ!」

 

 言って、榛名は口を慌てて押さえた。鎮守府に通信しているとは言え、言葉は周りにも聞こえてしまうのだ。旗艦である榛名の焦りを他の艦に知られては、士気に影響する恐れがある。

 

 声量をできるだけ小さくし、周りに聞こえないように配慮をしながら、榛名は再び口を開いた。

 

「このまま進行すれば、隊列にも影響が出るかもしれません。殆ど被害も無い状態でここまで来た以上、最深部までは行きたいのですが……」

 

「なら……ば、尚更進行する……きだ。今まで羅針……盤の荒れに……苦しめ……れてきた……からこそ、この……チャンスを……逃したくは……い」

 

「……わ、分かりました。ですが、中破以上の損害が出た場合、すぐに帰投いたしますが構いませんね?」

 

「ああ……それはいつ……の通りだ……。それで……宜しく頼む……榛名」

 

「了解しました。通信……終了します」

 

 通信を切った榛名は目を閉じながら、ふぅ……と、ため息を吐いた。

 

 提督の指示は絶対である。しかし、この霧の中を進行するのは危険過ぎる。

 

 どうにかしてそれを伝えようとしたが、この海域の攻略を何度も羅針盤に跳ね返されて苦汁を飲まされている提督の気持ちを深く知っていた榛名は、あれ以上何も言うことができなかったのだ。

 

 不安な表情を浮かべてしまいそうになった榛名だが、思い止まりながら周りを見渡した。指示を待つみんなに、無用な不安を与える訳にはいかない。士気を下げてしまうと、艦隊全体が危険に晒されてしまうのだ。

 

「各艦に入電します。このまま霧の中を進み、最深部を目指します。千歳さんは偵察機を帰還させ、目視で偵察。潮さんと漣さんは先行しつつ、海上及び潜水艦の警戒をお願いします。摩耶さんと鳥海さんは、私に続いて後方を警戒してください」

 

「了解。すぐに偵察機を戻します」

 

「りょ、了解しました……」

 

「ほいさっさーっ」

 

「おう、任せとけっ!」

 

「了解です。深海棲艦の行動予測をしつつ、警戒します」

 

 それぞれの返事を聞き分け、榛名はコクリと頷いた。慢心しなければ大丈夫。例え霧の中であっても、信頼できる仲間たちがいれば乗り越えられるはず。

 

 提督のために何としても戦果を持ち帰る。もう、他の誰かに提督をけなさせたりはしない。

 

 榛名は自らに気合いを入れるため、両方の頬をパチンと叩いて前を向いた。

 

 しかし、この思いこそが、戦場において冷静さを取り乱すということを、榛名はまだ気づいていなかったのである。

 

 

 

 榛名達が霧の中を進み出して、10分ほど経った。

 

 視界は完全に真っ白で、数メートル先ですらままならない状況に、榛名の額は冷や汗でびっしょりになっている。

 

 こんな状況で、襲い来る深海棲艦を倒すことができるのか。発見することなくやられてしまうのではないだろうか。

 

 だが、この状況は深海棲艦にとっても同じであるだろう。ならば、先に相手の居場所を見つけた方が、勝利をもぎ取れる筈だ。

 

 焦りが緊張を呼び、身体を強張らせる。

 

 でも、榛名は大丈夫――と、言い聞かせた。

 

 しかし、この考え方こそが慢心であるということに、榛名は気づいていない。

 

 一か八かの戦法を取っている時点で、それは戦略とは言わない。八割の見込があっても、残りの二割をどう対処するか。それができないのならば戦略家ではなく、艦隊の旗艦を任された者としては失格なのだ。

 

 何度も提督に教えられたことすらも思い出せなくなるほど、榛名は追い詰められていたのだろう。そして、榛名をここまで追いやった提督にも責任がある。

 

 すべては慢心から始まった、崩壊への歩み。

 

 そして、その時はやってきた。

 

 

 

 

 

「……っ! 3時の方向に要警戒ですっ!」

 

 潮からの緊急入電を聞き、榛名は咄嗟に振り向いた。しかし、立ち込める霧は深く、海面の変化すら目にすることができない。

 

 しかし、先行して注意深く警戒していた潮にはその変化が容易に見えていた。ぶくぶくと沸騰のような泡が海面に立ち込め、直ぐに大きな影が浮き上がってきた。

 

「て、敵を発見しちゃいましたっ!」

 

 全艦に向けて通信を放った潮は、震える腕を前に向けて砲撃体制を取った。その瞬間、深海棲艦の大きな目がギョロリと向けられ、鈍い緑色の光が目に映る。

 

「ひっ……!」

 

 おもわず叫んでしまった潮は、つい目を閉じてしまいそうになる。深海棲艦はその隙を見逃さずに攻撃すると思われたが、口元を上げて大きく身体を翻した。

 

「これは……まさかっ!?」

 

 嫌な予感を感じ、潮は13号対空電探の感度を再チェックしようとした。だが、それよりも速く海中を走る大きな音が耳に届いた瞬間、電探を操作するのを止めて大声を上げた。

 

「9時の方向から……魚雷潜航音ですっ!」

 

「……っ! ぜ、全艦回避行動を取ってください!」

 

 通信を介さずに叫んだ潮の声に反応した榛名達だったが、先に現れた深海棲艦に対して構えていたことで、反対から襲ってきた魚雷に対する回避行動は困難を極めた。

 

「くっ……、間に合わないっ!」

 

 大きく円を描くように移動して避けようとした榛名だったが、襲ってきた魚雷は複数あり、その1つが右足の艤装に当たって大きな爆発を起こした。

 

「きゃあっ!」

 

「は、榛名さんっ!」

 

「だ、大丈夫っ! 榛名は大丈夫ですから、各艦は敵への迎撃を急いで下さいっ!」

 

「りょっ、了解っ!」

 

 榛名の声に頷いた摩耶と鳥海は3時の方向にいる深海棲艦に砲撃を開始し、潮と漣は魚雷が襲ってきた9時の方向へと移動する。砲撃音を聞き取った深海棲艦は榛名達を仕留めきれなかったことを悟り、霧の中での乱戦が始まった。

 

 砲撃の音が辺り一帯に響き、何本もの魚雷が水面を走り抜けていく。回避行動を取りつつ攻撃を行った各艦は離れ離れになり、すぐ目の前に居る影が敵かもしれないという状態に、艦娘たちの精神的疲労は加速度的に高まっていった。

 

「くっ、クソがっ! これじゃあ、下手に撃ったら同士討ちになっちまうぞっ!」

 

「仕方ありませんね。ここは私が探照灯を照らして……」

 

「馬鹿かっ! そんなことをしたら、鳥海が敵の集中砲火を受けちまうだろうがっ!

 それに、こんな霧の中じゃあ光が当たったとしても、敵味方の区別が殆ど分からねえだろうがっ!」

 

「しかしこのまま戦えば、私の計算では80%以上の確率で敗北してしまうことになるわね」

 

「クソッ! どうすんだよ旗艦っ!」

 

 前方の影に向かって威嚇砲撃をしながら通信をする摩耶だったが、榛名からの返事は帰ってこない。

 

「おいっ! 旗艦……榛名ぁっ!」

 

 イラつきながらもう一度通信をするが、返事は一向に帰ってこない。まさかさっきの雷撃で沈んでしまったのではないかと焦った摩耶は、仲間全員に通信を繋いで大声を上げた。

 

「榛名の返事がねえっ! 誰か見た奴はいないのかっ!?」

 

 その瞬間、2時の方向から何かが光るの察知した摩耶は、大きく身体を反らして回避行動を取った。すぐ目の前に大きな水柱が上がり、雨のように身体中に降り注ぐ海水を受けながら、光が見えた先に20.3センチ連装砲を発射する。

 

 数秒後、摩耶が放った砲弾の先で大きな爆音が鳴り響くと、赤い炎が上がるのが見えた。更に数秒後には爆発が連鎖的に起こり、低く籠った呻き声のような音と共に海の底へと沈んで行く。

 

「おっしゃっ! 摩耶様の力、思い知ったかっ!」

 

 ガッツポーズを鳥海に向けた摩耶だが、未だ通信は帰ってこない。代わりに再び襲いくる砲弾の雨に不満げな表情を浮かべた摩耶は、叫び声を上げながら主砲を備えた腕を振り上げた。

 

 





 今話、そしてもう少し過去のお話が続きます。
その後、新型近代化改修を持った人物が、この鎮守府にやってくる……



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第二章 その2

 霧の中での乱戦が続く艦娘たち。
そして、榛名が窮地に立たされる。


「危ないっ!」

 

 魚雷が襲いくる潜航跡すら見えない霧の中、潮は慌てながら直感だけで回避行動を取り続けていた。白い泡の横柱が近くを通り過ぎるのを見てから自分の運に胸を撫で下ろし、魚雷が発射されたと思われる場所に向かう。

 

 本来なら、砲撃や雷撃をしながら敵に近づくのが通常の手段である。しかし、潮は先程電探をチェックした際に9時の方向に反応が無かったことを考え、敵の中に潜水艦が含まれているのだと判断した。

 

 案の定、潮や漣に向かってくるのは魚雷ばかりであり、砲弾は一向に飛んでこない。相手が潜水艦ならば、砲撃行っても全く意味が無いどころか、無駄に弾を消費するだけである。

 

 しかし問題は、潮も漣も潜水艦を察知するソナーを所持していない。敵の潜水艦の位置を探るには、襲い来る魚雷の発射位置を調べることと、水面に浮かんでくる水泡を探すしかなかった。

 

「うぅ……っ!」

 

 再び襲い来る魚雷をなんとか避けることができた潮は、旋回しながら発射地点であろうと思われる地点へと移動して爆雷を投下した。

 

「当たって……下さいっ!」

 

 沈み行く爆雷の姿を見ながら動きつづける潮。暫く経つと水中で爆雷が爆発して水柱が上がったが、水面にはそれ以外の反応は無く、命中しなかったのだと思いながらガックリと肩を落とした。

 

「そこなのねっ!」

 

 一方、潮とは正反対に直感で爆雷を投下していた漣が、海面を蹴るようにジャンプしてから大量の爆雷を雨のように真下に投下した。数秒の後、海中に大きな爆発が起こり、大きな水柱が漣の身体を押し上げる。

 

「はにゃあっ!?」

 

「漣ちゃんっ!」

 

 空中でバランスを失いかけた漣だったが、くるりと身体を回転させながら海面に着地した。思った以上の衝撃が身体に襲い掛かり、漣は少し不安な表情を浮かべたが、膝元まで着水したにも関わらず浮力は失っていなかったことを確認し、潮に向かって親指を立てた手を振り上げた。

 

「よ、良かった……って、ひゃあっ!?」

 

 安心したのも束の間、潮のすぐ傍を魚雷が走り抜けるのが見え、慌てて回避行動を取った。まだ潜水艦は多数潜んでいる。全部を沈めない限り安心はできないと、焦る表情を浮かべながら海面を滑り、海面の水疱を探しながら移動をし続ける。

 

 そんな2人の耳に摩耶の叫び声が入ってきたのは、すぐ後のことだった。

 

 

 

 

 

 榛名は焦っていた。

 

 敵の雷撃を受けた右足の艤装は大きく損傷し、移動速度が著しく低下している。しかも運が悪いことに、被弾した衝撃によって通信設備にまで支障をきたしてしまい、仲間と連絡が取れない状況に陥っていた。

 

「早く、みんなと合流しないと……」

 

 足手まといにはなりたくないが、通信手段が失われた状態では旗艦としての役目が行えない。一刻も早く仲間達と合流し、状況を把握しつつ敵艦の撃破をしなければいけないと、榛名が動きだそうとした瞬間だった。

 

「……っ!?」

 

 目の前に広がる真っ白な霧のカーテンに大きな黒い影がぼんやりと浮かぶのが見え、榛名は息を飲んだ。敵はすぐ近くにいる。右足の損傷は酷く、逃げきれるとは思えない。

 

 ならば――ここで立ち向かうのみ。たとえ単身で負傷していたとしても、一対一ならなんとかなる。そう考えた榛名は35.6センチ連装砲を影に向け、先手必勝とばかりに発射した。

 

 砲口から轟音が鳴り響き、衝撃波がビリビリと海面を揺らす。前方の霧に映った影が砲弾によって大きく歪み、霧散する。

 

「外したっ!?」

 

 敵に砲弾が当たれば、着弾音や火花が上がるはず。しかし、そのいずれも榛名には感じることができず、額に汗を浮かばせながら周囲を警戒する。

 

「どこに……いるのです……っ!」

 

 周りには一面の霧が覆い、先ほど見えていた影も見つけることができない。もしかすると、遠く離れている仲間か深海棲艦の姿が何らかの光によって影となり、目の前に現れたのだと勘違いをしてしまったのではないのだろうか……と、考えたその時だった。

 

 ズドンッ!

 

「きゃああっ!?」

 

 右側面から聞こえた砲撃音に反応する間もなく、榛名の身体が大きく揺さぶられた。

 

「くうぅ……っ!」

 

 条件反射のようにその場から離れようとした榛名だったが、右足の損傷が影響し、思うように移動することができない。ならば、威嚇射撃だけでもしなければと思い砲口を向けようとするが、先程の被弾によって右半分の艤装は中破し、殆ど動かすことができなかった。

 

「ククク……」

 

 手負いの榛名を確認したのか、大きな影が再び榛名の近くに浮かび上がり、ゆらりと揺れながら近づいてくる。このままでは沈められてしまう。だけど、仲間を呼ぼうにも通信は使えない。移動もままならず、攻撃能力も半分近くを失ってしまっている。

 

 正に絶体絶命という状況に、榛名は歯を噛み締めながら影を睨む。榛名を信じてくれた提督に勝利を届け、無事に帰る姿を見せるために、ここで沈む訳にはいかない。

 

「榛名は……諦めませんっ!」

 

 速度は出ずとも動けないのではない。全ての艤装が動かないのではない。仲間達は諦めずに戦っている。ならば、旗艦である榛名が先に諦めるなんて、絶対にしてはならないのだ。

 

 榛名は近づいてくる影に砲口を向けるために半身をずらし、構えを取って狙いを定める。

 

 今度は必ず当てるために。

 

 勝利を提督に届けるために。

 

 深く濃い霧が佇む海の上で、榛名の35.6センチ連装砲が唸りを上げた。

 

 

 

 

 

「誰か、榛名の姿を見たやつはいないのかっ!?」

 

 通信を介しつつも大声を叫ぶ摩耶の周りには火柱がいくつも上がり、飛来してくる砲弾の雨は完全に止んでいた。

 

「クソ……ッ、旗艦の榛名どころか漣や潮からの返事もねぇ!」

 

「そんなに焦らないで摩耶ちゃん。それに、1人だけ忘れちゃっている人が居るわよ?」

 

「あぁん?」

 

 衣服と艤装をボロボロにした鳥海が目配せをすると、摩耶の後方から千歳が申し訳なさそうな表情で近づいてきた。

 

「あ、あの……その……」

 

 幾度となく改装を受けた千歳は軽空母として優秀である。しかし、この霧の中では艦載機を飛ばすことはできず、25ミリ連装機銃で必死に戦っていたものの、大した成果を出すことができなかった。

 

 摩耶はそのことを分かっているからこそ気を使って千歳の名前を呼ばなかったのだが、残念ながら逆効果だったと気づき、どうして良いものかとため息を吐いた。

 

「まぁ……なんだ。忘れていた訳じゃないんだけどよ……」

 

「いえ……役立たずだったのは事実ですから……」

 

「いや、だからそうじゃなくてだな……」

 

 良い言葉が思いつかない摩耶は、後頭部を掻きむしりながら困惑する顔で千歳から視線を外す。そんな摩耶をフォローするように、鳥海が声をかけた。

 

「むしろ、この霧の中で無事でいられただけでも凄いですよ。さすがは千歳さんですよね」

 

「そ、そんなことは……、それよりも鳥海さんは大丈夫なんですか!?」

 

「ええ、なんとか中破止まりってところかしら」

 

「だから探照灯を点けるなって言ったんだぜっ!」

 

「でも、こうして敵を撃破することができたじゃない。結果オーライよ、摩耶ちゃん」

 

「むぐ……」

 

 周囲を見渡した鳥海に笑みを浮かべられては、摩耶としては何も言うことができなかった。探照灯の明かりに気づいた敵が鳥海に向かって砲撃することによって摩耶や千歳に大きな被害が出なかったし、発砲時の音と光で敵艦の位置を知れたからこそ、奇襲を退けることができたのだ。

 

「でも……旗艦の榛名に、潮ちゃんや漣ちゃんは……」

 

「そ、そうだっ! まだ3人から返事は返ってきてねえんだっ!」

 

「いえ、3人では無く1人……かしら」

 

「「えっ?」」

 

 鳥海の言葉に驚いた摩耶と千歳が声を上げたのと同じタイミングで、小さな水飛沫を上げる音が聞こえてきた。

 

「す、すみません……お待たせしました……」

 

「お待たせですっ、キタコレ!」

 

 近づいてきた二つの影が右手を振りながら声を上げると、摩耶はホッと胸を撫で下ろした。潮も漣も無傷とまではいかなかったものの、大した損傷は無さそうだった。

 

「ふぅ……良かった。無事だったか……」

 

「ご心配かけて……すみません」

 

「いや、良いってことよ。むしろ、旗艦である榛名から一向に返事が無いってのが問題だな……」

 

「摩耶ちゃんの言う通りね。通信は全然繋がらないし、近くに居る気配もないわ」

 

「この霧が晴れてくれたら、艦載機を飛ばすことができるんですけど……」

 

 大きくため息を吐いた千歳が再び申し訳なさそうな顔を浮かべると、摩耶は気にするなと言わんばかりに右手で頭を鷲掴みにした。

 

「わわっ! ま、摩耶さんっ!?」

 

「あんまりくよくよするんじゃねぇよ。私達はあの常勝提督の第一艦隊なんだぜ?」

 

 千歳を慰めるように頭をわしわしと撫でる摩耶に、鳥海が少し驚いた顔を浮かべる。

 

「あら、摩耶ちゃんが提督を褒めるなんて……珍しいこともあるのね」

 

「……ぐっ」

 

 鋭いツッコミを受けた摩耶の頬が真っ赤に染まり、千歳の頭を撫でていた手が急に止まった。

 

「べ、別に提督のことを褒めた訳じゃねえよっ!」

 

「いたっ、いたたたたっ! 摩耶さん痛いっ!」

 

「あ、お、おっと、わ、悪い悪い……」

 

 悲鳴を上げた千歳に驚いた摩耶は即座に手を退かせ、左手を立てて謝る仕草を見せた。そんな二人の様子を見た潮、漣はクスクスと笑みを浮かべたが、鳥海が口を開いたのに気づいて真剣な表情へと戻した。

 

「潮ちゃんに漣ちゃん。榛名さんの姿を見てないかしら?」

 

「いえ……私達が潜水艦を見つけ出して倒すまでの間、一度も姿は見ていません……」

 

「通信も繋がらないし、どこに居るのか全く分かりませんっ!」

 

「これだけ連絡が取れないとなると……通信設備に不調をきたしているのかもしれないわね……」

 

 鳥海は俯きながら考える仕草をする。決して言葉にはしなかったが、それより悪いことが起こっている可能性があると、この中の誰もが考えていた。

 

 魚雷を被弾し、動きが制限されている可能性が高い。ましてやこの霧の中であれば、すぐ目の前にまで敵が襲ってきても気づかない場合もある。もしそんな状況に榛名が巻き込まれてしまっていたら――それは通信設備が不調をきたしているだけで済むはずが無いだろう。

 

 最悪の事態を考えた鳥海は小さくため息を吐いてから、摩耶の顔を正面から見た。

 

「摩耶ちゃん、提督に通信をお願いしても良いかしら?」

 

「……そう……だな」

 

 旗艦が居ない場合、副艦である摩耶が艦隊の指揮を執ることになっている。だが、摩耶がそれを行うということは、榛名が居なくなったモノとして考えなければいけないため、できる限り避けておきたいと考えていた。

 

 しかし、現在の状況を考えればそれもやむを得ない。仕方ないといった風に大きく息を吐いた摩耶は、元帥に向けて通信を開始する。

 

 耳障りなノイズ音が混じる呼び出し音が鳴り、暫くすると聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。

 

「ガガッ……どうし……た、何か……あった……の……か?」

 

「こちら副艦の摩耶だ。霧の中で敵の奇襲を受けた際、旗艦の榛名を見失っちまった。通信設備が故障したのか、呼び出しに全く応じないんだが……指示を頼む」

 

「……っ、榛名……が……行方……不明なの……かっ!?」

 

「数メートル先も見えない程の霧じゃあ、通信設備がお釈迦になっちまったら探すのも一苦労なんだってくらい理解しろっ!」

 

「……そうか……分かった……。すぐに……榛名を……捜索し……必ず見つけ……だしてくれ……」

 

「言われなくってもそうするけどよ……こんなことになっちまった落とし前はちゃんとつけろよな、クソがっ!」

 

「……すまない……」

 

「……べ、別に今すぐ謝れって意味で言ったんじゃねぇよっ!」

 

 思いかけない提督の謝罪の言葉を聞いた摩耶は一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐに耳を真っ赤にして周りに聞こえるのも躊躇わずに叫び声を上げた。

 

「……頼む……榛名を……見つけ出してくれ……」

 

「………………」

 

 聞こえてくる提督の声が擦れている。これはノイズでは無い。提督が流した涙がマイクに滴るのが、目に取るように分かってしまった。

 

 まるで自分が提督を泣かせてしまったような気がして、摩耶は返事をしないまま通信をブツリと切断した。

 

「摩耶ちゃん……?」

 

「……なんでもねぇよ。すぐに榛名を探すぞ」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「う、潮も頑張りますっ!」

 

「漣に任せてくださいっ!」

 

「艦載機は飛ばせませんけど、私も目視で探してみます!」

 

「ああ。だけど、まだ深海棲艦が居るかもしれない以上、むやみやたらに動き回るんじゃねぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 摩耶の一括を受けた鳥海達は四散するように別れて榛名の捜索を開始する。

 

「ちくしょう……が……」

 

 誰にも聞こえないように呟いた摩耶の声は霧の中へと消え、自らもその中へと身を投じて行った。

 




 未だ見つからない榛名を探す艦娘たち。
はたして榛名はどうなるのか……その後、提督が取った行動は……

 まだまだ序盤、過去編は次話で終わりです。


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第二章 その3


 未だ見つからない榛名を探す艦娘たち。
はたして榛名はどうなるのか……その後、提督が取った行動は……



 霧の中での探索は困難を極めた。

 

 燃えながら沈みゆく敵艦の姿も殆ど無くなり、視界は全くと言っていいほどきかない状態に、艦娘たちの表情に焦りの色が濃くなっていた。

 

 頼みの綱は潮の電探と鳥海の探照灯だが、奇襲を受けた彼女らの身体は損傷と疲労にまみれ、更なる奇襲を恐れて警戒をしなければならず、絶好調時と今を比べれば誰が見ても分かるほど、動きはかなり悪かった。

 

 それでも榛名をなんとか探し出そうと、彼女達は必死になって捜索し続けた。彼女らは旗艦である榛名を慕い、何が何でも一緒に鎮守府まで帰ろうと強く願っている。

 

「こちら副艦の摩耶だ。誰か榛名を見つけた奴はいないか?」

 

「探照灯を照らしながら探しているけれど、今のところそれらしき姿は無いわね……」

 

「こちら千歳です。3時の方をくまなく探していますが、見当たりません……」

 

「6時の方も発見できずですっ。本気の漣も、霧だけはマジ勘弁ですよぉっ!」

 

「了解した……引き続き捜索を頼む」

 

 通信を終えた摩耶は大きくため息を吐く。榛名の捜索を始めて1時間ほどが経ったが、何の成果も得られない。つまりそれは、既にもう――と、嫌な考えが頭の中に過ぎったところに、潮から通信が入った。

 

「皆さんっ、10時の方に電探反応がありましたっ! 潮は今からそこに向かいますっ!」

 

「……っ! 潮っ、それは敵の反応じゃないんだなっ!?」

 

「分かりません……っ! けれど反応は小さく、今にも消えそうで……」

 

「クソッ! 各艦はすぐに10時の方へ向かえっ!」

 

 通信を介しながらも大きな声で叫んだ摩耶は返事を待たずに切断し、すぐに潮から聞いた場所へと移動を開始する。大きな波飛沫が上がるのも躊躇わず、誰よりも先に現場に着こうと全速力で水面を駆けた。

 

「摩耶ちゃん!」

 

「ああ、行くぞ鳥海っ!」

 

 動きだしてすぐに鳥海が摩耶に合流し、探照灯の光を目的の方向へと向けて先導する。その光を目当てに他の仲間達も集まり、潮が言った場所に着くまでには全員が揃っていた。

 

「潮ちゃん、電探の反応は……っ!?」

 

「ええっと……ここから12時の方向に小さい反応がありますっ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、摩耶は脇目も振らずに水面を滑る。

 

「榛名ぁっ! どこだ、どこにいるっ!?」

 

 辺り一帯に敵が居れば間違いなく呼び寄せてしまうだろう大きな声で、摩耶は榛名の名を呼ぶ。霧の中では命取りだと分かっていても、危険な行為だと知っていても、摩耶は叫ぶのを止められなかった。

 

「榛名さんっ! 聞こえていたら返事をして下さいっ!」

 

「どこですか、榛名さんっ!

 

 鳥海も潮も同じように榛名を探し、叫んだ。大切な仲間を失う訳にはいかない一心で、危険を顧みずに声を出し続ける。

 

 鳥海の探照灯が海面を舐めるように動き続ける中、摩耶の目にうっすらと小さな影が映った。

 

「……っ!?」

 

 声を上げるのを止めた摩耶は急いで影の場所へ向かい、それがいったい何なのかを確かめようと手を伸ばす。水面に突き刺さったように浮かぶ円柱には黒く濁った赤みのある液体が付着し、手の平にベッタリと纏わりついた。

 

「クソォッ!」

 

 その瞬間、摩耶の脳裏に冷たいモノが走り、手が汚れるのも厭わずに円柱を両手で握りながら大声を上げた。後を追いかけてきた鳥海と千歳も手を貸して、3人は一斉に抜こうと力を込める。

 

「おいっ、榛名! 沈むんじゃねぇっ!」

 

「榛名さんっ! 提督が鎮守府で待っているんですよっ!」

 

 3人は声をかけて励ましながら、沈みゆく艤装を掴んで引き上げようとする。しかし返事は無く、徐々に沈んで行く身体を支えるだけで精一杯だった。

 

「潮っ、漣っ! お前達も手を貸せぇっ!」

 

「「は、はいっ!」」

 

 摩耶の声に大きく頷いた潮と漣は3人の反対側に回り込んで、海面の下に見える艤装を掴んで力を込めた。

 

「うぐぐぐ……っ!」

 

「お、重い……ですっ!」

 

 5人は顔を真っ赤にさせながら必死に引き上げようとする。辺りに大きな波紋が広がり、ほんの少しではあるが海面に見える艤装が大きく見えるようになってきた。

 

「持ち……上がっているぞ……っ!」

 

「皆さん、頑張りましょうっ!」

 

 摩耶と鳥海の声に頷きながら、千歳、潮、漣は全ての力を両手に込めた。

 

 思いは力となり、徐々に身体も浮かび上がってくる。

 

「もう……少しだ……っ、気合をいれろぉ!」

 

「「「はいっ!」」」

 

 摩耶の言葉に4人は大きく返事をし、最後の力を振り絞って艤装を浮かび上がらせた。続けて赤く滲んだ白い服が見え、海水に濡れた長い髪が海面を舞うように揺らめいている。

 

「起きやがれ……榛名ぁ……っ!」

 

「ぁ……ぅ……」

 

 水面から浮かんだ瞳がゆっくりと開かれ、口から小さな声が漏れる。

 

「こんなところで眠っている場合じゃ……ねぇだろうがぁっ!」

 

 意識が――ある。

 

 まだ――助けられる。

 

 微かな希望を感じとった摩耶達は火事場のクソ力のように、限界を超えた力を発揮し……

 

「でえぇぇいっ!」

 

 大きな叫び声と共に、その身体を完全に海上へと引き上げた。

 

「鳥海っ!」

 

「ええっ!」

 

 摩耶の言葉に素早く反応した鳥海は、倒れ込みそうになる榛名の身体を受け止めた。その様子を見た千歳たちは、ほっと胸を撫で下ろしながら肩の力を抜いた。

 

「お疲れだったな……みんな……」

 

「榛名さんの……いえ、大切な仲間のためですから」

 

 首を横に振った千歳を見て、摩耶は呆れながらも笑みを浮かべる。

 

 潮も、漣も、疲れ切った顔を笑みへと変える。

 

 摩耶は鳥海にしっかりと抱かれている榛名の身体を確認してから、通信を繋いだ。

 

「こちら副艦の摩耶だ」

 

「どうだ……った、榛名は……見つかった……か……!?」

 

「ああ、無事救出した。だが予断を許さない状態だからな……すぐに帰還するぞ?」

 

「もちろん……だ。至急……戻って……きてくれ……」

 

「了解」

 

 そう言って摩耶は通信を切断し、みんなに向かって頷いた。

 

 作戦は失敗した。だが、最悪の事態は免れた。

 

 疲れ切った身体を引きずるようにしながら、誰もが喜びの笑顔を浮かべ――鎮守府へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 夜も更けた鎮守府の執務室。煌々とした明かりが点き、部屋の中には5人の艦娘と1人の男性――提督の姿があった。

 

「すまなかった……」

 

 提督は艦娘たちに向かって深々と頭を下げていた。目は真っ赤に腫れあがり、床の上にポタポタと落ちる雫が毛の深い絨毯に染みを増やしていく。

 

「提督……頭を上げてください……」

 

 艦娘の1人――鳥海が、真っすぐに提督を見つめながら声をかける。しかし、提督は頭を下げたまま動こうとはしない。

 

「謝るんなら、榛名に直接言うんだな。その責務くらい、負う気でいるんだろ?」

 

「もちろんだ。だが、君達にも謝らないと僕の気が済まない……」

 

 摩耶の言葉に反論するように頭を上げた提督だが、すぐにもう一度頭を下げた。

 

「提督……」

 

「う、潮は……怒ってなんか……ないです……」

 

「漣も怒っていませんよ。ご主人様」

 

 千歳が、潮が、漣が提督を気遣うように声をかける。しかし、その気持ちを上手く受け止められる経験を持ち得ていなかった若過ぎる提督は、涙という形でしか返事をすることができなかった。

 

「本当に……すまない……」

 

 何度も謝る提督を慰める4人。しかしその中で摩耶だけは提督を睨みつけながら、大きくため息を吐いた。

 

「提督、ひとつ聞かせてくれ。どうしてアタシ達にあの霧の中を進ませたんだ?」

 

「あの時点で損害も少なく、君たちなら大丈夫だと……僕が判断したからだ」

 

「それ以外に理由は無かったのかよ?」

 

「……羅針盤の荒れを乗り切り、チャンスだと思った。ここで引いたら、また一から出直しになる……だから、進ませた」

 

「そうか……なら、何も言うことは無い」

 

 そう言った摩耶は提督から目を逸らし、誰にも聞こえないように小さく舌打ちをした。案の定、目の前の提督は気づかず、静かに息を吐いた。

 

「大変な戦闘を乗り切ってくれたことに感謝している。榛名が轟沈してしまうことも防いでくれて、本当に助かったよ……」

 

「いえ、榛名さんは大切な仲間ですから……」

 

「ああ、鳥海の言う通りだ。大切な仲間を……二度とこんな目に遭わせることはしない……」

 

 まるで自分に言い聞かせるように喋った提督を見て、鳥海は怪訝な表情をする。しかし今はそれよりも身体を休めたいという気持ちが大きく、何も言わずに頷いてしまった。

 

「皆も榛名と同じように修理ドックに入渠して身体を癒してくれ。僕は作戦を練り直しつつ、やるべきことを考える」

 

「分かりました。ですが、時間もかなり遅いので、提督もお休みして頂いた方が……」

 

「ああ、ありがとう……鳥海……」

 

 頷く提督の顔には笑みは無く、ただ返事をしただけに見えた。

 

 そんな提督の表情が気になったものの、有無を言わさぬような雰囲気に押された鳥海らは頭を下げてから執務室を出た。言われた通りに修理ドックへと向かい、戦闘で負った傷と、へとへとになった心を癒してから、彼女達は床に着く。

 

 頭の中に、得も知れぬ不安を抱えながら――意識を闇へと落としていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 今回の事件によって提督は自らの慢心を悟り、執務室で何度も後悔をした。

 

 ただ、他の提督とは違うのは、この失敗を経験に生かして更なる高みに上がるのを苦としない人物だった。

 

 状況の把握をしっかりとできるように、通信による意思伝達方法の新たな方法を模索し、綿密に練られたマニュアルを作成した。また、それを使いこなせるよう、旗艦候補だけではなく艦隊に所属する全ての艦娘にそれらを教え、取得するまで海域への出撃を控えさせた。

 

 更には海域ごとの情報を得るために、他の提督らが行わないであろう細かな偵察任務を遠征に導入し、完璧な準備をしてからでしか出撃しない方法を取る。

 

 結果、作戦の成功率は異常と呼ばれる高くなったが、同時に新たな問題に直面する。

 

 準備に念を入れ過ぎるため、出撃回数が異様なまでに少ない。大本営から出される指令を期間内にこなせなくなってきた提督であったが、考えを曲げること無く己の道を突き通した。もちろんそれを大本営が良くと思わないのは当然であり、徐々に提督の立場も狭まってくる。階級が下がることは無かったものの、蹴落とされた恨みを持つ者も少なくなく、提督への圧力は更に厳しくなっていった。

 

 それでも提督は一歩も引かない。

 

 二度と、彼女達に危険な思いをして欲しくないから。

 

 海上に出る以上危険が及ぶのは仕方が無いことなのであるが、最大限の努力をすれば被害は可能な限り少なくできると思うからこそ、考えを曲げない。たとえ大本営の上層部がなんと言おうとも、一途にそれを守り通してきた。

 

 信頼してきた旗艦である榛名を失いかけたことが提督の心に傷となって深く残ったのを、艦娘たちは理解していた。だからこそ、強く言えなかったのである。

 

 大本営からの圧力は補給の減少へと形を変え、鎮守府の運営自体に支障をきたす。それでも提督は遠征でやり繰りしながら最低限の出撃だけを行い、演習を繰り返した。

 

 その結果、練度が高い艦娘達が居るにもかかわらず出撃しようとしない提督として、大本営は更なる圧力を増す。

 

 つまりは悪循環の繰り返し。負のループの中に迷い込んでしまった提督に残された道は、自らの考えを破棄するしかない……と、思われていた。

 

 





次回予告

 提督が起こした失敗を語る過去編の終結。
そして、新型近代化改修の影が歩み寄る。

 提督は部長から説明を受け、どのような対応を取っていくのか。
そしてその結果が、思いもしないモノへと歩んでいく。


 深海感染 -ZERO- 第二章 その4 

 全ては一つの線で……繋がっている。


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第二章 その4


 提督が起こした失敗を語る過去編の終結。
そして、新型近代化改修の影が歩み寄る。

 提督は部長から説明を受け、どのような対応を取っていくのか。
そしてその結果が、思いもしないモノへと歩んでいく。



 

「はぁ……」

 

 書類を両手に持って机に向かっていた提督は、仏頂面を浮かべながら大きなため息を吐いた。大本営から届いた更なる資材補給の削減の通達書によって、今まで何とか遠征による補填で鎮守府の運営を賄ってきた方法にも、ついに限界がきてしまっていたのだ。

 

「やはり、厳しいですか……?」

 

「あぁ……今回の補給削減によって、完全に帳簿が真っ赤になるだろうな……。このままでは演習を行うことすら、難しくなるかもしれない……」

 

「そこまで……ですか……」

 

 提督は秘書艦に書類を渡し、頭を抱えて塞ぎこんだ。かける言葉が見つからなかった秘書艦は受け取った書類に目を通す。細かい文字で書かれた数字と、折れ線グラフが紙面を覆い尽くしているが、殆どの数字は赤く、折れ線は下方向へと急降下していた。

 

「やはり、大本営の指示に従って出撃をした方が宜しいのではないでしょうか……」

 

 恐る恐る進言した秘書艦だったが、提督は頭を左右に振りながら何度も大きなため息を吐く。

 

「指示されている海域には、新たな深海棲艦が現れたという報告があった。しかし、その能力はまだ解明されていないし、どれだけの敵が潜んでいるかも分かっていない。そんな状況で艦隊を出撃させるには、あまりにも危険過ぎる……」

 

 提督の言葉は理に適っている。しかし、聞き方によっては憶病とも取れるその発言に、秘書艦の心境は複雑であった。

 

 提督の奥病になった切っ掛けは、誰よりも秘書艦が知っている。あの事件の当事者であり、提督の未来を奪ってしまったという思いが、この場で発言することを戸惑わせていた。

 

 それでも提督が提督である以上、大本営の指示に従わなければならないのは当たり前のことであり、それを怠っているからこそ今のような逼迫した状況に陥っている。仮に提督が大本営の一番上に立つ人物ならばそうではないのかもしれないけれど、それは現実逃避というものだろう。

 

 提督の秘書艦である彼女の役目は、なんとかしてこの状況を打破する考えを導き出すことである。手っ取り早く思いつくのは提督を説得して大本営の指示通りに出撃し、成果を上げることで元の補給量に戻して貰う方法である。しかし、先程秘書艦が進言した時の返事を聞く限り、提督が頭を縦に振ってくれることは、まずあり得ないだろう。

 

 ならば次に取れる方法は、補給に頼らない鎮守府の運営方法を考えることだが、つまりそれは、引き続き大本営の指示を受け入れない姿勢を表すことになる。唯でさえ目をつけられている状態であるにもかかわらず、このままの方針を続けるのであれば、いずれ提督の職を失ってしまうかもしれない。

 

 そうなってしまえば、秘書艦が密かに秘めている目的を達することができなくなってしまう。折角ここまでやってきたのにそんなことになってはいけないと、秘書艦は強い意思を持って口を開いた。

 

「提督……お願いです。第一艦隊を出撃させてください」

 

 秘書艦は提督の顔をしっかりと見つめながら、キッパリと言った。決意を込めた瞳で訴えるように一つの瞬きもせず、じっと提督の瞳を見つめ続ける。

 

 そんな秘書艦を見つめ返した提督は、肩を落として大きく溜め息を吐いた。自ら招いたことに苦悩し、自ら決めたことで秘書艦を苦しめている。だけど、あんな失敗は二度としたくないし、させたくもない。葛藤する心が提督を更に苦しめ、もう一度大きな溜め息を吐くことになった。

 

「提督……」

 

 そんな提督を見て、秘書艦は落胆するように肩を落とす。言葉にはしなかったが明らかに拒否と取れる仕種に、秘書艦はため息を吐くことしかできなかった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 重い空気が執務室に漂い、居心地が悪くなった秘書艦は空気を入れ替えようと窓を開けた。大して何も変わらないかもしれないけれど、じっとしていられるような気分ではなかったのだ。

 

「あら……?」

 

 片側の窓を半分ほど開けた秘書艦の耳に、聞き慣れない機械音が聞こえてきた。低く響く重低音は、どうやら車のエンジン音のようだ。

 

「誰かが……こられたのでしょうか?」

 

 来客の予定はなかったはず……と、秘書艦は本日のスケジュールを思い返す。そうしている間に、提督と秘書艦が居る執務室のある建物の入口前に黒塗りの車が停まり、後部座席から2人の男性が下りた。

 

「あ……あれは……」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

 秘書艦のうろたえた様子に提督が気づき、背に向けて声をかける。

 

 振り向いた秘書艦は額から頬へと伝わる汗を気にもせず、小刻みに震える口をゆっくりと開いた。

 

 まるで、死亡する時刻を伝えにきた死神を見たような面持ちを浮かべ――

 

「だ、大本営から誰かが……いらっしゃった、みたいです……」

 

 秘書艦の声に提督の瞳は大きく見開かれ、すでに何度目か分からない大きなため息が執務室に響き渡った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「初めまして。私は大本営所属、深海棲艦戦略部の部長、四十崎(あいざき)と申します」

 

 秘書艦に連れられて執務室に入ってきた1人の男性が、提督に向かって頭を下げながら言った。

 

「この鎮守府を運営しております提督です。この度はいったい、どういったご用件で……」

 

「そんなことは言わなくても分かっているだろう」

 

 提督の言葉を遮るように、もう1人の男性が口を挟んだ。肩には提督よりも階級が高い『中将』の肩章が見え、明らかに威圧している口調とぶしつけな態度に秘書艦は眉を顰めたものの、反論すれば提督の立場が危うくなることは十分に分かっているため、言葉を飲む。

 

「大本営の指令を尽く無視する輩に対して、罰を与えるのは必定である。従って……」

 

「ちょっと待ってください。その件に関しては、本日付で送られてきた補給量の減少という形で話はついているはずです」

 

 仕返しとばかりに提督が中将の言葉を遮り、静かに笑みを浮かべた。目の前に居る中将よりも随分と年齢が低い提督であるが、過去の経験でいくつもの上官とやりあってきた彼にとってこの状況はピンチとすら思わずに、冷たい視線を向ける。

 

「む……ぐ……」

 

 案の定、提督に威圧された中将は押し黙ってしまう。そんな状況を見た部長は、不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「噂に聞き及ぶ通りの人物ですね……。ですが、本日は貴方を救いにやってきたのです。宜しければ、お話をさせて頂きたいと思うのですが……」

 

「話……ですか?」

 

「ええ、決して悪い話ではないと思います。まずは聞くだけでも構いませんので……」

 

 下手に出る部長を良しと思わずに不満げな表情を浮かべた中将だが、提督の視線は未だに圧力が強く、口を開くことすらできなかった。

 

「分かりました。それでは、そちらのソファーでお話を……」

 

 提督はそう言って中将から視線を離し、秘書艦に飲み物を用意するように指示をする。

 

 威圧から解放された中将は胸を撫で下ろしながらため息を吐き、安堵するようにソファーに座った。両手の平にはびっしょりと汗が浮かび、心の中で提督を糾弾する気が完全に削がれていたことに気づかぬまま、助かったという思いだけが頭の中を埋め尽くしていた。

 

 部長はそんな中将の様子を見て、役に立たぬ上官だと見限るように息を吐く。そんなことも知らぬまま、道化師のように踊る中将の姿を想像した秘書艦は、クスリと小さく笑みを浮かべてから提督の命に従うため、執務室を出た。

 

 

 

 

 

「新型……近代化改修ですか……」

 

 部長から渡された書類に目を通した提督は、秘書艦が用意した紅茶を啜りながら呟いた。

 

「はい。私が所属する深海棲艦戦略部におきまして、新たな艦娘の強化方法として研究してきた物になります。この方法のもっともすぐれている点は、出撃や演習における資材が必要にならないことと、今までの近代化改修では不可能だった練度の向上が見込めるのです」

 

「なっ……! れ、練度まで上げられるのですかっ!?」

 

 提督は大きく目を見開いて驚きの表情を浮かべた。しかしそれも仕方のないことで、出撃や演習による経験を積まない限り艦娘の練度は向上しないと考えられていたからである。

 

 もし、部長が言うことが本当だとすれば、この研究によって資源不足に悩まされるだけでなく、危険な任務を行わずとも艦娘達を強化することができる魔法のような方法に、提督の胸の内が晴れるかに思われた。

 

「しかし、この研究にはまだ不完全な点がありまして……」

 

 提督の喜びを挫かせるように、部長は少し表情を曇らせて口を開く。

 

「マウスなどの実験結果を見る限り、何の問題も発生していないということは書面の通りですが、実のところ艦娘を使った試験はまだ行えていないのです」

 

「つまり、それを……?」

 

「ええ、貴方のお考え通りです。宜しければ、こちらの鎮守府にてこの研究の試験をさせて頂きたいと……」

 

「お断りします」

 

 提督は部長にキッパリと言い放ち、書類を突き返した。自分が手塩にかけてきた艦娘達に、どうなるか全く予想がつかない試験なんかをさせる訳にはいかない。上手くいけばという考え以上に、霧の中の戦いが真っ先に頭の中に浮かび、2度とあんな思いをしたくないという気持ちが提督の息を荒らげさせた。

 

「……やはり、そのお答えですか」

 

「誰が何と言おうとも、この返事を変える訳には……」

 

「しかし、この鎮守府の運営状況はもうギリギリなのでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

 部長の発言に提督は言葉を詰まらせる。大本営からやってきたのだから、補給を更に削られたことを中将や部長は知っている可能性は高い。合わせてこのタイミングで新型近代化改修の試験を持って来たことを考えれば、断れない状況をセッティングしたのは目の前に居る2人の仕業なのだろう。

 

「我々大本営の考えとしては、優秀な人材を切り捨てることはしたくない。だからこそこうして良い案を持ってきたのだが、何が不満なのだね?」

 

 中将の言葉に提督は歯を食いしばりながら、2人の見えない位置で拳を握り締めた。明らかに仕組まれているのは明白だが、ここで断れば提督の職は完全に失ってしまうだろう。

 

 提督に取って、役職にすがりつくつもりはない。だが、自分が居なくなることで、鎮守府に所属する艦娘達がどんな状況に追い込まれてしまうのかが心配でたまらなかった。

 

 後から配属された人物が、俺と同じように艦娘達のことを気遣ってくれるのなら安心できる。しかしその一方で捨て艦戦法等、自分には正気と思えない手を使う提督がいるのも聞き及んでいる。

 

 艦娘達のことを考えるのなら、自分が提督を放棄するのは避けなければいけない。だけど、得体の知れない試験によって艦娘たちの身に何かが起きてしまう可能性がある以上、安易に頭を縦に振ることができなかった。

 

 ソファーに座りながら頭を悩ませ苦しんでいる提督を見た秘書艦は、失礼を承知で声をかける。

 

「提督、一つ宜しいでしょうか」

 

「……なんだろう?」

 

「提督が心配なさっていることを、私は充分に理解しているつもりです。そのお気持は私達にとって非常に嬉しいのですが、未だにお応えできていないのではないかと苦しんでいます」

 

「そんなことは無い。君達は良くやってくれている……」

 

「いいえ。私達は提督に良くして頂いていますが、私達はその御恩を殆ど返せていません。できるならばその御恩を、ここで返させて頂けないでしょうか?」

 

「し、しかしそれは……」

 

 あまりにも危険である――と、提督は言おうとして止めた。今までの話を秘書艦は聞いていただろうし、理解せぬまま発言したとも思えない。秘書艦は提督が追い込まれている状況を見かねて、自ら人柱となると言ってくれたのだと理解した。

 

「なんとも微笑ましい光景ですが……一言宜しいですか?」

 

 鼻で笑うような仕草をした部長は、提督と秘書艦の間に入り込むように言葉を投げかけた。その表情は笑みを浮かべているのだが、明らかに不機嫌であると見えた。

 

「残念ですが、貴方では試験の意味が無いのですよ」

 

「なぜ……ですか?」

 

「貴方の練度はかなり高い。しかしそれでは、試験の効果が分かりにくいのですよ」

 

「………………」

 

 部長の言うことは理に適っている。提督の艦隊に所属する艦娘たちは日々演習と遠征を繰り返しているため、練度が異様と言えるほど高いのだ。

 

 しかしそれならなぜこの鎮守府を試験の場に選んだのだろう……と、考えるが、それは断れない状況を一番作り出し易かったのだろうと予想できる。

 

「分かりました。それでは、まだ練度が高くない艦娘のリストをご用意いたします」

 

「……っ!」

 

 秘書艦の言葉に驚いた提督は、すぐに発言を取り消させるために立ち上がって声を出そうとした。しかしそれよりも早く秘書艦は提督に向かって頭を下げて、動きを制止させる。

 

「お願いです……提督。御恩を、返させてください……」

 

 泣きそうな顔で話す秘書艦に提督は言葉を返すことができず、肩を落としながらソファーに腰掛けた。

 

 自身の考えが間違っていたのか、それとも間違っていなかったのか。その答えは一向に頭の中に浮かばぬまま、提督は大きくため息を吐く。

 

 その様子を見た中将と部長が満足そうな笑みを浮かべているのを気づきつつも、提督は歯痒い思いをしながら目を逸らすことしかできなかった。

 





次回予告

 秘書艦の言葉に何も返すことができなかった提督。
そうして四十崎部長に渡されたリストから、一人の艦娘が選ばれる。

 その艦娘もまた、悲しい過去を持っていた……


 深海感染 -ZERO- 第二章 その5

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第二章 その5


 秘書艦の言葉に何も返すことができなかった提督。
そうして四十崎部長に渡されたリストから、一人の艦娘が選ばれる。

 その艦娘もまた、悲しい過去を持っていた……



 

「お待たせいたしました。これが鎮守府に所属する艦娘の一覧になります」

 

「ふむ……なるほど。練度順に並べてあるとは、非常に分かりやすいですね」

 

 秘書艦から書類を受け取った部長は、真剣な眼差しで食い入るように目を通す。その隣でふんぞり返っている中将は紅茶を啜りながら、ニヤニヤと提督の顔を睨みつけていた。

 

 許されるのなら中将に向かって砲弾を放ちたいと思った秘書艦だったが、ここまできて機嫌を損ねさせては今までの苦労が全て無駄になってしまう。無理矢理冷静さを取り戻した秘書艦は、提督と同じように中将を無視することにして部長の動向を見守った。

 

「そうですね……この駆逐艦、雷を使わせていただきましょうか」

 

「雷……ですね。分かりました」

 

 部長の言葉に即座に反応した秘書艦は、提督の机に取りつけてある無線機を使用して呼び出そうとするが、提督が立ち上がってその手を止める。

 

「ちょっと待ってくれ。雷はまだこの鎮守府にきて、そう長くは無い。そんな彼女に試験を行わせるのは……」

 

「だから良いのではありませんか。練度が低ければ低い程、新型近代化改修の効果が分かるというものです」

 

「で、ですが……っ!」

 

「まだ分かっておらんようだな! もう既に、貴様に決定権は無いのだぞっ!」

 

「し、しかし雷は私が管轄する艦娘で……」

 

「ならばすぐにでも提督の任から解いてやっても良いのだぞ?」

 

「ぐっ……!」

 

 中将の言葉に押し込まれた元帥は苦渋の顔を浮かべながら考える。

 

 ここで自分が提督でなくなった場合、雷以外の艦娘たちも次々と試験に使用されてしまうかもしれない。それでもし失敗してしまえば、多数の艦娘が犠牲になってしまう。

 

 だがどちらにしろ、雷による試験は確実に行われてしまう。1人を差し出すことで他の艦娘を助けるという、人柱と何ら変わりのない方法を取らざるを得ない状況に陥ってしまった自身を恨みながら提督は頷いた。

 

「では……宜しくお願い致しますよ、秘書艦さん」

 

「分かりました……」

 

 秘書艦は部長の言葉に頷きながら提督を見る。憔悴しきったかのように見えるその表情は、私が作りだしてしまった。しかし、この方法しか無かったのだと思いながら、無線機で雷を呼び出した。

 

 

 

 

 

「新型近代化改修? なんだか長ったらしい名前よね」

 

 執務室にやってきた雷は、部長や秘書艦から話を聞いてそう答えた。

 

「それで、雷がこの試験を受ければ提督を助けることができるのよね?」

 

「ええ、その通りです。さすれば、大本営からの補給を通常値に戻すよう、申告いたします」

 

「あり得ないとは思うけど、それが嘘だってことは無いわよね?」

 

 雷の言葉に少し驚いた表情を浮かべた部長は、無言のまま中将の顔を見る。

 

「疑いをかけられるのは気に食わんが、確かにその心配は分からんでもない。約束は私の名に誓って守ろうではないか」

 

「……そう。それなら雷は構わないわ」

 

「雷……」

 

 雷が笑みを浮かべたのを見た提督は、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら名前を呟いた。艦隊に所属してからそれほど経っていないのに雷は鎮守府の状況を理解し、提督を助けようと自らの身体を使って試験をすることに同意したのだ。

 

「心配しないで、司令官! 私は大丈夫。何があっても大丈夫なんだから」

 

「し、しかし……」

 

 戸惑う提督は、ふと、雷と出会った時のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 雷は元々、提督の艦隊に所属している艦娘では無かった。

 

 ある提督の鎮守府で建造された雷は、先に所属している艦娘達に負けないように自主訓練を欠かさず、いつ出撃しても活躍できるように努力をしていた。

 

 そして待ちに待った出撃の日。雷は旗艦から一つの命令を受けた。

 

 何があっても旗艦を守ること。

 

 以前の記憶を持つ雷は、それが当たり前であることは分かっていた。しかし、今から向かう海域を知った時、雷の心に別の感情が芽生えはじめる。

 

 自主訓練は欠かさずやってきた。だが艦娘になってから、出撃どころか演習すら経験していない雷が、主力級の戦艦や空母と一緒に深海棲艦が巣くう危険海域に出撃するのはなぜなのだろうか。

 

 その答えは、周りから聞かなくても自ずと分かることになる。

 

 そう――旗艦から伝えられた通りなのだ。

 

 自らの身体を持って、旗艦を守りきれ。

 

 例え破損しようとも。

 

 例え大破しようとも。

 

 例え――轟沈しようとも。

 

 旗艦を、そして自分以外を、敵海域の最深部へ送り届けろと。

 

 それが雷の役目だと理解できたのは、深海棲艦を目の前にした後だった。

 

 大きくえぐられた艤装。

 

 身体を守る衣服はズタボロに破け、海上に立とうとするのも精一杯な雷に、旗艦は一言を告げた。

 

「良くやった。これで我々は、最深部へと進むことができる。提督もさぞお喜びだろう」

 

 その言葉に雷の心は砕け散りそうになった。

 

 悪意は感じ取れない。

 

 旗艦素直に、雷のことを褒めたたえている。

 

 だがしかし、

 

 旗艦は、そして提督は、

 

 今の今まで、

 

 雷の名を呼んでくれたことがあったのだろうか。

 

 ああ、ようやく分かった――と、雷はボロボロの顔で笑みを浮かべた。

 

 旗艦はそれを見て、他の仲間と共に先へと進む。

 

 私はただの駒だったのだと、ようやく悟ることができた。

 

 いや、駒であればもう少しマシだったのかもしれない。

 

 駒は兵士だ。もしくは兵器だ。

 

 私は、そんな駒にすら慣れなかったのだ。

 

 そう思った瞬間――

 

 雷の身体は、海の底へと沈みかけていた。

 

 

 

 

 

「大丈夫か……?」

 

「……ぇ……?」

 

 目を開けると、見知らぬ艦娘が真横に立って雷を見下ろしていた。

 

「修理は既に終わっているし、問題は無さそうなんだけどな」

 

「あ、え、えっと……」

 

 何を言っているのか分からなかった雷は、顔を動かして自分の身体を見た。

 

 どうやら布団の上に寝ているようだが、深海棲艦にやられて破損した艤装は無く、衣服は元の状態に戻っていた。身体に痛みは感じられず、違和感も無い。

 

「こ、ここ……は……?」

 

 更に言えば、自分が居る所も分からなかった。一見すれば普通の洋間であるが、雷が所属していた鎮守府でこのような場所は見たことがなかったのだ。

 

「ここはとある鎮守府の医務室だ」

 

 そう言った艦娘は雷の右側へと指を向けた。そこには壁があり、大きな地図が貼られている。

 

「ちょうど本土の中心から少し西……それの北側に鎮守府の記号が見えるだろう?」

 

「あ、は、はい。あります……けど……」

 

 自分が所属していた鎮守府から近い場所だと、雷は思い出す。しかし、なぜかそのことを話す気にはなれなかった。

 

「まぁ、話したくなければそれでも良いさ」

 

 雷の表情を見た艦娘は、小さくため息を吐きながら笑みを浮かべる。そして、雷の肩に優しく手を置いて口を開いた。

 

「ようこそ、俺達の鎮守府へ。これから宜しくな、雷」

 

「……え?」

 

 なぜ名前を知っているのか――と、雷は驚いて目を大きく見開いた。

 

 旗艦も、提督も、一度たりとも呼んでくれなかったその名を、初めて会った艦娘がどうして知っているのかと。

 

 そして、どうして呼んでくれたのか――と、大粒の涙を流しながら雷は問う。

 

「その辺は、俺等の提督に聞くんだな。まぁ、暫くしたら勝手にやってくるさ」

 

 そう言って、艦娘は部屋の外へ出ていった。

 

 訳が分からない。けれど、居心地は全く悪くない。

 

 ここに居れば、自分が自分で居られるかもしれない。

 

 淡い期待が胸の中に湧き出てきた雷は布団を頭の上まで被って、大きな声で泣きつづけた。

 

 

 

 それから暫く経った頃。雷が泣き止んだのを見計らうかのように、提督がやってきた。

 

 提督は別の任務で航行していた艦隊が沈みかけていた雷を見つけ、救出したのだと言った。

 

 そしてドックで緊急の修理を行い、艤装から雷が所属する鎮守府を割り出した提督は連絡を取り、雷を引き取ることになったのだと言う。

 

 その経緯は詳しく言わなかったが、それは提督の優しさだったのだと雷は悟った。聞かせれば確実に、雷の心は傷ついてしまうだろうと気遣かってくれたのだ。

 

 沈む寸前に自らの立場を悟った雷には、その気遣いが逆に心を痛めることになった。しかし、それと同時に癒してくれもした。

 

 目の前に居る提督は、自分の名前を呼んでくれる。

 

 目が覚めた時に話してくれた艦娘も、自分の名前を呼んでくれる。

 

 それが何より嬉しくて、そして提督の思いが優しくて、雷は何度も何度も大粒の涙を流す。その間、提督はずっと雷の手を握ってくれていた。

 

「ここが合わなければ、別の所に行っても良い。雷は好きなことをして良いんだよ」

 

 もちろん、艦娘としての決まりは守らなければいけないけれど……と、苦笑を浮かべながら言った提督に、雷は涙を目に溜めながら笑顔を見せる。

 

「大丈夫。雷は、ここが気に入ったから……」

 

「そうか。それじゃあ、気が変わるその時まで、ここに居ると良いよ」

 

「うん。ありがとう、司令官」

 

「ああ。それじゃあ、これから宜しくね、雷」

 

 そう言って、2人は握手を交わす。

 

 雷はこの時、心に深く刻み込む。

 

 決して、提督を裏切らないと。

 

 必ずこの人を、幸せにしてみせると。

 

 駒ではなく1人の艦娘として見てくれた提督への感謝を胸に、雷は満面の笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 提督と同じように、雷もまた初めて出会った時のことを思い返していた。

 

 しかし、その記憶を消し去ろうとするかのように部長が声を出す。

 

「では、早速始めさせて頂きましょう」

 

 気が変わらないうちに、そして提督が止めないうちに――と、部長はソファーの傍に置いていた黒い鞄の中から小さな金属製の長方形の箱を取り出した。

 

「そうですね……右腕の袖をまくってもらえますか?」

 

「こう……かしら?」

 

「ええ、それで結構です」

 

 納得するように頷いた部長は、箱の中から長細い筒のような物を取り出した。上下の先には黒いプラスチックのようなパーツが取り付けられており、中心の部分は透明なガラスでできている。その中にピンク色の細いパイプのような物が螺旋模様を描いていた。

 

「ふむ……」

 

 筒をクルクルと回転させた部長は、片方の黒いプラスチックパーツを外してから、指の先で何度か突いた。小さな気泡が細いパイプの中を動き回り、見た目は非常に美しく見える。

 

「まくった方の腕をこちらに」

 

「は、はい……」

 

 少し曇った表情を浮かべた雷は、言われた通りに部長に向かって腕を差し出した。まるでこの光景は、小さい頃に学校で受けた予防接種のようだと感じた提督だったが、艦娘である雷にとってそのような記憶は無いはずだ。それなのに表情を曇らせて言葉が弱々しくなったのは、試験に対しての不安な気持ちがそうさせたのだろう。

 

 提督は今すぐ部長の手を掴んで止めたかった。しかし、ここまできて止めさせてしまえば中将と部長は確実に怒るだろうし、そうなってしまえば秘書艦や雷の気持ちはどうなるのかと考え、今すぐ胃に大きな穴が開いてしまいそうになるほど苦悩しながら、口を噤む。

 

「痛みはありませんから、緊張しないで下さい」

 

「わ、分かっているわ……」

 

 そう答えた雷であったが、額にはうっすらと汗が浮かび、表情は強張っている。部長は小さくため息を吐いてから、手に持った筒を雷の腕に押しつけた。

 

「……っ!」

 

 筒が腕に触れた瞬間、プシュッ……という音と共に、中のピンク色の液体が勢いよく消えていく。時間にして3秒もかからないうちに全ての液体が雷の腕の中に消え去り、部長は筒を腕から離して笑いかけた。

 

「なんともなかったでしょう?」

 

「そ、そうね……」

 

 雷は微妙な顔を浮かべながら部長に頷いた。言われた通り痛みは殆ど無かったけれど、得も知れぬモノが身体の中に入ってきた不安からか、違和感があるような気がする。

 

 しかし、そのことをここで話せば提督が不安がるかもしれない。いや、提督のことだからいきなり怒りだすかもしれない。そうなってしまえば部長や中将が機嫌を損ね、補給の件が上手くいかなくなる可能性がある。

 

 そうならないように、雷は我慢をした。提督のために自分の身体が役に立つのなら、少しくらいの違和感なんて気にもならないはずだと。

 

 そうして提督に向かい、雷はニッコリと笑みを浮かべる。自分は大丈夫だから。何の問題もないのだから――と。

 

 そんな雷の表情を見た提督は、思わず目頭が熱くなってしまうのを感じた。雷の違和感は分からなくとも、自分のために我慢してくれていることは一目で分かってしまう。自分が不甲斐ないせいで、自分が上手くできないせいで、こんなことになってしまった。全てを押しつけてしまったのにもかかわらず、それでも雷は笑ってくれている。

 

 だけどここで泣いてしまったら、雷はどんな気持ちになるだろう。秘書艦はどう思うだろう。

 

 提督も雷も、自分の思いを胸に秘めたまま無言で笑顔を見せた。お互いを気遣う気持ちがそうさせた。

 

 そして、秘書艦もまた己の思いを秘めたまま2人の様子をじっと見つめていた。

 

 執務室の中に居る全ての者が様々な思惑を抱えながら、暫くの時が過ぎてゆく……

 




次回予告

 新型近代化改修は雷を試験体として行われた。
時間が経ち、雷の変化を調べるために演習場に向かう。

 そして、新型近代化改修の効果を知ることになる……


 深海感染 -ZERO- 第二章 その6

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第二章 その6

※文章再チェックの終了、及びテンション向上の為、深海感染シリーズの「ZERO章」更新を毎日更新の予定に変更します。宜しくお願い致します。


 新型近代化改修は雷を試験体として行われた。
時間が経ち、雷の変化を調べるために演習場に向かう。

 そして、新型近代化改修の効果を知ることになる……


 

 雷の腕に新型近代化改修の液体を注射してから暫くの間、部長は変化が表れないかを調べるため、傍から一歩も離れようとはしなかった。

 

 一方、中将はやることが無いのか、空腹を紛らわすためだと言って食堂の方へ向かって行った。提督は中将の案内として秘書艦を就けたが、それはあくまで建前であり、監視の意味も込めた命令だった。

 

 提督は日常業務をこなしながら、雷と部長の様子窺っていた。部長は雷の身体に線のついた吸着パッドを取りつけてひたすらノートパソコンをいじっていたが、さしあたって不審な点は見当たらない。

 

 これで何事も無ければ良いのだけれど……と、提督は小さくため息を吐いて書類にサインを書き続ける。しかし、それでは試験が失敗になってしまうのだから、部長の機嫌は悪くなるかもしれないだろう。

 

 できるならば、それなりの効果が出つつ雷に問題が起きないように――と、提督は心の中で願う。都合の良い願いだけれど、今は神にでもすがる思いで提督は祈り続けた。

 

 そして数時間の時が経ち、中将と秘書艦が食堂から戻ってきたのを確認してから部長が口を開いた。

 

「そろそろ時間ですね。一つ、提督にお願いがあるのですが」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「新型近代化改修の効果を調べるため、演習場をお借りしたいのですが」

 

「ええ、それなら大丈夫です。それでは秘書艦に案内を……」

 

「いえいえ、ぜひ提督にもきて頂きたいのですが」

 

「……分かりました」

 

 雷の様子が気になる提督は言われなくともついて行くつもりだったのだが、部長自らの願いとあれば都合が良いと、すぐに返事をしてペンを机の上に置く。

 

「では、私が案内します」

 

「宜しくお願いします」

 

 そう言って椅子から立ち上がった提督は、演習場へと足を向ける。

 

 本来ならば、提督よりも階級が下である部長の案内をするなどもっての外。これは明らかに侮辱行為だと考えてもおかしくは無いのだろうに、提督は反論すること無く了解した。おそらくは憎たらしい笑みを浮かべながら提督を睨みつけている中将の差し金なのだろうと秘書艦も雷も気づいていたものの、何も言わぬ提督を考え、無言のまま執務室を出た。

 

 

 

 

 

 演習場の入口側にある小さな埠頭から、雷が海面に着水するのを皆が見守っている。

 

 艤装を装着した雷は、砲弾と魚雷の装填をしっかりと確認してから、ふわりと海へ降りた。足の艤装周りに小さな水飛沫が上がるのを見て、秘書艦が驚きの表情を浮かべている。

 

 そしてそれは雷も同じだった。今まで何度も着水をしたけれど、足首からすねの辺りまで沈みこむのが当たり前だった。しかし、着水した時に上がった水飛沫と濡れた部分は明らかに今までと違って小さく、少なかった。

 

 その理由の多くは、慣れと経験である。何度も同じことを繰り返すうちに身体が覚えるであろう能力は、練度を積んでこそ身につくモノなのだ。この鎮守府において下から数える方が早い雷が、先程のような着水をできるとは、秘書艦も提督も、そして雷本人さえも思えなかった。

 

 そんな驚きの表情を浮かべている3人の顔を見て、部長はニヤリと笑みを浮かべる。そして、続けさまに口を開いた。

 

「では、砲雷撃演習を行ってください」

 

「わ、分かったわ」

 

 頷いた雷は、艤装を構えながら的に向かって航行し始める。

 

「……えっ!?」

 

 徐々に速度を上げようと思っていた雷は、再び驚きの表情を浮かべた。

 

 明らかにおかしい。明らかに速過ぎる。

 

 昨日、自主訓練を行った際とはまるで違う航行速度に驚き、慌てそうになってしまった。

 

「う……嘘……っ!?」

 

 そして雷は更に驚く。海面を滑るように航行すること自体は既に慣れている。しかし、これ程の速度は初めての経験であり、自身の精神状態がお世辞にも安定しているとは言えない。それなのに身体は勝手にバランスを取り、思い通りの場所へと向かって進んで行く。

 

 未知の経験に雷の心が晴れやかになった。今までできなかったことができてしまう。これで提督の力になることができる。

 

 自分では想像もつかなかった速度で移動しながら、的に向かって構えを取る。本来砲撃をする時は、命中精度を高めるために海上で一時停止をするのが当たり前。そんな基本動作を忘れてしまったかのように、雷は直感だけで動きながら砲弾を発射した。

 

 ズドンッ!

 

「……っ!」

 

 砲身が揺れ、衝撃が艤装から身体中に伝わった。その瞬間、新たなる驚きが頭の中を埋め尽くす。

 

 発射の衝撃が強い。なのに、身体の軸は全くぶれなかった。

 

 そして発射された砲弾は、的の中心――雷が思い描いた場所へと突き刺さり、見事なまでに粉砕していた。

 

「やったわっ!」

 

 歓喜の声を上げた雷はそのまま先にある的へと向かい、続けさまに砲弾を発射する。そのどれもが完璧と言える結果を出し、自身と見ている者を驚かせた。

 

 これなら活躍できる。もっと提督の役に立つことができる。

 

 嬉しさで胸がいっぱいになった雷は、続けて雷撃用の的へと向いた。砲撃用の演習場所からは少し離れているため、本来ならもう少し近づいてから発射するべきなのだが、

 

「いける……っ!」

 

 艦娘たちが使用する魚雷に近代的な誘導機能は付いておらず、命中率を高めるために複数の魚雷を扇状に同時に発射するのが当たり前だ。しかし雷は、緩やかな波で流されていく的の位置をまたもや直感で予想し、魚雷発射管から1本だけを発射した。

 

「故障か。ふん、つまらん……」

 

 砲撃を見て驚いていた中将だったが、その様子を見た瞬間に面白く無さそうにため息を吐いた。しかしそれ以外の人物――部長と提督、そして秘書艦は雷の意図を瞬時に察知する。

 

「当たれーーっ!」

 

 拳を振り上げた雷の声と共に魚雷が海中を走り、数秒の後、的に直撃して大きな水柱を上げた。

 

「……なっ!?」

 

 予想していなかった状況に驚く中将。そして、同じように提督も秘書艦も驚いていた。

 

 そんな中、魚雷を放った雷と部長だけは嬉しそうに笑みを浮かべている。

 

 ただし――それは大きく意味合いの違うモノだったのだが。

 

 

 

 

 

「雷の演習の結果はどうだったかしら?」

 

 海面を滑るように移動して皆の元に帰ってきた雷は、胸を張りながら報告する。

 

「素晴らしいっ!」

 

 真っ先に叫んだのは中将だった。一番に提督から褒めて欲しかった雷は若干不満そうな表情を浮かべそうになる。

 

「あぁ、凄かったぞ、雷」

 

「本当!? これからは、雷に頼って良いんだからねっ!」

 

 満面の笑みを浮かべて喜んだ雷は海面から埠頭へと上がり、提督に抱きつこうと両手を広げた。

 

「まさか新型近代化改修の効果がここまでとはっ! いける……これで深海棲艦共を根絶やしにできるぞっ!」

 

 中将の言葉に眉を顰めた秘書艦だったが、口を開こうとする前に部長が右手を上げた。

 

「いえ……まだ試験段階ですから、経過を見ていかなければなりません。それに、全ての艦娘に効果があるかはまだ分かりませんので……」

 

 冷静を取り繕いつつ話した部長だったが、内心は両手を上げて飛び上がりたいほど喜んでいた。だが、自分が言ったのは本当のことであり、暫くは様子を見ながらデータを取って、情報をまとめなければならないだろう。

 

 それでも苦労が報われるのは本当に気持ちが良いと、部長は笑みを浮かべて雷を見る。視線に感づいた雷は少し戸惑ったが、自分を強くしてくれた部長に対して感謝し、大きく頭を下げて礼を言った。

 

「ありがとうございますっ!」

 

「いや、まだ試験の段階ですからね。今後どうなるかは経過を見なければ分かりません」

 

「それでも……雷は本当に嬉しいわっ!」

 

「ええ、私も嬉しいですよ。ですがこれから1ヶ月ほどは、経過を観察させていただくことになります」

 

「分かったわ。宜しくお願いするわねっ」

 

 もう一度頭を下げて礼をした雷に愛想笑いを浮かべた部長は、提督の方へと向き直る。

 

「ひとまず試験は良好のようです。このデータをまとめるために一度大本営に戻りますが、1週間後に経過を見にきます。それまでの間、毎日報告書を作成して頂きたいのですが……」

 

「提督。その作業はぜひ私にやらせて下さい」

 

 部長の言葉に真っ先に声を上げた秘書艦が、提督の近くに歩み出た。

 

「……手間をかけるが、構わないのか?」

 

「はい。提督に無理を言ってお願いしたのは私です。試験体となれなかった以上、これくらいのことはさせて頂きたいのです」

 

「そうか……分かった。宜しく頼む」

 

「はいっ!」

 

 笑みを浮かべた秘書艦は提督に向かって大きく頭を下げた。その姿を見ながら、提督は小さく息を吐く。

 

「報告書の詳細は大本営に戻ってからメールで送ります。そのアドレスへ、毎晩20時までに報告書を送って頂けるようにお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 部長の言葉に秘書艦が頷き、話がひと段落したと思われた時、提督がふいに口を開く。

 

「ちなみにですが、部長が再度こちらにこられる1週間以内に、もし何かがあった場合はどうしたら良いでしょうか……?」

 

 真剣な目で睨みつけるように提督が言うと、部長は一瞬焦ったような表情を浮かべてから口を開いた。

 

「すぐに……私の方へ連絡を寄こして下さい。できる限り早くこちらにきますので」

 

「宜しくお願いします」

 

 頭を小さく下げた提督だが、視線は全く動かさずに部長の顔を見つめたままだった。

 

 もし何か問題が起これば、必ず責任を取らせてやる。

 

 ――そう言われているような気がした部長は、ゾクリと背筋に冷たいモノが走る感覚に陥りながら、密かに足を震わせた。

 

「そっ、それでは、私達は……」

 

 言って、部長は未だ独りで喜び声を上げていた中将の肩を叩いて帰ることを知らせてから、提督に向かって敬礼をして去って行く。

 

 その姿は明らかに逃げるような感じに見えたが、提督の心は既に雷へと向けられていた。

 

「本当に……何事も無ければ良いんだが……」

 

 小さく誰にも気づかれないように呟いた提督は、部長の背を見ながらため息を吐く。

 

 喜びながら演習の感触を秘書艦に話す雷の声を聞きながら、心が不安に押し潰されそうな提督だった。

 

 

 

 

 

 演習場から少し離れた所に1人の艦娘がいた。

 

 肩の手前で綺麗にカットした髪の毛がサラサラと風で揺れるのを手で押さえた彼女は、思い詰めたような表情で雷を見つめている。

 

 彼女は数日前、旗艦として遠征任務に着いた。その途中で深海棲艦と鉢合わせてしまったのだが、任務を失敗こそしなかったものの副艦が中破するという事態に追い込まれてしまった。

 

 原因は索敵不足なのだが、決して彼女がミスをしたという訳では無い。護衛するタンカーの底から這い上がるように襲ってきた潜水艦を、真っ先に見つけたのは彼女なのだ。

 

 本来ならば任務も成功させて被害も少なかったと褒められる立場の彼女なのだが、問題は中破してしまった副艦だった。副艦は彼女の姉であり、旗艦である彼女を守ろうとして被害を負ったのだ。

 

 それが彼女に取って、とても許し難いことだった。自分のせいで姉が傷ついてしまった。自分がもっと気を配っていればこんなことにはならなかった。

 

 彼女は帰還し、姉の修理に付き添いながらずっと思い詰めるように考えていた。もっと強くならなくてはならない。姉をしっかりと守れる妹にならなければならない。

 

 そんな折、雷の演習をたまたま見てしまった。姉が気をかけている雷が、見違えるように強くなっている。

 

 どうやってあんな風に強くなったのか。私も今よりもっと強くなれるだろうか。

 

 その思いがどんどんと心の中を埋め尽くし、彼女はそそくさと大本営に帰ろうとする部長に声をかけた。

 

「あの……すみません……」

 

「はい。私に何か?」

 

 急に現れた艦娘に対し、部長は少し驚きつつも返事をする。

 

「先程の雷ちゃんについて、お聞きしたいことがあるんですけど……」

 

 思い詰めたような表情を浮かべた艦娘を見て、部長は直感的に察知した。

 

 こいつは使える。

 

 新たな試験材料がやってきた――と。

 

「ふむ……どうやら私達の研究が気になるようですね」

 

「研究……?」

 

「ええ、新型近代化改修という研究です。もし宜しければ、少しお話しましょうか?」

 

「は、はい。お願いします」

 

 ぎこちない笑みを浮かべながら頭を下げた彼女を見て、部長は爽やかに笑みを浮かべる。

 

 それは――心の中とは正反対の表情であり、先程脅された提督に対する仕返しの気持ちが混じっていた。

 




次回予告

 それから2日が経った。
雷の性能向上を調べるために、出撃することになる。
提督は雷を旗艦とし、練度が高い2人の艦娘をサポートにおく。

 第六駆逐隊、いざ参る。


 深海感染 -ZERO- 第三章 その1

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第三章 その1


 それから2日が経った。
雷の性能向上を調べるために、出撃することになる。
提督は雷を旗艦とし、練度が高い2人の艦娘をサポートにおく。

 第六駆逐隊、いざ参る。


■第三章 経過報告書

 

 

 

 雷が新型近代化改修を受けてから2日が経った。

 

 提督が心配していたような問題は起こらず、向上した能力も保ったままであり、秘書艦が作成する報告書にもその通りに書かれていた。

 

 すると今度は試験の効果を更に調査するために、雷を演習ではなく戦闘に参加させて欲しいという内容のメールが部長から届いた。試験を了承した以上無下に断ることもできなかった提督は、鎮守府付近の海域に出没しているはぐれ深海棲艦の討伐に向かわせることにする。

 

 提督はできる限り雷の身に危険が降りかからないようにと考え、雷より先に鎮守府に配属され、既に練度が充分と言えるほどに育っている駆逐艦を随伴とし、合計4艦の艦隊を編成することにした。

 

 旗艦を雷とし、副艦を電。随伴艦として暁と響による、第六駆逐隊が編成されたのである。

 

 

 

「本日ヒトサンマルマル時に、第六駆逐隊は出撃して下さい」

 

 執務室に出頭した4人は秘書艦から出撃内容を聞かされ、雷は驚いた顔で真っ先に声を上げた。

 

「わ、私が旗艦だなんて……本当に良いのかしら?」

 

「ええ、今回の出撃は例の試験の調査も兼ねています。雷の出撃経験がそれほど多くないのは他の皆も良く分かっているでしょうから、できる限りサポートしてあげて下さいね」

 

 秘書艦の言葉に納得した雷だったが、他の3人はどうなのだろうと表情を窺った。

 

「暁は3人のお姉さんで一人前のレディなんだから、みんなのことをしっかり守るのは当然よ」

 

「響も同じだよ。雷に旗艦の経験を充分に詰めるように、最大限努力するさ」

 

「電も副艦として、雷ちゃんをしっかりサポートするのです」

 

 雷の心配をよそに、3人は口々にそう言いながら頷いた。妬みなどは一切なく、むしろ歓迎するかのように笑みを浮かべてくれる姉妹達に、雷はおずおずと口を開く。

 

「本当に……良いの?」

 

「当たり前じゃない。誰が旗艦になったって、私達は姉妹なんだから」

 

「そうなのです。みんなで仲良く出撃するのです」

 

「そして、被害が出ないように敵をやっつけなければならないね」

 

「み、みんな……ありがとうっ!」

 

 雷は3人に深々と礼をし、満面の笑みを浮かべながら頭を上げた。そんな4人の姿を見た提督はほっと胸を撫で下ろす。

 

 雷と同じくらいの練度の艦娘だけで艦隊を編成した場合、何かしらの問題が起こった際に心許ない。かと言って練度の高い艦娘で編成すれば、雷を旗艦にするための口実が難しくなってしまう。

 

 その点、姉妹だけで艦隊を編成すれば、こういった理解もし易くて済む。試験については雷が姉妹には既に話していたらしく、説明自体は簡略的で済んだのだ。

 

 暁と響は古くから部下として鎮守府に居ることもあり、練度も高く提督の信頼も厚い。もし戦闘中に何か問題が起こったとしても、2人がちゃんと対処をしてくれるだろうと提督は考えていた。

 

「――では、第六駆逐隊の4人で鎮守府付近の海域に現れた深海棲艦を撃破してくれ。また、その際にできる限り被害が出ないよう、最新の注意を怠らないように」

 

「当然よっ」

 

「了解したわっ」

 

「了解した」

 

「了解なのです」

 

 4人による一斉の返事と敬礼を受けた提督は同じように返し、小さく頷いた。付近の海域には強力な深海戦艦が現れることもないし、何も問題は起こらないはずである。

 

 そこまで考えての判断なのに、心のどこかで嫌な予感を感じているのはなぜなのだろう――と、提督は思い悩むように目を閉じた。

 

 その仕草に誰も気づかず、敬礼を解いた4人はクルリと後ろへ向く。

 

 目を開けた提督は執務室から出ていく4人の後ろ姿を見ながら、不吉な感じを拭い去れない自身の心を切り替えたい気持ちで、大きなため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ◎ 第六駆逐隊、出撃ス

 

 

 

 海上を駆ける艦娘達。

 

 スケート選手のような動きによって白い水飛沫が舞い上がり、30ノットを超える速度で移動する。

 

 建造したての艦娘ならまだしも、演習を行ってきた4人にとってこれくらいのことはなんともなかった。

 

 ましてや旗艦の雷に至っては、新型近代化改修を受けた身。その効果を実戦で試すべく、こうやって深海棲艦が目撃された場所へと向かっているのだ。

 

「目的地まではもう少しあるけど、電探の反応には十分注意してねっ」

 

「了解。響に抜かりはないよ」

 

「雷ちゃんったら、張り切っちゃっているのです」

 

「空回りしないように、気をつけなさいよねっ」

 

 雷の言葉に頷いた響に、小さく笑みを浮かべる電。そして暁が人差し指を立てながら注意するが、雷はニッコリと微笑んで返事をする。

 

「もちろんよ。でも、ここでちゃんと結果を残してみせるんだからっ」

 

 そう言って雷はスピードを速めた。単縦陣の先頭に位置する雷を追いかけるために3人も同じように加速するが、一番後方に居た電が少しずつ遅れだした。

 

「は、早いのです……」

 

 電は暁や響と比べると練度はまだ高くは無い。そうは言っても雷よりも高いはずなのだが、まさか置いてかれるとは夢にも思わなかっただろう。

 

 成長した雷のことを思えば嬉しくなるのだが、一方で電の心には焦りが生まれてきた。姉妹なのだから妬みなんてものは無いはずなのに、自分だけが取り残されそうになってしまうのは嫌だと、焦りながら精一杯速度を上げようとした。

 

 しかし、今の自分にはこれが限界だと言う風に艤装が軋む音を鳴らし、バランスが悪くなる。このままでは長くは持たない。下手をすれば艤装のどこかが破損してしまうかもしれない。焦りが更に焦りを生み、額に汗が吹き出してきた。

 

「……っ。雷、少し速度を落としてくれないかな」

 

「えっ、ど、どうして……?」

 

「電が少し遅れ始めている。急ぐ気持ちは分からなくもないけど、陣形を乱すのは良くないよ」

 

 響の言葉を聞いて振り返った雷は、電の姿を確認する。辛そうな表情で必死に追いつこうとする電を見た雷は、慌てて速度を落とした。

 

「うん、この速度なら大丈夫だね」

 

「旗艦なんだから、ちゃんとみんなのことを把握しないとダメじゃないっ」

 

「う……っ、そ、その……ごめんなさい……」

 

 肩を落として謝る雷。何とか追いついてきた電はそんな雷を見て、申し訳なさそうに声をかけた。

 

「い、電こそ、ごめんなさいなのです」

 

「そうだね。電も厳しいなら言わないといけないね」

 

 そう言った響の声に、大きく肩を落とす雷と電。そんな2人を見た暁は、すぐさま声をかけた。

 

「響の言うことは正論だけど、落ち込んじゃったら意味が無いわよね。むしろ早くにそれが分かったことを喜んで、もっと頑張らなきゃね」

 

「そ、そうよねっ。もっともっと頑張って、司令官に雷が居ないとダメだって言わせるんだからっ!」

 

「電も頑張るのですっ! そして、いっぱいいっぱい助けるのですっ」

 

「うん。2人ともその意気だね」

 

 頷いた響を見て笑みを浮かべた雷と電は、出撃する時よりも表情を明るくして前へ顔を向けた。そんな2人を見て小さく息を吐いた響は、少しだけ速度を落として暁の真横に並ぶ。

 

「ありがとう、暁」

 

「別に……可愛い妹達の為だもの」

 

「そうだね。さすがお姉ちゃんだね」

 

 響の言葉にほんのりと頬を赤く染めた暁は、ぷいっと顔を背けた。

 

 そんな暁を見た響はクスリと笑ってから、元の位置へと戻ろうとする。

 

 その瞬間、電探に微細な反応を感じ――大きな声を上げた。

 

「2時の方向に反応ありっ!」

 

「……っ! 敵の数はっ!?」

 

「少し待って……っ」

 

 口元に指を当てた響の仕草を見た他の3人は、コクリと頷いて口を閉じた。

 

「この反応は……軽巡1、駆逐3! 3時の方向に向かって進行中!」

 

「了解! 後方を突くため、迂回しながら接近するわっ!」

 

「「「了解!」」」

 

 3人の返事を聞いた雷は急いで前を向き、カーブを描くように水面を蹴る。はやる気持ちを抑えつつ、後に続く3人のことを考えて速度を押さえながら、雷は自身のテンションを上げていく。

 

 陣形に乱れは無い。みんなの表情も問題無い。

 

 だけど雷の心の中に渦巻くモノが、嫌な予感を掻き立てる。

 

 それがいったい何なのが分からず、雷の不安がどんどんと高まっていく。

 

 過去に捨て艦として利用された記憶が、戦場に立つ自身を無意識に震わせてしまうのか。

 

 もう大丈夫だと思っていたけれど、心のどこかで大きな傷となっているのかもしれない。

 

 しかし、もうすぐ敵の姿が見えてくる。戦いになれば弱音なんて吐いていられない。

 

 恐怖を打ち消すかのように雷が強く目を瞑った瞬間、暁が声を上げた。

 

「敵機発見! 距離はおおよそ3万!」

 

「射程ギリギリなのです」

 

「どうするかな、雷?」

 

「まだ敵はこちらに気づいてないわ。速度を落とさずに、距離を縮めるわよっ!」

 

「「「了解!」」」

 

 進路をそのままに進む4人は、いつでも砲撃できるように構えを取る。できる限り近づいて仕留められる距離で発砲したい気持ちと、いつ気づかれるか分からない焦りが各々の心を大きく揺れ動かした。

 

 雷たちは深海棲艦に徐々に近づき、その姿が肉眼でも分かるくらいになると、響が電探の感度を調べながら口を開いた。

 

「距離……およそ1万7千。今のところ、気付かれた様子は無いけど……」

 

 だが今は、太陽が真上にあり視界が良い。深海棲艦達がほんの少し後ろを振り返れば、雷達の姿を確認することができるだろう。

 

 雷は深海棲艦の背中に照準を合わせながら考えた。今ここで発砲すれば奇襲になるだろうし、一隻くらいは倒せるだろう。しかし距離はまだ遠く、確実に全ての敵を仕留めるのは難しいかもしれない。

 

 敵も味方も4艦ずつ。乱戦になれば、いくら敵が弱いと言えども油断はできない。砲撃ならまだしも、雷撃をまともに喰らってしまえば十分に大破も考えられる。

 

 いくら練度が高くても、いくら新型近代化改修で強化されたとしても、戦場で油断をすれば足元を掬われる。それに雷には決定的に足りないモノがあった。

 

 本番での経験。雷は今の鎮守府に来て何度も演習を行ったが、実際に本番を経験したのは捨て艦として利用された一度きりなのだ。実戦経験に乏しい雷は、状況判断が暁や響と比べて著しく遅かった。

 

「雷、このままだといずれ……っ!?」

 

 響が悩む雷に声をかけていた最中に、深海棲艦の一隻が何かに気づいたかのように、後ろへ振り返った。

 

「……ッ、……ッ!」

 

 距離が遠く、何を言っているか分からないが、明らかにこちらに気づいたのは確かのようだった。

 

「雷っ!」

 

「……っ、全艦砲撃開始っ!」

 

 雷は大声で叫んだ瞬間に砲弾を発射する。

 

「了解、響に任せて」

 

「砲撃するからねっ!」

 

「う、撃つのですっ!」

 

 暁と響も後に続き、12.7cm砲を深海棲艦に向けて発射した。

 

 爆風が舞い、複数の砲弾が風を切り裂いて飛んでいく。

 

 深海棲艦が雷達の方へ攻撃するには反転行動が必要であり、奇襲自体は成功だった。

 

 しかし問題は、雷達の砲撃体制であった。深海棲艦が振り向いたことによって急遽発砲となった攻撃は正確性に乏しく、命中率は著しく低下する……と、思われた。

 

「攻撃が命中したわっ!」

 

 砲弾のいくつかが軽巡と駆逐の各一隻に直撃し、大きな黒煙を上げながら動きを止めた。しかし残った二隻の駆逐イ級が反転を終え、大きな口を開けながら砲弾を発射する。

 

「回避行動を開始してっ!」

 

 雷の声よりも早く、暁と響は大きく弧を描くように移動して砲弾を避ける。

 

「そんな攻撃……当たんないわよっ!」

 

「無駄だね」

 

 一足遅れて回避行動を取った雷と電もイ級の砲弾を上手に躱し、水柱の間を抜けて敵との距離を大きく縮めた。

 

「この距離なら……雷撃よねっ!」

 

「ウラーーーッ!」

 

 暁と響が魚雷を発射すると、少し離れた雷と電も合わせるようにイ級に照準を向けて発射する。

 

 発射直後に現れた魚雷の航跡はみるみるうちに消え去り、酸素魚雷の特性による視認のし難さによってイ級は近づいてくる魚雷に気づかず、身体に大きな穴を開けて爆発炎上した。

 

「やったわっ!」

 

 勝ち名乗りを上げるように雷が叫び、電も「ふぅ……」と、息を吐きながら肩の力を抜く。

 

 敵は全てやっつけた。これで後は鎮守府に戻れば任務は終了だと、気が抜けた瞬間だった。

 

「雷、電! まだだっ!」

 

「「……え?」」

 

 響の声に顔を上げた雷と電は、何事かと周りを見た。

 

 炎上し、海底へと沈んでいく駆逐イ級。

 

 黒煙を上げながら同じように沈み行く軽巡ホ級。

 

 そして、もう一隻の黒煙を上げていた駆逐イ級の姿が……目の前から消えていた。

 

「危ないっ、避けてっ!」

 

 暁の叫び声が耳に響き、電が9時の方向へと顔を向ける。

 

 そこには、消えたと思っていた駆逐イ級の大きな口がガバァ……と、開いて迫っていた。

 

「……ひっ!?」

 

 鮫のように噛み付こうとする大きな口。その中にある砲身が鈍く光り、軋むような重く低い金属音が聞こえてきた。

 

 どう考えても避けられない。

 

 砲弾の直撃は免れない。

 

 油断してしまった結果、電の運命は沈んでいく道へと足を踏み入れた。

 

 そんな考えが電の頭の中に浮かんだ瞬間、右の脇腹の辺りに大きな衝撃が走った。

 

「……っ!?」

 

 電が大きく見開いた目で、自分が居た場所を見る。

 

 そこには電を助けようと体当たりをした雷の姿があり、

 

 そして、駆逐イ級の口が最大まで開かれていた。

 

「雷……ちゃんっ!」

 

 電が叫ぶ。

 

 なぜなのかと、大きく叫ぶ。

 

 自分の身を呈してまで、なぜ電を助けたのかと叫び……

 

 思わず目を閉じてしまった。

 

 





次回予告

 雷が電をかばう。
どう考えても無事では済まされない状況。
しかし、妙な違和感に気づいた電はゆっくりと目を開けた。


 深海感染 -ZERO- 第三章 その2

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第三章 その2


 雷が電をかばう。
どう考えても無事では済まされない状況。
しかし、妙な違和感に気づいた電はゆっくりと目を開けた。


 

 大きな爆音が電の耳に響いた。

 

 その瞬間、妙な違和感に気づいて目を開ける。

 

 真っ赤な炎を上げながら沈み行く艦影が見え、そして大きく息を吐く音が聞こえた。

 

「ふぅ……」

 

 額を袖で拭った響は、表情を和らげながら砲身を下ろす。

 

 暁は大きくため息を吐きながら、沈んで行く駆逐イ級のすぐ傍に居る雷へと近寄った。

 

「大丈夫、雷?」

 

「え、ええ。なんともないわ」

 

「そう。良かった……」

 

 暁は安心しきった表情を浮かべ、雷の手を力強く握り締めた。

 

「戦場では絶対に気を抜いちゃいけないって、何度も教えたわよね?」

 

「う……っ、ご、ごめんなさい……」

 

「同じく電もだよ。完全に大丈夫と分かるまでは、決して目を離しちゃダメなんだ」

 

「ご、ごめんなさい……なのです……」

 

 暁と同じように電の手を握った響が、怒るのではなく諭すように話していた。

 

「でも、無事で何よりだね」

 

「そうよね。取り敢えずはこれで、任務達成よね」

 

 苦笑を浮かべて頷く暁と響に釣られるように、雷と電も笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、雷。旗艦として次の仕事をお願いするよ」

 

 響の声に頷いた電は大きく口を開く。

 

「お疲れ様っ。艦隊、帰投するわ!」

 

「「「了解!」」」

 

 敬礼をし合った第六駆逐隊のみんなが、鎮守府へと足を向ける。

 

 勝利を収めることができたのを喜びながら。

 

 全員が無事であったことに喜びを感じながら。

 

 帰投した後に説教が待っているかもと焦りながら。

 

 そして――

 

 

 

 なぜ雷を目の前にして駆逐イ級が砲弾を発射しなかったのだと、不信感を募らせながら。

 

 彼女達は、鎮守府へと帰って行った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……以上により、鎮守府近海に出現した深海棲艦の一団を全て撃沈したわ」

 

 旗艦である雷は鎮守府に帰投するやいなや書類を作成し、結果を報告するために執務室へやってきた。

 

 第六駆逐隊の4人に被害は無く、完全勝利したという嬉しさと共に、褒められるのではないかと期待しながら雷は中に入ったものの、提督は外回りの仕事が入ったらしく、秘書艦だけが執務室に居た。

 

 残念な表情を浮かべてしまいそうになった雷であったが、それでは秘書艦に失礼であると気を取り直し、書類を渡して報告を行った。

 

「分かりました。全艦に被害は無く、雷の身体にも不調は見当たらないのですね?」

 

「ええ、何の問題も無いわ。ただ……」

 

 電を助けようと見を挺した時、深海棲艦が攻撃してこなかったことが頭の中に過ぎる。

 

「ただ……なんですか?」

 

「い、いえっ、何でも無いわ」

 

 しかしそれは、たまたま深海棲艦の艤装が不調を起こしたからだろう――と、雷はあまり深く考えずに、何事も無かったと秘書艦に向けて首を左右に振った。

 

「そう……ですか」

 

 そんな雷の言動に少し顔をしかめた秘書艦であったが、本人がそう言っている以上無理に問い詰めることもできず、表情を見る限りそれほど悪くも見えないので、心配する程では無いのだろうと思いながら小さく頷いた。

 

「それでは、次の命令があるまでは待機していて下さい」

 

「了解っ。いつでも私に頼って良いんだからねっ!」

 

 満面の笑みを浮かべて退室する雷に視線を向けながら、秘書艦は小さくため息を吐く。

 

 まるでその顔は落胆しているかのように見え、他の誰かが見れば明らかに気になってしまう表情だった。

 

 

 

 

 

 秘書艦に報告を終えた雷は、他の3人が先に向かった甘味処『間宮』へと向かう途中で一人の艦娘と出会った。

 

「ようっ、雷。お疲れさまだったな」

 

 右手を上げて気軽に声をかけてきたのは天龍だった。彼女は雷がこの鎮守府に運ばれた時、一番最初に声をかけてくれた艦娘であり、普段から色々と気を使ってくれるお姉さん的存在である。

 

 もちろん雷には暁や響という姉や、妹の電がいるのだが、3人と同じくらい天龍のことも信頼していた。

 

「第六駆逐隊のみんなで出撃したんだから、全く大したことは無かったわ」

 

「できれば俺も一緒に行きたかったんだが、遠征任務があったからなぁ……」

 

「その気持ちだけで嬉しいけど、強くなった雷の姿を見せたかったわね」

 

「へぇ……そりゃあ気になるな。次の時にはぜひ拝ませて貰うぜ」

 

「ええ、存分に見せてあげるわよっ」

 

 胸を張って答える雷に笑みを浮かべた天龍が近づき、ポンポンと頭を優しく叩く。

 

 子供扱いされているように感じてしまうその仕草も、天龍に対して絶対の信頼を寄せている雷にとってはとても心地良く感じ、嬉しそうに微笑んだ。

 

「だけどまぁ……無理だけはするんじゃないぜ? 何事も気を抜いた時が一番ヤバいからな」

 

「そ、それは……うん、そうよね」

 

 天龍の言葉を聞いた瞬間、胸にズキリと痛みが走る。先程の出撃で失敗しかけた雷にとってその言葉はとても辛く、非常に重たいモノだった。

 

 気づかぬうちに雷の表情が曇り、それを察知したかのように天龍は再度頭を優しく叩く。

 

「だがな、失敗したからと言ってめげるのは更に良くねぇんだ。失敗は成功のもとって言うように、反省して糧にしなけりゃ意味が無いんだぜ?」

 

「う、うん……」

 

「もし話したいことがあるなら、気にせず俺に言いにこい。お前の話だったら、いつだって聞いてやるからよ」

 

「あ、ありがとう……天龍……」

 

 天龍の気持ちをしっかりと受け止めた雷は、あまりの嬉しさでじわりと瞳が潤んでくる。

 

 そんな雷を見た天龍は自分が喋った言葉を思い返し、思わず頬が染まっていくのを感じながら頬をポリポリと掻いた。

 

「ま、まぁ……なんだ。気が向いた時で良いからよ」

 

「はいっ!」

 

 満面の笑みで見上げてくる雷を見て更に頬を赤く染めた天龍は、あやふやな表情を浮かべながら目を逸らす。

 

「あら~、天龍ちゃんったら超イケメンな台詞を吐いちゃってる~」

 

「ば、馬鹿っ。そんなんじゃねぇって!」

 

 そんな天龍をからかうように龍田が声をかける。耳まで真っ赤にした天龍だったが、これは困っている自分を助けようとしてくれた龍田からの助け舟だと察知し、すぐさまツッコミを入れた。

 

「でも龍田が言うように、天龍は本当にイケメンかもねっ」

 

「な……っ、い、雷っ!?」

 

「そうでしょ~。天龍ちゃんは時々だけど、胸がズキューンって撃たれちゃったみたいになるセリフを言っちゃうの~」

 

「しかも、そのことを本人が自覚していないのよねー」

 

「正解~。ホント、困っちゃうわ~」

 

 雷と龍田は天龍を挟みこむようにして言いたい放題に喋ると、天龍はこれ以上真っ赤になると血管が破裂してしまうのではないかというくらいに顔を紅潮させ、肩をワナワナと震わせながら口を開いた。

 

「お、お前ら、わざと言っているだろうっ!」

 

「あっちゃー、もうバレちゃったみたい」

 

「あれれ~、私は本気だったんだけど~?」

 

「嘘だろうが本気だろうが、これ以上俺をからかうんじゃねぇっ!」

 

「あらら~、ざ~んねんっ」

 

 龍田は笑みを浮かべながら両手の平を上に向け、小さく首を振りながら天龍に答えた。

 

「ふふっ、それじゃあ雷は暁達のところに行かなくちゃ……ね」

 

 そう言って、雷は天龍から逃げるように駆け足で離れて行く。

 

「……まぁ、これで雷も一息つけたかな」

 

「天龍ちゃんったら、優しいのね~」

 

「別に……ただなんとなく、気になっちまうんだよな」

 

「それが優しいって言うのよ~」

 

 少し焼いているかのように意地悪っぽく言った龍田に、天龍は顔を向けてマジマジと見た。

 

「……ど、どうしたの、天龍ちゃん?」

 

「龍田……お前、疲れてねぇか?」

 

 天龍の言葉を聞いた瞬間、龍田は大きく目を見開いた。

 

「べ、別に大丈夫よ~?」

 

「そうか……? それなら良いんだけど……よ」

 

「ふふ……やっぱり天龍ちゃんは優しいのね~」

 

「フン……ッ、言ってろ……」

 

 プイッと顔を背けた天龍は、両手を頭の後ろに組みながら歩いて行く。

 

 そんな天龍の後姿を見守りながら、龍田は動きを止めて立ち尽くした。

 

「本当に……ううん、でも……だからこそ……そうなのかしら……ね……」

 

 龍田の独り言は誰の耳にも入ることが無く、静かに吹いた風が空へと掻き消していく。

 

 その思いがいつか届くように――と、龍田は小さく頷いてから天龍の後を追った。

 

 

 

 

 

「お待たせしたわっ」

 

 甘味処『間宮』に入った雷は、奥の席に座って会話をしている3人の姿を見つけ、声をかけながら空いている席へと座った。

 

「報告お疲れ様。何も問題無かったかしら?」

 

「もちろんよ。これくらいのことなら、もっと私に頼ってくれて良いんだから」

 

 えっへん……と、自慢げに胸を張る雷を見て暁は微笑む。しかし、響は暁とは違い神妙な顔で雷を見つめていた。

 

「お疲れ様、雷。あのことはちゃんと報告したのかな?」

 

「あのこと……って?」

 

「電を庇った時、深海棲艦が攻撃しかなったことだよ」

 

「そ、それは……」

 

 響の的確な突っ込みを受け、雷は表情を曇らせた。確かに報告書には記載しなかったけれど、こと細かに書かなければいけないという規定は無い。しかし、自分よりも先輩で練度も高く、姉である響の言葉には重みがあり、言葉を返すことができないでいた。

 

「い、雷ちゃんは悪く無いのです。電を庇う為にしてくれたんですから、責めないであげて欲しいのです」

 

「いや……別に響は責めている訳じゃないんだ。ただ少し、気になってしまっただけなんだけれど……」

 

 電の泣きそうな表情で訴える姿を見て、響はしまったという表情を浮かべる。雷が秘書艦に今回の件を報告しなかったのは、自身のミスを隠すというよりも電を庇うことの方が大きかったのは予想できた筈だ。

 

 言葉を上手く選べば良かったと響は後悔しながら帽子のつばを直すような仕草を取り、小さくため息を吐いてから口を開く。

 

「まぁ、そのおかげで誰にも被害がでなかった訳だから、そこまで気にしなくても大丈夫……かな」

 

「そうそう。折角の完全勝利なんだし、帰投後に暗くなっちゃダメなんだから」

 

 そう言った暁は、もう我慢できないと言わんばかりにメニューを両手で持ち、まだかまだかと響の顔をチラチラと眺めている。

 

 その視線に気づいた響は、少し呆れた表情を浮かべながら小さく頷いた。

 

「そうだね。今回は響が悪かった」

 

「だから、暗いのはダメって言っているじゃない」

 

「そ、そうなのですっ。それに、響ちゃんはみんなのことを思って言ってくれたのですから、謝らないで欲しいのです」

 

「そうそう。響の言うことをちゃんと理解して反省するから……」

 

「みんな……うん、Спасибо……」

 

 次々にかけられる姉妹達の言葉を聞いた響は、礼を言って視線を逸らすように俯いた。

 

 もの凄く恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しい気持ちが胸いっぱいに広がっていく。過去の記憶によって蝕まれていた部分を癒すかのように、心地よい風が心を満たしていくような気分になった。

 

「そうと決まれば、早速注文よねっ。間宮さーん、お願いしまーすっ!」

 

 待っていましたと言わんばかりに大きく手を上げた暁を見ながら、他の3人はクスクスと笑い声を上げる。

 

「はーい、ちょっと待って下さいねー」

 

 間宮の返事が聞こえ、慌てて雷はメニューを見ながら何を頼もうかと考えだした。

 

 ただの杞憂であって欲しいという響の思いは胸にしまい、今この瞬間を楽しもうとみんなを見る。何があってもみんなを守りきり、ずっと一緒に暮らしていくんだ――と、心に強く願いながら、ゆっくりと目を閉じていく。

 

 その願いが叶えられますように。

 

 できる限り、長い時間を一緒に過ごせますように。

 

 目を閉じた闇の先でうっすらと浮かぶ過去の記憶が霞となって消え、二度と思い出さないようにと祈る。

 

 そして、今はただ勝利の喜びと一時の休憩を楽しむべく、甘いデザートに舌鼓を打ちながら他愛のないお喋りをするのであった。

 

 





次回予告

 雷の様子は問題ない。
そう……提督は思っていた。
しかし、提督の元に2人の艦娘がやってくる。

 姉妹の絆が今、試される。


 深海感染 -ZERO- 第三章 その3

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第三章 その3


 雷の様子は問題ない。
そう……提督は思っていた。
しかし、提督の元に2人の艦娘がやってくる。

 姉妹の絆が今、試される。


 

 雷達が鎮守府近海に出撃してから数日が経ち、艦娘達が就寝し始める時間。

 

 その間の雷の様子を逐一調べた報告書を、執務室に居た提督は椅子に座って読んでいる。

 

「ふむ……今のところ、問題は無いようだ」

 

「はい。雷と同室である暁、響、電から毎日報告をさせていますが、変わった様子は無いようです」

 

「どうやら取り越し苦労だった……と、言うには、まだ早計かもしれないが……」

 

 椅子にもたれかかった提督は、小さくため息を吐きながら天井を見上げる。部長がやってきて新型近代化改修を受け入れた日から、なんとも言えない後悔のような気持がずっと胸の奥で引っかかっているのだ。

 

 結果的に見れば大本営からの補給は通常数値に戻り、ギリギリまで資材の消費を切り詰めたり、分刻みによる遠征を行わなくて済んだことには感謝をしているのではあるが、それはあくまで雷のおかげであり、提督自身は何もしていないと感じている。

 

 秘書艦や雷は今までの恩を返すためだと言ってはいたが、それは提督にとっても同じなのだ。自分一人では何もできない。部下である艦娘達が居るからこそ、この鎮守府を運営することができているのだ。

 

 しかしその一方で、もう二度と部下を危険な目に会わせたくないという気持ちが強く働き、大本営の命令を無視続けていたのである。言わば、提督の勝手な行動でどんどんと追い詰められていったのに、その代償を雷に背負わせてしまったという負い目が、提督の心をじわじわと締めつけていた。

 

「提督……あまり深く考えないで下さい。ただでさえ心労が溜まっておられるのですから、少しくらいお休みになって頂いた方が……」

 

「いや、僕の身体は僕が一番知っている。できることがあるのなら、できる限り早急にしてしまわないと、みんなに合わせる顔が無い……」

 

「で、ですが……」

 

 提督は秘書艦の言葉に耳を傾けようとせず、天井に向けていた視線を机に下ろし、大きなため息を吐いてから積まれていた書類に目を通していく。新たな演習や効率の良い遠征任務を考えながら、1枚1枚書類の中身をしっかりと理解し、許可のサインを書いていった。

 

 無理矢理でも休ませたいが、提督は受け入れないだろう。かくなる上は気絶させてでも……と、考えた秘書艦だが、さすがにその行動はやり過ぎだと思い止まった。

 

 そんな息苦しい空気が漂う執務室に、ドアをノックする音が鳴り響く。

 

「開いているよ」

 

 提督は書類に視線を向けたまま返事をする。

 

 一拍間を置いて「失礼します」と言う声と共に、執務室の中に2人の艦娘――暁と響が入って来た。

 

「あら、2人ともどうしたのですか? 今日の任務である遠征は終わった筈ですし、報告も聞きましたけど……」

 

「ええ、秘書艦の言う通り今日の予定は何も無いわ。でも、少し提督に話したいことがあるの」

 

「ですが……提督は今、忙しいので……」

 

 暁の言葉にそう答えた秘書艦だが、提督は手に持っていた書類を机に置いて、ニッコリと笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「いや、構わないよ」

 

 そう言って、両肘を机の上に置きながら両手を組み合わせた。

 

「すまないね、司令官。だけど、耳に入れておいた方が良いと思うんだ」

 

「それは……いったい何なのかな?」

 

 提督の問いに暁と響はお互いの顔を見て頷き合い、再び口を開く。

 

「実は今日の遠征任務の際、雷の様子がいつもと違ったように見えたんだ」

 

「いつもと……違うだって?」

 

「そうなの。海上での動き自体は何の問題も無かったんだけど、話をしている最中に、急に怒り出すようなことがあったの」

 

「ふむ……」

 

 提督は組んでいた手を解き、右手を口元に当てながら考えた。普段の雷は元気一杯で人当たりも良く、暁が言うように怒ったりすることはあまり無い。しかし、雷も1人の艦娘であるのだから、気に入らないことがあったり、機嫌が悪い日だってあったりするだろう。

 

 だがその一方で、新型近代化改修を受けてからまだ1週間が経っておらず、どのような変化が起こるかは分からない。もしかすると悪い影響が出てきたのではないかという心配が、提督の頭に過ぎっていた。

 

「それは2人の思い過ごしではないのでしょうか?」

 

 提督が2人に聞くよりも早く、秘書艦が問いかける。

 

「そ、それを言われると……正直難しいんだけど……」

 

「話の内容に雷を傷つけるようなことが含まれていたのなら、怒りだすのも考えられるのですが」

 

「それについては否定できないかもしれないね。けれど、違和感みたいなモノを覚えたのも事実なんだ」

 

「それ自体が思い過ごしだとは思いませんでしたか?」

 

「うっ……、そ、それは……その……」

 

 秘書艦の威圧にも似た言葉にひるんだ暁は、たじろきながら言葉を詰まらせる。これ以上提督に心労をかけさせてはならないと言われているみたいで、2人は何も返せないでいた。

 

「まぁ、そんなにきつく言わないでやってくれ。2人とも雷のことが心配で報告しにきてくれたんだ」

 

「で、ですが提督は……」

 

「僕のことは大丈夫だと言っただろう?」

 

 そう言って、提督は秘書艦に笑みを見せた。しかし、目の下にはうっすらと隈がかっており、明らかに体調は優れないはず。なのに、提督は自らの身体に鞭を打ってでも、2人の話を真剣に受け止めようとしているのだ。

 

 たとえそれが思い過ごしであっても、2人の心配が取り除ければそれで良い。

 

 そしてそれは、提督の思い過ごしであって欲しいという思いも含まれていたのかもしれない。

 

 秘書艦は色々な思いを胸に秘めながら小さくため息を吐き、半ば諦めるような表情を浮かべてから提督に頷いた。

 

「よし、それじゃあ2人とも、雷をここに連れて来てくれないだろうか?」

 

「あ、ありがと、司令官。お礼は……ちゃんと言えるしっ」

 

「Спасибо……」

 

 深くお辞儀をした2人を見た提督は、首を左右に振ってから口を開く。

 

「いや、僕の方こそありがとう。雷の変化を見過ごさない為にも、できるだけ早くにお願いするよ」

 

「ええ、今すぐに連れてくるわ」

 

「それじゃあ司令官、少しだけ失礼するね」

 

 響の言葉に提督が頷くのを見て、2人はもう一度頭を下げてから執務室から出て行った。

 

 そして再び沈黙に包まれた執務室に、大きなため息が響き渡る。

 

「……怒っている……のか?」

 

「いえ、怒っているのではなく、呆れているのです」

 

 秘書艦の言葉によって背中にびっしょりと冷や汗が吹き出してしまった提督は、気まずい思いから目を合わさないように書類を手に取った。

 

「ですが……提督らしいです」

 

「む……」

 

 その言葉に一瞬戸惑い、頬が赤くなってしまうような感じに、更に顔を合わせ辛くなってしまう。

 

「雷の様子を見た後は、少し休んで下さいね?」

 

「そう……だな」

 

 有無を言わさない言葉に仕方無く頷いた提督は、秘書艦に聞こえないようにため息を吐く。

 

 提督は書類に書かれた文字を読むふりをしながら、雷が執務室にやってくるまでの間に、秘書艦の機嫌を直す方法を頭の中で考えようとしていた。

 

 

 

 

 

「お待たせしたわ、司令官」

 

 それから10分ほど経った後、暁に続いて響の手に引かれた雷が不思議そうな表情を浮かべながら執務室に入ってきた。

 

「暁や響に言われてついてきたけど、いったいなんなのかしら?」

 

「いや……ちょっとした確認なんだが、雷の様子はどうかと思ってね」

 

「それってもしかして、司令官が雷を心配してくれているってことなの?」

 

 そう言いながら、雷はまんざらでもないような表情を浮かべていた。

 

 どうやらパッと見た限りは問題が無さそうに思えるが、暁や響の言葉を考えると外見だけでは分からないのかもしれないと、提督は考えた。

 

「雷、最近の調子はどうだろうか」

 

「うーん……別に差し当たって調子が悪いとかそういうのは無いわ。改修によって強くなった力も問題無く使えているし、遠征任務の時も気になるようなことは無かったわ」

 

「それでは、精神的な方はどうだろう? 疲れやすいとか、イライラし易くなったとか、ちょっとした変化でも構わないから、気になることがあれば教えて欲しいんだが……」

 

「なんだか尋問みたいに聞こえるんだけど……別になんにも無いかな」

 

「ふむ。それなら良いんだが……」

 

 雷の言葉を信じるのなら、暁や響が言ったことは思い過ごしなのだろう。しかし、雷が提督のことを心配させないようにと、嘘を言っている可能性も考えられる。

 

 表情だけでは詳しく読み取ることができず、かと言って話をしている限り不審な点は見当たらない。これ以上踏み込んだ質問をするべきかどうかを迷っていると、秘書艦がふいに雷へと声をかけた。

 

「今日の遠征任務の時ですが、何か気になるようなことはありませんでしたか?」

 

「べ……別に何も無かったけど……?」

 

 そう答えた雷であったが、明らかに歯切れが悪く、秘書艦から視線を少し逸らしたのが見て取れた。

 

「暁や響の報告では、少し体調が優れないように見受けられたということなのですが」

 

「そ、そんなことは無いわ。い、雷は、全然平気なんだからっ!」

 

「少し焦っているように見えますけど、本当に大丈夫なんですね?」

 

「も、もちろんよっ!」

 

「分かりました。それでは結構です」

 

「そ、そう……それじゃあ雷は、そろそろお休みしたいから……」

 

 焦ったような表情を浮かべた雷が繋いでいた響の手を振り払い、きびすを返して執務室から逃げ去るように去って行った。

 

「あっ、い、雷……っ!」

 

 驚きの声を上げた暁がその後を追おうと、咄嗟にお辞儀をしてから執務室を出る。

 

「し、司令官……ゴメン……ッ」

 

「ああ、構わない。すぐに雷の後を追ってくれ」

 

 申し訳なさそうに頭を下げた響も、同じように外へと出て行った。

 

「………………」

 

 取り残された提督と秘書艦は、再び重い空気が漂う執務室の中でため息を吐く。

 

「どうして……あんな言い方をしたんだ?」

 

「単刀直入の方が早いと判断しました。それに、原因の方も予想がつきましたので」

 

「……そうなのか?」

 

「ええ、どうやら雷は提督と同じだと見受けられます」

 

「僕と同じだって?」

 

 先程雷を見た限り、自身と同じような感じには見えなかったのだが……と、提督は思い返す。

 

 いや、少しばかりは気づいているのだが、それを言ってしまうと追い詰められるのは目に見えている。

 

 つまり、自分自身を押し黙らせているのだと提督は考えたのだが……

 

「ただ単に、寝不足のようですね」

 

「……え?」

 

「提督は気づかなかったのですか? 雷の目の下に、うっすらと隈ができていたじゃありませんか」

 

「そ、そうだった……かな?」

 

 雷の顔を思い返してみるが、どうにもはっきり思い出せなかった提督が秘書艦の方へと顔を向けた。すると、目の前に突きつけられるように小さな鏡が向けられており、自身の顔がハッキリと見えた。

 

「む……むぅぅ……」

 

 鏡に映る顔。その眼の下はうっすらと黒く、明らかに寝不足であることが見て取れる。自身の体調は良く分かっているつもりなのだが、秘書艦に無言で鏡を突きつけられたことによって、逃げ場は完全に塞がれてしまっていた。

 

「そういうことですから、お休みになって頂けますでしょうか……提督?」

 

「はぁ……仕方無い……か」

 

 観念したように肩を落とした提督は、デスクワークで固まった身体を解すように両腕を上げて背伸びをし、ポキパキと鳴る筋肉の音を聞きながら大きなあくびをした。

 

「それではこちらに布団を敷いておきますので、ゆっくりとお休みになって下さい。その間、書類の方はやっておきますので」

 

「い、いや……そこまで頼るのは……」

 

「いいえ、この際ゆっくりと寝て頂かなければ困ります。提督が倒れてしまったら、この鎮守府は運営できなくなってしまうのですよ?」

 

「ふぅ……やっぱり君には敵わないな……」

 

 苦笑を浮かべた提督に微笑んだ秘書艦は無言のまま布団を敷き、机の上にあった書類の束を持って執務室から出た。

 

 これでもう、提督は暫くなにもすることができない。いや、眠ることはできるのではあるが。

 

 折角秘書艦が作ってくれた時間なのだからと、提督はもう一度大きくあくびをしてから布団に潜り込む。

 

 ホッと一息ついて目を閉じると、どれくらいぶりなのか定かではない布団の感触を味わう間も無いまま、提督の意識は闇の底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 その頃、執務室から逃げ去るように出た雷が、そう遠く無い通路を早足で歩いていた。

 

 その後を追いかけるように暁と響が駆け足で近づき、慌てて声をかけた。

 

「ま、待ってよ雷。そんなに急がなくても良いじゃないっ!」

 

 呼び止めた暁に全く気づかない風に歩き続ける雷は、不機嫌な表情のまま更に速度を上げて通路の角を曲がる。

 

 無視された怒りよりも悲しみが勝ってしまった暁が、ほんの少し走る速度を落としてしまう。見兼ねた響は暁を追い越して角を曲がり、無理矢理にでも雷を引き留めようと手を伸ばして肩に触れた。

 

「……っ!」

 

 その瞬間、まるで親の仇を睨みつけるような形相で振り返った雷に、響は身体を硬直させ押し黙ってしまう。

 

「離して……」

 

「だ、だけど……」

 

「離してって言っているじゃないっ!」

 

 雷の叫び声が夜の通路に響き渡り、追いついてきた暁は焦りながら周囲を様子を窺った。幸い文句を言いにきたり、不審な目を向ける艦娘は現れなかったが、どう考えても雷の様子は普通であるとは思えなかった。

 

「い、雷……。どうしてそんなに怒っているのかな?」

 

 しかし、響は雷の肩に触れた手の力だけは緩めずに声をかけた。

 

「……たくせに」

 

「……え?」

 

「司令官に、告げ口したくせにって言っているのよっ!」

 

 雷は肩に触れていた響の手を振り払い、再び大きな声を上げる。

 

「ひ、響はそんなこと……」

 

「だってそうじゃないっ! 暁と響が無理矢理引っぱって司令官の前に立たせられて、秘書艦からあんなことを言われたら、どう考えてもそれしかあり得ないじゃないっ!」

 

「ち、違うのよ雷っ! 暁と響は、雷のことを心配して……」

 

「雷の何が心配だって言うのっ!? 遠征任務だってちゃんとこなしているし、この間の深海棲艦だって完璧に倒したじゃないっ!」

 

「うん、それは雷の言う通りだ……。だけど……」

 

「ならそれで良いじゃないっ! 誰にも迷惑なんかかけていないし、褒められることしかしていないわっ!」

 

 大袈裟に腕を振り払い、自分が正しいのだとアピールするように雷は2人に向かって言い放った。

 

「それともアレかしら。雷に司令官が取られてしまいそうで、2人は妬んでいるって言うのっ!?」

 

「べ、別に妬んでなんか……」

 

「暁の嘘つきっ! 自分より練度が低い雷が旗艦になったから、妬んでいるんでしょ? 司令官に報告しに行くこともできなかったから、頭を撫でて貰えなかったから、怒っているんでしょっ!?」

 

「そ、そんなこと無いわっ! 暁は頭をなでなでされて喜ぶような子供じゃないんだからっ!」

 

「それに響だってそうじゃないっ! 告げ口したのだって、司令官に会いに行く口実だったんでしょっ!?」

 

「……っ」

 

 事実無根であると反論したい響だったが、激昂している雷には何を言っても火に油であると察知し、静かに押し黙った。

 

 しかし、このまま放っておけば、雷は更に大声を上げ続けてしまうかもしれない。今はまだ苦情を言いにくる人や艦娘はいないけれど、騒ぎが大きくなればなる程、その危険は増してしまうだろう。

 

 響はどうすれば良いのかと内心焦りながら雷を見つめた。顔を真っ赤にして怒る雷のあまりにも豹変したその姿に、心が壊れてしまうのではないかと思った時――

 

「そ、それは違うのですっ!」

 

「「「……っ!?」」」

 

 怒り狂う雷の後ろから聞こえた声に、3人はそちらの方へと視線を向けた。そこには息を切らせながら今にも泣きそうな表情で雷を見つめる、電の姿があった。

 

「い、雷ちゃんの様子はやっぱりおかしいのですっ。こんなに怒りっぽい雷ちゃんは、今まで無かったのです……」

 

 電は言葉を言い終えた途端に、ぽろぽろと大粒の涙を瞳から溢れ出し、通路に敷かれた絨毯に染みを作っていった。

 

「い、電……?」

 

「お、お願い……なのです……。元の優しい雷ちゃんに……戻って下さい……なのです」

 

「………………」

 

 泣いて懇願する電の姿を目の辺りにし、興奮していた雷の呼吸が少しずつ弱まっていくように見える。

 

 雷も、暁も、響も、涙を流しながら訴える電を見て、言葉を発することができずに立ち尽くす。

 

 どうして電は泣いているのかと、冷静さを取り戻した雷は考え始めた。

 

 暁と響がなぜ司令官に会いに行き、自分を執務室に連れて行ったのか。

 

 電が目の前で泣いているのはなぜなのか。

 

 自分がしてきたことを思い返し、明らかに非があると感づいた時――雷は大きく肩を落として俯き、ゆっくりと口を開いた。

 

「ご……ごめんなさい……」

 

「い、雷……ちゃん……?」

 

「雷が悪かったわ……。暁も響も、雷のことを心配してくれたからこそ、司令官に頼んでくれたの言うのに……」

 

「雷……」

 

 響の呟く声に振り返った雷は、2人に向かって大きく頭を下げた。

 

「暁と響も、ごめんなさい。2人の気持ちを無下にしてしまって……本当に雷ってダメダメよね……」

 

「ううん、響も少し早計だった。先に雷と話し合っていれば、こんなことにはならなかったのに……」

 

「暁もごめんなさい。でも、分かってくれて嬉しいわ」

 

「うん……本当にごめんね……」

 

 もう一度頭を下げた雷の姿を見て、暁と響、そして電はほっと胸を撫で下ろした。

 

「電ちゃんは慣れない任務や改修で少し疲れていたのです。ゆっくり休んで、元通りになるのです」

 

「そうだね。そうしよう……」

 

「それじゃあ夜も遅いし、4人で仲良く一緒に寝ましょう」

 

「あれれ、暁ちゃんはレディなんだから、一人で寝るんじゃないのですか?」

 

「べ、別に、今日は特別ってことで良いじゃないっ!」

 

 顔を真っ赤にしながら慌てふためく暁を見て、3人は笑い声を上げる。

 

 雷は、ほんの少し疲れていただけ。

 

 しっかり休めば、また元通りの生活ができる。優しく元気で、いつもの明るい雷に戻る筈。

 

 そう――3人は思い、願っていた。

 

 

 

 しかしその思いとは裏腹に、小さな舌打ちする音は3人の耳に入ることが無く、夜の闇へと消えてしまう。

 

 同時に、2つの音が鳴ったことすらも分からぬままに……

 

 





次回予告

 雷が新型近代化改修を受けてから1週間が経った。
報告書を読んだ提督は、雷に変化がないことを憂いながらため息を吐く。

 そんなとき、一人の艦娘が執務室にやってきた。


 深海感染 -ZERO- 第四章 その1

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第四章 その1


 雷が新型近代化改修を受けてから1週間が経った。
報告書を読んだ提督は、雷に変化がないことを憂いながらため息を吐く。

 そんなとき、一人の艦娘が執務室にやってきた。


 

 ■第四章 深海感染

 

 

 

 雷が新型近代化改修を受けてから1週間が経った日の昼過ぎ。

 

 大本営からやってきた四十崎部長は執務室のソファーに座り、秘書艦が作成した雷についての報告書に目を通していた。毎日送られてくるメールと重複する内容はあるものの、できる限り詳細を知っておきたい部長は労力を惜しまずに、一字一句を逃さずに読んでいた。

 

「ふむ、問題は無さそうですね……」

 

 そうして1週間分の報告書を全て読み終えた部長は、右手の指で目尻を軽く揉み解しながら言った。

 

「ありがとうございます。引き続き、メールと報告書で経過をお知らせするということで宜しいですね?」

 

「ええ、それで結構です。どちらも非常に読み易く分かり易い……。貴方は非常に優秀な方ですね」

 

「いいえ、私なんてそんな……」

 

 そう言って、秘書艦は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。お世辞とは分かっていたものの、受け答えとして最善であろう態度を取る。そんな秘書艦の反応に部長もまんざらではないようで、満足げな表情を浮かべていた。

 

「……ところで、提督はどちらに?」

 

「本日は知り合いの提督と合同演習の予定が入っておりましたので、外出なさっています。以前より予定しておりましたので、くれぐれも四十崎部長には失礼の無いようにと……」

 

「そうですか。それは仕方がありませんね……」

 

 そう言った部長であるが、内心は胸を撫で下ろしていた。

 

 1週間前は補給という切り札で弱みにつけ込み何とか提督を言い負かせたが、この手を使用したことで鎮守府の運営資材の枯渇という問題が消滅し、無理難題を押しつける手段が無くなってしまったのだ。

 

 初めて提督にあったとき、中将が愚の音も言えない程言い負かされたのを目の辺りにしていた部長は、対等の立場で提督に勝てる筈が無いということを充分に理解している。

 

 もちろん対策を考えてはいるが、提督の機嫌を損なうことは部長に取って不利益でしかなく、雷の経過を知る為にもそのようなことはしたくない。だからこそ、部長にとって提督の不在は思ってもいない幸運だったと言える。

 

「それでは、私はこの書類を持って大本営に戻ります。次回も1週間後にきますので、引き続き宜しくお願い致します」

 

「分かりました」

 

 頭を下げた秘書艦に頷いた部長は、書類をまとめて封筒に入れて封をし、持ってきた鞄の中にしまおうとしたときだった。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

「おや、誰かこられたみたいですね」

 

 扉の方へと視線を向けた部長がそう呟くと、秘書艦はすぐにそちらへと向かって歩いて行く。そして扉を開けるためにノブを握ろうとした瞬間、それを見越していたかのように扉が開いてしまった。

 

「提督ー、ちょっと話があるんだけどよぉ……」

 

「提督は現在外出中です。それにお客様が居られますから、後にして頂けませんか?」

 

「あー……そりゃあ悪いことをしたな。それじゃあ出直すことに……」

 

 秘書艦に言われて事態を把握した天龍は、気まずそうな表情を浮かべる。

 

「いえ、私はもう帰りますので大丈夫ですよ。見送りは結構ですので、話を続けて下さい」

 

「申し訳ありません。それではまた1週間後に」

 

「ええ、宜しくお願い致しますね。秘書艦さん」

 

 小さく頷きながら笑みを浮かべた部長を通す為に、秘書艦は扉を全開にしてからお辞儀をした。扉を開けた天龍も慌てて扉から離れ、同じように頭を下げて見送った。

 

 そうして部長が通路を曲がって見えなくなってから、天龍は大きく息を吐く。

 

「ふぅ……」

 

「安心しているようですが、返事を待たずに扉を開けるなんて失礼ですよ?」

 

「いやぁ……悪い悪い。てっきりいつものようにデスクワークをしている提督だけだと思っていたんだよ」

 

「天龍さんの悪いのはそういうところだと、何度も言っているじゃありませんか」

 

「うっ……そ、そうだったっけな……?」

 

 分が悪いと見るや、天龍は秘書艦から目を逸らして覚えていないという振りをしていた。だがこれはいつものことで、秘書艦は呆れたような顔を浮かべながら何の用だと問いかける。

 

「実は龍田の姿を見ないんだが、提督や秘書艦だったら何か知っているんじゃないかと思ってな……」

 

「………………」

 

 天龍の言葉に一瞬だけ眉をひそめた秘書艦は、提督の机の上にある書類を手に取って、目を通しながら口を開いた。

 

「龍田さんのスケジュールですが、昨日は遠征任務のために第三艦隊の旗艦として出撃しました。帰投後は補給を行ってから大本営へ提出する資料を作成する手伝いをして頂き、その書類を届けるために現在は出かけています」

 

「なるほど……そうだったのか。それじゃあ部屋に戻ってこないのも無理はないかなぁ……」

 

「現在、手が足りないという状況が続いていますから、龍田さんには引き続き手伝って頂く予定です。ですから、もう暫くは会えない可能性がありますのでご了解下さい」

 

「うーん、それじゃあ仕方ない……か」

 

 少し不満げな表情を浮かべた天龍に、秘書艦は問いかける。

 

「もし、なにか伝えることがありましたら聞いておきますが」

 

「いや、それば別に良いや。帰ってきたときに話すことにするよ」

 

「分かりました」

 

 秘書艦の返事を聞いた天龍はきびすを返し、右手を振りながら執務室を出る。

 

 天龍の背を見送った秘書艦は扉を閉めてから大きくため息を吐き、提督の代わりに椅子に座って、書類に目を通しながら判子を押し始めた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「しっかし、困ったよなぁ……。龍田が居ないんじゃあ、どうしろってんだよ……」

 

 執務室から出た天龍は頭の後ろで手を組んで、愚痴をこぼしながら通路を歩いていた。

 

「日焼け止めクリームの置き場所が分からないから、遠征任務を休みます――って訳にもいかないだろうしなぁ」

 

 いつもならば出発前に龍田が塗ってくれるのだが、先に龍田が出撃している等でそれができない場合は、部屋のすぐに分かるところに置いてあるのが普通だった。

 

 しかし、今日に限って龍田は忘れてしまったのか、日焼け止めクリームの準備がなされていなかった。先程秘書艦から聞いたのを考えれば、余りの忙しさに手が回らなかった可能性もあるが、そんな状態であっても龍田が天龍をないがしろにするようなことはしないだろう。

 

「そうは言っても、無い物は無いだけに、どうしようもないんだが……」

 

 もちろん物があれば天龍は一人でもクリームを塗ることができる。だが、肝心の置き場所が分からないのであれば、どれだけ塗ろうと思っても不可能だ。

 

「明日の天気は快晴だし、塗らなかった場合……間違いなく目立っちまうしなぁ」

 

 日焼けした自分の顔を想像した天龍は、これでもかというくらいの大きなため息を吐いた。全体が焼けるのならば問題は無いのだが、艤装を止めるバンド部分はまだしも、顔の部分となれば話は別である。

 

 天龍のトレードマークとも言える左目の眼帯。これをつけたまま日に焼けてしまったとすれば、目立つどころの話では無い。

 

 遠征任務で旗艦をしているときでさえ、駆逐艦たちは天龍のことを構ってきたり、からかってきたりするのだ。それが嫌ということでは無いのだが、からかう部分をわざわざ増やしてやる気持ちになるはずも無い。

 

「仕方ねぇ……誰かに借りられないか、聞いてみるか」

 

 誰かに借りを作るのは好きではないが、このままでは死活問題にかかわってしまうかもしれないと、天龍はもう一度ため息を吐いてから艦娘たちが寝泊まりする部屋がある方へと足を向けた。

 

 

 

 

 

「日焼け止めクリーム?」

 

「ああ、悪いんだが余っていたら、ちょっくら貸してくれねぇかと思ってな」

 

 天龍は誰に頼もうかと迷った末、重巡洋艦の中で仲が良い摩耶に会いにきていた。

 

「そりゃあ……持ってはいるけどよ」

 

 そう言って、摩耶は部屋にある小物入れに手を突っ込んでゴソゴソと中を漁りだした。

 

「しかしなんでまた、あたしに言いにきたんだ?」

 

「いや、まぁ……なんだ、駆逐艦のヤツらには頼めないしなぁ」

 

「いや、そうじゃなくて、天龍には龍田っていう妹が居るだろ? それなのに、なんであたしなのかって聞いてるんだ」

 

「その頼みの龍田が出かけちまってるんだ。何やら、秘書艦の手伝いで大本営まで行ってるんだとよ」

 

「へぇ……そりゃまた、珍しいこともあるんだな……っと」

 

 相槌を打った摩耶は、小物入れの中にあった日焼け止めクリームの容器を見つけて、天龍に投げよこした。

 

「すまねえな……って、これ、中身が全く入って無くねえか?」

 

「あれ、そうなのか?」

 

「い、いや……そうなのかって言われてもだな……」

 

 呆れた表情を浮かべた天龍は、取り敢えず蓋を外してみた。しかし、外見から分かる通り中身は全く入っておらず、容器を力任せに絞りまくっても意味が無いくらい、完全に空っぽだった。

 

「これ以外に持って無いのか?」

 

「うーん……多分無いと思うんだけど……」

 

「なんだか、かなりあやふやに聞こえるんだが」

 

「いやぁ……こういうもんは、大概鳥海に頼んでいるからなぁ……」

 

 気恥ずかしそうにしている摩耶を見た天龍は、頼む相手を間違ってしまったことに気づいた。どうやら摩耶も、こういった物に関しては妹の摩耶に任せてしまっているようだ。

 

「つーことは、鳥海に頼んだ方が手っ取り早いんだよな?」

 

「そうなんだけど、鳥海は今、出掛け中なんだわ」

 

「こんな時間に出掛けているって、夜戦の演習でも行っているのか?」

 

「あー、いや……」

 

 さっき以上に恥ずかしそうな表情を浮かべた摩耶は、天龍から視線を逸らして明後日の方向を見た。

 

「なんだよ……そんなに言い難いことなのか?」

 

「そ、そうじゃないんだけどよ……」

 

 話すべきかどうかを迷うような仕草をした摩耶だったが、天龍が見つめてくる視線に耐えかねて、小さく呟くように話した。

 

「その……なんだ、明日の任務に必要な物を買いに行って貰っているんだ……」

 

「……いや、それが何で、恥ずかしそうなんだ?」

 

「そりゃあ、姉として……分かるだろ?」

 

「全く分かんねぇんだけど」

 

「そ、それはそれでどうかと思うぞ……?」

 

 摩耶の言葉に納得できないような表情で首を左右に振った天龍は、今ここで日焼け止めクリームが手に入らないという残念な思いから大きくため息を吐いた。

 

「うーん……そうすると、他の誰かに頼むしかねぇかなぁ……」

 

「愛宕姉なら持ってるとは思うぜ?」

 

「それは……なんだ、ちょっと借り辛いと言うか……」

 

「ん、なんでだ?」

 

「借りること自体は難しく無いけどよ、愛宕から駆逐艦のヤツらに情報が漏れそうな気がするんだよな……」

 

「いや、だからなんで駆逐艦達に情報が漏れたらダメなんだよ?」

 

「そりゃあ……その、なんだ……」

 

 先程とは完全に立場が逆転しまったかのように、今度は天龍が恥ずかしそうに摩耶から視線を逸らした。

 

「なんだよ、もしかして言い難いことなのか?」

 

「……わざとやっているだろ?」

 

「チェッ、バレたか」

 

 天龍は即座にジト目を向けると、摩耶は苦笑を浮かべながら残念そうに両手を上げた。

 

「しっかし、天龍はてっきり駆逐艦たちが大好きだと思ってたんだけどなー」

 

「べ、別に嫌いだと言っているんじゃ……って、どこの誰があいつらのことを大好きだなんて言ってんだっ!?」

 

「いやいや、傍から見てりゃ、バレバレだぜ?」

 

「ちょっ、ま、マジかっ!? ――って、そんな訳ねーしっ!」

 

「その反応の段階で完全にダメじゃね?」

 

「う、うるさいっ! 変なことを言うんじゃねーよっ!」

 

「ぷっ……くくくっ……」

 

 顔を真っ赤にして怒る天龍の顔を見て、摩耶はお腹を抱えながら笑いだした。

 

「わ、笑うんじゃねぇっ!」

 

「だ、だってよっ、バレているとかそういうレベルじゃ……うぷぷ……」」

 

「だから、笑うんじゃねぇよっ!」

 

 憤怒する天龍を見て、摩耶は更に笑い声を上げる。

 

 さすがにこのままだと笑われっぱなしだと思った天龍は、逃げるように部屋から出ようとしたのだが、

 

「ただいま、摩耶ちゃん……って、お客さんが居たのね」

 

 扉がガチャリと音を鳴らして開き、買い物から帰ってきた鳥海が部屋の中に入ってきた。

 

「あっ、お、おう。ちょっと邪魔していたんだけど、すぐに帰るわ」

 

「あら、そうなんですか? 折角ですから、ゆっくりしていって良いんですよ?」

 

「そうそう。もっとゆっくりしていって良いんだぜー?」

 

「う、うるせえよ馬鹿っ!」

 

「あらあら、何やら大賑わいだったみたいですね」

 

 素直に笑みを浮かべた鳥海と、未だに不敵な笑みを浮かべている摩耶に挟まれた天龍は、居心地が最悪と言わんばかりの顔を浮かべて部屋を出ようとする。

 

「あっ……そうそう、摩耶ちゃん。日焼け止めクリームが切れていたから、ついでに買ってきたわよ?」

 

「おっ、サンキューな鳥海。ちょうど良かったぜ」

 

「ちょうど……良かった?」

 

 摩耶の言葉を聞いた鳥海は不思議そうな表情を浮かべて顔を傾げた。そして、二人の会話を聞いた天龍の手が、ドアノブを持ったところでピタリと止まった。

 

「つーことで、どうするよ、天龍?」

 

「………………」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべているであろう摩耶の顔を想像しながら天龍は大きくため息を吐き、半ば諦めた表情で振り返った。

 

「分かった……俺の負けだ」

 

 その声に摩耶は満足そうな顔を浮かべ、鳥海は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら二人の顔を交互に見比べていた。

 

 






次回予告

 あれ……、何やらほんわかな展開なんですが。
しかし、そうは問屋が卸さない。すべてのことには理由がある。

 そして鳥海が語りだした話に、天龍は……


 深海感染 -ZERO- 第四章 その2

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第四章 その2


 あれ……、何やらほんわかな展開なんですが。
しかし、そうは問屋が卸さない。すべてのことには理由がある。

 そして鳥海が語りだした話に、天龍は……



 

「なるほど、そうだったんですね」

 

 天龍が日焼け止めクリームを借りにきていたことを知った鳥海は、納得するように頷いてから買い物袋に手を入れた。

 

「あー、それでだな……。駆逐艦のヤツらには、このことを言わないで欲しいんだけどよ……」

 

「それは、旗艦としての尊厳が損なわれる……と、思ってらっしゃるんですか?」

 

「ま、まぁ、そんなところかな……」

 

 頬を掻きながら恥ずかしそうにする天龍に、不敵な笑みを浮かべる摩耶が視線を送る。いらないことは言うんじゃないと眼力で対抗すると、摩耶はあからさまに視線を逸らしながら、口笛を吹くような振りをした。

 

「天龍さんは駆逐艦の皆さんにあれだけ慕われているんですから、そんなことはあり得ないと思うんですけど……」

 

「い、いやいや、慕われていると言うより……その、なんだ……」

 

「からかわれちまってるもんなー。天龍って」

 

「だ、だから余計なことは言うんじゃねーよっ!」

 

 横槍を刺した摩耶に向かって怒る天龍を見た鳥海は、小さくため息を吐きながら振り返った。

 

「摩耶ちゃん、天龍さんの嫌がるようなことを言っちゃダメでしょ?」

 

「あ、え、い、いや、別にそういうつもりじゃ……」

 

「反省の色が無いのなら、買ってきた物は全部没収ってことで良いですね?」

 

「ちょっ、それはタンマッ!」

 

 怒るような顔をプイッと逸らした鳥海を見て、摩耶は慌てふためいた。

 

「わ、悪かった、あたしが悪かったってっ!」

 

「謝る相手が違うでしょ、摩耶ちゃん?」

 

「うっ……」

 

 ピシャリと鳥海に言われた摩耶は、気まずそうに天龍の方を見た。摩耶は天龍と気軽に話せるからこそ、先程のようなからかい合いもできていたのだが、鳥海に怒られてしまっては、謝らない訳にもいかなかった。

 

「そ、その……すまねぇな、天龍」

 

「あー、いや、別に良いんだけど……よ」

 

 お互いが気まずそうにしているのを見た鳥海は目を閉じた後、軽く両手を叩いてから「はい、これでお終いです」と言って、ニッコリと笑みを浮かべた。

 

「折角天龍さんが遊びにきてくれたんですから、暗いのはここまでにしておきましょう。ちょうどお菓子も買ってきましたから、みんなで楽しく食べなきゃ損ですよね」

 

 そう言った鳥海に摩耶は心の中で「誰のせいで……」と、突っ込みつつ、気づかれないようにジト目を向けようとしたのだが、

 

「えっと……スナック菓子に飲み物はここに置いて、摩耶ちゃんが明日の出撃に持って行くたまご型チョコは、ポシェットの中に入れておきますね」

 

「うわあああっ! こ、声に出して言うんじゃねぇよっ!」

 

 大慌てで鳥海の口を塞ごうとした摩耶だったが、時既に遅く。

 

 どうしたの? ――と、言わんばかりの表情を浮かべた鳥海の後ろで、ニヤニヤと笑みを浮かべていた天龍の視線に顔を逸らすことになってしまった摩耶だった。

 

 

 

 

 

「ところで、少し気になったことがあったのですが……」

 

 小さなテーブルの上に置いたスナック菓子を摘んだ鳥海が、ふと天龍に向かって口を開いた。

 

「気になったこと……?」

 

「ええ、実は買い物から帰ってきたときに雷さんを見かけたのですが、何やら雰囲気がいつもと違うように見えたのです」

 

「雰囲気が違うって、どんなのだったんだ?」

 

 横から口を挟んだ摩耶だったが、天龍も同じ意見だったようでウンウンと頷いた。

 

「いつもの雷さんとは想像がつかないくらい、暗い雰囲気のような感じだったんです」

 

「うーん……それだけだとなんとも言えないけど、姉妹喧嘩でもした後とかじゃないのか?」

 

「あー……確かに、雷と暁ならたまに衝突している時があるし、俺も何度か見たことがあるぜ」

 

 互いに言い合って頷く摩耶と天龍だが、鳥海は二人の意見にフルフルと首を左右に振った。

 

「いえ、それだったらそんなに気にならないと思うのです。私が見た雷さんは、もっと思い詰めていたような……そのくらい、暗い雰囲気だったのです」

 

 真剣に語る鳥海の表情に、摩耶と天龍はゴクリと唾を飲み込む。

 

「さすがに心配になった私は、雷さんの後をばれないようにつけたのです。すると雷さんは、埠頭の方へと向かって歩いて行きました」

 

「埠頭の方へ……?」

 

「はい、埠頭の方です」

 

 しっかりと言い放った鳥海の言葉に、摩耶は不思議そうな表情を浮かべる。

 

「そいつはおかしいな。今日は夜戦演習の予定は一つも無いはずだぜ?」

 

 摩耶の言葉に鳥海は頷き、再び口を開いた。

 

「そうなのです。決して行ってはいけない訳ではありませんが、夜間の海にはあまり近寄らないようにと、司令官からも言われています」

 

「それを守らない夜戦馬鹿も居るけどな……」

 

 ぼそりと呟いた天龍の言葉に苦笑を浮かべる鳥海だが、そのまま言葉を続ける。

 

「その辺りは、司令官も頭を悩ませているみたいですが……。でも、あの雷さんが今までこのような行動を取っていたなどと、聞いたことがありません」

 

「まぁ、確かにあたしも聞いたことは無いけれど、雷だって気分転換をしたくなる時くらいあるんじゃないか?」

 

「それは無いとは言えません。ですから、後をつけたのですが……」

 

 そう言って、鳥海は言葉を詰まらせた。

 

「ん、どうしたんだ鳥海?」

 

「い、いえ……これは私の見間違いだとは思うのですが……」

 

 鳥海は表情を曇らせながら言って良いものかと迷っているようだったが、気になるといった風に見つめてくる摩耶と天龍の視線に負けて、呟くように語り出した。

 

「埠頭の先端で、雷さんは立ち止まりました。近くに物影が無かったので近寄ることができず、遠目でしか確認できなかったのですが……」

 

 言って、鳥海は小さく息を吐いてから、二人の顔を見る。

 

 鳥海の仕草に摩耶と天龍は、引き込まれるように真剣な表情を浮かべていた。

 

「海を見つめる雷さんの瞳が……」

 

 そこまで話して、鳥海はまぶたを閉じた。

 

 まるで怪談話をしているような感じに聞こえた二人は、無意識に落ちつかない表情を浮かべている。

 

 そして、なぜだか背中の辺りがムズ痒いような感じを受けた摩耶が肩を震わせ、天龍の額には大粒の汗が滲みだしていた。

 

 暫く経っても鳥海のまぶたは開かれず、焦り出した摩耶が声をかける。

 

「ひ、瞳が……な、なんだよ……?」

 

「雷さんの……瞳が……」

 

「………………」

 

 ゴクリと唾を飲み込む音が大きく聞こえ、二人は鳥海の顔を注視する。

 

 それでも開かれない鳥海のまぶたに、我慢の限界だと感じた天龍が立ち上がろうとした時――

 

 

 

「真っ赤に光っていたのですっ!

 

 

 

 カッ! ――と、鳥海が勢いよくまぶたを開き、部屋中に響き渡る声を上げた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 その瞬間、摩耶と天龍の身体は完璧に固まった。

 

 だが、暫くして摩耶は引きつった顔で乾いた笑い声を上げながら、鳥海に向かってツッコミを入れる。

 

「お、おいおい、なんだよ鳥海。もしかして、買い物を頼んだあたしへの仕返しだったり……するのか?」

 

「いえ、本当に見たことを言っているのですけど……」

 

「あ、あはは……無い無い。さすがにそんな怪談話みたいなことは無いよな、天龍?」

 

 そうは言ったものの、鳥海の言葉に内心ビビりまくってしまった摩耶は、気づかれないようにと天龍に言葉を振ったのだが……

 

「あ、あれ……天龍?」

 

「天龍さん?」

 

 摩耶と鳥海が呼びかけるも、天龍が全く反応をしない。

 

 さすがに心配した摩耶が、俯き気味の天龍の顔を下から覗きこんでみた。

 

「あ……」

 

「ま、摩耶ちゃん?」

 

「あー、うん……なんだ……」

 

 先程とは一変し呆れた表情を浮かべた摩耶が、鳥海の顔を見ながら両手を上げる。

 

「これは完全に……気絶しちゃってるぜ……」

 

「そ、それは……私の計算でも読めなかった展開です……」

 

「ま、まぁ、天龍が怖い話が苦手ってのは、今までに聞いたことがなかったからな……」

 

 そう言った摩耶は、天龍の頭をポンポンと叩いていた。

 

 

 

 結局、天龍が正気を取り戻したのはそれから1時間ほど経った後であり、暗闇が怖くなったという天龍にせがまれて、今晩は一緒に寝ることになった。

 

 その間、摩耶はひたすら天龍をからかい、鳥海は何度もそれを阻止しつつ謝った。しかし、天龍の怯えが治まることは無く、最後摩耶が折れて二人仲良くベッドに入るという状況になってしまった。

 

 そんな光景を鳥海が微笑ましく眺めているのを恥ずかしげにしていた摩耶だったが、次第に眠気が勝り、抱きついてくる天龍の暖かさと相まって、意識はゆっくりとまどろみの中へと落ちていった。

 

 







次回予告

 天龍ちゃん可愛いタイムは終了しました。
さて、それではタイトル通りの展開に移りたいと思います。

 ある日の昼下がり。 
演習を視察していた提督の前に雷の姿が見える。
強さは保ったまま、新型近代化改修の効果は充分に思われた……が。


 深海感染 -ZERO- 第四章 その3

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第四章 その3


 天龍ちゃん可愛いタイムは終了しました。
さて、それではタイトル通りの展開に移りたいと思います。

 ある日の昼下がり。 
演習を視察していた提督の前に雷の姿が見える。
強さは保ったまま、新型近代化改修の効果は充分に思われた……が。


 

 それから更に数日が経った、ある日の昼下がり。

 

 提督は朝から溜まった書類をなんとか片付け終え、軽い昼食を食堂で取ってから演習場へとやってきた。

 

 本来ならば、演習内容をチェックする役目は秘書艦か艦隊の旗艦なのだが、デスクワークに疲れた提督は気分転換を兼ねて様子を見にきていたのだ。

 

「うむ……頑張っているようだな……」

 

 埠頭から海面を駆ける艦娘の姿を見ながら、提督は笑みを浮かべて頷く。少し前の提督ならば資材をどうするかで頭がいっぱいであり、このように笑みを零すことも殆ど無かっただろう。

 

 これも全ては秘書艦と雷のおかげであると感謝をしながら、その1人が演習を行っている姿を注視する。

 

「ってー!」

 

 雷の掛け声と共に艤装の12.7cm連装砲が爆音を鳴らし、砲弾が発射された。もちろん演習場での訓練なので模擬弾ではあるが、的に当たったときの大きな金属音が耳に届く瞬間は、ゾクリとするモノがあった。

 

 笑みを浮かべた雷は満足すること無く、海上を素早く駆けながら構えを取る。

 

 前方に見えるのは2つ的。手前の的に照準を合わせながら海面を滑る雷は、移動速度や慣性の法則を直感で理解しながら砲弾を放つ。

 

「次っ!」

 

 狙った的に砲弾が命中するよりも早く次の標的へと振り向いた雷は、魚雷発射管の照準を合わせて全弾を発射した。

 

「ん……?」

 

 その様子を見ていた提督は、妙な違和感を覚えた。以前の演習では魚雷を1本しか発射しなかったにもかかわらず、見事に的中させてみんなを驚かせた。しかしそれは本来の演習で行うようなことでは無く、命中精度を高める訓練として考えれば今の雷の方が正しいはずなのだ。

 

 そんなことは考えなくても分かるのに、提督にはそれが不安でたまらなくなってしまう。新型近代化改修を受け入れてから、提督の心配症は日に日に酷くなっているようだった。

 

 しかし、そんな心配をよそに演習の結果は大成功といった感じで、発射した魚雷は見事に的へと突き刺さり、雷は満足そうな顔を浮かべている。

 

 全ては自分の杞憂である――と、提督は小さくため息を吐きながら、視線を地面へと向けたときだった。

 

「どうしたのかしら、司令官?」

 

 悩みこむような提督の姿に気づいた雷は、埠頭の傍へとやってきた。

 

「あ……いや、ちょっと……な」

 

 目と鼻の先まで近づいてきた雷に声をかけられるまで気づかなかった提督は、少し焦りながら言葉を濁す。

 

「………………」

 

 そんな提督の様子を見た雷は、急に不機嫌な表情を浮かべて口を開いた。

 

「どうしたの……って、聞いているんだけど?」

 

「い、雷……?」

 

 急変した雷を見た提督は、驚きのあまり身体を固まらせてしまった。しかし雷は気にすること無く海面から埠頭へと上がり、濡れた艤装を手で拭いながら提督の目と鼻の先に立ち尽くした。

 

「なぜ答えないの? もしかして提督は、雷のことなんてどうでもいいって思っているの?」

 

「い、いや……そんなことは無いのだが……」

 

「じゃあなんで雷の言葉に答えてくれないの? 提督は雷のことが嫌いになってしまったのっ!?」

 

「そ、そうじゃない。ただ、少し……」

 

「少しってなにっ!? なんなのよ、司令官っ!」

 

「お、落ち着くんだ雷っ。なぜそんなに興奮して……」

 

「興奮して何が悪いのっ! 雷は司令官の為に強くなったのに、司令官が見てくれないなら意味が無いじゃないっ! どれだけ雷が頑張って遠征をこなしても、どれだけの敵を沈めても、司令官の役に立てないなら生きている意味なんか無くなっちゃうじゃないっ!」

 

「……なっ!?」

 

 雷は提督を見上げながら大きな声で叫んだ。その瞳の眼光は鋭く、提督の身体を金縛りにしてしまう程に強いモノだった。

 

「どうしてよ……どうして司令官は雷を見てくれないの……っ! これ程までに司令官のことを思っているのに……感謝してもしきれないくらいなのに……好きで好きでたまらないのに……っ!」

 

「い、雷っ! 落ちつけ、落ち着くんだっ!」

 

 背筋にゾクゾクと寒気が襲い、提督は雷に向かって悲鳴のような声を上げた。恐怖に縛られたかのように提督は身体を動かすことができず、ガチガチと震えながら歯を鳴らしていた。

 

「い、雷ちゃんっ、何をしているのですっ!?」

 

「………………」

 

 雷と同じように演習を行っていた電が叫び声に気づき、慌てて埠頭へと急ぎながら声を上げる。

 

「電っ! い、雷が……雷の様子が……っ!」

 

 情けないと思うよりも恐怖に負けてしまった提督は、電に救いを求める声を上げた。その言葉に更に表情を険しくさせた雷は、大きく目を見開いて電が居る後ろへと振り返った。

 

「そう……か、そう……なのね……」

 

「雷……ちゃん……?」

 

「司令官は……雷じゃ……ナくて……」

 

「……っ!?」

 

 埠頭に上がった電が雷の顔を見た瞬間、あまりの恐怖に身が凍えるように固まり、声にならない声を唇から漏らした。

 

「そう……ヨね……。指令カんは……雷なんカよ……り……」

 

「い、雷……ちゃん……っ!?」

 

 ゆらり……ゆらり……と、近づいてくる雷の様子があまりにも異質で、異様で、異色で、信じられない光景に、電は身体中からあらゆる水分を流し出してしまうかのような感覚に陥りながら、悲鳴を上げようとした。

 

「雷っ!」

 

 それよりも早く、まるで側面から身体を掻っ攫うかのように、白いモノが雷の身体に纏わりつく。

 

「しっかりするんだ、雷っ!」

 

「どうしてこんなことをするのっ!? いったい雷に何があったって言うのよっ!」

 

 2人を助ける為に駆けつけた響は雷の身体を押さえつけ、その隙をついて艤装を取り外しにかかった暁が必至の声を上げる。

 

 呆気にとられた提督だが、すぐに状況を理解して周りに居る艦娘たちに助けを呼ぶ。

 

「離してっ、離してよぉ……っ!」

 

「興奮しちゃダメだっ、落ちつくんだよ雷っ!」

 

「私は……興奮なンか、してないんだからっ!」

 

「う……くぅっ!」

 

 暴れようとする雷を押さえつける響の顔が赤く染まり、その力の強さを大きく物語った。身体の大きさはさほど変わらないはずなのに、どこからこれ程の力が湧いてくるのかと思いながらも、響は必死で耐えてみせた。

 

「……っ、外れたわっ!」

 

 暁が声を上げると、雷の身体から艤装がゴトリと地面に落ちる。後はなんとか雷を落ち着かせようと、暁も響と同じように雷の身体を押さえつけにかかった。

 

「どうして……っ、どうしてみんなは雷の邪魔ばっかりするのよっ!」

 

 もがき苦しみながら叫ぶ雷だったが、2人に押さえつけられては思い通りに動くことができず、提督の助けに駆け寄った艦娘たちが加わって、完全に拘束された。

 

「どうして……どうしてなのよ……提督ぅ……」

 

 だがそれでも雷は声を上げ、何度も何度も提督を呼び続けていた。

 

 そんな雷を目の当たりにした提督は、自らの選択が間違っていたのかという思いと共に、後悔の念に悩まされることになる。

 

 ほんの一瞬だけ映し出された、雷の瞳の色に気づかぬまま――

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 騒然と化した演習場であったが、暁達の活躍によって変貌してしまった雷を拘束することができ、すぐに提督の命によって独房へと運ばれた。

 

 提督としては苦渋の選択であったものの、未だ暴れようとする雷をそのままにしては置けず、暁達も仕方なく従った。

 

 だが、独房に入れられた雷の変貌は更に激しくなり、扉を手足で何度も叩き、大声で叫び続けた。

 

 暁や響、電たちが扉の外から声をかけても会話にならず、このままでは3人の精神が参ってしまうかもしれないと、提督は独房付近への立ち入りを一時的に禁止とした。

 

 そして、提督はすぐに執務室へと戻り、いの一番に電話の受話器を取って大本営に居る四十崎部長に連絡を取った。

 

「どういうことですかっ!」

 

「ど、どういうことと言われましても……」

 

 自分自身の後悔を含めた怒りをぶつけるように叫んだ提督の声は非常に激しく、電話口で受けていたにもかかわらず部長の身は竦みあがってしまい、しどろもどろになりながら言葉を返していた。

 

「雷の様子が明らかにおかしいのですっ! あんなことになるのなら、新型近代化改修を受けるのでは無かった! いったいどうしてくれるんですかっ!?」

 

 そんな反応にイラついた提督は、不安によって溜まっていた鬱憤を晴らすがごとく捲し立てるように叫び続け、電話越しの部長にぶつけまくる。

 

「わ、分かりましたっ、分かりましたから、少し落ち着いてくださいっ!

 雷についてどのような変化があったのか、どういった変貌をしてしまったのかを詳しく教えて頂かなくては、答えようがありませんっ!」

 

 さすがの部長も言われっぱなしでは埒が明かないと思ったのか、叫ぶ提督に大声で返した。

 

 売り言葉に買い言葉となって更に提督の怒りが増幅してしまいそうになるものの、雷が心配であるという思いで叫ぼうとする口をなんとか阻止し、提督は大きく息を吐いて頭を落ちつかせた。

 

「すみません……気が動転しておりました」

 

「い、いえ、私も強く言い返してしまいました。宜しければ、ご説明をお願いできますでしょうか?」

 

「……はい。つい先程、雷が演習を終えた辺りで急におかしな行動を取りました。

 いきなり興奮し始めたと思った瞬間に叫びだし、自分の思い通りにならないと見るや、辺り構わず暴れ出したのです」

 

「つ、つまりそれは……凶暴化した……と?」

 

「そうであるとは断言できません。叫んだと思ったらいきなり静かになったり、また暴れ出そうとしたりと……情緒不安定のように見えました」

 

「ふ、ふむ……それは……」

 

 電話越しに呟く部長の声と共に、カタカタとキーボードを打つような音が聞こえてきた。おそらく部長はメモを取るためにタイピングをしているのだろうと思った提督は、少しゆっくり目に言葉を続けた。

 

「なんとか演習場に居た艦娘たちによって雷を拘束することができ、現在は独房に収容しています。その間も雷は叫んだり暴れたりを繰り返しており、落ちつく気配はありません」

 

「わ、分かりました。私も今すぐそちらに向かい、雷の様子を窺いたいと思います。その間、決して雷を外に出すようなことはしないで下さい」

 

「ええ、分かっています。できるだけ早く、こちらにきて下さい」

 

 怒りを抑えながらそう言った提督は、大きなため息を吐いて受話器を置く。こんな事態になってしまったことを悔みながら両手で頭を抱え、これからどうするべきかを考えた。

 

「雷が新型近代化改修を受けることになったのは僕のせいだ……。だけど、今そんなことを悔んでいたって何も始まらない……」

 

 執務室の中をうろうろと歩きまわりながら、提督はひたすら思考を駆け廻らせる。

 

「問題は、雷がどうして変貌したのかだ。それが新型近代化改修の副作用であると決めつけることは容易いが、絶対にそうとは言い切れないかもしれない。

 もしかすると、それ以外の何かが関係している可能性が無いとは言えないだろうし、記憶を整理する必要があるな……」

 

 ぶつぶつと呟いた提督はおもむろに顔を上げ、執務室の中を見回した。しかし意中の相手はおらず、もう一度深くため息を吐く。

 

「こんな時に限って秘書艦が出掛けているとは運が無い……。だが、命を出したのは僕なんだから、自業自得だな……」

 

 言って、提督は俯きながら目を閉じる。

 

 元気良く笑う雷の顔と、頼りになる秘書艦の笑顔が頭の中に浮かんできた提督は、祈るような気持で自分の胸元に手を当てた。

 

 

 

 自らの衣服の下にある、一つの誓いに触れるように――

 

 





次回予告

 雷の変貌に驚く提督。
そして残された第六駆逐隊の3人も、悲しげな表情を浮かべながら部屋で待機をしていた。

 独房から聞こえてくる雷の声。
我慢できずに部屋を出ようとする電に、暁と響は説得をするのだが……


 深海感染 -ZERO- 第四章 その4

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第四章 その4


 雷の変貌に驚く提督。
そして残された第六駆逐隊の3人も、悲しげな表情を浮かべながら部屋で待機をしていた。

 独房から聞こえてくる雷の声。
我慢できずに部屋を出ようとする電に、暁と響は説得をするのだが……


 

 提督が大本営に連絡を取っている頃。

 

 独房がある地下から階段を上がり、そこからほど近い場所にある第六駆逐艦の4人が寝泊まりしている部屋に、暁と響、電が悲しげな表情を浮かべながら、椅子やベッドに腰掛けていた。

 

「どうして……どうしてこんなことになってしまったのですか……?」

 

 目に涙を溜めた電は暁や響にでは無く、自分自身に問いかけるように呟いていた。その言葉に他の2人は答えることができず、暗い表情のまま無言で目を閉じた。

 

「あんなに元気で明るかった雷ちゃんが……どうして……」

 

 電の頬を伝う涙がぽたぽたと床に落ち、鼻を啜る音が部屋に響き渡った。

 

 そして少しの間を置いた後、遠くの方から微かに聞こえる音に電が身体を震わせる。

 

「開けてよぉっ! 早くここから出してよぉっ!」

 

「……っ!」

 

 雷の叫び声と一緒に響くような音が聞こえてくる。独房の出入り口である鋼鉄製の分厚い扉を力任せに叩きつける音が、柱や壁を伝って電達の耳に入ってきているのだ。

 

「だ、ダメなのです……っ、これ以上は……止めて欲しいのですっ!」

 

 我慢ができないといった風な表情を浮かべた電は、外に出ようとベッドから立ち上がろうとする。しかし、それを阻止するために、響が電に向かって声をかけた。

 

「電……言わなくても分かっているだろうけれど、今は独房に行っちゃいけないんだ……」

 

「でも……でも……」

 

「行けば電だけじゃなく、雷も苦しむことになる。それに、提督もだ。今の雷はとてもじゃないけど正気じゃないし、普通に喋ることすら難しい。暫くの間は提督の言う通り離れていて、冷静になるまで我慢しなければいけないんだよ」

 

「それでも……あんなに辛そうな声を上げている雷ちゃんを……放ってはおけないのです……」

 

「だからこそ、響達が我慢しなくちゃいけないんだ。もし、雷に会いに行って更に暴れでもしたら、二度と独房から出られなくなるかもしれないんだよ?」

 

「そ、それは……」

 

「響の言う通りよ。雷のことが心配なのは分かるけど、今は我慢しなくちゃいけないの。一人前のレディだからじゃなく、雷のことを思って行動しなければならないわ」

 

 そう言った暁の目は真っ赤に充血し、電と同じかそれ以上に我慢しているのが一目で見て取れた。

 

 自分達も辛い。けれど、それ以上に雷は辛いはず。

 

 だからこそ自分達が我慢しなければいけないのだと、暁と響は電に言い聞かせるように語ったのだ。

 

「雷……ちゃん……」

 

 響と暁が言うことは提督の意に沿っていて、他の誰が聞いても正しいのかもしれない。

 

 しかし電の耳には、二人の言葉が雷を見捨てたのではないかという風にも取れてしまい、愕然とした表情を浮かべながら大きく肩を落とし、ベッドに崩れ落ちるように座り込んだ。

 

 そんな電の姿を見て、響と暁は小さく息を吐く。

 

 できれば電の考えと同じように、雷の傍へすぐにでも向かいたい。

 

 優しい言葉を投げかけて、落ちつくように言ってあげたい。

 

 そして、いつもの元気で明るい雷に戻って欲しい。

 

 その思いは涙となり、拳を震わせ、部屋の空気を重たいモノへと変えた。

 

 3人が3人とも、無言で座ったまま。

 

 もしここで誰かが気が利いた言葉をかけられたり、気分転換になるような会話をすることができたのならば、もう少しマシだったのかもしれない。

 

 しかし、3人の心と身体は鎖で繋がれたみたいに重く、口を開くことさえためらうくらいであった。

 

 

 

 

 

 それから暫くの時間が過ぎた頃。

 

 雷もさすがに独房内で暴れっぱなしというのは疲れたのか、叫ぶ声や大きな音は聞こえなくなっていた。3人の気持ちも少し落ち着きを取り戻し、幾分かマシの表情を浮かべているように感じられる。

 

 窓の外に見える景色は夕焼けから漆黒の闇へと染まり、鎮守府内にある外灯に明かりが灯る。そろそろ腹部から食料を求める音が鳴り響こうとする時間に差し掛かった時、電の口から一つの言葉が紡がれた。

 

「トイレに……行ってくるのです……」

 

 そう言ってベッドから立ち上がる電を見た響は、どうするべきかと考える。

 

 生理現象を咎める気は無い。しかし、雷のことを気がかりにしている電を1人にして大丈夫なのかという気持ちがある。

 

 とは言え、電を見張るために後をつけたりするのはさすがにやり過ぎだろうし、場合によっては気分を損ねてしまうかもしれない。

 

 雷に続いて電まで失いたくない。過去の記憶に縛られるかのような思考が響の頭の中に浮かび、小さく息を吐いてから立ち上がった。

 

「電……分かってはいるだろうけれど……」

 

「電は、トイレに行くだけなのです……」

 

 虚ろな目を浮かべた電が視線を扉に向けて答えるを見て、響はそれ以上なにも言わずに小さく頷いた。

 

 電も馬鹿じゃない。ちゃんと分かってくれているはずだ。

 

 部屋から出ていく電を見送って、響は再び椅子へと座る。

 

 そんな響の自分勝手とも取れてしまう思いが、電の行動を見過ごしてしまった。

 

 そして暁もまた響と同じように考えてしまい、部屋から出て行こうとする電を止めることができなかった。

 

 姉妹を思う気持ちが正常な判断を咎めているのか、もしくはなんらかの力が働いているのか……それは、誰にも分からなかった。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 時計の針の音がカチカチと響く。

 

 電がトイレに向かうと言って部屋を出てから10分が経ち、響の額にうっすらと汗が滲んでいた。

 

 まさか電は嘘をついて、雷のいる独房に向かったのではないのだろうか。

 

 しかし、本当にトイレに行っている可能性も充分にある。いや、そもそも電を信じられないなんて、姉としてどうかしているだろう。

 

 心配が心配を呼び、そして思考が様々に入り乱れながら響の頭を悩ませる。いったいどれが正しいのかが分からなくなり、響は大きくため息を吐こうとした。

 

「……ちょっと、遅いわよね」

 

 響の一つの考えを代弁するかのように暁が呟いた。

 

「う、うん……そうだね。トイレにしては少し遅いかもしれない……」

 

「もしかして電は、雷のところへ……」

 

「……そ、それは」

 

 考えたくない。だが、その可能性も捨てきれない。

 

 だが一方で電に嫌われたくないという気持ちが響を苦しめ、椅子から立ち上がろうとする気持ちを押さえつけていた。

 

「一度……様子を見に行きましょう」

 

「え……で、でも……」

 

「何を怖がっているの? 暁達もトイレに行きたくなった……それで良いじゃない」

 

「あっ……そ、そうだね」

 

 どうしてそんな簡単なことが思いつかなかったのかという風に、響は声を上げながら頷いた。

 

 そして、それと同時に後悔の気持で胸が痛む。

 

 だがそれは暁も同じであり、ついさっき思いついた方法を言っただけなのだ。

 

 二人は立ち上がって部屋を出て、走りたい気持ちを抑えながらトイレに向かう通路を歩いて行った。

 

 

 

 

 

「いない……」

 

 部屋から一番近いトイレに来た暁と響は急いで中を調べたが、内部に電の姿は無く、大きく息を吐きながら肩を落としていた。

 

「やっぱり、雷のところに……」

 

「そ、そうと決まった訳じゃないわ。偶然ここで誰かと会って、一緒にどこかへ行ったかもしれないじゃない」

 

「そ、それだったら次はどこを探せば良いのかなんて分からないんじゃ……」

 

「それは……そうなんだけど……」

 

 響の指摘を受けて難しそうな顔を浮かべた暁は、自分の予想を踏まえた上で電がどこに行ったかを考える。偶然出会った艦娘と話をして、気遣ってくれた相手が電を部屋に呼んだのかもしれないし、もしかすると一緒に食堂に行ったかもしれない。

 

 普段であれば姉妹で一緒に行動することが多いのだが、雷の変貌によって電の心が傷つき、いつもとは違う行動をしたっておかしくは無いはずだ。

 

 しかし、冷静になって考えてみれば心配する部分が完全に逸れてしまっていることに気づく。

 

 今、最もダメだと思われるのは、電が雷の居る独房に行ったかどうかなのである。

 

 つまり、トイレに電が居るかどうかを調べにこなくても、真っ先に独房の方へと行けば良かったのだ。

 

「……っ!」

 

 完全に失敗してしまったと悟った暁が焦った表情をしながら顔を上げ、響も同じように勘づいた。

 

 電の為にと思った行動が裏目に出てしまった。だけど、これは杞憂かもしれないし、最初に考えた通りどこか別のところに居る可能性だってある。

 

 そうであれば何も問題は無いけれど、もし、心配していることが起きていたのなら……

 

 そう思った瞬間、二人の足は自然に駆けだし、独房がある地下に降りる階段へと向いていた。

 

 




次回予告

 暁と響が焦りながら電を探している少し前。
電は2人の予想通り、嘘をついて独房へと向かっていた。

 悲壮な声で助けを懇願する雷。
電は我慢できずに、独房の扉を開ける……


 深海感染 -ZERO- 第四章 その5

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第四章 その5


 暁と響が焦りながら電を探している少し前。
電は2人の予想通り、嘘をついて独房へと向かっていた。

 悲壮な声で助けを懇願する雷。
電は我慢できずに、独房の扉を開ける……


 

 電がトイレに行くと言って部屋から出た時に遡る。

 

 暁と響が心配した通り、電が向かっているのは明らかに違う方向だった。

 

「それでも……電は……」

 

 通路を歩く電の足は、雷を閉じ込めている独房の方へと向いていた。

 

 響の言うことは分かっている。だけど、雷が心配でたまらずに、いてもたっても居られない思いで嘘までついてしまった。

 

 後悔の気持が無い訳ではないが、それ以上に雷の様子が気になってしまう。演習場で変貌してしまったのは何かの間違いで、ちゃんと話し合えばいつもの雷に戻ってくれるのだと電は信じ込んでいた。

 

 その考え自体が希望的思考であることにも気づかず、電は独房がある地下への階段を下りていく。

 

 響や暁と同じように、多分大丈夫だという思いが電の身体を動かしてしまう。

 

 そして、ついに雷が居るであろう独房の扉の前にやってきた。

 

「………………」

 

 扉には横向きのノブがあり、その上部には回転式の鍵がある。外部からは簡単に開けることができるが、内部からは開けられないように鍵穴が無いタイプのモノだった。

 

 更に上へと視線を向けると、そこには長方形の窓があり、頑丈な鉄格子がはまっていた。電の身長だとかろうじて背伸びをすれば、なんとか独房の中を覗きこめる高さだった。

 

 雷の様子を見るため、電は息をのみながら窓の部分に顔を近づけようとする。

 

 独房の中は薄暗く、照明がチカチカと点滅を繰り返しているのが見える。

 

 そして、電の顔が鉄格子のすぐ傍に近寄ったとき、視界に二つの真っ赤なモノが映り込んだ。

 

「……っ!?」

 

 唐突過ぎて驚いた電は大きく目を見開きながら、咄嗟に扉から飛び退くように離れる。

 

 今のは一体何だったのか。心臓が高鳴りを上げ警告音として響き渡る雷の耳に、擦れるような音が聞こえてきた。

 

「誰……誰なの……?」

 

「あ……」

 

 独房の中には雷しか居ないはず。ならば、さっきの赤い二つのモノは雷に関係するのだろうか。

 

 しかし、雷にそんなモノは無かったし、ただの見間違いだったかもしれない。

 

 電は顔を左右にプルプルと振り、恐る恐る扉越しに問いかけた。

 

「い、雷ちゃん……なのです?」

 

「その声は……電……?」

 

「そ、そうなのです。電なのですっ!」

 

 叫ぶように声を上げた電は、急いで扉の近づき鉄格子の窓に顔を近づけた。

 

 電の視界に映ったのは、独房の中で辛そうな表情を浮かべ、今にも泣き出しそうな雷の姿があった。

 

 赤く光る二つのモノは見えない。やはり、さっきのは見間違いだったのだと胸を撫で下ろしつつ声をかける。

 

「ど、どこか痛いところでもあるのですかっ!?」

 

「う、うん……そうなの。凄く……身体中が、痛い……痛い……」

 

「し、しっかりするのですっ! 今すぐ誰かを呼んできますから……」

 

「ダメ……ダメなの……。それじゃあ、間に合わないの……」

 

「あ、諦めちゃダメなのですっ!」

 

 そう言って、電は急いで助けを呼びに行こうと扉から離れようとする。

 

「ま、待って……」

 

「で、でも……っ!」

 

「おね……が……い、お願いだから……」

 

 悲壮な声で訴える雷に、電の足が止まった。

 

 今やらなければいけないのは助けを呼びに行くことなのに、まるで金縛りにあったように電の身体は動かない。

 

「扉を……開けて……」

 

「そ、それは……ダメなのです……」

 

「お願い……外に出なくて良いの……。電が……電が中に入ってきて……手を、繋いでくれたら……それで、楽に……なる……か……ら……」

 

「い、雷ちゃん……」

 

 ボロボロと泣き崩れる雷の姿を見た電は、心が砕けてしまいそうなるくらいに悲しくなり、釣られるように涙を滲ませた。

 

「おね……が、い……。助けて……痛いの……、助け……て、よぉ……」

 

 両手で顔を覆い、膝を床につける雷の姿に電はいてもたっても居られなくなる。

 

 そして、身体を縛っていた金縛りが急に解けたように感じられた時――

 

 

 

 電の右手が、扉の鍵をカチャリと回していた。

 

 

 

 

 

「雷ちゃん……っ!」

 

 扉の鍵を開けてしまった時点で、電を縛る枷は無くなっていた。

 

 独房の中に入った電は、苦しむように膝をついた雷に駆け寄って声をかけた。

 

「しっかりしてなのですっ! どこが……どこが痛いのですか……っ!?」

 

「あた……ま……が、割れる……ように、い……痛い……の……っ」

 

「や、やっぱり誰かを呼びに行った方が良いのですっ!」

 

「だ、ダメ……お願い、擦って……くれれ……ば、楽に……なるから……」

 

「こ、こう……ですか……?」

 

 電は優しく気遣うように雷の後頭部に手を添えて、痛みがどこかへ飛んでいくように願いながら擦り続けた。

 

「う……うぅぅ……」

 

「だ、大丈夫なのですっ!?」

 

「う、うん……もう少し、もう少しだけ……お願い……」

 

「わ、分かったのです……っ!」

 

 必死になりながら雷の頭を擦り、何度も優しい声をかけて励まし続けた。

 

 そして暫くすると、息苦しそうに呼吸をしていた雷の様子が落ち着き出し、電の表情が少しだけ和らいだ。

 

「少しは……マシになったのですか?」

 

「う……うん……」

 

 俯いたままの雷の表情は見えないけれど、声に少し気力が沸いている気がする。このまま擦って声をかけ続ければ、普段の雷に戻ってくれる――と、思い始めた時だった。

 

「ねぇ……電……」

 

 雷は身動き一つしないまま、そのままの状態で電に話しかけた。

 

「ど、どうしたのですか……?」

 

「あの……ね、いくつか……聞きたいことがあるの……」

 

「聞きたい……こと……?」

 

 痛みで辛いはずなのに――と、考えるも、できる限り雷の希望に添いたいと思った電はコクリと頷いた。

 

「電は……司令官のことが好き?」

 

「は、はわわっ! い、いきなり何を聞いてくるのですかっ!?」

 

「真面目な話なの……。お願いだから……答えて」

 

「そ、それは……」

 

「ハッキリ答えて」

 

「そ、その……司令官さんは電だけじゃなくて、みんなのことを大切にしてくれますから……」

 

「御託なんかどうでも良いの。ちゃんと、ハッキリ、しっかりと答えて」

 

「い、雷……ちゃん……?」

 

 聞かれた内容よりも、あまりにも冷たく問い詰めるような声に驚いた表情を浮かべた電は、擦る手を止めてしまった。

 

「ど、どうして雷ちゃんは、そんな言い方をするのですか……?」

 

「………………」

 

 問いかけた電の声に反応は無く、俯いたまま動かない雷が気になり、顔を覗きこもうとした瞬間だった。

 

「……ひっ!?」

 

 まるで錆びついた機械人形のように、ギギギ……と、首を電の方に向けた雷の目が、怪しく真っ赤な光を帯びて睨みつけていた。

 

「い、い、い……雷ちゃんっ!?」

 

 扉の窓から独房内を覗きこんだ時に見えた真っ赤な二つの光が、雷の目であったことに気づいた電は、あまりの驚きで尻餅をついた。

 

「そう……か。そうなの……ね……」

 

 擦れるように、だけど重く響く雷の声が、電の耳に聞こえてくる。

 

 まるで、地獄から亡者が這い出そうとするかのような声に電の身体がガタガタと震え、雷から少しでも離れようと床を這った。

 

「電は……司令官が好きなんだ……。ふふ……うふふ……そう、そうなのね……」

 

 音を立てずに立ち上がった雷は、電を見下ろしながらニタリ……と、笑みを浮かべる。大きく見開いた目は真っ赤で、瞳孔が開ききっているように見えた。

 

「私と……私と同じ……。そう……そうよね、姉妹だもんね……」

 

「べ、別に……電は司令官のことを好きでは……」

 

「うふ、うふふふ……大丈夫。電が司令官を好きだったとしても、別に問題は無いのよ……。私も電も……司令官が大好きな……だけ……。ただ、それだけ……だもんね……」

 

 雷の身体が揺れ動きながら、ヒタリ……ヒタリと、一歩ずつ電の方へと近づいてくる。

 

 その動きがまるで映画で出てくるゾンビのように見え、電は立ち上がろうと床の上をもがき続けた。

 

 しかし、完全に腰が抜けてしまった電の身体は上手く立つことができず、床を這うようにして部屋の隅へと追いやられてしまう。

 

「どう……して、逃げるの……かしら?」

 

「だ、だって……雷ちゃんが……雷ちゃんが……っ!」

 

「どうして……どう……して……なの……。ど……どドドどドどううウウウうししシてててテテ?」

 

「ひいぃぃぃっ!」

 

 回路が故障し、途端に暴走する機械のような動きと声を上げながら、身体中の関節をガクガクと動かす雷の姿があまりにも恐ろしく、電は大粒の涙を流しながら悲鳴を上げた。

 

「あは、あはハハはハははっ、アははハはハハあはハアはははハッ。ドウして、どうシて逃げるノぉ……?

 電ハ、私のこトヲ……助けテくれルんじゃ……ナかっタの……?」」

 

「電は……電……は……っ!」

 

 雷を助けたい。そう言おうとしたのに、電は言葉にできなかった。

 

 豹変した雷の姿があまりにも恐ろしく感じた電は、これ以上近寄らないでくれと懇願するように激しく顔を左右に振った。

 

「そう……ソうなノ……ね……」

 

「……え?」

 

 雷は急にピタリと動きを止め、激しく叫ぶような声から背筋が凍りついてしまうのではないかと思える声へと変化させる。

 

「助けテくれルと言っテイたのニ……嘘だッタんダ……」

 

「そ、それは……ち、ちが……」

 

「嘘デしョ?」

 

「う、嘘じゃ……」

 

「ジャあ、助けテくれル?」

 

「も、もちろん……」

 

「良カった……ちょうド、お願イしタいこトがアッたの……」

 

「い、電は雷ちゃんを……」

 

 元に戻したい。

 

 電は一度目を閉じて意思を固め、ハッキリと雷に伝える為に目と口を同時に開いた時……

 

 

 

 電の視界から、雷の姿が消えた。

 

「……えっ!?」

 

 左右に顔を向けるも雷の姿は無く、

 

 けれども、荒い息遣いが……後方から微かに聞こえてきた。

 

「……っ!」

 

 電は後ろを見ようとするが、とてつもない力が頭にかかって振り向くことができない。

 

 そして、耳元に小さな声が聞こえた瞬間――

 

 電の意識が、プッツリと切断された。

 

 

 

「ソれジゃあ、いタだき……まス」

 

 




次回予告

 暁と響は電を心配しながら通路を走っていた。
そして独房の扉が開いているのを目撃し、慌てて中に駆け込んでいく。

 その目に映るモノとは……


 深海感染 -ZERO- 第四章 その6

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第四章 その6


※今話はグロ注意です。できるだけ抑えてはいますが、それでもやばいかもです。


 暁と響は電を心配しながら通路を走っていた。
そして独房の扉が開いているのを目撃し、慌てて中に駆け込んでいく。

 その目に映るモノとは……


 

 二人の艦娘が通路を走る。

 

 夜の時間に大きな足音が響くのもためらわず、全速力で駆けていく。

 

 本来ならば規律によって叱られてしまう行動であるが、暁と響の心境はそれどころではなく、無我夢中で走り続けていた。

 

「電……っ」

 

 響はトイレに行くと言って居なくなった電の名前を呼び、その声を聞いた暁が唇を噛む。

 

 電が雷の元に行っていなければ問題は無い。そうであったならば、どれほど嬉しいことか。

 

 その思いが二人の頭に駆け巡り、どうしてもっと早く行動しなかったのかと後悔する。

 

 だけど、今は悔んでいる暇は無い。

 

 一刻も早く雷が居る独房へ行き、電の姿が無いことを確認しなければならないのだ。

 

 それを行うには、提督の命に逆らってしまうことになるけれど、電の無事を確かめる為にはこの方法しかない。

 

 この行動によって怒られてしまったとしても、電が無事であるのなら二人は喜んで罰を受けるだろう。

 

 焦りと苦悩、そして決意を込めた目を浮かべた暁と響が、いくつもの部屋の扉を通り越して通路の角を曲がってから、地下室へ続く階段を駆け降りた。

 

「お願い……。電が……電がここにさえきていなければ、何の心配も……」

 

 額に汗を浮かばせた暁が最後の段を踏み抜くと、視界に薄暗い地下室の通路が入ってくる。

 

 天井に据えつけてある蛍光灯の明かりがチカチカと点滅し、ホラー映画のような雰囲気を醸し出していた。

 

 こんな時間に想像力が勝手に働いてしまう雰囲気の中、更には変貌してしまった雷が居る独房へと向かう。

 

 罰ゲーム以外のなにものでもない状況であるにもかかわらず、二人は電の身を案じて前へと進む。

 

 そして通路の先にある角を曲がった二人は、決して信じたくは無かった現実を目の当たりにする。

 

「「え……っ!?」」

 

 二人は大きく目を見開いて立ち尽くす。

 

 鉄格子がはまった窓がある独房の扉が、半開きの状態になっている。

 

 その扉の鍵を中から開けることはかなり難しい。

 

 つまりそれは、外部から鍵を開けたということになり、

 

 それを行ったのは、まず間違いなく――電であると、二人は即座に思い浮かんだ。

 

「……っ!」

 

 理解した響はすぐに扉へと駆けだし、一歩遅れて暁も後を追う。

 

 響は後先考えずに全力で走り、

 

「電ーーーっ!」

 

 通路中に響き渡る大きな声を上げながら、響は半開きの扉に体当たりをして独房の中に入った。

 

 

 

 

 

 独房の中は通路よりもさらに薄暗く、二人の目は少しの間、殆ど見えなかった。

 

「電……どこに、どこにいるんだ……っ!?」

 

 響の叫ぶ声は独房内に響き渡るが返事は無く、代わりに湿ったような音が聞こえてきた。

 

 

 

 ぴちゃり……

 

 

 

「……?」

 

 暁は辺りを見回しながら音の出所を確かめようとするが、目はまだ慣れずにままならない。

 

 

 

 ぴちゃ……ぴちゃり……

 

 

 

 水滴が滴るような音。

 

 そして、鼻につく生臭さ。

 

 なぜかそれらが、とてつもなく二人の心を不安にさせ、思わず拳をギュッと握る。

 

「電……それに、雷……」

 

 響は二人の名を呼びながら、ぐるりと部屋の中を見渡した。

 

 そして、暗順応によってうっすらと見えてきた内部の様子に気づいた二人は、大きく息を呑んだ。

 

「な……な……っ」

 

「な、なんなの……これ……っ」

 

 壁一面に広がる大きなシミ。

 

 床に広がる大きな池。

 

 暗くて色合いは分からないけれど、明らかに異様であることは間違いない。

 

 

 

 ぴちゃり……ぐちゃ……っ……

 

 

 

「「……っ!?」」

 

 そして、急に聞こえてきた今までと異なる音に、二人はそちらへと振り返る。

 

 

 

 ぬちゃ……ぶち……っ……

 

 

 

 床に蠢く小さな塊が、棒のようなナニかを持っている。

 

 

 

 ぐちゃ……ぶちゅ……

 

 

 

「あ……う……ぁ……」

 

 その棒に塊が齧りつき、滴る水滴で床に広がる池が更に広がっていく。

 

 

 

 ぐちゅ……ぶちぶち……っ……

 

 

 

「う……そ……」

 

 闇に慣れた二人の目が、ソレがなんであるかを理解し、

 

 声に気づいた塊の顔が、ゆっくりと二人へと向き、

 

 暗闇の中に光る、真っ赤な二つの瞳を見た瞬間――

 

 

 

「「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」」

 

 

 

 二人は喉が張り裂けてしまう程の大きな声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「どウしたの……? ソんナニ、大きナ声なんカ出しテ……」

 

 棒のようなモノを持った塊が、ゆっくりと立ち上がる。

 

 衣服どころではなく、身体中のあらゆる部分にシミをつけたソレは、二人に向けた赤い目を鈍く光らせながらニタリ……と、笑みを浮かべた。

 

「せっカくノ食事ナのに……邪魔をシなイでよ……」

 

「「……っ!」」

 

 言葉とは裏腹に見える喜びに満ちた笑顔が、暁と響の身体を大きく震わせた。

 

 なぜ、そんなことができるのか。

 

 なぜ、そんな顔で笑うことができるのか。

 

 どうして雷は――電を身体を貪っているのか。

 

「はう……っ」

 

 あまりにも信じられず、あまりにもあり得ない出来事に、暁の身体が揺らぎながら床に崩れ落ちる。

 

「あ、暁っ!?」

 

 慌てた響が暁を見ると、その顔は真っ青になっていて、どうやら気絶しているようだった。

 

「あラ……どうカしたノ……?」

 

「くっ……」

 

 近づいてくる雷の足が床に溜まった赤い池を渡り、ピシャリ……ピシャリと鳴っている。

 

 ゆらゆらと、今にも倒れそうな動きで近づいてくる雷に向かって、響は叫ぶように声を上げた。

 

「どうして……どうしてこんなことをっ!?」

 

「ドうして……って、電が私ヲ助けテくれルと言ッテくれタからジャなイ……」

 

「だ、だからって……こんなことが許されるとは……っ!」

 

「ナんで? ドうしテ? ナゼなのカしら?」」

 

「あ、当たり前じゃないかっ! こんな……こんなこと……」

 

「ナニを驚いテいるノよ。私ハたダ、食事をシたダケなんだケド?」

 

「……っ!」

 

 雷が言った『食事』という言葉に、響は愕然とした。

 

 あれほど仲が良かった電を、

 

 あれほど仲が良かった姉妹である電を、

 

 『食事』の対象にしてしまうなんてことは、響の頭では到底考えられるモノではない。

 

 それは姉妹とかそういう区切りではなく、普通の思考をしていたのならば、決して踏み入ることの無い領域。

 

 雷は、踏み出してはいけない一歩を――いや、境界線を――

 

 完全に通り抜けていた。

 

「フう……。そロそロお腹モ一杯ニナったし、司令官ノとこロに行かナくちゃ……ネ」

 

 手に持っていた棒――ではなく、いたるところを破損し、真っ赤に染まった電の腕を無造作に放り投げた雷は、独房の出入り口である扉に視線を向けた。

 

「……っ、ま、待つんだ雷っ!」

 

「ドうしテ? ドうしテ響ノ言うことヲ聞かなケレばイけないノ?」

 

「こんなことをしでかした雷を……司令官のところに行かせる訳にはいかないっ!」

 

「アらソウ。デも、私は気にセず向かッチゃウんだカラ」

 

 不敵な笑みを浮かべた雷は響にそう言った途端、赤い池に這いつくばって姿勢を低くし、四足歩行の獣のような体勢を取った。

 

「な、何を……」

 

 予測でき得なかった行動に気を取られた響の一瞬の隙をついて、雷はそのまま両手と両足で床を力強く蹴りながら、独房の外へと駆けていく。

 

「……し、しまったっ!」

 

 急いで雷の後を追う響だったが、その動きは尋常ではない速度であり、独房を出た時には既に姿は無く、通路に続く赤い手足の跡だけが残されていた。

 

 気絶したままの暁や、横たわったままピクリとも動かない電の変わり果てた姿をそのままにもしておけず、響はどうするべきかと迷う。

 

 しかし、このまま雷を放っておけば更なる惨事が起こってしまう可能性を危惧した響は、涙で滲んだ目を強く閉じて袖で拭ってから、手足の跡を追いかけた。

 




次回予告

 暴走した雷が独房から逃げ出し、響は後を追った。
その頃、執務室で四十崎部長を待っていた提督に大きな音が鳴り響く。

 はたして、提督の運命は……


 深海感染 -ZERO- 第四章 その7

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第四章 その7


 暴走した雷が独房から逃げ出し、響は後を追った。
その頃、執務室で四十崎部長を待っていた提督に大きな音が鳴り響く。

 はたして、提督の運命は……


 

 執務室で秘書艦の帰りを待っていた提督は、椅子に座ったまま両肘をついて手を組んでいた。

 

 雷のことで頭の中は一杯で、後悔の念が胸に渦巻き、張り裂けんばかりであった。

 

 なぜこんなことになったのか。

 

 全ては、大本営からやって来た四十崎部長の案に乗ってしまったからだ。秘書艦の助言があったけれど、最後に命を下したのは提督の意思である。

 

 大本営からの資材補充の削減が原因で、鎮守府を運営する為の資材が足りなくなっていた。

 

 しかし、元を正せば提督が過去の作戦失敗によって臆病になり、大本営からの命令に従わなかったからそうなったのだ。

 

 今考えれば、新型近代化改修を受け入れなくとも何とかなったかもしれない。

 

 失敗を乗り越えて、糧にして、より良い方法を模索して、大本営に逆らわずに鎮守府を運営すれば良かったのかもしれない。

 

 今更こうすれば良かったなどという考えをしても、既に手遅れであることは分かっている。

 

 提督も人間であるからこそ、こうして思い悩み、後悔しているのだが――

 

「それでも……僕は……」

 

 胸に手を当て、誓いを思い返すように目を閉じる提督。

 

 そして、あの時から頭の隅に引っかかっていた、一つの考えに光が差し込もうとしたとき、

 

 大きな音と共に、執務室の扉が開かれた。

 

 

 

 

 

 音に驚いた提督が目を開ける。

 

 そして扉を開けた者の姿を見た瞬間、まぶたは限界まで開かれ、言葉を失ってしまう。

 

「シれいカん……みーツけたッ……」

 

 満面の笑みを浮かべながら、雷は言う。

 

 身体に纏っている衣服だけではなく、手足にまでベッタリと付着した赤い液体。

 

 提督は『ソレ』がなんであるかは、すぐに分かった。

 

 生臭く、鉄錆のようなにおいが鼻につく。

 

 雷の衣服や肌の所々に、勢いよく噴き出した返り血を浴びたような跡が見える。

 

 誰の血かまでは分からない。だが、それ以前の問題だ。

 

 明らかに雷に付着している血の量は多過ぎる。それが例え複数の人間や艦娘のモノだったとしても、無事であるとは思えない。

 

 恐れていた以上のことが起きてしまった事実に、提督は何の言葉を放てず、身体を小刻みに震わせながら椅子に座っていた。

 

「ねェ、司令官……。ドうしテ演習場デ聞いタ、私の質問ニ答えナカったノ?」

 

 提督は答えない。

 

「ねェ、司令官……。ドうしテ私を独房ナンかに閉ジ込めたノ?」

 

 提督は答えられない。

 

「ねェ、司令官……。私ノ話を……聞いテル?」

 

「あ……あぁ……」

 

 これ以上黙っていると雷の機嫌を損ねかねないと思った提督は、小さく頷きながら返事をした。

 

「ソれジャあ……答エてよ」

 

「………………」

 

「司令官ハ私のことヲ、大切に思ッテくレているノヨね?」

 

「も、もちろんだ」

 

「司令官ハ私のことヲ、好いテくレているノヨね?」

 

「僕は……みんなのことが……」

 

「司令官ハ私のことヲ、愛しテくレているノヨね?

 

「そ、それは……」

 

「ソれハ……ナに?」

 

「それ……は……」

 

 どう答えて良いものかと迷った元帥は、言葉に詰まらせながら考えようとする。

 

 しかし、それを許さないと言わんばかりに――雷の表情が一変した。

 

「つまリ、司令官は私ノことが嫌イだッテ言うの……ネ?」

 

「ち、違う。そうじゃない……そうじゃないんだが……」

 

「じゃアなんナノッ?」

 

「そ、その……その姿が……あまりにも……」

 

 あり得ない。

 

 身体中を血みどろにした雷は、あまりにも異質である。

 

 そして雷の言動も、明らかに異質である。

 

「あア、コれノこと?」

 

 そう言った雷は、自分の身体を見ながらニッコリと笑う。

 

 なぜ、そんな状態になることをしてしまったのか。

 

 なぜ、そんな状態になっても笑っていられるのか。

 

「コれはネ、司令官ノためナの」

 

「ぼ、僕の……ため……?」

 

「ソうよ。司令官ノことが好きダッて言ウ、電のためデモあるンだけレド……」

 

「い、電……だって……っ!?」

 

「まァ、ソんナことはドウでも良イの。今大切ナのは、司令官ガ私のことを愛しテくれテいるカどウカなんダから」

 

「ど、どうでも良い訳が……っ!」

 

 そう言って、提督は机を両手で叩きながら椅子から立ち上がった。

 

 雷の身体に付着している血が電のモノだと理解した瞬間、あまりにも衝撃過ぎる事実に提督の身体が反射的に動いたのだ。

 

 だが、その提督の動きが、雷の心境をまたしても悪化させてしまう。

 

「ソう……っ、ソうナの……ネ……」

 

「え……?」

 

「司令官ハ私ジャなくテ、電のことヲ愛しテいるノね?」

 

「い、いや……そんなことは一言も……」

 

「言ッタじゃナい……。電ノことをドウでモ良イ訳が無イッテ言ッタじゃナいっ!」

 

「それは違うっ! 僕は電が心配で……」

 

「心配デ心配でタまらなインでしョ!? 電のことガっ、電ノ身体がっ、電の心ガ……っ!」

 

 雷はその場で怒りを発散させるように地団太を踏み、大声で叫ぶ。

 

「電モ同じダッたっ! 司令官が気ニナるッテ、司令官を好キダッて、司令官を愛シてイルって……っ!」

 

 俯いた雷の目が、真っ赤な鈍い光を浮かばせる。

 

「ダかラ……ッ、だかラ私ハ……っ!」

 

 叫び声が止んだ瞬間、雷の動きもピタリと止まった。

 

 雷の顔が、ゆっくりと提督に向けられる。

 

 真っ赤な二つの目が、提督の目に向けられる。

 

 そして、雷は――この世のモノとは思えない笑みを浮かべて、大きく口を開いた。

 

「助けテクれルと言ッタ……電を、食ベちゃッタのニ……」

 

「……っ!?」

 

 予想だにしなかった雷の言葉に絶句する提督。

 

 しかし、雷は気にすることなく叫ぶように言葉を続けた。

 

「そウ、助けテくレルっテ電ガ言ったノっ! 私ノ願いヲ叶えテクレるっテっ! 仲ガ良いカラ、姉妹ダカら、ダから一緒ニ司令官ヲ愛せル方法を取っタノっ! チょうどオ腹も空イテいたシ、一石二鳥にナるっテ喜んデ食ベタのヨっ!」

 

「そ、そんな……なんてこと……を……」

 

「どウシて司令官ハそんナ顔をシテいるノ? 嬉シイでシょ? 嬉しクナいはずガなイワよネ? ダッテそうデシょウ? 私ト電の思いヲ叶えラレる方法ヲ取っテアげたノヨ?」

 

「そ、それは違う……そんなことで電は……っ」

 

「ナゼ? どウシて? 司令官ハ嬉しクないノ?」

 

「嬉しいはずがないだろうっ! 雷は……雷は妹である電を……手にかけたということが分かっているのかっ!?」

 

 提督の言葉を聞いて、雷はキョトンとした顔を浮かべた。

 

「そレガ……どうシたっテ言ウの?」

 

「……えっ?」

 

「司令官にハ、私が居レバあトは何もいラないデしょ?」

 

「な、なにを……」

 

「司令官ハ私を頼っテクれレば良いノ。私が司令官ノ望みヲ全部叶えテアげる」

 

「なにを……何を言っているんだ……っ!」

 

「司令官は何モ心配するコトはナいのヨ。私は大丈夫。私ハ強くナッたの。私が。私ガ。わたシが。わたしがわたしがわタしがワタしがワタしガワタシガワタシガワタシガワタシガワタシガワタシガワタシガワタシガワタシガ……」

 

「……っ!」

 

 壊れたCDプレイヤーのように同じ言葉を繰り返す雷に、提督は背筋を凍りつかせて押し黙った。

 

「全部、全ブ、ゼンブ叶えテアげル。どンなことモ、どンな命令モ、朝起キたときモ、朝ご飯ノときモ、みンナに任務を伝エるときモ、お昼ゴ飯のときモ、お昼寝ノときモ、おヤツの時間モ、演習ノときモ、晩ゴ飯のときモ、報告書ヲ書くときモ、夜戦のときモ、ベッドに入ルときモ、お休ミすルときモ、ぐっスリ眠っテいるときモ……全テ叶えテアげル」

 

 雷の真っ赤な目が提督を射殺すかのように突きつけられる。

 

「モちロンどンな願イであッテも私ハ嫌がラなイワ。司令官ガ望むナラ、どンなエッチなことデモシてアゲる。他ノ誰もガ嫌だっテ言ってモ、私ダケは司令官ノ望みヲ叶えテアゲラレれるノ」

 

「そ……そん……な……ことは……望まない……っ!」

 

「ドうしテ? ドうしテなノ? 司令官ハなにガ望みナノ? なニヲ望ムの?

 私ガ全て叶エテあげル。どンな願いデモ叶えテあゲル。こノ場デ死ねと言ウノなラ喜んデ死んデアげル。嬉々トしテ自爆しテアげる。他ノ艦娘を道連レニして、ミナゴロシにしテあゲル……」

 

「な……なにを言っているんだっ!」

 

「アぁ……そレと、大本営ノ奴らモ邪魔だカラ、先ニ始末しテオいタ方が良イワよね。

 そウすレバ、司令官の傍ニは私ダケガ残るデシょ? こレでハッピーエンド。後ハなンノ心配もイらなイ。誰モ邪魔ヲしなイ。うふ……うふフ……ウふフフフ……」

 

「雷……っ!」

 

 雷の言っていることの辻褄が合っていない。正気で無いことは姿を見た時点で分かっているはずなのに、その言葉によって提督は更に追い詰められていた。

 

「コレデスベテハ上手クイクわ。他にハナニモいラナい。司令官サエ傍にイテクれレバソレデ良いノ。私ハソれダケで嬉シイノ……」

 

「しっかり……しっかりするんだ雷っ! 雷は今、新型近代化改修の影響で……」

 

「ソウ……そうヨ。新型近代化改修ノオカげデ強くナレタの。司令官ヲ守ることガデキるよウニナッタの。

 そレニ、ナンダか身体ガ熱くテ、気持ち良クテ、胸ノ中に司令官ノことガイッぱイニナッテ……タマラナイノ」

 

「そ、それを治す為に、こちらに四十崎部長が向かって……」

 

「………………ナンデ?」

 

「もちろん雷の身体を元に戻す為に……」

 

「………………どウシテ?」

 

「あ、当たり前だろうっ! 妹の電に手をかけるなんてこと……許されるはずが……」

 

 そう――提督が最後まで言い終える前に、雷が右足で床を思いっきり踏んだ。

 

「……っ!?」

 

 とてつもない大きな音と衝撃が走り、提督の身体がビクリと震えあがる。

 

「嬉シク……なインだ……。ソウ……なンダ……」

 

 顔を天井に向けた雷は小さく呟き、再び提督の顔を見た。

 

「そレジャア、モう……いラナイ」

 

「……え?」

 

「私ノ言ウコトヲ聞イテクレナイ司令官ナンテ、司令官ジャナイ」

 

 ゆらり……と、雷の身体が揺れ動く。

 

「ダケド……電ノ望ミハ叶エテアゲル。私ノ望ミヲ叶エテクレタ、電ノ望ミ『ダケ』ハ叶エテアゲル……」

 

「な、なに……を……」

 

「一緒ニ……私ノオ腹ノ中デ愛シ合ッテ」

 

「……なっ!?」

 

「ソレジャア、イタダキ……マス」

 

 言葉を吐いた雷は身を屈めて床に手足をつけ、提督へと襲いかかる。

 

 その余りの速さに提督は身体をピクリと動かす間もなく、雷の開けた大きな口が目前へと迫っていた。

 

 声を上げることもできず、血みどろの雷に食べられる。

 

 自分が招いた結果によって呆気なく命は失われた――と、思われた瞬間だった。

 

 

 

 ズドンッ!

 

 

 

「ヒギィっ!?」

 

 鼓膜をつんざくような烈しい砲音が鳴り、遅れて提督が両手で耳を塞ぐ。

 

「ギィ、ギャアァァァァァァァァァァァァッ!」

 

 艦娘のモノとは思えないような悲鳴を上げた雷が苦痛の表情を浮かべ、床の上をのたうちまわっていた。

 

「間一髪……と、言うところでしたね」

 

 開かれた扉の前に、艤装を装着した秘書艦が立っている。その隣には、肩で息をしていた響の姿もあった。

 

「響さん。この鎖で雷の身体を、すぐに拘束して下さい」

 

「……了解」

 

 秘書艦の命令に頷こうともせず、起伏の無い言葉だけを発して、響は言われた通りに雷の身体を受け取った鎖を使って拘束しようとする。

 

「ナンデ……ナンデ私ノ邪魔ヲスルノヨォッ!」

 

「………………」

 

 響はなにも答えず、暴れようとする雷の身体を押さえつけながら、黙々と鎖を撒きつけていく。

 

 その顔は、あまりにも悲しげで。

 

 今すぐにでも、涙を流しそうで。

 

 吹けば倒れそうな、青白い顔を浮かべていた。

 

 その顔を見た提督は、雷の言ったことが本当であったと理解をし、

 

 小さく息を吐きながら、目を閉じて顔を伏せる。

 

「チクショウ……ヂクジョオォォォ……」

 

「………………」

 

 雷に、かける言葉が見つからない。

 

 響に、かけられる言葉が見つからない。

 

 己の犯した罪を悔みながら、提督は自らに問う。

 

 あの時、自分があんな選択をしていなければ。

 

 あの時、四十崎部長が持って来た新型近代化改修の誘いを断っていれば。

 

 

 

 こんなことにはならなかったのだろう……と。

 





次回予告

 雷を何とか抑えることができた。
だがしかし、すべてはまだ終わりではなく始まりに過ぎなかった。

 電の変わり果てた姿を前に、暁と響が独房に立つ。
後悔にまみれた響は叫び、暁が止めようとする……


 深海感染 -ZERO- 第五章 その1

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第五章 その1


 仕事が長引いて更新遅れました。申し訳ありません。


 雷を何とか抑えることができた。
だがしかし、すべてはまだ終わりではなく始まりに過ぎなかった。

 電の変わり果てた姿を前に、暁と響が独房に立つ。
後悔にまみれた響は叫び、暁が止めようとする……


 

 ■第五章 感染拡大

 

 

 

 雷が提督の元にきてひと騒動を起こした後、執務室には息苦しさを感じる重い空気が漂っていた。

 

 部屋の中には、いつもの定位置である椅子に座った提督と、つい先程部屋に戻ってきた秘書艦が居た。

 

「雷の身柄を再度地下にある独房に移しておきました。扉には二重に鍵を掛けましたので、まず大丈夫かと思います」

 

「あぁ、ありがとう……」

 

 秘書艦の報告に頷いた提督だが、表情は暗く、明らかに疲労していると見てとれた。

 

「ところで、響達の様子は……?」

 

「響は雷が入っていた独房に居ます。気絶していた暁を介抱し、その後は……」

 

 秘書艦はそう言って、提督から視線を逸らして言葉を詰まらせる。

 

「そう……か……」

 

 その表情を見た提督は、最後の望みを打ち破られてしまったかのように、大きくため息を吐く。

 

「提督……」

 

 秘書艦の声に提督は無言で俯いたまま動かない。頭の中は雷と電に対する謝罪と後悔の念で一杯で、心に余裕が感じられない。

 

「お願いです、提督。そんなに自分を追い込まないで下さい……」

 

 悲しげな表情で話す秘書艦に、提督はゆっくりと視線を向けた。

 

「いいや……今回のことは、全て僕のせいだ。僕が四十崎部長の提案に乗らなければ、こんなことにはならなかったんだ……」

 

「そ、それは違いますっ! そもそも、大本営が補充を削減しなければこんなことにはなりませんでしたっ! それに私が……私があの時、提督にお願いしなければ……っ」

 

「だが、最後に決めたのはこの僕だ。あの時、首を縦にさえ振らなければ。資材不足であろうとも、なんとかしてやり繰りする方法を思いついていれば。最初から大本営の命令に……背いていなければ……」

 

 懺悔のように話す提督の目から、一筋の涙が机の上に零れ落ちる。

 

「それでも……それでも、貴方は……」

 

 そう――言おうとした秘書艦の耳に、コンコン……と、扉がノックされる音が聞こえてきた。

 

 こんな時間に誰が……と、考えるが、雷の騒動で大きな音や声が鳴り響いたのだから、不審に思った者が様子を見にきたと考えればおかしくはないだろう。

 

 それに、どのみち今回のことは鎮守府に居るみんなに知らせなければならない。隠し通せるレベルでは無いし、そもそも隠してはいけない失敗なのだ。

 

 提督は涙で濡れた目を袖で拭き、両肘を机についたまま返事をする。

 

「……入って良いよ」

 

 その言葉に反応するように、扉はゆっくりと開かれた。

 

 

 

 

 

 その頃――

 

 最初に雷が閉じ込められていた独房に、響は戻っていた。

 

 気絶していた暁を起こし、変わり果てた姿になってしまった電の身体を、そのまま放置しておく訳にはいかないからだ。

 

 薄暗い独房の中で動き回れるようにと、響は独房に戻ってくる途中で寝泊まりしている部屋に戻り、懐中電灯を持ってきた。

 

 正直に言えば、独房の中を詳しく見たいとは思わない。できるものなら、他の艦娘に変わって欲しいくらいなのだが……

 

「……電」

 

 それでも……いや、そうであっても、電に最後の別れを言わなければならない。

 

 過去の記憶では、電の姿を見れないまま報せを聞いた。雷も、暁も、離れ離れのまま居なくなった。

 

 あの時と比べたら、どれほど良いことだろう。

 

 言葉と書類で告げられるより、どれほど良いことだろう。

 

 目の前には、冷たく動かない電の身体がある。

 

 あれほど欲した願いなのに、なぜ嬉しくないのだろう。

 

 姉妹の最後を、別れの言葉をかけられるはずなのに、どうして嬉しくないのだろう。

 

「響……」

 

 じっと電の身体を見つめていた響に、声がかけられる。

 

 気絶から立ち直った暁が泣きそうな顔で、響の名を呼んでいた。

 

「どう……して……」

 

 響は暁の呼ぶ声に反応せず、電の身体を見ながら小さく何度も呟いていた。

 

「どうして……こんなことに……」

 

 雷が新型近代化改修を受け、電を殺すような事態を誰が予想できただろうか。

 

 提督がこの結果を知っていたのなら、間違いなく防いだ筈だ。

 

 周りのみんなも分かっていたのなら、間違いなく止めた筈だ。

 

 これは予想できなかったこと。分かりえなかったこと。起こったからこそ理解できたこと。

 

 つまり、偶然が重なってしまった事故みたいなモノ。

 

 運が悪かったとしか、思えるはずが――

 

「ある訳がないじゃないか……っ!」

 

「ひ、響……っ!?」

 

「電が死んだんだっ! こんなに無残に、変わり果てた姿でっ! しかもそれが、姉妹である雷がやったことなんだよっ! そんな……そんな仕打ちがあって良いはずがないだろうっ!?」

 

 響の手に握られた懐中電灯の光によって、おびただしい量の真っ赤な池にうつ伏せになって倒れている電の身体が照らされた。

 

「どうして……どうしてこんなことにならなければいけないんだっ!? 響はただ、今度こそみんなと一緒に長い時間を過ごしていきたいと思っていたのに……っ!」

 

 電の姿は――衣服も、肌も真っ赤に染まり、左腕が肩の部分からごっそりと無くなっている。

 

「こんな最後だなんて……あんまりじゃないか……っ! これじゃあ……これじゃあよっぽど……前の方が……。いや……こんなことになるのなら、響は目覚め無かった方が……」

 

「響っ!」

 

 

 

 パシンッ!

 

 

 

 暁は自暴自棄になって叫ぶ響の腕を思いっきり引っぱり、自分の方に顔を向かせてから、頬に左手でビンタをした。

 

 突然の衝撃に何が起こったのかが分からないといった顔を浮かべた響は、茫然としたまま暁の顔を見る。

 

「どうして……そんなことが言えるの……?」

 

「……え?」

 

「響の辛さは分かっている……。でも今言ったことが現実になったら、ここで過ごしてきた日々は全て無かったことになるのよっ!?」

 

「そ、それ……は……」

 

「初めてここにきたとき、暁は響に会えて本当に嬉しかった! 電がきたときも、雷がギリギリの状態で助かったときも、本当に、本当に本当に嬉しかったっ!」

 

 暁は大粒の涙をボロボロと流しながら、響に叫び続けていた。

 

「姉妹が揃って、みんなで遠征に行って、出撃して、入渠して、ご飯を食べて、一緒に眠って……。それが全部、意味がなかったってことなのっ!?」

 

「ち、違う……。そんなことは……絶対に無い……っ」

 

「そうでしょっ! ならどうして、響はそんなことを言ったのっ!? 目覚めなければ良かっただなんて、どうしてそんなことが言えるのよっ!」

 

 響の目が真っ赤になりながら、大粒の涙があふれ出す。

 

「こんなことになってしまったのは今でも信じられない。だけど、ここで目を背けたら、何もかもが無駄になっちゃうのよっ!」

 

「でも……それでも、響は……」

 

「悲しいのは暁も一緒なのっ! だけど、泣いて、目を背けて、無かったことにしてしまったら、死んでしまった電はどうなるのよっ!」

 

「……っ!」

 

「暁達が今できるのは、電と別れをして、きちんと埋葬してあげることなのっ! 雷を元に戻して、3人でお墓に謝りに行くんでしょうっ!?」

 

「……そう……だ。そうなんだ……」

 

 響は暁の目をしっかりと見つめ、コクリと頷いた。

 

「響は……忘れちゃいけないんだ。電のことを、忘れちゃ……ダメなんだ」

 

「もちろん、暁も忘れたりなんかしないわ……」

 

 2人は泣きながら微笑を浮かべ、お互いに頷き合う。

 

 やらなければいけないことは決まった。もう迷うことは無い。もう迷ったりしない――と、響は帽子のつばを持って位置を直す。

 

 そして、電の身体を埋葬する為に、懐中電灯の光を向けたときだった。

 

「……え?」

 

 響の声が独房内に響いた。

 

 いったいどうしたのかと、暁が響の顔を見る。その顔は驚いたまま固まっているといった風に見え、響の視線の先へと暁が顔を向ける。

 

「……ええっ!?」

 

 それを見た瞬間、暁は響と同じように声を上げた。

 

 2人が目にしたモノは、電の右腕。

 

 真っ赤な池の中心に浮かぶ、電の右手。

 

 死んだと思っていた電の身体が――動いている。

 

「電っ!」

 

 驚いた暁はすぐに電の身体に駆け寄り、真っ赤な池に自らの衣服が汚れてしまうのもためらわずに膝をつく。

 

「大丈夫!? 大丈夫なの、電っ!」

 

 暁の言葉に反応するように電の身体が少しずつ動き、片方しかない右腕を使って立ち上がろうとした。

 

「待って! 暁が支えてあげるからっ!」

 

 暁が電の右脇の下に頭を潜り込ませ、身体をしっかりと支えながら立ち上がった。

 

 そして、妙な違和感が暁を襲う。

 

「……?」

 

 茫然と立ち尽くす響の目が、電の顔を見ていた。

 

 電の身体を支えていた暁が、自らの身体に触れる異様なまでの冷たさに身体を震わせる。

 

「い、電……?」

 

 震える口で電の名を呼ぶ響。

 

 その声に反応するように、電の顔がゆっくりと上がる。

 

「……っ!?」

 

 響は、目に映ったモノが信じられなくて、大きく息を飲む。

 

 そして、頭より先に本能が口を動かして――叫んだ。

 

「暁、早く電から離れるんだっ!」

 

「……えっ?」

 

 その瞬間、電の目が鈍く光る。

 

 

 

 雷と同じ、真っ赤な目を――

 





次回予告

 提督が居る執務室がノックされたときに戻る。
部屋に入ってきた艦娘に驚く提督と秘書艦。
そして、ある言葉によって更なる焦りを生むことになる……


 深海感染 -ZERO- 第五章 その2

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第五章 その2

 提督が居る執務室がノックされたときに戻る。
部屋に入ってきた艦娘に驚く提督と秘書艦。
そして、ある言葉によって更なる焦りを生むことになる……


 執務室に響いた扉をノックする音に提督が答えると、ゆっくりと扉が開かれた。

 

「提督、失礼するぜ」

 

 そう言って入ってきたのは、天龍だった。天龍の背には艤装が装着されており、提督と秘書艦はギョッとした表情を浮かべた。

 

 ついさっき雷がこの場所で暴れたばかりであり、身をもってそれを経験した提督は額に汗を浮かべた。

 

 もしかすると天龍も雷と同じように変貌し、攻撃してくるのではないのだろうか。

 

 何より恐ろしいのは、艤装が装着されている点だ。もしここで天龍の14cm単装砲や7.7mm機銃が発射されれば、とてもじゃないが無事で居られるとは思えない。

 

 提督は天龍に、なぜ艤装を装着しているのかを問うべきかどうか迷ったが、答えが出るよりも早く秘書艦が口を開いた。

 

「天龍さん、なぜ貴方は艤装を装着したまま執務室にきているのですか?」

 

「ん……あ、あぁ、悪い悪い。ちょっと考えごとをしていたせいで、取り外すのをすっかり忘れていたぜ」

 

 頭を掻きながらあっけらかんに答えた天龍を見て、秘書艦は呆れた表情でため息を吐き、提督はホッと胸を撫で下ろした。

 

「前々から言っていますけど、もう少し日々の態度について改めてくれないと困るのですが」

 

「そ、それは分かっているんだけどよぉ……」

 

 気まずいと言わんばかりに秘書艦から目を逸らす天龍に、提督は質問を投げかけた。

 

「ところで、どうして天龍はここにきたんだ?」

 

 提督の質問の意味は二つある。一つは単純にここにきた理由だが、もう一つは雷の騒動に気づいたかどうかであった。

 

 隠すつもりは無いけれど、できればもう少し情報を整理してから話したい。せめて大本営から四十崎部長と話をしてからが、ベストだと思っていた。

 

「えっと、まずは遠征の報告書を渡しておくぜ」

 

「あ、あぁ、そうか。ご苦労様だったな、天龍」

 

 そういえば天龍は遠征に出かけていたのだと、提督は思い返しながら報告書を受け取った。

 

「いや、それについてはいつものことだからな。大した問題も起きなかったし、資材もそこそこゲットできたぜ」

 

 そう言いながら顔の前でパタパタと手を振る天龍の顔は、すこしばかり自慢げに見える。

 

 どうやら雷の件できた訳ではなさそうだし、遠征から帰ってすぐに報告にきたというのなら、艤装を取り外すのを忘れていたというのも、天龍らしいかもしれない。

 

 秘書艦も天龍の言葉を聞いて、呆れた表情から真面目な顔へと変わっていた。

 

 だが、続けて放たれた天龍の言葉に、提督と秘書艦の表情は一変する。

 

「ところで、もう一つ用事があるんだけどさ。前に秘書艦から聞いたんだけど、龍田がまだ用事とやらから帰ってきてないみたいなんだよ。いくらなんでも遅いと思うんだけど、提督なら何か知ってるんじゃねーかなと思ってさぁ……」

 

「龍田が……帰ってきていない?」

 

「うん、そうなんだよな。秘書艦は、大本営への用事がなんとやらって言ってたはずなんだが……」

 

「な、なんなんだそれは。僕には初耳なんだけど……」

 

 頭を傾げながら呟いた提督は、天龍から秘書艦へと視線を移した。すると秘書艦は小さくため息を吐くような態度を取ってから、口を開いた。

 

「ええ、天龍さんの言う通り、龍田さんには私の用事を手伝ってもらっています。遠征任務での軽巡枠に余裕がありましたし、龍田さんの能力ならば問題ないと思われましたので、大本営の四十崎部長に送らなければいけない書類を運んでもらっていました。

 ただ、確かに天龍さんがおっしゃる通り、帰りが少し遅いようにも思えますが……」

 

「そうか。まぁ、初耳だったとはいえ、秘書艦がそう言うなら問題はなさそうだが、帰りが遅いというのは気になるな……」

 

「龍田のことだから心配はいらないと思うんだけど、数日前から全く会えていないから、さすがに気になっちまってさぁ……」

 

「確かに入れ違いにしては変に思えますが、もう一つ気になることがありますね」

 

「ん、それはいったい……?」

 

 何のことだろうと思った提督と天龍は、秘書艦の顔を見ながら頭を傾げる。

 

「いえ、これはまぁ……それぞれの性格等ではあるんですけど……」

 

 少し恥ずかしげな表情を見せた秘書艦は、ごほんと咳を吐いてから天龍を見た。

 

「天龍さんって、かなりの妹思いなんですねぇ……と、思いまして……」

 

「なっ!」

 

「あ、あぁ……そういうことか……」

 

 真っ赤な顔で驚いた天龍が大きな声を上げ、少し呆れたような表情で提督が頷いた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ2人ともっ! お、俺は別に龍田が可愛いとか、最近会えてなくて寂しいとか、一人で眠るのは怖いとか、そういうことを言っているんじゃないんだぜっ!?」

 

「………………」

 

「………………」

 

 慌てふためきながら反論するように喋った天龍だったが、2人はジト目を浮かべてため息を吐く。

 

「な、ななっ、何で黙ってるんだよっ!?」

 

「いや……その、だな……」

 

「今、天龍さんがおっしゃった言葉を、録音して聞かせてあげたかったですね……」

 

「……え?」

 

 声を詰まらせた天龍は、秘書艦の言葉を理解しようと頭の中で自分が言ったことを思い返し、突如頭の上から蒸気が吹き出さんばかりに、顔一面を真っ赤に染めた。

 

「い、いやいやいやっ! 違う、違うんだって!」

 

「はぁ……何が違うのでしょうか……?」

 

「だ、だから、俺は別に龍田のことを心配しているとかそういうのじゃ……」

 

「ですが、今はこうして提督に龍田さんのことを聞きにいらっしゃってますよね?」

 

「そ、それはあれだっ! 遠征の報告書のついでにちょっと気になったから言っただけであってだな……」

 

「それにしては結構お話をなさっていましたけれど……」

 

 赤面しっぱなしの天龍の弁解をすべて潰すかのように、秘書艦がツッコミを入れているのを見ていた提督は、さすがにこのままでは可哀相だと口を開いた。

 

「まぁまぁ、それくらいで勘弁してやってくれ。

 天龍の言うことも分からないでもないし、帰りが遅いというのも気にはなるからな」

 

「提督がそうおっしゃるのなら……」

 

「い、いや、だから俺は別に……」

 

 残念そうな顔を浮かべる秘書艦を横目に、肩の力を落とした天龍は大きくため息を吐いた。

 

「とにかく……だ。

 現在、龍田は大本営へ書類を届けに行っているということで間違いはないんだな?」

 

「……はい、本日の予定はそうなっております」

 

「問題は、帰ってくるのが遅いのではないかということだが、四十崎部長に連絡を取るには……難しそうだな」

 

「そうですね。多分今頃はこちらに向かっている途中でしょうし……」

 

「携帯電話の番号などは聞いていないのか?」

 

「それは……残念ながら聞いていません。連絡はすべてメールで行っておりましたので……」

 

「そうか。なら、他に龍田の情報を得ようとするのなら……」

 

「それなんですが、少し天龍さんに聞きたいことがあります」

 

「……へ、俺に?」

 

「はい、そうです。

 天龍さんは遠征から帰ってきて、そのままここにきたんでしょうか?」

 

「いや、一度自室には戻ったんだけど、龍田の姿が見えなかったんでこっちにきたんだけど……」

 

「それじゃあ、他の場所は探していないということですよね?」

 

「ま、まぁ……そうなるな」

 

 なるほど……と、頷いた秘書艦は、ぽんっと手を叩いた。

 

「あくまでこれは私の予想ですが、龍田さんは大本営から帰ってきて、食堂に向かったということは考えられませんか?」

 

「……ふむ、確かに時間を考えれば有り得ない話ではないな」

 

 報告よりも先に食堂に向かうというのは些か問題のような気もするが、腹が減ってはなんとやらとも言えるだろうと、提督は頷いた。

 

「出かけた時間から考えますと、龍田さんがこちらに帰ってきていてもおかしくない時間ですし、ひとまずは鎮守府内を探してみるのはどうでしょうか?」

 

「そ、そうだな。それじゃあ俺は早速龍田を探しに行ってくるぜっ!」

 

「お、おいっ、天龍っ!」

 

「それじゃあ後で報告にくるからよっ!」

 

 そう言って天龍は勢いよく扉を開け、執務室から出て行った。

 

「………………」

 

「……逃げましたね」

 

「まぁ、誰かさんに弄られていたからなぁ……」

 

「はて、誰のことでしょう?」

 

 私は何も知りませんよ? と、言いたげに笑った秘書艦を見て、提督は再度ため息を吐いた。

 

「とりあえず、私も龍田さんを探してみます」

 

「ふむ、そうだな。四十崎部長がここに着くにはまだ時間があるし、そうしてくれると助かる」

 

 雷のことは心配ではあるけれど、二重の鍵をかけたのでまず大丈夫だろう。ジッと見張っているのがベストだろうが、それをすると雷が騒ぎ立てる可能性も高いだろうし、気を張り詰めた状態を保ち続けろというのはあまりにも酷だろうと提督は考え、秘書艦の言う通りにするようにと返事をした。

 

「それでは少しの間ここを離れますが、提督は休憩をなさって下さいね」

 

「いや、それは……」

 

 ――と、そこまで言いかけて提督は言葉を詰まらせる。

 

 秘書艦が心配そうに見つめてくるのが目に映り、提督は仕方なく頷いた。

 

 そうして、微笑を浮かべた秘書艦は部屋を出る。

 

 見事に心労を見抜かれてしまったことを悔やみつつも提督は椅子にもたれかかり、天井を見上げながら大きく息を吐いた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 鎮守府へと向かう為に通らなければいけない崖路がある。

 

 片方は切り立った山。もう片方は海へと落ちる崖。

 

 道は大型車でも通れる二車線ほどの広さがあり、海側にはガードレールが整備されている。

 

 鎮守府へと向かう道なのだから、それなりに整備されているのは当たり前なのではあるが、夜の間に通る車の数は少なく、道路灯は無い。

 

 その為、夜のドライブというのはいささか不釣り合いなこの場所ではあるが、急カーブがいくつかあるこの道は、ドリフトテクニックを競おうとする若者達による恰好のステージとして使用されることもある。

 

 しかし、それとは明らかに違う黒塗りの車が、夜の時間にかなりの速度を出して走っていた。

 

「なぜ私がこんな時間に出向かねばならんのだ……」

 

 後部座席に座って眠そうな目を擦りながら、大本営の中将がブツブツと文句を垂れている。その様子をバックミラーでチラチラと眺めながら、四十崎部長が運転手席に座っていた。

 

 部長の顔は焦りにまみれ、大粒の汗が吹き出している。中将の苦言と、新型近代化改修を受けた雷が変貌した報告を受けて、気が気でない様子だった。

 

「多少の問題が起こったからと言って、わざわざ私が行く必要があるとは思えんのだが……なぁっ!」

 

 不機嫌な顔で中将が運転席を足蹴りし、ビックリした部長がハンドル操作を誤りかけて車がふらついた。

 

「や、止めて下さい中将っ! 運転している時にそんなことをされては、非常に危険ですっ!」

 

「チッ……」

 

 大きく舌打ちをした中将だったが、さすがに危険な目には遭いたくなかったのか、足蹴りを続けようとはしなかった。その代わり、中将の攻撃は部長への言葉攻めへと変わっていく。

 

「そもそも、新型近代化改修という不明瞭な手を使おうとするからいかんのだっ!」

 

「で、ですが、これは大本営の方針で決まったことでありますから……」

 

「貴様があの会議で持ちださなければ、こんな問題なんぞ起こらなかったのだろうがっ!」

 

「し、しかし……」

 

 この前の雷の変化に誰よりも喜んでいたのは中将であった。

 

 ――そう、部長は言おうとしたが、これは火に油を注いでしまう行為であると考えて、慌てて口を閉ざした。

 

「ともあれ、このような問題が起こるなら、今後一切私は関知しないからなっ!」

 

「わ、分かりました……」

 

 唇を噛みしめて我慢する部長であったが、ここで中将に歯向かってしまえば新型近代化改修の研究は閉ざされてしまうだろう。今は黙って耐え、機嫌が治まったところで上手く言葉で持ち上げればチャンスはまだあるはずだと、独りで頷いた時だった。

 

「……ん?」

 

 車のライトで照らされた崖側の道に、落石注意と書かれた看板が見えた。何度かこの道を使っている部長は見覚えがある看板だったのだが、何となく嫌な予感がして崖の上へと視線を向けた。

 

 しかし、月明かりも薄く道路灯も無いこの場所では殆ど何も見えず、道路の方へと視線を戻した瞬間だった。

 

「うわっ!?」

 

 ライトの先に大きな岩が道路の半分近くを塞いでいるのに気づいた部長は、慌ててブレーキを踏みながらハンドルを回転させた。

 

「な、何だあっ!?」

 

 速度が出ていた為にタイヤはスリップを起こし、車体は完全にスピン状態で進んで行く。そしてそのまま車は岩へと向かい、左側面に衝突してしまった。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 車が激しい衝撃によって大きく揺さぶられ、後部座席に座っていた中将の身体が反動で側部に叩きつけられて気絶する。

 

 部長はシートベルトとエアバッグのおかげで衝撃を和らげることができ、なんとか意識を保っていた。

 

 しかし、身体中に痛みが走り、大きく損傷した車体のせいで上手くシートベルトが外せず、身動きすることができない。

 

「……っ!?」

 

 更に運が悪いことに刺激のある臭いが鼻につき、それがガソリンであることに気づく。

 

 焦る部長の手は大きく震え、心境がどんどんと悪化する。

 

 早く車から脱出しなくては、爆発を起こしてしまうかもしれない。

 

 部長は後ろで伸びている中将には目もくれず、なんとかシートベルトを外そうと必死になっていた。

 

「早く……早くしないと……っ!」

 

 漏れだしたガソリンに引火すれば、爆発によって確実に死んでしまう。

 

 早くなんとかしなければと思った部長は、あることを思い出して胸ポケットに手を突っ込んだ。

 

「こ、これだ……っ!」

 

 手に取りだしたのはペーパーナイフだった。部長は仕事上で書類を扱うことが多く、よく使用する物を胸ポケットに忍ばせていたのだ。

 

「これで切れさえすれば……っ!」

 

 部長は必死になって刃の部分をシートベルトに擦りつけて切ろうとする。紙を切る為の道具なので簡単には切れなかったものの、徐々に削れていく様子を見た部長の顔が、少しずつ歓喜へと変わり始めていた。

 

「よ、よし……このまま、このまま……っ!」

 

 半狂乱のように笑いながらペーパーナイフを動かし続け、もう少しで切り終える――と、思った瞬間、部長の耳に低く響くような音が入ってきた。

 

「……え?」

 

 驚いた顔を浮かべた部長は、音が聞こえてきたフロントガラスの方を見る。

 

 そこには、目前に迫った大きな岩。

 

 車がぶつかったモノと同じくらいの大きな岩が、もの凄い速度で切り立った山の斜面を転がり落ち、

 

「う、うわあああああぁぁぁっ!?」

 

 部長と中将が乗っていた車ごと、ガードレールを突き破って海の方へと落ちて行く。

 

 暗闇に響く大きな音が暫く続き、やがて二つの水音が聞こえた時には静けさへと変わる。

 

 その様子を、山の頂上から見下ろす人影が居た。

 

 暗闇の中で独り佇みながら、赤く光る二つの目を海へと向ける。

 

「フフ……誰にも邪魔はさせない……。あはっ……あはははハハ…………ッ!」

 

 大きく開かれた口から、人のモノとは思えないような笑い声が夜空に響き、消えて行く。

 

「後ハ……最後の仕上ゲ……」

 

 そう言って、人影は踵を返して歩きだす。

 

 

 

 鎮守府がある、方向へと――

 




次回予告

 頼みの綱であった四十崎部長は海底へと落ちていった。
しかし、そのことを提督は知るべくもなく、ただひたすら待ち続ける。

 そんな折、またしても執務室の扉にノックの音が響き渡った。


 深海感染 -ZERO- 第五章 その3

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第五章 その3


※今話は少しだけ過激なシーンがあるかもです。
 とはいえ、以前とまではいきませんがご注意ください。


 頼みの綱であった四十崎部長は海底へと落ちていった。
しかし、そのことを提督は知るべくもなく、ただひたすら待ち続ける。

 そんな折、またしても執務室の扉にノックの音が響き渡った。



 

 壁時計の秒針が刻む音を聞きながら、提督は両腕を組んでジッと椅子に座っていた。

 

 大本営から四十崎部長を待っている身なので、眠ってしまうと具合が悪いと判断した提督は、布団には入らずに身体を休めていた。しかし、頭の中は後悔でまみれ、精神的には休めていなかった。

 

「ふぅ……」

 

 時折こうやって大きなため息を吐く以外、提督は黙りきったままであった。どうやっても、最終的には雷と電のことばかりを考えてしまうのだ。

 

 これでは心は疲れる一方だ。それは分かっている提督であったが、理解していても忘れられよう筈はずも無い。

 

 いや、忘れてはいけないのだ――と、再度提督はため息を吐く。

 

 すると、それと同時に扉がノックされる音が響いた。

 

「入って良いよ」

 

 提督の返事を待って、扉がゆっくりと開かれる。入ってきたのは、少し疲れた表情を浮かべた天龍だった。

 

「ただいまー、提督」

 

「お疲れ様、天龍。龍田は見つかったのか?」

 

 提督の問いかけに天龍は両手の平を上に向けながら、首を左右に振った。

 

「秘書艦が言うように食堂の方を探してみたんだが、飯を食ってたやつらや厨房に居る鳳翔さんは見ていないって言ってたんだ。それで、間宮さんのとこにも行ってみたけどよぉ……」

 

「その感じだと、誰も龍田の姿を見ていないってことか?」

 

「ああ、その通りなんだ。それどころか、殆どがここ数日の間、龍田を見た記憶がないって言ってたし、俺と全く同じなんだよな……」

 

「……ん? それって、鳳翔さんも同じように言っていたのか?」

 

「そうだよ。真っ先に聞いたのが鳳翔さんだから、間違いないぜ」

 

 天龍はそう言って、ため息を吐いた。

 

 それは変だな……と、提督は顎元に手を当てて考える。遠征から帰ってきたほとんどの艦娘は、補給を済ませてから食堂に行くのが多い。一部の艦娘はそうでなかったり、入渠を済ませてからという場合もあるが、1日のうちで食堂に行かない者はいないだろう。

 

 秘書艦から与えられた任務があまりにも忙しく、食事を取れなかったというのならば有り得ない話では無い。しかし、それならば龍田だけではなく、別の艦娘と任務を割り振るくらいのことを秘書艦はするはずだ。

 

 つまり、龍田が食堂に暫くの間行っていないのは、何かしらの問題があったからではないのだろうか。それがいったい何なのかは分からないが、雷と電の件が起こったことを考えると無関係ではない気がする――と、提督が不安げな表情を浮かべた。

 

「お、おいおい……そんな顔をしないでくれよ……」

 

「え、あっ、す、すまない……。少し考えごとをしていたんだが……」

 

「まぁ、提督が考え込むのはいつものことだけど、あんまり自分を追い込むのはどうかと思うぜ?」

 

「……あぁ、分かっているつもりなんだがな……」

 

 そう言って天龍に小さく頷いた提督だったが、ふとあることに気づいてジト目を向ける。

 

「おい、天龍……」

 

「ん、どうしたんだ、提督?」

 

「お前……まだ艤装をつけたまんまだぞ……」

 

「あっ、あーあー、そう言えばそうだったな」

 

 まったく悪びれる様子もなくそう言った天龍は、自分の背中の方へと視線を向けつつも手を振っていた。

 

「よくもまぁ、それで動き回れるよな……」

 

「考えごとをしていると、あんまり気にならないんだよ。そりゃあ、重たいことに変わりは無いけど、慣れている方が色々と便利だしなー」

 

 提督は呆れつつも、もしかするとこれが天龍のトレーニング方法なのかもしれないと思いかけたが、よく考えてみれば普段艤装をつけたまま動き回っているところを見たことが無い。やはり龍田のことが気になっていて艤装を取り外すのを忘れていたのか、外す手間を省いてでも探したかったのだろう。

 

 天龍らしいと言えばそうなのだが、鎮守府内――しかも、執務室や各艦娘達の休む部屋がある建物内で艤装をつけていると、事故でも起きようものなら目も当てられない。提督は天龍に、ひとまず龍田の捜索を中断させて艤装を外してこいと言おうとしたとき、妙な物音が耳に入ってきた。

 

 

 

 カリカリ……カリカリ……

 

 

 

「ん……、何だこの音?」

 

 同じく物音に気づいた天龍が、音の出所へと顔を向ける。

 

 それは、執務室に出入りする大きめの木製の扉。

 

 その扉を、爪で掻きむしるような――そんな感じの音がする。

 

「こんな時間に、駆逐艦どもが悪戯でもしにきてんのか?」

 

 呆れたように小さく息を吐いた天龍は、扉の方に足を向けた瞬間だった。

 

 

 

 バターーーンッ!

 

 

 

「うおっ!?」

 

 急に勢い良く開かれた扉に驚いた天龍は、咄嗟に提督の机近くまで後ずさりながら焦った顔を浮かべる。

 

 そして、すぐに怒った顔へと変えながら、反射的に扉を開けた人物に向かって怒り声を上げた。

 

「こらっ、てめーらっ! こんな風に扉を開けたら危ねえじゃねぇかっ!」

 

 秘書艦が聞いていたら呆れた顔をするんだろうなぁ……と、思った提督であったが、その表情はすぐに別のモノへと変わってしまう。

 

 天龍の声に反応することも無く、入口の前に佇みながらジッとこちらの様子を窺っている3人の駆逐艦。

 

 その3人の様子を見た瞬間、天龍は驚きの声を上げた。

 

「なっ……!?」

 

 響の長い髪の毛が赤に染まっている。

 

 暁の衣服の生地が赤に染まっている。

 

 3人の綺麗な肌が赤に染まっている。

 

 そして――

 

 死んだと思われていた電が、片腕を無くした状態で立っている。

 

「お、おいっ、大丈夫なのかっ!?」

 

 その様子に驚いた天龍は、急いで3人へと駆け寄ろうとする。

 

「ま、待つんだ天龍っ!」

 

「え……?」

 

 しかし、即座に危険な臭いを察知した提督は天龍を呼び止めた。

 

 そして、その瞬間――

 

 3人の顔がゆっくりと前を向き、

 

 真っ赤に光る瞳を天龍と提督に向けた。

 

「……っ!?」

 

 その瞬間、提督の身体が金縛りにあったように硬直する。

 

 雷と同じ目。

 

 暁、響、電の3人が、同じ目を浮かべてここに居る。

 

 よく見れば彼女らの身体は所々が欠損し、大量の出血が見て取れる。

 

 どう考えても、動き回れる筈がない。

 

 まるでこれはゾンビ映画か何かだと思いついてしまう光景に、提督は身体を大きく震わせた。

 

「お、おいおい、いったいこれはどういうことなんだっ!?」

 

 一方で、経験豊富な天龍は提督のように身体を固まらせることは無く、3人に向かって艤装を構えながら声を上げた。

 

「これじゃあまるで……深海棲艦じゃねえかっ!」

 

 その言葉を聞いて、提督はハッと顔を上げた。

 

 鈍く光る赤い目。

 

 実際には見たことが無いが、資料等で知る知識から天龍の言う通りであると直感する。

 

「し、しかし……仮にそうであっても……」

 

 なぜそんなことが起きてしまったのか。

 

 それを問おうとする前に、3人はゆらり……と、身体を揺らしながら天龍や提督に向かって歩き出した。

 

「司令……官……。ごきゲん……ヨう……、あハ、アはハハハ……ッ!」

 

「……っ、それ以上動くんじゃねえっ!」

 

 両手を上げて向かってくる暁に、天龍が照準を合わせる。

 

「ヤあ、司……令官……。作戦……命……令ヲ、聞キに……きたヨ……?」

 

「頼む……こっちにくるんじゃねえっ!」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた響に、天龍が叫ぶ。

 

「なノです。ナノでスなノですナノデすナノデスナノデスナノデス……ッ」

 

「ち、ちくしょう……っ!」

 

 ゾンビのように足を引きずりながら向かってくる電に、目を閉じた天龍は――

 

 3発の砲弾を、発射した。

 

 

 

 

 

「い、いイぃ……痛イ……ジャなイ……」

 

「ヘェ……ソンなことヲ、すルンだネ……」

 

「酷イ……ノでス……」

 

 撃たれた片膝をつきながら、笑みを浮かべる暁が天龍を見る。

 

 撃たれた太ももを一瞥した響が、見下すような目を天龍に向ける。

 

 両足が欠損した電が、這いずりながら天龍に言う。

 

「な、なんなんだよ……お前らはぁっ!」

 

 信じられないといった表情を浮かべる天龍は、震える手を3人に向けながら照準を合わせる。

 

 動きを止める為に足を撃った。

 

 本来ならば、衣服が衝撃を吸収して破損する筈だ。

 

 なのに、3人の衣服は効果を見せず、砲弾は直接肉へとめり込んだ。

 

 その結果、暁の膝は欠損してぐにゃりと曲がり、響の太ももからは大量の血が噴き出し、電の足首は粉々に吹き飛んだ。

 

 それでもなお、3人は悲鳴すら上げずに向かってくる。

 

 こんなことが有り得るのか。

 

 こんなことが起こり得るのか。

 

 自分の撃った砲弾によって仲間が傷つき、なおも向かってくる光景に、天龍の背中に冷たいモノが走る。

 

 しかし、このままではヤバいと頭の中で警報が鳴る。

 

 本能が、この3人を生かしておいては危険だと告げている。

 

「テん……龍、コンナことをシて、許サなイ……許サナインダカラ……」

 

 暁が言葉とは裏腹にしか見えない、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「シ令……カん……、ヒび……キと、イッ緒ニ……」

 

 響が大きく口を開けて、提督に近づこうとする。

 

「タスけテ……アげルノ……デ……ス……」

 

 左腕だけで這いずる電が、赤い目を鈍く光らせる。

 

「や……やめろ……、これ以上くるんじゃ……ねぇっ!」

 

 天龍の声に3人は制止することは無く、徐々に近づいてくる姿に提督は目を瞑る。

 

 拳をちから一杯に握り締め、額に大粒の汗を大量に浮かばせながら、震える口を開く。

 

「すまない……」

 

 提督の、重く、苦しい謝罪の言葉が天龍の耳に届き、一瞬だけ目を閉じる。

 

 そして、続けて聞こえてきた声と共に――

 

 

 

「撃って……くれ……」

 

 

 

 天龍は瞳に涙を浮かばせながら、3人の額に向けて砲弾を発射した。

 





 さて、そろそろ終わりも近付いてきたところでちょっとした補足です。
深海感染-ZERO-において、いくつもの謎があります。それらは最終話で語られますが、宜しければ最終話を読む前にもう一度今までのことを振り返ってみることをお勧めいたします。

 全ての謎が分かってしまった方がおられましたら……感想ではなくメッセージでお願い致します。(ネタバレ防止の為)


次回予告

 悲しみに染まる2人の顔。
しかし、こんな状況になっても、まだ全ては終わらない。
いや、むしろ悪化していく一方である。


 深海感染 -ZERO- 第五章 その4

 全ては一つの線で……繋がっている。


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第五章 その4


 悲しみに染まる2人の顔。
しかし、こんな状況になっても、まだ全ては終わらない。
いや、むしろ悪化していく一方である。


 

「……どういう、ことなんだ」

 

 天龍は執務室に倒れた暁、響、電の身体を見ながら、提督に呟いた。指示をされたとはいえ、自分の放った砲弾で3人を殺めてしまったという気持ちが、天龍の拳を大きく震わせていた。

 

 そして提督もまた、自らの罪の重さを受け止められずに身体を震わせていた。雷の変貌だけではなく、暁、響、電までこのような状態になってしまったことに苦しみながら、天龍の顔を見る。

 

 ここまできてしまった以上、天龍に説明をしない訳にはいかない。

 

 しかし、この考えは建前であり、提督の本音は誰かに聞いて欲しいという気持ちがあったのだろう。

 

 それは懺悔のように――ゆっくりと口を開こうとした、瞬間だった。

 

 

 

 ズウゥゥゥンッ……

 

 

 

「「……っ!?」」

 

 建物全体が大きく揺れるような地響きに、提督と天龍が焦り出す。

 

「な、なんなんだ、今のは……?」

 

 辺りをきょろきょろ見回した天龍だったが、執務室の中に変化は見当たらない。もしかすると地震が起こったのだろうか――と、ため息を吐こうとしたときだった。

 

 

 

 ピリリリリッ、ピリリリリッ……

 

 

 

 机の上にある電話の内線呼び出し音が鳴ったことに気づいた提督は、先程の音と地響きに関連しているのではないかと嫌な予感がしつつも受話器を取った。

 

「執務室の提督だ。どうしたん……」

 

「き、緊急連絡ですっ! 至急、至急整備室に応援を寄こして下さいっ!」

 

 提督の応答を聞き終える前に、受話器の向こうから慌てふためく声が聞こえてきた。

 

「い、いったい何があったんだ!?」

 

「整備室内で複数の艦娘が発砲を……っ!」

 

「な、なんだってっ!?」

 

 驚きの表情を浮かべながら叫ぶ提督を見て、天龍の表情も険しくなる。

 

「なぜだ、なぜそんなことになっているっ!」

 

「わ、分かりませんっ! しかし、軽巡の龍田が、龍田がいきなり……や、やばい、こっちに……うわあああっ!」

 

 ブツッ……プー……プー……

 

「もしもし、もしもしっ!」

 

 提督は受話器に向かって大声を上げるが返事はなく、定期的に流れる電子音だけが響いている。

 

「な、なぜ……なぜこんなことが次々に……」

 

 持っていた受話器を手から落とし、うなだれるように椅子へと座り込む提督に、天龍が声をかけた。

 

「お、おい提督っ。いったいなにがあったって言うんだ!?」

 

「整備室の方で……艦娘たちが発砲を繰り返していると……」

 

「はあっ!?」

 

 予想外の言葉に驚きの表情を隠せない天龍だったが、悪い時には悪いことが重なってしまうようで、再び執務室の扉が大きな音を立てて開かれた。

 

「……っ!」

 

 慌てて身構えた天龍だったが、部屋に入ってきたのが秘書艦であると気づいてホッと胸を撫で下ろした。

 

「はしたない行動をお許し……っ!?」

 

 秘書艦は大きな音を立てて扉を開けたことを謝ろうとしたが、暁たちが倒れている状況を見て言葉を詰まらせて、提督の顔を見た。

 

「………………」

 

 提督は悲壮な表情で無言のまま首を左右に振り、雷の変貌を知っていた秘書艦は即座に察知する。

 

 そして秘書艦は3人に向かって目を閉じて小さく頭を下げてから、提督に向き直って1冊のノートを差し出した。

 

「て、提督……こんな物が……」

 

「いや、今はそれどころでは無いんだ。整備室の方で艦娘たちが発砲し、大変なことになっていると連絡があった」

 

「そ、それはもしや……龍田さんが絡んでいるのでは……っ!?」

 

「な、なぜそれを……っ!」

 

 秘書艦の言葉に驚いた提督だったが、天龍も同じように大きく目を見開いた。

 

「ちょっ、ちょっと待て! どうしてそこで龍田の名前が出てくるんだっ!?」

 

「先程の内線で、龍田の名前を知らされたんだが……」

 

「なっ!?」

 

「私が見つけたこのノートも、それに関係していると思われます」

 

 そう言った秘書艦は提督に差し出していたノートを開き、提督と驚いたままの天龍に聞こえるように音読し始めた。

 

『天龍ちゃんと遠征の際、私のミスで危ない目にあわせてしまった。

 天龍ちゃんは気にするなと言ってくれたけど、私が弱いからいけないんだ。

 もっと強くならなければいけないから、空いた時間に演習をいっぱいしようと思う』

 

 秘書艦が読むノートの内容を聞いた天龍は、表情を一変させて唇を噛んだ。龍田が書いた文章と過去の記憶を思い返しながら、なぜだと言わんばかりに拳を握る。

 

『雷ちゃんが新型近代化改修というのを受けて、もの凄く強くなっていた。

 これがあれば、私も強くなれるかもしれない。

 私も同じようにと、四十崎部長にお願いして試験に参加することにした』

 

 そして、四十崎部長の名を聞いた瞬間に、提督は驚きながら口を開く。

 

「なっ、ちょっと待て! 僕はそんなこと、何も聞いていないぞっ!?」

 

「私もこれを見て驚きました……。どうやら秘密裏に行われていたようで、全く気づかずに……申し訳ありません……」

 

 神妙な顔で謝る秘書艦に提督は怒りをどこにぶつけて良いか分からず、仕方なく言葉を飲み込んだ。

 

『新型近代化改修の効果がみるみるうちに現れた。

 身体が軽くなって、とっても気持ちが良かった。

 演習を試してみたら、以前の私とは見違えるくらいの出来栄えに興奮しちゃって、なかなか眠れなかった』

 

 その内容は、雷と同じようだと想像ができる。

 

『出撃も遠征も、何をやっても上手くいく。あまりにも調子が良過ぎるから、周りのみんなも少し不審がっていた。

 試験のことは黙っておくようにと言われていたから、少し手を抜いてみたら良い感じだったので、上手く誤魔化せそう』

 

 しかし、同じであればある程、後に起こってしまう結末が予想でき、

 

『なんだか最近、身体が熱い気がする。風邪をひいたみたいだけれど、天龍ちゃんを心配させたくないから黙っていることにした』

 

『身体の動きは凄く良いのに、頭がズキズキする。秘書艦の命令で近々大本営までお使いに行くことになったので、四十崎部長に身体を見て貰った方が良いのかもしれない』

 

『頭が割れるように痛い……。でも、天龍ちゃんを心配させたくない……。

 夜中に喉がもの凄く渇いて、水を飲んでも全然ダメ……』

 

『痛い……痛い痛い痛いいたいいタいイタイ……。身体中ガ、モの凄ク痛イ。

 このマまジャダメ……。何カ、食べナイと……喉ガ……』

 

 龍田の変化が頭の中に浮かび、得も知れぬ気持が胸に渦巻いていく。

 

「こ、ここで……終わっています……」

 

 言って、秘書艦はノートを閉じた。読んでいた秘書艦も、聞いていた提督や天龍も、信じられないといった表情を浮かべながら、額に汗を浮かばせる。

 

「や、やはり……新型近代化改修のせいなのか……っ!」

 

 提督は自らの罪に対する怒りをぶつけるように、机を思いっきり握り拳で叩いた。

 

「な、なんなんだよ……これはっ! 龍田はいったいどうなっちまったって言うんだよっ!」

 

「それは……分かりません……。ですが、提督が内線を受け、龍田さんの名前が出た以上……」

 

「あ、有り得ねぇ! そんなことがあってたまるかよっ!」

 

「でも、このノートを見る限り……」

 

 そう言って秘書艦がノートを渡そうとすると、天龍は右手で叩いて大きな口を開けた。

 

「うるせえっ! 俺は……俺は信じねぇっ! 龍田が変になっちまったなんて、俺は信じねえぞっ!」

 

 啖呵を切った天龍は踵を返して走り出した。

 

「ま、待つんだ天龍っ!」

 

「提督はそこで待ってろっ! 俺が……俺が整備室に行って、龍田の様子を見てきてやるっ!」

 

 天龍は提督の声に振り返らずに返事をし、執務室から飛び出していく。

 

「くそっ! なんで……なんでこんなことばかりが起きるんだっ!」

 

 再度机を叩いた提督だったが、すぐに気を取り直して秘書艦を見る。

 

「頼む。天龍と一緒に整備室の方へ向かってくれ。そして龍田を……」

 

「……了解しました」

 

 秘書艦は提督の目を見てコクリと頷き、天龍の後を追って駆け出した。

 

 その姿を見ながら、天龍が変貌した暁達を見た瞬間に叫んだ言葉を思い出す。

 

 

 

『これじゃあまるで……深海棲艦じゃねえかっ!』

 

 

 

 提督は、直に深海棲艦を見たことは無い。

 

 だけど、天龍が言ったのが正しいとするのなら、

 

 変貌した暁達を見た瞬間に襲ってきた恐怖は、間違いないのかもしれない。

 

 人では太刀打ちできない相手である深海棲艦。

 

 それが、まさか艦娘の身体に宿ってしまうなんて。

 

 それが、海に出ずとも出会ってしまうなんて。

 

 そして、これが新型近代化改修のせいであるのなら、

 

 自分はなんて馬鹿なことをしてしまったのだろうと、再び後悔する。

 

 願わくは――いや、頼むから、

 

 これ以上、被害が広がらないように。

 

 そして、二度とこんな悲劇が起きぬようにと、提督は床に倒れた暁たちを見ながら強く願った。

 





次回予告

 天龍は整備室に向かっていた。
龍田が暁たちと同じような状態になっている訳がない。電話を受けた提督の勘違いなのだと。

 そして、天龍の目に映ったモノとは……


 深海感染 -ZERO- 第五章 その5

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第五章 その5


※ちょっとだけグロいかもです。ご注意をば。


 天龍は整備室に向かっていた。
龍田が暁たちと同じような状態になっている訳がない。電話を受けた提督の勘違いなのだと。

 そして、天龍の目に映ったモノとは……



 

 天龍が通路の絨毯を力強く蹴り、整備室に向かう通路を最短で駆けて行く。しかし、艤装を装着したままの天龍の動きは重く、思った以上に速度が出ないでいた。

 

 そしてそれが災いしたのか、追いかけてきた秘書艦がすぐ後ろにつき、天龍は怪訝そうな顔を浮かべた。秘書艦も同じように艤装をつけてはいるが、慣れと力は一枚上手のようだ。

 

 提督は自分を無理矢理止めるべく秘書艦を差し向けたのだろうと、天龍は考えた。つまり、追いつかれた時点で龍田が居る整備室に向かえなくなる。

 

 しかし、後ろにいる秘書艦は天龍を呼び止めない。気になった天龍はチラ見で後ろの様子を窺ってみるが、秘書艦が声をかけてくる気配は無い。

 

 予想は違ったのかと天龍は考えたが、整備室に向かう障害にならないのだから結果オーライだと、表情を少しだけ和らげた。

 

 秘書艦の方も、提督に天龍と一緒に整備室へ向かえという命令を受けたので止める気は無かったのだが、龍田のことを考えると、どういった言葉をかけて良いのかと迷っていたのだろう。走りながら時折表情を変化させてみるも、天龍に向けて口が開かれることは無かった。

 

 そうして2人は通路を走り、階段を下り、建物を繋ぐ渡り廊下を駆け、整備室の近くまでやってきた。

 

 後は目の前の通路の角を曲がり、広間にある扉を開ければ整備室につく。しかし、妙な気配を感じた天龍は急ブレーキをかけて角の手前で立ち止まった。

 

「ど、どうしたのですか……?」

 

 天龍と同じように立ち止まった秘書艦が問うと、天龍は顔をしかめながら広間の様子を窺おうと顔をだす。

 

「チッ……」

 

 視界の先には複数の人影があり、広間を徘徊するようにゆらゆらと揺れ動いている。

 

「あ、あれは……っ!」

 

「ああ、多分暁たちと同じ……なんだろうな……」

 

 そう言いながら、天龍は人影を数える。その誰もが見覚えがある艦娘。しかし、明らかに動きはおかしく、身体の至る所が傷を負って出血し、正常な状態には見えなかった。

 

 それに何より不審な点は、どの艦娘もが、鈍く光る赤い目を浮かばせている。

 

 その目を視界に入れた瞬間、天龍の背筋に寒気が走る。海で深海棲艦と対峙するときと同じ緊張感が、身体を震わせると同時に大きく奮い立たせる。

 

「やるしか……ねえよな」

 

 艤装を動かしながら天龍が呟くと、肩に手を置かれる感触を受けた。

 

「天龍さん……ここは私に任せて下さい」

 

「……なんだと?」

 

「露払いは私がします。その代わり、天龍さんは中に居る龍田さんを……お願いします」

 

 秘書艦はそう言って、天龍の前に出る。

 

 ノートを見れば、龍田が今どのような状態になっているかは予想がつく。

 

 それでも天龍は、龍田を止める為に1人で整備室に向かおうとした。

 

 たとえ、どのような結果が待っていようとも、妹の後始末は姉がつける。

 

 それが天龍の意思ならば――と、秘書艦は応えたのだ。

 

「そうか……それじゃあ、悪いんだが頼めるか?」

 

「ええ、もちろんです」

 

 天龍に背を向けたまま秘書艦は頷き、艤装を構えた。

 

「いざ……出撃しますっ!」

 

 言って、秘書艦は広間に向かって駆け出して行く。

 

 耳をつんざく轟音が響き、狂気と悲鳴が合わさったような声がいくつも上がる。

 

 天龍はそれら一切を視界に入れることなく一直線に整備室の扉に向かい、勢いよく体当たりをして中に入った。

 

 

 

 

 

 信じられないモノを見た時、人はどうなるだろう。

 

 有り得ないと思ったモノを見た時、人はどうするだろう。

 

 それは、艦娘であっても同じこと。

 

 ただ、ジッと立ち尽くして固まるだけ。

 

 頭の中が真っ白になって、何も考えられないだけ。

 

 天龍の瞳に映った光景は、一言で現わせられるようなモノでは無かった。

 

 

 

 整備室の床、壁、天井にまで、赤いペンキのようなモノがベッタリと塗られている。

 

 バケツをひっくり返したように。

 

 勢いよく中身をぶちまけたように。

 

 大量に飛散したそれらが、元からこの色で、こんな模様であったかのように染めている。

 

 それらに混じって、衣服の一部のようなモノがいくつも転がっている。

 

 それらに混じって、艤装の一部のようなモノがいくつも転がっている。

 

 それらに混じって、身体の一部のようなモノがいくつも転がっている。

 

 まさに、これは地獄絵図。

 

 扉一枚を隔てて、生と死の空間を行き来してしまったかのように。

 

 世界が――変わっていた。

 

 そして、天龍の鼻につく鉄錆の臭い。

 

 不快感を際立たせ、心の奥に恐怖と狂気を湧き上がらせる、この臭い。

 

 整備室の中に充満しきったそれが、明らかに異質であると物語る。

 

 天龍の視覚と嗅覚が麻痺し、例外なく身体を固まらせて立ち尽くす――と、思われていた。

 

「あら~、遅かったのね~……天龍ちゃん」

 

 よく知った声を聞いた瞬間、天龍の身体は金縛りから解放され、顔を上げる。

 

 整備室の中心に位置する場所に、いつもと変わらない顔を浮かべた龍田の姿が見える。

 

 しかし、その身体は返り血で真っ赤に染まり、右手に持っていた薙刀に血がベッタリとついて滴っていた。

 

「た、龍田……っ」

 

「どうしたの、天龍ちゃん。そんな怖い顔なんかしちゃっていたら、暁ちゃんたちが怖がっちゃうわよ~?」

 

「……っ!」

 

 見透かしたような龍田の言葉に天龍は驚き、大きく目を見開いた。

 

 その暁たちを、天龍は撃った。

 

 提督に命ぜられたとは言え、信頼している仲間を撃ち殺した。

 

 例えどんな理由があったとしても、その事実は変わらない。

 

 その気持ちが、天龍の心を鷲掴みにする。

 

 一生残るであろう傷が、胸に深く刻まれる。

 

 だが、そうであっても――

 

 目の前の惨劇を見逃す訳にはいかないと、天龍は龍田を睨みつけながら声を上げる。

 

「どう……してだ……。どうしてなんだ……」

 

「ん~、何が~?」

 

「どうしてこんなことをしたんだ、龍田ぁっ!」

 

 絶叫が、咆哮が、天龍の口から放たれる。

 

 しかし、龍田は全く表情を変えることなく、天龍に向かって言い放った。

 

「天龍ちゃん、ほら見て~。私ったらこんなに強くなったのよ~」

 

 龍田は満面の笑みを浮かべながら、薙刀を宙に振るう。

 

「火力もい~っぱい強くなったし、1発でどんな相手でも粉砕できちゃうの~」

 

 14cm単装砲を天井に向け、大きな轟音を鳴らす。

 

「これで、天龍ちゃんをいじめる奴は、私がぜ~んぶ倒しちゃうんだから~。あはっ……あはは……アハハハハ……ッ!」

 

 大きく口を開け、狂気に満ちた笑い声を整備室内に響かせた。

 

「なんでだっ! なんでこんなことをしたんだよっ!

 ここに居たのは深海棲艦じゃねぇっ! みんな仲間じゃねぇかっ! それなのに、なんで殺したりなんか……したんだよぉっ!」

 

 天龍は目から涙を零しながら、龍田に向かって叫ぶ。

 

 そんな天龍を見た龍田は、『なぜ?』と、言わんばかりの顔を浮かべながら頭を傾げた。

 

「殺す……殺スコろスコロス……?」

 

 龍田は呟きながら頭をグルグルと回し、何かを思いついたような顔を浮かべた途端に、天龍の方を見た。

 

「違うよ~、天龍ちゃん。周りにいるみんなは、死んでなんかいないんだよ~」

 

「な、何を言ってるんだよ龍田……っ! 現にみんなは血みどろになって……倒れているじゃねぇかっ!」

 

 自分がやったことすら分かっていないのかと、天龍は苦悶の表情を浮かべながら龍田に叫んだ。しかし、龍田はそんな天龍を見てクスクスと笑いながら、左手の人差し指を床に倒れている艦娘に向ける。

 

 血の池に沈み、無残な姿となった艦娘の身体が、龍田の指に呼応するかのようにピクリと震えた。

 

「……なっ!?」

 

 真っ赤な衣服を身に纏い、身体の至る所を破損させ、生気の宿らない顔のまま――艦娘の身体が立ち上がっていく。

 

 まるでそれは、執務室で襲ってきた暁たちと同じ。

 

 整備室前の広間に居た、艦娘たちと同じ。

 

 鈍く光る真っ赤の目を浮かばせながら、天龍の顔を見てニヤァ……と、笑う。

 

「うふふっ……あははははっ! ねぇ、すごいでしょ、天龍ちゃん。これでみんな、本当の仲間になったの。こうすれば、天龍ちゃんをいじめる奴なんて、誰1人としていなくなっちゃうのよ~」

 

 両手を大きく広げた龍田が、壇上に立った独裁者や宗教家のように声を上げる。

 

「でも、それだけじゃダメなの。天龍ちゃんも、私たちと同じようにならなきゃダメ……。いっぱい……い~っぱい仲間を増やすために、天龍ちゃんも協力してくれなきゃダメなの……っ!」

 

 そして――真っ赤な目をギョロリと天龍に向けた。

 

「くっ……」

 

 姿形は龍田なのに――と、天龍は背筋に寒気を感じながら艤装を構える。

 

「あれ……あれあれアレアレアレ、なんで、ナンデソンナことヲスルノ……? 天龍ちゃンハ……私のノことガ嫌イナノ?」

 

「龍田……お前は今、病気なんだ。新型近代化改修ってやつのせいで、我を忘れちまっている……。だから治療しないとダメなんだ。早く提督に言って、治してもらえば大丈夫だから……」

 

 そう――龍田に言った天龍だが、心の中では分かっている。

 

 龍田はもう戻れない。

 

 既に手遅れの段階なのだと。

 

 それでも拭いされない気持ちが言葉となって、奇跡が起こることを信じて、天龍は神に祈るような気持で言葉をかけた。

 

「フウン……」

 

 だが、龍田は興味が無さそうな顔を浮かべ、ため息を吐く。

 

「ソウカ……ソウナノネ……。天龍チャンハ、提督ニ騙サレテ……」

 

「た、龍田……頼む、頼むから……っ!」

 

 天龍は強く目を瞑り、願いながら大きな声で呼ぶ。

 

 元の龍田に戻ってくれと。

 

 今、この瞬間だけでも、奇跡が起こってくれと。

 

「大丈夫ヨ、天龍チャン……。ハジメハチョット痛イケド……スグニ気持チ良クナルカラ……ネ。ウフフ……アハハハハハハハハ……ッ!」

 

 それでも、龍田は変わらない。

 

 いや、変わりきってしまったのだ。

 

 天龍の知らない龍田に。

 

 天龍の知らない、誰かに――

 

「アヒャヒィハハハハッ! ワタシ、ウズウズシテイルノッ! コエガデナクナルマデノドニクライツイテ、タクサンノチヲナガサセテアゲルッ! ソシテ、ソシテミンナイッショニ……キモチヨクナロウネ、テンリュウ……チャンッ!」

 

 龍田が翔んだ。

 

 右手に持った血塗られた薙刀を振りかざしながら宙を舞う。

 

 赤く光った二つの目を向け、

 

 狂気のまみれた笑みを浮かべながら、

 

 今にも首筋に噛みつこうと口を開き、

 

 真っ赤な涙を流しながら、

 

 天龍へと向かう。

 

「龍田あああぁっ!」

 

 天龍は大きく声を上げ、迎え撃つべく構えを取る。

 

 間延びした声でからかう、昔の龍田と重ねながら、

 

 涙を流しながら14cm単装砲の照準を額に合わせ、

 

 

 

 別れを意味する砲弾を――放った。

 

 





次回予告

 執務室にいた提督は祈り続けていた。
彼の頭には考えたくない予想が巡り、大きなため息を吐く。
そんな中、一つのノックの音が鳴り響く。
この合図は、生か死か。

 惨劇の終焉は……告げられるのか。


 深海感染 -ZERO- 第五章 その6

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第五章 その6


 執務室にいた提督は祈り続けていた。
彼の頭には考えたくない予想が巡り、大きなため息を吐く。
そんな中、一つのノックの音が鳴り響く。
この合図は、生か死か。

 惨劇の終焉は……告げられるのか。


 

 建物が大きく揺れる。

 

 執務室にある机に向かい椅子に座っていた提督は、幾度となく響いてきた轟音と大きな揺れを身体に感じながら、祈り続けていた。

 

 内線と1冊のノートで明らかになった事実により、雷の変貌した理由がほぼ間違いなく新型近代化改修であることが分かった。龍田もまたそれによって変貌し、整備室に暴れていると言う。

 

 頼みの綱は天龍と秘書艦であるが、暁と響、そして電の変貌した姿を見た提督は気が気でなかった。あの3人は新型近代化改修を受けていないはず。ならば、どうして雷と同じように変貌してしまったのだろう。

 

 提督の頭にはある一つの考えが浮かぶ。それは、漫画やゲーム、映画を少しかじっていれば思いつくようなこと。

 

 その考えはあまりに馬鹿げている。だけど、辻褄が合ってしまうのだ。

 

 もし、新型近代化改修によって雷や龍田が深海棲艦化したのならば、それは感染してしまうのではないのだろうか。

 

 それじゃあまるでゾンビ映画のようだと、提督は頭の中から一蹴しようとする。しかし、どれだけ考えても、行き着く先はそこへと辿り着いてしまうのだ。

 

 そして、それが間違いないと仮定して今後の結果を考えたとき、提督は絶望に打ちひしがれてしまうことになる。

 

 艦娘たちが感染し、全員が深海棲艦と化したならば――

 

 それは、あまりの恐怖。

 

 海の上で脅威を振るう深海棲艦が、鎮守府を制圧することになる。そうなれば我が国の本土は、ついに侵略を許したことになってしまうのだ。

 

 これはあくまで仮定の話。まだそうだとは決まった訳ではない。

 

 だが、提督の心はすでに追い詰められており、助けを求めるように電話の受話器を持つ。

 

 未だ来ない四十崎部長の情報と、もしものことを考え、提督は大本営に連絡を取った。

 

 

 

 

「……そうですか、分かりました。それでは至急、宜しくお願いします」

 

 受話器を置いた提督は大きなため息を吐く。

 

 四十崎部長は、雷の変貌によって提督が電話をした直後に出発したらしい。

 

 ならば、既にここに着いていてもおかしくない時間なのにと、提督は壁の時計を睨みつける。

 

 もしかすると、龍田が整備室で暴れている状況に感づいて、帰ってしまったのだろうか。

 

 それではあまりにも無責任だと提督は怒る。仮にも軍人なのだから、多少の危険は承知の上だろう。自分が起こした責任くらいは、ちゃんと尻拭いをしろと言いたかった。

 

 裏を返せば、それは提督自身にも当てはまる。もちろんそれが分かっているからこそ、腹立たしくて仕方がないのだろう。

 

 怒りのぶつけどころがない提督は、何度も机を握り拳で叩きながら大きなため息を吐く。

 

 そんな提督の耳に、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「……っ!?」

 

 提督の頭には瞬時に、雷や暁たちが襲いかかってきたのを思い出した。それと同時に、扉に鍵を掛けていなかったことに気づく。

 

 もし、感染したであろう艦娘がやってきたのならば、提督に抗う術は無い。

 

 だが、わざわざノックをしたのだから、正常な艦娘なのかもしれない。

 

 もしくは、四十崎部長が到着したかもしれないのだ。ならば、無視をするのはいささか問題があるだろう。

 

 どれが正しいのか提督には分からない。考えれば考えるほど迷いが生じ、一歩が踏み出せないでいる。

 

 しかし、そんな提督を全く気にしないかのように、扉はゆっくりと開かれた。

 

「だ、誰だ……っ!?」

 

 机の後ろに隠れようとも思った提督だったが、身体より先に口が動いていた。

 

「へ……へへ、提督……無事だった……か?」

 

 扉にもたれかかりながら執務室に入ってきた天龍は、よろめきながら床に座り込んだ。身体中に切り傷のような出血の跡があり、顔色は真っ青になっていた。

 

「て、天龍っ! そ、その怪我は……だ、大丈夫なのかっ!?」

 

 慌てふためいた提督が駆け寄ろうとするが、天龍はそれをさせないように手の平を向けた。

 

「悪い……あんまり近づかないでくれると助かるんだが……」

 

「な、何を言っているんだっ! そんなに怪我をしているのに、放っておける訳が……」

 

「それはありがたいんだけどよ……」

 

 天龍はそう言ってなんとか立ち上がり、息を荒く吐きながら苦笑を浮かべる。

 

「提督にうつらないとは……限らねえだろ……?」

 

「な、何を言って……」

 

「残念ながら俺も……暁たちと同じ運命になりそうだって……ことだよ」

 

「ま、まさか……っ!?」

 

 天龍の言葉を聞いた瞬間、提督の頭が真っ白になる。

 

 あくまであれは仮定だったはず。

 

 感染なんて、起こるはずがない。起こって良いはずがない。

 

「なんとか龍田の後始末をつけられれば……と、思ったんだがな……。鎮守府内はヤツらであふれてやがるし、今もどんどん増えている……」

 

「そ、そんな……ことが……」

 

「残念だけど、俺も……もうやばいんだ……。身体中が熱くて痛いのに、何とも言えない気持ち良さがあふれてくるんだよ……」

 

「し、しかし……っ!」

 

「なぁ、頼むよ……提督。このままだと、俺はヤツらと同じになっちまう……。そうなったら、提督に何をするか分からねぇ。だから……だから、俺が俺でいられる間に……」

 

 そこまで言って、天龍は薄らと微笑んだ。

 

 これ以上言えば、提督を傷つけてしまう。

 

 言葉にすることで、提督は戸惑ってしまうだろう。

 

 これは、天龍なりの優しさであり、仕返しでもあった。

 

 ずっと心の中に秘めていた思いを持ったまま、消えて逝くのなら。

 

 せめて、提督の心の中に――少しでも残せるようにと。

 

「そんなことが……できる訳がないだろう……っ!」

 

 提督がそう答えることを知っていた。

 

「ずっと……ずっと一緒にいた仲間なんだ……」

 

 天龍も同じように考えていた。

 

「それなのに……なんで俺が……」

 

 そして、弱音を吐くことも――分かっていた。

 

 だからこそ、天龍は叫ぶ。今にも倒れそうな身体で、提督に向かって、大きな口を開ける。

 

「そうしなきゃ、この鎮守府は完全に沈んじまうんだよっ! 提督が……提督が生き延びられれば、やり直せれる機会はきっとくるんだ! それまで……頼むから生き延びてくれよ提督っ!」

 

 大粒の涙を目に浮かばせ、顔を真っ赤にして別れを告げた。

 

 これが一番良い手なんだと、自らに言い聞かせるように。

 

 だけど本当は、違うのだ。

 

 もっと一緒に居たい。ずっと、ずっと長い時間を同じ場所で過ごしたい。

 

 龍田や仲間達と一緒に、提督から受けた恩を返したかった。

 

 でも、もう遅い。

 

 既に、やり直しはきかないところまできてしまっている。

 

 ならば、1人でも多くの敵を倒し、提督の役に立ちたかった。

 

 それなのに、天龍はこうして提督の前に居る。

 

 怖い。

 

 本当は怖いのだ。

 

 提督の顔を見られずに死ぬのが怖かった。

 

 提督が無事であるかを確かめたかった。

 

 そして、それは実現した。

 

 提督はまだ無事だ。

 

 ならば再び戦場に向かい、提督の障害を叩き壊すべきだ。

 

 それなのに。

 

 分かっているのに。

 

 天龍は、提督にすがるように願った。

 

 自らを殺して欲しいと。

 

 深海棲艦と化した自分を見て欲しくないと。

 

 その前に、提督が知っている天龍のまま、死なせて欲しいと。

 

 ただの我儘だということは分かっている。

 

 だけど、最後に願うくらいは許して貰えるだろうと。

 

 天龍は、提督に告げた。

 

 

 

 

 

「矛盾……していますね……」

 

 耳に入ってきた言葉に、天龍と提督は驚いた。

 

「天龍さん、貴方の言っていることは矛盾しています」

 

 執務室の扉を開けて入ってきた秘書艦は、天龍と提督の顔を見ながら繰り返すように言った。

 

「生きて……いたのか……」

 

「ええ、なんとか……と、いうところですけどね……」

 

 秘書艦は腕にできた傷を庇いながら苦笑を浮かべ、再び口を開く。

 

「天龍さんの気持ちは分からなくもありません。ですが、その方法は完全に悪手だということが分かってらっしゃらないのですか?」

 

「………………」

 

 図星を突かれたように、天龍は無言のまま怪訝そうな顔を浮かべた。

 

「深海棲艦化した艦娘たちは鎮守府内にあふれています。残念ですが、ここも長くは持たないでしょう」

 

「そう……だろうな。だから俺はここに……」

 

「どうしてですか? なぜ天龍さんは、全ての敵を倒さずにここに戻ってきたのですか?」

 

「そ、それはいくらなんでも言い過ぎだ。天龍はこんなになるまで傷を負いながらも……」

 

「それが当たり前でしょう。提督を守るために身を挺するのが、私たちの務めでは無いのですか?」

 

「そ、そんなことを僕は望んでいないっ!」

 

 秘書艦の言葉に提督は首を振りながら叫んだ。だが、秘書艦は休まず口を開き続けた。

 

「ですがそれは、天龍さんがさっき言ったことなんです。提督が生き延びられることができれば、やり直せる機会はきっとくるのだと」

 

「だ、だから、僕1人が生き残ったからと言って……」

 

「提督、よく聞いて下さい」

 

 提督の言葉を遮った秘書艦は、有無を言わさぬ目で睨みつけた。

 

「私たちは、もうダメです。深海棲艦化した艦娘たちに傷を負わされた以上、助かる見込みはありません」

 

「それはまだ分からないだろう! 四十崎部長がここに来れば、何とか治す方法が見つかるかもしれない……っ!」

 

「いえ、それは不可能です」

 

「なぜだっ! なぜそんなことが分かるって……」

 

「四十崎部長は、お亡くなりになりました」

 

「なっ……!?」

 

 秘書艦の言葉に、提督は驚きの声を上げた。

 

「ここに来る途中の峠の道に、大きな岩が塞がっていました。破損した車のパーツが落ちていたことと、大本営から車で移動する時間を考えれば……まず、間違いありません」

 

「そ、そんな……っ!」

 

「そして、そこにはこれが……ありました」

 

 そう言って差し出したモノに、今度は天龍が驚きの声を上げた。

 

「こ、これは龍田のハンカチじゃねえかっ!」

 

「おそらく……四十崎部長の車を狙った際に、落としたと思われます」

 

 唖然とした提督と天龍に、秘書艦は首を振りながら言葉を続ける。

 

「ですが、今大事なのは理由を考えることではありません。提督を如何にして助けられるか……それが一番の目的ですよね、天龍さん?」

 

「……そう、だな。その通りだよ」

 

 小さく息を吐きながら天龍は頷いた。自らの願いを打ち砕いた秘書艦に恨みこそあったモノの、一番大事なことを思い出させてくれたのもまた、事実なのだ。

 

「このまま執務室に籠城しても、私たちのどちらかが変貌してしまえばそれで終わりです。かと言って、扉の前で防衛してもいずれは同じことでしょう」

 

「仮にバリケードを作ったとしても、深海棲艦化した艦娘の力は生半可じゃねえ。衣服や艤装による衝撃の緩和は失われているみたいだが、提督の力でどうこうできるレベルじゃねえだろうな」

 

「ならば、私たちが打って出るしか……道はありません」

 

「や、やめるんだっ! そんなことをしたらお前たちは……っ!」

 

 提督は声を荒らげて2人に言う。

 

 しかし、天龍も秘書艦も提督に笑みを向けるだけで、言葉を返そうとはしなかった。

 

「天龍さん、申し訳ありませんが、付き合ってもらえますか?」

 

「やられっぱなしのまま終わっちまったんじゃあ……情けないからな。良いぜ、地獄の果てまで付き合ってやるよ……」

 

 そう言って、天龍は最後の力を振り絞って背筋を伸ばした。

 

「待て、2人ともっ! 行くなっ、行くんじゃないっ!」

 

「悪ぃな提督、撃てとか言っちまってよ。けどさ……その詫びといっちゃあなんだが、もうひと花火、あげてくることにするわ……」

 

 そう言った天龍はニッコリと笑みを浮かべた後、提督に近づいて鳩尾に拳を叩き込んだ。

 

「うぐっ……て、天龍……っ……」

 

 耐えきれない衝撃を受けて、提督は床に倒れ込む。

 

「……天龍さん、これを」

 

 そう言った秘書艦は懐に手を入れ、魚雷を3本取り出した。

 

「おいおい……戦艦のあんたがこんなモノを持っていたなんて……意外にやり手だったりするのか……?」

 

「さぁ、どうでしょう。それは、生き延びられたらお答えします」

 

「へへ……それじゃあ、最後まで生き延びなきゃいけねぇってことか……。そいつは厳しいが……厳しいほど燃えるじゃねぇか……っ!」

 

 2人はコクリと頷いて、執務室の扉を開ける。

 

 意識が遠ざかっていく提督は、何とか2人を止めようと手を伸ばそうとする。

 

 しかし、提督の願いも虚しく扉はゆっくりと閉められ、

 

 深い闇の底へと落ちていった。

 





 さて、深海感染 ―ZERO― は次話でラストです。
提督は昏倒し、その後どうなったかが語られます。
もしよければ、展開や謎を考えてみてはいかがでしょうか。

 誰が、何のために鎮守府を陥れたのか。
 生き残った者はいるのかどうか。
 切っ掛けはなんだったのか。

 全ては一つの線で繋がっています。


次回予告

 提督は夢を見る。
1人の姉と1人の妹が、提督の鎮守府にやってきた物語。

 そして、提督は目覚める。
夢のような話を聞かされ、信じられない気持になる。
後悔だけが募る彼の前に、1人の艦娘の姿が現れた。


 深海感染 -ZERO- 最終話


 最後の一行で、貴方は何を思いますか?


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最終章

 提督は夢を見る。
1人の姉と1人の妹が、提督の鎮守府にやってきた物語。

 そして、提督は目覚める。
夢のような話を聞かされ、信じられない気持になる。
後悔だけが募る彼の前に、1人の艦娘の姿が現れた。



 提督は夢を見ていた。

 

 暗闇の中を漂いながら、艦娘たちと出会ったときの記憶が浮かんでくる。

 

 笑った顔を見せる者。

 

 悲しんだ顔を浮かべている者。

 

 自分自身を否定し、殻に閉じこもろうとする者。

 

 1人1人が個性を持ち、提督は忘れないように名前と顔をしっかりと記憶した。

 

 話をするうちに打ち解けあう。

 

 話をするうちに喧嘩になる。

 

 それでも、いつかは仲好くなると信じて、提督は話し、触れあい、笑いあった。

 

 

 

 心に傷を持つ艦娘が居た。

 

 その艦娘は妹のことが心配で、任務に集中できずに幾度となく失敗を繰り返した。

 

 痺れを切らした上官は、艦娘を解体しようとする。それを防ごうと、妹が上官に立ち塞がった。

 

 私が姉を苦しめている。ならば、私が消えれば姉は働ける。

 

 妹は、自らを解体するように上官に言う。

 

 それを知った姉は妹の解体を止めようと、無理矢理工廠に飛び込んだ。

 

 姉はボロボロになりながらも妹の解体を止め、上官を殴り飛ばす。

 

 その結果、上官は2人に航行に必要な艤装以外を持たせぬまま、遠い海へと送り出した。

 

 二度と鎮守府に戻ることが無いように、念を押して追い出したのだ。

 

 2人は身を寄せ合いながら海を行く。

 

 深海棲艦に出会った時点で、藻屑と消える。

 

 それでも、あんな場所に居なくて良いのなら――と、姉は妹を気遣いながら海上を駆けた。

 

 それから2人は暫くの後、願いと裏腹に敵と出会う。

 

 武装を持たない2人はなす術がなく、深海棲艦の攻撃を受ける。

 

 どれだけ回避を繰り返しても、いつかは追いつかれてしまう。

 

 航行に必要な艤装が悲鳴を上げ、燃料が底を尽きかけた時、2人は海の底に沈んでも一緒でいられることを幸せに思おうと、手を握り合って目を閉じた。

 

 

 

 運良く2人は近くを航行していた艦隊に助けられ、提督の鎮守府へとやってきた。

 

 2人は断ったのにもかかわらず、半ば強制的に修復は行われた。怪我を負った状態の艦娘を放ってはいけないと、提督自らが命令したと聞いた。

 

 しかし、姉はどうせ以前の上官と同じだろうと言い、妹と2人で深夜遅くに鎮守府から去ろうとする。

 

 そんな2人を見送るように、笑みを浮かべた提督が待っていた。

 

「いつでも帰ってきて良いからね」

 

 たった一つの言葉を渡し、提督は鎮守府へと戻っていく。

 

 なぜ何も聞かないのかと姉は問う。

 

 殆どの艤装を持たず、なぜ2人で海を渡っていたのか気にならないのかと。

 

 その問いに、提督は不思議そうに答えた。

 

「人には聞かれたくないことの一つや二つ、あるモノだろう? 僕だって誰にも話したくないことだってあるし、失敗を上げたらキリがないさ」

 

 そう言った提督は踵を返し、手を振りながら2人から遠ざかっていく。

 

 その後ろ姿に、2人は風に消されてしまいそうな声で呟いた。

 

「妹を……いじめないでくれますか……?」

 

「姉を……いじめないでくれますか……?」

 

 その言葉に、提督はしっかりとした表情で2人に頷く。

 

 決して、そんなことはさせない――と。

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 目を開いた先に、見知らぬ天井があった。

 

 小さい穴が規則的に並んだ白い色のパネル。

 

 周りはカーテンが引かれ、ベッドの上に寝ていることだけが分かる。

 

 頬には涙の跡があり、提督の袖で拭いながらゆっくりと上半身を起こす。

 

 身体がきしむような悲鳴を上げ、思うように動かすことができない。

 

 まるで激しい運動をした次の日みたいに、提督の全身を筋肉痛のような痛みが襲う。

 

 それはたぶん違うのだろうけれど、似たようなモノなのだからどっちでも良いと、深いため息を吐いた。

 

 

 

 それから提督は、巡回してきた看護師によって2週間昏睡状態であったことを知らされた。どうしてここで寝ているのかという問いに看護師は答えず、後から来る人物に聞いてくれと告げて去っていった。

 

 そして30分ほど経った後、軍服に身を包んだ中年男性が提督の前に現れた。肩章を見れば男性の階級が少将であることが分かり、提督は何とか上半身を起こして敬礼をした。

 

 少将は提督の身体を気遣いつつ、ことの終わりを全て告げた。

 

 提督が気絶している間に、鎮守府内の艦娘は殆どが深海棲艦化したらしい。信じたく無かった仮説は間違っておらず、深海棲艦化してしまった者から直接的に攻撃を受けた艦娘は次々に感染していったのだと言う。

 

 後に新型近代化改修のデータを詳しく解析して分かったことなのだが、生きている時点では深海棲艦化はゆっくりと進み、生体反応を無くしてしまうと一気に感染は加速するということが分かった。

 

 まるでこれは映画であるゾンビと同じだと、少将は苦笑を浮かべながら提督に言った。

 

 その言葉に表情を険しくした提督に気づいた少将は失言であったと非を認め、深く謝罪をした。

 

 そうして鎮守府内に深海棲艦化した艦娘たちがあふれたのだが、提督が大本営に電話をした際に緊急事態だと伝えたおかげで、比較的早くに救援部隊が送り込まれた。

 

 海側から進行した複数の艦隊によって、鎮守府内を撒きこむ砲撃戦に発展し、かなりの時間をかけて鎮圧作戦は終了したと言う。その結果、鎮守府は大きな被害を受け、復旧するには長い月日が必要になるらしい。

 

 また、提督の電話を受けて鎮守府に向かった四十崎部長と中将は、落石に遭って車ごと海に落下し、遺体となって発見された。

 

 このような事態を起こしてしまった責任を問えないというのは残念であるが……と、付け足しつつも、少将は苦悶の表情を浮かべていた。

 

 これらを踏まえて新型近代化改修の研究は全面的に禁止し、全てのデータを破棄したらしい。

 

 少将はことが起きた発端と終わりを告げ終えると、提督が質問をした。

 

 

 

 秘書艦と天龍はどうなったのか――と。

 

 

 

 少将は暫くの間口を閉ざしていたものの、真剣な顔で問う提督に折れるように口を開いた。

 

 天龍は執務室近くの階段の踊り場で、爆発物によって爆死した。本人確認が非常に難しかったが、なんとか判断がついたと言う。

 

 そして秘書艦の姿は、未だ見つかっていないということだった。

 

 そもそも、かなりの砲撃戦が行われた鎮守府内の損傷は激しく、身体の一部すら残っていなかった艦娘も多かったらしい。

 

 現状では、資料にあった艦娘のリストの半分近くが未だ行方不明ということだが、生存は絶望的だと告げられた。

 

 その言葉を聞き、提督はベッドに拳を叩きつけて嗚咽を上げた。

 

 誰1人として救えなかったことを深く後悔し、涙を流し続けた。

 

 少将は、今回のことは運が悪かったと思うしかないと言葉を掛け、暫くは休暇を与えるので、ゆっくり休むようにと告げてから、部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 それから1週間が過ぎた。

 

 提督の身体には天龍による鳩尾への攻撃だけであり、怪我らしい怪我は一つも無かった。

 

 初めの数日はなまっていた身体を動かすのが大変だった提督も、今ではすっかり元に近い動きを取れるようになり、暇を持て余す病室から抜けだして海へと行き、ぼんやりと海岸線を眺めていた。

 

 目を閉じると、鎮守府に居た艦娘たちの笑顔が浮かんでくる。しかし、目を開ければその姿はどこにも居ない。

 

 もしあの時、四十崎部長と中将の誘いを断っていれば。

 

 その後悔が何度も提督を追い詰め、苦悩させた。

 

 秘書艦に進められたとは言え、最後に決めたのは提督である。あの状況で断っていれば提督の職を失っていたであろうとも、艦娘たちは今を生きていたはずなのに。

 

 後悔だけが募る提督は、目を閉じながら海に向かって秘書艦の名を呼んだ。

 

 

 

「はい、なんでしょうか……提督」

 

 

 

 声に振り返る提督のすぐ傍に、傷ついた身体で立っている秘書艦の姿があった。

 

「生きて……いたのかっ!?」

 

「はい。なんとか……って、感じですけど」

 

「本当に、大丈夫なのか!?」

 

「はい。榛名は大丈夫です」

 

 いつものように返してくれるその姿に、提督は小さく息を吐く。

 

 そんな提督を見ながら微笑んだ秘書艦は、ゆっくりと口を開いて語り出した。

 

 

 

 

 

 執務室を出た天龍と秘書艦は、建物内に徘徊していた深海棲艦化した艦娘たちを次々に撃破していった。

 

 かなりの深手を負っていた天龍であったが、最後の力を振り絞りながら艤装を振り回し、弾が切れるまで砲撃を繰り返した。

 

 しかし、敵の姿は徐々に増え、少しずつ2人は後退することを余儀なくされた。少しでも執務室に近づけないようにと、必死になって応戦した。

 

 階段に積み重ねられる艦娘たちの遺体をバリケードにし、弾切れを起こした艤装で直接殴りつける。それでも敵の数は減らず、もうダメかと思われた。

 

 そんな時、大きな砲撃音が遠くから聞こえると共に、建物が大きく揺れ動いた。割れた窓ガラスの隙間から外を見ると、海の方に複数の艦隊の姿があった。

 

 救援部隊が来てくれた。もう少し耐えきれば、提督を助けることができる。

 

 2人は気力だけで身体を動かしながら、戦いを続けた。

 

 飛来してくる砲弾の衝撃でガラスが割れ、身体に突き刺さりながらも拳を振り上げた。

 

 それでもなお増え続ける敵に、遂に天龍が崩れ落ちる。

 

 既に身体は満身創痍で、気を抜いた瞬間にヤツらの仲間になってしまう。

 

 天龍は笑みを浮かべながら別れの一言だけを残し、ヤツらが居る踊り場に向かって突っ込んだ。

 

 そして――魚雷を爆発させたのだと、秘書艦は言った。

 

 

 

 

 

「そう……か……」

 

 おおよそは提督も分かっていた。

 

 少将に質問したときに、天龍が爆死したことは知っていたからである。

 

 しかし、天龍の壮絶な最期を秘書艦から聞いた提督は、涙を浮かべながら海の方を見つめた。

 

「馬鹿……が……」

 

 提督は怒っているのではない。ただ、天龍が追い詰められたときにどうするかを予想した内容と、全く同じだったことに悔しくなってしまったのだ。

 

 秘書艦も提督の考えを読み取り、何も言わずに顔をジッと見つめていた。そして、提督が小さく息を吐くのを確認してから、話を再開させた。

 

 

 

 

 

 その後、爆発によって踊り場が半壊し、階段を上がってくる敵の数が減った。そのため秘書艦は1人でもなんとか執務室までの通路を確保し、提督を守り通すことができたのだと言う。

 

 いつしか飛来する砲撃は止み、窓の外には敵の姿が見えなくなっていた。秘書艦は肩の力を抜いて緊張を解いたのだが、救援部隊に深海棲艦化した艦娘だと間違われ、その場から逃げるように去った。

 

 後は、提督の身柄が救助されたことを遠くから確認し、秘書艦は身を隠したのだった。

 

 

 

 

 

 語り終えた秘書艦は提督に微笑みながら、ゆっくりと近づいた。

 

 全てが終わった。もう、心配することは無い。

 

 提督の目をジッと見つめる秘書艦が、口を開く。

 

「提督……お願いがあるのですが……」

 

 ほんの少し、上目遣いのように提督を見る。

 

「何かな……?」

 

 真剣な表情で、提督が問う。

 

「私と一緒に……

 

 そして、秘書艦は満面の笑みを浮かべて、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウミノソコニ、シズミマショウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘書艦は提督の身体を包み込むように両腕で抱く。

 

 その目は、鈍い赤の色。

 

 怪しく光る2つの目が、提督の横顔に向けられる。

 

 そして、2人は海へと沈んでいく……と、思われた。

 

 

 

 

 

「……悪いが、それはできないんだ」

 

 プシュッ……と、乾いた音が鳴り、秘書艦の身体が提督から素早く離れる。提督の手には小さな銃のようなモノが握られていた。

 

「何を……するんですか提督っ!? は、榛名を……榛名を見捨てるつもりなんですかっ!」

 

「違う……」

 

「じゃあどうしてっ!? 提督を助けるために必死で頑張って、傷ついて、深海棲艦になってしまって……それでも提督に会いたくて……ここまできたのにっ!」

 

「違う……違うんだ……」

 

「提督は……提督は榛名を……っ!」

 

 

 

「君は……榛名なんかじゃない」

 

 

 

「……っ!? そ、それは、榛名が深海棲艦化したからですかっ!?」

 

「もう、全部分かっているんだ。君は、元々榛名じゃない」

 

 提督の言葉を聞いた瞬間、秘書艦はぽかんとした表情を浮かべた。

 

「俺に新型近代化改修を進めたこと……この時点で不信に思うべきだった」

 

 秘書艦は黙ったまま答えない。

 

「龍田が書いたと言うノートに関してもそうだ。天龍が龍田を暫く見ていなかったのに、都合よく日記だけを見つけられるなんて、あまりにも出来過ぎている。大本営への用事に出ていたという話だが、それ自体が嘘だったの可能性の方が高い。つまり、龍田のノートは偽物で、龍田は無理矢理君によって新型近代化改修をされていたのではないかと考えられる」

 

 秘書艦は答えない。

 

「それじゃあ、どうやって新型近代化改修の注射を手に入れられたか。それも、秘書艦であった君が四十崎部長とメールのやり取りや書類の受け渡しをしていたから、その際に実験材料が増えると言えば向こうも飛びついてきたのだろう。

 そうやって手に入れた注射で、龍田を監禁した上で深海棲艦化させた。そして、雷のタイミングに合わせて解き放った……」

 

 秘書艦はニヤリと笑みを浮かべたまま、黙って立っている。

 

「多分、部長と中将を事故に見せかけたのも君の仕業だろう。ことが終われば2人に用はないし、注射を受け取っているのを知っている部長を消す必要性もあっただろう。

 それに何より、あのタイミングで事故があったことを当事者以外が知るべき手段は無い」

 

 しばらくして、秘書艦は笑い出す。

 

「クク……ソウカ。ソコマデワカッテイタノナラ、コノスガタモヨウズミダ」

 

 そう言って、秘書艦は元の姿へと戻った。

 

 黒く長い髪。

 

 上下の衣服も黒く、赤い目がキラリと光る。

 

 その身なりは紛れもなく深海戦艦。

 

 ル級の――姿だった。

 

「ダガ、ソコマデワカッテイテ、ナゼコウシテワタシトハナシテイルノダ?

 サキホドノチイサナジュウナンカデ、ワタシヲタオセルトデモオモッテイタノカ?」

 

「そうだな……確かにこんな小さな銃で倒せるとは思っていない。ただ、最後に話をしておきたかったんだ」

 

「ククク……ハナシヲスルタメダケニ、イノチヲサシダストハ。シバラクノアイダソバニイタガ、ココマデバカダトハオモワナカッタゾ」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべたル級に、後ろから声がかけられた。

 

「そうですね。提督は底なしの馬鹿ですけど、それでも大事な提督(ひと)なんですよ」

 

「……っ! キ、キサマハ!?」

 

 驚きの表情を浮かべたル級が振り返る。そこには、紛れもない提督の秘書艦である、榛名の姿があった。

 

「お久しぶりですね。あの時は散々な目に合わされましたけど、もうあんな失敗はいたしませんっ!」

 

 ル級に銃口を向けながら睨みつける榛名は、力の籠った声を叩きつける。

 

「アノトキ、タシカニシズンダノヲカクニンシタハズダ!」

 

「ええ、榛名は確かに沈みかけました。ですが、偶然あの場所に、遠征から大本営へと帰る為に潜水していた伊168さんがいたんです。

 伊168さんは必死で私を大本営まで曳航してくれて……それからドックに入った私は長い修理を受け、気がついたのは数日前のことでした」

 

「クッ……ソレデ、ワタシガキサマトイレカワッタコトヲシッタノダナ……」

 

「ええ、その通りです。まさか、私がいない間にこんなことになっているなんて……」

 

 榛名はル級を睨みながら、大粒の涙を流す。

 

 自らが沈みかけ、そして自らの代わりに化けた深海棲艦によって、帰るべき鎮守府を壊されてしまった悲しみが、何度も榛名の心を締めつけた。

 

「ル級……最後に教えてくれないだろうか。今回の新型近代化改修の研究は、お前の仕業なのか?」

 

 キョトンとした表情を浮かべたル級は、再び笑みを浮かべ直す。

 

「ソレハ……ジブンデシラベルコトダナ!」

 

 そう言って、ル級は拳を提督に振り上げた。

 

「させませんっ!」

 

 榛名はそれよりも早く、ル級に向けて35.6cm連装砲から砲弾を発射する。轟音と爆風が上がり、提督に被害が及ばないように、榛名は自らの身体を盾にした。

 

 砲弾によって吹き飛ばされたル級は海面に叩きつけられた。身体には大きな穴が空き、ゆっくりと沈んでいくにもかかわらず、その顔は笑みを浮かべていた。

 

「ドウセ、イツカハオマエタチモ……。ククク……タノシミニマッテイルゾ……」

 

 水泡がブクブクと水面に浮かび、ル級の姿は完全に見えなくなった。

 

 

 

 

 

「終わった……のか……」

 

 今度こそ、本物の秘書艦に提督は問う。

 

「はい、全て終わりました……」

 

 ニッコリと笑みを浮かべた榛名が、提督に向かって頷いた。

 

 それを見た提督は肩の力を抜き、海を見つめ大きく息を吐いてから呟いた。

 

「そうか……それじゃあ、俺の役目もここまでだな……」

 

「どうして……ですか?」

 

「どうしてって……鎮守府も潰れて、皆も死んでしまったんだ。責任を取らされる形で、俺は退役させられるだろう。

 それに、俺はもう疲れたんだ……」

 

「いいえ、そうじゃありませんよ、提督」

 

 榛名は提督の顔を見つめながら、口を開いた。

 

「提督には榛名がいます。疲れたなんて、言わせないです」

 

「いや……しかし、それでも……」

 

「みんなのことが忘れられないからですか?」

 

「それも……ある」

 

「ですがそれでは、提督は納得できるのですか……?」

 

「………………」

 

「それじゃあ、この指輪はもう――いらないのですか?」

 

 榛名は左手の薬指を提督に見えるように差し出しながら問う。

 

 今まで、一度たりともつけてくれなかった指輪を見て、提督は目を大きく見開いた。

 

「このまま何もしないで終わるつもりですか?」

 

「だがしかし……僕にはもう……」

 

「さっきのル級の言葉……気にならなかったのですか!? もしかしたら、また同じことが起きるかもしれないんですよ!? みんなのためにも、みんなの命を無駄にしないためにも、提督が立ち上がらなくてどうするんですかっ!」

 

 榛名は真剣な表情で提督に叫びながら、ボロボロと涙を流す。

 

「お願いです提督……っ。榛名を……榛名をもう、一人にしないでください……っ!」

 

 提督が退役すれば、榛名と別れることになる。

 

 それは、ネックレスにして胸にかけていた指輪の誓いを、無にすることになる。

 

 ル級にやられ、長い時間修理の為に見知った艦娘や提督と会えず、やっと直ったと思ったら、全てが消えていた。

 

 霧の中の戦闘で榛名が沈みかけさえしなければ、こんなことにはならなかったのに。それが提督の指揮でそうなってしまったのだったとしても、自分を許せることができるレベルではない。

 

 提督はネックレスから外した指輪を左手の薬指に通し、榛名の気持ちを受け止めるように優しく抱きしめた。

 

「すまん。榛名の言う通りだ」

 

「てい……とく……」

 

「俺がするべきことはまだ沢山ある。あの時、榛名たちを危険な目に合わせてしまってから俺は臆病になって、安全な道ばかりを選んでいたんだ。

 そしてそのツケが降りかかってきた時……俺は逃げてしまった。自分に言い訳をして、甘い誘いに乗ってしまったんだ」

 

「で、でもそれは、提督のせいじゃなくル級が……」

 

「そうじゃないんだよ、榛名。最後は自分で決めた。だから結果、鎮守府は壊れ、帰る場所もなくなってしまった。そして今俺は、最後の一人さえも離そうとしていた……」

 

「提督……」

 

「もう逃げるのは辞めだ。こんなに僕のことを励ましてくれる榛名を見捨てたりしたら、罰が当たるなんてレベルじゃ済まされないからな」

 

「提督っ! 榛名は、榛名は……」

 

 提督は榛名の口元に指を立てて言葉を遮った。

 

「そこから先は、俺に言わせてくれ」

 

 榛名は涙を拭い、コクリと頷く。

 

「榛名、これからも俺と一緒に、ついて来てくれるだろうか?」

 

 指輪を交換し合った愛しき秘書艦に向けて、提督は問う。

 

 その問いに答えるように、榛名は微笑みながら口を開いた。

 

 

 

「はいっ、榛名ハ大丈夫デす」

 

 

 

深海感染 -ZERO- 完

 




 まずは最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


 今作品はミステリーとして執筆いたしました。
私の技術がまだまだ至らず、秘書艦=榛名(実際にはル級)というミスリードを起こすところが上手くいっていなかったかもしれません。
所謂「叙述トリック」ですが、いきなりやろうと思っても難しいということが分かりました。
ですが、めげずに色々やっていきたいと思います。


 さて、今話で深海感染 ―ZERO―は終了です。
今後はひとまず艦娘幼稚園の復帰を目指して執筆途中であり、今月の20日を目途に頑張っております。
また、6月中旬のイベントに向けました艦娘幼稚園スピンオフ作品も仮執筆完了となりましたので、イベントに落選しない限りは頒布できると思われます。
確定致し次第、なんらかの方法でお伝えいたしますので、宜しくお願い致します。



 初の書き終えたミステリー作品でしたが、まだまだ拙いところなどが多く、お目汚しをしてしまったかもしれません。
ここまで読んで頂いた方々に感謝をし、宜しければ評価や感想を頂けると嬉しいです。

 また、本文のみで分かり難かった――と言う方に向けて、説明や補足を下記に簡易的ではありますが載せておきます。
参考になれば幸いです……が、ラストの部分に関してはご想像にお任せ致します(ニヤリ


 それでは、次の作品は艦娘幼稚園にてスピンオフシリーズ「しおい編」をお送りする予定です。
機会があれば深海感染もシリーズ化……なんてことがあるかもしれません。
一応、伏線はまだ残してありますので(下記にチラッと裏話?


 では、またお会いできるのを楽しみに。



 リュウ@立月己田



<補足説明>


■時系列&ネタばらし

・霧の中の進軍(第二章)にて、戦艦ル級に撃破された榛名が大破し海の中へ。
 ル級が変装し、摩耶たちに助けられる形で鎮守府へと潜入する。


・プロローグで埠頭に立っていたのは榛名……ではなく変装したル級。


・四十崎部長が新型近代化改修を鎮守府に持ち込み、雷が試験体となる。
 龍田が四十崎部長の帰り際に声をかけるも、練度の高さから試験体にならないと思われて冷たくあしらわれる。
 →つまり、龍田はこの時点で正常。
  その後、秘書艦の榛名に変装したル級が龍田を言いくるめて新型近代化改修の試験体に。
  ル級が四十崎部長に「新たに試験体が見つかったときのために」と言って、注射を手に入れていた。


・雷に対して深海棲艦が攻撃しなかったのは仲間だと思ったため。
 つまり、新型近代化改修は……


・雷が変貌し、提督は四十崎部長に電話をかける。
 部長と中将は車で鎮守府に向かう最中に落石によって死亡するが、落石を起こした実行犯は榛名に変装したル級。
 (天龍が遠征から帰ってきて龍田が居ないと提督に話した後、急いで崖へと向かって実行)
 鎮守府の騒ぎを収拾させないためと、龍田を感染させた経緯を提督に知られないために暗殺。


・龍田の日記はル級が用意した偽物。
 また、ハンカチに関してもル級が龍田から奪って用意していた物。



■余談

・最終話の提督の夢

  天龍と龍田の過去。提督との出会いです。
  天龍は次第に提督に恋心を持ち、五章その6で語られました。
  龍田は天龍を思うその気持ちが感染によって悪い方向へと進み過ぎた結末です。


■裏話

・雷:行方不明

・摩耶、鳥海:生死不明

・榛名の最後の台詞:判断は委ねます。

 何が言いたいか――分かりますね?


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‐ONE‐
プロローグ & 第一章 その1


※深海戦艦ONE第一章は、ツイッターにて公開した作品を修正した作品となります。



 深海感染ZEROから半年が経った。
地上は深海戦艦化した艦娘たちによって、崩壊の一途を辿って行く。

 そんな中、ひとつの希望である光が、とある町を駆けていた。


 

 ある、晴れた昼下がり。

太陽の光が地を照らし、木々が風に揺れてざわめき出す。

至って普通の日常と言える風景も、今ではもう見られなくなった。

 

 それは、半年前の事件から――。

 

 

 

 

 

 大本営が秘密裏に進めていた『新型近代化改修』の失敗により、試験場所であった鎮守府内で問題が発生した。

 

 初期の段階で気づいた者は殆どおらず、発覚したときには手遅れであり、みるみるうちに鎮守府内は地獄と化した。

 

 原因は新型近代化改修による副作用だった。

練度すら上げてしまう改修には問題があり、時間を置いて徐々に深海棲艦化してしまう。

 

 更に悪いことに、深海棲艦化した艦娘から直接攻撃を受けると感染してしまうという、まるで映画やゲームで現れるゾンビと変わらなかった。

 

 ことが発覚し、即座に壊滅部隊を向かわせることで対応した大本営。

壊滅部隊は感染の可否に関わらず艦娘たちを駆逐し、鎮守府の殆どを破壊する。

 

 しかし、既に鎮守府から外部へと逃げだしてしまった艦娘によって、みるみるうちに本土全体へと広がってしまう。

 

 感染した艦娘は少しずつ精神が汚染され、やがて狂気に捕われる。

これは己の精神力が大きく作用し、ダメージを負えば負う程、感染が速まってしまう。

 

 やがて身も心も深海棲艦化した艦娘は生きている者を見つけ次第喰らおうとし、全てを胃の中に流し込もうとする。

 

 生への執着心なのか、ただ単に腹が減っているのかは分からない。

しかし、捕食される側である正常な艦娘や人間にとっては、どちらであっても大きな問題であることに変わりがなかった。

 

 深海棲艦の脅威から守るべき艦娘が、地上を徘徊しながら人々を襲う。

奇しくも幸運だったのは、感染した艦娘は通常とは違い衣服による損傷の軽減を行えない。その結果、人間が所有する武器によってダメージを与えることができた。

 

 更にどういう訳か、人間には艦娘と同じように感染することはなかった。

絶対数ならば人間の方が上。しかしそうであったとしても、感染してしまった艦娘たちは人間よりも遥かに強い存在であり、安全な所はすぐに消え去ってしまう。

 

 

 

 海に出れば深海棲艦が。

 

 地上に隠れれば感染した艦娘が。

 

 人間の逃げ場は失われ、国土の殆どが消耗戦による疲弊によって荒廃していった。

 

 

 

 唯一の救いは、深海棲艦化した艦娘たちの知能レベルがそれほど高くなかったことだろう。

艦娘の頃とは大きく違い、捕食だけに重点を置く彼女らの行動は動く物を見つけ次第喰らうことであり、施設を破壊しようとする考えは多くなかった。

 

 その結果、人間たちは地上から身を隠し、地下や頑丈な建物に潜ることで安全を確保した。

しかし、時間が経てば備蓄は消える。生き抜くためには水や食料が必要になり、手に入れる為には外に出るしか方法はない。

 

 そして、自分たちの居場所を取り戻そうと戦う者たちが居る。

自らの命を投げ捨ててでも、次の世代に安心して暮らせる場所を捜し出そうとする者がいる。

 

 その一方で、未だ感染を逃れていた艦娘もまた、自らの意思で行動を起こしていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

■深海感染 -ONE- 第一章

 

『KONGO』

 

 

 

 碁盤の目が有名である街の市内へ向かう、一台のバイクが高速道路を駆けていた。

進行方向の先にうごくめく人影を確認した運転手の女性はアクセルを吹かし、茶色の長髪を風にたなびかせながら速度を一気に加速させる。

 

 バイクのエンジンが轟音を鳴らすと、引き寄せられるように人影が動く。

女性は顔色一つ変えずに小さく口を開いて何かを呟くと、バイクの両側面に大振りのナイフが何本も飛び出して小さな振動と共に甲高い音をあげた。

 

 女性はそれを確認した瞬間、アクセルを最大まで捻って更にバイクの速度を上げる。

人影が両手を前に突き出しながらゾンビのようにバイクを捕らえようとするが、女性は巧みなハンドル捌きでそれらを避けつつナイフを擦りつけていく。

 

「……ア゛……ッ?」

 

 人影は自らの腕が動かないことに気がつくと同時に、バイクは遥か先へと駆けて行った。

 続けてボトリ……と両腕が地面に落ち、切断された面から大量の赤く黒く濁った液体が勢い良く吹き出していく。

 

 近くにいた別の人影も同じように素っ頓狂な声をあげ、切断された両脛から上体がスライドするようにドサリ……と地面に跪き倒れ込んだ。

ビクン、ビクンと痙攣する身体に合わせて低く曇った小さな声が途切れ途切れに漏れ、辺り一面が真っ赤な池に染まる。

 

 バイクのエンジン音が聞こえなくなると付近に動いていた全てが地面に倒れ込み、吹き出していた液体の勢いが消えて何事もなかったかのようにそよ風が吹いていた。

 

 惨殺された人影より暫く進んだ地点に、バイクに跨がりながら片足を着いた女性が停車していた。

女性のサングラスには先程の行動によって飛び散った血肉が付着していたが、全く気にする素振りも見せずに何かを感じとろうとする仕種をする。

 

「どうやらこの辺りには居ないようデスネー」

 

 停止させたバイクから降りた女性はサングラスを外して付着した血肉を振り払い、強く息を吹き掛けて綺麗にしてから再び元の位置にかける。

女性はバイクを一通りチェックし、スラリとした足を優雅に上げてバイクに跨がりエンジンを始動させた。

 

「けれど、生き残っている仲間はきっと居るはずデース」

 

 独り言を呟いた女性はクラッチ操作を行い、ギアを噛ませた瞬間にアクセルを全開にして一気に加速する。

爆音と共にバイクは走り出し、ハンドルを殆ど操作せずとも女性の意のままに地を駆ける。

 

 ジェイ・ブルーカラーのボディには至るところにバイクには似つかわしくないものが取り付けられていた。

つい先程、高速道路上をうろついていた元艦娘を切り刻んだ鋭いナイフが収められていたり、どこからどう見ても銃口にしか見えない大小複数の筒があったりする。

 

 それら全てが通常のバイクにはあってはならないモノなのだが、今のご時世を考えれば当たり前なのかもしれない。

しかし、それ以前に説明が付くモノが燃料タンクの右側に白い文字で『KONGO』と書かれていた。

 

 運転手である彼女の名は『金剛』。

例の事件の舞台となった鎮守府に所属していた彼女は、偶然にも事件が起こった際に鎮守府を離れていたおかげで感染から逃れることができた数少ない正常な艦娘である。

 

 

 彼女が跨っている同じ名を持つバイクは特別製で、地上に適応するように改修を受けた艤装である。

現在の状況を理解した彼女は自らの舞台を地上に移すため、同じ意思を持った仲間によって特別な改修を受けたのだ。

 

 そのおかげで、彼女は自らの意思だけでバイク型艤装を手足のように動かすことができるのだが、ハンドルにはしっかりと手が添えられており、気分的な問題というのもあるのだろう。

 

 彼女の瞳には意思の強さが感じられる光りが灯されており、しっかりと前を見つめている。

荒廃した地上に残る希望を見つけだし、仲間と共にこの国を救う。

そして、彼女には決して立ち止まることができない理由があった。

 

 

 

 仲間であるが故に。

 

 長女であるが為に。

 

 そしてそれが、彼女の宿命であるかのように。

 

 

 

 全てを終わらせるには必ずぶつかるだろう彼女の名を呟いた金剛は、右手のアクセルを強く捻ってバイクの速度を一気に加速させる。

エンジンから鳴り響く音がまるで金剛の泣き声のように、大きく、寂しげに空気を響かせていた。

 

 

 

 

 

 それから高速道路を走り続けていると、またもや元艦娘の成れの果てを発見した金剛は艤装のナイフで通り魔のように切りつけて血の池を作った後、緑色の看板に見えたマークを確認して小さく息を吐いてから呟いた。

 

「少しだけ、休憩しますかネー」

 

 金剛はハンドルを傾けて左にある細い道に逸れてから開けたスペースに入り、辺りを見回しながら目的のモノを発見する。

道なりにあったガソリンスタンドの前に近づき、重く響き渡るエンジン音をゆっくりと静めると、タイヤがアスファルトとキュッ……と擦りながら動きを止めた。

 

 バイクから降りた金剛は額に浮かんだ大粒の汗を袖で拭いながらサングラスを外し、燃料タンクに給油ノズルを差し込んでからタッチパネルを見る。

 

『お金を入れて下さい』

 

「今じゃ、これくらいしか使い道はないデスネー」

 

 ポケットから財布を取り出した金剛は一枚の紙幣を投入し、OKボタンを押してから給油ノズルのレバーを引いた。

燃料タンクに勢いよくガソリンが入っていくのを感じながらも、金剛の腹部から「ぐぅぅ……」と小さな情けない音が鳴り響いた。

 

「残念ながら燃料とは別腹なんですよネー……」

 

 少しばかり辛そうな表情を浮かべた金剛だが、心の中では案外嫌とは思っていない。

むしろ、燃料を補充した時点で満腹だと感じてしまったら、自分はもう艦娘ではないと認識してしまうかもしれないと不安になってしまう節さえある。

 

「あっちの方に、何か残っていると良いのデスガ……」

 

 そう呟いた金剛は近くにある建物を眺めながら給油を終え、燃料タンクの蓋をしっかりと閉じてからノズルを元の位置に戻す。

タッチパネルの横から出てきたレシートを取ってお釣りを精算した金剛は、バイクに跨がりハンドルを握る。

 

 金剛は片足を地面につけながら車体を大きく傾け、ハンドルを内側に切りながらアクセルを思いっきり捻る。

エンジンの回転数を高く保ちながら一気にクラッチを解放して後輪が高速回転をすると、タイヤが悲鳴をあげて地面に黒い跡をつけながら180度ターンを決めた。

 

 ほんの少しつり上げた口元が金剛の気持ちを現していたが、周りにギャラリーはおらず肩を竦めてしまう。

妹たちや提督がこの場に居たのならば……と考えてしまった金剛は頭を振り、気持ちを切替える為に両手で左右の頬を軽く叩いてから建物に向かってバイクを走らせた。

 

「辺りに気配は……無いみたいデスネー……」

 

 建物の前にやってきた金剛は、右耳に手を当てて音を探るような仕草をしながら建物全体を見回していた。

視界には道路上に居た元艦娘のような人影は見当たらないが、金剛には目よりも信頼できる機能を艤装に備えている。

 

「電探に反応も無いデスカラ、最低限で大丈夫デショウ」

 

 バイクから降りた金剛はシートを軽く撫でてから建物の入口であるガラス扉へと向かう。

大きなヒビがいくつも入った扉を手でゆっくりと押しながら、注意深く辺りを確認しつつ内部の捜索を開始した。

 

 天井に取り付けてある蛍光灯の多くは破損しており、照明の効果を発揮していない。

いくつかはまだ光っているものの、グロー球が切れているのかチカチカと点滅を繰り返して眼に悪そうだった。

 

「熱感知モードを……、ONデスネー」

 

 金剛が小さく呟きながらサングラスのブリッジ部分を人差し指でクイッと上げると、レンズ部分にパソコンで表示されるウインドウのようなモノがいくつか表示され、小さな電子音が何度か鳴った。

 

 視界には温度によって区別された画像が重ねられ、周囲の状況が分かり易くなる。

金剛はぐるりと身体を360度回転しながらチェックを行い、危険がないと判断してから肩の力を抜いて小さくため息を吐いた。

 

「さて、それじゃあ食料がないか探してみますネー」

 

 天井付近に取りつけられている土産物売り場の看板を見つけた金剛は笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りでそちらへと向かう。

途中にある区切りの為の扉を開いてからもう一度熱感知を使い、安全を確認してから捜索する。

 

 売り場にあるテーブルの上には値札があるが、肝心の売り物は見当たらない。

 

「先客がすでに、持ち去った後のようですネー……」

 

 サービスエリア独特のまんじゅうの名称が書かれている文字を見た金剛のお腹は悲鳴をあげ、恥ずかしげな表情を浮かべていた。

 

「腹が減ってはなんとやら……と言いますけどネー」

 

 近くにあった薄汚れた人形を手に取って眺めてから元の場所に戻し、売り場を隅々まで調べていく。

しかし食べられそうな物は全く見つからず、落胆した表情を浮かべてため息を吐こうとしたところでレジの後ろにある扉を見つけた。

 

「フム……。鍵がかかってますますケド……」

 

 艦娘である金剛にはそれはさしたる問題ではないと、ノブを力任せに引っ張って無理矢理こじ開けた。

多少大きな音が鳴ったものの、辺りに元艦娘が居る訳でもないので大丈夫だろうと奥へと入る。

 

「どうやらここは、事務所みたいですネー」

 

 事務机に背丈より少し大きなロッカーが部屋の隅に置かれ、真ん中には大きめのテーブルといくつかの椅子があった。

テーブルの上に封が開けられた梅味のガムがあり、中身を見ると数枚程残っているようだ。

 

「お腹の足しにはなりませんケド、無いよりはマシデース」

 

 ガムをポケットにねじ込んだ金剛は他に何かないかと机やロッカーの中を物色する。

鍵を扉と同じように力任せにこじ開けていくつかの飴玉をゲットした金剛は、少し呆れたような表情をしながら部屋を後にした。

 

「もう少しお腹が膨れるモノが欲しいネー……」

 

 土産物売り場を後にした金剛は再び天井に取り付けてある看板に眼をやり、フードコーナーの文字を見つけてから足を向けた。

 

 

 

 土産物売り場からフードコーナーへの区切り扉に手をかけ、ゆっくりと体重をかけて押し開けようとした金剛は眉をひそめた。

 

「………………」

 

 鼻に付く不快な感じに表情が険しくなり、熱感知モードをONにしてから扉を全開にする。

 

 視界に映り込む四角の赤い色は、どうやら奥の厨房にある冷蔵庫の熱が表示されているようだ。

その他に気になるようなモノは見当たらないが、金剛の鼻には鉄錆と腐臭が纏わりつき、うっすらと額に汗が滲んでいる。

 

 金剛は臭いの元を辿りながら、辺りを警戒しつつゆっくりと進む。

床には強い衝撃によってひしゃげた椅子や、割れたガラスが散乱していた。

おそらくは元艦娘に襲撃から逃げようとパニックを起こした人々がこうした状況を生みだしたのだろうと予想できる。

 

 そしてこの臭いもまた、その結果を表しているのだろうと金剛は息を吐く。

 幾度となく見てきた『それ』の場所を察知した金剛はカウンターを乗り越えて厨房内に入り、壁を背にした塊のようなモノを確認した。

 

「………………」

 

 金剛はかろうじて人であったと思われる『それ』に手を合わせながら眼を閉じ、暫く何かを呟いてからまぶたを開く。

手も足も、首から上さえも噛み切られ、至るところに歯型が残る塊からは大量の赤い液体が床に溢れ出して固まっている。

 

 周りには空の薬莢が散らばっており、塊のすぐ傍に拳銃らしきモノが見えた。

金剛はそれを拾って調べてみると、グリップに握っていた指の形を描くように赤い液体がベッタリと付着している。

 

 銃口側部の『P』の刻印に何度か見たことのある形状により、おそらくこの拳銃はP220であると金剛は判断する。

着ている衣服が赤く染まっているとはいえ、迷彩柄なのは一目瞭然であり、これらを統合するとおそらく自衛隊の関係者であろうと予想できた。

 

「弾切れを起こした後、力尽きたのデスネ……」

 

 P220のマガジンを取り出して弾が入っていないのを確認した金剛はポケットにねじ込み、塊に向かって再び手を合わせる。

ここに来たのは食料を確保する為なのか、それとも他の理由があったのか、今は知る由もない。

 

 できれば墓を作ってあげたいが、ここはアスファルトで固められた高速道路の上。

植え込みではスペースが足りないし、山の斜面もコンクリートで固められているところが多いので難しいだろう。

せめて魂だけは安らかに眠れるようにと金剛は祈り、ゆっくりと背を向ける。

 

「おそらくは、ここに来る前に倒した奴らガ……」

 

 この人の仇は取れただろうと、金剛は小さく頷いた後に気持ちを切り替える。

最初の目的であった食料を探そうと厨房内を捜索し、乾物関連が置かれていた棚の奥にあった缶詰見つけ、賞味期限が大丈夫であることを確認した。

 

 冷蔵庫を開けると電源が入っていたものの、中に入っていた食料は軒並み傷んでいて食べることができず、金剛は少し肩を落として残念そうな表情を浮かべながら扉を閉めた。

その際にヒンヤリとした空気を味わうことができたが、金剛の気持ちが晴れることはない。

 

 他にめぼしい物がないことを確認した金剛はフードコーナーを離れ、一通り建物内を見回った後に建物を出た。

自身の艤装であるバイクに跨がった金剛は、厨房で果ててしまった人の馴れの果てを思い出しながら小さく息を吐く。

 

 同じような目に遭う人がいなくなる世界を願いながら、金剛はエンジンを始動させた。

排気筒から黒い煙が勢いよく吹き出し、振動と共に大きな音を鳴らす。

 

 そして再び無線機の電源を入れ、アクセルを捻ってエンジンを慣らす。

 

 まだ見ぬ、生き残っている人を助ける為。

 

 そして、一緒に戦える仲間を探す為。

 

 金剛は再び一人で、高速道路を走り出す。

 

 向かう先は市内中心部。

そこに行けば生き残っている人間がいるだろう。

もしかすると、まだ正常な艦娘がいるかもしれない。

 

 淡い期待を胸に秘めながら、金剛は右手を捻ってバイクを加速させた。

 

 

 

 続く 

 





次回予告

 地上を駆ける艦娘、金剛。
彼女はバイクにまたがり、市内の中心部へと向かう。
無線機に入った通信を辿り、彼女が目にしたモノとは……。


 深海感染ONE 第一章 その2


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第一章 その2


 地上を駆ける艦娘、金剛。
彼女はバイクにまたがり、市内の中心部へと向かう。
無線機に入った通信を辿り、彼女が目にしたモノとは……。



 

 サービスエリアを抜けた金剛は暫く高速道路を走っていた。

その間、敵は一人も現れず、優雅なツーリングだったらどれほど楽しいだろうと、金剛は小さくため息を吐く。

 

 そして市内へと向かう高速道路が終わりに近づいたとき、金剛の電探が微かな反応を察知した。

 

「ンッ、この反応は……ッ!?」

 

 急いでバイクを停止させてからのタコメーター付近にある小さなツマミを回し、無線機の音量を最大にするとノイズだらけの音が聞こえてきた。

 

「ガガ……ッ……、ガリガリッ……」

 

 バイクに取りつけてあるスピーカーからはノイズしか聞こえない。

しかし金剛の電探は確かに小さな反応を感じ、それが気のせいではなかったことは過去の経験上、誰よりも分かっている。

 

 暫く無線機の周波数を探りながらツマミを回していると、ノイズ混じりの音の中に微かな声が聞こえたのを発見し、金剛は精神を研ぎ澄ませながら微妙な調整をする。

 

「こち……は、洛……方自警……です……」

 

「……ッ! 発見したデース!」

 

 周波数を合わせることに成功すると、スピーカーからハッキリとした女性の声が聞こえてきた。

 

「現在、敵の襲撃によって第二防壁まで突破され後がありませんっ!

 誰かこの無線を聞いている人が居たら、至急助けに来て下さいっ!」

 

 スピーカーから流れてきた女性の声は泣き叫んでいるのと変わらないくらい必死で、後がないことがすぐに読みとれる。

 

「この反応からシテ……、あっちの方デスネ……ッ!」

 

 金剛はすぐにエンジンを始動させてアクセルを吹かし、急いで電探の反応がある方へと向かう。

 

 高速道路の終点を抜けて一般道路に下りた金剛は地図の記憶を思い出しながら交差点を曲がり、集合団地が立ち並ぶエリアに入った。

バイクを操縦しながら電探への意識を集中し、合わせて周りの音をできる限り拾うようにと耳を澄ませる。

 

「前方の反応は一つしかありませんカラ、おそらくはぐれた敵……。

 襲撃を受けているのなら……これデスネッ!」

 

 電探に感じる反応を区別した金剛は大きな声をあげながら曲がり角をドリフトで抜け、いくつもの集合住宅を通り過ぎると、遠くの方から銃声音が聞こえてきた。

 

「HIT!」

 

 自身の勘が的中したことに喜びの表情を浮かべた金剛だが、次のカーブを切った直後に見えた瞬間に険しいモノへと変わっていく。

 

「……ッ!」

 

 道路上に落ちていた人のモノらしき肉片が血の池に沈み、傍にはそれらを食らう元艦娘の姿が見えた。

 

「こん……のぉぉォッ!」

 

 金剛は目一杯アクセルを捻ってバイクの速度を加速させた。声と爆音に気づいた元艦娘が金剛の方を見るも時既に遅く、タイヤが目前に迫っていた。

 

「ギィ……ッ!?」

 

「遅い……デースッ!」

 

 立ち上がろうとする元艦娘の顔面にタイヤを直撃させて吹っ飛ばした金剛は、全体重を後ろにかけて前輪を浮かび上がらせた。

 

「グ……ギャ……ァッ!」

 

 地面に叩きつけられた元艦娘が悲鳴をあげながらも動こうとするのを確認し、そのままの状態でアクセルを思いっきり捻る。

 

「己の罪を……悔いるがいいデースッ!」

 

 ウィリー走行で這いつくばっている元艦娘に迫った金剛は、頭の位置にタイミングを合わせて前輪を叩きつけるように落とす。

 

「ギィ……ッ!」

 

 グシャリとスイカ割りをしたような音が響き、元艦娘の身体が大きく震える。

 

「ギ……ギャ……ァッ!」

 

 しかしそれでも動き続けようとする元艦娘は、タイヤに手をかけて持ち上げようとする。

そんな姿を見た金剛は小さくため息を吐きながら少し寂しげな表情を浮かべ、少しだけ眼を閉じてからアクセルを捻った。

 

「ギィィィッ!?」

 

 元艦娘の身体に乗り上げた金剛はそのまま通り過ぎる寸前でブレーキをかけ、後輪の中心がちょうど頭の位置になるように止める。その瞬間、元艦娘の眼が大きく見開かれたような気がしたが、金剛は躊躇いを見せずに再度アクセルを捻る。

 

 ギャギャギャギャギャギャッ!

 

 バイクのエンジンが唸りをあげ、タイヤが高速回転をして元艦娘の顔面を削り落とすように抉っていく。蓄積されたダメージと重みによって抗うことができない元艦娘は為す術もなく、頭部が粉々になるのを待たずに活動を止めた。

 

 金剛は未だビクビクと痙攣する元艦娘の身体を見下ろしながらアクセルにかけていた力を緩めると、大きく息を吐いてから片足を着いた。

後輪から伸びる血によってできた線は数メートル続き、付近に肉片が飛び散っている。

 

「自業自得……デスネ……」

 

 そう呟いた金剛は再びアクセルを吹かし、電探の反応があった方へとバイクを向かわせる。

たった一人の元艦娘の為に時間をかけてしまったせいで、状況が悪化したかもしれない。

 

 

 

 歯ぎしりをしながら自分の犯してしまった罪を悔い、金剛は顔をしかめた。

 

 己の言葉を悔いながら。

 

 己の行動を悔いながら。

 

 

 

 そして、過去の記憶がフラッシュバックのように目の前に現れてしまうのを悔いながら。

 

 だが今はそれどころではない……と、金剛はバイクを走らせて、集合住宅が立ち並ぶ中にぽつんとあった集会場のような建物の前でブレーキをかけた。

 

「ここ……デスネ」

 

 付近には土嚢袋が積まれ、いくつもの死体が転がっている。

 

 建物の中から響いてきた銃声音を聞いた金剛は息を呑み、バイクに跨ったままサングラスの淵に指をかけて呟いた。

 

「熱感知モードON。

 そして……、艤装を陸上用骨格に切り替えマース!」

 

 金剛の顔が真剣なモノへと変わり、大きな音を立て始めたバイクがまるでロボットの変形シーンのようにバラバラに分離すると、金剛の身体を包み込むように形を変える。

 

 金剛の手足にしっかりと密着した艤装が小さな機械音を鳴らし、小さな穴から蒸気を吹き出した。

バイクの形からロボットのような姿に変えるまでの時間はわずか数秒であり、誰かが見ていたのならば空いた口が塞がらなかっただろう。

 

 余りにも大それた格好になった金剛だが、深海棲艦化してしまった元艦娘の攻撃を直接受けてしまえば終わりであると考えれば、これくらいのことは当たり前なのだ。

 

 実際に今の金剛は素肌を一切晒すことなく、物々しい艤装に包まれて立っている。

視界を必要とする顔の部分だけは、サングラスのレンズと同じ遮光性の高い色の強化プラスチックで守られており、内側に艤装に関するデータがリアルタイムで表示されていた。

 

 よほどの攻撃……、さしずめ大和クラスの46センチ砲を至近距離で喰らえば耐えらないかもしれないが、深海棲艦化した艦娘は艤装を使わないことからして防御に関してはかなり高いと言えるだろう。

 

 もちろん金剛の身体を覆う艤装は防御だけの物ではなく、左腕には大砲のような筒がいくつかあり、右手にはバイク型の時に元艦娘を切り刻んだ大型のナイフが取りつけられている。

 

「両手、両足の出力に問題ナシ……。

 武装の準備も大丈夫デスネー!」

 

 顔を覆う強化プラスチックの内側に表示された艤装のデータを確認した金剛は、強い意思を顔に出して建物の入口を見る。

 

「それでは……行きマス……ッ!」

 

 そう言った瞬間、艤装から蒸気が吹き出すと共に金剛の身体が宙を舞った。艤装が外見に似つかわしくない敏捷性を発揮し、金剛の身体を思うがままにサポートする。

 

 ふわりと浮いた金剛がコンクリートの地面に着地すると、足元が衝撃でひび割れて大きな音を立てた。しかし金剛は全く気にすることなく足を前に出し、建物の中へと入って行く。

 

 玄関にはいくつもの薬莢が散乱し、壁や床に赤い液体が付着していた。

建物の中は銃弾を発射した後に出る硫黄の匂いと鉄錆のような生臭さが充満しており、金剛は思わず顔をしかめそうになりながら通路を進む。

 

「……ッ」

 

 床には道しるべのように点々と転がっている人や元艦娘の死体があり、金剛は念のためにと艤装の電探でチェックをする。しかしそのどれもが元の姿を留めておらず、至る所が欠損してそこら中に散らばっていた。

 

 人の身体は元艦娘の口で。

 

 元艦娘の身体は人が放った銃弾で。

 

 金剛の足が奥へと進むほど現場の状況は酷くなり、目を覆いたくなってしまう。

 

 しかし、そうはさせないという風に電探が何かを察知する表示が映し出されると、通路の曲がり角から壁に手をかけて今にも倒れそうな元艦娘の姿が現れ、金剛を発見して両手を前に突き出しながら近寄ってくる。

 

「ア……アア”ア”……ッ」

 

 元艦娘の口からはボタボタと唾液と血液が混じり合ったモノが床に落ち、金剛を喰らおうと更に大きく開けようとする。

だが、元艦娘の身体には多くの銃弾がめり込んだ跡があり、逃げようとすれば簡単なくらい動きが鈍かった。

 

 金剛はゆっくりと元艦娘の姿を見つめながら、悟ったような表情で左腕を振り上げた。

 左腕の大砲の下部から小さな赤い光が照射され、近づいてくる元艦娘の眉間に照準を合わせる。

 

「ンァ……ッ!?」

 

 自身の頭部に向けられる違和感に元艦娘が疑問のような声をあげた瞬間、金剛は小さく口を開く。

 

「……ファイア……ッ!」

 

 ズドムッ……! と、籠ったような破裂音と共に金剛の艤装から発射された砲弾が元艦娘の眉間に穴を開け、頭が大きく後ろに揺さぶられた。

しかし元艦娘は何ごともなかったかのように頭を元の位置に戻し、金剛を喰らう為に両腕を上げなおす。

 

「ア”……?」

 

 だが、頭部にめり込んだ砲弾の影響により元艦娘の両目がぐるりと動き、白目をむいてゆっくりとその場に崩れ落ちた。

 

「………………」

 

 照準を合わせていた左腕を下ろした金剛は、元艦娘がピクリとも動かなくなったのを確認してから小さくため息を吐く。

 

 すると数回の乾いた銃声と大きな悲鳴が通路の奥からあがり、金剛は表情を険しくして前を見る。

 

「止まっている場合じゃなさそうデスネ……ッ!」

 

 右足に力を込めるように膝を落とした金剛は、それほど広くない通路の床に多数のひび割れを作りながら駆け出した。

 

 

 

 艤装に身を包んだ金剛はなりふり構わずに通路を駆け、いくつかの角を壁に体当たりするように曲がって先へと進んだ。

床には力尽きた人や、銃弾によって活動することができなくなって床に倒れている元艦娘も見えた。

 

 金剛はそれらを上手く避けながら進むと、通路の先に開いた扉が見えたところでいくつもの熱源反応があることを艤装が知らせてきた。

しかし金剛の耳には何発もの銃弾を発射する乾いた音が聞こえ、一刻の猶予も残されていないと判断してそのまま部屋に飛び込んで行こうと速度を上げた。

 

 半開きになっていた扉に体当たりで吹き飛ばしたのと同時に、元艦娘に腹部を噛み付かれて大量の出血をしながら床に倒れ込む人の姿が金剛の目に映った。

 

「Shit!」

 

 一歩遅かったか……と思った瞬間、大きな音に気づいた一人の元艦娘が金剛の方へと振り向こうとする。

しかしそうはさせないと金剛は踏み込んだ足を軸にして回転し、素早い動きで背後に回り込んだ。

 

「テリャアアアァァァァァッ!」

 

 叫び声を上げた金剛は右手で元艦娘の背中に正拳突きをお見舞いする。

 

「ガ……ッ!?」

 

 ドゴォッ! と、大きな衝撃を受けた元艦娘は息を詰まらせたが、続けて金剛は大きな声をあげる。

 

「近接戦闘用高周波ブレード……ON!」

 

 その瞬間、鈍い音と共に元艦娘の腹部から大振りの刃物が生え、周りから大量の出血が吹き上がる。

小刻みに揺れ動く高周波ブレードの刃によって更に出血は増え、元艦娘の顔が苦痛に歪んだ。

 

「ギ……ギィ……ッ!」

 

「甘いデースッ!」

 

 金剛は身体をよじって逃げようとする元艦娘を勢いよく担ぎ上げると同時に高周波ブレードを空中で抜き、左手の艤装から数発の砲弾を発射した。

 

 ドンドンドンッ!

 

「ギッ……ガァッ、ギュフ……ッ!」

 

 元艦娘の腰と、左胸と、頭部が欠損し、銃弾はそのまま天井にも穴を空ける。更に金剛は抜き去った高周波ブレードを居合い抜きのような格好で構えてから、大きくなぎ払った。

 

「ァア“……ッ!?」

 

 空中で腹部を真っ二つにされた元艦娘は素っ頓狂な声をあげ、大量の血液とはらわたをこぼしながらクルクルと回転し、床にドサリと倒れ込んでピクリとも動かなくなる。

 

「ヒ……ッ!?」

 

 部屋の奥で生き残っていた人がその様子を見た瞬間に声にならない悲鳴をあげるが、金剛は気にせず別の元艦娘に向かって素早く駆け寄り、高周波ブレードでその身体を両断した。

 

 三体目を切り捨てたところで異変に気づいた元艦娘が人を襲うのを止めて金剛へと向かおうとするが、陸上骨格型艤装という完全武装の前に敵う訳もなく、高周波ブレードに斬られるか銃弾に撃たれることで、次々と床に倒れていった。

 

 まさに金剛の独壇場と化した部屋では大きな叫び声と血飛沫が上がる元艦娘の惨殺地帯となり、ほんの数分で見るも無残な場所となってしまった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 金剛は肩で息をしながら辺りを見回し、立っている元艦娘の姿がないことを確認してから両腕を下ろす。

床には多くの薬莢と金剛によって切り刻まれた元艦娘たちの身体のパーツや、血や臓物が飛び散っていた。

 

 その中には傷を負って床にうずくまっている人の姿もあったが、金剛は熱感知と視覚の両方でしっかりと敵味方を把握しながら斬撃や射撃を行い、それらを一切巻き込まなかった。

しかし被害を受けずに部屋の隅で震えていた人たちは金剛を恐れるように見つめ、助けようともしない。

 

「何をしているんデスカッ!

 早く治療をしないと、死んでしまうデース!」

 

 金剛の一声で我を取り戻したかのように驚いた人達は、広がる血の海の上を恐る恐る進みながら倒れている人を抱きかかえ、元居た部屋の隅へと引きずって行く。

 

 その間も何人かの武装した人は銃に手をやりながら金剛を警戒するように見つめ、視線が合った瞬間に眼を逸らす。

 

 明らかに怯えている眼。

 

 明らかに警戒している眼。

 

 幾度となく向けられてきたソレを感じた金剛は、周りに居る人に聞こえないように溜息を吐いた。

 

 人間に対して脅威である元艦娘を、いとも簡単に打ち倒した金剛が怖いのか。

 

 物々しい艤装で全身を包み、敵か味方かも分からない金剛だから怖いのか。

 

 人は未知なるモノを眼にした瞬間に恐怖するのは分かっていたが、それでもやりきれない気持ちが金剛の心の中に広がってしまう。

 

 しかしこの場で艤装を外す訳にもいかず、金剛はどうするべきかを考える。

素顔をさらせば金剛が艦娘であることがばれてしまう可能性が高く、新たな混乱を呼びかねない。

この人たちを襲っていた元艦娘を全て倒したとしても、艦娘というだけで人は恐怖してしまうのだから。

 

 金剛には助けようという気持ちがあっても、深海棲艦化してしまった元艦娘たちに長い間襲われていた人にとっては感染していない正常な艦娘だろうと、恐怖の対象としかなりえない。

 

 

 それは金剛にとってあまりにも無残であり、無慈悲である。

しかしそれでも人を見捨てることができないのは、過去の経験と己の罪が大きく影響しているのをハッキリと分かっている。

 

 

 だからこそ金剛は部屋の隅で固まりながら恐怖する人たちに背を向け、何も言わずにこの場から立ち去ろうとする。

そんな金剛の姿を見た人たちは安堵の表情を浮かべながら息を吐いた。

 

 

 

 分かってはいたけれど、やるせない気持ちが金剛の胸を鷲掴む。

 

 分かってはいたけれど、胸の奥にモヤモヤとした何かが沸き上がる。

 

 

 

 金剛はそんな気持ちを周りに知られぬように静かな歯ぎしりで耐えながら、体当たりで粉砕した扉を踏み締めて部屋を出ようとしたところで、今にも消えさりそうなくらいに擦れた声が聞こえてきた。

 

「……ありがとう」

 

「……ッ!?」

 

 金剛の足がピタリと止まる。

 ゆっくりと声がした後方へと振り向くと、部屋の隅で固まっていた人たちも驚いた表情を浮かべて一点に集中していた。

 

 そこには大量の出血をしながらもなんとか息を保っている男性の手をギュッと握りしめる小さな女の子が座り込みながら、金剛の方をジッと見つめている。

 

 

 女の子の眼からは大粒の涙が零れ落ち、悲しげな表情を必死に笑い顔に変えてもう一度口を開いた。

 

「お父さんを助けてくれて、ありがとう……」

 

 

 その瞬間、金剛は大きく目を見開いていた。

今までにも助けた人から感謝されることはあった。けれども、それは表向きの言葉ばかりであり、眼を見れば嘘をついているのがすぐに分かるモノばかりだった。

 

 しかし前に見える女の子は自分の父親が危ない状況になっていても、金剛に向かって笑顔を浮かべながら感謝の言葉を発したのだ。

その眼には大粒の涙と嘘偽りのない光にあふれているように見え、金剛の胸にあった靄が一瞬で晴れていった。

 

 同じくして女の子の周りに居る人たちの表情もまた、恐れの色が消え去っていた。

 

「ありがとう」

 

「助けてくれて、感謝する」

 

 口々に感謝の言葉があふれ、金剛に向かって笑顔を見せる。

 

 未だ危険な状態の人ですら感謝を述べる姿に、いつしか金剛の眼にも一筋の涙が零れ落ちていた。

その感覚があまりにも温かく、あまりにも懐かしく、自然と金剛の顔にも笑みが浮かんでいる。

 

 そして金剛は感謝を述べる人たちに向かってコクリと頷いた後、「すぐに救助の要請をしますカラ、それまで何とか耐えきってクダサーイ」と言って踵を返し、部屋から出ようとする。

 

「きゅ、救助が来るのか……っ!?」

 

「ほ、本当に……っ!?」

 

「だ、誰が……、誰が来てくれるんだっ!?」

 

 背中に向けられる歓喜の言葉に金剛は右手を上げ、振り返らずにこう言った。

 

「私たちの仲間……、舞鶴鎮守府の生き残りネー」

 

 立ち去る金剛を見つめる人たちが驚きの表情を浮かべ、ピタリと声が止んだ。

 

「う、噂で聞いた、あの……舞鎮が……っ!?」

 

 一人の男性がそう発した途端に先程よりも大きな歓声があがり、金剛は静かに眼を閉じながら微笑んだ。

 

 最初からその名を出せば恐れられることはなかったかもしれない。

 

 だけど、そうしなかったことで金剛はそれ以上のモノを女の子から貰えたのだ。

 

 もう二度と迷うことはしない。

例えどんな眼で見られようとも、どんな言葉をかけられようとも、金剛は人を助けることを止めないだろう。

 

 

 

 それが己の罪に立ち向かう唯一の方法だから。

 

 それが己の属する全ての願いなのだから。

 

 

 

 建物から出た金剛は艤装を陸上用骨格からバイクへと変え、無線機の電源を入れて仲間に連絡を取る。

 

「座標は34°58’11……。十数人が武装してマスガ、あまり状況はよくないデース」

 

「了解……。救護チームの手が空き次第向かわせるわ」

 

 無線機から聞こえてきた仲間の声を聞いて少しだけ安心した金剛は、カチリと電源を切ってから大きく息を吐く。

窮地に陥っていた人たちを助けることができたことに嬉しさを覚えるものの、感染していない仲間を見つけることはできなかった。

 

「私たちには仲間が全く足りてませんネ……」

 

 手が空き次第と言われた以上、今すぐこちらに向かうことはできないのだろう。

だからこそ同じ意思を持つ艦娘が、今の金剛たちには喉から手が出るくらい欲しているのだ。

 

「さて、それじゃあ付近の掃討を始めますかネー」

 

 それでもこうしていれば、いつかは見つけられるだろう。

金剛は薄らと笑みを浮かべながらバイクのエンジンを始動させ、アクセルを吹かして走り出す。

 

 救護チームが到着ここに到着するまでの間、周囲に居る元艦娘の脅威を取り払う為に金剛は人知れず戦いの場へと向かうのであった。

 

 

 

 第一章 完

 





 第一章『KONGO』編はこれにて終了です。

 色々な作品を執筆していますので、続きはいつになるかは分かりませんが……また書ければなあと思います。

 それでは、第二章の機会があればまた……。


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