あいつの罪とうちの罰 (ぶーちゃん☆)
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相模南は孤独に立ち止まる

初めましての方は初めまして!

今回は俺ガイルきっての不人気キャラ、相模南に焦点をあてたSSです。

内容が暗い上にヒロインが不人気キャラと、本当に誰得な作品ですので、前作のように多くの方に愛して頂ける作品とは思っておりません。
作者自身が前作ヒロインと違って相模好きではありませんし……。
そこを踏まえて頂いた上で、極少数の気に入って頂けた方に読んで頂けたら幸いです。


 

 

 

「ごちそうさまでした……」

 

 

 

誰に対して言ったのかも分からないような小さな小さな声でそう呟いた。

もっと大きな声を出したのだとしても、その声は誰にも届かないのだけど。

 

うちは、お昼休みになど誰一人として寄り付かないであろう特別棟の女子トイレの個室で、今日も1人昼食を終えた。

 

 

× × ×

 

 

四月

 

 

新しい出会いと出発の桜咲く春。

 

今日から最上級生へと進級したうちは、クラス分けが貼り出されている掲示板の前で、友達とはしゃいでいた。

 

「やったぁ!うちら同じクラスじゃんっ!」

 

「うん!やったね南ちゃん!」

 

「すっごいね!超奇跡じゃねっ?」

 

「うっわ……。あたしだけのけ者だ……」

 

 

元2年F組のうちのグループは残念ながら1人だけ分かれてしまったが、うちを含む3人ものメンバーが同じ3年C組という奇跡を引き当て、大騒ぎで喜び合っていた!

 

「まぁまぁ!寂しくなったらうちらのクラスに遊びにおいでよ〜」

 

「そーそー!また遊んでやらんことも無いぞぉ?」

 

なんて軽口を叩き合いながら、うち達はそれぞれのクラスに向かう。

あー、今日は朝から良い気分だなぁ。新学期早々、仲の良いメンバーで高校生活最後の一年を締め括れる事が決定するだなんて。

 

幸いな事に三浦や結衣も居ない。

葉山くんとも同じクラスになれなかったのは残念だけど、三浦と結衣あの二人が居なければまたトップカーストの中心にだってなれるはずだ。

 

 

「うち、三浦さんやゆいちゃんが居なくて、ちょっと残念なようなほっとしたような。あの人達が居るとクラスは盛り上がるけど、ちょっと騒がし過ぎるってゆーかぁ?」

 

「わかる〜!まぁ南ちゃんが居ればあの人達にもひけは取らないよ〜」

 

「そうだよ〜!ホント南ちゃんとまた同じクラスになれて良かったぁ!」

 

「え〜!うちがぁ?ないない!でもあの人達に負けないような盛り上がるクラスにしようねぇ!」

 

 

うち達はこれからの新しい出発に期待を膨らませながら、これから一年間お世話になる新しい教室の扉を開けた。

 

辺りを見渡し、黒板に書かれていた自分達にあてがわれる席を見つけ談笑していると、楽しそうに笑い合いながら続々と新しいクラスメイト達も教室に入ってくる。

うちがそんなメンバーを値踏みしていると、聞き覚えのある声ではしゃぐ女子生徒二人組が扉を開けて教室に入ってくる。

 

「やったぁ!今年は遥と同じクラスになれて良かったよぉ!」

 

「ね〜!よろしくね〜、ゆっこ!」

 

 

 

 

 

今にして思えば、たぶんその瞬間にうちの高校生活は終焉を向かえたのだろう……。

 

4月。それは新しい出会いと出発の桜咲く春では無く、別れと立ち止まりの桜散る春だった。

 

 

× × ×

 

 

C組はどんな運命の歯車なのか、去年の文実、そして体育祭実行委員のメンバーが多く集まっていた。

 

始業式・HRが終わる頃には、うちはクラスの半数近い生徒から嘲笑の眼差しで見られている事に気付いていた。

 

別に話し掛けられる訳でも何かを言われる訳でも無く、ただうちにチラチラ視線を送り、クスクス笑ったり耳元で囁き合っている姿が視界に入ってくるのがとても不快だった。

そしてその中心にはいつでも遥とゆっこの、うちを見下したような歪んだ笑顔があった。

 

新学期から3日も経てば、元文実とかとは無縁のクラスメイト達からも白い目で見られるようになるのは当然の結果だった。

 

うちはその時ようやく知った。

うちは二年生の内から、学年ではすでに浮いた存在であったという事を。

 

 

F組内では元々仲の良かった友達が居た事や、何よりも仲間内の争いごとを嫌う葉山くん、クラス内の悪い空気に過敏に反応する三浦やみんな仲良しの空気を作る結衣など、絶対的カリスマの存在があったからこそ、あのクラスにはギリギリうちの居場所があったのだと思い知らされた。

 

そのカリスマ達の影響が及ばないクラス外では、うちは責任を放棄し不様に逃げ出し、責められるべき悪業を人に押し付け、そのうえ悪怯れもなく体育祭の実行委員長にまで立候補して泣き喚いた、只のヘタレ勘違い女とのレッテルが学年中で貼り付けられていたようだ。

 

 

新学期初日にあの子達とはしゃいでいた頃がすでに懐かしい。

1週間も経った頃には仲良しだった子達も、まわりの目を気にしてうちには近づかなくなっていた。

クラスが替わって会う機会が減った子も、すでに自分の居場所を見つけたのかうちから距離を取りたかったのか顔を見せる事もなく、気付けばうちはクラス中から……、世界中からハブられて一人ぼっちになっていた。

 

 

誰ともしゃべる事も無く誰に認識される事も無く、無味無臭の一人ぼっちの新学期がひと月ほど過ぎ、GW明けに登校する頃には、うちの机には数多くの落書きやゴミが入れられているようになっていた。

 

花が供えられていないだけまだマシか。

てかうちってまだこのクラス内で認識されてたんだ……

 

思わず笑ってしまった。

 

 

× × ×

 

 

ここ最近は吐き気ばかりで食欲も無く、半分以上残っているお弁当箱の蓋を閉める。

ああ…、今日も帰りに駅とかで捨てて帰らなきゃな……。

 

 

どうしてこんな風になってしまったんだろう。

こんなはずじゃ無かったのに……

 

 

『最低辺の世界の住人だ』

 

いつかのあいつの言葉が心を過る。

 

 

こんなはずじゃ無かった?

 

 

いや、それは違うか…。成るべくして為ったのだろう。

 

 

本当は気付いてた。体育祭実行委員でまたあいつと仕事をする事になり、あいつのやり方や有能ぶり、あの雪ノ下さんや結衣との関係性、城廻先輩からの信頼を目の当たりにしてしまったあの時に。

 

 

いくらうちでもおかしいとは思ってた。

勝手にイジけて逃げ出して、あれほどまでに迷惑を掛けてしまった絶対的加害者のうちが、なんで責められてないの?なんで悲劇のヒロインになってるの?

 

なんでうちを捜し当てて、結果的に文化祭を救ったコイツが、学校中の悪意を一身に受けてるの?

 

ああ…、うちはコイツに生かされていたんじゃないんだろうか?って……。

 

 

でも悔しかった。認めたくなかった。認められなかった…。

うちがその考えを自分で認めてしまったら、あいつの言っていた最低辺の世界の住人とは、あいつの事では無く自分自身の事なんだと認めてしまう事になるから。

 

 

だからうちは目を背けた。あいつから。現実から。

 

そう。うちはこの最低辺で最悪の嫌われ者に悪意ある言葉でなじられ傷つけられた可哀想なヒロイン。

その与えてもらった役どころに気付かないフリしてそのままヒロインを演じていれば、みんな優しくしてくれる。みんなチヤホヤしてくれる。

 

だからあいつはうちの中で永遠に最悪で嫌われ者でなければならなかった。

 

 

でもそんなのは、うちの狭い狭い世界の中でしか無かった。

その狭い世界から一歩でも足を踏み出してしまったら、うちは単なる憐れなピエロだったわけだ……

 

 

「……なにそれウケる……」

 

 

これは罰なんだ。自分の狭い世界を必死で守る為に他人を貶めたうちの罰。

 

 

じゃああいつはどうなんだろう?

 

 

あいつがした事は間違いなく罪だ。

うちの為に……、んーん、それは違うか。それは無いな。

雪ノ下さんの為?奉仕部の為?城廻先輩の為?文化祭の為?

あいつが何の為にあそこまでの事をしたのかは分からない。

 

でも何の為にせよ、あいつは自分自身を犠牲にしてうちを、全てを守ったのだ。

己を傷つける自傷行為で。

だからあれは間違いなく罪。

 

 

そのあいつの罪を今うちが罰として背負っているのだとしたら……、今のこの状況が罰なのだとしたら、なんと割に合わないのだろうか……。

 

 

だって……、あいつは自分の事など考えもせずにうちを生かし、今のうちと同等……、いやそれ以上の罰をすでに受けているんだから……。校内一の嫌われ者としての罰を。

 

それに対してうちはどうなの?

責められるべきの罪を全てあいつに背負わせて自分だけが助かったのに、今受けている罰なんてあいつが受けたものと比べたら大した事でもなんでもない。

たかがクラスでハブられて軽い虐めにあっているだけ。

 

 

なんて割に合わないのだろう……

 

 

「あはは……ああ、そういう事か……」

 

 

誰も居ない静かなトイレに、うちの自嘲気味の乾いた笑いが虚しく響く……

 

 

なんの事は無い。今うちが受けている罰など、まだ罰と呼べる程のものでもないのだろう。

ただ自分の犯した罪に対してのちょっとした皺寄せなだけだ。

 

あいつに…、比企谷に背負わせてしまった罪に対する本当のうちへの罰は、これから受けるのではないのだろうか。

 

 

「あはははは……っ、………………うっ…ううっ…」

 

 

乾いた笑いに生温い湿り気が交じると、その湿り気はとめどなく溢れ、うちはもう声を殺すことも忘れてむせび泣いた。

 

 

× × ×

 

 

「酷っどい顔……」

 

気が済むまで泣いて個室から出た頃には、もう午後の授業は始まっている時間だった。

 

うちは洗面台の前に立ち、鏡の中に映ったやつれた自分の醜い顔を見つめつい笑ってしまう。

これじゃ今から教室に帰って授業を受けるなんて無理だな……。今日はこのまま帰っちゃおうかな。

 

 

 

 

 

その日うちは午後の授業をサボり誰にも見つからないように家に帰った。

 

 

そして翌日、うちはもう学校には行けなくなった………

 

 

 



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比企谷八幡は人生の苦さを思い考える

 

 

人生とは苦く苦しく己の理想通りに上手くは行かず、長く険しい苦行のようなものである。

例えほんのいっとき上手く行っているように見えたとしても、輝く時間などはほんの瞬き程で、残酷に有限だ。

 

盛者必衰と過去の偉人は云う。驕れる者の栄光の寿命はかくも短く無常である。

 

昨日の敵は今日の友。であるならばその逆もまた然り。昨日まで仲良くやっていた者同士の関係が些細なきっかけで瓦解する事などままあることである。

 

俺は今、目の前にいる依頼人である女子生徒を辟易とした目で見ながら、ふとそんな思いにふけっていた。

 

 

× × ×

 

 

6月。新年度になり、俺たちがお気楽な二年生から気楽ではいられない受験生へと駒を進めてから、二ヶ月程経ったある日の放課後の事だ。

 

奉仕部の部室はその日も依頼人が来る事もなく、いつも通りの時間が流れていた。

 

まだ少し早いが、今日も依頼人が来ることも無いのだろうと思っていた所で、ちょうど雪ノ下が部活の終了を告げるようにパタンと本を閉じる。

 

数ヵ月前までと少し違う事と言えば、雪ノ下が閉じた本が文庫本から参考書へと替わった事くらいだろう。

最近の活動は、ただの読書から受験勉強へと様変わりしていた。

まあ雪ノ下の場合は主に由比ヶ浜へのご教授なのだが。

 

「今日も依頼人が来ることは無さそうね。今日はこれくらいにしておきましょうか」

 

「ふいぃぃ……今日も疲れたぁ……。なんか最近勉強ばっかじゃない!?久しぶりになんか依頼とか来ないかなー…」

 

「由比ヶ浜さん…。主にあなたの為の勉強なのだけれど……」

 

たはは〜…と苦笑いする由比ヶ浜を見て雪ノ下は頭痛を抑えるかのようにこめかみを押さえた。

あまりにもいつも通りの平和な光景に、思わずニヤリとしてしまう。

 

「比企谷君。あまり卑猥な目でこちらを見ないでくれるかしら?あなたの視線はただそれだけで女性にとっては性犯罪の対象になるのだから」

 

「ヒッキーまじキモい!」

 

戦慄の表情でこちらを見据える雪ノ下と由比ヶ浜。

え?俺ってちょっと見ちゃっただけでも迷惑防止条令違反とかに引っ掛かっちゃうんですかね?

やべーわ。駅とか歩けねえじゃん。

駅員と鉄道警察に囲まれたら、それでも僕はやってませんとか言えなくなっちゃうよ?

やだ!八幡、盲目にならなきゃ電車にも乗れない☆助けてモルボルさんっ!

 

「へいへい、視姦しちゃってすいませんでしたね」

 

「しかん……?」

 

アホの子はほっとくとして、早めに部活を切り上げる事には賛成だ。

早めに退散出来る時はしとかねえと、いつ可愛い(笑)後輩の生徒会長様が面倒ごと持って来るかも分かったもんじゃねえからな。

 

「それじゃあ今日はお終いにしますかね」

 

「流されたっ!?」

 

コンコン

 

机に広げた参考書やノートを鞄にしまっていると、不意に部室の扉をノックする音が聞こえた……。

くっ!なんでいつもそろそろ帰ろうかという所で客が来んだよ、めんどくせえ…。

まあもう最近の一色ならノックなんてしやしないから、生徒会の雑用の心配は無いが。

 

「どうぞ」

 

雪ノ下がノックの主に一声掛けると遠慮がちに扉が開き、依頼人とおぼしき女子生徒が二人入ってきた。

 

「し…失礼しまーす…」

 

なんだ?なんかカースト上位に居るっぽい見てくれの割には、なんかモブモブしい連中だな。

モブモブし過ぎて、見覚えがあるのか無いのかも分かりゃしねえ。

 

「あ……、ユッキーとさおりん……」

 

なんだユッキーって。ゆきのんとヒッキーがハイブリッドしちゃったの?良いとこ取りなの?

 

あ、ヒッキーには良いとこどころか圧倒的なマイナス面しか無いから、ハイブリッドどころかせっかくのゆきのんが大幅に劣化しちゃいますね!

やはり俺の存在は害悪でしか無いのか……。

 

とりあえず由比ヶ浜が知り合いのようなので、説明を求めてみるか。

 

「なんだ?知り合いか?」

 

「ヒッキー!?去年のクラスメイトじゃん!覚えてないの?」

 

「え…?そうなの?」

 

えー?まじですか。

まあ去年のクラスメイトなんて、葉山グループの連中と川なんとかさんくらいしか覚えてないからな。

覚えてないじゃん。

 

え?戸塚?だって戸塚は所属が天使ですから。

クラスメイトなんてちっちゃい枠にとらわれるような矮小な存在じゃ無いんですよ。

ちなみに性別も天使な。男か女かなんて、あまりにも考えが小さいぜ。小っちゃすぎてポケットに入っちゃうレベル。

あ、ポケットに入れて持ち歩ける戸塚とか超可愛くね?やべー、速攻お持ち帰りしてえわ。

持ち帰ったら茶碗風呂に入れてやらないとな!

 

「由比ヶ浜さん。比企谷君の悲しい過去の記憶に付き合っていたら話が進まないわ。知り合いなのなら紹介してもらえないかしら?」

 

「う、うん…。分かった…。えっと、この子がユッキー…あ!結城由紀ちゃんで、この子が折澤早織ちゃん……」

 

うん。名前聞いても全然覚えてねえわ。

しっかし由比ヶ浜はなんで元クラスメイトを紹介すんのに、こんなに浮かない顔してんのかね。

こいつって相手が誰だろうと、みんな仲良くをモットーに上手く調子合わせんじゃねえの?

 

雪ノ下も同じ事を考えてるのか、俺と同じく訝しげな表情を由比ヶ浜に向けた。

 

その視線で俺たちの言わんとしている事に気が付いたのか、そいつらの紹介を続ける。

 

「えっと……、さがみんと仲が良かった……」

 

……あー、そう言われりゃ見たことある気がするわ。

去年の夏に由比ヶ浜と花火大会に行った時、相模と一緒に居た連中か。

まあ所謂相模の取り巻きってやつね。

 

その取り巻きが、ボスも連れてこないでうちに何の用だ?

 

「さが…みん?ああ、文実や体育祭の委員長の相模さんね。……その相模さんの友人の貴女たちが奉仕部にどういったご用かしら?」

 

雪ノ下が普段よりもさらに冷え冷えするような声色で尋ねる。

こいつも相模にはあんまり良い思い出がないからな。

ろくな依頼じゃないと思ってるんだろう。

 

すると、ユッキーだかさおりんだか分からん女子が、苦しげに話を切り出した。

 

「あの……。南ちゃんを……、助けてあげて欲しいんです……」

 

 

× × ×

 

 

「それだけじゃまったく伝わらないんだが。一体どういう事だ?」

 

そういう俺に、意外にも由比ヶ浜が答える。

 

「あ……。ヒッキーは知らないんだ……。ゆきのんも知らない…かな……」

 

は?なに言ってんだコイツ。俺や雪ノ下が何を知ってるってんだ?

なんか知ってて当たり前みたいな流れやめて欲しいんですけど。

 

雪ノ下も俺と顔を見合せ首を傾げる。

あ、今は目が合っても通報されないんですね。八幡安心。

 

「……あたしも詳しくは知らないんだけど……、さがみんさー…、三年に上がってからクラスで上手くいかなかったみたいで……、クラスでハブられて学校来れなくなっちゃってるんだって……」

 

「は?まじで?あの相模がか?」

 

正直ちょっと驚いた。相模って言ったらカースト上位のクラスの中心的なやつじゃねえか。

そりゃ一皮剥いたらどうしようもないヘタレで使えないやつだったけど、ことクラス内での人間関係に悩むような印象は無い。

 

それがハブられて不登校になるとか、あまりにもイメージがわかない。

 

俺の疑問にモブ子が答える。

 

「その……、うちのクラスって、去年の文実とか体育祭の委員メンバーだったのが多くて……」

 

「……ああ。なるほどな…」

 

その答えだけで納得がいったわ。

つまりあの時の相模の失態を近くで見てた連中を中心として相模をハブり始めたってわけだ。

それがクラス中に広がるのは時間の問題だわな。

 

「その……、その中でも特に遥ちゃんとゆっこちゃんが南ちゃんにムカついてて……」

 

「そうなの…。それでハブるだけじゃ無くって、軽い虐めにも発展しちゃって……」

 

虐め?あれ?うちの学校に虐めはないはずですが……。

それにしても遥ちゃんとゆっこちゃん?

なんか聞き覚えあんですけど。

 

「遥とゆっこ……。ああ、理解したわ。あの時の二人ね……」

 

雪ノ下のその反応で俺も理解した。

あの元祖モブ子とモブ美か。目の前の二人は新人モブだな。いや、こいつらは元クラスメイトらしいから、どっちかっつーとこいつらが元祖なのか。

 

「はぁ〜……、なるほどな……。……だが相模がハブられてたと言うが、その間お前らはどうしてたんだ?ハブられてるっつったって、仲良しなお前らが一緒なら、そこまでハブって訳でもないんじゃねえの?」

 

そうは言ってはみたものの、そんなに上手くはいかない事くらいは分かるけどな。

クラス中の空気っつーバケモンが相模を悪意で包んでる時に、こんななんでもないような普通の女の子達が、そのバケモンに孤軍奮闘抗える訳がない。

 

つまりは自分たちまでもが悪意の空気に包まれないように、仲の良い友達を見捨てたのだ。

 

そんな事くらい分かってる癖にとでも言わんばかりに、俺を憎々しげに睨んでくるモブ達。

 

 

はぁ〜……

 

人生ってのは苦く苦しいもんだな。そうそう上手くはいかない。

盛者必衰の理をあらわすとは良く言ったもんだ。

 

カースト上位者としてあれだけ素敵な青春とやらを送ってきたはずの相模が、昨日の友は今日の敵よろしく、味方にまで裏切られて本当に最下層の住人になっちまうんだからな……。

 

 

× × ×

 

 

「それで、貴女たちの具体的な依頼内容はどういったものなのかしら」

 

「……え?いや、だから南ちゃんを……」

 

「相模さんをどうして欲しいと言うの?学校に連れてくればいいのかしら?それとも仲間外れにしている他のクラスメイト一人一人と話をして、みんなで仲良くしてくれと説得しろとでも?」

 

うわぁ……、なんか今日の雪ノ下厳しくね?

まあコイツだってハブられたり、もしくはそれ以上の事だって、もっとガキの頃から散々されてきたハズだ。

でも雪ノ下は逃げもせず頼りもせず、自分自身の力で跳ね返してきたのだろう。

 

だからこそ、たかだかひと月やそこらハブられたくらいで、とっとと逃げ出しちまうような相模に対して思うところもあるんだろう。

そもそも自業自得だしな、相模の場合。

 

 

ただ、この冷たさと突き放し方は、それだけが原因とも言い難い程ではある。

なんというか、相模だけじゃなく、こいつらに対しても、少なからずの怒りを感じる。

どうしたってんだ?どんな相手であろうと、救われたいと願ってきた者に対しては等しく手を差し伸べるのが信条の雪ノ下らしくもない。

 

 

少なくとも何かしら助けてくれるハズだと期待してきたこいつらも、そのあまりに冷たく威竦くめるような態度の雪ノ下に怯えて、どうしていいのか分からないでいる。

 

 

どうすっかな?と、チラリと由比ヶ浜を見てみる。

 

確かに由比ヶ浜はちょっと前に相模が苦手だと言っていた。だが友達だとも言っていた。

 

好きだろうと苦手だろうと、友達を大切にする由比ヶ浜の事だ。

雪ノ下の、依頼に対するらしくもない拒絶の反応に戸惑いはしても、相模を助けてやりたいと願い、なんとか雪ノ下を説得しようとするハズだよな。

 

そんな思いで由比ヶ浜を見たのだが………、なぜかコイツも俯いて何も言おうとしない。

 

確かにこの手の問題は、俺達のようないち学生がおいそれと首を突っ込んでいいような問題ではない。

しかしそれでも由比ヶ浜ならば『ゆきのん何とかならないかなぁ…』とチワワのような眼差しで、雪ノ下を見つめるもんかと思ってたんだが……。

一体こいつらどうしたってんだ?

 

 

二人共何も言わず、依頼人である結城と折澤もそんな様子に畏縮してしまい静まり返る部室。

とにかくなんか言ってどうにかしてみないとな…と身構えたちょうどその時、ノックも無くガラリと無遠慮に開かれた扉の音に、その静寂が破られた。

 

 

「失礼しまーす!お待たせしましたっ!いやー遅くなっちゃいましたよー。まだ皆さん帰ってなくて良かったですー」

 

 

いや別に待ってねえよ……。

 

亜麻色の髪をふわりとたなびかせ、相も変わらず奉仕部に居座るあざとい後輩、生徒会長一色いろはが、沈黙の奉仕部を不意に強襲するのだった。




今回は導入部分という事もあり、2話掲載させて頂きました。
いやー、本当にこんなの見てくれるんでしょうか?

相模南にはいろはすと違って愛はありませんが、等身大の彼女も嫌いではありませんので、こんな救済もありかな?……と、以前から妄想していたものを書いてみました。

もしこんな話も好きな方がおられたら、お付き合いいただけたら幸いです。


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その時彼女は激高し彼は微笑む

 

 

静寂をぶち破っていつものように部室へと入ってきた一色は、来客の存在に気付いて驚いた。

 

「………あ。」

 

いろはすいっけなーい☆と頭コツンとてへぺろっとする。出オチならぬ出あざとか。初っぱなから飛ばしすぎだろ……。

 

「すみません…。まさかお客様がいらっしゃるとは……」

 

まあそりゃこの部室に客が来ることなんてそうそう無いからな。

てか部員でない以上、一応あなたも分類で言えばお客さんなんですよ?招かれざる方向で。

 

「だから客が居ようが居まいが、ノックくらいしろっつーんだよ……。平塚先生かよお前は」

 

「次からは気をつけまーす!」

 

ああ、次からも気を付ける気はありませんね。

 

「てか何だか空気重くありませんか!?どうしちゃったんですかねー」

 

と、自然な流れで自分の椅子を用意し当たり前のようにいつも通り俺のすぐ隣に席を構える。

あれ?お客さん来てるってのに、なんで普通に奉仕部側に自分の居場所作ってんの?こいつ。

 

「………おい。今どう見ても依頼中だろ……。部外者はお引き取り願いたいんだが」

 

「やだなー、先輩!部外者だなんてみずくさい!」

 

先輩ってバカなんですかー?と言わんばかりの笑顔で俺の肩をバシバシ叩いてくるのだが、あれ?俺がなんか勘違いしちゃってたっけ?

 

「比企谷君。一色さんの相手をしていたら話が進まないわ。もうこのままでいいでしょう」

 

「そうだよヒッキー。いろはちゃんやっはろー!」

 

「結衣先輩こんにちはです!雪ノ下先輩もこんにちは!」

 

「こんにちは」

 

颯爽と登場してから随分と時間が掛かったが、ようやく穏やかな挨拶が交わされる。

だがまぁ一色の存在は悪くないかもな。

こいつのおかげで雪ノ下と由比ヶ浜の張り詰めていた空気が和らいだ。

 

こいつ、いつのまにか奉仕部が上手く回るための一部になってやがるな、ったく……!

 

 

だが依頼人達にとってはそうもいかないようだ。

 

「……え?うそ…」

 

「なんで生徒会長が…?」

 

と、余計に畏縮してしまった。

 

「あ、すみません。わたしも奉仕部の一員みたいなもんなんで気にしないでくださいー」

 

「一色さん。あなたを奉仕部部員として許可した覚えはないわよ?」

 

「むー!……だってしょうがないじゃないですかー…。せっかくマネージャー辞めて入部届け持ってきたのに、雪ノ下先輩が受理してくれないんですからー」

 

ぷんすかと雪ノ下に悪態をつく一色。

最初の頃の怯えはどこへやら、ホント仲良くなりましたよね、あなたたち。

 

「仕方ないでしょう?ただでさえ奉仕部と比企谷君に依存しているというのに、これで正式に部員として許可してしまえば、あなたは奉仕部を生徒会の私物と化しそうなのだから」

 

「そ…そりゃしちゃうかも知れませんけどー……」

 

しちゃうのかよ。

 

「お、おーい!二人共ーっ!ユッキー達が置いてかれちゃってるからー!」

 

まさか由比ヶ浜が突っ込み側に回るようになるとはな…。

実に面白い……と眼鏡をクイッとあげるフリをして一人遊びを楽しんでみたよ!

ニヤリとしてしまった所を見られたら通報されちゃうっ!

 

こほんっと頬を赤らめる雪ノ下と、てへっとする一色を放置して、とっとと本題に入らせて頂こうか。

 

「まだ詳しい事はなんも聞いてねえから、とりあえずどういった経緯でそんな事態になったのかを最初から教えてくれ。依頼を受けるかどうかはまずそこからだ」

 

奉仕部メンバーに生徒会長が加わった事で余計に話しづらそうだったが、結城と折澤は相模が新学期初日から不登校に至るまで。そして不登校になってから二人で相模の家に会いに行ったが門前払いに遭った事、そして以前相模から聞いた奉仕部とやらを思い出した事などを事細かに説明してくれた。

 

 

俺もそうだが、雪ノ下達も神妙な面持ちで聞いていた。

 

「そう……。それではこの件は私にも責任があるのね……」

 

はぁ…、めんどくせえな。やっぱりこいつはこう考えちまうのか……。

 

「……どういう事だ?」

 

「あなたなら分かっているのでしょう?依頼の為とはいえ、体育祭の実行委員長に無理に推したのは私なのよ」

 

「私たち……、な」

 

「でも実際には私が一人で動いたようなものだもの」

「ゆきのん!あたしだって一緒に説得しに行ったよ?ゆきのんだけの責任じゃないよ!」

 

ったく。本当にめんどくさいな、こいつらは……

思わず苦笑しちまいそうになる。

 

「あー、アレだ……。それはあくまで結果論てやつだろ。実際に体育祭でやらかしちまったのは相模自身なわけだし。それでもあの時の問題点に関しては相模に仮初めの自信を与えてやる事は出来た。あのまま実行委員長にもならずクラス内で悶々としてたとしても、結局また別の問題が起きただろう。何よりも文化祭でやらかしちまった事実は消せやしない。結局今のクラスになったらハブられるって事実は変わらなかったろうな。文化祭でイジけて逃げ出した相模ってやつに、体育祭実行委員長に立候補したってオプションが付いたってだけの話だ」

 

 

これは確かに詭弁かも知れない。雪ノ下を庇う為の。

ただ相模の性格と文化祭の失態を考えたら、クラスメイトが替わったらこうなった事はまあ間違いないだろう。

 

結果論だけで物事を考えるのは危険な考えだ。

ここでこんな行動を取ってしまったらこういう結果になってしまうかも。あんな行動を取ってしまったら……と、怖くてなんにも行動が取れなくなり身動き取れなくなっちまうからな。

 

あの時点では相模を実行委員長に推した事は決して間違いではないし、誰にも責められるべき事ではない。

だからこの件に関して雪ノ下も由比ヶ浜も気に病むべきではないだろう。

 

 

そんな成り行きを一色は大人しく聞いていたので、生徒会長として思うところがあるのだろうとふと視線を向けると、一色の表情は余りにも予想外だった。

 

光彩を失った瞳を半目に開き依頼人を見ていた。その眼差しは恐ろしく冷めたものだった。

 

そして一言。一色が発したと一瞬分からないようなとてもとても低い声で。

 

 

「雪ノ下先輩、結衣先輩、……まさかとは思いますけど、……こんな依頼受けるつもりじゃないですよね……?」

 

…………は?なに言ってんだこいつ。

こんな依頼って……

 

「おい一色。お前急になに言っ…」

 

「先輩は黙っててください。わたしは雪ノ下先輩達に聞いてるんです。」

 

超怒られちゃったんだけど……。超こわいよ。こわいろはすだよ……。

てかこいつ本当に一色か……?こんな風になったこいつ見たことねえぞ……

 

「一色さん…」「いろはちゃん…」

 

二人共また俯いてしまう。一色がぶち壊した静寂は、その一色本人によってさらなる静寂を呼んだ……。

 

 

× × ×

 

 

一色は黙ってしまった二人から依頼人に向き直って低い声で尋ねる。

 

「……あなた達が言っている相模先輩と言うのは、ここに居る馬鹿でお人好しな先輩を陥れて、自分だけ助かった人ですよね」

 

何言ってんだ、こいつ……。

 

「……自分の責任を放棄して逃げ出して、その責められるべき泥を全部先輩に被ってもらった癖に、その上さらに先輩の悪評を校内にばらまいて、先輩を校内一の嫌われ者にした張本人ですよね。という事は、あなた達もその行為に加担した張本人ということになりますね…」

 

後輩生徒会長の圧力に、結城達が怯えて絶句している。

 

「おい一色!おま」

 

「うるさい!」

 

もう敬語など忘れて俺を黙らせる。完全に冷静さを欠いてるし普段であれば止めるのだろうが、今の俺には止められなかった……。

一色の目の端に涙の粒が見えてしまったから。

 

「……保身の為に先輩を悪者にした癖に、いざ自分達が困ったら、その陥れた先輩を頼るってどういう事ですか?恥ずかしくないんですか?情けないと思わないんですか?卑怯だと思わないんですか……?」

ばんっ!と机を叩き悔しそうに手を握り締めていた……。

 

「一色……。お前そんな事知ってたのか」

 

「……はい。前に先輩が一度わたしのクラスに来た事あったじゃないですか。役員選挙の前に。その時に友達に言われたんですよ……。あの人って例の二年生じゃないの?って」

 

はぁ…と息をついて一拍開けてから話を続ける。

 

「正直その時はへーって程度だったんです。先輩に興味ありませんでしたし……。でもそれから色んな事があって仲良くなってきたらやっぱり気になっちゃって。まあ先輩の事だから、どうせまた自分を犠牲にして何かやらかしちゃったんだろうな……とは思ってたんですけど、詳細くらいは知りたいなと思って結衣先輩に聞いちゃいました……。そりゃ先輩が一番悪いとは思います。すぐに自分がどうでもよくなっちゃうんだから。周りの心配してくれてる人達の事なんて忘れちゃうんだから……。だから校内一の嫌われ者のレッテルを貼られるのなんて、そんな馬鹿な先輩に対しての罰としては当然だと思います……」

 

 

はぁ〜…。そういう事かよ……。

由比ヶ浜の方を見ると、俺に申し訳なさそうな視線を向けている。

隣の雪ノ下は俯いたままだ。

 

 

「……でもっ!それでもっ!……この人達のあまりの身勝手さに頭にきちゃいました。不登校になって自己完結してる相模って人本人より、むしろこの二人に。……自分達のせいで先輩がどれだけ苦しんだか考えもしないで、苦しめた張本人がその先輩を頼ろうとするだなんて……。たぶん雪ノ下先輩も結衣先輩も言いづらかったんだと思います。だからさっきまで空気重かったんですよね…?立場とか関係性があるから……。だからわたしが……。……すみません。興奮しちゃって……」

 

「……そうか」

 

まさか一色が俺の事でこんなに怒ってくれるなんてな。あー、くそっ……。なんてこった……。

雪ノ下と由比ヶ浜がおかしかったのは、まさか俺なんかが原因なのかよ……

こいつらも今の一色と同じような考えだったから、この依頼にあんなにも後ろ向きだったのか。

 

 

× × ×

 

 

「………あ、あのっ、……私たちっ」

 

「……失礼しましたっ」

 

結城と折澤は慌てて部室から逃げ出そうとした。

そりゃ当然だ。今や我が校の代表とも言えるような雪ノ下や由比ヶ浜、そして生徒会長の一色が、自分達に敵意を向けてる理由を知っちまったんだから。

だがな、俺はお前らを逃がさない。

こいつらの気持ちを知っちまったからこそ、このまま逃がす訳にはいかねえんだよ。

 

「おい待て。お前らはそれでいいのか?」

 

「………え?」

 

「逆に言えば、その大嫌いな俺に頼ることになっちまったとしても、それでも相模を救いたいと本気で思ったからこそここに来たんだろ?……マジで屈辱だよな。大嫌いな奴に頭下げるなんて」

 

「……………」

 

「俺だったら他人の為に大嫌いな奴に頭を下げるなんて絶対にできん。なにせ大嫌いなんだからな。だからこそ、そんな葛藤があったからこそ、ここに来るまでひと月も掛かっちまったんじゃねえのか?……でもそれでもお前らは来たんだろ?相模を助けたいから。それなのに年下の後輩にちょっとキレられたくらいで、そんなすぐに逃げ出しちまっていいのか?また簡単に見捨てちまうのか?」

 

そう。こいつらは仲が良かった友達を見捨てた。

それは確かに仕方なかった事かも知れない。なにせ相手は空気ってバケモンだ。

 

でもこいつらは見捨てた事を後悔した。なんとかしたいと思った。だからこそ大嫌いな奴が居ると知っていてさえも、ここに救いを求めてきたのだ。

 

そんな奴らをそんなに簡単に逃がすかよ、ばかやろう。

 

「先輩……っ!」

 

自分の、自分達の気持ちを吐き出してさえもやめさせたかった一色が、またも大声で食い下がる。

だがさっきと違って今度は止めてやるよ。お前らの気持ち知っちまったからな。

 

「一色!」

 

一色の言葉を遮るように、乱暴に名前を呼び黙らせると、ビクっと肩を震わせ親に怒られる前の幼い子供のような不安な顔で俺を見つめる。

 

そんな不安そうな顔すんなよ。だから俺は言ってやった。一色に。こいつらに。

 

 

「ありがとうな」

 

 

「……へ?………ふぇっ?な、なにを…」

 

こんな時まで律儀に言い直すなよ……

つい口元が緩む。

 

 

 

 

 

いつかの雪ノ下の言葉が頭をよぎる。

 

『……変わらないと、そう言うのね』

 

そして俺は変わらない、変われないと思った。そんなに簡単に人は変われないとそう思っていた。

 

だが何のことはない。いつの間にか俺は変わってたんだな。こいつらと一緒に居る事で。

 

 

俺は自分の事を理解されたいとは思わなかった。

良く知りもしないくせに理解したつもりになられるのが身震いする程いやだった。

そういやいつか海老名さんもそんなような事言ってたっけな。

 

 

だが今、俺を理解してくれて俺の為にこんなにまで怒ってくれた一色の、こいつらの存在が身震いする程嬉しく感じてしまう。

 

犠牲?俺は犠牲になんかなったつもりはねえよ…と、ほんの少し前までは怒りさえ覚えてたってのに、俺が犠牲になっている事でこんなにも悲しく思ってくれるこいつらの存在が身震いする程嬉しい。

 

 

なんだよ。俺変わっちゃってんじゃん。

変わったなんて簡単に口にする事を馬鹿にしてた俺が。なんで変わらなくちゃなんねえんだよ、なんで今までの自分を否定しなくちゃならねえんだよと、そう思ってた俺が。

それなのに今こんな気持ちになれている自分がなかなか悪くない。

 

だから、その思いも全部込めてのありがとうだ。

 

 

「俺の為にそこまで怒ってくれてありがとうな」

 

たぶん17年間の八幡史上最高の爽やかな笑顔のありがとうだな!

すると一色は……

 

 

「な、なななななななっ……なに急にそんな事言ってすっごい笑顔になっちゃってんですか!?……ちょ!ちょっと直視出来ないですっ!……き、ききききき気持ち悪すぎてむむむ無理でしゅ……すっ……」

 

 

と、顔を真っ赤にしてすげえ勢いでプイッとそっぽを向きやがった………。

 

 

 

…………え?

がんばって俺史上最大級の爽やかな笑顔を向けてやったのに直視出来ないくらい気持ち悪いのん?

 

恐る恐る雪ノ下と由比ヶ浜の方を向いてみる……。

あ……、目を逸らされて、それはもう凄い勢いでそっぽ向かれた。

 

 

あれ?なに俺調子に乗って爽やかな笑顔女の子に向けちゃってるのん?

爽やか(自称)じゃん。

やだもう恥ずかしい!今すぐ死にたい!

 

全俺が泣いた……。

 

 

× × ×

 

 

 

「……と、とにかくだな……」ああ〜!恥ずかしいよう!今すぐ帰って布団に顔うずめて悶えて叫びたいよう!

 

そんな新たな黒歴史に対する羞恥に悶える自分を悟られないように、俺は心を殻に閉じ込めよう。私は貝になりたい……

 

 

「俺はこの依頼を受けようと思う」

 

 

そりゃこんな依頼超めんどくせえよ。

大体こんな社会問題クラスの依頼、俺たちだけでどうにかなんの?ってレベルだ。

 

だが本来の雪ノ下なら確実に受けるだろう。

救いの手を求める依頼の中でも最大級レベルの依頼だ。

そしてさっきはああ言ったものの、こいつが責任を感じていないわけがない。たとえ大したことは出来ないにしても、何もせずここで断ったら、こいつの信念を全て否定することになるだろう。

 

本来の由比ヶ浜は絶対に助けたいと願うだろう。

ただ相模を助けたいという思いだけでは無く、少なからず責任を感じてしまっている大切な雪ノ下の為にも。

俺たち如きには解決する事なんか出来なかったとしても、ここでなんの手も差し伸べないようなら、こいつの友達を想う気持ちを全て否定することになるだろう。

 

 

でも今回、こいつらは俺のせいで自分達の信念・気持ちを自ら全て否定しようとしている。

 

 

そうじゃねえだろ雪ノ下。そうじゃねえだろ由比ヶ浜。

そんな私情で依頼を断っちまったら……

 

 

「……断っちまったら、奉仕部の存在意義そのものを否定しちまうだろ」

 

そうはさせたく無い。

俺のせいでこいつらに自分自身を否定させたく無い。

だからこの依頼だけはヤバかろうがめんどくさかろうが絶対に受ける。

 

それにあれだけ人は簡単には変われないと馬鹿にして意気がってた俺自身が人に動かされて変わっちまうんだもんな。それを不覚にも心地いいと思っちまってるんだもんな。

だったらあんなにどうしようもない相模だって、この二人の依頼人によって少しはまともに変われる事だってなきにしもあらず……だ。

 

 

 

雪ノ下は薄く微笑みながら言う。

 

「そうね…。あなたがそれを望むのなら、この依頼受けましょう」

ありがとよ雪ノ下。それでこそお前だよ。

 

 

 

元気に頷きながら由比ヶ浜は言う。

 

「そうだよねっ!やろうよ!ヒッキー!」

 

ありがとよ由比ヶ浜。ようやく笑顔になったな。

 

 

 

相変わらずぷくーっと頬を膨らませて、プイッと一色が言う。

 

「まったく……。馬鹿な先輩は勝手にすればいいですよーだ。もうわたしは知りませんっ」

 

ありがとよ一色。別にお前に決定権ないけどな。

 

 

 

 

こうして我が奉仕部は、結城由紀と折澤沙織という、二人の元クラスメイトからの相模南の不登校に関する依頼を受諾した。

 





いや〜……ダメですね。
やっぱりいろはす出しちゃうと、どうしたってヒロインにしちゃいますね><

今回いろはすを大活躍させてしまったので、次回からはいろはすの出演は自重しますっ!

ただしメインヒロインであるはずの相模の出番はしばらく一切ありません(笑)


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比企谷小町はいつだって兄より兄を見ている

 

 

その後結城と折澤から改めて正式に依頼され、また正式に謝罪を受けた。

 

 

本人達も言い訳がましくてゴメンとは言っていたが、単純に俺の真意を知らず本当に嫌な奴だと思っていた事、単純に相模を罵倒した事にムカついていた事、そして単純に根暗で気持ちの悪い俺が嫌いだった事で噂の歯止めが効かなくなったのだそうだ。

 

いや、最後の情報は別に正直に言わなくても良かったんじゃないっすかね…?

軽く泣きそうになっちゃったけど、さっき俺は貝になるって決めたもんっ!

 

 

ただ謝罪の際に、あくまでも悪いのは自分達であって相模は悪くない、だから救ってあげて欲しいのだと涙ながらに訴えてきたのが救いではあった。

 

確かに文化祭直後は近しい人間には愚痴を零していたそうだが、結局騒いでクラスに広めたのは取り巻き達である自分達なのだそうだ。ただそれが学校中にまで広まっちまったのは予想外だったらしいけども。

まあそこら辺は遥とゆっこ達が居るからな。

 

それどころか相模は体育祭直後にはパタリと俺の話題を出さなくなったらしい。

戸部あたりが『それナニタニ君だよー』などと寒々しいネタにして騒いでいるのを苦々しげに見ていたんだそうだ。

戸部って本当に戸部だわ。なにが戸部ってマジで戸部。

 

取り巻き達は単純に話題にも出して欲しくないのかとも思ってたらしいのだが真相は分からん。

まあ俺自身は自分がしでかした事ってのは理解しているし、こいつらには恨みも何もなく謝罪されるいわれはないと言ったのだが、ただその謝罪を聞いた雪ノ下達の気持ちが少し軽くなったのを感じられたのは良かったのかも知れない。

 

 

× × ×

 

 

結城達を帰す頃にはもう最終下校時刻間際になっていたので特にこれといった話し合いも出来なかったが、みんなお互いに難しい問題だという事は痛いほど分かっていた。

 

「しかしどうしたもんかね、これは……」

 

「あれだけ格好良く依頼を受けると豪語したのだから、多少なりとも何かしらの考えがあるものとばかり思っていたのだけれど」

あれ?雪ノ下さん?俺カッコ良かったのん?

でもそこを指摘すると視線で氷漬けにされちゃいそうだからやめとこうね。

 

「そんなもんあるわけねえだろ。そんな簡単に考え付くくらいなら、俺は17年もプロのぼっちやってねえよ」

 

「……ヒッキー」

 

「……せんぱい」

 

とても可哀相なものを見るような優しい眼差しで見つめられてしまいました。

時に優しさって残酷よね。

 

「それもそうね。あなたの悲しいトラウマに気付いてあげられなくてごめんなさい」

 

君の場合は哀れな優しさの中にも悦びが見え隠れするのはなんでなんですかね。

そんなネガティブな台詞をそんなにいい顔して言わないで!

トラウマに気付かなかった事よりもむしろそこに気付いて!

 

 

結局最終下校時刻のチャイムが鳴り、その日は重い足取りでそれぞれ帰路についた。

 

 

× × ×

 

 

疲れきった心と身体をシャワーで洗い流し、私はぱしゃんと音を立て湯船に入り肩までお湯に浸かった。

 

両手でお湯をすくい、ぱしゃりと顔に掛ける。

 

 

 

「ああぁぁぁぁ〜……染みる〜……」

 

 

初サービスシーンはまさかの八幡バスタイムよ☆

そんなくだらない一人遊びを堪能しニヤニヤしていると、いつまでも風呂から出てこない八幡お兄ちゃんに愛妹からお声が掛かる。

 

 

「お兄ちゃ〜ん!早く出てこないとごはん冷めちゃうよー」

 

「へーい」

 

 

いつもはこんな時間から風呂なんか入らないのだが、余りにも問題が難問過ぎて、ちょっと心身ともにサッパリしようと今日は夕飯前に入ったのだ。

 

 

風呂から出てくると、今日も相変わらず旨そうな見た目と香りの愛妹料理が所狭しとテーブルに並び、風呂上がりの腹と鼻腔をくすぐってくる。

 

「いただきます」

 

「いただきまーす!」

 

 

今日も兄妹仲良く礼儀正しく手を併せてから、さっそく料理に箸を伸ばす。

うん!うまい!やっぱり小町のハンバーグ最高!

 

「お兄ちゃん、今日なんかあった?」

 

味噌汁をズズッと啜りながら、マイエンジェルもとい妹エンジェル小町が尋ねてくる。

いっぱいいっぱいでそこまで頭が回らなかったが、まあそりゃこんな時間から疲れた顔して風呂入ってりゃ不思議に思うわな。

 

「あ?んー、まぁ色々とな」

 

「どったの?小町ちゃんに言ってみんさい?ほれほれ〜」

 

テーブルの下で足を伸ばしてお兄ちゃんのスネをぐりぐりしてくる。

なにこの可愛い生き物。

 

どうすっかな…。内容が内容だしなぁ……。

決して面白い話では無いし、一色が激高したっつう経緯もあるからなぁ。

あんまり小町に嫌な気持ちになって欲しくはない。

 

「なんか悩んでるんでしょ?お兄ちゃん分かりやすいもん。……………お兄ちゃんの悩みは小町の悩みでもあるんだよ?だから悩むときは一緒に悩もうよ……。あ!今の小町的にポイント高いっ」

 

ホントその最後の一言がなけりゃなぁ……

まぁ間違いなく可愛いから結局ポイント高いんだけどね!

 

ただ、小町には極力内緒事はしないようにしている。

また前みたいに喧嘩しちゃって小町が口きいてくれなくなったら、お兄ちゃんきっともう耐えらんないっ!

どんな内容であれ、言われないで悶々とする方が小町的にポイント低いだろうし、なにより悲しむからな。

 

「ちょっと……、いや、かなり厄介な仕事ができちまってな」

 

「そっか。まぁ悩みが仕事の事で良かったよ!未来のお義姉ちゃん達となんかあったら大変だけど、今のうちから理不尽でキツい仕事に慣れとくのは良いことだよねっ」

 

未来のお義姉ちゃん『達』ってなんだよ……。何人お義姉ちゃんを作る気なんですかね、小町さんは。

あと隙あらば兄の社畜特性を鍛えておこうとするのはやめようね。

 

「で?お兄ちゃんがそんなに悩むほどのお仕事ってなんなの?なんなら小町も手伝いにいこっか?」

 

 

 

小町は受験に見事勝利し、この春から総武高校の新一年生としての道を歩き始めている。

雪ノ下と由比ヶ浜に懐いてるから、てっきり奉仕部に入ってくるんじゃなかろうかと思っていたのだが、意外な事に入部してこなかった。

まぁちょくちょく遊びには来るんだが。

 

小町が言うには、せっかくのあの空間に自分が入り込んでしまうと色々と捗らないからだそうだ。なんのこっちゃ。

 

それと秋になったら生徒会役員選挙に立候補して生徒会に入るつもりらしい。

だから今は部活とかしないで、友人達との確固たる信頼関係を確立しておくことの方が重要らしい。

 

……この子ホントに僕の妹なんですかね?ホントに血繋がってるのん?

最近兄の様子がちょっとおかしくなりますよ?

 

それと『いろは先輩と一緒に総武高校を良くして行きたいんだ〜!そっちの方が色々と捗るし♪』とか言ってたのだが、さすがにこのコンビにはそこはかとない不安がいっぱいでお兄ちゃんとっても心配☆

 

 

「んー…。そうだな……。あんま小町は関わらない方がいいかもな…」

 

多少の不安はあったが、今日あった事やそれに伴った文化祭、体育祭の話などを小町に説明した。

 

話し終えるとやはり一色達の様子を思い出し、恐る恐る小町の様子を伺ってみた。

 

結論から言うと、小町の反応は俺の想像とは真逆のものだった。

なんかすげえによによしてやがる。

 

「むっふっふっ。いやー!お兄ちゃんは本当に皆さんに愛されてますなぁ〜!小町とっても嬉しいよ!」

 

「………別にそんなんじゃねえよ」

 

「ふっふ〜!なんか最近お兄ちゃんの捻デレ具合がかなり弱まってるよ!まぁこれだけあからさまに愛されてれば捻くれ切れなくなるよね〜!これはごみぃちゃんが妹離れする日も近いのかな……」

 

と急に感慨深そうに目を細める。

お母さんかよ…。まあうちの母ちゃん俺にそんな目しないけどな!

放任主義。むしろ放置主義まである。

でも小町さん?お兄ちゃんは一生妹離れなんて出来ませんよ?

 

「う〜ん……。でも確かにそれは大変そうだね〜。ちょっと小町は役に立たないかもしんないや……」

 

「そうだな。それにこういう問題はあんま部外者が首突っ込むもんじゃねえしな……」

 

さすがに複雑そうな顔してやがんな。

……そういえばずっと気になってはいたんだが、こいつはどうなんだろうか……?

 

「あー…、そういえばお前はどうなんだ?……その、大丈夫なのか?……俺みたいな兄貴が居たら、その…なんだ……」

 

「なーに言ってんのお兄ちゃん。小町は大丈夫だよ!そりゃ確かに小町は可愛いし?人気者だし?中には妬んでくる子もいるけどね〜。でもそれ以上に可愛いくて人望のある小町には味方がとっても多いのです!少数派のアンチ小町なんて封殺されちゃうのです!それに今さらごみぃちゃんの存在感なんて、小町の人望の前ではそれこそごみみたいなもんだよっ♪」

 

「そうかよ。ま、そいつは安心だ」

 

でもあんまりごみごみ言うとお兄ちゃん泣いちゃうよ?

ま、こいつに限っては今さら心配するような事でもないか。ずっと俺の妹やってきたんだもんな。

封殺ってあたりがさすが俺の妹って感じでちょっと怖いが、すでに周りにそういう根回しは済んでるのね……

 

「しっかしどうすっかな、全然なんも思い浮かばん。あまりにも俺と相性が悪い依頼だわ。なんも出来る気がしねえよ」

 

「そりゃそんな事がすぐ思い浮かぶんなら、お兄ちゃんずっとぼっちやってないもんね〜」

 

ふっ、さすがは俺の天使。よく分かっていらっしゃるぜ。なんかちょっぴり視界が滲むけどね。

 

「でもさ……」

 

あれ?まだなんか悲しいお知らせが続くんですかね、俺の天使さん。

 

「なんにも思い浮かばなくてなんにも出来ないのは、ちょっと前までのお兄ちゃんなんじゃない?」

 

「…………は?」

 

「だって、ここ最近のお兄ちゃんは本当に変わったよ?他人に理解されたり信じられたりするの、あんま怖がんなくなったじゃん」

 

マジかよ……

 

「奉仕部の皆さんやいろは先輩。戸塚さんや川崎さん達のおかげだね!あとついでに中二さん?」

 

参ったな。やっぱ天使だわ、我が妹は……

 

「今のお兄ちゃんなら、前のお兄ちゃんじゃ解決出来なかった事だって、きっとなんとかしちゃうんじゃない?だって今のお兄ちゃんは一人じゃないんだから!……………………どうしようお兄ちゃん!小町ポイントがとどまるところを知らないよっ!」

 

ああ、ホントにポイントカンスト寸前だったわ。

俺でさえさっき気付いたばっかだってのに、こいつには全部見えてたんだな。八幡検定免許皆伝だぜ。

 

ちなみにカンストしなかったのは材木座を数に入れたマイナス分な。

 

 

「だからさ、お兄ちゃん一人で分かんないんだったら、みんなに話聞いてみればいいんじゃないかな?今のお兄ちゃんだったら、難しい事は人に頼っちゃえばいいと小町は思うのです!」

 

すげーいい笑顔でニカッとする小町は、本当に羽が見えちゃうんじゃないのってくらいの天使っぷりだった。

 

「ああ……、そうだな。そうしてみるわ。ありがとな、小町」

俺は本日二回目の八幡史上最高の爽やかな笑顔で心からのありがとうを妹に贈った。

 

「うわぁ…!お兄ちゃんが本気でデレたー!」

 

真っ赤な顔であわあわ照れる小町(照れてるんですよね!?一色さんみたいに気持ち悪がってるわけじゃないですよね!?)に、いつものお返しをしてやるか。

 

「八幡的にポイント高かったか?」

 

ニヤァっと小町に笑顔を向けると、さっきまでの照れ具合はどこへやら、本気でドン引きしてらっしゃいました。

 

 

 

しゃあねえな。愛しの我が妹にここまで言われちゃ、お兄ちゃん頑張んない訳には行かなねえな。

 

うし!っと内心気合いを入れた俺に、あんまり気負わせない為の小町の応援が届くのだった。

 

 

 

「ま、お兄ちゃんらしく適当にがんばってねっ」

 




今回は人生初小町です!

前作では物語の都合上、出したくても出せなかったので、ようやくって感じです。
こんなカンジで問題ないですかね!?

あと今回は短めの二本が昨日一昨日の土日でかなり書けたので、次話も明日には上げられそうです。


ところで感想で何度かご質問頂いているのでこの場を借りてお答えさせて頂きますが、作者的には今作は前作とは別次元でのお話と考えております。

前作は原作の裏舞台を妄想して作ったお話で、今作は原作より未来の舞台を妄想で作ったお話なので、前作と今作を繋げてしまうと原作との整合性が取れなくなる可能性があるからです。

ですがあくまでも二次小説作品ですので、そこはもう読者様のお好みのほうで読んで頂くのが一番だと思っております。
なので前作のその後だと思ったほうが楽しめる読者さまは、そのままお楽しみ下さいませっ!


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戸塚彩加は憧れの君を信じている

 

 

小町から優しく背中を押された翌日、俺はいつもより早めに登校し、普段は全く見ないようなクラスメイト達のやり取りを観察していた。

もちろんこっそりとね!

 

こんなことで何がどう分かるのかは知らないが、こんなんでもやれる事はやっとこうと思う。

 

 

常にぼっちの俺には、リア充共がどんな風に青春を謳歌しているかなんて全然分からんし興味もない。

だが今手を差し伸べようとしている相手はまさにそんなリア充代表格。が、正確には元が付く。

 

そんな奴をまたリア充に戻すなんて無理ゲーをクリアする為には、こんなしょーもない観察でもいつかは役に立つかも知れんからな。

 

クラスメイトに見つからないように観察していたら、俺の耳に天使の囁きが届いた。

 

「八幡〜!おはよっ」

 

そうなのだ!神は我を見放さなかった!

クラス替えをした俺に奇跡が訪れた。なんと戸塚とまた同じクラスになれたのだ!

 

戸塚以外にも元二年F組が数名居るらしいのだが、見たこともねえ。聞いたこともねえ。車もそれほど走ってねえ。

 

 

「八幡がこんなに早く来てるなんて珍しいね!いつもこんな風に早く来てくれれば、毎日朝から八幡とお話出来るのにな!」

 

よし。毎日早く来よう。

頬を染めながら笑顔でそういう戸塚にそう誓うのだった。心の中で。

 

「……おう、ちょっとな」

 

「……八幡、なにかあったの……?ちょっと難しい顔してるけど」

 

心配そうに覗き込んでくる天使。

なに?小町といい、天使にはなんでもお見通しなの?

 

言おうかどうか迷ったのだが、以前自分のことも少しは頼ってほしいと寂しげで儚なげな笑顔で言われた事を思い出す。

ゆうべ小町にもみんなに話聞いてみれば?って言われたしな。

 

他のクラスメイトに聞こえないように、小声で話し掛けてみる。

 

「あー……、戸塚はさ。相模の噂って知ってっか……?」

 

すると戸塚はちょっと苦しそうな表情になった。

 

「相模さん……?うん。ちょっとだけど……、噂は聞いてるよ…?もしかして八幡の部活に相談とかがあったのかな……」

 

「ああ……。相模の友達、えっと結城?とか折澤?とかって奴からお願いされてな」

 

「結城さんと折澤さん……。そっか……。詳しくは分からないけど、大変そうだよね……。僕になにか出来る事ってあるのかな……」

 

「いや、別にそういう訳じゃなくて……、というか難問すぎてまだそこまで到ってない」

 

 

そうなんだ……と俯く戸塚だが、不意に潤んだ瞳で伺うような上目遣いで不安そうに見つめてくる。

いやなに戸塚?朝から心臓バクバクしちゃうからやめて!?いややめないで!?

 

「あの…八幡……。僕を嫌いにならないって……、約束して……くれる…?」

 

嫌いになんかなるかよバカヤローっ!

危うくノータイムで叫ぶとこだったわ……

 

だがこの光景、なんかデジャヴ感じるんですけど。

 

「どうか、したのか?……なにがあろうと戸塚を嫌いになんかなるわけねえだろバカヤロウ」

 

八幡結局言っちゃってるよ!

すると戸塚は一瞬嬉しそうな、でもやっぱり不安そうな複雑な笑顔を見せると、すぐさま神妙な表情に変えて理由を語りだした。

 

「僕さ……、相模さん達の事……、あんまり好きじゃ…ないんだ……」

 

え?なんだって?

 

天使戸塚が、あんまり好きじゃ無い……だと……?

世界中のみんなを愛し愛される戸塚が、人を嫌いになる、だと……?

 

あいつらぁ!俺の戸塚になにしやがったぁぁぁ!

 

「だって……、去年の文化祭の後に…、相模さん達が八幡の悪口をみんなに言い触らして……、八幡がとっても悲しい思いしたから……」

 

 

 

全俺が泣いた………

 

 

 

あの時学校中が奇異の眼差しを俺に向ける中、戸塚だけは本当にいつも通りに接してくれた。

あの空気ってバケモンに自分だって巻き込まれちまう危険だってあるのに、そんな事一切顧みずに。

 

平気な顔して普通に接してくれていると思っていたのに、裏ではそんな風に悩んでくれてたんだな。

 

ああ……。俺はこんなにも幸せで許されるのでしょうか……。

どうしよう!もう戸塚ルート確定だよう!

 

 

「ばっか……、別にあんなの大した事じゃねえよ……。それに俺の為にそんな風に思ってくれてるお前を嫌いになんかなるわけねえじゃねえか……。だから心配すんな」

 

すると戸塚は目に涙をいっぱいに溜めて、最高に幸せそうに笑ってくれた。

 

「えへっ…!良かった…っ。人を悪く言う僕なんて、八幡に嫌われちゃうかと思った……っ」

 

俺はそんな戸塚をそっと抱きしめた…………………………………かった思いをなんとか理性で抑えた………っ

クッ!理性のばかやろうが……

 

がんばった理性さんに対してばかやろうなのかよ。

 

 

しかしさっき感じた既視感はこれか。

そういや前に由比ヶ浜にも同じような事言われたな……。

しかも同じく相模の件で。

 

やっぱ女の子ってのは、人の悪口とか言って近しい人に悪く思われる事に敏感なんだな。

 

 

って戸塚男の子じゃん!あっぶね〜!あまりの可愛さに騙されるとこだったぜ……

 

いや待てよ?俺つい昨日戸塚の性別を気にするなんてちっちゃすぎるとか言ったばっかりじゃねえか。

クソッ!俺はまだまだ小さい男だな…、恥ずかしい。穴があったら入りたいぜ……。

 

あ!だったらちょうどちっちゃい男だし戸塚のポケットに入ればよくね?

戸塚にお持ち帰りしてもらおう☆

 

帰ったら茶碗風呂に入れてもらわないとなっ!

 

 

「でも……、八幡は僕なんかよりずっと嫌な思いしてるのに……、それでもやっぱり…相模さん達を救っちゃうんでしょ……?」

 

清らかな涙に濡れた力ない笑顔でこてんっと首を傾げる。

 

「やっぱり八幡はすごいよねっ……!僕、八幡のそういう所が、すっごく格好良いと思うよっ……」

 

 

守りたいこの笑顔……。

いや必ず守るぞこの笑顔!

 

「そんな救うなんて偉そうなもんじゃねえけど、やれるだけやってみるわ」

 

「うんっ!八幡がんばってねっ!」

 

「おう」

 

ぱぁっと輝くような笑顔で応援してくれた戸塚に片手を挙げて応えた。

 

二日連続で天使に背中押されちまったな。

これは神のご加護がありそうだ!

 

 

× × ×

 

 

「比企谷君。これから訪ねたい人が居るのだけれど、早速だけど来てくれるかしら」

 

放課後。部室の前まで来ると、部室に入らず扉の前で待っていた雪ノ下が早速そう切り出した。

由比ヶ浜も一緒に行く気のようだが、まだどこに行くのかは分かっていないようだ。

 

「ああ……。そうだな、まずはそこからだな」

 

雪ノ下がどこに向かおうとしているのかはすぐに分かった。

俺も昨夜から、いや依頼を受けている最中から、ずっと違和感を感じていたからだ。

 

俺が即答でそう答えると雪ノ下は満足そうに頷いて、早速目的地に向かう。

その道すがら、雪ノ下と確認の意志疎通をとる。

 

「確かに違和感は覚えるんだが、なんとなく何でなのかは分かっちまうんだよな……」

 

「ええ……そうね。たぶん予想通りだとは思うのだけれど、その通りだった場合は余計に解決が難しくなりそうね…」

 

「え?なに?ヒッキーはゆきのんの目的聞いてるの!?あたしまだ聞いてないんだけど……」

 

「いや、聞いたわけじゃねえよ。ただ不思議に思わないか?こういった問題が起きたら絶対に放っておかない人が居るだろ。それなのに相模が不登校になってからひと月以上も経っちまってる。その間、俺にも雪ノ下にもなんの話もせずに、だ。いつも鍵を貰ってきて先に部室に入っているはずの雪ノ下がまだ部室の外に居たのがヒントだな」

 

そう。こんな問題あの人が絶対に放っとく訳がない。

 

「…………職員室。あっ!平塚先生か」

 

ご名答。

生徒指導も行っている平塚先生が、こんな問題を放置しておくはずが無いのだ。

たとえ他の教師が放置したとしても、あの大人だけはそんな事はしない。

 

だったらなぜひと月以上もの間、なんの進展もないのか。

相模の意志が思いの外固く平塚先生が苦戦していたのだとしても、少なくとも俺や雪ノ下の耳には入るように相談なりなんなりしてくるはずなのだ。

 

 

だからまずは状況確認と進展具合などの情報収集の為に平塚先生の元に行かなくてはならない。

 

そしてなぜそんな話が俺たちに下りて来なかったのか。

だがそれについては俺も雪ノ下も想像はついている。

 

 

俺たちは職員室を扉をノックした。

 

 

× × ×

 

 

「やあ、三人で訪ねてくるなんて珍しいな。わざわざどうした?」

 

 

平塚先生は自分のデスクで書類を整理しながら、笑顔で俺たちを招き入れてくれた。

 

「平塚先生。三年C組の相模さんの事でお聞きしたい事が……」

 

雪ノ下が前置きなしに訊ねると、平塚先生は一瞬苦い顔をしたあと他の教師達の様子を伺うように周りを見渡した。

 

はぁ〜……。やっぱりか……。

なんとなく分かってはいた事だが、なかなか精神的にくるものがある。

 

その平塚先生の対応に雪ノ下と顔を見合わせていると、平塚先生はその様子に苦笑いをする。こちらの意図を察したようだ。

 

「すまないな……。面倒だが生徒指導室まで来てもらえるか?」

 

俺たちは何も言わずに平塚先生の後に付いて生徒指導室へと向かった。

 

 

「取り敢えず掛けたまえ。………さて、相模の件か。……奉仕部になにか依頼が入ったのかね?」

 

 

普段奉仕部への依頼は大概平塚先生を通して行われる。なぜなら奉仕部の存在自体知られておらず、悩みのある生徒が生徒指導を行っている平塚先生に相談するなり、平塚先生自身が放ってはおけないと判断した生徒を奉仕部へと紹介するからだ。

 

だが今回は、依頼人が以前奉仕部に紹介されてきた相模から存在を聞いていた為、平塚先生を挟まずに直接依頼にやってきたのだ。

 

「はい。相模さんと仲の良かった生徒から依頼を受けました」

 

「そうか……。まったく情けない話だな……。こんな問題が生徒から生徒へと相談が行くなんてな」

 

自嘲気味に笑うその表情は、本当に悔しそうだった。

 

なぜこんな状況に陥っているか一人理解出来ていない由比ヶ浜が、ポカンとしている。

 

 

「学校側の方針っすか……。ま、うちは県下有数の進学校っすからね。今までこんな問題はそうそう起きなかったろうし、慣れてないんでしょうね。表沙汰にはしたくないでしょうし」

 

「ああ……。まったく本当に情けない……。もちろんC組の連中には出来うる限りの指導は行ってはいるのだが、いかんせん表立っては出来ないのだよ……。相模の家にも一度訪問したのだが、会ってはもらえていない。本当は毎日でも赴いてとにかく話だけでもしたいんだが……」

 

「いくら生徒指導の教員とはいえ、教頭や担任を差し置いて、平塚先生一人で何度も赴く訳にはいかないという事ですね?孤立だけならまだしも、それが虐めにまで発展してしまっては、学校側も及び腰になりますから……」

 

「ああ……!本当に情けない…。教員によっては、虐めが酷い段階に入る前に不登校になってくれて良かったなどと言う輩さえ居る……。ハッ!孤立も虐めもまだ軽い段階だから、保護者が問題にしようとしてもまだ大した問題にはしづらく、このまま不登校のまま学校を去ってくれるのを望んでいるんだそうだ。今ならまだ穏便に良い進学校に転校をお勧め出来ると保護者にうそぶいてなっ!…………………………クソッ…これが教師のする事かぁっ!」

ドゴォンっと力強くテーブルに拳を叩きつける。

いや女性に対してドゴォンって擬音はおかしくないですかね!?

いやいや今この部屋揺れましたよね!?

テーブルが撃滅されちゃうんじゃないかと思ったよ!

 

「…………本当にすまない。君達にこのような汚ない大人の姿を見せたくはなかったのだがな……。我が校の方針としては、下手に説得して登校させ、その後取り返しのつかない虐め問題に発展してしまうくらいなら……っ、まだ問題になり辛いこの段階で……、穏便に転校を勧めするという事だ……虐めなどではなく、クラスに馴染めないという本人の問題として……な……」

 

 

 

ああ……。予想はしていた事だが、本当にくるものがあるな………。

 

 

 

 

平塚先生の辛く痛々しいその姿に、俺たちは何も言えずにいた………。

 




この度もありがとうございました!


今回は真ヒロインの登場でした!
途中まではとつかわいいで和んでたんですが、後半は重くなっちゃいましたね。

戸塚と平塚先生の出番が逆だったら和やかに終われたのかも知れませんが……。モヤモヤしちゃったらスミマセン!


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平塚静は熱き想いをその可愛げのない生徒に託す

 

 

静まり返った室内では、カチコチと時計の音だけが響く。

 

平塚先生は自身の中から沸き上がる怒りとも悲しみとも取れる感情を抑える為、胸から煙草を取り出し火を点けた。

 

 

いやだからここって禁煙ですよね?

 

 

2〜3度ふかすと多少落ち着いたのか、ようやく口を開いた。

 

「……君達にこんな事を期待してしまうのは間違っていると重々承知している…。だが君達なら或いは……、とつい考えてしまうのは本当に情けないな……」

 

自嘲の苦笑いを浮かべ、俺達に訊ねてくる。

 

「それで…、なにか考えはあるのかね?」

 

こんなに苦しそうで自信のないこの人を初めて見る。このひと月の間よっぽど悩んできたんだろう。

この問題だけでは無く、教師の、自分たちの在り方さえも。

 

「昨日依頼受けたばっかなんで、まだなんとも言えないっすね」

 

「ですが難しい問題だと理解しています。私たちだけでどうにか出来る問題なのかどうか……」

 

そうか……と肩を落とす先生だが、こんな先生はらしくないからちょっとでも元気になってもらわないとな。

 

「まだなんとも言えないっすけど、ただこの問題の依頼が俺達の所に来て良かったと思ってますし、結構燃えてますよ」

 

すると先生だけで無く雪ノ下も由比ヶ浜も、それはもうびっくりした顔で俺を見ている。

 

え?俺が燃えちゃうとかそんなにおかしいのん?

あ、もしかして萌えちゃうかと思っちゃった?

 

この状況で急に萌えちゃうとか言いだしたら、そりゃびっくりするよね!

 

「あ、いや、この問題に対してと言うよりは先生に対してですかね……」

 

べっ、別に先生に萌え萌えな訳じゃないんだからねっ!

 

「だってこのまま俺達がなんも知らないで事態が悪化してたとしたら、下手したら先生が大問題起こしてたかも知んないじゃないすか」

 

「……どういう意味だ?」

 

ピクッと眉間に皺を寄せて訝しげに睨めつけてくる。

 

「いやぁ、先生って最悪学校の方針なんざあっさり無視して相模んち強襲して、門前払いしようとする親を押し退けてでも無理矢理乗り込んで、人生舐めるなと相模を説教しちゃいそうなタイプじゃないですか。そしたら流石に訴えられてクビでしょ。だからそうなる前に俺達んとこに依頼が来て良かったってのと、そんな危険性がずっと残ってる以上、何とかしないといけないな…って燃えるって意味ですよ」

 

などと、笑い混じりで冗談半分に言ってみた。

まあつまり半分本気なんだけどね。

すると平塚先生は、

 

「ばばばばば…馬鹿な事を言うんじゃ無い!わ、私はこう見えても分別をわきまえているしっかりとした大人なのだぞっ!?こっ、子供じゃあるまいし、そそそそんな事をする訳ないだろうっ!」

 

 

うっわー……、図星かよ……

 

さすがの雪ノ下や由比ヶ浜もドン引きしてますよ……。まあ引く中にも暖かいナニカが混じってますけどね。

 

「まあそういう訳なんで、やりうる限りの事は出来る範囲で全力でやってみますよ。そんな腐った大人たちばかりの学校で、先生みたいな変なのが居なくなっちゃったら、俺はともかく他の生徒達が困っちゃいますからね」

 

 

そう言うと、ようやくいつもの自信ありげな顔でニカッと笑った。

 

「相変わらず可愛くないヤツめ。フッ、まさか比企谷に慰められる日が来ようとはな……。すまない、よろしく頼む。私はお前達を信じて私の出来うる事をしておくよ。せめて相模の復帰後、学力の遅れはもちろんのこと、不登校での内申書の不利くらいは何とかしてやらないとな」

 

と、両手で拳を握りバキバキと音を鳴らす。

内申書って……。教頭でも担任でも無いのに何するつもりだよ……。

ったく……、お手柔らかにお願いしますよ?先生。

 

 

× × ×

 

 

それから数日は、ああでもないこうでもないと意見を出しあった。

なんの進展も無いがいかんせん時間が無い。ついつい焦ってしまう。

 

「くっそ!なんにも思い浮かばねえ……。そもそも一度落ちたリア充が復活なんて出来んのかよ?……あー、あんま時間ねえってのに」

 

「ヒッキー?確かに学校に出てこれるのは早ければ早いほどいいとは思うけど、時間無いってどゆこと?」

 

「そうですよねー。そんなに無理に急いでも本人が来たくないんだから仕方ないんじゃないですかねー。そんな状態で焦って無理に連れ出そうとしても、逆効果になっちゃいそうですけど」

 

今日もあたりまえのようにいらっしゃいますね、生徒会長。

あれだけこの依頼に反対してた割には、結構真面目に取り組んでくれるよな、こいつ。

その調子で生徒会の仕事も真面目に取り組んでくれるといいんですけどね!

 

「由比ヶ浜さん、一色さん。それは学校側が転校を望んでいるからよ。平塚先生の話では、まだ転校話は相模さん側には具体的には出してはいないみたいだけれど、もしもその話が出てしまえば相模さんの精神的な最後の砦が無くなってしまうのよ」

 

「最後の……」

 

「のとりで……?」

 

ガハマさん?さすがにそれは冗談ですよね……?

 

「ええ……。今は自分がクラスメイトから望まれていない存在だと考えて不登校になってしまっている相模さんが、もしも学校自体からも存在を望まれていないのだと遠回しにでも聞かされてしまったらどう思うかしら」

 

「……ああ」

 

「さすがに来たくなくなっちゃいますよねー」

 

由比ヶ浜は神妙な顔で納得してるが、いろはすは反応軽いなっ!

 

「まあそういう事だ。完全に居場所が無くなる。だからもう俺達が何をどうしても二度と学校に出てこようとは思わないだろう。学校側もそういう提案を出すタイミングを探ってるだろうし、いつそんな話が出ちまってもおかしくはない。タイムリミットがいつになるかは分からんが、出来るだけ急がなくちゃならんってわけだ」

 

だがこの手詰まり感は半端ない。

そもそもいくら策を練ろうが、相模が来る気にならなくては何も始まらない。

 

「なんかねえかなー……」

 

「そうね…。私ならば孤立させた中心人物を教壇の前に呼び出し完全論破し、その様子をクラスメイトに見せ付ける事でクラス中に恐怖心を植え付け、二度と逆らえないようにするわね」

 

 

怖ええよ……。もう発想がやべえよ……。

一色とか青ざめちまってるじゃねえか……

 

「お前無茶苦茶だな……」

「あら、そうかしら?でも歪んだ人間の人心を掌握するのには恐怖という感情が一番効果的だと思うのだけれど」

 

そりゃ確かにそうだが……。うーん、恐怖ねぇ……

 

「むしろあなたならクラス中の弱みをどんな手を使ってでも事前に調べ上げて、その弱みに付け込んで二度と逆らえないように脅すくらいの意見が出てくると思っていたのだけれど」

 

素敵な笑顔で恐ろしい事言うのはやめましょうね、ゆきのん。

確かにちょっと考えましたけども……。

 

 

由比ヶ浜もなんか考えてるのかうんうん唸ってるけど、君の場合は知恵熱出ちゃうから気を付けてね!

 

 

「あっ!」

 

「どうした一色」

 

「わたし良い事思いついちゃいましたよっ!」

 

ニヤリとする顔を見ると不安しか感じませんね。

 

「ここはアレですよアレ!葉山先輩にお願いしちゃいませんか!?」

 

「………えっと、……なにを?」

 

「葉山先輩にお願いして、相模先輩と恋人になって貰うんですよっ!葉山先輩の彼女なんてステータス手に入れたら学校来るのも楽しいでしょうし、あの葉山先輩の彼女に手なんか出せなくないですかー?名付けてニセコイ大作戦っ!」

 

 

控えめな胸を張って、えへんっ!とドヤ顔で満足気。

なにその作戦名。漫画好きなの?漫画好きの友達でもいんの?

 

「いや、それは逆に妬まれて虐めの対象にならねえか……?上履きに画ビョウとか入れられそうなんだけど」

 

「あー…、そうですよねー。うーん…、いい作戦だと思ったんですけどねー」

 

まあ発想自体は一色にしては思ってたよりはまともだが。

てかこいつ大丈夫か?そもそも重大な事忘れてね?

 

「いやお前、そもそもそんな作戦頼んで葉山が受けてくれちゃったらお前が困んだろ」

 

「は?なんでですか?」

 

だから馬鹿を見るような目はやめなさい。

 

「なんでって、好きな奴に恋人役とかやられたら普通嫌なもんなんじゃねえの?」

 

なんでそんな心底不思議そうな顔すんですかね、この子。

 

「好きなやつ?だれが?だれを?」

 

「いやお前が。葉山を」

 

そういった瞬間に一色はハッ!となり慌てだした。

 

「忘れてたぁっ!」

 

いや何を忘れんの?好きなこと忘れてたのん?

 

「いやいやおかしくね?なに?自分が好きな奴の事忘れてたの?」

 

「ちちち違うんですよっ!?そ、そういうんじゃ無くてっ……!ほ、ホラそうそう!べっ、別に恋人のフリするだけでホントに付き合うワケじゃないじゃないですかー!だっ、だからそういう心配をしてなかったってだけでっ!す、好きって設定忘れてたとかじゃなくってっ!………ってアレぇっ!?」

 

真っ赤な顔と真っ青な顔が交互に目まぐるしく変化し過ぎて、今に紫色になっちゃうんじゃないの?この子。

 

「なんだよ設定って……」

 

「は?は?なに言っちゃってるんですか!?設定なんて言ってないですよ先輩気持ち悪いです!目だけじゃなく耳も腐ってましたっけ!?……………あっ!わたしこれから生徒会の仕事があったんだったっ!ちょ、ちょっと急ぎますんでそれでは失礼しまーすっ!」

 

ピューっと行ってしまった……。忙しいやつだな。

なんだったんだあいつ……。

 

俺と同じく呆れてるのか、雪ノ下も由比ヶ浜もすっげー訝しげな目で一色が出てったあとの開けっ放しの扉をずっと見てるしな。

でもその視線はちょっと訝しげ過ぎてなんか穏やかじゃないですね。

 

 

× × ×

 

 

結局この日もなんの進展も無しに終わりを告げた。

 

チャリ通の俺は昇降口で雪ノ下達と別れ、一人駐輪場に向かった。

 

 

さて帰ろうかと正門を出た所で、いつもとは違う光景に出くわした。

 

正門脇の壁に、セーラー服を着た中学生らしき女の子が寄り掛かっていたのだ。

 

あんまり見てると声掛け事案とかで通報されちゃうから八幡気を付けてっ☆

よくは見れないが横目でチラッと見た限りでは相当可愛い女の子っぽいな。

 

兄だか姉だか知り合いだかを待っているのだろうか。

校門から出ていく生徒を見てはキョロキョロしている。

 

 

それにしても女子中学生ってだけで、なんか背徳感感じませんかね?

知り合いの…なんて付けた日にゃ、なんか犯罪臭しかしませんよ。

 

ラノベ作家の中には、妹と女子中学生しかヒロインにしない作者さんなんかも居ますが、マジで凄いと思います。勇者ですよ、はい。

 

あいにく俺に妹は小町だけだし、女子中学生の知り合いなんて勿論居るわけがないので、見てみぬフリをしてそのまま通り過ぎようとしたのだが、俺が前を差し掛かったあたりでその女子中学生がこちらをガン見しているのに気付いた……。

 

 

え?なんすか?俺なんもやってないすよ?

ちょっとチラッと横目で見たくらいで、ホントになんもやってないですよ!?

 

 

はっ!しまった!そういえば俺は視線だけで迷惑防止条令に引っ掛かる男だった!

見ちゃったから痴漢と一緒なの?通報されちゃうの?

 

自分の通ってる学校の正門前で女子中学生に通報されちゃうとか、もう俺の人生終わったわ!

 

 

その中学生は俺の顔を確認すると、なんと小走りで嬉しげに俺に声を掛けてきた。

 

 

「八幡!」

 

 

あれ?こいつ……

 

 

「お前、ルミルミか……?」

 

 

半年ぶりに会ったその女の子は、俺の記憶よりもずっと大人びていた。

中学に進級したからだろうか?制服を着ているからだろうか?

 

だが大人びて見えたのはほんの一瞬で、俺がそう声を掛けると、この成長したかに見えた少女は半年前とまるっきり同じ表情《かお》で思いっきり不機嫌そうにこう言うのだった。

 

 

「だからルミルミっていうの、キモい」

 

 

 




この度も最後まで読んで頂きありがとうございました!


やっぱりいろはす書いてるときが一番生き生きしてしまいますね……私。


ですが何度もいいますが、ヒロインはさがみんです(白目)

書き始めた時は、まさかここまで出番が無いとは思いませんでした><

数少ないさがみんファンの皆様ごめんなさい!


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鶴見留美の恩返し

 

 

 

「ほいよ」

 

 

 

「ありがと」

 

 

 

目の前のベンチに座る女の子に今買ってきた飲み物を手渡すと、俺もその隣に腰を掛け自分の缶を開けた。

 

『ルミルミっていうの、キモい』……と、半年ぶりの謎の高揚感を受けたあと、俺は留美を連れて学校からちょっと離れた公園まで来ていた。

 

だってほら、流石に学校の前とか近所で女子中学生と話してるのってまずいでしょ、色々と。

普段は俺の事など路傍の石ころ程も認識しない連中のくせに、こういう時だけは俺のステルス機能をあっさり突破してくんだよな、あいつら。

 

ま、公園に来たはいいものの結局ご近所の奥様方の目が怖い事には変わりないんですけどね。

お願いだから通報するまえにまず確認取ってね!

 

 

「んで?今日はどうしたんだ?」

 

元々近所の小学校に通っていたわけだから、学区的にもここからそんなに遠くない中学に通ってはいるのだろう。

だがわざわざうちの学校に来て俺を待っているなんて、なにかしらの理由が無いわけはない。

 

 

 

鶴見留美

 

去年の夏休みに千葉村へ林間学校の手伝いに行った(強制連行。ここ重要)際に知り合った子だ。

 

その林間学校では子供同士の流行りとかいう低俗なお遊びで仲間はずれにされていた。

助けを求められ、俺のどうしようもなく最悪な手段で一応の解消はしたのだが、その後偶然再会したクリスマスイベントではやはり一人のままだった。

 

それが俺の行った手段での結果なのかと思うと、己の無力さに反吐が出そうなほどだった。

 

 

そんな留美がわざわざ俺に会いに来るなんてのは、また中学で辛い目にでも遭ってるのではないかと不安になっていた。

 

しかし留美の話は、俺の心配とは真逆のものだった。

 

「八幡……。ごめんね。本当はもっと早く会いに来たかったんだけど、ちゃんと自分の事は自分で出来るようになるまでは会いに来ないように決めてたの」

 

「ん?なんで謝るんだ?謝られるような事をした覚えはないぞ」

 

「私ね、八幡にずっとありがとうって伝えたかったの。林間学校の時もクリスマスの時も言えなかったから」

 

ありがとう?俺は留美にありがとうなんて言ってもらえるようなことは何もしちゃいない。

俺はただ、小学生を脅かして仲違いさせただけだ……。

 

「俺はお前に礼なんて言われるような立場じゃねえよ」

 

そう言ったのだが、留美は聞こえなかったのか心底不満げに俯いた。

 

「おい、聞いてるか?」

 

「…………お前じゃない。………留美」

 

OH……。それまだ生きてるのか。なんかちょっと成長しちまってるしなんか恥ずかしいな……

 

「お、おう悪い……。えっと留美……」

 

「……ん」

 

「だ、だから俺は留美にお礼を言われるような…」

 

「それは違うの。八幡の言いたいこと、確かに分かる。でもそれは八幡の問題で、私は八幡にありがとうって言いたかったの」

 

留美は俯きながらもそう言った。

そしてチラリと俺を見ると、今度は目を合わせて語りだした。

 

「確かに八幡のしたやり方は最悪。小学生の女の子を怖がらせてバラバラにさせるなんて、本当に最低。……でもあのあと八幡が辛い顔してたのも知ってる。あんな嫌な事する為に、八幡が苦しい思いをしてくれてたのも分かってる………。でもね、でもそのおかげで私は惨めな思いをしなくなった。結局あのあとも一人だったけど、もう惨めさは感じなくなれたの」

 

………惨め、か。

 

「だからこれからは一人でなんでも出来るようになりたくて頑張った。勉強も、運動も。そしたら自信が持てた。そしたらもっと惨めさなんか感じなくなった。私も八幡みたいになれた。」

 

ったく……。駄目だろ、俺みたいになっちゃ……。

 

「そしたらね!私中学生になってから友達が出来たの。一人で出来るようになったから。自信もてたから。ホントはいつまた裏切るかも、裏切られるかもって怖くて、まだそこまで踏み込めてないんだけど、でもその子も私と同じような境遇でね。その子となら本当の友達になれそう……。だからもっと惨めじゃなくなるの」

 

「そっか……。良かったな」

 

留美の笑顔につい頭を撫でちまったら、ちょっと恥ずかしそうに頬を染めてコクンと頷いた。

 

「……うん。……だからありがと」

 

なんだよ……。ホントに俺は礼を言われるようなこと、何一つしてねえじゃねえか……。

それは俺なんかじゃなくて留美の頑張りだろ。

 

ただ嬉しかった。最低な解消の仕方ではあったが、あんなきっかけでも留美は救われた……いや、自分の力で強くなれたんだな。

むしろ今の留美に俺の方が救われているんだろう。

 

 

× × ×

 

 

惨めじゃなくなったから頑張れた……か。

 

 

結局はそういう事なんじゃないのか?俺は、俺達は思い違いをしてたんじゃないのか?

 

 

固定観念だったのかも知れない。

相模はカースト上位の人間であり、そのくだらないプライドが高かった。

 

だからてっきり相模を救う・相模を学校に来させるイコール、クラス内での・学校内での立場さえもなんとかしなきゃならないと考えていた。

 

一度ぶっ壊れたカーストの立場を元通りに?一度トップカーストから落ちた人間を復活させる?

 

そんな事出来るわけねえじゃねえか……。

なにを思い違いをしていた。なにを自分の力を過大評価していた。

 

 

もっと単純で良かったんだ。

相模だって文化祭で逃げ出した時は、一人ぼっちな惨めさで居場所がなかったから逃げ出したんじゃないのか?

体育祭の時は最後まで頑張れたじゃねえか。雪ノ下達もめぐり先輩も居たから一人じゃなく惨めではなかったから。

 

 

だったら……、惨めさだけを排除してやりゃいい。

相模は留美と比べたら遥かに弱い人間だ。

だからはじめから一人だとなんにも出来ない。

小中学生よりメンタル激弱ってまずそこがまずいんだが、少なくとも相模はすでに一人ぼっちじゃ無いって所だけはクリアしている。

あの二人が居るからな。

 

 

だったらなんとかなるんじゃねえの?

 

 

「八幡……?どうしたの?」

 

やべっ!留美が隣に居たこと忘れて難しい顔しちまってたな。

 

「いや、なんでもねえよ………留美、ありがとな」

 

「?………なんで八幡がお礼を言うの?…………でも、なんかいい顔になったし、まあいっか」

 

こいつこんな表情で笑えるんだな。

こんな風に笑えるならもう心配ない。

 

 

しかし次の瞬間、留美ははぁ〜……と深い溜息を吐いた。

 

「どうかしたのか?」

 

すると留美はまた恥ずかしそうに俯くと意外な言葉を口にした。

 

「だって……、私、八幡と歳が離れすぎてるんだもん。八幡と一緒の学校に通えたら、つまんない学校も少しは楽しくなるかも知れないのに、私が高校生になるころには八幡は大学生だし、私が大学生になるころには社会人」

 

いや、もしかしたら実家で家事してるかも知れないよ?

しっかしまさか俺が同じ学校に通いたいなんて女の子に言われるとはなぁ……それにしても……

 

「あのな、留美……。それはいくらなんでも恥ずかしいんだが……」

 

中学生相手になに照れちゃってんでしょ!八幡ったら!

でも相手は子供とはいえ、そんな事言われちゃったらさすがに照れるでしょ?

照れ隠しにコーヒーを煽ると、

 

「ねえ、八幡」

 

「ん?」

 

「留年してよ」

 

「ブフォッ!」

 

思いっきり噴いちまった……

急になんてこと言いだしちゃってるんですかね!この子は!

 

「ゴハッ!ゴホッ!おま、急になんてこと言いやがんだよ!死ぬかと思ったわ!大体何回留年すりゃいいんだよ!」

 

「だってつまんないんだもん」

 

しれっとそんな事を言うルミルミはドSなんですかね!?

黒髪ロングで美少女でドSとか、この子将来雪ノ下さんになれる素質あるんじゃないですかね。

なにその素質超怖い。

 

「うーん……でもなぁ……私が大学生になるころには……うーん」

 

とあれこれ悩んでらっしゃるけど、なんかもう次になに言われるのか怖いんですけど…

 

「ねえ、八幡ってさ」

 

……なんでしょうね?

 

「彼女いるの?」

 

「ブハァッ!」

 

いや何回噴き出させるんですかねこの子はっ!

 

「ゴホッ!な!なんだよ急に……。まあ別に居ねえけど」

 

答えちゃうのかよ。

 

「そりゃ八幡なんかに彼女なんて居るわけないよね。………………だったらさ、私が高校生とか大学生になってもまだ彼女いないんだったら、私が彼女になってあげる……」

 

いやだからなに言ってるんですかこの子は!

そんなに真っ赤になって俯いちゃったら本気みたいじゃん!

 

「お、おい…」

 

「……だってさ、八幡なんてずっとぼっちでしょ?で、私だっていつまたぼっちになっちゃうか分かんない。……でもぼっち同士でも二人になればぼっちじゃなくなる……。だから仕方ないから、私が可哀想な八幡を引き受けてあげる……」

 

 

マジかよ……。

 

父ちゃん母ちゃん小町。俺初めて彼女が出来ました……。

でもその子はほんの三ヶ月前までは小学生だったのです。

 

 

 

だめだ即逮捕だわ。

 

 

 

だが、恥ずかしそうにもじもじしながら俺の顔を伺う留美を見てたら、思わず笑顔になっちまった。

 

「ありがとな、ルミルミ。ルミルミに余計なお手数掛けないように頑張って彼女作るわ」

 

頭をポンと撫でてやると留美さん超不機嫌モード。

 

「ルミルミゆーなっ!……それに別にそんなに無理してがんばんないでもいいし……」

 

最後の方はゴニョゴニョと何言ってっか分からなかったが、え?なんだって?……などともう一度聞くのも無粋ってもんなのだろう。

 

 

話も終わり、結構遅くなっちまったから留美をドキドキしながら家の近くまで送ってやった。

 

あ!ドキドキってのは通報的な意味でね☆

 

 

もう近くだからここまでで良いと掛けていく留美。

その先のかどを曲がる前にこちらにクルリと振り向く。

 

 

「八幡!また会いに行くから、その時はあんなに甘ったるい缶コーヒーじゃなくて、パフェとか奢ってよ」

 

「おう、パフェくらいいくらでも奢ってやるぞ」

 

そういうといつもは年の割に大人びた留美が、年相応のすげえ良い笑顔で一言。

 

「うんっ!やくそく!」

 

かどを曲がって見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

 

ありがとな、ルミルミ。今日会いに来てくれて、本当に良かった。

 

 

× × ×

 

 

その日の夜、ベッドで仰向けになり小説の文字列だけを目で追いながら、頭のなかでは別の思考を巡らせていた。

 

依頼人達の事、小町が天使な事、戸塚がかわいい事、平塚先生の事、雪ノ下達との話し合い、そして鶴見留美との再会。

しばらく考え込んでいると、あるひとつの案が思い浮かんだ。

 

「ハッ…、なんだよそれ…」

 

思わず笑っちまう。なんとも単純でなんとも馬鹿らしくなんとも俺らしくない案だ。

ちょっと前までの俺なら一番毛嫌いしていたやり方かも知れない。

俺らしい所と言えば、結局は解決ではなく解消でしか無いという所か。

 

でも、これならなんとかなるかも知れねえな。

 

 

「明日話してみっか。あいつらに笑われちまうかもしんねえけどな」

 

 

× × ×

 

 

翌日部室に集まったいつものメンバーに俺の考えを話した。

 

 

「本当にあなたらしくないやり方ね。でもその考え方は嫌いではないわ」

 

クスリと雪ノ下が微笑を浮かべる。

 

「ねっ!ヒッキーらしくないよねっ!でもそれならあたしががんばれるね!」

 

うし!と小さくガッツポーズする由比ヶ浜。

 

「まーいいんじゃないですかー?……………あ!それはそうと先輩。きのう正門で中学生くらいの女の子と一緒にどっかに行っちゃったって、友達からの目撃情報があるんですけど……」

 

ニヤリとする一色。うん。目は笑っていませんね。

 

 

………………ってかなんだよ?その情報……

 

大体その情報は今ぶっ込んでくるとこなの?

せっかく綺麗にまとまりそうな所だったんじゃねえの?

 

これはアレだよ?もしこれが小説とかだったら、温かい気持ちになって、皆で一丸となって頑張ろう!と、次話に向けての引きのシーンと言っても過言じゃないくらいのシチュエーションだったよ?

 

由比ヶ浜くらい空気を読めよいろはす……

 

 

 

「………比企谷君、あなた……」

 

「ヒッキー……、さすがにそれは……」

 

 

なんつー目で見やがるんですか君たちは!

俺には一切の信用とかは無いのかな?無いですね。戦慄の眼差し感がハンパないんですけど……

 

雪ノ下なんて普段ならとっても良い顔で嬉々として罵倒してくる癖に、なんでこういう時はリアルにドン引きなんだよ。

 

 

「待て待て待て!それは違う!誤解だ!……一色!お前急になんてこと言い出すんだよ!今タイミング的にそういうところじゃ無かったでしょ?」

 

「いやー、だってこんな面白情報入手しちゃったら尋問しないわけにはいかないじゃないですかー」

 

 

尋問って……。せめて追及くらいにしといて貰えませんかね……。だいたい面白情報って、その笑ってない目と低っくい声のどこら辺が面白なんだよ。

 

「いくら年下好きだって言ってもさすがにそれは無いです。いくら大好きな年下のわたしが相手にしてあげないからってそれはいくらなんでも気持ち悪いですだったらもっとわたしにガンガン攻めてくればいいじゃないですかそれならちょっとは考えない事もないですごめんなさい」

 

「もう長いわ早いわで何言ってんだかよく分かんねえよ……。だから違うっつってんだろ。留美だよ留美。林間学校とクリスマスの時の鶴見留美。あいつが昨日会いにきてくれたんだよ」

 

 

疑いの眼差し……と言うよりは完全に犯罪者を見るような視線のこいつらに、昨日の出来事、そしてだからこそこの案を思いついたって事を懇切丁寧に説明した。

さすがに彼女になってあげる……とかって危険な話題には触れなかったが……。

 

だってそれ出しちゃったらたぶん明日の朝日は留置場で拝むことになっちゃうでしょ?

そもそも留置場って朝日拝めんのか?ま、一生知らなくてもいい情報ですね。

気を付けなくっちゃっ!雪ノ下さんの通報に☆

 

 

「ホントっ!?そっかぁ……!留美ちゃん良かったねっ」

 

「そうだったの……。あの子、強くなったのね……良かったわ」

 

この二人はとても優しい笑顔で留美の変化を喜んでいた。ずっと気に掛かってたんだろうな。

今度遊びに来たときは部室に連れてきてやるか。

一方のいろはすは、

 

「それならそうと早く言ってくださいよー。ガチで焦ったんですから!」

 

と、なぜかぷく〜っと膨れっ面。

いや膨れたいのはこっちだろ……。せっかく綺麗に終われそうだった雰囲気返せこのやろう。その膨れた頬っぺたをつんつんしてやりたい。

 

でもそれをやるとセクハラだと訴えられて根こそぎ搾り取られそうだから、

 

「なんでお前がぷんすかすんだよ。冤罪食らって心の傷受けたのはこっちだっつーの」

 

亜麻色のフワフワな髪にポフッと手刀を食らわせてやった。

 

「あうっ」

 

さすが一色だぜ。チョップの食らい方ひとつ取ってもあざととさを忘れないとはな。

 

 

 

 

そんなアホみたいなやり取りがようやく一段落つくと、雪ノ下が顎に手を当て神妙な表情に変わる。

 

「先程の比企谷君の提案なのだけれど、確かにそれなら根回しさえうまくいけば成功の可能性が高いわね。であるならばそれ以前の問題として、あの二人にどうしても確認を取らなければならないわね……」

 

そう言うと由比ヶ浜に向き直る。

 

 

「由比ヶ浜さん。結城さんと折澤さんをここへ呼んでもらえるかしら」

 

 

 

さて、ようやく相模と向き合う前の最後の正念場だ。

俺達の声があいつに届くかどうかは、結局の所依頼人であるあの二人次第、か……。

 

 

 




ようやく物語が動き出します。
そして次回はたぶんちょっと重いです。

しかしルミルミのヒロイン感ハンパないですね!


今日は時間が空いたので、これからもう一本書こうかと思ってます。
なので明日には次が更新できる………かな…………?



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彼女は問う、その覚悟を。彼女は嘆く、その後悔を。




今回ついに物語が動きます。
重めのうえ、ちょっと長くなってしまいました。


 

 

由比ヶ浜からの呼び出しを受け、10分もしないうちに依頼人の二人は部室の扉をくぐる。

 

特にこちら側から言った事は無いが、こいつらはいつ呼び出されてもいいように放課後は毎日どこかに待機していたのかも知れない。

 

二人が着席すると、早速雪ノ下が鋭い口調で二人に尋ねた。

 

「貴女たち次第ではあるけれど、こちらの方針は決まったわ。なのでどうしても貴女たちに確認を取っておきたくて」

 

二人は緊張した面持ちで頷く。

 

「まず認識の違いがあるかも知れないから先に言っておくのだけれど、今回の問題、解決は出来ないわ」

 

「……えっ?」

 

「……やっぱり無理なの?」

 

驚愕の表情で雪ノ下を見つめる二人の依頼人。

まったく……。雪ノ下は俺以上に回りくどいな。

 

「ええ。ただしそこの男の案を実行すれば解消は出来る。意味は分かるかしら?解決まではいかなくても、取り敢えずその場しのぎにはなるということよ」

 

「………えっと、……良く分かんないけど、私達は南ちゃんを救って貰えるのなら、解決でも解消でも構わないよ」

 

救って貰える……か。まずそこから認識の相違があるんだよな。なにせ我が奉仕部の活動方針は……

 

「お腹を空かせた人に魚を与えるのでは無く、魚の取り方を教えるのが私達奉仕部。つまり私が貴女たちに聞きたい事は、相模さんが救われる為に貴女たちにどれだけの覚悟があるのかを知りたいの」

 

「私達の……」

 

「覚悟……?」

 

 

× × ×

 

 

一瞬の静寂。依頼人がゴクリと喉を鳴らす音が今にも聞こえてきそうな程の。

 

「単刀直入に言うわ。この件で相模さんがクラスに受け入れられる事は無い。つまり相模さんが学校に復帰出来たからといって、孤立から救える訳ではないわ」

 

……え?と二人供に目を見開く。

なにを言っているのか分からないのだろう。

ならばなにが解消なのか……と。

 

「だから私は貴女たちに問います。復帰した相模さんと一緒に、クラスから、学校から孤立する覚悟はありますか?」

 

 

その雪ノ下の問いに愕然とする結城と折澤。

 

そう。結局相模を孤立から救う事なんて出来やしない。

でもあいつは一人で孤立に立ち向かえるほど強くはない。

 

だったら、相模を想って助けを求めてきたこいつらが、相模と運命を供にする覚悟がなければ問題の解消以前のお話なのだ。

 

「どうだ?お前らにその覚悟はあるか?虐めに発展する程ハブられてる相模と一緒に行動するという事は、お前らも相模と同じ目で見られるってことだ。もうクラスメイトと仲良しこよしの関係に戻れる事はないだろう」

 

「でも貴女たちがその覚悟を示さなければ、その覚悟を伝えなければ、そもそも相模さんは学校に来る事さえ出来ない。学校に来る事が出来ないのならば、問題解消以前の問題なのよ」

 

うなだれる依頼人の二人に対し、俺が言ってやれる事はこれくらいか。

 

「だがな、孤立はしても惨めな気持ちにならない計画は立てる。お前たちに惨めな思いはさせない」

 

確かにキツいわな。相模を含めてこいつらは俺みたいな元からのぼっちでは無いのだ。

カースト上位であるという、くだらないがコイツらにとっちゃ大事なプライド。

 

それを他人の為に捨てられるのか?と問われれば、ハイそうですかと簡単に認められる訳がない。

 

 

しかしこの二人がここで逃げ出せば依頼は振り出しに戻る。

いやそもそも依頼人が逃げ出す訳だから、依頼自体が無効になるのか。

 

だがこの問題を放っておく事は、俺達にはもう出来ないだろう。

なにせ小町や戸塚に応援されちまってるし、平塚先生の辛い顔も見ちまった。

 

だから、もし振り出しに戻ったとしてもまた一からやり直すのだろう。

 

 

× × ×

 

 

沈黙の中、ずっと黙って聞いていた由比ヶ浜が口を開いた。

 

「あたしはね……?あたしは……、ユッキー達に孤立しちゃう覚悟を求める事なんて……出来ないんだよね……」

 

由比ヶ浜からの意外な言葉に、二人は俯いていた顔を上げた。

 

「だってあたしも同じだもん。あたしもクラスの空気が怖くて、ヒッキーを見捨てちゃったから……」

 

は?急になに言いだすんだこいつは……。

見捨てたって何の事だよ。俺はお前の優しさに助けられた事はあるにせよ、見捨てられた覚えなんかねえぞ……。

 

「ヒッキーが文化祭後にああなっちゃった時にさ……、あたしは……なんにもしてあげられなかっ……た。………みんながヒッキーを悪く言ってるのを聞いてたのに、庇うどころか……一緒になって苦笑い浮かべて……ヘラヘラしてたの……っ」

 

そう言う由比ヶ浜は、俯き声を震わせる。

 

「………一人で居場所が無くって辛そうにしていたヒッキーの所に行って……、あたしだけでも一緒に居てあげられる事だって出来たはずのに……、クラスの空気が怖くて……、近付けないでいた……のっ……ひっくっ」

 

嗚咽をもらしながら自身の気持ちを吐露する由比ヶ浜。

 

だがそれは違うだろ……。あの時お前が俺に近付いて来たら……

 

「由比ヶ浜……。お前があの時そんな行動とってたら、俺もさらに悪目立ちしちまって余計に居場所が無くなってた……。お前が空気を読んでくれたおかげで…」

 

「違うよっ!……それは違う……。あたしはヒッキーのその言葉に寄っかかって自分を誤魔化してたんだよっ!……あの時もヒッキーがそう言ってくれたから……、だからこれは仕方がない事なんだって、これはヒッキーの為なんだって……嘘ついてたのっ……自分に………うぅっ……」

 

突然の由比ヶ浜の告白……。なんでこんな事になんだよ。

 

「……前にいろはちゃん言ってたよね……。ユッキー達の事許せないって……。でもね、ホントはあたしも一緒なの……。悪口言ってた人達と一緒なの……。」

 

「…………結衣先輩」

 

「いろはちゃんはユッキー達が許せないって本気で怒った……。あたしもあの文化祭の後クラスの皆が嫌いになってた……。でもさ、あたしはいろはちゃんみたいにヒッキーの為に怒ってあげられなかったの!……なんで!?ヒッキーの事悪く言わないで!……って、言ってあげられ…なかったの……ひぐっ…」

 

 

 

また暫らくの静寂。響くのは由比ヶ浜の嗚咽だけ。

もういいだろ……由比ヶ浜はもうぐちゃぐちゃだ。問題の主旨からもズレまくりだ……。

俺もぐちゃぐちゃだ。

視界も滲んじまってるし、今日はもう……

 

「由比ヶ浜……。もういい。とりあえず今日はもう…」

 

「待ってっ!……あたしの本題はこれからだからっ……。……………だからさ、ユッキー、さおりん……。あたしには孤立の覚悟が出来るの?なんて偉そうなことは言えない。……だって怖いもんね。空気って。………でもね、さがみんを本気で助けたいってここに来た二人には、あたしみたいにこんな後悔はしてほしくないの」

 

…………そうか。主旨がズレてるんじゃなくて……

 

「今でもね、たまに夢を見るんだ。あの時の教室の夢……。一人で辛そうにポツンと座ってるヒッキー。……とっても寂しそうな後ろ姿を見てたらあたしも辛くなっちゃって、声を掛けようと近くに行くんだけど、声が出せないの……。何度も何度も名前を呼ぼうとしても、どんなに叫ぼうとしても声が出ないの………。…………………今でもすっごい後悔してるんだと思う。たぶん今のあたしがあの時のあたしを見たらひっぱたいちゃうんじゃないかな。…………だからさ、二人にはこんな風に後悔して欲しくないの……っ。………後悔しない選択をして欲しいの……」

 

これが言いたかったのだ。由比ヶ浜は……。

 

自分のトラウマをこんなに泣きじゃくって口にしてまで、二人の友達に後悔させたくなかったのだ。

 

 

なんて不器用なやつなんだろうか。

なんて優しいやつなんだろうか。

 

 

俺はあの時の事をそこまで心の傷だなんて思っちゃいない。この依頼がなければそのまま忘れていたとまで言える。

それはいつか平塚先生が言っていた傷付く事に慣れてしまったからなのかもしれない。

 

だが由比ヶ浜があの時の事をここまで深く傷付き忘れずにいるっていうのなら、俺もまた、あの時の事を忘れずにいようと思う。

せめて、こいつがこんなトラウマから解放されるまでは…な。

 

 

× × ×

 

 

由比ヶ浜の突然の心情の吐露の後、黙って聞いていた結城と折澤が自分たちの想いを口にした。

 

「結衣ちゃんさ、あんまり勘違いしないで欲しいんだけど」

 

「えっ……?」

 

「私達は、そんな覚悟とっくに出来てるよ?もし南ちゃんが戻ってこれて、それでも何の解決も出来なくて味方が私達だけだとしたら……ってちゃんと考えてた。………ただ……覚悟はしてたつもりだったんだけど、いざ言われたらやっぱりちょっとビビっちゃった。……ふふっ、雪ノ下さんの言い方もちょっと怖かったしさ」

「そうだよ。雪ノ下さん怖いんだもん!………それにさ、私達だってとっくに後悔してるんだよ。………GW明け、朝来たら南ちゃんの机に落書きされててさ、登校してきてそれを見た南ちゃんは、なんも言わずにただ呆然と立ちすくんでた……。ほんの数秒数十秒だったのかも知れないけど、ただ立ちすくんでそれをじっと見てたの……。そんな南ちゃんを、私も沙織もただ見てる事しか出来なかった。あんなに楽しかったのに……。あんなにいつも笑いあってたのに……」

 

「だから、私達は南ちゃんが戻ってきてくれるなら孤立したっていいよ。さっきの結衣ちゃんじゃないけど、もうあんな思いはしたくないもん……。もう後悔したくないもん……」

 

二年の頃、正直相模のグループなんて上辺だけのくだらない青春謳歌してますグループだと思っていた。

馬鹿みたいに群れて馬鹿みたいに騒いで馬鹿みたいに馴れ合う、そんな薄っぺらいグループだと思っていた。

 

そんな事もねえんだな。こいつらにとっては、あんなグループでも大切だったのかも知れない。

一度は違えた連中だが、これを乗り越えられたら今度こそは本物になれるんだろうか?

 

 

「それでは最後にもう一度問います。結城さん折澤さん。貴女たちは相模さんと一緒に孤立する覚悟はありますね?」

 

 

「はいっ!」「はいっ!」

 

 

了解だ。じゃあここからは俺の仕事だ。

こんなにクセェ青春友情ストーリーを見せられちまったら、あとはなんとかするしかねえだろ。

 

 

「それじゃあ結城。………今から俺に相模の住所を教えてくれ」

 

 

× × ×

 

 

部室に居る女子一同、皆目を丸くして俺を見ている。

実に気まずい。

 

「……先輩。急になに言ってんですか……」

 

は?この状況で相模の家を知りたい理由なんて一つしかないだろ。

 

「決まってんだろ。俺が相模と話をつけてくるからだ」

 

すると結城だか折澤だかが呆れたように口を開く。

てかまだどっちがどっちか分かってないのかよ。

 

「比企谷……、あんた前に私達が話した事聞いてた!?私達でさえ門前払い食らったんだよ!?あんたに会ってくれる訳ないじゃん!」

 

「そーですよ先輩!相模先輩って先輩の事大嫌いなんですよね?会ってくれる訳無いじゃないですか!……………こういう時こそ、やっぱり葉山先輩にお願いした方が……」

 

「いや、むしろそれこそ悪手だ。……一色。お前なら自分が最高に情けなくて最高に惨めな姿を、憧れのヤツに見られたいか?」

 

 

 

「!………そりゃ確かにそうですけど……。でも………、本当に辛い時は大好きな人に寄り添っていてもらいたい……かも……」

 

と真っ赤な顔で俯き、こちらをチラリと見る。

いや、そんなに恥ずかしい台詞なら無理に言うなよ……

 

「……だがそれはあくまで信頼関係が構築出来ている相手の話じゃねえのか?相模にとっての葉山は単なる憧れの的であって、信頼関係なんざこれっぽっちも無いんだぞ?ただの一方通行の憧れの相手に、自分の惨めな姿なんか見せられる訳ねえだろ」

 

「……信頼。……うん、確かに…そうかもです……」

 

だから恥ずかしそうにこっちをチラチラ見てくるのはやめてもらえませんかね。

俺じゃなかったら勘違いして告白しちゃってるとこだからね?

 

「でもだからって、さがみんがヒッキーに会ってくれるとは思えないし、会えたとしてもヒッキーの話なんて聞いてくれるの?」

 

泣き腫らした顔のままではあるが、ようやく落ち着きを取り戻した由比ヶ浜が訊ねてきた。

 

「まあ会うのはなんとかする。で、話ってのはむしろ俺だからいい、てか俺しかないまである」

 

意味が分からないと顔を見合せる一同の中で、一人だけ顎に手を当てて考えを巡らせている奴が居た。

 

「………成る程。比企谷君だからこそ…ね。確かにそうかも知れないわね……」

 

さすがは雪ノ下だな。理解が早くて助かる。

他の連中が答えを求めて俺と雪ノ下を交互に見る。

 

「由比ヶ浜さん。あなたは体育祭実行委員の時の事を憶えているかしら。あの時、今にも逃げ出しそうな相模さんを踏み留まらせたのはなんだったかしら」

 

腕を組みう〜んと考え込む。そしてひとつの結論を見いだす。

 

「………あっ!ヒッキー……」

 

「ええ。つまりそういう事よ。相模さんはあなたや城廻先輩の優しい言葉ではなく、大嫌いな比企谷君の言葉に反発心をおぼえて踏み留まった。だから比企谷君の言う通り、これは比企谷君にしか出来ない事なのかもしれないわ」

 

そう。あいつはプライドが高い。自分よりも下と認識している人間に同情されたり馬鹿にされる事をなにより嫌う。

その上大嫌いな俺にお前情けないななんて罵倒でもされてみろ。あいつが反発しないわけがない。

 

つまりあいつと話をするのに俺以上の適任者は居ない。

 

 

その後も由比ヶ浜と一色が「だからって一人で行かなくても」となぜか妙に食い下がって来たのだが、結城達が門前払いされた事実やさっきの葉山と同じ理由で、仲のいい奴や優しくしてくれる奴が居ても会ってくれないだろうからと断った。

その際一色に「この天然スケコマシが……」とかなんとかボソリと言われたのだが、なんなんすかね……

 

とにかく……、相模に会う、相模と話をつけるには、俺一人の方が都合がいいんだよ。

色んな意味でな……

 

 

× × ×

 

 

「ヒッキー!」

 

部活を終え駐輪場に向かっていると、さっき別れたはずの由比ヶ浜に呼び止められた。

 

「……おう、どうした」

 

正直今はちょっとこいつと二人で顔合わすとか結構キツいんだよな。

さすがに照れ臭い……。あんなことがあった後じゃあな。

 

「……えっと、さっきは取り乱しちゃってごめん。……それと、今までずっと言いたくて言えなかったんだけど………、本当にあの時はご…」

 

「待て。別に謝る必要はない。むしろ謝られたくは無い」

 

すると、なんで……?謝らせてくれないの……?と悲しそうに俯いた。

 

「ああ……、勘違いすんな。俺はな、これでもお前には本当に感謝してんだよ。あの時の問題だけじゃなくて、他にも色々とな。あの時だって、お前はああ言ったが、俺に気を遣って声を掛けたり怒ったりしてお前の立場がヤバくなったとしたら、それこそ俺自身が自分のしたやり方を後悔して自分が許せなくなってたと思う」

 

これは本当に本心だ。

由比ヶ浜に気を遣わせてまで、こいつの立場を奪っちまってまで、俺はなにやってんだと、後悔して立ち直れなくなってたかもしれない。

 

「だからこの件でさらにお前に謝られちまったら、俺は俺を嫌いになっちまいそうだ」

 

だからお前にそんな顔してもらいたくねえんだよ。

 

「あー……だから、なんだ。お前が俺の事を思ってくれるんなら、あの時の事はなるべく早く忘れてくれると助かる。………だが、まぁ……アレだ……。お前が後悔してるって聞いて、ちょっと………ホントにちょっとだけなんだが…………、う、嬉しかったぞ……」

 

 

 

うわーっ!恥ずかしーっ!俺なに言っちゃってんの!?なに言っちゃってんの!?

また今夜は悶えコース確定じゃないですかぁ…!

てか今すぐ枕とお布団をちょうだいっ…!

 

「………………ヒッキー!」

 

由比ヶ浜さんもそんな顔すんのやめてっ!なんかブンブン振ってる尻尾が具現化しちゃいそう!

なにその具現化系!そんなに役に立たなそうな念能力初めてっ!

 

「じゃ、じゃあな!」

 

たまらずそそくさと逃げ出す俺に、もう一度だけ声が掛かる。

 

「ヒッキー!…………また任せっきりになっちゃうけど……、さがみんの事よろしくねっ!」

 

俺はもう照れくさくて振り返りもせず、右手だけあげてそれに応えた。

 

「おう」

 

 

× × ×

 

 

翌日の放課後、俺は相模の家の前に立っていた。

この為に部室にも寄らずに直帰してここに来た。

 

今年の梅雨は近年稀に見る空っ梅雨だったのが、空が思い出したかのように朝から雨粒を落としていた。

 

「ったくよ……。天気で心理描写とか、どこの文学作品だよ……」

 

俺は流石に緊張している。女子の家に訪ねてくるってだけでも相当なのに、これから二人で話し合いとか、どんだけハードル高いんだよ……。それ以前に、まず『会う』というハードルが高すぎる。

 

俺は段々と落ちていく気持ちを、さがみんさがみんグルコサミーン♪と心の中でノリノリで歌い、なんとか落ちる気持ちをメルヘンチェンジさせようと己を鼓舞しながらインターホンへと手を伸ばした。

 

 

ピンポーンと間の抜けた呼び出し音の後、インターホンから「はーい」と、相模の母親らしき人からの応答があった。

 

「お忙しい所誠に申し訳ございません。総武高校の者なのですが」

 

すると緊張した声で、今行きますとの応答のあとインターホンが切れる。

 

同級生とか言うと、その時点で娘が会いたくないと言っているので…と門前払いを食らう危険性が高いので、高校の者と言った所がポイントな。

学校関係者なら、親が会わない訳にはいかないからな。

 

しばらくすると玄関が開き、母親らしき女性が顔を出した。

流石は相模の母親らしく、とても綺麗な妙齢の女性だった。

 

学校関係者だと思って出てきた母親は俺の顔を見ると大層驚いたが、外門までは出てきてくれた。

 

「さが……南さんとちょっとお話させて頂きたいんですけど……」

 

「えっと…、お友達のかた?……分かってるとは思うけど、申し訳ないんだけど南は今は誰にも会いたくないみたいなの……」

 

当然の受け答えだろう。仕方がない。

 

「そうですか……。それでは失礼します」

 

俺は歩を進めた。踵を返して元きた道を引き返す訳では無い。

母親を押し退けて玄関へと進み扉に手を掛けた。

 

「ちょっ!ちょっとあなた!」

 

引き止めようとする母親を無視し扉を開け玄関へと足を踏み入れた。

 

ったく……平塚先生を馬鹿にしてたのに、俺がそれをやっちまうとはな。

だから一人で来たかったのだ。あいつらにこんな事付き合わせる訳にはいかないからな。

 

「おい!相模!居るんだろ!ちょっと話がある!降りてきてくれよ!」

 

玄関内から大声で呼び掛ける俺を母親が必死に追い出そうとする。

 

「ちょっと!あなた何考えてるの!?警察に通報するわよ!?」

 

「……どうぞ。通報するならしてください。警察が到着するまでは多少時間かかると思うので」

 

戸惑う母親を無視してさらに呼び掛ける。

 

「おーい!相模!聞こえたか?出来れば早く降りてきてくんねえかな?早くしないと本当に通報されちまうよ!…………いいのか!?学校一の嫌われ者の俺が不登校になってる奴の家に突撃して補導されたなんて噂が広まったら、さらにとんでもない笑い者になるぞ!」

 

 

これは賭けだ。かなり分の悪いな。

だが、もうあいつの俺を嫌う気持ちの強さに賭けるしかない。

 

頼むよ相模……。一応さっきの台詞で母親を牽制するにはしたが、これでお前とも話せず、通報されて補導でもされたら、あいつらに顔向けできねえよ。

 

 

最悪の手段。それはこのまま無理矢理上がり込んで相模の部屋を探す……そうするしかないのか?との考えが頭を過ったその時、二階からバンッと不機嫌そうに音を荒げて扉を開く音がした。

 

 

 

ついに相模との対決だ……。俺は玄関から、相模が降りてくるであろう階段をじっと見つめていた……

 






えーっと……今回のストーリーはこの相模SSを書こうと思いたった時に、三番目に書きたかったストーリーでした。

私だけかも知れませんが、実は文化祭の後の結衣の対応を見て、ちょっと結衣を嫌いになりかけた事がありました。
てっきり悪口を言うクラスメイト達にキレたり距離を取ったりするのかと思ってたら、八幡を馬鹿にしている戸部達にヘラヘラ苦笑いを浮かべたり、それなのに奉仕部内では戸部に「なんかやな感じ」と不満を述べてみたり……


なので、本当はこう思ってたんじゃないかな?こんな風に後悔してたらいいな…と、相模の後悔と共に結衣の後悔の告白も入れたいと思っておりました。

それにしてもちょっと長かったでしたかね?
読みやすく二話に分けた方が良かったでしょうか?

そして次回はこのSSで二番目に書きたかった八幡と相模の対決です!

この怒涛の重めの書きたかった内容の前に一度心を落ち着けるために、あざとくない件の方で軽いしょーもない話を書いてワンクッションを入れたまであります(笑)


さて!お待たせ?しました!ついに次回は相模の登場です!


ここからはずっとうちのターンっ>ヽ(゚Д゜)


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そして彼女と彼の想いが交錯する

 

 

 

ピシピシと雨が窓を打ち付ける音にふと目を覚まし時計を見た。

 

「もう五時か……」

 

いつの間にか雨が降ってたんだな。

そういえば今って梅雨だったっけ?もう曜日感覚どころか、今が何月なのかも考えてなかった。どうでも良かった。

 

 

うちの刻は、5月で止まってしまってるから。

 

 

ゆうべも結局ほとんど眠れず、そのままずっと布団に包まってぼ〜っとしていたら少しだけ寝てしまったらしく、気付けば今日もあと7時間もすれば終わろうとしてる。

 

あ〜……。そういえばゆうべから何にも食べてないな……。ちょっとお腹空いたかも。

食べてもたぶん吐いちゃうんだけど。

 

 

最近のうちの生活は大体こんなもん。

トイレとお風呂以外は部屋から出る事もせず、お母さんが作ってきて部屋の前に置いといてくれたごはんを気が向いたら食べる。

あとはただベッドで布団に包まってテレビを見たり音楽を聞いたり漫画を読んだり。

 

 

うちって何の為に生きてるんだっけ………?

 

 

いつも通りの思考回路は今日も通常営業のようだ。

テレビを見てても音楽を聞いてても漫画を読んでても、頭の中はその事か、もしくはあの事ばかり。

 

 

今日もいつもと変わらずに一日が過ぎていく……。もしかしたらこのまま全てがなんにも変わらずに過ぎていくのかな……?

 

そう思っていた時、不意にインターホンが鳴り響いた。

 

 

こんな時間にお客さんかな。また学校の連中かな……。

そういえば前に一度だけ由紀ちゃんと早織ちゃんが来てくれた事があったっけな。会わなかったけど。

 

でも不登校になってから友達が家に来たのはあれだけ。

 

 

『つまりさ、……誰も真剣にお前を捜してなかったってことだろ。わかってるんじゃないのか、自分がその程度の……』

 

 

いつかのあいつの言葉がまた頭を過る。

 

本当にその通りだ。あの時あいつが言っていた言葉は、何一つ間違いでは無かったんだ。

 

結局うちのことなんて誰も捜してない。

見つけて欲しくて駄々を捏ねても誰も見つけてくれない。

 

 

最低辺の世界の住人。

 

 

唯一うちを見つけてはくれたのは、大嫌いなあいつだけ……。

 

 

またあいつの事を考えてしまっている。

もうあいつの顔なんて、あいつの声なんて思い出したくもないのに……。

 

 

でも神様は無情にも、その思い出したくない声をうちに届けた。

 

 

× × ×

 

 

「おい!相模!居るんだろ!ちょっと話がある!降りてきてくれよ!」

 

 

 

………………なんで?

 

 

 

ありえない。だってうちは自分の部屋に居るんだよ?

誰にも犯される事のないうちのテリトリーに、なんであいつの声が届くの!?

 

これは夢?幻聴?

ついにおかしくなっちゃったのかな、うち……。

 

「ちょっと!あなた何考えてるの!?警察に通報するわよ!?」

 

少なくとも幻聴なんかでは無い……。

お母さんの必死の叫び声がする。

 

じゃあ夢だ。うちまだ寝てるんだ。

不愉快だから早く目を覚まそう……。

 

 

「おーい!相模!聞こえたか?出来れば早く降りてきてくんねえかな?早くしないと本当に通報されちまうよ!」

 

 

夢のはずなのに目が覚めない。

これは、夢じゃ…無いの……?

 

だったらなんで……?なんであいつが家に居るの!?

なんでうちを呼んでるの!?

 

「いいのか!?学校一の嫌われ者の俺が不登校になってる奴の家に突撃して補導されたなんて噂が広まったら、さらにとんでもない笑い者になるぞ!」

 

 

あいつの声は、うちを挑発するかのように響く。

 

なん…で?

なにしに来たの……?

 

笑いにきたの?馬鹿にしにきたの?大嫌いなうちの無様な姿を眺めに来たの……?

 

 

ふざけんな……ふざけんな……ふざけんな………!

 

 

 

「……ふざっけんな……」

 

 

 

うちは扉を叩きつける勢いで開けると部屋を飛び出しその声の元へと向かう。

 

怒りで震える足をなんとか動かし階段を降りると……、あいつが……比企谷がうちを見据えてた。

 

 

× × ×

 

 

死んだような目でうちを見る比企谷におもいっきり平手を叩きつけた。

 

「っか〜……痛ってぇ……」

 

「なにしに来た!あんたなにしに来たのよ!?」

 

うちは頭が真っ白になっていた。

 

不登校になってから……ううん、本当はあの日からずっと。考えたくもないのに…、思い出したくもないのに…、それでもうちの中から追い出せずに居座り続けていた比企谷が、今目の前に居る。

 

怒りなのか戸惑いなのか訳が分からない感情が溢れてきて、目の前のこいつに罵声を浴びせた。

 

「なにしに来たって聞いてんのよ!なに?大嫌いなうちの無様な姿を笑いに来たの!?大嫌いなうちの憐れな姿を見物しに来たの!?………ふっざけんなぁっ!」

 

もう一発平手を叩きつける。

もうなにがなんだか分からない……。状況も。自分も。こいつも。なにもかも……。

 

「南っ……!」

 

お母さんが心配そうにうちを見ているのかも知れない。

でもそっちにまで気が回らなかった。

 

今のうちには……、涙で滲んで良く見えないうちの目には、左側の頬が真っ赤に染まった比企谷しかうつらない。

 

すると比企谷の口が歪んだ。あの時うちを罵った時と同じように。

 

「ハッ!自惚れんなよ相模。誰がお前を大嫌いだって?お前、嫌うほど俺に意識されてると思ってんの?」

 

「ちょっとあなたいい加減に…」

 

「俺はお前の事なんてなんとも思っちゃいねえよ。無関心だ。自惚れんな」

 

 

ムカつく……。ムカつくムカつくムカつくっ……!

 

 

でも何にも言い返せない……。たぶんそれが真実だから。

 

 

「………だったら、……だったらなにしに来たのよ!?うちを笑いに来たんじゃないなら、うちに無関心なら……、あんたはこんなとこまで何しに来たのよ……」

 

 

今にも泣き崩れそうなうちに比企谷はこう言った。

 

 

「仕事だ。相模、お前を救って欲しいと依頼を受けた」

 

 

× × ×

 

 

「うちを……?うちを救う……?」

 

誰も捜してもくれないうちを?

誰も見つけてくれないうちを?

 

 

虚ろな目で見つめるうちに比企谷は答えた。

 

「ああ。お前を救って欲しいんだとさ。結城と折澤がな」

 

由紀ちゃんと早織ちゃんが?

だって……、あの二人はうちを裏切ったのに……。うちを見捨てたのに……。

 

 

「…………帰って」

 

 

なんなの?意味分かんない…。

なに?救って欲しいって。

自分達は見捨てた癖に、人に頼んで救って欲しいってなに?

 

しかもよりによってこいつに。奉仕部に……。

 

 

「………帰って。帰ってよ。うちはあの子達に救って欲しいなんて頼んでない……。あんたなんかにも頼んでない。ありがた迷惑よ」

 

 

くだらない。これだけ取り乱して泣いて叫んで殴って。

ただちょっとした罪悪感から逃れる為に面倒ごとを押し付けた連中と押しつけられた連中ってだけの話じゃない。

 

うちは踵を返し部屋に戻ろうとした。

 

 

「……ったく。また逃げんのかよ。お前はいつもそうだな」

 

さっきまでの頭に血が上った状態なら、またカッとなって言い返していただろう。

でも真相を知ったうちは、なんかもう冷めてしまった。

 

「そうね。うちはあんたの言ってた通りの最低辺の世界の住人だからね。逃げちゃうのよ、嫌な事から……」

 

振り向きもせずにそう言い捨て階段へと進む。

早くその階段を上って安全なテリトリーに戻ろう。

もうなんにも考えたくない。

 

 

「……結城と折澤、すげえ後悔してたよ。泣きながら相模を救って欲しいって助けを求めてきたよ」

 

ハッ……なにを今更。

ただ罪悪感から逃げたいだけじゃない。

 

うちも逃げてきたんだから、あんたらも逃げ出せばいいじゃない。

 

「あいつらさ、お前が学校に戻ってきてくれるんなら、お前と一緒にクラスから、学校から孤立したっていいんだとさ」

 

 

…………………えっ?

 

 

「お前を見捨てちまった事は後悔しきれないくらい後悔してて、もうあんな気持ちになるのは嫌だから一緒に孤立するとよ」

 

 

「………う…そ…?」

 

 

階段へと進めていた足が止まってしまった。

動けずにいるうちに、比企谷が畳み掛けてきた。

 

「お前さ、俺の事大嫌いだよな。自意識過剰とかじゃなくそう思うわ。お前だったら他人の為に俺に頭下げられるか?」

 

「………………」

 

「嫌いな奴に頭下げるのって、マジですげえエネルギー使うと思うんだよな。しかも他人の為にだぞ?」

 

「………………」

 

「その上自分たちも一緒に孤立する覚悟を決めたんだ。元々ぼっちの俺には良くわからんが、結構すげえ事だとは思う」

 

「………………」

 

「そんな二人の依頼を受けちまったからな。俺もハイそうですかと簡単にお前を逃がすわけにも行かねえんだわ」

 

 

……わけ分かんない。裏切ったくせに……。見捨てたくせに……。

なんでそこまでするの……?

 

 

そしてこいつも……。

 

うちの罪を一人で被った被害者の癖に、仕事だからって普通こんなことまでする?

 

バッカみたい……。

 

 

「……………って」

 

声が出せず小さな声になってしまい比企谷には届かない。

 

「……あん?」

 

「………あがって」

 

「……は?」

 

「いいからあがってて、うちの部屋。…………階段上って一番奥の部屋だから、勝手に入って待ってて……」

 

うちは何を言っているんだろう?

なんでうち比企谷を部屋にあげようとしているの?

 

「いやいや待て待て……!なんでそうなる?意味が分からんのだが……」

 

「ちょっ!ちょっと南!?」

 

慌てる比企谷とお母さんを無視してキッチンへと向かう。

どうやら軽くパニックになってるうちは、お茶を入れに行くらしい……。

 

「……いいからっ。……今お茶入れてくるからあがっててよ」

 

比企谷の返事も待たずにキッチンへと進む。

遠くで「あ、いや……」とか聞こえてくるけど知ったこっちゃない。

 

お前もパニックになればいいんだ。

 

 

× × ×

 

 

キッチンでお茶の準備を始めるとお母さんが慌ててうちを止める。

 

「ちょっと!南!?なんで急に部屋にあげるの!?……大丈夫なの?あんな子部屋に入れちゃって……」

 

「大丈夫だよ。あいつぼっちでヘタレのどうしようもない奴だから、別になんにも出来ないよ」

 

「で……でも……。なんで急に…?」

 

「………分かんない」

 

ホントに分かんない。うちは何をやっているんだろう。

 

もうひと月も不登校やってて、ひと月ぶりに人と話したかと思ったら急に部屋にあがれだなんて。

 

今まで男なんて部屋に入れた事ないのに、よりにもよってなんで比企谷……?

 

 

「とにかく大丈夫だから……。お母さんは心配しないで?」

 

心配するななんてどの口が言うのか……。

不登校になってこれだけ心配させといて、さらにこんな奇行に走っといて心配するなだなんて、我ながら無茶苦茶だ。

 

心配そうにうちを見つめるお母さんを無視してお茶の準備をする。

 

 

あいつはコーヒーがいいだろう。

あいにく家には練乳なんか常備していないから、ミルクと砂糖を思いっきりぶち込んでやるか。

 

 

お茶の準備を済ませ、お盆を持って階段を上る。

 

 

ふと今の自分の格好を思い出して顔が熱くなる。

いくら頭に血が上ってたからって……

 

「すっぴんで髪ボサボサでパジャマのまま男を部屋に入れるとか……」

 

ホントになにをやっているんだろうか。

 

 

たぶん、ひと月ぶりに……、違うか。ひと月どころじゃ無かった。

不登校になる前から、家族以外と話をする事なんてしばらく無かったな。

 

とにかく会話が出来た事が思ってたよりもずっと楽しかったのかも知れない。

 

比企谷はあくまでも仕事で来ただけだけど、それでも……。

 

あとは由紀ちゃんと早織ちゃんの話を聞けたからかな。

 

 

だから、あんな奴でももう少し喋っていたいと思っちゃったのかもしれない。

 

 

 

部屋の前まで到着するとノックもせずに扉を開ける。

自分の部屋なんだから、そんなに気を遣ってあげる必要なんかないよね。どうせ比企谷だし。

 

 

 

扉を開けると、さっきまでの偉そうな態度はどこへやら、比企谷が緊張した面持ちで所在なさげに床に座っていた。

 

 

 

 






最後まで読んで頂きありがとうございました!

ついに一話以来のヒロイン(仮)の登場のうえに、相模視点でのお話でした。
この対面は一話で済ますつもりだったのですが、前話よりもさらに長くなってしまいそうだったので二話に分けました。

いつも書きながら話を作るので、ホントに添削の削が出来ないなぁ……と嘆くばかりです。


それではまた!


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そして彼と彼女の想いが交錯する

 

 

部屋に入ると緊張している比企谷を無視し、無言でお盆をテーブルに置く。

 

いつもの自分の居場所、つまりベッドに腰掛け紅茶に口をつけた。

 

 

なんだこれ?味が全然分かんない。

たかだか比企谷が居るだけだというのに、すごく緊張してる。

 

自分の部屋に男が居るという違和感のせいだろう。

 

 

「……あんた、さっきまであんなに威勢良かった癖になにそんなにキョドってんの?キモ…」

 

「うっせえな……予想だにしない展開について行けてねえんだよ……」

 

「は?予想外なのはこっちだっての。なんであんたがうちの部屋に居んの…?」

 

「俺が聞きてえんだけど…」

 

他愛ない話をしていたらちょっと落ち着いてきた。

さっきまであんなにうちを泣かしてたこいつが慌てふためく様を見てたら、久しぶりになんか笑えてきた。

 

ニヤけそうになった口元を誤魔化すように紅茶を口に運ぶ。あれ?なんか美味しい。

 

「……飲めば?せっかく持ってきてやったのに冷めちゃうんだけど」

 

「お、おう…。頂きます……」

 

コーヒーを一口飲むと、ちょっと驚いたような顔をする。

なんか変だったのかな。

 

「あれ?美味い……」

 

あれ?ってなによ?うちが淹れたコーヒーがそんなに不味いとでも思ってたわけ?

 

「すげえ甘くて美味いんだけど、お前んちってコーヒー甘い派なの?」

 

「は?そんなに大量に砂糖入れたコーヒーなんて飲むわけないじゃん…」

 

そんなの有難く飲むのなんてあんたくらいなもんでしょ。

 

「いや、じゃあなんでこんなの淹れたんだ?俺が甘党だなんて知らねえよな?」

 

「だってあんたいつも甘ったるい缶コーヒーばっか飲んでたじゃん」

 

それくらい見てりゃ分かるっつーの。

バカじゃないの?

 

「いや、いつもって……。アレ?俺クラスで認知されてないつもりだったけど、意外とそういう所って見られてたりするもんなのか……?」

 

 

…………あ。

 

 

「……別に誰もあんたの事なんて見てないでしょ、キモッ……。ただうちはあんたが大嫌いだから、見たくもないのに勝手に視界に入ってきただけだっての…」

 

 

苦しい言い訳だ。

 

そう。体育祭以来、うちは気付いたらこいつを見ていた。

見たくもないはずなのに、なんでか気になってた。

 

だからこいつが毎日同じ甘ったるい缶コーヒーを飲んでた事なんて、当たり前のように知っている。

単なる気まぐれで試しに買ってみて、あの甘ったるさの原因が練乳のせいだって事ももちろん知ってる。

 

家に練乳があれば、もっとびっくりさせられてたかな?

 

 

「……ほーん。そういうもんなのか」

 

「そ、そんな事より、なんかうちに話があるんじゃないの……!?」

 

「は?……いや、俺の話はさっき玄関で話し終ったんだが、お前に部屋で待ってろって言われたからな……」

 

 

「……………あっそ」

 

 

なによそれ……。じゃあまるでうちが引き留めたみたいじゃん。

 

なんか暑くなってきちゃったな。

だから梅雨は嫌なのよ。蒸し暑いから。

 

 

× × ×

 

 

しばしの沈黙。

勢いでこんな事になっちゃったけど、こいつと会話なんか弾むわけないじゃない……。

 

でもこのままって訳にもいかないからなんか話さないと……

 

 

「あ、あのさ……。前にあんたが言ってたじゃない?……うちの事なんて誰も真剣に捜してないって……。あれってさ、本当だったね……」

 

うちはなにを言い出してるんだろう。

なにか話さなきゃって思ったとしたって、いくらなんでもこれはない。

 

「ゆいちゃんから聞いてるかも知んないけど、うちは一年の時は一番のグループに居てさ、………それでチヤホヤされて気分よくなっちゃって、勘違いしてたんだろうね……」

 

うち、なにこんな奴に愚痴っちゃってんの……?

 

「二年に上がったら、チヤホヤも何もかも三浦さんに持ってかれちゃってさ……、つまんなかったんだ」

 

やめなよ……うちはこんな事、他人に、比企谷なんかに知られたくないのに……

 

「同じランクだったはずのゆいちゃんも違う世界に行っちゃってさ、焦って妬んで悔しくて、それで身の丈に合わない大役で自分を飾り付けしたくてバカやって、雪ノ下さんに、あんたに、みんなに思いっきり迷惑掛けて逃げ出して、それなのにあんたを悪者にして自尊心満足させて呆れられてぼっちになって、挙げ句の果てにこのザマ……」

 

もうやめてよ……。黙ってよ……。

 

「………ホント、あんたの言ってた通り、うちは…最低辺の世界…の住人だ…ね……」

 

 

気がついたら頬を涙がつたってた。誰にも知られたくなんか無かった……。うちの醜い心の内……。

 

比企谷を引き留めたのは、帰したくなかったのは、惨めな自分を曝け出して懺悔したかったからなのだろうか……?

うちのせいで犠牲になった比企谷に許して欲しかったからなのだろうか……?

 

 

嗚咽で何も言えなくなったうちに、黙って聞いていてくれた比企谷が語り掛けてきた。

 

 

「そうだな。その通りだ。ちゃんと分かってんじゃねえか、自分の中身を。でもな、それを自覚して後悔してんなら最低辺なんかじゃねえよ。だったらやり直せるんじゃないのか?」

 

 

なによ…、罵倒したり優しくしたり……。

あんたなんかに今のうちの惨めさが分かる訳ない……

 

 

「………あんたなんかに」

 

自分でも驚くくらいの低く仄暗い声だった。

 

「あんたなんかにっ!うちの気持ちが分かって堪るかぁっ!」

 

気持ちが爆発してしまった……。もう自分では止められない。ずっと秘めていた想い……

 

「なにがっ!なにが最低辺なんかじゃないよ!なにがやり直せるよっ!………あんたになにが分かんの!?……いつも自分をぼっちぼっち言って孤高を気取っちゃってさぁ!……あんたのどこがぼっちなのよ!?あんたのどこが最低辺なのよ!?笑わせんな!……あんたの周りには人いっぱい集まってんじゃんっ!凄い人ばっかり……!」

 

 

そう。文化祭で自分の小ささを自覚してしまった後、今まで見えてなかった物が次々とうちの目にも見えてきてしまった。

 

見下して優越感に浸っていたはずの相手には凄い人ばっかり集まってきていた……。

雪ノ下さん。結衣。城廻先輩。葉山くんや戸部くん、三浦や海老名だって、こいつに一目置いてるのなんて嫌でも分かった……

みんなに愛されている戸塚くんも比企谷に憧れていた……

 

 

「で、なに!?気が付いたら生徒会長まであんたのそばに居んじゃんっ……!」

 

 

あれは衝撃的な光景だった。

たまたま一人で廊下を歩いてたら比企谷と生徒会長が一緒に歩いてた……。

 

一色さんだっけ?あの子は葉山くんに好意があるって、狙ってるって有名だったのに。

なのに気付いたら比企谷の隣で笑ってた。

とてもじゃないけどただの先輩を見る表情なんかじゃ無かった。

雪ノ下さんや結衣が比企谷に向ける目とおんなじ目……。

 

 

「なにがぼっちよ!ふざけんなっ!…………あれだけ馬鹿にしてたのに……、あれだけ見下してたのに……、今は……今はあんたが羨ましくて仕方ないっ……!そんなあんたに、うちの……、うちの惨めさの何が分かるって言うのよぉっ……」

 

 

泣き崩れる。それしかうちには出来ない……。

うちに許されてるのは嘆く事だけ……。

 

 

「……やり直せる?救われる?………うちにはそんな事許される訳ない……。うちは罰を受けてるんだから……。あんたに罪を背負わせた罰を受けてるんだから……。罪人(つみびと)は罰を受けなきゃいけないんだよ……」

 

 

終ることの無いかと思われた罪人の懺悔は、あふれ出る涙と嗚咽で終息した。

 

比企谷、もう帰ってよ……。もううちは……。

 

 

「なに勘違いしてんだ?俺はお前の罪なんか背負った覚えはない。自分でやりたいからやっただけだ。だからお前がその件で罪を感じる必要は無いし罰を受ける必要もない」

 

「………で…も」

 

「相模。お前はこのままでいいのか?こんなに惨めなままでいいのか?………勘違いすんなよ?言っとくが、お前が逃げるって選択肢を後悔せずに選ぶんなら俺はその選択を支持する。逃げるっていう選択を自分の意思でした奴を責める事なんて誰にも出来ないからな。だがな相模。本当はそんな選択したくないのに、罰だから、自分のせいだからと選択するのならまた話は別だ。俺はそんな選択支持しない。………どうする相模?お前次第だ。お前が好きで逃げるんならそれでいい。だが本当は逃げたくないなら、本当は救われたいなら、俺が……、俺達がなんとかしてやる。あくまでもお前の頑張り次第だがな」

 

 

……うちは救われていいの?

……うちは差し伸べられたその手を掴んでもいいの?

 

 

 

 

「………やだ……」

 

「あん?」

 

「こんなのは嫌だ……。もうこんな思いは辛いよ……!……………あんたに、あんたにこんな事言うのは間違ってるのは分かってる……!そんな資格が無い事なんて分かってる…」

 

 

こいつにこんな事言うなんて虫がよすぎる……。

 

でも、もしも許されるのなら……

 

 

「比企谷ぁ……!やだよぉ……!もうこんなに辛いのは嫌だよぉっ……!助けてよぉっ……!もううちどこかに消えちゃいたいよぉっ……!うちは…、うちはどうしたらいいのぉ………?こんなに惨めなのはもういやぁ……」

 

 

泣き崩れてぐちゃぐちゃなうちに比企谷は舌打ちをした。

 

 

「チッ……、しゃあねえなぁ……。いいか相模、今から俺の友達の友達の話をして………、あぁ、もういいか。俺の昔話だ。今までも依頼解決の為に何度か依頼人や雪ノ下達に話した事もあるんだが、今までは聞いてる連中があまりにも引いちまわないようにウィットに富んだジョークを混じえて軽めに脚色してたんだが、今から話すのはマジもんの話だ。ドン引きすんじゃねえぞ。本物のドン底、本物の惨めさってのがどういうもんなのか教えてやる」

 

 

それから比企谷は自分の小学生時代、中学生時代、そして高校一年までの出来事、そしてそれに対して自分がどう感じたか、どう辛かったのかを語ってくれた。

 

 

うちにはなにも言えなかった……。言えるわけなかった……。

 

少しでも自分の境遇と重ね合わせて感情移入しようと試みたのだが、そんなに甘いものじゃ無かった。

この程度で世界中の不幸を一人で背負っているつもりになっていた自分が恥ずかしすぎるほどの辛さ……。

 

 

うちは胸が痛くて苦しくて、涙を流し続けて聞いていた。

 

 

× × ×

 

 

「ま、こんなもんだ、リアルな惨めさってのは。引くだろ?………最低辺舐めんな」

 

なんにも言えずにただ涙を流すうちに、比企谷はこう言った。

 

「ったくよ……。マジで俺クラスの鍛え上げられたエリートぼっちじゃなかったら、こんな昔話人に聞かせてるだけで辛くて自殺してる所だわ。鍛え上げられた俺にはこの程度の思い出話、もうなんの痛みも感じないがな」

 

 

 

………嘘付き。

 

 

なんにも感じてないなら、なんでそんな顔してるの?

なんでそんなに辛そうな表情で目を滲ませているの?

 

あんたは痛みに慣れたフリして自分に嘘付いてるんじゃない……。

 

そんな思い出したくもない口にしたくもない昔話を、うちの痛みを少しでも減らしてくれる為に、また自分を傷付けてまで話してくれたんじゃない……。

 

 

ホントにバッカみたい……………。

 

 

「ここまでの話をしたのは後にも先にもお前だけだ。まあ忘れてくれると有難い」

 

 

忘れられるわけないじゃない……。あんたの痛みを。あんたの苦しみを。

あんたの優しさを………。

 

 

 

「でもな、相模。こんなに惨めで全てを諦めてた最低辺の俺でさえ、今ではあれだけ青春とやらを謳歌してリア充代表みたいだったお前から羨ましいだなんて言われちゃうんだぜ?人生って分かんねえもんだよな」

 

 

涙で滲んで良く見えなかったけど、そう言ってる時の比企谷の顔は、たぶんすごく優しい表情だったんじゃないかな。

 

 

「俺には奉仕部に強制入部させられる前までは、学校に味方なんて一人も居なかった。でもお前には少なくとも二人、お前の為に一緒に傷付いてくれる奴が居る。それで自分は最低辺だなんて、惨めだなんて、マジで贅沢すぎんだろ」

 

 

 

ホントにそうだ。うちは贅沢者だ。

 

 

「だからお前は最低辺なんかじゃねえよ。やり直しだっていくらでも出来る。人生なんて周りと自分次第でいくらでも変わんだろ」

 

 

うちはやり直せるのかな?

 

 

「キツいだろうから別にすぐに学校来いとは言わんけどな、お前が来たいと思うんなら来い。残念ながら孤立から救ってやる事は出来んが、惨めさは排除してやれる。くだらないクソ共からの蔑みの眼差しは無くしてやれる。あくまでもお前の、お前等の頑張り次第だがな」

 

 

すると比企谷は立ち上がると荷物を拾いドアの前まで行き、ドアノブに手を掛けた。

 

「俺の話は以上だ。あとはお前に任せるわ」

 

そのままこちらを振り向きもせずドアを開いた。

 

 

 

うちは許されるのだろうか……?

うちはやり直せるのだろうか……?

うちは頑張れるのだろうか……?

 

 

× × ×

 

 

「…………え」

 

「…………あ」

 

 

あれ?比企谷はそのまま出ていくのだろうと思ってたのに、扉を開けたそのままで固まっている。

 

てか「……あ」って何?誰の声?

 

俯きっぱなしの涙でぼろぼろの顔を上げると、硬直した比企谷の向こう側に、ぼろぼろに泣いてるお母さんが……。

 

 

「……あ、や、ごっ、ごめんなさいねっ……!ちょっ!ちょっと南が心配だったから……そのっ!」

 

 

涙でぐちゃぐちゃな顔を真っ赤にさせて、スタコラサッサと階段を下りていく我が母親……。

 

 

…………マジか………。今の会話、お母さんに聞かれてたのっ……?

 

………恥ずかしい……恥ずかしすぎる……。

もう死にたい……

 

 

でもうちよりもずっと遥かに死にたそうな顔をしているヤツが一人……。

 

 

「マジ…かよ……」

 

 

真っ赤な顔をしてプルプルしてる。

 

なにこれ?さっきまでのシリアスなんだったの?

 

比企谷はそのままそっと部屋を出てそっと扉を閉めた……。

閉まりきる直前にちょっと目があったのだが、それはもう恥ずかしそうに気まずそうに、顔を真っ赤にさせて軽く目が潤んでた。

 

 

 

「………………ぷっ」

 

 

その様子をしばし呆然と眺めていたのだが、なんか急に込み上げてきちゃったよ……

 

 

「くくっ……ふふふふ……っ………あははははははっ!……っひぃーっ」

 

 

こんなに思いっきり笑ったのはどれくらいぶりだろう?

ああ……、忘れてた。笑うのって、こんなに気持ちがいいんだな……

 

うちはしばらく涙と笑いが止まらなかった。

この笑い声は比企谷にも思いっきり聞こえているだろう。

うちにもこんなに恥ずかしくて情けない思いをさせたんだ。あんなやつ、恥ずかしさに悶え苦しめばいいっ。

 

 

だからうちは比企谷にもっといっぱい届くように、精一杯大声で笑ってやった。

ざまーみろ!

 

 

× × ×

 

 

それから土日を挟んで三日間、うちは部屋に籠もっていた。

 

 

そして週が開けた月曜日。

うちは久しぶりに早起きすると鏡の前に顔を向け、ひと月ぶりに髪をセットしメイクをする。

 

うん!嫌味にならない程度のナチュラルメイクでばっちり!

朝から気合い入れてネイルも塗っちゃおう!

セットもメイクもネイルもやり方を忘れてなかったみたいだ。

 

 

ひと月ぶりのピアスをはめる。

 

穴塞がっちゃってないかな?ピアス穴を空けてからこんなにピアスをしなかったのは初めてでちょっぴり不安だったけど、うん!ちょっと痛かったけど大丈夫!

 

 

ひと月ぶりの戦闘服に袖を通す。

 

もう着ることないかも……とか思ってたけど、やっぱりこの可愛い制服はうちにピッタリ!

 

 

全身ばっちりコーデを決めて、ずっと誰も映る事の無かったひと月ぶりの姿見の前に立ちクルリとひと回転。

 

 

「うしっ!」

 

 

パチンッ!と両手で思いっきり両頬を叩く。

 

 

 

 

 

しょうがない!あいつの口車に乗せられてやろう!

あんな奴をいつまでも羨ましいと思ってるなんて癪だしね!

今度はうちを羨ましいと思わせてやる!うちを凄いって思わせてやる!うちを認めさせてやる!

 

あんなやつに、比企谷なんかに負けてられるかぁっ!

 

 

 

うちは部屋を出て階段を下り、久しぶりに嗅いだ朝ごはんの香りが漂ってくるリビングキッチンの扉に手を掛けるのだった……

 





ありがとうございました!

ようやくここまで来ました!今回は書いててちょっとキツかったです。

でもここからは最後まで気持ち良く書けたらな〜……と思ってますので、最後までお付き合い頂けましたら幸いです!


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その時彼女は自らの挫折を心から感謝した

 

 

 

「おはよ」

 

 

ひと月ぶりに開いた朝のリビングキッチンでは、朝ごはんの準備をしていたお母さんと準備が出来るのを新聞を読みながら待っていたお父さんが、うちを見て一瞬だけ驚いた。

 

 

「あら南おはよ!」

 

「おはよう!ホラ南、早く座れ。そろそろ出来るみたいだぞ」

 

 

でもすぐに何事も無かったかのように返事を返してきてくれた。

 

「……はーい」

 

二人の気遣いに思わず目が滲んでしまう。でも今はまだ泣く時ではない。

なんとか涙が零れないよう踏ん張って席についた。

 

「はーい、どうぞー」

 

 

久しぶりだなぁ、朝ごはん!

17年間毎日食べていたはずなのに、お母さんが用意してくれた朝ごはんはとてもとても美味しかった……

 

「ごちそうさまでした!」

 

「はーい。お粗末さまでした!南、はいお弁当!」

 

食べ終わるとお弁当を渡してくれるお母さん。

 

 

でもなんで?

うちは今日から学校に行くだなんて一言も言ってない。

それどころか、比企谷が家に来た木曜日以来、うちは誰にも会わず誰とも喋らず三日間ずっと部屋に閉じこもってたのに……。

だからお母さんは今日からうちが学校に行くだなんて思ってた訳がない……。

 

そしてひとつの仮定が頭の中を過る。

 

 

 

 

もしかしたらお母さんは、うちが不登校になってから、毎日ずっとお弁当を用意してくれていたのかな……

うちがいつでも学校にお弁当を持っていけるように……

 

 

「うん。ありがとう」

 

 

ありがとう……。そしてごめんね……。

 

自分自身で決着をつけられたら、その時はちゃんと謝ります。まだなんにも出来ていない今、ただ謝るのは違うと思うから。

 

 

× × ×

 

 

ひと月前とおんなじように、お母さんは玄関まで見送りにきてくれた。

 

このままいつもと変わらずに送り出してくれるのかと油断してたら、とんっでもない不意打ちを食らってしまった。

 

 

「みなみみなみっ!」

 

ローファーを履いてるとチョイチョイと手招きし、コソッと耳打ちしてきた。

 

「ん?なに?」

 

「あの子、最初はびっくりしたけどとってもいい子ねっ!お母さん気に入っちゃった!お父さんには内緒にしといてあげるから、今度家に連れて来たらぁ?お母さん思いっきり歓迎しちゃうぞぉ?」

 

 

なっ!?なに言ってんの?この人!ニヤァっととんでもない事言わないでよっ!?

 

「は!?はぁ!?な、なに言ってんのよっ!アイツはそんなんじゃないからぁっ!」

 

あら?そぉなの?とニヤつくお母さんを無視してバタァン!とドアを閉める。

 

 

 

まったく!朝から顔があっつい!

だから梅雨は蒸し暑くて嫌なのよっ!

 

 

× × ×

 

 

昨日からの雨が残り、今日も朝からシトシト降り続いていた。

 

朝は無理矢理自分の気持ちを鼓舞して張り切ろうとしてたけど、学校に近付くにつれて気分が半端なく沈んできた……。

 

「気分を天気で表現とか、どこの少女マンガよ…」

 

ああ…気持ち悪い……。吐きそう……。もう帰っちゃおうかな……。

 

 

ダメだダメだっ!後ろ向きになっちゃダメだ!

 

そうだ!比企谷の言葉を思い出そう!

実はあの大笑いの際、てっきり帰ったかと思ってた比企谷が、玄関まで行ったあとにすっごい気まずそうに恨めしげなジト目で引き返してきたんだよね。

言い忘れた事があるって。

 

『もし学校に来るんなら、俺の経験則からひとつアドバイスしといてやる。とにかく奴等に弱味を見せない事だ。教室に着いたら確実に好奇と侮蔑の目に晒されるだろう。だが一切気にするな。不登校してた事など別に大したことじゃありませんけどーってなくらい普通にしていろ。ああいうクソみたいな連中は、弱味を見せたら叩いてもいいんだという腐った思考回路をしてるからな。だからとにかく普通でいろ。例え【なにがあっても】な』

 

 

そうだ!今からこんなんでどうする!

うちなんかの為にあれだけの事をしてくれたあいつを信じよう。

 

「……比企谷……。うちを守ってね…」

 

 

比企谷に守ってもらえる資格なんてないのに、ついこんな事を口にしてしまううちは本当に滑稽だな…。

でも、叶えられないそんな願いでも、一言口にしただけでも随分と気が楽になった気がした。

 

「よし!行くぞっ!」

 

 

× × ×

 

 

教室に入ったうちに向けられた視線はまず驚愕。

え?来んの?って。

 

そしてそれは次第に嘲笑や侮蔑へと変化していった。

 

離れた所では、「えー?よく出て来れるよねぇ?私だったら恥ずかしくて無理〜!」とかって、わざと聞こえるように笑ってる連中も居た。

 

 

足が震える…。目眩もする…。吐き気も半端ないし、涙が溢れそうにもなった……。

 

でもうちは踏み留まった。こんな事はなんでもない事なんだ!って。大したことじゃない!って。

精一杯強がって自分の席まで辿り着くと、机が新しい物に変わっていた。

 

ああ、学校側が替えたのかな……。いざ問題化した時の証拠隠滅ってやつ?

 

ま、そんな事はどうだっていっか。うちは気にせず席についた。

 

 

「南ちゃん!おはよー!」

 

「おーす、南ちゃんっ」

 

 

………びっくりしたぁ!席についた途端、由紀ちゃんと早織ちゃんが普通に挨拶してきたんだもん!

二年の頃に戻っちゃったのかと思うくらい、本当に普通に……!

 

でもよく見ると目は滲んで赤くなってるしちょっと震えてる。

 

『なにがあっても』

 

比企谷は、うちが登校してきた時には普通に接しろって二人にも助言してくれてたのかな……?

 

だからうちも溢れ出そうになる感情も涙も押し殺して、二人に二年の頃と変わらない挨拶をした。

 

 

「おはよー!由紀ちゃん、早織ちゃん!」

 

 

× × ×

 

 

その後は朝のHRが始まる迄の間、本当に地獄のような視線とわざと聞こえるような罵詈雑言に晒された。

うちだけじゃなく由紀ちゃん達にも……。

 

あれだけ裏切られたと嘆き失望していたのに、いざうちのせいで由紀ちゃん達までもがこの悪意に晒されてるのかと思うと、本当に申し訳ない……

 

「二人共ごめんなさい……」

 

うちは誰にも聞こえないように呟いた。

 

 

担任が教室に入ってきた時、うちを見て大層驚いていた。

でもその場ではうちに一切触れず、HR後に放課後生徒指導室に来るようにと一言言われただけだった。

 

もううちはあんたらの事も一切信用してないから、別にどうでもいいんだけどね。

 

今うちが学校で信頼してるのは由紀ちゃん達だけ。

 

ふふっ、あとあいつもかな?

 

 

一時限目の授業が滞りなく終わる。

 

やっばい……!全っ然分かんない!

これはしばらく苦労しそうだなぁ……

 

 

休み時間になると、由紀ちゃん達がすぐにやってきた。

 

「南ちゃーん!一緒にトイレ行こっ!」

 

「うんっ」

 

うち達は、ねっとりとした悪意の視線などまるで気にしていないフリをして教室を出た。

 

教室を出たと同時に教室内が爆笑の渦に飲まれていたが、もうそんなのどうだっていい!

隣には由紀ちゃんと早織ちゃんが居てくれるんだから……!

 

 

× × ×

 

 

「………南ちゃぁんっ……ごめんね〜……!」

 

「……もう私らに…こんな事言える…資格なんてないけど…本当にごめんねぇ……!」

 

「……うちの方こそごめんね……二人を巻き込んじゃって……でもありがとねっ……!」

 

 

誰も居ないトイレに入った途端にうち達は泣きながら抱き合った。ふた月分の気持ちを込めて……

 

こんな日がくるなんて思わなかったよ…!

うちは最低辺どころか本当に幸せ者だ…!

 

ひとしきり泣きあった後、早織ちゃんが由紀ちゃんに声を掛けた。

 

「……由紀っ!南ちゃんにアレっ!」

 

「あっ!そうだったぁ!」

 

ハンカチで涙を拭いながら、スマホのメール画面を見せてくれた。

そこにはFrom比企谷の文字が……。

 

 

「……えっ!?ひ、比企谷からぁっ!?……ゆ、由紀ちゃんて、いつの間にか比企谷と仲良くなったの!?」

 

「へ?違う違う!南ちゃんが学校にきてくれた時の為に連絡先交換してたんだ!なんか指示があるっていうからさ」

 

 

……あ〜、びっくりしたぁ……

いつの間に仲良くなっちゃったのかと思ったよ…。

まぁ冷静に考えたらそういう事に決まってるよね!

 

てか冷静に考えたら…って、なにうち動揺しちゃってんの?バッカじゃないの!?

 

 

「……あ、でもさぁ、別に仲良くなった訳じゃ全然ないんだけどぉ……、正直比企谷の事、すっごく見直しては…いるかな…?」

 

へ?

 

「ねーっ!なんかあいつって、本当は超頼りになるよねっ!……あんなに酷い事した私らに、依頼とはいえこんなにまでしてくれるなんてさ……」

 

ちょ!ちょっと二人とも…?

なんか赤くなってますけど…?

 

「っ!……おっと!そんな事どうでもいいんだった!南ちゃん、コレ見て?比企谷からの指示!HRのあと、南ちゃんが来たよってメールしたらコレが返ってきたんだ!」

 

そうだった!

一先ず今の件は置いといて……、ってどこになにを置いとくってのよ!?

別にどうでもいいっての!

 

 

そこには、比企谷からの指示なんだかアドバイスなんだか良く分からない文面が書かれてあった。

 

 

[よう相模。思っていたよりも早く来たな。ひとまずご苦労さん。キツいだろうが、とりあえず昼までは頑張ってくれ]

 

昼まではってどういう事……?

 

[そして昼になったら、辛いだろうがそのまま三人で教室でメシ食ってろ。ちょっとしたサプライズを用意してある]

 

は?サプライズ……?

 

[そのサプライズはお前達三人にとってもかなりキツいだろう。だが頑張れ。頑張って『普通』で居ろ。楽しくなくても楽しそうに振る舞え。アドリブを生かして自然体で居ろ。それが出来れば、お前達はもうクソ共から侮蔑の視線を送られる事はなくなる]

 

 

比企谷は何をしようとしてんの……?

そして最後にこう書かれメールは終了していた。

 

[あとはお前達次第だ。上手くやれ。そうすればもう惨めな想いだけはしなくてすむ]

 

 

読み終わると由紀ちゃん達に不安の目を向けた。

 

 

「な…に?これ…?なにが起こんの?……なんでサプライズってのの中身教えてくんないの……?」

 

「私達も本当に知らないんだ……。聞いても教えてくれないのよ……。この程度のこと自分で考えて乗り切れないようなら、どうせこの先破綻するぞ…って」

 

 

なんだろう……。不安しかないよ……。

だって比企谷だよ…?

 

 

× × ×

 

 

教室に戻るとうちの机には早くもいくつかの落書きがしてあった……。

 

『よく出てこられたね』『カッコわる〜い(笑)』『文化祭みたいに逃げだしちゃいなよぉ』

 

ってな具合にね。

 

 

ふと見ると自分の席に帰った由紀ちゃんと早織ちゃんも一瞬固まっていた。

 

クソっ……!二人もなんか書かれてるんだ……。

 

でも二人共そんな覚悟をしてたのか、そのまま気にしないように席についた。

だからうちも何事もなかったかのように座った…。

 

悔しい…!悔しい…!悔しい…!

 

うちだけならまだしも、あんなに優しい二人にまで嫌がらせするなんて……!

 

でも顔に出しちゃダメだ…!俯いてもいけないんだ…!

 

うちは顔をあげた。なんでもないよと見せ付けるように。

その時ふと視界に入ったのは、遥とゆっこの醜く歪んだ笑い顔。

それを目にした瞬間、うちは自然とこんな気持ちになってしまった。

 

 

 

ああ……。うちは道を踏み誤って良かったな。

ハブられて痛い目にあって本当に良かった…。

 

あの醜く歪んだ顔は、紛れもなく少し前までのうちの顔…。

 

花火大会で、結衣……ゆいちゃんが比企谷と一緒に居るのを見て見下した時と同じ顔。

文化祭で奉仕部に依頼に行った時の顔。

比企谷を悪者に仕立て上げて、まんまと学校中の悪意を受けた比企谷を見て良い気味だと蔑んだ時の顔。

 

 

うちはあんな顔を比企谷に向けていたんだ……。あんな顔を比企谷に見られていたんだ……。

思い出しただけで背筋がゾッとする。

 

 

 

ああ……。うちは本当に道を踏み誤って良かった……

 

 

× × ×

 

 

うっわ〜…、超緊張してきた……。

刻一刻とお昼が迫ってくる……。

 

「やばい……あと二時間…」

 

休み時間の度に侮蔑と嘲笑が向けられてきたのだが、もうすでにそれどころじゃない……。

 

「もう次四時限だよ……?」

 

だって比企谷だよ……?

文化祭の為とはいえ、うちの為とはいえ、解決にあんな事をしでかした比企谷がうちらに優しい事なんて考えてる訳ない……。どうせろくでもない事に決まってるよ〜……。

 

ってかうちって比企谷全然信頼してないじゃん……

 

 

しかし無情にもその時はやってきてしまった。

校内に四時限目終了のチャイムが鳴り響く。

 

「やばい吐きそう…」

 

「一応先に食べてよっか…」

 

うち達は緊張の面持ちでお弁当を広げた。

 

「えっ!?なに?もしかして教室で食べんの?あの人達〜!」

 

「まじウケる〜!」

 

 

分かっていた事だが、教室中そんな空気で包まれていく。

 

 

でもそんなくだらない空気は次の瞬間、ガラリと無遠慮に教室の扉が開かれると一瞬にして凍り付いた……。

 

 

 

 

……………嘘でしょ?

 

なんであの人が…、あの人達が来んのよ……?

 

 

「やっはろー!さがみんっ」

 

 

なんでゆいちゃんが……?

 

 

「はろはろー、南ちゃん!」

 

 

なんで姫菜ちゃんが……?

 

 

そして中心に控えるこの人が一言発言した瞬間、クラス中を緊張の獄炎が包みこんだ……!

 

 

 

「あー!マジで南来てっし。てか勝手に先に食べてんじゃねーし!あーしらも混ざっからぁ」

 

 

 





この度もありがとうございました!

この回はラストに向けての繋ぎの回ですね。


それではまた!


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三浦優美子のその優しく美しい母性は世界を救う

 

 

 

 

 

「………で?あーしに用ってなんだし……」

 

 

 

 

俺は今、死の淵を彷徨い続けている……。

目の前で威風堂々鎮座する獄炎の女王によって……。

 

 

ふぇぇ……怖いよぉ……。

 

 

× × ×

 

 

今でこそ大人しく座ってらっしゃるが、部室に入ってきた当初はそれはもう大変なものだった……。

 

結城達の覚悟を確かめて帰したあと、三浦に協力を要請するため由比ヶ浜に頼んで部室まで来てもらったのだが、部室に入るなり由比ヶ浜の泣き腫らした顔を見てしまい、無言でカツカツ俺の所までやってくると『結衣になにしたし』と力一杯胸ぐらを掴んで下さいました☆

 

 

由比ヶ浜と一色がなんとか引き剥がし説明してくれて事なきを得たのだが、もうその時点で八幡のライフは0よ!

 

てか雪ノ下さんも俺の救出手伝おうよぅ……

 

 

理解はしてくれたのだが、なお不機嫌さを隠そうともせずに自分が呼び出された理由を女王は下民にお尋ねなされて今に至る。

 

 

「単刀直入に言う。相模のグループをお前のグループに入れてやって欲しい」

 

 

「………………は?」

 

 

ふぇぇ……怖いよぉ……。

 

だからお前の「は?」は即死性のナニカをはらんでるんだっつうの……

 

 

 

そう。今回俺が立てた作戦は至ってシンプル。

相模達を三浦の傘下に入れちまおうってだけの話だ。

 

薄っぺらく欺瞞に満ちた青春とやらの関係性……。

それを一方にお願いし、そしてもう一方にそれを強いる。

 

本当に俺らしくない考え方だ。少なくともちょっと前までの俺ならな。

 

 

だが、薄っぺらく欺瞞的だと思っていた関係も、それはただ俺が表面上しか見ていなかったってだけの話で、中身をちょいと覗いてみりゃそんなに悪いもんでもなかった。

 

仲間内を想う三浦の優しさに嘘はないし、結城達が相模を想う気持ちにも、また嘘はないように思えた。

 

だがまぁこの作戦の目的は別に三浦グループと相模グループに仲良しこよしをやってくれという理由では無い。

 

 

「意味分かんないんだけど。なんであーしが相模と仲良くしなきゃなんないワケ?」

 

「……三浦は相模の噂知ってるよな」

 

「噂?何のことか分かんないし」

 

 

え?なんだって?そっからなの?

由比ヶ浜が知ってたから、ぼっち以外の三年は大体知ってるもんかと思ってたわ……。

 

さすが女王様は下々の者の事になど興味は無いと申されるか……!

由比ヶ浜の方をみると、やーと苦笑いをしていた。

 

 

そして三浦に状況を説明した。始めは驚いていたものの次第に冷めた表情になっていく。

 

「まあ事情は分かったけど、なんであーしがそれやんなきゃなんないの?相模がハブられるなんて自業自得っしょ」

 

まあそうくるよなぁ……

 

「それにさぁ、そういうのってあーしじゃなくて隼人とかに頼むようなもんじゃない?なんであーしなワケ?まぁ隼人がやるんならあーしも結局は行く事になんだけどぉ…」

 

「いや、この件に関しては葉山はあまり出て来ない方がいい。むしろ邪魔まである」

 

「……………は?隼人が邪魔………?」

 

ふぇぇ……だから怖いってぇ……

 

俺今日だけで何回ふぇぇふぇぇ鳴かなきゃなんねえんだよ。

 

「それって前に先輩が言ってた妬みで逆に虐められるとかってやつですか?」

 

「ああ。確かにそれもある。だが真に問題なのはそこじゃない。一番の問題点は、………葉山が良い奴だからだ」

 

 

は?と場が固まる。

雪ノ下以外の皆さんはワケが分からないって顔してますね。

 

「葉山は学年……いや学校でも有名な良い奴だ。そんな良い奴代表みたいな奴がこの件で急に相模と仲良くなったら、周りは相模をどう思う?」

 

皆が顔を見合わせるなか答えるのは雪ノ下。

 

「……良い人に泣き付いて助けを乞うた憐れで惨めな人間…というところかしらね」

 

「正解……」

 

いや正解なんだけどなんか言い回しとか酷くね?

 

 

「つまりそういう事だ。いくら葉山が良かれと思っても周りに与える印象は真逆のものだ。葉山が居ない所ではせせら笑われて、余計に惨めになるのがオチだ」

 

だから葉山はこの件では邪魔にしかならない。

 

 

「その点三浦は違う。イメージ的に自分が興味の無い人間に助けを求められても、払い除けて踏み躙るようなイメージだ」

 

あれ?これ俺大丈夫?

怖くて三浦さんが見れません☆

 

「だから三浦がグループ内の人間として扱う以上、本当に仲が良いんじゃねえか?と思われる可能性が高い。だから知名度・影響力どれを取っても三浦が最善と言える」

 

 

「……知名度とか影響力だったら、別にあーしじゃなくても雪ノ下さんがいんじゃん。雪ノ下さんだって良い奴と認知されてるようには思えないし」

 

「いや、雪ノ下じゃ駄目なんだ。C組は元文実や元体育祭実行委員メンバーが多いから、雪ノ下では部活動の一環と思われてしまうフシがある。そして確かに知名度や影響力はすこぶる高いが、恐ろしい存在だとの認知はあまりない。雪ノ下にあるのは冷たく近寄り難いというイメージが強いのであって、恐怖というイメージは浸透していないからな」

 

実状を知れば圧倒的な恐怖しかありませんけどね。

おっと!なんだか凍える視線を感じますよ?

ハチマン、ソッチ、ミナイ

 

 

「…………は?恐怖ってなんだし」

 

ふぇ……ってこれはもういい加減いいか。

 

 

「雪ノ下の言葉を借りるのであれば、歪んだ人間の人心を掌握するには恐怖という感情が一番効果的ってやつだな。その点三浦の恐怖の対象としての認知度は凄まじい。文句なしだ。その圧倒的なまでの恐怖ガハァッ!?」

 

顔面になにか固い物がすごい勢いで飛んできましたよっ!

 

「恐怖恐怖って、ヒキオあんまあーしバカにすんなし!」

 

顔に思いっきり化粧ポーチって!

コンパクトとかリップとかカーラーとか、なんか固いもんばっか入ってんじゃねえの?これって!

 

「痛っつー……!ス、スマン!ちょっと熱が入っちまった!だからその恐……存在感……?が圧倒的な三浦さんが望ましいわけでして……」

 

恐怖のあまりつい敬語になってしまうこの圧倒的な威圧感!

これこそが我々が長年待ち望んでいたものだっ!

 

 

「それに……、実はそれだけじゃない。本当の理由は他にある。一番の理由は、相模自身の気持ちだ」

 

「………どういう事だし」

 

「実はクラスの連中の気持ちなんざ本当はどうだっていいんだ。仮に三浦からの同情で助けて貰ってると思われ蔑まれようが、どうせ三浦の恐…存在感の前に手出し出来なくなるのは間違いない」

 

なにせ一日中女の事ばかり考えていると言っても過言ではない男子高校生の、男子人気の高い由比ヶ浜へのよこしまな気持ちを、その三浦優美子と言う名前だけで一瞬にして叩き折る程の凶悪なまでの恐怖だからな。

 

っべー!優美子マジぱないっしょ!

 

 

「だが相模自身が、クラスの連中から『泣き付いたんじゃないの〜?』と、惨めだと馬鹿にされていると感じてしまっては意味がないんだ。いくら虐めが無くなろうと、いくら蔑みの視線が無くなろうと、結局相模自身が『周りからそう思われてしまっている』と感じてしまった時点で、それは惨めさを感じるということになってしまう」

 

 

そうなのだ。惨めに感じるか感じないかは、結局は本人の気持ち次第なのだろう。

 

留美も始めは仲間外れにされているという『事実』自体を惨めと感じてしまっていた。

だが一人でなんでも出来るよう努力し自分に自信が持てるようになった今は、仲間外れにされている事実自体に惨めさは感じなくなった。

 

強い留美と弱い相模は確かに違うが、結局惨めさなどというのは自分の気持ち次第という事なのだろう。

 

 

「だからこそ三浦なんだ。三浦なら同情や優しさで虐められている奴の手助けなどしないというイメージを、他ならぬ相模自身が強く持っているだろう。であればそれは相模自身が『周りから蔑みの目では見られていないはず』と思える…、ということだ。これこそが相模から惨めな思いを排除してやるって事だと俺は考えている」

 

あいつは周りの目ってやつを過度に気にする傾向がある。

だから仮に一時的に復帰出来たとしても、ほんの些細な惨めさでも感じてしまえば、そこからまた気持ちが瓦解して心が折れる危険性がある。

 

 

「……あんさー、あーしがそういうイメージ強いってんなら、なんでヒキオはあーしに頼もうと思ったワケ?そんなイメージならどう考えたって、あーしが協力しそうだとは思えないっしょ……」

 

「だからそのイメージはあくまでも対外的なイメージな。良く知らない奴らはそういうイメージが強いだろうが、少しでも三浦を知ってる奴なら、お前が実は良い奴だって知ってんだよ。少なくともここに居る連中はお前が良い奴だと知っている」

 

じゃ無かったら、そもそもこんな考えに至ったりなんかしねえしな。

 

 

「は、はぁ!?あんだけ貶しといて、きゅっ、急にそんな褒めたって、なんも出ないし!」

 

 

こういうこと言われて真っ赤になって照れちまうあたり、本当の三浦優美子って女の子は純粋で良い奴なんだよな。

 

 

「別になんも出なくていいっての。謙遜するな。お前は良い奴だ。お前のその面倒見の良いオカン気質は誇れるものだぞ!お前のオカンっぷりは本当に見事なんだからな。だからそのオカンのガハァッ!?」

 

「花の女子高生相手に何度もオカンオカン言うなし!」

 

 

本日二回目の化粧ポーチ頂きましたっ☆

 

 

 

「って〜……。………それで…、どうだろうか?……はっきり言って三浦にはなんのメリットも無い話だ。こっちが勝手にお願いしているだけに過ぎない。さすがに無理強いす…」

 

「いーよ」

 

「る事は出来な……ってマジで!?本気か?」

 

「だからいいって言ってるし」

 

……三浦のオカン気質なら引き受けてくれる確率はかなり高いとは思っていたが、まさかこんなにあっさり引き受けてくれるとは……。

 

 

「……あーしさ、こういう性格してっから、なんてーの?こういう陰険なマネしてる連中ってマジ腹立つんだよね……」

 

苛立つようにカツカツと爪で机を鳴らす。

 

「ただ、そういった意味では相模達は被害者じゃなかったら確実にそっち側に居るやつらじゃん?……だからあーしは相模達が嫌いなんだよね」

 

「いや……、だったらなんで引き受けてくれるんだ……?」

 

 

「……あんたが、……ヒキオが頭下げてっからだし」

 

「……は?俺?」

 

「……ヒキオは相模達の陰険な行為で被害食らった一番の被害者なワケじゃん?……それなのにそんな奴がその加害者の為に他人に頭下げてんのに、……あーしが断れるワケないっしょ」

 

 

不機嫌なのか照れ隠しなのか口を尖らせ目を逸らす三浦。

こいつ……マジかよ……

 

 

「……それにヒキオにはいつか借り返さなきゃってずっと思ってたし。結衣の事も、姫菜の事も……、隼人の事も」

 

参ったな……、こいつ本当に良い奴じゃん……。

俺は見誤ってたのかもな……、この三浦優美子という女の子を……。

 

「だから、これでチャラにしてやるし」

 

頬を染めてプイッとそっぽを向く三浦。ホントにちょっと可愛いじゃねえかよ。

 

「へっ…。お前に貸しなんか作った覚えはねえけど……それでも、助かるわ」

 

マジでありがとな。

 

「……で?まずあーしは何すればいーんだし」

 

「そうだな。まぁまずは相模が登校してこない事にはどうしようもないわけだが、もしあいつが出て来られるようになったなら、とりあえず前から仲が良かったかのように振る舞ってもらえるか?」

 

「仲が?じゃあとりあえず……、南だったっけ?……南とでも読んでみっか。で?」

 

「あとは……、お前の好きなようにやってくれ」

 

「は?」

 

「三浦優美子が思った事や感じた事を思い切りブチ撒けてくれりゃいい。C組の連中にも、相模達に対してもな」

 

「…………そんなんでいいの?」

 

「ああ。変に筋書きなんか書くよりもお前の言葉で言った方が、たぶんガツンとくんだろ」

 

さっきまで照れてた三浦は、次の瞬間にはいつもの女王様に戻り勝ち気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

「オッケー。めちゃくちゃになって後悔してもしんないし」

 

ニヤリとそう言う三浦に、俺もニヤリと返してやった。

 

「おう。めちゃくちゃやってせいぜい脅えさせてやってくれ」

 

なにこれ?悪の秘密結社の会合かなにかなのん?

 

 

「じゃああーし行くから。どうせ相模が来ないと始まんないんしょ?詳細はまたあとで教えるし」

 

そう言うと三浦は巻き髪を払い上げ、片手を挙げて颯爽と部室をあとにした。

 

 

あいつホントにイイ女だな。危うく惚れそうになっちまうわ。

あれで怖くなかったらなぁ……

 

アレ?でも怖くなかったら最早あーしさんとは言えないな。

 

 

結論。俺はあーしさんに惚れる事はない☆

 

だが好きか嫌いかと言ったら……、うん。わざわざ言うまでもないな。

 

 

× × ×

 

 

俺は三浦とのやり取りを思い出しながら思わずニヤついていた。

 

おっとやべえ!周りに人が居たら社会的に終了する所だったぜっ!

 

 

相模がついに登校してきた日の昼休み、俺は購買でパンと飲み物を買うとある場所へと向かっていた。

 

誰も居ない静まり返った廊下を進み、その先にある教室の扉に手を掛けた。

 

 

「うす」

 

「………こ、こんにちは」

 

 

そこには長く艶やかな黒髪をたたえ、芸術品のように整った顔立ちの美しい少女が一人たたずんでいた。

 

普段居るはずの無い俺の姿に驚き目を見開いたその少女は、一瞬躊躇ったがすぐにいつもの微笑を浮かべる。

 

 

「あら比企谷君。一体どういう風の吹き回しかしら。あなたがお昼休みに部室に来るだなんて」

 

「お、おう。今日からしばらく由比ヶ浜は昼休みにこっちには来られないからな。暇だろうから話し相手くらいにはなってやろうかと思ってな」

 

由比ヶ浜には三浦のお守りを任せてある。

確かに三浦は頼りにはなるがあの性格だ。いつ暴走してもおかしくない。

なにせ相手は嫌いな相模だしな。

 

本当は由比ヶ浜も奉仕部の一員という観点から雪ノ下と同じ理由であまり表には出て欲しくないのだが、三浦を制御する為にはあいつの空気を読む能力は必要不可欠だ。

 

だからあくまでも中心は三浦にお願いして、由比ヶ浜には目立たないようにサポートに回って貰っている。

 

 

「話し相手?あなたと部室で二人きりだなんて、身の危険しか感じないのだけれど」

 

「別に部室で二人になるのは今日が初めてってわけでもないだろうが」

 

「あら、身の危険はつねに感じているのよ?それにせっかくたまには静かなお昼休みを楽しめるかと思っていたのだけれど」

 

 

その台詞とは裏腹に、雪ノ下の笑顔はとても暖かく優しげなものだった。

ったく、ホント素直じゃねえな。

 

 

「ふふっ、嘘よ。本当は確かに物足りなさを感じていたわ。………可笑しなものね。ほんの一年ほど前までは一人で居る事が当たり前だと思っていたのに、あなたと出会って由比ヶ浜さんと出会って、いつの間にか弱くなってしまったのかもしれないわね」

 

「そういうのは弱くなったとは言わないんじゃねえか?なんつうか……、他の奴と一緒に居られる事で得られる強さを知ったっつうか……」

 

 

……なにこれ超はずかしい!

また比企谷八幡の黒歴史ノートに新たなる一ページがっ!

 

クスリと笑う雪ノ下。

あれ?やっぱり可笑しかったですかね。俺の恥ずかしいポエマーっぷり……

 

 

「……そうなのかも知れないわね。だから比企谷君ごときでも…、話し相手になってくれると言うのならば、ほんの少しだけだけれど……有り難いのかも知れないわね」

 

 

そんな表情(かお)してそんなセリフ言うんじゃねえよ。思わず惚れそうになっちまうだろうが。

 

 

うかつにも恥ずかしくなっちまい雪ノ下の方を見れずにいると、雪ノ下も照れ隠しなのかそっぽを向いてスッと立ち上がる。

 

 

「……紅茶……飲むかしら?」

 

「お、おう。……頂きます」

 

 

……まぁさっき買ってポケットに忍ばせてあるコイツは帰りにでも飲めばいいだろう。

 

 

しかし雪ノ下が紅茶を淹れに行こうとしたその時、突然扉がガラリと開いた。

 

 

「雪ノ下せんぱーい!一緒にお昼しませんかー?……ってアレ!?先輩!?」

 

「は?なんで一色が来んだよ」

 

「いや、今日から結衣先輩が来られないから雪ノ下先輩が一人で寂しいかなーと思って……。てかなんで先輩まで居るんですか……?」

 

低い!声が低いよいろはす!

 

「いや、まあ俺も似たようなもんだ」

 

「先輩が……、先輩がそんな気を使えるなんて……。てかそんな考えがあるんだったら最初から教えてくださいよー!なに二人っきりで食べようとかしちゃってるんですか!?ガチで気持ち悪いです!」

「そんなんじゃねえよ。さっき思いついただけだっつうの」

 

「あ、あなたたち……別に私は寂しいだなんて一言も…」

 

 

雪ノ下が恥ずかしさに悶え釈明しようとしたその瞬間、またしてもガラッ!っと扉が開かれた。

 

 

「こんにちはー!雪乃さんっ!一緒にごはん食べましょー!………ってアレ?これはこれはみなさんお揃いで!これは小町おじゃまだったかな?」

 

ニヘッと笑顔を浮かべる我が妹さままで登場かよ……。

へっ……考える事はみんな一緒ってか。

 

 

「ちょっとー、小町ちゃん聞いてよー!先輩ってば雪ノ下先輩と二人っきりでお昼食べようとしてたんだよー!?」

 

 

「マジですかっ!?それはお兄ちゃん的にポイント高いですね〜」

 

「ちょっ!?ちょっと小町ちゃん!?お、お義姉ちゃんを裏切るの!?」

 

「ふっふー!小町は平等に皆さんの味方なのです!」

 

「おい、お姉ちゃんってなんだよ一色。小町の兄妹は俺だけだ!」

 

「先輩は黙っててくださいっ!」

 

「そうだよー!ごみぃちゃんは黙っててねっ!」

 

ふぇぇ……

 

「はぁ……。これじゃいつもよりよっぽど騒がしいじゃない……」

 

 

こめかみを押さえる雪ノ下さん。

でもその表情はなんだか嬉しそうですね☆

 

 

 

 

 

どうだ?相模。お前が見下しお前が蔑んでいたぼっちで最低辺の俺が、今やこんなにくだらなく騒がしい毎日を、こんなに変でこんなに良いやつらと面白おかしく過ごしてるんだぜ?

だからお前だってまだまだこれからどうなるか分からんぞ。

とりあえずは今の難局を自分の力で乗り切ってみろ。

 

 

ギャーギャー騒ぐこいつらを噴き出しそうになるのを我慢してニヤニヤ見つめながら、俺は心の中で相模にそうエールを贈ってみるのだった。

 






この度もありがとうございました!

今回は前話から少し時間を引き戻して、計画の全容説明に使わせて頂きました。
前話の続きを期待してくださった方々スミマセンっ><

それではまた!


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相模南は孤独からの一歩を踏み出す

 

 

 

なにこれ?どういうこと……?

なんでこのメンバーがうちの所にくるの?

 

大体南ってなによ……?

うち三浦に……三浦さんに南なんて呼ばれた事ないんですけど……。

 

 

思わず泳いだ目を隣に向けると、由紀ちゃん達の目も絶賛海水浴中だった……。

 

 

ワケが分からないうちらの心の内など気にもせず、上履きをカツカツならし……、

 

てか上履きカツカツってなによ?おかしくない!?

 

 

あ〜っ……ダメだぁ!落ち着け!落ち着け南!

 

 

とにかくカツカツやってきた三浦さんは、モーゼの十戒の如くクラスの連中を威圧で引き裂きながらうちの元へとやってきた。

 

 

「南ひさしぶりじゃーん。どんだけ学校サボってんだし!」

 

ワケが分からず思わずゆいちゃんに助けを求める視線を送ると苦笑いでウインクしてきた。

 

 

ひ、比企谷?これをなんとかしろっての……?

 

『なにがあっても普通でいろ』『楽しいフリをしろ』

 

くっ…!分かったよ!やりゃあいいんでしょ!?やりゃあ!

 

「う、うん、久しぶり〜。あはは……、ちょっと色々あってさぁ……」

 

 

駄目だ……。声が震える……、顔が引きつる……。

 

 

「ったく。だからあーしがなんとかしてやるっつったのに。あんたメンタル弱っちいヘタレなんだから無理すんなし」

 

「ちょっと優美子ぉ…、それ言い過ぎだし…」

 

 

三浦さんは普段から威圧的で結構大きな声で喋るが今日は特に大きい……。

わざとクラス中に聞こえるように話してるって事なんだろうか……?

 

 

言いながらそこらの机と椅子を勝手に並べ替えてうちらとお昼を食べる準備をしだした。

さすが女王様は他人の席なんて関係ないのね……。

 

「ちょ、ちょっと優美子!机とか借りるなら一応断わろうよー」

 

「えー、別にいいっしょ。誰もなにも言ってこないし」

 

そう言いながら周りを軽く一瞥するとみんな目を逸らす。

どんだけなのよ……

 

 

「でもなんかー、この教室ってやけにジメジメしてなぁい?南だけじゃなくて、どんよりした連中ばっかなんじゃないのぉ?なんかネッチネチした不快な空気感じるんですけどぉ」

 

 

その台詞にクラス中が顔面蒼白になる。

三浦さんの意図を理解したのだろう。

でもこの突然の事態でも、クラスの連中は教室から逃げ出そうとはしない。

なにが起っているのか理解出来ないと同時に気になるのだろう。

 

 

なんで女王三浦が相模なんかと?………って。

 

 

それとこの空気の中逃げ出すと思い切り目立って、三浦さんに目を付けられるって感じてビビってるんだろう。

 

 

準備を済ますと縮こまっているうちらに楽しげに話し掛けてきた。

 

「そうそう!これ見るし!南が不登校でイジイジしてるあいだにあーしら遊びに行った時の写メ。隼人超カッコ良くない?」

 

そう差し出してきたスマホに写し出されていたのは写メなんかではなく、Fromヒキオと入ったメール画面だった。

 

 

[どうだ焦ったか?このサプライズ。この状況、お前らでなんとかしてみろ。え?なんでこうなる事の説明をしなかったのかって?クックック、そうだな。これは………]

 

 

ゴクリと自分の喉が鳴る音が鮮明に聞こえた。

 

 

[罰だ。お前が散々受けたがっていたな。とんでもねえ罰だろ?ビビって涙目で泡噴きそうなお前が目に浮かぶわ(笑)]

 

……ひ、比企谷ぁ……っ!

 

[だからこれで完全にチャラだ。もうお前は罪だの罰だのと考える必要はない]

 

 

……あ、そういうことなの?あいつはこれが言いたかったのだろうか?

もうあの事は引きずんな、って……。

 

[あとはせいぜいこの状況を上手い事やりすごしてみろ。言っとくが思ってるほど楽な事じゃないぞ。苦手なやつ嫌いなやつと仲良しなフリして一緒に過ごさなきゃならんってのは、想像してるよりずっと地獄だ。それも一日や二日じゃない。お前がもう大丈夫だと思うまでずっとだ。あんまり仲良しのフリが終わるのが早すぎるとクラスの連中から怪しまれるからな。安心しろ。三浦はお前らがイメージしてるような奴じゃない。本当に良い奴だ。だからまぁ、頑張れ]

 

 

比企谷……。苦手な奴とか嫌いな奴とか書くなよ……。

こ、このメールって三浦さんも見てるんでしょ…?

怖くて三浦さん見れなくなっちゃうじゃない!

 

上手くやれとか言いながら完全に嫌がらせじゃん……!

 

 

 

分かったわよ……。あんたから受けた罰は頑張って自分で清算するわよ!

頑張んないと、あんたにも、うちを嫌いな癖にこんなに協力してくれてる三浦さん達にも申し訳ないもんね。

 

 

[だからまぁ、頑張れ]の一文をもう一度しっかり目に焼き付けてからうちは顔をあげる。

 

「いいなぁ!イジイジしてないでうちも行けば良かった。ありがとう、優美子ちゃん!」

 

 

しっかり顔をあげて、三浦さんに精一杯の笑顔を向けると、『調子にのんなし』と言わんばかりの眼光を叩きつけられた……。

 

 

やっぱり怖いよぉ……

 

 

× × ×

 

 

その後もクラスの連中からの窺うような視線を受けつつなんとかお昼を済ませた。

 

もう精神が保たないから(クラスの視線ではなく女王の死線に)、今日はこのまま無事に終わって〜!と祈りつつ食べ終わったお弁当を片付けていた時、事件は起こった。

 

 

 

「……これ、なんだし」

 

 

 

まずい……、忘れてた……。

さっき書かれたばかりの落書き……。

 

 

場が、クラス中が凍り付く……。

三浦さんがなにを見てしまったのか連中もすぐに理解したのだろう。

空気が重くのしかかってくるのを感じる……。

 

 

 

「…………あ〜、……まっじムカつく……」

 

 

その余りにも低く威圧的な一言にクラス中が視線を逸らし息を呑む。

 

 

「……あーしさぁ、こういう陰険なの、……ほんっとだいっ嫌いなんだよねぇ……、えーと……なになに?『良く出てこられたね?カッコわるい?逃げ出しちゃいなよ?』……」

 

書かれた文字を威圧的な大声で、一文字一文字ゆっくりと読み上げる……。

 

 

「……ハッ!たかだか10文字にも満たないような言葉も直接声にも出して言えないわけぇ〜?……ダッサっ!ねぇねぇ、これどっちがカッコわるいのぉ〜!?」

 

 

これはもう独り言などではなかった。

クラスの全員に投げ掛けている。

 

恐怖に顔をあげる事も逃げ出す事も出来ず、ただただ俯きその真っ青になった顔を隠す事しか出来ないクラスメイト達。

 

すると女王のキバはうちに向いた。

 

 

「あんたもあんただし、南。こんな陰険で程度の低いダッサい連中にいいようにやられっぱなしでさぁ!こんなくだらない連中ごときから逃げてんじゃねーし!まずあんたがヘタレ根性どーにかしなよ」

 

「ちょっ!優美子っ!」

 

 

キレた三浦さんをゆいちゃんが止めてくれたのだが、うちには何にも言い返せる言葉がなかった。

 

 

「とにかくあーしは、こういう事やる人間ってマジで許せねーし。一回そういう事やってる時の自分の顔を鏡で見てみろしっ」

 

 

そしてクラス中絶句している中、三浦さんはうちらにしか聞こえないような小さく、しかし今までで一番ってくらいの低く威圧的な声で語り掛けてきた。

 

 

「……だからあんたらも自分らがなにしたか忘れんな……。あんたらがこうやって陰険なマネして陥れたヒキオがあんたらの為に頭下げてきたからこそ、あーしもこうやって協力してるんだって事忘れんなし……」

 

 

……三浦さんは怖い。確かに超怖い。でも本当にいい人なんだな。

ちゃんと目を向けもせず、ずっと悪く思ってた自分が情けない……。

 

 

「……はい……っ」

 

 

うちらは心の底から反省し感謝し、そう一言返事をした。

 

 

× × ×

 

 

「あー、戸部ー?今すぐC組くるし。……あ?速攻で」

 

一旦落ち着くと三浦さんは急にスマホを取り出し、なぜか戸部くんを呼び出した。

 

え?まだ何かやるの……?

 

 

速攻で……と仰せ遣った戸部くんは、ものの一分もしないうちにダッシュでやってきた。

 

 

「ゆ、優美子どしたー?……おっ!相模さん達じゃね?お久しぶり〜っ!うぇ〜い」

 

「……あ、戸部くん久しぶり〜…」

 

……うちはちょっとだけこのノリが苦手なんだよね……。悪い人じゃないんだけど。

でも隣を見ると、早織ちゃんがちょっと頬を赤らめて嬉しそう。

 

あ……、そういえば早織ちゃんて戸部くんお気に入りだったっけ……。

 

 

「戸部。これ消せし」

 

到着早々に机をコンコンと爪で叩き、たった一言で命令を下す女王様。

 

あの!三浦さん?それはさすがにうちが申し訳ないんだけど……!

 

「え?なに消すん?……うっわー、ま…、マジで!?……いやいやいや、これはマジないっしょー……。だってこれって……アレだべ……?」

 

と気まずそうにうちの顔を見る。

いや、アレだべ?って言われても、なんて答えりゃいいのよ……。

 

気まずく苦笑いしか返せないうちに、戸部くんは襟足を弄りながら声を掛けてくれた。

 

「っか〜……今どきこんなんする奴ってまーだ居んのな?なんつーの?淫乱っつーの?」

 

……い、淫乱?

 

「い、淫乱……?」

 

ボソリと誰かが呟いた。

 

「なんで淫乱だし……、それゆーなら陰険とか陰湿っしょ」

 

「それなー。………いやー、C組ってサッカー部居なくて良かったわー!こんなんするクソが居たらマジでサッカー部の恥っしょ……」

 

うわ……、こんな風に苛立って低音で話す戸部くんって初めて見た……。

 

トップグループの一人でもあり、底抜けに明るくて人気者の戸部くんのこの余りにも意外な様子に、より一層教室の空気が重くなった。

 

「は?あんただって二年とき、さんざんヒキオをネタにして遊んでたっしょ」

 

せっかくシリアスにした空気を三浦さんにあっさりブチ壊されちゃったよ……戸部くん……。

 

「っか〜!優美子それは言わない約束っしょ〜!俺ガチで反省してっし!反省しまくりまくりっしょ〜、ヒキタニ君マジで良い奴だし〜」

 

ちょっと可哀想な戸部くんが必死に言い訳してると、なんか変な声がした……。

 

「………ぐ腐っ……い、淫…乱?」

 

…………え?なに?

 

「……い、淫乱なとべっちがヤサグレたヒキタニくんを弄んでタネを?………な、なんて卑猥なっ……!ぐ腐っ、ぐ腐腐っ………トベハチの新たな可能性キマシタワーーーっ!ブハァッ」

 

姫菜ちゃん……、今まで大人しくしてたのはこれのために蓄めてたの……!?

 

 

「ちょっ!海老名、違うクラスでまで暴走すんなっ!擬態しろしっ!」

 

 

すかさずポケットティッシュを用意する三浦さん……。

鮮血に染まりつつ怪しげに笑う姫菜ちゃん……。

またかと苦笑いするゆいちゃん……。

なぜか姫菜ちゃんをいとおしそうに見つめる戸部くん……。

 

 

もうさっきまでのクラス中の重い空気なんかどっか行っちゃったよ!

 

もうメッチャクチャ……。うちこんなテンションについていけないよ〜……。

 

 

 

でもずっと引きつったままだった笑顔が、気づいたら緩んでた。

やっぱスゴいなぁ、この人達は!

 

 

× × ×

 

 

「あ〜……、疲れたぁ……」

 

 

うちは疲れ切った心と身体を癒すように湯船に浸かり、ん〜っ!と伸びをする。

 

まったく……。お昼は毎日毎日女王様のご機嫌取りを不自然にならないよう満面な笑顔で過ごし、放課後は放課後で補習と平塚先生によるお小言……。

 

 

「マジで神経すり減らしまくりだってーの……」

 

 

げんなりとしてため息を吐くが、それでもそんな生活も悪くないと思ってしまってる自分が居た。

あれ?うち今結構楽しくない?

 

 

思わずニヤつきそうになってしまっただらしのない顔を誤魔化すように、両手ですくい上げたお湯をぱしゃりと顔に掛けた。

 

 

 

 

あれから一週間、うちの生活は文字通り激変していた。

 

結局あの後も三浦さんや姫菜ちゃんが暴走するのをゆいちゃんとうちでなんとか押さえたり、「ないわー……、油性じゃ全然落ちないわー……」と、うちらの机の落書きを一生懸命消してくれようとしている戸部くんを応援したりと、とんでもなく騒々しいお昼休みを過ごし、放課後は生徒指導室に呼び出され平塚先生から熱い謝罪を受けた直後に熱いお灸を据えられたりした。

 

 

どうやら勝手に替えられたうちの机は、証拠隠滅どころか証拠保護として平塚先生が押さえてくれていたとの事。

 

うちが通学してきた事と、虐めにあっていたその証拠品をネタに校長や教頭を脅し、うちが不登校だった事は不問とさせたらしい。

もちろん毎日その分の補習と生徒指導付きではあるが……。

 

平塚先生は各教科の先生に話を付けてうちの学力が低下した分を補うように補習計画を練ってくれた。

 

うーん。教師に対する信頼なんか無くなってたうちも、やっぱり平塚先生だけは別みたいだなぁ。

 

 

 

そしてやはり優美子ちゃんの威光は凄まじかった。

あれ以来虐めどころか蔑みと嘲笑の眼差しもピタリと止まった。

 

というよりは、クラス全体でうちらの事を一切視界に入れなくなった……、という方が正しいのだろう。

 

 

とにかく目が合う事を恐れるのだ。あの人達。

 

お昼休みは優美子ちゃん達が来てくれたりうちが行ったりするのだが、優美子ちゃん達が来てくれた時なんかは教室が無人になるからねっ!

ホントどんだけなんだよっ!

 

 

でも比企谷が言ってくれていた通り、もう惨めさなんか全然感じなくなった。

 

前と変わらずクラス内では孤立しているのに、本当に自分の気持ち次第なんだな〜って、今ではすごく思う。

由紀ちゃんと早織ちゃんも居てくれるしねっ!

 

 

 

うちは今、お風呂から上がりベッドに横になりながら、由紀ちゃんから聞き出したあるアドレスにメールを打ち込んでいた。

 

 

「………はぁ〜……、送っちゃっても大丈夫かなぁ……」

 

 

うわ〜……超緊張すんじゃん……!

でも軽く震える指先を画面にタップする。

 

「………えいっ!」

 

 

送ってしまった……。

明日の放課後、あいつを呼び出す為のメールを……。

 

 

うちは、あいつにどうしても明日伝えたい事がある。

そう、どうしても。

 

 

「うーん……、なんて返信くるかな〜…」

 

 

送ってしまった後悔と不安。そしてちょっぴりの高揚感を誤魔化すように、どんな返信がくるのか想像してみた。

 

 

[嫌だ]

[早く帰りたいから無理]

[だが断る]

 

 

っておい!想像からして拒否しかないじゃん!

 

 

 

結局ここ最近の疲れもあって、スマホを胸に抱きながらその日はそのまま寝落ちしてしまったのだった。

 

 

× × ×

 

 

翌朝

 

 

「返信きてないじゃんっ!」

 

 

比企谷ぁ〜!あいつどこまでうちをコケにすれば気が済むってのよ!

 

一応送った宛先とメール内容を確認してみる。

 

「………合ってんじゃん」

 

……ま、いっか。ホントにちょっぴりだけイライラするけど……。ホントにちょびっとだけね!

 

メールは間違いなく送ったんだ。

断ってこない以上、あいつは絶対来てくれるだろう。

 

 

 

「行ってきまーす」

 

 

期待と不安が入り交じった気持ちで学校へ向かう。

 

昨日までの梅雨空が嘘のように、本日は朝から一週間ぶりの快晴!

 

「ったくぅ。だから気分を天気で表現とか、どこの少女漫画だっての!」

 

同じような事を考えながら登校していた一週間前とは、まったく真逆の気持ちの自分に思わず苦笑いしてしまう。

 

 

 

 

 

 

出会いと出発の桜咲く春。

 

うちはその春には失敗しちゃったけど、今日はそんなの問題にならないくらい、うちにとっては大切な大切な新たな一歩を踏み出す日。

 

だから今日はあいつに、比企谷にどうしても伝えたい事がある。伝えなきゃ、この日をNEW相模南の出発の日には出来ないから。

 

 

そして伝えるには今日じゃなくちゃいけない。

新たな出発の日はどうしても今日にしたい。

 

 

 

だって今日は6月26日。

そう。私相模南の18回目の誕生日なんだから!

 





ありがとうございました!

ついにここまで来ました!キマシタワー!


突然ですが次回で最終回となります!


初投稿から一度も読み返してないので、ラストを書く前に一度最初から読み直して、気分を盛り上げたいと思っております!
盛り下がっちゃわないといーんですけどね(笑)


それでは!


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比企谷八幡は人生の苦さを思いほくそ笑む




お待たせしました!ついに最終回です!

ご納得頂けるかは分かりませんが、これが作者の書きたかったラストです!


 

 

 

カーテンの隙間から覗く光の眩しさに目を覚ます。

珍しく目覚ましよりも早く目が覚めてしまった。

 

ここ一週間ほど降り続いた雨が上がり、どうやら今日は朝から快晴のようだ。

 

 

ふと多機能付き目覚まし時計に目を向けると、メールを知らせるランプが点滅している事に気付く。

画面を開くと……

 

「なんだ……こりゃ?」

 

そこには知らないアドレスから、昨日付けでメールが一通入っていた。

 

 

[比企谷。明日話があるから、部活終わりでもいいから放課後特別棟の屋上まできて。相模]

 

 

以前に由比ヶ浜や一色から届いたメールと見比べてみる。

おおよそ女子高生とは思えないような色も華もない簡素で簡潔な内容。

 

「俺、なんか呼び出し食らうような事したっけ……?」

 

良く分からんがめんどくせえな……。

しかも特別棟の屋上かよ……。あそこにはあんま行きたくねえんだよなぁ。

このまま見なかったフリして逃げちゃおっかな?

 

 

 

時期が時期だし相手が相手だ。どうせ逃げやしないくせに一応現実逃避の為にそんな事を考えながら、目覚ましが鳴るまでのあと30分の浅い眠りについた。

 

 

× × ×

 

 

滞りなく奉仕活動(由比ヶ浜の勉強の世話)を済ませ、俺は約八ヶ月ぶりに特別棟屋上へと伸びる階段を上っていた。

そもそもが特に用事は無いとはいえ、意識的に避けてたんだけどな、ここ。

 

相変わらず荷物が散乱していて実に上り辛いが、やはり以前と同じように空いている一人分の隙間を縫うように踊り場まで辿り着く。

 

壊れてぶら下がったままの南京錠を外し屋上へのドアを開けると、梅雨の切れ間の湿り気を帯びた風が吹き込み、朱く染まった空が視界一面に広がった。

 

 

そして視線の先のフェンスには……

 

 

「居ねえじゃねえか……」

 

 

なにこれ?後ろから『やべー、ヒキタニまじで来たよ〜(笑)』って何人か集まってくんの?

 

そんなトラウマが一瞬頭を過ったところで、予想外に真横から声が掛かった。

 

 

「比企谷おっそい」

 

 

視線を向けるとすっげえジト目で不満そうな相模が壁を背にして座っていた。

 

 

おいおい、なんつーの?そんな短いスカートでそんな体育座りみてえな座り方してたら、前に回り込んだらパンツ丸見えになっちゃうんですけど。いいの?

とか思いながら、俺もそのまま壁を背もたれにして座った。

 

離れた位置で同じ壁を背に並んで座る俺たちは、お互い相手に視線も向けず正面を向いて話し始めた。

 

 

「いやいや遅いって、お前が部活終わりでもいいっつったんじゃねえか」

 

「部活終わりで“も”って言ったの!そういう時はいつから待ってんのか分かんないんだから、気を利かせて早く来るもんでしょ」

 

なんだよ、そのトンデモ理論……。ホント女の言葉ってのは難解すぎんだろ……。

マジで検定制にした方がいいんじゃねえの?

 

 

「……知るかよ……てかいつから待ってんの?」

 

「……は?うちが放課後に教室に居場所あると思ってんの?」

 

「は?じゃあお前終わってからずっと待ってたの!?補習とかあんじゃねえのかよ……」

 

「今日は補習無しにしてもらったのよ……あんたがいつ来るか分かんないから……」

 

チラっと相模の方に視線をやると、こいつもちょうど視線を向けてきたのか目が合ってしまい、お互い慌ててまた正面に向き直る。

 

 

「……だったら最初っからそう言えっての……。で?話ってなんだ?」

 

「え……?あ〜っと……、とりあえずあんたには…その、お礼を言っとこうと思ってさ……。なんていうか……、その……助かりました……ありがと……」

 

おいおいこいつマジで相模かよ……。なんかすげえ照れ臭いんですけど……。

 

「いや……別に礼をされるような事はしてねえよ……。ま、その……なんだ。……仕事だから気にすんな」

 

「ぷっ!ホント比企谷って比企谷だよねー!そう言うと思った!」

 

あ?このやろう。なんか照れてんのかと思ったら急に人を馬鹿にしやがって……。

ホント比企谷って比企谷だよねーってどういうことだってばよ。

 

「チッ……んだよ……。で?話ってそんだけか?」

 

「いや……それだけじゃないんだけどさ……」

 

そう言うともじもじと俯いてしまった。

なんだよこいつ……。急に礼は言うわ照れるわ馬鹿にするわ俯いちまうわ……マジで調子狂うっての。

 

 

「……あ!そういえばさ、今日ってうちの誕生日なんだよね。比企谷、なんかちょうだい」

 

「は?いや意味分からん……。なんでお前にプレゼントあげなきゃなんねえんだよ。……ああ……まぁおめでとさん」

 

「うん……ありがと。…………ってかいいじゃん!……あれだけお互いに恥晒した仲なんだからさ……、プレゼントの一つや二つくれたって……」

 

「なんで二つなんだよ。……ああ、まぁそうだな……。なんでもいいっつうなら、なんか適当に用意しとくわ……」

 

用意しちゃうのかよ。

 

「マジでっ!?うん!なんでもいいよ!……そーだなぁ、なんか可愛いピアスとかがいいかなぁ」

 

「なんでもいいんじゃねえのかよ……。てかなんでアクセサリーとか急にハードル上がっちゃってんの?」

 

そもそも嫌いなヤツから貰ったアクセサリーなんて身に付けたいもんか!?

あれか、自戒の為の呪いアイテム的なやつか……

 

やだ、八幡まだ泣いてなんかないもん!

 

「いいじゃん。安いのでもなんでもいいからさ、その……復帰祝いも兼ねてさ……」

 

復帰祝いって自分から要求するもんか!?

 

大体お礼をしに来たんじゃないのん?

むしろ快気祝いとして迷惑掛けたこっちに粗品とか用意してきてもいいくらいなんじゃないですかね?

まぁ要らんけど。

 

 

「復帰祝い……ねぇ。……そういやどうだ?その後は。上手くやれてんのか?」

 

するとまーた態度をコロッと変えてぷんすかしだしやがったよ……。

 

「そんなに気楽に上手くいってる?とか言わないでくんない!?マジでこっちは超大変なんだから……。優美子ちゃんてホントに女王様なんだもん!毎日毎日ご機嫌伺いで気ぃ使って、マジで毎日神経すり減らしまくりだっての!」

 

「ほーん……。優美子ちゃん、ねぇ。へっ……思ったより上手くやれてそうじゃねえか。お前、アレだろ?ちょっと前までは心ん中じゃ三浦とかって呼び捨てにしてたクチだろ?」

 

「……なっ!?」

 

ほらな?図星だよ。

 

「でもそんなに自然に優美子ちゃんなんて出てくるって事は、もう心ん中でもそう呼んでんじゃねえの?……どうだ?お前が思ってたよりずっと良い奴らだろ?」

 

すると相模は気まずそうに苦笑しながらもコクンと頷いた。

 

「……うん。ホント良い人たち……。やっぱまだまだ超怖いけどね」

 

「そりゃ良うござんした。……たく、しゃーねえな!んじゃ誕生日祝いと復帰祝いに、今度なんか用意しといてやっか」

 

「あんたセンス超無さそうだけど、期待しないで待ってるよ!」

 

「おいっ……。んで?わざわざ俺を呼び出してまでプレゼントの催促したかったわけか?」

 

「……!ち、違うっての!それはついで!……あんたには伝えなきゃいけないことあんのよ!…………ふぅ〜……よしっ」

 

 

深呼吸をして一息つくと、相模はおもむろにスッと立ち上がりそのまま歩き出した。

 

 

相模は目的地へと向かう道すがら、真っ直ぐ前を向いたまま話を始めた。ゆっくりと、丁寧に。

 

 

「ホントはさ、……もっと前からずっと言いたかったんだよね……ずっと言いたかった……」

 

こちらへは視線を向けることなく尚も続ける。

 

「さっきも言った通り、今日はうちの誕生日だからさ、今日をうちの新しい出発の日にしたいんだよね……。これをちゃんとあんたに伝えないと、新しい一歩を踏み出す事なんて出来ないからさ……」

 

 

俺は相模が何を伝えようとしているのか、なぜかなんとなく分かってしまった。

だったらこのままの態勢じゃいけねえな……と、その場で立ち上がる。

 

 

相模は目的地へと辿り着く。

そしてくるりと踵を返すと、背にしたフェンスに寄り掛かった。

 

 

そう。あの時と同じ場所。あの時と同じ体勢。

自分を見失い居場所を無くし、誰かに見つけてほしくて足掻いて藻掻いてし逃げ出して、見失ってしまった自分を誰かが捜しにきてくれるのを、ただ一人ずっと待っていたその場所へ。

 

そして相模は俯きながら、ゆっくりと、でもはっきりとその一言を口にした。

 

 

 

「比企谷……、ありがとう。…………うちを見つけてくれて」

 

 

 

そして俯いていた顔をゆっくり上げると、まっすぐに俺を見る。

 

 

 

「……自分自身でさえも自分を見失っちゃってなにがなんだか分からなくなっちゃって、誰かに見つけてもらいたくて駄々こねて彷徨ってたうちを……本当の意味でちゃんと見つけてくれたのは比企谷だけ……」

 

スカートの裾をキュッと握りしめ、さらに言葉を紡ぐ……。

 

「……あの時、比企谷がうちを見つけてくれなかったら、……比企谷がうちを見つけさせてくれなかったら、……うちはどうしようもなくみっともない人間のまま、それに気付かず今も過ごしてたと思う。……だから……」

 

 

感極まった想いを一旦落ち着けるように瞼を閉じ、ほんの一息分だけ間を空ける。

そしてその閉じた瞼をしっかりと開き、最後の一言を添える。

 

 

「……だからありがとう!」

 

 

風にたなびく髪を片手で押さえ、俺をまっすぐ見つめる夕陽に染まったその柔らかな微笑みは、相手が相模だと忘れてしまうくらいとても魅力的で思わず見惚れてしまいそうな、そんな素敵な笑顔だった。

 

 

そんな微笑みで一歩を踏み出そうとする相模に贈る言葉なんかは、とっくに決まっていた。

今の魅力的な微笑みの相模には全然かなわなそうだが、それでも精一杯の笑顔を向けた。悪顔になっちまってたかもしんねえけどな。

 

 

「おう、気にするな。仕事だ」

 

 

すると柔らかい微笑みから一転、にひっとした笑顔に変わる。

 

 

「へへっ!言うと思った!」

 

 

んだよコイツ……。さっきまでの柔らかい笑顔といいこの呆れて小馬鹿にしたみたいな笑顔といい、こんなに良い顔たくさんできんじゃねえか。

 

だったらこいつはもう大丈夫だろ。

ちゃんと一歩を踏み出せたじゃねえか。

 

 

「話は以上か?……じゃあ俺はもう行くぞ」

 

 

「うん!わざわざありがとう!」

 

 

相模に背を向け踊り場へのドアに手を掛けると、相模が「あっ!」と俺を呼び止めた。

 

 

「あのさ比企谷!今度さぁ!奉仕部に遊びに行ってもいいかな!?雪ノ下さん達にもお礼言わなきゃだし、比企谷のプレゼントも回収しに行かなきゃだし!」

 

 

「おう。好きにすりゃいいんじゃねえの?ウチは部外者の生徒会長が入り浸ってるくらい出入り自由な部活だからな。……ああ、でも遊びにくるだけなら自由だが、もう依頼は持ってくんじゃねえぞ!お前関連の依頼はマジで厄介でめんどくせえんだよ」

 

 

「へへっ!オッケー!それじゃあ飛びっきり厄介でめんどくさいヤツ用意しとくっ!」

 

 

そう言う相模の笑顔は本日一番の、ああ相模らしいなと思えるような、まさに等身大の女子高生らしい、悪戯心を目一杯滲ませる生き生きとした笑顔だった。

 

 

「へっ!くわばらくわばらっ」

 

 

苦笑いを浮かべ屋上をあとにし、俺はふと人生の苦さについて思いを巡らせた。

 

 

× × ×

 

 

人生とは苦く苦しく己の理想通りに上手くは行かず、長く険しい苦行のようなものである。

 

その苦さといったら、濃すぎて飲めたもんじゃないクソ苦いコーヒーのようなもんだ。

 

 

だがどんなにクソ苦くて飲めたもんじゃないコーヒーでも、たっぷりのミルクとたっぷりの練乳を自分好みに加えれば最っ高に美味いMAXコーヒーにだってなれるのだ。

 

 

つまりはどんなに苦く苦しい人生だって、自分の考え方と自分を支えてくれる周りの人間次第で如何様にだってなる。いくらでも最っ高に美味い人生に変えられるって事だろ?

 

 

 

そして俺、比企谷八幡は人生の苦さについてある一つの結論を導きだした。

 

 

 

 

「なんだよ。だったら飲めたもんじゃないような苦く苦しい人生ってのも、そうそう捨てたもんじゃ無いんじゃね?」

 

 

 

 

 





すみません!後書き長くなりますので、興味ない方は読まなくてもよいです><


最後まで読んで頂き本当にありがとうございました!


実はこの作品は、相模に「うちを見つけてくれてありがとう」と言わせたかったが為だけに書き始めた物語でした。

過去の失態を嘆くより、綺麗事を並べて謝るより、見失ってた自分を見つけてくれた八幡に「見つけてくれてありがとう」と伝えられなきゃ相模が救われる事はないだろうな…と、ずっと思っておりました。

なので八幡との恋愛事を期待していた読者さまには申し訳ないのですが、これが作者なりの終わらせ方なのです!


第一話を書き上げた時点で、自分でもびっくりするくらい「暗っ!」と思うほどで、こんなん見てくれんのかな〜……と思っていたのに、本当にたくさんの方に読んで頂いてたくさんの感想も頂けて、とてもとても嬉しかったです!


俺ガイルきっての不人気キャラ・さがみん嫌いの方に、なんだよこいつ結構可愛いじゃねーか!と思って頂けたなら本望です☆



追伸…………

えーと、さんざを完結詐欺完結詐欺と言われてしまったので先に言っておきますね!

もう完結なのでここから伸びるのは難しいとは思いますが、もしUA100000超えかお気に入り1000を突破するような事がございましたら、記念として後日談くらいでよければ書こうかな?と思っております!

先に言っといたので詐欺ではありませんよ!?


その場合、相模視点と八幡視点て、みなさんどっちがお好みですかね〜??

UAかお気に入りが突破するようなら、アンケートってやつを取るかもしれません!



それではまたいずれどこかでお会いできたら嬉しいです♪


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【後日談】そして相模南はその扉をノックする



大変ご無沙汰しております!

みなさまのおかげでこうして後日談を語れる事が出来ました!

それではお久しぶりのさがみんワールドをお楽しみくださいませ☆


 

 

 

『比企谷………うちを見つけてくれてありがとう……!』

 

 

 

 

………………いやぁぁぁぁぁっ!

 

 

うちは相模南。

つい先日18回目の誕生日を迎えたばかりの総武高校三年生。

現在ベッドの上で布団を抱え込んで悶えている……!

 

もうあれから1週間も経ってるっていうのに……。

それでも油断するとあの日の情景が鮮明に浮かんできてしまい、ここ最近の夜はほぼ毎日のようにこうして悶えている。

 

「……信っじらんない……!こんなにもトラウマになるもんなの……?これが比企谷が前に言ってた黒歴史ってやつか……」

 

そう呟きながら布団を抱き枕のように抱え込んでのたうち回っているうち……。

この現状自体でさえも、今後新たな黒歴史とやらになりそうで恐い。

 

思えばうちの人生……とりわけ高校生になってからの生活はそんな黒歴史ばかりだ。

 

 

高校デビューってほどに変えたつもりは無いが、それでも少しは自分を垢抜けさせてみた一年生時代。

急にまわりからチヤホヤされて勘違いして、自分がクラスの中心にでもなったかのような振る舞いをしてたっけ……。

 

本物の中心と言われる人物の華やかさに卑屈になった二年生時代。

自分の本当の存在価値に気付いてしまい、でも悔しくて認められずに中心として無理に振る舞おうと空回りしていた……。

その挙げ句にやらかしてしまって、後の高校生活に多大な影響を与えることになった。

 

 

ただそのどれもこれもが現在(いま)の相模南を形づくる為には全部必要だったものだ。

 

確かに黒歴史ではあるものの、だから後悔なんかしていない。

浮かれて舞い上がっていた自分も、自分を見失って挫折していた自分も、どれもこれもが大切なうち自身。

 

むしろそんなみっともない自分が居たからこその“今”なんだと思えば、そんなみっともない自分にしてくれた事を神様に感謝してさえいる。

感謝は神様だけじゃなくて、その事を気付かせてくれた誰かさんにもね。

 

 

 

『比企谷………うちを見つけてくれてありがとう……』

 

 

 

…………………いやぁぁぁぁぁっ!

 

 

でもこれは無い!

マジで恥ずかしすぎる!後悔はしていない……といえば嘘に成る程の黒歴史っぷり……。

そりゃ確かにこの気持ちをちゃんと伝えられなきゃ新しいスタートをきれなかったのは分かってる。

だから心の奥底では後悔どころか伝えられて良かった!って気持ちでいっぱいなのも分かってる。

 

でも………でもまさかここまで身悶えるほどの恥ずかしさだなんて……!

 

文化祭で全校生徒の前で惨めに泣いた時も、体育祭で委員メンバーの前で泣き叫んだ時も、うちの部屋に比企谷招き入れて自分の心の内を吐露して泣き叫んだ時も確かにとんでもなく悶えたよ!?……てかうちって泣き叫んでばっかり……。

 

でも……ここまでかぁ〜っ!ここまで恥ずかしいのかぁ〜っ!

本音を曝け出して感謝の想いを心から感謝している相手に伝えるっていうのは〜……!

 

つい先日、偶然比企谷と廊下ですれ違ってしまった時なんかは、もう顔が熱くて熱くて完全にそっぽを向いたまま、ぽそっと一言『お、おす』としか言えなかったもん……。

まぁ、『おう』って返してくれたから良かったけどっ……!

 

 

はぁ……まさかうちがこんな風になるなんて……。

……比企谷も今ごろこんな風に悶え苦しんでればいいのにっ……あの時のうちの顔と言葉を思い出してゴロゴロと転がってればいいのにっ……。

 

てかうちあんな黒歴史早く忘れてほしいんじゃないの!?

でも思い出して今ごろうちの事考えてればいいだなんて、なんて矛盾なんだろ……。てかホントに忘れたらなんかムカつくし!

 

……あー!もうっ!

 

こうしてうちの悶々と悶える夜は、今日も通常営業で過ぎて行くのだった……。

 

 

× × ×

 

 

「隼人〜、今日あーし放課後カラオケ行くけど、隼人はどするー?」

 

「うーん。……そうだな。今日は練習試合明けで部活も振り替えで休みにしたから、たまには行こうか」

 

「まじでっ?超楽しみなんだけどぉ!」

 

「隼人くん行くんなら、俺らも行くっきゃないっしょー」

 

「それな」

 

 

今は我がC組でのお昼休み中。

優美子ちゃんが来ると大体教室から人が居なくなるから、最近では普通に葉山くん達も参加するようになっていた。

 

思いがけない葉山くんの参加で優美子ちゃんのテンションが超上がったんだけど、そのあとの戸部くん達の参加表明に露骨に嫌そうな顔をする女王様。

まぁせっかく珍しく葉山くんが参加するのであれば、出来れば二人っきり、無理でも少人数で行って少しでもいい雰囲気になりたいという乙女心だろうね。

いい雰囲気という観点で言えば、戸部くん達って邪魔以外の何者でもないだろうからなぁ……いや、ホントにいい人なんだけどね!?

 

それにしても優美子ちゃんって見た目に反してホント乙女なんだよなぁ……しかも面倒見のいいお母さんみたいな存在でもある。

本当にいい人……。

人って、こうしてちゃんと付き合ってみないと、全然分からない事ばっかりなんだなぁ。

 

 

最近わかった事と言えばもうひとつ。

 

あんなに憧れていたのに。文化祭や体育祭でうちを推してくれた時は……まぁ推してくれたっていっても、葉山くん的には『うちだから』ってワケじゃなくて、ただその場の空気を整えたかっただけだろうけど……あんなにも浮かれてはしゃいでたのに、今のうちの目でみると葉山くんのなにがそんなに良かったのかが全然分かんなくなってるってこと……。

確かにイケメンだし優しいし、みんなの憧れの存在になるのは良く分かる。

でも……ホントにそれだけなんだよなぁ……。

 

ああ……そういえば前に葉山くん狙いって評判だった生徒会長の一色さんが、気が付いたら比企谷の隣で笑ってた所を見て意味分かんない!とかって思ったっけ。

でも正直今のうちなら、一色さんの気持ちがすごくよく分か………るわけ無いっての!

な、なに血迷った思考に支配されようとしてんの!?うち!バカみたい!

 

 

ん!んん!それはそうと戸部くんの参加表明で早織ちゃんも俄然やる気を出してきた。

 

「三浦さん!それって私達も行ってもいいのかな……?」

 

「………は?」

 

うわ……全てを燃やし尽くす優美子ちゃんの「は?」が出ました……早織ちゃん涙目……。

 

「なに言ってんの?はじめっからメンバーに入ってるし」

 

ああ……ホントいい人……。

早織ちゃんが違う意味で涙目になってるよ……すっかり三浦シンパ!まぁうちも充分シンパ気味だから人のこと言えないけどねー。

 

でもカラオケ参加云々は今が初耳なのに、すでにメンバーに決定してるあたりはさすが女王様よね!

 

「南は〜?補習終わったら後で合流するし」

 

「ごめんね、優美子ちゃん!今日補習終わったら寄りたいとこあるんだ!」

 

「あ、そうなん?じゃあまた今度誘うし」

 

 

 

このように、二週間も経てばうちらはすっかり三浦グループの一員になっていた。

まぁ相変わらずもちろん恐いけど、ちゃんと自分の主張を伝えればきちんと考えてくれるし理解してくれる。

まだまだ探り探りの関係ではあるものの、今では場の空気の為にサポートで来てくれていた結衣ちゃんも2〜3日に一度は前のように部室に食べに行くようになってるくらいには、なんかうまいこと行ってるみたい。

 

まぁ元来調子にのりやすくやらかしやすい性格なんだってつい最近自覚出来たうちだから、ちゃんとそこら辺は油断しないようにしてますよ!

 

 

 

こうして今日も楽しくもあり緊張感もあるお昼休みが無事過ぎていくのだった。

 

うーん。なんか始めは最初のうちだけの関係だと思ってたんだけど、ずっとこのままで行くのかな?

 

そして今ではそう望んでしまっているうちが居る事はもう否定できない。

優美子ちゃんたちも……そう感じていてくれたらいいのにな……!

 

 

× × ×

 

 

「南ちゃーん!なに書いてんのー?補習のプリントかなんか?」

 

「うん。ちょっとねー」

 

「南ちゃんも今日のカラオケ行けたら良かったのにー!」

 

「ねー!私も久しぶりに南ちゃんとカラオケ行きたかったぁ……最近補習とかでずっと忙しかったもんねー」

 

「ごめんね!由紀ちゃん!早織ちゃん!次は絶対行くからさ、今日は優美子ちゃんたちと思いっきり楽しんできてっ!」

 

「だね!次は行こうねー。でもやっぱり南ちゃんが居てくれないと、まだちょっと三浦さん恐ーい」

 

「なーに言ってんの!早織すっかり三浦さん尊敬しちゃってる癖にーっ!それにメインは戸部くんだしぃ?」

 

「ちょっ!由紀っ!?」

 

「あははっ!まぁ楽しんできてねっ」

 

 

うん。確かに行きたい気持ちは無いこともない。てか結構行ってみたい。

ホント信じらんないよね……うちが三浦グループと一緒にカラオケ行きたいって思うようになるなんて。

 

でも……やっと決心が付いたから……。

そう思い立ったその時に足を踏み出さないと、いつまでもその場に留まったままになっちゃうんだって事は、すごく実感してるから。

 

 

楽しげにカラオケへと向かう由紀ちゃんと早織ちゃんに別れを告げて、うちは補習へと向かう。

 

でももちろんうちが向かう先は、その補習の先にあるあの部室……。

 

 

× × ×

 

 

今日もきっちり二時間分の補習を終え、うちはひっそりと静まり返った特別棟へと伸びる渡り廊下をひとり歩いていく。

 

 

季節は七月。

真夏の日差しに照らされた梅雨の晴れ間のジメジメ感で、クーラーの効いた教室以外は暑くて仕方ないはずなのに、今うちが掻いている背中を滴れる汗は明らかに異質なモノ。

 

……冷や汗って、こんなに暑くても出てくるもんなんだな……

 

 

あー……緊張してきた……嘘です。補習中からずっと緊張してました……。

 

うちが学校に出てこられるようになってからもう二週間。そのあいだ、行かなきゃ行かなきゃとずっと思ってたあの部室に、ようやく行く決心が付いたのだ。

 

ホントはもっと早く行くべきだった。

うちを救ってくれたあの人達に、まだきちんとお礼も言えてないのだから。

でも中々足が動かなかった。

うちはきっと歓迎はされないだろうから……由紀ちゃんから聞いた話だと、うちらはかなり嫌われてるらしいからね。

 

まぁそりゃそうよね。

うちは比企谷だけじゃない。雪ノ下さんにだって酷い事したわけだし結衣ちゃんにだって酷い事してきた。

結衣ちゃんだって、大好きな部室でのランチタイムを捨ててまでうちの為に一緒にお弁当を食べるのなんて、ホントは嫌だっただろう。

 

だからあの部室に行くのが正直恐かった。いつもみたいに逃げ出したかった。

でもそういう自分は、あの日、あの場所で卒業したんだ……!

NEW相模南としての新しいスタートを切ったあの場所で……!

 

 

それに………うちへのプレゼントの回収にも行かなきゃだしねっ!

あいつ、ちゃんと用意してくれてるのかな……?

 

 

 

……そしてうちは扉を叩いた。あの苦い思い出の文化祭以来のこの扉を。

震える手で……遠慮がちに……。

 

ノックの音が小さすぎたのかな?聞こえなかったのかな?

 

もう封印したはずの悪癖が、『聞こえなくて良かったね。このまま回れ右しちゃいなよ』と顔を出しかける。

 

そんな弱気じゃダメでしょ!との思いと、つい安堵してしまった情けない思いが入り交じり交錯する。

 

 

「…………どうぞ」

 

 

その澄んだ美しい声に肩がビクリと揺れる。

 

「……よしっ」

 

そう小さく呟くとうちはゆっくりと深呼吸し、ついにその扉に、奉仕部の重い重い扉に手を掛けるのだった……。

 

 

 

 

続く

 





ありがとうございました!

正直まさかお気に入りが1000を超えるとは思いませんでした(驚愕)

まさかあの嫌われ者の相模SSがこんなにも読んで頂けるとはっ……と同時に、完結したあとはお気に入りなんて減ってくもんかと思ってましたから!

なのでダブルで感動です!ありがとうございますっ☆


あとひとつお詫びです(汗)
最終回の後書きで、さがみん視点と八幡視点のどちらがいいかアンケート取るかも!みたいな事言ってたのに、勝手にさがみん視点で書いてしまいました><

というのも、アンケートするにしてもその告知の場がありませんでしたし(他の作品の後書きで告知するのもなんか違うし)、そもそも二択でアンケートってのもあんまり意味ないかな……と。

本編はさがみんSSなのに八幡視点で締めたので、後日談くらいはさがみん視点で締めようかな?と思ったのも要因のひとつです。


それでは後日談②でまたお会い出来たら幸いです!


【追伸】
別作品の宣伝になっちゃうみたいで嫌なのですが、あいつの罪とうちの罰のみ読んでくださっている読者さまの中で、鶴見留美回のルミルミを気に入っていてくださってる読者さまがおられましたら、現在連載中の短編集にて“その”中学生ルミルミをヒロインとした短編を連載中ですので(短編を連載中って文法的になんかおかしいっ)、もし興味がございましたら覗いてみてくださいませ!


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【後日談②】そして相模南はその扉をくぐる

 

 

 

すぐ近くからゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。

うちどんだけ緊張してんのよ……

 

「失礼します……」

 

扉を開き視界に広がったその景色は、嫌でもあの日を、遥とゆっこと初めてこの場所を訪れたあの日の事を思い起こさせた。

 

『へぇ〜、奉仕部って雪ノ下さんたちの部活なんだぁ』

 

『自信がないっていうか……。だから、助けてほしいんだ』

 

『みんなに迷惑かけるのが一番まずい………失敗したくない……誰かと協力して成し遂げることもうちの成長の一つ……』

 

 

……だめだ……あまりの羞恥に顔が熱くて赤くなってるのか血の気が引いて青くなっているのかさえも分からない……

 

ここ最近ベッドで悶えているのとはまるで異質のうちの黒歴史。

悶えながらも、本当は胸の奥ではポカポカして優しくくすぐってくるような、あの暖かい黒歴史とはまるで別物。

胸の奥からうち自身を真っ黒く凍り付かせるかのような、そんな黒くて冷たい黒歴史。

 

 

でも……“それ”がなければ“それ”が黒歴史とは気付かないままで居たんだもんね……

人生ってホント分かんないや。

 

胸の奥底から沸き上がってきた黒くて冷たいその気持ちを、そのさらに奥から沸き上がってくるそんな暖かくて優しい気持ちでそっと拭うと、うちはもう一度その部室の景色をまっすぐに見なおした。

 

 

× × ×

 

 

「さがみんっ!?」

 

「結衣ちゃんやっほー……」

 

ビクついてる心をみんなに見透かされないよう結衣ちゃんに挨拶をして改めて室内を見渡すと、突然の意外な来訪者にみんな驚いた顔をしてた。

 

まぁ最初に声をあげた結衣ちゃんはもちろんのこと、その隣に座ってる雪ノ下さんも少しだけ目を見開いている。

 

比企谷にチラリと目を向けると「うわっ……こいつマジできやがったよ……」とあからさまな迷惑顔……

……比企谷、あとで覚えてろ?

 

そして……うっわぁ……マジで居るよ生徒会長。

比企谷とか由紀ちゃん達から話は聞いてたけど、ホント入り浸ってんのね、この子。

なんかこの年下生徒会長から早くも敵意を感じますが……

 

「お久しぶりね、相模さん。今日はどのようなご用件なのかしら」

 

「あっ……雪ノ下さん久しぶり……えっと……いくつか用件はあるんだけど、まずはうちが全然知らない時から奉仕部には色々とお世話になっちゃったみたいだから、ずっとお礼を言いたくて」

 

そしてうちは佇まいを整えると、その場で深々と頭を下げる。

 

「奉仕部のみなさん……!この度は大変お世話になりました!ごめんなさい。ホントはもっと早くお礼に来なくちゃいけなかったんだけど、正直うちがこの部室にどのツラ下げてお礼にくればいいのかって、ずっと悩んでて……それでも、ようやく決心が付いたので伺いました」

 

震える心と身体を踏ん張らせて、うちは嘘偽り無い気持ちを述べた。

この期に及んで自分を飾り立てたってなんの意味もないし。

 

「みなさんには謝らなきゃいけない事はたくさん……山のようにたくさんあるのは分かってるけど、自分の愚行で迷惑を掛けた相手に軽くて薄っぺらい綺麗事を並べ立てて謝るよりも、綺麗でなくてもみっともなくても、心からの感謝を伝えるべきだって、自分なりに考えて来ました。……うちなんかに礼を言われたってなんにもなんないかも知んないけど……単なるうちの自己満足かも知んないけど……これだけは……言わせてくださいっ……その……っ……ありがとうございましたっ……」

 

 

うわっ……うちホントにみっともないな……

あれだけ覚悟決めてきたのに、下げた頭から唯一視界に入る床にはボタボタと生温い雫が落ちまくってる。

 

 

「そう………。残念ながら今回の依頼で私はなんの役にも立てなかったのだけれど、奉仕部部長として貴女が満足できる結果を得られた事はとても喜ばしく思います。………クスッ、硬くなってしまってごめんなさいね。相模さん。奉仕部は貴女の来訪を心から歓迎するわ」

 

 

涙と鼻水でみっともなく汚れたグチャグチャの顔をあげると、そこには今まで見たことのないような雪ノ下さんの優しい笑顔があった。

 

格好悪くてそっちに顔は向けられなかったけど、視界に入ってしまった比企谷もちょっとだけ微笑んでくれているように見えた。

その横に座っている敵意剥き出しだった後輩生徒会長でさえも優しい眼差しを向けてくれている。

 

ああ……うちはこの人たちに認めてもらえたのかな……

 

 

「相模さん。紅茶、飲むかしら?」

 

 

結衣ちゃんに肩を抱かれながら、用意してくれた席に腰掛けると、その部室は温かい紅茶の香りに包まれた。

 

× × ×

 

 

あ"ぁぁぁぁぁぁ……またやってしまったぁ……

 

今夜からは新たな黒歴史に悶える日々が始まるのか……

 

なんかここ最近うち人前で泣きすぎよね。

今日なんかは、ただただお礼を言いにきただけのつもりだったのに、ほぼ無関係の後輩の前だというのに大泣きしちゃうだなんて……どんだけ涙もろいのよ……

 

今うちは雪ノ下さんが淹れてくれた紅茶が入った紙コップを震える両手で持ちながらプルプルと羞恥に俯いている。

 

なにコレ超美味しい!うちが淹れる紅茶なんかとはまるで別物っ!

 

そう意識を逸らして恥ずかしさを誤魔化していたら、ようやくちょっと落ち着いてきた。

 

部室内は恥ずかしさに俯いているうちを気遣ってか、取り敢えずうちを放置して雪ノ下さん達は素知らぬ顔で勉強に取り組んでいる。

依頼者側のうちの席から見て右側では雪ノ下さんが難しい顔で溜息をつきながら結衣ちゃんに勉強を教え、向かって左側では比企谷が勉強に集中しようとしているのを生徒会長がちょっかい出して邪魔しているといった構図だ。

 

てか一色さん……比企谷好きすぎでしょ……なんかこう……モヤモヤするっ……

じゅ、受験生の勉強の邪魔しちゃいけないってのっ!

 

 

それにしても……比企谷のやつ……

うちがあれだけの醜態を晒したってのに、まったく素知らぬ顔でお勉強しやがって……

ま、まぁ比企谷にはうちの人生史上最大級に醜態晒しまくってるから、今さらっちゃ今さらなのかも知んないけどさっ……

 

でもあんただって、うちにとんでもない醜態晒したんだからねっ!

あんたのあんな姿を見たのはうちだけなんだからね!

 

ってなにこれ……なんでうちツンデレキャラみたいになってんの……?

いやいや一切デレてないし!

 

ふんっ!涼しい顔してられんのも今のうちだけだっての。うちが入ってきて即迷惑そうな顔した分のお返しも込めて、その涼しい顔を凍り付かせてやる。

今このメンツであれを言ったら確実に困んでしょ!?あんた。

 

 

先ほどまでの羞恥を取り敢えず横に置き、うちはニヤリと比企谷に問い掛ける。

 

「ねぇ、比企谷」

 

ずっと俯いていたうちの急な問い掛けに、比企谷だけでなくその場全員の視線が集まる。

 

「おう、なんだよ」

 

めんどくさそうに返事すんなぁ……こいつ!……今に見てろ〜?

 

「うちの誕生日プレゼントは?ずっと待ってたんだけど。ちゃんと用意してくれてんの?」

 

「………………………」

 

場が凍り付く。

 

雪ノ下さんの冷たい視線が突き刺さり、へ?って表情で結衣ちゃんが見つめ、は?って表情で後輩に睨まれてる比企谷の「しまった!」って表情に、うちの気持ちは踊りだす!

 

ぷっ!ざっまぁっ!

 

 

「おい相模……今それ言わなくても…」

 

「は?せんぱい……なんですか……プレゼントって」

 

「え?ヒッキー?……いつのまにさがみんとそんな約束したの……?」

 

「比企谷くん……あなたは一体なにをやっているのかしら……」

 

「あ、急にごめんね。前に比企谷がうちの誕生日プレゼント用意しとくって言ってくれたからさっ」

 

三人の視線がうちに突き刺さる……こっわ……

でも負けないっ……!

 

「ちょっと待て、お前がどうしてもよこせと…」

 

「で?用意してあんのっ?だったら頂〜戴!」

 

真っ赤になって奉仕部+オマケ会長の視線から逃れようとしている比企谷の目の前に行き、ニコニコと両手を差し出す。

 

 

「お前……絶対嫌がらせだろ。……へいへい。ちゃんと用意してますよ」

 

すると苦い顔でカバンをごそごそしだす。

こらこら。「ちっ……こんなことなら先にどっかで渡しときゃよかったぜ……」って聞こえてるっての。

 

「……ほらよ」

 

カバンから乱暴に取り出された雑貨屋さんかなにかの紙袋に全員の視線が集中するなか、うちはその袋を受け取った。

 

「……あ、ありがと」

 

比企谷をとっちめる為に敢えてこのシチュエーションでねだったのに、なんだかちょっと照れてしまった……そして女性陣の視線が痛いっ……

 

「よ、よしっ!じゃあ開けていいよね?」

 

「は?今開けんの……?」

 

「もううちの物なんだからいつ開けようとうちの自由でしょ?」

 

引きつる比企谷を無視して袋から出したプレゼントは可愛らしく包装してあった。

包装を解いている最中に「ちょっとトイレ……」と逃げ出そうとした比企谷の首根っこを一色さんが捕まえていたけど気にしなーい。

 

包装を解くと、その中身は小さな花モチーフのとても可愛いピアスだった。

 

「わぁ……結構可愛い……比企谷、意外とセンスあんじゃん……」

 

ヤバい……本気でちょっと嬉しい……真面目に選んでくれたんだ。

 

 

「先輩いきなりアクセサリーとかさすがにありえなくないですかガチで引くんですけどわたしだってそんなの貰ってないんですけどどういう事ですかマジでキモいです!」

 

「いや4月の誕生日にさんざん買い物に付き合わされた挙げ句に服とか買わされたじゃねぇか……」

 

「ヒッキー……あたしだってアクセサリーなんて貰ってないのに……」

 

「半月前の誕生日に雑貨やらなんやらプレゼントしただろうが……それに去年首輪やったろ」

 

「あれサブレのだしっ!?」

 

「てかなんでピアスなんですか!?チョイスが先輩らしくなさすぎてホントにキモいです!」

 

「そうだよ!ヒッキーキモい!」

 

「……キモいキモい酷すぎない?相模が安いのでもなんでもいいからピアスがいいっつったんだよ……」

 

ひぃっ!結衣ちゃんと一色さんが睨んできたっ……

さすがにこの場で開けるのはやり過ぎた……

それにしても……予想よりも荒れちゃったな……ぷっ!比企谷ゴメンね!

 

あれ?静かに比企谷を睨んでるだけだと思ってた雪ノ下さんが、いつのまにか不満げに眼鏡掛けてる。

あの人眼鏡なんて掛けてたっけ?

 

「えっと比企谷。すごい可愛いんだけど、なんでこれ選んだの?」

 

「……ああ、なんかたまたま入った雑貨屋で花言葉の説明と一緒に何種類かそんなのが置いてあってな……そん中の花言葉のひとつが今のお前に合ってる気がしたってだけだ」

 

「……へぇ!なんか似合わなー!比企谷のくせになんかキザっぽい!ちなみになんて花でなんて花言葉なの?」

 

「うっせ……花は……え〜っと、アフリカンマリーゴールドって花らしい。意味は勝手にグーグル先生に教われ……」

 

そんなに照れられるとこっちも照れるっての……!

 

「そ……。まぁ……あんがと。一応もらっとく……」

 

「おう……捨てるなり魔除けに使うなり、まぁ好きにしてくれ……」

 

 

うちはニヤつきそうになる緩んだ顔を誤魔化すようにカバンを開けて、大切にプレゼントをしまうのだった。

 

帰ったらじっくりと見てやろうっ♪

 

 

× × ×

 

 

さて!ちょっと調子にのりすぎて変な空気になっちゃったけど、実はここからが本題だっ……!

 

 

でもこの空気の中じゃ超反対されそう……とくにあの生徒会長に……

順番間違えたかなぁ……プレゼントを最後にとっとけば良かったぁ……

 

でも早く比企谷に仕返ししたかったんだからしょうがないじゃんっ。

 

 

ジト目で睨んでくる女性陣の視線に気付かないフリをして話題を変えちゃおう!

 

「んん!ん!……え、えっと!」

 

うちは佇まいを今一度整えて、真剣な表情をある一点に向けた。

 

「……えっと、前に比企谷に言っといたんだけど、今日はとびっきり厄介な依頼を持ってきました。…………雪ノ下さん!ひとつお願いがあります」

 

そしてうちはカバンから一枚の紙を取り出した。

それは、放課後補習に行く前に教室で書いた一枚のプリント。

 

そのプリントを受け取った雪ノ下さんは目を見開き驚いたのだが、何かを言われる前にうちから先に言わせてもらうね。

 

 

 

「……うちは、相模南は……奉仕部への入部を希望します……!」

 

 

 

 

続く

 





ありがとうございました!

今回は後日談②となります。
次回でついに本当にラスト!大団円予定であります!


それにしても、このSSを機にさがみんSS増えないかな〜……と思ってたのに、一切増えませんね……orz
私が思ってたより遥かに需要あったのにな〜……



ちなみにピアスネタは完全な創作です。
あんなピアスが存在するかどうかは一切知りませんし、そもそもあんなコンセプトでアクセサリーが作られているのかどうかも知りません><
花言葉ありきで考えた単なるネタです。


アフリカンマリーゴールドの花言葉は『絶望を乗り越えて生きる』……だそうですっ☆


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【後日談③】そして相模南は……




お待たせいたしました!
ついに本当にラストですっ!

どなたさまも、さがみんの最後の活躍をお楽しみくださいませ!


 

 

 

『……うちは、相模南は……奉仕部への入部を希望します……!』

 

 

 

そう。これこそがうちの結論。

正直声も足も超震えてる。今立ち上がったら、即コケちゃう自信があるくらいに。

 

うちがこの人達に受け入れられる訳ないもん。

でも……でもこれが相模南の答え……

 

「は?ちょ……ちょっと相模先輩。いきなりなに言ってんですか!意味分かりませんよっ」

 

ぐ……早速一色さんからの反対意見。

まぁそりゃそうだ。由紀ちゃん達から聞いた話では、この子にとってうちは仇みたいなものらしいし。

 

それでもうちの問題にまっすぐ向き合ってくれたのは、元来のこの子の優しさによるものなのだろう。

まぁこの子も同性には好かれないっぽいし、ほっとけなかったってのもあるのかな。

 

でもそれとこれとは全然別問題だもんね。

大好きな先輩を傷つけた敵が、よりにもよって仲間に入れてくれだなんて、うちだったら『こいつちょっと頭おかしいんじゃないの?』って思っちゃうだろうし。

それに……それとは別に、明らかにうちのこと警戒してるしね、この子。女として。

 

「大体ー、相模先輩って、不登校だった分の補習を毎日やってるんじゃないんですかぁ?入部したってここに来られる時間が毎日こんなんじゃ、入部の意味なくないですかぁ?奉仕部舐めてませんー?」

 

「いやおまえが言うなよ……」

 

「だってぇ!……ぶぅ〜っ!」

 

うわっ!噂には聞いてたけど、この子マジであざといっ!

たぶん比企谷以外なら簡単に落ちるんだろうなぁ……正直ムカつくけど可愛いし……

でも比企谷はそんなのに引っ掛からないっての!

 

い、いやだって!うちはこいつの黒歴史聞いてるから……ただそれだけっ!

 

「はいはいあざといあざとい」

 

ほらねっ!

ってなにはしゃいでんの!?

 

「あ……それなんだけど、平塚先生に許可は貰ってあるんだ。依頼が来ない限り、ここでは成績優秀者が二人も受験勉強してるから、一緒に勉強するのはうちの為になるんだってさ。だから奉仕部での部活動に限り、補習と同等扱いにしてくれるんだって!」

 

「なっ!?」

 

甘いよ生徒会長。それくらいちゃんと手は打ってあるっての!

それにしても、まさか比企谷が成績優秀者ってのはマジで驚いたけどね……

 

「おいおい……なにしてくれてんだよあの人……」

 

ちょっ!比企谷っ!なにその迷惑そうな顔っ!

マジでムカつく〜っ!

 

ぐぅ……でもここは下手(したて)に出なくちゃ……!我慢我慢っ!……今は。

 

「大体受験勉強っつっても、今うちは超問題児を一人抱えて吐血寸前だから、俺はもちろん雪ノ下もお前の面倒なんか見れねぇぞ」

 

「ひどいっ!?」

 

「大丈夫。うちこう見えて意外と成績いいんだ。勉強遅れてた分はこの二週間の補習でコツだけは掴んだし、あとはたぶん一人で取り戻せる。だから結衣ちゃんみたいにお荷物にはならないよ」

 

「ひどいっ!?」

 

大丈夫!入部するにあたっての問題点は無いようにしといた。

あとは部長の判断だけ……

 

満を持して口を開く部長。うちに、うちなんかにこの人に勝てるんだろうか……

 

 

× × ×

 

 

「相模さん。一つ聞いてもいいかしら」

 

「……うん。どうぞ……」

 

「私達はもう三年生であり受験生。本来なら部活動はそろそろ引退の時期でもある。そんな今、なぜ貴女は入部を希望するのかしら。今さら部活に入って、はたして貴女にとって何になるというの?確かにほぼ受験勉強をしているだけだし、それによって補習をしなくて済むというのならば貴女にとって都合がいいのかも知れない。だとしたらそれが貴女が奉仕部に入部したいという理由なのかしら」

 

 

凍らされてしまうのではないかと思えるような冷たい視線で威竦めてくる。

その表情には先ほど紅茶を淹れてくれた時の暖かさはもう微塵も感じられない。

 

分かってる。ここがあなたにとって、ううん?あなた達にとってどれほど大切な場所であるのか。

その大切な場所をそんなくだらない理由で穢されるのがムカついてしょうがないんでしょ?

 

 

雪ノ下雪乃。

うちはこの人をずっと誤解していた。ずっと勘違いしていた。

関わりを持つまでは。

 

どんな時でも冷静沈着で心を動かさない、冷たい完璧超人だとばかり思ってた。

でも実際は全然そんな事はなかった。

不仲の姉に対して嫌悪感を顕にし、比企谷の発言に大笑いし、うちの無責任な仕事の押し付けに無茶をして倒れ、そしてそんなうちを認め、やわらかい笑顔で紅茶をふるまってくれもする。

 

なんてことはない。普通の女の子なのだ。

ただちょっと優秀すぎるだけの普通の女の子なのだ。

 

だからこの威竦める視線は、ただ自分の大切な場所を守りたいって、ただ自分の大切なモノを馬鹿にするのは許さないって怒ってるだけの、普通の女の子の感情なんだ。

 

大丈夫だよ、雪ノ下さん。うちはそんな気持ちで奉仕部に入りたいってワケじゃないから。うちは……

 

 

 

「救ってもらえたから……比企谷に。この部活に。……だったら救ってもらえたうちには何が出来るだろうって。そしたらこれしか思い浮かばなかった。……救ってもらえたうち自身が、うちと同じように救いを求めてる人の手を掴むこと……救ってもらえたこのうちを、悩んでる人の為に役立てること。それがうちに出来る唯一の罪滅ぼしなんじゃないかって……」

 

 

うーん……なんかうち、この期に及んで綺麗事言っちゃってるな……

確かにその気持ちはすっごい強いけど、本音はもっと醜くてみっともないモノ。

 

たぶん雪ノ下さんにも比企谷にも見透かされてるだろうし、うち自身もこんな綺麗事だけの説明なんて望んじゃいない。

 

だからうちは本当の本音を語ろう。

 

「なんてねっ!ごめんね雪ノ下さん。こんな綺麗事じゃ、あなたの心にはなんにも響かないよね。………ぶっちゃけると、入部を希望するのは全部自分の為!このままじゃ納得出来ないから……自分に。……比企谷にはもうお前が罪を感じる事はないって言ってもらえたけど、うち自身は全然納得なんか出来てないの……ただ比企谷の言葉に甘えちゃうだけでいいの?って。うちはうち自身を納得させたい。うち自身を認めたい。罪滅ぼしする事で、うち自身を救いたい。……そんな……みっともない理由なんです」

 

 

自分で言ってて情けなくなるくらいに自分勝手だな……

自分を救いたいから他人を救う……なんつうエゴだよ……

 

でもそんなみっともない本音をブチ撒けたうちを、どうやら雪ノ下さんは受け入れてくれたみたいだ。

 

威竦める凍える視線は、その瞬間氷解するように暖かなものへと変化した。

 

 

「そう。貴女の気持ちは理解したわ。……ようこそ奉仕部へ。相模さん。貴女の入部届けを受理します」

 

 

「ありがとうっ!うち、頑張ります!」

 

 

 

相模南18歳。高校生活三年目の7月に、初めて部活に所属しました!

遅すぎでしょっ!

 

 

× × ×

 

 

「うぅ〜……眠っむ〜……」

 

ゆうべはなかなか寝付けなかった。

とにかく色んな事に興奮してたからなぁ〜……

 

ピアス眺めたりピアス付けたりピアス付けた自分を鏡に写してニヤついたり新たな黒歴史に悶えたりピアス眺めたり入部出来たこと喜んだりピアス付けたりピアス眺めたりニヤついたり……

 

いやいやいや!ピアスばっかじゃんっ!

そ、そりゃ確かにちょっと嬉しかったけどさっ……!

ちょっとだけよっ!?

 

 

うち……どうしちゃったの……?

 

 

うちは悶々とする気持ちを押し殺して、眠い目を擦りながら学校の支度をする。

 

顔を洗って制服に着替えて、髪をセットしメイクを済ませ、そしてピアスを用意する。

もちろんゆうべ大切にしまっておいたあのピアスだ。

 

「ひひっ!これ付けて部活行ったら、あいつどんな顔すんだろっ!?」

 

みんなに睨まれて居心地悪くてもじもじするんだろーなぁっ。

なかなか似合うんじゃねぇの?って、言ってくれるかな……?

 

ピアスを付けて鏡を覗きこむ。

ゆうべ何度も何度も見たのに、やっぱり可愛いな!このピアスを付けたうち♪

 

 

「比企谷の癖にこんな可愛いピアスくれちゃってさっ」

 

ニヤつく締まりのない顔を誤魔化すように悪態をついてみたけど、あんまり効果はなかったようだ。

 

 

 

よぉぉしっ!今日から部活、頑っ張るぞぉぉぉっ!

 

 

× × ×

 

 

あの日から1週間。

……………あれだけ張り切ってた奉仕部は、本当に受験勉強会だった……

いやホントによくこれで部活動を名乗れるよね……

まぁ勉強が遅れてる受験生としては、確かに助かりますけどね。

 

 

でも部活動初日は大荒れだったっ!

あのピアスを付けて部室に入ったうちを見て、みんな面白いくらいに固まっていた。

 

即逃げ出そうとした比企谷に一色さんが「逃がすかーっ!」とタックルをかまして逃亡を防ぎ、三人に囲まれる中でこのピアスを付けたうちに対する感想を発表させられてたりっ!

 

すっごい公開処刑だったよ。

まぁうちもちょっと恐かったけど、比企谷なんか真っ赤な顔でもういっそ殺してくれっ顔して

 

『ま、まぁ悪くねぇんじゃねえの……』

 

だって〜っ!

 

ムカつく事に可愛いとはさすがに言わなかったけど、あの日の出来事をまた黒歴史として胸に抱いて、毎晩ベッドで悶えやがれっ♪

 

 

「ねぇ比企谷〜、ここ分かる〜?」

 

「だから俺に数学聞いても分かんねぇっつってんだろ……雪ノ下に聞けよ」

 

「いやだって雪ノ下さん、さっきからこめかみに手を当てて唸ってるんだもん……」

 

うちはちょっと比企谷の耳元に顔を近付けて小声で問い掛ける。

よく分かんないけど、ドキドキして顔が超熱いんだけど!

隣の生徒会長がすっごい睨んでるけど気にしない気にしなーい。

 

「あのさ……ここだけの話……なんで結衣ちゃんウチに合格出来たの……?」

 

「いやそりゃ俺が知りたいっての。今や我が総武高校の七不思議の一つに数えられるほどの謎だろ」

 

「ぷっ!言えてるー!……ってかあと六個もどんな不思議が待ってんのよっ」

 

「え……?そりゃアレだよアレ……」

 

 

勉強の息抜きにそんなどうでもいい会話をしていた時、コンコン……と。

一瞬幻聴かと思われるくらいの小さな小さな音で、不意にその扉は叩かれた……

 

 

× × ×

 

 

恥ずかしいっ!うちちょっとビクッとしちゃったよ!

だって奉仕部に入部してからの一週間、ノックをする来客なんて一度も無かったんだもん。

 

つまりノックをしない来客なら良く来るんだけどね。生徒会長とか平塚先生とか。もっとも前者は来客ですらないですけどっ!

あ、あとたまに比企谷の妹の小町ちゃんが遊びに来るね。

なんか小町ちゃんてホント可愛いんだよね〜。マジで比企谷の妹なの!?って稀に思う。

 

「…………どうぞ」

 

おっと、思考が飛んでた!

雪ノ下さんがノックの主を招き入れる。

 

「……失礼します」

 

部室に入って来たのは、一年生とおぼしき可愛くて結構派手目な女の子だった。

雪ノ下さんに促され依頼者席に着くが、奉仕部の面々を見て一瞬ギョッとした。

 

そりゃそうなりますよね。冷静に考えるとなにこのメンバー!

なにも知らずに入ってきたら、うちでも逃げ出すわ。

 

「一年生……ね?今日はどういったご用件かしら」

 

最初はこのメンバーに萎縮していた一年生の女子も、覚悟を決めて語りだした。

 

「あの……平塚先生から紹介されて来ました……一年A組の千佐早智と言います。……あの……その……助けて欲しいんです……あたし……その……クラスでハブられてて……っ」

 

 

その瞬間、うちは背筋がゾワリとした。

初めての依頼……それはうちが自分自身と向き合うものだった……

 

 

× × ×

 

 

千佐さんの後悔の独白……顔が熱い。

下を向いちゃだめなのに、情けない事に顔を上げることが出来ない……

 

「あたし……中学の頃、わりと派手なグループの中心に居て、それが自信というか……ステータスっていうか……。だから高校に入ってからも、あたしはそんなポジションに居れるんだろうな……って勘違いしちゃって……入学早々調子にのっちゃってる振る舞いしちゃって……クラスの子たちからウザがられて距離置かれて………ハブられてっ………居場所もなんにも無くて……誰もあたしを見てくれなくて……もうあたしどうしたらいいのかっ……」

 

 

……なんてことだろうか……

今目の前で泣いているこの少女は…………うちなんだ。

 

調子にのって勘違いしてやらかして排除されて、誰も自分を見ても捜してもくれない……自分自身でさえも自分を見つけられない………あの時のうちそのもの……

 

 

うちは……この子から目を背けちゃいけない。この子を救えなきゃ、自分も救えない。

 

 

そして……うちが顔を上げると、みんなの視線が集まっていた事に気付いた。

比企谷も結衣ちゃんも一色さんも……そして雪ノ下さんもうちを見ていた。

 

「雪ノ下さん。うち、この依頼を受けてあげたいっ!」

 

真っ直ぐに雪ノ下さんの目を見つめ、そう宣言した。

 

「もちろん受けるつもりよ。貴女の初めての仕事ですものね。だからその言葉を待っていたわ」

 

優しげな表情でうちにそう答えてから、雪ノ下さんは千佐さんに向き直る。

 

「千佐早智さん。了解しました。その依頼受けましょう」

 

安心したように泣き続ける依頼人に、うちは声を掛けた。

 

 

「千佐さん、大丈夫。うちでさえなんとかなったんだから、奉仕部を、この人たちを信じてっ」

 

 

× × ×

 

 

「比企谷〜!ちょっと待ってよー!せっかくだからたまには一緒に帰んない?」

 

本日の部活を終え、駐輪場へと歩みを進める丸まった背中を追い掛ける。

 

「せっかくって何に対してのせっかくだよ……お前チャリだっけ?」

 

「違うけどさぁ……駅まで歩いてこうよ」

 

「やだよ、恥ずかしい」

 

………。

 

こいっつ!マジでムカつくっ!

うちと一緒に帰んのが恥ずかしいっての!?

 

「へー……美少女中学生と校門の前でイチャつくのは恥ずかしくないのに、うちと帰んのは恥ずかしいんだー」

 

超棒読みで言ってやった。

引きつってるコイツを見ると超楽しいっ。

 

「なっ……て、てめぇ……!」

 

「ほら、行くよー」

 

コラコラ、舌打ちしながら着いてくんじゃないってのっ!

ぶつくさ言いながらも、比企谷は自転車を押して一緒に歩いてくれる。

 

しばらく無言で歩いていたが、ちょっと気まずかったので声を掛けることにした。

 

「あの……さ、比企谷はさっきの子……千佐さんの依頼、なんかいい考えある?」

 

「さあな。てかさっき依頼受けたばっかで細かい内容もなにもまだ聞いちゃいねぇのに、いい考えもくそもない」

 

「そりゃそーだっ。でも……なんとかしてあげたい……」

 

なんとかしてあげたいだなんて、なんだか上から目線で偉そうだけど、そんなんじゃなくてただ単純になんとかしてあげたい……

 

「……ちょっと前までのお前と同じ目をしてたからか?」

 

「……まぁね。……ああ、この子はうちと一緒なんだなぁっ……て、思った」

 

「ったくよ……厄介ごと持ち込む代表みたいなお前が入部してきた早々こんな厄介な依頼とか……なに?お前コナンくんかなんかなの?」

 

なによ……厄介ごと持ち込む代表って……

 

「は?なに言ってんのか意味わかんないんだけど……キモっ」

 

「お前……キモいって言われる事がどんだけ俺の心を削り取ってると思ってやがる」

 

「うちもクラスで散々キモいだのなんだの言われたから知ってますけど?」

 

「なんでドヤ顔なんだよ……………ぷっ……」

 

「ぷっ!……あははははっ」

 

なにが可笑しいのか良く分かんないんだけど、なんだか二人して爆笑しちゃった!

ホント意味分からん!

 

 

「くくっ……ふぅ〜……んん!ん!……と、とにかく!うち頑張るから。あの子を救ってあげたい!」

 

するとこいつはニヤリと言う。

 

「お前自身を救う為にも……か?」

 

うっわ……なにこいつ……うちの新たな黒歴史を抉ろうと攻めてきてんの!?

……へー、だったらうちもアンタを抉ってやるよ。

 

「はいはい、そーですよっ。…………絶望を乗り越えて生きるっ!」

 

くくっ……ホント比企谷の死にたそうな顔は超〜傑作っ!

 

「てめ……グーグル先生で調べたんなら早く言いやがれよ……」

 

「いやー、比企谷超キザっ!…………絶望を乗り越えて生きるっ!!」

 

 

ちょっと!?無言で自転車に乗んのやめてよっ!

うちは比企谷を逃がさないように制服を掴む。

 

「離せ。俺はもう帰る」

 

「ごめんごめん!もう言わないから!……しばらくは」

 

「もう勘弁してください……」

 

そんなくだらないやりとりをしてたらもうすぐ駅だ。

このくだらないやりとりがなんだか楽しくって仕方ない……駅ってこんなに近かったっけ?

 

 

× × ×

 

 

さて、そろそろ駅か。正直名残惜しい。

「また明日」が遠い。

 

「あの……さ、比企谷」

 

「……あんだよ」

 

はぁ……まったく……なんだよコレ……

 

「あのさ、この依頼がうまくいってあの子を救えたらさ」

 

こんな気持ち、認めなくちゃなんないの?

 

「……一回ウチに来てくんない?」

 

「はぁ!?」

 

なんでうちともあろう者が……

 

「いやいやなんでだよ?なんでお前んち行かなきゃなんねぇんだよ……」

 

こんなやつに……

 

「うっさいな……仕方ないじゃん!お母さんがどうしても連れてこいってうるさいんだから!」

 

比企谷なんかに……

 

「余計意味分かんねぇよ!なに?お前の母ちゃん、俺を悶えさせて殺したいの?あんな話聞かれたお前の母ちゃんなんかに絶対会いたくねぇんだけど!」

 

こんなに幸せな気持ちにさせられるなんて。

 

「お母さんに恥ずかしい話聞かれたのはアンタだけじゃないっての!」

 

こんなに切ない気持ちにさせられるなんて。

 

「絶対嫌だ」

 

ったく……はいはい。もう認めますよ。

 

「へー……美少女中学生とはデートとか行っちゃうくせに、ウチには来れないんだー」

 

うちは……

 

「てめ……」

 

うちは比企谷に惹かれてる。

 

「奉仕部のみんなには黙っててあげてるんだから、これで決定ー」

 

こいつとこうしてバカ話してると堪らなく楽しい。

 

「お前……最悪だな」

 

こいつとこうして居ると、堪らなく嬉しい。

 

「へへっ!むしろ感謝しろっての!うちが喋ったら部室が地獄絵図になんだけどー?」

 

ま、仕方ないよね。お互いにあんなに恥さらしたんだし。

あんなに強いとこも弱いとこも……優しすぎるとこも目の前で見ちゃったんだし!

 

「いやマジで行きたくねぇよ……やっぱ入部を断固阻止すりゃ良かった……」

 

好きになるなっつう方が無理あるよね。

 

「アンタにはそんな決定権も立場も無いじゃん」

 

でもまぁ、この気持ちはこいつに伝える事はまず無いだろう。

 

「なにその腹立つ笑顔。どっかの生徒会長より悪顔なんだけど」

 

ライバルは強力すぎるし本人も壁高すぎだし……なによりも……うちにはその気持ちを伝える資格もないしね。

 

「ちょっとー……一色さんと一緒にしないでよ……うちあんなに腹黒くないっての!」

 

少なくとも、今はまだ……ね。

 

「いやいや思いっきり黒いだろ……黒くなきゃあんな目には合わないだろ」

 

だからとりあえずこの気持ちは封印しとこう!

今はそんな邪念は捨てて、とにかくやれる事を一生懸命やんなきゃね!

 

「いやいや比企谷それはひどくない!?……嗚呼……すっごく傷ついちゃったよ、うち……」

 

あの子を救って自分を救って、もっとこいつと一緒に歩いて存在を認識させて、せめてうちを少しでもこいつに認めさせて

 

「傷が痛すぎて、明日あたりつい口が滑っちゃうかもー」

 

叶わないまでもせめて自分の想いくらいはこいつに届けられるようになるまでは……頑張んなきゃね!

 

「なにその大根演技腹立つ。わーったよ……行きゃあいんだろ行きゃあ……あー……マジであんまお前の母ちゃんに会いたくねぇんだから、一回だけだからな……」

 

だからまぁ、んー……こういうのなんて言うんだっけ?

 

 

「はじめっから素直にそう言っときゃいいのよ!……………そいじゃあねー!また明日ー!よーしっ!明日から依頼がんばるぞー!」

 

「……へいへい、がんばれがんばれ。じゃあな……また、明日……な」

 

「うんっ!比企谷!また明日……ねっ!」

 

 

ああ、そうそう!アレだアレ!

 

 

 

 

 

 

 

 

そう!俺達の戦いはこれからだっ!!

 

 

 

なんちゃって☆

 

 

 

 

 







本編14話、後日談3話、計17話に渡る相模南の大冒険はこれで終幕となります!
皆さま、本当に最後までありがとうございましたっ(ノд<。)゜。


まさかこうして後日談を書ける事になるとは思わなかったので、後日談はかなり思い付きでなんとか筆を走らせてしまったんですけど、最後まで楽しんで頂けたのなら本当に嬉しいですっ!


さがみん好きの皆さまも、さがみんはあんまり好きじゃないけどちょっとだけ好きになれた皆さまも、やっぱりさがみんは嫌いだけど流れで最後まで読んでやったぜ!という皆さまも、本当に本当にありがとうございましたぁっ!


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