金色のガッシュ!! Episode RISING (ホシボシ)
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第1話 LEVEL.325


※はじめに

『1』

この作品は金色のガッシュの本編終了後の二次創作となっています。
なので、原作コミック33巻までのネタバレや、一部アニメオリジナルの話や劇場版のネタバレもあります。
まだ原作を見ていない人や、読んでいる途中の人は注意してください。


『2』


それなりに恋愛描写があります。
メインはタグにもあるとおり清麿×恵(清恵、キヨメグ)ですが、他にも色々と書いています。
組み合わせはかなりマイナーな物もあると思うので、カップリングに拘りのある方は注意してください。


『3』

オリジナルキャラクターや設定、呪文などが出てきます。
あくまでも勝手に考えたものなので、本編と全く関係ありません。


以上となっております。合わないなと思った方はバックをお願いします。
長々と申し訳ありませんが、気持ちよく読んでもらう為ですので、どうかご了承ください。
それではどうぞ。



 

魔界の王を決める戦い。

千年に一度、魔界の支配者である王を決める為に、魔界とは別次元に存在する人間界で行われる戦いである。

選ばれた100人の魔物の子供達が、魔物の本と共に人間界に送り込まれる。

そこで魔物の子らはパートナーの人間と出会い、呪文を使用して最後の一人になるまで潰しあうのだ。本を燃やされた者は魔界へ強制的に返され、王になる権利を失う。

主催者や魔物の本の製作者は解明されておらず、一説には「神の試練」とも呼ばれているとか。

そして現在、ココにまた新たなる王が誕生した。

 

 

「魔界の王! ガッシュ・ベル!!」

 

 

凄まじい歓声に包まれる子の名はガッシュ・ベル。

かつては落ちこぼれと言われ、100人の中に選ばれたのも不正を働いたのではとまで言われた子供だった。

しかし彼はパートナーである高嶺(たかみね)清麿(きよまろ)と共に多くの強敵と戦い、成長、そして勝利してきた。

王を決める戦いは多くの悲しみを生んだ。しかし同時に、魔物と人間、種が違う二つの存在を強く結びつける希望(きずな)も多く生み出していった。

 

 

『財産はもう……オレの心に』

 

 

これは高嶺清麿の言葉である。

芽生えた物は、得た物は、これからの時代に必要となるべき強き心だと彼らは説いた。

そして彼らはいつ訪れるかは分からずとも、必ずの再会を誓い合い、戦いの終わりを迎えたのだった。

が、しかしだ。魔界の王を決める戦いの裏で、別の思惑が働いていたとすれば――?

 

 

「異論は無し」

 

 

声が。

 

 

「異論は無し」

 

 

声が。

 

 

「異論は無し」

 

 

声が重なり合う。

 

 

「待ってください! 本当に決定を下すつもりですか!?」

 

 

焦り、慌てる女性の声。

とある場所、とある時、歴史を大きく動かす決定が下された。

しかしそれに反論を示す一人の女性、彼女の配下達も彼女を守るように立ちはだかり反論を示していった。

 

 

「あの者達の、ガッシュの姿を見て! なぜそんな事が決められるのですかっ!?」

 

「黙れユリアス、コレは既に決定した事だ」

 

 

反論はさせない、反論はできない。

この場にて決められた事は世界の理へと昇華するべき物。

絶対にして唯一無二の存在へとなるのだ。それを待てだとおかしいだのと、許される訳がない。

 

 

「新たなるルールを拒むのならば、お前ももはや必要は無くなる」

 

「ッ!」

 

「ユリアス様!!」

 

 

刹那、激しい閃光が場を包む。

そして、世界は、意識は、ノイズに包まれた。

 

 

 

 

 

「よっと」

 

 

魔界の姿は人間界と大きく違っているものの、共通点は中々に多い。

例えば人の世界と同じように時間の経過によってその景色を大きく変えるものだ。

昼から夜へ世界が色を変えれば、見える景色もまた大きく違ってくる。

外灯の明かりをぼんやりと反射する水面、湖畔の近くにあったベンチに腰掛けたのはパムーンと言う名前の魔物の子であった。

 

彼は晴れた日の夜、こうしてこの場所で空を見るのが日課だった。

真上に広がるのは満天の星空だ。彼のモチーフもまた星を強くイメージさせる、だから何か親近感のような物が湧いて落ち着くのだろう。

ただ言ってしまえば星なんて物はどこでだって見られる訳だ。もちろん場所によって良い場所悪い場所はあるだろうが、彼がほぼ毎日とこの場所に来るのは色々大きな理由があった。

 

 

「あら、来てたのねパムーン」

 

「ああ、今日はオレの方が早かったみたいだな」

 

 

紫色の髪が風にサラリと揺れた。パムーンの隣にちょこんと腰掛けたのはレイラと言う少女。

彼女は毎日ココに月を見にやって来る。月と星、もともとちょっとした知り合いだったが、こうして話してみると自然と馬が合ったと言うかなんと言うか。

それにパムーンも男だ。彼女のクールでミステリアスな雰囲気に惹かれていき、こうして会える機会を大切にしていると言う事だ。

しかし、問題があると言えば一つだけ。それはある程度二人きりで話しているとやって来た。

 

 

「来ちゃった」

 

「………」

 

 

なんか、毎回毎回変なV頭のヤツがやって来ると言う事だ。

 

 

「よ、よお。ビクトリーム」

 

「こんばんはビクトリーム」

 

 

魔界の民を皆殺しにしようとしたクリアとの決戦で協力し合ったからか、毎回毎回彼もココにやって来るのだ。

まあ別に星を見に来るのは自由だし、コンビネーションを発揮した手前パムーンも別に彼を拒むつもりは無いのだが――

 

 

(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!)

 

「なんで毎回ちょいギレなんだよ!」

 

 

まあ何といってもビクトリームはアクが強いと言うか。

今日も今日とて威圧感を満載にしてオーラを放っている。

 

 

「お前らまた俺様に隠れてスイカの話をしていただろ……ッ!」

 

「してねーよ! 星と月を見てただけだ!」

 

 

やれやれと苦笑するレイラ。

ふと彼女はビクトリームがエプロンをしている事に気づく。と言うか何かおぼんに乗せているではないか。

 

 

「ビクトリーム、それは?」

 

「よくぞ聞いてくれたなレイラ。コレは私の畑で取れたメロンをジュースにした物だ!」

 

 

美しい緑色の液体が二つコップの中に。

どうやらコレの感想を聞きたくて今日はやって来たらしい。

確かにビクトリームは変なヤツだが、彼の作るメロンはおいしいと評判だ、それを100%使ったジュース、まずい訳がない。

 

 

「飲みたまえ。華麗なるビクトリーム様が作ったジュースを、あ、ほら、飲みたまえよ!」

 

「い、いいのか? 悪いな、いただくよ」

 

「私ももらうわ」

 

 

受け取ったジュースに早速口をつけるパムーン。

すると彼の目がキラキラと輝く事に。

 

 

「うまい! 流石だなビクトリーム!」

 

「ベリーシット! 馬鹿たれが! メロンはそのままかじる方が美味いわ!」(ゴゴゴゴゴ!)

 

「おい嘘だろ!? 理不尽だろコレ! ってかじゃあ何でコレ作ったんだよ!」

 

 

ギャーギャー言い合う二人を横目にしながらレイラは温かく微笑んでいた。

こう言う夜も悪くない。彼女は騒がしさをBGMにして星空を見上げる。

美しく輝く星と月、良い夜だ、彼女はもう一度メロンジュースを口に含んで自然のプラネタリウムを楽しんだ。

 

 

「!」

 

 

しかし異変。彼女は思わず声を上げてパムーンとビクトリームを制した。

と言うのも一つの星が文字通り動いたのだ。それは閃光の軌跡を残しながら尚も下の方へと移動していく。

流れ星? いや、そんな物よりももっと――!

 

 

「「「!」」」

 

 

轟音と衝撃。

三人の目の前で凄まじい程の水しぶきが上がる。

混乱から思考が追いつかない、パムーンは素早く現状を理解するために状況のおさらいを行った。

まず見えたのは光の線、それは空からスッと落ちてきてそのまま水面に直撃した。そして大きな水しぶきを上げて今に至ると言う訳だ。

 

 

「メロンが落ちてきたか!?」

 

「違うわ! アレは隕石――ッ? いや!」

 

 

パムーンは見逃さなかった。

光の中にも明確なシルエットが浮かんでいたのを。

 

 

「私も見たわ。アレは人の形をしていた」

 

「ッ、やっぱりか。とにかく様子を見てみよう」

 

 

考えられるのはもう人型の魔物しかない。

ならば何かの事情があって空から落ちてきた訳だ。

見たところ着水したと言うよりは水面に叩きつけられた様に感じる、とすれば体に大きなダメージも追っている筈。

あのままにしておくのは危険だ、そう判断した三人は現場に向かい、その人物の救助に向かう事に。

 

 

「フェイ・ファルグ!」

 

 

パムーンの力で三人の体が宙に浮き上がった。

そのまま現場へと向かう、するとやはりと言うべきなのかそこには浮き上がってきた人型のシルエットが。

 

 

「おい! 大丈夫か?」

 

 

パムーンは水面から魔物の子を引き上げると、彼にも浮遊効果を与える。

そう、姿を見せたのは自分たちと同じように人の形をした魔物であった。

ヤギの様に湾曲した角を持った少年。彼は苦しそうに目を開け、状況を確認する。どうやら意識は失っていないようだ。

 

 

「お前ら……魔物か?」

 

「あ、ああ。そうだが……アンタは?」

 

「おれは、デモン……! ぐっ!」

 

「喋らないほうがいいわ。酷い怪我」

 

 

レイラの言う通りデモンと名乗った魔物の子は体中から出血が見られた。

所々に大きな傷が見え、それは明らかに事故の類では付けられない傷に見える。

つまり、誰かが彼に攻撃をしたと言う事。では一体誰が? ガッシュが王になってから一度王のワンドを巡るちょっとした問題があったが、それもあってより一層に魔物が魔物を傷つける事は問題視されてきた筈なのに。

 

 

「ギィイイイイイイイイイイイ!」

 

「!」

 

 

その答えを表すかの様に、空から巨大な翼を持った蝙蝠が飛来してきた。

何だアレは? パムーンたちはその異様な雰囲気に思わず恐怖を感じてしまった。

魔物としては明らかに理性が無い様な、まさに獣、殺意と狂気だけを目に宿した殺戮機構ではないか。

そして蝙蝠はその牙、その爪を光らせパムーン達の方へと飛来する。注目するべき点は既にその凶器に血が滴っている事。

三人は瞬時理解した、あの蝙蝠がデモンを攻撃したのだと。

 

 

「くッ! ファシルド!」

 

 

パムーンは瞬時、星型の攻撃支援ビットを展開。

それを点として面のシールドを作り上げた。四人を囲む四角錐の形をした星の結界。そこへ蝙蝠は何の躊躇いも無く攻撃を仕掛けてきた。

爪を振るい通り抜けざまに切りつける。シールドに傷が走り、パムーンは汗を浮かべて歯を食いしばる。

 

 

「おいお前! こんな事は止めろ!」

 

「ギィイイイイイイ!」

 

 

一応は説得を試みてみるが、やはり向こうは聞く耳を持っていないようだ。

さらに気づく。蝙蝠の赤い瞳に魔界の文字が浮かび上がった。

それは一文字ずつ切り替わり、一つの言葉を紡いでいく。

 

 

『ギ』『ガ』『ノ』『ウ』『ィ』『ガ』『ル』『ガ』

 

「グッ! ゥオオオ……ッ!」

 

 

蝙蝠が大きく羽ばたくと凄まじい風の塊が飛んでくる。

受け止めるファシルドだが、その衝撃に発動者であるパムーンの表情が大きく歪んだ。

試しにもう一度説得してみるが、やはり彼の言葉は蝙蝠には届いていないようだ。

いや、届いていたとしても彼は攻撃を止めなかった。尚もパムーンを、正確には彼が守っているデモンを殺そうと。

 

 

「なんなんだアイツ!」

 

「大丈夫? パムーン」

 

「ああ、今はなんとか。でもギガノにしては威力が高い……ッ!」

 

 

術にはランクがあり、今のパムーンならば防御呪文でギガノ級であれば容易にとめられる筈だった。

しかしこの衝撃、この重さ、何だ? 何かがおかしい様な気がする。

すると呻き声を上げながらデモンが目を開ける。消え入りそうな声だったが、彼はその違和感の正体を端的に答えて言った。

 

 

「アレは、魔物じゃない……!」

 

「ッ? どういう事だ?」

 

「アイツは、使徒(しと)。術で生み出されたキラーマシーンだ……!」

 

「つまり、生命体じゃないって事か!」

 

「あ……ああ。心が無く、擬似的な感情で命令通りに動く傀儡――ッ!」

 

 

それを聞けば十分だ、そう口にしたのはビクトリームだった。

彼は『V』の体勢を取ると自らの呪文を、つまり戦う意思を示す。

 

 

「怒りのパワーを右腕に、チャーグル!」

 

「お、おいおい! いいのか?」

 

「ああ、ヤツは私の大切なメロンを馬鹿にした。絶対に許すわけにはいかない」

 

「そんなシーンあったかな!? お前適当に言ってない!?」

 

 

とは言えこのままでは確かにやられるのを待つだけだ、デモンの言葉が絶対に正しいとは限らないが、少なくともヤツは無抵抗の相手を攻撃している。

このままでは間違いなくヤツはデモンを殺すだろう。それは絶対に許されない事だ、それに確かに言われたとおりあの蝙蝠からは魔物の気配がしなかった。

なにか、もっとこう、異質な物をどうにも感じてしまうのだ。

 

 

「我が強さを右肩に。チャーグル!」

 

「やりましょう、パムーン」

 

 

レイラもまた月のオブジェが付いたステッキを取り出した。

 

 

「ああ、そうだな。ヤツを倒そう」

 

 

頷きあう三人。

ビクトリームのチャージも三段目へ到達する。

体についている球体から溢れんばかりの光が。

 

 

「我が美しさを股間の紳士に、チャーグル!」

 

「………」

 

 

相変わらず卑猥な技だなぁ。

満天に輝くビクトリームの股間を感じながらパムーンは汗を流す。

 

 

「ベリーシットパムーン! 私の紳士を触りたそうな目で見ないでもらいたい!」

 

「止めろ! 誤解しかない! あ、レイラが引いた目で見てる!」

 

 

いかんいかん、ただでさえ彼女のパートナーはカッコ良かったと噂に聞いている。

性格の良いイケメンと股間を触りたがっている変態、どちらが優れているかなんてサルでも分かるわ!

 

 

「あ、アルは確かに最高のパートナーだったわ」

 

「うっ!」(まずい、声に出てたか!)

 

「でも……あ、あくまでも兄の様な物で」

 

「え?」

 

「わ、わたっ、私は……貴方の事が……」

 

 

少し頬を染めている様なレイラ。

気のせいだろうか? 思わずパムーンも赤くなってドギマギと。

 

 

「れ、レイラ。それってどういう「フハハハハ! 誇り高き心を左肩に! チャーグル!」うるさいな君は!」

 

 

会話は邪魔されてしまったが、ビクトリームの笑い声は良くも悪くも冷静さを取り戻させてくれた。

とにかくとまずはこの状況を何とかしなければ。とは言えど、コチラのシールドを向こうが破れるとは思えな――

 

 

「ギィイイイ!」『リ』『グ』『ロ』『セ』『ン』

 

 

蝙蝠の爪や牙が射出され、チェーンで繋がれたソレは一直線にパムーンのシールドに突き刺さる。

驚くべきはその貫通力、一瞬シールドにヒビが入ったかと思えば、次の瞬間には破裂音と共にファシルドが砕かれているところだった。

 

 

「なっ!」

 

 

すばやく顔を逸らし牙を避けるパムーン。

先ほどのギガノ級と言い、明らかに敵のレベルが上をいっている。

この実力、間違いなくクリア戦参加者のソレだ。とは言え一度参加者は全員ガッシュに力を貸しているためにお互いの顔を何となく把握している。

にも関わらず自分はあの蝙蝠に全く見覚えが無かった。なればやはり彼は魔物ではない、それに加えてあの力とはなんて恐ろしい。

 

 

「無事か? レイラ、ビクトリーム!」

 

 

パムーンはデモンを守る事が精一杯で他のメンバーを気に掛ける事はできなかった。

レイラは近くにいたから抱き寄せる形で牙のルートから外したが、それでも体のどこかに攻撃を受けている可能性は否定できなかった。

 

 

「ええ、私は大丈夫」

 

「良かった! ビクトリームも無事か?」

 

「私も大丈夫だ。しかし危なかった、もう少しで刺さっていた所だぞ」

 

 

ふぅと息を吐くビクトリーム。彼は爪が突き刺さった手で汗をぬぐって息をはく。

 

 

「えええええ! めっちゃ刺さってるッッ!!」

 

「ブルァアアアアアアア! 今痛みキターッ!」

 

 

血を吐きすぐに爪を引き抜くビクトリーム。

そこからはビュービュー勢い良く血が吹き出してくる。

まあ何とか無事だったのは良いが、敵は牙を戻し再び攻撃の体勢を取っている。

もはや遠慮は死に繋がると彼らは瞬時、判断を行った。

 

 

『ウ』『ル』『ク』

 

 

高速移動の呪文を発動させ空中を激しく駆け回る蝙蝠。

 

 

「ファシルド!」

 

 

対して再びシールドを展開するパムーン。

しかしそれは宙に浮いたデモンを守るためだけのもの。自分達は真っ向から蝙蝠を迎え撃つと意思を固める。

 

 

「作戦はある?」

 

「ビクトリームが決める形で、オレ達はヤツの動きを止めよう!」

 

「了解よ! ミベルナ・マ・ミグロン!」

 

 

上空に出現していく26個の月。

パムーンの星同様、これらは彼女の意思にて動く攻撃支援ビットなのだ。

 

 

全部(オール)! 回転(ロール)!」

 

 

レイラの命により月達は回転し空中を駆け巡る。

縦横無尽に飛び回るカッターを避ける為、蝙蝠の飛行ルートは自ずとパターン化されていく。

そこに星を飛ばすパムーン、彼の星のスピードは高速移動する蝙蝠にもついていける程の力を持っていた。

 

 

「ファルガ!」

 

「ギガッ!」

 

 

星からレーザーが放たれ蝙蝠の顔面に直撃する。

バランスを崩し後退していく先に、さらに星が待っていた。

 

 

「ファルガ! ファルガ! ファルガ!」

 

 

追撃の先に追撃。

パムーンの星達からは次々とレーザーが放たれ、それだけ蝙蝠の動きを鈍らせていく。

さらにそこへ飛来するレイラの月、高速回転する三日月状のビットが刃物となり、蝙蝠の肉体を切り裂いた。

 

 

「「!」」

 

 

魔物には色々な種類の者がいる。

たとえばそれはパムーンやレイラの様に人の形をしていたり、ビクトリームの様に変わった形をしていたり、中には機械の様な者だって。

しかしそれらはあくまでも皆生きている者達、傷を受ければ血を流す。先ほどのビクトリームがそうだ、いくら見た目は人間でなくても人間と同じように血は流すのだ。

だがどうだ? 今目の前にいる蝙蝠が傷口から流したのは黒い霧の様な物だった。どす黒い粒子、それはどうみても血液ではない。

 

 

「やはり、傀儡。作られた生き物なのか」

 

「でも、どうしてあんな物が……」

 

 

目の前の敵よりも、その存在がある事自体に対して大きな恐怖を覚えるレイラ。

しかしその時、ビクトリームの最終チャージが終わったようだ。

 

 

「Vの華麗な力を頂点に! チャーグル!」

 

「よし! デームファルガ!」

 

 

空中に固定した星から一勢にレーザーを放ち、蝙蝠の退路を完全に断たせた。

しかしそこで素早く目に文字の羅列が。

 

 

「ギギギギギ!!」『ホ』『ロ』『ウ』『ア』『ム』『ル』『ク』

 

「ッ! きゃあ!」

 

 

蝙蝠の体から無数の黒い手が伸びていく。

見た事のない呪文系統、それなりに場数を踏んで来たパムーンですら見覚えの無い力を使えるとは。

そして手は浮遊していたレイラを掴むと一気に蝙蝠の方へと引き寄せる。どうやら彼女を盾にする事で攻撃を凌ごうというのだ。

つまりそこそこ知恵もあると言う証明だった。

 

 

「させるかぁあッ! オルゴ・ファルゼルクッ!!」

 

 

全ての星がパムーンの体に張り付き、身体能力を爆発的に増加させる。

一気に加速するパムーン、一瞬でレイラの下へたどり着くと、彼女を掴んでいた手を引きちぎり救出を。

おまけに蹴りを蝙蝠の胴に当て、その体を大きく吹き飛ばした。

 

 

「大丈夫かレイラ!」

 

「え、ええ。ありがとう……」

 

 

強く抱きしめる形になっている現在。

レイラは唇をかんで頬をうっすらと桃色に染めている。

 

 

「あの……そんなに強く抱きしめられると苦しいわ」

 

「あ、えっと! いや! コレは! ご、ごめん!」

 

 

対して真っ赤になってアワアワとパムーン。

 

 

「おメェらよぉ! いぃつまでラブコメやってんだっちゅうに!」

 

 

怒りのV様。

パムーンはそうだったとすぐに表情を真面目な物に変えてレイラに合図を。

意味を理解したレイラは月のビットを蝙蝠の後退地点に先回りさせておく。

そしてその月達を爆発させ、ダメージを与えると共に動きを停止させた。

 

 

「ファシルド!」

 

 

そこへ飛来した星がシールドを発生させる。ファシルドは自身の防御だけでなく、相手を閉じ込める使い方もあるのだ。

ビットが点と点をつなぎ、そこに面を発生させる。完全に閉じ込められた蝙蝠は必死にもがき、シールドを破壊しようとするが既にもう周りにはレイラの月に囲まれているところだった。

 

 

連結(コネクト)! アンド、収穫(ハーベスト)!」

 

 

レイラのビットもまた互いに光の糸で連結し合い、さらにそれを束ねる事で網となって対象の動きを完全に封じる。

蝙蝠は何とかファシルドは破壊できたようだが、既に月に絡め取られていた。

 

 

「今だ! 決めろビクトリーム」

 

「よかろう! 私の極光たるVの一撃にてロストしやがれぇえ!」

 

 

ビクトリームの体が輝き、完全にて寸分の狂いも無い美しいVの文字が。

そして告げるのはその輝きを解き放つ攻撃呪文。

 

 

「チャーグル・イミスドン!!」

 

「ッッ!」

 

 

巨大なVのエネルギーが放たれ、縛られていた蝙蝠に直撃する。

 

 

「ギガアアアアア!」

 

「ッ!」

 

 

攻撃を受けた蝙蝠の体が文字通り蒸発する様に消えていく。

確固たる肉体を持っている物にはあり得ない光景だ。

体の断面が見えたが、そこには自分たちにある様な臓器は一切無く、文字通り闇そのものしか存在していなかった。

生き物ではない、何かによって動く人形、それが彼らが感じたイメージだった。そして蝙蝠はVの輝きに飲み込まれ、完全に消滅したのだった。

 

それからパムーンたちは湖畔の方へデモンを運び、すぐに応急手当を行った。

簡単な物であったが、やらないよりはマシだろう。

すると気絶していたデモンが勢い良く目をあけ、凄まじい気迫で声を上げる。

 

 

「――お前ら、その強さ、王を決める戦いの参加者だったんだろう!?」

 

「あ、ああ。と言ってもオレ達は千年前のだが」

 

「それでもいい。とにかく聞いてくれ! このままじゃ魔界が――」

 

 

言葉を一旦詰まらせ、大きく首を振るデモン。

 

 

「一番は人間界がとんでもない事になる!」

 

「なんだって!?」

 

 

そして三人は知る事になる。

何が起こり、そしてこれから何が起ころうとしているのかを。

 

 

 

 

二日後。場所は魔界の王宮へ移り変わる。

王の城と言えば聞こえは荘厳だが、ガッシュのお家と書けばそれがどんな存在なのかは何となく予想がつきそうなものだ。

今日は休日、ガッシュの自室からは楽しそうにはしゃぐ声が溢れていた。

王とは言えど彼もまだまだ子供、友人の前では歳相応の姿を見せるのだ。

しかし、王宮のとある一室ではガッシュの部屋とは全く違う雰囲気が漏れていた。

感じるのはピリついた緊張感、近づいただけで息が詰まりそうになる重さがそこにはあった。

 

 

「その話は本当なのか?」

 

「ああ、間違いない。あれからデモンと同じタイプのヤツに数名会った」

 

 

ガッシュの双子の兄であるゼオンは、パムーンとレイラからの報告に険しい表情を見せた(ちなみにビクトリームも先ほどまでこの部屋にいたのだが、もてなしの為にと出されたメロンを三回おかわりした所でゼオンから邪魔と言われ、ラジンと言う人物に連れて行かれた)。

 

 

「父上には?」

 

「アースを通じて話は聞いているわ。と言うより、舞台を整える準備をしてくれたわ」

 

 

鼻を鳴らすゼオン。

自分とガッシュの知らない所で話はかなり進んでいたらしい。

まあ無理もないと言えばそうだ、なるべくなら王の耳には入れたくない話。

ゼオンはガッシュと一緒に住んでいるため、何かしらの状況で話が漏れる可能性もあった。

 

 

「ましてや、今回の作戦には彼女の協力が必要になる筈」

 

 

それを聞いたゼオンは汗を浮かべる。

彼でさえ、この問題には一抹の不安や恐怖を覚えてしまうもの。

今回の問題がもしも本当に起きるのならば、それはもはや魔界の王を決める戦いと言う次元の話ではなくなる。

 

 

「ええ、その通りよ」

 

 

重く、冷たいレイラのトーン。それが事態の深刻さを物語っていた。

 

 

「今回の件、下手をすれば人間界も魔界も滅びる事になる」

 

「……ッ」

 

 

腕を組んで虚空を睨みつける。

なるほど、間違ってはいない話だ。

 

 

「人間界との橋は?」

 

「デモン達の力でなんとかなった。システム全般に関してはガッシュの親父さんや校長、後は魔鏡で魔力を増幅させたワイズマンが何とかしてくれたよ」

 

「天才と言われたアイツか。なるほど、それに父上の力もあるのだから問題はないか」

 

 

顎に手を当てて一度目を閉じるゼオン。

次に彼がその紫電の瞳を見せた時、どうやら覚悟は決まったようだ。

 

 

「分かった。"コア"に関してはオレが話をつける」

 

「本当か? 悪いな」

 

「いずれにせよ、再びオレ達は面倒な事に巻き込まれる訳だな」

 

「そうなるわね。時間ももう無いわよ」

 

「チッ、魔界も案外ふざけた場所かもしれんな」

 

 

立ち上がったゼオンは白銀のマントを翻しながら部屋を出て行くのだった。

顔を見合せ頷きあうパムーンとレイラ、自分たちもコレで役目が終わった訳ではない。

むしろ、一番重要な役回りがまだ待っているのだから。

 

 

「ゼオン、話ってなぁに?」

 

「ああ、急に呼び出してすまんな」

 

「いいのよ別に。気にしないで」

 

 

庭園、そこへ移動したゼオンは一人の少女を呼び出した。

彼女の名はコルル、ガッシュが優しい王を目指したきっかけになった少女である。

ガッシュを強く変えた人物であり、ゼオンもその点に興味を持って気に掛ける機会や、会話する機会は多かった。

今日もまたそういった類の事なのかと彼女は思っていただろうが、やけにゼオンの表情が険しい事に少し疑問を。

 

 

「どうしたの? 辛いの?」

 

「いや……」

 

 

突拍子も無い事だとは分かっている。

しかし言わねば仕方ない事だ。ゼオンは彼女に手を差し出し、そして願いを告げた。

 

 

「コルル、お前の命、オレに預けてくれないか」

 

「……え?」

 

 

ノイズ。そして、舞台はその時へと飛躍する。

 

 

「貴様が魔界の王、ガッシュベルか」

 

 

それは、その女は何の前触れもなく現れた。

それは災悪か、もしくは正当なる裁きなのか。

ただどちらにせよ分かっている事があるのなら、それは先に待つのは破壊と混沌なのだと言う事だ。

 

 

「聞くが良い。コレは神託なり」

 

 

それは奇跡でなければ偶然でもない、完全なる必然。

訪れる事は時代がその運命を望んでいたからだ。

故に女は語る。ガッシュは確かに王に選ばれた男だ、民がガッシュを導き、その冠と称号を彼に与えた。

しかし。もし、もしも彼が『世界』にはまだ認められていなかったとしたら?

 

 

「王は所詮、王」

 

 

ヒエラルキーの、ピラミッドの頂点に立つものには非ず。

 

 

「結論は簡単にして、そう! 容易なのだよ」

 

 

女は手をかざす。

 

 

「―――」

 

 

投げかける言葉は狂気そのもの。

優しい王がイエスと答える訳の無い言葉だった。当然、王はそれを拒む。

しかしそれは女の計算の内。こうなる事は分かっていた。むしろこうなってくれた方が助かる。

王を超越せし者の言葉に王が歯向かった、ならばそこには正当な理由が生まれる。

間違った『王』を、排除する理由がだ。

 

 

「ならば死ぬが良い、脆弱なる王よ」

 

 

伸ばした手の先にどす黒い赤を交えた光が収束していく。

 

 

「ユダ・ヴァジリス――」

 

 

だが、その時。

 

 

「ミベルナ・シン・ミグロン!!」

 

 

王座の間に広がる無数の月。

それは光の糸を射出し、王を縛り上げると猛スピードで女から距離を離していった。

コレは一体? 女の思考が加速する。ありえるのか? ありえていいのか? 魔物が自分に逆らうなどと。

 

 

全部(オール)! 回転(ロール)!」

 

 

現れたレイラの命令にて、無数の月は一勢に移動を開始して女の周囲に張り付くように位置を取った。

そして――

 

 

攻撃(ファイア)!」

 

 

王座の間が衝撃にて激しく振動する。次々と巻き起こる連鎖爆発、女の体はあっと言う間に爆炎の中に消えていった。

さらに別の位置で構え立つビクトリーム。彼もまた躊躇い無く最強の攻撃呪文を爆煙の中に見えた女の影に向かって射出する。

 

 

「シン・チャーグル・イミスドン!」

 

 

巨大なV状のエネルギーが女を押しつぶそうと進撃を開始する。

衝撃が爆煙を蹴散らした時、姿を見せたのはなんと両手ではあるが確かに攻撃呪文を受け止めている女の姿であった。

術のランクにおいて最上位に立つ『シン』を生身で受け止めるその女のスペック、考えるだけで冷や汗が出てくると言う物だ。

しかしココは引けぬ戦い、最後に現れたパムーンが構えを取って女を睨みつける。

 

 

「収束展開、ファルセーゼ・バーロン!」

 

 

王座の間に無数の星が出現していく。

それらはパムーンの操作で巨大な五芒星の並びを作り出す。輝きを放つ五芒星、魔を退ける星の光であった。

 

 

「ファルセリオン・シン・ファリスドン!!」

 

 

五芒星から巨大な星の形をしたレーザー光線が放たれる。

それは完全に女を飲み込むと、王宮の壁に巨大な穴をあけるに至った。

王の住む場所にこんな事をしよう物なら後に大きな処罰を受けそう物だが、今はもうそんな事はどうでも良かった。

とにかく時間を稼ぎ、そしてその時が来るのを待つ。すると三人の体が透明になり始めた。間違いなく、コレは魔本を燃やされた後に起きる光景であるが――?

 

 

「よし、成功だ!」

 

 

パムーンはそこで目を丸くしていた王に向かって微笑みかける。

どうなっているのか? 何が起こっているのか? 王は全く分からなかった。

理解できない、なんなんだこれは? 誰か説明してくれ。

 

 

「悪い、もう話している時間は無いんだ」

 

「でも、コレは覚えておいて」

 

 

既にうっすらとしか確認できないレイラが微笑んだ。

 

 

「また、私たちは人間と共に――」

 

 

そこで、王の意識は完全にブラックアウトしたのだった。

 

 

 

 

 

「や、清麿」

 

「ああ、章吾。おはよう」

 

 

魔界の王を決める戦いから約半年が立ち、高嶺清麿は自宅近くの高校に通っていた。

かつての友人たちとは皆離れ離れになってしまったが、今はこうして新しい友人もできて一緒に登校する仲にまでなっている。

よく一緒に行動するのは、今彼の隣にいる荒川(あらかわ)章吾(しょうご)くらいだが、クラスメイト達との仲も良好で、周りからの評判も高い。

 

昔の彼ならば今の状況は信じられないはずだ。

その才能や知能故に周りから孤立していた過去、しかしそれを大きく変えてくれたのがパートナーだったガッシュなのである。

閉ざしていた心を無理やりこじ開け、そしてその中にガッシュは情熱を放った。それが原因で今の清麿が出来上がったと言っても過言ではない。

そしてそれは何も彼だけに言えた話ではない。人間と魔物、双方がなぜペアとなって戦うのか。互いに足りない物を補い合い、そして何よりもお互いを理解し、助け合えたとき、魔本には強力な呪文が浮かぶ事が多かった。

戦いは苦痛を悲しみを多く生み出した、だが戦いがなければ得られなかった希望もあろう。清麿もまた、魔界の王を決める戦いが無ければ今胸にある物を得る事はできなかったのだから。

 

 

「………」

 

 

ただ、それだけに別れは大きな穴を彼の胸にあけた。

それもまた、彼だけではないだろう。多くのペアが家族になった、それほどの絆があったのだから、反動もまた大きくなる。

分かっている筈なんだ、きっぱりと別れた筈だった。だがそれでもふとした瞬間に、もしも今ココにガッシュがいればどうなっていたんだろうと思う時がやってくる。

 

 

「なあ、章吾。お前進路とか決めてるのか?」

 

「いーや全然。その話事務所NGだから」

 

「事務所ってなんだよ……」

 

 

まだ一年生、とりあえず今は適当に生きたい年頃なんだと章吾は流していた。

どうせ大人になれば忙しさに追われるんだ。きっと、たぶん、だから今は今で楽しんでおきたい。何も考えないで今だけを、子供である事を謳歌したいと。

 

 

「清麿、お前はあるのかよ」

 

「……ああ、何となくな」

 

「かぁー、マジか。勘弁してくんねーかな。顔良し、頭良し、中身良し。で、更に"夢を追う青年"属性まで付いたら誰が勝てるんだよ」

 

「か、からかうなよ……」

 

「アドバイスだよアドバイス。人間完璧すぎると逆に近寄りがたいって言うじゃないの」

 

 

そうだ欠点、一個欠点作ろうと章吾は清麿に提案を。

 

 

「常にチンコ出してるってのはどうだ? モロ出し系男子とか!」

 

「………」

 

「ごめん、うん、冗談。やめて怒らないで! 清麿くん怒ると何かすっごい怖いよ! って言うか顔変わってない? 悪魔みたいになってるけど!? あれ? ちょっと待って! 牙とか角生えてない!? 脇から触手も出てるよ!」

 

 

ガクガクと震える章吾と共に清麿はモチノキ中央高校にやって来る。

教室に入ると何やら女子や男子が一つの話題で盛り上がっているようだった。

清麿達の年齢にはベストな話題、それは章吾も例外ではない。

 

 

「あぁ、そういえば今日だったな。大海恵のニューシングル」

 

 

大海恵、中高生には特に人気のアイドルである。

 

 

「しかし人気だよなー、俺もガッツリファンって訳じゃないけど携帯に数曲入れてるんだ」

 

 

汗を浮かべる清麿。章吾は彼の変化に気づいていないようだ。

 

 

「お前はファンだったよな? やっぱ買うんだろ?」

 

「ま、まあな」

 

 

言えない、本人に貰ったなんて。

言えない、本人に目の前で歌ってもらったなんて。

 

 

「買ったら後で貸してくれないか? 俺、来週発売されるフォルゴレのCD貸すからさ」

 

「いらん」

 

「……え?」

 

 

それも聞いた、本人から! しかも五十回リピート!

 

 

「酷いぞ清麿! フォルゴレの奏でるメロディは男のハートに響くんだぞー!」

 

「モゲモゲソウルだろ! 歌詞全部言えるわ!」

 

「え? あ、なんだお前もファンだったのか! そうだよな、やっぱ欲しいCDは自分で買いたいよな!」

 

 

違う! 清麿は過去に戻れるならあの時の自分を殴りたいと切に願っている。

新曲が出来たから聞いて欲しいと言われ、結局朝から晩まで同じ曲を聴かされる事になった。

そう、高校になって携帯を買ってからと言うもの、色々と仲間と連絡する機会が増えた。

すると本当に今まで自分達は凄い人間と知り合ってきたのだと再認識させられる。

人気アイドル、世界的大スター、大財閥のトップ、マフィアの娘、富豪の息子、謎の博士、まだまだ凄い人物はいる。

 

 

(サンビームさんだって、工場の建設は順調だって言っていたし……)

 

 

そう考えると、まだ結果を出せていないのは自分だけなのかもと思ってしまう。

清麿は胸を押さえ、少し表情を険しい物に変える。これが恐らく胸に開いた穴だと言う事が彼には理解できた。

彼は今、かつてその身に宿った超絶的な能力であるアンサー・トーカーを封印している。『答えを出す者』と呼ばれるその力、疑問が頭に浮かぶとその答えが脳に浮かぶ力である。

知らない楽器が目の前にあっても弾き方が頭に浮かぶ、知らない問題があっても答えが頭に浮かぶ。王を決める戦いでは大きな武器になってくれた力だが、高校生活において使用するのはフェアじゃないような気がした、それに頼りがちになるのを避ける為にも取り合えず高校を卒業するまではと力を心の奥に押し込めたのだ。

だがそうなると、色々とぶつかる壁も増える訳で。

 

 

「………」

 

 

たとえばそれは将来の事。

ガッシュから送られた手紙を読んだとき、次に会うときは地球を救う程大きくなってと心に思ったはいいが、中々その明確な方法は思い浮かばなかった。

それはアンサー・トーカーを以ってしてもだ。簡単に言えば、やりたい事が多すぎる。

例えばそれはいつか魔界と人間界を繋ぐ橋を見つけたいだとか、たとえばそれは世に蔓延る問題を解決するとか。

 

 

「また"カイロス"が出たらしいな」

 

「んあ。やべーよなアレ」

 

 

昼休み、食堂のカウンター席で清麿と章吾は並んで昼食を取っていた。

頼んだのは清麿がうどんで章吾がそば、後者は七味を鬼のように振り掛けて咳き込みながら啜っている。

一方で清麿は携帯で海外のニュースを見ていた。そこに書いてあったのは海外の紛争地域で正体不明の兵器が発見されたと言う事だ。

多くの命を奪った未知なる兵器をメディアは『カイロス』と名づけて問題視している。

 

清麿にはその正体が分かっていた。

自分と同じ、アンサー・トーカーの力によって作られた兵器だ。

以前、同じ力を持つデュフォーが利用されたと言う話を聞いたことがある。

彼が残した設計図が現代によって形を成したのか、それとも他のアンサー・トーカーが利用されているのか。

 

魔物がいなくなった今、当然ながら地球に存在するのは人間のみ。

そうなると、より一層に人間の罪と言うものが浮き彫りになってくる。

その問題に立ち向かいたい、その思いはあるのだが果たして自分に何ができるのか?

そして、恐れが無いと言えば嘘になる。そんな想いをそれとなく章吾に話すと、彼もまた大きなため息をついた。

 

 

「将来の事か。難しいよなマジで」

 

 

彼も一応漠然とした夢はある。

エンターテイメント関係、例えばそれは小説家とかシナリオライターだとか漫画家だとか。

 

 

「でも、周りからは色々言われる訳よ。常に説教さ」

 

 

夢や理想を語るのは良い事だが、現実も見ろと。

 

 

「見てるつもりなんだけどな」

 

「ああ、そうだな……」

 

 

彼と同じかもしれない、清麿はそう思った。

 

 

「馬鹿言えよ、お前と俺じゃスケールが違うって」

 

 

清麿の考えている事が何となく分かったのか、自嘲的な笑みを章吾は浮かべていた。

ただ寝ていても起きていても何かに縛られている様な感覚は二人に共通する所だったろう。

しかし、しいて言うならば清麿にはこの燻っている感情の正体が何となく分かっている。

それは学校が何の事は無く終わり、章吾と共に帰り道にCDショップに寄った時だ。

 

 

「知ってるか? メグって彼氏がいるって疑惑があるんだぜ? おまけにココ、モチノキにいるんじゃねーかとか何とか」

 

「……ッ」

 

「しかも年下だぜ? 前に子連れで遊園地にいたとか何とか。まあ子連れってのはありえねーとは思うけど、彼氏さんの方はマジかもな! どんな顔なのか見てみたいよなぁ!」

 

 

ケラケラ笑う章吾とは対照的に、少し引きつったような表情に清麿は変わった。

すぐにそれに気づいてギョッと表情を変える章吾、地雷を踏んでしまったかもしれない。

まさか清麿もそこまでファンレベルが高かったとは。彼は慌ててフォローを。

 

 

「いや、ま! 噂は噂だし! いないだろ多分! ハハハ!」

 

「ああ、だよな」

 

 

取り合えず清麿はそう返すが、CDを持つ手には少し力が入っていたように感じる。

結局彼はそのままCDを買って、章吾と話しながら帰路についた。彼と別れて家に到着した清麿は、自室に入ると倒れる様にベッドへ伏せる。

 

 

「はぁ、オレらしくないよな……」

 

 

ココ最近はずっと心がザワザワと燻っている。

いろいろ将来の事や思い通りに動けないジレンマがある訳だが、もっと大きく身近な問題があると彼は既に理解している。

理解しているのだが、イコール解決できるとは限らなかった。彼は仰向けに体勢を整えると、携帯の画面の中にある原因を見て小さくため息を漏らす。

 

 

『CD買ったよ』

 

 

打ち込む文字。

しかし彼は眉間にしわを寄せて首を振る。

 

 

(少し砕けすぎか?)

 

 

文字を消して新しく言葉を紡ぐ。

 

 

『新曲買いました』

 

 

取り合えず文を変えてみたが相変わらず表情は微妙である。

 

 

(ちょっとよそよそしいか……?)

 

 

頭をかく清麿。

結局彼は書いては消し、書いては消しを繰り返し、しっくり来る答えを出すのに十分以上は時間を掛けただろう。

天才といわれ、どんな問題でもスラスラと解いてしまう彼にとってココまで悩む問題もまた珍しい。

 

 

『CD買ったよ』

 

 

しかも送信したのは一番初めに書いて消した文である。

そのままジッと文を見つめる清麿、すると一分もしない内に返信が届いた。

 

 

『本当? 嬉しいな、ありがとう清麿くん!』

 

『でもごめんね、気を遣わせちゃったかな?』

 

 

ただの文なのに、言葉が並んでいるだけなのに清麿の心にあった燻りが一瞬散った気がする。

軽くなる心。彼女の声が強く思い浮かび、文を脳内再生していく。

頬がほころび、先ほどは険しい表情を浮かべていた彼も、気づけば今は笑みを浮かべている。

結局彼はその返信にまた五分以上時間を掛けてしまう訳で。

 

 

『オレの方こそゴメン。せっかくプレゼントしてくれたのに』

 

『でも、やっぱり自分でも買いたくてさ』

 

 

十回は書き換えた文を送る。するとすぐにまた返事が。

 

 

『ありがとう。清麿くんさえよければ、今度もまた、聴いてくれるかな?』

 

『もちろん、オレでよければ』

 

『約束だよ! 破ったら針千本だからね!』

 

『あはは、これは破れないな』

 

 

ドクンドクンと気が付けば心臓は大きな音を鳴らしていた。激しいリズムも、今の清麿にとっては心地良い。

今彼が文字を使って会話をしているのは、超人気アイドルの大海恵だ。魔界の王を決める戦いで知り合いになってからは、戦いが終わった後もこうして交流を続けている。

たまに彼女と会える時は、練習したいとカラオケで生歌を聞かせてもらえるのだ。思い返してみるととんでもない事だと思う。

 

 

『今回の曲は私が作曲したの』

 

『ティオを、イメージして』

 

「!」

 

 

ふと、清麿は歌詞カードを取り出して歌のタイトルを確認する。

ベストパートナー、恵のパートナーだったティオの事が確かにそれとなくメッセージに込められていた。

それが、清麿に現実を突きつける。

 

 

『良い歌詞だと思う。ごめん恵さん、ちょっと今、友人が来て』

 

『うんありがとう。そっか、じゃあまたね』

 

『うん。ごめん、また』

 

 

嘘だ、清麿は携帯をベッドの上に放り投げると大きく息を吸って、ゆっくりと吐いていく。

そして腕で目を覆い隠した時、彼の心には再び大きな燻りが宿った。

そう、彼の中で今一番大きく立ちはだかる壁が見えた。彼女は超人気アイドル、そして自分はただの高校生だ、間にある壁は自分が考えているより大きいはず。

今までは王を決める戦いと、互いのパートナーであるガッシュとティオの仲が良かったからこそ自分達は繋がれていた。しかし今、王が決まり、ガッシュ達はもういない。

その事実から目を背けてはいけなかった。あの時と同じ関係でいられない事は分かっていた筈だ、自分も彼女も。

 

 

(だが、それでもオレは……)

 

 

目を閉じて彼は拳を握り締める。

一体どうすれば良いのか、その答えが分かっている筈なのに分かれない。

ティオが消えた後、彼女は本当に寂しそうだった。少しでも目を離せば消えてしまいそうな程に儚く。

そしてそれは今も時折その表情を見せる。それは自分と会っているからなのか、それを思えば心が引き裂かれる程に痛かった。

彼は戦いの中で多くの傷を受けた。それこそ命を失い掛けた事もある。なのに今感じる痛みは、過去に受けた傷の記憶(カサブタ)をはがしても答えの出ない迷いであった。

 

 

「!?」

 

 

そのときだ、ガラスが割れる音が響き、突風が前髪を揺らしたのは。

 

 

「メグ、どうしたのニヤニヤして」

 

「ううん、なんでもなーい」

 

 

一方恵の家、一人暮らしの彼女のアパートには友人の"サンディ"が遊びに来ていた。

目が映えるようなオレンジ色の髪に、青い瞳のサンディ。元気な性格で、恵が落ち込んでいる時はよく励ましたものだ。

ちなみにハーフで、母親は現在恵のマネージャーをしている為、それが原因で恵と知り合った。

 

 

「あやしー! サンディ警部に携帯を見せろー!」

 

「なんでも無いって! ふふふ!」

 

 

ワキワキと手を動かしながらサンディは恵に飛びついていく。

一方でサラリとそれをかわしながら携帯の画面を見つめる恵。

目に移すのは先ほどまで行っていた彼との会話、文字を見るだで声が脳内再生される。

 

 

「ふふふ!」

 

 

堪えようとしてもニヤけてしまう。彼が自分のCDを買ってくれた、それを想像するだけで心がポカポカしてくる。

ふと彼の顔を頭に思い浮かべれば、頬は桜色に染まり、気恥ずかしさから恵は枕に顔を埋めて足をバタバタと。

 

 

「青春ですなぁ」

 

 

バリボリと煎餅をかじりながらサンディはニヤニヤしながら恵を見ていた。

彼女もまた恵の立場が難しい位置にあると言う事は分かっている。

ただ一度きりの人生、その人の思い通りに生きてみたほうが良いとも思うから、彼女は恵を応援する立場にいる事を決めた。

それに恵の努力を知っているからこそ、味方でいたいと思うのだ。

 

 

「………」

 

 

だが、ふと、恵はとても寂しそうな表情を見せる。

 

 

「ねえ、サンディ」

 

「ん?」

 

「このままで、いいのかな――?」

 

「それは……」

 

 

言葉を詰まらせるサンディ。

中途半端に答えて良い問題ではない、しかしきっと彼女はどこかで答えを知っているのではないだろうか?

ただそれでも、死なせたくない想いがあるから。

 

 

「「!」」

 

 

その時だった、室内にインターホンが鳴り響いたのは。

誰だろう? 二人は顔を見合わせて首を傾げる。特に友人が来るといった予定はないし、郵便物が届く予定も無い。

 

 

「セールスかな? アタシ見てくる!」

 

「あ、ごめんね」

 

 

ドタドタとサンディはドアについている覗き穴の所へ。

すると、意外な答えが彼女の口からは返ってきた。

見えたのは友人でもなければ、知らないセールスマンでもない。

 

 

「本?」

 

 

 

 

 

「―――」

 

 

高嶺清麿は今目の前に広がっている光景の処理に時間を要していた。

こんな時にアンサー・トーカーの力があれば便利だったのだろうが、少なくとも今は封印している状態、自力で何とかするしかない。

デジャブと言う言葉を知っているだろうか? 既視感とも呼ばれるそれは、体験した事の無い事が以前にも体験したのではないかと思う減少である。

見た事のない景色を、以前一度見たことがあるとかそう言うものだ。彼もまたその強烈な既視感を現在は覚えている。

ただそれはデジャブではない、なぜなら彼は一度前にもこの光景を目にしているからだ。

 

 

「が……」

 

 

窓が割れ、ガラスの欠片が部屋に散乱する。

机の上にあったペンケースや本も吹き飛び、A4のコピー用紙が風に撒かれて紙吹雪のように部屋の中を漂っていた。

そしてその中で自分を見つめる二つの視線。一つは日本では中々見た事の無い大きな"ワシ"だ。そしてそのワシの両足に掴まっているのは金の髪を持つ――

ブリを背負った全裸の子供だった。

 

 

「ガッシュ!?」

 

 

錯覚か!?

あまりにもな光景に、清麿は一度目を擦ってからもう一度目の前の光景を確かめる。

しかし見えたものは先ほどと同じ、大鷲に掴まって自室に強引に飛び込んで来たかつてのパートナー、ガッシュ・ベルの姿だった。

そしてこの状況は彼と初めて出会ったあの時と同じではないか。

 

 

「清麿ぉおおッッ!」

 

「おぶっ!?」

 

 

衝撃、ガッシュの目が潤んだかと思うと彼は跳躍で一気に清麿の胸へとダイブする。

もちろん清麿も感極まって泣きそうになるが、それよりもハイテンションなガッシュを前に心は反対に冷静さを取り戻していく。

 

 

「清麿! 会いたかったぞ清麿ぉぉぉ!」

 

「あぶっ! へぐっ! ま、待てガッシュ!」

 

 

チョコチョコと清麿に抱きついたまま動き回るガッシュ。

言っておくが彼は現在全裸だ、何と言うか彼の"王子"が思い切り清麿の顔に当たっている。

必死に振り払おうにも魔物の力は強く、清麿では引き剥がせない。

 

 

「元気にしておったか? 私は元気だぞ清麿ぉぉぉお!」

 

 

体を震わせるガッシュ。彼の王子(ティンティン)が清麿の顔を往復する事に。

 

 

「ぎゃあああああああああ!」

 

「そうかそうか、叫ぶほど嬉しいか清麿! 私も同じ気持ちだぞぉぉお!」

 

「やかましーッ! さっさと離れやがれーッッ!」

 

「ヌアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

感動の再会の筈なのだが、部屋には怒号が響くのだった。

五分後、そこにはブリをモリモリ食べるガッシュと、それを見つめる清麿が。

落ち着きを取り戻した両者は再会を素直に喜び合ったが、逆にある意味拍子抜けと言うかなんと言うか。

しばらくの間会えない物とばかり思っていただけに、色々と格好つけてしまった手前気恥ずかしさが残る。

 

 

「でもまた会えて本当に嬉しいよ!」

 

「ウヌ! 私もなのだ! こーこー生活とやらは楽しいか?」

 

「ああ、友達もできたんだ。お前のおかげだガッシュ」

 

「何を言っておる。私がした事は些細な事、あとは清麿が自分の力で行ってきた結果ではないか」

 

 

見つめ、笑みを浮かべる二人。

もはや多くの言葉はなくとも意思は通じ合っていた。

しかし時間が流れれば流れる程、懐かしさや色々な感情がこみ上げてくる。

清麿は思わずまた目に浮かんだ涙を拭うと、ガッシュに笑顔を向けた。

 

 

「どうして人間界へ? 二つを繋ぐ橋がもう出来ちまったとか?」

 

 

それとも手紙の様にパートナーに会いに行ける様にしてくれたのだろうか?

清麿は色々な仮説を頭に浮かべてみたが、対してガッシュの反応は微妙なものだった。

汗を浮かべ、首をかしげ、困ったように清麿を見る。

 

 

「実は、私にもよく分からないのだ……」

 

「え?」

 

 

一瞬また記憶が無くなったのかとヒヤリとしたが、どうやらそう言う事ではなく、本当になぜ自分が人間界に来れたのかが分からないらしい。

事の始まりを聞く清麿。魔界の王として色々と勉強していく中、ある日ガッシュに話がしたいと謁見を求む者が現れた。

ガッシュとしても拒む理由は無く、その者の話を聞く事になったのだが――

 

 

「現れた者は、何かとてつもない力を秘めておる様に感じたのだ」

 

「とてつもない力?」

 

「ウヌ。私にも分かる。アレは魔物の力とは何か違う。もっと大きな力を感じたのだ」

 

 

その正体が分からぬままに話し合いとなったガッシュ。

そしてその話し合いの場にパムーン達が侵入してきて、気が付けば自分の体が消えて人間界にいたと言う。

何が起こったのか、訳も分からぬガッシュだが、たまたまそこにかつて清麿の家に送ってもらった大鷲がいたから助けを求めたと。

清麿ならば何が起こっているのかを突き止めてくれるかもしれない。ガッシュはそう期待している訳だ。

 

 

「成る程、もしかしたらその謁見者が何かを知っているのかもしれないな」

 

「………」

 

「ん? どうしたんだ?」

 

 

ガッシュの表情が硬い。

そこにあるのは緊張と恐怖、それを見て清麿も思った以上に今回の問題は厄介なのかもしれないと直感した。

ガッシュは確かに泣き虫で弱虫だといわれてきた、しかし数々の戦いを経験していくなかで確実な実力を付けてきたではないか。

その彼が怯えの表情を見せる。それほど厄介な相手だとでも?

 

 

「その者は、恐ろしい事を言っていたのだ」

 

「恐ろしい事?」

 

「う、ウヌ。人間は――」

 

 

ピリリリリリリリ! ガッシュの言葉を遮る様に携帯が鳴り響く。

ビクッと肩を震わせるガッシュと清麿、一瞬無視をしようかとも思ったが、鳴っている物を放置して会話の続きとはいくまい。

清麿はガッシュに一言軽く断りを入れ、携帯の画面を確認した。

 

相手は友人の荒川章吾。

彼とはそこそこ一緒にいるが、緊急以外では大体メールを使用する為、電話をかけてくるときはそれなりの用件がある場合が多かった。

故に清麿は悩みこそしたが、電話に出る事に。

 

 

「あぁ、もしもし章吾か? 悪いけど今忙し――」

 

『今、お前の家の前にいるんだ』

 

「え?」

 

 

ダンボールで補強してある窓を開く清麿。

すると確かに電話の通り、家の前に章吾が立っていた。

目を見開く清麿。頭をハンマーで殴られた様な衝撃が彼を襲う。

ただ家の前に章吾がいるだけならば疑問を浮かべる事はあれど、今の清麿ならばそれほど驚かなかっただろう。

しかし目に留まる大きな異変は二つ。一つは章吾の隣に見た事の無い少年が立っている事、大きな角が生えており目の下には線が入っている事、なによりその気迫から人間では無いと言う事がすぐに分かった。

そしてもう一つは、なんと言っても章吾が手にしているあるアイテムだ。忘れるわけが無い、嫌と言う程目にしてきたソレを。

 

 

「魔本……ッ!?」

 

 

赤紫色の本を章吾は、まるで見せびらかす様に前へかざしていた。

 

 

「清麿」

 

「!」

 

 

ガッシュの声がして反射的に振り返る清麿。

するとそこには、彼が持っている赤い魔本が目に飛び込んで来た。

ガッシュもまた、人間界に送られたときに魔本が近くにあったらしい。

 

 

(馬鹿な! 人間界に送られた魔物と魔本、これじゃあまるで……!)

 

 

王を決める戦いそのままではないか。

呆気に取られる清麿に、再び章吾は声をかける。

 

 

「ガッシュと会えたんだろう?」

 

「!」

 

 

どうして彼がガッシュの事を知っているんだ?

浮かぶ疑問、しかし章吾は尚も言葉を続けていく。

 

 

「魔本を持つ者同士がココに立っている。だったら、やる事は一つだよな?」

 

「お前、まさか――」

 

「行こうか、清麿。何が起こっているのかお前も知りたいだろ?」

 

 

章吾の目は据わっていた。そしてその言葉から、彼が何らかの事情を知っている事は想像できた。

ハッタリ? いや、それにしては落ち着きすぎている。魔本の意味も、王を決める戦いの事も知っている様だった。

何よりも、今、この状況の謎を切り開ける鍵がそこにある。清麿もまた覚悟を決めるとガッシュの頭をポンと叩く。

 

 

「行くぞガッシュ」

 

「ま、まさか……」

 

「ああ、魔物と戦うんだ」

 

 

ガッシュも少なからずショックを受けている様だった。

まさか自分が王になった後、すぐにまたあの戦いが行われるとは。

しかしどういう事なのか、何が起こっているのか、ガッシュも知りたいと思う気持ちは強い。結果として彼もすぐに覚悟を固めると、清麿の後についていくのだった。

 

数分後、彼らは人気の無い採掘場にやってきていた。

ここにやって来るまで清麿は何度か章吾に話しかけたが、結果は全て適当に返されるだけで一つも会話にはならなかった。

一方魔本の中身を確かめてみると、覚えている呪文は以前と全く同じ。最悪第一の術しか覚えていないのではないかと思った分、そこはまだ救われたか。

 

 

「さて、じゃあ始めるか」

 

 

二つのペアはにらみ合い、激しい火花を散らす。

 

 

「はじめましてだなガッシュ。俺は荒川章吾、清麿の友達だ」

 

「私はガッシュ・ベル。おぬし、清麿の友人ならば何故戦うのだ!?」

 

「戦う事でしか確かめられない事もあるのさ、なあ? デモン」

 

 

章吾の隣にいる魔物はデモンと言うらしい。

一見すれば普通の少年だが、白い髪に毛先だけ赤紫に染まっている。

そして頭からは大きな角、そして今彼が力を込めると背中からは悪魔をイメージさせる翼が生えた。

 

 

「ああ。勘違いはしないでくれ清麿、ガッシュ。おれ達は何も殺し合いに来た訳じゃない」

 

 

ただテストをしたいとデモンは言った。

それは本気の戦いでなければ見えないテストだ。故に傷つける事になってしまうが、それはどうか分かってくれと彼は言う。

 

 

「本気のテスト?」

 

「ああ、王の力を試したい」

 

 

その言葉を合図に章吾は魔本を広げ構える。

さらに赤紫の光が放たれ、戦う準備は完了した。

 

 

「来いよ清麿。一度お前を超えてみたかったんだ」

 

「………」

 

 

同じように魔本を広げる清麿。

戦うことは気が引けるが、何より彼らはその答えを知っている。

 

 

「章吾、ひとつ約束してくれ」

 

「ん?」

 

「お前に勝ったら、何が起こっているのかを教えてくれると」

 

「ああいいぜ。"勝てたら"、だけどな」

 

 

まずは一発ご挨拶だ、章吾はニヤリと笑うと手を清麿たちの方へとかざす。

一方で清麿もまた魔本に力を注ぎ込み、赤く発光させた。

 

 

「いくぞガッシュ!」

 

「ウヌ!」

 

 

強く頷くガッシュ、以前一度魔界にいるガッシュに力を貸した事がある。

その時の感覚、感情が今再び清麿の心を駆け巡った。

 

 

「セット!」

 

 

ひと指し指と中指を伸ばして示す照準、ガッシュもあの時の感覚を忘れて等はいない。

多くの猛者達と戦った記憶が、鮮明にあふれ出す。

そして刹那、清麿と章吾の口が同時に開いた。

 

 

「「ザケル!」」

 

 

ガッシュの口から放たれる黄色い電撃、一方でデモンの角から放たれる赤紫の電撃。

二つはぶつかり合うと激しい閃光を放ちお互いを打ち消しあった。

余韻を残し、なお迸る電気の中で再び両者の視線がぶつかり合う。

 

 

「ガッシュと同じ電撃の術か!」

 

 

その時、デモンの口がニヤリとつり上がる。

 

 

「当然さ、ベルの家系に――」

 

 

いや。

 

 

「ガッシュに、(ザケル)を与えたのはおれなんだからな」

 

「何!?」

 

 

デモンの言葉が気になったが、それを含めて彼を倒さなければ詳細は聞けないらしい。

 

 

「さあいくぜ章吾、初陣だ」

 

「ああ、雷神様に恥はかかせられねぇよな!」

 

 

先ほどとは比べ物にならない光が章吾の持つ魔本から放たれる。

そしてデモンは跳躍、大きく右へとステップを踏んで距離を詰める。

大してガッシュと清麿も動かなければなと。しかしその一瞬、ガッシュが言葉を漏らした。

 

 

「懐かしいのう、清麿」

 

「………」

 

 

蘇る。初めて魔物と戦った日の事を。

蘇る。必死に走ったあの時の事。

蘇る。守れなかった悔しさを。

蘇る。勝ったときの喜びを。

蘇る。何より、ガッシュと育んできた心を。

 

 

「ああ、お前がオレのパートナーで、本当によかったと思ってる」

 

「ウヌ、清麿は私の誇りだ」

 

 

清麿の表情が変わる。彼もまた、笑みを浮かべてデモン達を睨んだ。

良い表情だ。章吾とデモンは同じ考えを抱いた。章吾からしてみれば特に言える事だ。

最近の清麿は何かと元気がなかったように感じる。しかし今、目の前にいる彼は少なくとも全てのしがらみから解き放たれた様に思えた。

 

 

「勝つぞ、ガッシュ!」

 

「おう! 勝つぞ清麿!」

 

 

いつだってそうしてきた事だ。ガッシュもまた地面を蹴って左へ跳んだ。

そして次にデモンは左へ、ガッシュは右へ。ジグザグに跳んだ二人だが、距離は確実に縮まっていく。

そして両者が交差する一瞬、パートナー達もすでに言葉を口にしている所であった。

 

 

「「第9の術!」」

 

 

瞬間、ガッシュとデモンの瞳が重なり合う。

 

 

「「テオザケル!!」」

 

 

その視界に、黄色と赤紫の奔流が駆け巡った。

 

 

 





お疲れ様でした。と言う訳での一話でした。

金色のガッシュは完結してそこそこ時間も経ってますが、僕は今まで見てきた作品の中でガッシュが一番好きでございます。
と言う訳で、ちょっと最近気分を変えたかったので、ストックを削って更新する事にしました。


更新はストックの都合上一週間に一回を考えています。
まあ元々息抜きに書いていた物ですので、全12話以内、長さで言うとだいたい中編程度の形になるのかなと思います。
行間に関してはメモ帳で編集しているので、個人的に一番目が疲れない様に空白を開けているんですが、もしも見辛いと思ったら一度感想にでも書いてもらえれば改善しようかなとは思ってます。

次は来週の28日か29日を予定しています。
まあ中々遅めの更新になるかもしれませんが、これからもお付き合い頂ければなと思っています。



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第2話 ザケルVSザケル

 

 

全身を包むビリビリとした衝撃、両者が放つ雷撃は均衡を保ち同時にはじけ跳んだ。

地面を擦りながら強制的に後退して行くガッシュとデモン、その終わりは互いのパートナーに背中を支えてもらい止められる形となる。

 

 

「今のガッシュの電撃と互角だと――ッ!?」

 

「ウヌ、気をつけろ清麿。あの者達相当強いぞ!」

 

 

章吾とデモン、二人は確かに笑っていた。

それを見た清麿は瞬間理解する。あの二人、この状況を、この戦いを楽しんでいる。

それを思ったとき、清麿の中にも不謹慎かもしれないが嬉しさがこみ上げてきた。

自分はガッシュと再び並び立ち、戦っている。その事実が彼の心に火をつけた。そうだ、ガッシュはココにいる。

自分の前に、立っているんだと!

 

 

「ザケルガ!」

 

「おっと!」

 

 

ガッシュから一直線に伸びる電撃が発射される。

しかし距離もあったと言う事でデモン達は体を回転させ左右に分かれて回避を。

確かにスピードはあるがザケルガはやや範囲が狭い、それを踏まえ章吾は威力は落ちれど範囲をカバーできるザケルを選択した。

 

 

(ただそれでもザケルガの太さが予想以上だ)

 

 

デモンは冷静に分析を行いながら雷撃を発射する。

あともう少し太ければ先ほどの回避も無駄だったかもしれない。

 

 

「ガーッシュ!」

 

 

飛んできた雷撃は確かに広範囲、しかし清麿の声にて反応したガッシュが己のマントを広げて自分たちを包み込む。

そこに命中するザケル、わずかに競り合ったが、ガッシュがマントを翻すとその衝撃で雷撃は散らされて消滅した。

 

 

「げーッ! なんだよアレ!」

 

「魔法のマントだ。使用者の意思で伸縮や強度を変えられる便利なアイテムさ。空も飛ぶ事だってできるんだぜ?」

 

「すごいな! あれ? ちょっと待って、だったらお前も持っとけよ!」

 

「アレ高いし貴重なんだよ! あと強いけど、その分使いこなすには訓練がいる」

 

「って事は……」

 

「ああ、それだけガッシュの努力があったって事だよ!」

 

 

成長したなガッシュ、デモンは嬉しそうに微笑んでガッシュを見た。

その様子、そして先ほどの言葉といい何やらデモンはガッシュと深い関わりがあるようだ。

 

 

「っ? 知り合いかガッシュ?」

 

「き、記憶には無いのう……」

 

 

汗を浮かべるガッシュ。

一方で再び赤紫の魔本が光った。どうやらゆっくりお話している時間は無いらしい。

このまま遠距離戦を続けるのは分が悪いと悟ったか、デモン達は距離を詰める事に。

 

 

「ガルウルク!」

 

 

翼を広げ高速回転しながらデモンはガッシュたちの下へと飛翔する。さらにココで章吾はザケルガを発動。

同じ呪文でも効果が違う物があるというのは清麿も知っているが、デモンのザケルガもガッシュのそれとは違う能力を持っている用だった。

と言うのも、ガッシュは口から一本の電撃を放つが、デモンは両腕から二本まで雷のレーザーを出せるらしい。

一方は正面、もう一方は横に手を構えることで、高速回転するデモンからは逃げようの無い雷撃が放たれる事になった。

 

 

「どうする清麿! 逃げ場はねぇぞ!」

 

「だったら、テオザケル!」

 

 

強力な雷撃は直接デモンを止めようと放たれた。

しかし甘いとデモン、今の彼はザケルガとガルウルクを重ねて発動している状態、その貫通力はすさまじく、テオザケルを蹴散らしながら何の事は無く突き進んでいく。

勢いが死なないデモン、ガッシュは歯を食いしばって清麿に次の指示を求めた。

 

 

「だったら直接防ぐまでよ! 第2の術、ラシルドォオッ!」

 

 

ガッシュの前にそびえ立つのは、巨大な長方形の盾。

当たった攻撃を反射する能力も持っており、ザケルガ程度ならば確実に防げると清麿は踏んでいた。

 

 

「よし! かかったな麿ちゃん!」

 

「なにっ!?」

 

 

デモンもまた雷の使い手、ラシルドの効果は既に把握していたらしい。

盾が現れた瞬間に章吾は呪文を解除、そして別の呪文を発動させる。

 

 

「第10の術、ガンランズ・ザケルガ!!」

 

「展開!」

 

「「!!」」

 

 

ガッシュと清麿の周りに次々と雷の槍が出現していく。

百八十度の視界にはどこを見ても槍が浮遊している状態。かと言って後ろにはラシルド、逃げ場所が無くなってしまった。

そう、これがデモンたちの狙い。ラシルドを誘発させ、逃げ場を相手自身に封じてもらう。

 

 

「発射!」

 

 

槍の一発目がガッシュ達に向けて放たれた。

どうする? ザケルやマントでは貫通力高いの槍は防げない筈。

かと言ってザケルガの連射力では槍の発射スピードには追いつけず、やがて防げない槍が出てくる。

勝った、章吾とデモンは勝利を確信するが――

 

 

「ラウザルク!」

 

「ッ!」

 

「ガッシュ! マントを伸ばせ!」

 

 

ガッシュの肉体を強化するラウザルク。

そして清麿の支持に従い、ガッシュはマントを伸ばして放たれた槍にぶつける。

マントは先端が硬質化されており、槍に競り勝ち、打ち弾く。そして清麿が次に指を向ける先にあった槍を、再びガッシュはマントで打ち弾いた。

 

 

「ま、まさかアイツ!」

 

 

ガンランズ・ザケルガは一勢に槍を飛ばすのではなく、現れた槍を順番通りに飛ばしていく呪文だ。

そしてまた打ち弾かれる槍、間違いない、清麿はあの一瞬の内にすべての槍の現れた順番を記憶していたのだ。

そして槍が放たれる一瞬のタイムラグを狙って槍を弾いている。

 

 

「ヌオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

ガッシュの咆哮と共に次々と槍が宙に舞っていく。

 

 

「さすがは天才! 流石は王か!」

 

 

何よりも清麿の指示通り、完璧に動くガッシュの信頼と実力、伊達に魔界の王にはなっていないか。

だが疑問は残る。なぜ清麿はガンランズ・ザケルガの詳細を知っていたのだろう? 彼もまた同じ呪文を覚えている?

いや、もしくは――

 

 

(なるほど、答えを出すあの力か!)

 

 

だとすれば時間は掛けられない。

章吾は槍がすべて打ち弾かれた瞬間、新たな呪文を口にしていた。

とりあえず清麿が覚醒する前に攻めに攻め、大きな隙を作るのだ。大まかな作戦を章吾とデモンはアイコンタクトで交わすと、次なる攻めに転じる。

 

 

「ギガノ・ザケル!」

 

 

デモンが両腕を天にかざすと、そこに巨大な雷球が生まれる。

それを瞬時、振り下ろす様に発射。一方でラウザルクの効果が切れたガッシュ、清麿は選択を強いられる事になる。目の前から来る雷球をどうするのか? を、だ。

防ぐのか弾くのか、回避するのか。ココで清麿に一つの思いが浮かぶ。結果ではなく、過程の方を重要視してみないかと。

 

 

「ガッシュ、悪いがオレに付き合ってくれ」

 

「ヌ! どういう事なのだ?」

 

「お前は無限の可能性を秘めている。その幾つかを、今新たに形にしたい!」

 

「よく分からぬが、清麿が言うのなら私は構わぬぞ!」

 

「悪いな、助かるぜガッシュ!」

 

 

今新たに戦いが始まろうとしている事は漠然と分かった。

そして今目の前にあるデモンと言う新しい魔物。これからはガッシュもまた、更なる成長が必要だと清麿は感じた。

ゆえに、今持てる力で新たなる活路を見出す。

それが彼の、彼らの意思だ。

 

 

「ラシルド!」

 

 

清麿が選択したのは防御。ラシルドは雷球を受け止めると競り合いを開始する。

 

 

「ザグルゼム!」

 

 

第7の術ザグルゼム。雷の強化を施す球体はラシルドに命中すると、その形を変化させてより強靭な物へと変える。

そもそもギガノ級の術ならば強化を施していないラシルドでも防ぐことはできた、しかしより確実にと言う事なのだろうか?

ラシルドは雷球を跳ね返すと撃ったデモンへ返っていく。

 

 

「甘いなガッシュ! 清麿!」

 

 

だが既にデモンは地面を蹴っている所だった。

真下に通り過ぎる雷球を確認しながらデモンはニヤリと笑みを浮かべる。

ギガノザケルの最大の利点は、発射した直後に動ける事と別の呪文を出せる事だ。

彼はラシルドの上に移動し、真下にいるだろうガッシュ達を狙う寸法だった。ラシルドは透明ではない、清麿たちも盾を出せば前方の景色を確認する事はできないのだ。

 

 

「駄目だ! 逃げろデモン!」

 

「え?」

 

 

しかし、デモンがラシルドを通り抜けると、下にはガッシュ達の姿は既に無かった。

一方彼と対になる位置、つまりガッシュ達の背後を見ている章吾は声を荒げる。

コレは罠だ、清麿はわざとラシルドと言う壁を作った。そしてそれを見たデモンが上から攻めてくる事を誘ったのだ。

 

 

「ザグルゼム!」

 

「ぶほっ!」

 

 

デモンの体に命中するザグルゼム。

いや、別に上からでも右からでも左からでも、それはどちらでも良かったのかもしれない。

大切なのはラシルドで自分たちの姿を隠す事、ガッシュ達は既に盾にかくれながら大きく後退し、デモンと距離を離していたのだ。

 

 

「もう遅い! 連鎖のラインは整った! エクセレス・ザケルガ!!」

 

 

ガッシュの背後上空から文字通りXの形をした巨大な雷のレーザーが飛来してくる。

そしてその狙いはなんとデモンではなくラシルド。

一瞬狙いを外したのかとデモンは考えたが、レーザーがラシルドにぶつかった瞬間、激しい光と共に進行方向が変化し、上にいるデモンに向かって飛んでいった。

 

 

「ば、馬鹿なッ! 何だコレ!」

 

 

しかもXの文字に縦線が走り、レーザーがより大きく強くなっているじゃないか!

 

 

「よし! 成功だ!」

 

 

一方の清麿、彼の狙いはラシルドを連鎖の中継ポイントにする事だった。

ザグルゼムは連鎖誘導をその能力の一つに持っている。今までは岩や相手の術、相手そのものを連鎖のポイントにしていたが、ラシルドと言う固定装置にその役割を持たせられるのではないかと考えた。

ラシルドは出始めはガッシュが気絶しているためにほかの呪文を出す事ができないが、ある程度時間が経過すればガッシュの意識も元に戻る。そこを利用したと言う訳だ。ラシルドは防いだものを反射する力を持っているが、それはあくまでも前面だけ、自分たちがいる後面からの攻撃にたいしてはザグルゼムの効果を優先してくれた様だ。

ラシルドと言う中継ポイントを経過したエクセレス・ザケルガは次のポイントであるデモン本体に向かって飛んでいく。

 

 

「やっばい!」

 

 

すぐに翼を羽ばたかせ後ろに逃げるデモン。しかしレーザーが大きすぎて間に合わない。

しかも攻撃が近づくごとに、自分の体に蓄積されたザグルゼムの光が強くなっていくじゃないか。

デモンはザグルゼムを覚えてはいない、しかしその効果はなんとなく理解する事ができた。

このままアレを受ければ負ける! それはデモンだけでは無く、章吾も理解する所であった。

 

 

「章吾ーッッ!」

 

「ラージア・ザケルガ!!」

 

 

デモンから同じく巨大な雷のレーザーが放たれた。

二つの雷はぶつかり合うとお互いの動きを若干鈍らせる。

ザグルゼムで強化されたエクセレス・ザケルガを真正面から打ち破ろうなどとは流石にデモンも考えてはいない。

動きを鈍らせる事ができれば十分なのだ。彼はその翼を大きく動かすと一気にエクセレスザケルガから距離を離して回避を行った。

 

 

「どうだ麿ちゃん! 避けたぜおれは!」

 

「麿ちゃん言うな! だが甘いなデモン、これも計算の内だ!」

 

「うそだろ麿っち!」

 

「黙れ章吾! ガッシュ、セットだ!」

 

 

清麿が示したのは驚いている章吾その人だった。

現状、ガッシュと清麿はデモンと章吾に挟み込まれる形になっている。

その中でデモンはエクセレス・ザケルガを回避する為により距離を離した。つまり、よりパートナーの章吾から距離を離したと言う事だ。

そこを狙わぬ手は無い。清麿は悪いなと声を上げて、章吾に狙いを定める。

 

 

「ガンレイズ・ザケル」

 

 

雷神の太鼓をイメージした八つの砲台から電撃の弾丸が無数に放たれる。

この呪文は清麿がガッシュを抱える事で彼自身が照準を合わせる事ができる技。章吾が逃げようが清麿には当てる自信があった。

しかし狙われている筈の章吾に焦りは無い。むしろニヤリと笑って余裕すら感じられた。

 

 

「ラシルド!」

 

「!」

 

 

デモンの手が発光すると、遠くにいた章吾の前に雷の紋章が現れる。

そこに触れた弾丸たちは一瞬停止した後に向きをガッシュ達の方へと変更して飛んでいく。

どうやらデモンのラシルドはこういうタイプの物らしい。ガッシュの物よりも防御力が低いが、空中を含めてどこでも好きな場所に出現させる事ができると。

だからこそ二人は距離を大きく離して戦う事ができた。人間相手に清麿たちが上級呪文を撃ってくるとも思えない、つまりいかなる場合においてもラシルドでカバーできると踏んでいた訳だ。

 

 

「ガンズ・ザケル」

 

「ウラララララララ!!」

 

 

デモンが同じく無数の雷球をガッシュ達に向けて発射する。

背後からはガンレイズの弾丸、前方からはデモンの弾丸、さらに既にデモンは翼を広げ左の方へと大きく旋回していた。

さらに章吾の魔本がかなり大きな輝きを放つ、大技がくるのか? となれば逃げ道は一つ、上しかない。

 

 

「ガッシュ飛べ!」

 

「ウヌ! 分かったのだ」

 

 

マントを使って上空へ飛行するガッシュ。しかしココで章吾の目の色が変わった。

しまった、清麿は真上を確認する。するとそこには大きな雷雲が既に出現していたではないか。今度はコチラが誘導されたと言う訳か。

少し考えれば分かりそうなものだったが、章吾の本の輝きに急かされてしまった。

 

 

「もらった! ディオガ・テオザケル!!」

 

「バオウ・クロウ・ディスグルグ!」

 

 

デモンが指を鳴らすと巨大な落雷がガッシュの下へ降り注ぐ。

それを巨大な龍の手で受け止めるガッシュ。過去最大の衝撃と閃光が辺りを包み、周囲の存在を消し飛ばしていく。

振動する世界、その中で四人はその目に勝利を映して吼え叫ぶ。

 

 

「「「「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」」」」

 

 

そして爆発。ガッシュのバオウクロウとデモンのディオガは相殺と言う結果に終わった。

激しく消費した心の力、章吾は思わず目の前が一瞬真っ暗になり、膝をついてしまう。だがまだだ、ココでさらに攻めなければ。

彼はすばやく立ち上がると、再び己の心のパワーを魔本へ注ぎ込む。

 

 

「ラージア・ザケルガ!」

 

 

そこそこの至近距離で放つ大技。

章吾は清麿の心の力を消費させる為にこの技を撃ったのだが、彼が返す呪文はまったく予想していない物であった。

ココが、ガッシュの力の幅を広げる場所と清麿は見ていたのだ。

 

 

「第3の術!」

 

 

ずっと考えていた。

術に対して術が有効ならば、その思いの先にあったのがザグルゼムの新たなる可能性だった。

であるならば、この呪文もまた。

 

 

「ジケルド!」

 

「「!?」」

 

 

巨大なレーザーの前に現れるのは鈍く動く雷球。

そして雷球が消えたかと思うと、レーザーが鈍く発光し、そのまま向きを大きく変えた。

 

 

「なッ、馬鹿な!」

 

「よし! 来た!」

 

 

そしてレーザーの先には工事に使っていた重機が。

ラージアザケルガはそこへ命中すると呪文の終わりを迎える。

 

 

「なんだ? おれはあんな所を狙ってなんて――!」

 

「ジケルドは命中した対象物を強力な磁石に変える技だ」

 

「なんだと? じゃあまさかラージア・ザケルガを磁石に!?」

 

 

どちらの重さが優先されるのかは分からなかった。

しかし結果はコレ、デモンの攻撃は鉄の方へと引き寄せられていった。

コレがガッシュの可能性、コレがガッシュの新たなる力なのである。

 

 

「だったら無数の弾丸だ! ガンズ・ザケル!」

 

 

連続して放たれていく無数の雷球。

ジケルドはその小ささから一つにしか当てられない。章吾もデモンもそう考えていた。

しかし清麿は違う、これもまた活路を切り開く試練だ。彼は再びジケルドを発射、ノロノロ動く球体を前にさらなる呪文を。

 

 

「ザグルゼム!」

 

 

ジケルドのスピードをザグルゼムが超え、二つが一つになった時、雷撃強化の能力が例外なく発揮された。

ザグルゼムの加護を得たジケルドは巨大化され、襲い掛かる雷球たちをみな磁石に変えていく。

すると雷球は再び起動を変えて鉄のある場所へと吸い込まれていった。こうして無効化されたデモンの呪文、章吾は苛立ったように地団太を踏むとならばと次の呪文を。

 

 

「きぃぃムカつく! デモン、接近戦で決める!」

 

「オーケー、了解だぜ章吾ッ!」

 

「ソルド・ザケルガ!」

 

 

デモンの手に電撃で作られた赤紫の西洋剣が握られる。

 

 

「疾風迅雷、電・光・石・火――ッ!」

 

「ウルボル・ザ・ブルク!!」

 

 

さらに赤紫の電流がデモンの体を駆け巡る。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオ!」

 

「「ッ!!」」

 

 

一瞬、まさに一瞬でデモンが清麿達の眼前に迫っていた。

反射的に清麿はデモンへザケルを発射、電撃は何の事は無くデモンに命中するが――

 

 

「残像だ!」

 

「なっ! うぁぁあ!」

 

 

電撃が捉えたのはデモンの幻。既に本体はガッシュの背後に回りこみ剣の振り払いを命中させているところだった。

よろけ、前に倒れるガッシュ。そこにはデモンの幻がまだ存在しており、彼に触れた瞬間スパークを放つ。

 

 

「うぁぁあ!」

 

 

衝撃が体を駆け巡り、ガッシュの動きが停止する。

さらにそこへデモンは剣の一閃を叩き込んでいる所だった。

 

 

「質量を持った残像か! なら、ザケル!」

 

 

下に向けてザケルを放ち拡散させる事で回りに存在していた残像を消し飛ばした。

しかしデモンには翼がある。本体は既に上空へと回避しており、急降下ざまにガッシュを切りつけている所だった。

きりもみ状に回転しながらよろけるガッシュ、清麿はすばやく目でデモンを追うが残像がハッキリしすぎていて本体がどこにいるのか全く分からなかった。

 

 

「ザケルガ!」

 

 

ガッシュを掴んでザケルガを放ちながら回転してみる。

だが無意味、上空も自由に駆け回れるデモンにとっては逃げ場などいくらでもあるのだから。

デモンのウルボル・ザ・ブルクは、ガッシュのラウザルクと同じく肉体変化の呪文である。

ラウザルクと違う点は防御力や攻撃力は変わらず、スピードのみが爆発的な上昇を遂げると言う事、さらに通った軌跡に残像を残す事もでき、相手を翻弄しながら戦う事ができる呪文なのだ。

おまけにこの残像、触れてしまうとしばらく衝撃でスタンしてしまう厄介なトラップ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオ!」

 

「グゥウ! ヌゥゥウッ!」

 

 

ガッシュはマントで清麿と自身を隠し防御に徹する事に。

しかしこの状態でデモンはほかの術を使用する事ができる。中級呪文までではあるが、この高速移動と組み合わさればそれはすさまじい脅威となるのだ。

 

 

「ダアアアアアア!!」

 

「グハッ!」

 

「ガッシュ!!」

 

 

マントをこじ開けるようにしてデモンの拳がガッシュの胴へ打ち込まれた。

それを確認してザケルを発動させる章吾。

どうやらデモンは角以外からも発射位置を決められるらしく、こぶしから電撃が流れガッシュに追加ダメージを与える。

 

 

「くっ! ザケルガ!」

 

 

清麿はガッシュを守るためにデモンへザケルガを撃ち込んだ。

しかし残像、デモンは右に回りこんでおり、ガッシュへ蹴りを浴びせる。

 

 

「ザケルガ!」

 

 

デモンの靴の裏から電撃が放たれ、ガッシュを押し出していった。

地面に倒れ転がるガッシュ、清麿は再びザケルを放つが捉えたのは残像のみ。むなしく空を切るザケルと、ガッシュを掴んだデモン。

 

 

「ザケル!」

 

「ヌアアアァッ!」

 

 

デモンの全身から電撃が放たれ掴まれたガッシュにショックを浴びせていく。

そのまま空中に舞い上がるデモン、ガルウルクが発動されて彼は高速回転しながら真上に舞い上がった。

そして急降下、ガッシュの平衡感覚を狂わせながら彼を地面に叩きつける。

 

 

「グハァアッ!」

 

「ガーッシュ!」

 

 

パートナーの悲痛な声を聞いて清麿の心臓がドクンと大きな音を立てた。

一方再び雷の剣を構えて走り出すデモン、ガッシュに追撃を浴びせようとしているのだ。

が、しかしその時だった。清麿の『瞳』が変化を遂げたのは。

 

 

「ガッシュ、後ろだ!」

 

「ッ!?」

 

 

章吾は何を馬鹿なと。前方にデモンがいるのに後ろを向けなど意味が分からない。

しかしガッシュは清麿の指示を疑うことなく踵を返して背後を向いた。瞬時、彼の口が光り輝き。

 

 

「ザケルガ!!」

 

「グがああああああああああああッッ!!」

 

「なッ!?」

 

 

ガッシュのザケルガは確かに切りかかろうとしてきたデモンを捉えていた。

どうやら前方にいたのは残像だったらしい、本人は背後に回りこんでいた所だったのだ。

ガッシュのザケルガは、並みの魔物のギガノ級ならば打ち破れる威力を持っている。そのザケルガをザグルゼムを受けた体で浴びたのだから、デモンに与えられるダメージは大きい。

 

 

「くっ! 大丈夫かデモン!」

 

「あ、ああ。ちょっとルートが単純すぎただけだ!」

 

 

今度はめいいっぱい動いてルートを特定できないようにしてやる。

デモンはその意思と共に走り出して、文字通りガッシュの周りを縦横無尽に駆け巡った。

無数にできる残像、その中からデモンをピンポイントに狙うなど不可能かと思われたが?

 

 

「ガッシュ! 上だ!」

 

「ッ!」

 

 

本物のデモンとガッシュの視線がぶつかり合う。

まずい! 彼はすぐに攻撃を中断して別ルートからの奇襲に切り替えた。

だがしかし、そこには既にガッシュの顔が。

 

 

「右、斜め左、上、左、上、右上、後ろ、後ろ、右、左、右、上、右、上、左ーッ!」

 

「馬鹿なッ! 全てのルートが読まれてるだと!?」

 

 

いや、そうか! 章吾は確認する。清麿の瞳が渦を巻いた用に何重もの円が重なっているのを。

あの瞳、間違いない、章吾は理解する。清麿は覚醒を果たしたのだ。

 

 

「アンサー・トーカーかッ!」

 

 

どこをどうすればデモンに攻撃を当てる事ができるのか、その答えが清麿の脳には瞬時に浮かび上がるのだ。

封じ込めていた能力が開放され、まさに今あの二人は王となった時と同じスペックに。

 

 

「テオザケル!」

 

「ぐァアアアアアアアア!!」

 

 

雷撃がデモンの体に直撃し、彼は章吾の所まで吹き飛んでいった。

 

 

「大丈夫かデモン! くっそー! ずるいぜ清麿ーッ!」

 

「王を導いたと言われる答えを出す者の力か……ッ! おれの動きが読まれている!」

 

 

噂に聞いていただけだったが、まさかコレほどとは。

 

 

「未来予知じゃなく答えの提示さ。デモンに攻撃を当てる答えが、俺には視えたんだ」

 

「やっぱずりぃわ! なんなんだよそのデタラメな力は! ふざけるなーッ!!」

 

 

カッと、章吾の魔本が光る。

 

 

「「あ」」

 

 

ふざけるな、ふザケルな。

 

 

「いぎゃあああああああああああ!!」

 

「………」

 

 

デモンの手から放たれた雷撃が章吾にぶち当たり、彼は地面に倒れた。

なつかしいな、清麿もまた経験がある為彼の気持ちはよく分かってしまう。

感情が強い時に呪文の名前をうっかり言ってしまうとああなるのだ。

しかしだ、ここ、このタイミングではないか? 章吾が倒れデモンもあっけに取られているこの一瞬が何よりのチャンス!

 

 

「決めるぞガッシュ!」

 

「ウヌ!」

 

 

清麿の魔本が今までで最大の光を放つ。

 

 

「出やがれ第4の術ーッッ!!」

 

「や、やばい!」

 

 

ガッシュの前に門が出現し、そこから姿を見せるのは――

 

 

「バオウ・ザケルガ!!」

 

 

巨大な雷の龍、バオウ。

 

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

全てを破壊せんとする雷撃の竜王。その迫力に思わず章吾は膝をついて目を見開いた。

 

 

「う、うぉぉおお! アレがガッシュの最大呪文か!」

 

「バオウ! あの力は、やはりそうなのか!!」

 

 

身を乗り出すデモン。どうやら全てはこの時の為らしい。彼はバオウ・ザケルガを目に映すと何かを考えるような表情で喉を鳴らす。

 

 

「そうか、なるほど、やはりバオウがココまで……!」

 

「クッ! デモン、今はとりあえずアレを破壊するぞ!」

 

 

頷くデモン、彼は両腕をクロスさせて雷のパワーをチャージする。

 

 

「雷神の命において具現せよ龍撃、全てを穿つ閃光となりて、勝利の道を切り開け!」

 

「デルガ・ジン・ザケルガ!!」

 

 

解き放たれた閃光、デモンが召喚する雷撃もまたドラゴンの形をしていた。

 

 

「「「「「「デルガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」」」

 

 

重なり合う咆哮、デモンが召喚するのは六体の雷龍だ。

山羊の様な角を持った長い龍はそれぞれデモンの指先から発射され一勢にバオウへと向かっていった。

体はバオウよりも小さいが、武器はその数である。次々にバオウの体へと噛み付き、その長い体でがんじがらめにしていく。

 

 

「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」

 

 

持てる力を解き放ち、清麿たちは雄たけびを上げる。

そしてどれだけ競り合いが続いただろうか、遂にその時が訪れる。

 

 

「いっけぇえええええええええええッッ!!」

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

清麿の叫びに、ガッシュの勝利を求める心に反応してバオウの目が光り輝く。

そしてその牙で、その手で、その角で、身にまとう電撃で纏わりついていたデルガの龍たちを破壊して消し飛ばした。

 

 

「う、嘘だろ!? ありえないッ! デルガが……! "ジン"が負けただとッ!?」

 

「この力! バオウはそこまで――ッ! これがユリアスの意思なのか……ッ!」

 

「よし! そのまま一気に終わらせろ!」

 

 

清麿は勝利を確信して笑みを浮かべる。

しかし、それは章吾とデモンもまた同じだった。

二人は先ほど浮かべていた驚愕の表情を一瞬で沈め、余裕を含んだ笑みを浮かべている。

 

 

「なにっ! まだ何かあるのか!?」

 

「ふっ、清麿くん。ゲームは最後まで何が起こるか分からないから楽しいんだぜ? なあデモン」

 

「ああ。だな! 章吾!」

 

「クッ! まだあれ以上の呪文があるのか!」

 

 

強い! 清麿は覚悟を固める。

そして、ゆっくりと章吾は頷いた。

 

 

「いや、無いッ! 今のはただ何となく笑ってみただけだ!」

 

「おれも同じだ! まだ何か隠し持ってますよ的な雰囲気出してみただけです!」

 

「……へ?」

 

 

と、言う事は。

 

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「「おあああああああああああああああああああああッ!!」」

 

 

大爆発。激しい光の柱の中に章吾たちは消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、マジで残念だわ。今日ちょっと足痛かったからな。足痛く無かったら俺らが勝ってたわー!」

 

「おれ今日朝ごはん食べてないし。朝ごはん食べてたらこんな事にはならなかったのになー! いやホント残念、勘違いしたら駄目だよ清麿くん」

 

「ちゅーか俺あそこで一回術チョイスミスったからなー、あそこで普段のモチベがあったら勝ってたわ、うん」

 

「まあおれもハンデつけすぎたなってのはあるよ、うん。まあ次は別にハンデとか無しで? 無し目の方向でおれらが――」

 

「ザケル」

 

「「ンンンンンンンンンンンンンンン!」」

 

 

どうせ黒こげなんだ。

あと一発二発くらおうが関係ないだろ、清麿が撃ち込んだお叱りのザケルで章吾達は大人しくなった。

とにかく結果はガッシュと清麿の勝利だ。ただ二人もかなりの実力者である事は間違いない、ガッシュと同じ術形態である雷の力に加え、威力もそう大差無い様に感じた。

もしも前回の戦いで彼とぶつかる事があったのなら、結果はまた変わっていたのかもしれない。

 

 

「まあとにかく約束は果たしてもらうぞ、章吾」

 

「仕方ないな、分かったよ」

 

「それにしても驚いたよ、まさかお前が魔本を持っていたなんて」

 

「それも含めて説明するぜ」

 

 

気だるそうに立ち上がった章吾は、まず自分の魔本をガッシュの前に持っていく。

 

 

「百聞は一見にだ。ガッシュ、俺の本を燃やしてくれ」

 

「「!?」」

 

 

思わず耳を疑う二人。

いまさらルールを知らないわけが無い、だとすれば章吾は自分の言っている意味が分かっているのだろうか?

本を燃やせばデモンが魔界に帰ってしまうと言うのに。

 

 

「まあそうなるわな。でも頼む、その先にお前らが知らなければならない答えもあるのさ」

 

「ウヌぅ、しかしだの……!」

 

「いいんだぜガッシュ、お前が考えている事とは大きく違う結果が待っているだろうからな」

 

 

ポンポンとやさしくガッシュの頭をたたくデモン。

やはりその雰囲気からは普通のやさしさとは違う物が感じられた。

まさしくそれは、そう、親が子供を見ているときの目だ。

 

 

「デモンと言ったが、お主は一体私とどういう関係なのだ?」

 

「そういえば、ガッシュにザケルを教えたのは自分みたいな事を言っていたが……」

 

 

首を振るデモン。教えたとは語弊がある。

 

 

「教えたんじゃない、おれは『ベル』に授けたのさ」

 

「授けた……?」

 

 

その瞬間、清麿のアンサー・トーカーが発動され、デモンの正体が導き出された。

 

 

「で、デモン。お前まさか――」

 

「驚いたな。アンサートーカーってのは魔界の謎まで出せるのか」

 

「おそらく清麿自身の力が上がっているんだろう。魔界に関わり、一度は魔界そのものに足を踏み入れたほどだからな」

 

 

章吾の発言で成るほどとデモンは頷いた。そして彼は改めて自己紹介を。

 

 

「おれは雷神デモン、文字通り魔界の神だ」

 

「お、お主神様なのか!?」

 

 

正確には神は神でもランクの低い部類にいる神だと。

 

 

「神の世界にもいろいろあってな、おれ達は神子と呼ばれる位置にいるんだ」

 

「神子……?」

 

「ああ、そして雷神は長らく『ベル』の家系の守護神をやっていた」

 

 

さあもういいだろうとデモン、とにもかくにも起こっている事を見てもらった方が早い。

彼は自分の魔本を燃やしてくれとガッシュ達を急かした。

 

 

「ッ、信じていいんだな?」

 

「ああ。頼む」

 

 

ガッシュはまだ渋っていたが、本人がそうしてくれと言うのだから仕方ない。

清麿はザケルを発動して言われた通りデモンの魔本を燃やす。するとあの時と同じ、例外なく彼の体は消滅していく。

そしてあっという間に彼の本は燃え尽き、デモンの姿は完全に消え去った。息を呑むガッシュと清麿、しかし対して章吾の反応は薄い。

 

 

「帰るか」

 

「――ッ、いいのか?」

 

「ああ、今日はもうお前らも疲れたろ? 明日は学校だってあるんだ、それが終わってから話すよ」

 

 

章吾はポケットをもぞもぞと漁り、中から一枚の板ガムを取り出した。

そしてそれをガッシュに差し出すと、少し乱暴に頭を撫でて、何の事は無く清麿たちに別れを告げて歩いて行った。

 

 

「おお、清麿! 章吾はガムをくれたぞ! いい奴だな!」

 

「お前なぁ、食べ物くれたからって安直だぞ」

 

「しかし清麿の友人ではないか、いい者に決まっておろう!」

 

「まあ、悪い奴じゃないのは確かだけど」

 

 

何を知っているんだ? それは気になる所である。

しかしこのままココで立っていても仕方ない、諦めた清麿は自分たちもまた帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うむぅ! やっふぁり母上殿のご飯は最高なのふぁ!」

 

「うふふ、いっぱい食べてねガッシュちゃん」

 

 

口いっぱいにご飯を詰め込んでいるガッシュを、清麿の母である高嶺華は温かな目で見ていた。

再会と言うものはドラマや映画で見るほど劇的なものではないが、懐かしさや多くの喜びを思い出させてくれるものだ。

またしばらく世話になるかもしれない、そんなガッシュの頼みを嫌な顔一つせずに受け入れてくれた華に、ガッシュもまた大きな感謝を覚えていた。

 

 

「それにしても清麿ってば、どうしちゃったのかしら? ご飯も食べないで」

 

「ウヌ、めぇるとやらが忙しいらしい。ご飯は後で私が上に持っていくのだ」

 

「あら、そうなの。誰とメールしてるのかしら? もしかして彼女とか?」

 

 

ニヤリと笑う華。

ガッシュは詰め込んだ物をゴクンと一気に飲み込むと、少し顔を青ざめてうつむいてみせる。

 

 

「母上殿、彼女とはそんなに良い物なのかのう?」

 

「え?」

 

「私には、怖い物にか思えぬのだーッ!」

 

 

そもそも彼女とは何なのか?

パティと言う少女を知っているガッシュとしては頭が痛くなる話ではある。

色々子供ながらに苦労しているのだろうか? 華はそう思って、とりあえず自論ではあるが彼女、もっと言えば恋人の定義を彼に説明する事に。

 

 

「やっぱり、それぞれ一番好きな異性の事を言うんじゃないかしら?」

 

 

やがて結婚して家族になりたいと思う相手の事だ。

男ならば一番好きな女性、女ならば一番好きな男性。

もっと言えば一緒にいてドキドキしたり、けれど心地良かったり、そういう落ち着けて素を出せる相手が一番いいのではないかと。

 

 

「ガッシュちゃんにはいるのかしら? ドキドキする様な娘とか。ふふふ」

 

「うーむ。難しい質問だの」

 

 

異性の友人は多くいる訳だが、優劣をつける様な事はできない。

 

 

「ティオちゃんとかは?」

 

「ティオか……」

 

 

目を閉じるガッシュ。

なんだか絞められているイメージしか湧いてこなかったので一度首を振って改めてイメージを。

確かに危ない所も助けてくれたし、彼女がいなければ自分は王になれなかったのだろうとも思う。

 

 

「まあでもガッシュちゃんはまだ子供だものね。分からなくても仕方ないわ」

 

「そういう物かのう?」

 

「ええ、きっとその内ガッシュちゃんにも現れるわよ」

 

 

手をつないだり抱きしめ合いたいと思う相手が。華はそう言ってガッシュが差し出したおかわりに応えるのだった。

一方自室の清麿は、携帯に送られてきた大量のメッセージに返信している所だった。

と言うのも自分がガッシュに会えたように、仲間達もまたかつてのパートナーに再会できている様だったのだ。

そこへ夕飯をおぼんに乗せてガッシュが入ってきた。

 

 

「おおガッシュ、みんなもやっぱりコッチに来てるらしい」

 

「本当か!? ウヌ! だったらまたみんなで遊べるのだ!」

 

 

するとちょうどそこへ電話が、魔物と再会できた事を報告する電話ならば先ほども何度か掛かって来たところだ。

画面に映る名前を見て一瞬動きを止める清麿、しかし彼はすぐに通話をタッチして会話を。

 

 

「もしもし?」

 

『清麿ーっ! お久しぶり!』

 

「おお! ティオか!」

 

 

防御の力を持ち、何度となくガッシュのピンチを救ってくれたティオ。

その元気な声が電話の向こうから聞こえてきた。再会を喜び合う二人、彼女と共に戦った記憶が清麿の脳裏にフラッシュバックしていく。

 

 

『変わってなさそうで安心したわ!』

 

「あはは、何言ってるんだまだ一年も経ってないじゃないか」

 

『そっか、そうだもんね。ふふ! ガッシュとも会えたんでしょ?』

 

「ああ、ちょっと代わるよ」

 

 

ガッシュに携帯を渡す清麿。二人の会話を聞くにどうやらティオも魔本を持って人間界に送られてきたらしい。

ティオもまた何故自分が人間界に送られてきたのかは知らないとか。どうやら今現在、その答えを掴んでいるのはデモンだけと言う事らしい。

現在彼の魔本は燃えた状態。だが彼には焦り等が見られなかった。むしろ自分の魔本を燃やしてくれと。その反応を見るに――。

 

 

「ティオ、恵にも代わってほしいのだ!」

 

「!」

 

 

ピクリと清麿の表情が変化する。

 

 

「おお! 恵ぃ! 久しぶりだのぉ!」

 

「が、ガッシュ! あまり失礼な事は言うなよ!」

 

「何を言っておる! 分かっているのだ!」

 

 

実を言うと清麿は恵とそこそこメールこそすれど、電話で会話すると言うのは中々ハードルが高くてできなかった。

自分から電話をすると言うのは色々考えてしまって難しく、例えばあつかましいと嫌われないだろうかとか、自分とは違って忙しいからだとか~。

 

 

(って何考えてるんだよオレ!)

 

 

なんだか最近ずいぶんと自分が女々しくなって来たような気がする。

自分はこんなんじゃ無い筈だ、もっと冷静になれ、すると脳内に冷静になる為の答えが浮かんできた。

掌に馬と書いて飲み込む方法だ。

 

 

(ってコレは緊張を解く方法だろ! はっ! オレもしかして緊張してる!?)

 

 

一人で何をやっているんだこの男は、と思われるかもしれないが彼にとっては大事な問題である。

そうしているとガッシュの楽しそうな笑い声が耳をついてきた。

 

 

「ヌハハハハ! そうなのだ、それでティオが――」

 

「が、ガッシュ。恵さんと何を話してるんだ?」

 

「楽しいお話なのだ」

 

 

再び笑い声。耳を澄ませば小さく恵の声も聞こえてくるような。

 

 

「お、おいガッシュ。恵さんも笑ってるのか?」

 

「おお、笑っておるぞ?」

 

 

さらに笑い声。

 

 

「ガッ……シュ。もしなんだったら、恵さんに最近の事とか――、あの、なんていうか」

 

「むぅ、清麿! 何なのださっきから」

 

「あ、いや! オレは、その」

 

「ヌ? どうした恵? ウヌ、――ウヌ! そうなのだ、さっきから清麿が恵の事ばかり聞いてくるのだ!」

 

「わああああああ! 何言ってんだお前ーッ!」

 

 

ガッシュの口を塞いでオロオロと清麿は汗を浮かべる。

対して呆れた表情のガッシュ、なんだかいつもの立場が逆転している様だ。

 

 

「そんなに気になるなら清麿が自分で話したらいいではないか、ほれ!」

 

「うおっ!?」

 

 

ガッシュが投げ渡した携帯を受け取ったはいいが、落としそうになってしまい清麿はバランスを崩して倒れてしまう。

ドシンと音がして衝撃に清麿は思わずうめき声を漏らす。だがそんな痛みや衝撃など電話の向こうから聞こえる声が全て吹き飛ばしていく。

 

 

『だ、大丈夫清麿くん?』

 

「あ、う、うん!」

 

 

見ちゃいないと言うのに清麿は背筋を伸ばしてしまう。

何より彼女の声を聞いただけで心臓が破裂しそうになった。

テレビやCDで何度も何度も聞いていると言うのに、それに今まで何度も会話しているというのに何故今になって――?

 

 

『あの……ね、清麿くん』

 

「な、なに!?」

 

『また、会えるよね?』

 

「ッ」

 

 

特にここ最近は、彼女からの誘いを理由をつけて断る様になっていた。

だってそうだろう? もしも二人きりで会っている所を誰かに見られでもしたら、彼女の夢を壊してしまうかもしれない。

それが怖くて、だ。

 

 

『ティオと、ガッシュくんと、まだみんなで……』

 

「あ、ああ」

 

 

だが、それが苦しくて。清麿自身どうしていいか分からなくなっていた。

 

 

『それでね、清麿くん。もしよかったら、明日……会えないかな』

 

 

ティオも清麿に会いたがっている。なにやら恵の方も会って話したい事があるらしい。

清麿としても章吾が話す事を一緒に聞いてもらえる仲間がいた方が良かったので断る理由は無かった。

いや、それより、何と言うべきなのか、もう一つ理由があった様に感じる。

 

 

「オレの方こそ、もし良ければ!」

 

『じゃあ、決まりで……いいよね?』

 

「ああ。じゃあまた駅に着いたら連絡してほしい」

 

『うん、分かった。じゃあまた明日』

 

「ああ、また明日」

 

 

そう言って電話を切る。しかし目の前にはムスッとしたガッシュが。

 

 

「もっと恵とティオとお話したかったのだ……」

 

「す、すまん! つい流れで切っちまった!」

 

 

しかし明日また会えると聞くと、ガッシュはそれ以上文句は言わなかった。だがそれよりも彼には気になった事があったみたいだ。

 

 

「清麿、何か様子がおかしいぞ」

 

「え?」

 

「恵と話す時、なんだかよそよそしいのだ」

 

「うっ!」

 

 

鋭い! 気づかれてきたか、清麿は思わず仰け反ってガッシュから距離を離す。

しかし逆を言えばガッシュにも気づかれる程表に出ていたと言う事なのだろうか?

そもそも彼とは長い間パートナーとして過ごしている訳で。清麿もガッシュが隠し事をしていたら割りとすぐに分かってしまうもの、やはり彼には隠し事はできないのかもしれない。

 

 

「はぁ、実はなガッシュ――」

 

 

観念したのか、清麿は端的に自身の内心を打ち明ける事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、ティオ」

 

 

一方の恵。彼女はベッドの上に座って抱いた枕に顔を埋めている。

なんだかティオを"だし"にして彼と会う口実を作ったみたいで軽く自己嫌悪に陥っていた。

しかし当のティオは腕を組んでやれやれといった表情で彼女を見ている。

 

 

「気にしないで恵。会って話したい事があるのは事実じゃない」

 

「うー、でもぉ」

 

「だいたい恵は押しが弱いのよ! てっきりもう子供くらい作ってると思ったのに」

 

「そんな訳ないでしょ! どれだけスピード展開なのよ!」

 

 

その返しにティオはニッコリと笑みを。

どうやら恵を元気にする為の冗談だったらしい、その思いやりが嬉しくて恵もまた笑みを浮かべて彼女のお礼を言った。

やっぱりまだ自分(めぐみ)には彼女(ティオ)が必要だったみたいだ。離れてみて、つくづくそう思う。

そして余裕が出てきたのならば恵もまたからかってみたいと思う心が出てくる。

 

 

「ティオこそ、ガッシュくんとは何か進展あるの?」

 

「なっ! ななななななんで私とガッシュが!」

 

「ふふ、その反応だとソッチも何にも無いみたいね」

 

「もう! 今は私の事は関係ないでしょ!」

 

 

わーわー言い合う二人を、すぐ近くでサンディはニコニコしながら見つめている。

 

 

「うんうん、仲がよろしい事で」

 

 

恵も最近は色々と考える事が多かった。

その中で落ち込む事とか燻る事も多かったが、今の恵は本当に楽しそうだ。

やはりそれだけティオと言う存在が大きく、彼女にとって掛け替えの無い存在なのだろう。

見ているだけで微笑ましくなる。そして、それは彼女の隣にいる少女も同じ様だった。

 

 

「やっぱりユリアスの意思は間違ってないのよ」

 

 

ゴスロリファッションに身を包む金髪のツインテールの少女。

彼女はポッキーをかじりながらティオと恵を見て笑っている。

先ほどまではいなかった彼女、名前は『マリー』と言うのだが、サンディの前に淡い黄色の魔本がある事が彼女の正体を物語っているだろう。

 

所変わって清麿の家。

 

 

「最近、恵さんとうまく話せないんだ……」

 

「喧嘩をしてしまったのか?」

 

「いや、そんなんじゃない。ただ、なんと言うかザワザワすると言うか……ソワソワすると言うか」

 

「???」

 

 

訳が分からないと言った表情で清麿を見るガッシュ。

まあそうだろう、清麿自身意味が分かっていないのだから。

ただハッと表情を変えるガッシュ、そういえばと先ほどの会話が彼の脳に蘇る。

 

 

「もしかしてドキドキではないのか?」

 

「どっ! ドキドキってお前! そんな、オレが恵さんに! おまっ!」

 

 

顔を隠してゴロゴロ床を転がる清麿。

ガッシュは汗を浮かべてそんな彼を見ている。

 

 

「今日の清麿はなんだか変なのだ……」

 

 

しかし恋をすると人は変わるのだと、実は先ほど華から聞かされていた。

故にガッシュは手を叩いて成る程と納得を。

まさに今の清麿がそうではないか。

 

 

「つまり清麿は恵と恋人になりたいのだな!」

 

「こっ!? こここここ!? ここ! こここここーッ!?」

 

「に、鶏の真似かの?」

 

「いや! ち、違う! って言うか恋人ってお前どこでそんな!」

 

「母上殿が言っていたのだ。そろそろ清麿にもそういう者ができるのではないかと」

 

 

手を繋ぎたいと思ったり、抱きしめたいと思ったり。

ガッシュが説明しているのを聞いて、清麿は自然と頬を染めて妄想に入る。

恵と手を繋いだらどんな感覚なのだろう? 彼女はどんな表情をするんだろう? どんな感触なのだろう? ましてや抱きしめるなんて――

 

 

「ふ、ふふっ! ふふふ……」

 

(気持ち悪いのう……)

 

 

ガッシュでさえそう思ってしまうほど今の清麿はだらしなくニヤけてフニャフニャになっていた。

しかしアレだけ普段キリっとしている彼がここまでフヤけてしまうのだから、相当なのだろうと言う事はガッシュにも分かった。

思えば自分は清麿にずいぶんと世話になった。やさしい王様になれたのも、全ては清麿がいてくれたからだ。

何かずっと恩返しがしたいと思っていたところ、ガッシュはうんうんと頷いて立ち上がる。

 

 

「よし、任せておけ清麿! 私が恵との仲を取り持ってやろうぞ!」

 

「き、気持ちはありがたいが遠慮しておく! だいたいお前、恋とかした事ないだろ!」

 

「ぬぅ、だったら経験がある者ならば良いのか?」

 

「へ?」

 

「だったら、フォルゴレに聞けば良いのだ。キャンチョメが言っておったのだ、フォルゴレは『もてもて』なのであろう?」

 

 

た、確かに。

清麿は珍しくガッシュの言葉に打ちのめされた様な感覚を覚えた。

どこか一つ釈然としない話ではあるが(失礼)、フォルゴレは確かに世界的大スターであると同時に女性人気が非常に高い。

正直理解できないが(失礼)、おそらく世界中の多くでフォルゴレになら全てを捧げてもいいと思っている女性がいるのではないだろうか?

 

 

「うーむ」

 

 

改めて考えてみれば確かにフォルゴレはやるときはやる男だ。

人気があるのもまあ分かる様な。やはり女性はそういう所に弱いのだろうか?

そもそも確かにガッシュの言う通りフォルゴレならばそれなりに経験もあるだろうし。

 

 

「………」

 

 

無言で清麿はフォルゴレの携帯に電話を。

先程もメールでキャンチョメと再会できたと連絡が入っていたところだ。

そしてコールが二回程鳴った所で、電話コールが通話に切り替わる音が。

 

 

『もしかして清麿かい?』

 

「おお! キャンチョメか! 久しぶりだな!」

 

『うん! 久しぶりだね! 元気にしてたかい?』

 

 

清麿もいつもの調子に戻りキャンチョメとしばらく雑談を。

特に彼はキャンチョメの別れに立ち会えなかった分、少し泣きそうになりながら話をしていた。

だがすぐに思い出す本題、清麿は少し躊躇しながらもフォルゴレと話がしたいと告げる。

了解するキャンチョメ、そしてすぐにフォルゴレが電話の向こうに。

 

 

『やあ清麿。ガッシュと再会できたんだって? 少し話をさせてくれよ』

 

「あ、ああ。それは構わないんだが、その前にちょっと聞きたい事があるんだが……」

 

『うん? 何かな? 何でも聞いてくれよ』

 

「じ、実は……だな」

 

 

ごくりと喉を鳴らす清麿。

ええい、ここまで来たなら引くわけにもいくまい。彼は意を決してフォルゴレへSOSを求める事に。

 

 

「女心って奴を、少し……知りたくて」

 

『へぇ! 誰か気になる女性(バンビーナ)でもできたのかい?』

 

「い、いや! 断じてそういうのでは無くてだな!」

 

『恵かな?』

 

「ぶぅううううううう! な、何でそこで恵さんの名前が出てくるんだよッ!」

 

『ハハハハ! 適当に君の身近にいる女性の名を出してみただけさ。けど、そのリアクションじゃ図星の様だね』

 

「なっ! や、やっぱり分かりやすいかオレ!?」

 

 

そんなまさかと清麿は首を振る。

と言うか、やはりそこまで恵を意識してしまっているのか。

彼は思わず体が熱くなって辺りを意味も無くウロウロと歩き回っていた。

 

 

『まあ恵も君の事は気になっているだろうからね、丁度いいじゃないか』

 

「は!? 恵さんがオレを!? 本当か? いや、嘘か!? 嘘なら冗談が過ぎるぞフォルゴレーッ!」

 

「うぬぅ、やっぱり今日の清麿は変なのだ……!」

 

 

ガッシュの声が聞こえたのかフォルゴレはしばらく声を上げて笑っていた。

そしてその答えは恵本人に聞けばいいと曖昧にしてしまう。だがとりあえず事情は分かってくれたらしい。

要するに清麿は恵の気を引きたいと言うか、まあ簡単に言えば好感度をあげたいのだろう。

天才といわれた彼も、恋愛となると随分ヘタレになってしまうらしい。ましてやお得意のアンサー・トーカーもこういう問題には使用するのを躊躇う物だ。

 

 

『よし、じゃあとりあえず清麿が恵にする事は一つだな』

 

「な、なんだ?」

 

『簡単さ、それは――』

 

「あ、ああ!」

 

『乳を、"もぐ"のさッ!』

 

 

プチ――ッ! 電話を切った清麿は無言でパジャマに着替え始めた。

震えるガッシュ、なんだか彼の顔が変わっているような。と言うか角とか触手とか生え始めた様な。

 

 

「き、清麿? お電話は……?」

 

「時間を無駄にした」

 

「アドバイスは――?」

 

「テオザケルくらいなら撃ち込んでも死なないよな」

 

「清麿ーッ!」

 

 

ガッシュの悲痛な叫びも今の清麿には届かない。

しかし、その後食事を終え風呂に入り歯を磨いたところで清麿に大きな変化が訪れた。

と言うのもまさかとは思いつつ、一応さきほどのアドバイスにアンサー・トーカーの能力を使用してみた所、導き出された答えは『喜ぶ女性もいる』、との事だった。

広い世の中、まあそういう事なのだろうとは思うが、もしかして恵がその中の一人だったとすればどうなのだろうか?

仮にもフォルゴレは自分よりも女性にモテているし、人気だってある。だったらやっぱり彼の言う事は正しいのだろうか?

思えば今までまともに恋愛すらしてこなかった手前、一概に否定はできないのでは? そう、そうだ、人生経験だってフォルゴレの方がしているだろうし、もしかしたらもしかすると恵だってそういう野生的な部分を持っている男に惹かれるのかも――!

 

 

「んな訳ねぇだろ、狂ったか天才」

 

「そ、そうだよな! そうに決まってるよな! ありがとう章吾!!」

 

 

翌日、登校途中に章吾にその事を話すと、速攻で一蹴された。

 

 

「いいか? お前が言ってるのはこう言う事なんだぞ」

 

 

章吾は前から歩いてきた三人組の女子高生を呼び止めると、たった一言。

 

 

「すいませんお嬢さん方、お乳の方をもがせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 

十秒後、そこにはボコボコにされて地面に倒れている章吾が。

おっぱい触らせてもらってもいいですか? ためしにもう一度近くに通りかかったOLに聞いてみたが、やはり結果は章吾のリトルボーイを蹴られると言う結末に終わった。

 

 

「お前がやろうとしていたのは、こういう事だ、清麿――ッ」

 

「じ、実演感謝する」

 

 

フラフラになった章吾の肩を支えながら登校していく清麿。

そう言えばあまりにも普通にいつもの登校をしているが、昨日彼とは戦った訳で。

 

 

「デモンは結局どうなったんだ?」

 

「それは放課後教えるさ」

 

「そうか、その事なんだがオレの仲間が今日家に来るんだ」

 

「ああいいぜ、いずれ事情は全ての魔物に知ってもらいたいからな」

 

 

淡々と答える章吾。やはり彼に焦りの感情は見られなかった。

 

 

「ところで、デモンとはいつ知り合ったんだ?」

 

「まあ、言うて最近さ。帰り道にたまたまアイツが倒れてるのを見つけたんだ」

 

 

はじめはヤバイ事に巻き込まれるんじゃないかと思ってスルーしようとしたが、流石に倒れている子供を見捨ててとは後味が悪い。

そして結局話しかけたら、今に至る事になったらしい。

 

 

「じゃあ、お前は前回の戦いの時は?」

 

「ああ、知らなかった」

 

 

ただデモンが色々知っていたから説明を受けたのだと言う。

魔界の王を決める戦い、千年前の魔物達、魔導巨兵ファウード、魔界の民を無に還そうとしていたクリア・ノート。

そしてその末に勝利し、魔界の王となったガッシュ・ベル。

 

 

「しかしその時は死ぬほど驚いたもんだよ。まさかお前がガッシュのパートナーだったとは」

 

 

そこでふと章吾足を止めた。

 

 

「ん? どうした?」

 

「ああいや、あぶねぇあぶねぇ、思わずスルーする所だった」

 

「?」

 

「清麿、お前なんで俺にあんな事聞いたんだよ」

 

 

あんな事とは即ち先程の乳がどうのこうのと言う話である。

言葉を詰まらせる清麿と、その反応を見てニヤリと笑う章吾。

どうやらこういう事はすぐに察しのつく性格らしい。彼はニヤニヤと清麿を見つめ、ははーんと声を出す。

 

 

「そういう事か? いやいや、清麿くんも男だねぇ」

 

「や、やかましい! オレはやましい気持ちなんて無いからな!」

 

「やましさ満点の質問しといてよく言うぜ」

 

「うぐ……ッ!」

 

 

確かに。反論できずうろたえる清麿。

章吾は彼の珍しい姿を見てケラケラと笑うが、同時に一つ素敵なアドバイスがあると。

それは先程はボコボコにされた訳だが、中には例外もあるかもしれないと章吾は語る。

それは既に好感度が一定値以上あれば、それをきっかけにより深く仲良くなれるかもしれないと言う事だ。

つまり、清麿の意中の相手が、既に清麿に好意を持っていたならば或いはそれを皮切りにして一気に恋人へとランクアップできるのかもと。

ただもちろんコレはかなりリスキーな行為、相手がその行為をあくまでも冗談として受け入れてくれなければ逆にドン引きされて関係に終焉が齎される事であろう。

 

 

「どうだ? その人は受け入れてくれそうか?」

 

「そんな事分かるわけ――」(もし、オレが恵さんに……)

 

 

ふいに想像してしまう。

 

 

『きゃ! き、清麿くん!? どうしたのいきなり……!』

 

 

顔を真っ赤にして腕で胸を覆い隠すようにする彼女。

 

 

『わ、私のが触りたいの? 清麿くんだったら……いいよ?』

 

 

上目遣いで微笑む彼女。

 

 

『ひゃん! も、もっとやさしく触って……ほしいな。慌てなくても大丈夫だから。ね?』

 

 

………。

 

 

「!?」

 

 

ドサリ。そんな音がして清麿は地面に倒れる。

 

 

「清麿?」

 

 

章吾が彼を揺さ振ると、返事の代わりに地面に赤い絨毯が広がっていった。

 

 

「清麿? 清麿くん!? き、清麿ぉおぉおおおぉぉぉぉおッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!!」

 

 

ガバっと布団を払いのけて起き上がる清麿。

どこだココは? 自分は一体どうなって? 辺りを見回すと、ココが高校の保健室だと言う事が分かった。

そして窓の外に見えた空はほのかにオレンジ色。時計を見れば既に放課後の時間である。

 

 

「あら、お目覚めですか?」

 

「章吾、オレは一体!?」

 

「鼻血の出し過ぎで貧血だって」

 

「う、うぉぉぉおぉ!」

 

 

なんと格好悪い事か。

清麿は恥ずかしさで顔を覆い隠して悶える事に。流石に彼を気遣ってか一応章吾はフォローを一つ。

 

 

「まあ、昨日の戦いの疲労もあったんだろうな。俺も正直今日は全部の授業寝てたし」

 

 

それよりも章吾は時間は大丈夫なのかと問いかける。

なにやら仲間が来るらしいが、既に放課後、もしかしたら何か不具合が起きているのではと。

対して確かにと清麿。この時間では駅に迎えに行けそうにも無い、彼女たちには悪いが、家に直接来てもらおうと清麿は連絡を入れておいた。

家にはガッシュもいるから、何とか対応はしてくれるだろう。

 

 

「じゃあ俺たちも行くか」

 

「ああ」

 

「……今日、俺たち何しに学校に来たんだろうな?」

 

「全くだ……」

 

 

大きなため息をついて清麿はベッドから立ち上がり、章吾は読んでいた漫画をカバンにしまって学校を後にするのだった。

それなりの時間ともあってか、早足に清麿の家を目指す二人。しかし家に到着する頃には、夕焼けと夜の境界線を空は示していた。

そしていざ家の扉を開こうとした時、章吾がおもむろに声を出す。

 

 

「なあ、清麿」

 

「ん? どうした?」

 

「人は、価値のある生き物だとは思うか? 生き残るべき存在だと思うか?」

 

「え? 何言ってるんだよ、当たり前だろ」

 

「そうか、すごいな」

 

 

彼は少し寂しげに笑う。

 

 

「俺は、即答できなかったよ」

 

「っ?」

 

 

その時だった。

二人の気配を感じたのだろう。清麿が開けるよりも早く玄関のドアが開いたのは。

中から出てきたのはガッシュとティオ、どうやら既に恵たちは到着していたらしい。

 

 

「ウヌ! おかえりなのだ二人とも!」

 

「おかえりなさい、清麿! 本当に久しぶりね!」

 

「ああ、ただいまガッシュ、ティオ」

 

 

そしてティオは章吾のほうへと。

 

 

「貴方が章吾ね。はじめまして、私はティオ」

 

「んん。よろしく、ティオちゃん。俺は荒川章吾」

 

「ティオでいいわ。ちょっと待ってね、今私のパートナーの恵がくるから!」

 

「恵? ああ、はいはいはい! そういう事か!」

 

 

ニヤつき、清麿を横目に見る章吾。

 

 

「な、何がだよ」

 

「いやおかしいと思ったんだよ。芸能エンタメに疎いお前がよりによって大海恵のファンだなんて随分とミーハー臭いと思ってたのよ」

 

 

しかし無理も無い、まさか清麿くんの気になる女の子と同じ名前だったなんて。

どうせティオのパートナーが気になって朝あんな事を聞いて来たに――

 

 

「はじめまして、私がティオのパートナー、大海恵です」

 

 

って本物かよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!

章吾はあまりの衝撃に目が飛び出たかと思った程だ。さらに驚きすぎて腰が抜けてしまった。

まさかこんな所で超人気アイドルに会えるとは、等と思っていた章吾にさらに追い討ちが。

 

 

「章吾ぉおおおおお! ひさしぶりぃいぃい!」

 

「ぶばぁああ!!」

 

 

玄関から何かが飛び出てきたかと思うと、それはまるでタックルの様に章吾へ抱きついていく。

思わず声を上げる清麿、現れたのはオレンジ色の髪をした少女だった。

そう、恵の友人であるサンディだ。彼女は章吾を抱きしめると頬ずりをしているではないか。

知り合いか? 清麿は彼女に声を掛けようとするが――

 

 

「はじめまして清麿、章吾」

 

「「!?」」

 

 

その時、さらに現れる金髪の少女マリー。

彼女は自分の魔本を持って一発で人間ではないと分かる自己紹介を。

 

 

「サンディはわたしのパートナー。そしてわたしはデモンと同じ存在、そう言ったら分かるかしら?」

 

 

ニコリとマリーは微笑んだ。少し妖艶さを交えた表情を浮かべて。

 

 

「わたし達は神子、魔物とは違うベクトルにいる存在なの」

 

 






これ書いてるときガッシュのラシルドってガッシュの前方にしか出せないと思ってたら後で見た101の映画で普通に離れた所に出してました……w
ただ空中は無理そうなんで、デモンは空中にも浮遊できる状態のラシルド出せるよって事でココは一つ。

あと映画の一番凄い所は個人的にコトハの声優さん。
まさか嵐を呼ぶ幼稚園児だったなんて、当時は思いもしなかったなぁ。

はい、まあという訳での次回は一応五月の初めか一週空けての12日辺りを予定しています。


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第3話 魔神

デモンは戦闘以外では角と翼は隠していると設定しています。


 

 

 

「いやー、しかし驚いた。まさかメグさんが魔界の王を決める戦いに参加していたとは」

 

「フフ、結構強いのよ私たち。ね、ティオ」

 

「ええそうよ! 油断してると倒しちゃうんだから!」

 

 

自己紹介もまあまあに一同は清麿の部屋に集合する事に。

章吾はアイドルである恵に相当驚いていたみたいだが、近くにもっと驚いた相手がいた為、冷静さはすぐに取り戻す事はできた。

そう、章吾の隣でニコニコ笑っているサンディ。二人は幼馴染だったらしい。高校生になってそれぞれ別の道を進んだが、今でもたまに連絡は取り合っていた。

そんな二人がまさか両方とも魔本に選ばれるとは。世界は狭いと言うべきか。それともコレは運命だと宿命付ける物なのか。

サンディのパートナーであるマリーは前回の戦いには参加していない。

つまり、デモンと同じ立場にある物だと言うわけだ。

 

 

「魔界の、神」

 

「神子だけどね、正確には」

 

 

その言葉に反応する章吾、彼は時計を確認すると、そろそろだと告げる。

 

 

「カウントダウンスタートだ。10、9、8」

 

 

なんのカウントダウンなのか、その答えは時間にあると章吾は告げた。

察する清麿、丁度まもなく昨日デモンの魔本を燃やした時間に到達する。

そしてカウントダウンがゼロになった時、一同の前に信じられない光景が広がった。

 

 

「んなっ!」

 

「魔本が!」

 

 

章吾の前に光が迸ると、敗れたページが収束するようにして魔本が再生された。

それを掴む章吾、同時にそこへ消えた筈のデモンが文字通り具現化する。

つまり、消えた筈のデモンが魔本と共に再生されたという訳だ。前回の戦いでは絶対にありえなかった光景故、経験者である清麿たちはしばらく口を開いて固まっていた。

そうしていると小さくため息を漏らすデモン、周りを確認して、何となく事情を察した様だ。

 

 

「おかえりぃ、デモン」

 

「っ! マリー、お前も来てたのか」

 

「ええ、貴方がいなければわたしが説明していたわ」

 

 

軽く自己紹介を行うデモン。一通り終わった所で、ようやく説明を行うと章吾は告げる。

どうやらマリーも事情を知っているようだが、ココは章吾とデモンの二人が説明を行う様だ。

 

 

「あまり無意味に怖がらせたくないが、はっきり言って魔界の王を決める戦い以上に深刻な問題が起ころうとしている」

 

「それこそ、クリア並の問題だ」

 

「っ! クリアだと!?」

 

 

魔界の民を全て滅ぼそうとしたクリアの問題と並ぶ問題、ガッシュ達は喉を鳴らして汗を浮かべる。

そしてその前に、まず清麿たちにはデモン達の存在を知ってもらいたいと。

 

 

「前も少し話したが、デモンは魔物ではなく、神子と呼ばれる存在だ」

 

 

ガッシュ達が魔物の子供ならば、差し詰めデモンは魔神の子供と言えばいいか。

魔界の上層にある天界にて魔界に稀に大規模な干渉を行う存在である。

 

 

「聞いた事ないわよ、そんなの」

 

「16歳から学校でちょっと習うんだけどな。ただ、基本おれ達が本当に存在しているとは魔物の中でも限られた者しか知らない」

 

 

そして他言も禁じられている。しかしその片鱗ならば見られたと。

 

 

「魔界の王を決める戦い、その別名をお前らは知っているか」

 

「――ッ」

 

 

覚えがある。

あれはガッシュから貰った手紙に書いてあった文字。ガッシュと清麿は目を合わせ、その意味を今完全に理解する。

 

 

「神の試練……ッ!」

 

「そうだ、あの戦いを始めたのは、おれたち魔神の上層部だ」

 

「「「「!!」」」」

 

 

それが一つのシステムとして成り立っていた以上、運営者がいるとは思っていた。

しかしまさかそれが神と言う途方も無い存在だったとは。色々文句を言ってやりたい気持ちもあったが、いざそれを目の前にしてみると何も言えなくなる。

 

 

「そして、それを踏まえた上で聞いてほしい」

 

 

デモンは、ゆっくりと、しっかりと口にした。

 

 

「魔神達は、人間界の存在を不要とみなし、破壊する意向を示した」

 

「な、なんだとッ!?」

 

 

前回、クリアは王の特権にて魔界を滅ぼす計画を立てた。

その逆の事態が今起こっているのだ。ガッシュが王になり、魔界の神は一度集って話し合いの場を設けた。

そこで挙げられた議題は、魔界の事ではなく人間界の事についてだったのだ。

 

 

「カイロス、あの力に魔神達は大きな危機感を抱いた」

 

 

かつて『D』と呼ばれた少年が作った設計図を元に、改良を加えた史上最悪の殺戮兵器。

 

 

「人が作った物で人が殺される。浮き彫りになるのは人の業さ」

 

 

環境を汚染し、殺戮を繰り返す醜いサル、それが魔神達が抱いた人間の姿であった。

地球は美しい星だ、しかし人はそれさえも汚す。果たしてそんな生き物がこれから先の未来存在する価値があるのだろうか?

 

 

「無い、そう神々は判断した」

 

 

なにより、未知の力であるカイロスに恐れを抱いた。

人間は無駄に知識だけはつけていく。このままならば人間はやがて魔界へ続く道を発見してしまうのではないだろうか?

その時、人は必ず魔界を破壊する。魔界を侵略する。長き人の歴史がそれを物語っているではないか。

 

 

「今までは魔神達は人間をサルの進化体程度にしか考えていなかった」

 

 

しかしアンサー・トーカーの存在をはじめとした、今の人の歴史を見て考えを改めた。

その結果、危険な存在であると答えを出したのだ。放置しておけば魔界を脅かす脅威となろう。

だから、その前にゼロにしてしまう。

 

 

「なんだと! その者たちは間違っておるぞ! たとえ神でも清麿達が住む世界を滅ぼそう等と、許される筈が無い!!」

 

「そうだ、お前の言う通りだガッシュ。だからこそ、おれ達の母神であるユリアスは他の神を説得した」

 

「ユリアス?」

 

「ああ、母神ユリアス。神の中でもかなりの上位ランクに立つ存在さ。おれとマリーはユリアスの配下、まあ仕える存在って事だな。それを神子って言うんだ」

 

 

ユリアスは人間界と魔界の事を特に気に掛けてくれていたらしい。

そして清麿たちにとっても大きな意味を持つ存在であった。

 

 

「神の試練において、魔物と人間がパートナーになる様に決めたのは彼女なんだ」

 

 

本当はバトルロワイアルと言うやり方その物を否定したかったらしいが、流石にそこまでの力は無く。

だとすればと彼女はパートナー制度と、戦いの終了時に戦いの影響によって傷ついた物を全て修復する制度を設けた。

 

 

「魔神の多くは魔物は尊い存在と思っていても、人間はそうではないと思っている」

 

「だがユリアスは人間も尊く、大切にするべき存在だとずっと説いてきた」

 

 

そもそも神の試練が人間界で行われる事になったのも、元は戦いにおいて魔界が破壊されたくなかったからだ。

人間がいくら壊れようが魔界には関係ない、それが神の意思ではあったが、ユリアスはそれを必死に否定した。

彼女は信じていた。魔物の成長には人との関わりが必要だと、そしてそれが人にもまた良い影響を与えてくれる。

魔界と人間界、互いに尊重しあう関係こそが、なによりもの成長を促してくれるのだろうと。

 

 

「最後のレターセット……お手紙セットを授けたのもユリアスだ」

 

 

人と魔物の絆、ユリアスはそれを重宝して、他の神も特に彼女のやり方に口を出す事は無かった。

内心はどうかは知らないが。

 

 

「だが、今回はそうはいかなかった」

 

「ッ、何故だ?」

 

「神の一人である"ヘラー"と言う奴がいる。ソイツが、ユリアスの意見を異端者のうわ言と切り捨てやがった!」

 

 

ヘラーは言葉巧みに他の魔神を急かし、人間界が不要だという事を説いた。

そして次々に賛同者を増やし、人間を滅ぼす結論を打ち出したのだ。

それだけならばまだしも考えの甘いユリアスに神としての資格があるのかを説いた。その先に、ヘラーはユリアスを不要物と言い放つ。

 

 

「そして、ユリアスはその時決めたんだ」

 

 

彼女もまた力持つ者故に、拘り続けてきた神と言う座、そして変わると信じてきた幾千年。しかしもう、固定概念は間違っているのだと。

思えば、心持つ者に優劣などつけられるのだろうか? 魔神は確かに魔物よりも強い、しかし心の強さは果たしてどうなのか?

 

 

「ユリアスは、人間界を守る為に魔神と戦う決意を固めた」

 

 

頷くデモン、彼は自分を指し示す。

 

 

「おれやマリー、彼女の神子はユリアスに協力し、魔神を倒す仲間を集める事にしたんだ」

 

 

それこそがガッシュ達が人間界に送られた理由である。

 

 

「ユリアスは神の試練のシステムを引っ張り出し、アレンジを行ったんだ」

 

 

そう、再び人間界に魔物を送り、同じパートナーでペアを組ませる。

けれど今回戦うのは同じ参加者ではない。

 

 

「魔神だ」

 

「……ッ!」

 

 

魔界の神を倒す。そんな大それた事ができるのだろうか?

いや、しかし倒さなければならない。でなければ人間界は破壊され、人間だけでなく地球に存在する全ての生きとし生ける生命が根絶されてしまうのだから。

 

 

「でも、勝てるの……? 神様に。って言うか倒しちゃっていいわけ?」

 

 

自信無さげに俯くティオ。

魔物の子相手ならばまだ、と言う思いはあるが神相手となるとやはり感じる物も違ってくる。

しかしデモンは確信していた。それはマリーも同じ。

 

 

「全然いい、ぶっ倒してくれ。あと実力の差に関しては保障はできない――が、おれは少なくとも可能だと思っている」

 

 

ユリアスのほかにも協力してくれる神や、神子はいる。

そして何よりもガッシュ達自身の力で神を超える事も不可能ではないと。

考えてもみてほしい。ガッシュやキャンチョメははじめは落ちこぼれとして馬鹿にされてきたのだ。

しかし神の試練終盤において彼らは間違いなく魔物の中でも上位のランクに入ることができた。

それは彼ら自身の才であり、なにより人との関わりによって芽生えた心が齎したものだ。

 

 

「もしもガッシュが人間界を守りたいと願うなら、魔界の平和を守りたいと願うなら、神をも倒す力を手に入れるだろう」

 

 

その言葉に頷くガッシュとティオ。

 

 

「清麿や母上殿、恵達が住む世界は壊させぬぞ」

 

「ええ、絶対に私たちが守るわ」

 

「その意気だ。そしてもう一つ」

 

 

デモンはガッシュを示す。

 

 

「バオウ・ザケルガ。おれが見た限り、アレはそもそもはじめから神の力だろう」

 

「ウヌ? バオウが?」

 

「ああ。と言うより、バオウ自身が神であるとおれは見ている」

 

 

いったんココで話を戻し、神子の説明をするとデモンは言った。

神子はユリアスの力の加護を受けた神の子供であるが、その元を辿れば魔物の子行き着く。

 

 

「おれ達の……つまり神子の祖先、始祖は魔界で不憫な死を遂げた魔物の子を、ユリアスが自分の力を与え神として転生させたのが始まりだった」

 

 

そしてその後も輪廻転生を繰り返し永遠にその力を残し続ける。

 

 

「前雷神もまた、ガッシュの親父が王になった際に死に、その亡骸からおれが生まれた」

 

 

そしてデモンはベルの家系に、つまりガッシュとゼオンに雷撃の力を与え見守ってきたと。

それはデモンにだけに言えた事ではない、他の神子もさまざまな魔物に力の源を与えて来た。

 

 

「ちなみにわたしは愛の力をティオにあげたわ」

 

「じゃあ、マリーが私の家の守護神って事?」

 

「ま、そうなるってね。もちろん掛け持つ場合もあるけど。コルルとか」

 

 

こうして神子は魔物に力の源を与えていくのだが、その際にデモンは一つの違和感を覚えたという。

それがバオウ・ザケルガの存在だった。

 

 

「正確には『バオウ』だ。アレは、おれがザケルを与える前にガッシュの体内にバオウと言う確立した存在として存在できていた」

 

 

バオウ・ザケルガではなく、バオウがいたのだ。

そしてその際にデモンがガッシュに電撃の力を与えた事で『バオウ』は『バオウ・ザケルガ』となった。

これはガッシュの父が授けた技だ、しかしそうであったならば、なお更はじめが『バオウ』なのはおかしい。

もしもガッシュの父が『バオウ・ザケルガ』をガッシュに授けたならばガッシュははじめから『バオウ・ザケルガ』を覚えていなければならないのだ。

にも関わらずガッシュが覚えていたのは『バオウ』の力のみ。

 

 

「ゲシュタルト崩壊してきそうな話だな……」

 

「分かりやすく言えば、雷の力を持たぬバオウがガッシュの中にあった。無属性の龍がな」

 

 

デモンその時思った。

もしかするとガッシュの父親はバオウ・ザケルガをガッシュに継がせたと思っていたが、実際はバオウと言う存在だけを移したのではないかと。

バオウは確立した存在。デモンがたまたま雷神であった為に電気属性であったが、本来は無属性なのではないかと。

それはバオウが独立した存在である事を示していた。バオウ・ザケルガと言う呪文は存在せず、バオウは与えられた者の属性によって姿を変えるのではないかと。

 

 

「おれがその確信を持ったのは、ファウードでの事だ」

 

 

ガッシュはゼオンから力を借りて本来のバオウを放った。

その力は強大をも通り越し、まさに神の力と言うのがふさわしい代物だったではないか。

ガッシュの父は仮にも千年前には子供だった。パムーンやレイラと同じ土俵で戦った存在でしかない。

確かに石のゴーレンなど、あの時代には相当の猛者も多かった。とはいえ、いくらなんでもあの力は異常だ。

それはバオウが外付けの力である事の証明ではないか。それをはじめデモンから聞いた章吾は、こう思ったという。

 

 

「ゲームで言うなら、バオウはレベルアップで覚える技ではなく、イベントで手に入れる力なんじゃないかってさ」

 

 

つまり一歩間違えていれば、ガッシュの父以外がバオウを手に入れていたかもしれない。

それはデモンも思った事、ガッシュの父は何らかの方法でバオウを授かり、その力を駆使する事で王への道を切り開いたのではないかと。

 

 

「清麿、ガッシュ。バオウの声を聞いたことはないか?」

 

「ウヌ。そう言えば、バオウが破壊を求める声を聞いた事があるのだ」

 

「やはりそうか。術その物の異端さ、そして術が一つの自我を持ち言葉を話す。間違いなく、バオウは神その物だ」

 

 

何らかの形でバオウが術として組み込まれたと。

 

 

「そう言えば、一度前にバオウ・ザケルガが黒く染まったことがある」

 

「黒く?」

 

「ああ、ブラゴの術と合わさって」

 

「……やはりそうか。ならば間違いないな」

 

 

デモンは改めて確信を持つ。

 

 

「おれは、ユリアスがベルの家系にバオウを授けたと思っている」

 

「ユリアスが?」

 

「ああ、正確にはバオウと言う神を術にして――って事だな」

 

 

ガッシュの家系。

つまりベルの家系は歴代でもそれなりの王を生み出している家系であり(一番は竜族ではあるが)、当然その中で魔神の存在も把握していた。

そしてその最もたる信仰をユリアスに注ぎ、ユリアスもまたベルの家系には特別な思いを抱いていたという。

 

 

「事実、ユリアスはしばらくガッシュと交流があったみたいだからな」

 

「ヌ? 私がか?」

 

「ああ、ガッシュがユノと暮らしていた場所は、ユリアス信仰が特に根深く、彼女に関連した場所だったからな」

 

 

所謂パワースポットとでも言えばいいか。デモンも多くは知らないが、ユリアスも

かつては魔物だった時期があり、ガッシュが住んでいた場所に住んでいたとか。

もちろんガッシュの父もそれを知っていて、ガッシュをその地に送ったのだろう。

そしてユリアスは使用人であるユノからの虐待を受けているガッシュを不憫に思い、交流を図ったとか。

 

 

「それも、母として」

 

「母上……?」

 

 

現在ガッシュは母と共に暮らしている。

かつ、ゼオンから奪われたかつての記憶を取り戻しており、そこにユリアスと共に過ごした日々は塗りつぶされた。

 

 

「ユリアスはもともと、ガッシュが記憶を取り戻せば、自らと過ごした記憶が消えると設定していたみたいだからな」

 

「そういえば、オレが魔界に行った時、何となくそんな話をしたような」

 

 

刹那、一瞬ガッシュの記憶が蘇る。

真実の泉にてワイズマンと自分、どちらが王を決める戦いに相応しいのかを確かめる時、ガッシュには確かに王宮から離れた地で母に見送られる記憶があった。

しかしそれは本来ならばありえない話だ。ガッシュは母と離れ離れになっていたのだから、王を決める戦いが終わるまで一緒には暮らせなかった。

では、あの母の記憶は――? ガッシュを見送った母は誰だったのか。つまりそういう話である。

 

 

「そうか……あれが、ユリアス殿だったのか」

 

 

かみ締める様に呟くガッシュの瞳からは一筋の涙がこぼれた。

記憶はユリアス自身の意思により消され、今は限りなく薄れている。しかしガッシュはその温かさをまだ心に記憶していた。

ユリアスが自分を哀れみ、仮初とは言え母として接してくれたことには感謝の念を抱くと言うもの。

 

 

「そう、そしてそれを踏まえた上で、魔神はガッシュのバオウを狙っている」

 

「ガッシュのバオウを!?」

 

「ああ、おそらく殺して奪い取る気だったんだろう。と言うより既に魔神ヘラーはガッシュを殺すつもりで魔界に降り立った」

 

 

バオウの手に入れ、人間界に攻め込む。それが魔神の考えだった。

 

 

「それに今回の計画にガッシュは邪魔だったからな」

 

 

やさしい王様であるガッシュが人間界を消す事を了承する筈が無い。

であるならば、いっその事何か適当な理由をつけてガッシュを殺してしまえば話は早いのではないかと。

そうすればバオウも手に入り、人間界への進撃を邪魔する脅威もいなくなる。

 

 

「ふざけてる。イカれてるとしか言いようが無い」

 

「魔神は結局、己の目的のためならば魔物の命も道具としてしか見ちゃいないんだ」

 

 

今まではユリアスの意志で何とか均衡を保っていたが、時間が経つにつれて他の魔神は力を上げ、ユリアスを恐れぬ様になってきた。

このままならば驕りたかぶる魔神共に、魔界と人間界は滅茶苦茶にされてしまう。

 

 

「だから頼む! おれ達と共に、魔神を倒そう!」

 

「神を、倒す――ッ!」

 

「ああ、奴らは絶対に放置できない!」

 

 

魔神はカイロスを恐れると共に興味を持った。

もしも魔神がカイロスを手に入れるか、何らかの方法で生産する事を覚えれば、そこに魔界の科学が加わりとんでもない事になる。

 

 

「現在、人間界は正体不明の兵器をカイロスと呼称しているが、実際はアンサー・トーカーの力で作られた機械を指していると思ってくれていい」

 

「!」

 

「心当たりがあるだろう?」

 

 

未来の清麿はメカバルカンを作った。

それは彼自身の頭脳ももちろん関係しているが、なによりもアンサー・トーカーの力があったから成し得られた事だ。

そして結局メカバルカンは独自のルートを歩み、清麿達の前に脅威して降り立った。

 

 

「いわば、あれが最初のカイロスだ」

 

 

もしもこのまま魔神がそれを伸ばしていけば、やがてはファウードに匹敵する兵器が世に現れるかもしれない。

それだけは絶対に阻止しなければ。色々と人間界の問題もあるが、とにかくはまず魔神を倒す事を中心に考えなければ魔界と人間界の未来は無い。

 

 

「現在、続々と魔物達が人間界にやってきている」

 

 

最終的にその数は全部で100。

千年前の魔物も含んでいるから以前の王を決める戦いと同じメンバーではないが、同じ数の魔物が再び人間とペアになっているだろうと。

そしてその100人で協力し、魔神を倒す。それがユリアスの意思であるとデモンは訴えた。

 

 

「先ほどの通りだが、これはあくまでも神の試練の形を模しただけ。だから魔本を燃やされても一日経てば元に戻ってパートナーの近くに現れる」

 

 

だから今回はお互いに本を燃やし合っても意味は無い。

これで少しは無意味な裏切りや争いが無くなってくれればいいのだが。

 

 

「ちょっと待ってくれ。だったら現在魔界はどうなっているんだ?」

 

「神の試練が進んだ時と同じだ。全ての民が魂の状態になっている」

 

 

ユリアスが神の力でそうさせたのだと言う。

コレは魔界の民を守るためでもある。いくら神とて魂だけの相手は殺せない。

王の特権で存在そのものを消すしかないのだ。これで魔神が悪戯に魔界に危害を加える事もないだろう。

 

 

「だがコレには問題がある」

 

「問題?」

 

「ああ、ユリアスだけでは魂の管理には限界があった」

 

 

魔界に存在する全ての魂を維持し続けるのは無理だった。

過去にはルールと言う事で多くの神が彼女に協力したが、今はとてもじゃないが微弱な力で魂を支えるのは限度があったのだ。

 

 

「そこでおれ達はコルルに協力を依頼したんだ」

 

「え? コルルに!?」

 

「そう、魔物の力を何倍にも増幅させる魔鏡を彼女に与え、適応保護の力を持つシン・ライフォジオを魔界全体に掛けた」

 

 

命を守るライフォジオの効果によって魂だけになっても魔界の民は死ぬことは無い。

そしてその効果は魔鏡の力によって永続的に発動され続ける。

そう、発動者のコルルが死ぬまでは。

 

 

「おれ達の勝利条件は人間界不要派の魔神を全て倒す事」

 

「そして、敗北条件は100人の魔物の子が殺される事。デモン達神子が全滅する事、そして何よりもコルルが死ぬ事だ」

 

 

もしもコルルが死ねば魔界に存在する魂は自己崩壊を始めて消滅してしまうだろう。

そして魔神に対抗できる力が消え失せた時、自分達の負けは決まり人間界は滅ぼされ、魔界もまた魔神の絶対政権が始まる。

 

 

「ユリアスは今どこに?」

 

「その肉体と精神を分割させ、おれ達神子の中にいる」

 

 

だからこそ神子が全滅すればユリアスもまた死に、天界を保つ者がいなくなる。

 

 

「ガッシュ、ティオ。お前達をまた辛い戦いに巻き込んでしまう事は謝罪する」

 

 

頭を下げるデモン。しかしどうしても人間界をこのまま見捨てる訳にはいかなかった。

神子だけでは魔神や、その力によって生み出されるキラーマシーンである使徒には勝てない。

ならばこの今、現代と言う時間に戦った魔物達を、まだ成長できる可能性を秘めている者達と手を取り合いたかった。

 

 

「ウヌ、構わぬぞデモン」

 

 

マントを翻し、ガッシュは即答を示す。その目には強い意志が感じられた。

話は分かった、人間界を破壊しようとたくらむ魔神を許す訳にはいかない。

たとえその存在が神と言う上位の物であったとしても、やさしい王を目指した自分が歩む道はただ一つ。

 

 

「神を、倒す!」

 

「ええ、私もやるわ。恵は絶対に殺させなんかしないんだから!」

 

 

きっとキャンチョメやウマゴン達も協力してくれると二人は言った。

みんなで戦えばどんな相手だって、どんな壁だって乗り越えられる。

 

 

「そうだろう? 清麿」

 

「そうよね、恵!」

 

 

二人の目は真っ直ぐにパートナーを見ている。だから彼らも真っ直ぐにガッシュ達を見た。

 

 

「ああ、そうだなガッシュ」

 

「そうね、ティオ」

 

 

頷きあう彼らを見てデモンは大きな希望を覚えた。

やはり彼らならば魔界の未来を明るく照らしてくれるのかもしれない。

そして腕を組んでウンウンと頷いているサンディ。彼女もだいたいの事情は理解したと。

これは章吾にも言える事だが、神子のパートナーに選ばれ、加えて協力しなければ世界が終わる状況。

であるならば答えは一つだ。

 

 

「よし、じゃあ明日は皆で遊園地に行こ!」

 

「「「「「………」」」」」

 

 

は?

 

 

「章吾? もしかしてサンディって……」

 

「ああ、俺も今気づいたが馬鹿なのかもしれない」

 

「だー! もう! なんでそうなるの!」

 

 

頬を膨らませて怒りを示すサンディ。

彼女は今までの話を聴いた上で、明日は遊びに行こうと告げたのだ。

楽観的はいけないが、かと言って気を張りすぎるのも体に毒だ。神と言う存在に気を取られすぎていては、いつもの調子も出せまいて。

それにいくら半年近くと言えど毎日一緒にいたガッシュやティオと離れて戦闘の感覚も本調子ではないだろう。

それに交流を図ると言う意味でも、せっかくの休日は楽しむべきだ。

 

 

「恵は土日お休みだしね」

 

 

サンディはウインクを一つ。

マネージャーの娘ゆえ、彼女のスケジュールは完璧に把握している。

 

 

「賛成ーッ! わたし遊園地行った事ないの!」

 

 

ロリポップキャンディを咥えながらマリーが手を挙げた。

その緊張感の無い雰囲気に思わず章吾は笑みを漏らす。

 

 

「なかなか考えてるんだな、サンディ」

 

「あたりまえだっての! ねえ、行こうよ清麿もー!」

 

「い、いやしかしだな!」

 

 

決意を固めてハイ遊園地!

とは中々気分が――

 

 

「ウヌ! いい考えだのサンディ! 私は賛成だぞ!」

 

「だはぁ! って、ガーッシュ!!」

 

「清麿、よいではないか! 気分転換は大事なのだぞ!」

 

 

遊園地、どうやらお子様のセンサーにはそれが大いに引っかかったようで。

 

 

「おお! いいじゃん、いいじゃん! おれも人間界の遊園地気になってたんだよ!」

 

「さ、サンディが行きたいって言うならまあいいんじゃない?」

 

 

ガッシュはもちろんティオも、見た目が中学生くらいのデモンとマリーも身を乗り出してサンディの意見に食いついた。

さらに言ってしまえば発案者のサンディと、彼女の意見に乗り気の章吾、反対派は今のところ清麿だけである。

そこでニヤリと笑うティオ、なにやら思いついたようだ。

 

 

「いいじゃない、清麿。恵とデートできるのよ?」

 

「なっ!」

 

「前に言っていたじゃない、また来ようねって!」

 

「そ、それはそうだが!」

 

 

頬を染める清麿。

普段表情を崩さない彼がうろたえるのは面白い、章吾とサンディもニヤニヤと笑ってチクチク攻撃を。

 

 

「おいサンディさん、聞きましたかね? "また"来ようねだってよ、"また"って!」

 

「イエース! コレ前にデートした事あるって言ってる様なモンだよね」

 

「い、いやお前らアレはガッシュとティオも一緒に!」

 

「おーおー、既に家族ぐるみの付き合いな訳だな」

 

「いやいや章吾、コレは既に一つの家族として完成――」

 

「だああああ! うるせーッ! からかうなー!!」

 

「「ウヒョヒョヒョヒョ!」」

 

 

幼馴染と言う事でコンビネーションが抜群の二人。さらにガッシュが追い討ちを。

 

 

「良いではないか、清麿も最近は恵恵とうるさかったではないか」

 

「お、おおおお!? ざざざけるぅう!」

 

「「アイィイイイイイン!!」」

 

 

ガッシュを黙らせる為にザケルを放つ清麿。

それは目の前にいた章吾とデモンに命中すると、二人を床のほうへノックアウトする。

理不尽じゃないかこれ? 理不尽だよなコレ。章吾たちは目で訴えるが、清麿は顔を赤くして呼吸を荒げているところだった。

 

 

「め、恵さん。今のは気にしないで――」

 

 

チラリと恵を見る清麿。

すると、そこには顔を真っ赤にして俯いている恵が。

 

 

「き、清麿くん。今のは……」

 

「あ……う」

 

 

どうしていいか分からずチラチラと視線を交差しあうだけで黙り込む二人。

そうしている間にも話は進んでいき、結局明日は遊園地に行く事に。清麿も今の状況では強く言う事ができず、流れに流され諦める。

 

 

「よし決まりね! じゃあこっからは真面目な話!」

 

 

サンディはコロコロと変わる表情で一同に今までの戦いの歴史が知りたいと。

いくら詳しく話を聞いたからといって、デモンやマリーも天界から様子を伺っていただけにしか過ぎない。

さらにデモンはガッシュ、マリーはティオの守護神として力を分け与えたが、何もその人のみに、と言うわけではない。

デモンはゼオン、マリーはコルルと、掛け持ちしている場合もあるのだ。ちょいちょいでそちらを観察し、視線を外していた為、ガッシュ達の全ての戦いを知っている訳ではない。

 

 

「俺も興味あるな。聞かせてくれよ、今までの戦いを」

 

「ウヌ、かまわぬのだ。一番初めに出会った魔物はハイドと言う風を使う者であった」

 

 

こうしてガッシュや清麿から今までの戦いを知る事になった。

ゼオンから記憶を奪われたガッシュは、清麿と出会い数々の魔物達と邂逅を重ね成長していった。

ガッシュは魔界でもおちこぼれとして有名で、ガッシュならば倒せるだろうと彼を狙った魔物は多い。

しかしガッシュと清麿のコンビネーションもあってか、いつからはガッシュを狙い日本に行った魔物が戻ってくる事は無いとまで言わしめたほど。

そして次は石版に封印されていた千年前の魔物達との戦い。心を操るゾフィスの脅威にガッシュ達は仲間達と共に立ち向かった。

 

 

「それだけではないぞ!」

 

 

魔鏡を巡りグリザとの死闘。狭間の世界を支配するマエストロとの戦い。『本』を中心に大きな戦いとなった事件、通称魔界のブックマーク。

101番目の魔物との戦い、大量に現れたメカバルカンとの出会いと別れ。

 

 

「改めて聞くと本当に凄いなお前」

 

「ウヌ! がんばったのだ!」

 

それを今となっては笑って話すガッシュの度胸にデモンは感服である。

そして人間界に現れた巨大な兵器ファウードでの戦い。

ガッシュは双子の兄であるゼオンと決着をつけ、バオウザケルガの真の姿を引き出す事ができた。

 

 

「そのときのバオウの声を聞いたんだな?」

 

「ウヌ。全てを壊すと、憎しみの声が聞こえてきたのだ」

 

 

話を続けるガッシュと、いったん距離を置いてマリーの隣に移動するデモン。

二人はガッシュや清麿の声に紛れ込ませるように囁きを交わす。

 

 

「やはり、バオウの正体は破壊神と見て間違いないな」

 

「かもね。それがガッシュの父親の術になった、と」

 

「そういえば現在は破壊神の席は埋まっているんだろう? だとすれば、ソイツが今回の事態の黒幕かもしれない」

 

「考えられるのは破壊神の座にいたバオウを引き摺り下ろし、そして神の地位に納まった後に支配を行使しようとした」

 

「その邪魔になるユリアスを消そうとした訳か。クソ、神が聞いて呆れるぜ。結局力を求めた強欲な野郎って事じゃねーか」

 

 

唸るデモンの前でガッシュは次の話を。

ファウードと言う脅威が去ったかと思えば、ガッシュ達の前には新たなる脅威が降り立った。

それこそがクリア・ノートと言う少年。彼は自らを核兵器と称し、命を滅ぼす役目を担ったと言っていた。

魔界を滅ぼそうとするクリアとガッシュは戦い、最後の最後でかつての仲間達と協力し、クリアを打ち倒したのだった。

 

 

「かなり苦労してきたんだねー」

 

「ウヌ。だが、その中で多くの友達に出会えたことは、掛け替えの無い財産であったぞ」

 

「そっか……! えらいね! うん、えらいえらい! えらいぞ君はーッ!」

 

 

ガッシュを撫でるサンディ。

気づけばもういい時間になっていた。外は暗く、明日の為に一同は分かれる事に。

恵とティオ、サンディとマリーは駅近くのホテルに泊まろうと。しかしココで問題が一つ、いつもならばモチノキ程の町ならば予約せずにホテルが取れるのだが――

 

 

「え? 駄目?」

 

「うん……何でもモチノキ湖でワカサギ祭りがあるからって」

 

「な、なんじゃそりゃ」

 

「………」(この町湖まであるのかよ)

 

 

清麿ですら知らぬ新事実。

丁度明日明後日とモチノキワカサギ祭りが開催されるらしく、各地の猛者達が集結するもんでどこもホテルが埋まっているらしい。

どんな祭りだよ、とは思うのだが想像以上に楽しみにしている人は多いらしく周囲のホテルも全てが埋まっている状態だった。

こんな事ならば事前に予約しておくべきだった、サンディと恵は顔を見合わせて大きくため息を。

 

 

「どうしよっか、恵ぃ」

 

「ウヌ! だったらココに泊まればいいのだ!」

 

「「「――――」」」

 

 

時が止まった。

瞬間、汗を浮かべ視線を交差させながら頷き合う章吾とサンディ。

直感と考察を瞬時に張り巡らせ、二人は再び言葉交わさぬ作戦会議を。

刹那、二人は了解しあったように頷きあうと、まずはサンディが動き出す。

 

 

「あ、あぁあぁ! じゃあアタシは章吾の家に泊まろうかな! 清麿の家に集中しちゃ迷惑かかるし!」

 

「し、仕方ないなサンディ! まあじゃあ今日はそういう事で――」

 

「えー、わたしティオと一緒に寝た――」

 

 

風を切る音と共にサンディの手が消える。

直後、シュパーン! と気持ちの良い音がしてマリーの首に衝撃が。

 

 

「―――」

 

 

ガクッ! とマリーは首を折って無言になった。

 

 

「あ、あーあ! マリーってばもうオネムなんだからぁ! なはは!」

 

 

おねむ、そうは言うがマリーは目が開いている。白目である。

 

 

「え? いや、嘘、それ気絶してるだけじゃ……ってか今サンディがマリーを――」

 

 

シュパーン! と、今度はデモンが章吾にもたれかかる。

 

 

「あ……あーあ! デモンも寝ちゃってぇ! うははは!」

 

「と、とにかく二人はもう眠いみたいだからアタシ達は帰るわ!」

 

「よ、よぅし! 行くかサンディ!」

 

 

ビュンと音が鳴るほどのスピードで清麿の家を出て行く二人と、そんな彼らに抱えられたデモン達。

まあなんとわざとらしい事なのか、それをスピードとテンポで誤魔化したのだろう。

ガッシュとティオは本気でデモンが眠っていると思っている様だが、清麿と恵はそれぞれ章吾とサンディのチョップで沈んだ二人を目にしっかりと焼き付けていた。

と言うか仮にも魔神である二人を手刀で気絶させるって凄くないか? とは思いつつ、この状況の問題に清麿は汗を浮かべる。

 

 

「え、えっと……」

 

 

悪い、とは思いつつ他に泊まる所が無いのだから仕方ない。結局ティオと恵は清麿の家に泊まる事に。いくらお子様二人がいるとは言え、高校生の男女が一つ屋根の下に泊まるのはどうなのかとも思ったが――

 

 

「あら、いいじゃない。使ってない部屋あるし」

 

 

と、華の反応は至って普通の物だった。

むしろ――

 

 

「覚えておいてね恵さん。コレ、清麿の好きな味なのよ」

 

 

だとか。

 

 

「清麿、私もう少しでおばあちゃんになるのかしら」

 

「なるか!」

 

 

等と母親までからかってくる始末。

きっと清麿の昔を知っている分、色々な表情が見たくてこうしているんだろう。

章吾に関しては――、まあ普通に楽しんでいるだけなのかもしれないが。

とにかくと食事が終わり、しばらく四人は部屋の中で談笑をする事に。別れていた間お互いが何をしていたのかを話し合った。

たった半年、されど半年、話せば話すほどお互いが色々な経験をしているのだと伝わってくる。

変わらないが変わっている。そんな思いを抱きながら、四人は色々な事を話し合った。そうしている内に夜も深くなっていく訳で。

既にティオやガッシュは気を抜いたら眠ってしまいそうになっている。明日は章吾たちが時間になれば迎えにくるらしく、そろそろ眠る事にした。

 

しかしちょっとした問題が一つ。

清麿はイギリスにいる父から本を度々取り寄せている。それだけ本を置く場所も必要になっており、今はもうあいている部屋が書斎くらいしかない。

ほこりっぽい部屋に客人を眠らせる訳にもいかず、結局書斎のほうで清麿とガッシュが眠る事に。

 

 

「じゃあ恵さん、ティオ。おやすみ」

 

「ウヌ! おやすみなのだ~!」

 

「ええ、おやすみなさいガッシュ、清麿。また明日ね!」

 

「お、おやすみガッシュくん。清麿くん」

 

 

部屋を出て行く二人を見送る恵たち。

 

 

「私達も寝ましょう恵」

 

 

パジャマに着替えた恵とティオ。歯も磨いたし、談笑中に交代でお風呂にも入った。

 

 

「え、ええ。そうね……」

 

「っ? どうしたの恵? なんだか顔が赤いわよ」

 

「えっ!? あ、いや……! そ、そんな事無いわよ!」

 

「なら、いいけど……」

 

 

ベッドに入るティオ。

しかし恵は躊躇したようにその場に立ち尽くしている。顔はやはり赤く、ジッとベッドを見つめているではないか。

流石におかしい、はてと首をひねるティオ。何か理由が――

 

 

「あ! ははーん!」

 

「ど、どうしたのティオ?」

 

「恵ってば、緊張してるのね!」

 

「え!?」

 

 

それはそうだ、よく考えてみればココは清麿のベッドなのだから。

布団やシーツに鼻を当ててクンクンと鼻を鳴らすティオ、言われてみれば清麿の匂いがするじゃないか。

 

 

「ちょ、ちょっと止めなさいティオ。みっともないわよ……!」

 

「えー、いいじゃない。良い匂いなんだもの! うふふ、恵も嗅いでみれば?」

 

「そ、そんな事できる訳無いでしょ!」

 

「はいはい。もう、照れるのはいいけど早く寝ましょうよ!」

 

「む、むぅ……!」

 

 

確かにこのまま立っていても何にもならない。

観念した恵は部屋の明かりを消すと恐る恐るベッドの中へ。

意識すればするほど彼のベッドで、彼が使っている布団で包まれている感覚が強くなっていく。

 

 

「どう? 感想は?」

 

「ティオぉ……私今日眠れないかも」

 

「うふふ、駄目よ。明日は遊園地なんだからね!」

 

 

しかしこうしてみると何だ、ティオと眠るのも久しぶりだ。

彼女達は手を繋いで今一度再会を喜び合う。

 

 

「やっぱり、ティオが横にいてくれると落ち着く」

 

「私も。あのね、この戦いが終わったらきっとユリアスがいつでも魔界と人間界を行き来できる様にしてくれると思うの」

 

「そうかなぁ?」

 

「うん、お願いしてみるわ」

 

「だと、いいんだけど……」

 

 

そうすればまたいつでも会える。

ずっと友達でいられる。ティオはそう言って笑った。

 

 

「私がいれば、清麿とも会いやすくなるでしょ?」

 

「も、もう! 余計な事まで考えて!」

 

「あら? 余計な事なの?」

 

「そ、それは……」

 

 

モゴモゴと言葉を詰まらせる恵、ティオはやれやれと苦笑する。

 

 

「いい加減素直になればいいのに」

 

「てぃ、ティオにだけは言われたくないわよ!」

 

「わっ! 私はいいでしょ別に! 今は恵の話なの!」

 

 

好きなんでしょう? ティオが放つその言葉が恵の胸をチクリと刺す。

 

 

「………」

 

「恵、私達の間に隠し事は無し!」

 

 

観念した様に頷く恵。

部屋は暗いため、ティオはそれを見ることはないが、なんとなく雰囲気で察したようだ。

恵は小さな声で済むようにティオに体を近づけ、声の音量を落として会話を続ける。

 

 

「うん。すき……」

 

「だったら告白しちゃえばいいのに。清麿も恵の事気になってるみたいじゃない」

 

「で、でもぉ……」

 

「なにが『でもぉ』よ、恵はもっとガツガツした肉食系の筈でしょ! 年下相手に何ビビッてんの! 清麿くらいとっとと食っちゃいなさい!」

 

「誤解よ誤解! 人を野獣みたいに言わないで!」

 

 

――怖い、と、恵は小さな声で言う。もしも告白してこのままの関係でいられなくなったらどうしようと。

確かに清麿のほうも少しは気にかけてくれる様だが、だからと言って告白が絶対成功する保証なんて無い。

もしも告白が失敗すれば、もう元の関係には戻れない。戻れたとしても、自分はそこから先にいける事を望んでいたのだからやっぱり寂しい。

 

 

「それに、ティオがいなくなって、なんだか壁みたいなのができた気がして」

 

 

アイドルと一般人、自分は気にしていないけど彼はやっぱり気にしているみたい。

それに自分も気にしていないとはいえ、果たして世間は受け入れてくれるのかどうか。

 

 

「もう、どうしていいか分からなくて」

 

「やれやれ、これは重症ね。サンディも言ってたわよ? 最近の恵はよくため息をついているって」

 

「もう、あの娘そんな事まで……」

 

 

でもティオだって分かってくれる筈だ、恵はそう思っている。

 

 

「ガッシュ君に明日告白しろって言われても、できないでしょ?」

 

「zzzzzz……むにゃむにゃ」

 

「もう! 寝たふりしないで!」

 

「と、ととととにかくっ! 恵はもっと胸を張ってもいいと思うわよ?」

 

 

ティオは逃げる様に恵に背を向けると、おやすみと一言。

どうやら自分もそっくりそのまま言っている言葉がブーメランしてきそうなので、ばつが悪くなってしまったらしい。

しかし最後に彼女は一言恵にアドバイスを。

 

 

「今は私以外誰もいないんだし、清麿の布団を堪能しておけば?」

 

「へ、変な事言わないでよ!」

 

「にしし、じゃあおやすみなさい恵」

 

「……おやすみ」

 

 

そう言って数分、ティオはすぐにリズム良く寝息をたてはじめる。

どうやら眠かったのは本当らしい。まあ当然か、普段眠っている時間よりも今日は遅い。

こういう所は変わっていないんだと恵は微笑みつつ、ふと先ほどの言葉を思い出してみる。

 

 

「………」

 

 

キョロキョロと辺りを見回す恵。暗闇にも目は少し慣れ、周りに誰もいない事を確認する。

すると恵は布団を顔の半分まで、持ち上げ、大きく息を吸ってみた。

鼻から抜ける空気の中に、彼の温かな匂いが混じっているのを感じた。

 

 

「……ん」

 

 

なんだか凄く変態っぽい。

恵は顔を赤くしながらも速攻で軽い自己嫌悪に陥ると、すぐに布団から顔を離す。

しかしだ、確かに彼の存在を感じたのは確かなもので、彼女の中にもっと求めたいと思う心が湧き上がってしまった。

 

 

(もう、どうにでもなっちゃえ!)

 

 

割り切った恵はもぞもぞと体を丸めてベッドの中に入れる。

するとどうだ? まるで清麿に抱きしめられている感覚に陥ったではないか。

心臓は爆発しそうな程大きな音を立て、彼女の脳に彼の笑顔がよぎる。

 

 

「清麿くん……清麿くん……!」

 

 

小さな声で彼の名前を呼ぶ。

その名を口にするたびに体は熱くなり、同時に心臓の鼓動はより大きく早くなっていく。

抱きしめてほしい、頭を撫でてほしい、そんな欲望が芽生えるのを彼女は彼の名をつぶやきながら感じていた。

 

 

「大好き……ッ!」

 

 

しかし、同時にそれらの感情に匹敵する切なさもこみ上げてくる。

気づけば彼女の目からは一筋の涙が零れていた。

どうかこの言葉が届いていてほしい。少しずつ離れていく距離を、彼女はしっかりと感じていたのだから。

 

 

 

 

そして、某所。

そこに一人の女が立っていた。

しかしそれを人間だと思う者はどれだけいるのだろうか?

カールした金色の髪、それはいいとしてもその顔、その体に見える皮膚の色は紫である。

さらに顔の右上半分が文字通り花束になっており、左にある目は人間の物とは違い、赤い鋭い物が三つ三角形にならんでいた。

そして顔のサイドには蜘蛛の足の様な棘が生えており、服装も独特で奇抜な事から一切の人らしさは感じられなかった。

 

 

「感じる。感じるぞ。忌々しいユリアスの子。そして魔界の民の気配だ」

 

 

茶色いルージュに彩られた唇が三日月の様に裂ける。

彼女の名はヘラー。デモンが言っていた魔神であり、人間界を滅ぼそうと画策する邪悪なる存在である。

 

 

「きなさい、我が使徒マジル」

 

 

ヘラーの手に宿るドス黒い光、それを地面に放ると、光が姿を変えて蜘蛛人間と言うに相応しい使途が現れる。

ギョロリと闇の中で目が赤く光っている。パッと見た容姿は人間の子供と変わりないが、衣装や帽子に蜘蛛を強くイメージした装飾が施されていた。

 

 

「ふむ、そのまま殺しに向かわせるのもいいが、私も狩りを楽しみたい」

 

 

少し変わった趣向を凝らすか。

彼女は使徒マジルの頭を掴むと、そこへ何かを流し込んでいる様だった。

なにやら相当力を使っている様子。さらに彼女は人間界に降り立つ直前、レイラ、ビクトリーム、パムーンの最大呪文をモロに受けてしまっている。

肉体の損傷は激しく、いくら神とは言えどまだ完全体にはなれない。

 

 

「これで良い。お前に質の高い擬似的感情を与えてやった」

 

 

マジルを蹴り飛ばすヘラー、その様子を見るに生み出した使徒には欠片とて愛情を注いではいないらしい。

自分の為に動く道具、それが魔神が使徒に抱く率直な感想なのだ。そして彼女はマジルを転送させると再び顎に手をついてため息を。

この世界は臭い。文字通り醜悪な臭いに満ち満ちている。それを発生させるのが人間だと言うのだから、やはり生きるに値しない生き物だ。

 

 

「全て殺す。だが、せめて私を楽しませてもらわねば」

 

 

ただ消すなんて美学が許さない。

楽しんで滅ぼさなければ。ヘラーは歪な笑みを浮かべると、深い闇を抱えた目を光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。インターホンと共に姿を見せたのは章吾たちだ。

予定より少し早めに来た四人、清麿達はそれぞれ着替えている途中であった。

男性陣と女性陣、それぞれ別れて用意を手伝う事に。

 

 

「なんだよ、メグさん達とは一緒に寝なかったのか」

 

「ええい、寝る訳ないだろ!」

 

 

着替えながら怒鳴る清麿を椅子に座った章吾はつまらなさそうな目で見ている。

 

 

「チッ、つまんねー……」

 

「つまらなくて結構だ!」

 

 

そんな会話を行う二人のすぐ近くでは、ガッシュがマリーの持ってきたポッキーの箱で誕生した『バルカン300五代目』と、同じくデモンがチョコ菓子の箱で章吾が2分で作った『ガトリング450』をわちゃわちゃさせて楽しんでいた。

デモンも力を与えた分、ガッシュが弟の様に感じられて可愛いらしい。二人はキャッキャキャッキャとお菓子の箱で平和に遊んでいた。

 

 

「いや――ッ、まてよ! メグさんはそこのベッドで寝たんだよな」

 

「まあ、そうだが。それがどうしたって……」

 

 

表情を変える清麿。

章吾もそれを理解したか椅子から飛び上がるとガッシュの方へと。

 

 

「ガッシュ隊員、君と相棒のバルカンに特別任務を命ずる!」

 

「ウヌ! 了解したのだ章吾隊長!」

 

 

ガッシュは話が早くて助かる。章吾は早速ガッシュに指令を。

 

 

「ベッドをクンクンしなさい!」

 

「ウヌ! わかったのだ!」

 

 

すぐにベッドをテイスティングし始めるガッシュ。

 

 

「どうだ! 清麿の匂い以外に感じる物は!?」

 

「ウヌ! とっても良い匂いがするのだ!」

 

「了解だ! 戻れガーッシュ!」

 

 

何をやっているんだ。

その光景にデモンは頭を抱えて俯いていた。

 

 

「すまん清麿。ウチの章吾が変な事を――」

 

「もしもしお袋? 悪いけどしばらくベッドのシーツは洗わないでくれるか?」

 

「清麿ーッ!?!?!?」

 

 

そこには子機を使って母親に重要なメッセージを伝えている清麿が。

 

 

「ハッ! い、いや違うんだ! コレはその……とにかく違うんだ!」

 

「苦しいよぉぉお、もう遅いよぉお、何もかも手遅れだよぉぉお!」

 

 

真っ赤になって否定する清麿。

いまさら何を否定する事があるのか。そして章吾はケラケラと――笑うかと思いきや、意外と真面目な表情を。

 

 

「……清麿、これはもう絶対に気持ちを伝えても大丈夫なんじゃないか?」

 

「いや、それは……」

 

「好きなんだろう? 後悔はしない方がいいぜ」

 

「――ッ、分かってる。分かってるけど、分からん所もあるんだ」

 

「?」

 

「怖くもある。オレの気持ちを知るのが。そしてオレなんかが彼女に釣り合うのかって」

 

 

オレ"なんか"が。その言葉にガッシュは強烈な違和感を感じた。

出会って間もない清麿ならばまだしも、今の彼からそんな言葉が飛び出てくるとは予想もしていなかった。

見えない何かに怯え、自信を無くす彼。どんな魔物にも食い下がってきたあの姿からは想像もできない物だ。

 

 

「どうした清麿。何を弱気になっておる。清麿は凄いのだ、もっと自信を持つのだ!」

 

「ま、まあまあガッシュ。難しい問題なんだぜ? コレって。からかってるおれ達が言うのもアレだけどさ」

 

「ヌ? ヌゥ? そうなのか?」

 

 

ガッシュを制すデモン。

彼も恋だの愛だのの大変さや複雑さは重々承知しているつもりだ。

特に愛と言う感情は中々奥が深いものだと思っている。人によっては希望にも絶望にもなり、それがある日を境に一転する場合だってあるのだ。

愛が原因で人は強くなり、はたまた愛が原因で人は人を殺めたりする。なんと複雑な感情か。そして今、あれだけ強かった清麿の心を大きく揺さ振っているのだから。

 

 

「いいかガッシュ、お前が愛している人は誰だ?」

 

「ブリなのだ」

 

「……ティオとか、さ」

 

「ブリなのだ」

 

「……いや、だから、ティ――」

 

「ブリなのだ」

 

 

ああそうかよ!

人じゃねーんだけどね! あ! でもティオも正確には人じゃねーのか! 

って言うかまずおれも人じゃねーしな! デモンは自分でもよく分からなくなって一度咳払いを。

 

 

「ちなみに、好きな魔物は」

 

「父上と母上とゼオンなのだ!」

 

「くぅー! 強く言い返せないなーコレ!」

 

 

デモンはとりあえず次の言葉を並べる事に。

強引にティオで行こうかと思ったが曇りの無い瞳の中にブリが映っていたから止めておいた。

 

 

「ガッシュ、恋っていうのは毎日おいしいブリが食べられるかもしれないし、逆にもしかしたらブリが二度と食べられなくなるかもしれない感じなんだ」

 

「に、二度とッッ!?」

 

「ああ、辛いだろ? 怖いだろ?」

 

「ヌァァァ! ヌォオオ! 嫌だ! 嫌なのだぁぁぁぁ!」

 

 

涙を流し崩れ落ちるガッシュ。

うんうんとデモンは頷きながら彼の肩をポンポンと叩いていた。

恋の痛みが分かってくれてデモンとしては嬉しい限りだ。これでまたガッシュも大人の階段を一歩上がったのだろう。

 

 

「ガッシュは分かってくれたみたいだぜ」

 

「何がだよ、何をだよ」

 

 

とにかく! 恋と言うのは人を腑抜けさせてしまう物だと章吾はガッシュに説明する。

特に清麿は過去が過去だ。多くの人間に拒絶されてきたトラウマが人を愛すると言う行為を躊躇させるのだろう。

友情ならばまだしも、愛情とあればまた変わってくる。しかも相手が人気アイドル、感じるプレッシャーもあろうて。

ガッシュがいた頃はティオと言う架け橋があったが、彼がいなくなって人と人として接しなければならない事を強く感じてしまった。

胸が締め付けられる感覚、かと言って――

 

 

「メグさんが他の男に抱きしめられたりしてる所を想像してみろよ」

 

「………」

 

「怖い怖い怖いッ! なんか顔の形変わってるよ! 孫悟空とか猪八戒みたいな化け物が顔についてるよ!!」

 

 

怒りのあまり顔が変わる清麿。とにかくそれは絶対に嫌なのだ。

 

 

「まあとにかくと面倒なんだよ、恋ってのは」

 

「ウヌ、よく分からないが分かったのだ! やはり清麿は恵を彼女にしたいのだな!」

 

「だ、だから――」

 

「違うのか?」

 

「い、いや……別に違うって訳じゃ――」

 

「な? 面倒くさいだろ?」

 

「ウヌ! 面倒くさいのだ!」

 

「うぐぐ……!」

 

 

しかし彼だって分かっているだろう。このままではいけない事に。ずるずる引きずっていては解決する物も解決しない。

 

 

「だから今回のデートで、少しは距離を縮めようって話さ」

 

 

唸る清麿。

完全に拒否できない所が辛い所だ。

 

 

「ウヌ! そういう事ならやはり私も手伝うぞ!」

 

「よっしゃ、おれも手伝うぜ!」

 

「よし! ではガッシュ隊員、デモン隊員! 早速作戦会議を始めるぞ!」

 

「「おう!」」

 

 

集まりコソコソと話し合う三人。清麿は頭をかいてため息を。

 

 

「お、お前らなぁー!」

 

 

とは言いつつ、少しはありがたいと思う心もある。

試しに耳を済ませてみると、頼もしい言葉がチラホラと――

 

 

ウヌ、やはりブリを恵にプレゼントすればいいのではないかの?

 

ブリかぁ、まあ有りっちゃ有りだな。魚を豪快にプレゼントする姿にメグさんもメロメロになる可能性が高い

 

あ、じゃあおれにいい考えがあるんだけど!

 

お、言ってみろデモン。そもそもメグさんは既にそこそこ清麿への好感度が高い。ある程度は何をやっても許される状況にあるんだ。

 

そうか、じゃあやっぱりチンチン出すってのが良いとおれは思う!

 

なるほど、あえて、あえてだなデモン。悪くない手だ。天才でクールな清麿がそんな事をする訳が無いと言うギャップ萌えを突いた高度なテクニック!

 

おぉ、チンチンを出せばいいのか! 私もたまにしておるぞ!

 

流石はガッシュ、常識や理性に染まりきっていないアクティブでワイルドな男だぜお前は。まあとにかく決定だな! それでいこう!

 

ああ! ウヌ!

 

 

「清麿、喜べ朗報だ! 会議の結果一つ良い案がだな――」

 

「テオザケル!」

 

「「のほぉおおおおおおおおおおおおお!!」」

 

 

コイツ等に任せたのが間違いだった。

黒焦げになって倒れる章吾とデモンを見ながら清麿は己の過ちを深く心に誓うのだった。

そうしていると部屋がノックしてサンディたちが入ってくる。

 

 

「おまたせー、って何してんの?」

 

「ああ、ワクワクしすぎて焦げたみたいだ」

 

「へー、凄いね。さあ行こう行こうー!」

 

 

ってな訳で一同は遊園地に向かう事にしたのだった。

 

 

「へぇ! これが遊園地!」

 

 

モチノキ遊園地へやって来た一同。

マリーはずっと気になっていたらしく、目をキラキラさせて数々のアトラクションを見ている。

ちなみにマリーとデモンはそれなりに身長はある。以前のガッシュ達の様にアトラクションの制限を受ける事はないだろう。

それに以前は建設中だったが、今はもう子供向けのジェットコースターも作られている。

 

 

「ねえ、それもいいけど、わたしずっと行きたかった場所があるの!」

 

「?」

 

 

遊園地の中に入ったマリーは一つの場所を指差してニッコリと笑った。

 

 

「あそこは……」

 

 

………。

 

 

「バアアアアアアアアアア!!」

 

「だぁああああああああああ!」

 

「いぎゃあああああああああ!」

 

 

幽霊の登場でサンディと章吾は文字通り飛び跳ねて驚きを表現してみせる。

そしてそのままの勢いで章吾に抱きつくと、章吾はサンディを抱き上げたまま猛スピードで出口を目指して駆け出して行った。

 

 

「うひひひひ! 意外と楽しいじゃんココ。病み付きになりそー」

 

「確かに。人間が作ったにしてはやけにリアルだなぁ!」

 

 

章吾たち無き今、トップを歩いているのはデモンとマリーである。

彼女が興味満々だったのは彼らが今いるお化け屋敷である。

昔ながらの日本を舞台にしたもので、人魂だの妖怪だのが驚かしに掛かってくる。

人が人を驚かすアトラクションとしか認識していなかったマリー。そんな物が楽しいのかとずっと気になっていたらしい。どうやら彼女はこの世界観が気に入った様だ。

 

 

「やっぱり人間の文化は見習う所があるのよねー」

 

 

彼女が着ているゴスロリの衣装も人間界を参考にしたものである。

お互いはお互いの文化を取り入れ、よりよく成長していくべきだと彼女は考えている。

にも関わらず、どちらか一方を滅ぼすなんて間違っている。

だからこそ、マリーもユリアスの意思に賛同した訳だが。

 

 

「が、ガッシュぅ、何か変なのが来たら言ってね……! 絶対、約束だからね!」

 

「ぬぅ、ティオ。あまり急かされても困るのだ」

 

 

デモン達からそれなりに離れた後ろにはガッシュと、彼の背中を押しているティオが。

 

 

「が、ガッシュは怖くないの?」

 

 

入る前は余裕だのガッシュが怖がるから嫌だの言っていたティオだが、いざ入ると腰が引けている状況である。

一方でガッシュは余裕の立ち振る舞い。コレが王の貫禄と言うべきなのだろうか?

 

 

「ヌ、特には大丈夫なのだ」

 

「ほ、本当に?」

 

「ウヌ。お化けよりもティオの方が怖いからのう」

 

 

ブチ。

 

 

「ぬあああああ! なんですってガッシューッッ!」

 

「ぐ、ぐあぁぁぁぁああぁああ!!」

 

 

王の怯えが招いた首絞め。

だが、すぐにおどろおどろしい音楽が流れてティオは真顔に。

 

 

『うーらーめーしーやー』

 

「な、なんなのよぅ……!」

 

 

涙を浮かべ震えるティオ。

そんな彼女をガッシュは咳き込みながら確認した。

そして、手を差し出す。

 

 

「え?」

 

「一緒に行くのだ。こうすれば怖くはなかろう?」

 

 

ポンとティオの顔が赤くなる。

 

 

「い、いいの?」

 

「ウヌ。何が来ても、ティオは私が守るのだ」

 

「が、ガッシュ……」

 

 

キュッと二人の手が繋がれる。

 

 

「ガッシュ……あの、さっきはゴメンね。つい、その……怖かったから」

 

「ウヌ。気にしていないのだ」

 

 

寄り添う二人。

ガッシュはティオが怖いと言う事なのでマントを巨大化させて彼女を包み、抱き寄せる形を取った。

当然それだけお互いの距離が近くなる訳で。

 

 

「が、ガッシュ」

 

「どうしたティオ、顔が赤いのだ」

 

「ッ! もぅ、人の気も知らないで……! ばか」

 

「ヌ? 何か言ったか?」

 

 

小声で言ったために聞こえていなかった様だ。

尤も聞かれていたらいたで困るのだから、ティオも深くはその事については掘り下げなかった。

 

 

「う、ううん! 何でもない! ありがとうガッシュ!」

 

「気にするでない。ティオが怯えているとなんだか放っておけないのだ」

 

「えッ! そ、そそそそれって……!」

 

「ウヌ? 何か変な事を言ったかの?」

 

「変って言うか……! と、とにかく行きましょうガッシュ」

 

 

嬉しそうに微笑むティオとガッシュ。二人は手を繋いで先に進む事に。

まあずいぶんと微笑ましい光景である。しかしそれがある意味問題で。

 

 

(出にきぃぃいいいいいいいいいッッ!!)

 

 

待機していたお化けさんはキラキラと輝く二人を見て出て行くかどうかの判断を迫られる事に。

いや、これが仕事なんだから別にどうって事は無いのだろうが、二つ前のギャーギャー叫んでいたペアとはずいぶんモチベーションが保てないというか。

その前のペアはこっちが驚かしてもケラケラ笑ってるだけだし、今回のペアは邪魔しちゃ悪いしでもう散々である。

特にティオが嬉しそうな表情を浮かべるものだから特に出にくい。あの純粋な笑顔を恐怖に染めるなんてできるのか? いいやできない!

結局お化けさんは出番を無視してガッシュ達をスルーする事に。無理だ、出られない、あんな嬉しそうな女の子の邪魔をする様な事を。そうだ、その分次の奴を驚かしてやろう。そう思ってお化けは再びスタンバイを。そしてその次の客とは、清麿と恵である

 

 

「ガッシュの奴、大丈夫かな?」

 

「ふふ、清麿くんはこう言うの平気なの?」

 

「人並みには怖がるよ」

 

 

嘘である。滅茶苦茶怖い。

いや、正確にはお化けの類は清麿は平気だった。

天才の前では数々の心霊現象も何らかの正体があると見抜かれている訳で。

しかしお化け屋敷はまた別の話だ。なぜならばコレは意図的にコチラを怖がらせようとするからだ。言ってしまえば出来レース、やらせみたいな物だ。

お化けは正体不明の物に恐怖を抱くタイプであるが、これは正体が分かりきっている上でコチラを怖がらせようとしてくるのだからタチが悪い。

なので、ちょっとズルいとは思いつつ、彼はアンサー・トーカーの力を使ってお化け役の人間がどこに潜んでいるのか、その答えを導き出していた。

 

こうしてあらかじめ出てくる場所を知っておくことで、いざ驚かされても最小限のリアクションで済む訳だ。

できれば恵の前では平然としていたい、そんな欲望が原因だったのだろう。

だがしかしだ、彼が問うた質問はお化け役がどこに潜んでいるのか?

つまり、人間がどこにいるのかを問いかけている訳で。

 

 

「「!!」」

 

 

驚かす為に用意されたスチームが噴射され、完全に予想外だった二人は魂が口から飛び出るのではないかとの勢いで言葉にならない悲鳴をあげる。

特に予想していなかったのは清麿、人ではない仕掛けにはアンサー・トーカーの力が引っかからなかった様だ。

完全に予想外のところから来たものだから、彼は大きく前のめりになってしまい、思い切りつまずく事に。

 

 

「うぉおぉ!?」

 

「きゃ!」

 

 

彼を支えようとした恵も巻き込み、二人は思わず地面に手をついてしゃがみ込む形に。

何をやっているんだ、気恥ずかしさから清麿は勢い良く立ち上がり、恵に謝罪の言葉と共に手を差し伸べた。

 

 

「ご、ごめん恵さん」

 

「ううん、いいの。凄くびっくりしたわね、私も思わず飛び跳ねちゃった」

 

 

清麿の手を握り立ち上がる恵、しかしそこで二人はいったん停止する事に。

ちょっと待て、今はどうなっている?

 

 

「うあ! ご、ごめん恵さん!」

 

 

思い切り彼女の手を握っているじゃないか。清麿はすぐにその手を離そうとするが、その時だった。

本来なら照れて反射的に手を離しそうなものだが、恵はむしろギュッと手を強く握り締めた。

 

 

「えっ!? め、恵さん?」

 

「………」

 

 

キュッと、少し握る力は弱まったが、それでも恵が手を離す気配は無かった。

お化け屋敷の中は暗いから彼女の表情はよく分からなかったが、その時に彼は自身の能力を反射的に使用してしまう。

すると返ってきた答えは、照れから顔を逸らしている恵の姿であった。照れ、と言うのはつまり若干ながらもやはり好意はある筈で。

それはつまり、えっと――

 

 

「――ッ」

 

 

手を絡ませる清麿。

どうしていいか分からず故の行動だったが、考えてみれば逆にこの行動はもっとマズイのではないかと思ってしまった。

握り締めた手は所謂恋人繋ぎと言う形、恋人繋ぎ、恋人、恋人……。

 

 

「行こうか……! ガッシュ達を待たせたら悪い」

 

「うん」

 

 

言葉交わさずとも、拒否をしないと言うのがお互いにとっては救いであった。

二人は手を繋いだまま先を目指す事に。

 

 

(だから出にくいってのぉおおおおおおおおおおおおおおぅいッッ!!)

 

 

なんでちょっと勇気出してんだよ!

なんでココで勇気出してんだよ! 邪魔できねぇ、コレ邪魔できないパターン入っちゃった。

お化け役の従業員は涙を流しながら自身の職務を全うするべきなのか選択を迫られる事に。

 

邪魔していいのだろうか?

なんだか女の子の方が凄く泣きそうになっている程嬉しそうなんだが。

男の子の方も照れながらも拒む様子はないし、ココで自分が出て行ったら、絶対うやむやになる訳で――!

 

 

(眩しい! なんだか後光が見える!)

 

 

ああ、懐かしきかな青春の日々。

お化けの従業員は清麿と恵の姿に浄化されていき、そのまま立ち位置から動くことはなかった。

そうだ、お化けは成仏された、そんな設定を自身で定めて。

 

 

 

 





原作者さんのブログでちょいちょいガッシュの質問コーナーみたいな物があったんですが――

・ガッシュの世界は言語が統一されている。
・人間離れした容姿でも術を使わなければ基本変に怪しまれる事は無い

この二つが何か凄い面白いなって思いました。
お話を作る中でこういう裏設定みたいなものを作るのも面白いですね。

次回はまあ一週間後くらいにでも更新できればと思ってます。


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第4話 価値観

「おー、お前ら無事に生還したか」

 

「ああ、なかなか興味深かったぜ。人間の発想力は勉強になる」

 

 

出口付近の休憩所では、ゲッソリとした章吾とサンディがジュースのストローを咥えていた。

何度叫ばされた事か、二人は疲労しきった様子で出口から出てきたデモン達を歓迎する。

 

 

「しかしいまひとつよく分からねぇな。人間は怖がるのが楽しいのか?」

 

「案外ドMな生き物なのね。色んな意味でゾクゾクするわ!」

 

「間違っているし、合ってもいるよ」

 

 

世の中いろんな趣味趣向の者がいるんだ。

そう言って章吾は大きくため息をついた。確かに考えてみればお化け屋敷なんざ何が楽しくて入るのやら、疲れるだけじゃないか。

――と、入るまではそこそこテンションが高かった彼が渋っていた。

 

 

「ウヌ、出口だのティオ。何も無かったであろう?」

 

「本当ねガッシュ、意外と怖くなかったわ!」

 

 

笑顔を浮かべて出てくるお子様二人。

 

 

「ようガッシュ、無事だったか」

 

「ウヌ、なんだか暗いだけだったのだ」

 

「え? 最後に落ち武者フィーバーとか無かった?」

 

「お、おちむ……? 何なのだソレは?」

 

「「???」」

 

 

首を傾げる章吾とサンディ。

真相はと言うと先程のお化けの従業員同じくガッシュ達を前にして職場放棄をしてきた者達がほとんどだったのである。なにやら凄く良い雰囲気を壊す訳にはいかない、結局そんなこんなでどいつもコイツも出て行くタイミングを見失ってスルーである。

プロにあるまじき行為かもしれないが、おかげでティオはしばらくガッシュとの二人の時間を大切に出来たようだ。

そうしていると清麿と恵も出口から姿を見せる。

 

 

「恵ぃ! 私ぜんぜん怖くなかったわよー!」

 

「本当? 凄いのねティオは」

 

「ガッシュ、ビビッてティオにしがみ付いたりしなかったかぁ?」

 

「ふふん、何を言うか清麿。お化け屋敷など全然なんとも無かったのだ!」

 

 

はしゃぎあう四人と、別の所で湧いている二人。

 

 

「み、見たかサンディ!」

 

「う、うん! 見た見た、メグと清麿ってば、おてて繋いでたよ!」

 

「これはもしかするともしかするんじゃねーか! なあデモン!」

 

 

ニヤニヤとしながらデモンのほうを見る章吾。

しかし、すぐに彼は真顔に。真剣な表情に変わる事となった。

正確に言えば、デモンの表情を見て、真面目な表情にさせられたと言うのが正しいか。

 

 

「マリー」

 

「ん。間違いなしね」

 

 

二人の目が鋭く光っている。

それは先程まで笑っていたとは思えない程の威圧感であった。目を細め、遠くの方を激しく睨みつけている。

 

 

「こんな時に、無粋な奴……」

 

 

ガリッとマリーは咥えていたロリポップキャンディを噛み砕く。

その表情にはありったけの不快感が感じ取れた。

 

 

「だがココで会えたのはある意味幸いかもしれないぜ」

 

 

今は仲間がいる。

デモンはそう言いながら過去を思い出していた。

人間界を滅ぼすにあたって、ユリアスが邪魔と判断したヘラーは、ユリアスを神の世界の反映の為にと言う名目で処刑する方針を固めた。

そして直接自らの使徒を放ってきたのだ。ユリアスは神子達の体内に自らの存在を隠し、デモンは魔界と人間界の脅威を伝える為に天界から魔界へと降りていった。その最中に彼は攻撃を受け、パムーン達がいたあの湖に落ちたのである。

そして今、その時に襲われた使徒、あのコウモリと同じ力の波長を彼は感じている。

それはつまり、今ココにヘラーの使徒がやって来たと言う事を意味していた。

 

 

「みんな、申し訳ないが戦いの準備を」

 

 

楽しいデートの時間を確保する為にも。

 

 

「速攻で終わらせよう」

 

 

 

 

 

アトラクションが固まっている所から少し離れた場所にあるプールコーナー。

過去にはガッシュとティオがパピプリオとゾボロンと戦った場所である。そこは現在まもなくオープンと言う事で点検中。

数々のプールには水が張っており、その中で使徒マジルは人間界に降り立った。

 

人間の子供に蜘蛛をイメージさせる衣装をかぶせた様な容姿のマジル。

彼は辺りを見回して人間界を軽く観察してみる。見るもの聞くもの全てが初めてだ。

しかしゆっくりとしている時間は彼には無い。与えられた使命を果たす、それが使徒の全てだ。

 

 

「まずはユリアスを倒さなきゃ……!」

 

 

そして彼が一歩足を踏み出した、まさにその時だった。

 

 

「「ザケルガ!」」

 

 

二本の雷閃がマジルの胴体に直撃、彼を大きく吹き飛ばして近くにプールに着水させる。

 

 

「うあぁぁッ!」

 

「使徒ッ!」

 

「ッ、神子かっ!」

 

 

にらみ合うデモンとマジル、隣にいた清麿はアンサー・トーカーを使用して使徒とは何なのか、その答えを求めた。

見た目で言えば今まで出会ってきた他の魔物と相違ない様に思えるが、やはり問題はその中身である。

 

そしてすぐに導き出される答え。

使徒とは即ち魔神の力と言う粘土で作られた人形。

中身は何も無く、ただ目的を遂行する為に行動する傀儡。心はなく、骨や臓器と言った器官も存在しない。

魔物の形をしているが中身は魔神の力だけ、人形の様なものだ。破壊するには人間で言う脳部分にある小さなコアを破壊するか、存在そのものを消滅させる事である。

一応ゲームの様に耐久値(ヒットポイント)が設定されているらしく、そのHPをゼロになれば蒸発する様にして死体を残さず消滅する様だ。

つまり、早い話しが手加減や情けは無用。

 

 

「デモン、チャンスだ!」

 

「ああ!」

 

 

ザケルを発動する章吾。

デモンは帯電した拳を水につけ、そのまま放電を開始する。

水は電気を通し、離れていたマジルにも電撃のダメージを与えていった。

 

 

「ぐぅぅう! アドネル!」

 

 

使徒や魔神は人間のパートナーを必要としない、自身で呪文を口にすることで力を発動する事ができる。

手から黒い糸を発射して水から脱出するマジル。しかしその単調なルート、読まれぬ訳がない。

最高点に到達したマジルに直撃するガッシュのザケルガ、彼はまたも苦痛の悲鳴を上げて地面に直撃する。

 

 

「ネルセン!」

 

 

ヨロヨロと立ち上がったマジルは手から糸を固めた弾丸を発射する。

しかしそこへ遅れて到着したマリー達が。サンディは魔本を開いて心の力を解放。

一方で指を銃の様な形にして構えるマリー、彼女の指先が光り輝き――

 

 

「ラブル!」

 

 

バキューンとアニメや漫画でよく使われる様な大きな音がして、ハートマークの光が勢い良く指の先から発射された。

ハートはスピードが速く、マジルの弾丸を弾き飛ばし彼に命中する。

衝撃で再び地面に倒れるマジルと、指から上がる煙をガンマンの様に吹き消すマリー。

 

 

「抵抗とかしないで、さっさとヘラーの居場所教えてよ。そしてら楽に逝かせてあげるからさ」

 

「ふざけるな! ヘラー様は僕が守る!」

 

 

小さな体を必死に叱咤させ立ち上がったマジル。

彼にとって自分を生み出してくれたヘラーは母親の様な存在、守りたいと思うのが普通であろう。

そして彼の体が光り輝き、そのままデモン達を激しく睨みつける。だがデモン達には大きな心の余裕があった。

向こうは一人、コチラは大勢、見たところ使徒としてのレベルも低いようだし、負ける要素は見つからなかった。

 

 

「ギガノ・ネルセン!」

 

 

マジルが手を前に翳すと、そこに大きな蜘蛛の巣を模した紋章が。

そこから放たれるのは糸を固めた巨大な弾丸。発光し、ギガノ級と言う事で今までの技よりもワンランク上だと言う事が分かった。

しかし無駄だ。なぜならば、コチラには最強の盾がいるのだから。

 

 

「恵ーッ!」

 

「マ・セシルド!!」

 

 

前に出たティオが生み出す盾が、マジルの弾丸を何の事は無く受け止め消滅させる。

そして怯んだ彼に向けられるのはガッシュのテオザケル。マジルは大きな電撃に揉まれ、地面を転がっていった。

 

 

「う、うぁ……!」

 

 

立ち上がろうとするマジルだが、既に体に染み付いたダメージや痛みが彼の心を折る。

一方で鼻を鳴らすデモン、ヘラーの居場所を教える気が無いのなら、もう彼を残しておく必要も無いだろう。

 

 

「ぶっ殺す! 章吾!」

 

「ああ。ソルド・ザケルガ!」

 

 

デモンの手に握られる雷の剣。

彼はそれを構えマジルを睨みながら足を進めていく。

その気迫、その殺意、マジルにまもなく死がやって来ると言う事を教え込ませる様だった。

だからだろう、恐怖ゆえ、彼が涙を流したのは。

 

 

「ッ!!」

 

 

なんだ? 清麿達の中に駆け巡る大きな違和感。

涙? 何故? 感情なんて無い筈なのに。

そう、心が折れた様な表情や素振り、それは使徒にとっては最大の矛盾ではないか。

 

 

「ハッ! いまさら泣き真似かよ! 心なんて無いくせに!」

 

「うぅぅうッ!」

 

 

ガタガタと震え始めるマジル。

清麿達が抱く違和感はより大きくなっていく。

一応アンサー・トーカーで調べてみるが、やはり使徒には心や感情は無く、魔神の力の塊だと言う事が答えとして提示された。

しかし、それにしてはあまりにも。

 

 

「デモン、本当にソイツは使徒なのか? 妙に表情豊かと言うか……」

 

 

一応清麿は念の為にデモンに問いかける。

しかし返ってくる答えはやはりと言うか当然と言うべきか、使徒で間違いないと。いやそれは清麿も分かっていた事なのだが。

そもそも魔物ならばパートナーがいる筈だ。にも関わらずマジルは自身で呪文を発動していた。コレが使徒である何よりの証拠だと言う。

 

 

「ええ、間違いないわ。さっさと殺っちゃってよデモン!」

 

 

マリーも淡々と言い放つ。

ならいいのか? なら間違いないのか?

清麿達はデモンに怯え震えるマジルを見ながら言い様の無い気持ちの悪さを感じていた。

少なくとも、今の彼らにはマジルが人間界を滅ぼす悪意には感じられなかったのだ。

 

 

「た、たすけて……」

 

「は?」

 

 

その時、マジルは小さな声で呟いた。

 

 

「ぼく、し、死にたくない……!」

 

 

沈黙が流れる。

それはまるで時間が止まったかの様に。そして、それを切り裂いたのはデモンの舌打ちだった。

 

 

「チッ! ムカつくぜお前! どうせおれが攻撃を止めたら、背後から襲うつもりなんだろ!」

 

 

ユリアスを逃がす途中でもそうだった。

ヘラーとその使徒は背中を向けたデモン達に容赦なく攻撃を仕掛けてきたとか。

やめろと彼らが叫んでもヘラー達は笑っているだけ、思い出しただけでも腹が立ってくる。

それはマリーも同じだ、奴らは話し合いを提案する自分達を鼻で笑い、次々と攻撃してきたではないかと。

 

 

「そんな事しないよぉう!」

 

「うるせぇ! 使徒め、さっさと消えろッ!」

 

 

剣を振り上げるデモン。マジルは両手で頭を覆い隠し、悲鳴に近い声を上げた。

それでもデモンの勢いは止まらない。真っ二つにしてやる、彼の殺意がマジルに向かって振り下ろされ――

 

 

「ッ!」

 

 

され、ない。

デモンの刃が今まさにマジルに届くと言う所でデモンはその手を止めた。

攻撃を止めたのか? いや違う。正確には攻撃を邪魔された。

デモンの腕には紺色の布、それはガッシュが伸ばしたマントであった。それがデモンの腕に巻きつき、動きを拘束しているのだ。

 

 

「ガッシュ……?」

 

「止めるのだデモン。その者は怯えておるぞ」

 

「待て! コイツは使徒で!」

 

「怯える者を無理やり攻撃しては、ヘラーと言う者と同じではないか!」

 

「そ、それは!」

 

 

言葉を詰まらせるデモン。

試しにチラリとマジルの方を見ると、彼は体を縮こませてブルブルと震えていた。

そしてその目には間違いなく、デモンを見て恐怖に染まりきっている物だった。

 

 

「馬鹿な! 使徒に心だと――ッ!?」

 

「あ……! もしかしてヘラーは擬似的な感情を使徒に与えたんじゃないかしら?」

 

 

恵の言葉にハッとして清麿は能力を発動させる。

するとビンゴ、章吾の言ったとおりマジルには本物ではないが、かなり精密な擬似的な感情がある事が答えとして返ってきた。

 

 

「擬似的な、感情?」

 

「ああ、不安定ではあるが、どうやらそういう事らしい」

 

 

清麿が軽く説明を。言わばロボットのAIの様なものだ。

こういう反応が返ってきたならば、こんな想いが湧き上がるだろうと言う予想プロセスがマジルには組み込まれている。

圧倒的不利な状況と、これから死ぬだろうと言うシチュエーションが彼に涙を流させ、体の震えを起こさせ、そして生への渇望を言葉にしてみせた。

 

 

「擬似は所詮擬似よ! 使徒はココで殺すべきなの!」

 

「お、おれもそう思う! ユリアスが言っていた。使徒は放置してはいけないと!」

 

 

デモンとマリーは強く言うが、ガッシュは首を振る。

 

 

「その者は泣いておる。もう戦う意思は無いではないか。そうだろう?」

 

 

ガッシュの強い瞳を見て思わず黙ってしまうデモンとマリー。

そしてその目で見られたマジルはしばし沈黙した後、ゆっくりと首を縦に振った。

彼は見た目だけならばガッシュとそう変わらない年齢に見える。それに蜘蛛をイメージさせる服や帽子はしているが、それを取り払えばただの子供だ。

そんな彼を囲んで攻撃している。そのイメージがデモンとマリーに気持ちの悪さを残す。特にデモンは彼を殺そうと今まさに剣を向けている訳で。

 

 

「チッ!」

 

 

どう見てもコチラが悪者だ。

デモンはソルド・ザケルガを消滅させると、腕を組んで後ろに下がっていった。

ガッシュはそれを確認するとへたり込んでいるマジルに手を差し出した。

 

 

「お主達は何故人間界を滅ぼす? そんな事、許されぬに決まっておろう!」

 

「ぼ、僕は……ヘラー様の為に」

 

「ヘラーは何もしていないデモンやマリー、ユリアスを攻撃したと聞く。それに今にも人間界を滅ぼそうとしているとも聞くぞ!」

 

「だ、だって人間はいらない生き物だってヘラー様が……!」

 

「それが間違っておるのだ。おぬし名前は?」

 

「マジル……」

 

 

ガッシュの手を取って立ち上がるマジル。

 

 

「ではマジル殿にお願いがあるのだ」

 

「お願い?」

 

「ウヌ。ヘラーは誤解しておる。人間は素晴らしい生き物だ。だから滅ぼさぬ様にマジル殿から頼んでほしいのだ」

 

「えぇ!?」

 

 

清麿や恵の様な人間がいると言う事を分かってもらえば、きっとヘラーも考えを改めるとガッシュは信じていた。

しかし大きく首を振るマジル。ヘラーは自分の親の様な物ではあるが、かと言って彼女が自分の話を聞いてくれるのかと言うと、それは話が変わってくると。

 

 

「もしかしたら、僕、君達を倒せない罰で消されちゃうかも」

 

「ヌ!? そ、そんな酷い奴なのか? ならば何故従うのだ!」

 

「だって、僕、ヘラー様しかいないし……」

 

 

そこしか居場所が無いのだから仕方ない。

ヘラーにそれを望まれて生み出されたのだから仕方ない。それを聞くと、ガッシュは一度頷いて彼の肩に触れた。

 

 

「ウヌ! ではマジル殿、私と友達になろうぞ!」

 

「え? と、友達?」

 

「ッ!」

 

 

マジか。デモンとマリーは呆気に取られた表情でガッシュを見つめる。

使徒と友達に? そんな考えは思いもつかなかっった。と言うより友達になれるのだろうか? 擬似的な感情があるとはいえ、元はヘラーの力から生まれた人形。

それはマジルが一番分かっている筈、現に彼は不安そうな表情でガッシュを見ていた。

 

 

「と、友達って、何?」

 

「そんなの決まっておろう。一緒に遊んだりする者の事を言うのだぞ」

 

 

ココは遊園地、ちょうど良いとガッシュは彼の手を取る。

 

 

「今からマジルも一緒に遊ぶのだ!」

 

「え? え!? えぇッ!?」

 

「清麿達も良いであろう? さあ、早く行くのだ!」

 

 

そう言ってさっさとガッシュはマジルを連れてアトラクションがある方へダッシュである。

みるみる小さくなっていくガッシュ、それを相変わらず間抜けな表情でデモン達は見送っていった。

 

 

「どうするのデモン? ガッシュ行っちゃったけど……」

 

 

困った様にティオはデモンに助けを求めたが、そのデモンが混乱しているのだから仕方ない。

ユリアスからは絶対に使徒は倒せと教えられたが、アレを見る限りなんだか丸く収まりそうな気もする様な。

 

 

「ど、どうするって言ってもな……! どうするマリー?」

 

「わたしに振る!? ま、まあいいんじゃないかしら」

 

 

もう行っちゃったし。そのマリーの言葉が全てを表していた。

最悪変な動きをした時に止めればいいか。デモンは頭をかいてガッシュの後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

「ぬわあああああああああああ!」

 

「うわあああああああああああ!」

 

 

子供でも乗れるミニジェットコースターにてガッシュとマジルは絶叫を上げていた。

グワングワンと上下するコースターの上で二人の悲鳴は次第に笑みに変わっていく。

それを見ながらデモンとマリーは顔を見合わせて汗を。なんだ? どうして馴染んでいるのか。

その後もコーヒーカップ、ミニフリーフォールとアトラクションを梯子したが、どれもガッシュの隣でマジルは良いリアクションを取っていた。

そしてゴーカート、そこで始めて彼は笑みを浮かべる。

 

 

「どうだマジル、人間の世界は楽しいであろう?」

 

「楽しい? そ、そっか! コレが楽しいって事なんだね!」

 

 

その正体、その詳細、彼には分かる物ではない。

しかし娯楽を他者と共有した際に生まれた際に浮かべるだろう笑みと言う物、そしてこの共有する時間その物、それはしっかりとマジルは感じていた。

擬似的な感情の為、感じる全ては喜びであろうが悲しみであろうが皆例外なく等しい物。無い心には響かない。しかしそれでも彼はガッシュとアトラクションを乗っている内、コチラの方がいいのでは無いかと思った。戦い、殺し合う、そしてヘラーに褒められるよりもこうしてガッシュ達と一緒に遊ぶこの今の方が良いのではないかと思った。

 

 

「ガッシュー! 競争しましょ!」

 

「ウヌ! 構わぬぞティオ!」

 

 

ガッシュとマジルのカートの隣にティオと恵が乗ったカートが並ぶ。

 

 

「負けないからねー」

 

「私も負けぬのだ!」

 

 

その様子にアワアワと落ち着きなさそうなマジル。二人の雰囲気はまさに先程の自分達と同じではないか。

 

 

「た、戦うの? ガッシュ……」

 

「心配するでないぞマジル、傷つけ合う訳ではないのだ」

 

 

ガッシュの言った通り、その戦いはマジルが想像していた物とは大きく違っていた。

彼は呪文を使った殺し合いだと想像していたが、実際はどちらが先にゴールできるかで、安全にも十分気を使った戦いであった。

結果はティオの勝ち、しかし負けたガッシュも随分と楽しそうだった。

 

 

「強いのうティオは」

 

「えへへ、当然よ!」

 

 

そして、ふとガッシュは問いかける。

 

 

「のう、マジル。コチラの方が良いとは思わぬか?」

 

「え……?」

 

「周りを見てほしいのだ。皆笑っておるぞ」

 

 

確かに、ガッシュの言った通り、人は皆笑顔を浮かべていた。

 

 

「本当に、人は滅ぶべきなのだろうか? 私はそうは思えぬのだ」

 

「ぼ、僕は……」

 

「さあ、次はメリーゴーランドに乗ろうぞ!」

 

「め、めりぃ……?」

 

 

マジルの手を引いてメリーゴーランドに向かうガッシュ。

その後ろを清麿達は温かい目で見守っていた。以前も言ったが、やはり彼は変わっていないようだ。

王になって色々大変だとは思うが、それでも清麿はガッシュにはずっと自分の知っているガッシュでいてほしかった。

そして章吾とデモンも複雑な表情でガッシュの背中を見ている。

 

 

「ガッシュがどうして王になれたのか、何となく分かった気がする」

 

「え?」

 

「ああ、おれも分かった」

 

 

彼の決断は大きすぎる代償が潜んでいた。

しかし、今、マジルはガッシュと共に遊んでいるではないか。

殺す事だけが正しいと思っていた。デモン視点、それはユリアスの意思、ならば自分の意思でもあるからと妄信していたが、まさか別の道があったとは。

邪魔だから殺すと言う考えは、成る程自分が嫌悪するヘラーの抱く考えそのものではないか。

 

 

「ガッシュは甘い」

 

 

デモンは言う。子供だから甘い理想を語る事ができる。偽善にも聞こえるソレ。

 

 

「だが、その判断が一番正しいってのはおれも分かる」

 

 

正しい事を選べるかどうかはまた別の話だ。

ベストとベターは似ている様で大きく違う。彼はその甘い妄想を現実にしようとしている。

その意思、その判断、その行動力、デモンにとっては王の器をそこに感じた。

綺麗事だと言い捨てるのではなく、綺麗事を現実にしようとしている意思が彼にはあった。

もちろんそれは彼だけでは形には出来ない。それをサポートする者が必要だ。ガッシュにはそんな人物が溢れているのだろう。

だからこそ、彼はまた一番良い選択肢に進む事ができる。それだけ良い仲間に出会う事ができたのは、類は友を呼ぶと言う奴なのか。

 

 

「うらやましいぜ、ガッシュが」

 

「デモン……」

 

 

あの時、あの瞬間、マジルを殺そうと剣を振り上げていた自分は。

 

 

「格好悪かったな、おれ」

 

「………」

 

 

デモンの背中を軽く叩く章吾。一つ、安心しろと彼は言う。

 

 

「安心しろよデモン、俺も格好悪かったからな。俺も殺した方がいいって思ってた」

 

「ハッ! サンキュー章吾」

 

 

結果論だが、ガッシュはマジルと友達になった。

どんな理由があるにせよ、殺すよりはマシだ。

デモンと章吾はガッシュの背中に掴まりメリーゴーランドを楽しんでいるマジルを見て深くそう思った。

 

 

「マリー」

 

「うん、分かってるって」

 

 

デモン達は少しため息をついて、ガッシュ達の下へ歩いていった。

そして迷わず『彼』に声をかける。

 

 

「これ、食べる? おいしいよ」

 

「え……?」

 

 

メリーゴーランドから降りてきたマジルに、マリーは自分がよく食べている種類のロリポップを差し出した。

食事をする必要が無い使徒、彼は当然首を傾げる。飴など知らない、食べたことが無いし、食べないのだから。

 

 

「さっきはゴメンね」

 

「え? あ――ッ」

 

 

ごめん、それは他ならぬ謝罪の言葉だ。そしてデモンも彼に頭を下げた。

 

 

「すまんッ! 許してくれマジル!」

 

「あ、あの……えと」

 

 

マジルは助けを求める様にガッシュを見る。

するとガッシュはにこやかな笑みを彼に返した。

それはマジルの中にあった不安を消す様な、そんな笑顔。それがマジルに答えを導き出させる。

 

 

「う、うん。僕もごめん」

 

 

頷き、飴を受け取るマジル。

 

 

「僕も、人間を誤解してた」

 

 

と言うより、何も理解していなかった。

だが今、少しだけでも人間の中で時間を過ごしてきて、激しい生命を感じた。

自分が生を求めたのならば、本当の心を持つ彼らは必ず同じ事をする。恐怖し、命を求める。それは少し悲しすぎる。

だとすれば、誰も悲しまない方が良い。皆この世界で生きたいと思っているだろうから。

 

 

「たぶん、きっと、間違ってるのはヘラー様だと……思った」

 

「そっか……」

 

 

もしかしたら、分かり合えるのかもしれない。デモンはそう思った。

するとそこで軽い衝撃が。見れば自分達にサンディが飛びついている。オレンジ色の綺麗な髪が視界いっぱいに広がった。

 

 

「ようし! じゃあ皆で次のアトラクションへゴーだね!」

 

「マジル、遊園地にはまだまだ色んなアトラクションがあるんだぜ!」

 

「本当!? 僕、ガッシュと一緒に乗りたいな!」

 

「ウヌ! じゃあ行くのだ!」

 

 

結局その後もガッシュ達はマジルと色々なアトラクションを一緒に回った。

いつからか自然と浮かべるようになった笑顔、それを一歩引いたところでパートナー達は確認し、笑みを浮かべている。

一時は使徒と聞いて臆した面もあったが、結局は魔物の子と同じではないか。ちゃんと話し合えば分かり合える。

それをマジルの姿を見て、清麿達は強く思った。

 

 

「よし、じゃあ次は観覧車だ!」

 

「うん! 乗りたい!」

 

 

だが。

 

 

「―――」

 

 

その時。

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

ゾッと、背筋を走る冷たい感覚。デモンとマリーも思わず足を止める。

 

 

「ヌ! ど、どうしたのだ?」

 

 

そして、再びその表情に恐怖を映し震えるマジル。

この感覚、この気配、ガッシュ達にもやや遅れてそれが伝わってきた。

分かる、力が。分かる、その気配。分かる、その――

 

 

殺意――ッ!

 

 

「ッッ!?」

 

 

直後、轟音、爆発音。衝撃。

耳をつんざく音がしたと思えば爆発。なんと爆発したのは今まさに乗ろうと足を進めていた観覧車だった。

そうだ、遊具の観覧車が爆発し、崩れ落ち、悲鳴が辺りを包み込む。

 

 

「うそ……だろ?」

 

 

呟く清麿。今の爆発、もちろんフィクションなどではない。

だとすれば、中にいた人達は――

 

 

「はじめまして、魔界の子らよ。人間よ」

 

 

コツコツと、足音が。

パニックになり逃げ惑う人達の中から清麿達の前に姿を見せた者。

多くの華が顔を覆っており、顔を横からは蜘蛛の足が突き出ている。

そして手に持っている杖の先についている宝石、そこには魔本の表紙にもある魔界のシンボルが刻まれていた。

息が止まる程の緊張感が清麿たちの身を包む。その中で、女は改めて自己紹介を。

 

 

「私は、魔神ヘラー」

 

 

ギョロリと、三つ並んでいる赤い目が清麿達を捉えた。

崩れ落ちる観覧車をバックに、ニヤリと彼女の唇が釣りあがる。目を見開いている一同を前にして、彼女は杖を突き出した。

その先にある宝石が光り輝き、彼女を禍々しくライトアップする。

 

 

「死に消えよ」

 

「―――」

 

 

光が満ち、彼女は殺意の呪文を。

 

 

「テオホロウ」

 

 

杖から放たれる赤交じりの黒いエネルギー。それは容赦なく清麿達を呑み込むと新たなる爆発を巻き起こす。

笑みを崩さぬヘラー、爆煙が晴れた時、そこには円形状のシールドによって守られている清麿達の姿があった。

 

 

「なるほど素晴らしい、守りの子よ。褒めてつかわすぞ」

 

「ハァ、ハァ……!」

 

 

まさか『テオ』をセウシル如きで防ぐ事ができるとは。

ヘラーは防御呪文で清麿達を守ったティオと恵に拍手を行う。

 

 

「実に、喜ばしい事だ」

 

 

ヘラーは口にした。神の力を受け止められる程ティオは力をつけている。

これならば、やはり人間界を滅ぼすのは間違っていなかったと。

魔物は優れた力を持っている。喜ばしい守りの力だ。それは魔物を守る為だけに使えば良い話。

神の力を防げたのであれば、人間界に存在するいかなる兵器とて防ぐ事ができるだろう。それこそ、人知が生み出した最悪の兵器、『核』ですらも脅威にはならない。

 

 

「魔物の力は人間界において、まさに神と呼ばれるに相応しい力だ」

 

 

雷神、風神、共に人間界に存在している神として伝承等には記載されている。

雷を操り、風を操り、そのほかにも世界各地には神話として様々な神の力が記されている物だ。

だが考えて欲しい、雷の力ならばガッシュが使えるではないか。もしも雷神が魔物であったら? オロチやオーディン、シヴァ等世界各地で語り継がれる神々がかつてこの地で戦った魔物だったとしたら?

 

 

「その力を人に委ねる等、大きな間違いだとは思わぬか?」

 

「……ッ」

 

 

クリアに感じた物とは全く違った恐怖と緊張感が一同を包む。

さらにガッシュは一度彼女に会っている。あの時、王宮にて自らに用があると呼び出し、人に生きる価値はあるのかと彼女は聞いてきた。

そして自分と共に人間を滅ぼさぬか、とも聞いてきた。

それを拒むと、彼女は自分を殺そうとした。

 

 

「おぬしが、ヘラー!」

 

「その通りだ。ガッシュ・ベル。お前達魔物の世界を守る、神なるぞ」

 

「おぬしは……! おぬしは自分が何をしたのか分かっておるのか!?」

 

 

今も尚悲鳴は聞こえているし、遠くを見れば逃げ惑う人々も確認できる。

ヘラーはその中でガッシュの問いかけに一番分かりやすい形で答える事に。

杖を向けるのは、その逃げていた人達の所。

 

 

「オルガ・ダライアス・ホロウ!」

 

「――ッ! 止めろ! ヘラーッ!」

 

 

アンサー・トーカーの力が呪文の詳細を清麿に教える。

しかし答えが分かった所で止める時間が無いのだから仕方ない。

刹那、天から黒い球体が遠くに降ってきて逃げ惑う人々の中に直撃した。

さらに悲鳴、だが先程よりもその音量は小さい。それは距離が離れているから、そしてもう一つ。

その意味、ガッシュにも分かった。

 

 

「クハハハハ! さあ、では一つ問題だ」

 

 

アンサー・トーカーを持つ清麿ならば、簡単に分かるのではないかとヘラーは挑発的な笑みを向ける。

そしてその口から出た言葉、それはもはや通常の良心と言う物があれば絶対に欠片とて放てぬ言葉であったろう。

 

 

「今ので、何人死んだかな?」

 

 

ブチ、と何かが切れる音がした。

 

 

「ヘラァァァアアァアアアアッッ!!」

 

 

一瞬でガッシュはヘラーの眼前に迫り、その固い頭で頭突きを繰り出した。

まさにロケットの様な勢いではあったが、ヘラーはしっかりと片手でガッシュの頭を掴むと勢いを完全に殺してみせる。

 

 

「お主は! お主はッ! お主はァァアアッッ!」

 

「ほう、良い怒りだ……ッ! しかし解せんな、何故怒る?」

 

「何故だとッッ!」

 

「ああ、神は敬われるべき存在。怒りを向けられるのは不思議なのだ」

 

「黙れぇええッ! お主の様な外道が神を語るなッ!」

 

 

そしてガッシュの口が光ったかと思うと――

 

 

「ザケルガァアアア!!」

 

 

そこから強力な雷閃が放たれる。

押し出されていくヘラー、だがある程度後退した所でヘラーは纏わりついた雷撃とザケルガ本体を払いのける様に消滅させた。

本当にヘラーの体をザケルガで押しただけ、それが今の印象である。そしてその中で睨み合うヘラーとガッシュ、清麿。

 

 

「何故だ! 何故殺しやがったッッ!」

 

「答えを知っているくせに、よく言う。人は面倒な生き物だな」

 

 

簡単な話だ。それはあまりにも簡単な話。どんなバカでも理解できる。人間ならば理解できると。

 

 

「お前は今まで殺した虫の数を覚えているか?」

 

 

そして、自らの進行上にアリが居たのなら、踏んで進むのが人間だろう?

 

 

「私にとってお前らは虫けらにしか過ぎない。殺す事に何故躊躇する必要がある」

 

「ッ! なんだと……ッッ!」

 

「訂正しよう、お前らは害虫だ。放置は害を生む」

 

 

美しい地球を汚し、勝手に人間同士に争い合っている愚かな生き物。

彼らにこの美しい星はもったいない。全ての技術、全ての場所を、魔物に引渡し、消えさるべきだ。

 

 

「広き世界を生きるのは、魔物だけで良い」

 

 

周りを見回すヘラー。

今も、この瞬間、この時にどこかで誰かが産まれている。想像するだけで頭が痛くなると彼女は歯軋りを。

 

 

「人間は世界の癌。勝手に無駄な知恵をつけ、混沌に種族の道を進めている」

 

 

導く者が必要ではないか。だのに、人の世の神は基本的に見守るだけだ。

しかし魔界は違う。人よりも力ある者達が均衡を保つ為に神は手を差し伸べる。

神の試練もまた同じだ。魔神達が魔界の平和を願うが故に与えた試練。

そしてそれはヘラーに一つの希望を与える。それはあの王を決める戦いにおいて多くの魔物が成長してくれたことだ。

あの力があれば人間界など一ヶ月もあれば滅ぼせるのではないか?

 

 

「良いか? 価値観が違うのだ。お前ら人間とはな」

 

 

コレは善悪の話ではない、清麿達がいくら怒ろうがヘラーの心には届かないのだ。

人間もそうだろう? 牛とは話し合えない。それは言葉の問題が一番かもしれないが、ヘラーにとっては同じような事なのだ。

いくら人と魔神の間に言葉が通じようとも、コミュニケーションは取れない。

滅ぼす者と滅ぼされる者、対等な立場にはなれない。

 

 

「さあ! 魔物の子らよ。我が存在を、我が名を称えよ!」

 

 

両手を広げ、彼女は自らの存在を最大にアピールする。

 

 

「我が名はヘラー。人の世を終わらせる為に舞い降りた魔界の神なるぞ」

 

 

その言葉を合図に一同は一勢に本を構え戦闘態勢に。

コイツはヤバイ、本能がそれを継げている。だが勝たなければならない。人間界の為であり、もっと根本的な問題でもある。

それは崩壊した観覧車から巻き上がっていく光の群れを見れば明らかだった。

 

 

「フム、やはりユリアスが邪魔をするか!」

 

「ッ! ユリアスはその存在を使用し、お前らに制限をかけた!」

 

 

デモンが語るユリアスの力。

それはかつて神の試練終了時に、戦いが齎した被害を全て無くすと言うシステム。

究極の再生、究極の復元、それはたとえ無くした命ですらも戻ってくる絶対のルールであった。

ユリアスは事前にその力を使い、一つのシステムを魔神達に押し付ける事に成功していた。

それは王を決める戦いと全く同じルールだ。『ある事をスイッチ』にして、破壊された物や命が全て元通りになる。

ヘラーもそれが分かっているのが、自分で答えを言って見せた。

 

 

「それは殺害を行った者の消滅。つまりお前達が今死んでいった人間を助けたいのならば、私を殺す事だ」

 

 

そうする事でユリアスの加護が発動され、死んだ人々が、壊された街が復元していく。

それは完璧な拒絶。一切の話し合いを無視する究極の線引き。人を殺す魔神と、人を守る人間の交差。そこに交わるポイントはない。

 

 

「さあ、滅びの時間だ」

 

 

杖先をガッシュに向けるヘラー。

 

 

「まずはお前のバオウを頂き、我々は更なる高みへたどり着く」

 

「バオウを……!」

 

「そうだ、喜ぶが良いぞガッシュ・ベル。お前は神の礎となるのだ」

 

 

つまり、ガッシュには魔神繁栄の為に死ねと言っているのだ。

しかしヘラーはガッシュが抵抗するとは思っていなかった。

なぜならば魔神とは魔界の頂点の立つ存在、その力になれるのだから喜んで命を差し出すと思っていた。

だが、ガッシュは拒む。

 

 

「許さぬ、絶対に許さぬぞヘラーッ!」

 

 

怒りの光を目に宿すガッシュ。

人間の尊さ、大切さ、それを彼はこの人間界でたくさん学んだ。

家族、恋人、今何の事はなく命を奪われた者には尊い存在がいた事だろう。力を示すために殺される人生などあって良い訳がない。

一同は瞬間、ヘラーを倒す事を決意する。そしてデモンは皆の負担が軽くなる様に説明を。

 

 

「ガッシュ、魔神はクリアの時と同じだ! ヘラーを倒せばすぐ転生される」

 

 

つまり手加減をする必要はない。神の力に己を支配され、ヒエラルキーに拘る悪しき神を放置してはいけないのだ。

 

 

「行くぞ皆!」

 

 

清麿達の本が光り輝き、彼らは一勢に呪文を。

 

 

「「ザケルガ!」」

 

「ラブルガ!」

 

 

ガッシュとデモン、マリーから直線状の攻撃が放たれるが――

 

 

「シルド・アドネル」

 

 

黒い蜘蛛の巣がヘラーの前方に出現して攻撃を無効化していく。

一瞬で消滅するデモンとマリーの呪文。ガッシュのザケルガのみやや競り合いを見せたが、少しヘラーが力を込めて杖を振るうと、ザケルガは弾かれて斜め上の方向に飛んでいった。

 

 

「ッ!?」

 

 

おかしいとデモンとマリー、何故自分達の攻撃がすぐに消えた? デモンの呪文はガッシュとほぼ同じ威力の筈なのに。

 

 

「散開だガッシュ! デモン達もサポートを頼む!」

 

「あ、ああ!」

 

 

三人は散らばる様にダッシュ。

ガッシュは清麿を連れて正面から、デモンは右、マリーは左から回り込むようにしてヘラーに接近していった。

ココで術を撃てば、との狙いだろう。しかしヘラーに焦りはない、正面からの防御だけが彼女の力ではないのだ。

 

 

「ガンシルド・アドネル」

 

 

杖を振るうとヘラーの周り全体に蜘蛛の巣が。

これでどこから攻撃が来ても問題はない。しかしそれでも三人のパートナーは呪文を。

 

 

「テオザケル!」

 

「テオラブル!」

 

 

デモンから広範囲の雷撃が、マリーから広範囲のハート型エネルギーが放たれヘラーを包み込んだ。

しかし蜘蛛の巣はビクともしない。まただ、デモンとマリーは強い違和感を。

力を込めてみるがシールドは不動、デモンは強く歯を食いしばり、悔しさを表情に浮かべた。

 

 

「ガッシュ」

 

 

その時、清麿がある一点を指し示した。

 

 

「ザケルガ」

 

「馬鹿が、無駄だと何故――」

 

 

しかし、ガッシュのザケルガは蜘蛛の巣を破壊すると、さも当然の様にヘラーに直撃を。

 

 

「は?」

 

 

全身が震える感覚、これは急所に入った。

ヘラーはダメージの高さから防御呪文が解除されてしまう。

そうすると彼女に降りかかるデモンとマリーの攻撃、ヘラーは呻き声を上げながらザケルガに押し出され地面に倒れた。

 

 

「……成る程、そうであったな」

 

 

アンサー・トーカー。どこに攻撃すれば効率的にダメージを与えられるのか。

それが分かる力だ。きっと清麿はデモンとマリーの攻撃が重なり、力が増幅しているポイントを幾つか見つけ、その中から一番ヘラーにダメージを与えられる部分を選出してみせたのだろう。

見事。これはもはや人間の域を超えた力だ。だからこそカイロスと言う兵器を作る事もできた。やはり危険か、ヘラーは浮かべていた笑みを消してゆっくりと立ち上がる。

 

 

「高嶺清麿。取引をしないか?」

 

「何ッ?」

 

「お前の家族、お前の恋人、お前の友人、それを残してやる代わりに答えを出す者の力を私達に貸せ」

 

 

人間界が滅びた後、魔界での快適な生活も約束すると。

しかし、清麿は即答だった。

 

 

「断る。オレは、人の世で生きていく」

 

「………」

 

 

ヘラーは舌打ちを。

 

 

「残念だ。そして哀れに思うよ、人が神に逆らった馬鹿な判断を」

 

 

彼女の杖が光り輝き、どす黒いオーラを周囲に散布させる。そして呟くのは魔神ヘラーの持つ最強の攻撃呪文。

空気が振動し、絶大な緊張感が辺りを駆ける。叫ぶ清麿、一同はすぐに走ってティオの周りに集まった。

 

 

「ユダ・ヴァジリス・アドネードホロウ!」

 

 

一同が見上げた先、そこへ現れるのは巨大な化け物だった。

蛇の様な長い体だが、目が八個あると言う事や、蜘蛛の足が生えている事から蜘蛛の蛇の合成獣(キメラ)であるとの印象を受ける。

 

 

「でかいッ!」

 

 

序盤の序盤からこれほどの大技。防ぐには当然それ相応の呪文でなければならない。

 

 

「皆! ティオの後ろに! チャージル・セシルドン!」

 

「ハァアア!!」

 

 

ティオの盾の中でも最強の防御力を誇る物が展開される。

しかしまさにその時だった。

 

 

「シン・ホロウ・ディガルソルドン!」

 

「パイクレイジ・シン・ディオアムルガ!」

 

「アボロオウ・シン・ホロウ」

 

 

突如出現した三つの巨大な力。

一つは禍々しい巨大なレイピア、刃の部分が高速回転しており、貫通力が上がっている。

さらに巨大な腕の形をしたサイの化け物。巨大な角で猛スピードで突進してきた。

そして最後は二つと同じく禍々しい鳥の化け物。三つの存在は真っ先にティオの盾にぶつかり、競り合いを開始する。

 

 

「ぅあぁぁあああッッ!」

 

「ティオ!」

 

 

いくらティオの盾が凄いとは言え、シン級の呪文を三つも止められるとは限らない。

さらに彼女も言うてブランクがある。当時の感覚にはまだ近づけていなかったか、ティオの盾は粉々に砕かれ一同は衝撃に吹き飛ばされる事に。

 

 

「驚きましたな。しかし、まさかアレでほとんど相殺とは!」

 

「シンをも防ぐ盾か。伊達に終盤まで生き残ってはいない」

 

「だが俺様もまだ本気ではないぞ! 次は俺様だけで砕いてやろう!」

 

 

ヘラーの背後から現れるのは三人の使徒。

一人は黒い剣を持っており、一人は大柄の体で鎧を纏っており、一人は黒い翼を持った使徒。

つまり、いずれもヘラーの味方と言う訳だった。

 

 

「おぉ、おぉ、現れたか我が愛しき使徒達よ。待っておったぞザムザ!」

 

 

ザムザ、その言葉に剣を持っていた使徒が頭を下げる。

燕尾がついた執事風の男、ただし顔は蝙蝠のソレであり、人間らしさは欠片とて感じられなかった。

モノクルの奥で光る赤い瞳はたっぷりと殺意を孕んでいる。

 

 

「ガジュル」

 

 

鎧の使徒が頭を下げた。

サイをモチーフにしており、大柄の体には鎧、明らかなるパワーファイターだと言う事が見て取れる。

 

 

「バムロア」

 

 

翼を持った使徒が頭を下げる。

カラス人間とでも言えばいいか。

インディアンの様な民族衣装が特徴的だった。黒い羽の飾り物はそれら全てがナイフとなって凶器に変わる。

彼らはヘラーが自らの力を大量に注ぎ込み作り上げ、長い時間を掛けて育て上げた自慢の側近、それがこの三体の使徒であった。

注いだ力が多い分、デモンを仕留めに向かわせたコウモリ形の使徒や即席で作ったマジルよりも比べ物にならない程の強さである。

人間の言葉も理解しており、より深く擬似的な感情が与えられている。しかしそれは負に特化した感情、三人が全員ヘラーのような考え方なのだ。

 

 

「ヘラー様が標的を見つけたと聞き、すぐに駆けつけた次第でございます」

 

「うむ。マジルの近くに強い魔物の子の波長を感じたものでな、駆けつけてみればこの有様よ」

 

 

その言葉にビクっと肩を震わせるマジル。

つまりなんだ? 自分がいたからヘラーにガッシュ達の居場所がバレてしまったと?

だが今はそんな事を考えている時間など無い、清麿はすぐに体勢を立て直して呪文を発動させた。

 

 

「ザグルゼム!」

 

 

狙うは現在空中に浮遊しているヘラーの最強呪文。しかし――

 

 

「シルド・ホロウ」

 

 

黒い六角形の盾が間に割り入りガッシュのザグルゼムを遮ってみせる。

それだけならば連鎖のラインとして利用できた。しかし盾を発動させたザムザはすぐに呪文を解除して電撃のパワーが溜まった盾を消滅させた。

 

 

「クッ!」

 

 

まずい、まずいまずいまずい。

清麿は汗を浮かべて息を呑む。どんな問いかけをしてもあの呪文を発動前に潰す答えが見つからない。

何を検索しても『Not Found』、要求した答えが見つからない。

けれども諦めるわけには。恵は魔本に力を込めて呪文を。

 

 

「ギガ・ラ・セウシル!」

 

 

攻撃を反射する円形のシールドに閉じ込められるヘラー達。

しかしすぐに側近の使徒が肉体強化の呪文で盾を簡単に破壊してみせる。

 

 

「清麿くん!」

 

「クッ! 何か、何か――ッ!」

 

 

答えが無い。答えが出ない。

焦る清麿だが、デモンはそれを知らずに章吾へ声を。

自らの最大呪文であるデルガ・ジン・ザケルガならばアレを止められるかもしれない。

力が足りずともマリーも力を合わせればと。二人は視線を合わせると頷き合い、それぞれパートナーに声をかける。

 

 

「章吾! 頼む!」

 

「サンディ! 最大呪文!」

 

 

しかし二人の返事は無い。

疑問に思いパートナーのほうを見る二人、すると彼らは先程浮かんだ違和感の答えを知る事になる。

 

 

「悪い、無理だ」

 

「ッ! 章吾……!」

 

 

そこにいた章吾は先程まで明るく笑っていた彼ではない。

青ざめ、汗を浮かべ、脚が震えている姿だった。他人から見ればなんと情けない姿か。

そしてそれはサンディも同じ、眉を八の字にして震えているではないか。

何故か? 決まっている。怯えているからだ、恐怖を抱いているからだ。呪文の力は魔物の力でもあるが、その威力を決める一番の要因はパートナーの心の力。

何を思い、何を込めて呪文を放つのか、それで威力や心の力の残存量は決まってくる。

 

早い話が章吾とサンディは心が折れている。

無理も無いと言えばそうか? ガッシュと戦った時はあくまでも力を見ると言うフィルターがあった。

しかし今は違う、現にヘラーは人を目の前で殺して見せた。そして当然自分達をも殺そうとしている。

そんなヤツと戦うと言う事は、文字通り殺し合いだ。章吾もサンディも戦いと言う事を分かっているつもりでも、どこか心の隅ではゲーム感覚にしか捉えていなかった。

それが今になって崩れさる。死ぬかもしれない、その恐怖が彼らの心の力を極端に弱めていた。

 

 

「章吾! デルガを!」

 

「すまんッ! 分かっているつもりでも、出ないんだ!」

 

 

最大呪文を放てる程の心の力が込められない。デモンの中に芽生える大きな焦り。

そうか、これが人間と組むと言う事なのか。彼はまだどこかで章吾が自分の思い通りに動いてくれると思っていたが、そういう事ではないらしい。

 

 

「清麿くん! このままじゃ!」

 

「ああ! 仕方ない!」

 

 

一方の清麿と恵。このままではマズイと清麿は問題提示の角度を変えてみる。

すると発動前に潰す方法はないが、打ち破る方法ならば一つだけあった。魔神の力に対抗できるのは同じく神の力のみ。

そうなんだろう? それだけの力があるんだろう? 清麿は魔本にありったけの力を込めてヘラーの呪文を睨む。

 

 

「出ろ! バオウ・ザケルガッ!!」

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

ガッシュから現れる巨大な雷の龍。

それを見てヘラー達は歓喜の声を上げた。

 

 

「おお! コレが破壊神バオウか!」

 

「バオウ! かつて天界で名を馳せた破壊神ですか!」

 

「そう! ッ、しかしどうだ? 今の姿は」

 

 

一魔物の子の術に成り下がっているとは嘆かわしい。

かつての破壊を求める心は無く、今は完全にガッシュの力として生を受けている。

なんと愚かな、なんと哀れな。栄光を捨てた姿には怒りさえ覚えると言うもの。

 

 

「受けて立つぞバオウ!」

 

 

ヘラーの召喚した大蛇から巨大なエネルギー弾が放たれる。

それは脳天から花が生えた髑髏を無数に密集させた不気味な異形。歪なブーケがバオウ・ザケルガに向かって放たれた。

しかし問題はある。先程と同じ様にヘラーの側には使徒達が控えているのだ。ヘラーの呪文に加勢されたらバオウに勝利は無い。

バオウがヘラーの呪文と戦う間、奴らを止めておかなければ。

 

 

「章吾! 肉体強化を頼む! それなら心の力はそれほど関係ない!」

 

「す、すまん! クロウ・ザケルガ!」

 

「サンディ! わたしも!」

 

「うん……! ラヴ・シザルク!」

 

 

デモンの爪に電撃で構成されたオーラが付与される。

さらにマリーが取り出したハサミが巨大化、分離して二つの双剣となった。

二人が向かうのはヘラーの下、当然呪文を発動している彼女を守る為に側近達もデモンとマリーを止めに走り出す。

 

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

デモン達が側近達と戦っている真上でバオウが髑髏のブーケに牙を突き立てた。

激しい衝撃派が発生し、両者は競り合いを始める。

デモン達神子に与えられた『ジン』は呪文レベルで言うのならばシンを僅かにではあるが凌駕する威力を持っている。

故に、それを打ち破ったバオウ。ココで負ける理由は無い。

 

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「よし! 打ち破った!」

 

「………」

 

 

バオウは術を使えば使うほどに威力が上がる技。

正直それほど呪文を使っていない今の状態で打ち破れるかは不安だったが、なんとかなった様だ。

バオウはブーケを噛み砕き咆哮を上げる。しかし、ヘラーは全く怯まない。むしろ嘆きの表情を浮かべ、ため息をついた。

まず一つ、バオウの力はブーケを砕いた事で減少している。

 

 

「なんだ? まさかこの程度か? 失望したぞ」

 

「何ッ! まさか!」

 

 

動き出す大蛇。まだヘラーの呪文は死んでいない。

エネルギー弾と本体の二段構え、ヘラーの合図にて大蛇はその牙と鋭利な蜘蛛の足でバオウを受け止める。バオウの顔に噛みつき、長い体を絡ませて互いを締め付けあう。

その時、清麿の中にある答えが書き換わる。術を打ち破れる、それは一段目限定の話だったのだ。二段階を含めて彼女の最強呪文は一つの形になっている。

それを踏まえ、再び答えを求めると、返ってきた答えは――

 

 

「――堕ちたな、バオウ」

 

「ば、バオウが!」

 

 

アンサー・トーカーの力で導かれた答えは『バオウ・ザケルガの敗北』。

自身の能力を微妙に外してくるのは、まだ清麿の中の能力が安定していないのか、アンサートーカーは非常に脳を酷使する。

それとも、向こうの力がそれだけ上を入っているのか。

 

 

「所詮神の座を離した者など、この程度と言う事か」

 

 

失望だ、ヘラーはうんざりした様に杖を振るう。

 

 

「興味が削がれた。消えよ、バオウ・ザケルガ」

 

「オォォオォオッォオォオォォォォォ!!」

 

 

大蛇の咆哮と共にバオウの肉体が引きちぎられ、噛み砕かれる。

 

 

「ぐ……ッ!」

 

「過去の遺産だな。もはや、新時代には不要の産物だ」

 

 

一段目の攻撃で威力が落ちていた為、バオウ・ザケルガはヘラーの呪文に打ち砕かれる。

そのまま清麿達の方へと向かう大蛇、ちょうどその時マリーとデモンの使徒達の攻撃に吹き飛ばされて清麿達の所へ送られた。

 

 

「デモン!」

 

「ぐぐッ、すまねぇ章吾。神子じゃあ使徒と互角、それ以下が限界かもしれない!」

 

 

とにかくとこのままならばまとめて大蛇を食らって終わりだ。清麿はすぐにアレを防ぐ方法を能力ではじき出す。

するとただ防ぐと言うだけならばいくつかすぐに答えが見つかった。しかしただ防ぐのでは次の攻防に勝てはしない。

ココは心の力の残量を考えても、ティオに任せるのが懸命だと清麿は判断した。

 

 

「頼む、恵さん!」

 

「分かったわ! チャージル・セシルドン!」

 

 

再び現れる最強の盾、それは大蛇をしっかりと受け止めると、僅かな競り合いの後に消滅させてみせる。

再び湧き上がる歓声、どうやらヘラー達はバオウよりもティオの盾に興味が湧いたらしい。

手を抜いていたとはいえ仮にも『シン』を受け止めただけではなく、まさか神の術ですら防御して見せるとは。

そちらもバオウとの競り合いで威力が下がっていたとは言え、盾の調子を見るに相当の防護力を持っていると感じられた。

 

 

「ふむ、私はあちらの方に興味が湧いたぞ」

 

「っ!」

 

 

ティオを見てニヤリと笑うヘラー。

 

 

「いかがなさいますか?」

 

「そうだな、予定は変更だ。バオウよりもアチラを持ち帰る」

 

「ッ、させぬのだ!」

 

 

再び動き出そうとするガッシュ。

しかしヘラーにはそもそもはじめから彼らと真面目に戦う気など更々無かった。

いくら神とは言えど、ガッシュの実力はよく知っている。さらにバオウの存在があったと把握していた為、事前にある程度の対処はとっておいた。

それを今、彼女は『使う』。

 

 

「ホロウ・ウルク」

 

 

黒いオーラを纏って瞬間的に音速のスピードを出すヘラー。

清麿も答えを出した時には既に空中に舞っているところだった。アンサー・トーカーは非常に強力な能力ではあるが弱点もそれなりに多い。

その一つが、人間の判断力で行われる処理速度である。答えが分かろうとも対処の行動を待たぬ速度を突きつけられると厳しい物がある。

ヘラーは高速で清麿達の下へ移動すると杖を振るって周囲の者達を弾き飛ばしていく。そして彼女が掴むのは自らの使徒であるマジルの存在だった。

 

 

「うぁああッ!」

 

「マジル!」

 

「フッ! さあガッシュ、皆の者よ、取引の時間だ」

 

 

杖先をマジルの顔に向けるヘラー。

話はなんとも単純な物だった。もしもガッシュ達が抵抗を示せば、マジルの頭を吹き飛ばすと。

 

 

「お前――ッ! 自分の使徒を!」

 

「分からんな、何を怒る必要が? 私は私の道具を効率的に使っているだけだ」

 

 

舌打ちを放つデモン。そうだろう、所詮は自分の力で生み出した傀儡にしか過ぎない。

愛情など湧く筈もないのだ。ヘラーにとってマジルはどれだけ自分に利益をもたらしてくれるかどうかで大切さが決まる。

そもそもはじめからそれが目的だったに違いない。ヘラーはマジルを人質にする為に生み出したのだと。

 

 

「道具だとッ!」

 

 

怒りの表情を浮かべ前のめりになるガッシュ。

しかし対してマジルを掴む力を強めるヘラー、マジルの苦痛の声がガッシュの表情を大きく歪ませる。

 

 

「そうとも、こうしておけばお前達は私を攻撃できないと思ってな」

 

 

幹部でもないマジルに擬似的な感情を与え、さらに恐怖心を強く感じさせる様に設定させた。

臆病な性格のマジルはガッシュときっと良い友達になってくれるだろうとヘラーは考えていた。

ガッシュは優しい王、言い方を変えれば甘い奴だ、恐怖に震えるマジルを殺せる訳が無い。

だとすれば彼はきっとマジルを許し、友好関係を築くのではないか? だとすればその後のマジルはヘラーにとって最強の盾になる。

はじめからマジルはガッシュと友人になる様に差し向けたと言う訳だ。優しい王はお優しいからその名がついたと言う物、つまり一度マジルと言う存在に尊さを感じてしまえば、それが最大の弱点になる。

そう、もう一度言おう。今、ガッシュの友人(マジル)はヘラーにとって最強の盾になったと言う訳だ。

 

 

「―――」

 

 

青ざめる清麿。

アンサー・トーカーは未来予知では無ければどうすれば状況を打破できるのかを教えてくれるシステムでもない。

ただ知りたい事の答えを教えてくれると言うだけの話だ。

だからこそ、どうしようもない場合には答えが返ってこない。

いや、正確には答えはある。今、この状況を切り抜ける方法は一つ。

 

 

『盾にしているマジルを殺す』

 

 

そこに抜け道は無い。マジルを生かしてと設定してしまえば答えは返ってこない。

だがしかしそれはあまりにもな答えではないか。章吾やデモンもそれが分かっているのか、歯を食いしばって少しずつヘラーから後退していくだけ。

彼女はマジルを人質に取った、それだけの事が今の状況では何よりも厄介だった。

 

 

「さあ、呪文を唱えるなよ人間共」

 

「……ッ!」

 

 

無理な話だ。しかし唱えればマジルが殺される。

誰もが分かっている。コレは冗談などではない。

奴はなんの事は無く人を殺した。そんな奴が今更部下一人殺す事なんて簡単なのだろう。

 

 

「ガンズ・ホロウ!」

 

「ぐぁぁああ!」

 

 

呪文を受け吹き飛ぶガッシュ、デモン、マリー、ティオ。

清麿達はすぐに叫ぶが、今度は彼らに呪文が降りかかり、次は清麿達パートナー側が地面を転がる事に。

 

 

「がハッ! ぐぅあぁあ!」

 

「あぁぁ……!」

 

 

震えるマジル。こんな事になってしまったのは自分のせいだ。

彼は自分を強く攻めるが、対してヘラーは声をあげて笑っていた。

愉快、そして不可解、やはりユリアスの考えは全くもって理解できない。

何故強大な力を持つ魔物の力を非力な人間に委託する必要があるのか。人を介して呪文を発動させる等無駄の極みでしかない。

現に今も見ていれば、デモンやマリーはそのおかげで本調子を出せず、ただの足手まといになっているではないか。

 

 

「使えぬ人間をパートナーにされてはたまったものでは無いなデモン」

 

「――ッ」

 

「高嶺清麿程ならまだしも、恐怖に怯え震える置物では使い物にならん」

 

 

章吾は悔しげに拳を握り締める。

しかし受けたダメージは痛みとして彼にさらなる恐怖を煽らせる。

痛みは単純に恐怖を加速させるファクター、それが増えれば増えるほどに力の心は弱くなっていくのだ。

 

 

「そうだとも。脆い人間など、不要の存在ではないか。アドネル!」

 

 

呪文を発動させ黒い糸を射出させるヘラー、それは倒れていた恵とティオを縛り上げるとヘラーの下へ引き寄せる事に。

 

 

「「きゃああああああああ!!」」

 

 

重なるティオと恵の悲鳴。

どうやらヘラーはティオの防御力に注目したようだ。

あれはまさに神の力にも匹敵するほどの力、ガッシュのバオウザケルガよりも魅力的に映った様だ。

 

 

「ティオ!」

 

「恵さん!」

 

 

ガッシュと清麿は、空中を舞う二人を止めようと魔本を開く。

しかしすぐに躊躇、ココで動けばマジルはどうなる?

見ればそれをヘラー自身分かっているのか、下卑た笑みを浮かべながらマジルの存在を強調させる様に前に突き出している。

そうしているとヘラーはティオと恵を掴み、その赤い瞳に二人を映した。

 

 

「この力を解析し、我が物とする。そしてそれが終わればお前ら二人は殺処分だ」

 

「何を――ッ!」

 

「抵抗をするな、マジルを殺すぞ」

 

「「ッ!」」

 

「ああ、何とも便利なものだな。フフフ」

 

 

踵を返すヘラー。どうやら今はティオと恵を連れ帰るだけに留めておくらしい。

 

 

「ヘラー様、奴等の処分はいかに?」

 

「フム、そうだな」

 

 

ヘラーはチャージルセシルドンを思い出す。

魔力の流れ、そして『チャー』と言う呪文形態、アレは何やらティオの想いに応じて膨れ上がっている様に見えた。

となれば、彼女が関わった者に対して抱く想いに応じて術の防御力が上がるのかもしれない。

それにバオウも明らかに弱くなっていると見たヘラー、ここはまだ早計するのは安易か?

アンサートーカーも捨てがたい能力ではあるし、仮に章吾達を殺しても清麿に大きなショックが掛かり能力が消えると言う事もある。

ましてや、まだ少しパムーン達から受けた傷も残る。

 

 

「ではバムロア」

 

「ハッ!」

 

「お前は残れ、そして私に歯向かった愚かな人間や魔物に痛みを教えてやるのだ。ただし殺すな。殺すのはもっと後だ、コイツらはもしかしたら使えるかもしれぬ」

 

「かしこまりました」

 

「うむ。では私は戻るぞ」

 

 

マジルを突き飛ばしバムロアに差し出したヘラーは、ティオと恵を引き連れて歩き出す。

不安げな視線を清麿に送る恵。ティオも小さくガッシュの名を呼んで助けを求めた。

 

 

「ティオ!」

 

「くっ! 恵さんを放せ!」

 

 

動こうとする二人だが、立ちはだかる様にして前に立ったバムロアがナイフをマジルの頬に当てているのを見て動きを止めるしかなかった。

 

 

「一歩でも動けば、コイツを殺す」

 

「くッ! 卑怯だぞお前! 正々堂々戦うと言う心は無いのか!」

 

「黙れガッシュベル。使徒は王の上に立つ存在、勘違いをするなよ」

 

 

ガッシュの言葉を一蹴するバムロア。

カラスの羽をナイフは少し力を込めればマジル程度など一瞬で殺す事ができるだろう。

かと言って二人は密着している状態、何か大きな呪文を打ち込めば助けるどころかマジルを巻き込んでしまう。

スピードのあるザケルガならば? いやだめだ、パワーアップした事が逆にザケルガの範囲を広くしてしまい、今のままではマジルに当たってしまう。

清麿は必死にアンサートーカーの力でマジルを助ける方法を探すが何も見つからない。

まだ敵が動きが鈍ければ色々とチャンスはあったのだろうが、バムロアはヘラーの使徒の中で一番スピードが速い。コチラが何かを仕掛ける前にマジルを殺す事など容易なのだ。

 

 

(清麿君――ッ!)

 

(恵さん!)

 

 

恵やティオ、清麿やガッシュはただ視線を交わすだけで何もできなかった。

それが歯がゆく、清麿はグッと拳を握り締めて激しくバムロアを睨みつけている。

こうしている内にヘラーは闇の中に消えていき、とうとうみすみす逃がしてしまう結果となった。

 

 

「ククク。伝わってくるぞ人間、ガッシュベル、お前達の負が体外にまで溢れている様だ」

 

 

しかし何もできない。当然だ、彼らはマジルを攻撃できない。

ココでマジルを攻撃すると言う事は、マジルを殺す意思を自らの意思で固めたという事になる。

それはできない、当然だ、彼は優しい王様、切り捨てる覚悟を固められる筈が無いと。

 

 

「愚かだな。何を優先させるか、切り捨てる判断を下せぬ王とはまさに愚か」

 

「何だと――ッ!」

 

「マジル等、お前達にとっては今日一日で知り合った薄い関係でしかない。こんな価値の無い者に縛られ、挙句仲間を奪われるとは滑稽の極みではないか」

 

 

黒い翼を広げるバムロア、すると彼は呪文を発言、そこから羽の弾丸を飛ばしてガッシュ達を攻撃する。

肌に突き刺さっていく無数の羽、一同は苦痛の声を漏らし、そしてバムロアは小さく笑い声を。

 

 

「ガッシュ……!」

 

 

その中でマジルはジワリと目に涙を浮かべる。

そうだ、自分のせいで彼らはいらぬ苦痛を負う事になってしまったんだ。

それに自分は彼らの良心を利用する為に生み出されたただの盾、その役割を知ってしまえば、マジルは涙を浮かばずにはいられなかった。

もちろんこれも言ってしまえば偽物の涙だ。しかしそれを思えばまた悲しくなる。自分は一体何の為に生まれ、何の為に生きるというのか。

 

 

「友人に優劣など、ある訳が無かろう……!」

 

「ッ!」

 

 

その時、地面に倒れていたガッシュがゆっくりと立ち上がる。

その目、その眼光、気に入らない、バムロアにとっては大きく気に入らない『目』であった。

自分は欠片とて間違っていないと言う自信、そして愚かなことをいっているのはお前のほうだと目が語る程の哀れみ。気に入らない、ああ気に入らない!

 

 

「ロンド・ホロウ!」

 

 

バムロアは闇の鞭を出現させるとガッシュの頬を強く打つ。

清麿はすぐにガッシュに駆け寄ろうとするが、その時バムロアの言った一言で動きが止まる。

簡単だ、動けばマジルを殺すと言うもの。結果ガッシュに手を差し伸べる者はいない、惨めに一人倒れているガッシュを、バムロアは鼻で笑う。

 

 

「ガッシュ、やはりお前は愚かなのだ。こんな中身の無い虚構だけで作られたマジルを友人と言い、その結果お前はこうして何もできずに俺の攻撃を喰らい続ける」

 

「黙れ……!」

 

 

立ち上がるガッシュ。

やはりその目は真っ直ぐにバムロアを貫いており、曇り無き王の眼に思わずバムロアは一歩後ろに下がった。

なんだ、なんだコレは、いくら王とは言え何故ただの魔物に自分は怯えているのか。

 

 

「バムロアとやら。私は何度でも言うぞ、マジルは私の友人だ」

 

「ぐッ!」

 

「もしも次、またマジルを馬鹿にしてみろ。私の大切な友人を馬鹿にしてみろ――」

 

 

ガッシュのマントが靡く。ガッシュの美しい黄色に近い金髪が揺れる。その目に、雷光の光が迸る。

 

 

「私は、お主を許さぬぞ」

 

「黙れ――ッ! 黙れ黙れ!」

 

 

何もできないくせに。何も変えられないくせに。

バムロアは黒い翼を広げるとエネルギーを集中させる。強力な呪文が来る、一同はそれを察するが、どうすればいいと言うのか。

ココで抵抗しよう物ならば肝心のマジルが殺されてしまう。バムロアは羽でエネルギーをチャージしている為に手は自由に動かす事ができる。

隙を突く事もできない。ガッシュもそれが分かっているのか、汗を浮かべ、ただ敵を睨む事しかできなかった。

 

 

「所詮お前は、口だけの王! 神に歯向かう資格は無い! アボロオウ・シン――」

 

 

バムロアが最大呪文を口にしようとした、まさにその時だった。

 

 

「いや――ッ! まだだ!」

 

 

清麿がニヤリと笑みを。

 

 

「ジオ・ラ・シュドルク!」

 

「ッォオオオオ!!」

 

 

バムロアの背後から巨大な棘が一本、地面を突き破って伸び出した。

奇襲、背後から一瞬で伸び出る棘にバムロアは対処できず背中で棘を受ける事に。その衝撃で空中に打ち上げられ、マジルから距離が大きく離れた。

 

 

「ガポルク!」

 

 

声、直後轟音が。見ればバムロアの腹部に爆発が起こり彼はさらに後方へ吹き飛んでいった。

完全にマジルと距離が離れたバムロア、そこを狙わない手は無い、章吾はなんとか恐怖を振り払い心の力を魔本に込める。

 

 

「ウルボル・ザ・ブルク!」

 

 

デモンは地面を蹴って一気にマジルに距離を詰めると、彼を掴んでガッシュ達の所に移動する。

 

 

「大丈夫かマジル」

 

「う、うん……!」

 

 

そしてデモンは見る。このアシストを行ってくれた者の姿をだ。

口を開けているサンディとマリー、そして目を輝かせているガッシュと清麿。現れたのは馬の様な魔物と、アヒルの嘴を持った子供。

そして二人のパートナーの人間の姿だった。

 

 

「遅くなってすまない清麿、ガッシュ」

 

「メルメルメー!」

 

「大丈夫かい? 私が来たからにはもう安心だ!」

 

「そうだぞぅ! 鉄のフォルゴレと無敵のキャンチョメ様があんなヤツすぐにコテンパンにしてやるからな!」

 

「おお! サンビーム殿! ウマゴン! キャンチョメにフォルゴレも来てくれたのか!」

 

 

現れたのはガッシュ達と関わりの深い、黄色とオレンジの魔本を持ったペアだった。

幾度と無くガッシュの危機を救ってくれた大切な存在だ。

 

 

「ぐぐッ! 仲間がいたか!」

 

立ち上がり一度後ろに飛ぶバムロア。

しかしそこでキャンチョメとフォルゴレが前に出る。魔本が光り輝き、彼はもう一度先程の呪文を。

 

 

「ガポルク!」

 

 

キャンチョメの体がボワンと言う音と共に巨大な大砲へ変わる。

一番初めにガッシュ達と戦ったときにハッタリとして変身したその姿。

しかし『ポルク』は姿が変われど結局能力はキャンチョメのままだったので何もする事ができなかったが、このガポルクは違う。

 

 

「えーいッ!」

 

 

キャンチョメの声と共に砲台からは本当に弾丸が発射される。

ガポルクはポルクとは違い変身した者の能力を実際に使用する事ができる。

ドラゴンになれば火を噴けるし、ジェット機になれば素早く空を飛ぶ事だってできるのだ。

とは言え、変身した物が高性能であればある程心の力の消費も大きくなるので多様はできないが。

 

 

「チッ!」

 

 

羽を盾にして弾丸を受け止めるバムロア。爆発が起こり、大量の爆煙が彼の視界を隠す。

彼は理解した、この弾丸は爆煙(コレ)が目的で発射したのだと。

 

 

「メルメルメー!」

 

「やはり奇襲か!」

 

 

爆煙を突き抜けてしてウマゴンが角を突き出す。

既にゴウ・シュドルクを発動していたウマゴンは一瞬で距離を詰めて攻撃を開始する。

爆煙の中から突如現れた彼にバムロアは対処が遅れ、激しい角の乱舞を身に受けてしまう。しかしすぐに対応、彼はウマゴンの角を掴むと、ニヤリと笑みを。

 

 

「メ、メルッ!」

 

「捉えたぞ!」

 

 

角を掴まれたウマゴンはバムロアを振り払おうと力を込めるが、ゴウ・シュドルクのパワーではそれは難しいのか、逆にウマゴンの動きが止まる事に。

この状態で技を放たれれば避ける事はできない。

しかしそこで光る魔本。

 

 

「シュドルセン!」

 

「何ッ! グォオオ!!」

 

 

ウマゴンの角が体が分離、弾丸となりて角を持ったバムロアを大きく吹き飛ばしていく。

すぐに角を放すバムロアだがウマゴンはすぐにバックステップで距離を離し、サンビームの隣に着地。次の指示を待った。

 

 

「おのれぇええ! バウロ・ソルド!」

 

 

羽を刃に変えて突っ込んでくるバムロア。

ウマゴンは次の強化形態、ディオエムル・シュドルクを発動させて炎を纏いながらバムロアに突っ込んでいった。

角と刃がぶつかり合い、両者は激しく相手を睨みつける。熱い炎の様な情熱を瞳に宿すウマゴン、バムロアは大きく舌打ちを。

 

 

「お前も気に入らない目をしている!」

 

「メルメルメーッ!」

 

 

ガキンガキンと刃と角がぶつかり合う音が響き渡る。

 

 

「ようし! フォルゴレ! シン・ポルクで一気に決めちゃおう!」

 

「ああ! まかせろキャンチョメ!」

 

 

光る黄色の魔本。しかしそれを清麿が制す。

 

 

「駄目だキャンチョメ! 奴らにシン・ポルクは通用しない!」

 

「えぇ! ど、どうしてだい?」

 

「奴らには脳が無い! 脳を介して命令を伝える力は効果を発揮しないんだ!」

 

 

使徒は魔神の力の集合体。思考はあるものの、それは脳と言う器官を必要とはしていない。

言わば機械と同じ、キャンチョメの力は相性が悪いとアンサー・トーカーでの答えが導き出された。

 

 

「えええ! どうしようフォルゴレぇ!」

 

「まいったなー! ガポルクは燃費がいまいち悪いしなー!」

 

 

涙を流しながら抱き合う二人、しかしそこでデモンが表情を変える。

 

 

「いや! シン・ポルクを使ってくれ!」

 

「ッ? デモン?」

 

 

良い考えがあるとデモンは章吾を見てそう言った。

そして一方武器をぶつけ合うウマゴンとバムロア。素早さが武器のバムロアだが、同じくしてウマゴンもその最もたる武器はスピード。

速さと速さがぶつかり合い、激しい火花を散らしていく。

 

 

「ウマゴン!」

 

 

だがそこでサンビームの声。

ただ名前を呼んだだけだがウマゴンはそこで地面を蹴って大きく上に跳んだ。

 

 

「ッ! 何! ぐあぁあ!」

 

 

ウマゴンに視線を奪われるバムロアだが、直後自らに直線の電撃が命中する。

 

 

(バオウを使って尚コレほどの威力持つ技を――ッ! いや、これは!)

 

 

帯電し地面を転がるバムロア。

彼を吹き飛ばしたのはデモンのザケルガ、その威力は本調子時のソレ、強力な雷撃がバムロアの体に響き渡る。

そしてまだ終わらぬ攻撃、サンディの魔本が巨大な光を放つ。

 

 

「ガンジャス・ラブル!」

 

 

地面を何度も拳で殴りつけるマリー。

すると離れていたバムロアが倒れる地面からハート型のエネルギーが地面を突き破って連続して出てくる。

エネルギーに揉まれ空中に打ち上げられるバムロア、なんだ? 先程まで恐怖に震えていた筈なのに!

 

 

「デル・クロス・ザケル!」

 

 

上級呪文デル・クロス・ザケル。

デモンが腕を振って十字を描くと、その動きにシンクロする様に電撃が直線に迸る。

文字通りそれは十字架、電撃が交わる中央点に閉じ込められるバムロア。彼は苦痛の声を上げながらも、この術を放った章吾の魔本を見る。

するとやはりその輝きは確かな物。見れば彼の表情は軽く、自身の笑みを浮かべているではないか。

 

 

(なぜだ? 恐怖に震えていたあの時とは全く別人ではないか!)

 

 

それはサンディにも言える事。

確かに仲間は増えた、しかしだからと言ってあそこまで変われるのか?

 

 

「!」

 

 

その時、バムロアはフォルゴレの魔本もまた光っているのを確認する。

キャンチョメを見ればなにやら必死に手を振っている模様。何をしている訳でもないが、それは指揮者の真似をしている様にも見える。

まさかアレに何か秘密があるのか? そうは思えど、その時動きを止めている自分の前にマリーが。

 

 

「ゴウ・アムラブル!!」

 

「うっりゃあああああああああ!!」

 

「ぐがああああああああ!!」

 

 

手にピンクの光が宿り、マリーは思い切りバムロアを殴りつける。

するとファンシーな音と共にハートマークが出現。

しかしそのファンタジックな様子とは裏腹に威力は確かな物、バムロアは悲鳴をあげながら地面へ直撃する。

 

 

「どうだい章吾、サンディ」

 

「ああ! いい調子だ、助かるぜキャンチョメ!」

 

「オッケー最高! すっごい元気出る!」

 

 

そのカラクリはキャンチョメの最強呪文シン・ポルクにあった。

確かに脳に命令を送る力は脳はおろか神経すら無い使徒には無意味だろう。

しかし当然人間である章吾とサンディには効果がある。キャンチョメは今現在章吾とサンディ視点、まるでモーツァルトだのベートーベンだのの様な巻き髪でスーツを着ている状態である。

そして指揮棒を振るい、背後には立派なオーケストラが勇ましい音楽を奏でている。

さらに不釣合いかもしれないが、チアリーディングの女の子達もポンポンを持って激しいダンスを。

 

 

『『『『『フレー! フレー! サ・ン・デ・ィ! 章吾ぉッ!』』』』』

 

 

応援、それがキャンチョメがシン・ポルクで行った事である。音楽や応援の力で二人の恐怖心を取り払う。

単純な作戦ではあったが、見事に章吾とサンディにはハマり、二人は湧き上がる元気を感じて心の力が膨れ上がるのだ。

 

 

「可愛いバンビーナに応援されて元気が出ない男はいないからね!」

 

『『『『『がんばれー! 章吾くーん!』』』』』

 

 

フォルゴレの言葉どおりチアガール達は章吾に黄色い声で声援を。

 

 

「うん! がんばりゅー!」

 

「けっ!」

 

「………」

 

 

デレデレになってチアガールに手を振り返す章吾(まあ幻影なのだが)と、鼻を鳴らすサンディ。

パートナーの姿に汗を浮かべるデモンとまあそれぞれに分かれていた。

とは言えど結果は結果、ノリが戻った章吾はそれだけ強い魔力を込められると言う訳だ。

 

 

「メルァッ!」

 

「グオオォオッッ!!」

 

 

さらに落下したバムロアを蹴り飛ばすウマゴン。

炎を纏った蹴りはそれだけダメージと勢いをバムロアに与え、次に彼が立ち上がった時、周りは魔物の子に包囲されている所だった。

 

 

「お、おのれッッ!」

 

「お前の負けだ! さあ、ヘラーはどこに行った! それを教えてもらおうか!」

 

「……ッッ!」

 

 

その時、バムロアは素早く羽を毟り取り、それを己の頭に突き刺した。

あまりに一瞬だった為何が起こったのか一同は理解が遅れる。

すると頭から吹き出る黒い霧、どうやら状況が不利と察したバムロアは何も語らずに消える様だ。

 

 

「お前……ッ! なんで!」

 

 

ヘラーの為に自害するとは。デモンには全く理解できぬ所だ。

確かに彼もユリアスの為ならば命を賭けても良いとは思っているが、だからと言ってこんな風になんて。

いや、確かに自分達は使徒を倒そうとしていた。だからこれはむしろ助かる事なのだが、強烈な違和感も残る。

 

 

「フン、コレが使徒の宿命と言うものだ」

 

 

力なく崩れ落ちるバムロア。

彼はゆっくりと視線を、この光景を見て震えているマジルに移す。

 

 

「延命に……意味など――、無い」

 

 

そこまでだ。

それを言った直後彼は完全に黒い霧となって姿を消す。

消滅。違和感は強いものの、ガッシュ達の勝利となった。

 

 

 




どうでもいいけど筆者は結構終盤までゾフィスは女の子だと思ってました。
いやもう滅茶苦茶オレとか言ってたけど俺っ娘だと思ってました。
こらもうアホのビンタですわ


次回は一週間後くらいにでも。


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第5話 理想と未練

 

 

「ガッシュー! 無事だったか! 心配したんだぞー!」

 

「メルメルメー!」

 

「おぉ! キャンチョメ! ウマゴン! 無事で何よりだ!」

 

 

抱き合うガッシュ達。

心に引っかかる物を一同に残した勝利となったが、とにかく今はヘラーに攫われたティオと恵を助けなければ。

合流したサンビーム達に素早く事情を説明する清麿、章吾達も挨拶を交わし、サンビーム達は大まかな事情を把握した。

一方で清麿達も彼らがココに来た流れを説明される。事前に清麿はサンビームとフォルゴレに魔神の事情をそれとなく説明しておいたが、そんな二人の前にてっとり早く事情を説明してくれる者が。

 

 

「パムーン達が事情を説明しに来てくれてね」

 

 

事前の状況からして魔神がガッシュを狙うだろうと踏んだ彼らはすぐに日本に向かってくれとサンビームにコンタクトを取った。

と言う事で早速飛行機と、ウマゴンのシン・シュドルクを使って日本にやって来たという事だ。

事前に遊園地に行くとは連絡を貰っていたので、何とか間に合ったと。

 

 

「それにしても魔神か。厄介な事になったな」

 

「か、かか神様を怒らせてもいいのかなぁ?」

 

「そ、そうだな。バチが当たってしまいそうだ!」

 

 

ブルブルと震えるキャンチョメとフォルゴレ。

無理も無い、今回は流石の清麿もクリアと対峙した時に近い物を感じている。

なんとか実戦の経験があった為、章吾たち程心が不安定にはならなかったが、心に大きなショックは今も取り巻いている。

 

今までの魔物の戦いは死人が出る事はほとんど無かった。

しかし今回は別だ、ヘラーは何の躊躇いも無く人を殺した。彼女を殺せば生き返る為、完全な死ではないだろうが、それでも被害者が受けた苦痛は本物だったろう。

勝てば命は帰ってくるが、負ければ最悪人類が滅ぶ。なんと言うレベルの話か、命をベットしているゲームの様、それはまさに神のみが立てるステージの話しではないか。

ヘラーは魔神と人間は価値観その物が違うと言っていた。その言葉が胸に沁みる。できる事ならば話し合いで解決したかったが、どうやらもうそう言う訳にはいかない所まで自分達はやってきた様だ。クリアがバオウの力で邪悪な心を食われワイトになった様に、ヘラーもバオウを使わずとも、倒せさえすれば邪悪なる心を浄化され魔物に転生されるらしいが……。

だが今はもっと清麿の心をザワつかせる事態がある。清麿はすぐにその事もサンビーム達に説明を。ティオの力に興味を持ったヘラーが二人を連れ去ってしまったと。

 

 

「えぇ!? だ、大丈夫なのかい?」

 

「ヘラーはティオの力を分析すると言っていた。だから少しだけ時間に余裕はある」

 

 

だがそれもすぐに終わるだろう。

何としてもその前に彼女の居場所を突き止めて恵とティオを救出しなければ。

しかし考えれば考えるほど目の前で連れて行かれる二人の為に何もできなかった事が悔やまれる。

思わず拳を握り締めて歯を食いしばる清麿、それは『悔しい』という感情なのだと隣に居たマジルは理解できた。

 

 

「ごめんなさい、僕のせいで……」

 

「え? あ、いや、マジルのせいじゃないさ」

 

 

彼の頭を軽く撫でる清麿。

人の表情を見て謝罪を述べるまでにマジルの擬似的な感情は進化しているのか、彼はその事に少し驚きつつも気にするなと。

 

 

「そうであるぞマジル。おぬしは何も悪くないのだ」

 

「ガッシュ……ありがとう」

 

 

マジルは利用されていただけだ。

彼は何も知らない、全てはそれを利用したヘラーに問題がある。

 

 

「とにかくすぐに恵さんとティオを助けに行こう!」

 

 

ウマゴンのスピードがあればすぐに追いつける筈だ。

清麿がそう言うとウマゴンは自慢げに鼻を鳴らして鍛えた肉体を強調するようなポーズを取ってみる。

どうやら魔界に帰った後も訓練を積んで、シン・シュドルクを安定化させる様に鍛錬していたとか。

しかしココで一つ問題が。

 

 

「ヘラーがいる場所は分かるのか?」

 

「ああ。アンサートーカーを使えば――」

 

「ッ、ちょっと待ってくれ清麿」

 

 

それを制したのはデモンだ。

いくら清麿がクリア戦の為に自身の能力を強化したからと言って、アンサートーカーはかなり脳に負担が掛かると聞いている。

既にデモンたちと戦った時、ヘラー戦と、それなりの期間で能力を使用しているじゃないか。ブランクもあった訳だし、考えてみればそれだけ清麿の脳は酷使されていると言う事。

今、恵達を助けに行くと言う事はつまりヘラーと戦うと言う事だ。そうすれば当然アンサートーカーの力は絶対に使用しなければならない。

その為にも決戦の時までなるべく使用は控えた方が良いのではないかと思ってしまう。

 

 

「それは、確かに……」

 

 

だがそうなるとヘラーの居場所が、だ。

清麿としても使わないに越した事は無いが、流石にコレばかりは何ともできぬ話ではないか。

 

 

「マジルは知らないのか?」

 

「ご、ごめん。僕も分からない」

 

 

こうなるともうどうしようも無い話ではないか。やはり使用するしかないのかもと誰もが思ってしまう。

 

 

「同じ力を持つデュフォーはどうなんだい?」

 

「そうか、それなら――!」

 

 

彼とは以前連絡先を交換しておいた。

すぐに携帯を出して連絡をしてみるが、結果は繋がらないに終わってしまった。

しかしそこでハッと表情を変えた清麿。そうだ、デュフォーは駄目だったが、自分にはまだ頼れる知り合いがいるのかもと。

 

 

「頼れる当てがあるのか?」

 

「ああ、前に戦った奴で最近連絡先を交換しておいたんだ」

 

 

向こうも魔物の子と再会できていれば或いは。

清麿は早速その者に連絡を入れてみる。数回のコール音、そしてその後通話に切り替わる音が聞こえ、彼の声が聞こえてきた。

 

 

『珍しいな、何か用か?』

 

「ああ、いきなりで悪いが、少し頼みたい事があるんだ」

 

『頼みたい事――?』

 

 

すると声の向こう側でもう一つの声が聞こえてきた。

どうやら清麿に反応したらしい。

 

 

『久しぶりだな高嶺ピヨ麿ッ! また会えて嬉しいぞ! ペッ! ピヨ麿ペッペッ!』

 

「お、お前も変わって無さそうだな……」

 

 

清麿が助けを求めたのは以前戦った魔物の子、コーラルQとそのパートナーのグラブであった。

グラブは清麿の周りでも数少ない同等のIQを持った天才少年だ。それもあってか他の人には相談できない問題をお互い相談していた。

尤も本当にたまにではあったが、ふと彼もコーラルQと再会できているのではないかと言う想いが過ぎった。

どうやらその予想は的中していた様、清麿はすぐに簡単な事情を説明して助けを求めた。

 

 

『成る程、魔神か。コーラルQのレーダーにも魔物とは違う何かをまた探知していた所だ。それがまさか神とはな』

 

「そう、そのコーラルQの魔物を場所を特定する能力でティオの居場所を特定してくれないか?」

 

『いきなりだな。日本となるとココから距離もある』

 

「ぐッ、やはり無理か?」

 

 

するとグラブを押しのけたのか、コーラルQの声が。

 

 

『ええい馬鹿にするなよピヨ麿! 私は魔界に帰った後も訓練に訓練を重ね、新たなる技を次々と習得していったんだぞーッ!』

 

「本当か! 凄いなコーラルQ!」

 

『えへへ、照れちゃうなもう! じゃあ一緒に変形体操を――』

 

「早くしてくれ」

 

『……ちぇ、ノリ悪いぞピヨ麿! グラブ!』

 

『ああ、ラジェルド・レマ・ロボルク!』

 

 

ガチャガチャと電話の向こうでうるさい音が。

またインチキな変形が行われているのだろうと思いつつ、早速清麿は効果を問いかける。

するとどうやらこの変形はコーラルQの元々持つ特殊能力である『魔物の居場所を探知する能力』を極限にまで高める効果らしい。

清麿達からは見えないが、レーダータワーの様に変わったコーラルQ、彼は意識を集中させてティオの気配を探す。

すると物の十秒もしない内に特定は完了、明確な位置を地図に表示させ、清麿の携帯へ地図のデータが送られてきた。

 

 

『マークは二時間後に消滅する。必要ならまた連絡してくれ』

 

「分かった、助かる」

 

「ウヌ、コーラルQもありがとうなのだ」

 

『ピポパッ! 当然だ、グラブの住む地球が壊されてたまるものか! ピピピ!』

 

 

どうやら自分達が知らないところでまた人間と魔物の子の絆と言うのは深まっている様だ。デモンとマリーはその事を本当に嬉しく思う。

さて、ティオの位置が分かったという事で早速皆はそこへ向かおうという事に。そこはモチノキから少しだけ離れた所にある教会。

ウマゴンのシン・シュドルクがあればすぐにたどり着けるという所。

早速皆はそこへ向かおうと声を合わせる。

 

 

「その前に、サンディ!」

 

「うん、まかせて!」

 

 

魔本を開き意識を集中させるサンディ。

大分心も落ち着いたと言う事で彼女も本調子を取り戻したようだ。

 

 

「ゴウ・フォジオ!」

 

「!」

 

 

マリーから放たれた天使の姿をしたエネルギーが清麿に直撃する。

サンディの心の力を他者に渡す呪文で、バオウを使っていた清麿や、移動に大きなエネルギーを使ったサンビームの心の力を彼女は回復させた。

 

 

「ありがとうサンディ! 助かったよ」

 

「すまない、かなり余裕ができた」

 

「オッケーオッケー! 気にしないで。私心のパワーは人一倍だからさ!」

 

 

ガッツポーズをしてニッコリと笑みを浮かべるサンディ。

隣に居るマリーも頷いていた。だからこそ、彼女達はこうしてパートナー契約を結んだ部分もあるのだから。

 

 

「ッ? そうなのか?」

 

「ええ。わたし達神子はユリアスの命で他の魔物と同じくパートナーを選出する事を命じられたわ」

 

 

ただそのパートナーは自分で決めていいと言う話。

だからこそデモン達は人間界を吟味し、一つの可能性を見出した。

それは日本のとある地で生まれた者達は、魔物の強さを左右する心の力が他の人間に比べて強い事。

 

 

「シンセイ町、章吾とサンディが生まれた町さ」

 

 

そこで生まれた今現在三十代までの人間が極端に心の力の容量が膨大だと言う事が分かった。

だからこそデモン達はその人間をスカウトし、魔本を与えたという訳だ。

早い話が才能と言う事だ。訓練を積んで強くなった清麿達と何もしていない章吾が同等の戦いを繰り広げたのは、ひとえに彼の才能である。

清麿が天才ならば、章吾やサンディもまた天才だったと言う話だ。もちろんそれは普通に生活していれば絶対に目覚める才能では無かったろうが。

頭脳や運動センスとは別のベクトルにある才能なのだから。

 

 

「でも情けない話さ。心の力は優れていても、それを維持する精神力が俺達には無かった」

 

 

恐怖に縛られて実力を出せないのでは意味が無い。二人は顔を見合わせ表情を曇らせる。

 

 

「でも、リベンジはさせてほしい」

 

「イエス! 私も私も。このままじゃ終われないって話!」

 

 

二人の強い目を感じて清麿は頷く。

彼としても共に戦ってくれる仲間は多い方が良い。

 

 

「あの、僕も……行きたい」

 

 

少したじろぎながらも手を上げるマジル。

 

 

「マジル? いや、しかし――」

 

「お願いだよ、僕もティオさんを助けたいんだ……!」

 

 

目にはまだ怯えの感情が映っていたが、それでも彼はヘラーに立ち向かいと言った。

 

 

「僕には人間や魔物の様に考えるって事ができない。でもそれでも、やっぱりヘラー様は間違っていると――、信じる」

 

 

ガッシュや清麿の強い感情が、彼なりの答えを示したのだ。

だからこそ彼はヘラーに逆らう事になってもティオ達を助けたいのだと言う。

たとえ足手まといになろうが、抵抗すると言う意思を自分の意思として持ちたいのだと。

 

 

「ウヌ。良いぞ」

 

「ガッシュ! あ、ありがとう!」

 

「清麿達も良いな?」

 

「まあ、仕方ないな」

 

 

頷く清麿。とにかくもう時間は無い。

サンビームはシン・シュドルクを発動し、サンディは空気抵抗をゼロにしてウマゴン自身もシン・シュドルクのダメージを軽減させる『ライフォジオ』を発動させ、一同は早速ヘラーがいるだろう教会を目指して飛び立った。

高速で空を駆けるウマゴン。その背の上、デモンはガッシュに一つの提案を。

 

 

「なあ、ガッシュ」

 

「どうしたのだ?」

 

「お前、神になる気は無いか?」

 

「ヌ!? 私が神様にか!?」

 

「ああ……」

 

 

ヘラーを見ていて思った。彼女らは邪悪なる心に支配された邪神。

神の世界もまた、徐々に綻びが見え、今と言う時の中に均衡と調和は崩れ去った。

再建が必要となる時、その中でもしもヘラーを倒せば神の席がそれだけ空く事になる。

デモン自身よく分かっていないが、ユリアスの話しによれば空席は許されぬらしい。均衡は力の調和によって保たれる物。

バランスが崩れれば世界を構成する力もそれだけ弱くなると。

ではもしも今ヘラーを倒し、他の邪神を倒したとして、その席には誰がつけばいいのか?

デモンはその一席にガッシュを推薦したいと。デモン達も元をたどれば魔物の子、だからユリアスの加護の下、ガッシュを神子にしてもらえばと。

 

 

「今の世に必要なのは、お前の様な考え方だと思うんだ。だから――」

 

「申し訳ないが、私は辞退させてもらうぞ」

 

「ッ、ガッシュ……!」

 

「私は魔界の王となった。その責任は、せめて全うしたいのだ」

 

 

ガッシュは言う。彼もただ考えもなしに王の座にいる訳じゃない。

王の冠、王の席、なによりも王と言う称号。それは数多の魔物の子が喉から手が出るほどに欲した物だ。

多くの夢や希望、強い志を抱いて魔物達は神の試練に挑んだであろう。

 

今、自分はその上に立っている。

多くの魔物達が目指した魂を乗り越えて、踏み越えてそれを手にした。

神になったとしても王の責務は果たせるのかもしれない。しかしガッシュはそう割り切れなかった。

神は神、王は王、それはヘラーとて言っていたことだ。だからガッシュはこの問題をあくまでも魔界の王として挑みたいと。

 

 

「だから、そう、その席にはデモンが座ればいいではないか」

 

「おれが……?」

 

「ウヌ。神の座も王の座も、もしかするとそれほど違いはないのかもしれぬ」

 

 

ガッシュはデモンの目を見て問う。

 

 

「もしもデモンは私達が行った神の試練に魔物の子として参加していたら、どんな王を目指しておったのだ?」

 

「どんな、王?」

 

「ウヌ。もしも何か明確な形を持った王になりたかったのなら、その王の部分を神にすればよいのだ」

 

 

そうすれば、デモンにも何かが見えるかもしれない。ガッシュはそう言ってニッコリと笑う。

ガッシュは優しい王様になりたかった、ではデモンは? 彼はどんな王を目指していたのだろうか?

 

 

「それは……」

 

 

ガッシュは色々な魔物と出会い、様々な王の形を見た。

優しい王様、自由な王様、守る王、強き王。彼らはそれを目指すだけの想いがあったのだ。

だからこそ、デモンも目指したい神の形を明確にイメージすれば、彼が神子から神になればいいだけの話しだ。

 

 

「すごいな、ガッシュ……」

 

 

デモンとしては全く驚かされるばかりだ。彼はどうやら明確な芯を神の試練で獲得できた様だ。

ふと考えるデモン。もしも自分が王になるのなら、神になるのならば、どんな志を持っていたいのか。

そして、まさにその時だった。

 

 

「ディオ・バーガスホロウ!」

 

「「「「「!」」」」」

 

 

一同の耳には呪文を唱える声。

そしてウマゴンの眼下に無数のエネルギーがコチラに飛来してくる所だった。

 

 

「め、メルッ!」

 

 

縦横無尽に攻撃を回避するウマゴンだが、細いレーザーの様な物もまた同じく縦横無尽にウマゴンを狙ってくる。

魔本を開くサンディ、恐怖は込み上げるが、今はそんな事を言っている場合ではない、彼女は軽く頬を叩くと気合を入れて呪文を故障する。

 

 

「ディシルド・ラブル!」

 

 

巨大なハート型のシールドがウマゴンを包み込む。

次々に命中していく敵の攻撃、サンディとマリーは衝撃に歯を食いしばる。彼女の

一方で素早く状況を確認する清麿たち。見るとそこには翼を広げてコチラを睨みつける使徒ザムザの姿が。

執事の格好をしたコウモリとでも言えばいいか、モノクルの奥にある赤い瞳が殺意を放っていた。

どうやらウマゴンたちの力を感じ、彼らがティオたちを助けに来た事を察した様だ。

 

 

「醜きハエ共め! お前たちにヘラー様の下へ向かう資格は無い!」

 

「くッ!」

 

「ホロウ・ソルド!!」

 

 

ザムザが持つレイピアに邪気のオーラが纏わりついた。

彼はそのまま翼を広げウマゴンの下へ向かっていく。ウマゴンも次々と迫るディオガ級の呪文にスピードを少し緩めてしまう。

ザムザもザムザで強力な肉体強化を使っているのか、減速したウマゴンのスピードに追いつかん勢いで迫ってくる。

向こうが攻撃を仕掛けてくる以上コチラも対抗しなければならない。

 

 

「アイツはおれが止める」

 

「ッ! デモン!」

 

「どの道倒さなければならない相手だ」

 

 

ヘラーの所まで付いて来られては逆に厄介な相手になる。

目的地までまだ距離がある今、この場でヤツを確実に倒した方がいいのではないかとデモンは思うのだ。

 

 

「章吾、いけるな?」

 

「………」

 

 

複雑な表情で目を閉じていた章吾だが、グッと両手の拳を握り合わせると何度も頷いていた。

どうやら彼なりの覚悟を固めたらしい。章吾は魔本を持って立ち上がると、清麿を見てニヤリと笑う。

 

 

「アイツは任せろ」

 

「………」

 

 

止めるべきか、清麿は一瞬迷うが――

 

 

「頼む、行かせてくれ」

 

「……ああ、頼む」

 

「よし。ウルボル・ザ・ブルク!」

 

 

迸る雷光。刹那、マリーのシールドが破壊されザムザの剣がデモンに迫る。

 

 

「ソルド・ザケルガ!」

 

 

右手に現れた雷の西洋剣でデモンはザムザの剣を受け止める。

走る火花、二人の視線がぶつかり合い、そこにも火花を散らせる。

 

 

「神子風情が! 使徒の私に歯向かうか!」

 

「ああ。天界の責任を下界に任せっぱなしは――」

 

 

ビリッと走る衝撃、ザムザの動きが一瞬止まり、競り合っていた筈のデモンが背後に現れる。

質量のある残像、デモンは気を取られていたザムザの背を思い切り切り裂き、怯ませることに成功する。

 

 

「できねぇよな!!」

 

「おのれッ!」

 

「章吾!」

 

 

デモンは渾身の力でザムザの背に掌底を。

 

 

「ああ、ザケルガ!」

 

「ぐっ! グォオォオオ!」

 

 

押し当てられた拳から一直線に放たれる雷のレーザー。

ザムザはすさまじいスピードで地面に激突していく。顔を見合わせるデモンと章吾、ココでケリを付けるという事だ。

章吾はデモンの足に掴まるとウマゴンから離脱、ザムザの方へ向かっていく。

 

 

「私も行く!」

 

「ッ、しかし――」

 

 

サンディが身を乗り出すが、彼女も怯えていた側、大丈夫かと言う想いが一瞬浮かんだが、サンディの強い目を見て清麿は無言で頷いた。

それを理解したか、サンディは魔本を開いて自らも下に降りる為の呪文を。

 

 

「バウロ・ラブルク!」

 

 

ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンと風を切る音を立てながら回転していくマリーのツインテール。

そうしていると文字通り彼女の髪がプロペラとなって飛行能力が。

マリーの足に掴まるサンディ、二人はデモンたちを助ける為に彼らの方へと降りていく。

 

 

「チィイ!」

 

「ザムザ! お前はおれ達が倒す!」

 

「おのれッ! 調子に乗りおってからにッ!」

 

 

山の中、渓流のほとりで睨み合うデモン達とザムザ。

一見すれば四対一とも取れるが、向こうは強力な使徒。決して油断はできない。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かい清麿」

 

「ああ、彼らの力は本物だ。ココは四人に任せよう」

 

「分かった、じゃあウマゴン、私達は教会に向かおう!」

 

「メルメルメー!」

 

 

一方で再び発進するウマゴン。

しかしザムザがコチラの存在に気づいていたと言う事は、だ。

その可能性を考えるのは簡単だったし、事実それが的中した時には特に驚くことは無かった。

章吾達と離れてものの数分でウマゴンは目的の教会が見える所にやって来る。

 

だがその門前にてどっしりと構えていたのは最後の使徒ガジュル。

二本足で立つ大きなサイに鎧を被せた姿、その威圧感に思わずウマゴンは汗を一筋。

しかし彼は止まらないし、自分の役割を理解している。全てはこの背に乗せる友の為に。

 

 

「清麿、アイツは任せてほしい」

 

「メルメルメーッ!」

 

「ッ、だが使徒は――」

 

 

一人では危険だ、そう言おうとした清麿の肩をフォルゴレが軽く叩く。

 

 

「任せろ清麿。時間が惜しいんだろ、キャンチョメと私もウマゴン達に協力するよ」

 

「僕が居れば無敵なんだ、安心しろよ」

 

 

しかしそうなるとヘラーと戦うのが清麿とガッシュ、マジルだけとなってしまう。

それでも仕方ないのだとフォルゴレは少し含みのある笑みを浮かべた。

女性が囚われているとあればこのフォルゴレが動かぬ訳にはいかないが――

 

 

「恵に至っては私じゃなく、君の方が適任の様だからね」

 

「ど、どういう意味だよ」

 

「文字通りの意味さ。ティオだってキャンチョメじゃなくて、ガッシュに助けに来てほしいだろう?」

 

「ウヌ? そうなのか?」

 

「ああそうとも。だから、さあ、早く行きたまえ!」

 

「あ、ああ」

 

 

少し気恥ずかしそうにしながら清麿は頭をかいた。

だがココはご好意に甘えるとしよう。清麿はガッシュにまず上を向く様に指示を。

 

 

「ザグルゼム!」

 

 

ガッシュの真上、天に向けて放たれたザグルゼムは当然空に向かって飛んで行くだけ。

しかし当然清麿がこの場で意味の無い事をする訳も無く、彼には当然一つの狙いがあった。

これもまた清麿が見出したガッシュの可能性。赤い魔本が光を放ち、彼は第六の呪文を口にする。

 

 

「ラウザルク!」

 

 

ラウザルク、ガッシュの身体能力を爆発的に上昇させる技である。

そしてその発動は、ガッシュを直撃する様に落雷が落ちる事。そう、落雷は天から一直線に落ちてくる物。

つまりガッシュの真上から落ちてくる落雷は、その途中にあったザグルゼムを介しガッシュに直撃する。

するとザグルゼムのパワーを受けたラウザルクとしてガッシュは強化されるのだ。

 

 

「凄い……!」

 

 

思わずマジルは口にする。

ガッシュの体に電撃が纏わりついたかと思うと、それが形を整えて大きな翼になった。

雷の翼、それは見た目どおりガッシュに飛行能力を付与する力を持っている。

 

 

「いけるか? マジル」

 

「うん……!」

 

 

清麿はマジルを抱え、ガッシュが巨大化させたマントに乗ると、ウマゴンから離脱して飛び去った。

当然ガジュルもガッシュを止めようと目を光らせる。しかしそんな彼に角を突き出し飛翔するウマゴン。

 

 

「メルメルメーッ!」

 

「ウォオオオオオ! ディオガ・ガドルク!!」

 

 

強力な肉体強化を施し真正面からウマゴンの突進を受け止めたガジュル。

強力な力と力の競り合い、サンビームとフォルゴレ達は少し後方で地面に着地、競り合いを確認している。

ディオガ対シン、一見すればコチラもウマゴンが有利に思えるが――?

 

 

「使徒をナメるなよ、雑魚がァアア!」

 

「メルァア!!」

 

 

呪文を発動していない状態のパワーの差が出たか、ガジュルはウマゴンを弾き飛ばしシンの鎧を粉々に粉砕して見せた。

倒れ、転がるウマゴン、サンビームはすぐに駆け寄り彼を抱き起こす。

 

 

「大丈夫かウマゴン!」

 

「め、メル……!」

 

 

ウマゴンの目は死んでいない。どうやらダメージも少ないようだ。

しかしココで笑い声。見れば重厚な鎧に包まれたガジュルがサンビームたちを見下している。

とんだ期待外れ。ウマゴンの実力にガジュルは嘲笑を。

 

 

「フハハハハ! 終盤まで勝ち残っているとは聞いていたが、所詮はただの魔物の子、俺様の敵では無いわ!」

 

「ッ」

 

「種の違いは絶対の違い、お前らが俺様に勝てる可能性など万に一つも――」

 

 

バキン、と、その時音が。

 

 

「は?」

 

 

ガジュルの間抜けな声。

瞬間、彼の鎧が粉々に砕け散った。

 

 

「何だと――ッ!?」

 

「コチラこそ言わせて貰おう」

 

 

驚くガジュルが見たのはこちらを真っ直ぐに睨みつけるサンビーム達の姿だった。

そこに怯えの感情は無い。それはウマゴンにも、フォルゴレにも、キャンチョメにも言える事だ。

負ける事など欠片とて考えていない様な目。

 

 

「ウマゴンをナメるな」

 

「!!」

 

「私達はあの戦いで多くの事を学び、成長していった。かけがえの無い物を見つけた」

 

 

それを胸に抱える限り、自分達に負けは無いとサンビームは説く。

育んできた物は、ココに。サンビームは自身の心臓を掴む様にしてガジュルを睨みつけた。

 

 

「確かに、お前は強いのだろう」

 

 

神の力で生み出された力の結晶。

認めよう。ああ、認めよう。普通に考えてウマゴンの力では勝てない、キャンチョメが味方してくれても敵わないのかもしれない。

だが――、同じくして自分達もまた彼らには無い力を持っている。

 

 

「私達の武器は昔も今も変わらず(ハート)だ」

 

「貴様――ッ!」

 

「超えられるか? 貴様に、私達の強さが!」

 

「うるさいヤツだ! 黙れ黙れぇえッ!」

 

 

共に肉体強化を発動して走りだすウマゴンとガジュル。

フォルゴレとキャンチョメも彼らをサポートする為に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

「フンッ!」

 

 

ぶつかり合う剣。

デモンとザムザの武器は火花を散らし、互いに競り合っていく。

パワーはデモンがやや上を行くが所詮は付け焼刃か、テクニックはやはり剣をメインに扱うザムザが勝り、隙を突かれてデモンの剣が弾かれ宙を舞う事に。

 

 

「もらいましたよ!」

 

「しま――ッ!」

 

 

やばい、とデモンは思うがそこで桃色の光が。

 

 

「シルド・ラブル!」

 

「何ッ!?」

 

 

ハートのオーラがデモンを包み剣を遮断する。

弾かれ、がら空きになったザムザの胴体にデモンは両手で掌底を打ち込んだ。

細身の胴にめり込まんとの勢いで突き刺さる手、呻き声を上げたザムザとザケルガを発動する章吾、両手の胴から放たれたザケルガがザムザをさらに押し出していく。

 

 

「マリー!」

 

「分かってるって! サンディ、打ち上げるやつ!」

 

「オッケー! ガンジャス・ラブル!」

 

 

地面を猛連打するマリー。

地面から飛び出ていくハートのエネルギーがザムザの体を宙に舞い上げる。

ザムザは翼があるが、今はダメージを受けて怯んでいる状態だ。つまり怯んで動けない。

 

 

「パターン入った! 章吾、ギガノだ!」

 

「サンディ、わたしも!」

 

 

頷く章吾達。

大きな雷球を投げるギガノ・ザケルと大きなハートを投げるギガノ・ラブルが同時に放たれ、デモン達はそれを思い切り空中に打ち上げられたザムザに投げつける。

 

 

「ぐああああああああッッ!!」

 

 

二人の攻撃を受けたザムザは川辺を転がっていく。

チャンスだ、デモンとマリーは頷き合い勝負を決めようと彼の下へ走り出す。

一方で素早く立ち上がるザムザ、彼は怒りに拳を震わせながら呻き声を上げていた。

いくら使徒とは言えど、神子が二人掛かりで挑めば何とかなるのかもと。

しかしいざザムザに近づいた時、彼はニヤリと含みのある笑みを。

 

 

「だから貴様らは愚かなのだ!」

 

「「ッ!」」

 

「がら空きなのだよ! ホロウ・ガルゴ!」

 

 

剣を地面に突き刺すザムザ、すると章吾とサンディが立っていた地面に淡い光が宿り――

 

 

「ぐあぁああッッ!」

 

「きゃぁああッッ!」

 

「ッ! 章吾!!」

 

「サンディ!」

 

 

二人が立っていた場所から闇のエネルギーで構成された棘がいくつも突き出てきた。

打ち上げられ空中を舞った後に地面へ叩きつけられる。衝撃、痛み、体中から血が飛び散り二人の脳に恐怖を分かりやすい形で叩き込む。

パートナーを狙ってきた。デモン達はやられたと思わず視線が章吾たちの方へ向いてしまう。それは大きな隙だ、ザムザがそこを狙わぬ理由は無い。

 

 

「ジェルド・マ・ソルド!!」

 

「「―――」」

 

 

一瞬、まさに一瞬で刻まれる一閃。

居合い切りの呪文を発動したザムザ、レイピアでありながらも闇のオーラが剣には纏わり付き、斬る事に対しての力が上がっていた。

切り抜けられたデモン達はダメージに声を失い、膝を付く。

そして、笑うザムザ。

 

 

「所詮はお前達も神子。立場で言えば我ら側なのです」

 

 

パートナーを持つ事に対しての実感が薄い。

だからこそパートナーに対しての関心が薄い。一定の距離も保てず、ただ目先の勝利に固執する。

愚か、ああ愚か。だからこそいらぬ隙を作る。いらぬ痛みを受けるのだ。

 

 

「結果、事態は劣勢になる! ガンズ・ホロウ!」

 

 

翼を広げたザムザは空中から闇のエネルギーを無数に発射。

狙う先は目の前にいたデモン達ではなく倒れていた章吾達。

 

 

「ッ! あの野郎……!」

 

 

泣きそうな表情で乾いた笑みを浮かべた章吾。

彼はとっさにサンディに覆いかぶさる形になってグッと歯を食いしばった。

 

 

「があぁあああぁあッッ!」

 

 

激しい痛みが章吾の体中を打つ。

闇と言う不確かなエネルギーを受けるのは初めてだ。

熱く、苦しく、痛く、言葉にできない苦痛が脳に伝わってくる。

ヤバイ、痛い、無理だ、苦しい。なんなんだ、清麿達はずっとこんな苦しい戦いをしていたのか。章吾の心は再び砕けそうになってしまう。

当然、落ちていく心のパワー。あきらめたい、正直命乞いをしてでも助かりたいと思った。今すぐ家に帰ってゲームがしたいと、漫画を読みたいと思ってしまった。

やっぱり自分なんて役に立たないんだ。清麿みたいに頭脳も才能も何も無い自分ができる事なんてたかが知れているのだから。

 

 

「ああ。なんと弱く、脆い。やはりコレが人間の限界か」

 

「お前ぇええッ!」

 

 

なんとか立ち上がったデモンは地面を蹴ってザムザの眼前へ迫る。

空中を飛行しながらデモンは拳、ザムザは剣を使って激しい攻防を繰り広げた。しかし今の二人には決定的な違いがある。

それは、ザムザは自由に呪文の力を使えると言う事だ。

 

 

「ゴウ・ソルド!」

 

「ぐぉおおッッ!」

 

 

強化した剣のパワーには当然デモンは勝てず、地面に叩き落される。

 

 

「――ッッ! 章吾、すまない! 何か呪文を!」

 

「ぐッ! がッ! ざ、ザケルガ!」

 

 

章吾は何とか魔本に心の力を溜めて呪文を。

デモンが放つのはザケルガ、しかしザムザはそれを避けはせず、かと言って防御呪文を使用しない。

なんと片手でザケルガを弾いたのだ。

 

 

「ホッホッホ、やはり人間と組むのは理解ができないものですな」

 

 

心が篭っていなければ、呪文の力はそれだけ弱体化する。

いくらデモンが優れた力を持っていようが、いくら章吾が膨大で優れた心の力を持っていようが、それを発揮できない環境に居るのだから何も意味は無い。

何よりと、ザムザは思うのだ。彼もまたヘラーから前回の戦いの事は聞いていたし、事実間近で高嶺清麿や大海恵等、前回の戦いで終盤まで勝ち残ったペアと対峙した。

その上で一つの答えが見えた。

 

 

「デモンのパートナー。ああ、章吾と言いましたか」

 

「ッ?」

 

「お前は臆病者だ」

 

「!!」

 

 

少し痛みを受けただけで心の在り方が変わってくる。

仕方ないと言えばそうなのかもしれないが、同じサンディを見てみれば彼女の心の形はまだ安定しているように見える。

しかしどうだ? 荒川章吾と言う男の心は酷く不安定だ。

脆く、儚く、簡単に壊れてしまいそうな物。だから役に立たない、だから使えない、だから今こうして負けている。

 

 

「デモン、お前が選んだのは欠陥品だ」

 

「なんだと……ッ!」

 

「使えない屑。何の役にも立たないゴミであると言っている」

 

「ぐぁあッ!」

 

「弱いお前にはピッタリだ」

 

 

デモンの肩をレイピアが貫く。そして腹部に蹴りがめり込んだ。

怯んだところに攻撃呪文。闇のエネルギーを纏いながらデモンもまた地面を転がり、痛みに表情を歪ませる。

章吾はそれを倒れたまま、顔だけを上に上げて確認する。

ああ、やはり無理なのかもしれない。今までロクに喧嘩すらしてこなかった自分があんな力を持った敵に勝つなんて初めから不可能だったのかもしれない。

ハードルが高すぎた。何かあってもヘラヘラ笑って何とかやり過ごしてきた。その裏にあったのは全て衝突を避ける事だ。

 

そう、そうだ、臆病だ。

悔しいがザムザの言っている事は間違いない。

自分は今、また心が折れそうになっている。もう魔本を投げ捨てて、ザムザに背を向けて逃げ出したいとまで今心の隅では思っている事だろう。

でもそれをしたくないと思っている。何故? どうして?

分からない。

 

 

「永遠に私の前から消えろ!」

 

 

剣を構えデモンを狙うザムザ。

だがその時、眩い光が視界に入る。

 

 

「ロンド・ラブル!」

 

「!」

 

 

ザムザは手に違和感を覚える。

見ればそこには鞭が巻きついており、それを辿るとマリーが呪文で生み出された鞭を構えザムザを睨みつけていた。

そして対する場所では魔本を構え立ち上がっているサンディが。魔本の輝きを見るに彼女にはスイッチが入ったようだ。それは章吾が抱いた恐怖とは逆のスイッチが。

 

 

「章吾を――」

 

「ッ」

 

「私の友達を馬鹿にすんなよッ!」

 

 

カッと光を放つ魔本。怒りが彼女の力に変わる。

心が折れかけ恐怖に震える章吾と、友を馬鹿にされた事を怒りとして力に変えるサンディ。

対比は大きい。そしてその対比はまた、その横に居る章吾に何を与えるのか。

 

 

「ディオガ・テオラブル!」

 

 

マリーが放つ巨大なハート型のエネルギーがザムザに迫る。

彼は舌打ちを零し、自身もディオガ級の力であるディオガ・テオホロウを放ち迎え撃つ事に。

桃色のエネルギーとどす黒いエネルギーの衝突。激しい衝撃が辺りを包み、草木や水を振動させる。

結果、二つは相殺。はじけ跳ぶ二つのエネルギーの中、先に動いたのはザムザだった。今の状態のサンディを放置するのは危険と判断したか、彼は再び離れた彼女を狙うホロウ・ガルゴを発動しようと剣を地面に突き刺そうと。

だが同時に倒れるマリー、彼女は指で銃の形を作る。

 

 

「ラブルガ!」

 

 

銃声と共に直線状のエネルギーが放たれる。

弾かれる剣、マリーの行動をいち早く察して呪文を放ったサンディの判断力と反射神経を称えるべきであろう。

 

 

「ラヴ・シザルク!」

 

 

サンディはすぐにマリーに武器を与える。

二対の刃を構え走り出したマリー、彼女は軽やかに、まさに舞う様にザムザに切りかかっていく。

その姿を倒れ、見上げる章吾。ああ、何て格好悪いんだ自分は。そう思っていると足音が。

章吾が体を回転させ、仰向けになると、そこにはコチラを見ているデモンがいた。

 

 

「……ごめん、デモン。アイツの言う通りだ、俺は情け無い男だよ」

 

「いや――ッ、謝るのはおれの方だ」

 

 

やはり、パートナーで戦う事の重要さを分かっていなかった。

いつでも望む呪文が来る訳じゃない、いつでも望むタイミングで攻撃できる訳じゃない。

ワンマンプレイでは、パートナーに攻撃が飛んできた時に対処できない。どうやらそれを分かっていなかった様だ、やはりそう言った点では忌み嫌うヘラーと同じだったろうと。

 

 

「神子なのに、駄目駄目なヤツだよおれは」

 

「………」

 

 

目を閉じる章吾。

彼はゆっくりと息を吐いて、ゆっくりと目を開けた。

青い空が見える。雲ひとつ無い、穢れの無い晴天。

そして彼は表情を歪ませ、ポツリと呟いた。

 

 

「猫を、見捨てた事がある」

 

「え? 猫……?」

 

 

吐露する想いは彼の人生。

 

 

「昔は、何でもできるって思ってた。何でも馬鹿みたいに信じてたんだ」

 

 

サンタはいるのだと、テレビの中にいるヒーローはいるのだと、信じて疑わなかった。

自分もいつかカッコいい存在になれるのだと未来を夢見ていた。

そう、そうだ。未来は明るいのだと、自分の人生は自分が主役、だからこそ自分が満足できる生き方を常に選べると、常にできるのだと妄信していた。

事実それなりに人生そこそこ上手く言っていた筈なんだ。小学校じゃ友達も多かったし、初めての恋だって――、まあ悪くは無かったと思う。

隣の家にいたサンディとは物心ついた時から一緒で、それで仲良くなれて、それでどうなったんだっけ?

 

 

『あたし、将来章吾と結婚するねーッ!』

 

 

なんてのは、まあ今にして思えば青い口約束だ。

だが間抜けな話かもしれないがあの時は信じていた。約束されたのは望んだ未来、輝きに溢れた人生だ。

しかし、でも、だが、いつからだろうか? 成長する度に章吾は大人になっていく。

サンタはいない、ヒーローと言うのはそういうエンターテイメントだ。永遠に一緒に居ると思っていた友人達は皆町を離れ、その中にはサンディだって。

 

中学校に上がる頃には何となく理解していた。

人生と言うのは望まぬ事の方が多く起きる物だと。

と言うよりもアニメやドラマ、漫画で見るよりも人生と言うのは平坦だ。

その中に『主役』はあるのか? 分からない。分からないが、もしも自分の立ち位置を表す言葉があるのならば、それはモブキャラと言うのが一番合っていたのではないかと思う。

何かで一番になった事は中学生になってからは無かった。勉強は中の下、スポーツは何だって他にできる人がいた。

輝き、歓声を受ける人間は初めから決まっているのだと思った。特別な才能を持った人間は生まれた時からそれを与えられるのだと思った。

自分は違う、自分はそうじゃない。何にもなれず、何もなし得る事はできない。

 

でも、どこかで思っていた。

俺はこんなものじゃない、きっとまだ何かチャンスがある筈だ。

燻る毎日を終わらせる程の存在になれる筈だ。過去に憧れた『カッコいい』存在になれるのだと、期待と希望はあった。

それが砕けたのは、ある日、学校から帰る途中の事だった。あの日は午後から雨が降っていて、川の流れもそれなりに急だったのを覚えている。

その中でふと章吾は見つけた、見つけてしまった。川に流されている猫の姿を。なにやら箱の様な物に入っており、増水の影響で流されたのか、川辺にある箱の中に入って遊んでいたら流されてしまったのか、それとも誰かの悪戯だったのか、それは分からない。

それはどうでもいい、問題は今だ、章吾は大変な事を目にしてしまったと焦る事になる。

 

助けなければ。彼は思った。

しかしその時は携帯も無く、周りに人はいない。

大人を呼びにいくという事も考えたが、その間に子猫を見逃してしまってはいけないと思った彼は、ひたすらに流される猫を追いかけた。

どうしよう? どうすればいい、彼は必死に考えた。しかし答えは出ない。柔軟な考え方ができなかった。

そうしている内に猫は見えなくなった。川の流れは速く、あの先は急流があったりと章吾はあの猫がどうなるのか、その結末は簡単に想像がついた。

仕方なかったと言えばそうなのかもしれない。彼は無力だ、世の中にはどうしようもならない事は多々ある。彼にとってはそれがこの一つだったと言う事。

 

しかし章吾が抱いたショックは他者が想像するよりもはるかに大きなものだったろう。

彼だって分かっていた。自分は無力だと。しかしそれを認めたくは無かったんだ。

自分は他者より何か優れている、幼い頃に憧れたカッコいい姿にいつか近づけるのではないかと。

事実流される猫を見た時、自分ならば助けられると思っていたのは本当だったのだ。

しかし無理だった。その瞬間、彼は自分が何もできない男だと突きつけられたような気がした。

結局なんの力も無い無力なガキであると言う事を他でもない世界に、現実に、神に教えられた気がした。

 

欲しかったのは理想と、『甲斐』だ。

何か生きている意味がほしかった。生きている価値を見出したかった。

心のどこかではまだヒーローに、格好良く生きられると思っていた。その結果がコレなのか、それを思えば涙が出てきた。

理想と現実がそこにはあった。一番知りたくなかった現実を見てしまった。

そして彼は今までを生きてきた。その中で何か、どこかに『やる気』と言う物をなくした気がする。

適当に生きて、何か問題があってもヘラヘラしていれば実際何とかなった。妥協に妥協、大きな問題があっても見てみぬふりだ。

それで良いと割り切るしかない。自分に力など無いから。

 

 

『よっし、合格だぜ荒川章吾』

 

 

そんな時、そんなある日、彼はデモンに出会った。

同じ河原を歩いていたらば見つけた少年、倒れている彼を見て初めはスルーを決め込もうと思ったが、瞬間思い出したのはあの時の猫だ。

結局まだ未練はあったのだろう。章吾は複雑な思いを抱いてデモンに話しかける。すると彼はすぐに立ち上がり自分に笑みを向けてきた。

どうやら人間性を確かめるテストだったらしい。倒れている者を見過ごさない章吾、それはたまたまであったが、彼はデモンに認められた。そして神の試練、魔界の王を決める戦いの話を聞いたのだ。

 

初めはただの厨二病の妄想話しかと思ったが、調べてみると確かにモチノキにファウードが現れたというネットニュースが。

彼がモチノキに来たのは高校が始まる時だった為、見逃していた様だ。

何より、魔本。試し撃ちにとザケルを出した時の感動を章吾は生涯、忘れる事は無いだろう。

人を超越した力は求めていた物、それこそ手が出るほどに。加えて、デモンは言った。

 

 

『章吾、お前には才能がある!』

 

 

心の力の質。その量。それは他を凌駕する圧倒的なスペック。

 

 

『お前は天才なんだ!』

 

 

希望だった。どれだけその言葉が欲しかったか。

秀でている物が欲しかった、ただ切実にそれを望んでいた。

それが手に入ったとき、自分の人生は無色じゃないと胸を張れるのではないかと期待した。

事実、ガッシュと戦った時、この上無い充実感が手に入った。

かつて魔界の王を決める戦いで最後の一組となったガッシュ達と互角に渡り合える実感、事実、それは章吾にとってこの上に無い喜びであった。

 

だが、誤解していた。

勘違いしていた。結果はコレだ、結果は今だ。

結局力だけを手に入れた所で何かが変わる訳ではなかったと言う事なのか。弱いままだ、自分は、今も、昔も。

そして、これからも?

 

 

「じゃあ、駄目駄目コンビだなおれ達は」

 

 

――全ての話を聞いた後、デモンは呆れた様に笑った。

 

 

「それでいいのか? 章吾」

 

「……ッ」

 

 

デモンが呟いた言葉に、章吾は目の色を変える。

 

 

「おれは、ゴメンだけどな。馬鹿にされたまま終わるのは、自分を馬鹿だと思ったまま終わるのは胸糞悪いぜ。おれにも神子としてのプライドってモンがあるんだ」

 

「……でも、分からないんだ」

 

 

格好良く生きたいと思う。

それは今だって。希望は未練だ、ダラダラと縋りたいと思ってしまう。

罪じゃない筈だ、あきらめきれない想いが一つや二つ、誰にだってあるだろう?

たとえ諦めていると思っていても、口にしたとしても。

 

 

「本当は分かっているんじゃないのか、章吾」

 

「………」

 

「あとは、振り切るだけだ」

 

 

恐怖を超えるかどうか。そのスイッチは、いつだって心の中に。

 

 

「おれは思ったよ。ガッシュに言われて考えた」

 

 

もしも王を決める戦いに参加していたら、自分はどんな王を目指していたのだろう。

今のデモンは全てユリアスの為に戦っている存在だ。それを悔いる事は無いし、それでも良いと思っている。

しかし、もしも自分自身の意思で戦う事があったなら、それはどんな志の下に?

そうしたら、答えは一つだった。

 

 

「おれは正しくありたい。目指すのは、"正しい王様"だ」

 

 

正義は不確かだ、しかしだからこそ自分が信じる思いを貫きたい。

人が笑い、平和な世界を目指す。それは紛れも無いデモン自身の意思、だからこそ自分は正しき神を目指したいと。

それは紛れも無い彼だけの、彼自身の欲望と言うものだ。

 

 

「章吾だってあるだろ、欲望」

 

「ああ、前も言ったけど、俺は目指す形は――」

 

 

格好いい姿だ。

それは他人が決める物じゃあない、自分が決める物だ。

スイッチを押すのは自分自身、だとすれば――、デモンは章吾に手を差し伸べる。

 

 

「終われないよな、このままじゃ」

 

「ああ……、ああ!」

 

 

章吾は強く頷き、その手を取った。

そして、光が巻き起こる。

 

 

「ザケルガァアッッ!!」

 

 

声が張り裂けんとばかりに叫んだ言葉。

放たれたレーザーはマリーとザムザの間を通り抜け、二人の距離を離す。

何だ!? ザムザが力の波動を感じて視線を移す。するとそこには魔本を構え、呼吸を荒げながらザムザを睨む章吾が見えた。

その眼光、血を体から落としながらも彼は恐怖を押さえ込み、視線でザムザを貫いていた。

そしてそれは隣に居るデモンも同じだ、腕を組んでザムザを睨みつけていた。

 

 

「お前――ッ!」

 

「終われねぇわ」

 

「何……!?」

 

「終われねぇ、このままじゃ間抜けすぎる」

 

 

憧れ続けてきた物のメッキは次々に剥がれ、信じた未来は離れていった。

それでも尚未練がましく思い続けていたのは何故か?

それは現実を知っても、まだ憧れているからじゃないのか? 格好良く生きると言うのは難しい。

だが少なくともこのまま怯え震えているよりは、今こうして立ち上がり、そして清麿やガッシュの為に恵達を助ける力になれれば、それが彼が望む道だと言うのが分かった。

なんの為に生まれてきた? なんの為に生きながらえてきた? 全ては今、この時の為に。

 

 

「ザムザ、俺はお前を倒す。人類はお前達には壊させない!」

 

「ッ!」

 

「世界は、俺が守る!」

 

「ええい黙れ黙れッ! 下等種族が何を偉そうに!」

 

 

剣を構えデモン達の方向へ走り出すザムザ。

一方で章吾とデモンは素早く会話を。どうやらデモンの意思と章吾の意思が呼応したか、新呪文が二つ魔本に浮かんだようだ。

新しい呪文。デモンは思わず目を見開いた。神子である自分にもまだ、新たな力が宿るとは。

章吾は当然新しい呪文の効果は分からない、しかしある程度ならば予想立てる事は可能だ。

 

 

「ラウザルド!」

 

 

ラウザルクはガッシュの身体能力を爆発的に上げる呪文だ。

『ルク』は主に身体能力を変質する呪文形態である。一方『ルド』は、主に自身以外に変化を与える呪文形態。

対象を磁石に変質させるジケルド、剣を強化させるソルド等。

つまり、ラウザルドは――

 

 

「―――」

 

 

落雷が直撃する。

誰に? それは他でもない荒川章吾にだ。

ラウザルドはラウザルクと効果は同じである。しかしその対象はデモンではなく、デモンが選んだ他の人間だ。

落雷を受けた章吾は予想している効果と違っても良いという心情で拳を突き出した。

 

 

「ガァアア!!」

 

 

顔面にめり込む章吾の拳。

きりもみ状に吹き飛ぶザムザと大地を踏みしめる章吾。彼はデモンに視線を送ると、ニヤリと笑みを送る。

 

 

「いこうぜ、デモン!」

 

「ああ、相棒!」

 

 

二人そろって走り出す。一直線に、ザムザに向かってだ。

 

 

「「ォオオオオオオオオオ!!」」

 

「グッ! ガハッ! お、おのれぇええ!!」

 

 

地面から立ち上がったザムザはすぐに剣を強化させ章吾たちと交戦を始める。

ぶつかり合う拳と剣、章吾に恐怖が直接流し込まれるが、今は肉体強化でダメージは少ない。

痛みが恐怖に直結するが故、それが軽減すればペースは乱されない。

 

 

「オラァア!」

 

 

戦い方は漫画やアニメの見よう見まねだ。

そんな章吾の繰り出したヘッドバッドがザムザの頭部を強く打つ。

よろけるザムザ、人間にしてやられていると言う事実が何よりも気に入らない。彼は事態を早々に解決するべく、今この時を崩せるだろう呪文を。

 

 

「ジェルド・マ・ソルド!」

 

 

刹那の居合い切り。だが彼はアッと声を出す。それもその筈、反射的に振った剣に手ごたえは無い。

それもそうだ、章吾は先程の呪文をしっかりと見ていた。だから相手が追い詰められればコレを出すだろうと判断したのだ。

故に彼はデモンに自分を上空に投げ飛ばしてもらい剣の起動から逸れた。一方章吾を投げ飛ばしたデモンは地面に倒れる様にして剣を回避した。

 

 

「馬鹿な!」

 

「悪いな、ゲームは得意なんだ!」

 

 

そう、特に格闘ゲームで大切なのは読み。

相手の行動を予想して対策を取り、生まれた隙をチャンスに変える事。

その時、章吾を包む光が消えた。同時に輝く魔本。地面に倒れていたデモンはすくい上げる様なアッパーをザムザに打ち込む!

 

 

「テオザケル!」

 

「ぐあああああああああ!!」

 

 

電流に揉まれ手足をバタつかせながら後方へ吹き飛ばされるザムザ。

大きな水しぶきをあげて川へ着水する。一方で落下して来た章吾を受け止めるデモン、良い調子じゃないか、二人は再びニヤリと笑みを浮かべて頷き合った。

 

 

「ふざけるなァアアア!!」

 

「「!」」

 

 

 

人間、神子、自分に勝てる可能性等欠片も無いのに忌々しい。

飛び上がったザムザは一気に己の中にあるヘラーの力を解放する。

一刻も早くこの状況、この悪夢、この下らぬ時間を終わらせなければ。

 

 

「ディオガ・テオホロウ!」

 

「ッ!」

 

 

強大な邪悪なエネルギーの集合体。しかし章吾は笑みを崩さない、流れは完全にコチラが掴んだ。

誰かが言っていた。戦いってヤツはノリが一番大切なのだと。

 

 

「ディガルセン・エマリオン・ザケルガ!!」

 

 

デモンの手に直撃する落雷。

するとそこから赤紫に発光する重厚な弓が出現する。

鎧とも言える壮大な物。弓、直感するデモン、彼は一本の弦を思い切り引っ張る。すると雷光の弓矢が出現、駆ける電流が一本の巨大な弓矢を構成する。

これは彼らの心の具現化。迷わぬ道を見つけた二人が得た力なのだ。

 

 

「意思を貫けッッ!」

 

 

手を離すデモン。

放たれるのは高速回転する雷の矢、それはディオガに突き刺さると一瞬でそれを貫き四散させる。

この様な事が! ザムザは体を思い切り捻り、何とか矢を回避して見せる。

 

 

「ゲッ! 外した!」

 

「あぁ、こう言う所が俺達らしいな……」

 

一方で怒り、そして焦りが頂点に達したザムザ。

コレは全く予想していない展開だ。下等な生物だとばかり思っていたが、最悪負けもある。彼は怒りに震え、そして完全なる決着をつける為の呪文を放った。

 

 

「勝つのは、我々使徒なのだ!」

 

「「ッ!」」

 

「シン・ホロウ・ディガルソルドン!!」

 

 

レイピアを突き出すと、そこに禍々しいエネルギーが纏わり付き巨大化する。

ザムザの最大呪文、章吾も汗を浮かべながら魔本を開くが、その時彼の肩を持つ者が。

振り返る章吾、するとそこには笑顔のサンディが。

 

 

「私達を忘れないでよ」

 

「え?」

 

「とう!」

 

「あでっ!」

 

「芽生えしは久遠の愛。それは真実を紡ぐ穢れなき光!」

 

 

デモンの肩を蹴って飛んだマリー。彼女は詠唱を紡ぎつつサンディに向けてウインクを。

そしてサンディはその想いに呼応し流し込む心の力、マリーの最大呪文を口にした。

 

 

「輝き、煌けッ!」

 

「ヴィナマリア・ジン・ラブルガ!」

 

 

マリーが両手を天に掲げると、光と共に大きな翼を持った天使が姿を現す。

美しい女性の姿だ、その表情は慈愛に満ち満ちており、全ての罪を赦す微笑を浮かべていた。

それは悪を裁く光、マリーが叫ぶと天使は全身から光を放ち、ザムザのエネルギーを受け止める。

 

 

「「ハァアアアアアアアアアアアアアッッ!!」」

 

「グッ! ォォオオオォォォ!!」

 

 

眩い光が邪悪なる闇を浸食していく。

スペックは神子と使徒を比べれば使徒の方が強いのかもしれないが、呪文形態で言えば『シン』を超える『ジン』を神子は持っている。

それに加えて今のサンディのモチベーションは抜群だ。章吾の前に進もうとする姿に感化され、持ち前のプラス思考が爆発している。

私は強い、私はできる、私は凄い。彼女の心の中に膨れ上がる希望、それはマリーの呪文を何倍にも強化させる。

 

 

「ナメるなぁああああああああ!」

 

 

一方で自らも負の感情を爆発させるザムザ。

彼の剣がより強大な禍々しさを放つ。伊達に使徒として長い時間ヘラーの側にいた訳では無いという事か。

だがマリーは怯まない。生を背負う者と死を背負う者、負けるわけにはいかないからだ。

 

 

「おんどりゃぁああああああああああ!!」

 

「!」

 

 

弾ける光。

同じくしてザムザの剣も吹き飛ばされる。

衝撃が辺りを包み、川辺の水が大きな飛沫を上げて辺りに飛び散った。草木が揺れる、石が空に舞う。

だが静寂。僅かな時間の中、理解が加速する。

 

 

(相殺――ッ!)

 

 

なんとか体勢を立て直して、ザムザは剣の柄を握り直――

 

 

「デルガ・ジン・ザケルガ!!」

 

「は?」

 

「「「「「「デルガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」」」」

 

 

見えたのは口。

六匹の、龍。

 

 

「終わりだよ、お前」

 

 

デモンの言葉が真実だった。

 

 

「グォオッ! ガハッ! ぐぅうああぁ!!」

 

 

一匹の龍がザムザを吹き飛ばし回転させる。

そして通り抜けるもう一匹、ザムザは衝撃で逆回転。そして次々に龍が突進でザムザを打っていき、彼は最終的に地面へ倒れる事に。

これで終わりか? 耐えられた? ザムザはすぐに立ち上がるが――

 

 

「―――」

 

 

察する。そこにあったのは三百六十度どこを見てもコチラを睨んでいる雷の龍だった。

 

 

「おのれッ! おのれおのれおのれェエエエエ!!」

 

「「「「「「デルガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」」」」

 

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

収束する様にザムザへ突っ込んでいくデルガ達。

そして爆発、激しい雷光が巻き上がりザムザは蒸発する様に消滅していった。

勝った、章吾は安心した様にため息を。そして安堵からか膝が折れて地面へうつ伏せに倒れこんだ。

 

 

「疲れた……!」

 

 

緊張感が解け、汗が吹き出てくる。

そんな彼の前に手が。見れば、笑みを浮かべているデモンが。

 

 

「初勝利だな、相棒」

 

「そう言えば、そうか……」

 

「感想は?」

 

「いや――、もう、本当に疲れたって言うか……」

 

「でも、良い顔をしてるぜ」

 

「はっ、そうか?」

 

 

章吾は照れた様に笑うとデモンの手を取って立ち上がる。

すると衝撃、ウッと声を上げる章吾と、彼に抱きついて笑うサンディ。共に勝利を喜び合い、二人はケラケラはしゃぎあう。

 

 

「おうおう、かっこよかったぞ章吾ー!」

 

「あはは、重い重い。降りろって!」

 

「………」

 

 

楽しそうに笑いあう二人を見ながらデモンはマリーの方へ。

 

 

「お疲れデモン」

 

「ああ。マリー、おれ気づいたんだ」

 

「え?」

 

「どうしてユリアスがおれ達にもパートナー制度を設けたのか」

 

 

一見すれば、使徒の様なシステムの方が戦いやすいのではないかと思う。

事実デモンやマリーだってそのシステムが身に染み付いていた。

けれど今こうしてパートナーを経験してみて、見える景色もある。

 

 

「おれ達もまた、パートナーと関わり、成長する為だろう。ガッシュ達の様に」

 

「かもねぇ」

 

 

そもそも何故ユリアスが自分達を心ある神子にしたのか。

それは何より、『心』があったからだろう。

他者と触れ合う事によって育まれ、成長するその存在。ユリアスは唯一無二の価値に気づいていた様だ。

 

 

「人は一人じゃ生きられないって、何か誰か言ってたし」

 

 

マリーはロリポップを取り出すと達観した表情で呟いた。

人は孤独には耐えられない。人は心を求める、つながりを求める。

それが人間の特徴ならば、自分達もまた同じではないかと思った。

まさにそれは使徒との対比、ユリアスはきっとそれが分かっていたのだから自分達にパートナーを設けたに違いない。

 

 

「わたし、サンディを大切にするわ」

 

「ああ、おれも章吾と共に――」

 

 

デモンはサムズアップを。そして、迷いの無い目で答えた。

皆が平和に暮らせる世界が欲しい。誰もが笑い合い、悲しみの無い時が永遠に続く様に。そして何よりも人間界との調和の為に。

 

 

「正しい神様を目指すぜ」

 

 

 

 





ちょっといつもより誤字チェックが甘いんで、何かミスがあったら申し訳ないです。
次もできれば一週間後くらいに。


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第6話 王か神か

 

 

一方、デモン達から離れた所。ウマゴン達もまた使徒との戦いを繰り広げている所だった。

ガジュルはガッシュを取り逃した事には特に触れず、目の前にいる獲物を狩る為に目を光らせる。

そこまで考えるだけの知恵が無いのか、余裕が無いのか、それとも全てを把握している上で自身の欲望を優先させたのか?

それは分からないが、木々に囲まれたフィールドで殺意と覇気がぶつかり合った。

 

 

「ディオエムル・シュドルク!」

 

「ギガノ・ガドルク!」

 

 

ウマゴンは炎の鎧を纏い、ガジュルは刺々しい装飾が目立つ銀の鎧が装備される。

肉体強化の呪文を発動して走り出す両者、距離が詰まっていく中で細かな競り合いが始まった。

 

 

「ドルセン!」

 

 

ガジュルの鎧の一部が分離(パージ)、放たれる棘の装飾。

ウマゴンは炎を放ちその勢いを殺そうとするが、鋭利に光る棘達は炎を貫きながらウマゴンを串刺しにしようとスピードを緩めない。

だがドルセンが肉体強化を発動している事が発動条件である様に、ウマゴンもまた同じくして強化中だからこそ発動できる技がある。

彼はそれを魔界に帰った後、特訓を積んで編み出したのだ。

 

 

「シュドルド!」

 

 

ウマゴンの鎧の一部が巨大化し、さらに硬質化を果たす。

それは彼を守る盾、棘は次々に硬くなった鎧に命中して粉々に破壊されていく。

 

 

「ハッ! 良い気になるなよ!!」

 

 

それはある意味の餌。

ガジュルはドルセンの勢いに乗ってウマゴンに距離を詰めていた。

肉体強化故の恩恵なのか、そこそこスピードも兼ね揃えている。このまま彼はウマゴンを殴り伏せようと大地を踏み込んだ。

しかしその時、目の前には壁。文字通りレンガの壁が一瞬でガジュルの目の前に出現した。

なんだコレは? どういう事だ? 一瞬の内に湧き上がる疑問の渦、ガジュルは動きが鈍りながらも、今更振り上げた拳を引く事等できない。

結果、行き先を前に決めるしかなかった。

 

 

「――ッ、小賢しい!」

 

 

構わず壁を殴りつけるガジュル。しかしその先にウマゴンの姿は無かった。

そして気づく、周りを見ればいつの間にか自分が立っている景色が違っているではないか。

教会前にいた筈なのに今はレンガの壁に囲まれた迷路のような場所。完全に室内、洋館の様な場所になっている。

なんだコレは? 戸惑うガジュル。そして彼の右にあったレンガの壁が崩れ、そこからウマゴンが飛び出してきた。

 

 

「メルメルメー!」

 

「グォオオオ!!」

 

 

壁から飛び出してきたウマゴンは、炎を纏った一撃をガジュの脇腹に叩き込む。

そしてすぐにまた迷路の中に消えていく。そのリアクション、その反応、どうやらウマゴンは何が起こっているのかを理解しているらしい。

ガジュルはダメージを追った部分を押さえながらも、一撃を貰ってしまったと言う事実に怒りを覚え、震え、すぐに彼を追いかける。

 

 

「むッ! ムゥウ!」

 

 

しかし迷路の先にはまた迷路。

ウマゴンが開けた穴の向こうには再びレンガの壁が視界をジャックする。

あたり一面壁だらけ、ウマゴンの気配が完全に消えている。

イライラする。手当たり次第に壁を破壊するガジュルだが、どうしても見落としはある訳で、再び死角からウマゴンが壁を破って飛び出してきた。

 

 

「グォオ!」

 

 

衝撃、熱波、火花、装甲にウマゴンの角の一撃が入る。

そしてまた再び迷路の奥へと消えていく。コレはどういう事なのか、ガジュルはダメージを追った部分を押さえながら一つ冷静に考えてみる事に。

ウマゴンはこの迷路を知っている様な印象、であれば彼がこの状況を作った? いや、サンビームはそれらしい呪文は発動していなかった。

それにこの空間を肉体強化を主とするウマゴンが生成できるとは思えない。

であるのなら、考えられるのはもう一人、フォルゴレだ。

 

 

「あのアヒル口のガキか!」

 

 

そう、この状況を作ったのはキャンチョメのシン・ポルクだ。

相手に脳に直接命令を行う呪文は、脳が存在しないガジュルには効果は無い。

しかしシン・ポルクにはもう一つ、周囲の景色を実際に変えると言う力がある。コレは催眠術ではないので、ガジュルにも等しく効果が現れたと言う事だ。

 

今のフィールドは無数のレンガの壁で覆われた迷路。

壁の強度を上げるにはそれだけ心の力を使わなければならず、フォルゴレは燃費の悪さから断念。

故に壁は本当に目くらまし程度、ガジュルの攻撃を防ぐ盾の役割を果たすことは無い。しかしご覧の通り、ウマゴンの姿を隠す事は可能だった。

そもそも、ガジュルとウマゴンではパワーの差がどうしても出てきてしまう。使徒と魔物の子と言う事に加え、基本スペックの差、コレを埋めるにはどうすればいいのか。

だからこそ、ウマゴンのスピードを生かす為に、彼の姿を隠すフィールドを作ったと言う事だ。

キャンチョメはウマゴンの脳に迷路のマップを直接叩き込む事でウマゴンはスムーズにガジュルから姿を隠しつつ、そのスピードで迷路を駆け回りながら、次々とその角をガジュルに叩き込んでいった。

いくら使徒とは言えどガジュルはパワーファイター、知能の面ではやや劣ってしまう。彼はキャンチョメ達の策にハマり、しばらくは次々にウマゴンの攻撃を受ける事に。

 

 

「ッッ! ふざけやがってぇえ! 消え失せろ! ラージア・ホロウバオ!」

 

 

煮えを切らしたガジュルが吼えると、彼の周囲広範囲が爆発。

次々にレンガの壁が粉砕されていく。ウマゴンは咄嗟に炎の壁で皆を守ったが、すぐにフィールドは更地に戻されてしまった。

唸るフォルゴレ、シン・ポルクを維持するには相応の心の力が必要となる。彼は既に一度シン・ポルクを使い、大きく心の力を使うガポルクも使っている。

この先の事を考えても、もうこのフィールドを維持する力は無かった。フォルゴレは呪文を解除、全ての幻想が取り払われ、再び山中の景色に変わる。

 

 

「ナメた真似をしてくれるぜ! 俺様の最大呪文で消し飛ぶが良い!」

 

 

光り輝くガジュルの体。大技が来る。それを直感したフォルゴレは魔本を開き心の力を込める。

 

 

「キャンチョメ!」

 

「うん!」

 

「パイクレイジ――」

 

「ディカ・ポルク!」

 

 

巨大化するキャンチョメ。

ガジュルも当然それに気づいたか、狙いを巨大化するキャンチョメへ移した。

 

 

「――シン・ディオアムルガ!」

 

 

巨大なサイのエネルギーがガジュルの腕から射出。巨大化したキャンチョメを粉砕しようと一直線に向かっていく。

だがしかし、巨大化したキャンチョメはあくまでも幻。ガジュルの攻撃は虚しく空を切って飛んでいく。

 

 

「よし! 心の力を消費させる事ができたぞ!」

 

「ッ! 幻か!?」

 

 

乱れるキャンチョメの像。

それでガジュルも今の呪文がどう言った効果を持つ物なのかを理解したようだ。

見れば大きなキャンチョメの足元で元のサイズのキャンチョメが立っているではないか。つまり大きい方は幻、ハッタリと言う訳。

 

 

「フハッ! フハハハハハハ!」

 

「「「「ッ!」」」」

 

「確かに俺様は今、力を無駄に消費してしまったが――」

 

 

それは心の力ではない。

使徒は呪文の使用に心の力を消費する訳ではないのだ。何故か? 決まっている、心が無いからだ。

では何を使って彼らは呪文を繰り出しているのか。それはヘラーの力であり、何よりも吸収した心の闇だ。

 

 

「お前達が日々発生させる負のエネルギー! それが俺様の力の源となるのだ」

 

「ッ!」

 

 

憎悪、嫉妬、殺意、ヘラーはその負をエネルギーとして彼らを生み出した。

人の負が人の世を終わらせる。これほど愚かで愉快な話があるだろうか。結局人間は人間の力によって滅びる、それがヘラーが描いたビジョンだ。

 

 

「見せてやる。コレが本当の巨大化だ! ディオ・ディカ・ガドルク!」

 

 

メキメキと音を立てるガジュルの体。

驚くべきはその変化、先程の言葉どおり彼の体が巨大化していき、周りに生えている木々と同じ高さまでに巨大化していく。

さらに体には鎧が付与、装甲を纏ったガジュルは咆哮を上げて構えを取った。

発生する衝撃、草木が舞い散り、フォルゴレやキャンチョメはガクガクと震えながら涙を流していた。

 

 

「うわぁあああ! なんて大きいんだ! 食べられちゃうよーッ!」

 

「どどどどどうしようサンビーム、ウマゴン。私達だけで勝てるのかい!?」

 

「め、メルゥ……!」

 

「――ッ」

 

 

確かに。

サンビームは必死に考えを巡らせるが圧倒的にコチラが不利なのは明白。

彼の話を聞くに巨大化は本当に巨大化している様だし――。

 

 

「フハハハハ! 消えろーッ!」

 

 

そうしているとガジュルの拳が一同に迫る。

すぐにフォルゴレ達を乗せて回避を行おうとするウマゴンだが、やはりその巨大な拳ゆえに地面に抉りこむと衝撃波を発生させて周囲の景色ごとウマゴンたちを吹き飛ばしていった。

 

 

「ぐあぁああ!」

 

「うわぁああ!」

 

 

岩や地の欠片が体と打つ。

衝撃に揉まれ地面を転がる一同を見て、ガジュルは声を上げて笑っていた。

 

 

「いいぞ! 破壊こそが全て! 破壊こそが我が真価!」

 

「ッ」

 

「壊れよ人よ。それがお前達に与えられた使命なのだ! ふははは!!」

 

 

人を壊すと言う事、命を殺すと言う事にガジュルは擬似的感情はこの上の無い喜び、快感を覚えるのだと語る。

それは彼の体に埋め込まれた大量の負のエネルギーが呼応しているのだろう。

ヘラーは知っていた、人の世に蔓延る最も強力な感情の存在を。それが誰かを憎む気持ち、恨む気持ち、蔑む気持ち。つまりマイナスのエネルギーと言う訳だ。

今も尚、体の中にある負のエネルギーが大きくなるのを感じている。

 

 

「悲しい生き物だな人間は!」

 

 

脆く、何よりも弱い。今日も誰かが誰かを恨み、そして誰かを見下している。

下を作らなければ人は自我を保つ事すらできない。だから劣等感が生まれる。だから殺人が、犯罪が起き生まれるのだ。

傷つけるという事はヒエラルキーの証明、自己の存在が他者よりも上であると言うプライドの保持。

それを他者が他者を傷つけるという脆い土台の上になりたっている。それがガジュルの力となる事、もはやそれはガジュル本人ですら哀れに思うと。

人は害悪だ。それを人は分かっている筈なのに、世はそれでも動いていく。

 

 

「今日もどこかで無駄に命が生まれ、無駄に死んでいく」

 

 

不要なサイクルだとは思わないか?

人間等ある意味で家畜以下の存在だ。この世には何も為せずに死んでいく命も多いと聞いた。

無駄、全くもって理解できない無駄さ。それならばまだ食われる役割を持った家畜の方が理由もあろうて。

何もできず死んでいく命、何の意味も無く過ぎていく人生、結果の出ない人の存在。

 

 

「俺様は寛大だ。滅びは、破壊にはそれだけの意味がある!」

 

 

ガジュルは思うのだ。

ならば自分が意味を与えるまで。何の価値も無い人間に、『壊される』と言う役割を与えてあげるのが使徒の役割、神に仕える使徒(てんし)が示す救済の道。

 

 

「何の意味も無い命ばかりがこの世界には蔓延っている。だから壊す、だから作るのだ。我ら使徒達が貴様らの未来を導いてやろう!」

 

「今――、何と言った?」

 

「あん?」

 

 

一瞬。それは時間にしてみれば一秒も無かったのかもしれない。しかしガジュルはその時確かに背筋に冷たい物を感じた。

何だコレは、擬似的な心が指し示す恐怖の意味は? ああ知っている。それは紛れも無い。獅子の覇気だ。百獣の王が放つ気高き威圧感。

その気迫を放つ男の名はパルコ・フォルゴレ。

 

 

「――貴様は勘違いをしている」

 

「ッ、勘違いだと?」

 

「ああ。この世に、無駄な命など存在しない」

 

 

フォルゴレは知っている。

彼は忙しい合間をぬって度々病気の子供達に対するチャリティーコンサートを行っていた。

だからこそ命の尊さは他の人間よりは幾分か知っているつもりだ。彼らは、彼女達は必死に生きていた。

いつ終わるとも分からない毎日に怯える事は無く、日々の時間を精一杯生き抜いていたんだ。そして周りの人間も、その人と共に少しでも長く側にいようと希望を抱いた。

その姿は、何よりも美しく、何よりも尊い。彼らは望んでいた筈だ。最後の最期まで『生』と言う物を夢見ていた。生きる為に生きた毎日は、決して無駄な物などでは無い。

 

 

「お前に『人』の何が分かる」

 

 

フォルゴレは知っている。

過去に訪れた病院で出会った子供達、その中で少なくは無い数の命が亡くなってしまった。

家族に話を聞いた事もある。すると、その子は自分のコンサートを大切な思い出としてくれていた事も分かった。

短い人生だったのかもしれない、しかし彼らはしっかりと自分との思い出を大切にしていてくれた。

何の為に人は生きているのか、それはフォルゴレには分からない。彼は神では無い、人の生き死に口は出せないのだ。

しかしそれでも一つだけ胸を張って、声を大にして口にする事がある。

 

 

「この世に意味無く生まれ、意味無く死んだ者はいない」

 

「……ッ!」

 

「無駄な命等、一つも無いんだ!」

 

 

誰もが皆、悲しむ為に生まれた訳じゃない。

命は不確かだ。人生もまた同じ。それでも誰もが信じている。

自分の人生が傷つく為に、傷つける為にある訳では無いと。失うだけの生は悲しすぎる。

だからこそフォルゴレは希望を与える側になった。何故人は死んでしまう、何故人は自分の命を無駄にしてしまう。

そこにあるのは悲しみじゃないのか? だからフォルゴレはその悲しみを消したかった。

覚えているぞ、今でもあのカバの牙に小鳥が止まる画を。何の為に生きる? 誰の為に生きる? そこに意味はあるのか?

 

 

『ありがとう! フォルゴレ!』

 

『嬉しい! 楽しいねフォルゴレ!』

 

『ありがとう! ぼく今日のことを忘れないよ!』

 

 

子供達の笑顔がフラッシュバックする。

そうだ、彼らの悲しみを消す為にスターを続けていた。

たとえ明日消えてしまうかもしれない命を抱えていても、今を精一杯生きて欲しいからチャリティーコンサートを続けていた。

フォルゴレは医者では無い、命を救える訳じゃないし、その為に医学を勉強しようとは思わなかった。

しかし今の自分にできる事はある筈だと彼は思っていた。それが生き方、生きる理由と言うものだ。

病気から子供達を守れるわけじゃない。けれどもせめて命に希望を持ってほしかったから、スターのフォルゴレであった。

 

 

「訂正しろ! 命は、お前が考えている程軽い物じゃないんだ!」

 

「だ、だまりやがれーッ! 人間の命に価値などある物かよ!!」

 

 

その上でガジュルが人の命を無駄だというのなら、彼自身が人の命を無駄に消していくのなら――

迫るガジュルの拳。フォルゴレとキャンチョメは頷き合い、その迫る悪意に真っ向から立ち向かう。

 

 

「私はお前を許さない! 今ココで鉄の男、パルコ・フォルゴレと無敵のキャンチョメが倒してやる!」

 

「ッ!」

 

「ディマ・ブクル!!」

 

「ぐぉお!?」

 

 

生み出されるのはキャンチョメの分身達。

彼らが一勢に巨大化しているガジュルの拳を受け止めた。

競り合う両者、フォルゴレは自身の思いを魔本に注ぎ込み分身の力を上げていく。もう心の力は少ない、後はガポルクを一発撃てればいいくらいか――?

 

 

「サンビーム!」

 

「ああ! 一つ手がある」

 

 

サンビームが注目したのは今のガジュルの強化形態だ。

巨大化し鎧を纏うことで無敵に近い強化を得ているのかもしれない。

しかし唯一、他の強化体とは違ってむき出しになっている部分があった。

それが『頭部』だ。強力な呪文ゆえに一番大事な部分が守られていない。

 

 

「そこを突く! キャンチョメ、コンビネーションだ!」

 

「うん! 分かったよ!」

 

 

ウマゴンはひとまず背中に味方全員を乗せてバックステップ。

一方でキャンチョメは分身達に指示を送り一勢に分散させた。

無数のキャンチョメ達は纏わり付くようにしてガジュルへ攻撃を仕掛けていく。

 

 

「鬱陶しい雑魚共がァアッ!」

 

 

チョロチョロと身の回りを動き回りながら攻撃を仕掛けるキャンチョメの分身たち。

ガジュルはそれを引き剥がそうとついムキになり冷静さを失う。

全て力で解決ができると思っている彼にはすばしっこいキャンチョメは非常に不快な存在であったろう。

だがしかしだ、この分身の役割は攻撃だけではない。むしろ攻撃は囮である。

分身は集合する事で力を高めていく、分散させるのは得策ではないのだ。では何故分散させたのか、それは――

 

 

「メルメルメーッ!」

 

 

ウマゴンは炎を撒き散らしながらキャンチョメの分身を蹴って跳躍、ガジュルの体の上を目指す。

ライトニングアロー、ウマゴンの体に大きな負担が掛かるが、彼はそれだけスピードを上げて空に上っていく。

そう、分身達はウマゴンを運ぶ『足場』なのだ。

 

 

「えーい!」

 

 

分身の一体が思い切りウマゴンをトス。上空高くへ送っていく。

 

 

「クソがァ! イライラさせやがって!」

 

 

面倒になったのか、ガジュルは分身を放置してある一点を狙う。

それは今現在フリーになっている本の持ち主達だ。

フォルゴレ達を殺してしまえば呪文の効果は切れるのではないか、それを思ったガジュルは大きな拳を構えて笑みを。。

 

 

「俺様の一撃でぺちゃんこになりやがれー!」

 

「ガポルク!」

 

「何ッ!?」

 

 

分身が消滅したかと思うと、フォルゴレの手にはキャンチョメが変身してできた巨大な『うちわ』が抱えられていた。

迫る拳、しかしフォルゴレは思い切りうちわを振り上げ、咆哮と共に振り下ろす!

 

 

「ォオオオオオオオオオオ!!」

 

「グォオオォォォオオオオ!?」

 

 

地面に叩き付ける様にして振るわれたうちわから発生するのは強力な竜巻。

嵐の壁はガジュルの拳を確かに受け止めると、そのまま巨大化、彼の体を囲むように風の形を変える。

それはまさに台風、轟々と鳴り荒ぶ風の檻はガジュルを包み隠す。

 

 

「チィイイイッッ!!」

 

 

大地を踏みしめ耐えるガジュル。

確かに風圧は凄まじい――、が、しかし風圧が凄いというだけでダメージはほとんど無かった。

確かに風に身を切り裂かれる感覚は最初こそあったが、風が広がったことでダメージは無い。

ただ抵抗が凄く動けないだけ、この攻撃もじきに終わる。そうすれば再びフォルゴレを狙えばいいだけだ。彼からはもう心の力が感じられない、つまりこの攻撃がラストと言う事だ。

 

 

「我々の勝ちだ」

 

「何!?」

 

 

サンビームが魔本を開く。この風もまた、あくまでも囮でしかない。

竜巻は台風へと形を変えた。台風とはつまり、その中央は風の流れが極端に緩やかだ。

ガジュルは体が大きい為に周りの風を受けてしまい、いまいちその実感は無いだろう。

だがしかし、影響を受けない者が一人。

 

 

「ウマゴン!」

 

「メルメルメー!」

 

「ま、まさか!」

 

 

ガジュルが何とか顔を上に向けると、そこには炎を纏い高速回転でコチラに『降ってくる』ウマゴンの姿が見えた。

ジャベリン、角にエネルギーを集中させてウマゴンはガジュルを狙う。

そうか、それが狙いか。ガジュルは一瞬呪文を解除する事を選択肢の中に入れる。しかし首を振るい咆哮を上げてその場に立ち尽くした。

何故自分が魔物の子風情に逃げなければならないのか。彼は自身の角を突き出す様にしてウマゴンを受け止める事を決める。

負ける気はしなかった。使徒は絶対、そのヒエラルキーのピラミッドが崩れる事は無い、と。

 

 

「俺様は使徒ッ! 絶対の存在だァアア!」

 

「ギガノ・シュドルク!」

 

「メルメルメェエエッッ!!」

 

 

ウマゴンの角が伸びてエネルギーがさらに集中していく。

そして衝撃、ガジュルの角とウマゴンの角がぶつかり合った。ガジュルは使徒としてのパワーを全て角に集中させる。

神の力の一端、それは呪文を使わずとも己の体を強化させるだけの力があった。ウマゴンの体程サイズのある角。

果たして、どちちが勝つのか――?

 

 

「ガジュル。覚えておけ」

 

「!」

 

 

呟くようにサンビームは言う。その言葉がハッキリとガジュルの耳には届いた。

 

 

「戦いにおいて大切なのは体の大きさじゃない。(ハート)のデカさだ」

 

「ッ!」

 

「超えられるか、ウマゴンのハートを!」

 

「ぐッ!」

 

 

その時――、バキンと、ガジュルの角にヒビが走る。

増幅していくウマゴンの炎、ガジュルは信じられない光景に体を震わせる。

 

 

「メルメルメェエエエエエエエエッッ!!」

 

「オォォオオオ……ッ! まさか、まさか俺様がこんな魔物と人間に――ッッ」

 

 

崩壊は一瞬だった。

ゴッと音がするとウマゴンの角がガジュルの角を粉砕していき、そのまま脳を捉えた。

 

 

「ちッッくしょォオオオッがァアアア!!」

 

 

そして爆発。コアを破壊されたガジュルは黒い霧となって四散。

その存在をゼロに還した。着地するウマゴン、サンビームはニヤリと笑って彼を迎え入れる。

 

 

「グルービーだ、ウマゴン」

 

「メルメル!」

 

「やったなーキャンチョメ! 私達の勝ちだぞー!」

 

「うん! 僕やったよー!」

 

 

あとは――、サンビームはチラリと教会の方を見る。

向こうが何とかなっていると良いのだが、丁度その時聖堂から雷光が漏れた。

サンビーム達は素早くアイコンタクトを取ると、ガッシュ達を助ける為に自身らも聖堂を目指す事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か、ガッシュ、マジル」

 

「ウヌ、大丈夫だぞ」

 

「うん……!」

 

 

少し時間は巻き戻り、教会の二階の窓から中に入ったガッシュ達。

流石にココまでくればマジルも雰囲気で分かるのか、ヘラーの気配を感じ取る事ができた様だ。

マジルが指し示す場所、清麿の記憶が正しければ大聖堂だった筈。普段は結婚式か教会としての役割を果たしている場所が戦場になるとは、何か皮肉な物を感じるというものだ。

だが急がなくては。清麿はガッシュとマジルにアイコンタクトを取ると、すぐに聖堂を目指す事に。

 

 

「ねえ、二人とも」

 

「ん? どうしたマジル」

 

 

聖堂を目指す中、マジルはポツリと呟くようにガッシュ達に疑問を一つ。

 

 

「二人のお母さんって、どんな人?」

 

 

いや、違う。

マジルは首を振って質問の角度を少し変える。

 

 

「家族って、何?」

 

 

遊園地にいた者達がそう、家族だ。

彼らは共に居た時にとても楽しそうだった。そして失えば大粒の涙を流していた。

マジルには分からない者だ、理解できないものだ。だからこそ彼はそれが気になっていた。

 

 

「ウヌ、家族とはとてもとても大切な者達の事を言うのだぞ」

 

「ふぅん。清麿も、そう?」「ああ、間違っていないな」

 

 

だからこそ、人は愛する人と家族になるのだ。

ガッシュの言葉にマジルは少し複雑な表情に変わる。納得したのかしていないのか、それは分からないが彼はもう続きを問いかける事は無かった。

そのまま荘厳な雰囲気の廊下を歩く事数分、大きな扉が一同の前にやってくる。分かる、居る、ビリビリとした緊張感が清麿達の肌を刺す。

しかし進まぬ事にはどうしようもない。清麿たちは頷き合うと大聖堂へと繋がる扉を開いた。

すると、目に飛び込んできたのは聖母マリアのステンドグラスに磔にされているティオと恵の姿だった。

キリストの様に両手を広げ、そして二人を縛るのは紅い蜘蛛の糸で作られた『蜘蛛の巣』と言う檻。

 

 

「恵さん!」

 

「ティオ!」

 

 

淡い光を背にした二人は何とも美しい。

一瞬、そんな彼女の姿に見惚れながらも清麿とガッシュは声を荒げて彼女らの名を叫んだ。

すると薄っすらと目を開ける二人、どうやら無事そうだ。恵達は清麿の姿を確認すると少し嬉しそうに頬を染めて彼らの名を呼び返す。

 

 

「清麿くん……!」

 

「ガッシュ! 来てくれたのね!」

 

「フフフ……!」

 

 

だが、そんな二人の声に混じって一つの濁った音が混じる。

ステンドグラスの下、大きな椅子に座っているのは魔神ヘラー。彼女は訪れた侵入者を赤い瞳に移して、口が裂ける程の笑みを浮かべる。

鋭利な牙がむき出しになり、彼女は唸り声を上げて侵入者を睨む。

 

 

「心拍数の上昇、不自然な取り乱し方。なるほど、貴様は相当この女が大切と見える」

 

「……ッ」

 

「心配するな。まだ何もしてはいない」

 

 

信じられるかと言った調子で清麿はアンサートーカーを発動する。

すると確かにヘラーの言った通り恵達はステンドグラスに磔にされただけで怪我等は一つも負っていなかった。

そもそもティオを解析する前に清麿たちがココに来たのだから。

ヘラーは大きくため息を漏らす。もはや清麿たちがココまで食い下がってくるとは予想もしていなかった。

人間は神に対して畏怖の感情を抱き、恐れ、敬い、ひれ伏すと言う印象があった。

神格化と言う言葉がある様に、人間はすぐに神を作り、そしてその言葉に特別な意味を抱く。だからこそ、今、こうして簡単に神に逆らう彼らの神経が理解できない。ガッシュの後ろには怯えた様な目でコチラを見ながらも、確かに反抗を示しているマジルもいる訳だし。

それにバムロアの気配が消え、ザムザやガジュルもまた力が乱れている。コレは他の魔物と戦っている証拠、つまり清麿の仲間が同じくして使徒に――、神の力に逆らっていると言う事だ。

ヘラーにはそれは信じられない事だ。しかし事実、これが現実なのだから仕方ない。仕方ないからこそ、今こうしてヘラーは清麿と対話を行っているのだ。

 

 

「一つ聞きたい。高嶺清麿、ガッシュ・ベル」

 

「……なんだ?」

 

「お前達にとって、神とは何だ?」

 

「神、だと?」

 

「そう。私がそうだ。私は信じていた、神とは絶対の存在、逆らう者など誰もいないと」

 

 

にも関わらず、下等な人間の清麿たちが。

それだけじゃなく同じ魔物ですら神に牙を剥くとは今にも信じられぬと。

それは何故? それはどうして? ヘラーにも分からぬ事だ。

チラリと目を合わせるガッシュと清麿、二人の答えは一つだった。

それは、『分からない』と言う事だ。正直、神の形とはそれぞれが各々の持つイメージの中に作り上げている物だろう。

それに神と一口に言っても多くの存在が頭に浮かんでくる。漠然としたイメージだ、それは全て。

ガッシュは神の存在を知っていたが、空の向こうで自分達を見守ってくれている一線を超した存在だと認識している。

一方清麿もまた同じ、まあ彼の場合は世界の色々な神話を本で読んでいた為、多くの知識は入っているが、それでも『漠然としたイメージ』と言う存在である事は変わりなかった。

だからこそ、今、二人は思うのだ。

 

 

「たとえ相手が神であろうが何だろうが関係は無い」

 

「ウヌ。お主がこの大切な人間界を滅ぼすという事が問題なのだ」

 

 

それを全力で止める。

それが二人の意思、揺るぎの無い答えと言う物だ。その相手が魔界の神だったと言うだけ。

人間界の平和を脅かす物が何であれ、二人はそれを守る為に戦うのだと。

 

 

「……なるほど、では質問を変えよう」

 

 

それは以前にも同じ質問をされたもの。

 

 

「人間に生きる価値はあると思うか?」

 

「「当たり前だ」」

 

 

口をそろえて答える二人にヘラーは思わず吹き出した。

素晴らしい答えだ。迷いの欠片も感じられない。しかしそれは逆を言えば少し安直――、ではないだろうか?

ヘラーはどうもそう思えてしまって仕方ないのだと言う。

カイロス。魔神達が人間を不要と判断した存在が一つだ。優れた才能であるアンサー・トーカーもまた人が『使えば』兵器開発の類に使われてしまう。

清麿は運が良い。才能は悪意に染まる。彼はそれを避けられた。何故? それはたまたまだ、優れた才をもつ彼は、本来は人に利用される側の存在。

 

 

「高嶺清麿。お前は生きている限り、遅かれ早かれ人類に絶望する運命だ」

 

「……ッ」

 

 

滅びは、死は永遠だ。今ココで人類を永遠にしてしまえば清麿が悲しむ事は無くなる。

 

 

「人は、綺麗なままで死ねば良い。美しいままで永遠になればいいのだ」

 

 

これは悪意ではない、善意だ。拒む事は自己が愚かだと宣言するも同じ、だからこそヘラーは信じている。

清麿は理解できる。彼は頭が良い、それ故に、だからこそ。

人は、生きている価値の無い存在だと。

 

 

「――確かに、世界はオレが思っているよりも価値の無い物なのかもしれない」

 

「ッ! 清麿!?」

 

 

ガッシュは驚いた様に清麿を見る。しかし彼は笑みを浮かべてガッシュの頭を軽く撫でた。

 

 

「事実、昔のオレは世界なんていつ滅んでも良いって思っていたからな」

 

「ならば決断は簡単だろう? お前の力があれば、人の世は簡単に終わる」

 

「いや、断る」

 

「なんだと……!」

 

「確かに以前のオレなら、もしかしたらお前に協力していたかもしれない」

 

 

しかしガッシュと出会い、様々な人と出会う事で清麿は他者との交流と言う大切な経験を経てきた。

その結果、彼は人の素晴らしさを知ったと自負している。

自分以外は屑だと思っていた、しかし多くの素晴らしい人たちに出会った。かけがえの無い存在を知った。

だからこそ、清麿はヘラーの問いかけに胸を張って答える事ができる。確かに世の中には本当の屑が溢れかえっているのかもしれない。

それこそヘラーが下らないと言うのも仕方無い人間が溢れているのかもしれない。

しかし少なくとも清麿は下らなくない人間を知っている。輝きに溢れた大切な人たちがいる。

若い自分がそれだけ知っているのだから、きっと広い世の中にはもっとそう言う人たちがいる筈だ。だからこそ、清麿は答える。それはガッシュも同じだろう。

 

 

「お前に人間界は壊させない! 人の未来を決めるのは神じゃない、オレ達人間自身だ!」

 

「ウヌ! よく言ったぞ清麿! 私も同じ気持ちだ!」

 

「………」

 

 

首を振るヘラー。

ことごとく腹の立つ連中だ。理解ができぬと言う事がこれほどまでに怒りを覚える事だとは知らなかった。

だがそこで思い出す。そうだ、価値観が違うとは彼女自身が言った言葉ではないか。所詮は分かり合えぬ対岸の存在、話し合い程無意味な事は無い。

ほら、そこで一つ消える使徒の気配。それはデモン達がザムザを倒した証拠。食い下がる、超えようとしている。ああ、なんて腹立たしい。

ヘラーは紅い視線を二人に送る。そして、ポツリと呟いた。

 

 

「潰す」

 

「!」

 

 

杖を構え飛び出す様に移動するヘラー。それに反応してガッシュもまた走り出した。

 

 

「不要だ、人間も王もな。神の名の下に、今この場で貴様らを処刑する!」

 

「清麿ーッ!」

 

「ああ! ザケル!」

 

「ホロウ!」

 

 

ガッシュの電撃とヘラーの邪気の塊が衝突し合い、互いに弾け飛ぶ。

その先にあったのはさらに距離を詰める二人、ガッシュの拳とヘラーの杖がぶつかり合い、二人は激しい火花を散らす。

 

 

「ウォオオオ!」

 

「チィイッ!」

 

 

裏拳が杖を弾き、ガッシュは思い切り地面を蹴って跳躍。

ガッシュのロケットの様な頭突きを何とか杖を盾にして受け止めるヘラー。

彼女はすぐにガッシュの頭を鷲づかみにすると、鋭利な爪を構えてガッシュの喉元を突き刺そうとアクションを起こした。

 

 

「ザグルゼム!」

 

「くっ!」

 

 

しかし前にしたガッシュの口からは電撃のエネルギーを蓄積する光の球体が。

ヘラーは何とか首を傾けて回避を試みるが、ガッシュが狙ったのは首ではなく胴体。

動きの少ないその部分は首を捻った所でどうにかなる訳でもなく、ヘラーの体にザグルゼムのエネルギーが蓄積される。

 

 

「チッ!」

 

 

ガッシュを蹴り飛ばし距離を離すヘラー、一方でガッシュはマントを巨大化させて清麿を隣に乗せる。

彼の目の置くには無数の輪、既にアンサー・トーカーをフル稼働させてヘラーを倒す答えを探す。

 

 

「ガンズ・ホロウ!」

 

「ガンレイズ・ザケル!」

 

 

平行に聖堂の中を駆け、両者の無数のエネルギーが次々に衝突していく。

しかしその競り合いの中、清麿はヘラーへたどり着くルートを見出した。

ガッシュの体を動かし、ガンレイズの銃弾のルートを確保する清麿。すると雷の弾丸が次々にヘラーの体に向かう。

 

 

「シルド・アドネル!」

 

 

しかし向こうとて神、迫る雷撃を次々と無効化して次なる手に転じていく。

清麿とて答えを更新していくのに精一杯の状況。油断は即、死に繋がると言っても過言ではないだろう。

 

 

「アリアドオウ・ホロウガ!」

 

「ジオウ・レンズ・ザケルガ!」

 

 

巨大な蜘蛛と巨大な電気ウナギの様な龍が睨み合い咆哮をぶつけ合う。

蜘蛛からは無数の糸が、龍からは分離した装甲が武器となって無数に発射。互いの弾丸を次々に無効化し合っていく。

殺す。その殺意を受けた蜘蛛と、守るという意思を受けたジオウ。激しい連撃の末に、ジオウのパーツが漆黒の糸を切り裂き、その禍々しい蜘蛛の肉体を串刺しにしていく。

断末魔を上げて消滅していく蜘蛛。しかしその爆散する体に紛れ、ガッシュ達の眼前には杖を振り上げているヘラーの姿が。

 

 

「ゴウ・ロルド!」

 

「ラウザルク!」

 

 

杖を強化する呪文と肉体強化の呪文。

ガッシュとヘラーは呪文から肉弾戦に攻撃の舞台を移動させる。

ガッシュの隣で臆する事無く指示を出す清麿、間近に杖が迫ろうともガッシュを信じ、そして彼が的確に杖を弾ける様に答えを導いていく。

やはり、厄介。ヘラーは思わず舌打ちを零す程にそう思う。答えを出せる者、それはもう――

 

 

(そう。例えば日本に伝わる神。アレは過去にこの地で戦った魔物だとばかり思っていたが、或いはか)

 

 

少ないとは言え、清麿はデュフォー、それだけではなく他の者(例えばサンビーム)も答えに出す者に近い存在であると思われる。

もちろんサンビームと清麿とでは大きな壁があるが、この時代にそれだけの逸材が揃っているのは偶然では無い筈。

つまり過去にも例外なく同じ様な力を持った者がいたのではないだろうか。預言者、或いはそれこそ神として称えられたのではないか。

別の言い方をするのであれば、清麿もまた神だと言えるのかもしれない。であるならば神殺しの領域に足を踏み入れる事もまた厭わぬと言うのか。

 

 

「ふざけおって……!」

 

「前方! 魔力を集中させてマントの壁を!」

 

 

指示通りマントで盾を張るガッシュ、重い衝撃がビリビリと体に伝わってくる。

瞬間清麿の声、『背後を振り向け』、その言葉どおりに後ろに視線を移動させるガッシュ、するとそこには眼前にヘラーの顔が。

どうやら高速移動を使用していた様だ。杖の一撃で油断させて本人背後からの奇襲を仕掛ける。

そして、それもまたフェイク!

 

 

「右だ!」

 

「ッ!」(やはり答えを――ッ!)

 

「ジケルド!」

 

 

盾にした杖に命中する光球。

磁石になった杖にはガチャガチャと教会内にあった金属の装飾品が次々に付与していく。

最後にはパイプオルガンのパイプに向かって杖が飛んでいった。

 

 

「チッ! 素材が純金属だったか!」

 

 

面倒な事を。ヘラーは後ろに下がり牽制の為に大技を一つ。

 

 

「ディオガ・アリアドン!」

 

 

ヘラーの突き出した両手から邪悪なる糸状のエネルギーを収縮させた物が放たれた。

何で防ぐ? 彼女は目を細めて清麿とガッシュを見た。

 

 

「マーズ・ジケルドン!」

 

 

紅いエネルギー弾が押し出す様にして糸を避けつつヘラーに向かう。

その影に隠れ、迫るガッシュ達。ヘラーはすぐに軌道を修正するが、ガッシュはマントを伸ばしてすぐに引き寄せる事で大きな距離を一瞬で移動してみせる。

さらにマーズ・ジケルドンが放つ引力が次々に糸を吸い込んでいくではないか。

こうしてヘラーのサイドに回りこんだガッシュ、ヘラーは未だに呪文を発動しており、すぐにエネルギーをガッシュ達の方へは向けられない。

 

 

「テオザケル!」

 

「チィィイ!」

 

 

呪文を解除して大きく上に跳ぶヘラー。

しかし範囲の広いテオザケル、さらにザグルゼムの電撃連鎖が反応し、迸る雷光がヘラーの肉体に触れて爆発する様に稲妻が走る。

 

 

「グォオオオオオオオ!!」

 

「バオウ・クロウ・ディスグルグ!」

 

 

動きを止めたヘラーに打ち込まれるバオウの手が繰り出した裏拳。

きりもみ状に回転しながらヘラーは吹き飛んでいった。

パイプオルガンに直撃し、崩れ去る破片に飲み込まれていくヘラーを見ながら清麿は魔本を光らせる。

 

 

「ザケルガ!!」

 

 

追撃の一撃。

ダメージを頭に刻むヘラー。彼女は帯電しつつ、じっとりとした眼で虚空を見つめる。

そう言えばマジルはどこに行った? ふと思い浮かべた疑問と、ガッシュ達の戦い方が妙に時間を稼いでいた様に感じる。

まさか、とヘラーは自身に圧し掛かる破片を払い、体を起こした。すると見えたのは虚空を示すステンドグラス。そう、その脇には恵とティオを助けているマジルの姿があった。

そう、そうか、逆らうか。理解せず逆らうのか、生み出した恩を忘れ逆らうのか、ヘラーの中に急激に『萎え』と言う感情がわきあがる。

清麿も、ガッシュも、マジルも、ティオも、恵も、他の奴らだって必死に戦おうとしている。自分に、神に勝とうと思っている。

最悪、勝てる力を持っている。ああ、なんだか、コレはとっても気分が悪いぞ。

だから、そう――、だから。

 

 

「飽きた」

 

「ッ!」

 

「本気で行く」

 

 

瞬間、ヘラーの周りにあったオルガンの破片が全て消し飛ぶ。

そして姿を見せたヘラーは先程とは少し姿が変わっている物だった。

顔を覆っていた花々は消し飛び、彼女の素顔が晒される。三つの眼のほかに姿を見せたのは縦に並ぶ四つの眼、そして額には大きな眼が一つ。

計八個の眼がヘラーの顔には付与していた。さらにドレスを突き背中から生えるのは鋭利な六本の蜘蛛の足。

 

 

「ホロウ」

 

 

一言、その一つの呪文で六本の足から同時に弾丸が発射される。

黒い六つの弾丸は一勢にガッシュ達を狙っていく。

 

 

「くッ! ラシルド!」

 

 

出現する電撃の盾が弾丸を受け止め、弾き返す。

しかし既にヘラーはサイドに回っている所、彼女は地面に細長い脚を突き刺していく。

するとガッシュが立っていた場所、その周りから巨大化した蜘蛛の足が出現、その先端が光り輝いていく。

 

 

「まずい! ガッシュ、マントで体を覆い隠すんだ!」

 

 

この攻撃を避ける『答え』は無かった。

 

 

「ディオ・バーガスアリアード!」

 

「ぐぉおおおおお!」「ぬああああああ!!」

 

 

細長い糸状のエネルギーが無数に発射されガッシュの体を切り裂いていく。

密集したその威力はすさまじく、マントの防御を貫いてガッシュや清麿を傷つけていく。

動きが鈍ったところに向けられる殺意、ガッシュは清麿を投げ飛ばして両手を広げた。

 

 

「ギガノ・ホロウ!」

 

「ヌォオオオオ!」

 

「ガッシュ! エクセレス・ザケルガ!」

 

 

六つのエネルギーがガッシュを包み爆発する。

何とか巨大な雷光がガッシュの前方のエネルギーをかき消して威力を弱めるが、サイドから迫る弾丸には対処できない。

血を撒き散らし倒れるガッシュ、一分前まで無傷だった彼は既にボロボロだった。息を呑む清麿、ココにきてヘラーのギアが上がって来たというのか。

 

 

「マジル」

 

「!」

 

 

ヘラーが自分を呼んでいる。マジルは大きく肩を震わせて視線を移動させた。

 

 

「私に逆らうという事がどういう事か、知らぬ訳ではあるまいて」

 

「………」

 

 

自身の頭を軽く叩くヘラー。人で言う脳の部分を強調している様だ。

一方その時、倒れているガッシュがヨロヨロと立ち上がった。

丁度良いと人差し指を立てるヘラー、一つ大事な事を教えてやると彼女は声のトーンを変える。

 

 

「力は集合する事で一つの独立した形を作る。しかし、あくまでもそれは供給し続け形あると言う事を忘れるな」

 

「ッ?」

 

「無限じゃない、有限だ。時も、命も」

 

 

ヘラーは一言。

 

 

「マジルは私の使徒。私が死ねば、その時、マジルの存在は消えうせる」

 

「なッ!!」

 

「何――ッ!?」

 

「「!」」

 

 

時間が止まる。皆の視線がヘラーとマジルを交互した。

ハッタリかと一瞬思ったが、アンサートーカーを発動した清麿の表情が青ざめたのを見て、誰もが同じ表情に変わる。

ただ一人、ヘラーを除いては。

 

 

「以前、貴様らはマジルを盾にされた時、何もできなかったな」

 

「お前ッッ!」

 

「同じだ。今も、過去も、何も変わりはしない」

 

 

杖をガッシュに向けるヘラー。

清麿は反射的に魔本を光らせるが、それをガッシュが慌てて止める。

駄目だ、ヘラーは殺せない、ガッシュの瞳に大きな迷いが宿った。それを見てニヤリと唇を吊り上げるヘラー。やはり王として、器が足りぬか。

 

 

「ホロウガ!」

 

「ぐぉおおお!!」

 

 

蜘蛛の脚から一勢に直線状のエネルギーが放出、その全てがガッシュの体を直撃した。

 

 

「ガッシュ!」

 

 

彼を心配する声が辺りから聞こえてくるのを感じ、ヘラーはより一層深い笑みを。

 

 

「それが優しい王の姿か。実に、下らん」

 

 

結局に目の前にある脅威に立ち向かう事はできない。その様な王の形、必要ではない。

 

 

「ホロウ・キロロ」

 

 

呪文を放つヘラー、無数の闇の刃がガッシュに迫る。

清麿はラシルドを唱えようとするが、それを止めたのはやはりガッシュだった。

 

 

「ガッシュ!」

 

「止めてくれ清麿! 私が抵抗してしまえばマジルが……!」

 

「だからってお前――ッ!」

 

 

答えを探す清麿。

しかし導き出される答えの中に、マジルが助かる道は一つも無かった。

ヘラーを倒す道はある。しかしどんなルートを辿ってもマジルが助かる答えが存在しない。

無力、清麿を包む強い、それは強い無力感。アンサートーカーは神の力に匹敵する能力、しかし答えが出ないとココまで何もできないのか。

 

 

「セウシル!」

 

「ッ」

 

 

ガッシュの周りに生まれる円形の盾。舌打ちを零し、ヘラーが視線を移動させるとティオと恵が魔本を輝かせていた。

彼女達の魔本は恵に持たせたままだった、だからこそ自由になった彼女達は戦いに参加する事ができると言うわけだ。

だがそれがどうした? ティオたちが加わったところで何ができると言うのか。

自分を殺せばマジルは死ぬ、ガッシュがそれを知ってしまえば絶対に彼は自分を殺せない、ヘラーには絶対の自信があった。

そしてそれはヘラー以外も分かる事、だからこそガッシュを含めこの場にいるヘラー以外の者が全員が険しい顔をしている。

 

 

「もう止めてくださいヘラー様!」

 

「ッ」

 

 

そしてそれを一番知っているのは他ならないマジル本人だ。

だから彼は懇願を、ヘラーは間違っている、ヘラーは誤解している。

人は確かに魔神からしてみればちっぽけな存在なのかもしれない。

しかし言葉を話し、心がある、それは心無き自分よりも勝っている種族ではないかと彼は必死に説いた。

 

 

「お願いですヘラー様! どうか人を滅ぼすのではなく、和解の道を!」

 

「黙れ。我が力で生まれた分際で主に逆らうのかマジル。お前は私の盾として、その生まれた役割を全うすれば良いのだ」

 

「……ッ」

 

 

わなわなと、マジルの唇が震えた。

そして彼の擬似的な感情が何を汲み取ったかは知らぬが、一つの結果を彼に与える。

それは、『涙』だ。今の言葉を聞いたマジルの目からは涙が溢れてきた。

言うて、これは偽物の涙だ。マジル自身どうして自分が泣いているのは分からなかった。

しかし彼は確かに涙を流したのだ。たとえ偽物の涙、たとえ偽物の心、しかし彼には本物だったのだ。

 

 

「さて、このまま続けても良いが――」

 

 

一方でヘラーは彼に目もくれず、状況を確認してみる。

ティオが参戦したと言う事は半端な呪文では戦いは進まない。もちろん攻撃を続けても良い、その力は魅力的だ、しかし気分が変わった。

今はとにかく彼らを叩きのめしたい、故に、ティオの力はもういい。もういらない、そう彼女は思う。

だから、唱える。

 

 

「ユダ・ヴァジリス・アドネードホロウ!」

 

「ッ、まずい!」

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

怨念をたっぷりと蓄えた咆哮が聖堂を揺らす。

マリアのガラスを突き破る様にして姿を見せたのはヘラーの最強呪文が生み出した歪なキメラ。

彼女が本気を出したからなのか、前回とは姿が変わっており、より禍々しく変わっていた。

ベースの肉体はコブラ、そして長いからだから生えるのは細長い脚、そして目が八つある頭部は蜘蛛のソレ。

さらにコウモリの翼が生えており、体中にはバラの弦が巻きついており、華も至る所に見られた。

 

 

「吹き飛ばす。全て、命も、存在も、何もかもな」

 

「ぐッ!」

 

 

マズイ、まずいまずいまずい!

答えを出さなければならない。清麿は喉を鳴らして打ち破るかどうかを迫られる。

だが、まさにその時だった。

 

 

「お願いだよ! もう止めてよお母さん!!」

 

「ッ! マジル……!」

 

 

彼にとってヘラーは母のような物だ。

悲痛な声でマジルは叫んだ。どうして分かってくれないのか、人間と魔物は分かり合える筈なのに。

そして期待と願望、家族とは大切な者だとガッシュは言ったぞ、清麿は言ったぞ?

だから、だから――。

 

 

「馬鹿かお前は。使えぬゴミが私を母と言うのか」

 

「―――」

 

 

だから……。

 

 

「マジル。私がお前を作ったのは、お前を盾にするからだ。それ以外の理由は一切無い。むろん、そこに愛は無い」

 

 

何故道具を愛する必要があるのか。

道具にとって大切な事はただ一つ、使えるか使えないかだ。

ザムザ達は今までの間使い物になったからこそ相応の扱いをしていた。だが今となっては彼らもゴミだとヘラーは切り捨てる。

使えない道具にもはや存在価値は無い。しかしマジルは生きているだけでガッシュを抑制する良いアイテムとなる。

 

 

「お前が生きているのはそれだけの理由だ。甘さを刺激する良い盾、私が勝つために使うツールの一つでしかない」

 

 

それ以外の価値は無い。ヘラーは淡々とそう言い切った。

それを聞いてマジルは俯く。考えていた、何の為に生まれたのか、何をしていたのか。

その理由はあまりにも彼の望まぬ事。このまま生きていれば自分はガッシュの足を引っ張るだけでしかない。

そしてヘラーが死ねば自分も死ぬ。にもかかわらず、ヘラーは自分の存在を愛してはくれない。

 

 

「ガッシュ」

 

 

しかし彼は違う。

自分を友といってくれた。『友達』、それをマジルは深く知っている訳では無い。

だが、唯一、彼の友人だと胸を張れる意味が、自分にはできたのかもしれない。生きていた意味が、そこにはあったのかもしれない。

 

 

「ありがとう」

 

「え?」

 

 

だから、マジルは走った。

 

 

「ゴウ・アドネル!!」

 

「!」

 

 

そして糸を、確かにヘラーに向けて伸ばす。

 

 

「は?」

 

 

巻きつく糸。

ヘラーはもちろん、清麿たちですら状況が理解できずにただその光景を見ている事しかできなかった。

ヘラーが生み出したキメラに力を供給している僅かな隙を見つけ、彼は一気にヘラーの下へ体を移動させる。

 

 

「マジル! お主――ッ!」

 

 

叫ぶガッシュ。しかし彼はすぐに息を飲んで言葉を止めた。

それはマジルの表情、彼は今、何か覚悟の様な物を固めている様な気がしてならない。

そしてマジルはガッシュの言葉を聞いた上で、彼を見ずに清麿の名を叫んだ。

 

 

「清麿、ぼくにザグルゼムを!」

 

「!?」

 

 

一瞬、刹那、それは僅か一秒間の沈黙。

清麿は全てを理解し、ただただ震えるだけしかできなかった。

それは恐怖ではなく、もっと大きな何か、大きな喪失感とでも言えばいいのか。

そうか、そうなのか、それしか無いのか。彼は理解し、悟り、察した上で彼はそれを選ぶのか。

とても悔しくて、とても虚しくて、なんだかとても、どうしようもなく悲しくなった。清麿は一筋の涙を流し、そして決断を。

それは彼の意思だ、彼は理解したのだ、自分の運命を。

だから、その選択を無駄にはできない。

 

 

「ザグルゼム!」

 

「ッ! 清麿!」

 

「清麿くん!」

 

 

呪文を発動するのはガッシュの意思ではない、清麿の意思だ。

ティオと恵が驚く中で、清麿はマジルの意思に従う事にした。

ガッシュから放たれる雷球がマジルに直撃、彼は呻き声を上げながらも最大の力で糸の強度を上げ、ヘラーと自身をがんじがらめに巻きつける。

 

 

「マジル、貴様ァアア!!」

 

「清麿!! もっとだ! もっと! もっとザグルゼムを!」

 

「――ッ」

 

 

一瞬躊躇。

ガッシュもザグルゼムの声の後にマジルの体が光っている事を見て、清麿がマジルにザグルゼムを当てたのだと理解する。

止めてくれ、彼は叫んだ。しかしガッシュの声をかき消す様にマジルの声が。

 

 

「清麿ーッ!」

 

「ッ、ザグルゼム!」

 

 

二発目がマジルの体に直撃する。

彼は叫ぶ、彼は吼える。自分に当ててくれと壊れた機械の様に叫び続けた。

 

 

「ザグル――」

 

「清麿! 止めろ、何をするのだ! マジルに何故ザグルゼムを――!」

 

 

ガッシュは首を振る。

しかし清麿はガッシュの目を見て言った。その目からはやはり涙がこぼれていた。

 

 

「ガッシュ! 逃げるな、マジルは決めたんだ、戦う事を!」

 

「ッ」

 

 

清麿は気づいた。

マジルは自らの存在がガッシュを苦しめる事を知ってしまったんだ。

そしてヘラーを倒せば自らが消え去ることを踏まえ、ガッシュにヘラーを倒してほしいと言う選択を取ったのだ。

 

 

「マジル! オレはッ!」

 

「いいよ、清麿! いいんだ! だから――ッッ!」

 

「離せ! 離せぇえぇえッッ!」

 

「ザグルゼム! ザグルゼム!!」

 

「グッ! がはっ!」

 

 

ヘラーの体に一発、生み出したキメラに一発。

さらにマジルは糸を増加させ、さらにヘラーの動きを封じる。

己の持つ力の全てを解放しているのだろう。鬼気迫る表情でマジルはヘラーと清麿を交互に睨む様にして視線で貫いていた。

 

 

「清麿!」

 

「ぐッ! ザグルゼム!」

 

 

答えはそれしかない。そしてそれがマジルが望んだ答えだ。

清麿は理解している、だからその選択を取れるのだ。清麿は己の心の力が持つ限りザグルゼムを撃ち続ける。

ガッシュは抵抗しようにも清麿の意思と、何よりマジルの意思を感じてしまい、声を強くする事ができなかった。

気づけばガッシュも、ティオ達も涙を流している。

分かっている。もう、誰もが知っている。マジルは自らの運命を理解し、だからこそ『自ら命を捨てる方法』を選んだのだ。

 

 

「ザグル……ッ!」

 

 

言葉が詰まる。

確かに、マジルと知り合ってまだ一日も経っていない。交わした言葉は少なく、思いでもほとんど存在していない。

しかし、しかしだ、それでも彼はガッシュの友達だった。心が無くても、感情が無かったとしても、たとえその涙が偽りだったとしても。

彼は、ガッシュと友達になれたのだ。

 

 

「ガッシュは、ぼくが守る!」

 

 

マジルはヘラーを捨てた。

ガッシュの為に、人間の為に自分(ヘラー)の死を具現しようと決めたのだ。

 

 

「――調子に乗るなよゴミがァッ!」

 

「うぐ――ッ! ぐぁあ!!」

 

 

ヘラーの鋭利な脚がマジルの体を串刺しにする。しかしマジルは怯まなかった。

彼は恐怖や痛みを敏感に感じるように設定されている。それでも彼は逃げなかった、それでも彼は糸の力を緩めなかった。

それはただ一つ。生まれて初めてできた最後の友の為にだ。

 

 

「清麿、お願いだ! お願いだから!!」

 

「ッ、ザグルゼムッッ!」

 

 

マジルの体にさらに蓄積されるエネルギー。

なんの為に生まれたのだろう。彼はふと、それを考える。利用する為に生みだされ、傷つける道具として生を受けた。

そして唯一の意味さえも期待されず、使えないと切り捨てられる。

そんな彼の中に、唯一理由ができた。『甲斐』ができた。もしもガッシュを、友達を守る為に戦い、そして生きるという事を終わらせられるなら――

これほど、嬉しい事は無い。

 

 

「ザグルゼム!!」

 

「がぁああああ! 苛立たせるなよ! 屑がぁあ!」

 

 

ヘラーの口調が荒々しく変わる。

どうやら相当頭に来た様だ。彼女の怒りが力を膨れ上げ、縛っていた糸を吹き飛ばす。

 

 

「この役立たずがァアアッ!」

 

「うあぁあああ!!」

 

 

ジケルドの効果が切れたか、ヘラーが手をかざすとそこに杖が。

彼女は杖から剣状のエネルギーを放出するソルド・ホロウを発動。

刹那、怒りに吼えながらマジルの体を切り裂いた。宙に飛ぶマジルの右腕、それが地に落ちた時、マジルの表情は意外にも希望に満ちていた。

 

 

「ぼくは、ぼくはぁああ!」

 

「ッ、貴様!」

 

「ディゴウ・アドネル!!」

 

 

最大呪文。強力な糸が放出されてマジルは再びヘラーと自らを縛りつける。

吼えるヘラー、彼女は僅かに動く手を動かして、その鋭利な爪でマジルの首を掻っ切る。

 

 

「うぐッ! グゥウゥウゥゥゥ!!」

 

 

血の様に放出されていくマジルの力。

それが尽きれば彼は消えうせる。だがだからこそだ、だからこそもう引く事はできない。

マジルは必死に力を放出して糸の強度を強める。ただひたすらに、ただがむしゃらに。

 

 

「死ね、死ね死ね死ね死ね死ねぇええッッ!!」

 

「ぐあぁッ! ズゥァアアッッ!」

 

 

次は左腕が飛ぶ。しかしそれでもマジルの『気』が死ぬ事は無かった。

両手を失いながらも彼は必死にヘラーを睨みつけ、糸の強度を上げる。

そのあまりの気迫に、ヘラーは焦り、ティオ達はただひたすらに涙を流す。

止められない、止められないからヘラーはこの道を選んだんだ。自分が生きている限り、ガッシュはヘラーを攻撃できない。だからガッシュに戦う理由を作る。

それがせめて、自らができる事だとマジルは生きる意味を見出した。

 

 

「ガッシュ、清麿! ごめん――ッ! あと、ありがとう」

 

 

心の無い自分に優しくしてくれて、友だと言ってくれて。

マジルは大きな感謝を彼らに示す。たしかに、自分は道具だった。

それは否定できないし、マジルは否定しない。けれどただ人を殺す役割を持った道具で終わったとは思っていない。

自分は最後の最期に、ガッシュの友達として一生を終えることができるんだ。

 

 

「もし、次に生まれ変わる時があったら、本物の心が欲しいな……!」

 

 

しかし、所詮は使徒の出来損ない。

ヘラーは糸を三度吹き飛ばすとマジルの体に杖を抉りこませる。

マジルは己の未来を察し、ガッシュ達の方へ振り返り、笑みを浮かべた。

偽物だった。全て、人生も、目的も、心も、命さえも。だがそれでも――、それでもガッシュとの絆だけは、たとえちっぽけな物であったとしても本物だったんだ。

言葉はそれほど交わしていない、記憶も薄い、しかし友といってくれた事だけは、紛れも無い真実だった。

 

 

「――そしたら、また、友達になってくれる?」

 

「マジル……! 当然だ、当たり前だ!」

 

 

声を震わせ、大粒の涙を流しながらガッシュは頷いた。

一方で迫る時、清麿もまたマジルの意志を無駄にしない為、全ての力を魔本に注ぎ込んだ。

 

 

「恵さん!」

 

「ッ、はい! シン・サイフォジオ!」

 

 

清麿とガッシュの体力がティオの力によって回復する。

清麿に関しては心の力が大幅に回復、彼はその増加した分の心の力を全て魔本に注ぎ込み、指を指し示し、ガッシュに狙うべきターゲットを知らせる。

 

 

「ガッシュッッ!!」

 

 

逃げるな、逃げないでくれ、清麿の想いは言葉にせずともガッシュに伝わった事だろう。

 

 

「ヘラー様、ぼく達は間違っているんです!」

 

「黙れ! 使えぬゴミが! お前は殺処分だ!」

 

 

直後、マジルは全てを語ったように笑みを浮かべ、清麿の名を叫んだ。

ザグルゼムが電撃力を増加させる事を知った彼は、自らをその燃料にささげる事を選んだ。

そして奇しくも、彼が攻撃を受けた事で体から離れた両腕がキーアイテムとなる。

 

 

「ヘラァアアア!」

 

 

叫ぶ清麿。マジルの人生を考え、彼は涙を流さずにはいられなかった。

何の為に生まれたのか、誰もために生まれたのか、マジルは今その全てに答えを出したのだ。

生きる甲斐は、ガッシュを助ける事と見出した。だからこそ、絶対に彼の思いを無駄にしてはならない。

清麿は決着をつける為に、その引き金を引く。

 

 

「マジルの想いを、具現しろッ!」

 

 

魔本の光が最大となる。赤い光に満たされる聖堂。

 

 

「出やがれ第四の術ーッ!!」

 

「おのれッッ!!」

 

「バオウ・ザケルガァアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

ガッシュの目の前に巨大な門が出現し、そこを両手で広げる様にしてバオウが姿を現す。

全てを破壊する雷龍、彼は状況を理解しているのか、すさまじい咆哮を上げてヘラーをにらみつけた。

 

 

「バオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「バオウ! 堕ちた神の分際で――ッッ!!」

 

 

ヘラーはマジルを蹴り飛ばすと跳躍、後ろに下がるとキメラに合図を出して、髑髏を集合させた歪なブーケを発射させる。

前回はコレは打ち破れたものの、本体との競り合いで敗北したバオウ。

そしてヘラーは歪な笑みを。

 

 

「今回の呪文は前回とはパワーの質が違う。バオウが勝てる可能性は、なし!」

 

 

本当にそうだろうか? 確かに神の一撃は強大だろう。しかしそれを覆す要素は既に整っている。

バオウは落ちたマジルの右腕を同じく右腕で拾い上げる様に回収した。すると彼の右腕が巨大化、そして左腕を拾い上げると同じく左腕が巨大化する。

それは連鎖、マジルに打ち込んだ大量のザグルゼムのエネルギーが、マジルの分離した肉体にも適応していたのだ。

電撃の連鎖、その先にある物、ガッシュは気絶していながらも、しっかりと涙を流した。

 

 

「さようなら、ガッシュ」

 

 

マジルは笑みを浮かべ、背後に迫るバオウを見つめる。

お願いだ、お願いだからガッシュ達を助けてくれ。マジルはしっかりと、自分の心でそう思った。

バオウザケルガはその意思を汲み取ったのか、その牙でマジルの体をしっかりと捉えた。それが電撃の連鎖を起こし、バオウザケルガの肉体がより巨大な物へと進化する。

 

 

「な、なんだと!」

 

 

ヘラーは思わず声を上げて一歩後ろに後ずさる。

バオウの姿自体は変わっていないが、その大きさは電撃のエネルギーを受けてより巨大になっていた。

聖堂を破壊しながら突き進むバオウ、彼はブーケを簡単にその手で受け止めると何の事は無く握りつぶした。

 

 

「馬鹿な!! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁあ!!」

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「――ッ、嘘だ! この様な事があってはならない!! 魔神の力が、こんな、こんな!!」

 

 

上ずった声で叫び、ヘラーはキメラ本体をバオウへと向かわせる。

 

「嘘じゃない!」

 

「!!」

 

 

清麿は叫ぶ。マジルはその存在を賭けてガッシュに力を託した。

その身を犠牲にしてヘラーを倒す道を示した。その想いは、その選択は偽りなんかじゃない。本物だ。

そうだ、その心は本当だったんだ。

 

 

「オレはマジルのために、心の力を示さなきゃならない!」

 

「う、うぉおお……!」

 

「だから勝つ! 絶対に、お前を倒す!!」

 

「ぉおぉおぉぉ!」

 

 

バオウザケルガがキメラに噛み付いた。

ザグルゼムを一発受けているキメラ、二つの力は一瞬の競り合いがあったものの、バオウの咆哮が決着の答えを告げる。

 

 

「バオオオオオオオオオオ!!」

 

「ギャアアアアアアアアア!!」

 

 

巨大な顎がキメラを噛み砕き、破壊する。

ありえない! ヘラーは汗を浮かべて叫ぶが、バオウはより一層巨大化し、ヘラーに向かって飛んでいくのだ。

それはバオウの力であり、何よりもマジルの覚悟を見た清麿の心の力が齎す結果だった。

 

 

「ヘラァアアアアアアアア!!」

 

「ヒッ! ヒィイイイイイイイイイイ!!」

 

 

刹那、ヘラーの視界を電撃の龍が埋め尽くした。

 

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ヒィアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

バオウの目に怯んだか、防御呪文さえも唱えられずヘラーは雷光の中に消えていった。

激しい衝撃がフィールドを包む。破壊されていく聖堂、ティオ達はセウシルで自身やガッシュ達を守りながら衝撃を耐える。

 

 

「ギルアドネ・バルスルク!!」

 

「「「「!?」」」」

 

 

しかし衝撃、崩壊する聖堂の中で姿を見せたのは巨大な蜘蛛だった。

禍々しい姿は、ありったけの闇に覆われており、ヘドロの様に肉体は崩壊している。一切の美しさを持たぬ歪な姿、それはヘラーの禁呪が齎した姿であった。

 

 

『コロス! 殺すコロスころすコロス殺す!!』

 

「ッ! ヘラー!!」

 

『我が肉体はマモナク崩壊を迎えるだろう。クツジョクだ、まったくモッテ屈辱だッ!』

 

 

バオウのダメージは高く、ヘラーの肉体は既に限界だった。

しかしヘラーもまた最大威力の呪文をバオウにぶつけていた為、まだ活動できる余裕が生まれたのだ。

彼女は自らの肉体が崩壊する呪文を発動、代わりにより強大な力を手に入れた。

醜い姿だ、ヘラー自身嫌悪する姿、しかしこのままガッシュ達を生きて帰す事に比べれば耐える事もできた。

ヘラーは死ぬ、それは決まった事だ、しかしその前に確実にこの場にいる人間を、魔物の子を殺そうと彼女は決めたのだ。

 

 

『死ねェエエエエエエエエエエ!!』

 

「グッ!」

 

 

清麿は今の一撃に全てを賭けていた為、もう全く心の力が残っていなかった。

 

 

「皆、ティオの周りに――」

 

「いや、いやっ! 駄目だ恵さん!」

 

「え? どうしてなの清麿!」

 

 

ティオが汗を浮かべて清麿へ問いかけた。

答えは簡単。ヘラーが今放とうとしている攻撃はティオの防御呪文があれば一応は防ぐ事はできるかもしれない。

しかしアンサートーカーの力はヘラーの攻撃から瘴気と呼ばれるある種の毒ガスが発生すると説明を清麿の脳に。

ティオが持つ盾で攻撃自体を防ぐのならば、それはチャージルセシルドンでしか不可能。

盾を二つ出現させる『リマ』だとしても、隙間から瘴気が侵入して自分達は耐える事ができない。

だとすればセウシルが適切かもしれないが、そうするとヘラー自体の攻撃を防げない。

詰んでいる。清麿は頭をフル回転させて活路を見出そうともがく。しかしどれだけ疑問を並べても返ってくる答えは『答えが無い』の一つだった。

 

 

『滅べ、下等種族共ッッ!!』

 

 

ヘラーの口が光る。

駄目なのか、ここまで来て負けるのか? 誰もが一瞬そう考えただろう。

だが清麿は思い出す。今さっきマジルがガッシュのために活路を示してくれたんだ。

ヘラーを倒せと、その命を賭けて導いてくれたんだ。絶対にあきらめる訳にはいかない。

そうだ! 絶対に負ける訳にはいかないんだ、絶対に死ぬわけにはいかないんだ。

 

 

「ガッシュ! 死んでも勝つぞッ!!」

 

「――ッ! ああ、もちろんだ!!」

 

『黙れェエッッ! 今更何ができるって言うんだよォオッ!』

 

「くッ! ぉおお……!!」

 

『そうだ! 答えなど無い。お前達の未来は死、あるのみ!』

 

 

清麿は脳を酷使しながらも必死に答えを探す。

しかし答えは無し、清麿はそれでも答えを探し続ける。時間は無い、それは十秒にも満たない程。

めまいがする、しかし清麿はそれでもアンサー・トーカーの力をフルに使用し続けた。

 

 

(答えを、教えやがれぇえええッッ!!)

 

 

血走った目がカッと見開かれる。

負けられない、命を賭けてくれたマジルの為に。

負けられない、ここまで頑張ってくれたティオ達の為にも。

負けられない、まだ恵に何も言ってはいないから。

負けられない、何よりそれはガッシュの為に。大切な親友の為にもだ。

 

 

「―――」

 

 

まさに、その時だった。

 

 

「!!」

 

 

極限の状態が奇跡を生み出したのは。

酷使された清麿の脳が、彼の精神とリンクし、さらなる進化を促したのだ!

 

 

(これは――ッ!)

 

 

世界が、文字通り止まって見える。

静寂、あれほどの衝撃も今は無く、文字通り無の世界が広がっている。

走馬灯と言う言葉がある。人間は死ぬ瞬間、世界がスローモーションになり今までの記憶がフラッシュバックしていくと言う。

まさに今、世界がほぼ止まって見えるではないか。これが走馬灯? 清麿は一瞬そう思ったが、目の前に広がっているのは見た事も無い数式だった。

 

 

(なんだ――、コレ)

 

 

魔界の文字がそこにはあった。

それだけじゃない、人間界の文字も。それらが組み合わさり未知の数式が清麿の前に並んでいる。

これは何なのか、清麿は答えを求めた。すると未知なる答えが返ってきた。

それは今までとは全く違う言葉である。それは――

 

 

『答えを、出せ』

 

「!!」

 

 

魔界と人間界の数式が混じった目の前のソレ。答えは、清麿の求める物。

彼の手にはいつの間にか光があった。それはペンの役割を持つもの、清麿は情報を求め、答えを知り、数式の法則を導き出す。

彼は天才、見たことの無い数式も法則と説く方法が分かれば活路は見出せる。清麿はその未知の数式を次々に解き明かし、そして――

 

 

「視えた! コレが、オレの求めた答えッ!」

 

 

清麿は『解』を書き示す。すると、時間の流れが元に戻った。

 

 

「「!」」

 

 

瞬間、清麿と恵の魔本に光が迸る。

アイコンタクトを取り、すぐに中身を確認する二人、するとそこには新たなる呪文の名がしっかりと刻まれていた。

その詳細、清麿は一瞬で答えを見つけると、恵に向かって叫んだ。

 

 

「恵さん、オレと一緒に呪文を!」

 

「ッ! う、うん!」

 

 

魔本を開く二人。しかしもう遅いとヘラーは叫ぶ。

第一、今の清麿に何ができる? 先程のバオウで完全に力は使い果たしたはず。

残っているとしても、テオザケル一発が限界、恵の方はまだ余裕がある様だが、彼女達にフィールド全体を埋め尽くす瘴気は防げない。

既にヘラーの肉体は限界を向かえ、崩壊は進んでいる。しかし確実に清麿たちは殺せると確信を持っていた。

 

 

『消えろォオオ!!』

 

 

ヘラーの口から暗黒のエネルギーが放出された。一方で声を合わせる清麿と恵。

 

 

「「サイフォード・バオウ・ザケルガ!!」」

 

 

ティオの手から光が放たれ、それがガッシュに直撃する。

そしてガッシュが放つのはバオウ・ザケルガなのだが――

 

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

『ッ!?』

 

 

放たれたのは『白き』バオウザケルガであった。

金、白、朱色のバオウザケルガ。白い天使の様な翼を持っており、荘厳な雰囲気をかもし出している。

眩い光を放ち、バオウはヘラーが生み出したエネルギーを咆哮一つで一瞬で浄化してみせる。

以前生み出された黒いバオウザケルガ、それと同じく、今度はティオとの力を融合させたバオウが誕生したのだ。

守り力と雷撃の力、二つが合わさり、ヘラーのエネルギーを防ぎながら自身は突き進んでいく。

 

 

『バ、バオウ!? コレはバオウなのか!』

 

 

そう、そしてコレがバオウの真の力。

破壊のエネルギーを持つが故に特定の色に染まらず、ありとあらゆるエネルギーに適応できる。

そして、この呪文は清麿のアンサートーカーによって生み出された物であった。彼の能力は極限状態と、清麿の精神状態によって進化を果たしたのだ。

 

名づけるのならば、"アンサートーカー・ブレイクオープン"。

アンサートーカーは弱点の一つとして『答えが出ない』と言う物がある。

その力は未来予知では無い、あくまでも答えの提示なのだから。しかし清麿のアンサートーカーはその一歩先を行く事を許された。

それは答えが出ない問題に対する、答えの明確な提示と出現である。

どんな問題にも答えはある。解けない問題は無い。天才、高嶺清麿の性質にリンクしたとでも言えば良いのか。

答えが出ない問題にぶつかったとき、清麿の意思に応じて答えを導く数式が出現、それを解く事ができれば答えの無い問題に答えが生まれる。

 

ヘラーを倒す方法は無かった。文字通り存在しなかったのだ。

しかしブレイクオープンの力によって、その答えが導き出されたのだ。その結果が清麿と恵に生まれた新呪文であった。

正確にはコレは清麿の、つまりガッシュの呪文だ。バオウザケルガを強化する役割を、恵とティオにも担ってもらう力。

ティオの守りの力をバオウに融合させるだけでなく、発動に必要な心の力を恵と共有できる。

つまり清麿の残存する心の力で呪文が放てずとも、恵に残りの力を借りる事ができるのだ。

 

 

『な、何故だ! 何故超えてくる! 何故神の力が! こんな、こんな馬鹿な!!』

 

 

ヘラーは次々に向かってくるバオウに攻撃を仕掛けるが、バオウザケルガはティオの守りの力を得ている。

攻撃や瘴気を次々に無効化しながら突き進んでいく。さらにガッシュのラシルドの効果も持っているのか、防御した攻撃は全てヘラーに返っていった。

 

 

「ヘラー! コレが人間の可能性だ!」

 

『おぉお! オォォオオォオ!!』

 

 

清麿と恵、ガッシュとティオは並び、力の放出を続ける。

それに呼応し、白きバオウは巨大な咆哮を上げて一気に加速していった。

 

 

(見てるか、マジル!)

 

 

お前のおかげだ。

 

 

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!」

 

『ァ、アァアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

白き龍がヘラーに牙を突き立て、直後粉々に噛み砕く。

 

 

『神が! 絶対の神が――ッ! グアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

白き稲妻が走り、巨大な蜘蛛は完全に消滅していく。

この時、この今、それは魔界の王が魔界の神を倒した決定的な瞬間であった。

 





今回もちょっと確認が甘いんで誤字とか多かったらごめんなさい。
ネットで見たんですが、ジオウレンズザケルガとメガレックウザって何となく似てますね。あの呪文好きなんですよ。

たぶん次回か次々回くらいで一旦終わる予定です。


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第7話 飛翔する世界

一応今回で最終話です


 

「う――、くっ!」

 

「大丈夫!? 恵さん」

 

「うん。平気……!」

 

 

清麿の残っている心の力が少なかった為、その分呪文の発動に恵の心の力を使ってしまった。

思わず膝が折れて崩れ落ちる恵、清麿は彼女に手を差し伸べると、彼女を支える様にして立ち上がらせた。

 

 

「ごめんね、ありがとう」

 

「いや、いいんだ。それより無事で本当に良かった」

 

「うん、私もティオも……ずっと、思ってたから」

 

「え?」

 

 

恵は表情を落としながらも、少し頬を紅く染める。

 

 

「助けに来てくれるって、信じてた」

 

 

助けてと。

君に、この声が届きますように。

 

 

「……ああ、当たり前だよ」

 

 

清麿も少し頬を染め、恵に微笑みかける。

一方ティオも大丈夫だとジェスチャーを。

その後、ティオは崩れ落ちた聖堂の中に立ち尽くすガッシュを切なげな表情で見つめていた。

ガッシュはマジルが消え去った場所で、目を閉じて立ち尽くしている。

 

するとヘラーが消え去ったところから大量の光が散布。

同時に崩れた聖堂が元通りに修復されていく。ユリアスが掛けた修復機能、ヘラーを倒した事で戦いによって崩壊した存在が元に戻っていくのだ。

それはこの建物であり、何より命であり。これでヘラーに殺された人々も元に戻ってくれるだろう。

 

 

「清麿、ガッシュ! 無事か?」

 

「ッ、みんな!」

 

 

丁度その時、別れていた章吾達が合流して聖堂にやって来る。

清麿達を助けようと思ってきてみれば壊れていた建物が直っていくのだから困惑した物だ。

だがそれがヘラーを倒した事と分かれば安堵の気持ちが湧き上がるという物。

しかしガッシュが落ち込んでいるのが分かる。デモンは疑問に思って清麿に何があったのかを問いかけた。すると同時にマジルがいない事に気づく。

 

 

「まさか――」

 

「ああ、それが使徒の運命ってヤツらしい……」

 

「ッ、そうか、そうなのか」

 

 

どの道、彼は助からなかった。

デモン達もまた表情を険しい物に変えてゆっくりと息を吐いた。

悲しい話だ。しかし、それを一番に理解していたのは他ならぬマジルであった事だろう。

命は尊い、それを改めて人間は自覚しなければならないのかもと思う。

 

 

「でもメグさん達が無事でよかった。とにかく、ココを離れよう」

 

「ああ、そうだな」

 

 

取り合えずココにいても何もならない。

清麿たちは改めて勝利したと言う実感を噛み締めながら教会の外に出る事に。

だが、まさに、外に出た時だった。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「「ッ!」」

 

 

清麿達の視線の先、空の上に浮遊する大きな龍が見えた。

ヘリコプター程はあろうか、それほど大きくは無いが、決して小さな物ではない。

何だあれは? 誰もが一瞬言葉を失う。龍と言うよりは西洋に伝わるトカゲに翼が生えた(ワイバーン)と言うべきなのか。当然人間界には存在しない生き物だ。

そして何よりその姿の印象に『生物』は無い。メタリックな光沢を持つ体は、電子音を上げながら所々に廃熱のスチームを上げている。そして鉄が擦りあう音、特に間接部が動く際にその音は際立っている。

そう、機械。飛翔してくる竜はどう見ても生物ではなかった。だとすればアレは一体何なのか? 清麿はその答えを求め、そして知り、思わず声を荒げる。

 

 

「何ッ!?」

 

「清麿? 分かったのか?」

 

「あ、ああ。アレは……! アレは!!」

 

 

半ば信じられないと言った表情の清麿。

しかしアンサー・トーカーが齎す答えは絶対、文字通り答えが彼の脳内に提示される。

飛翔するドラゴンは『敵』。ではその正体、それは今最も知りたくは無い存在であった。

 

 

「破壊神!」

 

 

清麿の言葉にデモンとマリーが顔を見合わせ表情を変える。

その言葉には覚えがあった。バオウ・ザケルガ――、正確にはバオウを神の座から降ろした者がいるのではないかと。

バオウの性質は破壊、そして今目の前に現れた神が破壊を司っているのなら、だ。

そして、清麿が感じた危機はそれだけではなかった。神は神、しかしその肉体は完全なる機械に見える。

魔科学か、清麿は一瞬過去の記憶から答えを独自に導き出すが、能力を使用して答えを求めた時、更に大きな衝撃が身に走った。

 

 

『ヘラーを倒したか。人間――、少々我の理解を超えていた様だ』

 

「お前は!」

 

 

デモンとマリーは知っている。

この気、この力の波動、間違いなくそれは神が放つ波長のソレだ。

つまり上空に浮遊する竜は完全に神、破壊神の席に座る物だ。

そして清麿が導いたもう一つの答え。それその肉体の正体だ。

 

 

「カイロス!!」

 

「ッ! あれがか!?」

 

 

カイロス。それは人の世に、人の手によって作り出された兵器。

未知なる力とも言われており、現在は紛争地域で使用された情報を最後に、詳細はまだ明らかになっていない存在。

それが今目の前に、それも神の力を纏っている。

 

 

『我が名はエグゼス。魔界の神、破壊を司る者』

 

 

竜の目が光る。魔神エグゼス、ヘラーと同じく人間界を否定する神である。

そしてもう一つ言うなれば、この舞台を作った者とも言えるのか。つまり彼がヘラーを唆したと。

 

 

『答えを導きし者よ。この肉体、知っている様だな』

 

「カイロス、人間界の兵器か……!」

 

『その通り。我はカイロスに寄生し、今こうしてこの世界に形を得ている』

 

 

エグゼスは破壊を司る神。同じくして、その背景には強大な虚無が存在している。

それは彼の肉体にも言える事。つまりエグゼスに肉体は無い、特定の色を持たぬ彼、破壊は無、故に彼自身も限りなく無に近い存在。

今は人間が作り上げたカイロスに寄生し、その存在を確立している。つまりあの現実離れした姿は人間が作り上げたという事だ。

カイロス・『ドラゴン』。アンサー・トーカーの力によって生み出された常識を超えた兵器である。

 

 

『我は、恐怖している』

 

「ッ」

 

 

エグゼスはヘラーとは違い、すぐに攻撃と言う事ではなかった。

それは清麿たちにとってありがたい話ではあったが、だからと言って話し合いで解決しようと言う気配は全く感じない。

清麿たちは皆心の力を大きく消費している状態、このままではいくらなんでも勝てる可能性は……。

 

 

『我は、バオウの座を奪い、神の座からヤツを引き摺り下ろした』

 

「やはり、お前がバオウを!」

 

『そう。バオウは破壊の神として、あまりにも優秀だった』

 

 

神の中でも頂点に君臨する者としてバオウは存在を確立していた。それが問題だとエグゼスは思っていたのだ。

彼は大きすぎた。彼と対を成す『創生の神・ユリアス』とは均衡が取れていなかったのだ。

 

 

『我は――、そう、このエグゼスは元『調和』を司る神だった』

 

 

世界は均衡によって成り立っている。均衡によって満たされている。

光があれば闇があり、火の対は水となり、正義があるからこそ悪が存在する。存在があるからこそ存在が存在する事が許される。

一方だけの存在はもはや無だ、虚構の未来が待っている。それは滅び、エグゼスは恐れた。世界は均衡でなければならない、調和の乱れは許されない。

だからこそバオウは大きすぎた。故に、彼を排除しなければと思いに駆られる。

 

 

『我は恐れている。無に近い存在であるからこそ、無を大きく恐れている』

 

 

滅びはあってはならない。魔界は未来永劫存在するべきだ。

その為には、危険因子は排除しなければならないと強迫観念に駆られた。

バオウを引き摺り下ろす、それは意外と簡単なことだった。彼は強い、しかし様々な神の力を借りればそこまで難しい事ではなかった。

嫉妬の神ヘラーもその一人だ、バオウの座を恐れ、憧れ、嫉妬して存在を排除することを賛成してくれたのだから。

こうして、エグゼスはバオウを奇襲、彼を瀕死の状態まで追い込んだ。

 

 

『バオウは、ユリアスが助けたようだが――』

 

 

瀕死のバオウを何とかして助けようとしたユリアスは、彼女を強く信仰していたガッシュの父にバオウを与えた。

バオウはこうしてバオウ・ザケルガとなり、もろはの剣として彼の力になったのだ。

結果として、ガッシュの父はバオウの扱いを間違える事はなく、見事に王の座についた。

ある意味、(ユリアス)が一魔物の子に肩入れをしたと思われるかもしれないが、バオウの力はガッシュの父を滅ぼす可能性もあった。

だからこそ神々は特に処分は下さず、堕ちたバオウを追いかけて殺す事も無かった。エグゼスは何もむやみに命を奪うことは無い。調和を、世界を守る事を主としているのだから。

そして今、彼は、彼が、人間界を滅ぼすことを初めに提案した。その一番の理由こそが今彼が寄生しているカイロスだ。

ドラゴン、寄生してみて分かる。この力は人が手にして良い物ではない。

 

 

『我は、恐怖している』

 

「恐怖、だと?」

 

『その通りだ。何故、お前達は人である事を拒むのか』

 

 

人は、人のままで良い。

人は、人で在ればいい。

人は、人間のまま、存在し続ければいい。

 

 

『なのに、何故――』

 

 

エグゼスはユリアスが人間と魔物を組ませて戦わせようと言った時、非常に賛成の意を示した。

そこにはまた対極があったからだ、魔物と人間、その二つの種は互いの存在を高めあい、そしてよりよい進化と豊かさを齎してくれるだろうと彼は信じたからだ。

 

 

『高嶺清麿。貴様は罪人だ』

 

「何……ッ!?」

 

『そう。何故力を手に入れた。何故望まぬ進化をする』

 

 

嘆きの事態だとエグゼスは告げる。

それはアンサー・トーカー。過去にも、その力を持った例はある。

卑弥呼、ジャンヌダルク、ナポレオン、織田信長、ノストラダムス、中にはジョン・タイターなどの存在もまた同じくして、だ。

しかしいずれもその力は未成熟であったり、早期段階にて予期せぬ死を遂げたりと未熟さが目立っていた。

だが清麿はデュフォーはその力を確実に成長させていっている。今もまた、この世には彼らの他にアンサー・トーカーが存在している。もしかしたら生まれているのかもしれない。

怖い、恐怖だ、エグゼスはかつてない危機を感じていた。

 

 

『恐ろしい。均衡が、我が信じる世界の天秤が崩れる』

 

 

何故人を超えようとする? 何故人のままでいる事ができない?

進化し、力をつければ、それはもはや人ではない。人でなければ、対になる物がいなくなる。

 

 

『人は弱い。脆弱な生き物だ。我々魔界の民とは対極の存在。だからこそ、今までは均衡が保たれた』

 

 

だが、このカイロス。

少なくともこの力は人の成長を何倍にも早めてしまった。

今はまだ力は不安定、そしてこの存在を知る者も少ないだろう。

しかし、もしも研究が進めば? 世界に散らばるアンサー・トーカーたちが終結して研究が進めばどうなる?

もっと優れた兵器が生まれ、人はもう人ではなくなってしまう。そして魔界の扉が開かれ、魔界は人の手によって――。

 

 

『ああ、我はかつて無い程に恐怖している』

 

 

人間界は、魔界に使われる存在であればよかった。人間は、魔物よりはるかに劣っている存在でよかった。

なのにその均衡が、ルールが崩れようとしている。理解ができない、意味が分からない、だからこそ凄まじく怯えている。

 

 

『均衡が崩れれば、調和が破壊されれば、待っているのは終焉だ』

 

 

時間は掛からない。

いずれ魔界は崩壊し、そして人間界もまた同じく滅びの道を辿るのだろう。

 

 

『視えるのだ。我には、分かるのだ』

 

 

ではどうすればいいのか。清麿を殺す? 駄目だ、そんな物は一時的な"しのぎ"でしかない。

彼が死んでも、デュフォーが死んでも、結局はまた新たなるアンサー・トーカーが生まれてしまう。

そうなればまた同じだ、ならばもう残された道は一つしかない。

 

 

『我は、人をも愛していた』

 

 

しかし、もう、その愛する『人』はいなくなろうとしている。

間違った進化を遂げた人は、もう人ではない。

それにカイロスの目的は人を殺す事ではないか。なんと哀れな、なんと愚かな。

 

 

『我もまた、答えを出した』

 

 

調和を乱す『人』は、不要だ。

病と変わらない。悪いものは取り除かねばならない。癌は、平和な世界には不必要なのだ。

 

 

『この世界もまた、存在する価値は無い』

 

 

魔界の対は魔界で作る。

人は人であれば良かった。もう今の人は、人じゃないのかもしれない。

だとすれば未知の存在、人は全く理解できないものに酷く恐怖する。それは神もまた同じだ。

アンサー・トーカーをはじめとする人は、進化のスピードを超えている。

 

 

『だから滅べばいい。その役目は、このエグゼスが請け負おう』

 

「くッ!!」

 

 

エグゼス(カイロス・ドラゴン)の目が光を放つ。

そしてその翼を広げると、赤い光が発射された。高威力のレーザー砲。

 

 

「ラシルド!」

 

「シルド・ラブル!」

 

 

心の力の存在量が膨大な章吾とサンディが盾を張る。

唯一心の力が残っている二人ではあるが、言うて彼らも戦いの後、つまりたかが知れていると言う事だ。

だが結果として光は二人の盾を破壊する事はできなかった。レーザーの一つはラシルドに反射されてエグゼスの方へと返っていく。

しかし一方でエグゼスも翼を盾にして簡単にレーザーを防いでみせた。

なんとか耐えられた。呼吸を荒げる章吾とサンディ。エグゼスは二人を見て、それもまた危険因子だと語る。

 

 

『心の力は、魔物のエネルギーともなる』

 

 

言い方を返れば、魔物の才能を左右する事にもなりえるのだ。

だが考えて見れば、そんな才能は人間の世では必要の無いものでは無いだろうか?

それが発揮されるのは魔物と関わったとき、つまり両種族が交差する時。

 

恐ろしい話だ。

人は、魔物の力を左右できる様になるのかもしれない。

可能性がある限り、それはいつか形になるのではないかと怯えなければならない。

もしもやがて生まれ出る人々が清麿のような能力を持てば、章吾の様な才能を持てば、いつか魔物は人の前にひれ伏す時が来るのかもしれない。

 

 

『人間は恐ろしい生き物だ』

 

 

初めはただの猿だったのに。

道具を使う事を覚え、言葉を使う事を覚え、状況に抵抗する様に進化し、そして争い合う。

その時、ドラゴンの胸の部分が展開し、そこから大量のミサイルが顔を出す。

 

 

「マジか……!」

 

 

正直、章吾もサンディも心の力が全く残っていなかった。

もうアレを防ぐだけの力は無い。そして何より、アレを人間が作ったというのが頭が痛い話だ。

 

 

『次はこの一撃に我が魔力を込める』

 

「!!」

 

 

次々にミサイルが発光していく。人が作った物に魔神の力が込められたのだ。

 

 

『永久に、還れ』

 

「――ッ」

 

 

轟音とともに次々と放たれるミサイル達。息を呑む清麿達。

その全てを表情を変えずにジッと見ているエグゼス。もちろん機械ゆえ無表情は当然なのだが、感情がそこには一切感じられなかった。

破壊、無、彼はそれを司るが故に全てに関心を無くしてしまったのではないかと思われる。

 

 

『恐怖せよ、ガッシュ・ベル。そして哀れな王に従えし者達よ』

 

 

滅びの時が来た。人が作った力によって、滅びを迎えるが良い。

 

 

「私は、あきらめぬぞ!」

 

『愚かな。希望など、もうどこにも存在しないのに』

 

 

自身が定めた基準をはみ出せばそれを排除する。それを繰り返すまさに機械、ただのシステム。

 

 

「よく言ったぞガッシュ!」

 

「!」

 

 

その時、声が聞こえた。

 

 

「バベルガ・グラビドン!!」

 

『!』

 

 

だから、予想外の事態に彼は大きくおののいた。

超重力の壁が次々にミサイルをその場に墜落させていく。

下に掛かるベクトルの力、それはミサイルを押し潰し、爆風さえも押し潰すように消滅させていく。

ただの重力ではない、魔力が篭った、特殊な力。

 

 

「ジャウロ・ザケルガ」

 

 

混乱が場を包む中、銀の閃光が次々に飛来しエグゼスの体を捉えていく。

エグゼスは防御をすぐに取ったが、縦横無尽に襲い掛かる雷撃は的確にエグゼスの防御を崩し、その身に雷光のダメージを蓄積させる。

 

 

『グォオオ!!』

 

 

地面に墜落し叩きつけられるエグゼス。

混乱に苛まれる彼と、表情を明るい物に変える清麿達。

一方で何が起こっているのか分からない章吾やサンディと言った表情もあったが、とにかく一同の視線はこの攻撃を行った者に向けられる。

 

 

「下らん。神って奴はギャーギャー騒ぐだけで、話はつまらんな」

 

「どうでもいい。興味が無い」

 

「ゼオン! ブラゴ!!」

 

 

空中に浮かぶ飛行機に乗っているのはガッシュの良く知る顔ぶれだった。

ガッシュの兄であるゼオンと、王を賭けて戦ったブラゴ、彼らのパートナーであるデュフォーとシェリーも飛行機の座席には確認できた。

 

 

「みんなー、平気ー?」

 

「た、高いですね……!」

 

 

オープンカーの様に座席が開けているコックピットには、まだ人影が確認できた。

手を振っているコルルや、不安そうに下を見ているのはシェリーの友人であるココだった。身を乗り出せば落ちそうになる状況に怯んでいる様だ。

そう、飛行機の形状がおかしい。オープンカーの様な形状もそうだし、何より先端部に目がついている。見れば、ゼオンたちの他に見慣れぬ少年が。

 

 

「ミュラーか!」

 

「ッ、知り合いかデモン?」

 

「ああ、機神だ。おれ達と同じ神子なんだ」

 

 

どうやらガッシュ達のところにデモンが現れたように、ゼオンたちをココまで導いた者がいた様だ。

機械の力を持っている神子、名前はミュラーと言うらしい。彼がココまでゼオン達を運んできたと。

 

 

『神子か。ユリアスの意思、それほどまでに人を守る思想が理解できない』

 

「理解できない者は排除するか。独裁的にも程がある」

 

 

ミュラーから飛び降りたのはゼオン。

彼は一瞬でエグゼスの眼前に移動すると、その手を前に突き出していく。

 

 

「理解しろ、魔神。お前達がオレ達を見限ったんじゃない」

 

『!』

 

「オレ達がお前を見限るんだよ」

 

『なんだと……?』

 

「ザケルガ」

 

『グッ! ォオオオオオオ!!』

 

 

ゼオンの放つ直線状の雷がエグゼスの肉体を押し出していく。

流れが変わった、それを理解したエグゼスはかつて無いほどの恐怖を覚える。

ヘラーが倒され、そして次は誰が――?

 

 

『ゼオン・ベル。お前も、神を拒むのか――!』

 

「馬鹿を言うな。お前、オレにも魔神を向かわせただろ」

 

 

結局、魔神連中は初めからガッシュやゼオン、王族を排除しようと考えていた様だ。

魔神が魔界を支配する魔神政権の姿を確立するには、まずは王を排除しなければならない。

おまけに、現在は『優しい王』と言われるガッシュ。魔神にとってコレほど邪魔な存在も無いのだ。

 

 

『……貴様は今生きてココにいる。それが答えか。驚きだな』

 

「ああ、オレも驚いているぞ。まさか魔界の神があんな雑魚だったとはな」

 

『ッ!』

 

「弱すぎてもう名前も覚えてない。次はお前だ、せめてオレの脳の片隅には残る様に祈れ」

 

『愚かな――ッ!』

 

 

動き出すエグゼス。しかし同時に動く男が一人。

 

 

「ディゴウ・グラビルク!」

 

「ォオオオオオオオオオ!」

 

 

ブラゴが重力の力を纏い一人でエグゼスに勝負を仕掛けていく。

破壊神と殴り合っていくブラゴを横目にゼオンはガッシュの元へ。

 

 

「よくぞ頑張ったなガッシュ。兄として、誇りに思うぞ」

 

「う、ウヌ。ありがとうなのだ」

 

 

ヘラーに受けた傷を見てゼオンは深く頷く。

いかなる困難にも諦めずに活路を見出す。その姿こそが魔界の民の頂点に立つ王の姿ではないかとゼオンは説いた。

そしてその姿をガッシュは見せた。だからこそ、こうして仲間達が集うのだ。

 

 

「お前には仲間がいる。その事を忘れるな」

 

「ウヌ……!」

 

『仲間か、下らぬ存在だ。馴れ合いが危機感を鈍らせ、均衡は乱れていく』

 

 

ドラゴンは次々に光線やミサイルをブラゴに命中させ怯ませながら、再び自身は空中に浮遊していく。

そんな彼をしっかりと睨んでいるゼオン。彼は鼻を鳴らし、全く怯まぬ態度、仁王立ちでエグゼスを視線で貫いている。

 

 

「確かにオレも以前はそう思っていた」

 

 

しかし結果として、ガッシュの姿、思想に惹かれ彼らは友となった。

そして助け合い、数々の困難を乗り越えてきたのは事実だ。

ゼオンもまた、ガッシュと仲間達の絆の前に敗北したも同じなのだから。

そして今、彼がガッシュを助けに来たのはガッシュを助けたいと思ったからだ。

当たり前の様に聞こえるかもしれないが、それはとても大きく重要な事なのである。

清麿もその言葉に頷き、一歩前に足を踏み出す。

 

 

「そうだ、エグゼス。オレ達の関わりは決して負に変わる物じゃない筈だ」

 

 

確かに衝突や不幸はあったのかもしれない、しかし必ずしもそれだけでは終わらなかった筈だろう。

アンサー・トーカーもまた同じだ。それは決して間違った進化ではないと清麿は思いたかった。

自分達が手にした力を滅びの為に使うのかは、当然その力を持った者が決める事だ。

確かに過去、力を持つが故に滅びた文明もあろう。現に今、カイロスが生まれている事も事実。

しかし、それでも清麿は信じている。

 

 

「オレは、オレ達人間は絶対に間違えない!」

 

『黙れ。病原菌を放置しておけば、周りの者達もまた病原菌に変わっていく。消去、排除、混乱の元を断つには根本を排除していくしかないのだ』

 

 

特大のレーザーがブラゴを襲うが、同じくして強力な重力の球体がレーザーを押し込んでいた。

一方で飛行機の上でモゾモゾと動いているシェリー、何やら声を荒げている様で、誰かの襟を掴み上げていた。

 

 

「ほら! 貴方もさっさと働きなさい!!」

 

「あ、扱いが雑です! すごい雑!」

 

「うるさい! 黙りなさい! ほら早く! ほらほら!!」

 

「ち、ちくしょー! どうして私がこんな――ッ!」

 

 

飛行機の座席からひょっこりと顔を出したのは一見すれば看護婦の様な格好をしている魔物の子であった。

相当おしゃれに気をつけている様だが、飛行機の運転が荒かったのか、繊細なのか、顔を真っ青にしていた。

どうやら酔っていた様、しかしシェリーはおかまい無しに彼の襟元を掴んで鬼気迫る表情を。

 

 

「やればいいのでしょうやれば! ココ、お願いします!」

 

 

苛立ちと恐怖と焦りと吐き気が織り交じった複雑な表情を浮かべながら顔を見せたのは、かつての敵であった魔物の子、ゾフィス。

ユリアスが選出した人間界に送られた百人の中に入っており、フランスに転送された為にシェリー達と鉢合わせになり現在に至る訳だ。

彼も協力するかどうかは一瞬迷ったが、シェリー達に強制的に連れてこられしまい、彼自身も逆らえない身の為にこうなっている訳である。

 

 

「う、うん。ディガン・テオラドム!」

 

 

戸惑いの表情を浮かべながらもココは言われたとおり呪文を唱える。

彼女は本来争いを好まない優しい性格だ。しかし一つ特徴を挙げるならば、彼女もまた章吾やサンディと同じく膨大な心の力を持つ才能があったのだ。

故に、彼女が込める心の力がそれだけ多く、ゾフィスの力を膨れ上げる。

 

 

『グゥゥウウウゥッッ!』

 

 

隕石の様に次々と飛来する爆炎。

それは次々にエグゼスの身に直撃していき、動きが止まった所でブラゴが踵落しで再びエグゼスを地面に墜落させる。

それが好機と見たか、ゼオンはガッシュに合図を送る。

 

 

「決着をつけろガッシュ。間違った神、狂った邪神を、お前の手で倒すんだ」

 

「しかし、もう清麿の心の力が――」

 

「問題ない。清麿、魔本の最後のページを見ろ」

 

「ッ、最後……?」

 

 

清麿がゼオンの言われたとおり魔本の最後のページを見ると、そこには確かに色が違う文字が記載されていた。

なんだこれは、清麿には覚えの無い物。能力を使って詳細を調べようとしたが、その前にゼオンが説明を入れる。

 

 

「王の特権だ」

 

「特権?」

 

「ああ。先程魔界から人間界に転送された魔物の子が50に達した事で使える様になった。それを使え、心の力はいらん」

 

「ッ?」

 

「使えば分かる」

 

 

頷く清麿。彼は魔本を開くと、その言葉を口にする。

 

 

「ベルワン・オウ・エルザルク!」

 

 

するとどうだ、心の力がなくなっているのにも関わらず赤い魔本が光を放ったではないか。

いや、違う。清麿は見る。その光は初めは赤だった、しかしすぐにその『色』を変化させる。

それは誰もが確認できた色。今この場にいる全員がその色の光を視界いっぱいに満たしていく。

当然それはエグゼスもまた同じ。

 

 

『ッ』

 

 

――思わず、彼は呟いた。

 

 

『美しい……!』

 

 

そう、それは眩い黄金の輝き。

エグゼスは思い出す、彼が王になった戦いを。

 

 

『金色の、ガッシュベル……!』

 

 

清麿の魔本が放つ光は、紛れも無い金色であった。

そしてガッシュの体もまた同色の光に包まれ、その光が弾けた時、彼の姿が変化を遂げていた。

いつもの服装ではなく、荘厳な衣装に包まれ、さらにはその頭には魔界のシンボルが刻まれた冠が。

 

 

「王の衣装!」

 

 

ティオが思わず口にした。清麿もその姿には覚えがあった。

送られてきた手紙に添えられていた写真、そこに今ガッシュが纏っている衣装があったのだ。

王が身に纏うソレ、ガッシュはマントを靡かせながらエグゼスと睨み合う。

 

 

「魔界の王ガッシュ・ベルとして神、エグゼスにお願いがある」

 

『……聞こう』

 

「考えを改め、人間界と友好の道を歩まぬか?」

 

『――、心に刻むがいい』

 

「ッ」

 

『我の答えは一つのみ。人間界は滅び、人は全て死滅するべきだ!!』

 

 

不必要な存在と友情を結ぶ意味は、価値は欠片として存在しない。

エグゼスは迷わなかった。神は絶対の存在、彼もその意思を抱える物だ。

故に妥協と言う言葉は無かった、故に協力と言う言葉も無かった。

エグゼスはその口から巨大なミサイルを発射、そこに自身の魔力を加えて魔科学兵器と変える。

ミサイルは空中を切り裂きながら飛来、ガッシュを周りの景色もろとも消し炭に変えるつもりだった。

 

 

「ラギコル・ファング!」

 

『!!』

 

 

ガッシュの口から巨大な狼の形をしたエネルギーが射出。

その牙でミサイルを捉えると、一瞬でミサイルが凍りに覆われ、直後砕けるように消滅した。

エグゼスには見えていないが、ガッシュと清麿にはたった今ガッシュに力を貸してくれた人物が目に映る。

レイコム、かつてガッシュが戦った魔物であった。

 

 

「ウヌ、恩に着るぞレイコム!」

 

『しっかりやれよ、ガッシュ』

 

 

それを見て雰囲気を変えるエグゼス。

知っている、クリア戦で見せた物と限りなく近い状態。現在はまだ転送が完全ではない為、以前よりは力は劣っているかもしれない。

しかしそれでもガッシュの力としてはこれ以上ない物。

 

 

『金色の魔本か。あの時と同じ!』

 

「ドルク!」

 

 

ガッシュの横に現れたのは犬の魔物、ゴフレ。彼の力を借りてガッシュの体が鎧に包まれる。

肉体強化、ガッシュはそのまま地面を蹴って飛翔、王のマントが翼の様に変わり彼を一気にエグゼスの前に運んでいく。

もちろんエグゼスも抵抗はするが、ビームを撃てどミサイルを撃てどガッシュの鎧を貫くことはできなかった。

そして――

 

 

『頑張れ……王様』

 

「ディオ・ジュガロ!!」

 

 

ガッシュの肉体強化が終わる時、隣に現れたのはスギナ。

同時にエグゼスの眼前に現れる巨大な花。それを確認した時にはそこから大量の花粉が煙幕の様に放出されている所だった。

視界が粉末にジャックされる、エグゼスはモードを切り替えセンサーでガッシュの居場所を探すが――

 

 

「ウルク!」

 

『この私の呪文を使うのよ、ありがたく思いなさいガッシュ・ベル』

 

「う、ウヌ」

 

 

フェインの力を授かったガッシュは既に高速移動でエグゼスの背後に回っているところだった。

しかしエグゼスは翼がある。それは飛行能力を与えるのはもちろん、強力な刃にも変わる。

このままガッシュを引き裂いてくれる、そう思っていたが――

 

 

『オレは、エリートだ!!』

 

「グラン・バイソン!!」

 

 

エシュロスの咆哮と共に、巨大な土で構成された大蛇がエグゼスの翼に牙を立てる。

大蛇は翼を咥えたまま体を伸ばし、ガッシュとエグゼスの距離を大きく空けた。

 

 

『わっれは戦う彫刻家ーッ! ガッシュ、今がチャンスだ!』

 

「ガンズ・ビライツ!!」

 

 

ロブノスの力。連続して放たれた光のレーザーが次々に翼に命中し、無数の亀裂を作らせる。

馬鹿な、エグゼスは深くそう思った。神の力を与えたカイロスの肉体にヒビが走るとは。

当然、亀裂が走るだけで終わる訳が無い。

 

 

『僕の力で壊せ! ガッシュ!』

 

「ギガノ・ガランズ!!」

 

 

ガッシュが手を前にかざすと、現れるのは巨大なドリル。

魔物の子、マルスの意思を受けてガッシュはそのドリルをエグゼスの背に押し込むように進入させた。

亀裂が走った翼にドリルの貫通力、結果エグゼスの刃は粉々に砕かれる事に。

 

 

『この様な事が――ッ!!』

 

 

破壊神の無心に初めて明確な焦りが生まれた。

それは自分が今現在劣勢になろうとしている事ではない。いや、もちろんそれもある。

神の力が魔物の子に圧倒される事がそもそも理解できない。しかし一番意味が分からないのは、ガッシュに力を貸す魔物がこれだけ多いという事だ。

ふと先程のゼオンの言葉を思い出す。ガッシュの王として、つまり優しい王様の姿に心を打たれた者が彼を助ける為に力を与えている。

神に、逆らおうと言うのだ。

 

 

『認めるものか、均衡は絶対、神は絶対だ!!』

 

 

粉々に砕け散った翼ではあるが、その羽は遠隔操作できる刃。

エグゼスはすぐに無数の羽をガッシュに向けて発射する。

四方から迫る短刀、容易く防げる物ではない。ガッシュの体を引き裂き、ミンチにするつもりであった。

しかしそこでガッシュは回転。すると彼の体から無数の花びらが。その一つ一つは意思を持った様に独自飛行、それぞれ迫る刃に一つずつ付着する。

同時にガッシュの隣に現れるバルトロ。

 

 

「ゼベルオン!」

 

 

花びらが付着した刃がガッシュの意思に支配される。

王を引き裂こうとした刃がその軌道を変えて神の肉体を切り刻む。

 

 

『グッ! 何故だ、何故神の導きを拒む! 何故神の意思を阻む!』

 

「それは支配だからだろう! アムルク!」

 

 

キクロプの残像。

ガッシュの手が巨大化し、その拳がエグゼスを殴り飛ばす。

 

 

『王もまた、支配する物ではないか! 何が違う!』

 

「統治と支配は違う! ガッシュはそれを、間違えたりはしない! オル・ドグラケル!」

 

 

エグゼスは巨大なエネルギーボールを発射。

ガッシュもまたゾボロンの力を与えられ、巨大なエネルギーボールを発射。

二つの攻撃はぶつかり合い、激しいエネルギーを撒き散らせながら互いに互いを打ち消しあった。

どうやら各魔物の力はガッシュを経由する事でかなりのパワーアップを果たしているらしい、それもまたエグゼスには不愉快な話だった。

 

 

『神に逆らって良い道理など、どこにもありはしない!』

 

『うるせぇ雑魚!』

 

『なっ!』

 

「オル・ウイガル!!」

 

 

ザバスが生み出した暴風の鞭。

自由自在に動かす事が可能であり、清麿の指示を受けたガッシュが的確にそのルートに風を通していく。

縦横無尽に飛行する風のエネルギー、そして最終的に一点にそれは直撃する。

 

 

『グゥウウ!』

 

 

エグゼスの脳天、コア部分にエネルギーが直撃。

いくら神と言えど今のベースは機械、コアが破壊されればその動きに制限が現れる。

 

 

『ボウヤ! 今よ!』

 

「ギガノ・ガドルク!!」

 

 

バランシャ最大の鎧がガッシュに与えられ、ガッシュは体を丸めて回転。

無数の棘がついた鎧で突撃、エグゼスの装甲をガリガリと削っていく。

次々に破壊され地に落ちていくエグゼス、カイロスのパーツ。

人が作った兵器なら、それを間違いだと思った人間が壊せば良い。清麿達の視線がそれを物語っていた。

 

 

『ガッシュ! 清麿!』

 

「ああ、頼むぞ! キルデスゾル!!」

 

 

天才(ワイズマン)の幻影が(エグゼス)を捉えた。

放たれた巨大なカマキリの様な化け物は、標的に着弾すると体を変形させて己が体内にエグゼスを包み込んでいく。

巨大な闇の肉塊がエグゼスの動きを完全に封じ込める。

 

 

 

「確かに、神は尊い存在だ」

 

 

だが、干渉はいらない。

人は、人の力で己の未来を掴み取れるからだ。それは魔物もきっと同じ事だろう。

 

 

「オレ達は、そんなに弱くは無い! バオウ・テイル・ディスグルグ!!」

 

「ッ、新呪文か!」

 

 

デモンが知らない呪文だった。

ガッシュの背にバオウの尾が出現、彼が体を旋回させる事で強力な一振りがエグゼスの体を捉える。

ガッシュに力を貸してくれた魔物たちのパートナーの心の力を消費して発動する技のため、清麿の心の力が無くとも発動が可能だった。

ヘラー戦を経て覚えたガッシュの新たなる力。バオウの力を解放する一手だ。

 

 

『黙れ! 人間には可能性は無い。滅びに向かうだけの腐りきった存在なのだ!』

 

 

地面に叩きつけられたエグゼスは納得がいかないと最大の攻撃を放つ。

全身から放たれた凄まじいエネルギーのレーザー砲。巨大な光の柱がガッシュを焼き焦がそうと一直線に向かっていった。

 

 

「バオウ・アギオ・ディスグルグ!!」

 

 

ガッシュを包む様にバオウの巨大な頭部が出現。

ガッシュの口の動きに合わせ、バオウの巨大な口が開閉、レーザーと言う存在を真正面から受け止め、噛み砕こうと力を込める。

 

 

『ば、バオウ……!』

 

「バオオオオオオオオオ!!」

 

『グッ! くッッ!!』

 

 

レーザーがバオウに噛み砕かれ、飲み込まれ、そして消滅。

震えるエグゼス。かつては破壊の神であった彼も、今はガッシュに協力している様に思える。

もちろんそれは彼がガッシュの呪文になったから、と言うのはあるのだろうが、バオウ自身がガッシュに協力している様に見えて仕方が無い。

何故だ、エグゼスは全く理解できなかった。何故自分とガッシュにはここまで信頼の差があるのか。

 

 

「決まっておる。皆が私に力を貸してくれたのは、私が王だからではなく、私の考えに賛同してくれたからだ」

 

 

それは紛れも無い、人間界を滅ぼさぬ事。魔神が支配する世界を望まぬ事だ。

むろん、それを聞いてもエグゼスは納得できない。

 

 

『我の意思が正しいのに、何故!』

 

「正しいか正しくないか、それもまた私達が知っている事なのだ」

 

 

人間界を滅ぼす事が正しい事とは到底思えない。

だからこそガッシュ達は戦うのだ。仮に人間界を放置する事が破壊の未来を示すのならば、その破壊の種を排除するべきだとガッシュは説く。

危険因子はすぐに排除するのではなく、何故危険になるのか? ではどうしたら危険を取り除けるのか、それを考え、対処するべきだと。

魔神の考えは常に極論過ぎる。むろん、魔物よりも遥かに長い時を生きる魔神からしてみれば人間の時間は一瞬なのだろう。

だからこそ焦っているのかもしれないが、しかしと言ってすぐにその問題を排除するのはいただけない。

 

 

「人間はエグゼス殿が思っているよりも素晴らしい存在だと私は確信している」

 

『可能性は無い! 人に、未来は無いのだ!!』

 

 

あくまでも認めない、それがエグゼスの答えだった。彼は誰よりも均衡を、世界の安定を求めていた。

だからこそ力をつけすぎたバオウを排除したのだから。今の問題はそれと一緒だ。

人はエグゼスの考える『人』を超えようとしている。その事実そのものが彼は気に入らないのだ。

だからこそ滅ぼすしかない、それのみが彼の答えであり、唯一にして無二の意思なのだ。

 

エグゼスは叫ぶ。すると機械の体が黒い炎に包まれた。

今まではカイロスをベースにしていた彼だが、完全に神の力でカイロスを取り込んだのだ。

黒い破壊のエネルギーに包まれたドラゴンは赤い瞳を光らせて浮遊する。

 

 

「人は確かな可能性を持っている。何故それを認めない!」

 

『我が、神であるからだ!』

 

 

巨大な黒が、正確には無がガッシュに迫っていく。

いかなる呪文をもってしてもエグゼスの存在は止められない。彼はそう叫んだ。

しかし清麿は、ガッシュは怯まない。すると近くにいた魔本の持ち主達が一勢に表情を変える。

 

 

「魔本が光って――!」

 

 

恵達はすばやく本を開いてみる。すると一つ、読める文字が。

この呪文には覚えがある。一番初めに口を開いたのは恵だった。

 

 

「バルド・フォルス!」

 

『!』

 

 

それはスイッチ。次々に周りから同じ声が聞こえてくる。

可能性と希望の呪文だ、それはこの場にいる全ての魔本の持ち主に現れている。

以前もこの呪文が浮き上がった事がある。効果を知っている恵はもちろん、サンビームとフォルゴレもまた同じく呪文を唱えた。

 

 

「「バルド・フォルス!」」

 

 

そして効果を能力で理解したデュフォー。

 

 

「バルド・フォルス」

 

 

取り合えず適当に口にしてみる他のメンバー。

 

 

「「「「「バルド・フォルス!」」」」」

 

 

魔本から無数の光が飛び出し、それが次々に清麿の黄金の魔本に宿っていく。

 

 

『そ、その力は――ッ!』

 

「可能性だ! 人間と、魔物の!!」

 

 

眩い黄金の光がエグゼスの視界を満たす。

凄まじい光だ、人間の未来、人間の可能性、エグゼスはただ叫びを上げて突撃するしかできなかった。

もう言葉が思い浮かばない。だからこそ、ただ力でねじ伏せるしかできなかった。

 

 

「オレ達には未来に羽ばたける力が、翼がある!」

 

 

人間には、見えない翼があるのだと。

 

 

「バルド・フォルスーッッ!!」

 

 

ガッシュから金色の光が放たれたかと思うと、光が明確なシルエットを形成して弾ける。

現れたのは金色の鳥、眩く煌く翼を広げ、咆哮と共にエグゼスへと突撃する!

直撃する二つの力。片方は全てを飲み込む破壊の炎、片方はそれを包み込む様に雷撃を放つ金色の鳥光。

 

 

「クオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

『オォ、オォォ!!』

 

 

エグゼスは声を上げた。

それはもはや称える様な声色。目を覆う金色が力の均衡を超え、エグゼスの身に流れ込んでくる。

 

 

『こ、コレが――ッ! 魔物の出せる力だとでも!!』

 

 

いや、違う。

 

 

『魔物と人が生み出す力なのかッッ!』

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

『グッ! ガッ! グァァアアアアアアアアア!!』

 

 

金色の鳥はエグゼスを貫くと、そのまま大空に向かって飛び去っていった。

金色の羽が舞い散る中、同じく金色の光に包まれたエグゼスは悲鳴を上げながら消滅していった。

明確な答えが出た訳では無い。しかし答えはきっとある筈だ。そしてそれは滅びなのではない、清麿はそれを深く思いながら、ゆっくりと息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決着、と言う訳ではないのかもしれないが取り合えずは何とか落ち着きを取り戻す事ができた一同。

つもる話しもあるのだろうが、疲れたとデュフォー達はすぐに飛行機(ミュラー)に乗って帰る事に。

どうやらしばらくはゼオンと共にフランスに留まるらしい。黒幕である筈のエグゼスは一応倒した。

しかしその意思は死んだのか? 複雑なところである。それに一番の問題はカイロスだ、エグゼスが寄生していたとは言え、それを除いてもあの兵器を野放しにしておく訳にはいかない。

エグゼスは紛争地域からエグゼスを盗んできた。それは神がアレを利用できると言う事の証明でもあるのだから。

 

 

「いずれにせよ、アレは一つ残らず破壊する。必ずな」

 

 

それが自らの責任だと。帰り際、デュフォーはそんな事を呟いていた。

カイロスは彼が利用された事で作られた兵器だ。十年以上の時を経て形になったと言う事なのか。

とにかく神が危惧していたように、それは放置できる存在ではない、清麿達もまた彼に協力の意を示した。

その時だ。デモンとマリー、そしてデュフォーたちを乗せているミュラーから光が飛び出してきた。

その三つの光は一つになると、ひとりの女性のシルエットを形作る。

 

 

『――はじめましてですね、人間の皆さん』

 

「ユリアス様!」

 

「ッ、彼女が――」

 

 

光の中にうっすらと女性の姿が見える。創生の神ユリアス、金色の髪を持った美しい女性だ。

そしてその笑みは何とも慈悲深い物だった。彼女の声を聞いてガッシュも反応を示す、ほんの僅かではあるが、彼女はガッシュの母として関わりを持った事があるからだ。

それは本当に短い時間だったが、感慨深い物がある。

どうやら神子が集まるとそれだけ体内に眠るユリアスの力が共鳴するのか、彼女も動きやすくなるようだ。デモンとマリーはすぐに跪き、機神であるミュラーも挨拶を行っていた。

 

 

『この様な姿で申し訳ありません』

 

 

所詮は神子に授けた力を三つだけ合わせたもの、実体化できる時間は短い様だ。

 

 

『まずは、天界が大変な迷惑をお掛けしましたね。本当にごめんなさい、神として何と申し上げたらいいのか……』

 

 

不思議な物だ。魔神は遥か昔から均衡を守ってきた。

些細ないざこざはもちろんあったが、それでも今までは何とか保ってきたのだ。

それが崩れたのは、やはり神もまた心を持つが故なのか、それともこの変化も些細ないざこざの内が一つなのか。

 

 

「いや、貴女みたいな人が――ああいや、神がいてくれて助かった」

 

『魔神は恐れているのです。人に、遥か昔から守ってきた規律を崩されるのを』

 

 

今までは二つの世界は確固たる壁に守られてきたと言う安心があった。

しかしカイロスを見て、人間は思っていたよりも賢い生き物なのではないかと思ったのだ。人間はいつか魔界に侵入して、争いになるのではないかと。

 

 

『魔神は執着とも言える程に魔界に固執しています』

 

 

良く言えば魔界の平和を考えているのだろう。

しかし悪く言えば、それは自分が理想とする魔界の平和だ。

その思い描いていたビジョンから外れる様な要素は、魔神は大変気に入らないと言う態度を示す。その延長戦が今だ。結果として邪神と思われる連中が手を組み、人間界を消滅する手を取った。

 

 

『ですが、私もそんな魔神である事には変わりありません』

 

 

少なからず人間対する不信感もあると言う。

現に今、神子の中からカイロスの存在を確認した。やはり人間は恐ろしい、アレはまだまだ進化するだろう。

そうすれば世界は、魔神が滅ぼさずとも人間の手で終わるのかもしれない。

 

 

「しかし、ユリアス殿は……」

 

『ええ。私はあくまでも、この問題は人間が解決するべきだと思っています』

 

 

少なくとも魔神が介入する物ではないし、だから人間を滅ぼす理由にもならない。

人は確かに恐ろしい顔を持っているが、同時に素晴らしい希望を示す事ができる。

ユリアスは人間の可能性を信じている。だからこそ、こうして人間に味方をしているのだ。

 

 

『人だけではなく、神もまた変わらなければならないのかもしれませんね』

 

 

ユリアスは手をかざす。するとそこに淡い光の球体が。

 

 

「ッ、それは?」

 

『ヘラーの魂です。彼女はこれより魔物の子として転生されるのです』

 

 

そこでユリアスは優しげな笑みをガッシュに向ける。

ヘラーの魂を持つ右手、そして左手にも同じく光の球体が四つ浮かんでいた。

 

 

『こちらは、彼女の使徒の魂です』

 

「!?」

 

 

その言葉に反応するガッシュ。ユリアスは笑みを浮かべて説明を行う。

確かに、使徒は魔神の力によって構成された偽りの存在だったと言えよう。

しかし仮に存在を構成する物が全て偽りだったとしても、この世界に存在していた事は偽りなどでは無い。

それは、生きていると言えるのではないだろうか。

 

 

『私は創生の神、使徒ザムザ、使徒バムロア、使徒ガジュル、そし使徒マジルに命を与え、心を与える事をお約束しましょう』

 

「ッ! 本当か!」

 

『はい。全てが終わった時、必ず』

 

 

使徒もまた生まれた意味を与えなければならないとユリアスは思っている。

傷つける為に生み出された使徒達を、そのままで終わらせて良い訳はないと彼女は思うのだ。

クリアが悪しき心をバオウによって砕かれたように、彼らもまたユリアスがその手で新しい人生を歩ませてようと。

 

 

『少し、時間は掛かるかもしれませんが、またマジルと再会できますよ』

 

「ありがとうなのだ……! ユリアス殿!」

 

 

ユリアスはニッコリと微笑んでガッシュの頭を撫でた。

デモン達三人分の力では実体化とはいかないのか、その手の感触はガッシュには伝わらない。

しかし彼に思いは伝わっているのか、ガッシュもまた笑みを彼女に返す。

 

 

『大きくなりましたね、ガッシュ』

 

 

目を閉じれば彼の母親として過ごした日が思い出される。

気まぐれと言ってしまえばそうだ、しかし辛い境遇にいた彼を哀れみ、ユリアスはガッシュの母として、仮初ではあるが親子の時を過ごした事がある。

 

 

「凄いな。命を作る、そんな事ができるのか」

 

『私は創造に特化した神ですからね』

 

 

それにユリアスそのもののレベルも高い、ユリアスは少し自慢げに清麿へ笑みを向けた。

人間にはいまひとつ実感の湧かない話かもしれないが、言うなれば粘土で人形を作るような感覚で魔神たちは魔界を作り上げた。

 

 

『むろん、我らが民は粘土でできた人形ではありません。ありませんが――』

 

 

その事を理解していない神がヘラーやエグゼスだったと言う事だ。

本音を言えば、魔神たちは皆システムとして振舞うべきだった。

一切の干渉を控え、魔界の安息を保つ為に最低限の力を下界へ与えれば良いと。

しかし神は力を持つが故に、その力におぼれ、結果としてこの様な事態になってしまったのかもれない。

 

 

『いつしか、私達に自己主張と言う想いが強まったのでしょう』

 

 

それはユリアスとて同じだ。自分を信仰してくれていたベルの家系を贔屓していたのだから。

それは紛れも無いエゴ、ユリアスも邪神に対してあまり強く口を出せないのがつらい所であると。

 

 

『しかし、人を滅ぼす道が違うと言う事だけは分かります』

 

 

まだ、邪神の意思は死んでいない筈だ。

そして人間自身の邪悪なる意志もまだ新ではいない。

後者に関しては無くならない問題なのかもしれないが、それでも人は戦い続け、人間自身の手で平和を掴みとってくれるだろう。

ユリアスはそれを信じたいと言い残し、その姿をデモン達に戻していった。

 

 

「はぁ、取り合えず、終わったな」

 

 

章吾がポツリと漏らした声で一同は勝利を実感する。

空を見れば、その色は綺麗な紫を映している。夕焼けと夜の中間、涼しげな風が一同の髪を揺らした。

 

 

「帰ろうか」

 

 

清麿の言葉に、ガッシュ達は笑みを浮かべて頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えい」

 

「ンアーッ!!」

 

 

清麿の部屋に響く悲鳴。サンディが消毒液を章吾の傷口に容赦なくドバドバと流し込むようにつけていく。

沁みるのか、先程からしきりに悲鳴を上げている章吾をデモンはじっとりとした目で見ていた。

戦いが終わり、それぞれは再会の約束を交わし自分達がいる国に帰って行った。

本当は久しい再会を喜びたかったが、それぞれも多忙な身だ。取り合えず近いうちにと言う事で今は分かれる事となった。

各々、受けた傷もある。日本組みは取り合えず清麿の家に帰り、傷の手当をする事になったのだが――。

 

 

「サンディさん! もっと優し――ッ! ンアッーフッフゥウウウウウウッー!!」

 

「だぁーもー! 男の子なんだから我慢我慢! ほら、ジッとする!」

 

「ホアーッ!!」

 

「………」

 

 

大変だなぁとデモンは思う。

とは言え、現在のデモンは包帯でぐるぐる巻きである。

かろうじて目だけが露出している状態と言っても良い。と言うより怪我をしていない部分まで巻かれている。

まるでミイラ男だ、彼はこの手当てを行った者を横目で見ている。

 

 

「んー! 人間のゲームって面白いわぁ!」

 

 

デモンにもたれながらニヤニヤとサンディの携帯でパズルゲームをしているマリー。

愛の力を司どる彼女が愛の欠片も無い結び方である。サンディもサンディでガサツな面があるのか、先程から章吾を手当てしていると言っているものの、デモンから見ればプロレスにしか見えない。

 

 

「サンディさん! もっと優しく! 優しくお願いしますよ!!」

 

「くどいなぁ! 本当はこんなのツバつけとけば治るんだよ! 私が舐めてあげよっか?」

 

「治るか! つかどんなプレイだよ! 俺はそんなモンより現代が生み出してくれたお薬を信じます!」

 

「じゃあ、ほい、消毒しましょーね」

 

「ホォオオオオオオオオオオゥ!!」

 

「……ハァ」

 

 

つくづく人間には個性があるものだとデモンは思う。

サンディやマリーも手当てを受けているのだが、それは恵が行ったもの。

見て御覧なさいとデモンは思う、綺麗なものじゃないか。少なくとも消毒に吼えたりミイラ男にはなっていない。同じ女性でココまで手当ての腕前が違う物なのかと。

そして数分後、そこには包帯を巻かれた章吾が転がっていた。

そう、包帯で亀甲縛りをされた章吾が……。

 

 

「なんでだ! 逆に何でこうなった! 何がどうしたらこうなる!」

 

「凄いでしょ、人間の世界について勉強したのよ」

 

「何を! どんな!?」

 

 

包帯を結んだマリーは自慢げに鼻を鳴らすと、再び携帯に手を伸ばしてゲームを。

これなんなんだ? なんの時間なんだ? 章吾はただひたすらに混乱しながら地面を転がるしかできなかった。

 

 

「ったく、それにしても今日は長い一日だったな……」

 

 

改めて勝利を噛み締めてみる。

こう言っては何だが充実感はある。とは言え、緊張感から解放された事に加え絶大なる疲労感、こんなのは生まれて初めての経験だった。

 

 

「はぁ、もう今日は一歩も動けない」

 

「亀甲縛りで何言ってんだよお前」

 

「うるさいな! と、ところで清麿達はどこ行ったんだよ!」

 

 

章吾は取り合えず周りを見回してみる。

部屋の主である筈の清麿の姿が先程からずっと見えない。それはガッシュ達も同じだ。

章吾の記憶では先程恵が清麿とガッシュの手当てをしていたのを最後に姿を見ていないのだ。

 

 

「ん、確かに。二人は知らない?」

 

 

サンディも章吾の手当てに必死だったか、周りを見ている余裕は無かったようだ。

するとゲームをしているマリーが視線を外さずに口にした。彼女は清麿達がどこに行っているのかを知っている様だ。

 

 

「買い物行くって言っていたわよーん」

 

「買い物……?」

 

「うん、夜ご飯の。あ、やった! 8コンボ!」

 

「清麿とガッシュが?」

 

「ううん、ガッシュはリビングでティオと一緒にバルカンで遊んでる」

 

「ふぅん……」

 

 

沈黙。一定の間。章吾もサンディも無表情でピクリとも動かず一点を見つめて固まっていた。

分かる、これは何かを考えている時の仕草だ、デモンは冷静にそう一つ考察を。

 

 

「――え、清麿だけが買い物に行ったの?」

 

「ううん、恵も一緒」

 

「ふぅん……」

 

 

日本に住んでいる仲間以外は皆それぞれの国に帰って行った。

そして今、章吾とサンディ、デモンとマリーは清麿の部屋にいる。

そしてガッシュはティオと一緒にリビングでお遊び中。清麿の母親はいろいろと気を利かせてくれたのか、今日は友人と一緒に夜を食べに行くとかで、遅くまで帰ってこないとか何とか言っていた様な気がする。

と言う事は、だ。

 

 

「どういう事だ?」

 

「………」

 

 

再び口を開けてポカンと章吾とサンディは固まっている。

一秒、二秒、三秒、その後も少し間が空いて。

 

 

「「こんな事してる場合じゃねぇええッッ!!」」

 

「おわわわわ!」

 

「きゃ! な、何!?」

 

 

声を揃えて章吾とサンディは勢い良く立ち上がった鼻を鳴らしていた。

章吾に至っては縛られていた包帯を引きちぎっての勢いである。

血走った目で前のめりになる二人を見てデモンは思わず怯んで転倒、彼にもたれかかっていたマリーも釣られて倒れる事に。

 

 

「な、なんだよ章吾。どうしたんだよ」

 

「手当てなんてしてられるかって話しよ! サンディさん!」

 

「オッケー章吾、レッツゴー!」

 

「あ、あ! ちょっとサンディ!」

 

 

サンディはマリーから携帯を奪い取るとサムズアップで視線を返す。

ドタドタと清麿の部屋を出て行く章吾とサンディ。デモンはハテナマークと汗を浮かべながら二人を背中に向かって声をかける。

 

 

「なんだなんだ!? 動けないんじゃなかったのかよ章吾!」

 

「こんなモンなツバつけとけば治るんだよ!」

 

「さっきといってる事がまるで違うぞお前!!」

 

 

デモンの言葉はなんのその、章吾たちはさっさと清麿の家を出て行ってしまった。

 

 

「アクティブだなぁ、あいつ等」

 

「もー、サンディってば! 良い所だったのにぃ!」

 

 

遊び道具を取られたマリーは頬を膨らませて怒りを示す。

とは言え取られてしまったのはどうしようもない。彼女はロリポップを咥えると、下にいるガッシュ達の所へ顔を見せる事に。

デモンも暇は暇だったので彼女についていく事に。

 

 

「おぉ、デモン。ミイラ男ごっこで遊んでおるのか?」

 

「いや、遊んでるって言うか遊ばれた結果と言うか――」

 

 

下ではガッシュとティオが清麿製の玩具(バルカン)で遊んでいる。

デモンとマリーも同じくお菓子の箱で作った玩具を持って参戦し、じゃれあう事に。

 

 

「そう言えば章吾とサンディはどこに行ったの? 凄い勢いで家を出て行ったけど」

 

「え? ああ、どこに行ったんだろ? 行き先言ってなかったなぁ」

 

「ハァ、ティオもデモンもまだまだだわね」

 

 

マリーはため息をつくと、両手を広げてやれやれと行った様子でデモンをニヤリと小馬鹿にした様な目で見る。

 

 

「な、なんだよぅ」

 

「わっかんないのぉう? 簡単よ簡単」

 

「???」

 

「愛よ愛、ラ・ブ!」

 

「はぁ」

 

「それは時として神をも狂わせる甘美なる元素。日本の神だったそうでしょ? 愛が神を狂わせ、愛が世界に希望を齎すの!」

 

「あ、愛……!」

 

 

よく分からないが気になる単語なのかティオは赤くなって口を押さえていた。

マリーはニヤニヤと楽しそうで、どこか自慢げに頷いていた。愛を司る彼女、そう言う話には敏感なのだろう。

とは言え、男性二人の反応は薄い。デモンは興味無さそうにあくびを一つ、ガッシュに至ってはきょとんと目を丸くしているだけ。

 

 

「私は鮎よりブリの方が好きだの」

 

「あ、あちゃちゃ。鮎じゃなくて愛よガッシュ。貴方だって目を背けられない問題なのよ」

 

「?」

 

「王ともなれば、確実に子孫は残さなきゃいけない訳よねぇ」

 

 

ニヤリと笑うマリー、今度はデモンが呆れた様に首を振ってため息を。

 

 

「どうなの実際、王妃候補は決まっているのかしら?」

 

「王妃?」

 

「正妻、つまり奥さんよ。ガッシュと結婚する人の事!」

 

「!!」

 

 

その言葉を聞いた瞬間ティオがビクンと体を跳ね上がらせて表情を強張らせる。

 

 

「あのなマリー、そう言うデリケートな問題はいくら神子とは言えどおれ達が「ほいしょォー!」ウァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

デモンの言葉を封じる様にマリーは首をブンブンと振ってツインテールをビシバシとデモンに叩き込みダウンさせた。

何故倒れたのか、どんな力が働いたのかは謎だが、マリーは会話を続ける事に。

 

 

「そういう話は、やっぱりあるんでしょ?」

 

「ヌゥ、アースがそんな事を言っておったのう」

 

「決めておいた方がいいわよ。もしも自分の意思で決められなかった場合、許婚を作らされちゃうかもしれないんだから」

 

「許婚?」

 

「そう。他の人がガッシュの奥さんを決めちゃうのよ!」

 

「う、ウヌゥ。それは嫌だの」

 

「………」

 

 

不安そうに視線を泳がせ、落ち着きの無い様子のティオ。

 

 

「だったらガッシュは、どんな人が奥さんになって欲しい?」

 

 

マリーは少し口調を優しくガッシュにそう問いかけた。ギュッと目を閉じるティオ、祈る様な想いが彼女から伝わってくる。

一方であくまでもマイペースのガッシュ。確かにそういう話は聞いているが、だからと言ってだ。

 

 

「まだよく分からないのだ!」

 

「ま、それもそうよね。まだまだお子様だもの」

 

「………」

 

 

ホッとした様に息を吐くティオ。

彼女は少し安心したように笑うと、鼻を鳴らしてガッシュをからかおうと声を出す。

 

 

「そうよそうよ、まだガッシュはお子様だもの。そんな話まだま――」

 

「ただ、私はティオの顔が思い浮かんだのだ」

 

「だ……」

 

 

一瞬、停止。

 

 

「!?!?!?!?」

 

 

ボンッ! と、音がする程ティオの顔が一気に赤くなると彼女は言葉にならない悲鳴を上げて視線をあちこちへ。

 

 

「なッ! ななななななな!!」

 

「ティ、ティオ?」

 

「はぁぁわぁぁぁ」

 

 

目を回して倒れたティオ。

あまりの情報に脳がオーバーヒートを起こしてしまったらしい。

りんごの様になったまま彼女は白目を剥いているデモンの横に頭を並べる事になってしまった。

 

 

「きゅぅう」

 

「あらあら」

 

 

尤も、デモンよりは余程幸せそうなニヤケ顔ではあったが。

とは言えうろたえるガッシュ、彼視点ではいきなりティオが煙を上げて倒れたも同じなのだから。

 

 

「な、何かマズイ事を言ったかの?」

 

「ううん別に。それがガッシュの気持ちなら、ティオも喜んでくれるわよ」

 

「ぬ、ヌゥ???」

 

 

ガッシュとしては特に意識していなかった発言ではあったが、マリーはニヤリと笑って彼の頭を撫でていた。

やはり時間なのか、それとも彼女の人間性に惹かれたのか、ガッシュも少なからずティオの事を無自覚ながらに意識している様だ。

魔物の中には元々呪文以外にも特殊能力を持っている者が存在する。そしてそれは神子も例外ではない。

雷の神子、デモンは魔力が込められていない電撃の超耐性、そしてマリーは愛の神子、彼女は特殊能力として好意の矢印を感じる事ができる。

つまり簡単に言えば誰が誰の事を好きなのか、それが分かるのだ。

 

 

「フフ、がんばってねティオ」

 

 

ティオの家系もまたユリアス信仰の家系であり、かつマリーはティオに力を与えた手前、やはり彼女の事が可愛いのだろう。

少なくとも、今はティオが幸せな夢を見られる様にマリーは強く祈った。

 

 

(あっちも、上手く行っているといいんだけど……)

 

「のうマリー、どうしてティオは眠ってしまったのだ?」

 

「そりゃあもう愛の悪戯ってヤツよね、ガッシュ。どう? キスでもしてあげたら? たぶんティオ泣いて喜ぶわよ」

 

「ヌゥ、私はキスよりブリの方が好きだのぉ」

 

「いや――ッ、あの、何ていうか……まあいいか」

 

 

愛と言う奴はいつだって『なるようになれ』で動いてきた。

マリーは想像に想像を膨らませてニヤリと再び唇を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「いっぱい買っちゃったわね」

 

「ああ、でもアイツ等ならすぐに胃袋の中さ」

 

 

スーパーの帰り、清麿と恵は肩を並べて薄暗くなった道を歩いていた。

この時間は丁度良い、モチノキはそれなりの田舎だ、恵が目立つ事も無いだろう。

 

 

「それよりゴメン、スーパーアイドルに荷物持たせちゃって」

 

「もう、お姉さんをからかわない! このくらい何とも無いから」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 

静寂の世界だ。清麿と恵の声以外は物音すらしない。

二人はその中で笑い合い、けれどもどこか言い様の無いぎこちなさを見せている。

それは――、そう、一言で表すのならば『緊張』と言うものなのか。

清麿も恵も先程から視線を何度も交差させ、視線が合えばすぐに他の場所に目をやるという行為が見られる。

そしてふと、どちらも時折見せるのは寂しそうな切なげな表情だった。おそらく、怖がっているのだろう。踏み出す事を。

ただ同じくして、お互いは分かっている筈だ。このままで良い訳が無いと。

ずっと胸にある引っ掛かりを解決しなければ、ずっと気持ち悪いままなのだから。

 

 

「あの、恵さん……」

 

「う、うん。なに?」

 

「えっと――、その」

 

 

珍しく歯切れが悪い。

やはりそう言う事なのだろうと清麿は自覚する。

しかしこのままだともうすぐ家についてしまう。

そうなるとやはりガッシュやティオとどうしても一緒になる為、二人きりの話とはいかなくなる。

大きく深呼吸を行う清麿。思わず能力に頼ってしまいそうな自分を叱咤しながら、彼は恵の方を見た。

 

 

「少し、話したい事があって……」

 

「う、うん」

 

 

たまたま近くにあった公園により道。

清麿と恵はベンチに座ると、言葉を詰まらせた様にして再びしばらく視線を交差しあう。

しかしいつまでもこうしている訳にもいくまい。清麿はグッと拳を握り締めると恵の方に顔を向けた。

 

 

「「あの――ッ!」」

 

 

ハッと顔を合わせて言葉を止める二人。どうやら同時に言葉を重ねてしまったらしい。

 

 

「あ、ごめんね! 清麿くんからどうぞ」

 

「いやっ! その、オレは後でいいから」

 

 

軽いパニックになってアワアワと二人はしばらく譲り合いを繰り返す事に。

その内に折れたのか、恵が初めに内容を告げる事に。

 

 

「まずは、その――、ありがとう本当に」

 

「え?」

 

「助けに来てくれて、嬉しかった」

 

「ああ、もちろん。恵さんとティオは大切な仲間だから」

 

 

ふいに呟いた言葉。

他意はない、それは彼の本心だ。しかしその言葉が恵には少し引っかかった様で。

恵は少し表情を落としながらも微笑んだ、それは何と儚げな物だろうか、清麿は思わず心臓をグッとつかまれた気分になり、とても悪い事をしてしまった気分になってしまう。

 

 

「仲間……」

 

「え?」

 

「あの、ね」

 

 

恵は語る。

確かに、自分達は共に戦った仲間だ。

大切な仲間。けれど、それは魔物の子との戦い、王を決める戦いと言う舞台の上に成り立っていた関係ではないか。それが無くなってしまえば、自分達の関係は何なのか?

仲間、友達、もちろんそれで良い。

いや、本当にそれで良かったのか?

 

 

「私、ティオと再会できたとき、ホッとしちゃったの」

 

「ホッと?」

 

「うん、これでまた――」

 

 

言葉を切る恵。何やら言いにくそうな表情だった。

どうしていいか迷う清麿。何となく察しがつきそうな物かもしれないが、今の彼は焦っているのか頭が真っ白で全く思考が回らない。

 

 

「また、清麿くんと、昔みたいに会えるって」

 

「えっ!?」

 

 

ドキッとして目を見開く清麿、恵も言い方が言い方だったからか頬を染めて肩も竦めていた。

 

 

「あの、えっとね、会う回数が最近……その、減ってたから!」

 

 

やはりトップアイドルと二人きりで会うには、清麿も色々な事が頭を過ぎってしまった。

彼女の夢を邪魔してしまうかもしれない、そういう思いから少し距離を置いていたが、逆にそれが恵には不安だった様だ。

 

 

「ご、ごめん。オレも色々考えちゃって……! でも恵さんが嫌いになったとかじゃないから!」

 

「あ! そ、そういうつもりじゃないの。ごめんね、変な事言って!」

 

「いやっ! オレなんかが恵さんと二人きりで会っていいものなのか……って。ほら勘違いされたらマズイから」

 

 

アワアワと二人は何とかその場をしのごうと言った感じで言葉を並べていく。

普段はハキハキと物を言うタイプの二人だが、普段の調子を乱される程の大きな物が心にはあるのだろう。

 

 

「………」

 

 

恵は視線を下に落とす。

そして潤んだ瞳と、震える唇で言葉を紡ぎ始めた。

 

 

「清麿くんとなら、いいのに」

 

「えッ!?」

 

「私ね、ずっと引っかかってて」

 

 

アイドル業は楽しい。それが夢だったし、それはもちろん今だってそうだ。

それはたまには疲れたりもするが、アイドルとしての大海恵である自分を嫌いになったりはしない。それにサンディをはじめ、学校には素を出せる相手もいるわけだし。

けれど、それなのに、最近はずっと胸に大きな穴が開いた様な感覚だったと恵は言う。何をするにも上の空と言うべきか。ずっと心に引っかかる物を感じていたという。

 

 

「そしたらね、やっぱり思い浮かべるのは清麿くんの事で――ッ! その、えっと」

 

 

真っ赤になって俯く恵。流石の清麿もココまで言われてしまえば察する事ができた様だ。

となると、このままでいいのかと思ってしまう。このまま彼女に言わせるだけと言うのも、男としてどうなのかと思ってしまうのだ。

だから彼は口を開く。はじめてかもしれない、ココまで緊張したのは。

ああいや、もちろんクリア戦に比べればマシなのかもしれないが、少なくとも今の清麿にとって現在抱いている感情はとてつもなく大きい筈だ。

 

 

「恵さん。オレも、同じだった……!」

 

「ッ」

 

 

清麿は恵の方を向いて必死な表情を浮かべていた。

いつもはクールな彼が汗を浮かべ、顔を赤くして自分を見ている。

新鮮な光景だ、ある意味歳相応とでも言えばいいのか、彼には悪いかもしれないが思わず恵は清麿に可愛いという感情を抱いてしまった。

ただ同じくして彼女は理解しているだろうか? 必死になるには、それなりの理由があると言う事を。

 

 

「分からなかったんだ。恵さんとこのままで良いのかって」

 

 

天才だ何だと言われても、魔界の王のパートナーだとしても、所詮はただの一般人。恵とはやはり大きな壁があるのではないかと。

しかしそれで割り切れる程、簡単な話じゃなかった。考えれば考えるほど自分の選択がコレで良かったのか分からなくなる。

どんな問題も解ける自信はあった、しかし今回ばかりは考えれば考える程に深みにハマってしまう。

だが清麿は答えを見つけたい。その想いに嘘はなかった。

 

 

「ずっと最近恵さんの事が頭から離れなくて」

 

「!」

 

「でも考えても、やっぱり分からなくて――ッ」

 

 

思えば、彼女の事は知っている様で知らない気がした。

いつも笑顔で、危なくなったら助けてくれて。だけど彼女だって人間だ、きっと自分の知らない所で色々苦しんだり悩んだりしているのだろう。

清麿だって彼女には話していない事も色々とある。根本的な話、しばらくの間学校に行っていなかった事だとか、一時期は本当にスレていた事だとか。

そう思ったら何故かとても寂しくなった。言いようの無い疎外感とでも言えばいいのか。より彼女との壁が大きくなった様な気がして息が詰まりそうだった。

胸にずっとナイフが刺さったような感覚、その正体を、もう清麿は理解している。

 

 

「オレは――ッ!」

 

 

呼吸が止まる。そして言葉も止まる。

心を支配する感情は不安と恐怖だ。言葉を紡ぐ事を異常に恐れている。

望まぬ未来に、見えない『先』に恐怖している。かと言って能力は使いたくないと言う矛盾、エゴ、わがまま。

そんな感情の裏にあるのは、男のプライドと言う奴なのか。

 

 

「オレは、いつからか思ってた!」

 

 

答えを出したい。答えを知りたい。

だから清麿は意識を研ぎ澄ませ、その想いを言葉に乗せた。

 

 

「もっと、恵さんの事を知りたいって!」

 

「そ、それって……!」

 

 

真っ赤になって見合う清麿と恵。

呼吸が苦しい、お互いの心臓の爆音が聞こえてしまうんじゃないかと思ってしまう程。

 

 

「それで、できればオレの事ももっと知って欲しい……とか、思ったんだ」

 

 

そうすればもっと恵に近づけるのではないかと思った。

そしてそう思うからには、当然ながら恵に近づきたいと言う意思があるからだ。

壁を壊したい、そして彼女の笑顔に触れたい。少なくともこのまま終わりたくはないと。その感情の正体は難しい、難しいが、分からない訳では無い。

今、ガッシュ達がココに来てくれて彼女とまた以前の様な関係に戻れた。そこに抱いたのは安堵だ。しかしいつかまたガッシュ達は魔界へ戻るのだろう。

それに彼らを理由にするのはパートナーとしても申し訳ない。それにヘラーに彼女達が連れて行かれたとき、心が自分でも予想外な程にザワついた。

 

 

「恵さん、オレ……やっと分かったんだ」

 

 

立場だとか距離だとか、色々と心をかき乱すノイズはあった。

しかしそれでも割り切れない想いと言う物がある。全身が寒いのだか熱いのだか分からない、断られた時の事を考えると泣きそうだ。

だがそう言ったリスクを超える程の想いが、今彼を取り巻いているのは確かだった。

 

 

「オレは――」

 

 

一瞬言葉が詰まる。

しかし、最大の勇気を振り絞って言葉を紡いだ。

 

 

「オレは、貴女の事が好きです」

 

「――っ」

 

 

静寂があった。

清麿も恵も互いに目を合わせながら、言葉は一切無い。周りの音も無く、世界にはただ無音だけが存在している。

唖然とする恵、清麿は頬を染めながら必死な表情で彼女を見ている。

言ってしまった、少なからずその思いはあったが、このまま泥沼の様な想いを引いていくよりは余程良いと思った。

戦いが終われば終わる関係を想像したとき、終わらせたくないと強く思った。だから、頼む、どうか終わってくれるな。清麿はその事を祈りながら返事を待つ。

 

 

「――そ」

 

「え?」

 

「うそ」

 

 

ボロボロ――と、恵の瞳から大粒の涙がこぼれる。

思わず息を呑む清麿。何故泣いている!? 何か悪い事を言ってしまった――としたら今の告白以外には無い筈か。

 

 

(お、終わった……!)

 

 

よりにもよって泣かせてしまった。清麿は自己嫌悪に陥りながら軽く絶望を。

終わった、さよなら恋心、清麿は断られる覚悟を固め――

 

 

「本当に……!?」

 

「へ?」

 

「い、今の言葉、本当?」

 

「え? あ、う、うん。もちろん」

 

「嘘、じゃなく?」

 

「もちろん! オレが本当に好きなのは恵さん、貴女だ!」

 

「ッ!!」

 

 

ブワワワワワーっと更に涙が恵の瞳から溢れてくる。

どういう状況だ!? 清麿は訳が分からずただあたふたと彼女を見守るしかできなかった。

終わったのか? どうなのか? まあ尤も、その答えはすぐに明らかになるのだが。

 

 

「嬉しい……っ!」

 

「!」

 

「本当に、嬉しい……!!」

 

「そ、それはどういう――」

 

「私も、ずっと――」

 

 

思えば、恵達にとって清麿達は始めての仲間だったろう。

自分達以外が敵だと思っていたときに、彼らの存在は大きく、それだけ惹かれていったのも無理は無い。

恵は初めての恋を知った。彼のことを考えれば自然と笑みが出てきて、彼が他の女の子と話しているのは面白くなかった。

嫉妬、初めて抱く感情だ。そこまでして想っていた彼が自分の事を好きだといっているのだから、コレほど嬉しい事は無い。

それこそ、涙が出るほどに。

 

 

「私もずっと、清麿くんが好きでした」

 

「!!」

 

 

と言う事は――、どういう事だ?

一瞬フリーズする清麿の脳、しかし冷静に考えてみればコレほど簡単な話は無い。

清麿は恵の事が好きだと言った、そして恵は清麿の事が好きだと言った。

 

 

「つまり、オレ達は両思い……って事で?」

 

「うん!」

 

「はっ! はは! そ、そっか! あはは!!」

 

 

太陽の様に微笑む恵みを見てドッと清麿から力が抜けていく。

そして湧き上がってくる笑みと暖かな感情。ああ最高だ、今すぐココでよっしゃぁあと叫びまわっても良い。

それくらいの高揚感が清麿を取り巻く。ずっと苦しい棘の様な物が心に刺さっていたが、今となってはその痛みさえも喜びに変わっている様だ。

つくづく同じ感情が元とは到底思えないものである。

 

 

「………」

 

 

そこでふと、恵は意地悪な笑みを浮かべる。

何か嫌な予感が、清麿は汗を浮かべ引きつった笑みを彼女に向けた。

 

 

「酷いよ清麿くん。女の子を泣かせるなんて」

 

「え? えぇ? いや、でもそれは恵さんが――」

 

「あら、言い訳するの? 許してあげないわよ」

 

「うぇ! ご、ごめん!」

 

 

恵は涙を拭ってより意地悪な笑みを深くした。

どうにも彼女のペースには勝てない物がある。

清麿はそう思いつつも、内心悪くないと思っている。もしかしたらこの男意外とMな面もあるのかもしない。

 

 

「許して欲しい?」

 

「ゆ、許して欲しいです」

 

「なんでもする?」

 

「な、なんでもします……」

 

「じゃあ、その――」

 

「?」

 

「えっと……だから、あの」

 

 

何故か余裕の笑みが消えて赤くなる恵。

彼女は目線を外しつつ、何かモニョモニョと小さな声で呟いていた。

聞こえない、清麿が顔を近づけると、恵は言葉の続きを。

 

 

「キス、してくれたら、許そうかなぁ……なんて」

 

「!?」

 

 

一気にトマトの様に変わる清麿。恵も調子に乗ったは良いが、いざ言ってみたらとても恥ずかしいのか再びパニックになってしまった。

はたから見れば何をやっているのかと思われる程うろたえる二人、まあ内容が内容の為に仕方ないとは思うのだが。

 

 

「ご、ごごごめんね清麿くん! いきなりこんな事を言ったらビックリするわよね! やっぱり無し! 無しにして!!」

 

 

とは言うのだが、どうやら今度は清麿にスイッチが入ってしまったらしい。

清麿は恵の肩を掴むと、頬を染めながらもしっかりと彼女の眼を見た。

 

 

「……本当に、許してくれるんですね」

 

「は、はい」

 

「後悔、しませんね?」

 

「も、もちろんです」

 

 

何故かお互い敬語のまま進行していく事に。

清麿としても最初は驚いたが、言うて彼だって男だ。

ずっと気になっていた彼女からのお誘いを断る訳は無いというもの。

それに据え膳食わぬわ~等という言葉だってあるだろう?

 

 

「「………」」

 

 

二人は見つめあったまま一センチ、もう一センチと距離を縮めていく。

心臓が爆発しそうになる。それはお互い、清麿も恵も自分の鼓動の音が耳を貫く感覚を覚える。

あれだけ気になっていた人物の顔が間近に迫ってくる。時に恋焦がれていた時間が長かった恵はもう今にも倒れそうだった。

しかし喜びも確かにある訳で、吸い込まれそうな瞳から視線を外す事はできなかった。もちろん清麿も清麿で冷静でいられる訳が無い。

綺麗な髪に見とれ、頬を染めて目を潤ませた艶やかな彼女の雰囲気に魅了されていく。どうしてこんなに良い匂いがするのかとか色々考えてしまう。

もちろんそうしている間にも距離は近づいていく訳で。

 

 

「ッ」

 

 

恵が目を瞑った。いよいよその時が来たのかと一番の緊張が清麿の中を駆ける。

今までキスなんてした事がない(と、本人は思っているが、既にモモンと一発濃厚なヤツをかましている事は知る由も無い。まあアレがキス、口付けに入るのかは微妙なラインではあるが……)為、若干の不安はあった。

しかしもうココまで来たらなる様になれというヤツである。そう、そうだ、もう走ってしまえ、走りきってしまえ、清麿は覚悟を決めて目を閉じた。

 

 

「……んっ」

 

「っっ」

 

 

ふにゃん、と柔らかい感触が二人それぞれの唇を支配する。

本当に軽く触れ合っただけだ。それはもしかしたらキスと言うよりただ唇が当たっただけ、なのかもしれない。

しかし確かに唇と唇は当たっている訳で。

 

 

「「―――」」

 

 

二人の頬は赤いままだ。

しかし次第に変化は訪れて、赤は青へ――。

 

 

「「ぷはっ!!」」

 

 

急に唇を離した二人がまず行った事と言えばそれはそれは大きな『呼吸』と言う物である。

大きく息を吸っている二人、なんだかとても苦しそうだ。どういう事なのか? 何をしているのか?

その答えは今清麿が考えている事が物語っているだろう。

 

 

(き、キスっていつどこで呼吸すればいいんだ!?)

 

 

無理も無い。

キスなんてのはドラマの中くらいでしかまともに見た事が無かったもの。

恵も恵でキスシーン等は断ってきた為、全く呼吸のタイミングがつかめないでいた。

そんな時、ふとぶつかる視線。お互いはお互いの心内が分かったのか、思わず吹き出して笑ってしまう。

 

 

「あはは、まだまだ勉強不足みたいね、私達」

 

「全く。ハハハ……」

 

「……本当に、しちゃったのね、キス」

 

「あ、ああ」

 

 

嬉しい、素直に。

ただそれ以上に恥ずかしくなって清麿は恵から視線を逸ら――

 

 

「もう一回」

 

「!?」

 

「もう一回、しよっか?」

 

「――ッ!」

 

 

こう言う所で年上感が出るのか、恵の押しがグイグイと。

清麿も清麿で拒む理由は全く無い。むしろそう言ってくれて助かる部分がある。

だが、やはり気恥ずかしいからか、彼は無言でコクコクと頷くしかなかったのだが。

 

 

「清麿くん……」

 

 

グイッと、恵の顔が清麿の眼前に迫る。

ああ、やっぱりこの人には敵わないのかもしれないと清麿は直感した。

ニッコリと笑う恵、清麿も釣られて笑みを返す。

 

 

「好きだよ」

 

「――オレもです」

 

 

もう一度、二人の唇が確かに触れ合った。

愛おしい。まるで世界に二人だけが残った様な感覚に――

 

 

ピロリーン、と一つの音声が。

 

 

「「!?」」

 

 

バッと勢い良く顔を離した清麿と恵。

なんだ? なんの音だ? 二人が音がした方向を反射的に振り向くと、そこには公園の茂みの中から頭と手を出している章吾とサンディが。

や、ま、それはまだギリギリ良いとして。本当にギリギリ良いとして、問題はやはりサンディが持っている携帯電話であろう。

やってしまったと言う表情をしているサンディと、白目を剥いている章吾。

 

 

「やっばい、忘れてた。写真ってマナーモードにしててもシャッター音、鳴るんだね」

 

 

汗を浮かべながら、サンディが一言。

 

 

「「―――」」

 

 

それは、一瞬だった。

しかし四人にしてみれば永遠にも近き時間であったろう。

 

 

「おわああああああああああ!」

 

「きゃああああああああああ!」

 

 

清麿と恵の絶叫が綺麗なハーモニーを作り上げたのは、言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、悪趣味なんだから!」

 

「ごめーん、悪気は無いんだよぉ」

 

「悪気しか感じられなかったけど!」

 

 

清麿の家、キッチンで夕食の準備をしながらサンディは隣に居る恵に謝罪を。

やはり他人の色恋沙汰と言う物は興味が湧いてしまうと言うもの。

それが応援している友人の物となれば、分かっていても気になってしまうのが性と言うもの。

 

 

「でも良かったじゃん。ね?」

 

「そ、それは……うん」

 

「でも気をつけて。あんまりお外ではしゃぎすぎると、今度は本当に撮られちゃうかもよ」

 

 

ニコリと含みのある笑みを恵に向けるサンディ。

それは、ただからかっているだけとは違う雰囲気を出している。

ハッとする恵、彼女の言葉と行動の真の意味を察した様だ。

 

 

「あ、もしかしてサンディ、その事を教える為に?」

 

「ま、気をつけてって程度だけどね。別に大海恵は恋愛禁止じゃないんだから」

 

 

きっと恵のファンなら分かってくれるとは思うのだが、スキャンダルと言う物を取り扱っている人間もいる訳で。

そこら辺は程々にサンディは念を押しておく。デートの時だってガッシュ達を連れて行けば問題は無いだろう。

自分達がいれば二人きりの時間を作ってみせるとサンディは胸を張る。どうやら色々と考えてくれている様だ。

 

 

「ありがとう、サンディ」

 

「いいのいいの、恵は頑張ってるからね。皆応援してくれるよきっと」

 

 

ニッコリと微笑みあう恵とサンディ、そこで恵はポツリと。

 

 

「本当にあの写真は私達の為を思って撮ったの?」

 

「………」

 

「神様に誓える?」

 

「………」

 

「汗が凄いわよ?」

 

「………」

 

 

その時、上の方からドタドタと物音が。

ためしに耳を澄ませて見ると、何となく声が聞こえる様な聞こえない様な。

 

 

『まて! 清麿! 話せば分かる!』

 

『ガッシュ、セット』

 

『違う違う違う! あの写真は――、その、なんだ! そう! 興味心!』

 

『………』

 

『興味心! 俺の心に、興味心! どうだ!? 見事な川柳だろ! だから許し――!』

 

『ジオウ――』

 

『駄目駄目駄目! それ人に向かって撃つヤツじゃないだろ!』

 

『レンズ』

 

『わ、分かった! この写真をやろう! どうだ? メグさんとお前がキスしてる所! 客観的に見たくない!?』

 

『……ッ!』

 

『お?』

 

『ぐっ!』

 

『おお、おお、やっぱお前も男だよなぁ。ふへへ、待ってろ、今見せてやるからな。いやしっかし清麿くん赤いねぇ! 照れちゃってば可愛いんだからなぁ! ぶはははははははは! ヒィーヒヒヒッ! オーッホホホ!!』

 

『ザケルガ』

 

『ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

「………」

 

 

すぐ調子に乗るから。サンディは章吾の悲鳴を聞きながら汗を浮かべている。

もちろんその表情に余裕は無い。それはやはり今自分の状況が決して人事とは言えない訳で。

目の前には笑顔の恵、しかしなんだか笑っている様で笑っていないような。

 

 

「合気道」

 

「!?」

 

「サンディが素直に謝るなら、許してあげるけど……素直じゃないなら、私――」

 

「……い」

 

「うん?」

 

「まあ、ごめんなさいだよね」

 

 

結局、撮った写真はこの後恵達の手で消されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エピローグ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ清麿!」

 

 

月曜日。学校が始まる日、清麿は眠い目を擦りながらゆっくりと目を開ける。

目の前にいたのは笑顔のガッシュ。結局ヘラーとエグゼスを倒した後も彼が魔界に帰る事は無かった。

それは黒幕である筈のエグゼスを倒した後も、彼の思想を受け継いだ邪神がいるだろう事と、加えてユリアスがカイロスの破壊にガッシュ達の力を使わせてくれると言う事なのだろう。

まあ色々と身構える話ではあるが、とりあえずはガッシュも適応している様だ。当然戦いが終わるまでは安心できないが、神の中でもトップランクのユリアスが味方だと言う点や、今回はゼオン達も仲間になってくれていると言う点もあるので、そう言った面では余裕はあるのか。

それにやはりこう言ってはなんだが、ガッシュとまた一緒にいられるのは、清麿にとって何よりも嬉しい事であった。

嬉しいと言えば、だ。

 

 

「!」

 

 

枕元に置いてあった携帯が震える。

誰だろうか? 清麿はチラリと画面を確認、すると一気に表情が変わっていく。

先程までは気だるそうにしていた訳だが、彼は一気に携帯を拾い上げると通話ボタンをタッチ。その動きは何ともスムーズなものだった。

 

 

「おはよう恵さん!」

 

『おはよう、清麿くん』

 

 

どうやら電話の向こうには恵がいるようだ。

思わず背筋が真っ直ぐに伸びる清麿、しかし以前とは違い、その表情はなんとも楽しげなもの。

一切の複雑な感情が混じっていない、真っ直ぐな瞳だった。

 

 

「どうしたの?」

 

『うん。ガッシュくんから聞いたんだけど、清麿くんはいつもこの時間には起きてるって。それで、あの――』

 

「?」

 

『お、おはようが言いたくて……』

 

「!」

 

 

再び赤くなる清麿。

恵としてはいきなり電話をしたら重いと思われるのではないかと思った様だが、それでも溢れる想いを抑えられなかったと。

意中の相手にそんな事を言われて嫌な訳が無い。清麿は頭を掻き、抑え様としても零れる笑みを抑えられない様だ。

 

 

「オレも、恵さんの声が聞きたかったから」

 

『本当? 嬉しい、ありがとう! でもちょっと恥ずかしいけれど……!』

 

「う、うん。あはは、あはははは」

 

(気持ち悪いのう……)

 

 

普段キリッとしている清麿が今はトロトロのフヤフヤでニヤけている。

流石のガッシュも違和感が凄まじいのか汗を浮かべて清麿をジットリとした目で見つめていた。

とは言えだ、すぐに彼は笑顔に変わると、電話を切った清麿に一言。

 

 

「いい表情になったの、清麿」

 

「そ、そうか?」

 

「ウヌ。『生きている』表情だ」

 

「て、照れるな」

 

 

生きている、か。

なんだか少しその言葉が引っかかって、清麿は登校中、章吾にそれとなく会話を振ってみる事に。

すると意外にも彼はその言葉に興味を示した。どうやら同じ事をデモンに言われたらしい。

 

 

「まあ、なんだろうな」

 

 

人間は結局楽しい時が一番良いんだ。

一番幸せなんだから、それだけ希望を持てる。

辛い事ばかり起こる人生が良いか、良い事ばかりある人生が良いか、そんなのは誰だって後者を選ぶに決まってるだろう。

何故か? 簡単だ、その方が良いからに決まっている。そういう人生が理想だと誰だってわかっている。

 

けれども、この世の中そう上手く事が運んでくれないのが現状である。

だからこそ人は少しでも自分が満足する人生の形、理想に現実を近づけたい。

その落差は大きいのかもしれないが、一歩でも自分が信じる生き方に自分自身が近づけたのなら、きっと生き甲斐と言う奴を覚えられるのではないだろうか。

 

清麿は悩んでいた。章吾は燻っていた。

双方、その苦悩を少しは取り払えたのだから、今を生きている実感が湧く筈だ。

もちろん一つの迷いが消えれば、また別の迷いが湧いてくるのが人間の面倒な所かもしれないが。

 

 

「――的な、感じか」

 

「へぇ、意外と考えてるんだな」

 

「まあな。んな事よりせっかく憧れのフォルゴレに会えたのにサイン貰いそびれちまったよ!」

 

「ッ、本当に好きなんだな……」

 

「……なんでちょっと引いた目で見てるんだよ」

 

「いやッ! 別に。ま、まあまた会えるさ」

 

「え? あ、そうか……!」

 

 

戦いはまだ終わった訳じゃあない。

となると、再び自分達が集まる時は来るだろう。

章吾は空を見上げ、少し物悲しげな表情を浮かべる。まだ実感が湧ききれていないのかもと。

 

 

「不安か?」

 

「いいや。お前らがいるし、何よりデモンがいるしな」

 

「そうか……」

 

「お前だってそうだったんだろ?」

 

「え?」

 

「ガッシュが、仲間がいたから戦えたんだ」

 

「――ああ、そうだな」

 

 

先程の言葉。生きていく中で迷いをどれだけ消せるのか、それは一人では限界のある事なのかもしれない。

けれど人間は他者と関わる中で、いろいろな事に触れて成長ができる。事実清麿だってガッシュ達と出会えたからこそ今がある。

章吾もデモンがいたから一歩前に踏み出す事ができた。

その出会いは奇跡だ。しかし確かな現実だ。だからこそ、その今を大切にしたい。同時にそれぞれのパートナーに抱く想いもあろう。

 

 

「どっちかって言うと変えてもらったからな。俺もデモンを変えられる様な存在になれたら、それは嬉しいけど」

 

「ああ、そうだな。オレはガッシュと組めて本当に良かった。だからアイツにもそう思ってもらえる様な男でありたい」

 

「ああ、だから、頑張らないとな」

 

 

ニヤリと笑い合う清麿と章吾。

少なくとも、数日前までの表情よりは輝いている様だ。

お互いはお互いにその事を思いつつ、学校を目指す事にした。普段と変わらない行動ではあるが、その中で確かに二人は成長していたのだ。

 

 

 

 

 

「お、引いてるぞガッシュ」

 

「ウヌ! 任せるのだ!」

 

一方、そんなガッシュとデモンは渓流にて釣りを楽しんでいた。

ヘラーが潜んでいた教会に行くまでの道にあった場所だ。

デモンは場所を覚えていたか、暇なガッシュを誘って釣りをしに来ていたのである。

木の棒と蔓で作った適当に作った釣竿だが、才能なのか運なのか、先程から少なくは無い頻度で当たりが来る。

まさに今がそう。ガッシュは思い切り竿を引くと、そこには見事に釣られたイワナが。

 

 

「おぉ! 結構大きいぞ!」

 

「ウヌ! やったのだ!!」

 

 

とは言え、釣った魚を入れるバケツやクーラーボックスは無い。

ではどうするのか? 答えは――

 

 

「あむっ!」

 

 

ガッシュは釣り上げた魚をそのままお口の中へスロットインである。

無茶苦茶な話に聞こえるかもしれないが、ブリを召し上がる時はそのままの彼、こんな物は人間で言う"ししゃも"レベルだ。

ガッシュはモグモグと数回租借した後、イワナを丸ごと胃の中にぶち込んでいった。

 

 

「お、デモンのも引いておるぞ!」

 

「よっしゃ! 頂きます!」

 

 

隣にいる男も同じである。

デモンは釣り上げた魚を空中に放ると、口を開けて待機、そのまま魚は彼の口にダイブして一気に胃の中へと送られていった。

 

 

「おいガッシュまた来てる!」

 

 

次々と魚を釣り上げてはそのまま口の中にぶち込んでいく二人。もはや釣りではなく食べ放題だ。

 

 

「ウミュゥ、大量なのふぁ!」

 

「はべひへねぇなほへは(食べきれねぇなコレは)」

 

 

イワナだのヤマメだの、あらかた胃の中に収めた二人は、休憩と言う事で河原に寝そべって空を見上げた。

すがすがしい程に青い空だ。わたあめの様な雲も見えるし、耳を済ませれば川の音が心地良い。

木々を移り飛ぶ鳥達、山を歩む虫達、水中を泳ぐ魚達。その命が生み出す景色は芸術とも言えるだろう。

 

 

「綺麗だなガッシュ、どうして太陽系の中で地球が一番美しいって言われるのか、マジマジと知らされるようだぜ」

 

「ウヌ。守っていかねばならぬ場所だ」

 

「ああ、そうだな」

 

 

生命が溢れる地球が何故今まで存在を保ってこれたのか?

それは地球に住む人間が、生命が地球を、人間界を守ってきたからだろう。

確かに人は争い合う、動物もまた同じだ、だが確かに彼らはそれを過ちとし、認め、平和を目指してきた。

人間は決して愚かな生き物では無いとデモンはこの景色を見て思う。

邪神達が考えている程、人は滅びの道を望んではいないのだ。でなければこんな美しい景色が残っている筈が無い。

魔神たちは見極めたつもりなのだろう、人々が支配者である器に足る存在かどうかを。その結果がアレなら、やはり魔神は間違っているのだとデモンは思う。

 

 

「ガッシュ、人間は面白いな」

 

「ヌ?」

 

「清麿も恵も章吾もサンディも、みんな違うのに一緒の思いを持っている」

 

「ウヌ。それは魔物も同じではないか」

 

「ああそうだ、俺たちは同じだ」

 

 

自作の釣竿を見るデモン。

何かを作り、それをどう使うかは使用者の自由だ。武器も、力も、種族もまた同じでは無いだろうか。

鉛筆は字を、絵を書く為の道具だ。しかしその鋭利な筆先で相手の目を突けば? ありったけの力を込めて色々な場所を刺せばどうなるか?

思いを文にしたり絵する道具は凶器へ変わる。それと同じではないか? 魔物の力、人間の知恵、それらは決して互いに拒絶しあう物ではない。

お互いがお互いを理解し、そしてその力を組み合わせれば、世界をより平和にしていく事は可能な筈だ。

 

 

「いつかその未来が描ける様に、頑張ろうぜガッシュ」

 

「おお、頑張ろうぞ」

 

 

深く頷くガッシュ。その目にはやはり、強き王の光が見えた。

強い目だ。あの気弱だった彼がココまで成長したのかと思うと、デモンとしてもやはり嬉しい物がある。

 

 

「本当に大きくなったな、王の器だよ、お前は」

 

「清麿のおかげだ。私一人ではココまで成長できなかった」

 

「そうか。おれも章吾と出会って、少しは大きくなれたよ。見えない物が見えた」

 

 

立ち上がるデモン。

彼は笑みを浮かべ、ガッシュに手を差し出した。

この手は、力は傷つけるためでは無い。分かり合う為に差し出そう。

 

 

「こんな戦い、さっさと終わらせよう」

 

 

もう誰も苦しまず、傷つかない世界を目指すんだ。

綺麗事かもしれないが、それが一番に決まっている。

それに、できる筈だ。

 

 

「優しい王様と正しい神様、後は愉快な仲間たちがいるんだからさ」

 

「おぉ、それは心強いの!」

 

 

ガッシュはデモンの手をしっかり取って立ち上がった。

双方思う、これからもまた大変な事が待っているのだろうと。

しかし必ず乗り越えられる。それを思えるだけの証拠がガッシュとデモンの中には存在している。

 

 

「さて、食べ放題(つり)の続きだガッシュ。ラムネとスイカも持ってきたから、後で食べよう!」

 

「ウヌ! 楽しみだのう!」

 

 

笑いながら走り出すガッシュとデモン。

二人が見る景色(にんげんかい)は何よりも美しく輝いて見えた。

 





ガッシュは丁度小学校の時にアニメが放送していた物で、そこから原作を買い、ゲームやらカードやらCDやら、とにかく色々集めました。
しまいには続きが気になりすぎてサンデーを買う様にもなり、そのまま最終回まで買い続けた思い出があります。
もうココまで夢中になった作品はガッシュだけですね。今でも僕が一番好きな作品です。

まあ今回は息抜き用の作品という事でちょっとした短編にしようと思ってましたが、書いている内にやりたい事を詰め合わせた感じになりました。
一応今回で終わりですが、まだいろいろやりたい事は残っているのでゼオン編や、ちょっとした短編は更新するかも。
時間が経った後また覗きに来ていただければ、もしかしたら何か追加されているかもしれません。


最後になりますが、この作品を読んでくれた人に感謝を。
どうもありがとうございました。


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