アイクの姉・漆黒の嫁 (もそもそ23)
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序章、"四駿"

息抜きにボーッと考えてたつもりが、いつの間にか頭の中で話の展開が色々構成されてました。

まずは序章です。


「姉ちゃん! しっかりしろ! おいっ! 姉ちゃん!」

 

体中に走る激痛、そして、真っ赤に染まった視界。

その中で、"青髪の少年"が涙を流しながら"私"にそう呼び掛ける。

 

「……ア……イク……?」

 

震える手を懸命にその少年に延ばすと、その子も私の手をぎゅっと握り返してくれた。

灰色の雲からポツポツと雨が降り始めて、私と少年を濡らしていく。

 

「誰かっ! 誰かいないのかっ!」

 

少年は叫ぶ。でも、"こんな所"で声を上げても誰も来ない事は分かってた。だって、

 

「……父……さんに……近づいちゃ……ダメ……みんな……殺されちゃう……」

 

回りは地獄。

斬殺された大勢の"ラグズ"の死体が、まるでゴミか何かのように転がっている。生きてるヒトなんてもう誰もいない。

何度も何度も叫んだ後、少年もやっとそれを悟ったのか、奥歯を噛み締めてうつ向いた。

 

「……くそっ! どうしたら……」

 

ポツポツとした雨は直ぐに大降りに変わって、私の息も、段々と弱くなる。

 

「大丈夫!大丈夫だから……だから…………死なないで……」

 

本当に必死に少年はそう叫ぶけど、その時、私の目はもうほとんど見えてなくて、その子が握ってる手の感覚もなくなって、自分が"此処で死ぬんだ"って事を覚悟した。

 

「……ミス……トを……お願い……」

 

「嫌だ!」

 

少年はブンブンと首を横に振る。

 

「いう事……きいて……おに……ちゃん…でしょ……」

 

「嫌だったら嫌だ! ミストは……ねえちゃんが……守れ……」

 

血だらけの私の体を抱き締めながら、その子は絞り出した声で言う。でも、もうその抱き締めれる感覚さえ私には残ってない。ただ、少年と同じように自分もボロボロと泣いてる事だけは理解できた。

死ぬ事への"恐怖"も勿論あったけど、それよりも"弟達"になにもして上げれなかった"後悔"の方が、ずっと大きかった。

 

「……ごめん……さよなら……アイ……ク……」

 

意識が白く濁っていく。

もう、この目が覚める事はない。

 

「姉ちゃん!! おい! おいっ!!」

 

必死に体を揺らす"アイク"のそんな声だけが、消えていく私の意識に最後まで響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デイン王国。

 

「……ん……あれ……もう、朝……?」

 

深々と雪が降り積もるデインの城下町。

その宿屋のこじんまりとした一室で、"私"は机につっぷしたまま、重たい瞼を擦りながら目を覚ました。

顔の下には開かれた"戦術書"がそのまま放置されている。どうやら勉強中に寝てしまっていたらしい。

 

「……うっ寒っ!」

 

あまりの寒さに目が一気に覚める。時計を見ると、時刻は6時を指した所。

この季節、デインの町は湖が凍る程に気温が下がる。いくら暖の効いた建物の中でも、こんな"あられもない格好"では風邪くらい引いても仕方ない。

ボサボサになった長い茶髪をとかして腰の辺りで一つにまとめ、"私"は腰かけていた椅子から立ち上がる。

 

「着替え 着替えっと」

 

下着姿からそのまま、窓際に吊るしておいた服にささっと着替える。

 

動きやすいよう大きくスリットの入った黒いロングスカートに、黒いタイツ。それから、これまた黒い皮製のノースリーブ、最後に黒い手差し、黒いブーツを履けば着替えは終了。

全身を"黒"で統一させた服装。ただ髪の毛だけは茶色で、完全な黒一色でもない。

ほとんど普段着といってもいい程の軽装だけど、一応、これは私の"戦闘着"だ。

まあ、戦闘着とは言っても、今は別に戦をしているわけじゃないんだけど。

 

「今日はいよいよ決勝戦……デインの将軍……どのくらい強いのかな?」

 

今、このデイン王国では"四駿"への挑戦権が掛かった国を上げてのトーナメントが行われている。

"四駿"とは、デイン国王の側近にして、この王国で"最強"の四人の将軍。

現国王アシュナードは、貴族社会を敷く他の国では異端で、強者であれば平民貴族誰それかまわず自分の側近に取り立てる。だから、勝てば一気に貴族へと成り上がれるこのトーナメントは、強者達にとってある種の"祭り"のようだ。国中から腕に覚えのある者が集まり、連日その腕を競い合う。

今日はそのトーナメントの決勝戦、同時に"四駿"との戦いが繰り広げられる日。

そして私は、その戦いを勝ち残った"挑戦者"という訳だ。

 

「相手はプラハ将軍……女の騎兵ね……フフ、まさか決勝

が女同士の勝負になるなんてね……」

 

試合の開始は午前9時。まだ時間はたっぷりある。

着替えたところで、私はさっきと同じように椅子に座り、対戦相手となる将軍の情報を整理した。

昨日の夜も、この相手とどう戦うかを考えている間にうとうとして、気付いた時には寝てたらしい。

 

「……相手の得意武器は……たしか"槍"だった筈……武器の相性は悪くないけど……やっぱり馬がない分こっちが若干不利かしら」

 

まあ、だからといって負ける程私は弱くないつもりだけど、相手は王国最強の4人の内の一人、油断は禁物だ。

『戦場では何が勝負を分けるか分からない。いくら強くとも、先に気を抜いた方が敗北する』と、私の"師"も口酸っぱく言っていた。

 

私の師は強い。

それも冗談ではないくらいに。

そんな師にボコボコにされながら、幼い頃から私は必死にその背中を追いかけてきた。

女の身でこのトーナメントを勝ち上がれたのは、間違いなくその"師"のおかげ。

 

それから実を言うと、私はこの国の人間じゃない。

本籍は隣の大国、ベグニオン帝国だ。

"師"はその中でも文句なしに最強の実力者。というより、最早アレは人間の限界を越えている気さえする……

 

「……失礼する……」

 

そんな事を考えてると、不意に部屋の扉がコン、コン、と規則正しくノックされた。

噂をすれば……

直後、その扉をガチャリと開けて一人の男性が入ってきた。

 

「……"カルナ"、起きているか?」

 

私の名前を呼ぶ、顔立ちの整った"見た目"20代の長身の男性。

この男こそ私の"師"、加えて10年程前、何もかもなくした身寄りのない私を拾い上げてくれた父でもあり、そして、私のたった一人の"大切な人"だ。

 

でも、

 

「ええ起きてるわよ……ふーん、今日はまた随分庶民的な格好ね……"ゼルギウス"」

 

椅子に腰かけたまま、私はむくれながら皮肉まじりに師を見上げてそう返した。

一般的なシャツにズボンと、一見するとただの民間人みたいだけど、実際、この男は全然そんなのじゃない。

『カドール伯ゼルギウス』

ベグニオン帝国宰相、ペルシス伯セフェラン様の右腕で、帝国軍"総司令官"。私の武術の"師"であり、同時に、本来なら"こんな所"に"こんな格好"で絶対にいる筈のない人間だ。

そんな彼が何故今このデインにいるのかというと。

 

「……貴方……"こんな所"に勝手に来ていいの? 任務は?」

 

「生憎、現在"この国の王"から任務は授かっていない……」

 

いつも通りの堅苦しい言葉使いでゼルギウスは答える。

彼は今、帝国の司令官でありながら、"四駿"として国王アシュナードの側近という立ち位置にもいる。でも、勿論彼が忠誠を誓っているのはセフェラン様のいる帝国だから、まあ今の彼はスパイみたいなもの。

でも、大事なのはそんな事じゃない。

 

「そ……悪いけど、用事なら後にしてくれない? 私は今忙しいの」

 

「……君はまだ怒っているのか? ……いい加減機嫌を直せ……何も告げずに任務に付いた事は謝罪する……だから、とにかく君は一旦ベグニオンに戻れ……今からでもまだ遅くはない」

 

「その話は聞き飽きたわ! 却下! セフェラン様には許可して貰ってるから!」

 

肝心なのは、その任務に"私を連れていかなかった"という事。

少し前、"コイツ"は私に一言も告げずにいきなりデインに赴任した。一応、総司令官の仕事でちょくちょく戻ってきてたみたいだけど、屋敷には一度も戻らず、勿論私にも顔一つ見せず、活動の拠点は専らデイン。

あまりに心配になった私が、『どうしたのか?』 とセフェラン様に聞いてみれば、『他言無用ですよ?』という返事と共にコイツの仕事内容を一部教えてくれた。

その情報を元に屋敷を飛び出してデインに潜入。今回のトーナメントを知ってエントリーしたら、先日、今度はコイツから私に接触してきたって訳だ。

でも、ようやく会えて喜んだのも束の間、コイツは二言目には『帰れ』だの『棄権』しろだの言ってくる。

こっちの気もしらないで……

 

機嫌の悪い私にゼルギウスが軽くため息をつく。

 

「……まったく……本当に、君は一度言い出すとこちらが何を言っても聞かないな……確かに"弟子"たる君に何も言わなかったのは私の責任だが、それにも全て理由があったからだ……にも関わらず、態々我が主を問いただしてまで追いかけてくるとは……一体何を考えている?」

 

「……っ……私の勝手でしょ!」

 

「そもそも君は"軍人"ではないだろう。幼い頃から日夜訓練に励んだからといって、録に実践経験のない君が"四駿"に挑戦するなど……」

 

「あー! もう! うるさい!」

 

コイツは試合の前に私に喧嘩を吹っ掛けにきたのだろうか。

確かに、私は今まで"軍人"としての訓練は受けていない。むしろ、この間までカドールの屋敷で養われていた身だ。

でも、私にだって引きたくない理由ぐらいある。

もう分かるかもしれないけど、私がこのトーナメントに参加した理由は、詰まる所ゼルギウスの側にいるためだ。別に"四駿"になりたかったからって訳じゃない。

まあ、10年越しのアピールさえしれっと流し続けるようなヤツだ。そんな私の気持ちも、この『ミラクル朴念人』には全然通じてないだろうけど。

 

「はぁ……」

 

なんだか情けなくなって、私は頭を抱えて溜め息をついてしまう。

 

ゼルギウスの興味は大きく分けて、『セフェラン様の意思』と『師を越える事』、そして『強者との戦い』が大部分をしめている。だから、私はそんな彼に少しでも振り向いて欲しくて、忙しいコイツに頼み込んで武術を習い始めた。まあ、この調子じゃまだまだゼルギウスの思う『強者』への道程は遠そうだけど……

彼にとっては、今の所私は所詮ただの"子供"程度にしか写ってないのだろう。

でも、

 

「……とにかく、貴方がなんて言っても私は"四駿"に挑む。 それは絶対に曲げない!」

 

バンっと机を叩きながら勢い良く立ち上がる。

此処で折れるわけにはいかない。

子供だろうと弟子だろうと、なんと思われても今は我慢する。

セフェラン様は言っていた。『この任務は長期化する』って。ふざけるな。そんな時間、私が放っておかれるなんて許さない。一緒にいれるなら、是が比でも"四駿"の座を取って見せる。

 

「…………」

 

ゼルギウスは動じない。直立不動のまま、私の目を見ている。

少しの間無言のにらみ合いが続く。

でも、最後には諦めたみたいに、彼は態と大きな溜め息を付いた後、私に背を向けて部屋の扉へと手を掛けた。

そして、

 

「……いいだろう……そこまで言うなら最早止めはしない。 君の好きにするといい……ただし……」

 

ゼルギウスはそこで言葉を一旦区切って、もう一度私の目を見た。そこにあったのは、睨み付けるような眼差しじゃなくて、親が子をみるような優しいもの。

 

「……"もう"死ぬなよ……カルナ」

 

そんな言葉を残して、ゼルギウスはバタンと扉をしめた。

 

私一人が残された部屋。

カチカチと鳴る時計の音だけが耳に付く。

 

「…………」

 

一応分かってる。アイツが私を心配してくれてる事くらい。だけど、私が欲しいのは子供を見るようなあんな目じゃなくて……

 

「ありがと、心配してくれて……でも……私は、貴方の"一番"になりたいから」

 

私は止まらない。

『ゼルギウスの妻になる』

それが10年前に"何もかも"をなくした私の、一番最初に誓った野望なのだから。

 

 




序章、読んでいただきありがとうございました。

時間軸的には、アイクが傭兵団に入る少し前くらいを想定しています。
主人公の容姿のイメージは、一言でいえば『女ソドマススタイルの暁ミスト』です。

以下、現時点の主人公の暁風ステータス画面です。

カルナ

君主(ロード) …… Lv 8

HP 33 …… 火

力 15 …… 幸運 26
魔力 21 …… 防御 14+2
技 23 …… 魔防 17+2
速さ 22 …… 体格 7
移動 6
槍A

スキル 見切り 祈り

銀の槍
特効薬
騎士の護り

主人公らしくクラスはロードですが、『ゼルギウスに育てられた』だけですので、本人は別にベグニオン貴族ではありません。
運がぶっ飛んでる以外、ステータスは上級の中では普通か少し高いぐらいですね。
役割は前衛ですが、前衛にはあまり向いてないチグハグな能力です。


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第一章、激闘 決勝戦

『うおおぉおおお!』

 

まず最初に聞こえたのは、はち切れそうな程の大歓声だ。

挑戦者の私の入場と同時に、デインの闘技場は一気に盛り上がった。

 

時刻は午前9時。

 

飛び交う喝采を浴びながら、愛用の『銀の槍』を片手に、私は入場口から闘技場の中心に向かって歩く。

回りをサッと見渡してみると、観客席は今や溢れんばかりの人々で埋め尽くされていた。

まあ、今から行われるのは、この大会を勝ち抜いたデイン代表の"挑戦者"と、現四駿、プラハとの一騎討ち。デイン国民にとっては注目の一戦だからそれも頷ける。といっても、実際のところ私はこの国の人間じゃないけど……

 

『うおおおおおお!』

 

ゼルギウスの姿を一応探してみるけど、やっぱりこれだけ人が居ちゃ分からない。というか、たぶんアイツがさっきみたいな格好でこの場所にいたら会場が大パニックだ。

彼の任務はスパイ。だから、こんな人の多い所にはたぶん来ない。決勝くらい見に来て欲しかったけど、まあアイツの立場を考えればしかたないか。

 

「………はぁ……」

 

今までは特に気にもならなかったけど、流石に此処まで来ると緊張して来たのか、さっきから心臓はバクバクしっぱなしだ。

ゼルギウス的に言わせれば、これが"実践経験がない"という事なのかもしれない。でも、

 

「……勝てる……心配しなくても……私は負けない……」

 

私が何年あの"人外"に叩きのめされながら鍛えられたか……

ただの訓練と言っても相手が相手だ。死にかけた経験なんてもう100を余裕で越えてる。

 

「……ふう……平常心……平常心……いつも通りにやればいいだけ……」

 

でもその成果はきちんと身に着いてて、私は此処まで特に苦労もせずに勝ち残ってこれた。

だってゼルギウスの剣撃に比べれば、それこそだいたいの敵の攻撃なんて止まって見えるんだから。

今回もきっとそう。

 

対戦の形式は至ってシンプルだ。

降参、戦闘不能のどちらかの条件を満たせば決着が付く。時間制限はない。私はやった事ないけど、もし相手を殺してしまった場合も殺した側の勝ち。

如何にも弱肉強食のデインらしいルールだ。

 

武器の持ち込みも自由。生憎私はこの『槍』しか使えないけど、中には三種も四種も武器を所持してる人だっていた。

 

「……力を貸してね……」

 

対戦相手のプラハ将軍の入場は間近。

 

 

私は念を込めながら、槍を握った右手を胸へと当てる。

基本的に訓練用の武器で"模擬戦"ばかりを繰り返してた私は、当たり前だけど自分の武器なんて持ってない。

この『銀の槍』は、私がデインに来る前にカドールの屋敷から勝手に拝借して来た物。いってしまえば"ゼルギウスの私物"だ。だから、さっきは少しケンカみたいになったけど、こうしていると、アイツが私に力を貸してくれるように思えた。

 

そして、

 

『ウオオオオオオオオ!!! 』

 

ガラガラという音を上げて、私の入場口とは反対側の扉が開かれる。

直後に響く怒濤の声援。

闘技場内がさっきよりも一段と盛り上がりに包まれる中、遂にそれは姿を表した。

 

デイン王国の紋章が入ったマントを纏う、赤い槍を持った黒の聖騎士。

黒馬に騎乗し、正面の私に向かってゆっくりと歩んでくるその女性こそ、この国最強の一角。プラハ将軍だ。

 

爆弾みたいな観客の声に一切動じる事なく、なんというか、その佇まいにはやっぱり貫禄がある。

そして、

コツ、コツと黒馬を歩かせて来た将軍が、私と少し距離を置いた所で立ち止まったかと思うと、突然、彼女はそこから観客席に向かって声を張り上げた。

 

「黙りなっ!!」

 

「!」

 

騒がしい中でもよく通る声。

プラハ将軍のその一言で、闘技場内の雰囲気は一辺する。

歓声は一瞬ザワザワとしたものに変わり、それから数秒と経たず、闘技場全体は静寂に包まれた。

一声で観客全員を黙らせたプラハ将軍だけど、今度は私へと声を掛けてくる。

 

「アンタがアタシの挑戦者かい?」

 

少し気だるそうな声。だけど、これは一応王国最強の騎士の座を掛けた戦いだ。そう聞かれたなら、こちらもちゃんと答えないといけない……と思ったけど……

 

「は、はい……挑戦者のカルナと申し……」

 

「 ハッ……なんだただの小娘じゃないか……ガッカリだよ」

 

「えっ!?」

 

此方の自己紹介なんて聞いてないと言わんばかりに、プラハ将軍は馬上から私を見下しながら盛大な溜め息を付いた。

そのあまりの"態度の悪さ"に、私は思わず言葉を失う。いくらなんでも失礼ではないか? これが王国最強の"騎士"の態度か?

少なくととも私の知ってる"騎士"は、初対面の相手にこれ程露骨な悪態はつかない。

 

「ハァ……アタシはねぇ……この戦いを楽しみにしてたんだ……『自分は強い』って思い上がった馬鹿共を……"徹底的に痛め付けれる"いい機会だからねぇ……」

 

目を細めてそう語るプラハ将軍に、私は確信する。

 

"コイツはきっと録なヤツじゃない"

私は軍人じゃないけど、それでも、"騎士"の在り方については幼い頃からずっと聞かされ続けてきた。

主君に使え、弱きを守るのが騎士の勤めだ。この将軍はそんな騎士の思想とは全然真逆を走っている。

好戦的な性格とは聞いていたが、馬上から私を思いきり見下すその視線は、むしろ、残虐性を多大に含んでいるようにさえ思えた。

 

「……でも、アンタみたいな"青臭いガキ"を倒してもこっちは面白くも何ともない……まあ一応、アンタもデイン国民だ……情けをかけてやる……ほら、"殺さないでやる"から……さっさと消えな……」

 

「…………」

 

カチン……もう頭に来た。コイツは騎士がどうこう以前に気が食わない。

何がガキだ小娘だ。私はもう18、婚礼も認められている立派な大人だ。

これだけ言われると私としても暴言の一つくらい吐いてやりたいが、今言った通り私は"大人"。冷静に行こう。こんなヤツに言い返す時こそ、普段からよく聞いているアイツの堅苦しい口調が役に立つ。

気付けば、もう緊張は綺麗さっぱり消えていた。

 

「……私が何者でも、貴殿には関係のない事だ……」

 

「はぁ? あんた……このアタシに向かって何様のつ……」

 

「加えて……貴殿も騎士の端くれならば、口ではなくその槍を持って語るがいい……それとも……」

 

さっきの仕返しに、今度は私が『プラハ』の言葉を遮り、誰かを真似た言葉を捩じ込む。

それから最後、口許を吊り上げながら、右手に持った『銀の槍』の切っ先を馬上の彼女へと向けて言ってやった。

 

 

「その"肩書き"は……只の飾りか?」

 

コイツは私を舐めた。

それは私とゼルギウスに対する侮辱そのもの。

四駿の座よりも、先にこの将軍の鼻っ柱を叩き折ってやる。

 

 

向けられた槍の先端を見つめて、プラハの表情が変わった。ようやく私を一人の敵と認識したのだろう。

すごい殺気が放たれてるけど、そのくらいじゃ私は動じない。

 

「……言ってくれる……"消し炭"にされる覚悟はあるんだろうねぇ!」

 

「貴殿こそ……落馬しないよう注意するんだな……」

 

「……ハッ、上等だ……構えなっ!」

魅せるように赤い槍を頭の上で一回転させ、プラハは片手で手綱を引く。同時に、馬が嘶きその前足を大きく上げた。

 

来る……

 

私と彼女の距離は大体10メートル程。

馬の足なら既に射程範囲内だ。

だけど、馬上で槍を構えるプラハとは違って、私は逆に今まで彼女に突きつけていた槍を下ろした。

要は"構えを解いた"のだ。

 

「チッ! 小娘が調子に乗るなっ!」

 

当然、そんな私の行動は相手からすれば舐められているようにしか映らない。

彼女は大きな舌打ちと共に一気に黒馬を跳躍させた。

 

それが戦闘開始の合図。

 

黒の聖騎士が宙を舞う。

 

「一撃で終わりにしてやる! 覚悟しなっ!」

 

僅かな距離を一瞬で詰め、落下しながら"無防備"な私へとその紅い槍を穿つ。

流石"四駿"、行動に一切無駄も迷いもない。速い上に力も十分だ。でも、

 

「………甘い!」

 

この『何も構えてない状態』こそ、私が10年かけて編み出した立派な構え。

上から襲い掛かる槍の柄を狙って、私は最小限の動きで下から『銀の槍』をすくい上げるように振るう。

カンっという甲高い音を上げて軌道をずらされた相手の槍は、馬の着地と同時に私の直ぐ隣の空をブオンと切った。

 

「なっ!」

 

必殺のつもりで撃った一撃をいなされたプラハが目を見開くのが、私の位置からよく見える。

"一度突き出した槍は引かなければ二発目を撃てない"。つまり、今私は完全にコイツの懐に入った。

次はこっちの番だ。

 

「覚悟するのは貴殿の方だ!」

 

私は今振るった槍を、今度は馬上の彼女目掛けて横一文字に薙ぎ払う。

流石にこの至近距離では切っ先には当たらないが、柄の部分でも頭に当てれば相手を確実に落馬させる事は出来る。

そうなればもう、ほぼ確実に私の勝ち。

 

でも、

 

「くっ! 舐めんじゃないよ!」

 

相手はやはり国最強。そうやすやすとは勝たせてくれない。私の攻撃を、プラハは愛馬を後ろに跳躍させる事で間一髪でこれをかわした。

 

攻撃は空振り。

私達の間に最初と同じ距離が空く。

出来れば今ので仕留めたかったけど、まあ、かわされたんなら仕方ない。おとなしく次の機会を待とう。

 

「……ふう……」

 

『銀の槍』を下ろして一呼吸、私はもう一度自然体に戻る。

 

「……へぇ……思いの他やるじゃないか……"その体勢"から迷わず槍を出せるなんてね……油断したよ」

 

「……生憎、私はこの戦い方しか出来ない」

 

私に特定の構えはない。

でも仕方ないでしょ? だって、ゼルギウスとの訓練で"構え"なんか何の役にも立たなかったんだから。

何時何処から来るか分からない高速の剣撃に対応するのに構えなんかに拘ってたらそれこそタコ殴りだ。練習用の剣だって痛い事に変わりはない。だから、

 

『何時でも何処でもどんな体勢からでも即座に槍を出す』

 

これが私の辿り着いた答え。だから構えなんていらない。視界に敵を入れておくだけで十分。

さっきみたいな直線的な攻撃なんて、いくら速かろうが見えてれば体が勝手に反応する。

というか、非力な私じゃそれくらい出来ないとゼルギウス相手に3分と持たない。

 

「ククッ……成る程……ただのガキじゃないって事……ハッ、いいよ! それなら楽しめそうだ!」

 

ぞっとするような笑みを浮かべてプラハが言う。

もう一回来るか?

でも何にせよ、さっきの攻防で分かった。

コイツの攻撃ならまだまだ見切れる。私とこの将軍に実力の違いはない。

 

と、思ってたけど……ちょっと甘かった。

 

「"丸焼け"になる準備はいいかい? さあ! 行くよ『フレイムランス』!」

 

「えっ!?」

 

今度は私が目を丸くする。

だって、アイツのそんな言葉と同時に、あの紅い槍が急に炎を上げて"燃え始めた"んだから。

 

「な、何なの!? その……槍!?」

 

カッコつけてたのに思わず素の自分が出てしまった。

あんな槍見たことない。

熱くないのか? そんな疑問を感じるけど、どうやらプラハは自身は全然平気な様子。これは"魔法"の一種だろうか。

 

「驚いたかい? これが私の本当の槍だ……でも、ただ燃えてるだけじゃないよ……ホラッ!」

 

見せつけるように、彼女は燃える槍の先端で地面をガリガリと削りながら、それを勢い良く振り抜いた。すると、

 

「なっ! そ、そんなのアリ!?」

 

なんと、あの槍の先端から《火の衝撃波》が私へと突き進んできたのだ。

冗談じゃない。あんなのまともに受けたら火だるま確定だ。

 

「うっ!」

 

迫る炎を横っ飛びになりながら回避したけど、むこうの追撃はまだ続く。

 

「ホラ! ホラ! さっきの威勢はどうした?」

 

「うわっ! ちょっ! 待って!」

 

避けた先に第二、第三の火炎が飛ばされる。

というか、遠距離攻撃は完全に想定外だ。弓とかならまだしも、相手が《火》じゃ槍での防御も出来ない。

見切るのは難しくないけど、このままじゃジリ貧。向こうは槍を振り抜くだけでいいのに、こっちは全身を使ってかわさなきゃ行けない。

とにかく今は、早くこの状況から抜け出す手を考えないと。

 

「ホラ! これは避けれるかい!」

 

「!」

 

そんな事を考えてると、今度は今までよりもう一回り大きい炎が翔んでくる。私の体よりもまだ大きい火の衝撃波。

ただ、一瞬ビックリしたけど、まあ根本はさっきのと同じ。大きく飛べば避けること事態は簡単だ。

少し体勢は崩れるけど、次弾までには十分持ち直せる。

 

 

ただ、

 

私がその火炎を回避して、僅かに姿勢を崩したその一瞬の間に……

 

「余所見してんじゃないよ!」

 

アイツは一気に突っ込んできた!

 

騎兵にとって、たかたがか10メートル程の距離はないのと同じ。私が気付いた時にはもう、手綱から手を離したプラハが、目の前で『フレイムランス』を両手で振り上げてた。

 

「そらっ!」

 

完全な不意打ち、でも、

 

「くっ!」

 

上から真っ直ぐ叩き下ろされる『炎の槍』に対して、私は直ぐに『銀の槍』を両手で持ってそれを盾にする。

直後、ガチャンという音が上がって私達の槍がぶつかり合った。

危なすぎる。今のは完全に隙をつかれた。まさか絶対的に有利な状況を捨てて近接戦に持ち込んでくるなんて思いもしなかった。

 

「へえ……あの体勢からよく間に合ったじゃないか……いい反応だよ」

 

「先も言ったが……それが私の全てだ……」

 

何とか攻撃を防いでそう言ったけど、考えてみればこの体勢は実際かなりマズイ。だって、

 

「ハハッ! その『なまくら』が何時まで持つか楽しみだよ!」

 

プラハの槍の炎が『銀の槍』の柄を赤く熱していく。

"銀"は熱にそれほど強くない。このままいけば、数分と持たずにポキッと真ん中で両断されてしまうだろう。

今槍を握ってる私の手も火傷寸前だけど、もしこの槍がへし折られたら火傷なんかじゃすまない。

 

「……つっ!」

 

「ホラ! 反撃して見せな! もっとアタシを楽しませろ!」

 

私の目と鼻の先で『フレイムランス』の纏う炎が一層強くなった。チリチリした熱気が私の顔を熱くする。

今更だけど、たぶんこの槍は持ち主の意思に反応して火力が上がっていく魔槍。だから、プラハの感情が燃え上がる程にその火力も上がっていくのかもしれない。

例えるなら『意識の具現化』

だから、いくら激しく燃えてもその"本人"は火傷しない。

 

「ホラ! ホラ! ホラァ!」

 

炎の勢いがまた更に一段階上がった。

両手は勿論、私の肌さえも焼けてしまいそうな灼熱。

"これが四駿の本当の実力"か。

 

「くっ……あっ……」

 

完全に見誤った。

プラハの力に押されて私の膝が地に付く。

槍を持ってる手もジリジリと焼けてきて、痛みと熱さで押し返すことも出来ない。槍の耐久力ももうすぐ限界だ。

対して、相手の槍は私が苦悶の声を上げる度に激しく燃えていく。

 

絶体絶命。

 

「ハハッ! 諦めたのかい! ならさっさと燃えちまいな!」

 

「…………」

 

そんな声が聞こえるけど、私にはもう言い返す気力もない。チリチリと焦げていく体。急激に減っていく体力。

これは完全に詰んでる。

ゼルギウスの言った通りだ。実践も積んでない人間が、いきなり将軍と『殺し合い』をしたって勝てる筈がない。

現に、私は今後一歩で殺されようとしてる。

なら、いっそ降参してしまおうか。もしかしたら助かるかもしれない。ゼルギウスも言ってたんだ。『死ぬな』って。

 

でも……そんな時、

 

『……君は……結局その程度なのか?』

 

不意に『銀の槍』からアイツのそんな声が聞こえた気がした……

 

 

 

 

 

「…………違う……」

 

……そうだ。降参なんてしたくない。

思い出せ私。何のために"槍"を取った? 何のために戦い方を覚えた?

 

そんなの言うまでもない。あの男に勝つためだ。

 

私の野望はゼルギウスの妻になる事。

そのためには、何がなんでもアイツに勝って、アイツの興味を私に向せなきゃならない。

なのに、こんな所で降参なんかしたら……この女一人にさえ勝てなかったら……

 

私は一生……アイツに追い付けない!

 

足に力を込めろ! 私はまだ負けてない!

 

「……はぁ……はぁ……」

 

プラハの灼熱の槍を防いだまま、一度付いた膝を上げる。

 

「なっ、アンタ……どこにそんな力が!?」

 

向こうの声なんかもう聞こえない。

両手が燃えようが構わない。そんなもの後で"ライブ"でもかけて貰えばどうせ治る。

今はただコイツを倒す事だけを考えろ。

熱で真っ赤に染まった『銀の槍』。 その下から、私は蒸気をあげながらも、真っ直ぐに馬上のプラハを睨み付けた。すると

 

「なっ……なんだい……その目は……!?」

 

『フレイムランス』の熱気が少し落ちる。

それで分かった。今、あの将軍は私に"恐怖"を感じてる。

 

「……私は……こんな程度じゃ……死なない……」

 

こんなパッと出た炎なんか熱くない!この程度で弱る『炎』なんて偽物だ。 言ってやる。そんなものより、10年間想い続けた私の"恋心"の方が……

 

 

何倍も熱い!

 

「うあああああ!!」

 

「……な、に!? 」

 

火事場の馬鹿力とは正にこの事か。

プラハの槍を強引に弾いて、私は真っ赤に熱された銀の槍を思いきり真横に振るった。

ただまあ、流石に相手もそんながむしゃらに振るった槍が当たる様なヤツじゃない。

 

「っ! ふざけるな小娘がっ!」

 

さっきと同じように直ぐに馬を真後ろに跳ねさせて私の攻撃をかわす。

でも、追い詰めた相手に反撃された事が余程気に入らなかったのか、着地を決めた後、向こうはそんな事をいいながら『フレイムランス』をビュンビュンと振り回した。

 

さっきと同じ遠距離攻撃。

今度は単発じゃなくて。翔んでくるのはさっきよりも小さい無数の火炎弾。

 

でも、私はもうコイツの炎に『恐怖』なんか感じない。

 

「っ!」

 

襲いかかる炎に向かって一気に突撃する。

何発受けようが私の足は止まらない。スカートが燃えても、肌が焦げても構わずに突き進む。

そうだ。槍一辺倒な私には接近しかない。だから、もう逃げない。熱くなんて……ない!

 

「チッ……アンタ……何なんだよ……」

 

攻めてるのは間違いなくプラハ。でも、追い詰めていってるのは確実に私だ。

大量の火球を抜けて、私はもう一回コイツを自分の射程圏内に捉えた。

すかさずに右手の槍を引く。でも分かってる。

どうせ此処で槍を振るっても、またアイツは後ろに跳んでそれを避けるって事くらい。

だから、次がイチかバチかの賭け。

 

「クソッ! しぶといね!」

 

予想通り、アイツは真後ろへと跳躍する。

でも、プラハの馬が宙へと飛び上がると同時に私は、

 

「行けっ!」

 

「……なっ!」

 

それに向かって、真っ赤に熱された『銀の槍』を"投擲"した。

"貫通"なんてしなくていい。どうせそんな力も技術も私にはない。"訓練用"の槍ばかりを使ってた私にとっては武器の投擲自体初めて。だって当然でしょ。そんな安全な武器を投げたからって、一体誰を倒せるっていうのか。

初めからこれであの将軍を直接倒せるなんて思ってない。

目的はただ一つ。

 

投げられた槍が、飛び上がる"黒馬"の足を僅かに"かする"。

これだけでも十分。

 

「おっ! おいっ!」

 

その瞬間、プラハの愛馬は悲鳴を上げて宙で大きく前足をバタバタと動かした。

あたりまえだ。あんな真っ赤になった金属が突然身体に当たれば、動物なら誰だってびっくりする。

騎兵は自分の足を愛馬に委ねてる。なら、もしその馬が着地に失敗したら……待っている結末は一つだ。

 

「ぐっ! あぁ!」

 

体勢を崩した馬がドスンという音を上げて転倒し、それに伴って、プラハも馬上から地面へと盛大に背中から落下した。

そう、これが私の狙い。

それからもう一つ、ここで嬉しい誤算が起きた。

 

「かはっ!」

 

落馬した衝撃からか、プラハが自分の槍を落としたのだ。

カラン、カランと地べたに転がる『フレイムランス』

彼女の手から離れた途端、それは普通の紅い槍へと戻る。

投げた私の武器はもうボロボロ。これを使わない手はない。

 

「はぁ……貰った!」

 

走る。

チャンスはもうこれっきり。

ここで決めなきゃ体力的に私が負ける。

 

転がる紅い槍を、同じく私も転がりながら相手が起きるよりも早く握りしめる。

そしてそのまま、頭を押さえながら立ち上がろうとするプラハの喉元へピタリと、その切っ先を突きつけて…

 

「くっ! アンタ……」

 

「……はぁ……はぁ……私の……勝ちだ……プラハ将軍……」

 

満身創痍の中、この黒い聖騎士へと、そう宣言した。




初戦闘、いかがだったでしょうか。
こんな感じでこれからも戦闘シーンを書いていこうと思います。
フレイムランスは接近では原作とあまり変わりませんが、間接攻撃はラグネルのように"衝撃波を飛ばす"といった描写に変えています。
いや、投げると武器がなくなってしまうので……

以下、四駿ブラハの暁風ステータスです。

プラハ

槍騎将(グローリーナイト)

Lv15 ……火

Hp 43
力 20 …… 幸運 12
魔力 18 …… 防御 20
技 23 …… 魔防18
速さ 22

槍S

スキル 恐怖

フレイムランス

原作開始前ですので、蒼炎時よりレベルは低い感じですね。ステータスはほぼ一緒ですが……

ご意見、ご感想があれば是非是非です。



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第二章、終幕 決勝戦

すみません。
前回まで、作者側のミスで『ブラハ』となっていましたが、正しくは『プラハ』でした。
原作ファンの皆様には不快な思いをさせてしまったかもしれません。申し訳ございませんでした。


「くっ……アンタ……」

 

「ハァ……ハァ……私の……勝ちだ……プラハ将軍……」

 

プラハの喉元に彼女の槍(フレイムランス)を突き付けて、静まり返る闘技場に私の声が響く。

 

「ハァ……ハァ……」

 

私の体力はもう限界。足はプルプル震えてるし、手なんて大火傷で槍を持ってるだけでもつらい。服も所々が焼け焦げてるし、馬から落ちただけで実際ほぼ無傷の相手に比べたら、これが『勝利』なのかは結構疑問だけど……

まあ一応、相手を馬から落として武器も奪ってるから、『戦闘不能』にしたって事になるのかな?

 

「……………」

 

「……………」

 

私とプラハ、お互いがお互いの目を睨み付けながら、そのままの体勢が数秒くらい続く。

それからだんだんと私の呼吸も落ち着き始めてきた時、不意にプラハがゆっくりと口を開いた。

 

「……何故殺さない? アタシはまだピンピンしてるんだよ?」

 

「もう決着はついた……貴殿は武器を失い、愛馬からも落ちた……これではもう試合を続けられまい?」

 

今更だけど、こうして落ち着いてみるとゼルギウスの話し方はかなり恥ずかしい。いや、アイツみたいに似合ってればいいけど、断言出来る。私は絶対に似合ってない。

 

「……情けをかけたつもりかい?」

 

「これ以上は無意味だと言っているだけだ……」

 

「ハッ……戦場でそんな理屈が通用するものか! 殺らなきゃ殺られる……違うかい!」

 

確かに、一ミリでも槍が動けば有無を言わさずに勝てる状況だけど、私は命まで奪うつもりはない。甘いって事は一応分かってるんだけど、やっぱりこれが"民間人"である私の限界だ。

まあ、コイツの事は正直プスリと刺したいくらい気に食わないけど……

 

「……これはあくまで試合だ……戦場ではない」

 

「………チッ! この甘ちゃんがっ!」

 

「何とでもいうがいい……でも、とにかく私は貴方の命は取らない!」

 

何というか、端からみると見苦しい口喧嘩だ。

私も私で半分くらい口調が元に戻ってるし、プラハの方も戦ってる時みたいにあつくなってる。

彼女は私に"情けをかけられている"事が気に食わないのだろう。だから、自分から刺されには来ない。あくまで私が私の意思で殺さないと気が済まないらしい。

 

「つべこべ言わずにさっさと刺しな!」

 

「だからイヤだって言ってるでしょ! 死んだら『本当に何もかもなくなる』! 『貴方が貴方じゃなくなるのよ』! それくらい分かるでしょ!」

 

でも、残念だけど絶対に殺してなんかやらない。

というのも、実はもう一つだけ、私には人を殺したくない理由があるんだけど……まあ、今それは置いておく。

とにかく、私はコイツの意見だけは飲めない!

体の痛みも忘れて、私は真っ直ぐに叫ぶ。

 

「 貴方は『死ぬ事の怖さ』を何にも分かってない!」

 

「ッ!」

 

感情的になりすぎたせいか、ちょっと涙も出てきた。

私達の言い争いで、静かだった観客席がザワついてる。

でも、今はそんな事は気にもならない。

 

「………」

 

「………」

 

それからは再び無言の睨み合い。

さっきよりも更に険しくプラハが私を睨んでる。

涙で視界もぼやけるけど、こっちだって無駄な殺しをする気は本当にこれっぽっちもない。だから、私も負けないくらいに相手を睨み返した。

 

「…………」

 

「…………」

 

もうお互いがお互いを刺し殺すぐらいの目付きだ。

決着は付いてる。これは完全にプライドの問題。

そして、私はここでも折れるつもりはない。

 

そして、どれくらいの時間そんな睨み合いが続いただろうか。

すると、突然

 

「……ハァ……」

 

ブラハは一度大きなため息をついた後、今までの鬼のみたいな形相から一転、何か吹っ切れたみたいに、今度は目を閉じて静かに話し始めた。

 

「……思った通り……アンタはやっぱり"ただのガキ"だよ……チッ……こんな小娘に……このアタシが"負けたなんてねぇ"……」

 

「………えっ? 今……なんて……?」

 

さっきまで思いきり敵意を丸出しにしてたのに、いきなりしおらしくなられたら私の方が逆に戸惑ってしまう。

こっちが思わず目を丸くしてそう聞き返すと、向こうは逆に目を伏せて不機嫌そうに答えた。

 

「だから"負けた"って言ったんだ……槍を下ろしな……"降参だよ"」

 

「! えっ!? うそ……」

 

「……嘘じゃない……いいから早くしな! 私に二度も恥をかかせる気かい? 」

 

「……よ、よかった……ははっ……」

 

勝った……

彼女は今槍を下ろせと言った。それはこのプライドの勝負でも私が勝ったって事。

今の彼女には敵意も殺気も感じられない。

腹の立つ女だけど、やっぱり殺さなくて済んだ事には心の底からホッとする。緊張の糸が切れたみたいに、槍どころか、私はへなへなっと体ごとその場に崩れ落ちた。

 

静かな声だったけど、不思議とプラハのその声は会場全体へとよく通って、私がペタンと地面に座り込んだそぬ直後、

 

『うおおおおおおお!』

 

沸き上がる喝采。

 

ブラハが登場した時と並ぶくらいのものが、客席から一気に巻き起こった。

勝ったんだ……私……

さっきの言い合いのせいで、なんだかあんまり実感ないけど……

 

「っ!」

 

……とか言ってる場合じゃない。安心したら忘れてた痛みがまた振り返してきた。

コイツのせいで全身大火傷だ、たまったもんじゃない。

歓声の中でうずくまる私だけど、そんな中で、プラハは逆にスクっと立ち上がって私に背を向けた。

さっき転倒した時に、驚いて闘技場の隅に逃げた愛馬に合図を送って、こっちへと引き寄せながら彼女は口を開く。

 

「……アタシはデイン国王に忠誠を誓った騎士だ……負ける事は許されない……」

 

驚いた。礼儀の欠片もない人だけど、こんなヤツでも"忠誠"なんてものがあったのか……

でも、さっきの"殺せ"って言う潔さも含めると、もしかすると『態度』以外は案外騎士らしいのかもしれない。

さっきは騎士らしくないっていったけど、ちょっとは見直そうと思う……

 

「……だから……次はアタシが勝つ……『小娘』、アタシを生かした事、精々後悔するがいいさ……」

 

……前言撤回だ。やっぱりコイツは気に食わない。

最後くらい私らしく『バカ野郎』っていいたかったけど、振り返した痛みでもうそれどころじゃない。

その間にブラハは黒馬に股がって、拍手が沸き立つ中、振り替える事なくゆっくりと退場していく。

自分の槍を置いたまま。

 

その槍(フレイムランス)はアンタにくれてやる……アタシの"命"の代わりだ……じゃあね……」

 

ポツン残される私と魔槍。

そういえば、結局私はちゃんと名乗ってもなかったっけ。

プラハが居なくなってからもデイン国民の惜しみ無い拍手が私に贈られてるけど……悠然と立ち去るブラハと、地面に平伏すようにうずくまる私……

はぁ、勝ったっていうのに、なんだかこれじゃ完全にこっちが負けたみたいだ……

 

 

 

 

 

 

 

こうして大会は閉幕。

その後直ぐ、私の"四駿"入りが正式に決定し、ブラハはその任を解かれた。

しばらくは杖による怪我の治療で時間を取られて、町の宿に戻れるようになったのは夕方頃。

何はともあれ、これで私はゼルギウスの隣で働く事が出来るようになった。

それと、帰る前闘技場にいた兵士から、明日の朝一に王城に行くように伝えられた。どうにも、この国の陛下への謁見と、住む場所を城内へと変更するためだそうだ。

 

そして、

 

「はぁ……何だか、帰ってくるだけでどっと疲れた……」

 

……せめて代えの服ぐらい用意しとくんだった。

 

ブラハに貰ったフレイムランスを片手に、私はボロボロになった戦闘着で宿屋の玄関を潜る。

貧困層が比較的多いこのデインでも、今の私程の格好をしている連中は中々いない。更にこんな目立つ槍まで握っていては、もう完璧にただの"危ない人"だ。

大会で優勝したのに、人目を避けながらこそこそと帰る様は、正に惨めの一言だった。

まあ、幸いこの宿の主人達は私が大会出場者である事を知ってるから、ここまでくればもう大丈夫だろうけど……

 

「ただいまぁ……」

 

玄関を上がり、力なくそう言いながら自室の扉を開ける。まあ私一人の部屋だから、そんな事言っても返事なんて返っては来ない……筈なんだけど……

 

「……ほう、思いの外遅かったな……」

 

朝私が腰掛けていた椅子に座る大男。朝とは逆の構図だけど、私の身長が小さいせいもあって、座っているのに目線の高さがあまり変わらない。

なんで、コイツは私の部屋でくつろいでいるのだろうか。

 

「……ゼルギウス……なんで此処にいるの?」

 

「いや、そろそろ君が戻ってくる頃かと思い、先に部屋で待っていただけだが?」

 

朝と変わらない姿で、ゼルギウスは表情一つ変えずにそう言う。

確かに今朝『今は任務がない』とは聞いてたけど……まさか私の部屋で帰りを待ってるなんて考えてなかった。どうせ一日中何処かで訓練でもしてると思ってたけど……

あれ? というか"そろそろ戻ってくる"事が分かったって事は……もしかして……

 

「……み、見に来てたの?」

 

ほんの少しの期待を込めて私は聞いてみた。

すると彼は一度目を閉じて、ゆっくりと首を縦に振る。

 

「……カルナ、私は君を過小評価し過ぎていたようだ……最後の一連の攻防……そしてプラハ殿の隙を付いた奇策……見事な勝利だった……」

 

窓からから差す夕日の中でゼルギウスが僅かに微笑む。

その姿がなんだかすごく幻想的で、

 

「えっ!? そ、そんな! あ……あり……がと……」

 

ちょっと感動した。もしかしたら今顔が赤くなってるかもしれない。

ゼルギウスに誉められた事もそうだけど、私の戦いを見に来てくれてた事が何よりも嬉しいかった。だって、コイツの立場と任務的にそれは不可能だと思ってたから。

それに今のゼルギウスの言い分だと、これは私を認めてくれたって事でいいのかな?

この後労いの言葉一つでもくれれば、今日私がこれだけ頑張った甲斐にもおつりがくる程だ。

期待で気持ちが跳ね上がる。

 

「だが……」

 

「……えっ?」

でも、それは甘い考えだった。

ゼルギウスの表情が何時も通りのお堅いものへと変わっていく。そして、"それ"は始まってしまった。

 

「結論から言わせて貰えば、やはり君はまだまだ未熟だ……形式の定められた『試合』だからこその見事な勝利だが、あれが『戦場』だとすれば、プラハ殿も言った通り君の行動は唯の愚行だ……敵への情けは身を滅ぼす事に繋がる」

 

「……………」

 

「私が君ならば、あそこで迷わずプラハ殿の首をはねていただろう……でなければ……もし彼女が懐にナイフでも隠し持っていた場合、『戦闘不能』とは判断されず、逆に槍を払い除けて反撃に出る恐れがある……」

 

……私がバカだった。

当然のように始まる説教。

ゼルギウスはこんなヤツだ。誉めるところは誉めるけど、真面目すぎるから駄目だしにも容赦がない。

というか、誉めた部分よりもダメだしの方が遥かに長い。

……考えてみればそうだ。暇な時でも忙がしいコイツが、ただ私を誉めるためだけに部屋で待ってるなんておかしい。

 

この分だと、たぶん労いの言葉なんてない。

 

「……それに、実力においてもやはり相手の方が上回っていた……今回の勝利は君の"運"による所が大きい……戦いにおいてそれも必要な要素だが、まず将軍に求めれるのは『経験』と『覚悟』と『強さ』だ。君にはそれら全てが圧倒的に足りていない」

 

「……………」

 

火照っていた顔が面白いくらい急速に冷めていく。

甘い展開なんてなかった……今持ってる槍でコイツの顔面をつついてやろうかとも思ったけど、どうせ当たらない。ねじ伏せられて終わりだ。それに、今の私にはそんな気力もない。

 

「聞いているのか、カルナ……」

 

「……うるさい……バカ野郎……」

 

さっきプラハに言えなかった台詞をポツリと呟く。

 

"四駿"にはなれた。

でも、コイツに一人の女として認識されるのは、どうやらまだまだ先のようだ。

 

 

 




決勝戦終了。
以下、武器説明

フレイムランス
カルナ専用
威力12 命中80 必殺10 射程1~2
魔力依存、獣牙族特効

少し原作よりも強くなってる魔槍フレイムランス。
この小説では、以降レイピアポジションの専用装備です。
というか、原作だとタニス以外録に使えない武器ですね。
そのタニスも、低難易度だとレギュラー争いに残り難く、高難易度だと専ら『援軍』係。
ですので、実際この武器も輸送隊の肥やしになっていた方が多いのではないでしょうか。

この武器を持たせたいがためにプラハ戦をやったといっても過言ではないです。


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第三章、 "覚悟"

私が新しい"四駿"の一人になって、10日程が経過した。

 

「……なんか……思ってたのと違う……」

 

夜、デイン城内に移された私室で、私は不満を溢しながらポフっとベッドに倒れこむ。

将軍の私室だけあって、町の宿よりもかなり広くて小綺麗けど、私の気持ちは現状下がりっぱなしだ。

 

というのも、

 

ゼルギウスにぶつぶつ文句を言われながらも、それを押し切ってこの立場についたのは良かったけど、私に待っていたのは忙しい将軍職の毎日だった。

 

まず、初日の朝にデイン国王アシュナードへの謁見。

その後すぐ"カルナ隊の編成"が始まって、その間、私は城内をひたすら歩き回って城の地形の把握。そして、それが終わったら今度は夜まで戦闘訓練。

夜は夜でさっぱり分からない軍の会議に出席して、結局その日寝むれたのは日付が変わった頃。

 

それ以降は、部下の顔を覚えるのに必死になりながら、朝から晩まで訓練と勉強の毎日。『将軍』といっても新人だ。まずはこの軍に慣れろということらしい。

休みなんて今のところ一回もないし、あの日以来ネヴァサの町にすら出ていない。国王からの命令だから文句も言えない。

 

今は平和な時代だし、将軍でももうちょっと自由が利くと思ってたけど……軍属を舐めてた……これじゃまるで監獄だ。

 

勿論、『ゼルギウスと一緒に仕事をする』という、私が四駿になった目的さえも今のところ果たされてない。

というか、そもそもアイツと城内ですれ違った事ないし、アイツの隊も見た感じ何処にもない。

一応聞くところによると、『全身を漆黒の鎧で固めた謎の騎士』が四駿にはいるらしいんだけど……

……うん、まあ、謎でも何でもなくどうせソイツがゼルギウスだ。

……ただ、何処で何をしてるのかは誰も分からないらしい……

 

ただ、残り二人の四駿、ブライス将軍とタウロニオ将軍は初日から会議で見かけて、それ以降、まだ付き合いは短いけど、『まるで娘のようだ……』と二人とも優しくしてくれる。四駿なんてプラハみたいなヤツしかいないって勝手に思い込んでたけど、あの二人は全く違って、本当に騎士らしい騎士だ。両方とも先々代の王から仕えてるだけって、厳格もあるし、部下からの信頼も厚い。

どちらも私と同じ槍使いだから、近い内にその槍術も見せてもらおう。アイツをギャフンと言わせる参考になるかもしれない。

 

まぁ、何処にいるかも分かんないんじゃ言わせようがないけど……

全く、せっかく頑張って此処まで来たのに……はぁ……もう意味が分からない。

 

「ハァ……もう寝よ……明日も訓練なんだし……その内、たぶん……きっと……一緒に仕事が……出来る……」

 

どのみち、此処まで来ちゃったらもう後には引けないか。今は流れに身を任せよう。

今日一日の疲れからか、そういって瞼を閉じると直ぐに、私は泥のように眠った。

 

 

 

 

そして翌日、

 

軍人の朝は早い。

日の出と共に起きて、軽く体を動かした後に朝食。

そこから戦闘着に着替えて、本格的な訓練の開始だ。

 

あっ、ちなみに今私が着てる服は、焼けちゃった元の戦闘着を参考に作られたオリジナル……とは名ばかりの、ほとんど前と同じ服。デインの刺繍がはいってるかどうか、くらいの違いかな……

 

「おはよう、えーと……みんな居るー!?」

 

デイン王城の修練場で、私は整列した100人程の"部下"の前に1人立って、みんなに聞こえるように声を上げた。

 

『はい!』

 

「よし! じゃあ、今から一体一の模擬戦を始めるけど、質問のある人ー!」

 

というか、一週間経っても、未だにこの『号令』には中々慣れない。

だって、大の男達を私みたいな小柄な女が取りまとめているのは、ハッキリいって違和感がものすごいから。

……まあ、これも将軍の仕事、ゼルギウスだってよくやってた事だし……仕方ないけど……

 

『いえ! ありません!』

 

私の声に、兵達は統制の取れた返事で返す。

 

今並べているのは、この間編成された私"直属"の兵士達。いうなら、私が自分の判断で勝手に動かせる私兵だ。

ちょっと言葉は悪いけど、他の将軍とは違って、"四駿"の位を持っている人達には、この私兵が"国から支給"される。

現国王の指示で、要約すると『お前達の使いやすいように好きに鍛えろ』と言う事らしい。

……流石は『狂王アシュナード』。実力者に対してはものすごく寛大だ……その分、弱者には非常に厳しいらしいけど……

 

始めは『大の大人が私の言うことなんて聞いてくれるのかな?』って思ったけど、この部隊での私の評判は以外と悪くないみたい。

 

聞いてみた感じでは、理由は主に2つ、まず、この部隊の半数以上が前任のプラハ隊の人達なんだけど、その時の彼女の部下への当たり方がとにかくキツかったらしい。訓練中に"誤って"死者が出るって事はザラで、兵士達は常々怯えていたそうな……

『それを思えば今は本当に楽しく業務に当たっています』と、休憩中部下の一人も言っていた。

……確かに、あの女ならそれくらいの事は平気でやるかもしれない……

 

それと後もう1つが、私自身がみんなの『癒し』だからだそうだ。

……うん……まあ……一応顔も含めて容姿は"それなり"だと思ってるし、城を守ってるデイン軍には他に女性なんて殆んどいないから、それも頷けない事はない……

……ただ、そう思ってくれるのは別にいいんだけど、私が訓練してる時、何名かの部下がこっちをチラチラと見てるのは……正直少し困ってる……なんというか……恥ずかしいから。

それに廊下でも、私の事をまだ知らない別の隊の人からいきなり声を掛けられたりもするし、これは少し対策を取らないといけないかも。

もしそんな現場を見られて、ゼルギウスに"有らぬ勘違い"なんてされたら……

……というか、逆に軍に慣れてない私にこそ、そんな『癒し』が欲しいと思うのはワガママなのかな……

 

後、肝心の"将軍としての実力"についてだけど、少なくとも、今までの訓練の中で私に攻撃を"当てれた"部下はこの中にはいないし、逆に私の槍を避けれた人もいない。だから、ゼルギウスはああ言ってたけど、その点については今の所特に誰からも不満は上がってないみたいだ。

 

「よし、みんな準備はいい? じゃあ、模擬戦……始め!」

 

『ハッ! 』

 

私の指示と同時に、広い修練場で兵達が二人一組で実戦式の訓練を始めた。殺傷能力の少ない訓練用の武器が、そこかしこでカン、カンという音を上げる。

でも、私はその中には混ざらない。だって初日で分かったから。それはたぶん、今のところ"あんまり意味がない"って。

 

「じゃあ……私は私の訓練っと……」

 

部下のみんなとは違って、私が取り出すのは本物の赤い槍。

そう、プラハから貰ったフレイムランス。

この魔槍を完璧に使いこなす事が今の私の訓練だ。

この一週間程で、一応それとなくコツが掴めてきてる。

まずは、神経を集中させて……

 

「はっ!」

 

こんな感じに"気合い"を込めると、槍が反応して炎がボウっ沸き上がる。

前に思った通り、やっぱり持ち主はこの炎の影響は受けないみたい。それで、これが基本の状態。そこから、

 

「はあっ!」

 

心の中で「行けっ!」て思いながら槍を振るうと、プラハがしたみたいな《炎の衝撃波》が飛ぶ。

結構アバウトな表現だけど、実際それで出てるんだから仕方ない。まあ、《炎の衝撃波》って言うのも長いから、一応《炎波》って呼んでおこうと思う。

これも、私の気力の入れ方で多少の強弱はつけられるみたいだ。

 

……で、次がその応用。

 

「やっ!」

 

ザクッと、槍の切っ先を地面へと突き立てて、そのまま力を込めて少し待つと……

 

「……来たっ!」

 

少し離れた先で、まるで火山が噴火するみたいに、地面をバンッと吹き飛ばして炎が一瞬立ち上る。

どうやら、『熱が地中を伝って、一定距離走ったところで爆発する』らしい。ポイントの制御が難しいけど、慣れれば奇襲には持ってこいの技だ。

これはそのまま《噴火》としておこう。

 

今のところ、この《炎波》と《噴火》しか私は出来ないけど、慣れてくればもっと色々な応用が効きそう。

……こんな感じに、ビックリするくらい便利な武器だ。

でも、これは誰でも出来る訳じゃないみたいで、試しに他の部下達にも持って貰ったけど、ほとんどの人は火の粉すら上がらなかった。一番良くできて槍がちょっと熱くなる程度。

……とりあえず、現状この槍をまともに使えるのは私だけみたい……でもなんだか、それはちょっと嬉しかったりする。

 

……まあともかく、デイン軍で働く以上、いくら平和とは言っても、そのうち街のゴロツキや盗賊団から市民を守るために出撃する事もあると思う。この槍は遠距離から火力を加減出来るから、使い方によってはそんな相手も殺さずに無力化できるかもしれない。

 

いくら悪党でも、簡単に命を奪いたくないから……

 

 

 

それからしばらく、私はフレイムランスの、みんなは模擬戦の訓練に励んで、丁度、開始してから一時間くらいが経った頃。不意に、修練場の入り口扉がガラガラっと開く音がした。

『なんだろ?』って思いながらその方向に目をやると、褐色肌の少女が、そこでペコリとお辞儀する。

 

「……カルナ将軍……訓練中失礼します……」

 

「あれ……"イナ"……どうしたの? まだ"授業"の時間には早いと思うけど?」

 

イナ。

このデイン軍で働く数少ない女性で、私に与えられた側近だ。見た目は同い年くらいだけど、『軍師』として、軍事に疎い私に『集団での戦術』や『隊の動かし方』なんかを教えてくれてる先生でもある。

基本的に『頭脳担当』だから、彼女が私達の訓練に参加する事はないんだけど……

 

「……いえ、陛下がお呼びです……至急、四駿の皆様を謁見の間に召集するようにと……」

 

「……全員って、ブライス将軍とかも? ……何かあったの?」

 

「詳しくは何とも……皆様が集まってから伝えるとの事です……」

 

国王からの初召集……言ってる側から街で何かあったのかな?

それとも、わざわざ四駿全員を集めるくらいだから、何か大きな発表とかかもしれない。

そろそろ休憩を挟もうかと思ってたところだし、まあ丁度よかった。

 

「そう、ありがとうイナ……取り合えず行ってみる、みんなは適当に休憩してて!」

 

『はっ!』

 

私は部下達にそう伝えて、足早に修練場を出る。

何があったか知らないけど、"四駿全員"ということは、今日こそ絶対にゼルギウスも居る筈。謁見の後にでも密かに捕まえて、今まで何をしてたのか全部教えてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼致します! カルナ、只今参りました!」

 

王城らしく重たくて大きな扉を開いて、私はそう言いながら"謁見の間"へと入った。

部屋の中はまだ昼前なのに薄暗くて、なんだか空気が重たくて少し不気味。

パッと見てみると、先に到着してたブライス将軍とタウロニオ将軍が、部屋の中心で膝と頭を下げている。

 

「来たか……」

 

その先には、玉座に深々と腰かけるこの国の王、『アシュナード』と、その傍らに直立する『漆黒の騎士』の姿。

……あれが、ゼルギウスのこの国での仕事着だろうか。

……結構かっこいい……

そんな事をふと考えていると……

 

「何をしている……其処に並ぶがいい……」

 

「は、はい!」

 

国王の言葉に、私は慌ててタウロニオ将軍の隣に腰を落として、二人と同じように頭を下げる。

……初日に謁見した時から感じてたけど、『狂王』って呼ばれるだけあって、やっぱりこの人の威圧感って物凄い。なんか、見ただけで怯むというか、本能的に勝てないって思ってしまうというか……

"ベグニオンの一個師団をたった一人で壊滅させた"っていうとんでもない武勇伝があっちの国に残ってるくらいだから、実際本当に強いんだろうけど……

 

「では陛下……そろそろ、我等をお集めになった理由をお聞かせ頂きたい」

 

私の二つ隣、プライス将軍がみんなを代表してそう口を開く。すると、

 

「フン……貴様らを召集したのは他でもない……今後の"軍事"についてだ……」

 

椅子に腰かけたまま、国王はそう返した。

……軍事? 10日くらい前の会議じゃ特に話題には上がってなかったと思うけど……私が四駿に加わった事もあるし、新しい方針か何かの発表かな?

 

でも、アシュナード王の言葉は、私の想像を軽く越えるものだった。

 

「では……今此処に宣言する……我と……貴様ら四駿を先頭に、明日の明朝……」

 

一瞬開く不気味な間、そして……

 

「デイン軍は……隣国"クリミアを攻める"!」

 

「……えっ?」

 

……今、何て言った?

クリミアを攻める?

 

ちょっと待って。落ち着け私、それってつまり……

 

「せ、戦争を仕掛けるおつもりですか!?」

 

私が聞きたかった事をそのまま、タウロニオ将軍が代弁してくれた。

そうだ、そんな事をすれば間違いなく戦争になる。

それに、なにより話が急すぎる。

確かにこのデインと、隣国クリミア王国はそんなに仲のいい国でもないけど、いきなり戦争を仕掛ける程険悪な雰囲気でもなかった筈。

……この王は一体何を考えているの。

そもそも私なんて将軍になって一週間だし……いやいや、それ以前に元も子もない発言だけど、私は戦いをするために軍隊に入ったんじゃない!

 

「その通りだ……奇襲を掛け、日没までに首都メリオルを落とす……」

 

「バカな……王よ、そこまでする大義とは、一体……」

 

驚きながらも大人しく膝をおってるブライス将軍とは対照的に、タウロニオ将軍は国王に向かって激しく声を上げてる。

初めて見た。普段は物静かな将軍があんなに動揺するなんて……まぁ、動揺してるのは私も同じだけど。

 

「フン、大義……? 貴様も知っていよう……"強い世界を作る事"こそ我の望み……この戦は、その第一歩となる……」

 

「……正気ですか……」

 

狂ってる……

正に『狂王』だ……あの将軍も呆然としてる。

当たり前だけど、私だって戦争はごめんだ。

戦争で倒すのは悪党じゃない。死にたくないとかじゃなくて、そんな普通の人達を殺したくない。

でも、多分それを国王に言ったところで、今のタウロニオ将軍みたいに一蹴されるのがオチだ。

なら、

 

「ゼル! ……いえ、そこの"騎士殿"は、どのようにお考えですか!?」

 

私は顔を上げて、国王の側に立つ『漆黒の騎士』に聞いてみる。

アイツは私と同じベグニオンのスパイだ。戦争なんて起こされたら、それこそ隣接する私達の本国にも影響する筈。

そんな事、あのセフェラン様が認める訳ない。

それにゼルギウスなら、最悪この国王にも"力"で対抗出来る筈……

と、淡い期待を込めて表情の分からないゼルギウスを見つめてみたけど……

 

「……王が戦を望むなら、私はそれに従うまでだ……」

 

「えっ! ちょっと! 貴方まで!? 」

 

ビックリする程あっさり裏切られた。

それどころか、

 

「……カルナ"将軍"」

 

「は、はい……」

 

凍りつくような『漆黒の騎士』の声。

兜で隠れていて見えないけど、今、間違いなくゼルギウスは私を睨んでる。見えなくたって声色で分かる。

 

「……貴殿は、『戦をする覚悟』もなく四駿の、"将軍"の座に就いたのか? 」

 

「えっ……そ、それは……」

 

「フッ……ならば即刻その立場を返上するがいい……怯える将に……兵を引きいる資格はない……!」

 

カキン、と、銀色に光る大剣を私に向けて……すごい他人行儀に、ゼルギウスは冷たくそう言い放つ。

そんな彼に……

 

「…………」

 

……私は、何も言えなかった。

 

それはただ単にゼルギウスが怖いってだけじゃなくて、本当に、その通りだったから。

私はただゼルギウスの隣に居たかっただけ。だから、人を殺す覚悟も、兵を率いて戦場に出る覚悟も録にしてない。イナの講義だって私は机上論程度にしか聞いてなかった。

そしてそれは、『戦争をする、しない以前の問題』

彼は前々から言ってた……『"覚悟"のない者が将軍になるな』って……それをこの場で改めて突き付けられて、今の私に答えなんて返せない……

タウロニオ将軍が戦争を否定する理由と、私が戦争を否定する理由は、たぶん全然違う。

私はただ……自分のためだけ……

 

「話は終わりだ……作戦の開始は明朝……各自……それまでに戦いの準備を調えよ……」

 

「待ってくだされ! 王よ!」

 

アシュナード王の声が響く。タウロニオ将軍が抗議してるみたいだけど、私は……

 

「…………」

 

戦争が起こるなんて考えてなかった。だから、甘い甘いって言われても、強いってさえ認められれば、それでいいって思ってた。

でも気付かされた。ゼルギウスに振り向いて貰うって言っておきながら、このままじゃそんな根本的なところでアイツに絶対認めて貰えないって……

 

その時はもうベグニオンの事とか、セフェラン様がどうとかは頭から飛んでて、

 

『戦をする"覚悟"もなく将軍の座に付いたのか?』

 

その言葉たけが、私の頭に重く響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この小説では、一応タウロニオはこの時点までは四駿として扱っています。
彼が四駿を抜けた具体的な時期は不明ですが、『アシュナードの暴政に反発し、彼の元で功績を上げる事を嫌ったため』とありますので、彼の脱退はこの後、ベウフォレスと入れ替わりに、といった感じでしょうか。

以下、主人公新規スキル

カルナ

スキル 噴火
1マス離れた敵に魔力ダメージ+1ターン行動不可。






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