タマゴのカラを割らないでっ! (すうどんたくろう)
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0 プロローグ

セックスは、誰とどう行うものなのだろう。

生涯の愛を誓った最愛の人と家でする?一夜限りの関係の特に親しくもない人とホテルでする?

無理やり強要され同意なくする?援交で?セフレと?

いずれにせよ、いろいろな形があることは間違いない。

 

 

セックスは、何のために行うものだろう。

人間の三大欲求の一つの性欲、それを満たす快楽目的が一つ。もしくは、子づくりのため。

それ以外にもあるのだろう。人間の心は複雑だ。

 

 

セックスは、人間関係をどう変えるだろう。

身体の相性が合うのなら、円満に今後も続いていく可能性がある。全く合わないのであれば、満たされない性欲を別の誰かに埋めてもらう、いわば浮気が起こるのだろうか。一夜限りと決めていても、そこから続いていく可能性もある。主に異性との今後を考えていくのなら、セックスは必要なツールであろう。

 

 

セックスは、世界をどう変えるだろう。

別に人一人が誰とヤろうが、世界に何か変化を及ぼすかと問われれば、ノーと返すだろう。

ただ、愛の結晶である子供・・・二人の遺伝子をもらうことで、歴史的偉人を出す可能性はある。その人らが世界を創っていくとなれば、セックスは世界を創るといってもいいだろう。

 

 

ただ・・・・・・目に見える形で、あるカップルのセックスが、世界を変えてしまうとなれば、どうだろうか。さらに、そのことが事前にわかっているのであれば、人はどう動くだろうか。よい方向に世界が変わるのなら、当然セックスするよう促すだろう。けれど、悪い方向に世界が変わるなら、止めようとするだろう。当然の行動である。

 

 

けれど、もしセックスをしないままいても、世界が悪い方向に進むなら、人はどう動くだろう。

 

 

 

 

 

 

とある冬の時期、未曽有の事件が起こった。

この事件により、日本は●●●●●●万人が●●●●●●●(内9割は高齢者)。医療の発達していないアフリカ大陸南側では、人間を含めた“生物”が●●●●●●●。この事態を利用とした東西の大国により引き起こされた核戦争も起こり、地球の人口の半数が・・・・・・●●●●●●億人が、●●●●●●●●●●した。そんな世界、誰が望むだろう?いや、だれも望まない。

原因は、あるカップルのセックス。“卵の殻を割ってしまったのだ”。女性側は不明、男性側は――――――――

 

 

 

 

 

 

手記は、ここから先、すべて黒塗りされていた。

半分がこの手記を書いた人のポエム、半分が事件の報告レポートとなっていた。

私ももう長くはない。“40歳まで生き永らえた”ので、体のあちこちに死の前兆が起こってきている。

死ぬ前に、この事件を解決しようとしていた機関を調べておきたくて、この研究跡地に私は足を踏み入れている。

世界はもう、終わってしまう。終わる前になにがきっかけで世界がくるってしまったのかを、知りたかった。

ただ、この手記曰く、セックスらしい。あほらしい。苦しみながらたどり着いたここで、やっと得られた情報がこれか?

ああ、なんてあほらしい。なんて――――――――――――――

 

 

 

私は、そのまま意識を失った。

 

 



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1 命をかけた恋人作り
1-1-1 死の宣告(前編)


高校時代ふと頭に思い浮かべてたものを文字にしました。

大学在学中には完成させるつもりで、いつかなろうと渋にも上げようかと思ってます。

自身はただの理系大学生であり、文学に携わっているわけではないので文法は粗雑です。

それでもよかったら、ぜひご覧ください。




人間は必ず死ぬ。

例外はない。

例外があるのは空想の中だけである。

死後の世界はない。

天国も地獄も存在しない。

死の先にあるものは無だけである。

人間は死と隣接して生きている。

些細なことで人が死ぬ。

そんな死と隣り合わせであるのに、

なぜか人々は“私が死ぬなんてありえない”

そう考えているのだ。

そんな現実。

 

それなのに、自覚しているのに、俺は、

―俺が死ぬはずがない―

楽観的な人々と、まったく同じであったのだ

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 無機質な電子音が鳴り、今見ていた夢が強制的にシャットダウンされた。パソコンで例えるなら、ブツッと嫌な音を立てて画面を落とし、再び電源をつけると青画面になってるような…。にしても、なんて中二病な夢なんだ。ひっでえポエムをシリアスな表情を浮かべて知らぬ男が朗読する。もしこれが夢ではなく現実で、このポエム(笑)を知り合いにでも見られたしまいには、俺は悶え死んでしまう。ほんと、夢でよかったよ。…………にしても、まったく嫌になるね、ほんと、朝は眠くて仕方がない。よし、二度寝をしよう―――

そんなことを思っていたら、制服に身を包んだ、髪を一つに束ねている小柄な一人の少女が俺の部屋のドアを乱暴にあけ、

 

 

 「兄さん朝だよ~起きないとブザーを鳴らしちゃうよ~。」

 

 

といいつつ俺に近寄って、警報ブザーを鳴らしてきた。時計のアラームとはけた違いのやかましい音が頭に響く。

しぶしぶ起き上がると、その少女…天海有希は呆れたような眼差しで、そして手を腰に当て、軽くふんぞり返りながら

 

 

 「ほんと、毎回毎回一人で起きてよね。いいかげん疲れ来るよ。」

 

 

いや、本当はすでに起きていたんだよ?ただ、二度寝をしようとしていただけなんだって――…なんてことはいつも思っているけど、言わない。昔は言っていたけれど、「だから何?」と返され続け、俺の心が先に折れた。馬の耳に念仏である。ポニーテール少女なだけに。

 

 

 「頼むから、ブザーじゃなくて普通に起こしてくれよ…。」

 「朝食出来てるから。早く降りてね。」

 

 

俺の話を聞くこともなく、用が済んだとばかりに早々と有希は部屋を出た。……俺の話が聞かれていないのも日常茶飯事。だってあいつ、耳栓しているんだもの。俺もリビングへと向かった。階段を下りる途中、寝ぼけていて足を踏み外しかけたのは忘れておきたい。

ちなみに、有希は俺のことを「兄さん」と呼んでいるが、俺の妹ではない。残念ながら義理の妹というオチでもない。有希は一歳年下の従妹だ。俺がいま高二だから、高一になる。とある諸事情により、この家に住むことになったのだ。

 

 

 

 今この家には俺を含め三人で暮らしている。一人は有希で、もう一人は、

 

 

 「まったく、毎回毎回有希に起こしてもらわないで一人で起きたらどうなんだ?ほら…さ…お前の見苦しいものを見せてしまう恐れもねあるかもしれんだろ…?」

 「叔父さん、食事前に汚い話はやめてください!食欲なくします!」

 「おおっと、失敬失敬。」

 

 

 そう、この下品な人が最後の一人で、国広与一という。俺の父親の兄にあたる人だから、俺にとっても叔父になる。職業は作家で、仕事場は家だ。だから、日中は家にいる。

 ちなみに、俺の両親はどちらもすごい人で、父は建築士としてロンドンで働き、母は父に連れ添っている。昔は家族全員で暮らしていたのだが、父が出世したため海外に行くことになった、という次第である。勿論、俺も普通ならロンドンに連れてかれるのだが、俺が駄々をこねて国内に残ると訴え続けたため今に至る。叔父さんは独身で、常日頃から嫁がほしい子供が欲しいとこぼしていたからwin-winの関係なのである。

 そんな事情は置いておいて、とにかく叔父さんは下品だ。そんなんだから女が寄り付かないんだよと昔言ってやったが、無駄だった。結局ほしいほしいと口に出すだけで、そのための行動をとっていないので、これはある種のパフォーマンスなんだなと理解した。それ以来、煽ること以外では何も言わないことにしている。

 

 

「つか、なんで有希は下品な話だって分かったんだ?直接的な表現はなかったはずだが?」

 「それはっ……それはそのっ………!」

 

 

真っ赤な顔でこっちを睨んでくる。そして俺への怒りをご飯に向けたのか、がつがつとかきこんでいた。おいおい食欲なくすんじゃなかったのか?……にしても、女の子のこういった反応を見るのはなかなか面白いよな。……なんてことを思ってしまうあたり、俺もダメなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 有希を宥めた後食事を済ませて、俺も制服に着替えた。玄関に向かうと、すでに有希の用意は済んでいた。玄関に座り込んで呆けていることから、暇しているということがわかる。そりゃあ、俺が起きた時に既に制服を着ているんだもの、早いのは当たり前。だけど…朝貴重な時間で暇ができるってのはすごいな。……だけど俺はそうなりたいとは思わない。理由は単純、少しでも長く寝ていたいからだ。あと、俺と学校に行くことを前提ととらえてくれているのが大変可愛らしい限りだ。家族の絆が深まっているように思える。

 …なんてことを考えながら、有希の姿をさっと見てみる。有希の制服姿もだいぶ見慣れたな。もう六月だもんな。

 

 

 「じゃあ叔父さん、行ってきます~」

 「行ってくるわ。」

 

 

 簡潔に俺はあいさつを済ませ、外に出た。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 六月だというのに……この暑さはなんなのだろう。まだ六月だぞ?それでこの暑さってなんなのだろう。まだ冬服期間だから余計暑苦しかった。熱中症で倒れそう。

そんなことを考えながら鬱気に歩いていると、

 

 

 「兄さんが今何考えているか当てて見せてあげようか?」

 「……言ってみな?大体あっていると思うよ…」

 

 

 そう言ってみると、有希は自信ありげに、

 

 

 「ああ、幼い少女をペロペロしたいっ……!ペロペロしたいお~」

 「・・・・・・」

 

 

・・・・・・は?

いや、今思っていたわけではない。朝からそんなことを思うなんて、本当にただの変態じゃないか。ただ、有希がこんなことを言うことに思い当たる節はある。昨日の晩、俺がやっていたゲームにそんなことをほざくキャラがいて、あまりにその言い回しがツボに入ったものだから、俺もついまねしてしまった。……いやまじでなんでこれ聞かれてんだ。

 

 

 「ごめん、想像の斜め上をいってたわ。」

 「……ねえ知ってる?部屋の壁って結構薄いんだよ?」

 

 

共同生活も長いのに、そんな事実を初めて聞かされた。・・・・・・・・これからはマジで音量に気をつけよう。いろんな意味で。

 

 

 「そ、そういや、もう学校生活には慣れたのかぁ?」

 

 

俺がそう質問すると、有希はため息を一つつき、またも呆れた表情でこちらを見て

 

 

 「…兄さん、唐突すぎて話題を変えようとしてるのが丸わかりだよ……。しかも、その質問も何回もされたし……もう一度言うけど、奇跡的に栞ちゃんと一緒のクラスになれたし、クラスメイトは親しみやすい人がたくさんいるから毎日が楽しいよ。」

 「そそ、そうかそうか、それは何よりだなぁ。」

 

 

俺はあさっての方向を向きながらそう言った。

 

 

 俺らが通う高校、聖祥高校は徒歩で通える距離に位置している。市内ではトップクラスの進学校だ。ほかの特徴としては、校舎が新しいこと。部活動が結構何でもあること。アニ研、重音部、天文部、オカルト研とか、アニメやラノベ世界にしかないようなのもある。そして俺はゲーム研究部の一員だ。

 学校までの道のりの中ほどまで行くと、曲がり角からは見慣れた顔の女性が出現した。足取り重く歩くその姿は…まさしく“出現した”という言い方がふさわしい。彼女は俺に気付くと、怠そうにこちらに手を振ってきた。……こいつも、暑さにまいっているのだろうな。

 

 

 「おっす、朝から怠そうだな。暑いからか?」

 「分かってるなら聞くなよ……ほんと辛いんだからさ・・・・・・・・・返事をするのが。」

 「返事がつらいのかよっ!」

 

 

色素が抜けたのかと思うほどの白に近い灰色、髪の先端がパーマがかったショート…パーマについてはもともとこんな感じだったらしい(ただ俺は、髪のセットが面倒だとかそんな理由で放置したからこうなったのだと勝手に思っている。)そして、彼女の特徴的なところはこの死んだ魚のような眼だ。そんな彼女は荻原静乃。俺がさっき見慣れた顔と言ったのは、静乃が俺の小学校からの幼馴染だからである。

 

 

 「静乃さん、おはようございます!」

 「ああ、おはよう、相変わらず遼の従妹とは思えないくらい美少女だな。ぼくにも分けて。」

 「そんな、私なんて全然ですよ、美少女なのは静乃さんじゃないですか!」

 「いやぁ、これは照れるなあ。」

 

 

確かに顔は悪くないと思う。むしろ小学時代は男子からモテていた。ただ、小学6年のある時を境にどんどん陰鬱な雰囲気へと変化していき、卒業時には今よりやつれた見た目になっていた。生気の感じられない瞳に、ひねくれた言動をするようになり、あまり関わりたいと思われていないのが中学からの話である。とはいえ、今は最底辺の頃よりは落ち着いて、関わりたくない最底辺のカーストから、ノーマルカーストに位置するくらいにいる。

 

 

 「……おいおい、俺抜きで話を進めるなよ~」

 「いやいや、有希ちゃんの髪の毛の手入れ具合は尊敬に値するよ。ぼくも見習わなきゃな。」

 「静乃さんは特別な手入れをしないでその髪って・・・すごくうらやましいです。」

 「…って、おいおい!俺の扱いがぞんざいじゃないか!」

 「……え?お前はぞんざいな存在だろ?今更気づいたの?」

 

 

バッサリ言いやがったーっ!いや、またそんなことを言われるのだろうと思っていたけどさ、やっぱり直接言われると傷つくものがあるよ!

 

 

 「あと、お前見てるとなんか暑くなってくるから離れて。」

 「ああはい、すんません……」

 

 

言われるがままに俺は二人から離れることにした。

彼女は俺への扱いがひどくぞんざいで、年々苛烈さが増している。もっとも、直接的な暴力とかはなく、あくまで言葉でのいじりなのだが、成長していく中でボキャビュラリーが豊富になっていくので、さまざまななぶり方をするようになった。けれど、そのなぶりの一端に俺へのリスペクトというか、超えてはならない一戦は超えないようにしているのが見受けられるから、不快に思っているわけではない。だてに年数長く付き合ってきていないので、そこらへんは互いに理解しているのだろう。

 

 

 「ああごめんごめん、暑苦しいのはほんとだけど悪かった。そんな離れなくていいよ~」

 

 

暑苦しいのは否定しないんだね……

静乃に言われた通り、俺は静乃たちに近づいた。

 

 

 「……そういや、さっき俺の事をぞんざいな存在っていったけど、あれってダジャレかな?かな?」

 「「・・・・・・」」

 

 

彼女らは歩く速度を速め、俺を放置した。

 

 

 

 

 俺のクラスは二年六組。静乃も六組である。で、有希と別れて二人一緒に教室に入ることになる。何も知らない人がこの光景を見ると、あたかもカップルが朝から登校してくるかのようにも見えるだろう。だがしかし、そんな愉快な勘違いをする人はいないだろう。…なぜかって?それは、周りから見れば俺は静乃のいじられ相手みたいな印象でしかないからだ。

俺らが教室に入ると、まず第一声、

 

 

 「おはよう遼っ…。昨日のこれゾン最終回は見たかっ…?」

 「静乃、おはよう。」

 

 

朝っぱらからアニメの話を吹っかけてきたのは伊藤修二、なんていうか、口調がほんと某ギャンブル漫画にそっくりだし、基本的にクズだし、なんでもうまくできないのに、こと賭け事になると覚醒する。そういうことから昔からカイジと呼ばれてきたようで、俺もそう呼んでいる。ただ、漫画のカイジと違うところを挙げるなら、こいつは二次の世界に(俺によって)染まりきっているところかな。

次に、静乃に簡潔な挨拶をしたのが中河刹那。肩をある程度飛び出すほどの長さの黒のツインテールで、前髪にはヘアピンを付けている。すらっとした長い足を白のニーハイで覆い、絶対領域がちらつくなんとも股間によくないすばらしい恰好。顔面偏差値もトップクラス、学内屈指の美少女である。この学校の偏差値も高いので、完全に神が二物を与えている。静乃とは中学からの知り合いで、つまり、俺も彼女のことは昔から知っている。ただ…

 

 

 「静乃、今度の武力介入はまったく成功する気がしません。何か有効な策はありませんか。」

 「ええっと……ようは、テストがやばいってことでしょ?神様に何とか頼んでみれば?」

 「この世に……神なんていませんっ……!」

 「あーはいはい、じゃあ、地道に勉強するしかないねー」

 「やはりそうなってしまうの……」

 

 

 そう、非常に痛いのだ。名前が名前なだけに、某ロボットアニメに影響されている。オタクなわけではない。たまたまそれを観たらはまってしまっただけで、俺みたいに今期は何が放送されるだとか、そんなことはしていない。・・・・・・・でも、いつも朝は痛々しいわけではないはずなのだが―――

 俺はカイジと他愛もない雑談をしていると、始業のチャイムが鳴り、

 

 

 「みんな!今日は六月八日だ!千歳の妹ちゃんの誕生日だ!妹ちゃん、誕生日おめでとうっ!」

 

 

 開口一番、俺らの担任、東雲先生はそう言いながら教室に入ってきた。

 

 

 「先生っ……!俺もっ……嬉しくて仕方がありませんっ……!」

 「俺もっ……!」

 

 

 俺やカイジ、一部の男子たちはみなしみじみと喜びの思いをかみしめていた。去年ふとしたときに東雲先生からその女性の写真をみせてもらい、あまりの可愛さにみんなファンになってしまったのである。教員の立場で他の先生の個人情報を漏らすことには問題があると思うけれど、女性の許可がどうやらおりた(らしい)のでこんなことをしているわけだ。普段の口ぶりは完全にアホで、よく教員に慣れたなと思ったりもした。けれど、大人としての最低限の立ち振る舞いはどうやらあるみたいだ。

 

 

 「千歳先生にはお祝いの言葉をかけてやるんだぞ!ただまあ、喜んでばかりもいられない。みんな、二週間後は考査があるからな。留年なんてしたくないのなら、間違っても赤点なんてとるんじゃないぞ!テストの点なんて教科書丸暗記すればいいんだからみんな頑張れよ!」

 

 

わかっている、みんなわかっているんだ。それが極論だということは。ただ、もう何度も言われてるから、口に出すのも面倒なだけなんだ。

HRを終え、また授業が始まる。今日は日本史、現代文、数学、英語、政経、物理だったはず。

そんなことを思いつつ、俺は次の授業まで眠ることにした。寝れるかどうかは知らないけれど。

 

 

 

 

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 昼休みを迎えた俺は、飯を食うために席を移動している。ちなみに、面子は俺、カイジ、静乃に刹那である。……常識的に考えて、俺とカイジはきもちわるい人種で、そんなやつらが女子と食事……しかも刹那は学内屈指の美少女ときたもんだ。普通は同席できることがあり得ないのだが……友達補正と、刹那を狙う輩への魔除け代わりとして同席させてもらっている。

 

 

 「それにしても、相変わらず安綱先生の数学は難しいよなぁ」

 

 

俺は取り留めもなくそんなことをつぶやくと、

 

 

 「わかる。前に勤務していた高校のレベルが高かったから、その名残で高くなっているってのがぼくの考え。」

 「正直、二年の最初で微分積分が出てくるとは思いませんでした。」

 「ああっ・・・・・・・・・鬼畜じゃねえかっ・・・・・・!」

 「前にいた高校が超進学校なんだっけ?そのノリを引っ張ってるっぽいんだよなあ。ウチはそんなにできよくないだろうに…」

 「だがまあ美しいからいいや」

 「ああっ………!」

 「…あっそう。ドヤってるのうざいからやめてくれ。」

 

 

 なんか二人とも呆れて飯を食い始めた。本当のことなんだけどなぁ……。女性にはあの美しさがわからないのかなあ。30代半ばの熟れた体にあのとろける声、なんど俺の妄想の餌食になったことか……。

 

 

 「あ、俺、日本史の課題まだ提出してなかった。ちょっと職員室に行ってくるわ。」

 

 

俺は席を立とうとすると

 

 

 「待ってくれっ……!」

 「何?」

 「鳥飯おにぎり……それに……飲み物もっ……!」

 

 

 ったく…俺をパシリに使いやがって…

 

 

 「ぼくはガラナでよろしく」

 「サイダーでお願いします。」

 

 

 ……畜生っ…カイジのを買いに行くって言ってしまったから、断るに断れねえじゃねえか。

 

 

 「はいはい、わかったわかった。」

 

 

 今度こそ、俺は職員室に向かった。

 

 

 

 

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 昼食中の先生方の邪魔をしないようそそくさに職員室を後にして、あいつらに言われたものを買って、教室に俺は戻った。俺は何も買ってない。来るべき決戦の時に金は貯めておくのさ……まずはあのアニメのBDを買うだろ?次は…

 そんな桃色の妄想をしていたらいつの間にか昼休みが終わっていた。次は兼元先生の政経か、五時間目だし眠くはなるが、あの先生寝てる人に割と容赦ないから、気合いと根性で乗り切らなきゃいけないな。

……正直進学校に珍しいのかな?普通寝ている人は自己責任と割り切って放置する。でも気にかけてくれるだけ、優しさを感じるんだよな。まあそれと眠くなることとは別問題なんだけどもね……

 

 

 

 政経の授業は、俺に関してはなんとかなった。というのも、カイジが爆睡していて、今回の怒りの矛先はカイジに全て向いたから、そしてその顛末を見てたら眠くなくなったからである。

 そして本日最後の授業は千歳先生の物理だ。千歳先生が教室にやってきて、物理の板書を書き始める。

 

 

 「えー今日は、万有引力について――」

 

 

千歳先生が黒板に文字を書こうとしたその瞬間、チョークが折れた。千歳先生の筆圧が濃いわけではない。チョークの方がもろかったのである。そんなことあるかと思うが、実際、この現象は割とよくおこる。前に先生に聞いた話によれば高校時代はもっとついていなかったそうだ。けれど、祓ってもらったらよくなったらしい。それでも、まだついて内部類の人だと思う。でもそれ以上に今が幸せだから、本人はさほど気にしていないんどと。

 

 

 長かった授業がやっと終わり、放課後となった。みんな帰り支度をしている最中、

 

 

 「遼っ・・・!これからこれゾン放映会をするつもりなんだが……お前はどうするっ・・・・・・?」

 「いや、普通に部活あるから。」

 「そうか……なら仕方ないっ……!じゃあなっ……!」

 

 

そう、今日は部活で…さらには重要なブリーフィングなんだ。

カイジには悪いが、こればっかりは譲れないな。

ちなみに、カイジはどの部活にも入っていない。麻雀部とかなら入ってそうだが、彼はアニメを見ていたいからどこにも入っていないのだ。

 

 

 「じゃあね遼、また明日。」

 

 

静乃はそう告げて教室を後にした。

彼女もどの部活にも入っていない。理由は簡単、怠いからだ。一方刹那はといえば、

 

 

 「刹那、お前は今日も執行部の活動?」

 「ええ、今日もCBの活動があります。といっても、今日は会議だから、武力介入は行わないはず。」

 

 

この通り、執行部に入っている。正式名称は『生徒会執行部』という。執行部と名前はついてはいるが、それは名前だけで、ほかの学校の生徒会と何ら変わりはない。

刹那と俺が話しているとき、ふいに白ブレザーの女性が現れ、

 

 

 「刹那、用意はできましたか、今日の会議は早めに始めます。」

 「はい、会長」

 

 

彼女は緋色結衣。この学校の生徒会長で、三年である。その端正な顔立ち、髪型は腰くらいまである闇色のロングのストレート。冷然とした態度に、高身長、美乳。敬語なのに体からあふれ出るオーラ。それらの要素によって、彼女は男性の女神であり、女性からは憧れの対象である。そんなすさまじいルックスなら、告白はされまくりらしいのだが……人気俳優やアイドルでよくある、重度のおっかけは存在しない。なぜか。それは、あまりにもしつこく追い回してきたファンを再起不能にまでおいやったからだ。恐ろしくて内容は誰も聞けていない。その女子生徒はあまりの恐怖で『会長は裏表のない素敵な人です』としか言わなくなってしまった。この実例を機におっかけは消滅し、彼女への恐れから告白する人は減り、遠巻きに眺める人も減った。なお、超多かったのが多少多めになった程度でまだまだファンはいる模様。(しかも、恐怖させてもらえるということでドMの男たちが一気にファンになってしまった。)

 刹那は緋色先輩に連れられていった。俺も部室へ向かうことにした。

 

 

 

 

 俺の所属している部活『ゲーム研究部』は六階に位置し、廊下の隅に部室がある。さらに、そもそもこの高校自体が広い。故に、正直ここからは遠くて移動がしんどい。なぜこんなところに位置しているのかと言えば、簡単な話、需要があまりないからである。野球部やサッカー部は生徒からの人気もあるので必然的に部員数は多くなる、したがって、部費も多く出る→生徒たちが活動を起こしやすいところに部室ができる。だが、このゲーム研究部は文化部で、なにより部員が四人であるため、かろうじて部活が成立しているのが現状だ。よって、部費は当然少ないし、あまり生徒の行き来しないところに追いやられてしまうのである。まあ、部費はゼロじゃないし、あんまり人がワイワイいるよりかは少ないほうが個人的には静かで嬉しいので…いいんだけどさ。でもやっぱりこの遠さは嫌になるよ。

 だるがりながらもてくてく歩き、部室についた。

 

 

 「こんちわーっす。」

 

 

 俺はそう言って部室に入ると、まず最初に第一声俺に挨拶をしてくれた。

 

  

 「国広先輩、こんにちはです。」

 

 

そいつは俺の後輩であり、有希と同じクラスである。彼の名は柄谷栞。肩に触れるか触れないかくらいの髪であり、少し青系統によった髪色。前髪にはリボンがつけられている。イメージとしては、これゾンのハルナをイメージしてもらいたい。そして、清純で物静かであり、控えめな性格であるので、初見だと文学少女ととらえる人がいても不思議ではない。実際に彼女は教室内や部室内で本を。読むことが多い。だが、その本の中身はゲーム攻略本やライトノベルであることは、あまり知られていない。(主にクラスメイト)

 そんな彼女の手に収まっているのは本ではなはシャープペン、広い長机にはノートと教科書が広がっている。どうやら、試験勉強でもしていたらしい。そして、

 

 

 「ちょっと遅かったじゃない。待ちくたびれたわ~」

 

 

回転いすに座ってくるくる回りながら俺に挨拶(?)をしてきたのは、我らが部長、宮永龍華さんだ。髪は栗色で、セミロング。全体的にパーマがかっていて、本人も髪の手入れにはかなりの気合を入れているそうだ。そして、

 

 

 「やあ、カタギリ。二日ぶりだな。」

 

 

 彼は武士道。『ぶしどう』じゃなくて、『たけ しどう』と読む。ただ、本人は「私の事はハムと呼んでもらっても構わない。」と言い出しているので、みんなハムと呼んでいる。あと、俺の事は、今はカタギリと呼んでくる。“形あるものはいつか壊れる。ギリギリでいつも生きていたいから、Ah~~!!”と俺が意味不明な歌を歌ってた時に居合わせてしまい、それからずっとカタギリと略して弄ってくる。

 あと忘れてはならないのは……彼は金髪で、黒を基調とした羽織を着て、顔に仮面をつけていることである厨二病であることだ……。正直街に出るときは隣で歩きたくない。知り合いと思われくない。どうしてこうなったんだろう。俺がアニメを勧めたからなのかな・・・。

 

 

 「じゃあ、全員揃ったところでブリーフィングを始めるかな。栞ちゃんは勉強を一回ストップしてね~。」

 

 

回転するのをやめ、立ち上がった部長はよろめきながら「きもちわるい…」と言葉を漏らした。気持ち悪くなるのはわかっているんだから最初からやらなければいいものを。

よろめきながら奥にあるホワイトボードに手をかける。そこで数秒気を落ち着けると、ホワイトボードを引っ張り出して…

 

 

 「では、フォースレイドライブの戦術についての会議を始めるっ!」

 

 

 …切り替え早いなあ…と、俺以外の二人もそう思ったことだろう。

 

 

 このゲー研はアーケードゲーム『フォースレイドライブ(通称FLD)』についての活動を日々行っている。といっても、ただFLDをするのではない。この部には全国大会出場という目標があるのだ。その目標に向かって、日々鍛錬を続けている。e-sportsにも指定されたし、今激アツなゲームといっても過言ではない。

 フルドは有り体に言えばガンダムVSシリーズに似たものであり、戦闘形式は2対2もしくは4対4のチーム戦というのも似ている。違うところは、機体のメイキングができるところか。ガンダムブレイカーとラクガキ王国を足して割ったみたいな。ともあれ自由度が高すぎて調整が難しいんだけど、そこが楽しくてみんなやっている次第である。

 

 

 「とりあえず、まずは今月末にある地区予選を突破することが最優先だな。」

 「確か、一回戦、二回戦、準決勝、決勝と構成されているトーナメントでしたよね?ブシドーさん。」

 「そうだ。私たちが参るのは4人1組の団体戦。一、二試合目が2対2。三試合目が4対4となっている。だが、一回戦目は特殊で、四チーム一斉の2対2対2対2のワンセット、つまりは4人のうち2人は一回戦には出ることができないのだ。そしてこれが四ブロックにわかれている。そのセットの中で上位二チームが2回戦に進み、もう片方のブロックの二チームとで2対2の試合。ただ、この組み合わせはランダムであることを忘れてはならない。準決勝も同様だ。」

 「2回戦は3セットマッチ。まあ、2回連続で勝てばそこで終わりだな。そして準決勝からは3セット×2セット+1セット。つまり、一つのペアで2ポイント先取したら1セット先取したとみなす。ただし最終セットだけは一回勝負だ。」

 「しかも準決勝は、同じMSを連続で使えないっていうのも重要だよなぁ。」

 「使い慣れているのがそのMSだけで、極めてる人にとってはつらいよねぇ……パーツは5か所以上替えなくちゃならないんだよね…………まあ、同じMSばっかり使っていると対策を簡単にとられてしまうから、システムとしてはギャンブル性がでて面白言っちゃ面白いのかなぁ~。勝ち上がることにリセットされるからまあいいんだけど。」

部長は物憂げな感じでホワイトボードにもたれかかってそういったが、ふと何か思い出したのか、

 「3セット目は4人で出るからいいけど、1,2セット目はタッグは固定だってこと、わかってるよね?どの組み合わせが一番勝ちにつながるのか、今日それについて決めちゃいたいんだけど、ダイジョブ?」

 「え?今ここで決めるんですか?」

 

 

 柄谷が意外な顔で部長を見ていた。部長は、首を横に振り、ぽりぽりと頭をかいた。

 

 

 「これからゲーセンに乗り込んで、いくつか実戦してから決めようと思ってる。だから、これから時間は空けておいてよ~。」

 

 

 それを聞いて、柄谷は肩をなでおろしていた。俺も正直ほっとしている。もし仮に部長が今ここで決めるって言ったら、俺は反対して現地で決めようと提案しただろうよ。それほどまでに今日決めたくはなかった。そもそも今日はしたくてもできないし。なぜなら俺は進学校では珍しく、バイトをしているからである。

 

 

 「今からですか?今ちょっとそんなに金持ってきてないですから、明後日にできませんかね?」

 「明後日?明日じゃなくて――あ、先輩明日はバイトの日でしたっけ。」

 「そうそう、資金をためないとな。」

 「そこは社会の経験のためとかにしときなさいよ……でもまあ、それなら仕方ないか。今すぐ決めなくちゃならないってわけでもないし。じゃあ明後日ってことで。」

 「心得た。」

 「わかりました。」

 「じゃあ、今日はもう特にすることもないので今日は解散!」

 

 

 あれ、作戦会議じゃなかったの?

 そんなことを思ってふと柄谷の方を見てみたら、そのきょとんとした顔から、彼女も俺と同じことを思っているのだろうと読み取れた。

 でもまあ、そんなあいまいな感じもいつもの事か。

 

 

 俺は今日はもう帰ることにして、玄関を出た。ちなみに、ほかの三人は俺の帰る方向とは真逆である。帰り道は、いつも一人だ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 「そもそも、俺はだれとの相性がいいのかってことだよなあ。」

 

 

 今日の部活でのことを思い浮かべながらぶつぶつつぶやきながら玄関を出て、家に向かって歩いていると、

 

 

 「……遼君、さっきから独り言って気味が悪いんですけど…」

 「うぉい!刹那、いつの間にっ…!」

 

 

 驚いて振り向いたら俺の真後ろに刹那がいた。ちなみに、朝ついていた青と白のヘアピンのうち、青の方は外されていた。

 

 

 「目の前に遼君が歩いているのが見えたから寄ってみたんだけど気づかないし……私、わりと走ってきていたんですよ?」

 「悪い、まったく気づかなかったわ」

 「向かってくる足音も聞こえてないってことは…何か深くて重いこと考えていたんですか――と言いたくなりましたが、どうせゲームとかのことを考えていたのでしょう?」

 「おおう、まさにその通りだぞ。あともう言っているぞ。」

 「ちょっとは否定をしてくださいよ…って、細かいことは気にしないでください!」

 

 

刹那はやれやれといった感じだ。

彼女はずいぶん朝と違っている。いたって普通な女性の言動だ。これは単純で信じられない話なのだが、ヘアピンの色で言動が変わるのである。本人曰く気合の入りが違うらしい。彼女は青のヘアピンのあるなしで厨二病のオンオフをしている。顔つきも微妙に変わる。青いほうの方がキリッっとしている。さてここで、白のヘアピンを外したらどうなるのかという疑問が浮上してくるのだが……正直俺にもわからない。

 

 

 「こんな早い時間にここにいるってことは…執行部の会議が早く終わったってこと?」

 「ええ、カトル先輩がちゃっちゃと議題に出ていた問題を解決しちゃったので、やることがなくて帰ってきました。」

 「さすが学校一のイケメンなだけあるな」

 「顔は関係あるのかどうか知りませんけど…。」

 

 

 彼、カトル先輩の本名はカトル=ウィナーといい、留学生である。クリーム色の髪で、知的なメガネ男子である。高貴な雰囲気が漂っているのは気のせいではなく、まさに彼はいいところの御曹司である。(バイオリンとか普通にプロレベル…いや、プロとまではいかないけどそれくらい上手に弾ける)男らしさからのかっこよさというよりかは誠実な紳士というか…。とにかく次元が違う。会長の緋色先輩、副会長のカトル先輩、彼らの次元が違うせいで、執行部は一部生徒から神格化されているらしい。その美女美男と一緒の空間にいたいがために執行部入りを目指そうとしている人も数多くいるのだが、採用基準がイかれているため執行部入りする人は全然いない。

 そして、刹那はそのイかれた採用基準を突破した。会長から聞いたところによると、「姉と同じく素質がある」からだそうだ。

 

 

 「カトル先輩と付き合うのと緋色先輩と付き合うならどっちが――?」

 「緋色先輩」

 「ですよねー」

 「聞いておいてなんですかその態度は!」

 「いや、あまりにも返答が早かったもので。」

 

 

そんなやり取りをしていると、刹那の家が近づいてきた。彼女の家は学校の傍なのだ。

 

 

 「じゃあ、遼君、また明日。」

 「おう、じゃあな」

 

 

 刹那は駆け足気味でその場を後にした。

 

 

 日が暮れたころ家につくと、有希は特に何かをしているわけでもなく、リビングのソファの上でごろごろしていた。

 

 

 「あぁ・・・・・おかえりなさぁい」

 「なんか眠そうだな。」

 「だって実際眠いんだもん……あー…眠い。」

 「そんなに眠いなら自分の部屋に行って寝てくればいいじゃないか。」

 「なんかねぇ……今って夕方でしょ?昼寝っていうわけでもないし……もう少したったら夕飯だし・・・すごく中途半端じゃん。もっと早く家についていたら寝てただろうけど…」

 「ああーそうかい。」

 

 

 軽く相手にするのが面倒になったので、とりあえず自分の部屋に向かった。

 

 

 夕飯を終え、テスト勉強を終え、特にやりたいこともなかったのでいつものようにあとは寝るだけとなった。ああ、また同じように毎日の繰り返し。別にうんざりはしてないさ。うんざりしていたとしてもどうしようもないしね。

 俺は部屋の明かりを消して寝ることにした。明日も一日頑張るぞい!なんて、糞みたいなことを思っていたが、この日みた夢から、俺の人生は大きく動くこととなったのだ。



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1-1-1 死の宣告(中編)

 

 「……おい。」

 

すうすう。

 

 「……おい・・・」

 

むにゃむにゃ。

 

 

 「目を覚ませぇええ!!!!」

 

 

 何者かに蹴られて、俺は目を覚ました。ところが、目に前には何もない真っ白な空間。そして、俺の目の前には一人のスーツを着た男が不機嫌そうな面構えで腕を組んで俺の傍に立っていた。見た目は割と若い青年である。27歳くらいか?なかなか荒々し髪型や顔のつくりをしているから、若くみえるだけなのか?まあそんなことはどうだっていい。俺は寝巻に着替えていたはずだ。それなのに今は学ランを着ている。そんな非現実的な事象が眼前に広がり、身に起こっているということは、どうやら俺はまだ夢を見ているようだ。レム睡眠だっけ?夢を見る方って。

 

 「はぁ…やっと起きたか。まったく、手間をかけさせないでくれ。」

 「……まずは俺を蹴り飛ばしたことへの謝罪を要求したいんだが。」

 「時間がないからそれは省く。第一痛覚がないのだからそのくらい許容しろ。」

 

…言われてみれば、どこにも痛みが感じない。蹴られた衝撃はあったはずだが、どこも痛まないなんて何とも不思議な話だな。

 

 「理不尽なことは変わりない気がするんだけど。てか、そもそもあんた何者?」

 

そういうと男はふんぞり返って

 

 「私?私は……そうだな、神様だよ。だから君は私を敬わないといけない。」

 

どうやら俺は随分カオスな夢を見ているようだ。神だと自称する脳内お花畑の痛い人がいるとは……仮に神だったとしてもこんなスーツ着た男が神には見えんって。あとちょっと言いよどんだだろ。設定するならちゃんとやれよ…

 

 「ちょっと、そこは呆れるところじゃないから―――まあいい、本題に移ろう。」

 

男はそのおどけた感じから一変、真剣な表情になった。

 

 「唐突だが国広遼君、君は今の環境―人間関係に満足しているかい?」

 

本当に唐突だなあこの男。今の環境だって?それは・・・・・・・

 

 「う~ん…別に普通としか言えないかな。改めて思い直すことでもないし。」

 「本当にそう思うかい?今、ものすごく幸せだと感じないのかい?」

 

しつこいな、いい加減相手にするのが面倒臭くなってきたゾ!

 

 「確かに幸せといっちゃ幸せだけど、別にものすごく恵まれてるってわけでは…」

 「女性関係は?」

 「う~ん……」

 

別に彼女とかいるわけじゃないしねぇ……

 

 「普通じゃないっすか?」

 

 するとこの男は軽く声に怒りを込めて、

 

 「女の幼馴染、義理の妹のような存在、クラスメイトの女子、部活の先輩・後輩、生徒会の会長、そして教師陣。しかも、全員美人。普通、一般的な男子生徒はこんなに複数の女性と…こんなに可愛い女性と親密な関係を持つなんてことはありえない。イレギュラーなんだよ。それなのに君はどうだ?君は、こんなに恵まれた環境を特に幸せとも感じず…。」

 

……!確かに、会長と親しくしているのは結構レアなんじゃないのか!?

……まあでも、そんなことは個々の価値観にすぎないし、会長は多くの生徒と仲がいいからな、まあ、そう考えてみたら普通なことか。自意識過剰も甚だしい。

 

 「そういわれましても・・・」

 「君にとっては、それが常識なのかもしれない。が、しかし、そう思っているのは君だけだとまず理解してほしい。」

 「はぁ……」

 

 まあ確かに、時々周りの友達からそんなようなことは言われるけど、だからと言って主人公ハーレムみたいな展開なんて皆無だし…。そもそも、恋愛というのは見ることこそが素晴らしい。自分という汚い存在を可愛い子と一緒にいたらその子がかわいそうだ!

 

 「でも俺、そうはいうけど別に知っているだけで誰と特に仲がいいってわけじゃないっすよ?」

 

 すると男は、ニマリと笑い、

 

 「そこなんだよ。複数の女性と関係を持っていながら、誰とも特別に仲良くなろうとしない。私が何を言いたいのかわかるかい?」

 「さぁ……」

 「要約すると、『爆発しろ』」

 「……はい?」

 「こんなに素晴らしい環境、これは男子の夢!その環境にいながらお前は彼女も作らず平々凡々と暮らしている…………日頃ひもじい思いをしている悲しいすべての男子生徒に詫びろ!」

 

もういやこの人。

 

 「ということで、お前に呪いをかけることにした。」

 

 さらっととんでもないことを言う。こいつ頭いかれてるんじゃないのか。呪いとか何とかさ…つかさー、すべてって何人?周りの男ら含めて五人とかそんなもんだったら笑えるな。まあ、夢の中だし、カオスなのは仕方ないか。デスゲーム風を装うなら、まず顔にかぶり物をしろ。顔が割れてるゲームマスターなんてありえんでしょうに。……もう目を瞑ろう。――いや現実の俺は今も瞑ってるか。

 

 「理不尽だなぁ……つか、その呪いとやらはいったいどんなものなのですか」

 「それは――――」

 

自称神は一拍おくと、

 

 

 

「『お前の周りの女性との関係をリセットさせる』――というものだ」

 

 

 

なんてことを言ってきた。

内容が想像通りぶっ飛んでいて、俺は妙な安堵を覚えた。

 

 「きっとお前はこう思っている。『想像通りぶっ飛んでいる内容だ』と。だが、これは冗談で言っているわけではない。というかそもそも、こうして君と会話しているのは君の夢ではなく私が君の意思に干渉しているものなのだがね。」

 

……厨二病乙。

 

 「はいはい、俺は呪いをかけられても、それでもかまわないよ。彼女なんて作る気ないし、俺の環境が悪くなろうがどうでもいいし。」

 

その言葉を聞くと男は含みがあるような顔つきで

 

 「その行動が、君の周りの女性…すなわち、萩原静乃、天海有希、柄谷栞、中河刹那、宮永龍華、緋色結衣に影響するとしても?」

 

 そういった。

 

 「そりゃあまあ、リセットされるんだもの。当たり前だろ。」

 

 「……周囲との関係をリセット…いいかえれば、まっさらな状態、まだあって話したこともない状態、赤の他人の状態……それは女性側にも言えること……つまり、女性側をぶっ殺してしまえば、“君”という存在は彼女らから消えるよね。あるいは君を殺すか。」

 

 「・・・は?」

 

意味が分からなかった。正確には、文字どおりの意味はとらえていたが、何故こんな考えに至るのか、ということかな。頭には疑問符しか浮かんでこない。

 

 「文字通りの意味だよ。君がこのままの態度をとり続けるなら、彼女たちには“死”という名のひどい目に遭うだろう。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 「まああくまでも、このままの態度をとり続けるなら、ね。」

 「……そんな含みのある言い方をするってことは、それを回避する方法があるってことだな?」

 

すると男はにやりと笑って、

 

 「ああそうさ。この事実を回避する方法。それは『君が年内中に彼女を作る』ことだ。」

 「…はぁ。」

 

なんとなくそんな予感はしていたさ。彼女をつくってことをさ……。でも、だからといってすぐ実行できるものでもないし……。というか、できる保証はない。むしろ出来ない(笑)

 

 「君はこう思っている。『そんなことできるわけがない』と。まあ、いきなり彼女を作れと言われて、それが難しいことは重々承知だ。だから、サポートはする。」

 「……さんざんもげろなどと言っておいてサポートってどういうことだ?自己矛盾もいいところだぜ。」

 

そういうと男は真剣な表情だったのが一瞬曇り、そして

 

 「私は人間の不快指数上げないようにするのを仕事とする神だ。最初に言ったではないか…………まあいい、そして、もっとも不快指数がたまりやすく、その数が多いのが、ひもじい思いをしている男子学生だ。彼らの不快指数は年々飛躍的に上昇している。二次元の世界にあこがれ、現実世界とのギャップに絶望し、自分に自信を無くしている。そんな彼らが不快になる最大の要因は君みたいな者が存在することなのだ。彼らは複数の女性と関係を持ち、それなのに誰も選ぼうとしないダメな方向の主人公を嫌う。二次元の世界ならまだしも、現実でそれを起こした時には、不快感と嫉妬心が大変なことになるだろう。だから私は、彼らの不快指数を下げなくてはならない。不快指数を下げる、つまりは『誰も選ばない主人公ハーレムという状況から脱する』ということなのだ。脱するために私はサポートをするってことなのだよ。……ああそう、けなしたのはただ単に君にイラついたから。これでおk?」

 「……まあ、理屈は分かった。」

 

そのとき、ふとあることが脳裏をよぎった。

 

 「一つ疑問なんだけど、神の力とかを使って不快指数を下げれないの?俺に呪いをかけるくらいなんだからそれくらいの事はできる気が……」

 

男は数秒黙った後

 

 「まあ、こっちにも事情というものがあるのだよ。そんなことできたらそもそも君にこんなことはしない。―――とにかく、そのサポートの一つとして《告白券》というものを君に与える。」

 「なんすかそれは?」

 「それは――――おっと、もうあんまり時間がないようだ。君のサポートのためにエージェントを送っておく。告白拳についてはそいつから聞いてくれ。明日の夕方以降には会えるはずだ。」

 「ちょっ……中途半端に終わらせ―――」

 

そして、男は俺の前から姿を消し、俺は意識を失った。



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1-1-1 死の宣告(後編)

6月9日  火曜

 

 アラームが鳴り始めると同時にアラームを止めていた。昨日の奇妙な夢のせいで無駄に頭が冴えているため、いやでも起き上がってしまう。だからといって二度寝をしようとしたら昨日と同じ結末だ。ブザーを持った有希が……うぅ、考えるだけでもいやになる。

 ふと、今朝見た夢を思い出そうとしてみる。すると、ほとんど覚えていた。変な黒服の男、彼女を作らなきゃ周囲の奴らが殺されるとかという呪い、サポート、エージェントetc.…

なんでこんなに覚えているんだろう、昨日の糞寒いポエムを覚えているように、厨二心をくすぐるものだと覚えるようになっているのかな、俺の脳は。

 

 「兄さんあっさだよ~――って、なんで起きてるの!?」

 

あまりに衝撃的だったのか、握っていたブザーを床に落とすほどであった。なにもそこまで驚かなくても…

 

 「たまにはこういう日もあるさ。」

 「鳴らしたかったのに……」

 「恐ろしいことを言うなよ……」

 「まあいいや、朝ご飯だから降りてきてね。」

 「オーケイ、今降りる。」

 

 

 叔父さんも、俺を起こしに来た時の有希と同じ顔をしていた。

 

 「おお、お前が自分で起きてくるとは…こりゃあ珍しいことが起きたもんだ。どうした、昨日は自家発電をしなかったのか?」

 「してねえよ…つか、いつもしてねえよ!」

 「嘘をつけい!絶賛発電中だからいつも眠りが深いんだろうが……俺は知ってるんだぞ、お前の部屋のごみ箱にはいつも大量のティッシュが…」

 「ねえよ!」

 

だってたまりかけたらトイレに流して処理してるからな!

 

 「ははは、そう怒るな、軽いスキンシップじゃないか」

 「…はぁ」

 

 もうやだこのお方。

 

 

 飯を食い終わると、有希はかなり急いだ様子で家を出た。どうやら、学校で用事があるらしい。

 一方、俺は特に用事もないので、その十分後、いつものように家を出た。

 今日の天気は雨。傘をさすのは面倒だから、いっそのこと走っていこうかなと思っていたが、けっこう降っていたので、傘をさすことにした。俺は雨が嫌いだ。少女が鬱気に傘をさす描写ははかなげでとてもそそるものがあるけど、現実はそれ以上に不快感が勝っていやになる。

 なんてどうでもいいことを考えていたら、左側の道から、悲壮感が滲み出ている静乃が見えた。あれははかなげではない。どんよりだ。雨を身体で表現しているかのようであった。

 軽い挨拶を済ませた後、俺は静乃の隣に並び、学校へと足を向けた。

 

 「今日の天気は鬱になるよな~」

 「そう?晴れている日は暑さが鬱陶しいし、曇りの日はどんよりした感じがぼくのテンションを下げていく。でも雨にはそれがないじゃないか。しとしとと降り続く。なんとも風情があるじゃない?」

 「でも、濡れるのは嫌だろ?」

 「そんなことは・・・・・・・でも、どんなに傘をさしていても足元や方は濡れる。足元が濡れるってことは必然的に靴下も濡れるし、張り付くし、そもそもじめじめしているから・・・・・あれ、ぼくってもしかして雨が嫌い?」

 「もしかしてじゃなくて嫌いだろ。」

 「まあ、そうかもしれないな。」

 

なんとまあ好き嫌いの転換が早いことよ。

 

 「じゃあどんな天気が好きなんだよ。」

 「なんだろうねぇ・・・・・・・。」

 

 他愛のない話。だけど、それができるってことは平穏の証ってわけで…もし、もし仮に、夢で言っていたことが本当ならこの平穏が崩される。

 って、夢の話を現実に持ち込むなんて、相当あの話が頭に残っているんだな。

 

 

 多少の警戒はしていたものの、エージェントなんて来なかった。はじめは覚えていたものの、だんだん頭の中から抜けていき、放課後になったころにはバイトに行くことしか頭になかった。

 俺が働いている店『パルシェ』は中央区に位置しており、ジャンルとしてはランチ、軽めのディナーもとれる喫茶店である。シックな雰囲気が漂っていて、店内はジャズやクラシック音楽を流し、仕事の休憩のサラリーマンや、勉強する大学生や専門学生なんかが集う。高校一年の春のころ、市内のゲーセンを行き漁っていた時、歩き疲れたので一休みしようと入ったのがこの店だ。ちょうどそのとき、『従業員募集中』とかかれている張り紙を発見した。当時の俺はお小遣いをすべて趣味に費やしていたため、正直言ってお金にはかなり苦労していた。しかも叔父さんの家に居候させてもらっている身であるから、わがままも言えない。なので、働く分には都合がよかった。文科系の部活にいるから時間の余裕はあるので、勉強との両立も問題なさそうだった。さらに時給が高いからため、次の日には履歴書を持ち込んでいた。面接が通ったので、晴れてこの店の従業員となったわけなのだ。

 裏口から入り、すぐに仕事着に着替えて、仕事に移った。ちなみに、シフトは週ごとに決定。平均して週二回三時間ほどはたらくので、月は大体3~4万入る。ゲーセン代もざっくざく、漫画やグッズも買いまくりなわけなのです。

 

 「3番テーブルに新作パスタよろしく。」

 「はい。」

 

 俺は言われるがまま料理を運ぶ。それが仕事だからね。この仕事は割かしきつい。なぜならウェイターが俺を含め二人しかいないからである。この店はあまり広くないので、楽っちゃ楽なんだけど、何故人気のある店だから、休む暇などなく料理を運んでいる。そして、今日は特に人が多い。店で新しい料理を売り始めたからだろう。

 7時半になったので、俺は作業をあがることにした。

 更衣室に回り、制服に着替えて裏口に回ると、そこには俺と同じように仕事をあがって、帰り支度をしている女性がいた。

  

 「今日もなかなかの仕事ぶりでしたよ。」

 「ありがとうございます、緋色先輩。」

 

そう、聖祥高校の会長で、全校生徒の憧れの的である緋色先輩はこの店のキッチンで働いているのだ。

くうっ…!白ブレザーが眩しすぎるぜっ…!

闇色の髪との相性がすヴぁらしい!白が黒を引き立てるシンプルなものだが、そのシンプルさゆえに清楚さを醸し出しているっ・・・!

まったく、写真に収めたいね。

 

 「……どうかしましたか?何やら呆けていたようですが。」

 「…!ああいえ、気にしないでください。」

 

っべーっ!今考えてることばれていたらこの先が気まずいことになってたぜ。俺は先輩に対してはそんな姿を見せないようにしていたのだから!

 

 「それより、今日は一段と人が多くありませんでしたか?」

 「そうですね。おそらく新しい料理を出したからでしょうか。お客様は感想とか漏らしていましたか?」

 「ああ、パスタの評判は上々でしたよ。俺の知る限り、頼んだお客さんすべてが肯定的な感想を述べていました。――まあ、直接聞いたわけではないですがね。」

 「断片的に聞いてその結果なら、きっと正しいのでしょう。………でも、初めて商品として出したのに、そんなにいい評判もらえるとは思ってもいませんでした。むしろここが駄目だとか、そういった指摘がほしかったのですけど・・・」

 「まあまあ、評判は良かったんですし別にいいじゃないですか。」

 「―――そうですね。前向きに考えましょうか。」

 

緋色先輩は今まで曇っていた表情から一変、その見るものを癒すかの如し微笑に俺は目を奪われた。やっぱりお美しいです…。

 

 「そういや、ずっと前から思っていたんですけど、なんで緋色先輩はここでバイトをしてるんですか?」

 「まあ、ただ単に料理の技術を上げたかったからですよ。」

 「ああなるほど。でも――それって家でも出来るんじゃないですか?」

 

その時、会長の顔が一瞬ひきつったが、すぐ元に戻った。

 

 「………それだと他人の評価が得られないじゃないですか。身内からいい評価がもらえても、それはあくまで身内内。でも、ここで働けば正当な評価が得られるでしょう?まあ、家と違って報酬が出るっていうのもありますけどね。」

 「やっぱりお金は大切ですよね…。ああそうだ、ここで緋色先輩が働いてるってことは聖祥の生徒は知ってるんですかね?」

 

すると緋色先輩は

 

 「生徒会の人には話してあるので、知っていますよ。あと、一部のクラスメイトにも。」

 

一部のクラスメイト、言われた瞬間はぴんと来なかったが、後に理解した。

 

 「一部クラスメイトって、宮永先輩のことですよね?」

 「その通り。――ああ、貴方はゲーム研究部の部員ですから、彼女の名前伏せなくてもわかっていましたか。すいません、うっかり忘れていました。」

 「俺、忘れられていたんですか……」

 「・・・まあまあ、そんなに気を落とさないでくださいよ。」

 

俺は緋色先輩に励まされた。ああ、こんなに美しい人に励まされると元気が出るなあ――あれ、なんで俺が励まされているんだ?

 

 「――――――で、話を戻しますが、龍華と生徒会の皆さんを除けば知っている人はいないと思います。別にほかの人に知られて困るというわけじゃないですが――あ、でも生徒会長たる私がアルバイトというのはいささかイメージが悪い気も…いやそれは思い込みすぎでしょうか。………そもそも、この店に聖祥の生徒は全然来ないですし……まあ、過去に数回生徒が来ましたが、相手に気付かれたってことはありませんでしたし。」

 「ああー確かにそうですね。愚問でしたか。」

 

この店は中央区の入り組んだところにあり、この店は学生じゃなくて社会人を対象にして品物は割と高額になっていて、学生が通うには経済面と交通の便で厳しいものがある。ということで、聖祥の人が来ることはあまりない。緋色先輩のおっかけが来そうだなって思っていたけど、その事実を忘れていた。

 緋色先輩は東区住まいのため、駅までの道のりが一緒だ。駅で緋色先輩に別れを告げた俺は西区行の電車に乗った。ちなみに、雨はまだ降りしきっている。おかげさまでアスファルトには川ができてるよ。シャロウストリームだよ。こんな天気で、こんな足場じゃ足取りも遅くなるわ。まあ、それはしゃーなしだな。

 

 

 

 

 

 

 

 家の近くまできたころには、時刻は八時半になろうとしていた。通常ならもっと早く帰ってくることができるのだが。ふと目線を足元から正面に向けた時、俺は気づいた。傘をさしている一人の女性が、家の向かいの壁際の電柱の傍に立っていることを。彼女は俺に気付くと駆け足で寄ってきた。そして、こういったのだ。

 

 

 

「あなたが国広遼君…だよね?」

 

 

 

 

 顔立ちは、身長などの外見からして、俺とタメくらいかな。なんで俺の名前を知っているのだろう。同じ学校なら納得…いや、俺は目立たない男だ。こんな女性が俺の名を知り得る機会がない。てか、こんな雨の中家の前で俺を待つってさ…そこがまずおかしくないか?…はっ、まさか恨みを買われて……ってそんわけ……

 

「ええと…なんか困惑しちゃってるけど…じゃあ、こういったらわかるかな。『神様の使いで、あなたをサポートしに来た者だ』って。」

 

 ・・・・・・・・・は?

 今なんて言った。

 俺は夢でも見ているのか?

 なんでこの女は俺の夢の内容を知っている?

 てことは、つまり昨日の夢は……

 俺が困惑した状態を続けていたせいか、彼女は痺れを切らした。

 

 「ああもう!物わかりが悪いなぁ!『夕方くらいにエージェントを送る』って言われてたんでしょ?それが私なの。あなたが夢だと思っているのは間違いで、本当に意識に干渉していたんだから!」

 「…………まじで?」

 「ええ。」

 

ここまで自分の夢の内容と一致しているものだから、この女性の言っていることは妄言なんかではなく真実のようだ。自分の呑み込みが早いのは、この手のアニメを見すぎたからだろうか。

 

 「わかった。とりあえず昨日の夢は夢じゃないってことは分かった。だけどいまいち実感がわかないんだよ。そんな非現実的なこと。」

 「確かにそうよね……いきなりこんなこと言われて信じろってのは無理があるわ。まあ、その問題の解決もかねて重要な話があるんだけど、時間ある?」

 「まあ……大丈夫、かな。」

 

 特にすることもなかったし……いや、勉強するということがあったか。まあでも、それは今すぐにやらなくちゃならんというわけでもないし。

 

 「わかった、じゃああなたの部屋で話すわね。」

 

 そういって彼女は俺の家に入ろうとした。

 

 「ちょっ、ちょっと待て!」

 「ああ?何よ、なんか問題でもあるの?」

 「なぜ俺の家でなんだ?ほかにもいい場所あるだろ!」

 「じゃあ、ほかの場所は?雨降ってるんだから外は嫌よ。しかも、人に聞かれたらまずい話でもあるし。」

 「お、俺の親族はありなのか??」

 「ああそんなこと?あなたの家族と思しき人物は結構前に家を出て行ったわよ。大人の男性と小さな少女がね。」

 「…まさか、叔父さんと有希が二人だけで出かけるなんて、そんなこと――」

 

 俺はとりあえず家の中を確認しようと扉に手をかけたが、カギがかかっている。

 あれれーおかしいなーいつもなら鍵なんてかかっていないのになー

 がさごそとあいている左手でカバンの中を漁り、携帯を取り出してみると、表面に内蔵されているライトが光っていた。これはメールが来ている合図である。恐る恐る携帯を開いてみると―――

 

<From.Yoichi To.Ryo

なんか、今日のお前の帰り遅いし、飯作るの面倒だから有希と一緒に外に食べに行ってるからな。そのあと買い物(主に有希のもの)に行ったりするから、帰りは割と遅くなる。飯はレトルトとかあるから、頑張って。……あと、彼女を家に上げるのはいいが、将来を見据えた行動をとれよ?>

 

 血の気が一気に引いて行った。

 

 「どうやら、大丈夫そうね?」

 「……ああ…あがっていいよ………」

 

 俺は覚悟を決めるしかないらしい。

 そうして、初めて会った女性を初めて家に上げることとなった。

 



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1-1-2 セクハラ糞野郎

 「っ・・・・・・!」

 

 ははは、俺の部屋を見て息をのんでいるぜ・・・・・・ポスターやらタペストリーやらはクローゼットの中に保管しているからいいものの、何段にもなっているガラスケースに飾られている大量のねんどろいどたちはどうにもならない。彼女は俺のねんどろに目を向け、近寄ってまじまじとねんどろたちを見始めた。そうした後俺の顔を見て、血の気が引いていくような表情をした。

 

 「やめてっ!そんな悲しい目で俺を見ないでっ!」

 「だってさぁ・・・・・・ねぇ。・・・・・・それとも言葉で表現してほしい?」

 「・・・・・・いや、いいです。」

 

彼女は頷き、俺の椅子に座った。俺も立ちっぱなしはアレなので、ベッドの上に腰かけた。

 

 「まずは自己紹介からかな。」

 

そういうと彼女はかぶっていたフードを脱いだ。そのとき、どういう原理で隠れていたのか知らないが、肩くらいまでの横ポニがたなびいた。つか、よく見るとなかなか可愛い顔して――――いやなんだこの美少女!?本当に人間か?三次元もなかなかやるじゃんね。

さらに特筆すべきは彼女の服装だ。上はパーカー、下はミニスカートであり、パンストとかレギンスを身に着けているわけではなく、艶やかな生足が晒されている。少し細めのすらっとした太もも。ムチムチこそはしていないが、これはこれでスケベだなぁ。しかも、彼女は椅足組んで座っているからさ・・・・・・見えそう!あれが!アレが見えそうなんですよ!

でもっ・・・今から重要な話が始まるのにっ・・・・・・そんなよこしまな感情を抱いていちゃあまずい!俺のマグナムが反応してはまずいんだ!

 

 「・・・・・・ねえ君、どうしてそんなに体勢が低くなっているわけ?」

 「ちょっと腹筋のトレーニングをしたくて。」

 「なんか挙動不審ね・・・・・・まあいいわ。」

 

不審がっていたが、めんどくさいのかさらりと流した後は、それっきりだった。

―――――やばいやばいやばいやばいやばい、女性のブラックスポットを見たいがために姿勢がどんどん下がっていってしまったゾ!幸い彼女は事の真相に気付いていなかった。もし知られていたらどうなっていたことか・・・・・・考えるだけでも恐ろしい。

 

 「私は榊怜。苗字はあまり好きじゃないから怜って呼ぶこと。あと、下の名前はトキとも読めるけど、違うから。レイだから間違えないでよね。」

 「わかった。 俺の自己紹介っている?」

 「いや、ある程度の事は分かってるからいいよ。それよりも・・・・・・」

 

 怜は一泊おいて、大きく深呼吸をして、

 

 「あんた、来るの遅すぎ。おかげで肩はびちょびちょ、足だって濡れてるし・・・・・・スニーカーソックスだったからまだいいけど、二―ハイとかならもっと大変なことになってたわよ・・・・・・」

 「すまんな、雨があまりにひどくて足取りが重くなってしまった。」

 「まあしょうがないか・・・・・・ごめん、気持ち悪いから脱いで乾かしていてもいい?」

 「ファッ!?」

 「いや、気持ち悪いってあなたのことじゃないわよ?そりゃまあ、この部屋は気持ち悪いけども―――――そうではなくて、濡れた靴下はいてると張り付いて不快じゃない?」

 「ああ、そういう・・・・・・」

 

 俺はストーブに電源を入れ、彼女の靴下を受け取ろうと手を差し出した。すると、流されるまま怜は俺にそれを渡してきたので、靴下を丁寧に丁寧に広げてストーブの前においた。

 

 「いやなんか手を差し出してきたから思わず渡しちゃったけど、何もあなたにお願いするつもりはなかったし・・・・・・あと、ちょっと動作が気持ち悪いわよ。部屋もきもい、態度もきもい、ほんと、なんでこんなヤツの周りに女の子が集まるのかしらね。」

 「フヒヒ、サーセンwwwww」

 

 俺はキチガイスマイルを華麗に決めると、側頭部に強い衝撃が走った。一瞬何が起こったのかわからなかったが・・・・・・座っていたはずの彼女が立ち上がっていることから・・・・・・どうやら俺は蹴られたらしい。本来ならキレているが、不思議とそんな気持ちはわかなかった。この気持ちは何だろう。目に見えないエネルギーの流れが、彼女の足から伝わってきたのかな。

 

 「その顔すっごくイラってきたからブチかましてやってけど悪く思わないで・・・・・・うぇ、なんかあなた蹴られて喜んでない?」

 「そそ、そんなことはないぞ、俺はマゾじゃないからな!それより何か話があるんじゃないかな!」

 

 変な流れを作ってしまったから、強引に流れを断ち切った。ぶつ切りではあったが、彼女も早く話を進めたかったのか、またもや華麗に流してくれた。

 

 「じゃあ本題に移るわね。遼は昨日、神様とかいうひとから『周りの女性との関係がリセットされる呪い』の説明を受けた。年末までに彼女を作らないとその呪いをかけられてしまう。そこで、神様は遼の彼女づくりのサポートをするといった。ここまでは大丈夫?」

 「いきなり呼び捨てか・・・」

 「だってまだろっこしいじゃない。ダメだった?」

 「いや、別にダメではないよ。」

 「じゃあこれからも“遼”って呼ぶわ。・・・って、話がそれちゃったわね。 そして、サポートの一つである《告白券》の説明を受けて――」

 「ちょっとまて、説明なんて受けてないぞ。」

 「・・・はい?」

 

怜は目を丸くしている。そして数秒固まった後

 

 「ええええええええぇー!あの人説明してないの!」

 「だからそういってるだろ。なんなの、その告白券って。お前知ってんだろ?」

 「まあ、そうだけどさ・・・」

 

なんでこいつの顔が赤くなっているのだろう。そんなに恥ずかしいことなのか?

 

 「・・・わかったわ。私も腹をくくるわ。」

 「で、その告白券というのは?」

 「それはねぇ・・・」

 

怜はそういうと彼女のカバンから一枚の便箋を取り出した。淵にはきれいにイラストが描かれてあり、いたって普通な、どこにでも売ってそうなものである。

 

 「その便箋が告白券っていうものなのか。」

 「ええ、この便箋に相手の名前を書けば、『14日間、その相手はずっとあなたのことを好きなままでいる』という代物なのよ。」

 「・・・・・・・・・はあ。」

 

俺は素っ頓狂な返事をした。だってそうだろう?とある漫画みたいな、名前を書けば思いのままみたいな、そんな設定出されて。はいそうですねとはならないでしょうよ。

ただ、俺が返事をしたことに嬉しくなったのか、少し得意げな顔で怜は話をつづけた。

 

「理屈を説明すると、この便箋は相手の好感度を強制的に底上げするものなのよ。そして、ここに名前を書かれた相手からの好感度はよほどのことがない限りは下がらない。たとえば、好感度を数値で表すとして、告白権使用前のA子さんからの好感度が20とする。彼女になるために必要な好感度が150だとして、便箋にA子さんの名前を書けば、その好感度は300くらいまで跳ね上がるのよ。そして、効果が切れると、告白権によって底上げされていた好感度が差分ひかれる。つまり、300近くまで上がっていた好感度が20に戻るってことね。・・・・・・まあでも、2週間も過ごしていたらさ、常識的に考えてある程度は好感度が上がっていくでしょ。そのとき、今までの好感度+一か月間で増やした好感度が、ある閾値を下回っていたら相手側の記憶の消去が行われる。ただ、このとき消されるのは効果の続いた期間だけの記憶ってこと。逆に、閾値を上回っていたら記憶を保持するか消去するかどうかを選択することができる。まあこのシステムは親しくなった相手と今後も関係を保っていくためのものってことね。」

 

うーん、よくわからん。好感度の数値化なんて考えもしなかったからな。てか、そもそも相手の好感度を日々考えて生きている人なんて・・・・・・いやそれはいるか。

にしても気になった点がある。

 

 「記憶消去って・・・どういうこと?使用者との時間が消えるってことは、一緒に過ごしたその部分が消える。つまりは空白が生じるってこと?」

 「・・・ごめん、言い方をちょっと間違えたわ。記憶消去というよりは記憶の改竄って言ったらいいのかしら。イメージとしては、被使用者は使用者については白い靄がかかって思い出せなくみたいな感じかしら。具体的にいえば、街に遊びに行ったりしたけど、そばにいた人の事は思い出せない――――――みたいな感じ。コミックで例えるなら、ホワイトをかけたような感じかな――――――――――あと、このとき、記憶の改竄が行われるのは当事者たちだけじゃなくて周りにも作用、つまり、告白券使用者が、被使用者と交際していたという事実を知っている人たちすべてに作用するから。」

 「なるほど。」

 

告白権を使って仲良くなり、効果が切れた時、相手がすべての記憶を保持しているとなると両方において気まずい。それを何とかするための処置なのか。

などと考えていた俺の頭に、ふとあることが思い浮かんだ。

 

 「つうかさ、最初にいっていたけど、好感度がそんなに上がるってことは…それってかなりべた惚れじゃねえの?」

 「そうよ。名前を書かれた相手はでれっでれになる。」

 「つまり、ここにお前の名前を書けば、俺にべた惚れになるんだよな?」

 「そうだけど、激しく、激しく勧めはしないわね。」

 

急に血相を変えて念押しをした。

 

 「すまんすまん、軽い冗談だよ。」

 

怜は軽くため息をついて、

 

 「・・・・・・で、あくまでも告白券は交際のための練習なのよ練習。本番ではないの。一部の行動には対応していないのよ。」

 「ふうん、その行動とやらは。」

 「それはその・・・」

 

怜は縮こまった感じで口をもごもごさせて

 

 「え・・・・・・・・・エッチなこと・・・なんだよね。」

 「なになに、なんだって?」

 

難聴系男子を気取ったわけでなく、本当によく聞こえなかった。

 

 「エッチのことなの!!」

 

怜は真っ赤な顔で俺をにらみながらそう言った。

 

 「その・・・・・・男の人のアレが膜に触れちゃったら、その時点で告白券の効果は切れるのよ。それだけじゃなくて、相手の記憶から自分に関する記憶が破壊されるのよ。」

 「うおぅ・・・・・・そりゃあきっついな・・・・・」

 

女の人が膜とかアレとか言うのってすっごくエロくて、しかも恥ずかしながら言うのってさ、すっごくそそるよな。俺がまるで言わせてるみたいでさ、背徳感がやばいぜ。

にしても、また疑問がわいてくる。

 

 「でもよ、たとえ効果が切れてもさ、もう入れる寸前なんだから女性側としては抵抗できないんじゃ・・・」

 「そう。告白券の効果は切れているけど、もう寸前だからよっぽどのことがない限り挿れられるのは避けられないわね。」

 「ふうん・・・・・・その場合ってさ、女性視点からだとさ、いきなり知らない男に犯されそうになっているわけじゃない?そうなったら女性側があまりにも悲惨じゃないか?人権が守られてないっていうか・・・」

 

そのとき、怜は一瞬呆気にとられ顔をしていた。

 

 「確かに―――――そう――――――でもまあ――――――――犯そうとしている側は強姦罪で捕まるだろうし、私たちからの制裁もあるからいいんじゃない?」

 

な、なんかやけにあっさりしてるなこいつ・・・てかさらりと制裁とか言ったな。

 

 「男が強姦罪などで捕まる。これはあくまでも、この世界での制裁でしょう?神界での裁きがこれで済むわけないじゃない。」

 「な、なるほど・・・」

 

一瞬、オーラが、怜の身に、いや、覇気と言ったらいいのか、とりあえず恐ろしくて何も言えなかった。というかさらっと神界とか言ったぞ?そんな世界が存在していたのか?

でもまあ、突っ込むのもあれだし、確証もないし、スルーしとこう。

 

 「家畜の様にさせたくなければ、自分もひどい目にあわされたくないのなら、責任を持ちなさい。」

 「り・・・・・・了解!」

 

その場で敬礼してしまった。座りながらだけど。

 

 「ちなみに、あくまでも、膜に触れたら記憶消去だろ?てことは触れさせなきゃいいわけで……つまり、手コキ、足コキ、フェラ、素又とかはセーフなのカッ?」

 

そのとき、俺のみぞおちに右フックが直撃した。この威力・・・女の子のパンチじゃねえぞ?

 

 「がっ・・・!」

 「信じらんない信じらんない信じらんない!なんてこと言ってんのよアンタは!!」

 「何をするッ!俺は真実を知りたいだけだッ!」

 「オブラートに包んでものを言いなさいよ!」

 「おやおや、よく俺が下ネタを言ったことに気付きましたねぇ。ふんふむ、君はエッチな娘だなぁ~」

 「んなっ・・・あ、アンタって奴は・・・」

 

目じりに涙を浮かべ、顔がもうそりゃあ真っ赤になっていた。

 

 「す、すまん、調子に乗りすぎた。許してほしい。」

 「許さない、絶対にね。」

 「そんなあ!」

 「あたりまえでしょ!そこに正座してなさい!」

 

今は怜を落ち着けることが先決だと思い、言われるがまま床に正座した。床が固くてつらいぜ。

 

 「はぁ。もう話進めるわね。さっき言ったケース、ようは前戯なんだけど、被使用者がカウパーに触れるだけでもアウトになるわね。記憶の消去が行われるわ。手袋などで手を覆った状態で触れてもダメ。」

 「カウパーとか前戯とか言ってて恥ずかしくない?」

 「・・・・・・あなた、一年待たずに殺されたいの?」

 「ごめん。」

 「じゃあ次に移るわね。」

 「その前に質問、『彼女と一緒に満員電車でぎゅうぎゅう詰めになって、彼女の体や匂いに直に触れていたら、ムスコがどんどん固くなって、ズボン越しではあるけど、彼女の体に固くなった俺のムスコを押し当ててしまった』って場合はどうなるの?」

 「シチュエーションがやけに具体的・・・・・・まあいいわ、この場合もアウトになるわね。これを容認しちゃったら、ズボン越しから相手に触らせたりできちゃうし。」

 「き、きつすぎる・・・・・・でもわかった。とにかくヤるなと。」

 「そうね、そうなるわ。」

 「なるほどなぁ。」

 

ふと、とある疑問が俺の中に浮かぶ。その疑問を、何のためらいもなく怜に聞いていた。

 

 「なあ、質問していいか?」

 「何?」

 

 

 「これは処女にしか使えないのか?」

 

 

瞬間、怜は醜い豚を見るときの目で俺を見下げた。

 

 「オ   ブ   ラ   ー   ト   は   ?」

 

恐ろしい剣幕で、腕組みをして俺の前に立っていた。これもっと突き進んだことを言っていれば、きっと踏まれていただろう。生足で。それはそれでいいんだが。

 

 「あ、悪い。」

 「まったく。そう、そうよ。あなたの言うとおり、性行為をまだ経験していない人にしか告白券の効果がでない。だって、これは男性のための交際をするための練習なんだもの。女性の膜が破られるときは、愛し合っている異性との性交の時。つまりは、恋愛経験のある人ってことね。恋愛においての経験者は男性にとっての練習としては不適当。まだ恋愛経験の少ない……いや、性交をするまでの仲に至っていない女性がもっともふさわしいのよ。」

 「【それは違うぞ!】世の中にはなぁ!きれいなお姉さんに筆おろしされるという素晴らしいものがあってだな、そんな経験豊富な女性に教えてもらうことによって男は成長できるんじゃないのか?教育だってそうだろ?知識のあるものがないものに知識を与える。違うか?」

 「ええとその・・・・・・・・・それも間違いじゃないけど・・・・・・・・・」

 

やけに歯切れが悪いな。俺の勝利か?完全論破か?やったぜ!

 

 「と、とにかく!非処女だとダメなの!」

 

顔を真っ赤にして否定する怜は、それはそれはかわいいものだった。強気な女の子、好きになりそうや・・・・・・

 

 「てかあれ・・・・・・?この理屈だとさ、お前って処女になるよな?」

 

そのとき、怜の蹴りが俺の脛に炸裂した。さすがに場所も場所なので、自身の趣味嗜好を考えるより先に言葉が出た。完全な反射行動だ。 

 

 「ってえ!何しやがる!」

 「アンタが変なこと言うからでしょ!しかも…なっ・・・・・・何を根拠に言っているのよ!」

 「根拠?それはだな…ちょっと前に、『ここにお前の名前を書けばデレデレになるんだよな』って聞いたら、お前は『激しく、激しく勧めはしない』といった。もしお前が非処女だったら俺の言葉に対して動じたりはしないあるいは『書いても無駄だ』とか言うだろ。だけどお前はそれをしなかった。それは処女であることを裏付けるんじゃないのか?」

 「―――っ!!」

 

真っ赤な顔をして、こちらを睨んでくる。またも完全論破だぜ!

 

 「まあいいじゃないか。処女でも。むしろ俺は処女の方が好きだよ。ヤリマンよりは清純の方がいいじゃないか。ヴァージン最高!」

 

親指を立てて、俺はさわやかな笑みを浮かべながら、怜を励ましたのだが、怜はまたもや俺の脛を蹴ってきた。さすがに二度目は辛いぜ。

脛の痛みが和らいできたころ、もう一つあった疑問を聞いてみた。

 

 「あと、仮に告白券を使ったとして、相手が自分とかみ合わないってなったとき、相手はでれでれだからまとわりついてくるんだよな?しかも、それをやめさせるにはカウパーかブツを身体もしくは膜に触れさせるしかない。これって無理ゲーじゃね?」

 

怜は大きく、大きくため息をついて、

 

「いやいや、さすがにデレデレでもしつこくまとわりついては来ないから。もしあなたなら、意中の相手の嫌がることをしたいと思う?普通は思わないでしょ?・・・・・・まあ“好きだからこそ苛めたい”って人は例外だけど。」

 

それから怜は「まあでも・・・」と言葉を漏らした。

 

 「『俺にまとわりつくな』なんて言ったら普通は『どうしてそんなこというの?』と返ってくる。そんなやり取りが面倒臭いと思ってしまったとき、強制的に関係を終わらせる方法もるのよ。」

 「その方法とは?」

 「それは、『この便箋を破る』ことなの。その方法をとった場合、相手の記憶からあなたという存在は消される。」

 「お、これはなかなかいいシステムじゃないか!」

 「そう思えるかもしれないけれど、違うわ。『あなたの存在が消える』のよ。跡形もなく。つまり、告白権使用以前のあなたに関する記憶も消されるってこと。そうね・・・たとえば、ある特定の人物についての記憶が貯蔵されている一つのダムがあるとする。ちなみに、ダムが作られるのはその特定の人物を知った時、ダムに水がたまるのは特定の人物についての知識を得た時、ダムが決壊するのは、相手の事を記憶から完全に抹消した時、ただ、それは自らが死ぬ時の場合が多いわね。水がたまる…すなわち相手の事を知るとき――プロセスを説明すると、『現在進行形の相手の記憶・・・めんどくさいから遼についての記憶ってことにしよう。遼についての記憶の水がとある《水路》に流れ、とある《ケース》に一時的に貯められる、そのケースが水でいっぱいになると、ダムに水が移される。』ってとこかしらね。水路に流れる水は濁っていたり澄んでいたりする。濁っているか澄んでいるかは、その時の遼の行動や言動によるわね。この汚さや綺麗さが好感度ってことよ初めは酷く濁っているけれど、その人を知るにつれてだんだんと澄んでいくような感じ。そして、告白券を使用するということは、特殊な薬品によって洗浄し続ける装置を水路に設置する。この薬品を説明するのにはコロイドが一番いいかな。親水コロイドや疎水コロイドに電解質を加えると凝析、塩析を起こすのは分かるわよね?記憶の水の中はその人への不確定要素や嫌悪…すなわち不純物である多数の疎水コロイドが満ちていて、好感度という電解質をたくさん加えることで疎水コロイドを沈殿させ、それを取り除いていくことで不純物の少ないきれいな水へとなっていく。普通なら長い長いプロセスがいるのを、告白券の使用によって大幅に手間を省く。つまり好感度という電解質によく似た別の電解質を作用させるのね。代用すると言ったらいいのかしら。では水路の話の戻るわね。強制的につくられた、一切の汚れのない、クリーンな水がケースにたまっていく。これが、告白券使用時の状態。そして、洗浄が確認されたあと、ケースの外側を不透明なものでかぶせて、ケースの中身をまったく見えないようにする。ここから先はシュレディンガーの猫と同じ原理。猫の上に箱をかぶせて一か月放置、すると箱の中の猫はどうなっているのだろうか。死んでいるかもしれないし、生きているかもしれない。どちらの可能性も取れるから、どちらが正しいかを決めつけることができないってことね。要するに何が言いたいのかって言えば、洗浄が確認されてから覆っているから、対象者が遼にデレデレなのは明白。告白権の効果による洗浄装置は洗浄が確認された時点で撤去され、十四日立つと不透明な覆いが撤去される。ここで箱を開けるのよ。澄みきった水でいっぱいなのか、もしくは汚れた水でいっぱいなのか、この二つの可能性の一方を決める。・・・・・・・・・・さて、さっき私は、電解質が好感度、それの擬似的なものが薬品っていうたとえをしたわね?ふつう塩析したものが再び水和するなんてことはないけれど、この薬品はあくまで電解質の擬似的なものにすぎないので、2週間たてば性質が変化するのよ。リンで例えるなら赤リンが黄リンに変化するみたいな感じね。つまり毒性を持つものに変化するのよ。急に毒性のあるものに変化し、その毒は“遼の存在を隠す”もの。この毒がダム全域に作用することによって、記憶操作が行われるってことね。しかも、イオン結合は簡単にははがれないから、よほどのことがない限りその記憶は隠され続ける――――――――本来ならこれでいいのだけれど、最初に言った“記憶破壊”・・・これをシュレディンガーで例えるなら、猫にかぶせれられている箱を亜空間に放り込むみたいな?ダムの説明だと、ダム自体を破壊する。漫画で例えるなら原稿に黒インクをぶちまけるとか、要するにイレギュラーな行為。相手にはどんな障害が出るといえば、まず一緒に過ごした期間の記憶が完全になくなり、記憶破壊の反動で遼と過ごしてなかった時の記憶がかき乱される。正常に終了、普通に十四日間を終えればあなたとの過ごした日々は“思い出せない”のだけれど、今回のケースなら“わからない”のよ。これは記憶喪失と何も変わらないわ。しかも悪質なことに、記憶喪失以外に人格障害も発生する可能性もある。そこが恐ろしいのよ。そしてダム自体を破壊するのだから、そこに貯められていた遼に対する記憶の水は四方に流れ出す。記憶が貯められていたダムがなくなるわけだから、当然遼に関することは脳味噌から抹消される。―――――これでわかった?」

 

見て取れるほどドヤっている怜ではある。ふんすと気取っている。しかし、こんな長い説明、しかもたとえが多すぎてよくわからなくなっている。わかれという方が難しい。

 

 「・・・・・・わけがわからないよ。」

 「・・・え?」

 「まじです。」

 「はぁ・・・・・・一回で理解しなさいよまったく・・・・・・話すのもけっこう疲れたんだから・・・・・・」

 怜は見るからに疲れていた。まあ長い説明に加えて、それを理解されてないんだから無理もないか。まあそうやって俺が考えているのも問題ではあるが。

 「限定的な記憶喪失、人格障害の可能性があるから絶対するなってこと。」

 「おお、やっとわかった!てか最初からそう言えよ。」

 

俺はけらけらと指さして笑うと、彼女は鬼の形相になった。

 

 「・・・うるさいっ!」

 「ひぃっ・・・」

 

気圧されてたじろいでしまった。

 

 「まあほかにもまずいことはあるんだけど……このケースは絶対にありえないから説明は不要かな。」

 「ふう・・・ん?まあわかった。」

 

俺がそう言うと、怜は話疲れて、椅子にもたれかかってぐったりしている。

 

 「話したかった内容はこれだけ?」

 

怜はぐったりしていた状態のまま声だけ向けてきた。

 

 「これだけって・・・・・・これだけでこんなに疲れるなんて思わなかったは。あなた、なんなの・・・・・・いや、まって、もう一つ大切な話があったわ。」

 「ほう、それは?」

 

怜はカバンの中から一つの袋を取り出した。触らせてもらったが、ビニールとも何とも言えない不思議な素材でできているものだった。

 

 「何これ?」

 「まあ、見てればわかるわ。ちょっとコレ借りるわね。」

 

怜はそういうと、ガラスケースをおもむろにあけ、棚に置いてある初音ミクのねんどろいどを手に取って、

それを、袋の中にぶちこんだ。

 

 「ちょっ、おまっ・・・いきなり何してんだ!」

 「まあ見てなさいって。」

 

訝しげに見ていたら、突然、その袋が縮みだしてミクさんに形どられて、そして突然光りだした。すると―――――

 

 

 「やっと起こしてくれたか・・・・・やれやれ、待ちくたびれたよ」

 

 

腕を組んで呆れた様子で、

ミクさんのねんどろが藤田咲ボイスでしゃべりだした。

 



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1-1-3 これはVtuberですか?いいえ、リアルです

 「なんだ、これ。」

 「えっと、これは――」

 「いやいい、私が説明しよう。」

 

 怜の手の上に乗っていたミクさんは、そこから飛び降りて俺のほうに歩いて――――――――――来ようとしたが、いかんせん、ベッドを上るにはねんどろの体じゃ高すぎたようだった。どんなにジャンプしても届かない。

 

 ・・・・・・

なんて可愛いんだ!!!!

でも、いい加減かわいそうというか終わりが見えなさそうなので、俺は無言で手を差し出した。その手にちょこんと乗るしぐさもいちいちかわいいし、もうなんだろうね。小動物を飼いたくなる人の気持ちがわかるね。

ミクさんは一つ咳ばらいをした後

 

 「えーでは気を取り直して、この現象について説明するかな。昨日、自分の事を神だという人が君の意識に干渉してきたことは覚えているね?」

 「ええまあ・・・」

 「それと似たようなものだ。今回は意識に干渉ではなく、物体に憑依だけれどもね。」

 「・・・・・・」

 

つまり、ミクさんがしゃべったり、動き回っていたのは実は男のしぐさであり、俺はそれに萌えていたと。

・・・・・・いやこれはこれでありか?可愛さに大切なのは外見!おっさんが中身でも、表面が美少女なら、かわいいと思うだけならセーフさ。

 

 「いやはや、意識に干渉するのには結構準備とかが大変なんだよ。こっちの方はコストは低いし。いいことづくし。ただ、ほかの人の協力が必要なのが難点かな」

 

藤田ボイスなのは最大の謎だけれども・・・・・・まあいいか。

 

 「んで、なんであなたがわざわざこんなことを?」

 「怜がサポートするとは言ったものの、つきっきりでできるわけではない。性別の問題もあるしね。だから、それを解決するために私がこうして物体に憑依しているのだよ。これなら、君への助言をしやすくなる。だから、半年程よろしく頼む。」

 「ああはい、わかりました。」

 

・・・・・・あれ?

 

 「てことは、あなたは俺につきっきりなの?」

 「まあそうなるな。」

 「学校とかにもついてくるつもり?」

 「あたりまえじゃないか。」

 「・・・フィギュア、壊れそうな気が・・・・・・」

 「・・・ああ、それは大丈夫。私が憑依しているものは車にはねられでもしない限り壊れないほど強化されるからそこは安心していいぞ。汚れたりしても、憑依する前の材質とか全部無視するから洗っても別に何の問題もない。」

 「・・・・・・ならよし!」

 

 おお!オラ、フィギュアが壊れないってことを知ったらテンションあがってきたゾ!なんかいろいろ突っ込みどころがあったけど、全部スルーするゾ!

ミクさんは話し疲れたのか俺の手から飛び降りて怜のカバンと近くまでより、がさがさ中をまさぐっている。そして一つのカプセルを持ってきて、怜の力を借りてねんどろの棚に上り(このとき、かざられていたねんどろはどかされている)

 

 「ここら辺でいいかな。」

 

カプセルを開けると、たちまちミニチュアの部屋が出来上がった。どういった理屈なのかを考えるのはやめたけど、この部屋、DIVAルームにそっくりである。

 

 「ここ、私の寝床にするから、そこんとこよろしく。」

 「・・・」

 

たとえば、カイジが自分のフィギュアを持参して、「ここに俺の嫁たちを飾らせてもらうっ・・・!」なんて言ったのなら「てめえ!そこは俺のねんどろコレクションなんだ!勝手にいじくってんじゃねえ!つか自分の部屋でやりやがれ!」と激怒するところだが、

 

ミクさんが動き回っている(中身男だけど)

藤田ボイスでしゃべっている(中身男だけど)

そんな特異な状況なので

 

 「もちろんかまわないぜ☆」

 

親指を立てて、そう答しまったのだった。

 

 

 

 

 

いろいろなことがあったので、時刻はもう9時半になろうとしていた。そういや、俺まだ何も食ってなかったな。いい加減飯を食いたいなぁ。でも料理できないんだよなあ・・・

 

 「なんか思いつめてるようだけど、どうかした?」

 「いや、そういやまだ飯食ってなかったなってさ」

 「そういや、私もまだだったわ。ずっとあなたの事外で待ってたもの。」

 「ちなみに、どのくらい?」

 「うーん、30分以上?」

 「・・・すんません・・・」

 「いや、別にもう気にしてないし大丈夫よ。それよりお腹がすいたわ・・・・・・・」

 「・・・なら、ここで食べていくか?あいにく誰もいないわけだし。」

 「・・・気持ちは嬉しいんだけど、あなたって料理できるの?カップめんとかレトルトとかっていうオチはやめてよ?」

 「うっ・・・・・・すまん、その通りだ。」

 

怜は軽く落胆していた。が、

 

 「・・・なんなら、私が作っちゃっていい?」

 「え?マジすか?」

 「いいわよ。私も早くご飯食べたいし。」

 「ちなみに、料理の腕は?」

 「あなたよりは上手よ」

 「じゃあ、期待して待ってる。」

 「では、リビングに向かうとしよう。」

 「って、お前も食べるつもりなの?」

 「憑依はカロリーを必要とするんだよ」

 

いや、当たり前だろ見たいな感じで言われてもなぁ。しかもフィギュアが食べても、本体が食べなきゃ意味ないんじゃ・・・・・・・・・まあいいか、考えるだけ無駄か。フィギュアがしゃべってるだけでもとんでも現象なんだ。現代の知識じゃ考えもつかないようなことが起こっているのだろう。

 

 

 

 

 いうだけあって、怜の料理はおいしかった。あんまり時間がなかったからと言って、簡単なラーメンだったのにもかかわらず美味しいってどういうことなの?

あと、ミクさんが怜の作ったラーメンを美味しそうにずるずるすすってた光景には萌えた。

 

 「告白券は何枚か置いておくから、好きな時に使っていいわよ。」

 「了解した。」

 

といっても、そんな面倒くさいもの使う気にはなれそうにないのだが―――――――――まあ黙っておこう。

 

 「さて・・・と。じゃあ、私は帰るわね。」

 

雨は勢いを止めることなく降り続いている。そして、もう外は真っ暗。これは、送ってやるべきだよな。男として。

 

 「夜だし雨だし、家まで送るよ。」

 

俺がそういうと怜は、手を顎に当てて考える仕草をした後、不自然にすら見える笑顔を――――――そう、静乃が俺をはめようとしてきているときのような表情を向けてきた。

 

 「じゃあ・・・・・・お願いしちゃおうかな。」

 

いやまさか、そんなことは、出会ってすぐいじってくるなんてないだろうと俺は思っていた。

そう思っていた俺であったが

 

 「・・・・・・。」

 

怜を家まで送ろうとした。その選択は間違いではない。だが、この場合はどうなのだろう。

 

 

 

怜の家が俺の家の真横だったのだ。

 

 

 「あははっごめんごめん。ちょっとからかってみたかったんだよ~。」

 「はぁ・・・・・・」

 

こいつもまさか、静乃と同じ人種なのか?俺はどうしてこうもいじられやすい体質なのだろうか。

深い、深いため息が口からこぼれた。

 

 「まあまあ、そんなに落ちこまないで。その・・・ね、さっきの発言は素直にうれしかったわ。こんな感じで告白券もうまいことつかって頂戴ね。」

 「そりゃどうも。告白券はまあ、時間があればね。」

 

そんな時間、果たしてやってくるのだろうか・・・

 

 「じゃあ、また明日ね~」

 「おう、また明日。」

 

怜が家に入っていくのを見送った後、俺は自分の家に戻った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、また明日?

 



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1-2-1 テンプレ展開

 翌日、食卓ではミクさんがあたかも最初からいたかのように一緒にご飯を食べていた。有希と叔父さん曰く、「可愛いは正義。だから問題ない。」だそうだ。ただ、この可愛いは子犬を見てると癒されるのと似たようなものである。俺のように、“萌え”ではない。

・・・あと、叔父さんに「なぜラーメン用の器が3つ流し台にあったのかな?ひょっとして・・・」なんてことを聞かれ、肝を冷やしたが、何とかごまかした。

 

 

昨日の言葉はもしやと思い、外に出てみると―――前にはコンクリの壁しか見えなかった。左右を見渡しても人影なんてなかった。

朝、軽く肩すかしを受けた俺であったが、教室の様子を見ると朝に発生していた期待がぶり返してきた。カイジの席の隣に一つ机が追加されていたのだ。

あれ?これってフラグ?

俺が教室に入ったのを見かねると、カイジは目を輝かせてこっちにきた。うれし気に話しかけてきたが、案の定なことを言ってきた。とりあえず考えないことにして、俺は机に突っ伏した。

 

 

東雲先生がどうやら教室に入ってきたらしく、先生も案の定なことを言ってきてしまった。

 

「みんな!今日は転校生が俺らのクラスに来たぞ!」

「「うおおおおおおおお!」」

 

男子たちの歓声がすげえ。まじすげえわ。こんなにけたたましくなるなんて・・・。

あまり盛り上がれていない俺に気付いたらしく、俺の隣の席に座っている静乃が軽く訊ねてきた。

 

「どうした遼?浮かない顔をして・・・嬉しくないのか?ちらっと聞いた話では、相当な美少女らしいじゃん?もうもえもえきゅんなんじゃないの?ああ気持ち悪い。リアルではよしてくれよ。」

「いや、そういうわけじゃないけど・・・」

「・・・これだけ言われて塩反応なんて・・・不思議なこともあるもんだな。」

「そういうことにしておいてくれ。」

「おいおい、いったん落ち着けお前ら。――では、入ってきてくれ!」

 

黒板横のドアが開かれ、転校生が教室に入ってくるのだが、案の定彼女だった。

 

「榊怜です。これからよろしくお願いします。」

 

さわやかで、あまりにもおしとやかにあいさつをする彼女に、俺は軽く営業スマイルなんじゃねえかと思ってしまった。まあ実際、俺の事をさげすむような眼で見てきたり、蹴りいれてきたりと、なかなか活発なんだが・・・その風貌からはとてもじゃないが想像はできないだろう。

 

「この動き・・・トキ・・・!」

 

ちょっとお前は黙ってろ。

 

「じゃあ、伊藤の隣の席に座ってくれ。窓側の一番後ろの隣の席だ。」

 

怜が席に移動しようとした際、偶然俺と目があった。そして何事もなく―――――と思っていたのだが、怜の顔は驚きに満ちていた。だが、何もアクションは起こさず俺の隣を通り過ぎ、席に着いた。

後ろでカイジがhshsしていたのにはスルーしておこう。

 

 

 

 昼休みになると当然というかなんというか、怜の周りには男女問わず人が群がっていた。加えて、他クラスからも見物に来た人もいて、教室内はすさまじいことになっていた。ちなみに、俺はというと・・・・・机に突っ伏して寝ようとしていた。いや違うな、寝たふりをして怜が変なことを口走らないように聞き耳を立てていたといったほうがいいな。まあ、だからと言ってすぐ行動に移せるかどうかは話は別だけれど。

 

「榊さんがこの土地に越してきたのは親の都合とか?」

「まあ、そんな感じかな。ちょっとわけあって今は一人で暮らしてるけど。」

「もう一人暮らし・・・すごいです!」

「いったいどこらへんに住んでいるの?」

「西区ね。だからこの学校には割と近いのよ。」

「って・・・・・・・・・・西区ってことは遼と同じか・・・」

 

おいカイジ、余計なことを質問するんじゃねえよ。

 

「ええそうよ。だって遼の家の真横だから。」

 

このとき、あたりには静寂な空間が広がっていた。だが、それもつかの間、また再び周りが盛り上がっている。ただし、“悪い意味で”だが。

 

「衝撃の事実が発覚したぞおお!!」」

「遼!どういうことだ!しかも、もうすでに名前呼び・・・説明しろっ!」

 

突っ伏してる俺を無理やり揺さぶるクラスメイトの男たち。これほど奴らに殺意を抱いたのは生まれて初めてだ・・・

 

「どうもこうも、ただの隣人だよ。引越しの手伝いとかをしたからある程度の面識はあったんだよ。」

「じゃあどうして名前呼びなんだっ!それ以外の特別な関係だからじゃないのか!」

「んなわけねえだ―――」

「ひどいっ・・・!せっかく・・・・・・・昨日は遼が晩御飯作ってって言うから、作ってあげたのに・・・!」

 

てめえ、雰囲気に流されて何言ってやがるっ!俺をおとしいれたいのかよっ!

 

「制裁だっ・・・!」

「おいまてって!違う!誤解なんだ!」

 

俺の言うことに耳を貸さず、カイジを含め周りに群がる男子たちに羽交い絞めにされ、どこかへ連れ去られた。

それ以降の事は、あまり覚えていない。気づいたら俺は自分の席についていた。どうやら6時間目が始まっていたらしい。あと、なんか額がすごく痛いんだが。なんていうか、火傷?あと、樋里掌にも火傷があるんだが・・・・・

 

 

「怜、ちょっと来い。」

 

俺は放課後になるとかなり強引に怜を教室から連れ出した。このとき、カイジとかがなにやらいろいろと言っていたが、そんなことは気にしない。

人気のない場所につき、俺は怜に対峙する。怜は俺が何を言わんとしているのかわかっているようだ。

 

「昼間のあれはなんだ。」

「あはは、ごめんごめん。からかいたかっただけなんだって。いやあ、静乃がからかうだけあるよ。君、いい反応するね。」

 

けらけら笑っている怜をみて、なんかおこるのも疲れてきたな。もういいやこの話は。

 

「変なことは言わないでくれよ・・・」

「はいはいわかったわかった。てか、私をこんなところに呼び出してる時間はあるの?今日は部活があるんじゃなかったっけ?」 

「お!そういやそうだった。―――――なんでそんなこと知っているんだ?」

 

俺は部活があるなんてことはしゃべっていない。なぜこんなことがわかる?

 

「そりゃあまあ、神の視点で見てたからさぁ」

 

・・・そうだった。こいつは神の使いだったから、そんなことくらい知ってて当然か。こちらの常識が通じないって、不思議な感覚だな・・・

 

そんなことを話していたるとき、カバンの中からがさがさと音が聞こえてきた。

―――ああ、ずっと埋もれてたからな。出してやらないと。

俺はカバンの中に埋もれていたミクさんをつまみあげた。なんでこの場にミクさんがいるのかと言えば、学校に向かう前にミクさんにそういわれていたからである。ほんと、学校にフィギュア持ってくるやつとかイタいことこの上ないから、できれば避けたいのだが・・・・どうしようかね。

 

「ちょっ・・・つまむな!手のひらに乗せろ!」

 

自分で持ってるのは面倒だから、怜の手のひらに乗せた。

 

「君はひどい奴だな。何時間もカバンの中に放置して・・・次からは制服のポケットに入れた状態をし続けてくれ。」

「・・・なんで?」

「憑依の兼ね合いで、今は神の視点で物事を見ることができない。だから、君のぴったりついていないと、事態がつかめないだろ?」

「・・・まあそうか。」

 

なんか可愛いしな。ポケットからちょこんと顔を出しているミクさん。くうぅ!たまんねえ!が、それを日常的にやるのは・・・

 

「では、先の事もたまっているし、向かうとするぞ。」

「・・・そうだな。」

 軽く首肯して、怜に別れを告げてその場を後にした。ひとまず、痛々しい見た目は今日が甘んじて受け入れることにした。今後、なんとかうまいことやりたいな・・・

 

 

 今日はFLDのメンバー調整の日だ。そんなわけなので、俺は行きつけのゲーセンに行くことにした。ちなみに、現地集合となっている。

 行きつけのゲーセン『アドアーズ』はここから電車に乗って5分、歩いて5分という、かなり近いところに位置している。そして、かなり建物自体がでかい。だから、もちろんゲームの種類は多いし、人のレベルも高い。切磋琢磨するには最適な場所なのだ。素晴らしいだけあって、地区大会、関西大会の会場にもなっている。

 俺がついたころ、既に柄谷が来ていた。

 

「あ、先輩、こんちわです。」

「おお、ちわーっす。ほかの人は?」

「部長さんは掃除で少し遅れるそうです。グラハム先輩は知りませんけど。」

 

そのとき、柄谷の視線が俺のポケットに向けられた。…いや、正確には、俺のポケットからちょこんと顔を出している“ミクさんに”だな。

 

「先輩・・・・・・イメチェンですか?(笑)」

「まあ、そうかな。可愛いだろう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ・・・・・」

「え?ちょい待ち、なんだその冷めた反応は!」

「説明が必要ですか?」

 

視線が冷たい。まあわかってるよ。普通の高校生はねんどろを持ち歩かないってことは。それ故にそういう態度になることくらい、わかってるけどさぁ・・・

もう、軽く泣きたい。

 

「遅れて申し訳ない。」

 

ハムはよくわからん羽織をまとい、仮面をつけていた。マジで痛々しいことこの上ない。そんな彼は部長を引き連れてやってきた。部長が軽く息を切らしているということは、ある程度は走ったんだな。別に走ってまで急ぐ必要もないんだけどな・・・それともこいつが部長をせかしたのだろうか。

 

 

 部内でのすべての組み合わせで実践したが、これといって最高の組み合わせになるってことはなかった。まあ、実力が拮抗しているってのも大きいけどね。その実践の成果としてランクが上がったりしたのはよかったな。ちなみに、ランクはD~SSSとなっていて、今回の戦闘で俺はA+に上がった。ちなみに、ブシドーがB+、柄谷がB+、部長がAとなっている。

 

「ある程度やったけど、国広をどう組み込むかがカギになるだろうね。」

 

部長はそんなことを俺に言ってきた。柄谷とハムは今タッグ戦を行っている。俺と部長は今、休憩中なわけだ。

 

「そんなに僕は重要なポジなんですかね。」

「まあぶっちゃけ部内で一番うまいからね。戦力を固めるか分散させるかだよ。だからまあ、私が決めるというよりは国広が自分で選んだ組み合わせの方が一番力を出せるんじゃない?正直誰と組んでも違和感かなったんでしょ?それなら、国広の意見を尊重したい。どうする?」

 

長考しているとき、ポケットの中がもぞもぞ動いているのに気が付いた。目をやると、ミクさんが「話があるからいったん人気のないところに行け」とでも言いたいのか、首をふるふるしたり視線で訴えてくる。まあ、時間がほしいのは俺も一緒だ。

 

「そうですねぇ・・・とりあえずトイレ行ってきていいすか?」

 

 

トイレの個室に駆け込んだら、ミクさんは俺のポケットからでて小さな棚の上に登った。

 

「よく私の意向に気が付いたな。褒めてやるぞ。」

 

どうやら、俺の考えていたことは正しかったようだな。

 

「そりゃどうも。ちなみに、気が付かなかったらどうなっていたんだ?」

「その時は、声に出す他ならないな。普通に考えて、フィギュアは喋らないからね。いろいろと面倒なことになりかねないから、その手段をとらなくてよかったよ。」

 

確かに、あの場でミクさんがしゃべってたら周りに気付かれて厄介なことになってたな。

 

「ですよね。それよりなんで呼び出した?」

「ああ、それはだね・・・」

 

ミクさんはしばらく溜めて、そして

 

「これは一種の“ルート分岐”なんだってことを知らせたくてね。」

「ああ――」

「ここで選んだ相手とは大会当日まで多くの時間を過ごすことになる。つまり、より親密になれるチャンス。そして、大会を勝ち上がりでもすれば、そのときにはともに喜びを分かち合い、より親密になれることは間違いない。そのとき、双方において高まっていた好感度が恋愛感情に変化してもおかしくはない。まああくまでも、そうなるための“フラグ”を立てるだけだがね。」

 

つまり、ここで俺がブシドーを選べば、ゲー研内でのフラグを一個立てないことになるのか。

 

「とまあ、私が話したかったのはこのことだ。これを頭に入れておいてくれよ。」

「了解した。」

 

とはいったものの、ルートとか、そんなことは頭の隅に追いやっていた俺がいた。だってリアルだぞ?二次元と三次元を一緒くたに考えるのは二次元への理解のない馬鹿な大人のやることだ。俺は違う。けれどまあ、竜崎がそんなに言うなら・・・少しは考えるか。

 

 

「すみませ~ん。」

 

トイレから戻ると、そこには柄谷とハムもいた。どうやらもう対戦は終わったみたいだ。

 

「いや、大丈夫だよ。んで、どうする?」

「そうですねぇ・・・」

 

柄谷は長距離射撃が主。俺が特攻しているときのサポートに回るっていう戦術もなかなかいい。

ハムとの二人で特攻をかけるってのも悪くない。

部長とじわじわ削っていく戦いも相手にとっては嫌な戦法でいいと思う。

誰と組んでもうまくいけそうな気がする。でも・・・

 

「柄谷とタッグを組もうと思います。」

 

果たして、この選択は吉と出るか凶と出るか・・・。



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1-2-2 初心者狩りとプロの犯行

6月11日 木曜

 

 

 一足先に有希が出て行ってしまった。俺の準備が遅いから大抵有希は俺を置いていく。一緒に行くこと自体が稀である。いつもと変わらず家を出たその先には怜が待ち構えていた。これはいつものことではないが、きっと、“いつものこと”になるのだろう。

 

「おはよう。」

「おう、おはようっす。」

「竜崎さんもおはようございます。」

「ああ、おはよう。」

・・・ミクさんに憑依してるやつの本名、竜崎っていうのか・・・

ミクさんもとい竜崎に視線を移していた。ふと怜の方を見ると、妙に笑顔であった。

 

「今日から朝はよろしくね♪」

「・・・はい?」

「だからぁ、今日から朝は一緒に学校行こうねってこと!」

「・・・ああ――」

 

まあどうせ、サポートとか何やらそれ関係で同行するってことか。ミクさん(以下より竜崎と表記)との意見交換もしたいだろうし。

 

「わかった、これからよろしくな。」

 

怜は軽く首肯して

 

「じゃあ、学校行こっか。」

 

俺ら二人(三人)は学校へ向かうのであった。ああ、家をでてから美少女と登校なんてリア充みたいだな・・・なんてことを胸に秘めながら・・・

   

 

 

 

 

「――てことがあったんですよ~(泣)」

 

俺はゲー研の部室内で、顧問の先生である梓先生に今朝の出来事を愚痴っていた。俺は内心ウキウキしつつ、けれどそれを怜に悟られないように冷静に装いつつ学校へ向かっていた。そしたらタイミングよく静乃とばったり出くわして・・・通過儀礼のように俺をなじってきたら、怜もそれにのってきて俺をなじるから、結果朝のウキウキタイムはただただ疲れる時間となってしまったのだ。

 

「それは災難だったね~。」

 

梓先生は身長が150cmくらいで小柄な女性で、愛くるしい姿から生徒からの人気が高い。マスコットか何かに思われてしまっている。ゆえに教師の威厳もなく、完全になめられてしまっている。授業が非常にわかりやすいので、荒れる理由もなく、平和にやれているが、ここが進学校じゃなければ、きっと授業になってなかったんだろうなって。そんな梓先生は割と頻繁に部室に来る。こんなゲームするかだらだらしゃべるか勉強するかしかしてないお気楽部活に来る理由があるのかと思うが、先生曰く一番落ち着ける場所がここらしい。まあ実際は、嫌な職務から身を隠すための逃げ場としか思われてないのだろう。ここに来た時の先生の愚痴から、何となく想像できてしまっている。生徒に教師の汚いところ見せるなよな・・・

 

「まあ結局、なんとか無視されるのは止めてもらいましたけど、それでも彼女らの視線が冷たくて冷たくて・・・ひどいと思いません?」

「・・・それはあなたに問題があったんじゃないの?私だって、軽く引いてるんだけど。」

「そ、そんなことは。」

「ぐぐもったってことは思い当たる節があるってことでしょ?」

「ぐぬぬ・・・」

 

正直もうどうしようもない。何も言いえせなかったが、かまってほしかったのでダルがらみをつづけた。ちなみに、柄谷とハムはFLDをゴリゴリやっており、部活動に励んでいた。部長はPCとそこにつながれたキーボードを使ってでなにやら作曲をしていた。部長は文化祭の時とか学校紹介の時とかのBGM作成に一役買っているので、今回もそれに関することだと思われる。正直すごい。

 

 

 

「じゃあ、今日はここでかいさーん!」

 

部長の掛け声とともに、今日の作業が終わった。ちなみに、時刻は6時半。文化系の部活動でここまで残っているところはそうそうないだろうな。

ちなみに、グラハムは急ぎの用があるとかですでに帰ってしまったため、この部室の中には俺、柄谷、部長、そして梓先生が残っていた。

 

「じゃあ、帰ろうか。」

「ですね、テストも近いから勉強しないと…はぁ…」

「栞ちゃ~ん、そんな鬱になること言うんじゃないよ。私なんて完全に忘れていたのに、思い出しちちゃったじゃない。」

「いやいや、そこはむしろテストの事を思い出させてあげた柄谷に感謝でしょ(笑)」

「そうだよ!私の科目で赤点とったりしたら許さないからね!」

「はいはい。」

 

部長は先生を軽くあしらった。

何気に来週の金曜からだったよな。細かいところを詰めていかないとな・・・・・

 

「あの~先生。一ついいですか?」

「何?テストの内容を教えるとか、そんなこと以外なら何でも聞いて。」

「・・・・・・やっぱいいです。」

 

先にくぎを刺されてしまったようで、部長は萎れていた。つか、結果なんて目に見えているのにな~

とりあえず、帰ろう。

 

「じゃあ梓先生さよならっす。」

「梓ちゃんさよなら~」

「布良先生、さよならです。」

「うん、じゃあね~。――てか、宮永さん!ちゃん付けはやめてっていってるでしょ!」

 

俺らは梓先生を一人残して、部室を後にした。最後の方何か言っていたが、そんなことは気にしないことにした。

 

 

 

 

帰宅後勉強計画を練っていた時、勢いよく扉が開かれた。もちろん、開けたのは有希だ。

 

「・・・・・・・・・何?」

 

じとっとした目を俺は有希に向けたが、どうやら勉強を教わりに来たわけではないらしい。手には何も持っていなかったのだから。

 

「兄さん!ちょっと玄関に降りてきて!お客さんだよ!」

「・・・・・・?俺に?こんな時間に?」

「いや、兄さんにってわけじゃないけど、叔父さんが呼んで来いって言うからねぇ。つい最近引っ越してきた人が挨拶しに来たんだって。」

 

・・・・・・なるほど、あいつか。

 

「わかった今から降りる。」

 

椅子から立ち上がろうとしたとき、ミクさんから「そういうことなら私も連れて行ってくれ」と声がかかったので、ミクさんを連れて俺は玄関に向かった。

 

 

 

 

玄関では既に叔父さんと怜が何やら会話を始めていていた。

 

「おおっ、遼。やっと来たな。こいつが甥の遼だ。」

 

俺は軽くお辞儀をした。すでに見知った仲であったので、初対面のふりをするのはなんか違和感を感じたが、しょうがないよね。

 

「あ、遼、教室以来ですね。」

 

まさかの知り合いであることを隠さないという。てか、少しは動揺しろよ。あたかも最初から俺がここにいることを知ってたみたいだろ?叔父さんたちに勘付かれたら…

 

「おおなんだ、既に知り合いであったのか。」

「そうならそうと早く言ってよ。」

 

そんな心配はいらなかった。

 

「知り合いと言っても、昨日の夜知り合ったばかりですが・・・。」

「まあ確かにそうだな~」

 

このとき、叔父さんたちに変に勘ぐられないかどうかということにだけ気を取られて、今の発言がかなりアウトなことに気がついてなかった

 

「昨日の、夜、だとぅ?・・・・・・・・・・お前、まさか本当に女を連れ込んだのか!」

「ちょ・・・違う違う!」

 

何も違わないのだが、その場しのぎの言い訳をしていた。

 

「兄さん・・・私たちが買い物に行っている間になんてことしてるのさ!」

「お前まで何言ってんだよ!てか、なんで俺が連れ込んだ前提!?」

「どうりでリビングや兄さんの部屋から女の匂いがしたんだよ!妹として恥ずかしいよ!」

 

頼む、助けてくれと怜に視線をよこしたら、それに気づいたのか助け舟を出してくれた。

 

「すいません・・・誤解を招くような言い方をしてしまって。実は昨日は引越しの手伝いをしてくれただけなんです。」

「おおなんだ、普通の事じゃないか。でもまあ、御嬢さんもこいつの毒牙にかからないように注意しろよ?」

「そうですよ、兄さんに襲われそうになったらすぐに警察に通報ですよ。」

「てめえらなんてこといってやがる!」

「肝に銘じておきます。」

「お前も鵜呑みにしてんじゃねー!!」

 

ワタワタしつつも、特に大きな問題も起こらず、挨拶は終了した。

 

 

 

 

 

 

有希に中断された勉強計画を完成させると、俺は思むろにパソコンの電源を入れ、テレビの下の棚にしまわれていたコントローラーを取り出した。待ちに待ったフルドタイムである。ちなみに、このコントローラーはゲーセンさながらの仕様となっている。つまり、本番と同様の練習を行うことができ、非常に助かっている。値段は張ったが・・・。

 

「さて、みんなはインしてるかな~。」

「インってなんだい?」

 

竜崎が暇そうにこちらに声をやる。

 

「ログインしてるかってこと。ゲー研のみんなとよくやるからさ。テスト期間だからきっと少ないとは思うけど―――あ、一人いた。」

 

俺らのギルドのログインリストには<Carat>と表示されている。これは柄谷のアカウント名であるため、彼女が今ログインしていることになる。

とりあえず話しかけよう。一人しかいないんだし。ちなみに、俺のユーザー名は<Norris>である。

 

 《まったく、テスト勉強はしなくていいのか?》

 《ぅおぃ!いきなりびっくりした。ううぅ、息抜きなんですよ今は。ていうか、先輩も勉強しなくていいんですか?》

 《俺はもう今日のやることは終えたんだよ。》

 《・・・先輩なんて嫌いです。見損ないました。》

 《なんでそうなるんだ・・・・・・まあいいさ。とりあえず、対戦しに行くか。》

 《ですね~。レートそれともランダムにします?》

 《そうだな。大会も近いし、レートにしよう。》

 《了解です!》

 

レート対戦は勝つことで数値が上昇していくため、数値の大きさが単純な強さに直結する。負けると数値は下がるため、ガチでやり合うときはレートがよくつかわれる。

柄谷と相手を狩りつづけて暫くたった。

 

 《今何連勝中だっけ?》

 《わかんないです・・・・・ただ、10回以上は間違いないかと。そろそろ眠くなってきたので、次でラストにしましょう。》

 

 画面に表示された新しい対戦相手のユーザー名は<nameless1><nameless2>と表示されていた驚くことに、そいつらの使用MSは初期装備に近いビーム兵器、簡単な拘束兵器、援軍要請(事前に技を仕込んである味方を一瞬だけ出す)そして、なによりランクが“C”であった。俺らは二人ともA。お話にならないだろう。相手が悪かったね・・・。

 

 《これは・・・初心者ですかね?》

 《ラストにしては味気ないな・・・さらりと勝ってもう一回やるか。》

 

このとき、ずっと黙って俺のプレイをみていた竜崎が初めて口を開いた。

 

「それは、死亡フラグでは・・・?」

「あ?確かにそうだけど、ランクが低いからそんなことないだろ。ぼっこぼこにしてやる。」

 

竜崎の「その言葉もフラグじゃ・・・」という言葉が聞こえていなかったほど、俺は油断していた。

だからかな、

 

攻撃を与えられず、こいつらに敗北してしまったのは。

 

結論からして、これは明らかにプロの犯行としか思えなかった。俺らの攻撃はすべてガードされる、そして、攻撃に急ぐ俺らの隙をついてじわりじわりと体力を削っていく。1戦目、2戦目共々。

こうして、惨めな敗北感に包まれたまま、今日という日は終わりを告げたのであった。

 



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1-2-3 トラブルメイカー

6月12日 金曜

 

 

 

「ははは、もう駄目だ。あははははhhhhhhhh」

「ど・・・どうしたっ・・・・・・?」

 

カイジが教室に入ってきた途端、すぐさま心配された。ちなみに、俺は自分の席に座っていて、周りには静乃やら怜やらが取り巻いている。

 

「朝からずっとこの調子なんだよね。道でであったとき、あまりの気持ち悪さに声をかけちゃったよ。いつもなら無視していたのに。」

「この狂いっぷりただ事じゃなさそうですね。」

「いったい何があったのかしら。」

「そうだな・・・・・・・」

 

静乃は長考した後、

 

「ぼくは、なんかのゲームで舐めプレイをしていたとき、逆にぼこぼこにされたと考える。」

「hhhhhhhっはははhっはは・・・・・・御名答。」

 

場に、木枯らしが吹いた気がした。

 

「自業自得ですね。笑えます。」

 

哀れなものを見るかのように刹那に貶された。

 

「救いようがないわね・・・。」

 

手を額に当てて怜に呆れられた。

 

「ハッ。予想が当たっていたことにびっくりだ。」

 

静乃に鼻で笑われた。

 

「馬鹿かっ・・・お前はっ・・・そんなんだから足元をすくわれるんだよっ・・・・・・・・・!」

 

カイジに力説された。

 

「だからフラグフラグ言っていたのに・・・」

「そこまでいうかよ!」

 

まさか四人もの人から罵倒を浴びせられるとは思ってなかったよ。

・・・て、

 

一同 「「ん?」」

 

ちょっとまて、一つ場にそぐわないものがなかったか?なにやら俺のポケットから可愛らしい声・・・そう、例えるなら藤田咲の声が聞こえたんだが・・・幻聴だよね。まさか、そんなことが・・・。

恐る恐る視線を下に向けると、ポケットは『空』だった。

 

「遼っ・・・!なんだこれはっ・・・!」

「へ?」

「だからっ・・・・・・・机の上っ・・・・・・!」

 

机の上には、ミクさんのフィギュアが立っていた。最初からそこにいましたと言わんばかりの無駄に堂々とした態度で。

このとき、カイジらは目を丸くして、俺と怜は目をそらした。

 

「・・・・・・・・・なんで遼君のポケットに入っていたフィギュアが机の上にあるんですか?」

「・・・・・・・・・・落ちたんじゃないかなー。」

「椅子に座っているのにか?」

「あはは。」

 

俺は怜に緊急要請を出した。目で訴えようとした。その真意をくみ取った怜は

 

「まあ、こまかいことはいいじゃない。それより―――。」

 

そう言いかけたところで、

 

「君はもっと私の言うことを聞いた方がいい。あんなことでは達成できないぞ?」

 

机の上から聞こえたその声が怜の話題転換を遮った。

 

「あ、あはは、ちょっとトイレ行ってくるわ!」

 

俺は右手で怜の腕を引き、左手では竜崎を鷲掴みにして教室を出た。

 

 

 

 

「あんたバカぁ?」

 

 普段の俺なら、今の発言には思わず、『お前はアスカかっw』と突っ込みたくなるが、そんな余裕はなかった。なぜなら俺は廊下の隅、一目の付かないところで正座をさせられていたからだ。理由は語るまい。

 

「私をあの場から連れ出したのはいい判断ではある。だけれど、やり方ってもんがあるでしょ?ましてや、トイレに行ってくるだなんて・・・あからさまもいいところよ。」

「返す言葉もありません。」

「はっはっは、君は実に愉快だなあ。」

「あんたは少し黙ってなさい。」

 

怜はミクさんにベアークローを決めた。無論、相手はフィギュアだからベアークローというよりは野球ボールを握りつぶす感じか。

 

「ごめんごめんごめんごめん、わかった。わかったから一回離してくれぇ!」

 

怜は力を緩めると同時に床に放り投げた。ミクさんは柔らかいのか、ぽよんぽよん跳ねている。ああ、微笑ましいなぁ・・・。

 

「まあいいわ。竜崎さん、人前で話すと厄介になるとか言っておきながら、さっきのアレはなんだったんですか?」

 

そんな話してたのか・・・俺はアドアーズに行ったとき竜崎とそんな話したけど・・・まさか、神の視点とかで俺らの会話を聞いたとか・・・って、まさかね。

 

「えっと、なんかめんどくさくなっちゃった。てへぺろ☆」

 

このとき、可愛いミクさんを見て心打たれた俺に対し、怜には木枯らしが吹いていた。

 

「・・・はぁ。もう疲れたわ。あと勝手にして頂戴。責任はとらないからね。」

 

怜は重い足取りで教室へと向かっていった。

 

「にしても、本当に大丈夫なの?」

 

俺は竜崎に問うてみると、

 

「奇異の視線を受けるのは、私は一向に構わない。だけど、君が受けることに対してはためらいがあった。さすがの私でも、変に陥れたりはしないよ。でも、君の友達を見ていると、そんな心配はいらないってわかったんだよ。まあ、私自身、ただじっと黙って動かないのは疲れるし、暇だからね。」

 

 こいつなりに俺の事を気遣ってくれていたのか。まあ、確かに、普段から変なことしでかしている俺からしてみれば、これくらいの変化はなんてことないのだろうと考えたのだろう。てか暇って何だよ。お前はこっちの世界に来て仕事をしに来たんじゃないのか。

 

 

「――というわけで、なんかミクさんがしゃべり始めたんだよ。」

「何が、『というわけで』だよ。」

「そんな不思議なことがあるんですね。」

「可愛いからっノープロブレムだっ・・・・!」

 

詳しい話を話すわけにもいかなかったので、適度にぼかしながらみんなに説明した。

静乃は素直に驚いていた。カイジは目が光り輝いていた。こいつの思考が単純で助かったぜ。二人ともさほど気にしてはいないように見えたのだけれど、静乃に至ってはそうではなかった。手を額に当てて一見やれやれとでも言いたそうな風貌であるが、長年の経験からして、おそらくこれは考え事をしているのだろう。なにかとこいつは勘が鋭いからな。

 

「・・・・・・・・・大方、怜が関与しているんでしょ?」

 

予想は的中したようだ。

てか、さっきあからさまに怜を連れ出したからむしろ勘付いて当たり前か。これは誤魔化そうか、いや、それとも・・・。

視線を横に流したら、怜は俺に対して無表情であった。だが、『だからいったじゃない。』という思いがオーラとなってひしひしと伝わってくる。本当に申し訳ない。

静乃は、かるく挙動不審になっていた俺を見かねたのか、優しい表情になった。

 

「まあ、詳しいことは聞かないよ。なんか長くなりそうだし、聞いたら不味いことなんだろ?さっきのあからさまに怜を連れ出す様といい、説明不足なことといい。」

 

すべてお見通しってわけか。でも、詳しいことは聞かないって言ってくれてるし、本当、静乃には感謝だな。

軽く安堵の息を漏らした俺であったが、その息はまるで砂漠から雪山に放り投げられたかのようにすぐさま凍りつくこととなってしまった。

なぜかって?それはだね・・・

 

 

 

 

「兄さん!今日の栞ちゃんの様子がおかしかったんだけど、なんでかわかる?」

 

帰宅後、部屋でテスト勉強していた(部活は部長の諸事情により中止)ところに有希が扉を横に開けるような勢いで部屋に入ってきた。

 

「ああ――・・・ぶっ壊れてた感じ?」

「そうそう!まるで死人のように椅子の背もたれに寄りかかっていて、『栞はダメな子です。栞はダメな子です栞は(ry』って感じで呟いてて、目の焦点は定まってなくて、呼びかけても応答なし。激しく揺さぶってやっと意識を取り戻しましたけど、それからもずっと『私はもう駄目ですぅぅぅ~・・・』って縮こまっちゃって・・・。」

「やっぱりか。」

 

そりゃあ、俺だって昨日の大敗がショックすぎてぶっ壊れてたからな!

 

「え?やっぱり何か知ってるの!?」

「ああ、ちょっとな、昨日事件があってな。」

「事件――――――――はっ!まさか兄さん・・・・・・・酷い!栞ちゃんに乱暴するなんてっ―――――しかもあんなになるまで――――――通報してやる!」

「はいはい、一回落ち着け。」

「兄さん、ここは無法国家じゃないんですよ。やっていいことと悪いことが―――――」

 

なんか長く続きそうだから、放置しとくか。てか、有希は叔父さんに対しては『下品なことを言わないでください!』とか言っておきながら、自分も危ない発言をしているってことに気付いているのだろうか?

 

「ねえ聞いてる?もしかして頭はお留守なんですか?お留守なんですかぁ?ねぇ?」

 

ちょっと有希のうざさが増してきたなぁ・・・てか、かなりうぜぇなぁ・・・ああもう!

 

「だあああああああうるせえええええ!!!」

 

さすがの大声に驚いて――――――はいなかった。びくついているわけではなく、むしろ堂々としていた。

 

「男の人はすぐこれだ。大きな声で怒鳴りつければいいと思ってる。そこが知れるね。サイテー」

「あのな、まずな、俺は柄谷に乱暴はしていない。お前が朝見た柄谷がは、ゲームで大敗したからぶっ壊れていたんだ。これでおk?てか、今かなり疲れてるからここで理解してほしいんだが。」

「あぁなんだ、ゲームか。起こって損した。疲れたから寝るね。」

 

呆れた表情を浮かべて有希は部屋から出て行った。

 

「まったく・・・人騒がせなやつだ。」

 

それにしても、今日は一刻も早く寝たい。だけど寝れない。試験勉強しなきゃならないから。悲しいな、学生というものは。

ふと今日あったことを思い返してみる。なんと竜崎がみんなの前で『なんかきゅうにしゃべれるようになっちゃったんだよね~』とサラッと言ったのだ。人間がそんなことを言えば、信じないのは当たり前であるが、今回はそうではない。なぜならフィギュアがしゃべっているからだ。だからこそ、みんなはこの話をすんなり信じた。というか、信じざるを得なかった。もっとも、竜崎が神で、俺に呪いをかけに来た存在だとかは言っていないが、それについてお隣さんとなった怜と一悶着あったとは言っていた。まあ間違いではない、間違いではないが・・・。

まあそれのおかげで、なんとかあの場を乗り切ったのである。

 

 

 

 

 

6月13日 土曜

 

 

 

 

「まったく、俺のライフポイントはどんどん減り続けていくぜぇ・・・」

 

 俺は愚痴を一つこぼした。というのも、今俺はバイト先で給仕にいそしんでいる。ただ、テスト前の貴重な休みの時間をバイトに割くのはかなりきついものがある。しかも、土曜は午前午後だからな、体力面と精神面でLPがどんどんなくなっていくのも無理ないよ。うん。まあ、単純に休みのシフトを入れればいいのだが、完全にタイミングを逃してこうなってしまっている。自己管理の甘さにあきれるばかりである。

 

「それにしても・・・」

 

まったく、疲れひとつ見せないで先輩は料理を作っている。先輩はなんでこんなにもいろいろな意味で余裕なんだ?生徒会長なんだから俺よりも時間がないはず。加えてテスト期間ゆえに勉強時間を増やさないといけないはず・・・・・・・なんか時間を有効に活用する方法とかのコツでもあるのか?ちょっと聞いてみようか・・・

 

「先輩、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょう?」

 

先輩は視線はこちらを向けず、目の前のフライパンに集中させている。

 

「なんで、時間ないはずなのにそんなに――」

「ああ――――――――その手の話は仕事に少し余裕ができたら願いしますね。」

 

まあ、当然っちゃ当然の対応であった。

 

 

 

 

「さっきの話なんですけれど―――――」

 

 俺は客が減るのを待っていたのだが、俺の願望とは反して客はむしろ増え続けた。結局、休憩時間まで待つこととなり、現在、休憩室でで先輩と二人きりで机を間に対峙し、先ほどの話に入ろうとしているところである。

 

「簡単な話、テスト前に困らないほどに毎日勉強しているからですよ。」

「そりゃそうっすよね・・・・・・。でも、バイトとかあるのに、そんな勉強する時間ってあるんですか?趣味の時間とかもありますし。」

 

それを聞いた先輩は『確かにそう・・・ですねぇ―――――――』と適当に相槌をし、それから指を組んで肘を机の上につき、指の上に額を乗せるようにして下を向いて黙り込んだ。口を開いたのは、それから数十秒たってからである。

 

「バイトや仕事やらで、確かに私は家での時間は全然ないですが。まあそうですね、あえて貴方の疑問に回答するならば、合間の時間をぬかりなく使っているってことでしょうか。たとえば、登下校の電車の中、学校の休み時間、自分のシフトまでの時間とかですかね。時間は皆平等に分け与えられています。ただ勉強する時間を創っているってわけです。」

「なるほどなぁ。」

 

俺は感嘆した。時間を使うというより創るといっていることに感嘆した。

確かに、俺は電車通学ではないから先輩が言うように登下校では勉強でいない。でも、バイトに向かう際に電車を使うときはできそうだな。

 

「まあ確かに、君は無駄な時間が多すぎるからなあ。」

「なんと辛辣な――――――――って、ん?」

 

なんだか昨日のデジャブのような―――――――――

かわいらしい声の聞こえた方向を見ると、テーブルの上に俺のカバンから抜け出した竜崎がたっていた。

 

「・・・・・・どうしてそんな話がめんどくさくなりそうなことをするの????」

 

どっと疲れが押し寄せてきた。案の定、会長は竜崎の方を見て固まってしまっている。

口を開いたのは、数十秒経ってからであった。

 

「・・・国広君の腹話術?にしては、フィギュアの口元動いてましたよね・・・なんですか、このオカルトは。」

「なんなんでしょうね。僕も疑問です。ある時急にしゃべりだしたというか・・・なんかこいつどこにでもついてきたがるみたいなので、仕事場にも連れてきてしまいました。カバンの中に入れていたはずなんですけど、無理やりはい出てきたみたいで・・・やっぱりまずかったですよね・・・。」

「いやその、ホールとキッチンに入らなければどうでもいいですよ。とりあえず、こんなオカルトもあるんですね・・・」

 

会長は無理やり納得してくれたのか、この話題はこれきりにして、休憩室から出ていった。ああもう、めんどくさ・・・どんどんいろんなひとにしられていく・・・。

俺はもう、働く元気がすっかり抜け落ちて、その場に突っ伏してしまった。

・・・・・・そういえばさっき先輩、『バイトや仕事』って言っていたけれど、これって同じことだよな?単なるいい間違いかなぁ。



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1-2-4 俺はドMじゃない!

6月14日 日曜

 

 

 先週、静乃が『なんなら勉強会でもする?』と刹那に話していたので、実際にすることとなったのだ。俺はてっきりあいつらだけでやるつもりだと思っていたのだが、怜が転校してきたこともあって、怜の家でやろうという話になったのだ。そこで、隣の家に住んでいる俺にもお呼びがかかったのだ。あ、ついでに言えば有希と柄谷もいる。理由は・・・有希が静乃から勉強を教わりたいからであろうな・・・あと、有希だけだとあれだから柄谷を呼んだんだろうな・・・。

あと、竜崎は『怜がいるなら私はいらないだろう?』などと、俺をサポートする身であることを全く感じさせないことをほざいていた。

 

怜と柄谷は初対面である。柄谷は人見知りをするほうなので、正直よくここにもこれたなと感心するほどであるが、有希がいたおかげか、彼女が間に立って話を進めていたので比較的早くに仲良くなることができた。

そうして今現在怜の部屋で皆かれこれ2時間ペンを走らせている。・・・・・・にしてもすごい集中力だな。殆ど休憩してないのに・・・。まあ俺や静乃は成績上位だからわかるっちゃわかるけど、有希や柄谷は中の下なのによくもまあ続くものだな。柄谷は分からないけど、有希はあんまり続かないはずで、いつもなら30分で休憩が始まるんだが、やっぱり環境が違うからかな。ちなみに、怜はというと、正直やばい。いろんな意味でやばい。さすが神のエージェントとか言うだけあるわ。この学校ならきっと順位は一桁に入るんじゃないのか?ただそれは、数学、化学、英語においてであり、文系分野の出来は・・・

 

ちなみに、こんな女だらけの空間に男が俺一人であったら、集中なんてできないだろうけど、なぜか今はそんなことはない。その理由はおそらく怜の家が女の子女の子してなくて、シックな感じであるからだ。こういうのを御洒落っていうんだろうな。人数が人数なので、リビングで勉強しているわけだけど・・・怜の部屋はどんな感じなんだろうか。やっぱリビングと同じようにシックなのかな?勉強終わったら拝見させてもらえないかなぁ・・・・・・俺から『部屋見せて!』って言うのは図々しいし、男があそんなこと言うのは問題があるし・・・

 

「先輩、この二次関数の問題なんですけど・・・」

 

 いや、怜だからなぁ・・・そんな気遣いはいらないかなぁ。いやでも、他のメンツがいるから結構問題だよな。特に有希。あいつが騒ぎそうだな。『女子の部屋にお邪魔したいだなんて――――――――ハッ・・・!さては兄さん、下着漁り!?しかも堂々とこんなこと言うなんて・・・兄さんは貶されたいの?罵倒されたいの?蹴られたいの?なら私が蹴ってあげる!』って言いかねないよなぁ・・・・・・

 

「せんぱ~い、聞こえてるんですか~?」

 

あーみたい。とてもみたい。どうしてこんなにとてもみたい。あーみたい。怜に伝えたい。なんでこんなに見たいんだろう。一度気になると止まらなくなるみたいな?意識したら負けってやるか。

そんな、考え事をしてるとき、

 

「ひでぶっ!」

 

衝撃が、主に頭。

なんだ?なにが起こった?

とりあえず現状を確かめてみる。視界に広がっているのは天井。ようするに仰向けになっていたのだ。でもなんで、俺は、仰向けになっているんだ?頭に・・・・・・てか顔がひりひりしてるってことは、何か投げつけられたか、殴られたり蹴られたりしたかだな。でも、近くに投げられるようなものはないし、そもそも物を投げられただけで仰向けにはならないだろうし・・・てことは蹴られたのか。

 

「おいおい、何があった?だれか説明してくれ!」

 

起き上がって周りを見渡すと俺の周りには手に持っていたはずのシャープペンが転がっていて、右に静乃が立っていた。そして、全員に共通して気づいたことがある。それは、俺を見る目がやけにしたたかであったことだ。

 

「最低糞野郎ですね。」

「兄さん・・・・・・・ぶっww」

「私、あなたへの印象を変えなくちゃならないかもしれないわ。」

 

???

なんでののしられてるん?笑われてるん?

なんか俺、変なことしたか?いや、そんなことはないはずだ。俺はただ勉強していただけなのだから。

 

「なあ静乃、俺って何か悪いことしてないよな?な?」

 

刹那、有希、怜から罵られたので、俺は静乃に現状の説明を求めていた。静乃を選んだのは完全に無意識であった。

 

「・・・・・・それはひょっとしてギャグで言っているのか?まあどっちにしろ、たちは悪いけれど。」

「??? 三行で説明してくれ。」

「はぁ―――

 

『栞がお前に数学を教えてもらおうとした。

 だがお前はそれを完全にスルーした。

 しかも、なんども。』

 

 わかった?」

「ああ、なるほど。少しボーっとしていたから気づかなかったわ(笑)。」

 

でもまてよ?

 

「誰が俺の事を蹴ったんだ?」

「ああ、それはぼくだ。」

「・・・なぜに?」

「ちょうどそこにけりやすそうな頭があるからさ。」

「馬鹿野郎!!そこは蹴るんじゃなくて踏みつけ――――――すなわちふみふみだろうが―――――――」

 

その時、再び頭に衝撃が走った。静乃の蹴りが入ったのだ。てか、この蹴り、つま先とかじゃなくてもろに足の甲だったぞ?サッカーで言うインステップキックのフォームだったし、なんて危ない奴なんだ。

再び仰向けとなってしまった。視界がぐわんと揺れているが、なんとか上体を起こす。―――起こそうとしたが、何か大きな力によって押し倒されてしまった。

視界が揺れていたため一瞬気づかなかったが、

それが人の足であることに気付くのはすぐであった。こんなとき、踏みつけている側がスカートでもはいていたら、丸見えだったのだが、ジーンズの静乃には何の関係もなかった。

ちょ、おまっ・・・まじで踏むなよ!ぐりぐりするなって!・・・・・てか何気にいたいから。痛いから!二度蹴りと踏みつけのダブルパンチ……意識が、意識が遠のいて・・・・・・・――――――――でもなんでだろう、まんざらでもないこの気持ち。・・・・・・いや、俺はマゾではない!サドなはずだ!てか周りの奴止めろよ!

 

「ちょww誰か助けてww」

 

周りに助けを請うてみたが、残念ながらみんなは非協力的であった。

 

「そんな笑いながら言われても、ねえ?」

「喜んでいるようにしか見えません。」

 

刹那と怜は俺を蔑み、

有希は腹を抱えて笑っていて、

柄谷は申し訳なさそうに俺を見ている。

え?柄谷?申し訳ないと思ってるなら泊めてくれよ

 

「お前らっ!頼むからっ!助け・・・」

 

そこで俺は気を失った。



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1-2-5 潜入行動開始

 俺が意識を取り戻し、真っ先に目に入ったのは、窓から差し込む夕焼けの赤色。日は沈みかけていた。1時ごろに怜の家に来て2時間勉強し、それから気を失って、日が沈んでいるとなると、3時間近く気を失っていたことになる。

あたりを見回そうと―――したのだが、体に妙な違和感があった。立ち上がろうとしたが、できない。体が思うように動かないのだ。寝ぼけた頭で必死に考えようとしたが、やめた。考えるまでもない。見ればわかった。俺は両手両足をガムテープで縛られていたのだ。いくら俺が柄谷相手にやらかしたからって、ここまでする必要ある?

体を芋虫のようにしてその場から移動してみれば、みんなはいなかった。大きなテーブルの上は片付いており(俺の勉強道具以外は)、テレビの傍にはwiiリモコンが転がっていた。なるほど、勉強終わったからきっとお遊びの時間に入ったんだな。そしてさすが任天堂、みんなでワイワイ遊ぶゲームにはwiiが選ばれるのもわかる。リモコンを振るだけの簡単操作だしゲーム下手の人も楽しめる

―――――――てか、怜の家にあったことが驚きだ。こちらの世界に来たばかりなのだから娯楽のたぐいのものはないと思っていたのだが・・・。ん?ちょっとまて、このリモコン、どこかで見覚えが・・・あ!これは俺のリモコンじゃねえか!有希あたりが家から持ってきたのか?やつめ・・・俺の許可も取らないで・・・

 

てか、なんで誰もいないの?さすがに俺を放置して帰ったりはしないよね?

リビングにいないとなると・・・・・・・怜の部屋か?なるほどね、ガールズトークの真っ最中というわけですね、わかります。わかったことにしよう。

なら、ここはおとなしく一人で勉強でも・・・

 

 

 

するわけがないよな!

 

 

 

俺にした数々の仕打ち!いくらなんでも過剰防衛だ!謝罪を要求する!謝罪がなければ、俺の好きなようにさせてもらうぞ!すなわち・・・この部屋の探検だ!

俺はもがきながらもなんとか手首に巻かれていたガムテを剥がし、足首のガムテも剥がした。

もしみんなが買い物にでも出かけた―――――――――すなわち外に出ている可能性もあったので、一応玄関に向かった。玄関には俺を含め皆の靴が置いてあった。どうやら外には出てないみたいだな。となると、やはり怜の部屋、もしくはそれに準ずる部屋に集まっているに違いない。

俺はみんなが集まっていると思われる怜の部屋に忍び足で向かおうとした。俺がまだ動けていないと思わせたい。まだばれたくないんだ。どこに行ったらまずいかを、把握しておきたかった。

 

 

俺は一階にある部屋を片っ端から調べた。一人暮らしにはあまりに不適なほどこの家は広い。故に部屋の数はそれなりにある。だからこそ、きっとこれには意味がある。神の何かがあるんじゃないか?そんな好奇心をもとに、過剰防衛への対抗を言い訳として、突き進んだ。  

二部屋調べてみたが(荷物が積まれているだけであったり、空き部屋であった)怜たちはいない。積まれた荷物を一つ開けてみたら、衣服が詰まっていたので、罪悪感で満ち、他の箱は開けずにすぐ部屋をでた。そしてさらに奥の廊下へと進むと、隅の方に部屋がポツンとあった。

静かにその部屋を開けると、部屋の中は暗く、当然のことながら怜たちはいなかった。空き部屋のように見えた。が、しかし、空き部屋ではない。なぜなら、正面にはデスクがあり、その上にパソコン、プリンターが一台ずつ鎮座していた。近寄ってみると、パソコンはデスクトップ型で、かなりのサイズであった。プリンターも最新式のように見える。

俺は踵を返して部屋から出ようと、扉を閉めようとした――が、その瞬間、いや、そう言うと語弊があるな。扉を閉めようとした瞬間、後ろから機械音が聞こえてきた。いきなり聞こえてきたものだから、あわてて振り返った。

俺は何かいけないことを――――――いやこれはいけないことか。ともあれ、俺の行為がばれた・・・・・・?

そうおもったけれど、どうやらそういうわけではなさそうだ。機械音の根源はプリンターであった。オートで動いていたんだろう。プリンターは一枚の紙を印刷し、その紙は床にはらりと落ちて行った。プリンターのへりの部分が取り付けられていなかったからだ。

好奇心から、俺はその紙を拾い上げて書かれている内容を見た。書かれていた内容は………

 

 

 A54C

 

 A, 35→20

 B, 30→15

 C, 35→30

 D, 30→10

 E, 25

 F, 25

 G, 20→15

 

 

のみであった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・?」

 

A4サイズの紙に、小さい文字で書いてあって、なんて紙の無駄遣いなんだと思わされた。

そして紙を拾い上げるときに屈んだ際、俺は机の下に一つの棚が鎮座してあったのを発見した。

棚の中身はなんだ?

今印刷されたのと何か関係が?

そう思ったが、さすがにそれ以上漁るのは失礼だと思い、なんとか思いとどまった。印刷された紙はもともと落ちていた場所に戻し、俺は今度こそ部屋から出た。

にしても、あの文字列はなんだったのだろう。

 

 

 

 

二階に上がると、ある部屋から何やら音が聞こえてくる。女性の声だ。案の定、怜たちはそこにいた。いや、いると思われる。

さあ、文句を言ってやるぞ――

其の時、俺にある考えが浮かんだ。

 

 

―――まてよ

―――常識的に考えて、俺の意識を吹っ飛ばすことであいつらが持っていた不満は解消されたはずだ

―――それでいて、気絶していた俺にわざわざガムテを張る・・・・・・明らかに行き過ぎた行為

―――だが、そうしないとならなかった理由があるのではないのか

―――たとえば

―――女子同士で話したいとき

―――男子がいてはまずいこと

 

・・っ!まさかっ!!

 

 

 

百合ん百合ん時間(タイム)!?

 

 

 

これはっ・・・妄想が掻き立てられるっ・・・!

だが、もしそうなら、男の俺がいてはまずい・・・ここは扉を開けない方が・・・、もし開けて、ほんとうに百合ん百合ん時間だったら、それを目撃した俺は今度こそ葬られるだろう。

ここでドアノブを回すのはミクさんが言っていたフラグ建てである気がするぞ!

つまり選択肢を出すと、こんな感じになるはずだ。

 

 

 A 「ぐへへww百合(ガールズ)収穫の時間(ハーヴェストタイム)だぜぇww」といってドアノブを回す。

 B ここは慎重に、部屋から聞こえる声を観察してからだ。そのあと、ノックして入ろう。

 C ドアノブを回さないでこの場から立ち去る

 

 

常識的に考えたら、Aはない。部屋の中が百合空間にしろ、そうでないにしろ変なこと言いながら男が割って入っていったら・・・想像するだけでも恐ろしい。

Bの場合は・・・もし聞き耳立てているときにふいにドアが開いたら・・・・・・・これも恐ろしい・・・

てことで、みんなが自然に出てくるのを待つか。

俺はリビングに戻った。ゲームはあったが、一人でパーティーゲームをするのはあまりにもさびしいので、勉強で時間をつぶすことにした。

 

 

数十分したら怜たちが仲好さそうに二階から降りてきた。

 

「おう、長かったな。」

「兄さん・・・」

 

有希は俺の顔を見ると、ひどく申し訳なさそうな顔をしていた。そうなるなら、始めからするんじゃないよ。

 

「ごめん!さすがにガムテはやりすぎた・・・でも――――――」

「まあ俺も悪かったし・・・どっちにせよ、そうしなきゃならないことがあったんだろ?」

「ええと・・・」

「・・・どうした有希?」

 

俺にはどうして有希が困惑しているのかわからない。

 

「いやだって・・・兄さんがそんなに的確に答えるとは・・・思ってなくて・・・逆にキモイ。」

「・・・まあ、考える時間がいっぱいあったからな。」

 

俺は思わずひきつった笑いをしてしまった。最後の一言は余計だろ。

 

「まあそんなことは今はいいや。それよりも―――――」

 

俺は柄谷の方を向き

 

「柄谷、さっきはすまん。ぼーっとしていた。」

 

素直に、普通に謝った。

 

「い、いえ!そんな・・・大丈夫です!気にしないでください!もう過ぎたことですし。」

「柄谷・・・君はなんていい奴なんだ・・・」

 

俺は感動に打ち震えた。陽キャならノリで抱き着いていたのかもしれないが、それはかつイケメンであるからできることであって、陰のものの俺には到底できることではなかったし、したらきっと取り返しのつかないことになっていただろう。

 

 

そのあと解散し、俺と有希は家に向かった。

今日は波乱万丈であったなぁ・・・・・初めての女子の部屋(厳密にいえば違うのだが)、初めての男子一人での勉強会、初めての踏みつけ、初めての拘束・・・あれ?俺は勉強しに怜の家にいったんだよな?

一日にあったことを振り返ってみると、とても勉強しに来ていたとは思えなかった。

自室に戻ると、竜崎は俺の机の上でトランプタワーを作っている最中であった。ちなみに、サイズはねんどろサイズ、つまりミニチュアである。

 

「ずいぶん暇なことやってんだな・・・」

「やめろっ!今の私に話しかけるんじゃない!」

 

真剣な眼差しをこちらに向けた。その目は血走っているように見えた。

 

「後2段・・・後2段・・・・・・・・集中しろ竜崎・・・俺の信じる俺を信じろ・・・!」

 

完成するまで見届けようと思い、俺はベッドに腰掛けた。

数分後竜崎はラストから2番目の段を完成させ、残りは二枚をてっぺんに置くだけとなった。

 

「ラス1・・・ラス1っ・・・!」

 

すごいな……こうしてみるとさ……。計8段のトランプタワー。俺も一度挑戦したことがあるが、一段目すらもうまくできなかった。

 

「おれはやるぞ!うおおおお!」

 

気合の入った声とは真逆に、手の動きはこまやかであった。はたから見たらシュールな光景だよな・・・・・・

そんなことを思っていたそのとき、尻に言葉に表せないような波がやってきた。

ヤバイ――――――――

 

 

屁  が  で  そ  う  だ

 

 

ウソだろwwこんなタイミングでwwwwこんな静まり返っている部屋でこいたら大変なことにwwwあああああああでちゃうううううううううでりゅうううううううううううwwwwwwwwwwww

 

 

 

 

 

 

 

 

我慢できなくなり、部屋に号砲が轟いた。

竜崎は驚きのあまり手に持っていた二枚のトランプをタワーの足場の部分に落とし、その衝撃によって上からぱらぱらと崩れていった。

 

「あ・・・・・・・・あぁ・・・・・・・・・・・・・・。」

 

竜崎はその場にうなだれてしまった。

 

「わ、悪い、我慢、できなかったんだ。許しておくれ。」

 

竜崎は無言でこちらを見つめ、ゆっくりと立ち上がり、ミニルームへと戻っていった。

机に散らばっているミニトランプを見つめ、心苦しいばかりである。ここまで積み上げるのにどのくらい時間を費やしたのだろうか・・・・・・・

 

 

 

まあ、どうでもいいか。

 



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1-2-6 おきらく作戦会議

6月17日 水曜

 

 

テストが金曜日に迫っている中、本来なら今は部活動停止の期間中なのだが、俺を含め柄谷、ハム、部長の四人は部室に集まっている。理由は簡単、27日のFLDの大会に向けた打ち合わせであった。

 

「火曜日は国広がバイトだったから集まらなかったけど、今日は存分に対策を練るよ!練りまくりだよ!」

 

部長はホワイトボードの前に立って黒マーカーのふたを開け、《FLD県予選対策☆》とでかでかと書いた。

ちなみに、竜崎は俺のポケットから顔を出している。ただこの場を見守っているという感じだ。

 

「部長!国広隊員は一つ質問がしたいのであります!」

「よおし!どんと来い!」

「本来なら今は部活動停止の期間なのでは?というか昨日からすでに停止期間は始まって――――――」

「だまらっしゃああああい!」

「ひでぶっ!」

 

手に持っていた黒マーカーを漫画とかでよく見るチョークとばしのようにこちらに額に飛ばしてきた。ちなみに、マーカーの蓋は開けられていて、先端をこちらに向けて投げてきたので、俺に額には第三のほくろが出来上がってしまっているだろう。とりあえず水性でよかった。

 

「国広ぉ・・・空気読めよ・・・。こんなとき、だからこそ、だろ?」

 

親指立ててこちらにさわやかスマイルを部長は送ってきた。白い歯がキラリと光ったように見えた。・・・その無駄にさわやかなところが、ちょっといらいらするんだお!

とりあえず、反射的に謝ってしまった。これ、何に対する謝罪なんだ?

 

「はっはっはー、わかればいいのだよワトソン君」

 

わかった。今日の部長、きっとテストのストレスでが溜まっているんだろう。精神的にまいっているんだな・・・哀れだな・・・

 

「あと、どうやってこの部室に?鍵は梓先生が管理してるんだから、普通は借りれないんじゃ・・・・・。」

「ああそれ?…・・・鍵はかかってなかったんだよ、かけわすれだったんだよ。うん。」

 

かけ忘れ?そんなこと有り得るのか?

・・・・・・まあいいや、突っ込んだところで何か教えてくれる気がしないし。

 

「茶番は終わったか?ならさっさと本題に入ってくれ。正直言って今回の試験は大丈夫とは言い難い。少しの時間も惜しいのでな。」

 

ハムは俺と部長のくだらない会話に割って入った。ハムはこちらをみず、視線は手元の単語帳に向けられていた。

 

「ハム、あんたも少しは空気を読みなさいよ・・・。でもまあ、時間は惜しいね。じゃ、本題に入りますか。」

 

部長は俺に投げつけてきたマーカーとは別のマーカを取り出し、ホワイトボードに《戦略》と書き足した。

 

「じゃ、まずは各機体について聞きたいんだけど……みんなは何で出るつもり?」

「えっと……国広先輩は分かると思うんですが……私はケルディム、ガナーザクαでいきます。狙撃と中距離射撃でいきます。」

「あるふぁ?てことは何?改良ってこと?今まででも十分強かったのに?」

「あのままでは駄目だということに気付いてしまったので。ちょっと方向性を変えてみます。」

「ふうん・・・・・・・方向性を、ねぇ・・・・・・。では次!ハムはどんな感じにした?」

「私はスサノオ、武御雷。」

「相変わらず変わらないな、お前は。」

 

彼はランクが低いころからずっと同じMSを改良し続けている。俺や柄谷、部長のように紆余曲折して現在の戦闘スタイルが出来上がったのではなく、最初からあの戦闘スタイルのまま、近接格闘のままであるからすごい。

ちなみに、各MSにこうやって名前を付けるのは、判別するのに役立てるためだ。何せ自由度の高いゲームだから、一々武器の説明なんてしてたら日が暮れてしまう。それを簡略化したのがこれだ。

 

「国広は何で行くの?やっぱグフカスタム?アリオス?」

「まさにその通り!・・・・・・と言いたいところですが、ちょっと違いますね。今回は違ったベクトルなのを一機入れます。」

「ほう・・・珍しいではないか。どういった事情でだ?」

「ちょっと、今のままでは勝てないと悟ったからな。」

「なるほどにゃ~国広がそう言うってことは、よほど強い相手とぶち当たったのかな?そうだねぇ・・・大方オンライン対戦でぼこぼこにされたとか?」

 

部長にみごと言い当てられてしまった俺は、思わず顔が引きつってしまった。そして隣の柄谷は体をこわばらせていた。

 

「二人そろって・・・御愁傷様です・・・。」

 

部長がこちらに慈愛の目、そう、例えるなら、書道で自信満々に書いて、それをドヤ顔でみせつけられて、正直に下手とも言えずとりあえず褒めておく、そんな時の表情だ。ちっとも心がこもっていない。

 

「慰めないでっ・・・・・・!悲しくなるからっ・・・・・・・・・!そんなに憐れまないでよぉ!」

「いや先輩、まだあきらめるのは早いです!私たちはまだ本気を出していないだけ、ですよね!」

「ああ、そうだな柄谷!俺たちはまだまだやれる!あんなのは油断していただけだ!」

「・・・でも、ぼこぼこにされて、次の日放心状態になっていた君たちが言うのかぁ?」

「竜崎は少し黙っていろ。」

 

俺は竜崎の頭をポケットの奥深くまで押し込んだ。そして、部長とハムはその光景を見て苦笑いをしていた。とりあえずこの話題にはスルーしていただきたいところだな。

ちなみに、このフィギュアがしゃべることはすでにみんなに伝えてある。以前は知られたらまずいとか思っていたが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。

 

「それで?その機体というのは?」

「それは・・・あえて言わないでおきます。情報は、後出しした方がかっこいいじゃないですか。」

 

柄谷もそれには頷いていた。おどけて笑って見せたが、俺はガチで言っている。どうせ手の内を明かそうがあかさまいが、部長とハムにデメリットがないなら、サプライズ性を優先したかったのだ。

 

「――――――――わかったよ。楽しみにしてるね。ちなみに私はアルケーとストライクを予定しているかな。」

「部長さんはいつもと変わらないんですね…。」

「ん?あぁ・・・いやその、さすがに改良はするよ。」

 

なんかちょっと歯切れが悪かったが、まあいいか。そんなのいつもの事だろう。部長だし。

 

「では次に、いつアドアーズに乗り込んで練習するかを考えようか~。」

 

あれ?戦術について考えるんじゃ・・・・・・?

 

「テストは今週の金曜日から始まって、来週の水曜で終わる。土日はさむけど―――――――その土日にやる?ちなみに、私はやってもいいよ。失うものなんて何もないしね!というかもう全部失ってる!」

 

堂々と情けないことを言う部長は逆に勇ましかった。とても受験控えた人のセリフとは思えない。

 

「部長さん・・・悲しいですね・・・もう高3なのに・・・。私はこうならないようにしないと・・・」

「宮永、そんなので受験は大丈夫なのか?」

「浪人確定不可避。」

「ってーおい!私を同情してどうするんだ君たち!今は日時の決定だろう!それと国広!お前のは煽ってるよねそうだよね!?」

「まあ俺は部長と違って普段から勉強してますし。」

 

俺は得意げに鼻を鳴らし、部長を見ると、彼女は握り拳をつくって、プルプル震えていた。そして大きく深呼吸をして、手をだらんと下におろした。

 

「・・・で、土日どうなの?てか国広、あんた勉強できるんだから一日くらいやんなくても大丈夫でしょ。普段から勉強してるんでしょ?なら一日フルで使っても問題ないよね?だって勉強できるんでしょ?(笑)」

 

部長はじと目をこちらに向けている。

いやいや、暴論もいいところだろこれは。あと最後の言葉、皮肉混じってないですかね・・・

 

「俺がテストで点を取ってるのはテスト前の休みをフル活用してるからこそなんですよ。したがって無理っす。来週の水、木、金曜日にしましょう。それならみんなの都合もいいでしょうし。水曜日はテスト終わるのが午前だから、午後はたんまりとできますし。」

「たしかに、国広先輩の案が理にかなっていると思います。というか、それしかありません。」

「あーもうわかったよぅ。じゃあ水木金でいい?」

「すまない、私は木曜日に用事があっていくことができない。」

「なら水金で決定!異論は認めない!」

 

部長はホワイトボードに《水金突撃!》とでかでかと書いた。

 

「それで、次はタッグの出る順番を――――――――」

 

その時、部室のドアが突然にあけられた。

 

「やはりいましたね。部活動停止期間中、無断で活動し、さらに部室のカギを許可なく持ち出して・・・。」

 

緋色会長であった。後ろには彼女でけではなくほかの生徒会の面々が見えていた。

 

「あ、あはは・・・結衣、いや、緋色会長ではあ、ありませんかぁ~。こんなところで会うなんて奇遇ですねぇ~~・・・。」

 

部長は、額に汗をにじませ、目は泳ぎ、言葉も歯切れが悪くなっていた。

てか、部長、鍵、盗み出してたんですか・・・

 

「ええと・・・君たちは、部長に呼ばれてここに来たのかい?」

 

カトル先輩が俺たちに質問を投げかける。

・・・…なんとなくわかる、わかるぞ、これは何を言わんとしているのかが。

これはおそらく、『もし自発的にここに来たというなら、反省文は君たちにも書かせますよ?』ということだ。もう部長の反省文確定は免れない。なら次は俺たちというわけだ。ただ、俺たちには前科がない。よって言い方によっては免れることもできる。これは部長と共犯者になるか、それとも見捨てるか、小さくはあるけれど分岐点のようだな。

試しに視線を下げてみると、竜崎はグーサインをだしていた。つまり、そういうことなのだろう。

ギャルゲ風に選択肢を出すなら、

 

 

 

A 「いいえ、みんなで部長と相談して今日来ようと思って集まりました。」

 

B 「いいえ、実際に集まろうと言い出したのは俺で、鍵の件は俺が部長に頼んだんです。」

 

C 「はい、俺たちは部長に呼ばれてきただけです。ほぼ強制的につれてこられました。」

 

 

 

さて、どうしたらよいのか。

 



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1-2-7 おきらく作戦会議 解答編

とりあえず、テスト前に余計な時間はとられたくないから、部長を見捨てよう。そうしよう。

 

「はい、俺たちは部長に呼ばれてきただけです。ほぼ強制的につれてこられました。」

「ちょっ!国広っ!私を見捨てる気か!?」

 

部長は会長に向けていた視線を俺に向けた。目は明らかに血走っている。

 

「見捨てるも何も、俺は何も間違ったことを言っていませんが?」

「・・・だそうだな。じゃあ生徒会室に来てもらおうか。」

 

朱鳥は素早く部長の背後に回り襟首をつかんで引きづり、この場から立ち去り始めた。ちなみに彼は、相手が先輩であろうが教師であろうが女性であろうが言葉づかい、態度が荒い。一応名前を呼ぶときにはさんづけなのだが、それ以外はため口だ。

まあそんな感じであるから、女性の襟首をつかむことなんて彼にとってはたやすいことなのだ。俺にはとてもじゃないけどそんな真似はできないな。

 

「や、止めてぇ!行きたくないっ・・・行きたくないよ生徒会室にっ・・・・・・!もうあの罫線Cは見たくないっ・・・!誰かっ、誰か助け――」

 

そこで、言葉は途切れた。部長は朱鳥、それに付き添いのカトル先輩に連れられて部室から出ていった。残されたのは俺と柄谷、ハムに、会長と刹那だけである。

会長の後ろにいた刹那はこちらに目を向け・・・いや、違う。焦点がずれている。これは・・・先ほど部長がいろいろと書きなぐっていたホワイトボードに目を向けているな。

でも、特に何も面白いことは書いてないんだが・・・。

数秒の後、刹那はホワイトボードの側に近寄って、その文字を確認――――――――――しようと、足を部室内へ踏み入れようとしたところ、会長は腕を横にひき、行動は止められた。

 

「では皆さん、部室の鍵を閉めるので、外に出てください。」

 

言われるがまま俺らは荷物をまとめ、部室を出た。鍵を閉めた後、会長は刹那の手を取りこの場から立ち去った。心なしか足取りは早かった。おそらく部長の始末をさっさと済ませたいのだろう。

残されたのは俺と柄谷とグラハム。嵐が去った後のように、あたりには静寂が広がっていた。

 

「にしても、さっきの先輩はなかなかでしたね。」

 

その静寂を破ったのは柄谷であった。

 

「まさか部長をこうもあっさりと見捨てるなんて。」

 

おいおい、なんで自分たちがいけないことしたかのように言っているんだ?

 

「まあ確かに申し訳なくはある。だがな、柄谷、人間というものは、時にはあえて見捨てなければならないこともある。もし仮に部長と共犯者になろうとする。それなら俺ら3人はあの罫線Cの反省文をびっちり書かされるんだぞ?しかもテスト前であるのにもかかわらず。そうなりたかったのか?」

 

俺と部長だけで罪をかぶる方法もあったのだが・・・・・・・これは黙っておこう。

 

「それは・・・嫌ですが。」

「全員が助かる方法なんてなかったんだ。最低一人は生贄となる。生贄にはなりたくないだろう?それを部長は・・・部長はっ!犠牲になってくれたんだっ・・・!」

「な、なるほど・・・部長さんは犠牲になってくれたんですね・・・。」

「そうだ柄谷、部長は俺たちを救ってくれたんだ。反省文という魔物から俺たちを。これは部長に感謝しないとならないな!」

「部長さん、ありがとうございます!」

 

よし、洗脳完了。

扱いやすい女で助かった。

あとはハムだが……

俺はハムに目を向けると、彼はただ黙って腕を組み、背もたれに体重をかけて、少しうつむきながらたっていた。

 

「なあ、ハム・・・」

「言わんとしていることは分かっている。正義である行動が、果たして善行であるのか。否、今回がまさにそれだ。カタギリは正しい判断をしたことは分かっている。私も時間が無いのは同じだからな。」

 

な、なんて物わかりのいいお人っ!

 

「では私は帰らせてもらうぞ。また明朝に会おう。」

 

グラハムはカバンをとり、立ち去って行った。

 

「じゃあ俺たちも帰るか。」

 

俺はそう柄谷に告げ、席を立とうとしたとき、

 

「あ、あの、ちょっと待ってください。」

 

柄谷に呼び止められた。

 

「何?どうした?」

「えっとその・・・実は・・・」

 

何をもじもじしているのだろう――――――と柄谷を見ていたら、彼女の手元には参考書があった。

なるほど、そういうことか。

 

「なにかわからない教科でもあったのか?」

「あ、そうです!ちょっと数学で分からない問題が・・・・・」

 

怜の家では酷いことしてしまったからな。その埋め合わせと言ってはなんだが、柄谷の希望には応えようと思う。今すぐ帰らなければならないというわけでもないし。

 

「よし、どんと来い、俺に任せろ。」

「あ―――――――ありがとうございます!」

 

柄谷は俺にぺこりとお辞儀をし、上がってきた顔には満面の笑みを浮かべていた。なかなかいい笑顔だな。そう素直に思う。

にしても、もしあの時、部長と共犯者になったとしたら…どうなっていたのだろう?

 

 

 

 

 

柄谷との勉強を終え、家についたのは7時であった。リビングでは有希が参考書を広げてテレビを見ながら勉強していた。テレビの内容はバラエティ番組。

ながら勉強、あんまりよくないんだけどなぁ・・・。加えてバラエティとか・・・いや、人によっては集中できるのだろう。中学の同級生なんて、歌いながら勉強してるやつとかいたしなあ。

 

「兄さん、お帰りなさい。部活はないのに遅かったね。」

 

俺に気付いたらしく、有希はこちらに視線を向けず勉強しているまま出迎えてくれた。

 

「いや、正確にいえば部活はあったんだ。ただいろいろあったけど。まあその話題には触れないでくれるとありがたい。」

「ふうん。」

 

これ以上離すこともなかったので、俺は自室に戻った。階段を上がっている最中、リビングから笑い声が聞こえてきた。

・・・駄目だ擁護できねえ。こりゃ絶対、はかどらねえだろうな。

 

 

 

俺は部屋に着いたら、とりあえず一休みしたかったのでベッドにつっぷした。ポケットには竜崎がいるのにもかかわらず、だ。

 

「むがっ・・・むぅ・・・・・・・ぷはぁっ・・・。君はなんてことをしてくれるんだっ!常識的に考えろ!」

 

なんとかポケットの中から這い出て、俺とベッドの間を掻い潜り、俺の眼前に竜崎はやってきた。

 

「ああスマソスマソ」

「誠意が感じられないっ!しかもなんだスマソとは!日本語でしゃべれ日本語で!」

 

・・・うざい。が、なんか可愛いからいいや。

 

「まあそんなことはどうでもいいとして。」

「どうでもいいんかい!」

「五月蠅い、茶々を入れるな。黙って聞け。」

 

何故、今度は命令されているのだろう。

 

「さっきの部室内でのやり取りで、君は一つの分岐点に立った。そうだろう?」

「ああ、確かにそうだが・・・」

「その時に、君は2つか3つの選択肢の中から1つを選んだ。その結果君は、反省文を書くことを免れ、宮永龍華を切り捨てた。」

「・・・それがどうしたよ。」

「もし仮に、これがゲームだとしたら、選択肢の前ではセーブをし、差分を回収しようとする。違うか?」

「いや、違わない。確かに俺もセーブはする。」

「そうだろう?だが現実はできない。自分の主観が過去に遡る、そんなことはありえやしない。」

「タイムリープマシンさえあれば話は別だけど、まあ確かに、そんなマシンは空想にすぎないし、お前の言う通りだな。」

 

こいつはいったい何が言いたいのだろう。まったく想像がつかない。

 

「だが、考えてみてほしい。主観が遡ることは不可能だが、『それに近いことができるとするなら。』分岐したのは変えられないが、別の選択肢の選ぶ、乃ち、『差分を回収できるとするなら。』」

「っ・・・!」

 

なんだと・・・?つまりそれは・・・

 

「単刀直入に言おう。君に“差分回収装置”を与える。これを使えば、君は別の選択肢を選んだ時の展開を見ることができる。」

 

これもサポートの一つというやつか。にわかに信じがたいが、竜崎の言うことだ。きっと、本当なのだろう。

 

「ただ、注意してほしい。これはあくまでも、『展開を見る』ことしかできない。その選択肢を選んだからと言って、『現在は変えられない』のだ。だけど、参考にはなる。今後の彼女づくりに役立ててほしいというわけだ。」

「な、なるほど。だが一つ質問いいか?」

「なんだい?」

「なぜ今日なんだ?分岐は一週間前にもあっただろ?」

「なあに、簡単な話さ。先週の分岐では、マイナスな選択肢はなく、単なるフラグ建てだった。だが今回はマイナスな選択肢もあり、好感度も動く。故に先週は特に必要というわけではなかったのだ。必要のないものを前渡するのは、私の意向にはそぐわないのでね。」

「・・・マイナスか。」

「もうすぐ届く、暫し待つのだ。」

 

竜崎はそういうとベッドの上から降り、机の上に登った。

なぜそんな簡単に上れるのかというと、いつの間にか机横に小さい階段らしきもの(俺が怜の家に行っている間に作られた)がつけられているからである。

俺はうつぶせの状態からあおむけの状態になり。天井を見上げた。真っ白い光景が広がる。それは自分の制服の黒さと相まって、余計に白く感じる。

・・・そうだった、まだ制服だった、着替えなきゃな。

俺は起き上がり、下着以外(パンツはボクサー)はすべて脱――――――――ごうといたところで声がかかった。

 

「お、おい君!何をしている!」

「何って着替えようとしてるんだけど?」

 

俺はすでに学ランの上は脱ぎ、Yシャツのボタンに手をかけていた。竜崎がなぜかとめに入っているが、そんなことは気にせずボタンを外す。

 

「いやそれはわかる。だがちょっとまて、俺の話を聞け。」

「はいはい、着替えてから話を聞くからさー。」

 

既にこのときに、俺は上半身はマッパ、ズボンのベルトを外しているところであった。竜崎の言葉は無視。ベルトを外し、ズボン、ソックスを脱いでパンツ一枚になった俺は、私服を取ろうと箪笥に手をかけようとしたら、

 

「遼!待たせたわね!サポートの一つの差分回収装置をとど、け、に・・・」

 

ドアは勢いよく開けられ、そこにはヘルメット型の装置を抱えた怜がいた。

・・・状況を整理しよう。

今俺はパンツ一丁、しかもボクサーパンツだから、俺のムスコの形がくっきりしてしまっている。だが箪笥が横向きにおいていたため、ドアを開けた時は体半分しか見えていないはずだ。

まあそれはいい、問題なのは、“入口にいるのが女性である”ことだ。しかも有希ならまだいい、まだ見慣れてるはずだ。だけど……そこにいるのは怜だ。

 

 

一瞬時が止まったように思えた、いや、止まった。怜は扉を開けたその体制のまま硬直し、俺はタンスの引き出しを開けようとした姿勢のまま硬直していた。

数秒の後、

 

 

「きゃ、きゃあああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 

家じゅうに、怜の悲鳴が響き渡った。

 

「ば、馬鹿野郎!なんでこんなタイミングでやってくるんだ!しかもシチュエーションは普通逆だろ!男のヌードとか、誰得だよ!みんなは女の子のエロハプニングを望んでいるんだよ!」

「いやあぁぁぁぁ!こっちむかないでえぇぇぇぇ!!!!」

「ひでぶっ!」

 

ヘルメットを抱えていない方の手で、俺の頬にビンタが炸裂した。顔にはモミジが作られ、衝撃で後ろに転げてしまった。

 

「あああああんんた!よりにもよってなんで仰向けでM字開脚なのよおぉぉ!正座しなさい正座ぁ!!」

「れ、怜さんどうしましたか!?・・・・・・って、兄さん!?」

「おうおうどうしたい怜ちゃん。そんなに悲鳴を上げ、て・・・おい遼。お前、何、やっているんだ?」

 

怜の悲鳴を駆けつけて、叔父さんと有希が、俺の部屋に、きやがった・・・。

 

「だから言ったのに・・・素直に君が私の言うことを聞いていれば・・・」

 

竜崎はやれやれといった風に額に手を当てている。

―――――状況を再確認しよう。

俺は今パンツ一丁のまま床にへたり込み(M字開脚)、目の前の怜は顔を真っ赤にしてうずくまって、その後ろには、まるで汚物を見るかのように目が座っている有希、鬼の形相をした叔父さんが立っていた。

 

俺、この後生きているかな・・・

 

 

 

 

あの後、俺の必死の弁解により、なんとか事態は収束に向かった。が、有希の目には『お隣さんの女性に自分の股間を見せつける変態兄』と映り、叔父さんからも軽蔑されてしまったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

沈静化したころ、自分の部屋には俺と怜と竜崎を残すだけとなった。

 

「本当に、反省しています。どうか、醜い私めをどうか許していただけないかと、思います。」

 

何度も何度も謝ったが、再度怜に謝る。謝りすぎるのはいけないことであるということは分かっているのだが、どうしてもやってしまうというのはなぜであろうか。

 

「アンタの謝罪は聞き飽きたわ。それにノックもしないでドアを開けた私も悪かったことだし。」

「怜はなんて優しくて、心の広い人なんだっ!」

 

俺は感激して目をうるうるさせていたが、そんな俺を怜は冷ややかな目で、

 

「勘違いしないでよね。さっきの件に一々かまっていると竜崎さんに頼まれた仕事がいつまでたっても始まらないと思っての言葉よ。まさかあんな汚物を見せられて、そんな簡単に許してあげるとでも思ってんの?もしそうなら、とんだおめでたい脳味噌ね。」

 

俺を、完膚なきまでに、言葉で叩き潰した。

例えるなら、詰め合わせの飴を渡されて、そのあと電流の流れている鞭でメッタメタにするような。そんな感じがした。なんてエッジの鋭いアメとムチ。

絶望に浸っていた俺を地の底から呼び起こすかのように、竜崎は一つ、大きな咳払いをした。

その瞬間、怜は自分の使命を思い出したのか、『まあとりあえず話を始めるわよ。』と切り出した。

 

「竜崎さんから説明があったように、この差分回収装置さえあれば、過去の分岐点にとんで、展開を見ることができる。まあ物は試しよ。さっさとこれを被りなさい。」

 

そういって怜はベッドの横に置かれていた装置を俺に放ってきた。いきなり放られたもんだからこっちもびっくりしたが、なんとかそれをキャッチする。―――――これ、結構重いぞ。落としたら壊れてたんじゃねえの?

 

「おいおい、これ、精密機械だろ?こんな粗雑な扱い方でいいのか?」

「五月蠅い。黙ってさっさとかぶれ。」

 

怜に気圧されて、俺はおっかなびっくりこのヘルメットをかぶる。

 

「そんなにびくつく必要はないわ。別に電流が流れたりするわけでも、頭を圧縮するわけでもないんだから。――よし、被ったわね。じゃあこれがコントローラーだから。」

 

そういって怜が手渡したコントローラーは・・・まんまPS3コントローラーじゃねえかじゃねえか。

 

「じゃあ真ん中のHOMEボタンを押して。あとはガイドに従って。」

「ボタンの名称まで同じとは・・・」

 

俺はそうつぶやき、ボタンを押すと――

HOMEボタンは光り、開け放された眼前がバイザーで一瞬で覆われた。そして、光は完全に遮断された。あたりはただただ闇であった。

首を左右に振ってみてもその景色は変わらない。当然だ。ヘルメットをかぶっているのだから。

ほんの数秒前とのギャップに暫し動揺したが、眼前にあるウィンドウが表示され、動揺は収まった。

 

【氏名、生年月日、血液型、父母の名前を入力してください】

 

画面下には、よくある会員登録のようなウィンドウが表示されている。

試しにコントローラーを動かしてみると、パソコンで言う矢印アイコンが動いた。なるほど、基本的操作はなんらPS3と変わらないのか。

慣れた手つきで空欄を埋め、『次へ』のボタンをクリックすると、

 

【退行時刻を設定してください】

 

そう表示され、その下にはカウンターがあった。ここに時間を入力しろというわけだな。

えっと、確か6時間授業の後だから・・・

3時25分か?

いや、間違いない。大体そのあたりだ。

俺はその時間を入力し、『決定』のボタンをクリックすると――あたりが眩しく輝き、思わず目を瞑った。おっかなびっくり目を開けると……そこには、ゲー研の部室が広がっていた。え?なんでなんで?どういう理屈?さっきまでパソコンみたいな画面だったのに、なんでいきなりこんなリアリティのある風景―――いや違う、全然奥行きが感じられない、そして視界は固定されている。それはまさしく・・・・・

 

【「なら水金で決定!異論は認めない!」】

 

突然眼前に一人の女性の“立ち絵”が現れ、そのセリフが“画面下に表示された”。勿論彼女はわれらがゲー研部長、宮永龍華その人である。この装置の仕組み、それはおそらく、“過去をギャルゲ風に表わす”のであろう。

よくよく見ると左上には日付の表示、試しにスタートボタンを押してみるとコンフィグが表示され、×ボタンを押せばセリフが消えた。もう一度押すと再びセリフが表示される。○ボタンを押せば、セリフが進んだ。

 

【部長はホワイトボードに《水金突撃!》とでかでかと書いた。】

【どうでもいいんだけど、文字を大きく書くか小さく書くかで性格がはっきり分かれるよね。】【あとかっちりかくか適当に書くかで。部長の場合は適当かつ大きく書いているな。まあどうでもいいんだけど。】

 

 俺が思っていたことまで、まさにそっくりそのまま。ものすごい再現力だな。

 

【「それで、次はタッグの出る順番を―――――――――――――」】

 

 とりあえず、俺の考えてることは飛ばしていいか。自分の思っていることを自分で読み返すのってなんか嫌だし。

 

【「やはりいましたね。部活動停止期間中、無断で活動し、さらに部室のカギを許可なく持ち出して・・・。」】

 

 画面に緋色先輩が映し出された。この立ち絵もまさしくギャルゲそのもの。そのものなんだが、その、あれだな。実写ギャルゲーはちょっといやだなあ。せめて俺の好きな絵師さんならいいのだが。

 

【「あ、あはは・・・結衣、いや、緋色会長ではあ、ありませんかぁ~。こんなところで会うなんて奇遇ですねぇ~~・・・。」】

【「ええと・・・君たちは、部長に呼ばれてここに来たんですか?」】

 

ここだ、ここが分岐点だ。

竜崎の言っていたことが本当なら、ここでは選択肢が3つ出るはずだ。

そう考えていた通り、画面には選択肢が3つ表示された。

 

A 「いいえ、みんなで部長と相談して今日来ようと思って集まりました。」

 

B 「いいえ、実際に集まろうと言い出したのは俺で、鍵の件は俺が部長に頼んだんです。」

 

C 「はい、俺たちは部長に呼ばれてきただけです。ほぼ強制的につれてこられました。」

 

先ほどは現実世界であったからクイックセーブなんてことはできない。だがこれはまさしくギャルゲ。それなら、クイックセーブもできるはずっ!!

○はテキスト送り、×はテキスト消し、△はバックログ表示だろうから、□でメニューの表示なはずだっ!

案の定、□ボタンを押すとメニューが表示された。セーブ、ロード、クイックセーブ、クイックロード、タイトルバック、本来ギャルゲにあるはずのすべてものが、そこにはあった。

よし、クイックセーブだ。

俺はそのボタンを押し、クイックセーブが確認された後、元の画面に戻った。

前回の俺は3番を選んだ。クイックセーブは完了した。なら、残りの二つ、両方ともやろう。最初は1番からだ。

俺は1番の選択肢を選ぶと・・・

 

【「いいえ、みんなで部長と相談して今日来ようと思って集まりました。」】

【俺がそう言ったその時、部長も含め全員が驚いていた。】

【「先輩っ!なに余計なこと言っているんですか!」】

【「そうだ。貴様は何を言っている?」】

【「国広・・・・・私とともに共犯者になってくれるんだねっ!あたしゃあ嬉しいよっ!」】

 

そして、画面上には

 

《柄谷の好感度がダウンしました》

《ハムの好感度がダウンしました》

《宮永の好感度がアップしました》

 

そう表示された。

 

・・・・・なるほど、マイナスとはこういうことだったのか。でも一応プラスもあったな。

確認が取れたから次だ。2番の選択肢を選ぼう。

俺はクイックロードをし、2番の選択肢を選ぶ。

 

【「いいえ、実際に集まろうと言い出したのは俺で、鍵の件は俺が部長に頼んだんです。」】

【俺がそう言ったその時、部長も含め全員が驚いていた。そう、それは生徒会の面々も。】

 

・・・ん?ちょっと違うぞ?

 

【「先輩・・・・・」】

【言葉が見つからなかったのか、それ以外何も言えなくなってしまった柄谷。】

【黙り込んで、目を瞑り、少しうつむき、腕を組んだハム。口元がかすかに笑っていた。】

【開いた口がふさがらない部長。】

【「・・・・・・なぜ、そんなことを?」】

【「ええと、やりたくなったからやったんです。】

【会長は一拍おいて、口を開いた。】

【「・・・・・・そう、ですか。国広さん。了解しました。では生徒会室に来て、反省文を書いてください。あと、たとえ命令したことであっても、彼女が鍵を盗み出したことには変わりないので、貴女も反省文は書いてください。」】

【「そ、そんなぁ!」】

【部長は両腕を朱鳥とカトルにつかまれ、ずるずる引き攣られて部室を後にした。それに続いて俺と会長、刹那が部屋から出た。】

【ほどなくして、会長は俺に小声で話しかけてきた。刹那は俺たちの前を歩いていたので、かろうじて聞こえないレベルである。】

【「さっきのアレ、実は龍華をかばうためのウソでしょう?」】

【「へ?いやあそんなことは……」】

【「もしさっきの言っていたことが本当なら、あれほどまでに龍華がおびえたりしませんよ。それにその時、貴方はやけに冷静であったじゃありませんか。」】

【「……ばれてましたか。」】

【「わかりやすかったですからね。………でも、少し見直しました。正直に話していれば助かったのに、嘘をついてまで罪を背負おうとするなんて・・・・・・・・。だから、反省文は書かなくていいです。というか、もともとやってないのだから書く必要もありません。まあ、ああいってしまった以上。便宜上は一緒についてきてください。】

【会長のその微笑みが、脳裏に焼き付いた。】

 

《柄谷の好感度がアップしました》

《ハムの好感度がアップしました》

《宮永の好感度がアップしました》

《緋色の好感度が大幅にアップしました》

《刹那の好感度が微量にアップしました》

《カトルの好感度が微量にアップしました》

 

なっ

 

なんてこったい!

 

まさか一番アウトだと思われていた選択肢がこんなに素晴らしい結末だなんてっ!

しかも、さっきの会長の言葉を聞いて、3番が非常に嫌な予感がする・・・

俺はクイックロードをして、3番を選択。すると、

 

【「はい、俺たちは部長に呼ばれてきただけです。ほぼ強制的につれてこられました。」】

 

そのあとのみんなの流れは変わらず、グラハムが帰ったところで好感度が表示された。

 

《柄谷の好感度がダウンしました》

《ハムの好感度が大幅にダウンしました》

《宮永の好感度が大幅にダウンしました》

《緋色の好感度が大幅にダウンしました》

 

キャアアアアアジライダッタアアアアアア!!!!

なにこれぇ?なにこれぇ?安全策かと思いきや、地雷だったなんて・・・

マイナスしかないとか・・・こんなのって・・・

しかもグラハム!お前は分かってくれているかと思ったらこれかよ!

・・・いや待て、確かにこれは酷い結末だ。だがこの後に少し続いていたよな?

俺はそう思ってテキストを読み飛ばす。

そして、柄谷との勉強会が終わった頃、

 

《柄谷の好感度が大幅にアップしました》

 

てことはつまり、

 

Aを選べば部長の好感度が上がり、

Bを選べば全員の好感度が上がり、

Cを選べば柄谷の好感度が上がる(失ったものは大きい)

 

なるほどね、これは確かにためになるね。

俺はすることもなくなったので、タイトルバックを選択した。すると画面が暗転し、一つのウィンドウが表示された。

 

【始める 止める】

 

俺はやめるをクリックした。

するとバイザーがゆっくりと開かれ、元板自分の部屋の光景が目に映った。戻ってきたのだ。

 

「どうだった?この装置の意味、わかったかしら?」

「ああ、すごい再現だよ・・・。」

 

正直圧巻であった。だけど、選択しなかった未来が、必ずしもこうなるのであろうか、という疑問はある。

 

「・・・ちなみに、選んだ選択肢のその後は、必ずその通りになる。再現というか、未来そのものだから、原理は諸事情により説明できないが、まあ信じてくれ。」

 

竜崎はアンニュイな表情で俺にそう告げた。なぜアンニュイ――ああ、原理を説明できないからか。

 

「てか、あなたの独り言、結構面白かったわよ。」

「・・・・・へ?」

「プレイ中ぶつぶつ呟いていたじゃない。」

「・・・・・・・・・・」

「目はふさがれていても、口はふさがれていなかっただろう?」

「あと、耳はふさがれていたわけではないわよ。ヘッドフォンみたいなもんなんだから。今回はたまたま私たちがしゃべらなかっただけ。」

 

は、恥ずかしい・・・・・・・・

 

「まあ、最初はよくあるよくある。あまり気を落とすんじゃない。」

 

なんで、フォローされているのだろう。

まあなにはともあれ、この装置は使えるな。

選択しなかった未来が見れるというのは。

ただ………実写は止めてもらおう。



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1-2-5 真面目に不真面目

 0619      FRI

 

 テスト初日、皆、ペンを走らせている。カリカリカリカリ。今日は日本史と政経、それに地理。個人的にはかなり重い。俺は理系なんだ。

 ・・・まあそれでも、教科別の順位でも半分より上に入るけどね。

 竜崎はといえば、テスト中はアクセサリ等は外さなくてはならなかったので、カバンの中に入れっぱなしである。

 

 

 今日の日程が終了し、教室内が少しずつ騒がしくなっていく。もっとも、それはテストの答え合わせであったり、嘆きであったり。俺日本史爆死したわ~やら日本史の問題4はマジキチ~みたいな声が一番多い。俺は普通の出来だけど。

 「……なあ………遼……………どう、だった…………?」

 「まあ、いつも通りだよ。いつも通り。可もなく不可もなく。」

 「お前はっ……お前にとってのその点はっ・・・・・・・・・俺にとってはっ・・・・・・・・・・!うああああああああ!」

 カイジの目は虚ろ。まあ、テストのたびにこうだったからもう慣れた。

 「ちなみに、怜たちはどうだったんだ?」

 俺はカイジをスルーして周りにいた怜や静乃に聞いてみた。

 「ぼくはまあそれなりにできたかな。社会は嫌いじゃないし。今回も遼はぼくには勝てないよ。残念だったな。」

 こいつェ……俺より少し順位が高いからって調子こきやがってぇ・・・・・・・・10位差なんてひっくり返してやんよ……

 「私は……ダメでした。やっぱり、私はダメなんです……。」

 「とかいって、また綺麗に25位ジャストをとるんだろ?」

 そう、刹那はなぜかテストをやると、必ず教科別だと25位をとる。それは一種の才能ではないかと俺は思うね。しかも狙ってやってないんだから。ちなみに、合計順位はまばら。

 「だからダメなんですよ!いつまでたっても中の下っていうのは耐えられないんです!……はぁ、暗記パンとかあればいいのに。」

 今の刹那は通常――白ヘアピンのみつけているので、白刹那とでも言ったらいいのか。

 そんなことを思っていると、ふとあることが頭をよぎった。

 ―自己暗示をうまく利用できないか―と。

 刹那はヘアピンによって人格が変化している。その色――たとえば青なら、青色がキャラカラーであるガンダムOOの主人公のような人格になる。まあエクシア刹那とでも言おう。次に、赤。最近つけているのを見ていないが、これをつけると、シュタインズゲートの主人公のような人格。これは鳳凰院刹那と名付けるか。

 つまり、“天才”のキャラカラーのヘアピンをつければ、この現状を打開できるのではないか。

 そう思ったのである。

 刹那の人格変化には特徴がある。

 OOの主人公。

 シュタゲの主人公。

 この2人の中の人、乃ち声優が同じなのだ。

 その声優が演じているキャラでなくてはならない。さて、どんなキャラがいたものか………

 う~ん、出てこない。ちょっと帰ったらググろう。

 俺が考えに耽っていたその時、ふと気づいたことがある。俺が、「怜たちはどうだったんだ?」そう聞いたのに、まだ怜が一言も言葉を発していないのだ。怜の方をちらりと見てみる。

 彼女の眼もまた――虚ろだった。

 「れ、怜?どうしたんだ?まさかカイジみたいに答案が大事件だったのか?」

 俺はふざけてそう聞いてみた。だが怜は無表情。

 「お~い、榊さ~ん。生きてる?ダイジョブ?」

 俺は怜の眼前で手を振ってみた。だけど、眼球は動かない。

 「おい!しっかりしろ!」

 俺は肩を揺さぶった。そうしたことで、やっと怜は瞳に色を取り戻し、そして、

 「もともと……転校したての私に……暗記系は無理……なんだよ……。」

 その時、俺は思い出した。この前の勉強会の時、怜は理系分野ばかりを勉強していて、文系にはあまり・・・というか、ほとんど手を付けていなかった。

 しかも、よくよく考えてみれば、この地球に住んでいるかどうかも怪しいのに、そんな地球の政治や歴史、構造についてわかるのか?おそらく、答えはノー。理由は怜の顔が物語っている。

 「おいおい……それ………かなり不味くないか?今までの授業、ついていけていたのか?」

 「ノートはとってたけど……わかんなかったよ・・・・・。」

 「・・・・・・・・空欄は何個だ?」

 俺は怜に尋ねると、怜は人差し指を俺に突き付けてきた。

 「何?1個だけ?それはなかなか上出来じゃないの?下手な鉄砲も数撃ちゃあた――」

 「1個、しか解けなかった。」

 「…………は?」

 「地理は計算問題があったから、そこはできたけど……あとは……。日本史はまだできたけど……政経はまったく……」

 「やったっ……!これで初の最下位脱出だっ……!」

 「伊藤は黙ってろ。」

 静乃からのどぎつい言葉に、カイジは肩をすぼめていた。

 「0点………。」

 俺の口からそうこぼれた言葉に、怜はびくつき、額には汗がびっしょりであった。ガクブルしている。確かに、これはまずい。

 「と、とりあえず落ち着け。まだ大丈夫だ。補習を受け、再テストすれば、なんとかなる。」

 「そうだよ怜!まだ留年が確定したわけじゃない!」

 「留、年……」

 その言葉を聞いた怜は、なぜかガクブルがとまり、ここではない別の何かを見ているようであった。

 ――そうだ、1年……。

 怜はもともと、竜崎のエージェントだ。だから、竜崎が消えるのと同時期、すなわち俺が彼女を作ったとき、それまでの間しかここにいないのではないか?しかも、どんなに長くても、おそらく年末まで。つまり、どんなに点数が悪かろうが、どうせ消えるんだからどうでもいい。そう思っているのではないのだろうか。

 だが、その考えだと矛盾が生じる。それは、何故こんなにもガクブルしていたのか。ということだ。これについては実際に聞いてみるしかわからない。

 「怜、お前、どうしてそんなにガクブルしていたんだ?」

 「だって……私がここまでできないなんて・・・・・・・・プライドが許さないわ……許されないのよ……。」

 ……やっぱり、留年は眼中にはないのか。

 「おいおいプライドの問題かよ……そんなことより留年するかどうかが問題だろ?」

 「え、ああうん…。確かにそうよね……。」

 怜は相槌をしているが……これは本心ではない。そう思えるのは、俺が怜の身分を知っているからだ。どうせ年内には消える存在。来年は、ここには居ない。居ないからどうでもよい・・・・・だから留年てどうでもいい。それでいいのかって……?

 ……やっぱり気に食わない。

 「…………ダメだよな。」

 俺の唸ったような声に驚いたのか、怜たちが静かになる。

 「怜、再テスト、まじめに受けるぞ。」

 「へ?ああうん。そりゃあもちろ――」

 「ま じ め に だぞ?」

 俺が強調言うと、怜を含め周りの人もぽかんとしている。

 「どうしたっ・・・・・・?なんかいつもと様子が違うぞっ・・・・・・?いつもなら「フヒヒwまあせいぜい頑張りなされwwww」とかなのにっ……!」

 「確かに……そういえば私も何回かそういわれたことがあります。」

 「……どういう風の吹き回し?しかも、受けろよ、じゃなくて受けるぞって……。お前も受けるみたいじゃないか、再テストを。」

 ああ、わかった。この不快感。きっと怜は、やっても無駄になるんだから全力でやらなくてもいいじゃない。そう思っているんだろう。その態度を、俺は不快に思っていたんだ・・・ 。

 「どうもこうもない。怜が、赤点とって不安がっているのかと思ったら、プライドが傷ついて震えていたこと知って少しイラついたんだよ……。――でもまあ、こいつが今からまじめにやったところで、0点近くだった奴がいきなり再テストのボーダーである70点を超えるとは思えない。だから、こいつが単位を落とさないように、俺が協力してやる。受けるぞっていったのはそういう意味だ。」

 建前上はそうだが、本音は違うけどね。

 「……それはいらぬお節介――。」

 「いいのか?留年しても?まあもっとも、一人でこの現状を打開できるのなら、たしかにいらぬお節介かもな。」

 「……今日の遼君、ぐいぐい来ますね……ほんと、どうかしたんですか?」

 そう刹那に言われ、俺は自分が熱くなっていることに気付いた。怜は少しではあるが、俺に対して不信感を抱いているように見える。ちょっときつく言い過ぎたな。落ち着け、俺。俺は怜に対してイラついていたが、怒ろうとしていたわけじゃないんだ。

 「カイジの場合は本来やっているはずのところを、やってないから取れない。それは自業自得だ。だけど、今回は違う。はなっからやっていないんだから、わからないのも当然。だから、この点とるのも仕方ないな、なんか手伝ってやりたくなるなって思ったんだよ。なんか、無意識のうちにきつい言葉が出ていたけど、まあ気にしないでくれ。過保護って言ったら過保護だな。そりゃあ。」

 「…………。」

 怜は黙り込んでしまった。

 「……どうせ遼は、私が拒んでも、聞かないんでしょう?……わかったわ。」

 怜は俺のエゴでもある提案に乗ってくれた。なんでそんなのに乗ってくれたんだろう。まあ、拒否したところで俺はぐいぐいしてたけど。自己満足はそうでもしなきゃ満たされない。

 「……じゃあ、遼だけじゃ心もとないからぼくも参加しようかなぁ~。」

 おもわぬ副産物だ……。

 「悔しいっ……!俺たちじゃ力になれそうにないっ……!それがっ………!悔しいっ……!」

 「え?ええ?伊藤君、私も混ぜないでくださいよ!」

 いやいや、勉強できない組だと自覚している時点でダメではないか(笑)

 「じゃあ、とりあえず今日から――と言いたいところだが、いいか?」

 「え?ああうん。いいよ。」

 「………ああ―今日、か。いやごめん。言い出しておいてなんだが、今日は無理っぽい。明日でいい?今日は遼、明日はぼく、みたいな?」

 「…!いやいや、静乃が謝ることないよ。もともとは私の問題で、静乃はそれを手伝ってくれようとしているわけだし…。静乃の都合で大丈夫だよ!」

 「そういってもらえたら助かる。」

 「……ふと思ったんだがよ……。萩原っ・・・・・・!お前っ……残りのテストの勉強っ……大丈夫なのかっ・・・・・・?」

 …言われてみればそうだった。

 俺はもう山場は今日でこえた。あとは古典、現代文は苦行ではあるが、理系は別に前日に焦らなきゃならないほど切羽詰まっているというわけではない。

 だが、静乃。あいつの事情は俺には全く分からない。大丈夫なのか――

 「ああ、それは問題ない。毎日それなりにやっていたから、前日に少しやらなくたって平気さ。」

 どうやら、静乃も俺と似たような状況らしい。まあ、俺と学級順位がさほど変わらないしな。

 「……さて、長話もなんだ。もう帰ろうか。」

 そういわれて、俺らはまだ教室内にいたことに気付く。周りを見渡せば、もうかなりの人数の生徒が教室から消えていた。

 「あっ……そういやっ………!」

 カイジは何か思いついたように俺の方に寄ってきて、耳に口を寄せる。

 「『どうせ私が拒んでも、聞かないんでしょう?』って言葉、体育教師に無理やり関係を持たされてる女学生っぽくてエロいよなっ……!」

 なんて言ってきたので、あまりにくだらなく、俺は歩く速度を速めた。

 

 

 

 「もうかなりしたわね……。ちょっと疲れたわ。コーヒーでも淹れて――あ、紅茶の方がよかった?」

 「いや、俺はコーヒー派だ。それでお願い。ありがとうな。」

 空は紅色。時刻は6時に差し掛かろうとしていた。俺はといえば、怜と政経、地理の勉強の真っ最中である。場所は怜の家のリビング。家に帰って、私服に着替えてからすぐさま怜の家に向かい、勉強を始めた。もうかれこれ4時間になる。怜は参考書と問題を交互に見ながら、そして俺がところどころ解説―という流れであった。怜は理系が異常にできるからかどうかは知らないけど、俺が解説をしたところをすぐさま理解して、問題も解けるようになっていた。なんて理解力なんだ。

 そしてその4時間の間、怜は学校での出来事には一切触れず、ただひたすらに解説を聞き、問題を解いていた。そして一区切りついたところで、先の言葉なのである。

 ちなみに、竜崎はこの場にいない、理由としては、「四六時中君といたら私の身が持たない。怜の家に行くなら私の役目は怜が果たしてくれる。だから、私が行く必要はない。故に部屋でゆったりさせてもらうよ。私だって休養は必要なのだよ。」だそうだ。

 ほどなくすると、怜は両手にコーヒーを持ってやってきた。カップの色はモノクロチェック。ちかちかするな。さすがにこればっかりはセンスを疑うよ。

 怜は俺にコーヒーを渡し、「砂糖とミルク持ってくるわね。」と残し、再びこの場から姿を消した。コーヒーの匂いが鼻につく。俺の脳を活性化させる――様な気がした。

 てか、俺はブラック派なんだが……いまさら言うのもあれだし、ここは黙っておくのが吉だろう。俺はブラックのままコーヒーを一口飲んだ。

 怜はすぐ戻ってきた。2人分のプラスチック製のマドラー、カップに入ったミルク、棒状の袋に入ったシュガー。これらは、いかにもインスタント、と思わせる。生活感をあまり感じさせなかった。

 俺はそれを素直に受け取ると、砂糖だけコーヒーに入れ、一口飲んだ。……やっぱ甘いな……。甘すぎるのはダメなんだ。あと、このコーヒーは安っぽい味……実際に淹れたのではなく、インスタントのものだろう。まあ、不味いわけじゃないからいいし、折角淹れてくれたんだ。それだけでもありがたいもんだ。

 怜はといえば、砂糖2本、ミルク2個……あれ、こいつ甘党?

 怜はマドラーでコーヒーをかき混ぜる。黒がみるみる灰色へと変わっていく。ああ、甘そうだな。

 「・・・・・・・・さっきは。」

 「なんであんなこと言ったの?とかか?」

 「…やっぱりわかる?」

 「そりゃあ、予想の範囲内だからな。」

 「……そう…。」

 彼女の表情は浮かない。視線もどことなく下に向いている。

 「お前がここにいるのって――――年内までなんだろ?」

 「……。」

 返事はない。ただ、俺の言葉に体は反応していた。これは肯定ととっていいのかな。

 「すぐ――ではないけど、来年にはこの地に高確率で居ない。だから、来年の事なんて考えてなかった。考える必要もなかった。だから、留年なんて気にもしていなかった。―――それが、その態度が、気に食わなかったんだ。」

 俺は話は止めない。思っていることをすべて言ってしまいたかった。

 「――――ここからは俺の推測だけど、怜はきっと俺と同じ年・・・・・ぐらいじゃないか?実は100歳を超えるんだっていうのなら、そういった雰囲気が出るはず。よくロリババアを見てきたからわかる。まあアニメとかだけでだが。怜には年長者の持つ風格が微塵も感じられない。普通の女子高生に見える。そんな娘が――大切な学生時代を無駄にしてしまうのではないかと思うと、イラついてしまったんだ。どうせいなくなるにしても、せめてその間は、普通の女子高生として過ごしていこうぜって、言いたかったんだよ、要は。」

 ・・・・・・・・・・よく考えてみれば、怜の素性についてあんまり知らないのに、ずけずけと聞きすぎたのではないかと、今更後悔した。

 一度そう考えてしまうと、そうとしか思えなくなってくる。俺は申し訳なくなって、

 「――えっとその……お前何様のつもりだよって話だよな――」

 「いや……。そんなことはないよ!遼がまさかそこまで考えているなんて……。遼って結構すごい人なんだね……。見直しちゃったな…。」

 怜は俺の話を聞いて顔をしかめるどころか、なにやら感傷に浸っているように見えた。なんでだ?

 「……確かに、遼の言った通り、私は、おそらく、年が明けるころには居なくなるかもしれない。いや、おそらくいなくなるわ。だから、来年の事なんて気にもしていなかったわ……。だけど、それは間違いだったみたい。たとえ消える身でも、いる間は普通の学生としていこうって。……こう考えさせてくれたのは、あなたなんだからね?」

 怜は優しく俺に微笑みかけた。目が少し潤んでいた。……そんなに俺の話が感動的だったのか?いやまさか、勉強しすぎて目がおかしくなっただけだろう。

 

 

 結局そのあと、他愛もないことを話してから、家に戻った。なんだか1日がすごく長かった気がするのは気のせい?気のせいか。

 結果、もうすでに9時。それから飯を食い、風呂に入り、なんやかんやしてたら11時になっていた。勉強疲れもあったので、もう寝ようと、部屋の明かりを消し、ベッドに入ろうとしたその時、ヴヴヴとバイブレーションが鳴った。まったく、こんな時間に誰だよ……

 そう思いながらケータイを開いてみると――

 メールが一通来ていた。

 

<From.Shizuno To.Ryo

 今日はお疲れ様。どう?うまくできてた?教えれた?まあ、お前はなんだかんだ言ってできる人だから、そこらへんは信用してるよ。明日はぼくが教える。遼は今日で疲れたろうし、明日は存分に休めよな?>

 

 なんで命令口調なんだよw

 そう思って俺は思わず笑いがこぼれた。にしても、静乃のやつ、けっこう気遣ってくれるなぁ・・・・・あ、昔からなんだかんだでそうだったか。

 とりあえず返信しようと、俺は毛布にくるまりながら文字を打った。

 

<To.Shizuno

 とりあえず報告として、怜の理解力の早さには驚かされるな。一から説明したらかなりの速さで覚えていったよ。・・・・・・・・・あとさ、正直、俺一人だったら自分の身が持たなかったよ。手伝ってくれてありがとうな。>

 

俺は送信ボタンを押した。すると、ものの数分で返信が来た。

 

<From.Shizuno To.Ryo

 ぼくも、怜の態度にはちょっと違和感があったし、なにより放っておけないって思ったからな。勘違いするなよ?お前の身を案じて手伝っているわけじゃないからな?>

 

 ……ぼくも、だって?

 その言い方だと、俺が違和感を抱いていたみたいじゃねえか。間違いじゃないけど、そんなこと一言も言ってないぞ?まあいいや、放置放置。眠いし。

 

<To. Shizuno

 ツンデレ乙wwww>

 

 数十秒後、

 

< From.Shizuno To.Ryo

 てめえ一回地中海に沈んで来い。 >

 

 ふっふっふ、可愛いやつめwwwww

 まあいいや、もう寝よ。おやすみなさい。

 

 

 

 

 彼が完全に寝たことを確認すると、私はルームの中にあるホログラムを起動させた。

 そこに表示された“あるもの”に目を向ける。

「やはり……君は*******でありながら、********なんだね…。」

 どれが“該当”なのか。それは私にはわからない。わかればこんなに苦労はしていない。

「まさに神のみぞ知るというやつか……。」

 私はホログラムを止め、就寝した。

 

 

 

 

 0622 MON

 

  テスト二日目。俺は刹那の自己暗示をうまく利用できないかと調べた結果、素晴らしいアイデアが浮かんだ。「この色のヘアピンを買えば少しは結果が変わるかも。とにかく買え!俺がおごってやるからさ!」と土曜日に告げたわけなのだが……果たして本当に買ったのだろうか…。もし買ってなかったらちょっとショックだな…。まあ押しつけがましいのは重々承知だけどさ。

 そんなことを考えながら、俺は椅子に座って頬杖をついていた。時刻は8時15分。少し早めの登校だ。

 「おはよう遼」

 「おう、おはよう。」

 丁度静乃が登校してきた。

 「確かにあの理解力の速さはすごいな。もう既に60点は取れるレベルだぞ?」

 「………そこまで?」

 驚きしかない。なんせ、つい数日前では0点近くだったのだから。あと、静乃の教え方のうまさにも驚かされた。もう60点レベルまで引き上げただなんて・・・ 。怜の話によれば、俺の5倍くらいは分かりやすかったらしい……。悲しいかな。

 「これ、あとちょっとやればもう大丈夫だろう。てか怜は?」

 「……お前の目は節穴か?後ろを見てみろ。」

 俺は親指を後ろに向ける。怜はといえば、政経の勉強をしている。こんなときにまでやるなんて、律儀なやつだなぁと素直に感心する。

 「……もうぼく、教える必要ないんじゃ…?」

 「俺もうすうす感じている。もう一人でできそうな気がするぜ。」

 静乃も感心していた。そりゃそうだよな。

 それからほどなくして、刹那が教室内に入ってきた。彼女の髪には………

 茶色のヘアピン、白のヘアピンが、つけてあった。

 「・・・っ!」

 俺は席から立ちあがって、刹那のところに駆け寄った。

 「刹那おはよう。……あれ?新しいヘアピン買ったんだ。・・・・・・・・・・・・・・・・今度はどんな性格なのだろうか。」

 静乃も刹那の自己暗示については理解している。だから、気になるのだ。どんな人格になっているのかが。

 「よう刹那。今回のテスト、いけそうか?」

 俺はわざとらしく聞いてみる。俺の予想が正しければ、この刹那、“とんでもない天才”のはずだ。

 「ククク、 計 画 通 り 。」

 予想通りであった。

 そう、今の刹那は

 

 デスノートの夜神月な

 東大を首席で入学するような天才なんだ。こんなテストなんて、余裕なんじゃなかろうか。

 「な、何が計画通りなんだ?」

 「私が今の今まで25位という中途半端な結果を取り続けていたのは、私の完全なるプランの一部にすぎなかったのですよ。ここからの巻き返しによるお膳立てにすぎません。なぜそんなことをするのかって?それは、確実なトップを狙うためです。私は問題の難易度を考えて、25位を狙うためにわざと問題を解かなかったのです。わざと調節していたのですよ。ですが、一年間25位をとりつづけることに成功した。狙った点が取れるようになったと考えてよいでしょう。ですから、もうそんなことはしません。一番を狙います。」

 「あ、ああ、なるほどな……。」

 静乃は刹那の饒舌ぶりに呆気にとられていた。

 俺も呆気にとられ、そして妙に納得してしまった。理屈っぽいところは月そのものだが、言っている内容はどう考えても負け惜しみにしか聞こえない……。

 

 

 

 実際テストを受けてわかった。

 刹那の自己暗示、これは失敗に終わった。

 人格は変わっても、さすがに知識までは変えられなかったのだった。

 



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1-3-1 ピザデブとドMとおホモたち

注:ホモ描写あります


 0627 SAT

 

 テストも終わり、そのあとはゲー研の面子でアドアーズに乗り込んでフルドに没頭したり、怜の勉強見たりで、かなり忙しかった。

 そして今日は、待ちに待った、フルドの地区予選日。俺はショルダーバッグにいつもゲーセンに赴く際のものを詰める。ボイスチャット可のヘッドフォン、財布、フルドのIDカード、ノート、よし、大丈夫だな。ちゃんとバイトにも断りを入れた。バイト長曰く「緋色君も休むのに君も休むってのは手痛いな~…。その埋め合わせは頼むよ?」だそうだ。会長もバイト休むなんて珍しいこともあるんだな。親戚に不幸でもあったのかな?

 俺はショルダーバックをかけ、胸ポケットには竜崎を入れて、部屋から出た。

 「あれ~?兄さん、どこいくの~?」

 まだパジャマを着ていた有希がのんきそうに聞いてきた。こいつ、今の今まで寝ていたのか…。ま、土曜日だし当然といっちゃ当然か。まだ9時だしな。

 「これから戦場へ向かう。」

 「はいはいおもしろいおもしろい~。いってらっしゃ~い。」

 こいつ…、寝ぼけるかバカにするかどちらかにしてくれ…。

 俺は有希に対して顔をしかめたが、有希はそんなことを気にもせず、どこかに行ってしまった。

 俺は家を出ると――なぜか正面には怜が立っていた。ホットパンツにパーカー。すらりと伸びている生足がエロい!あとどんだけパーカー好きなんだよww勉強会の時もそうだったがwww

 「あら、結構早かったわね。」

 「そりゃあ大切な日だからな――て、なんでいんの?」

 「え?いちゃだめなの?」

 「いや駄目じゃないけど…。」

 「遼のゲームしてるところ見てみたかったし、それに……一緒にいたかったし。」

 「え?それってつまり……・?」

 「フラグ立てるためにもね。」

 「・・・・・・・・・ですよねー。」

 「え?まさか期待しちゃってたわけ?wそんな都合のいいことあるわけないじゃない。」

 怜は俺を小馬鹿にするように嘲っていた。

 く、クソっ・・・・!一瞬でも信じた俺がアフォだったっ……!

 「まあまあそんなにへこまないで。応援したかったのは事実だから。――じゃあ立ち話もなんだし、会場に向かおう?」

 「……ああ、そうだな。」

 俺たちはアドアーズに向けて、足を向けた。

 ちなみに、竜崎は怜がいるということを予知していたのか、ついてこなかった。きっとまた家でゴロゴロしてるんだろう。

 

 

 集合は9時半、アドアーズ付近の公園で、ということになっている。この公園、その辺にあるような小さいところではなく、北海道の中島公園のように、公園というよりは広い土地、といったほうが正しいだろう。正式名称は水薙中央公園。

 俺と怜が到着したころには既にメンバーがそろっていた。服装を見てみると、部長は革ジャンにジーンズ。服装だけ見るとかっこいいのだが、いかんせん性格がおちゃらけているからそう見えないのが不思議だ。柄谷は黒のワンピースで、袖や裾がフリルで飾られていた。俺としては、どことなくゴスロリっぽいのにそそられるな。にしても暑くないんだろうか。黒だし、長袖だし。光吸収するし。そしてグラハムは……いつもの仮面に、羽織、もう完全にブシドーさんですね、わかります。いつにもまして気合入ったコスプレだな~。

 「あ、先輩!おはようございます!」

 「カタギリ、遅かったではないか。」

 「国広ぅ……一番気合入ってそうなあんたが遅いだなんて……もしかしてそちらの彼女さんが原因かな?かな?」

 「んなわけないですよ(笑)」

 「まあ、先輩にいるわけないですしね~。」

 「おいそこ、それは俺に対して失礼ではないか?」

 「まあいいや。怜ちゃんに悪いし。」

 ちなみに、前にお互いの自己紹介は済んである。

 部長は怜を一瞥した後、

 「ではっ!県予選に向け、今日は勝つぞ!!」

 「「「おう!/承知した!/はい!」」」

 こうして、俺たちはビルの中へと足を踏み入れて行った。

 

 

 フルドの開催場所はビルの5階、6階となっている。下からA、Bブロックとなる。受け付けは5階の入り口付近。部長がエントリー用紙に記入をしに行っている間、俺は近くの壁に寄りかかって、あることを考えていた。

 言ってしまえば、俺と柄谷をボコボコにした相手、《Nameless》についてだ。ここ数日、この場所でやつらに出くわしはしなかった。そもそもオンライン対戦なのだから、この付近の大会に出没する確率なんて、天文学的に低いわけだが、どうも落ち着かない。この付近のプレイヤーである気しかしないのだ。ジャメビュ?いやまさかな。とりあえず、ああいった戦術の相手のために期待の調整はした。結果は良好。きっと大丈夫、大丈夫さ……。

 「先輩?どうしたんですか?浮かない顔して。」

 気が付けば、柄谷は俺の瞳を覗き込んでいた。距離が近かったので、さらにこんなに近くにいたのに存在に気付かなかったこともあり、驚いて、本能的に後ずさろうと――したが後ろが壁だったのでそれはできなかった。

 「ちょ、近い近い、少し下がってくれ。」

 「……!す、すみません……。」

 柄谷は少し顔を赤らめて、後ろへ二歩ほどあわてて上がった。大方、遠くで見ていてもよくわからなかったから、近づいて確かめようとした。無意識にってところだろう。

 「ちょっとな、奴らについて考えていてな。」

 柄谷はその言葉を聞いて、赤らめていたのが一変、表情が曇ったように見えた。だけれどそれも一瞬。

 「大丈夫です!あれだけ練習しましたし、何より対策も立てたじゃないですか!それに……あの人たちがこの辺に現れるなんてあるわけない。仮に現れたら、リベンジしてやればいいじゃないですか!とにかく大丈夫です!私もいるんですし!」

 ……そうか、そうだよな。勝つイメージを持たないとな。まさか柄谷にそんな簡単なことを言われるとは……それに気づかない俺も俺だな。

 「……柄谷、俺を励ますとはなかなかやるな。お前がいるから大丈夫ってところは疑問だが。」

 「そ、それは酷いですよぅ……。」

 「冗談冗談。正直助かった。俺は考えすぎてたみたいだな。 それに、あいつらが出たからって、また負けるとは限らない。というか、むしろ勝てる。」

 「先輩……やればできるじゃないですか!」

 俺は柄谷の頭の上にポンと手を置き、

 「ちょっと生意気。 まあ、気遣ってくれてありがとな。」

 「……こちらこそ……。」

 柄谷は視線を少し落とした。どことなく頬が赤っぽいのは気のせい?気のせいか。

 「じゃあ、部長の所に行くぞ。」

 「はい!」

 

 

 「部長からの言伝がある。私たちはBブロックだからこの階は1つ上、そして2ブロック目だ。開会式終わったら6階の手洗い場付近で集合だそうだ。」

 俺らが部長の所に行こうと5階をさまよっていたら、グラハムと怜を発見した。彼らは壁に寄りかかっていた。部長の行方を聞いたら、そんな返事が返ってきたのである。

 「……肝心の部長さんの行方が……。」

 「単にトイレに行ってるだけよ。ほんの数分前に向かっていったわ。」

 「ああなるほど。」

 「じゃあ伝言残す意味あるんですか?」

 「いや柄谷、それは愚問だ。どうでもいいことをするのが部長だろう?」

 「それもそうですね(笑)」

 「とりあえず、ここで待っていればいいらしいわよ。」

 「了解。」

 

 

 ほどなくして部長が戻ってきて、いよいよ開会式が始まった。参加者たちはスクリーンの前に集まってくる。俺たちは部長を待っていたので、少しステージからは後ろ気味だ。あたりを見回してみると、アドアーズ常連客もいた。やっぱあいつらも出るのか……。何回か対戦したことがあるが、まあ俺らが大抵勝から、ノーマークでいいかな。前方に目を向けると、何故かよくわからないが、アイドルファンによくある法被を着ている人が結構いた。そんな有名人が来るの?たかが地区予選に?

 それにしても――ああ、いよいよ始まるんだなって思うとたぎってくる。緊張で手が汗でほんのりとにじむ。

 「ではこれより!2012年、フォースレイドライブの地区予選を開始しますっ…!」

 司会者の開催宣言に、参加者たちのテンションが一気に上り詰める。

 「司会、実況は、アドアーズ水薙中央店店長、一条聖也が務めさせていただきます。さてさて、県予選への切符は2枚、はたしてどのチームが手にするのか、期待で胸が高まりますね!それでは今日は皆さん、存分に己の力を発揮してください!」

 それにしてもこの一条という男、赤い髪にスーツって、いくらマイクを握っていても、実況者というよりはセールスマンに見える。しかもエリートオーラが滲み出ているなぁ。

 「では、ここでビッグサプライズっ!なんと今回の予選では、解説者が付きます!それは、この方です!」

 すると、檀上右側から、一人の女性が現れた。それを皮切りに、さっきの法被男たちのテンションが最高潮になる。

 「真冬たん可愛いよおおおおおお!!!!!!!」

 「俺のおいなりさんをぺろぺろしてくれええええ!!!」

 「「「真 冬 ! 真 冬 ! L O V E 真 冬 !」」」

 とにかく熱気がすごい。てか、五月蠅い。ここは勝負をする場であってアイドルを愛でる場ではないのだが……。でも、彼らが発狂するのもうなずけるくらい、檀上の女性は可愛かった。クリーム色の髪色を白いリボンでまとめ上げ、カーディガンにロングスカート。全体的に軽めな色で合わせていた。そして、可愛い。美しいのではなく、可愛い。例えるなら、神のみの栞、ぶらばんの須美に似たようなオーラ。要するに守ってあげたくなるような、か弱い感じ、清楚な感じが滲み出ている。まさに完成されたヒロイン!やべえ、惚れてまうやろ。

 「うおおおお真冬たあああああん!」

 ふと、聞きなれた声に振り向いてみると、そこには法被を着たオタク軍団に混ざってカイジがいたのがわかった。俺は人ごみをかき分けて前に進んだ。

 「ちょwwおまwwwwこんなとこで何やってんだwww」

 「お前こそっ………!真冬たんに会いに来たんじゃないのかっ………?」

 カイジも俺がここにいることに驚いていたようだ。両目を大きく見開いていた。

 「檀上の娘なんて初めてみたわwwwwでも可愛い。やべえよこの可愛さ……。」

 「だろっ・・・・・・・・・?真冬こと椎名真冬たんはゲーム評論家、開発者でありながら、プロゲーマーとしても名高いからっ……、かなり名の知れている人だっ………!だが、本人がいうにはっ……、あまり顔をメディアに見せたくないらしいっ……。理由は恥ずかしいからだっ………!こんな美少女なのになっ・・・・・・・!だから俺のような外見に惚れ込んだファンはそんなに多くはないっ……!それがっ…!俺らが真冬たんを独占しているみたいでっ……素晴らしいっ・・・!萌えるぜ・・・!」

 ・・・・・そういや、ファミ通や電撃プレイステーションのレビューコーナーで、この名前を見かけたことがあるぞ。電撃プレイステーションの方は文字だけだったが、ファミ通は本人をデフォルメして模したラスト付きだったな。よくよく見れば、まさにイラスト通りのかっこうだ。

 ……すごく親近感を感じるぜっ!

 って、俺は真冬たんを見に来たんじゃない。試合しに来たのだ。危うく忘れるところだったぜ。

 「あとっ……!俺は詳しくは知らないがっ……真冬たんはBL業界でも有名な人らしいっ……!まあ俺はホモに興味ないからっ……。」

 「ふうん、まあ俺もホモはお断りしますな。」

 俺はカイジに別れを告げ、来た道を戻って部長たちと合流した。

 「何々国広?もしかしてあまりの可愛さにファンになっちゃったのかな?」

 「ち、違いますよ。友達がいたから声をかけに行っただけですって。」

 「はいはい、そういうことにしておいてあげるよー」

 部長は全く取り合ってくれなかった。まあ、よくあることだから気にもしてないけど。

 「はいはい皆さん、いったん落ち着いてください。  えー、彼女、椎名真冬さんには今大会の解説を担当なさっています。これまでに数か所の地区に派遣されてきましたが、今回の派遣先がここ、アドアーズ水薙中央店となりました!みなさん、盛大な拍手をお願いします!」

 一条の言葉とともに、会場内には拍手が鳴り響いた。

 「ありがとうございます!ここはなかなかの激戦区だと聞いていますので、期待に胸が高鳴ります!皆さん、全国優勝目指して頑張ってください!真冬からの言葉は以上です!」

 おぅ……一人称が名前とは………萌えるっ!

 ああ、こんな娘は制服コスをさせて立ちバックで犯されてるのが似合いそうだなぁ……そうだな、フリル白ニーソで制服は黒を基調としたチェック。………我ながら素晴らしい組み合わせだ!・・・・・・・・って、痛え!なんか足先が痛え!めっちゃぐりぐり踏みつぶされてるっ!

 俺は足元に目を向けると、部長と柄谷の靴がそこにはあった。彼女らが俺の足を踏んづけていたのだ。

 「す、すみません……。謝りますから、足をどけてください……。」

 俺はとりあえず謝った。何に対して謝ったのかは定かではなかったが。

 

 

 「さあて、まずは一回戦、ぼっこぼこにするよー!」

 ついに試合開始10分前となった。各チームは絶賛ミーティング中だ。

 「対戦チームを見る限り、私たちは当たりを引いたみたいですね。」

 「私としてはやりがいがなくてつまらない。ここはカタギリと柄谷に任せる。こういった戦闘は私には向いていない。」

 一回戦は2対2対2対2の一本勝負。1チームは4人であるので、半分だけが出場すればよいのだ。各チームの戦力ゲージは6000。すぐには負けない仕様となっている。

 「まあ確かに、これは乱戦みたいなもんだし、柄谷が遠くから狙撃しているか、逃げ回っているだけで周りがやりあってくれるから、それでいいしな。」

 さらに、4チームが一斉に戦うということもあって、対戦フィールドはかなり広い。一応これは乱戦回避のためらしいが、相手の面子を見る限り、乱戦は間違いないだろう。なんせ、相手のチーム名が、「ちっぱいぺろぺろしたいお」「ハマーン様に踏まれたい」「ああああ」だからな~……。しかも、相手のランクを見る限り、DやC、たかくてB+っていう(笑)まさに俺らに勝ってくれと言っているようなもんだ。

 「じゃあ、この勝負は国広と栞ちゃんに任せていい?」

 「任せてください!」

 「ぼっこぼこにしてやんよ。」

 俺と柄谷は、足取り軽く、8つ設置してある筐体へと向かった。

 

 

 この筐体、大会仕様で、台の1つ、横に仕切りが付いていて、横から他のプレイヤーをうかがうことができない。これは、不正を防ぐためである。以前はしきりなんてものはついていなかったが、大会中、プレイヤーに向かってライトを当てたりする輩がいたもんだから、こんな仕様となってしまった。まあ、普通にプレイする分には何の問題もない。むしろ視界に邪魔なものが入らなくなるから、いいことだ。

 「それでは、ログインして、各自持参、もしくは備え付けのヘッドフォンを着用し、筐体と接続し、ボイスチャットテスト、動作テストを開始してください!」

 勿論俺は愛用のものを使う。マイク機能も付いたものだ。

 俺は慣れた手つきでログインをすませ、さっそく柄谷と連絡を取ってみた。

 《おーい、そっちは繋がったかー?》

 《大丈夫です、聞こえてます。》

 《音量的には大丈夫?》

 《特に問題はないですね。先輩は?》

 《俺も大丈夫だ。》

 《戦術は打ち合わせ通りでいいんですよね?》

 《ああ、だから、ケルディムで来いよ?俺はアリオスで行くからさ。》

 《言われなくてもわかってますよ~》

 ここで説明を加えておこう。柄谷のMS“ケルディム”は長距離射撃を主とする機体だ。格闘攻撃―要するに剣などの類はすべて排除し、そこの部分に銃を設定してある。具体的にはツインハンドガン、これは命中精度を犠牲にして、量でダメージを負わせるといったものだ。そして、この機体の要となるのが、メイン武器のスナイパーライフルだ。すなわち、この機体は遠くからの狙撃に特化したものとなっているのだ。さらに、SLを重点的に強化しているため、レンジもかなり広いし、威力も高い。メイン武器はこれで、サブはミサイル、味方機支援、自機支援のものとなっている。HPは2.0upをつけての1500、SLなど、高火力のものも多いため、コストは2500となっている。

 ……射撃系の装備しかないので、斬りこまれたら対処のしようがないが・・・・・それについての対策ももちろん考慮済みだ。

 次に俺のMS“アリオス”は可変機だ。要するに、人型と戦闘機型(といっても、皆の想像する戦闘機とは違い、ぱっと見クワガタのような形状だ。)とで変形することができる。利点としては、戦闘機型は細かな動きはできないが、移動、一部の攻撃が強化され、味方機を“運ぶ”ことができるところだろう。無難に長剣を装備し、メイン射撃は柄谷の格闘コマンドと同じツインハンドガンだが、チャージショットというコマンドが備え付けられている。サブは自機支援に、右腕に備え付けられたシールドによる固定技―格ゲーで例えるなら、投げ技と言ったらよいだろうか。かかったら絶対に技が終了するまで、自力で逃げ出すことはできない。そんな技が2つほどある。一つは人型、もう一つは戦闘機型。なぜシールドが攻撃技であるのかという疑問はスルーしておければありがたい。後にわかることだ。HPは柄谷と同じ1500、装備は割と無難である(一部例外もあるが)ので、コストは2000。装備を強くしようとすれば、コストが上がってしまうので、これで今のところ落ち着いている。

 ボイスチャットは特に問題はなかったので、次に動作テストをしてみる。プラクティスフィールドに送り込まれた俺は、一連の動作を試してみた。―よし、こっちも異常はないな。戦闘ステージ対策もした。あとは待つだけだ。

 

 

 『えーそれでは、開始5分前となりました!解説の椎名さん、この勝負はどう見ますか?』

 対戦者が各々調整にはいっている中、一条は6階奥で、観戦者に見守られながら司会進行をしていた。彼はステージに設置された椅子に座り、前方のデスクに置いてあるパソコンで、現在の対戦者の状況を確認している。このパソコンは、8つの筐体すべての映像をつかんでいるのだ。といっても、すべてそれを表示するとごちゃごちゃして、はっきり言って見づらい。だから、基本はマップ表示(全体像、そして各機体の位置を表示していて、対戦者用の自機しか映らないマップとは違っている)、そして、それを見て、何か大きな動きがあれば対戦車支店の映像に切り替えて、実況するわけだ。同様に、隣に座っている椎名も解説をする。このパソコンは6階用。勝負が終わるたびにステージ袖にある非常階段で5階に降りて、そこで同じことをしなければならなかったので、非常に大変であった。彼らの後ろには巨大モニタ。これは一条と椎名が見ているものと映像がリンクしている。このモニタは観戦用だ。

 ちなみに、画面を切り替える権利はすべて椎名に握られている。

 『そうですね…。客観的に見ればCチーム『vibrio』ですね。可変機で挑む<Norris>さん、SLが要となる狙撃機を扱う<carat>さん。どちらもランクがAを超えています。コストは2000と2500でそれなりにバランスもいい。しかもちゃんとステージ対策もしています。このブロックでは屈指の強豪で、真冬が思うに、この試合では最も勝率が高いじゃないでしょうか。』

 『今回のステージ『大都市(夜)』対策とはなんですか?』

 『それはおいおい説明するということでお願いします。』

 『なるほど。では、ほかのチームはどのように見受けられますか?』

 『えっと…。まず、『ちっぱいぺろぺろしたいお』ですが……って、ちょっとこの名前、何とかならなかったんですかね…。まあそれはいいとして、二人ともランクはC。機体は…両方ともゴリ押しタイプですね。格闘スキルの強化を主にし、射撃スキルは低い。コストはともに3000。2度撃破されたら即終了。厳しい戦いが強いられますが、一対一に持ち込めばいい結果に導けると思います。それなりにステージにあった機体かと。次に『ハマーン様にふまれたい』ですが、彼らの機体はファンネルが主となっています。故にヒット&アウェイで戦うのが定石です。ファンネルの配置がどのようになっているのかが肝ですね。コストは2000と2000。最後に『ああああ』。真冬としては2番目に勝率が高いチームだと思います。B+、Bとランクは高め、仕様機体は共にオールラウンダー。無難といえば無難ですが、それ故に各人のスキルが試されます。コストは2000、2500。Vibrioと同じですね。』

 『なるほどなるほど。――おっと、いい頃合いですね。それでは!Bブロック第2試合を開始しますっ!』

 

 

 機体が戦闘フィールドへ転送される。場所はランダム。だがチーム内で離ればなれになるように飛ばされるわけではない。――さて、さっさと“送り届けた”後、逃げ回るとするかな。

 画面に《start!》と表示される。ついに始まった。マップを見たが、事前に打ち合わせていた通りにするためにはちょっと移動しなくちゃならないな。なるべく見つからないようにしたいものだ。なにぶん、こちらのマップには敵を一度発見しないと表示されないのだから。

 《じゃあちょっと移動するぞ。》

 《了解です。》

 俺は戦闘機型に変形すると、柄谷の機体をその上に“乗せた”。

 《なるべく見つからないように。そして、こちらが発見した時は相手に気付かれる前に狙撃。いけるな?》

 《いや、さすがにそれは無理ですよ(笑)まあやれるだけやってみます。》

 そうして俺は、柄谷を乗せて加速し、目的地までビルの間を奔った。

 

 

 『今回の戦闘フィールドの説明をしますと、まず舞台が大都市というかなり入り組んだ場所であるため、相手の発見が困難。加えて夜であることが拍車をかけています。だから、発見次第潰していく、もしくは狙撃というのが望ましいです。相手を見つけたけど逃げられてしまった。そういったとき、追いかけていったら別な相手からの不意打ち…なんてこともあります。じゃあ、身内の誰かが発見して、もう片方が狙撃という戦法になりますが…、ビルには高さがあり、バーニアを強化でもしない限りビルの上には飛び乗れません。したがって高いところからの狙撃は難しい。となると、やはりであったときに潰す以外方法はありません。』

 『それなら、どうして椎名さんはチームvibrioがフィールド対策をしているといえるんですか?』

 『さっき、狙撃するにもビルが高くて飛び乗れない。そう真冬は言いましたが、逆にいえば、飛び乗れてしまえばあとは早いのです。そのための可変機です。まず、可変機の上に乗り、可変機のブーストゲージがなくなるまで上昇します。なくなったら、今度は狙撃機自身がブーストゲージを消費して上昇します。二段構えと言ったらいいのでしょうか。まあそうすることによって、容易にビルの上に乗ることができます。あとは、脚の速い相方が敵機を発見し、狙撃機で撃つ。理想的ですね。』

 『確かにそうですが……そもそもビルが多いのですから、狙撃はしにくいのでは…?』

 『いくら遮蔽物が多いといえども、大きな通り、中央広場など、狙撃ポイントはかなりあります。そりゃあ、路地に入られたら撃てませんが、そうまでして撃つ必要もないでしょう。なんせ4チームもいるんですし、他が勝手にやりあってくれます。』

 

 

 大都市ステージは何度もプレイした。当然道は覚えている。―よし、あと少しだ―

 その時、右耳にかすかながら機械音が聞こえた。……敵だ。おそらくブーストして飛んでいるな。

 《右だな。》

 《右ですね。正確には右斜め前、といったところでしょうか。その先の十字路の右から来ると思われます。》

 俺はいったん動きを止め、柄谷を降ろした。

 《面倒だからここで撃ち落とすぞ。》

 《挟撃にしますか?》

 《いや、離れすぎると逃げづらくなるからそれはいい。相手はまだ無傷。なら、最後まで戦うというより、途中で逃げた方がいいだろ。だからまあ、ヘッドショット頼むわ。》

 《了解です。》

 俺と柄谷はその場に立ち止った。柄谷はSLを構え、俺は反対側を見張っていた。

 《――来たっ!》

 ――ダダァァン――

 柄谷の2連射が、容赦なく相手の頭部に命中した。相手機体は撃たれた方向へと転倒する。

 《よし、逃げるぞ。乗れ。》

 《了解!》

 

 

 『おおっと!最初の銃声が響いたっ!発砲したのはチームvibrioのcarat選手!しかも2発、HSだああああ!!!』

 『HSは、数秒間相手の視界をブラックアウトさせるだけでなく与えるダメージも致命的、しかも軽い相手なら吹き飛ばすこともできる。『ハマーン様に踏まれたい』チームは残念でしたね…。にしても、あんな短時間で、外すことなくHSを決めるということは、かなりの動体視力と反射神経を持ってます!すごいです!』

 『それにしても、caratさん、Norrisさんは事前に察知していたようですが…そこについてはどうなのでしょうか?』

 『はい、彼らは敵機が近くにいたことを察知していました。勿論予知能力とかそんなんじゃなくて、単に音を聞いていただけ。相手にも気づくチャンスはあったのですが…先を越されてしまいましたね。』

 

 

 さっき柄谷がHSした相手はもうマーク済み。後は再度柄谷に撃ち落してもらおう。そのためにもビルの上に送らなければ…。

 音から察するに、もう既にどこかでドンパチしているらしい。方角的には、さっき撃ち落した奴らではないだろう。

 俺は柄谷を乗せ、機体を奔らせていた。が、今度はど真正面に敵が、何故か1機のみでいるのを発見した。

 《……罠?》

 《先輩。たぶんこの機体、ランクCの方ですよ。》

 《ああなるほど、ただのバカか。――ちょうどいい、あれを試してみるぞ。》

 《了解!》

 俺は柄谷のブーストゲージを利用して、さらなる加速をした。敵機はこちらに気付いて、銃をぶっ放――さずに突撃してきた。……まさか、銃持ってないの?

 敵機のとの距離が10mとなったころ、

 《…今だっ!》

 《わかってます!》

 ―バスッ!バスバスバスッ!―

 柄谷のサブ射撃コマンド、GNミサイルが命中した。これにはホーミング性もあるため、敵には当たりやすく、命中したら相手は立ダウン(通称立ダ。転倒ダウンとは違い、この間、相手は無敵状態ではない)状態になるのだ。そしてそこへ――俺の機体の先端の両端がペンチのような形状となり、相手を挟み込んだ。これこそ俺の戦闘機型での固定技であるGNクローである。相手を挟み込み、そのまま握りつぶすのと、日本の腕の中心から針が伸び、相手を貫く2段攻撃…正確には同時であるが。

 《まだだ…まだ終わらんよ!》

 攻撃判定には若干のラグがある。そのラグをついた――機械の盲点を突いたのがっ!

 《柄谷、HSを決めるのだぞ。》

 《先輩、ちょっと黙ってて。》

 腕の挟み込み、針での貫きと同時に、

 ―ダァン―

 柄谷のHSが、俺の固定技と同時に、決まった。

 相手機体は砕けちった。破壊されたのだ。今の攻撃で。

 どうやらこれはちっぱいぺろぺろっていうところの機体か。コストは――え?3000?体力強化つけてないとか……舐めプもいいところだよ…。

 まあなんにせよ、これでやつらはあと一回撃墜されれば終わりってことだ。

 

 

 『おおっとおおお!!開始1分でちっぱいぺろぺろしたいおチームの《キモタク》選手を撃破したのはっ…チームvibrioのNorris選手とcarat選手!しかもおお!なんだこれはああああ!!!Norris選手の固定技と同時にcarat選手のHSっ・・・!椎名さん、これはいったいどういうことでしょうか?』

『“デュアルブレイク”という名称がつけられています。たいていはDBと略されます。それで、ようは技を同時に決めるということです。コンボを続けているなど、連続したダメージを与える際、自機がすぐに破壊されないように、一定量、乃ちボーダーを超えると、コンボ等が打ち切られ、相手は転倒ダウンとなり、立ち上がるまで無敵時間が発生します。無限コンボ阻止のためです。……ですがこれには穴があり、長いコンボをしようとしたら倒ダになりますが、重い一撃ならそれを無視することができるのです。たとえば、ボーダーが500で、コンボが200、200、200の三連撃とします。すると、三連撃すべて決まると600、ここで相手は倒ダとなります。次に、先ほどのNorrisさんとcaratさんのような同時撃ち、“デュアルブレイク”では、固定技が500、SLが500とすると、相手に1000与えることができます。これ、結構重要なテクですよ?』

 『なるほどっ…!よくわかりました。では、先ほどでも、ほんの少しでもずれていたらDBとはならなかったんですよね?』

 『はいそうです。ですから、これは高レベルなテクなのです。たいていの場合が固定技+射撃技となっています。セオリー通りのいい戦い方ですね。』

 

 

 「さすがカタギリだ。私たちにできないことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れるっ!」

 「いやいや、私たちができないのはアンタがしようとしないからだから。」

 隣ではグラハムと宮永先輩が遼たちのプレイングを見て熱くなっていた。私はといえば、何がすごいのかよくわからないまま、ただ観ていた。…でも、解説とか聞いていると、いろいろわかってきて、そして改めて遼はすごいんだなって思わされる。――ってあれ?なんかケータイ鳴ってる…。あ、鳴りやんだ。メールか。誰からだろう。

 私はケータイを取り出して、画面を見るとそこには――

 

 

 1機撃破した後、俺は目標地点に何とかたどり着き、そこで柄谷をビルの上まで運んだ。――正確には、俺を踏み台にしたのだが。まあそんな些細なことはどうだっていい。とにかく送り届けた。俺のやることはただ一つ。

 《じゃ、マーキングしますかな!》

 《もう半分は終了してますから、あと3人です。》

 俺は機体を発進させた。音を聞いてると、どうやらどこかで交戦中のようだ。マップを見る限りでは、マークした相手ではないことがわかった。つまり、俺の獲物がそこには2機以上いるってことだ。ラッキーだなぁ。

 案の定、そこには3機いた。《ああああ》チームの2機と、《ちっぱいぺろぺろしたいお》チームの1機。俺はさっさとマークを済ませ、その場から逃げた。相手は1チームまるまるいるんだ。単騎で乗り込むほど馬鹿じゃないさ。相手は俺に気付いたが俺が、すぐさま逃げたので、追っては来なかった。………てか、ちっぱい、単騎で乗り込んでたから、潰されるのも時間の問題だな…。

 俺は左上に表示されている各チームの戦力ゲージを見た。現在、ちっぱいのみゲージが半分減っている。さて、交戦中の機体のコストはなんぼかな~…2000が妥当かな。相方3000だし。

 なんてことを思っていたが、驚愕した。なんと、半分だったゲージが、すべて消えたのだった。

 《ちょwww両方3000とかwwww》

 《アホ…というか運がなかったんですね。私たちのDBに早々にかかったわけですし・・・》

 《ま、早々に1チーム消えたのは誤算だったが、これは勝ち戦だし、俺にはなんも変化はないよ。》

 

 

 「な、なんてことだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!開始2分にしてっ!すでに一チームが敗北してしまったあああああああ!!!!!」

 「ちっぱいさんは運がなかったですね…。VibrioさんのDB、そのあとああああさんに袋叩き…。彼ら、まだ何もしてませんよ?」

 「できることならやり直して差し上げたいっ……だが、ところがどっこい!これが現実っ…!現実ですっ…!」

 ウワアアアアンサクラシェンシェエエエエ……

 キモタクセンパイ!コンナトコロデナキジャクラナイデクダサイヨ!

 「うっわぁ……キモタク先輩っていう人…あんなでかくてTHEデブオタって感じな人が号泣してるのって…なんか気持ち悪いわね…。」

 「怜ちゃん、その気持ちはわかるけど、一応相手の事悪く言っちゃだめよ?・・・・・・・にしてもキモい。熱そう臭そう。」

 「貴様ら両方とも駄目ではないか!」

 

 

 どれくらい経ったか、わからない。が、左上の戦力ゲージは減り続けている。勿論相手チームの、だ。柄谷は均等に狙い続けているため、相手は着々と倒され、気づけば両チームのコストは2000。俺はといえば、柄谷の有効射程内に引きづり出すようにして戦っている。気づけば、見えないところからの狙撃、前方には俺、という2対1となり、皆やられていくのだ。俺はといえば、まだ破壊されてない。1500あったHPは700まで減ったが、それでもまだ破壊されていない。柄谷は無傷。高すぎる位置にいるため、狙いづらい。ああああたちが狙おうとしたが、柄谷が先に撃ち落している。もう俺たちの勝利は目前。ぬるげーだったな…。俺はもうドライブを始めた。近くに敵がいたら、そいつを撃つ。それでいいや――

 その油断から、俺は、音を聞くことへの、集中をやめてしまった。そして突然――ズダダダダァン――

 背後から撃たれた。

 倒ダから回復し、振り向くとそこにはああああの片割れがいた。

 《…まあ1機なら軽くボコッてやるか。》

 そうしてそいつに斬りかかろうとしたら――また背後から撃たれた。

 《先輩っ!挟撃されてます!》

 《んなこたぁわかってるんだよ!》

 《注意してください!それだけじゃ――》

 そこで俺は、ここが十字路であったことに気付く。そして今度は左右から撃たれた。

 見ると、ドM軍団であった。

 《まずいっ!4方向からやられた!援護射撃を求める!》

 《無理です!そこは遮蔽物多くて!》

 《はぁ?バカ野郎!そのくらい何とかしやがれ!》

 《先輩がふらふらと移動したからじゃないですか!》

 ……確かにそうだ。これは俺の油断から始まったことだな……ってそんなことはどうだっていい!目の前の敵を何とかしないと!

 こんなときは…………

 《前方を討つ!》

 まず真正面の敵に斬りかかった。とにかく、十字路の真ん中にいるのは危険すぎる。前の敵を倒して…そうすれば、相手4人を前にさせることができる。そうすれば、まだいける!

 俺は前方のああああの片割れにHSを決め、背後をとり、変形してその場から逃げた。

 奴らはといえば、そこでドンパチ始めるかと思いきや、4人そろって俺を狙いに来た。

 ……こいつら…グルだな……

 だが、可変機の俺には追い付かず、みるみる相手との差は広がる。――まあ、はなしすぎると追うのをやめるかもしれん。適度に離そう。

 数秒、柄谷の狙撃ポイントまで来た俺は、人型に切り替え、背後を迎え撃った。場所はフィールド中央。ちょうど、大きな広場となっていて、道ではないため、誰がどこにいるかが丸わかりである。柄谷にとっては最大に狙いやすい場所だ。――狙いやすさと当たりやすさは比例してほしかったな――

 《何とか足止めする!》

 《了解!》

 

 

 『これはおもしろいことになってきましたああ!なんと、どMチームとああああチームが結託し、vibrioを撃ち落とそうとしているぅう!いったいなぜこうなってしまったのかああ!!』

 『きっと、まだvibrioチームのゲージが減ってない、加えて何度も狙撃される。そうしてイライラが募っていたのでしょう。利害の一致、敵の敵は味方ってことでしょう。』

 『でも、ボイスチャットは敵同士ではできませんよね?』

 『心が通じ合ったんでしょう。……仮にここでNorrisさんを撃破するとします。そのあともまだ結託を続けるとなれば…Norrisさんはまた4対1となり、苦戦を強いられるでしょう。このゲームは、常識的に考えれば多人数で攻められると勝すべはありません。2対1でも酷いのに、4対1ですから…。まあ彼には優秀な狙撃者がいますが、彼の射程外なら居ないも同然ですからね……。とはいえ、今は狙撃手の射程内にいます。ここからどう戦うのかが見ものです。』

 『狙撃手がいるなら、こう――一気に撃ち落とすってことはできないんでしょうかね?』

 『無理ですね。移動範囲の限られている道路ならまだしも、縦横無尽に動き回ることができる広場、加えて相手は4人。リロードの時間はSLは長い。一発一発当てて行ったそしても…。』

 解説者たちは、今の遼の状況を劣勢だといいたいらしい。しかも絶望的なほどに。まあ私の目から見てもわかるほどだから、間違いないわ。

 「まだ戦力ゲージ的には無傷だし、あと2回死ねるって考えるとまだまだダイジョブなんだけどな~。」

 「だな。さらに相手は一度破壊されたら負け確定でもある。」

 あ、そうだったんだ…。まあ、きっと大丈夫よね。それもそうだし、

 ――この試合見たら・・・行かなくちゃ。

 

 

 《一発目行きます!》

 銃口から放たれた弾が一直線に飛ぶ。それはあいての頭部に――当たらず、胴体に命中した。命中することに意義がある。HSなんて望んでない。でかした。俺は撃たれた相手に追撃をかけた。だが、奴は破壊されなかった。でも、HPを見る限りあと少しだ。俺のHPは300。こっちもかなりまずい。………もうこれは決断せざるを得ないな。

 《柄谷。》

 《なんでしょう?》

 《降りろ。》

 《はい?》

 《降りてミサイルと通常射撃で俺を援護しろ!》

 《ああなるほど。今行きます。死なないでくださいね。》

 マップを見ると、柄谷のアイコンが徐々に近づいてきているのがわかる。――早く来い!こっちは長くはもたない!

 10秒ほどたった。もう俺のHPは100、死にかけだ。柄谷に狙撃したやつを狙ったが、あいにく当たらない。―当たらないんだよ!

 そいつに気を取られていた俺は、右からの斬りかかりに全く気付かなかった。―やられるっ!

 刹那、その機体は横方向へ吹き飛んだ。

 《お待たせしました!援護射撃します!》

 柄谷は俺の正面にいた敵を撃ち、撃破した。ああああチームの機体だな。残るはどМ集団のみだ。

 奴らは、片方は俺を狙い、もう片方が柄谷に斬りかかった。俺は柄谷に斬りかかっているやつをそれを撃とうとしたが、残弾がなかった。

 ……まあ、“斬りかかったのは間違いだったな”。

 柄谷はそれを撃ち落とすわけでもなく、逃げるわけでもなく、腕を×字にクロスさせ、攻撃を“受け止めた”。だが、これはガードなんかではない。これは――

 《カウンターですっ!》

 柄谷は頭部横に備え付けられている銃で相手を撃ち、立ダにさせ、相手の後ろに回り込み、握られていた銃で0距離で連射。この一連の動作が柄谷のもつ斬撃への対処、カウンターである。カウンターは外すと隙は大きいが、その分あてた時の威力が高い。相手は破壊され、戦闘はそこで終了した。俺たちの勝利、しかも両方とも撃破されずに、だ。

 

 

 「ついに決着ぅ!この乱戦を征したのはチームvibrio!皆さん、盛大な拍手をっ!」

 「あの絶望的状況からの生還、技術的にもなかなかハイレベルでしたね。にしても、真冬はなんて簡単なことを見落としていたんでしょう…狙撃手が固定されたものと、それを前提と考えてしまって…。」

 「まあ過ぎたことはいいじゃないですか。それでは、勝者にインタビューしましょうか。Norrisさん、caratさん、感想はいかがですか?」

 「そうですね……なかなか楽しめました!次も頑張りたいと思います!」

 「最後は焦りましたが…何はともあれ勝つことができてよかったです。次も勝ちます。」

 「以上、Norrisさんとcaratさんからでした!次は5階にて第5試合を始めます。映像は6階にも回しますので、どうかご安心を。それではみなさん!5階で会いましょう!」

 

 

 「国広!なかなかいい試合だったわよ!栞ちゃんもお疲れさん!」

 俺は部長たちの元へ戻ると、部長たちは満面の笑みで俺らを迎えてくれた。

 「最後は焦りました。」

 「そりゃ、相手が一丸となって襲いかかってきたんだ、無理もない。」

 「次の試合までまだしばらくあるけど…どうする?」

 「あ、私ちょっと用事があって少し抜けるわね。遼の試合には戻るわ。」

 「そりゃあ、怜ちゃんはここにいても特にすることもないしねぇ~…私たちの試合を見るって言っても、まだまだ先だし…、手か私たちも暇だね、試合開始30分前に集合、それまで自由。決まり!じゃあ解散!」

 部長はそう言ったものの、怜以外はその場を後にしなかった。俺は怜に用事の理由を聞こうとしたが、怜はもう人ごみに紛れてしまっていた。

 「まあすることないし、俺は試合見ることにしますよ。5階行くのは怠いんで、ここで見ます。」

 「そう?私とグラハムはちょっくらメンテするかな。栞ちゃんは?」

 「国広先輩が試合見るなら、私もそうします…。」

 「じゃ、また後でねノシ」

 「カタギリ、ではさらばだ。」

 部長とハムもこの場を後にした。残るは俺と柄谷。視線を落とすと、彼女は腕を組んで何やら考え事をしていた。

 「先輩、ちょっといいですか?」

 「ん?どうした?」

 「プレイについて反省しません?」

 「あ、確かにそうだな。さして試合を見たいわけでもないし。・・・・・・となると、ここじゃ騒がしいから、静かなところに行くか。ビル内にあるかな……」

 「別にビル内じゃなくてもいいじゃないですか。水薙中央公園に行きましょう。」

 「それはいい考えだ。そうしよう。」

 俺と柄谷はビルの外に出るため、下りのエスカレーターに乗った。

 

 

 「はあっ……はぁっ……一条さんっ……これ、どうにかならないんですかっ……?」

 椎名はビル内の裏道を走っていた。理由としては、5階に行くため。通常のエスカレーターでは人がよりついてとてもじゃないけど進めない。仕方なく、こんな裏道を使わなければならないのである。…残念ながら、これはかなり遠回りだ。

 「椎名さん!まだ半分以上この道を通ります!頑張ってください!」

 「真冬は運動は全然ダメなんですぅ~……」

 そうして、非常階段につながる非常口の前まで来た。一条は何も考えずその扉を開けた。それに続いて椎名も入る。

 

 

 

 そこにはとんでもない光景が広がっていた。

 

 

 

 「あっ……あ、アニキっ…!もうっ・・・・・!」パンパンパンパンパンパンパンパン

 「シモン!お前のドリルは天を突く(♂)ドリルだっ!俺のケツを貫けえええええ!!」

 「うっ……うああああああ出るううううううう!!」ドピュルルルルルルルルルルルルルルルル

 「っ……はぁ、いい出しっぷりじゃねえかっ……!腹ン中がパンパンだぜ……!(恍惚)」

 「俺もっ……もうからっぽだよ……」

 階段の踊り場で、二人の男性が、互いのケツを掘りあっていた。そんな暑苦しい姿と、階段に蔓延している精液の生臭い臭いに一条は思わず顔をしかめる。無理もない。彼はノンケだから。だが椎名は、

 「キタキタキターーーー!!!グレンラガンのシモンとカミナコスでの師弟プレイ!!まさかシモン×カミナとは!やっぱりこれは素晴らしい!すばらしいで――ぶっぱぁっ!」

 椎名は目を爛々と輝かせ、そして大量の鼻血を出してその場に倒れてしまった。彼女の顔はすごく幸せそうであった。

 そんな騒動もあったので、踊り場の男二人はこちらに気付き、一条と目が合った。

 「すす、すいませんでしたーーーーー!!!」

 一条は椎名を抱えて階段を駆け下りたのであった。なぜ俺が逃げなければならんのだ、と思いながら。

 

 

 「ハム、ちょっといい?」

 「なんだ?」

 国広と栞ちゃんは試合を見ている。一方、ハムと私は現在機体の最終調整に入っていた。

 「私が、文脈に関わらず、“気合”って言葉を言う時まで、スサノオとアレは使わないでもらえる?」

 「……何故だ?」

 ハムはこちらに疑問を投げかけている。まだ――黙っていたい。おそらく準決勝で当たる相手、そして決勝。それを見越して、ね。

 「理由は秘密。だから、武御雷で頑張って。」

 「それは、勝利につながることか?」

 「ええ、勿論。」

 「了承した。」

 話が早くて助かる。

 

 

 「こ、これは…………なんてことでしょうかっ……!」

 「恐ろしいものを見ました……。ここまですさまじいのは中々ありません。全国大会レベルですね………。」

 「A+、A、ばかりの戦いで、“戦力ゲージは無傷”というとんでもない結果を出しましたっ……!さらに戦闘ステージ、都市部での戦闘でしたが、ステージ4分の1が“蒸発”しましたっ…!その蒸発に巻き込まれて……。まさに圧勝っ……!ランクが“SS”でもこれはすごすぎるゥ!!」

 「チーム《大罪(カルマ)》……・・・・この予選での優勝の最大の有力候補ですね………。」

 会場の解説者たちは、そんなことを言っていたのだった。相手が弱すぎるのでそこまで嬉しくもないが、褒められるのは嫌いじゃない。ただ………その、解説者の片方が鼻つっぺしてたのがなんとも間抜け面で、微妙な気持ちになったのだった。

 



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1-3-2 キンクリされた二回戦

 「―――とまあ、こんなもんでいいだろ。」

 10分程度、俺は柄谷と前回の試合の反省を、中央公園のベンチに座って行っていた。

 「じゃ、戻るか?」

 「はい!………と言いたいところですけど、降りてきてそんなに時間立ってないですし、もうちょっとゆっくりしていたいです。」

 「そうか、じゃあのんびりするか。幸いまだまだ時間はあるし。」

 俺はベンチの背に体を預け、空を仰ぐ。綺麗な青空だ。そんな空をまじまじと見ていると、背筋がむずがゆくなって、目線を前に向けた。こんな風にのんびりするのも悪くない。うん。悪くない――

 

 

 

 頭が、こくん、と前に揺れ、そこで俺は気づいた。どうやら寝ていたようだ。このまったりとした空間が眠気を誘っていたんだな…………って、あれ?寝ていた?眠っていた?

 俺は恐る恐るケータイを開いて時計を見ようと――したとき、なにやら右肩に圧力がかかっていたのを感じた。見ると、柄谷も眠ってしまっていた。俺に寄りかかるような感じで。

 こっ、これはっ………!よく電車とかでみかける恋人たちの戯れの一つではないかっ・・・!こんな形で体験することになるとは……。やべえ、いくら柄谷といえども、女子から寄りかかられるのって………いいね!この気持ち、形容し難いわぁ……って、そんなことよりも!時間だよ!

 俺は今度こそケータイを開いてみる。すると、30分前集合から20分も過ぎていた。

 「お、おい柄谷!起きろ!」

 俺は柄谷を激しく揺さぶる。

 「……ふぁ……。ぁあ、せんぱい……」

 「寝ぼけてる場合じゃねえ!もう試合開始10分前だぞ!」

 「………ふぇ?」

 柄谷は目をぱちくり開いて、ケータイで時間を確認していた。そして、彼女の顔はみるみる青ざめて行った。

 「いくぞ!」

 俺は走り出そうとしたが、柄谷がいつまでたっても走り出さない。彼女はカバンの中身を確かめていた。そりゃあ、二人そろって寝てたんだから、誰かが盗みに入ってもわからないわけで。だが、今はもう時間がない。

 「ああもうっ!」

 柄谷の腕を無理やりつかんでベンチから立たせて、ビルに向かって走り出した。

 「え、先輩!ちょっと待――」

 柄谷がなんて言ってるかなんて耳に入らなかった。今は一刻も早く6階にたどり着くことだけを考えていた。

 

 

 「…!国広と栞ちゃん!遅い!遅すぎだよ!」

 「すんません……」

 「す、すいませんでしたぁ……」

 エスカレーターは混雑していたから、止むを得ず階段で登る羽目になった。走って登ってきたから、体力的にしんどかった。

 「まあ、間に合ったからいいけどさぁ……。と、こ、ろ、で、いつまで君たちは手をつないでいるのかに

ゃ?」

 部長に指摘され、そこで俺はいつの間にか柄谷の手を握っていたことに気付いた。最初は腕をつかんでいたはずなのに……いつの間にっ!?

 俺は反射的に彼女の手から自分の手を離した。彼女もほぼ同時に離していた。

 「す、すまん…」

 「いえ、こちらもすいませんでした……」

 今の俺らの姿が面白いのか、部長はやけににやにやしていた。………そういや、久しぶりに女の子の手なんて握ったけど……やわらかかったなぁ・・・・・・・・

 「……茶番はいいから支度をさっさとしろ。もう5分前だぞ。」

 痺れを切らしたグラハムが、俺らに投げかけてきた。普段空気の読めないグラハムは今回ばかりは役に立った。あのままだったら、おかしな雰囲気になっていたな…確実に。

 「そ、そうだ、急いで準備するぞ!」

 俺はそそくさと筐体へ向かった。

 

 

 試合は何ともあっけなく、さくさくっと倒してしまった。二回戦は一回勝負3セットであるため、俺の出番は最低一回。これで部長達が勝ってくれれば俺たちの勝利が確定する。

 「あとは任せましたよ。」

 「ぼっこぼこにしちゃってください!」

 「任されました。いくよグラハム!」

 「承知した!」

 部長たちは俺たちと入れ違いで、筐体に向かった。

 「今回の相手は余裕でしたね。」

 「ああ、想像以上に弱かった。何があったんだってレベルだな。」

 今回の戦いは俺は今後の戦いの肩慣らしとして、グフカスタム、柄谷はアーマードトルーパー(AT)で向かった。詳細は後に回そう。まあ、柄谷との相性という点で考えると、初戦よりは手抜きと思ってもらってもいい。ちょっと苦戦するかと思いきや、圧勝であった。拍子抜けである。また戦力ゲージは減らさずに勝てた。

 「まあ、これなら部長たちは圧勝ですね!」

 「まあそうだろうなぁ。」

 選手の控えのためのパイプ椅子に座り、大画面モニタを眺めた。―――ってあれ?ハム、スサノオ使わないんだ・・・・・・

 

 

 「さあ、第4ブロック第二回戦、2セット目が始まろうとしています!1セット目はcarat選手とNorris選手の圧勝!一回戦で戦力ゲージ無傷を叩出しただけあります!さあ、<グラハム・イエーガー>選手と<Fate>選手はいったいどんな戦いを見せてくれるのかっ!」

 「チーム《ぺぺろん》は漁夫の利で勝ち上がったチームです。正真正銘の実力で勝ったとは言い難いですから……次の戦いは厳しいかもしれませんね……。まあ、一回戦に出場した選手ではありませんので、実力がどんなものかはうかがい知れませんが。」

 「ですね。―――さあ!時間になりましたので、いよいよ2セット目を開始します!」

 

 

 「確かに…グラハム先輩がスサノオ使わないなんて珍しいですね…。機種制限ある準決勝ならまだしも今回は1回きりの勝負でしょう?あらゆる敵に全力を尽くすグラハム先輩にしては……これは変ですね…。」

 「まあ武御雷でも十分強いけどさ……。部長はアルケーか。こっちは普通なんだけどね…。」

 まず武御雷。これについての説明なのだが、ロボットとは思えないくらい過敏に動く。メイン射撃はマシンガン、ただし、これはあくまでも形だけのもので、グラハムはあまり使わない。射撃武器はこれだけで、サブ射撃の部分には独自の格闘コンボを取り入れている。どんだけ格闘好きなのさってくらいだ。基本格闘には長刀。ただし、グラハムはなぜか武器破壊エフェクト(長刀の耐久度)を取り入れている。本人曰く「壊れない刀などあり得ない。」ということらしい。…まあ耐久度つけたおかげというのか、刀自体のコストが低くなり、他の部分に回すことができている。――ここで一つ疑問ができる。「破壊された後はどう戦うのか」ということだ。まさか格闘大好きのグラハムが射撃のみで戦うわけがない。ということで、彼は両前腕外側、両手首、両足裏に計6本の短刀を仕込んである。――いや、短刀と呼べるのは両手首に仕込んであるのだけで、残りは鋭利な物といったほうがいいだろう。格闘が長刀オンリーだったのが、短刀に、殴る蹴るが追加されるような感じだ。……ちなみに、これは長刀が壊れた時のみではなく、長刀がまだ破壊されていないときは特殊射撃コマンドで変えることができる。HPは1500、コストは2000となっている。

 次に部長の機体アルケーだが、これはファンネル(この場合、正しくはファング)攻撃を主としている。少し特殊なのが、この機体に装備されている銃剣だ。ただ、銃の先端に刃がつけられているのではなく、銃そのものが変化して剣になる。どうして剣と銃を二つ持たないのかと聞けば、「なんかかっこいいじゃん!」と返された。まあ、メリットもデメリットも特にはないからね……。これも武御雷と同じでHPは1500のコスト2000。

 「さ、部長たち、頑張ってくれよ!」

 

 

 やはり相手は弱かった。まず部長がファングで敵の足止め、乃ち立ダにさせ、グラハムが叩き込む。そのパターンで押し切ることができた。……まあ、最前線に身を投げていたグラハムは、さすがに一度撃破されたがね。ともかくこれで準決勝進出。次勝てば関西予選への切符が手に入る。……みなぎってきたぜ!

 「準決勝の相手ってどんなチームなんですかね?」

 「あれ?栞ちゃんたち見てたんじゃなかったの?」

 俺たちは昼食をとるために近くのファストフード店に寄った。グラハムを除いて、皆セットものを頼んだ。グラハムはゴハンスキーな人間だから、本来持ち込みは禁止なのだけど、おにぎりを食べていた。ちなみに、怜は居ない。「近くで静乃にあったから、試合まで彼女と時間をつぶしてるわね!」だとよ。自由なやつだなぁ…。てか、静乃とよく出会えたな。あいつも遊びに来てたのか~…。ってあれ?偶然会うにしてもどこで会ったんだ?怜ってこのビルから出たか?……ま、いっか(笑)

 「あ、そうしようと思ったんですけど、途中でプレイの反省会やることにしたんですよ。だから結局見てないです…すいません…。」

 「ちょっと何してんのさ・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、私がチェックしてるから大丈夫なんだけどね(笑)」

 「お、驚かせないでくださいよ!」

 「あはは、ごめんごめん。――で、次の相手についてなんだけど、相手のランクは全員Aね。」

 「俺と部長はA+、柄谷とグラハムはAだから、ランクだけで考えると俺らが優勢だな。」

 「確かにそうなんだけど、プレイ技術はAレベルではない。おそらくAAレベル。特徴としては、戦法2人は低コストの機体で細かく足止めする攻撃が多く、相手からの攻撃のガード成功率が非常に高い。」

 ・・・・・・・・・・・まるでNamelessみたいじゃねえか。

 俺と同じことを思っているのか、柄谷の方に目をやると、彼女の瞳に色があまりなかった。レイプ目寸前といえばよいのだろうか。

 「次に後半のチーム、彼らは前半とは正反対に高コストな機体を使っている。ただ、技術的には前半よりは劣るね。ガードもそこまで使えてなかったし…。だけど、火力が半端ないかな。前半は鉄壁の守りからちまちま相手にダメージを与える。後半は攻撃は最大の防御みたいな感じだね。わかりやすく言えば。」

 「……部長、彼らのプレイヤー名までわかりますか?」

 「ん?ああ、確か……なんだったかな。」

 部長は手を顎に当て、考え込んだ。そしてしばらくしたのち、突然吹き出し、

 「そうだったそうだった!確か、<ペペロンチーノ>と<ざるそば>、<広東麺>に<餡かけ焼きそば>だったね。名前めちゃめちゃふざけてるけど、実力はあるから、油断しないでね。」

 な、なんだよ・・・・・・驚かせやがって…。でもまあ、家庭用とアーケードとで名前が違うとかよくあるから、決して安心といえるわけではないが。

 俺は軽く安心していた。あのときのあいつらではないと。だけれど――早計だった。

 

 

 「そして、チーム名は確か…『Nameless』だったかな。」

 

 

 その一言で、俺と、柄谷は、絶望に墜ちかけた。

 



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1-3-3 この中にひとり、皮かむりがいるっ!

 この後部長はいろいろ敵についての情報を話していたようだが、頭には入ってこなかった適当な相槌を返し、何も考えずパンを口に運ぶ。運ぶ。運ぶ。俺の飛んでいた意識が戻ったのは、パンに噛り付こうとしたら空を切ったときだった。そこでやっとパンを食べ終わっていたことに気付き、意識が覚醒した。見ると、周りは食べ終わっていた。柄谷に視線を落とすと、彼女は、まるでそこにパンがあるかのように、噛みつこうとしていていた。―中に何もない紙袋をもって。

 「――てなわけで――ってあれ?栞ちゃん、どしたの?なんかさっきからエアイーティングしてるけど…気は確か?」

 返事はない。どうやら聞こえてないらしい。カチッカチッと柄谷の歯の音が聞こえる。――ついさっきまで、俺はあんなだったんだよなぁ……てか、俺はすぐ気付いたのにこいつ…全然気づく気配がないな…。しゃーなしだな、起こしてやるか。

 「おい、柄谷、現実に戻ってこーい。」

 俺は柄谷の肩を揺さぶると、そこで彼女はハッと意識を取り戻した。彼女は手に持っていた紙袋を見て、恥ずかしさからか顔を赤くさせていたが、それもつかの間。みるみる表情は暗くなっていった。

 「大丈夫?体調不良?」

 「え……ああいや……別に大丈夫です……。」

 「とても大丈夫そうには見えないがな……。だがまあしかし、皆昼食は済んだようだし、ここでおいとましよう。長居は迷惑だろうからな。」

 ……本当に空気の読めん奴だなグラハムは…。

 あと、柄谷は大丈夫だろうか…?朝は俺を励ましていたのに…。あれは虚勢を張っていただったのか…?

 

 

 「さ、いよいよ開始15分前になったんだけど、なんと肩慣らしをすることができるんだってさ!」

 昼食後、部長は「野暮用がある。みんなはその辺でぶらぶらしてて。この時間にビル内で集合ってことでよろ!」とかで抜け出して、3人が残されたわけだが、特にすることもなかったのでその辺をぶらついてからビルの中に戻った。集合場所には部長がすでにいて、係員から指示を受けたのか、俺らにそう告げた。

 「う~ん……俺は別に大丈夫なんだけどな…」

 「まま、そういわずにさ。折角そう言った待遇してくれてるんだから、あやかろうよ?」

 「そうだぞカタギリ。常に万全を期すのは重要なことだ。」

 「…まあ、確かにそうか。」

 俺は筐体の椅子に腰かけようとしたその時、

 「あ……あの、すみません。ちょっと花摘みに行かせてもらっても……」

 「ん?ああいいよ。いってらー」

 柄谷は踵を返して、駆けて行った。

 「まったく…こんな直前で柄谷は何をやっているのだ…。しかも彼女はぬけ作か?彼女が走っていった方向には何もないぞ?正反対ではないか。」

 ………グラハムに言われてみれば確かに。

 いくら柄谷がドジッ娘だとしても、通いなれているこの場所で、このタイミングで、間違えるか?

 「あ、栞ちゃんエスカレーター乗ってったね~。しかも走ってさ。危ない危ないだよ~…。途中で間違ったことに気付いて、だけど戻るのが恥ずかしいから、下の階のトイレで……いや、下の階はパチンコ屋だから、トイレはあの中、つまり入れないか…」

 いやな、予感がする。

 「ちょっと様子がおかしいな…。」

 「確かにだ。思えば昼食時もどこか上の空であった。…私が思うに、彼女はこれから対戦する相手を知っているのではないか?彼女の様子がおかしくなったのも対戦相手についての情報を宮永が話していた時であった。」

 「……まさにグラハムの言うとおりだ……。」

 俺は重苦しく口を開いた。まさか自分の仮説がそのまんまであったのに驚いたのか、仮面越しのグラハムの瞳には疑念の色が見えていた。

 「俺と柄谷は一度奴らと戦った。そして、………完膚なきまでに叩き潰された。」

 「……なら、花摘みは嘘だね。現実逃避ってやつかなぁ…。栞ちゃん、メンタル強そうに見えて結構もろいから。」

 「同感だ。もっと精神的にも強くなってもらわなきゃならんな。」

 部長はまるで他人事を話しているかのようだった。グラハムは淡々としていて、挙句の果てには柄谷の事を非難していた。そんな態度は………俺を苛つかせるのには十分だった。

 「……部長、何故そんなに冷静なんですか?柄谷は逃げ出したかもしれないのに。それにグラハム、お前もこんな状況でそんなこと言うような奴だったのか?」

 見るからに俺が苛ついているのにもかかわらず、奴らは鼻で俺を笑った。

 「だってねぇ…見つかるから。いや、見つけるといったほうがいいか。だから―――」

 部長は一拍おいて、大きく息を吸い――

 「――探して来たら?」

 「言われずともなっ!」

 俺は筐体の椅子をはねのけ、エスカレーターへと駈け出して行った。

 

 

 「……これでよかったのか?」

 「素晴らしいね。『奴らは何もわかっていない。彼女を何とかできるのは俺だけだ!』みたいな?栞ちゃんと国広は去年からの知り合いらしいし、これを機に2人を親密にさせるのもありかなって。これで2人のトラウマ克服、連携アップ間違い無しだね!」

 「……いくら勝ちを狙っているとはいえ荒いな…」

 「まあいいじゃない。――よし、5分後に種明かししようかな。後味悪いし。」

 

 

 すぐさま後を追おうとしたが、

 「真冬たんにあいたいですのだ!」

 「真冬たんの控えめなおもち……ブッヒィ!」

 「見た目は美少女、中身は腐女子、だがそれがいいっ!」

 「真冬たんのむれむれお靴をくんかくんかしたいですぞ!」

 変な輩が群がっていて、とてもじゃないけどエスカレーターは使えなかった。

 「チッ……非常階段使うか…。」

 俺はしぶしぶ階段で降りることにした。途中、汗臭さとイカ臭さに頭が痛くなったが、そんな自分のことに構っている余裕はなかった。

 電話をかけたが出ない。メールを送ったが返信が来ない。…………ったく、あいつはどこにいるんだよ!きっと一人になりたいだろうから、ビルの中には居ないだろうし……だとすると、中央公園か?

 俺はビルを出て公園へ向かうと、想像通り、あるベンチに少女が一人、うつむきながら腰かけていた。彼女は俺をちらりと見たが、またうつむいてしまった。

 「隣、座るからな。」

 俺は柄谷の返事を待たずにベンチに腰かけた。

 「………怖くなったのか?」

 「………はい……。」

 こちらの方は見ずに、返事だけした。

 「俺も同じだ。怖い。だがな、お前今日の朝、俺を励ましてたじゃねえか。それのおかげで俺はなんとかやっていけそうだと思えている。お前自身は違ったのか?あの時のお前は虚勢を張ってただけなのか?」

 「…………」

 返事はなかった。俺は小さく嘆息し、空を見上げた。心をリフレッシュしたかったが、残念ながら空は少し淀んでいた。柄谷の心も今このように淀んでいるのだろうか。

 「……じゃあ柄谷、お前は俺が奴らに勝てると思うか?」

 返事はないだろうし、求めてないので、俺は話題を変えた。数秒彼女は沈黙、そして、

 「それは……先輩は上手ですから……きっと…でも私は下手だから……。」

 「てことは、お前は俺なら勝てると信じているわけだ。あってるよな?」

 「……それはそうですけど…」

 「なら俺は………お前ならやってくれる、お前となら…必ず勝てる。そう信じている。俺を信じてくれているのなら、この……そんな俺の…この言葉を信じてくれ。」

 「・・・・・・・・・・・」

 「それにな、俺はお前と組むのが最強だと信じている。去年からの付き合いだろ?長いキャリアがあるんだ。油断や慢心がなければ・・・・・・・そう簡単には負けないさ。そうだろ?」

 そのとき、柄谷の瞼がほんの少しだけ動いた。それを皮切りに、今までの悲しみや絶望に暮れていた柄谷が、徐々に明るさを取り戻していくのがわかった。

 「確かに……そうですね……。私ひとりじゃ勝てなくても・・・・・・・先輩とならいけそう気が、いやいけます!」

 「よし、その意気だ!ようやく元気を取り戻したな。」

 「すいませんでした先輩、迷惑かけて…。」

 「いや、気にしなくていい。気にするところはそこじゃない。早く戻らなきゃ不戦勝になるぞ。」

 「そ、そうでした……。じゃあ先輩!急ぎますよ!」

 そういうと柄谷は、俺の腕をつかんで走り出した。

 「ちょ、ちょいまち、そんなに引っ張られると走り辛いって!」

 まったく、数時間前とは構造が逆転してるぜ。

 

 

 「さっきはごめんね国広。」

 「すまんカタギリ、宮永の策略で仕方なく先のような言動を―」

 「そんなことより目先の敵をぶちのめすぞ!」

 「そうです部長さん!グラハム先輩!話はよくわからないですけど……今は勝つことだけを考えましょう!」

 俺らが戻るなり、すぐに部長たちは頭を下げた。冷静になって思い返してみれば、あからさまに俺を煽ってたよな。冷静さを欠いていた俺をあえて逆上させた。・・・・・真意は分からないけど、きっとこれも勝つために必要なことだったのだろうと、無理やり解釈した。

 「そいじゃま、軽く蹴散らしてきますかっ!」

 「「おう!」」「はい!」

 

 

 「さあ、Bブロック準決勝の火蓋が……今っ!切って落とされるっ!この戦いを征したものが…決勝へ進出並びに関西大会への切符を手にすることとなりますっ…!」

 「このゲームは参加人口が多いため、地区予選の決勝戦出場チームが次の大会への出場権が与えられる。ちょっと特殊ですけど、それのおかげで大会がいつも白熱したものとなっています。」

 「ちなみに椎名さん。今後の大会の日程は如何程となっているのでしょうか?」

 「えっと、まずそれぞれの地域で地区予選を行ってもらいます。まさに今がそうです。そして次に地区大会。北海道、東北、関東、中部、関西、中国、四国、そして九州。さらに、関東関西はとりわけ出場チームが多いため、地区大会での決勝出場チーム+第三位が全国大会の出場権を手にします。そして、最後に全国大会が締めとなっています。」

 「わかりやすい解説有難うございます。では次に、準決勝のチーム紹介とまいりましょう。まずはっ……!圧倒的火力で全ての敵を薙ぎ払うっ…!Fate選手を中心とするのはっ………チーム「vibrio」だぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 Audience「うおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 「次にっ……!鉄壁の守りに堅実な攻撃っ!美味しい名前がトレードマークのっ・・・・・・・ 「Nameless」だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 Audience「Fooooooooooooooo!!!!!!!!!!」

 

 

 「さあ、第一試合、「vibrio」からはNorris選手とcarat選手。「Nameless」からはペペロンチーノ選手と広東麺選手がスタンバイしています。」

 「carat選手は狙撃を得意とし、Norris選手は相手を攪乱しつつダメージを与えるのを得意としています。これまでの戦闘スタイルは、まずNorris選手が敵の注意を引き、隙を見せたところをcarat選手が打ち抜く、といったものでした。対してペペロンチーノ選手は防御を得意として、広東麺選手は相手の隙を突くのを得意としています。戦闘スタイルは、ペペロンチーノ選手にひたすら攻撃を受けさせて、攻撃に意識が向きすぎてるその隙をついています。どちらも、一人が囮となる戦法です。似たようなスタイル、さらに、真冬の見立てでは、両チームの個々の能力は同等。したがって、チームワークがこの戦いのカギとなるでしょう。」

 「対戦ステージは火山っ……!不安定な足場に、触れるとダメージが発生するマグマっ……!それではっ……!第一試合1セット目、開始っ!!」

 

 

 1セット目、最初から勝ちを狙いに行きたいが、ステージがステージなので、グフカスタムで出撃することにしたグフカスタムは右にサーベル、左にはガトリングを装備した歩兵機体だ。このゲームには移動タイプが二種類ある。一つはアリオス、ケルディム、スサノオのようにバーニアによる移動。つまり移動中は常に地面から浮いているのだ。それに対し歩兵機体は自分の足で移動する。これにはメリットとデメリットがあり、メリットは、バーニアを使わないためブーストゲージが長持ちする。デメリットは、脚で移動するため、足音が必然的に響くことになる。つまり相手から自機の居場所がわかりやすいのだ。これは致命的のように見えるが……実はそんなことはないのだ。それは、サブ射撃、特殊格闘、特殊射撃にあてられているワイヤーである。このワイヤーは移動と攻撃両方において大いに役立つ。まず攻撃の面だが、このワイヤーを相手に当てると、相手は立ダ状態になる。つまりは攻撃のチャンスである。さらに、相手に当たると任意でワイヤーを巻き戻すことができる。つまり相手に接近することができるのだ。しかしガードを突き抜けることはできないため、ガードされたら終わりである。だから、より相手にワイヤーを当てやすくするために、ワイヤーを移動の手段として使うのだ。サブ射撃にあてられているワイヤーは、進行方向に対して発射される。特殊格闘は、照準通りに発射される。そして特殊射撃は、照準とか関係なく、真上に発射される。これで相手を攪乱するのだ。しかもこのワイヤーは、建物などに当たると、その建物へ接近することができる。そうなると、都市ステージならば猿のような身のこなしでビルを駆け上がることだってできる。さらに特殊なことに、真上に発射のワイヤーだけ、上に障害物がなくても上昇することができる。……ゲームってすごいよね(笑)コストは1000。だが火力は高い。次に柄谷だが、彼女はAT(アーマードトルーパー)で出撃している。理由は簡単。カラーが黒いからだ。背景と同化することで、相手へ地味にいやがらせをするのだ。……そんな単純な理由じゃないよ?まずATはグフカスタムと同じ歩兵機体で、基本はAR(アサルトライフル)での射撃が主だが……武装が多いのが特徴で、名無し戦の為に隠し玉をいくつも用意してある。イメージとしては、メタルギアなどの普通の兵士が重装備になったと思ったらいいかもしれない。まあ機体は人型といえども全体的に太いし……いやそれはどうでもいいか。ともかく武装についての説明は後にするとして、コストは2000。正直これらの機体は都市ステージで生きるのだが……都市ステージはアリオス、ケルディムで臨みたい。だからやむを得ない。

 対する相手は……やっぱりそうか。前に家庭用の方で対戦したのと似た――いや同じ機体だ。おそらく低コストで低下力、だけどもこちらの動きを止めるうざい攻撃ばかり……。そう簡単にやられてたまるかっ!俺らは前回とは違うっ!

 《まずは一戦、勝つぞ!》

 《はいっ!》

 これにて、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 今回も所詮同様、最初敵はマップに表示されない。こちらが発見しなければマップ上に載せることはできない。だから、まずは敵を探すこととなる。ここで、柄谷と別々に行動をとってしまうと、敵チームの袋叩きに遭うかもしれないので、一緒に行動する。俺がアリオスなら速く移動できるため、単独行動もとれるのだが、いかんせんグフカとATは基本の移動速度は速くない。敵には発見されやすくなるが…破壊されるよりかはましだろう。

 俺の背中を柄谷に預け、火山ステージをひたすら前進するのだが……敵がいない。どこにもいない。足音すら聞こえない。

 《やつら……まさか上にいるのか…?》

 このステージは荒地部分と火山部分とで大きく分けることができる。前者は。岩石などがごろごろ転がっていて、遮蔽物が多い。後者は傾斜になっており、岩石などの遮蔽物はあまりないが、触れるとダメージとなるマグマ、火山灰による視界不良などがある。

 《こんな複雑な地形ですから、わかりやすいところにいてくれればありがたいんですけどね~探すの辛いですから。》

 《ああ、そうだな――》

 空気が変わるのは一瞬だった。

 ダァァァァン―――と、ちょうど真横からミサイルが飛んできて、柄谷に直撃した。しかもそれは、倒ダではなく立ダ状態にさせられるものだからたちが悪いものだった。

 っ……!やられたっ……!先に見つけられたか…。反射的にガトリングを撃つ――が、それはすべて受け止められ、フリーになった一機が立ダ状態の柄谷へバルカンを撃った。だが敵のコストが低いことが幸いし、甚大な被害、というわけではなかった。

 《相手も二人いるっ!先に俺らが墜とすぞっ!》

 《もちろんです!》

 立ダから回復した柄谷はARでまずは応戦。ただ、これもことごとく防がれる。だが、これは計算通り。格闘攻撃を防御されると、こちらは仰け反り、大きな隙が生まれるが、射撃を防御されたところで、こちらへの大きなデメリットはない。もっとも、フレーム数が多い攻撃ならおもくそ隙を与えることになるが、それを考慮して、こちらは連射できる武器を用意してある。連射できる武器は一発一発のダメージは少ないが、モーションは短い。乃ち、隙を作りづらいということだ。

 つまり、

 ① AR等で連射し、敵にガードさせる。

 ② 頃合いを見て連射を止め、敵に接近する。

 そして三番目は、

 《この前はよくもぉぉぉぉぉぉ!》

 柄谷が敵1(としよう。2機とも似たような感じだから。)に接近すると、敵1は柄谷へバルカンを撃つ。かなりの近距離だったので、敵1はHSを狙いに来た。――だがな、その判断は大間違いだ。むしろありがたいね。銃弾は“避けられた。”柄谷が直前で機体を屈ませたのだ。そしてそこからの――

 ドゴッ――っと柄谷の右のアッパー敵1がヒットした。このアッパーが当たる直前、柄谷は右腕を伸ばしていたため、直前の機体の加速、腕の伸びで敵は宙に浮かされた。その隙を逃さず、柄谷はATの武装の中で最も火力のある<ロッグガン>、エネルギー弾をブチ込んだ。これが三番目、『敵を一定時間行動不能にする攻撃をブチ込み、その隙に攻撃を叩き込む。』だ。

 一方俺は敵が打ち上げられたのを見て、DBを狙おうと試みたが、さすがに間に合いそうもなかったので狙うのをやめた。

 

 

 「きいいいいいまったああああああああああ!!!carat選手の鮮やかなアッパーからの高火力砲弾がペペロンチーノ選手にきまったああああああああああああああああ!!!!」

 「え、えっと、椎名さん?実況は私の仕事――」

 「連射、速射ともに高水準のARで相手のガードを誘導させ、そこから一気に距離を詰め、敵の懐へもぐりこんで打ち上げ、そこからの砲弾……ペペロンチーノ選手はHPを半分削られました。HPに補正をかけていなかったのは痛いですね。」

 「私、まんまと見かけに騙されました。あんなガタイのいい機体がこんな機敏な動きができるなんて…。屈みこんだのだって、あんなの屈んだというより“無理やり足を押し曲げた”という風にしか見えませんでした。」

 「あれは脚部に特殊な細工を施しているんでしょうね。奇襲や回避にはもってこいだと思います。ただ、見栄えは悪いですけど。」

 「そういうのを気にする人にとっては致命的ですよね。」

 っておいおい解説者たち、感想はいいから実況解説しろよ。

 …でもまあ、確かに、栞ちゃんのアッパーには驚かされたなあ。以前の栞ちゃんのATは格闘技なんてなかった。だから、ちょっと攻撃パターンが読みやすいかなって思ってたんだけど、これ一つ加わるだけでぐっと戦術が広がるね。これが栞ちゃんの言っていた改良――いや、あれはガナーザクだったか。対策会議した時は単に言い忘れてただけ?それともあのあと追加したとか?まあいいやどっちでも。

 

 

 柄谷がいい感じなんだ。俺だって負けてらんねえな。俺はガトリングで牽制しつつ、ワイヤーで相手を攪乱している最中であった。弱い相手ならあっさりワイヤーに引っかかってくれるのだが、やはり敵はうまい。ことごとくガードをしてくる。グフカは柄谷のATのような格闘技はない。だから、とにかくワイヤーがヒットするか否かが戦いの肝だ。

 《っ……埒が明かねえ!何なんだよこいつら!》

 と、敵の防御率の異常な高さにイライラしてきたころ、敵2が俺がワイヤーで移動し、その時の着地を狙ってエネルギー弾を放ってきた。冷静さを欠いていた俺は当然直撃する。威力は低かったにしろ、立ダ状態にさせられるまたも厄介な攻撃。勿論敵は身動きが取れなくなっている俺を逃すわけはなく、敵の攻撃をすべて受ける。結果、俺のHPは三分の一ほどもってかれた。

 《先輩!落ち着いてください!焦ったら負けますよ!》

 ……確かにその通り、その通りなんだがな柄谷……。これはイラつかずにはいられないぜ……。

 《・・・・・押してもだめなら引いてみるか。》

 俺はあえて敵2を放置し、柄谷に加勢した。なあに、一瞬だけ、一瞬だけさ。一回手助けしたらすぐ戻――

 ――ズガガガガガガガガッ――

 俺が敵1の方向を見た瞬間、敵2は容赦なく俺を狙い撃ちにした。急いで敵2と向き合い、ガトリングで応戦するが、それはガードされる。

 ……畜生っ…俺の凡ミスだっ・・・・・・・・・・・

 ――ドシュドシュッ――

 さらに畳み掛けるかのように、こんどは敵1が柄谷の猛攻の合間から俺を狙ってきた。威力が高かったため、俺は撃墜されてしまった。すべては俺の招いた結果。コストは1000だとしても、敵も1000で、なおかつ体力はあまり削れていない。なんてひどいんだこれは………

 

 

 「ペペロンチーノ選手と広東麺選手のコンビネーションでNorris選手撃墜いいいいいい!!!!先に戦力ゲージを減らしたのは、チームNamelessだああああああ!!!!」

 「かんとん選手が一瞬の隙も見逃さなかったのも素晴らしいですが、ぺぺろん選手がcarat選手の攻撃をかわしつつNorris選手に一撃を入れる技術もなかなか素晴らしいです。」

 「にしてもNorris選手……今までの試合と比べてちょっと不調のように見えるのですが・・・・・・・椎名さんはどうお考えでしょうか?」

 「真冬から見てもそう思います。ちょっと焦っているといいますか……。ここからの立て直しに期待です。」

 「おっしゃる通りですね。――おおおおっと、また戦局が変化したぞおおおおお!!」

 

 

 俺が墜ちてから、柄谷に多大な負担がかかる、だから急いで合流しなければ――と思っていたら、戦力ゲージが変動した。それは予想していたのとは違い、敵のゲージで、さらに“2連続”で削られた。つまり、柄谷一人で敵1、2を撃破したことになる。……え?柄谷すごくね?こんなに強かったっけ?たちなおりから変なブーストかかったのか?てか3000削れたぞ?相手は1000と1000だと思っていたら、片方は2000だったのか。

 現場に合流すると、そこには首の皮一枚繋がっていた柄谷がいた。

 《すごいなお前……本当に助かった。俺が不甲斐無いばっかりにこんな…》

 《いいです、そんなこと。調子が悪いことなんて誰にだってあります。だけど今は――》

 とその時、柄谷は真横にスライドした。そして、柄谷がもともといた地点にミサイルが着弾した。クソッ…レーダーさえ見ていないとは…俺はなんでこんなにクズなんだよ……

 《先輩!敵機が来ます!》

 ――ああわかってる。もうあんなへまはしねえ。堅実に行く。

 

 

 数十秒後、柄谷は撃墜され、俺もだいぶ体力は削られた。だが、それは相手も同様。撃墜とまではいかなかったが、両機共々の体力は削った。大体半分といったところか。そんなとき、敵にある動きが見えた。撤退し始めたのだ。現在は荒地で戦っていたわけだが、敵機は火山部分へと移動し始めた。

 《何を考えているんだ……?》

 《遮蔽物の多いところで戦うのに飽きたからじゃないですか?なんにせよ、追わなきゃならないです。》

 考えても仕方がない。自分の反射神経と直感を信じて向かうしかねえ。

 

 

 ・・・・・・さすがにこの結果には驚きを隠せない。“柄谷が先に撃墜された”のだ。結果、俺らの戦力ゲージは残り1000。柄谷のコストは2000なので、再出撃する際にはコストオーバーといって、体力が通常より削られた状態で出撃となっている。相手は已然3000。どうしてこうなってしまったのか。理由は単純、奴らが集中砲火してきたのだ。さらに奴ら、火山部分で戦闘するのが慣れているらしく、あっという間にやられた。ならなぜ最初からこの場所で戦わなかったのか…。おそらくぬか喜びをさせるため、だったらひどく嫌気がさすわ。

 《……ここで俺ががんばらなくちゃだめだな。》

 さっきは柄谷一人で二墜としたんだ。柄谷にできたなら、俺にだってできるさ。

 奴らは俺へ銃弾を浴びせる。これを最小限かわしながら、ワイヤーを敵1に撃つと・・・・・・・・・・なんとヒットした。

 ・・・・・・!奴ら、一機でさらに俺がへたくそだと思って油断してるのか?ならここがチャンスだっ!

 俺はワイヤーを巻き戻して敵1に接近し、真後ろに回った。そしてサーベルを敵の背中へ突き刺した。

 《ここで屈辱を晴らすっ………!》

 突き刺した状態のまま、そのサーベルを真上へ引き上げた。そしてこの攻撃がきっかけとなり、敵1を撃墜することができた。敵ゲージは残り2000。つまり墜ちたのはコストの低い方だったか……相手はコストオーバーなしで復活ってのは痛い。

 敵2はすぐさま俺に斬りかかった。今までこんな露骨に切りかかることはなかった。罠のようにも見えたが、俺は構わずワイヤーを撃ったら・・・・・相手は格闘モーションをキャンセルして横にスライドし、右側から俺を狙い撃ってきた。俺はワイヤーモーションをキャンセルし、ガードモーションに入る。全弾防ぐことはできたが…敵に接近を許してしまった。急いで俺は銃を向け……いや待て、なんかデジャビュだぞ?まずい、銃はまずいぞ。

 とっさにワイヤーを上に放つ。そして敵は、元板俺の地点で投げモーションに入った。

 《いまだっ!》

 俺は今度は“真下”にワイヤーを撃ち、敵に命中させる。敵に急接近し、俺は真上からサーベルを敵頭部に突き刺した。

 そしてそのままっ!ぐりぐりとっ!ほじるッッッ!!!

 俺が通称脳天ぐりぐりと呼んでいる(そんなことはどうでもいい)技がおもくそ命中した。この技は威力が高い。だからこれで終わりっ……!

 

 

 にはならなかった。敵機は首の皮一枚繋がったのだ。そして敵が倒ダ状態になったので、技は自然と解除される。そしてそのタイミングを見計らったのか、真後ろからミサイルが飛んできた。直撃した俺も首の皮一枚つながった。だけど……こんなの絶望的だ。2対1、しかも俺は死にかけで、一撃で墜ちる。

 ………柄谷っ!なんでお前のほうが先に墜ちたのに敵1より来るのが遅いんだよっ……

 なんて絶望を抱いていた最中、

 《―――狙い撃ちますっ!》

 まったく予期せぬ方向から、ビームライフルが飛んできた。そしてそれは、俺と同じで死にかけの敵2に直撃した。

 

 これにより、俺らはNamelessに勝利したのだ。

 

 

 「第一試合一セット目、最初からハイレベルな戦いを繰り広げました。そして勝利を飾ったのは…………チームvibrioのNorris選手とcarat選手ですっ……………!」

 Audience「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」

 「いやあまさに激闘でした。どちらも一歩も譲らぬ戦い。どちらが負けてもおかしくありませんでした。椎名さんはこの局をどう思いますか?」

 「そうですね……まずはcarat選手のめまぐるしい活躍ですね。チームNamelessの戦力ゲージのうちほとんどは彼女が削りました。あの動きはAのものではありません。AAAからSはあります。次にNorris選手、彼は序盤は不調のように見えましたが、後半で敵機を撃墜、撃墜寸前まで追い込みました。コスト1000の機体にとっての十分な活躍だったと思います。そしてぺぺろん選手とかんとん選手は終盤でちょっとミスが目立ちました。そのほんの少しのミスを狙われてしまったことでこのような結果になってしまったのではないでしょうか。」

 「なるほど…ありがとうございます。とはいえまだ1セット目です。2セット目でvibrioが価値を決めるか?それともNamelessが巻き返すか?さあ、これから第一試合二セット目の準備を開始しますっ……!」

 

 

 二戦目、調子づいた俺と柄谷と、出鼻をくじかれて焦りが見えていた奴ら、結果はもうわかるよな?もちろん、俺らが勝った。俺はわざわざお前らの為に用意した“エレミア”と、柄谷はガナーザクαで挑んだんだぜ?負けないって普通。ぼっこぼこにしてやったよ。それらの機体についてはまたおいおい。

 

 

 「クッ……!遼っ……!ナイスファイトだったぜっ……!」

 「確かに後半の追い上げはすごかったわね。」

 カイジと私と”彼女”で遼の試合を見届けていた。カイジはまるで自分の事のように大喜び、一方彼女は黙って遼たちを見ている。……はたから見てると、何がすごいのか私にはよくわからないが、歓声の大きさと遼たちの表情を見ていると、きっとすごいことなのだろうとおもった。おそらくここにいる私胃が二のすべての人たちは、試合に対して熱くなっているのだろうが、私は申し訳ないが違う。私が気になったのは試合開始直前の国広遼と柄谷栞について。途中から私は遼の前から姿を消した。それは彼を影から観察するため。(まあ試合中は別の用事があったのだけれど。)準決勝直前、彼らに動きがあった。後をつけてみたら、彼らの間でなにやらイベントが発生していた。しかもこれは肯定的なものとみえる。先ほどの試合から察するに。これは……結構重要なフラグが立ったんじゃないかしら……

 「ねえ“静乃”?あなたもそう思わない?」

 「・・・・・・・・・・・・」

 彼女は黙ったまま、彼らの方を見ていた。

 

 

 「確かに宮永の言った通りの結果になったな。」

 「でしょう?……でも正直、ここまでうまくいくとは思っていなかった。まさか圧勝できるとは…。」

 「むしろ圧勝できないと踏んでいたのか。」

 「ええ、それほど相手のプレイングが上手だったからね。身内びいきなんかしないで、客観的に見たらそう思ったんだよ。」

 「ほう……。ところで、俺はいつになったらスサノオを使えるんだ?」

 「だから言ったじゃない。私が文脈に関わらず“気合”って言ったときだってさ。…そうだね……私の見立てでは三セット目になるかな。」

 「……それはつまりどちらか片方は私たちが負けるといいたいのか?」

 「うん。ただ、グラハムがスサノオを使うとき、私たちに絶対負けはないから大丈夫。私が保証する。」

 決勝の為に、できる限り温存しておきたい。

 

 

 さて次は……

 「部長、頑張ってください!」

 「ふぁいとです!」

 台へと向かう部長とグラハム。どちらも相当な実力者。まあ今の俺よりは劣るかな(笑)そんなことはあまり関係はないか。勝つものは勝つし、負けるものは負ける。まあ…きっと勝ってくれるだろ。

 「カタギリ、私に任せろっ!」

 「軽くボコッちゃうね~!」

 

 

 ………あれ?

 ………あれ?

 ………あれ?結果が予想と大きく違うぞ?

 ええと落ち着こう。一セット目は武御雷とアルケーでいって、勝った。二セット目はオーバーフラグとストライク(近距離、中距離、遠距離用と、武装を切り替えることができる機体)って……部長はまだしもハムは完全に二セット目は舐めプだよな?なんでスサノオ使わないんだよ!

 俺は疑念を向ける……だが台についている部長とハムには当然それには気づかない。疑念を向けたところでどうしようもないので、部長の事だから何かしらの対策はあるのだろうと無理やり思い込むことにした。

 「……ってあれ……?部長がなんか係員と話してるぞ……?」

 そのことは解説者たちも取り上げていた。

 『おや、Fate選手がなにやら係員と話していますね・・・・・あ、係員がこちらに来ました。………ふむ・・・・・・・なるほど、どうやらFate選手は別のIDカードの使用の許可を求めているようです。椎名さん、こういったことはありなのでしょうか?』

 『結論から言いますと、ありです。一枚のIDに登録できる機体数は限られています。故にたくさんの機体を抱える人はIDカードを何枚も持っていますので。』

 『ですが・・・・・IDの統一はしていないらしいのですよ…』

 『統一をしていない?これは不思議ですね……統一をすればわざわざログインしなおす必要がなくなったり、パーツのデータを共有できたりするんですが……。でもまあ、別のIDカードの使用は認めていますので、このような例でもありです。』

 なるほど………でもなんでわざわざそんな面倒なことを?素直に統一すりゃあいいのに……って、あのIDのイラスト、遠くから見てもわかる。このゲームが稼働したての頃のやつじゃないか。

 「私…部長さんのやりたいことがよくわかりません……部長さんが別のIDカード持っいてたなんて初耳ですし…」

 「安心しろ柄谷、俺もだ。」

 部長のログインが完了したらしく、機体選択に入った。そこで部長は、俺らにも聞こえる声でこう言ったのだ。「さあ、“気合”いれていくかっ!」と。

 

 

 俺は唖然した。柄谷も唖然した。会場の盛り上がりはさらにすごいこととなった。なぜか。その答えは巨大スクリーンに示されている部長のランクにあった。なんと別IDの部長のランクは…

 「「SS……だと[ですか]………?」」

 それって、A+の何ランク上だっけ…?

 A+   ←今まで

 AA-

 AA

 AA+

 AAA-

 AAA

 AAA+

 S-

 S

 S+

 SS-

 SS  ←別ID

 SSS

 

 「本家ID今まで隠していたのかよおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 「先輩、声が大きいですから!観客が好奇の目でみて……ませんね…。部長の方に皆意識が向いちゃっているんでしょう。……叫びたい気持ちもわかります。今まではSSクラスのプレイングなんてしていなかった。だから、国広先輩が部内で一番強いみたいな雰囲気が広がっていた。でも……それは間違いだった。雰囲気はわざと作り出されていた。今まではわざとへたくそにプレイしていた………んですよね………?」

 「今まで舐めプだと………そんな・・・・・・・そんなことって・・・・・・・」

 今の今まで、部内で一番強いのは俺だと思っていた。そんな自分自身が恥ずかしくて恥ずかしくて嫌になる。玄人の皮を被った上級者だったのかよう……

 「でも……これで私たちの勝利はほぼ確定したようなものです。」

 「ほんとだよな。今まで舐めプで勝ち上がってきたんだ。本気のMS、本気のプレイングで挑めば…そりゃ勝てるよな。」

 「じゃあ、本気となった部長がどんな戦い方をするのか、じっくり観察しましょう!」

 

 

 グラハムの本気のMS“スサノオ”の特徴について触れたいと思う。基本は二本の刀による格闘攻撃だ。ほかは、装填数1で装填速度が遅いが動作モーションが無く、立ダ状態にさせる、奇襲にもってこいなエネルギー弾(巨大)。CSで、威力は低いが相手を怯ませることができ、これもまたモーションが無く撃てるエネルギー弾(クリリンの気円斬みたいな形状)。あとは一時的な身体強化が二種。これがスサノオに備わっている装備、能力である。シンプルイズザベスト。先陣を切って相手のHPをゴリゴリ削るMSである。HPは1500、コストは2000である。対して部長のMSは……

 「なんだこれは…?」

 MSの型は俺のエレミアと同じヒューマンタイプ(余分なパーツがないため被弾率は少し減り、移動速度があがるが、装甲が薄いため防御力が低い)でコストが3000、装備は……全体図では手には光学の斧が握られていて、それ以外は何もわからない。これは装備と言えるのか微妙なところだが、漆黒のマントをまとっていることくらいだ。

 「ミサイルやARを積んでいたら全体図で表示されるはず。だけどそれがない。てことは……どういうことなんでしょう。」

 「あのマントの中身に何か仕込みをしてるんだろどうせ。」

 「なるほど~」

 

 

 『思わぬ展開となりましたっ……!なんとFate選手のランクはSSっ……!この地区予選では2人目のSSっ……!』

 『しかし、真冬が見る限りは彼女の実力はSSほどではないと思うのです。ですが・・・・・彼女が今まで本気を出していなかったという可能性も考えられなくもないです。ともあれ、この戦い、非常に楽しみです!』

 『それでは第二試合3セット目っ……!対戦ステージは月面コロニーっ……!暗黒な宇宙空間の元、月面上に構えられている巨大コロニーっ…!遮蔽物は大きいブロック状のものがいくつかあるステージっ………!Fate選手&Graham選手VSざるそば選手&餡かけ焼きそば選手っ………!レディィィィィィィゴオオオオオオオオオオウ!!!!!!』

 

 

 敵のコストは両方とも2000。つまりは3回殺せばいいってことだ。開始直後、グラハム、部長は敵めがけてそれぞれ突撃。視界を遮るものがあまりないので、敵の居場所はすぐ分かった。なんとまあ、敵も別々に行動していた。こりゃあそれぞれが一騎打ちになりそうだな……そしたらなおさらこちらの勝ちが決まったようなものだ。部長は知らないけれど、ハムは単独が強いからな。

 ・・・・おお、ビジョンにはハムと餡かけの一騎打ちが映し出されているなあ。

 

 

 「ぬおおおおおおおおおおお!!!」

 即座に敵に斬りかかるハムだが、当然丸わかりであるため、ガードモーションに入られる。

 …まずは先手を打てたな。ガードってのは、正面にしか効果はないんだ。“頭上”は守れないんだぜ。

 ハムはその攻撃動作をキャンセルし、敵上方へと“斬りあがった。”そしてその回転斬りをしている状態のまま、敵頭部へ斬りかかる。

 これがスサノオの特殊格闘、兜割である。山なりに回転切りをするため、縦方向に容赦なく斬撃を加える。…まあ横からの攻撃で簡単に落ちるけどさ。

 敵も頭がいいから、すぐさまガードモーションをキャンセルして兜割を回避――したけれど、もう遅かった。スサノオの二撃目をもろに受けることとなる。

 「おおおおおおおおりゃあああああ!!!!」

 ハムが、兜割を回避されるのを想定して次のモーションに入っていたのだ。左側から弧を描くように相手に斬りかかる。

 これがスサノオの特殊格闘の2つ目、連続回転切りである。スティックでの入力に応じて右側、左側と自由に斬りかかることができるのだ。…まあミサイルやビーム兵器で簡単に落ちるけどさ。

 ズガガガガガガガっと相手に斬撃が入る。さすればほら、ヒット&アウェイだ。ハムは敵からの距離をとり、身体強化をかける。このペースなら大丈夫だろう。

 ・・・・・・おっと次は部長の方が映し出されたぞ。

 

 

 ざるそばはARをひたすら部長に撃ちまくるが、なんと部長のMSの体力はあまり減っていない。弾数の多いARを防ぎ続けるなんて…すごいなあ。

 ハムの方の映像を見ていたら、瞬間、部長側の映像に変化が見えたのがわかった。防戦一方であった部長が突如加速したのだ。本当に急激な加速。敵も驚いたのか、あっという間に距離を詰められる。そして手に握られた斧で斬り上げ――の後、空中の敵を、マントに隠されたビットで1発撃ち、怯んだところを斧での三回転斬り。これで敵のダメージボーダーをこえて倒ダになる……と思ったが、なんと、三回転切りの三週目の攻撃を当てずに――手に握られた“鎌”を大げさなモーションで相手の首元にあて、そのまま急降下し、敵を地面にたたきつける。…お分かりいただけただろうか、部長は一瞬で斧から鎌に持ち替えたのだ。そんなことが可能なのかって?可能だ。格闘武器チェンジなんてことは普通にできる。ただ、貴重な技スペースを埋めることになってしまうが。

 ともあれ、一連の攻撃で相手の体力は半分持って行かれた。多分ビットはボーダー調整、限界値の直前まで削れるよう調整して、最後の断頭で一気に持っていったのだろう。

 ・・・・・恐ろしい。

 

 

 『なんということでしょうっ……!今まで防御に徹していたFate選手がっ……!突然っ……突然加速しっ……!ざるそば選手に痛烈なコンボを叩出したっっ……!!!』

 『真冬もこれには驚きです。ボーダー調整も細密にされていました。ものすごくこのゲームをやりこんでいるんですね……真冬は嬉しくて涙が出そうです!』

 『椎名さん、一つ質問いいでしょうか?なぜFate選手はビット攻撃を入れ、三回転切りの3発目をキャンセルしたのでしょうか?私から見れば、ビット攻撃をするまでもなく3発目の攻撃を当てるだけで事足りたのではないでしょうか?』

 『たとえば、ボーダーが500、切り上げ攻撃が200、三回転切りの一発が100、ビット攻撃が90だとします。一条さんの話通りで行くなら、3発目を当てた時点でボーダーの500に達し、敵は倒ダ状態になるでしょう。しかし、ビットを入れ、三回転目をキャンセルすると総合威力は490、すなわち、ボーダーの500には到達していない、よってもう一撃相手にダメージを与えることができるのです。なら、何故Fate選手は三回転切りの三発目を入れなかったのか。これについては単純な話で、それより大きなダメージを与える技があったこと、それと技を当てた後の立ち回りを考えたのでしょう。まずは威力ですが、あのモーションの長さから察するに、さっきの威力と比較すると250くらいじゃないでしょうか。基本的にモーションの長さと威力の大きさは比例しますからね。次に立ち回りなのですが…Fate選手は敵に急接近、そして動作キャンセルを重ねていたため、ブーストをかなり消費していました。とてもじゃないけど、三回転切りを当てた後機敏に動ける分はありませんでした。だから、攻撃を当てた後、操作不能になるも同然なのです。切り上げ、三回転切りをしてかなり上に上昇していました。地面に着地するには少々時間がかかります。このゲームは着地の瞬間が一番の攻撃チャンスだったので、そのチャンスを消すためでしょう。下手に動いてブーストをすべて使い切り、オーバーヒート状態になるなんて、それこそ悪手です。故にあの急降下攻撃というわけです。』

 『あ、ありがとうございます(今日一番の説明の長さだったんじゃないか…?)』

 

 

 “もうやめて部長!とっくに敵のライフはゼロよ!もう勝負はついた(も同然である)のよ!”

 ああ……今の俺の脳内には杏子が出てくるよ……なんだよこれは。もはや蹂躙じゃないか。敵の起き上がりのタイミングを完全に読んでビット連射、怯めば切り上げ、三回転切り、斬り落とし、これをひたすら繰り返す。敵が対策をとる隙も与えずにだ。グラハムはグラハムで圧倒的手数、スピードで敵に攻撃を与えていた。結果なんて目に見えている。

 

 

 

 ―俺らの勝利だ―



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1-3-4 世界は広く、そして狭い

 

 「・・・・・ふうん、本気、出したんだ。」

 壁に寄りかかり、“彼女”のプレイングを映している巨大スクリーンを眺めていた。

 ほかの3人は休憩スペース(2階)でくつろいでいる。相手の研究なんかせず自力で潰そうと考えているからだ………っていうのは建前で、本音は、一人はだるいのと、一人はなんか危なっかしいのと、一人はそれを監視しなくちゃならなかったってのだけどね。

 にしてもなんでわざわざ……この程度の相手なら手の内晒さなくても余裕だったんじゃ……

 ……深く考えたってしょうがない。決勝で倒せばいい。

 ――関西大会行はもう確定しているけれど、優勝はしたいしね――

 こちらは相手を一方的に叩きのめし、その足で6階に上がったので、対戦は後半からしか見ていない。しかも2セット目。

 …1セット目はどんな試合だったんだ……

 悶々としていてもしょうがない。この後の結果は見なくてもいいだろう。目に見えている。この暑苦しい空間に長居するのも嫌だ。涼しいところへ移動するとしよう。そうだな…非常階段がいいな。誰も使っていないだろうし、きっと風が吹き抜けていて気持ちがいいだろう。

 私は非常歓談へと足を向けた。

 ―――そして、扉を開いたとき、体つきのいい男たちがいかがわしいことをやっていたのを目撃し、さらに階段は血で赤く染まっていた。あまりに恐ろしかったので、急いで元の会場へ戻った。

 呼吸は荒かった。おぞましいものを見たのと、それに動転してダッシュしてしまったから。

 何考えてるんですかあの人たち…こんな公共の場で……まさかこのゲーセンってゲイスポットなんですか?……うぇ……想像しただけでも反吐が出そうだ……。

 会場に着いたとき、案の定試合は終わっていて、結果も予想通りであった。

 では私もチームの元へ戻るとしよう――

 そう踵を返したまさにその時、

 「あれ、まさかあなたは――」

 振り返ると……それは私の知る顔で、だけどこんなところにいる人ではなくて、あまりに驚いて、一瞬言葉が出なかった。

 ――いや、これは予想しようと思えばできたはずだ。なんせ、いつも一緒につるんでいる“彼”がでている大会なのだから。

 

 

 「なぜ…こんなところに?」

 

 

 目の前の女性………怜にそう聞かれちゃ、こう答えるしかない。

 

 

 「それはこっちの台詞ですよ、怜さん。」

 

 

 

 

 

 「くっそ、俺は井の中の蛙だったってことか。とんだピエロだぜ、笑えよベジータ。」

 試合も終わり、俺らは休憩所(2階)でくつろいでいた。

 「クッソワロタwwwwwwwwwwwww」

 「いやまじで笑うなよ!?しかも笑い方なんだよこれ!?指さして笑うとかマジ勘弁してくれよ!?あと女性の使う言葉としてどうなんだそれは!?」

 ゲラゲラ笑う部長に俺はもう………ああもう、面倒だ。ほんと、面倒!

 「五月蠅いカタギリ。勝利して実に気分の良い私を苛立たせるな。」

 「そーですよ先輩、ちょっと黙っててください。」

 「・・・・・・・・・はい・・・。」

 なんで、なんでこんなにぼろくそ言われなくちゃならないん?ねえなんで?

 「てか怜は?」

 「黙っててっていったじゃないですか。聞こえなかったんですか?ならもう一度言います。黙っててください。」

 「栞ちゃん……国広は鳥頭だから……何階行ってもすぐ忘れてしまうんだ……」

 「カタギリ、俺を失望させないでくれ。」

 「ちょwwwあんたら言い過ぎやがwwwww」

 ・・・

 ・・

 ・

 「すいませんでした。」

 なんで謝っているんでしょうかねえ…

 「で、さっきの話だけど、怜ちゃんは私たちの試合が終わった後どこかへ行ったみたいだね。国広にメールでも着てるんじゃないの?確認したの?」

 「切り替え早いなあ・・・・・・・あ、確かにメール来てる。何々…静乃とちょっと刹那のところに行ってくるねって……?おいおい、この近辺にあいつらきてたのか。一緒に買い物か?気が早いこった。」

 なーにがフラグがどうたらだよ、結局何にもしてないじゃないっすか。

 ……いやまてよ、これは決勝戦に呼んで、俺が華麗に勝つところを奴らに見せて、フラグを一つ立てる………なんてことはないか(笑)

 「ほえ?静乃ちゃん来てたんだねぇ~、ああ、刹那ちゃんが呼んだのか。てかそれしかないよね。偶然ってことは考えにくいし。」

 部長はふんふむと納得し、「ちょっと席を外すね、すぐ戻る」と言葉を残し、この場を後にした。次いで、グラハムが「白熱しすぎて仮面に傷が入った。ちょっと手入れしてくる」と謎の言葉を残して、この場を後にした。結果、この場にいるのは柄谷と俺だけ。

 「……まあ部長の事には驚かされたが……」

 後に続く言葉は頭の中では既に浮かんでいた。だけどそれを言葉という形に表わすのはちょっとした恥ずかしさがあった。照れといったらよいのだろうか。まあともかく、ぐぐもった。柄谷はそんな状態の俺を不思議そうに見ていた。

 「……俺を信頼してよかっただろ?」

 「いや最初っから先輩の事は信頼していましたって。てか今思い返せばお前を信じる俺を信じろって…あれって詭弁だし、なによりグレンのパクリじゃないですか。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・わかってたのか?」

 「ええまあ。伊達に二次元イラスト描いてませんよ。」

 は、は、恥ずかしいいいいいいいいいいい!!

 めっちゃキメ顔で柄谷を説得しようとしていたのがめっちゃ恥ずかしいいよおおおおおおおお!!!!

 実際に鏡を見て確認したわけじゃないけど、絶対赤くなってると思うから、思わず顔を手で覆い、テーブルに肘ついて、ただただ絶望した。

 「まあでも―――」

 

 「落ち込んでいた私を元気づけようと頑張ってくれたのは・・・・・・素直にうれしいと思いましたよ。」

 

 「・・・・・・そうかよ。」

 改まってそんな照れくさいことを言われちゃあ、俺の顔はますます赤くなるばかりであった。ほんの少し指を開き、柄谷の様子をうかがってみると、彼女も同様顔が赤かった。感じてることは同じなのだろうか。

 「……っぷはは!先輩、耳まで真っ赤ですよ。」

 「・・・・・・うるさい。」

 恥ずかしいことをしてしまったけど、それをしなかったら今この柄谷とのほのぼのとした時間はなかったわけで…そう考えると、あの恥ずかしいことはしてよかったのだろう。そう、思えた。

 

 

 ほどなくして、部長とハムが戻ってきた。さあ、今から決勝戦のブリーフィングが始まるゾ!

 

 

 「決勝戦の相手は大罪―カルマ―という実に…実に厨二臭い名前のチーム、これから相手の戦力を簡単に説明するけど、心の準備はいい?」

 「・・・そんな準備が必要なほど恐ろしい相手なんですか?」

 「いや、言ってみただけ。」

 「あのさぁ……」

 「まあまあいいじゃんこれくらいの茶目っ気、許してちょんまげ。」

 「「「あのさぁ……」」」

 あまりにくだらないギャグに、部長以外の三人があきれ返っていた。

 「え―じゃあまじめに言いましょうかね!まずランクから言うとA+、A-、B+、そして、SS。」

 「SSですか……。」

 柄谷が見るからにたじろいでいた。まあ無理もない。さっきみせた部長の本気、あれと同等の実力を持っているってわけだからさ。

 「柄谷ちゃん、安心していいよ。彼女らと当たるのは私とハムだから。柄谷ちゃんと国広が当たるのはA+とA-の人たちだよ。」

 「そ、それなら少しは気が楽です…。」

 「おお、前回の奴らと似たような感じだな。」

 ……って、彼女ら?相手の性別まで見てんのか、部長の観察眼ぱねぇ。

 「……うちらはもう関西大会行が確定してるから、決勝戦の相手の対策って不要っちゃ不要なんだよね。だから今回のアドバイスなしってことで。」

 「「「・・・はぁ?」」」

 3人がシンクロした瞬間であった。

 「理由を聞きたい?聞きたいんでしょ?だが言わない!それが私のジャスティス!」

 い、意味が分からない……

 あれだけ用意周到な部長だ。しかも今回においてはあまり関係のない情報までつかんでいる。なのに言わないってことは……どうしてだ?

 「・・・・・・ま、無対策の相手にどこまでやれるかってことだね。」

 「・・・・・・・宮永、何か隠していないか?」

 「ん?」

 部長はその言葉が思いがけなかったのか、グラハムの言葉に呆けていた。

 「……ああそうだよ。隠してるよ。ものすごいこと隠してるよ。だけどさ、すぐわかるよ。期待してなよ、面白いことになるからさ!」

 グーサインを出してさわやかな笑顔を見せつけられたが、正直いらっときた。その風貌にってノンもあるが、それよりも、今までとは違い俺らに有益な情報を与えなかったことに不満が…。だけれども、部長は交友関係が広いんだなあと感心もしていた。

 

 

 ―だけど、それは思い違いだった。

 

 

 部長の交友関係が広いんじゃない、“俺らが周りを知らなさすぎた”だけだった。だってさ、普通こんなこと想像しないって。

 

 

 『それではっ………!決勝戦っ……!圧倒的実力で上から他者を叩き潰すっ・・・・・・・!SSランクをもつリーダー【ヒイロ・ユイ】を筆頭とするAブロック代表チーム大罪―カルマ―っ………!対するはっ……!チームワークを重視っ……!こちらもSSランクをもつ【Fate】を中心とするBブロック代表っ……!vibrioっ……!第一試合はカルマから【シン・アスカ】【カトル・Lウィナー】選手、vibrioからは【Norris】【carat】選手が出場しますっ……!』

 『ではいざ尋常に…………ファイッ!』

 

 まさか生徒会メンバー全員がフルドやってるなんて思わないって。

 

 



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1-4-1 決勝戦はみんなの心の中に

 「では、これより祝勝会を始めるよ!では、2チーム共に関西大会への出場決定に!」

 「「「「「「「「乾杯っ!!」」」」」

 フルドの大会が終わった後、どこかでワイワイ騒ぎたいと部長が提案し、部員が皆これに賛同し、さらに四人じゃもの悲しいということで会長たちのチームも混ぜての計8人で祝勝会をやることとなった。

 「にしても、四人だけならまだしも私たちまでお邪魔させてもらうなんて……」

 手に持っているコップの方に視線を落とし、申し訳なさそうにする会長。

 「いえいえ、本当に大丈夫ですよ!お父さんとお母さん、ちょうど旅行で居ませんでしたし。それより今は楽しみましょうよ!」

 「柄谷君、本当にありがとう。」

 とまあ、今は柄谷宅にいるわけだ。祝勝会をやろうにも、場所がなければ始まらない。俺やハムの家では狭すぎる。部長の家はさらに一駅こえるから、帰宅が厳しくなる。となれば、柄谷の家しか候補はなくなるわけで、ラッキーなことに家ががらんどうであったのだ。

 「にしてもさあ。会長たちがみんなフルドやっているなんて…さらには大会にエントリーしているなんて思ってもいませんでしたよ。朱鳥も教えてくれたっていいじゃないか。」

 俺はかねがね気になっていたことを口に出した。品行方正の会長とカトル先輩、刹那は全くやるイメージがなかったからな。ゲーマーの朱鳥は以前からフルド勢だということは知っていたのだが………いやまてよ、生徒会の連中ってみんな厨二だから、ゲームくらいやってて当然なのか?

 「まあ聞かれなかったしな。それに聞かれても言うつもりなかったし。緋色さんに堅く口止めされていたからな。もしばれていたら俺の身が……いや、なんでもない。」

 「ちょっと恐ろしい言葉が聞こえたのですが……気のせいですよね?」

 柄谷の問いかけに、朱鳥は、

 「………はっはっは。」

 否定も肯定もしなかった。まあ、どうせ脅しに使われたただのデタラメだろう。まさか会長が暴力的なことをするわけないし、あるとしても社会的に抹殺するとか?でもそんなの……いやまて、会長のおっかけの件がある。

 「なんか会長についてわからなくなってきたゾ!」

 「気にしないでください。朱鳥に言ったのだって、そんなの、ただの脅しに決まっているじゃありませんか。」

 「な、なんだ…ただの脅しか……あ……」

 ニッコリと微笑みを浮かべていた会長であったが、それとは対照的に沈んだ顔でいるカトル先輩、そして部長が素知らぬ顔でお菓子をぽりぽり食べていた。

 ……気にしたら負けだ。

 「ようはサプライズです。龍華から、部活単位でフルドの大会に出るという話を聞いていて、ちょうどその頃私たち執行部からも出場しようという案がでていて、だからせっかくなので驚かせようと思ったのです。対面せずにどちらも敗退という可能性もなくはなかったのですが、その辺の敵は相手になりませんし、龍華のチームがとても強いことは話に聞いていたので、順当に勝ち進めばぶつかるのは必然でしたしね。…・・・・・・・はあ、勝てると思ったんですがねー…」

 会長は不服そうな声を漏らし、ぐいっとジュースを飲み干した。

 そしてその手をカトル先輩に差し出し、察したカトル先輩は二杯目を注いだ。

 「グラハム先輩が予想外なことをしてくれましたから、一瞬…いや、ずっと不安でした…。」

 「それはこっちも同じだよ。刹那君が急に単独行動をとるものだから、作戦もうまく機能しなかった。」

 「ほんと、公はやらかしてくれたよ。」

 「どっちもイレギュラーがいたから、条件は同じかと思いきや中河はコスト3000のMS使ってるからさあ…タイマンでコスト2000のMSと戦うのはリスクがでけえんだよな。」

 「どちらも一回ずつ撃破してるしね。」

 ちなみに、本当にちなみにだが、等の本人たちはというと、柄谷と家に上がってすぐに「まだ満足できん!先程の勝負の続きをするぞ少年っ!!」「貴方の歪みは私が断ち切りますっ!!」なんてことをいって、乾杯後すぐテレビの前に陣取り、対戦を始めていた。……今の所はどちらも五分五分と言ったところかな?まあいいや。

 「しかも、グラハム先輩は基本単独行動が好きな人ですからね。対して刹那先輩は会長さんとのタッグが強みですし、ダメージは大きいですよね…。」

 「ま、これも私の策略ってやつかな!」

 「嘘乙。2セット目で動揺してたのが明らかにわかったぜ。」

 間髪入れずに朱鳥がツッコミを入れ、部長は少し縮こまってしまった。

 てか、あくまでも運がないから負けたってことにしたいのね。まったく…これが負け犬の遠吠えってやつか。」

 「……ほほう、いってくれるじゃあありませんか。なんなら再戦でもしますか?」

 「……へ?俺なんか言いました?」

 「先輩……ひどいすっとぼけですね。負け犬の遠吠えとか言っておきながら。」

 ……思っていたことがそのまま口に出ていたというパターンだな。

 「無自覚の悪意ってやつだな。」

 「OOですね!」

 会長は目を爛々と輝かせて朱鳥の言葉に反応した。カトルや部長はやれやれといった顔つきであったが、柄谷を含め俺はぽかんとしていた。そして、そんな俺らを見て会長は恥ずかしくなったのか、しゅんとしていた。可愛い。

 「……なんで会長がフルドをって聞こうとしていたが、確信したわ。」

 「……奇遇ですね先輩、私もですよ。」

 「うう…………まあ察しの通り、私はガンダムが好きなんですよ、ええそうです、ガノタな厨二ですよ!」

 半ば投げやりで言葉を吐くと、手元のジュースを一気に喉に流し込み、テーブルにコップを置い……いや、叩きつけたと言った方があっているのかなあ。

 そしてすかさずカトル先輩があいたコップにジュースを注ぐ。

 「まあ……ぶっちゃけ薄々勘付いてはいました。疑惑は確信に変わったというやつですかね。」

 「え、なぜですか!?今迄私の趣味について一度も話したことありませんよね?」

 「会長は気づいていないのかもしれませんが、会長の言葉遣いって結構独特なんですよね。今年の対面式とか印象的でしたよ。まるでガンダムWのトレーズみたいなエレガントな挨拶で……」

 「わーー!!やめて!やめてください堀り返すのは!!」

 「じゃあなんで後悔するような演説したんですか…」

 柄谷はポッキーをポリポリ食べながらじと目で会長に目を向けていた。

 「あの原稿書いたの、深夜ですから………」

 「あっ…(察し)」

 「……はい!この話はもう終わりです!やめやめ!ええと、さっきまでどんな話していましたっけ?」

 「無理やりですねえ……えっと………なんだっけなあ。」

 「再戦がどうのとかじゃなかったかい?」

 「それです!じゃあ今から…って、刹那たちがまだ終わってないですね。」

 「タイマンでこの試合時間っていったいどういうことです!?」

 俺はテレビ画面に目を向けると、なんと両者の体力はまだ半分しか削れていない。その理由は単純、攻撃をほとんど防ぎきっているのだ。

 「フッ…なかなかやるではないか少年ンンン!!!」

 「どこまでもしつこい男ですねッ!!」

 必死で戦っているその姿は非常に輝かしかった。そんな姿を見せつけられて、その勝負の決着を急かすようなことなんて、誰も言えるわけがなかった。

 

 

 あの後のことを話すと、ハムの勝負が終わるまでの間、カトル先輩や会長のフルド歴などいろいろなことを話したりした。(なんとカトル先輩はまだ一年目であり、逆に会長は5年位という。そら、こんだけやればSSランクにもなれるわな。)勝負が終わった後、4対4のチーム戦を行おうとしたが、長い勝負に疲れ果てた2人は参加できなかった。故に、2対2をローテーションで行うことにした。会長と部長のペアは異常なまでの強さだった。柄谷と俺が本気で挑んでも相手を一機も墜とせなかった。めげるわ。まあ一通りフルド対戦をした頃には時刻は7時。ヴァイオリンの練習が控えているということでカトル先輩がまず帰宅した。外に出て見送ろうとしたら、なんとお迎えの車が来ていた。すげえ(小並感)。緋色会長はその車に乗って共に帰った。カトル先輩と緋色会長は同じ東区に住んでいて、家もそれなりに近いらしい。刹那は姉が近くにいるとのことで、姉の車に乗るといって家を出た。…ああそうだ、見送ろうとした際、ぱらぱらと雨が降っていたのに気づいた。スマホの天気予報を見たところ、今晩は雷雨らしい。ほんとかよ、実に信用ならん。でも本当なら、俺も早めに帰った方がいいのかなあ。傘なんて持ってきてないしさ。

 なんてことをその時は思っていたのだが、現在はといえば…

 「クッソッ!俺が60R止まりだと……」

 「ごめん真、悪気があったわけじゃないんだ。」

 「あ、ダイジョーブですよ。宮永さんって確かプレイ歴浅いんだっけ?コールオブデューティ。それでこれならすごいとおもうぜ。俺も守りながら闘うってことがこんなに難しいってこともわかりました。」

 コールオブデューティのゾンビモードに興じているのであった。CODはFPSゲームで、ゾンビモードとはひたすら湧き出るゾンビをエンドレスに狩り続けるというものである。最初は部長と朱鳥ペアで、60Rというなかなかの結果を叩き出した。俺は普通にやったら50くらいだから、ちと厳しいかも。まああくまでも、“俺1人でやったら”の話だがな。

 「ささ、じゃあ次は私と先輩の番ですよ!」

 柄谷は眼を嬉々とさせていた。眼に椎茸でもできてるんじゃないか?

 「んー、じゃあいくか。ちなみに、俺は50Rで止まるレベルだからな?」

 「心配には及びません。なんせ私は80Rくらいまでいけますから、守ってあげますよ。」

 やだ…ちょっとかっこいい…

 「さすがフルドでも狙撃兵を使うだけあるぜ。こりゃ俺たちの記録も簡単に抜かされちまうかな。」

 そう朱鳥は予想を立てていた。

 

 

 だが、

 飛鳥と部長、そして疲れ果てて寝落ちしているハムは、その結果を知ることはなかった。

 

 

 このゲームは時間がかかるので、だいたいプレイ開始から30分たったころ、ひどく大きな地響きが外から聞こえてきた。あまりの大きさに驚き、俺らは一旦ゲームを中断した。大音量で鳴り響いていたBGMの音量が小さくなって、やっと自体を把握した。ざあざあと雨音が聞こえてくる。

 「な、なんだ!?」

 朱鳥が慌ててカーテンを開けると、案の定大雨ではないか。

 「あー……スマホは正しかったんだな……」

 朱鳥は呆然と窓の前に立って、外の景色を見ていた。

 「うーん、これはもう帰った方がいいよね…。名残惜しいけど、また月曜日会おう!じゃあね栞ちゃん!あ、傘借りてくね!」

 部長は急いで身支度を整えて柄谷宅を後にした。

 「…じゃあ俺も帰るか。ほらグラハム、起きろ。」

 「ぬぅ……折角私と少年が互いに汗を流し気持ちのいいことをしていたのに…それを妨げるとは非道なり!!」

 「るせぇ!帰るぞ!」

 ハムは半ば引きずられながら朱鳥と共に家を後にした。てか言い回しがやたらとエロかったな。

 一歩出遅れた俺は柄谷宅に取り残された。

 「あー…完全に出遅れたな。」

 「先輩は帰らなくてーー」

 後ろから柄谷の声が聞こえてきたが、瞬間、窓の外が真昼のように光り、すぐに大きな地響きが鼓膜を振動させた。あれ、なんか他の音も聞こえなかったか?

 「って、これかなり近くないか?光ってすぐ音が聞こえてきたしなあからたーー」

 振り向くと、そこには顔面蒼白の柄谷がへたり込んでいた。

 「っておい、大丈夫か?」

 「へ?あ……はい……」

 …どうみても大丈夫そうには見えない。漫画やアニメの世界だと、雷に対して異常に怖がる女子がいるが、まさか現実にもいるとは…。いや、でもこれは怖がっているという表現で収まらないのではないか?目は虚ろだし……雷に対して拒否反応を示している?過去にトラウマがあったのか?……気にはなるが、今聞いたところで答えが来るとは思えないので、胸に留めておくだけにしよう。

 「お前…いつも雷鳴ってるときってどうしてんの?」

 「その…お父さんとお母さんが……あ…でも今は……」

 両腕を交差させて自らの腕を掴み、あたかも寒いのかのようにぶるぶると身を震わせていた様子はもう、見ているのも辛かった。

 

 …

 

 俺はこんな柄谷を一人家に置いて帰っていいのだろうか?

 

 …

 

 今は豪雨で外には出づらい状況にある。傘を使えば行けなくもないが……いやでも……

 外の状況を客観的に知りたかったので、俺はテレビのチャンネルを入力切替からNHKに変えた。そしてデータ放送に切り替え。数秒の間があり、データ画面が広がったので、天気について見ると、案の定雷雨アイコンであった。電車は……わからないが、多分動いているだろうけど、止まっていることにしておこう。

 俺は腹を括ることにした。

 俺は柄谷の方を向き、膝をつき、手を地面につけ、頭を下げるーー所謂土下座をした。

 「柄谷さん!電車も止まって家に帰れないんです!こんな汚らしい私目をどうか今晩泊めていただけないでしょうか!オナシャス!」

 額を床に擦り付けて数秒、「へ?何か言いました?」と素っ頓狂な返事が聞こえた。

 「ちょっ、おま、俺の渾身の土下座を見ていなかったのかぁ!?」

 「いや、土下座はわかりますけど…」

 「…まあいいや。俺が言いたいのはだな………女の子にする質問としてはすごくゲスなんだが……今晩泊めてくれないかなってさ。外は雷雨だし、電車も止まっていて帰れないのさ。」

 かなりフランクにことを伝えてしまったことを少し後悔している。でもま、杞憂だったかな。

 「ああ、そんなことでしたか。いいですよ。ただし、お父さんの部屋を使ってくださいね。」

 あんまりにもあっさりと了承してくれたもんだから、ちょっと不安になってしまった。

 「おいおい柄谷さんよ、そんな簡単に男を泊めることを許しちゃいかんでしょ?俺な狼だったらどうすんの?」

 「……国広先輩にそんな度胸ないのは知ってますから。」

 そういった柄谷の顔はさっきまでの蒼白さと比べて少し元に戻っていた。神経衰弱気味だったけど、だいぶ回復してきたのかな。

 「……お前…そんなこと言うのなら、襲っちゃうゾ?」

 「そんなことしたら警察呼びまーー」

 タイミングよく雷の音が鳴り響き、柄谷の身体はぶるっと震えてーーこんな状態のやつを襲うなんて酷なことは俺にはできねえよ。もとよりする気はなかったけどさ。

 …こんな時、俺はどうしたらいい?抱き寄せてやればいいのか?……いや、そんなことしてみろ、今でこそ柄谷は普通じゃないから反撃してこないだろうけど、後々に響く。こんなキザなことできるのはリア充だけだ。俺にはできない。……けど

「収まるまでは近くにいるよ。」

 俺は柄谷と背中合わせになるように座り直した。

 

 

 雷の音が鎮まり始めるまで数十分、その後数分、頭の中でフルドのMSを構成するのに飽きてきたころ、「すいません、もう大丈夫です。ありがとうございました。」と、柄谷は立ち上がって俺に一礼した。

 「いいや、これくらいなんてことないよ。」

 「そうですか?でも…やっぱり申し訳ないです。何かお詫びを…」

 柄谷は指を前で組んでもじもじしていた。

 「お詫びって…泊めさせてもらうことがお詫びになってるじゃん。だから気にしないでいいよ。」

 「いえ!それでは私の気が済みません!何かもてなしを受けてください!なんでもしますよ!」

 ん?

 んん?

 「…今なんでもするって言ったよね?」

 「…先輩、今の顔、すっっっごくゲスいです。」

 …知らぬ間にひどい顔をしていたようだ。

 「じゃあそうだな……とりあえずシャワー浴びさせてくれ。」

 「やっぱり襲う気満々じゃないですか!段階踏めばいいってもんじゃないですよ!」

 「もう勘弁してください。」

 俺は泣く泣く二度目の土下座をするのであった。

 

 

 そこからは早くて、シャワーを浴び髪を乾かした後、柄谷の父親のベッドを使わせてもらい、寝ることとした。何気にでかいから悠々と使って寝れるぜ!

 布団にくるまってまもなくして、睡魔に猛烈に襲われた。………明日になったら雨は止んでいてほしいな。柄谷はどうして雷をこんなにも恐れているのかな。一人であいつは寝れるのかな……なんてことを脳裏にぽつぽつと浮かべながら、窓越しでも聞こえる雨音や雷音が部屋に響くもと、俺は深い眠りに落ちた。深い、深い眠りに。

 

 

 

 扉を開けると、ベッドの上には黒い大きな盛り上がりがあった。ただ、いつもよりはほんの少し小さな盛り上がり。主にお腹のあたりが。

 「って、すでに布団が跳ね除けられてるし。これ、一応ダブルベッドなんだけどなあ…」

 私はベッドに近寄って、落ちてしまっている掛け布団を拾い上げ、再びかけてあげた。

 ……こんな夜はいつもはお父さんに一緒に寝させてもらってるんです。子供かって笑うかもしれませんが、私にもよくわからないんです。こんな夜は誰かに寄り添っていないとダメなんです。どうして私の体はこんなにも雷を拒んでいるんでしょう。…だから、お父さんのいないこんな夜は…先輩が代わりになってくださいね。」

 年の近い異性と一緒に寝るなんて初めての事に緊張を感じてはいたが、それ以上に体を襲う今だに得体の知れない寒さと、ガンガン脳を揺さぶる睡魔に襲われ、私も眠りに落ちるのは長くなかった。

 

 

 



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1-4-2 俺の隣で寝ているのは…

 7月1日

 

 重苦しく瞼が上がり、ぼんやりと視界に映るのは見慣れない天井、それもそのはず。昨日は家に帰ってないもの。

 開きかけの瞼を再び閉じ、ぎゅっとしてから再び開ける。数秒前とは打って変わってクリアに見える景色が広がる。あれ、布団が跳ね除けられていないな、珍しい。

 俺は体を起こそうとしたそのとき、ある違和感を覚えた。

 「……なにか温かいものが俺の右側にあるな。」

 俺は特に気にかけもせず布団をめくった。……本当になにも気にかけていなかった。そしてその光景をみて、寝起きの不鮮明な頭では到底理解できるわけもなかった。

 ………なんだこれ?

 俺、いつの間にか柄谷の布団に入ってたりしてないよな?

 慌てて辺りを見回したが、特に変わったことはない、俺が昨日寝た部屋だった。

 ………じゃあ柄谷が勝手に入ってきたのか?………いやそんなはずはない。やつは同年代の男と簡単に寝ることができるようなビッチではないはず………いや俺が知らないだけか?本性はヤリマンビッチ?てことは俺……

 「柄谷に寝込みを襲われた!?」

 俺、Dの称号を捨ててしまったのか!?嬉しくもあるがこんな捨て方あんまりだ!………じゃあよ、寝込みを襲われたならよ、俺だってキモチイイことしていいよな?柄谷をπタッチしてもいいよな?

 俺はπに触れようとそっと左手を近づけーーーーーーーー

 「……やっぱりやめよう。」

 最後の最後に、俺はチキってしまった。俺は何もみていなかった、何も知りなかった、そういうことを柄谷に思わせるのが一番なんだ。あ、先輩、おはようございます。随分と長く寝ていたんですね。って思わせることが一番。下手に起こしてギクシャクなんてしたくない。

 俺は目を閉じた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 鈍く機械音を響かせて紙が印刷されるまでが緩慢に感じられ、ひどくじれったい。ようやっと印刷が終了し、私は飛びついてその紙を見た。いつもと同じことしか書かれてないのだが、そこには大きな変化が見られた。もしやと思い、私は"彼"とコンタクトを取った。が、期待していた事は起こっていなかった。

 「……やはりまだまだ……」

 私はそのプリントを床に投げ捨て、部屋を後にした。

 「………こんなことするから、部屋がプリントまみれになっていくのよね。」

 さすがにケースとか使って整理しようかしら、と思った。

 「にしても……」

 この英文字と数字が書かれているこのプリント、『国広遼に対する周りの女性の好感度』を示したものであるけれど、誰がどの番号なのか、まったくわからないのよね。竜崎に聞いても“私の機関”に聞いても教えてくれないし…。まあいいわ。今日の感じだと、おそらく柄谷栞と宮永龍華の好感度が高まったんじゃないかしら?この調子で続けば………

 「いや、よそう。そんな希望を持つのは。」

 

 私はリビングへと戻り、椅子に座ってペンをとる。

 「……勉強しよう。また遼にとやかく言われるの、嫌だしね。」

 陽の光がリビング内に満ちていく。ぽかぽか陽気に照らされて、私は教科書とノートとをにらめっこしながら、ペンをゆっくり走らせるのであった。

 

 

                          了

 

 



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2 洗脳恋愛
2-1-1 生徒会の日常


 7月2日 木曜(other side)

 

 

 長く辛い授業が終わり、生徒達に活気が戻ってくる。そう、今は放課後。多くの生徒は部活動に勤しみ、それ以外の生徒は各々の趣味に没頭したりする。そんな中、私はみんなと同じような放課後を送ることはできない。まあ、部活動の生徒と似たような立場ではあるけれど。結論を言ってしまうと、私はこの学校の生徒会の人間なのだ。その中でも、頂点、長に準ずる役職である生徒会長、それが私、緋色結衣なのである。だから、放課後の時間を固定された人と過ごすという点では、部活動の人と似ているというわけだ。

 ホームルームが終わり、私のいる3年の教室にも活気が戻ってきた。いや、戻ってくるどころか有り余っていると表現した方が正しいかもしれない。この時期は運動部は最後のインターハイが控え、それ故に皆気合いが入っている。

 それにしてもものすごく眠い…授業中寝なかったのは奇跡だったけど、これから生徒会の会議かと思うと…気が重い…でも行かないと…会長だし……じゃあ生徒会室に向かいますかー

 そう思ってよろよろと席を立ち、教室から出た。生徒会がある階に向かおうとした時、

 

 「結衣ー!ちょっと待ってー!」

 

 後ろから声をかけられたので、足を止めた。だから振り返ろうと――――せずにそのまま向かおうとした。

 

 「ウェイウェイウェイ!一瞬止まったのにスルー?悪意しか感じないよ!」

 

 渋々振り返ると其処には茶髪のパーマがかったロングの女性が笑みを浮かべて駆け寄ってきた。制服は着崩してはいるがスカートだけはむしろ規定より長めである。そんな彼女は宮永龍華。私のクラスメイトであり親友である。

 

 「…あ、すいません。気付きませんでした。」

 「足を止めておきながらそう言うかっ!?」

 「…………じゃあ私はこれで。」

 「ちょっ、まだ私何もしゃべっていないんだけど!?」

 「……なんかようですか?今私、すごく…すごく眠くて、正直これから会議に行くのもだるくて、だけど会長だから渋々向かおうとしてた私のこの気持ちをへし折ったからには…さぞ重要な話なんでしょうねえ?」

 「そりゃあんな時間まであんなことしてたら眠くもなるわ。何時に寝たの?」

 「今日は寝ていません。」

 「ファッ!?」

 「……前々から思っていたのですが、女性が淫夢厨ってどうなんですか……」

 「実際あれは濡れた。」

 「その情報は要りませんでしたね……まあいいや、本当になんですか。」

 「すっごく重要!実は、フルドの事なんだけど…」

 「そうですか。分かりました。ではまた明日。」

 「に  が  さ  ん」

 

踵を返して立ち去ろうとしたらがっしりと肩を捕まれた。

 

 「なんで逃げようとするん?そんな不味い話題だった?」

 「…とりあえずこっちに来てください。場所をかえましょう。」

 

私は龍華の手をとって半場強引にこの場から離れようとした。

 

 「ちょっ…積極的…やだ…私これからなにされちゃうの……」

 

龍華はわざとらしそうにもじもじしてみせた。無視無視、相手になんてしてられません。外野が「さすが会長!俺たちにできないことを平然とやってのけるッ!!そこにしびれる憧れるゥ!」とか「百合ップルキタァー!!」とか「会長はレイパー…ごくり…しかも百合…ふおおお!!」とも言っていて、制裁してやろうかと思っていましたが、「つーか相手は宮永だからそんなんじゃねえだろ」「あーそっか。残念。」言っていたので、まあよしとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 「ここなら大丈夫ですね。」

 

龍華を生徒会室に引き連れた。早々にあの場から立ち去り、一直線にこの場に着たので、まだ誰も来ていなかった。一番乗りである。「そりゃあ、生徒会室には一般生徒は入れないからね~…ああ、生徒会室に来るのもなんだか久しぶりだよ~」

 

 「…先週来たばかりでそれを言いますか。」

 「細かいことはほっといて。にしても、いつもは呼び出し食らって来る事ばかりだったけど、今日のような完全に私的な用事で来るのは初めてだなぁ。今思えば、メールでもよかったんだけど、まさかここまでしてくれるなんてね~」

 

……思えば、ここまでする必要があったのだろうか。メールで事足りたのではないか?いや、間違いなくそうだ。ここまでする必要はなかった。まあでも、連れてきてしまったのだ。後に引くことはできない。

 私の表情を窺ったのか、龍華は、

 

 「あぁー…今気付いたっぽいねー…」

 

とこぼした。

 

 「…まあ、今から追い出すのもあれですし、直接言った方が早いですし、大丈夫なことにしておきましょう。」

 

にしても、どうやってこの場にいることを正当化しようか…

 

 「会長、早かったですね。…あれ?宮永さん?どうしたんですか?」

 

その声を聞き、ドア付近で立ち止まっていたことに気づいた。カトルである。彼は何やら手に紙束…いや、書類らしきものを抱えていた。

 ………!!この書類…!!これなら…!!

 

 「ああすいません。連絡し忘れました。彼女には“用事があった”ので、私が呼んだのです。どういうことかはもうすぐわかりますよ。」

 

隣にいた龍華は私の想定外の言葉に驚いたのか私に何か言いたげであったが、察したのか口をつぐんだ。一方、カトルの頭にはまだ疑問符が浮かんでいるように見えたが、特に問い詰めることもなく自席に座った。そして手に持っていた書類の整理を始めた。カトルが書類整理を始めたのを見計らって、龍華は私に耳打ちをしてきた。

 

 「(何?用事?そんなの聞いてなー)」

 「(いいから黙って話を合わせてください。)」

 

長々と話して怪しまれても困るので、早々に話を終わらせた。

 

 「そういや、さっきの話が途中でしたね。」

 

私がそう話を切り出したら、龍華はきょとんとしていた。全く…もう“私の素性を知っている人”しかいないこの場でなら“フルドの話をすることはなんてことない”のに…

 

 「…自由度の高いTPSゲーのことですよ。」

 「…ああ!なるほど!!そういやそうだったね!!」

 「まあとりあえず、私たちも座ってからその件について話しましょうか。」

 「おーきーどーきー!……で、私はどこに座ればいいの?」

 「ええと…」

 

二ヶ所は固定されてるけど…まあいいか。いつもの場所じゃなくたって。

 

 「どこでもいいですよ。」

 「りょーかい。」

 

龍華は会長の席、つまり私の席の隣に腰かけた。そこは幸い指定席ではなかった。私も自席についた。

ああ、それにしても、一度座ってしまうとどうしてこうも眠くなるのだろう。

 

 「んで、フルドのことなんだけどー」

 

龍華がそう話を切り出したとき、

 

 「ちぃーっす。……てあれ?宮永先輩?またなんかやらかしたんすか?」

 「真、またってなんだよまたって!今日は事情があるんだよ!」

 

いま生徒会室に入ってきた彼は生徒会書記である真朱鳥という。彼はいまの挨拶からわかるように、結構先輩にたいしてもフランクなのである。一応敬語らしきものは言葉尻に残ってはいるけれど、そのなけなしの敬語でさえ外れることが合ったりする。これは客観的に見れば問題ではあるが、言い方なんて、仕事ができれば別に大した問題でもないので私はこの件は放置している。ちなみに、学年は私やカトル、龍華の一つ下の二年である。

 

 「事情?呼び出しを事情と言いかえてるだけじゃねえのか?」

 

朱鳥は小馬鹿にするように龍華に目を向けている。…これが上級生に向ける態度なのだろうか。いや、絶対にそんなことはない。

 

 「違いますよ、朱鳥。彼女は本当に事情があってこの場に来ているのです。」

 「ふーん。ま、会長さんが言うならその通りなんだろうな~」

 

そういうと朱鳥は自席に乱暴に座り、鞄からPSPを取りだしてゲームを始めた。端から見たらいきなり何やっているのこいつと思うのは間違いないだろう。かくいう私も最初は注意しましたよ。だけれど、私が注意しているのにも関わらずずっとやり続けているため、私も呆れて放置。もうみんなすっかり慣れてしまったのである。周知の事実なのだ。

 

 「我と血の盟約を結びし者共よ、待たせたなっ!」

 

扉が勢いよく開かれ、一人の女性が入ってきた。ブロンドの髪を一つに束ねた彼女は私達生徒会の顧問、ケフェウス先生である。彼女は、身に“黒衣”を纏い(というかマント)、眼はオッドアイ、そんな彼女は生粋の中二病だ。話によると、彼女は高校生の時に発症させ、そして現在ずっと患者らしい。(我が悪魔と血の契約を結んだのは17の年~って言っていたからおそらく。)

 

 「いえ、そんなに待ってません。というか俺はほんの数分前来て、ゲーム始めたばかりですから!」

 

朱鳥は先生に理不尽な不満をこぼしていた。しかし先生はそれを華麗にスルーして私の斜め後ろの椅子に座った。脚を組み、マントのなかから本を取り出して読み始めた。ちなみに、その本は厚さがかなりあり、確か最近読んでいるのはニーチェの『ツァラストラはかく語りき』のドイツ語版だったか。これをきっかけで、先生は英語教師だけれどドイツ語もできると知ったのである。

 

 「えー…あとは刹那だけですね。」

 

中河刹那。それが彼女の名前だ。学年は明日かと同じ2年。彼女は髪を肩の少し下辺りまでのツインテールで前髪にはヘアピンが留められている。黒ブレザーをかっちりと着こなし、だけれどスカートは短め。それには理由があって、それは、彼女はニーハイをはいているため、それを目立たせるためだとか。ようは絶対領域のことだ。(そうやって自分を可愛く見せる工夫をしているのに、男が寄ってこないよう国広君や伊藤君を変な男子がよりつかないよう魔除けにしているんだからよくわからない。)そして、ニーハイの色は白。一二年は制服の色が黒なので、白ニーハイは目立つ。さらに美人であるのだ。故に生徒会副会長であることと相まって有名…下級生からは主に女子、同級生からは主に男子から人気がある。なぜそんな限定的なのかは、後々にわかるだろう。

そんな刹那はまだこの場に来ていない。刹那は真面目な人間なので、遅れることはあまり無いのだけれど、つきに一度か二度は必ず遅れる。そしてその理由もすべて同じ。だから、今遅れているのも大体察しがつく。まあ焦っているわけでもないし、この件は放っておいてもいいでしょう。

 

 「中河が遅れるってことは、またアレっすかね?」

 「まあ、そう考えるのが妥当でしょう。」

 「さて、今日はどっちかな?」

 

朱鳥は勿論、カトルまでもがこの状況を楽しんでいる。まあそれくらい恒例なものだということだ。唯一理解できていないのは、まるで頭の上に疑問符を浮かんでいるかのように首を傾げている龍華だけだ。おさらく、私に何かしらの質問をしてくるでしょうにしても、彼女が生徒会室に来るときはいつも全員が揃ったあと。こんな集まる前から来ることなんて初めてだし、それに刹那のアレが重なるんだもの、すごい偶然ですね。

 

 「?アレとは何なの?」

 

予想通りの反応であったので、思わず笑いがこぼれてしまった。

 

 「え?今の笑うとこ?」

 「ああいや、あまりに想像通りだったもので…。まあ見てればわかりますよ。ところでさっきの話はいいんですか?」

 「それなんだけど…実は生徒会の面々に頼みがあって…」

 「するってーと何かい?俺にも関係がある話なのか?」

 「そうそう。シンやカトルにも頼みがあるんだ。」

 

まあ、“この前の日曜日”の出来事があり、フルドの話を今持ち出してるってことで、大方の予想はつきますね。

 

 「なんとなく察してると思うけど…この前栞ちゃんの家で祝賀会をやったとき、今度再戦しようって言ってたじゃない?それについてなんだけど、まず、いつやるかって話と、再戦というか、今後ずっとマッチ組まない?って話。もう一回やるだけじゃ満足できないし、何回もやれば双方のレベルもあがるし!」

 

フォースレイドライブ。先週日曜、私たち生徒会はこのアーケードゲームの大会の県予選に出場した。順調に勝ち進み、そして決勝、相手は龍華の率いるゲーム研究会であった。かなりの接戦で、私たちの勝利が目前となったが、ほんの少しの隙を突かれて敗北してしまった。結果私たちは準優勝。だけれど県大会には優勝チームだけでなく準優勝チームも行くことができる。そして表彰式の時、開発主任兼解説者の方が「真冬は決勝出場者同士で再選することを推奨するのです!県大会に向けてのレベルアップのためにも是非とも再選することをお勧めするのです!」とかいっていた。やけに強調していたから、嫌でもその言葉を覚えてしまっている。

 

 「おお、いい提案じゃねえか!!俺は賛成だ。遼と柄谷へのリベンジどころか叩き潰すこともできるしな!カトルさんも賛成だよな?」

 「この受け入れを拒否する理由もありませんし、むしろこちらからお願いしたいところですよ。」

 「…だそうですよ、龍華。」

 

刹那の意見が出ていないけれど、まあいいでしょう。彼女ならきっと賛成してくれます。

 

 「みんな…ありがとう!私はっ…嬉しいっ…!」

 

龍華は感極まって泣いていた。…いや、泣いたフリか。鼻水をすする音がいかにもわざとらしい。まあいいや、突っ込むのも面倒だし。

 

 「ちなみに聞いておくけれど、この事は部員には伝えているのですか?」

 「いや、伝えてない。」

 「てことは、サプライズってことだな?ようし、いっちょ驚かせた流れで勝利もいただくぜ!!」

 「簡単に言ってくれちゃって…。わが部員は鋼のメンタルをもっているっ!故にちょっとやそっとじゃやられない!」

 「……」

 

鋼メンタル?少なくとも一人は豆腐メンタルのような気が…

準決勝直前、ゲー研の柄谷さんがプレッシャーに負けたのか突然フロアから逃げ出していたのを見かけたのですが…そのことは黙っておきましょう。そんな彼女に私たちは負けたのですし。

それから程なくした頃、

 

 「すいませんっ!遅れましたっ!」

 

遅れていた刹那が扉を勢いよく開けて生徒会室に入ってきた。少し息遣いが荒い。まあ走って来たのでしょう。

私は遅れた理由など聞かずにさっさと会議を始めようとした。が、

 

 「刹那ちゃん。どうして遅れたの?みんなに理由聞いても教えてくれなくて…あ、もしや誰かにコクられた?やっだーもう、刹那ちゃんもなかなかすみにおけないねぇ~」

 

龍華は、その事が前提で話を進めている。そんなことは一言も言っていないのに…

…だけれど、これがまさにその通りだから恐ろしい。刹那にチラリと目を向ける。刹那は苦笑いでいて、「ええっと…」とたじろいでいた。否定をしないその態度から、事実を肯定してしまっていた。

 

 「って、あれ?まさかドンピシャ?」

 

刹那は暫し動揺し、それから、こくり。頷いた。

龍華と言えば、自分から言い出したのにも関わらず、驚きで開いた口が塞がっていなかった。

まあいいや、放置しておきましょう。

 

 「あの、会長。どうして宮永さんがここに…?」

 「後でわかりますよ。えーはい。じゃあ刹那も来たことだし、木曜の定例会議を始めますよー」

 

刹那は背筋も伸びていて、キリっとしていた。朱鳥とカトルはまあ普通に。龍華はまだ硬直していた。……龍華というイレギュラーがいて意識の外にあった睡魔が再び歌劇の攻撃をしてくる。非常に、非常に眠い。今にも机に突っ伏して寝てしまいたい。もし私が書記や会計ならなにも考えず寝ていたけれど生徒会長であるためそのような態度はとれない。辛いですね。でもたまにはいいかな…。

 

 「会長さん…今日はいつにもましてダルそうっすね~。」

 

いつにもましてって…いつもだるい訳じゃないのに…あぁでも、一々反応するのもめんどくさい…ここは触れないのが一番でしょう。

 

 「ちょっと…夜更かししちゃいまして…今とても眠いんですよ…」

 「……いつにもまして、という言葉に無反応…よほど眠いと見受けられるっす…」

 

いや、敢えて反応していないだけですから。

 

 「どうしてそんな風になるまで夜更かししていたのですか?」

 「バイト終わって、やることやってから勉強してやることやったら…結局朝でした。」

 「…こんな時期に徹夜とは、結衣君もなかなかにやるねえ。」

 「…ちなみに、勉強時間はどれ程なんすかね?」

 

朱鳥は軽く皮肉めいた顔で聞いてくる。勉強ばかりしていると思っているのでしょうか?まったく…それは見当違いですよ。

 

 「にしても眠い…ソロを頑張りすぎたからでしょうか…」

 「質問をスルーされた上に意味不明な言動を供述しております。」

 「…!ああいや、すいません…うとうとしていました…勉強は二時間くらいしかしていません。受験生としてはあるまじきことなのですが…学校やバイト先でそれなりにやっていましたのでまあいいかなっていう妥協ですね。」

 「バイト先でも勉強してるんですね…さすがです!」

 「それはまあ、時間は有限である以上、有効に作り出さないとなりませんからね。」

 

龍華は事情を知っているので必死に笑いをこらえていましたが、それは放置。意味不明な供述って言うのは些か不満がありますが。…別に知られたからといって私にそれほど不都合はないのだけれど、やっぱりなんか嫌ですし…。

 

 「てことは、2時から勉強し始めたってことかい?」ただ黙って私たちの他愛もないどうでもいい話を聞いていたカトルがこの場において始めて口を開いた。

 「そうなりますね…それまで何していたの?って質問はしないでくれると嬉しいです…」

 「それはわかったよ。…じゃあいい加減会議に移ろうか。」

 

どうやら話を終わらせるために話にわって入ったようですね。まあいつものことなのですが。

ここの生徒会の会議は、まずはカトル以外のメンバーの雑談から入って、ほどよく時間がたったらカトルが話を終わらせにはいる。そして、会議が終わったあとはまた雑談が始まるのです。今度はカトルも含めて。カトルはきっと、やることを先に終わらせてからのんびりするタイプなのでしょう。もっとも、カトルに直接聞いたわけではないから、私の憶測にすぎないのだけれど。…あと、普通このようなことは顧問であるケフェウス先生の仕事なのですが、先生はなんていうか…放任主義?なのかな。前に一度カトルが先生に【先生もさっさと会議を始めるようになんとかみんなにいってくれませんか?】と聞いたら、先生は身に纏っている黒衣をバサッとたなびかせ、【フッ…この程度のことを収めるのにわが左腕に宿りし冥王のを使うわけにはいかない…故に己でこの場を打開して見せろっ…!】なんてことをポーズも決めて言っていた。職務怠慢である。であるが・・・・・・下手に厨二な言動を振りまくくらいなら黙っていたほうが楽なのである。これいる意味あるかな?まあ美しいからいいか…

あと、カトルの言動を文字にしてみればけっこうウザい用に見えるだろう。しかしカトルは超がつくほどの美青年である。しかも話し方も美しい。そんな彼だからこそ、そういったウザい言葉も感じ良く聞こえてしまう。

にしても、本当に優しく諭すような口調は素だから凄いですよ…もしその能力に名をつけるとしたら………いや、今はそんなことは考えないようにしましょう。

 

 「そうですね、いつまでものんびりしてはいられません。早々に会議を終わらせましょう。そして私に睡眠時間をください。」

 「…最後の一言は要らなかったかな(笑)」

 

カトルはやれやれと言うかのような顔をしていた。そして龍華の方に視線を向け、

 

 「ところで…彼女はどういったわけでここにいるのかい?」

 「ニ週間前、彼女は部室の鍵を盗みだし、さらには部活停止期間中にも関わらず活動をしてました。普通なら反省文を書かせて終わりだったのですが、テストの前日ということもあり、処遇はまた後日、ということになったのは覚えていますね?」

 「あ、あはは、そういえばそんなこともあったね~てっきり忘れてくれてたと思ったんだけどな~…」

 「忘れるわけがないでしょう?まあその件は一旦置いておくとして、一週間前、目安箱に<生徒会の人達は本当に真面目に会議をやっているのか。噂ではただ喋っているだけというのが流れている。真偽を確かめたい。>っていうのが投書されていたこと、覚えていますよね?」

 「ああ知ってる。まったく、たいした野郎だぜ。俺らに喧嘩吹っ掛けてくるなんてよ。投書が匿名制じゃなけりゃ直接潰しに行ったんだがな。」

 「真…恐ろしい子…」

 「ほんと頭イカれ―――じゃない、おかしい人ですよ。」

 「あの、緋色さん?ちょっと言葉遣いが…」

 「気にしたら負けです。…て、そこで私は思い付いたのですよ。この投書への対処を。」

 「なるほど…ちょっと読めてきた。ようは、“第三者に会議を見せる”事が必要だと思ったんだね?そこで、ちょうど処遇を考えていた宮永さんに白羽の矢がたったと。」

 「その通りです。彼女にはこれから私たちの会議に参加して、それについてのレポートを書いてもらいます。それを新聞部に渡して、記事にしてもらえばこの件は解決でしょう。新聞部には私が話をつけておきます。」

 「そうそう、その通りなのだよ皆の衆!私は罰としてこの場にいるのだよ!」

 「罰なら罰らしくしおらしくしてやがれwwww」

 「はっはっはー相変わらず真は口が悪いなあー・・・・・・・いい加減にしろよ?」

 

龍華の凄みのある声色は、朱鳥を完全に黙らせた。

 

 「それならそうと言ってくれればよかったではないですか。なんで勿体ぶっていたんだい?」

 

そんな彼女らをスルーして、カトルは私に質問をしてくる。表情からして、何かを疑っているというより、ただ純粋な疑問だろう。

 

 「あー…順を追って説明しないとって思ったのですよ。」

 

毎回説明するのも面倒くさいですしね。

 

 「なるほど。じゃあ会議に入ろうか。あまり気乗りはしないけれど。」

 「まあ会議といっても、今日は目安箱に入れられた生徒の要望について検討することですが。」

 「目安箱ですか…」

 

刹那は見るからに表情を曇らせていた。いや、刹那だけではない、カトルは苦笑いを隠せていなかった。その一方朱鳥は目を輝かせていた。

 

 「毎回思うのですが…飛鳥、そんなに目安箱って面白いものですか?取締関係の仕事はけっこう好きですが…生徒の要望を聞くってのはどうも気が乗らなくて…しかも大抵ろくな意見書かれてないですし…」

 

そう刹那が飛鳥に聞いたとき、私には軽く違和感があった。なにかいつもの刹那と違うなって。だがその違和感の訳はすぐに気付く。そう、いまの刹那の髪には白のヘアピンしかつけられていなかったのだ。

去年、刹那は生徒会に入会した。最初に言っておくと、この学校の生徒会役員になることはかなり難しい。というのも、基本的学力が高いことは絶対条件であるが、それ以外にも重要な要素がある。それは、ある潜在能力があるかどうかだ。簡単に言うと、ケフェウス先生のような人しか採用しないのだ。理由は主に二つある。一つは、この生徒会が発足されたときのメンバーが全てあちら側の人間であったこと。二つ目は、ケフェウス先生の話についていくためである。見てのとおりケフェウス先生は現在進行形の厨二病患者だ。だから、会話全てにおいてフィルターがかかっている。よって一般人には理解しかねるのだ。故に、先生が重要な案件を話す際、それを理解できる人材が求められるというわけだ。なぜそんな日常生活において支障をきたすような人が教職につけているのは…採用した人にでも聞いてください。教師として終わっているのでは?

 刹那も最初は普通の人のように見えた。だけど、ケフェウス先生を含め当時のメンバーでの面接の際、先生の言葉を唯一理解できていた。それだけでも採用は決まったようなものであった。極めつけは、仮採用期間(仮委員は刹那と朱鳥、それにもう一人いた)、私が気まぐれで買ったヘアピンがあったのだが、自分じゃ似合わないということを悟り、刹那に試しにつけさせてみたら…

 

 「私は…私は!この世界の歪みを破壊する!!その為にもっ!!校内の歪みを駆逐する!!」

 

と、急に厨二に覚醒したのだった。厨二病であること。もう片方の採用条件を満たした瞬間であった。あとから知ったことであったが、どうやら刹那はヘアピンの色によって人格が変化するらしい。

まあそんなことは置いておいて、それ以来刹那は生徒会の活動があるときは私があげた青のヘアピンをつけてきている。それが日常であったのだが、今はそれをつけていないのだ。

 

 「中河、ヘアピンつけ忘れてるぜ~」

 

刹那は朱鳥に言われて手を前髪にあて、そして少しまさぐったあと、次はスカートのポケットをまさぐった。そして、青のヘアピンを取りだし、前髪につけー

 

 「お待たせしました。では、今日のCBの活動を始めましょう」

 

痛々しい会話はいつもの事。ああ、今日もテンション高い会議が始まるなあ!なんて、無理やりそう思ったが実際はそんなことは一切なく、私は気乗りしないまま、目安箱を開けた。

 



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2-1-2 目安箱とかいうネタの宝庫

 結衣 「じゃあ、今度こそ会議を始めますよ。今日は目安箱の内容についてです。カトル、読み上げお願いします。」

 

 カトル 「まず、3年の匿名の方からです。『ゲーム研究部の部費をあげてほしいです。』」

 

 結衣 「却下」

 

 龍華 「そんなぁ!」

 

 朱鳥 「宮永先輩…あんたそんなこと目安箱に書くなよ…」

 

 龍華 「だって直接言っても却下されるんだもん。」

 

 結衣 「カトル、次。」

 

 龍華 「まさかのスルーですか!」

 

 カトル 「ええと、これも匿名で、『学校でバジルを栽培したい』だそうだけど…」

 

 結衣 「学校で栽培する意図が解りません。家で栽培してください。次。」

 

 カトル 「2年の方からで、『中河刹那を愛でる同好会の設立を所望する。本来彼とは私は運命の赤い糸で結ばれて(ry』」

 

 刹那 「却下です!!」

 

 龍華 「ハム…無茶しやがって…」

 

 刹那 「あの男はいったい何を言って…これは駆逐が必要ですね。」

 

 龍華 「(そんなことしたら、むしろ会いに来てくれたことに喜びそうだな~…)」

 

 刹那 「次の情報はっ!!」

 

 カトル 「『昼休みの体育館の利用についてなのですが…』」

 

 朱鳥 「お、やっとましなものがきたか?」

 

 カトル 「『球技しか認められていないけれど、バンド練習もしたい。』2年の秋山澪さんからです。」

 

 結衣 「本当にまともですね…」

 

 カトル 「ちょっとこの要望には応えられないかな…」

 

 龍華 「え?なんで?ステージは空いてるんだから問題ないんじゃないの?」

 

 カトル 「もし、バスケットボールがあらぬ方向に飛んで、楽器にぶつかったら?責任はいったい誰がとる?面倒なことになるのは免れないだろう?」

 

 龍華 「なるほどにゃ~…」

 

 結衣「では次にいきましょう」

 

 カトル 「2年の方からで…あ、これは要望ではなくて質問みたいだね。『最近クラスでしゃべるフィギュアを持ってきている人がいて…しかもそのフィギュア、食べ物食べたりしてるんですよね…。これはペットに入るのですか?そうでないにしろ学校に持ち込んでいいんですか?』」

 

 一同 「…」

 

 結衣 「保留ですね。」

 

 カトル 「次、『学園祭での生徒会ライブの今年度のボーカルは誰になりそうですかね?去年は中河さんでしたから今年も続投ですか?』」

 

 結衣 「まだ考えていませんでしたね。刹那はそれでいいですか?」

 

 刹那 「かまいません。」

 

 カトル 「次は……ええと、これは…」

 

 朱鳥 「どうしたんすか?」

 

 カトル 「……いえ、なんでもありません。一年の匿名からで『生徒会役員は厨二病患者の温床と化してしまっている。早急に改革が必要だ。そもそも、役員の条件に厨二病であることを課しているニコラ教諭にも問題がある。今すぐ顧問と役員の総辞職をすべき。』であると……。」

 

 一同 「………」

 

 結衣 「これは回答に困りますね…」

 

 朱鳥 「そう思うならあなたが次期生徒会長選挙に立候補すべきであると回答すればいいんじゃないの?ここ数年信任投票ばかりで選挙があまり白熱しなかったらしいし、おもしろそうだ。」

 

 刹那 「私に対立するなら上等です。叩き潰してやりますよ。」

 

 結衣 「じゃあそういうことで。」

 

 

 

 

 「や、やっと終わった…」

 気付けば時刻は五時。龍華は疲れはてて机に突っ伏した。

 「では今日はこれで終わりです。――ああそうです、前にも説明したとおり、明日から仮生徒会役員の人が来ます。今回は2人です。でも私が見る限り…合格者は1人でしょうかね。では皆さん。また明日。」

 皆がぞろぞろ解散していく。

 会議終了の一声とともに、私は………

 

 

 誰かが私の肩を揺さぶっている。ーああもう!鬱陶しいですね!

 「もう…誰ですか?」

 「あ、やっと起きた。」

 眼前に龍華。彼女しかいなかった。他は…いない。窓越しに外をうかがうと、もうかなり暗くなっていた。

 「…あれ?」

 携帯で時刻を確認すると、短針は7を指していた。

 「ものすごいぐっすり寝てたね~…みんな気を使って起こさなかったんだよ。」「私…寝てたんですね…。あれ、じゃあなんで龍華もこんな時間まで残ってるんです?」

 「そんなの…言わせんなよ…わかってて言わないなんてさ…」

 もしかして、気を使ってーかと思ったけれど、彼女が座っていた席の前の机の上に、紙が乗っていて、すべてを悟った。

 「レポートですね…」

 「結衣がここで書いてけっていったんじゃない。忘れそうだからって。」

 「え?私そんなこと言いましたっけ?」

 「うとうとしてたから記憶が曖昧なんじゃないの?」それは…有り得ますね…

 「まあ、嘘だけどね(笑)」「そこ嘘吐く必要ありますか!?」

 「ちょっと寝起きの結衣をいじりたかった(笑)」

 「…」

 「や、まあ、はいこれ」

 龍華はそういって私にレポートを差し出してきた。

 「私のリアクションにスルーですか。」

 「まあいいじゃないの。…じゃ、私は帰るね。」

 「え?」

 彼女は自分の鞄に私物をおさめはじめた。

 「あ…その…」

 無意識のうちに私は龍華を呼び止めていた。

 「わかってるって。冗談冗談。一緒に帰るよ!」

 その言葉に、私は安堵とほんの少しの恥ずかしさを感じた。

 

 

 「そういや部活といえばさー。」

 私は龍華と肩を並べて自宅へと向かっていた。電車に乗り、水薙市の東区を歩いている。龍華は私の家の近くに住んでいるため、帰り道はほとんど一緒。今は住宅街に入った頃である。

 「ん?何?」

 「この前、部活停止期間中に無断で活動してたじゃない?」

 「ああ、そんなこともありましたね。今日でその罰は終わりましたが。」

 「ほんと、忘れていてほしかったよ…まあそれはいいとして、その時、部員から言われちゃったのよ。『大学受験大丈夫なんですか?』ってさ。その時ははぐらかしたけど、実際どうしたらいいのかなって。やりたいこともないしなぁ…。」

 そんな話を聞いて、龍華も色々悩んでるんですねって、思った。

 「結衣はどう考えてるのかなってさ。今までの進路から変える気でいるの?」

 私は以前、彼女に自分の進路について話している。どの大学を目指しているのかってことを、高一の頃から。そして、今、その志望大が揺らいできていることも。

 「…私も龍華と似た感じです。あの大学へいきたい。だけど、その先のことを考えると…」

 「わかる。想定外だったもんね、あれはさ。」

 「あんなことになるなんて思ってもみませんでした。だから、期待もしてます。話がくるんじゃないかって。」

 彼女には私が言いたいことはすべてわかっている。龍華自信も関わっていたことだから。

 

 

 龍華と別れ、家に着いた私は風呂に浸かりながら、あることを考えていた。進路についてである。私はいままで、国公立大学へ進学することを考えていた。理由としては、特に夢もないから(一応無くはなかったが、実現は非常に難しかった)、とりあえず偏差値の高いところに進んでいい肩書きを残そう、ということだ。だけど、去年の夏に入ってから、事情が変わった。道が、ひとつ増えた。それに進むか否か…

 …そういや、随分長く湯に浸かっていますね…そろそろ上がりましょう。

 



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2-1-3 無口ドラマー

 7月9日 金曜

 

 

 「えー……貴方達は合格率の低い面接を見事にクリアし、2週間の研修期間をこなし、本当にご苦労様でした。よく頑張っていたと思いますよ。……では、本日をもちまして、2人の研修期間は終了し、正式な生徒会執行部役員となることを承認します!」

 採用率が本当に低い生徒会、それを突破できたのは、今回は2人。いや、今回も、というのが正しい。何故ならば私とカトルの3年、朱鳥と刹那の2年、どちらも2人ずつだからだ。……まあそんな事情はひとまず置いて、新しい役員を紹介するとしよう。まず一人目が……

 「はい!ありがとうございます!これで会長の下で正式に働けるとなるとまことに嬉しい限りです!」

 この、無駄に爽やかで、丸坊主の彼の名前は林鹿夫。彼は身長が187センチメートルという高身長で、今まで執行部内で身長がトップだったカトルを軽く越した。あと、野球部に所属している。運動部の中でもとりわけ忙しい野球部に所属しているから生徒会活動がおざなりになってしまうのではないかと不安は生じてくるのだが、なんと彼は生徒会活動の後に野球部の練習に参加し、家に帰って足りない分をトレーニングするという素晴らしい人間……………らしい。後半は本人から聞いた話なので、ほんとうにそうであるのかはわからない。

 ……にしても、彼、生徒会役員に採用された割には厨二度合が低いような気が………

 まあ次に移ろう。もう一人の新しい役員は、

 「…有難う御座います。」

 神前鬼道(こうさききどう)という名の彼は、無表情を維持したまま挨拶をした。緑色の髪をしていて、男子学生にしては珍しく肩に達するほどの長髪である。しかし、彼はいつも制服の下にパーカーを着こんでいて、そのパーカーについているフードをよくかぶっている。(つまり、制服から常にフードがはみ出ている)そのため、後ろ髪はいつもパーカーに巻き込まれ、故にサイドだけが露わになる。この外見的特徴のみをみれば女性に見えなくもない。さらに、身長は私よりほんの少し小さいから167cmほどで(私は170cm)、中世的な顔立ちであり、声のトーンも女性に近い……ようなきがする。だが男だ。……まあ私がそう考えるの理由は、単に学ランを着ているからという簡潔なものだけど。仮に、キドが女性だったとする。そしたら、性別を偽ってこの学校に入学してきたということになる。そんなの、非現実的だから、男で間違いないだろう。

 とまあ、このように見た目からして特殊な彼であるが、なかみも特殊だ。変わっている。面接の際、生徒会執行部への加入を希望した理由を問われた時、『内心をよくしたいから』とストレートに答えたのだ。普通はそういった本音は隠して建前を話すのが常識だとは思うのだけれど、彼は違った。当然、こんなふざけた回答なら落とされても当然なのだが…ケフェウス先生の難語を完全に理解しているということで、一応残された。こんなおかしいやつだが、仕事に関しては…素晴らしいの一言に尽きる。言われてもいない仕事をこなしたり、言われた仕事についての作業スピードがとにかく速い。この部分だけ見れば、キドという青年はなんてまじめで勤勉な人なのだと思うだろう。だけどちがう。面接の件のように。

 なぜこんなに仕事をまじめにこなすのか、考えてみた結果、読書時間の確保のためではないかと推測した。彼はとにかく本を読む。仕事をしていないときは必ず読んでいる。無口無表情なのはそのためかもしれない。読書に集中しているから。

 …でもまあ、まったく言葉を発しないというわけでもない。

 とまあ、彼についてはこれくらいしかわからないけど…これから知っていきましょう。役員を深く知ることも会長職の務めでしょうし。

 

 鹿夫「ところで会長、僕たちはこれから生徒会という名の家族、つまりはファミリーですよね?」

 

 結衣「は?ええ…まあ…いきなりどうしたんですか林君?」

 

 鹿夫「フッ…ファミリーなら親しみを込めてファミリーネームで呼び合うのが世の常ってやつじやつじゃないっスかね?」

 急にグイグイ来る林、いったいどうしたのでしょうか。

 

 鹿夫「オレは『Emperor Buck Deer』故にオレのことはディーアもしくはRinって呼んでくれても構わないっスよ?」

 

 一人荒ぶる彼を残して、生徒会室内にいるほかの人間はすべて、彼の言動や行動に引いていた。あの常に無表情を崩さないキドでさえも顔をしかめていた。

 

 朱鳥「おい林、ちょっと落ち着けってーの。」

 

 鹿夫「なんですかアスカ先輩?俺のreal partに何か問題でも?」

 

 刹那「り、りあ…なに?急に流暢な英語で言われても…」

 

 鹿夫「リアルパート、真実の部分。すなわちこれがニュートラルなオレってことッス。」

 

 一同「(う、……うぜええええええええええええええええええええええええええええ)」

 

 この鹿夫とかいった男、厨二要素がないかと思いきや実はバリッバリの厨二で、しかも甚だしくダサくて周りに害しか及ぼさないダメな方の奴じゃないですか!!

 

 カトル「じゃ、じゃあ…なんで君は今までそれを隠していたんだい?」

 

 鹿夫「知り合って間もない人にはこんな姿見せられないッス」

 

 カトル「は、はあ…(どうせならずっと隠したままでもよかったんだけどなあ)」

 

 鹿夫「ともかく、オレのことはディーアもしくは…」

 

 結衣「・・面倒なので鹿って呼びますね。」

 

 朱鳥「賛成~(笑)」

 

 刹那「リンはともかくディーアはありえませんよ。ダサすぎです。」

 

 カトル「僕もそう呼ばせてもらうかな。鹿君には悪いけど。」

 

 立て続けに言われてしまい、鹿夫はあからさますぎて見ていてイラつくほど大きなリアクションをとってorzと崩れた。

 

 鹿夫「そ、そんなぁ!……キド!キドならわかってくれるよな!?」

 

 キドの足に縋り付くが、

 

 キド「…五月蠅い、離れろ馬鹿。」

 

 鹿夫「ファッ!?」

 

 つかまれていた足を乱暴に振り払い、とどめの言葉を鹿夫に吐き捨てた。

 

 結衣「(ふんふむ…言葉遣いは荒いと。)ま、まあそんなに気を落とさないでください。そういうこともあります。」

 

 鹿夫「会長…ありがとうございまっス!こんなオレを唯一庇ってくれる…さっすが相思相愛なだけあるッス!」

 

 結衣「………… はい?」

 

 彼は今何と言った?相思相愛?寝言は寝てから言ってほしいものですね。もっとも、寝言でも言ってほしくはありませんが。

 

 鹿夫「面接のときにオレ、気づいたんス。誰かが俺にホットな視線を送ってくる人がいるって。それがいったい誰なのか、ずっと考えていたんスけど、今やっとわかった。視線の正体は会長なのだって!」

 

 朱鳥「お、おい鹿……自意識過剰も程ほどに……。」

 

 鹿夫「じかじょう?フフッ、まさか、寝言は寝て言ってほしいッス!」

 

 刹那「は、はあ!?」

 

 結衣「・・・・・・」ニッコリ

 

 カトル「(ま、まずい!結衣君のこの無言の微笑みは……)……じゃあ、相思相愛名君らの為に、二人だけの空間を作ろう。刹那君、朱鳥君、キド君、ちょっとテーブルを動かすのを手伝ってくれないかな。“わかったかい?”」

 

 刹那朱鳥キド「…はい〔あいよ〕[………]」

 

 鹿夫「せ、先輩方……ありがとうございまッス!これから先輩と、熱く愛を語らせてもらうッス!」

 

 結衣「……」ニッコリ

 

 カトル「じゃあ、僕らはいったん席を外すとしよう。」

 

 朱鳥「鹿……強く……生きろよ……」

 

 キド「・・・・・・・ウィナーさん。」

 

 カトル「(おや、キド君から話しかけられるなんて珍しい。)ファーストネームでいいよ。鹿君も言っていた通り、僕らは一種の家族。堅苦しさなんていらないさ。」

 

 キド「・・・・・・じゃあカトルさん、さっきのあれは・・・・・・」

 

 朱鳥「あ、それは俺も気になる。大体は察してるけど、やっぱり詳しく知りたいじゃん?」

 

 刹那「え?朱鳥わかったんですか?私にはさっぱり………てかそんなことよりも!鹿君はいったいなんなのですか!ましてや会長と相思相愛とまで言い始めて……………これは駆逐する必要が………奴の歪みを………」

 

 朱鳥「せ、刹那さ~ん、青い方が滲み出ていますよ~。」

 

 カトル「まあまあ落ち着いて。少し時間がたてばわかるよ。もしかしたら音が聞こえてくるかも。」

 

 刹那朱鳥キド「……?」

 

 

 

 

 鹿夫「緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。緋色会長は裏表のない素敵な人です。」

 

 朱鳥「うっわ……」

 

 刹那「なにこれ気持ち悪い……隅っこでぶつぶつぶつぶつ……」

 

 キド「(…あんなに無駄にテンションの高かった鹿がこうもおかしくなってしまった……この原因は会長にある……)」

 

 結衣「さ、では机を戻して会議を始めましょう!」

 

 カトル朱鳥刹那キド「(うっわ…すっごい笑顔…)」

 

 

 

 「…では以上で会議を終了します。」

 私が会議をしめると同時に集中の糸が皆ほどけていく。なんとなくだけれど、私にはそれがわかる。一年近く会長職を務めてきただけはあるのかな。

 「この後は普通に解散っスか?」

 鹿夫がこちらに疑問を投げかけてくる。…研修期間中、会議終了までずっと彼は生徒会にいたのだから聞くまでもないのだけれど……あ、何か期待しているのでしょうか?そう考えると、彼の瞳は輝きに満ちている気がする…。確かにまだ言うべきことはあるんですけど……やっぱ来週でいっか。今日は何かと疲れましたし…主に頭が。

 「会議はこれで終了ですが、生徒会室にまだ残りたいのなら残っても構いません。むしろ今までの役員は用事がないときは大抵残って勉強なり雑談なり読書なりしていますよ。ただし、最後に生徒会室から出る人は必ずケフェウス先生に施錠を申し出てくださいね。

 「…自由にしていていいのですか?」

 キドは依然無表情のまま私に質問を投げかけてくる。彼は最後まで残ることはしていなかったから知らないのですね。

 「ええ、かまいませんよ。会議が終わってすぐ解散ってのも寂しいですし。」

 私がそう答えると、キドは嬉しいのか、どこか笑みを浮かべている…ように見えた。

 …こうして改めて神前鬼道という人を見てみると、感情を全く顔に出さない人ではないんだということに気付かされる。半年程度しか彼と一緒に行動はできないけれど、彼の内面の部分を理解していきたいですね。

 「なるほど・・・了解っス!この後ここに残り、皆様方と親交を深めていきたいと思う気持ちもありますが…オレは部活に参加するッス!皆さんまた明日!」そうして、鹿夫は早々と生徒会室を出ていった。部屋に残ったのは鹿夫を除く生徒会の面々。カトルは勉強、朱鳥はゲーム、刹那は…今日は白い方なので寝ていますね。そしてキドは、制服からはみ出ていたフードをかぶり、読書に没頭。足を組み右手で本を手に取り、左手でページをめくる。なかなか様になっていますね。

 各自が各々と好きなことをやっているから、私も勉強しましょうか。受験生ですし。

 

 

 「ねーかいちょー?」

 「はい?」

 数十分後、朱鳥はPSPでゲームをしながら声だけこちらに向けてきた。

 「ライブってどうなんの?あ、ボーカルは刹那でいいかなって昨日思ってたじゃん?けど、あいつらのこと完全に忘れて話してたからさあ。それに、みんなやる前提で話してたけど、まだ全員の意思確認もしてなかったし。」

 「あー…。すいません、私の落ち度です。……なんで昨日そう思わなかったんでしょうね?」

 「君は見るからに疲れていたからね。主に目安箱のせいで。それに眠そうだったし。」

 「ハハッ、違いねえ。」

 「ありがとうございます……。じゃあ話をしましょうか。」

 私は立ち上がると、爆睡中の刹那のもとへ寄った。

 「ほら刹那……起きてください。」

 肩を揺さぶり、ほどなくして起きた。さすがに数十分程度だと眠りが浅いですよね。

 刹那はあからさまに不機嫌であったが、私に起こされたということに気付くと、ハッと目を見開き、赤面して顔を下へ向けてしまった。

 「バンド……?」

 本にしおりを挟み、フードを脱いでこちらをじっと見てくる。

 「我々生徒会執行部では文化祭の時、余興でバンド演奏をすることになっているんだよ。何十年も続いているから、いつの間にか伝統化されてしまったんだよね。」

 「で、今年も皆さん、やりますよね?」

 「僕は賛成だ。観客との一体感……あれは普段のピアノのコンクールじゃ絶対に味わえない。すっごく楽しかったしね。」

 続いて、朱鳥、刹那と賛同した。

 「キドはどうお思いですか?別に私たちを気遣って無理に賛成ってことは――」

 「自分も賛成……です。」

 キドは私の言葉を遮り、確固たる意志を感じさせる発声に、私たちは思わず面を食らってしまった。そしてキド自身こんなに大きな声を出すつもりはなかったのか、だんだん言葉尻が小さくなっていった。それが面白くって、ちょっと笑ってしまった。

 「わかりました!じゃあ全員参加でいいですね?」

 「おいおい鹿は?」

 「司会でいいんじゃないですか?あの無駄テンションは司会にしてこそ生かされますよ。さらに彼は野球で忙しいし。あと、鹿野郎には悪いですが、あの濃い顔と丸い頭はバンドのコンセプトにはそぐわないです。」

 「うっわ、中河ひっでえなあ。まあわかるけども。」

 「えーじゃあ次の話に移っていい?」

 「いいぜ。」

 「では遠慮なく。……んんっ、では誰がどこを担当するか決めましょう。キド、貴方はどの楽器を演奏することができますか?」

 「……ドラムです。」

 ドラムとはちょうどいいですね。ドラムできる人はもう卒業してしまいましたし、人がいなかったんですよね。

 「おおドラムか!ちょうどそこはいなかったんだ。だから、頼むぜ!」

 と、キドの肩を強引に組む朱鳥。キドはあまりこういったスキンシップを好んでいなかったのか少し顔をしかめ「朱鳥さん……ちょっと暑苦し……」とぽんぽんと朱鳥の腕をタップした。

 「にしても、ドラムができる人ってなかなかいませんよね。キド君はいったいどこでその技術を?」

 「………自分で………」

 「お、自己流ってやつか!今度見せてくれよ!」

 「じゃあ明日にでもあそこに行きますか?」

 「って話が早いよ。キド君の都合も聞いていな――」

 「……自分は構いません。」

 このキドという男、意外とノリノリ(?)である。

 ……私は分かっているけれど、みんな大切なことを見落としていますね。カトルは話を合わせているだけなのでしょうか?それはそれでいやらしいですね。挙げて落すってことですから。…まあ、面白そうだから黙っておきましょう。

 「…でも場所って」

 「あ、私があとで教えますよ。」

 「中河助かるぜ!」

 どんどん話が勝手に進んでいくのを、私はただ見ていた。ちらりとカトルに視線を送ると、こくりと彼は頷いた。どうやら彼は、すべてを分かっているうえで話を合わせているようだ。

 「じゃあ11時くらいに……」

 「ちょっと待った。」

 トントン拍子に話が進んでいるところを、さっそく彼はさし止めた。

 「朱鳥君、君は重要なことを見落としているよ。しかも、とっても単純なことをね。……そもそも明日はあの場所を使える日なのかい?」

 「あっ……」

 なるほど、と嘆息する朱鳥と刹那、そしてキド。

 「……で、結衣君、明日は使える日なのかい?」

 ……実は使えないんですよねー…

 私は首を横に振り、カトルから目をそむけた。

 「…だそうだね。」

 「だぁぁぁ畜生っ!まじかよ……じゃあせめて、曲だけでもきめようぜ。曲が決まったら練習もできるしさ。じゃあ明日、パルフェに4時集合ってことでおっけ?」

 「また私のバイト先ですか……まあいいですよ、いつもの事ですし。」

 「あ、場所は私があとで教えておきますね。」

 こうして、生徒会バンドの曲決めの日時と場所が決定したのである。

 そのあとは他愛のない雑談をした後、皆で解散した。

 



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2-1-4 生徒会の来訪

 7月10日 土曜

 

 

 いつものように俺はパルフェでせっせと料理を運んでいるわけだが……今日はある方々が来店していた。

 「あ~涼しい~冷房が最高にいいですね~」

 「だらけるのもわかるぜ…俺も外の暑さにはうんざりしていたからな…だから今現在、最高っす。」

 「ははは……にしても、キド君はこんな気温でよくフードをかぶっていられるね…。大丈夫なのかい?」

 「……慣れていますので。」

 生徒会の面々が訪れているのだ。

 俺のシフトがもうすぐ終わるという頃、彼らは来店した。こういったことは過去にも何度もあって、決まってすることといえば生徒会の会議である。それならこんなところでせずに学校でやればいいのではないかと思い、緋色先輩に一度尋ねたことがある。すると「コーヒーを飲みながら、ケーキ食べながら、だらだらと会議をしたいこともあるんです。」と返された。言われてみれば、確かにそうだなと、当時感心していた。彼らは多いときは1週間来店し続けたこともある。………ちなみに、俺はその輪の中には入っていないぞ?邪魔をしてはいけないという配慮の上だ。(決して誘いを受けていないだけどか、そんなのではない。そんなのでは……泣)だから、このこと自体は別に珍しくもなんともないのだが………

 「だれだあのキドとか言う………人。」

 俺は仕切り版越しに彼らを見ていた。

 生徒会の面々と同席しているということは、新しい役員か?そうだよな。キド……木戸さん?木戸君?これは結構重要だぞ。ええと、確か生徒会誌に詳細が載っていたような……あああああ駄目だ!普段読み飛ばしてるから覚えてねえ!覚えていることといえば新規役員は二人いるということ…………って、じゃあなんであの場には新規役員が一人しかいないんだ?もう片方どうしたの?もう既にはぶられちゃったの?・・・・・・・・・まあいいか。それより木戸という人だ。フードをかぶっているから遠くから見るだけじゃ判断がつかない。注文をうかがったとき、もっとしっかり見ておけばよかった…。悔やんでも仕方ない。ほかに何か特徴はないのか?遠くからとはいえじろじろ見るのはまずい。相手に気付かれたら終わりだ。……ああいや、読書に集中しているから多分本人は気づかないだろうけど、周りの奴らが気付くかもしれない。だから、早急に終わらせるっ!

 木戸の服装を見る。ノースリーブっぽいパーカーを着て、下は………ダメだっ!奴は奥に座っているからわかるわけないだろ!(現在、彼らは窓に面したテーブル席にいて、奥から木戸、ウィナー先輩、反対側は朱鳥、刹那。)しゃあない。上半身だけでイメージしろ。奴はノースリーブみたいな服を着ている。てことは、腕が露出しているわけで……きれいな白い腕だなあ……。

 「…………国広君、何やっているんですか?」

 反射的に体がびくつく。ゆっくりと後ろを向くと、そこには両手にトレイを載せた緋色先輩が立っていた。

 「いったい何をしているかと思えば・・・・いったい貴方は何を――」

 そこで、先輩はさっき俺が見ていた方向へ目を向けると、

 「ふふっ、ああ、そういうことですか。」

 「え?まさか俺が何を考えているか分かったんですか?」

 どうでもいいが、さっきの緋色先輩の笑い方は素敵であった。俺じゃなくてもうっかり惚れそうだ。

 「大方、あのフードを被った人は何者なんだろうって思ったんじゃないですか?」

 「……おっしゃる通りです。」

 そうだ、最初から先輩にきいときゃよかった。でも私語は厳禁とか言われてるしなあ。……まいっか。

 「彼は新しい役員で、神前鬼道というんです。男ですよ。」

 「へ?男?」

 てことは、俺は男の腕に見とれていたのか………二次ならそういうのもありだが、三次はだめだ。だから、俺はもう駄目だ……。

 「はい、驚くのもわかります。彼、中世的な顔立ちしてますし、トーンもどことなく……ってそんなことより、これ、4番テーブルに運んできてください。」

 「あ、すんません。今行きます。」

 

 

 

 シフトを終え、着替えを済ませた後、裏玄関にて会長を発見した(上は胸元がリボンの形をした可愛らしいデザインをしている白色のトップスカットソー、下はスキニ―ジーンズ。ふつくしい。ふつくしい!大事なことなので二回言った。)ので、会議の内容を聞き出そうとして見た。なぜそう思ったのかって?なんとなくだよなんとなく。

 聞くところ、なんとあっさり教えてくれた。

 「文化祭のバンドの楽曲を考えるだけですよ。」

 「え、サラッと言っていいんですか?」

 「別に隠しているわけでもないですし。………ああそうだ、どうせなら一緒に曲目考えてくれませんかね?」

 「え?曲目?いいんですか?さすがにそこはシークレットなんじゃ…」

 「ええと……そうですねえ……」

 その場で先輩は長考、そして出された結論は――

 「彼らを待たせているのは申し訳ないですし、まあこの後暇でしたらついてきてください。」

 という、まったく予想外のものである。そのとき、俺は戸惑っているかのように演じていた。内心は、ついにお誘いを受けたということに対して心を弾ませていたのであった。

 

 遼「ええと、どうも国広です。」

 

 朱鳥「おおー国広!こんなとこで会うなんて奇遇だな!」

 

 遼「いや、このテーブルには俺がオーダー受けに行ったよな!?その時にあってるよな!?」

 

 結衣「まあ腰かけてください。話はそれから始めましょう。」

 

 そういって、先輩は刹那の方を一瞥、そしてカトルの隣に座った。危険を察知したのか否か。刹那はといえば見るからにテンションが下がっていた。で、空いている席は刹那の隣しかないため、俺がそこに座った。

 

 刹那「……チッ」

 

 遼「んん?何やら聞いてはいけないような音を右側から聞いてしまったゾ?」

 

 結衣「気にしたら負けです。……では、国広君、何か一言。」

 

 な、なんだその無茶振り!?

 

 遼「えー…なぜこの場に俺がお呼ばれしているのか、俺自身もよくわかっていないんだけど、できれば露骨に嫌そうな顔をしないで、遠回しに俺に去るように言ってくれれば俺のメンタル的にもうれしいというか…。」

 

 朱鳥「ちょっ、そんなにネガティブになるなって。俺とお前の仲だろ?そのくらい俺は構わないぜ。」

 

 真……お前はなんていいやつなんだっ……!今のお前、最高に輝いて見えるぜっ……!だから、俺の目の前に空のグラスを置いてきたことなんて全然見えねえぜっ……!

 

 カトル「僕たちの趣味って偏ってるから、一般的な意見も聞きたいしね。歓迎するよ。」

 

 カトル先輩……貴方はなんて優しい方なんだっ……!今のあなた、最高に輝いて見えますっ……!だから、伝票を俺の目の前に寄せてきていることなんて全然見えないぜっ……!

 

 刹那「はよおごってください。」

 

 ちょっwwwwwダイレクトすぎやwwwwwwwwケーキの皿寄せてくんなやwwwww

 

 キド「……なら自分も。」

 

 あんたも便乗せなくてええ!!

 

 遼「ひ、緋色先輩助けてくださいよ!」

 

 と、視線を前に向けて初めて気付く。先輩のこのスマイルっ……!先輩っ……天使やっ……!これは俺を助けてくれるってとらえていいんだな!?

 

 結衣「アイスティーをよろしくお願いしますね」ニッコリ

 

 先輩っ……悪魔やっ………天使の皮を被った悪魔や…………

 

 遼「あ、あはは……」

 

 目をぱちくりさせたところで、空のグラスが2つ、皿が一枚、伝票という現状は変わらない。もう苦笑いしかできなかった。

 

 カトル「……なんて、さすがに冗談だよ。」

 

 カトル先輩は伝票を自分の元へ戻した。それを皮切りに、朱鳥、神前がグラスを自分のところへ引き寄せて行った。

 

 遼「はあ……一瞬焦りましたよ。本当におごらなくちゃならないのかって。」

 

 朱鳥「俺は軽く期待してたんだけどなー。国広って人がいいから頼めばなんかおごってくれそう。」

 

 遼「借りもないのにおごらないって。てか、俺って今までにお前におごったことあったか?ないだろ?理由もなしにおごるほど俺は優しくねえぜ。」

 

 結衣「国広君、どうしても…ダメ、ですか?」

 

 遼「そんな上目使いしたところで俺の気持ちはかわら……やだ、可愛いじゃないの。……って、会長!俺を誘惑しないでください!」

 

 刹那「……はよおごれ。」

 

 遼「刹那は変わらないのね。てか白い方なのに言葉づかい荒すぎやろ。」

 

 朱鳥「おい国広、中河のあられもない姿の写真やるからおごってくれ。」

 

 遼「そんなウソには騙されないぞ。第一お前に入手できるわけがないじゃないか。」

 

 朱鳥「おい国広、会長のあられもない姿の写真やるからおごってくれ。」

 

 遼「おっしゃ任せろ。パフェでもなんでもどんと来い。」

 と、俺が流れるままに買収されたわけだが、ここでなぜかみんな黙りこくってしまった。……いや理由は分かるよ?現実から目を背けたいんだよ。

 

 朱鳥「・・・・・・・・・と、このように、国広は会長の写真で簡単につられてしまう男であることが証明されたな。」

 

 刹那(青)「この外道がっ……!会長のプロマイドにはつられ、私のプロマイドには見向きもしないっ……!その螺子曲った精神っ…駆逐してやるッ!」 

 

 遼「え、いつの間に青くなってんの?しかも白外してるし。」

 

 カトル「うーん、遼君は誰にもつられないって踏んでいたんだけどね。」

 

 結衣「予想と反してちょっと引きました。」 

 

 遼「ファッ!?」

 

 てか予想ってなんだよ。事前に相談していたのか?俺を嵌めるプロセスを考えていたのか?いや待て、俺がここに来ることは緋色先輩の気まぐれ、だから完全に予想外のはず………いや、その全体がそもそも違っていたのか。

 

 遼「先輩……まさか……。」

 

 俺は訝しげに会長を睨むと、会長は輝かしい笑顔で、

 

 結衣「はい、嵌めました。」

 

 と、えげつない言葉を突きはなったのであった。

 

 朱鳥「昨日生徒会内でお前の話が上がってな。理由は聞かないでくれ。で、キドはお前の事を知らないだろ?そこでだ、ただ普通にお前の事を説明するのもつまらないから、こんな形で教えてやろうと思ったんだよ。あと、生徒会の集まりにお前を呼んだことなかったし、ついでに呼んでみるかってわけだ。」

 

 刹那(青白)「で、どうですかキド君、この歩く混沌(カオス)についてわかりましたか?」

 

 キド「……まあわかりました。とりあえず、あまり近寄りたくはないですね。」

 

 遼「ファッ!?」

 

 カトル「ははは、初対面から手厳しいねえ。」

 

 遼「いやあんたらのせいだよ!大体誰だよ言いだしっぺは!」

 

 朱鳥「サーセンサーセン。」

 

 遼「謝る気がないだろおおおおおお!?!?」

 

 クソッ…俺は奴らの手のひらで踊らされていたのかッ……。

 

 結衣「まあ許してください。お詫びにドリンク一杯御馳走しますよ。」

 

 遼「え?いいんですか?」

 

 刹那「そこは遠慮した方がいいのでは…?」

 

 遼「ですよねー。」

 

 出会いがしらの騒動がいったん落ち着いた後、会長が木戸さんに自己紹介をするよう言った。木戸さんは俺に小さく会釈をした。……こいつの目、静乃に近いものを感じる。でも静乃程末期でもないな。さしずめ、死にかけの魚のような眼とでもいったらいいか。じと目ってのも印象強いな。

 「……神前鬼道です。」

 「こうさきか……あれ、まさか神様の神に前後の前っていう字を書く?」

 「……すごいですね、珍しい苗字なのに。」

 「その名字で有名な人がいるんだよ。神前暁って偉大な方がな。……ってすまん、べらべらしゃべっちゃって。――えー、多分会長とかから説明受けてるから俺についてなのる必要もないかもしれないけど、まあいっか。俺は国ひ――」

 「こいつは国広遼、出会い頭の会話からわかるように下半身で動く変態で、男であろうが食い散らかす下品なやつだ。お前も括約筋を引き締めておけよ?」

 「ファッ!?」

 ちょっ…真なにいってんすか?

 「でもまあ、普段は大丈夫ですよ。とはいえ、会話しれっと下ネタを盛り込むのはいただけませんが。」

 ちょっ…刹那さんなにいってんすか?

 「・・・わかりました。」

 そうやってあからさまに椅子を遠ざけるのやめてもらえません!?

 「・・・・・・はあ、キド、今のはほとんど出鱈目ですから、信じてはいけませんよ。」

 「……そうなのですか。」

 彼は遠ざけていた椅子をもとの位置に戻し、座りなおした。

 てか、会長がいくら俺をフォローしてくれたところで俺への初期印象が良くなることはないんだよなあ…。超糞から糞へとジョブチェンジした程度か。

 「……あれ、会長、今“ほとんど”って言いましたよね?完全否定しませんでしたよね?てことは会長にも俺は変なイメージを持たれているということですよね?」

 会長は無言であさっての方向を向いていた。

 「あ、あはは、はははは、はあ…。」

 乾いた声が思わず漏れる。

 そっか、そうだったのか。

 辛いなあ。

 「国広、そういうこともある。ドンマイドンマイ!」

 「いや、だから事の発端はお前だからな?」

 「遼君落ち着いてください。少しうるさいですよ。」

 「いやうるさくさせてるのはお前らのせいだからな?」

 「ええと、気を悪くさせてしまったのは申し訳ないんですけど……あれほど普段から騒ぎ立てていたら、そりゃあ、ね?」

 「で、でも会長との会話では気を遣ってそう言った発言はしないようにしていたはずじゃ……。」

 「確かにそうですね。でも、別口から貴方の話が入ってきたり、話してるのを偶然見かけてしまったり、していましたから。伊藤君と話しているときの貴方を見てしまったときはちょっと引きました。」

 「…………」

 確かに、カイジと話しているときは二次元の話に限らず下の話もガンガンしてた。周りの目も気にせずしてた。他人なんてジャガイモって考えてるからさ……。でも、ジャガイモ畑の中にダイヤモンドが混じっていたんだな………

 「もう勘弁してください。」

 「ワロスワロスwwwww」

 「なにワロてんねん!」

 指さして嘲る朱鳥は本当にうざったらしいことこの上なかった。

 

 

 結局同じような会話がループしかけたところをカトル先輩がとめ、本題に入った。それは学際のバンドの楽曲決めというもの。……一般人からの意見を求めようと俺は呼ばれていたが、俺はいわずもがなオタで厨二だったから、結局偏った意見しか出なかった。ナイトメア、シドなどV系バンドの曲をやることとなった。決めた後は普通に解散。途中まで刹那と帰ったが、まあ特に変わったこともなく、普通に別れた。………なんだか、今日は本当に疲れた。帰ったらすぐに寝ようそうしよう。

 



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2-2-1 お気楽部長の粋な提案

7月13日 火曜

 

 「みなさん、ここにアミューズメントパークのタダ券があります。」

 バイトが臨時休業だったので、俺は部活に出席して、いつものようにプログラミングやらなにやらしてたら、部長が「あ、そういやあ」ときりだして、唐突にそんなことを言った。

 「はあ……それがどうかしたんすか?くれるんすか?やさしいなあ部長は。」

 俺は特に期待をしていたわけではなかったが、部長がそう言うんだからとりあえず乗ってみた。プログラミングする手を休めることなく、適当にあしらう感じでそう言った。

 「うんそうだよ!皆行こうぜ行こうぜ~」

 一同皆作業の手を止め、部長の方を見た。部長はチケットと思われるものを両手に持って、ふりふりさせていた。この姿だけ見るとただのアホだな、なんて思ったら吹き出してしまった。

 「ちょちょ!国広失礼じゃないの?折角私が最近できたあの娯楽施設の優待券をタダでやろうとしてるのにさあ。私を笑うんだったらあげないよ?」

 「いや、別にいいっすよ。さしていきたいわけじゃないし。俺、インドア派ですよ?」

 「ふうん、そういうこと言うんだ…」

 部長はニマリと笑ってスマホをいじりだした。いったい何が始まるのです?

 「ほら、これみてみ。」

 そういって俺にスマホを差し出すと、そこには一通にメール画面が開かれていた。差出人はなんと緋色会長である。

 

 <へえ、あそこのタダ券とったんだ!

 たまの気分転換にはいいかもしれないね。

 わかった、行きますか。

 新しい水着買わなきゃ~><

 昔のやつはもうサイズ的に駄目だよね…>

 

 会長の………水着………!?!?!?!?!?

 ふおおおおおおおおおおみなぎってきたあああああああああ!!!!

 あれかね?ロングパレオとかですかね?先輩はきっと黒が好きだから黒い水着じゃないすかね?しかも出るとこ出てるんだよね?レオタードなんてものは着ないですよね?いや、それはそれでエロいけど!とにかく!たまらん!妄想がはかどる!てかよく考えろ、部長の水着も見れるんだよな?彼女、普通に可愛いから、眼福なんじゃないか?それに柄谷もいくだろうし、控えめプリンも堪能できるのでは?

 「行きます。行かせてください。」

 「え?いかないんじゃないの?」

 にやにやしながら俺の方を見る。クソッこれを見越していたのかっ…!

 「先輩?急にどうしたんですか?部長さんのスマホ見てから急に態度が…」

 「あ、栞ちゃんも見る?これこれ、男ってホント単純だよね~」

 部長からスマホを渡され、柄谷はメールの文面を見る。そのメールと俺とを交互に見て、最後にはごみを見るような眼で俺を見た。

 「美しいものを見たいと思うのは自然な欲求だと思うんだ。」

 「はぁ………先輩は先輩ですねえ…」

 ああ、なんか納得されちゃったよ。

 「ま、はなっから国広は連れて行くつもりだったからね。国広にはほかの面子も頼みたかったし。」

 「と言いますと?」

 「静乃ちゃんと刹那ちゃん、怜ちゃんと…それに有希ちゃん誘ってきてよ。国広にはチケット6枚渡すから、あと一枚は誰でもいいよ。好きな人連れていきな。ほらあれ、伊藤とかいたじゃん。」

 「なに!?少年だと!?」

 今まで黙りこくっていたハムが急に元気なって話に食いついてきた。

 「少年が行くのなら私もいこう。」

 「おおーハム君話が早いねえ。よっしゃ、じゃあ国広、頼んだよ~。」

 「まあいいですけど、でも、部長が直接誘ったほうがいいんじゃないすかね?ほらその、男から誘うよりも女から誘ったほうが来やすいとかあるんじゃないすか?」

 俺が訝しげにそう言うと、部長は「まあ……うん……そうなんだけど……」とかいう煮え切らない態度をとっていた。

 「ともかく、頼んだよ!」

 強引に話を切り上げ、俺の肩をポンポンと叩き、ヘッドホンをつけて、ギターを使った作曲に入ってしまい、もう話はできそうにもなかった。だから俺も、作業に戻った。そうだな、明日話してみよう。にしても………部長はどういったルートであそこのチケットを手に入れたんだ?あんな人気な場所の、しかも優待券なんて、早々とれたもんじゃないし……うーん謎だ。まあいいか。



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2-2-2 イベントフラグは突然に

メール描写は<>で括っています


 7月14日 水曜

 

 「は?プールに行こうって?」

 7月中旬、夏休みも近づいてきた頃、遼はそんな提案をしてきた。

 「面倒くさいからぼくはパス。」

 「ちょwおまww話だけでも聞いてくれwww」

 遼が懇願してきたので、渋々話を聞くことにした。ちなみに、今は学校での昼休みであるため、この場には他に怜、刹那がいる(あと伊藤)。

 「最近この辺にかなりでかいアミューズメント施設ができただろ?プール以外にも、ボウリング、ゲーセン、スポーツコート、飲食店とかたくさん。要するにそこに行こうぜって話。」

 「へぇ、そんな面白いところがあるのね…」

 「あれ?たしかそこって人気がありすぎてなかなか入れないって話を聞きましたが…」

 「なんと宮永部長が独自のルートで一日フリーパスを手に入れたらしい。かなりの枚数あるから、たくさん誘えって言う命を受けたんだよ。勿論金なんて要らない。タダですよタダ!」

 「なるほどなぁ…」

 ぼくもその施設の話は知っている。何しろ規模が規模だから。多少興味はあったが、かなりの順番を待ってまで行きたいとは思っていなかった。

 「無料であそこに行けるなんてなかなか素晴らしいじゃないですか!静乃もそう思いますよね?」

 「えー面倒だよ。ぼく以外で楽しんできなって。」

 「どうせ暇なんでしょう?高校生らしいことしましょうよーねー静乃ー」

 刹那が駄々をこねはじめ、今度は刹那に対してめんどくささを感じていた。

 「じゃあ行くってことでいいの?」

 遼の目は輝いていた。そんなに嬉しいのか…これは断りづらい…。まあ断る理由がないことも確か。

 「じゃあ行かせてもらおうかな。ちなみに、他の人は?」

 「部長、柄谷、有希、そしてここにいる5人。まあ部長のことだからカトル先輩とか会長とかも引き連れてきそうだな。」

 「…つまり、あの男は居ないんですね?」

 刹那はやけに真剣な顔つきで遼に問いただしてきた。遼は明後日の方向を見ながら腕を組んで考えてるそぶりを見せた後、

 「あ、たぶんくるんじゃないかな。」

 なんて、微妙にはぐらかしているが、これは間違いなく、くるであろう。第一、ゲーム部の部長から提案された時点で、ゲーム部員の彼に話が届かないわけがない。次に、宮永さんは適当な人だから、どうせ彼に『刹那ちゃんも来るかもね~だから来た方がいいよ?てか来いや。』くらいはいいそう。うん、それはあるな。

 「……辞退しようかなぁ…。」

 刹那の言うあの男とは、遼のいる部活の部員の一人で、武士道って人。この前のゲームの大会の時、刹那と対面して、「乙女座の私にはセンチメンタリズムを感じずにはいられない。まさしく愛だっ!君と私は(ry」などと訳のわからない言葉を並べて、それいらい刹那にやけに接近するようになったのだ。当然刹那はそれに迷惑していて、なんどもきつい言葉を投げ掛けても、決して心は折れなかった。……まあ、刹那は刹那でなんだかんだ言いながらちゃんと相手をしてあげてるんだよね…。案外いいコンビなのかもしれないな。秋くらいには案外くっついてたりして。

 「えぇ…一度言ったことを撤回するのかよ~…」

 すると遼は席をたって、刹那の元へよって耳打ちをした。かなり小声だったから、私には聞き取れなかった。が、遼が話終えたときの、刹那の表情で何となくわかった。目を見開き、何やらにやけはじめて、そして妄想をかき消すように頭を振った。

 「しょ、しょうがないですね…。あの男がいるのは仕方ありませんが?まあ、この機会を逃すといつ行けるかわかりませんし?仕方ないですね~」

 刹那…落ちたな…

 「よし、今度こそ決まりだな。詳細は後程連絡するわ。」

 「りょーかい。…ちなみに、さっきからなんでカイジは黙っているの?」

 「ああ、確かにそうだな。」

 「こんなっ……!ラノベみたいな展開にっ…!俺なんかが加われると思うとっ……!嬉しくてなっ…!」

 なるほど、伊藤らしいな。そう謎に感心して、再び箸を動かした。

 

 

 〈今日の昼、刹那になんて耳打ちしたの?〉

 家に戻って、遼にそうメールを送った。聞こう聞こうと思っていたが、なかなか聞くタイミングが見つからなくて、結局最後まで聞く暇がなかった。

 返信はすぐに来て、

 〈会長の水着姿ってね(笑)単純だよほんと(笑)〉

 そんなぺらぺら言っていいものなのかと一瞬思ったが、まあそれに関しては薄々気づいていたし、深く考えるのはやめた。

 〈やっぱり会長関連だったか…。来なかったときどうするの?〉

 またも返事はすぐ来て、

 〈俺は一言も、会長の水着姿が見れるとはいっていない。会長の水着姿という言葉を呟いただけだ(笑)〉

 …悪どいやつだなぁ…

 返信はせず、ぼくは携帯をベッドに放り投げ、部屋を後にした。さあ、今日も“制作”がんばるぞ。

 



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2-3-1 少女に付きまとう♂の作法

 7月18日 土曜 

 

 ぼくらが向かう総合娯楽施設には、目玉施設として巨大なプールがある。非常に長いウォータースライダーや飛び込み台など、あらゆる客層の目を引くもので埋め尽くされているのだ。勿論、ラウンドワンやスポッチャのようにスポーツなども楽しむことができるが、大々的に宣伝しており、誰かしらに刺さるプールがあるのだから、当然そこにいこうという流れになる。(刹那も会長の水着姿を心待ちにしているらしい。加えて、これは後から聞いた話なのだけど、緋色先輩が来ることは確定事項で、彼女もプールを楽しみにしていた。)となると水着が必須となるわけで・・・。一昨年のは全体的にきつくなってしまっていたので、新しいのを買うことになったのだが・・・

 

 

 有希 「あ、これは刹那さんに中々よさげな感じですね!」

 

 結衣 「確かに…この色合いは刹那に合ってますね…」

 

 竜華「まあ青と白だからね~。あ、紐?紐なの?しかも布面積せっまwwwなかなか大胆だね~」

 

 栞 「部長…かるくセクハラですよ…」

 

 怜 「でも実際これは破壊力あると思うわ…」

 

 刹那 「いや、まだ私買うなんて一言も…」

 

 

 とまあ、こんな感じに、にぎやかなショッピングとなってしまった。もともと最初はぼくと刹那と怜で買いに行く予定だったのだけれど、向かう途中で有希と栞を発見して、店内で宮永先輩と緋色先輩に遭った。そして、現在に至る。高校生7人は、さぞ店員には圧になっているだろう。

 

 

 「でもまあ…とりあえず着てみなよ?色合い的には最高なんだからさ。」

 「…えぇ………じゃあ…静乃がそういうなら…」

 

 

 刹那はその水着を持って試着室へと向かった。

 ちなみに、刹那以外は既に水着は買い終えていていた。

 

 

 「…確か、ハム先輩来るんでしたよね…?」

 「あ~そういやそうだね~……悩殺されるね…きっと。」

 「制服の時でさえあんなだから…ましてや水着、しかも肌色多目ってのは…想像するのが恐ろしいわね…」

 「ハムさんはおろか一般のナンパもすごそうですね…」

 

 

 なんて会話をしていた時、シャっと試着室のカーテンが開かれ、水着姿が露になった。

 …やばい、この破壊力。同じ性別のぼくでさえも息をのんだ。そもそもの素材の完成度が高いのに、その素材をさらに際立たせる鮮やかな白と青のコントラスト。水着に目線が吸い寄せられれば、そこには抜群のプロポーションがあるのだ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。身長がそこまで高くないからモデル体型とまではいかないものの、いわゆる”キレイ”なスタイルだ。どんな人でも魅了されてしまうに違いない。

 

 

 「刹那さん!!すごくいい!すごくいいですよ!!」

 「こんなの誰でも見とれちゃいますよ!」

 「エクシアを彷彿させますね…いや、ツインテールがオーライザー部分とすればダブルオーライザーでしょうか……」

 「…結衣。いいの?素が出てるよ?」

 「…!ああ、いまのは聞かなかったことにしてください…」

 

 

 緋色先輩は顔を真っ赤にして手をあたふたさせていた。普段は澄ましているのに、そのギャップが可笑しくて、思わず笑いがこぼれる。刹那も最初はもじもじしていたけど、そういったのを見かねてなのか、それとも褒められすぎたことによりテンションが上がったのか、恥じらいから自身のある顔つきに代わって、リラックスしているように見えた。

 

 

 「…ふぅ。ねぇ?刹那ちゃん。ちょっと白ニーハイ履いてくれない?あ、水着姿はそのままで。」

 「え?まあいいですけど…」

 

 

 …察した。だけど、あえて黙っておこう。

 普段ならこんな突拍子もないことは聞き入れないはずなのだが、今はみんなにたくさん誉められたこともあり、テンションが上がってたからこそできたことだろう。

 宮永先輩がカメラを構えているがそんなことは気にしない。

 

 

 「ちょっ、竜華!何してるんですか!」

 「結衣…こんな写真、激レアだよ…?今ならタダでプレゼントするよ!」

 「…今ならってことは、後で売りさばくんですね…」

 「刹那ちゃんのファンが拡大するよ!私はその後押しをするだけっ!!刹那ちゃんに貢献しようとするだけなんだから止めないでっ!!」

 「竜華さん、私にもその写真一枚。」

 「私も欲しいです…」

 「え、皆さん!?」

 「ほらほらぁ?三対一だよ~?」

 「待った待ったぁ!さすがに私は反対するわよ!」

 「それでも三対二、敗色濃厚だね!!」

 「…私抜きでとんでもない話してますね…」

 「い、いつのまに!?」

 

 

 刹那は腕組みしてじとっとした目でこちらを見ていた。…白ニーハイを履いて。「写真とらせてくださいっ!!」

 宮永先輩は流れるように土下座を決めた。あまりの早さと、潔さと、女性が土下座をしていることに、まわりはドン引きしていた。無論ぼくもだ。一般客もいるんだからさ…

 

 

 「嫌です。」

 「そんなぁ!!」

 「即答とかきっついなぁ。」

 「でも中河先輩!三対二ですよ!」

 「え?そういう問題?」

 「刹那さん!!潔くなってください!」

 「……わかりました。」

 

 

 え?わかっちゃっていいの?

 

 

 「今、誰が賛成しているんですか?」

 「竜華、栞さん、有希さんですね。そして反対が私と刹那。」

 「…つまり、まだ未定の人が一人いるんですね?」

 

 

 一斉にぼくに視線が向けられた。

 

 

 「静乃ちゃん?わかってるよね?」

 「常識的に考えてください。」

 「静乃さんなら私たちに賛成してくれます!!」

 

 

 刹那は何故か得意気な顔をしている。ぼくが否定派に回ると決めつけている。信頼されているのは悪いきはしないけど…

 

 

 「…刹那。」

 「なんですか?やはり静乃は私を選―――――――――」

 「ごめん。」

 「…え?」

 「宮永先輩、私にも一枚。」

 「キッタアアアア!!」

 「な、どうしてなの…」

 

 

 刹那はショックのあまりその場にへたり込んでしまった。

 

 

 「だっておもしろそうじゃない。」

 「四対三。決まりだね!!じゃあ早速…」

 

 

 宮永先輩がカメラを構えたその時、

 

 

 「お客様、店内での撮影はご遠慮してください。」

 

 

 店員からのストップがかかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「じゃ、今から結衣の家で撮影会しようか!!」

 「その理屈はおかしいと思うのだけれど。」

 

 

 店を出て、とりあえず落ち着けるところに行こうと言うことで、近くの喫茶店に入った。私はブラックコーヒーを注文した。

 

 

 「いや、だって広いじゃん。」

 「その理屈はおかし――。」

 「みんなも会長の家にお邪魔したいよね?」

 「行けるのなら行ってみたいです!!」

 

 

 刹那、素直すぎだろう…さっき撮影会って言ったんだぞ?自分の写真とられるのに…羞恥心より会長への愛が勝ったんだな。

 

 

 「………じゃあ、わかりました。」

 

 

 あ、折れた。

 

 

 「じゃ、今から向かおうーと思ったけど、もうちょっとゆっくりしてからいこうか。」

 

 

 私はブラックコーヒーに口をつけ、椅子の背もたれによしかかった。苦味が全体に広がる。椅子にぐったりと寄りかかった際、ぼくは遠くの方を見ていた。みんな経験ある…というか、無意識にしてると思うんだ。意味もなくどこかを見つめることなんて、漠然と見ていることなんて。まさに今のぼくがそれ。そんなどうでもいい理由のないことをしたおかげで―――――――あることに気づいた。なにやら隅の方に座っている男性二人組が、こちらをじっと見てくる。ぼくは全身を舐め回されているような嫌悪を感じた。こちらもじっと見返すとあちらに気づかれて変なことになりかねない。だからぼくは横目でチラチラと様子を伺った。気付いていたのはぼくだけだったように思えた。なら、黙っていよう。折角の楽しい雰囲気をぶち壊したくないしね。————―ぼくは気づいてしまったから、もう純粋に楽しむことはできないけれど。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「ウホッ!!いい女!!」

 「やべーっす、あのテーブル、全員可愛すぎだろ…」

 

 

 俺は敬愛する先輩と出かけており、ちょいと歩き疲れたのでこの喫茶店に来た。男二人で遊ぶことは楽しくはあるのだが、なにゆえ花の無い男二人、浮いた話も全く生まれないというすごく悲しい現状であったが、とんでもなく極上のものを目にすることができた。

 

 

 「先輩。あの中で誰が一番かわいいと思います?」

 「そ、そうだなあ…。俺はあ、あの髪を二つ縛りにして、頭に白いヘ、ヘアピンつけてる娘かな…。な、直紀はどうなんだ?」

 「俺っすか?俺は黒髪ロングストレートのお姉様がいいっす。あの澄ました顔はそそります。グレーの髪の娘は…そうですね、目が終わってますが、体は良さそうですね。めっちゃシコれますよ。」

 「はぁ…あんな娘とお近づきにな、なりたいものだな…」

 「…実際にアタックしてみます?」

 「な、直紀!正気か!?」

 「ナンパは犯罪じゃないっす。ダメもとで言ってみましょうよ?」

 「だが…はっきりいって俺はブサイク…」

 「そんなことないっす!!先輩のそのがっしりとした体つき!いけますって!」

 「そ、そうか…よし!じゃあ行くぞ!!…店内でやる勇気ないから、彼女たちが店から出てからにしようぜ…」

 「ですね。もっとみていたいですし。」

 

 

 もちろん先輩のナンパなんてうまくいくわけない。普通の女の子とろくに会話すらできないんだから、水から話しかけ、さらに相手に興味を持ってもらうトークなんてできるわけがない。だから先輩、利用させていただきます!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 変な野郎たちに見られていたことは最後まで伏せ、店を出た。幸い、最後までその事実にみんな気づいていないようで、よかった。駅に徒歩で向かう途中、前方のショーウィンドウの前で、にどこかで見たことがあるような人が立ち止まっていた。

 

 

 「あれ、あそこにいるのってハムじゃない?」

 「ひぃ!!」

 「大丈夫。まだ気づかれてないわ。」

 「いつ気づくかわからない、そんなスリリングなことはしたくありません。私は別の道で向かいます。あの男がなにか言ってきても、適当にはぐらかしておいてください。頼みましたからね!!」

 

 

 刹那は来た道を急ぎ足で少し戻り、左折した。

 

 

 「あ、刹那、ちょっとまってください!!」

 

 

 続いて緋色先輩も刹那の後を追いかけ、別ルートに走っていった。

 

 

 「あらら…警戒しすぎだっちゅーのに…」

 「そうだよね…」

 

 

 刹那が入っていった通りの方を見ていたら、視界に不吉なものが入った。

 

 

 「あれは…さっきの男…」

 

 

 どこか急いでいた様子だった。…まさか…

 確証はないけれど、もしぼくが想像している通りのことなら、これはぼくにはどうしようもない。

 

 

 「おお!宮永ではないか!それに柄谷も!榊に萩原!こんな多人数でいったい————————————————はっ!少年、少年はいないのか!!」

 

 

 いつの間にかグラハムがこちらに向かっていた。

 

 

 「ハム…落ち着きなさいよ…。残念ながら刹那ちゃんはー」

 「そこを左に曲がっていったよ。ちょっと急ぎ気味だったから、走れば間に合うんじゃないかな。」

 

 

 ぼく以外の女性陣は、みんな眼を見開いていた。無理もない。さっき刹那が言ったことをまるっきり無視したことなのだから。

 

 

 「なるほど!恩に着る!うおおおお!!少年!!待っていろ!」

 

 

 グラハムは刹那の通った道を走って辿っていった。

 

 

 「静乃…一体あなたは何をしているの?」

 「そうです!!刹那さんが嫌がるようなことをするなんて…」

 「————————ちょっと待って。そんな酷いことするわけがないよ。」

 「いや、ハムを鉢合わせようとするのは十分酷いことだよ。」

 「それが今回だと“いいこと”なんだよ。」

 「…意味がわかりません…」

 

 

 みなぼくにマイナスの言葉を投げ掛けてくる。まあ、仕方がないか。

 

 

 「さっきの喫茶店、おそらくそこで目をつけられ、私たちはある男達に跡をつけられていた。」

 「…!」

 

 

 ポカンとしている人もいれば、眉を潜める人もいた。

 

 

 「まさか…角に座ってた男の人二人ですか…?」

 「そう、その通りだよ栞。彼らはずっとぼくたちのことを見ていた。それで、その男たちが、刹那が向かった道と同じ道を辿った。しかも、急ぎ足で。全部偶然でかたづけられる?」

 「つまり、あいつらは刹那ちゃん目当てだったってこと?」

 「そうなるんじゃないかと思ってる。だから、あえてあいつを向かわせたんだよ。」

 「私たちが助けに行くんじゃ無理だったの?」

 「ナンパに女が助けにはいっても無駄だと思ったんだ。無駄じゃないかもしれないけど、男の方が強いでしょ?こういうとき。」

 「でも、ハム先輩が助けるって保証は……はっ!」

 「『少年は私と運命の赤い糸で繋がっているっ!お前らのような雑兵では話にならんっ!今すぐ少年から離れろっ!!』ってな感じになりそうじゃない?」

 「これはあり得るね…。普段のハムの言動からしてさ。てか静乃ちゃん、真似上手いね。」

 「あ、あはは……でもまあ、そういうこと。でも万一のことがあるから、ぼくたちも刹那のところにいこう。ハムを邪魔しない程度の距離でね。」

 

 

 ほんとは面白そうだからってのあるけど、それは黙っておこう。

 



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2-3-2 彼女はヒロインレース脱落か?

 ~結衣side~

 

 「これであの男がこちらに来ることはないでしょう。」

 「刹那…ちょっと警戒しすぎじゃないですか?直接何かされたわけでもないわけですし…」

 「生理的嫌悪感と言うやつです。ミミズや毛虫を見て心躍る人がいますか?」

 

 

 可哀想に………。でも、彼の刹那への遭遇率はものすごく高いから、もしかしたら此方に来るかもしれない。いや、むしろ来て欲しい。ある2人の男たちが、喫茶店で舐め回すようにこちらをずっと見てきて、加えて店を出てからもこちらの跡をつけられていました。彼等の目的が刹那なら…人数が少なくなって、さらに人通りの少ない道に入った今は…

 

 

 「ちょっ…そ、そこの美少女!!」

 「キモタク先輩、それじゃ誰のこと言ってるかわかりませんよ?……すみません!ツインテール白ニーハイの娘と黒髪ロングストレートのお姉さん!」

 

 

 …嫌な予感は的中したみたいです。

 片方は…言ってしまえばピザデブ、吹き出物だらけの顔、髪はパーマがかっていているように見えるが、容姿に金をかける人間じゃなさそうなので、天然パーマなのだろう。額には脂汗が浮かんでいて、Tシャツの脇周りと首周りは汗で変色していた。見ているだけで嫌気がさす…そんな存在。対してもう一人は見た目は普通の青年で、なんとなく、お気楽な雰囲気を出していて絡みやすいように見える。相対的にマシに見えるだけ。でも、いずれも怪しいのは確か。

 

 

 「…もしかして、私たちの事をいっているのですか?」

 「はぅう!こ、声が凛々しくて…益々素晴らしさがま、増したんだなぁ…」

 

 

 ……キモい。刹那が彼に抱く生理的嫌悪感とはこういうものなのでしょうか。それならば、いよいよ彼が不憫に思えてきますね。ここまで嫌われるなんて。

 

 

 「ど、どうかな?今から俺たちとお、お茶でもしない?」

 

 

 刹那は彼らが現れてからびくついて私の後ろに隠れてしまっている。

 …私が何とかするってのもありだけど、ここは彼に来てもらいたいな…

 

 

 「い、嫌です!」

 

 

 刹那が私の後ろに隠れながら、彼らに反論した。声は震えていた。

 

 

 「あっはぁん!まさに俺好みの声!是非!是非とも俺らと一緒にっ!!」

 

 

 …逆効果だったようですね…

 時間を稼ぐか、走って逃げるか…どちらもあまり得策とは…

 あと、この人、ナンパ下手ですね…。初めて挑戦したんでしょうか?過去にされた陽キャの人達って本当に上手だったんだなって思い知らされますね…。

 

 

 「ええと…私たち先程お茶したばかりですので…更にもう一杯ってのは…。貴殿方も二杯目は辛いでしょう?」

 「そ、そういわれてみれば俺もさっきがぶ飲みしてたし…つ、辛いなぁ…。なあ、直紀?」

 

 

 場に沈黙が広がった。刹那はびくついたままで、デブオタはきょとんとしていて、細身は顔がひきつっていた。

 

 

 「に、二杯目?なんのことっすか?俺達はまだ―――――――――」

 「その台詞、隣の方がボロを出す前に言えば効果あったんですけどね。……店内でずっと私たちのこと、見ていたんでしょう?気付いてないと思ってたんですか?」

 

 

 刹那は状況が読み込めてないのか、頭の上には疑問符が浮かんでいるように見えた。困惑顔だった。

 

 

 「ゲゲゲ、直紀…気付かれてるぞ…どうする?」

 「どうする?じゃないっすよ!!何やらかしてるんすか!!」

 「…では、私たちはこれで。」

 

 

 踵を返して、刹那の手を引っ張って立ち去ろうとした。だが————————

 

 

 「まってくれよお!」

 

 

 刹那の手を引っ張って私が反対方向に向かったから、後ろに隠れていた刹那が出遅れてしまった。だからこそ、デブオタに刹那の反対側の腕をつかませる隙を与えてしまった。捕まれた瞬間、握った手から彼女が震えるのを感じた。

 

 

 「いっ…嫌です!離してください!」

 「せめて…せめて立ち話だけでも!」

 「先輩!いい加減にしてください!」

 

 

 細身が、デブオタの頭を思い切りはたいた。そうしてホールドが緩んだことから、刹那はピザデブから解放され、すぐさま私の背中に隠れた。

 

 

 「な、直紀…なにすんだよお!」

 「見てわからないんすか?失敗したんすよ俺達は!見てください、ツインテの娘が震えてるじゃないっすか!」

 「…!す、すいませんなんだな…」

 

 

 デブオタは反省の色を全く見せず、視線も合わせようとはしなかった。

 

 

 「ほんとうちの先輩がすいません…。お詫びといってはなんですが、なんか奢らせてください!ちょうどいいタピオカ屋を知ってるんですよ。ね、ね!露店ならすぐ終わりますしどうでしょうか?」

 

 

 ……そうきたか…

 細身の方、仲間の失敗を利用しましたね…

 

 

 「いえ、結構です。私たちが望むのは、今すぐあなたたちがこの場から消えてもらうこと、それに尽きます。」

 

 

 刹那、イライラが募っているのかどんどん言葉が過激になっていく。まだ彼方が下手に出ているからいいものの…

 

 

 「………さっきからさぁ…ちょっと可愛いからってさぁ?調子こいてないっすか?」

 

 

 ああやっぱり………ただでさえ面倒くさいのに、さらに面倒くさいことに………

 

 

 「さっきはナンパしに来たくせに…いきなり逆ギレですか?器の小さい人ですね…」

 

 

 せ、刹那何してるんですか!?相手を更に煽っちゃダメですよ!

 

 

 「先輩…。」

 「なんだ直紀…?」

 「もう、無理やりでいいんじゃないですか?」

 「む、無理やり!?そ、それは…。いや、そうだな、お、俺もそう思ってた。あんな強気な娘を無理矢理…ブッヒィ!!ムスコがムクムクしてきたんだなあ…」

 

 

 そういって、デブオタは刹那に、細身は私に掴みかかろうとしてー

 

 

 「か、会長!!危ない!!」

 

 

 刹那はデブオタをかわし、私と細身との間に割って入ってきた。そうすれば必然的に細身に捕まるのは刹那になるわけで…

 

 

 「…俺の目当てはお前じゃねえんだよ!!」

 「きゃあっ!!」

 

 

 細身は乱暴に刹那を倒した。

 刹那は横に倒れている。

 倒れているのだ。

 倒されているのだ。

 乱暴に。

 無理矢理に。

 私を庇って。庇われたのだ私は。

 こうなってしまった発端は私にあるのに………

 ……刹那はうずくまってこちらを見ていない。

 ……なら…

 ……それ相応のことをしないとね……

 

 

 「…相手が女だからって調子こかないでもらえますか?」

 「…はぁ?いきがるのも大概に——————————」

 

 

 細身が私に掴みかかろうとした瞬間、私はその腕を左手でつかみ、右手で細身の鳩尾に肘をいれた。そして、細身が怯んだ隙に、相手を右後隅に“崩し”、“大外刈”をかけ、相手を後に倒し、相手の頭を思いきり踏みつけた。まさか投げられると思っていなかったのだろう。受け身をとろうなんて思うわけもない。コンクリート下であることも加え、相手はあまりの衝撃に気絶していた。

 …ああ、さっきの衝撃で細身の方の財布が落ちてる。

 …フフッ…私たちに乱暴した罪は償ってもらいますよ…

 って、自分の世界に入り込みすぎていた。刹那はどうなっている?

 慌てて視線を向けるとそこにはー

 

 

 「ぐへへ…もう逃がさないよ…」

 「だ、誰か助け…」

 

 

 デブオタが刹那にはいよって、上に股がっていた。でかい男はそれだけで強い。マウントポジション。私も、あの巨体を投げるなんて、相手の動きを利用しないと絶対にできないんだ。ましてや、刹那の細腕でどかすことなんて―――――――――

 そう思ったその時、

 

 

 「少年に何をするかぁぁぁあ!!」

 

 

 一人の男が、ピザデブに、ドロップキックを決めた。

 

 

 「ひでぶっ!!」

 

 

 ピザデブは横に吹き飛び三回くらい転がった。

 

 

 「さあ、立てるかい少年?奴に酷いことされなかったか?」

 

 

 ハムさんは手を差しのべ、刹那は素直にしたがった。

 

 

 「え、あ…ありがとう…」

 「よ…よくも邪魔しやがってえええ!!」

 

 

 ピザデブがハムさんに襲いかかる。私が助け船を出そうかと思ったけど、刹那に”アレ”を見られるのは嫌だし、ハムさんもいたから私はなにもしないことにした。好きな人が襲われているのだから、こうなった彼は、きっとなんとかしてくれる。

 

 

 「しつこいっ!!」

 

 

 グラハムはデブオタを軽く受け流し、デブオタは勢いよくこけた。

 

 

 「少年は私と運命の赤い糸で繋がっているっ!お前らのような雑兵では話にならんっ!今すぐ少年から離れろっ!!」

 

 

 グラハムの剣幕にデブオタは尻餅ついたまま後ずさり、

 

 

 「は、はいぃ!立ち去りますぅ!……おい直紀!起きろ!!に、逃げるぞ!!」

 「………はっ!」

 

 

 細身は起き上がると、私を見て、だんだんと蒼白になり、

 

 

 「すいませんでしたぁ!」

 

 

 その場から立ち去った。財布、忘れてますよ。いいんですか?…まあ、ろくな額は残ってませんけど(笑)

 …警察に突き出すことも考えたけれど、誰もいない通りで起こり、かつ警察沙汰になってめんどくさいことになるのは私なのだ。危機は去ったのだから、これで良しとしましょう。

 

 

 「さて、邪魔が入ったが…あえて嬉しいぞ少年!!」

 「あ、う、うん…」

 

 

 ハムさんはいつものようだった。いつもなら刹那はここできつい言葉を投げ掛けるんだけど…それがなくて、彼女の瞳はどこか遠いところを見ていて、顔は僅かに紅潮していた。…あれ?刹那まさか…落ちた?

 

 

 「フフッ…いつもの威勢はどうしたんだ?そんなにあの雑兵が恐ろしかったのか?」

 「いや、そういうわけではなく…」

 「まあいい。兎に角脅威は去った。安心するといい。……では少年、いつもであれば、もっと君と一緒にいたいのだが、如何せん私には外せぬ用事が控えている。名残惜しいが…さらばだっ!!」

 

 

 ハムさんは踵を返し、その場から全速力でで去っていった。

 姿が見えなくなるまで、刹那はずっと彼の背中を見続けていた。いや、もしかしたら、ただぼうっとしていただけかもしれない。

 

 

 「刹那…まさか…」

 「…!いえいえ、そんなことあり得ません!なんであんな男なんかに…」

 「私、まだ何も言っていないですよ…?」

 

 

 刹那はみるみる顔を紅くして、黙り込んでしまった。……どうしてハムさんが来ない道を選んだはずなのに、彼が来てしまっていたのかということには突っ込みませんでしたね…

 



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2-3-3 緋色会長の秘密

 ~静乃side~

 

 「……………………」

 

 ぼくたち5人は、刹那たちを発見し、様子を影から窺っていたのだが…

 

 

 怜「私…会長の事がわからなくなってきたわ…」

 

 有希「お、恐ろしすぎますよぉ!!なんなんですかあれ!!」

 

 栞「肘で鳩尾を狙い、コンクリートに思いっきり倒して…そしてヒールで踏み倒し、挙げ句の果てには投げられた男の財布から何枚か抜き取りましたよ!」

 

 

 確かにあれは衝撃的すぎた。普段の風貌からは全く想像つかないよあれは。相手を倒すのに使った技って…あれ、柔道だよね?たしか大外刈だったような…。にしても、ヒールの靴はいた状態でであんな技をかけるなんて…普通によくやれるなと思う。柔道そのものは体育の授業でちょろっとやったことあるけどさ、素人の動きじゃないよ。あとさ、相手の財布から金を抜き取るって…生徒会長のやることなのか?そりゃ、仕掛けたのはあっちだけどさ…

 

 

 栞「あれ?部長はそんな驚いてないですね?」

 

 龍華「まぁ…中学からの馴染みだからね…。結衣、中学時代は柔道の全国大会で優勝したりしてるからね~」

 

 有希「は、初耳ですよ!」

 

 怜「普段の風貌からは考えられないわ…」

 

 栞「じゃあなんであんな才能があるのに今は柔道やってないんですか?」

 

 龍華「心境の変化というやつだよ…。柔道よりも楽しいことを見つけたからね…」

 

 

 宮永先輩はどこか感慨深そうに緋色先輩の方を見ていた。昔馴染みにのみわかることもあるのだろう。ぼくが詮索するようなことじゃない。

 

 

 静乃「まあ…柔道の件はわかりましたが…最後の財布から金を抜き取るのはどうなのでしょうかね…。」

 

 龍華「…結衣は、目には目を、歯には歯をのカースト的考えが強いからね…。結衣自身が襲われたことへの正当防衛として投げの行使、刹那ちゃんに暴力をふるったことへの対価として樋口さんだったんじゃないかな。」

 

 栞「え?あれ樋口さんだったんですか!?」ア、ハムサンハシッテマス

 

 怜「樋口?」ドロップキックガキマッタワネ

 

 有希「怜さん、五千円って意味ですよ。」ナンデハムサンノホウガオクレテルンデスカ・・・

 

 怜「あ、そういうことね(笑)」ミチニマヨッタンジャナイ?

 

 有希「にしても龍華さん、この距離で見分けるなんてすごいですね。」フトイヒトガタチアガッテキマシタヨ

 

 龍華「視力は1を越えてるからね(キリッ」オオッ!カルクウケナガシタネッ!

 

 栞「部長…そこ以外は…」セイダイニコケマシタネ

 

 龍華「余計なこと言わない。」シズノチャンノカンガエタトオリノセリフダネ・・・

 

 栞「にしても、そのカースト精神って部長によく現れてますよね。毎回懲りずに反省文書かせてるところが。」アマリニソウゾウドオリデワラエテキマスネー

 

 龍華「悲しいこと言わない。」フタリグミガカエッテクヨー

 

 怜「きっともっと大変なことしでかしたら停学にされるわね…」ハムヨクヤッタワヨ!

 

 龍華「それ決めるの教師の裁量だよ!!」アレ、セツナチャンノヨウスガオカシイゾ??

 

 一同「「「え?」」」

 

 

 見ると、刹那は顔を赤らめてグラハムの方を見て…いるのか?どこかぼうっとしていて…とおくてよくわからないな…

 あれ?

 

 

 怜「ま、まさか…」

 

 栞「落ちた、のでしょうか…?」

 

 龍華「ハハハ、あそこまでハムに敵意丸出しの刹那ちゃんが落ちるわけ…」

 

 有希「……あるかもしれません…さっきからハムさんが走ってった方見つめてますし。てかなんでハムさん今回は一緒にいようとしなかったんですかね?」

 

 龍華「だねぇ……ってぇ!結衣が…慈愛を込めた顔付きで刹那ちゃんに話しかけているっ!!そっとさせてあげようようっ!!」

 

 栞「さっすが部長!視力1越えは伊達じゃないです!細かな表情に気付くなんて…そこに痺れる憧れ……ませんね~(笑)」

 

 龍華「ええー…」

 

 

 横で漫才やっている有希と栞と宮永先輩は放置するとして…

 まだ完全に落ちたわけではないと思うけど、落ちる切っ掛けにはなったよね。間違いなく。

 

 

 静乃「まあ…ナンパの男も消えてったし、合流してもいいんじゃない?」

 

 

 あの雰囲気のまま放置させるのも可哀想だしね。

 周りのみんなもそれに同意し、刹那のところに駆け寄っていった。

 でも、有希の言うとおりなんでハムはあのとき刹那と居続けなかったんだろう。友達より女を優先させそうなやつなんだけどな…

 

 

 公「フフッ、少年と敢えて距離をおく。そうやって自身に枷をはめることにより、少年への愛が私の中でより深まる。なかなか素晴らしい考えではないかっ!教えてくれたあいつには感謝するっ!」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「ここが結衣の家だよ!二階建ての一軒家、しかもでかい!!素晴らしい!」

 「なんで龍華が紹介してるんですか…」

 

 

 連れてきてしまった…刹那の一件もあったからてっきり忘れてるのかとおもいきやそんなことはなかった。…別に厭というわけではないけれど、いろいろと見られたらまずいものもあるから。例えばトロフィーとか、アレとか………いや、柔道の件は結局バレてしまったから隠す必要は無いんでした。なら、あの部屋に行かせなければ大丈夫でしょう。

 私は鍵をあけ、玄関の扉を開いた。

 

 

 「まああがってください。親は仕事で帰ってきませんから遠慮なく、くつろいでください。」

 「「お邪魔しまーす。」」

 「さあ!写真撮影会を始めるよ!刹那ちゃんは着替えてくるのだ!!」

 「…本当にやらなきゃダメですか…?」

 

 

 龍華は入って間もなくそんなことを言いだした。確かに遠慮なく、とは言いましたが、やはり彼女はそれを文字通り受け取るのですね…。龍華の言葉を受けた刹那の瞳の色は失いかけていた。

 

 

 「もちのろんろん。だけどまあ、その前に…」

 

 

 龍華がそう言うと、彼女と有希さんと栞さんが勢いよく立ち上がり、

 

 

 龍華「ドキッ!女だらけのゲーム大会をやるぞフゥゥゥゥゥ!!!!」

 

 有希「いえすいえす!!」

 

 栞「ぱちぱちぱち~」

 

 結衣「ちょっ……いつそんなの考えたんですか!?」

 

 龍華「つい」

 

 栞「さっき」

 

 有希「です!」

 

 静乃「(どうりで歩いてる最中携帯いじっていたわけだ…)」

 

 龍華「ルールは簡単っ!四人、三人で勝負して、リーグ下位は下位同士再度勝負!それでビリだったら水着を強制撮影っ!逆にリーグ上位は上位同士で対決し、勝てば誰を撮影させるかを指名できるっ!もしくは撮影を免れる!!つまりっ!最高三人が水着撮影の餌食となるのだっ!」

 

 刹那「…つまり、トップを私がとれば、撮影を回避できるんですね?」

 

 栞「もちろんです!」

 

 刹那「その話に乗りましょう。」

 

 怜「なかなか面白そうね。私も乗ったわ。」

 

 静乃「…………盛り上がってるとこ悪いけど、これさ、ゲーム初心者にはかなり不利でしょ?だからぼくは遠慮したいかな…」

 

 龍華「ふっふっふ、心配御無用!経験者はハンデつけるし、初心者にも操作が楽なものを用意しているんだぜ!!」

 

 怜「そのゲームって何?」

 

 龍華「それは………ボンバーマンなのです!!」

 

 静乃「あ、それは確かに簡単だよね。ぼくもかじった程度ならやったことあるよ。でもなぁ…」

 

 龍華「ちょうど結衣の家には4人対戦できるようなセットがすでにあるのです!」

 

 栞「ここまで用意されてるなんて…そこに痺れる憧れますゥ!」

 

 有希「いや、栞ちゃん?半分は龍華さんが置きっぱなしにしてるからすごいことじゃないよ?」

 

 龍華「まあそんなことはおいておいて、2分ゲーム×5回を2セットやる。総合勝利数で決めるよ。」

 

 結衣「ちなみに、ハンデは誰につけるんですか?」

 

 龍華「そうだね~…。ゲーム狂の結衣は当たり前でしょ?ゲーム慣れしてる私と栞ちゃんもそうだし…刹那ちゃんは際どいよね…」

 

 結衣「別に狂うほどやってませんよ…」

 

 栞「…フルドでSSランクなのに…いったいどの口が惚けたことをいっているんですかねぇ?」

 

 有希「しかも…これまででているゲームハードが殆どある始末。どうしてこれでゲーム狂じゃないなんて言えるんでしょうかぁ?」

 

 龍華「一年生コンビ、あんまり結衣を虐めるとゲーム内でボコボコにされるからそのくらいにしておきなさい(笑)」

 

 結衣「あはは…(後でこいつら、潰します…)」

 

 静乃「(…!今緋色先輩からなおぞましい何かが…いや気のせいか)」

 

 龍華「じゃ、早速チームわけするよ。3人のところはCPUいれるからね。」

 

 静乃「(結局僕の話は聞き入れられなかったな…)」

 

 

 Aグループ

 怜、刹那、静乃、CPU

 Bグループ

 龍華、結衣、栞、有希

 

 

 結衣「あれ?経験者ばかりが集まりましたね~これはハンデをつける意味がないような気がしますね~」ゴゴゴ

 

 龍華「あ、あかん!これはあかんでえ!!」

 

 栞「ゆ、有希ちゃんは初心者だからハンデつけなきゃダメですよ!」

 

 結衣「おおかた国広君と一緒にやってたから普通にできるんでしょう?」

 

 有希「……………(汗)」

 

 静乃「うわぁ…分かりやすいなぁ…」

 

 結衣「全力でいきますね」ニコッ

 

 龍華「恐ろしい笑いだ…。じゃ、ちょっとボンバーマンとってくる。いつもの部屋にあるんでしょ?」

 

 結衣「ええと…最近やってないからきっとあると思います。」

 

 

 

 龍華「じゃあまずはAグループから始めるよ~。操作はわかったよね?」

 

 静乃「まあ大丈夫。」

 

 刹那「同じく。」

 

 怜「オールライトよ!」

 

 龍華「CPUのレベルはランダムでいくから。まあ変なことさえなけりゃあレベルは低いから………あ、どんまい。レベルMAXだ。じゃあいくよ!」

 

 静乃「おっと、たしか最初は火薬とボム数を増やすんだったかな。」

 

 怜「置けるのが二個になったわ!よし、とにかくたくさん…ってあれ?なんか自分のボムに挟まって動けな…」

 

 龍華「慣れないうちはよくあるよくある(笑)」

 

 

 

 第一試合結果

 1位CPU 2位刹那 3位静乃 4位怜

 

 

 

 結衣「これは仕方ないですね…」

 

 怜「同じ失敗はもう繰り返さない!」

 

 龍華「CPUのレベルは毎試合ごとに決定され、同じレベルは二度ならないようにしてるからさっきみたいにはならないから。」

 

 有希「さ、2戦目が始まりますよ!」

 

 

 

 

 第二試合結果

 1位刹那 2位怜 3位CPU 4位静乃

 

 

 

 

 静乃「……まあ一回くらいいいさ。」

 

 栞「災難でしたね…。中河先輩と榊先輩の爆風に巻き込まれるなんて…」

 

 刹那「(確実に勝ちをとるためには、一番弱いのを先に落とすのが定石。静乃に恨みはありませんが……いや、元はといえば静乃が写真撮影に賛成しなければこんなことにはならなかったんです!!恨みは晴らさせていただきます。)」

 

 怜「(…なーんてことを、刹那は思っているんじゃないかしら。なら、私も負けたくないし、刹那に荷担するとしよう。)」

 

 

 

 

 三回戦結果

 1位刹那 2位CPU 3位怜 4位静乃

 

 

 

 

 静乃「………あれ?ひょっとしてぼく、かなりまずいんじゃ…」

 

 結衣「CPUの結果は無視しますから、刹那は3連勝じゃないですか!」

 

 龍華「これで刹那ちゃんの一位通過が近づいてきたね~」

 

 

 

 四回戦結果

 1位怜 2位刹那 3位静乃 4位CPU

 

 

 

 静乃「こ れ は お か し い」

 

 龍華「また刹那ちゃんと怜ちゃんの爆風に巻き込まれちゃったね…どんまい。(ほぼ間違いなく2人はグルだね…)」

 

 結衣「(まあ、組むのは禁止と決めたわけでもないし話し合う時間もなかったし、利害が自然と一致したんですね…お気の毒です。)」

 

 

 

 

 五回戦結果

 1位怜 2位刹那 3位静乃 4位CPU

 

 

 

 

 静乃「どうしてこうなったorz」

 

 栞「ま、まだ後半戦があります!!諦めたらそこで試合終了ですよ!」

 

 静乃「まあそうだけどさ…(ほぼ間違いなく刹那と怜はぼくを集中攻撃している。刹那に恨みは買われているのはわかってる。そして怜は単にぼくが弱そうだから狙ってきているんだろう。なら、普通に考えて彼女らに勝つのは無理でしょ…)」

 

 

 

 

 総合成績

 1位刹那 2位怜 3位静乃

 

 

 

 

 刹那「これで撮影回避に大分近づきました!」

 

 怜「あらら、静乃は残念だったわね~ww」

 

 静乃「途中からぼく狙いが露骨になった…。いいのこれって?」

 

 龍華「まあ駄目なんて一言も言って無いし。」

 

 怜「晒し者にはなりたくないもの。ねぇ、刹那?」

 

 刹那「ええ。」

 

 静乃「(こんなんだからゲームはリアルファイトに発展しかねないんだよなあ・・・)」

 

 有希「まだわかりません!こちらの下位に勝てばいいだけですから!」

 

 静乃「……ゲーム慣れしている人たちから勝つ、か。(これは覚悟を決めないとな…)」

 

 結衣「さ、次は私たちの番ですね。」ニッコリ

 

 龍華「そ、そうっすね…」

 

 

 

 前半戦結果

 1位結衣 2位龍華 3位有希、栞

 

 

 

 

 有希「なんども同時に殺された…」

 

 栞「しかも偶然じゃなく意図的に…」

 

 龍華「5連敗………これが…廃人の力か…」

 

 結衣「どうしました?三人がかりでこんな様ってことは…ありませんよねぇ?」

 

 刹那「(会長の煽りなんて初めて見ました・・・こんなこともする人だったんですね…新たな会長の側面を見ることができて、私、嬉しい!)」

 

 静乃「(なーんてことを考えてそうな表情だなあこれは)」

 

 龍華「…後半からは、全てのアイテムをいれよう。別にそれくらい、いいよね?」

 

 結衣「それがないと勝てないって言うのなら…まあいいですよ(笑)」

 

 龍華「私と一勝しか違わないくせに…調子づいた鼻をへし折ってやりたいぜ…」

 

 栞・有希「(つ、強すぎ二人とも…)」

 

 

 

 六回戦

 

 

 

 龍華「喰らえ!!我が必殺のぉぉぉスライムボォォォォムシュゥゥゥツ!」

 

 怜「なんだこれ、不規則に跳ね回って…しかも高火力!」

 

 静乃「なんか無駄に熱いぞ。」

 

 結衣「っ…!なかなか面倒くさいですね…」

 

 龍華「いいぞ!!圧しているゥ!!さ、一年生たちも続けェ!!」

 

 有希「イエスマム!!…って、龍華さんの爆風に巻き込まれちゃった(笑)」

 

 栞「こんな事態考慮してませんよ…」

 

 

 

 六回戦結果

 1位龍華 2位結衣 3位栞 4位有希

 

 

 

 龍華「……もうさ、結衣を下位リーグにはさ、落とせないよね…物理的に。だがっ!私は必ず結衣を晒し者にさせてやる!」

 

 結衣「今野望が露見しましたよ?まあ最初からわかっていましたけど。」

 

 栞・有希「(よかった…狙われなくて…)」

 

 

 

 

 総合成績

 1位結衣 2位竜華 3位栞有希

 

 

 

 

 龍華「トップは無理だったかー…ま、次で勝てばいいや。」

 

 栞「でも4連勝ってすごいです!」

 

 結衣「さすがにあの追い上げには焦りました。」

 

 怜「(私って、上位チームの中で明らかに場違いよね…)」

 

 結衣「またボンバーマンで決着つけるんですか?」

 

 龍華「ええと…そうだねぇ…」

 

 怜「あ、ちょっといいかしら。」

 

 龍華「何?」

 

 怜「その…せっかく地区予選メンバーが揃ってるわけだし、あのゲームで決着つけたらいいんじゃないかしら?聞いたところでは家庭用もあるわけだし。」

 

 龍華「でもそしたら怜ちゃん不利でしょ?」

 

 怜「代理ってたてられない?」

 

 結衣「別に私は構いませんよ。ただ、栞さんは却下で。敗者ですし(笑)」

 

 栞「…まだ頼まれてすらいないのに…」

 

 龍華「すぐ対応できそうな候補としては、ハム、真、国広、カトルだね。」

 

 有希「兄さんはきっと家でごろごろしてるだけだからいるんじゃないですか?」

 

 龍華「よし、じゃあ連絡してみよう。国広は結衣のオンラインコード持ってるの?」

 

 結衣「あ、まだ教えていません。聞かれなかったし、聞いていませんので(笑)」

 

 龍華「え…?……そういや、国広ってまだ結衣がゲーム廃人だってこと知らないのか。栞ちゃんたちもここに来て初めて知ったわけだし。なら、アーケードだけのプレイヤーだと勘違いしても仕方ないか。別に教えちゃってもいいんでしょ?」

 

 結衣「ええ、構いませんよ。」

 

 龍華「でもまあその前に、下位リーグの決着をつけるとしますかな。」

 

 静乃「…やっぱり決めなくちゃ駄目なの?」

 

 龍華・有希・栞「駄目だね(だよ)〔です〕」

 

 怜「すごいシンクロ率ね…」

 

 龍華「じゃ、やる内容は何にしようかな~…ボンバーマンだと静乃ちゃん不利そうだし…」

 

 結衣「スマブラでいいんじゃないですか?アイテム有り、ハンデ有りなら対等に戦えるだろうし。」

 

 龍華「って意見が出てるけど、静乃ちゃんどう?」

 

 静乃「スマブラかあ…(昔はそれなりにやってたけど、今は全然…。でも、何が起こるかわからないアイテム有りなら、勝機はまだあるか。)じゃあそれでいいですよ。」

 

 龍華「じゃあ決まりだね!!私はGコンとスマブラとってくるから!」

 

 栞「あの…私たちまだそれでいいなんて一言も…」

 

 龍華「敗者は黙っていろ。」

 

 有希「うぅ……おーぼーですぅ…」

 

 龍華「じゃ、こんどこそとってくるね。」

 

 刹那「もう最後は無視ですか…」

 

 

 相手は有希と栞。栞は言わずと知れたゲーマーだから、当然このてのゲームもやり慣れている。有希はゲーマーではないが、遼と小さい頃に一緒に遊んで鍛えられている。さらに、この二人は組んでいる可能性が高い。つまり…ぼくが勝つのは絶望的とも言える。ただ、幸運にも、ちょっとかじったことのあるスマブラなら、勝機はある。中学校の頃、半ば強制的に刹那の相手をさせられていたからね。

 

 

 「ルールは、アイテム全部あり、ストック制の三機、終点固定、ハンデは…」

 「ハンデつきで勝つのも癪だからなしでいいよ。」

 

 

 ぼくがそう宮永先輩の言葉を遮ると、思ってもいないことだったのか、少したじろいでいた。

 

 

 「あれれ静乃さん、強がる必要はないんですよ?」

 「そうです。私、手加減はしませんからね?」

 「挑むところ。」

 

 

 そして私はコントローラーを手に取った。

 キャラ選択画面に入り、栞と有希はそうそうにキャラを決めた。栞がロボットで、有希がネス。どちらも飛び道具が厄介だな…。

 

 

 「じゃあぼくはファルコで。」

 

 

 全員のキャラが決まったので、戦闘ステージに移る。右から、ロボット、ネス、ファルコだ。栞ならきっと…。そう思って、ぼくは開幕と同時にリフレクターを出した。案の定、栞は初っぱなにレーザーを撃ってきた。不意をつかれ、ネスは着弾したが、ぼくはリフレクターで弾き返していたので、ダメージはゼロだ。

 すぐさまブラスターを連射。あんまりやりすぎるとネスに吸収されるから、適度に止めながら。そんな攻撃にイラついたのか、ロボットがこちらに向かって―来る前にロボットの目の前にモンスターボールが落ちた。まずいと思ったが、もうおそい。ロボットはそれを投げると、中からでたのは……

 なんとルギアだった。

 一瞬にしてネスとファルコは亡き者となった。

 うーん、残機的にネスを狙わないと駄目かなぁ。

 ぼくは矛先をネスにかえ、突撃した。掴みと緊急回避を駆使してネスをいたぶる。幸い、有希はぼくよりは下手くそなようだ。

 一方ロボットは私たちの勝負に水を指さないようにしているのか、アイテムで遊んでいた。

 

 

 「ちょっ…栞ちゃん狙ってくださいよ!何で私ばっかり…」

 「晒し者にはなりたくないし…」

 

 

 龍華「てか、静乃ちゃん上手いね……アクションゲームとか苦手そうなイメージだったんだけど、全然違ったね。」

 

 刹那「私の対戦相手に何度も付き合わせましたからね。最初は私が勝ってたんですけど…気付いたら強くなってて、今ではほぼ互角になりました。」

 

 怜「それなら納得だわ。…というか、私は刹那がゲームやるってイメージがそもそもなかったんだけど。」

 

 刹那「私は…あれですよ、姉に連れられてやってましたので、いつの間にかゲームをやる人間になってしまったんです。」

 

 怜「…え?姉いるの?」

 

 刹那「はい。…あれ、言ってませんでしたっけ?」

 

 結衣「今大学一年ですよ。刹那の姉さんとは仲良くさせていただいたのでよく覚えています。」

 

 龍華「去年の生徒会長だったもんね~茜さん。」

 

 怜「生徒会長に選ばれるってことは…相当痛い人なのね…」

 

 結衣「…それって私の事、軽くdisってますよね?」

 

 怜「?ディスって何?」

 

 結衣「あ…」

 

 龍華「…自爆乙。」

 

 

 ネスを星にしたあと、狙いをロボットに向ける。さすがに申し訳なくなるからね。仕方なく狙う。さすがに反撃してきて、ブラスターとレーザーの撃ち合いとなる。だが、それも一瞬。私のブラスターの次弾発射の方が速いため、ロボットはろくにレーザーを撃てず、途中で突撃してきたのだ。さらに、復活したネスもぼくを狙いに来ていたため、ぼくは逃げの姿勢に移る。といっても、ぼくの現在の場所はステージ右端だったので、逃げ場なんて彼女らの裏をとるしかなかった。イリュージョンで攻撃しつつ移動しようとしたら、なんとこれがうまくいった。さらに運がいいことに、着地したさきにはハンマーが落下してきた。これならぼくの勝ちは決まりだ、そう思ってハンマーを手に取った。

 

 思い返せば、ここが問題だった。取らなければ…負けなかったのにな…

 

 軽快なリズムに合わせてハンマーを振るーかとおもいきや、なんと先のパーツがとれた。駄目ハンマーのパターンだったのだ。こうなってしまったら、なんとか一定時間逃げ切るしかない。そう思った矢先、画面上方にスマッシュボールが出現。有希と栞はそれをとりーあわず、ロボットに譲り始めた。いや違うな、有希はとろうとせず、ぼくを集中的に狙ってきた。抵抗する間も無く画面外にぼくは落とされる。そして復活後にロボットのスマッシュボールによって殺され、晒し者はぼくになってしまった。

 

 

 龍華「静乃ちゃんには悪いけど、罰は罰だからね。あとでよろしく。」

 

 静乃「…はぁ…。」

 

 刹那「まあそんなこともありますよ…ププッw」

 

 静乃「ねぇ、励ますか貶すかどっちかにしてくれない?」

 

 有希「ま、まあ静乃さんはスタイルいいですからいいじゃないですか!」

 

 静乃「いや、そういう問題じゃないから。」

 

 龍華「そうそう!一年生たちはつるぺったんだしね!」

 

 栞有希「………」ペターン

 

 結衣「なんで彼女等が貶されているんでしょうか…」

 

 栞「ぶ、部長さんだってあんまりないじゃないですか!!私とたいして変わりませんよ!」

 

 龍華「いやいや、アルファベットがひとつ違うのは大きなことだよ?(笑)」

 

 有希「まあ今は小さくても?私たちには未来がありますし?それに比べて竜華さんはもう…どんまいですねwwww」

 

 龍華「はいはい妄言妄言。現実から目を背ける負け犬の悪い癖だな~www」

 

 栞「現実見れてないのは部長さんじゃないですか!私たちの可能性を否定して…いくら自分がもう萎びたからって嫉妬は見苦しいですよ?wwww」

 

 龍華「そういった台詞は実際に成長してから言ってほしいものだね~ww」

 

 静乃「なんか始まっちゃったなあ…。正直あまり差はない気もするけど…。」ボソッ

 

 結衣「ええ…………団栗の背比べですよ……。」ボソッ

 

 怜「え?どんぐりの背比べ?会長の言うそれってどういう意味なの?」

 

 結衣「え?ちょっ…そんな大きいこ…え……で………」

 

 龍華・有希・栞「………」

 

 静乃・刹那「(あ、これはやばいなあ[ですね]…まあぼく[私]は関わってないし、面白そうだから見てようっと。[見てましょうか。])」

 

 静乃「(…まあ間接的にはぼくも同罪だけどね。黙っておこう。)」

 

 龍華「……そう、思ってたんだ…ふーんふーんなるほどねえ~」

 

 栞「胸のある人には…さぞ滑稽に見えたでしょうねぇ…」

 

 有希「腹黒生徒会長……なるほど…」

 

 結衣「ああ…ほら…こうなる…」

 

 怜「えっと…なんかすいません。」

 

 龍華「そういや…なんか胸が自己主張してる服だしさぁ?私らバカにしてんの?」

 

 結衣「……」

 

 栞「酷いですっ…!」

 

 有希「謝罪を要求しますっ!」

 

 龍華「ほら?すいませんだろぉ?早くい――」

 

 結衣「……じゃあここで言うのも嫌なので、あちらの部屋で謝ってもいいでしょうか?」

 

 龍華「…まあそれくらいなら許そう。」

 

 龍華栞有希「………」ガクブル

 

 結衣「………」ニッコリ

 

 静乃「(な、なにをされたんだ…?)」

 

 結衣「私は何も悪いことは…してませんよねぇ?」

 

 龍華「その通りでございます……」

 

 有希「すべては私たちに非があります……」

 

 栞「ですから、投げるのはもう勘弁してください……」

 

 刹那「投げ?どういうことですか?」

 

 怜「刹那、知らなくていい事実もあるのよ…(きっと投げられたのね…)」

 

 刹那「そうですか…。じゃあ次は私たちに移りましょう!撮影は御免です!」

 

 龍華「ハッ……ちょっとおかしくなってたようだ…。まあ静乃ちゃんの撮影はこの勝負のあとに撮ることとしよう。………てか一年生たち!目を覚ませ!」

 

 有希「……うぅん……ん?」

 

 栞「…ふぇ?」

 

 結衣「」ニッコリ

 

 有希「……ひっ…!」

 

 栞「」ガクブル

 

 龍華「負けちゃダメだ!ここで負けたら……今後漬け込まれるっ…!それでいいのっ…!」

 

 有希「そ、そんなのダメです!!」

 

 栞「立ち向かって…行かなくちゃですねっ…!」

 

 龍華「その心意気だよ!…じゃあ次はトップ決定戦だね。…この悔しさはここで晴らすっ…!」

 

 栞「部長さん頑張ってください!」

 

 静乃「(流れ的にぼくの事を忘れてくれてるかと思ったらそんなことはなかったなぁ…。はぁ…憂鬱だ…。)」

 

 龍華「じゃあ、別室のブラウン管と過去モデルのプレステ3借りるよ。その部屋でやるのもいいけど……どうせならこの部屋でやりたいし、ここに持ってくる。栞ちゃんと有希ちゃんは運ぶの手伝って(笑)あとコントローラー。専用のゲームパッドは刹那ちゃんに貸してあげてね。間違っても結衣は使っちゃ駄目だよ?」

 

 有希「なんで私たち!?」

 

 龍華「さっき不甲斐なかったからだよ!!」

 



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2-3-4 晒されたのは誰?

最終段落のみ本編に関係しているため、そこまではよみとばしても本筋は追えます。


 遼《なるほど、ようは部長とのタッグで戦えばいいんですね?》

 

 龍華「そそ、相手は結衣と刹那ちゃんだから本気でやってよ~。あ、IDはそっちからしてみれば2つしか映ってないだろうけど、一つは私ので、もう一つは結衣の垢だからね。」

 

 遼《…は?これって部長のサブアカじゃないの?》

 

 結衣「いえ、私のアカウントです。」

 

 遼《会長…家庭用でもやってるなら、早く言ってくださいよ~w》

 

 結衣「すいません…」

 

 龍華「あと、私たちは今結衣の家にいて、そこからインしてるから…ってそんなことはどうでもいいか(笑)」

 

 有希「兄さん、本気で勝ちを狙ってね。」

 

 遼《え、有希いたの?柄谷と水着買いに行くとか言ってた気が…》

 

 栞「そうしたら、なんとお店で会長たちと榊先輩たちに会ったんですよ。そして今に至ります。」

 

 遼《なるほどな~…てかなんで柄谷フルド対戦からはぶられてんの?面子足りてるから俺を呼ぶ必要ってなかったんじゃないの?》

 

 龍華「まあ話せば長くなるから聞かないでくれると嬉しいかな。」

 

 遼《はあ……》

 

 龍華「じゃ、対戦を始めますか!!」

 

 刹那「うぅ…遼君が相手は辛いです…」

 

 栞「そういや国広先輩、部長とタッグ組むのって一番少ないんじゃないですか?」

 

 遼《いわれてみれば…確かにそうだ。柄谷とは中学からやってたし、グラハムはなにかとネタプレイでやってたし、少ないなあ。》

 

 有希「おお、栞ちゃん…『やっぱり国広先輩は私とじゃないとダメですね!!』みたいな嫁宣言かぁ!?」

 

 栞「ちっ…違うよ有希ちゃん!そんなあり得ないこと言わないで!」

 

 遼《はっはっは。あり得ないとど真っ正面から言われるとさすがに傷つくなぁ(笑)》

 

 栞「!ああいえ…あり得ないは言い過ぎました…でもそんな風にみてないのはたしかで…」

 

 龍華「あんな夜を過ごしておきながらその発言はないよ栞ちゃん~ww」

 

 栞「あの夜って……」

 

 結衣「それこそ有り得ませんって。」

 

 怜「(でも、栞の顔がみるみる赤くなってる…。妄想して…なのか、それとも…)」

 

 龍華「まあ茶番は置いて、さっさと勝負しようか。私はハラオウンでいくから、国広はグフカで来てね。コスト的に(笑)」

 

 遼《お、最初っから本気ですね。》

 

 龍華「負けられない戦いがあるからね。もし負けたら…アンタ、ただじゃおかないよ?」

 

 遼《な、何でそんなに本気…?》

 

 龍華「事情があってね。まあそのぶん、勝ったら報酬は弾むよ生写真だよ生写真。」

 

 結衣「ちょっ竜華!?」

 

 静乃「……」

 

 遼《ん?緋色先輩どうしたんすか?》

 

 結衣「あ、いえ…気にしないでください。ともあれ、私も最初から全力でいかせてもらいますよ?」

 

 

 私の愛機はウイングゼロ。コストは3000で、体力強化、装甲強化を施している。高火力なバスターライフルを二丁携え、ロボットでありながら背中に大鷲のような巨大な翼をもち、滑らかに動くことができるのが特徴だ。逆に言えばそれ以外の特性は平均以下。基本的な戦闘スタイルは、中距離から射撃しててけん制しつつ、敵が接近してきたら翼で回避し、攻撃の後隙にビームを撃ち込む。長距離なら長距離砲を撃ち込む、といったものだ。シンプルでしょう?勿論近接格闘できないことはないが、メインはあくまでも射撃。さらに、空中戦においての自由度が異常なまでに高い。相手が狙撃機ならば、立ち回り速度の差で蹂躙されてしまうが、味方に近接特化の機体がいれば、相手の動きをより制限できるため、逆に一方的に蹂躙できる。

 次に刹那の機体。彼女の機体名はダブルオー。体力強化を施し、コストは3000。二本のブレードでの斬撃を主とし、機敏に動けるようバーニア面が強化されている。この機体の特徴はなんといっても、外部ユニットとのドッキングによる自身の一定時間強化だ。ドッキング後は、新たに射撃技を使用することができることに加え、機動性が底上げされる。さらには一定の確率で相手の攻撃を無効化するという、相手に運ゲーを仕掛けられることもできる。極めつけは、ドッキング中のみ使える、一度限りの必殺技がある。これは言ってしまえばビーム砲をそのまま剣にしたといったらよいのか。体力強化、装甲強化をつけていなければ、一撃で相手を仕留めることができる。圧倒的な破壊力ゆえに、攻撃速度は非常に遅く、相手をステージ角に追い込む、味方がバインドをかけて行動を封じるなどしなければよほどの初心者でない限りまず当たらない。とまあ、凶悪な性能を誇るわけなのですが、当然ながらドッキング時間には制限があり、ドッキング後は全ての機体性能がダウン。一部の攻撃が使用不可となり、機動力のも低下するため、まさに諸刃の剣。ドッキング中に相手を確殺できなければ、かえってこちらが不利となってしまう。

 …まあ、この前の大会では相手機体との相性が悪く、実力が拮抗していたと言うこともあり、負けてしまいましたが。

 

 

 「にしてもグフカできますか…」

 

 

 グフカ。国広くんが某アニメから名前を借りて自機につけたようです。移動はバーニアで飛び回るのではなく、歩行で動く。しかしながら、腕に取り付けられたワイヤーの射出により、建物間を動き回る。ターザンのように弧を描くように動くこともあれば、射出と回収によって直線的に動くこともできるため、動きが非常に読みづらい。私もこのワイヤーには苦しめられました。

 

 

 《まあよくよく考えてみれば、この機体でしか緋色先輩に勝てませんでしたしね(笑)》

 「今回は意地でも勝たせませんよ。徹底的に潰します。」

 

 

 私たちが負ける。それはつまり水着撮影を意味する。なぜなら、龍華は私に水着を着せる気しかないのでね。それだけは避けなければならない。

 

 

 「じゃ、始めるよ~。一本勝負で、ゲージは6000、制限時間無しのAサイドだから。」

 

 

 Aサイドとはステージの名称で、傾斜と平地が織り混ざる初期ステージだ。都市のように広く、背の高い遮蔽物がないので、攻撃しやすくされやすいといったのが特徴だ。

 

 

 「会長、必ず勝ちますよ!」

 「勿論です。」

 

 

 …話し方で気が付いた。今の刹那、青のヘアピンをつけていませんね…

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 グフカは中距離で牽制しながら戦えばよいが、気を抜けばワイヤーで一気に距離を詰められて斬り込まれてしまう。ハラオウンは武器が見えないから攻撃の予想がつかない。でもわかることは、遠距離攻撃を主としているわけではない。コスト的にはハラオウンを狙った方がいい。だから…

 

 

 「刹那、グフカを相手をしてください。なるべく私から離れないようにしながら。」

 「了解しました!」

 

 

 刹那を国広君に向かわせたのは実力差と相性を考えてのこと。私はグフカは相手にしたくない。刹那が龍華とやりあうと悲惨な結果になる。相手が強すぎり。それを踏まえると、まだ実力差の少ない国広君と闘わせた方がまし、ということだ。

 刹那が国広君のところへ向かったため、必然的私は一人になった。私も敵を追いかけようと加速したとき……後ろでエネルギー弾が不時着した。……まあ近くにいることはわかってましたよ。

 

 

 「相変わらず当たらんなあ…」

 

 

 反転すると、ハラオウンが背後からエネルギー弾を撃ってきていた。エネルギー弾主体ってことは…今はザンバーフォームですか。

 彼女の機体、ハラオウンは武器が四種類という変則的な装備、しかも全て光学兵器であり、移動時は武器をしまっているため、端から見ればどの武器を運用しているのかがわからない。(まあ、そのせいでコストは上がり、武器ごとの技の数は減ってしまっていますが。)装甲を薄くすることで軽量化し、移動速度・攻撃速度をあげているのが特徴である。故に、全ての行動において後隙が少ない。それが非常に厄介だ。

 

 

 「当たらなければどうってことありません…ねぇっ!」

 

 

 私はあえてヘッドバルカンで牽制しつつ、ハラオウンに“近づき”、そしてビームサーベルを取りだす。

 

 

 「……あ~。」

 

 

 ハラオウンも私に向かってきた。そしてミドルレンジ、私は攻撃モーションに入ると、相手はガードモーションに入り…

 

 

 「まずは後ろですっ!!」

 

 

 私は格闘モーションを“キャンセル”、彼女を中心に背後へ大きく旋回した。そして砲撃モーションに入ったとき――――――――

 

 

 「そんなのモロバレだっ!」

 

 

 ハラオウンはモーション終了後、前方へ山なりに跳んで斬りかかる“攻撃”を行った。瞬間的速さはヘタに移動するより速いからである。ちなみに、その攻撃はハーケンフォームの時のみ。しかしガードがとけたあとすぐさま攻撃に移った。つまり、私が砲撃をすることを予測してガード前に武器変更をしていたということになる。…まあ…それは予測していましたし、そのあとも、ね。

 私は砲撃を放つ。ただそれは、ちょうど彼女が山なりに跳んだ最高点、頂点に“直通する高さ”で、さらにその左右、つまりV字になるように放つ“二丁放射”であった。中央は砲撃の端が軽く当たる程度だけど、それでも装甲の薄い彼女には十分である。これをかわすには、上昇もしくは落下、前方へ加速しかない。横にかわそうとしたら直撃、というわけだ。

 

 

 「…っ!!」

 

 

 ハラオウンは斬りかかりモーションをキャンセルし、縦方向の回転斬りモーションに入った。もちろんこのままだと砲撃にはぶつかる。だがちょうど全身が逆さまになったときにモーションを“キャンセル”し、武器を変更し、逆さまの状態で彼女視点での右斜め上、つまり私の右側の砲撃の“下”に潜り込んで、

 

 

 「…え?」

 

 

 私にミサイルが直撃した。それは、私の砲撃の下という死角を通って。

 

 

 「成功するとは思えなかったけど…奇跡だよ。まあ完全ではなかったけど。」

 

 

 みると、彼女の体力ゲージは減っていた。私の砲撃を完全には避けきれなかったというわけだ。

 

 

 「まさかかわされるとは思いませんでしたよ…」

 「ダメージはイーブンなんだ。まだまだいくぜぇぇ!!」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 栞「あ…圧倒的すぎます…部長さんってここまで強かったんですか…それに会長さんも…」

 

 静乃「うーん、いまいちぼくには何がすごいのかがさっぱり。」

 

 栞「ええと、まずですね、会長の斬りかかり。これはあからさますぎて誰でも予想がつき、そのあとのモーションキャンセル、これはフルドでは基本テクニックのひとつなのですが、問題はそのあとの二丁放射です。」

 

 怜「同時発射の何がすごいわけ?私にはさっぱり。」

 

 栞「皆さん、中河先輩の画面をよく見てください。どこに向かって射撃してるかわかりますか?」

 

 静乃「そりゃあ中央…ああ、わかった。何がすごいのかが。」

 

 栞「さすが萩原先輩です!!理解早すぎですよ!!」

 

 有希「???要するにどういうことなの栞ちゃん?」

 

 栞「画面中央が銃口となっていて、そこに向かって発射されるわけですよね?ならどうして…砲撃が二本同時に撃てたのでしょうか?しかも中央ではなく左右に逸れて。」

 

 有希「!なるほど!!…でもどうやって?」

 

 栞「これはリザベーションファイアといって、要するに画面の数ヶ所をロックして一気にそこに向かって射出というわけです。会長さんは部長さんの背後に回り込んだ後すぐ二ヶ所をロックして砲撃を行ったんです。」

 

 怜「なかなか難しいことやってるのね…。でもさ、何でわざわざそんなことしたわけ?それに上の方に撃ってたし…ミスったの?」

 

 栞「ミスなんかじゃないですよ!会長さんの銃口は上を向いていた。これは、部長さんが上方へ回避すると見越しての行動なんです。しかもそれだけじゃなくて、上方回避の手段も読んでいました。さらに、情報回避の後さらに横に回避するだろうと見越してリザベファイアをしたんです。もちろん、回避しなかったことを考慮してV字の幅は狭めていました。」

 

 怜「よ、読みすぎじゃない!?」

 

 栞「さすがSSランクですよまったく…。だけどSSランクはもう一人います。」

 

 静乃「最初に誰もいないところへ斬りかかったのはただ移動していたんじゃ直撃を避けることはできなかった。だから、攻撃動作の一部で特殊な回避をしたってところ?」

 

 栞「萩原先輩…まさにその通りです…ほんと理解が早すぎる…。まあそれはいいとして、そもそも、部長さんはガードにはいる前は長剣を装備していました。だけど、ガード終了後は鎌に持ち換えていました。つまり、長剣のモーションでは回避しきれないと予測して、武器を変更したということです。」

 

 怜「なるほどね…それで上に避けたわけだ。なら、空中で回転斬りしたのはどういうわけ?」

 

 栞「この先の回避のためですね。V字砲撃を回避するためにはさらに上に跳ぶか落下する。あるいは斜めへ避けるという方法がありました。だけど、普通は急上昇や急降下というコマンドはありません。なので、斜めにかわすしかなかったわけですが、斜めに飛ぶことは地上ならそういったコマンドがあるので可能ですが空中ではできないようになっています。だから、斜めへの移動が含まれている攻撃動作をするしかない。ここまではいいですか?」

 

 有希「おっけーだよ!!」

 

 栞「よかったです…。それで、鎌にはそんなコマンドはなかった。だから別の武器に持ちかえる必要があったんです。長剣ではそれがあって、あのミサイル発射が斜め上に移動しながらの攻撃なんです。ただそれなら、回転斬りはする必要があったのかという話になりますが、もしあのコマンドをしなかったら、V字砲撃を上にかわしたことになり、そのあとは相手に背を向けて落下する。せざるを得ないんです。なぜなら、ガードや度重なる動作キャンセルで部長さんのブーストゲージがかなり消費されていて、そのあとの攻撃をかわしきれると思えなかったから。」

 

 静乃「だから、あえて回転斬りをして、相手と向き合ったところでミサイル発射に移った方が、長い目でみると被弾率が下がると見越した、といったところかな?」

 

 栞「もういっそ萩原先輩もフルドやります?(笑)」

 

 静乃「いや、ゲームは苦手だから。」

 

 栞「そうですか…。で、ミサイルのことなんですけど、なぜ直撃したのかわかりますか?」

 

 怜「うーん、単に見えなかったからとか?」

 

 栞「まさにその通りです!部長さんのミサイルは砲撃の真下。つまり会長さんにとっては完全な死角なんですよ。」

 

 有希「なるほどなるほど…。とりあえずどちらもスゴいというのはわかったんだけどさ、そもそもそんなに動き回れるほどの時間があるの?いくらなんでも砲撃遅くない?」

 

 栞「まず、いくら会長さんが凄いと言えど、リザベファイアの為のロックオンの時間はとられます。次に、会長さんはただの砲撃じゃなくて、二発しか装填できない高火力の方を使ってます。発射は通常と比べて少し遅いわけです。だから、かわすための時間はあったんですよ。」静乃「つまり、あえて発射の遅い方を撃って直撃するよう誘導したということ?」

 

 怜「ほ、本当に恐ろしいわね…。……てあれ?ひとつ疑問があるんだけど、いいかしら。」

 

 栞「なんですか?」

 

 怜「いま、普通に砲撃したらかわせなかったって言ったわよね?なんでそうしなかったのかなって。」

 

 栞「ううんと…これは私にもわかりません。モーションキャンセルからの射撃は体力削るための定石です。セオリー通りじゃダメだと気づいたんでしょうか?あえてセオリー画意のことをすれば大ダメージが見込めると思ったとしか…」

 

 怜「あの二人見てるとそうとしか思えないわ…」

 

 静乃「(……本当にそうか?いや違うな、二発しかない砲撃を使いきってしまっていいわけがない。普通に撃ってたらあたってたんだ。わざわざ火力の高い方を撃つってことは…短期決戦か?焦っているのだろうか?でも相方は刹那だろ?この前の決勝を見る限りでは息ぴったりだし、そんな焦る必要は……いやちょっと待て、確か今の刹那は………やっぱり、青のヘアピンをつけてないばかりか白のヘアピンをつけている。もし性格変化が鍵を握っているとしたら……、まあそれでも黙っとこう。面白そうだし)」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 早く勝負を終わらせたい。ハラオウンの体力は順調に削れているが、ゼロの体力もそれなりに削られている。おそらく、ハラオウンが再出撃したら倒されてしまうだろう。私たちが勝つためには、まずグフカの破壊、できれば二度。それからハラオウンの破壊。この時点で相手は5000コストが削られ、残りは1000となる。この状態でコスト3000のハラオウンが再出撃するとなると、コストオーバーが起こり、体力が大幅に削られた状態となる。そうなれば、装甲の薄いハラオウンを容易く破壊できるだろう。そして考えたくない事態は、刹那がハラオウン、グフカを破壊する前に墜とされること。今の刹那はヘアピンが違うから万全じゃない。集中力が全然違う。もっと早くこの事態に気づいていれば…いや、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。私が何とかするしかない。

 私は刹那の援護に向かおうと、翼を展開させた。龍華には背を向けることになりますが、ハラオウンは長距離射撃はできないので、気にせず向かった。刹那のところに追い付いたとき、ちょうど戦力ゲージが動いた。相手のが、だ。よかった…破壊してくれたんですね…

 しかも刹那はまだトランザムを使っていませんし…

 そう安堵の溜め息をついたが、安心は一瞬で、絶望も一瞬であった。ダブルオーの体力は無いに等しかったのだ。いつもの彼女ならここまで削られはしなかった。やはり青をつけてないから…。

 

 

 「とりあえずこの場から逃げ――」

 

 

 その言葉を遮るかのように、刹那にミサイルが着弾した。いや違う、着弾と言うよりは爆風に巻き込まれたといったところか。幸運にも首の皮一枚残ったのだ。

 飛んできた方向を見ると、まだ遠いながらも、ハラオウンが向かってきているのが見えた。

 

 

 「刹那!!ドッキングして逃げて!!」

 「え?でも敵が…」

 「いいから早く!!」

 

 

 刹那の機体は外部ユニットとドッキングしたことにより、機体が紅く発光した。私はハラオウンへ砲撃をしたが、ことごとくかわされた。

 

 

 「生猪口才っ!」

 

 

 ミドルレンジに入った龍華は刹那にプラズマパイルを乱射した。

 だが、弾は全て“すり抜けた”。

 

 

 「よしっ…なんとかかわしたっ…」

 

 

 ドッキング後のダブルオーは一定確率で相手の攻撃を無効化することができる。この機能は、残力が少なければ少ないほどその確率は上がる。ましてや、残力が0に等しい今の状況なら、かなりの確率で躱すことができるが、結局は運次第であり、その後の機体性能低下を踏まえれば、割に合わないと思ったから、刹那は一瞬思い止まったのだろう。

 マップをみれば、二人の距離がみるみる引き離されていくのがわかった。そしてハラオウンは追うのをやめて、此方に向かってきた。一先ずは安心ですね。

 だが私は一つ忘れていた事があった。それはマップを見ていたときであった。刹那の移動する方向には…………

 

 

 《やられたらやり返すのが俺の主義なのでね。》

 

 

 国広君の操るグフカが陣取っていたのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「ここまでくれば大丈夫ですよね……会長強いですし…なんとかなりますよね…」

 

 

 刹那には疑問があった。それは、普段通りのプレイができていないということだ。遼を相手にするとき、いつもならこんなに削られはしない。

 

 

 「何かが違うんですよね…なんなんでしょうか……あ、ゲームセンターじゃないから?でもこのコントローラーは実物さながらですし…」

 《やられたらやり返す主義なのでね。》

 「っ……!」

 

 

 急いでマップを見ると、ひとつの機影がこちらに向かってきていた。いつのまにか通り越していたらしい。だが、まずい、そう彼女は思った。もうすぐドッキングのリミットが来てしまう。そうしたら、もう破壊されるのは目と鼻の先だ。すべての機能が低下するから、満足に逃げられない。

 

 

 「………もう、いいです。」

 

 

 刹那は“柄のみの”剣を取りだし、横に構えた。瞬間、剣の先端から、結衣の砲撃とは比にならないほどの巨大且つ広範囲且つ高密度のレーザーが放射され、横凪ぎに振り払った。

 

 

 《ちょっ…近づきすぎて避けれな…うわぁぁぁぁぁぁぁ!!》

 「へ?再出撃どうなっても……ああ当たるぅぅぅぅ!!」

 

 

 それはあらゆるものを破壊しつくす悪魔の一撃。刹那はグフカを通り越してから、グフカに対面するように放ったため、龍華も巻き添えを食らった。直撃した龍華と遼は粉砕した。グフカは体力が前回だったのにも関わらず、である。この結果、相手の戦力は残り1000となった。結衣の理想の状況のように思えるが、むしろ最悪の状況だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「はぁぁ!?」

 

 

 隣で刹那から恐ろしい言葉を聞き、思わず変な声が漏れてしまった。龍華は幸いヘッドフォンをつけていたため、気づいていなかった。…いや他の人には聞こえてる恥ずかしい……。この場所はスロープから大分離れている平地だ。だから上に無理矢理飛ぶしかない…。私は急いで上方へ飛んだ。だが、間に合わなかった。

 

 

 「ちょっ…そんな…嘘でしょ…?」

 

 

 モロには喰らわなかったが、下半身には当たった。

 それだけでも、十分問題であった。

 

 

 「残りの体力300、ですか……」

 

 

 それは、元々の体力量と比べると、ものすごく少ない。刹那はもうじき落ちる。しかも、ライザー使用後であるため能力が大きく削られた状態でだ。普通に考えたら絶望しかないが…だけど…こんな悲惨な状況なのに、私は可笑しくてたまらない。龍華は破壊された。それだけじゃなくて国広くんも墜ちた。しかも先に。私が最初に思い描いていた通り、龍華がコストオーバーでの再出撃。これならまだ勝機はあります。あとは、いかに私が破壊されないか、ということにつきますね…。腕のみせどころです。

 再出撃した龍華は、真っ先に刹那を狙い、早々に破壊した。これで私たちの戦力は半分。刹那の再出撃地点が私から大きく離れてしまっているのは痛いですね。

 私はあえてスロープに上がり、そこから飛翔した。柄谷さんがもしこの場にいたら、絶好の的ですね。

 彼女らはきっと、パワーダウンして再出撃+本調子でない刹那と、まだ少し体力が残ってるSSランクの私とだったら、狙うのは前者でしょう。私は眼中にはないはずです。だから……撃ち抜きましょう。隙だらけの彼女らを。

 上空から見る限りやはり彼女らは刹那の方へ向かっていた。私は装甲の薄いハラオウンの進行方向に照準を定めた。光が二丁のバスターライフルの発射口に集まる。未だに彼女は動きを変えず走っている。

 フルチャージが完了し、あとはトリガーを引くだけ…なのだが、一つの疑問が浮上した。“あまりにも上手くいきすぎている”と。もしかすると彼女はこれすらも予測して、私が弾切れになるのを待ち、安全になったら刹那を狙おうとしているのかもしれない。この勝負で何度も技の読み合いがあった。だから彼女なら十分に有り得る。だったら…この長距離砲撃はあまりに危険ですね。

 私は発射を止めて、刹那の元へ加速した。

 

 

 「無難に、堅実にいきましょう。」

 

 

 翼があったがゆえに、ハラオウンより速さが劣るグフカスタムには追い付いた。途端、国広君は反転し、私にガトリングを撃ってきた。反転速度、発射、どちらも素晴らしい速さですが…

 

 

 「その速さが命取りですよっ!!」

 

 

 私は彼が反転する直前に、さらに加速した。彼からしてみれば、反対側にいるはずの敵が消えているように見えるでしょう。当然彼は一瞬困惑する。そしてもう一度反転するでしょう。たとえその速度が速くとも、困惑するその一瞬さえあれば、全ては事足ります。

 私はグフカの背後に回り、“ワイヤー”を飛ばして絡ませて、上方へ飛んだ。必然的にグフカは宙吊り状態になる。昨日導入したばかりですが……なかなか、新装備は役立ちますね。ポリシーには反しますが。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 栞「会長さんいいいいつのまにそんな装備を!?」

 

 有希「栞ちゃん、ちょっと落ち着いて。」

 

 静乃「でもまあ…決勝戦であんなのは使ってなかったよね。」

 

 栞「それはおろか、ちょくちょくやる練習試合でも使ってませんよ!?」

 

 怜「ふうん…でもさ、そんなにすごいものなの?」

 

 栞「ええと……まず会長さんは背中に巨大な翼があるのはわかりますよね?」

 

 怜「そりゃ、見ればわかるわよ。」

 

 栞「その翼によって、加速減速、飛行が自由自在になっています。まあブーストは消費されるのは当たり前ですが…飛行による消費はかなり低いです。会長はそんな特性を持ち味とした闘い方を得意にしてます。」

 

 有希「ふんふむ。」

 

 栞「普通の機体なら、空中に留まることはできませんし、空中を飛ぶのには結構ブーストを消費します。……さっきの新装備は、この差を利用しているんです。」

 

 静乃「空中戦に持ち込む。」

 

 栞「その通りです!仮に、空を自由に飛び回る敵を相手にするとき、皆さんはどうします?」

 

 有希「ううんと…、こっちは空中だと動きづらいから…地上から狙うかなぁ…。」

 

 怜「飛んでる鳥を捕まえるとき、自分自身が飛んで直々に捕まえるなんてあり得ないしね。」

 

 栞「そうですよね?だから会長を相手にするとき、空中戦なんてしないんです。ですが、あのワイヤーがあれば無理やり空中戦に持ち込むことができるんですよ。」

 

 静乃「ワイヤーで相手を引っ張り空中で放る。そこから相手を狙い撃つ。回避するのにはブーストが必要だけど、ブーストが0になると回避はおろかろくに動けずただ落ちるだけ。そしたらなおのこと的になってしまう。」

 

 栞「もう解説業に走った方がいいんじゃないでしょうか?」

 

 有希「栞ちゃんそればっかだね…」

 

 静乃「(これがオタク特有の早口というやつか・・・)」

 

 栞「あはは…。だからまあ、国広先輩にとってはすっごく悪い展開ですね。回避する方法もなくはありませんが…」

 

 怜「例えば?」

 

 栞「会長さんは先輩の胴体にワイヤーを絡ませて、手でそれを支えつつ上昇しているんです。だから、先輩が振り向き撃ちを成功させるか、前や後ろにブーストして会長さんをぐらつかせて、そこを狙うとかですね。この地形ならそれしかありません。会長さんのワイヤーはみたところ先輩のワイヤーよりは性能が劣るようですし、ワイヤーを出しながら砲撃は撃てないみたいですし。」

 

 怜「なるほど…」

 

 静乃「……ひとつ質問いい?」

 

 栞「え?ああ、なんでしょうか。」静乃「さっき振り向き撃ちがどうとか言ってたけど、ということは、吊るされた状態でも動けるってこと?」

 

 栞「そうですね。先輩のワイヤーは強化しまくってますから、相手に当てるだけでダメージも与えられますし、ダウン状態になります。ですが基本は動けます。」

 

 静乃「なら、遼が先輩に向かってワイヤーをうったら?」

 

 栞「…あ!!」

 

 静乃「遼のワイヤーはダウン効果もついてるんだろ?なら、もしヒットしたら先輩のワイヤーが解除されるだけでなく逆に拘束させることができる。もしそうなった場合、先輩は空中に留まり続けることってできるの?」

 

 栞「えっと、空中の敵の場合、まず倒ダによって一瞬空中で硬直して、そのあとは普通に落下します。この間は無敵状態です。」

 

 静乃「じゃあ、このゲームって高いところから落ちたらダメージとかってあるの?」

 

 栞「はい、そこら辺は…」

 

 静乃「仮に、遼が先輩にワイヤーをあて、身動きとれなくなった時に会長を地面に向かってぶん投げたら、ダメージはどうなるの?」

 

 栞「そうですね…叩きつけは最低でも300はいくんじゃ………ハッ!?」

 

 静乃「つまり……そういうことだよ。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 結構高い位置まで飛んだ。国広君は振り向き撃ちをしていましたが、私を見ずに撃っていたため、当たりはしなかった。

 ……そろそろいいでしょう。

 私は拘束を解除しようとしたその時、

 《…これを待っていたぜ!!》

 国広君は拘束された状態で、蹴り上げるように“回転”をした。

 …まずい…

 私は急いで拘束を解除し、逃げようとしたが、もう遅かった。国広君のワイヤーが、既に私を捕えていた。彼は回転蹴りをキャンセルして私と対面し、ワイヤーを発射したのだ。数少ないブーストを犠牲にして。

 国広君のワイヤーには攻撃判定がある。よって300が250に減らされた。

 まだ残ってるけど…もう…駄目ですね。

 国広君はワイヤーを引き、私の真後ろに乗った。ダウン状態の私には、それを防ぐことはできなかった。

 そして…そのまま私を…

 

 地面へ叩きつけた。

 私のHPは0になった。

 私と刹那は、負けた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 龍華「て な わ け で、私たちの大勝利いやっふぅぅぅぅ!!!!」

 

 有希「いぇいいぇぇぇい!!」

 

 栞「羞恥プレイですねwwww」

 

 結衣「…はぁ。」

 

 刹那「」プルプル

 

 静乃「ほら、部屋の隅で縮こまってないでさ…諦めも肝心だよ。諦めも…ねぇ…」

 

 怜「なんかごめんね…私が代理頼んじゃったせいで…」

 

 結衣「いえ…許可したのは私ですから…」

 

 龍華「じゃあほら、奥の部屋に行った行った!」

 

 静乃「…遼に本当に送るの?」

 

 龍華「いや、そんなことするわけないって(笑)万一男子間で流出、なんてことになったらたまったもんじゃないしね。まあ適当なやつを送っとくよ。」

 

 有希「川越シェフのコラ画像でいいんじゃないですか?」

 

 龍華「ナイスアイディアだね。」

 

 結衣「待って。」



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2-3-5 台風の目での水着撮影会

 「はあ…鬱だなあ…」

 

 

別室に移動して、買ったばかりの水着を袋から渋々取り出した。一緒の場所で着替えるのは嫌であったので、各々違う部屋を使わせてもらった。

 

 

 「にしても…この部屋使ってよかったのかなあ…」

 

 

緋色先輩に指定された部屋に入ると(まず扉が重かった)、眼前には音楽機材が広がっていた。ギターにベース、コンポは勿論キーボードまでもあった。そしてパソコンラックにおかれるデスクトップ。多量のコードが繋がれていて、一部キーボードに繋がれていた。部屋には窓はなく、そのため空気は少し悪い。割りと散らかっていて、ラックの上には楽譜が散乱していた。

 

 

 「そういやあ、緋色先輩は音楽できる人だったっけ。」

 

 

この学校の学園祭、生徒会は余興としてバンドを組んでいて、そこには先輩もいたのだ。確かそのとき担当してたのはベース。……ここは彼女の制作部屋なんだろう。初めて入ったけど、本当に色々置いてあるなあ。あ、棚の上にあるあの箱は……

……なんか、部屋を漁ってるみたいで居心地が悪いな…さっさと着替えてしまおう。

 

 

 

 

 栞「………」

 

 有希「……」

 

 怜「………」

 

 刹那「(うぅ…折角会長の水着をこんな間近で見ることができたのに…時と場所のせいで素直に喜べません…)」

 

 龍華「ええと…状況を把握しよう。まず左は中乳。これは予想ついてた。しかもニーハイというエロさ。次に真ん中は美乳、これも予想はついてた。長年の付き合いだし。それでさ…右は予想は…つかないよねえ……」

 

 栞「ちょっと前まで胸についての言い合いがバカみたいですね…」

 

 静乃「…はぁ…(視線が…視線が刺さるなあ…)」

 

 栞「着やせするタイプだったんですねそうだったんですね。」

 

 静乃「…帰りたい…orz」

 

 刹那「ちょっと四つん這いなんて…止めてください!そうやって谷間を見せつけて……(泣)」

 

 結衣「(よかった。うまい具合に意識が向けられてます。まさに不幸中の幸いです。)」

 

 静乃「ああー…じゃあさ、もうさっさととっちゃってくれない?」

 

 龍華「ふっふっふ…これは期待が高まる…じゃあこっちの部屋に…」

 

 有希「え?ここで撮らないんですか?」

 

 龍華「だっていい写真とれそうにないんだもの。あと、ついてこないでね。撮影の邪魔だから。」

 

 有希「…ショボン」

 

 

 

 

 

 龍華「ごちそうさまでした。」ツヤツヤ

 

 結衣静乃刹那「」グッタリ

 

 有希「写真見せてください!」

 

 龍華「……正直あまりに完成度が高すぎて、これはむしろ流出したら大事件になりそうだぜぇ…」

 

 有希「え?一眼レフで撮ったんですか?…まあいいや、どれどれ~……うわぁ。」

 

 栞「これは…」

 

 怜「まさしく…」

 

 有希栞怜「グラドルだ[です]〔ね〕」

 

 栞「無駄にハイクオリティですね…。いったいどこでそんな技術を…。」

 

 有希「これはほんっっっとうに、第三者には見せられないね…。」

 

 怜「元々の素材がいいのと撮影技術が相まって大変なものが出来上がってしまったようね…。」

 

 結衣「…この写真を、流出させたら…」ゴゴゴ

 

 龍華「いやいやだからしないって(笑)ここにいる人にしか渡さないって(笑)」

 

 刹那「ほんと、助かりましたよ…(会長の生写真…生写真!!)」

 

 静乃「(刹那…安心しているというよりはむしろ喜んでるよ…そんなに会長の写真ほしかったんだ……。)」

 

 有希「これは兄さんに見られないようにしなくちゃ……ってあれ?今何時?」

 

 結衣「そういや…もう6時ですね。皆さんは時間は大丈夫なんですか?」

 

 龍華「ゆいー、おなかすいたよー、手作りの夕御飯が食べたいなー」

 

 結衣「貴女はちょっと黙っていてください。」

 

 刹那「か、会長の手作り…食べてみたいきも……ハッ!?いえいえ、今のは忘れてください!」

 

 有希「そういや、たしか兄さんと同じところでバイトしてて、たしか厨房を任されているとか…」

 

 結衣「え、ちょっとこの流れは…」

 

 栞「い、言えない…実は今日の晩御飯は親が用事で居ないからカップ麺渡されてるなんて言えない…(いや、さすがに会長さんに迷惑ですよ!)」

 

 結衣「あれ、もしかして考えてることと逆転しちゃってます?(汗)」

 

 怜「いや、さすがに申し訳ないし図々しいでしょ。食材を買ってくるくらいはしなきゃ。」

 

 結衣「あ、あれ、もうここで食べてくことが前提に…(いや、考えましょう。もう追い払うことが難しい雰囲気になってしまった。なら、それをうまく利用できないかどうか…。たしか、夏休み中に新作料理を出せとか小鳥遊さんに言われてたっけ。一応内容は考えてあるけどまだ人に出したことはない。だから、みんなに試食してもらうのも悪くないかも。)」

 

 龍華「……なんか、私の他愛のない一言で大変なことになっちゃったな…これは想定外。いいよ結衣、そんな無理しなくてもっ――てあれ?おーい、聞いてる?」

 

 結衣「…じゃあわかりました。栞さんの夕飯事情が悲しいことになっているので、作りましょう、皆さんの夕飯。」

 

 静乃「(…え?いいの?てっきり追い返されるのかと…。まあぼくも食べてみたいし、変に口出しするのはやめておこう。……にしても、ただでとはいかないだろうなあ。買い出しと、手伝いかな。それが妥当かな。)」

 

 刹那「ありがとうございますっ!!」

 

 栞「夕飯が素晴らしくなりました!」

 

 有希「伯父さんに連絡しなきゃ…」

 

 龍華「…なんか、私のせいで…気を使わせちゃってごめんね…」

 

 結衣「いえ、いいんです。その代わり、これから店に出す予定の料理を皆さんに出すので、感想頼みますよ?」

 

 怜「そんなことならぜんぜん、いやむしろ喜んでやらせてもらうわ。」

 

 結衣「ありがとうございます。……ちなみに、この中で料理できる人は?」

 

 有希「私はできますよー!伯父さんと交代で作ってますから!」

 

 静乃「ぼくも人並みには。」

 

 怜「私もできるわ。…生きてく上で必要な能力だったから。」

 

 結衣「てことは…さっきから一言もしゃべらない龍華と栞さんと刹那はできないと。」

 

 刹那「返す言葉もありません…」

 

 栞「できたらカップ麺なんて食べずに自炊してますよ…」

 

 結衣「ええと、ちょっと待っていてください。…………あ、この材料は足りませんね。……………はい、このメモに書かれているものを3人で買ってきてください。お金は後で皆さんで割り勘です。」

 

 龍華「イエスマム!!じゃあ栞ちゃん、刹那ちゃん、行くよ!」

 

 栞「ちょっ…場所は大丈夫なんですか?」

 

 龍華「私はこの土地の人間だからオールオッケー。」

 

 刹那「おお、いつも頼りないだけにすごく頼もしく見えます…」

 

 龍華「ちょっとそれは聞き捨てならないなあ…でもほんとのことだから反論できない…。まあいいや、じゃあ行ってくるね!」

 

 栞「また後でです!」

 

 刹那「できるだけ早く戻ってきます。」

 

 

 

 

 

 

 結衣「どうですか?」

 

 怜「すっっっっっごく美味しいわ!!」

 

 龍華「このつけパスタ…つけ麺を意識して作ったんだろうけど…最初は抵抗感があったけど、いざ食べてみると…味が濃厚でいいね!」

 

 有希「でも、合うタレは限られるかな?」

 

 静乃「うん、見た目の問題もあるしね。」

 

 刹那「これっていくらくらいで出すんですか?たしか会長のバイト先の店のメニューって結構高かった気が…」

 

 結衣「そうですね……野口さんが一枚ってところでしょうか?」

 

 怜「野口?」

 

 有希「怜さん、千円って意味です。」

 

 怜「ああなるほど。」

 

 龍華「まあ妥当だろうね……にしても、千円のものを格安で食べることができるなんて、ほんと、ねだってみるもんだよね。……で、走行しているうちにもう8時かあ…。ま、食べてすぐ帰るのは気分悪いから、お腹休めのためにもTwitterでもみるかな。」

 

 有希「なんかやりたい放題だね…」

 

 龍華「うーん、めぼしいものやってないなあ……あれ?このつぶやき…」

 

 

 

 [高校生の友達が水薙市東区◯◯〓条□丁目で性的暴行を行われました。]

 

 [3時ごろから7時ごろまでの記憶がなく、意識を取り戻したのは公園です。]

 

 [友達は『街から家へ向かうため電車に乗っていたことは覚えていたが、気付いたら公園の草むらにいて、何者かに襲われていた。』そうです。]

 

 [しかし友達は下腹部を除く外傷がなく、どのようにして意識を失わせられたかが特定できていません。また、襲った相手もわかりません。]

 

 [犯人は現在もまだ付近にいる可能性もあるので、近くの人は十分警戒してください。絶対に許せない。]

 

 

 

そのつぶやきを読み上げた後、リビングは凍りついた。数秒沈黙したが、体感的には数十秒ほどであろう。皆表情は険しかった。いつもおちゃらけてばかりである宮永先輩でさえも。

 

 

 「……あれ、ちょっとこのアカウント……私この人知っています…。うちの学校の生徒ですよ!」

 

 

有希は場の静寂を破って、宮永先輩のスマホを覗き込んでそういった。声は震えていて、額には脂汗が浮かんでいた。

もし、水着を買ったあと緋色先輩の家にいかず、皆が各々の家に帰ろうとしていたら、こうして強姦魔に怯えることもなかった。だけれど、それならば強姦魔の行動時間と被ってしまう。すると、ニュースで報道される被害者がぼくたちになっていたかもしれない。そう考えると、この家に来たのはよかったのだろう。だけど、身動きをとれないのは事実。いったいどうすれば……

 

 

 「…皆さん、今日は私の家に泊まっていってください。」

 「……いいの?」

 「皆さんの身を危険にさらすことなんてできません。…まあ寝床はちょっと万全とは言えませんが…」

 「そんな、寧ろ泊めてくださることで感謝がつきませんよ。寝床なんてぼくは気にしませんよ。」

 「そうです!只でさえ会長さんには夕飯つくってもらいましたし!」

 「皆さん……」

 「じゃあ今晩はお世話になります!……でもその前に、まずはそのことを伯父さんに連絡入れなきゃね!」

 「……てか思ったんだけどさ、その時間帯は私とかが夕飯の買い出しに出掛けてるときだよね…。よく襲われなかったなあ。」

 「さすがに三人も一緒にいれば教われはしないでしょう。」

 「ですよね~」

 

 

 皆で食器を洗ったあと、シャワーを使わせてもらい、なんだかんだで時刻はもう10時であった。人間、自分に関係の無いことは忘れてしまうことが多いもので、あのニュースのあとしばらくしたら、もう夕食時のテンションに戻っていた。で、現在、寝る部屋を探すのを口実に緋色家の部屋漁りが始まったのである。緋色先輩が風呂に入っている間に、宮永先輩と栞と有希が発端となっていろんな部屋に行き始めた。最初は刹那や怜がそれを止めていたが、いつのまにかその二人も乗り気になって、部屋を物色し始めたのだ。…え?ぼくはって?ダルいからリビングのソファの上でゴロゴロしながらテレビでもみてるよ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「……何か言いたいことはありますか?」

 

 

静乃以外「……いえ、何もございません。」

 

 

 あーあ、やっぱりこうなった。探索に勤しんでいた五人は、緋色先輩のシャワーが終わったあと、即刻緋色先輩に捕まった。しかも見つかったタイミングが悪かった。緋色先輩のダークマター、つまりは中二な品が数々おかれてある自分だけの聖域に、皆が踏み入れていたからだそうだ。結果緋色先輩は、顔には出さないけれど怒り心頭、皆が正座させられていた。ああちなみに、皆は緋色先輩のパジャマを借りている。下着だけで寝るのには抵抗ある人もいるだろうし、来た服で寝るのも違和感があるし何より汚れている。刹那と緋色先輩は変な男に襲われたんだから、尚更ね。

 

 

 「まあ、寝床は十分に用意できないといったのは私ですし、だから、よく眠れそうな場所を探すのは……かろうじて、かろうじて理解できます。けれど、貴女方がしていたのは、完全に荒らしですよね?しかもよりによってあの部屋を…」

 「…い、一応私は止めたよ?あの部屋はまずいっー―」

 「私が見たときには貴女も一緒になって荒らしていましたよね?」

 「……いやぁみんなに流されちってさぁ(笑)」

 「確か今日の夜は雨予報でしたっけ…龍華も災難ですねえ…」

 「マジすんませんそれだけは勘弁してください。」

 

 

うわぁ土下座だぁ…

てか緋色先輩が本当に怖いな…覇気は言い過ぎだけど、言い知れぬ何かを感じる。

 

 

 「…まあさすがにそんなことはしませんけど……。あ、誰が発端ですか……って、そんなことはわかりきってますね。刹那と榊さんは反省しましたか?したのならもう足は崩していいですよ。」

 「つ、疲れたわ…」

 「本当にすいませんでした…」

 

 

2人は直ぐ様足を崩し、楽な姿勢をとっていた。うーん一人ソファに座ってこの光景を眺めるのはなかなかいいな。

 

 

 「ちょっと…静乃?なにか言いたげな顔ですねぇ…?」

 

 

刹那がぼくを訝しげに見てきた。

 

 

 「え?ああいや、別に何も。ただテレビが面白いだけだって。」

 「明らかに私たち見て笑ってたわよね!?」

 「被害妄想はいけないぞ。そんなことよりほら、足痺れてるんならソファに座る?」

 「あ、それもそうですね。」

 

 

言われて2人はソファに座った。…なんとか話題を逸らすことができたが…いけないいけない、笑ってしまっては駄目だ。こらえなければ。

 

 

 「あ、あの~…私たちは~…?」

 

 

未だ正座をさせられたままの宮永先輩が恐る恐る声をかける。みると、栞も有希も辛そうな顔をしていた。全身はぴくぴく動いていた。もう足が痺れてしかたがないのだろう。

 

 

 「もうダメですぅ!!」

 「お願いしますっ!!もう二度とこんなことしませんからっ!!」

 

 

有希も栞ももう必死だった。緋色先輩の方に目を向けると、先輩は迷っているのか、手を顎にあてて俯いていた。

数秒後、

 

 

 「会長、物には触らないようにしますので、さっきの部屋をもう一度みてみたいです!!」

 「あ、私も。」

 

 

って!!あんたらもかよ!

 

 

 「……まあいいでしょう。でも貴女たちだけで行くのは気が進まないので、私が連れていきます。」

 

 

っていいのかよ!

刹那達は先輩に連れられてさっきの部屋に向かおうとしていた。

…でもぼくもみてみたいな。いったいどれほどすごいのかを。

 

 

 「あの…ぼくもみてみたいかなぁ…なんて、駄目でしょうか?」

 「構いませんよ。」

 

 

ぼくはソファから立ち上がろうとした際、

 

 

 「じゃあ私達も―」

 「貴女達はそのままでいてください。」

 

 

一閃、宮永先輩の言葉を遮断した。もう宮永先輩たちが限界そうで、可哀想なので、助け船を出してみよう。

 

 

 「…まぁ緋色先輩、もうそろそろいいんじゃないでしょうか?さすがに可哀想に見えてきますよ。」

 

 

ぼくはそう緋色先輩に告げると、先輩は暫し俯き唸った。が、その表情はソファに座っていた私のみわかった。ほんのかすかに、かすかに口角が上がっていた。

 

 

 「……萩原さんがそういうなら、まあ今回は許しましょう。静乃さんに感謝してくださいよ?」

 

 

おお、まさかこんなにあっさりと…いや、当然か。いくら怒っていたとはいえ、いつまでも許さないままっていうのも……いや待てよ、もしあっさり許していたら、宮永先輩は懲りずにまたやらかすかもしれない。けれど、自分からではなく他の人が許させる形をとると、相手が受ける印象は変わる。…一度考えると、もはやそうとしか思えない。あの笑みも不可解だったし…。ちらりと緋色先輩に目を向けてみる。けれど、特に不思議な点は見えない。ぼくの気のせいだったか…

 

 

 「じゃあお先に失礼!」

 「部長さん!もう変なことしちゃダメですよ!もうあんな目に遭うのは御免ですからね!」

 「あ、待ってよ2人とも!」

 

 

もはやテンプレだよね、行動早すぎでしょう。

 

 

 「宮永先輩が変なことしないよう私が見張ります!」

 「じゃあ私は刹那が暴走しないよう見張るわね。」

 

 

次いで例と刹那がリビングを後にした。ぼくも腰をあげ、先輩部屋に向かおうとしよう。先輩はみんなが向かった方をぼんやりみていた。動きそうになかったので、ぼくは先輩を横切ろうとした。その瞬間、

 

 

 「先ほどのフォロー、ありがとうございます。」

 

 

耳元にその言葉が入ってきた。ハッとして振り返ると、先輩は微笑みを浮かべていた。

 

 

 「…やっぱりだれかが助け船を出すのを待ってたんですね?」

 「あ、やはり気づいていましたか。まさにその通りです。竜華がちゃんと反省するように調整しました。私がいっても彼女は反省してくれませんから……。でもどうしてわかったんです?」

 「ええと…」

 

 

わざわざそう導きだした過程を言う必要はないよね。先輩はそこまで知りたがってるわけではなさそうだし、何よりだるいし。

 

 

 「なんとなくです。」

 「そう…“なんとなく”ですか…」

 

 

…なんか見透かされてる気もするけど…ま、いっか。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 うーん、はっきりいってこの部屋、

 色が“黒い”な…

 壁にはV系バンドのポスター、置いてある物にはそのバンド関連と思われるギターやピック、あとマンガ、どれも黒基調。マンガにおいては見たこともないやつばかりだったけど、唯一わかったのがコードギアスかな。遼が一時期それにはまってて、言動が気持ち悪いことになってたから悪い意味でよく覚えている。

 …てかこの部屋にもギターあるのか…じゃあ着替えに使った部屋のやつは…身内のものなのかなあ。

 

 

 「す…すごいです…やっぱり会長さんはすごいです…」

 「こういうのって…やっぱオタク―」

 「私はちょっと趣味が人とは違うだけで、オタではないですよ。」

 

 

…緋色先輩の言葉にはちょくちょくよくわからない単語が混ざってるんだよなあ…。

 

 

 「あれ?これってギターじゃないですか?会長ってギターできたんですか?」

 「ええと………天海さんは是非とも去年の文化祭には参加しましたか?」

 

 

ああー…やっぱ生徒会のバンドはサプライズだったのか。なら言い渋ったのもわかるな。

 

 

 「へ?去年?参加してないです。学校説明会だけ行っとけばいいかなって思っていたので。」

 「そうですか…」

 

 

…あれ、たしかパンフに生徒会の余興については載ってたっけ?たいてい載ってそうなもんだけど…覚えてないなあ。

 

 

 「あれ、会長はギター弾けないはずじゃ?だって姉さんが…」

 「それ以上は言わないでくださいね。…まあいいです、もう言ってしまいましょう。私はギターと言うよりベースを弾きますね。ベースを弾く人は生徒会にはいませんでしたから…」

 

 

…じゃあこの部屋に置いてあるギターはやっぱり緋色先輩自身が……って、これベースじゃん。よくみたら弦四本しかないじゃん。

 

 

 「ちなみに、有希ちゃんはまず根本的に勘違いしてるからね?これ、弦四本だから(笑)」

 「…た、たしかに四本ですね…。てかそれよりも!」有希は視線をギターから先輩に戻し、

 「生徒会のにベースできる人がいないっていいましたけど、生徒会はバンドかなんかやってるんですか?」

 

 

すべての人の表情を窺ってみたわけではないが、有希のように疑問を浮かべていたのが2人……栞はどうかなあ……まあいいや、ぼくのように有希たちを微笑ましく思っているのは他に3人といったところかな。

 

 

 「有希ちゃん、この学校の生徒会は、代々文化祭の時、余興としてバンドをやってるんだよ。私は去年の文化祭に参加したから覚えてるもん、ほんとだよ?」

 「そ、そうだったんだ……じゃあ今ここで弾いてみてほしいです!先輩の腕前が知りたいです!」

 

 

あー、たぶん無理だろうな。だってさ、

 

 

 「こんな時間じゃ近所迷惑ですからダメです。」

 

 

予想通りの受け答えであった。

 



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2-3-6 深淵からの跫音

 なんやかんやいろいろあって、時間がもう12時をまわってしまったので、みんな布団に入ろうと…いや正確にいえば布団は暑苦しいので使っていないが、まあともかく寝ようとしたわけ。しかし…

 

 ~12時半頃~

 

 結衣「私はソファの上で寝ますので、皆さんで私のベッドや予備の布団を使ってください。」

 

 龍華「じゃあ私が結衣のベッドを使お―…」

 

 刹那「使お―…じゃないですよ!宮永先輩こそ、これまでのいきすぎた行動を反省してソファの上で寝るべきです!ベッドは宿主である会長と、会長を皆さんから守るために私が一緒に寝ます!」

 

 怜「なんかさらっと刹那の欲望がにじみ出ているんだけれど……。というか、寝る場所って具体的にはどんな感じになっているの?」

 

 結衣「私のベッドに1人、もうひとつのベッドに2人、予備の布団に3人といった感じですね。まあ、私のベッドはつめれば2人入れないこともありませんが、客人に窮屈な思いをさせるのは申し訳ないので……」

 

 有希「いや、せっかく泊めさせてもらってる身なんですから、窮屈だなんてそんなことは気にしないですよ!」

 

 結衣「皆さん……」

 

 栞「で、ソファを除いて、誰がどこに寝るかですよね…」

 

 

 

 ~回想終わり~

 

 で色々話し合った結果、

 

 結衣「じゃあおやすみなさい。」

 

 緋色先輩と一緒に寝ることになった。理由は、”このメンバーの中で一番緋色先輩にとって安全だから”、である。ちなみにいまぼくがいる部屋は、緋色先輩のものではなく、多分両親のものだろう。まあダブルベッドだし、部屋に入った時から枕二つ置いてあったし…。

横になって、今日あったことを思い出してみる。

 

・水着を買いにいったら、店内で緋色先輩やらに偶然出くわした

・水着姿の撮影をめぐってもめたあと、喫茶店で一息ついた

・帰り道、喫茶店にいた変態たちから刹那たちがナンパに遭い、緋色先輩とハムが返り討ちにした

・緋色先輩の家でゲームをして、水着撮影して、夕飯をご馳走になった

・Twitterでこの近くに変質者がいることを知り、このまま解散することを危険に思って、泊めさせてもらうことになった

・先輩の闇が垣間見える部屋や楽器の鎮座する部屋を覗かせてもらった

 

 …こう振り返ってみると、学校では見えてこなかった先輩の一面をたくさん見てしまったがために、先輩への印象が大分変わった。刹那とぼくは一緒にいることが多いから、生徒会繋がりで先輩とか関わることは少なくなかった。以前は眉目秀麗、生徒の規範であるクールな完璧超人(の厨二病患者)のように見えていた。しかしながら、そのクールな表情は、無数の表情の一つでしかなかった。そして、その無数の表情の中にはブラックな一面もあり、怒らせてはいけない恐ろしい人間であるということを思い知らされた。そして、厨二病患者であるのは私の思い過ごしなどではなく、日常生活の中にその影響が組み込まれて取り除けないレベルになるほどであった。そりゃあんな学校生活を送っていたらばれることなんてないけど、修学旅行とかでよくぼろを出してこなかったな…

 そんな彼女の性格というか、キャラクターはある程度知ることはできたのだが、プライベートの部分では謎が深く、その深淵をのぞこうとすると、その深淵に取り込まれてしまいそうな―――――――――。まず、家に入れさせてもらうとき、父親が出張で家を空けていると先輩は言った、出張のタイミングとぼくたちが来たタイミングがよく合ったなと最初は思ったが、いざ家に入ってみたらわかった。この家からは“父親”の存在全くが感じられない。夕飯を作る手伝いをしたとき、食器棚には“小さいご飯茶碗しかなかった”のだ。いくら少食だとしても、男の大人があんなに小さいものを果たして使うだろうか?少なくとも、ぼくの父はその二倍くらいの大きさのものを使っている。出張中だからといって、わざわざ茶碗を奥にしまうってことは考えがたい。―――――――――仮に、先輩が少しでも使わないものはしまっておく人間であったとすれば、納得できなくもない。しかし、いまぼくがいる父親の部屋を見て確信した。この部屋にはスタンド式のカレンダーが置いてあり、そこには仕事のスケジュールがびっしり書かれていた。問題なのはその日付。“去年の11月”だったのだ。もしぼくの考えが正しいなら、先輩の父親は半年近く家を空けていることになり、先輩はその間独り暮らしをしていたということになるのだ。母親はいないらしいからね。

 ―――――――さっさと寝てしまおう。……ただ、寝る場所が場所だし、隣には先輩自身が寝ているから、なんとまあ眠り辛い。しかし、起き続けているのは先輩にも迷惑をかけてしまう。さっさと寝てしまおう。

 ……緋色先輩についてそう思った“昨年のあの晩”の事を思い返して、ぼくは眠りについた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 横になって15分たったが、睡魔に全く襲われない。

 

 

「…はぁ…やっぱこんな時間じゃ眠れないなぁ…」

 

 

思わず呟いてしまう。まあでも、しょうがない。頑張って寝よう……としたが、できなかった。その理由はね…

 

 

 「…貴女も遅く寝る人だったんですね…」

 

 

ま…まさか先輩…さっきからずっと起きてた…のか……

 

 

 「ええまあ…いつもは2時過ぎに寝てます。先輩は?」

 「…引かないでくださいよ?」

 「え、ああはい。」

 

 

3時とか?まあそれはそれで吃驚だけど別に引くほどじゃ…

 

 

 「…4時寝なんです、私。」

 

 

…これは想定外だよ…。寝不足はお肌の大敵ではなかったのか?先輩だけは寝不足と仲良しなんですか??その固有スキル、ぼくもほしいぞ。

 

 

 「あー、今引いてますね、そうですよね、普通引きますよね…」

 「いやその…さすがに想定外でしたすいません。でもそんな時間まで起きて何してるんですか?」

 

 

すると先輩は身を起こし、その質問を如何にも待っていたかのようにこう言ったのだ。

 

 

 「知りたいですか?そりゃ知りたいですよね。今からそれをやりに行くのですが…静乃さんも来ます?」

 

 

それをみてれば寝るのにいい頃合いになるだろう。時間潰しと割りきってぼくは先輩についていくことにした。

 

 

 「まあその前に…ちょっと様子を見に行きましょうか。というか、彼女等が起きていたらちょっと不都合なので。」

 

 

うーん、なんだろう…勉強ってことはないだろうし、じゃあゲームか?でもなんでこんな時間から……てかぼくには知られていいのか?

みんなは夜行性ではないのか(まあぼくらが夜行性かと問われても微妙ではあるが)深い眠りについていた。宮永先輩と有希と栞は予備の布団で川の字になって寝ていたし、怜と刹那は…刹那がタオルケットを独占して寝ていた。怜はタオルケットを奪われて寒がっているのかと思いきや、納品されているマネキンのように、体を真っすぐにして微動だにしていた。なんとまあ、可愛くない寝方だ…。彼女らの就寝を確認し終えて、ぼくらは一階に移動し、ある一室に移動した。その部屋はぼくにも見覚えがあった。なぜなら、水着に着替えるときに使わせてもらった楽器のしまってある部屋だった。

 

 

 「ようするに楽器の練習ってことですね。あるいは……」

 

 

先輩は部屋に入るなりベースを手に取り、パソコン前の椅子に座ってパソコンの電源を入れた。ぼくもその辺の椅子にこしかけた。

 

 

 「後者の方です。こんな時間からって思うかもしれませんが…この部屋防音なので、ギャンギャンならしても平気なんですよ。」

 

 

しばらくして、先輩はハッとしてこちらを向き、

 

 

 「でもさすがに今日はそんなことしませんよ。」

 

 

騒がしくしたらぼくに悪いと思っているのだろう。まあ確かに、今から爆音を聞く元気はないかな。

 

 「まず、私は皆が寝静まったころを見計らって部屋を抜け出そうと思っていたんですよ。」

 「そうした場合、素性を知っている人間の方がいろいろ都合がいいということですか。」

 「まさにその通りです。…有希さんや刹那に明かしてしまうことも少しは考えました。けれど、そうした場合、少々面倒なことが危惧されるんです。」

 「…まあ何となく想像はつきますよ。」

 「口が固くないんです。有希さんは軽い、刹那はボロを出しかねない。今日も一回彼女はボロを出しましたから。」

 

 

ああーそれはわかるかも。なにぶん2人とは長い付き合いだからね。ぼくだって、変に目立つことは避けたい。だからずっと、“顔を隠して活動してきた”んだから。

先輩はあるソフトウェアを起動して、ベースを弾き、録音し始めた。ぼくもよくやるからよくわかる。

 

 

 「ただ………」

 

 

先輩はベースを弾きながら、こんなことを口にした。

 

 

 「今年は最後ですので、全部明かして目立ってしまってもいいかなって。」

 「……へえ?なら、SNSが騒がしくなりますね…」

 「ああいや、そういうことではないんです。」

 

 

先輩は引く手を止め、ぼくのほうをきっと見据えた。

 

 

 「今年の秋です。何があるかわかりますか?あ、学校での話ですよ?」

 「秋ですか………普通に文化祭とかじゃないですかね?………え?まさか?」

 「考えてることはおそらくあたりです。この話、すでに龍華とはしています。あなたにも協力してほしいんです。『嘔吐』『吐血』『暴動』などのヘヴィメタル楽曲を制作しているRaretsuさんに。」

 「……なかなか面白い話をしますね。ロック楽曲を制作している“base-on”さん。」

 

 

これは……今年の秋は………荒れるぞ…………

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 7月19日 日曜  ~静乃side~

 

 

 

 密度の濃い一日を終え、目が覚めると…あれ、いつのまにか寝ていたのか。上体を起こそうとして…あれ、もう起き上がってる。…ああそうか、座ったまま寝ていたのか。結局ベッドの上では寝なかったなあ。

 

 

 「…あれ、先輩は…」

 

 

 あ、いた。パソコンラックに突っ伏して寝てた。頭を横に傾けるタイプの突っ伏し方だったので、こちらからは寝顔が丸見えなのだが…、やっぱり学内で最高峰の顔面偏差値を持つ故、綺麗だった。女のぼくでさえそう思ったんだから、男が見たらすごいことになりそう。

 そのとき、ぼくは何を思ったのか、ポケットから携帯を取り出し、写真に納めてしまった。

 

 

 「…何やってんだろぼくは…」

 

 

 そのとき、ふとあることに気づいた。画面右上には現在の時間を表示している訳なのだが…

 

 

 「8時半…まあ休みの日だからこんな…も…………」

 

 

 ①皆が起きる

 ②刹那や宮永先輩が寝起きを狙ってぼくたちが元々いた部屋にいく

 ③居ないことを知り、さらに布団が全然温かくないことを知り、二人がどこにいったかを疑う

 ④ここにいることがばれ、夜何をやっていたかを問い詰められる

 

 

 って、やばくね?昨晩先輩がぼくにいったこと、全部無駄になるんじゃないか?

 

 

 「先輩!起きてください!もう8時半です!」

 

 

 ぼくは急いで先輩の肩を揺さぶった。先輩は重苦しく頭をあげ、後ろに大きく伸びをした。

 

 

 「あー…静乃さん…おはようございます…。って、どうしたんですか?そんなに焦った顔をして…」

 「時間!時間を見てください!」

 

 

 まだ眠いのか、欠伸を隠すため手で口を覆いながら自分のスマホに手をつけた。そして状況を把握したのか、眠そうな顔はみるみる蒼白になっていった。

 

 

 「…ど、どうしましょうか…」

 「皆が起きてたらもうアウト。刹那あたりがきっと寝起きを狙って部屋に入ってくる可能性が……」

 「いや、部屋には入って来ないでしょう。昨晩、どこで寝るかで話し合っていたとき、静乃さんはお手洗いで一旦場を離れましたよね?ちょうどそのときに、竜華が不穏なことを言ったものですから、私、皆に言ったんです。『変なことをしたらどうなってもしりませんよ』と。だからそれについては大丈夫なのですが…」

 

 

 あ、そんなことがあったのか。じゃあさっきはいらぬ心配だったのか。…いやでも不味いことは確かだ。

 

 

 「もしこの部屋から出るところを見られたら…ですよね?」

 「ええ…」

 

 

 数秒間の沈黙の後、生み出された解決策は、

 

 

 「まず私からでます。誰も起きいてなかったらすぐ呼びます。だけど誰か起きていたら、タイミングを見計らって静乃さんに電話をかけるので、その時に出てきてください。」

 

 

 やっぱそうなるよね。

 …待てよ?

 

 

 「宮永先輩やらが部屋漁りを始めたとき、この部屋には入ったんですか?」

 「いえ、竜華はしていません。そう彼女から聞いています。」

 

 

 成る程、宮永先輩もこの部屋を皆に見せるのは避けたということか。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 先輩が部屋を出て数分たっているわけだが…

 

 

 「連絡が来ない………」

 

 

 防音仕様のせいで、こちらの音は漏れないが、あちらの音も漏れない。だから、外が今どうなっているのか全く見当がつかない。先輩はうまく誤魔化せたのだろうか。…先輩ならなんとかするか。問題はぼくだ。万が一失敗したときどう対応するか……そうだなあ…

 

 

 ①寝起きを装いトイレと間違って部屋にはいった

 ②鍵盤を見たら弾きたくなってしまった

 ③そこに部屋があるからさ

 

 

 まず③はないな。自分で考えておきながら、次に②は宮永先輩があいてならいいが、他はダメだ。となると…①だよな…でもこれは相手がアホじゃないと引っ掛からないよなあ…怜には見破られそう。色々考えながら部屋内をぶらついていたら、カツンと音が鳴った。どうやらなにか蹴ったらしい視線を下に落とすと……「…そりゃあ…こんなことになってるなら連絡なんて来ないよね…」

 なんと先輩のスマホだった。パソコン周辺を歩いてたらぶつかったんだから、きっと寝てるときにポケットから落ちたんだな。

 だったらどうする?連絡手段は途絶えたし……いや、むしろこれはチャンスだ。ぼくは先輩のスマホをと持って、堂々と重い扉を開けた。

 扉の前には人はいなかったが、部屋から出るところはバッチリ見られた。そこには宮永先輩と、刹那と怜がいた。

 

 

 「あれ?なんで静乃はそんなところから出てきているんですか?」

 「先輩と一緒に寝てたんだから、普通なら二階からおりてくるわよね?」

 「……」

 

 

 疑いを持ち始めているのが二人、そして…無表情で何も言わずにこちらを見ているのが一人であった。でも、それには理由があるんだよ。今からそれをいってあげるよ。

 

 

 「…緋色先ぱ―――」

 「あ、私のスマホ見つかったんですね!」

 

 

 ぼくの言葉を遮って緋色先輩が駆け寄ってくる。

 

 

 「…ええ、どこにあるかわからなかったから電話を掛けて、そしたらあの部屋からかすかに着信音が“聞こえ”ましたので…」

 

 

 そこでぼくはあえて宮永先輩の方を見てみる。すると目があった。上瞼がかすかに動き、そこで目線を逸らされた。

 

 

 「なんだそんなことですか~…」

 「聞いてみたら存外普通なことだったわね。」

 

 

 2人は納得した表情を見せ、テレビに視線を戻した。一方宮永先輩は緋色先輩に視線を向けていた。それはほんの数秒で、すぐに先輩ら二人もテレビを観始めた。

 じゃあぼくものんびりテレビでも観るかな。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「ではみなさん、気を付けて帰ってください。」

 

 

 午前10時くらいかな?各自帰り支度を済ませ、全員が外に出た。太陽が眩しく、気温が高くて暑い。まあぼくの髪は灰色だから、頭に光を集めないだけちょっとましかな。…そんなの大した差じゃないか。

ぼくは自分をあざけった。

 

 

 「昨日今日と会長には酷い迷惑をかけてしまって…本当にすいませんでした!そしてありがとうございます!」

 「謝罪と感謝を素直に言う刹那ちゃんである(笑)」

 「会長の意外な一面がみれてなかなか楽しかったわ!」

 「…トラウマも植え付けられましたがね…」

 

 

暗い顔つきで呟く栞と、それに連動して有希も、まるで黒い靄がかかっているかのようにみえた。

 

 

 「あはは……」

 

 

まあ笑うしかないよね(笑)

 

 

 「では、そろそろ行くことにします。」

 「また明日学校でね~ノシ」

 「はい。皆さんまた明日。」

 

 

 先輩はひらひらと手を降ってぼくたちを送り出す。

 こうして、長い長い激動の二日間は幕を閉じたのであった。

 

 

 さて……家に着いたら……楽曲制作を進めようかなあ。

 



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2-3-7 一方そのころ遼はといえば

 7月18日 土曜

 

 

 有希は水着を買いに行くとか何とかで出かけて行った。叔父さんは締切が近いから仕事部屋にこもりっきり。そして俺は……

 「ってまたジェラセンバかよ!いいかげんにしろ!」

 一人孤独にゲームに耽っていた。現在プレイしているのはファンタシースターポータブル2∞、武器収集、レベル上げ、コスチュームチェンジなどなんともやりこみ要素の高いアクションRPGであるので、長く遊ぶことができる。といっても、ひたすらレア武器ドロップするまでミッション周回するのは非常につらい。

 意志の弱い俺はアイテム狩りをあきらめ、PSPをベッドに放り投げ、椅子に乱暴に座った。ギシッと椅子の軋む音が閑静な部屋に響く。

 「あー…だるい。」

 「なら…やらないか?」

 机の上の方から危険なワードが聞こえてきた。一瞬某くそみそを連想させられるが、そんな汚いものではなく、実にさわやか。うん、見た目はさわやか。というのも・・・

 「まさか藤田ボイスでその言葉を聞くことになるとは思わなかったぜ…。」

 「え、今の言葉、何かおかしかったのかい?」

 そう、俺と現在会話している相手は竜崎。初音ミクのフィギュアに憑依しているから、見た目はミクさんがしゃべっているように見えるが、中身は男。つまり、さっきのやらないかは本質的にはヤヴァイのだ。

 「ああいや、気にしないで…てか、やらないかって、なにやんの?」

 「そりゃあもちろん告白け――」

 「却下だ。」

 俺は竜崎の言葉を無理やりにでも断ち切った。理由としては、竜崎のこの後に続く言葉を俺は知っていて、それは明らかに俺が面倒なことになるのがわかっていたから。それは“告白券”というものである。いうなれば“恋人ごっこのための手段”だ。

 「なんだと?私にはその理由を理解しかねる。なぜ使いたいと思わない?好みの女性とかかわることができるチャンスなのだぞ?」

 「……俺が嫌がる理由を教えてやるよ・マジ一つ目、相手の名前・処女かどうかを知る手段がない。二つ目、一週間という期間が長すぎる。三つ目、知り合いに見られたくない。その三つの条件をクリアできないから嫌なんだよ。後面倒くさい。」

 「絶対一番最後が本音だろ……でもまあ……なるほどな。確かに最後の一言以外には同意できるな…。」

 竜崎は短い腕を組み、机の上の竜崎用のチェアに腰かけた。

 「では逆にいえば、その障害を無くすことができれば・・やってもいいと?」

 「いや、面倒くさいから嫌だ。」

 「なるほど、やってもいいんだな、そうかそうか。了解したぞ・」

 「っておい!・・・・・・・・・・・はぁ、わかったよ。」

 渋々肯定してしまった。そして、すぐにそれを後悔することとなった。竜崎は俺の肯定の言葉を聞き、口元をにやりと歪ませた。

 「残念ながら、一つ目はどうしようもできないな。」

 「って、大切なところがダメってどういうことなんでしょうかねえ…。」

 「あたりまえじゃないか。この世界にプライバシーというものがないとでも?」

 「…告白券はおもくそ人権侵害していて、それは許すのにプライバシーがどうのこうのって言われても…いや、プライバシーの侵害もある意味では人権侵害…あれ?じゃあ……やべえ、こんがらがってきた。」

 「…君はいったい何をやっているんだ。」

 気付けば竜崎は呆れ顔でこちらを見上げていた。そんな顔に俺はほんのちょっとほっこりしてしまった。こんなときでもぶれない俺はある意味すごいと思う。自分で言うのもなんだけどね。

 「話を戻すけど、三つ目の問題…すなわち知り合いに見つかりたくないという問題はなんとかできる。」

 「…バスや地下鉄で移動ってのはお断りだぞ?」

 「まさか。ちゃんとこれからそれについて話す。」

 竜崎は左右の肘掛けに肘を載せ、短い指を組んだ。可愛い。可愛いよおこの姿。少女が大人ぶっているように見えてさあ!

 「・・・・・・でへへ。」

 「・・・・・・・はあ。」

 「…すまん。」

 「わかればよろしい。では話に入るぞ。移動の件についてだが…簡単にいうとワープだ。指定の場所まで転移することができる。どうだ?三つ目の問題はこれで解決だろう?」

 竜崎はまた非現実な話をしているわけだが……こいつの存在自体が非現実だし、なにより、これまでに渡されてきた告白券、ナーヴギアαという、どうにもこの時代の科学じゃ説明できないような代物を目にしている。だから、にわかに信じがたいが、今回の件も本当なのだろう。

 「……なにやら腑に落ちないことでもありそうだね。まあしょうがないか。この世界じゃありえないもんな。」

 「……竜崎のいた世界……神界じゃ、ワープってのは当たり前なのか?」

 「ん?ああいや、そうでもない。転移を行うことができるのは一部の奴らだけだ。これが一般化されてしまうと問題も多くてね。」

 「ん?問題?てことは…………超電磁砲でいう黒子とか、シュタゲでいうSERNのタイムトラベル実験みたいなもんか?指定された座標へ物体を移動させる。仮にその座標に障害物があれば、それを無視してさ。だから、人がいる座標にワープして自分の体が相手の体、建物にめり込んだりとかさ。つまりは座標計算の失敗みたいな?」

 このとき、過去のアニメ、ゲームの例をもとに、俺は軽いトーンで自らの持論をぺらぺらと喋っていたのだが、竜崎は明らかに見てわかるほど驚いていた。組まれていた指も解かれていて、立ち上がってこちらの方に駆け寄ってきた。

 「……なんでお前がそのことを知っている!」

 「へ?」

 呼び方も“君”から“お前”に変わっていて、妙に迫真だった。

 「ちょっ、どうしたの?」

 「怜か?怜が漏らしたのか?」

 「いったん落ち着こうぜ、なんでそんなすごい剣幕で来るのか、俺には理解不能なのだが。てかそのことってどのこと?超電磁砲?シュタゲ?」

 「【座標計算】だっ…!なぜそこまで詳しい?それに事故の件だって――」

 「だああああああ落ち着けええええええ!!!!」

 俺は怒鳴り声をあげて、無理やり竜崎を黙らせた。

 「さっきの俺の言葉は全部アニメから知ったんだよ!とある科学の超電磁砲というな!それ以上のそれ以下でもないわ!」

 すると竜崎は自分の思い違いに気付いたのか、腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。

 「そっか………すまん、今のは忘れてくれ。」

 「ん?あ、ああ…。」

 こいつはどうして俺の座標計算の持論について、こんなに過剰反応したんだ?神界での機密事項?そう考えるのが妥当なのかな。座標計算の話は大体当たりなのか。そして体がめり込むくだりもきっと本当のこと……。神界で事故が起こったのかあ。神様が死ぬってこともあるんだな(笑)

 「えっと、どこまで話したかな。」

 「転移は一般化されてないみたいなところまでじゃなかったっけ?」

 「ああそうだったな、でもまあ、その件はいったんおいておくとして、どのように転移するかという話になるのだが……冷静になって考えてみたら、君の言っていることと私がこれから説明するものとは微妙に違っていた。完全に私の早とちりだったな。取り乱して本当にすまなかった。では説明に入る。ひとえに転移と言っても、物体を地点から地点へ瞬間移動させるというわけではない。というか、この世で瞬間移動できるものなんてないだろう?どんなものでも、移動するための経路がある。それが長いか短いか、そもそものスピードが速いか遅いかで伝達までの速度は変わってくる。先ほど言った転移というのは、その経路の大幅なショートカットといっていい。たとえば、君の今住んでいる神戸から、北海道までどのくらいの時間がかかる?飛行機を使っても数時間はかかるだろう?私の説明する“転移”は、それを一分ほどに短縮できるのだ。それはいったいどのようにして?簡単なことだ、神戸と札幌の“空間をつなげるのだ”。」

 急に説明口調になり、饒舌な竜崎の難しい話が耳から入り耳から抜けていたのだが、最後の一言だけは脳内に残った。空間をつなげるって……なんだよその超常現象。

 「私や怜がこの世界に来ることができたのも、私たちの住む世界と君の住む世界の空間をつなげたからなのだよ。」

 「な、なるほど……」

 「信じることができないのは分かっている。だから、告白券を使いに行くとき、実際に経験することになる。楽しみにしていろ、この世界で空間を飛び越える最初の人物になるのだから。」

 「おおー…だけど、告白券を使いに行くのはいつになるんでしょうかねぇ……。」

 「今だね。」

 「嫌だね。」

 「早速怜に連絡を取って準備を始めようか。」

 「話を聞けよおおおおおおおおお!!!」

 瞬間、竜崎の眼前にわりと大きなサイズのモニタが出現した、A4用紙ぐらいかな……って、プロジェクターもなしにどうやって出したんだ?というか、すごい近未来的だな……

 あまりの出来事に、俺は竜崎を怒るのも忘れ、すっかり見入ってしまった。ビデオ通話みたいなものなのかなあ。

 ほどなくして、モニタには怜の顔が映し出された。

 『あー…怜、私だ。』

 『んなの見りゃわかりますよ。で、何の用ですか?』

 『今から告白券を使いに行くぞ。勿論国広君がね。』

 『え?今からですか?それはちょっと難しいというか……というか無理です。』

 『なんだと…?』

 『今、ちょうど出かけているんです。それで………その……………。』

 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど、言いたいことは分かった。それなら明日はどうだ?』

 『あ、それは全然大丈夫です。』

 『よし、では明日に決行しよう。時刻はそうだな………10時半に怜の家に集合ということでかまわないかな?』

 『了解しました。』

 そこで、モニタは視界から消えた。

 「すまない、明日になってしまった。」

 「お、おう…………って、だからなんで行く前提!?第一最大の障害の相手の名前と処女を知ることと時間の問題は達成できていないからな!?」

 「あ、後者においては簡単に解決できるぞ。というか、君は知らないのかい?」

 知らない…?いったい何についてだ?告白券というのは、2週間相手が自分の事を好きでいるのように洗脳する代物………で、あってるよな?

 「……まさか怜から聞いていない………よな、君のその顔を見ていると。じゃあ説明するが、なあに、簡単な話さ、告白券の【一日】ヴァージョンを使えばいいのさ。」

 ………そんなもんあったのか。

 「まあこれは記憶操作の関係で非推奨…いや、お勧めはしないな。」

 「言い方を変えているところで言っていること変わってないからな?てか、そんないい代物があったなら6月時点で教えてくれればよかったのに、怜も気が利かないなあ。」

 「すまないな、本来なら私の口から説明するはずだったんだけどな…予想以上に脳へ干渉できる時間が短くてな…。」

 「ちょっ、そんな深くとらえなくていいって。」

 「…すまない。」

 謝る必要なんてないんだけどなあ、そこまで気にしてないし。

 しばらく無言の状態が続き、ふと、竜崎が口を開いた。

 「もうここまで話が決まったんだから、君も腹をくくってくれよ?」

 「…………ああわかったよッ!不本意だが、決まってしまったものはしょうがない。やってやるさ!……って最大の障害が未解決だろおおおおおおおお!!」

 「大丈夫だ、策はある。もう話し疲れた、おやすみ。」

 「って寝るなよおおおおお!!!」

 

 結局俺も寝ることにした。今二時だし、六時まで寝よう。

 

 

 

 目が覚めると、まだ外は明るかった。六時にしては明るすぎるよな……

 そして、何やら携帯がガンガン鳴り響いていることに気付いた。開いてみると、相手は宮永部長だった。

 『…はい、国広ですが。』

 『あ、国広?今アンタ暇でしょ?』

 『…いえ、俺には睡眠という重大な使命が……』

 『じゃあ暇なんだね。今からフルドやんない?』

 『フルドですか……ランダムマッチですか?それともフレンドマッチ?いずれにしても今じゃなくてもいいんじゃないでしょうか……』

 『ああもううるさいなあ!今じゃないとダメなの!』

 『…部長、わがままな女は男に嫌われますよ。』

 『ぐぬぬ…………相手が刹那ちゃんと結衣だと知っても、同じことが言えるの?』

 『……なんだって?』

 部長の返答はあまりに予想外であった。会長と刹那が相手?彼女ら、家庭用のフルドもってたの?

 『今回は私と国広タッグと、刹那ちゃんと結衣のタッグが戦うのです。』

 『……早急に準備しますね。』

 こんなレアなこと・・・・・・逃すはずないでしょ!

 

 

 会長の機体【ウイングゼロ】の持ち味は、中距離からの砲撃。だけど、発射までに数フレームかかってしまうから、ただやみくもに撃ってくるだけなら目測でかわすことができてしまう。まあ会長のプレイングは神かがっているからそんな甘い考えは簡単に打ち砕かれるわけだが……それでも、地上戦ならまだ俺でもギリギリ対処できる。だけど空中戦はそうもいかない。ただでさえウイングゼロは空中での移動に長けている。そんなMSを相手に空中戦を挑んだところで勝てるわけがない。だから、普通は挑まない。会長も以前は挑ませようともしなかった。だけど、今回は違った。その理由が、会長が勝負の終盤で用いたワイヤーだ。ワイヤーで相手を括り付け上昇、そして上空で放り、そこを狙い撃ち。会長はこの一連の流れを実行したかったのだろう。幸い調整に不備があり、その穴を突くような形で俺は対処した。もし穴がなかったら、俺と部長は負けていただろうよ。会長はWガンダムのファン、特に自分の名前と同じヒイロに肩入れしているから、彼の愛機のウイングゼロになぞった武装を会長は自分の愛機にもしていた。その中にワイヤーは含まれていない。だから、会長が今までのポリシーをまげてワイヤーを使用してきたときには本当に驚かされた。

 「ナイスファイト…だったのかな?」

 対戦の最中、竜崎は小さな椅子に座り、小さな机に頬杖を突きながら俺の対戦を見ていた。

 「うーんどうだろ、俺のプレイングは無難だったかな。とりわけ危険な行動をとったわけでもないしね。部長も相変わらず。ただ、刹那が本調子じゃないというか白い方だったというか、それのせいであんまり強くなかったし、会長にもミスがあったしね。まあでも、そんなミスがちっぽけに見えてしまうほど上級生二人の戦いはすさまじいものだったな。だから総評としてはまあまあかな。」

 「なるほど……。ま、なんにせよ、これで好感度も多少なりとも上昇しただろうよ。」

 「まさか、リアルはそんなに甘くはないよ。」

 そもそも、実感がわかないってのもある。好感度を数値化ってこともそうだが、三次元を二次元に見立てるってこともな……

 

 

 対戦を終えた俺は、今度こそ眠りにつこうとベッドに倒れこんだ。

 「じゃあ竜崎、起こすなよ?」

 「重大なことが起こりでもしない限り起こさないから安心しろ。」

 「ははは、止めてよね、そういったフラグ立てるの。」

 俺は竜崎を笑い飛ばした。

 「まあでもフラグメイカーだからなあ。」

 「ちょっと……怖いこと言うなよ……。」

 「ごめんごめん。――じゃあ、おやすみ。」

 「ああ、おやすみ。」

 

 

 目が覚めると、部屋はかなり暗かった。携帯で時刻を確認してみると、画面には7時と表示されていた。3時間くらい寝てたことになるのかな?ずいぶんと長い昼寝だ。

 「竜崎はどこだ…?」

 体を起こして、ベッドから降りる。ハウスを見てみると、彼もすやすやと寝息を立てていた。

 「おーい、飯近いから起きろー」

 …起きない。熟睡か?

 「起きない奴にはオシオキしなきゃだめだなあ。」

 俺は指にありったけの力を注ぎ、竜崎の額にめがけてデコピンをかました。

 「~~~~~~~~~~~!!!!!」

 あまりの衝撃に竜崎は悶絶し、ハウスのベッドの上で体をよじっていた。ほどなくしてから、額をさすりながら上体を起こした。

 「…痛いじゃないか。」

 「飯だ、降りろ。」

 「…会話になっていないじゃないか。」

 「じゃ、俺は先に降りてるからな。」

 「あ、待て待て!俺一人じゃ降りることなんてできないから!」

 あ、一人称がまた変わってる。

 



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2-4-1 ふしぎなおどり

7月19日   遼side~

 

 日曜日、故に我は眠る…筈だったんだけど、なぜかアラームがやかましく鳴り始めたので、しぶしぶ起きて携帯を開くと、登校用のアラームがセットされていたようだった。

 「一体誰がこんな時間にセットしたんだよ…って、俺しかいないか。」

 乱暴に携帯を閉じ、再び横になった。平日の癖でついつい金曜日にアラームをセットして、土曜日に嫌な思いをする時は何度もあった。まあそれは、この学校が週2回土曜もこさせる嫌な制度を規定しているからだけど。まあそれを考慮しても、次の日が絶対に休みである土曜にセットすることなんて…

 過去の記憶にフル検索をかけてみる。

 「…やっぱりあり得ないな。」

 きっと疲れているのだろう。昨晩は濃密だったし。

 「ほんと、なんであんな危険なものを俺に強くオススメしてくるのだろう。なんだっけ?練習も明日する…と…か……」

 頭に電流が走る。俺はそこで、完全に頭の中から抜け落ちていた昨晩の“就寝前の記憶”を思い出した。

 

 

『あー眠い、寝よう。…そーいや竜崎が明日は練習がどうのこうのって…考えんのも面倒だ、設定しとけ。』

 

 

…そういやそんなこともしたなあ。

 なんで忘れてんだよ俺は。

 体を起こして、顔を洗いに行った。

 

 でさ、はやく起きたよ俺は。何のためってデート練習のためさ。でさ、奴も当然準備万端なんだろうなあとおもって覗き込んでみるとさ、奴、寝てんだよ。なんで竜崎は寝ているんですかねぇ…。

 俺は竜崎が寝床としているハウスの前に立ち、やつを起こそう…としたとき、ふとあることが頭をよぎった。

 「おお、これがあったなあ。」

 踵を返して部屋から出、隣の有希の部屋への前に立った。

 「おい有希入るぞー」

 少し待ったが、あることを思い出し本人の許可もおりぬままドアを開ける。というのも、前日有希は会長の家にお邪魔しており、どうやら泊まって来るとのことでいないはずだからだ。もっとも、それなら掛け声もいらないのだが、完全にそのことを忘れていた。

 「っと、あれを探さなければ…」

 平日の朝はいつも俺を苦しめていたアレ、いつもは恨めしく思っていた。けれど、今日ほどアレを求める日なんて今後絶対にないわ。

 机に目をやったが、無い。その周辺に目を向けたが、無い。もう時間は十分も経過していた。

 「…となると…」

 有希の眠るベッドに面向ける。ベッドの角、つまりは扉から見て左隅に小さな棚がある。そこには目覚まし時計や貴重品がおかれているのだが…

 「もしかしたら…いやほぼ間違いなくあそこにおいてあるか…。でもなあ…」

 いくら妹とはいえど、ここに手をかけるのはいささか踏み込みすぎのように思える。もしこの棚が、誰にもみられたく無い自分だけの空間だとしたら、そこに無断で手をかけるのは…てかそもそも無断でしかも女子の部屋をあさってるってのも問題ではあるが…

 「…まいっか」

 あとで謝ればいっか。

 俺は奥の棚を調べるため、有希のベッドに乗った。ギシッと軋むベッド。

 奥の棚をみると、予想通りソレはあった。ご丁寧なことに目覚まし時計の隣に置かれていた。

 「さ、回収して部屋に戻るか。」

 俺がソレに手をかけようとしたその時、

 【ジリリリリリリリリリリリ!!!!!!!】

 唐突に、本当に唐突に有希の目覚まし時計がなり始めた。こんな中途半端な時間に設定するか普通!?

 急いで目覚まし時計の上のスイッチを押してアラームを止めたが、勢い余って体勢が崩れ、棚を置いているせいで生じたベッドと壁の間、隙間にひどい音を立てて頭から落ちた。そして、動けなくなった。今思い返せば、なんで有希をまたいで棚を調べようと思ったのだろう。ぐるっとベッドを回ればこんなことにはなってなかったろうに。

 何もできない。動けない。動けないが、辛いわけでもない。むしろ安置なまであった。それ故に、早起きしたツケで眠気が俺を襲ってきた。ベッドの隙間の妙な暗さも相待って、次第に瞼が重く……

 

 現在俺の上半身は隙間にすっぽりはまり、下半身が宙ぶらりんとなってしまっている。そんな状態で居眠りしたんだ。第三者からしてみれば、さぞ異様な光景だろう。すると、発見した時の行動は1つしかない。有希の部屋に時計の針の進む音以外の音が響き渡ったのは、それからしばらくしてのことだった。

 



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2-4-2 今なんでもするって言ったよね?

女の人の叫び声が目覚ましとなり、俺の意識が戻った。足をばたつかせてなんとか脱出した時、そこには汚物を見るような目で睨みつけている怜がいた。次に取る行動は驚かせてしまったことへの謝罪か、それともどうしてこんな格好で妹の部屋にいたのかの説明か…いずれにしても、面倒臭いことになりそうだと感じていた。

 

 「あなた一体何がしたかったの?」

 怜はベッドに腰掛け手足を組み、俺は硬い床に正座られていた。当たり前の結果といってしまえば全くもってその通りである。

 「悪気はなかったんだ。ただいつも俺を起こす時に使っているブザーを借りようと思ってさ…」

 「……え?ブザーであなた起こされてるの笑うんだけど。って、そんなことはどうでもいいわ。普通に考えて留守の妹の部屋に侵入して、加えて不可解な場所で寝るって相当の変態ね。見損なったわ。このグズ。」

 怜の言葉の一つ一つが俺に重たくのしかかってくる。俺はますます縮こまるばかりだ。

 「…返す言葉もございません。」

 「まったく……会長の家から裏技使ってこっちに急いで戻ってきてまず起こったことがこれとは…まあいいわ。竜崎のところに行って準備しなさい。終わり次第細かい調整をするから私の家の家に来て。時間が勿体無いわ。10分でやりなさい。」

怜はそういうと、俺を残して部屋を出た。その足取りは速かった。

 

 俺は自室に戻った。当初の目的を果たそうと、ブザーを手にハウスの中を覗き込んだ。そこには……

 「うん、モーニングコーヒーは最高に美味しいな。やはりコーヒーはブラックに限る。」

 優雅な朝を楽しんでいる竜崎がいたのだった。

 「…………チッ。」

 「おや国広君、おはよう。早起きとは中々感心だな。今日デート練習するってことを自覚していたのかな?」

 「……そうですよ。」

 畜生っ…あんだけっ…こいつを苦しめようと苦労したのにっ…こんな事って…

 むしゃくしゃしたからとりあえず鳴らす事にした。

 「ちょっ、お前なにしやがる!早く止めろーーー!!!!」

 「あ、ごっめーん☆手が滑っちゃった☆てへぺろ☆」

 「お前ここにそれ持ってくる時点で悪意しかないだろ!」

 「むしゃくしゃしたからやった。」

 「あのさあ…」

 「てかいいの?口調が素に戻ってるぞ。」

 「………素?何の事だ?」

 「またまたとぼけちゃって………まあいいか。デートの練習するんでしょ?どんな準備すればいい?」

 「ん…そうだな…まあ顔洗って歯磨きして、朝ごはんを食べる事かな。それが終わったら、怜の家にいくぞ。」

 それが準備って……

ひどく拍子抜けした。ともあれ、怜は急いでいたように見えたが、デートの練習と言われどんな服を着るべきか無駄に悩んでしまったため、言われた3倍の時間がかかってしまった。まあ、謝ればいいか。



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2-4-3 多目的トイレ……あっ(察し)

今俺は竜崎と共に怜の家の玄関に立っている。万全を期したつもりなので、予想以上に時間がかかってしまった。気づいたら10時半、本当に申し訳ない。まあでも、謝れば許してくれるやろ!

 「ここにはいるのも中々久しぶりだな。テスト勉強の時依頼か?」

 「確かにそうかもしれないね。」

 俺は玄関のインターホンを押し、怜が出迎えた…のだが、

 「…何だその格好は…?」

 「リクルートスーツだけど?てか遅すぎるわ。」

「許してくださいなんでもしますから!…てか、ほんとなんでリクスー?」

 とまあ、かっちりとした正装であったのだ。さらには、いつもの金髪は黒へとカラーチェンジしていて、サイドポニーにしていた髪はおろされて、単なる黒髪ストレートへと変わっていた。

 「はぁ?じゃあ何が…あ、なぜこんな格好をしているのかって?それはもちろん、イメージのために決まっているじゃない。」

 イメージ?俺のイメージをよくするのならわかるが…なぜ怜のイメージをよくする必要があるんだ?

 ただただ困惑するだけだった。

 「まさか…今日のスケジュールって、まだ聞いてなかったりする?」

 「…おい竜崎。」

 「いいサプライズになっただろう?」

 彼はキメ顔でそう言った。

 「あのさぁ…」

 「遅れたのそういう理由じゃないのね…まあいいわ、とりあえず中に入って頂戴。」

 

 

 「うん、似合っているわよ。高校生とは思えないくらい。」

 「…そういうコンセプトにしたんだろ?」

 「やっぱり私の技術は中々のものね!」

 「自画自賛かよ!」

 俺の声が怜の部屋に広がった。

 …まあ実際、本当に怜の技術には本当に驚かされた。髪はワックスで決められ、全身スーツ。靴も新しいものであった。(故に、今は室内だというのに靴を履いている。)その姿は一高校生ではなく、あたかも“社会人”のようだった。………俺の渾身のおしゃれは無駄になったけどな。

 「…まあでも、こんな格好するってことは…」

 「察しがいいわね。多分考えてるとおりよ。これから“都会の女性をスカウトしに行くわ”」

 …おお、なんかすごい。

 「プランはこうよ、私と遼はこれから東京にとぶ。そこで、あなたが気に入った女性に対して私が声を掛ける。モデルのスカウトという形式でね。それでうまいこと話が進んだら、そのへんの喫茶店でその娘の詳細を聞く。書類に必要事項を記入してもらう形ね。遼はそこに書かれている名前を告白権に写す。もしも相手の純情が守られていたのなら、効果はすぐに出るわ。みたらすぐわかる。反対に、何も効果が現れなかった時、そうなった場合は…」

 「なった場合は…?」

 ごくり、と息を飲む。

 「すぐにその場から逃げるのよ!」

 「…は?」

 なんとも単純明快な策であるが、正直失敗した時の対処がこんなものであるとは思いもしなかった。あまりや予想外すぎて、空いた口がふさがらなかった。

 「……なんて、冗談に決まってるじゃない。」

 やれやれといった風に怜は手を振っていた。

 「俺の驚きを返せよ!」

 「実際のところは、ちょちょっと記憶操作するだけね。」

 記憶操作ねぇ…そんな簡単にやっていいものなのかと、そこに関しては前向きに考える事ができない。直接的ではないとはいえ、脳味噌をいじくるわけだし、何より、そんな事ができるのなら告白権の存在意義は?

 …ますます、告白権へのイメージが悪くなっていく。もはや利点は処女をマインドコントロールできるところだけだ。利点というのもおかしな話か、恐ろしい点とでもいえばいいのか?いやそれは語呂が悪いな。てかそんなことはどうでもいいんだよ。

 「……じゃあ用意もできたことだし、東京に飛ぶわよ!」

 「お、おう…」

 怜に連れられて、俺らはとある一室に入った。そこは……俺が怜の家に初めてお邪魔させてもらった時、ふと入ってしまったあの部屋……パソコンとプリンタがぽつんと置かれ、よくわからない記号の羅列がプリントされていた紙が散らばっていたあの部屋だった。勿論、あの部屋に入ったことは怜たちに教えていないので、知らないふりをしている。

 「じゃあこのアイマスクつけて。」

 と、怜はポケットから真っ黒のアイマスクを俺に向けてきた。

 「転移する瞬間とかみられたらまずいことになっているのよ。だから、私がいいと言うまではつけたままでいてね。」

 “まずいことになっている”…か。本当、神界ってやけに秩序だっているんだなあ。

 俺は言われるがまま、アイマスクをつけた。視界が完全にシャットアウト。全くと言っていいほど光は入ってこなかった。

 「そのまま動いたらダメよ。いい?絶対だからね?」

 「お、おう。」

 「じゃあ怜、始めてくれ。」

 竜崎の言葉を皮切りに、足音が鳴り始めた。怜が移動しているのだろう。それから、カタカタとキーボードの音が聞こえ、程なくして止んだ。それからはすぐだった。《ヴヴヴヴヴヴヴヴ》と地響きのような音が聞こえてきた。まるで、“空間を捻じ曲げている”かのような音が…まあ実際空間いじってるんだけどさ。まあともかく、そんな日常生活においては絶対に聞こえてこない音、さらにはアイマスクをつけていることによって視界は機能していない。だから、今のこの状況がものすごく怖くて、ますます俺の体は硬直した。

 その音も鳴り止み、再び足音が聞こえてきた。その音はこちらに近づいてきて、止まった。目は塞がれて何も見えないが、正面に怜が立っていることはわかる。放射線というやつだろうか。

 「じゃあこれから東京へ移動するわよ。準備はいい?」

 「ちょっ、ちょっと待ってくれ。」

 俺は大きく深呼吸をし、大きく伸びをした。

 「…オーケイ。……さあ、俺たちの戦争≪デート≫を始めー」

 「はいはい、さっさと行きましょうね~」

 彼女は俺の手をとって、前方へ歩き始めた。

 …すべすべしてる、やわらけえ、女の子の手って、いいなぁ…

 …じゃなくて!そのまままっすぐ歩いたら壁にぶつかっ……らない?

 いやそこまで長い距離歩いてはいないけど、壁にぶつかるくらいの距離は歩いたぞ?てことは、もうあの部屋から東京についたってことか?うーん、空間を移動するってこんなもんなのか。

 なんてことを思っているとき、怜は急に、握っていた俺の手をはなした。

 「……?どうした?てかもうこのマスクとっていいか?東京に着いたんでしょ?」

 何故か返事はなかった。そして、しばらくした後、

 「っー!駄目ダメ!絶対ダメ!今とったら殺すわよ!」

 「す、すまん…」

 やけに迫った怜の声が聞こえてきた。なんかあいつ、ぜえぜえいってるし……これってそんなに体力使うことなのかなあ。その割には、竜崎はなんともなさそうだし……まああいつはミクさんの体借りてるからかもしれないが。

 「ちなみにフリじゃないからな?」

 「んなこたあわかってるわ!」

 「はあ…………とりあえずここで待ってて。」

 すると怜は何処かへ歩いて行った。

 ああ、もうすこしあの感触を……って、やめよう、うん。

 竜崎と2人、この場に取り残された。2人、といっても片方はフィギュアだから、実質一人でいるようなもんだ。そう考えると、急に寂しくなって、よくわからないところに置き去りにされてると考えると、急に不安になってきた。ぶるるっと身が震える。武者震いだ…と自分自身に言い聞かせた。

 「…なあ、ここって東京なのか?それとも…怜たちのいう神界というところなのか?」

 寂しさや不安を紛らわすために、俺はいつの間にか竜崎に話しかけていた。ただじっとしているだけなのは恐ろしかったのだろう。

 「……これくらいはいってもいいか。」

 「え?じゃあつまり…?」

 「そうだ。国広くんの予想通り、ここは神戸でもなく、ましてや東京でもなく……私達の世界、いうなれば神界だ。」

 なん…だと…?

 ここが…神界…?

 「でも、実感わかないなあ。」

 「まあそうだろうよ。」

 空気は…あるよな。呼吸できてるし、なにより空気がなかったらすでに苦しいのは確かだし。

 カツカツと足を鳴らしてみる。…コンクリートかな?やけに音が響く気がする。

 手を前に伸ばして、なにかあるか探ってみたけど、空を切るばかりだった。

 「…変に詮索しないで、じっとしてなよ。」

 「だって気になるじゃないか。異世界だぞ?地球上の人間で次元またぐなんて、たぶん俺が初めてだろ?なら浮き足立っても仕方ないじゃないか!」

 「その気持ちは理解できる。けど、とりあえず落ち着け。」

 「でもよ…」

 「“今は見せることができない”んだ。逆に言えば、“今度見せることができる”かもしれない。」

 「…マジで?」

 「神様は嘘をつかないよ。」

 「じゃあ存分に期待させてもらおうかな!」

 なんてやり取りをしていたら、いつの間にか気が落ち着いてきた。そしてそのタイミングを見計らったかのようにカツカツと足音が聞こえてきた。

 「じゃあ、今度こそ東京行くわよ。」

 「おうっ!」

 怜は再び俺の手を取り、俺からみて前方に足を進めた。

 

 

 「じゃあ、もうアイマスクとっていいわよ。」

 俺は恐る恐る目を覆っていたそれを取り外すと眼前には………

 「…トイレじゃないっすか。」

 そう、トイレ。共有用のトイレ。車椅子の方とかが使う方のやつだ。

 「転移の瞬間みられたらまずいでしょ?大多数の人の記憶いじるのってものすごく面倒臭いし。だから、ひと気のないところを選んだ結果がこれなのよ。まあ…万が一中に人がいたとしても、その時は記憶いじればいいしね。一人か二人でしょ?どうせなかにいるのって。」

 「いやいや、乱交パーティーが行われている場合も無きにしも非ずというかだな…」

 「乱交って…アンタバカァ?」

 「まさにアスカですね、わかります。」

 「朱鳥?意味がわからないんだけど。」

 「エヴァだよエヴァ。」

 「……ああー…」

 「え?神様エヴァわかんの?すばらじゃないか!」

 「いやそういうのじゃないから。またアニメのネタかよって思っただけだから。」

 「…さいですか。」

 「じゃあほら、準備はいい?部屋で打ち合わせた通りに行くわよ?」

 と、扉へ足を向けたその時、突然トイレの扉が開かれた。そして…

 

 「あ、阿部さんっ…!僕っ…もう我慢できないっ…!」

 「よしよし、思う存分気持ち良くなろうぜ…」

 

 いかつい男♂2人が入ろうとしてきた。彼らの下腹部では大きなテントを張っていた♂

 怜は完全に硬直して、動いていなかった。

 「おっと、先客がいたようだね道下君。どうする?よけてもらうかい?」

 「し、失礼しました~~!!!!」

 道下と呼ばれる男の返答を待たないまま、俺は怜の手を取り、急いでその場から逃げ出した。なぜ俺が謝らなければならないのだ、と思ったのは駆け出してしばらくしてからである。

 



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2-4-4 催眠デート

 とにかくその場から離れたい一心でトイレから駆け出して、気がつけば眼前には109があった。渋谷…つまりは東京ってことだ。

 俺は近くの喫茶店に入り、コーヒーを適当に二つ注文し、ゆったりと腰掛けた。この間、怜の硬直状態は続いていた。

 「……乱交ではなかったけど、ゲイには会ったね。」

 「………」

 よく見ると、彼女の瞳には光がなかった。口は半開き。どこからどう見ても、今の彼女には生気がなかった。

 「………おい、大丈夫か?」

 「……!…あれ、ここはどこ?」

 あたりをキョロキョロと見渡し、周りがコーヒーをなどを飲んでいたことから、ここは喫茶店なのだと察したのか、俺に「何を注文したの?」と聞いてきた。

 「コーヒー、種類はアメリカンだな。」

 「了解したわ…。」

 怜は大きなため息をつき、椅子にもたれかけた。それは俺も同様、だって異常に疲れたんだもん。……そういや、この前アドアーズでフルドの大会が開催された時、ゲイが非常階段でケツを掘りあってたって部長から聞いたな。部長も知り合いから聞いた話だって言っていたけど……本当かどうかは俺にはわからない。でも、もしそうなら凄い遭遇率だよな。……俺の行く先にはホモばかり集まる……なんて能力でもあったりして(笑)

 ……いややめよう、そう考えるのは。変にフラグは立てたくないぜ。ただでさえ竜崎にフラグメイカーとか言われてんだし。…いや、あれは皮肉か。てかそんなことはどうでもよくて!

 「…ハッとしたらにやけて、そして首を横に振って…ちょっと挙動不審なんだけど…」

 ダニィ!?顔に出ていたのか!?

 「気にしないで頂戴。」

 「はあ…」

 ちょうどその時、店員がコーヒーを二つ運んできた。その店員は綺麗な黒髪をもち、ふたつのお下げを肩に垂らし、黒基調の制服に身を包んだ清楚系美少女であった。ご丁寧なことに、胸元にはネームプレートをつけていて、【平松妙子】と記してあった。

 おお、これゾンの平松と激似じゃないっすか。平松の三次versionはこんな感じなんだな、十二分にアリだな。

 「お待たせしました、アメリカンコーヒーになります。砂糖とミルクはいかがいたしましょうか?」

 「じゃあ一つづつください。」

 「私は結構です。」

 「かしこまりました。」

 平松店員はそれを怜に渡した。手、綺麗だなあ…と、俺は見とれていた。

 「当店ではコーヒーはおかわり自由となっておりますので、そちらを希望する方は我々スタッフにお申し付けください。それでは、ごゆっくり。」

 彼女は俺らに背を向け、その場をあとにした。さっきまではテーブルが邪魔で見えなかったが、今は見える。膝丈スカートから伸びる黒パンストがたまらない。細めの脚に俺はただただ見とれていた。

 「……なあ、怜……俺さーー」

 「じゃああの娘の名前を早速書いてみたら?」

 むう…俺の考えなんてお見通しか。

 「そりゃあ、あんだけ鼻のしたのばしてたらわかるわよ。」

 「こいつ…直接俺の脳内にっ…!」

 「は?」

 「………いやなんでも。」

 「で、私たちがここにきたのって、要は告白権を使うためだから、別に相手なんて誰でもいいのよ。さっき打ち合わせをしたのは、それを成功させるための手段でしかないわけだし。」

 「確かにその通りだな。……よし、彼女が近くにいる時に書いてみるか!」

 

 

 コーヒーを飲み終え、おかわりをいただこうとした時、まさにベストタイミング、平松店員が反対通路にいるのが見えた。

 「怜っ!彼女を呼んでくれ!」

 俺はすぐさま渡されていた告白権を取り出し、彼女の名前を連ねた。

 平松……妙………子っ!

 よし、書いたぞ!確か書いた瞬間反応がわかるとか言っていた気が…

 俺は彼女に視線を向けたが、変化が見えない。

 「おい!どういうことだ!何も変化がねえじゃねえか!てか呼べっつったろ!」

 「あんなに離れてちゃ呼べないわ。常識的に考えて頂戴。」

 「……もういい、俺があの店員に直接お代わりを頼みに行く!」

 「周りの客の迷惑になりかねないからやめなさい。」

 「……それもそうか。」

 

 

 「コーヒーのお代わりはいかがでしょう?」

 「ああ、じゃあお願いします。」

 「私も。」

 「かしこまりました。」

 平松店員はコーヒーカップをトレイに乗せ、この場をあとにした。特に俺に気を取られているというわけでもなく、告白権が作用しているようには見えなかった。…非処女だったのか、残念。

 「……あれは……」

 「いや、怜、言わなくていいんだ。あんなに可愛いんだ、彼氏の一人や二人いて、そしてヤってるのなんて、目に見えてるじゃないか。きっと彼女を大切に思っているかっこいい彼氏さんがいるだろう。俺みたいに一事な私利私欲で手を出していい代物ではなかったんだよ…」

 「…むう、告白権をそんな言い方するのはあまりいい気はしないわね。」

 「え、そこっすか?そこは俺を慰めるところじゃないんすか?」

 「アンタ慰めて欲しかったの?慰めてもらおうとしてまさかあんなこといったの?ねえー」

 「すんませんもう勘弁してください私が悪うございました。」

 「……だいたい、私さ、まだ話の途中だったんだけど…」

 「それはわかってる。でも、どうせ…」

 「はあ…アンタって、ほんとフラグメイカーの名に恥じないことをしてくれるわね。」

 「え?それってどういう…」

 と、俺と怜の会話を断ち切るように彼女はやってきた。やってきたという言い方はおかしいか、コーヒーを運んできた。

 「では、ごゆっくりどうぞ。」

 俺は彼女に目を向けると、彼女と一瞬目があった。彼女は頬を赤らめ、そそさとその場を去った。

 そして気づく。おれのコーヒーカップ、皿との間に何かが挟まっていることに。

 「これって紙ナプキンじゃないか。」

 テーブルの上にも紙ナプキンは置かれている。じゃあいったいなぜ?

 とってみたが、別段何もない。裏表ともに真っ白。ほんの少し期待していたのだが、残念だ。

 俺は口周りのコーヒーを拭おうと、紙ナプキンを開いた。するとそこには…

 

 【13時、会ってお話できませんか?】

 

 と、彼女のメールアドレスと思われる英数字の羅列と共に、記してあった。

 「…………これってまさか………」

 紙ナプキンを持つ手が震える。

 「私はその事について話そうとしてたのに、話の腰を無理矢理折ったのはあなただからね?」

 「……まじか。まじか!やったぜっ!」

 その場でガッツポーズをとる俺。そして怜はそんな俺をみて、「恥ずかしいから、周りがみてるから!」と宥めた。

 俺も気恥ずかしくなって縮こまり、彼女が運んできてくれたコーヒーに口をつけた。何故だか、あまり美味しいとは思わなかった。

 「ほんと、あれだけ可愛いのに彼氏がいないってのはビックリだぜ。」

 「でもそういうのって、ゲームとかだと当たり前なんでしょ?」

 「特にエロゲはな。攻略対象ヒロインが非処女とか、そういうのってあまり望まれていない気がする。抜きエロゲならいざしれず、萌えエロゲではあまりみないなあ。」

 「ふうん、そうなんだ。」

 「現実はそんな事はない。可愛い子は大抵彼氏がいるし、ヤってる。この学園の生徒はその俺の論理から外れている気もするけど……まあお前とか?でも大概はそうだ。」

 「さ、さらっとあんたなに言ってんのよ…」

 気づけば、怜はほんのり頬を赤くしていた。そして、何やら複雑な顔をしていた。いったいなぜ?と疑問が脳裏をよぎったが、そうだ、つい先ほどさらっとこいつのこと可愛いって言っちゃったなあ。さらには処女だとも言ってしまった。なるほど、褒めと辱めが入り混じってたから複雑な顔をしていたんだな。

 「おおっと、すまんすまん。」

 「いや、いいけどさ…」

 場になんとも言えない空気が流れる。

 何か、何か話さなきゃ…

 だが、何も思いつかない。なんか面倒臭くなってきたので、この空気の処理を怜に任せるとして、俺は再びカップに口をつけた。…やはりあまり美味しいと感じない。なぜだろう。

 これまでに起こったことを振り返って見る。まずは朝早く、竜崎に嫌がらせをしようとしたが、逆に俺が有希に酷い目に遭わされた。その後、怜の家から東京へ転移する際、天界を経由した。天界に足をつけたのなんて、人類初だろうな。そして、その転移先は公衆トイレの個室。そこに現れるゲイカップル急いでその場から離れ、喫茶店に駆け込み、今に至る。

 「これでまだ午前中とは……しかもこの後デートだろ?なんて濃い一日なんだ。」

 「確かにね…こんなシチュエーションは初めてよ。告白権を使うとこういう定めになると思っていた方がいいかもしれないわね。」

 「ほんとよ。それもこれも告白権に関わったから引き起こった結果。しかも午後に関しては告白権が“成功”した……か………ら…………。」

 「………ん?どうかした?」

 「ああいや、なんでもない。なんでも……」

 「…そう?まあいいわ。じゃあ、1時までまだ時間あるし、デートプランでも練りましょうか!」

 「……ああそうだな。」

 しかしこのとき、俺は嬉しい反面情けなく感じていた。彼女のメアドを知り得たときは嬉しさのあまり浮き足立っていたのだが、デートできるのは【告白権が成功した】おかげであると認識してしまった今、つい先ほど俺が行ったのは告白権を使っての相手の洗脳にすぎない。俺は下劣な行為をしている……そう気づいてしまった今の俺は、彼女とのデートを楽しむことができるのだろうか?……だが、自分の内側から、細かいことなんて気にしないで好き放題やっちまえよ、と、悪魔の囁きが聞こえてくるのも確かだ。

 

 

 俺は………………

 

 

 

 

 時刻は夕暮れ、太陽は既にビル群の中へ沈んでしまった。そんな風景を、俺は公園のベンチに座り、隣にいる彼女………榊怜と共に眺めていた。

 「………アンタって、ヘタレなのね。」

 吐き捨てる言葉が俺の心に突き刺さる。もう慣れたと思っていたのに。

 「……………」

 俺は無言。怜の方を見向きもせずに、只々無言。

 「……あのさ、アンタ…今日なんのために東京に…わざわざ転移まで使ってさ…きたと思ってんの?」

 言葉が進むにつれ、語気がどんどん高まっていく。怒りの感情がはっきりと伝わるほどである。

 でもそれも仕方が無い。

 

 俺は放棄……いや、逃げ出したのだ。

 それもデート直前になってな。

 

 1時前、喫茶店でデートプランを練り終えた後、近くのデパートの中のベンチに座り、俺は待機していた。そこで、本当に直前に、聞こえてくる怜の言葉も、竜崎も無視して、俺は逃げ出した。逃げ出して、街の中をぐるぐるぐるぐる走り回り数時間、気づいた時には、最初の公園に戻っていて、ベンチにもたれかかっていた。そしてそこで、怜に発見されたのだ。

 怖かったってのもあるし、申し訳なかったってのもあった。その他の感情もふつふつと沸き起こり、俺の心はもうぐちゃぐちゃになっていた。だから、あんな行動をとってしまった。今思い返せば、もっと他にやりようがあったのに。そうしたら、怜がこうも怒る事もなかったのに。

 「……せめて理由を聞かせて頂戴。突然逃げ出すなんて……私には理解できないわ……」

 理解できない…か。なんでこんな簡単なことがわからないんだ?

 「………やっぱり俺は告白権を使えない。使ってはならない。そう気づいたからだ。」

 「…………ッ!」

 それからしばらく、怜は黙ったままであった。俺は俯いていたから、その時怜はどんな顔をしていたのかはわからない。だけど…暗い顔をしているのは間違いないだろうな。

  場に重い空気が漂う中、変化を起こしたのは俺の内ポケットがもぞもぞし始めた時…そして中の物が外に出た時、空気は換気された。そう、竜崎によって。

 「いつまでもここに居座ってるつもりだい?」

 そこで俺ははっとして、竜崎を見た。てか、やけにこいつがおとなしかったことに、なぜ俺は気づかなかった?

 「…そうね、そうよね。今となっては、ここに居座ることに意味なんてないものね。」

 怜は呟くと、ゆっくりと立ち上がり、俺と向き合った。

 「じゃあ、帰るわよ。ついて来なさい。」

 そういった怜の顔は酷くて、目は充血していて、それ以前に生気が抜けているかのように見えた。…こんな風になってしまうほど、俺の言葉は心に突き刺さったってことか。

 「ああ……わかったよ。」

 

 

 それからの事はあまり覚えていない。ぼうっとしていたのだ。覚えている事といえば、転移したと思われるとき、頭が割れるように痛かったこと。転移先が怜の部屋ではなく、俺の家の近くの公園であり、そのまま家に向かったこと。怜はなぜか神界にとどまって、一緒に帰らなかったということ、そして、帰宅途中俺に話しかけて来た輩がいたことくらいだ。あの時の俺はただただ本能的に家へと足を向け、頭痛の余波にやられ、他のことなんて全く考えていなかった。あの時話しかけて来たのは誰だったのだろう。

 家に戻り、有希に驚かれたのは言うまでもない。

 俺は部屋に戻ると、すぐさまスーツを脱ぎ、シャワーを浴び、寝た。深い…深い眠りに落ちていった。

 



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2-4-5 エピローグ

 昨日は晩飯も食わずに早い時間から寝たため、ものすごくはやく起きた。携帯を開くと、時刻は6時と表示されていた。あ、いうほど早くはなかったな。ま、早いことには変わりないし、二度寝できるような時間でもなし。たまには早くから準備しよう。アラームがなる前に起きたのは久し振りかもしれないなあ。

 洗顔し、トイレで漫画でも読みつつクソしていたら、扉越しで有希の声が響いて来た。

 【伯父さん!兄さんが……兄さんが消えたっ……!朝起こしに行ったらいなくて…アラームがガンガン鳴ってて……それで……それで……!】

 あー…アラーム止め忘れてた。

 【お、落ち着け有希!ヤツはトイレにこもっているだけだ!】

 俺がトイレにいるとき叔父さん来たしね、わかるよね。

 【な、なんだ…… ……】

 って、そんなに俺が一人で起きたのが珍しいのかよ…有希は俺をなんだと思っているんだ…。

 俺はクソを終えると、再び部屋に戻り、制服に着替えた。そして、竜崎を胸ポケットに入れようとーーしたところで思い出した。

 「そういや、避けられたんだったな。」

 昨日、竜崎は怜と一緒に帰ったのだ。…きっと、神界人同士で話があるんだろう。

 ……一ヶ月位前の状態に戻っただけなのに、もの悲しく感じる。

 「あ、そうだ。」

 俺は急いでリビングへ降りると…

 「間に合わなかったか…」

 既に食卓にはみんなの食事が用意されつつあった。……勿論竜崎のも。

 「ん?どうしたんだそんなに急いで…」

 「あー…今日は竜崎の分の飯は要らないって言おうとしたんだよね…」

 「ほう、こりゃなんでまた?」

 「なんか用事があるとかで晩からいないんだよね。」

 「成る程。じゃあ竜ちゃんの分は遼が食えよ?」

 「おーきーどーきー」

 

 

 「じゃ、いって来ますわ。」

 「伯父さんいって来ますね。」

 俺と有希は一緒に家を出た。そしていつもなら玄関前では怜が待ち構えているのだが…

 「あれ?怜さんいないねぇ…私たちが早すぎた?いや、いつもと同じ時間に出たはず……うーん、わかんない。」

 案の定、怜は居ない、か。

 「ああそういや、怜は確か用事があるとかで先に行くとよ。」

 勿論そんなものは嘘だ。いや、本当はそうなのかもしれないが、確認はしていない。…学校にはくるよな?

 ふうん、と有希は納得し、学校へと足を進めた。それにつられるように俺も向かった。

 

 

 「あれ、今日は怜、いないんだな。」

 道中静乃と遭遇したので、一緒に学校へと向かうことにした。相変わらず瞳には色がなく、毛先がちぢれていた。

 「ああそれなら、今日は早くに行くらしいですよ。」

 俺が口を開こうとしたら有希に先に言われてしまった。

 「…………早く?」

 ……あれ、よく考えてみれば、同じクラスの静乃に同じ言い訳しても、通じなくね?むしろ怪しまれるんじゃね?てか実際怪しまれてね?

 「兄さんがそう言っていましたが……あれ、違いましたか?」

 おおおおおおい有希いいいい!余計なことををををを!

 …いや、静乃ならちょっと考えたら俺に吹き込まれたって理解するか。しかもそう考えると、やつは間違いなく俺を弄りにくるっ…!『ぼくはそんな話は聞いていないなあ。クラスの用事も怜は無いはずだし。遼が何か隠しているんじゃないか?人には言えない何かをさ。昨日の晩とか様子が変じゃなかったか?』『言われてみれば…兄さん!いったいこれはどういうことですか!』ってなるのが目に浮かぶっ…!頼む、それだけはまじで勘弁。何でもするんで、許してください!

 「…………ああ、そういやそんな話をしていた気がする。」

 って、あれ?なんか話を合わせてきたぞ?

 思わず驚いてしまい、静乃の方を見てしまう。すると、彼女は不敵な笑みを浮かべ、『ぼくに感謝しろよ?後でいじり倒してやるから覚悟しろよ?』と言わんばかりであった。

 「ほえ~静乃さんでも忘れることってあるんですね~。完全超人ってわけでもないんですね~」

 いやいや、これ、おそらく演技だからな?てか完璧超人って思ってたのかい。

 

 

 学校に到着後、階段にて有希とわかれた。そして何事もなかったかのように階段を上がろうとした時、

 「……で、さっきのあれはなんなの?」

 …やっぱり気づいていたのね。

 「ふぇえ、いったい何の事いってるかわかんないよぉ…」

 俺はふざけてとぼけてみると、その態度にあからさまに顔をしかめ、そして…何もしてこなかった。蹴りがくるかとビクビクしていたが、逆にこれはこれで気持ち悪い。…って、俺は決して蹴ってもらいたくてこんなことしたわけじゃないぞ?ついやっちゃった時に蹴られるかもって気づいたんだよ。

 「………ごめん、調子こきました。」

 「ぼくは謝罪を求めているわけではないんだけど。」

 「じゃ、じゃあどうしろと!」

 「ねえ、いつまで惚けてんの?まさかぼくが言いたいことがわからないわけじゃないよね?」

 「…そっすね。」

 「………まあいいや。じゃあ聞かせてもらうけど、昨日怜と何があった?」

 やっぱり確信していたのか。

 「………ごめんそれは言い難い。」

 「まあ、ぼくも無理に聞きたいわけじゃない。でもま、何かはあったんだな。」

 「…ああ。10時頃からちょっと怜と出かけててな。そこでちょっと揉めちゃって。」

 「…………え?10時半?」

 静乃はやけに驚いてこちらをみていた。鳩が豆鉄砲をくらったような顔とでもいったらいいのかな。腐った目つきに少し生気が戻った気がした。…そんな驚くこと?

 「……ふぅん。」

 相槌し、静乃は前を向き階段を登り始めた。それに続くように、俺も階段を登り始めた。…あの間は何だったのだろう。

 階段を登り切り、教室へと足を進めていた時、ふと静乃がこちらに振り返った。

 「そういや、ちゃんと待ち合わせ時間よりは早くについたの?怜のこと待たせてない?遼のことだから時間ぴったりについたんじゃない?」

 「なんだそんなことか。大丈夫大丈夫、家が隣だったことが救いだったぜ。変に駅前で待ち合わせとかするわけないじゃん。勿論、家の前から一緒にいったゾ」

 「………そっか、それもそうだよね。」

 彼女はくるりと前を向き、足を進めた。

 

 

 教室に怜はいなかった。HRが始まっても来ることはなかった。

 

 

 

             了

 



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3 ノーマライズ
3-1-1 ぼっち先輩


キャラ紹介みたいなものをつけてみました


 ~静乃side~

 

 “日曜日の10時半頃から出かけていた”

 “家が隣だったことが救いだった”

 ぼくは遼のこの言葉には首を傾げずにはいられなかった。

 「えー、ですから角加速度を持つ物体は…」

 千歳先生は壇上に立ち、黒板にチョークを走らせているが、ぼくはぼんやりとそれを眺めていた。どうも授業が頭に入ってこないのだ。

 土曜日、ぼくは水着を買うために刹那と怜と一緒にでかけた。そして、店で緋色先輩やら栞やらと逢った。結局一緒に行動することになり、なし崩し的に緋色先輩の家に上がらせてもらうことになった。夕飯をご馳走になっていた時、テレビの報道があった。強姦魔が近辺をうろついているということで、外に出ることはできなく、泊まらせてもらうこととなった。そして次の日、普通に解散した。………問題は、解散した時刻だ。全員が‘10時’に緋色先輩の家を出たのだ。緋色先輩の家はぼくや遼の住んでいる西区からは遠い。最速で家に帰ろうとしても四十分はかかる。つまりだ、怜が10時半に遼と自宅で会うことは“不可能”。極め付けは遼の態度だ。ぼくがカマかけたとき、遼は嘘を言っているようには見えなかった。奴は場に流されて口を滑らせてしまうことが多く、嘘をつくときは少し白々しい。今回は完全に流れに任せて喋っていた。てことは、遼の言っていることは全部正しいってことになる。また、親族が迎えに来たという線もない。だって本人が一人暮らしと言ったのだから。普通高校生が一人暮らしなんて、寮生活か親と何か問題でもない限りあり得ない。てことはつまり…………なんて思い悩んでいたとき、ふと、誰かがぼくの名前を呼んでいる気がした。前を向くと、千歳先生が困惑を浮かべてこちらを見ていた。

 「……珍しいね、君が本当にぼーっとしている時があるなんて。」

 「あ、はい……すいません。でも、少し言い方が引っかかりますよ?いつものぼくはどんな風に見えてるんですか。」

 「瞳にっ……ハイライツがっ……無いっ……!」

 「カイジ、今に始まった事ではないだろ?」

 バカ二人が変なことを言ったがために、教室が朗らかな雰囲気になってしまった。いやまあ、自分の目には活力が感じられないことは自覚はしてるよ?元に戻そうと小学時代に努力はしたが、諦めた。だけれども、そんな自分の瞳についてむしろ気に入っている。こんな目になってから、変な人に話しかけられることもなくなったもの。……とはいえ、クラスで目立っちゃうのは別問題なんだよなあ。

 「…そういや、萩原のその目ってどうして変わった……ああいや、生まれつきなのか?」

 千歳先生が不意にそんなことを聞いて来た。いいからあなたは授業を進めなさいよ。あとしれっとまずいこと言ったね。昔のぼくを知っているアピール止めてよね。まあ途中で不味いことに気が付いたのはいいけど。

 「あー…いや、小さかった頃はそんなことなかった気がします。いつの間にかに変化していたって感じですね。」

 「ふうん、なるほどなあ。……って、いい加減授業に戻るぞ。ではこの問題の物体に働く力について萩原に聞こうかな。」

 なっ…授業聞いてなかったからなんの話か全くわからない。

 「…すみません。どのページの問題でしょうか。」

 「おいおいそこからか。○○ページだぞ。…ああでも、そこがわかってなかったら解けないか。じゃあ萩原にはその次の問題を頼もうかな。じゃあカイジ、この問題をとけ。」

 「なっ………俺がっ……?何故だっ……!」

 「文句言わない。」

 「ぐっ………」

 「ざまぁww」

 「カイジが解けなかったら国広に聞くからな?」

 「ファッ!?」

 「千歳先生っ……!俺じゃこの問題は解けませんっ……!だから遼にパスッ………!」

 「おい」

 「じゃあ国広。」

 「……α=……あるふぁーいこーる……」

 「解らなさそうだな……じゃあ仕方ない、この問題はーー」

 「ちょ、ちょっと待ってください!解らないわけじゃないんです!ただちょっと…ごにょごにょがいいところでしてね?」

 「……お前またライトノベル読んでたのか…次ばれたら没収って言ったよな?」

 「へ?ちょっ!よってきちゃらめええええ!」

 千歳先生は遼の読んでたラノベを取り上げ、ぱらぱらとページをめくった。

 「………国広、お前これ………年頃の男子だからこういうのを読みたくなるのはわかる。ただな、時と場所を考えろよ?どうしたらエロ小説を学校で読もうと思うんだよ……」

 「」

 「」

 「先生、ちょうどできました。円の接線方向の加速度と反対向きに慣性力、中心の反対方向に遠心力、その合力とつり合う形に最大の静止摩擦力ですよね?」

 「……(´・_・`)」

 「……(゜o゜;;」

 「さすが萩原。じゃあなぜこのような答えになるのか説明するからな。まずーーーーー」

 

 

 うーん、わからない。わからないから、この件は放置でいいや。あとハルキさんに連れてかれる遼のことも。とりあえずご飯食べよう。

 午前の授業が終わり、だいたい半数の人が昼食を取り始める。(半数は早弁)それは私も同じだが、今日は困ったことに弁当がない。ぼくの弁当は母がいつも作ってくれるのだが、母がサボった。故に、今日は購買か食堂に行かなくちゃならなかった。購買に行こうという気分にはなんとなくならなかったから、食堂へと向かった。

 

 

 「ガールズランチBになります。」

 ぼくは料理を受け取ると、手頃な2人席へと座った。1人席というものがないためである。なんでないんだろう。

 にしても、GLB(ガールズランチB)はいいよなあ。ピラフにサラダ、スープ、そしてデザート。主にピラフがいいね、うん。これは単にぼくの好み。そして、このラインナップで400円しかかからないのは破格だよ。量も一般女性にちょうどいいし。非の打ち所がないね。

 とまあ、ここまでが食堂に来た時の流れだ。GLBの素晴らしさに感激し、黙々と食し、チャイムがなるまで席に居座って本を読むのだが、割と頻繁にあることが起こる。それは……

 「あれ、静乃さんじゃないですか。」

 「こんにちは、緋色先輩。今日もぼっちですか?」

 緋色先輩が真向かいに座ってくるのだ。

 「ぼっちって……事情分かってて聞いてくるなんて……厭らしいですね。」

 緋色先輩の事情…ようは一人になることが多い、一人で食べざるをえないということ。その理由として、まず第一に、彼女は学内のファンが非常に多いことがある。一時期は追っかけがひどくて、とてもじゃないが平穏に食事を取ることなんてことはできなかった。唯一生徒会室内なら大丈夫なのだが、そうしない。

 「ああ、すいません。つい癖で口が滑っちゃいました。今日も弁当は作って来れなかったんですか?」

 「そうですね……。昨日ーいや、今日は4時に寝て7時に起きたので、流石に無理でした。」

 …つまりそういうことだ。先輩は朝に弁当を作っている余裕がないのだ。(ちなみに、正確な睡眠時間まではついこの間まで知らなかった。)弁当を持ってくることができないから、購買でパンを買うか、食堂にいくかしかないから、平穏が保たれている生徒会室を頻繁に利用することができない。故に、昼休みは先輩の周りにおっかけが蔓延し、ひどい有り様であった。教師側もそれをみかねて、おっかけ達に迷惑行為をやめさせようとしたのだが、先輩がそれを止めた。この前聞いたら、私のせいでこのようなことになってしまったから、自力でなんとかしたかったそうだ。で、あの手この手を使っておっかけを消して、現在に至る。ファンの間では神格化して、誰も近寄ろうとはしなくなったのだ。皆平等、抜け駆けは禁じられたのだ。(これがぼっちたる所以。まあ、宮永先輩や刹那、他の生徒会のメンバーと一緒に食べている場合もあるけどね)。なぜ沈静化したのか、流石に聞くことはできなかった。聞いても教えてくれなさそうだし、知らない方が身のためかもしれないしね。………ちなみに、ぼくは刹那経由で生徒会の仕事を手伝ったりしているから先輩を含めた生徒会の面々とは面識がある。だから彼らとはそれなりに話すが、なかでも緋色先輩は特別で、プライベートな時間でも会っていたりする。偶然遭ったことで今のように皮肉を言ったりするような仲になったのだ。

 「あー…確かに無理ですよね。最低限の睡眠時間は確保しなくちゃなりませんしね。にしても、そんな生活でよく肌とか保っていられますよね。ほんと、それでいてとくに何もしていないってのがすごくもあるけど憎らしい。」

 「あはは……。ああでも!流石に毎日こんな生活していたらからだがもたないので、一週間に2、3回はたくさん寝てますよ。日曜日なんて昼くらいまで寝ていますし。」

 「それでもすごいですよ。……ちなみに、授業は大丈夫なんですか?そんなに寝てないのならずっと起きているのは厳しいと思うのですが…」

 「…………授業は起きていますよ。」

 先輩はぼくから目を逸らし、GLC(パスタ等のイタリアン)のパスタをフォークでいくらかとり、スプーンの上でくるくると巻いていた。にしても、先輩もいつも同じの食べてるなあ。パスタにパスタ、時々ピラフ…ぼくと完全に逆だ。

 「…てことは、休み時間は爆睡なんですね。」

 「否定できないのが悔しいです。」

 「宮永先輩とかに邪魔されたりしないですか?」

 「ああ、それは大丈夫です。私の生活スタイル知っていますし、そこは気遣ってくれてます。クラスメイトは、きっと生徒会活動で疲れているのだろう、と勘違いしている……いや間違いではないんですが、まあともかく、そのおかげで誰も話には来ませんね。嬉しいことこの上ありませんね。」

 ………それ、完全にぼっちじゃないですか。ただでさえ美しすぎて近寄りがたいのに、これじゃあ誰も近寄らないよね。………そんなバリケードを突破してくるのがおっかけってことか……なんか納得してしまった。

 「……?どうかしましたか?」

 「いえ、緋色先輩ぼっち説を再認識したんですよ。」

 「……いやほら、竜華やカトルと話したりしてますから。というか、クラスメイトとも話さないわけではないですよ。」

 「普通休み時間で机に突っ伏して寝るなんてぼっちくらいしかしませんよ。」

 「……じゃあ聞きますが、貴女はどうなんですか?私が来る前まで貴女は一人でしたよね?クラスメイトと一緒に昼食をとったりしてませんよね?とる相手がいないからじゃないですか?」

 「…」

 「その顔……その目の逸らし……誤魔化そうったってそうはいきませんよ。ぼっちはぼっちを見つけやすいんです。」

 「なんかサラッと自分がぼっちであることを認めましたね。」

 「薄々気づいていましたから。」

 「なるほど。」

 「で、貴女はどうなんですか?」

 「別にぼっちとかじゃらありません。ただ一人が好きなだけです。」

 「……と、言い訳をするのであった。ふふっ、私たちは仲間ですね。」

 「…これは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……」

 やれやれとぼくは手を額に当てた。

 




国広遼:主人公。エロガキ。年内中に彼女を作らないと殺されるという重たい使命を背負っているが、本人はさしてそのことを気にしていない。

萩原静乃:遼の幼馴染。遼をなじることが好き。昔は澄んだ目をしていたが、今はうって変わって常時レイプ目。『Raretsu』という名義のボカロPとして活動していたりする。

緋色結衣:生徒会長。表面上普通に見えなくもないが厨二病をかるくこじらせている。『base-on』という名義のボカロPとして活動しているが、そのことを知る人は数少ない。

カイジ:オタで変態のバカ。

千歳先生:本名は千歳春希。物理教師。静乃の従姉の夫であり、一応親族。


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3-1-2 ぼっち先生

 7月20日 月曜

 

 怜は結局放課後になっても登校してくることはなかった。これはきっと、しばらくは帰ってこないのだろう。それなら、早く帰って竜崎と話をしたりする必要とかもないわけだ。なら、気兼ねなく部活に行こう。俺はそう考えて、部室へと向かった。部室のカギはあいていて、ドアを開けると、そこでは珍しく全員が勉強していた。部長がまじめに勉強するなんて……珍しいこともあるもんだ。

 「こんちわっす。珍しいですね、部長が勉強してるなん…………て………って」

 俺は部長のもとへ歩み寄って、カリカリペンを走らせている先…つまり部長のノートを覗き込むと、そこに書かれていたのは決して英文や数式などではなく…

 「そりゃ、来週の日曜のフルドの大会の作戦練らなくちゃね。」

 「あーなあるほどな。そりゃそうだよな、うん、むしろ何故そう俺は思わなかったのか。」

 「ほんとそうだよ国広!大会近いんだよ!頑張って勝たなきゃならんのだよ!」

 バンバン机をたたく部長はやかましく、ハムや柄谷も嫌そうな視線を部長に向けていた。

 「それよりもテストの方が近いんですがね…」

 「うっ…!」

 テストという単語を聞いた途端、バンバン机をたたいていた手はそのまま前方へスライドし、部長は机に突っ伏した。

 「テストの話はやめろ…」

 突っ伏したまま、部長はうめき声をあげていた。そう、テスト、テストなあ…うん。よくよく考えると、こんなことをしていていいのか、家に帰ってさっさと勉強した方がよかったのではないかなどと深く考えすぎてしまって鬱になる。だから、今は考えないことにした。

 「来週の大会勝てば全国か…」

 「ほんとね、頑張らなきゃ。それに、あのときの司会者さんの言ってたことがちょっと引っかかってさ。ほらあの、決勝チームは仲よくしとけみたいな?」

 「あーそんなこともありましたね。俺はあの司会者に見とれてそれどころじゃなかったからよく覚えてねえや。」

 「先輩……さすがに引きますよ………」

 「気持ち悪いことこの上ない。」

 「ごめん。」

 「クソな国広は放置して、実際問題どういう意味だと思う?」

 部長は起き上がって…というか立ち上がって、ホワイトボードの前に立ち『司会者の謎の言葉…真相は如何に』と書いた。

 「大型アップデートに一票」

 「私も」

 「私もそれに同調しておこう。」

 「だあぁーーーーんなことはわかってんの!問題はその内容なの!おわかり!?」

 部長はホワイトボードをダムダムたたいて、またやかましくなってしまった。

 「ボーダーブレイクみたいに8vs8じゃないっすかね。」

 「あっ………え、絶対それじゃないですか。」

 「私もそれに同調しておこう。」

 「あああああああもう話終わるの早いよ!てかハム!あんたやる気あんの!?さっきから同じことしか言ってないよね!?」

 「やる気はない。だからもう勉強に戻っていいか?」

 「ハムェ…」

 「ハム先輩さすがです。では会議は終わりでいいですか?私も勉強に移らせてもらいますね。初めての学力テストなので気合入れたくて…」

 「栞ェ…」

 「もはやなんて発音してるのかよくわかりませんね。じゃ、会議は終了!閉廷!解散!」

 「国広ェ…」

 部長はみるみる元気をなくし、ダムダムボードを鳴らしていた腕はだらんとしたに垂れていた。そして、もう会議派は始まりそうにないと思ったのか、椅子に座ってペンを走らせていた。教科書がテーブルの上にあったから、本当に勉強をし始めたのだろう。

 

 

 あたりがしんとしてから数分立ったころ、部室の扉が勢いよく開かれ、一人の女性が入ってきた。

 「聞いてよ龍華ちゃん~」

 「あら、梓ちゃんどうしたの。って、いつもと大して変わらないじゃん。」

 梓ちゃんなんて言っているが、彼女はここの教員である。担当は今は三年の倫理だったはずだ。

 「職員室に私の居場所がないんだけど。」

 さっきまで勉強モードだった部長はもう完全に梓先生の子守に入っていた。ああやって泣きそうになるのはよくあることで、そのたび部長が相手になってあげている。たいてい愚痴で、話し切ったら切ったで今度は机に座って寝てたり仕事してたりするもんだから何とも。職員室か社会科準備室で本来やるはずなのだが、たった今ぼやいたことからわかるように、居場所がないらしい。いや、無いわけではない。本人が言うことには、非常に居づらいらしいのだ……って、それが居場所がないってことじゃなかろうか。

 「今度は何が理由でさ。」

 「それがね~実は……」

 

 ………

 ……

 …

 

 「あーすっきりした!それじゃ、仕事するね!」

 ここまでくるのに30分。ああ長かった。女性って長話が好きなんだなあとまた思ってしまった。(勉強に集中しようと思ったが、やっぱり教師の愚痴は気になるもので、ついつい耳を傾けて、手がしばしば止まってしまうのである。)やっと勉強にありつける、そう思ったが、また部室の扉が開けられた。今度はノックをしていたので、礼儀正しい人だなあとは思ったが、それでもせわしなさを感じずにはいられなかった。空けた人は灯里先生であり……

 「またここにいたんですか布良先生……」

 「ゲッ灯里ちゃ……ああいや、兼元先生……」

 「ほら、行きますよ。」

 「……無念だ。」

 梓先生を呼びに来ることはよくあることだ。というのも、よく行方をくらますから、前は何度もアナウンスをかけて呼び出していた。けれど、あまりにそれが多すぎて、生徒に示しがつかないとかかんとか。だからこうして、友達のよしみで灯里先生が呼びに来てくれるのだ。

 「じゃ、また今度ね先生。」

 「お疲れ様です」

 扉が再び閉められた時、もはや勉強する気などなくなっていた。それは周りも同じのようだった。

 「えー………勉強……まだするの?」

 誰もイエスとは言わず、首を横に振るだけだった。

 「じゃ、今度は作戦会議をしましょうか!」

 部長は元気はつらつと立ち上がった。それから俺たちの会議は大いに盛り上がりを見せた。そう、その時の俺は、怜のことなんて……昨日の糞みたいな別れ方をしておきながら、忘れていたのだった。




宮永龍華…ゲーム部部長。セミロングのパーマのはずだが最近ちょっと髪が伸びてきて、いつもよりは長め。いつもテンションが高い。アーケードゲーム(通称フルド)では上から二つ目のランクのSSであり、緋色会長の親友。

柄谷栞…一年。ゲーム部部員。有希の中学来の親友。基本おどおどしているが、好きなことに対してはぐいぐいきたり饒舌になったりする典型的なオタ。雷に過剰なまでの恐怖を感じていて、一人で眠れないほどである。

ハム…本名武士道(たけ・しどう)ゲーム部部員。OOガンダムのグラハムに強い影響を受けているため、ハムと呼ばれるようになった。刹那のことを少年と呼び、恋焦がれている。

布良先生…社会の教師でゲーム部顧問。職員室と社会科準備室に居場所が無いらしく、ゲーム部部室によく入り浸る。独身。


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3-1-3 project mirai

 帰宅したのは6時過ぎ。俺は玄関の扉を開け、リビングに目も向けず自室へ戻ると……やはり竜崎はいな―――――俺の机の上にぺたんと腰を下ろして、ウィンドウを立ち上げて何か見ていた。鏡を立ててあるということは……どういうことなんでしょうかね。

 「おかえり遼。今日も好感度稼ぎは頑張っているかな?」

 「なんでいるんだよ。」

 日曜一緒に帰ってこなかったじゃん。それって絶対俺の不甲斐無い態度のせいじゃん。それなら、愛想尽かしてしばらく放置が普通の事じゃないんか。

 「ん?そりゃあ私の目的は――」

 「いや、そうじゃなくてだな…」

 きょとんとして、こちらに目を向ける。え?こいつどんなこと考えてんの?

 「あんな別れ方したじゃん。それって、俺に愛想を尽かしたのかなあって。怜も今日来なかったし。」

 「あーあれか、別にそんな重くとらえる必要はないよ。―――私の目的は果たせたわけだし。」

 「え?そうなの?」

 「まあ、その話はさておき、怜の事だが…」

 竜崎は強引に話を終わらせると、また別の話を持ち出した。

 「この世界から一度私の世界に転移しただろう?その際に、脳に甚大な負荷がかかってしまったんだ。……この転移、ある特定の条件を満たすと脳に過剰な負荷をかけてしまうんだ。怜はその餌食となってしまったわけさ。君も経験したんじゃないのか?東京から私の世界へ、そして私の世界からここへ戻るとき、激しい頭痛が起こったのを。」

 ………確かに、あの時俺は頭痛がひどくて、何も考えたくないほどであり、ここに戻ってからは意識がもうろうとしていた。この事態は怜にも起こっていたんだ。

 「それに、この不可は何度もかけていいものではない。で、怜はこの負荷を一日に四度かけてしまった。これはもう、休養を取って脳を休ませるしかない。」

 一日に四度?

 俺は一度しか経験していない。でだ、怜はほとんど俺と行動を共にしている。転移も同じだけ行った。なのに、なぜ怜は二度も負荷をかけてしまった?考えられるとしたら、朝の転移しかない。……なぜ俺と怜とで状況が異なる?

 俺はうんうん唸っていい考えを絞り出そうとしたが、ポッと浮かび上がることはなかった。竜崎に聞いてもなあ……

 「なんで俺と怜とで症状が違うの?なんであいつの方が多く頭痛に悩まされていたんだ?」

 「すまないがそれはまだ教えることはできないな。」

 こう返ってくると思ったよ。だから聞いても意味ないと思ったんだよ。

 俺はこれ以上聴いても何も得られないとあきらめて、ベッドに寝っころがった。

 「まあなんだ、怜は明日にはこっちに戻ってこれるんじゃないか?というか、戻ってくるよ。」

 「………また転移したら頭痛に悩まされるんじゃないの?」

 「大丈夫だ。そこについては頭痛の発生条件に合致しないから問題ない。」

 「ふうん?」

 じゃあいったい何を問題として頭痛は発生するのだろう。朝に転移する?いや、ないない。夕方転移して頭痛くしてるんだから。じゃあ……ん?俺と一緒に転移すると頭痛が起こるとか?まさか、ないないそんなの。………いや待てよ?別世界の人間が世界観を移動することはイレギュラーだろ?そんなイレギュラーへの警告として頭痛が起こるとか?………いやないない。それなら、異世界人の怜は転移するたびに頭を痛めてしまう。………これはやっぱり俺が頭痛を生み出してるんだな(確信)

 「よし、じゃあまた怜と一緒に転移して、奴の頭を徹底的に痛めてやろう。ちょっと俺がはしたないことをすると蹴りを入れたりしてくるんだ。それくらいはしてもいいよね。」

 俺は完全にふざけて言ったのだが、竜崎はそれをまじめにとらえているのか、それとも調子を合わせているのかは知らないが、妙に引っかかる言い方をした。勿論俺はそのことについていったん深く考えたのだが、聞いても返事ははぐらかされるように気がして、言わないまま胸に秘めた。

 

 「……君も悪趣味だね。そんなことをししたら、怜の脳はどろどろに溶けて馬鹿になってしまうぞ?」

 

 「冗談に決まってるじゃん。つか、その話はいったんおいてさ、なんで俺の机の上にミラーが置いてあるの?」

 「よくぞ聞いてくれた!」

 竜崎は立ち上がって、電子パソコン(?)の電子キーボード(?)を動かすと、そこからある音楽が流れてきた。その曲は俺がよく知るところで……

 「おお、ミッチーMの『アゲアゲアゲイン』じゃねえか。いったい何で……ハッ!」

 曲が流れ始めると同時に、竜崎は曲に合わせて踊り始めた。そのダンスは、《初音ミクProject mirai2》に収録されているアゲアゲアゲインのそれと全く同じであった。

 か、かわいい……

 かわいいやんけ

 ふおおおおおおおおおおかわええんじゃああ^~

 最初はぎょっとしたが、すぐ顔がおころんでしまう。くそう!奴の中身はおっさんなのに!けど可愛い!たまらん!やっぱねんどろミクさんはたまんねえな。またフィギュア買うか。

 

 

 踊り終わった後、竜崎は満足そうにこう言った。「ひまつぶしにいいねこれ!」と。

 それ対して俺はこう答えた。「あんた何しに戻ってきたんだ?」と。




竜崎…怜の世界の人で、遼に恋人作りの使命を課した張本人。こちらの世界には意識だけを飛ばして、初音ミクのフィギュアに憑依する形で干渉している。だから、初音ミクが動いて話しているように見えるが、中身は20代後半の男性。


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3-1-4 そもそもの前提が間違っていた

 7月21日 火曜

 

 

 翌日、玄関の戸を開けると、そこには風にたなびく金色の髪が特徴的な女性が一人立っていた。

 「……おはよう怜。」

 「おはよう遼。昨日はごめんなさい。ちょっと療養が必要だったから……」

 怜は思っていたよりも自然に俺に接してきた。……やっぱり、怜にとっても日曜日の出来事はさほど重大なことじゃなかったのだろうか。…それは考えにくい。それなら、帰る直前のあの怜の覇気のない状態はなんだったのだろうということになってしまう。なら………普通にしようと努力しているのか?

 「知ってる。竜崎からざっと聞いた。」

 「うむ。」

 「あ、そうだったのね。………ねえ、ちょっといい?どうして竜崎さんは有希の頭に乗っているのかしら。」

 「あ、これ?りゅうちゃんがのってみたいって言うもんだからさー」

 有希はその場でくるくると回転して、手を腰に当てびしっとポーズをとった。まったくもって謎である。

 「じゃあ、行こうか。」

 「ええ、そうね。」

 俺たちはいつものように学校へと向かった。そして、自分でも驚くくらい、怜は普通に接してきた。………まったくもって、謎である。

 

 

 

 「なあ竜崎、ちょっといいか?」

 俺は昼休み、人気のないところ……そう、校庭の隅の方にある小さいベンチに腰かけ、竜崎にとある会話を持ち出した。

 「なんだい?―――って、なんとなく察しはついている。大方、怜の事じゃないのか?登校中、やたら怜への対応が不自然だったし、ちらちら怜の方を見ていたからな。」

 「…ばれてたか。」

 「………そんなにあの日の事が気になるのかい?」

 「そりゃあ、ぼろくそに言われたし、折角転移までして俺の女性へのコミュ力を鍛えに行ったのに、何もせず帰ってきてしまったからさ……」

 「………昨日も言ったんだが、私の目的は果たせている。正直にいうとだな、君のコミュ力を鍛えることは二の次だったんだよ。」

 「は?」

 素っ頓狂な声が思わず出てしまった。そりゃそうだ、こいつは俺のサポートをするという名目でこちらの世界に来ているのに、それよりも大事なことがあるときたものだ。………まあ、わからなくもないけどもさ。たとえば教師。教師は生徒に指導することが目的だが、時にはそれよりも優先しなければならないことが発生したりする。………だからきっと、竜崎の言うことはその類なのだろう。

 「私の目的と怜の目的は一致している。だから、東京に渡った時点で我々の目的は達成し、後は、うまいこと君がやってくれたらなおのこといいなあってね。その程度なんだよ。………そして、その程度じゃ、うまくいかないってこともね。」

 やたら含みのある言い方をする竜崎に疑問符が浮かび上がるが、どうせ聞いても無駄なので、あきらめて竜崎の話を聞き続けよう。

 「ま、そういうことで怜はあの日のことを重くとらえてはいない。」

 「じゃあなんで帰るとき怜はあんなに俺にぼろくそにいってきたんだよ。傷ついたんだぞ俺は。」

 「ぼろくそ?どの口が………………」

 竜崎はベンチから飛び降りて、俺を見上げた。その顔はむっとしていて、いったい何なのだと思ったが、竜崎が発した言葉はあまりに衝撃的で、将棋盤をひっくり返したかのような心地であった。

 

 

 

「見知らぬ土地に駈け出して行ったお前を、何時間も探していたんだ。怒りもするのは当然の事だろう?見知らぬ土地に放り出され、あてもなく何時間も探し続け、やっと見つけたと思ったら、良かれと思ってやったことがいらぬことだと宣告されたんだ。そりゃあ、泣きもするだろうよ。ぼろ糞に言って誰かを傷つけたのは、どこのどいつだ?」

 

 

 

 俺は馬鹿者だ。

 怜はてっきり俺に失望していたのかとばかり思っていた。

 けれど、違った。

 怜は俺を心配してくれていた。

 言葉の端にとげがあったのは、逃げ出した俺への怒り。

 途中何も言わなくなったのは、俺の言葉に対する悲しみ。

 目が充血していたのは、あわてて涙を拭いたから。

 生気が抜けているかのように見えたのは、散々探し回ったことへ疲労感と、俺が見つかったことへの安心感だったなんて……

 怜が俺を傷つけていたんじゃない。俺が怜を傷つけていたんだ………

 

 

 

 午後の授業が始まってからずっと、俺はこのことを考えに考えつづけ、一つ、心に決めたことがある。

 放課後になり、俺は怜と一緒に帰路につき、俺の家についたとき、怜に向き合った。

 「怜………日曜はすまん。俺があまりに身勝手だった。」

 「……いいのよ別に。遼が戻ってきたんだから。本当、見つからなかったらどうしようかと思っていたんだから……。」

 「ごめん。………もうこんなことは繰り返さない。俺は、竜崎や怜の言うとおり、本気で“恋人作り”に向き合うよ。」

 

 

 




榊怜…竜崎が遼の“恋人作り”をサポートするために送ったエージェント。金髪サイドポニー。遼のセクハラ被害をたびたび受けている。理数が得意。

天海有希…遼の従妹。分け合って遼の叔父の家に住んでいる。ちっこく、ちっこいポニーテール。遼を起こす際は防犯ブザーを使っている。栞とは中学からの親友。


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3-1-5 理数の化け物

 7月23日 木曜

 

 

 「学力テスト?」

 季節は夏休み直前の夏、休みに浮き足立つものもいれば、授業がなくて残念だと捉える珍しい人もいる。俺は前者だ。休みなら一日中ゲーム作ったりエロゲしたりできるからな。しかし、浮足立っている人たちはすぐに足を地につけ、どころか、机に突っ伏してうなだれ始める。……そうだ、何事もなく休みにさせてくれるほど教師たちは甘くない。そこで課されるのがこの学力テスト。期末考査と違うのは、成績に反映はされないことと、アホみたいに難しいこと。平均点が35点とかいう……。このテストは、自分の偏差値は全国的に見てどの程度なのか、大学合格ラインはどこかなど、より入試に特化した、この学校独自のテストである。過去の先輩方の膨大なデータをもととしてるので、恐ろしいくらいあたる。大学受験なんてどうでもいいと考えている人にとってはこのテストは面倒極まりないなのだが、そんな人はこの学校には1割もいないので、皆必死とならざるを得ない。嫌々ながらもね。あと、生徒のやる気を焚きつけるためか、上位者は公表されたりもする。教科、学年順位は印刷されて皆に配られるのだが、全学年含めた校内偏差値は張り出されるもんだから一部の上位層は物凄くやる気になる。一年生は上級生を押しのけようとして、上級生は下級生に負けないように。ちなみに俺はいつもプリントに載ったり載らなかったりしている。………そういや、数日前に恋人作りに真剣に取り組もうと思ったが、テストもあったので、ひとまずそれは置いてあるだけなのであり、決して頭の片隅に追いやったりなんてしていない。ほんとだぞ。

 「そうそう、面倒くさいよなあ。死ぬほど難しいし、でもかといって対策せずに挑んで泣きたくないし。」

 「対策必要なほどおかしいレベルなの?」

 怜は単なる好奇心で静乃にそう聞いてきた。静乃はその難しさを知っているから、軽く怜に同情するようにして話した。……あのおぞましさをしらないからこうも平然としていられるんだ、ぼくにもそんなころあったなあ、一年の時に………みたいな感じですかね?

 「うん。英語なんかは一定点は単語帳から出たりするから、そこをとらなくちゃいけないのさ。国語も古文はそうだね。数学は………未習範囲が出ないということだけで、既習は全てだね。」

 「静乃はいつもどのくらいっとっているの?」

 「ぼく?ええと、遼に勝つか勝たないかだから……まあ載るか載らないかの瀬戸際くらい。過去最高は学年15位。」

 「え?お前そんな上だった時あんの?」

 「一年の時にね。そういう遼は?」

 「…………17位」

 「涙拭けよ。」

 静乃は俺を嘲笑い…いや、鼻で普通に笑ってきた。くっそうちょっと俺より順位高いからって調子こきやがって……今に見てやがれ。

 「二位差なんて差というものでもないだろォ。」

 「ふうん、どちらにしろどちらもすごく取ってるのね……カイジや刹那は?」

 「俺はっ…………」

 そう言ってカイジはピースした。

 「え?下から二番目?惜しいじゃない。あと一つ行けば一番になれるわよ!」

 「上から二位と露ほども思ってないのね……ある意味カイジは信用されてるのな……」

 「くっ……!」

 「私は無難な順位ですね。毎回毎回100番なんですよ。」

 「ある意味才能だよなあ………」

 無難な順位だと刹那は答えているのだが、実は100番は悪くない数字である。100番なら普通のペースで勉強していったら、千葉大や横浜市大とかの合格レベルの標準に達すると考えてよいからだ。ちなみに、17位をコンスタントにとりつづけられる学力なら阪大や京大を目指せる。………もっとも、俺はまぐれでとったものなので、今はだいぶ順位は落した。まあこのペースなら東北大に挑戦してみるか北大で堅実に行くかといったところか。

 「まあともかく、近々そのテストがあるんだが……怜なら実際のところ理数だけなら載りそうだよな。考査でも愕然としたもの。普通理数で満点なんてとれるのか?」

 「あああれね…………いや、煽るつもりは全くないのだけれど、むしろあの内容で満点近く取れないのはちょっと……」

 「ほほう………言いますなあ………まあ俺も理数は3教科合わせて1ミスずつだけど!」

 「……無駄に強がらなくても……勝てない的に対してそんなこと言っても哀れなだけだよ。言ってて悲しくならない?」

 「そのセリフは俺に点数勝ってからいって欲しいなあ静乃さんよぉ。あれれ?確か合計点が………俺よりマイナス20位じゃあありませんでしたっけ?」

 「………理数はお前に勝てないって諦めてるから。それにぼくを煽りたいなら全部の合計点で勝ってからにしてくれない?」

 「………あれは科目選択の差だ。同じ土俵に立ってないんだから仕方ないだろ。………じゃあそこまで言うなら今度の学テの点でもかけるか?」

 「………勝負したところでぼくのメリットないし。」

 「お?おお?散々人を煽った挙句勝負となると逃げるのか?おいおいそりゃあないぜ。でも、そうだな………俺が負けたらなんでも言うこと聞いてやるよ?」

 「…………ん?」

 「………何でもは言い過ぎた。」

 「なんでもするっていったよね?じゃあ仕方ないから受けてあげるよ。ぼくも公序良俗に反しない程度ならなんでもしてあげる。」

 「そうやって予防線張って……まあいいや。怜も勝負しようず。条件は俺らと同じで。」

 「……そのまえに聞きたいことが。全体の点数配分ってどうなってるの?」

 「ん?ああ……今度のやつは国数英が200ずつ。理科は各100だな。計800満点。どんなにできるやつでも合計点は700は越えないな。600越えても東大圏内。ましてや700越えるんだったら鼻くそほじりながらでも受かるレベルだな。」

 「……なるほど。わかったわ。折角なのでやってみようかしら。」

 

 

 

 

 テスト当日。その日まで俺はみっちり勉強した。それなりに自信もあった。いざ受けてみると、難しすぎてぶったまげそうになったが、なんとかくらいつけた。おそらく6割いっただろう。英語は半分で、国語は4割だとは思うが。手応えのほどを聞いてみたところ、静乃はいつも通りといい、怜はコメントを控えた。きっと怜はできなさすぎて何も言いたくないんだな。まったく、哀れなことだ。理数はお任せあれみたいなこと言っておきながら、なんと不甲斐ない。

 

 

 

 

 そうやって上から怜を見下していた俺が実は見下されていて、どころか崖から蹴り落とされていたと知ったのは、夏休み明け初日の授業でのことであった。

 




中河刹那…ツインテ白ニーソで会長と静乃LOVE。髪につけているヘアピンの色で性格が変わる。異性から人気が高いが、本人はそれが嫌で、遼とカイジが魔除けとなって男を寄り付かせないようにしている。


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3-1-6 フルド大会までのキンクリ

7月24日 金曜

 

学テを終え、阿鼻叫喚が教室に広がる中、喜びの声も上がった。そう、ついに俺らを縛るものすべてから解き放たれたのである。夏休みの本格始動だ。

「キタキタキタキタっ……!もう俺は遊びつくすっ……!まずはゲーセンに行って麻雀だっ……!」

カイジは目を輝かせて、笑顔で俺にそう言った。

「俺も今日はゲーセンに行ってフルド大会への練習だな。なにげに次の日曜に大会開催とか時間が過ぎていくのが早いよ。」

「確かに……私が転校してきてからもう二か月弱よね?一瞬だった気がするわ。」

怜はふんふむと頷いていた。周りの面々…静乃や刹那も同じように頷いていた。

「年を重ねるにつれて時がたつのを早く感じるらしいよ。まあこれはぼくも聞いた話でしかないが。」

「そうなのですか。」

とりとめのない会話をしているが、どことなくみんなのテンションは高めだった。おそらくそれは、夏休みが始まるということを自然と意識しているからであろう。

 

 

「で、は!今日はガンガン練習しようね!時間で予約したからね!思う存分頑張りましょう!」

クラスの面々と別れた後、俺はゲーセンアドアーズへと向かった。そこにはすでに部長と会長がいた。今日は生徒会メンバーと合同練習なのである。決勝で戦った相手同士、実力も十分だから、いい練習相手になるということ、そして、前回の大会の解説者が意味深なこと…つまり、決勝で戦った相手同士のかかわりは強くもてとのことで、ということである。

「ではまずは…決勝の再現ですかね?ゲー研対生徒会みたいな?」

「それでいきましょう。」

こうして、二時間もの熱い濃厚な練習が幕を開けた。

 

途中、生徒会のメンバーとごちゃまぜにして対戦してみたら、どうやら俺は朱鳥と相性がいいということが分かった。俺のMSのアリオスで朱鳥のデスティニーを運搬し、敵機に爆雷のように朱鳥を落とし、斬りかかる。これが奇襲のように作用して、相手の不意を突いて撃破するといった感じだ。柄谷はカトル先輩と相性が良かった。カトル先輩のくせとして、やたらと相手の攻撃を防ぎたがるのがあり、ガードにガードを重ね、相手が攻撃一辺倒になっているところを狙撃する。ガードがうまいカトル先輩ならではの戦法だなあと感心した。反対に、ハムと刹那は相性が最悪だった。どちらも考えなしに突っ込むタイプなので、格好の的であった。ただ、うまく隙をつけた時の破壊力は随一であった。そして…忘れてはならないのが部長と会長のタッグ。先輩たちは相性が良すぎて、俺じゃ相手にならなかった。まったくもって駄目であった。こんな言い方するとあれだが、彼女らと後二人がチームを組んでいるのなら、残った二人をカモにしなきゃ勝てないなと思った。

次の日も同じように時間でゲーセンのフルドコーナーを予約して練習に励んだ。土曜日ということ、そしてアドアーズはフルドが盛んであること、極めつけは地区大会決勝で争ったチームであることという要因が重なり、この日、とんでもなくギャラリーがいた。家に帰ってツイッターをみてみたら、そのことばかり呟かれてて、少々気恥ずかしい気持ちになった。

次の日はフルドの大会だ。これを勝ち進めば全国大会。どれだけお金をフルドに溶かしたかは覚えてない。所詮娯楽にすぎないが…娯楽だからこそ……楽しんで、かつ勝利をつかみ取りたい。そう思いながら、俺はシャワーを浴び、ベッドに寝転び、そっと瞼を閉じた。



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3-2-1 腕に乗るおっぱい

フルド本戦は本編に直接関係はしてこない話ですので、気が向いたら書きます


 7月29日 水曜

 

 

 照りつける日差しは相変わらず燦々と降り注ぎ、疎ましく思ってしまうのはいつもなのだが、今日に限ってはその暑さはむしろ好都合。なんせ…

 「夏だ!水着だ!プールだ!」

 そう、今日は待ちに待った新設のアミューズメントパークに行く日なのである。部長からただ券もらってから早2週間、最初は乗り気じゃかったが、拝めるものがな……

 「くっ……!この日のために昨日抜きまくっておいてよかったぜ……!あいつらの前で勃ちっぱなしになったもんなら……!」

 「おいおい、それは大丈夫なのか?フラフラなんじゃないのか?逆に心配になるぞ。」

 カイジが涙を流しながら喜んでいるのを見て、うんうん、と俺は頷き、朱鳥は心配をしていた。会長や刹那の水着を見て勃っちゃったら空気が悪くなるどころじゃない。俺はまだ警察のお世話にはなりたくないんじゃあ。だから俺も(たぶんカイジほどではないにしろ)抜いた。

 「少年の…水着…フフっ…」

 「おいハム、間違っても追いかけまわしたりはするなよ?……まあ萩原のたわわなものを見られると思うとそそられるのはわかるがな…」

 ハムと朱鳥が不敵な笑みを浮かべていた。わかる、わかるぞその気持ち…。やつのおっぱいはマジででかいからな。まあ、昔から見てるからということであまり性欲は掻き立てられないが…たまにクラスの男どもがあいつの話をしてる時、ふとムラムラしてしまうんだ。

 …なんてひどい話をしている現在、俺ら男四人はアミューズメントパーク前でたむろしている。人が多いから、早めに集まって目印になろうということである。実際、四人それぞれがそれぞれを見つけるのに時間がかかったから、女性陣がバラバラに来た時はさらに時間がかかるだろう。もっとも、女性陣はバラバラで来るのか、それとも集団で来るのかは知らないが。今の俺らは完全な思いつきで動いているからな。

 「おーい遼ー!」

 俺を呼ぶ声が前方から聞こえてきた。目を凝らしてよく見ると、怜や静乃、会長に…って、全員いるやんけ。

 「お待たせしました。」

 「すみません待たせてしまって。」

 「いえいえ会長!そんなことはありません!」

 「俺らは今!」

 「まさにちょうど!」

 「「「きたとこですから!!!」」」

 ハム以外の3人が息ぴったりに、しかも謎のポーズを取っていたので、全員が笑っていた。部長と有希は指差して、柄谷と会長はクスッと、静乃と刹那と怜は腹を抱えて笑っていた。ーーよし、打ち合わせ通りに事が進んだな!朱鳥の提案もやるじゃないか。

 「ではまあ茶番はさておき、行くか。」

 朱鳥はそういうと先陣を切って巨大アミューズメントパークへと足を向けた。俺らもそれについていった。今日は楽しい1日になりそうだな!

 

 

 

 

 

 

 「いらっしゃいませ。」

 「すみません、この券を使いたいのですが…」

 朱鳥が先陣切ったものはいいものの、奴はタダ券を持っていなかったので、結局部長がやりとりすることに…なんともなさけない。

 「かしこまりました。それで、当テーマパークのプールなのですが、利用なさる時はフロントまでおこしください。貴重品を管理するためのキーをお渡ししますので。」

 店員がそう告げると、朱鳥はこちら側に振り向いた。

 「どうする?先にプールに行く?」

 「うーん、そのほうがいいんじゃない?先に入って程よく疲れた後、のんびりしたいし。」

 「いや、それは静乃だけなのでは…まあいいです。皆さんはどう思いますか?」

 刹那がそう言うと、皆反対意見は特に述べることはなく、頷いた。

 「では、今から利用します。」

 「かしこまりました。では、こちらをどうぞ。」

 そういって店員が渡してきたのはゴム製の腕輪である。

 「こちらはフリーパスの目印となる腕輪になります。これを身につけていれば、すべてのアトラクションが無料で楽しめますので、ご着用お願いします。くれぐれも、落とさないようにお願いします。」

 俺らは言われるがままにこの腕輪をつけた。なるほど、水に濡れても大丈夫なようにゴム製なんだな。

 「じゃあ、それで行こう!」

 俺の提案に誰も反対はせず、そのまま午前はプールに直行することになった。…プールにケータイは持ち込めないし、目に焼き付けなきゃ…

 

 

 野郎四人とカトル先輩は更衣室に向かい、各々水着に着替える。カトル先輩の肌は驚きの白さで、思わず見とれてしまった。

 「カトルさんの肌すっげー綺麗っすね。日焼けで大変なことになりそう。海じゃなくてプールでよかったっすね!」

 「そうなんだよ朱鳥君。…まあでも、この肌をさらすのはあまり好きではないから、上にこれを着るんだけどね。」

 そういってカトル先輩は、ノースリーブのパーカーを羽織った。水に濡れても大丈夫なものらしい。白い肌、つやのよさそうな腕に俺は性別を忘れ見惚れてしまい、そんな自分に気付き、頭を振った。

 「それに比べてハムといったら……」

 朱鳥はハムへと視線を向ける。…うん、言いたいことはわかるよ。布面積がね、やばいもんね。

 「ブーメランっ…パンツっ……俺には真似できないぜっ……!」

 そう、三角形で、布面積の最も少ないあの水着を恥じることなく穿いているのだ。堂々と仁王立ちしている姿は惚れ惚れしてしまう。

 「でも、似合ってるんだよなあ。ハムって細マッチョだし、何もおかしくない。」

 「私の趣味はプログラミングと筋トレだからな」

 なんだよそのインドア系男子…

 「俺らの体は…ガリガリではないが………ハムと比べるとっ……」

 カイジの言おうとしていることはわかる。平たく言えば俺ら3人は表準男子なのだ。

 「……まあ、表準なだけいいじゃねえか。ビザデブとかじゃないんだしな。それより、準備できたんなら行こうぜ。女子たちが散り散りになる前に拝んでおきたいぜ。」

 「ほんとこれっ……!プールに来て男女が睦まじく遊ぶのは漫画の世界がリア充しかありえないっ……!現実は一緒に行ったとしても……男子は男子、女子は女子で遊ぶのが関の山………!」

 「それな。」

 哀しい現実を再確認して、俺らは更衣室を出て巨大プールへと向かった。

 

 

 女子の着替えをただ待ち続けるのはそわそわして仕方なく、カトル先輩とハム以外の3人は周囲の女性の品定めをしていた。カトル先輩はベンチに座っていて、ハムは何も考えず近くのプールで泳いでいた。

 「あのおっぱいはどうよ?」

 「舐めまわしたいところだ」

 「右に同じっ……!」

 「じゃああのロリっ娘は?」

 「ロリのくせに巨乳とかおかしいでしょ。アンバランスで美しさに欠けるな。」

 「飛鳥っ……!お前はわかっていないっ……!だからこそいいんだろうがっ……!」

 側から見ればなんてゲスい会話をしているんだと思う。当人の耳に入ったら通報されそうだ。

 「興奮するのはいいけど行動にうつすなよ…?」

 「ははっまさか……ん?」

 男のものではないその声を不審に思って、3人が一斉に振り返ると、そこには着替え終わった静乃と刹那がいて…

 「お、おう、当たり前じゃないか!一体何を言っているんだ静乃は」

 「…え?なんで動揺してんの?え?まさか本気?まじひくわー。一回死んできたら?」

 …違うんだよ静乃。おれが動揺してるのは底が理由じゃなくてその……君のその豊満なおもちが…

 左右を見渡すと、カイジや飛鳥も俺と似たような雰囲気であった。…感じることは皆同じなんだな。

 静乃の水着はいわゆるパレオというもので、腰に大きい布を巻きつけている。白を基調として、ハイビスカスが散りばめられた控えめにも鮮やかさを取り入れたものだ。一方水着本体は真っ白。髪の色が灰色なことから視線をまずパレオに向けさせるような…そんなカラーバリエーションである。あまり視線を集めたくない、目立ちたくないという思いが滲み出ているのがわかる。ただ……その豊満なバストが自己主張しているから、その作戦は失敗に終わりそうだがな…。いまの彼女は腕組みしてこちらを呆れた眼差しで見ているのだが、腕におっぱいが乗っている。乗るってどういうことだ乗るってよ。

 刹那の方は白と青を使った鮮やかなビキニ。静乃よりほんの少し布面積が少ない。控えめのおっぱいであったことが救いだろうか。もし山盛りおもちであったら、ハムは今頃…なんて思っているとプールサイドからハムが上がってきた。引き締まった体に水が滴り、ブーメランパンツがてかる。濡れた髪をかきあげるその様も素晴らしいものがあり、周囲の女性客の目を一瞬奪ってしまうほどであった。

 「む?少年?少年ではないか!…今日の君は本当に素敵だ。素敵すぎて直視できない。」

 …現段階でこれなのだ、さらにてんこ盛りおもちだと…

 「…いや、今のあなたも十分目に毒というか…ねえ静乃?」

 「…ハムってこんなにムキムキだっけ?」

 静乃はたまらず目をしかめていた。

 「なんでも筋トレが趣味だそうだよ。きいたところによると」

 「だってさ刹那。」

 「そこで私に振るんですか!?」

 静乃はびくついている刹那を見てにやにやしながら

 「え?だってこの前『細みの体で筋肉質ってやっぱり最高ですよね!』って言ってたじゃん。」

 といった。相も変わらず転換が早いこと早いこと。

 「言ってませんよ!ねつ造しないでください!」

 「よかったねハム、刹那の好みらしいしちょっと二人で遊んで来たら?」

 ……なんかやたらグイグイ来るね静乃。こんなに積極的にあいつらをくっつけようとしてたっけ?むしろ刹那を男の魔の手から守ろうとするタイプじゃないっけか。

 「そうか!ではゆくぞ少年!」

 ハムは嬉々として刹那の手を取り、早々とこの場から去って行った。刹那はそれを振り切る間もなく連れてかれて行った。

 「……萩原って刹那とハムをくっつけようとしてるの?」

 不審に思った朱鳥は静乃にそう聞いた。なるほど、変に思ったのは俺だけじゃなかったみたいだ。

 「いやなに、ぼくと刹那が一緒にいると、ほぼ間違いなく刹那目当ての下心丸出しの輩がきそうじゃない?そうしたらさ、ぼくも巻き込まれるじゃない?それってすっごく面倒くさいことにならない?……ほら、ぼくの水着って泳ぐためでなく水辺にただいるだけみたいなやつじゃん。つまりそういうことさ。じゃ、ぼくは近くのチェアに座ってのんびりするね。」

 そういって静乃はサングラスをかけ、俺たちの横を通り過ぎて行った。

 「…自分の平穏のためには友をも売るのか…」

 俺のつぶやきが聞こえたのか、静乃はこちらを振り向かず手を振ってさっていった。

 

 

 

 「……なあっ……遼………朱鳥……………!」

 「なんだ、カイジ。」

 「いつものレイプ目がサングラスで隠れてしまい………そして近くの椅子に座って優雅にジュースでも飲んでる姿を………想像してみろ………!」

 ぽわわんとあたまにその光景を浮かべる。

 「「なんて美しいんだっ………」」

 むしろあいつ一人になってしまったことで狙われやすくなったのではないかと、満場一致で思ったのであった。

 

 

 



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3-2-2 x=√S これは最適解である

ハムは刹那を連れて、静乃は一人でどこかにいってしまい、俺ら三人は取り残されてしまった。

「…なんかせつなさがあるな。」

「ああっ……」

「まあでもまだ先輩方、そして後輩達の水着があるぜ!」

朱鳥に励まされて、確かにそうだと思い直した。

「あー早く来ないかねえ」

なんてことをぽつりと呟いて数秒

「兄さん〜!」

と、どこからかそんな声が聞こえてきた。人が多く、正直俺に対して言っているものではないと思っていたので、スルーすると、

「なんで無視すんのさ!」

なんて言いながら俺の背中をビンタする奴がいた。

「…って、おいおいだれだよ!ーーーーなんだ有希か。」

そこには有希ともう一人、柄谷がいた。

有希の水着はショーパンのデニム、上はストライプの可愛らしい水着。だが盛り上がりはなかった。一方柄谷はビキニだったのだが、下はフリルのついたスカートっぽい形、水玉模様の可愛らしい水着。だが盛り上がりはあまりなかった。柄谷は自分の水着姿が恥ずかしいのか、有希の後ろに隠れ気味だった。

「ねえねえどう思う?なかなかいい感じじゃない?」

有希は俺を覗きあげるように顔を向けた。手は後ろに組んで、上体は少し下げて……

「まあいいんじゃないかな。似合ってるぞ。可愛いぞ。うむ。」

「だってさ!よかったね栞ちゃん!」

「え、ええ!?私の話だったんですか!?」

あたふたして縮こまる柄谷はさらに可愛さを重ねていた。

「いやまあ………うん、そうだな。」

可愛いかそうでないかと問われれば、間違いなく可愛い。ただ、なんだろう。あいつが可愛いと認めるのに、多少の抵抗があった。有希のことはためらいなく思えるのに…

「多少間があったけど…まあいいよ!ところで……刹那さんたちは?」

キョロキョロと有希は周囲を見回した。

「中河はハムに連れてかれてここにはいないぜ。」

「萩原はっ……一人でっ………どこかに行ったっ……!」

「あー…なんか想像つきました。にしても、大丈夫かなあ。」

有希は腕組みして唸っていた。こいつもこいつで思うところがあるのな。

「ん?刹那が?確かにハムのことを毛嫌いしてるから、今かなり辛い状況にあるとは思うが…」

「いや、そっちじゃなくて。」

「というと…静乃が?」

「そうそう!だって、静乃さんってサングラス持ってきてたじゃん?それであの目を隠したとなると…静乃さんの抱えるバッドポイントがなくなるわけじゃん?そうなるとさ、人寄せ付けない理由がなくなると思うのさ。」

「そうですね…静乃さんは…こういうのも失礼なのはわかっているのですが…あの目以外はパーフェクトですもん。スタイルも…ううっ…」

なるほど、あいつへの評価はみんな同じなんだな。男子の目から見ても女子の目から見ても…。目ねえ、そういやあいつ、目が濁る前はクラスの中心的存在だったりしたっけ。小学生の頃の話だから忘れてたけど……ん?じゃあ、いつから濁り始めたんだ?

なんてことを考えてたところをぶった切ったのは、朱鳥の一声であった。

「あ、榊に、宮永に会長さんじゃねえか!おーいこっちだぞ!」

俺は朱鳥の向く方向に目線を向けると、そこには水着姿の会長達がいた。男女を問わず視線を奪っているあたり、さすが会長とでも言うべきか。(それとも、部長と怜もいることで相乗効果を生み出しているのだろうか)

「あら、もう皆さんいらしてたんですね。」

にこやかな笑みを浮かべる会長はなかなかにすごい格好をしていた。長い黒髪は2つおさげにされ、黒いビキニという攻めの姿勢。やばいでしょ。紐だし。

「萩原たちはっ…いないけどっ…!」

「え?静乃ちゃんとか刹那ちゃんとかいないの?どこにいったの?」

宮永部長は軽く辺りを見回したが、いないことがわかると朱鳥に訳を聞いた。そして答えを聞いてすぐに「大丈夫かなあ」と声を漏らした。ここまで考えることが同じだと、むしろ驚き以外の感情が出ない。ちなみに、部長の水着は淡いピンクの水玉のビキニで、紐のタイプではないので、完全に泳ぎ意識のものだろう。また、怜はビキニの上からカトル先輩が来ていたようなノースリーブのパーカータイプのものを着ていた。どんだけパーカーが好きなのさ。

まあそんなことはともかく、俺はあることを思っていた。

 

 

……これは探しに行って、学校での刹那のように魔除けになるしかないのか?

……いや、それはおせっかいだろうか。あいつは望んで1人になりにいったんだ。あいつの気持ちを尊重してやるべきか?

……でも……だがしかし……ううむ……

 

 

「……やることはひとつなんじゃないかしら?」

いつのまにか、怜が俺の近くに寄っていた。ハッとして怜をみると、彼女は呆れた眼差しをこちらに向けていた。そして、周りには俺らしかいなかった。

「って、他の奴らは?」

「はぁ?何言ってるの?そこで遊んでいるじゃない。」

怜が指差す方向に、プールに入って遊んでいる有希たち後輩とカイジ達に部長。それを眺めるように会長とカトル先輩がプールサイド近くの椅子に座っていた。…え?カトル先輩いつの間に?

「手を顎に当ててかれこれ5分近く経ってるわね。声かけても反応ないから、私が残って他の人には先に行っててもらったのよ。」

「そんなにか…」

声をかけられているのにも気付かなかったから、よほど集中していたのだろう。…いや、改めて考えてもよほど考え込んでいたんだな。声かけられて気づかないとか相当でしょ。俺は難聴じゃないんだぞ。

「よほど静乃のことが気になるのね。」

「え?」

「だって、静乃の話題になってからずっと黙りこくっているじゃない。」

「………いや、そんなことはーー」

「あるでしょう。なんで否定するの?」

……言われてみれば、なんで俺は今否定しようとした?認めるのをどうしてためらった?

……認めてしまうと俺は静乃のことばかり考えているということの裏付けになるから?

……いや、それだと、どうしてそうなるとまずいのかって話になるよな。

……俺が静乃ことを想っていることになるから?

いや、それはないだろ。今更そんな風に思うことなんて。惚れる要素がねえよ。

「そう悩むくらいなら行ってみたら?いかないで悶々とするくらいなら、行って蔑まれた方が気持ちいいんじゃないの?」

クスクスと怜はこちらを見て笑ってきた。

「いや、気持ち良くはねえよ。」

まあでも、怜の言うことには一部納得できる。ここで行かないことを選んだら、そのことが心残りとなって楽しむに楽しめなくなりそうだ。せっかくの休日なんだ。楽しみたいさ。

よし、と心に決めると、俺は静乃が消えていった方角に足を向けた。



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3-2-3 あててんのよ

静乃を探しに歩いたはいいが、いかんせん広いスペースかつ大勢の人により、なかなか見つからん。足も自然とはやく動き、じれったく感じはじめた。…やつめ、俺にこんなに探させて……もう探すの放置しようか……いや、さすがにそれはひどい話だな。ここまで来たのなら見つけるまで探そう。

そんなことを思いながら辺りを歩いていると、ふと聞き慣れた声が聞こえてきた気がして、そちらに目を向けると、屈託のない笑みを浮かべながらプール内でパシャパシャとはしゃいでいるハムがいて、それをプールサイドなら眺め、苦笑いを浮かべる刹那がいた。……なんか刹那、まんざらでもないのな。

刹那も可愛いので、人が寄ってくるかと思ったら、そんなことはなかった。でも、遠巻きに見ている人はどうやら多いらしい。耳を澄ましてみると、「あの娘レベル高いなあ……男持ちじゃなければなあ…畜生。」「男の方もいい体してるじゃないか♂」などと聞こえてきた。なるほど、ハムの魔除けが有効に働いているのな。遠巻きに見ざるをえないーーー

ーーん?まって、明らかに刹那ではない方向に目を向けーしかも結構な人数がそちらを見てーーそっちは休憩スペースーーあ、あれは…

「静乃じゃないか……」

間違いない。椅子に座り足を組み、トロピカル感あふれるジュースを飲みつつだらけているあいつ…静乃である。サングラスをかけているから目で判別はできないが、あのサングラスにはそもそも見覚えあるし、髪型も水着も同じだし……。確かに見とれてしまう美しさだ。しかも2つの山が激しく自己主張もしている。遠巻きに見てもしまうさ。でも、どうして遠くからしか見ないのだろう。今時ナンパなんて流行らないのか?いやいや、こんなDQNいっぱいいるエリアでそんなことないわけがない。

なんてことを思うと、ガタイのいいモリモリマッチョマンが静乃の方へ歩いて行った。ほら、言わんこっちゃない。……って、そんなこと言っている場合ではない。止めないとーーー

ーー止めないと?

もし、静乃はこういうのを望んでいたとしたら?

みんなといるとナンパされないから1人になりたかったとしたら?

 

……もしそうなら、それは、なんだ。

不快だな。

 

なんてことを思いつつ俺は彼を見ていた。彼は静乃に話しかけていたが、すぐ帰って行った。彼は去り際に「んだよ…あいつ……」と漏らしていた。

「ほら、どうせこうなると思ってたんだよ。」

「これで何人目だ?」

「お前で4人目だよ。全く、なんでガードの硬さだ。」

彼は友達と思しき人のところに向かうと、そう話していた。……やっぱりナンパしてくる人は多かったんだな。てことは、あの目さえなんとかすれば男たちの注目の的になるってことか。ふむ。

「って、いかん。俺も行かなきゃ。なんのためにここに来たんだよ。」

俺は静乃の方へ近寄った。後ろの方で「お?5人目がいったぞ?」と声が聞こえてきたが、無視した。静乃はこちらを見向きもしなかったが、近づいてくる人がいままでのような輩ではないと気付いたのか、こちらの方に顔を向けた。

「…どうしてここに?」

「うーん、なんか面倒なことに巻き込まれてないかどうかと心配になってさ。きちゃったゾ。」

てへ、と渾身のスマイルを送ったが、勿論それを見て静乃は嫌そうな顔を向けた。サングラスで目は覆われていたが、ゴミを見る目つきであるのは確かだろう。そうなることがわかっていながらやってしまうのは癖であろうか。

静乃はため息をついてテーブル上のジュースを手にとったが、残り少ししかないとわかると、グイッと飲み干した。そして、再びため息をついてこちらを向いた。

「………まあ確かに、のんびりするはずがいろんな輩が声をかけてきて面倒ではあったな。もっとも、それの"おかげ"でわかってしまったこともあったけど。なんにせよ、ここに1人でいても無駄なことがわかったから合流するよ。」

静乃は椅子から立ち上がり、空のグラスをカウンターに戻した。そしてこちらに戻ってくると、サングラスを外してビキニの中心の紐に吊り下げた。……2つの山があるおかげで間にスペースができる。だからこそ出来る芸当だなと感じた。決して有希にはできないだろう。まじまじと見てしまいそうになったが、すぐ目を逸らした。

「じゃ、行こっか。」

静乃はそう言うと俺の腕を自分の胸に引き寄せ歩き始めーーーほわああああ!?!?ふにふにしたものが当たっとるやんけ!?

「ちょ、ちょっとーーー」

「周りうざいからいまは"そういう体"でよろしくね。」

「で、でもだからと言ってそこまでく、くっつかなくても」

「あててんのよ。たかだかこれくらいであたふたしないで。反応が童貞臭いよ?」

「ど、どどど、童貞ちゃうわ!」

「そうだね、童貞じゃないで。だって私たちはズッコンバッコンの中だもんね。」

「ファッ!?」

「だから、そういう体って言ったじゃん。いい加減わかって。呆れるよまったく…」

そんなやりとりをしていたが、できる限り平静を装い、この場をあとにした。

まさか静乃がこんな大胆なことを……でも、確かに効果覿面であったとおもう。テンパっておちつかなかったが、まわりの取り巻きから「男いたのかよ」「あんなフツメンよりも俺のがいいだろ…」「きっとチンコがバッキバキなんだろうなあ…あんななりで付き合えるんだもの…」と聞こえてきたのがわかった。いや、本人に聞こえないようにぼやいてくれよ、悲しくなるだろ、俺が。…また、「サングラス外すとあんな感じなのか…」「あんなに生気のない目だとチンポも萎え萎えだわ。」「レイプ目たまらんのう…」という声も聞こえてきた。俺に聞こえるってことは静乃にも聞こえてるよなあ……あまりいい思いはしないよ。さっさと合流してしまおう。

俺と静乃は会長達の元へ急いだ。勿論、静乃に腕を組まれたまま。

…ドキドキしてるの、知られたくないなあ。静乃、なんか普通にしてるし、俺だけこんな気持ちになってるなんてさ。



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3-2-4 気付かないフリ

~静乃side~

 

 ナンパから逃れるとはいえ、遼を彼氏代わりに使ってしまった。申し訳なさはないが、過去に似たようなことがあったような…。奴とは腐れ縁で、小学生のころからその姿を見てきている。当時と比べたら、見た目こそ成長して大きく変わったが、内面は大きく変わってはいないように思える。そうだ、小学校も中学校も本当に困っていた時はこうして助けに来てくれたことがあったっけ。オタ趣味で心底腐ってしまったが、性根は腐ってしまってはいないんだろう。だからまあ、感謝の意を込めて、多少のスキンシップ位させてやろう。どうせ女の影は奴にないんだし、こんな汚れたぼくでも、スタイルは悪くないから、多少は嬉しいだろ……

 

 

 

 

 

 静乃をナンパから助け出してから、俺はどこかぎこちない思いを抱いたまま、プールサイドのベンチにずっと座っていた。静乃も俺の隣に座っていた。静乃はベンチ横の肘掛けに肘を預け頬杖を突き、ぼんやりとはしゃいでる人たちを見ていた。俺はそんな姿を横目で見、すぐ目線を先に戻す。そんなことを繰り返していた。

……複雑な気持ちである。静乃に対して、こんな変な気持ちになることは今までになかった。小学校の時は親しい友人という認識で、それ以上もそれ以下もなかった。中学校では彼女のその様子から憐れみと心配の気持ちでいっぱいだった。

……俺にとっての静乃は何だ?つい心配してしまう守ってあげたい存在?いや、あの毒舌ダウナー糞野郎に限ってそんな存在にはなりえない。じゃあ…………そうか、つり橋効果みたいなものか。いつもと違う格好、ナンパから助け出すテンプレ展開に心が動かされただけだ。それしかありえない!

俺はすっくと立ち上がり、静乃に呼びかけた。

「いつまでも座ってらんないぜ。俺はみんなのところに行くぞ!お前もついてこい!」

「はぁ…?急にどうしたの?」

あんなことがあったのに静乃はまったくかわらないテンションで―――とどのつまりけだるげに返事をした。

「折角こんなところに来たんだ。遊ばなきゃ損だぜ。めんどくさがってちゃ始まらないさ。静乃ひとりじゃ絶対来ないんだし、来たからには楽しまなきゃ!」

「いやまあ確かに言いたいことは――っておい!手を引っ張――わかったわかった!行くから、行くから手を引っ張るな!」

俺は静乃の、頬杖をついていない手持無沙汰な手を引っ張りあげた。そうして、先輩たちのいるところに向かった。勿論、引っ張り上げた静乃の手は、静乃自身によってふり払われた。

 

 

 

 

 それからはあっという間に時は過ぎた。超はしゃぐカイジと朱鳥、後輩たちに、何もしなくてもお姉さん方から声をかけれられるカトル先輩。周囲を威圧するオーラを放ち男を寄せ付けない会長と部長、思いのほか楽しんでいる(ようにみえる)刹那とハム。ああこんなに愉快な面子と遊びに来ているなんて、後にも先にももうないんだ!そんな気持ちでいっぱいだった。

 プール後はリラックスしたい怜や静乃はマッサージを受けに、ゲーセンで楽しみたいゲー研の面子と生徒会の面子はフルドをやりに行った。代表選手が8人集まっているものだから、取り巻きが集まるものだと思いきや、そうはならなかった。チケットを買ってわざわざここにきている人たちはウェイや大学生が多いものだから、こんなアングラなゲームじゃなくて、プリクラや体動かす形のゲームをやりに行っているのだ。まあ、それはそれでいいんだけど。

 遊びつくしたと感じた時、時計を見ると夜七時となっており、さすがに疲れたということでお開きとした。本当に楽しかった!こんなに楽しいのはもう後にも先にもないんじゃないかと思うくらいには楽しんだ。強いて嫌な気持ちになったのを上げるとすれば、マッサージを受けた後寝ていた静乃を起こす際、視界に近寄りがたい大柄な男がちらついたことくらいだろうか。男は静乃をちらちら見ていた気がするし、危険だなあとは感じた。寝ている静乃はそれこそ、バッドポイントの腐った目が閉じられているため、美少女そのものである。静乃が起きた時、いくら隣に怜がいるとしても、無防備な姿をさらさないようきつく言っといた。

 家についた時、有希と俺はリビングに寝転んだ。あまりにつかれた、寝させてくれ…と心の中に思いつつ。さすがに叔父さんにたたき起こされ、自分の寝室にふらつきながら戻った。部屋に入ると、竜崎がなんかにやにやしながらこっちに向かって何か言った気がするが、よくは覚えていない。

「今日はいいことあったよね。明日はもっといいことあるよね、ハム太郎?」

「誰がハム太郎じゃ」

そんな糞みたいなやりとりをし、俺は眠りに落ちたのだ。



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3-2-5 男の本音と

 7月19日、俺はキモタク先輩とオタクショップを練り歩いていた。特にほしいものはなかったため、何か目新しいものはないかを見て回るだけであった。疲れ果ててとある喫茶店に入ってアイスコーヒーを飲んでいた時、ある女性グループが店内に入ってくるのが見えた。俺はキモタク先輩が気付く前に彼女らをなめまわすように観察していた。黒髪ロングのクールな女性、ツインテニーハイのオタクを殺しに来た格好の女子、金髪サイドポニーのインテリ系女子、活発元気っ娘、文学少女っぽい娘、あっけらかんとしたサバサバ系女子。そんなハイレベル集団の中に紛れる――いや、むしろ軽く浮くくらい異彩を放つ、ダウナーな雰囲気を出している陰気くさい女子がいた。なにより目が死んでいる。なにか心に深い闇を抱えているのかと思うくらい生気がない。だからか知らないが……やけに気になった。それに、目は腐っているがそれ以外は上玉に見えた。ファッションやスタイルは俺好みだった。でも――あの中ではやっぱり黒髪ロングの女性が一番好きだな。

 俺がなんて結論を出したくらいに、キモタク先輩があの集団に気付いた。キモタク先輩は典型的な童貞オタクだ。童貞を殺す服を着たエロマンガなんてみた日にはごみ箱がシコティーでパンパンになるくらいである。だから、案の定ツインテニーハイの女の子に目を奪われていた。俺はキモタク先輩を利用して彼女らに近づけないかと思いつつ、キモタク先輩の話に耳を傾け、かつキモタク先輩をそそのかしてその気にさせた。

 作戦を決行したが、キモタク先輩は謎の男に蹴り飛ばされ、俺は狙ってた女性になにかされて、意識を失った。目を覚ましたとき、眼前には不敵に笑うその女性がいて、本能的に逃げていた。そのさなか、背中がやけにジンジンしていたから、多分”物理的に”投げられたんだろうと、自信に起こったことを考えていた。あの時の事は忘れたくても忘れられないだろう。

 

 

 

 7月29日、俺は友達のつてで、新規開店するアミューズメントパークのスタッフとして働いていた。もともと別店舗で働いていたが、ここに新規開店するとき、平からバイトリーダーへとランクアップして赴任したのだ。この日、オープン記念ということで非常に込み合い、仕事に明け暮れていたのだが、マッサージルームの見回りに来ていた時、ふと非常に可憐な女性に目が留まった。白に近いグレーの髪色を持つ、色っぽい女性が、金髪ロングヘアーの頭のよさそうな女性にもたれかかって寝ていた。長時間見ていると怪しまれるので、俺は速やかに自分の作業に戻ったが、それでもちらちら目で追ってしまっていた。この時、ある既視感を覚えた。どこかで見たことがあるような――――

 気のせいだ、と思いこの場を去り別のフロアの見回りに行こうとしたとき、ある男が彼女らのところに向かっていった。眠っていた女性は目をこすりながらゆっくり男の方を見た。その瞬間、俺はすべてを思い出した。

 「あの女……俺がナンパしたグループの中にいた陰険な女じゃないか……」

ぽつりと思わず声が漏れる。俺ははっとして、すぐにこの場を去った。道中、じっくり彼女らを見ていた大柄なおっさんがいたため、視線を離させるために無理やり声をかけた。

 「何かお困りなこととかはございますでしょうか?」

 「ん?いえ……いえなにも」

おっさんはそういってこの場を後にした。これも仕事の一つ。さっきの男、何気にこのおっさんの事を見ていたしね。お客さんが喜ぶことをしてあげよう。なんて、バイトのくせして社員みたいなことを思って、別のフロアに移動した。

 

 「……目を瞑っていれば美少女なんだ。俄然興味がわいてきた。いったいどんな人なんだろう。後で友達に頼んで、会員証から本名と住所を割り出そう。男直紀、一度話してみたい。」

 

俺は最低の職権乱用を思い立ち、シフトの終わりまで働いた。

しかし、彼女の会員証のデータは見当たらなかった。おそらく彼女は会員証の要らないタダ券でやってきた客なんだろう。

 

俺の最低な思惑は不発に終わり、嬉しいやら残念やらで複雑な感情を抱いて、パークを後にした。

 

 

 

 

 

 

――今思えば、これが、あの不敵な男の誘いに乗って、あんなことをしようと思ったきっかけだったのだろう。



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3-2-6 女の本音と

〜怜side〜

 

みんなとプールを楽しんだあと、色々なアトラクションをやり、最後に私は静乃と2人でマッサージルームにむかった。正直なところ、プールくらいしかまともに楽しめていなかった。というのも、この世界の娯楽と私のいた世界の娯楽とはやはり違っていて…勿論、新鮮味はあったけど…

そんな思いがあったから、マッサージルームがあると聞いて嬉しかった。どんな世界であれ、体の疲れを取り除くことは共通であると思ったからだ。だから、私はそこに向かった。休養できるチャンスを得たのだと……

加えて、仕事の進捗のチャンスも得た。休みたがっていた静乃もついてきて、彼女と2人きりになることができたのだ。私は遼に恋人を作らせないといけない。加えて、“その恋人が誰であるか”を把握しないといけない。今日、私や会長たちがプールで遊んでいる最中、2人がいない時間帯があった。そこで何か好感度の変動が起こったかもしれない。バラバラに行動していたとは思えないしーーーもしそうだったとしても、彼女の遼に対する思いがわかるかもしれない。このチャンスはものにしないといけない。

私たちはマッサージチェアに座ってリラックスしていた。私の世界のマッサージとはかけ離れていて寂しさを覚えたが、これもなかなか気持ちよかったのですぐにそんな思いは吹き飛んだ。ちらりと静乃に視線をやると、目を瞑って恍惚な表情をみせていたのがわかった。その姿はあまりに美しく、このとき改めて彼女の失われた魅力を認識した。

「ほんと、目を閉じていれば可愛いのね…」

「…それ、よく言われるよ。」

「ああいえ、ごめんなさい。決して目を開けるとダメだとかそんなんじゃないんだけど…でも、その目ってどうにもならないのかしら?すごく勿体無いと思うわ。」

「別に好きでこうなったわけじゃ…前までは直そうと思ったさ。でもだめなんだ。何しても治らなかった。きっとストレスが原因なんだろう。でも今は治らなくていいとは思ってるよ。ぼくの目が腐っていたら、厄介ごとも飛んでこないのさ。それこそ、小学生の頃なんてこんな目じゃなかったから、面倒ごとがたくさん降ってきてね…」

「その口ぶりってことは、そんな目になったのは中学から?」

私がその質問を投げかけると、静乃はうーんとうなり、それからしばらく何も言わなかった。

「まあ、そんなところかな。」

それから会話はストップした。きっと踏み込んで欲しくないことなんだろう。そう思ったから、ここで深入りするのはやめておいた。遼の恋人作りは長期戦だ。それに、彼と親しい人が恋人候補であることは間違いない。今ここで彼女と私の中にひびが入るのは避けたい。ひびは、たとえ接着しても、再度負荷がかかると同じところからひびは進展する。だから、深入りはしないんだ。

 

 

 

 

マッサージを終え、近くのベンチに私たちは座っていた。だんだんと眠気が私を襲い始めた頃、

「…楽しかった?」

静乃はふと私にそんなことを聞いてきた。

「…本当に、本当に楽しかったわ。静乃は?」

「ぼくは…うん。楽しかったよ。普段のだるがりのぼくなら、こんなとこ絶対来ないだろうしね。いい経験だった。」

そう声を漏らした静乃からは、ふだんの気だるげな気持ちに加え、別の気持ちが混ざっているように感じた。

「……さっきね、この目を治すつもりはないのかっていったよね?昨日まではさっき言ったように思ったさ。でも、今日ここにきてちょっと考えが変わった。プールにいたとき、ぼくは周りから関わって欲しくないと思ってサングラスをかけ目を隠していた。サングラスをかけた人間にズカズカ話しかけてくるなんてないって思ってたけど…するとどうだろう、人が寄ってくるじゃないか。不快な気分になったが、そのおかげか、意外なやつの意外な一面も見ることができた。悪いことばかりじゃない。そう思えたから、多少はましにしたいな、なんて思ったりもした。一瞬だけだけどね…」

それは長い独り言のようだった。私はかける言葉が思いつかなくて、しばらく考えていた。そして思いついて話しかけようとしたとき、肩に静乃がもたれかかってきた。すやすやと寝息を立てていて…そんなに疲れていたんだ

私はみんなが迎えにくるまで寝かせてあげようと思い、彼女を起こさなかった。彼女の先の口ぶりからして、プールで何かあったんだろう。そして、それには遼が関係している。進捗は見られたのだと思うと、安堵が私をつつんできた。ただそんな中ある楔が私をチクチク刺激する。静乃のこの目、一体何なんだろう?隠すだけで人が来る。逆に開いていれば人を全然寄せ付けない。何が彼女の目をそうさせたのだろう。そんな疑念の楔が抜けぬまま遼を待つこととなった。

 

 



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3-3-1 体の泥をとって、肺に泥を塗って

7月30日 ~静乃side~

 

 

 「思いのほかマッサージよかったな……」

 

非常に疲れた昨日の遊びから帰ってきて、ぼくは糸の切れた人形のようにベッドに沈んだ。ほんと、日ごろたまりつつある睡眠負債をすべて返済するかのようにぐっすりと眠り、起きた時には10時を超えていた。いつもはショートスリープであるから、どんなに長くても6時間とかであるが、今回に関しては12時間は寝ていたと思う。それもこれも、あの最後のマッサージのおかげなんだろうか――というか、そうとしか考えられなかった。

 

 「こんなにいいとまた行きたくなってくるな……」

 

ぼくはスマホで例の総合アミューズメント施設のHPを調べると、どうやらマッサージオンリーで利用する方限定の割引年間パスポートがあるとのこと。だが…

 

 「………いや、学生ならいけて週一土曜か日曜でしょ?それなら年間パスなんて買わずに一回一回行ったほうが安いんじゃないか?一回ごとの値段は……って、なんだこの価格帯は。」

 

驚かされた。昨日は宮永先輩の特別なチケットがあったからただで利用できたものの、本来は一回三千円ほどかかるものらしい。マッサージの相場なんて知らないが、1時間ちょいでこの価格は学生にはきつい。いくら楽曲制作による副収入があるとはいえ…

 

 「って、なんだこの値段から割り引かれていくのか。ええっと…」

 

いろんな割引プランがある。多くの人に楽しんでもらうための工夫なんだろう。例えば家族割。3人家族なら各種チケット購入時一人当たり20%オフ。これは妥当なのかなって思ったが、それよりも破格な割引があった。なんと一回“千円”まで値下がりする破格の割引。普通なら使わない手はないが…

 

 「カップル割か…」

 

カップル割。読んで字のごとし。異性との来店時、SNSで当店の名前をハッシュタグ付きで、加えて二人のラブラブシーンを撮って添付して拡散。そのことを店員に伝えることで得られる狂気の割引。どう考えても時代を先取りしてるとしか考えられない店の宣伝方法にあきれるばかりだ。よく思いつくなと。若者を取り込んでデートスポットにしたい店側の意図が透けて見える。正直気持ち悪いが……だがしかし……あのマッサージはもう一度やりたい。それにTwitterなら捨て垢を使えば何度拡散しても痛くもかゆくもない。なら、これは使えるんじゃないか?となると、問題は相手だが……

 

 「………アイツになるのかなあやっぱり。」

 

ぼくの知る男たちで、二人で街を歩いたりするのを許容できる人間となると幾分か限られてくる。まずは遼。あいつは腐れ縁だしまあ隣にいたとて…というか昨日わりと二人でいたし、その時に嫌悪感があるかと言われたらなかったし、まああり。真はそういうことする関係じゃないし、グラハムは頼んでも無理でしょう。刹那一筋だし。伊藤は論外。やっぱり遼しかいないか……

 

 「じゃ、いつぐらいにしようかな。来週あたりのどこかで……そうだな、5日あたりがいいな。いくら新装開店したからといって平日にマッサージが込み合うことはないだろう。プールだったら夏休みキッズたちがわちゃわちゃいるだろうけど。とりあえずそれまでにやること片付けておいて、最高に疲れた状態でマッサージを受けよう。――――ああ、絶対に気持ちいいんだろうなあ!」

 

胸の奥がじんわりと熱くなる。―――これは“イけない”感覚だ。でも、抑えきれない。抑えるつもりもない。ぼくはいつものようにこの気持ちを“発散”し、そのあともう一度眠ることにした。疲れた体を休めるために……

 

 

 

 気づいたら3時になっており、流石にお腹がすいてきたので、軽くご飯を食べ、遼に誘いのメールを書くことにした。が、思うように言葉が出なかった。いざ誘うとなると、なんて切り出せばいいんだろう。考えてみれば、ぼくからアイツを何かに誘うなんてした記憶がなかった。たいてい第三者が提案して、それに乗っかる形をとってばかりであった。それのことに気づいたとき、ぼくは自分の主体性のなさにあきれた。昔はこんなんじゃなかった。小学生くらいの頃なんて――いや、昔を思っても仕方ない。いまさら変えられることでもない。だからないなりに無理やり書いて、メールを送り付けた。

 

 

 

<遼、どうせお前に夏休みの予定なんてバイトくらいだろう?

8月5日あけといて。昨日行ったあの施設に一緒に行こう。男女二人だけだと割引がすごいんだ。

どうやらゲームコーナーでも結構な割引になるんだし、悪い話じゃないんじゃない?>

 

 

 

 

 

 

 

7月31日

 

 

 「返信が来ない……」

 

 翌日の夜、ぼくは途方に暮れていた。いつもならどんなに遅れても次の日の朝には何かしらの返信をしていた遼が、ここまで反応ないなんて。ぼくのメールの書き方が悪かった?高圧的だったんだろうか……どうせ予定ないなんてやっぱり失礼だった?予定が実は詰まってて、馬鹿にされたのに腹を立てた……いや、遼に限ってそんな子供みたいなマネしないよね?………もしかして好きな女性がいて、だから好きじゃない女性と二人きりで出かけたくないとか?………遼のくせに生意気だな。

 自分の中に巻き起こるべきではない気持ちが昇ってきた。これはいけない。不快な頭をリセットしたくて、貴重品と小さなケースを持ち、外に出た。ぼくはたまに夜に散歩する。もちろん夜道は危険が伴うが、それ以上に落ち着いた。太陽が嫌いで、曇り空も嫌い。だけど夜空は好き。どんなに暗くても、星の輝きは必ず見える。まるで自分の心のようだ。汚れた自分の中にも、まだ輝きを放っている何かがあるんじゃないかって思えるから…

 いつものルートを歩き、地元の大きな公園にたどり着いた。ここは東京ドームが二つ分ほどの広さを持ち、昼は小学生たちが遠足で来たり、じいさんたちがゲートボールをしたりしている。夜はぼくみたいに散歩しに来る人や、トレーニングしたりする人、バカ騒ぎしたいDQNがくる。ともあれ、ここは憩いの場なのである。そんな場だからこそ、ぼくもこの場所は気に入っている。ぼくは人気のない道を進み、やがて切れかけてる照明とベンチが一つしかない小さなさびれた場所についた。ぼくはそこに腰掛け、小さなケースから“小さな箱”を取り出した。中に入っていた細長い棒を口に加え、ライターで先端に火をともす。その先からは白煙が上がり、ワンテンポ遅れてぼくの口からも白煙が、まるで機関車の蒸気のように上がった。

 

 

 

 

 未成年喫煙。悪いこと、やってはいけないことだってのはわかっている。進学校でタバコを吸っている学生が出たら、さぞ問題になることだろう。内申が悪くなるだろう。でも、そのスリルをかいくぐって吸うヤニはたまらなかった。小学生のトラウマから、ぼくには破滅願望がちらつき、気持ちがマイナスな方向で大きくぶれると、どうにかなってしまいたい気持ちになった。病んでいた中学時代に、ダメもとで親のタバコをせびったら、ぼくへの同情か1本だけくれた。今思えばダメな選択肢だが、当時のぼくは多少気がまぎれた。そこからは様々なつてでタバコを手に入れ、ネガティブになった時の精神安定剤として体に煙を流し込んでいた。親は多分このことを知っている。でも、あえて触れてないんだと思う。あんなことがあったなら……

 この場所は誰も来ない。来たとしても、散歩中のじいさんだけだ。そもそもこんな時間でこんな場所に学生が、しかも進学校のウチの生徒が来るなんてことはまずない。安心安全のスポットなのだった。だが―――――――

 

 「…………!?」

 

 ぼくが呆けて煙の行く先を見ていた時、音もなく誰かが近づいてきて、はっと目を見開いた。明らかに若い。というか、パーカーの上に学ランを羽織ってるこの男ってもしかしてウチの生徒の――――たしか生徒会に今年から入った1年生の―――――

 

 

 「………まさかあなたにそんな趣味があったなんて知りませんでした。萩原先輩。」

 

 

 不気味に現れた男は、無表情のまま。“初対面”のはずのぼくにそう呼びかけた。

 



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3-3-2 因果の外への分岐点

 ぼくは思わぬ状況に、指に挟んでいたタバコを落としそうになったが、必死で平静を取り繕った。ぼくを知る人にこのことがばれた。ということは、ぼくは今後……。破滅願望を抑えるためのニコチンチャージ、だから実際に破滅したいわけではない。だが、今までやってきたことを考えれば、当然の結果だろうか。ああ、やってしまった……

 

 「……?どうしたんですか。吸わなくていいんですかそれ、先が幾分灰になってますよ。」

 「え、あ、ああまあそうだね…」

 

 ふとタバコの先を見ると、4分の1が灰になっていた。やはり動揺していたのか、灰を落とすのを忘れタバコを口に運ぶ。案の定、灰はその動作の過程で落ち、衣服についてしまった。いやな考え事をしながら吸うタバコの味は、よくわからなかった。

 

 「にしても他に吸う人がいてよかったです。なぜだかみんな吸わないので……」

 「え、キミ何を言って……」

 

 彼…神前鬼道はそういうと、ぼくの隣に座り、さも吸うことが当然かのように制服のポケットからタバコを取り出し、何食わぬ顔で吸い始めた。そのタバコの箱は見たこともないものであった。

 

 「―――――うん、やっぱり夜に吸うこれはたまりませんね。……萩原先輩も同じ趣味があったなんて嬉しいです。」

 「いやまあ、この年で吸っている人なんてそりゃいないもんね……って、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 「なんでしょうか。」

 「ぼくと君って初対面のはずだよね?―――ああいや、ぼくは君のことを一方的に知っているんだけど。あの生徒会の一年生となるとね。でもなんで君はぼくのこと知ってるの?」

 「…………まさか、萩原先輩って自分の置かれている状況をうまく把握していないのですか。あの人気の会長と仲良くご飯を食べている。加えて人気のある中河先輩の親友となると、意外と知られるものですよ。一年生の間でも、名前だけは知っている人とかそこそこいますよ。」

 

 ……確かに、そりゃあ緋色先輩と刹那と仲良くしてるけど、まさかぼくまで名前が知られていたとは……。不気味に感じていた部分が晴れ、加えて彼もスモーカーであったことから安心したのか、先ほどよりもタバコの味が格段に良くなった。

 

 「まあそれと、会長のご趣味と同じものをどうやらされているみたいなので……ほら、会長って動画投稿サイトに楽曲投稿してるみたいですよね?」

 「……そのことは会長から聞いたのかな?」

 「そうですね………利害の一致といいますか、自分も似たようなことをしているので。それに、近々会長があなたを紹介してくれるみたいなことをおっしゃっていたので…」

 

 会長が自分のやっていることをしゃべるなんて、よほどのことがない限りない。この男は、そのよほどのことをさせるだけの何かがあるらしい。てか、会長がぼくを紹介するってどういうことだ。―――――いや、そんな話もしてたな。たしかなかなかのドラマーを紹介してくれるみたいなことを…

 

 「…………じゃあきみがドラム君?」

 「………まあそんな認識でいいと思います。」

 「ああーなるほど理解した。会長が言うほどの腕前、今度見せてもらうよ。よろしくね。」

 「こちらこそよろしくお願いします。萩原先輩。」

 「では友好のしるしといったわけではないけれど…」

 

 ぼくはそういうと自分のタバコの箱から一本取りだして、

 

 「そのタバコとこれ、一本交換しない??そっちのも吸ってみたくて。」

 

 どう考えてもJKのセリフではない最低な取引を持ち掛けていた。

 

 

 

 

 ドラム君のタバコははっきり言って旨すぎた。今までのタバコは害のあるものだが、これに関してはむしろ健康にいいのではないかと錯覚させるほどのおいしさだった。そんなおいしさに慣れていたのか、ドラム君はぼくのタバコを吸ってせき込んでいた。だけれども、「意外とありだな…」とつぶやきが漏れ、結果フィルターのぎりぎりまで吸い尽くした。ぼくたちはやっている趣味が似ている部分があり、意外と話が弾んでしまった。ドラム君は壇上では無口な印象を受けたけど、実際話してみると全くしゃべらないわけではない。まくし立てて話すタイプは苦手な人種だが、そうではなく、適度な沈黙がうまれるため、非常に心地よかった。クールにしゃべるその姿は、悪いものではなかった。

 

 「……そうだ、連絡先教えてもらってもいいですか?今後のことを考えて。」

 「いいよ。何がいい?メアド?LINE?」

 「それでは…メールのほうでお願いします。LINEはやらないので。」

 

 へえ、と思った。スマホを使ってるくせしてLINE使わないんだなと。なんでなんだろ、既読システムが嫌いなのかな。確かにメールなら、読んだか読んでないか全くわからないからね。なんてことを思ったとき、ふと昨日のことを思い出した。遼も無視したわけじゃなく、見てないだけなのかもしれない。もっとも、確かめる手段はないが、ぼくも変に凝り固まっていた。反省すべきかもしれない。でも、5日のことが解決したわけではない。早く解決させないと………ってそうだ。有希に聞けば簡単じゃないか。さっさとそうしときゃよかった。

 メールアドレスをドラム君に見せている間、ぼくはそんなことを考えていた。家に帰ったら、有希にLINEで聞いてみよう。

 

 「……よし、これで完了です。ありがとうございました。ではまた後日メールしますね。」

 

 そう言い残して、ドラム君はここから去ろうとした。なかなかに楽しい時間だった。

 

 

―――――――――あれ、ちょっと待って。

 

 

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 冷静に考えておかしくないか。いま夜の10時だよね?生徒会はないはずだし、てかそもそも夏休み期間だから……

 不自然極まりないこの状況に、冷や汗が出、気が付いたら彼の腕をつかんでいた。

 

 「……どうしました?」

 「いまさらなんだけども、なんでこんな時間に制服着てこんなところに一人で来たの?タバコ吸うだけなら喫煙所でもできたよね?わざわざなんで……?」

 「………………」

 

 一瞬、彼の眼が鋭くなったように見えた。が、先ほどのすまし顔に戻り

 

 

 「………夜の散歩、割と好きでやってるんです。たまたま知ってる人がいて、おかしなほうへ進むもんだから、ついて行ってみただけですよ。制服だったのは、学校に忘れ物があったのが、一週間後初めてわかってとりにいったからですよ。………ね?大したことじゃないでしょう?」

 

 

 思いのほか普通だったので拍子抜けしてしまった。

 

 「そっか……でも、そうだね、尾行はよくないと思う。一歩間違えればストーカーだから注意したほうがいいよ。もっと早くに声かけれくれれば、こんな汚い部分を見せずに済んだのに……まあいいや。話は変わるけど、タバコに関する話はほかの人に絶対しちゃだめだよ。なんでかしらないけど、どうやら君にはその辺の常識が欠けているみたいだしね……」

 「……肝に銘じておきます。それでは―――ああいや、先輩は帰らないんですか?途中まで一緒に行きましょう。さすがにこの時間で女性一人はよくないでしょう?」

 

 彼はそういうと彼の腕をつかむぼくの腕をつかみ、引っ張り上げた。力は意外とあって、簡単に引き上げられてしまった。

 

 「……なら、途中までね。」

 

 ぼくは暗い公園を彼と二人で並んで歩いた。結局、彼は家まで送ってくれた。

 ぼくは手についたタバコのにおいを落とすため、手洗いを済ませた後、机に向かい数時間勉強して、眠りについた。

 家に帰って何かする予定だったはずだが、そんなことは忘れてしまっていた。



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3-3-3 未読無視はダメゼッタイ

7月30日

 

 いろいろな人たちと非常に楽しい一日を送った翌日、俺はピクリともせずに眠り続けた。肉体的にも精神的にも疲れていたのだ。かわいい女子たち、目の毒な水着姿、特に静乃………俺の心を惑わすことや、プールで激しく動いたことから疲れが本当にたまっていたのだ。だから、昨日は帰ってからカバンを部屋に投げ捨て、そのままベッドに入った。本当はちょっとだけ横になって、落ち着いたら風呂に入って寝るつもりだったのだ。でも、寝てしまった。起きて時計を見――――ようと思ってあたりをまさぐったが、目当てのもの、すなわち携帯がなかった。

 

「……あれ―――ああそうか、そのまま寝たからないのか。」

 

俺はカバンから携帯を取り出した。だが、想定外の事態が起こっていた。

 

「画面が割れている……」

 

携帯が開きっぱなしの状態でカバンに放り込まれていたから、そしてきのうぶん投げたからおそらくそれでわれた………。徐々に覚醒しつつある頭、時間がたつにつれ、事の深刻さを感じ始めていた。

 

 

 

「てなわけで携帯が欲しいです。叔父さん、どうしましょう。」

「やたら他人行儀だと思ったらそれが狙いか。」

 

 仕事中の叔父の部屋に行き、割れた携帯をみせて俺は正座していた。

 

「………まあその携帯も長く使ってきたからがたが来てたしねえ。ガラケーだし、よく耐えたと思うよ。これを機に、スマホにするのもありか。どうする?」

 

「叔父さん………ありがとう!俺もスマホデビューしたいから、早速今日買いに行こう!」

 

「よし、じゃあ今日の晩飯は遼が作ってくれよ?」

 

俺はもう狂ったように頷いて、ただただ叔父さんのお恵みに感謝していた。

 

 

 ついでなので有希もスマホにすることにし、家に帰ってひたすら説明書とにらめっこをしていた。有希のはデータのバックアップをとっていたため、すんなり電話帳などの重要情報を移すことができたが、俺はぶっ壊れていたから全くの新しい情報から進めていた。メアドも新しくした。だから、俺の前のメアドを知っていた人に送らないといけない。けれど、初期設定で手間取ってしまい、時間を食われ、気づいたら12時になっていた。有希のスマホの中にある程度知り合いのメアドが入っているので、そこからメアドを手に入れてメールを送ろうとしたが、彼女はもう寝たし次の日にしようとあきらめた。

 

 

 

 

 

7月31日

 

 有希の野郎、柄谷と遊びに行くとかほざいて、早々に家を出て行ってしまった。メアド送るよう新たに入れたLINEとやらで有希に聞いたら、『だるい』とだけ返ってきた。まあその場に柄谷がいたから、柄谷のLINEだけはゲットすることができた。にしてもこれらくだな。メール打つより気軽で、はやるのも当然だなあとその時感じていた。

 

 家に帰ってきたのは7時過ぎ。そのあと飯食って風呂入って時間が過ぎて、有希からメアドを仕入れたのが夜11時。さすがに遅すぎるため、メールは明日にしよう。そう思って、俺は眠りについた。翌日、みんなに一斉送信したら、静乃だけが半ばキレ気味で返信してきた。どうやら30日にメールくれてたらしい。俺の不注意でこうさせてしまったからさすがに申し訳なかった。ので、何か埋め合わせしようか?と返すと、8月5日開けておけとの命が下った。なるほど、どこか飯でも行くのかな?まあ千円くらいのランチならお安い御用だと俺は思っていた。

 

 けれど、想定を超えることが待ち受けていたとは、この時点では予想もつかなかった。

 



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3-3-4 やどりぎのタネ

8月5日

 

 

 夏休み真っただ中、俺はバイトをするでもなく、勉強をするでもなく、ゲームしながらごろごろするでもなく、駅のホームに立っている。陰キャの俺には珍しく、これから女の子と二人で出かけるのである。・・・・・・・・・・・・まあもっとも、これが俺の好きな相手で、デートだったのなら心躍るイベントなのだが、相手はあの静乃。しかも話を聞くにあいつの欲求を満たすための数合わせに過ぎないらしい。それならば、付き合う義理はないのだが、自分から何かしてあげるよといった手前、しょうがない。嫌かといわれたら、そういうわけでもない。行く先はあのアミューズメントパーク、それならばいろいろとやれることが見えてくる。そう、やれることがあるから、多少なりともウキウキしている自分がいるのは否定できない。彼女からLINEが飛んできてから、前日に何を着るか悩んだり、竜崎からの茶化しに変に戸惑ってしまったり、怜の「これで決めてきなさい!」という言葉をうまく流せなかったりするのは、すべてあのアミューズメント施設で何をしようか悩んでワクワクしていたからなんだ。

 

「あれ、やけに気合入った格好してるね」

 

ハッとして横を見ると、そこにはいつものように瞳の腐った―――――いや、多少はましな瞳をした静乃が腰に手を当て立っていた。ノースリーブワンピースに身を包んで、夏らしさを前面に出しており、腕にはブレスレット、首にはチョーカーが身につけられていた。・・・・・・・・・・・・あれ、なんか美しさ二倍増しくらいになっているな。俺の気のせいだろうか。

 

「そりゃあ・・・・・・・・・カップルっぽく見せないと目的達成できないんでしょ?」

「物分かりがよくて助かるよ」

「てか、お前も人のこと言えなくない?なんかいつもより目も普通だし」

「マッサージ楽しみだからね」

「てか、今更なんだけど、家近いんだしなにも駅を待ち合わせにしなくてもよかったのでは?」

 

俺がそういうと、静乃は大きなため息をついた。

 

「アンタと一緒に駅まで歩く必要ってある?」

「・・・・・・・・・いや、ないけども」

 

これはあれか?カップルのフリは店の中だけでいいってやつか?

 

「じゃあそれなら、ここで待ち合わせる必要もないんじゃないの?」

「・・・・・・遼がもし万が一あそこへの生き方がわからない糞野郎だったとしたら、道に迷う分無駄に時間が削れそうだなって思っただけだよ。―――そうだよ、早くマッサージしてもらいたいんだからさっさと行くよ。」

 

静乃は強引に話を切り、駅の方へ足を向けた。俺も彼女の背中を追った。彼女の背中からはいつものだるさは感じられなく、こころなしか生気が感じられた。てか、あの場所くらい俺もわかるわ。だってこの前行った時も現地集合だったじゃないか。―――――――ああなるほど?これはあれだな。地元で待ち合わせると知り合いに出くわしてしまい、付き合ってると勘違いされる可能性があるからか?てれやさんめ。・・・・・・・・・・・・なんて、あるわけないか。俺もそう勘違いされるのもあれだし。

 

 

 

 カップル割なんてとんでもサービスを生み出したあの店を俺は恨むぞ。リア充たちにやさしく、日陰者には厳しい代物。本心からやるのと、うそをついてやるのとではやはり店員には見分けがつくのだろうか。店に入って俺らに対応した若い男性店員は訝し気に俺らを見ていた。静乃をじっと見た後、俺をさげすむように見た。こうも疑われるなんて、そんなに俺らは似つかわしくないというのだろうか。ここまでくるとへこんでくるな。

客の申し出を嘘であるということはできないのか、普通にカップル割が通ったので、俺らは目的地へと向かうのであった。夏休み故、キッズが多く、クレーンゲームコーナーやプール系のところは混んでいるように見えた。けれど、大人は少ないのか、マッサージエリアは比較的すいていた。それでも、ある程度入っているあたり流石全国展開する巨大施設である。マッサージを受けたがっていた静乃は速足で受付を済ませ、マッサージルームへと入っていった。俺はここで別れてゲームコーナーへ向かってもよかったのだが、キッズが多くて面倒そうなのと、カップル割のおかげで安くなっていることだし、あのだるがりの静乃の心をここまで動かすマッサージへの単純な好奇心から、俺も試してみることにした。もちろん男性と女性は別室に分かれており、俺は受付を済ませるとマッサージ用の衣服に着替え、寝台に横になった。現れた男性の言われるがまま、なすがまま俺はゆったりとマッサージを受けた。

 

 

「静乃があんなに夢中になる理由がわかったよ。」

 

マッサージ後、俺は静乃と施設内のカフェでお茶していた。いやはや、本当に気持ちがよかった。俺には肩こりなどの蓄積している肉体的疲労なんてないと思っていたが、終わってみると意外や意外、体が思う以上に軽いのである。

 

「別に遼にすすめたわけではないんだけど・・・・・・まあいいや。ぼくも大変満足できた。週1で受けたいくらいだよ。」

「でもそうすると、マッサージ受け終わるたびにナンパされるんだろうな。俺がいたことに感謝して?」

「日ごろぼくに煽られているからって――――――――」

 

静乃はそういって、コーヒーをすすった。日ごろの疲れが取れるとともに、瞳の濁りも取れたように見えた。彼女はスタイルもよく、顔もよい。本来モテモテであるべきなのに、陰鬱な雰囲気と腐った魚のような眼で中和され、その辺の女子と変わりないポジションにいる。しかし今、マッサージを受けたことにより陰鬱な雰囲気が薄れ、眼もましになっている。モテない原因が消えたのだ。それはもう、俺も認識を改めるくらいには可愛くなっていた。俺がマッサージルームから出ると、大学生くらいの好青年に話しかけられていた。俺を見つけるとこっちに走ってきて腕を絡ませ「ね?カレシがいるっていったでしょ?ごめんなさいね」といって腕をひらひらとさせ、その場を無理やり後にした。プールの時といい、ほんとこいつは眼さえなんとかなればモテるんだな。そう再認識させられた。

俺はコーヒーを飲みながら、アーケードの方をぼんやりと眺めていた。今の静乃を直視するのはなんだか照れ臭かったからだ。

 

「でもまあ、助かったことは事実だよ。ありがとう。」

 

柄にもないことを言われ、俺はハッとして彼女のほうを見た。彼女はカップに手を添えて、ぼんやりとコーヒーの揺れる波面を見ているように見えた。自然と出た言葉なのだろう。俺の驚いた目と目が合う。そして自分の言った言葉に気が付いたのか、すぐ目をそらして、手を頭の裏にあて

 

「いやあ、疲れとともに毒素も抜けたのかな。今のは失言だった。きにしないでほしいな」

 

明らかに照れ臭そうにする彼女を見ると、俺も照れ臭くなってしまった。これはあれだな。雰囲気に流されているんだな。

 

「・・・・・・ここのマッサージはお前をこんなに変えてしまうのか。これは毎週行けば心も体も清らかな女性に慣れるに違いないな。俺も気に入ったし来週もまた行く?」

「あれ、今度はぼくが誘われてしまった・・・・・・。でもま、時間が合えばいいよ。カップル割使えば超安価で行けるしね。」

 

こうして俺たちは来週再びここに来る約束をしたのだった。

 

 

 

 

 

 あの後は特に何かするわけでもなく普通に帰宅したのち、竜崎を連れて隣の怜の家に行った。というのも、今日ここに来る前に怜に「これで決めてきなさい」と言われていて、その後続けて「報告会もかねて鍋パでもしましょう。竜崎さんがネットで見かけてやりたがっていたのよね。うるさいなあとは思っていたけれど一応あれでも上司だし・・・・・・まあ私も興味あったからやろうとおもってね。材料はこっちで用意しとくから竜崎つれてこっちにきてね。」と言われているのである。なんて世俗にまみれた神様たちなんだ。

 

「あら遼、次もデートの約束にこぎつけるなんてすごいじゃない!これはもうもらったわね。これで私たちの仕事が終わってくれればいいんだけれどもねえ。」

 

怜は俺の今日の顛末を聞くと嬉しそうな表情を浮かべ、もぐもぐと野菜を食べていた。竜崎も幸せそうな顔して食べていた。あのねんどろいどのからだのどこに野菜は消えているのだろう。相変わらず不思議である。てか、こいつが幸せなのは多分俺の話を聞いたからじゃなくて鍋食ってるからだろうな。

 

「いや俺は一言もアイツと付き合いたいなんて言ってないんだが・・・・・・。」

「イヤなの?」

「イヤかと言われたらその・・・・・・・・回答に困るというか・・・・・・」

「脈ありなだけ、進歩はあったわ。なんにせよ、事態が進んでいることに変わりはないもの。」

「ああそうかい。―――――ちなみに、終わる終わらないの判断ってどうやんの?」

 

俺はふと、そんなことを思い出した。恋人ができるって、どう判断するんだ?付き合ってくださいと言い、オッケーをもらったその瞬間から?それともセックスしてから?なんにせよ、目的が漠然としているから、明確な基準がわからないことは確かなのである。

 

「それはその・・・・・・」

 

怜は歯切れが悪かった。進んでいた箸も止まっていた。自分でもわかっていないのか、それとも言えないことなのか。どっちなんだろう。

 

「まああれだ、セックスできそうなくらい仲良くなったらじゃないかな。もちろん君を四六時中監視しているわけじゃないから、事後報告になってしまうがね。まあ――――終わりかどうかの判断は一応はっきりとしているのだが、うまく言語化できないというか・・・・・・あえて言語化すると今言ったセックスできるかどうかまで仲良くなるとしか言えないんだ。すまんね。」

 

竜崎からのヘルプが飛んできて、怜が「そうそれよ!」と相槌した。

 

「セックスしそうなくらいって言われても・・・・・・・・・」

 

そんなこと言われるもんだから、静乃とのピンク色の妄想をしてしまった。そうだよ、あいつの体つきはエロイんだよ。だからその・・・・・・

 

 

 

 

 途中から頭が悶々とし、それは家に戻ってからも続いた。竜崎が寝静まった深夜1時、俺は今日あったこと、この前のプール、そのことを思い出しながら、自身の欲望をすべてティッシュにぶちまけた。初めてリアルの女性を“用いて”しまったのと、過去に類を見ないほどティッシュを使ってしまった。用いるくらいには、彼女のことが気になり始めていると、自覚はしていたが、その事実から目を背けたかった。シコったらその気持ちが薄れるかと思ったら、新に罪悪感の虚無感が押し寄せ、忘れようと無理やり目を閉じた。眠れないと思ったけれど、マッサージが効いたのか、すぐに瞼が重くなり、深い眠りへと落ちていった。

 



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3-3-5 恋愛事情の第三者視点

8月8日 土曜

 

 静乃と出かけたあの日以来、だらだらとしたLINEでのやり取りが続いていた。LINEを断ち切るタイミングがなかったというか。静乃からのLINEの返事をし忘れ、翌日にその返事をするみたいな―――――また、その逆もしかりで・・・・・・。そんななか、5日の静乃の『時間が合えば(アミューズメント施設に行っても)いいよ』という返事をこの三日間ずっと頭に抱え、けれどその追及をできずもやもやと過ごしていた。

 

「あれは冗談で言ったことだったのだろうか・・・・・・」

 

ぽつりと言葉が漏れる。自室には俺しかいないから、もちろん誰も返事をすることはない。竜崎がいそうだが、奴は今有希と対戦ゲームをしている。全く暇な奴だ。てか、ねんどろの体でよくやるよと思うよ。もやもやとした心が晴れぬまま、気づいたらバイトの時間が差し迫っていた。遅刻するのはまずいので、さっさと家を出た。なんだったら、会長にでも相談してみようかな。女性同士だし、なんらかのアドバイスくれそうだから。今日シフト入ってたっけ?固定シフトは俺も先輩もやめちゃったからなあ。

 

 

 

「・・・・・・なるほど、謎が解けました。」

 

 今日のシフトは会長も入っていたため、休憩中に今日のことを尋ねると、脈絡のなさそうな返事が返ってきた。何か深い意味があるのだろうか?けれど当然言われた瞬間言葉の裏なんてわかるわけもなく、俺は素っ頓狂な返事しかできなかった。

 

「謎?」

「それはすなわち―――――――――――――――――いえ、謎は謎です。貴方に解けるでしょうか?」

「いやまず何が謎なんですか。謎がわからないから解きようがないっすよ。」

「ふふ、なんでしょうね?」

 

思わせぶりな笑顔を見せる会長はやっぱりかわいいなあと思いつつ、けれど何も解決していないことからもやもやは続いていた。

 

「まあともあれ――――勇気を出していってしまったほうが楽ですよ。女の勘ですが、すぐ返事が来ると思います。」

「女の勘ですか?」

「ええ。―――私の勘は信用なりませんか?」

「いやまさか」

 

なぜ俺は会長にからかわれているんだろう・・・・・・。まあいいや。もう面倒だ、流れに乗って言ってしまえと思い、俺は単刀直入に『5日に言ってた来週も行くって話、12日でよい?』と送ると、すぐに既読が付き『わかった』と返事が来た。誘うことにうじうじしていたのがあほくさく思えるくらいサクッと予定を決めることができた。

 

「これで私の方に静乃さんからのLINEが飛べばクロですね・・・・・・」

「クロ?」

「ええっと―――――いや、なんでもないです。」

 

会長は何か言いたげな雰囲気であったが、言葉を押し込めたようにみえた。

 

「気になるじゃないですか。LINEが飛ぶ?会長と静乃で何かやり取りがあるんですか?」

「さあどうでしょ―――――」

 

会長がそういいかけた時、あるバイブ音が休憩室内に響いた。俺のものではない。ということは―――――

 

「今の会長のやつですか?」

「さあどうでしょうね?」

 

またも俺の言葉をはぐらかし、椅子から立ち上がり休憩室を後にした。・・・・・・いったい何だったんだろう。謎?謎ってなんだ?・・・・・・まあ会長は厨二な部分あるからなあ。症状が出たのかもしれない。深追いはしなくていいだろう。

俺も椅子から立ち上がり、休憩室を後にした。12日、俺から静乃を誘って遊びに行く――――これってデート?いや違う、健康な体のなるための設備投資だ。

照れくさくって、心の中でもはぐらかした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は国広君から逃げるようにその場を後にした。これ以上いると何かぼろを出しかねないからである。さっき言っていた謎というのは、静乃さんについて。国広君の言葉を聞いて、一つの仮説が立った。謎なんてその時は解けてない。完全に雰囲気で使っていた。

 

≪静乃さんに個人的な用事があって、来週のどこかで会えないかって昨日聞いてみたんですよね。けれど、用事が入りそうだと返されたんですよ。その日は決まっているんですか?ってきいたら、どうやらそういうわけでもない。その用事って何なのだろう、もし人に言えない事情であるなら仕方ない。けれど、私も来週どうしても彼女に会う必要があるので引くに引けない。彼女も私に用事があるはずだから、時間を作りたいけれど――――みたいなことでグダグダしてたんです。彼女は明日中――――つまり今日ですね。今日中に確定させると返事をくれたので、もしかしたら彼女から返信が来てるかもしれないですね。≫

 

なんて言えるわけないじゃないですか。もしそんなの言ったら、静乃さんが国広君と会うのすごく大切にしてることがばれちゃうじゃないですか。彼らの背景を知ってしまってつい言葉が漏れたのは失敗でしたね。本当に彼女から日程調整の返事が来たのですから。・・・・・・・・・まあここから言えるのは、彼女の中の優先順位は国広君が私より上なんですね。・・・・・・・・・これは、女同士の友情より男をとったということですか?いやまさか―――――いやでも、プールの時途中から彼ら一緒にやってきましたし、何かあの時からあって、5日で決定的に関係が進んだ・・・・・・?

 

「余計な詮索はやめましょう。」

 

私は黙々とパスタづくりをすることにした。もっとも、独り言が漏れてしまったため、近くにいた社員さんに変な目で見られたのはやってしまった。

悔しいから、静乃さんと国広君のデートの翌日、キドと龍華と静乃とでセッションするから、そのときにいじり倒してあげよう。完全に腹いせだけれども。



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3-3-6 変わる思い

8月12日水曜

 

 また静乃とアミューズメント施設へ行く日が来た。今回もまた駅での待ち合わせ。前回同様、駅まで一緒に行く必要はないだろうとのこと。集合時間の10分前には着いていようと家を出、駅へ向かって歩いていると、ちょうど静乃とバッティングしてしまった。

 

「…おはよう。こんなところで会うつもりはなかったんだけど…」

 

少々バツが悪そうに俺を見る。タイトなダメージジーンズにチュニックを合わせたもので、普段のダウナーさをクールさに転換したような格好で、非常に可愛く見えた。また、瞳の濁りも多少マシになっているようにみえた。それゆえ、思わず彼女から目を逸らしてしまった。

 

「どうせこうなると思ったさ。まあ行こうぜ。」

 

俺は彼女に動揺を悟られないよう、急いで横に並び、歩き始めた。顔を見られないように…

 

 

 

 

 

 駅から降り、目的地へと向かう途中、フードを被った人とすれ違った。街中にはこんなクソ暑い中フードを被る不思議な奴もいるもんだなとふと思った。けれども…

 

「あれ、もしかして萩原先輩ですか?」

 

後ろからなんか声がして振り返ると、例のフードの人が近づいてきた。その人は被っていたフードを脱いでいたので、顔をよく見ると、同じ学校の生徒会1年の神前であることがわかった。静乃と面識があったんだ…あれ、どういうつながりだ?会長と静乃は仲良いから、そういったルートかな?

 

「……いや、人違いじゃないかな。」

 

なぜか嘘をつき、首をかしげる静乃。そんな彼女を、彼はにやけながら見ていた。こんな表情するやつだったのか。無表情を貫くやつなのかと…

 

「………へえ、自分のこと知らないフリですか?いいんですよ、あの事を言っても」

「おやおやドラム君、こんな所で奇遇だね。一体なんの用事で街中まで来たのかな?」

「露骨ですね…」

 

どうやら静乃はこいつに弱みを握られているらしい。一体どんな弱みがあるんだ?どんな関係なんだこいつと静乃は?てかドラム君ってなんだ?

 

「……まあいいです。で、隣の方は……ええっと、国広先輩でしたっけ?」

「あれ、俺のこと覚えてたんだ。数えるほどしか喋ってないからわからないかと…」

「まあその…………会長や萩原先輩の共通の友人ですから……。というか、そんなことより、もしかしてお邪魔でしたか?デートの最中ですよね?」

 

半分本気、半分からかいが混じった顔で俺らを彼は見ていた。否定しようと口を出そうとしたら、タッチの差で

 

「いやいや、そんなんじゃないよ…じゃないよね?」

 

いや静乃さん、なんで疑問形なの?自信持って否定してよ。照れちゃうだろ…

 

「…2人で出かけてはいるけど、それだけさ。君が思うような関係じゃないよ。友達同士で出かけることなんて普通じゃん?」

「……なるほど。」

 

神前は手を顎に当て何か考えているようだ。え?何を考えてるの?てかなんか言い訳じみたこと言っちゃったな。どうしてこんなこと言っちゃったんだろ。

 

「……まあいいです。ではまたどこかのタイミングでよろしくお願いします。デート、楽しんできてください。それでは〜」

 

置き土産を残して彼は去っていった。だからデートじゃないって…ないよね?

俺の頭の中で様々な思考が巡る。1つわかったのは無表情無感情のように思っていた神前は、意外と表情を表に出すということだ。普段のキャラは作っていて、こっちが本性なのだろうか?

 

「まあとりあえずいこっか。」

 

静乃はやや早足で歩く。俺はその半歩後ろついていった。神前の言葉に静乃がどんな表情をしたのかはわからないが、静乃の耳を見ると多少赤みを帯びているように見えた。これは照れなのか、それとも暑さにやられてるだけなのか…

 

 

 

 

 

 目的地に到達して、店員にカップル割を使いたいことを言った。今日受付したのは先週と同じ店員らしい。というのも、その店員が静乃のことを覚えていたからである。馴れ馴れしく話しかけてきたわけではなく、「先週もいらしてましたか?」「ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。」と、至って普通の対応。それゆえ、話はすんなり進んだ。こんなこともあるのだなあと思った瞬間、俺もバイト先の常連くらいは覚えてるなと幾らか共感した。にしても、2回目なのによくもまあ覚えてるものだ。たくさんの人を相手にしてるというのに…

まあ、深く考えることでもないか。

 

「前回SNSに投稿されたと思いますが、今回もよろしくお願いします。」

 

店員に言われた支持はすべて静乃に任せてるのだが・・・・・・こいつ、SNSの何に上げてるんだろう。今思えば、そんなことも知らなかった。

手続きを終えた後、静乃とマッサージルームへ向かう。

 

「そういや、SNSは何に上げてるの?」

 

先ほどふと思った疑問を静乃に聞いたら、

 

「ん?ああ、Twitterに上げてるよ。大丈夫。捨て垢作ってカップル共同垢って事にして、そこに上げたから知り合いには知られてないよ。」

 

とのこと。

 

「なるほど…てかカップル共同垢なんてあんのか。今の時代はどうなっているんだ……。なあ、俺もその垢見ていい?」

「ああ、別にーーーーいや、ダメ。」

 

何故かは知らないが、拒まれてしまった。この口ぶりからして、まずい事を思い出したってところ?

 

「………見せるものがないってのが建前で、本音はスマホを触らせたくないって事。変なところタップされたらやだし。なにせ壊れにくいガラケーをぶっ壊してる乱暴者だからなぁ。」

「いやあれはだな……」

 

事実ケータイを壊したことは否定できない。不慮の事故というわけでもなく、俺の不注意によるもの。何も言えねえ。

 

「よし、じゃあ今日も気持ちよくしてもらうかな!」

 

そこまで見たかったわけでもないし、何よりめんどくさくなって来たから話題をぶった切ることにした。静乃は俺のことをニヤニヤしながら見続けたが、何も言ってこなかった。見られたくなかったのは本当だったのだろう。

 

 

 

 マッサージを受けた後、前回とは違い今回はゲームコーナーに向かった。物足りなさがチラついて、静乃に提案したらこうなった。めんどくさがりの静乃が誘いを断らなかったのは、彼女の中にも物足りなさがあったからなのだろうか。それとも単なる気まぐれなのだろうか。

静乃は俺と一緒に遊ぶよりも、俺のプレイングが見たいとのことで、俺がいつものロボット対戦ゲームをやっている間、ずっと後ろから見てた。俺としても、一緒にやるには色々とレベル差があるから助かってるところはあった。

 

「おお、また勝ったね。初心者狩りして楽しいの?」

「いやいや、相手も強いし。てかそれ下手してもしなくても俺じゃなくて相手を煽ってる事になるからな?」

 

静乃は対戦が終わるたびに俺に話しかけて来た。煽りもあれば、純粋な質問もあって、彼女なりに楽しみを見出しているんだなあと感じた。ただまあ・・・・・・このゲームは連勝すれば次回の対戦も無料でやれる。連続で勝ち続けているため、かなり長い時間楽しめていた。俺は全然まだまだいけるのだが、静乃はどうだろうか。そろそろ飽きてきてるんじゃないかと思って後ろを見たけど―――――その表情からは疲れや飽きは見られなかった。だって何か考え事をしているように腕を組んでいたから・・・

 

「ねえ、ちょっと最後はぼくにやらせてくれない?」

 

静乃はそんなことを提案してきた。やはりそろそろ頃合いか。ただ、今俺のゲームアカウントを使ってるから、負けたらレートは間違いなく下がる。その辺の友達にはやらせたくないが、そんなことを今言うのも野暮なので、明け渡すことにした。

 

「難しいかもしれない。」

「大丈夫、操作は後ろで見て何となくわかったよ。」

 

俺は静乃と場所をチェンジするため立ち上がった。そうして後ろを見ると、先ほどは気づかなかったが、順番待ち以外にギャラリーがいるのがわかった。いつも俺ひとりが遊ぶ分にはこうはならない。だけどこんなことになってるのは・・・なんでだ?

よくわからなかったが、まあそんなことはどうでもいい。今は静乃のプレイを見よう。彼女は確かにキャラを動かすことはできていた。けれどやはり経験の差というか、扱いこなせているわけではなかった。それでも、敵の体力の半分弱を削ったのは健闘だろう。

 

「うーん、負けたけど楽しかったかな。刹那がはまる気持ちが少しわかったかも。」

 

そういって俺に向ける彼女の顔からは、とてもすっきりした表情がみられた。すごく心が晴れやかになった。これはきっと、自分の好きなゲームを楽しんでもらえたからだろう。

 

 

 

 

 ゲーム後は喫茶店に向かった。普通のカップルならプリクラくらいとるのかもしれないが、静乃も俺もカップルじゃないし、静乃は写真があまり好きではないはずなので、話題にすら上がらなかった。喫茶店でお茶した後は家電量販店へ向かった。というのも、静乃が俺のスマホを見かねて「保護カバーつけてないとか正気?また画面破壊するよ?それとも壊しては直しを繰り返したい変態さんですかぁ?」と煽りに煽って、半ば強引に連れていかれたのである。手帳型、ハードケースいろいろあったが・・・

 

「これ、意外と高くない?たかがケースに2千円もすんの?」

「まあそういうものだよ。遼にとっては手帳型より普通のアルミニウムカバーケースがいいんじゃないかな。一番シンプルで使いやすいし。」

「ほーん」

 

おすすめされるまま、俺は赤色のカバーを買い、店を出た。いい時間になっていたので帰路につき、駅へ向かった。

自宅の最寄り駅につき、家へと向かう。日は暮れはじめ、影が伸びていることがわかる。今日のことを振り返ってみる。静乃と一緒にアミューズメント施設へ行き、マッサージを受けゲームしてお茶飲んで電気屋行って帰る。その間他愛もない話をし―――――非常に楽しい時間を過ごせた。俺はそうなんだが・・・・・・静乃も楽しめていたのだろうか?少なくとも曇った表情は見せず、むしろ瞳の濁りがさらになくなっていたように見えたから、マッサージは満足できたはずだ。それに、本当に楽しくないなら目的がすんだら帰ることを提案していたはず。・・・・・・・・・うん。疑心暗鬼にならず、自分を信じよう。

 

「じゃあぼくはこっちなので。」

 

静乃と俺の家の分かれ道まで来た。俺は彼女に手を振って、前へと進んだ。視界の端に静乃がちらりとうつる。振り返ってこちらを見ているように見えた。確認しようと彼女の帰る方向を見ようとしたが、もし俺の勘違いで、逆にそんな俺を彼女がみたら不審がるだろうし、めんどくさくなりそうなのでやめた。どうしてこんなことも考えているんだろう。今までこんなことまで気にしたことはなかった。やっぱり俺の中での彼女の評価は変わりつつあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遼と別れた後、ふと振り返ってみた。遼を一瞬視界にとらえたが、立ち止まらず進んでいたので、すぐ見えなくなった。なんでぼくはこんなことをしたんだろう。自分のした行動の理由がわからない。無意識であった。

 

「遼への認識は・・・変わらないはずだ・・・・・・・」

 

今も昔も腐れ縁、友達のまま。ただ最近ちょっと話す機会が多いから、変に勘違いしているだけだ。・・・・・・・・・ぼくが異性と“そういう”関係になるのはないだろう。こんな腐り散らして穢れたぼくなんて、遼には申し訳ないさ・・・・・・・・・。

 

 



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3-4-1 太陽表面の黒点

 8月13日 木曜

 

「んあー暑いぞ…」

「ねー……あー上も下も一枚なのにー…」

 

 バイトも休みで、勉強する気にもなれなかったので、こうしてぐうたらリビングに寝転がっている。俺は半袖短パン、有希はパンツルックにノースリーブというなんとも大胆な格好である。というか、有希も寝転がっているから、大事なところがチラチラ見えてるんだが、さすがの俺も家族には欲情しない。そう、俺は鉄の心を持っているのだ。けれど、そんな鉄の心を持つ俺も、他の女の子にはちと弱い。そう、例えば、もう一人の女の子の柔らかな肢体をじっくり眺めることができるベストポジションを取ってしまったりだな……

 

「………ねえ、私が遊びに来ていること、忘れてませんか?どちらもだらしなさすぎじゃあ……」

 

 そう、有希が呼んだことにより、柄谷がこの場にいるのである。有希が暇を持て余しすぎて、試しに声をかけてみたら、あいつも暇を持て余していたそうで、この通り。最初はゲームしたりしてたのだが、一時間で飽きて、今に至る。彼女はソファの上でぐでっとしている。けれど、有希と違いワンピースを着ているので、脚は晒していない。けれど、腕は晒している。ーーーそう、脇を晒しているのである。俺は脇フェチではないが、嫌いではないジャンルだ。ゆえにこうして、奴に不審がられない程度に視線をチラチラと向けている。くう〜〜眼福!この思いが知られたらいろんな人に社会的に殺されるね。

 

「いやーほんと、こんな格好は栞ちゃんくらいにしか見せられないな〜」

「……先輩はいいんですか?」

「あーね、いちいち気遣ってたら私の身が持たないというかめんどいというか、だから、考えないことにしたのさ。誰にでも欲情する変態ならともかく、流石に家族に欲情するような人ではないでしょ。もしそんな人なら、私の下着とかがいつのまにかなくなってたりするわけだし?けど、そんなこと今までなかったから、きっと大丈夫……いやさすがに、裸とか見られるのは嫌だけど。」

「有希、俺の特性をわかっているじゃあないか。えらいぞ、褒めてやろう。」

 

 ナデナデでもしてやろうかと思ったが、そんなことすると有希は本気で嫌がるだろうし、何より暑すぎることによって何もかもが面倒臭く思え、結局声だけ飛ばした。

 

「うっわ気持ち悪い。褒めなんていらないよ。……あー暑い。暑いからもうどうでもいいや。兄さん、アイス買ってきてよ。」

「いいですねー…私、ガリガリくんで妥協しますよ。」

 

なぜ俺がおごる前提で話が進んでいるのか。それになぜ柄谷は奢られる身なのにこんなに上から目線なのか。いろいろ思うことはあったのだが、思考の果てに行きつくのは“めんどくさい”という感情。

 

「………だるい。だるいが………今日は柄谷が来てるから……行ってやろう。可愛い後輩のためだ……」

「かわっ………うーんもうどうでもいいや。とりあえずお礼言っておきます。ありがとうございます。」

 

 

 俺はぬるりと立ち上がり、リビングを出た。

 

 

 

 コンビニは歩いて10分弱の所にある。雲ひとつない空から太陽光が届き、加えてアスファルトでその光を反射させ、溶けそうなほど外は暑かった。いくらめんどくさいとはいえ、こんな灼熱地獄にいたら茹で上がってしまう。初めてめんどくさいから何とかしたいという気持ちが上回り、ここから抜け出したい一心で、俺は駆け出し、結局5分で着いた。コンビニ内は冷房がガンガンかかっていて、かいた汗が急激に冷やされ、むしろ寒いくらいであった。アイスを買おうとアイス売り場に向かうと、そこには見慣れた人がいた。その人は俺に気がつくと、まさかこんなところであうとは、と嫌そうな顔をしてこちらに話しかけてきた。

 

「そのセリフは昨日も言われたんだよなあ静乃さんよ。」

 

昨日のアミューズメントパークに行くとき、静乃と駅で待ち合わせしたが、結局駅までの道のりは同じだから、途中で出くわしてもおかしくない。ゆえにばったり集合場所よりもっと手前側で出くわしたのだった。ちなみに、昨日のきれいな恰好とは打って変わって、静乃はTシャツにジーンズという究極にリラックスした格好であった。・・・・・・これってつまり、昨日の格好はよそ行きの格好というか、おしゃれしてたってことだよな?俺と出かけるときはまともな恰好をしようという気持ちになっていただけあって、俺は多少うれしくなった。ぞんざいに扱われていないからであろう。

 

「あれは…まあいい。」

 

そういうと静乃はアイスケースに視線を戻した。右手を唇に当て、左手は右ひじに当て、唸りながらアイスを選別しているその様は、まるでケーキ好きの女の子がどのケーキにしようか目をキラキラさせて眺めている構図によく似ていた。まあ奴の場合目は腐り切って――――――――まあ昨日の今日だからましにはなっていた。でも一晩立てば戻るもんなんだなと改めて思った。それだけ眼を腐らせる事件が重かったということなのだろうか。―――――目はさておき、表情のそれ自体は悪くなかった。なんてことを思うのは、俺が静乃のことを知らずのうちにまじまじと見ていたからである。無意識の行動であった。―――――そして、そんなにジロジロ見られると、奴も気づくのである。静乃は再びこちらに向き合った。

 

「……なんかぼく、おもしろいことしてた?」

「いや、なんでもない。ぼうっとしてただけだよ。」

 

そういって誤魔化し、俺もアイス選びをすることにした。なんで俺はまんじりと彼女を見ていたのだろうと思いつつ。

静乃は何を買うのか決めたのか、アイスケースの引き戸を開けて、一個、二個、三個と…

 

「って、随分買うのな。」

「ん?ああ、親戚来てるからその分買おうと思ってさ。ほら、お盆でしょ?墓参りから戻ってきて、いっぱい人がいるのさ。」

「あーなるほど。もうそんな時期か。てかもう戻ってきたの?お墓ってこの辺なの?」

「そうだね。午前に行って昼に戻ってきたんだ。せわしなくて仕方ないよ。親もぼくをパシリにつかうんじゃなくて、千歳さんあたりを使えばいいのに・・・・・・」

「ああそっか、千歳先生親戚だもんな・・・・・・」

 

他愛もない話をしながら俺も自分、有希、柄谷、叔父さんの分を買って…もう一つ買った。

てかお盆か。もうすぐ俺の両親もイギリスから帰ってくるんだな。こんな直前になっても連絡一つよこさないけど。

 

 

 

 二人してコンビニから出た時、むわぁと太陽が俺らを溶かしにかかり二人とも大きなため息をついた。そこで俺は、一つ多く買ったアイスをコンビニ袋から取り出して、開けた。

 

「お前、家に着くまで用のアイスとか買ってないの?」

「え?なにそれ、考えたこともなかったよ。」

「と思って、ほれ。」

 

俺は自分のアイスの半分を静乃に差し出した。ーーーパピコとは、二人で食べるものだからな。一人で二人分食べるのは切なさが残るからね。

 

「…いいの?」

「パピコは二人で食べるものだから……」

「……くれるのなら、ありがたくもらっておく。…ありがとね。」

 

そういって静乃は微笑して、とてとてと走って帰っていった。

・・・・・・いつもなら俺はこんなとき、パピコではなくガリガリ君を買っていくのだが、せっかくだから、と思ってのことである。今こいつは家に着くまで用のアイスなんて考えたこともないといった。つまり、アイスは外で食べるものではなく家で食べるものと認識してるはず。もし今ガリガリ君を食べたとしたら、きっと食べきる前に溶けてしまうだろう。その点パピコはビニールに保護されてるし、溶けてむしろ食べやすくなる。

俺は片手にパピコ、片手にレジ袋を持ちつつ、家に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「もうけものをしたなあ。」

 

実際はパシリでなく気を利かせてコンビニに出かけたわけなので、自分になにも得は無いと思ったら、まさか別の方向から得をするなんて思ってもみなかった。遼のやつ、なかなかやるじゃん。ぼくはパピコの先端をちぎり、コーヒーカラーのアイスを口に流し込んだ。

 

「…あーおいし。」

 

 まさか夏休み入ってもこんなにあいつと会うとはね・・・・・・。ここ最近の頻度はすごい。先週も昨日もあってるし・・・。

 

「って、早く行かなきゃ。」

 

ぼくは片手にレジ袋を持ちつつ片手にパピコを持って、急いで家に向かった。ぼやぼやしてたらアイスが溶けてしまう。―――――――なるほど、パピコなら溶けても心配ないのか。気が利くじゃないか。

 

「…本当、ありがとね。」

 

自分の中の遼の心内評価が少し上がった。昔と比べて、今どれくらいの位置にいるのか。その変化量を知るすべはないが、大きいことはもはや否定できないだろう。

 

 



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3-4-2 ネグレクト?放任主義?

 家に戻ると、見慣れない靴が二足あった。一つは大きく、一つは小さい。一瞬誰だろうかと思ったけど、ふと、先の静乃の言葉を思い出した。

 

「まさか両親が帰ってきた…?」

 

恐る恐るリビングの扉を開けると、そこには…

 

「おおー遼!会いたかったぞ!久しぶりだなあ!元気にしてたか!」

 

案の定、俺の父がそこにいた。ソファには叔父さんが、そして俺の母が座っていた。

 

「本当久しぶりだね。何ヶ月ぶりさ。」

「3月末以来会ってないから約4ヶ月半?多分それくらいね。」

 

久しぶりに聞く母の肉声。懐かしさを感じつつ、俺はアイスを冷凍庫へと入れた。

 

「遼、有希たちは部屋にいるぞ。」

 

叔父さんの言葉を受け、なるほどと思った。確かに親族がいるのにもかかわらずリビングにいる道理はないわな。むしろいれんやろ。

 

「そうか。わかった。…あ、叔父さんのアイス、冷凍庫にいれとくね。有希とその友達が選んだ後の残りになっちゃうけど。……父さんと母さんの分はないよ。帰ってくるって知ってたら買ってきたのにさ。」

 

「…驚かせてやろうと思ったのさ。」

「……だろうね。ま、積もる話は後でね。」

 

俺はそう言ってリビングを出て、二階へと上がった。

 

 

別に仲が悪いわけではないんだ。

ただちょっと、距離感がつかめないんだ。

イギリスと日本はあまりに離れ過ぎてるし、心の距離も…

 

 

コンコンと有希の部屋をノックして、有希の部屋の扉を開けた。

 

「あ、兄さんお帰りなさい。」

「おかえりです、先輩。」

「うむ。…アイスは冷凍庫に入れてあるから、食べたい時に言え――――――ああいや、有希が取りに行けばいい話か。いやその、走って帰ってきたとはいえ、数分間クソ暑い中に晒してたから、幾ばくかは溶けてるだろうからさ。…あと、俺の親が来てるってのもあっておりづらいだろうし。」

 

「うん。わかった。」

「オッケーです。」

 

俺はその言葉を聞き、もう用はないなと思って、扉を閉めた。

部屋に戻ると、そこにはダンスに熱中している竜崎がいた。なんか机の上に変な装置作ってるし、どんだけ気合入ってんだよ。

 

「おかえり。…なあみてくれよ私のキレッキレのダンス!」

「あのさあ…いやまあいいけどさあ…」

 

俺はベッドの上に腰を下ろし、竜崎の方を見た。竜崎はなにやらモニタを表示させてぽちぽちと押していて、大きくタンっとパネルを押した時、俺の部屋は一変した。真昼なのに部屋は真っ暗、暑すぎた室温も急激に下がり、むしろ寒いくらいだ。そして、曲が鳴り始める。曲が鳴り始めると同時に、ステージがライトアップされる。そこには、魔法使いの白い帽子、白いマントを羽織ったミクさん。そして、まるで絵本の中の魔法の国の雪国のようなステージ……流れる曲はのぼる↑さんの楽曲"白い雪のプリンセスは"だ。

 

「鏡よ鏡よ鏡さん♫」

 

って歌も歌うのかよ!

驚きの連続に、開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

「どうよ!」

「いやあほんと、素晴らしいもんを見れた。普通にすごいな。」

 

素直に感嘆する俺を見て、竜崎は素直に喜びの顔を見せていた。ちなみに、すでに部屋は前の明るさ、暑さを取り戻しており、竜崎自身ももとの姿に戻っている。…いやほんと暑いな。窓も扉も全開にしとこう。

 

「数日前この曲を聴いた時ビビってインスピレーションが湧いてね、ちょっと私の中のクリエイター魂が燃えてさ。セットから振り付けまで頑張っちゃったのさ。」

「なるほどなあ。確かに、この曲は俺も好きだ。可愛らしい歌詞に秘められたドロドロとした意味、心地よいギターサウンド、ううむたまらん。」

「…ん?ドロドロとしてたか?白雪姫を現代風にしたような歌詞じゃないの?」

「この曲の歌詞はいろんな解釈がされてんのさ。一応俺の解釈としては、ある夫婦の娘が父親に好意を向けて、父も娘を世界で一番かわいがるもんだから母が嫉妬に狂って娘を殺めるーーみたいな?歌詞の中の7つの小人っていうのは、7歳の子供って意味かな。」

「……なるほど。その方向性で私も歌詞の意味を再考してみよう。」

 

竜崎はふんふむと頷いた。

…まさかミクさんのフィギュアとミク楽曲について語り合う日が来るとは思わなんだ。こんな光景、知り合い以外には見せられなーーー

 

「…そういや、竜崎は今日下に降りたのか?」

 

俺はベッドから立ち上がり、竜崎に向かいたってそういった。

 

「いや、昼食以来降りてないが…」

「実はいま、俺の両親がイギリスから帰って来てるのさ。」

「なんと!」

「でだ、普通フィギュアは喋らないんだ。」

「なるほど。つまり私は両親の前では黙っていればいいんだな?」

「物分りがいいではないか。ではそれで。」

「ああわかった。―――――――――もっとも、その話は扉を閉めてからするべきだったな。」

「え?」

 

俺は慌てて振り向くと、そこには目を見開いた俺の父親が立っていて…

 

「遼・・・・・・ごめんな・・・・・・。お父さんたちが関わってやれないばっかりに、ついにはお人形さんとおしゃべりするようになってしまうとは・・・・・・・・・」

「あ、あはは……」

 

俺はもう笑うことしかできなかった。

 




http://www5.atwiki.jp/hmiku/sp/pages/8828.html
白い雪のプリンセスはの歌詞のリンクです。


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3-4-3 陽気さの裏側

 以前叔父さんに竜崎を見せた時、驚きはしたもののすぐ慣れた。その時と同様に、父もすぐ慣れた。こんなところまで兄弟で似る必要はないだろうと思った反面、面倒なことにならずに済んだ安心感を得られた。事情を説明したところ、そういうこともあるのかと納得してしまったのである。それから馴れ馴れしく竜崎に話しかけているあたり、この兄弟の適応力は計り知れないな、何てことを思った。竜崎はいま、ソファの前の長テーブルの上で動き回りながら、俺の父と叔父さんと談笑している。俺はそれを遠巻きに見ながら、食卓の椅子に座ってテレビを見ていた。別に用もないから部屋に戻っても良かったのだが、竜崎を一人ここに残しておくのはなんとなく嫌だったのと、久しぶりに両親に会ったのだから―――――――――特に話すこともないけれど、同じ空間にはいようという思いがあり、残ることに決めた。

 

「・・・学校の方はどう?」

 

食卓テーブルの真向かいに座っている母が俺に話しかけてきた。差しさわりのない話題。薬にも毒にもならない。そんな話題。

 

「まあ・・・・・・普通だよ。とりわけ変わったことも・・・・・・ああいや、あいつの存在があるから変わったことはあったか。あと隣に新しい人が引っ越してきたくらい。」

「へえ、そうなの。」

 

母はそう相槌をして、それきり会話が途切れてしまった。・・・俺もそうだが、こんなに合わない日が続くと、普通お土産話で盛り上がるものなのだが、そうはならない。ならない理由にはそもそも仲があまりよくないというのがある。俺をイギリスへ連れていきたい親の気持ちを振り切って日本に残ることを選んだ。かなり無理を言ってこうなっているので、それからギクシャクとした関係が続いてしまっている。もちろん嫌いになったわけじゃない。けれど、適切な距離感を―――――親と子の距離感を見失ってしまったのは否定できない。

 

「その隣のひとも結構変わっていてね、竜崎と同じように特殊な人なのさ。ここと同じくらい大きな家だけど、住んでいるのはたった一人、しかも俺と同じ年の女の子。」

「確かにそれは不思議ね。」

 

またしてもそこで会話が途切れてしまった。話が続かない。コミュ障同士の会話だ。

 

「それはそうと、ロンドンの生活はどう?」

「そうね・・・治安がそれほどよくないから、手荷物をひったくられないように気をつける・・・・・・くらいかしら。」

「そうか。」

 

俺も思わず、適当に相槌をしてしまった。・・・・・・だって、その話は3月にも聞いたよ、聞いたんだよ。

俺はもう気まずい空気に耐えられなくなって、席を立った。

 

「じゃあ俺、勉強しに部屋に戻るわ。」

「そ、そう。わかったわ。勉強、頑張ってね。」

 

ぎこちなく返事をする母を置き、俺は自室に足を向けた。

・・・・・・相手の心にどこまで踏み込んでいいのか、互いに手探りの状態。それはあたかも、初対面の人であるかのように・・・・・・。

 

 

 

 

部屋に戻ったが、実際はとても勉強する気になどなれなかったので、俺はベッドに寝転んだ。

 

「・・・明日か明後日には墓参りか・・・」

 

有希は大丈夫だろうか、と、ふと思った。なんせ墓参りのメインは・・・

もやもやしてても仕方ないと考え、諦めて寝ることにした。寝てしまえば、すぐに時間は過ぎていく。ゲームやったりアニメ観たりしてもよかったけど、そんな気にもなれなかった。何も考えたくなかった。早く時間が過ぎてほしかった。

 

 

 

 

目を覚ました時、部屋は真っ暗であった。携帯を開いて時刻を確認すると、9時とある。夜の9時なら、こんなにくらいのも当然だな、それと変な時間に起きてしまったなと思いつつ、体をむくっと起こした。

リビングに降りると、そこには酒を飲みながら話にふけっている叔父さんと父と竜崎がいた。ミクさんの姿で酒を飲んでいるのはちょっとどうなんでしょうかね・・・というか、竜崎って酔っぱらえるのか?マジでどういう仕組みになってんだろう。

 

「おはようさん!いやあ長い昼寝だったなあ!」

 

その叔父の声は普段の2倍くらい出ており、なれなれしく肩を組んできた叔父からはアルコールのにおいが広がってきた。そこから脱出するのに少々手間取り、やっとの思いで逃れてソファに座ってぐったりしてると、まだそこまで酔いの回っていないと思われる父が

 

「遼、墓参りは明後日ね。」

 

なんてことをいってきた。俺は適当に相槌し、明日が暇になったので何かしようかなと思ってた最中、ふと気になったことがあった。

 

「…そういや有希は?まだ部屋?」

 

両親が戻ってきてから、まだ有希の顔をみていないのである。

俺はすぐ近くにいた母に問いかけた。母は全く酒を飲んでいないようで、素面だった。

 

「ええ、有希の友達が帰ったあと、ずっと部屋にいるわ。夕飯食べに一度降りてきたけど、すぐに上に戻ったの。」

 

なんとなく察した。おそらく、誰とも喋りたくないのだろう。・・・もうすぐ墓参りとなると、避けては通れない話題があるから・・・・・・。

俺は適当に返事をして、食卓テーブルに向かった。そこには、ラップのかかった料理の品々。俺はラップを剥がし、ご飯とみそ汁を盛った。

 

「いただきます。」

 

ひとまず飯を食おう。有希のことは、そっとしておいておこう。今は触れないことが大切だ。



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3-4-4 いじりいじられ

8月13日

 

 先日は遼と出かけ、今日の晩は会長たちとセッション…けれども、その前にやる事がある。お盆なので、先祖の墓参りだ。萩原家の墓は家の近くにあるため、午前に参って昼までに終わる。昼は出前を取って家族で食べるのが恒例となっている。ぼくの伯母と母はとても仲が良く、墓参りも一緒にいく。そして数年前からぼくの伯母の娘…すなわち従姉が結婚したから、今はその夫である千歳先生もといハルキさんも交えての行事となっていた。

「それにしても静乃ちゃん、数週間ぶりにあったけど結構変わったね。」

 

帰宅後ハルキさんはそんなことを言ってきた。…実はその話題、今日が3回目である。初めは伯母に朝あった時、次にお墓のある場所に遅れてきたぼくの従姉、そして帰宅後の今。…なんでみんな揃いも揃ってぼくが1人になった時に話しかけてくるんだ。

 

「……気のせいですよ」

 

まあでも、言われて悪い気はしない。しないけど、こうも繰り返されるとうざったくもなる。

 

「ハルキさんは相変わらずお変わりないですね。ああでも、今は学校にいるより幸せそうに見えます。となりに奥さんがいるからですかね?幸せなことですねぇ」

「……まあ否定はしないさ。」

 

微笑むハルキさんは間違いなく幸せそうに見えた。ぼくの従姉は間違いなく幸せをつかんでいる。ぼくもいつかは、こうなるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「あら久しぶり静乃ちゃーーーーあれ!?なんかすごい爽やかオーラ出てる!」

 

夜になり、セッションをしようと会長行きつけのスタジオに入ると、すでに準備していた宮永先輩がそこにいた。プール以来会えてなかったので、本当に久しぶりなわけだが、宮永先輩は変わりなくとても元気であった。そして開口一番のセリフがこれである。今日4回目だ。また、神前と会長も既に準備万端。ぼくが最後の到着だ。

 

「……気のせいじゃないですか?」

「いやいや、瞳の輝きが全然違うよ!ねえ結衣に神前?」

 

宮永先輩は神前と会長に質問を投げかける。神前と会長はニヤつきながらこちらを見た。……百歩譲って神前は昨日出くわしてしまったからわかる。けれど緋色会長はなぜだ?

 

「……昨日男の人と出かけてからじゃないですかね?」

「マ?静乃ちゃんやるねえ!相手は誰?同じ学校の人?やだなあもう隠さなくてもいいじゃんねぇ!」

 

興味津々、目をキラキラさせてこちらに話しかけてくる宮永さん。そんな目でぼくを見ないで欲しい…

 

「…………まあ隣に誰かいたのかもしれませんが、ぼくが元気に見えるのはそいつのおかげではないですね。間違いなく。……昨日あのアミューズメントパークのマッサージを受けにいったんですよ。すごく良かったんではまっちゃいました。」

「なんてこといってますけど、昨日自分がばったり出くわした時はなかなか楽しそうにしてましたよ。国広先輩と。」

「……なんだ国広か。ならまあ……そうねぇ……」

 

あれほどウキウキしていた宮永先輩は急に興味をなくし元いたところに戻っていった。そんな姿を、会長はニヤつきながらみていた。だからなんで会長は思わせぶりな態度をしてるんだ?

 

「腐れ縁の国広には可能性はないね。大方互いの利益のために止むを得ずといったところだろうねえ。」

「……そうなのですか?」

「うん。だって小学生からのつるみでしょ?もしそんな中なら今頃とっくにくっついてるだろうし。けどそうじゃないならいい友達なままだろうねえ。あとあいつは気持ち悪いからないでしょ。ないない。いいやつだけどね。」

「……はいはい、無駄口たたいてないでさっさとやりますよ。龍華、いいですか?静乃さんも迷惑でしょうし。」

 

会長はにやつきながらもフォローに入ってくれた。・・・・・・そうさ何のためにここに来たのさ。さっさとやるぞ。

ぼくはケースから楽器を取り出した。ちょっと乱暴にケースを置いてしまったからか、大きな音が出てしまった。いつもならこんなことないのに、どうして・・・・・・

 

 

 

 

そのあとは何事もなく練習が進んだ。あえて気になった点を挙げるなら、神前が時折不敵な笑みを浮かべていたのと、会長が生暖かい目でこちらを見ていたことだろうか。二人の真意はわからない。でも聞くとだるい展開になりそうだったから。何も聞かないことにした。

 



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3-4-5 えぐられた体、深まる謎

8月15日 土曜

 

 

このシーズンの土日。それはもう道路が混むわ混むわ。理由は簡単、お盆のシーズンだから、どこもかしこもお墓参りに行くのである。それは国広家も例外ではなく―――――――――さらに従妹の有希の家族、天海家も交えての墓参りに来ている。国広家は俺の祖父母。有希は祖父母と“両親”の。毎年この日の有希は、今までのハイテンションぶりと打って変わって、借りてきた猫のように大人しくなっている。もっとも、年々せわしなさは取り戻しつつあるのだが。

 

「さあて、昼の時間だし、飯にしよう。近くの店を予約しているんだ。」

 

俺の父親は腕時計を見た後、俺らに対してそう言った。みんな首を縦に振る。考えることは同じであろう。はじめに言葉を発したのは母であった。

 

「ええそうね、じゃあ行こうかしら。遼、有希を連れてきてちょうだい。」

「ああ、わかったよ。」

 

おとなしさに加えて、この時の有希の特徴としては、参りが終わると決まって一人になりたがる。毎年のことなので周りも重々承知していて、ふらっといなくなりそうなのを見かけると、それをあえて見過ごして、墓の近くにあるベンチに腰を下ろし、近況報告などで時間を潰すのだ。特に、両親が海外勤務になってからはこの時期まで家を空けていることが大抵なので話題には事欠かない。もっとも、それ以来は疎遠になりつつあるので話が続くかどうかは別の問題だが。―――――――それでまあ、20分くらいかそれ以上経った後、俺が連れ戻してくるという流れが定型化していた。・・・・・・有希を連れ戻すって言ったって、そもそもどこにいるのか、と問いたくなるが、決まっている。俺は確信を持って、有希の場所へ行くために石段を登った。

 

 

 

 

 

この墓地は数多くの墓を抱える程広々としている。そのためかは知らないが、墓地一面を眺めることができる見晴台みたいな場所があるのだ。有希はその見晴台から、手すりに手をかけて遠くの山を見ていた。今日、有希の髪はいつものサイドテールではなく、下ろしていた。なので、風は横から吹いてきたとき、有希の髪は派手にたなびいた。

俺の足音に気がついたのか、有希は振り向いて、俺と目が合うとすぐ視線をそらし、再び遠くの山を眺めた。

 

「―――――――――もう行く時間?わかったよ。」

 

そういうが―――――有希は微動だにせず、遠くの山を見ていた。

 

「・・・・・・私の両親、山が好きだったんだよなあ・・・・・・」

「・・・・・・有希は山をどう思うの?」

「兄さん、それ聞く?」

 

有希は初めてこちらに振り返った。瞬間、風が横殴りに吹いたが、スカートを抑えようともせずきっと俺を見据えた。その顔は悲哀に満ち、一歩間違えれば泣き出してしまいそうな、まるでひびの入ったガラス玉のような―――――そんな感じだった。

 

 

「両親の殺された場所を好む人なんて、誰もいないでしょ?」

 

 

 

 

 

 有希の両親は登山が好きで、休暇はよく山に登っていた。それに付き合わされる形で、有希も登っていた。その頃は、有希は山が好きであった。

けれど、有希が小学6年生の頃の夏、事件は起こった。

とある休日、有希の両親は今までに登ったことのない山を登ってみようと思い立ち、有名ではないマイナーな山へ行こうとしていた。その時有希は好きなアーティストのコンサートに行く予定だったので、有希は山には行かなかった。加えて、人が登っていいような山なのかさえわからない山になんて流石に登りたくなかった。有希がコンサートから戻ってくると、いつものように母親が有希を玄関で迎えるーーーなんてことはなく、家はがらんどうであった。もう夕方だし、夜には帰るだろう、そう思っていたのだな、玄関のベルは10時を過ぎてもなることはなく、さすがに不審に思った有希は、知り合い各所に連絡した。「私の親がそちらへ訪れていませんか」と。けれど、全て空振り。叔父さんは警察に連絡して、その日から有希の両親の捜索が始まった。両親と思しき人が見つかったと連絡が入ったのは翌日の朝。警察と電話で連絡を取っている叔父さんの話をちらちらと聞いていた有希は安堵の溜息を吐いていたが、叔父さんの顔は晴れるどころか沈み。電話が終わると、叔父さんは何も言わず有希を見つめた。その時の眼は、とてもみれたものじゃなかった。その光景は今でも脳裏に焼き付いて、思い出そうと思えば鮮明に思い出せる。けれど、思い出したくもない。両親が亡くなったことを告げなくちゃいけなかった叔父の気持ちを嫌でも考えてしまうから。

 

 

 事件は実に不可解で、父親は上半身の遺体が見つからなく、下半身は発見されたのだが、その傷口はまるで大きな斧で両断したとしかおもえないように綺麗なものだった。けれど、そんな斧はおろか、凶器と思しきものは見つからなかった。次に母親、母親も不可解で、ナイフが胸元に刺さったまま、仰向けに倒れていたのだ。ナイフで刺されていたということは、誰かに襲われたことを意味する。殺人だ。

ナイフで刺した人はほどなくして見つかった。もっとも、その人は"死体"としてだが。事件が起きた晩、その山の近くの電車のホームで、人身事故があったらしい。体はぐちゃぐちゃに潰れていて、辛うじて残っていた右手の指紋を採取して、ナイフについていた指紋と照らし合わせてみたら一致したという。つまり犯人は有希の両親を殺し、そのあと自殺をしたということだ。・・・・・・なんとも勝手な話である。殺すだけ殺して、用が済んだら自殺だなんて。そもそも、どうして山の中で殺人事件が起こるだろう。母親へ用いた凶器と死因はわかる。けれど父親の死はどう説明付けることができるだろうか。・・・・・・・・・ほんとうに、ほんとうに不可解で、凄惨な話だ。この事件のせいで、天海家の血筋を受け継いでいるのは有希だけになってしまった。

 

 

 この事件が起きてからしばらく、有希はずっと沈んだままで、今日のような状態が常であった。あの天真爛漫さはうそのようで、学校にも行けていなかった。当時の静乃とはまた違った影を見せていた。あのときのあいつは破滅という言葉が適していたが、有希は絶望という言葉で表すのが適当であったろう。

誰が有希を養うか、もしくは養子に出すかという話が家族会議で起こった。俺の家は当時は決して裕福とは言えず、もう一人を養うのは辛いものがあった。そんな時、名乗りを上げたのが俺の叔父である国広与一である。彼は独身で子供がいなく、けれど子供を欲しいと思っていた。これならみんな幸せな結果なんじゃないかと、叔父は力説していた。まわりの親戚たちも、正直この案しかないと思っていた。当人の有希は、それが運命なんだと諦め混じり、その好意を受け入れた。

 叔父さんや俺ら家族の懸命な努力により、有希は徐徐に元気を取り戻し、現在のようにハイテンションな彼女に戻った。これが、凄惨な事件が引き起こした悲劇の閉幕である。

 

 

 

 

「私は母を殺した男を許せない。できることなら、その男に詰め寄って、問いただしたい。どうしてそんな事をしたのかって。けれど、その男は死んでしまった。だからせめて、その男の親族にあって、その人はどんな人だったのか聞きたい。けれど、それも叶わない。それがとても、悔しいよ・・・・・・」

 

 有希は手すりによしかかりながら、空を見上げてそう言った。・・・・・・そう、この殺人犯、身元が全く分からなかった。どんなにぐちゃぐちゃになっていたとしても、どこの誰かはわかるはず。けれど、全くもって分からなかった。それも不可解だった。

 また、このことは週刊誌にも取り上げられた。ゴシップだらけの記事だが、ふと気になることを書いているものがあった。なんと、事件当日、とある身元不明の女の子が警察署に預けられていたそうである。娘を持つ父親が、娘を警察に預けて犯行に及んだのではないか、なんてことが書かれていたが、ほんとかどうかは知ったことではない。それに、その女の子が誰かもわかっていないのだ。もしその女の子がわかれば、事件の真相がわかりそうだが、記事によると記憶喪失で何も覚えてないらしい。都合のいい設定だな、なんて思って、その週刊誌を当時はすぐごみ箱にぶち込んだ。

 大きく伸びをした後、ぱんっと自分の頬を両手で叩いた。その時の有希の顔は少し赤くなっていたが、さっきまでの悲哀に満ちた顔ではなく、いつものハイテンションの有希の顔であった。

 

「・・・・・・よし。落ち着いた。もう大丈夫!さ、帰るよ。私についてきて!」

 

有希は元気よく石段を下りて行った。・・・・・・いや、あいつ俺らの車の場所知らんだろ・・・・・・

石段を下りると、有希は腕組みしてそこに立っていた。

 

「なにやってんだか。・・・・・・まあいいさ。俺についてこい。」

 

俺は自分たちの車のあるほうへ足を向けた。その後ろに有希を引き連れて。

 



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3-4-6 好感度チェッカーの示す先の未来は

8月18日 火曜

 

 

~怜side~

 

 

 夏休み最終日、宿題も片付け終えた私はファイリングされたプリントに記載されている数字の羅列を眺めていた。

この夏、私は遼にあまり干渉して来なかった。唯一大きくしたといえば、7月下旬にアミューズメントパークに行ったときだろう。静乃がプールサイドで一人きりになった時、探しに行くか行かないか迷っていた遼の背中を押してあげただけ。けれどそれ以来、好感度チェッカーは上がり調子である。ここが分岐点だったのだろう。この日以来、ある女性の数値は上昇を続けた。竜崎さんに聞いて、上がった日に遼は何をしていたかを尋ねると、静乃と遊びに行っていたとのこと。もう確定だ。特に問題がなければ、遼と静乃は―――――

いや、安心するのはまだ早い。確かに遼に説明した目的である≪彼女を作ること≫というのが達成されたとしても、私の真の目的が達成されたかどうかは別問題だ。この目的は手段を択ばなければ容易く達成できる。しかしそれは、気が進む話ではない。それに、それができていればこの世界にこんな長居はしない。遼に選択肢は山ほどあるのだろうが、私には一つしかないんだ。一つしか選んじゃいけないんだ。

 

 

 部屋から出、リビングに行くとそこには遼から借りたアニメのDVD―――タイムリープ物のがあった。暇つぶしに借りたものであったが、意外と面白くて見終えてしまった。

 

 

≪世界は多数の世界線から構成されている。我々は、そのうちの一つの世界線しか観測していない。けれど、今どの世界線にいるかの証明は、我々が他の世界線を観測できないからできない。≫

 

 

この世界の娯楽はなんとも面白いものがあるなと感心した。けれど、その論にすがりたい。我々の世界の解釈では

 

 

≪世界はあらゆる選択から得られた結果をノーマライズしたものであるから、変えようとしても収束する。むしろ、変えようとしたことも考慮されて世界は過去未来を作り上げている≫

 

 

というのが通説だ。けど、この論はあくまで同一時間における話だ。もし仮に、別の時間軸の人間が世界に干渉したら?それも踏まえてのノーマライズされた世界なのだろうか。証明はできていない。実験をして、結果を出し、それをもとに考察をする。それを行わないと判定できない。わかっていることは、“因果を取り除けば、そこから派生する事件は起きない”ということだ。だから――――――もしわれわれがどんな選択をしても世界はノーマライズされるのであれば―――――私の封印された第二の選択肢、因果の一つである彼、

 

 

≪国広遼をこの世界から抹消すること≫

 

 

これを行わなければならないのだろうか。

 

 

 

 



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4 告白券
4-1-1 想定外と想定内


8月19日 水曜

 

 

 今日から登校日である。長いようで短かった夏休みは終わり、また勉学の日々が舞い戻る。もっとも、俺は勉強すること自体は嫌いではないので、別に学校に対して嫌気がさしているわけではないが、それでもやはり休みの方が精神的に楽ではあるので、どんよりとした気持ちになるのは否定できない。それは有希も同じようで、今朝の有希のブザーでの起こしはなく、むしろ俺がやつを起こしに行くまでであった。それはもう幸せそうな寝顔で、起こすことを少しためらったが、やらないといけないことだと感じ無理やり決行した。寝ぼけた顔から、徐々に事態を把握しつつあるときの、あの有希のやってしまった感あふれる顔は、なかなかに面白かった。

 

 通学路が同じだから、静乃あたりに出くわすのかと思ったが、どうやらそれはなかった。学校に到着し、教室に入るとそこには突っ伏している彼女がいた。少し早く家を出ていたのであろう。いちおうあいさつでもしようかと思ったが、寝てたとしたら起こしたとき面倒になりそうだったのでやめた。チャイムぎりぎりにカイジがやってきて、ぼさぼさの頭に乱れた制服、どう考えても寝坊しかけて急いできたんだなというのが感じられた。

 

 東雲先生のHR後、1時間目は始業式が行われた。そこで校長の長い話を聞いた。もちろん、こんな話をまともに聞いている人は少数だろう。話が終わると、生徒たちは少しざわつき始めた。不審に思ったのか、隣にいた怜が俺に話しかけてきた。

 

「校長の話が終わるのがそんなにうれしいの?たとえそうだとしても、ちょっとざわつきすぎではないかしら?」

「ああそうか。怜は知らないんだもんな。」

 

首をかしげる怜。・・・・・・そう、怜は知らない。この学校の始業式では、とある行事があることを・・・・・・

壇上の校長が戻ると、代わりに進路指導主任の先生が壇上に上がった。

 

「ええと、皆さん待ちかねているみたいなので、早速本題に入りましょう。第一回実力テストの、校内の偏差値の最上位者を発表します。」

 

体育館内のざわつきがより大きくなった。そう、この学校、実力テストの偏差値の最上位者は、校内掲示に加えて始業式時に発表までするのである。もちろん、勉強に興味のない人はだからどうしたといった話なのだが、やはり進学校なのか、こういうことは気になるたちらしい。さらに、ここ数年は壇上に上がる人の顔面偏差値も高いことから(主に緋色会長であるが)一種のイベントと化しているらしい。

 

「なるほど・・・・・・そういやそんなテストあったわね。」

「ふっふっふ、俺は悪くはないぞ。ちなみに、怜のできはどうだったの?理数が得意だったよね?テスト当日はコメントを控えていたけど自信なかったのかな?ねえどんな気持ち?こんな奴に負けてどんな気持ち?」

「なにうざいこと言ってんのよ。何も言わなかったのは・・・・・・そうね・・・・・・どうだったかしらね・・・・・・すべて埋めはしたわよ?けれど、あっているかどうかまではわからないわね。」

 

その顔は、自身に満ち溢れていても、やけになって言っているわけでもなく、単にどうでもいいといった風であった。まあ、怜の世界と俺の世界じゃ常識もいくらか違うだろうしなあ。

なんてことを思っている間も、教師の話は続いていく。

 

「まず、教科ごとの最上位者を発表します。一年生は国数英の3教科、二・三年生は理系なら国数英に理科2科目の4教科5科目、文系は国数英に地理・日本史・世界史・倫政から2科目の4教科5科目になります。それでは、今回の最上位者の発表に移ります。呼ばれた生徒は壇上に上がってください。――――――――――――――――3年3組、緋色結衣さん。」

 

会場が拍手に包まれる。偏差値も顔面偏差値も高いなんて、神は二物を与えてしまっていてずるいなとおもった。けれど、これは想定内。会長は抜群のセンスを持つ努力家だから、これはある程度予想できたことだった。

 

「なあ、お前もそう思うよなあ怜。」

「はあ?何の話?」

「いや、神様は人に二物も与えてずるいなって。」

「あーはいはいそうですね。」

 

怜に軽くあしらわれてしまった。ひどい、怜も神の一種のはずなのに・・・・・・

会長が壇上に上がった。その姿は堂々としていて、怖気づいてしまうことなくするのはさすがと思った。通常、教師がここで会長に一言頼むはずである。しかし、そうしなかった。想定外のことが起こったのである。

 

「通常ならば、偏差値の最上位者のみを発表していたと思うのですが、今回は発表のもう一つの規定を満たしている生徒がみられたため、該当科目の最上位者の発表も行いたいと思います。」

 

会場のボルテージがさらに上がっていくのがわかった。それもそのはず

 

「え?なんでこんな盛り上がってるの?」

「俺もさっぱり・・・・・・」

「満点者がでたんだよ。」

 

怜の後ろにいた静乃が、こちらの話に入ってきた。

 

「え?あのテストで満点?だって平均が200点満点中60点とかでしょ?そんなこと起こりうるの?」

「いままで起こってないから発表もなかったんだよ。でも今回は起こってしまったってことだね・・・・・・」

 

どこもかしこもその話題で持ち切り。気づいたらすっかり、列なんて乱れ生徒がいろんなところを行き来していた。それだけ誰であるかが気になるのであろう。

 

「学年は2年生、科目は数学物理化学。すべて同じ人が基準を満たしました!」

 

ここはライブ会場か?そう思うくらいにはもうみんなざわついていた。すべて同じ人?しかも3科目で?2年の一体だれが・・・・・・

 

 

 

「それでは・・・・・・2年6組、榊怜さん。壇上までお願いします。」

 

 

 

一拍、静寂に包まれたが、すぐに体育館内は歓声に包まれた。おそらく、誰のことを指しているのかわからなかったのだろう。3年や1年にとっては、新入生の怜は知られていない。かわいい女の子がいるという情報は回っていたらしいが、刹那や会長のような有名人がすでにいる以上そこまで大きく知れ渡ることはなかった。けれど―――――

 

「どうやらよばれてるみたいね。散々私をあおっていた遼君?あなたってエンターテイナー?体を張ってピエロになってくれているのね。大変面白かったわよ。」

「・・・・・・怜、お前ほんとに神様なのかな。理系学者だったりしない?神様ってポンコツなのが世の常じゃないの?」

「なにいってんのよ・・・・・・まあいいわ。呼ばれてるし、行くしかないわね。」

 

そういって怜は俺の隣から抜け出て、壇上へと向かった。その姿はあらゆる生徒の目を引いた。

 

「なんだあの金髪美少女!?」

「たまにみかける金髪の娘じゃん。頭良かったのか。」

「頭もよくてかわいいとか最高かよ」

「あの子しってるよ。夏場でもパーカー着てるすごい寒がりの子だよね。」

「いや、どうやらあのパーカーは涼しくさせる効果あるらしいよ。」

 

そりゃあ、そんな感想出るわな。金髪なだけで目立つのに・・・・・・  

怜が会長と並んで壇上に立つ。会長は清楚な模範的学生、たいして怜は一般的女子高生、それもギャルに寄った風貌。対比がすごくて、それはもうくらくらする魅力があった。美しい観た時の驚き、感動が俺を襲った。

 

「それでは、一言ずつお願いします。」

 

教師が会長にマイクを渡した。会長は無難な挨拶をこなしたが、怜の挨拶は少し波乱を呼んだかもしれない。

 

 

 

「正直ぬるいですね。次のテストでは、私に満点を取らせないような問題に期待します。」 

 

 



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4-1-2 錯綜する思惑

 波乱の成績発表後、教室に戻ると怜は一躍有名人と化していた。そりゃあ、外見の可愛さと、全校生徒相手を煽った畜生ぶりが合わされば、いい意味でもあるい意味でも注目を受けてしまうであろう。けれど、幸い悪い意味でとられることはなかった。むしろ、高難易度の問題でいびっていた先生たちに一矢報いたわけだから、英雄扱いである。ジャンヌダルクかな?

成績そのものは、英語が100点、国語が10点であり、国語が大きく足を引っ張ったものの2年生の中で3位。ずいぶんとがった成績だった。ちなみに、俺は自分が思っていた以上によくなくて、静乃に負けた。当然、彼女はそのことを猛烈に煽ってきた。

 

「じゃあ遼になにしてもらおうかなあ~~~~~」

「は?何の話だよおい。」

 

そういうと静乃はスマホを取り出し俺に向けてあるボイスを再生させた。

 

『お?おお?散々人を煽った挙句勝負となると逃げるのか?おいおいそりゃあないぜ。でも、そうだな………俺が負けたらなんでも言うこと聞いてやるよ?』

 

「それは・・・・・・・まぎれもなく俺の声・・・・・・」

「どうしようかなあ~~~~~~~~~こんなにぼくのこと煽っていたくせに負けるんだもんなあ~~~~~~~~~~~」

 

腕を組み、椅子に座って縮こまっている俺の周りをぐるぐる回る静乃。どうでもいいが、組んだ腕におっぱいが乗っていた。でかい。

 

「とりあえずこのお願いは大切にとっておこうかなあ~~~~~~~~~うん。じゃあ、遼、ヨ・ロ・シ・ク・ネ」

 

腕をひらひらさせて、静乃は教室を後にした。

 

「あんなに邪悪で楽しそうな静乃、久しぶりに見ましたね・・・・・・」

 

刹那が俺の横で軽く引いていた。確かに俺も同じ感想だ。楽しそうだなって。煽られたことはうざいけど、楽しそうならまあ・・・・・・いいか。

 

 

 

 

 

 昼休み、俺は飯を食っているとクラスメイトの声が聞こえてきた。

 

「国広!後輩がなんか呼んでるよ!」

 

ん?有希か?それとも柄谷か?と俺は教室の入り口の方を見ると、そこにはそのだれでもなく、フードを被った一人の男・・・神前がいたのである。

 

「あれ、神前君なんでこんなところに来てどうして遼を呼んでいるんだろう。何か接点あったっけ?・・・・・・まさかお前、男にまで手を出すような人だったの。マジ引くわ。でも安心した。男が好きなら刹那にも手を出さないもんね。」

 

相変わらずボロクソに俺をけなし、静乃は椅子を引いて俺からあからさまに距離をとった。一方、刹那は彼にひらひらと手を振ると、彼は軽く会釈をした。

 

「ちげーよやめろ俺をホモ犯罪者にするんじゃない。接点はなあ・・・・・・あれ?なんだ?まあ、待たせても悪いし今行こう。」

「私も行きます。私にも関係のある話なので。」

「「え?そうなの?」」

 

俺と静乃はほぼ同時にそう発してしまった。刹那は何か知っている?

食べかけの弁当を放置して、俺と刹那は彼の元に行った。

 

 

 

 

 

 彼は手招きして俺を人気のないところに連れて行き、そこでようやっと口を開いた。

 

「・・・・・・自分と今日の午後、お茶してくれませんか?」

 

・・・・・・え?

 

「はっはっはー俺とデートか?パンチの効いたジョークかな?」

「・・・・・・・・・」

 

・・・・・・え?なんでモジモジしてるの?なんで頬を赤らめてるの?え?ほんとに?お前ってホモなの?

俺は動揺を抑えきれなくて、目が泳いでしまった。

 

「いや、あなたのことが好きなわけではないんです。てかなんで照れてるんですか。本当にそっちのケがあるんですか?気持ち悪いんでやめてください。」

 

刹那がバッサリいってくれたおかげで、なんとか正常に戻ることができた。

 

「あっはい。」

 

じゃあ意味深な態度をとるのはやめて欲しかったですねぇ・・・

なんて、人のせいにしているが俺も動揺してしまったので問題はあるのは否定できなかった。

 

「ただその・・・・・・誘って欲しい人がいて・・・・・・」

 

あーそういう。つまりダシってことですね。

 

「・・・・・・あのなあ、そういうのは自分で誘うものじゃあ――――――――」

「こちらは会長と刹那さんを呼びます。既に了解は得てます。」

「ないの――――――――え?会長?」

 

そういやこいつ、生徒会役員か。会長を登場させてまで俺からとある人と会いたいのか・・・・・・・・・・・・

静乃と二人で出かけた時、やたらこいつは静乃と仲が良かった。まさか・・・・・・いやでも・・・・・・ちがったらあれだし・・・・・・・

 

「はい。」

「・・・・・・で、誰を呼べばいい?」

 

おれはこいつのお願いを聞いてやることにした。

 

「変わり身早いですね・・・・・・まあ私も人のことは言えませんが。」

「ええと、その…」

 

それから数秒彼は唸って、やっと口が開かれたと思うと、そこから発せられた言葉に俺は一瞬、言葉を失った。

 

「萩原先輩なんですけど・・・・・・」

 

 

 

 

 

「ううむ、刹那は何を知っているんだろうか・・・・・・」

ぼくは彼女らが席を外した後、そんなことを考えていた。今この場にいるのは怜だけで、ちなみに伊藤はガツガツと弁当を食い終わった後、まだ食い足りないとかで購買に駆け込んで行った。

 

「・・・・・・私もさっぱり。というか、静乃はどうなの?彼と仲良い?」

「・・・・・・いや、ぼくもそこまで関わったことは・・・・・・街や喫茶店で何度か見かけたくらいだよ。」

 

ゴメン怜、それは嘘なんだ。だって何度もセッションしてるから。けれど、そのことは基本的には話すことじゃないから・・・・・・

まあでも街で見かけたというか出くわしたことは間違いない。

 

「その時に話しかけたりとかしなかったの?」

「あー・・・・・・何回か話したことあるかも。」

 

ゴメン怜、それも嘘なんだ。数回どころかSkypeのグループトークで緋色先輩や宮永先輩を交えて話してるんだ。

 

「――――――――ふうん。」

「ちなみに、怜はどうなの?ほら、同じパーカー族でしょ?こんなクソ暑い中パーカー着てる人なんて彼とあなたくらいじゃない?」

 

追求されるのも嫌であったので話題の中心を怜に移すことにした。

 

「いや、さすがにパーカー着てる人全員の仲良くなんてないわよ。それに、私のパーカーはその辺のものと違って高性能なの。その辺の人らと一緒にしないでほしいわ。なんなら着てみる?これ、全然暑くないどころかむしろ涼しいのよ?ちなみに、ガワはかなり暑いから内側のつまみを持って着てね。」

「はいはいわかったそうするよ仕方ない。」

 

怜はおもむろにパーカーを、ガワに触れないよう丁寧に脱ぎ、パーカーの裏側を支え、ぼくに渡した。そのパーカーはやけに軽く、薄い生地でできていて、そして本当に熱かった。風呂の温度と同じくらい熱いと・・・・・・

 

「いやホント熱いなこれ。まだ我慢出来る熱さだけども・・・・・・」

 

けれど着てみると、なぜだか本当に涼しさを感じた。

 

「え?え?どういうこと?なんでこんなに涼しいの?」

「まあ簡単に言うと、このパーカーは熱エネルギーを完全シャットアウトするもので、全ての熱エネルギーを反射しているのよ。だから、触った時やけに熱かったでしょ?」

「はあなるほど・・・・・・そう言われたらわかるけど・・・・・・」

 

ぼくはそのパーカーを脱ぎ、机にガワが外に向くよう置いた。どうして裏側はこんなに冷たいんだろうと裏側をまじまじと眺めた。そして、衣服には必ず付いている取り扱いのマークを発見した。そこには、どこか見たことあるようなマークもあれば見たことないのもあり、製造会社もかかれ・・・・・・

 

「ATLAS?」

 

思わず口に出してしまった。そしてそのしたに記載される8桁の数字・・・

 

「あーうん、そういう会社もあるのよ。まあ気にしなくてもいいわ。この世界にはない会社だもの。」

 

そういって怜は机の上のパーカーを取り、再び羽織った。ふう、やっぱり涼しいわねと声を漏らし、食べかけガワが熱いはずなのに、つまみもきにせず無理やり着ていた。結局つまみはなんだったのだろう。

・・・・・・ATLASなんて洋服会社は聞いたことがない。やはり怜のいうとおり、これは怜の世界のものなんだろう。にしたって、格好だけ見ると今の季節にはミスマッチ。ほんとう、神前も怜も不思議だね。

 

 

 

 

 

「え?お前静乃に気があったの?」

 

薄々予感はしていた。夏休み中、静乃と2人で出かけた時に偶然神前と出くわした際、俺に向けて言った「付き合ってたんですか?」というセリフ。あれは静乃が男のものになったかどうかの確認。そう考えると合点が行く。それに静乃はヤツをドラム君と呼んでいた。あだ名で呼ぶなんて、きっと俺の知らないところでよろしくやっていたのだろう。

なんてことを考えたが、ふと自分の発言を思い出し、野暮なことを言ってしまったことに気づいた。申し訳ない気持ちになったが、思いのほか相手に動揺が見られなかったので、ホッとした。

 

「・・・ええとその、ちょっとじっくり話してみたいなって、思いまして。それで、彼女と仲のいい先輩ならと思いまして。」

「・・・それなら、刹那が適任なんじゃないのか?ほら、生徒会繋がりだし―――」

 

俺がそう言いかけると、神前はちょいちょいっと手をこちらに振り、それはこっちへ来いとのハンドサインだとわかったので、近くによると神前は俺に耳打ちをした。

 

「刹那さんも誘ってほしい人がいるんですよ。口には出してませんが、おそらく仮面の人でしょう。それに、男1に女3とかバランス悪くないですか?」

 

・・・ん?

 

「ちょっと待て、ハムだと?」

 

俺も彼に耳打ちをして、刹那に聞こえないように話した。

 

「ええ。彼の話をすると、先輩はちょっと狼狽えるようになったんですよね。それで、試しに仮面の人はどうですかといったら口では嫌がりつつもまんざらでもない態度を取ってました。」

「なるほど・・・・・・」

「ちょっと、ふたりでこそこそなんなんですか?」

 

いい加減不審に思った刹那が俺らに声をかけた。

 

「いや、なんでもない。ともあれ、話はわかった。静乃には声をかけてみよう。もし奴が来るとなると・・・男女のバランスが悪いな。あと一人誰か呼ぶか。誰がいい刹那?」

 

半ば決め打ち気味に刹那に聞いた。刹那は自分に質問が来ると予測していなかったのか、ぽかんとしていた。

 

「え?私ですか?・・・いえ、特に要望はありません。強いて言うなれば、私の心の平穏をかき乱さないひとがいいですね。そう、あの男のようなのを除いて。」

「わかった。じゃあハムを誘っとくよ。」

「ちょっと私の話聞いてました!?」

「じゃあ、話は済んだな。じゃあこれにて解散!・・・あ、神前、連絡先交換しとくか。」

「ええ。」

「あのー、私の話聞いてます?それとも無視されてるんですか?」

「じゃあ俺は教室戻るんで。」

「では放課後に。」

「・・・はあ、もういいです。わかりましたよ諦めますよ。」

 

隣で刹那はげんなりとして、俺の前を歩いて行った。・・・確かに、いつもの刹那とは大違いだ。本気で嫌っているなら、諦めるなんてことはしないはずだ。けれど、こいつはたった今"諦める"と言った。・・・どういった心境の変化だ?一体何が起こっている?いや、"起こった"?まさか夏休み中に何か・・・?

まあ、いい。俺も教室に戻ってあいつを誘ってみよう。

・・・男3女3でお茶しに行くとか、これって合コンみたいだな。刹那はハム、神前は静乃、会長は…俺ではないな。俺と同じく、人数合わせにすぎなさそうだ。にしても、神前は静乃に気があるのか・・・・・・万が一、彼らがうまくいったら?彼氏彼女の関係になったら?・・・やつと静乃が・・・

 

 

 

 

「かくかくしかじかこういうことなんだ。今日放課後だめですかね?」

 

刹那と一緒に戻ってきて、やんわりと神前の気持ちを隠しつつ、静乃にお願いをしたところ、平常運転というかなんというか、彼女はあからさまに面倒臭そうな顔をしていた。

 

「まあたしかに暇っちゃ暇だけどもね」

 

足を組み腕を組み、彼女は俺を見上げた。(すごくこの場に関係ないが腕を組んだ時腕に胸が乗ってるのはわざとなんですかどうなんですか私とっても気になりますしかも汗でワイシャツが少し透けているような気がしているんですが気のせいでしょうか。)

 

「・・・・・・まあ、いいんじゃないの?行ってあげることで遼の顔もたつだろうし。」

 

怜に後押しをされたからか、ううむと唸って天井を見上げしばらくしたのち、頭は縦に振られた。

 

「よしきた!では俺はもう一人の男を誘ってくるぜ!」

 

 

 

 

とっとこ~走るよ遼太郎!

ろうかを~走るよ遼太郎!

だーいすきなのは~!に~じげん少女~!いえい!

 

ハム太郎の歌を鼻で歌いながら、奴はスキップしながら教室を出て行った。あまりの気持ちの悪さに、返事を取りやめようかと思った。

 

「・・・見てはいけないものを見てしまった気がするわ・・・」

「奇遇だね。ぼくもそう思ったよ。」

「気持ちわるい」

 

3人とも、抱く感想は同じであった。

 

「ちなみにさ、もう一人って誰なの?」

 

遼はあと一人男を誘うと言っていたが、誰とは言っていなかったので、事情を知ってそうな刹那に質問したところ、彼女は曖昧な返事だけした。知っているけど教えたくないってこと?つまりぼくと親しくないひと?いや、そんなひとは刹那が気を利かせてやめておいてくれるはずだよね?それなら・・・え?誰?

 

「・・・じきにわかりますよ。」

「何ももったいぶらなくとも・・・・・・」

「たしかに言えるのは、静乃の嫌いなひとではないです。そこは安心していいと思います。」

 

おおう、やっぱりぼくのこと考えてくれてた。さすがは刹那、好きだなあほんと。

・・・にしても、神前がわざわざ一緒にお茶したいだなんて・・・しかもこんな回りくどいやり方までして、どう言ったつもりなんだろうか。お茶くらいなら、それこそ緋色先輩とぼくと宮永先輩とで何度かしてるのに・・・。・・・ん?いや待てよ?遼はやんわりと隠してはいたけれど、神前がぼくに気があるからお茶したいみたいなことを言ってたよな?それだけなら、刹那を誘う理由はないんだ。ぼくと遼、緋色先輩に神前で十分じゃないか。なのに、刹那はいる。そして、刹那は残り一人の男を知っている。・・・これって、神前はぼくと会いたいんじゃなくて、神前は刹那とその男を会わせたいと考えられないだろうか。・・・おお、それなら合点する。我ながら冴えてるな。刹那も身を固めれば、ファンも減って落ち着くだろうし悪い話じゃないだろう。

 

「・・・まあわかった。じゃあ、放課後ね。」

 

よし、では刹那のためにぼくも参加してあげましょうかね。



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4-1-3 変調/変化

 放課後になり、約束の時間が近づいてきた。

全員で集まっていくかと思いきや、神前は場所の確保のために先に出たらしい。俺はその事実を刹那から聞かされた。女性陣は先に行ってもらった。というのも、ハムと刹那を初めから一緒にいさせてやるのは流石に刹那が嫌かなって思ってのことである。やっぱりサプライズが一番だと。

 

「そこまでするほど楽しみにしてるってことだよな・・・」

 

あらためて神前の静乃へかける思いを知る。夏休み中静乃と出かけた時に出くわしたあいつは、内心バクバクだったということか。そして俺の付き合ってるわけじゃないって言葉に安心して、今回の行動に踏み切ったわけだ。

・・・・・・・得体の知れない不快感が身を襲う。なぜ不快に思うのか。静乃は俺の彼女じゃない。俺のものじゃない。他の男が仲良くする分には、なんの問題もない。俺に口出す権利なんて・・・・・・ないはずなのに・・・・・・。

 

「国広、準備はいいか?」

 

久しぶりに会ったハムは、少し変わっていた。俺をあだ名で呼ばなくなっており、仮面もつけてない。それこそ、毒素が抜けきっていたというか、痛々しさが抜けていた。劇っぽい喋り方はそのままなんだけど、痛い男から暑苦しい男へと変わっていた。なにが彼をそうさせたのか。理由を聞くと「自分の望みより、少年の望みだ・・・」とのこと。刹那への本格的なアプローチを試みるそうだ。それほどまでに、会えない時間が辛かったらしい。ちなみに、そんなもんだから、その日のうちに声かけたのにもかかわらず二つ返事で今日のことを了承してくれた。刹那をダシにしたら一瞬で食いついた。ここは変わってなかった。

そんなハムは、わざわざ俺の教室の前に来て、俺が出てくるのを待っていた。

 

「ああ。わかってるよ。わかってるけど・・・」

 

煮え切らない思いが体の奥底から消えてなくならない。約束したことだ。行かなくちゃいけない。これは俺の義務なんだ。だけど・・・・・・

俺はその場から動こうとした。けど、足が凍ってしまったように動かなかった。動けなかった。

 

「・・・・・・国広?――――――――――――――――なに、私の方から話をしておこう。今日はもう休んだほうがいい。」

 

ハムは、俺の体調が悪いと思ったのか。そんな気遣いをしてきた。その言葉に俺は――――――――

 

「・・・・・・あいつらには、ごめんと伝えてくれ。俺がいないと話が盛り上がらないかもしれない。申し訳ない・・・・・・」

「何を言っているんだ。それくらいの大役、お前の手を借りずとも私がこなしてみせよう。」

 

そういうとハムは、俺を置いて先に進んでいった。振り返らず、手を振って別れを告げるその姿に俺は救われた気持ちになった。

待ち望んだ言葉だった。やらなくちゃいけないこと、俺の義務。すべきことは、理由をつければしなくても良いことになる。もっとも、その理由をでっち上げるのは良心が痛むが、ハムが勘違いをしてくれたおかげで、それは真実となる。

足はもう思うように動かせた。氷は溶けた。溶かしたのは、安心感によるものか。

・・・・・・なぜ、俺は安心している?本当、どうなってんだ俺は・・・・・・

 

 

 

 

 

 ハムが見えなくなってすぐ、安心感が押し寄せると同時に、倦怠感が俺を襲う。ハムのいう体調不良は、あながち間違いじゃ無いかもしれない。俺は動くようになった足を保健室へと向けた。今学校を出たら色々な人に鉢合わせることになる。都合が良かった。

 

保健室のある一階へと向かう。すると、ちょうど教室掃除のゴミ出しだろうか、それから戻る柄谷を発見した。

 

「国広先輩お久しぶりです。リアルで会うのは有希ちゃんと遊んだ時以来ですね。」

 

柄谷は一旦足を止めて、俺に挨拶してくれた。わざわざそこまでするなんて律儀だと思い、少し嬉しくなったけれど、体内の不快感を拭うほどではなかった。

 

「おう、久しぶりだな・・・・・・。」

 

俺が気の抜けた返事をすると、異変に気付いたのか

 

「・・・・・・なんか、体調ビミョーっぽいです?風邪でも引きました?夏バテですか?」

「あーうん、風邪かも・・・ちょっと体調悪くて、少し保健室で横になろうかと思って。」

「今からですか?それならさっさと帰った方がいいんじゃないですか?」

 

柄谷の意見も最もであろう。正当に残る理由がない。今出ると気まずいからって理由は、通らないだろうな…

柄谷の至極真っ当な意見に返事をできないでいると、保健室横の職員室から怜が出てくるのが見えた。目と目があうと、ひらひらと手を振りながらこちらへ向かってきた。

 

「あれ遼、こっちは玄関じゃないわよ。今日神前君だっけ?彼に呼ばれてるんでしょ?なんでこんなところに?」

「それはこっちのセリフだよ。なんでまた職員室なんかに行ってたんだ?」

「ああえっと、実力テストの物理の解答で先生がわからなかったところがあるみたいで、教えてあげたのよ。」

 

さらりとすごいこと言ってるなコイツ。あれか?物理教師のさらに上を取りに行くとか、もうコイツが授業したらいいんじゃないか?千歳先生もつらいだろうな…

 

「で、遼はどうしてここに?」

 

俺が曖昧な返事でいなそうとしたが、怜にはまったく退く気配がない。あたふたしてるところ

 

「風邪なので、保健室に行くみたいですよ?不思議ですよね。もう放課後ですし帰った方がいいと思うのに。」

 

横から柄谷が説明してくれた。もちろんそれは嘘。行きたくないっていう気持ちが強くて、体調なんか悪くなってない。頼むからこれで納得してくれ。

そんな浅い俺の考えは、天才の怜にはお見通しなのか、確信を持って否定してきた。

 

「遼が風邪?ないない。だってあなた病気にならないでしょ。」

 

けらけらと笑う怜。さしもの俺も少しイライラするが、風邪は嘘なのでなにも言えない。

にしてもあれだな。馬鹿は風邪ひかないってか?随分とまあ見下した発言なことだ…

俺は彼女を無視して、保健室へ入った。俺を引き止める声が聞こえてきたが、無視した。静乃のことといい、怜といい、心をかき乱す事態を、頭の中から消し去りたかった。

 

 

 

 

 

「・・・・・・なに、私そんなに彼の逆鱗に触れていたの?」

「ええとその・・・どうなんでしょうね…。私も正直、そこまで怒るようなことを言ったのかと言われたら・・・」

 

遼が保健室に入って行った後、私たちはこの事案について考えていた。位置的にも心情的にも、置いてけぼりだ。

 

「でも、体調悪そうなのはほんとでしたよ。まあその、オーラ的に?」

「オーラって・・・。うーん、どうなんだろう。心が参ってるのかしら。そんなに心を悩ませることかなアレって・・・・・・」

 

まあ、嫌っていう遼の尻を無理やり叩いて向かわせるのも酷だろうし、諦めよう。リミットまではまだまだ時間がある。なにも今回だけが大切なわけじゃないし。

私は残念な気持ちを抱えながら、玄関へと向かった。もし遼が行くのであれば、会話の援護射撃しについて行こうかと思ったけれど・・・・・・しょうがないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、現実がゲームのようにセーブ&リセットを繰り返せるのなら、ここはセーブポイントだったろう。

私も、そして遼にとっても、誤った選択をしてしまった。

この行動が、後の重大事件につながるとは、誰が予測つくだろうか・・・・・・

 



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4-1-4 自覚/否定

 保健室で数時間横になった後、俺は帰路に就いた。赤い空の光が、俺の影を伸ばしていく。そうしてやがて、影だかどうだかわからなくなり、溶けていった。ぐちゃぐちゃな気持ち。寝ても覚めても変わらない。自分の心のキャパを超えている気がして、どうにも落ち着かない。どうしてこうなっているのだろう。何のせいで・・・。

 

 

―――――いや、いい加減目をそらすのはやめよう。

俺は嫌なんだ。静乃が誰かと仲良くすることが。付き合ってもいないのに、独占欲だけがある。俺は彼女が好きなんだろうか。いやでも、いまさらそんなことを認めるなんて・・・・・・。だって、もし認めてしまったら、きれいになった静乃に惚れたということだ。結局、外面しか見ていない。ちょっと見た目がよくなったら惚れるって、そんなの好きと言えるのだろうか。

 

―――――いや違うだろう。これはアイドルにはまるのと似た感情なんだ。アイドルを見てかわいいなって思う気持ちと、変わらないんだ。

無理やり自分を丸め込む。これが本心だ。本心なんだ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に着くと、リビングには入らずすぐに自室へこもった。アニメもゲームも漫画も何も手がつかない。眠って紛らわそうにも、保健室で寝ていたから、どうにも眠気はやってこない。仕方なく、スマホの電源を切って勉強に打ち込むことにした。頭をひねる数学なら、余計なことを考えずに済むだろう。というか、考えている余裕はないだろう。

 

 

どれくらい時間がたったのかわからないが、有希が部屋に入ってきた。

 

「兄さん、いい加減にしてよ!どれだけ呼んでると思ってるのさ!もうご飯だよ!」

 

そういわれて、はっと部屋の時計を見る。もう3時間も立っていた。時刻は9時。ずいぶん遅い夕食だが、叔父さんの仕事のキリがよくなかったのだろうか。

 

「ごめんよ。勉強に集中しすぎてた。」

「あれ、そうなんだ。ずいぶん珍しいね。オタ活で集中するならまだしも・・・なにかあったの?」

「何って・・・・・・」

 

そう有希に言われたせいで、忘れていた今日の出来事を思い出してしまった。そうして、しまい込んでいた負の感情が体をめぐる。

 

「・・・・・・別に何にもないさ。」

 

俺は部屋を出、リビングへ向かった。夕飯は中華丼であった。ぐちゃぐちゃに餡とご飯を混ぜ、がつがつと掻き込んで食べた。腹いっぱい食べると、やっと眠気が来てくれたので、布団に入って目をつむった。さっさと明日になってほしい。明日になれば、忘れるだろうと・・・・・・

このとき、俺はスマホの電源は切りっぱなしだった。いつもならアラームを設定してから寝るところだが、そんなことは忘れてしまっていた。

 



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4-2-1 Shutdown

8月20日 木曜

 

 

 

 

 けたたましい音が耳元で鳴らされ、飛び起きる。最近はなかったが、有希が満面の笑みでブザーを鳴らしていた。これが嫌だからアラームをセットしていたのに俺は無意識にアラームを・・・・・・いや、俺昨日アラームセットしてないな。完全に俺の落ち度だった。

有希はすでに制服に身を包んでおり、時刻は7時半。どうやら・・・・・・

 

「・・・めしの時間か。あいよ、今行くよ。」

 

俺は寝巻きのまま部屋から出た。

 

 

 

食卓には既に竜崎が飯を食っていて、モッキュモッキュさせていた。食卓テーブルには叔父さんと俺と竜崎の分の飯が・・・・・・あれ、有希は?

 

「竜崎、有希はどうしたの?」

「ああ、彼女ならとっくに出て行ったよ。なんでも朝に用事があるんだってね。君を起こしてくれただけやさしいよね。感謝してるのか?」

「そんなの・・・いわれずとも・・・けれど、もう少し無難に起こしてくれてもいいんだけど・・・・・・」

「まあいいじゃないのさ。―――――――そうそう、今日は久しぶりに君の学校に行こうと思っていたんだけど、ちょっと野暮用で行けなくなった。」

 

そういや、学校始まってからはまだ来てなかったな。まあ、来たところで正直意味あるのかとは思うけど・・・・・・

 

「うん。」

 

俺は目の前の飯をぺろりと平らげると、洗面所に向かった。顔を洗って、制服に着替えて玄関に向かうと、なぜか竜崎が玄関横の小棚の上に立っていた。

 

「じゃあ行ってらっしゃい。」

「・・・見送りなんて、どういう風の吹き回し?」

「ははは、たまにはいいじゃないの。とりあえず今日も頑張って来いよ!」

 

竜崎はグーサインをこちらに向けた。ほんと、なんなんだろうこいつ・・・・・・

 

 

 

 

「・・・・・・顔色は悪くない。どうやら、寝て起きたことで、嫌なことは忘れることができた・・・ないしは立ち直ったのかな?」

 

 

 

 

 

 

家を出ると、横の電柱に持たれながら一人の女性が俺を待っていた。待っていたと断言できるのは、俺と目と目が合った瞬間こっちにやってきたからである。

 

「おはよう遼。昨日はごめんなさい。」

 

怜はすぐさま俺に謝ってきた。なんのことだろうか・・・なんて思ったが、そういや保健室に行くときこいつ俺を煽ってきたなアンタ病気にならないでしょとかかんとか。

 

「別に謝ることじゃないさ。実際、あれは風邪じゃないしね・・・」

「あ、ああー・・・・・・やっぱり。」

「やっぱりって・・・それは思ってても言わないでおくのが正しい選択だと思うぞ?」

 

そうして気づく。俺はさほど、昨日のことを引きづっていない。むしろ、精神状態は良くなっている。

 

「まあ、馬鹿は風邪ひかないっていう怜の煽りは、君のおごりが見えて少し不快になったけどね・・・」

「・・・ああなるほど。あなたはそう考えていたのね。てっきり――――――――いや、何でもないわ。とりあえず、学校向かいながら話しましょう。遅刻するかもしれないわ。」

 

そういわれスマホを見て時間を確認―――――しようとしたら、電源が入ってないことを忘れていた。そして腕時計を見た。腕時計があるならスマホを触る必要はあったのかと言われれば、ない。完全に癖だろう。

 

 

静乃と鉢合わせるT字路に入ったが、彼女は見当たらなかった。いつもこの時間帯なら出くわしてもおかしくないのだが、見当たらなかった。昨日のことがあったから、いけなかったことを謝ろうと思ったが・・・学校ですればいいか。

 

 

学校に到着し、教室に向かっている最中、廊下の曲がり角で刹那の後ろ姿が見えた。声をかけようと近寄ったら、だれかと話していることがわかった。丁度死角になっていてだれとしゃべっているのかはわからなかったのだが、まあ謝るだけなら・・・と思い声を掛けたら、なんとそこには―――――

 

「お、国広じゃあないか。もう体調は大丈夫なのか?」

「りょ、遼君!?」

 

いや、驚きたいのはこっちだよ。朝からハムと刹那が楽しそうに話しているなんて・・・昨日いったい何があったんだ?―――――そうだ、昨日のこと謝らないと。

 

「行けなくてごめん。埋め合わせは必ずするから・・・・・・」

「いや、きにしなくていい。体調不良は誰にでも起こりうる。国広が元気になったのなら、それでいいさ。」

 

は、ハム~~~~~!!!!!なんてイケメンな奴なんだ。

 

「それに、こうして少年と仲良くなれたのだから、むしろおつりがくるくらいさ。」

 

さわやかに笑って見せるハムは、マジで人が変わったとひしひしと感じさせられた。こいつ、厨二が抜けたらこんなやつだったのか。

 

「・・・いや、なに仲良くなった気でいるんですか。私はそんなつもりないですよ?」

「ええ?それはほんとうかな?それは・・・悲しいな・・・」

 

しょんぼりするハムを見かねて、刹那がわたわたして「いや、別に嫌いなわけではないですけど・・・」とフォローを入れていた。

・・・昨日いったい何があったんだろう。あとで刹那から聞くか。いやでも、こんなありさまだし話してくれなさそうだな・・・会長あたりに聞けば、客観的な情報が得られるだろうか。静乃に直接聞くのは・・・ちょっとためらうな・・・

 

 

教室に入ると、静乃は突っ伏して寝ていた。これは寝たふりなのか、ガチで寝てるのか、いったいどっちなんだろうか。

 

「おはよう・・・・・・・遼・・・・・・」

 

カイジがこちらによって来る。こいつは変わらないな・・・

 

「なあカイジ、静乃ってずっと寝てんの?」

「萩原?そうだな・・・・・・俺が来た時にはすでにこうだったな・・・・・・」

 

まあ、起きた時に謝ればいいか・・・

 

 

 

昼休み、日光がうざったいとのことで遮光カーテンが閉められているから外の様子は分からなかったのだが、ふとカーテンを開けて窓の外を見てみると、あたりがものすごく暗かった。(勿論この時間にしては、である)そしてなんと、静乃はまだ眠り続けていた。マジでどんだけ寝てんだ。既に4時間は寝てるんじゃないのか?

 

「おいカイジ見てみろよこれ。」

「ん?なんだ・・・うおおっ・・・なんて天気っ・・・!暗雲立ち込める・・・・・・何かが起こりそうな予感っ・・・!」

 

カイジは溌剌として窓の外を見ていた。そんな様子を見ていた周りのクラスメイトも窓の外に注目し始めた。窓の近くにワイワイ人が集まってきてちょっと鬱陶しかったので、俺はその場を離れた。振り返った時、静乃はその場から動くことなく突っ伏していて。刹那がそれに寄り添っていたのが見えた。

 

「なあ刹那、なんでそんな静乃寝てんだ?何か知ってる?」

「そうですね・・・・・・私が8時にここに来た時には起きてましたよ。なんでも、眠れなかったみたいですね。」

「・・・眠れないようなことが、まさか起こったのか?」

「眠れないようなことって?」

 

寝かせてくれなかったんじゃ?なんて思ったけど、んなわけないよな。

 

「まあそれはそれとして・・・昨日は無難に終わったの?神前は静乃と仲良くなれたの?」

 

言葉にすると、チクリと胸を刺す。けれど、聞かずにいられなかった。

 

「うーんどうでしょう。帰りもどこかによることなく解散しましたしね。・・・・・・ああそうそう、一人変な男に絡まれましたね。」

「変な男?」

「ええ。なんか、『この料理頼んだはいいけど、アレルギー起こしちゃう食べ物入ってたので、よければもらってくれませんか?まだ手を付けていないので。』とかいって渡してきた人いたんですよ。渡すとき、私たちの顔をじろじろ見てきたので、不振だなと思いまして・・・けれど、そのあと何もなかったんですよね。料理は仮面の人―――――いえ、武君がもらってしまいまして、普通に平らげましたけど、彼の体に何も起こりませんでしたし・・・・・・」

 

それは・・・確かに謎だな。なんなんだろう。

 

「まあいいや。にしても、こいつ寝すぎやしないか?いくらなんでも4時間も寝てるぞ?」

「そうなんですよね・・・。さすがに私も不安になってきたといいますか、普通にご飯食べたいので、無理やり起こそうかと。」

 

ゆさゆさと揺さぶるが、起きない。どれだけ眠りが深いんだ・・・

ちょうどその時、刹那の立っている通路を通ろうとしたカイジが、足元に置いてあった運動部のクラスメイトのエナメルバックにつまづき、刹那を押してしまった。そして刹那は静乃を揺さぶっていたもんだからそのまま勢いよく静乃を押し倒してしまった。大きな音がして、周りが静まり返った。

 

「うわっ・・・!すまん中河っ・・・!」

「ご、ごめん静乃!押し倒すつもりなんて全くなくて・・・あれ?静乃?・・・え?なんでこれでも起きないの・・・?」

 

刹那の呼びかけには全く応じず、勢いよく隣の机にぶつかったのに痛がる素振りも見せず、そんな姿はさしずめ―――――

 

「―――――――伊藤、近くにいる先生を呼んできて。今すぐ!」

「お、おうっ!」

 

カイジはすぐさま教室を抜け出て行った。周りの生徒もこの事態が異常だとわかると、不穏なざわつきが広がっていった。

 

「あんまり揺さぶると帰って危険よ。ちょっとどいて!」

 

怜の叫び声に応じてすぐさま刹那はその場を離れる。怜は静乃の手首に指を当て、脈を測っていた。そのあと、胸に手をあて、呼吸の有無を調べた。

 

「・・・大丈夫、脈はあるわ。呼吸も・・・ありますね。なのにどうして気絶したままなのかしら・・・。こんなスイッチ切れたみたいに動かなくなるなんて・・・。」

「・・・なあ怜、お前は何かわからないのか?」

 

人間の人知ではとうてい考え出でぬことでも、神界人なら分かるのではないかと思って聞いてみたけれど、

 

「わかるわけないじゃない。」

 

一蹴された。

 

「私は医者じゃないのよ。仮にそうだったとしても、朝からずっと突っ伏してたんでしょ?朝は起きていたのよね?」

 

怜は隣にいた刹那に確認をとった。刹那は大きく頷いた。

 

「ということは、寝ている最中に気を失ったということになるわね。そんなの、情報が少なすぎるわ。寝る前になんらかの兆候があったなら話は別だけど、そういうわけでもないし。」

 

とまあ、この有様である。

そんな話をしていたちょうどその時、カイジに連れられて教師である千歳先生と灯里先生が駆け込んできた。

 

「生徒が倒れたんですって!?一体誰が・・・」

 

厳しい顔つきをした灯里先生が辺りを見回していた。

 

「先生!萩原さんです!一向に目を覚まさなくて・・・」

「静乃ちゃ―――ああいや、萩原さんが!?・・・・・・わかりました。灯里先生は救急車を呼んでください。僕は一旦彼女を保健室へ連れて行きます。」

 

そういうと千歳先生は静乃を抱きかかえて――――――――俗に言うお姫様抱っこをして、そのまま教室を出て行った。

 

「――――――――――ふう。ええと、あなたたち次の科目は私の政経であってる?」

「え、ええそうです。」

 

生徒の誰かがそう答えた。

 

「そう、なら手間が省けたわね。萩原さんの件で私も外れるので、それまで自習していてください。私が戻ってきたら授業を始めますので。」

 

そう残して、灯里先生も教室を後にした。

 

 

自習時間は、みんな静乃のことが気がかりで、勉強をしてる人など一部しかいなかった。

灯里先生は戻っては来なかった。

俺は自習時間、ふと昼間のカイジのセリフを思い出した。

 

―――暗雲立ち込めるっ・・・・・・何かが起こりそうな予感っ・・・・・・!―――

 

もしかしたら、水面下ではなにかとんでも無いことが起こっているのかもしれない。それはまるで、昼間のあの雲のようにじわじわと・・・。

窓のそばの席というのもあって、窓の外を覗くのは容易かった。俺はカーテンを持ち上げて外を覗いてみた。そこに広がるのはまるで夜のように真っ黒な空であった。

静乃・・・いったいどうしちまったんだ?何があったんだんだよ・・・・・・?

 



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4-2-2 Initialize

 静乃に関する続報がないから、当然6時間目の授業も全然集中できなかった。続報が来たのは帰りのSHR。東雲先生が言うことには気を失った理由は判明していないものの、命に別状はないとのこと。一安心する一方、理由不明の失神により気味の悪さは体から消えていない。早いとこ目を覚ました静乃をみたい。まだ俺は昨日のことを謝ってないんだ。

 

 

 俺はその日の部活を休んで、刹那、怜、カイジ、そして有希を連れて静乃が搬送された病院へと向かった。カイジは自分が事の発端になってしまったと考え込んでいるのか、終始黙ったままであった。友達が倒れたからって見舞いに行くようなやつではないのだが、事が事なだけ理由はわかる。こんなに深刻そうな顔つきのカイジは生まれて初めてみた。

 病院に到着して静乃の病室の前へ来た。別に病気を治療しているわけではないので、一般的な患者が使う病室に彼女はいるらしい。その事実は、多少なりとも安心したし、加えて、静乃の病室は相部屋ではなく個室であったため、騒がしくて人に迷惑をかけるといったことにはならなさそうで、そこは救いだった。6人部屋だったりすると、とてもじゃないがこの人数は入りきらないし・・・

 

「ここが静乃の病室ですね。」

 

そう言って刹那は、先陣を切って扉を開けた。

病室にはたった一人、非常に美しい女性が椅子に座っていて本を読んでいた。柔和な雰囲気を漂わせ、こざっぱりとしたメイクに、少し色素の抜けている髪色、髪の毛の先端がちぢれていて、体のラインがあまり出ないようなノースリーブのワンピースを着ていた。しかし、静乃を超えるサイズの胸が激しく自己主張をしている。目は妖艶さを醸し出していて・・・・・・満場一致で幸薄な美女といった評価を付けられるだろう。静乃から毒素を抜いたら、こうなるのかなあ・・・と、そう思わせるくらいには要所要所が静乃と似ているから、さしずめ、静乃の親戚か何かといったところだろう。

俺たちは会釈すると、どうもこんにちはと相手も会釈した。儚くも柔らかい微笑みに心を撃ち抜かれかけた。それくらい美しかった。

 

「・・・静乃の従姉さんじゃないですか。お久しぶりです。」

 

刹那はとてとてと先の女性に駆け寄っていった。

 

「・・・ああ、中河さんですか。お久しぶりです・・・。いったい何年ぶりでしょうかね・・・。」

 

刹那はどうやら彼女のことを知っているらしい。

 

………なあ有希、お前は知ってた?

………いえ、初めて見ました。

………ほんと、静乃の従姉なだけあって要所要所が似てるわね……目元とか髪質とか。瞳の色は全然違ったけど。

 

本当なら、ここで思い出話でも花咲かすんだろう。けれど、少なくとも今はそんな事態ではない。それを嫌でも感じさせるのは、刹那の態度だ。黙りこくって、深刻な顔で眠る静乃に駆け寄って、見つめていた。なんとなく、沈黙が嫌だったのか、無理やりそれを破ろうと、俺の口は動いていた。

 

「・・・あのー・・・静乃の従姉さんですか?静乃の容態はどうなんでしょうか・・・?」

「ええと、ワタシも来てからそう時間は経っていないのですが、ずっと寝たきりなんです。お医者さんからも、その程度の話しかされていなくて・・・」

「そうですか・・・わかりました。ありがとうございます。」

「にしても、従姉さんは誰に呼ばれて来たんですか?普通連絡がいくのは両親が先でしょうし――――――」

 

ずっと黙っていた怜が話に入ってきた。けれど、そうお言いかけたところで、言葉を飲み込んだ。そして、すいません不躾なことを聞いてと謝罪した。もしかしたら、静乃に親がいなくて親代わりをしてくれているのかと思ったのだろう。

 

「いえ、謝られるようなことじゃあ・・・。静乃ちゃんの両親は共働きで、どちらもいま取り込み中でどうしても外せないらしくて、片付き次第くるそうです。幸い、ワタシは仕事してませんし。・・・あ、ワタシは主人に頼まれて来ました。」

 

主人?

そう聞いてふと彼女の手を見ると、銀色のリングが薬指にはめられているのが目に入った。なるほど、主人から聞かされた――――――――え?なんで直接従姉さんじゃなくて主人を介して情報が回ってるの?

有希や刹那はなるほど、そうだったんですかと相槌を打っていたのだが、俺と同じように納得のいってないのが怜である。カイジはもう自責の念にかられてさっきから物も覚えず。

 

「・・・あ、すいません。申し遅れました。ワタシ、静乃ちゃんの学校の千歳教諭の妻です。こういうことなら、納得できますか?なにか困っているように見えたので。」

 

・・・千歳先生の奥さん美人過ぎない?どうやって知り合ったんだまじで。

 

「あ、はい。もう完全に解決しました。それと、申し上げ遅れてすいません。私は国広遼です。こちらのちんまいのが天海有希、それと、奥のが伊藤カイジで、金髪の彼女が榊怜です。」

 

カイジ以外はぺこりとお辞儀をした。

 

「国広・・・あ、確か静乃ちゃんと同じ小学・・・でしたっけ?」

「ええ、そうです。よくご存知ですね。静乃がなにか言ってたんでしょうか?」

「そうですねぇ・・・遼をいじるのは楽しいなあなんてことを割りと言ってた気がします。もっとも、小学校くらいの話ですが。中学ではそこまで・・・」

 

思わず苦笑いしてしまう。奴め、小さい時からずっとそんな風に思っていたのか。

 

「確かに反応が面白いんですよね。ついついわたしも遊んでしまいます。」

「あ、たしかにね~兄さんオーバーリアクションですもんねえー」

「お前ら・・・」

 

カイジと俺をそっちのけで、女性陣は話が進んでいた。沈む気持ちを掻き消そうとしてるのか、はたまた静乃が倒れたことをそこまで重く考えていないのか、それはわからない。俺に限って言えば、たんに貧血かなんかじゃないのかなあと捉えてはいるが、昨日のことといい朝から喋れてないことといい変に不安な気持ちがせめぎ合って、焦る気持ちが募ってきていた。

もうかまってらんないと思い、静乃の方を見やる。本当に、ただ眠っているだけのように見える。苦しそうな寝顔、何てことはなく、むしろ幸せそうな――――――――――――にしてもこいつ、寝顔がかなり綺麗だな。いつも突っ伏して寝てるとこしか見たことないからわからなかったが、こんな風に寝てるとは・・・。んんっ・・・って今声が漏れたな。・・・って、起き上がってきたし・・・え?起き上がった?

さすがの周りの人らも気がついて、各々驚きの声を漏らしていた。

静乃の元に真っ先に駆け寄ったのは刹那だった。

 

「静乃!目を覚ましたんですね!心配したんですよ全く・・・急に動かなくなったもんだから・・・」

 

まくし立てていう刹那の傍ら、静乃は寝惚け眼を擦っていた。まだ意識が完全に戻っていないんだなあ、と俺は呑気にそんなことを思っていた。瞼がゆっくりと開けられていき、そこで俺は、静乃の身に起こっているある異変に気付いた。

 

 

目が輝かしいのだ。

 

 

いつものように、腐った目をしていないのだ。

こんな生気の宿った眼・・・つい先日マッサージを受けた時でもここまでではない。あの時は、あくまで濁った水を濾過した程度の鮮度。今のは、化学的に不純物をすべて取り除いた、きれいな蒸留水のような鮮度。こんなの確か、小学生以来じゃ・・・

静乃はあたりをキョロキョロと見渡して、それから自分の頬、額、唇へと手を当てていく。それはさしずめ、何か危ないものに触るかのような手つきで・・・

 

「・・・って、静乃、さっきから反応ないけど、やっぱりまだどこか悪いの?」

 

なんてことを聞く怜であったが、それすらも無視する。そして重苦しく開いた口から発せられた言葉に、一同は言葉を失った。

 

 

 

「み、皆さん誰ですか・・・?」

 

 

 

タチの悪い冗談だなあと、俺は思い込もうとした。けれど、先ほどまでのこと、そして今の静乃の様子、それらの異常事態から目をそらすことができなくて、どうしても最悪の結果を思い浮かべてしまう。

 

「ついさっきまで車の中にいたのに・・・どうして"アタシ"はこんなとこにいるの?ここはどこなの?それにあの人たちもいないし・・・あれ、なんで私あの時あんな・・・・・・あ、ああああ、ああああああああああ!!!!!!!」

 

急に叫び声をあげて、頭を抱えてうずくまって、ぶるぶる震えていた。錯乱状態に陥って、嗚咽をこぼしていた。しだいに過呼吸気味になり、今度は胸を抑えつけていた。

 

「っ!ナースコールを!」

「は、はいっ・・・・・・!」

 

我に返ったカイジはすぐさまボタンを押した。ほどなくしてナースが駆けつけた。俺たちは一旦病室から出て、ロビーに腰を下ろしていた。静乃の容態が落ち着いたら医師が呼びに来るそうで・・・。

 

 

・・・静乃はきっと一種の錯乱状態に陥ってるに違いない。そう前向きに捉えようとするのだが、胸の内に広がる黒い靄をかき消すことはできなかった。

 

なんだこれは?

 

何が起こっているんだ?

 

 

 

「………ちょっと外の空気吸ってくる。」

 

誰かが呼び止めたような気もしたが、気にせず病院を出た。

 



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4-2-3 Exposure

 この病院には患者のためのものか、自然豊かな広場がある。俺はそこのベンチに座って、風で揺れるきの枝葉をぼんやりと見ていた。街灯のついてない時間であったから、しかも天気が天気なだけに辺りは暗くてよく見えなかった。

 

 

記憶喪失。

 

 

そんなの漫画の世界だけだと思っていた。ここはどこ?私は誰?そこから物語が始まり、最後に記憶を取り戻してハッピーエンドがオチ。その度に、『なんだまたいい話で終わりかよ。もっと心を抉るような話はないのか』なんて思ってたこともあった。ただ、それはあくまでも二次元の話で、リアル世界でそんな突飛な話は見たくないし望んでいないんだって、今ひしひしと感じている。

 

・・・てかそもそも記憶喪失ってどんなもんなんだ?まさか若年性アルツハイマーじゃないよな?アルツハイマーなら徐々に記憶を忘れるはずだから・・・多分違うんだろうけど・・・けれど、もし仮にアルツハイマーなら、それは不治の病だ。もしそれに似た類のものだったら・・・なんて、考えるとぞっとする。

・・・頼むから杞憂であってほしい。記憶喪失なんかじゃなくて、急に病院に運ばれたもんだから単に錯乱してるだけ。あとで病室に戻ったら何食わぬ顔で俺をなじって欲しい。そう、錯乱、混乱してるだけ!普段は不快に思っていたあの罵倒をこんなに恋しく思ったのは、後にも先にもこの時以外ないだろうな、なんて思った。

 

ふと、記憶喪失とは何かを調べようと思い、ポケットに手を伸ばしてスマホを使おうと――――――したが、電源が入っていなかった。思えば、昨日の晩からずっと開いてなかったような・・・。そうだ、保健室から帰った後、雑念を払おうと電源を切ったんだったな・・・。なんてことを思いつつ起動すると、不在着信が一件、LINEに新着メッセージが来ていることがわかった。電話の方が緊急性が高いので、電話主を調べたら・・・非通知ゆえにわからなかった。1時間前に電話をかけていたようだ。全く気付かなかった。

 

・・・そういや、確か竜崎って、この世界の人間ではなく神みたいなものだって言ってたよな?

もしかしたら、神の技術をもってしたら今の静乃をなんとかしてやれるんじゃないか?そうなればこれは都合がいいぞ。

俺は急いで竜崎に電話をかけた。が、何回コールしても出なかった。

おかしいな。取り込み中か?

スマホをしまおうとしたその時、持つ手が震えた。みると、非通知着信であった。だれだ?

 

「はいもしもし。」

『こちら竜崎、すぐに電話に出てくれて助かる。訳あって携帯電話は使えなくてね。』

「はあ―――――――それより聞きたいことがあるんだがいいか?重大な話なんだ。」

『こっちも話はあったんだがまあいいや・・・・・・とりあえず話を聞こう。一体どうしたの?』

「竜崎の世界の技術力をもってしたら、記憶喪失の患者って治療できるのか?」

 

俺は単刀直入に聞いた。

 

『ん?ああ・・・ものにもよるけど・・・具体的には何かな?』

「ええと・・・」

 

具体的?ものによる?

俺の内にふつふつと希望が湧き上がって、それはもう泡がはじけていくように広がった。

 

「具体的といわれたら・・・そうだな・・・例えばアルツハイマーとか・・・」

 

静乃の記憶喪失の原因がわからない以上、ぱっと思いつくものしか例を挙げられなかった。

 

『ああなんだ、単なる病気による記憶喪失か。その程度なら治すのは容易いな。』

「ほ、本当か!?」

 

俺は思わず立ち上がってしまう。

 

『そりゃあ、病気を成す原因がわかってるんだし、超常現象とか物理的に無理やり消されたとかならまだしも、医学の常識を超えない内容なら治療することは可能だ。もっとも、私は医者じゃないから専門的なことはわからないけど。…そんなことどうして急に?何かあったのかい?』

「ん?あ、ああ。静乃がなあ。朝はいつも通りだったのに、午後に入ってずっと寝てると思ったら、気を失ってて、ついさっき目が覚めたんだけど、どうやら記憶喪失に陥っているらしくてさあ。」

『萩原静乃がか・・・まあすぐに治ってくれるにこしたことないなあ。』

「・・・え?」

 

こいつ、言っていることがメチャクチャじゃないか?記憶喪失の治療はたやすいとか言っておきながら、今こいつは完全に人任せだぞ?

 

『―――――まさか、私が治療してあげるとでも思った?あいにく、そう簡単にいかないのでね。記憶喪失は不治の病じゃない。その時代でも治療法はあるはずだ。なら、それで治療すればいい。私達は便利屋じゃないんだ。それに、もし仮に治療するとなると、こちらの世界にある道具を用いなくてはならない。それはそちらの世界に持ち込んだところで、告白券やヘッドギアと違って使うことなんてできない。江戸時代に携帯電話を持ち込んでも使えないだろう?それと似たようなものだ。となると、こちらの世界に彼女を連れ込むしかないのだが・・・それは本来してはならないことなんだ。』

「してはならないこと?この前告白券だなんだで俺もそっちの世界に行けただろ?たやすいことなんじゃないのか?」

 

そう、俺は一回、竜崎のいる世界に行ったことがある。もっとも、目隠しされていて外観を見たことはないのだが、渡ることはできたんだ。ほかの人でも同様のことができるはずだ。

 

『あれは極めて稀なケースなんだ。次はないと思ってくれても構わない。・・・まあ実際問題、萩原静乃ならむしろ難なく呼び込めるとおもうが、私の独断で行うことはできないな。』

 

私の独断とか、してはいけないこととか、ほんと、神の国は秩序が整っているところなんだと改めて思い直す傍、静乃を治療することについて完全に拒否をしていないことから、望みが再度沸き起こり、少し気分が楽になった。

 

『基本的に、その世界に属してない人間が他の世界に行き来することはできない。それを可能にしてしまったのが我々・・・って、この話はいいや。まあとにかく、単なる病気なら治療するつもりはない。我々が引き起こしたことなら治療する義務があるんだがなあ。』

「っ!そこをなんとか!頼むよ竜崎!なんでもするからさあっ!」

 

竜崎はしばらく何も言わず、黙っていた。俺は竜崎の言葉を待った。想像つく範囲のことなら、実際なんでもする覚悟はあった。しかし、あまりに突拍子もなく、現実離れしていた返答に、俺は何も言えなかったし、理解もできなかった。

 

 

 

『――――――――ならいうが、君はこの世界を捨てて私たちの世界に来るつもりはないかい?』

 

 

 

「――――――――へ?」

『嘘だと思っているんだろう?違うんだなこれが。私は真面目に提案している。そもそも、私たちがなぜこの世界に干渉しているか、君は覚えているのか?』

「・・・たしか―――――俺にまつわる不快指数がどうのこうの――――だったはず。それなのにどうしてそっちの世界に行く話になる?」

『考えてもみろ、君がいなくなればヘイトはなくなるだろう?憎むべき対象が消えるんだ。まあもっとも、不快指数に関しての話は、君が彼女づくりをしようとするためのきっかけを作るための方便に過ぎないがね。』

 

・・・は?

方便ってことは・・・・・・竜崎や怜の話すことには嘘が混じっている?

新たに明かされる情報が頭の中でグルグル渦巻いて言葉をうまく紡げない。

 

『―――――ただ彼女をつくれっていっても、君は行動を起こさなさそうだからねえ。だから、なんとか行動してもらおうとあの手この手を考えたわけさ。そうして数か月、どうやら君は以前よりは前に進んだようで、もう私がうそをつく必要はないと思ったから、今こうしていっているわけ。』

「・・・仮に、不快指数の話がうそだとしよう。けれど、それならばなおさら俺がそっちの世界に行くのはおかしくないか?彼女を作らず単騎で乗り込むことになるんだぞ?」

 

竜崎の返答はすぐにはこなかった。そうして待つこと数秒、まあ言ってもいいかとつぶやいて、竜崎は思いもしないことを告げた。

 

「彼女づくりは我々の計画の第一歩だ。彼女ができて、初めてスタートラインに立つんだよ。そもそも、いつ“彼女をつくったら君と我々の関係が終了する”と言った?」

 

・・・たしかに、俺はこの関係の目標は話されたが、始めに語られたこの関係の目的――――不快指数、ヘイト関連の話がうそだったとなれば、目的を説明されぬまま目標に向かって行動していたことになる。怪しい宗教団体のようだ。ツボを売れば幸せになれるとうその目的を告げられ、ツボを売るという目標に向かって行動を起こす。真実の目的は、明かされぬまま・・・・・・。

ならば、竜崎はどうしてそんな嘘をついた?こいつらの思惑は何だ?何を考えていたんだ?

 

「・・・じゃあお前らはいったい何が目的なんだよ!」

『それは教えることができない。』

「はあっ!?は?・・・は?」

『本来の目的を言うと思惑から外れるといったのは今でも同じだ。だから、詳細については言うつもりはない。だが、そうだな―――――言える範囲のことでなら―――――"君は鍵となる存在"で、その鍵穴となる存在が君たちの世界にいる。その鍵穴を探すために我々はこの世界に干渉したのだ。7年前から探し続けて、範囲を絞り込めたから干渉した。――――――これ以上は言えないな。』

 

鍵?

俺が?

 

「―――――俺、何か特別なことしたか?俺はちゃんとこの世界に生まれて、この世界で生きてきた―――――なんら変わったことは起こってないはずだ。」

「確かにそうだ。ただ、後半は違う。君は何年も前に、私たちの世界と関わりを持ってしまった。それが原因で、君は後天的にキーパーソンにさせられた。」

 

後天的にキーパーソンにさせられたって、どういうことだろうか。俺は何もしていない。怜のような異世界人と触れ合ってもいない。本当に何もしていないはずだ。

俺は何とか思い出そうとしたが、あまりに漠然としすぎていて、何かを思い出そうとしても何も出てこなかった。検索範囲が広すぎる。

 

「そして鍵穴となる人物は、私たちの世界の人間。つまりだ、何年も前にこの世界には我々の世界の人間が住み着いている。その彼女こそが鍵穴。」

「彼女って―――――相手は女!?」

『ああ。―――――本当は君をなんとかしてしまえば、簡単に事は解決するんだ。・・・って、これ以上は今は言えない。すまないがこの話はまた後日。機会があれば話すよ。』

「・・・何なんだ一体。鍵だと鍵穴だとかわけがわからん。・・・怜に聞いたらすべて――――――――」

 

俺がそうつぶやくとその言葉にかぶせて竜崎は凄みのある声で放った。

 

『あいつにはこのことは聞くな。』

「なぜ?」

『――――彼女は私のエージェントだって話を始めの時にしたことを覚えているだろうか。確かにその通りなんだが、実は彼女は私の部下というわけではないんだ。そちらの世界で言う派遣社員みたいなもの。怜みたいな人材を多く保有している団体がいて、そこから私のところに送られてきているだけにすぎない。私はそちらの世界に干渉することができるが、私自身がそちらの世界に渡ることができない。だから、そちらの世界に渡る人材が必要だった。だけど、誰でも良かったわけじゃない。年齢が16から17歳であること、私の世界とコンタクトを取り続け、レポートを書き続ける忍耐、演算能力、体力、そして、女性であること。これらをすべて充したのが彼女。――――――その団体がなにやら不穏な動きをしているようでね・・・。ああいや、怜はおそらく関係ないはず。というか、知らないはずだ。――――――できれば私の思い違いであって欲しいのだが、君が情報を知りすぎていると、真っ先に私が疑われる。そうなると、私と怜の団体との関係が決裂し、強硬策をとられかねない。そうなると、君や君の関係者の命の危険が迫る。」

 

いや、情報を握っていてほしくないなら、こんなことはなさなければいいのではないか?

俺は素っ頓狂な返事をすると、竜崎はなるほどと返した。

 

「確かに、こんな話はする必要ない。けれど、しなくちゃいけない理由ができてしまったんだ。そちらの世界にどうやら怜以外の団体の人間が移り住んでるみたいでね。国広君がそいつに変なことされないよう、予防線を張っておこうと思って、急遽電話をかけることとなったのさ。知らない番号からかけてるのは、私のいつもの携帯電話だと通話記録が残るからだよ。私の通話、メールはすべて私たちの世界の機関の人間に見られる。平たく言えば私の言動は基本的に監視されているのさ。その抜け穴がこれだ。――――――――この電話の目的は、私の考えてることを知り、こちらの事情を知ってもらうことで君の意識を引き締め、警戒のレベルを上げることだ。なにかあったら、すぐに私にコンタクトをとってほしい。そのためのツールを怜経由で渡してもらう。もちろん、怜にはこのツールについてうその情報を与えておく。』

 

ちょっと待て。

こいついま、サラッととんでもないことを言わなかったか?

怜以外にも機関の人間が移り込んでいる?

てことは、この世界には竜崎と怜以外にも・・・

 

「・・・まあわかった。―――ん?じゃあ1時間前の電話ももしかして?」

『理解してくれて助かる。―――――とまあ、これで私の目的は終わった。次は君の番だ。大した協力はできないかもしれないが、話だけでも聞くよ。我々が関与していない可能性もなくはない。もしそうなら、一大事だからな。なんとかする義務がある。』

「義務ねぇ。」

 

そういや、怜が初めてこっちに来て告白券の説明してる時、違反をしたら私たちの世界の法で裁くみたいなことを言っていたような。そう考えると、義務というのも頷ける。

 

「まあいいや。―――本当にわからないんだ。8時ごろは起きていたみたいだけど、8時半から12時半までずっと机に突っ伏して。最初は寝てるだけだと思ってたけど、さすがに4時間ぶっ通しはおかしいだろ?それを見かねてさすがに不審に思った刹那が起こしに行った時に初めて気を失ってるってわかったのさ。全く不思議な話なんだよ。」

『――――え?それだけ?』

「うん。」

『――――ちなみに、どういった感じの記憶喪失だった?"混乱してて何もかもがわかってない"感じ?それとも、"ある時期からの記憶が完全になくなってる"感じ?』

「ごめん。そこはまだよくわからなくて。ただ、目がさめるなり俺らに対して誰ですかって言ってきたから、俺らのことは覚えてないみたい。―――――あ、そういやあ。」

『何?』

「静乃はすぐに錯乱して過呼吸になったんだけどさ、その時おかしなことを言ってたんだよなあ。《さっきまで車の中にいたのにどうして――――それに私、あんなこと―――》だったか、多少違うところもあると思うが、大体そんな感じ。」

『―――おいおい。』

 

その言葉に込められたのは曖昧にしか覚えていない俺に対する呆れだったのか、それとも・・・《おいおい・・・勘弁してくれ・・・》の意だったのか、それはわからなかった。しかし聞く気は無かった。聞いてしまうのがなんだか恐ろしい気がして。

 

『―――――私の口からは病名を断定できないな。ひとまず、医学に精通している知り合いにコンタクトを取ってみる。君は出来るだけ早く萩原静乃と対話して、記憶喪失の状態について詳しく調べて欲しい。・・・もし私が直感していることが当たってしまっていたのなら――――――――』

 

竜崎はやけにトーンの低い声でそう告げる。

やめてくれよ、折角希望が持てたのにうち壊さないでくれよ。

そう思っていたのだが、願い虚しく弾けた泡はみるみる萎んだ。

 

 

『彼女の治療は不可能に近いだろう。』

 



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4-2-4 Suspicion

「萩原は大丈夫だったんだろうか・・・」

 

生徒会室で作業をしてる中、朱鳥がそんなことを口にした。PCで作業中だったが、キーボードを弾く指が止まった。今日あった事件そのものはみんな把握している。というのも、昼休み校庭に救急車が来ていたのがわかっていたからである。そして一人の女子生徒―――――静乃さんが搬送されたこともすでに校内で情報は回っている。まあその・・・ねえ、Twitterにとある画像が挙げられてしまったから、なおのこと情報の周りは早かったよね。

 

「千歳センセがお姫様抱っこしてる写真は衝撃的だったぜ。思わず保存してしまった・・・。Twitterにその画像を挙げていた人はさすがにもう消したみたいだ。探してみたけど転載している人はいなかったみたいでよかった。この学校の民度は高かったみたいだ。」

 

そういって朱鳥が私にその画像を見せてきた。いや、その画像私も保存しているから見せる必要ないんですけど・・・

 

「これ・・・みればみるほど安らかな寝顔ですよね。苦しそうにしてるわけでもないし。」

 

一体何が?救急車を呼ぶ程の一大事ってなんでしょうか。貧血が悪化した、体育で体調崩したくらいしか思いつきませんね・・・。でもうわさ話によれば、朝からずっと寝っぱなしらしくて、運動が原因というわけでもなさそうですし・・・

 

「俺も!俺もみたいっス!朱鳥さん俺にも見せてくださいよ!」

「鹿夫は暑苦しいんだよ落ち着け。――――あ、神前もみるか?」

「・・・ええ。」

 

神前はその画像を見ると、普段無表情な彼の顔も少しゆがませているように見えた。―――――そりゃあ、彼、静乃のこと気になっていたみたいですから、こんなことになると悲しいですよね・・・。セッションしていた時も、昨日見た感じでも、特にドギマギしてる様子も見えないから、本当に好きなのかな?って思ってしまうけれど、氷の仮面の下にはふつふつと煮えたぎる熱い思いがあるんでしょう。きっと。

 

「おおい!なんで俺よりも先にキドが見てるんだよ!」

「鹿夫、煩いですよ。投げ飛ばされたいんですか?」

「すいませんでした。」

 

鹿夫は私が少し凄みを見せると一瞬で引き下がるので扱いやすくていいですね。彼には体よく雑用をしていただきたいから、このままでいてくださいね。

 

「で、容態はどうなんですか?まだ不明?」

 

私は朱鳥に尋ねた。朱鳥は私の意図をくみ取ってくれたのか、ポケットからスマホを取り出した。

 

「ちょいっと待ってくれ。中河に聞いてみる。」

 

そういって朱鳥は何食わぬ顔で電話をかける。時刻は5時近く。本当はすぐに刹那に確認を取りたかったが、すぐに連絡したところで容体がすぐ判明するとも思えなかったので、落ち着くのを待っていたわけだ。刹那たちは病院にいるから、もしかしたらつながらないかもしれないが、都合よくつながってくれた。

 

「あいあい朱鳥だけどさぁ、萩原の調子はどう?どうせ貧血こじらせたとかそんなんでしょ?――――――――――――――――おい?なんだって?聞こえんぞもっと大きな声で・・・って今度はうるさいぞ!少し落ち着けって・・・へ?落ち着いてる場合かって?おいおい話が見えん・・・・は?またまたご冗談を・・・へ?マジ?――――――――――――――――――――――――わかった。一回切るわ。また報告頼む。」

 

電話を切った後、耳に当てていたスマホを持ったまま腕をだらんと下げ、暫く朱鳥は固まって動かなかった。

 

「朱鳥君?どうしたんだい?」

 

カトルは事態の重さをとらえたのか、神妙な顔つきで彼に問いかけた。

 

「にわかに信じがたいことがあって。刹那が錯乱しているだけかもしれない。だから、国広にもかけてみる。あいつも言っているみたいだからな。スピーカーにするから、直接聞くといいよ。俺の口から説明するよりも、絶対にいいだろうから。」

 

そういうと朱鳥は再びスマホをいじり、電話をかけ、テーブルにスマホを置いた。

・・・不穏なものを感じずにはいられなかった。朱鳥のあの真剣な顔、私は今まで数回しか見たことない。・・・静乃さん、死にはしてませんよね?

数回コールした後に彼は出た。

 

「もしもし朱鳥だが・・・今時間いいか?」

『・・・静乃関連?』

「話が速くて助かる。刹那から聞いたんだが………

 

 

萩原が記憶喪失になったって、本当か?」

 

「きおっ・・・!」

 

思わず口走ってしまった。

静乃さんが記憶喪失?

そんな漫画みたいなことあり得るの?

ちらりと周りを見ると、皆似たような反応をしていた。顔を見合わせて、だんだんと青ざめていったのがわかった。

 

『――――わからない。』

「え?わからない?じゃあ違うってこと?」

『なあ、もし朱鳥が意識を失って倒れて、しばらくしてから病院で目が覚めた時、俺とか・・・そうだな、生徒会の面々がお見舞いに来てたとするじゃない?その時お前、俺らを見て『あなたたち誰ですか!?』って怯えたりするかな?目を覚ますなりガタガタ震えて過呼吸になったりするかな?』

「そ、それは・・・」

 

あり得ない。

どんなに突然のことがあっても、見知った人たちを誰呼ばわりなんてしない。でも、口ぶりからすると、国広君はそう言われたんだろう。その言葉はもう、決定的ではなかろうか。

 

『一体どのような記憶喪失なのかはわからない。静乃は目が覚めてからすぐ錯乱して過呼吸になって、それきり。俺らは静乃の容態が落ち着くまで待機ってこと。どの程度のものなのかはそれからだな。・・・ほんと、どうしてこうなったんだろうな。』

「・・・わかった。いきなり聞いて悪かったな。じゃ、また。」

 

そう言って朱鳥は会話を終えた。

カトルはあっけに取られ、私は呆然としていた。カトルにとってはあまり親しい人ではないかもしれないが、私にとっては大切な友達。リアルでもネットでも深い繋がりのあった彼女が記憶喪失ときたものだ。これを絶望と言わずして何と言うだろうか。

朱鳥は深いため息をついて腰を下ろし、それから何も言わずに黙々と作業に戻った。鹿夫もめっきり口数が減った。キドは・・・うつむいていて、表情がうかがえなかった。程なくすると彼は活動時間ないにもかかわらず帰宅した。なんでも今日は予定が入っていたらしい。私は初耳だったけど。・・・多分、一人になりたかったんじゃないか。好きな相手が自分のことを忘れてしまったのなら、これほど悲劇的なことはない。ゼロから関係スタートなのだから。

 

ふと、私はこの原因について考えていた。

記憶喪失が突発的に起こるなんて聞いたことがない。何か原因があるはずだ。

創作の世界では、強い衝撃を頭に与えると記憶喪失になることが多い。けれど、今回はそういったわけではない。トラブっていた時に刹那から断片的に情報を集めると、少なくとも、頭を強く打ったというわけではなさそうだ。最初は寝ていたが、途中から気を失った。睡眠から失神へと移行したということになる。いったいなぜ?どのようにして?

少なくとも、情報がなさすぎるし、これがすべてなら、超常現象でも起こらない限り記憶をいじくるなんて・・・・・・

 

 

 

――――――――――いや、すくなくとも、私はあまりに現実離れした出来事を経験している。

国広君のもってるあのしゃべるねんどろいど・・・そして、そのしゃべるねんどろいどが現れるのと同時期転校してきた怜さん。

彼らがもし“記憶を操作する代物をもっているとしたら”―――――――――――聞く価値はありそうね。

 



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4-2-5 Breakdown

 朱鳥からの電話の後にすぐ、怜からの電話が来て、病院へと呼び戻された。そこには静乃の両親と・・・千歳先生がいた。千歳先生については職務半分、プライベート半分であろう。妻の従妹が搬送されたとなれば、駆け付けるのもわかる。学校での業務を終えられたから、この場に来れたのであろう。怜の電話の中身は、静乃と話せるようになったから来いというもの。その前に、病状の説明を医師が行いたいとのことで・・・彼らも含めた全員が、病状を聞くこととなった。

 

医師の説明によると、今は落ち着きを取り戻したとのこと。記憶喪失については、心因性、逆向性の全生活史健忘とのこと。重度のものではなく、記憶がつぎはぎに繋がれるような錯乱状態ではない。あくまでもある時期からの記憶が全くないだけで、それ以前の記憶はむしろありありと覚えているそうだ。なんにせよ、不治の病とかではなく、なんとかして想起させることで治療はできるらしい・・・。そう、あくまでもこれは医師の予想であって、実際は異なるかもしれない。医師もはっきりと断定はできなかったみたいだ。・・・竜崎が想定していた後者の例に当てはまったわけだが、これが竜崎の言う治療不可能な例に当てはまっていないことを祈るばかりだ。

 

別室での医師からの説明の後、俺たちは静乃がいる病室へと入った。静乃は窓のそばに立って、外をぼんやりと眺めていた。寝込んでいるわけではなく、錯乱もなく、特に問題なさそうな体であったので、少し安心した。俺らの入室に気づくと、静乃はにっこりと笑ってこちらに手を振って挨拶をしてきた。

 

・・・こんなに明るいのは、いつもの静乃じゃない。どうしようもないやるせなさが、体を巡った。

 

「静乃・・・?父さんたちのことはわかるかい?」

 

恐る恐る静乃の父親が問いかける。俺らを交えての説明で初めて病気について知ったらしく、説明中はショックで生返事するばかりであった。だから、今こうして静乃に話しかけるのも相当な勇気を要しただろう。事実を真正面から受け止めるために。

 

「うん。ちょっと老けてるけどわかるよ。にしても、なんか不思議な気分。アタシの身体もかなり成長してるんだもん。ついさっきまで小6だったのに、いきなりこんなことになってるなんてさ。」

 

静乃は先ほどの狂乱状態とは打って変わってあっけらかんとしていた。あの時が嘘みたいだ。何もかもが支離滅裂で人格が崩壊してたりしたらきっとここにいる全員が何も言えなかっただろう。だから、この状態は不幸中の幸いであった。―――――――――そう本気で思っていたのは、果たしてこの中に何人いただろうか。少なくとも、俺は―――――

 

「小6ってことは・・・俺はわかるか?」

 

静乃は手を顎に当てふんふむと考えている風であった。彼女は何か考え事をするとき、よくこういった風にする。たぶん、小学生からの習慣だったはずだ。あまり覚えていないが。

 

「ちょっとまって・・・・・・うん、わかる。あなたは遼でしょ?そっか、遼が大きくなるとこんな感じになるのかあ。」

 

記憶喪失とはいえ、俺のことを覚えてくれていたのは、幸いであった。きっと、俺のことも忘れてしまっていたら・・・

 

「中学のことは全く覚えてないんですか・・・?」

 

刹那は心細げに尋ねたが、結果は勿論NO。

 

「ごめん、全く。今ここにいる人で知ってるのは、両親と、遼と、それに・・・あ!お姉ちゃんはわかるよ!すっごく綺麗になってる・・・。隣の人は―――まさか千歳さん!?確かお姉ちゃんは大学生で、千歳さんが付き合いだして2年くらいで、それから5年経ってるっぽいから長いなあ。まさかもう結婚とか・・・ああっ!指輪してるじゃん!なんだもうゴールインしてるのかあ。」

「ちょっ・・・そこらへんにして、教え子たちがいる手前変な話は・・・」

「教え子?え?学校の先生やってるの!?すごいじゃん安定職だ!持ち合わせてる不幸で潰さないようにね。」

 

思わず苦笑いしてしまう千歳夫妻たちである。

――――――――間違いない。これは明るかったころの静乃――――小6前期の静乃だ。陰鬱な、みんなの良く知る静乃になる前の頃だ。

 

「――――――――ねえ、どうしてさっきは、ああなってしまったの?」

 

誰しも疑問に思っていて、でも触れなかった話題を切り込んだのは怜であった。静乃の顔には翳りが見えた。

 

「・・・あれは悪い夢だったってことにしてるの。ピアノのレッスンから帰って、疲れ果てて家で寝て、起きたら病室のベッドの上だった。きっと記憶喪失とかそんなんじゃなくて、なんかの事故に巻き込まれて、長い間眠っていただけ。その長い昏睡期間の一つの夢にすぎない。記憶喪失なんて嘘。アタシには輝かしかった中学、高校時代がきちんとあったってことを気遣っての嘘に違いないの。・・・そう思いたいんだけど、ツインテールの子をはじめ皆がひどく悲しそうな顔をしてる。・・・そんなの見せられたら、いやでも信じるしかないよ。」

「ねえ、言いたくないなら言わなくていいんだけど――――――――」

「イヤ。」

 

静乃は、さらに追求しようとする怜の言葉を無理やり遮った。

 

「こんな大勢の人の前で言うような話じゃないと思う。てか、二人きりとかでも嫌だよ。ましてや"見ず知らずのあなたには"二人きりでも決してね。」

 

見ず知らずという言葉にグサリときたのか、怜は口を噤んでしまった。刹那やカイジもビクついて、ますます肩を落としていた。

 

「・・・ごめん。言いすぎたね。でも言いたくないのはほんと。治療に必要なら―――――言うことも考えるけど。」

 

夕焼けが窓から差し込み、逆光となって顔は良く見えなかったが、静乃が辛そうにしていたというのは、ありありと見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 静乃はその日は病院に泊まり、数日には退院するそうだ。日常生活を普通に送り想起を促しつつ病院で治療。そういったスタイルを望んだからだ。

もう時刻も遅いとのことで、俺たちは帰路に着いた。静乃の記憶喪失が重度のものではなかったのがせめてもの救いだが、それでもショックなのはかわりないわけで、みんな黙り込んでいた。刹那なんか虚ろな状態で、何度も転びそうになっていた。無理もない。数少ない親友が自分のことを完全に忘れていたのなら、こうもなろう。

刹那とカイジと別れ、俺と怜と有希の3人となる。俺は彼女らの数歩先を歩いていた。なんとなく、視界に誰も入れたくなかった。

 

「あ、あー・・・そういや私、伯父さんに頼まれ事があったんだった。ごめん、先帰ってるね。」

 

有希はこの重苦しい空気にいたたまれなくなったのか、それとも本当に用事があったのか、この場をとっとこと走り去っていった。残されたのは2人。2人とも、有希が走っていくのを呆然と立ち尽くして見ていた。

 

「――――――――ほんと、どうしてこうなったんだろうな。」

 

有希の走り去っていった方を向いたまま、思わずつぶやいた。

 

「―――――俺さ、外の空気を吸ってた時、竜崎と話したんだよ。」

「・・・うん。」

「きっと神の世界ではこんなことも容易く治療できるのかなって。そしたら案の定、ものによっては治療できるんだとさ。」

「・・・うん。」

「でも、ある時からぽっかり記憶がなくなっているパターンなら、治療は難しいってさ。怜はこの件は治療できると思う?とびぬけた理系なら、何か知らないかな?」

「・・・うん。」

 

生返事を繰り返す怜に俺は苛立ってきた。

 

「うんじゃ分からねえって。なあ?どうなんだ?何か知らないのかって聞いてんだよ!」

 

俺は怜の肩を掴んで俺の方を向かせた。そして怜の顔を見たとき、苛立ちは萎んでいった。

こいつも、ひどく辛そうな顔をしている。

つらいのは、俺や刹那だけじゃない。こいつも同じなんだ。

 

「私だって知りたいわよ。治せるなら治したい。けど、私は医者じゃない。だから、詳しいことはわからないわ!」

 

徐々に涙声になる怜を見て、俺は肩を掴む力が弱くなっていった。そんな俺の手を怜は払い落とした。

 

「それに・・・私たちの世界だと記憶喪失なんてよくあること。そうなってしまったときの対処はしてる。だから、記憶を取り戻すこと自体は難しくはない。けど・・・」

「・・・は?」

 

竜崎は治せないって言っておきながら、こいつは難しくないって言っている?いったいなにがどうなってんだ?

 

「――――――――俺のきいた話とずれているんだが。治すのは難しいんじゃないのか?」

「治すのは難しいわよ。だから、治すんじゃなくて、代わりを用意するの。けれど、この時代じゃ意味がない。」

「意味がないってどういうことだよ!」

「だって、バックアップ取ってないじゃない!」

 

バックアップ・・・?

記憶のバックアップのことを言いたいのか?

記憶のバックアップって、そんなことが可能なのか?

――――――いや、俺の世界の常識は通用しないんだ。理屈で考えちゃだめだ。

 

「私たちの世界では毎日記憶のバックアップを取っている。いつどこで記憶が飛んでもいいようにね。けれどこの時代では・・・」

「そんな・・・」

 

どうしようもないのか・・・?

俺は絶望した。手はだらりと下がり、うつむいた。

 

「朝は普通に起きてたんでしょ?でも、寝てる間に気を失って、そして記憶喪失・・・寝てる間に超常現象が起きない限り、こんなことってありえないでしょ?どうしてこんなことに・・・」

「そう。寝てる間に気を失う・・・記憶喪失・・・ある時から・・・きっぱり・・・・・・・・・・・・・・・・どう考えても、この時代の常識の中にはない。じゃあ私たちの世界でなら・・・・・・・・・・・・・・・もしかして!」

 

俺がボケっとしていると、急に大きな声を上げるものだから、びっくりして彼女の方を見た。

 

「少なくとも、静乃の記憶喪失が何によるものなのかがわからない限り。手の打ちようがない。原因がわかれば、取れる手があるかもしれない。けれど、どうやらそれは私にはできないみたい。」

 

そういうと、怜は俺の肩をがっしりとつかんだ。先ほどと逆の構図になった。

 

 

 

「だから調べるの。静乃はどこまで覚えていて、どこから忘れているか。そして、これが“本当に記憶喪失なのか”を。それができるのは、唯一静乃の記憶に残っているあなたしかいないわ。」

 

 



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4-2-6 Determination

怜は俺を鼓舞するようなセリフを吐いた。確かに、静乃の小学生時代を知っているのは俺だけだから、怜のいうことは一理あるかもしれない。

 

――――――――でも、本当にいいのかこれで?

正直な話、静乃の記憶喪失と竜崎のカミングアウトのせいで、正常な判断ができる自信がない。ましてや、竜崎と怜は密接なつながりがあるわけではなく、あくまで仕事上の付き合い。怜の思惑と竜崎の思惑には食い違いがある可能性がある。そこで、怜の話を全て信じて、果たして本当に解決するのか――――――――――――

 

「・・・・・・わかった。なんとかやってみる。」

 

俺は気が付いたら、そんな返事をしていた。確かに、疑わしい部分はある。けれど、今日の怜のひどく陰鬱で辛そうな様子は、俺には嘘に見えなかった。これは本気なんだ。本気で彼女を何とかしたいと思っているんだ。これが演技なら、俺は何も信じられない。けれど、まずは自分を信じたい。正直、記憶を取り戻す具体案が見つからない以上、藁でも蜘蛛の糸でもなんでもいい。すがりたかったんだ。

 

「ひとまずは、静乃の病院に通って、話してみるよ。どこまで覚えているかを聞けばいいんだな?」

「ええ。―――――――けれど、注意して。静乃の発狂したときの様子から推測するに、きっと思い出したくない記憶で止まっている可能性が高いわ。あなた、静乃が小6の時なにかひどい事件とか起こったりしなかったか覚えてる?それで静乃に何か精神的な障害が残ったりとかはなかった?」

 

深刻な顔つきで彼女はそう告げた。思い出したくない記憶。ひどい事件。―――――――――静乃は小6のある時を境にだんだんと暗くなった。おそらく、静乃の記憶は、その境までなのだろう。あくまで予想でしかないが――――

 

「・・・少なくとも、彼女の口から何か聞いたことはない。けど、思い当たる節はある。ある時を境に明るい静乃から今みたいな静乃になっていったんだ。多分、そこら辺までじゃ・・・」

「――――了解したわ。」

 

怜はそういうと、手を俺の肩から離し、帰路へと足を向けた。

 

「遼は、そこのところを丁寧に聞き出してちょうだい。私は私でやれることをするわ。いつでも連絡取れるように、携帯の電源は入れておいてよね。」

 

そして怜は、俺に手を軽く振って走って帰っていった。

 

「確かに、携帯の電源は入れておかないとな・・・昨日今日で切りっぱなしだったし・・・」

 

そういって、俺は何気なくスマホを取り出した。そうして、ラインの通知が来ていたことを思い出して、ふとラインを開いてみた。待機画面で確認したポップアップは『新着メッセージがあります』と表示されていた。朝ですでに数件あったから、これまででさらに増えたことになる。誰から来ていたかはわかっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――そう、わかっていなかった。電源を落とし、一日見なかったライン。その行為が、どんな結果を生むかも――――――――

 

 

 

 

 

 

 

中は公式メッセージが画面上部を埋め尽くしていた。そうして一つ一つどうでもいいメッセージを消してスクロールすると、一番下には公式じゃないメッセージが来ていた。その相手が・・・・・・

 

 

 

 

 

「・・・・・・静乃からのメッセージだ。」

 

俺は急いでトーク画面を開いた。そこには3つだけ。昨日の夕方4時ごろと、夜中の3時ごろにひとつづつ。そして、今朝に・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[ 遼、体調悪いって本当?

 ぼくを誘っておいて君が休むってそれってどうなの?

 これ見てるんだったら、早くこっちに来てよね。   ]16:02

 

[ ・・・どうやら本当に体調が悪くて寝込んでいるのか

 それともぼくのことが嫌になって無視してるのかな?

 もし何か気に障ることをしていた

 ・・・いじりの度が過ぎていたら謝るよ。      ]2:57

 

[ 話したいことがあるんだ。

 遼はぼくに対して起こっている(?)から

 会いたくないかもしれないけど・・・

 電話でもいいけど、できれば直接話したい。

 今日、早めに来てくれないかな?

 教室で待ってる。                 ]7:30

 

 

 

 

 

俺は馬鹿だ。

なんだこのメッセージ?

なんで俺はこれを無視したんだ・・・?

 

自分のエゴで、傷つくことを恐れて、不快な思いに蓋をして・・・その結果が周りにどんな影響を及ぼすかなんて、何も考えてなかった。

だから、こんな結果を生んだ。たった一日スマホを見ないせいで、取り返しのつかないことになった。やけに静乃が早くきていたのも、そしてずっと眠りに落ちていたのも、すべては俺のせい・・・

メッセージに返信をすることはできる。けれど、もう“静乃”に返事を送ることはできない。

 

俺は、あまりの自分の情けなさに、気が付いたら涙していた。けれど、手の甲でそれをぬぐって、帰路へ足を向けた。

絶対に、静乃は俺が何とかする。これは、俺のけじめだ。

 

 



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4-3-1 忘れていた選択肢

 『だから調べるの。静乃はどこまで覚えていて、どこから忘れているか。そして、これが“本当に記憶喪失なのか”を。それができるのは、唯一静乃の記憶に残っているあなたしかいないわ。』

 

 

静乃が記憶をなくし、そのお見舞いからの帰り道、一緒に帰宅していた怜はそう俺に告げた。これが俺にできることなら、俺にしかできないことなら、やるしかない。この怜の言葉は、うそには聞こえないから・・・

帰宅後、リビングには向かわずそのまま自室に入り、ひとまず俺は静乃の記憶喪失のラインを見定める方法はないものかと考えを巡らせた。とりあえずいつから変わったかを必死に思い出そうとした。―――――――――――――が、即座に思いつくほど簡単なことではなかった。

 

 

 「そんな、小6のどの時期から急変したかなんてすぐ思い浮かべられるほど、俺はあいつを見てきてないし、そもそも昔のことだしな・・・」

 

 

全く見当がついてないわけではない。少なくとも冬休み明けにはダウナーな感じになっていたはず。あんまり学校には来ていなかったけど、逆にそれが印象に残って覚えていた。だけど、具体的な境目がどうしてもわからない。誰かに意見を求めたくて、俺は部屋を出て、有希のもとへ向かった。

 

 

 「あれ、兄さんが私の部屋に来るなんて珍しいね。どうしたの?てか兄さん聞いたよ?なんでも静乃さんが倒れたんだって?そのお見舞いに行ったんでしょ?静乃さんは大丈夫だった?」

 

 

・・・有希の表情からは、深刻さがそれほど伝わってこなかった。おそらく、貧血か何かで倒れたんだと思っているんだろう。逆の立場なら、俺だってそう思ってるさ。

 

 

 「・・・いいか?落ち着いて聞くんだぞ?」

 

 

俺は今日あった出来事をすべて伝えた。朝の寝っぱなしの様子、そして病院で目が覚めた時の様子、そして・・・記憶を・・・・・・

有希は「いやふざけないでよね笑」なんて返事をしたが、俺の顔があまりにもシリアスでったのか、彼女の顔から笑みが消え、驚愕と悲壮の混ざったような顔つきへと変わった。

 

 

 「いや、うそでしょ?そんなことって・・・・・・」

 「俺だってまだ信じられない。でも面と向かって言われちゃもう、どうしようもないというか・・・。そこでだ、どうやら静乃の記憶がすっぽり抜け落ちた時期を特定できれば、事態が進展するらしくて、それを知るための方法ってなにかないかな?」

 

 

有希は両手人差し指を頭に当て、ぐりぐりさせながらうなっていた。

 

 

 「とりあえず卒アルみたら?小学生の卒アルの写真を見て、静乃さんが写っていてかつその表情を見れば、ある程度想像つくんじゃない?」

 

 

確かに、俺は卒アルをまだ見ていない。頻繁にアルバムなんて見ないから、そんな選択肢があることすら忘れていた。卒業したばかりの有希だからこそ、すぐさま出てきたんだろう。俺は有希に礼を言うと、すぐさま部屋に戻り棚から卒アルを引っ張り出してきた。小6の写真、クラス数は多くないから、写真に写る頻度も多いはず。しかも、静乃は人気者だったんだ。だれか彼かの写真には写っているはずなんだ。そして、その予感は的中した。

 

 

 「8月9月までは写真に写っているな・・・。でも・・・・・・10月以降、一枚も・・・・・・・・・ない・・・・・・・・・」

 

 

 



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4-3-2 質問対応

 おそらくこの秋ごろから静乃は変わってしまったんだ。これがわかっただけでも、大きな進歩といえよう。これは怜に報告できそうだ。今の静乃は陰鬱になる前の静乃だ。ということは、陰鬱になるきっかけのこと、そしてそれ以降の記憶をなくしていると言えよう。しかしながら、あくまでこれは推測だ。本当にそうかを確かめるためには、静乃本人と、その両親に事情を確かめるしかない。

・・・けれど、静乃本人はさておき、両親に聞いて果たして答えは返ってくるか?怜と竜崎は超越した存在であり、ゆえに彼女らからのアドバイスはある程度の信頼に値する。しかし、そう考えることができるのは、そういった存在だとわかっている俺だけであって、そういった背景の知らない一般人が同じ言葉を聞いて、信用するとは思えない。『治療のカギとなるから昔の静乃を教えてください』なんていって、もしトラウマをえぐるような話ならどうする?

・・・いや、えぐってもいい。精神年齢が小学生に戻ってしまった静乃の心をえぐってしまうと詰みだが、親は大人だから話は別だ。昔のことを聞くことで静乃の両親が嫌な顔をしても、やるしかない。考えうる限りの理論武装をして、昔の静乃の情報を聞き出すんだ。今やるべきは、静乃と話して記憶喪失の様子を知ることと、親に昔の静乃のことを聞くことだ。

 

 

俺はアルバムを棚に戻し、時刻を見た。

気が付いたら、もう夜九時を回っている。さすがに今から電話をかけてアポを取るのは迷惑だろうし、明日行動に移そう、そう思っていた時、横の方から何やら動くものがちらつくため、そちらに目を向けると、そこには竜崎がこちらに向かって手を振っていた。

 

「・・・やっと気が付いた。すごく集中していたから、話しかけるにもためらわれてね。」

「・・・そうだ竜崎―――――――――」

「ストップ。」

 

竜崎は手を前に突き出して俺の言葉に待ったをかけた。

・・・そうだ、彼は監視されているんだ。俺が不用意な行動をとると、彼の立場が危うくなるんだ。

NGテーマは、異世界人がほかにいるかどうかに関して、それなら・・・・・・静乃の記憶について聞くのはセーフなのか?

 

「萩原静乃は・・・どうだった?」

 

ビンゴ、このテーマはセーフだ。

 

「小6までのことは覚えていたみたいなんだけど、それ以降はわからないみたい。いや、あまり聞けてないんだけど・・・。刹那とかは忘れていて、俺と彼女の従妹については覚えていた。親ももちろん。小6に戻ってしまったみたいだ。」

「なるほど。了解した。」

 

そういうと、竜崎は手を顎に当て、その場をぐるぐる回り始めた。しばらくすると、真剣な顔つきで俺と向き合った。

 

「彼女の記憶喪失の原因は、おそらく分かった。が、決め手に欠けるし、確証のないまま動くことは無駄を生む。ちょっと待ってほしい。もう少しで私のところに“怜から物資が届く”。それまで身動きが取れないから、そのあとしっかり話を詰めよう。なに、土曜日には届くさ。」

 

 

竜崎は、じっと俺を見た。怜から物資が届く?いったいどういう・・・・・・そういや、電話で俺のところに怜からブツが届くと言っていたな。もしかして、それのこと?もしそうなら・・・婉曲表現を使わないといけないわけで・・・それはすなわち・・・異世界人の関与があるってこと?

 

「とりあえず了解したよ。じゃあ俺は明日もう一度お見舞いに行くかな。大勢で言ってもあれだし、“一人で行ったほうがいいかな?”」

「そうだね。むしろ、今の静乃はまともに覚えているのは君くらいだし、君だけならいろいろ話も進むはずさ。“一人で行くべきだ。”」

 

竜崎が頷くと、俺も頷いた。なるほど、そういうことね・・・。

話が済んだと判断したのか、竜崎は自分のルームへと戻っていった。俺はシャワーを浴びに行き、そのあとすぐにベッドに行き、少し早めの就寝をとることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月21日 金曜

 

 

「え?お見舞いには行っちゃだめって?」

 

俺は登校してすぐ、刹那にそう告げた。静乃の昔の情報を引き出すには、知らない人がいちゃいけないんだ。

 

「想起によって記憶をもとに戻せるなら、ようは昔のことを思い出させればいいわけじゃん?それなら、彼女の小学生時代を知っている俺が行ったほうがいいんじゃないかって。それに・・・」

「いや、大丈夫です。わかりました。」

「あれ、案外あっさり引くんだ。てっきり刹那なら『それでも行きます!』とか言いそうだなって。」

「いやその、もし強行して彼女に嫌われでもしたら、もう私はやっていけませんよ。なので、あなたに頼みます。なんとしても、静乃の記憶を呼び戻してください。」

 

悲しさとあきらめが混ざったような表情を見せる刹那。そんな彼女に俺は・・・

 

「任せておいてくれ。」

 

そう力強く答えた。答えたのだが・・・そのあとすぐのHRで、担任の東雲先生が『萩原の親御さんの方から連絡があって、月曜には復帰できるそうだ。それと、今はなるべく多くの人と会うのは避けたいとのことだった。』と全体にアナウンスし、HRが終わった後先生直々に『ああは言ったけど、なんでも両親曰く、萩原自身は国広には来てほしいみたいなんだ。国広、いけるか?』といってきた。なんだよ、既定路線じゃないか。

 

 

 

 

 

 

再び病院に行き、静乃と面会する。静乃のいる病室に入ると、そこでは椅子に座りながらテーブル上に肘をたて頬杖を突き、窓の外を見ている静乃がいた。

俺が入ったことにも気づかず、ずっと見ていた。

不謹慎ながら、かすかに見えるその横顔は非常に美しかった。

 

「あれ、遼じゃん!また会ったね!といっても、“私”がお父さんにお願いしたんだけどね・・・」

 

たはは、と笑う静乃。一人称が“僕”じゃない。明らかに俺がよく知る陰鬱な静乃ではなかった。

 

「どうしたのさ?」

「いやその、私が覚えているのは小6までじゃない?あれから5年たっちゃったからさ、さすがにギャップがあるんだよね。お父さんたちに聞いても言葉を濁すし、まだ家に帰れてないから卒アルとかも見れないしさ。女の子の友達に連絡しようにもなぜか電話番号すらわからないらしいし・・・そうなると、もう遼に聞くしかないんだよね。」

 

・・・完全にその可能性を忘れていた。静乃にとっては気が付いたら年が飛んでいるんだ。まるでこれはタイムスリップしたように思えるんだ。なら、当然空白の期間を聞きたがるだろう。そいて、そう聞かれたら、“内容を教えないだろう”。両親が静乃の中学時代を伝えてないということは、やはり伝えるのもはばかるものなのだろう。学校で見る静乃は暗いだけだったが、家の中ではもっとひどいのかもしれない。もしそうなら、正直に伝えずはぐらかすか、うそを教えるに違いない。小学の友達の連絡先がないのはおそらく嘘だ。本当はあるけど、みんな静乃から離れていってしまったんだ。昔の友達からしてみれば、腫物のようであろう。

 

「なるほど・・・それなら全然教えるよ。でも、俺も静乃の昔のこと聞きたいんだよね。それでどう?」

「えーそんな聞かれるようなことあるかな・・・じゃあ、こうしよっか。一つずつ互いに聞いていこう!なんだかゲームみたいだね。じゃあ先行は私ね。えっと・・・・・・中学生の私はどんなだった?」

 

まずその話からか・・・。うそを言ってもいいのだが、ばれるうそはつきたくない。できる限り、事実とそぐわない言い方をすると・・・

 

「ええと、今は割と元気な感じじゃない?それが少し落ち着いてクール系な印象があったね。」

「へえ、私ってそんな感じになるんだ。・・・いったいどういう心境の変化があったんだろう。まあいいや、じゃあ次は遼のばんね。」

 

きた。静乃に聞きたいことはいろいろあるが、まずは・・・

 

「じゃあ聞くけど、静乃って寝て起きたら年がたってたって感じなんだよね?それなら、寝る前は何月何日だったかって覚えてる?」

「えーそんな質問?もっと楽しい話がしたいんだけどなあ。」

「いや、俺にとっては割と楽しいんだけど・・・」

「まあ、しゃーないね。たしか10月1日だったはず。普通に学校から帰ってきて・・・そして・・・・・・・・・・・・」

 

それきり、静乃は黙ってしまっていた。なぜこの日までありありと覚えているのか、そのきっかけはつかめさえすれば・・・

 

「・・・まあいいや。じゃあ次の質問していい?中学生の私は“幸せそうだった?”」

 

核心を突いた質問に、思わず息をのんだ。こんな質問するなんて、ダウナーになるきっかけを覚えていないと絶対に出ない。てことは、静乃の記憶は陰鬱になるきっかけまで覚えていると考えてよい?

 

「・・・うーんどうだろ、口数減ったからなあ。遠くから見る分にはそうは見えなかったけど、親友といっていい人とずっと仲良くしてた。ほら、昨日お見舞いに来てくれたツインテールで、頭に白いヘアピンつけてた女の子いたじゃん?あの子だよ。」

 

うそは言っていない。おそらく、外面も内面も幸せではなかったんだろう。しかし、そんな中刹那はずっとついていてくれた。それは間違いないんだ。

 

「わかった。・・・・・・うんそっか、あの女の子、私の親友だったんだ。それなら、昨日は少しひどいこと言っちゃったな・・・」

 

しょんぼりする静乃、覚えていない友達のことを気遣ってやれるなんて、人格というか、人となりは昔から形成されていたんだな。

 

「まあ次あった時に仲良くしてあげればいいさ。昔―――――ああいや、静乃にとっては2,3日前の話か。話しかけてあげるだけでも彼女はうれしいはずだよ。」

「―――うん、そうだね。じゃあ月曜・・・いや、日曜に遊ぼうかな!退院は日曜だし、その日の午後なら時間あるからね。」

 

 

ぱあっと明るくなった。本当に感情豊かで、別人のようだ・・・。

それからしばらく、他愛のない質問を互いにし合った。俺の中学、高校の話、世間の話・・・なにもかも、静乃にとっては初めての話なので新鮮に聞こえることであろう。

俺も核心を突くような話ではなく、世間話を続けた。記憶喪失のきっかけと思しき事実を避けながら。

しかしながら、必ず聞かなければならないことでもある。しかし、聞くタイミングは今なのか?それとももっと落ち着いてから?

日はもう暮れはじめている。もう帰らないとならない。だから――――――――――――

 

 

俺は静乃に―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4-3-3 記憶喪失の原因

「――――――――――――――――――じゃあ、いい時間だし、俺はそろそろ帰るかな。月曜から学校行くんでしょ?それなら、俺と一緒に行こう。場所わからんでしょ?」

 

俺は聞けなかった。核心を突く話は、少なくとも今ではない。復学して、刹那とかと話しているうちに情報を漏らすかもしれない。今ここで俺が突っ込んで嫌われでもしてみろ。もう静乃が俺に何か重大なことを話してくれなくなるだろう。

 

「確かに・・・それはそう。わかった。一緒に行こう!あーでも、お父さんが送ってくれるかも・・・」

「なるほど・・・。でも、そうなったとき教室までの行き方がわからないでしょ?」

「そっか――――――じゃあ、お願い!」

 

ぺこりと静乃は俺にお辞儀をした。

 

「そしたら、俺のスマホの―――――携帯の電話番号教えておくよ。何かあったら家電からかけてくれればいいよ。」

 

スマホと言いかけて、すぐに訂正した。彼女のスマホ、おそらく使い方がわからん。しかも、おそらくロックがかかっているだろうし、それを無理やり開けようとするとずっと開かなくなってしまう可能性だってある。不用意なことを言いかけたと反省した。

 

「おっけー。じゃあ、当日は遼の家に行けばいいの?」

「うーん、それでもいいけど、なんか怖いし俺が迎えに行くよ。詳しい時間は家の電話に掛けるから、それで調整しよう。持っていくものとかは――――そうだ、日曜に刹那と遊ぶなら、その時に詳しく聞いたらいいんじゃないかな。制服はどう着るべきかとかも女の子同士なら話も進むでしょ。」

 

刹那あたりも一緒に行こうとか言いそうだな。でもそれはそれでいいだろう。静乃はやっぱり刹那と仲良くするべきだ。刹那の方には俺から説明しておこう。

 

「制服!」

 

静乃は目をキラキラさせていた。

 

「そっか、高校だもん制服着るよね。いやー一体どんな制服なんだろう。かわいかったらいいなあ。」

 

この辺はやっぱり小学生なんだなと改めて実感した。

 

「まあ楽しみにしておいたらいいさ。じゃあ、また月曜にね―――」

 

俺はそういって、静乃の病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8月22日 土曜

 

 

「―――――――――てのが、俺が静乃から聞いてきた情報になる。」

 

翌日、竜崎の方から『ブツがきたから怜のところに行こう。』と報告を受けたので、竜崎を連れて隣に住んでいる怜の家に向かい、昨日の顛末を報告した。ブツについては怜に隠さねばならない情報があるのは事実だし、怜と竜崎は腹の中に抱えいる思惑は別なのかもしれないが、少なくとも静乃を何とかするために情報が欲しいという点では共通しているし、しかものけ者にしてそれぞれに話すとあらぬ誤解を生むかもしれない。それならば、同時に説明するのが適当であろう。それに対する回答は、そのブツでなんとかするんだろう。

 

「なるほど・・・」

「これは・・・そうね。いやでも、それならば・・・・・・・・・いったいなぜ・・・“誰が・・・?”」

 

竜崎は黙りこくったままであり、怜は明らかに動揺していた。その動揺した怜の姿を見て、竜崎ははっとした表情を見せていた。怜はその竜崎の様子に気づいていないようであった。

 

「・・・部屋を変えたほうがいいかい?」

 

竜崎は怜にそう言葉を投げかけた。

 

「――――――――――そうね、変えましょう。」

 

怜はそう言うとソファから立ち上がり、リビングを出た。俺と竜崎は怜に連れられてとある一室に案内された。そこは、かつて怜の家で勉強会をした際に入ってしまったプリンターのみが設置された部屋であった。

俺らが部屋に入ると怜は扉を閉め、鍵をかけた。そこまで厳重にするのかと、いくばくかの不安を俺は感じた。

時間にしてはそこまで長くはなかったのだろうが、気持ち的には長い沈黙が発生した。怜が重苦しく口を開き、静寂を破った。

 

「・・・念のため遼に聞いとくわ。」

 

怜はいつになく真面目な表情で俺の方を見た。

 

 

 

「あなた―――――――――“告白券”を静乃に使った?」

 

 

 

思いがけない怜のセリフと、記憶喪失と告白券の関係性に何かがあるということに、俺は戸惑いしか生まれなかった。

 



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4-3-4 Sealed Memory

告白券。竜崎らが俺に渡した、彼女を作るためのアイテムである。ここに彼女にしたい名前を書けば、一定期間好感度が非常に高い状態でその人と話すことができる。だから、意中の人と恋愛ごっこができるというわけだ。しかしながら、あくまでも一定期間のため、それがすぎると相手から俺の記憶は消され、”なかったこと”となる。もし期間中好感度をさらに上げることができれば、記憶を残したまま期間後も恋人を続けることができる。(もっとも、告白券によるチャームが切れていることに間違いはないから、普通にフラれることもありうるのだが。)

そんな告白券が、なぜ静乃の記憶喪失という話題で出てくる?あいつらの世界のシロモノなのに、静乃は俺と怜と竜崎の関係を知らないのに、ましてや竜崎たちにとっても静乃とそういったかかわりがないのに、いったいなぜ?

俺はただただ混乱するばかりだ。しかし、質問に答えることは容易い。イエスかノーかで答えるだけだからだ。

 

 「そんなの・・・使ってるわけないだろ。なんなら、7月のあの日が最初で最後だ。」

 

あんな洗脳アイテム、使ってはいけないと思ったんだから、それ以来使うわけがなかろう。

 

 「そりゃあ、そうよね・・・」

 

怜はそういった後、一つ小さなため息をつき、指を顎に当て神妙な顔つきで何かを考えていた。

 

 「・・・けれど、やはり静乃に対しては告白券が使われたとしか考えられない。告白券の“誤った使い方をした時の結果”に、あまりにも似すぎている。」 

 「ちょっとまった、“誤った使い方”ってなんだ?」

 

怜の引っかかるセリフに、突っ込まざるを得なかった。告白券の誤用ってなんだ。名前書いて終わりじゃなかったのか。

 

 「私が以前告白券の使用方法を伝えた時、対象の相手ともう関わりたくないって時にはどうしろって言ったか覚えてる?」

 

2か月ほども前の話だ。正直あまり覚えていないが・・・確か・・・

 

 「・・・告白券を破るんだっけ?」

 「そうね。正解。そして、その時、実ははっきりとは言わなかったんだけど、他にもまずいことがあるってちらっと言ったの。ありえないケースだから言わなくていいかなって。けれど、今回の静乃の異変は”それで”すべて説明できてしまう。」

 

怜はその”ありえないケースを”一言一言重く話し始めた。

 

 「告白券は一種のチャーム掛けのようなもの。相手の好感度を無理やりに跳ね上げさせる。そうして、期限が来た時にチャームの効果が切れ、その時点での好感度が閾値を上回ると、覚えていてもらえる。けれど、そうでない場合、記憶操作が行われ、それまでの記憶はもやがかかったかのように思い出せなくなる。これって簡単に言っているように見えるけれど、対象者の脳をいじっている、実は非常にデリケートなことなの。」

 

近くの椅子に怜は足を組んで座った。そうして、竜崎の方をちらりと見、再び俺を真っすぐ見据えて話を続けた。

 

 「でね、便箋を破ったら、記憶消去というよりは、記憶破壊が起こると、私は当時説明したんだけど、それは覚えているかしら?」

 「――――――――いわれてみればそんなことを言っていたような気がする。」

 「覚えているなら話が早いわ。―――――で、破るとチャームが消え、使用者に関する記憶がすべて破壊され、その人に関連する記憶が全く分からなくなる。そうすると、記憶の齟齬でさらなる混乱を生み、2次災害が起こる。普通に期限が切れるだけでは、チャームがかかった以降の記憶を思い出せなくなるだけだけど、それ以前の記憶も消されるし、何より脳へ多大なる負荷をかけることになる。だからまずい。――――――――それで、それとは別系統でまずいのが、”便箋を破らずに便箋を傷めること”。・・・どんなものか想像つく?」

 

”破らず傷める”?

そういきなり言われても、紙を傷める方法なんて・・・・・・

 

 「え?燃やすとか?」

 

何もそれらしいことが思い浮かばなかったので、ふとそんなことをつぶやいた。しかしながら、どうやらこれは当たりらしい。

 

 「そう。切断のように一気に傷めるのではなく、燃やす、もしくは水中でグズグズにするなど、じわじわと傷める。これが一番まずいのよ。便箋がじわじわと傷められることでチャームがかかったりかからなかったりを繰り返す。その結果、脳に大きな負荷をかけることになるの。――――――――でね、脳にそのように断続的に負荷をかけるとどうなるか。簡単な話よ。破壊されそうな記憶を守ろうとするの。なにか刺激を受けた時、人間は脳を経由する”反応”か、経由しない”反射”を起こす。それと似たようなことが脳内にも起こるわけ。一気に起こる刺激に対し、関連する記憶をすべて破壊することで脳を守る反射。逆に、断続的に刺激が来るおかげで記憶の破壊ではなく、逆に”すべての記憶に蓋をする”ことで脳を守る反応が。」

 「記憶に蓋・・・?」

 「よく、『臭い物に蓋をする』というじゃない?ようは、脳に刺激を与える良くない原因を、見なかったことにするの。断続的に来るおかげで、蓋をするのが間に合ってしまう。ゆえに、チャームにかかった以降の記憶全てを思い出せなくするの。全く。だから、”あるときの一点からの記憶が一切なくなるの”。」

 

そこまでいわれて、ようやく俺は理解した。

もしかして、静乃は・・・・・・

 

 「――――――――察した顔をしてるわね。そう、おそらく、静乃は誰かに告白券を使われた。そして、焼かれたかなにかして便箋を傷められた。その結果、”記憶封印”が起こった。」

 

 

確かに、そういわれたらすべて納得のいく。けれど・・・・・・おかしくないか?

 

 「――――――――今度は納得いかない顔をしているわね。・・・わかるわ。だって、告白券の期間は2週間。どんなに記憶を封印されていたとしても、2週間前が限界のはずだって。小6からってことは、”そのときからずっとチャームにかかっていることになる”。それが、この記憶封印と思われる一連の事件の不可解な点なのよ。だからこそ、あなたには静乃の記憶封印が起こったと思われる当時の状況を聞き出してほしいの。」

 

 

・・・なるほど、記憶封印の原因を探れと。流れはわかる。けど・・・

 

 「――――――――封印ならさ、解けるのか?それは。」

 「ええ、ただ・・・・・・それこそ、過去の記憶を掘り起こすような大きなイベントが起こらなくては・・・。」

 「・・・なるほど、戻る可能性があるなら、それで十分だ。」

 

なんだよ。病院では竜崎は二度と記憶が戻らないなんて言って脅すからびっくりしたけど、いけそうじゃないか。

俺は強く返事をして、後ろのドアに手をかけた。

 

 「じゃあ、俺には俺のやれることをする。」

 

そうして、俺は部屋から出ようと――――――――――――したところで、竜崎に止められた。

 

 「いやいや、ちょっと待って、そもそもここに来たのはその報告をするだけじゃないだろう?」

 

そうだった。ブツをもらいに来たんだ。

怜もハッとして、椅子から立ち上がり、俺の方に近づいてきて、ドアに手をかけた。

 

 「じゃあ、ちょっとこっちに場所を移しましょう。」

 

 

 

 

 

 

 「はいこれ、私たちと連絡とる別の手段として、渡しておくわ。」

 

そう言って渡されたのはBluetoothイヤホンのようなものであった。

 

 「使い方なんだけど、ちょっと耳に着けてみて。」

 

言われるがまま、イヤホンを耳に着ける。すると――――――――

 

 【―――――聞こえるかしら?】

 「え?なんだこれ?」

 【ええと、念じるだけで話せるはずよ。私の方を見て。口が開いてないでしょう?】

 

そういわれ怜をみたら、確かに口が開いていない。

 

 【こいつ・・・直接脳内に・・・・・・】

 【次に、イヤホンをとってみて。】

 

俺は言われるがままイヤホンをとる。すると――――――

 

 【それでも聞こえるわね?一度受信してしまえば、あとはつけなくてもいいの。これから、私たちと内密な話をするときは、これでやり取りすることにするわ。ちなみに、他の人には使えないようになっているし、そちらからこちらに話しかけることもできない。だから、話をしたいときは・・・・・・そうね・・・・・・「ご飯を○○時○○分に食べる」という暗号にして、その時にこのイヤホンを耳に着けていてほしい。いいかしら?】

 【了解。】

 【ちなみに、竜崎さんの言伝で、こっちと話すときはもう1つのイヤホンをつけてとのこと。暗号は「あのyoutuberの新着動画○○時○○分に投稿だって」とのことよ。】

 【なんか・・・・・・俗世間に染まってるな・・・・・・まあいいや。了解です。】

 

直接脳内で語り合うなんてガンダム顔負けの精神世界に足を踏み入れたみたいで少し興奮するな。けど、茶化してる場合でもない。

静乃のことはデリケートな話なんだ。これもつかって何とかやっていくぞ。

俺はそう強く決心して、怜の家を出た。さて、月曜日は気合を入れるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「彼に記憶封印の真実を話さなくていいのかい?」

 「・・・なに当たり前のことを言っているんですか。あの情報は不必要でしょう。」

 

遼が家から出た後、残された私と竜崎さんは2人でミーティングをしていた。

 

 「君の判断は正しい。それに・・・・・・あの話をすると、話がややこしくなる。・・・・・・じゃあこの件について、怜には指令を与える。」

 

竜崎さんのこの話は事前にされていた。だから、どんなものが来るのかと覚悟をしていたが、想定以上のものが襲い掛かってきたのであった。

 

 

 

 「5年前に違法アップロードされた小学生のレイプ動画に件の“次元犯罪者”が出ていないかを片っ端から調べ上げるんだ。」

 

 

 



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4-4-1 目が覚めたら高校生になってたワタシ

8月24日 月曜

 

今日から静乃が登校する。

が、もちろん記憶は戻っていない。詳しいことは教えてもらえなかったが、竜崎や怜本人がそういうのだから(正確には、竜崎の世界の友人だが)告白券が原因なのは間違いないだろう。

・・・・・・なぜ静乃に対して使われているのか。他にも竜崎の世界から来た奴はいると話は聞いていたが、よりによってその相手がなぜ静乃で、なぜ燃やすような真似を・・・。

・・・・・・そもそも、なぜ、そんなものが彼らの世界で出回るのだろうと。どれだけ疑問を膨らませようと、、聞いたところで教えてくれないだろうし、少なくとも今ではない。すべてが片付いたら、問いたださないとならない。

話は戻って、今日から静乃が登校するが、当然学校の位置もわかるわけもないので、こうして俺は静乃の家の前で彼女を待っている。一緒に学校に行くためだ。日曜に刹那と遊んでいると思うし、刹那を呼んでも良かったのだが、まあ忘れてるしなあ・・・という背景もあり。

 

 

 「あ、おっはよう遼!」

 「随分元気いいな」

 「だって高校だよ?漫画の中で描いたような生活が待ってるかもしれないと思うとこうもなるさ!」

 

 

溌剌とした静乃を見るのはあまりに慣れなくて、なんとも言えない気持ちになる。

 

 

 「にしても・・・」

 「ん?どうしたのそんなまじまじと見て・・・照れるじゃん!」

 「いや、目が綺麗だなって」

 「ちょっとそれどういう意味さ!」

 「あーもうテンション高いなあ!後で写真見せるよ。俺が言いたいことがわかるから。」

 「ふーん?まあいいけど。それじゃ、行こ?」

 

 

・・・ぷくーっとほっぺを膨らませたり、天真爛漫な笑顔を見せたり、あまりに感情豊かな彼女を見て、思わず息を飲んだ。こいつ、こんなに可愛かったのか。

 

 

 「・・・遼君、今絶対こいつ可愛いなって思いましたね?」

 

 

びくついて声の聞こえるほうを見ると、そこには刹那が立っていた。こいつ、結局来るんかい。

 

 

 「日曜日会った時に私も思いました。これは麻薬です。ドラッグですよ。」

 「あ、刹那ちゃんおはよ~」

 「静乃、おはようございます。とてもかわいいですよ。この様子だと化粧も教えてもらったみたいですね。」

 「うん、お母さんに教えてもらったんだ―。もちろん、刹那ちゃんに聞いたやつもやってみた!」

 「ききましたかみましたか?これがあの静乃ですよ?ドラッグでしょう?」

 

 

こいつ・・・会長に向ける熱量と今同じものを感じる・・・。だけど、わかってしまう自分もいる・・・。

刹那は静乃の顔を見ると安心したのか、すぐさま学校へと向かっていった。なんでも、用事があったそうで。

用事があっても、静乃の顔を見に来る当たり、本当にいいやつだなと改めて思った。

 

 

 「いいか?絶対変な行動はとるなよ?記憶なくしてるって知られると色々厄介だろ?」

 

 

気恥ずかしさもあり、なんとか無理やり話題をそらそうと、そんなような話を、俺は教室着くまで口が酸っぱくなるくらいくどくど諭した。

 

 

 「はいはいわかったわかった。遼は心配性だなあ。私は子供じゃないんだから!」

 「バッカお前精神年齢12歳ダルォ」

 

 

胸に不安は残るものの、教室についてしまった。幸い、廊下で知り合いにすれ違ったりすることはなかったが・・・

俺は深呼吸して、扉を開ける。俺が入るのに連れて静乃が入り――――――――

 

 

「みなさんおはよーございまーす!」

 

 

元気よく後ろから声が響いて、そして聞きなれない声に、教室が一瞬静まり返った。このバカタレ、大きな声で挨拶するのが普通だと思ってんのか?必要以上に目立っているじゃねえか。

 

 

「ああ静乃、おはようございます。数十分ぶりに会いましたね!」

 

 

真っ先に声をかけ、とてとてと静乃に寄る。オオ刹那、君がすぐさま反応してくれたからあたりもあまり不審に・・・

そう思っていたのだが、刹那以外のクラスメイトもこちらに駆け寄ってきた。

 

 

 「おー静乃、おはよう。もう大丈夫なの?」

 「盛大にぶっ倒れたからねえ、心配もするさ。」

 「萩原っ・・・元気そうで何よりっ・・・・・・!」

 

 

ん?んん?どうしてみんなこうも普通に接してるんだ?

とそのとき、誰かがオレの制服の袖を引っ張っているのに気がついた。その人は刹那。ちょっとこっちに、と言われ、廊下に出る。

 

 

 「事前に打ち合わせしてたんですよ。」

 「え?打ち合わせ?」

 「そうです。今の静乃がどういう状態なのか、ということをクラスの人たちに話しました。記憶喪失というとあれなので、ちょっとところどころ忘れてるところがあって、人が変わった感じになってるって言っておきました。もちろん、悪い意味でなんて言ってませんよ?何も言わないほうが変に思われて静乃のストレスが溜まったら嫌ですし。」

 「なら、俺に教えてくれたって・・・」

 「なんか面白そうだったので。」

 

 

ふふ、と笑う刹那。こりゃ一本喰わされた。

 

 

 「・・・おいおい」

 「――――別に。一番の親友と思っていたのに忘れ去られて、挙げ句の果てにはこんな奴を覚えてしまっていることに嫉妬してるわけじゃないですよ?」

 「私怨じゃねえか」

 

 

そうツッコミを入れた俺であったが、刹那の顔を見た瞬間、これは失言だと察した。親友に忘れられてることは、俺が思っている以上に重たいことだ。一生心に残り続けるトラウマレベルかもしれない。それなのに・・・。

 

 

 「まあでも、あの日と比べたらだいぶ落ち着きましたよ。なのでまあ、そんな暗い顔しないでください。にしても、小学生の静乃はコミュ力が高いんですね、知りませんでした。日曜日に会った時点で何となく想像していましたが・・・ほら。」

 

 

刹那はそう言って、教室を一瞥した。俺は教室を覗いてみると、そこでは、静乃は不安などなさそうにクラスメイトと雑談を交わし始めていた。相手の名前もわからないのに何気にすごいな。

 

 

 「たとえ忘れられていても、思い出すかもしれない。それに思い出さなくても、また友達になればいいんです。―――いや、親友に。前もなれたんだから、次もなれますよ。」

 

 

刹那は少し寂しげにそう告げた。そのあと、静乃のもとに走って言って、一緒になって雑談を始めていた。

これなら、それなりにうまくやっていけるのかもしれない――――――――――――――――いやいけねえわ、普通に授業、わからんじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・であるからして、この単スリットによって・・・・・・」

 

 

壇上では千歳先生が物理の授業を行っている。今は一つの単元終わりということで、軽くこの単元のおさらいをしているところだ。千歳先生は普段の事業で復習を挟んでくれるから生徒に好かれたりしているのだ。ただ・・・・・・

 

 

 「じゃあこの例題の答えは・・・・・・」

 

 

そういって千歳先生は教壇の上にのっている割り箸を一本取り出した。

 

 

 「29番。ええと、このクラスの29番は―――――」

 

 

そう、割り箸で作ったくじによって当てる人を決める。こうすることで、誰が当てられるかが完全にランダムだから、授業に集中しなければならない。そこは嫌がられている。

って、29番は・・・。

俺は斜め前の静乃をみやる。当然、気づくわけもない。

 

 

 「えっと――――萩原か・・・」

 

 

静乃の記憶がとんでいることは千歳先生も承知のこと、だから、困る気持ちは察した。てか、つぶやいた瞬間やべって顔してたし。聞いたってわかるわけないんだもの。他の生徒は

 

 

 「え?私ですか?ええと、ちょっと待ってくださいね・・・⚪️⚪️だったりします?」

 

 

事情を知ってる人は目を丸くした。

答えがあっているだと・・・?

え?なんで解けたの?反射的に?

 

 

 「お、おう。そうだ、正しいぞ。では次に・・・」

 

 

あまりの出来事に千歳先生も戸惑いを隠しきれていなかったが、すぐ持ち直して、授業を進めた。

これはあとで静乃に聞きに行かなくちゃならんな。もしかすれば、記憶を取り戻す手立てになるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 「なーんか、勝手に出てきたというか、なんとなくこれかなって思ったんだよね。でも、なんでこれなんだろうって考えると、わかんないんだよね。ふしぎだなあ。」

 

 

俺に当てはめて言うなら、簡単な因数分解の問題を解くようなもの。簡単すぎて条件反射的に解ける、そんなもの。静乃は記憶はなくしているものの、考える間もなく手が動くものに関しては覚えているようだ。

俺は休み時間にこれを聞き出して、ノートにメモする。このノート、記憶喪失後の静乃の特徴を書き綴ったもので、この結果から症状を推測できるかもしれない、そう竜崎に言われたから、俺は書く。

 

 

 「お昼ご飯いこーよ。食堂行ってみたいな。ね、刹那ちゃんもいいでしょ?」

 「勿論です。一緒に行きましょう。けれど・・・あー・・・遼君も来てください。」

 

 

来てくださいなんて珍しいこともあるもんだ。けど、なんとなく予想はつく。ちょうど1時間前の休み時間中、クラスの男子からちらほらこんな声が聞こえてきた。

 

 

 『萩原ってあんなに可愛かったっけ?』

 『目の濁りが消えて、だるそうなオーラがなくなるだけでこんなに変わるのか・・・。』

 『あいつってもともとスタイルはいいじゃん?それで今日みたいな感じで毎日過ごしてたらさ、ものすごいもてたんじゃないか?』

 『な、あんな娘とヤりたいぜ。』

 『すごくわかる。―――あ、なんかむらむらしてきた。』

 『抜くのは家に帰ってからにしろよ?―――じゃあ俺はトイレに行ってくるね。』

 『汚ねえぞお前!』

 

 

なんてことがあった。マジで外見変わっただけでこれとか節操なさすぎだろ。いや、外見というか目と性格か。これ実質別人じゃないか?それならしょうがないのか???

 

 

 「あーじゃあ静乃ちゃん、明日一緒にお弁当食べない?」

 「あ、あたしもあたしも!」

 「わかった。じゃあ明日ね!」

 

 

なんてやりとりも今まさにされていた。男女問わず、もはや静乃はクラスの人気者なのである。

で、だ。さっきの男子みたく下心丸出しのやつが寄ってきたりするかもしれない。そういった奴らからの魔除け・・・いつもなら刹那を守るための魔除けが、今回は静乃を守るため・・・なんとも。

 

 

 

 

 

 

 

 「お、国広じゃん。」

 「部長、先輩、こんちわっす。」

 

 

食堂に向かい、俺はみんなの席を取り、静乃と刹那は注文をしに行った。そんなとき、席を探していた緋色先輩と出くわした。

 

 

 「なんか今日食堂混んでてさあ、空いてる席がなくて…そこって空いてたりする?」

 「あー鞄置いてあるところはダメですよ。けどその隣は誰もとってないですから空いてると思います。」

 「お、ありがとさん。」

 「ありがとうございます国広君。」

 

 

そうして先輩たちは俺の横の席に座り昼食をとりはじめる。俺がとっていたのは横長のテーブル席だったので、俺の隣に部長、そして部長の前に会長、といった席順である。俺も持参の弁当を食べようと思ったが、刹那たちが戻ってからにしようと思い直して、刹那を待った。

 

 

 「あれ、会長じゃないですか!」

 「あら、刹那。それに・・・」

 

 

刹那たちが戻ってき、隣に座っていた先輩に挨拶した。刹那は驚きの色、一方先輩たちは悲しみと驚きを混ぜたような色を見せていた。そりゃあ、静乃が記憶を失っていることを知っているのだから、こうもなろう。

 

 

 「刹那ちゃん、この人たちは?」

 「刹那ちゃん・・・か。」

 

 

先輩がぽつりとそうこぼす。静乃たちは席について、先輩の方を見やった。

 

 

 「え?私何か変なこと言いました?」

 「・・・いえ、別に。本当に記憶を失っているみたいですね・・・。わからないとは思いますが、私のことってわかります?」

 

 

緋色先輩はそう問うが、答えはもちろんノー。

 

 

 「ええと、ごめんなさい。でも気を落とさないでください。想起?だかしてれば治るみたいですから。にしても・・・ふたりともものすごく綺麗ですね!全く惚れ惚れしちゃいますよ!」

 

 

静乃の様子の違いに先輩らはたじろいでいた。そりゃあなあ、こんなにハイテンションな静乃なんて見たことないだろうからなあ。快活で、天真爛漫で、目も透き通っている。別人だよもはや。むしろ、どうしてああなってしまったんだと勘ぐるレベルだよ。

 

 

 「・・・いや、そんなことは。それより、今の静乃さんの方がよっぽど・・・ねえ?」

 

 

先輩は部長の方を見やると、部長は首を縦に振った。

 

 

 「静乃ちゃんってあんなに可愛かったなんて・・・ああいや、普段がダメというわけではなくて、その、いつもだとクールダウナー系というか、凛々しいというか、男性よりも女性から好かれそうなビジュアルじゃない?それが今日、こんなに快活できさくな姿見せられちゃうとさあ、カッコイイより可愛いなって思ったんだよ。多分やろうと思ったらできたんだろうね。やらなかっただけで。まったく、彼女の可能性は無限大だった・・・」

 

 

確かにその通りです!と刹那はふんすと言い切った。静乃はそんなことないですよ〜なんて言って、手をわたわたさせていた。

ちなみに、褒めて褒められての環境に居合わせている俺は、非常に、ひじょーに居心地が悪かった。だって話題に入れないんだもの。だから俺は彼女らの話を聞いたりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

みんな食べ終わって雑談にふけっていた時、ふとあることに気づいた。

・・・ジロジロ見られてる気がす

俺は振り返ってみると、後ろの席のある男はこちらを振り向いていた。

 

 

 「なんだよ。」

 「いやなに、気になってさ。」

 「そんなジロジロみるもんですかね?」

 「そりゃあ、目新しいもんだからな。惚れちまいそうだ。」

 

 

なんて気持ち悪いことを言うこの男、朱鳥はニヤニヤして静乃の方を見ていた。彼は食堂では何も頼んでいないらしく、持参している菓子パンを頬張っていた。

 

 

 「気持ち悪いから前を向け。見世物じゃーーぞ散れ散れ」

 「あー会長!奇遇じゃん!」

 

 

俺の言葉を遮って朱鳥は少し大きめな声を出し、会長の方に向かって手を振っていた。

 

 

 「朱鳥、いたんですか――――――――って、いたことなんて最初から知ってますよ。普通に丸見えですし。」

 「あちゃーばれてたかー」

 

 

なんて言いながら、奴は俺の隣に座った。言い換えれば、静乃の前に。

 

 

 「ええと、萩原、俺のこと覚える?」

 「知りません。」

 

 

ぶっきらぼうにそう答えると、静乃は朱鳥に目も向けず眼前の食事を食べ始めた。クラス内のカイジに対してもこんな調子、というか、男にはみんなこうぶっきらぼうであった。とりあえず俺はそのことをメモした。〜面識のない男に対して辛辣である〜と。

 

 

 「え?それは酷いぜ。カレシの顔を忘れるなんてよお。」

 「は?」

 

 

自分でも意識せぬまま、素っ頓狂な声を出していた。声に出してたのは俺だけのようで、けれど周りも同様に驚きの色を見せていた。

 

 

 「それって本当ですか?」

 

 

不機嫌そうに静乃は朱鳥に聞いた。そりゃあ、記憶がないんだから、その可能性もあるわけで、けど相手は気にくわない相手。複雑な状況下なんだから、不機嫌にならないわけがないのだ。

 

 

 「マジマジ、萩原も本当に忘れちまったのか。ベッドの上で一緒に"キモチよく"なったことも忘れちまったなんてよお…」

 

 

こいつほんとシャレにならん冗談を・・・

 

 

 「おいあす―――」

 「・・・それ、本気で言ってます?私の“初めて”って、あなたが奪ったんですか?」

 

 

朱鳥のぶっ飛んだ発言よりもさらにぶっ飛んだ発言が左斜めから飛んできた。先輩方を含め開いた口が塞がっていなかった。てか、小6ってセックスの婉曲表現わかるんだな。俺わからなかった気がする。

―――あれ、これって俺の解釈が違ってたらアレなんだが、初めてを失った前提で話をしてないか?気のせい?俺の心が淀んでいるから?

 

 

 「え、ええと―――その・・・」

 

 

あまりにストレートに聞くもんだから、からかってただけの朱鳥はたじろいでいた。

 

 

 「なんてね。嘘ついてることくらいわかりますよ。変なこと聞かないでください。いっぺん死んでください。」

 

 

俯いてしまっていた朱鳥は静乃からの暴言を頭からかけられて、頭が上がらなかった。

 

 

 「馬鹿な嘘つくなよなぁほんと。」

 

 

静乃の記憶がないからって好き放題しやがって・・・

俺はちらりと静乃を見た。朱鳥の言葉に変に落ち込んでやしないか。そう思っていたら案の定、静乃は悲しそうな顔をしていた。

―――――そんな時、閉ざされていた静乃の口が開いた。周りか五月蠅くて聞こえないが、何か言っているように見えた。

口パクだけで言いたいことを読み取る技術など俺にないから、読み取るのは諦めたけどまあ、大したことではないだろう。

 

 

 「本当ですよ朱鳥。これは絞る必要がありますね。よく私の前でそんなバカげたことを言う気になれましたね?」

 「ヒッ!」

 

 

朱鳥はいまにも逃げ出そうとしていたのだが、会長の鋭い眼光にいぬかれて、動けないでいた。

 

 

 「すみません国広くん、この片付け、お願いできますか?私、たったいまやることができてしまったので。」

 「あっはい。」

 

 

下手に逆らって巻き添えを食らいたくなかったので、素直になる。

 

 

 「それと静乃さん、今日の放課後時間空いてます?ちょっと用事が。」

 「うーんと、大丈夫!」

 「俺の付き添いっていりますかね?」

 「それなら私も・・・あ、今日は早く帰るよう言われてるんでした。すいません力になれなくて・・・。」

 

 

会長も一応初対面だし。いくらこの昼時に仲良くなったとしても・・・。

 

 

 「いや、私がついてくから大丈夫。刹那ちゃんは来ても良かったんだけど国広くんは寧ろ来ないで。なに、いつもやってたことだからさ。いつもやってることをやらせるのって想起?だかにいいんでしょ?」

 

 

部長にしれっと来るなと言われたのは心に来るなあ。

 

 

 「・・・それでも心配なので、送り出すところまではします。きっと放課後一人で放り出したら、迷ってしまうだろうし。なんせこの校舎、広いので。」

 「わかりました。では、国広くんの方に連絡しますね。では、また後ほど。」

 

 

そう別れを告げると、会長は朱鳥と部長とともにこの場を後にした。朱鳥は借りられてきた猫のように変に大人しくて、滑稽であった。

 

 

 「じゃあ、俺らも行きます?」

 「静乃?大丈夫ですか?気を悪くしてませんか?」

 「大丈夫。気にしてない。けど、あの男とはもう関わりたくないね。私、記憶失って初めて不快な気持ちになったかも。」

 

 

苦虫を見るように朱鳥を見ていた静乃を俺は見ていたが、ものすごく懐かしさを感じた。ああ、いつもあんな目で俺を見ていたなあ。こんなにも懐かしく感じるなんて・・・。

俺は切なさに満ちたまま食堂をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「では、静乃を頼みますよ。」

 

 

放課後になったので俺と静乃は外に出た。そこにはすでに先輩達が待っていた。

 

 

 「ちょっと遼?私はあなたの娘じゃないんだからその言い方はちょっと・・・」

 「バッカお前、精神年齢は5年も離れてんだぞ?むしろお兄さんだろが。お兄ちゃんと呼んでくれてもいいんだぞ?」

 「うっわキモい。気持ち悪いわよこのバカ!」

 

 

キモいとバカしかいってこないあたりボキャビュラリーの少なさがよくわかるなあとふと思った。

 

 

 「国広・・・いやほんとそれはキモいよ?ねえ結衣?」

 「まあ国広くんですししょうがないですよ。」

 

 

ええーちょっと、俺の認識どうなってんの?会長も会長でひどいや。

 

 

 「じゃ、行きますか!私たちについてきてね〜」

 「じゃあねーまた明日!」

 

 

静乃はこちに向かって手を振ってきたので、俺もそれに応じて手をゆるくあげる。

にしても、彼女らのつながりってなんだ?会長と部長は親友同士だからわかるが、そこにどうして静乃が混ざるんだ?ううむ、わからん。とりあえず、俺も帰るとしますか。あーでもこのまま帰ってもやる事ねえなあ。いっその事ゲーセンに凸るか?いやでも、静乃がこんな状態なのに呑気に遊んでていいのだろうか?いやまて、そこまで俺が重く捉える話ではないはずだ。俺は奴の彼氏でもないし、でもあいつを単なる友達とみなすのはなんか違うよな?

・・・おお、これが友達以上恋人未満というやつですか。いつのまにあいつは俺の中で友達以上の存在になっていたんだろう。って、だいぶ話が逸れてた。遊ぶか、遊ばないか・・・

 

 

「よし、行こう!」

 

 

俺はゲーセンへ凸るため、家とは逆の方向に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず5クレしようと思い立ち、フルドのランダムマッチをした後、ゲーセン付近を散歩していたところ、ふと、ある二人組が目にとまった。

片方は熊のようにでかい体にパーマのかかった髪をもつデブ。その隣には対照的に華奢な体に低めの身長、ポケットに手を突っ込みながら、フードをかぶり、デブオタが話しかけているのを無視しているかのように歩いていた。

 

 

「これってナンパ?なのかなあ。」

 

 

にしたって、見るからに相手にされてねえなこいつ。デブオタは話しかけてはニヤニヤ笑い、ハンカチで汗を拭いていて、実に気持ち悪かった。Tシャツの脇シミの跡がくっきり見えて、くさそう。

 

 

「よくもまあ、隣のやつも振り払わないなあ。いや、振り払えないだけなのか?」

 

 

ずっと前を向き、首をデブの方に一切向けないものだから、顔はわからない。もしかして、恐れおののいて反応できていないのか?いやまさか・・・。

俺はなにを思ったのか、彼らの跡をつけていた。いや、跡なんてつけてない。たまたま行く方向が同じだっただけだ。うん、そうだ。

一旦空を見る。―――よし、心を入れ替えよう!俺は再び視線を前に向けると、彼らは立ち止まっていたのに気づき、俺はすぐさま横にあったベンチに座った。危ない、彼らが止まって俺も立ち止まると怪しまれるぞ。

ベンチに座ると都合よく新聞が落ちていたのですぐさま拾って広げ、彼らから俺の顔が見えないようにした。これ、今日の朝の新聞だな。そして、都合よく新聞に一つの穴――――――――彼らを覗くのには十分な小さな穴が開いており、そこから彼らを覗くことができた。華奢な方の人はデブの方にある紙を渡していた。おお、女のほうが観念してついに連絡先を教えたのか!なんて思っていたのだが、無地の紙にはなにも書いていないように見えた。むしろ、そんなことよりも、俺は女のほうにめがむいていた。フードをかぶっていてわからなかったがあの女・・・いや、あの男、神前じゃねえか。ん?てことはあのデブはなんで神前に話しかけていたんだ?もしかして友達とか?それなら俺の盛大な思い違いで終わるのだが・・・

なんて、俺は思いながら耳だけ彼らに傾けていた。するとどうだろう、なんとも奇妙な話が聞こえてきたのだ。

 

 

「あ、ありがとなんだな・・・・・・フヒッフヒヒッ!こっこれさえあればまた女の子たちとズッコンバッコン・・・・・・フヒッ!」

 

 

ふうん、あの紙があれば、女の子とやり放題かあ。そんな便利な代物があるなら、俺だってヤりてーよ・・・・・・

ん?

いや、ちょっと待てよ?

それに近いものあったような・・・

俺はわかりそうでわからないもどかしさを頭に抱え、混乱していた中、決定的な言葉が、神前の口から聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「無駄遣いするなよ?お前に渡せる"告白券"はこれが最後だ。次こそはしくじるな。今度こそ、あの女を確実に犯せ。」

 



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4-4-2 ハメられるピース

 俺は彼らが俺の近くから離れていくまでベンチに座ったまま、新聞で顔を隠して動かなかった。彼らがこちらに目も向けなかったのは幸いであった。彼らがいなくなったことを確認すると、俺は反対方向に歩き、今いた場所から離れたファミレスに入り、できる限り人目のつかない一角に腰を下ろして、先のことを考え始めた。

告白券は、竜崎のいる世界の物であり、この世界には存在しない。それで、この券の存在を知るためには、竜崎のいる世界の人から受け取るしかないわけで・・・。それなのに、目の前のあの男、神前はそれを持っていて、しかも隣にいるデブに渡している。

 

これは一体何を意味するだろう?

神前はこちらの世界の人間ではない?

それとも、彼はただの一般人で、竜崎が彼に告白券を渡した?

前者なら、この世界には竜崎以外にも別世界の人間がいることになる。口ぶりからして竜崎と同じ世界の人間だとは思うが、竜崎の世界とはまた違う世界ということもなくはない。異世界が1つと誰が決めた?

後者なら、竜崎は裏で何か行っている?・・・いや、それは信じたくない。もしそうなら、俺が病院に行った日に竜崎が言っていたこと全ての信憑性がなくなってしまう。竜崎は少なくとも、信頼に値する人だと思う。

 

 

 

 

―――――――ってちょっと待て俺!

 

病院に行った日、竜崎はこう言った

 

【怜の機関の人間がこちらに移り住んでいるみたい】

 

それが神前なのか?

拡大解釈すると、これって怜の機関の思惑になるのか?

 

ここでふと、今日静乃のことに手いっぱいで、完全に思考の外にいた怜のことを思い出した。彼女は今日、学校に来ていない。土曜日は元気そうだった。日曜日に会えていないが・・・

・・・いや、怜を疑うのはやめよう。それに怜の機関の仕業としても、彼らのしたいことがまるでわからない。ただ、頭のなかでぐるぐる考えていてもきりがない。

 

 

「一旦状況の整理をしよう。」

 

 

俺は紙とペンを取り出し、俺が思い出せる限りのことを箇条書き―――――――――する前に、ドリンクバーに向かってアイスコーヒーを注ぎ、戻って一気にそれをあおったあと、箇条書きした。

 

 

・年内中に彼女を作らないと俺もしくは俺のまわりの女の子が殺される

・告白券

・俺は後天的にさせられた鍵、竜崎のいる世界から来た鍵穴となる女性がいる

・竜崎は俺を竜崎の世界へ連れて行きたい

・竜崎と怜以外にも異世界人が、少なくとも2人いる

・その片方は神前の可能性大

・神前はデブにとある人を犯すように命令していた。そして、それは一度失敗に終わっている。

・怜の機関の人間が不穏な動きを見せている

・竜崎と怜のいる期間ではある目的を達成するための手段が異なっているが、怜自身は現在竜崎のやり方に従っている

 

 

羅列し眺めること数分、ふと、思い違いであってほしいが、とある事実を一番うまく説明できてしまうことを思いついてしまった。

 

―――――――そうか、皆殺しにするという話と、俺が竜崎の世界に行く話、俺がいる世界から鍵もしくは鍵穴が居なくなるという点で、一致しているのか。これって、どういうことなんだろう?竜崎の目的は、俺に彼女を作らせるということ。しかしそれはゴールではなく、むしろスタートラインである。接触を図ろうとしたきっかけは、鍵穴となる存在にある程度の目星がついたから。これらに何の関係がある?彼女を作って終わりではないとは聞いたが、具体的に彼女を作ったあとの話を俺は聞いていない。・・・鍵と鍵穴という言葉にどうしても引っかかる。そんな例えをするってことは、鍵穴と鍵が合わさると、きっと、何かが起こるんだろう。もし仮に、仮にだ、その鍵穴が俺と近しい人間であるとして・・・そうだな、静乃とか?だとすると、普通に会っているが別段おかしいことは起こっていない。となると、トリガーは別にあるということになる。じゃあそのトリガーは?いずれにせよ、鍵と鍵穴を引き離したいのは事実なんだろう。そしてそのリミットがおそらく年末・・・。これの意味するところは何だ?

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 

ダメだわからん。まったくわからん。わかりそうでわからないモヤモヤは晴れることはなかった。おそらく30分くらいいただろうか、定かではないが、今できることがなくなったので、たまたまカバンの中に入っていた夏休み前に受けたテストの取り出して、復習に勤しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

数時間が経ち、店員が迷惑そうに俺の方を見ていたのに気づいて、ファミレスを出た。そしてそのまま、家へと向かった。

だいたい7時に家に着き、玄関の扉を開け、靴を脱ぎ、リビングに入るとそこには有希がソファの上に寝転んでぐうたら寝息を立てていたのが目に入った。そして同時に、テーブルの上に散乱する工具と一つの木箱、そしてテレビの前には片付けをしないで放置されているプレステと2つのコントローラーがが目に入った。多分柄谷あたりが遊びに来ていたのかな?また、放置されている箱に見覚えはなく、おそらく有希の物であると考えられる。さしずめ、こじ開けようとしていたところだったのだろう。俺はその箱を手に持って、ぼんやりそれをみる。四角い升に正方形の蓋をした構造をなしており、箱の裏面には"5.18"と書いていて、蓋の役割を担う正方形の四角のネジがひどいことになっていた。

 

 

 「・・・・・・こいつ、合わないドライバーで無理やり開けようとしたな?」

 

 

ネジという物は脆い。適切なドライバーを用いずにネジを回そうとすれば、先端がうまくはまらず滑って、やればやるほどネジは"ばか"になる。少し考えればわかることなのだが、どうしてあいつはそうなる前にやめなかったのだろう。そんなふうにばかになったネジでしめられた箱は、その箱をぶっ壊さない限りあかないだろうが。

俺は箱を置き、呆れた眼差しを有希に向ける。当然、やつはスヤスヤと寝ているので、気づかないわけなのだが、思わずそう見ずにはいられなかった。

 

 

 

 

部屋に戻って、俺はふと、今日の出来事を思い出していた。―――もし、放課後町に行かずに、家に帰っていたら、どうなっていたのだろう。そう思って、俺は軽く埃がかかっていた竜崎からのサポートアイテム『差分回収装置』を手にとって、頭にはめた。何気にこれを使うのは4度目くらいである。(1度目のような選択肢が、2度目と3度目には画面上に表示されなくて、それっきりやっていなかったのだ)

 

 

 「お、今日は国広君はやる気だねえ。」

 

 

竜崎がとてとてと俺の方によってきた。部屋にボカロ楽曲が流れていたことから、きっとまたダンス練習してたんだろうなあ・・・。静乃の記憶が飛んでいるというのに呑気なやつだ、と、俺は一瞬思ったが、俺もゲーセンに行ってた身なので、そのことについては何も言わないことにした。とはいえ、神前の件は報告しないといけない。ただ、これは恐らく超重要な機密事項。それこそ、土曜にもらった脳内に直接語り掛けるイヤホンを使ってじゃないと・・・。なので、ひとまず事実確認をするためだけに、この装置を使う。

 

 

 「ちょっと気になることがあってね。」

 

 

そうして俺は、IF世界にダイブした。

 

 

 

 

 

 

2,3回目にこの装置を使った時には出なかった分岐、しかしながら、今回画面上には分岐が存在していた。

 

 

1.気にせずゲーセンに行く

2.一旦家に帰って竜崎に報告だ

 

 

勿論2を選択した。そうして、話を読み進める。ちなみに、俺が前に懇願したおかげで、実写ギャルゲーではなくなった。以前は画面に立ち絵が表示され、下にテキストが表示されていたが、何でもこれはダウングレードしていたらしい。俺がオタクだからわざわざ合わせてくれていたらしいが、やはり違和感が強く残るので、戻してもらった。その結果、一本道のリアルVRゲームのような感じになった。

 

 

【俺はそのまま家に帰ると、玄関には見慣れない靴が一足置いてあることに目が留まった。恐らく、柄谷であろう。もっとも、俺がそう判断したのは、有希が柄谷以外の友達を家にあげたことがないのという統計的な理由ではあるが。リビングに入ると、そこには案の定柄谷がいて、とある箱をまじまじと見ていた。

 

 「あらいらっしゃい。お前ら、なにしてんの?」

 「あ、先輩こんにちは。実はこの小さな箱を訳あって開けたいんですよ。それで、今有希ちゃんがドライバーを探しているところなんです。」

 

なるほど、だから有希がこの場にいないのか。―――って、あいつドライバーの場所ってわかるのか?

俺は柄谷が持っていた小箱を手にとって見てみる。箱が小さいせいか、ネジも小さいものであった。このサイズに合うドライバーって、確か俺の部屋にしかないんじゃなかったか。

 

 「あーこのネジに合うドライバーは俺持ってるわ。ちょっと待っておくれ。」

 

俺は小箱を柄谷に手渡し、自室へと向かった。】

 

 

ほほう、やはり柄谷が来ていたのか。あ、でも、あの箱が誰のものかとは一言も言ってないな。まあどちらでもよいが。

俺はテキストを読み進めた。

 

 

【小ネジ用のドライバーを持ってリビングに戻ると、既にそこには有希がいて、大きいドライバーを手に持って箱をこじ開けようとしていた。

 

 

 「おいばかやめろ!ネジがばかになる!」

 「あ、兄さん帰ってたの?」

 

 

声だけこちらに飛ばし、ネジを回す手を止めなかったので、俺は無理やり奴からドライバーを奪い取った。

 

 

 「ちょっ!何さ、開けようとしてたのに…」

 「サイズの合わないドライバーでネジを回すとネジがばかになってネジを回せなくなるんだって。ちょっと考えたらわかるだろ。――――――――ほらみろ、既に少しネジ穴の十字の角が削れてる。」

 「おおーなるほど」

 「あーもう貸せ、俺が開ける。そもそも、こうまでして開けたいものなのかこれは?」

 「うん。私の部屋の隅に置いてあったからさ。正直中身をよく覚えてないんだけど、栞ちゃんも気になってるし、それなら、この手作り感満載の、四方を塞がれた木箱を開けてみようかなって。」

 

 

ふうん、と俺は相槌を打って、ドライバーをきりきりと回した。正方形の四角のネジを全て外し終わり、俺はその木箱の蓋を開けた。するとどうだろう。中には枯れた四葉のクローバーや蝉の抜け殻、しまいにはよくわからない虫の死骸など、ゴミしか入っていない。蓋を開けた瞬間異臭がして、思わず顔をしかめてしまった。

 

 

 「お、開いたんだね!どれどれ……あ、これは・・・おえっ、気持ち悪い・・・」

 「うわぁ・・・有希ちゃんこれ、あけない方が良かったんじじゃ・・・」

 「うん・・・。これ、ゴミ箱に捨てといて。」

 

 

言われるまま、俺はゴミ箱へ向かって、このゴミをゴミ箱へぶち込み、木箱を別のゴミ袋へと捨て――――る時、ふと、木箱の蓋を見た時、裏側になにやら文字が書かれていることに気づいた。そこには"⚪️⚪️山で見つけたもの!"と、汚い字で書かれていた。】

 

 

俺はそこまで読み進めた時、装置を頭から取り外した。そうか、あれは有希が小さい頃集めた・・・まだ山が好きだった頃の宝物箱だったのか。けれど、今となってはゴミの詰まったゴミへとなってしまった。・・・有希が捨てろというから俺は捨てていたが、これは捨てないで――――――――いや、そもそも開けないでおいた方がよかっただろう。これは有希が非常に小さいころの宝箱だ。もし開けなければ、俺がそれを教えていれば、有希はこの箱を思い出の詰まった箱として捉えて、ずっと大切に保管していたかもしれない(もっとも、何が入ってるか本人も理解できてなかったから開けようとしていたのだが。)”無理にこじ開けようとしてネジを馬鹿にさせてしまったおかげで"思い出が守られるとは、なんとも――――――――

 

 

 

 

 

ん?

ちょっと待って?

なんか、これに近いこ  と    が・・・・・

 

 

 

 

 「あっ・・・ああっ!」

 

 

まさに天啓のひらめきであった。

 

 

 「そうだよ!放課後のあれだよ!」

 

 

奴らは、告白券を使って無理やりとある人を犯そうとしていた。告白券を持っているのは竜崎の世界の人間であり、以前、竜崎は怜の所属する団体と手段は違えど目的は同じという。しかし共通する目的はおそらく、鍵と鍵穴を離すこと。鍵と鍵穴に例えた理由は、俺によって彼女のナニカが解放されるから。その解放されるものはおそらく、良くないものなのだろう。だから、鍵である俺自身をこの世界から遠くへやる、もしくは、鍵穴かもしれない俺の周りの女性を皆殺しにする、なんて話が出たんだ。じゃあなぜ竜崎は俺をさらうなりなんなりせず、俺に彼女を作らせるなんて一見関連のなさそうなことをさせたのか。

・・・・・・予想はついている。ただ、確信は持てない。しかし、俺のこの予想が正しければ――――――――



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4-4-3 “ばか”にさせる簡単な方法

俺は差分回収装置を取り外したとき、竜崎がこちらをじっくり見ていたことに気づいた。気が付けば、部屋に流れていたボカロ曲は止まっていた。

 

 「いったいどうした?なにか重要なことがあったのか?」

 「いや、そんなんじゃないさ。――――――――なあ、竜崎がこっちに来た目的は、厳密には俺が彼女を作ることじゃないんだよね?むしろここからがスタートであってるよね?」

 

竜崎はこれを単なる事実確認であるととらえたのか、いつものようなすました口調で答えた。

 

 「まあ、そうなるね。けれど、君が彼女とうまくやっていけそうだと確信したら、間違いなく私達は帰るさ。」

 「・・・その基準って、彼女と"セックス"することだったり?」

 「――――――――まあ、それも一つの基準ではあるな。好きでもない女とヤれないでしょ?」

 

俺は竜崎が一瞬答えるのに溜めを作ったのを確実にとらえた。即答しない理由がある?

 

 「もし仮に、俺が女性経験を積むためにヤリチン陽キャへと変わろうとしたら竜崎はどうする?」 

 「もしそうなら、そんなおかしなことをする前に私が止める。そんなことをしたら、君はセフレはできても絶対に彼女なんてできなくなる。それは私の目的に反するからね。それに・・・"初めて"の少女たちを襲うのは・・・初めてを奪うのって大きなことだぞ?」

 「じゃあ相手がヤリマンならいいの?」

 「・・・その言い方はどうかと思うが・・・まあそうだな・・・相手が同意してるなら、遊び感覚で――――――――って、そんな仮定に意味はないんだ。特に重要なことがないなら、引き続き萩原静乃の情報を集めてほしい。引き続き、よろしく頼む。」

 

俺はうむと返事をして、ベッドに横になった。

 

 

 

 

 

ほら!

ほらほら!

やっぱりそうなんだ!

ピースだけ揃っていたパズルが、パチパチとハマっていく。

竜崎は俺を処女とはセックスさせたくないが、ヤリマンならいいという。これは何を意味するだろう?怜は初対面のとき、告白券についての説明をする時、やたら処女について事細かに言ってきた。のらは何を意味するだろう?ピザデブが神前から処女にしか使えないはずの告白券をもらった時、本来セックスはできないはずなのにまたヤりたい放題と言っていた。告白券はレイプには使えないと俺が思っているだけで、実は抜け穴があるのかもしれない。ともあれ、レイプできてしまうのはあいつの言葉から想像することはできる。ようは・・・・・・

 

――――――――ネジを合わないドライバーで回すと、ネジがばかになって開けられなくなってしまうのと同じことだ。

"処女を合わないペニスでぶち犯すと少女の中にある危険なナニカが出てこられなくなる"んだ。”処女”という鍵箱、それを開けるペニスが鍵。鍵穴は言わずもがな。

おそらく、おそらくではあるが、竜崎の目的は

 

≪鍵穴をみつけ、それが危険かどうかをチェックしたい。≫

 

反対に、神前の目的は

 

≪俺と近しい人をその辺の人にレイプさせ、処女を散らせて鍵穴をぶっ壊したい。≫

 

しかも神前は、『次はあの女を確実に犯せ』とデブにしゃべっていた。つまり、あのデブはとある女性に対してのレイプに一度失敗しているわけだ。

そしておそらく告白券のせいで記憶封印が起こってしまった静乃。

告白券の失敗、静乃の記憶封印。これをつなげると・・・・・・

 

 

あのデブ、近々静乃をレイプするんじゃないのか?

 



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4-4-4 穢れた血

8月20日 ~神前side~

 

肉と肉が激しくぶつかる音が路地裏に響き渡る。自分はそれを遠巻きから見ていた。

生徒会室で萩原静乃か記憶を失っていると聞き、事情を問いただしてやろうと思ってこの男のとこまで来たはいいが、こんなことになっていた。・・・まったく、この男共はどこから女の子の情報を手に入れてくるのだろう。こうも何度もパコりまくってるのをみると、呆れてくるレベルである。というか、後処理は全部自分がしてるのに、こいつ、好き放題にやりすぎだろう・・・。“チケット”は有限なんだぞ。

今まさに少女を犯している男と、その後ろから彼はとあるアミューズメント施設で見つけたのだが、異常なまでの性欲を持ち、なおかつ人生破滅しても悲しむ人がいなさそうということで利用しているわけだが、その、できればもう少し面がいい人がよかった。醜悪な豚がいたいけな少女を暴力的に犯すよりは、イケメンが紳士的に犯す方が十分にましである。――――――――無い物ねだりをしても仕方ない、自分はやつがヘマしないよう見張ることに専念しよう。そして、終わったら問いただしてやろう。

 

――――――――嗚呼、なんて醜いのだろう。

 

目の前の糞共の行い。

虚ろな目をして涎を垂らし、なすがままになっている少女。

そして――――――――その行為を容認している自分。

 

まったく、"あのクソ野郎"と似たことをしている自分が嫌で嫌でたまらない。できることならこんなことはしたくない。けれど、自分の使命と自分の好みを天秤にかけた時、傾く秤は明らか。仕方ない、ことである。

 

 

 

糞共の行為が一通り終わった後、自分は女性の身だしなみを整えた後、自分はウィンドウを眼前に表示させ、あるシールを女性と男共の服に貼り、ウィンドウ上のとあるボタンを押した。すると、一瞬にして透明になった。自分も続けて透明化した。

 

 「・・・よし、もういいぞ。これをベンチに運んで終わりだ。」

 「り、了解っ!フヒヒッ!」

 「キモタク先輩、俺が担ぎますよ。」

 

姿は見えないが、細身の男はおそらく少女を担ぎ上げ、表通りへ足を向けた。

 

 

 

人気のない公園のベンチに放置した後、透明化を解除して、人通りの多いところに出、その足で近場の喫茶店へ入った。

 

 「おい、キモタクさんよ。」

 「な、なんだ・・・?」

 「お前ら、あれだけ念押しをしていたのに、チケットを燃やして処理したのか?」

 

こちらが圧をかけると、豚は自分に怯えるように震えてこちらを見ていた。

 

 「そ、そんなことしてないんだな・・・。あれだけ脅されたら・・・。そ、そもそもあの女にチケット使ったのは俺じゃなくて・・・直紀だし・・・。」

 「おい、チケットをどう処理した?」

 

単刀直入に細身の男に尋ねると、男は頭を掻きながら答えた。

 

 「非常に申し上げにくいんですけどね、ズボンのポケットに突っこんだまま洗濯物の中に入れてしまいまして・・・。朝起きたら母親が洗濯してましたね・・・。母親からどやされたときにはじめて自覚しました。マジで不覚です。」

 

何が不覚だ。ぶっ殺すぞ。人の脳みそいじくっている自覚があるのか?・・・いや、自覚がある人間が、平気でレイプなんてするわけないか・・・。

こいつらに管理させるのがそもそもの間違いなんだろう。けれど、自身で保管するのもリスクが・・・。

 

 「・・・百歩譲ってそれが事故だったとしよう、けれど、チケットのチャームにかかっていたなら今までの女と同様のプロセスをたどれたはずだ。どうして犯さなかった?」

 「お、犯さなかったんじゃなくて犯せなかったんだよ・・・。神前さんらがいるときに話しかけにいったじゃないですか?でもあれでの感触が微妙だったんですよ。再確認も込めて帰り際に突撃しようとしましたが、キモタク先輩が・・・」

 「か、カラスに襲われて・・・・・・追いかけられて・・・・・・川に落ちて・・・・・・」

 「いやーほんと、大変だったんすよ?もう再び会うどころではありませんでしたね。」

 

デブのエピソードは心底どうでもいいが、細身の話には思わず首を傾げてしまう。チケットによるチャームがかかれば、正直一目でわかる。自分がかけているわけではないから、こちらから判断は聞かないが、使用者はわかるはずだ。それに、あれだけいろんな女に使っていたら、見分ける力もついているはずだ。なのに効かなかった?おまけにあんなに敵対的とか・・・たとえこの豚がむかっても、そこまでひどい対応はされないはずだ。

・・・脳内にガードチップを埋め込んでいる?いや、そうするためには彼女をあっちの世界に連れて行かなきゃ無理だ。なにより、そんなことをするメリットがない。じゃあ・・・すでに別のチケットのチャームにかかってるとか?もしそうなら理解はできる。チケットの効果の重ねがけはできないから。榊怜の持っている"最新型のチケット"が使われた相手に対しては、告白券の重ねがけをしようとした後、2枚目の告白券を破いたところで何も起こらない・・・・・・記憶破壊が行われることはなかったはずだ。しかし、現実の萩原静乃に起こっている事象と矛盾している。自分の持つ”旧型”が使われた相手に対して、重ね掛けをしようとし、その後破いたら、記憶破壊は行われる。しかし、旧型はここにあるのとデブに渡したものを除いてもう存在しない。あの糞共が重ね掛けをする線は薄い。なぜなら、その辺の女なんてやりたい放題なのに、なぜ同じ女を取り合う必要があるだろうか。しかも体はさておき表情が終わっている女に・・・。そしてもちろん、自分は萩原静乃に告白券を使用してはいない―――――――――――というか、"できない"。だから、重ねがけの線も薄いはず・・・。

 

 

・・・いったいどういうことだ?



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4-4-5 反射⇒反応へ

 「さ、静乃ちゃんこれ持って!」

 

私は龍華と一緒に静乃さんを連れ出し、私のバイト先の裏の店の地下……ライブハウスに来ている。そこのオーナーと私の父が友達同士なので、こうして娘の私が開いているときは自由に使わせてもらっている。もっとも、タダで使うのはなんとも申し訳なかったので、私と龍華の自作の曲の入ったCDをそれぞれプレゼントしたりしている。(なんとも好評らしく、この前会った時、通販でCDを各3枚ずつ買ったと言われ、若干引いたくらいである。)

 

 「ええっと、私、ギターなんて弾けませんよ?いや、部屋にギターとベースあったから、もしかしたらできるのかもしれないけど、きっと無理ですよ。ギターのギの字も知りません!」

 「まあまあ静乃さん、物は試しです。」

 

記憶をなくしたと聞いた時、静乃さんにギターを弾かせてみようと私たちは思った。というのも、以前と変わらないことをすることによって記憶を思い出すかもしれないと聞いたから。………竜崎さんの話によれば、彼女は物理の授業を特に障害がなく受けていたらしいのだ。脳のタンスの中に記憶がしまわれているとたとえるならば、考えずともそこに入っている知識を引き出すことはできるが、いざ場所を思い浮かべながら引き出そうとすると、思い出せない。覚えてないはずの物理の問題が解けたということは、おそらくそういうことなんだろう。ならば、手に染み付いているであろうギターなら、弾けるのではないか?と、思ったのである。

 

 「静乃さんなんて他人行儀は結構ですよ。むしろ呼び捨てにしてください。そもそも、どうして年下相手に敬語なんですか?」

 「な、なんで…でしょうかね…くせ?でしょうか。」

 「ほらまた敬語になった!タメ口でいいですよ!」

 「結衣は誰に対しても敬語なのさ。」

 「はあ、そうなんですか……そこはわかりました。けど、私のことをさん付けで呼ぶのはやめてください。なんか違和感を感じます。」

 

思わぬ流れ弾を受け、戸惑ってしまった。言葉遣いの理由って確かに…どこに……。

というか”違和感を感じます”って、そこは覚えるですよ。以前の彼女なら絶対間違えないから、やはりいま目の前にいる彼女は、私のよく知る彼女ではないのでしょうね。

 

 「努力します。」

 「じゃ、私たちに合わせて弾いてみてね!」

 

話題をもとに戻そうとして、龍華はベースを手に取った。私と静乃さ……静乃はギターをもち、アンプとギターを接続した。

 

 「ここでドラムがいたら少しやりやすくなんだけどねー」

 「キドは用事があったんです。無い物ねだりをしてもアレなので、早速やりましょう。」

 

私はギターの面をコツコツ鳴らしてリズムを取り、ギターを弾き始める。今弾き始めたのは、静乃が3番目に投稿した楽曲、『暴動』である。単に私が静乃の楽曲の中で一番好きであるからという理由だけである。ともあれ、私はサブパートなので静乃がメインパートを弾くことを私は期待していた。そして…

 

 「んーわかんない。」

 

静乃ははっきりいって何もできていなかった。

私は弾くのを一旦やめ、龍華と顔を見合わせる。

 

 「だめなのかねぇ?」

 「いや、諦めるのは早いです。……けど、どの曲でもこのままだと同じ結果になりそうなので…」

 

そう言いつつ私は制服の内ポケットに手を伸ばし、スマホとイヤホンを取り出した。

 

 「…………よし、はい静乃、これを聴いてみてください。みんな、貴女の作った曲ですよ。」

 「へー私ってオリジナルの曲とか作ってたんだ――――――――へ?ウソ?ほんとに?そんなアーティストみたいなこと私してたの!?」

 「………ええ、しかもかなり基本的にはメタルーーかなりヘビィな曲ですね。」

 「いやほんと、私や結衣と方向性が全然違ってて面白い曲だよ。私も好きだし。」

 「へえ、そうなんですか……キュートでポップな曲をなんで作ってないんだろう。私の趣味はどっちかといえばその方向なんだけどなあ。Perfumeとかaikoとかさ。」

 「………ちなみに、数ヶ月前にどんな曲を聴いてるか質問したら、ホルモンとかGLAYって言ってましたよ。まあそれはいいです。とにかく聴きましょう。まずはさっき私たちが弾いた曲です。」

 

私は静乃にイヤホンを渡し、彼女が耳につけたことを確認すると再生ボタンをタッチした。……これは本当にどうでもいいことだが、このイヤホン、私が高い金出して買ったいいイヤホンなので、音質は最高。

静乃は最初こそ顔をしかめていたが、次第に聴き入って、そのまま曲の終了まで黙ったままでいた。

 

それから静乃は何曲も聴きたがって、ついに最後の楽曲——————————————————静乃の処女作である『嘔吐』に順が回ってきた。……私がこの曲を最後に回したのは理由があって、それは、処女作だから思い入れが強いから、思い出しかかっていた記憶を完全に掘り起こせるのでは?と思ったからである。事実、3曲くらいから静乃は無意識にリズムを取っていた。そのリズムは変拍子であったので、初見じゃ間違いなくリズムは取れない。けれど、彼女は取れた。つまり、体に染み付いていたから記憶に頼ることがなかったから――――――――もしくは、大量の音楽データは忘れてしまったわけではないから……。ともかく、そういった予兆が見られたので、意図的に嘔吐は後回しにした。

 

 「さ、これでどうでるか…」

 

静乃の様子を見てみると、今までの様子を打って変わり、正座して目を閉じ、完全に聴き入って、とても話しかけられる風ではなかった。

曲が終わり、彼女はゆっくり立ち上がり、立てかけていたギターを手に取った。私たちは多々呆然とそれを見ていた。

 

 「……弾いてみるね。」

 

静乃はそういって、目を閉じたままギターの弦にピックを当てた。

 

 「………ねえ結衣、これってさ…」

 「ええ…………ミスなく主旋律を弾いていて……間違いなく体が覚えてるんですね……」

 

静乃は嘔吐の主旋律を弾いていた。ギャギャギャッと鳴り響き、実に楽しそうに弾いていた。それは、とても中学以降の記憶を忘れてしまった――――――――――ギターのギの字も知らない人の動きではなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 「私、なんでこんなこと忘れていたんだろう。」

 

静乃は嘔吐を弾き終わった後、そんなことを口にした。……一人称がまだ"私"であることから、記憶は戻りきってないことは確かではあるが、それでも、得るものはあった。そう、私は安堵した。

 

 「……どこまで思い出したんです?」

 「音楽関連のことならほぼ……うん。どんな機材で、どういう経緯で作ったのか、ほとんど思い出した。思い出せないものがあるとしたら、一部の曲の背景。特に『嘔吐』の背景は、ぼんやりとして思い出せない。」

 「………ちなみに、私たちと共同で―――――――」

 「それも思い出しました。」

 「え?ほんとに!?」

 

龍華は静乃に詰め寄って手を取って目をキラキラとさせていたが、静乃は彼女から目をそらした。

 

 「ただ……ごめんなさい。あなた方がどのような人なのかはいまいち思い出せなくて……その……」

 「………アーティストの側面しか思い出せない、ということですか?例えば、私がどんな曲を作っていたとか。」

 

静乃は黙って頷いた。

 

 「おお、ほんとにこっちの業界の話しか覚えてないんだね……」

 

龍華は静乃の手を離し、腕を組んでその辺をグルグルと歩き始めた。私も静乃も口を開いていなかったので、龍華のローファーの音がカツカツと反響するのが際立った。

 

 「……ということは、SNSをやっていたことは覚えてるの?」

 「はい。覚えてます。ですがそれがなにか……」

 「結構静乃ちゃんって出没してたのさ。それが、一週間音沙汰ないもんだから、そろそろつぶやかないとファンの人たちが心配するかなーって。」

 「なるほど。」

 「多分、スマホにアプリが入ってるんじゃないですか?――――――――ん?」

 

ちょっと待って。彼女、スマホならさ、普通にロックかかってるんじゃ……

 

 「ああケータイですか?大丈夫です。なんか丸いところ押したら開いたので。」

 「そっか指紋認証か。それなら安心だねー。」

 

静乃はぺたんと床に座り、スマホをいじり始めた。私もふと、ツイッターのことが気になって、私のスマホに入っているツイッターを起動したあと、"Raretsu"ないし"られつ"で検索してみた。すると、私が予想していた通り、消えたられつさんのことを心配する投稿が多数見受けられた。………殿堂入り楽曲を多数出しているだけありますね。さすがの人気です。

 

 [られつさんここ最近全く出てこんな]

 [られつの最後の言葉は"暑いよ溶けそうだよ誰か助けて"であった。まさか本当に溶けてしまったのだろうか…]

 [きっと里帰りでもしているのだろう。]

 

などなど。

と、サーチしていたら画面左下に青い点がピコンとついていた。新しいツイートが来たらしく、タイムラインをみてみたら……

 

られつ[いろいろしていたら一週間経っていた。]

られつ[いまこれからやる企画の打ち合わせでべーさんざーさんと一緒にいる。]

 

 「って、もうツイートしてるし。」

 「しかもその言い方だと…」

 

私たちが一緒になにかやろうとしているじゃないですか。いや、やることは確かなんですけど、確か貴女、まだ名前は知られたくないとか言ってませんでした?私たちはバラしますから察しの良い人は気付いちゃいますよ?

 

 「あ、ダメだった?」

 「………ちなみに、貴女、文化祭で名前割れることって嫌がってませんでしたっけ?」

 「え?そうなの?むしろなんで隠してるの?」

 

………その辺の記憶はないままなんですね………

早速られつファンの方々が静乃のツイートに食いつき、いろいろ質問し始めた。[べーさんざーさんと打ち合わせって、いったい何のですか?]

 

 [お、これは共同楽曲きたか?]

 [うおおおお豪華やんけ!]

 

なんてツイートがたんまり来て……

 

 「ちょっと静乃ちゃん、指を止めて。私がなんとかするから。」

 「え?でも楽曲作るのは本当なんでしょ?」

 「記憶をなくす前の静乃ちゃんはバレるの嫌がってたの!」

 「…そうだったんですか。」

 

龍華は指をしゃしゃっと動かし、とあるツイートをした。

 

ざわ[そういや、近々べーさんとられつさんとコラボした動画あげるんで楽しみにしてください。]

 

 「ん?」

 

私は思わず首を傾げてしまった。

 

 「てことだから、歌ってみた動画あげましょうかね!」

 「おおー!じゃあ私は竜華さんの曲歌うね。」

 「じゃあ私は結衣の曲で!」

 

って、話が勝手に進んでるし……

 

 「私、歌ってみた動画はあげるつもりはなかったんですけど……といつか、なんで歌ってみたに限定してるんですか。弾いてみたでもいいじゃないですか。」

 「弾いてみた動画は伸びがよろしくない。かといって楽曲あげるのは時間的に無理。となると、歌ってみたしかないじゃん。幸い、防音設備は結衣の家にあるし。」

 「私たちが女性だってことみんなに知ってもらえますね!それはそれで面白そう!みんな、男だと思ってるんだもん。」

 「いや、少なくとも私は女性だと思われてるはずです。……だって一度ステージに上がってるんですよ?」

 「……いやそれ、自分で言ってて苦しくない?あんなカッコ、私は男ですって言ってたようなもんでしょう。」

 

私は言い返せず、黙ることしかできなかった。

そう、それは昨年の冬、東京での音楽イベントに"base-on"名義で出演した。その時私は、せっかく声がかかったのだから出演したいのと、身バレをとにかく防ぎたかったので、変装に変装を重ねた。胸にサラシを巻き、髪型も変え、口調も男らしく、トーンも低く……幸い、ギタリストとして呼ばれていたので、歌声を披露することは避けられたけど、けども…………うん、あの日のことはあまり思い出したくない。最後に大きなことをしでかしてしまったから。

 

 「じゃ、決まりね。結衣、収録の時は頼んだよ。」

 

龍華はグーサインをこちらに向けてきた。ああやめて、そんな笑顔を見せないで、おちょくってるようにしか見えないわ。

 

 「はぁ………わかりましたよ。」

 

静乃の記憶が少し戻ってほっと一息したものの、楽曲制作に加えてまた仕事が増えてしまい、ため息が漏れた。

 

 

 



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4-4-6 読めない漢字は書けない

8月25日 火曜

 

 

翌日、まともに眠れぬまま朝を迎えた。朝起きてすぐ頭が覚醒しないのはいつものことだが、今日は最悪であった。一晩中あのデブのこと考えていた。恋する乙女かっての。何が楽しくて男を、それにあんな・・・・・・・・・。静乃のために、俺はいったい何ができるのか。それをどれだけ考えていても、悲しいことに、なにも思いつかなかった。仮に、静乃を見張っていたとしよう。しかしながら、相手が告白券を使おうとするなら、静乃の意思など関係なく一方的にヤられてしまう。そもそも、あのデブを押さえつけても、本元の神前を止めないことには脅威が去らないことには変わらない。じゃあ神前を止める?でも神前は怜の側の人間の可能性が高いんだ。なにを隠し持っているかわからない。俺の常識の範疇から外れた何があったらどうする?そもそも、竜崎と怜の目的のおおもとは俺をこの世から消してしまうことで、それならば神前は俺に対してどんなアクションをとる?

 

 「下手に動くと・・・・・・最悪・・・・・・」

 

死ぬな、といいかけて、止まった。

何も、守ることが俺の役割なわけじゃない。俺が竜崎から言われたのは、記憶封印の原因を探ること。そのためにあいつと話す。――――――――カウンセリングをしないといけない。そこから外れたことは、竜崎は望んでいないはず。当の竜崎は小部屋の中でぐっすり眠っていたようにみえた。くっそ、あいつはあいつで大変なのはわかるけど、こっちもこっちでよ・・・・・・

 

部屋を出て飯を食いに行ったところ、既に有希と叔父さんが飯を食べ始めていた。変わらずの2人を見ていると、少し安心した。

制服に着替えて家を出た時、いつも待っているはずの怜はまたもいなかった。昨日に引き続き、今日もいないのだろうか。しかしながら、怜が待つその定位置に、人影自体はあった。

 

 「おお、遼!おはよう!」

 

静乃である。昨日は放課後、静乃は会長と部長に連れられてどこかへ向かっていった。こうして会えたということは、昨日は何事もなく終わったのだろう。まあ、会長らがいて不穏なことは起こるわけもないだろう。

 

 「おはよう、昨日はどうだった?」

 「それがねえ、私って実はすごい人だったみたい!」

 「はあ。」

 「結衣さんと龍華さんに黙っててって言われたから言えないんだけど・・・どうやら本当にすごい人みたいなんだ!」

 「はあ。」

 

嬉々としてしゃべるその様はあまりに新鮮で、天真爛漫な笑顔は、今までの静乃とも、昨日朱鳥と話していた時とも全く異なっていたため、気の抜けた返事しかできなかった。今までの悩みも一時的に忘れるほどの破壊力であった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「でね、昔のこともちょっと思い出せたんだぁ。」

 

並んで登校してる最中、ずっと他愛のない話を・・・一方的に聞かされていたが、そこで突然、彼女はそんなことを切り出した。

 

 「え?マジ?どんな話?」

 「いや、中学と高校の私が遼にしゃべってるかわからないんだけど、私の部屋にギターとベースがあってね、なんでそれを買ったのかは思い出せないんだけど、それでやってきたこととかは思い出せたんだ。」

 「――――――ああーあれか、確かに俺も演奏何度も聞いたよ。ほんとプロ並みだよなあ。」

 

嘘である。そんな事実、俺は知らない。けど、そこでもし俺が初耳だってしゃべった時、この話題が途切れてしまう気がした。だって、会長と部長に口止めされた”何か”が静乃にはあるんだ。もしギター関連の話がしゃべっちゃいけない話題だと思ってでもしてみろ、何をきっかけにして思い出したかすら聞き出せなくなるかもしれない。もっとも、会長らに聞けば教えてくれるかもしれんが・・・・・・

 

 「えーなんだ、遼も知ってたんだね。私自身信じられなかったんだけど、意外と周りにしゃべってるのかなあ。」

 「うーん・・・いや、まともに知ってるのは俺と会長部長くらいじゃないかな。静乃の知り合い関係だと。」

 「・・・じゃあなんで遼には教えたんだろ私・・・・・・」

 「まあ、そこはおいおい思い出していけばいいんじゃないか。それこそやりがいがあるってもんでしょ。」

 「もう!もったいぶらないで教えてよバカ!」

 

ぷーっとふてくされている静乃。アカン、可愛すぎる。なんだこの生き物。

 

 「にしても、かいちょ――――――――結衣さんと龍華さんと一緒に昨日はどこに行ったの?」

 

俺は本題に切り込んだ。さて、静乃の記憶封印の原因を探るのが必要だが、多分、静乃が倒れて目が覚めた後の錯乱が鍵になってる。でも、このまま聞いてもきっと教えてもらえない。『治療に必要なら―――――』と本人は言ってくれているが、それは最終手段にしたい。

 

 「えーっとね、ギター弾けるところに行ったよ。住所と名前はわからないんだけど。」

 

ギター弾けるところといったら・・・・・・ライブハウス?スタジオ?よくわからん。俺に音楽の世界は・・・・・・

 

 「なるほど、そこでギター弾いたら思い出したと。」

 「いや、ギターはその時弾いてなかったかな。結衣さんと龍華さんがいろいろ曲を聴かせてくれて、そして最後、ある曲聴いたら思い出したんだ。ギター関連のあれこれを。だからもう、いろんな曲弾けるよ!」

 

曲聴いただけで思い出しただって?いったいどんな曲をこいつは聴いたんだ。というか、”会長と部長はどうやってそんな曲を割り出したんだ?”

 

 「おお、それはすごいじゃん!で、ある曲ってどんなタイトルとか思い出せる?」

 

もしかしたら手掛かりになるかもしれん。はやる気持ちで聞いたところ、静乃の表情はあまり芳しくない。

 

 「それがねえ、わからないんだ。」

 「どういうこと?」

 「漢字が難しくて・・・」

 

そ、そういうことか~~~~~~~~~!!!!!!!!

 

 「なるほど・・・多分、それを書けって言っても難しいんだもんね?」

 「うん。あんな熟語、小6で習ってないよ。・・・・・・・・・当時の私はいったい何を思ってあんな――――――――いや、なんでもない!それより、ちょっと遅れそうなんじゃない?早くいこ!」

 

静乃は何か言いかけたが、何もなかったかのように足を速めた。・・・・・・これは、会長と部長に話を聞かないことにはいかなくなった。封印解除を成し遂げた彼女らに・・・

『当時の私』と彼女の口からこぼれたワード。俺は聞き逃さなかったぞ。このギター関連の話、あいつの人格形成に多少なりとも絡んでいそうだ。

俺は速足で先を進んでいる静乃に駆け寄り、追いつけ追い越せで学校へ向かった。

 



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4-4-7 アポなし突撃

静乃の登校2日目、やはり、条件反射でといていた問題は相変わらずやれる模様。4時間目まで、その様子はみてとれた。昨日よりも明らかに順応しており、刹那を含め今までつるんできた人たち、そして自分から今まで話してきてなかった人たちに触れ合って、仲良く談笑する様子は微笑ましいものであった。――――――これが、あるべき姿だったんだよな。死んだ魚の眼をした、ダウナーな彼女は、人格が捻じ曲げられた結果なんだろう。時間超越ものでよくある話だ。あるトラウマをきっかけに人が変わってしまったが、過去に戻ってそのきっかけを取り除いて現代に戻ると、人格が曲げられないまま成長していた、なんて。こうまざまざと見せつけられると、俺も昔を思い出してくる。まだ明るかったあのころの静乃を・・・・・・。まあ、思い出すって言っても、雰囲気だけで、具体的なエピソードはさっぱりなんだけどね。

 

 「さてと・・・」

 

昼休み、静乃は刹那に預けて、俺は教室を出た。行先はまず・・・部長のいる教室だ。会長に昼会いに行くのは難しい。ただでさえ会長の囲いが自粛して遠巻きに眺めるだけでとどめているのに、一般生徒―――とくに男子が会いに行くのはいささかハードルが高い。だから、同じ場にいた部長と話すのが楽でよい。

 

 「って、思ったんだけどね・・・」

 

部長のクラスに足を運んだが、どうやらいないらしい。近くの人に聞いても、よくわからないらしい。

思えば、昼休みに部長と会うなんて数えるほどしかない。行きそうなところはどこだ?部室か?

俺はゲーム研究部部室に足を運んだ。鍵は開いており、その中には――――――――

 

 「げ、国広君・・・」

 

ゲーム部顧問である梓先生が一人昼ご飯を食べながら仕事をしていた。

 

 「え?なんでこんな時間に部室に・・・」

 「いや、それ僕も聞きたいんですけど・・・なんですか、もしかして昼でも職員室から逃げてきたんですか。」

 

梓先生は視線をそらした。いやあなた、職員間でいじめられでもしてるんですか・・・

 

 「いやねえ、休み明けで忙しいのと?しかも2年生から一人倒れた生徒とかいるじゃない?しかも千歳先生の親族なわけで・・・。まあ、見てられないというか。そうなると、隣の席の私はその場にいづらくなるじゃない?だって、声かけないわけにもいかないもの。」

 「だからこうして逃げてきたと。」

 「まあ・・・」

 

わかるっちゃわかるけどさ・・・

 

 「まあ私のことはさておき、実際彼女、萩原さんは大丈夫なの?」

 「それについては現状はなんとか。昨日もどうやら昔のことを少し思い出したみたいですし。」

 「それはよかった!」

 

梓先生はほっと胸をなでおろしたように見えた。

 

 「千歳先生にも報告しておくよ。きっと喜ぶと思う。―――――――――――――――で、国広君はどうしてここに?いつもこんなとここないでしょ?」

 

それ、裏返したらいつもこの部室に昼に来てることになりませんかね・・・

 

 「いやその、部長に用があったんですけど、教室にいなくてですね・・・。もしかしたら部室にいたりしないかなって。」

 「ああー宮永さんね、たしかにちょっと前には来てたんだけど・・・」

 「ほんとですか?ちなみに、どこにいったか聞いてたりします?」

 「さあ・・・ああでも、緋色さんに連れられて行ったから、もしかしたら生徒会室に行ってたりするんじゃないかな。」

 「え?またなんかあの人やらかしたの・・・?」

 「うーん、そうは見えなかったけどね。部室にいた時もいつもよりは顔つきが落ち着いていたというか、緋色さんに連れられて行くときも、見つかったというよりは待ち合わせをしていた感じがして・・・」

 「なるほど、了解です。そしたら、そっちをあたってみます。」

 

俺は部室を後にして、生徒会室へ向かった。丁度その時千歳先生とすれ違った。梓先生が言ってたことを思い出すと、たしかに少しやつれたように見える。授業中はそんなに感じなかったのに。周りに生徒がいないところでは、素が出てしまっていたということなんだろうか。

 

 「先生、こんにちは。」

 「こんにちは国広君。梓先生は――――――――」

 「ああ、ゲーム部部室にいましたよ。」

 「了解だ。またあの人は・・・・・・」

 

やれやれといった体で、千歳先生は部室に向かった。千歳先生を気遣ったのか知らんが、その本人から連れ戻されるのは少し面白いな。

てか、下の名前で呼んでるのか。そりゃあ、愛くるしいしみんな呼んでるからそうなるのかねえ。

生徒会室をノックすると、そこから出てきたのはカトル先輩だった。

 

 「カトル先輩、お疲れ様です。会長と宮永部長はいらっしゃいますか?」

 「国広君、お疲れ様です。お二人なら僕は見てないかな・・・。学内にはいるとは思うけど・・・。」

 「了解しました。」

 「そうだ、静乃君は大丈夫かな?」

 

カトル先輩は神妙な顔つきで質問してきた。3年生が2年生の情報なんて仕入れようがない。今どうなっているか、知り合いなんだから、気になるのは当然だろう。

 

 「命に別状は――――――――って、そんなの登校してるんですから大丈夫なのは当たり前ですよね。記憶については、ちょっとずつ思い出してきているみたいですよ。」

 「それなら安心したよ。記憶を失ったって聞いた時の生徒会内の様子は悲惨だったからね・・・。朱鳥君はぐったりしてるし、いつも元気な鹿夫君も静かだったし、鬼道君はその話聞いたら少し仕事残ってたのに帰ったし、結衣君は呆然として――――――そして何か考え事をしてたみたいでさ。」

 

・・・そうだ、神前は生徒会じゃないか。それならば、なおさら会長たちに会う必要がある。神前本人に直接接触するのはマズイ。やはりなんとしても・・・

 

 「それは・・・。けど、安心してください。このペースなら何とかなりそうな気がします。幸い僕のことはまともに覚えてくれているので、なんとかしてみます。」

 「了解。健闘を祈るよ。――――そうだ、火急の用事なら、連絡を取ってみたらどう?やみくもに探すのも時間がもったいない。昼休みも終わってしまうしね。」

 「・・・確かに、どうして初めからそうしなかったんでしょうね。」

 

我ながらあほであるが、カトル先輩に言われたよう連絡を取るためスマホを取り出した。すると、そこにはメッセージが来ており、

 

 

龍華[ 国広、ちょっと怜ちゃんと連絡って取れたりしない?

    あなたと怜ちゃん、結衣を含めてちょっとお話したいことがあるなって

    あと、しゃべるねんどろいどもいたらなおの事いいかな。    ]12:52

 

龍華[ 怜ちゃん既読つかなくてね・・・

    お隣さんの国広なら何か知らないかなあ。できるかぎり早くに話したい。 ]12:53

 

 

・・・どうやら話したいのはあちらも同じみたいだ。

ただ、怜が休んでるんだよな・・・・・・今日の帰りに、あいつのところによるか?――――――――いや、状況が状況だ、まず竜崎に報告が先だろう。

俺は『怜は学校休んでいます。なので、復帰次第セッティングします。』と返事をし、教室に戻った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「あのyoutuberの新着動画、20時ジャストに投稿されるって。」

 

帰宅後、竜崎は俺にそんなことを言ってきた。もちろん、他愛のない世間話ではなく、暗号の一つ。

 

 「了解。あとで確認するよ。」

 

俺はそう返事をした。俺も竜崎と話したいことがあったんだ。内密にね。

8時になると、俺はイヤホンを耳にして、ベッドに寝転んだ。そして頭に直接声が響き始めた。

 

 【もしもし、ちゃんと聞こえてる?】

 

竜崎が身を案じてとった策、それは念話である。竜崎曰く、会話は全て録音されているらしい。なので、なにか込み入った話をするためには、こうした念話でやろうということになった。

 

 【問題ない。大丈夫だよ。】

 【オーケー分かった。じゃあ早速だが、昨日今日の成果を教えてほしい。】

 【そうだね、まず、少し記憶が戻ったらしい。もっとも、その根本原因はまだ探れていない。】

 【なるほど、どんな記憶が?】

 【静乃はどうやらギターやベースが趣味らしくて、昨日緋色会長と宮永部長につれられてどっかに行った時、とある曲を聴いたら趣味の記憶が戻ったんだと。】

 【ふむ、記憶を下り起こすくらいだから、その曲には何かがありそうだ。で、その曲のタイトルは?】

 【それが、静乃本人は思い出せないらしい。なんでも、読めない漢字で書かれた曲らしくて・・・】

 【うーん、じゃあ君は緋色結衣と宮永龍華からその曲については聞き出せたのかな?】

 【それをやろうとしてやれなかったって言うしかないかな・・・。ただ、あっちはどうやら怜と竜崎と俺を交えて少し話をしたいらしい。】

 【なるほど、それならばその時に聞くのが手っ取り早いかもしれない。明日の午後でどうだろう。怜にはこちらから伝えておく。なに、奴は作業中だろうけどかまわん、あいつの家で実行しよう。】

 【了解。2人にはそう伝えておく。では、切るよ。】

 

竜崎は俺の言葉を聞くと、小部屋からとてとてとこちらに近づいてきた。

 

 「じゃ、そういうことでよろしくね。それと――――――――」

 

寝転ぶ俺の上に這い上がり、眼前でこういった。

 

 「そのイヤホン、実は裏のボタンを3回押したら、録音開始できるんだ。”自分のしゃべりたいことを、相手に確実に伝えるなら”そういう手段もあるよね。」

 

俺はすぐさまイヤホンをとった。すると確かに、爪楊枝でぎりぎりさせるくらいの穴があり、ためしにその辺にあった爪楊枝で押してみたら確かに押せた。

3回押したところ、頭の中に直接声が響く。

 

 【そのボタンがそちらからこちらに語り掛けるためのステップとなっている。怜はそちらからこちらに話しかけることはできないって言ってたと思うけど、実は嘘。それをできるように改造しておいた。今後、何かそちらからあればこうやって連絡してほしい。】

 

にっと竜崎は笑った。そして、俺の体から飛び降り、小部屋に戻っていった。

俺の持ってる情報は伝えた。だから、俺が次にやることは・・・

 

 「部長と会長に連絡しよう。明日の放課後、怜の家に集まろうってね。」

 

 



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4-4-8 ゲロまみれお姉さん、戦闘準備

8月25日 火曜 ~怜side~

 

 

 『5年前に違法アップロードされた小学生のレイプ動画に件の“次元犯罪者”が出ていないかを片っ端から調べ上げるんだ。』

 

 

数日前竜崎は確かに私にそういった。……こんなことを命じるってことはつまり……静乃は……いや、そんな最悪の結末は考えないようにしよう。ただ、見つからなかったら静乃の記憶消去の解決は遠のく。みつかってほしいけどみつからないでほしいという矛盾を孕み、私はキーボード上で指を走らせていた。過去に消去されたファイルを復元したり、サイトにハッキングをしかけたりすることは、私にとっては造作もないことであるが、調べる量が半端ではないので、もう何日もかかっている。もう私は、心身ともに疲れ切ってしまっていた。まだまだ幼い少女をレイプしている動画を見続けるなんて拷問、もう耐えられない。世の中の男はどうしてこんなものを見て愉しんでいるのか、全く理解できない。途中、あまりにえげつないプレイをしている動画を見つけて、吐いた。普通に犯すならまだいいんだ、ただ、もはや異常性癖と呼べる類のもの――――――――

腹パンや、

精液をぶっかけた食事を摂らせたり、

異物を恥部に挿したり、

貼り付けにしてモデルガンで乱射したり、

熱湯風呂に押し込んでいたり、

うつ伏せに固定して背中に針を通して皮膚で受け皿を作って沸騰した油を流したり、

斧で両足を乱暴に切断したり、

首絞めながらシたり、

目玉や脳味噌に男根をいれたり、

ドラッグを使ったり、

身体を切り刻んで食べたり、

………とにかく色々みた。ありとあらゆるプレイをみた。本来どこにも明らかにされようのない個人PCからもハッキングして掘り起こしているため、ネットの闇に消えていたものも含めてゲテモノを避けることはできるわけもなかった。もちろん、静乃は今も五体満足に生きているから―――――――――――

なんてことを想像してしまい、また吐いた。ひたすらこの繰り返し。考えないようにすればするほどまた考えてしまう。八方ふさがり。フラッシュバックのようにあの光景がよみがえる。そして、また吐く。・・・・・・この数日間で5キロ痩せた。髪もボサボサ、目元のクマもひどい。服はその辺に散乱している。……竜崎からの命令が解除される、あるいはお目当ての動画を見つけるまで、この地獄は終わらない。ただ……カタカタ指を動かすのはもう疲れた。土曜から始めてるけど・・・今何時だ?・・・・・・一度風呂に入ろう。そうだ、次の動画をチェックしたら、一旦止めだ。ろくに寝ず、ろくに食べず、さすがにもう続けられない。

私はある個人PC内に保存されていた最後の動画をクリックした。すると……

 

 「………待ってよ、なんなのよこれ……。」

 

食い入るようにその動画を見る。中身としては普通のセックスであった。勿論、相手は幼女なので、常識的に考えて異常であることに変わりはないのだが、ゲテモノを見続けてきた私はもう、慣れてしまった。けれど、画面に映っている一本のビデオ、そこに出演しているのは探しつつけていたある男、そして……………そして、出したくなかった結論を……、わかっていた、けれど見ないことにしたかった事実を認めざるを得なかった。

 

 「うっ……」

 

やばいもう吐きそうだ。

私はすぐにビニール袋を探したが、ちょうどさっき吐いたのが最後のストックであった。急いで立ち上がり、トイレに駆け込もうとしたら、足元の服に足を滑らせ、そのまま前に倒れこむ。その時の衝撃をもろに腹に受け――――――――

 

 「う゛お゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」

 

我慢できることもなく、丸くなったまま、床にゲロをぶちまける。何度もはいていたから、胃袋には当然何もなく、胃液をそこにぶちまけた。すえた匂いと画面から聞こえる少女の喘ぎ声が部屋に充満して、混沌と化していた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

重苦しく体を起こして動画を保存したあと、部屋を掃除して、ゆっくりと風呂に浸かり、無理やりパンを食べ、ソファに寝そべって仮眠をとった後、私はソファに座りなおして、竜崎のナンバーをコールした。3コールもたたないうちに眼前にウィンドウが表示され、いつものフィギュアの顔が出てくる。

 

 『…ずいぶんやつれたな。ただ・・・こうして連絡を取るってことは、なにかわかったんだな?』

 「ええ…」

 

私は一旦深呼吸をした。そして、キッと竜崎を見据えた。

 

 

 「例の”男”を発見しました。それと……"萩原静乃"の姿も……発見しました……。彼女は……彼女は、シロです。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 『ところで、君は自分のスマートフォンを確認したかな?』

 

一連のことを報告したのち、竜崎さんはそんなことをふと話してきた。

 

 「いえ・・・それどころではなかったので確認なんてしていませんが・・・」

 『なるほどね・・・そしたら簡潔に説明するが、明日君の家に国広君と緋色結衣に宮永龍華が来る。そして私もだ。』 

 「はあ・・・・・・え?いまですか?」

 

あまりに唐突な話で、すこしあっけにとられてしまった。いかんせんこの数日まともに寝ていなかったから、頭が全然働かない。

 

 『彼女らの力によって萩原静乃の記憶が少し戻ってね、それに伴って少し話したいことがあるそうだ。どうやらとある楽曲を聴いたところ思い出したみたいなんだ。曲を聴いただけで記憶が戻るなんて、よほどその曲が人格形成に関わってでもない限りそんなことは起こらないだろう。もしかすれば、君が仕入れてくれた情報の裏付けにもなるやもしれん。』

 「流れはわかりましたけど・・・それ、私と竜崎さんっていりますかね?」

 『そこは少し私も不可解だ・・・。記憶を呼び戻すためのキーマンとして国広君が呼ばれるのはわかる。けれど、怜はまだしも私はいらないだろう。ただね、緋色結衣と宮永龍華のどちらかが”クロ”なら話は別だ。クロなら、我々を含め国広君を処理したいはずだ。』

 

竜崎さんのいうクロ・・・そう、静乃に告白券を使おうと”指図した”張本人であろう。竜崎さんは今回の一件について多くを語ってくれてはいないけど、流石に私も想像がつく。私以外に告白券を持っているとすれば、まず遼の鍵穴相手である、私と同次元の存在。しかし、使う理由が一切存在しない。となれば、第三者になる。遼が告白券の横流しをする理由もないから、私が知らないだけで他にも同次元の存在が移り住んでいることに・・・。いったいなぜ?送り込むのは私だけと機関から聞いている。――――――――竜崎さんの組織が新たに送り込んだ?もしそうなら、”告白券で静乃をレイプする”なんて強硬策に方針変更したってことに・・・・・・いや・・・・・・でも・・・・・・それならクロってわざわざ言わないよね・・・・・・。――――――――――――――――結衣さんと龍華さんの片方が、私と同次元の存在で、私の与り知らない機関に属していて、その機関が強硬策を講じてきた?龍華さんはともかく結衣さんは謎に包まれていることが多く、私も解明できてない情報があるけど・・・まさかね・・・

 

 「・・・とりあえず、わかりました。私も万全の状態で彼女らを迎え入れようと思います。竜崎さんも、”準備”お願いしますね。」

 『了解だ。』

 

そういって、通話が切れる。

私はPCのある小部屋に行き、床下を開けた。

 

 「竜崎さんと違って私の言葉は記録されない。それに、この部屋は防音。この部屋に招き入れるのが、我々にとっても安全なのかもしれないわね・・・」

 

奥にしまい込んでいた、使うことがないと踏んでいた防刃ジャケットに、ハンドガンを取り出した。

 

 「お願いだから、嫌な予感は外れて頂戴。」

 

私はそれらを身に着けた後”透明化”を施した。さあ、あとは迎え入れるための掃除をしなきゃね・・・・・・



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4-4-9 勘ぐり合い

8月26日 水曜

 

先日宮永部長から提案された、緋色会長と怜、竜崎を交えて静乃のことで話をしたいとのことで、放課後、静乃を刹那に預けた後、会長部長俺の3人はその足で現在怜の自宅へ向かっている。怜はといえば、今日も学校を欠席している。連絡自体は取れたが、体調があまりすぐれないとのこと。体調不良なのにわざわざ集まるってのも・・・と思ったりもしたが、体調不良の原因が寝不足らしいので、まあいいんだろう。

にしても、なぜ会長たちは怜と竜崎を混ぜて話をしたかったんだろう。二人はいらないんじゃないかな?そんなことを思いながら帰宅していた。2人は俺の後ろをついてきて、他愛もない話をずっとしていた。まあ部長が一方的に話してる感があったけれど。

 

 「さ、怜ちゃんの家に着いたねえ。」

 

部長が大きく伸びをしてそう言葉をこぼした。

 

 「じゃあ、国広君はあのねんどろいどを連れてきてください。」

 「うっす。」

 

会長に言われるがまま、俺は隣に位置する自宅へ入った。玄関には靴がなかった。有希はまだ帰宅していない模様。叔父さんもどこかへ出かけているのだろう。俺はまっすぐ自室へ向かい、竜崎がいるはずの小部屋を覗き込んだ。

 

 「やあ、お迎えかな。」

 「そうだね、じゃあ行こう。」

 「おっとその前に・・・」

 

竜崎は指を耳元に当ててくるくるさせていた。多分これ、念話のことだよな・・・

俺は例のイヤホンを耳に着けた。

 

 【よし、受信はできたみたいだね。もう外していいよ。】

 【ええと・・・わざわざこんなことする理由って?】

 【まあそうだね・・・口裏合わせるときがあるとき便利かなって。】

 

はあ、とこぼし、竜崎を俺は掬い上げ、肩に載せた。

 

 「よし、じゃあいきますか!」

 

竜崎は元気よく声を上げた。さあ、静乃の情報を聞き出すぞ・・・

俺は決意に満ちていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 「怜ちゃん・・・・・・ひどい顔してるよ・・・」

 

久しぶりに会った怜の顔はひどいものだった。睡眠不足と聞いていたが、眼の下の隈はくっきりと残り、あの象徴的な横ポニは雑にくくっただけのもの。髪もボサボサ。服装だけがいつもを取り繕っていたので、どうしてもそのギャップを意識してしまった。

リビングには怜の隣に俺と竜崎、対面には会長と部長が座っていた。細テーブルで仕切られており、手を伸ばせば届く、そんな距離にいた。

 

 「まあ・・・いろいろありまして・・・」

 「それは静乃関連のことで?」

 

会長がじっと怜のことを見据えていた。その瞳は冷徹で、少し背筋がぞっとした。

 

 「――――――――ええ、そりゃあ、友人があんなことになるんだもの。自分に何かできることはないか、思い悩みもするわ。」

 「へえ、怜ちゃん”も”そんな風に思うんだ。」

 

少し言葉にとげを感じるような、そんな返事が部長から飛んできた。怜の言葉に驚いているように見えるけど・・・

 

 「私たちも何とかしたいと思ってるんだ。こんな悲しい事態、何とかしてやりたいよね。」

 「そうそう、だから有益な情報を何としてもかき集めて、役立てていきたいんですよ。」

 

俺は何とか相槌をはさんだ。この集まり、やけに緊迫している。いつもなら相槌打つのにこんなにつらさを感じないのに・・・。

 

 「本当、誰のせいでこんなことになったのでしょうね。」

 

会長は腕組みをしてため息をついた。その目は変わらず冷徹であった、

 

 「それが――――――――――――」

 

そこで、俺は言いとどまった。

ちょっと待て、何かがおかしい。

”誰のせいで”?

いや、確かに俺たちはこれが人災だと思っている。けれど、2人は違うだろ?記憶喪失が誰かによって引き起こされるなんて、普通考えもしないだろ?疑うにしても、”何がきっかけで”じゃないのか?

そんなことを一瞬でも思った俺のことを、2人は見逃さなかった。

 

 「それが――――――――――どうかしたの?」

 

部長の目がこんなにも据わってるなんて、俺は知らない。俺は部長のことをそこそこ見てきたつもりだったけど、そこから分かった情報は氷山の一角だったのかもしれない。

 

 「いや・・・・・・その・・・・・・」

 

俺は部長の初めて見る姿にたじろいでしまい――――――――

 

 「それが――――――――男子たちの中で知れ渡っている〈クールビューティ緋色会長の腕組みおっぱい〉なんですねえ!」

 

心に救うHENTAIの精神でごまかしてしまった。指摘された会長は、腕を組んだまま視線をゆっくり胸元に下げ、その後俺に視線を向けたままゆっくりと手を膝の上に置いた。口は笑っていたけど目は笑っていなかった。

 

 【遼、ゴメンね。】

 

脳内に直接怜の声が響く。その声を聞いた瞬間、怜の鉄拳が頬を直撃した。

 

 「アンタばっかじゃないの!?」

 「国広、流石に今のは酷いよ・・・」

 「・・・・・・え?男子たちそんなこと思ってたんですか・・・?」

 

じわじわとことを認識し始めたのか、少し顔に赤みが――――――照れが生じ始めた。俺は殴られた頬がきっと赤みを帯びているよ。

 

 「まあまあ、結衣に限らず世の中の男たちは巨乳に弱いからさあ。静乃ちゃんなんてみんないつも釘付けだよ。」

 「とくに、最近の静乃は昔そのまま、明るかったころの天真爛漫な状態ですからね・・・。まだ登校して3日目なのに、取り巻きができてますよ。クラスの男子なんて手のひら返して可愛い可愛い言ってますからね・・・。」

 「・・・そう、その昔の明るかった頃の萩原静乃が、どうしてあんなふうになってしまったんだろうか。」

 

ここで、ずっと黙っていた竜崎が口を開いた。そうか、一応静乃の記憶封印解除の船頭を仕切ってるのは隠しているのか。だから何も知らない体でしゃべっているのか。

ただ、体を張って空気をやわらげたにもかかわらず、すぐまた背筋が凍るような空気に―――――――――

 

 「・・・へえ、どうして貴方がそんなことを気になるのですか。」

 「いやその、単純に好奇心だよ。私がよく知る彼女は覇気のない暗い少女だった。けれど、今の彼女は真逆なんだろう?何が彼女をそうさせたのか、すごく気になる。」

 「ふうん・・・・・・。」

 「そうだ、あなた方は萩原静乃の記憶を一部戻したのだろう?いったいどのようにしてやったんだ?」

 「ええと、国広君から聞いていないんですか?国広君は話していないんですか?」

 

少々困惑気味に会長が返事をする。たしかに、少し白々しかったかもしれない。

 

 「あらましはしゃべったんだけど、細部はむしろ俺も知りたいんだよ。てかそれを話すのが今日の目的では。」

 

俺はそう会長に答えた。会長は納得すると思いきや、むしろ少しにやついて返事をした。

 

 「へえ、一昨日の話、私と部長は誰にもしゃべってないのに知ってるってことは、国広君は静乃さんから聞いたんでしょうね。で、その情報を国広君の口から昨日聞いた、と。」

 「そりゃあ、貴女方が私とも話をしたいというから、なぜ?と思うのは自然だろう。事の成り行きを聴くのは当然だろう。何か問題でもあるかな?」

 

竜崎も竜崎でバチバチをかましていた。

 

 「いえ、何も問題はありませんよ。」

 「怜ちゃんも大変だったよね、()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

部長がにっこり怜をみつめた。

――――――――目が何も笑っていない。

それになんだ?記憶喪失の原因探し?寝不足ってそれが原因だったのか?

 

 「・・・先輩方、何か私に言いたいことがあるんですか?」

 

この雰囲気に耐えかねて、ついに怜がしびれをきらした。

 

 「いま言ったじゃない。」

 「・・・原因を考えても、何もわからなかったわよ。」

 「ほんとうに?」

 「―――――――――――――――――宮永さんは何を言いたいんですか?」

 「あーもうめんどくさくなってきたじゃあ単刀直入に聞くね。」

 

部長は頭をポリポリと掻くと、きっと怜を見据えてこう告げた。

 

 

 

 「静乃ちゃんの記憶消去、あなたたちがやったんじゃないの?」

 



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4-4-10 推測と事実のすり合わせ

部長の信じがたい言葉を聞き、俺はその場に固まってしまった。

 

 【遼、怜、落ち着け。不用意な発言はするなよ。――――――――――――彼女らがそう思うってことは、何か我々に思うところがあるのだろう。まず、そこの掘り下げからだ。】

 

念話で竜崎は俺らに待ったをかけた。確かに、ここで俺が突っ込んだところで―――――――――

 

 「いったいどうして―――――――」

 「国広君、なんのために記憶を消したんですか?」

 

竜崎がしゃべる前に、会長は俺にそんな言葉を投げかけた。どうして会長が俺を疑う?記憶?消せるわけないだろ。それに、告白券を使ったのならまだしも・・・

 

 「な、なんで俺が記憶を消した前提で話が進んで――――――――」

 「へえ、()()()()()()()()ねえ。やけに動揺してますね。私たちが突飛なことをしゃべっているのに、あっけにとられはしないんですね。」

 

俺が少し動揺していたのを会長は見逃さなかった。眼光の鋭さは増す一方であった。

 

 「―――――――ちょっと待ってもらおう。記憶を消す?どうやってそんなことするんだ。意味が分からない。」

 

竜崎が静止をかけたが、 

 

 「―――――――白々しい人形ですね。」

 

会長は立ち上がって、苦虫を嚙み潰したような顔で竜崎を見下げる。そうして竜崎に対して手を上げようと右手を大きく振り上げ――――――――――たところで、怜がその腕をつかみ上げた。

 

 「ちょっと、今あなた――――――――」

 

即座に動いた怜も凄いが、ただ、それ以上に会長は凄かった。つかまれた腕を即座にそのまま投げに利用して、ソファの後ろにたたきつけた。そこから寝技に転じ、怜をきつく締めあげる。その動きはとても一女子高生が取得しているものではない。何か武術でもやっていないとこんなことはできないだろう。

俺と部長は驚いて、慌ててそちらに駆け寄った。

 

 「かっ・・・・・・」

 「―――――――――ふうん、見た目以上に()()ですね、貴女。みてください龍華。」

 

それは着やせするタイプだって意味ではもちろんない。よく締めあげられた箇所を見る。会長の腕と怜の体の間に、隙間が見える。緩く締まっては全然見えないのに・・・。

 

 「こうして目にすると、流石に信じざるを得ないね・・・。透明なジャケット?なにそれ。」

 「って、いい加減にしなさい!」

 

怜は体から大きな音を出して会長の拘束から抜け出す。左腕がだらんと垂れていた。右腕は透明なジャケットの中に突っ込むように見え、そこからあるものを取り出して会長に向けた。親指を立て、人差し指が軽く曲がり、中指から下で何かを強く握って――――――――

 

 「――――――――まさかここまでさせるとはね・・・」

 「怜ちゃん!?」

 「怜!」

 

俺と部長は叫ぶだけで、その場から動くことができなかった。怜の眼は本気だ。

一方会長は目を見開くと、両手を上に上げた。

 

 「――――――――まいりました。けれど、私の推測は当たっていたみたいですね。」

 

その表情は、さっきまでの冷酷無比なものではなく、いつもの穏やかなものであった。先ほどまであんなに疑ってかかった人とは思えないほど、あっさりと引き下がる。これは別に、自分の身を案じたから引き下がったというよりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というような・・・

 

 「――――――――怜、国広君、これは一杯食わされた。正直に話すしかあるまい。」

 

竜崎がそのようにこぼしたとき、怜はハッとして、右腕をゆっくりと下げ、その場にへたり込んでしまった。ゴトっと大きな音がなり、右手に持っていたと思われるものが転がった。

 

 【申し訳ございません。一般人かと思って油断していました。逆にこのままでは、自分の身が――――】

 【怜、起こってしまったことはしょうがない。まあ私の推測が正しければ、彼女らはシロと考えられる。おそらく、萩原静乃を思ったが故の行動だったんだろう。国広君も、もう隠す必要はない。】

 

さっきまでの緊迫した空気と打って変わり、いつもの和やかな雰囲気に戻った。正体がばれたことへの気まずさではなく、正体を隠す必要のなさへの安堵。

 

 「ああもう、すごい緊張しちゃった。まさかここまで準備していたとは・・・。もし怜ちゃんがソレを使ってたらと思うと・・・。」

 

確かに、どう考えてもあれはハンドガン。怜はこの世界の人間ではないとわかってはいたから、なにか想像のつかないものを持っていると思ってい吐いたが、まさか現代の銃器を持っているとは・・・。

こうして考えると、竜崎たちの存在は非常に危ういように思える。おそらく、まだ俺が知らないだけで何か恐ろしい兵器を持っていてもおかしくない。ならば・・・同じ存在と思われる神前も・・・なにか危険なものを隠し持って・・・

 

 「・・・そんなの持ってるなんて、流石にそれは俺も知らなかったゾ。」

 「逆に、国広君はどこまで彼女らのことを知っているのですか。」

 

ふと俺に視線を移す会長。とはいえ、全てがすべてをしゃべるなんてできない。そもそもこいつらの目的は俺に恋人を作らせること。その先の目標は抽象的な話ばかりで話辛い。てか、恋人づくりなんてこと、俺の口から異性に言えるわけないじゃん!もしかしたら会長や部長が相手になることも―――――――――――――――――いや、会長は高嶺の花だし、部長はそういう目で見てこなかったしな・・・・・・。

なんて、思いながらポリポリ頭を掻いていた時、竜崎が口をはさんだ。

 

 「宮永龍華と緋色結衣、貴方たちに私のことを話そう。加えて、これから話す話は他言無用でお願いしたい。」

 

竜崎はテーブルのど真ん中に立ち、真っすぐ彼女らを見据えた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

改めてソファに座りなおした一同。怜は左腕の関節を外していたのだろうが、気が付いたら元に戻っていた。関節自在に外せるって、特殊工作員かな?いや、もしかして本当に特殊工作員なのかもな・・・。

一応怜のことを気遣い、俺はみんなの分のコーヒー―を淹れた。この家にはお茶がなく、コーヒーしかないのでしぶしぶそれにしたわけだが、時間がかかるからできれば避けたかった。

竜崎はソファを挟んで位置するテーブルの上、その端に立ち、全員に体を向けて話し始めた。

 

 「我々は国広君の恋のキューピットなんだ。」

 

俺は口にしていたコーヒーを盛大に吹き出してしまった。幸い正面に座っていた部長までは飛び散らなかった。

 

 「うわ、大丈夫国広?」

 「まあ、そんな風に言われると驚くよね・・・」

 

周りのみんなは俺を汚物扱いせず、気遣ってくれた。なんて優しいんだ・・・ここの人達は・・・。けれど、竜崎、他に言い方ってものがあるだろう?

 

 「―――――――――じゃあ、なぜ自称恋のキューピットが拳銃や透明なジャケットなんて物騒なものを持っているのですか。」

 

竜崎がボケ?をかましたのにもかからわず、会長はいたって冷静であった。そして、会長がそのように疑うのももっともである。というか、俺もそこは不思議に思った。改めて、竜崎たちの得体の知れなさを思い知った。怜とまともにやり合ったら、絶対に俺は勝てない。銃を持ち出せるくらいだから、殺そうと思えば殺せてしまう。となれば、おそらく怜と同じ世界の住人である神前も・・・いや、神前はレイプを主導するくらいだ。手段なんて択ばず、俺が邪魔とわかれば、容易に殺してしまうかもしれない。————————これはますます、神前のことをしゃべるわけには・・・。

 

 「それは自衛のためだね。・・・まあ、まずは話を聞いてほしい。————————我々はこの世界の住人じゃなくてね。そりゃ、現代科学でこのように自在にしゃべる人形なんて作れないだろう?」

 

確かに、と頷く一同。

 

 「でだ、じゃあなぜ異世界にいた我々が、この世界に干渉しているのかを説明しよう。国広君って、なぜかよくわからないけど周りに女性が多いだろう?けれど、それなのにもかかわらず本人の糞さのせいでいろいろなチャンスを棒に振っている。それがあまりよくなくてね、なんとか彼に彼女を作らせようといろいろな技術を使って画策しているわけ。」

 

ぽかんとする先輩方。そりゃ、わけわからないだろう。俺もわけわからない。

 

 【怜、ここから先の話は幾ばくか突拍子の無い話も混ざっているが、気にしないでくれよ。具体的には、ここ数日気味にやらせていた件だ。そして国広君、君のことも少し真実から遠ざけて話をしようと思うが、許してほしい。】

 【ああ、あれですか。————————ええ、わかりました。】

 【初めから断っておいてくれるなら、しょっぱなのあれもなんとかしてしてほしかったゾ・・・。】

 

念話で念押ししてきた竜崎を一瞥して、再び俺はコーヒーに口をつけた。

 

 「ただ、ここで問題があって、我々の世界の別の人間が、国広君の彼女づくりを阻止しようとしているのさ。」

 「はあ、正直ここまでずっとわけがわからないのですが・・・。まあ、それはそれとして、具体的にどう阻止しようと?」

 「国広君って処女厨なんだけども――――――――」

 

俺は再びコーヒーを吹き出してしまった。今度も部長に飛び散りはしなかった。飛び散りはしなかったが・・・

 

 「国広・・・それはちょっと夢見すぎというか、心にゆがみが生じているんだけど・・・」

 「国広君、流石にそれは引きますね・・・。たとえそう思っていたとしても、他人に言わないほうがいいですよ。」

 「遼、あなたまさかそんな趣味があったとは知らなかったわ。—————————あ、だから初対面のあの時――――――」

 

その時、怜に初めて会った時のことがフラッシュバックした。そういや俺、怜に対して告白券を使えるかどうかの時処女いじりをしていたような・・・。どうして俺は・・・あんなセクハラを・・・。

 

 「え?国広前科あるの?じゃあ、竜崎さんのいうことは冗談じゃなくてガチなんだ・・・」

 

怜の一言のせいで、周りの人間がドン引きしていた。竜崎、流石にこれは許せないゾ・・・

何とか言い返したかったが、コーヒーでむせてしまってそれどころじゃなかった。

 

 「――――――――まあ、言ってしまえば処女じゃなくなれば、国広君の好みから外れるわけ。つまり、国広君の彼女候補の女性を片っ端からレイプしていけば、彼女づくりは阻止できるって話だ。」

 

これまで俺をゴミを見る目で見ていた一同が、竜崎のその一言を聞いた時、竜崎に視線を移した。場の空気がぴりつくように感じた。

 

 「――――――――にわかに信じられませんが、私たちの世界の常識・倫理でものを考えてはいけないのかもしれませんね。わかりました。ひとまずは信じましょう。国広君の気持ち悪い性癖は、できれば信じたくはないのですが。」

 

会長、どんどん静乃のように俺の扱いが辛辣になってきてませんかね・・・?

 

 「てか、もし相手がレイプ魔だったら、私たちも国広と知り合いだから危ないんじゃ・・・。いや、結衣はいいかもしれないけど私は絶対勝てないよそんな相手。」

 「部長、その発言は部長も会長も未経験だって白状しているものでは・・・?」

 「――――――――国広君、そういうところが糞だって言われるんですよ?」

 

会長の眼は、何も笑っていなかった。やってしまった、と思った。まじでやっちまった。バッドコミュニケーションを永遠に繰り返している。何も学ばないのか俺は。

 

 「でだ、そのレイプ方法が力任せだったら緋色君のような武術経験者は返り討ちにできるんだが、我々の世界の技術を悪用して意のままにしてしまおうとするんだ。相手が武術経験者かどうかは、あまり関係がないんだ。いわばマインドコントロール、こちらの意思なんて関係ない。そして、あいつらの標的はより国広君に近ければだれでもいい。」

 

流石に告白券というワードは、出す必要がないか・・・。にしても、あの告白券、ある意味洗脳だよな・・・と思っていたから、竜崎の口からはっきりそう言われると、やはりうかつに使っていい代物じゃないと自覚させられるな。

なんて思っていたら、部長が緊迫した顔つきで竜崎を見ていたことに気づいた。

 

 「・・・もしかして、その相手ってもしかして・・・?」

 「ああ、萩原静乃が、奴らの標的となったのだ。ただ――――――――――――」

 「―――――――うまくいかなかったと?」

 

会長が竜崎の話にに口をはさんだ。

 

 「おそらくは、マインドコントロールを試みたが、うまくいかなかったのだろう。どうしてうまくいかなかったのか。そもそも決行したのはだれなのか。そこはまだわかっていないんだ。私も怜も、ここ数日そこを調査していたのだが・・・。いずれにせよ、マインドコントロールは相手の脳に付加をかけることは間違いない。その過程で、おそらく萩原静乃の記憶封印が起こったのだろう。そして、中途半端に行われたマインドコントロールをそのままにしておくとは思えない。あいつらにとって萩原静乃に対するだから――――――――」

 

竜崎は一拍置いて、2人の先輩方に言葉を告げた。

 

 

 

 「萩原静乃の記憶の封印解除と身の回りを守るため、彼女と一緒に行動してほしい。」

 

 

 



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4-4-11 『嘔吐』

 「私たちが襲われる可能性があるっていうのに、一緒に行動してほしいっていうのも、なかなかにきついことをいうねえ。」

 

竜崎の申し出に対して、部長がやるせなく返事をする。そりゃあ、相手が部長たちに告白券を使ってこない保証はない。確かに、使われる可能性は低いかもしれないが、あくまでこれは竜崎の予想であって、断言できるものではない。気が引けるのも無理はない。だが――――――――

 

 「ただ、このまま静乃を放置しておくこともできない・・・ですよね。今の不用心な彼女を放置しておくと、それこそ取り返しのつかないことが起こった時、どうしようもなくなります。————————貴方たちの技術で、彼女を守ってあげることはできないのですか。」

 

会長の言い分はもっともだ。これだけのぶっ飛んだ技術を持っておきながら、肝心なことは人頼みっていうのも、おかしな話である。

 

 「それは根本的な解決方法でだろうか、それともその場しのぎの解決方法だろうか。その場をしのぐだけであれば、怜を常駐させればいい。その気になれば、彼女に透明ジャケットを着せて、萩原静乃を見張っていれば、いざというときに対処することは可能だろう。」

 「まあそれでもいいのだけれど、そうなると見はっている期間、私は他の仕事をできなくなる。となれば、根本的な原因を取り除くことが遅れるわね。」

 「根本的な原因の取り除きというと・・・相手の特定?現行犯をとらえれば終わる話ではないの?」

 「私たちの見立てでは、相手は恐らく複数人で行動している。我々の世界の住人————そうだな、Xと呼ぼうか。Xと、この世界の住人A、Bだろう。XはA、Bに少女の洗脳を依頼して、A、Bがそれに従って性的暴行を行っていく。おそらく、複数回その辺の少女相手に練習をした後、今回静乃に対して実行しようとしたのだろう。でだ、Xたちは一度失敗している。2度目の失敗をしたとなれば、XはA、Bを切り捨て、記憶を消すだろう。洗脳ができるくらいだ、それくらいのことをしてもおかしくない。となれば、現行犯を捕まえても、親玉が生きている以上、親玉はまた別の人間C、Dを用意して、同じことをしでかす可能性が出てくる。問題は永遠に解決せず、次なる暴行に怯え続けることとなってしまう。」

 

しゃべっている本体こそかわいらしい人形であるが、しゃべっている内容は物騒極まりないものであった。会長は頷きながら、部長は腕組みして顔をしかめながら竜崎の話を聞いていた、

 

 「――――――――ゆえに、普段自然に見張っておく分には、我々が代わりに行う。複数人で行動している中、無理やり行為に及ぶことはリスキーでできないから。そうして時間を稼ぐ間、貴方たちは本元を叩くということですね?」

 

竜崎が話を終えてしばらくたった後、重苦しい空気が流れていたが、会長がその空気に割って入った。

 

 「理解が早くて助かる。それに、君たちも一緒に襲われるかどうかということについてなのだが、おそらくそれはない。というのも、相手のマインドコントロールは、同時に行うことができないんだ。萩原静乃に洗脳をかけるとき、他の人は絶対に洗脳されない。」

 

告白券って、重ね掛けできなかったのか・・・。

って、まて。告白券って本番NGじゃなかったっけ?

めちゃめちゃ念押ししてたよな確か。怜は初見時に俺にあれほどまでにいったんだ。あれは嘘?

なるほど、と頷く先輩方を視界に入れつつ、俺は怜に念話を持ち掛けようとした。けれど、全く気付いてくれない。

――――――――そうか、竜崎の時はこちらから話しかけることができるよう念話イヤホンを改造しているが、、怜のほうはその改造がされてないんだ。

なら、暗号をより自然に――――――――

 

 「うーん難しい話をしてたらお腹かすいてきちゃったゾ。”ご飯は6時に食べようかなあ”」

 

俺は精一杯、怜に目配せをした。すると、怜は俺を見て察してくれたのがわかった。同時に、顔からにじみ出る呆れ、そして怪訝に俺を見る先輩方にも気づいてしまった。

 

 「でだ――――――――」

 

何もなかったかのように話を竜崎は続け、先輩方もまた竜崎に集中した。ありがとう竜崎、本当に助かった。

 

 【————何よ。】

 【怜、竜崎、今更だが、告白券って本番NGじゃなかったっけ?】

 【それは本当よ。】

 【記憶封印が起こったのは、告白券の誤用だってのは一応納得はした。けど、今の話の流れだと告白券を使って本番行為をしたみたいじゃないか。】

 【・・・・・・その話は、宮永龍華と緋色結衣が帰った後に説明するわ。この場でさらっといえる話じゃないの。】

 

声に凄みがあったが、一体どういうことなのだろう。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

もやもやとした感情を抱えたまましばらくたった後、竜崎の説明が一通り終わった。

 

 「———————で、どうだろうか。もちろん、できうる限りのサポートは施すつもりだ。引き受けてはいけないだろうか。」

 

部長たちは顔を見合わせた。そうして大きく頷き、竜崎と怜を見据えた。竜崎は大きく頷くと、とてとてと怜のもとに走っていき、肩まで登った。

 

 「皆、ありがとう。————————ただ、これまでの話はあくまでも身の回りを守るということであって、萩原静乃の記憶を呼び戻すこととはまた別問題なんだ。」

 

にこやかな笑みを浮かべていた先輩方の顔が再び引き締まるのがわかった。

 

 「え?本元を叩けば記憶は戻るんじゃないの?」

 

部長の指摘はもっともである。でも、思い返せば、確かに想起の話は全く出てきていない。ただひたすらに、静乃を狙うやつらへの対処についてのみである。

 

 「それができれば苦労はしないのよ・・・。」

 

怜がかみしめるように返事をする。手のひらは硬く握られていたのがわかった。

 

 「これは脳に起こった異常に対する緊急措置と思っていい。我々がコントロールできるところではないんだ。相手にとっても、我々にとっても、簡単に記憶を戻す手段は持ちえない。ただ、萩原静乃の記憶はなくなったわけじゃない。それは、君たちがよくわかっているだろう。深く封印された記憶を呼び戻すには、想起が必要だ。だからこそ、国広君と合わせて、想起に協力してほしい。」

 

そこで初めて、侮蔑や呆れのこもってない表情を俺に向けてきた。

 

 「静乃の記憶は、小学校6年生までしかない。幸い、俺はあいつを昔から知っている。あの刹那でさえ、知り合いになったのは中学からなんだ。」

 

もしかしたら、今日初めてまともな発言をしたかもしれない。なんてことを思った。

 

 「なるほど・・・。では、静乃の記憶を呼び戻すためには、貴方の協力を得つつ、静乃の深層を揺り動かすようなことを行っていくということが必要だということで?」

 「そういうこと。現に、萩原静乃の記憶を一部呼び戻したじゃないか。先ほどははぐらかされてしまったが、改めて聞こう。いったいどのようなことをした?」

 「・・・そうですね。話しましょう。といっても、大したことをしたわけではないです。ある曲を聴かせただけですよ。」

 

そういって会長はポケットからスマホを取り出し、ある曲を流し始めた。その曲は――――――――

 

 「これ、Rarestuさんの曲『嘔吐』だ・・・。」

 

アーティストであるRaretsuさん。負の感情や出来事、犯罪をテーマにした作詞とそれにヘヴィメタルを組み合わせたことで、この世に何かしらの不満を抱えている層を虜にさせた。俺もそこまでリピートして聴いているわけではないが、流石にこの曲は知っている。レイプされた少女の心象を描いた、絶望的な感情があふれ出す歌詞、彼の処女作だ。

 

 「国広君は知っているみたいですね。」

 

俺が思わず声に出してしまったつぶやきに、会長が反応する。ふと会長を見ると、彼女はもの悲しそうにこちらを見つめていた。どうしてそんな悲しい顔をするんだ?

 

 「・・・・・・ごめんなさい。私、この手の音楽あまり聴かないから、なんて言っているのかわからなくて。」

 「そういうと思って、実は印刷してきたんだ。」

 

部長はカバンの中から歌詞が印刷されたプリントを取り出した。そうして、俺と竜崎を含めた三人にそれを渡した。

改めてこの歌詞を見ると、よくもまあ初っ端からこんなえぐい歌詞を書けるものだと、そしてよくヒットしたなと思う。

 

 「・・・先輩方に聞きますが、この曲が出たのは何年ですか?もしかして、5年以内に出ていませんか?」

 

歌詞を全て見通したのか、怜は重苦しく言葉を発した。

 

 「そうですね・・・ちょうど国広君が中学2年生の夏ごろ――――――――7月でしたね。」

 「・・・なるほど。では、遼に聞くけど、静乃は小6秋から暗くなってきたのよね?中学1年生の頃は?」

 

まるでアキネーターが質問をしてくるかのように、関連してそうで、してなさそうな質問を怜は俺に投げかけてきた。

 

 「同じクラスじゃなかったからな・・・詳しくは覚えていないが、あまり学校では見かけていない。静乃と小6の時につるんでいた女の子たちは別のグループを作っていたな。中2になってから同じクラスになった時は学校を週3くらいで休んでいて・・・」

 

言われて記憶を掘り起こしてハッとする。忘れていたわけではない。ただ、思い出すことも難しかった。なぜならば、中学時代静乃の存在感があまりにもなかったから、そもそもあまり覚えていなかったのだ。

 

 「学校に来ていた時の彼女は今と同じ感じだった?」

 「いや、俺が見かけた時は常に机に突っ伏していた。俺もたまに話そうとして話しかけたけど、反応がない時もあれば、ちょっと話をしてくれた時もあった。今みたいにひねた言葉遣いでね。ただ、眼は合わせてくれなかったな・・・。」

 

そうだ、昔つるんでいた女友達がどうして離れていってしまったのか。あまりに変わり果ててしまった静乃への失望もあったろう。『私のあこがれていた、人気者だった静乃ちゃんじゃなくなった。』って、中学生の頃なら、離れてしまうのも無理はない。未成熟な精神だから。

 

 「なるほど。中2になってもそれは変わらず?」

 「春先はそうだな・・・。誰も彼女に話しかけようとはしなかった。中1のころ休んでばっかりで、ただでさえ人が良くわからないんだ。加えて、クラス替えで中1のとき静乃と同じクラスだった女の子が当時の様子を伝えてしまうから、より接触しようという気がなくなる。――――そんななか同じクラスだった刹那は必死に仲良くなろうとしていた。他の女子たちと比べて、精神的に大人だったのだ。加えて、生徒会でも見せるほどの正義感だ。学級委員でもあったし、積極的にコミュニケーションをとろうとしていた。俺も気まぐれで話しかけるときもあった。」

 「中2の夏休み前か後から静乃に何か変化はあった?」

 「――――――――確かに、そのあたりから刹那とも顔を上げて話すようになったし、俺も話しかけられるようになった。学校にも休まず来るようになって、ひどくやつれた顔も―――――――――」

 

そこまでしゃべってふと、部長が目を見開いてこちらを見、会長は手を額に当ててうつむいていたことに気づいた。

 

 「え?もしかして?」

 

あまりに想像の範疇から外れた考えだったので、結論付けてしまった自分を信じたくなかった。あまりに・・・・・・・あまりにひどすぎる・・・・・・

 

 

 

 「――――――――国広君もここまでくればわかるでしょう。『嘔吐』の作者は静乃本人。――――――――あの歌詞は、おそらく実体験から書かれたもの。」

 「静乃の記憶は・・・・・・性的暴行がなされる直前から封印されたってこと――――――――?」

 

 

 

記憶封印のスタートライン、そしてその背景は、信じがたい、信じたくないものであった。



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4-4-12 強姦サポートチケット

ある程度竜崎と怜が話し終えたのち、ひとまずの今後の方針を話した後、解散となった。俺が少し前に念話のきっかけトークとして『ご飯は6時に食べようかなあ』なんてことをしゃべったから、会長たちがそれを真に受けて、気を利かせて5時には帰宅していった。俺はまだ竜崎たちに聞きたいことが残っていたのでこの場に残った。告白券についてだ。

 

 「さて、告白券について聞きたいことがあるんだが・・・」

 

開口一番に、俺は怜に向かって質問をした。怜はまあ、想定していたけど、できれば話したくないよと、もの悲しさを浮かべた表情をしていた。

 

 「まあ、そこ聞きたくなるわよね・・・」

 「告白券を使って本番することはできないんだよね?」

 「そうね、告白券によるチャームがかかっている状態で、性的行為に分類されることをしようしても、チャームが剥がれ、被使用者における使用者に関する記憶消去が起きるわね。告白券を使う人だれもが一度は夢見る、()()()()()()()()()()()()()()。」

 

ここまでは俺が今までに聞いた告白券の説明と同じだ。便箋に相手の名前を書けば相手が自分のことを好きになる。そんなチャームがかかっているから、どんなに女の子と縁がない生活を送っていても、楽しい時間を過ごせるわけだ。ただ、性行為につながるようなことは一切できない。しようとしても、直前でチャームが剥がれるから・・・。ただ、最後の表現は少し引っかかるな。愛し合うセックスができないなら、愛さないセックスならできるのか。・・・いや、童貞だからそんなセックスがあるのかよくわからないんだけどさ。

俺が少し考え込んでいるとき、竜崎が横やりを入れてきた。

 

 「性行為に迫った時、被使用者の記憶消去は一瞬で行われる。イメージとしては、気が付いたら見知らぬ人が襲おうとしているように映るだろう。」

 「この時って意識は失っていないんだよね?」

 「ああ。しかも、“そういう雰囲気”になった時点で記憶消去が起こるから、逃げるのもまだ容易い。男の方も、我が身恋しさに、記憶破壊が行われた時点で深追いはしなくなる。捕まりたくないからな。いわばこれが告白券からの警告になるわけだ。これ以上ことを進めるとただじゃおかなくなるぞってね。」

 「――――でも、強硬する人も出るんだよな?ただそうなったとき、俺の世界だったら最終的に警察が何とかしてくれるけど、怜の世界でも何かしらの裁きが下るんだっけ?」

 

初対面の時に怜に言われたことを繰り返した。怜は『神界での裁きが~』と説明した。これは恐らく方便だろう。神界と説明したほうが都合がよかっただけで、本当は異世界人・・・なのかな・・・?。まあそこはさておき、あれだけ語気を強めて言うのだから、流石に裁きの部分は嘘ではないと信じたい。その確認を含めて、俺は怜に尋ねた。

 

 「その通りよ。私たちの世界では、告白券が使われた際、だれがどこで使ったのか全てわかるようになっているのよ。もちろん、ある特別な機関でないと調べられないのだけれど・・・。こっちの世界で例えるならば、匿名でネットに書き込んだとしても、ログをたどれば最終的には特定されてしまうようなものね。見つけた後は勿論捕まえることになる。だから、告白券を使ってセックスしようとなんて、普通は考えないのよ。」

 

だよな・・・。

セックスしようとしても、途中で相手が我に返る。そこから無理やりヤろうとしても、怜の世界の機関によって特定されて捕まってしまう。だから、告白券でセックスを試みるなんて、無謀にもほどがあり、いわゆる無敵の人でなければやれない。たとえ何の恐れも抱かない無敵の人であっても。昏睡レイプ!野獣と化した先輩じゃないんだから―――――――――――――――――ん?昏睡?

 

 「――――――――告白券を破ったもしくは痛めた時、相手は気絶するのか?」

 「そうね・・・。通常セックスに至るまでは、ムードも大切じゃない?告白券使用時、そういう雰囲気になりそうなとき、ゆっくりとチャームを取り除くため、脳に負荷がかかっていく。だから、フリーズすることなく記憶破壊を行えるのよ。ただ・・・破った場合は・・・大人は頭痛程度が多いわ。ただ、未成熟な・・・それこそ小学生だと脳にかかる負荷に耐えられなくて、意識を落としてしまうのが殆どね・・・。痛めた場合は、問答無用で気絶するわね。」

 「そんな―――――それなら、極端な話、小学生に告白券を使って破って気絶させたらもう、ロリコンの無敵の人はやりたい放題じゃないか。」

 

怜はこの言葉を重苦しく受け止めているように見えた。沈黙の後、重々しく口を開いた。

 

 「私たちの世界では誰が告白券を使用したか、調べればわかる。しかしながら、特定までにはどうしてもラグが生まれてしまう。だから、強制的に行為に及んだ際は、未遂で終わらせる、なんてことは我々にはできやしない。————————さらに、問題なのが、あくまで特定できるのは使用者であって、()()()()()()()()()()()()()()。」

 「付け加えると、使用者の特定方法は、女性の処女膜が存在している時、ゆっくりと脳に付加をかけた際に発生する特殊な信号をキャッチして特定する、というものである。だから、特定できるのは”使用者が被使用者に迫っていた”という事実だけで、”その後のレイプをしたかどうか”までは突き詰められない。告白券を破っただけでは使用者を捕まえることはできない。破ること自体は、罪にならないからだ。」

 「処女膜があるときって―――――――え?じゃあ、もしさっき言った告白券を破ったことによる記憶破壊を起こして気絶させた後、仲間がレイプして、処女膜が破られた後使用者がレイプした場合は特定できるのか?」

 「―――――――――それが告白券の、いわば裏技にあたってしまうのよ。特定をすることはできない。だって”判別に使われるはずのもの”がないのだから。」

 「しかも、もし襲われたとしても使用者に関する記憶はすべてなくなっているから、やり方次第では完全犯罪になりうる。まあ、たいてい体液が残っているから捕まえられるのだが、レイプを止めることはできないんだ・・・。」

 

こんなの、強姦サポートチケットじゃないか。なんだよ告白券って。名前に反してやれることがエグすぎるだろ。

ゲーセン近くで見かけた神前鬼道と太ったオタク、神前はデブオタに告白券を使ったレイプを依頼した。その相手は静乃の可能性が高い。しかしながらそれには失敗した。失敗の理由は恐らく、幼少期にどこかの誰かにレイプされたから――――――――――――――――

 

 「―――――――――遼、やるせない気持ちになるのはわかるけど――――――」

 「ちょっと待ってくれ。一つ聞きたいが、非処女に告白券を使った場合どうなる?前はただ使えないとしか言われてないんだが、全く効果がないだけなのか?」

 「ええそうね。使っても意味がないわ。そもそもチャームがかからないのよ。」

 「告白券を満期で使えば、被使用者には記憶操作が行われる。迫れば記憶消去が起こる。告白券を破れば、チャームを無理やり取り外すから、脳に大きな負荷がかかって被使用者において使用者に関する記憶破壊が起こる。告白券を燃やすなりじっくり傷めるときは、被使用者の脳を保護するためにチャームがかかった以降に関する記憶封印が起こる。これであってるよね?」

 「そういうことになるわね。」

 「なら、なぜ――――――――」

 

静乃は記憶封印が起こった?と聞こうとしたその瞬間、頭の中に竜崎からの声が聞こえてきた。

 

 【国広君、ストップだ。その先の言いたいことは何となく察している。だが、その話については私の方から後で説明を行うから、ひとまず離席してくれ。トイレに行くでもいいから。この質問を怜に投げかけちゃだめだ。】

 【・・・わかった。】

 

そこまで言われてしまったら、引き下がらざるを得なかった。

 

 「――――――――――いや、その話の前にちょっとウンコしてくるわ(笑)」

 

でへへと笑うと、怜は大きなため息をついて、手で追っ払うそぶりを見せた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 「・・・こんなこと言うのははばかれるんだけど、静乃はいわゆる経験者だから、もうこの先告白券を使っても効果が出ないってことでいいのかね?」

 

トイレから戻ってきて話を仕切りなおした。言いかけた話と文脈が少しずれていたかもしれないが、トイレに10分もいたせいなのか、怜もあまり気に留めていないように見えた。

 

 「実はそうなのよ。けれど、相手は恐らくそのことに気づいていない。なぜなら、静乃に対しては行為としては失敗したけれど、告白券による記憶封印は起こっているから。相手もそのこと自体には気づいているはずよ。第三者に性的暴行を依頼しておいて、その結果を確認しないなんてことあるわけないもの。」

 「てことは、会長たちによる護衛は本当に現行犯逮捕を狙うため。しかも、次は本当に告白券が通じなくなるから、もし捉えられなかった場合、静乃はもう処女じゃないから襲われなくなるけど、それ以外のメンツが危険にさらされるということか・・・。これはもう常に気を張ってないといけなくなるな・・・。」

 

竜崎の言葉を借りるなら、静乃は鍵穴ではないんだろう。それはいいことなのか、ダメなことなのかはさておき、彼らの目的であるところの鍵穴探し自体は終わらない。だからこそ、元凶を抑え込まない限り永遠に問題は解決しない。俺にできることはいったい・・・

 

 「この世界の住人それ自体は危険ではないでしょうね。だって、本当に法律も何も気にしない暴漢ならば、もう無理やり襲っているもの。それをしていないってことは、それをやるだけの度胸の無い男なのよ。」

 「問題は背後にだれがいるかだな・・・それさえわかれば・・・。」

 

竜崎がそうつぶやく。

――――――――やはり神前のことを竜崎に相談するしかないな。神前が告白券と思しきものを太った男に渡していたことを・・・。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

静乃の記憶封印の原因と、元凶について、帰宅後ずっと竜崎が話しかけるのを待っていた。あとで説明をしてくれるといったから、こちらからの催促はやめていた。俺は飯を食ってしばらくしても一向に言ってこなかったから、風呂に入り、スマホで適当にSNSをいじった後、布団に入った。電気を消して目を閉じた時、ようやく頭の中に声が聞こえてきた。

 

 【すまないね。ようやく話せそうだ。話が長くなりそうだから、ずっと止まっててもおかしくない状況にしたかったのだ。】

 【なるほど、確かに横になってじっとしているのはおかしいことじゃないからな。】

 【――――――――で、国広君が聞きたかったのはおそらく、『なぜ萩原静乃は処女じゃないのに告白券による記憶封印が起こったのか。』ということだろう?】

 【まさにそれなんだ。一体どういうことなのかわからない。だって、破った時点でチャームは剥がれるんだろう?それならば、仮に当時の静乃が告白券の悪用でレイプされたとしても、言ってしまえばそこで話は終わりなわけだ。不幸な形で経験者にさせられてしまうだけ。その後は処女膜がないんだから告白券によるチャームがかかりようがないのに、そのチャームをはがしたもしくは痛めた時に起因する事象がおこるなんて・・・。】

 【これは推測になるが、”破った時点でチャームが剥がれる”という前提が間違っている。正しくは”破ったのにチャームが残ったまま”ではないかと思っている】

 

正直、竜崎の言っていることはわからなかった。破ったのにチャームが残る?

 

 【―――――――――ちょうど7年前、私は一度この世界に来ているんだ。それと同時期に我々の世界から別の住人が移ってきてしまった。そのとき持ち出されていたんだ。旧型の告白券が。今回の一連の事件は、おそらくこの旧型の告白券が関係している。】

 【旧型?】

 【ああ。この旧型の告白券は、我々が持つ新型と違って記憶操作とチャーム掛けが別の事象として扱われる。告白券の扱い方により起こる記憶破壊と記憶封印は強制的に発動するある一方、使用者が迫ることによる記憶操作や、チャーム解除などの時間制限のある事象は全て未経験、処女であることが前提に発動する。】

 

・・・当たり前のようにこの2つのことは1つの事象として考えていたが、どうやらその前提が違うらしい。

 

 【・・・それがどう関係?】

 【操作に対する応答が単純である故、節々に看過できない欠陥があるんだ。少し長くなるが、心して聞いてほしい。例えば、AがBに対して告白券を使い、チャームをかける。次にCがBに告白券を使っても、それはうまくいかない。なぜならば既にBはAに対するチャームがかかっているからだ。そうすると、Cがとる行動は2つある。一つはそのまま放置、もう一つは告白券を破って処分だ。で、告白券を破った時に問題が発生する。Bにかかっているチャームがすべて外れるように働いてしまうのだ。すなわち、Aは告白券を破っていないのに、Aのチャームがはがされてしまう。告白券を破ったのだから、もちろん、記憶操作も行われる。満期で記憶操作、破って記憶破壊、傷めて記憶封印、この仕組みは新型も変わっていない。】

 

・・・初めに使ったAのチャームも無理やりはがされるのか・・・。

 

 【ここで先ほど怜も交えて話したときの、告白券を使った暴行方法を思い出してほしい。この方法と、チャーム掛けと記憶操作の分離が、思わぬ結論を招くのだ。AがBに対して告白券を使っているときに、AがBに迫ろうとする。その時は、告白券の使用者が未経験の被使用者に近づくことでチャーム解除と記憶操作が起こる。しかしながら、AがBに告白券を使っているときに第三者Dが迫るとどうなるか。告白券の使用者が迫っているわけじゃないから、チャーム解除と記憶操作が起こらないんだ。第三者によるレイプの後、告白券を破ったら記憶破壊が強制的に起こる。しかしながら、チャーム解除は、2週間後処女膜が残っているかどうかできまる。だから、もし告白券を使っておびき出した後、別のだれがレイプして、その後告白券を破ったとき、被使用者には記憶破壊が起こるが、処女膜が残ってないから、2週間後のチェックが漏れ、チャームが消去されない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。】

 

 

 

 

チャームがかかったまま・・・・・・?

―――――――――まて、それならば、静乃は小6の時に告白券を使って襲われ、以後ずっとチャームがかかり、最近になって、旧型の告白券を使われ、傷められたから、チャームをかけられた小6からの記憶がすべて封印されてしまったってこと・・・・・・?

 



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4-4-13 反撃の狼煙

 竜崎の話を全て信じるのであれば、小6の頃の静乃は告白券に名前を書かれた瞬間にチャームがかけられた。その後、竜崎の世界から移り住んだ人か、もしくはこの世界の協力者かはわからないけど、いずれにせよ逃げられない状況下に持ち込まれたあと、告白券を破かれ気絶した。その後そのどちらかによってレイプされた。推測だが、静乃には襲われる瞬間の記憶はギリギリ残っているのかもしれない。静乃のお見舞いに行った時、彼女は『あれは悪い夢』『こんな大勢の前で言う話じゃない』と言っていたんだ。チャームがかかった後のすべての記憶は封印されているんだ。だから、悪い夢というのが、悪い人につかまってしまう、という程度を指すのならば、辻褄は合うと思う。記憶封印後の静乃があんなに陽気なのは、襲われた後の記憶が一切ないことによるものだろう。もしそこの記憶があったのなら、乱暴されたことを自覚するとともに、深い絶望をし、中学時代の彼女のように腐ってしまうはずだ。そこは、不幸中の幸いか・・・。

 

頭の中で、静乃の置かれている状況を整理した後、竜崎にとうとうあのことをしゃべる決心をし、念話を再開した。

 

 

 【なあ竜崎、俺、竜崎の世界のから移り住んだ、おそらく静乃を襲ったであろう犯人を知っているんだ。】

 【それは本当か?】

 【ああ、今週の月曜日に、太った見てくれの男に、とある男が便箋らしきものを渡して、『お前に渡せる告白券はこれが最後だ。今度こそ、あの女を確実に犯せ。』と言っているのを聞いた。】

 【渡した奴はどんな奴だ?】

 【俺の学校に通っている一年生だ。神前鬼道というやつで、緋色会長や刹那と同じ生徒会役員だ。】

 【・・・なるほど。そこまで把握しているのであれば話は早い。怜にも伝えておこう。お手柄だ。】

 

 

布団に入って念話している以上、竜崎の表情がわからないが、声色は弾んでいたから、喜んでいるとは思う。にしてもあまりオーバーに喜んでくれないのは、そこまで重要な情報じゃないのか、それとも、もともとこういうやつなのか・・・こういうやつだった気がするわ。

 

 

 【ただ、あいつが諸悪の根源だとしても、俺に何かできることはあるのかな?怜と同じような存在ならば、武力行使しても返り討ちに・・・】

 【武力介入は怜に任せておいてくれていい。君は変わらず、萩原静乃のそばにいてあげてほしい。何度も言うが、想起と犯人確保は別問題なんだ。もちろん、その神前鬼道とかいうやつに単独で会うなどという危険な行為は絶対にやめてくれよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

・・・そうだった。鍵と鍵穴の話があった。俺は鍵で、俺の周りの女性の誰かが鍵穴。竜崎側と神前側とで、プロセスは違えど、最終的な結論である”鍵と鍵穴を引き離す”ことには変わりない。————————俺はまだ死にたくない。俺が単独で奴に向かったら、きっとなすすべなく俺がやられるだろう。奴らの目的は達成できるのかもしれないが、残る人たちには非常に大きな迷惑をかけることに・・・

俺は、そんな普段考えようとしない、漫画やアニメの中でしか見ないようなセリフを浮かべ、襲い来る睡魔に負け、深い眠りについた。



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4-5-1 狐疑逡巡

8月27日 木曜

 

 

 先日あまりに多くのことがありすぎた。恐ろしい剣幕だった緋色会長と宮永部長の怜への詰め寄り、その和解、その晩における怜と竜崎との直接の対話、就寝間際の竜崎との念話・・・・・・。普段過ごしてきた日常からかけ離れすぎていて、現実味を感じられない、なんてことを半年前の俺なら思っていたであろう。しかしながら、魂をフィギュアに憑依させたことによりあちこち動き回っている竜崎を毎朝目にするのだ。嫌でも自覚させられる。いつ静乃が襲われてもおかしくない。俺だってその対象になることも・・・ということを思いながら、体の目覚めが脳の目覚めに追い付いていないまま、寝ぼけ眼をこすりながら制服に着替えた。竜崎は今日はついてこないようだ。というのも、もし俺が神前にやつを見せてしまうと、隠密行動をとる理由がなくなって、強硬策に出る可能性があるからだそうだ。だから、常にあいつと連絡が取れるよう、念話の準備はしておくこととした。

 のんびり着替えていたらすっかり飯の時間になっていた。いつもなら俺を呼びに有希が部屋に突撃してくるのだが、今日はそれがなかった。だからこそ、こんな時間になるまでボヤっとしてしまっていた。部屋を出て階段を下り、リビングに入ると、そこには有希と叔父さんの姿以外にもう一人――――――――――

 

 

 「おはよう遼!なんか早く起きちゃったから、さっさと学校行こうかな、でも記憶失ってあまり日が経ってないしまだひとりで学校行くのは不安だな、って思ってたんだよ。だから、早く家に行って、家の中で待たせてもらおうかと思って!」

 

 

聞いてもいない理由をぺらぺらしゃべっていたのは、昨日の話の中心にいた静乃本人である。ソファに座って、コーヒーを飲みつつテレビを見ていた。なんか、今日やけにかわいく見えるな・・・家の中にいるから?

 

 

 「いやー、有希ちゃん、このコーヒー凄く美味しいね。コーヒー淹れるの天才かな??」

 「そんな、普通に淹れただけですよ。それでも美味しいなら、きっといい豆だからですよ!」

 「だって、コーヒーをブラックで飲んで美味しいと思ったの、()()()()なんだもん。」

 「そしたら、やっぱり私が天才なんですね~~~~!!!」

 

 

そして、俺の返事を待たず有希に話しかけていた。なんとまあ自由というか・・・ん?コーヒーは飲めるんだな。脳みそだけが過去に飛んで、肉体は変わらないから、味好みは高校生のものと変わらないのか。

有希はご飯を食べながら、にこやかに静乃に微笑んでいた。・・・なんかやけに有希の物腰が柔らかいんだよな。飯食ってるとはいえ、声量もセーブされているし――――――――そうか、有希と静乃は精神年齢が3つも離れているんだもんな。そりゃ、小学生と高校生を比べたら、精神的な安定度合いは異なるか。

 

 

 「おはよう。体調とかは問題ないみたいだな。」

 「そうだね。ちょっとずついろんなことを思い出せてきているしね。」

 「え?そうなの?」

 

 

それはかなりの朗報だ。明らかに快復方向に向かっている。

 

 

 「うん。まあ勉強してたところとか日常生活の一部分というか。プライベートのところはまだあんまりなんだけど、どうメイクしていたのかとか、この公式の証明はどのようにしていたとか、そういったところはね。だからほら!昨日とメイク違うんだよ!」

 

 

そういってこちらに近寄って、顔を寄せる静乃。ちょっとこんなに近づくとドキドキしちゃうだろ。でも、やけにかわいく見えたのは納得した。そうか、メイクのおかげか・・・。あれ?いつもの静乃ってメイクしてたっけ。・・・・・・やばいな、あの目のインパクトが強すぎて、その周りをあまり見てこなかったな。

 

 

 「刹那ちゃんに教えてもらったメイクもいいんだけど、一回だけじゃやっぱ完全に覚えきれないね・・・。手慣れたほうでやっちゃった。―――――――で?どう?感想ほしいんだけど。」

 「あ、うん・・・・・・いいと思うよ。」

 

 

すごくかわいいと思った、までは言葉に出せなかった。こんな至近距離で可愛いなんて、なんだか気恥ずかしくて・・・。

 

 

 「――――――ふうん、まあでも、その顔見る限り、好感触ではあるかな。失敗はしてないみたいだね。」

 「だから言ったじゃないですか。よくメイクできてるって、めちゃくちゃ可愛いってあれほど言ったのに。そして兄さんは絶対照れて可愛いって言わないって。」

 「そうだぞ。遼は女性と会話はできてもコミュニケーションには難ありだからな。ちょっと静乃ちゃんも鍛えてやってくれよ。こいつに適切なコミュニケーションとはなんなのかってのをさあ。」

 

 

全てお見通しであった。しかし叔父さん、独身の中年がそんなことを言われたくはないよ・・・。

とはいえ、こんなことで時間をとっていられない。さっさと飯を食べなければ・・・。

朝から静乃に会えたのは好都合だ。さあ、ここからは静乃のそばにずっといてやらないと。あいつらが攻めてくるのは、もはや時間の問題なんだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 静乃・有希と共に家を出ると、そこにはすでに怜が立っていた。しばらく学校を休んでいたため、久々の登校となる。ただ、その顔は初めて見た時のような可憐さは薄れていた。先ほど静乃とメイク云々のやり取りをしていたからより注目してみてみたら、眼の隈を消す程度のをメイクはしていたのがわかった。髪もいつものサイドポニーテールではなく、しばらずにおろしただけ。ストレートも悪くはないんだが、いかんせんあまりに顔が死んでいる。これじゃ前の静乃と同じだよ。

 

 

 「おはよう怜、ずいぶん疲れているようだな。」

 「本当ですよ!?数日見なかったですけど、とんでもないこと顔してますよ!?」

 「そりゃあ、昨日の今日だもの。しかも()()()()()()()()()のでしょう?」

 

 

怜の言うあのあと、というのは、俺が寝る前に竜崎に話した内容だろう。もう怜に話が渡っていたのか。・・・話したの、結構遅かったんだよな。それから怜に報告したとなれば、ただでさえあまり寝れてないのにさらに眠りを妨げられたのか。少し同情するな。

 

 

 「・・・おはようございます。病院ではすみませんでした。」

 

 

静乃はそうして怜に敬語で話しかけていた。――――――――そうか、怜は数日作業していて休んでいたから、久しぶりの再会なのか。

 

 

 「いえその、私も無神経な発言をしたわ。ごめんなさい。」

 「そんな、謝らないでください。いいんですよ。私の記憶のために一生懸命になってくれていたってこと、刹那ちゃんや結衣さんから聞きました。うれしいです。――――――――やっぱり同い年なのに敬語辛いや。ため口で行くね。これまでの私と友達だったんでしょ?これからもよろしくね。」

 

 

そういって静乃はずんずん前に進んでいった。怜とも和解できて、徐々に諸々の問題が解決していく。この調子で、根本の記憶の問題が解決すればいいのだが・・・

少々歩くと、そこには刹那が腕組みしてこちらを待っていた。こちらに気づくと、軽やかにこちらにむかっくる。ただ、その顔は近づくにつれ一気に険しいものとなった。

 

 

 「怜!?ちょっとひどい顔してますよ!?」

 「まあ寝てないだけよ・・・。本当にいろいろあったのよ。気にしないで。寝不足以外は大丈夫。問題ないわ。」

 「そういうならいいんだけど・・・」

 「そうそう!刹那ちゃんも気にしなくていいよ。怜ちゃん、こう見えて結構ぐいぐい私に話しかけてくるしね。人は見かけによらないんだね~」

 

 

人は見かけによらない、という言葉が静乃から出てしまったらもう刹那は何も言うことができない。これまでの静乃の見かけはひどいものだったからな・・・。一息ついた刹那は、学校の方へ向き、歩みを進めた。これでまた一人増えた。計5人の集団登校、朝に襲われることはあるまい。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 何も問題も起こらず登校を終え、授業を受ける。これから起こるかもしれないことを考えると、とてもじゃないが、まじめに授業を受けることができなかった。気が付くと静乃の方を見ている。彼女は真面目に板書をとっていた。頷きながら書き写していく様を見ると、もう完全に順応しているのだなと理解できる。記憶を失った影響は、もう授業には表れていないのだな・・・。

 

 昼休み、昼食を取りに行くということで、静乃に何か変なことが起こらないかを見張るためにも、彼女と一緒になるべくいようと思っていたのだが・・・

 

 

 「静乃!一緒に食堂行こうよ。」

 「ああいいねえ!行こう行こう!刹那ちゃんも行くよー。」

 「そうですね。いきますか。怜も早く来てくださいねー。」

 

 

授業が終わると静乃の周りには女子たちの人だかりができていた。刹那だけではない。これまであまり交流して来なかったクラスメイトとも笑顔でコミュ委ケーションをとっていた。これから集団で、しかも多数の学生が集まる食堂へ行くのだ。変なことは起こるまい。今の静乃はかなりの目を引くから神前の目には留まるかもしれないが、あの女子の団塊をかき分けて入っていける程図太くはないとみている。怜もついているのだから、武力行使に出たとしても何とかなるだろう。俺にできることはない。

 

・・・月曜、火曜と薄々気づいていたが、今の静乃を見ていると、小学校の頃を思い出す。もし、彼女が小学時代に襲われさえしなければ、こんな高校生活を送っていたのかな・・・。もし、私生活に及ぼす記憶封印の影響が小さくなって、何も不自由がなくなった時、果たして記憶を復活させることにどれほどの意味があるのだろうか。確かに静乃を狙うやつらを捕らえることは最優先で行わなければならない。しかしながら、想起はどうだ?こんなに幸せそうな静乃を見ていると、無理やりトラウマを掘り起こさなくてもいいのではないか?もともと襲われたのがイレギュラーなんだ。異世界人のせいで本来なぞるべき未来を変えられてしまったのだ。5年間の記憶を失ったとしても、今の静乃なら、その5年分を取り戻す勢いで新たな人間関係を構築していきそうな・・・。卑屈で暗い、毒舌な前の性格よりも、誰にでも分け隔てなく交流する天真爛漫な今の性格の方が、多くの人から望まれて・・・・・・・・・

 

 

 

――――――――なあ静乃、お前は、トラウマな過去を思い出したいか?それとも、悲しい過去をすべて忘れて、新たな人生を歩みたいのか?

俺にはわからないよ。言ってくれよ。今までさんざん悪態ついてきただろ?――――――――ここにきて決意が揺らいでいる俺を詰ってくれよ。

俺は、常に笑顔でいる今のお前を見ていると、どうしたらいいのかわからなくなってくるよ・・・・・・。

 

 

とにかく誰かに相談したかった。とにかく、静かなところに―――――――――

俺は、亡者のように重い足取りで教室を出た。

 

 



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4-5-2 豁然開朗

 人のいないところを探し求めた結果、おれの足取りは部室に向いていた。昼休みで基本無人の場所なんて、あそこくらいしか思いつかなかった。そうして部室の近くまで来た時、ふとあることに気づいた。

 

 

 「カギがないと入れないじゃん・・・。」

 

 

防犯の観点から、だれも使わなければ鍵は閉めておくのが基本だ。部長なら特権で鍵を常に携帯させてもらえるが、一部員ではそこまでは許してもらえない。梓先生がまた職員たちからの隠れ蓑として逃げ込んでいるなら、入れるのだが・・・。

半ばあきらめている状態でドアノブに手を書けると、ガチャリと音がした。鍵は開いていた。

 

 

 「あれ、先輩?」

 

 

そこには一人で飯を食べていた柄谷がいた。なんだか久しぶりに会った気がする。ここのところ、部活に行けるテンションじゃなかったから、一緒にゲームすることもなかったしなあ。差分回収装置を使って過去を追想したときには会っているが、現実世界はそうではないし。

 

 

 「・・・お前、こんなところでボッチ飯をしていたなんて・・・友達いないのか?」

 「なっ・・・失礼しちゃいますね。ちょっと作業しなくちゃいけないことがあったから、一人で缶詰してただけです。いつもは友達と一緒にお昼してるんですから!」

 

 

そういう柄谷の周りには、確かに書類が転がって――――――――って、これ全部宿題じゃねえか。しかも夏休み課題って書いているんですけど・・・。

 

 

 「柄谷・・・」

 「生易しい目を向けないでください。そうですよ宿題終わってないだけですよ。作業なんてたいそれたこと言ってすみませんでした!――――――――って、先輩?」

 

 

ブーブー言い訳をした柄谷の表情が一変した。

 

 

 「何かあったんですか?やけに元気がないですし、そもそも昼休みにこっちに来ることだって珍しいですし・・・」

 

 

流石に俺のみてくれが様変わりしているのには気づくか・・・。

 

 

 「ちょっとね、静乃がらみでいろんなことがわからなくなってきてさ。一人で考えているうちに、苦しくなってきてさ。」

 「萩原先輩・・・。私は倒れた現場にいなかったし、お見舞いにも行っていないので、正直記憶喪失状態である現状の深刻さをまだ理解できていません。けれど、食堂や廊下で遠巻きに先輩を見た限りでは、これまでがうそみたいに陽気でいました。ただ・・・()()()()()()()()()()()()()()のが、問題なんでしょうね。」

 「そこなんだよ・・・」

 

 

柄谷が俺の抱える懸念と全く同じことを呟いてくれて、少し救われた。俺だけじゃないんだ。

 

 

 「―――――――しおらしい先輩なんて、らしくないですよ。いつものあのアホさ加減はどこに行ったんですか?」

 「ふざけて笑い飛ばせるテーマじゃないんだよ・・・」

 「まあそれはそうです。けれど・・・そうですね、その姿を見続けたいとは思いませんね。」

 

 

中々にひどいことを言ってくれる。そりゃ、辛気臭いやつを視界に入れるのは不快だってか。

 

 

 「だって嫌でも気になりますもん。記憶を失っている萩原先輩が、唯一仲良くしていたのが国広先輩なんですよね?確かにこの数日で新たに人間関係を構築できたとしても、5年間の記憶が一切ない中で、切羽詰まった時、人を頼るならば国広先輩になるんじゃないんですか?なのに、そんな先輩が落ち込んで、どこか元気なく接してくるとなれば、萩原先輩は『なにか自分悪いことしたのかな。やっぱり記憶を失った影響は大きかったんだな。』って思っちゃいますよ。」

 

 

柄谷の言うことには同意しかない。そうだ、いつ記憶を思い出すかなんてわからないんだ。ならば、いつ思い出すかわからないことにびくびくしながら過ごしていると、今の静乃を悲しませてしまう。記憶をいつ思い出すかわからなくて不安なのは彼女もきっと同じなんだ。だから、俺にできることは、彼女を不安にさせないこと、不自由のない学園生活をおくらせること、()()()()()()()()()()()()()()()だ。彼女が不安に思うのは仕方がない。5年分の記憶がないんだから。けれど、外的要因によってその自覚をさせる必要性は一切ない。

 

 

 「―――――――柄谷、ありがとう。もやもやが晴れたよ。」

 「そんな、私は大したことを言っていませんよ。ただ、先輩にはお世話になっていますから。たとえ普段どんなにアホみたいなことをしていても、変わりはありません。」

 

 

思わず心臓がはねてしまった。柄谷のほほえみによるものなのか、それとも、数々の言葉に励まされたのか、それはわからなかった。ただ、柄谷の言葉に励まされ、決意が固まったのは間違いない。

 

 

 「はは、なかなかいうねえ。――――――――そしたら、ここで時間つぶしてても仕方ない。俺は戻るとするよ。柄谷も宿題頑張れよ。夏休み終わって何日たったと思っているんだ。」

 「最後の一言は余計です!!!!」

 

 

ぷんぷんした柄谷を横目に、俺は部室を飛び出した。静乃、ごめんな。これからは何事もなかったかのように接するよ。そして怜、昼食中の静乃を頼む。俺はこの間に、先輩方と放課後の打ち合わせをするぜ。



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4-5-3 方針転換

 『ごめんなさい。先生方の方針で、急遽全部活動の会議をすることになってしまいました・・・。なので、今日の放課後は静乃についてあげることが難しくなりました。』

 「・・・それはタイミングが良くないですね・・・。ならば、部長に――――――――――そうか、部活の会議ということは、部長も付き添ってあげられないってことですよね?」

 『そうなってしまいますね・・・。全く、こんな時期に不祥事をやらかした不届き物がいたなんて・・・。ごめんなさい、ちょっと聞かなかったことにしてください。かなり今立て込んでいるので、もう切りますね。放課後の付き添いはまず国広君一人でお願いします。ただ、乱闘になった時に役立つ人間を2人送っておきます。まず、生徒会メンバーの一年で、林鹿夫という屈強な男です。相手が複数の男だとしても、こちらも複数であればなんとかなるでしょう。ただ、彼はアホなので、作戦遂行のためにもう一人、武君にも付き添わせます。今日はこれでお願いします。』

 

 

会長に相談を持ち掛けに連絡を取ったところ、悲哀と怒りが混ざったような声色でそう答えた。あまり会長から怒りの感情が漏れ出すことはないので、非常に驚いた。また、ハムはさておき林鹿夫という男はあまりよく知らないので、一抹の不安が残るが、男三人もいればなんとかなるだろ。俺は早速ハムに電話をかけた。

 

 

 『ああ、問題ない。すべて話は聞いている。少年の親友が危ないのなら、助太刀にでるのが当然だ。』

 「ありがとう。助かるよ。とにかく今は複数人での行動が最優先だ。集団下校、頼むぞ。」

 

 

俺と静乃二人だけで帰るとなると、一気に危険度が上がる。なぜならば、俺一人をどうにかしてしまえば、静乃が一人きりになってしまうからだ。複数の男が一人の女の子に乱暴することくらい簡単にできるだろう。ただ、奴らが現れる可能性はグンと上がる。奴らに指示出しをするのが神前であるとして、あいつが奴らに静乃の様子をいつでも見れるよう根回ししてあるのであれば、ここから毎日危険と隣り合わせ、加えて襲わせるのを急がせている。今日奴らが現れてもおかしくない。とにかく今俺らに求められているのは、怜が本丸を捕らえるまでの時間稼ぎをすること。そこははき違えちゃいけない。男が3人もいるのに、突撃するほど彼方もバカじゃないだろ。

 

 

 『任せてくれ。林にはこちらから連絡しておく。先ほど会長から連絡先をいただいたのでな。』

 

 

ああ、と返事をし、俺は通話を終了した。そのまま画面を閉じぬまま、怜に電話をかけた。が、ダメ。きっとまだ、静乃たちと一緒にいるのだろう。ただ、着信履歴には残ったのだから、しばらくすればあっちからかかってくるだろう。そう思いしばらくその場にとどまっていたが、電話がかかってきたのは昼休み終了5分まであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 『どうしたの?電話をかけてくるなんて、何かまずいことでもあった?』

 「怜、今日の放課後なんだが、会長と部長が付き添えなくなった。どうやら学内の用事があり、どうしても抜け出せないらしい。」

 『どうしてこんなときに・・・』

 「ただ、ハムと林鹿夫という生徒会役員が一緒に来てくれるようなんだ。」

 『ああ、彼ね。林鹿夫という人は良くわからないけれど、ハムは信頼できる人間だからよかったわ。くれぐれも無茶はしないでね。本丸は私が注意深く見ておくし、もしその場に本丸が現れた場合、私が対応するから。決して立ち向かわないで。』

 「この前のお前をみたら、嫌でもそう思うさ。さすがにまだ俺は死にたくない。大丈夫。手先の人間だけ何とかするよ。」

 

 

そうして俺は電話を切った。さあ、今日の午後が正念場だ。ちょっと予定とはずれてしまったが、静乃を何としても家に送り届けるぞ!

なお、部室の近くにいた俺は、普通に授業に遅刻して、次の授業の先生である、物理の千歳先生から悲しい目を向けられたのであった。



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4-5-4 震天動地

放課後を迎え、いよいよ帰宅となった。それまでの間、静乃の身に変なことは特に起こることはなかった。まあ普通に授業を受けている間に無理に起こしようがないということもあるのだが・・・

 

 

 「静乃、そしたら帰るか。」

 「そうだね!でもあれ、刹那ちゃんとかは?」

 「ごめんなさい静乃。今日は急遽生徒会の仕事が入ってしまいまして・・・。役職つきは強制なんですよ・・・。」

 

 

静乃がそう尋ねるのはもっともだ。そして、刹那は案の定悲しそうな顔をしていた。そりゃ、急にぶち込まれた仕事というのは、不快だろうな・・・。

 

 

 「まあそういうことだ。ひとまずやることないし帰るか。」

 「そうね。じゃあ静乃、一緒に帰りましょう。」

 

 

怜が静乃にそう呼びかけたものの、どうやら静乃には思うところがあるらしく、手を顎に当てて、考え事をする仕草をした。

 

 

 「うーんそれはそうだけど・・・。そうだ!」

 

 

静乃は何かを思いついたのか、食い気味でこちらに話しかけてきた。

 

 

 「それならいっそのこと寄り道しようよ!私、今の街が昔とどう変わったのかまだよく知らないし。」

 「それは・・・」

 

 

いやいいのかそれは?良くないよな?街に繰り出すということは、人が増えるんだし、どこから何が飛んでくるかなおさらわからなくなる。だが、木を隠すなら森の中ということばもあるし・・・。いずれにせよ、まず怜の許可をとらないと・・・。俺は怜に視線を向けた。彼女はこの一部始終を聞いていたのか、首を縦に振った。ああ、いいんだ別に出かけても。

 

 

 「ちょっと待ってくれ、すぐ戻るから。」

 

 

俺は教室を出て、ハムに電話をかけた。ワンコールで彼は電話に出てくれた。そして事の顛末をハムに告げたら、彼はしばらく黙り込んだ後、快く返事をしてくれた。大勢の中に紛れることで、襲われないことを最優先にしたということだろう。俺は教室に戻った後、静乃を連れて教室を出た。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 「やあ国広、奇遇だな。」

 「国広先輩、ちっす!」

 

 

玄関に向かうと、そこにはすでに待機していたハムと林鹿夫という男がこちらを迎えてくれた。林ってそうか、やたらでかい丸刈りの男か・・・。彼は俺と初対面のはずだが、非常になれなれしく挨拶してきた。

 

 

 「おお、なんか珍しいメンツだな。」

 

 

それはそうだろう。ハムが林と交友があるなんて聞いたことがない。いや聞いてもいないんだが・・・

 

 

 「フッ、少年に話しかけようと追いかけていた時に、話す機会があったのでな。彼も生徒会の一員なんだ。当然だろう。」

 「ハム先輩には大変お世話になりました!男としての立ち振る舞い、見習うところが多いっス!」

 

 

そう説明されたら確かに納得してしまう。刹那と放課後も絡むってことは、他のメンバーにも遭う可能性あるしな。どおりで林への連絡がスムーズなわけだ。

 

 

 「そちらは、萩原だな。事情は聞いている。私のことも思い出せないのだろう?」

 「うん、ごめんね。初めましてになるかな。ええと―――――」

 「私は武士道。国広の友人で、同じ部活に属している。」

 「そっか武くんか。・・・え?なんでハムって呼ばれてるの?名前にハム要素なくない??」

 

 

言われてみれば、どうしてこいつはハムって呼ばれているんだっけ。ハムって呼んでくれっていったのはあいつなんだよな・・・

 

 

 「これは俺の推測なんすけど、ハム先輩と飯行くとき、めっちゃ”ハムッ!!!”って感じでご飯食うんスよね。そこからあだ名がついたんじゃないかとにらんでるんスよ。」

 「なんかよくわからないけど・・・なるほど。ちなみにあなたは?」

 「俺っすか?俺は林鹿夫――――――――」

 

 

そういって静乃が林に近づいた時、みるみる彼の顔が赤くなっていくことがわかった。

 

 

 「はうあっ!なんて可愛い子!俺と相思相愛なのは会長だけだと思っていたのに!!!!俺の心が震えるぜ・・・」

 「あはは、ありがと!てか、え?あの結衣さんって林君と付き合ってたの!?」

 「そんなわけあるか。林、あまり調子に乗るとまた会長に絞られるぞ。」

 「うっ頭が痛い・・・。なんだか嫌なことを思い出しそうな予感・・・・・・」

 

 

こいつ・・・いったい過去にどんなことをされたんだ・・・。

 

 

 「そうだ、これから街に遊びに行こうと思ってたんだけど、よかったらみんなもどう?遼と二人だけって、なーんか頼りないんだよねえ。」

 「ひどい言い草だ。・・・でも否定できないのは否めない。どうかな?」

 

 

静乃は俺が頼んでもいないのに勝手に彼らを誘ってくれた。この誰とでも仲良くなれるのが過去の静乃なんだよな。さすがだ。そして、まさか彼女から誘われるとは思っていなかったのか、ハムは少したじろいでいた。そりゃあ、ハムの知っている静乃は、人を何かに誘うなんてこと、なかったからなあ。

 

 

 「私たちでよければ、喜んで参加させてもらおう。特にこの林、遊ぶことだけには長けているからな。」

 「任せてくださいよ。俺の遊びテク、存分に見せてあげますよ。」

 

 

この丸坊主、やたら自信満々である。まあ陽キャっぽい感じだし、本当にこいつに任せておけば行く場所は何とかはなりそうだな。

 

 

 「よし、そしたら向かおうか。」

 

 

俺は3人を引き連れて、玄関を出――――――るときに、ふと傘立てが視界に入った。そこには以前忘れていた自分の傘があった。なので、その傘を回収した後、俺たち4人は一緒に校門を出て、街へ繰り出していった。その間、周りに気を付けていたものの、怪しい人を見つけることもなく、特に危ないことは起きることはなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 「さすがに自信満々でテク見せてやるとか言ってただけあるな・・・」

 

 

詳しく説明するのはあの男を上げるようで非常に癪だが、確かに林のプランは面白かった。まずラウンドワンでビリヤードに興じる。そうして疲れてきたころに、並ばなく手も入れ、かつ質の高いカフェで一息つく。細かいが、遊んでいる最中の数々で林の細かい配慮が光る。こいつ、ナルシストと丸刈りやめたらモテるんだろうなって思った。静乃は非常に楽しんでくれていたようでほっとした。特にビリヤードは初めてやるようで、キャッキャしながら球を小突いていた。球が穴に入るたびに満面の笑みを向ける彼女は非常に輝いていて、正直何度も見とれてしまった。そしてこの間も、特に怪しい奴に出会うことはなかった。

 

 

 「今日はありがとうね。林君。とっても楽しかったよ!」

 

 

帰路につき、電車から降りて4人で歩く。静乃の状況を考慮して、暗くなる前に帰ってきた。差し込む夕日がアスファルトを優しく照らしていた。

 

 

 「いえいえそれほどでもないっスよ。俺もめちゃくちゃ楽しかったっス。にしても静乃先輩、ビリヤード本当に楽しかったんスね。めちゃくちゃ写真撮っちゃいました。」

 「え?ちょっとあとで私にも見せてよ!」

 

 

あの静乃が勝手に写真を撮られて怒らないなんて・・・。

 

 

 「そうっスね・・・。写メ送るんで、スマホ見せてもらえません?連絡先教えてなかったッスよね?スマホのロック解除さえしてくれればもろもろをやっておきますよ。LINEの画面開いてもらえます?」

 「手際良いな・・・。」

 

 

思わず感心してしまった。スマホを使えないことを見越して具体的な指示を出す林。そうしてその指示に従い、ロックを外したスマホを林に渡した静乃。右手には林のスマホ、左手には静乃のスマホをもつ。右手の親指がやけにけたたましく動いて――――――まあ写真をたくさん選んでいるのだろう。

 

 

 「はい、完了しましたよ。トーク画面を見てみてください。それに皆さんも。」

 

 

そういわれて俺とハムもスマホを確認した。すると、林から無数の写真が送られていることに気づいた。静乃の写真だけではなく、俺とハムの写真もいっぱい・・・・・・。確かに俺も写真撮られていたような気がする。細かいところでマメだな・・・。

 

 

 「林、確かに確認した。ありがとう。少年にも送っておこう。」

 

 

ハム、それって静乃の写真だよな?自分の写真じゃないよな?――――――――てかあれ、いつのまにこいつ連絡先手に入れてたんだ?この前俺がぶっちした神前とのお茶会で本当に刹那と進展したんだな・・・。

 

 

 「ありがとな林。」

 「いえいえ、それよりハム先輩って家どっちなんですか?この方向なんですか?」 

 

 

痛いところを突いてきた。そう、ハムの家は俺の家とは学校を挟んで反対位置にある。だからいつも、ゲー研の活動が終わった後、帰り道は俺一人しかいない。ハムがこちらについてきているのは、完全に防衛のためである。

 

 

 「ちょっと国広の家に忘れ物をしてね。早急に回収しないといけないものなんだ。明日提出の課題プリントでね、まだやり終えてないから非常にまずいんだ。」

 「あーそれは納得ですね。そしたらハム先輩は静乃先輩をおうちに送り届けてから国広先輩の家に向かう感じですかね?」

 

 

林はハムの隣に並んで質問をし続けていた。4人で帰ると、やっぱ2-2で歩いて帰ることになっちゃうよなあ。俺と静乃が前を歩き、その後ろに2人がならぶ。必然的に、俺は静乃とガッツリ話すこととなる。

 

 

 「静乃、街に行ってみてどうだった?」

 「いやーほんとにおもしろかった!ラウンドワンができてたなんて知らなかったよ。」

 「たしかに俺らが小学生のことはなかった気がするなあ。もっとも、街に遊びに行くなんてこと自体あんまりなかったから、知らなかっただけかもしれないけど。」

 「それはあるかもね。みんな遊ぶと言ったら公園とか、友達の家とかでしょ?地下鉄乗って街に出るなんて、小学生はあんまりしないよねえ。」

 「だよなあ。」

 

 

ははは、と笑いながら路地を歩いていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

伸びる影がやがてなくなりつつあることにふと気づいた。そういや、小学生の頃にちいちゃんのかげおくりを国語の時間にやったなあ。静乃と話していると、嫌でも小学生の頃を思い出されるなあと思っていた時、気づいてしまった。伸びる影の数は4つあるのに、全く声が聞こえない。ふと後ろを振り返ると、気が付いたら、ハムと林がいなくなっていた。

 

 

 「え?なんであいつらいないんだ?」

 「そういえば、確かに気が付いたらいなくなってたねー。」

 

 

なぜ?そんな話は聞いていない。いったい何が・・・

俺はスマホを取り出した。その時、画面にはLINEのポップアップが表示されており――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武士道

[不在着信] 3分前

 

 

武士道 

[いますぐひとどおりのおおいところに] 2分前

 

 

 

 

 

 

 

 

え?

そしてハッと静乃の方を見た時、()()()()()()()()()()()()突き飛ばされ、前から倒れてしまった。そして大きな力で押さえつけられた。

 

 

 「遼!?いったい————————」

 「お前はこっちだ!」

 

 

何もない空間から男の声が聞こえてきた。影は4つあるのに、そこには俺と静乃しか見えない。――――――――そうか、これは怜の家であいつが使っていた透明ジャケット――――――――

 

 

 「助けてっ誰か!」

 「クソっなんだよこれ」

 

静乃は見えない何者かに引っ張られていった。向かう先には1台のハイエースが止まっていた。

 

 

 「は、早くするんだな・・・。」

 「わかってますってば。おいこら女ァ!暴れんじゃねえ!」

 

 

そうして何もない空間から、スタンガンが現れた。そうか、透明になるのはあくまでもジャケットの内側だけ――――――

 

 

 「おいやめろ!!!!!」

 

 

俺の声むなしく、スタンガンは静乃に接触。静乃は気を失ってしまった。俺は何もできない。どれだけ暴れてもうんともすんともしない。巨体に押しつぶされているようだ。

もう1人の男は静乃をハイエースの後ろの後部座席に放り込んだ後、後部座席に乗り込んだ。

 

 

 「よ、よし・・・じゃあ俺も・・・」

 

 

巨体の男は思い切り俺を踏みつけた。俺はあまりの衝撃にその場に数秒うずくまってしまった。立ち上がったころには、もう巨体の男は運転席に乗り込んでしまった。

まずい。このまま行かせたら、取り返しのつかないことになる。早く、早く何とかしないと―――――――――



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4-5-5 九死一生

~ハムside~

 

 

私の前では国広と萩原が仲睦まじく談笑を続けている。本当に、以前の萩原とは人が違う。こんな風に彼女は、笑うことができたのだな。いったいどんな凄惨な過去があれば、あのような風体に・・・。

そしてふと、足元に目を向けたところ、右手の路地から2つの影が伸びていた。微動だにしていないので、立ち話でもしているのだろうと思いながらその横を通り過ぎた。しかしながら、ある違和感を覚えた。思わず立ち止まって影の伸びる方向を見る。しかし、()()()()()()()()()()。そして影のある方向に近づいた時―――――――――

 

 

 「おとなしくするッスよ。」

 

 

後ろから口をふさがれ、ガッツリ拘束された。

 

 

 「は、林・・・・・・」

 

 

どうして林がこんな真似を・・・。少なくとも、こんなことするやつではなかったはずだ・・・。

 

 

 「おいお前ら、さっさとやれ!長くはもたない!」

 

 

林が大声を上げると、2つの影の形が変わった。そうして――――――――

 

 

 「さすがにこれでおとなしくなるでしょ。」

 

 

身体に電流が走り、そのままその場に倒れこんでしまった。ただ、調整が甘かったのか、まだ意識が残っている。しびれているが、指先くらいなら動かせる。国広に連絡を・・・でも電話する隙は無い・・・。そうだ、まず着信を入れてから、メッセージを送れば気づいてくれるはずだ。私はうずくまりながら、ポケットからスマホを取り出し、急いで指を動かした。

 

 

 「いやほんと、先輩が()()()()()()()でこんな実力行使をする羽目になるとはね・・・にしても、やっぱりそのジャケット便利っスねえ。」

 「立ち話はいい。お前の役目は終わりだ。あとは合流地点に行け。」

 「了解っス。いやーあの静乃先輩を好き放題できるなんて、たまらないっすわ。」

 

 

すると、2つの影が国広たちの方向に向かっていくのが見えた。

・・・!やはりこいつらが・・・。糞が!結果的に囮捜査になってしまっていたのか・・・。ただ問題なのは、林の謀反と、敵が見えないことだ。

私はスマホをのぞき、メッセージを送ることに成功していることに気づいた。よし、しびれも取れてきたし、あとは私も頃合いをみて――――――――

 

 

 「ハム先輩、今スマホでなにしたんスか?」

 

 

糞、気づかれたか。

 

 

 「な、何もしていない・・・」

 「とぼけないで下さいよっと。」

 

 

林はそうして私のことを蹴り上げる。思わず、握っていたスマホを離してしまった。

 

 

 「どれどれ・・・って、今時パスワード認証っスか。しかも結構めんどくさいタイプの・・・どうして指紋認証にしてないんスか。」

 

 

私は用心深いのでね。そして、お前がスマホに熱中している今がチャンスだ!

地面に這いつくばっていた私は、そのまま手を地面につけ、回し蹴りをあいつの膝にぶち当てた。いわゆる膝カックンの形をとったため、林は思わず手を地につける。

 

 

 「ケンカを売る相手を間違えたな!」

 

 

一瞬の隙をつき、私はそのまま膝蹴りを当てる。怯んだその瞬間にやつを無理やり立たせて、掌底を奴の顎に下からぶち当てる。その衝撃で後ろに林がのけぞったが、その先に電柱があったため、勢いよく後頭部をぶつけた。そうして奴は、そのまま気を失った。

 

 

 「中学の頃はよくケンカもした。少年に好かれるために筋トレを続けてきたんだ。そんな私が、負けるわけないだろう。」

 

 

私はそう吐き捨てたあと、動かなくなった林を邪魔にならない位置にずらした後、急いで元の道に戻ると、もう国広たちは見えなくなっていた。襲われる前からそこそこの距離があったとはいえ、こんなことになるなんて・・・。

 

 

 「・・・!そうだ、合流とか言っていたな。その場所はどこだ?」

 

 

私は林のもとに駆け寄り、スマホを回収した。パスワードはかかっていたが、これは指紋認証。そして、目の前には意識の無い林がいる。ならば、開錠自体は容易い。

私は奴の指をスマホのホームボタンに接触させ、スマホの画面を付けた。そうして、奴のLINEを確認したところ、トップには3人のグループトーク履歴があった。

 

 

 

 

 

8/27

 

Deer

[決行は今日にしましょう。彼女と会うことになりました。メンツは私と国広遼、萩原静乃に、ハムって男の人です。ハムさえ何とかすれば、状況次第では持っていけると思います。] 14:00

 

 

チー牛

[俺は問題ない。ルナさんにきいてみる。] 14:01

 

 

チー牛

[ルナさんからの許可が下りた。あのハイエースを使って決行するんで、キモタク先輩は学校終わったらちょっと準備お願いします。] 14:15

 

 

デブ

[了解] 14:20

 

 

Deer

[てかいい加減ルナさんって人教えてくださいよ。俺は親友(ブラザー)から頼まれたから仕方なく協力している身なんですし] 14:30

 

 

チー牛

[ルナさんはお忙しいんだ。ヤらせてもらえるだけありがたく思え。] 14:31

 

 

Deer

[まあそうなんですけど・・・] 14:35

 

 

チー牛

[ルナさんが2丁目の廃工場の前で集合せよとのことです。そこで全員集合ということで。] 14:50

 

 

デブ

[了解。] 15:00

 

 

―グループ通話が開始されました― 16:30

 

 

―グループ通話が終了されました― 16:42

 

 

Deer

[18:30位に例の路地を通過するので、そこで待機をお願いします。俺が動き始めたら決行です。] 17:45

 

 

チー牛

[了解] 17:46

 

 

デブ

[了解] 17:47

 

 

 

 

 

 

 

 

このスマホは重要な証拠だ!絶対に切ってはいけない。

私は設定でスリープをオフにし、ポケットにしまった。

奴らはあの廃工場に向かう。そこで待ち伏せするのは意味がない。それまでに萩原がやられたら終わりだ。だとすれば、早急にやつらのハイエースを特定して止めなければ!

私はスマホで情報を確認しながらハイエースを探しに、細い路地裏に入って急いで駆け抜けた。

 



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4-5-6 一陽来復

~静乃side~

 

目が覚めると、そこは車の中だった。隣には大学生くらいの男の人がいて、運転席には大柄な男がいて、今にも車を発進させようとしていた。

 

 

 「ちょっと先輩早くしてくださいよ!」

 「す、すまん・・・。こんな急いで発信することなんて、な、なかったから・・・。しかもマニュアル車なれてないし・・・」

 「なんのためにマニュアル込みの免許取ったんすか!こういうときのためでしょうに!」

 「そんなこと免許取るときに想定してな、なかったんだな・・・・・・・。あ、エ、エンストした・・・ちょっとまって・・・」

 「もう何して―――――って、おい、暴れんなよ女ァ。自分の立場考えろよ?」

 

 

目覚めた私に男は気づいたみたい。恐ろしい顔つきで、こちらを睨みつける。逃げ出そうと思ってトランクを開けようとしたけど、両腕が動かせないことに気づいた。後ろで指が縛られている。

 

 

 「念のため指を結束バンドで縛っといてよかった~。足縛るとこの後面倒だから自由にさせてやっているが・・・もし足で俺を蹴ろうものならもう一度眠らせてもいいんだぜ?」

 

 

そうして男はスタンガンをちらつかせた。電流が走るその光景を見て―――――――――――

 

 

 「あ――――――――」

 

 

この光景、あのときと――――――――――

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

目の前で静乃が攫われてしまった。どうしてこんなことに。糞、なんのための付き添いだよ・・・。とにかく止めないと!

幸いなことに、眼前の車はまだ発進していない。やけにうなるエンジン音だけがこの場に響く。この間になんとか・・・でもどうやって止める?

俺はたちあがろうと手を動かそうとしたが―――手が震え、うまく力が入らない。まるで、重たい荷物を長時間持った後のような。目は動かせたから、あたりを見回すと、ちょうど近くに俺の放置傘が転がっていたことに気が付いた。俺は震える手で何とか傘をつかむと、それを杖代わりにしてなんとか立ち上がった。

 

 

 「静乃!」

 

 

今すぐ駆け出して止めに行きたかったが、しびれが残っているから、傘を杖代わりにゆっくり足を進めることしかできなかった。ただ、ちょっとずつ、マシにはなってきている。早く元に戻れ、俺の足!

 

 

 「クソ、こんなときに・・・なんとか、なんとかしないと、なんとか!」

 

 

そうしてジリジリと詰め寄って、車まであと3mといったところで、車が前に進み始めた。その瞬間、何かが吹っ切れたのか、火事場のクソ力のせいなのか、俺は走り出すことができていた。そうして車のトランクに手をかけるすんでのところで、俺の走る速度よりも車の速度が上回り、手が絶妙に届かない。これじゃ、間に合わない―――――――――――――――

瞬間、俺は杖代わりに使っていた傘を逆に持ち替えて、取っ手をトランクのレバーに引っ掛けた。とっさの判断だった。トランクの開く角度を考えると、これでトランクが開くことは絶対にない。だけど、おいていかなければ、どうとでもなる、そう思って。そして、その判断に救われることとなった。トランクのロックが解除されるのがわかった。あとは俺が追い付くだけ―――――――

そんな安堵が気を緩ませたのか、しっかり握っていたはずの傘が手から滑り落ちた。そして、その勢いで俺は盛大に前に転がり倒れてしまった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 「な、トランク開けやがったあの男・・・」

 「そ、そんなのお構いなしでいいんじゃないか・・・?」

 「走っているうちにトランクあいたらマジで終わりですよ!周りに見られでもしたらいよいよどうしようもなくなりますって。なんのためにガラスにスモーク貼っていると思っているんですか!!」

 

 

遼、遼が助けてくれたの?そんな考えが頭をよぎる。そして、これはチャンス?あの人らも、トランクはそのままにしておけないって言ってる。だから多分あの男はトランクを閉めるため、一瞬後ろに目を向けるはず。そして、半ドアになった扉を閉めるためには、一瞬大きく開けないと、反動使って閉められない。だから・・・

 

 

 「遼が助けに来てくれた!()()()()()()()()()()()()()()()()()、遼がすぐ追いついてくれるんだから!」

 

 

大声で喜びを叫んだ。運転席にもしっかり届くように。あの頭の悪そうな運転手がそんなセリフを聞くと―――――――――

 

 

 「や、やばい!追いつかれるんだな・・・!」

 

 

急発進するよね。今までトロトロ走っていたのが急に速度が上がるんだ。そして、もう一人の男がトランクを大きく開けようとするタイミングと重なったらどうなるか。

 

 

 「ちょ、キモタク先輩!」

 

 

読みは大当たり。慣性の法則で、中の人間はみな後ろに引っ張られる。だから、男も勢い余ってトランクに激突してしまう。おかげで、ちょっとしかと開けるつもりのなかったトランクが全開となった。そうして、こちらは自由に動く足を使って男を蹴り飛ばす。男の意識はトランクに向いてたから、当然この動きは予知してないだろう。男は荷台から道路へ転げ落ちた。そして後方の視界には―――――――――遼がこちらに向かって走っているのがよく見えた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

盛大に転がり倒れても、また緊張状態に戻ったのか、アドレナリンバリバリ出てるのかわからないが、すっくと立ちあがることができ、また走り始めることができた。もう、目の前の車しか目に入らない。とにかく前へ、前への思いが、俺を突き動かしていた。すると目の前の車が急発進すると同時にトランクが大きく開かれた。そして一人の男が転がり出てきた。俺はまだ、そいつをよけてまで走れるほど器用に動けないから、思い切り踏みつけてしまった。丁度みぞおちを踏んでしまったのか、えづいた声がその場に響いた。車の中を見ると、そこには膝立ちの静乃がこちらを向いていた。そして、俺と目があった。ただ、車はどんどん遠ざかる。このままだとどのみち距離が開くばかり――――――――――と思っていたその時、車が急停止した。さすがに相方が転がり出たら驚いて一度止まるか。これはチャンスだ!

みるみる距離を詰めていく。そして再度数mまで距離を詰めたとき、再度車が発進した。もうなりふり構っていないって感じなのか?それなら―――――

 

 

 「飛びだせ!」

 

 

静乃はそれに合わせ、トランクから勢いよく飛び出す。ただ、手を縛られているのか、着地はできてもたどたどしい。そうして、前のめりになって倒れそうになったその瞬間、俺は彼女を抱きとめた。

 

 

 「よかった、なんとか取り戻せた。」

 「遼、助かった。本当にありがとう・・・・・・!」

 

 

静乃は安堵と恐怖が入り混じったような、そんな声でお礼を告げてくれた。

 

 

 「直紀ぃ!大丈夫かぁ!」

 

 

そうだ、片割れはうずくまってても運転手は健在か!ただ、静乃を取り戻したことで、また安心したのか、また体が思うように動かなくて・・・

 

 

 「俺だってぇ!こいつがあればまだぁ!」

 

 

そうしてピザデブ男はスタンガンをちらつかせてこちらに向かって走り出した。マズイ――――――――

俺は体を反転させて、静乃とあいつの間に割って入ることしかできなかった。こんな状態だったら、流石に俺も気絶するか・・・

せっかく取り戻せたのに、また捕まったのなら、意味がないな・・・・・・。

その時、左の小路から男が一人走り出してきた。

 

 

 「やっとみつけた!この糞野郎が!」

 

 

ハムだ!

ハムはピザデブ男めがけて飛び膝蹴りをすると、奴は横に転がり込んだ。そして手からスタンガンがこぼれると、ハムはそれを回収して、勢いよく地面にたたきつけた。スタンガンはもうこれで使い物にならないだろう。

 

 

 「そうだ!まだもう一人残ってる!後ろだ!」

 

 

俺は指さしながら叫ぶと、ハムは後ろを振り向く。ただ、蹲っていた奴は復帰した後思いのほか近づいていたから、ハムは攻撃じゃなくて防御姿勢となってしまっていた。

 

 

 「この野郎!よくもキモタク先輩を!ただで済むと思うなよ!」

 

 

奴はハムめがけてスタンガンを振りかざした。ただ、ハムは思いのほか余裕で・・・というか、そりゃ余裕になるわな。とんでもない助っ人が走ってきているのがわかった。そっか、もう夕暮れですもんね、会議も終わりますか・・・

 

 

 「ただで済まないのはこっちも同じです!」

 

 

駆けつけてきた緋色会長は、スタンガンをもつ手をひねり上げてスタンガンから手を離させた後、コンクリートの地面に思い切り投げ飛ばした。一本背負いっていうんだっけ?

まともに受け身も取れるわけもなく、奴はそのままピクリとも動かなくなった。

 

 

 「いろいろ質問はありますが、助かりました。本当に・・・」

 「喜ぶのは後にしましょう。まだこの方々の片づけが終わってないので。」

 「そうだな。本質的な解決はまだしていない。あの男たちからすべてを聞き出したいが、それは本丸を何とかしてからだ。そのためにも、こいつらが持ってる武器諸々引っぺがすぞ。」

 

 

そうすると、ハムと会長は奴らのハイエース、身ぐるみを捜査し始めた。なんて心強い助っ人が来てくれたんだ。それに引き換え俺は・・・何かできたんだろうか・・・。

 

 

 「さすがハムと会長だなあ。俺は・・・」

 「別に、直接攻撃が全てってわけじゃないでしょ。」

 

 

身近なところから、声が聞こえてきて、ようやく俺は今置かれている状況を理解した。ずっと静乃を抱きしめていたのだ。気恥ずかしくなってて、手を放して離れた。

 

 

 「ご、ごめん。」

 「何に足しての謝罪なのさ。」

 

 

静乃は俺をからかうように二やついてこちらを見た。

 

 

 「それに、早くこの指何とかしてほしいんだけど。ほら、役に立ちたいんでしょ?」

 「そ、そうだった。ペンチか鋏があれば―――――そうだ、鋏なら持ってるから!」

 

 

俺はいそいそとカバンの中から鋏を取り出し、急いで静乃の指に巻かれていた結束バンドを切った。

 

 

 「はあ、自由になれた。」

 「はは、やっと役に立てたよ。」

 「そんな卑屈にならないでよ。遼がトランク開けなかったら脱出のきっかけもできなかったし、抱き留めてくれなかったら、()()はきっと顔面から転んで、かなり大きな傷ができてただろうしね。自信もって。」

 「そ、そういわれると確かに・・・・・・・・」

 

 

って、あれ?一人称元に戻ってね?

瞳をじっと見つめたが、死んだ魚のような眼はしていなかった。ただ、数日前の輝く瞳とも違っていた。そりゃ、あんな怖い目に遭って生き生きとするわけもないけど・・・

 

 

 「静乃、もしかして・・・?」

 「まあまあ、その話はいろいろ片付いてからってことで。」

 

 

手を首の後ろに組んでこちらに背を向けた。表情はもう見えない。

ただ、このからかいぶりといい、きっと事態は好転したんだろう。その理由はよくわからないけど・・・。

さて、本丸はこれからって話だ。怜にも連絡して、この件を片付けるぞ。

俺は自分のほっぺを強くたたいて喝を入れた。スタンガンのしびれのせいでうまく力をコントロールできなかったから、めちゃくちゃ痛かった。

 

 

 

 



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4-5-7 決着

あのバカ3人は順調にこちらに向かってきている。奴らのスマホすべてに位置情報共有アプリを入れているから、失敗したかどうかがすぐわかる。警察署や、同じ場所にとどまり続ける、散り散りになるなどすれば、失敗した証拠。情報を吐き出される前に、切り捨てるまで。自分はこんなところで捕まってはいけない。

ハイエースがこの廃工場に入ってくる。この廃工場は数年前に潰れた鉄鋼の加工工場で、更地にする金もなかったからそのままにされているらしい。そんなだから、不良共のたまり場になっているのだが、全員締め出したことで、自分が一方的に使っている。モノも多いし、身を隠すにはちょうどいい。

ハイエースが廃工場内のプレス機近くまで来ると、そこで停車した。待ち合わせ場所に指定していたところだ。自分はゆっくりとその車に近づく。3人一緒に来ているのだから、勝利したと思いたいが、あのバカ共は何も信用できないからな・・・。

 

 

 「ル、ルナさん・・・遅れてしまったんだな・・・」

 

 

車の窓が開くと、脂ぎったデブがこちらを見る。鼻先の毛穴に汚れが詰まって黒ずんでいて、シャツは汗で張り付いている。汗だくってことは、ヤるだけヤったと思いたい。

 

 

 「おいデブ、萩原静乃とやることやったんだよな?」

 「も、もちろん・・・。後ろの直紀にも聞いてみてくれ・・・。」

 

 

そうして自分は後ろのドアを開くと、そこは猿ぐつわされて、両腕両足を縛られた萩原静乃が転がっていた。

 

 

 「あ、ルナさん!」

 「————————なんで脚まで縛ってる?」

 「ちょっとヤりすぎてさすがに疲れたといいますか、もう膣内気持ち良すぎて三こすり半で出ちまうんで、ヤった時間に対して出た量がこれまでの3倍なので・・・。だから、起きられたとき暴れられたら抵抗する体力ないなーって。」

 

 

やっぱり、このゲスの説明は吐き気がする。聞いたのはこっちだが、聞かなきゃよかった。

 

 

 「—————なるほど、わかった。萩原静乃を運び出せ――――――――ってあれ?林はどうした?」

 「林はずっと透明ジャケット着たまま、ヤりつかれて寝てますね。」

 「は?あの体力バカがそんなすぐ疲れるわけないだろ、野球部だぞ?」

 「ああ、あの坊主ですか?なんか童貞だったみたいで、あの名器に入れた瞬間もう射精しまくりですよ。だから、すぐ復活してすぐ出してっていうのを繰り返した結果、チンコがしなしなになっちゃってましたね。」

 「寝た理由は分かった。でも透明ジャケットを着ている理由は?」

 「いやもう、脱ぐの忘れるくらい興奮してたんですよ。だから、急いでチンコだけ出して、やることやって、寝たってことです。だからそこでチンコ丸出しですよ。見ます?彼のお子様チンコ。」

 

 

チー牛は指さすと、そこには明らかに不自然にタオルが浮いており、その中央が小さく盛り上がっていることがわかった。

 

 

 「———そんな汚い物見せるな糞が。」

 

 

チンコチンコうるせえな・・・・・・。まあいい、目的達成なら、自分の役目もこれで終わりだ・・・。

そうして、ポケットの中から3()()()()()()()を取り出して、それを破ろうとし――――――――――

 

 

 「—————————————っ!」

 

 

瞬間、手に大きな痛みが広がって、チケットを落としてしまう。

手に、穴が開いている?撃たれた?音もなく??

そして今度は、誰もいないはずの後ろから強く引っ張られて、ぶん投げられた。前から倒れそうになったが、とっさに受け身をとって、懐から拳銃を取り出した。

 

 

 「ったく、これはどういうことだ――――――――」

 

 

するとまたしても手元を撃たれた。拳銃を床に落としてしまう。すると、その拳銃がひとりでに浮き上がり、こちらに銃口を向ける。両手を銃で撃たれ、出血は止まらず、使い物にならない。腕が使えないから、全ての対抗手段をとることができない。

 

 

 「透明ジャケットを着た武闘派が複数人、そしてこの廃工場内に潜むスナイパー、どうやらお手上げのようだ。」

 

 

自分は両手を上げた。さすがに、どうあがいても勝ち目がない。あのバカ共も、そして自分も失敗したようだ・・・。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

フードを被った男、神前鬼道は両手を上げた。

 

 

 「そのまま手を頭の後ろに組みなさい。」

 「ったく、手に穴が開いているのにそんな複雑な行動を要求するなんて。」

 「死にたいの?」

 

 

カツカツと足音をたてながら、神前に拳銃を突き付けながら一人こちらに近づいてくる。もっとも、その姿は見えない。()()()()()()

やがてそいつは神前の真後ろに立つと、手首を手錠で固定した。ロープで縛らなかったのは、血で滑って外れることを嫌ったのだろうか。

 

 

 「もういいわよ。みんなジャケットを脱いでも。このあたりに協力者は見られなかったわ。こいつの動きも封じた。安心していいわ。」

 

 

そして、拳銃を神前に突き付けたまま、そいつは透明化を解除した。こんな非日常なことをやれてしまう人間なんて一人しかいない。怜だ。

 

 

 「…ああ、緊張した。まるで漫画の主人公みたいだ。」

 

 

俺は車の中から這い出た。粗チン男の役なんてもうこりごりだ。透明ジャケットを解除して、改めて怜と神前を見る。その時、俺は怜を見て驚いた。眼の奥に吸い込まれてしまいそうな、なんの感情もくみ取れない、果てしなく冷たい目。これが覚悟の決まった女の眼なのか。

 

 

 「…おい馬鹿ども二人、これはどういうことだ?」

 「すみませんルナさん…。逆らったら殺される勢いだったので…」

 「お前ら、自分がどんな存在で、どんなことができるのかわかってて言ってるの?自分に殺されるとは思わなかったわけ?」

 

 

神前はそう吐き捨てると同時に、緋色会長の透明化が解除された。会長の姿を確認した瞬間、奴は天を仰いだ。そして、奴のフードが脱げる。

―――――――――会長は何を思うのだろうか。自分がよく知る人間が、自分の良く知る人間をひどく傷めつけようとしていたことに。

 

 

 「そりゃ…あのバカ共は丸め込まれるわけだ…」

 「キド…信じたくはなかったですよ…。」

 

 

だらりと垂れた腕、目を背け、苦虫を嚙み潰したような、苦しい顔した会長は、とても見ていられなかった。

 

 



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4-5-8 終幕

安全が担保されたので、俺は静乃の拘束を解きに車に戻った。自分で軽く縛ったのだから、ほどくのは容易かった。

 

 

 「やっと終わったのね。」

 「ああ。みたいだな。」

 

 

静乃は車から出ると、身なりを整えて真っすぐと神前を見た。俺はその間にあいつのもとに駆け寄り、あいつの手から零れ落ちたチケットを拾い上げた。3人の男の名前が書かれている。やっぱりこれは、告白券だ。

 

 

 「キド・・・いったいどうして・・・」

 

 

声の聞こえたほうに目を向けると、会長はただただ悲しく、神前を見つめていることがわかった。言葉に出したことで感情が抑えきれなくなってきたのか、何かを言いかけては口を紡ぎ、といったことを繰り返している。普段メリハリのある感情を表さない会長とは打って変わっている。そうして、我慢できなくなった瞬間————————その会長に静乃は割って入り、腕組みをしながら神前に投げかけた。

 

 

 「こいつらつかってぼくをレイプしようとしてさ、アンタ何が目的なの?」

 

 

神前はその問いかけに対し、なかなか口を開こうとしなかった。けれど、それをだれも咎めようともしなかった。静乃に割って入られたことで落ち着いたのか、会長も、黙って彼を見ていた。

 

 

 「—————————あなたが誰かに取られてしまうくらいなら、自分のものにならないなら、壊してしまえって思っただけですよ。」

 「—————————そっか。」

 

 

正直、その発言がどこまで信じられるのか、噓にまみれていそうに思える。ただ、今月に入っての神前の動きを見ていた身としては、あながち間違いではないのではないか、そう思ってもしまう。ただ、それを許せるかどうかというのは別問題だ。ただ――――――

 

 

 「そんなにぼくのことが好きなのに、どうして告白しなかったの?」

 「それは――――――」

 「アンタから黒い感情は、今まで感じなかったけどね。」

 

 

神前の言葉をさえぎって、静乃はそうつぶやいた。神前と相対する形で静乃が立っているから、静乃の顔がよく見える。その顔は、自分を強姦教唆させようとした奴への怒りではなかった。どうしてこんなに軟らかい表情をしているのだろうか。場違いなのは承知だが、その表情に、瞳に見とれてしまった。当の本人がこんな安らかな顔をしているのに、横槍を入れることはできそうになかった。

 

 

 「————————まあいいよ、理由について話さなくても。もう二度とこんな馬鹿な真似しない。そのマインドコントロールとやらも二度と行わない。物騒なものは全部怜のもとで管理する。それを約束してくれるなら、この話は終わりにしていい。どうかな?」

 「————————いやでも・・・」

 「アンタ、ぼくのことが好きなんでしょ?約束してくれないと、アンタのこと、嫌いなままだよ?」

 

 

静乃はニヤニヤしながら神前に言葉を投げかけた。俺はわかる。これは明らかにからかっている。言質を取らせようとしているんだ。怜による徹底的な管理をすることで、二度と脅威が起こらないように・・・

 

 

 「・・・わかった。」

 「うん、よろしい。———————みんなも、この話はこれで終わり。さ、解散しよう。」

 

 

当の本人が、こういっているのだから、我々はこれ以上何も言えなかった。

 

 

 「————————はやくその手、直してね。ドラム君。」

 「————————っ!」

 

 

最後に、静乃が彼を愛称で呼ぶと、彼はその場に崩れ落ち、すすり泣き始めた。そこで俺は気づいた。本当にレイプ教唆をもくろんでいたのなら、静乃の言葉で泣くだろうか。静乃のことが本当に好きで、だからこそこんな手段はとりたくなくて・・・だからこそ、嫌われたくない静乃から救いの言葉を投げかけてくれたのなら、感極まってしまうのも頷ける。壊れてしまえなんてヤンデレ的なセリフは恐らく嘘が入っていて、本当のことは言えないから、けれど言葉に納得性を持たせるために、あんなことをいったのではないか。

 

 

 「…ただ、けじめはつけさせてほしい。ここにいる男共も、数えきれない罪を犯した。現代の法でも、裁かれるよ。」

 「…そっか。————————怜、こいつらの処置は任せていい?聞かれたくない話もあるでしょ。」

 「承知したわ。」

 

 

怜は眉一つ動かさず、そう答えた。

そして、俺らは廃工場を後にする。これで、静乃の身の回りに起こった非日常イベントは、幕を閉じたのだった。



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4-6-1 告白

 夏だから日照時間が長いとはいえ、外はかなり暗くなっていた。廃工場での非日常な危険な目に遭ったものだから、皆固まって解散することとした。会長はハムが、静乃は俺が送ることとなりそう―――――だったのだが、

 

 

 『タクシーを外に呼んでおいたから、それで帰って頂戴。』

 

 

という怜のファインプレーにより、真の意味で安全に帰宅できることとなった。金も渡してくれたから、俺のお財布にも優しくしてくれた。こうなることを予期していたのか、流石だな。女性にタクシー代をおごってもらうのは気が引けたが、機関からの補充と聞かされたから、何の抵抗もなく使うことができる。

 

 

 「じゃあ、帰ろう、遼。」

 

 

そう言って静乃はタクシーに乗り込む。俺も次いで乗り込んだ。

 

 

 「先に静乃の家に向かったほうがいいから、静乃たのむわ。」

 「了解。」

 

 

にやつきながらそんなことを俺に言う。なんか変な感じ・・・。

 

 

 「―――――――までお願いします。」

 

 

タクシー運転手に告げた住所は、静乃の家ではなく、俺の家。

 

 

 「え?なんで?」

 「今回の件についてちょっと話しておきたいこと、いっぱいあるでしょ。お互いね。」

 「でも、いきなりだし―――――」

 「大丈夫、既に有希ちゃんには連絡済みだから。」

 

 

て、手際がいい…ちょっと前までスマホの扱いに四苦八苦してたやつとは思えんな。

ちなみに、記憶を封印されてスマホの使い方がわからなかったからこそ、今回の窮地—————静乃の誘拐を阻止できたといっていい。

ハムと会長は俺と静乃がピンチの時にすぐ駆け付けるという出来すぎたシナリオ、それはスマホの位置共有アプリのおかげなのだ。おそらく静乃の身には何かしらのことが起こる、そんなときのためにと会長が事前に静乃のスマホにアプリをインストールしていたのだ。もちろん、記憶を失っていた静乃はそんなこと知る由もない。だからこそ、会長たちは静乃のいる場所まで最短距離で向かうことができたとのことである。余談だが、会長たちはこいつらと前に出会ってたらしく、その時も圧倒的な力でねじ伏せたらしい。いろんな意味で彼女らにはかなわないな。

 

 

 「にしても、武の活躍っぷりには驚いたな。刹那もほだされるわけだ。」

 「だよなあ。——————てか、やっぱそうなの?様子あやしいとは思ってたけど・・・」

 「少なくとも、まだぼくがぼくでいたころはそうだったよ。おかしくなってた間は―――――どうだろ、刹那はぼくに気を遣うばかりで、そんなそぶりは見せなかった気がする。」

 

 

帰り道にハムと林が気が付けばいなくなっていた。林がハムを路地に呼び込み、そこで乱闘があったらしい。ただ、ハムが圧倒的に強かったため、林はあっけなく気絶。そしてハムは、林のスマホを取り上げ

、パスコードを解除したとのこと。LINEを開いて裏のやり取りを全て発見し、トーク画面を全てスクショして会長に転送したんだとさ。もちろん、林のスマホからその証拠は全て消している。ハムは林のスマホのずっと起動させていたかつ、ずっと持っていたから、神前を欺くことができた。なお、林はその辺に放置してきたらしい。この二人の活躍がなければ、ここまでうまくことを終えられることはなかっただろう。にしても、切れ者すぎるだろハム、厨二病やめて真正面からぶつかれば、そら刹那が惚れてもおかしくないや。

 

 

 「なるほどなあ。まあ後であいつらに聞いてみよう。」

 

 

ほっと一息つくと、急に眠くなってきた。ああだめだ、ぼんやりしてきた・・・

 

 

 「遼、寝てていいよ。ぼくが起こしてあげるから。」

 「いやでも――――――――」

 「迷惑かけた自覚はあるんだ。それに、もう危ないことは起こらないんだ。安心して眠ってくれ。」

 

 

そんな彼女の言葉に抗おうとしたが、数日の疲れには勝てないのか、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「ついたよ。」

 

 

静乃に体を揺らされて、パッと目を開けるとそこは俺の家の前。

 

 

 「支払いはしておいたよ。さ、帰ろう。」

 

 

静乃はタクシーから出ると、俺もそれに続いてタクシーから降りた。

家の鍵を開け、リビングに入ると有希がソファに寝転んでテレビを見ていた。

 

 

 「あ、静乃さん、いろんな意味でお久しぶりです!」

 「有希ちゃん、ごめんねいろいろ迷惑かけて。もう大丈夫だから。」

 「いえいえ、明るい静乃さんも新鮮でよかったですよ!それに――――――――性格が前に戻ったとはいえ、前ほど負のオーラは、心なしか感じない気がします。」

 「そうなんだ、多分心境の変化かなあ。」

 「ゆっくりと兄さんとお話ししてて下さい。叔父さんは締め切り近くてずっとこもっていますし、私はだだっ広い空間でぐうたらできる数少ないチャンスを無駄にしたくないので、ずっとここにいますしねー。」

 

 

有希、お前そんなこと思ってたのか。確かに、叔父さんが執筆の締め切り近いからって書斎にこもってるときやたらリビングでだらだらしてると思っていたが・・・。

ひらひらと静乃は手を振って、リビングを後にした。俺も続いてリビングを出る。彼女は一直線に俺の部屋に入っていった。――――――――あれ、竜崎とかどうしてたっけ?てか俺の部屋っていまどんなだっけ?

 

 

 「案外片付いてるじゃん。」

 「あれ、本当だ。」

 

 

なんなら、あいつもどっかに行っていなかった。多分、怜と一緒にいるのかな?

俺はポケットに入っている、前に怜から渡された通信用イヤホンを取り出して、そこについてる穴を三回押した。竜崎と直接話ができるホットラインだ。イヤホンを耳に着け、部屋を出てしばらくすると竜崎の声が聞こえてきた。

 

 

 【ほっと一息ついてるところかな?どうした?】

 【まあ、一息はついてるけどさ、今どこなの?】

 【察してるかもしれないが、怜と共にルナを尋問しているところだよ。】

 【あ、やっぱやるよね尋問・・・】

 【そりゃそうだ。脅威を完全に取り去る必要があるからね。要件はそれだけ?】

 【そうだよ。忙しいところすまん。】

 【いやいや、気にすることじゃない。いずれにせよ君には萩原静乃に最後の仕事————————メンタルケアを頼みたい。近くにいるのは怜から聞いているからね。】

 【言われずともそうするさ。】

 

 

そうして通話は切られた。竜崎と怜がセットでルナ、および神前を締めるなら、もう問題はないだろう。

部屋に戻ると、静乃はすでに俺のベッドに腰掛けていた。俺は近くの椅子に座った。。—————仮にも男の部屋にいるのにベッドの上に座るのはどうなんだろう・・・。いや有希がいるし、なんなら多分叔父さんもいるからいいんだけど――――――――いや、有希も叔父さんも1階にずっといるから、こっちに来ない・・・?――――――――いや、変なことはしないけどさ。変なことされたせいで静乃はねじ曲がってしまったわけだし、もし俺がとち狂ってそんなことをしてまた記憶がおかしくなったら嫌だし、なによりそんな対象として彼女を――――――――

今までそんな対象として考えもしなかったが、改めて静乃を見ると、出るところと引っ込むところはしっかり出てるし、容姿もいい。スカートからのびる太ももも、夏服のワイシャツからのぞかせる二の腕、なんとやわらかそうなことか。—————————————いかん、普通にエッチすぎる。個室に二人だけしかいないってのも相乗効果で普通にムラムラしてきそうだ。俺は腐れ縁の女の子にこんな気持ちを抱いてしまうほど、性欲溜まってたのか・・・。

 

 

 「あー疲れた。あえて捕まったふりするなんてこと、今後は絶対ないだろうなあ。」

 「—————————そうだよな。静乃もとんでもないことを思いつくもんだ。」

 

 

俺は一瞬抱いた不純な思いを吹き飛ばすように、あの時の話を始めた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 「予定通りぼくを攫って、そのルナさんとやらのところにつれていけ。」

 

 

静乃奪還後、ピザデブとチー牛を一通り締めた後、静乃は彼らを正座させ、そのように告げた。もちろん、人目につかないところで。

 

 

 「静乃、どういうことです?」

 

 

会長がそう問いかけるのも無理はない。俺だって意味わからない発言に首をかしげていた。

 

 

 「おおもとを絶たなければ、おそらくぼくじゃない誰かに同じことが起こるんでしょ?それなら、捕まったふりをして、一気に叩くのがいいと思うんだ。幸い、こいつらは透明化できる不可思議な装置があるみたいだし、それで会長と武が隠れればいいんじゃないか。」

 「確かに、でも、敵の本陣に乗り込むのも・・・」

 

 

危険だよな。相手の勢力がどの程度のものか全くわからないから。

 

 

 「おいそこのチー牛、ルナさんとやら以外に協力者はいないのか?」

 「は?人をチー牛呼ばわりだと――――――――」

 「今すぐに警察に突き出してもいいんだよ?この辺の女性を手あたり次第襲った変態レイプ魔を捕まえましたってさ。」

 「「すみませんでした。」」

 「枕詞が足りないね。『レイプ未遂をしてしまった救いようのない豚野郎が、静乃様に対して大変失礼なことを申し上げてしまいました。本当に申し訳ありません。』はい復唱!」

 「「レイプ未遂をしてしまった救いようのない豚野郎が、静乃様に対して大変失礼なことを申し上げてしまいました。本当に申し訳ありません!!!!」」

 

 

男らは地べたに頭をこすりつけ、静乃に謝罪をした。静乃、めちゃくちゃ生き生きしとるやん・・・

 

 

 「で、協力者はいるのか?」

 「「いません!俺らが会っていたのはルナさんだけです!」」

 「お前らは何でルナに協力している?」

 「————————あれ、なんでだろう。本能で従っているんですかね?」

 

 

これ、告白券がこいつらに作用している?こいつらは演技がうまいタイプじゃない。この言葉は嘘じゃないだろう。となると、告白券をルナとやらに破られたらマズイ。すべてがパーになる。

 

 

 「おいお前ら、スマホを出せ。それに、スタンガンやルナさんからもらった危ない物、連絡手段、全てだ。」

 「はい!仰せのままに!」

 

 

そして目の前にはスマホに、無地のシールと腕輪が3セット、スタンガン2丁が出された。そして静乃の名前が書かれた告白券も・・・。

 

 

 「このチケットは俺が預かるよ。見覚えがあるんだ。」

 「そう、わかった。スマホも預かっておいて。———————で、ルナさんとどうやって連絡していた?まさかスマホで連絡してたとか言わないよね?」

 「そ、その通りなんだな・・・。証拠見せるから、ちょ、ちょっとだけスマホいじらせて・・・。」

 

 

ピザデブがそういうと、静乃は彼にスマホを返した。武が彼の首元にスタンガンを当てているし、会長が後ろで見張ってるから、変なことが起きることは万に一つもないだろう。

 

 

 「・・・本当だ。特殊な連絡手段は使ってない?嘘ついてたらどうなるかわかっているよね?生殺与奪の権利はこちらにあるんだからね?」

 「う、嘘じゃないっす!マジで!ルナさんからもらったのはその透明化シールとスタンガンだけ、そしてこの――――――」

 「このチケットでしょ?わかってる。それ以上言わなくても。」

 

 

男二人はほっとしたようだ。そしてずっと黙っていた会長が、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 「————————スマホに連絡手段を頼らざるを得ないのならば、スマホそのものが鍵でしょう。おそらくルナは彼らのスマホに、私が静乃ののスマホに入れた位置共有アプリとかが入っているのでしょう。これで計画がうまくいったかどうかを判断しているはずです。ならば、このスマホをもって予定通り集合地点に向かえば、相手の油断を誘えるわけですね。幸い、鹿夫のスマホは武君の手にあります。”3人が問題なく集合できた”という事実が重要でしょう。」

 「————————というわけだ。お前らは透明ジャケットの使い方をこの三人に教えろ。その間に変な行動をとったら――――――――」

 「「静乃様には向かうことは致しません!」」

 「よろしい。お前らはいまからぼくの忠実なしもべになれ。もしすべてうまくいったら、予定通り1発くらいヤらせてやってもいいよ。」

 

 

流石にその発言はやりすぎだろ!

 

 

 「「え?本当ですか!?!?!?!?」」

 「これまではお前らがずっと主導権を握ってきたんでしょ?主導権を握られる快感を味合わせてあげるよ。」

 「—————萩原、それはさすがに・・・」

 

 

ハムが止めに入った。会長も静乃の発言にドン引きしている。

 

 

 「同意があれば問題ないでしょ?」

 

 

そういわれてしまえば、食い下がるほかない。それに、今はおおもとを叩くほうが優先だ・・・。

 

 

 「「静乃様!!!!!承知いたしました!!!!我々、忠実なしもべとなります!!!!」」

 「よし。じゃあいまから行動開始だ。」

 

 

こうして、静乃の体を張った懐柔により、おおもとを叩くために移動を開始した。

移動中の車内で今回の筋書きを考えることになったわけだが・・・

 

 

 「シナリオは―――――そうだな、林は短小包茎の糞童貞で、入れた瞬間イくのを繰り返してつかれて寝ていることにしよう。これ、遼の役ね。股間にタオルでもかけてそれっぽくしといて。」

 「・・・」

 「到着が遅れた理由は、ぼくが名器だったからやりすぎたってことにしとこう。もしルナが車内でちゃんとセックスしたか確かめるためにぼくの股を開きでもしたらたまったものではないので、足も縛っといて。理由は・・・疲れたから反抗されたら勝てないかもと思ったからってことにしといて。」

 「・・・」

 

 

よくもまあこんなつらつらと過激なことを思いつくものだ。こいつ、実はかなりのビッチなのでは?それとも、今回の件で吹っ切れただけ?わからないよ俺は・・・じつはいままで裏でパパ活とか援助交際してたら怖いよ・・・

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 「———————遼はぼくの身に過去何があったか、だいたい知ってるんでしょ?」

 「まあ、状況証拠からの推測だけど・・・」

 「いいよ、多分あってる。——————ぼくは昔レイプされてね――――――――」

 

 

そこから、これまで誰にも話してこなかったであろう、静乃が変わってしまった過去の出来事とそれからについて、静乃の告白が始まった。



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4-6-2 病は気から

小学校6年生の秋、紅葉のきれいなころだった。特に代わり映えのない帰り道。ピアノのレッスンからの帰りのことだった。

 

 

 「ねえ、ちょっといいかな?」

 

 

とんでもないイケメンが、ぼくに声をかけてきた。高身長で身なりも清潔。笑顔がとても素敵だった。好みがそういう女性受け最強に良い男ってわけではない。色恋に興味がないわけではないけど、すぐにもイチャイチャやりたいわけでもない。そんな自分がそう思ってしまったっていうのは、一目ぼれとかではなくて、思えばこの時点で洗脳にかかっていたんだろう。

 

 

 「このあたりの地理に詳しくなくてね・・・。よければ”ぼく”にこの町のこと教えてくれないかな?」

 

 

そう言って彼は手を差し出した。ぼくはその手を何の疑いも持たず手を取る。知らない人についていってはいけないと、親からも学校からも言われていたはずなのに・・・。

そうして連れていかれた先はハイエース。彼と一緒にハイエースの後部座席に乗り込んだ瞬間、取っていた手をさらりと後ろに回され、知らず知らずのうちに手を縛られてしまった。さすがに事のやばさを自覚して周りを見渡すと、運転席から太った気持ち悪い男がカメラこちらに向けていたのがわかった。当然足をばたつかせて逃げ出そうとしたが、その抵抗はその男を喜ばせるだけだったようだ。

 

 

 「いいねえ!取れ高最高だお!抵抗してるほうが生々しくて抜けるんだよなあ!」

 「ごめんね、一瞬で終わるからね・・・。」

 

 

彼は暴れる足を無理やり開いた。そうして彼がレギンスのチャックを下げ、アレを露出させた瞬間、一気に彼への嫌悪感が渦巻き、頭が痛くなって、そこからはもう、何も覚えていない。意識を失ってしまった。

気が付くと、ぼくは近くの公園のベンチに座っていた。あたりはすっかり暗くなっていた。ぼくの横には通学カバンがあった。もう帰らないとって思いから立ち上がった瞬間、下腹部に強烈な痛みを覚え、またベンチに座りなおしてしまった。様子を見ると、スカートが汚れていた。よくわからない色、血の色、それがちょうど股間のあたりに―――――――。瞬間、意識を失う前のことを思いだした。同時に、友達同士が話していた、セックスのことも。初めてするときは、すごく痛くて、血が出るって話を聞いていた。その状況と、いまの自分の状況が完全に一致していたから・・・。

たどたどしい足で家に着くと、母が心配した顔で出迎えてくれた。そして、ぼくの姿を見るなり、動きが止まった。無理もないだろう。ただでさえ帰りが遅かったうえに、見てくれが完全に誰かに襲われた後であることがわかるから。母はぼくに駆け寄って「何があったの!?」と声をかけた。ぼくは、どこか他人事のように、母のことを見ていた。だって、最中のことは何にも覚えてないのだから。

 

 

そこからは酷かった。警察に相談しても犯人は見つからなかった。内容が内容なだけに、レイプされたことは誰にも言わなかった。学校にはひどい体調不良だって話をしてごまかした。そんなぼくを友達は心配してよく話しかけてくれた。それ自体はうれしかった。でも、いざ平常に戻ると、話題に上がるのは色恋ばかり。ぼくとしては、そんな幻想とかけ離れた現実を体験してきたから、恋愛や、ましてやセックスに関する話なんて聞きたくもなかった。だから、そんな話を振られるたびに席を立ち、吐き気を我慢しながらトイレに向かった。そんなことを繰り返してばかりいると、友達たちも察したのか、そんな話を振らなくなった。そうすると必然的に、関わる頻度がガッツリ減った。冬になり、彼女らが中学生への期待で生き生きするのと反比例して、ぼくはどんどん陰鬱になっていた。発作のように催す吐き気、授業中であろうがお構いなく席を立ち、トイレに向かう。保健室に一日いたこともある。教室に戻ると、何食わぬ顔して楽しむ女同級生。どうしてこんなにぼくは苦しんでいるのに、こいつらは幸せそうにしてるんだ?なんて逆恨みを、いつしかしていた。そんなぼくの思いは、あからさますぎたのか、同級生たちも察して、気が付いたらぼくは教室内の腫物だ。唯一ぼくに話しかけていたのは、オタクになってしまい、3次元の女にさほど興味のない遼だけ。その人の背景を無視して話してくれていたから、かなり楽だった。どんどんふさぎ込むように暗くなったまま、小学校生活を終えた。

 

 

中学に上がっても、小学の同級生はいるから、ぼくに対する認知はあっという間に広がった。別の小学校にいた人は誰もぼくに関わろうとしない。入学して1か月も立てば、スクールカースト最底辺だ。ぼっちのできあがり。遼が同じクラスで、たまに話していたから、厳密にいえばボッチではないが・・・ぼくはそれでもかまわなかった―――――――そう強がっていた。中2に上がってクラス替えで遼と離れ、真の意味で誰ともかかわらなくなったとき、小学校の時のように何度も吐き気を催すようになり、たびたび席を立つようになった。今思えば、遼と話すことがストレス発散になっていたところもあったんだろう。それができなくなってから、たまった鬱憤を晴らすことができなくなっていたのだ。席を立った時にぼくに付き添ってくれていたが刹那だった。学級委員という立場なのと、彼女の正義感がぼくをほっとけなかったんだろう。席を立つたび、どれだけ拒絶しても、必ずついてきた。勝手に話しかけもしてきた。根負けして、彼女を受け入れ話はするようになった。もっとも、普段話しかけられるのは面倒なので机に突っ伏し、寝たふりをしてやり過ごしていた。普段はなさないからこそ、鬱憤解消の手段にはならず、苦しみ続けることに変わりはなかった。何をどうしたらいいのかわからない。ぼくはやけくそになって、父の吸っていたタバコをせびった。父も、ぼくのやつれ具合を見て、同情したのか、「これだけだぞ。」といって渡してきた。結果だけ見ればひどい親だ。だけど過程を見た時に、どれほどの人が父を責めることができようか。もらったタバコでむせつつも吸い続けると、不思議と鬱憤は消えていった。ニコチンで中和されたのかな。それ以来、父の目を盗んでタバコを吸う不良となった。ただ、それは常用できる手段じゃない。鬱憤を晴らす代替手段が必要だった。そんな中、期末試験が近いため、保健体育のテスト勉強をしていた時、ふと男女の性のページに目が留まった。その手の話題から避け続けてきたけど、嫌でもテストでふれざるを得なくなり、仕方なく教科書を読む。自分のこの秘部に入れられたんだよなって思い、手を伸ばした。そして陰核に触れた瞬間、電撃が走った。オナニーなんて汚らわしくてしてこなかった。だからこそ、この初めての感覚に夢中になり、手が止まらなかった。ショーツがぐしょぐしょになるのも気にせず、夢中で手を動かした。そうしてイった後、不思議と不快感は晴れていた。体にたまるあらゆる不快感を、当時のトラウマと結び付けていたせいで鬱憤が溜まっていたと思い込んでいただけであり、不快感をジャンル分け・・・性欲や食欲などに分類して個別対処すれば、吐き気もなくなるんじゃないかって思った瞬間だった。そしてすぐパソコンで自慰行為について調べた。すると、陰核を刺激するだけでなく、膣内を刺激するのもあるらしい。ただ、処女膜がある場合は避けたほうがいいとも書いていた。その文字を見た瞬間、ぼくは迷わず手を伸ばした。どうせレイプされていたんだから関係ないやって。初めてオナニーをした日に、初めて膣内を刺激するエグ目のやつをやってしまった。気が付いたら1時間経っていた。ぼくは汚れた服と体を清めに脱衣所に向かった。鏡に映る自分の姿をまじまじと見て思った。比較的伸長も高い。座高は低いほうで足も長い。同年代と比べ大きな乳房で、出るところと引っ込むところははっきりしており、スタイルはいいと思う。ただ、繰り返しゲロを吐くことで痩せてあばらが浮き出ている。眼の下のクマが酷く、覇気のない瞳だ。あんなことがなければ、今頃自分は楽しい中学校生活を送れたんだろう。友達と遊び、彼氏も作り・・・。そんな未来をへし折ったあいつらは本当に糞だ。でも、起こってしまった災厄はもう変えられない。それならば、被害者面してぐちぐち現状を疎み、結果体調を崩して別の苦しみを感じている今の現状は自分の問題だ。それならば――――――――どうせ自分は汚れているんだから、もういっそのこと汚れきってやろう。あいつらがレイプしたことは最悪だけど、そのおかげでガッツリ気持ちよくなれるんだからいいやって思った。その時から、レイプされたことをどこか他人事のように捉え、悲劇のヒロインぶって他人とのかかわりを拒絶していた自分から決別しようと思った。人生をめちゃくちゃにされたんだ。忘れてたまるか。けど、その後も長々と苦しめられてたまるか。意地でも解放されてやるってね。



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4-6-3 メタモルフォーゼ

 これまで肌の手入れなんてまともにしてこなかった。髪だってその辺の理髪店で適当に切りそろえていた。めんどくさかったんだ。そんなことに気を割く余裕なんてなかったから。でも、親から特に何か言われたことはなかった。ぼくの見てくれが酷くなってしまった根本の原因を知っているから、下手に口出さないようにしていたんだろう。————————家族はあの時から、ずっと優しくなったけど、まるでガラスを扱うかの如く、丁寧な接し方だった。軽口をたたきながら、時には叱られることもある、けれど愛されるっていうような、ありふれた日常からは、遠ざかってしまっていた。

————————ともあれ、よくこんな容姿で過ごせたものだなとさすがに反省した。ストレスのせいかただでさえ色素が薄い家系なのにより白くなってしまった髪色と、覇気のない瞳はもうどうしようもないが、それ以外はテコ入れしないとって思った。シャワーを浴び終えて体をふいた後、自分の肌をまじまじと見た。すこしはあるこのムダ毛も全部処理だ。保湿もしないと。早速、母親に相談に行った。母はそんなぼくにおっかなびっくりいろいろ教えてくれた。けれど、やはり若者のことは若者のことに任せるべきとのことで、従姉に相談することを勧められた。従姉とは、小学校の頃は両親がよく交流の場を作っていたから話す機会はあったのだけど、あの一件以来両親も周りの親戚と交流すること自体減ってしまったから、めっきり交流は減った。ぼくはさっそく彼女と連絡を取った。姉さんは久々の連絡で、しかも自分からっていうのでかなり驚いていたけど、話を続けるうちにぼくの様子が昔とかなり変わってしまっていたことに気づいたのか、直接会って色々話そうということになった。

 ぼくは翌日の学校帰り、今の自分が用意できる中で可能な限りきれいな服を用意して指定された喫茶店に向かった。

 

 

 「し、静乃ちゃん・・・でいいよね?」

 

 

久々に会った姉さんは、一段とキレイな女性になっていた。別れてなければ、確か千歳さんと付き合って4年になる。そりゃ、彼氏にはいい姿を見せたいよね。・・・同時に、彼氏などましてやおらず、同級生にさえ見てくれを取り繕うとしなかった自分の放置っぷりが際立ち、自分が用意した服装と嫌でも比較してしまい、いたたまれなくなった。けれど、裏を返せば、伸びしろがあるってこと。しかも、こんなに素敵な女性が身近にいるんだから、心強い味方だろうって思った。

 

 

 「合ってます。静乃です。・・・驚かせてしまってごめんなさい。」

 「いえ、むしろへんに驚いちゃって申し訳ありません。さ、立ち話もなんですから、座って座って。」

 

 

驚いたぼくを優しく迎え入れてくれた。姉さんからは化粧・美容など、女性として一般教養と呼べることを教えてもらった。そしていろいろ話していくうちに気づいた。彼女の接し方は以前と全く変わらなかった。あの一件以来ずっと交流をしてなかったことが功を奏していたんだ。遼以外に唯一接し方が変わらなかった人に出会えたことがとてもうれしかったのか、涙がとめどなく流れた。そんなぼくを、姉さんは優しく抱き留めてくれた。これほど姉さんに感謝したことはないだろう。

 

 

 

 その日以降、ちょっとずつ身だしなみを整えていった。いきなり全部を実行するのは難しいし、なにより大切なのは継続することだ。だから、月に数回は進捗報告もかねて姉さんに会いに行った。店でもいいんだけど、いろいろ実践するなら人目のない家の中のほうがいいだろうということだった。姉さんはここから電車で20分くらいのとこにある大学の近くに住んでいた。ただ、千歳さんと同棲していたからちょっと気が引けたんだけど、そこは姉さんが彼を追い出してくれていた。心の底から変わったと思えるまで、知り合いに自分の姿を見せたくなかったというぼくの気持ちを察してくれていたのだ。

 

 

 

 姉さんとの交流が始まって半年くらいたったころ、ちょうど冬休みが始まろうとしていたときだった。

 

 

 「静乃ちゃん、あのときからかなりキレイになりましたし、そろそろ美容院に行き、自分に合った服を買いに行きませんか?」

 「・・・本当にそう?そこ自信もっていい?」

 

 

半年間も交流を続けていたから、ぼくの話し方はかなり前に戻ってきた。敬語も外れた。

 

 

 「ええ、ワタシ、結構客観的に物事を見るの得意なんですよ。今の静乃ちゃんは髪と服以外はまわりの子たちと同じかそれ以上になってると思います。今まで一気に外見を変えるのが嫌だからってことでベースを整えてきましたけど、もう次のフェーズに入っても問題ないといえるくらいまできています。ワタシ、結構楽しかったんですよ。自分の言葉でどんどん整っていく静乃ちゃんを見ていると、どこまでいけるのかワクワクしているんです。」

 

 

珍しく目をキラキラと輝かせている姉さんを見ていると、その言葉はお世辞ではないんだろうということはわかった。それに、ぼく自身もそろそろかなーって思っていたのも事実だ。毎日脱衣所で自分の体の写真を撮り、変化を記録していた。あれから吐くこともなくなり、食も意識的に変えていったことで、体のいびつな凸凹はなくなっていった。それと同時に、今までサイズの合っていた服やブラが合わなくなっていた。成長期を嫌でも自覚した。ただ、どうせ買うなら姉さんの指示のもと選ぼうと思っていた。多分ぼくは姉さん側の血筋を強く受けている気がする。ぼくのプロポーションはかなり姉さんに似ている―――――と思う。きっと、ぼくがまっとうに成長したら彼女のようになっていたんだろうなとも思う。だからこそ、ぼくの抱える悩みは全て彼女が解決できるんじゃないかなって思った。

 方針を決めるべく、まずは姉さんの手持ちの服の中から自分の好みを探した。薄々わかっていたことだったけど、服の好みは姉さんと違っていた。ぼくはスカートよりもパンツルックの方がいい。清楚系な服よりも、ストリート系の服の方がいいんだ。だから、姉さんの手持ちの服はだいたい好みとずれていた。それがわかったことで、向かうお店も必然的に決まった。早速駅近くのストリート系ファッションショップに行————————く前に、下着を買いに行った。自分の下着が体に合ってないことを、姉さんはわかっていた。姉さん行きつけのお店を紹介してもらい、全て新調した。まさかサイズが2つもずれていたとは思っていなかった。半年間でそんなに変わるもんなのかとかなり驚いてしまった。姉さんに聞いたら、自分もそうだったと言っていたから、これは血筋なんだろう。そして、自分は将来彼女くらい大きくなるんだろうなと思うと、うれしさ半分面倒くささ半分だった。重そうだなって。

 その後、ストリート系のお店に行き、姉さんと店員のアドバイスを聞きつつ全身コーディネートをした。せっかくだからということで、それを着ていくこととした。最後は、姉さん行きつけの美容院に行き、髪を整えた。すべてをやり終えた後、自分の変貌っぷりにかなり驚いた。まるでファッション雑誌に出てくるような人みたいだった。

 

 

 「見立て通り、静乃ちゃんめちゃくちゃカッコいいです!スタイルとかは昔のワタシとほぼ同じだからある程度想像ついていましたが、服の好みは真逆だったので、まさかここまでよくなるとは思っていませんでした!」

 

 

一通り買い物を終えた後、喫茶店で一息ついていた。

 

 

 「やっぱり?ぼくも薄々気が付いてたんだよね。」

 「ええ、ただ・・・・・・幸か不幸か、このままだったら男性の方は寄ってこないでしょうね。」

 「それは目の問題?」

 「目と背筋ですかね・・・。だから、さっき買ったサングラスをかけて、背筋をピンしていれば、多分ナンパされますよ。」

 

 

姉さんは本当に自分を客観的に評価してくれる、なんていい人なんだ。でも、目と背筋か・・・。確かに、こんな陰キャ丸出しな雰囲気だと、地雷と思って近づかないよな。

 

 

 「試してみます?この半年でワタシと同じくらいの身長になりましたし、服も大人びていますし、スタイルいいですから多分すぐに来ますね、」

 「・・・姉さんはそんな経験が?」

 「ワタシはほら、ハルキ君が隣にいましたから・・・。彼がいないときは意図的に見た目のレベルを落としてましたから・・・。」

 「はいはい、ごちそうさまでした。あいにくそんな相手はぼくにはいませんよ。」

 「いえ、そんなつもりは・・・。————————そういえば、前から思ってましたけど、静乃ちゃんって一人称”ぼく”でしたっけ?」

 「ああこれ?――――――――いや、なんでだろ、わからないや。でも慣れちゃったから。」

 

 

本当はわかっていた。レイプしたやつの一人称が”ぼく”で、それを忘れないように使ってるうちに慣れただけだってこと。

唐突な質問にちょっと驚いたけど、コーヒーと共に軽く流すことにした。半年間で、気が付けばブラックを飲むようになっていた。汚れた自分に甘い砂糖はいらないなんて中二病をだしていたら、美味しさに気づいて以来そのままなわけだ。

 サングラスをかけてお店を出ると、姉さんはぼくと腕を組んだ。

 

 

 「どうしたの?」

 「こうすると、嫌でも背筋が伸びるんじゃないですか?」

 

 

言われてみると、確かにピンとした気がする。そのままショッピングモールを歩いていると、以前よりかなり視線が向けられていることに気づいた。男女問わず。するとほどなくして、声をなんどもかけられた。声をかけられるたびに、姉さんは軽く彼らをあしらった。ぼくは始めたどたどしかったけど、あまりに何度もあったからあしらうことに慣れてしまった。たいてい、ぼくが中学生で、手を出すと捕まるよってことを伝えると、最初は信じなかったけど、本当だとわかるとすっと消えていった。そして、サングラスを外して猫背に戻った瞬間、話しかけられることは極端に少なくなった。後ろから声をかけられることもあったが、たいてい振り向くとその見てくれに驚いてすぐいなくなった。その日以来、自分が周りからどう見られているか、どうすれば好かれ、どうすれば避けられるかを知った。自己肯定感が一気に高まり、冬休み明けからの登校が少し楽しみになった。



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4-6-4 ボーダーラインの

 人の目を引く手段はわかった。ただ、それでも面倒毎は避けたいという気持ちもある。この後ろ向きな気持ちは二年間培われてしまったものだから、変えるのは難しいし、なによりそこを変えたいとは微塵も思っていなかった。だから、冬休み明けの登校日、ぼくは多少髪を整え、多少メイクをし、多少スカート丈を短くした。制服も少し着崩した。ブレザーのボタンは全てあけ、ワイシャツのボタンは一つ外した。別に不良になったわけじゃない。まわりの女子生徒なんてもっといろいろやってるさ。ただ、ぼくもやりたいことをやるだけだ。両親は多少驚いていたが、前と比べたら前向きな変化なわけだから、止められはしなかった。そうして登校したところ、早速その効果は現れた。今まで見向きもしなかったまわりの学生たちが、こちらを一瞥しているのがわかった。もっとも、背筋を伸ばして歩いてるわけでもない。相変わらず、暗い雰囲気は消えていないだろう。けれど、冬休み前の”近寄りたくない”陰キャから、”近寄りがたい”陰キャにはなったと思う。

 目立ちたくないから、すっと教室に入った。ただ、クラス最底辺の陰キャが変貌している姿が大変目を引くようで、談笑していたクラス内が少々静かになった。今までのぼくなら、席に着くとすぐ机に突っ伏して寝たふりをしていたのだが、もうそんなことやりたくなかったから、カバンから小説を取り出して読書をすることとした。そうして時間をつぶすこと十分、刹那が登校してきた。刹那の登校はすぐわかる。周りへの挨拶は欠かさないそれこそ、机に突っ伏して寝たふりをしていたぼくにもしてきたくらいだ。だから、やけに挨拶が聞こえてくるときはだいたい刹那なんだ。そんなお節介さんが、いつも机に突っぷしてやり過ごしているダメな生徒が更生している姿を見たのなら、そりゃ驚いて近づいてくるよね。

 

 

 「萩原さん!?今日はなんか印象全然違いますね・・・いったい何が?」

 「・・・いつも挨拶を欠かさない委員長さんが、挨拶を忘れるくらいなんだから、そりゃ大きな変化なんだろうね。」

 「た、確かに忘れてました・・・。というか、気づいてたんですね。やっぱり寝たふりしてやり過ごしてたんですね!なんでそんなことを・・・」

 

 

刹那は多少声が大きい。だからこそ、クラス内でぼくと刹那のやり取りは聞かれているだろう。サッとあたりを見渡すと、何人か、少なくない人数がこちらを見ているのがわかった。

 

 

 「陰キャは陰キャなりの考えがあんの。そんなことよりほら、さっさとコート掛けてきたら?雪が溶けてちょっと濡れてきてるじゃん。」

 

 

ぼくがそう指摘すると、刹那は慌ててカバンを置いてコートをかけに行った。さて、読書の続きをしよう――――――――

なんて思っていたが、ものの数分でその行為は邪魔されることとなった。

 

 

 「で、いったい何があったんです?」

 

 

刹那はカバンを置いた後は他の同級生と談笑することが多く、こちらを気にかけることはまずなかったのだが、今回に限っては真っすぐこちらに向かってきた。そして、ぼくの前の席に座り、面と向かって話しかけてきた。さすがに読んでいた小説を閉じた。そして頬杖をつき、刹那の方をゆっくりと見た。するとどうだろう、刹那と目が合うと、彼女はかなり驚いているのがわかった。

 

 

 「・・・初めてまともに貴女の目を見た気がします。」

 「言われてみれば、今までのぼくは前髪も長かったし、目を合わせようとしなかったからね。」

 「なるほどですね。—————————にしても、今日の萩原さん、今まででダントツにいいオーラ出てます。や、委員長的には前のきちっとした恰好から、いろいろ着崩したり、メイクしたりしてる今をほめるのはどんなんだって気持ちもあるっちゃありますけど・・・それを強く指摘するのは私の役目ではないですから。」

 

 

さすがカースト上位の女子、いろいろしてるのがこうも簡単に見抜かれるとは。でもそんな大声で指摘するんじゃない。余計目立ってしまうじゃん。—————————これ以上彼女とここで話すのは余計目立ってしまいそうだ。

 

 

 「やっぱり冬休み中に何かありましたね?」

 「いいじゃんなんでも。」

 

 

ぼくは立ち上がると、教室の後ろから抜け出した。さっさと離れたい気持ちで、足早に。とりあえず、トイレにでも行くかな――――――――

なんて思っていたが、これもまた邪魔が入った。

 

 

 「まったく、話の途中でいなくなるなんて・・・」

 

 

こ、こいつ・・・今日はやけにしつこいな・・・。

ぼくはあきらめて、廊下の壁によりかかった。腕組みをして、じろりと刹那の方を見る。

 

 

 「・・・今日はやけに話しかけてくるね、そんなにクラス内で浮いてたやつが変わったのが驚き?学級委員も大変だね。」

 「まあそれもありますけど・・・メインは純粋な好奇心でしょうか?正直、萩原さんが夏ごろからちょっとずつ変わっていったのは知ってました。最も、その事実に気づいていたのはクラスで私だけみたいでしたけど。萩原さんに対して周りが、そしてあなた自身も、誰とも交流取りませんし・・・そんなあなたが、急にいい方向に変わったんです。気になりもしますよ。」

 「・・・驚いた。まさかそんな少しの変化も気づいていたなんて。」

 

 

それにぼくの皮肉も華麗にいなされた。人間的にいい奴なんだな。

 

 

 「萩原さんと同じクラスになって、あなたが保健室に向かおうとするたびに、付き添いましたね?正直、最初の頃はただの正義感から動いていましたよ。けれど、何度も繰り返すうちに、話を繰り返すたびに、あなたの内側が気になってきたというか・・・。あなたは自分のことを陰キャと卑下してますが、私には無理やりそのレッテルを自分に貼り付けて、意図的に立場を落としているように感じたんですね。根っからの陰キャじゃないんだろうなってのは、これまでいろんな方々をみて気づいていたので。」

 

 

このとき初めて、この中河刹那というクラスメイトを、ただのお節介美少女学級委員から、洞察力に長けた強い女子と認識を改めた。

なんて女だよ。敵に回したくないな、仲良くしておくか・・・という打算的な思惑が、その時芽生えた。

それと同時に、あることに気づいた。廊下に出ればクラスメイトの視線が外れるから、多少目立たなくなるかなと思っていたが、やけに四方から視線を感じた。今の時間は登校ラッシュと重なっている。人がいないから目立っているわけではない。人が多すぎるからこそ、一旦目を引いてしまった人が大勢いるんだ。

 

 

 「・・・まあその辺の話はおいおいで。ところでさ、やけに視線を感じるんだけど、気のせい?」

 

 

そうぼくが尋ねると、彼女は笑ってこう答えた。

 

 

 「鈍感な一般人でさえもわかってしまうくらい、非常にスタイル良い美人だってこと、これから自覚しないとなりませんね。」

 「・・・そんな目立つかな?」

 「まあ、もともと目立つ私と一緒にいるってのもあります。そんな私の隣に見たことない美少女がいるんですから、誰だって一度は見ますよ。それに、スカート膝上ですから、足の長さがよくわかりますし、ブレザーのボタン外してシャツ丸出しで腕組みしてるんだから、同級生でトップレベルのその胸が強調されるでしょ?薄々わかっていましたが、正直うらやましいですよ」

 

 

ただ、近寄ると、あなたの瞳の濁り具合がわかってしまうから、離れていくでしょうね、と彼女は付け加えた。

―――――――――これまで、姉さんの美的基準で物事を考えていた。だけど、その基準はとんでもなく高く、もはや中学レベルではないことをこの時はじめて自覚した。どうやらぼくは、目立たないように努めていたつもりが、すっかりやらかしてしまったようだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 今日の体育の授業は体育館でバレーだった。クラス内でチームを分けるわけた時、小学時代のクラスメイトと一緒になった。昔はよく話した仲である。悪い奴では決してない。自分らの試合を待っているときに、珍しく彼女がぼくに話しかけてきた。

 

 

 「今日はいったいどうしたの?正直、昔の静乃を思い出した。あの時の静乃がそのまま成長したらこうなるのかーって。」

 「・・・まあ、心境の変化ってやつだよ。それに、あの頃と比べたら今のぼくは随分な陰キャになったから、性格面では真逆だけどね。」

 「・・・確かに、小学校の後半からは酷く近寄り難くなってたね。中学入ったらより話辛くなってたし、周りも話そうとしないから、私も流れに乗っちゃってた・・・。」

 

 

彼女は酷く申し訳なさそうにぼくにそう語りかけてきた。でも、こっちも殻にこもってたから、お互い様なんだよな。————————―いや、拒絶をしたのはぼくからか。僕がまいた種なんだ。

 

 

 「そこはほら、きにしないでというか、むしろ人と話さないように距離取ってたのはこっちだったし。けど、もうそういうのはやめようって思ったんだ。だから、今まで放置してたことをきちんとやろうって思ったんだ。今までごめんね。」

 

 

すっと言葉が出た。小6で止まった時間を進めようという気持ちは本当なんだ。

 

 

 「ただ、2年間人と関わらないでいたから、めんどくさがりが板についちゃった。もうそこは直せそうにないなあ。」

 「あはは。」

 

 

久々に学校で笑って話せた気がする。ここから、カースト最底辺から、中くらいまでは引き上げることができるようになった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 その日の帰り道、一人で帰路に就くと、ばったり遼と会ったわけだ。今日一日、今までかかわってこなかった人たちからずっと質問攻めを受けていたから、もうへとへとだった。

 

 

 「お、静乃じゃん。なんだか元気ないね。」

 「・・・まあ今日はいろいろあったから・・・。」

 「そっか、確かに雰囲気がいつもと全然違うもんなあ。」

 

 

そう話すと、それきり彼は何も言わなかった。あまりに何も言わないから、こっちがしびれを切らして質問してしまった。

 

 

 「――――――――雰囲気が違うわけを聞かないんだ?」

 「ん?まあ何かあるんだろうなあとは思うけど、イメチェンなんてよくあることじゃない?中身まで入れ替えたわけじゃあるまいし。」

 「いや、中身は中身でいろいろ変えたつもりだったんだけど・・・。遼、流石にリアルに興味なさ過ぎてしょ。キモオタ加速してんなー」

 「今オタク関係なくない!?!?――――――――まあそのセリフ聞いて確信したわ。静乃、根本は変わってなさそう。」

 「・・・まあ、そうかもね。」

 

 

そうしてまた会話がなくなった。しんしんと降り積もった雪をザクザクと踏みつぶす、実に聞きなれた音だけが、その場に響いた。



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4-6-5 誘い受けのドS少女

 「—————————とまあ、これがこれまでのいきさつだよ。」

 

 

静乃の自分語りを、俺は黙って聞いていた。今月に入って、そして静乃の記憶が封印されて以降、静乃の過去を突き止めていくたびに、何とかしなければならないと強く思っていた。”昔の静乃を知っているのは自分しかいないから”なんていう、なんて傲慢な思考だろう。そして今、静乃の過去を静乃自身から聞いた時、自分のスタンスを恥じた。凄惨さ、不条理さ、そして野心、様々な感情が混ざりあっていたことを、当時の俺は全く知らなかった。というか、当時の俺は、3次元に興味がなさ過ぎた。もっとリアルに興味を持っていれば、記憶封印解除の手がかりをスムーズにみつけられていただろう。

 

 

 「—————————当時の俺はさ、二次元に全力だったから、中学に上がっての陰キャっぷりも、中学後半に見た目がガラリと変わったことも、さほど気にしてなかったんだ。だからさ、もしそういうことを気にかけられていたら、今回の騒動もさ、もっとすんなりいったのかなって・・・」

 

 

俺は沈んだトーンでそう呟いた。すると、静乃は呆れてこちらを見た。その眼が死んでいたのは言うまでもないが、どことなく柔らかさを含んでいるように感じた。

 

 

 「そう思うなら、これから変わればいいんじゃない?ぼくなんか、2年間で落ちるところまで落ちて、今の状態になるまで3年かかったんだし。それにね、ぼくの変化なんかお構いなしに、雑に絡んでくれたことって、かなり助かってくれてたんだよ?悪いことだけじゃないんだから、そんなに気にしないでよ。」

 「静乃・・・そうだな。長くなるかもしれないけど、これから変わっていけばいいんだ!」

 

 

俺はそう強く決意し、思わず立ち上がった。静乃はそんな俺をやれやれといった風に見た。そうした後、大きく伸びをして、俺のベッドにうつぶせで寝転がった。ちょっと静乃さん!?さすがにそれは俺も恥ずかしいんだが!?

 

 

 「—————————すっごい男の人のベッドって感じ。」

 「いやなんか恥ずかしいからできればよしていただけると・・・」

 「今日はとんでもなく疲れたんだもん。遼は疲れてないの?」

 

 

その質問をされた瞬間、自覚してなかった疲れがどっとやってきた。立ち上がったはいいものの、立っていられなくなって座りなおした。静乃がいなければ、シャワーもさぼってさっさと寝ていただろう。

 

 

 「そんな質問するなよ、忘れてた疲れがめちゃくちゃ降ってきたじゃないか。」

 

 

常に敵から襲われるかもしれないということが脳裏にちらつき続けた状態で、レジャー施設で遊び倒した後、レイプ魔に襲われ、その車を止めに全力で走り、最後は神前と緊迫したシチュエーションで対峙・・・ただの文化系男子の体力も精神力ももう限界だ。

 

 

 「やっべ、かなり眠くなってきた。ちょっと寝ていい?だからどいてくれ。寝たいなら有希のベッドを使ったらいいよ。」

 「・・・いや、やめとくよ。多分有希ちゃんのベッドで寝たら、多分朝まで寝るね。」

 

 

そういうと、彼女は寝返りを打った。仰向けになると、彼女の2つの大きな山のすそ野が広がったのがわかった。エチエチすぎる。それに服もちょっとはだけてるし・・・。

 

 

 「いや、それは俺のベッドで寝る理由にならなくね?」

 「遼がいるから、起こしてくれるよね?」

 

 

そういわれると弱い。いつもなら小言を呟きつつ突っぱねているが、今日は彼女のメンタルケアもしないとならないんだ。

 

 

 「いやまあ、起こすけども・・・」

 「ふふ、じゃあおやすみ。遼には色々助けられたし、ぼくが寝てる間に胸くらいなら触ってもいいよ。あ、でもリアルに興味ない遼にはどうでもいいか。それにリアルに興味あっても生身の女に手を出せるほどの度胸ないだろうし(笑)」

 

 

なんてけらけら笑って煽った後、彼女は目を閉じた。本格的に寝に入ったみたいだ。念のためアラームを1時間半後にセットしたあと、俺は気を紛らわすために、ゲームで時間をつぶすことにした。フルドにログインするのも久しぶりな気がする。そんなことないはずなのに。ただ、勝率はてんでダメだった。ただでさえ眠くて集中できないのに、横で女の子が寝てるんだぜ。

俺はゲームをやめ、静乃の様子を見た。呼吸のリズムが非常にゆっくりだった。10分くらいしか経ってないのに、しっかりと眠りに落ちていた。よほど疲れていたんだろう。にしても、レイプ魔への提案しかり、今のこのやり取りしかり、いろいろ吹っ切れたのか煽りに下ネタも交じってくるの、普通にチンコに良くない。自分語りを聞いた限りでは、きっとこいつはかなりのオナニストだろう。ストレス自体はたまり続けているはずだ。未成年だしタバコを日常的に手に入れるのは金銭的にも立場的にも難しい。となると、もう野郎並みに盛るしかないだろ。

 

 

 「————————いやまて、セフレがいるという可能性は?」

 

 

————————いやないか、男を避けるために俺を昼飯に呼ぶくらいだ。特定の男を作るのは面倒と考えているはずだ。いやでも、セフレを作る人たちって、恋人より割り切った関係を好んだ結果な気がするし、全然いそう。

 

 

 「————————いやパパ活か!?」

 

 

————————それもないかな。もし昔からそんなことしてバレでもしたら、悪い意味で噂が広がってしまうはずだ。そんなリスクを彼女がとるだろうか?いやないだろう。それを考えたら、セフレの線もないか。タバコだけは、家の中だけに限定すればばれることもないだろうから、バレリスク低と考えて、続けてるのかな。ストレス発散できればいいんだ。オナニーとタバコで十分発散できるなら、セックスしなくてもいいんだろう。てか、レイプされたんだし、セックスがただ嫌いなだけかもしれん。

 

 

 「やっぱりオナニストなだけか・・・。」

 

 

俺はそう呟いて、改めて彼女を見る。こいつが寝てる姿は何度も見てきた。ただ、それは机に突っ伏している姿だったので、寝顔を直接見たわけではない。今回初めて寝顔を見たが、あまりに美人でたじろいでしまった。ほんと、目が見えなければとことん美少女だな、写真くらいとっとくか・・・。

彼女に近づき、スマホのカメラ音を可能な限り抑えて寝顔の写真を撮った。ふと視線を落とすと、二つの大きな山が、呼吸に合わせて上下しているのがわかった。

 

————————そういや、こいつ胸くらい触っていいって言ってたよな?しかもさんざん煽ってきたよな?やられても文句言えないよな?

 

左手を彼女の右胸に伸ばす。

 

————————あれは誘い受けというやつか?据え膳か?俺は試されているのか?俺なら触ってもいいってことか?

 

胸に触れる直前で、動きが止まる。

 

————————待てよ、レイプされた過去がある女性に、同意なしに手を出すのって完全アウトじゃないか?告白券のチャームはもう切れてるから、記憶封印は起こらないにせよ、過去のトラウマ穿り返すことにならないか?

 

そう思い、俺は左手を引っ込めようとした。だが――――――――

 

 

 「やっぱりそうすると思った。」

 

 

俺の左腕は彼女にがっちりとつかまれ、そのまま引っ張られた。全く想像していなかったことだったから、抵抗できず、そのまま倒れこんだ。だが、痛くはなかった。なぜなら、俺の顔は谷間にダイブしていたのだから。これが女の子のおっぱいか・・・なんて思ったのも一瞬だった。左腕はがっちりホールドされて動かせなかったので、右腕を使って体を起こそうとした。ただ、名残惜しくも谷間から顔を話した瞬間、支えとなっている右腕を払いのけられた。支えるものがなくなり、またも倒れこんでしまう。さっきより上に倒れこんだことで、俺の顔は静乃の真横にきた。胸板では、彼女の柔肌をダイレクトに感じ、興奮が加速した。胸の鼓動が彼女に伝わらないことを祈るばかりだった。

 

 

 「ちょ、え?起きてたの?」

 「起きてたよ。あれだけ煽ったのにぼくを放置してゲームするんだもん。ほんとにリアルに興味ないんだなーって思ってたけど・・・女体には勝てなかったのかな?」

 

 

耳元で静乃から囁かれる。吐息がこそばゆく、どうにかなりそうだった。

 

 

 「お、お前がいけないんだぞ。誰も邪魔の入らない状況で無防備になるんだから・・・」

 

 

これ以上この状況が続くとチンコが暴れそうだったから、何とか起き上がろうとしたものの、両腕共にガッツリホールドされて、なかなか立ち上がれなかった。

 

 

 「そういうわりには、今頑張って抜け出そうとしてるね?手を出したいの?出したくないの?どっちなの?」

 「————————レイプされた過去をもつ相手に、合意なしで手は出せないよ。静乃、自分を安売りしないでくれ。」

 

 

彼女に破滅願望があるのは、自分語りの時から感じていた。気を許した相手へのお礼を身体で支払うなんて、やっぱりよくない。

 

 

 「安売りか————————確かにそうだね。ちょっとぼくも反省するよ。いろいろあった、いろいろやったせいで、どうにかなってたのかもしれない。」

 

 

静乃はそういうと、俺の両腕のホールドを解いた。俺は立ち上がって、椅子に座りなおす。チンコも落ち着いていた。ここでテントを張っていたら、格好がつかないから。

静乃も起き上がると、衣服の乱れを整えてベッドから降りた。

 

 

 「遼の言う通り、有希ちゃんのベッドで寝ようかな。有希ちゃんに起こしてもらえば、寝すぎることもないだろうし。だから、遼は自分のベッドで寝ていいよ。」

 「そ、そうか。じゃあ遠慮なく寝るわ・・・。」

 

 

俺は自分のベッドに寝そべった。すぐさま、疲れがどっと押し寄せて、眠気が襲い掛かってきた。だけど、このまま言われっぱなしやられっぱなしは我慢ならない、という気持ちはあったので、

 

 

 「てか、そんなに寝たいなら、なんなら一緒に寝てもいいんだぜ?」

 

 

俺は自分の体を壁側に寄せて、おもむろに手前側を開けてそう静乃を煽った。手を出したわけではない。主導権が俺なだけであって、相手に行動を選ばせているだけだ。だからセーフ。

 

 

 「驚いた。遼がそんなセクハラかましてくるなんて。自分から手は出せないけどやられっぱなしも癪だから煽っただけとみた。」

 

 

俺の浅知恵は簡単に看破されていた。

 

 

 「そんなにぼくと寝たかったのか。遼もきちんと男の子だったんだね。」

 

 

なんて言いながら、彼女はこちらに近づいてベッドに上がり、俺が空けたスペースに寝転がった。

 

 

 「ほわわ!?」

 「じゃ、おやすみー」

 

 

すると彼女は部屋の電気を落とした。彼女は俺の煽りを真正面から受け取った。ここで俺が拒否したら、ヘタレ煽りが加速する。受け入れたら、オトコノコ煽りが加速する。どっちに転んでも煽られる運命に変わりがないのなら、俺は役得をとることに決めた。とはいえ、非常に疲れているのは本当のことなので、ドキドキして眠れない、なんてことはなく、物の数分で意識は落ち、結局あまりうまみはなかったのであった。



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4-6-6 緑の悪魔のささやき

遼たちが廃工場から立ち去った後、この場には私と竜崎さん、神前と騙っているルナ、ルナの協力者二人が残された。

 

 

 「そこの二人の協力者、今すぐ帰りなさい。これからルナと大切な話があるのよ。」

 「承知いたしました!」

 

 

ふたりともてくてくとこの場を去っていった。その足取りは軽やかだった。いつ静乃様とパンパンできんのかな~なんて下世話な会話が聞こえてくるほどだった。

 

 

 「さてと・・・」

 「榊怜・・・何をするつもりだ・・・」

 

 

眼前のルナは、両手を銃で打ち抜かれているので、血をだらだらと流している。そんな手では、もはや何も出来まい。私は安心して話をすることができていた。

私は遼から、ルナが使っていた告白券を預かっていたので、そちらをルナの眼前に出す。

 

 

 「まず確認よ。この告白券を使ってあの三人を従えていた。好きな相手のいうことなら何でも聞いちゃうって性質を利用してね。あってるかしら?」

 「・・・間違いない。」

 「目的は?」

 

 

そう質問すると、彼—————————いや、()()は黙った。いや、ぼそぼそとしゃべっているように思えたが、正直全く聞こえない。

 

 

 「すべて話せば、その手を治療してあげるわ。—————————そのフード邪魔ね。その上着脱ぎなさい。」

 

 

私の質問に応じて、彼女はフードつきの上着を脱いだ。ツーサイドアップにした緑髪が、月夜に照らされて妖しく輝いた。そして、タンクトップという簡素な恰好になった。学校での男装がうまくいっていたのがよくわかった。胸のふくらみはあるものの、その平坦な丘は、ちょっと晒でも巻けば、全く凹凸がなくなるほどだ。

 

 

 「神前鬼道————————いえ、()()()()()()()()、あなたの犯した罪は大きいわ。」

 「なぜ、自分の名前を知っている?」

 「甘く見ないで頂戴。私と同じ次元の人で、告白券のプロトタイプを所持している人間となれば、限られてくるのよ。でもまさか、あなた、こちらの次元では行方不明ってことになっていたから、てっきり死んだと思っていたのに。実は転移していたなんてね。もしこのことが公になれば、あなた、私怨で殺されていたわよ。」

 

 

彼女は、再びうつむいた。観念したようだった。

 

 

 「この時代の男に告白券・・・いや、()()()()()()()()()を悪用して手駒とし、その手駒にさらにカンフェスチケットを使わせて、無関係な女性を巻き込んだ強姦を繰り返した。カンフェスチケットで強姦の教唆をした挙句の果てには、それの誤用のせいで萩原静乃の記憶を・・・」

 「萩原静乃の記憶破壊に関しては、本当に申し訳ないと思っている。まさかあの男がチケットを濡らしてダメにするとは思っていなかった・・・」

 「・・・少し前までなら、そんな言葉信じていなかったでしょうけど、あの男のアホさ加減と、さっきの静乃とあなたのやり取りを見る限り、その言葉は間違いじゃないんでしょうね。」

 「自分は、兄と同じようなチケットの悪用をしたとしても、脳への負荷は最小限にとどめたかった。一歩間違えば脳死になる手段をとりたくはない。自分のプライドくらいあるんだ。」

 

 

喰ってかかるように釈明をしている姿・・・もとより学校での彼女をそこまで見てきたわけではないから、普段どんなキャラなのかはわからないけれど、必死なのは伝わった。嘘じゃないと思うこととする。

 

 

 「5年ほど前に、静乃はカンフェスチケットのプロトタイプの標的にされた。本来、チケットではセックスできないし、しようとすればチャームは強制解除される。けど、その際、チケットの裏技によって彼女は"処女を失い"、加えて、チャームがきれずに"持続"させられていた状態にあった。さすが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あんな抜け穴があるんだもの。そりゃあプロトタイプは全廃棄になるわ。しかもその穴を利用するだけ利用して強姦を犯し、そのことで裁かれるのを恐れて、この次元に逃亡するときた。次元管理局の主任研究員という立場を悪用するなんて・・・。」

 「・・・兄のしたことは到底許されるべきことではないと思っている。女の自分からしてみても、あんな行為を正当化させることは、到底できない。」

 「許されないことだとはわかっている。けれど、一旦転移してしまえばもうやすやすとは追ってこれないものね。しかも、それを悪びれもせず、こちらの次元で同じことを繰り返して・・・本当に、反吐が出るわ。でも皮肉なことよね、そんな下劣な行為のおかげで、静乃の記憶破壊という最悪の事態は回避できたし、さらなる被害も抑えられた。あなたも捕まえられたしね。」

 

 

ルナがしようとしたことは問題であり、静乃を傷物にした彼女の兄はさらに問題ではあるが、皮肉にも彼女の兄のおかげで、目の前のルナを捕まえることができた。もし兄が静乃をレイプしなかったら、静乃には告白券のチャームがかかり、ルナの手駒の標的になっていただろう。そして、ルナの目論見がうまくいかなかった場合、刹那や結衣らが標的になり、悲劇が繰り返されたことだろう。それに、チケットを破いたり煮るなり焼くなりすると、記憶破壊の負荷がかかって最悪廃人になりかねない。そうなった場合の被害を考えるとぞっとする。ただ、大昔からチャームがかかっていたことと、破かずダメにしたことの悪魔合体によって、破壊ではなく封印で済んだ。異常事態を想像できなかったからこそ、現状把握に時間もかかった。静乃へのチャーム掛けがうまくいったかそうでないかあやふやだったからこそ、手駒と接触して真偽の確認をする機会も増えて隙をさらす機会も増えた。だから、捕まえられたんだ。

 

 

 「・・・自分に任せておけば、過程はどうあれ確実な勝利を手に入れられたんだ。君の機関の考える、時間のかかる行動じゃ、いつまでたっても目的は達成できないよ。」

 「おいルナ、お前のバックには誰がいる?」

 「それは言えない。こればかりは、どんな尋問を受けても話せない。どうせ会話は録音されているんだろ?もしすべてを話せば、お前らのやりたいことは実現できなくなるぞ。それでもいいのか?」

 「そんな脅しに屈すると思うの?」

 「—————————いや、怜。ここを深堀するのはやめておこう。」

 

 

今まで口をつぐんでいた竜崎さんが、ついに会話に入ってきた。

 

 

 「どこまで本当かわからない。ただ、もし彼女の言うことが、我々を脅かすものだったら、おそらく我々の次元でトラブルが起こるだろう。そうなった際に、動きが取れなくなったら問題だ。強制送還されている間に()()が起こるともう手が付けられないぞ。」

 「でも、アレが起こるのは12月じゃ—————————」

 

 

と言いかけて、口をつぐんだ。別次元の人間が関与する事象は、リアルタイムで変化する、とされているからこそ、私たちがこうしてこの次元に介入を続けているわけだ。最も、これまでの介入では、まだXデイを変えるまでには至っていないけれど・・・。

 

 

 「わかったわ。そこは聞かないでおきましょう。私たちの目的達成のために。あなたの言う通り、我々の行動は時間がかかるわ。けれどね、あなたのような強硬策をとることは倫理的に問題なのよ。」

 「だからそれが甘いんだって。こちらの分が圧倒的に悪い消耗戦なのわかっているのか?倫理的にたとえアウトだとしても、なんとしてもやり遂げるという強い意志が自分にはある。萩原静乃は個人的にも好感を持っていた。そんな彼女を犯すよう支持するのはつらかったさ。けれど、この行動に後悔はないし、失敗には終わったが良かったとも思っている。萩原静乃は鍵穴ではないという情報は手に入れられたんだ。逆に感謝してほしいくらいだね。これで本腰入れて彼女と国広遼を応援してやればいいんだからさ。」

 「あなた、よくもまあぬけぬけとっ・・・!」

 

 

私は思わず彼女の胸ぐらをつかんだ。

 

 

 「倫理的にNGなことをして胸が痛まないわけないだろ。けれど—————————自分たちの世界の安寧と自分の感情を天秤にかけたらさ、わかるだろう?」

 「それは・・・」

 

 

その言葉は響いた。それくらいの覚悟を持ってこちらの次元に転移してきたはずだ。だけど、日常生活を数か月送ったせいで、どこか日和っていたのかもしれない。あまりにも、自分のいた世界とかけ離れていたから。本の中でしか見たことのない平穏な日常を、体験してしまったから・・・。

ルナは血まみれの手で、私の手を取った。

 

 

 「榊怜、君はそれでいいの?あんな確実性のない方法に頼って、いつ達成できる?介入によりXデイが数年先になったら?そうなったら、君はこの世界に居続けるのか?その間に我々の世界が崩壊したら?二度と帰れなくなるぞ?それに—————————」

 「・・・うるっさい!」

 

 

流されちゃダメだ。ここで彼女に流されたら私が今まで遼にしてきたことを否定することになる。たとえ元居た世界に帰れずとも、世界の崩壊を防げるならそれでいいと覚悟してきたじゃないかと、自分に言い聞かせた。

 

 

 「この話はもうやめだ。それよりも、君は自分の身の心配をするべきだ。自分がどうなるのか想像ついているのか?」

 

 

竜崎が無理やり話を切り、ルナに問いかけた。

 

 

 「あらかた、おまえの所属している機関に消されるんだろう?」

 「そうじゃない。君のバックに誰がいるのか知らないが、少なくとも今も通じているわけではないことがわかった。もしつながりが濃いのなら、5年前のカンフェスチケットや透明化装置を使うとは思えない。盗聴の心配もないとみている。だからこそだ、私の監視下に置くだけで処罰は終わりにする。」

 「・・・ということよ。よかったわね消されなくて。」

 

 

処罰については念話で事前に聞いていた。我々の機関で飼い殺しだ。過去に接触はあったものの、今も繋がっているわけではないから、寝首を搔かれることもないだろう。それに、手段は違えど目的は同じ。ならば、強制的にこちらのお手伝いをさせればよい、ということだ。

 

 

 「だからね、怜と同じ家に住みなさい。」

 

 

私とルナは一瞬ハッとしたが、ルナはすぐもとの表情に戻ったが、私はあっけにとられたままだった。

 

 

 「・・・わかったよ。」

 「いや、竜崎さん!?聞いてないけど!?」

 「そりゃ言ってないからなあ。」

 「なんで!?」

 「こいつを元居た家に住まわせるわけにはいかんだろ。監視にならない。それに、サポートするなら遼の家の隣に住む必要あるだろ。君のやっているようにさ。」

 

 

その理屈を通されると弱い。何も言い返せなくなる。てか、私が聞きたかったのはそこじゃなくて、どうしてそんな大事なことを私に相談してくれなかったのってことなんですけど・・・。

 

 

 「もちろん、変なことできないようにいろいろ処置を施すつもりだ。安心してくれ。」

 「・・・わかりました。」

 

 

そうして話を切り上げると、私はルナを立たせた。そして手の治療を施した後、廃工場を後にして私の家に向かった。

・・・私の役目は竜崎に協力して竜崎のやり方で世界を変えることだ。これからこいつと一緒に住むからと言って、彼女の考えには従っちゃいけない。そう、反芻した。



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4-7-1 強姦野郎の再利用

ふと目が覚めると、そこは良く知る天井が見えた。壁掛け時計見ると、アラームが鳴る丁度2分前だった。人間、アラームで起こされるのが嫌だから直前で起きるって話は聞いていたが、それは俺も例外ではないようだった。いずれにせよ、糞うるさいアラームはさっさと止めてしまおうと思い、左腕を動かそうと—————————したら動かせなかった。寝ぼけ眼を右手でこすりながら、左側を見ると、そこにはすやすやと眠る静乃が俺の腕にしがみついていた。

 

 

 「ほわわ!?」

 

 

俺の左腕は、彼女の胸の谷間にすっぽりとうまっていて————————すっぽり埋まるほど谷間が深い!?!?それに、久々にこいつの寝顔を見たがやっぱめちゃくちゃ可愛いな!?!?

こんな時に起きられでもしたらマズイ!起きてるのに胸の感触を味わうためにあえて動かない変態と思われてしまう!

左半身が動かせないので、右半身を何とか動かして枕もとのスマホを探したら、静乃の後頭部に転がっているのが見えた。そうか、こいつがベッドに上がってくるとは思っていなかったからいつもの定位置においてたのか・・・。

そして右腕スマホに伸ばしたその瞬間————————

 

 

 「んっ・・・・・・」

 

 

彼女のなまめかしい声が聞こえてきてしまい、思わず手を引っ込めてしまう。ちょっと様子を見たが、どうやら寝言らしい。起きているようではなかった。

 

 

 「お、起きたわけじゃないのか・・・。」

 

 

なんて一瞬安心したせいで、初動が遅れた。結果、けたたましくアラームが鳴り始めた。

 

 

 「いかん!」

 

 

急いでスマホを取り上げようとしたせいで、少々強引に体を動かしてしまった。アラーム音に加え、しがみついていた左腕が急に動いたのだ。聴覚と触覚の両方から攻められただけに、さすがに静乃も目を覚ました。起き上がる静乃と、その静乃の後頭部に転がっていたスマホを取ろうとして身を乗り出した俺。当然、ぶつかってしまうわけで・・・

 

 

 「・・・!」

 

 

静乃の唇と俺の唇が一瞬触れてしまった。ただ機械音にリズムを刻んでいただけのアラームに加えて、有機的なリズムも聞こえる。それが心臓の拍動であることを理解するのは、時間でいえば一瞬なのだが、感覚でいえば数時間たったように思えた。

 

 

 「ねえ、そろそろどいてくれない?」

 「あ、ああ・・・」

 

 

そうして静乃は、何事もなかったかのようにベッドから降り、身だしなみを整え始めた。俺は何をするでもなく、そのままぼーっと彼女を見ていた。いや、現状把握に精いっぱいで、なにもできなかっただけである。そうして帰り支度が終わった静乃は、振り返った後、俺のある一点を凝視した後、

 

 

 「童貞乙。」

 

 

とだけ残して、その場を後にした。俺はハッとして自分のムスコに目を向けると、そこはもう、ギンギンのギンよ。テントというよりもコテージというべきか。なぜこんな状態になっているのに気づかなかったのだろう。彼女の死んだ眼には、添い寝してちょっと触れた程度のキスをしただけで、ギンギンになってしまう童貞が映っていたことだろう。

俺は強烈な弱みを彼女に握られてしまい、もう彼女には勝てないんだろうな、と自覚した。

とりあえず、胸の感触を忘れないうちにシコっとくか・・・

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

静乃が帰ってから数時間後、竜崎も帰ってきた。彼は晴れやかな顔をしており、事が無事済んだことを察した。俺も下の処理を終わらせたから実に晴れやかな顔で迎えることができた。といっても、さすがに静乃でシコるのは罪悪感があるから、『ダウナーなドSJKにしこたま絞られるASMR』で抜いた。状況が状況だっただけに、とんでもなく出た。もう俺の精子工場は操業停止だわ。

 

 

 「萩原静乃のメンタルケアは?自我に問題はないか?」

 「おそらくは問題ないのかな?いつもの静乃になってたよ。いつもの、俺に悪態ばかりつく静乃にね。」

 「だろうな。君の顔が緩んでいる。問題があったらこうはならないだろう。」

 

 

竜崎に指摘されてしまうくらい、顔が緩んでいたらしい。そりゃ、あんだけ出したらそうもなる。

 

 

 「それに、よろしくやってたみたいじゃないか。ティッシュの減りがすさまじいことになってるぞ。換気くらいしたらどうなんだ?」

 「え?そんなにこの部屋ヤバイ?」

 「・・・カマかけて言ってみただけだったんだが、どうやら本当だったみたいだな。おめでとう。」

 

 

竜崎はおどいてこちらを一瞥した後に、にこやかに笑いかけて拍手をしてきた。あまりに純粋だったものだから、こちらが非常にいたたまれない気持ちになってしまった。

 

 

 「・・・すみませんただ自家発電していただけなんです・・」

 「あっ・・・」

 

 

竜崎は一度天井を見上げたのち、何事もなかったかのようにして話を切り出した。

 

 

 「さて、君も気になるであろう神前鬼道―――もとい、ルナ・カンフェスについてだが、まず処遇を伝えておこう。これからは、私の監視下に置き、怜の家に住まわせることにした。」

 「殺す、とかじゃなくて安心したわ。さすがに見知った人間が殺されるのは、嫌なことだから。」

 「で、彼女に操られていた3人については―――」

 「ちょっと待った。彼女?神前は女だったの?」

 

 

思わず話の途中に横槍を入れてしまった。確かに中性的な顔立ちではあると思っていたけども・・・

 

 

 「そうだ。考えてもみろ。どうしてあの男ら3人は操られていた?告白券は異性相手にしか使えないんだ。」

 「・・・まあ確かに、女性版もあるのが当然っちゃ当然か・・・」

 「女性版も同様に、相手が童貞じゃないと使えない。ルナ・カンフェスは、まず手始めに細身のやつと大柄な男に告白券を使用し、チャームをかけた。2人はルナ・カンフェスのことが好きで仕方なくなる。悪いいい方をすれば、好きだから事何でも言うことを聞いてしまう、都合のいい手下だな。だけど、普通にしてたら2週間でチャームは切れる。だけど、彼女の野望は数週間で終わるものではなかった。だから、チャームの延長が必須だった。そこでとった手段が―――」

 「・・・告白券使用中に、別の女で童貞卒業させること。」

 

 

静乃がかつてやられた手法を、神前はあの男らにしたってわけか・・・。

 

 

 「その通り。彼女が別の女を犯せと命令したため、2人は忠実に命令に従い、童貞を捨てた。古いタイプの告白券だから、期限到達時に童貞じゃなければ、そのままチャームはかかり続ける。だから目論見通り、男二人にはチャームがかかり続けさせることができた。永遠に命令の利く手下の誕生だ。ちなみに、君の友人である武士道と、丸刈りの男にも告白券を使おうとしたみたいだが、丸刈りのほうにしかチャームはかからなかったんだとさ。」

 

 

まあ、林とかいうやつはいかにもモテなさそうだったから納得ではあるんだけど・・・そっか、ハムは経験済みなのか・・・・・・。

あれ?あいつ今年の頭にはそういう経験ないとか言ってたような・・・・・・・・・・・・・・・。

そういや、夏休み明けから刹那の彼に対する態度が軟化したような・・・・・・・・・・・・。

・・・いや、これ以上考えるのはやめよう。むなしくなるだけだ。

 

 

 「―――――なんだその顔は。もしやなんで自分にチャームをかけなかったのかと思っている?知らないうちに童貞捨てていたのかって?安心してくれ。君に対してはこちらでプロテクトをかけたからチャームにかからないだけだ。君はしっかり童貞のままだよ。」

 「童貞童貞うるさいよ!!!」

 

 

友達の脱童貞を知る傍らでどうして俺は第三者から童貞を指摘されなければならない?それとも、添い寝までしておいて手を出さなかった俺を攻めているのか?ああ、神よ。あなたのご意向は何なのですか。

 

 

 「とりあえずわかった。で、残りの三人の処遇は?」

 「そうだったな。話が逸れた。すまない。彼らについて現代の法で裁こうとしたのだが、そうすると、高確率で協力者をたどられて、やがてはルナに行き着いてしまう。彼女は私や怜と同じ世界から来た人間だ。身元を調べられると非常に面倒になる。それに、”神前鬼道”という名は、どうやら偽名ではないらしい。それのせいでこちらの法で裁くとなれば、複数の事件が絡み合った非常にめんどくさい事態に巻き込まれる可能性が高いんだ。」

 「・・・また話の腰を折ってごめん。偽名ではないってどういうこと?本名はルナ・カンフェスじゃないの?」

 「・・・神前鬼道という名前の少女は、この時代に実際に存在していた。びっくりすることに、当時のルナとうり二つの顔をしており、さらに身寄りのない孤児だったそうだ。年も近いときている。――――――まだ説明が欲しいならするけど、どうする?」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということなんだろう。

 

 

 「・・・その顔は、別に要らない、という風に捉えるね。」

 

 

竜崎は咳ばらいをすると、再度こちらへの説明を行った。

 

 

 「まず、神前鬼道だと思っていたら別人だった、という事件。次に、じゃあ本人の身元を調べても一切情報が出てこない、という事件。家宅捜索をされると、オーバーテクノロジーの機械が見つかってしまう、という事件。ちょっと考えただけでこれだけ出てくる。さらに、そんなルナと関わりの深かった緋色結衣や萩原静乃にも警察の調査は及ぶかもしれない。――――告白券の悪用で何度もレイプを繰り返したあの男らを警察に突き出すと、芋づる式に面倒くさいことが重なって起こってしまうんだ。最も、彼らが女性を襲う際、丁寧に告白券を使って記憶消去し、意識を失っている間に襲っているから、被害者側は男の顔を知らないし、男性側も丁寧に体液や指紋をふき取っているらしく、足がつかないんだとさ。ルナの用意周到さにはあきれるよ。自首しない限り永遠に解決されない事件なんだ。これは。」

 「ならば、私刑で済ませるほかないということか。」

 「そういうことだ。もっとも、告白券を破れば彼らのチャームは解けて、ルナに関する記憶は一切なくなる。緋色結衣や萩原静乃に痛い目にあわされた記憶がすっぽりなくなるだろう。けれど、レイプした記憶は残り続けるから、今後も同じ手口を繰り返す悪質な犯罪者を野に放つことになる。そうなると、ルナが直接手を下さないだけで、君の周りの女性への危険がなくなるわけじゃない。これは問題だろう。だから、告白券を破ることもしない。」

 「となると・・・まさか奴隷延長!?」

 「そうなるな。もっとも、ルナ自体は怜に監視されているから変なことはできない。逆にいえば、ルナを通して彼らに命令させることができる。労せずして従順な手下を迎えられたわけだ。やつらは車と運転免許を持っているから、これで長距離の移動が楽になる。」

 「・・・さらっと言ってるけど、静乃や会長はそれで納得してくれるの?」

 「何も彼らに関わらせることだけが君のサポートになるわけじゃない。使い道はいろいろとあるのさ。もちろん、積極的に関わらせることはさせないから安心してくれ。ただ、丸刈りの男にかけたチャームは外れるだろうから、手下になるのは細身の男と大柄な男の二人だけだ。」

 「はあ。」

 

 

これ以上は俺が考えてもしゃあないことだと割りきることにした。

 

 

 「長くなったが、ひとまず君に直接関係があるのは、ルナがこれから怜の家に住むことくらいか。来週頭をめどにサポート業務につかせるつもりだから、よろしく頼む。」

 

 

竜崎はそう言葉を残すと、自分のハウスへと入っていった。俺も風呂入ったら、さっさと寝るとしよう。今日一日疲れたし・・・

長い長い一日が終わる。面倒ごとが一気に片付いただけあって、今日はぐっすり眠れそうだ。

 

 



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4-7-2 クール系クソガキ後輩ギャル

8月31日 月曜

 

 

まず、静乃の記憶が戻った翌日、つまり先週金曜の話をする。当然周囲はみんな驚いた。可愛さ前面に振りまいていた愛されキャラから、昔のキャラへと変貌したのだから、当然距離は置かれるようになった。ただ、その時の記憶も残っているもんだから、その影響のせいなのか、陰鬱な雰囲気はなくなったように思える。以前がダウナー系毒舌陰キャだったとすれば、今はクール系毒舌キャラといえばいいのか。陽キャではないが、陰キャでもない。背筋は猫背からまっすぐになったし、化粧も割とちゃんとするようになった。静乃の話では、着飾ると男が寄ってきて大変だったと言っていたので、平日は抑えめにしていたんだろう。あんまり目立ちたくない思いもあったんだろう。でも、今はそんなこと何も気にしていないように思える。もうすっげー堂々としてるの。面と向かって悪態ついてるの。だからチャラい男はバッサリ切られるの。これまでが”空気”なら、ちょっと前が”姫”で、今は”ボス”になろうとしているの。男を切ってるとこだけ見れば、カースト上位の怖いギャルそのものなんだよな。けれど、同性や礼儀正しい奴にはしっかり優しいんだこれが。もちろんめんどくさがりの性根は変わってないので、話しかけられたら早々に切ろうとするが、その意図をくみ取って話しかけている人には真摯に対応しているように思えた。その時思ったね。これは同性にも惚れられるやつだと。

・・・これ誰かとキャラかぶってるか?と思ったけども、案外そうでもなかった。クールキャラっぽい会長、刹那、怜は似ているようで全然違う。会長は怒らせると怖いタイプのクールキャラでしょ?刹那は押しに弱い真面目系委員長キャラだし、怜は完璧なエージェントキャラに見えて煽り耐性ゼロのポンコツだし・・・。

なんてゲーマー的思考を久々にしてしまうくらい、その日は一日観察に徹していたわけだ。土日は栞たちとしっかりゲーセンでトレーニングをし、そして朝を迎え、食事をとって今まさに玄関のドアを開けようとしている。竜崎は、『彼女”ら”は外で待っているからな。』と念押しをしていた。今日は神前・・・もといルナとして会う初めての日だ。日曜、ルナを同じ高校に通わせると聞いたときはかなり焦った。まあそういったことがしれっとできてしまうのが、彼らのすごいことなんだろう。ただ、怜の顔は明らかに嫌そうな顔をしていた。なんか問題あるのかと尋ねたら、『月曜彼女を見ればわかるわ。』と返された。ちなみに、神前鬼道は金曜は欠席扱いになっていた。話によれば、住まいを変更するにあたって、榊家の従妹ということにしてしまおう、ということらしい。

 

 

 

 「にしても、静乃ちゃん変わったね~」

 

 

たまたま出るタイミングが同じになった有希とそんな話をする。

 

 

 「二つの人格がいい意味で混ざり合ったみたいだよな。」

 「そうそう!昔は昔で優しくていい人だったけど、陰のオーラが強すぎだし、最近は逆に陽のオーラが強すぎて、ちょっとおなか一杯になっちゃってたからね!」

 

 

なんて他愛のない話をしながらドアを開けると―――――――

 

 

 「あ!センパ~イおはようございます。」

 

 

ウルフカットの茶髪の女性がこちらに向かって走ってきて―――――

 

 

 「ちょちょ!兄さんに急に抱き着いて・・・え?兄さん彼女作ったの???」

 「し、知らんこんなやつ!俺の知り合いにこんなギャルはいない!」

 

 

そう。知らん女が急にこちらに向かってきて、俺に抱き着いてきたのだ。胸元のボタンはだらしなく開け、スカートも短く、ルーズソックスに・・・などなど、制服の改造点を挙げるときりがなく、スケベな格好をして・・・いや、ギャルもありかもしれんな・・・

 

 

 「・・・遼、鼻の下伸ばしすぎ。女ならだれでもいいわけ?」

 

 

ハッとして声のするほうに目を向けると、そこにはあきれた顔で腕組みしながら立っている怜がいた。明らかに疲れた目をしている。

 

 

 「・・・え?こいつ神前?」

 「そうですよ~。」

 

 

神前は俺から離れると、改めて自己紹介をした。

 

 

 「今日から怜センパイの家から通うことになりました。本名はルナ・カンフェスですけど、日本じゃなじみのない名前なんで、榊月って名前で行くことにしました。戸籍上は神前鬼道のままですけどね。」

 「・・・ちょっとあまりのキャラ変貌にビビってんだけど・・・」

 「え?神前君?え?どういうこと?は?」

 

 

俺以上に事態を飲み込めていない有希がパニくっている。そうか、こいつ同学年だもんな。普段の神前を知っているのか。

 

 

 「・・・説明長くなるから端折って言うと、神前君は神前”さん”なの。で、実は私の従妹で、訳ありで今まで男の格好をしていたんだけど、いろいろあってもう取り繕う必要はなくなったから、こうしてギャルになったのよ。」

 「なーにがこうしてギャルになったのよだよ!ついていけないよ・・・・・・」

 

 

そりゃ有希にはいろいろ言えないのはわかるけどさ・・・でも逐次説明するには時間がなさすぎるよな。俺もフォロー入れとくよ後で。

 

 

 「ちなみにさ、神前君は―――――」

 「自分のことはルナって呼んでくれると嬉しいなって。」

 「キャラの温度差で風邪ひきそうだよ・・・。で、ルナは結局男なの?女なの?どっちなの?」

 

 

有希、錯乱してるから直接的な表現になっちゃってるけど、それって結構デリケートな話題なんだぜ・・・なんて、思えるくらいには冷静になってきた。自分より焦ってる人を見ると落ち着くってのは本当なんだなって。

 

 

 「戸籍上は男だけど、いろいろあってチ〇ポは取ってマ〇コは後付けなんだよね。自分、心は女だから。幸いもともと男性らしくない体つきだったしね~。だから、自分のことは女としてみてくれると嬉しいなって。」

 「・・・・・・」

 

 

有希はその話を聞くと、ふらついて俺にもたれかかってきた。

 

 

 「ごめんなさい兄さん。ちょっと頭が痛くなってきたので今日休んでもいいですか?」

 「ああ、ゆっくり休め。何なら俺も休みたいくらいだ。」

 「センパイは自分らと一緒に登校するから駄目ですよ。ほら、さっさと行きますよ。」

 

 

神前・・・いや、ルナはそうやって俺の手を取ると、学校へ向かって歩き出した。

 

 

 「ちょ、おま、ボディタッチ激しすぎ。当たってんですけどいろいろと。」

 「当ててるんですよ。うれしいでしょ。だってセンパイ童貞ですもんね~。エッチで毒舌吐くJK大好きなんでしょ?役得じゃないですか(笑)」

 

 

助けを求めて怜に視線を向けると、彼女は彼女で頭を抱えていた。

 

 

 「これが理由なのよ。ほらね、一緒に行きたくないでしょう?」

 「ま、まあ・・・」

 「ねえねえセンパイ?童貞だからエッチな女の子好きなんでしょ?絞られたいんですよね?自分なら全然相手してあげてもいいんですよ(笑)」

 「ちょっと君は黙っててくれないか!?!?てかいい加減離れて――――」

 「なーんて言うくせに、下のほうが元気になってるんじゃないですか?」

 

 

そういって彼女は俺のズボンに手を突っ込もうとした。さすがに身の危険を感じて、急いで彼女を振りほどいた。もう心臓バクバクだ。

 

 

 「さ、サポートをするならなにもこれまでのままでいいじゃん!いったい何の理由で・・・」

 「真面目な話をするとね、神前鬼道の名前は彼女のバックについてた人間に割れているのよ。人となりもね。だから、思い切ってガラッとキャラを変えたほうが、彼らに再度補足されることは起こりづらくなるんじゃないかなって。もう一度彼らに接触されるのは彼女にとっても私にとっても本意じゃないのよ。」

 「そうそう。自分は榊センパイに飼い殺しされるほうが安全ですからね。それにセンパイはこういう趣味ですよね?竜崎さんが快く教えてくれましたよ。」

 

 

あ、あの男・・・

 

 

 「まあ百歩譲ってキャラ変えるのはいい。けど俺にすり寄ってくるのはなんでなんだぜ???」

 

 

そういうとルナはクスッと笑ってまた腕に抱き着いてきた。

 

 

 「センパイの目標は彼女を作ることですよね?」

 「ま、まあそうだけど・・・。」

 

 

どもってしまったが、それが最終目標なのは間違いない。その名目で怜や竜崎がいるわけだから・・・。けど、それを自分から肯定するのはちょっと気恥ずかしい。

 

 

 「なら、その相手は自分でもいいですよね?」

 「サポートってそういうこと!?!?」

 「むしろ榊センパイは手ぬるいんですよ。自分が体張ればいいのに割くどいことするから自分がこの前みたいな強硬策を―――――」

 「それ以上減らず口をたたくなら、喋れなくしてやってもいいのよ?」

 

 

怜がドスを利かせて告げると、ルナはしぶしぶ黙ることとなった。

 

 

 「おれ、これからどうなっちまうんだ・・・」

 

 

新たにクール系クソガキ後輩ギャルを加えて、また新しい一日が始まる。俺の恋はもう始まっているのか、まだなのか。自分の今の素直な気持ちに従うべきなのか、様子を見るべきなのか。正解はないのだろうけど、いずれは決着をつけなくてはならない。リミットである年末まであと3か月しかない。勝負を決めるときは、迫りつつある。

 

 

 

 

                          了



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