チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ (被る幸)
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チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~

どうも、私を見ているであろう皆様。

最近は飽和状態で玉石混合なチート能力を引っ提げて神様転生をしたオリジナルな主人公です。

名前を『(わたし) 七実(ななみ)』と申します。

察しの良い方や、私がこの訳のわからない『神様達のシステム(神様転生もの)』をNL,GL,BL,アンチ,俺TUEEE等名作、迷作、駄作を数々読み、感想を書き記され『スコッパー』と呼ばれる方々ならわかるかもしれませんが、私のチートは西尾維新著の刀語に出てくる主人公の姉、鑢 七実の見稽古です。

転生前の私は、これで第二の人生を簡単に好き勝手生きていけると思っていました。

 

別に転生後に何かしらの悲劇があった訳ではありません。

今生の家族との仲も良好ですし、学生時代も虐められることもなく、部活動等でもチートのお蔭でかなり優秀な成績を修めましたし。

現実同様に就職氷河期と呼ばれる時代においても、かなり有名な大企業へ就職することも出来ました。

最近では両親からの孫まだかコールにも慣れつつあり、当初の予定とは全く違いますが、それなりに慎ましくも楽しい第二の人生を過ごしています。

皆様の夢を壊すような残酷で現実的な結論を言わせて戴くなら、どんな強力で世界を変えてしまうようなチート能力を持っていても使用者の意志が弱ければ意味が無く。

また、たった一人の人間の力のみで急激な変化が促される程に世界というものは単純な構造をしてはいないということです。

 

ちなみに、私が転生した世界は『アイドルマスター』らしく、アイドルランクというシステムや様々なアイドル番組が幼い頃から存在していました。

それに加えて私が大学を卒業する頃に765プロの社長と思われる人がアイドル勧誘をしているのを見かけたことがあります。

ご都合主義がもしあるならば、ここで「ティンときた」とか言われて他のメンバーと交流を深めながらトップアイドルを目指す道もあったのでしょうが、この時点で私は大企業への内定を貰っていましたし、声を掛けられることもありませんでした。

勿論、自分から765プロを受けにいくという選択肢もありましたが、転生以前から石橋を叩いて渡るような安全思考な私にはチート能力のみで多くの少女達が夢破れ涙して去っていった芸能界を生きていける自信はありません。

そんなこんなで現在の私は今ではトップアイドルとなった765プロのアイドル達の番組を見ながら勇気のなかった自分にちょっぴり後悔しながら毎日を過ごしています。

 

さて、少々自分語りが長くなってしまいました。

見稽古というチート能力のお蔭で残業無く人の数倍の仕事をこなしたので、終わらない仕事に追われる後輩の手伝いでもしましょうか。

 

 

「武内さん、手伝いますよ」

 

「渡さん。いえ、これは私の仕事ですので手伝って戴く訳には」

 

「……」

 

 

この私より頭数個分も高い後輩も同じアイドル部門に所属しているのですが、ついこの間に担当アイドル達と人間関係的な部分でトラブルを起こしてしまい何名かのアイドルが去っていきました。

わが社初めてのアイドル部門であり本人も張り切って随分と頑張っていたのですが、彼は道を真っ直ぐに示しすぎたのです。

まあ、只でさえ反抗期に入り爆発物並みに慎重な扱いを求められる年頃の少女の相手はこの不器用な後輩には無理があったのかもしれません。

以前より無口かつ慎重になりました。

それは悪いことだとは思いませんし、失敗を恐れるその気持ちもわかります。

ですが、その失敗を引き摺り過ぎて物言わぬ車輪となってしまった姿はとても痛々しいものがあります。

チート能力の元ネタのキャラクターのように邪魔な存在を草と呼ぶ程に私は薄情な性格もしていません。

ここまで能力のお蔭で恵まれた人生を過ごさせてもらっていますから。

 

 

「渡さん?」

 

「さて、さっさと終わらせましょうか」

 

 

見稽古で鍛えられた技能を惜しみ無く使用し、溜まった後輩の仕事の半分以上を気付かれないように奪い自分の机に置く。

このチート能力の対象がネット上の映像や一部のアニメにも適応されるため、私の技能力は53万ですと冗談半分で言える程に高いのです。

恐るべし、見稽古と高度情報化社会の親和性。

なので、落ち込んで隙だらけの後輩を出し抜くなんて朝飯前です。

自分の席に戻り、チート能力を最大限発揮しアニメキャラのように3台並んだ私専用機達で仕事を処理していく。

 

 

「……あの、それは」

 

「残りの仕事は終わったんですか?」

 

「いえ、ですが…」

 

「なら、早く終わらせましょう。最近は残業しても手当が少ないですし」

 

「……はい」

 

 

何か言いたそうな後輩に目も向けず淡々と仕事を終わらせていく。

以前の彼なら『自分の仕事ですから』と譲ることはなかっただろうが、今のトラウマを抱えている状態ではそこまで踏み込もうとする勇気はない。

神様転生系の主人公様達であれば、この後輩のトラウマも一言二言でご都合主義の塊のように解決してしまうのだろうが、私には無理そうだ。

だから、お詫びではないのだがこれくらいの事はしてあげたいと思う。

流石は某インターフェイスや某スーパーコーディネーターを見稽古しただけあって奪った仕事が恐ろしい速度でなくなっていく。

 

機関銃の連射のようなタイプ音を響かせながら、今日いつも通りに日々が過ぎていく。

やっぱり一回くらいアイドルになっておくべきだったかなと思いながらも。

346プロダクションは、今日も平和です。

 

 

 

 

「~~~♪~~~~~♪」

 

 

後輩から奪った仕事も定時までにきっちり片付け、仕事が終わらず助けを求めるような視線を送ってくるほかの同僚を振り切り退社し、本社ビルの近くにあるカラオケに駆け込む。

アイドルになる勇気はないもののこの素晴らしく有能すぎる神様の贈り物のお蔭で、歌唱力やダンスといったアイドルに必要とされる技能関連はSランクはいいすぎにしても、Aランク程度の能力を備えているのではないかと自負しています。

なにせ見稽古の素材とさせてもらったのはあの日高 舞や765・876・961そして我が346プロのアイドル達なのです。

二度も見れば万全とするこの見稽古で映像やライブでその輝く姿を何度も何度も繰り返し見たのだから、どんな小さな癖でも再現する事が可能でしょう。

アイドルになりたいわけではありませんが、この能力を最大限発揮してみたい。

そんな強大すぎる力に溺れる悪役のような心理に、忍耐も意志も人並みにしか持たない私が抗えるでしょうか。

結論を簡潔に述べさせていただくなら1ヶ月が限界でした。

しかし、ノミの心臓並に気の弱い私は全力の姿を誰かに見せびらかすなんて事はできず、妥協点として見出したのがカラオケという選択肢だったのです。

週2~3回という頻度で通っているためアルバイトの子にも顔を覚えられ、最近では私がカウンターに立つだけでお気に入りの部屋へと案内されるようになりました。

 

変なあだ名とかついていませんよね?

 

とりあえず346プロ所属のアイドル達の曲を一通り歌い踊りきったので少し休憩します。

無尽蔵、無限大、強走状態と思えるほどのスタミナとを有しているので疲労感は一切ありませんが、このやりきった後の達成感による心地よさは格別です。

炭酸が殆ど無くなり、解けた氷によって薄い砂糖水と化してしまったラムネを一気に呷る。

このなんとも形容しがたい微妙な味もこの達成感の中では、どんな美酒にも勝る飲み物でしょう。

端末を操作し次の曲を探していると仕事用のスマートフォンが着信を煩いほど主張してきました。

せっかくの仕事終わりの至福の時間に水を差され、いっそのこと無視してやろうかとも思いましたが、そんなことができるのなら私はトップアイドルにでもなっていたかもしれません。

一度溜息をついたあと、スマートフォンを操作し対応します。

 

 

「はい、渡です。なんですか、千川さん」

 

「先輩。今、大丈夫ですか?」

 

「ええ、特に用等もないので問題ありません」

 

 

電話の相手は後輩の1人でした。

千川さんは、私や武内さんと一緒のアイドル部門に所属する同僚で主な仕事は経理やサポート関係で、頼りになる縁の下の力持ちさん。

特にお金の勘定に関しては私情を一切挟まずアイドル部門の為に冷酷とも言われるほどの手腕を発揮し、無駄金を経費で落とそうとしようものなら絶対零度の笑みでのオハナシが待っており『鬼、悪魔、ちひろ』という陰口までできる様です。

私からすれば、そんな陰口を叩く暇があるならもっとちゃんと仕事をすればいいのにと思うのですが。

千川さんも本当に鬼や悪魔の化身というわけではなく、私利私欲のために意図的に請求してきた無駄金に対してオハナシするだけで。

そうでなければ彼女は周りの事をよく見ていて、とても気が利く守ってあげたい系のかわいい女性です。

 

 

「今から武内君と飲みに行く予定なんですけど。先輩も来ませんか?」

 

 

えっ、なんで私が2人のデートに付き合う必要が。

とっさにでそうになったその言葉を必死に呑み込みます。

そんなことを言ってしまうと面倒くさい展開になってしまうのは、目に見えていますから。

千川さんと武内さん、この2人の後輩はとても仲がいい。

千川さんの方が武内さんより先輩なのですが、彼の有能だけど融通の利かない不器用さが彼女のサポート魂か何かの助けてあげたい精神に絶妙な形で適合したからでしょう。

特に車輪と化してしまってからは顕著です。

さて、ここで私が取るべき選択としては拒否一択なのですが、先程用等がないと答えてしまったので上手い断り文句が浮かびません。

過干渉を嫌うが孤独はもっと嫌いという、自分で言うのもなんですが七面倒くさい性格の私にはこの後輩からの誘いを断る事ができませんでした。

 

 

「じゃあ、30分後くらいに妖精社で」

 

「わかりました」

 

 

通話を終了し、退出手続きを済ませます。

行くと答えてしまった以上うだうだといつまでも悩んでも仕方ないので、気持ちを切り替えて飲みを楽しむ事にしましょう。その方が建設的ですし。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

一応儀礼的に感謝の言葉を述べ、カラオケを後にします。

心が篭っていなくても言葉という形にするだけで全く何も言わないよりはましであり、極稀にですがお得なサービスを受けることができるのです。

人間の平均美形度の高いこの世界においても中の上から上の下程度の容姿をしているので、下心も多少混じっているのかもしれませんが私のほうもそれを加味した打算があるのでお相子でしょう。

外に出ると空はすっかり茜色に染まっており、沈む前の太陽の光が眩いほど自己主張してきます。

時計を確認して、頭の中でここから妖精社までの最短ルートを検索。

オリンピックの各種目のメダリストや漫画の一部のキャラクター達の身体能力を万全に発揮できる人類の到達点ともいえるこの身体で、本気を出しパルクールの要領で移動していけば5分と掛からず到着できるでしょう。

しかし、そんなことをすれば確実に目立ちます。

気配等を隠す能力もこのチートボディには備わっているのですが、小市民的な慎ましい性格をしている私には人目がある場所で能力を発揮する勇気はありません。

つまりは普通に歩いていくのが一番という事です。

本気を出さず、時が来るまで真の実力を隠している私カッコイイと自惚れている訳ではなく、全力疾走しても後の息切れが辛いだけなので嫌というだけで。

それ以上でも、それ以下でもありません。

 

歌舞歓楽、愉快適悦、すべて世は事も無し。

本日も私の日常は平和です。

 

 

 

 

お酒というものは、飲むものにとっては『百薬の長』といわれ、飲まぬものには『命を削る鉋』といわれ古来から無くならない娯楽の1つとして今も存在してします。

飲む事によって共に騒ぎ、歌い、普段は心の奥底に隠されている本音等で語り合う事によって心の距離感を近づける。

そんなコミュニケーションツールのような役割を持つお酒ですが、それは酔う事によって酩酊状態になれたものだけに与えられるものであり、無駄な方面に能力を発揮してしまった見稽古のせいで一切酔う事が許されない私は高確率で無駄にテンションの高い酔っ払いの相手をする破目になります。

 

 

「もう、先輩聞いてますか?」

 

 

はいはい、聞き流してますから。もう5回目になるそのループする話題はやめましょうね。

グリーン・アラスカなるカクテルを呷るように一気に飲み干し、やけに絡んでくる千川さんを宥めます。

どうやらまた不名誉なあだ名がつけられそれを耳にしたようで、それが武内さんにまで伝わってしまった事が原因のようです。

 

 

「酷いと思いませんか、346の犬ですよ!犬!

私はアイドルのみんなが、もっと輝けるように頑張っているだけなのに!」

 

 

既に出来上がっており顔を赤くし目を潤ませるその姿はチワワとかの小型犬を髣髴させます。

そう見えてくるとトレードマークともいえる大きな三つ編みも尻尾に見えないこともありません。

 

 

「千川さん、先輩に絡むのはそれくらいに」

 

 

見るに見かねたのか先程まで焼き鳥を食べるマシーンと化していた武内さんから助け舟が出ました。

あなたの未来の嫁でしょう、何とかしてくださいと心で念じていたのが届いたのでしょうか。

 

 

「武内君は、私の味方をしてくれないんですか?」

 

「いえ、そういうわけでは」

 

「ホントですかぁ?」

 

「はい、本当です」

 

「‥‥良かった」

 

 

ああ、もう結婚してしまえ。もしくは爆発してしまえ。

たまたま近くを通りかかった店員さんにウォッカをボトルごと頼み、湿気てしんなりしてきたフライドポテトを口へと運ぶ。

さめているためジャガイモの味がよくわかり、ほのかな塩気がとてもいい。

次はねぎ間です。昔は何故わざわざねぎを間に挟むのか理解ができませんでしたが、30代の足音が近づいてくるのが聞こえるこの年齢になってようやくこの美味しさが理解できるようになりました。

お肉ばかりでは脂によって舌や胃がもたれてくるのですが間にねぎを挟むことによって、焼いたねぎの甘みと噛むごとにほぐれていく繊維によって程よく口の中がリセットされ食が進むのです。

焼き鳥といえば、たれか塩かで言い争う姿を見ることがありますが私はたれ派です。

あの焼けたたれの味の持つ老若男女に通用する普遍的説得力は塩にはないものだと断言できるでしょう。

2本、3本と空串を串入れに叩き込みながら白いご飯を一口。

 

くーーっ、これですよ。

 

このたれの濃い味と一緒に白いご飯を食べるという行為。

噛めば噛むほどに口の中でたれとご飯の優しい甘味が渾然一体となって美味しさを天井知らずに引き上げていく。

このときばかりはお米が美味しい日本という国に生まれて良かったと神様に感謝します。

特に一度転生を果たしている私は、お米もなく食事の文化度の低いファンタジー世界や食べることにも困る戦場のような世界に行く可能性すらあったのですから。

 

 

「渡さん」

 

「なんですか、武内さん?」

 

 

千川さんを慰め終わったのか、武内さんが話しかけてきます。

自分の席で耳まで真っ赤にして俯き気味で日本酒をちびちびやっている千川さんの姿を見るに、また不器用ながらも無自覚にこちらが砂糖を吐きたくなるような甘ったるい会話でも繰り広げていたのでしょう。

意識的に2人の会話を脳内でシャットアウトしていたので私のログには何もありません。

 

 

「今日は助かりました。ありがとうございます」

 

 

まあ、なんと律儀な。

そのまま土下座でもしそうな勢いで頭を下げる彼の姿に口元が緩んでしまいます。

私が勝手に仕事奪って、勝手に終わらせただけなのにここまで真剣に感謝してくるなんて、本当にこの後輩はどこまでも不器用で融通が利きません。

千川さんにいわせれば、それがかわいいのでしょうが。

 

 

「気にしないでください。あれは定時まで手持ち無沙汰になるのが嫌だったので、ついでですから」

 

 

元々同情と少しの罪悪感みたいなものからの行動なので、感謝されると微妙に受け入れがたいのです。

 

 

「それでもです」

 

「まったく相変わらず真面目さんですね。そんなだとこれから先、苦労しますよ?」

 

「‥‥そうでしょうか」

 

 

右手を首に回し少し困ったような表情をする。

今の発言はプロデュースで失敗したばかりで落ち込んでいる武内さんには地雷だったでしょうか。

いくら見稽古が万全万能のチート能力であっても人間の力である以上時間という概念まで干渉できるほど強力なものではありません。

このように不適切な発言をしてしまってもやり直せません。

つまりは、やってしまったというやつです。

 

私にとって気まずい沈黙が部屋を支配します。

千川さんに助けを求めようにもまださっきの件が尾を引いているのか顔を真っ赤にして俯いたままで、援軍は期待できません。

とりあえず、何か話題を変えようと考えますが。

 

1.アイドルまたは仕事の話

目に見える特大の地雷ですね。これを選択して上手くいく未来が一切見えません。

2.お互いのプライベートな話

無難といえば無難ですが、有給を一切使わない仕事一筋な武内さんと話を広げられるような話題がありません。

3.千川さんの話

正直言ってこれも地雷です。2人も仲が良いのですが、正式にお付き合いしているわけではないのでここで私が変に介入すると拗れる可能性があります。

恋愛ごとに第3者が良かれと思って手助けして上手くいくのは漫画やアニメの中だけでしょう。

 

 

「‥‥渡さんは」

 

 

どんな話題にしようかと頭を悩ませていると、なんと武内さんから話し掛けてきました。

車輪と化してからは必要最低限のことしか話しかけてこなかった彼が、いったいどういう心境の変化でしょうか。

ウォッカのボトルとグラスを店員さんから受け取り、早速グラスに注ぎながら次の言葉を待ちます。

 

 

「アイドルデビューに興味はありませんか?」

 

「なぁっ!」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

突然何を言い出すのやら、あまりのことに危うくウォッカを零してしまうところでした。

この世界に転生したからにはアイドルに憧れなかったかといえば嘘になりますけど、しかし何度も言うようですが私にはその一歩を踏み出す勇気はありません。

それに私も三十路前の2X歳です。いくら最近はアイドルの高齢デビューが進んでいるとはいえ、やはりこの年齢から今の安定した職を手放してまでアイドルデビューしたいという熱意はありません。

その点我が346プロの安部さんや高垣さん、川島さんのような人達は尊敬します。

気持ちを落ち着けるように並々と注いだウォッカを一気に乾かし、言い方は悪いですが頭は大丈夫なのかと疑いの視線を向けます。

 

 

「何を言っているんですか。私は2X歳です。

世間一般ではおばさん呼ばわりされてもおかしくない年齢ですよ」

 

「そうでしょうか?渡さんは十分お綺麗だと思いますが」

 

「お世辞はいいです。で、何で私をアイドルなんかにしようと?」

 

「お世辞ではないのですが。渡さんをアイドルにと思ったのは、笑顔です」

 

「はい?」

 

「ですから、笑顔です」

 

 

あまり意味はわかりませんが、妙に説得力がある言葉ですね。

笑顔ですか。見稽古で身につけた演技力によって相手に不快感を与えない笑顔というものを複数パターン持っているのですが、武内さんが言っている笑顔はそれではないような気がします。

本当に笑ったのはいつごろ以来でしょうか。

なんだか向こうのペースに乗せられてしまっている気がするので、話題の方向を逸らしましょう。

 

 

「笑顔なら、千川さんの方が素敵では?」

 

「ええ、ですので先ほど千川さんもお誘いしました」

 

 

私が地雷覚悟で逸らした話題はブーメランのように見事な帰還を果たしました。

なるほど、あの耳まで真っ赤になっている理由はそれですか。

 

 

「飲みすぎてませんか、お冷頼みます?」

 

「少し酔っているのかもしれませんが、冗談ではありません」

 

「尚更性質が悪いですね。それに私や千川さんがデビューするとアイドル部門の業務が回らなくなるでしょうから、許可なんてでませんよ」

 

 

チート能力のお蔭で私がこなす仕事の量は他の同僚の5,6倍であり、千川さんも人の2倍近くの仕事を片づけながらサポートもこなしています。

言っては何ですが、私たちは346プロのアイドル部門を支える重要な柱の1つなのです。

その柱を外してしまおうなんて考える人間がいるでしょうか。

 

 

「今すぐのデビューは無理ですが、今西部長達からの許可は得ています」

 

「嘘‥‥」

 

「本当です」

 

 

馬鹿が、馬鹿がいました。

何なんでしょうね、この無駄なところに全力を尽くして達成してしまう有能すぎる後輩は。

しかも、私に気が付かれず上層部に話を通して許可を取るなんて。その行動力をもう少しアイドルに向けていたらあんな事にならなかったのではと思わずにはいられません。

今西部長も裏切り者ですか。あの昼行灯め、こういった小細工的なところに才能を発揮するのではなくもっと別のところに使って欲しいものです。

 

 

「絶対というわけでも、今すぐというわけでもありませんが、もし少しでも興味があるのなら一歩踏み出してみませんか?

きっとそこには、渡さんが見たこともない今よりももっと輝く世界があるのではないかと思います」

 

「でも、でもでもでも」

 

 

怖い。神様のお蔭で万能なチート能力を持って転生しましたが、渡 七実という存在はこの世界に本当は存在しない異物、イレギュラーです。

それがこの世界の根幹に干渉して、どうなるのかわからないのが怖い。

二次創作のように順風満帆なトップアイドルになるか、世界の修正力に阻まれ何かしらの形で排除されるか。

なんて無駄に壮大な転生者の苦悩のような理由を並べてみたものの、その答えはとてもシンプルなものなのです。

 

私には、その一歩を踏み出すだけの勇気が無かった。

 

ただそれだけの事なのです。

でも、この車輪と化してしまっても無駄な行動力と有能さを発揮する不器用な後輩と一緒なら。

 

 

「不安に思うのは当然です。あんな事態を招いてしまった私が言っても到底信じられないでしょう。

ですが、もし私を信頼して一歩踏み出すのなら、貴女を全力でトップアイドルという高みに連れて行ってみせます。

そして‥‥」

 

「そして、なんですか?」

 

「その時には、渡さんの心からの笑顔を見せてくれませんか?」

 

「‥‥」

 

 

ここまで言われてしまっては、もう駄目かもしれません。

神様が勇気を出してアイドルになれといっているような気がします。『Youやっちゃいなよ♪』的な軽いノリだったとしても。

今まで溜めていたなけなしの勇気を振り絞るのは今しかないような気がします。

 

 

「わか「先輩ずる~い。武内君、私の時にはそこまで情熱的に誘っれくれなかったもん」

 

「せ、千川さん!」

 

「やっぱり、私より先輩の方がいいんれすか?私だって頑張っれるのに‥‥」

 

「そんなことありません!千川さんもとても魅力的です!」

 

「そうれすか、魅力れきれすか♪」

 

 

この無自覚馬鹿ップルめ。

慎ましい一般人として生きようと思っていた人が、一大決心をして勇気を持って踏み出そうとしていたのに。

ということで、貴重な経験から私が得た結論を、いかにも売れるライトノベルのタイトル風に述べさせてもらうなら。

『チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~』

 

 

これから約半年後、346プロにおいて『シンデレラプロジェクト』という企画が発足され、様々な思いを持った少女達が夢と現実に悩んだりし、仲間と協力しながらそれを乗り越えアイドルとしての階段を上り。

車輪と化していた魔法使いが、かつての姿を取り戻し再び立ち上がる。

そんな中で、少女と呼べない年齢の美女2人のアイドルユニットが圧倒的な歌唱力やダンスでトップアイドルへと駆け登っていくのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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酒には酔わなければならない~酔わぬ者は全ての責任を持つ事になるからだ~

まだまだ前日譚なので、シンデレラプロジェクトのメンバーは出ません。




どうも、私を見ているであろう皆様。

初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです、チートを持って転生して無自覚馬鹿ップルと飲んでいたら2X歳にしてアイドルデビューが決まってしまった 渡 七実です。

こちらではあの運命の日から2ヶ月ほどの時間が経ちました。

あれからデビュー祝いとして馬鹿ップルを正体をなくすほどに飲ませてやり、後悔しながら3人分代金を立て替え、酩酊状態となった2人を担いでタクシーを拾い私の自宅に運んで介抱する事になりました。

いくら一大決心の場に水を差されたからといって、あれは自身でもかなり大人気なかったなと後悔しています。

次の日も二日酔いし飲み会の後半から記憶がなく取り乱し気味の馬鹿ップルを落ち着かせるのにも苦労しましたが、そこら辺を説明しようとすると私の口が砂糖を吐き出すだけの機械になるので割愛します。

本当になんで今でもくっついていないんでしょうね、あの2人。

 

私の用意した朝御飯を食べさせている間にタクシーを手配し、2人を送り出した後手早く出勤準備を済ませ家をでました。

2人も用意された朝御飯のメニューの豊富さと味に感動していたようですが、何せチート能力で勝手にコピーされた料理技能で適当に作ったものなので実感が湧きません。便利ですよね、見稽古。

通勤の際も、何だかんだいってアイドルデビューに心躍らせていたみたいで普段なら絶対しない気配隠蔽術ステルス七実や人類の到達点である身体能力といったチート能力を惜しみなく使用しながら軽い駆け足で人の隙間を駆け抜けてしまいました。

今考えれば『いい年してなにはしゃいでいるんだ。このおばさんは?』という罵声を浴びせてやりたくなるほどの人生トップ10に入る黒歴史が約10年ぶりくらいに更新された瞬間です。

これ以上があるのかと疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、第二の人生であろうと0歳からやり直すことになりますので黒歴史量産期(中学2年生)というものは訪れ。

学校という外とは隔絶した閉鎖的世界において一般常識なる指標は気づかぬうちに見失われ、その教室内でしか通用しないはずのルールが六法全書も真っ青な法的拘束力を発揮するのです。

このことを理解して戴ければ、もし皆様が私と同様の神様転生されることがあったとしてもきっと枕で顔を抑えながらベッドを転がる必要はないでしょう。

 

と黒歴史語りを続けても誰も得をしないでしょうから話を進めます。

346プロダクションアイドル部門にいつもより1時間近く速く到着した私を待っていたのは私とちひろのアイドルデビューを水面下で積極的に推し進めていた諸悪の根源である昼行灯 今西部長でした。

武内Pから連絡を受けていたのでしょう。普段の3割り増しくらいでにやついて見えるその顔に蝦蛄パンチを叩き込まなかった自制心をこの時ばかりは褒めてあげたいです。

挨拶と業務に関する話を3,4言交わした後、明らかに社内に泊り込んだと思われるよれよれのスーツと生気を失った顔をしていた後輩や同僚の仕事を少しだけ手伝ったりしながら馬鹿ップルの到着を待ちました。

そして朝礼ギリギリに同時に駆け込んできた2人に、もう何百回目になる『もうさっさと結婚してしまえ』という言葉を心の中で呟きました。まあ、デビュー前のアイドルにそういったスキャンダルはご法度ですが。

朝礼では業務連絡から始まり、最後に特大の爆弾を落とすかのように私達のアイドルデビューが伝えられたのですが、アイドル部門に勤める職員の反応は阿鼻叫喚の地獄絵図でした。

まあ、予想通りの当然の反応でした。デビューするということは、それまで私達が行っていた約6~7人分の業務を誰かが引き継ぐ必要があるのですから。

346プロは多方面で活躍する大企業ではありますがアイドル部門の歴史は浅く、ある程度の業績は残しているもののいまだ発展途上といったところで人員も予算も常に不足気味なのです。

なので、私のようなチートを持つ人間やちひろのような一部の有能な人員以外は自分の業務で精一杯、もしくは死の行軍(デスマーチ)寸前です。

そこにさらに業務が嵩む、泣き叫びたくもなるでしょう。

まあ、そこから今日に至るまでの2ヶ月は業務の引継ぎやデビュー反対派との交渉等言葉では到底語りつくせないほどの濃密な日々を過ごしました。

本にすれば辞書並みの分厚さのものが2,3冊は書けるでしょう。

とりあえずの妥協点として今西部長が上層部から大幅増員を勝ち取ってきたため、現在はあの日々が嘘のように普通のオフィスの姿を取り戻しています。

 

以上、無駄に長くなってしまいましたがここまでが前語りでした。

そして今日から私とちひろのアイドル活動が本格的に始動されるそうで、今からアー写いわゆる宣伝材料写真の撮影です。

私達のアイドルとしてのコンセプトは『事務員アイドル』らしく撮影衣装はこのふざけた緑色をしたアイドル部門の制服で良いそうです。

まあ、いきなり露出度の高い衣装を用意されても困りますので、新品とはいえ着慣れた衣装で撮影する分緊張も少なくなるでしょう。

肉体はチートですが、度胸は人並み、もしくはそれ以下な私にとってありがたいことです。

 

 

「‥‥うぅ」

 

 

人生初となるプロのメイクアップアーティストによるメイク等に耐え切れなくなったのか、ちひろが情けない声を漏らします。

私は見稽古が絶賛発動中なので、そちらに意識を集中させて緊張しないようにしています。でなければ、過度の緊張で胃が痛くなることでしょう。

 

 

「緊張しますね、七実さん」

 

「言葉に出さないでください。意識しないように必死なんですから」

 

「お腹痛くなりそうです」

 

「だから、言葉に出さない」

 

 

気持ちはわかりますが二次的被害を広げるのはよろしくありませんよ。

ほら、メイクさん達も笑ってますし。

 

 

「一回り近く下の少女達ができたんですから、私達ができないなんて言えないでしょう?」

 

「あれ、今度はお腹とは別の場所が痛みそうです」

 

 

発言した私もですが、えげつない角度で帰ってきたブーメランが心を容赦なく抉ります。

事実この346プロには小学生のアイドルもいますので、2X歳の私とは本当に一回り下の先輩アイドルが存在します。

改めて自身の年齢と真実に打ちのめされそうです。

どこをどう取り繕おうと2X歳のアイドルという響きは、色々ときつい。

今からでも考え直しませんか、この計画。

しかし、今更騒ごうと喚こうと進みだした運命の車輪は止まることなく進み続けるのでしょう。

メイクも終わり、いよいよ撮影開始です。

 

 

「好きなようにポーズを取ってください」

 

 

好きなようにといわれましても、こっちは初心者。

はいそうですかと、取るべきポーズが浮かぶわけが‥‥

 

 

「はい、OKです。ありがとうございました」

 

「‥‥ありがとうございました」

 

 

今更言うのもなんですが、本当にチート過ぎやしませんか見稽古。

頭で考えるよりも先に私の容姿と服装、カメラマンが求める姿を加味して考えられる最適なポーズを身体がとってくれましたよ。

しかも1つじゃなくて複数パターン。

撮影スタッフの皆さんも驚いていますし、今度から無意識的に発動してしまわないようにリミッターをつけるべきでしょうか。

枷を作るためのキャラクターと能力については当てがありますし。それを元に学生時代の部活動時に使用していたものを改良すれば十分でしょう。

 

 

「お疲れ様でした、渡さん」

 

「あっけなさ過ぎて、疲れる間すらなかったですけどね。あんなので良いんでしょうか」

 

「はい。確認させてもらいましたが、問題ありません。

寧ろ完璧過ぎてスタッフから、本当に事務員だったのかと聞かれるほどでした」

 

「‥‥わぁ~お」

 

 

これは本当に枷を作る必要があるかもしれませんね。

帰りに大型の書店に寄って買っておきましょう。もし使わなくても暇つぶしや他の機会に使えるかもしれませんし。

あっという間に私の番が終わったので、ちひろの撮影が始まろうとしているのですが離れた場所からでも緊張でがちがちになっているのが判ります。

私の所為で撮影のハードルが無意識的にあがってしまったのを聡く感じ取ったのでしょう。

これは、フォローが必要ですね。

 

 

「武内P」

 

「はい、何でしょう?」

 

「ちひろが緊張してますから、声でも掛けてあげた方が良いと思いますよ」

 

「気がつきませんでした」

 

 

何でも卒なくこなすタイプですから大丈夫だと思い込んでいたのでしょうが、たぶんこういった自分が表に出る系統のことは苦手な部類でしょう。

無自覚馬鹿ップル空間が形成されるのは勘弁して欲しいですが、ちひろは失敗を引きずりやすいのでこれで気がまぎれてうまくいくのなら我慢します。

まあ、目の見えない範囲に移動してしまえば被害は最小限で済みますから。

武内Pがちひろの方へと向かっていったのを確認してから、撮影スタッフの1人からお茶を受け取り待機場所に腰を下ろします。

 

 

「よっこいしょ」

 

 

どうして年をとってくるとついこの言葉が出てくるのでしょうね。

周りにいたスタッフには聞かれていないようですが、自分がアラサーなのだと感じてしまい現実という無慈悲な刃が心を突き刺してきます。

嫌な気分はお茶を飲んですっきりしましょう。どれだけ悩もうが、私の年齢が若くなるわけではないですし。

我が346プロには年齢:永遠の17歳のアイドルもいらっしゃいますが、そんな笑いの前に引いてしまいそうな痛い設定なんて私には名乗れません。

その点、あの自称:ウサミン星人さんはカッコイイと思います。そこに痺れも憧れもしませんが。

そんなことを考えているとちひろの撮影が始まったようです。

撮影慣れしていない感じはありますが、先程の緊張が嘘のようにやわらかな‥‥いや、緩みきったという表現の方が的確な表情をしています。

今夜辺りの飲みで惚気てくるのでしょうね。わかります。

 

とりあえず、アイドルとしての第一歩は無事に踏み出せたようです。

本日のアイドル活動は、今のところは平和です。

 

 

 

 

 

 

宣伝材料写真撮影の次の日。

とりあえず午前中は今までと変わらず事務仕事をこなし、午後からはアイドル活動のためにレッスンを行う事になりました。

アイドルデビューが決まったのなら事務仕事なんてやらせないで欲しいのですが、そこは人員を補充しても補充しても足りないアイドル部門の悲しいところで、なまじ同僚達の苦労や内情を知っている分言い出しにくいのです。

これがはっきりとNOと言えない空気を読む事に長けた日本人の性なのでしょう。

流石にレッスンも制服で行うわけにはいかないので支給されたウェアに着替える事になったのですが、何故ウェアの色まで制服と合わせる必要があったのでしょうか。

責任者は何処でしょうか。少しお話しましょう、肉体言語で。

 

 

「‥‥さっさと着替えましょうか」

 

「‥‥そうですね」

 

 

いくら溜息をつこうがウェアの色は変わらないので、ちひろの言うとおり諦めてさっさと着替えるしかないのでしょう。

ロッカールームには私達以外の姿はなく、他のアイドル達も使用しないと確認済みですし施錠もしているので覗きやハプニングの心配ありません。

制服を脱ぎ捨て、自己主張の激しい蛍光緑のウェアに着替えます。

暖房が効いているとはいえ、12月の室内は下着姿には厳しい寒さですから。

しかしこういったウェアは久しぶりに袖を通したのですが、なんだか大学時代のサークル活動を思い出して懐かしい感じですね。

 

 

「やっぱり七実さんの身体ってすごいですよね」

 

「まあ、鍛えてますから」

 

 

嘘です。チートです。

本家の見稽古では体型に変化は出なかったはずなのですが、現実世界ではそんな訳にはいかないようで完全再現までにはいかないものの人類の到達点たる身体能力に引っ張られるように自動的に身体がビルドアップされてしまいました。

悲しいですが、これが現実(リアル)創作物(フィクション)を区別する世界の修正力という物なのでしょう。

なので、普段は服の下に隠されている私の身体は、色気を感じさせるようなアイドルらしい体つきではなく、極限まで無駄なく鍛え上げられたアスリートボディをしているのです。

 

腹筋?もちろん割れてますよ?

胸?ああ、大胸筋の話ですよね?

 

 

「いいなぁ~」

 

 

私からすれば、そのやわらかく抱き心地のよさそうな女性的な魅力溢れる体つきの方が何十倍も羨ましいのですが。

人間という生物は基本的にないものねだりばかりしてしまうのでしょう。

私に遅れてちひろも着替え終わったので、互いに服装でおかしいところはないか確認し合いタオルやドリンクといった道具も最終確認を行い隣のレッスンルームへと進みます。

数ある中で小さいものなので利用者はいません。余裕を持って着いたのでトレーナーの人はまだ来ていないようです。

 

 

「とりあえず、柔軟でもしておきましょう」

 

「わかりました」

 

 

何もせず待っているというのは時間の無駄なので柔軟でもしておく事にします。

寒いと関節などの身体の軟部組織の伸張性が悪くなるのでミスや怪我の元になるので、協力しながらしっかりと伸ばし温めておきます。

いくらチートボディでも風邪をひくときは引きますし、怪我をするときはするので念入りに。

やはりといっては何ですがちひろの身体はまだまだ固いですね。

一般人と比較するとやわらかい部類には入るでしょうが、様々な衣装を着て歌って踊るアイドルに要求される柔軟性にまでは至っていないといったところでしょうか。

アイドルデビューが決まってから努力していましたし、これならいつになるかは判りませんが、本当に一般デビューする日までには問題ないレベルに仕上がると思います。

柔軟を続け、筋肉が程よく温まってきた頃にレッスンルームの扉が開かれトレーナーが入ってきました。

名前を青木 聖さん。我が346プロのトレーナー4姉妹の次女さんで、ベテランの風格を漂わすややつり気味の目が特徴的です。

 

 

「今まで調整等で何度も話した事があるが、私のけじめとして改めて自己紹介させてもらう。

ダンスレッスンを担当する青木 聖だ。よろしく頼む」

 

 

根はとても優しいのですが少し融通が利きにくく、厳しい部分が目立ってしまいますが本当は誰よりもアイドル達の事を心配しているかわいい娘です。

駄目といわれても、しつこく押していくと折れてくれるチョロイン属性も持っています。悪い男に引っかからなければいいのですが、心配ですね。

とりあえず、私たちも改めて自己紹介をしました。

今までは業務予定の調整で会話するくらいにしか接点はありませんでしたが、これから度々お世話になることでしょうし。

 

 

「準備はできているようだな。では、すぐにレッスンを始める。

最初は簡単なものから行っていくので、それを見ながら私の動きを真似してもらう」

 

「「はい」」

 

 

真似をしろというのなら、恐らく全人類上で私以上に得意な人間はいないでしょう。

何せ神様の加護(?)であるチート能力がありますので。

しかし、いきなり全力過ぎると昨日の宣伝材料写真の時のようにちひろのハードルを上げてしまいそうなので程々にばれないように手を抜きながらのんびりと。

自身に科す枷の内容は『周囲の人間の技能レベルを上回れない』としましょう。

枷が出来た途端身体の動きが重くなりました。如何に人類の到達点に至った身体能力やコピーも元のアイドルの技能が優れており、またそれに頼っていたのかが理解できます。

この感覚を説明するのならF1マシンのつもりで普通自動車を運転してコースを走ろうとするような気分というのが妥当でしょうか。

 

 

「はい。1・2、1・2、1・2・3・4!千川、もっと動きを大きく」

 

「はいぃ!」

 

「渡、もっと集中しろ!」

 

「はい」

 

 

正直、真剣に教えてもらっているのに手を抜くのは申し訳ないと思いますが、でもこうしないと神転生者(わたし)のような人間は一般人(みんな)と同じ舞台には立ち難いのです。

皆様に何度も言う愚痴のようなものの1つですが、身の丈を過ぎたチート能力なんて持つものではありませんよ。

こんな風に仲間とアイドルデビューを果たしたとしても、努力して得られた成功の喜びというものを心の底から共有できないのですから。

まあ、すぐに慣れますけど。

 

そんなことを考えていると小休憩になりました。枷を科したのは技能だけで持久力等の基本的身体能力は対象外であるため疲労感は一切ありません。

基本的な事務員より少し高い程度の身体能力しか持たないちひろは、早くも疲労気味であり大量の汗をかき、肩で息をしています。

 

 

「渡は体力は十分だな。千川は、これからといったところか」

 

「そうですか」

 

 

人類の到達点により様々な全国大会に何度も出場し、色々と表彰された事もあります。

その競技に人生を捧げるつもりはありませんでしたし、強豪校とかの勧誘が面倒だったので高校以降は個人競技は1,2位だけは取らないようにしてました。

チームプレイでは影からサポートする事に徹して、活躍は才能のある人間に譲っていましたからあまり名前は知られていないでしょう。

 

 

「外見通り、ちゃんと身体の基礎はできているようだな」

 

「鍛えてますから」

 

 

嘘ですけど。

 

 

 

「千川、落ち着いたか?」

 

「は、はい。何とか」

 

「よし、では再開するぞ」

 

「「はい」」

 

 

なかなかにスパルタ方式のように見えますが、内容自体は最初にやったものよりいくらか簡単になっていました。

きっと最初のは私たちの基礎能力を見極めようとしていたのでしょう。ダンスの基礎的なステップをベースに全身を使うような内容が多めでしたから。

既に体力が切れかけているちひろは気がつかないでしょうが。

しかし、事務員アイドルなんていう色物系にレッスン初日からトレーナー姉妹の次女が来るなんて予想外でした。

346プロは現在年末の大型ライブの準備でアイドル部門はどこも大忙しで、出演するアイドル達も最終調整に入っています。

私達が午前中事務仕事に駆り出されたのもこれが理由ですし。

てっきり姉達を追うように入社した4女の慶さん辺りが来ると思ってましたし、それで不満もありませんでした。

ですが、この多忙で重要なライブを控えたこの時期にデビューもしていない実力未知数の年増アイドルに彼女をつけた思惑がわかりません。

あの昼行灯がまた何かしたのか、それともあの無駄に有能な後輩プロデューサーが頑張ったのか。考えれば、考えるほど深みにはまるようです。

 

 

「渡!だから集中せんか!」

 

「はい」

 

「千川、まだへばるには早いぞ」

 

「は、はひ~」

 

 

声から覇気がなくなっていますが、目はまだ生きているのでレッスン終了までは持つでしょう。

そんなことを考えている私もそろそろ本気で雷を落とされてしまいそうなので、本気に見える演技でも頑張りますか。

 

朽木は彫るべからず、和光同塵、勤倹力行。

アイドルのレッスンはそこそこ平和っぽい。

 

 

 

 

夕方、レッスン疲れでへとへとになったはずのちひろに誘われ、お馴染みの妖精社に来ています。

看板も小さく、狭い裏道からしか入れないという商売する気があるのかと思える立地条件で席数も20程度の小さな居酒屋ですが秘密の酒場という感じでお気に入りです。

居酒屋なのになんで社という変な店名ですが、料理やお酒が美味しいので気にしません。

居酒屋で覚えておけばいいのは、料理や酒の味とその場で交わされた会話だけでいいというのが私のモットーなので。

 

 

「はい、ジントニックとウォッカトニック。それに鮭のカルパッチョにポテト塔盛り、照り焼きチキン、温玉サラダ、おでんです」

 

 

お酒と料理も届いた事ですし楽しむとしましょう。

 

 

「「乾杯♪」」

 

 

その言葉の通り、グラスを乾かすように一気に飲み干します。

酔うことはできないもののお酒の味というものは嫌というほどにわかってしまうのですが、ここのものは美味しく感じるのでありがたいです。

 

 

「くはぁ~~、この1杯の為にがんばってるって感じですよね」

 

「それには一部同意しますが、疲れているなら休んだ方が得策ですよ」

 

 

明日からも年末ライブの手助けとレッスンの日々が待っているでしょうし。

特にライブの開催日が近づけば近づくほどに私達に対する応援要請の回数は増えてくる事が容易に想像できます。

2ヶ月かけて引継ぎを済ませたのですから、もう少しちゃんとこなして欲しいと思うのは間違っているでしょうか。

 

 

「ええぇ~~、七実さんは私と飲むのは嫌ですか?」

 

「そうは言ってませんよ。嫌いな人間と2人で飲めるほどできた人間ではありませんし」

 

 

よって絡み酒プラス延々と馬鹿ップルの惚気話を聞かされるのも、悲しい事に慣れてきましたし。

それに今日はレッスンで1人だけばてていた事を気にしていそうですから、それを吐き出させるまたは発散させるのも先輩兼同じユニットメンバーの勤めでしょうから。

 

 

「本当ですか?」

 

「本当ですから、その机に顎を乗せながらの上目遣いはやめましょうね」

 

「ええぇ~~」

 

 

私と数歳しか変わらない20代の女性がやっても痛々しい事になるだけですよ、それ。もっと言うなら、使う相手を間違えてませんか。

レッスンでかなり疲れていたからでしょうか、ちひろの酔いの回りがかなり速いです。

普段ならこんな風になるにはもう2杯くらい必要なはずですが。

追加の飲み物をオーダーし、料理を適当に摘まんでいきます。

温泉卵って使い道の多い万能選手ですよね。卵の合わない食材って少ない気がしますし、あっさり系には黄身の濃厚さが追加され、こってり系には脂と混ざったりする事でこくが増します。

でも卵って、食べ過ぎると心臓病とかのリスクが上がるんでしたっけ。

食べ過ぎによるリスクに対抗するチートはもっていないので、こればかりは自分で気をつけるしかありません。残念。

 

 

「腕が重いよぉ~~」

 

「このチキンは外せませんよね」

 

「七実さぁ~ん、あ~~~ん」

 

「一応聞きますけど、何のまねです?」

 

「おかぁ~さん、食べさせてぇ~~」

 

 

誰がお母さんですか、誰が。

こんな大きな子供を生んだ覚えはありませんし、そもそも私は未婚の独身です。

最近アイドルデビューが決まったと連絡した際に『ハァ、これでまたあんたの婚期が遅れるのね』と実母からおめでとうの一言もなく言われた私の気持ちがわかりますか。

 

 

「どこの雛鳥ですか」

 

「ピヨピヨ、ピヨッ、ピヨッ♪」

 

「すみません、このイナゴのつく「待って!待って待って、ウェイトウェイト!!」

 

 

無駄にリズミカルだったのが腹立たしかったので、雛鳥らしく虫でも食べさせてやろうかと思いましたが必死の懇願に阻止されました。

でもあれって慣れてくると意外とお酒やご飯とかに合うんですよね。お金を払ってまで食べようとは思いませんけど。

 

 

「ひどいです。女の子に虫を食べさせようとするなんて」

 

「さっさと食べないと、全部食べますよ」

 

「はぁ~~い」

 

 

2杯目の梅酒のロックが届いたので半分ほど飲み、おでんに手をつける。

届いた当初は熱々だったおでんも少し時間が経ったことで食べやすい温度にまで下がり、正に今が食べごろでしょう。

まずは三角形に切られたこんにゃくを一口。出汁もしっかり染み込んでいて、それが癖の少ないこんにゃくの本来の味とグニグニと少し歯を押し戻すかのような食感と合わさり次の一口が楽しくなりそうです。

次はつみれ。出しに魚のエキスが染み出しても失われない魚の風味と少し荒めに残されたすり身が嬉しいですし、粉っぽいつなぎもありませんから何個でもいけるでしょう。

牛すじは、ちゃんとした処理をされているためか残ってしまいがちな獣臭さがなく、とろけるような柔らかさとねっとりと絡みつくうまみを兼ね備えていました。そして、ありがとうございますコラーゲン。

ここで卵に手をつけてもいいのですが、これはもう少し後の楽しみにしましょう。

 

 

「‥‥ねえ、七実さん」

 

「なんですか。そんな改まったような声を出して」

 

 

来たかという半ば確信的な予測に従い、箸を置いてそこそこ良い日本酒をボトルごと注文しておきます。

 

 

「私、今日のレッスン良いとこなしだったじゃないですか。それで‥‥」

 

「それで?」

 

「武内君に失望されたらどうしましょう」

 

 

やっぱり惚気(そう)ですよね。七実、知ってた。

今日はちゃんと聞き役に徹すると心に決めた以上、ちゃんと聞いてあげますか。油物が原因じゃない胸焼けに襲われそうな予感がしますけど。

 

 

「大丈夫じゃないですか。まだ初日な訳ですし」

 

「でもでも、最初が肝心じゃないですか!今頃トレーナーさんが武内君に『千川は駄目だな』とか専門家の忠告みたいな事を‥‥うう、もっとダンスの練習しておくんだった」

 

「聖さんはそんなことは言わないと思いますけどね」

 

 

何気に真似がうまかったですけど、歌とか声関係(そっち)方面の才能はあったりするのではないでしょうか。

酔った時の帰りとかに、たまにする鼻歌の音程もずれていないですし。

 

 

「七実さんは運動神経が良いから辛くないでしょうけど、私って根っからの文化部系なんですよぉ~~」

 

「大丈夫ですよ。あんなもの才能より努力ですから」

 

 

天賦の才能(チート)を持つ私が言うには白々しい台詞であるとは理解していますけど、胡坐をかいた天才より努力する凡人なら武内Pなら後者を選ぶでしょう。

自分の嘘をごまかすように受け取った日本酒をお猪口ではなくグラスで一気に呷ります。

 

 

「今からでも間に合いますか?」

 

「ええ、努力は裏切りませんよ」

 

「武内君は失望しませんか、ちゃんと私のことを見てくれますか?」

 

「武内さんは努力する人に対して、そんな対応をする人間でしたか?」

 

「そんな人じゃありません!!武内君は不器用だけど、誰よりもアイドルたちの事を真剣に考えて、優しくて、それで‥‥」

 

「なら、それが答えじゃないですか」

 

 

既に酔いが回っているのでお猪口でお酒を与えて口を塞ぎます。

ここで止めなければ5分くらいは武内Pの良い所や可愛い所を語りそうなので。

ちゃんと聞くとは決めていましたが、全部とは言ってません。塩気がよく利いているはずのポテトが甘くなってしまうところでした。

 

 

「そうですよね。武内君ですもんね」

 

「答えは出たようですね」

 

「はい♪でも、武内君も酷いですよね。

こんなに頑張っているのに見に来てくれないなんて。いくら年末ライブの準備や他のアイドルの調整とかで忙しいのは判りますけど、それでも私達のプロデューサーなんですから。

労いの一言くらい期待してもいいじゃないですか」

 

 

答えは出ても惚気を止めるつもりは無いと。そうですよね、それでこそ馬鹿ップルですよね。

寧ろここで止めたら、疲れとかで熱でも出たのではないかと疑うところです。

 

それはさて置き、今日はレッスンがあったので午後からの飲水量が普段より多く、またこの短時間でお酒を飲みすぎました。

皆様も同様の経験があるのではないでしょうか、あれはお酒が人間の尿量を調節するホルモンの働きを鈍らせるからだそうです。

つまりは生理現象(そういうこと)です。

 

 

「ちひろ。ちょっと席を外しますけど、他のお客さんに絡まないでくださいよ」

 

 

本人ではないのに馬鹿ップルの絡み酒の謝罪ほど空しい仕事はありませんから。

 

 

「‥‥ふぁい」

 

「絶対ですからね」

 

「わかっれますっれ」

 

 

たぶんこれ駄目なパターンですね。

 

 

(お花摘み中、しばらくお待ちください)

 

 

「れしょ、そこがいいんれすよ」

 

「わかるわぁ~、不器用な男の優しさって心にクルのよね~~」

 

「鮭は()()ましょう‥‥ふふっ」

 

 

なんか、増えてる。しかも、顔見知り。

できるだけ速く戻ってきた私の目に飛び込んできたのは、予想斜め上の展開でした。

ちひろが絡んでいた相手は、我が346プロ所属の20歳を超える大人組アイドル、川島 瑞樹さんと高垣 楓さんの2人で、なんだか意気投合しちゃってます。

アイドル活動だけでなくプライベートでも仲が良くて、2人で飲みに行く事が多いというのは知っていましたが妖精社(ここ)で出会うとは思いもしませんでした。

2人も既に相当出来上がっている様で、面倒事の香りがします。

正直言って、できることならこのままこっそり会計を済ませて帰りたいです。

 

 

「あっ、七実さぁ~~ん♪遅いれすよぉ~~」

 

「お邪魔してまぁ~~す♪」

 

「たまご、たまごたまご。そして最後のたまごぉ~~♪」

 

 

そうは問屋が卸してはくれなさそうです。

あと、そこの25歳児。1人で玉子を全部食べたりしたら、お姉さん怒りますよ。

私は覚悟を決め、溜息をついて厄介な酔っ払いたちの待つ席へと戻る事にします。

これから起こるであろう面倒事をいかにもの人生経験豊かな格言風に述べさせてもらうなら。

『酒には酔わなければならない~酔わぬ者は全ての責任を持つ事になるからだ~』

 

 

 

この日を境に、時々妖精社で飲むときのメンバーが増え、それに比例するように私に降りかかる厄介事や負担が倍増したり。

うっかりなんてレベルで済まされないポンコツさを発揮する25歳児が私の部屋に転がり込もうとしてきたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今後の連載化については、現在企画検討中です。



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このアイドル達は、かしましくストレスになる。ただ、このアイドル達の飾らない姿はとても綺麗だ

まだまだ前日譚が続きますが、CPキャラも出せるときには出したいと思います。

ところで、短編週間ランキング1位というのは現実なのでしょうか‥‥
未だに信じられません。


どうも、私を見ているであろう皆様。

事務員アイドルとしてデビュー予定の神様転生系女オリ主、渡 七実です。もう3度目なので、長ったらしい挨拶は省略させていただきます。

今はそれどころではないくらい忙しいので。

 

 

「七実さま、飾り用の花が届きました!」

 

「チームδが空いてるはずですから、手分けして急いでお願いします。あと、七実さま言うな」

 

「了解しました!」

 

「七実さま、ガラスの靴が足りません!」

 

「予備がハイエースの3番に乗っているはずですから、アルバイトスタッフと一緒に取りに行ってください」

 

「はい、わかりました!七実さま!!」

 

「だから、七実さま言うな」

 

 

見ての通り、只今私は346プロ年末ライブのスタッフの陣頭指揮を取っています。

タブレット端末で他の部署から送られてくる進捗状況や情報を処理しながら、正しい意味での適当に手空きの人間に仕事を割り振ってと溜息をつく暇すらありません。

私はお手伝いに来たはずなのですが、いつの間にか指揮官のような役割をになう事になっていました。ちなみに、本当のこの区画のリーダーはさっき花が届いた事を知らせてくれた彼です。

『七実さま』という呼び方をしはじめたのも彼が最初です。『神さま、仏さま、七実さま』とのことですが、主や御釈迦様と同レベルで語るなんて信心深い人が聞いたら激怒する事間違い無しでしょう。

それにしても無駄に定着してしまいまいたが、どう落とし前をつけてもらいましょうか。

まあ、そんなことは後回しにして今は目の前の大仕事を片付けることに集中しましょう。

 

 

「こちら入口方面 渡。今西部長、聞こえますか」

 

 

インカムを操作し、こうなるであろうとわかった上で私をこの場所に応援に行かせたであろう昼行灯を呼び出します。

 

 

『こちら今西。聞こえているよ、渡君。

どうしたかね、何かトラブルでもあったかい?』

 

「いいえ。飾り付け用の資材は揃いましたが、販売用グッズの搬入が遅れています。確認を」

 

『判ったよ、少し待っていてくれたまえ』

 

「了解」

 

 

全くこんな大規模イベントを行うならもう少しアルバイトスタッフとかを増やして人海戦術で対応しませんか。

もう朝から殆ど休憩が取れない状態でみんな働いていますから、目に見えて作業効率が落ちています。

死の行軍(デスマーチ)慣れしている346プロ所属の精強なスタッフ達はまだまだ大丈夫そうなのですが、今日だけ参加のアルバイトの人達が限界寸前のようです。

全くこの程度の修羅場も潜り抜けられないようではこれから先苦労しますよ。

と言ったものの、アルバイトスタッフの大半が大学生や高校生といった学生で、休みなく働き続ける事が息をするくらいに当たり前になりつつある346プロスタッフ(わたしたち)と同じレベルを求めるのは酷というものでしょう。

 

 

『渡君、今西だよ。グッズに関しては急がせたからもう少しで到着すると思うよ』

 

「では、それに合わせて人員のほ『おっと、呼ばれているから失礼するよ。渡君も頑張って』

 

 

あの野郎切りやがった。っといけませんね、アイドルになろうとする人間が汚い言葉を使ってしまっては。

例え相手があの人を苛立たせる事に定評がある昼行灯だったとしても。

そうですね、今日の打ち上げは今西部長の奢りで焼肉にしましょう。それも食べ放題とかなんてけち臭いこといわずに御高く叙々○にでも。

 

 

「え、えと‥‥な、七実さ‥‥ま?」

 

「七実さま言うな。って、どうしました?」

 

 

振り向いた先にいたのはスタッフパーカーを着たかわいい系の高校生くらいの女の子でした。

アルバイトスタッフの1人なのでしょうか、2X歳の私なんかよりよっぽどアイドルデビューした方がよさそうな原石的な輝きを感じます。

手には先ほど指示したガラスの靴を持っていて、なんだか緊張して不安そうな面持ちですが何かあったのでしょうか。

 

 

「ああ、あのこのガラスの靴なんですが、どちらに持っていけばいいでしょうか!?」

 

「一緒に行ったスタッフは?」

 

「す、すみません!はぐれてしまって、それで‥‥」

 

 

今回のライブは大型でスタッフの人数も足りていないとはいえいつもより多いですから、こうなる可能性は十分にありました。

このような事態が起こった時の対策をきちんとしていなかった私の落ち度です。

泣きそうになりながら落ち込む少女の頭を撫でてやり落ち着いてもらいます。純粋な乙女の涙は男女の性差関係なく最強の矛ですから、それをこんなところで使ってしまうのは勿体無いですから。

 

 

「よく言ってくれました。失敗を認めて、ちゃんと対処しようとするのは偉いですよ」

 

「ふぇ‥‥えぇ、えと、ありが、とう‥‥ございます?」

 

 

タブレット端末でこの施設の見取り図を表示し、目的地までの最短ルートと幾つかの迂回路を素早く書き足します。

 

 

「現在地がこの位置で、目的地がここです。最短ルートはこの赤いルートですが、この辺は現在花等の飾り付けで混んでいる可能性がありますので、その際はこの緑で示した迂回路を使うといいでしょう」

 

「わかりました」

 

「時間の余裕はありますから急ぐ必要はありませんし、それは割れ物ですので慎重且つ確実に目的地まで届けてください。

判らない部分はありませんか?もし不安でしたら、スタッフを1人つけますが」

 

「大丈夫です。わたし、頑張りますね!」

 

 

今鳴いた烏がもう笑う、そんな諺がありますが、本当にこのくらいの子供達は感情に素直で無邪気に表情がコロコロ変わって可愛らしいですね。

社会に出て大人になると面の皮が厚くなって、感情を隠し偽る事ばかりうまくなってしまいますから。ただし、346プロ(うち)の25歳児を含む一部の人間は除く。

内面の優しさが現れた見ている人間も一緒に笑顔にしてしまう、そんな笑顔です。

 

 

「いい笑顔です。では、頑張ってください」

 

「ありがとうございました、七実さま!」

 

「七実さま言うな」

 

 

まったく人が褒めたというのにこれですよ。

少し小走り気味で去っていく少女の背中を見送った後、再び仕事に戻り各部署の進行状況を再確認し指示をしていきます。

いい笑顔のお蔭で気力メーターはMAXになりましたし、これならあと半日は不休で働けそうです。

 

島村 卯月

 

笑顔と一緒に目に入った名札に書かれていたその名前は、きっとチート能力なんてものを使わなくても私は忘れることはないでしょう。

彼女はアルバイトスタッフであるためこのライブが終われば、よほどの幸運や運命の悪戯がない限り二度と出会うことはないはずなのですが。何故でしょう、また逢える気がしてならないのです。

 

 

「七実さま!チームφ、全救護所の開設終わりました!」

 

「七実さま言うな。チームφは15分の休憩の後、チームδと共に入口等の装飾をお願いします。

休憩室にはスタドリが置いてあるので1人5本までで、この後の事も考えながら各自の判断で飲んでください」

 

「了解です!」

 

「七実さま!グッズ到着しました!!」

 

「だから、七実さま言うな。チームχ、販売所の開設は?」

 

「後5分いただければ完了します!七実さま!」

 

「ならチームの3分の1を搬入に回して並行して行ってください。あと、七実さま言うな」

 

 

人がいい気分に浸っているというのに、現実というのはどこまでも無粋ですね。

しかし、そんなこと言っていられる状況ではないというのも重々承知していますし、私もちょっと本気を出して頑張りましょうか。

本日のライブが平和に成功するよう、七実さま頑張ります。

 

 

 

 

人生というものは、いつもこんなはずじゃなかったという思いの繰り返しだ。

どこで間違えたのだろう、どうすれば良かったのだろう。誰もがそんな思いを大なり小なり抱えて日々を過ごし、自分の人生の答えを求め続ける。

その答えというものがいつ出るのか、そもそも答えというものがあるのかすらわからない。

しかし、私は思う。例え答えが出なくても、それを求めて進み続けようとする人間の意志というものは綺羅星のように美しく、また尊いものであると。

 

 

「‥‥私らしくもないですね」

 

 

身の丈ほどもある特殊なコーティングが施された大剣『草薙剣』を片手で振るい、次々と襲い掛かってくる害虫(てき)の腕を、脚を、首を断ち切ります。

5体、6体と人海戦術による絶え間ない多方向からの数の暴力。拳や蹴りといった原始的な攻撃ですがその1つ1つが直撃すれば私の命など容易く奪ってしまうでしょう。

ですが、人類の到達点である私にとってこの程度の攻撃など微風と同等のぬるいものでしかなく、かわし、去なし、受け止め、柄で殴り、斬り返し屍を積み上げます。

私の前に立ち塞がった時点で害虫達(やつら)の運命は最初から決まっていた、ただそれだけのことです。

圧倒的な戦いに知能があるのか疑わしい害虫達の足が止まりました。どうやら仲間の死や実力差を理解して恐怖という感情を覚える程度の頭はあるようですね。

これで害虫共は私を最優先で排除しようとしてくるでしょうが、それこそが私の目的でもあります。

 

 

「撤退まで、後どれくらいかかりそうですか?」

 

『ごめんなさい。急いで修理しているけど、まだまだ掛かりそうだわ』

 

 

瑞樹の言葉に思わず溜息をつきます。わかっていたはずですが、それでもこうして言葉にされると気落ちしてしまいます。

投石を剣で捌き、他のメンバーがいる後ろへは1つたりとも通しません。

近接攻撃が駄目とわかったら、次は遠距離攻撃ですか。あまりにも判り安すぎる行動パターンに苦笑しながら、少しずつ前へと進み害虫共との距離を詰めます。

 

 

「日野さんや城ヶ崎さんの治療は?」

 

『ちひろちゃんがやってくれてるわ。幸い傷は浅いから、戦線復帰は可能そうよ。

頼んだ私が言うのもなんだけど、本当に1人で大丈夫なの?何なら、私も出るわよ』

 

「必要ありません。私が、あんな害虫如きに遅れを取るわけがありませんよ」

 

『‥‥迷惑掛けるわ』

 

「今更の事でしょう」

 

『そうね。頼んだわよ、七実』

 

 

足を止め、大剣を肩に担ぎ一息つきます。疲れ等はありませんが、まだ百近くは居ますからちまちま削っていたら時間ばかり掛かって面倒ですね。

 

 

「纏めて来なさい。その方が良いですよ」

 

 

簡単に挑発に乗り飛び掛ってきた害虫を唐竹から一刀両断し、次の個体の脚を払いがら空きの胴に拳を叩き込む、頭を凪ぐように振り抜かれた2本の棍棒を避けてお返しに上半身と下半身を永遠にお別れさせる。

遅い。ただでさえ次の攻撃がわかるのに、害虫(てき)の攻撃は遅すぎて苛立ちすら覚えそうです。

剣を振るう度に害虫(てき)の身体の一部が宙を舞い、拳や蹴りを叩き込む度に堅い外皮が大きく陥没し、死を振りまいていく。

奴等の敗因はたった1つ、お前達は私を怒らせた。

 

 

「人型をしているんですから、せめて人のように祈ってみたらどうです?」

 

 

シニカルな笑みを浮かべながら剣を振り上げ、そして‥‥

 

 

「はい、カァ~~ット!いやぁ、渡さん名演だったよ!!

アイドルだらけの特撮を撮って欲しいなんて言われた時はふざけるなって思ったが、さすがは346さんだ。素晴らしい人材が揃ってて、羨ましいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

貴方の所為で、私はまた1つ黒歴史を生み出す事になりましたけどね。

しかし、監督相手にそんな気持ちを表に出すわけにはいかないので努めて明るい笑顔でお礼を言います。

年末ライブを無事に大盛況の中終え、内容も売り上げ等も大成功レベルの結果を収めた我が346プロアイドル部門は、現在年明けに放送される新春特番の中で放映予定の『アイドルだけの本格特撮をやってみた』の撮影の真っ最中です。

この特撮、ただでさえ普通のプロダクションなら採用される事のない色物企画だというのに、346プロではなく『仮面○イダー』シリーズとかで有名な監督にお願いしており。しかも放映予定時間も2時間越えという上層部は一体何を考えているんだと頭が痛くなる企画なのです。

 

流石にこの時期は室内でもタンクトップ1枚は辛いので上着を羽織りながら休憩スペースへと移動し、剣を近くに立て掛けパイプ椅子に腰掛け置いてある冷えたスポーツ飲料を半分程度飲み干し一息つきます。

最近新人アイドルらしくちひろと共にレッスンや新商品の広告等小さな仕事を少しずつ確実にこなしていっていたはずなのですが、どうしてこうなった。

なんですか、あの『わたしったら、最強ね!!』なキャラクターは。物語の進行上外せない、超重要なキャラの1人じゃないですか。

私のような新人アイドルにはシーン替りでやられているような端役をやらせて、こんな役なんて知名度が高く、外見だけならミステリアスなラスボスの風格を漂わせる内面25歳児に任せればいいものを。

勿論、最初から私がこんな役をやる予定は一切ありませんでしたが、私の人類の到達点たる至高のアスリートボディを見た監督の強すぎる後押しの所為でこうなりました。

346プロの上層部とも大いにもめたらしいですが、こちらがお願いして監督を務めていただいている以上折れざるを得なかったそうです。

そんな上層部の決定を新人アイドルの私が断れるはずもなく、現在黒歴史が進行形となっております。まあ、役を受ける代わりにちひろの出番も増やすという要求を通してもらいましたし、結果オーライと思いましょう。

 

 

「お疲れ様です、渡さん」

 

「おや、武内P。ちひろや瑞樹の様子は見に行かなくても?」

 

 

最初に渡された撮影進行表では、この後はちひろがメインとなる船内での救命活動と敵の別働隊が地下から侵入してきて襲われそうな十時さんや小日向さんを瑞樹と安部さんが颯爽と助けるシーンの2つでした。

せっかく自分がメインで活躍するのにちゃんと見てくれていなかったと知ったら、今夜も妖精社直行となり瑞樹や楓も着いて来てまた私の負担がマッハとなるでしょう。

最近では私のアパートに3人の着替えや化粧道具等の私物が増え、平均週3日のペースでうちに泊まっているので、そろそろ食費だけでなく生活費の徴収も検討しています。

そういえば最近楓が事務所で家電のカタログを読み漁っているのですが、嫌な予感がしてなりません。

この間も冷蔵庫が小さくてお酒が入らないと愚痴ってましたし。

 

 

「いえ、この後ちゃんと見に行きます。ですが、渡さんも私の担当アイドルですから」

 

「それは、律儀ですね」

 

「動きの大きなものが多い殺陣のシーンでしたが、大丈夫でしたか」

 

「ええ、あれくらいなら問題ありません」

 

 

1kg近くある大剣を片手で扱いながら、複数の敵役相手に5分に及ぶ殺陣を演じる。他のアイドル達ならかなり疲労するシーンでしょうが、私のスタミナなら本当に問題ありません。

枷も346プロのアイドルが勢揃いしているので、上手く発動しておらず身体も軽いですし。

 

 

「渡さんには、迷惑を掛けてばかりですね」

 

「はい?」

 

 

私がいつ武内Pに迷惑を掛けられたのでしょうか。

色々と記憶を漁ってみたのですが、特に思い当たる節はありません。言葉足らずな所はありますが、基本的な能力は高く優秀ですし、今回のちひろの件も上手くやってくれたのも彼です。

頭を悩ませていると武内Pは右手を首に回しました。どうやら、困っているみたいです。

 

 

「迷惑って、いつ掛けられました?」

 

「今回の撮影、本当でしたらあのような殺陣はCG等を使う予定でした。ですが、監督の希望で渡さんに演じていただく事になりました。

負担が大きくならないよう調整を行うのが私の仕事だというのに」

 

 

なんでしょう、この意図していないところで勝手に好感度が上がってしまい処理に困る現状は。

不器用すぎるでしょう。私が好きなようにやっていて、勝手に救われているなら感謝とかせずそのまま当然の利益として受け取ってもらった方が、こちらとしても気が楽なのですが。

こうなってしまったら、私が何を言っても自分を責め続けたりするのでしょう。

そっちの方が心労になるのですが、それを言ってしまったら更に落ち込むのが目に見えていますから言いませんけど。全く、どうして私がこんな思いをしなければならないのでしょうか。

 

 

「調整が仕事なら、1つだけ我が儘を言っていいですか?」

 

「はい!勿論です!」

 

 

うわ、凄い食いつきですね。それだけ、私に対して負い目を感じていたのでしょうか。

『何でも言ってください、絶対叶えてみせます』というのが、言葉として発せられなくても伝わってきます。

我慢していたけど飼い主が遊んでくれる事になって、全身で喜びを表現する大型犬ですね。

 

 

「私とちひろの本格デビューをできる限り遅らせてください。最低1ヶ月くらい」

 

「‥‥わかりました」

 

「おや、理由を聞かないんですか?」

 

 

色物企画とはいえ、準主役級の活躍をしたからには私の知名度は評判の善し悪しは別として、現在よりも高くなるのは確実でしょう。大きな波が来れば波に乗るのがこの業界の基本みたいなものですから色々問い質されることも覚悟していたのですが。

私としてもデビューがしたくないわけではないので、ちゃんとした理由はあります。

それを語るかどうかは別ですが。

 

 

「渡さんが何も考えずそのような発言をするとは思えませんので」

 

 

私という存在は、私が思う以上に周囲に信頼されているようです。

 

 

「そうですか。では、無茶を言うようですがお願いしますね」

 

「はい、お任せください」

 

「上手くいったら、また妖精社にでも行きましょうか」

 

 

無茶を通してもらう以上、労いは必要でしょう。

最初は最近ブロック状の栄養調整食品で食事を済ませているので、見稽古で勝手に収集されたプロ級の料理技能を駆使したお弁当でも作ってあげようかと思いました。しかし、それをすると面倒くさい事になる未来が見えたので、いつも通りの妖精社にします。

 

 

「楽しみにしています。では、私は皆さんの様子を見てきますので、これで失礼します」

 

「はいはい、頑張ってください」

 

 

武内Pは休憩スペースを去り、撮影現場へと戻っていきます。

しかし、久しぶりに笑顔を見ました。元々笑わないタイプだったのですが、車輪と化してからは一度も見た覚えがなかったので半年振りくらいですね。

ちひろに言ったら、絶対に絡まれるでしょうから黙っておきましょう。

自由に食べられるように置いてあるお菓子の中から醤油せんべいを手に取ります。

 

 

「おせんべい食べたら、デビュー()()()()()♪」

 

 

いつもの事ではありますが、その極寒レベルの駄洒落はやめたほうがいいと思いますよ。

武内Pと入れ替わるようにやってきたはずなのに、一体どこで聞き耳を立てていたのやら。まあ、知っていましたけど。

 

 

「楓、寒い。センス無い。行儀悪いですよ」

 

「つれないですね」

 

「そうさせたのは誰ですか?」

 

「私も妖精社につれてってくださいね」

 

 

露骨に話題を変えてきましたね。まあ、構いませんけど。

というか、どうせ今日もお疲れ様会とかいって妖精社で飲むつもりでしょう。そして、いつも通り介抱とかを私に丸投げしてお泊りコースですね。

こんな事もあろうかと、明日の朝食用の食材は4~5人分ほど用意しておきましたから問題ありません。

私の隣にパイプ椅子を持ってきて、チョコレートを食べだします。いたく気に入ったのか、同じ種類のものを何個も何個も。

 

 

「言っておきますけど、奢りませんからね」

 

「えぇ~~」

 

「何と言っても奢らないといったら、奢りませんよ」

 

 

この25歳児は奢りとなると次々とお酒を頼み高確率で酔い潰れます。

一応遠慮しているのか高いお酒とかは頼まないのですが、ちひろ並の絡み酒かつ幼児退行気味になり飲むと一番厄介なタイプです。

ベッドを占領して梃子でも動かないくせに、夜中トイレに行った帰りに私が寝ている布団に潜り込んで人の事を好き勝手抱き枕にして満足そうに寝たりと好き勝手してくれやがりました。

だから、私は楓に飲ませすぎないようにしています。

 

 

「お酒の席のことには、おな()()を‥‥ふふっ」

 

「‥‥誰ですか、このお菓子入れの中にウイスキーボンボンを入れたのは」

 

 

どうりで楓が何個も何個も食べ始めるわけですよ。食べ始める前の様子から楓ではないようですから、瑞樹あたりでしょうか。

とりあえず食べようとする手を止めさせます。仕事中なので酔うほどの量は食べたりしないでしょうが、それでもお酒の匂いをさせながら撮影に入るわけには行きません。

 

 

「七実さん、もう一個だけ」

 

「駄目です。楓のシーンも近いんですから、さっさと歯を磨いてきなさい」

 

「どうしても、ダメですか?」

 

 

子供のような小首をかしげる動作が嫌に似合っています。幼さの中に妖しい魅力を兼ね備えた仕種であり、これが私ではなく他のスタッフとかであれば許してしまうでしょう。

ですが、私にはそんなのは通用しません。

 

 

「自主的にやるのと、強制でやられるの。選ばせてあげます」

 

「‥‥歯を磨いてきます」

 

「よろしい」

 

 

鞄の中から予備の歯磨きセットを取り出して渡すと楓はとぼとぼと洗面台を探しに行きます。

 

 

「七実さん」

 

「なんですか」

 

「‥‥優しさだけでは、駄目ですよ」

 

 

最後にそう言い残して休憩スペースを去っていきました。

どうして、この25歳児はこういう時の勘だけはいいのでしょうか。

これを他に回してくれれば私も色々と楽ができるのですが、無理な話というものでしょう。

言いふらしたりすることはないでしょうが、楓が気がつくなら瑞樹にもいつか察するでしょうし、あのちひろがわからない筈がありません。その時にちひろはどんな反応するでしょうか。

気がつくまでにいくらか時間が掛かるでしょうから、その間に色々と考えて今後を決めましょう。

とりあえずは、この後の黒歴史量産確定の撮影を頑張ります。

 

禍福は糾える縄の如し、前途遼遠、全力投球

私の黒歴史は増え続けますけど、そこそこ平和ですかね。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~~い、では撮影が無事終わった事を祝してぇ‥‥カンパァ~~イ♪」

 

「「「乾杯!」」」「‥‥乾杯」

 

 

今日も今日とて、妖精社。瑞樹の音頭で私達5人はビールを注がれたジョッキを打ち合わせます。

いつも通り特大ジョッキに並々と注がれたビールを一気に飲み干し、1人だけテンションが低かった新メンバーの様子を窺います。

 

 

「ええと‥‥どうして、私も呼ばれてるんでしょうか?」

 

 

ウサミミつきのパーカーがトレードマークな実年齢と外見年齢が一致しない、住所ウサミン星の永遠の17歳の安部菜々さん(2Y歳)である。

私達が勝手にやる撮影終わりの打ち上げ二次会に、この酔っ払い達によって強制連行されたのだ。

乾杯はしたものの、手に持った特大ジョッキと私達の間で視線を交互させている。

 

 

「なあに菜々ちゃん。私達とのお酒が飲めないって言うの?」

 

「まあまあ、瑞樹さん。菜々さんも緊張してるんじゃないですか」

 

「すみませ~ん、この焼き鳥の盛り合わせ3つと焼酎の麦をボトルで」

 

 

私にとっては、もう慣れてしまったいつも通りの頭が痛くなりそうな自由過ぎる3人の姿ではあるが、初めての安部さんには魔女の大鍋の様な光景でしょう。

永遠の17歳と名乗っており、一次会でもアルコール類を一切飲んでいなかったようですし、素面でこのメンバーに混ざるのはいくらウサミン星人でも難しい筈です。

寧ろ混ざれたら、敬遠してしまうでしょう。

 

 

「な、菜々は17歳で「入社時の履歴書を公か」なぁ~~んて、うそぴょ~~ん!」

 

 

ちひろのえげつない脅しに屈したウサミン星人は特大ジョッキを一気に飲み干し、酔っ払いへとジョブチェンジしました。

半分涙目ですが、このメンバーに目をつけられた事以上諦めてください。それが、先人である私が言えるただ一つのアドバイスです。

 

 

「しかし、今回は七実さん無双でしたね!」

 

「わかるわ。私達もそれなりに訓練したけど、1人だけ別次元だったもの」

 

「あっ、それ菜々も思いました。というか、凄い筋肉にみんな驚いてました」

 

 

ですよね。監督からの指示でタンクトップ1枚になった時の周りのアイドル達の反応が若干引き気味でしたし。

年少組の方なんて怯えて泣きそうでした。

あの無双状態の戦闘シーンの後なんて、年少組だけでなく未成年組の殆どが私に対して距離をとっていましたから。

でも、打ち上げ一次会では向こうから積極的に話しかけてきてくれたので、優しい対応を心掛けて接したのでプラスマイナスゼロにはなったでしょう。

自分から話しかけにいかなかったのか、と思われるかもしれませんが、そのときの私は黒歴史が世間へと公開されることに対して悶えていました。

 

 

「‥‥焼き鳥、まだかな」

 

 

相変わらず楓はマイペースですね。

盛り合わせを3つも頼んだのだから当分時間が掛かると思いますよ。

 

 

「女性としては、あまり嬉しくないですね」

 

「ええぇ~、カッコイイと思いますよ」

 

 

その格好いいはアイドル的なものではなく、スポーツ選手やアスリートの鍛え抜かれた姿に対するものでしょう。

昨今のアイドルは恐るべき程に多様化が進んでいますから、需要が全くないわけではないでしょうが、私と楓が並んで50人の一般人に選んでもらったなら人数比は1:49くらいになるでしょうね。

私自身、この身体を恥じている訳ではないので気にはしていませんが、女性的な体付きに憧れないわけではありません。

 

 

「あの腕で腕枕とかされたら‥‥ヤバそうですね」

 

「菜々ちゃんわかってるわね。逞しい腕での腕枕って、乙女の夢よねぇ」

 

「‥‥固くて、寝にくかったですよ」

 

「えっ、楓さん。七実さんの腕枕で寝た事あるんですか?」

 

 

勝手に人の寝床に潜り込んで、枕にしたくせに酷い言われようです。

まあ、私の腕は女性的なやわらかさではなく柔軟性の高い筋肉の弾力によるものですから、枕的な役割は到底こなせるものではないでしょう。

夢は夢という幻想の中にあるから美しいという、なんとも残酷な現実ですね。

 

 

「まだよ、まだわからないわ!七実、今日は私に腕枕しなさい!」

 

「お断りです」

 

「拒否権なんてないわよ」

 

 

これ乙女モード入ってますね。面倒くさい。

女性はいつまで経っても乙女心を失うべきでないという精神は素晴らしいと思いますが、私とほぼ年齢が変わらないのですからもう少し慎みとか持ったほうがいいと思いますよ。

酔っ払いに言っても無駄だとはわかっていますし、実際に言ったら瑞樹が泣くでしょうから言いませんけど。

 

とりあえず届いた焼き鳥でも食べましょう。

まずは、ねぎ間といいたいところですが、今日は皮にしましょう。

生の鳥皮はぶよぶよしていてあんなに気持ち悪いのに、どうしてたれを付けて炭火でじっくり焼いてやるとこんなに美味に変わるのでしょうか。

炭火で付いた焦げ目のカリッとした食感と少しだけ残っている脂とたれの味が絡み合って、何個も欲しいとは思いませんが、時々無性に食べたくなる味です。

人によってはこれを肴にお酒を飲んだりするのでしょうが、一切酔うことがない私にとって焼き鳥にはお酒よりもご飯でしょう。

少しはしたない食べ方ですが、焼き鳥にたっぷりとたれを絡めてその余剰分のたれをご飯の上にぬるという食べ方が好きです。

たれで口が重くなってしまったらざるに山盛りにされた乱切りキャベツを1枚、お好みでマヨネーズや塩コショウに付けたりしますが私はそのままで食べます。

適度に焼酎とかを挟みながら、しばしの食事タイムを楽しむ事にしましょう。

 

 

「でも、今回の撮影はきつかったですよねぇ。菜々は体力1時間しか持たないのに‥‥」

 

「菜々ちゃん、もっと体力をつけたほうがいいわよ。ライブとかでトラブルが起きると30分近く出っ放しとか良くあるから、後半ばててたら締まらないでしょ」

 

「ですよねぇ‥‥頑張ってるんですけど、この歳になるとなかなかつかないんですよね」

 

 

このメンバーの中でも年長組みに属する2人の体力の衰えについての話が耳に入る。

私の場合は見稽古によるチートで、24時間不眠不休で働き続けても切れることのない強走状態並の無限スタミナなのでいまいち共感できません。

でも、アイドルの仕事は歌やダンスといった技術力やルックスといった資質も重要ですが、最終的に必要となってくるのは体力です。

ライブになると数分間全力で歌って踊るのを何度も、場合によっては連続で行う必要がある為、最後までパフォーマンスレベルを落とさない体力が必要となります。

事務所によってはアイドルの負担を軽減するために歌の部分は音源を使い、口ぱくでライブをするグループも居ました。ですが、346プロはそんなことを一切許さないので、アイドル達は一般人であれば1回で疲労困憊となるステージを自力でこなすだけの体力がなければなりません。

 

 

「七実さんは体力お化けですから、羨ましいです」

 

「誰がお化けですか、誰が」

 

「ひひゃいれすひょ~~(痛いですよぉ~~)」

 

 

人の事をお化け呼ばわりするちひろの頬を引き伸ばします。

子供のような柔らかい肌と弾力を持っているちひろのほおは病みつきになりそうなくらいの楽しさがありました。

 

 

「ちひろさんも大変ですけど、頑張ってくださいね」

 

「ひょんはほとひってふぁいへ、ふぁふへへふはふぁい~~(そんなこと言ってないで、助けてください~~)」

 

「ひっぱられたほっぺは、()()ぷっ()()‥‥ふふっ」

 

 

今の楓の反応的にまた何か寒い駄洒落でも言ったようです。

私達のような気心知れた仲間内なら構わないのですが、他では自重しましょう。特に後輩や年下アイドル達が反応に困って居た堪れない空気になるので。

ほら、ウサミン星人もこれには苦笑い。

 

 

「えと‥‥これ笑うところですか?」

 

「気にしなくていいわよ。楓は笑いをとるために言ってるわけじゃないから」

 

「いたた‥‥そうですね。楓さんの駄洒落は自己完結していますから」

 

「‥‥みんな、素っ気無い」

 

 

なら、普段の自分の行動を思い返すことをオススメしますよ。

 

 

「私だって、いつも駄洒落ばっかり言ってるわけじゃないですよ?」

 

「ダウト」「ダウトです」「ダウトね」「ええと‥‥ダウト?」

 

「‥‥いいもん、今度の温泉ロケで慰めてもらうもん。プロデューサーさんに」

 

「‥‥え?」

 

 

あ、ツァーリボンバが落ちた。

というか、楓も武内P狙いだったとは知りませんでした。

外見はプロデューサーというよりその筋の人間みたいな厳つさがありますが、内面は不器用ですが何事にも真剣で謹厳実直な性格をしていますから、一度内側に入ってしまえば惚れる人間が居てもおかしくないとは思っていましたけど。

 

 

「何ですか、それ!?何で武内君が楓さんと温泉ロケに!」

 

 

流石というか、何というかものすごい食いつきで反応しましたね。

楓は温泉好きですし前から温泉ロケをやりたいと希望を出していましたから、武内Pが頑張って仕事を取ってきただけなのでしょうが。

最近は事務にレッスンと忙しくて馬鹿ップルらしいことを出来なくて無自覚でしょうが不満が溜まっていたちひろには、それでも十分な火種だったようです。

面倒くさい事になるからちひろにばれないように隠して私が処理していたのに、これで御破算となりました。というか、やらかしました。

 

 

「前から約束してたから?」

 

「や、約束ぅ!」

 

 

酔いのせいで思考能力が低下しているせいなのか、それとも楓の言い方が悪いのか、ちひろの感情のボルテージが上がっていきます。

このまま爆発するのは不味いでしょうから、とりあえず少し宥めておきますか。

楓の気持ちも知らずに隠していた私にも責任の一端はあるでしょうから。

 

 

「ちひろ、他のお客さんも居るから落ちつ「七実さんは、黙っててください!」‥‥はい」

 

 

私、もう知~らない。

 

 

「何々、修羅場?修羅場なのかしら?」

 

「1人の男を2人の友達同士の女が取り合う‥‥恋慕と友情の間で揺れ動く心って、いいですよね」

 

「わかってるわね、菜々ちゃん!『友達だから裏切れない、でも好き』っていいわよね!」

 

 

こっちはこっちで謎な乙女トークを始めましたし。

傍から見ているからそんな風に楽しめますけど、十中八九巻き込まれて面倒くさい事になるんですから、楽しめるのも今のうちだけですよ。

終いには砂糖を吐くだけの機械になりかけますし。

 

 

「すみません、ペルツォフカとサーロ、ペリメニ、後ボルシチください」

 

 

もう自棄です。

好きなように飲み食いして、好き勝手に振舞うことにします。

今日のような雪が降る12月の寒い天気には、日本より数段寒いロシアのウォッカと料理が良く合うでしょう。

 

 

「ずるいです!私も武内君と温泉に行きたいです!」

 

「お土産話は期待してくださいね。温泉のロケだけに、()()()話を」

 

「負けません!負けないもん!」

 

「若いっていいわねぇ」

 

「ですねぇ、菜々にはもう無理ですもん」

 

 

とりあえず、ちひろと楓の関係に亀裂は入りそうな感じがないので安心しました。

武内Pを巡るよきライバル関係あたりに落ち着くでしょう。場合によっては武力介入も必要かと危惧していましたから。

年長組は、そろそろ自重という言葉を覚えましょうか。

私は溜息をつきながら、届いたロシア料理とウォッカを食べることにします。

今の遣る瀬無いような複雑な気持ちを、昔見た缶コーヒーのCMに出ていた宇宙人風に述べるなら

『このアイドル達は、かしましくストレスになる。ただ、このアイドル達の飾らない姿はとても綺麗だ』

 

 

 

 

その後、無事公開された『アイドルだけの本格特撮をやってみた』はアイドルが傷つくシーンで賛否両論あったものの概ね好評でした。

ただ、新人の癖に無駄に目立つ戦闘シーンが与えられた私は某掲示板サイトにて『地上最強の生物』『ベルセルク』『人類の到達点』『左手に銃を仕込んでいそうなアイドル』『事務員アイドルの最強な方』等という数々の渾名が付きましたけど。

その他にもちひろが本気を出して楓の温泉ロケに無理やり割り込んだり、うちに置かれる私物の数が一人分増えたりしましたけど、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今後も、不定期短編連載としていきますがよろしくお願いします。



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汝平和を欲さば、25歳児への備えをせよ

どうも、私を見ているであろう皆様。

このやりとりも本当に必要なのかとも思いますが、伝統と形式を重んじる日本人として、とりあえず続けさせていただきます。

 

新しい年を迎え、もう5日程が過ぎました。企業等では仕事始めも終わり、正月気分を引きずりながら仕事をしている人も多いのではないでしょうか。

今まで事務員として働いていた頃には、年末年始は実家に帰り両親や弟と過ごしていました。

見稽古で修得された料理技能で年越しそばや御節を作らされ、親戚の子供達からお年玉というかつあげをくらい、親戚の親達や母親からは見合いを勧められると散々な年末年始ですが、それでも実家というものは良いものです。

しかし、今年は本格デビューはまだなものの小さな仕事や黒歴史化確定の特撮撮影、他にも346プロ主導の特別番組への賑やかし要員として参加等のアイドル活動をしていたので帰りませんでした。

両親や弟、親族も2X歳になってのアイドルデビューに関して理解はあるようで何も言われませんでした。

まあ、毎年貰えていたお年玉という臨時収入を得られず、愚痴を言った子供もいたようですが。

ちなみに今年の私の年越しは、346プロのカウントダウン番組の裏方でいつも通り陣頭指揮をとりつつ、エンジニアみたいな事をしていました。

本当は出演アイドルの1人になる予定だったのですが、現場でトラブルが起きた為その復旧に駆り出されたのです。屋外ステージで、管理体制やリスク管理が不十分だった事が原因でしょう。

勤続年数や学校や選択学科によって習得不可能な資格は持っていませんが、取得可能な資格はあらかたとっていますし、見稽古によって私の技能はエンジニア系でも超一流のものから修得しています。

当然、346プロ(うち)としても生中継の特別番組をトラブルのよって進行を遅らせたくないので、無駄に資格を持っている私に一縷の望みを託すかのように白羽の矢が立ったということです。

ステージに出ず、現場の復旧を手伝うようにと言った時の武内Pの顔を忘れることは出来ないでしょう。

そんなに辛いなら自分で言いに来なければいいのにとも思いましたが、そんな器用な事ができる人間ではない事も知っています。

なので、久しぶりに本気で頑張りました。

こんな事を言うのもなんですが、今まで周りに合わせて我慢していた分、全力でやれるという爽快感は最高でした。

私が全力を尽くした以上、失敗なんて在り得ず。カウントダウン特別番組は裏方の奮闘等一切表に出ることなく、恙無く終えることができました。

ステージ設営の関係者や346プロの管理者達には号泣しながら感謝され、エンジニア方面でのスカウトも受けましたが武内Pが割り込んで丁重にお断りしていました。

現在でも事務員とアイドルの二足草鞋ですし、チートでどこまで出来るか試してみたい気持ちもありますが止めておきましょう。

 

でも、企画立案して各関係部門との調整を行い、会場設営等の準備、歌って踊るアイドル活動、活動後の事務処理といった事を全て1人で行える。

そんな完全無比(コンプリート)アイドルって凄いと思いませんか。やりませんけど。

 

近況報告を兼ねた前置きはここまでにして、今私が何をしているかと言いますと。何もしていません。

特別番組関係は年末前に終わらせましたし、生放送系に出られるほどランクの高いアイドルでもありません。

また、最近有給というものを一切とっておらず、ちひろも温泉ロケ同行でいないので丁度いいからと武内Pによって半強制的に1日休みにされてしまったのです。

自分も有給を一切消化していないくせに、と言ってやりたかったのですが、深く心を抉るでしょうからやめておきました。

とりあえず、いつも通りに朝4時半に目が覚めたのでアイドル4人分の私物が増えた部屋を遅れていた大掃除も兼ねて徹底的に掃除しました。忙しくて禄にできていなかったので隅とかに汚れが溜まっていましたが、全力でやったら洗濯も含めて1時間半で終わりました。

1人暮らしには大きすぎる2LDKのマンションですが、チートを使えば呆気ないものです。

凝った料理を作るのもありですが、誰に食べさせる訳でもないのでモチベーションがいまいち上がりません。

料理人の全てが自分で食べることが好きなわけではないでしょうし、私は食べさせて誰かが喜ぶ姿が見たい方の人間なので。

最近仕事ばかりしていたので、今までの休日に何をしていたのかが思い出せません。

外に出てもいいのですが、2日前にあの黒歴史が世間へと公開されてしまったので、正直出る勇気が無いです。

某掲示板サイトで反応を見てもいいのですが、インターネットやツ○ッターとかで『346プロ特撮』がトレンドワードになっているので見たくありません。

弟からも『姉ちゃん、あれはアイドルがやっちゃ駄目だろ』との、心に致命傷を与えるメールも届きましたし。

 

 

「うぅ~~、どうしてこうなった」

 

 

枕で顔を押さえて、ベッドの上で脚をじたばたさせます。

2X歳にもなってもこんな事してて恥ずかしくないのかと、いいたくなる行動ですが。

黒歴史となりえるものが公開されたのですから、誰だって似たような行動を取ると思います。

やることも特になくなりましたし、もうこのまま二度寝してやりましょう。いやなことは寝て忘れる、それが一番です。

目を閉じて呼吸を落ち着かせれば、心地よい眠気が‥‥

 

 

「‥‥‥眠れん」

 

 

アイドルデビューしてからこの時間帯にはいつも出社済みで、大抵は掃除して適当に雑務を片づけたり、レッスンルームで軽く歌って踊ったりと常に何かをしていたので、何もしていないのが落ち着きません。

ちひろや武内Pを含めたアイドル部門の人達は、私が居なくても大丈夫でしょうか。

今日までに済ませなければならない書類や仕事を忘れていないでしょうか。楓とちひろの温泉ロケで武内Pは問題なく2人を制御できているでしょうか、菜々も今日の撮影緊張して自爆していないでしょうか。

そんなことばかり頭に浮かびます。

デビュー前は就業30分前に出社して定時に帰っていたというのに、これがワーカホリックというものですか。

仕方ないのでリビングへと移動してソファに腰掛け、適当にチャンネルを回します。

三が日は過ぎましたが、まだこの時期は新春特別番組が多く、特に目を引くようなものはありませんでした。

窓の外を見てもベランダには、烏が数羽屯しており私の顔を見ると深々とお辞儀をして静かに飛び去っていきました。

どうやら、気を使わせてしまったようです。

 

外に出ましょう。

 

このまま部屋の中にいたら数時間で苔生して茸が生えてきそうです。

とりあえず、必要最低限の身嗜みを整えて外回り用のスーツに着替えます。

何故スーツかと言いますと、ここ最近はあまり私服を着る機会もなく、部屋着やマンション周辺を出歩くときは残念系アラサーOLの定番ジャージで事足りていましたので丁度いいものがないのです。

それにこれなら、いざという時に出社可能ですし。

防寒用のコートを羽織り、外に出ます。

1月早朝の冷たい風が顔や首を撫でるように吹き抜けていきますが、今の私には身が引き締まるような気がして心地いいですね。

まだ6時過ぎなので外には人気は少なく、仕事に向かうであろうお父様方の気だるそうな姿ばかりで子供の姿はありません。

最近の子供たちは羽根突きよりもゲームでしょうし、遊びに出るとしてももう少ししてからでしょうか。

他の人とは違い子供時代を2度も経験していますが、自分が子供の頃はどうしていたか思い出せません。

まあ、思い出せたとしても10年以上も時代が違えば常識はまるっきり変わりますから当てにはなりませんけど。

 

とりあえず、346プロ方面に向かいましょう。

今年もいい事ありますように、私の一年の最初は平和ですって。

 

 

 

 

 

 

甘く見ていたわけではありませんでした。

ですが、この状況を招いたのは間違いなく私の認識不足であり、どうすることもできないでしょう。

見稽古という最強のチートをもってしても、この困難を乗り切ることは難しいです。正確に言うなら能力的には乗り切ることが出来るでしょうが、それを持つ私の心が持たないのです。

 

 

「1位だ!346ランキング1位だ!!」

 

「うそうそ、ホント?‥‥ホントだぁ!」

 

「ねぇねぇ、あれやって!あれやって!剣でズバァーーってするやつ!」

 

「ええとですね」

 

 

この世界のアイドル番組の視聴率というものを甘く見た私は、気まぐれに寄った346プロ本社近くの公園で小学生くらいの子供たちに囲まれています。

そして、あまり触れて欲しくない黒歴史の再現を要求されました。

 

 

「ええぇ~~、決めゼリフの方がいいよ!」

 

「敵をパンチでぼこぼこにする方が、かっこいいもん!」

 

「剣!」「決め台詞!」「パンチ!」

 

「おおう」

 

 

これ、やらないと駄目ですかね。

いや、こんなに目を輝かせ口論されるのはアイドルになった身としてはとても嬉しいのですが、それでも私にとってあれは惑う事なき黒歴史であり発掘はご遠慮願いたいのですが。

楽しい事が好きで、自分の欲求に素直な小学生に言ったところで空気なんて読んでくれるわけがありませんよね。

子供は好きですよ。少子高齢化の流れが来ていなければ保母さんや教師になろうかと思っていたくらいには。

嘘や欺瞞に満ちた煤けた大人の世界よりは、わかりやすく未来という希望に満ち溢れた子供たちの世界の方が惹かれるでしょう。

 

 

「すみません、子供達が。

ほら、みんな!お姉さんはこれからお仕事なんだから邪魔しちゃ駄目よ」

 

「「「「ええぇ~~~~!!」」」」

 

 

すみません、私休みで暇なんです。

さて、選択肢はいくつかあります。

 

1,このまま仕事なんですと346プロへと逃げ込む

一番単純で、私の心への被害が少なくて済みます。

2,黒歴史を繰り返す

子供たちはとても満足し、私の知名度も向上するでしょう。心には致命傷ですけど。

3,誰かが颯爽と現れ助けてくれる

ありえませんね。可能性は限りなく低いですね。

 

以上、この3つの選択肢の中で私が選ぶべき選択肢は。

 

 

「ちょっとくらい、いいでしょう?」

 

「こんなの、もうぜったい、ぜ~ったいないんだよ?」

 

「やだやだやだ、やぁだぁ~~~」

 

 

選択肢は!

 

 

(しばらくお待ちください)

 

 

森の木の葉の如くに体を軽やかに、腕を弓の如くに引き流れ星の如くに振り下ろす、その時手刀筋骨『壮』となる。

その壮拳を持って風擦れば炎立つ、敵の懐に深く入り肉斬り骨断てば、ベルリンに赤い雨が降る。

 

実際のように炎を纏う事はありませんが、人類の到達点の超人ボディによる手刀は空気を擦り上げる様な鋭さを持って振りぬかれ、鉄棒に立てかけておいたビニールパイプを両断します。

さすがは超人の必殺技(フェイバリット)と呼ばれるだけあって、相変わらずの威力ですね。

 

 

「すげぇーー!何あれ!!」

 

「ねえねえ、どうやるの?僕にも出来る?」

 

「もう一回、もう一回やって!」

 

 

私には子供を裏切ることは出来ませんでした。

結局あれから、黒歴史の再現と途中から完全に開き直って普段ではあまり披露出来ない見栄えのいい技とかを出してみたら大受けで、もう1時間近くこの調子です。

少し悪のりしてしまった感もありますが、そろそろ羞恥心が帰ってくるので勘弁して欲しいですね。

それに、子供たち以外のギャラリーも集まりつつあるようですし。

 

 

「おい、マジかよ。ビニールパイプが真っ二つになったぞ!」

 

「ありえねぇだろ!特撮のあれって、本当にマジなのか!!」

 

「じゃね?というか、ちょっと焦げ臭くね!?」

 

「うお、マジだ!アイドルって、スゲェ!」

 

 

そこの若者君、全部聞こえてますよ。

最初は子供たちとその親だけだったのですが、子供たちの騒ぐ声を聴きつけた野次馬たちが集まりだし、その様子を見た通行人が更に野次馬と化すという悪循環の果てに、そこそこな大きさの公園は30人近くの人が集まりました。しかも、まだ増え続けています。

私の名前を知っている人は少数だったのですが、野次馬同士での積極的な情報交換のお蔭様で瞬く間に広がりました。

見るだけならいいのですが、若者の一部はスマートフォンを構えていますから確実にSNS等にアップロードされたでしょう。

後で346の広報部とかに手伝ってもらってその動画は消させてもらいましょうか。

いや、そんなことをすれば火に油を注ぐようなことになるかもしれません。いったい、どうすれば。

 

 

「七実!」

 

「あっ、瑞樹」

 

 

地獄に仏とはこのことですね。

恐らく騒ぎを聞きつけて見に来て、私の姿を発見したのでしょう。

周囲の野次馬達もいきなりの高ランクアイドルの登場にどよめき、ファンもいたのか歓声が上がります。

『助けて』とアイドル同士にしかわからないサインで助けを求めると、瑞樹はあからさまな溜息をつきました。

私だって、好きでこんな状況を作ったわけではありません。この身体に流れる場の雰囲気に流されやすく、また人の期待を裏切る事の出来ない日本人の血が悪いのです。

だから、私は悪くない。

はい、言い訳ですね。わかります。

 

 

「もう、なにやってるのよ。部長が呼んでるわよ」

 

「はい、すぐに行きます」

 

 

これはお説教ですかね。一応ですがデビューしたアイドルがするには軽率すぎる行動だったような気もしますし。

まあまあのアピールになったでしょうし、黒歴史の積み重ねというマイナス面にばかり目を向けるのでなくプラス面も理解しておかないと集まった皆さんに失礼でしょう。

解散の流れに野次馬たちからは不満の声があがりますが、知ったことではありません。

私は、一刻も早くこの場から離れたいのです。

動きやすくするため近くのベンチにかけておいたコートと上着を回収し、瑞樹と合流します。

 

 

「貸し1よ」

 

「妖精社か弁当3日で」

 

「いいわ」

 

 

周囲への人には殆ど聞こえない指向性を持たせる話法で、今回の落とし所を決めます。

個人的には弁当の方が自分のついでで作ればいいので楽ですから、そちらを選んでくれるとありがたいですね。

 

 

「ええ、お集まりの皆さん。そう言うことですので、これでお仕舞いとなります。

ご観覧ありがとうございました。これからも346プロをよろしくお願いします」

 

 

そう言いながら恭しく頭を下げると、惜しみのない賛辞と拍手をいただきました。

声が音が身体の奥底までに届き、心の奥が燃え盛るように熱くなります。

これがアイドルの世界ですか。こんな凄い達成感と素晴らしい爽快さで満たされるのなら、誰もがアイドルに憧れてしまうのもわかる気がします。

この感覚は癖になりますね。

そのまま拍手に送られ、瑞樹と共に346プロ本社がある方向へと歩いて行きます。

 

 

「瑞樹」

 

「なにかしら」

 

「アイドルって、いいものですね」

 

 

私がこんな事を言うのが、余程珍しいのでしょうか。瑞樹は目を見開いて固まりました。

確かに、らしくないことは自覚していますが、そこまで驚かれてしまうとこちらとしても対応に困ります。

しかし、それも数秒の事で瑞樹は破顔すると私の首に手を回してきました。

楓より少しだけ身長の高い私に159cmの瑞樹がそれをやると必然的に中腰にならざるを得ないので、やめて欲しいのですが聞いてはもらえないでしょう。

 

 

「わかるわぁ~~。ああいう歓声を一度経験してしまうのとやめられなくなっちゃうのよね」

 

「そうですね。ちょっとだけ本気を出してみるのもいいかも、と思うくらいは」

 

「七実の本気ねぇ。あっという間に追い抜かされてSランクになりそうで怖いわ」

 

 

絶対に無理だと言えないのが私の持つ見稽古の恐ろしいところですね。

本気を出すといっても、実際には枷なんていう舐めた真似をせずに、アイドル活動に真剣に取り組んでみようと思っただけです。

それにしても中腰で移動し続けるのは肉体的には辛くないですが、歩きづらくて仕方ありません。

 

 

「瑞樹、そろそろ離してくれませんか?」

 

「いやよ。私がこうしたいんだから、もう少し我慢しなさい」

 

「何でですか。実力行使に移りますよ?」

 

「いいわよ。やってみなさい」

 

 

言質は取りました。己の言動と人類の到達点を甘く見ることを後悔しなさい。

私はチート技能を最大限駆使し、一瞬で瑞樹に一切の負担を与えないように膝裏と背中に手を回し抱え上げます。

まあ、有り体に言われるお姫様抱っこというヤツですよ。

しかし、週3くらいのペースで妖精社であれだけ飲み食いしているのに予想以上に軽いですね。

一体摂取したカロリーはどこに消えていくのでしょうか。私の場合はこのチートボディの基礎代謝量が凄いので、太ることはありません。

ようやく、自分がお姫様抱っこをされている事に気がついたのか瑞樹の顔が瞬間湯沸かし器のように真っ赤に茹で上がりました。

取り乱したときの表情は、同性の私でもそそるといいますか、嗜虐心をくすぐるものがありました。

 

 

「な、七実!何してるのよ!」

 

「ですから、実力行使ですよ?」

 

「降ろして!周りの人が見てるでしょう!」

 

 

降ろしてという割にはしっかり首に手を回したままで、一切抵抗しませんね。満更でもないのかもしれません。

いつも介抱させられていた分をここで返させてもらいましょう。痛みの出ない程度でしっかりと抱きかかえ、ゆっくり一歩一歩しっかりと地面を踏みしめるように歩いていきます。

勿論瑞樹に負担をかけないように、揺れが殆ど感じさせない配慮と細心の注意を払います。

 

 

「どうですか、憧れのお姫様抱っこは?」

 

「え?あっ、うん。悪くないわよ、寧ろしっかり包まれている感じがして安心感が‥‥って、何言わせるのよ!!」

 

 

なかなか好評のようで、何よりですね。

では、このまま346プロ本社までゆっくりと歩いていきましょうか。勿論このままで。

幸い時間はまだまだあるので、問題はないでしょう。

 

 

「恩を仇で返して‥‥覚えておきなさいよ!」

 

「はいはい、覚えておきますよ」

 

「はいは一回!」

 

「はぁ~~い」

 

「のばすなぁ~!」

 

 

力比べでは勝てない事がわかっているためか、瑞樹は諦めて身体をこちらに預けてきました。

少しは余裕も出てきたのか、顔の赤みも多少は引き、いつも通りの瑞樹に戻ってしまいました。もう少し取り乱した顔を見ていたかったのですが、仕方ありません。

 

感興篭絡、無我夢中、肝胆相照らす。

私のこれからに平和あれ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日は七実の奢りだからとことん飲むわよ!乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 

 

1日の終わりには妖精社。値段安く種類も国籍問わず多彩、そして美味で量多し。

隠れた名店である為人の目も少ないので、現役アイドルでも安心して飲める。ここ以上に素晴らしい飲み屋はないでしょう。

とりあえずいつも通り特大ジョッキで乾杯し、いつも通り一気に飲み干します。

乾杯とは、杯を乾かすと書くのですから宣言どおりにしないと嘘吐きになってしまいますからね。

 

 

「それにしても、七実さんって思い切った事しますよね。瑞樹をお姫様抱っこで出社って、きっと伝説になりますよ」

 

「菜々、お願いだから思い出させないで。顔から火が出そうになるから」

 

「ええぇ~~、だって女の子の憧れお姫様抱っこですよ!詳細聞きたいじゃないですか」

 

 

あの朝の出来事は私としても無かった事にしたいです。

歓声や拍手を貰ってテンションが上がっていたとはいえ、流石にやりすぎました。出来る事なら、穴を掘って埋まりたいくらいです。

皆様もテンションに身を任せて行動する前には、一度冷静になってその後の事を想定しましょう。

今回の件で、私にその気があるという噂も立ったみたいですし。

期待を裏切るようで申し訳ありませんが、私は人とは違うチート能力を持っていても、中身は至ってノーマルで普通に異性が好きです。

まあ、私の能力が高すぎるためか高嶺の花扱いもしくは化物扱いされてきたので、2X歳になった現在に至った今でも誰かとお付き合いしたことはありません。

どこかにいませんかね。私と対等の位置に立てる人か、一緒に居ても卑屈にならずちゃんと見てくれる人。

 

 

「で、どうでした?どうでした?」

 

「‥‥やばかったわ。あれを異性にやられたら、一発で落ちる自信があるわ」

 

「そ、そんなに!」

 

「菜々、想像してみなさいよ。あの頼りがいのある身体に優しく包まれて、こっちの負担にならないように配慮までしてくれるのよ?

七実が女の子らしい顔立ちでよかったわ。下手に中性的だったら、私禁断の扉を開いてたかも」

 

 

お願いですから、その扉は未来永劫閉じておいてくださいね。

最近は男性アイドルも着実に増え続けているものの、女性アイドルが圧倒的大多数を占めるこの業界では仲の良いユニット等でしばしば同性愛が疑われたりします。

有名所であれば、765プロの萩原 雪歩と菊池 真や我那覇 響と四条 貴音等ですね。

765プロが公式に否定してはいますが、どこの世界にも邪推したり捏造しようとする人間はいます。

そう考えると今回の行動は軽率でしたね。今後は、テンションに身を任せすぎないように気をつけましょう。

 

 

「‥‥確かに、やばいですね」

 

「菜々も一回やってもらう?責任は取れないけど」

 

「いいえ、遠慮しておきます。菜々は瑞樹みたいに耐える自信はないので」

 

「わかるわ。菜々って、悪い男にコロッと騙されそうだもの」

 

 

わかります。好きになってしまったら、なかなか相手のことを見捨てられなくていつまでも尽くしてそうなイメージがあります。

瑞樹は、仕事とプライベートの両立が下手そうですね。後、アンチエイジングとかに力を入れすぎて理解のない男性とは口論になって別れそうです。

私は、チート能力が強すぎて恋人関係どころか、まともな友好関係すら構築が難しいレベルですよ。

正直私達は、そろそろ本気で焦らないとまずい年齢なのですが、このままでは40代目前にしても今のように皆で飲んでいるような気がしてなりません。

本当に誰か居ませんかね。人類の到達点を嫁にしようという人間は。

料理に裁縫、掃除洗濯なんでも最高レベルでこなしますし、仕事とプライベートもちゃんと両立して安心して老後まで暮らせるように稼いできますよ。

 

 

「ひどい!瑞樹だって、同じだと思いますよ」

 

「あら、私はちゃんと見切りつけるのは早いわよ?」

 

「騙されるのは、否定しないんですね」

 

 

生涯独身は嫌ですね。

チート能力を引き継ぐかどうかは知りませんが、自分が存在したという証を未来に残せないのは寂しいですから。

考えれば考えるほどネガティブになりそうです。

 

 

「話題を変えましょう。このままでは、お酒がまずくなりそうです」

 

「そうね」「賛成です」

 

 

私の意見は満場一致で採択されました。

せっかく美味しい料理を食べおいしいお酒を飲んでいるのですから、話題も明るく楽しくしないと損ですからね。

お酒や無くなったおつまみの追加注文します。

今日のお勧めはシェパーズパイですか。ビールに合うと書いてありますが、イギリス料理というのが引っかかりますね。

とりあえず、食べてみましょうか。

 

 

「そういえば、七実。貴女とちひろ、今度のマジアワのゲストに決まったから。

しかも時間延長のスペシャル版よ」

 

「はい?」

 

 

3杯目となるジョッキを飲みながら言われた瑞樹の言葉に耳を疑います。

 

 

「あっ、それ菜々にも声が掛かりましたよ。なんでも、話題沸騰中の事務員アイドルSPらしいです」

 

 

いつものメンバー中では私に次いでお酒に強い菜々はハイボールを飲んでいます。

2人共奢りだからって結構ハイペースで飲んでいますから、今日もお泊りコースとなるでしょう。

そんなことは置いておいて、誰ですかその無茶苦茶な企画を立案した昼行灯は。

こんな事や特撮みたいな事をしているから、346プロは明後日の方向にも全力を尽くすとかネット上で言われる訳ですよ。

 

 

「聞いてませんよ」

 

「いつもパーソナリティを務めている私と菜々と楓の3人に七実とちひろを含めた5人でやるらしいわよ」

 

「これって、いつものメンバーですよね。大丈夫かな」

 

 

 

大丈夫じゃない、大問題です。もう嫌な予感しかしません。

とりあえず、収録当日はアルコールの持ち込みを厳禁にしておかなければ、そこそこの歴史があるMagic hourが放送終了になりかねません。

 

 

「とりあえず、お酒の持ち込みは厳禁とします。いいですね」

 

「仕方ないけど、当然の判断よね。流石にここのノリを公共の電波に乗せる勇気は無いわ」

 

「極めて了解です。というか、菜々はリアルJKで通していますから持ち込めませんよ」

 

「問題は‥‥「楓ね」「楓ちゃんですね」Exactly(その通り)

 

 

このメンバーの中の一番の問題児、25歳児高垣 楓がお酒を持ち込まないはずがありません。

楽しいお酒の席は、即席の楓対策会議本部となりました。

 

 

「でも、考え過ぎじゃないですか?楓ちゃん、いつもちゃんとパーソナリティを務めてますし」

 

「甘いです。楓は、このメンバーが揃うと甘えモードに入ります」

 

「何かあってもリカバリーできる人間が揃っているから、いつもより自由になるわよ」

 

「あ~、想像できるなぁ~~」

 

 

楓自身も半分くらいは無意識的なものなのでしょうが、特撮打ち上げ二次会の時のような爆弾を平然と落としてくるので油断できないでしょう。

素面の時はそこまでではありませんが、アルコールが入ると何が起こるかわかりません。

取り返しのつかない事態を未然に防止する為のリスクマネジメントというものは、どんな職業においても重要です。

 

 

「とりあえず、収録前の持ち物チェックは当然として。後は何が必要だと思いますか」

 

「お菓子類のチェックも必要ね。最近は酒精の強いものも増えてきているし」

 

「我慢させるだけだと余計に持ち込もうとするかもしれませんから、何かしらの飴が必要だと思いますよ」

 

「飴ですか‥‥妖精社(ここ)で1本奢ればいいでしょうか?」

 

 

1本くらいなら懐にもダメージは少なくて済むでしょうし。

アイドル活動を始めてから事務員時代より給料は下がりましたし、節約できるところは節約したいです。

貯金は一応8桁は残していますから多少の無茶をしても大丈夫ですが、人生何が起こるかわからない以上あまり散財するつもりはありません。

 

 

「その甘やかし癖をどうにかした方がいいわよ」

 

「そうですね。いつもお世話になっている菜々が言えた事じゃないですけど‥‥

介抱にお風呂の準備、着替えや寝床の用意、次の日には美味しい朝御飯とお弁当。泊まる度にこれだと、正直ダメになりそうです」

 

 

酔っ払いに手伝わせるほど鬼畜ではありませんし、チート能力のお蔭でそれら全部を短時間かつ最小限の労力で済ませる事ができるので苦にはなりません。

それに、皆の嬉しそうな顔を見たら『もっと私に頼っていいですよ』って言いたくなります。

私もチート能力を発揮する自分に対する言い訳ができますし。

 

 

「そうですか?」

 

「まったく理解していないわね、この顔は」

 

「七実さんは将来的に『ダメ男製造機』になりそうです」

 

 

何ですか、そのもの凄い不名誉な称号は。心外です。

私は厳しくしないといけないときは、ちゃんと厳しくしますよ。

そんなこんなを話しているとオススメといわれるシェパーズパイが届きました。

イギリス料理と聞いて警戒をしていたのですが、ミートパイの一種のようです。

マッシュポテトで作ったパイ皮にラム肉を使っているので独特の風味が加わって、確かにビールによく合いそうな味です。

これに合わせるなら日本のものよりも、ギネスビールの方が合いそうですね。そうとわかれば、即注文です。

 

 

「酷い言われようですが、とりあえず今は楓対策会議です」

 

「わかったわ」「そうですね」

 

 

さて、これから色々とマジアワSPに備えて話し合いを進めていくのですが。

その意気込みをローマ帝国の軍事学者の格言を改変しながら述べさせてもらうなら。

『汝平和を欲さば、25歳児への備えをせよ』

 

 

 

後日配信されたマジアワSPは、私達の努力によってアルコール類の持ち込みは阻止されました。

内容も私に対する怒涛の質問メールやちひろによる温泉ロケの裏話、いつものメンバーでの雑談(フリートーク)等が主で、トラブルも特に無くなかなか好評でした。

このメンバーでの雑談やお泊り談義がもっと聞きたいというメールやファンレターが多数届き、346プロでユニット化が検討されるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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明日が素晴らしい日だといけないから、うんと休息します

急展開気味且つ、ご都合展開ですがご了承ください。

2人のユニット名が決まりました。
一応必死に考えたものですが、そのネーミングセンスについては勘弁してください。




どうも、私を見ているであろう皆様。

私自身も何度目か忘れそうになりますが、それほど付き合いが長くなった事に驚きを隠せません。

 

最近アイドル活動の楽しさを知り、チート制限をどの程度までに緩めるかに悩みながらも今日も今日とてレッスンです。

1月ももう半分以上が過ぎ新春特別番組関係の撮影もなくなっているため、業界内では2月のバレンタインイベントをどう制するかが焦点となっています。

我が346プロとしては、ライブイベントを企画しているようですが上層部も一枚岩ではなく、未だに会議室では何やら会議が続いております。

事務員時代に一度だけ今西部長に連れられ重役達の会議に参加したことがあったのですが、出来る事なら二度と参加したくないと思えるものでした。

会議というものは漫然と進められがちですが、水面下では政治的対立関係のようなものが構築されており、高度な政治的バランス感覚を要求されるのです。

チートを使えばやりあえない様な世界ではありませんが、それによって被る面倒事やストレスを考えると賃金アップでは代償に対して対価が見合いません。

あの経験以来、私の中にあった出世してやろうという若気の至りのような野心は鳴りを潜め、一事務員でそこそこの人生を歩もうと決意しました。

今となっては、あれは今西部長の私に対する新人潰しだったのではないかと思っています。

 

 

「よし、15分休憩だ。水分等はちゃんと補給しておくように」

 

「はい」「はひ」

 

 

流石に1ヶ月近くも限界少し上を絶妙な加減で要求するレッスンを続けているだけに、ちひろの問題であった体力面やダンスは改善されつつあります。

今のレベルであれば、瑞樹や楓のバックダンサーくらいは努められるレベルくらいにはなっているでしょう。

能力を具体的にいえば、Vo:Cランク Da:Dランク Vi:Cランクレベルといった所ですね。

今まで一切特別な訓練していなかったと考えると驚異的な成長率です。特に演技力が要求されるビジュアル関係は、乾いたスポンジが水を吸うかのように技術を覚え、今現在でも成長を続けているのだから恐ろしい。

武内Pに無理を言って作ってもらった猶予は後3週間程度ですが、体力問題も今以上に改善されるでしょうから私とユニットデビューしても大丈夫でしょう。

あの特撮撮影後直ぐにユニットデビューをしていたら、私基準で回されてくる仕事に体力が持たず途中で倒れていたでしょうから。勿論、武内Pがある程度調整はかけてくれるでしょうが、いいところを見せたいとちひろが無理をしていたと思います。

この馬鹿ップルは肝心な時にすれ違いそうですからね。

2人を信用していないわけではないのですが、それでも不安の種は潰しておきたいので今回は武内Pに無理をしてもらいました。

この選択をベストとは言いませんが、ベターくらいではあると考えています。

 

 

「体力って、なかなかつきませんね」

 

 

床に座り込み壁に背中を預けたちひろは、スポーツ飲料でくぴくぴとゆっくり複数回に分けて飲みながらそう零しました。

人間の身体能力は20代前半にピークを迎え、後は落ちていくだけという説を聞いたことがあります。

この説が本当なら落ちていく流れに逆らって身体能力を向上させようというのですから、早々簡単にいかないのでしょう。

私の場合は、チートのお蔭で身体能力の低下を感じることは無く。寧ろアイドル活動をするようになって運動量が圧倒的に増えたので、高かった身体能力に更に磨きが掛かっています。

 

 

「地道に頑張るしかないですよ」

 

「それは、そうですけど」

 

「ダンスはまだまだですけど、演技や歌はかなり上達したじゃないですか」

 

 

悪い方向ばかりに目を向けがちなので、ちゃんと上達していることを教えるのですが、どうやら納得してはいないようです。

 

 

「だって、せっかくアイドルになったんですから、ちゃんとステージで歌って踊りたいじゃないですか」

 

「そんなものですか」

 

 

全く意図していないゲリラ的な活動で歓声や拍手を受け感動した私ですが、未だに自分がステージの上にたちお客さんの前で歌い踊っている姿が想像できないのです。

このチートボディの身体能力を生かしたパフォーマンスや特撮系のお芝居をしている姿は簡単に想像できるのですが。

私も色々と毒されてきたという事でしょうか。

 

 

「七実さんは、いいですよね。何でも出来ますし」

 

「‥‥そうですね」

 

 

ちひろ、貴女は知っていますか。

誰も同じ場所に立つ者がいない高みから見る空しい世界を。

そして、そんな羨ましがるような愚痴をこぼしながらも、あなたの顔は充実感に溢れた心地良さそうな笑顔になっていることを。

羨ましいのは、私も同じなんですよ。

 

こんなシリアスっぽい雰囲気は私には似合いませんのでこれくらいにしておきましょう。

皆様も今後神様転生等をされる機会がありましたら、覚えておいてください。

頂上からの景色が美しいのは努力して登った達成感の中で見るからであり、最初から頂上にいればそれは何の変哲も無い日常風景でしかないのです。

優越感に浸れるのも数年が限界で、いつの間にかそれが当たり前になります。良くも悪くも人間はなれてしまう生き物ですから。

 

 

「どうしました?」

 

 

変にシリアスな雰囲気を漂わせていたのを察したのか、ちひろが心配そうにこちらを見てきます。

とりあえず無難な話題で方向転換を図りましょう。

 

 

「いえ、何でもありませんよ。今日飲むのは何にしようかなと」

 

「本当にお酒好きですね。みんなよりたくさん飲むんですから、程々にしないと身体壊しますよ?」

 

「私が?」

 

「‥‥自分で言っておいてなんですが、七実さんが怪我したり病気になった姿って想像できませんね」

 

 

失礼な。身体が未発達だった子供の頃は、自分の身体能力がどこまでのものか知りたくて色々して怪我して怒られたりしました。

波紋呼吸の練習や川を走って横断したり、岩をこぶしで球体にしてみたり、街中でパルクールをしてみたりと他にも色々ありますが我ながら無茶をしたものです。

ちなみに、弟も真似をして無茶をして私以上に怪我をしていたのですが、諦めることなく続けたので私のチートの元ネタの弟と同じくらいの身体能力を持っています。

今現在はその力を国防のために使っているようで、習志野の特殊な部署にいるそうです。私は、その辺の事はよく知りませんが凄い事なのでしょう。

 

話が脱線しました。

まあ、私でも怪我をする事があるというのを覚えていただければ結構です。

 

 

「今日は瑞樹が来れないんでしたっけ?」

 

「そうですね。今夜は収録があるそうですから」

 

 

私達のような20歳越えのアイドルもいますが、大多数は18歳未満の子供たちであるため労働基準法によって労働時間や深夜労働の禁止等の様々な制約を受けがちです。

なので、どんな番組でも1人はアイドルが出演しているこの世界では、そんな制約を受けない私達のような存在は結構ありがたいようです。

特に瑞樹や楓、765プロの三浦 あずさや四条 貴音等のトップアイドル達なら尚更で、週に2回は夜の収録が入るそうです。夜の収録といっても普通の撮影ですから、勘違いの無いように。

 

 

「仕事があることは、いいことです」

 

「本人は悔しがっていましたけどね」

 

 

そこまでして女子会をしたいものなのでしょうか。

まあ、私も人のお世話をするのが好きなので、ストレスがどうたらといった事もありますが基本的に相殺されていますし。

瑞樹にしても、好きなように騒ぎ話せるあの時間が大切なのでしょう。

最近では、奢り等の一部の例外を除いて私以外のメンバーはお酒の量が減ってきていて完全に泥酔することは少なくなってきました。

 

 

「休肝日と思って諦めてもらうしかないですね」

 

「昼前からインタビューで出社するからお弁当よろしくね、だそうですよ」

 

「ちゃっかりしてますね」

 

「それだけ美味しくて楽しみにしてるって事ですよ」

 

 

ちひろも私を煽てるのがうまくなってきましたね。

頼られたら応えたくなる私の性格を見事にくすぐってきました。そこそこいいお肉がありましたから、叩いてハンバーグにして入れてあげましょう。

アイドルは身体が資本ですから、ちゃんと肉を食べないとあっという間にへばりますから。

そういえば、武内Pもハンバーグが好物のはずだったので御裾分けできるようにちひろの弁当には1個多く入れときましょう。

 

 

「2人共、そろそろ再開するぞ。身体を動かしておけ」

 

「「はい」」

 

 

さて、残りの時間のレッスンも頑張りましょうか。

 

 

「ちひろ」

 

「どうしました?」

 

 

私の呼びかけにちひろは小首を傾げます。

その顔には気力と自信に満ち溢れており、事務員ではなくちゃんとアイドルの顔をしていました。

発破をかけようかとも思いましたが、こんな表情を出来るなら必要ないでしょう。もしかしたら、私はちひろという人間を無意識的に低く見ていたのではないでしょうか。

そう思うと無駄に気を回したりしてデビューを遅らせたりする必要はなかったのではと、ばつの悪い気持ちでいっぱいになりそうです。

 

 

「いえ、なんでもありません」

 

「えぇ~~、何ですか、それ?気になるじゃないですか、教えてくださいよ」

 

「忘れました」

 

「もう、イジワルですね」

 

 

自己嫌悪等は後にするとして、今はとりあえずレッスンに集中しましょう。

 

 

「‥‥頼りにしてますよ。相棒(バディ)

 

「‥‥はい!」

 

 

相棒という言葉がそんなに嬉しかったのか、ちひろは眩しいくらいの笑顔になりました。

光のエフェクトすら見えそうな笑顔に、私の罪悪感は更に加速していくのですが、表情には出ないように隠し切ります。

そんな努力をしているとレッスンルームの扉が開かれ、武内Pが入ってきました。

最近はお互いに色々忙しかったので、こうして会うのは久しぶりのような気がします。

 

 

「あっ、武内君。お疲れ様、どうしたの?」

 

 

やはりといっては何ですが、一番最初に反応するのは貴女(ちひろ)だと思いましたよ。

ただでさえ輝いていた笑顔が5割り増しくらいになったような気がします。そのうち後光でも差すようになるんじゃないですかね。

 

 

「どうした、プロデューサー?」

 

「レッスン中にすみません。渡さんと千川さんにお伝えしたい事がありまして」

 

「伝えたい事ですか?」

 

「ええ、御二人の正式なデビューの日程が決まりました。明後日にはデビュー曲の方も届く予定です」

 

 

これはいよいよ本格的に頑張る必要がありそうです。

ちひろは驚きのあまり笑顔のまま固まっていますが、青木トレーナーは今更なのかと言いたげな表情をしています。

言葉にされたことはありませんが、及第点レベルには達していたようですね。

 

デビューの日取りも決まり、曲も用意され、とうとうステージ上に私が立つ。

心臓が痛いほど高鳴りますが、平和にその日が迎えられるよう祈るとしましょう。

 

 

 

 

 

 

レッスン終了後、シャワー等を浴びて汗を流し必要最低限の身嗜みを整え、武内Pの所へと向かいました。

特にちひろは念入りにシャワーを浴びており、私は10分近く待ち惚けをする事になりました。好意を寄せる相手に汗臭いと思われたくないという乙女心は理解できますが、やり過ぎです。

そんなこんなで現在は、アイドル部門の片隅にあるインタビュー等で使う談話室でデビューについての詳細を打ち合わせしています。

 

 

「御二人のデビューは2月14日、バレンタイン特別イベントライブに決定しました」

 

「え‥‥ええっ!!」

 

「武内P、正気ですか?」

 

「はい」

 

 

特撮やマジアワ等でそこそこの知名度を獲得してはいますが、いきなり事務所の大規模イベントと重ねてくるとは予想外でした。

てっきりデパート等でのミニライブくらいから始めると思っていたのですが。というか、それが普通です。

そんなに期待されても困りますし、私の能力がいくら高くても精神的な部分は一般小市民クラスなのです。既に胃が痛くなってきました。

ちひろの方に視線を向けると、案の定緊張でがちがちになっていました。

まあ、今回のライブイベントは約6000人規模のものですから、誰でもそうなりますよね。

 

 

「規模の方は既にご存知と思いますので省略させていただきます。

御二人には、最初の『お願いシンデレラ』には参加せず中盤の安部さん、川島さん、高垣さんの3名が進行係を務める際に登場し、そのままデビュー曲を披露し最後の全体曲に参加するという流れになっています」

 

「わざわざ私達をこのライブに出す必要性はありますか?」

 

 

こればかりは聞かずにはいられませんでした。

武内Pは新人アイドルに対して、こんな無茶な初舞台を振ってくるような人間ではありません。

恐らく何かしらの理由があるでしょうし、それは私に聞く権利があるはずです。

大型ライブでデビュー曲披露するのに練習期間が3週間しかないのは、ステージ経験の無い新人アイドルには少々要求レベルが高すぎます。

 

 

「実は、今回の御二人の参加は急遽決まったものなのです」

 

「理由は聞いていますか?」

 

「はい。簡潔に申し上げさせてもらうなら、上層部からの厚意です」

 

「すみません、ちょっと意味がわからないのですが」

 

 

デビューに約6000人近くのドームライブという嫌がらせとしかいいようがない行為が、厚意というのはどういうことでしょう。

 

 

「渡さん、先日のカウントダウン特番での件もそうですが、私も含め貴女に助けられたという人は多いです。

それは上層部もきちんと評価しています。ですから、貴女は自分が考える以上に346プロ内での評価は高いのです」

 

「そんな馬鹿な」

 

 

そこそこチート能力を発揮していましたから、それなりの評価はされているとは思いましたがいまいち信じられません。

それに、その評価がどう転べばいきなり大舞台というプレッシャーで押しつぶされそうなものになるのでしょうか。

 

 

「ですので、助けられた方々が『デビューするなら小さなイベントより大きなドームの方がいいだろう』と言われまして‥‥

トレーナーの皆様からも現在の御二人の能力であれば出演しても問題ないと太鼓判を押されましたので」

 

「つまり、助けられた恩を返そうと?」

 

「はい」

 

 

そう答える武内Pは右手を首に回します。彼にとっても今回の決定は想定外だったのでしょう。

アイドル活動の定石を知らない人からすれば、動員人数の多いドームライブに参加するのはアイドル全員の夢だと思いますよね。

色々とアイドルの現実を知らない若い頃なら確かに喜んでいたかもしれませんが、色々知って荒んでしまった現在では素直に喜べません。

ドームライブでもバックダンサーくらいなら失敗は許されるでしょうが、出演者の1人として参加するからには失敗は当然ですが、半端なパフォーマンスでも許されないはずです。

ミニライブではチケット代も掛からず、観客も新人というのも理解されているでしょうから多少荒があったとしても評価されるでしょう。

しかし、ドームライブはチケット代が掛かり、それも抽選制になります。観客も初めての方も一定数いるでしょうが、多くは様々なアイドルのライブに参加してきた猛者達でしょう。

そんな目の肥えた彼らが、わざわざ大金を払ってチケットを買ったドームライブで新人の拙いパフォーマンスを見せられて納得するでしょうか。いや、しないでしょう。

ファンからすれば、そんな下手な新人なんかよりも自分の好きなアイドルを出して欲しいと考えるはずです。

つまり、私からすればドームライブなんてハイリスクハイリターンなあまり好ましいものではないのです。

ありがた迷惑とは、このことでしょう。

 

 

「‥‥ちひろ、いけそうですか?」

 

 

私1人の意見で物事を決めるわけにはいかないので、ちひろにも確認を取ります。

ちひろが無理だと言っても、上層部が決定を出してしまっている以上私達に拒否権というものは無いのですが。

数年間アイドル部門で仕事をし、間近で多くのアイドルの苦悩等の裏側に触れてきたりしたのですから、今回のイベントの大変さは想像できるでしょう。

現に先程から一切言葉を発さず、手に持った湯飲みの中を覗き込んでいます。

表情が窺えないのでどんな心境かはわかりませんが、あまり良いものだとは思えません。

誰だって、こんな大き過ぎるプレッシャーを前にしたら逃げ出したくなって当然でしょうから。というか、私が逃げ出したくて堪りません。

 

 

「‥‥やります。やらせてください!」

 

「千川さん」

 

 

顔をあげたちひろの表情は、怯え等の一切見られない覚悟を決めたものでした。

 

 

「本気ですか?」

 

「だって私達はアイドルですよ。遅かれ早かれ経験するなら、今こうして機会が巡ってきたなら挑戦しないと損じゃないですか」

 

「ですけど‥‥」

 

「七実さんが、心配してくれているのはわかります。でも、私だっていつまでも頼りない後輩じゃないんですよ」

 

 

いやいや、心配しているのもありますが。ただ単に私が逃げたいのもあるんです。

そんな輝いた目をされると打算が含まれていたこちらとしては、凄く申し訳ないです。だから、そんな目で見ないでください。

自分の薄汚さを実感してしまって自己嫌悪しそうです。

 

 

「渡さん、私も最初は反対派でしたが、今の御二人なら大丈夫だと信じています。

私に出来る事ならいくらでもお手伝いしますし、ライブに集中できるように日程も調整します。勿論、前回のような事も絶対起こらないようにします」

 

 

何これ、ドッキリですか。前回もそうでしたが、武内Pの私に対するこの好感度の高さは一体なんでしょう。

乙女ゲームではありませんが、何か(フラグ)を立てて個別ルートに入るようなイベントって起こしましたっけ。

ああ、わかりました。これは夢ですね、新人がいきなりドームライブでデビューを飾るなんて夢以外の何物でもないです。

 

 

「七実さん」「渡さん」

 

 

ところがどっこい夢じゃありません。現実です。

現実逃避をしても仕方が無いので、そろそろちゃんと現実を見つめますか。つい数時間前くらいに本格的に頑張ると心に誓ったばかりですし。

 

 

「ちひろ」

 

「はい!」

 

「今日からライブまで妖精社はなるべく控えますよ。他の3人にも伝えておいてください」

 

「わかりました!」

 

 

時間が無い以上、体調調整も考えると飲み過ぎ食べ過ぎは良くないので3人には悪いですが不参加とさせてもらいましょう。

ストレス発散等は重要であることは承知していますが、ライブまでの1分1秒が惜しいのです。

チートがあるので私個人の能力は恐らく問題ないと思いますが、ステージに立つのは私1人ではありません。ちひろとの息を合わせたパフォーマンスを高レベルで安定して披露できるようになりませんと。

それに加えて全体曲に参加するなら、時間的猶予はあるようで殆ど無いでしょう。

 

 

「武内P」

 

「はい」

 

「事務仕事の量を減らして、全体曲の私達の位置と練習日を教えてください」

 

「わかりました、すぐに調整をかけます。全体曲については資料を纏めていますので、どうぞ」

 

「流石、仕事が早いですね」

 

 

武内Pから渡された資料を受け取り、即座に目を通し重要な部分のみを頭に入れます。

どうやら私達の位置は左端で、複数グループに分かれる際は菜々と輿水さんと一緒になるようです。

資料をある程度頭に入れると、それをちひろに回します。これくらいなら346で事務員をしていれば、すぐに頭に入れることが出来るでしょう。

というか、私偉そうじゃありませんか。顔には出してはいないとはいえ、この中で一番逃げ出そうとしていた人間が仕切るのはおかしいでしょう。

謝った方がいいでしょうか。でも、突然謝られても困るでしょうし。

とりあえず、現状は保留で。

 

 

「差し当たって、御二人のユニット名を決めたいと思います」

 

「うわぁ、本当にデビューするんだなって思いますね」

 

「ユニット名ですか‥‥」

 

 

デビューするなら当然必要になってきますよね。

今までは、正式なユニット名が無かったので『事務員コンビ』とか呼ばれていましたが、流石にそれではダメなのでしょう。

うきうきとしているちひろと対照的に、私の気分は下降気味です。

見稽古というチートを持っている私ですが、ネーミングセンスはその対象外になっているようで、致命的とまではいきませんが首を傾げるような微妙なものしか浮かびません。

これは、2人に丸投げする事にしましょう。私の残念ネームが、もしも採用されてしまったら末代までの恥となりかねませんから。

 

 

棚から牡丹餅、一意専心、不言実行

いきなり大きなライブとは平和ではありませんが、最高のものを見せられるよう頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

「ちひろ」

 

「はい」

 

「どうして、私達は妖精社(ここ)にいるんでしょう?」

 

「‥‥さあ」

 

 

当初の予定ではレッスンルームを借りて全体曲の流れを掴むための練習をするはずだったのに、私の目の前にはいつも通りのジョッキと楓と菜々の頼んだ料理が並んでいます。

本当に、どうしてこうなった。

 

 

「まあまあ、七実さん。デビューが決まったんですから祝わないと損ですよ☆」

 

「そうですよ。プロデューサーさんにも、今日は休むようにと言われたんでしょう?」

 

 

目の前には私達をここまで連れてきた酔っ払い2人が、楽しげに酒盛りを繰り広げています。

ユニット名は結局決まりませんでしたが武内Pとの打ち合わせ終了後、残っていた事務仕事を1時間で片付けました。

そして、早速練習をしようとちひろ共にレッスンルームへ行ったのですが、そこに居たのは武内Pとこの酔っ払いたちでした。

青木トレーナーから、夕方から練習をするとちひろがオーバーワーク状態になると警告されていたので止めに来たとのことで練習は諦めたのですが、何故か今に至ります。

 

 

「2人共、ビールは冷たいうちに飲まないとダメですよ」

 

「そうそう、我慢なんて良くないです!菜々みたいに、人生メリハリつけていかないと」

 

 

そう言いながらジョッキに残っていた残りのビールを飲み干す、実年齢モードのウサミン星人(永遠の17歳)。

無駄に説得力があるのが、腹立ちます。情報流失とか言って、ネット上に実年齢を公表してやりましょうか。

 

 

「‥‥そうですよね。メリハリつければ大丈夫ですよね」

 

 

ウサミン星人の甘言に惑わされ、先ほどからビールを見つめ続けていたちひろが生唾を飲み込みました。

予想はしていましたが陥落しかけるのが早いですね。確かに、この大き目の蚕豆や地鶏のぼんじりとかビールにもの凄く合いそうで誘われるのもわかりますが。

 

メリハリは仕事においても重要ですし、そもそも私のチートボディはこの程度のアルコールや料理でどうにかなるほど柔ではありません。

明日から頑張ればいいでしょう。そう、明日から本気出します。

 

 

「ぷはぁ。ちひろ、頑張るのは明日からで」

 

「そうですね、量を気をつければ大丈夫ですよね」

 

「ほらほら、ビールにび()()()ことなく一気にいきましょう」

 

「すみませ~ん。ビール特大ジョッキ4つ、おかわりお願いしま~す!」

 

 

私とちひろは見合わせるとゆっくりビールに口をつけました。

ああ、やっぱりこれですよ。レッスンやら事務仕事から解放されたと感じるこの爽快さ。

惜しむらくは気の迷いによって少しだけぬるくなってしまった事が残念ですが、それでもこのジューシーでとろけるぼんじりと一緒ならば些細な問題です。

ちひろも蚕豆をつまみにいつもより少しだけゆっくりとビールを飲み干しました。

 

 

「2人共、いい飲みっぷりですね。菜々も負けませんよ」

 

「すみません。ぼんじりと蚕豆追加お願いします」

 

 

楓の追加注文と入れ替わりにビールのおかわりが届き、全員の手に渡ります。

 

 

「さて、今回は菜々が音頭をとりま~す♪」

 

「「ウッサミ~~ン☆」」

 

「はぁ~~い!では、七実さんとちひろちゃんの本格デビューと私達全員のバレンタインライブ参加を祝して‥‥Salut!」

 

「乾杯!」「Cheers!」「Prosit!」

 

 

随分と統一感の無い乾杯ですが、酔っ払いにそんなことを求めても無駄なので突っ込みません。

それにそんな無粋な事をしてもお酒の味を悪くするだけです。

口休めに乱切りされたキャベツをかじり、ビールを一口。苦味が口に広がったらぼんじりを噛み締め美味しい脂と舌を絡めます。

美味しいお酒と美味しいつまみ、そして気心知れた仲間。これ以上、何もいりません。

 

 

「でも、本当に良かったです。2人共デビューが決まって」

 

「しかも、いきなりドームライブなんて羨ましいですよ。菜々の時はデパートの特設ステージでしたもん」

 

 

私的にはそっちの方がプレッシャーが少ないので、逆に羨ましいのですが。

どうして人生というものは、いつも望んだ方向に進んでくれないのでしょうか。

神様と称される上位存在と直接会ったことのある身としては、恐らくその方が退屈しないからだろうとは推察できます。

かの方々は、全能ではありますが全能であるが故の悩みというのもあるそうです。詳しくは聞けませんでしたが、全て望んだ結果にしかならないので意外性に欠けるとのことでした。

今回の件も、もしかしたらかの方々の退屈を紛らわすためのものなのかもしれません。しかし、だからといって私がすることは変わらないです。

 

なので、今はお酒の席を楽しみましょう。

 

 

「でも、いきなりドームライブだと緊張して‥‥心臓が飛びでそうです」

 

「こればっかりは、経験が物を言いますから」

 

「ですねぇ~、度胸は場数で補うしかないですから。その点、七実さんはそういうのとは無縁そうですね」

 

「「わかるわ」」

 

「失礼な!」

 

 

菜々の言葉に2人が同調します。

メンタルは一般人レベルでしかないのに、どうしてそんなイメージをもたれてしまったのでしょうか。

 

 

「だって、七実さん。いきなり準主役の仕事を振られても普通にこなしてたじゃないですか」

 

「マジアワでも、いつの間にかMC交代してました」

 

「現場で陣頭指揮をとることも多いって聞きましたよ」

 

「全部仕事だからやらないとダメだったからでしょう」

 

 

あの程度ならチート技能を使えば出来る事でしたし、MCの件もあまりにもいつもの流れすぎていつの間にか逆転していただけですし。

後、準主役は黒歴史に抵触するので話題に出すのはやめて欲しいのですが。

これは虐めですか。最年長者に対する虐めなんですか。

 

 

「次のライブも、仕事だって普通にこなすにボトル2」

 

「私もそっちにボトル3」

 

「菜々もそっちですから、賭けは不成立ですね」

 

「人を勝手に賭け事の対象にしない。私だって緊張することはありますからね」

 

「「「またまた、ご冗談を」」」

 

 

ステレオで返してきましたよ。全く持って失礼な。

自棄食いではありませんが、ぼんじりを1串分を一気に口に含みビールで一気に流し込みます。

そんなに私は物怖じせず、物事を遂行するような人間に見えるのでしょうか。

確かに一般生活でも程々にチートを使って色々とやってきましたが、そこまで誤解されるような行動はしてきていないはずです。

今までの記憶を振り返ってみたのですが、やはり思い当たる節はありません。

 

 

「そういえば、2人の新曲はどんな感じなんですか?」

 

「まだ決まってませんよ。明後日までには届けさせるとは言ってましたけど」

 

「どんな曲になるんでしょうね。私達のデビュー曲」

 

 

どんな曲でも全力を尽くすだけですが、そう言われるとどんな感じになるのか気になります。

武内Pは『御二人のイメージを基本に依頼しました』とのことでしたが、ちひろの方は大丈夫でしょうが、私のイメージというのが引っかかります。

現在の私の世間一般のイメージは、あの黒歴史『人類の到達点』が強い筈なので、下手をすると雄々しい燃焼系の特撮ソングになりかねません。

ちひろのイメージも加わるのでそんなことにはならないとは思いますが、それでも一度抱いた不安はなかなか消えません。

目の前のウサミン星人のデビュー曲も、アレだったので。

アレはアレで一部のマニアックなファン層に大受けで、結構な売り上げになったらしいです。

 

 

「むむっ、たった今不穏な電波がビビッときました」

 

「はいはい、ウサミンウサミン」

 

「もう、そんな投げやりに言わないでくださいよ!もっと愛を込めて、ほら『ウ~サミン♪』」

 

「「ウ~サミン♪」」

 

 

私達を知らない第三者が見たら『‥‥うわ、このアラサー集団きつい』とか思われそうですね。

しかし、この馬鹿なノリのお蔭で悩んでいるのが馬鹿らしくなりました。とりあえず、今は飲んで食べて、心を休めて英気を養うとしましょう。

この心境を世界一有名なビーグル犬の言葉を借りて述べさせてもらうなら。

『明日が素晴らしい日だといけないから、うんと休息します』

 

 

 

翌日、予定より1日早く届けられた私達のデビュー曲は私のイメージが入っているとは思えないくらい素晴らしい出来でした。

ダンスの方も私達の特長を最大限生かせるよう工夫されており、チート能力の発揮のし甲斐もありそうで、今から歌って踊るのが楽しみです。

ちなみに私達のユニット名も無事決まりました。

ユニットのイメージを聞かされた際に零した私の意見が取り入れられてしまい、ちょっと年甲斐もないユニット名になってしまいましたが、ちひろも武内Pもこれでいいと言ってくれたので大人しく受け入れましょう。

 

Cendrillon(サンドリヨン)』という名を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2人のユニットイメージが、灰かぶり(事務員)からお姫様(アイドル)ですので
元ネタのシンデレラガールズ、シンデレラプロジェクトとありますのでシンデレラに絡めたいと思いこういったユニット名しました。



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私、アイドルなんて酔わなきゃやっていけません

オリキャラが名前のみ登場します。
本編に出てくることは、恐らく無いと思います。



どうも、私を見ているであろう皆様。

同僚事務員と『サンドリヨン』というユニットを組み、バレンタインデーに行われる特別ライブでデビューを飾る事となったオリ主です。

ようやく原作『アイドルマスター』への介入となるわけですが、既に765プロのメンバーたちはトップアイドルであり事務所も違います。

なので、この世界は原作終了後のifの世界となるわけです。

元々原作について詳細な設定まで覚えていなかったので原作知識なんて当てにならなかったのですが、原作後の世界であるなら尚更でしょう。

原作知識で未来の結果を先取りしたり、抱えている問題を解決したりというオリ主のテンプレート的な行動は、今後一切無いので悪しからず。

 

さて、世界の説明と言い訳じみた前置きはこれくらいにして、現実世界に戻りましょう。

デビューが決まり、その舞台となるライブまでの時間は1ヶ月を切っています。

本当なら、毎日練習漬けでユニット曲のコンビネーション向上や全体曲のレッスンをしたいところではありますが、アイドルも給料が発生している以上企業に勤める会社員と同じなのです。

つまり、賃金に見合うだけの仕事をする義務が発生し、それには拒否権は存在しません。厳密に言えば、拒否権はありますがその代償(解雇通知)は自分の首を絞めることになるでしょう。

ここまで言えば察しのいい方なら気がついてくれるでしょうが、現在私は仕事で都内にある動物園に来ています。

なんでもアイドルバラエティの撮影で、ゲスト枠にアイドル史上最強の存在として名高い私が何故か選ばれたそうです。

元々アイドルになる気もあまり無く、菜々のように自分のアイドル像に対しての明確なビジョンがあった訳ではないのですが、これは違うとはっきり言えるでしょう。

確かに、アイドルだらけの異種格闘技戦なんてものがあったならば、他のアイドル達に負けることはないでしょうが、それでも私が目指すアイドル像はこんなものではない筈です。

動物園の入口を眺めながらついた溜息が1月の冷えた外気で白く染まり霧散していきます。その儚さですら今は妬ましい。

私がこんな寒空の下で元気もやる気もファンサービス精神も無い動物達を相手し無ければならないというのに、ちひろは暖房が効いて快適な346プロ本社でラジオ出演だそうです。

せっかくユニットを組んでいるのですから私もそっちが良かったです。もしくは、ちひろも道連れでも可とします。

 

 

 

「どうしました、事務員さん?かわいいボクと一緒のロケなのに、溜息なんかついて」

 

「何でもありませんよ」

 

「ああ、わかりました。ボクのかわいさに見蕩れていたんですね!

いいですよ、存分に見蕩れていて。僕のかわいさは老若男女、白人黒人黄色人種等にも区別無く通用しますからね!」

 

 

今日のロケで一緒に仕事する事になった輿水 幸子ちゃんはその平坦に近い胸を主張しながら、見事なドヤ顔を披露してくれました。

本当に見本のようなドヤ顔ですね。煽り耐性の低い人であれば、癇に障る等の理由で敬遠したり害意を持つ場合もあるかもしれません。

自信過剰とも思えるその姿は、数年後良くも悪くも大人になってから今の自分の姿をネタにされて、どんな行動を取るかが実に楽しみです。

ドヤ顔は別として、輿水ちゃんの容姿は小悪魔系なかわいさで、多感で自意識過剰となる黒歴史増産期(14歳)であることも考慮すれば仕方のない事なのかもしれません。

過ちを認めて次の糧とするのが大人の特権なら、根拠の無い自信で思うままに行動するのは子供の特権なのでしょう。

微笑ましくて、つい頭を撫でてあげたくなります。

 

 

「事務員さん!何か反応してくださいよ!

無反応は、かわいいボクに対して効果は絶大ですよ!」

 

「そうですか、気をつけます」

 

「素っ気無さ過ぎます!」

 

 

いちいち良い反応しますね。こうも楽しい反応をされてしまうと、もっと色々な表情とかを見てみたいと思ってしまいます。

アレですね、小学生くらいの男子が好きな子をついいじめ続けてしまう心理状態というやつ。

当時から最強だった私には無縁のもので、逆にその魔の手から守る方でしたね。お蔭で毎年、数個だけですが同性から本命気味なチョコを受け取る事になりましたけど。

それはさて置き、こういう子供っぽいかわいさが人気の秘訣なんでしょうね。

学生時代なんて疾うに終わったアラサーの私では、もう失われているでしょう。

 

 

「大丈夫ですよ、かわいいですから。だから、泣かないでください」

 

「わ、わかればいいんですよ。まあ、先輩アイドルであるかわいいボクを前にして緊張してしまうのはしょうがない事ですけどね。

後、決して泣いていませんからね!」

 

「‥‥」

 

「だから、無反応はやめてください!」

 

 

本当にちょろくて、かわいいですね。

娘とか出来たらこんな感じなのでしょうか、見え見えの背伸びが母性本能的な何かをくすぐります。

抱きしめて蕩けそうになるまで甘やかしてみたら、どうなるでしょうか。実際にやると法律に抵触する可能性が高いのでしませんが。

こんな事を考えている間にも、表情を色々と変化させる輿水ちゃんは見ていて飽きそうにありません。

これから予定されている撮影内容の中で、一体どれだけの表情を見せて私を楽しませてくれるのでしょうか。

 

 

「輿水さんは、今日の撮影内容をどの程度知っていますか?」

 

「冬場で元気の無い動物達を元気にしてあげようっていうアイドルと動物のふれあい企画ですよね。

正にボクにうってつけの企画ですよね。かわいいボクの姿を見れば、例え動物だって魅了されてたちどころに元気になるはずです」

 

「では、その相手となる動物は?」

 

「えっ‥‥ウサギとかカピバラとかじゃないんですか?」

 

 

やっぱり渡された資料をちゃんと全部読んでいないみたいですね。

確かにウサギやカピバラといった小動物系もいますが、ライオンやクマを始めとした大型の猛獣達とのふれあいも予定されています。

そっちは主に私の仕事になるでしょうし、アイドルに傷をつけてしまわないよう細心の注意と配慮はあるでしょう。

まあ、野生でこちらを殺さんと掛かってくる獣ならいざ知れず、動物園で飼いならされ牙の抜かれた観賞動物などに負けることはないですけど。

 

 

「何ですか、その笑顔!他に何がいるんですか!

教えてください、またスカイダイビング的なノリでボクは何をさせられるんですか!」

 

「いえ、私の口からはとても」

 

「とても、何ですか!何で言いよどむんですか!?

一思いに言ってくださいよ!猛獣ですか!猛獣なんですね!!」

 

「はい、そうですね」

 

「はっきり言わないでください!ボクを絶望させる気ですか!?」

 

 

あまりの事態に脳の理解が追いつかず言動が支離滅裂になっていますね。

頭を抱えてしゃがみ込んでしまった輿水ちゃんは『う~~、う~~』と唸っています。

恐らく多くの視聴者はこの姿を求めているのでしょう。とりあえず、私物のスマートフォンで撮影。

最新モデルの物というだけあって画像のクオリティも下手なデジタルカメラよりも高く、怯えている様子がはっきりと伝わってきます。

この画像をネット上にばら撒いたらどんな反応を見せてくれるでしょうか。まあ、そんなこと実際にはしませんが、仮定の話です。

 

 

「まあ、何とかなるでしょう」

 

「何でそんな楽観的なんですか!?猛獣ですよ!ライオンや虎とか肉食動物ですよ!」

 

「人間だってお肉食べますよ。ちなみに、今日のロケ弁当はハンバーグ弁当らしいです」

 

「そういう話をしてるんじゃないです!かわいいボクが危険だって言いたいんですよ!」

 

 

いつもはどちらかと言うとツッコミよりなので、こういうボケに回ることは滅多にないので超楽しいです。

しかし、あまりいじめても可哀想なのでそろそろフォローしておきましょう。

 

 

「大丈夫ですよ。輿水さんは直接的には接する事はないそうですから」

 

「ほ、ホントですか?嘘とか言ったら怒りますからね!」

 

「はい、これは本当ですよ。万が一に事故とか起こって、傷を負ってしまったら今後のアイドル活動に支障をきたしますから」

 

 

嘘は言っていません。輿水ちゃんは檻の中に特別に設営された全方位透明なステージで、猛獣という観客の前で歌って踊るだけですから、直接的な接触はありません。

間接的とはいえ、猛獣たちが間近に迫ってくる姿に対する本能的な恐怖は大きいでしょうが。

輿水ちゃんの怯えるいつもと違うかわいい姿を見せたかったのでしょうが、流石に少々暴走気味な気もします。

私も悪乗りしてしまった所がありますが、やり過ぎましたね九杜(きゅうと)P。

これは武内Pや今西部長にも報告しておきましょう。

 

 

「そ、そうですよね!このかわいいボクに傷なんかついてしまったら、世界的な損失ですもんね。

なんだ、番組の人たちもわかっているじゃないですか。まあ、ボクの色んな表情があまりにかわいすぎるから、それを映像に収めたいという気持ちもわからなくはないですけどね」

 

 

とりあえず、今回の仕事でトラウマを抱えてしまい、アイドル活動に嫌気が差さないように最大限フォローしましょうか。

子供を守り、暴走した後輩の尻拭いをするのは、大人で先輩である私の役目でしょうし。

これを見越して今西部長も私をこの企画に半ば無理やり気味にねじ込んだのでしょうから。あの昼行灯は、見ていないようで、しっかりと全体に目を配っていますからね。

まあ、彼には今回の件を糧にして成長してくれる事を期待しましょう。

武内Pと今西部長も何やら新しいプロジェクトを企画しているようですから、九杜P達3人には一人前になってもらわないと。

今回の件は、その試金石的なものだったのでしょうが、この様子ではもう少し時間が掛かりそうですね。

 

 

「って、聞いてますか事務員さん!」

 

「はい、問題ありません。後、私の名前は渡ですから、ちゃんと覚えてくださいね」

 

「は、はい!ごめんなさい!」

 

 

事務員アイドルはちひろも同じですので、その呼び方だと区別がつきませんから。

ちょっとだけ強めに言ってみると、輿水ちゃんは気圧されてしまったようです。

別に脅しているわけではないのに、そんな反応をされると少し傷つきますね。

 

 

「輿水さん、渡さん、そろそろ準備お願いします」

 

「はい、わかりました」

 

「ま、任せてください。かわいいボクはいつでも準備万端ですよ」

 

 

そろそろ撮影開始の時間のようですね。

どんな事が起こるかはわかりませんが、恐らく私が対処できないレベルの事態は起こらないでしょう。

対動物特化のチート能力も見稽古済みなので、私の目下最大の敵はこのチート能力でも変えようが無い寒さという大自然からの刺客です。

 

特撮を除けば初のテレビ撮影の仕事ですし、精一杯頑張りましょう。

さて、私は黒歴史を作らず平和に過ごせるでしょうか。

 

 

 

 

 

 

悩みというものは大なり小なりあらゆる存在に付きまとう宿命でしょう。

解決されない悩みは不安を呼び、それが精神的な不調を招き、最終的には肉体的な面にも影響を与えてくるので無視できるものではありません。

しかも悩みというのは千差万別で、人が違えばその程度も変わってくるから厄介です。

例えば夕御飯がないという悩み1つをとっても、たまたま一食食べ損ねただけならそれほどの悩みではないでしょう。しかし、金銭的な問題で連日満足な食事をとれていないのであれば致命的な悩みとなるでしょう。

少々暗い話になりましたが、このように悩みというものは決して個人の杓子定規で測れるようなものではなく。

例え自身にとってはくだらないような悩みであっても、相談されたなら真摯に答える必要があると思うのです。

 

 

『だからね、俺思うんっすよ。本当にこのままでいいのかって、もっとこう、野生的で大きな事ができるんじゃないかって』

 

 

それが、若者特有の自信過剰状態に陥ったライオンの悩みであっても。

見稽古によって動物と会話できる私は、最初は育児に疲れ気味の母ライオンの相談を受けていたのですが、いつの間にかこの子ライオンの相手をする事になっていました。

もう少しで1歳の誕生日を迎えるらしい子ライオンは、顔立ちは幼いものの脚はがっしりとした凶器となりえる猛獣らしさを既に備えています。

この脚で本気で引っかかれたら一生物の傷跡が残りそうです。

 

 

『ママは、馬鹿なこと言ってないで他の兄弟と遊んで来いって言うんですけど、そんな子供っぽいことしたくないんっすよ』

 

 

ライオンにも中二病的な時期って来るんですね。動物学会とかで発表したらどうなるでしょうか。

しかし、子供っぽいことをしたくないといいながら、座った私の太股の上に顎を乗せているのは言動が一致していないと思うのですが。

少し離れた場所で輿水ちゃんの入った特設ステージに群がる他の兄弟をあやしていた母ライオンと目が合い、申し訳なさそうに頭を下げてきました。

どうやらこの子ライオンは兄弟一の問題児なのでしょう。

まあ、1匹だけこんな行動を取られては、他の兄弟たちの面倒を見なければならない母親にとっては負担となるに違いありません。

 

 

『聞いてるっすか、姐さん』

 

「はいはい、聞いてますよ」

 

『どうしたらいいんっすかね?』

 

 

現実を見ましょうか、という残酷な答えはこの子が求める答えではないでしょうし、本当にこっちがどうしましょうか。

檻の外の安全な位置から撮影しているスタッフからは、何かしらのアクションを求めるカンペが出ていますし。

輿水ちゃんは何故か群がってくるライオンたちに怯えて今にも泣きそうですし、番組的にも何かしらの見せ場的なものが欲しいのでしょう。

 

 

「とりあえず、何かやってみたいことはありますか?」

 

『やっぱり野生的な大人がするって言えば狩りっしょ!ママがご先祖様からそう聞いたって言ってたっす!』

 

 

少し鼻息を荒くしながら力説する子ライオン。

動物園生まれの動物園育ちは知らないでしょうけど、野性のライオンで狩りをするのは雌だけですよ。

それは置いておいても、やはり自分がどんなに恵まれた生活をしているのか理解していないようですね。

野生のライオンの狩りの成功率は低く、文献等によって多少の誤差は生じるでしょうが50%を確実に下回っていたでしょう。

厳しい野性の世界では狩りの失敗=食料が無いという事に直結し、飢えに苦しむ事になります。

それに大型肉食獣であるライオンの空腹を満たすためにはウサギなどの小動物の肉では到底足りないため、必然的に大型の草食獣が対象になります。

草食獣たちも狩られる=死に直結するわけですから、正に死に物狂いで逃げたり、反撃してきたりします。

草食獣の強靭な脚から繰り出される蹴りは強力で、いくら百獣の王と呼ばれるライオンであったとしても当たり所が悪ければ致命傷となるでしょう。

微温湯のような平和な世界に浸っていると刺激的な世界に憧れてしまう気持ちはわからなくも無いですが、本当に常に極限状態で生きる事になる野性の生活を本当に望んでいるのでしょうか。

 

 

『姐さん、獲物をやって欲しいっす。俺が華麗に狩ってみせるっすから!』

 

 

子ライオンは、私から少し離れた位置に移動し、今から襲い掛かるぞという雰囲気を漂わせながら戦闘態勢をとります。

人類の到達点である私を相手にして、大した自信ですね子ライオン(ニャンコ)ちゃん。

人生経験が圧倒的に足りていないため、彼我の力量差を測りきれないは仕方ないとは思いますが。

蛮勇が過ぎれば、憧れる野性の生活では即殺されてしまいますよ。

ここは少し現実を教えてあげるべきでしょうか。

 

 

『行くっすよ!』

 

 

そう言って子ライオンは私に飛び掛ってきます。

フェイントも何も無い、肉体をフル稼働させて動物の弱点となる首を狙った最短距離での噛み付き。

なるほど、牙を抜かれているとはいえ百獣の王の血を引く生物。微かに残った野性的な本能がそれを成しているのでしょう、悪くない攻撃です。

輿水ちゃんやスタッフが突然の事態に悲鳴をあげます。

まあ、傍から見ていたらいきなり子ライオンが座っているアイドルに対して襲い掛かったように見えるのですから当然でしょう。

しかし、私にしてみれば何も考えずに繰り出された攻撃なんて脅威にすらならなりません。

首を少しだけ傾げて噛み付きを回避し、子ライオンの首根っこを掴みます。

 

 

「はい、残念」

 

『えっ?』

 

 

必殺と思った一撃が簡単に回避され、自身が首根っこを掴まれている現状を頭が理解できないのか子ライオンは呆然としています。

騒いでいた周囲も静まり返っていました。そんな中でもカメラマンだけは私のほうにカメラを向け続けていたので、そのプロ根性には敬服します。

子ライオンを降ろしてあげたのですが、よほどショックが大きかったのでしょう。茫然自失状態で地面を見て固まっています。

 

 

『ウソっす‥‥こんなのウソッす!今まで俺の噛み付きを避けれたやつなんていなかったっす!

他の兄弟だって、ママだって、みんな!みんな!』

 

 

母ライオン、甘やかし過ぎです。

今後交配の関係で、この動物園から移ることになる可能性があるのですから、上には上がいることを教えておかないと後々苦労しますよ。

特に上下関係が厳しい動物社会なら、尚更に。

 

 

『他愛無し』

 

 

どこかでこの様子を見ていたのか、檻の隙間を器用に潜り抜けて一羽の烏が私の肩に止まりました。

つい先日も私の部屋のベランダにいた烏の一羽で、嘴に大きな傷があるのが特徴です。

あまりにもゴミ漁りが酷いので、捕まえて少し教育してみたら私に付き従うようになりました。今では、私のマンション周囲半径十数kmを統括するまでになったそうです。

 

 

『なんっすか、お前!』

 

 

突然現れた烏にようやく正気に戻った子ライオンは、再び距離を取り戦闘態勢を取ります。

目標は私で無くカラスの方に移ったようですが。

 

 

『彼我の力量差もわからず、親方様に挑もうとは愚の骨頂。このような愚物が、かの百獣の王の血統に名を連ねるものであるとは、時の流れとはなんと残酷な事か』

 

『ハァ!?喧嘩売ってんすか!!』

 

『喧嘩?何故、愚物如きにそんな労力を払う必要がある?』

 

『言わせて置けば!降りてくるっす!噛み砕いてやるっすよ!』

 

『弱い獣ほどよく吼えるというが、それは誠だな』

 

『何だとぉ~~!!』

 

 

私そっちのけで舌戦を始める烏と子ライオン。

動物の言葉がわかる私には全ての流れがわかりますが、そうではない周囲からすればカーカー、ガウガウ鳴いているようにしか見えないでしょう。

怒りで毛を逆立てる子ライオンとそれを歯牙にも掛けない烏。このまま放って置くと面倒事に発展してしまうでしょうね、確実に。

 

 

「落ち着きなさい」

 

 

なので、とりあえず落ち着かせる事にします。ちょっとだけチートを使って。

漫画でよくある絶対強者が自身の気迫で、部下や敵に膝をつかせるアレです。

最初は冗談半分だったのですが、やってみると実際に出来てしまい、直接的な攻撃手段を取らずとも相手を制圧できるので何かと絡まれがちだった高校生時代に重宝しました。

原理としては、厳格な上司や教師に怒られる際に緊張や焦り等で吐き気を催したり、身体に震えを生じたりした経験が誰にも一度はあると思いますが、それが少し強力になっただけです。

 

 

『御意』『えっ‥‥うえっ、おえっ』

 

 

教育する際に何度か同じ事をしたことがある為烏の方は余裕そうですが、初めて受ける子ライオンはえずいていました。

檻の外からも何かを倒したり、落としたりする音が聞こえてきますから、久しぶりすぎてどうやら加減を間違えてしまったようです。

 

 

『親方様の威光は、愚物とはいえ百獣の王の血統を屈服させますか。流石でございます』

 

 

肩に乗っていた烏は音も無く滑空し、私の前に着地すると深々と頭を下げ平伏しました。

いや、そんな態度をとって欲しいわけではないのですが、弱肉強食の摂理が当然な動物世界では強さを示すだけで配下になろうとする輩が多すぎます。

このチートの元となった少女は、犬やハムスターをはじめとしワニや蛇といった爬虫類とも家族の絆を結べているのに、私が同じ能力を使うと武家社会のようになってしまうのでしょうか。

そんなことを考えていると母ライオンが私の元にやってきました。

 

 

『子の不始末は親の責任。わたくしの命1つで、どうか御慈悲を』

 

 

そう言って仰向けに寝そべってお腹を晒します。いわゆる服従のポーズというやつですね。

犬や猫が私にしてくるのは飽きるほどに見てきましたが、やはり同じネコ科の動物であるライオンも同じなんですね。勉強になりました。

と現実逃避をしている場合ではありませんでした。命1つで慈悲を願うって、動物達には私がどんな暴君に見えているのでしょうか。

いりませんからね。そんな決死の覚悟で慈悲を願う自己犠牲精神なんて一切いりませんよ。

 

 

「いりませんよ。貴女がいなければ、誰がこの子達を導くんですか」

 

『寛大な御処置を賜り、感謝致します』

 

 

晒されたお腹を撫でながらそう伝えると、母ライオンは震える声でされるがままになりました。

自慢ではないですが、私の撫でスキルは有名トリマーや調教師等の映像から見稽古したものですから、一般的な撫でよりも数段気持ちいいはずです。

その証拠に母ライオンの声が次第に切ないものに変わってきました。

 

 

「君も、お母さんの言う事をちゃんと聞かないと駄目ですよ」

 

『は、はいっす!』

 

「いい返事ですね」

 

 

子ライオンも烏の隣に平伏し、されるがままになっている母ライオンの方を見て羨ましそうにしています。

もう少し反省したら、撫でてあげましょうか。

とりあえず、母ライオンの悩みも解決したでしょうし、番組的にもそこそこの見せ場はあったでしょうから、これでいいでしょう。

 

一件落着、快刀乱麻、飴と鞭

このライオン親子の今後が平和でありますように。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした。渡さん」

 

「はい、武内さんもお疲れ様でした」

 

 

私と武内Pはスコッチの注がれたグラスを軽く打ち合わせます。

いつものメンバーであれば、とりあえずビールの特大ジョッキで後はご随意にとなるのですが、今日は武内Pと2人なので偶にはこういった静かなお酒の飲み方も悪くありません。

もはやお約束となった妖精社。今日は、少々遅くなりましたが特撮の時の約束を果たしにきました。

今日はちひろに仕事が入っているため練習は休みで、武内Pも丁度空いていたので良いタイミングでした。

マスタードのフレッシュさを持ち、海そのものの味を感じる事ができるといわれるこのクライヌリッシュは、どんな場面にでも合いそうでなかなかに癖になりそうな味わいです。

わざわざ取り寄せているという、クライヌリッシュの蒸留所があるブローラという街を流れるブローラ川の鮭を使った燻製が同じ空気、同じ水で作り上げられたお酒に合わないはずも無く、互いが互いを高め合い完璧な味のハーモニーを奏でます。

この五感を全て試されている味の緊張感は、なかなかに心地良いですね。

 

 

「‥‥美味しい」

 

 

普段はあまり料理に関して感想を言ったりしない武内Pでも、思わず言葉が漏れてしまうほどこの組み合わせの力は凄いものです。

こんな美味を前にしては言葉を交わすことすら無粋になりそうで、しばらくの間私達はこの絶妙な組み合わせに没頭しました。

 

 

「デビューの件では迷惑を掛けました。大変だったでしょう?」

 

 

酒も鮭も味わいつくし、少し落ち着いてきたところで私から口を開きました。

色々考えたうえでのお願いだったとはいえ、私のわがままのせいで武内Pは上層部や昼行灯達と交渉する必要があったでしょう。

その大変さは先輩である私にもよくわかりますから。

 

 

「いえ、渡さんには普段からお世話になっていますから、これくらいは問題ありません」

 

「そうですか」

 

「はい」

 

 

だから、なんでそんなに好感度が高いんですか。しかも普段からお世話になっているって、何もしてませんし。

武内Pの中のお世話になったというのは、いったいどのレベルからなのでしょうか。

否定すると、何だかまた訳のわからないところで好感度が上昇してしまいそうなので素直に受け取っておきましょう。

それでもこそばゆさが拭えず、少しだけ身体を動かすと手に持ったグラスと中の氷が接触しカランと独特の音を立てます。

 

 

「しかし、こうして武内さんと2人で飲むのは初めてかもしれませんね」

 

 

いつもはちひろが一緒で無自覚馬鹿ップル空間の餌食となっていましたから。

こうして2人っきりで飲むのは、私の記憶の中では最初のはずです。といいますか、父や弟といった家族を除いて男性と2人で飲むのは前世+2X年生きた人生の中で初めてかもしれません。

そう考えると無駄に緊張してきました。

ちひろが居るいつもなら2人のやり取りを傍観者気取りで耳を傾けつつ、適度に会話に入ればいいのですが今回はそれも無理そうです

仕事以外の内容で、男性と話す時ってどんな話題が最適なんでしょうか。

あらゆる分野において高レベルの性能を発揮してくれる見稽古ですが、コミュニケーションに関してはあまり効果がありません。

物怖じせず話すスキル、よく通り記憶に残る声を出すスキル、滑舌良く話すスキルと色々あるのですが、話題作りに関してはスキル認定されなかったようです。

 

 

「そうかもしれません」

 

 

沈黙が気まずい。

武内Pは自分から話しかけることが苦手でしょうから、ここは先輩である私が何とかフォローしなければなりません。

とりあえず、舌の滑りをよくするためにスコッチをもう一口。

焦って飲んだためか、少し唇の端に残ってしまったので少しだけ舌を出して舐めとります。行儀が悪いのは承知ですが、これを零してしまうのはあまりにも勿体無いので。

視線を感じ武内Pの方を見ますが、目を逸らされてしまいました。行儀の悪い真似をしたのを見て見ぬ振りをしてくれるということでしょう。

顔に血が集まってくるのがわかります、今鏡を見たらきっと真っ赤になっているでしょう。恥ずかしさを誤魔化すように笑ってみましたが、焼け石に水です。

フォローしようと思っていたのに気を使わせてしまいました。

しかし、武内Pの顔が若干赤くなったような気がしますが暖房がきついのでしょうか。

私はやや寒がりなので、今の温度が丁度いいのですが。

 

 

「武内さん、暑いですか?顔が赤いですけど」

 

「‥‥いえ、大丈夫です」

 

「本当ですか、遠慮せずに言ってくれて大丈夫ですよ」

 

「本当に大丈夫です」

 

「そうですか」

 

 

本人がこう言っているのに、これ以上追求するのはよろしくないでしょう。

藪を下手に突いて蛇以上の何かとかが出てきても、今の状態ではうまく対処できる自信はありませんし。

とりあえず、この恥ずかしさを少しでも紛らわせるために何か話しましょう。この際話題は二の次です。

 

 

「そういえば、もうすぐバレンタインですね」

 

 

困ったときのイベント系のネタです。

 

 

「はい、渡さんと千川さんのデビュー日でもあります」

 

 

確かにそうですが、そういう意味で言ったわけではないんです。

車輪と化してしまい一層仕事人間になってしまった武内Pに、このネタを出せばこう返ってくるのは想定済みでしたが、男性ならもう少し別の事も気にするのではないでしょうか。

ほら、甘くて茶色い何かの数とか、誰から貰ったとか。

 

 

「そうですけど、今はライブとは別のバレンタインの話にしましょう。今くらいは互いに仕事の事を忘れても罰は当たらないと思いますよ」

 

「すみません、仕事の話ばかりで」

 

「構いませんよ、武内さんがそういう人だということは知っていますから。私の言い方も伝わりにくいものでしたし」

 

 

いつもの癖で右手を首に回す武内Pを見て慌ててフォローを入れます。

焦っているとはいえ、さっきからどんどん墓穴を掘って言っているような気がするのですが、勘違いでしょうか。

とりあえず、口を潤すために何か頼みましょう。

オススメにアルマセニスタのアモンティリャ-ドがありますから、これにしましょう。

アルマセニスタのシェリー酒なんて滅多に飲めないでしょうから、この機会を逃すと次は無いでしょう。

店員を呼び、注文を伝えると店員は少し驚いたような顔をして武内Pの方を見た後、意味ありげな笑みを浮かべて店の奥へと戻っていきました。

いったい、あの笑みはなんだったのでしょうか。

 

 

「話を戻してバレンタインですが、今年からは色々とお世話になるでしょうからリクエストがあれば答えますよ?」

 

「‥‥‥」

 

「武内さん?」

 

 

どうしたのでしょうか、武内Pは私の顔を見たまま固まっています。

その表情は戸惑いや葛藤といった感情が浮かんでおり、私が店員に注文をする短い間に何かあったのでしょうか。

少し息も荒くなっているようですし、酔いが一気に回ってきたのかもしれませんね。

クライヌリッシュはそこそこの度数がありますし、あの最高の組み合わせによって、いつも以上にハイペースで飲んでしまった感も否めません。

私は一切酔いませんが、少し強いくらいの武内Pが同じペースで飲んだのならそうなってもしかないでしょう。

 

 

「気分が悪いなら横になりますか?」

 

「い、いえ‥‥問題ありません」

 

 

傍から見てそう思えないから聞いているのですが。

男の子には、無駄に強がってしまう意地というものがありますから、例え気持ち悪くなっても素直に言い出せないのでしょう。

素直に見えて、こういう所だけは頑固なんですから。本当に、困ったちゃんですね。

 

 

「‥‥渡さん」

 

「はい?」

 

「その、何ですか‥‥渡さんは、お酒にお詳しいのですか?」

 

 

何とも急な質問ですね。

お酒に詳しいかといわれると微妙なラインです。

今まで飲んだ中であれは美味しかった、不味かったくらいは語れるでしょうが、そのお酒に隠された歴史や背景とかになると殆ど知りません。

種類と銘柄だけなら、酔わない身体の強みを生かして色々と飲み歩いた事があるので普通の人以上には知っているでしょう。

それが何だというのでしょうか。

 

 

「そこそこですよ。ここの常連ですから、普通の人よりは知っているほうかもしれませんが」

 

「そう、ですか‥‥」

 

 

何だか今日は一段と歯切れの悪い言い方をしますね。

私がお酒に詳しかったら、何か困る事があるのでしょうか。

詳しく問いただすべきか悩んでいると頼んでいたアモンティリャードが届いたので、この件はいったん保留にしてお酒を楽しみましょう。

金色がかった琥珀色は宝石のようで、見ていて飽きない輝きは目を楽しませてくれます。

香りの方は、甘いけど決してくどさを感じさせない優しい花の香りをしており、飲む前からこのシェリーの美味しさを主張してくるようです。

風味豊かで芳醇でやわらかい味わい、甘い香りからは予想できない辛口で、一般的なほかのシェリーとは一線を画する逸品でした。

あまりの完成された美味しさに、思わず感動と満足感からの溜息が零れてしまいます。

 

 

「‥‥どうしました?」

 

「い、いえ、何でもありません!」

 

 

武内Pが声を荒げるとは珍しい。それ程気分が悪いのでしょうか。

それとも、このアモンティリャードを一口飲みたいのでしょうか。

 

 

「一口、飲みます?」

 

「‥‥す、すみません。少しお手洗いに」

 

「はい、お気をつけて」

 

 

まだ半分近く残ったグラスを差し出してみると、武内Pは顔を真っ赤にして個室を飛び出していきました。

どうやら一口欲しかったわけではなく、本当に限界だったようです。止めを刺してしまったようで、申し訳ないです。

とりあえず、戻ってくるまで少し時間が掛かるでしょうから、ゆっくりとこのシェリーを味わうとしましょう。

この幸せな気分をある、お酒のキャッチコピーを少し改変して述べさせてもらうなら。

『私、アイドルなんて酔わなきゃやっていけません』

 

 

 

 

 

それから数日後、女性がシェリーを頼む意味を知って、顔を真っ赤にして自宅を転げまわる事になり。

武内Pとかなりぎこちない日々を過ごす事になり、何かあったと察したちひろに事の仔細を語るまで絡まれ続け、修羅場っぽくなってしまうのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




人物紹介

九杜(きゅうと)P 久留(くる)P 橋音(はしおん)P

武内Pの後輩にあたる、新人プロデューサーの同期3人組



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みんなでモノを食べるときは、邪魔されても、自由じゃなくても、静かじゃなくても、豊かで救われている

またオリキャラが登場します。
しかも、今回は喋ります。

いつの間にか、お気に入り500件、UA20000越えしていました。
感想を書いてくださる方を含め、皆様この作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。


どうも、私を見ているであろう皆様。

あの動物園ロケ以来、周囲から更に畏怖されるようになりました。

特に輿水ちゃんはトラウマ気味になってしまったのか、あのウザかわいい絡みを一切してこなくなり私の様子を常に窺うようになってしまいました。

怯え気味の小動物っぽい姿もかわいくていいのですが、私が輿水ちゃんに求めるかわいさとは違うのでこれじゃない感が酷いです。

威圧の手加減を失敗したのに加え、最近何でもかんでもチート能力で簡単に済ませようとするきらいがあるので、これは自分の責任なのですが何とか関係改善したいものです。

輿水ちゃんが怯えるのを感じ取ってか、未成年組のアイドル達から距離を取られており正直詰み寸前ですね。

ちひろや瑞樹達がフォローに回ってくれていますが、効果はいまいちで望み薄でしょう。

正に、どうしてこうなったというやつですね。

 

まあ、それはさて置き現状を説明するなら、346プロ最大のレッスンルームにて今回のバレンタインライブ出演アイドルで全体曲の練習をしています。

総勢15名近くのメンバーで歌って踊るため、各々の歌やダンス自体は完璧でも間の取り方や、陣形変更の際の移動等や最後の決めポーズのタイミングが微妙にずれたりとなかなか上手くいきません。

全体練習に初参加の私達も、最初は慣れない狭さと場の雰囲気に飲まれかけていましたが、30分も練習していれば慣れました。

青木トレーナー4姉妹が勢ぞろいしてレッスンをしているのですが、全体を見渡さなければならないためかいつものレッスンよりも楽に感じます。その証拠に、途中休憩がありましたが1時間近くレッスンしているというのにちひろと菜々がばてていません。

別に2人が本気でやっていない訳ではありません。いつものレッスンであればマンツーマンでレッスンにあたれる為相手の限界寸前を追求するような内容になるのですが、今回は15人相手なのでどうしてもそこまで出来ないのです。

私の限界を追及しようとすれば、このレッスン場は死屍累々になるでしょう。

とりあえず休憩となったので、飲み物でも買いに行きましょう。人類の到達点であるこの完成された肉体も脱水症状等の生理的な部分まではカバーできませんし。

鞄の中から小銭入れを取り出し、気配を薄めながらレッスンルームを出ます。

存在がプレッシャー発生装置と化してしまっているので、私がいないほうが未成年組も休めるでしょう。

とても気遣いのできる七実さんは、クールに去ります。

音も立てず人気の無い廊下を移動し、お目当ての飲み物の売っている自販機へと到着しました。

346プロ内にある自販機でしか売っているのを見たことがない、この『エナドリ』なる栄養ドリンクは柑橘系をベースとした独特な風味と爽快な喉越し、そして少し怖くなるくらいの即効性を持ち、死の行軍(デスマーチ)気味の仕事に追われる一般社員であればお世話になったことのある強い味方です。

事務員時代に差し入れで貰いはじめて飲んだのですが、独特の風味にさえ慣れればなかなか癖になる味です。

硬貨を投入しエナドリ(大)を購入、自販機前の椅子に腰掛けて一気に飲み干します。

柑橘系の香りが鼻を抜けていき、炭酸の刺激が爽快感を伴って喉を流れ落ちていく。この感覚がたまりません。

 

 

「‥‥ふぅ」

 

 

レッスンルームの熱気が嘘のような廊下の静けさに、淡い寂寥のようなものを感じます。

柱に背中を預けると無機質な冷たさが伝わってきますが、程よく温まった身体には心地いいですね。

このまま眠れそうです。数日間なら不眠不休で活動が出来るチートボディですが、人間の三大欲求の1つである睡眠欲を感じないというわけではなく、寧ろ寝つきはかなり良い方で基本的にどんな場所でも眠れます。

時間を確認し、まだまだ余裕があるとわかりましたので少しだけ寝ましょう。

 

 

「‥‥よしっ」

 

 

数秒だけ睡眠を取ったことで、少し疲れ気味だった脳をリフレッシュされ気分も晴れやかなものになりました。

この人類の到達点を見稽古して一番役立ったのは、このイルカとかのように数秒だけや身体の一部だけ寝る事が出来る事です。

これによって活動時間が大幅に伸びましたし、色々と無理が利くようになりました。

座ったまま伸びをして手に持ったままの空き缶を空き缶入れへと投げ入れます。美しい放物線を描いた空き缶は計算通りに孔へと吸い込まれていき、小さくガッツポーズを取ります。

しかし、やることが無くて暇ですね。

いつもだったらいつものメンバーと話しているのですが、今回はこっそり出てきたので居ませんし。

暇つぶしに戯言遣いを真似てエイト・クイーンでもしようかと思ったのですが、すぐに答えが浮かぶので無理でした。パズルとかを解く閃きは、どうやら見稽古の対象のようです。

さて、困りました。早く戻りすぎるわけには行きませんし、暇を潰す何かが欲しいのですが。

 

そんなことを考えていると視界の端に白くひらひらとしたものが映りこんできます。

 

 

『‥‥つまんない。つまんない、つまんない、つまんなぁ~~い!!』

 

 

私以外の人がいないはずの廊下に、心底つまらなさそうな幼い少女の愚痴が響き渡ります。

どうやら、声の主は私と同様に暇を持て余しているようですね。

声だけから判断するなら13,4歳くらいでしょう。

 

 

『もう、何でアイドルのレッスンってこんなに長いの!?

これじゃあ、小梅と話したくてもできないよ‥‥』

 

 

小梅というのは、346プロ(うち)の白坂 小梅ちゃんのことでしょうか。

彼女のコンセプトは確か霊感アイドルだったはずですし、実際に『あの子』なる幽霊の友人が憑いているという噂がありましたが、どうやら本当のようです。

どうやら見稽古が勝手に暴走して、霊視能力も勝手に習得してしまったようですね。

原作でも交霊能力を見稽古して両親の幽霊を見ていましたし、習得できないはずが無かったのです。

一般人レベルの胆力しか持ち合わせていないので、余計なものを見てしまう前に能力を閉じてしまいましょう。

『あの子』がどんな姿をしているかはしりませんが、ゾンビ等のグロ系の外見をしていたら悲鳴こそ上げませんが、数日間夢見が悪くなるのは確実です。

幽霊がどんなものかという疑問もありますが、怖いもの見たさで本当に恐ろしい目にあっては意味がありません。

それに、これ以上面倒事を背負い込みたくないという本音もあります。

 

 

『‥‥寂しいよ』

 

「‥‥」

 

 

ここまでお付き合いいただいている皆様なら、私の性格をご存知でしょうからこの後の行動はわかっていることでしょう。

そんな寂しい声を出されては、見捨てられるわけがありません。甘いと思われる方もいるでしょうが、寂しそうな少女の声を聴きながら無視することができる人間がどれだけ居るでしょうか。

小さく溜息をついて、覚悟を決めます。

 

 

「私でよければ話し相手になりましょうか?」

 

『ふぇっ!』

 

 

視線を幽霊が居るであろう方へと向けると、そこには驚き固まった美少女が浮いていました。

先程から視界の端に見えていたのは、彼女の白いロングワンピースの裾だったようですね。

幽霊は長い亜麻色の髪をポニーテールにしており、天真爛漫さと活発さが合わさった若干少年のような顔立ちをしています。武内Pが居たら、即行でスカウトしそうですね。

身長は浮いているのでわかりにくいですが、140cm以下だと思います。声から推測した年齢より低いのかもしれません。

てっきり下半身が漫画のようにもやもやとしているのかと思ったのですが、この子は生前の姿そのままのタイプのようです。

身体に欠損や傷も見られないようですし、死因は病死とかだったのでしょうか。

 

 

『あなた、わたしが見えるんですか!』

 

「はい」

 

 

よくわからない基準で勝手に能力を習得していくチート能力の所為で。

幽霊のほうは、私が見えて話せる人間とは思っていなかったようで、それがよほど嬉しいのか空中をアクロバット飛行のように飛び回っています。

質量は持たないようで、振り回した手が自販機や観葉植物にあたっていますが、何事もないようにすり抜けていました。

世の物理学者達に喧嘩を売っているような存在ですが、世の中には解明できていない事も多く、また現在解明されたとされている事が本当に正しいとも限りませんし、幽霊が居てもおかしくないでしょう。

死後に神様と出会い、チート能力を与えられて漫画やゲームの世界に生まれ変わったという転生者(わたし)よりも、まだ現実味がありますし。

そう考えると、この子と私は同類なのかもしれません。

 

 

『流石、人類の到達点。何でもできるんですね!』

 

「その呼び方はやめてください」

 

『えぇ~~!カッコイイじゃないですか!』

 

 

子供視点からだと格好良く聞こえるかもしれませんが、2X歳のいい年となった大人からすれば封印されるべき黒歴史でしかないのです。

幽霊が成長するかどうかはわかりませんが、これからそれなりに人生経験を積めば理解できるようになると思いますよ。

 

 

『嬉しいな♪今まで小梅以外に見える人は、みんな怖がって逃げちゃったから』

 

 

まあ、見えないものが見えてしまったら一般人ならそうなりますね。

白坂ちゃんのような元々霊感があり霊に忌避観が無い人間や、私のように非現実的な背景を持つ禄でもない人間でない限り普通の対応など望めないでしょう。

 

 

「霊如きに負けるほど柔な身体をしていませんから」

 

『確かに』

 

 

幽霊は精神だけが自在に動いているような存在でしょうから、精神的な面で負けることが無ければ大丈夫でしょう。

私のメンタルは一般人とさほど変わりませんが、精神だけの存在なら威圧も効くでしょうから問題は無いはずです。

それに、私以外の人間がこの身体を使ってうまくいくとも思えませんし。最高性能のF1の機体で一般道を交通ルールを守って生活するような手加減は経験が無いと取り返しのつかない事になるでしょう。

精神なんて気の持ちようですから、私は霊なんかに負けないと思っていたら、それだけで効力はあるのではないでしょうか。

 

 

「ということで、私も暇を持て余していますから少しくらいなら話し相手になれますよ」

 

『うん、いっぱい話そ!小梅以外と話すのは初めてだから何でもいいよ!』

 

「そうですか」

 

 

もの凄い食いつきですね。我慢しきれないとはしゃぐたびに揺れるポニーテールがまるで、千切れんばかりに振られる犬の尻尾のようです。

さて何から話したものでしょうか。

最近の話す相手はいつものメンバーか武内P、もしくは昼行灯くらいでしたから仕事系の内容とかで事足りていました。しかし、この年代の子供とはあまり話したことが無いので話題選びに困りそうです。

とりあえず、動物ネタでいいでしょう。

 

 

「では、こんな話はどうでしょう。この前動物園でロケをしたのですが、そこの動物全てが私の家来になってしまったんですよ」

 

『‥‥えっ、家来?』

 

「はい、家来です」

 

 

あの後、虎や熊の檻とかにも訪れたのですが、烏の配下達によって私の威光(?)が喧伝されており、檻の前で平伏する動物達という苦笑するしかない映像が撮れました。

中には私を試そうと殺気のようなものを向けてくるものも居ましたが、視線を合わせるとそれもなくなりました。

動物は本能的に強者を見分ける能力に長けているといいますが、いったい私に何が見えたのでしょうか。

 

 

『何それ!何それ!すごい、すごい!!

見てみたいなぁ。ねぇねぇ、今度小梅を誘って行こうよ、その動物園!』

 

「お断りします」

 

 

あの光景は白坂ちゃんの教育上よろしくないでしょう。

輿水ちゃんのように、怯えられて距離を置かれると私の心に致命傷となりえますし。

 

 

『えぇ~~、何で!?いいでしょ、減るもんじゃないし』

 

「お断りします」

 

 

減りますよ。目に見えない、主に私の魂的な何かが。

その後も、しつこく動物園に行こうという幽霊のお誘いを悉くかわしながら、休憩時間終了が近づき私を探しに来た瑞樹に発見されるまで、楽しく歓談していました。

レッスンルームに戻る途中、私が見えることで調子に乗った幽霊が笑わそうと色々してきましたが、チート能力を使って何とか耐え抜きました。

 

何だか色々と見えるようになってしまいましたが、こんな日々を平和というのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

「よし、今から1時間半ほど昼休憩とする。各自、昼食を取るように。

あんまり食べ過ぎて、午後からのレッスンで吐かない様にしろよ」

 

 

私以外のアイドルたちが疲労の色が隠しきれない声で返事をし、その場にへたり込みました。

最初の方こそ余裕があったこの全体レッスンでしたが、全員の息が合ってくるに連れて要求レベルがアップしていき、マンツーマンのようにいかない部分は練習密度で補うという青春時代の部活動のようなものとなりました。

そんなレッスンに午前中の大半を費やしたのですから。こうなるのは無理もないでしょう。

無尽蔵とも言える体力を持つ私はほんの少し息が乱れる程度ですみましたが、体力の少ない年少組やちひろや菜々は今にも倒れそうなくらいに疲弊しています。

トレーナー4姉妹も余裕そうな私を見て、まるで化け物を見ているかのような視線を向けてきました。

勘弁してください、その視線は凶器です。

とりあえず、疲労で動けなさそうなちひろの元へと移動します。

 

 

「‥‥生きてますか?」

 

「‥‥はひぃ」

 

 

どうやら声を出すのも辛いようです。

瑞樹と楓が向かった菜々の方も同様のようで、油の切れた機械のようなぎこちない動きで受け取ったペットボトルでゆっくりと水分を補給していました。

楓にサインを送り、こちらにもペットボトルを投げてもらってちひろにも水分を補給させます。

コクコクとかわいらしい音を立てながらスポーツドリンクがちひろの喉を潤していきます。これで脱水症状の心配はないでしょう。

 

 

「瑞樹、お昼どうします?」

 

「ごめんなさい、今食べ物の話はやめて」

 

 

どうやら、大丈夫そうに見えた2人も動けるだけで限界寸前のようで口元を押さえて首を振りました。

さて、どうしましょうか。他のアイドルたちにとっては限界レベルのレッスンだったのですが、私にとってはそこそこの域を出ない運動強度だったので、程よくお腹が空いています。

空腹は我慢できるので問題ないといえば問題ないのですが、そうすると他のメンバーが回復するまで手持ち無沙汰になります。

有史以来、人々が悩まされてきた退屈という病は気力を根こそぎ奪い、それでいて絶対に死ぬ事がないという厄介すぎる難物。人類がいまだ克服できないこの存在に私はどう立ち向かうべきでしょうか。

幽霊のほうは限界を迎えている白坂ちゃんを励ましているようで、それどころではないでしょう。

悩んでも仕方ないので、未だに立ち上がることができないちひろを小脇に抱えてかばんの置いてある場所へと移動します。

吐かれても困るので上下左右の振動が極力無いように配慮する事も忘れません。

 

 

「この抱え方は嫌ですぅ~~」

 

「文句を言わない。反対側には菜々が入るんですから」

 

「やめてぇ~~」

 

 

口では拒否するものの一切抵抗しない菜々を反対側に抱え、再び荷物置き場を目指します。

 

 

「流石、七実ね。あのレッスンでも疲れないなんて」

 

「鍛えてますから」

 

「私も運んで欲しいです」

 

「楓、背中にもたれかからずに、自分の足でちゃんと歩く」

 

 

全くこの25歳児は隙を見せるとすぐこれですよ。

仕方ないので背中に乗りやすいように少しだけかがむと、遠慮することなく負ぶさってきました。

これが男性だったら、この背中に伝わるほど良い大きさとやわらかい感触を持つ胸に感動し涙を流すところかもしれません。ですが、生憎私は同性なのでまた大きくなったかな程度の感想しかありません。

そろそろ下着を新調させなければいけませんね。楓好みのデザインのやつならこの間見つけましたし、今度の休みに連行していきましょう。

こうでもしないと本当にギリギリになるまで買いに行こうとしないんですから、全く手間が掛かります。

本当に私の部屋に入り浸るようになる前はちゃんと1人暮らしできていたと言う話ですが、この様子からは想像できません。

 

 

「七実、目立ってるわよ」

 

「知ってます」

 

 

周囲から驚愕の視線が向けられますが、今更なので無視しましょう。

だから、他のアイドルたちが小声で色々呟いていても気にしません。

ええ、例えやば過ぎるとかゴリラ並みとか言われても気にしませんよ。全く、全然、これっぽっちも。

荷物置き場についたのでちひろと菜々を降ろし、なかなか降りようとしない25歳児に呆れながらもそのまま自分の鞄から替えの下着とタオルを取り出します。

どうせ、みんなが落ち着くまで昼食は無理なのですから、今のうちにシャワーでも浴びてさっぱりするとしましょう。

 

 

「シャワー浴びるんですか」

 

「それなりに汗をかきましたからね」

 

 

負ぶさったままなので、私が鞄から何を取り出したのかが見える楓は耳元で囁くように聞いてきました。

無駄に艶っぽい声でしたが、何度も言いますが同性である私には何の効果もありません。せいぜい、楓のファン達だったらこのボイスに幾ら位の値段をつけるでしょうか、という素朴な疑問を抱いたくらいです。

前世でもゲームキャラクターのボイスダウンロードとかありましたし、他のプロも多少ながらやっているようですから、今度あの昼行灯に企画書を出しておきましょう。

今回のバレンタインデーライブ特別ボイスを期間限定配信で、ライブ来場者にはスペシャルボイスを無料ダウンロードできるような措置をとればそこそこの利益は得られそうですね。

青写真を丸投げすれば、あの昼行灯の事ですからうまく調整してくれるでしょう。まあ、企画が通らない可能性もありますけど。

 

 

「私の着替えは?」

 

「こんなこともあろうかと」

 

 

人生の中で言ってみたい台詞ランキングとかがあれば、そこそこの順位に入るであろうこの台詞。

予想外の事態に直面したようで、実はそれは想定済みだったというのがいぶし銀的な恰好良さがあります。

ちなみにちひろ、瑞樹、菜々の下着も一応持ってきています。恐らく3人とも替えの下着とかは1組しか持って来ていないでしょうから。

 

 

「流石、七実さん。大好き♪」

 

「はいはい、私も大好きですよ。だから、いい加減背中から降りましょうね」

 

「や」

 

 

どうやら、この25歳児は実力行使に出ないとわからないようです。

首に回された腕の力が無意識的に緩んだ一瞬を見計らい首を抜き、そのまま楓を肩に担ぎます。

丸太のように担がれるのが不服なのでしょうか、子供のように手足をばたばたとさせて抵抗してきました。

しかし、レッスンで体力を消耗しているためか、はたまた無駄だと理解したのかすぐに大人しくなりました。いつもこれくらい聞き訳が良ければ、私も苦労しないのですが。

瑞樹はこの哀れな25歳児の哀れな末路がつぼに入ったのか、大笑いしています。

殆ど体力が残っていないであろう、2人も同様で床に寝そべったまま、身体をくの字に曲げて腹筋を抑えながら笑っていました。

 

 

「とりあえず、私と楓はシャワー浴びてきます。3人とも浴びるなら私の鞄の中に替えが入ってますから」

 

 

まだ笑いの波が引かない3人からの返事はありませんでしたが、ただ笑いながら何度か頷いていたので通じてはいるでしょう。

2人分の替えの下着とタオルを袋に入れ、楓を担いだままシャワールームへと移動を開始します。

しかし、レッスンルームを出る直前に本当にこのままでいいのかと考え直し足を止めます。

いつもの楓の面倒を見るノリで抱えて移動していましたが、ここは私の部屋ではなく346プロの本社でありこの様子を他の一般社員に見られたらどうなるでしょうか。

考えるまでも無く、地味に面倒な事態になるでしょう。

前回の瑞樹の件の経験が生きました。少しだけ成長できていた私の危機察知能力を褒めて上げたいです。

 

 

「楓、廊下に出ますから降りましょうか」

 

「や」

 

「いや、やじゃなくて」

 

 

降ろされまいと私のジャージをしっかり握り締めて抵抗してくる楓。

さて、一体全体この困ったちゃんな25歳児をどうしましょうか。

軽く揺すってみても離そうとする気配はありませんし、力尽くなんて方法は端から選択肢には存在しません。

 

 

「いいじゃないですか、私だって疲れてるんですから」

 

「‥‥いつから、そんなに甘えん坊になったんでしょうね」

 

「七実さんと居ると落ち着くんです。まるで‥‥お父さんみたいで」

 

「よし、降りなさい」

 

「や!」

 

 

言うに事欠いてお父さんとは喧嘩を売っているのでしょうか。

いいでしょう、言い値で買いますよ。今なら特別に私の持てるチート能力で得た技全てをつけてあげましょう。

確かにこの人類の到達点たるこの完成された肉体は、女性らしい丸みや柔らかさとは無縁のものです。

この身体を恥じてはいませんが、結構気にはしているんですよ。からかわれた事は一度や二度ではありませんし。

背後からは、また3人の笑い声が聞こえてきます。いや、正確には幽霊を含んだこの部屋に居る殆どの人間が笑っているようです。

 

 

「あははは、お父さんって!七実パパ、ぴったりじゃない!」

 

「だ、ダメですよ。ふふっ、笑ったら‥‥ふふふ」

 

「やばい、お腹痛い!笑い死ぬ!菜々、笑い死にます!」

 

 

よし、貴女達も同罪です。今度のお弁当は、カロリーが低そう見えて意外に高いものばかりを詰め込んであげましょう。

知らず知らずのうちにカロリーをとりすぎて、体重計に乗ったときに悲鳴を上げるといいです。

心の中でささやかな復讐を誓い、私は大きく溜息をつきました。

 

 

「性別が違いますし、こんな年の近い子供は居ませんし、私は未婚ですよ」

 

「パパぁ~、楓疲れたの。連れてって?」

 

 

無駄にあざとい声を出す25歳児を、私はちょっと懲らしめてあげる事にしました。

テンションで行動してはならないという心がけを今だけは破りましょう。その結果が黒歴史の増産だったとしても。

楓が途中で落ちたりしてしまわないように、肩に担いだ状態からお姫様抱っこへと持ち方を変え、レッスンルームの扉を開きます。

 

 

「‥‥わかりました。世界を縮めてあげますから、一っ走り付き合いなさい」

 

 

そう宣言し、楓の返答を待たずに私は駆け出しました。

一歩目で十分な推力を生み出し、二歩目で最高速度に突入、三歩目で風を纏い、四歩目でもはや目にも留まらぬ。

私の持つ加速系チート能力を駆使して生み出された速度は、楓に悲鳴をあげる間も与えず廊下を駆け抜けていきます。

さあ、黒歴史を振り切りましょう。

 

口は災いの元、因果応報、疾風怒濤

平和に過ごしたければ、皆様も口には気をつけたほうがいいですよ。

 

 

 

 

 

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

私達は各々好きなソフトドリンクの入ったグラスを打ち合わせます。

全体練習の後、私達はいつも通り妖精社(ここ)に集まっていました。

特に誰かが提案したわけでも、元々決めていていたわけでもないのに、普通に集合して足が向かうあたり私達の関係も相当親しくなったのでしょうか。

元々お互いの顔や名前は知っていましたが、本格的な交友関係になってからはまだ1ヶ月強くらいしか経っていないのですが。

まあ、その一ヶ月強の半分近くは私のうちに泊まっている訳ですから、当然なのかもしれません。

 

 

「お酒飲みたい」

 

「ダメよ、楓。ライブが近いんだから、今から調整しとかないと」

 

「でも、この阿蘇の高菜漬けや大正海老の塩焼きには日本酒が合うと思うんですよね」

 

「ちひろちゃん、それは菜々達を陥れる為の罠ですよ!気をしっかり!」

 

 

結構な酒飲みである他のメンバーは必死に誘惑に抗おうとしています。

そんな中私は別に飲めなくても困らないタイプの人間なので、高菜漬けや大正海老の塩焼きをおかずにご飯を食べていました。

足の部分は歯の間に挟まりやすいので除けますが、少々はしたないかもしれませんが殻はそのままで齧り付きます。殻の固さが心地よく程よく効いた塩気が甘くぷりぷりとした柔らかい身と合わさり非常に美味です。

ご飯のお供にするには少々物足りない感じもしますが、これはこれで味わいがあります。

一緒に出てきた海老の頭で出汁を採った味噌汁も、これがなかなかどうして味わい深いものとなっていて舌を飽きさせません。

この高菜漬けの方は、海老とは違い単体でご飯のおかずとして立てるほどの強い味であり確かに日本酒によく合いそうではあります。

少しくどくなってしまったらお茶で舌の状態を戻して、再び食事に没頭する。ああ、なんと幸せな一時でしょうか。

 

 

「七実さん、私達の分まで食べようとしないでください!」

 

「ほら、楓も菜々も急がないと自分の分が無くなるわよ」

 

 

いやいや、確かに私は健啖家ではありますが流石に全部は食べませんよ。1人1匹くらい残しておけば十分でしょう。

しかし、魚介類もいいですが、そろそろがっつり『肉』という料理が食べたいですね。

立てかけてあるメニューを取り、肉料理の欄を探します。

今の気分は焼き鳥という感じではありませんし、から揚げも王道すぎて気分じゃありません。

あっ、ラフテーがありますね。いいじゃないですか、とろとろになるまで煮込まれた甘辛い味はご飯にもぴったりです。

早速注文しましょう。ご飯のお代わりも忘れずに。

 

 

「それにしても今日のレッスンは疲れましたね。菜々、明日絶対筋肉痛になってますよ」

 

「わたしもです」

 

「そうね、さすがの私も今日のは堪えたわ」

 

「明日の仕事、大丈夫かな」

 

 

私以外のメンバーは相当お疲れのようです。

しかし、あのレッスンのお蔭で全体曲は今日一日で7割くらいには仕上がりましたし、結果良ければ全て良しでしょう。

こういった話題に共感できないのは、この身体の数少ない欠点の1つですね。

 

 

「七実さんも、黙々と食べてないで何かいってくださいよ」

 

 

話に入れないので黙々と他のおかずとご飯を食べながらラフテーの到着を待っていると、ちひろに咎められました。

確かに何のリアクションもとらないのは良くなかったかもしれません。

口の中に入ったものを飲み込んでから、私も話に加わります。

 

 

「まあでも、今日一日であれだけ仕上がったのなら意味はあったのでは」

 

「そうですね、どうしても全体曲は人数が増えるだけ難しくなりますから」

 

「楓の言う通りなのよね。みんな体格も体力も何もかも違うから、微妙にずれが出ちゃうのよね」

 

 

この2人は何度もライブを経験しているだけあって、その点は良くわかっているのでしょう。

今回のライブは突然私達のデビュー等が入ったりしたため、日程にも変更がありいつものライブ準備以上に慌ただしくなっています。

そんな中で、今回のように全員が集まれる機会は少ないでしょうから、その機会を無駄にしないという意味では今日のレッスンは適切だったのでしょう。

あれだけハードなレッスンになったというのに、結局誰1人倒れることなく最後までやりきりましたし。

日程表通りなら全員で練習できるのは後3回しかないので、何とかそこで完成系にしないといけません。

きっと今日以上のものになるでしょうね。

 

 

「私、大丈夫でしょうか。今日も何度もミスしちゃいましたし」

 

「菜々もです」

 

「大丈夫、2人共初めてとは思えないくらいでしたよ」

 

 

何が起きているのでしょうか、このメンバー1の甘えん坊あの25歳児 楓が先輩アイドルらしい事をしています。

これはあれでしょうか、私のもう少ししっかりして欲しいという願望が強すぎて夢でも見ているのでしょうか。

確かに今日はアルコールが入っていませんから、いつもよりしっかりしてはいる可能性は否定できませんが、それでもこの頼りがいのありそうな楓は一体何者でしょう。

影武者、それとも別人格なのかもしれません。

 

 

「楓、何か悪いものでも食べました?」

 

 

心配になってそう尋ねると、楓は頬を膨らませて視線を逸らします。

 

 

「七実さんが、私をどう思っているか良くわかりました」

 

「ほら、ラフテーも来ましたから。食べて今日はゆっくり休みなさい」

 

「‥‥食べます」

 

 

子供のような怒ってますアピールをしていた楓でしたが、見ただけで美味しい事がわかるラフテーを差し出すと陥落しました。

やはり美味しい料理の力は偉大です。

美味しいものを食べると心が満たされますし、悩んでいる事も馬鹿らしくなります。

ちゃんとちひろや瑞樹、菜々にも届いたラフテーを配ってから、私も早速一口。

流石は妖精社、このラフテーも絶品です。脂の抜きすぎでコクとかに欠けると揶揄される事もあるラフテーですが、これはそんなことは一切無くさっぱりとした味わいの中に確かなコクがありいくらでも食べられそうです。

恐らくパパイヤか何かの果物を入れてしっかり煮込んだのでしょうか、砂糖では出せない複雑な甘みとかすかな酸味が絶妙なバランスで豚肉に染み込み、脂たっぷりの角煮に勝るとも劣りません。

たった一口でご飯1杯は余裕で食べられそうな美味しさに、自然を頬が緩んでしまいます。

ラフテー、ご飯、ラフテー、ご飯ご飯ご飯、ラフテー、ご飯‥‥と永遠に途切れる事の無い幸せなループにしばし全員が言葉を発する事を忘れました。

この場においては言葉すら無粋な騒音になりかねません。

この幸福に満ちた食事にある雑貨輸入商が主人公の漫画の一言を思い出します。

 

『モノを食べるときはね。誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあ、ダメなんだ。独りで静かに豊かで‥‥』

 

確かにそれもいいかもしれませんが、私はこうも思うのです。

みんなで騒がしく、ちょっとした邪魔がありながらも、こうして分け合って食べる食事も救われているのではないかと。

なので、私達の食事は原作のように孤独ではないので、言葉にするならこうなるでしょう。

『みんなでモノを食べるときは、邪魔されても、自由じゃなくても、静かじゃなくても、豊かで救われている』

 

 

 

この後、いつも通り全員私の家に泊めて、私もすることを済ませて眠りについたのですが。

夢枕に出張してやってきた『あの子』がしつこく動物園に誘ってきて、眠れない夜を過ごすのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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チートを持ってアイドルデビューしたので、2X歳だけどトップアイドルを目指す~今が私の前奏曲~

とりあえず、第一部完といったところです。
いろいろなセンスに関しては期待しないでください。




どうも、私を見ているであろう皆様。

普段であれば、ここで近況報告等をさせていただくのですが、今はそれどころではないので割愛させていただきます。

理由は、本日が2月14日のバレンタインデーであるといえばよく理解していただけるでしょう。

そう、とうとう私達『サンドリヨン』のライブデビューの日がやってきたのです。

普段なら会場設営の陣頭指揮を取っているところなのですが、今は本番前の通しリハーサルの最中ですので、そう言うわけにもいきません。

一応、武内Pにも人手は足りているのかと聞いてみたのですが『渡さんは、こちらの事は御気になさらずにライブのことに集中してください』といわれ、出演アイドルの控え室に押し込まれました。

しかし、人間というものは今までの習慣から外れた事をするとペースが崩れてしまうのか、会場設営のことが気になってソワソワしてしまいます。

やはり私はアイドルよりも裏方の方が性に合っているのかもしれないと思わなくも無いですが、ここで投げ出すつもりは一切ありません。せっかく原作キャラたちと同じステージに立つのですから、1回も矛先を交えずに諦めるのはもったいないです。

私はアイドルなのですから、裏方仕事は関係ない。裏方仕事は関係ない。

 

 

「七実さん、タブレット端末なんか取り出してどうしました?」

 

 

隣に座っているちひろの声で、私はようやく自分が鞄の中にこんな事もあろうかとをするためにと忍ばせておいたタブレット端末を取り出していたことに気がつきました。

完全に無意識での行動であったので、私も本格的にワーカホリックになってしまったのかもしれません。

 

 

「‥‥何でもありません」

 

「まさか、会場設営のほうの様子を確認しようとしてました?」

 

 

罰が悪いので視線を逸らすと、あからさまな溜息が聞こえてきました。

そして私の持つタブレット端末を奪い取ろうとちひろの手が伸びてきます。さすがに取り上げられるのは困るので、チートを発揮して回避します。

このタブレット端末、一見はごく一般的なものと変わりありませんが、その中身はチート能力と溜め込んだ財力の一部をつぎ込んでカスタムした、私の本気にも十二分に対応できるだけのスペックを持つモンスターマシンなのです。

掛かった費用は最終的に6桁後半に達し、改造にかかった時間も40時間を超えるでしょう。

このタブレット端末が盗まれたとしたら、私は持てる全ての能力を駆使して犯人を草の根を分けてでも見つけ出して、盗みを働いた事を残りの生涯をかけて後悔してもらいます。

なので、これはたとえ信頼しているちひろでもそう簡単に渡せません。

伸ばされた手を悉く回避していると、ちひろは咎めるような視線を向けながらもう一度溜息をつきました。

 

 

「ダメですよ、今回は武内君達に任せるんでしょう」

 

「‥‥別に信頼していないわけではないですよ。少し確認したくなっただけです」

 

「七実さん」

 

「‥‥はい」

 

 

咎める視線に負け、私はタブレット端末を鞄の中にしまいました。

ユニットを組むようになってから、ちひろが私に対して強気に出てくることが多くなってきたような気がします。

この前の武内Pとの無自覚肉食系事件の仔細を聞き出そうとするときもそうでしたが、遠慮というものがなくなってきています。入社当初は教育係となった私の後ろをトコトコとついてきてかわいかったのに。

まあ、それだけ気心知れた仲になったということでもあるのでしょうが。

 

 

「まったく、七実さんなら確かにリハーサルしながら現場の指揮もできるかもしれませんが、そうやって一から十まで面倒見て甘やかしていると後輩たちが成長しませんよ。

ただでさえ七実さんの仕事量は他の人より多いんですから、それ以上の事をしようとすると何処かで揺り戻しがきますよ。もし、それが耐えられないもので七実さんが倒れたりしたら、みんな悲しむんですからね」

 

 

同じような説教を母親にも受けた事があるような気がします。

周りからすれば、私はそんなに無理をしているように見えるのでしょうか。

チート能力によって恐らく3日程度なら不眠不休で働いても、あまり消耗しない自信があります。ですが、何の能力も持たない一般人からすれば、それは限界を超えて頑張っているように見えるのでしょう。

しかし、私には一般人の限界を容易に超えていくだけのチート能力があります。だから、自分にできることをやっているだけなのですが、理解は得られそうにありませんね。

後輩の成長の機会を奪っているとするなら少し自重すべきかもしれませんが、ちひろや武内Pを見る限り今のままでもいいような気がします。

 

 

「大丈夫です。私が倒れる事なんてありませんから、問題ありません」

 

「そんなのわからないじゃないですか!」

 

 

私の超人的体力や身体能力を間近で見てきたちひろならわかってくれそうなものですが、どうしましょうか。

とりあえず本番前に精神的動揺を与えるのはよろしくないので、この件は一旦置いておきましょう。

 

 

「それに‥‥いざとなったら、こうして止めようとしてくれる人や引き継いでくれる人がいますから」

 

「もうっ、調子いいんですから!そんなんじゃ、誤魔化されませんからね!」

 

 

そんなことを言いながらそっぽを向いたちひろは耳まで赤くなっていました。

何とかこの問題については先送りできたようですが、今後はもう少しチート能力を解禁しながら仕事をして能力を示す必要がありそうです。

最近、2X歳にして初めて仕事するのが楽しくなってきたのですから、それに制限をかけられてしまっては堪りません。

口先で騙す卑怯者である自覚はありますが、それでも私はもうこの生き方を変える気はないのです。

だから、心の中で『ごめんなさい』と謝っておきます。

 

 

「それは残念です」

 

「ちゃんと反省してください。まったく七実さんもいい年なんですから、もう少し落ち着いてください」

 

 

おっと、ここで年齢を出すとは、これは新手の宣戦布告と見てよろしいですね。

確かに2X歳が30歳になるまであまり時間は無いとはいえ、十の桁が2か3では心情的に大きな差があるのです。

私だってこの歳からアイドルになるのにかなりの勇気がいり、今でもたまに考え直した方がいいのではと悩む事があります。

考えても見てください。アイドル(30歳)という響きを、思わず『うわ、キツい』と言いたくなるほど痛々しいでしょう。

勿論今更やめる気はありませんが、それでも色々と考えてしまうものなのです。

そして、平均年齢が20代後半となってしまう私達では、年齢系のネタは触れないという暗黙の了解があったはずなのに。

その禁忌(タブー)に触れるとは、ちひろがそんなに命知らずとは思いませんでした。

チート能力を使い、私は慈母の如く優しい笑みを浮かべます。

 

 

「‥‥な、七実さん。い、今のは、その言葉の綾というか、なんというか」

 

 

私の雰囲気が変わったのを察したのか、ちひろが今度は顔を青くして椅子から立ち上がり距離をとります。

嫌ですね。そこまで怯えなくてもいいじゃないですか。

これでは、今から私がいじめようとしているように見えてしまうじゃないですか。

 

 

「よろしい、ならば戦争だ」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 

今更後悔しても遅い、遅すぎます。

恐怖感を煽るように、一歩、また一歩とゆっくりと近づきちひろを壁際まで追い詰めました。

私は満身の力を込めて握りこぶしを作り、それを高く振り上げます。あまりの恐怖にちひろは頭を抱えてしゃがみこみました。

その姿を見た私は満面の笑みを浮かべたまま、握りこぶしを解いてちひろの頭に手を置き。

 

 

「よぉ~~し、よしよし、もうちっひは悪い子でちゅねぇ~~♪」

 

「いやぁ~~、やめてやめて、やめてください!禿げる、禿げますって!女の命が失われます!!

ごめんなさい、ごめんなさぁ~~い!反省してますから、許してくださぁ~~い!!」

 

 

ペットをあやすようにごしごしと頭を撫でてあげると、ちひろが逃げ出そうとしました。なので、空いた方の腕で肩を抱いて、逃亡を阻止します。

一般的な成人女性並みしか筋力がないちひろが、人類の到達点たる究極の身体を持つ私に勝てるはずも無くされるがままです。

勿論、ライブ前に髪の毛を傷める訳にはいきませんから、チートを使った絶妙な力加減で撫でていきます。

 

 

「大丈夫です。本番前はちゃんとスタイリストさん達が整えてくれますから」

 

「そんな心配してませんよぉ!」

 

「なら大丈夫ですね」

 

 

笑顔のまま、更にちひろの頭を撫でようとすると控え室の扉が勢いよく開かれました。

 

 

「千川さん、大丈夫ですか!?」

 

 

現れたのはちひろの王子様、頼れる我らのプロデューサー武内さんです。

この計ったかのようなタイミング、扉の前で待機していたのでしょうか。そうでなければ、何かの補正でもうけているのかと疑いたくなりますね。

仕方ないのでちひろを解放してあげると、武内Pの後ろへと素早く回り込みました。

身長や対格差の所為で、ちひろが完全に隠れてしまいます。その様子は父親の後ろに隠れる子供のようですが、それを言うと今度は私が地雷を踏みかねないのでやめておきます。

私の危機察知能力は、極めていい仕事をしてくれますので。

 

 

「渡さん、これはいったい?」

 

「むしゃくしゃしてやりました。反省はすれども、後悔はしていません」

 

 

年齢を出してきた者には鉄槌を。これだけは誰であろうと譲る気はありません。

威圧感のある外見をしている武内Pではありますが、新入社員として入ったばかりの右も左もわからない頃から面倒を見てきた私には一切効果はありません。

 

 

「‥‥すみませんが、状況の説明をお願いします」

 

「仕方ありませんね」

 

 

いつものように右手を首に回して困っているようなので、どうしてこうなったのかを1から説明します。

私がタブレット端末を取り出して仕事をしようとしていたというと、武内Pは目に見えて落ち込み、何だか私がもの凄く悪い事をしてしまったような気持ちになりましたが、そのまま説明を続けました。

そして、ちひろが年齢のことを出してきたので容赦なく頭を撫でてあげたと説明すると、少しだけ持ち直した武内Pは呆れたかのように溜息をつきます。

 

 

「渡さん」

 

「はい?」

 

「会場設営等の裏方仕事は、私達が責任を持って完遂して見せます。

だから、お願いです。渡さんは、何もせず私達を信じて全て任せてはくれませんか」

 

 

それは私というアイドルに対して、真正面から向き合って伝えられた真っ直ぐな思いでした。

あの一件依頼、アイドルと真正面から向き合う事を極端に避けるようになっていた車輪からは、少しだけ何かを取り戻せたようです。

 

 

「いいでしょう。今回は皆さんに任せましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、今回の進行状況や結果次第では次から何と言おうと手を出しますから」

 

「全力を尽くします」

 

 

私の無意識的な行動から、どうしてこうも面倒臭い事になったのでしょうか。

考えても仕方ないので、とりあえずそのままのノリでここまで来ましたが、悪乗りが過ぎてしまった感が否めません。

しかし、毒を喰らわば皿まで、このまま行くしかないでしょう。

 

 

「私の採点は厳しいですからね。頑張ってください」

 

「任せてください」

 

「頑張れ、男の子。期待してますよ」

 

 

そう激励し武内Pの胸を軽く叩くと、どこからともなく負のオーラが溢れてきます。

発生源を探ると、武内Pの後ろに隠れながらちひろがアイドルがしてはいけないタイプの顔で、私のことを見ていました。

いったいこの短時間に何が起きたというのでしょう。

 

 

「‥‥七実さんって、こうして無自覚に好感度上げるから強敵なんですよね。ホント、ずるいです」

 

 

ちひろの小さな呟きはチート能力によって高められた聴力がしっかりと拾っていましたが、聞こえなかった事にしましょう。

こうしたことは気がつかない振りをするのが一番です。

別に私は武内Pを狙ってるつもりも、好感度をあげているつもりはないのですが。

といいますか、いつも無自覚に馬鹿ップルの砂糖を吐きたくなる甘い空間を作り出す人間には絶対言われたくありません。

 

 

「千川さん、どうされました?」

 

「いいえ、何でもありません」

 

 

不穏な空気を悟った武内Pが振り向きますが、ちひろは素早く表情をいつもの笑顔に変えました。

私もそうですが、世の女性の表情の変化は恐ろしいくらい速く、そして他人に気がつかせません。きっとよほど察しのいい男性でなければ、気づくのは至難の業でしょう。

さて、武内Pとちひろが話し出したので被害を受ける前に耳を塞ぎましょう。鞄から音楽プレーヤーを取り出し、素早く装着しユニット曲のおさらいでもしておきます。

 

どうして、この馬鹿ップルはくっつかないのでしょうか。平和のため(主に私の)に、そうするべきです。

 

 

 

 

 

 

ついにその時が来ようとしています。

舞台袖で刻一刻と迫る登場のタイミングを待つのは、小市民的な度胸しか持ち合わせていない私には少々きついものがあります。

心臓が早鐘のように打ち、鍛え上げられた胸筋を突き破って出て来んと激しく暴れまわっており、口を開けば何かが出てきてしまいそうで気が抜けません。

この白と淡く明るい緑色を使用しダンスがしやすいように改良が施されたロングドレスタイプの衣装と長手袋も、衣装合わせ等で着たものとは別物になってしまったの様な重さを感じます。

もうすぐ楓の『こいかぜ』も終わり、瑞樹と菜々が合流してMCが始まるでしょう。

そうすれば私達の出番までは一瞬でしょうが、まだ心の準備が完了しません。落ち着こうと意識すればするほど、焦りが生まれていく悪循環は自覚症状があってもどうにもならない難儀なものです。

深呼吸をしてみても焼け石に水程度の効果しか得られず、鼓動は奮え激しいビートを刻んでいます。

今なら、見稽古でも習得ができなかった波紋疾走ができそうな気がしますね。

そんなくだらない考えができるほどには余裕があるのか、そんなくだらない事しか考えられないほど焦っているのか自分では判別ができませんが、少なくとも今の私はいつも通りではないと言うことだけは確かです。

 

 

「‥‥七実さん」

 

 

長手袋越しではありますが、左手が温かいものに包まれます。

視線をそちらに向けると手を繋いで心配そうに私を見つめるちひろが居ました。

私と同じデザインの衣装を着たちひろは、絵本から抜け出してきたシンデレラみたいで、今にも消えてしまいそうな儚い美しさを漂わせています。

潤んだ瞳、震える身体、自分も緊張しているでしょうに、それでも私を思いやる優しさ。それは言葉にしなくても私に伝わりました。

自身の事しか考えられていなかった自分が恥ずかしいです。

そうです、私は1人じゃない。こうして共に立つ相棒もいます。

ならば何を恐れることがありましょうか。

付け加えるなら、私は他の人は持っていない見稽古という最強クラスのチート能力を持っているのですから、このくらい何とかできなくてどうするのですか。

手に伝わる温かさにあれだけ激しかった鼓動も、今は水面のように静かに落ち着いていました。

緊張も、焦りも、戸惑いもない、どこまでも澄んだ心には不可能という文字はないでしょう。

恐らく私は今、自分の中にある何かを乗り越えたような気がします。

心はどこまでも澄み渡り一切の恐れはなく、されど包まれたこの手は烈火の如く熱を持っています。

余分な力は抜け、気力に満ち溢れた身体は最高の状態で、出番を今か今かと待ち望んでいるようにすら思えます。

 

 

「ちひろ、ありがとう」

 

「お互い様です。私も七実さんの手から勇気を貰いましたから」

 

「‥‥そうですか」

 

 

たった一言二言のやりとりですら尊く感じるこの瞬間。

2X年間生きてきて、今この時が最高であると確信できます。

6000人が何だというのです、これからトップアイドルを目指すならこれ以上の会場でライブをすることなんて多々あるのですから、こんなところで怯え止まっている暇なんてありません。

観客達の歓声が聞こえます、どうやら『こいかぜ』が終わったのでしょう。

いよいよ、出番が間近に迫ってきているのですが、それでも鼓動は穏やかなままです。ちひろと共に立つ限り、もう乱れることはないでしょう。

 

 

「そろそろ出番ですが。心の準備は万全ですか?」

 

「はい。私達の姿を観客や武内君にも見せつけてあげます」

 

「心強い事です」

 

 

3人のMCは和気藹々としたものであり、ステージ上だという事を理解しているのかと疑いたくなるほどいつも通りの会話です。

もしかしたら、これも私達の緊張を和らげようとする先輩アイドルである3人からの計らいなのかもしれません。

スタッフからの合図を受け手を離しマイクをオンにし、互いの姿に異常がないか最終確認を行います。

問題ないことがわかると頷き、呼ばれるその時を待ちます。

 

 

『さあ、次は今日が初舞台となる新人を紹介するわよ』

 

『私達とも仲がいいあの御二人です』

 

『では、登場してもらいましょう『サンドリヨン』の御二人です!』

 

 

菜々の言葉に合わせ、私達は舞台へと飛び出します。

視界に広がる様々な飾り付けがされた輝く舞台、眩しいほどに照らしてくる数々のライト、そして歓声と共に迎えてくれるたくさんのファンの人々。

その1つ1つが舞台袖から見ていたものとはまったく違い、全てが想像以上でした。

定位置につき、改めて観客席を見るとそこは蛍光緑のサイリウムの光で包まれており、圧倒されんばかりの熱気が伝わってきます。

 

 

「さて、『サンドリヨン』の渡 七実さんと千川 ちひろさんに登場していただきましたが、どうですか今のお気持ちは?」

 

 

しばし目の前の光景に心を奪われてしまっていたようです。

楓の言葉がなかったら、もう少し呆けていたかもしれません。これは貸しができてしまいましたね。

 

 

「そうですね。今までも裏方として舞台袖から様子を見たことはありましたが、アイドルとして立つここは別世界です」

 

「七実らしい、真面目な感想ね。もっと可愛らしいことを言ってもいいんじゃない?」

 

「瑞樹、貴女は私に何を求めているんですか?」

 

 

まったくこの場において、こうもいつも通り振舞える豪胆さは流石トップアイドルに名を連ねるだけのことはありますね。

 

 

「では、ちひろちゃんはどうでしょう?」

 

「は、はい!もう、夢みたいです!」

 

「いやぁ、初々しくて可愛いですよね。ねえ、瑞樹さん」

 

「そうね、若いって羨ましいわ」

 

「そうですねぇ‥‥って、菜々もリアルJKですから十分若いですけど!」

 

 

ちひろの感想から、菜々の自爆芸と間髪置かない流れに観客席が笑いに包まれます。

菜々的には一切狙ってはいないのでしょうが、それでもこうして愛されているようですから、きっとまだまだ高みへと昇っていくでしょう。

この歓談を続けていたいのは山々ですが、そろそろ曲に移らないとライブ時間が後ろにずれ込みかねません。

さて、いったいどうしましょうか。

 

 

「こうやっていつまでも話していたいのは山々ですが、そろそろ時間ですので曲の方に入っていただきましょう」

 

「そうね。じゃあ、2人共頑張ってね」

 

「ファイトですよ☆」

 

 

ライブではしっかりしている楓が、流れを変えそのまま3人は舞台袖へと去っていきました。

舞台の上には私達しか居らず、ここからは正真正銘私達のステージです。

観客席から伝わる期待や楽しみにしている雰囲気が、静かな水のように落ち着いた澄んだ心に伝わってきて、私の中のギアが一気にトップまで上がります。

もう、止まる事なんてできませんし、止める気もありません。

アイコンタクトでちひろに合図を送り、タイミングを計り口を開きます。

 

 

「「皆さん、『サンドリヨン』です。よろしくお願いします」」

 

「本来ならもっと語りたいところではありますが」

 

「聞いてください、私達のデビュー曲」

 

「「『今が前奏曲(プレリュード)』」」

 

 

私達がそう宣言すると曲が流れ始めました。

私達のデビュー曲『今が前奏曲(プレリュード)』は、穏やかで優しい旋律から始まります。

それは今までの穏やかで平和に過ごしてきた時間とこれから始まるまだ見ぬ未来への期待が込められており、儚くも希望に溢れる聖歌。

この部分は、歌もちひろがメインでダンスもゆっくりとしたものです。

優しく耳に滑り込んでくるちひろの歌声は、あれだけ熱気を持っていた観客達を穏やかにさせました。

振られるサイリウムもそよ風に揺れる草原のようにゆっくりとしたものに変わり、これはこの歌が観客へとしっかり伝わっている証拠でしょう。

そして途中から私がメインとなる部分になる曲にも変化が訪れます。

基本的な部分は最初の穏やかで優しい旋律部分を残しながらも、力強く凛々しいものとなりダンスもそれに合わせて動きの多いものになっていきます。

それは新たな一歩を踏み出す勇気に対する喜び、無限の可能性の中で自分を見失わず強くあろうとする意志への讃歌。

 

静と動、優しさと凛々しさ、期待と喜び、儚さと強さ。

似ていたり、相反するものだったり、それら全てを纏めて全てここから始まる未来へと繋がっていく。

私達のこのデビュー曲は、未来への希望と今からでも遅くないという人間の可能性が込められています。

 

互いの呼吸を感じ取り、歌い、踊り、そして魅せる。

今この瞬間に全てを出し切るように、私の、私達の存在を観客の示すように。

たった数分にしか満たない、長い人生の中ではほんの一瞬でしかない今が、今こそが私達の始まり、前奏曲であると。

 

 

 

 

 

 

夏草や兵どもが夢の跡とは、よく言ったものでほんの数時間前までは多くの観客で埋め尽くされ、熱気に包まれていたというのに、ライブが終われば誰も居らずあの光景は正に夢のように感じられます。

私が腰掛けるステージ上も殆ど解体作業が終わり、輝かしい姿はなく簡素で無機質的な冷たさしか残っていません。

しかし、ここであった夢のような時間は現実であったと確かに残る胸の熱が主張します。

 

ここに立って、私はデビューした。

その事実がどうしようもなく嬉しくて、嬉しくて今も未練がましくこうしてステージに腰掛けて観客席を眺め続けています。

本当ならこの後は打ち上げがあるのでこんな事をしている暇はないのですが、それでも私はここから動く気にはなれません。

時間が許す限り、ここからの景色を眺めていたい。

輝く世界には終わりを告げ、何もない無機質なものと成り果ててしまうことに、らしくもなく感傷的になってしまいますが今日くらいは許されるでしょう。

明日からは、またアイドルと事務員の二足草鞋で慌ただしく騒がしくも楽しい日々が待っています。

それが嫌なのではなく、むしろどんな事が起こるのだろうと楽しみにしている自分もいます。でも、今はここがいい。

そんな気分なので、仕方ないのです。

 

 

「渡さん、探しました」

 

 

観客席を眺め続けていると後ろから声をかけられました。

振り向かずとも気配や声で武内Pだとわかります。いつまで経っても控え室に戻ってこない私を探していたのでしょう。

こうして迎えが来たのですから、すぐに移動すべきなのでしょうが、それでも私の身体は動くことはありませんでした。

まるで、我が侭を言う子供のようですが、もう少しだけなら許されるでしょう。

 

 

「座りませんか?」

 

 

そう誘うと、数秒程度悩んだ末に武内Pは同じようにステージの縁に腰掛けました。

他の人に見られても弁解できるように、少し距離を置いて座るところも不器用な彼らしい配慮です。

 

 

「見慣れた光景のはずなのに、今日のこの眺めは違うように見えるんです。何ででしょうね」

 

「‥‥」

 

「歌い終わって、観客みんなに拍手を貰って、嬉しくて嬉しくて」

 

 

武内Pは何も答えません。ただ私が言いたい事を零しているだけで、助言をするのでもなく解決策を提示するわけでもなく。

黙して私の言葉を聞くだけ。それだけなのに、それが嬉しくて心地よい。

聞かされる心中はどうなのかは知りませんが、確かに私の胸のうちはすっきりと穏やかになっていきました。

 

 

「でも、それは終わってしまいました」

 

「‥‥」

 

 

右手を首に回し、何か掛ける言葉を探しているようですが、私は構わず言葉を続けます。

 

 

「ねえ、武内さん」

 

「‥‥はい」

 

「舞台の私は、どんな顔をしていました?」

 

 

観客席ではなく武内Pの方を見て、問いかけました。

チート能力もありますし、舞台を楽しむことができたので笑顔だったとは思うのですが、それでも武内Pの口から聞きたいのです。

私の笑顔は、誰かを魅了し笑顔にさせられるものだったのかを。

 

 

「いい笑顔でした」

 

 

たった一言。

どこがどう良かったとかを述べるのでもなく、何の飾りもない言葉でしたが、それでも様々な思いが込められたとわかる万感の一言でした。

少しだけ柔らかい表情で言われたその言葉は、私の中にすんなりと入っていき温かくもこそばゆい気持ちにさせます。

 

 

「そうですか」

 

「はい」

 

 

そこからしばし無言となりましたが、不思議と嫌ではありませんでした。

しかし、こうしているとあの妖精社での失態を否が応でも思い出してしまいます。

今でこそお互いがなかったことにするという形で何とか落ち着いて話せるようになりましたが、それでも1週間近くは酷いものでした。

 

 

「武内さん」

 

「何でしょう」

 

「これからも、よろしくお願いしますね。頼りにしていますよ」

 

 

私をトップアイドルの高みへと連れて行くと約束したのですから、その責任は取ってもらわないといけません。

ですから、今後も色々と迷惑を掛けたり、数々の困難等も待ち受けていたりしているでしょうが、それでも皆と一緒なら何とかなるような気がします。

 

 

「はい、お任せください」

 

「はい、お任せします」

 

 

少しだけ離れていた距離を詰め、武内Pに寄り添うように隣に座りなおします。

ちひろには悪いかもしれませんが、恋愛感情はないので勘弁してもらいましょう。

いきなり距離を詰めてきた事で武内Pは身体を固くし戸惑っていたようですが、私がハイタッチを求めるように手を挙げるとそれもなくなりました。

力強く打ち合わされた音は、私達以外に誰もいないホールに響き渡ります。

 

 

「さて、戻りましょうか」

 

「はい。皆さんが、渡さんをお待ちです」

 

 

ということで、今回の貴重な経験から私が胸に抱いた決意を、いかにも売れるライトノベルのタイトル風に述べさせてもらうなら。

『チートを持ってアイドルデビューしたので、2X歳だけどトップアイドルを目指す~今が私の前奏曲~』

 

 

 

 

この後、いい雰囲気で一緒に戻ってきた私達に対して他のアイドルたちが関係を邪推したりして、ちひろが暴走しかけたりして宥めるのが大変だったり、未成年組が楓の持ち込んだお酒を誤って飲んでしまったりと打ち上げで色々起きるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これから少しの間は、七実視点ではなく他キャラ視点による番外編を投稿予定です。
投稿まで、期間が空くかもしれませんがご了承ください。



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番外編1 あなたから見た渡 七実

設定は6話終了後の時点です。
モブ2名とアイドル1名からみた、七実についてです。


キャラ崩壊や本編の七実のイメージを損なう可能性がありますのでご注意ください。





とある飼育員

 

 

最悪の事態が起こった。あの時、あの場所で、あの光景を見ていた普通の人間なら同じ思いを抱いたでしょう。

 

あれはアイドルのバラエティ番組で、冬場で元気の無い動物をアイドルが元気付けてあげようという企画での出来事でした。

冬場になって客足が遠くなりがちになる動物園にとっても集客率向上や話題づくりになるとすぐさま許可が下り、園長や他の飼育員の人も喜んでいました。僕も、生でアイドルが見られるなんてラッキーだと思っていました。

やってくるアイドルは2人のようですが、それでも現役アイドルの撮影風景を見られる機会はまたとない。

撮影前日は興奮で眠れませんでした。

そんなやや寝不足で迎えた撮影当日、朝早くやってきたロケバスから降りてきた2人を見た瞬間それも吹き飛びました。

小悪魔系バラエティアイドル輿水 幸子ちゃんにデビューしたばかりなのに話題沸騰中のアイドル史上最強アイドル渡 七実さんが間近にいるのです。これに興奮せずにどうしましょう。

僕は346プロでは小日向 美穂ちゃんのファンなので少し残念ではありましたが、それでもあの感動は忘れようがありません。

2人共アイドルというだけあって、辺りが輝いているかのような存在感がありました。

アイドルは撮影外では態度が相当悪いという噂も聞いたことがありましたが、少なくともこの2人は違いました。

幸子ちゃんはテレビのまんまのドヤ顔で『ふふっ、早速視線を感じます。これもボクがかわいいからですよね』って言ってました。

渡さんは、番組の進行表を確認しながら他のスタッフと入念な打ち合わせをしていたり、幸子ちゃんをからかって遊んでいました。

真冬なので厚着をしている為、あの鍛え上げられた筋肉を見ることが出来ないのは少し残念でした。

しかしあの特撮を見ていなければ、あんな華奢で儚げに見える人が最強アイドルなんて誰が思うでしょうか。人は見かけにはよらないというのは、つくづく本当だと思いました。

 

最初の小動物とのふれあいコーナーでは幸子ちゃんがウサギに逃げられたり、何故かカピバラと張り合ったりと普通の光景のはずなのに笑い所満載で、流石バラエティアイドルだなぁと感心していました。

渡さんの方では、動物達が自発的に芸を見せたり、お悩み相談室が開かれていました。765プロの我那覇 響ちゃんも動物と会話ができるらしいので、渡さんも同じなのでしょう。

僕たち飼育員からしたら垂涎ものの能力ですが、無いものねだりしても仕方ないのですぐ諦めました。

撮影の合間に動物から聞き出した改善して欲しい点といくつかの改良案がまとめられた手書きのレポートを渡された飼育員は、苦笑いしてましたけど。

何でも、うちの経営状態を見通しているかのような的確でそのまま採用しても問題ないような物だったそうで、後日その通りに改修が行われました。

アイドル事務所の事務員って、本当に凄い。そう思いました。

 

その次にやってきたのが、今回の話のメインとなるやんちゃな子供のせいで育児ノイローゼ気味な母ライオンのいる檻です。

母ライオンが甘やかしすぎた所為で、手がつけらない程にやんちゃになってしまった子供は飼育員の間でも有名な問題児でした。

ライオンである自分の強さを理解して鼻にかけているのか、明らかに周囲を見下した態度をとり、気に入らなければ暴れる。

子供であってもライオンはライオン、その爪や牙は僕たち人間には十分すぎる凶器になりえます。

そうして飼育員たちが手をつけられないでいるとますます調子に乗り傲岸不遜な態度に拍車を掛けるという最悪の悪循環でした。

今回は檻の中に設置した特別製のステージでライブを行うだけと聞いていたので大丈夫だろうと思っていましたが、渡さんは何を思ったのか普通に檻の中に入って行きました。

史上最強のアイドルといったって、それはアイドルの中での話であり人間がライオンに敵うはずないのです。

他の飼育員たちがスタッフの皆さんにそう訴えかけても返ってくる言葉は。

 

『七実さまなら、大丈夫です』

 

『依頼を七実さまが請け負った。なら何処に心配する必要が?』

 

勿論、全員がそうだったわけではありませんが。ちょっとした狂気ですよ。

成人した大人たちが冗談などではなく、本気でそう言うのです。

346プロは大企業の皮を被った邪神でも崇拝するカルト教団なのかと、その時は本気で思いました。

下っ端飼育員の僕は何もする事ができず、ただ流れを見守る事しかできませんでした。

そして、その時が訪れました。

 

突然襲い掛かる体勢を取った子ライオンが、そのまま渡さんの首に噛み付こうとしたのです。

脳裏に浮かぶ惨劇の光景に、僕たちは目を瞑ったり、悲鳴をあげたりしました。

しかし、そんな平凡の域を出ることのできない僕たち程度の想像をあの人は軽々と越えていきました。

 

 

「はい、残念」

 

 

少し首を傾けただけで噛み付きを回避したと思ったら、目にも映らぬ早業で着地前の子ライオンの首根っこを掴んだ渡さんが居ました。

普通の人なら命の恐怖に震えるはずなのに、渡さんはロケバスから降りてきたときと変わらない表情で子ライオンを地面に降ろします。

その変わらない表情が、少しだけつまらなさそうに見えたのは気のせいだったのでしょうか。

この後烏の乱入があったりしたのですが、それすら掻き消すような事が起こりました。

 

 

「落ち着きなさい」

 

 

笑うかもしれませんが、確かに僕はこの瞬間死んだんです。

まるで空気自体が重くなってしまったかのような感覚と共にやってきた圧倒的な殺意の波動、それは死神の鎌の様に容易く僕を刈り取っていきました。

最後に覚えているのは身体の奥から力が抜けていく恐怖と二十数年生きてきたこれまでの走馬灯でした。

 

次に目を覚ましたときには、全てが終わっていました。

自分が生きていると理解したときには、僕は子供のように泣きました。生きているって素晴らしいと。

そして、僕の心には渡 七実というアイドルという存在が深く刻まれました。

 

今なら、はっきり言えます。

 

 

七実さまに問題などあるはずがありません。

 

 

 

 

 

とあるカメラマン

 

 

俺は346プロに所属するカメラマンだ。

この業界で二十数年近くやっている、ようやくベテランになれたってくらいのちんけな男だ。

周りは『神の目』とか囃し立てる馬鹿もいるが、こんなみすぼらしい神がいるかってんだ。

昔はアイドル何ざくだらねぇ、俺は世界の真実ってヤツをこのカメラに収めるんだ。って粋がってた時期もあったが、そんな俺も今じゃアイドル専門カメラマンになっちまったてんだから世の中わからねえ。

いや、俺がこうなったのも必然か。

かつて、業界を根幹から揺るがす事件があった。

 

『日高 舞ショック』

 

聞く者全て圧倒し魅力する歌唱力、名前の通り天女の舞の如きダンス、一目見れば忘れる事ができない美貌。

それまでテレビ番組に花を添える程度の存在でしかなかったアイドルの地位を一気に引き上げた。

権力を振りかざす大御所達に対する傍若無人な振る舞い、アイドル達を食い物にしていたテレビ局の局長を吊るし上げ、誰にも媚びることなく自分の正しいと思った道を真っ直ぐに翔る。それによって起きた数々の出来事は良くも悪くも業界に混乱を招いた

そのどこまでも気高く、義侠に溢れる姿に誰もが心を奪われた。

勿論、アイドルの事を馬鹿にしていた俺も例外ではなかったさ。

彼女が映るテレビ番組やライブの様子を目にする度に思ったよ。何でこれを撮っているのが俺じゃないんだってね。

それからの行動は早かった。それまで勤めていたところを辞め、アイドルを撮れそうな会社を片っ端から当たったよ。

最初から日高 舞を撮れるとは思っちゃいねえ。いや、撮っちゃダメだったんだ。

彼女の歌、踊り、生き様に俺の仕事を照らし合わせても、足許にも及ばないってわかっていたからな。

だから、俺と同じように彼女に憧れてアイドルを目指す新人を撮りまくった。

どんな才能無い奴でも、有る奴でも関係なく、差別なく、賃金さえも気にせずに只管に撮り続けた。

みんな俺を笑ってたよ。『馬鹿だ』『考え無しだ』『みっともない』ってな。

でも、構わなかった。俺にはそうやって撮り続けることでしか、彼女の立つ高みへと目指す事ができなかった。

愚かと言われても構わなかった。何故なら、撮り続けるうちに俺には他のカメラマンには見えない何かが見えるようになっていたからだ。

一種のオーラ的な、そのアイドルの潜在的な何かを示すそれは、色形は個人差があるとはいえトップアイドルになる奴は決まって宝石のような輝きを放っていた。

それがわかっても俺は驕る事無く色々なアイドルを撮り続けた。

最初はくすんだ光しか放たないアイドルでもちょっとしたきっかけで輝きだすし、その逆もまた然りであると知っていたからだ。

楽しかった。輝くステージに立つ自分の姿を夢見てよ、本当に子供らしくどいつもこいつも目を輝かして語ってるんだぜ。

そんな姿を見せられたら、大人の俺がもっと頑張らねえとってな。

 

まあ、それからなんやかんやあって今でもこうしてアイドルを撮り続けている。

346プロで今アイドル部門の部長をやっている今西には、返しきれねえ恩が有るからな。

しかし、今西の奴は何で今回の仕事に俺を指名してきたんだ。

こういうことが今までになかったわけじゃないが、あいつが

 

『この仕事は、きっと君をも変えてしまうよ』

 

とか、意味深な発言をしてくる事なんてなかった。

いったい今回の仕事に何があるって言うんだ?

 

隠された何かを知るために企画書をもう一度見返してみる。

内容は、別段特別な事があるわけでもないアイドルバラエティで、俺が担当するのは最近着々とファンを増やしている輿水 幸子がメインとなる動物とのふれあいコーナーだ。

小動物から始まり猛獣へと至る。流れとしちゃあ無難だし、アイドル界のリアクション芸人枠とも呼ばれる輿水の表情変化も撮れるし、なかなか担当アイドルの強みを生かした仕事だな。

それが、アイドルの望む仕事であるかは別だがな。

獅子、虎、熊等を前にして檻の中に設置された特別ステージでのミニライブか、動きが多そうだから撮影位置とかも考え直さねえと。

そういえば、今回は新人アイドルがゲストとしてやってくるんだったな。確か名前は

 

 

「‥‥渡 七実ねえ」

 

 

俺も346で働いている身だ。噂になっているこいつの伝説は色々聞いているが、実際にあったことはなかったため判断に困る。

何故ならその伝説というものが、どれも荒唐無稽なものばかりなのだ。

 

曰く

『全く動かなくなった演出装置を修理する所か、改良を加え円滑且つ当初の計画より出来の良いものを作り上げた』

 

『汗一つかかず推定50kg越えの荷物を1人で何個も階段を使って運んでいた』

 

『倒れかけた時5m以上離れていた筈なのに、いつの間にか支えられていた』

 

『2徹しても間に合わない量の仕事を手伝ってもらったら、2時間も掛からず終わった』

 

『明らかに身長以上の垂直ジャンプが出来る』

 

『都内に居る野生生物は、全て七実さまの僕』

 

『アイドルを食いものしようとしていたヤクザ集団 ○○組が一晩で謎の壊滅したのは七実さまの仕業』

 

『七実さまが車を持っていないのは走った方が速いから、勿論運転技術はプロ並みである』

 

『同僚が食べている弁当を一口貰ったら、何処の高級レストランのものかと思ったら七実さまの手作りだった』

 

『手刀で鉄骨を両断でき、蹴りは装甲を貫く』

 

『伝説の暗殺者教団の末裔』

 

『壁を蹴って、垂直に昇っていった』

 

『気力の高まった七実さまは、身体が金色に輝く』

 

『現役の特殊部隊に所属する人間でも七実さまには敵わない』

 

『誰もいないことを確認した筈なのに、七実さまはそこに居た』

 

『実は世界の均衡を保つため暗躍する秘密結社の一員である』

 

と挙げたら限がありゃしねえ。

どれもこれもおもしろ半分に誇張しているだけだろう。

そんなのが出来る人間がいるとしたら、もうそいつは人間じゃねえ。もはや人間の形をした何かだ。

噂に踊らされるようじゃ、この業界では生きてはいけねえし、どうせこれから会うんだ。この目でしっかりと見極めさせてもらうとしますか。

 

 

 

 

何なんだ、アイツは!あんなオーラなんて、見たことねえ!

いや、似たようなのなら一度だけ見たことがある。

業界に広く顔が利く今西に頼み込んで捻じ込んでもらった、あの日高 舞の引退ライブの時に。

日高 舞のオーラは絶えず輝き照らし続ける太陽のような巨大なものだったが、こいつは違う。

最初に会ったときはあまり強いオーラを感じない、中の下程度のアイドルだと思っていたが違う。

こいつは隠してやがったんだ。

 

騒ぎ立てる烏と獅子を黙らせるために一瞬だけ見せた本気。

その超新星爆発の如きオーラは、檻の外から撮影している俺達ですら『死んだ』と錯覚してしまうほどに濃く、圧倒的だった。

俺以外の撮影班は全員何が起こったかわからないという表情で地面に倒れ伏している。

日高 舞という規格外を経験していなかったら、俺も同じようになっていただろう。今ですら、動かずカメラを保持しているので精一杯だ。

今西の奴が言ってた理由が今わかったぜ。

こいつは自分の強さを知っている。それが普通の人間とどれだけ隔絶しているかも。

だから、こいつはいつも手加減をせざるを得ない。俺達人間が力を入れ過ぎて赤子や小動物を傷つけてしまわないようにするのと同じように。

幾多の少女が人生を捧げんとするアイドル業ですら、こいつにとっては本気を出せる場ではない。

恐らく今更になってアイドルデビューしたのも、単なる気まぐれなんだろう。もっと早くデビューしていたら第二次日高 舞ショックを起こしていたに違いない。

 

俺を変えるか。全く持ってその通りだったよ。

こいつの本気を撮ってみたい。体の自由がようやく戻ってきたころに、俺の胸の奥を支配していたのはそんな思いだった。

しかし、アイツの本気を撮るには今の俺程度の技能じゃ、足元に及ぶどころか比べる事すらおこがましい。

どうやら、周囲からもてはやされるようになって気がつかない内にいい気になっていたようだ。

いつか絶対その本気を最高の映像としてカメラに収めてやるからな、覚悟しておけ超新星アイドルめ。

 

 

 

 

 

 

とあるアイドル

 

あの日のことですか。

正直言って、ボクにとっては思い出したくない日です。

ボクが最初にあの人と話したのは新春企画の撮影の時でした。

 

 

「渡 七実です。この中では最年長になりますが、新人ですのであまり気にしないでください」

 

 

もう1人の事務員からアイドルになった千川 ちひろさんと一緒に挨拶したあの人は、人の良さそうなお姉さんにしか見えませんでした。

本格的なアイドル活動はこれが初めてと言うことなので、かわいいボクが先輩としてアドバイスをしてあげようと思ったのですが、事務員として何度も現場に入ったことがある2人には不要のようでしたね。

まあ、うちの事務員さんたちはかなり優秀な人が多いって聞いていましたから、かわいいボクは何とも思いませんでしたけど。本当ですからね!

 

撮影が始まる前に監督の独断で配役や脚本が少し変わった時には、川島さんや楓さんを除いて不満の声があがりましたが、あの人に与えられた役は過酷なものでした。

登場人物たちの中で最も強いキャラである為、単独での戦いの場面を演じなければならないのです。

あの企画のコンセプトとしてスタントマンは使用できないため、誰もが無茶だと訴えました。

だって、つい最近まで事務員としてデスクワークをしていた人が本職の人でも難色を示すレベルの戦闘シーンなんて出来るはずがないと考えるのが普通でしょう。

ですが、あの人は違いました。

 

 

「これって、私が動き易いようにしたら駄目ですか?」

 

「戦闘スタイルって剣に限定する必要あります?」

 

「何分で全滅させればいいですか?」

 

 

突然振られた無茶な要求にもあの人は応えました。周りの想像の遥か上を飛び去る形で。

1kg強ある特殊な素材で作られた身の丈ほどある大剣をまるで手の延長のように操り、繰り出される拳や蹴りは素人でもわかるぐらいの力強さに溢れていました。

いざ撮影が始まり、あの人が上着を脱ぎタンクトップ姿になったときボク達に衝撃が走りました。

 

 

そう、鬼と形容するしか出来ない、極限まで鍛え上げられた身体がそこにありました。

日野さんや姫川さんのようにスポーツ経験があり引き締まった身体をしているアイドルも中にはいますが、あれはそんな生易しいものではありませんでした。

オリンピックでメダルを目指すアスリート、または純粋に戦う事を魅せられた達人武道家。

少なくともかわいさ等を売りにするアイドルの身体ではありませんでした。やばそうな傷跡や刺青等を探してしまったのは、ボクだけではない筈です。

戦闘シーンが始まってからのあの人は『無双』という言葉がぴったりな暴れっぷりでした。

剣を片手で水平に構え身体を弓のように撓らせたかと思うとそのまま爆発的な加速で突きを放ち、そこそこの強度があるはずの敵役の模型を大きく陥没させるパンチを繰り出し、いつ振りぬかれたかわからなかった回し蹴りは模型の首を粉砕し、撮影慣れしたカメラマンでさえ捉えるのに苦労する速さで駆けて刃が潰してある筈の剣で模型を両断する。

開いた口がふさがらないというのは、ああいった状況を言うのでしょうね。

 

人間じゃない。そう思ったボクを誰が責められるでしょうか。

きっとあの場にいた人の総意だったと、胸を張って言えますから。

 

次の機会は、ある番組での撮影でした。

プロデューサーさんがどうしてもというので、バラエティ番組の動物とのふれあいコーナーに出演する事になり、そのゲストとして招かれたのがあの人でした。

あの光景を覚えているボクとしては、少し‥‥いえ正直かなり緊張していましたが、虚勢を維持しながらいざ話してみると普通の気さくなお姉さんでした。

失礼な言葉遣いをした瞬間に○されると思っていた心配は杞憂だったのです。

それからは、弄られながらも楽しく過ごせていたと思います。

 

 

あの瞬間まで。

 

 

圧倒的な威圧感。

まるで格上のアイドルのパフォーマンスを見せ付けられ、心の奥にある大切な何かを折られかけてしまった時よりも強大で、無慈悲なそれを受けたボクは撮影中と頭では理解しても身体からは力が抜け、呼吸も上手く行えず、特設ステージの中でもがいていました。

死んでしまう。これ以上受けると心が壊れて、人間でなくなってしまう。

たった一瞬が、何分にも思え走馬灯さえ見えた気がします。

 

普通の人ならトラウマを抱えるには十分な出来事でしょうが、トップアイドルとなるかわいいボクには衝撃的な出来事の一つでしかありません。

まあ、その第一位が久しぶりに更新された日ではありましたが。

では、どうしてボクがあの人に対して怯えた態度をとるかですか?

そんなの簡単です。

ボクが怖いのはあの出来事ではなく、()()()そのものなんです。

あの威圧感の後、現場の復旧のために休憩が入りました。あの人も自分の所為でこうなったというのを察してか、色々お手伝いをしていたそうです。

ボクはちょっと着替えをしていて、離れていたので又聞きなのですが飼育員の人があの人に言ったそうです。

 

『貴女が相手となるとライオンですら形無しですな』

 

先ほどの出来事を笑い話にするためのお世辞のようなものだったのでしょう。

それに対してあの人は、こう答えたそうです。

 

『すみません、騒ぎにしてしまって。まだ手加減するべきでした』

 

あの人は『まだ』と言ったのです。

つまりはあれですら手加減で、本気ではないと言う事なのです。

最初は周りも冗談かと思っていたのですが、あの人が真剣に謝罪する様子を見てその言葉が真実であると判断したそうです。

 

いったい、あの人が本気になった時に何が起こるのか

あの笑顔の下で、何を考えているのか

 

それら一切がわからなくて、怖いんです。

ボクの考えすぎなのかもしれません。でも、これは知識ではなく感情なんです。

どうしようもないじゃないですか。

あの人が、ボクの態度にほんの少しだけ寂しそうにしているのがわかっていても、その所為で楓さんや川島さん、菜々さん、千川さん以外のアイドルから距離をとられているとしても。

怖いものは、怖いんですよ。

 

 

だから、ボクは願わずにはいられません。

いつかあの強すぎるあの人を本当に理解して上げられる人が出来る事を

 

そして、ボクがこの恐怖を乗り越え、あの人と並び立つ事ができる日を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今後は、番外編として他キャラ視点だけではなく色々と挑戦していきたいと思います。
現在は第二弾として某掲示板風を予定していますが。
予定は未定です。





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番外編2 【仮○】346プロの新春企画がおかしい【ライダー?】

特撮放映前~放映中までの掲示板風です。

本編中のキャラクターは一切出ません。





【仮○】346プロの新春企画がおかしい【ライダー?】

 

 

1 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルばかりの特ww撮ww

 

2 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>1

まじで?

 

3 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

嘘乙

 

4 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

765といい、迷走してないかアイドル業界

 

5 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>1

kwsk

 

6 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346プロの公式見てみww

 

7 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>6

マジwwだったww

 

8 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>6

確認した

本当に特撮だった‥‥しかも本格的な‥‥

 

9 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタントマン不使用とかww意味わからんww

 

10 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346のトップは馬鹿なの?○ぬの?

 

11 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でも、面白そうじゃね?

 

12 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>11

一理ある

 

13 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

嫁が出るなら名作、出ないなら駄作

 

14 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

特wwww撮wwwwかよwwww

 

15 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346にアクションできるアイドルっているのか?

 

16 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>13

落ち着け

 

17 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>15

茜ちゃんなら、何とか‥‥

 

18 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>13

キャストは未定だから、気長に待とうぜ

 

19 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官マダーーー?

 

20 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>17

逆に茜ちゃんしかいない件について

 

21 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>19

広報官?

 

22 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

765と961の新春企画って何だっけ?

 

23 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

幸子を、是非幸子を!

 

24 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>20

言うな

 

25 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>20

アイドルの特番に質を求めるな、嫁を愛でよ

 

26 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>21

元346プロの工作員

今では、346系スレで可能な限りで流してくれる

 

27 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>25

確かにそうだけど、本格ってあるし‥‥

 

28 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>19

広報官も忙しいんじゃね?

最近、仕事増えたって言っていたし

 

29 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>22

他の事務所の話題はNG

765が無人島生活、961は珍獣ハント

 

30 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本格特撮(本格的とは言っていない)

 

31 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>29

ツンwデレww

しかし、アイドルとは何だったのか‥‥

 

32 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

期待半分、心配半分

 

33 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

黒歴史化確定

 

34 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

変身シーンでは服が脱げるのか、それだけが問題だ

 

35 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

とりあえず出演が確定してそうなアイドルって誰?

 

36 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>31

何を今更

 

>>34

それ特撮ちゃう、魔法少女や!

 

37 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>28

マジで!?何があったんだ?

 

38 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>35

茜ちゃん

 

39 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>35

カワイイぼ‥‥輿水 幸子ちゃんだと思いますよ

 

40 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>35

楓さんと川島さんだろJK

 

41 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>35

まゆ以外にありえない

 

42 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>35

嫁を挙げるだけになるから、やめようぜ

 

43 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん

 

44 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

う、ウサミン

 

45 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>37

1人で5人分近い仕事をこなす人がいなくなったらしい

 

46 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

多くは望みません、ただ嫁を出してください

 

47 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

脚本:虚○

 

48 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>45

oh‥‥

 

49 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何その規格外

 

50 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドル事務所の事務員ってすごい

 

51 広報官

遅ればせながら、携帯から俺参上

いや、あの方の偉大さを思い知りました

 

52 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

765も確か事務員少なかったよな

 

53 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

深刻なPと事務員不足?

 

54 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>51

広報官キターー!

 

55 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

遅いぞ

早く情報をください、お願いします

 

56 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

wktk

 

57 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ハリー、ハリーハリーハリー

 

58 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前ら落ち着け

幸子は出ますか!出ますよね!!

 

59 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官の人気に嫉妬w

 

60 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346スレのアイドル、広報官ちゃんだよーー♪

 

61 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>60

カーーン、カーーン、カーーン

 

62 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お願いします、どうか情報を

 

63 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>54-62

落ち着け、これじゃあ広報官もやりにくいだろ

 

64 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

情報マダーー?

 

65 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>63

了解

 

66 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>63

すごく落ち着いた

 

67 広報官

>>63

サンクス

まあ、今は教えられる事は少ないけどな

 

68 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>67

いいから、情報はよ!

 

69 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>67

0と1の差は大きい

 

70 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

wktk

 

71 広報官

とりあえず、今出せる情報は

今回の特撮は、所属アイドルのほぼ全員が出演することくらいだな

 

72 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>71

マジで?

 

73 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

よっしゃぁーーー!!

 

74 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ボンバーーー!!!

 

75 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

最高の知らせだ

 

76 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官ありがとおお!

 

77 広報官

とりあえず、今はこれだけだな

じゃあ、仕事にもどる

 

78 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>77

頑張れ

 

79 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>77

ニートになれば楽なのに

 

80 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>79

じゃあ、誰が情報くれんだよ!

 

 

 

(以下、雑談)

 

 

 

173 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官こないな

 

174 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あれから10日か

 

175 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

公式情報ってどれくらいある

 

176 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

忙しいみたいだな

 

177 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

平日からここで雑談してる俺達って‥‥

 

178 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さんは俺の嫁

 

179 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お、俺は不定休の仕事だから

 

180 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>175

スタントマン無しの本格的(?)な特撮

殆どのアイドルが出る

新人も出る

放送時間は2時間半

 

181 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

結構力入れてるよな

 

182 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いつ見ても2時間半という数字は目を疑う

 

183 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

明後日の方向にも全力、346プロ

 

184 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、気長に待ちますか

 

185 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

時間だけは有り余ってるからな

 

186 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>185

仕事しろ

 

187 広報官

はろはろ、はろ~~

広報のお時間だぜ

 

188 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>186

だが、断る

 

189 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

待て、広報官だ!

 

190 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

者共出会え、出会え!

 

191 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

囲め囲め!

 

192 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官だな?情報置いてけ!情報置いてけ!

 

193 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はよせい、うちは気が短いんじゃ

 

194 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一日千秋の思いで、待ってました

 

195 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ヒャッハーーー!!新情報だ!!

 

196 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

待ってたぜ

 

197 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ROMってた奴多すぎるだろ

 

198 広報官

お前ら、平日の昼から何してんだ?

 

199 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

言うな

 

200 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

言うな

 

201 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>198

この人でなし

 

202 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>198

なんという、ブーメラン

 

203 広報官

とりあえず、新たな情報解禁するぞ

 

204 広報官

脚本家の名前は出せないけど

軽くあらすじだけ

 

今回の舞台は21XX年の火星

増えすぎたアイドル達は新たな活動場所を求めて宇宙へと飛び出した

火星にやって来たアイドル達は、そこで凶暴な生物と遭遇する

しかし、宇宙の海を越えてきたアイドル達には特殊な能力があり

営業(物理)で未来を切り開いていく

 

205 広報官

こんな感じ

 

206 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

‥‥‥

 

207 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

営業(物理)

 

208 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こんなとき、どんな顔をすればいいかわからない

 

209 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは本格的に黒歴史化確定

 

210 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何だこれ、何だこれ!

 

211 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ハハッ

 

212 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>208

笑えばいいと思うよ

 

213 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

未来、火星、凶暴な生物、特殊な能力って、アレか

 

214 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

原作:貴○?

 

215 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

火星ゴキブリでんの?

 

216 広報官

今回の情報はこれだけだ

そろそろ休憩終わるから、一旦落ちる

 

217 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これアイドルに死亡フラグ建ってないか?

 

218 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>216

お疲れ、頑張れよ

 

219 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

グロ確定じゃねえか!

 

220 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

フィクションでも嫁の死ぬ姿は見たくないな

 

221 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん、仕事断ってぇーーー!!

 

222 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

腹パン(貫通)

 

223 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346の上層部、無能

 

224 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やったねミシロン、犠牲者が増えるよ

 

225 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>222

申し訳ないが、グロはNG

 

226 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>224

おい、やめろ

 

227 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドル使うし、死者0やろ(震え声)

 

228 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>221

楓さんは原作的にランキング上位に入るから大丈夫だろ

美穂ちゃんとかやばそう

 

229 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

人為変態すんの?

 

230 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>228

原作ランキング2位

 

231 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

日本原産 大雀蜂!

 

232 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でも、ちょっと楽しみな俺がいる

 

234 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>230

忘れてた

 

235 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドル特撮は見たいけど、死亡シーンは見たくない

 

236 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

わかるわ

 

237 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

変身× 変態○

 

238 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

原作的にアクションシーンはガチの殴り合いか

怪我だけはして欲しくないな

 

239 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

バグズ時代なのか、MO時代なのか気になるな

 

240 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタント無しで、あの戦闘シーンは無茶だろww

 

241 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

バグズだと、2人しか生き残らない件

 

242 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

殆ど出るって言うから、後期の方だろ

 

243 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

艦長は川島さんかな?

 

245 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本当に死者だけは0でお願いします!

 

 

 

(再び雑談)

 

 

 

346 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346なら、最高に素敵なパーティ開催

 

347 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346なら、誰も死なない

 

348 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346なら、名作確定

 

349 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ソロモン海戦って、絶望フラグじゃね?

 

350 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>346

このクソ提督!

 

351 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>346

○ねば良いのに!

 

352 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>346

君には失望したよ

 

353 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

結構、提督潜んでるんだな

 

354 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どうせみんないなくなる

 

355 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、アニメ化したくらいだし

 

356 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

だ、大丈夫。きっと大丈夫。

 

357 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>354

なんでそんなこと書いた!言え!

 

358 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

2期もあるらしいよな

 

359 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>355

アニメなんてなかった。良いね?

 

360 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、艦これの話したいなら他のスレ行け

 

361 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ドーモ、提督サン。憲兵デス。

 

362 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そういえば、346の公式更新来てるな

 

363 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新人アイドルのプロフィールが追加されてたな

 

364 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジで?

 

365 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新人の話だろ

 

366 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

事務員をアイドルって、346は人材不足?

 

367 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

20代の年増アイドルなんて、いらねぇww

 

368 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

はっ?

 

369 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

あん?

 

370 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

よろしい、ならば戦争だ

 

371 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

お前は俺を怒らせた

 

372 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

OK、その喧嘩買ったわ

 

373 広報官

>>367

許さん

 

374 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

貴様の首はいらん。命だけ置いてけ。

 

375 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ!

 

376 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

○ね、このグズ!

 

378 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

皆とりあえず、落ち着け。広報官が混ざってる。

 

379 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

○して解して並べて揃えて晒してやんよ

 

380 広報官

不愉快なので、帰るわ

 

381 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

待ってくれ!

 

382 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お願いします。情報を

 

383 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

コイツたぶん荒らしだから!

 

384 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>367

謝れ!早く謝れ!

 

385 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石忍者、忍者汚い

 

386 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

待ってください。情報が欲しくて泣いてる子もいるんですよ!

 

 

(367叩きと慈悲を乞う)

 

 

521 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官が来なくなって2週間か‥‥

 

522 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

公式更新もあんまり無いな

 

523 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんで、広報官あんだけ怒ったんだ?

 

524 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

情報ぅ~~

 

525 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>523

そりゃ、自分のところのアイドル貶されたら不愉快だろ?

 

526 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もしかしたら、知り合いだったのかもな

 

527 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もうすぐクリスマスか‥‥

 

528 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ロリコンは害悪、はっきりわかったな

 

529 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>526

それ、正解かもな

2人とも元アイドル部門の事務員だったようだし

 

530 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

シングルベール、シングルベール‥‥

 

531 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

クリスマス?知らないイベントですね

 

532 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そういえば、あの新人2人どう思う?

 

533 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>530

やめろ‥‥やめてください

 

534 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

悪くないじゃないか

千川ちひろの方は守ってあげたくなる系のお姉さん

渡七実はできるクーデレ系お姉さんって感じ

 

535 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺はちひろさんの方が好み

一緒にコスプレしたい

 

536 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さんだな、なんか甘やかしてくれそう

 

537 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

2人も結構好み

早くどんなキャラか見てみたい

 

538 広報官

>>526

正解

特に七実さまは、新人時代から今なおお世話になってる

 

539 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官だ!

 

540 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>538

まじで?

 

541 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

‥‥七実さま?

 

542 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何故にさま付け?

 

543 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>538

kwsk

 

544 広報官

前に言ってた5人分近い仕事を1人でこなす人、それが七実さま

あまりにも有能すぎるので346の人間は敬意を込めてこう呼ぶ

 

545 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジでいたのか‥‥

 

546 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もっとkwsk

 

547 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

確かにできる感じはあるけど、そんなにか

 

548 広報官

語ったら限が無いくらいには

とりあえず、情報を落としてく

 

549 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お預けくらってたから期待

 

550 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はよ

 

551 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

紳士なら、もう少し我慢を覚えるべき

 

552 広報官

と言っても話せることは少ないけど

スタントマンは使わないけど、CG等の効果は使わないわけじゃないから

戦闘シーンはそこそこ期待していいと思う

 

553 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そうなのか、安心した

 

554 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本家特撮でもそれが主流だしな

 

555 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ハードルが上がったな

 

556 広報官

後、OPとEDはアイドル達が歌うよ

メンバーは言えないけど

 

557 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

メンバーって事は複数か

 

558 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

財布がまた軽くなるな

 

559 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お布施は重要

 

560 広報官

最後に重要情報、シャワーシーンあるよ

 

561 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんと!

 

562 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

うおおおお、サービスシーンじゃあぁぁぁ!!

 

563 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

最高の知らせだ

 

564 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

HD録画確定

 

565 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

誰だ!?楓さんか?川島さんか?

 

566 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

うひょぉぉぉぉぉぉ!

 

567 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

歓喜のあまり叫びすぎて、親に怒られた

 

568 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>564

それは基本だろ、常識的に考えて

 

569 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

火星、シャワー‥‥あっ

 

570 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

菜々さん希望

 

571 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、未成年は無理だろうな

 

572 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

元ネタ的にシャワーって、死亡フラグじゃ‥‥

 

573 広報官

じゃあ、年末ライブの仕事で忙しいから落ちる

 

574 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>569

そういえば

 

575 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

喜んでたけど、やばくないか?

 

 

(疑念と歓喜の混ざった雑談)

 

 

643 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

始まった!

 

644 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

きたあああああ

 

645 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

きたあああああああああああ

646 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

うおおおおおおお

 

647 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

モノローグは、楓さんか

 

648 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さんだああああああ

 

649 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やばい興奮してきた

 

650 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まだ大丈夫

 

651 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

幸子だ!

 

652 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

紗枝ちゃん居たぞ!

 

653 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こーひーなーたーん!!

 

654 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

宇宙船内、結構凝ってるな

 

655 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まゆ~~

 

656 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

未成年組が多いな

 

657 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

日常って感じで和む

 

658 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この時は、あんな惨劇が訪れると誰も思っていませんでした

 

659 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

宇宙船内でもレッスンww

 

660 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

僅かなアイドル要素

 

661 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お、年長組のシーンだな

 

662 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>658

おい、やめろ

 

663 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

会議中か、さっきとは対照的で重苦しいな

 

664 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さんだあああ

 

665 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ウサミ~~~ン!!

 

666 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

川島さん!川島さんじゃないか!

 

667 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

艦長川島さん!

 

668 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

幹部達か

 

669 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

4人しかいないな、消えたの誰だ

 

670 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さらっと混じってる新人ww

 

671 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こわああああ

 

672 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまが一番威圧感がある件

 

673 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

中国とドイツじゃね、裏切りは時間たんないし、死亡シーンは叩かれるだろうし

 

674 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

中国、ローマだろ

 

675 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

菜々さんがJKじゃないだと‥‥

 

676 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

中国は確定

 

677 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

裏切りはNG

 

678 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みんな仲間だもんげ

 

679 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

仲良いな、このメンバー

 

680 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新人より菜々さんの方が馴染めてない感がある

 

681 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新人さん2人と川島さん、楓さんは飲み仲間

よく新人さんの家に泊まってるらしい

 

682 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、いい声だな。演技上手いし。

 

683 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

定着したな、七実さま呼び

 

684 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

川島さんと七実さまのこの熟年夫婦感

 

685 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

川島さん「アレって、どうなってたかしら」

 

七実さま「こっちでやっておきましたから、後で確認しておいてくださいね」

 

686 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もうすぐ火星熱圏か

 

687 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

順調そうだな

 

688 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは襲撃は無しか?

 

689 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここでOPか

 

690 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

襲撃無し確定!よかった

 

691 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

OPはまゆ、幸子、小梅、愛梨、美穂か

 

692 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

完全新曲じゃねーーか!!

 

693 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346本気すぎるだろう‥‥

 

694 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これが大企業の本気か‥‥

 

 

(そして戦闘シーン)

 

 

771 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

美嘉ああああああ!

 

772 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

茜に続いて美嘉まで‥‥

 

773 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

○んではないけど、ヤバイだろ‥‥この展開

 

774 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

幹部達来てええええ

 

775 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ビークルの方にも群がってるから、無理っぽくね

 

776 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

数の暴力って凄い

 

777 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さあ、地獄を楽しみな

 

778 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これ誰か○んじゃね?

 

779 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ‥‥

 

780 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

追撃はやめてえええええ!

 

781 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

誰か、マジで誰かぁ!

 

782 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

!!

 

785 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この剣は!

 

786 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっと形は違うけど、間違いない

 

787 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1位だ!!

 

788 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1位って新人かよ!!

 

789 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なあ、筋肉すごくね?

 

790 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドル?

 

791 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

元事務員の体じゃねぇww

 

792 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

鬼の血筋かよww

 

793 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「まったく、もう30は倒したのに限がありませんね」

何、この頼もしさと余裕

 

794 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

えっ、なんで川島さん他のメンバーに撤退命令だすん?

 

795 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

大丈夫なのか、原作とは展開がかなり違うけど

 

796 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はっ?

 

797 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

え、何?今、何した?

 

798 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

剣で受け止めてた棍棒をいなして、一瞬で首を刎ねた?

 

799 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

見えなかった

 

800 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まじで?

 

801 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何この無双状態!!

 

802 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これスタントマンとかじゃね?

 

803 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

パンチ力やべぇぇ、陥没しとる

 

804 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

蹴りで頭砕けたぁ!!

 

805 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

グロ注意ってこっちかよ!

 

806 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なにこの新人!事務員とか嘘だろ!!

 

807 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346ランキング第一位 人類の到達点

       渡 七実

      能力:???

専用武器:対害虫特殊塗装大剣『草薙剣』

 

808 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いきなり戦闘シーンがすごくなったな

 

809 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

勝てる気がしないし、負ける気がしない

 

810 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もうあいつ1人でいいんじゃないかな

 

811 広報官

見よ、あれが346最強のアイドル七実さまである。

 

812 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

確かに、こんな人いたらさま付けするわ

 

813 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

怒らせたらやばそうだな

 

814 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

戦闘開始数分で既に10体以上倒しているんですが‥‥

 

815 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

恐ろしいのは、アレだけ動いてるのに息ひとつ切れてない

 

816 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

生まれてくる世界を間違えてませんか?

 

817 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ぼくがかんがえたさいきょうのあいどる

 

818 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

職業選択絶対間違えてる

 

819 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、昇○拳

 

820 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

かなり跳んでね?

 

821 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

2mは跳んだと思う

 

822 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>818

5人分の事務仕事をこなすらしいぞ

 

823 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

出身大学Sランやぞ

 

824 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何この完璧超人

 

825 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スティンガーからのミリオンスタブ!!

 

826 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

かなりのヲタか?

 

827 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

再現度高ぇな、おい

 

828 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今まで事務させてた346上層部無能

 

829 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

地上最強の生物

 

830 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドル史上最強じゃね?

 

831 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

言われるまでもなく、そうだろ

 

832 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やばい、ファンになった

 

833 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もう笑うしかねぇwwww

 

 

(以下、七実ネタで埋め尽くされる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




番外編1と平行して進めていたのですが、やはり難しいです。
掲示板系はまとめサイトしか読んだ事のないにわかなもので。

番外編3については全くの未定です。
なので、投稿まで期間が空くかもしれません。ご了承ください。




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自分の口と舌とを守るものは、自分自身を守って苦しみに会わない

番外編を投稿予定でしたが、思うようなものが出来ず
気分転換に本編の方を作って居たら完成したので投稿します。

番外編につきましては、今後本編投稿と平行して製作していき不定期に投稿していこうと思います。
他キャラ視点等を楽しみにしていた方々には申し訳ありませんが、ご了承ください。





どうも、私を見ているであろう皆様。

2月14日のバレンタインデー特別ライブで初舞台を迎え、決意を新たに2X歳からのアイドル活動を頑張ろうと思うチートオリ主です。

ライブから1週間が経ち、事後処理等で346プロはつかの間の休息を噛み締めています。

あのライブでデビュー曲を披露した私達『サンドリヨン』ですが、評判は予想を裏切るレベルでいいようですね。

2人共20歳越えの新人アイドルユニットなんて、ネタにされたり、叩かれたりするものだと思っていましたが、翌日から店頭販売されたCDの売り上げも好調だと武内Pが嬉しそうに教えてくれました。

元々黒歴史や、マジアワ、他にも瑞樹や楓、菜々との絡みでメディア露出はそこそこ多く、知名度も一般的な新人アイドルユニットより高い状態だったので、そのデビュー曲として注目されていたようです。

一応家族達にもCD(サイン付き)を送ったのですが『アンタ、ちゃんとアイドルしてたのね』や『私はお前を誇りに思う、だからお前ももっと自分を誇れ』や『姉ちゃん、何で事務員なんてしてたんだ?』という温かい言葉も貰いました。

基本的に物事の色々を察して行動する事が多い日本人ではありますが、やはりこういったはっきりと形にされると嬉しいものがあります。

作詞作曲をせず歌うだけのアイドルがCDによって得られる印税は微々たるものですが、今度の休みにでも実家に帰って何処か食べに連れて行ってあげましょうか。

それよりも、お金がもったいないから何か作れと言われそうな予感がひしひしと感じられますが、それも悪くないかもしれません。

最近アイドル業と事務員業が忙しくて、久しく全力で料理していませんし。

作りたいと思う料理は大量にあるのですが、自分1人だとやる気が出ませんし、いつものメンバー達相手だと全員がアイドルである為体形管理も考えなければなりません。

ですが、時にはカロリーやら栄養バランスやらを全て投げ捨てて、気が向くままに作りたいものを作りたいだけ作りたくなることが数年に1度くらいの周期でやってくるのです。

この前が一昨年のクリスマスでしたから、今回は早いほうですね。

うちの家族は基本的によく食べる人間が多く、特に弟の七花は体力がものをいう仕事柄一般成人男性の倍近くの量を余裕で平らげます。

料理を作る側としては、大量に作った大皿が瞬く間に空になると言うのは見ていて気持ちよく、また筆舌しがたい達成感に包まれるのです。恐らく、料理に携わる仕事をする人はこれが忘れられないのでしょう。

そうと心に決めたなら、早速弟に実家に帰る日を打診します。

腹ペコ魔人な弟なら、すぐに都合をつけて帰ってくるでしょう。

幸い弟が居る駐屯地がある習志野は、都内にある実家からそこまで離れているわけではなく、その気になれば日帰りも可能な距離ですから特に問題はないはずです。

現在の時刻は正午少し過ぎたくらいなので、何かしらの特殊な訓練等がない限り昼休みな筈なのですぐに返信がかえって来るでしょう。

 

 

「七実さん、なんだか楽しそうですね」

 

「そう見えます?」

 

「はい、とっても」

 

 

隣で私の作ったお弁当を食べていた菜々の言葉に私は自分の顔に触れて表情を確かめます。

確かに口角が若干釣りあがっており、どうやら緩んだ表情をしていたみたいですね。

前世の記憶を持つ転生者でも、家族に対する感情は変わりません。恐らくこういったものは、意識や知能ではなく遺伝子レベルで人間に刷り込まれているものなのでしょう。

それに、家族の中でも弟は私の一番の理解者ですし、ついついブラコン気味になっても誰が咎められるでしょうか。

咎める人間が居るなら、ちょっと表に出ましょう。

 

 

「誰とメールしてるんですか、ちひろちゃんですか?プロデューサーさん?」

 

「違いますよ」

 

「なら、瑞樹?楓ちゃん?」

 

「はずれです」

 

「えっ、誰ですか。この中のメンバー以外で、七実さんがあんな顔をする相手って」

 

 

食べる手を止めた菜々が興味津々といった感じで詰め寄ってきました。

このウサミン星人は、こういったネタに関しての食いつきは噛み付いたらなかなか離さないスッポン並みにしつこいです。

乙女スイッチの入った瑞樹といい勝負で、この追及から逃れるのは容易な事ではありません。

まあ、今回の件は別段隠す必要があることではないので教えてしまっても構わないでしょう。

 

 

「弟ですよ」

 

「ああ、そういえば七実さんって、弟さんがいたんでしたね。自衛官でしたっけ?

写真もありましたけど、頼りがいがありそうで格好いいですよね」

 

 

確かに七花は人生の大半を私というチートキャラと過ごしてきたため、私ほどではないものの同じ名前の原作キャラとほぼ同レベルの身体能力を得た準チートキャラ状態ですし。

自衛隊に入隊した後も『レンジャーの教官達より、姉ちゃんの方が強かったんだけど‥‥どういうことなんだ?』という自分の能力に気がついていないと言う天然っぷりを発揮しました。

事なかれ主義な性格をしており、私との手合わせで極限にまで鍛え上げられた身体に加え、私の弟と言う事で不良グループ達からも喧嘩を仕掛けられることもなく平穏に過ごしてきた七花にとって、基準点となるのが一番身近に居た私なのです。

実家から出て社会人として働き出して、そのずれは修正されつつあるのですが、それも完全ではなく特に恋愛関係に関しては致命的なレベルになっているようで、付き合っても長続きしないそうです。

そんな弟でも私にとっては可愛いもので、こうして誰かから褒められると自分の事のように嬉しいですね。

 

 

「何を送ったんですか?」

 

「新年も帰ってませんでしたから、そろそろ一度実家に顔を出そうと思いまして」

 

「ああ、最近忙しかったですもんね」

 

 

この機会を逃すと今度はいつになるかわからないですからね。

ライブデビューも済ませたわけですし、これからは歌関係の仕事も増える可能性もあるわけですから、確実に今以上に忙しくなるでしょう。

まあ、現状私に打診が来ている仕事の中にはそんな華やかなものは殆ど存在していませんが。

人間第一印象が重要と言いますが、アレは本当のことであり、どんなに事実とは違っていたとしても一度定着してしまったイメージを払拭することは並大抵な事ではありません。

特に偶像たるアイドルにおいてはイメージと言うものは戦略的に重要な事であり、ファンとは特殊なイベントを除き言葉を直接交わすことがないためそれを変えることは不可能に近いです。

前世でもよくアイドルの熱愛発覚ニュースで、そのアイドルのファンたちが暴徒の如く荒れ狂った姿を目にしたことはありましたし、アイドルの影響力が異常なまでに強い今世においてもそういった過激派的なファンは一定数存在しており、社会問題としても取り上げられています。

しかし、この世界には自浄作用があるのか悲惨な事件に発展したケースは殆どありません。

流石は二次元世界と思いましたが、死亡事故や殺人事件といったものはこの世界においても無くならないので、あまり期待しすぎてもダメでしょう。

そんなことを考えていると返信が来ました。

 

 

『来週末帰る』

 

 

もっと他に色々とないのかと思いたくなるほどの簡素なメールではありますが、男性のメールなんてこんなものでしょう。

必要最低限のことし書かれていないので、話題が発展せず返信地獄にならない分こういったときはありがたかったりもします。

しかし、来週末ですか。

今のところ予定は入っていませんが、当日になって急遽仕事が振られることもあるのがこの業界の恐ろしいところですから、早めに手を打ったほうがよさそうですね。

七花に返信したついでに武内Pと昼行灯に来週末に有給を取りたいという旨のメールをしておきます。

急なお願いですが、そこそこ346プロに対して貢献してきたという自負があるので、きっとですが何とかしてくれるでしょう。

まあ、埋め合わせとして何かしら向こうの要求も呑むつもりですし。

 

 

「予定は決まりました?」

 

「ええ、来週末に帰る予定です」

 

「そうですか。あぁ~~、菜々もお休みが欲しいです」

 

 

と菜々は口ではこう言っているもののライブデビューを果たし、今回も念願の声優の仕事が舞い込んできたので、仕事が楽しくて仕方ないようです。

つい先程も『アイドル楽しい‥‥やばい‥‥』とか小さく漏らしていましたし。

いきなりヒロインというわけにはいきませんでしたが、それでも登場回数の多い重要キャラなのでこれからここへは何度も足を運ぶ事になるでしょう。何故か私も。

憧れの声優の仕事場で働く事が出来ると年齢を忘れてはしゃぐ菜々とは対照的に私は台本を貰った時点から溜息が尽きません。

今回の仕事は深夜アニメなのですが、原作のない完全オリジナルアニメなのです。

内容としては、魔法世界を壊滅に追いやった正体不明の軍勢が現実世界に侵攻してきて、それに対抗するために魔法世界の神話の神が創造した武器の欠片を受け取った高校生達が先の見えない絶望的な戦いの中で、泣き、笑い、そして恋をしていくという話です。

さて、ここで一つ問題です。この作品の中で私が声を当てることになるキャラは、いったいどんな立ち位置でしょうか。

きっと察しのいい皆様なら、薄々感づいている方もいるのではないでしょか。

 

そう、魔法世界を滅ぼし、現実世界への侵攻を始めた正体不明の軍勢の総統。それが私に与えられた役です。

ちなみに菜々は魔法世界の数少ない生き残りの魔道騎士の1人で、主人公達の師匠的ポジションらしいです。

いったい何処で差がついたのでしょうか。

この総統、台詞がいちいち痛々しいのです。

一話の時点でも、主人公達の力の源となる神が創造した武器を砕きながら。

 

 

『それが貴方達の崇める神が創造せし武具ですか?

貴方達の愛すべき世界を蹂躙する憎き仇敵に対して何も出来ないそれが?

無辜の民を家畜のように扱い、知的生命体として守られるべき尊厳を陵辱され、壊し、遊び、曝し、殺す。

そんな侵略者を討ち滅ぼさんと多大な犠牲を払ってようやく起動したものがその程度ですか。

こんな玩具の為に貴方達は、あれ程の犠牲を払ったのですか?この世界の事を思い散っていった英霊達に貴方達の死は無駄では無かったと言えるのですか?

答えなさい、この世界を統べし魔導の王よ』

 

 

という、侵略者が何を言っているんだと思わずツッコミを入れたくなる厨二的言い回しな台詞を吐くのです。

もうですね。言い終わったときにはその場で床を転がり、新種の掃除道具の一つにでもなってやろうかと思いましたよ。

どうして、私にはこういった黒歴史を増産するような仕事しか来ないのでしょうか。

武内Pは、もしかしたら私に対して何か怨みでも抱いているのではないかと思いたくなるくらいの仕事選びです。

一応仕事ですから、どれだけ嫌だと思っても一切手を抜かず真剣にはやりますが。

唯一の救いはこのキャラの出番は序盤~中番にかけては一切無いことでしょうか。

しかし、こんなテンプレもテンプレな厨二世界全開な完全オリジナルアニメなんて人気が出るのでしょうか。

主演声優達も勿論ベテランは居ますが、圧倒的に新人率が高いです。

私的には下手に人気が出て続編製作決定とかなったら困りますので、そこそこの人気でいいのですが。

 

 

「渡さん、準備お願いします」

 

「‥‥はい」

 

 

スタッフの呼び出しを受け、13階段を上る死刑囚な気分で収録室へと向かいます。

今日最後の収録となるので、これが終われば帰れるのですが、それでも気分はエンジンが止まった飛行機のように急降下を続けています。

ああ、誰かこの役を代わってくれませんかね。

 

 

「七実さん、頑張ってくださいね。菜々、応援してますから」

 

「‥‥お任せあれ」

 

 

落ち込んでも仕方がないので、両頬を軽く叩いて気合を入れなおしました。

厨二な台詞の1つや2つが何ですか、そんなものよりチート転生した私という存在の方がもっと厨二的で痛々しいではないですか。

ならば、最後まで演じきって見せましょう。この絶望を齎す者を。

 

新たな気持ちで望んだアイドル活動は、平和とは言いがたいです。

 

 

 

 

 

 

「新規のアイドルプロジェクトですか」

 

「そうだよ」

 

 

夕方、あの今すぐ金庫に放り込み鎖で何重にも巻いて施錠した後マリアナ海溝に沈めたくなる新たな黒歴史の今日分の収録は終わり346プロに戻ったら、昼行灯に呼ばれていると伝えられたので会議室に行きました。

20人近くが集まっても狭さを感じさせない会議室を1人で占領していた昼行灯から資料と共に相談されたのは、新しいアイドルのプロジェクトの話でした。

仮にもアイドル部門の部長が一介の元事務員アイドルに相談する内容ではない気がするのですが、どうなのでしょう。

現在我が346プロのアイドル部門は、その豊富な財力と各方面のプロを起用した育成で着実にアイドル業界の列強勢として名を連ねるようになりました。

765や961、876といったトップを走る集団には追いつけては居ませんが、王道なアイドルから色物系や不思議系といった個性的なアイドルまで幅広い人材を確保している我が社は、3社が手を伸ばす事が出来ない領域を着実に埋めていっています。

彼我の差を埋めるには恐らく数年単位での戦略が必要ですが、良くも悪くも3社のアイドルは現在の黄金時代を作り上げたメンバーが強すぎてイメージが固定されてしまい展性に乏しくなっている状態です。

しかし、346は日本全国から次々とアイドル候補生を迎え入れており、強烈な個性を放つ人材を適材適所で割り振れば今までアイドルが関わらなかった分野への進出も可能でしょう。

今回の新規プロジェクトは、その布石的な意味も兼ねているのかもしれません。

とりあえず資料を確認します。

募集人数は15名前後で、全員個人ではなくユニット単位で段階的にデビューしていくようですね。

最終的には夏頃に開催予定の346のユニットフェスへの全員参加とプロジェクト全員での全体曲を企画中ですか。

ユニット数についてはメンバー確定後の相性によって決めるとのことですが、大丈夫でしょうか。

人間3人居れば派閥ができるといいますが、アイドル候補生なんて基本的に我が強い人間が多いですし、段階的なデビューの順番諸々が争いの火種になる可能性が高いと思うのですが。

しかもプロジェクトを担当するプロデューサーが武内さんですし、酷いことを言うようかもしれませんがあの一件以来人の心に踏み込む事を極度に恐れる彼がその争いを上手く抑えられる気がしません。

確かに最近は徐々にですが、昔の姿を取り戻しつつある部分もありますがそれでも15人前後のアイドル候補生を担当するのは時期尚早といわざるを得ないでしょう。

武内Pの能力的には問題ないのですが、トラウマと言ういつ爆発するかわからない地雷を抱えたままこの新規プロジェクトを担当をするにはリスクが高すぎます。

3人くらいのユニット1つくらいなら任せても問題ないとは思いますが。

そのことを伝えると、昼行灯は気味の悪い笑みを浮かべながら頷きました。

嫌な予感がします。こういった表情をするときは、いつだって私が面倒な事に巻き込まれるのですから。

そんなNT的直感に従い、この場からの戦略的撤退を選択します。

 

 

「やっぱり、渡君は彼のことをよくわかっているね。

私もね、彼からこのプロジェクトについての企画を提出されたときには却下しようと思っていたんだよ」

 

「なら、何故企画が進行しているんですか」

 

 

昼行灯と同じ意見だったのは、腹立たしいですが。

リスクマネジメント的に考えたらそうなるでしょう。

しかし、それなら尚更この企画に承認印が押されており、オーディションの開催予定日と場所が既に決まっているのかがわかりません。

 

 

「この前に千川君とも同じ話をしたんだがね。私がこの案を却下しようと考えていると言うとね。

『大丈夫です。武内君は()()が支えてみせます!』と言ってくれてね。それならと思ったのさ」

 

 

どうやら身内に裏切り者が居たようです。

ちひろめ、そんな話は一切聞いていなかったのですが、それは一体全体どういうことでしょうか。

事によっては少しお話しする必要がありそうです。

別にこの新規プロジェクトに携わる事が嫌なわけでも、武内Pを支える事に対して不満があるわけでも、確実に私情が入っていることに対して文句があるわけでもなく、このように退路が完全に断たれたような状態になっての事後承諾というのが社会人としてどうなのかと問い詰めたいだけです。

 

 

「千川君を悪く思わないであげてくれたまえ。この件は私から伝えると黙ってもらっていたんだ」

 

 

諸悪の根源は、やはりこの昼行灯でした。

どんな事をしても私が怒らないとでも思っているのでしょうか。

全く、背負うものが増えすぎてしまった今では無理ですが、普通なら転職を考えるくらいの事ですよ。

 

 

「それで、それが何故事後承諾になるのでしょう」

 

「そう怒らないでくれたまえ、私も悪いと思っているんだ」

 

 

怒らないでか。

 

 

「それに渡君なら口ではそんな否定的なことを言いつつも、いざプロジェクトが始動すれば見捨てる事なんてしなかっただろう?」

 

「‥‥」

 

「沈黙は肯定だと受け取っておくよ」

 

 

伊達に付き合いが長いわけでないですね。

私の性格を良くご存知で。この昼行灯は。

その勝ち誇った顔が非常に腹立たしいですが、何かしらのアクションを起こしてしまえば認めてしまうことになるので我慢します。

確かに、このプロジェクトと一切関わりが無かったとしても、私は武内Pに対して何かしらの手助けをしていたでしょう。

無視して最悪の結末を繰り返すような事だけは避けたいですし。

 

 

「事後承諾になってしまった件に関してはお詫びを用意しているよ。

だから、彼を支えてやってくれないかな。これは、私からのお願いだ」

 

 

そう言って深々と頭を下げる今西部長に、私はますます何も言えなくなってしまいました。

広すぎる会議室には、時計の秒針がカチカチと動く音だけが響きます。

こういうのはずるいと思います。ここまでされてしまうとどうしようもないじゃないですか。

 

 

「‥‥私にはアイドル業もあるのですが」

 

「勿論配慮するよ。渡君が出来る範囲で良いし、仕事中はそちらを優先してくれて構わないよ」

 

「給料はちゃんと出ますよね」

 

「346プロが、今までの君の功績に対して賃金を渋った事があったかな」

 

 

腹が立つ。いい笑顔なのが、本当に腹が立つ。

きっとこの会議室に呼んだ時点であらゆる準備を済ませていたに違いありません。

私のアイドルデビューの時と言い、こうやって水面下で動く事に関しては認めたくはありませんが、この昼行灯な狸親父には勝てませんね。

こういった駆け引きは、経験がものをいいますし。

善良で小市民的な慎ましい生活を望む私には、そんな腹芸なんて性には合いません。

私は隠すことなくあからさまな溜息をつきます。

 

 

「わかりました。引き受けますよ」

 

「流石、渡君ならそう言ってくれると思ったよ」

 

 

そうなるように仕組んでおいて、なんと白々しい。

 

 

「で、そのプロジェクトの名前は?」

 

「気になるかい?」

 

 

質問を質問で返すな。

どうせ、もう決めてあるくせにもったいぶって、そんなに隠し事が好きなら永遠に秘密のまま抱え込んでおいてください。

いっそのこと、チートで一回威圧してやりましょうか。

 

 

「悪かったよ。ちゃんと教えるから、そう怒らないでくれたまえ」

 

「‥‥別に、怒ってないです」

 

「彼と2人で考えたんだがね。丁度君たちが支えてくれるんだから『シンデレラ・プロジェクト』と名づける事にしたよ」

 

 

シンデレラ・プロジェクトですか、悪くない響きです。

メンバーとなる少女達がシンデレラなら、武内Pや私達はそれを支える魔法使いや白馬となるねずみとかでしょうか。

アイドルデビューというガラスの靴を履き、輝くステージでの舞踏会の壇上へと上るのは、いったいどんな少女達なのか気になりますね。

私の初の後輩アイドルとなるのですから、何処へ出ても恥ずかしくないように色々と頑張りましょうか。

トレーナー4姉妹や音響さん、メイク担当の人達にも後で挨拶に行っておきましょう。

後は、TV局にラジオの放送局、よく会場を提供してくれるショッピングモール等との調整も今のうちから動いた方がいいかもしれません。

春先は何かとイベントごとが多いですし、他の事務所も新人アイドルの売り出し等で色々会場を押さえようとするでしょうから、遅れるわけにはいきません。

そうすると他事務所の動きも把握しておかなければなりませんね。

シンデレラ・プロジェクトの新人のデビュー日に他の事務所の高ランクアイドルのイベントが重なってしまうと、会場に閑古鳥が鳴くことになるでしょうし、新人の娘達も悲しい思いをする事になりますから。

後は、メンバーが決まってから、一人一人に合った仕事を探す、もしくは企画し作り上げて、メディアへの露出を増やすために企業とのタイアップも考えるべきでしょうか。

しかし、下手に1つの企業と提携してしまうと新人の未来の方向性を大きく狭めてしまうことにもなりかねませんし、匙加減が難しいですね。

最近はスマートフォンのアプリのダウンロード数も無視できないものがありますし、もし最適な人材が見つかればそちらの方にも手を伸ばしてみてもいいかもしれません。

これから、忙しくなりそうです。

 

 

「やる気になっているね」

 

「当然です。やると決めた以上、全力です」

 

「頼もしいね。期待しているよ、渡 七実()()

 

「もちろ‥‥はい?」

 

 

ちょっと待ちましょうか。

今、私のフルネームの後に聞き捨てなら無い単語が引っ付いていたようなきがするのですが。

係長って、どういうことでしょうか。事務員だった頃ならいざ知れず、現在の私の本業はアイドルであり、部下を統括する資格なんてないのですが。

昇進と言えば聞こえはいいですが、これって仕事が増えるフラグでしかないでしょう。

アイドル業と事務仕事、シンデレラプロジェクトの支援に加えて係長業務って、もうブラックを通り越して光すら見えぬ常闇レベルですよ。

 

 

「ああ、係長っていっても補佐に優秀な人物を数人つけるから、基本的に業務の最終確認だけしてくれればいいよ」

 

「いやいや、そんな無責任な」

 

「渡君の下で働けるなら、例え使い捨てでも構わないという酔狂な人間が多くてね。

能力的にも将来的な重役候補に名の挙がる人間もいるから、何も心配しなくていいと思うよ」

 

「明らかに何かアブナイ物を決めてませんか?」

 

 

私の下で働けるなら使い捨てでも構わないって、どんな阿呆ですか。

しかも未来の重役様となるくらいの人間が、何をトチ狂って私の補佐をしようと思ったのでしょう。

今までの記憶を必死にサルベージしても、思い当たる節は全くありませんし。本当に何かアブナイ物を決めているのでしょうか。

 

 

「いや、薬物反応は白だったよ。良かったじゃないか、慕われているみたいで」

 

「そうですか」

 

 

一応やったんですね。薬物検査。

慕われていると言われても、身に覚えの無い理由で慕われても喜びの前に戸惑いと恐怖の方が強いです。

しかし、いきなり係長に昇格って、文句を言う人は居なかったのでしょうか。

 

 

「重役会議で、ほぼ満場一致で採択されたからね。ケチを付けれる人間の方が少ないよ」

 

「なんと」

 

 

最近、周囲の私に対する好感度が高すぎるような気がします。

まさか、これが転生チートオリ主特有の理由無きご都合主義展開という奴でしょうか。

確かに2X歳になってトントン拍子でアイドルデビューをしている時点で、その気配はありましたが、いくらなんでもやりすぎのような気がします。

チートのお蔭で他の同僚達より仕事はできるほうだとは思いますが、それでもいきなり係長への昇進は無いでしょう。

 

 

「私的には次長位になって、補佐してくれると楽できるんだがね」

 

「お断りします」

 

 

平の事務員がいきなり次長就任なんて無駄に恨みを買って面倒くさいことになるだけです。

自分の楽のために私のチート能力を利用しようだなんて、本当にこの昼行灯だけは一生相容れることが出来なさそうですね。

 

 

「つれないねえ。まあ、とりあえず、色々と頼んだよ」

 

「仕方ありませんね。請け負いましたよ」

 

 

上層部で決まってしまったことを平社員が逆らう事なんてできませんから、諦めて受け入れましょう。

事務員系アイドル改め、係長系アイドルとして世間の荒波と会社内の板ばさみで胃を痛めている中間管理職の皆さんをターゲットにした売込みでもしてみましょうか。

最近では何でも書籍化される時代ですから『係長アイドルの愚痴本』とか書いたら、そこそこの発行部数を稼げそうな気がします。

 

事志と違う、緊褌一番、意匠惨憺

私の平和な人生は、どっちだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、七実の係長就任を祝してぇ‥‥乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」「‥‥乾杯」

 

 

私達いつものメンバーが集まると言えば妖精社。

××駅から裏道を徒歩15分、看板の類は一切ないため情報無く辿り着くことは難しい、私達アイドルも安心して馬鹿騒ぎが出来る都内のオアシス。

今日は私の係長就任祝いということで、フルメンバーが揃いました。

明日も朝早くから収録がある瑞樹はソフトドリンクにしていますが、同じように午前中に雑誌の取材を受けるはずの楓はいつもの特大ジョッキを飲み干しています。

明日の朝食は二日酔いに効くように蜆の味噌汁と佃煮に胡麻ダレ大根サラダ、卵焼き、デザートにアロエヨーグルトを用意して、後は適当にメインを添えればいいでしょう。

私が面倒を見ているのです、二日酔いでいい仕事が出来ませんでしたなんて許しません。

きっちり最高のコンディションに仕上げてあげましょう。

 

 

「しかし、突然だったわね」

 

「本人も知りませんでしたよ」

 

 

あの昼行灯の秘密主義に関しては今に始まった事ではありませんが、殊更私に対してはその傾向が強いように思えるのですが、気のせいでしょうか。

まあ、不穏な動きに感づいたら全力を以って潰しますけど。

どんな隠蔽術を使っているのか、そのときになるまで全く気が付かせないなんて大したものですよ。

熱々の餡かけ豆腐を食べながら、心中でそう愚痴ります。

鰹出汁がギュッときいた解した蟹の身が入った餡に、絶妙な揚げ加減で外はしっかりしているのに、中は噛んだ瞬間にはらはらと崩れていき舌の上を滑り落ちていきました。

熱い餡と人肌より少し温かいくらいの豆腐が食道を抵抗無くすり抜けていき、胃に落ちじんわりと温かさを伝えていくこの感覚、なんという快感でしょうか。

この餡かけ豆腐を食べてしまったら、もう他の居酒屋のものなんて口にする事などできません。

 

 

「でも、七実さんの能力を考えたら遅すぎるくらいじゃないですか?」

 

「七実さんって、有能すぎますもんね。今日の収録でも、あまりにも感情が籠もり過ぎた演技に他の声優さん達が圧倒されてましたもん」

 

「すみません、ビールおかわり4つください」

 

「あっ、黒烏龍もおかわりで」

 

 

まあ、伊達にチート転生していませんから能力が高いのは認めますが、遅すぎるというのは無いでしょう。

私ほどではないにしても優秀な人物はいくらでも居ましたし、小市民的な慎ましい穏やかな生活を望んでいた私に欠けていたハングリー精神を持って精力的に頑張っている人物も居ました。

人間いくら能力が高くても積極性が無ければ評価は低くつけざるを得ません。

入社直後の私のままなら、確かに遅すぎるぐらいだと言ってもいいかもしれませんが、今の私にはそういえるだけの理由は無いでしょう。

 

 

「私は、有能じゃなくて器用貧乏なだけですよ」

 

「瑞樹、器用貧乏の意味って何でしたっけ?」

 

「少なくとも、様々な分野において専門家並の能力を有する有能な人物という意味ではなかったと思うわ」

 

「ですよね。菜々の知らない間に意味が変わったのかと心配しました」

 

 

酷い言われ様です。

 

 

「七実さんは、有能だって()()()()

 

「ジャッジ!」

 

「切れが無いわ、3点ね」

 

「有能と言うのとYou knowを掛けているから、7点☆」

 

「タイミングがずれてますね。残念ながら4点です」

 

 

楓がまた変な駄洒落を言うので、採点風に残りのメンバーに振ってみましたが、流石は現役アイドルです。

私の無茶振りを見事なアドリブで危なげなく切り抜けました。

 

 

「結果が出揃いました、合計は14点です。

なかなかの辛口評価となってしまいましたが、高垣 楓さん一言どうぞ」

 

「この評価を糧に、これからも頑張っていきまひょ()()()

 

「はい、最後までぶれない高垣 楓さんでした」

 

 

私がそう締めくくると3人が惜しみない拍手を楓に送ります。

楓も誇らしげに胸を張り、勝利の美酒を飲むように運ばれてきたビールを飲み干しました。

 

 

「‥‥私達、何やってるんでしょうね?」

 

「七実が振ってきたくせに、何言ってるのよ」

 

「まあ、面白かったからいいんじゃないですか。アドリブの練習にもなりましたし」

 

「私達にとっては、いつもの事じゃないですか」

 

「私は、楽しかったですよ?」

 

 

ふと我に返って何をしてるんだろうと思ってしまいましたが、確かに私達の飲み会はいつでもこんな感じなような気がします。

特に深い意味も無く、気心知れたメンバーによるその場のノリで馬鹿騒ぎする。

無意味なようで、かけがえの無い時間。

自分がアイドルデビューをするなんて夢にも思っていなかった1年前では、想像だにしていなかった今は、とても充実感に溢れています。

願わくば、この関係が壊れることなく続きますように。

 

 

「しかし、この飲み会ももう何回目ですっけ?」

 

「何、菜々。昔を思い返すなんて、年寄り臭いわよ?」

 

「なぁっ!菜々は永遠の17歳です!

リアルJKですし、ウサミン星人は年取らないもん!!」

 

「なら回数なんて気にしなくていいじゃない、どうせこれからも数えるのが面倒になるくらい飲むんだし」

 

「‥‥そうですね」

 

 

恥ずかしい台詞禁止と叫びたくなるくらい、くさい台詞ではありますが我慢します。

きっと5年10年経ったとしても、私達は妖精社(ここ)に集まって今みたいに飲んで、馬鹿みたいなことをして騒いでいくのでしょう。

 

 

「流石瑞樹さんですね。私とは、言葉の重みが違います。

こういうのって、なんて言うんでしたっけ‥‥確か、年の功?」

 

「か、楓さん!」

 

「あらあら~~、楓。それは宣戦布告なのかしら?」

 

 

流石25歳児、私には出来ないくらいのスマートさで地雷を踏み抜いていきました。

楓的には褒めようとしていたのでしょうが、いかんせん言葉選びが最悪としか言いようがありません。

瑞樹の背後に明王様達の背中にある迦楼羅焔のような幻が見えるような気がします。

しかし、当の本人は酔いが回ってきているため何が悪かったのかが全くわかっていないようで、不思議そうに首を傾げます。

この後起こるであろう惨劇を予測しながら、今回の一軒から学んだ事実を旧約聖書の一節を借りて言葉にするのなら。

『自分の口と舌とを守るものは、自分自身を守って苦しみに会わない』

 

 

 

この後、騒ぎすぎて妖精社から1週間の出入り禁止を言い渡され、その間の飲みの会場探しに難航したり。

無事に有給をとり、久しぶりに実家に帰ったら弟が彼女を連れてきており、何故かその彼女に宣戦布告されたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




追記

気が付かないうちにUA50000人、お気に入り1000件を越えました。これも皆様のお蔭です。
そして、拙作の推薦を書いてくださりました。ミックス様。
本当にありがとうございました。




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転生者を倦怠から救うのは、優しさよりもむしろ多忙である

番外編は全く進んでいない状態ですので、申し訳ありませんが当分投稿は無いと思います。

追記
本編の投稿は、細々と続けようと思います。


どうも、私を見ているであろう皆様。

つい先日、義妹の最有力候補との顔合わせの際に何故か宣戦布告され、色々と勝負をする事になりました。

どうやら、七花の味覚の美味しいの基準が様々な有名シェフや料理人、パティシエを見稽古した私のもので固定されているため、よくわかりませんが苦労しているらしいです。

それで、料理やら体力やら様々なもので勝負したのですが、例え地方のお偉いさんのお嬢様で現役自衛官だったとしても神様転生したチートキャラに勝てるはずも無く、悉く返り討ちにしてあげました。

気骨があり、不屈の心を持った義妹候補は、私の作った数々の料理を涙を流しながら食べつつリベンジ宣言をしてきたので将来は有望そうです。

全力でぶつかり合ったお蔭か、険悪さなど一切感じさせないすがすがしい関係を築く事ができましたし、嫁小姑関係は良好にいけるかもしれません。

義妹候補がいない場所で七花に尋ねてみたのですが、満更ではなさそうですし年内には婚約報告が聞けるかもしれませんね。

まあ、その所為で母の私に対する目がより厳しいものとなりましたが。

 

 

「あんた、アイドルになったんだから芸能界でさっさと良い人見繕いなさいよ」

 

 

という、凡そデビューして間もない新人アイドルに対してするべきではない言葉を貰いました。

765の三浦 あずさじゃあるまいし『運命の人を求めて、芸能界に入りました』と言ったら、いくらこの世界の元ネタがゲーム等の二次元世界だったとしても鼻で笑われるでしょう。

あの発言は、ポンコツそうに見えて包容力があり頼りになる三浦 あずさにのみ許されるのだと思います。

しかし、そんな発言をしている彼女に運命の王子様が現れたという話は聞きませんので、つまりはそう言うことなのでしょう。

一時期は765プロを黄金時代へと導いた敏腕プロデューサーとの関係が噂された事もありましたが、悪徳記者やパパラッチが執拗に証拠を集めようとしても一切出てこなかったので、噂は噂でしかなったという結論が出ました。

私の個人的な知り合いの業界の人間達に聞いてみたところ、どうやらその敏腕プロデューサーは同じ事務所の事務員さんにお熱のようです。

なんでも大怪我したときに甲斐甲斐しくお世話されて、コロッといってしまったみたいですね。

当の事務員さんは、彼氏いない暦=年齢である事が災いしてか素晴らしい鈍感力を発揮しているらしく、敏腕プロデューサーが後輩達に愚痴をこぼしている姿の目撃情報が多々上がっています。

この世界の芸能事務所ではプロデューサーと同僚事務員の交際は、かなりのありがちなパターンであるようで結婚まで至ったケースも多いそうです。

そう考えると今はアイドルデビューしてしまいましたが、ちひろと武内Pもそうなるのでしょうか。

無自覚で馬鹿ップル空間を作り上げるくらいですから、そう遠くは無いでしょうね。

同じユニットを組む相方としてご祝儀は、弾むべきなのでしょうか。

 

とかなり話が脱線してしまいましたね。

そんなこんなで、色々とあった実家帰りを終え、月も変わったと言う事で心機一転した現在は新しく増えた係長業務を片付けている途中です。

チートを駆使した特別製のマシンを使っているので、部下達の倍以上の速さで仕事が片づいていきます。

係長業務といっても、以前とやっていることはあまり変わらず、ある程度の採決を自分で出来るようになり確認作業の手間が省けるだけ楽かもしれません。

仕事量自体も、部下達が自分達で判断して可能な範囲で処理してくれるので、裁決するだけでいいような場面も多々ある為事務員時代の3分の1程度です。

これなら現在のアイドル業と兼務しても問題なさそうですね。

今西部長は、判子を押すだけでいいとか言っていましたが、責任者となった以上はその責務に対して相応の行動を示す義務があるでしょう。

そうしなければ、部下達もついてきてはくれないでしょうし。

そう言うわけなので、仕事に戻りましょう。今日は夕方からロケの予定が入っていますし。

とりあえず、テレビ局からうちのアイドルに対して出演依頼が来ているものや近く開かれるオーディションのリストに目を通し、内容や出演者の確認、適当な人物候補を纏め、撮影日程と候補達のアイドルの方向性を精査、不利益が生じそうなリスクや罠の可能性の調査を部下に指示します。

アイドルの地位が高いこの芸能界、皆仲良くほのぼのとと言うわけにもいかず事務所同士の鎬の削り合いが、輝かしい舞台の裏で日夜繰り広げられているのです。

低ランクアイドルにわざと高ランクアイドルと競演させたりして心を折ったり、色々と仕込みそのアイドルが全力でパフォーマンスが行えないようにしたり、発言の意図を捻じ曲げるような偏向的な放送にしたり、権力を盾に枕を要求したりと黒い部分は残っており、あの日高 舞によってある程度は刈り取られたものの根絶は不可能でしょう。

人の欲求と言うものは決して無くなる物ではなく、また無くしてはならない物ですから。

それの善し悪しに関しては、その人物の心に従うしかなく。全ての人間が聖人のように、清廉潔白な善意の塊であるはずがありません。

しかし、アイドルに夢を見ている少女たちはそのことを殆ど知りません。

もしかしたら、自分が憧れるあの輝かしい世界にそんな汚い部分があるなんて信じたくなくて目や耳を堅く閉ざしているだけなのかもしれませんが、それではいいように扱われるだけです。

成人もしていない少女達の閉ざした目や耳を開かせ、残酷な現実を突きつけることは簡単でしょう。

しかし、そうして無理矢理現実を教え、絶望した少女達がアイドルに希望を持てるでしょうか。

アイドルというものは、人に笑顔や夢、希望を与えていく仕事です。そのアイドル自身に希望が無くては、それを見知らぬ誰かに与えるなんて、到底できません。

だからこそ、私達大人がその汚れた欲望の魔の手から少女達を守らねばなりません。

彼女たちが強く、逞しく、この遣る瀬無い現実を受け止めれるようになるまでは。

 

 

「係長、この前頼まれた秘境温泉ロケの裏取り終わりました。

特に問題はありませんが、現地確認してみたところ道程がやや険しく、山道を1時間弱歩く事になりそうです」

 

 

そんなことを考えると部下の1人が、テレビ局から依頼されてきた依頼の裏取りを終え、調査書を持ってきました。

撮影地は遠方だったはずなのですが、1週間以内で調査を終えるとは思いませんでした。

優秀な人物と言うのは、本当だったようです。昼行灯の言葉には半信半疑でしたので、これは素直に嬉しいです。

しかし、山道を1時間弱ですか。

この温泉ロケは対象年齢が高めであるため、未成年組の起用は難しいですね。

温泉好きの楓に振れれば楽なのですが、撮影日程中に別の仕事が重なってしまっているため無理ですし、笑えるバラエティ系ではなく真面目な旅番組系なので菜々のキャラは合いません。

単独ロケになるでしょうから、デビューしたばかりのちひろに任せてしまうには荷が重いでしょう。

というわけで、この仕事は瑞樹に振りましょう。

自分で若い子にはまだまだ負けないといっていますから、険しい山道も大丈夫でしょう。きっと。

 

 

「この仕事は瑞樹に振ります。なので、企画書を武内さんに渡してください」

 

 

企画書に許可印を押し、裏取り調査書をパソコンに打ち込んでおきます。

こういうのを纏めておけば、各テレビ局のプロデューサーの傾向等を把握する材料になりますし、最適な売込みが出来れば我が社の影響力も拡大し、更に回ってくる仕事も増えるでしょう。

シンデレラ・プロジェクトも進行しているので、後輩となるアイドル達が仕事の選択肢を少しでも増やせるように人脈等を開拓しておく必要があります。

それが出来るのは、元事務員現管理職アイドルである私にしか出来ない事でしょう。

 

 

「わかりました」

 

「渡しに行ったついでに、新規プロジェクトの進捗状況等の確認もお願いします。

今回の募集は全国区ですから、応募状況と書類選考の基準等は特に詳しくお願いします」

 

「はい、いってきます」

 

 

指示を出すと部下はいい笑顔でオフィスを飛び出していきました。

仕事に遣り甲斐と楽しさを感じているのでしょう。ああいった顔をする人間はいい仕事をしてくれるので、今後の成長が楽しみですね。

 

 

「係長、□映のプロデューサーから来期仮○ライダーの新シリーズの主役に是非アイドルを起用したいと企画書が、また送られてきましたけど」

 

 

入れ替わりで入ってきた部下その2が、頭痛の種を持ってきました。

正直、今すぐ破棄してくださいと言いたいところですが、管理者の好き嫌いで仕事を選ぶわけには行きませんし、私が却下したところで昼行灯たち上層部が乗り気であれば覆されるでしょうし。

今までの企画書は、仕事を掛け持ちになりやすいアイドル業では厳しい日程であり、脚本の方向性があまりにもダークな感じに寄っていたので何とか却下の方向に持っていけていましたが、そろそろ難しくなってきています。

アイドルの主役起用を諦めて、劇場版とかのゲスト枠にしてくれればいくらでも調整は利くのですが、何が□映のプロデューサーを駆り立てるのか知りませんが、脚本の方向性は変えてもそこだけは断固として譲ろうとしません。

その熱意に押されてか、うちの上層部も次第に乗り気になりつつありますし。

確かに、仮○ライダーシリーズの主役を獲得できれば、低年齢層のファンの大幅増加やが見込めたり、主題歌や挿入歌等の仕事も回ってきたり、関連商品等での利益も十分に見込めるため、上記のような条件さえクリアしてしまえばかなり魅力的な仕事なのです。

それだけ、歴史を重ねたテレビシリーズの主役のネームバリューの持つ影響力というものは大きいのでしょう。

この企画書の監督があの特撮を撮影した人物である時点で何となく察してはいましたが、個人的な願望に素直すぎるでしょう。

企画書には誰をとは明記されてはいませんが、『起用するアイドルのランクは問わない』や『スーツの調整については最大限配慮する』や『アクションシーンが多くなるため、体力のあるアイドルをお願いする』等の明らかに察しろと言う意志が見えています。

武内Pも『調整しましょうか?』とか聞いてきましたし。

 

 

「一応、目を通しておくのでこちらに回してください」

 

「わかりました。では、自分は新規開拓にいってきます」

 

「はい、今日は明△にアポを取っていますから遅れないように」

 

 

相手はうちよりも大企業ですから、遅刻なんてして先方を怒らせるようなことはしたくありません。

しかし、ここで好感触を得られればCMの仕事も増えますし、キャンペーンを企画すればファン層拡大と我が社の知名度向上に一役を買ってくれることでしょう。

いっそのことアイドルで、たけのこ・きのこ戦争をさせてみても面白いかもしれません。

所属アイドルの多さを活かしてたけのこ派ときのこ派で別のCMを製作し、期間限定特別ユニットの結成、そのユニット同士でミニライブバトル、製品にそのライブバトルへの応募券を付けて抽選制にすれば販売促進にもなりますし。

まあ、業務提携もしていない現状でそんなことを考えても仕方ありませんが、とりあえずいつでも使えるように案だけはまとめておきましょう。

しかし、思ったのですが、これって明らかに係長レベルの仕事じゃないような気がするのですが。

またあの昼行灯に嵌められたような気がしますが、証拠がないのでどうしようもありません。

全く、この有能さをもっと別の方向に使ってくれれば私も楽が出来るのですが、それは叶わぬ夢でしょう。

 

とりあえず、始まったばかりの係長業務。

優秀な部下達のお蔭で、今日も平和でお茶が美味しいです。

 

 

 

 

 

 

この世には、目には見えない闇の住人達がいます。

奴ら別に牙を向くわけでも、襲い掛かってくるわけでもありません。

彼女は、そんな奴らと私達を繋ぐために現れた。霊感系アイドル‥‥なのかもしれません。

 

 

「どう、したの‥‥?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 

頭の中でそんなモノローグを作っていると白坂ちゃんに心配されました。

確かに自分の方をじっと見られたまま、無言になられると誰だって同じ対応をとるでしょう。

現在、逢魔時であり魑魅魍魎が跋扈し出会いやすくなる禍々しい時間帯で。そして現在地は、都内から少し離れた場所にある心霊スポットとして有名な廃病院の玄関です。

こんな時間にこんな場所にいるのは撮影だからであり、そうでなければこんな場所に近づく事なんて絶対に無いでしょう。

 

 

『心霊スポットなのに何もいないねぇ』

 

 

時間帯の所為か『あの子』の方も元気いっぱいであり、不気味な雰囲気を漂わす廃病院内を気ままに飛び回っていました。

心霊スポットといっても実際に事件や事故が起きたりして閉鎖されたわけでなく、経営不振と役員の汚職がばれたことが原因なので、呪いや祟り等の心配の無いなんちゃって心霊スポットなのです。

最初は本格的なやばい心霊スポットを調査する予定だったらしいのですが、下調べに行った人間が謎の体調不良によって数日間寝込む事になったので却下となりました。

私としてはそんな危ない場所にアイドルを行かせようとするなと言いたいですね。

アイドルは身体が資本ですし、売り込めるときに売り込んでおく必要があるのです。こうして、私が白坂ちゃんと一緒にロケをしているのは、そういった理由もあります。

最近、ユニットを組んでいるはずなのにライブ以降ちひろと同じ仕事をした覚えがないのですが、大丈夫なのでしょうか。

世間でも『事務員アイドル(最強)と事務員アイドル(可愛い)』とか言われてますし、回ってくる仕事の方向性が180度違うので仕方ないのかもしれませんが、もう少しユニット活動を増やしたいのが本音です。

愚痴をこぼしても現実は変わりませんし、目の前の仕事の手を抜く事なんてしませんけど。

 

 

「あ、あの‥‥よろしく、お願いします‥‥」

 

『小梅、堅すぎるよ~~。もっとフランクにいったら~~?』

 

「で、でも‥‥年上だし‥‥わたし以外に、見える人って初めてだし‥‥緊張する‥‥」

 

『気にしなくてもいいのに。ねえ、なっちゃん?』

 

「そうですね。別にため口でも構いませんよ」

 

 

この幽霊らしからぬ元気溌溂な存在は、いつの間にか私の事をなっちゃん呼びしていますし。

他社やスタッフの人たちに対して失礼な態度をとったりしない限り、言葉遣いについて何か言うつもりはありません。

アイドルの中には、その不可思議な言動でキャラを作っている人もいますし、それがアイデンティティとなっているのであれば、それを矯正しようとするのはそのアイドルを殺す事になりますから。

流石に意思疎通が困難となるのであれば、少しは検討しますが。

芸能界なんて、他の世界とは違って実力さえあればある程度の横暴は許されますし。

伝説のアイドル日高 舞なんて、その実力の高さと圧倒的な支持率でテレビ局は勿論の事、政界にすら口を出すことができたなどという噂話も聞いたことがあります。

なので、先にデビューし346を代表するアイドルの1人である白坂ちゃんが私に遠慮する必要なんてないのです。

 

 

『ほらほら、こう言ってるし』

 

「それは‥‥流石に‥‥」

 

『何で、小梅は私と友達でしょ?私はなっちゃんと友達、なら小梅となっちゃんも友達じゃん』

 

「ええ~~‥‥」

 

 

なんでしょうね、その小学生的な発想は。まあ、外見小学生ですからおかしくはありませんが。

友達の友達は、友達だって言えるのは小学生くらいまでで、年齢を重ね、大人になり色々と柵が増えてくると友達の友達は無条件で信頼できる相手ではなく、ただの他人でしかありません。

いつからでしょうね。誰かを信じるより先に疑うようになってしまうようになったのは。

自分が薄汚れた大人になってしまったのをしみじみと実感し、少し気分が沈みます。

 

 

「無理しなくていいですよ」

 

 

輿水ちゃんの1件以来年少組から恐れられているのは理解していますし。

大人であれば感情を制御し本音と建前を上手く使い分けて苦手な相手とも付き合っていくのですが、人生経験が圧倒的に不足し感情に従って行動しがちな未成年に同じ事を求めるのは酷でしょう。

程よい距離感を維持し、これ以上嫌われて同じロケが出来なくなる事だけは避けなければ。

 

 

『ほら、小梅。勇気出さないと!』

 

「うん‥‥そうだね‥‥。頑張る‥‥」

 

 

そう言うと白坂ちゃんは私の目をじっと見て。

 

 

「あの‥‥お友達に、なってください‥‥」

 

 

袖に隠れたままの右手を私に差し出してきました。

この娘を私の娘にしたいんですけど、構いませんよね。答えは聞きませんけど。

可愛すぎるでしょう。健気過ぎるでしょう。こんなの耐えられるわけ無いでしょう。

私のチート級の自制心が無ければ、このまま抱きしめて頬擦りしていたに違いません。我ながら、褒めてやりたいぐらいですね。

少し不健康そうなところが庇護欲を誘いますし、べたべたに甘やかして、色んな美味しいものを食べさせてあげて健康的な体型にしたいとか色々と欲望が溢れ出しそうです。

輿水ちゃんとはまた違った感じが、とてもグッドです。長女楓、次女輿水ちゃん、三女白坂ちゃんという感じで、うちに来ませんかね。

全員養えるくらいの給料は稼げますし、そのためには今まで封印してきた全力というものを開放するのも吝かではありません。

いや、今すぐ開放して芸能界を私の手中に収めてしまったほうが早いでしょうか。

3ヶ月、いや2ヶ月あればやって見せます。

ならば、新たなる芸能界の歴史はこの七実からはじまるのです。誰にもケチなど付けさせません。

 

 

「だ、ダメ、ですか‥‥?」

 

 

おっと、不安にさせてしまったようですね。

あまりの可愛さに暴走しかけるなんて、私もまだまだ精進が足りませんね。

慌てて差し出された右手を掴みます。勿論、傷つけてしまわぬようにチート能力を使って、羽根のように柔らかく包み込むようにと配慮を忘れません。

 

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「あっ‥‥」

 

 

握手した瞬間に嬉しそうに目を輝かせて、少しだけ目を細めるのは反則中の反則です。

そんなのくるかもしれないと予測できていたとしても回避不可能じゃないですか。

 

 

『仲良きことは美しき哉ってね!』

 

 

私と白坂ちゃんを繋いでくれた、この子には感謝しないといけませんね。

今まで断り続けていましたが、今度オフを重ねてリクエストされていた動物園に連れて行ってあげましょう。

あの子ライオンもちゃんといい子にしているか、確認もしておかなければならないでしょうし。

依頼を請け負った以上、アフターケアも万全にするのがプロとして当然の事ですから。

名残惜しさを感じつつも、ゆっくりと握手を解きます。服越しだったのが、少しだけ残念でしたが、それでも白坂ちゃんの手の小ささは感じられました。

守らねばと決意させるその儚い感触は、世の中のお父さん方が子供のために頑張ろうと思うそれに近いのではないでしょうか。

楓に言われた時は、少々むきになって怒ってしまった感がありましたが、あの小さな手を守るためならば私はいくらでもお父さんとなりましょう。

それだけの覚悟が、今の私にはあります。例え暗闇の荒野に居たとしても、そこに自分の進むべき道を切り開くことが出来るくらいに。

 

 

「さて、そろそろ撮影が始まりますから、準備しましょうか」

 

「うん‥‥楽しみ、だな‥‥」

 

『私達が揃ったなら怖いものなんて無いよ!』

 

 

撮影の準備も出来たようなので、白坂ちゃんと別れて自分の荷物を置いておいた場所へと向かいました。

懐中電灯やら探索用の装備を確認し、この間帰省した際七花から貰った自衛官御用達の半長靴の紐を締めなおし、念のために手にバンテージを巻いておきます。

意外とマニアックなファンも多く、撮影等でポーズをとる際にも手先の美しさはアイドルにとって重要ですから、万が一何かを殴るようなことがあったとしても傷つけたり、痛めたりしないようにしておく事は大切ですから。

一応、スタッフ達による下調べは終わってはいるものの、こういった人が近づかない場所には人目を嫌う正道から外れた人物たちが集まりやすいですから注意は必要でしょう。

こんな事もあろうかと用意しておいて正解でした。

拳を数度握って開くことを繰り返し、軽くジャブやストレートを繰り出して、緩みが出ないかも確認し、これで準備万端です。

空を殴った際に、床の埃が大きく舞い上がってしまったので白坂ちゃんが吸って咳き込んでしまわないように、蹴りの風圧で散らしておきます。

さて、この廃病院の探索。どうなってしまうかわかりませんが、問題なんてあるわけありません。

 

鬼がでるか蛇が出るか、踊躍歓喜、意気揚々。

白坂ちゃんの平和は私が絶対に守ってみせます。

 

 

 

 

 

 

現在の時刻は、11:34と後四半刻もしないうちに日付が変わり明日がきてしまいます。

明日は係長業務に加え、レッスンも予定されていますから、妖精社(こんなところ)で油を売ってないでさっさと帰って明日に備えるべきなのでしょうが、何となく足がここへと進んでしまいました。

夕方からのロケが終わった後、346のアイドル寮まで白坂ちゃんを送りそのまま直帰する形だったので、本日はおひとりさまという奴ですね。

なので、私の前にはいつもの特大ジョッキのビールではなく徳利と猪口と肴が置かれています。

切り込みのような注ぎ口の無い円形の口をした徳利は、注ぐ際に若干のスピードの緩急が要求され、話す相手のいない無言のおひとりさまにはその緊張感が心地よいのです。

誰でも簡単に物を使えるようにとする便利性を追及する世間の流れの中で、あえて使い方を難しくしているこの徳利は、粋で晩酌には丁度いい遊びなのかもしれません。

ふっくらとした甘みの中に微かな酸味が舌に落ち着きを与え、滑らかな余韻を残す日本酒の味と肴のホッコクアカエビのおつくりと頭の素揚げのぷりぷりとした食感や頭の濃い味と見事な調和を奏でています。

 

 

「‥‥ふう」

 

 

少し手を止め、一息つきます。

いつもの騒がしいメンバーもいないので、今日は座敷席ではなくカウンター席にいるのですが、周囲からの視線を感じます。

じろじろ見るような不快なものでもないですし、ひそひそと何かを話し合うのでもないので放っておきましょう。

アイドルデビューしているのですから、視線を向けられるくらいは有名税として割り切る事も大切です。

しかし、この晩酌とは考えてみると面白いもので、海外では普通お酒(特にワインなど)は料理を引き立てるためにあるような感じなのですが、日本の場合肴よりお酒のほうが偉いのです。

私の勝手な考えであり、豆知識でもなんでもないくだらない事ではありますが、そういったちょっとした民族性の違いを見つけると何だか不思議と面白い気分になります。

視線だけを動かして周りの様子を窺うと、くたびれたサラリーマンの男や夜の商売をしている女性や、黒人、白人を様々な人達が居ました。

私と一緒でおひとりさまの人間もいれば、複数人で楽しく飲んでいる人もいて、いつもは気にしていなかった発見があり、それもまた面白いです。

入口に取りつられたベルの音が響き、新しい客が来た事を知らせます。

そして、その新しい客は他の席には目もくれず、ゆっくりと隅っこに座っていた私の元へとやってきました。

 

 

「隣、良いかな?」

 

「‥‥どうぞ」

 

「ありがとう、渡君。今日のロケはお疲れ様だったね」

 

 

私の隣の席に腰掛けた昼行灯は、店員に注文を伝えるとおしぼりで手や顔を拭き始めます。

いかにも中年が飲み屋でやりがちな行為ではありますが、これくらいなら不快には思いませんので何も言いません。

元々ここはこの昼行灯に教えてもらったので、こういうことはいつかあるかもしれないとは思っていましたが、まさか今日がその日とは思っていませんでした。

 

 

「調子はどうだい?」

 

「やるべきことをやっているだけですから、特に問題はありません。部下になった子達も、優秀ですから」

 

「そうかい、それは良かった」

 

 

事務的な話しかしないので、会話に発展性がありません。

顔には出していませんが、正直結構気まずいです。皆様も、一人で飲んでいるときにいきなり上司が現れて隣に座られたら同じ状態になるでしょう。

とりあえず、お酒を飲んでいたら誤魔化せるでしょうから、猪口にお酒を注ぎ、乾してという行為を決して急ぎすぎているようには見えない一定の速さで行っていきます。

昼行灯は届いたビールの中ジョッキと枝豆、奴といった無難な組み合わせをゆっくり、ゆっくりと1つ1つを味わいながら食べ進めていきました。

 

 

「今は、楽しいかね」

 

 

突然そんなことを言い出した昼行灯の私を見る目は、何というか子供の成長を嬉しくも寂しく思う親のような感じがします。

いつもの飄々とした態度とは違うため、少々調子が狂いそうになりますが、とりあえず質問に答えましょうか。

 

 

「そうですね。正直、私に仕事を回しすぎな気がします」

 

「‥‥」

 

「でも、そんな忙しい日々も悪くないと思っていますよ。

こんな歳からアイドルデビューしてトップアイドルを目指す事、仲間達と馬鹿みたいに飲み騒いだりする事、出世して部下の面倒をみる事、どれもこれもが今までと違って‥‥

はっきり言ってしまえば、悪くないどころか充実しすぎて怖いくらい楽しいです」

 

「そうかい」

 

「ですから、私をアイドルデビューさせる為に手を回してくれたことは、こう見えても感謝してるんですよ」

 

 

恥ずかしいですし、こういった場でなければきっと言えない言葉でしょうが。

今回の係長昇進も一度はアイドル活動との兼務が難しいと断ったり、決定した後も各部署から優秀な人材を引き抜いてきてくれた事も実は知っています。

チートを使って調べれば、これくらいの情報を手に入れるのは造作もありません。

しかし、それを言ってしまうと今西部長の頑張りを無為にしてしまうので、あえて口にはしませんが。

私とこの昼行灯の関係は無茶振りされて、愚痴と溜息交じりで頑張ってこなすような今のような関係が丁度いいのです。今更変える必要はないでしょう。

 

 

「‥‥そうかい」

 

「ええ」

 

「あーーーっ。利くなあ、この奴は‥‥山葵が上等すぎるよ」

 

 

摩り下ろしでなく千切りにされた生山葵が乗った奴を口に含むと眼鏡をズラし目頭を押さえました。

その目に透明な雫が見えたような気がしましたが、気づかない振りをしましょう。

店員にもう一つ猪口を頼み、受け取るとそこにお酒を注ぎ昼行灯に差し出します。

 

 

「一気に食べるからですよ。もう若くないんですから。

はい、奴にはこっちでしょう」

 

「馬鹿いっちゃいけないよ、私は生涯現役さ。うちのかみさんみたいなこと言わないでくれないかな」

 

 

ありがとうと言って、猪口を乾すと再びゆっくりと奴を食べ始めました。

これ以上の言葉は無粋でしょうから、不要でしょう。

そんな今の心境をその名前が純文学の新人に与えられる文学賞となっている小説家の名言を改変して述べるなら。

転生者(わたし)を倦怠から救うのは、優しさよりもむしろ多忙である』

 

 

 

後日、白坂ちゃん+『あの子』と例の動物園に行ったところ、私の助言通りに園内が改装されていたり、動物達が変わらず大名行列に平伏する庶民のような状態で、他の来園者に申し訳ないことをしてしまったり。

知らない間に仲良くなった子ライオンと烏が模擬戦をしており、それが名物ショーとなっていたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼女たちは嬉しそうにしている。どうなりたいんだろう。どうなりたくないんだろう。

この作品の独自設定があります。

・シンデレラ・プロジェクトの一部のメンバーについて
アニメ1話で地方在住のメンバーが東京にいるような描写がありましたが、この作品では地元に住んでいます。
・アナスタシアの苗字について
七実は親しい相手以外は、基本的に苗字呼びなので捏造させていただきました。

以上の点をご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

年少組との関係改善の1歩として、白坂ちゃんとお友達になり歓喜に打ち震えている今日この頃。

気力、体力共に充実しており、係長業務もレッスンも鼻歌混じりにいつも以上の成果を出せているような気がます。

まあ、それはさて置き話は変わりますが、人間という存在は自分の知らない文化に触れたときに受け入れるか、拒絶します。

それは、今までの生活の中に根付いた文化が自己形成に関わる部分が多大にあり、拒絶してしまうのは影響され否が応でも変化が促されてしまうことに恐怖を感じるからでしょう。

逆に受け入れる場合は、その文化が好ましく自分のためになると思うからかもしれません。

そして、受け入れる場合において人間はその見知らぬ新しい文化に対して憧憬とも言える強い感情に支配され、一部の人間はその文化に染まりきってしまうことがあります。

日本人が騎士に憧れ、外国人が武士と言う存在に憧れるというのは、その文化について知らない部分があるからこそ憧憬の感情を持つのかもしれません。

結局人間は完全ではなく、無いものねだりしかしないと言う事でしょう。

何故こんな事を急に語りだしているかと言いますと、それは私が今現在置かれている状況が深く関係しています。

 

 

『おい、あれニンジャアイドルじゃね!?』

 

『本当だ!ニンジャアイドルだ!』

 

 

私は今、東京国際空港にいます。

3月も半ばが過ぎようとし、シンデレラ・プロジェクトも順調に進行していまして地方ではメンバー募集のオーディションも終了し、地方選抜を突破した5名がアイドル候補生としてこのプロジェクトのメンバーとして登録されました。

北海道から2名、大阪から1名、三重から1名、熊本から1名と資料を見た限り、なかなか個性豊かなアイドル候補生が集まったようです。

私が関わる以上全員にトップアイドルになってもらうことは確定事項ですが、どういった路線で売り出していくかや、どういうユニットを組ませるかを考えるだけで楽しくなりそうですね。

で、今日は北海道からの1名と大阪からの1名がやってくるので、アイドル方面での仕事も無く、係長業もあらかた終わらせていた私に白羽の矢が立ったというわけです。

昼行灯も『ただの346の人間より、現役アイドルのお出迎えの方が嬉しいだろう?』といっていましたし、支援業務が主になるものの深く関わっていく事には変わりないので、ここで良好な関係を構築できるに越したことは無いと迎えに来たのですが、どうしてこうなった。

『ニンジャアイドル』というのは、黒歴史や公園での一件を撮影した動画がY○U TUBE等の動画共有サイトに投稿された際に外国人から付けられた私の渾名です。

 

『彼女の身体能力は何だ!‥‥そうか、彼女はニンジャの末裔だったんだ!』

 

という全く持って根拠の無い見当違いなコメントに何故か賛同するものが増え、海外では渡 七実=ニンジャなる公式が完成され、下手をすると日本より高い知名度を誇っています。

外国人の忍者に対する好感度の高さと食いつきは異常すぎると言う一言に尽きます。いったい、彼らの何がそうも忍者へと駆り立てるというのでしょうか。

『ニンジャ』と言う単語が、観光等で訪れていた外国人達に瞬く間に広がり、現在私は周囲を外国人観光客で包囲されています。

しかし、直接声をかける勇気は無いのか、全員が数mの距離を取ってひそひそと話しこんでいます。

 

 

『なあ、お前。声かけて来いよ』

 

『馬鹿、お前。彼女はきっと、スパイを炙り出しに来てるんだよ。

邪魔したら、ニンポウでサヨナラすることになるぞ』

 

『サイン欲しいな。アイドルもしてるんだから、頼めばいけるか?』

 

『しかし、凄い変装だ。誰かが言われなければ、僕は普通のビジネスマンだと思って気が付かなかったよ』

 

 

チート能力の1つ『ステルス』を使えば、周囲を取り囲む外国人達は私のことを認識できなくなるでしょうが、この能力は範囲や対象を指定できないので、もうすぐやってくるであろうアイドル候補生の娘も気が付かなくなる可能性が極めて高いです。

それに消えたら消えたで、『やっぱり、ニンジャだ!』と余計に騒がしくなるのが目に見えていますし。

とりあえず、向こうから何かしらのアクションがない限り現状維持と行きましょう。

時計で時間を確認するともうすぐ1人のアイドル候補生が載っている飛行機が到着する時間になろうとしていました。

もう1人のほうも、その後20分程度で到着する予定ですから30分くらいこの状況を耐えたらいいので、何とかなるでしょう。人間、終わりが見えていると大抵の事は耐えられるものです。

 

 

『あ、あの‥‥』

 

『はい?』

 

 

タブレット端末で仕事の続きを片付けていると、1人の外国人の少年に声を掛けられました。

その手には色紙とサインペンが握られており、言葉にせずとも何をして欲しいかはわかります。

これまでにも何度かサインを求められ書いた事があるのですが、やっぱりこうしてファンと面と向き合って求められるとうれしいような、恥ずかしいような複雑な気分になります。

アイドルになった途端、こうも日常が変化するとは思いませんでしたが、これからも変化し続けるのでしょうか。

そんな未来のことは、チートを持つ私でもわからないので考える無駄なのでしょうけど。あんまり、先のことを言っていると鬼が笑うと言いますし。

とりあえず、勇気を持って声をかけてきた少年の意志をむげにはできませんので、色紙とサインペンを受け取ります。

 

 

『サインでいいですか?』

 

『はい、お願いします!』

 

『君、名前は?』

 

『ジョージ!ジョージ・ジョースター!』

 

 

黄金のような輝きを放つ強い意志を感じさせるやんちゃで利発そうな少年です。

きっとこういう子なら、社会の暗い部分を見たとしても擦れたりすること無く、真っ直ぐと正道を進んでいくのでしょう。

そんな子に期待のこもった視線で見られてしまっては、応えなくてはアイドルではありません。

受け取った色紙を真っ直ぐ上に投げます。

1:1.618の黄金長方形の軌跡をなぞるように回転した色紙は無限の力と可能性を得て『黄金の回転』に至ります。という冗談はさて置き、一切ぶれることなく安定した回転で頭上高く放り投げれらた色紙は地球上に存在するあらゆる物体がそうであるように万有引力に引かれ落下を始めました。

その落下開始のタイミングに合わせてサインペンを抜きます。

 

 

『両手を前に出してください』

 

『え‥‥あ、はい』

 

 

少年が両手を突き出すと同じタイミングで、色紙は私の頭の位置まで落ちてきました。

回転する色紙にサインペンを走らせて一瞬でサインをし、最後にサインペンの底で色紙を軽く突いてやると、サインが入った色紙は突き出された少年の両手に収まります。

黒歴史時代(中学二年)に七花に言われて練習したものの応用ですが、上手くいったようで良かったです。

まあ、ちゃんと書いたサインよりは乱雑にはなりますが、それでも判別は可能レベルですから大丈夫でしょう。

元となったのは漫画やアニメでよくある剣士キャラが、落ちて来る物体を様々な形に斬るというものですが、チート能力のちょっとした応用でこういったことも可能となります。

本家本元の鑢 七実も見稽古から得た能力を応用して、打撃技混成接続やそれに忍法足軽を組み合わせて打撃の重さを消したりしていましたから、こういった応用は不可能ではないのでしょう。

しばしの間沈黙が支配していましたが、全員我に帰ると惜しみない歓声と賛辞、拍手を送ってくれました。

空港を揺るがさんばかりの騒ぎに、警備員の人が駆けつける事態となり注意を受けることになりましたが、全員興奮の方が勝ったようであり、警備員が去った後は我先にサインを貰いに来ました。

一応、私が忍者だということは否定したのですが。

 

 

『本物のニンジャサインだ!帰ったら、皆に自慢しよう!』

 

『先生は、ニンジャはもう日本にいないって言ってたけど‥‥やっぱり、公の場ではいない事にしないといけなかっただけなんだわ!』

 

「ドーモ、七実=サン。アナスタシアです」

 

 

どうやら、全く信じていないようで『忍者だけど、それは秘密にしなければならない事だから言えない』という納得のされ方をしてしまいました。

しかも、銀髪碧眼の少女からは変な挨拶をされましたし。

一応、私も挨拶を返しましたが、そうするともの凄い嬉しそうな顔でニコニコしたまま、今現在も私の隣の椅子に座っています。

 

 

『やっぱり忍者はいたんですね!ママはもう日本には忍者も侍もいないって言ってましたけど、やっぱり家族にも教えるわけにはいかなかっただけなんですね!』

 

 

まだ興奮が冷めないのか、日本語ではなくロシア語で色々話しかけてきます。

 

 

『いや、私はただの事務員アイドルですよ』

 

『そうでした‥‥秘密ですもんね♪』

 

 

日本人もそうですが、殊更外国人は一度そうだと思い込んだらなかなか変えようとしません。

納得は全てに優先されると言う言葉がありますが、今の彼女もそうなのでしょうか。

そういえば、アクロバティックサインに熱中しすぎて忘れていましたが、もう北海道からのアイドル候補生の娘が来るはずなのですが、何処にいるのでしょうか。

資料によれば、ロシアとのハーフで、名前をアナス‥タシ‥‥ア。

添付された写真と、先程からしきりに話しかけてくる少女を見比べます。

 

 

『どうしました?』

 

『‥‥いえ』

 

 

彼女が、そのアイドル候補生でした。

一応資料や添付写真には目を通していたのですが、写真はいかにもなクール系のロシア美少女だったので、目の前のハイテンションな少女が同一人物だとは思えなかったのです。

いや、これは言い訳でしかありませんね。明らかな、私の落ち度です。

幸いといっては何ですが、彼女にはそれを悟られてはいないようなので、申し訳ありませんがそれを利用させてもらいましょう。

大人になるとこういった小狡さばかり上手くなっていくような気がしますが、この過ちを糧に次に活かす。それが感情を上手く制御できない子供には出来ない、大人の特権というものです。

プロジェクト開始前から人間関係でのトラブルは避けたいところですし、誤魔化せて良好に過ごせるのなら無理に真実を明るみにする必要はないはずです。

 

 

『シンデレラ・プロジェクトへようこそ。これから、よろしくお願いします』

 

『はい、よろしくお願いします。アーニャと呼んでください、師範(ニンジャマスター)

 

『‥‥』

 

『あっ、秘密でしたね。気をつけます』

 

 

人間、第一印象が大切という事を痛感しました。

もうカリーニナさん(アナスタシアさんの苗字)の中での私という存在は忍者で固定されてしまったようです。

これを変えるのは至難の業でしょう。人類の到達点の身体能力や他のチートを使うたびに勘違いは重なっていきそうですし。

とりあえず、もう一人の候補生を待つとしましょう。

 

私の忍者道は、平和なのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

それから10分ほど、ロシア語で質問攻めしてくるカリーニナさんの疑問に一つ一つ答えていると、大阪からのアイドル候補生である前川 みくさんがやってきました。

私が来るとは聞かされていなかったようで、こちらを見つけた瞬間驚きで目を見開いていました。

しかし、流石はこのオーディションを勝ち抜いてきただけあって、すぐさま人懐っこそうな柔和な笑顔を浮かべます。

 

 

「初めまして、前川 みくです。現役アイドルである渡 七実さんに御足労を掛けてしまい、申し訳ありません」

 

 

猫かぶりというのが見え見えではありますが、ちゃんと状況を判断して敬語を使おうとする姿勢は評価できます。

芸能界という輝かしい世界の裏は事務所同士の鎬の削りあいやアイドル同士のいざこざと様々な思いの渦巻く魔境ですから、状況判断能力や態度の使い分け等は必須ではないもののあるとないでは過ごしやすさが大きく変わりますから。

見たところ光るものを持っているようですし、天海 春香のような不動のセンターは難しいかもしれませんが、メンバーの中では絶対欠かす事のできない立ち位置を獲得しそうですね。

渡された資料によると可愛い猫耳アイドルを目指しているとの事ですが、大阪人ですしツッコミ気質がありそうですし、フリーダムな天然キャラと組ませてみたら面白い反応が見られるかもしれません。

そう、このカリーニナさんみたいな。

メンバー全員が決まっていないため、ユニット構成がどうなるかはまだ決まっていませんが、この2人で一応案をあげておきましょう。

 

 

「初めまして、渡 七実です。そこまで堅苦しくならなくて結構ですよ、同じ事務所のアイドルとなるのですから。

近所のお姉さんに話しかけるくらいの気持ちで構いません」

 

「は、はい」

 

「こちらが貴女と同じくシンデレラ・プロジェクトのメンバーとなるアナスタシア・カリーニナさんです」

 

『私の名前はアナスタシアです』「アーニャと呼んでください」

 

 

カリーニナさんはまだまだ日本語が堪能ではないらしく、ロシア語と日本語の混じった話し方をします。

私はチートによって、おおよそこの世界に存在する言語を読み書き、話せますので問題ありませんが、他のメンバーとの意思疎通に齟齬等が生じないか心配になります。

アイドルとしては、その不慣れな日本語がキャラとして立ちますので強みではあるのですが。

 

 

「うん、みくもみくでいいよ。アーニャちゃん」

 

『はい』「よろしく、みく」

 

 

仲良く握手を交わす2人を見て、とりあえず大丈夫そうだと安心します。

私はチート転生者なオリ主ではありますが、二言三言の言葉で人間関係を改善させたり、その人の意識を変えてしまうことなど不可能なので、こればっかりはどうしよう出来ません。

洗脳や、人格破壊は悲しい事にできてしまうのですが、この能力は今世において絶対使用しないと決めていますので明るみにでる事はないでしょう。

 

 

「ところで、みくは‥‥ニンジャですか?サムライですか?」

 

「え、何その2択!?」

 

「誤魔化すということは、みくはニンジャですね!」

 

「ちょっ、ちょっと待って!みくにわかるように説明してよ、アーニャちゃん!!」

 

 

カリーニナさんの天然が炸裂し、前川さんがツッコミに追われる。

正に私が先程考えていたユニットの姿そのものが繰り広げられており、考えが間違っていなかったと確信します。

 

 

素晴らしい(ハラショー)!』「みくもニンジャだったなんて、私は『幸運』です」

 

「違うからね!みくはかわいいねこちゃんなの!ニンジャじゃないの!」

 

「‥‥ネコニンジャですね!」

 

「だから、いったん忍者から離れて!何、その無駄なニンジャ押し!

外国人って、忍者や侍が好きすぎるでしょ!」

 

「えっと、私はパパがロシア人でママは日本人ですから、ハーフですよ?」

 

「そうなんだ、お父さんの血が強かったんだね‥‥って、だったらお母さんから聞いてるでしょ!」

 

 

この会話、全く意図したものではないというのに、かなり面白く感じるのは私だけでしょうか。

もうこの2人はユニット化決定で、体力に歌唱力、ダンス次第ではシンデレラ・プロジェクトの第一弾としてデビューさせてもいいかもしれません。

ユニット名は2人のキャラから考えるに『サイベリアン』とかいいかもしれませんね。

売り込み路線は輿水ちゃんと同じバラエティアイドルがいいでしょう。

そうすると前川さんの負担が大きくなるかもしれませんが、今もこの会話を楽しんでいるようですから、こういったことは得意なのかもしれません。流石は大阪人。

 

 

『忘れてました』「ニンジャであることは秘密なんですよね」

 

「ちっが~~う!アーニャちゃん、日本で忍者見たこと無いでしょ?」

 

「それは‥‥」

 

 

カリーニナさんは私の方をちらりと見ました。

ああ、私のことを忍者と誤解したままでしたね。

きっと今のカリーニナさんの頭の中では私のことを話したいけど、忍者のことは秘密にしないといけない筈だから、もし許可無く話してしまったら忍法をくらうことになるとかの勘違いが渦巻いているのでしょう。

 

 

「アーニャちゃんも○ARUTOとかに憧れたくちでしょ?螺○丸とか、千○とか?」

 

「何を言ってるんですか、みく?あれは漫画、つまり『空想』ですよ?」

 

「えっ、これみくが正される流れなの?」

 

「いいですか、みく。ニンジャというのですね‥‥」

 

 

どうやら攻守が交代したようですね。

今度はカリーニナさんが前川さんに忍者が何たるかを講義し始めました。

殆どの日本人たちが知らないような忍者の生まれた理由や流派やその特長について、所々ロシア語が混ざりながらも熱く語っています。

 

 

「聞いていますか、みく!」

 

「悪かったから!みくが、悪かったから!もう、許してよぉ!」

 

 

前川さんが助けを求めるような視線を向けてきました。

今日の予定は、346本社の場所を説明してアイドル寮に2人を送り届けるだけなので、時間的余裕は十二分にあります。

少しくらい長引いたとしても、チートを使ってしまえば業務はあらかた片づきますので無理して急ぐ必要もありません。

それよりも、今はこの2人がユニットを組むことが出来そうか等の相性の確認の方が優先されるでしょう。

決して、面白そうだから放置してみようと言う個人的な興味などではなく、シンデレラ・プロジェクトに携わるものとして、アイドル部門の係長として可能性を見極める必要が在るのです。

とりあえず、巻き込まれしまわないように気配を薄くしておきましょう。

 

 

「ネコニンジャなのに、そんなことも知らないなんて、立派なニンジャになれませんよ!」

 

「だから、みくは忍者じゃないんだってばぁ~~。

渡さんも見てないで助け‥‥って、いない!」

 

「さすが、師範(ニンジャマスター)‥‥全く、気がつけませんでした」

 

 

どうやら気配を薄くしすぎたみたいで、目の前に座っているのに気がつきません。

視覚的にも聴覚的にも認識されにくくなるこの『ステルス』は有能な能力ではあるのですが、いまいち加減が上手くいかないのが難点ですね。

探そうとして何処かに行かれても困るので、すぐさま解除しましょう。

 

 

「ここに居ますよ?」

 

「えっ、嘘!何で気づかなかったの!」

 

素晴らしい(ハラショー)!』

 

 

いつまでも空港の一画を占拠する訳にも行きませんし、そろそろ潮時という奴でしょうか。

時間も丁度いいですし、どこかでお昼でも食べながら続きを観賞させてもらうことにしましょう。

資料によると前川さんは魚が苦手なようです。ネコ=魚大好きというイメージがつき易いのに、何故自ら茨の道を進まんとするようなキャラ付けを選んだのでしょうか。

武内Pだから大丈夫でしょうが、これが九杜Pが担当だったりしたら魚市場でのロケやら、ギリギリ我慢できるレベルで魚関係の仕事を入れられるところでしょう。

それはさておき、この辺りで肉料理の美味しいお店があったでしょうか。

私も活動範囲が広い方ではないので、本社周りならいくつか候補をあげることが出来るのですが、あまり来る事が無い空港周辺のグルメ情報は少ないのです。

最悪、少し我慢してもらって本社周りで食べましょう。

 

 

「とりあえず、お昼になりますし、どこかで昼食を取ろうと思うのですが。

2人もお昼はまだですか?もし、リクエストがあるなら聞きますが」

 

「和食がいいです!」

 

「み、みくは、お魚よりもお肉のほうがいいです」

 

 

和食と肉、両方の条件を満たせるものは多いですが、ある程度選択の自由度を与えてあげたほうがいいでしょうから、専門店的な場所は避けるべきでしょうし、一応アイドルの先輩としての威厳を保ちたいのでファミレス等で済ませるのはなんか嫌です。

人間というのは、何歳になっても見栄を張りたい生物なのです。

 

 

「わかりました。この辺で済ませますか?

私は、この辺の店事情に明るくないので、本社近くならいい店があるのですが」

 

「みくは、まだ我慢できますから。そっちで大丈夫です」

 

『問題ありません』「大丈夫です」

 

 

2人共我慢できるとなれば、もうあそこしかありませんね。

あそこなら2人が満足できる料理を出してくれるはずです。いつもは夜にしか行きませんが、昼間もやっているらしいので大丈夫でしょう。

そうと決まれば、即行動です。空港を出て、駐車場へと向かい社用車に荷物を積み込み後部座席に2人を座らせます。

一応、私も自分の車を持っていないわけではないなのですが、買う際に趣味に走ってしまったため座席が足りません。

見稽古でプロドライバー達のテクニックを習得したからと調子に乗ってスポーツカーなんて買うのではなかったと今更ながら反省しています。

乗っていて楽しいですし、私の能力に十全に答えてくれるので最高の一言に尽きるのですが、千人近くの諭吉さんがお亡くなりになりました。

まあ、反省はしていますが後悔はしていませんので、幸せな愚痴というやつなのですが。

 

 

「シートベルトは締めました?」

 

『はい』

 

「ばっちりです」

 

「では、出発します」

 

 

新進気鋭、心が弾む、美味佳肴

シンデレラ・プロジェクトが本格始動しても、平和で穏やかに、それでいて楽しく過ごせそうですね。

 

 

 

 

 

 

妖精社、営業時間は10:00~15:00までお得なランチメニューもあり、お酒が飲めなくても来る価値はあります。

昼間という事でいつも見かける常連達の姿はなく、学生カップルやサラリーマン、OLといった違う顔ぶれで溢れており、いつも飲み騒ぐあの店と同じなのかと思いたくなるほど別の顔をしていました。

いつもの席が空いていたので、特に理由は無いのですがそこに座ります。

アイドル業や係長業務が忙しくなりつつある最近でも最低週2のペースで飲みに来ているので、何だか落ち着きすら感じられるようになりました。

私はランチメニューの中にあった『豚のしょうが焼き定食』をカリーニナさんは『肉じゃが定食』、前川さんは『ハンバーグセット』を頼みました。

ここのしょうが焼きはお酒にも合うのですが、ご飯にはもっと合います。

焼いた豚肉の香ばしさに、甘さと生姜の辛味が絶妙なタレ、そしてそれらを包み込むようなうまみ成分の塊である脂部分。タレと肉の旨味が絡まりながらも、歯に楽しいシャキシャキ感を残した香ばしいたまねぎ、見苦しくない程度に山盛りにされた千切りきゃべつも箸休めに丁度よく、また胃にも優しいです。

これを白いご飯と一緒にかきこんだ時の満足感といったら、表現するまでも無いでしょう。

考えていたら涎が垂れてしまいそうになりますが、後輩の前でみっともない姿を見せるわけにはいきませんから少しチートを使ってやわらかい表情を維持します。

2人の方はこういった居酒屋風のお店にはなれていない様で、いろいろ周りを見回して落ち着かない様子です。

 

 

「落ち着きませんか?」

 

「そ、そういうわけじゃ、ないんですけど」

 

「ここがニンジャの隠れ家ですね、『素晴らしい(ハラショー)』です」

 

 

まだ引きずっているんですね、忍者ネタ。

車の中でも色々とはなしていたようですが、若いだけあって話のネタに困らなくて羨ましいです。

大人になってしまうと話す前にネタの吟味をする必要があり、更に雰囲気とかを察した話題選びを強いられますから、カリーニナさんのように自由奔放な性格は素直に羨ましいと思います。

 

 

「ここって、マジアワで話題になってた隠れ家的な居酒屋ですか?あのファンたちが探しても見つけきれなかったっていう」

 

 

そういえば、あの特別回以降も何度かマジアワのゲストとして呼ばれた事もありましたし、1回だけではありますが進行役をしたこともあります。

その時のゲストは城ヶ崎 美嘉ちゃんで、物怖じしない性格で私に対してもあまり畏怖等の感情を抱いていなかったのでやりやすかったですね。

カリスマJKモデルと言われている彼女ですが、意外に純情で家族思いなところもあり、話してみると自分の妹が如何に可愛いかと自慢していました。

まあ、そんなこんなでマジアワに出ていたのですが、確か瑞樹と一緒にやった時に妖精社(ここ)の話題が出たはずです。

リスナーからの質問メールに『川島さん、高垣さん、安部さん、七実さま、千川さんは大変仲がよろしくて、プライベートでよく飲みに行くと聞いたのですが、大体どれくらいの頻度で飲みに行かれるですか』といったものがありました。

流石に許可無く店名まで出すわけにいかなかったので、そこら辺はぼかして話したのですが、それがファンの探究心を擽ったのか店を探す人間が一定数いたのですが、結局妖精社(ここ)を見つけられた人間はいなかったようです。

それゆえ、ファンの中では私達が飲む店は『幻の隠れ家』として呼ばれているらしいです。

 

 

「そう呼ばれているみたいですね」

 

「じゃあ、いつもここで皆さんがお酒を飲んでるんですね!」

 

「ええ、一応サインも置いてありますよ」

 

 

あの出禁事件の後、謝罪とお詫びを兼ねて私達全員のサインの色紙を贈らせてもらいました。

私達はともかく瑞樹や楓はトップアイドルの一員ですから、一応価値はあると思いますし、話題にもなるでしょうから。

飾られたサインを指差すと前川さんは興奮し始めました。誰かのファンなのでしょうか。

 

 

「アーニャちゃん!アーニャちゃん!見て見て、サインだよ!

あのメンバーの集合サインなんて、みく、はじめて見たよ!」

 

「みく、興奮してますね。誰かのファンなんですか?」

 

「このメンバーの中なら川島さんと渡さんかな。2人共、仕事に対するプロ意識が高くて一貫してて、カッコイイもん!」

 

 

目の前でファン宣言されるのは、少々こそばゆいものがありますね。

キラキラと目を輝かせて語る様子は、お世辞や媚を売るためのものではないとはっきりわかりますし。

プロ意識が高いといわれていますが、私は私に出来る仕事をしているだけなので、そんな大層なものは一切無いのですが、せっかくのファンの前で夢を壊すようなことはしたくありません。

偶像(アイドル)であるなら、夢を見せた責任を取る必要があります。

とりあえず、後でサインでもしてあげましょう。

そんなこんなを考えていると、注文をしていた料理が届きました。

 

 

「では、いただきましょうか」

 

「はい」『はい』

 

「「「いただきます」」」

 

 

さて、この新人2人との関係について、昔読んだ青いラッコの出てくる漫画の言葉を少し変えて述べるのなら。

『彼女たちは嬉しそうにしている。どうなりたいんだろう。どうなりたくないんだろう』

 

 

 

 

 

 

後日、残りの地方選抜メンバーも無事合流したのですが、その中の1人である熊本から来たアイドル候補生の言動を見て、封印していた黒歴史が記憶の奥底から強制サルベージされ、自宅に帰って枕を抱えてベッドや床を転げまわる事になるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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私がしていることは特別な事じゃない。黒歴史が囁いているだけさ。

アニメ2期が始まりましたね。
この作品の設定は1期時点までのもので考えているので、今後新しい設定が出ても反映される可能性は低いです。

熊本弁に違和感があるかもしれませんが、これが精一杯なのでご理解のほどをお願いします。



どうも、私を見ているであろう皆様。

シンデレラ・プロジェクトも概ね順調に進んでおり、確定した5名の地方メンバーは寮への入居も済ませ、現在は簡単な研修を受けています。

346プロは様々な分野を手がける大企業ですから、デビュー前のアイドル候補生とはいえ、社員として登録される以上は就業規則やら諸々の決まりを理解してもらう必要があるのです。

個人での外食を除き生活費が免除され、レッスン等に掛かる費用も無く、僅かながら給金を貰うのですから、そこら辺は仕方のないことであると割り切ってもらいましょう。

中学生の娘もいますから内容としても難しいところまでは踏み込まず、絶対に頭に入れておいて欲しい事を重点的に簡略化して教えると言っていましたし。

まあ、現在の武内Pでは若干の不安が残るので念のためちひろを補助につけましたから、理解の齟齬は恐らく生まれないと思います。

シンデレラ・プロジェクトのフォルダを開き、今回選抜されたメンバーを眺めます。

 

アナスタシア・カリーニナ

緒方 智絵里

神崎 蘭子

双葉 杏

前川 みく

 

どの娘も個性を持っていて、なんとも346プロらしいアイドル候補生ですね。

カリーニナさんは、クールなロシア系の容姿とあの暴走しがちなフリーダムな性格、ロシア語と日本語混じりの話し方。

緒方さんは、主体性がないように見えますがしっかりとした芯を持っており、控えめで穏やかな性格で他のメンバーに合わせられる許容性の高さ。

神崎さんは、邪気眼ではあるもののはっきりとした自分の独自性を確立しており、たまに見せる素の表情とのギャップ。

双葉さんは、仕事を舐めているのかと言いたくなる態度をとりますが非常に頭の回転も速く、立場を客観視することが出来る冷静さ。

前川さんは、猫キャラというあざとさと努力を怠らないプロ意識の高さ、他のメンバーをよく見ており面倒見のよさ。

といった強みがあり、これからどんなアイドルになっていくのかが楽しみです。

関東勢の募集も順調に進んでいるようで、既に書類選考は終わっており、今週末には面接などの2次選考があります。

選考に関しては昼行灯と武内Pに任せっきりになっているので、どのような人が応募しているのか全くわかりません。

あの2人の目は信頼しているので、とんでもない人間を選んだりしないでしょう。

とりあえず、シンデレラ・プロジェクトが本格始動してから困ったりしないように、今から大まかな方針やスケジュールは決めておいたほうがいいのでしょうか。

予定が未定なこの業界、社長の急な思いつきや無茶ぶりで日程とか考えず仕事が入ったり、アイドルの勝手な思いつきで参加メンバー等が変わってしまうことがよく起きたりし、裏方が調整に頭を悩ませたり奔走する嵌めになったりするので、ある程度余裕を持ったスケジュールにしておきましょう。

とりあえず、最初の1ヶ月くらいは練成期間としてレッスンをメインに他のアイドルのイベントに参加させて仕事の流れを掴んでもらいましょう。

それから半月~3週間周期ぐらいで順次ユニットデビューしていくといった感じでしょうか。

夏のフェスまでには、何度かライブ系のイベントもありますし、仕上がり次第ではそちらにバックダンサーとして参加させてみて経験をつませるのもいいかもしれません。

TV番組も私やちひろが出るものでバーターとして出演させ知名度を高めていくというのもありですね。

出演依頼されているもので、メンバーやユニットの方向性が合致していたのならという話ですが。

 

 

「係長、例のショッピングモールの舞台はなんとか確保できそうです」

 

「それは良かったです」

 

 

先んじて動いておいた甲斐があったというものです。

今回確保したショッピングモールは数年前に開店したばかりで、規模も都内にあるものとしては上から数えた方が早く、入っている店舗も老若男女問わず楽しめるように配慮されているため集客力も高く、新人が多くの人に顔を覚えてもらう為には最適な場所であるといえるでしょう。

765を含む多くのアイドルプロダクションもここの確保に動いていたようですが、新規アイドルプロジェクトを抱えているため346上層部も積極的に動いてくれたようです。

今頃、他のプロダクションは悔しい思いをしているに違いありません。

今日は、酔えませんが勝利の美酒に酔うという言葉にあやかって、ちょっと散財していい感じのお高いお酒でも飲みましょうか。

調子に乗って購入したスポーツカーのローンで、なかなかに懐事情が寂しいですが、今日くらいは許されるでしょう。

係長になって、給料もそこそこ増えましたし。

 

 

「では、今西部長と武内Pに報告をお願いします。後、関東圏でのメンバー選出の進捗状況の確認もお願いします」

 

「了解しました」

 

「それが終わったら休憩に入って構いませんので」

 

「ありがとうございます」

 

 

時間を確認するともうすぐお昼になりますので、そろそろ休憩を許可しておかないとこの優秀な部下達は私が休憩に入るまで延々と仕事を続けようとしますから。

確かに上司が仕事をしているのに休憩に入って昼食を取るなんてできないというのは理解できますし、自主的に聞いてくればいくらでも許可するのですが、何故か聞いてくることはありません。

別に積極性に欠けるという訳でもなく、わからないことや理解が浅いと感じたときはちゃんと質問してくるのですが、どうしてでしょうか。

 

 

「他の皆さんも休憩に入って構いませんよ」

 

「「「「はい」」」」

 

 

さて、私は市場の傾向でも探っておきましょうか。

流行り廃りは一瞬の見極めが重要になってきますから、波に乗ろうとするのならそれが大丈夫なのかを十分に精査しておかなければなりません。

それを怠ってしまえば、企業としても痛手を負うだけでなく、大切なアイドル候補生達の夢を閉ざしてしまいかねないのです。

うちではありませんが、悲しい事にそうなってしまったアイドルの姿も見たことがあります。

なればこそ自分の後輩がそうなってしまわないようにしてあげるのが、先輩アイドルとして、アイドルに関わる仕事をするものとして当然の事ではないでしょうか。

3台のパソコンを操作し、情報収集を始めようとすると横から手が伸びてきました。

その手を華麗に回避して情報収集を進めると、大きな溜息をつかれます。

ある程度気配を消して近づいてきたようですが、私に気が付かれないように接近したいのなら某蛇の人並みの潜入工作スキルが必要です。

 

 

「どうしました、ちひろ。今日は、シンデレラ・プロジェクトの新人研修だったはずでは?」

 

「ええ、そうですよ。そろそろお昼になるんで、七実さんを誘いに来たんです」

 

 

一緒にお昼ですか、魅力的な提案ですが、今の私にはそれよりも優先すべきことがありますから今回は断りましょう。

ハチドリとかのように一食抜かしたからといって命の危機に瀕するわけでもありませんし、それならば食事よりも情報収集の方が優先されるはずです。

少しだけ事務員も兼務しているちひろならわかってくれるでしょう。

 

 

「悪いですけ「あ、拒否権はありませんから」‥‥なぜ?」

 

「係長になってからの七実さんは無理しすぎです。それにストップを掛けるのは私の役目でしょう?」

 

 

その場を濁すために言った言葉が真綿で首を絞めるように私の行動を制限してきました。

それはそれ、これはこれという便利な言葉に頼りたくもありますが、それを使うと私とちひろの関係に大きな亀裂が入ること間違い無しなのでできません。

確かに今すぐ情報収集を完了させる必要はありませんが、それでも鉄は熱いうちに打てといいますし、何とかして言いくるめをしたいところです。

 

 

師範(ニンジャマスター)!』

 

覇道を進みし女教皇(ハイ・プリエステス)(渡さん)!」

 

「アーニャちゃん!蘭子ちゃん!ここは渡係長の仕事場だから、邪魔しちゃダメにゃ!」

 

 

あ、もうダメですね。

ちひろに続くようにカリーニナさん、神崎さん、前川さんが現れました。

未成年のお願いに対して、道理から外れていなければ強く出ることが出来ないという事まで計算して連れてきたのでしょうか。

だとしたら、なかなかの策士ですね。

あと2人共、その呼び方はやめてください。私の心が死んでしまいます(特に神崎さん)。

 

 

「お昼ですよ。一緒に食べましょう」

 

 

相変わらずフリーダムなカリーニナさんは、前川さんの制止の声など聞こえていないようで、輝く光が見えそうなくらいいい笑顔を浮かべています。

課業時間内だったら注意をしていたところではありますが、今は昼休み中なので一応問題はありませんし、室内にまだ残っていた部下達も何も言いません。

寧ろ、連れて行ってくれという思いが見えるような気がするのですが、どういうことでしょうか。

 

 

「魂の共鳴をせし者と共に円卓にて饗宴す。これぞ、至上の愉悦。(お友達皆で一緒にお昼を食べる。とっても楽しみです)」

 

 

ああ、黒歴史が。黒歴史が‥‥

神崎さんの持つ独自の世界観を否定するわけではありませんし、逆にアイドルとしては方向性がしっかりと定まっている分強みとも言えるでしょう。

但し、アイドル業ではなく黒歴史を産み出してしまった者の先達という立場から述べさせてもらうなら、そのキャラでアイドルデビューしたなら、近い将来後悔する日が確実に来ることになるとだけ言わせて貰います。

醒めない夢は無く、虚飾した思いはいずれ自身を心を切り裂く刃となって返ってくることになり、肉体の傷とは違い魂のそれはいつまでも、いつまでも苦しみを与え続けるでしょう。

人の可能性は無限大、されど出来る事には限りがある。

結局人間という矮小なる存在は、様々な柵に縛られて自らの器に合った道を選んで満足するしかないという事でしょうか。

しかし、私は思うのです。それでも、諦めなければ夢は必ず叶‥‥

 

まずいです。

神崎さんとあのアニメ撮影に影響されてか、記憶の奥底に幾重にも封印していた黒歴史が蘇りつつあるのかもしれません。

いえ、まだ言葉として口に出していないのでセーフです。

中学2年生時代のように人間讃歌をとか言い出したら終わりです。もっと記憶の封印を厳重にしなければなりませんね。

これはちょっと自分を落ち着けるためにも休憩を挟みましょう。

まんまと策略に嵌められたような気がしてならないのですが、今回はちひろのほうが一枚上手だったということで納得しましょう。

 

 

「‥‥わかりました。行きましょう」

 

「はい。じゃあ、行きましょうか」

 

 

パソコンにロックを掛けスリープ状態にして、受刑者のようにちひろ達について行きます。

 

 

「みく、『師範(ニンジャマスター)』も来るそうです」

 

「もう、アーニャちゃんは自由過ぎるにゃ。渡係長は先輩アイドルで上司なんだよ、もっと礼節をわきまえないと苦労するよ」

 

「もう、みくは『お母さん』みたいです」

 

「ロシア語はまだわからないけど、とりあえず褒めてないのはよくわかったにゃ」

 

「蘭子もそう思いますよね?」

 

「クックックッ、そなた達の関係は我をも魅了せし尊き財宝(御二人とも仲がよくて、私羨ましいです)」

 

「ごめん、蘭子ちゃんの言葉は日本語のはずなのにわからないにゃ」

 

「クッ、瞳の覚醒はまだであったか(‥‥そんなぁ)」

 

 

ああ、なんで厨二病言語が自動翻訳されるんでしょうね。

私にそんな時代があったからでしょうか、それとも見稽古が無駄な方面にチート能力を発揮したからでしょうか。

とりあえず、言わせて貰うなら。

何処をどうすればそんな風に翻訳されるのでしょうか。あまりの飛躍のし過ぎにグー○ル先生も吃驚ですよ。

しかし、意思伝達が上手くいかずに孤立してしまうのは、見ていて忍びないので助け舟くらいは出しましょうか。

 

 

「神崎さんは、2人共仲がよくて羨ましいって言ったんですよ」

 

女教皇(プリエステス)(渡さん)!やはり、汝は瞳に覚醒せし者であったか!(やっぱり、わたしの言葉がわかるんですね!)」

 

 

予想はしていましたが、凄い目を輝かせていますね。

これは懐かれる。懐かれてしまいます。

勿論、神崎さんのことが嫌いというわけではないのですが、それでもあの黒歴史をサルベージしてしまうようなことは避けたいのです。

それを顔には絶対出しませんが、言葉のほうは漏れる可能性が高いでしょう。

 

 

「な、なんで、わかるにゃ」

 

「みくちゃん、そういう時はね『七実さんだから仕方ない』と思えば大丈夫よ」

 

素晴らしい(ハラショー)

 

 

私は黒歴史を蘇らせることなく、平和な日々を守り抜くことが出来るのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「346カフェへようこそ☆」

 

 

午後からはレッスンがあるので、昼食は外ではなく社内にあるカフェで取ることになりました。

社員食堂もあるのですが、今の時間帯はアイドル部門以外の様々な部署の社員達も行くのでかなり込んでおり、落ち着いて食事を取ることはできないでしょう。

一般にも開放されている346カフェは、アイドル達へのインタビューやバイトしているアイドル目当てに訪れる人は多いです。

値段は少々御高めではありますが、それでもそれに見合うだけの味とクオリティがあるのでリピーターも多く、意外に収益をあげているそうです。

何でもこのカフェの主人は退職した元役員だそうで、趣味が高じてこうして本格的なカフェを開くのですから、その行動力には感服ですね。

私も、もし退職するような事になれば此処のように、何か自分の店を持ってみるのもいいかもしれません。

幸いチート能力のおかげで、技能等には困りませんし。

 

 

「菜々さん、智絵里ちゃんや杏ちゃんはもう来ていますか?」

 

「はい、ご案内しますね」

 

 

今日はオフのはずなのに、私物のメイド服で接客する菜々のワーカーホリックに呆れながらも案内に従います。

何も休みの日まで働かなくてもと思ったあたりで、もしかしてこれは壮大なブーメランになるのではと気が付いたので考えるのをやめます。

 

 

「本物にゃ。本物の安部 菜々にゃ」

 

「永遠を操る兎の星の民か!(ウサミン星人です!)」

 

「ウサギニンジャですね!」

 

 

3人はそれぞれ別の反応を示していますが、菜々が働いている事に驚いているようです。

まあ、最近は瑞樹や楓との絡みでメディア露出も増え、そろそろBランクになろうとしていますから知名度も相応に高まっているのでしょう。

カリーニナさんのその忍者に対する愛は、いったい何なのでしょうか。

菜々に案内された団体用席に到着すると、そこには対照的な2人の姿がありました。

 

 

「あっ、えと‥‥せ、席をとっておきました」

 

「遅かったね。何かあったの?」

 

 

周囲の客が気になっておどおどしている緒方さんと飴を頬張りながら暢気にP○Vで遊んでいる双葉さん、足して2で割れば丁度良くなるでしょうか。

これで、シンデレラ・プロジェクトの地方選抜メンバーが勢ぞろいしたわけですが、改めてみてもキャラクターが濃い面子ばかりですね。

私も人のことは言えないですが、それでもこれを統括する事になる武内pは苦労するに違いありません。

これは、しっかりサポートしてあげなければ、前回の二の舞になりそうな予感がします。

ちひろにも気をつけるように注意喚起しておきましょう。

 

 

「七実さんを説得するのに時間がかかったの。智絵里ちゃんや杏ちゃんは、もう何か頼んだの?」

 

「い、いえ、その‥‥お昼ごはんは、みんなと一緒がいいなぁって思って」

 

「杏は、注文するために安部さんを呼ぶのが面倒くさかったから」

 

 

緒方さんは、相変わらず自信なさげですね。

それが庇護欲を擽るので、男性ファンや一部の女性ファンを大量に獲得できそうです。

年齢的に輿水ちゃんたちは繰り下げになって次女枠に入れて、甘やかしたいですね。それはもう、べたべたに。

双葉さんは、こちらも相変わらずというか、何というか。

最初の挨拶で『アイドル印税生活を狙ってまぁ~~す』とか言われた時には、思わず顔が引きつりかけましたが、今のところやることはちゃんとやっているので目を瞑っています。

もし、仕事をサボったりした場合には、ちょっとオハナシしないといけませんがね。

そうなる日が来ないこと祈っておきましょう。

 

 

「じゃあ、みんなでお昼にしましょうか」

 

 

空いている席に座ると前川さん、カリーニナさん、神崎さんがいきなりじゃんけんを始めました。

 

 

「わたしの勝ちですね」

 

「我に敗北の文字はない(勝ちましたぁ♪)」

 

「にゃぁ~~、負けたにゃぁ!」

 

 

勝負は一回で決着が付いたようで、前川さんが負けたようです。

そういった星の下に生まれてしまったのか、前川さんは不憫なことが多いような気がします。

ですが、そういった時にこそ魅力が最大限発揮されているようで、このままだと本当に第二の輿水ちゃん枠に収まってしまいそうです。

九杜Pが輿水ちゃんにリアクション系の仕事を多めに回しているのもそういったことが関係あるのかもしれません。

勝者であるカリーニナさんと神崎さんは私の隣の席に座りました。どうやら、私の隣の席を賭けたじゃんけんだったようです。

ある程度予想はしていましたが、完全に懐かれましたね。

 

 

「あらあら、人気ですね。七実さん」

 

「そのようで」

 

師範(ニンジャマスター)』「女教皇(プリエステス)(渡さん)」

 

 

両サイドからそんな穢れを知らない子供のような無垢な瞳で見られると薄汚れてしまった大人の自分を実感させられるのでやめて欲しいのですが。

 

 

「さて、何を頼みましょうか」

 

 

この346カフェはセットのような食事メニューはありませんが、様々な軽食系メニューが豊富に存在しているため結構悩むのです。

サンドイッチなら自由に中身を選択でき、パイ系も世界各国のいろいろなものが取り揃えられており、優柔不断な人だと数十分悩む事もざらにあるようです。

今日は、やや空腹気味なのでがっつりとしたメニューが食べたいのでホットドックにしましょう。

ふんわりと柔らかいパンとソーセージの軽く焼き目をつけてパリッとした皮と中から溢れる肉汁と粗挽きの肉の食感、ちょっと大人向けな独特な風味を持つ刻まれた自家製ピクルス、そこにケチャップとマスタードのチープな感じを出しながらもくどくない絶妙な配分、堪りません。

自分の注文が決まったので、他の人の様子を見てみるとどうやら悩んでいるのは緒方さんと神崎さんの2人だけのようです。

 

 

「これもいいなぁ、でもこっちも‥‥」

 

「この石版(モノリス)に記されし、様々な供物の数々‥‥蠱惑的とはこのことか(どれもおいしそうで、決められません~~)」

 

 

昼休みの時間はまだまだあるのでしっかり悩まさせてあげましょう。

人に急かされて慌てて決めたメニューだと、悔いが残ってしまうかもしれませんから。

やはり食事というものは楽しむためにあるのですから、自分の意志でこれだと思ったものを食べるのが一番いいのです。

たまには人のオススメというのもいいのですが、味覚なんて千差万別、ある程度の普遍的おいしさというものは存在しますが、好みが完全に一致する人間なんていないでしょう。

むしろ、その悩んでいる姿が可愛らしくてもう少し眺めていたいくらいです。

あまり露骨に見すぎたらプレッシャーを与えてしまいかねないので、誤魔化すために同時進行で何かしておきましょう。

といことで、こんな事もあろうかと連れて行かれる前にタブレット端末を持ってきていたのです。

これで、情報収集と平行して2人の姿を存分に愛でることが出来ます。

 

 

「七実さん」

 

「何ですか、ちひろ?」

 

「しまってくださいね、それ」

 

 

背後に静かに燃える青い怒りの炎を錯覚させるようなちひろの笑顔に気圧されて、しぶしぶとタブレット端末を仕舞いました。

最近活躍の機会が悉く潰されるかわいそうなタブレット端末ですが、仕事の出先で色々と片付けるのに役立ってくれる大切な相棒です。

 

 

「まったく、ちょっと時間が出来たら仕事、仕事って、最近の七実さんはもう少し皆との交流を大事にするべきですよ」

 

 

確かに、シンデレラ・プロジェクトのためたくさんの仕事先や会場を押さえようとしてメンバーとの交流が疎かになっていたことは認めます。

しかし、それは後輩となるみんながアイドルと言う仕事に夢を抱き続けることが出来るようにと、私なりに皆の事を考えてしている事なのですから、少しは理解して欲しいのですが。

 

 

「確かに『師範(ニンジャマスター)』はオーバーワーク。頑張りすぎです」

 

「己が身を削りし先に待ち受けしは、崩壊ぞ(無理しちゃ、ダメですよ)」

 

「あの‥‥わ、わたしも‥‥えと、その‥‥」

 

「もっと楽してもいいんじゃない?杏みたいにさぁ‥‥」

 

「みくは、ノーコメントで」

 

 

どうやらシンデレラ・プロジェクトのメンバー達もちひろ側のようです。

流石に6対1で自分の意見を押し通すほど我が強いほうでもなく、元々愛でるのを隠すためのものだったのでこだわる必要性もありません。

なので、即座に白旗を振ります。

どこかの軍人さんも『戦いは、数だよ』といっていましたし、皆大好き民主主義に基づく多数決の結果の力は偉大なのです。

 

 

「わかりました。なら何を話しましょうか」

 

 

こうなれば、会話をしながらさりげなく愛でるとしましょう。

炉辺歓談、膝を交える、安居楽業

平和な一時というものは、これほど尊いとは思いませんでした。

 

 

 

 

 

 

「では、シンデレラ・プロジェクトの順調な進行に‥‥乾杯」

 

「乾杯」「乾杯です♪」「‥‥乾杯」

 

 

宝石を思わせるほど澄んだ輝きを放つ酒が注がれたショットグラスを軽く打ち合わせます。

一口飲んだ瞬間に広がる華やかな香り、そして長い歳月をかけて角が取れた達人のような熟成感、飲んだ後に心地よい温かさと素晴らしい満足感が広がります。

カラメルやシロップ等の添加物が一切使用されておらず、古くからの製法を代々受け継ぎ下手な機械化をせず頑なに守り続けることで生み出されるポール・ジローは、コニャックの極みといっていいでしょう。

勝利の美酒という事で35年物に手を出してしまいましたが、値段に見合うどころかそれ以上の価値がある1杯です。

この味の前には下手なつまみは無粋ですね。

 

 

「瑞樹や楓ちゃんが悔しがるでしょうね」

 

「しかたありませんよ。御二人とも仕事なんですから」

 

「運が悪かったということでしょうね」

 

 

瑞樹と楓は、残念ながら仕事なので今回は不参加です。

先程ラインでポール・ジローの画像を送ってみたところ、楓が現場から抜け出そうとして一騒動あったり、瑞樹からは『許さない』という簡潔明快で怒りが伝わる返信をもらいました。

祝いたいと思ったときに妖精社(此処)に居る事ができない、人気と仕事の多さが原因であり、その仕事も私が振ったわけではありません。

だから、私は悪くない。

 

 

「ほら、七実さんの奢りなんですから、武内君も飲まないと」

 

「そうですよ、プロデューサーさん。こんな美味しいお酒なんですから、もっと笑顔にならないと☆」

 

「すみません、表情が固くて」

 

 

今回は特別ゲストとして招かれた武内Pは1対3という男女比が落ち着かないのか、かなり固い感じです。

しかし、ポール・ジローを飲んだ瞬間はその固い表情筋達も緩んでいき、働いている間ではまず見ることが出来ない優しい表情をしていました。

やはり美味しいお酒というものは偉大です。

惜しむらくは、このチートボディでは美味しさを十二分に味わうことが出来てもそれに酔うことが出来ないという事でしょうか。

この体であることによる恩恵を享受してきたので、これくらいの欠点は我慢できるレベルなのですが、それでも勿体無いと思うくらいは許してもらえるでしょう。

 

 

「いやぁ、菜々は今日初めて見ましたが、なかなかに濃い娘達でしたね」

 

 

菜々がそんなことを言っていますが、永遠の17歳とか、ウサミン星人とかの異色のキャラ付けは、さすがのシンデレラ・プロジェクトのメンバー達であっても勝てないくらいに濃いと思うのですが、もしかして自覚というものが全くないのでしょうか。

 

 

「菜々には負けるでしょう。ねぇ?」

 

「そうですね、菜々さんには負けるかと」

 

「プロデューサーさん、2人がいじめます~~。シンデレラじゃなくて、絶対継母や義姉ですよ」

 

「あの、安部さん。その‥‥困ります」

 

「‥‥離れましょうね、菜々さん」

 

 

人が菜々の事を思って心を鬼にして指摘してあげたというのに、酷い言われようです。

菜々は嘘泣きしながら武内Pに縋り付き、それを見たちひろの顔がお茶の間のよい子達が見たら号泣間違いなしな、およそアイドルがしてよい表情の範疇を軽々と越えたものになります。

しかし、すぐに武内Pの前であると我に返り、黒い笑顔レベルに落ち着きました。

全く菜々もちひろの気持ちを知っていながらあんな行動を取るなんて、結構酔ってきていますね。

今回は、ポール・ジローがメインな為おつまみ系のメニューは殆ど頼まなかったので、酔いが早く回っているのかもしれません。

全員会話の合間におかわりとかしてましたし。

2人に挟まれた武内Pは、どう対応していいのか分からずおろおろしながら私に視線で助けを求めてきますが、私は巻き込まれたくないのでポール・ジローをちびちびやりながら、ラインの様子を眺めます。

瑞樹の方は順調に進んでおり、このまま上手く進めば合流できそうみたいですが、楓は逃亡騒ぎによって遅れが生じているため厳しいかもしれません。

本気で泣きそうなメッセージが届いたので、少しくらい残して持って帰ってあげましょう。

それも考慮してボトルごと購入したのですから問題はないはずです。

 

 

「あはは、冗談ですよ。冗談。ウサミンジョークです☆」

 

「まったく、油断も隙もないんですから。武内君も社会人なんだから、断る時はもっとはっきり断らないと!」

 

「‥‥はい」

 

 

少しどころか、半分くらい私情が入っているような気がしますが、指摘すると面等臭そうなのでやめておきます。

しかし、このまま放置しても面倒臭くなりそうなので助け舟くらいは出しておきましょう。

 

 

「話は戻りますけど、武内Pから見てあの娘達はどうですか?」

 

「あっ、それ気になります」

 

「私もです。どうなんですか、武内君?」

 

「‥‥とても個性的ではありますが、皆さんがトップアイドルとなれるほどの逸材だと思っています」

 

 

確かに全員に光るものは感じますが、トップアイドルになれると言い切るあたり、武内Pが今回のプロジェクトにどれだけの意気込みをもって臨んでいるかがわかります。

車輪と化してからの武内Pは不確定要素を含んだ事を言葉にすることがなくなりました。

ですが、仕事場ではなく居酒屋の一部屋でお酒が入っているとは言えど私達に対してそう言い切ったのですから、それを実現するといっているのと同義と考えてもいいでしょう。

どうやら、気が付かないうちに一皮も二皮も剥けて成長していたようです。

男子三日会わざれば刮目して見よと言いますが、あの言葉は本当だったようですね。

いつの間にか成長していた後輩の姿に嬉しいような、寂しいような複雑な気分です。

 

 

「期待してますよ」

 

「はい」

 

 

これ以上の言葉は不要でしょう。

武内Pの意志は確かに聞きました。ならば、私はサポートをする者として、それが最高の形で成せるように場を整え準備するだけです。

 

 

「その為に、渡さんに一つ協力をお願いしたいのですが」

 

「ええ、構いませんよ。何でも言ってください」

 

 

珍しく武内Pからお願いされました。

少し困ったような、恥ずかしそうな、照れたような表現しにくい複雑な表情をしていますが、いったい何を頼もうとしているのでしょうか。

最大限サポートすると私の覚悟は決まっているので、できる事であればなんでもするつもりです。

 

 

「神崎さんの言葉の解読方法を教えてください」

 

「‥‥はい?」

 

 

すみません、3秒ルール的なもので前言撤回はありでしょうか。

いくら最大限サポートするとは心に誓いましたが、それと黒歴史のサルベージ(これ)は別問題です。

ただでさえ、色々と影響を受けて私の内面は大変になっているのですから、これ以上黒歴史関係の余計な火種は抱え込みたくありません。

とりあえず、神崎さんの複雑な厨二言語の解読方法をこの最高のコニャックの生みの親であるポール・ジロー氏の言葉を改変して述べさせれ貰うのなら。

『私がしていることは特別な事じゃない。黒歴史が囁いているだけさ』

 

 

 

 

 

 

乗り気ではないとさりげなくアピールしても気が付かず、真剣にお願いしてくる武内Pに押し切られ簡易厨二辞典の製作に積極的に協力することになり、心に深いダメージを負うことになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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いつかできることはすべて、今日でもできる

第2期が絶賛放映中ですが、この作品ではようやく第1期に入れそうです。


どうも、私を見ているであろう皆様。

最近周囲が仕事をさせないように包囲網を敷こうとして困っています。

アイドル業もあるのでレッスン等を蔑ろにしたりせず、サンドリヨン指名の仕事もちゃんとしているのですが、係長業務をしていると重要な仕事が終わったときを見計らって誰かが来るのです。

恐らく部下の中にちひろたちとの内通者がいるのでしょう。

チートを最大限活用すれば数日と掛からずにその内通者を特定できるでしょうが、今のところ一段落した時にしか情報を流さず、業務の進行に支障を来たさないので放置しています。

部下も優秀なので、私のチートを自分なりに噛み砕いてスキルとして習得しつつあり、一部の業務は本当に完全丸投げでも構わないくらいに成長しました。

優秀な人材が増えるのは企業として嬉しい事この上ないのですが、どいつもこいつも何故か率先して私の仕事を奪っていくのです。

昼行灯あたりだったら『楽が出来ていいねぇ』とか言いながら、デスクでお茶でも啜っているのでしょうが、ついこの間まで一般事務員だった私からすれば、やることが無いというのは落ち着きません。

一応、係長業務ばかりにならないようにスケジュール管理はしているのですが『係長は、レッスンしてきてください』や『この仕事は、係長向きだと思います』とか言ってくるのです。

そう言うことが多いので尋ねてみたのですが、私の部下達はどうやらサンドリヨンのファンであり、しかも私個人のファンでもあるそうで、本格デビューの際に一応作られたファンクラブの10番台の会員証を見せられました。

なんでも既に500番台まで会員で埋まっているそうで、恥ずかしそうに、しかしどこか誇らしげにそのことを告げられたときの私の心境が分かるでしょうか。

どうりで、ミスに対して注意をしてもいい笑顔で『ありがとうございます』とか言うわけですよ。

今まで、向上心があってこれからの成長が楽しみと思っていたのに、これ以上成長してしまったら変態まっしぐらじゃないですか。

これで無能なら配置換えが出来るのですが、前述したようにかなり優秀なのです。

昼行灯も未来の重役候補とか言っていましたし、此処で下手を打つと未来に禍根を残して敵を作ることになりかねませんし、内部分裂なんて他の企業が付け入る絶好のチャンスでしかありません。

私に残された未来は、この部下達と適度な距離を維持し続けてこれ以上変態方面へと進ませないようにする事だけでしょう。

どうして、私がこんな貧乏籤を引かなければならないのかと悲しくなりますが、希望を祈ればそれと同じだけの絶望が撒き散らされる、そうやって差し引き0にして世の中のバランスは成り立っているといった魔法少女も居ましたし、チートの代償なのでしょうか。

別に不快な視線等を向けられるわけでもありませんし、何度も言うようですが本当に優秀なので、扱いに困るのです。

知らないほうが幸せだったという言葉をこれほど痛感したのは2度目ともなる人生の中でも初めてです。

そんな、私の近況は後にして話を現在へと戻しましょう。

私の目の前で、4人の人間が4月に入ったとはいえ冷たい床に正座しています。

 

 

「で、何故こうなったか私が納得できる説明をお願いします」

 

 

普段あまり怒ったりしない私ですが、今回ばかりは怒気をあまり隠そうとせずに腕を組み仁王立ちします。

 

 

「‥‥それは」

 

 

正座しているメンバーの1人である武内Pは困ったように首に右手を回しました。

こうなっているのは、私のデスクの上に置かれているシンデレラ・プロジェクトの関東勢のメンバーを見たからです。

その決まったメンバーというのが。

 

新田 美波

諸星 きらり

三村 かな子

多田 李衣菜

城ヶ崎 莉嘉

赤城 みりあ

高垣 楓

川島 瑞樹

安部 菜々

 

はい、察しのいい皆様ならこのメンバーのおかしさについて十二分に理解してくださると思います。

今回のこの新規アイドルプロジェクトであるシンデレラ・プロジェクトは、まだまだ隠れている原石の少女達を発掘するためのものであり、既にアイドルとして活躍している人間に対してのものではありません。

なのに、どうしてこの3人の名前が登録されているのでしょうか。

部下から受け取った名簿を見たときには、数日遅れのエイプリルフールか見間違えだと思って2度見どころか5度見位しました。

 

 

「何よ、そこまで怒らなくてもいいじゃない」

 

「あはは、菜々は冗談のつもりだったんですけどね」

 

「七実さん、足崩していいですか?」

 

「駄目です」

 

 

武内Pと並ぶように正座している3人には、あまり反省している様子が見えないのでもう少し継続してもらいましょうか。

全く何を思ってシンデレラプロジェクトに参加しようと思ったのかは分かりませんが、夢を追いかける少女達の道を意地悪な義姉の様に妨げなくてもいいでしょうに。

新人の中にトップアイドルクラスが入ってしまえば、下手をすると彼女達は付属品程度の認識しかされない可能性があるのでリスクが大きすぎます。

他にも新人たちが依存気味になってしまい自立心が育たず、上手くアイドルとしての芽が出なくなってしまうかもしれません。

特に双葉さんなんかはその傾向が強いように思えますし、最初から楽をさせる事を覚えてしまうと後々苦労した際に潰れる可能性がありますし、私の意見としては十分に下積みというものを重ねていって欲しいと思います。

私やちひろの様に社会人であれば、社会の厳しさや理不尽な面も経験済みなので早々に潰れないでしょうが、シンデレラ・プロジェクトの娘たちはまだまだ親の庇護の元で生きている学生なのです。

アルバイトや知識として社会の厳しさ知っている子も居るでしょうが、実際に経験した事のある子は皆無でしょう。

社会というものは学生が想像しているよりも数段汚く、薄暗く、夢のない世界なのです。

ですが、それでも私は彼女達に夢や輝きを持ち続けて欲しい。ですから、それを壊してしまいかねない今回の人選については、到底受け入れられるものではありません。

 

 

「で、どうしてこの3人がメンバーの中に入ってるんです?」

 

「私が頼んだのよ」

 

 

私は武内Pに質問したのですが、答えたのは瑞樹でした。

 

 

「何故、こんな暴挙を」

 

「だって、このプロジェクトには七実達が参加するわけでしょう?」

 

「そうですね。サポートがメインとなるでしょうけど」

 

「で、このプロジェクトは全員ユニットを組むわけでしょう?」

 

「誰が誰と組むかは、本格的なプロジェクトの始動後になるでしょうけど、その予定ですね」

 

「だったら、私達が参加すれば皆でユニットを組める可能性があるわけでしょう?」

 

「‥‥はい?」

 

 

いったい、瑞樹は何を言っているのでしょうか。

漫画に出てくるチーズみたいな穴だらけの理論のために今回のことは起きたというのでしょうか。

20代後半になってそんなことはないとは思いたいのですが、どうやら冗談ではなさそうです。

 

 

「だって、あれだけ仲がいいって言ってるのに、全然5人での仕事が来ないんだもの」

 

「私も皆でお仕事したいなぁ、って思って」

 

「で、応募してみたら‥‥何故か採用されちゃって」

 

「‥‥」

 

 

頭が痛くなってきました。

確かに妖精社で『いつか5人でユニットを組もう』と話したことはありましたが、それをこういった形で実現しようとしてくるなんて誰が思うでしょうか。

私達でユニットを組む話は以前にも出たのですが、サンドリヨン結成前でしたしアイドルランクの差もあり、結局流れました。

そこそこ知名度が高くなってきた現在でも、アイドルとしての方向性や仕事の内容が違うため、そういった話は一切出てきていません。

瑞樹や楓は武内Pに何度かお願いしていたようで、武内Pの方もできる限り働きかけていったようですが上手くいっていませんでした。

私も動けば話は違ったのかもしれませんが、最近は係長業務やシンデレラ・プロジェクトの事にサンドリヨンとしての活動もあり、正直後回しにして放置していました。

勿論、なるべく仕事でも絡めるように調整等はしてもらったりしていましたが、結局5人が揃った仕事はあのデビューライブ以来ありません。

瑞樹と楓は既にトップアイドルとして活躍していますし、私も係長としての昇進もあり、346プロとしては無理にユニットを組ませるメリットがないのです。

 

 

「武内P」

 

「はい、皆さんが前々からユニットを組みたいと仰っていたのは聞いていましたので、今回が良い機会かと考えました」

 

「しかし、シンデレラ・プロジェクトが新人発掘プロジェクトの趣旨から外れているのでは」

 

「現段階ではそうなっていますが、皆さんにはシンデレラ・プロジェクトから派生した別プロジェクトとして動いてもらうつもりです。

なので、3人の枠を欠員として、2次募集をかける予定です」

 

 

派生した別プロジェクトですか、確かにそれなら無理矢理気味ですが趣旨から外れてないといえるかもしれません。

しかし、それでも問題は多く残っています。

現在各自が請けている仕事とのスケジュール調整、活動方針、ユニット曲の発注にお披露目イベントの会場選び、練成期間、各方面への売り込みを兼ねた挨拶回り等々とやることは山積みです。

それをシンデレラ・プロジェクトと同時進行するには人手が圧倒的に足りません。

私が常に全力を出し続ければ問題ないかもしれませんが、端からチートを当てにしたプロジェクトなんて破綻する未来しかないでしょう。

 

 

「今回の件に関する問題については、既に今西部長が各方面に働きかけてくれていますので人員等の問題は解消される見通しです。

ですが、やはり皆さんの仕事やプロデュースの引継ぎの調整が難しく本格的な活動が可能となるのは夏頃となります」

 

 

また、昼行灯か。

最近見かけないと思ったら、こっちを進めていたという訳ですね。

警戒はしていたものの、私の業務に関する面での影響が一切なかったため、またまたしてやられました。

あの昼行灯が精力的に動き回っているということは、このプロジェクトは十中八九採用されるのでしょう。

ああ、これではまた仕事が増えてしまうではないですか。

 

 

「渡さん?」

 

「はい、どうしました?」

 

「いえ、急に笑みを浮かべられたので」

 

 

そう言われて自分の頬に触れてみます。

確かに、頬が少し緩んでいるみたいで、自分でも気が付かないうちに笑っていたようですね。

口や頭では出来ないや無理とか反対的な立場を取っていたものの、結局私もいつものメンバーでユニットを組めることを楽しみにしていたのでしょう。

 

 

「七実は素直じゃないわね」

 

「そうですよ。嬉しいならもっと笑いましょう☆」

 

「今日はお祝いですね。私は今日、お仕事ないので()()()ワクです」

 

 

どうやら、楓は前回1人だけ間に合わなかった事を気にしているようです。

一応、ポール・ジローをボトルの6分の1程度残したものをあげたのですが、それでは気が治まらなかったようですね。

今日は、全員夜からの仕事はないのでまた騒がしくなるでしょう。

とりあえず、今は素直にこのことを喜ぶとしましょうか。

 

私達は立派な魔法使いとして、平和なアイドル活動が出来るのでしょうか。

 

 

 

 

 

「神崎さん、視線下がってます。緒方さん、ここはもっと動きを大きく。双葉さん、惰性で踊らないでちゃんと緩急つけて。カリーニナさん、気持ちが先走りすぎです。前川さん、1つの動作にこだわりすぎです」

 

「「「「「はい」」」」」

 

 

午後、いつものようにシンデレラ・プロジェクトの地方メンバー達とともに346カフェで昼食を取り、数日振りのレッスンの時間です。

久しぶりのレッスンですが、チートによって私にはあまり必要はないのですが、カリーニナさんや前川さんの要望によりダンス系を行う事になりました。

トレーナー姉妹達も忙しいようで、2時間のレッスンのうち前半1時間は他のプロジェクトの方に行かなければならず自主トレのようなのです。

なので、私に指導してほしいのことでした。

一応見稽古で、トレーナー系の指導技能は修得して可能なのですが、下手に全力を出してしまうと4姉妹の仕事を奪ってしまいかねないので程々に頑張っています。

今練習しているのは、私達の『今が前奏曲』です。

全員ちひろパートの穏やかなダンスはミスは目立つもの頑張って踊れていたのですが、私の担当パートになった途端に崩れてしまいました。

やはり『人類の到達点専用ダンス』と呼ばれ、『歌ってみた』や『踊ってみた』という系の動画が数多く投稿されている動画投稿サイトでも完璧に踊りきった人間が現れないこの曲は時期尚早だったでしょうか。

ちなみに、そう呼ばれる理由はダンスの内容が人外じみているとかではなく、短時間での運動量が多く、また絶妙なバランス感覚が要求され、綺麗に踊りきるには相応の筋肉量が必要だからです。

 

 

「はい、ストップ。動きが悪くなってきましたから、休憩しましょう」

 

「「「「「はい」」」」」

 

 

音楽を止め、休憩をとる事にします。

一応手加減はしていたのですが、このまま続行すると将来有望なシンデレラ・プロジェクトの娘達を潰してしまいかねません。

やっぱり、こうして一般人と能力差が大きすぎてやりにくいことこの上ないのですが、慕ってくれている彼女達を見捨てるなんて選択肢は端から存在しませんから頑張るしかないのでしょう。

休憩になった途端、全員がその場に座り込んでしまったので、私はレッスンルーム端に置いておいたクーラーボックスから冷えたスポーツドリンクを取り出して配っていきます。

肩で息をしながら力の無いお礼の言葉や無言で頭を下げる様子に、ペース配分を間違えてしまったことを痛感し自己嫌悪に陥りそうになります。

 

 

「休憩は15分とります。その後の行動はトレーナーに任せますので、動けるようになったらしっかりクールダウンをして休んでください」

 

 

失敗した。その事実が私の心に重くのしかかります。

最近は仕事もアイドル業も概ね順調だったから、知らず知らずのうちに慢心していたのかも知れません。

人間、何事も慣れ始めた頃に手痛い失敗を犯してしまうというのは、前世も含めて分かっていたはずなのに、どうして気をつけていなかったのでしょうか。

 

 

「‥‥すみませんでした」

 

 

私は、メンバー全員の前で頭を下げます。

過ちを犯したら、謝罪する。これは、大人子供関係なくいえる事でしょう。

魔法使いとしてこれから、このシンデレラたちを導く者となるのですから、行動もその模範となれるようなものでなければ、どの口が裂けて導くなど言えましょうか。

赤い彗星の器になろうとしていた人も『過ちを気に病むことはない。ただ認めて、次の糧にすればいい。それが、大人の特権だ』といっていますし、この失敗を糧として今後シンデレラ・プロジェクトをよりよく導けるように精進しましょう。

シンデレラ・プロジェクトのメンバーたちは、なにやら戸惑っているようです。

ただ謝罪するだけでなく、何故なのかも必要だったでしょうか。

 

 

「なんで、渡係長が謝るんですか?」

 

「そうです。『師範(ニンジャマスター)』、何も悪い事してないです」

 

 

一番最初に復活したのは前川さんとカリーニナさんでした。

息も絶え絶えという感じではありますが、その目にははっきりと強い意志の光が見えますから、嘘やお世辞で言っているようには見えません。

いきなり、新人に下手をすれば潰れてしまうくらいの酷いダンスレッスンをしてしまったというのに、謝る必要がないというのは、どういうことでしょう。

もしかして、レッスンがつらすぎて防衛機制が働いてしまい、開いてはいけないマゾヒスト方面の扉を開いてしまったのでしょうか。

そうであるならば、私は土下座も持さない所存ではあります。

 

 

「確かに、レッスンはいつもよりきつかったですけど、それでも色々教えてもらえました」

 

「『はい(ダー)』とても勉強になりました」

 

「煉獄の試練、乗り越えし先に見えしは輝ける劇場(レッスン大変ですけど、早くステージに立ちたいですから)」

 

「わ、わたしも‥‥もっと、踊れるように、なりたいです」

 

「ていうか、レッスンがキツイのって普通じゃん」

 

 

いい子達過ぎるでしょう。

いくらこの世界の元ネタがアニメ世界だとは言え、765プロの主要キャラじゃない下手をすると名前しか出ないモブ扱いされそうなキャラクターまでこんなに性格のいい子が多いなんて。

絶対全員をトップアイドルに導いてあげます。この私の持つチート能力の全てを使ってでも。

いつか見た765プロのライブで、天海 春香達が宿していたものと同じ瞳の輝きがシンデレラ・プロジェクトのメンバーにも微かではありますが、それでもはっきり見えました。

 

 

「‥‥そうですか」

 

 

もっと言わなければならない言葉はたくさんあるはずなのに、こんな言葉しか出てこない口が恨めしいですね。

オリ主であれば、ここでみんなの心を射止めるレベルの言葉でハーレムフラグを立てるところなのでしょうが、そんな気の利いたことは私には出来ません。

ですが、このあたたかい気持ちと彼女達の優しい言葉を忘れず、しっかりと心に留めて持ち続けてサポートしていきましょう。

それが今の私に出来る、精一杯の事です。

 

 

「流石、数々の天才達でも未だ踊りきることが出来ないダンスだね。出だしですら、とんでもない難易度だよ」

 

「これが伝説のニンジャ・ステップですね!」

 

 

違いますといったところで納得してくれないでしょうから、そこら辺の対応は未来の相方候補である前川さんに一任しましょう。

面倒見の良さとツッコミ気質をもつ前川さんなら、このカリーニナさんの言葉を放っておかないでしょうから。

 

 

「アーニャちゃん、いい加減忍者から離れようよ」

 

「『いいえ(二ェット)』ニンジャは私にとって、みくのネコミミと同じくらい大切です」

 

「そんなに!いったい、アーニャちゃんの何がそこまで忍者に駆り立てるの!」

 

「『(リュボーフィ)』です」

 

「だからロシア語は、まだわからないんだって」

 

 

やっぱり、もうこの2人はユニット化確定でいいのではないでしょうか。

関東勢のメンバーと合流はしていませんが、今以上の組み合わせとなる人がいるとは正直考えにくいです。

 

 

「それに、みくはちゃんとオンオフを切り替えてるからね!常時、スイッチが入りっぱなしなアーニャちゃんとは違うから!」

 

「変わり身の術ですね!ネコニンジャ、スゴイです!!」

 

「ちっが~~~う!!忍者はいらない!かわいいネコちゃんなの!」

 

 

どうやら、前川さんは興奮してくると猫語ではなく標準語のほうが出るようです。

オンオフを使い分けているといっていましたし、常時ネコキャラで生活しているわけではないでしょうから、今の前川さんの方が素に近いのでしょう。

作ったキャラではなく、素であんなに語り合えるほど仲良くなった事にちょっと安心します。

 

 

「宝瓶の雫の、なんと甘美なことか(アクエリ○ス、美味しいです)」

 

「はい、タオル。汗、すごいよ」

 

 

スポーツ飲料のペットボトルを両手で持ち、くぴくぴと可愛らしく飲んでいる神崎さんに緒方さんがそっとタオルを差し出しました。

神崎さんの言動的に他のメンバーとのコミュニケーションが懸念されていましたが、前川さんとは別ベクトルで面倒見がいい緒方さんがそこそこ積極的に関わってくれているようでほっとします。

 

 

「感謝する(ありがとうございます)」

 

「どういたしまして」

 

 

神崎さんの汗を拭ってあげている緒方さんは、母性溢れる優しい顔をしていました。

前川さんとカリーニナさんの2人と比べると言葉は少ないですが、それでもしっかりと絆のような繋がりが感じられる会話です。

緒方さんは引っ込み思案で小動物チックなところがありますが、確かに芯を持っていて誰かを思いやれる優しい心を持っています。

両親が共働きで寂しい思いをしたことがあるとオーディションの中で語っていたそうですし、同じ寂しがりやな部分がある神崎さんに昔の自分を重ね合わせてしまい放っておけないのでしょう。

 

 

智の天使(ケルディム)よ、そなたにも宝瓶の雫の祝福を(智絵里さんも、アクエ○アスを飲んでください)」

 

「飲んでってことかな?ありがとう、蘭子ちゃん」

 

「当然の事(いえいえ~♪)」

 

 

自動翻訳される副音声(?)が聞こえる私にとって微笑ましい光景なのですが、神崎さんのキャラクターを誤解している人が見たら、緒方さんに対して偉そうに振舞っているように見えるかもしれません。

幸い、緒方さんはそんな風には思っていないようですが、誰もがそうとは限りませんから武内Pに気をつけておくように忠告しておきましょう。

 

 

「あ~~疲れた。早く帰って寝たい」

 

 

双葉さんは、いつも通りですね。

良くも悪くも自分のペースを崩さないのは大きな強みになるかもしれませんが、私としてはちゃんとした社会人として生きていけるのかと不安になります。

まあ、頭の回転も早く、自らの置かれた現状を第三者視点等から冷静に判断もできるので、なんだかんだで社会の荒波も潜水艦のように潜り抜けていくような気はしますが。

今のメンバーのなかで組ませるとすれば、双葉さんの生き方も尊重してくれる緒方さんかだらける事もできないくらい振り回すカリーニナさんが適任かもしれませんが、この2人にはそれぞれ神崎さんと前川さんと組んでもらいたいと私が考えていますので関東勢のメンバーに期待しましょう。

とりあえず、失敗を犯してしまいましたが何事もなく済んで良かったです。

 

意気消沈、欣喜雀躍、手塩にかける

私のレッスン指導は平和ではなかったでしょうし、今後気をつけます。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~~い、それでは私達5人のユニット企画採用にぃ~~乾杯!!」

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 

宴会ならば妖精社、3人から受付してもらえ人数に応じたお得なコースメニューも多数存在し、笑いと狂気を振りまくロシアン的なメニューも有り。

また隠れ家的な店である為、宴会同士が重なって変な集団等に絡まれたりする心配がないと女子会にもぴったりなお店なのです。

度々お世話になっている以上、心の中でお店の宣伝くらいはしておかなければという謎の義務感に襲われましたので、一応しておきます。

ユニット結成が余程嬉しいのか、皆いつも以上にテンションが高いですね。

とりあえずジョッキを打ち合わせた後、温くなってしまう前に飲み干しました。

飲み物の飲み方なんて人それぞれの好みがあるでしょうが、私は『冷たいものは冷たいうちに、あったかいものはあったかいうちに』というのが持論なので大抵すぐ空になります。

自分でも面倒なこだわりとは思いますが、それでも人間誰しも譲れない部分はあるのです。

 

 

「とりあえず、一歩前進といったところかしら」

 

「ですね。瑞樹の最初の案を聞いたときはどうなるかと思いましたけど、良い方向に進んで菜々もほっとしました」

 

「お祝いに、鯛を食べましょう。めで()()席ですし」

 

「楽しみですね。私も夏が待ちきれませんよ。ねぇ、七実さん」

 

 

4人の嬉しそうな顔を見ていると心の奥底から嬉しさがこみ上げてくるのと同時に、もっと早く自分も動くべきだったという後悔が襲ってきました。

係長としての発言権があるのですから、私が積極的に動いてさえいれば夏頃ではなくシンデレラ・プロジェクトと同時に企画始動することも出来たでしょう。

何だか、仕事が忙しいと言い訳をして家庭を疎かにしてしまうお父さんになってしまった気分です。

 

 

「そうですね。ちょっと気持ちが高ぶります」

 

 

後悔を顔に出してしまわないように注意しつつ、おかわりのビールを飲み干します。

そして、今度はビールではなく甕酒を注文します。

楓が注文した桜鯛の盛り合わせには、ビールではなく日本酒のほうが絶対合うでしょうから。

産卵期直前の脂の乗った鯛の刺身とふくよかな旨味とすっきりとした穏やかな辛さが後味を引き締める甕酒、同じ日本のお米文化の中で育ったこの2つが合わない筈がありません。

また、直接注ぐのではなく柄杓を使うといった、一見面倒くさそうなところも遊び心に溢れていて粋な感じがします。

とりあえず、その2つが来るまでの繋ぎにから揚げを一口。

冷凍物を温め直したものでは味わえない、揚げたてならではのこの熱さと脂の旨味。ビールの苦味が微かに残った口には堪りません。

にんにくやお酒、醤油で下味が付けられたから揚げはそのままでも十分に美味しく、レモンをかけると酸味が余計な脂分を中和してくれるため、1つの料理で2つの楽しみ方が出来ます。

一般的な女性であればカロリーが恐ろしくて何個も食べられないでしょうが、私のチートボディは成人男性以上のカロリーを要求してくるので何も問題ありません。

いくら食べても体型が変わらないって素晴らしい。

 

 

「七実さんのところのシンデレラ・プロジェクト、面白い子が多いですよね」

 

「わかるわ。うちのアイドルって個性的な子が多いけど、特に濃い子がいるわよね」

 

「そうですか?菜々は普通だと思いますけど?」

 

 

永遠の17歳、ウサミン星人に比べたら、流石の神崎さんやカリーニナさんも敵わないでしょう。

このメンバーの中でも年長組に入るくせに、一番若く見られるくらいの外見をしていますし、ですが言動にはどこか昭和を感じさせますし。

濃いキャラクター要素が濃縮されすぎて、正直もたれそうなレベルです。

 

 

「まあ、菜々さんに比べれば蘭子ちゃんもアーニャちゃんも普通ですよね」

 

「ちょっと、ちひろちゃん!それ、どういう意味!」

 

「わかるわ」

 

「そうですね」

 

「瑞樹に、楓ちゃんも!」

 

 

まあ、そうなりますよね。

寧ろそうでなければどうしようかと思うくらいの当然の帰結です。

 

 

「な、七実さん。菜々って、そんなにキャラ濃いですか!?」

 

「はい」

 

「即答!」

 

 

こういうことは嘘を言って誤魔化しても、いいことにはならないのではっきり言った方がいいでしょう。

他の3人もキャラが濃いといっているだけで、それが悪いとかきついとか貶したりしているわけではなく、ただ思ったことを率直に言っているだけなのです。

時にそういった言葉は刃となったりするのですが、それはそんなキャラをしている自己責任と思ってもらいましょう。

 

 

「いいもん。菜々は、ウサミン星人でトップアイドルを目指すんだもん」

 

「はいはい、いじけない。いじけない」

 

「だってぇ~~」

 

「菜々がそうしたいと思ったんでしょ?なら、しっかり胸を張りなさい」

 

 

いじけてしまった菜々の頭を優しく撫でながら慰める瑞樹は、アイドル活動中では絶対見る事ができないくらい優しく穏やかな表情をしていました。

私はそういったことがあまり得意ではないので、瑞樹のこういったところにはかなり助けられています。

婚期がいつになるかは分かりませんが、きっといい母親になるでしょう。

 

 

「お母ぁ~~さ~~ん」

 

「誰が、お母さんよ!!」

 

「ママぁ~~」「お、お母さん」

 

「楓もちひろちゃんも悪乗りしないの!」

 

 

そんな茶番を繰り広げていると注文していたものが届きました。

名の通りに桜色をした鯛の刺身は息を呑んでしまうような美しい輝きをしており、隣に並んだ甕酒のどっしりとした存在感に負けていません。

早速醤油でいただきます。

引き締まったやや固めの身を噛み締めていると体温で脂が溶け出して口の中に広がり、それが醤油の塩気でほどよくまとまり筆舌しがたい美味しさです。

そこに甕酒を一口飲むと広がっていた桜鯛の旨味が口の中に封じ込められ、この透明感のある味わいを奏でる組み合わせは芸術の領域といっても過言ではないでしょう。

日本人でよかった。もう何度目になるか分からない実感ですが、それでもそう思います。

 

 

「皆さん、急いで自分の分を確保してください。七実さんがトップギアに入りました!」

 

「わわ、大変です。菜々、まだ食べてないですよ!」

 

「七実さん、鯛をそんなに早く食べてはもっ()()な‥‥この鯛、私が頼んだんですからね!」

 

「美味しいわ。流石、旬のものね。七実、このお酒貰うわよ」

 

「どうぞ」

 

 

ちゃんと皆の分は残すというのに、酷い言われような気がします。

きっと夏になってプロジェクトが本格的に始動したとしても、このまま楽しく、いえ今以上に楽しく過ごせるでしょう。

そんな期待に胸を膨らませながら、今回の件の反省をあるフランスの哲学者の格言を借りて述べさせてもらうのなら。

『いつかできることはすべて、今日でもできる』

 

 

 

 

その後、武内Pからシンデレラ・プロジェクトの2次募集の3人の資料を貰い。

あの冬のライブで出会った女の子を見つけ、奇跡のような偶然にシンデレラ・プロジェクトの本格始動がより楽しみになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決して曇らせない。決して、決して、決して。

ようやく、アニメ1話ですが‥‥
七実視点で進む為、ほぼオリジナルな話となっています。


どうも、私を見ているであろう皆様。

最近、シンデレラ・プロジェクトや係長業務で忙しかったのですが、本日は久々にアイドルとしてちひろとは別ですが営業に精を出しています。

本日の仕事は346系列の会社が出した新商品の宣伝で、そこそこの知名度が出てきているためか、小さめの会場には満員手前と判断できるくらいの人が集まっているそうです。

しかし、紹介する商品のためか客層がある分野の人たちに偏ってしまい、私の衣装も商品アピールを最大限にするため露出量も多いですし。

確かに346プロに所属するアイドルの中では今回の商品に私以上の適任者はいないでしょうが、それでも溜息をつきたくなってしまいます。

勿論、仕事として請け負った以上は真剣に一切手を抜くつもりはありませんが、久しぶりのアイドル業なのですから、もっとこう華やかな仕事を回してくれてもよかったのではないかと思わずにはいられません。

仕事としてちゃんと割り切れる私だったからよいものの、これをアイドルに大きな夢と希望をもってやってきたシンデレラ・プロジェクトの娘達だったら、裏切られたとか騙されたとか思って最初から関係に大きな亀裂が入ってしまうところでしたよ。

まあ、その辺の匙加減は把握済みで武内Pは私にこの仕事を回したのでしょうが。

いや、この裏にはきっとあの昼行灯がいるに違いありません。撮影された映像を見て笑っている昼行灯の姿が容易に浮かびます。

 

 

「渡さん、準備お願いします」

 

「はい、わかりました」

 

 

鏡で衣装や髪型に崩れがないかを素早く確認し、タオルを持ってスタッフの後を追いました。

露出度が普段より多いためか、すれ違うスタッフや子会社の社員の方の視線がもの凄く集まってきているような気がしますが、気のせいだと思いたいです。

一部の人は興奮して顔が赤いですが、それは色気的な意味ではないと理解しているので、嬉しさよりも虚しさの方が強く感じられます。

 

 

「‥‥キレてるな」

 

「ああ、凄いキレてる。ヤバイな」

 

 

スタッフ同士の密やかな話し声も耳に入りますが、無視しましょう。

此処で反応してしまったら、何と言おうと認めてしまっていることになりかねませんから。

こういった手合いは、一切動じず、自信たっぷりに前だけを見て歩いていれば気にならないものです。

私はキレてなんていませんし、そう見えるのだとするのなら一度眼科に行くか本職の人の姿を見てみることをお薦めしますよ。

そうしてスタッフの人の後に続いているとステージの上手側に到着しました。

 

 

「本日は、この仕事を請けていただき‥‥本当に、本当にありがとうございます!」

 

 

そこで待っていたのは私の姿を認めるなり深々と最敬礼をしてくる筋骨隆々の壮年男性でした。

この人が今回新商品を出した子会社の営業部長さんであり、この仕事に是非私を起用したいと熱烈なラブコールを送ってきた張本人でもあります。

 

 

「そこまで、改まらなくて結構ですよ。私こそ、仕事をさせていただく側なんですから。

こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

いくらうちの系列会社とはいえクライアントにばかり頭を下げさせるわけいにはいきませんから、すぐさま私も頭を下げます。

この世界ではアイドルの社会的地位は結構高いのですが、小市民的な感性しか持ち合わせていない私にはその上に胡坐をかいて威張るなんて出来ません。

それに、そういった態度をとって大成したアイドルなんていませんし、何事も謙虚で臆病者くらいが丁度良いという事でしょう。

 

 

「いやいや、そちらの今西さんから聞いていましたが、素敵な女性だ。

私は、元々アイドルなんて全く興味はなかったのですが、貴女を見て価値観が一変しました。今では貴女のファンの1人です。

これからも応援していきます、頑張ってください」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

やっぱり昼行灯が裏で手を引いていたかと心で悪態をつきながらも、精一杯の笑顔を浮かべ営業部長さんと握手を交わします。

その筋の人にしか見えない強面をデレデレに崩していたとしても、掛け替えのないファンであることは変わりませんから大切にしていきましょう。

今回は私が出ることになりましたが、ここで好感触を残しておけば今後開発される商品の発表会の仕事が私以外にも数多く回ってくるかもしれませんし。

この業界では伝というものは数多く持っておくことに越したことはありませんし、仕事先や分野が増えることで新たな可能性が生まれ、想像を超えた結果が生まれるかもしれませんから。

 

 

「今回の新商品は、我が社の一押しなんです。どうか、御力をお貸しください」

 

「お任せください。この渡 七実、仕事として引き受けた以上は最善を尽くします」

 

「頼もしい限りです」

 

 

本当は自信なんて一切ありませんが、アイドルは自分自身が商品のようなものですから、自分に自信が無いような発言はそのまま346の名を貶める事に繋がるでしょうから、下手な発言は出来ません。

全米が大注目と称される映画とアメリカでそこそこのヒットと称される映画、何の事前知識等も一切ない状態でどちらが見たいかといわれるなら断然前者が多いでしょう。

なので虚勢でもいいので張っておくことで、印象を更に良いものにしようと努めます。

 

 

「時間です。準備の程を」

 

「おっと、もうそんな時間ですか。では、よろしくお願いします」

 

「はい」

 

 

どうやら、新商品の発表会が始まるようですね。

この本番開始秒読み段階の異常なまでの緊張感は、いつまで経っても慣れることがありません。

いざ始まってしまえば開き直っていつも通りにアイドルとして振舞えるのですが、何故でしょうか。

緊張で口のなかが酸っぱくなってきた気がしますが、表情は一切変えずに、さも仕事が出来る人間オーラを漂わせます。

袖幕前のスタッフがカウントダウンで1つずつ折っていく指の動きがまるでスーパースローカメラで撮影したようにひどくゆっくりに見えました。

ゆっくり、ゆっくり、1つ、また1つと指が折られ、そして全てが折られ舞台へと促された瞬間に駆け出し、袖幕を跳ね上げるようにして舞台へと飛び出します。

最初に感じたのは室内にしては異常な熱気でした。

空調は十二分に利かせてある筈なのですが、それでもじんわりと汗ばんでしまいそうな熱気が会場に溢れていました。

次に感じたのは独特な臭いです。

男臭いというのでしょうか、汗の臭いとは微妙に違うその臭いは、今生を一応性別:女として過ごしてきた私には無縁だったその香りは、なんともいえない不思議な感じのする臭いでした。

男性の体臭や汗の香りに異常な興奮を覚える女性も世の中に入るようですが、どうやら私はそんな性癖は無いようで安心しました。

私の異常な部分は見稽古というチートスキルだけで、もうお腹いっぱいです。

素早く舞台の真ん中に移動し、改めて客席を正面から見ると圧巻でした。

 

 

「アネキッ!アネキッ!」

 

「七実のアネキィィィーーーッ!愛してるゥゥゥーーー!!」

 

 

筋肉、筋肉、筋肉と客席の何処を見ても鍛え上げられた筋肉達で埋め尽くされており、さながら筋肉の大地と言ったところでしょうか。

私の人類の到達点であるチートボディを前にしても勝るとも劣らない、筋肉界の精鋭を選りすぐって集めた筋肉博覧会かもしれません。

そんな視覚への暴力ともいえる光景を前にして私が心の中で叫んだのは。

 

 

『どうして、こうなった』

 

 

その一言のみです。

 

 

「お待たせしました。只今より美城スポーツの新商品発表会を開始します。

今回ご紹介する新商品は、コレ!女性でも飲みやすい美味しさと偏りがちな栄養バランスを追求し、尚且つプロテインとしての質も極限まで高めた、正にプロテイン・オブ・プロテイン『346プロテイン セブンフルーツ』です!!」

 

 

司会の進行に合わせて用意されていたテーブルの幕を取り、新商品を手に取り、軽いポージングをしながらチートボディと新商品をアピールしていきます。

このためにわざわざ用意された筋肉の線がくっきり浮かび上がる特別製フィットネススーツを着ているため、羞恥心がかなり刺激されるのですが、仕事ですから顔には一切出さずに、寧ろどうだと誇らしげな表情を作ります。

とりあえず、昼行灯は一度しばきましょう。そうしましょう。

 

 

「「「うおおぉぉぉ~~~~~!!」」」

 

「キレてるゥッ!キレてるゥッ!」

 

「ナイスカット!!ナイスバルク!!!」

 

 

筋肉の大地から湧き上がる歓声は、その質量と正比例し会場を震わさんばかりの咆哮とも呼べる轟きでした。

賞賛の声の対象は新商品ではなく、主に私のチートボディに向けられているような気がしますが、私の役目はこのプロテインを客席の人達に強く印象付ける事ですから役目は十分果たせているといえるでしょう。

だから、そこまで私の筋肉はボディビルダーみたくキレてませんし、カットも入っていません。

 

 

「さて、このセブンフルーツですが、名前の通り7種の果物を特別な配合でブレンドしており水、牛乳どちらに溶かしていただいてもだまにならず、そして美味しく飲むことが出来ます。

今回、新商品の紹介に来ていただきましたアイドル渡 七実さんに実際飲んでいただいて感想をお聞きしてみたいと思います」

 

 

舞台下手の方からプロテインを溶いたと思われる飲み物が運ばれてきました。

商品の袋をテーブルの上に戻し、運ばれた飲み物を受け取り、飲む前に客席に掲げて見せてアピールを重ねておきます。

色はミックスジュースとかに近い薄めの黄色をしており、香りも薬品のような嫌なにおいは一切せずセール販売されている安っぽいフルーツジュースに近いですね。

客席に対するアピールが終わったら、コップに口を付けます。飲みの時のように一気に飲んでしまわず、ゆっくりと喉を鳴らすように飲んでいきます。

牛乳に溶かれているためか味の方もプロテインという感じはせず、昔実家の近所の銭湯でお風呂上りに飲んだフルーツ牛乳を更に美味しくした感じでした。

 

 

「いかがでしょうか?」

 

 

飲み干したコップをテーブルの上に置くと隣で控えていた司会役の人が私にマイクを向けてきます。

さて、感想を述べなければならないのですが、ここで馬鹿正直に思ったままに言うのもアウトですが、通販番組みたいにわざとらしさが強すぎてもいけないと匙加減が難しいですね。

今この瞬間だけは、数多くの食レポをこなしてきている楓の事を尊敬します。

 

 

「もっとフルーツの味が主張してくるのかと思いましたが、程好いバランスでまとまっているのでとても美味しくて飲みやすかったですね。

脂質等も抑えられていますから、筋肉増強だけでなくダイエット食品としても使えそうです」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 

ちょっとくどかったような気もしますが、初めてにしては上出来な方だと思いましょう。

今度食レポをするのならプロテインとか色物じゃなく、普通の美味しい食事がいいですね。なるべくなら、私1人ではなくちひろと一緒に。

武内Pにお願いしたら叶えてくれるでしょうか。

 

 

「では、商品の詳細についてご説明します。この商品は‥‥」

 

 

商品の説明が始まったので、私は再びプロテインの袋を持ちポージングしながらアピールを続けます。

とりあえず、今は目の前の仕事に集中するとしましょう。

今日の私のアイドル活動は、筋肉の大地から平和にお届けしています。

 

 

 

 

 

 

夕方、また黒歴史を重ねてしまったことに大きな溜息をつきながら、愛機達で部長業務を私の判断で裁許して良いものを処理しています。

346プロに帰ったその足で部長室に向かい、のほほんとお茶を啜りながら悪巧みをしていたであろう昼行灯にデコピンをくらわせたら気絶してしまったためです。

むしゃくしゃしてやりました。今は深く反省していますが、一切の後悔はありません。

手加減はしていたのですが、それでも威力がありすぎたみたいです。

初撃を見事に回避されてしまったので、ついむきになってしまったのもいけなかったのでしょう。

学生時代はフェンシングをしていたといっていましたし、あの見事な回避も昔取った杵柄という奴でしょうか。

その動きは見稽古させてもらいましたので、今度は回避すらさせません。

勝手に部長業務に手を出しておいて今更なのですが、誰も止めようとしないのはこの会社の危機管理体制は大丈夫なのかと不安になります。

勿論私に346プロを裏切るつもりはありませんが、それでもただのお飾り係長がアイドル部門の部長業務を処理しようとしていたら普通は誰か待ったをかけるのが普通でしょう。

なのに、断りを入れると私が処理して構わない仕事を選別して渡してくれました。

これは私に対する信頼感の表れととるべきか、それとも厄介事を押し付けられてだけなのか判断に困るところです。

そんなことを考えていると扉がノックされました。

 

 

「どうぞ」

 

「‥‥失礼します」

 

 

やってきたのは武内Pでした。

予想通りというか、浮かない顔をしています。

 

 

「また、ですか?」

 

「‥‥はい。私としては、こちらの誠意を見せ続けるしかないと思っているのですが」

 

「これ以上の遅れは、プロジェクト全体の進行に関わります」

 

「それは、重々承知しています。ですが‥‥」

 

 

現在武内Pは、瑞樹達を欠員にした分のシンデレラ・プロジェクトの補充メンバーを選定するため色々奔走しているのですが、その際たまたまであった少女にアイドルの素質を見出したそうです。

しかし、その件の少女はアイドルに興味が無いと言っており、営業用の資料はおろか名刺すら受け取ってもらえないようなのです。

私はその少女をこの目で見ていないため、どんな素質や才能を秘めた可能性かはわかりません。

武内Pのスカウトとしての目は一流ですから、きっとアイドルになればかなり高ランクまでいける逸材なのでしょう。

ですが、一応アイドル部門の係長でシンデレラ・プロジェクトのサポートを請け負ったものとして言わせて貰うのなら、そのアイドルを希望していない可能性よりも、メンバーとして確定している候補生達に時間を割いたほうが遥かに有意義だと言わざるを得ません。

2次オーディションも近々開催されますし、やる気溢れるそちらから選んだ方がいいのではないでしょうか。

 

 

「残酷な事を言うようかもしれませんが、この新規プロジェクトは武内さんだけのものではありません。

その娘をアイドルにしたいという気持ちは十分伝わりましたが、それでも夏までの大まかな進行スケジュールが決まっている以上遅延はプロジェクトに綻びを生じさせかねません。

サポート役、そしてアイドル部門の一係長として、それを見過ごすわけにはいきません。私には、その少女よりも既に決まったメンバー達のほうが大切なのです」

 

「‥‥はい」

 

 

私が否定的な発言をする度に武内Pの表情が苦しそうになりますが、最後まで言い切ります。

ようやく立ち直りつつある武内Pにこんな事は言いたくないのですが、それでもこれは誰かが言わなければならないことでしょう。

淡い恋心を抱いているちひろであればついつい甘やかしてしまうから無理でしょうし、昼行灯は現在医務室の方でお休み中ですし、そうなると私が言うしかないのです。

アイドルを大切にしようとするその真っ直ぐな姿勢は、人柄が全面に出ていて好ましいものではありますが、世の中すべて正道を進めば上手くいくとは限りません。

全く嫌な役が回ってきたものですね。

 

 

「それに島村さんをいつまで待機状態にしておくつもりですか?

養成所でレッスンをしているそうですが、うちほどの設備は整っていないでしょうから武内さんが迷っている間にも実力が引き離される可能性もありますよ」

 

「‥‥」

 

 

とうとう黙り込んでしまいました。

私も重箱の隅を突くように言われたくない事ばかりを口にしていましたから、当然の結果かもしれません。

しかし、この言葉でもっとシンデレラ・プロジェクト全体の事を気にするように意識が変わるのであれば、例え嫌われたとしても意味はあるでしょう。

だから、この言葉を無駄にするわけにはいかないので、私は甘やかしてはならない。そう思うのですが。

 

 

「‥‥」

 

 

雨の日にダンボールに詰められて飼い主に置き去りにされた子犬のような寂しそうな目をされると、その決意が揺らいでしまいそうになります。

感情で仕事をするようになってしまったら終わりです。強く、厳しく、冷静に、冷酷に判断を下せないようでは管理職なんて勤まりません。

だからお願いです。そんな目で私を見ないでください。

 

 

「‥‥2次オーディション選考決定日」

 

「‥‥えっ?」

 

「だから、2次オーディションの合格が決まるまでにその娘を口説き落としてください。後は、私が何とかしてあげますから」

 

 

武内Pは一瞬私の言った言葉が理解できなかったようですが、数秒かけて理解すると絶望的だった表情が一気に希望に満ち溢れました。

つくづく甘いとは自覚していますが、その代償は自分で払いますので勘弁してもらいましょう。

 

 

「それでは、渡さんの負担が‥‥」

 

「なら、その娘を今すぐ諦めますか?」

 

「‥‥」

 

 

世界というものは私達人間にいつも選択を迫ってきます。

どちらかを選んでしまえば、もう片方の可能性は失われてしまう。小説等であれば、そこから無数の平行世界(パラレル・ワールド)が生まれたりするのですが、そんなものは人類には知覚出来ないので無いといえるでしょう。

選ばずに、どっちとも助けるみたいなのは空想世界だからこそ尊く見えるのであり、現実世界では問題を先送りにしているだけの優柔不断さの証明です。

 

 

「‥‥申し訳ありません。よろしくお願いします」

 

「はい、請け負いました」

 

「渡さんには迷惑を掛けてばかりですね。本当にお恥ずかしい」

 

「気にしないでください。私が好きでやっていることですから」

 

 

深々と頭を下げた後の武内Pの瞳にはやる気に溢れた輝きが灯っていまして。

これなら大丈夫でしょう。

相手の娘がどんなに強情だったとしても、この状態になった武内Pの粘り強さと熱意はすさまじいものがありますから。

落とされた側の私が言うのですから間違いありません。

きっとちひろもこういった不器用だけど真っ直ぐ進み続ける姿とかにほれてしまったのでしょうね。

ちょっとだけ、その気持ちが分かるような気もします。

 

 

「武内P、残りの仕事は?」

 

「簡単な書類業務がいくつか残っていますが」

 

「私がやっておいてあげますから、今日はさっさと帰って口説き落とす算段でも考えていてください」

 

 

チート能力を十全に使えば選考日当日でも間に合わせる自信はありますが、こういったことは早めに処理しておきたいですし、私はさっさと島村さんに再会したいのです。

私利私欲が混じっていますが、それで業務が円滑に進むのなら許される範囲内でしょう。

 

 

「それはできません!これ以上、渡さんにご迷惑を掛けるわけには」

 

「いいですから。このお姉さんにお任せあれ」

 

「しかし!」

 

 

普通の人ならばありがとうございますとか言って、喜んで帰っていくのに武内Pは融通が利きませんね。

選別された部長業務ももうすぐ終わりますし、今から簡単な書類業務が3つや4つくらい増えたところで問題はないのですが。

 

 

「なら、今度何か美味しいものでも奢って下さい」

 

「‥‥ですが」

 

「はい、決まりです。これ以上の言葉は受け付けません」

 

「渡さん‥‥わかりました。重ね重ねありがとうございます」

 

 

書類のほうは後ほど持ってきますと言って武内Pは部屋から去っていきました。

入ってきたときよりも足取り軽く出て行く様子から、もう大丈夫とは思いますが一応ちひろにもフォローを頼みましょうか。

辛いときに助けられたり、優しく寄り添ってあげたりする行為は男性の心にくるものがあるそうですから、相方の恋路をささやかながら応援しましょう。

楓も武内Pに好意を抱いているようですが、こっちの方は意外に強かに距離を詰めているようですから、別に私の助けは必要ないでしょうね。

ちひろにラインをしておき、再び残りの部長業務の片付けに勤しみます。

アイドルの癖に恋愛とは何事か、といわれてしまいそうですが、アイドルだって夢を与える偶像だったとしても人間ですから誰かを好きになってしまうのは止められないでしょう。

もし、自制をかけられるのならそれは恋にまで昇華されていないだけだと思います。

まあ、今生2X年恋愛のれの字も知らずに生きてきた私が言ったところで説得力の欠片もありませんが。

 

 

「‥‥恋ですか」

 

 

私も女として生まれた身ですから、恋という物に憧れはあります。

人生経験はそれなりに積んでいますから、恋に恋するような愚かな真似はしませんが。

もういい年齢になるのですから、アイドル業と平行して身を落ち着ける事も考えるべきなのでしょうね。

大人になると柵ばかり増えてしまい自由が圧倒的に少なくなってしまう。前世の幼い頃には自分で何でもできる大人というものに強い憧れを持っていたのですが、いつからこうなってしまったのでしょうか。

ああ、年はとりたくないものです。

 

 

「‥‥おやおや、これは、これは」

 

 

部長業務を処理していると極めて興味深い書類が出てきました。

またギリギリまで私に隠しておいて驚かそうとしていたのでしょうが、今回は私の勝ちのようですね。

私の手に取った書類には、こう書かれていました。

 

『サンドリヨン ソロCD計画』

 

一矢を報いる、温和勤勉、破顔微笑

昼行灯という悪は退けられ、私はそこそこに平和です。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯!」」

 

「えと‥‥か、乾杯?」

 

 

妖精社、ああ妖精社、妖精社    詠み人知らず

という訳で仕事終わりには、やっぱり此処。我らの憩いの隠れ家、妖精社です。

ちひろは武内Pのフォロー、瑞樹は番組出演、菜々はアニメの撮影メンバーとの飲み会で居ないので、いつものメンバーは私と楓しか集まりませんでした。

なので、本日は私達が悩んでいる時にたまたま通りかかってしまった哀れな生贄、もとい特別ゲストを招いています。

 

 

「招いておいて申し訳ありませんが、新田さんはソフトドリンクでお願いします」

 

「あっ、はい。わかりました、大丈夫です」

 

 

現シンデレラ・プロジェクトメンバーの中で最年長である新田 美波さんです。

両サイドを現役アイドルによって固められているためか、いつぞやの拉致されてきた菜々よりも恐縮して堅くなってしまっていました。

レッスンの後、346カフェで大学の講義の予習復習をしていたら遅くなってしまったという、全国の怠けがちな学生さんに聞かせてやりたい勤勉な学生の見本のような理由で、夕食もまだだというので連れてきました。

正直悪い事をしたなとは思っているのですが、いざとなったら私の部屋に泊めてあげますし、明日の朝になってお酒が抜けたら自慢の愛車で送ってあげますから許してもらいましょう。

ビールを飲み干し、チーズの天ぷらを一口。

揚げたての熱さの残るさくっとした衣を突き破った先にあったのは、濃厚で舌に絡み付いてくるとけたチーズ。

チーズだけでも十分なおつまみとなるのに、それを衣を付けて熱々に揚げてしまうなんて、おつまみとしてもちょっと贅沢な気がします。

微かに香る胡椒の風味が、チーズの濃厚さで舌が野暮ったくなってしまうことを防いでくれていますし、熱々のおつまみの後にキンキンに冷えたビールがベストマッチします。

 

 

「お猪口に、()()()っとだけいかが?」

 

「す、すみません。私、未成年ですから」

 

「楓‥‥次勧めたら、お酒頼ませませんからね?」

 

「はぁ~~い」

 

 

チーズの天ぷらに舌鼓を打っていると、楓が新田さんにお酒を勧めていました。

未成年の飲酒なんて、世の中探せばいくらでも出てくる法令違反ではありますが、私達はアイドルですから、何処に見ている目があるかもわからない以上無用なリスクは避けるに限ります。

もし見つかってしまえばアイドル活動だけでなく、新田さんは大学を退学になるかもしれませんし、妖精社(ここ)にも迷惑を掛けてしまいます。

どうせ、後1年くらい我慢すれば合法的に飲めるようになるのですから、今リスクを犯す必要はありません。

 

 

「新田さんも、この酔いどれの戯言ははっきり断っていいですよ」

 

「よ、酔いどれ!」

 

「酷いです。ちゃんと介抱するから、どれだけ酔っても良い()()()言ってくれたのに」

 

「はいはい。楓ちゃんはいい子でちゅから、若い子にお酒なんて勧めちゃダメでちゅよ~~」

 

 

今度から激寒駄洒落娘って呼んでやりましょうか。

私達のいつもの会話のテンポになかなか付いてこれず困惑して固まってしまっている新田さんの皿にサラダ等を取り分けてあげながら、既に酔いが回りつつある楓に溜息をつきます。

 

 

「はぁ~~い、パパ」

 

「よし、表に出ろ」

 

 

この25歳児め。一度ならまだしも、また言いましたね。

これは私に対する明らかな宣戦布告行為と見做しても構わないでしょう。

喧嘩っ早いわけではありませんが、私にも譲れない部分というものはあります。

 

 

「渡さん、落ち着いてください!」

 

「命拾いしましたね、楓」

 

 

新田さんの言葉で幾分か落ち着きを取り戻した私は、運ばれてきた特大ジョッキを再び一気に飲み干して頭を冷やします。

いくら店のなかではないとはいえ、近くで騒ぎなんて起こしたら営業妨害になりかねません。

もし、それが原因でまた入店禁止令なんて出てしまったら最悪です。

ここは年上である私が我慢してあげる事にしましょう。まあ、復讐はしないとは言っていませんが。

 

 

「助かったわ、美波ちゃん。お礼にお姉さんがキスしてあげましょう」

 

「えっ、ええっ!?いいです!別にそんなつもりじゃ‥‥嘘、か、顔が近いぃ~~!」

 

「デコピン」

 

「はぅあっ!」

 

 

唇ではなく頬にでしたが、止めなければ本当にキスをしていたでしょう。

昼行灯にしたものよりも更に手加減をしておいたので、跡が残ったりすることは無いでしょうが、それでも床をのた打ち回るほどの痛みはあったようです。

楓の拘束から逃れた新田さんは、恥ずかしさからか顔がうっすら赤くなっており、自ら逃げ出そうともがいた所為か髪や服が少し乱れていて、その何といいますか、滲み出す色気というものを放っていました。

エロい。本人にはそうしているつもりは一切ないのでしょうが、このエロスは思春期の男子学生達には劇薬レベルですね。

いや、ある程度落ち着いてきている大学生でもこの色気にはやられるでしょう。

きっと新田さんは大学の中でも1、2を争うくらいの高嶺の花だったのかもしれません。

売り出す方面としてはグラビア撮影とかの本人の色気を存分に発揮できるものがいいでしょうから、帰ったらその方向で資料を作っておきましょうか。

 

 

「悪は滅びましたので、新田さんも気にせず食べちゃってください」

 

「いいんでしょうか?」

 

「いいんです。私が許可します」

 

 

店員さんものた打ち回る楓を無視して頼んでいたチンジャオロース等を渡してくるあたり、もう慣れ親しんだ光景ともいえるのでしょう。

新田さんはまだ楓の事を気にしているようですが、私は気にせずにチンジャオロースをご飯と一緒に口に含みます。

この外食でしか食べられない複雑な本格的中華の味に、すべてを受け止めて更なる高みへと導く白米の味。

細切りにされたピーマンやたけのこ、そして地味に面倒な調理が加えられた牛肉の食感に噛めば噛むほどに旨味があふれ出してきて最高としか言えない自分の語彙力の低さが恨めしいです。

最近はお酒ばかりになっていた気がしますが、やはり日本人は最終的には白米に帰ってくるのだと強く実感しました。

 

 

「ほら、新田さんも食べてみてください。美味しいですよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

きっと自らは取りづらいでしょうから、勝手ですが私が取り分けます。

ちょっと多かったような気もしますが、レッスンで日常生活以上にカロリーを消費しているでしょうから大丈夫でしょう。

一応、額を押さえたままうずくまり、私の方をちらちらと見ている25歳児の分も取り分けてあげます。

 

 

「ほら、楓も冷めますよ」

 

「‥‥紹興酒」

 

「頼んでいいですから、さっさとしなさい」

 

「七実さん、大好き♪」

 

 

お酒が絡むとすぐ機嫌を直すのですから、扱いやすくて楽ですね。

紹興酒を待ちわびながら、満面の笑みでチンジャオロースをちびりちびり食べている楓は流石はトップアイドルと呼ばれるだけの華やかさを漂わせていました。

中身は酒好き、駄洒落好きの25歳児なのに、外見だけはミステリアスで色気漂わせる美女だというのですから詐欺でしょう。

世界中に、この外見に騙されたファンはいったいどのくらいいるでしょうか。

 

 

「仲がいいんですね」

 

「まあ、ほぼ数日に一回は一緒に飲んでますからね」

 

「私にも、そんな相手ができるでしょうか」

 

 

烏龍茶の入ったグラスを眺めながら、新田さんはそう呟きました。

やっぱりアイドル候補生になったばかりで、将来のことが一切わからなくて不安なのでしょう。

その気持ちはわからなくもないですが、元々未来なんて不安だらけなのですから、それに囚われてしまっていては未来への明るい道は見えなくなってしまいます。

私もアイドルになったばかりで、まだ右も左もわかっていない新人ではありますが、先達として助言くらいはできます。

 

 

「できますよ」

 

「‥‥そうでしょうか」

 

「シンデレラ・プロジェクトのメンバーたちは、新田さんも含め皆良い子ですから。

きっと、貴女はこのプロジェクトで掛け替えのない絆を結ぶことができるはずです」

 

 

事実シンデレラ・プロジェクトのメンバーは、皆良い子達ですからきっと大丈夫でしょうし、それに私達が関わる以上このプロジェクトに失敗なんてありえません。

 

 

「本当ですか?」

 

「ええ、私が保証します」

 

 

ですから、きっとこのプロジェクトは素晴らしいものとなるでしょう。

全く根拠の無い漠然とした予感でしかありませんが、何故かそう思えて仕方ないのです。

 

 

「楽しみです」

 

 

そう言ってはにかみながら微笑んだ新田さんは、先程のような滲み出す色気は一切無く、年相応の可愛らしい笑顔でした。

武内Pが笑顔に拘る気持ちもわかるような気がします。

笑顔の持つ力というものは、目には見えませんが相手の心をあたたかく照らす太陽の光のようで、見ているだけで嬉しくなってきます。

そして、その明るい笑顔を守りたいという気持ちも芽生えてきました。

そんな今の気持ちをノーベル文学賞を受賞した英国首相の名言を少し改変して述べさせてもらうのなら。

『決して曇らせない。決して、決して、決して』

 

 

 

 

 

 

その後、2次オーディションギリギリに武内Pが件の少女を口説き落としてきて、言葉通りそのフォローに奔走する事になるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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風呂に入れば、生まれてきたことを感謝できる

今回の話はアニメ1話と2話の間という設定です。



どうも、私を見ているであろう皆様。

最もプロテインの似合うアイドル、渡 七実です。

私が宣伝した為かどうかは知りませんが、あのプロテインは順調に売り上げを伸ばしているようで、昼行灯経由で営業部長さんから優に数か月分くらいの量がお礼として送られてきました。

その理由としては、あの特撮監督の無駄とも言える熱意を甘く見過ぎ、昼行灯の謀略に気がついたのが阻止限界点を越えてだった為、誠に遺憾ながら来期の変身ヒーローを務める事になってしまい、何故か通例より早すぎる情報公開がされた事によって、ボディビルやスポーツ関係の人間や私のファン以外の小さな子を持つ一家も購入者となっているそうです。

本人の了承を得ずに勝手に企画だけが完成させるなんて、普通なら辞表を叩き付けられてもおかしくないレベルですよ。

係長就任当初に届いていた企画書は、私の目を欺くためのダミーだったらしく。そんなことに本気を出して隠蔽工作するなと叫んだ私を誰が責めることができるでしょうか。

本当にどうしてこうなったとしか言いようがない事態ではありますが、そんな中で唯一の救いともいえるのが私が単独で主人公を務めるのではなく、ちひろ達も巻き込んで主人公が複数の群像劇風なものとすることを押し通せたことでしょう。

単独主人公だとどうしても長期撮影とかを入れにくくなってしまいますし、一応は係長ですから最低限の会議にも出席する必要がありますし、スケジュールが分刻みどころか秒刻みで生活する事になってしまいます。

私達いつものメンバーが主人公という形にすることにより撮影の回数を少なくすることができ、本職であるアイドル業に対する影響を最低限にする事ができるのです。

出演者も346プロのアイドルを多く起用する事で合意が取れているため、本格始動したらシンデレラ・プロジェクトからも何人か出演枠を分捕ってやりましょう。

いわゆるバーターという奴ですが、私のみスタントマン無しでスーツアクターもやるのですからそれくらいは飲ませます。

この仕事のお蔭というか、所為というか、私達5人は夏頃に銀幕デビューを飾る事になりました。

新○イダーのお披露目の為の少ない出番ではありますが、346プロ初の銀幕デビューにアイドル部門に関わる幹部達は大いに盛り上がったそうです。

何せ日朝、スーパーヒーロータイムの主役なんてあの765プロですら実現できていなかった事を部門設立数年の我社が務める事になったのですから、その喜びは一入などではないでしょう。恐らく世代的にも初代がリアルタイムで放映されていて見ていたはずですし。

そんな事もあり、私以外のメンバーは撮影に備えるためスケジュールの中に体力錬成という項目が追加されたようです。

数多くのステージをこなしている瑞樹と楓はそこそこ体力はありますが、元事務員だったちひろや体力が極端に少ない菜々は体力を向上させておかないとシリーズ放映開始前のハードスケジュールに潰れる可能性がありますから。

まあ、こんな滅茶苦茶な感じではありますが『アイドル系○面ライダー』始まります。

ちなみに、プロテインは国防の役に立ってもらうため弟に横流ししておきました。

 

 

「はぁ‥‥空はあんなに青いのに」

 

 

流れていく風景を眺めているとそんな言葉が漏れてしまいます。

快晴というわけではなく程好く雲が出ていて過ごしやすい天気、どこか眠気を誘うリズムを刻む電車の揺れ、そのどれも今の私の心を癒すには至りません。

ソロCD計画を発見してしてやったりと思っていたら、手痛いどころか致命傷になるくらいの反撃を受けてしまいました。

 

 

「まだ引きずってるの?いいじゃない、子供たちにも大人気なんだから」

 

「‥‥そうですね」

 

 

確かに瑞樹の言う通りではありますが、私が落ち込んでいるのはそこではないので、その慰めの言葉もどこか上滑りしていきます。

本日も私もアイドル業に精を出しており、瑞樹と共に秘境の温泉宿特集の番組の撮影のためにローカル線の型落ち電車に揺られています。

裏取りによって険しい山道を最低1時間は歩く事になってしまうのがわかりきっているので、余計に気分が上がってくれません。

面倒くさいのでこのロケに同行するつもりは欠片もなかったのですが、瑞樹の強い要望とラ○ダーの宣伝を兼ねて私の意志に対する配慮はこれっぽっちもなく決まりました。

島村さん、渋谷さん、本田さんの2次募集メンバーの3人との契約に必要な書類は纏めておきましたし、場所も武内Pに伝えておきましたから、その辺の面倒な諸々は終わらせておいてくれているでしょう。

まだ修正可能なレベルではありますが、プロジェクト進行に若干の遅れが生じているのです。

予定は少しは余裕を持って組み立てているので問題はないのですが、それでも最初のうちからその余裕を削ってしまうことに抵抗を感じます。

RPGでちょっとしたレアアイテムとかを無駄にケチってエンディングまで一切使わずにクリアしてしまう、エリクサー症候群等の様々な呼び方のあるあれと同じものかもしれません。

 

 

「カメラ回ってないからって気を抜きすぎないの。ほら、しゃきっとしなさい!」

 

「‥‥あと3時間」

 

「ほぼ移動時間全部じゃない!」

 

 

まあ、旅の相方が憂鬱な顔をしていたら楽しくないでしょうから、そろそろ復活するとしましょうか。

旅は楽しむものです。それに最近は色々と忙しくて温泉なんていっていませんでしたから、仕事の延長ではありますが丁度よいリフレッシュだと考えましょう。

じゃないと、そろそろ本気で瑞樹が怒りそうです。

 

 

「わかりましたよ。もう振り切りました」

 

「よろしい。じゃあ、ガールズトークに花を咲かせるわよ」

 

「ガールズ?」

 

 

2人共30歳目前のアラサーなのですから、少女(ガール)と呼ぶには無理があるのではないでしょうか。

最近では女子同士の私的な話し合いをガールズトークという場合もあるようではありますが、正直に言わせて貰えば違うでしょうと思うのです。

地球上に存在する生命は、一切の例外なく時間という概念の柵に囚われて、その経過と共に成長し老いていく運命は変えようがありません。

なればこそ、どうよく年をとっていくかが重要であり、それを誤魔化すような事はしてはならない、そう思うのです。

 

 

「何よ、文句あるの!?」

 

「いえ、別に」

 

 

そんなことを正直に言ってしまうと瑞樹を更に怒らせてしまうでしょうから。

世渡りにおいて重要なことは必要以上に語らない事です。

勿論語らなさ過ぎても駄目なことはありますが、沈黙は金と諺で言ったりするように、語り過ぎてしまうことよりはましであることが多いでしょう。

 

 

「い~~や、その顔は絶対何かあるでしょう!?」

 

「酷い言い掛かりです。短気は損気ですよ」

 

「誰のせいよ!」

 

 

そんなに声を荒げると周囲の乗客の皆さんの迷惑になりますよ。

乗客の皆さんといっても、こんな微妙な時期に秘境の温泉宿に行こうと考える人なんて居ませんので全員撮影スタッフなのですが。

小声ではありますが、このやりとりも撮影したほうがいいんじゃないかとか話し合っています。

前振りもなく、ネタにもならないアラサーアイドルの不毛な会話を撮影したところで喜ぶ人間なんでファンの中でも更に限られた極一部だけだと思いますからやめておいたほうがいいでしょう。

そんなことをしても容量の無駄になるだけでしょうし。

 

 

「まあ、いいわ。ところで、今回の宿の特徴って何なのかしら?

七実のことだから、下調べは完璧なんでしょ?」

 

「ええ、優秀な部下がいますから」

 

「そうなの?」

 

 

施設までの道程から、間取り、設備、料理の味や見栄え、従業員の対応や勤務態度、各客室から見える風景と撮影に使えそうなスポット、周囲に自生する植物や樹木、それから推測される生息動物と事細かに調べられたレポートが提出されましたから。

本当に仕事の事となると私達の部下達は、優秀過ぎるのです。

最近では私のしようとしている業務にまで手を出そうとしてくる始末で、7割方は防いでいますが3割くらいは持っていかれているのです。

確かに手を出そうとする仕事は全て私がする必要のないものですが、しかし私がやれば即終わるものなのですから私がやるべきでしょう。

チートのお蔭でレッスンの回数を極限まで削ったところでも問題はありませんし、何よりもアイドル達のサポートをしているという遣り甲斐があります。

もし、武内Pの熱意に負けてアイドルになったりしていなかったら、渡Pとして346プロの個性の濃すぎるアイドルたちをプロデュースしていたかもしれませんね。

それは、それで楽しそうですからアイドル引退後の候補として考えておきましょう。

2X歳ですし、アイドルとして活動できる期間は限りなく短いでしょうから、先のことを色々考えておくことは必要です。

 

 

「七実?」

 

 

考えが逸れてしまいいました。あんまり焦らすと瑞樹が拗ねてますから、気をつけなくては。

 

 

「すみません、ちょっと考え事していました」

 

「もう、急に黙り込むから何かと思ったじゃない」

 

「宿の特徴でしたね」

 

「そうそう、どんな所なの?」

 

 

瑞樹は子供のように目を輝かせながら詰め寄ってきます。

これが女性慣れしていない男性であったら顔を真っ赤にしながら、理性と煩悩の壮絶な乱戦が繰り広げられることになるのでしょうが、私は女なのでそんなことはありません。

しかし、この後に山道を1時間歩く事を知らせてしまっても良いものでしょうか。

瑞樹もプロでしょうから事前情報が会ったとしても、知らなかったかのように振舞うことはできるでしょうが、カメラマンの人達が撮りたいのは素の表情だと思います。

私もそのほうが面白い画が取れると思いますから、教えないでおきましょう。

 

 

「教えればいいんですか?」

 

「そうよ。気になるじゃない」

 

「だが、お断りします」

 

 

ここでこの部分だけ無駄に知名度の高い某漫画家キャラの台詞を使わせてもらいます。

使い勝手のいい台詞に見えますが、意外と現実世界では使う機会がなかなか訪れないのです。

2度目の人生の中で言ってみたい台詞ランキングの上位にいたので、表情は変えませんが私の心の中には深い達成感のようなものが広がっています。

なんでしょうか、この清々しさすらある言ってやった感は。

 

 

「何でよ、ケチ!」

 

「こういったものは事前情報無しのほうが楽しいんですから、我慢してください」

 

「情報を見て、何しようか色々考えるのが楽しんじゃない!」

 

 

どうやら私と瑞樹の考え方は大きく違っていたようです。

私は何があるかわからない未知な部分に思いを馳せるほうが好きなのですが、瑞樹は色々と何をするか計画することのほうが好きなようです。

付き合いも長くなりますが、今初めて知りました。

何せ明日の予定すらも仮決定な所があり、急な変更を当日言い渡されたりするアイドル業ですから、5人揃って纏まった休みを取ることなんて不可能に近く、飲み会は何度もしていますが旅行等は計画した事もありませんでしたから。

知らないことを好みながら情報を知ってしまっている私と知って色々計画を立てたい瑞樹、こうも対照的な結果になろうとは思いもしませんでしたが、しかし知ってしまえば余計教えたくなくなりました。

だって、教えてしまったら不公平じゃないですか。

 

 

「教えなさいよ!」

 

「嫌です」

 

「ドケチ!鬼!七実!」

 

「なんと言われようが、絶対にNOです。‥‥その言い方だと私の名前が罵倒する単語みたいになってません?」

 

 

そんなこんなのやりとりを繰り広げながら、私達は目的地まで古い電車に揺られながら過ごしました。

周りのスタッフ達もなんだか楽しんでいたようで、和やかな雰囲気になっていたので何よりです。

こうして私の電車旅は、のどかに平和に流れていきました。

 

 

 

 

 

 

「すごいわね」

 

「ええ、見ただけで美味しいってわかりますね」

 

 

温泉宿に到着した私達は、山道での汗を流すように入浴シーンの撮影を済ませた後、宿自慢の料理をいただくことにしました。

私達が通された部屋は、遠くに滝が見え自然溢れる絶景が望める部屋でしたが、視線はそんな風景よりも料理の方へと向いてしまいます。

この目の前に広がる数々の料理に胸の高鳴りますが、必死に冷静な姿を取り繕い、最初の一品を吟味します。

近くの牧場でのびのびと育てられた牛肉とこの宿の主人が丹精込めて育てた自家製クレソンのサラダ、この時期が旬のこごみやたらの芽を劣化を防ぐために料理するその日に山から取っているというこだわりの山菜の天ぷら、派手さは一切ないもののあると嬉しく飽きる事のないごぼうの金平、これまた自家製味噌と山椒と新鮮な蕨を合わせた蕨のたたきというはじめて見るもの、他にも色々ありますが、どれもこれもが手間暇掛けて食べる人のことを思って作られた極上一品達。

どれから食べるべきか悩むことができるというのは、困りものではありますが、それでもそれを上回る贅沢さがあり、仕事で来る事ができなかった3人はさぞかし悔しがるでしょう。

 

 

「山道を歩かされたときはどうなるかと思ったけれど、この料理を見たら歩いた甲斐はあったといえるわね」

 

「温泉の泉質も肌に染み込んでくるような良質なものでしたし、素晴らしいです」

 

「そうそう、見てよ。私の肌も3歳は若返った気がするわ」

 

 

そう言って瑞樹は浴衣の袖を軽くまくり、雪を思わせるような白い肌を披露します。

アンチエイジング等でしっかりと手入れされた瑞樹の肌はその白さだけでなく、未成年アイドルでは決して出せない艶かしい大人の色気というものを漂わせていました。

温泉系の番組でよくある古典的なお色気系演出ではありますが、昔ながらということはそれだけ廃れず有効的である証左に他なりません。

実際、男性撮影スタッフの中の殆どの視線が釘付けになっています。

若いうちは露出度の多さが全てという意見が声を大にして語られたりもしますが、年齢を重ね色々なものを見てきたりすると、露出度の少なさに色気を感じるようにもなったりするのです。

普段は固い衣服の守りに隠されている肌が、些細な時にほんの僅かな瞬間だけ見える。

その肌の輝きと尊さは、水着等で露出した肌には到底敵わず、隠されていたものを見てしまったという背徳感と他の人間は見たことがないだろうという優越感で最高だと部下の1人が他の同僚に語っているを聞いたことがあります。

まあ、その部下の流行(ムーブメント)は度々変わっているようですから、今もそう思っているかは不明ですが。

そんな熱い思いもわからないでもないと思えるほど、瑞樹の肌は確かに美しかったです。

でも、私はそんなことより早くこのご馳走の数々を食べたくて堪りません。

 

 

「満足していただけたのなら、何よりです」

 

 

私達の絶賛の言葉に、この宿『湯雲庵(ゆくもあん)』の主人が嬉しそうに頭の後ろを掻きます。

昼行灯よりも少し年上くらいの主人は、隣に座る女将と一緒で本当に人をもてなすことが好きなのでしょう。

自分の仕事に誇りを持ち、曲がることなく只真っ直ぐに生き続けたことを感じさせる人達です。

だから、これほどの辺境の地に建っていたとしてもリピーターが減ることなく、寧ろ増え続けているのでしょうね。

それから10分程度主人達との会話シーンを撮影し、ようやく待望の食事シーンの撮影です。

料理が冷めてしまっていますが、それでもこの数々の料理の美味しさは欠片も失われることはないでしょうから。

しかし、そこでストップがかけられ料理が新しいものと交換されました。

せっかく来てくれたアイドルに冷えたものを食べさせるわけにはいかないからと、主人と女将からの厚意によるもので、その優しさには頭が下がります。

冷えた料理は料理別の撮影に使用された後、温めなおされスタッフが美味しくいただくことになりました。

出来立てではないものの、この数々の料理を食べれるとありスタッフ達のやる気も高まっています。

そうして料理が交換し終わり、今度こそ食事シーンの撮影となりました。

 

 

「それじゃあ、乾杯」

 

「乾杯」

 

 

私達はビールが並々と注がれた普通のグラスを軽く打ち合わせます。

いつも特大ジョッキで飲んでいる身としては物足りない感じがしますが、この様子は撮影されているのでいつも通りに振舞うわけには行きません。

自分の懐を痛めることなく、日が沈みきっていないまだ明るいうちからこうしてお酒が飲めるのですから、これくらいは我慢しなければ。

一気に飲み干さず、口を潤すように一口だけ飲みグラスを置きます。

最初に私が手をつけたのは牛肉とクレソンのサラダでした。

クレソンの苦味と辛味がくどくなってしまいがちな牛肉の脂をしっかりと受け止め、さっぱりとした口当たりになり、いくらでも食べられそうです。

この牛肉も脂肪の交雑が程好く、自然の中でのびのびと育てられたためか身がきめ細かく引き締まっていて、溶けていくような食感と肉を噛み締める充実感の両方を味わえます。

このまま食べ進めたくなりますが、今は撮影中なので今の感想をもっと簡潔に述べておきました。

自分の好きなように食べられないというのは食レポの難点ではありますが、これもお仕事なので割り切る他無いでしょう。

 

 

「この蕨のたたき、すごいわよ」

 

「牛肉とクレソンのサラダも絶品です」

 

 

そう言われると気になってしまうので、次は蕨のたたきにしましょう。

ねっとりとしたたたきは、少しだけとったはずなのですが思っていた以上に重みがあり、その密度の高さを示しています。

箸で口に運ぶ前から緊張感があり、ゆっくりと口に含みました。

味わうように一回一回しっかり噛み締め、その広がる美味に震えます。

この舌に絡みつく独特の食感に山椒と自家製味噌の癖のある味が合わさり、蕨の味と喧嘩することなく、それどころか互いに高めあうように協力し合って春の香りが口いっぱいに深く染み込んでいきます。

今まで、何度か蕨料理を食べたことはありましたが、このたたきはその中でもトップ3に入るでしょう。

瑞樹が絶賛するのも頷ける納得の味です。

このたたきには、ビールよりも日本酒のほうが合いますね。

カメラが瑞樹の方を撮影している間にビールを一気に飲み干し、徳利から猪口に日本酒を注いで蕨のたたきを一口食べてから、そっと見苦しくないように飲みます。

 

 

「至福とはこのことですね」

 

「わかるわ。今度はプライベートで来たいわね」

 

「いいですね。ちひろや楓、菜々も誘って来ましょうか」

 

 

そうなると予定の調整をしても来るのは数ヶ月以上先になるでしょうが。

それでもこの美味しい料理の数々を今これない3人にも食べさせてあげたいと思います。

 

 

「いいわね。絶対来ましょう」

 

「なら、帰ったら仕事の調整をしておきます。夏頃は色々と忙しくなりますから、当分先になるでしょうけど」

 

 

銀幕デビューにあわせて様々な企画が立てられており、今年の夏はフェスや新プロジェクトの事も合わせると仕事漬けの日々を過ごすことになりそうですね。

私は大丈夫ですが、他のメンバーたちが倒れたりしないよう細心の注意を払う必要がありますから、帰ったらそこら辺は武内Pとしっかりと詰めていく事にしましょう。

練習等の無理が祟って本番のステージに出られないとかなったら、責任感の強い子だったら一生残る傷跡になりかねませんから。

 

 

「そうね。私もついに銀幕デビューかぁ‥‥楽しみだわ」

 

「瑞樹はそうかもしれませんが、デビューして少ししか経ってない私にそんな大役は恐れ多いですよ」

 

「でも、七実って普通のアイドルより貫禄あるわよ?」

 

 

それは、いい意味で言っているのでしょうか。

2X歳になってしまうと、色々邪推してしまって貫禄があるといわれても年齢の事を言われているような気がして、素直に喜べません。

 

 

「しかし、幼い頃に見て憧れていたヒーローに自分がなるとは思ってもみませんでしたよ」

 

「そうね、私も話が来たときはドッキリか何かかと思ったもの」

 

「嬉しい反面、私が子供の憧れのヒーローとなれるか不安ですね」

 

 

○面ライダーシリーズの新しい戦士として、その歴史に名を連ねる。

前世や今世でも見ていて、その姿に憧れを抱いた存在に私がなり、今度は自分が幼い子供達の憧れとなる。

戦闘シーンとかならチートを使えばいくらでも解決できるので不安は無いのですが、その他の部分で誰かの憧れとなれるほどできた人間ではありません。

だから、散々拒否してきたというのに、昼行灯達の策略にはまり務める事になってしまいました。

本当に私で大丈夫かという不安でいっぱいです。

 

 

「ああ、それは大丈夫よ。七実って、普通にヒーロー物の主人公みたいだから」

 

「はい?」

 

「1stライブの事に、ストーカー事件、年末特番の事とか例を挙げたら限が無いから」

 

 

アレは私に出来る範囲で全力を尽くしただけですし、特にヒーローっぽい事をしたわけではないのですが。

1stライブは手際の悪い指揮によって混雑していた設営をスムーズに進められるように調整しただけですし、ストーカーはたまたま遭遇したところを捕まえただけですし、やはりそこまで特別な事をしたわけではありません。

ストーカーが原付で逃げ出した時は、ちょっと驚きましたけど。

 

 

「なら、七実は生まれながらにしてヒーロー体質なのよ」

 

「そうでしょうか?」

 

 

黒歴史時代は、寧ろその真逆な存在である魔王とか呼ばれた事もあるのですが。

 

 

「とりあえず、大丈夫だから安心しなさい」

 

「わかりました」

 

 

あまり納得はいっていないのですが、とりあえずこれ以上撮影の雰囲気を悪くするわけにはいきませんからやめておきましょう。

それにあまり悩みすぎてこの素晴らしい料理の数々を無駄にするわけにはいきませんから。

美味佳肴、雪膚花貌、影になり日向になり

美味しい食事を味わうこの瞬間は、平和であると実感できます。

 

 

 

 

 

 

風呂は命の洗濯と誰かが言っていましたが、ならば温泉は何と表現するべきでしょうか。

今の私にはこの極上の快楽を言葉として表現するだけの語彙はありません。

到着してすぐにも入ったのですが、その時はカメラが回っていましたし、巻いたタオルの下には一応水着を着ていましたから心からは楽しめませんでした。

やはり、温泉というのは身も心も湯に委ねて安らげなければ。

肌に染み込んでくる良質な泉質の湯は、最近何かと忙しくて自分でも気が付かないうちに溜め込んでいた凝り固まっていた疲労が全部抜けきっていくようです。

 

 

「はぁ~~、極楽、極楽」

 

 

爺臭いことはわかっていますが、ついこの言葉が漏れてしまいます。

この温泉に浸かると心底安らげるというのは、日本人のDNAに長年かけて刻み込まれているのではないでしょうか。

アイドル引退後にプロデューサーも魅力的ですが、こうやっていつも温泉に入れるのならどこかで温泉宿を経営してみるのもいいかもしれません。

元アイドルが経営するというネームバリューだけで客足は稼げそうですし、料理も客室の数を調整すれば独りで十分対応可能でしょう。

先立つ資金もアイドル業で稼ぐだけ稼げば何とかなるでしょうから問題ないと思います。

問題となるのは、あまりにもチート能力を素直に示しすぎた私を美城グループが手放してくれるかどうかですね。

自慢するわけではありませんが、私1人で一般的な平社員7人分くらいの仕事はしますから。

 

 

「きっと、無理だろうなぁ~~」

 

 

部屋からも見えた滝を眺めつつ、そう呟きます。

日も沈み、月明かりに照らされた滝の姿は自然の雄大さと幽玄な美を併せ持っていて、チートを持っている私という存在すらもちっぽけに思えて見ていて飽きません。

何も考えず湯船に浸り、滝を眺め続けていると一羽の烏が降り立ちました。

察しのいい方はすぐにわかっていただけると思うでしょうが、某動物園で子ライオンと模擬戦を繰り広げている彼です。

本日は私が長距離移動をするということで、烏一個中隊を引き連れ私の警護にと都内からついてきたのです。

 

 

『親方様、当施設より半径5km範囲内の索敵が終了しました。敵性存在と為りえる者は存在せず安全でございます。

どうぞ、そのまま湯治をお楽しみください』

 

「ご苦労様、哨戒任務の指揮は任せますから自由にしていいですよ」

 

『仰せのままに』

 

 

私が寛いでいるのを知ってか、小さく鳴き、羽ばたく音も極力抑えながら飛び去っていきました。

ある程度都内で生きるためのコツを教えたりと教育を施しましたが、ここまで慕われるとは思いもしませんでしたね。

烏は鳥類のなかでは飛びぬけているようですし、教えてもいないのに武士のような喋り方とか覚えてきましたから、今後どんな風になって行くかは極力考えたくないですね。

反旗とか翻すような不穏分子とかが生まれたら面倒くさいですから、今度注意しておきましょう。

 

 

「今の烏、何?」

 

「迷って、明かりが見えたからよって来たんじゃないですか」

 

 

洗髪やらに、やたら時間をかけていた瑞樹がようやく露天風呂にやってきました。

私よりは年下なんですから、そこまでアンチエイジングとかを気にしなくてもいいのにと思わないこともありませんが、言ったところで不毛な結果しか見えませんからやめておきます。

しかし、相変わらずスタイルいいですね。

160cmくらいの身長の割には胸もあり、腰は細く、女性らしいなだらかな曲線を描くその肢体は美しいの一言に尽きました。

楓と同じくらいグラビア撮影の依頼とかが来るのも頷けるくらい、魅力的です。

私のボディビルダーのように『キレてる』とか『ナイスバルク』とか言われる、人類の到達点とは大違いです。

 

 

「そうなの?」

 

「さぁ、適当に言いましたから」

 

 

仲のいい間柄ですが、流石に都内を治める勢いで急成長しつつある烏軍団を従えていますなんて言ったら、外側から鍵をかける病室がある頭の病院を紹介されかねません。

親しい相手でもいえないことはあるのです。

この烏のこともそうですが、私の見稽古というチート能力なんてその際たる例ですね。

これが誰かに知られてしまったら、どのような行動に出てしまうかは自分でも予想できません。

 

 

「まあ、いいわ。あぁ、やっぱりいいわね。

浸かっているだけで若返るというか、老廃物が全部抜けていくみたい」

 

「ですね。もうここの従業員になってしまいましょうか」

 

「いいわね。そうすれば、この温泉に入り放題だし」

 

 

互いに本気で言っているわけではないですが、それだけこの温泉は素晴らしいという事です。

私の隣に入ってきた瑞樹は私の肩に頭を預けてきました。

15cm近く身長差がある為、丁度置きやすい位置にあったのでしょう。

纏められている濡れた髪の毛が素肌に当たってこそばゆいのですが、ここは我慢するべき場面でしょうから耐えます。

 

 

「楽チンだわ」

 

「そうですか」

 

「やっぱり飲んだ後はダメね。ちょっとふらふらするわ」

 

 

そういえば、食事の時にそこそこな量を飲んでいましたね。

私は何をやっても酔った事がなかったのであまり気にしていなかったのですが、これは瑞樹から目を放さないようにしないといけませんね。

この素晴らしい温泉で溺れて死ぬなんて洒落になりませんし、瑞樹はこれからもっともっと輝けるアイドルです。

その芽をこんなところで死神なんかに摘み取らせるわけにはいきません。

手を腰に回して支えてやり、滑ってそのまま湯船に沈んでしまわないようにします。

 

 

「な、何よ、急に!」

 

「酔っ払いは黙って支えられていてください」

 

「七実は私以上に飲んでたじゃない!」

 

「私は笊を通り越して枠レベルですから」

 

 

瑞樹は納得いかなさそうな様子ではありますが、酔いが回ってしまっているようで抵抗する素振りはありません。

ですが、完全に脱力しても沈んでしまわない楽さに気が付いてからは身体を委ねてくるようになりました。

 

 

「七実の安心感ってすごいわ」

 

「まあ、こんな身体ですからね」

 

 

この人類の到達点に安心感がなければ、世の中の男性の8割近くはモヤシ扱いされてしまうでしょう。

 

 

「そうじゃないわ。七実がいると、何でもできる気がするのよ。

ライブでも、どんな仕事でも、今度の映画の事でも。これは楓達も同じだと思うわよ」

 

 

そんなことを言われると何だか恥ずかしくなってきて、これからどう接していけばいいか困ります。

チートがありますから大抵の事はできたりするからでしょうが、それでもこういったことを言われてしまうと誰だって照れてしまうでしょう。

きっと私の顔は今真っ赤になっていますね。

湯当たりとかとは別の理由で顔に血液が集まってきて、顔が熱くなってきているのがよくわかります。

 

 

「‥‥」

 

「ええ、だから、これからも宜しくね」

 

「‥‥恥ずかしい台詞、禁止です」

 

 

恥ずかしさを誤魔化すように瑞樹とは反対側に顔を向け、夜空を見上げます。

そこには満天の夜空と満月に近い月が淡く優しく輝いていました。

月は古今東西問わず昔から狂気と密接な関係があるとされ、満月で異常な攻撃性を顕にする狼男ような例もありますが、私からすればそれは無粋な人間が勝手に言い出した事だと思います。

だって、月はこんなに儚く美しいのですから。

そんな月に見蕩れていると規則正しい寝息が聞こえてきました。

どうやら、瑞樹は寝てしまったようです。

さすがに危ないので、もう少ししたらあがることにしましょう。

瑞樹の寝顔はいつものお姉さん系キャラとは違う、どこか幼いあどけなさの残るものでした。

この素晴らしい温泉に入り、思いがけない嬉しい言葉を貰った、今の私の心境をとあるローマ人の出てくる風呂漫画の皇帝の言葉を借りて述べるのなら。

『風呂に入れば、生まれてきたことを感謝できる』

 

 

 

 

 

 

この後、寝てしまった瑞樹を浴衣に着替えさせて、部屋までお姫様抱っこで運んでいる姿をスタッフに目撃されてしまい、あらぬ噂を立てられてしまうのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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仕事がなければ生きて行けない。優しくなければ、アイドルの資格がない。

今回はアニメ2話の部分にあたり、色々と書きたいことが多いので前後編のようになります。
NGメンバーの登場は、後編からとなりますのでご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

先日の秘境温泉宿の温泉や絶品料理を堪能して身も心もリフレッシュすることができました。

チートボディは疲れ知らずで何の問題もないと思っていたのですが、こうしてリフレッシュされてみると想像以上に疲労が蓄積されていたことがわかります。

身体が新しいものに入れ替わってしまったかのような爽快感があり、今なら竜巻旋風脚とかの物理法則を無視した技ですらできてしまいそうですよ。

しかし、無自覚で疲労を溜め込んでいたとは、今度からは気をつけなければいけませんね。

気づかずに溜め込みすぎて破裂してしまったら、いくらこのチートボディとはいえ無事で済むとは限りませんし。

まあ、そんなことには早々なったりしないでしょうが。

とりあえず、今は仕事が捗って仕方がありません。

それに今日は、遅れていたシンデレラ・プロジェクトの二次募集メンバーである島村さん、本田さん、渋谷さんがやってくる日です。

つまりは本日この日が、シンデレラ・プロジェクトの始動日となるのです。

これが興奮せずにいられるでしょうか。いや、いられません。

 

 

「おい、誰かちひろさん呼んで来い!」

 

「ちひろさんは武内と一緒に二次メンバーの対応中だろ!邪魔したらとんでもない事になるぞ!」

 

「なら、CPのメンバーだ!誰でもいいから呼んで来い!!

じゃないと、あの人アイドル部門の事務仕事全部1人で片付けちまうぞ!」

 

「やばいぞ、これじゃ俺達給料泥棒だ」

 

 

部下達がなにやら騒がしいですが、私は気にせず仕事を片付けていきます。

今日程この係長業務が楽しいと思ったのは初めてかもしれません。

 

 

「係長、お菓子いかがですか!?この間、売り込みに行った明○から新商品の試食品をいただいてきたんですよ」

 

「後でいただきますから、冷蔵庫にでもしまっておいてください」

 

「そ、そうですか‥‥」

 

 

新商品とやらは気になりますが、今はこの仕事たちを片付けるほうが先決です。

そういえば、シンデレラ・プロジェクトの関東勢の1人三村さんは甘い物が好きで、お菓子作りとかが趣味でしたね。

何度か作ってきたお菓子をいただいたことがありますが、人柄がよく現れた優しい味がしました。

クリームとかの量が市販のものより多めに入っているのも手作りならではの醍醐味というものでしょう。

一応アイドルの先輩としてはいつどんな仕事が舞い込んでくるのかわからないので、カロリー調整と体型維持には気をつけてもらいたいとは思いますが、その辺はトレーナー姉妹に任せておけば大丈夫でしょう。

今度お返しとして私も何か作ってきましょうか、チート能力を全開にすれば有名パティシエの行列スイーツですら完璧に再現できるでしょうし。

それを食べたときのみんなの表情を想像しただけで、ワクワクが止まりません。

 

 

「私達が出演する映画の資料は送られてきましたか」

 

「はい、先程データが届きましたので、共有フォルダに入れてあります」

 

 

愛機を操作し、共有フォルダを開き中身を確認して私達のメンバーの予定と照らし合わせて、仮のスケジュールを組み立てていきます。

夏公開予定なので、撮影自体は既に始まっているのですが私達の撮影は変身後のスーツの完成待ちなので、今月末ごろになるそうです。

映像の編集も考えたら余裕なんて全くないスケジュールになっており、編集技師等の裏方スタッフは死の行軍(デス・マーチ)を強いられるに違いないでしょう。

そんな過密スケジュールになるくらいなら、私達を次のライダーになんかにしなければよかったのにと思うのですが、どうしてそこまで拘るのか理解に苦しみます。

 

 

「係長、そろそろ休憩されては?」

 

「まだ、2時間程しか経っていませんが」

 

 

気力の充実している今なら半日近く仕事を続けていても大丈夫なのですが、心配されているのなら少し休憩を挟むべきでしょうか。

私がやるべき仕事は既に終わらせてありますから、丁度いいのかもしれません。

 

 

「失礼しまぁ~~す♪」

 

 

扉が開かれ、赤城さんが入ってきました。

天真爛漫で元気一杯な姿は見ているだけでその元気が分けてもらえるようで、自然に頬が緩んでしまいそうになりますね。

年齢も一回り以上はなれているので、妹や姪がいたらこんな感じなのでしょうか。

まあ、下手をすると娘でも通じそうなくらいに歳が離れていますが。

これ以上考えたら心の大事な部分が大きく削られていきそうなのでやめておきましょう。

 

 

「どうしました?午前中はレッスン後は、午後の宣材撮影まで特に予定は入れていなかったはずですが」

 

「あのね、かな子ちゃんがい~~っぱいクッキー焼いてきてくれたの!だから、みんなで食べようって!」

 

 

どうやら、お茶会へのお誘いのようです。

先輩アイドル且つ直属の上司でもある私がいたら皆が寛げないと思うのですが、ここで断ってしまうのも良くありませんね。

赤城さんのしょんぼり落ち込んだ顔なんて見たくありませんし、見てしまったら後味が悪いと言うレベルではありません。

とりあえず、行くだけ行って仕事とか理由を付けて速めに退散させてもらいましょう。

部下に少し抜ける事を言うと、喜んで送り出すように先ほどの新商品の試食品を赤城さんに渡してました。

彼らはいったいどれだけ私に仕事をさせたくないのでしょうか。

 

 

「あぁ~~もうっ、2人共速過ぎるにゃ!」

 

 

赤城さんと一緒にシンデレラ・プロジェクトのメンバーが集まっているレッスンルームへと移動しようとすると、追いかけてきたであろう前川さんが現れました。

体力に物をいわせて全力疾走する赤城さんを必死に追いかけてきたからか、トレードマークである白いネコミミがずれています。

 

 

「みくちゃん遅ぉ~~い」

 

「廊下は走っちゃダメにゃ!みりあちゃんは、ちっちゃいんだから、人とぶつかったら危ないにゃ!」

 

 

そう言って注意する前川さんはお姉さんという感じです。ずれたネコミミを直しながらなので、若干しまりませんが。

シンデレラ・プロジェクトのなかでも最初期からいるメンバーとしての自覚からか、前川さんは他のメンバーに対して結構世話を焼く場面が見られます。

カリーニナさんを初めとして、神崎さんや緒方さん、城ヶ崎妹さんに赤城さんと相性のいいメンバーが多く、誰とでもユニットを組めそうな高い可能性を秘めており、誰と組ませるかで悩んでしまいそうです。

後、その注意は何度も廊下を全力疾走している私にも効果がありました。

一応、チートで気配を探って誰かとぶつかったり、驚かせてしまわないように注意は払っていましたが、今後は幼い赤城さんの見本となれる大人にならなければなりませんから気をつけましょう。

 

 

「あれ、莉嘉ちゃんは?」

 

「珍しい虫を見つけたって、中庭の方に行ったよ」

 

「もうっ、アレだけ1人でうろちょろしちゃダメって言ったのに!」

 

 

どうやら、赤城さんと一緒に城ヶ崎妹さんもこの部屋を目指していたようですが、他に興味を引かれることを見つけてしまい脱線してしまったようです。

中学生くらいになると虫とかに対して嫌悪感が強まる傾向が高いのですが、どうやら城ヶ崎妹さんはその例外のようですね。

本人も自己紹介の時にカブトムシとか大好きと言っていましたし。

私も悲鳴とかをあげるほど嫌いなわけではありませんが、関わらなくて済むのなら関わりたくありません。

害虫やら、私に危害を加えようとする場合にはそれ相応の対応は取らせてもらいますが。

 

 

「とりあえず、探しに行きましょうか」

 

「はい」

 

「はぁ~~い」

 

 

ここでああだ、こうだといっていても仕方ないので行動へと移します。

中庭の方には結構背の高い桜の木とかが植えられていますから、それに登って落ちたりしたら大怪我の可能性もありますから。

 

 

「じゃあ、誰が一番最初に莉嘉ちゃんを見つけるか競争だね♪」

 

「させないにゃ!」

 

 

再び駆け出そうとした赤城さんの行動を先読みしたかのように、前川さんがその小さな身体を抱えあげました。

身長差がある為、抱えあげられると赤城さんの足は地面から完全に離れ宙を蹴り、前へと進むための推進力を生み出すことができません。

 

 

「おろしてぇ~~」

 

 

最初はきょとんとしていた赤城さんでしたが、自分が抱えあげられていると理解すると、そのままジタバタと抵抗するようにもがき始めました。

子供のように宙に浮いた足をパタパタさせる姿は、微笑ましくて見ていてとても和みます。

部下達も同じ気持ちのようで、全員が頬をだらしなく緩ませています。

 

 

「もう、暴れちゃダメにゃ!」

 

「みくちゃんのイジワルぅ!」

 

「みりあちゃんが、走ろうとするからにゃ!」

 

 

完全に姉妹ですね。

元気いっぱいで遊びたい妹とそんな妹に振り回されるしっかり者の姉。

年少組のユニット構成には武内Pも少し悩んでいるようでしたし、いっそのこと前川さんに任せてみるのもいいかもしれません。

カリーニナさんとの組み合わせも捨てがたいですが、赤城さんとのこの微笑ましい組み合わせもなかなか良さそうで心惹かれます。

とりあえず、2人を止めましょう。一応ここは仕事場ですから、微笑ましい騒がしさもいいですが緊張感も必要ですから。

 

 

「落ち着いてください。一応、私の部下が仕事中ですので」

 

「すみません、気をつけます」

 

「ごめんなさい」

 

 

私が注意すると2人共騒いでいたのをピタリと止め、すぐさま謝ってきました。

そこまで強くきつく言ったつもりはなかったのですが、そんなに私は無意識的に恐ろしいオーラでも出していたのでしょうか。

確かに最近は色々とあり、少々気が立っていることもありましたが、それが身体に染み付いてしまったのかもしれません。

だとしたら、これは全て昼行灯の所為ですね。今度懲らしめておきましょう。

 

 

「3人で一緒に捜しに行きましょう」

 

「はい!」

 

「はぁ~~い♪」

 

 

できるだけ、穏やかで優しい雰囲気を作りつつ提案すると2人も賛同してくれました。

仕事場から出ようとすると、左手が小さくあたたかいものに包まれます。

 

 

「ねぇねぇ、早く行こう!」

 

 

その正体は赤城さんの手であり、その子供特有のやわらかさを残した小さな手は、守ってあげなければ容易に壊れてしまいそうな儚さがありました。

恐れなんて一切見られない曇りなき笑顔は、面倒で不条理が多い社会のなかで荒みがちな心に優しく染み渡るようで、ぽかぽかとした陽気な気分になります。

いくら元ネタがゲームの2次元世界だとはいえ、天使のような少女が多すぎるような気がします。

これが神様転生した特典のご都合主義という奴なのでしょうか。それとも、この世界が前世よりも優しさと思いやりに溢れているだけなのでしょうか。

どちらにせよ、私が関わるアイドル候補生の少女たちは天使だという事は確かです。

 

 

「ほら、みくちゃんは反対側♪」

 

「わ、わかったにゃ‥‥失礼します」

 

 

赤城さんがそう促すと右手もあたたかいものに包まれました。

右側を見ると前川さんは顔を真っ赤にして照れているようでした。

笑顔で元気一杯な赤城さんもいいですが、こうして恥ずかしそうにする前川さんも素晴らしいです。

 

 

「なあ‥‥尊いな」

 

「‥‥そうっすね」

 

 

部下達が何か言っていますが、気にせず城ヶ崎妹さんを探しに行く事にしましょう。

 

 

「じゃあ、しゅっぱ~~つ!」

 

「アイアイ、マム」

 

「‥‥繋いじゃった。七実さまと手を繋いじゃった」

 

 

身長差のある私達でしたが、歩き出すと自然と一番小さい赤城さんの歩調に合わせていきます。

移動中に他部署の職員と出くわすことが何度かありましたが、最初は若干険しさの残す表情をしていた全員が最後には笑みを浮かべていました。

自然と周りを笑顔にすることができる。きっとこれが赤城さんの強みなのでしょう。

見稽古ですら習得できないそれは、私の持つ数々のスキルよりも素晴らしく、尊いものに感じます。

 

 

「♪~~~、♪♪~~~~~~」

 

 

お願いシンデレラをハミングする赤城さんに釣られるように私も邪魔にならないようにそれに加わります。

私もハミングを始めると、真っ赤になって照れていた前川さんも参加し、ちょっとした合唱のようになり、廊下にエレベーターにと響き渡りました。

この優しい平和な時間が、いつまでも、いつまでも続きますように。

 

 

 

 

 

 

「あっ、莉嘉ちゃん見っけ!」

 

 

高い所から見渡して探した方が早いという前川さんの意見があったので、3階の廊下から城ヶ崎妹さんを探していたのですが、案の定桜の木の上にいました。

虫取りが好きなので木登りは得意とのことでしたが、今日は午後から宣材写真を撮る予定なのであまり擦り傷等をつくりそうなことは避けてほしいのが本音です。

ですが、それで個性を殺す事になってしまったら目も当てられないので、あまり強くは言えません。

アイドル戦国時代の昨今では、個性を殺した大量生産品のアイドルでは人気が長続きしません。

ファンの目も肥えたこともあるでしょうが、やはり個性を生かしたありのままの輝きには作られた輝きでは勝つことができないということなのでしょう。

 

 

「もう、莉嘉ちゃんはまた木登りなんかして!危ないから、あんまり高い木に登っちゃダメっていってるのに!」

 

「でも、木登りって楽しいよ?」

 

「でも、危ないの!」

 

 

しかし、どうしましょうか。

ここから大声で注意して意識が逸れてしまい落ちてしまう可能性もありますし。かといって、このまま降りてくるのを待つのも心臓によろしくないですし。

城ヶ崎妹さんがいるのは、連絡通路の丁度真ん中に位置する桜の木の上ですから、行けますね。

連絡通路の真上に位置する窓のところまで移動します。

ここの窓のみ連絡通路の上の清掃を行うために他の窓より大きく開けるようになっているのです。

勿論、普段はそこまで開いたりしないように鍵でロックはされているのですが、簡単なピンシリンダー型のものなのでポケットに入っていたクリップとチート技能を使えば1分も掛からず解除できました。

窓をあけ、サッシを乗り越え連絡通路の上を駆け抜け、城ヶ崎妹さんの登っている桜の木に向かって跳びます。

チートボディの筋肉の所為で一般的な女性よりも体重がある為、重量と衝撃で城ヶ崎妹さんの乗っている枝が折れてしまわないようにチート技能で極限までそれらを殺して、音もなくなるべく幹に近い部分に着地します。

連絡通路にいる誰かに向かって手を振っていて私には気が付いていないようなので、驚かせて落ちてしまわないようにしっかりと抱えて再び跳びます。

 

 

「ふぇ?」

 

 

狭く不安定な桜の枝を蹴って得た推力では、城ヶ崎妹さんを抱えたまま再び連絡通路の上に戻ることはできませんので、素直に地面に着地します。

私1人なら余裕なのですが、無茶をして怪我なんてさせてしまっては本末転倒ですから。

ゆっくり地面に立たせると城ヶ崎妹さんは、少しの間放心していたようですがすぐに正気に戻りました。

 

 

「す、すっご~~い!!なになに、なに!?今、何が起きたの!?」

 

「城ヶ崎さん、あまり高い木に登ってはダメですよ」

 

「あっ、七実さまだ!じゃあ、今のは七実さまがしたの!

バッときて、ヒュンってなって、すごかった!ねえねえ、もう一回やって!お願い!」

 

 

どうやら、正気に戻ったらさっきの出来事に対しての興奮が溢れてきたのか、こちらの話が聞こえていないようです。

どう宥めたものかと思案していると、カリーニナさんが走ってやってきました。

陸上か何かをやっていたのか、乱れのない綺麗なフォームをしておりなかなかの鍛え上げられた素晴らしいスプリントです。

歳も近いですから城ヶ崎妹さんを宥めるのを手伝って欲しいのですが、シンデレラ・プロジェクトのフリーダム枠のカリーニナさんにそれは期待できそうにありません。

 

 

 

「ダメですよ。リカ」

 

「ええ~~、なんでなんでぇ!」

 

 

ちゃんと注意するような言葉が出たことにびっくりしながら、心の中で勝手に決め付けていた事に対して謝罪します。

カリーニナさんは、忍者系のことになるとフリーダムではありますが、基本的には控えめで周りの事をちゃんと見ている可愛らしい少女なのです。

変な先入観を持ったりせず、もっとちゃんと見てあげないといけませんね。

 

 

「次は、私です」

 

「あっ、そっか順番だね!」

 

 

ああ、やっぱりカリーニナさんはフリーダムでしたよ。

子供らしく目を輝かせて、早く早くと催促するような視線を向けてきます。

城ヶ崎妹さんもそれで納得しないで欲しいのですが、楽しいことを見つけたこのくらいの世代の子供に何を言っても無駄でしょう。

 

 

「‥‥しませんからね」

 

『何故ですか、師範(ニンジャマスター)!!リカはして貰えたのに!!』

 

 

私がそう告げるとカリーニナさんは、驚愕の表情を浮かべ掴みかかってきました。

揺さぶろうと押したり引いたりするのですが、歳相応の筋力しかない細腕では人類の到達点を動かすことはできず、事務員服を引っ張ったり押したりするだけに終わります。

日本語の語彙数が少ないためか、どうやら興奮したりするとロシア語のほうが出てしまうようです。

これは、個性としていい感じの強みになるかもしれません。

 

 

『興奮しすぎです。ロシア語になってますよ』

 

『そんなことは、どうでもいいんです!!何故ですか、答えてください!!』

 

「もうっ!2人共、日本語しゃべってよ!わたし、全然わかんない!!」

 

 

もう、やってあげたほうが上手く纏まるのではないかという思いもしてきました。

しかし、そうすると絶対に芋蔓式に希望者が増えて面倒くさい事になるのが目に見えています。

カリーニナさんの目は、捨てられそうになった子犬のようで儚げで哀愁が漂っていて、やってあげない私が大罪人のような気すらしてきます。

カリーニナさんの叫びを聞いて、中庭周辺にいた人達が集まりつつありますし、決断は早くしないといけません。

本当に、どうするべきでしょうか。

 

 

「ナナミ‥‥『お願い』です」

 

 

ここで、ニンジャマスター呼びじゃなくて名前呼びは卑怯でしょう。

狙ってやったのではないのなら天性の小悪魔気質を持ち合わせているに違いありません。

一度、天を仰ぎ見ます。雲の少ない陽光が降り注ぐ空は、今の私の悩みがちっぽけなものだと教えてくれているようです。

溜息をついた後、事務員服を掴んでいるカリーニナさんの手を解き、一瞬で体勢を入れ替えて背負います。

 

 

「しっかり掴まっておいてください。後、口を閉じないと舌噛みますからね」

 

『‥‥はい!』

 

 

嬉しそうなカリーニナさんの返事を聞き確認したので、目測で簡単に最適コースを割り出した後、少し移動して助走距離をとり先程城ヶ崎妹さんが登っていた桜の木へと走り出しました。

数歩で現在の服装で出せる最高速度へと到達し、そのままの勢いで手を使わずに太い幹を駆け上がります。

事務員服がスカートでなく、ズボンタイプであればもっと速度が出せるので楽なのですが、こればかりは仕方ありません。

万有引力によって運動エネルギーが奪いきられてしまう前に、城ヶ崎妹さんが腰掛けていた枝に辿り着き、そこから連絡通路に向かって更に跳びます。

やはり十分な推進力が得られないためそのまま連絡通路に着地することはできませんでしたが、空中で体勢を変えアーチ状になっている部分の上部を蹴り、その反動を利用して身体を捻ってそのまま着地しました。

最近はあまりしていませんが、学生時代はパルクールも少し齧っていましたのでチートボディを使えば、これくらいは朝飯前です。

 

 

「満足しましたか?」

 

「‥‥もう一回、ダメですか?」

 

「ダメです」

 

 

もう一度してほしいとリクエストしてきましたが、私は聞く耳持たずカリーニナさんを降ろします。

どんな形であれ1回は1回ですから、これでお終いです。

 

 

「すっご~~い!次は、わたしの番だからね!!」

 

「その次は、また私です」

 

 

本人不在の話し合いで勝手に2順目が確定しているようですが、これはやってあげないといけない流れでしょうか。

私の体力は大丈夫なのですが、何度もやったりすると桜の木の方が心配になってきます。

枝等を傷つけてしまわないように注意は払ってはいますが、それでも何度も衝撃を与えていると成長への悪影響は避けられないでしょう。

これだけの大きさまで成長するには相応の時間が掛かっているはずですから、それを娯楽の為に壊してしまうのはよろしくないです。

 

 

「莉嘉ちゃん!アーニャちゃん!」

 

 

どうやら、3階に置いてけぼりにしてしまった前川さん達が追いついてきたようですね。

2人の説得は前川さんに丸投げして、さっさとこの場から引き上げてしまいましょう。

集まってきた他の社員達の視線等が突き刺さってくるような気がして、居た堪れないのです。

自分で招いた結果というのは重々承知はしているのですが、それでも逃げ出したいと思ってしまうのです。

 

 

「さすがは七実さまです」

 

「ああ、来期のライダーは安泰だな」

 

「安泰?覇権間違い無しだろ、常識的に考えて」

 

 

ああ、目立ってる。目立ってしまっています。

アイドルなんて目立って何ぼの職業ではありますが、それでもやはりこういった生暖かいようななんともいえない視線にさらされるのは落ち着きません。

チート能力の乱用はしたくないのですが、ステルスを使わざるを得ないかもしれませんね。

 

 

「わたしもやりたぁ~~い♪」

 

「じゃあ、みりあちゃんが先だね」

 

はい(ダー)』「順番は大事です」

 

 

前川さんと一緒にやってきた赤城さんが、私の元に駆け寄り上目遣いでお願いしてきます。

カリーニナさんのお願いを受け入れてしまった以上、シンデレラ・プロジェクト最年少の赤城さんのお願いを聞いてあげないという選択肢はありませんでした。

 

 

「もう、3人とも我が儘言っちゃダメにゃ!」

 

「え~~、だってすっごいんだよ!バッときて、カカッて駆け抜けて!!」

 

「みくも経験すべきです!立派なネコニンジャになれるように!」

 

「もう、落ち着くにゃ!」

 

 

あっ、これ赤城さんだけではなく前川さんにもやってあげなければいけなくなる流れですね。

とりあえず、早く早くとせがむ赤城さんを背負い、助走距離をとり先程とは違う桜の木へと駆け出します。

やるからには全力でやらなければ観客や赤城さんに申し訳ありません。

桜の木の手前で跳び、太い幹を蹴って三角跳びの要領で連絡通路へと跳びます。空中で体勢を変え、再び連絡通路の外壁を蹴り、その反動を利用して空中で1回転して着地します。

その瞬間、増え続けるギャラリーたちから割れんばかりの拍手が送られました。

 

 

素晴らしい(ハラショー)!!』

 

「ねえねえ、みくちゃん。ハラショーって、どういう意味?」

 

「ロシア語で感動した時とか素晴らしいって褒めたりする時に使う言葉にゃ」

 

「そうなんだ‥‥じゃあ、わたしもつ~~かお。ハラショ~~♪」

 

 

前川さん、ちゃっかりロシア語の勉強もしているみたいですね。高校生ではロシア語なんて使う機会なんてないでしょうに。

今度、勉強を見てあげましょうか。一応、学生時代にロシア語検定は第4レベルまでとっていますし。

隠れて努力している前川さんのいじらしさに萌えつつ、この状況をどう打開すれば言いか考えを巡らせます。

 

 

「「「七実さま、七実殿、係長、代行、部長代行殿!!」」」

 

 

一部カリーニナさん以上にヒートアップしている人達がいるのですが、もしかしてアレは私のファンなのでしょうか。そうだと認めたくない私がいるのですが、否定するのは不可能でしょうね。

後、最後の部長代行って、そんな役職に就任した覚えは全くありませんし、就任する気もありません。

どうして私のファンになる人たちは、どこかねじが吹っ飛んでいたりと一癖も二癖もある人たちばかりが集まるのでしょうか。

自業自得、思案投首、穴があったら入りたい

この状況ほど平和と程遠い場面は、早々ないでしょう。

 

 

 

 

 

 

疲れた時には甘い物でしょう。

甘さは感じるだけで嬉しい気持ちにしてくれますから、嫌な事も忘れさせてくれます。

あの面倒くさい事この上ない状況から何とか解放された私は、ようやく当初の目的だったシンデレラ・プロジェクト1次メンバー達のお茶会が開かれているレッスンルームへと辿り着きました。

まさか、前川さんも含めて2順する破目になるとは思いませんでしたよ。

まあ、それは置いておき、今はこの三村さんお手製のクッキーを食べて荒んだ心を癒しましょう。

バターの風味が香るしっかりとした甘みを感じさせてくれる生地に、少しだけ多めに練りこまれたチョコチップの歯ごたえと程好い苦味が心地よいです。

趣味で作ったとは思えない程の高いクオリティに豊富な種類、これなら飽きることなくいくらでも食べられるでしょう。

 

 

「美味しいです」

 

「よかったぁ‥‥ちひろさんから七実さんはお菓子作りもプロ級だって聞いてたから、緊張してたんです」

 

「そんな大袈裟な」

 

 

ちひろめ、確かに見稽古のお蔭でプロのスキルを悉く吸収していますが、もう少し控えめに伝えてくれてもいいではないのでしょうか。

只でさえ、私は人から距離をおかれやすいタイプなのですから、あんまり先入観を作ってしまうようなことは言わないでほしいですね。

きっとちひろ的にはそんなつもりなんて一切なく、只単に相方の私を自慢しただけなのでしょうが。

次にココアクッキーに手を伸ばします。

ココアが混ぜ込んである事で先程のものより甘さが控えられていて、甘味の中にしっかりとした苦味があり、アクセントして混ぜ込まれたナッツが歯を楽しませてくれます。

難点としては、気をつけて食べないとナッツが歯の間に挟まってしまって、アイドルとしてあるまじき行動を取らざるを得ない状況になってしまうことぐらいでしょう。

 

 

「ど、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「い、いえ、どういたしまして」

 

 

紅茶の入ったカップを受け取り、礼を言うと緒方さんははにかみながら嬉しそうにそう返してくれました。

クッキーに口のなかの水分を奪われつつあったところでしたし、冷めて香りとかが飛んでしまわないうちに飲んでしまいましょう。

口に含むと広がる特有のマスカテルフレーバーと爽やかではありますが芳醇な味わい、恐らくダージリンの二番摘み(セカンド・フラッシュ)あたりでしょうか。

紅茶はあまり飲まないので自信はありませんが、これほど特徴が揃っていれば間違いはないと思います。

きちんと茶葉から淹れられたからでしょうか、今まで飲んできた紅茶とは一線を画する味わいで、何故イギリス人達がああもティータイムを重要視するのかもわかるような気がします。

 

 

「智絵里ちゃん、この紅茶美味しいにぃ☆」

 

「本当に、美味しいわ。今度、淹れ方教えてね」

 

「は、はい」

 

 

美味しいクッキーに美味しい紅茶、優しく可愛いシンデレラ・プロジェクトのメンバー達。

今この場に、これ以上のものは必要ありません。天国というものは、意外に身近にあったのかもしれませんね。

 

 

「うぅ‥‥我は、甘美なる秘薬と純白の雫を求む(あの‥‥お砂糖とミルクをください)」

 

「ストレートはわたしにはちょっと早かったかも、お砂糖とミルクちょうだい」「わたしもぉ~~」

 

 

どうやら、神崎さんや城ヶ崎妹さん、赤城さんはストレートティーの味は苦手だったようです。

なれるとこの味がよくなってくるのですが、それを同じように求めるのは酷というものでしょう。

味覚も成熟しきっていなく、紅茶も飲み慣れていないでしょうから、ストレートよりもミルクティーにした方が飲み易くていいかもしれません。

 

 

「はい、どうぞ♪」

 

 

私が手を伸ばす前に諸星さんが、3人に砂糖とミルクが入った容器を渡しました。

初めて会った時も思ったのですが、私よりも頭1つくらい大きい年下がいるなんて思いもしませんでしたよ。

180cmを越えるであろう高い身長に、独特な言い回しの不思議な言葉、シンデレラ・プロジェクトにおいても神崎さんと並ぶくらいの個性の強い娘です。

その個性から変な先入観を持たれがちではありますが、実際に交流してみるとしっかりと周りの人のことを見ていて、笑顔を大切にしている心優しい母性溢れる少女でした。

 

 

「美味しぃクッキーに、美味しぃ紅茶でみんなハピハピで、きらりも嬉しぃに☆」

 

「まあ、たまにはクッキーもいいよね」

 

「杏ちゃん!寝たまま食べちゃダ~~メ!」

 

 

母性が強い諸星さんは、のんびりマイペースな双葉さんがお気に入りのようで、よく世話を焼いている光景が見られます。

身長や性格とかが正反対な凸凹コンビとしてユニットを組ませるのも悪くないように思えますが、この組み合わせは少々完成されすぎて発展性に欠けるような気がします。

言い方が悪いかもしれませんが、相手のことを理解している為にユニットを組ませても意外性というものが感じられないのです。

勿論それは悪い事ではないのですが、わざわざこのプロジェクトでユニット化する必要性も感じられません。

相性が良過ぎるというのも難点ですね。

 

 

「李衣菜ちゃん。みんなとお茶してるんだから、そのヘッドホンは外しましょ」

 

「でも、美波さん。これは、ロックの魂で‥‥」

 

「仲間を大切にするのもロックだと、私は思うけどなぁ」

 

「そ、そうかなぁ‥‥」

 

 

流石は新田さん、シンデレラ・プロジェクト最年長なだけあって扱いが上手いですね。

ロックという単語に対して極端に精神抵抗値が低い多田さんは、悩んでいる振りをしていながら実際はもう8割方外す方向に傾いています。

自称ロックなアイドルを目指しているそうですが、ロッカーとしてはまだまだ若葉マークが取れないレベルなのですが、つい虚勢を張ってしまい自爆することが多いのです。

ついつい背伸びをしたいお年頃というのは理解できるのですが、その様子はまるで菜々を見ているような何とも言えない気分になるので、もう少し素直に知らないと言う勇気を持つことをオススメします。

私もロックに関して詳しいわけではないですが、少なくとも多田さんが『にわか』ということくらいはわかりました。

ちなみに、私はチートによってプレスリーやジミヘン、クイーンとか色々再現できます。

今度時間がある時にギターの弾き方とかを教えてあげましょうか。

そんなことを考えながら、新しいクッキーに手を伸ばします。

軽く噛んだだけで容易に崩れてしまうバタークッキーは、バターの香りが口いっぱいに広がり、柔らかめの生地の甘さが実に王道的でこれぞクッキーという感じがして美味しいです。

食べる相手の事を思いやった優しくあたたかいこの味に、ダージリンの風味がよくマッチしていて本当に食べ飽きる気がしません。

カロリー消費の高いこのチートボディでなければ、どう誘惑を断ち切るべきか頭を悩ませる事になっていたでしょう。

 

 

「ええ、私はそう思うわ」

 

「そこまで言われて否定するのは、ロックじゃないよね」

 

「そうね」

 

 

乗せられていますよと忠告すべきか悩ましいところではありますが、新田さんも悪意があってやっている訳ではないので大丈夫でしょう。

テレビ局等の対応は私や武内Pが行いますので、そういった方面からの悪意は未然に防ぐことは可能ですから、この騙されやすさもテレビ受けする個性となるに違いありません。

しかし、騙されるだけというのは余程のリアクションを取れなければすぐに飽きられてしまいますから、ストッパーもしくはアドバイザー的な人と組ませるのがいいかもしれませんね。

今のところ第一候補としては新田さんですかね。多田さんの扱いも上手いみたいですし。

 

 

「さて、私はそろそろ仕事に戻ります」

 

 

30分も休憩しましたし、クッキーと紅茶で糖分補給と気力の補充もできましたから、付き添いが必要な宣材写真の撮影までにぱぱっと色々片付けてしまいましょう。

来週からは本格的なシンデレラ・プロジェクトのサポートとサンドリヨンとしての活動、映画の撮影、既存部門の候補生募集についての調整と忙しくなりますし、今日のうちに片付けられることは今日のうちにしておかなければ苦しむのは来週の私ですし。

 

 

「アーニャちゃん!」

 

はい(ダー)!』

 

 

立ち上がろうとした瞬間に隣に座っていた前川さんとカリーニナさんが挟撃を仕掛けてきました。

名前を呼んだだけでこれほどの動きができるコンビネーションの高さには驚きましたが、それでも私を捕らえるにはまだまだ未熟です。

掴もうと伸ばされた2人の手を掻い潜り、前川さんの背後へと回ります。

しかし、素人そのままの動きの前川さんと違いカリーニナさんの動きが意外にも隙が少なくて驚きました。きっと、何かしらの格闘技の経験があるのでしょう。

ロシアとのハーフですから、恐らくコマンドサンボあたりでしょうね。

もう少し鍛えたら私も手を使って捌く必要が出てくるかもしれません。

 

 

「みりあちゃん!」「リカ!」

 

「いっくよ~~♪」「おりゃぁ~~~!」

 

 

前川さんとカリーニナさんの次には赤城さんと城ヶ崎妹さんが襲い掛かってきました。

失敗を悟るや否や追撃を仕掛けるという判断は素晴らしいですが、それでも私には届きません。

これでも次期○イダーで主演とスーツアクターをするのですから、これくらいの展開を容易に抜けられなくては到底務まりません。

といいますか、どうしてこんな事になったのでしょう。

 

 

「きらりちゃん、智絵里ちゃん入口を塞いで」

 

「オッケ~~、任せるに♪」「は、はい!」

 

 

新田さんの指示によって諸星さんと緒方さんが出入り口を塞ぎに行きます。

すぐさま向かえば塞がれる前に出ることはできるでしょうが、神崎さんや三村さん、多田さんも加わって7人となった包囲網を傷つけずに抜けるのは少々骨が折れそうです。

 

 

「皆さん、落ち着きましょう」

 

 

これは、素直に白旗を挙げた方が得策かもしれません。

恐らく私を仕事に戻らせないようにしているのはちひろの差し金でしょうし、ここを無理に切り抜けて仕事をしなければならないわけでもありませんし。

ですが、やられっぱなしというのも性に合いませんから今度ちひろにグラビア系の仕事を振ってやりましょう。

趣味がコスプレなのに、何故か撮影系の仕事を苦手としていますから、今のうちに経験をつんでおいたほうがいいでしょうし。

仕返しができるついでに、ちひろの経験値を稼げる素晴らしい案ではないでしょうか。

ちひろには直前まで情報を隠しつつ武内Pと話を進めておきましょう。勿論、当日は武内Pには同行してもらう方向で。

 

 

「わかりました。もう少しここでゆっくりさせて貰います」

 

「本当ですか?」

 

「はい」

 

 

両手を挙げて降参しているというのに、警戒が解かれる様子がありません。

確かに私はワーカホリックではありますが、一度した約束を違えたりはしないのですが。

まあ、たまに忘れてしまうことはありますけど。

 

 

「アーニャちゃん、みくちゃん」

 

はい(ダー)』「了解にゃ」

 

 

新田さんの指示によって前川さんとカリーニナさんが私の両腕を拘束して、座っていた場所まで誘導されます。

何だか凶悪犯になってしまった気分ですが、ここで抵抗してしまうともっと面倒な事になってしまうでしょうからされるがままにしましょう。

 

 

「渡係長はもっと休まないとダメですよ。私達の為というのはわかってますけど‥‥」

 

「みんな、心配します。お仕事は大事です、けどオーバーワークは『毒』です」

 

 

拘束している2人からの心配の言葉は、私の心に響きます。

そこまで接点が多いわけでも、付き合いが長いわけでもない、先輩アイドルで上司の私をここまで心配してくれる、その優しさが嬉しいのです。

誰かと仲良くなったり、心配するのには会った回数や時間は関係ないのでしょうね。

そう思うと皆の為とはいえ仕事ばかりを頑張り過ぎていたのは、自己満足でしかなかったのかもしれません。

今度ちひろにも心配をかけたことを謝っておきましょう。グラビアの仕事は回しますけど。

そんな私の気持ちをとある米国のハ-ドボイルド作家の言葉を少し改変して述べさせてもらうなら。

『仕事がなければ生きて行けない。優しくなければ、アイドルの資格がない』

 

 

 

 

さて、もう少し休んだら午後の宣材写真撮影の為に頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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最善の努力をしてみよう。その結果は努力しないものより遥かに良い結果が得られるはずだ。

後半の投稿です。
書きたいことが多すぎていつもより長くなってしまいましたが、ようやくNGの3人を出すことができました。
お待たせして、申し訳ありません。


どうも、私を見ているであろう皆様。

前半戦では、スカートで立体機動をやらかしたり、天使過ぎるシンデレラ・プロジェクトの少女達の優しさを感じたりと色々ありましたね。

現在は、宣材写真の撮影までもう少し時間が有るとの事なので、シンデレラ・プロジェクトの皆と一緒にレッスン中です。

当初の予定ではレッスンが始まったら仕事に戻るつもりだったのですが、麗さんに捕まり強制参加となりました。

私の部下たちに確認をとって退路を塞いでからの命令で、シンデレラ・プロジェクトのみんなのキラキラとした瞳を向けられた私に拒否という選択肢はありませんでした。

どうやら、トレーナー姉妹たちからは最近係長業務の割合が多くなっていて、レッスンを疎かにしていると思われているようなので、今後は気をつけましょう。

本日のレッスンは宣材撮影が控えているので身体を痛めないよう、Da系のレッスンではなく身体的な負担の少ないVoやVi系を重視したものとなっており、演技力を鍛えるための簡単な即興劇をする事になりました。

正直、それを聞いた瞬間回れ右をして、仕事に戻りたくなりましたが。

これは2~4人のグループで、引いた紙に書かれたお題と人物だけが提示され、それを打ち合わせなく演技に入らされます。

なので、演技力だけでなく高いアドリブ能力も要求され意外と難しいレッスンなのです。

この即興劇のレッスンは完全なランダムでお題や役割が決まるので、その人のキャラクターと正反対な役割があてがわれたりして、見ているだけならかなり面白いレッスンといえるでしょう。

レッスンというよりもバラエティ番組とかの1コーナーみたいなこの即興劇ですが、楽しみながら技能を磨くことができるのならそれに越したことはありません。

楽しいと思えば苦にはならないでしょうし、自ら進んでやろうとする気持ちがあれば効率も段違いに変わりますから。

このレッスンに致命的な欠点があるとするならば、お題や役割はレッスンを受けるメンバー達で考えて何枚か用意するのですが、数人に1人はネタに走る人がいるのことです。

確かに普通で無難なものばかりではアドリブ力の特訓等にはならないでしょうが、明らかにネタに走った人物で演技しなければならない人の気持ちにもなってみてください。

それは、人生に新たなる黒歴史が刻まれる事に他ならないのです。

過去の即興劇で起きた悲劇といえば『チヒリン星人』『生徒(28)と教師(14)』『我輩は茸である』『ゾンビ日和』『カリスマ(笑)JK』等挙げれば限がなく、このレッスンを受けて黒歴史を作ったことのない346プロのアイドルはいないでしょう。

反対に名作も生まれたりすることもあるので、黒歴史ばかりではありませんが。

そして、このレッスン最大の苦しみとなるのが全てカメラで撮影されるということです。

黒歴史を映像として残すなんて、極悪非道な悪魔の所業でしょうか。

演技力の上達をきちんと確認するためという建前ではありますが、絶対に面白いからに決まっています。

トレーナールームに行けば撮影された映像の入ったDVDを借りることができますが、その使い道は殆どがパーティとかを盛り上げるための上映会用なのです。

シンデレラ・プロジェクトの皆はこのレッスンは今日が初めてのようで、この楽しそうな内容の裏側に隠された特大級の地雷に関して感づいているものはいないようですね。

先輩アイドルとして教えてあげるかどうか悩みましたが、やめておきましょう。

レッスンが始まる前からみんなのやる気をそぐような真似はしたくありませんし、それにどうせやるならみんなで黒歴史を量産して頭を抱えたほうが良いに決まっていますから。

 

 

「よし、では最初は渡、新田、神崎だ。渡は先輩アイドルとして、皆に恥ずかしくない演技をしろよ」

 

「‥‥はい」

 

 

やはりといいますか、トップバッターになりますよね。予想はしていましたから、覚悟は完了しています。

全てが全て黒歴史になるわけではありませんから、無難な人物が書かれた紙を引けるように神様に心から願いましょう。

 

 

「よろしくお願いします、七実さん」

 

「さあ、我と共に魂の共鳴を!(一緒に頑張りましょう!)」

 

「そうですね」

 

 

ああ、この笑顔が即興劇が開始されても維持されるでしょうか。

神崎さんは黒歴史現在進行形なので大丈夫かもしれませんが、新田さんは役割次第では死ぬでしょう。

 

 

「テーマは『ファンタジー』だ。理解したな?よし、では引け」

 

 

テーマは無難なものが来ましたね。

しかし、地獄はここから始まるので安心など出来るはずがありません。

私は呼吸を整え『人物BOX(大惨事箱)』から紙を一枚掴み、引き抜きます。

気合を入れすぎて引き抜いたため、無駄に芝居がかった行動になってしまいシンデレラ・プロジェクトの皆から不思議そうな目で見られてしまいましたが、気にしません。

今は、この紙の内容を確かめるのが先決ですから。

 

 

『魔王』

 

 

見間違いを疑って、一度紙を閉じてからもう一度開いて確認してみましたが、そこに書かれている2文字は非情にも変わることはありませんでした。

黒歴史確定ですね。恐らくこの人物指定を書いたのは神崎さんでしょう。

ネタとかそういったものではなく、好きなように書けと言われたから本当に好きなように書いた結果なのでしょうが、何もピンポイントに私に当たらなくても良いではないですか。

 

 

「よし、3人とも引いたな。それぞれ何だったか発表しろ」

 

「‥‥魔王です」

 

「私は猫でした」

 

「我が引きしは我仮初の姿(私が引いたのは学生です)」

 

 

ファンタジーというテーマで登場人物は魔王、猫、学生ですか。

この即興劇はテーマや人物を大きく逸脱しなければ拡大解釈も許されますから何とかなるかもしれません。

あの数々の悲劇よりも希望が持てます。

 

 

「では、始めろ」

 

 

即興劇の開始が宣言され、撮影用のカメラが回り始めます。

この即興劇において第一声というものは、これからの流れや背景等を全て決定付けてしまうものですから気をつけなければなりません。

新田さんも神崎さんもこの即興劇は初めてでしょうから、私が上手くリードしてあげなければなりませんから責任重大です。

さて、この設定を上手く生かす流れを作るための第一声は、最初ですから王道系で良いでしょう。

 

 

「よく来ましたね「カット!」」

 

 

上手く流れを作ろうと思ったのに、トレーナーからのカット宣言によって止められてしまいました。

今の台詞のどこが悪かったのでしょうか。

 

 

「渡、それじゃいつも通り過ぎる。もっと人物に即した演技をしろ」

 

「‥‥はい」

 

「お前達も、その役に即していないと判断したら今のようにカットを入れるから覚悟しろ」

 

 

今時の魔王には丁寧語の口調のものいるじゃないですかという反論をしたところで認められないでしょうから、諦めるしかありません。

新田さんや前川さん、双葉さんといった察しのいいメンバーたちはこのレッスンの恐ろしさに早くも気が付いてきたのか、表情が強張っています。

ちなみにこの即興劇の終了は監督であるトレーナーの匙加減ですから、いつ終わるかわからないというのも精神的な負担を強いてきます。

早く終わらせるなら、覚悟を決めなければならないでしょう。

数秒かけて大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出して精神状態を整えます。

 

 

「では、再開しろ」

 

「よく来た。異世界の獣人と勇者よ」

 

 

再開の合図と共に私は黒歴史の波動を感じながらも演技を続けます。

ファンタジーで魔王といえば、ラストバトル前の掛け合いが王道でしょう。

最近は現実から異世界へとトリップして勇者をするという召喚勇者物が流行しているそうですからこれで『学生』という課題はクリアできますし、ファンタジー世界ですから猫系の獣人がいてもおかしくないでしょうから『猫』も大丈夫でしょう。

 

 

「ま、魔王め、この獣人の勇者ミナミが相手にゃ」

 

 

私の意図を察してくれた新田さんが続いてくれましたが、やっぱり恥ずかしいのか語尾のにゃに恥じらいが残っています。

慣れない人にキャラ作りは相当の羞恥心を擽ってきますから、仕方ない事でしょう。

その点においては永遠の17歳と称し、ウサミン星人を堂々と名乗る菜々や猫キャラを貫こうとする前川さん達は素直に賞賛します。

私には絶対に無理です。あの黒歴史を思い出してしまいますから。

 

 

「魔を統べる王よ「カット!」うぃぃっ!」

 

 

いつも通りの厨二口調で演技を始めようとした神崎さんは、予想通りにカットを入れられました。

それにしても神崎さんの声は厨二口調によって隠されていますが、子供らしくて可愛らしいですね。

口調が一々私の記憶の奥底に封印されている黒歴史を発掘しようとしてこなければ、緒方さんや輿水ちゃん、白坂ちゃんと同じようにべたべたに甘やかしたいくらいです。

 

 

「神崎、渡の時に言っただろう。人物に即した演技をしろと」

 

「し、しかし、これは我が魂の一部であり、それを封ずるなど‥‥(こ、これは私の個性なんです。やめることなんて‥‥)」

 

「‥‥渡、翻訳頼む」

 

 

数々の個性的なアイドルたちにレッスンをしてきた百戦錬磨の麗さんでも、神崎さんの難解な厨二言語は解読できなかったようです。

仕方ないので、通訳します。

頭の奥底で何かがガリガリと削れる幻聴がしますが、気のせいでしょう。そうでなくては困ります。

 

 

「なるほど、神崎の言いたいことはわかった。確かに個性は大事だ、大切にしろ」

 

「な、ならば!」

 

「しかしだ!お前もアイドルになるのなら可能性を狭めるな!」

 

 

可能性を増やしすぎてもいいことはありませんけどね。

私のように望まぬプロテインのイメージガールや仮面○イダーとかの仕事が回されてきますし。

 

 

「私が言いたいのはそれだけだ。では、再開しろ」

 

 

そう一方的に打ち切られると、神崎さんは顔を蒼くして助けを求めるようにおろおろとしていました。

正直許されるのなら、今すぐレッスンを打ち切ってでも助けてあげたい気持ちはあります。

ですが、それでは駄目なのです。これは神崎さんが乗り越えるべき壁なのですから。

 

 

「獣人の勇者は、随分と威勢の良い事を言うようだが‥‥異世界からの勇者はそうではないようだぞ?」

 

「ランコ、しっかりするにゃ!魔王に飲まれてるにゃ!」

 

 

固くなってしまっている神崎さんの発言がしやすいように、挑発的な台詞でフォローを入れましたが、状況は芳しくありません。

学生という無難な人物が宛がわれ、神崎さん特有の厨二的な言い回しは封印され、正に苦境に立たされている状態でしょう。

自分のキャラに誇りを持っている神崎さんにとって、それは身を切られる思いかもしれませんが、だからこそ演技の練習にもなるのです。

武内Pならアイドル達のイメージと大幅に違う仕事が回ってこないように配慮してくれるでしょうが、それでもアイドル業を続けていればいつかはそんな事態になります。

それに芸能界を生きるのであれば、いざという時の備えというものはあるに越したことはありません。

特に神崎さんの個性は数年後に黒歴史と化してしまう可能性が高いので、今のうちに普通の演技というのを鍛えておいて損はないでしょう。

それも考慮に入れて神崎さんを最初のメンバーに入れ、フォロー役として私と新田さんが指名されたに違いありません。

 

 

「数多の苦難を越え、ここまで来たというのでどんな強者かと期待していたが‥‥興ざめだ」

 

「ランコ、言い返すにゃ!みんなの思いをムダにしちゃだめにゃ!」

 

「わ、私は‥‥私は‥‥‥‥私は、あなたのしてきた所業を許しません!」

 

 

最初は小さく、弱い声でしたが、段々と大きくはっきりとした声となります。

自分のアイデンティティとも言える厨二的言い回しではなく、普通の言葉で演技を始めた姿を見て私は心の中でやったとガッツポーズをとりました。

後輩が頑張っているのですから、先輩の私が生き様というものを見せなければならないでしょう。

黒歴史なんて今は関係ありません。例え、絶対に後悔する事がわかっていたとしても引けないものはあるのです。

 

 

「許せないという所業がどれを指しているかはわからんが、お前が感じている憤りの原因は間違いなく私だ」

 

「どうして、どうしてこんなことしたんです!」

 

「みんな、みんな死んでしまったにゃ‥‥いったいどれだけの命が失われたと思っているにゃ!」

 

 

神崎さんの発言を切欠に私達3人は役に感情移入していきました。

新田さんも語尾ににゃをつけることに対する恥じらいが消え、神崎さんは私に対して本当に怒っているようです。

ここまで来ると演技を意識する必要もなく、自然と身体も動き出します。

最初はただ立っていたのが、立ち位置も魔王と対峙する2人の勇者というものに変わっていました。

 

 

「理由か‥‥私は人間が大好きなのだ。愛しているといってもいい」

 

「ウソにゃ!」

 

「そんなの信じられません!」

 

「嘘ではない。友、家族、恋人といった守りたい誰かの為に強大な力への恐怖に屈さず、許せぬ悪へと立ち向かう心。

そう、勇気や覚悟といったものだ。私の前に立つお前たちが心に持つような。

ああ、美しいぞ。人とはそうあるべきだ。

力を持つ魔族に対して何度も、何度も立ち上がり、決して屈せず立ち向かう。その命が放つ輝きが堪らなく愛おしく、未来永劫眺めていたいと思う」

 

 

演技しようとしなくても心の奥底がざわめき、考える間もなく滑り出すように言葉が口から紡がれていきます。

 

 

「だから地獄を造った。人は平和の中ではその輝きを維持できず腐らせてしまう。

安全圏で守られてその魂まで腐らせてしまい厚かましく、威勢だけがよく、考慮もしない図々しいだけの愚図の群れ。愛すべき人達がそうなっていくのを只眺め続けるなど、私には認められるものではない」

 

「「‥‥」」

 

 

2人が何も発言できなくなってしまっていますが、私の口は止まってくれる様子がありません。

 

 

「お前達とてそうだ。今、決死の覚悟を持ってこの場に立っているのは、私が造った地獄があったからだ。

不退転の決意と試練によってその美しさを鍛え、磨き、昇華させた。

絶やしたくの無いのだよ。お前たちのような人間を」

 

「黙れにゃ」

 

「地獄がなければお前たちはどうなっていた。与えられる平和を享受し続け、その魂を腐らせ、無為に日々を過ごし今のお前達のようには到底なれなかっただろう。

人を輝かせるには不幸や、理不尽というものが必要だ。例え、その中で愛すべき人達が亡くなっていったとしても、私は見たいのだ。

強く、そう強く光を放つ人の可能性を。天に昇りし太陽の如く輝く黄金の精神を!」

 

「もういいです」

 

 

流石にそろそろ私ばかり話し続けてはいけないでしょうから、口を閉じることにしましょう。

厨二病は完治できない。こんな台詞が即興で口に出るのですから、はっきりわかりました。

 

 

「あなたの言うことは全くわかりません」

 

「そう、そんなの只の自己満足でしかないにゃ。私は人の為とか言いながら地獄を造るという魔王を認めない!」

 

「私のこの力は、みんなを守る為に手に入れた力‥‥あなたを満足させる為のものなんかじゃ、決してない!」

 

 

感情が高ぶってきたのか、新田さんと神崎さんは手を繋ぎ決意を決めた鋭い視線で私を見据えます。

この2人の組み合わせもいいですね。新田さんのノリの良さも確認できましたし、意思疎通が上手くいくようになりさえすれば神崎さんとの相性はかなり高いでしょう。

新たな発見に嬉しく思いながら、私は笑みを浮かべます。

 

 

「それでいい。そうでなくては困る。

所詮、魔族とその他種族は争う運命。これ以上の言葉は無粋。

さあ、お前達の勇気と覚悟を私に見せてくれ!」

 

「ミナミ!」

 

「ランコ!」

 

「そして、人間讃歌を謳わせてくれ、喉が枯れ果てるほどにッ!!」

 

 

勇者ランコとミナミの勇気がきっと魔王を倒し、平和を取り戻してくれると信じて。

 

 

 

 

 

 

あの忌まわしき即興劇のレッスンも終え、宣材写真撮影の付き添いをしています。

すでに撮影開始時間は過ぎており、当初の予定なら武内Pが二次募集メンバーを連れてきて合流しているはずなのですが、何かトラブルでも起きたのでしょうか。

宣材撮影はこれからの営業展開にも大きく影響したりする為、意外と長引いたりすることが多いのです。ですので、勝手ではありますが先に始めさせてもらっていましょう。

メイクさん達に髪型や服装を整えてもらうという初めての経験に、みんな差はあるものの緊張しているようですね。

今まではレッスンばかりでしたから、これが皆にとって初めてのアイドルとしての活動になるのかもしれません。

そういえば、私も宣材撮影の時は緊張していましたっけ。ちひろなんて吐きそうになってましたし。

まだ1年も経っていないことなのに、随分と昔の事にも思えます。

それだけアイドルとしての日々が濃密だったという事でしょうが、なんだか自分が随分歳をとってしまったような気がしてなりません。

 

 

「では、準備ができた方から始めていってください」

 

「「「「はい」」」」

 

「今回の写真は宣材、つまりは宣伝の材料とする写真ではありますが、気負うことなく自分らしく振舞ってください」

 

 

力みすぎて表情の固い写真を何枚も撮ったところで、意味などありませんし。

やはり自然な姿というものがその人が一番輝いている瞬間でしょうから。

 

 

「では、誰から行きますか」

 

「私が行きます!」

 

 

最初に名乗り出たのはカリーニナさんでした。

想定通りといいますか、さっさと準備を完了して目を輝かせてこちらを見ていたら、誰だって普通に気が付くでしょう。

物怖じせず、ロシア系の血の強いハーフの容姿を持っているカリーニナさんなら安心できます。

中身はシンデレラ・プロジェクト1番のフリーダムキャラではありますが、レッスンに対しては人一倍真剣に取り組んでいますから。

今は思い出したくもないあの即興劇においても多田さんが書いたと思われる『ロッカー』という難題を難なくクリアしていましたし。

しかし、自らトップバッターを務めようとするなんて、何かやりたいことでもあったのでしょうか。

 

 

「はい、ではポーズお願いします」

 

 

あの即興劇で叫び過ぎた所為で喉が乾きましたね。

丁度良く先程メイクさんから貰ったコーヒーのカップがありますから、これで喉を潤しましょう。

 

 

「ニンゲンサンカを歌わせてくれ、喉が枯れ果てるほどに!」

 

「ちょっと、カメラ止めてください」

 

 

コーヒーを口に含んでいなかった事を神様に感謝します。

もし飲んでいる最中であれば、私はみっともなく黒い霧を吐き出す噴霧器と化していたでしょうから。

封印作業が完了していない黒歴史を早々に発掘し返そうとするカリーニナさんの行動に、私の精神は瀕死手前です。

やめてください、心が死んでしまいます。

 

 

「凍土の白き妖精!それは我が女教皇(プリエステス)から受け継ぎし禁断の呪文!(アーニャちゃん!それは、私が真似しようと思っていたのに!)」

 

「ランコの言葉難しいです」

 

 

神崎さん、貴方も裏切り者でしたか。

最初に言いましたよね。自分らしく振舞ってくださいって。

これはアレですね。宣戦布告に違いありません。

それとも新手のいじめでしょうか。いいんですか、2X歳のアラサーアイドルが恥も外聞も構わず泣き喚きますよ。

 

 

「わたしもやる~~♪」

 

 

まさかの赤城さんの参戦により、私への精神ダメージは倍ではなく乗で増えていきます。

今手に持っているコーヒーの入った紙コップを落とさないだけでも奇跡に近い状態なのですから。

 

 

「あの、七実さん‥‥大丈夫ですか?」

 

 

カタカタと揺れる紙コップに気が付いた新田さんが心配そうに私を見てきますが、正直大丈夫ではありません。

しかし、ここで動揺しているのを白状してしまって年下の新田さんに負担をかけるわけには行きませんから、精一杯の虚勢を張りましょう。

そう、あの魔王なんて黒歴史時代(中学2年生)で経験済みではないですか、ちょっと童心に返っただけです。

大人だって隙あらば子供のようにはしゃいでみたくなるアレですよ。

 

 

「ええ、大丈夫です。私は完璧に冷静ですよ」

 

「えと‥‥目、濁ってますよ」

 

「ははは‥‥まさか」

 

 

何を言ってるんでしょうね獣人の勇者は。

 

 

「アーニャちゃん、蘭子ちゃん、みりあちゃん!人間讃歌禁止にゃ!」

 

「何故ですか、みく!」

 

「深遠の魔道を感じるというのに‥‥(カッコイイのに‥‥)」

 

「そうだよね。カッコイイのに」

 

「カッコいいけどダメなの!」

 

 

前川さんが私の代わりに人間讃歌禁止令を出してくれましたが、3人は不服そうです。

私の精神衛生上、是非今後未来永劫禁止して欲しいのですが、それは無理な話でしょう。

赤城さんは大丈夫かもしれませんが、フリーダムなカリーニナさんと現在進行形で黒歴史を大量生産中の神崎さんは聞き入れてくれないでしょうね。

見稽古で時間遡行系のチートは習得できないでしょうか、年単位とか大きなことは望みません今日1日分の時間くらいささやかなものでいいんです。

 

 

「もうっ!みくがお手本見せてあげるから、アーニャちゃん達はどいて!」

 

「みく、横暴です」

 

 

撮影場所からカリーニナさん達3人が追い出されました。

スタッフ達が最初に中断をかけた私に再開してもいいかと確認してきたので頷きます。

 

 

「いいですか、皆さん。この写真は、皆さんの今後のアイドル活動に関わる写真です。

悪ふざけ無く、真面目に、そして自分らしい写真にしましょう。‥‥‥いいですね」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

「いい返事です」

 

 

そこからの撮影は順調に進み、前川さん、三村さん、新田さんの宣材撮影は終わりました。

前川さんは流石というかぶれない猫キャラらしさで、三村さんは本当に自然なやわらかい笑みで、新田さんは大学から持ち込んだという私物のラクロスのラケットを持ってと個性を生かした良い写真です。

次は再びカリーニナさんが名乗り出てきたのですが、不安ですね。

 

 

「あれあれぇ~~?」

 

 

 

順番待ちをしていた諸星さんが、不思議そうな声をあげます。

入口の方を確認してみると武内Pとちひろに続くような形で3人の少女がいました。

 

 

「あっ、残りのメンバー?」

 

 

私は武内Pから貰った資料と写真によって確認済みでしたが、そこに居たのは確かに島村さん、渋谷さん、本田さんの遅れていた二次メンバーでした。

スタッフに一時中断の旨を伝え、しばらく休憩してもらいます。

やっぱり最初の出会いというものは重要ですから、ちゃんと自己紹介等をする時間を用意してあげなければ、最悪プロジェクト瓦解の原因となる綻びを生みかねませんし。

シンデレラ・プロジェクトのメンバー達が自己紹介しあっている間に、私は大人の話し合いをしましょうか。

 

 

「遅かったようですが、何かありましたか」

 

「申し訳ありません、彼女達との合流が遅れてしまいました」

 

「なんでも、このビルを色々探検したみたいですよ」

 

「なるほど」

 

 

それは遅くなりますね。

自慢ではないですが、アイドル部門においてはまだまだ新顔ではありますが芸能業界では最大手ともいえる美城本社には、無いものを挙げた方が早いくらい様々な施設があります。

シャワールームに大浴場、サウナ、エステルーム、ジム、武道場、巨大冷凍庫、屋上庭園等これらを色々見て回っていたら時間も足らなくなります。

これから芸能界に入る人間としては時間厳守に努めてほしいところではありますが、お年頃で多感な少女達なら仕方ないでしょう。

城ヶ崎妹さんや赤城さんの時なんて、チートフル活用+人海戦術を採る嵌めになりましたから。それに比べれば、これくらいの遅刻は可愛いものです。

 

 

「そちらでは、特に変わったことはありませんでしたか?」

 

「‥‥何も問題ありませんでしたよ」

 

「七実さん?微妙に間が空いてません?」

 

 

ええ、何もありませんでした。

中庭での立体機動も、即興劇での人間讃歌の魔王なんてものもありませんでした。

 

 

「渡さん、何かあったのなら1人で抱え込まず相談していただけませんか」

 

「そうですよ。相棒に隠し事なんて良くない。良くないですよ」

 

「いや‥‥もう、本当に個人的なことですから‥‥」

 

 

心配してくれるのは嬉しいのですが、今はその思いが私の心を殺しにきているので勘弁してください。

これ以上黒歴史を掘り起こされたら、心が壊れて人間ではなくなってしまいそうです。

 

 

「渡さん!」「七実さん!」

 

「皆と一緒にしたレッスンが即興劇でした。後は察してください」

 

 

2人が色々聞いて回って、シンデレラ・プロジェクトの誰かから黒歴史が開帳されてしまう前にある程度情報与えて興味を消しておきましょう。

即興劇で同じように黒歴史を作り上げたちひろならきっとわかってくれるはずです。

 

 

「‥‥無理に聞いてしまって、ごめんなさい」

 

「その‥‥レッスンなのですから、あまり気になさらない方がいいと思います」

 

「あっ、はい」

 

 

どうやら、2人共ちゃんと色々察してくれたようでこれ以上の追求はなさそうですね。

気まずい沈黙が訪れましたが、丁度良くシンデレラ・プロジェクトのメンバー同士の自己紹介が終わったようです。

 

 

「島村さん、渋谷さん、本田さん。こちらが本プロジェクトをサポートしてくださ」

 

「じじ、人類の到達点!アイドル史上最強、渡 な「七実さま!」って、しまむー!?」

 

 

武内Pの紹介を本田さんが遮り、その本田さんの言葉を更に島村さんが遮るという華麗なコンボが繋がりました。

可愛らしい大輪の花のような笑顔で私の元に駆け寄ってきた島村さんは、あの年末ライブの時から原石的な輝きが磨かれているようです。

きっと養成所で、腐ることなく直向にしっかりとレッスンをこなしてきたのでしょう。

 

 

「ああ、あ、あの、わた、わわ、私、し「島村 卯月さん、あの時以来ですね」覚えていてくれたんですか!?」

 

「はい」

 

「わぁ~~、凜ちゃん、未央ちゃん。私、幸せすぎて死んじゃうかもしれません」

 

 

忘れる事なんてないと思い、二度と会うことはないはずなのに、何となくまた逢えるような気がしていた彼女は、今アイドル候補生として私の前に立っています。

この奇跡は、神様の粋な計らいというものでしょうか。

ご都合主義という奴なのかもしれませんが、それでも私にとってこの再会は嬉しいものでした。

 

 

「卯月、大袈裟過ぎない?」

 

「だってぇ~~、七実さまが私の名前を覚えてくれてたんですよ。ファンなら、死んじゃいます」

 

「しまむーは、七実さまの大ファンだもんね。ちひろさんの紹介の時『七実さまは、何処ですか!』ってさけんでたし」

 

 

島村さんのような可愛いファンが増えたことは素直に嬉しいです。

といいますか、総勢14名のシンデレラ・プロジェクトの内既に4名が私のファンらしいのですが、いったいどういうことでしょうか。

 

 

「そういう未央ちゃんだって、『ちっひだ。生ちっひだ!』って言ってたじゃないですか!」

 

「そ、それは、だって、まさか入ってすぐに会えるなんて思ってなかったから、興奮しちゃっただけだし」

 

 

本田さんはちひろのファンなのでしょうか。

最近のちひろは高森さんのラジオのゲストや書店での読み聞かせ会、年下アイドル達とのトークイベント、輿水ちゃんたちと一緒にバラエティ出演と羨ましい仕事ばかりで正統派アイドル路線を順調に進んでいますし、私と一緒にラ○ダーもやりますから、普通にファンがいてもおかしくないでしょう。

仕事内容的には私のしているものの方がメディアへの露出量は多いのですが、どちらを選ぶかといわれれば誰もがちひろの方を選ぶでしょうね。

今度、武内Pに直訴してやりましょうか。

まあ、私の仕事の大半は武内Pではなく、あの昼行灯の策謀によるものが多いのでしょうけど。

 

 

「ちょっと、待つにゃ!」

 

師範(ニンジャマスター)のファンなら」

 

「我を忘却の彼方へと誘わせぬ!(私を忘れちゃ、ダメです!)」

 

 

興奮している島村さんと私の間に入り込むように、私のファンである1次メンバーである3人が立ちはだかりました。

何だか面倒くさい方向に進んでしまいそうな予感がヒシヒシとしますが、どうしましょう。

 

 

「ねぇ、プロデューサー。止めなくてもいいの?」

 

「‥‥現在、思案中です」

 

 

ここで中断させてもしこりを残すかもしれませんし、難しいところですよね。

渋谷さんに尋ねられ、武内Pは首に手を回して悩んでいますし、私もしばらく様子見でいきましょう。

ちひろは本田さんを連れて既に安全圏で観戦モードです。三村さんのクッキーと緒方さんの紅茶までちゃんと貰っているあたり、流石抜け目ないですね。

本田さんが後輩アイドルで自分のファンというのが嬉しいのか、いい笑顔をしています。

 

 

「これが、私のとっておきです!」

 

「ファンクラブ十番台のナンバー!なかなかやるにゃ‥‥」

 

女教皇(プリエステス)と我は、同じ瞳を持ち魂の絆で結ばれし者(渡さんは、私の言葉を理解してくれるくらいの強い絆があるんです)」

 

「私とみくは、師範(ニンジャマスター)の隠れ家に行きました」

 

 

これ戻っていいですかね。

武内Pが合流したので私が監督している理由も無いですし、何だかファンの自慢大会が始まっていますし。

自分のファンの会話を間近で聞き続けるのは、恥ずかしすぎて顔から火が出そうです。

しかし、ここで逃げ出してしまうと余計に話がこじれて面倒くさい事になりそうですし、悩みどころですね。

特にカリーニナさんや神崎さんは、放置しておくと『人間讃歌』について話してしまう可能性もありますし、放置するのは危険すぎます。

後日島村さんから不意打ちでその話題とかを振られたら、私に与えられる精神的ダメージは計り知れません。

人間が困難や苦難に打ち勝つためには覚悟が必要であり、覚悟があるからこそ乗り越えられるのです。

ですから、その覚悟がない状態での一撃は致命傷になりかねないわけです。

どうするか悩んでいると、最高のタイミングで休憩に出ていた撮影スタッフ達が戻ってきました。

大義名分ができたのなら、それを利用しない手はありません。

 

 

「はい、お喋りはそこまでです。撮影を再開しますよ」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

前川さんたちは聞き分けが悪いわけでもないので、素直にお喋りをやめてくれます。

これ以上私が仕切るのも良くはないでしょうから、武内Pに視線で合図を送りこの場を仕切るように促します。

 

 

「それでは皆さん、改めてではありますが‥‥シンデレラ・プロジェクト、始動です!」

 

 

後悔先に立たず、喜色満面、一致団結

ようやく始動したシンデレラ・プロジェクトの行く先に、いつまでも平和があらんことを。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯!」」

 

 

私とちひろは特大ジョッキを打ち合わせます。

仕事でお疲れでアフターに全く予定のないあなた、やるせない世の中のストレスも美味しい料理を食べれば万事解決。

そんな時は此処だね、妖精社。世界各国の様々な料理やお酒が揃っており、値段もリーズナブル。

隠れ家的な要素が強い為、騒がしい世間の喧騒からの一時の避難先としても最適です。

 

 

「こうして七実さんと2人で飲むなんて久しぶりですね」

 

「そうですね」

 

 

瑞樹達はそれぞれ仕事が入っており、武内Pも誘ったのですが宣材撮影後にシンデレラ・プロジェクト全員での小さなお茶会があった為、時間が少々遅くなってしまったので赤城さん達年少組を送っていく事になり不参加となりました。

私も社用車を使って前川さん達寮組を送ったのですが、アイドル寮は本社から距離はそれほど離れていない為あまり時間は掛かりませんでした。

まあ、とりあえず今は食に集中しましょう。

私は目の前に置かれたスペアリブのグリルを箸とか使わず、素手で掴みます。

焼きたてである為熱々ですが、掴めないレベルではないのでそのまま口へと運び、豪快に食い千切ります。

食い千切るといっても周囲に脂等を飛ばさない等の最低限のマナーは遵守していますよ。

スペアリブを素手で持っている時点であまり行儀が良くないのですが、箸を使っても食べにくいだけですし、こういうものはお行儀よく決め込まずいったほうが美味しいものです。

骨から引きちぎった肉は柔らかくなるように工夫はされているものの、和牛とかのステーキのようなやわらかくとろけるような感じとは違い。正に肉、肉を噛み締めているという感じがして満足感が素晴らしい一品といえるでしょう。

 

 

「もう、七実さんったら」

 

 

炙り焼かれた香ばしい香りとにんにくをベースとしたと思われる野趣に富んだタレが良く馴染んでいて、いくらでも食べれそうです。

手づかみで食べることにより太古の時代から受け継がれてきた人類の遺伝子のどこかでも刺激するのか、何だか興奮してきました。

異性には絶対見せられない姿ではありますが、今ここに居るのはちひろだけですから問題ありません。

十分ご飯にも合いそうなこのスペアリブのグリルではありますが、こうして齧り付いていると肉が主食と肉食宣言してしまいそうな勢いで食が進みます。

骨の周りにこびり付いている肉すらも綺麗に完食し、皿に骨の山を積み上げます。

一呼吸置いたら、ちひろが頼んでおいてくれたおかわりのビールを呷ります。

ビールの苦味と炭酸の爽快感が口の中に残っていた肉の脂とにんにくダレを押し流していき、さっぱりとリセットされました。

 

 

「早過ぎですよ。もうちょっと落ち着いて食べましょうよ」

 

「こういったものは、豪快なぐらいが丁度いいんですよ」

 

「確かに、七実さんの姿は様になっていましたけど」

 

 

それは、いったいどういう意味でしょうね。野武士のように肉に齧り付く様が似合っていたということでしょうか。

問いただしてもあまり良い結果が見えませんから、付け合わせとして頼んでおいたきゅうりのピクルスでも食べて落ち着きましょう。

こっちはちゃんと爪楊枝を使っていますから、誤解のなきよう。

漬け込みすぎていないのできゅうりの小気味良い歯応えも残っており、それが特有の甘さと酸味と微かなスパイスの香りと合わさり、これ単体でもお酒のつまみとしていけそうですね。

菜々あたりが好きそうな味で、ビールだけでなくウイスキーとかの洋酒にも合いそうな気がします。

 

 

「それにしても、ようやく本格始動しましたね」

 

「そうですね」

 

 

何だか、最初にシンデレラ・プロジェクトの話を聞かされてから此処までくるのに色々あり過ぎて、かなり時間が経ったような気もします。

最初は心配だったこの企画ですが、346プロでもトップクラスの個性派が揃っているもののメンバー間の関係は極めて良好ですし、武内Pも不器用ながらも前に進みだしましたし大丈夫でしょう。

もし何かトラブルが起きたとしてもサポートメンバーに私達がいるのです。大抵の困難は難なく解決してみせましょう。

 

 

「楽しみですね」

 

「ええ、本当に」

 

 

これから彼女たちが、どのような経験を積み、何を思い、どんな答えを得て、素晴らしいアイドルになっていくのかが楽しみでなりません。

765プロの竜宮小町のプロデューサーである秋月さんは、アイドルをしていた時期もありましたけど元々プロデューサー志望でしたっけ。

華やかな舞台とは疎遠になってしまいますが、自分の手がけたアイドルたちが輝く姿を目にするのはその喜びも一入でしょう。

もしかしたら、武内Pもそんな華やかな舞台で輝くアイドルの笑顔に誰よりも惚れ込んでいるから無口な車輪と化してもプロデューサーを続けているのかもしれません。

 

 

「しかし、当面の問題は‥‥」

 

「大丈夫ですよ。未央ちゃん達なら、きっとやってくれます」

 

「そうでしょうか」

 

 

宣材写真撮影中に妹の様子が気になって現れた城ヶ崎姉さんが、何を感じたのかはわかりませんが島村さん達二次メンバーの3人を今度のライブのバックダンサーとして起用したいといってきたのです。

私としては反対だったのですが、昼行灯やちひろが賛成側に回り、最終的にはシンデレラ・プロジェクトの方針について決定権がある武内Pが了承した為決定となりました。

3人の実力については見たことが無いため未知数ですが、先行して346プロで本格的なレッスンを受けていた一次メンバーよりは、低いと考えていいでしょう。

それを数週間後のライブまでに舞台に立てるようにするのは、なかなかの強行軍を強いられる事になります。

資料を見る限り、奈落から飛び出すという登場の仕方を取るようですし、あれは慣れさせておかないと失敗どころか大怪我の危険性がありますから注意しないといけません。

決まったことに反対するつもりは毛頭ありませんから、私は私でできることするとしましょう。

 

 

「信じてあげましょう。私にだって出来たんですから、未央ちゃん達ができないわけないです」

 

「‥‥」

 

「あまり過保護だと、反抗期が怖いですよ」

 

 

たまに庇護欲とかが暴走しかけることはありますけど、私は過保護なんかじゃありません。

それにしても反抗期ですか、もし緒方さんや輿水ちゃん、白坂ちゃんが反抗期になったらと想定してみましょうか。

 

 

「‥‥泣けますね」

 

「何で、泣きそうになってるんですか‥‥」

 

「いえ、ちょっと反抗期を想像して」

 

「七実さんは、彼女達のお母さんか何かですか!」

 

 

なれるのならウェルカムですよ。

おはようからおやすみまで、任せて安心渡 七実。アイドル業も私生活においても、最高のものを約束してあげましょう。

 

 

「安心してください、そうなったら苦労させないだけの稼ぎは確保してみせます」

 

「やめてください!本当にできそうですから!」

 

「当然です」

 

 

神様転生者を舐めないでくださいよ。

 

 

「とりあえず、落ち着きましょう。ね?」

 

「そうですね」

 

 

話が脱線し、無駄に熱くなってしまいました。新しいビールとスペアリブで心を落ち着けましょう。

素手で食べると否が応でも手が汚れてしまい、次の行動をする前に一々お絞りで手を拭く必要があるのが難点ですね。

 

 

「とりあえず、仕事の入っていない時は色々手伝ってあげましょうか」

 

「はい。きっと未央ちゃん達も喜びますよ」

 

「後、他のメンバー達に対するフォローも。武内Pは色々と忙しいでしょうから」

 

「そうですね。一応、私から武内君にはそれとなく伝えておきます」

 

「頼みます」

 

 

武内Pは不器用で口数が少ないですから、下手をすると3人を贔屓しているととられてしまいかねませんからね。

こういったことは第三者がフォローするよりも、拙い言葉でも本人の口から言わせたほうが効果が高いですし。

これからの武内Pやシンデレラ・プロジェクトの未来に期待を込めて、とあるドイツを代表する文豪の名言を送るのなら。

『最善の努力をしてみよう。その結果は努力しないものより遥かに良い結果が得られるはずだ』

 

 

 

 

 

 

あれから、麗さんの独断で即興劇の黒歴史が島村さん達やちひろ達にも公開されたり、神崎さんの厨二言語に『人間讃歌』という単語が良く混ざるようになったりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アイドルを信じよ。しかし、その百倍も自らを信じよ。

今回から、しばらくアニメ3話のライブまでの日々が続くと思われます。
なので、フライドチキンまではしばらくお待ちください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

人間讃歌を謳いたい魔王という新たな黒歴史を人生に刻み、麗さんの悪意としか思えない演技力資料という名目でそれを親しいメンバーに公開されてしまいました。

麗さんは上層部からの圧力を受けたと言っていましたが、その上層部の人間と思われる昼行灯は成敗しておきましたので、これ以上の拡散は無いでしょう。

心優しい島村さんは『カッコイイです』といってくれましたが、瑞樹達なんかは大爆笑してくれやがりましたので、全員痛めない程度で関節技(サブミッション)を極めておきました。

そんなことがあった数日ではありますが、現在シンデレラ・プロジェクトではある問題が起きています。

遅れてやってきたはずの島村さん達の3人が、いきなりバックダンサーとしてライブに出るのは納得できないというもので、その中心となっているのは前川さんです。

アイドルというものは水物で、波が来たら一気に進むことが多く、今回のバックダンサーを足掛かりに3人のデビューが決まる可能性もあるでしょう。

それがわかっているからこそ、1ヶ月近く前から346プロで訓練を積んできて3人よりも実力があるという自負があるからこそ、認めることができないのだと思います。

私やちひろのようにアイドルデビューをしたのが社会人になってからであれば、このようなことは一度くらい経験したことあるでしょうから割り切れるのですが、同様の諦めに似た割り切りをアイドルに夢を見る少女達に求めるのは酷な事でしょう。

私が積極介入して事態を収めるのも可能かもしれませんが、それではシンデレラ・プロジェクトや武内Pの為になりませんから最悪の事態一歩手前になるまで静観する事にします。

ぶつかり合う事でお互いを理解できる事もありますし、只仲が良いだけが仲間ではありません。

前川さんも人、島村さん達も人、故対等であり、平等です。そして、互いに異なる思考を持ち合わせているからこそ、面と向かって言葉を交わしあう必要があるのです。

喧嘩になるかもしれない、空気が悪くなるかもしれない、そんなことに怯えて表面上だけを取り繕ったアイドルグループに何の意味があると言うのでしょう。

その覚悟を持って進んだ先にこそ、白紙だった切符に輝ける舞台へという未来が刻まれるのです。

ちょっと熱くなり過ぎてしまったみたいですね。

冷えたお茶でも飲んで落ち着くとしましょう。

 

 

「さて、そろそろ時間ですね」

 

 

時計を確認し、自分の仕事スペースから雑誌の取材等も可能なように個室化してある簡易応接室へと移動します。

部下にお茶とお茶菓子の用意を頼む事も忘れません。

私が自分でしてもいいのですが、湯飲み等が納められている茶器棚は部下達が死守しており、触らせて貰えないのです。

それくらい自分でやるといったこともあるのですが『これくらいの雑事は任せてください』という意見に押し切られてしまい。

現在では、私の仕事場において唯一私が把握できていない未開拓領域、または部下達の聖域と化しています。

一応仕事においては優秀な子達ですから、仕事の失敗等を隠したりしてはいないと信頼していますから、今後も茶器棚に触れることは無いでしょう。

仕事の資料を確認しながらそんなことを考えていると応接室の扉がノックされました。

時間は予定時刻の3分前、社会人であればもう少し余裕をもった行動を心掛けて欲しく思いますが、アイドルの仕事は不安定なので、時間前に到着しただけ良しとしましょう。

 

 

「どうぞ」

 

「「し、失礼します」」

 

 

入室を促すと、呼んでいた2人が緊張した面持ちで入ってきました。

普段は明るく、元気一杯な彼女達なのですが、私ってそんなに威圧感を出してしまっているのでしょうか。

とりあえず話を進めるためにもソファに座ってもらって寛いでもらう事にしましょう。ガチガチに堅くなった状態では建設的な話もできませんし。

部下が持ってきたお茶とお茶菓子で一息ついてから、仕事の話に入ります。

 

 

「よく来てくれました。姫川さん、輿水さん」

 

「は、はい!あっ、でも紗枝ちゃんの方は仕事で」

 

「勿論把握しています」

 

 

輿水ちゃんと姫川さんは、小早川さんを含めた三人で『KBYD(カワイイボクと野球どすえ)』という、ひょっとしてそれはギャグで言っているのかと突っ込みを入れたくなる名前のユニットを組んで最近デビューしました。

いつでも自信満々で素晴らしいリアクションをしてくれる輿水ちゃんにハイテンションで元気一杯なムードメーカーの姫川さん、2人とは少し違う位置から絶妙なコメントをしてくれる小早川さんと名前の割にはバランスが良く、既にそれなりの知名度が出始めています。

特にバラエティ系の番組におけるその爆発力は非常に高く、現在でもいくつかの番組から出演依頼の打診が来ています。

今日は小早川さんに呉服メーカーのポスター撮影の仕事が入っているので、この場に来ることはできませんでした。

 

 

「友紀さん、こういった時は苗字で呼び捨てが基本ですって!」

 

「あっ、しまった!すみません!」

 

 

姫川さんはもう未成年ではないのですから、年下の輿水ちゃんからその点について指摘されるのはどうかと思うのですが、小姑のように口喧しく言うつもりはありません。

他社からクレームが出てきた場合は検討する必要があるかもしれませんが、そうでなければ無理に修正させる必要はないでしょう。

特に私に対しては、もっとフランクな感じで接してくれて構いません。寧ろ、推奨します。

 

 

「いえ、御気になさらず。他社の人の前ならいざ知らず、同じプロダクションに所属する人間ですので砕けた感じでも構いませんよ」

 

「ありがとう!いやぁ、堅苦っしい喋り方って苦手でさあ」

 

「友紀さん!いくらなんでも砕け過ぎです!」

 

「構いません」

 

 

今回は仕事の話もメインですが、それと同じ位私には重要なミッションがあります。

それは、輿水ちゃんとの間にできてしまった距離を限り無く近づけるということです。

人間関係は複雑ですから最初から元通りにできるという幻想は抱いていませんので、今後の会話の切欠となるくらいのもので構いません。

切欠が0と1では、できることが大きく変わってきますから。

職権乱用と思われてしまうかもしれませんが、輿水ちゃんたちは仕事が回ってきて、私は関係修復に努める事ができるという、まさにwin-winな関係といえるでしょう。

それに今回回そうと思っていた仕事は、私よりも姫川さん向きだと思いますから適材適所といえます。

 

 

「とりあえず、今回の仕事の資料です。まずは、目を通してください」

 

「「はい」」

 

 

2人に資料を渡して読んでもらいます。

輿水ちゃんは14歳ですし、いろいろとわからないことも多いでしょうから、わかりやすく纏めておくという配慮も忘れません。

姫川さんはこういったものを読むのが苦手なのか最初は嫌そうな顔をしていましたが、書いてある内容を理解するともの凄い速さで資料の隅々まで読み込みだしました。

その様子を見て、この仕事を姫川さんに回そうと思ってよかったと思えます。

 

 

「こ、これ、本当ですか!?」

 

「はい」

 

「やらせてください!お願いします!」

 

 

ソファから立ち上がった姫川さんはそのまま土下座でもしてしまうのではないかという勢いで頭を下げてきました。

輿水ちゃんはそんな姫川さんを見て『良かったですね』と優しい笑顔を浮かべています。

何だか少し見ない内に輿水ちゃんが成長しているみたいで、ちょっと寂しいですがそれを上回るくらいの嬉しさがあります。

これが子供の成長に気が付いたときの親の心境なのでしょうね。

 

 

「気に入ってくれて何よりですが、落ち着きましょう。受けてくれるということで、構いませんね?」

 

 

断られることは無いとわかっていますが、輿水ちゃんもいますから一応最終確認をしておきます。

 

 

「「はい!」」

 

「では、この5月にある『キャッツ対ライガース』の試合の始球式についてはKBYDに回しますので、その後の動きはプロデューサーを通して確認してください」

 

「ありがとうございます!」

 

 

感極まったのか、姫川さんは私の手を取り激しく上下に振り出しました。

下手をすればやられるほうの関節を痛めてしまいかねない激しい上下運動ですが、私の体にダメージを与えられるほどのものではありませんし、彼女なりの感謝の気持ちの表現なのでしょうからされるがままにしておきます。

プロフィールの備考欄にキャッツが大好きだと野球愛を書いていましたので喜んでくれるとは思っていましたが、これ程とは思いませんでした。

ですが、ここまで喜んでもらえると悪くないどころかこちらまで嬉しくなってきますね。

 

 

「よぉ~~し、さっちん!今日から特訓だぁーーッ!!」

 

「えっ、それはボクもですか!?」

 

「さっちん握力とか殆ど無いじゃん!この機会に、あたしが鍛えてあげる!」

 

「大きなお世話です!かわいいボクにこれ以上力は要らないんです!」

 

 

346プロでは各アイドルの身体能力を把握する為に、凡そ3ヶ月に1回くらいの周期で学校でやるような体力測定を実施します。

輿水ちゃんも最近それをやったらしいのですが、握力が両方ギリギリ2桁に到達する数値だったのでいろいろとネタにされているそうです。

ちなみに私は各種目での346プロの新記録をそれまでの1位を大きく離して更新した記録保持者(レコードホルダー)ですよ。握力も3桁ありますし。

 

 

「ええぇ~~~!いいじゃん、あたしとバッテリー組もうよ!」

 

「い~や~です。友紀さんの球なんて受けたら、ボクのかわいい手が腫れますから!」

 

「手加減!手加減するから!」

 

 

ここが応接室である事を忘れて楽しそうにしている姿は、見ていて和みます。

シンデレラ・プロジェクトのメンバー達も見ていて和むのですが、それはそれ、これはこれで良さが違います。

子犬とかが無邪気にじゃれあっているみたいで、思わず笑みがこぼれてしまいますね。

 

 

「あっ‥‥」

 

 

私が笑ったのがそんなに驚くべき事だったのか、輿水ちゃんは姫川さんとの会話をやめ、何か考え始めました。

笑ったことが気に触ったのでしょうか。本来であったらこれから距離を詰める為、食事にでもと誘う予定だったのですが、諦めなければならないかもしれません。

せっかく作った仲直りのための道筋を自分自身で台無しにしてしまう、迂闊さを殴りつけたくなります。

仕方ありませんが、今回は諦めましょう。

幸い、私達はアイドル同士ですから、今後仕事で競演することがあるかもしれませんし。

諦めにも近い思い感情に支配されていると、輿水ちゃんが何か覚悟を決めた表情で私を見てきました。

 

 

「もう、わた‥‥‥‥七実さんは、何を見ているんですか。かわいいボクがピンチなんですよ、助けてくれないと困ります」

 

「‥‥えっ」

 

 

これは夢じゃないですよね。何処かにドッキリのプラカードを持ったスタッフとか居ませんよね。

もし居たら、魔王降臨も已む無しですが。

反響定位や聴勁で周囲に潜む人間が居ないか確認しますが、返ってくる反応は白ばかりです。

ということは、この輿水ちゃんの対応はやらせ等ではなく、輿水ちゃん自身の意志によるものという事と考えてもいいのでしょうか。

 

 

「そうだ、友紀さん。そんなに練習したいなら七実さんと一緒にすればいいですよ!何せ、人類の到達点ですしね!」

 

「そりゃ、名案だよさっちん!人類の到達点が居たら、あたしのチームは最強になるよ!」

 

「‥‥いやいや、私は参加するとは一言も」

 

「かわいいボクのお願いですよ‥‥聞いてくれないんですか?」

 

 

その上目遣いは卑怯。本当に卑怯でしょう。

輿水ちゃんとの関係修復を図りたいと思っていた私に、この申し出を断れるわけがありません。

何だか心がとてもあたたかく、満ち足りています。

今なら、人類最速ピッチャーのチャップマンの記録を上回る剛速球すら投げられるでしょう。

 

 

「わかりました。仕事の合間で時間が有るときだけですよ」

 

「よっしゃあッ!ナイスさっちん!」

 

「当然です。かわいいボクに不可能はありません!どんな困難でもすぐに乗り越えられるんですから!」

 

 

そういって、いつものようにドヤ顔を浮かべる輿水ちゃんは、何かを乗り越えたような自身に溢れていて可愛らしさの中に、確かな強さを秘めていました。

きっと輿水ちゃんは平和のために天から使わされた天使に違いありません。

 

 

 

 

 

 

輿水ちゃんたちと満ち足りた昼食を終えた後、私は溢れ出る嬉しさを心のうちに押さえ込むことに苦労しながらシンデレラ・プロジェクトのメンバー達がいるレッスンルームへとやってきました。

対立については介入しませんが、島村さん達の本番までの時間は決して長いとはいえないので少し梃入れは必要でしょう。

城ヶ崎姉さんのソロ曲である『TOKIMEKIエスカレート』は見稽古済みなので、少しくらいアドバイスはできます。

いきなりの大舞台でアイドルに絶望してもらいたくありませんし、私は結構な完璧主義者ですからサポートする以上は及第点レベルでは困ります。向上心の無いアイドルに未来はありません。

ロッカーでウェアに着替え、レッスンルームの扉を空けます。

 

 

「私の選択は、こっちです!」

 

「にゃああぁぁ~~~~!!」

 

「しまむーの勝ちだね、みくにゃん!」

 

 

私の目に飛び込んできたのは、床に座り込んでばば抜きに興じているメンバー達の姿でした。

全員が揃っているわけではなく、赤城さん、城ヶ崎妹さん、双葉さん、諸星さんの4人の姿はありません。

ライブ参加が決まった3人以外は毎日レッスンしているわけではありませんから、今日はオフとなっています。

同じようにオフになっている前川さんやカリーニナさんが来ているのは、やはりバックダンサーの件があるからでしょう。

前川さんは断固として認めていない派ですが、カリーニナさんはどちらかと面白そうだから参加しているだけのような気がします。

しかし、何故ばば抜きをしているのでしょう。まだ休憩中ですから、息抜きか何かでしょうか。

 

 

「あっ、七実さま!見てください、私勝ちました!」

 

 

トランプを手に持ったまま、勝利を喜ぶ島村さんの姿は子供らしくて見ていて和みます。後で、頭を撫でてもいいでしょうか。

それとは対照的にジョーカーを握り締めたまま床に突っ伏した前川さんは哀愁溢れていて慰めてあげたくなります。

 

 

「これで1対1、引き分けですね」

 

「くっ、まさからんらんがスピードであんなに強いなんて‥‥」

 

「その呼び名はやめよ!(その呼び方はやめてください!)

我が瞳は漆黒と深紅の切り札の全てを見通す。瞳を持たぬものには負けぬ!(私、トランプとか得意なんです。だから、負けませんよ!)」

 

「ねぇ、まだ続けるの」

 

 

前川さん、カリーニナさん、神崎さん対島村さん、渋谷さん、本田さんの3人チームで戦っているらしく、現在は1対1の引き分け状態であり、これから最後の決戦が行われるようです。

観客の緒方さん、新田さん、三村さん、多田さんの4人はその様子を楽しそうに眺めながら三村さん作と思われるチョコケーキを食べていました。

 

 

「アーニャちゃん、頑張って!」

 

「あの‥‥渋谷さんも、頑張ってくだ‥‥さい‥‥」

 

「カードで運命を決める。なかなかロックじゃん!」

 

「もう、李衣菜ちゃん。こぼしてるわよ」

 

 

 

さて、この事態をどう収めたものでしょうか。

結構本気でこのまま回れ右をして仕事場に戻ってしまおうかとも考えています。

しかし、このまま投げ出して逃げてしまうのはサポート役としてはどうかと思われますから、何とかするしかないでしょう。

 

 

「これは、いったい何事です」

 

 

とりあえず、現状の把握が先決ですからこの中で一番落ち着いて状況を説明してくれそうな新田さんに話を聞きます。

 

 

「みくちゃんが『ライブの出演をかけて勝負にゃ』って言い出して、何故かトランプで勝負する事になったんです。

そしたら、アーニャちゃんや蘭子ちゃんも混ざりだして」

 

 

 

チョコで汚れてしまった多田さんの口元を拭いてあげながら、笑顔で答えてくれました。

どうやら、新田さんは私と同じように人の世話を焼くのが好きなタイプの人みたいですね。

それはさて置き、何故それをトランプなどで決めようと勝負したのでしょうか。

アイドルなら純粋な能力、今回であればダンス力で勝負をすればよいのではないかと思うのですが。

まあ、そうしたら先にレッスンを受けていた分だけ前川さん達のほうが有利ですし、それで勝ったとしても既に決まって衣装の発注も済ませているため変更されることはありませんけど。

 

 

「リン、カードの交換は何枚ですか?」

 

「私は、このままでいいかな。悪くない手だし」

 

素晴らしい(ハラショー)

 

 

どうやら、最終決戦はポーカーとなったようで、カリーニナさんと渋谷さんが真剣な表情で互いの様子を窺っています。

普段は表情豊かなカリーニナさんではありますが、ポーカーフェイスという言葉が似合う一流の勝負師の顔をしていました。

コマンドサンボの事もありますが、彼女の引き出しはいったいいくつあるのでしょう。

観戦していたメンバー達も、その静かに燃え上がる熱い勝負に引き込まれているようですね。

私はそんな様子に微笑ましさを感じながら、盛り上がりをみせる勝負から視線を少し外します。

 

 

「2人共、降りは1回だけ可能だけどどうするにゃ?」

 

「勝負するよ」『勝負です』

 

 

さっきまではあまり乗り気ではなかったはずの渋谷さんもカリーニナさんの気に中てられたのか、かなり真剣な表情で勝負に臨んでいました。

何故か私と同じ黒歴史を刻み、認めたくは無いですが少しだけ現在進行形な同類の臭いがします。

確認したわけではないので本当かどうかはわからないですが、事実なら神崎さんとのユニットかも視野に入れてもいいかもしれません。

厨二病のことは厨二病だったもののほうが理解力も違いますし。

 

 

「私は、K(キング)のスリーカードです」

 

 

公開されたカリーニナさんの手はなかなかに強力なものでしたが、渋谷さんはそれに動揺して顔色を変えることなく自分の手を広げました。

 

 

「残念だったね、アーニャ。私はQ(クイーン)と9のフルハウス」

 

「なんと!」

 

「私の勝ちかな。まあ、悪くない勝負だったよ」

 

 

言い回し的には近いものを感じますが、神崎さんのような邪気眼系ではなく正統派厨二病なくちでしょうか。

今後の言動にも要注意ですね。

三村さんから貰ったチョコケーキを食べながら、頭のメモ帳にそう記載しておきます。

このチョコケーキ、カロリーを恐れずチョコ等をふんだんに使用しているためか風味もよく、ぱさぱさではなくしっとりとした食感がいいですね。

甘さとチョコの苦味のバランスも良く、ついつい次の一切れへと手を伸ばしてしまいそうな魔性の魅力を持っています。

 

 

「これで、2対1。私達の勝ちだね!」

 

「くっ、今日の所はこれくらいで勘弁してやるにゃ‥‥」

 

 

本田さんの勝利宣言に前川さんは小悪党のような捨て台詞を吐きます。

しかし、そんな捨て台詞をいった割にはその表情は悔しさよりも、どこか安堵したように見えました。

 

 

「次は負けませんよ、リン」

 

「いいよ。いつでも相手になってあげる」

 

「人間讃歌の響きを感じる(とてもワクワクしました!)」

 

「はい、人間讃歌です!」

 

 

どうやら、今回の勝負を通して互いに認め合い、切磋琢磨しあえるような良い関係が生まれたようですね。

これなら私が積極介入しなくても武内Pに任せておいても、何事もなく解決することができるでしょう。

後、神崎さんと島村さんはお願いですから『人間讃歌』という単語を連発しないでください。

悪意があって言っているのではないというのは理解しているのですが、その単語を聞くたびに否が応でもあの黒歴史を思い出すことになるのです。

今も床を転げまわりたくなる衝動を何とか押さえ込んでいるの位なのですから。

時計を確認すると休憩時間は過ぎていましたが、それだけの価値がある時間の使い方をしていたので、私は眼を瞑るとしましょう。

 

 

「もうこんな時間にゃ!急いで片付けるにゃ!」

 

「やばいじゃん、トレーナーさんに見つかったらきっと怒られるよね」

 

 

私と同じように時計を確認した前川さん達は慌ててトランプを片付け始めます。

確かに聖さんに見つかったら、大目玉を食らうことになるのでしょう。

ですが、それは杞憂です。何故なら

 

 

「ほう、よくわかっているじゃないか。本田」

 

 

聖さんはポーカーの終盤あたりから、もう居たのですから。

時間通りにレッスンルーム到着し、勝負を中断させようとしたので私がアイコンタクトで止めておいたのです。

今のうちに何かしらの形でぶつかり合っておく必要があると理解してくれ、最後まで見守ってくれたのには感謝していますから今度何か差し入れしておきましょう。

 

 

「と、トレーナーさん‥‥いい、いつから其処に?」

 

「さあ、何時からだろうな。私が入ってきたことにも気が付かないくらい、勝負に集中していたようだな」

 

 

とても綺麗な笑顔を浮かべる聖さんの背後には揺らめく炎が見えました。

その様子にシンデレラ・プロジェクトのみんなは冷や汗を流して、素早く行動し態勢を整えます。

 

 

「さて、いろいろあって開始が遅れてしまったが‥‥しっかり休んだお前達なら、少しくらいハードなレッスンをしても大丈夫だろう?」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

さながら軍隊の下士官と新兵のやりとりみたいではありますが、聖さんは本気で怒っているわけでなく、全く仕方のない奴らだくらいしか思っていないでしょう。

付き合いの短い、シンデレラ・プロジェクトのみんなはわかっていないようですが。

乾坤一擲、雌雄を決する、虎渓三笑

今日のレッスンは、平和とは行かないかもしれません。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

いつものビール特大ジョッキではなく、スパークリングワインの注がれたお洒落なグラスを軽く打ち合わせます。

ビールのジョッキとは厚みが違う為鈍く重厚なものではなく、軽やかで澄んでおり、音ですらお洒落に聞こえますね。

飲み物や肴を変えただけで、いつもちひろたちと飲み騒いでいる部屋の様子も変わって見えるのですから、人間の思い込みというものは侮れません。

宝石などと例える事すら憚れる深い色合いに、香りすらも高貴さを感じいつも飲んでいる銘柄もわからないお酒とは立つステージが違います。

味もすっきりとしているのに、確かな力強さがありより爽やかさが際立ちます。

 

 

「美味しいですね」

 

「はい。渡さんが満足されたのなら、幸いです」

 

 

本日は渋谷さんの件のお礼という事で、あのやらかした一件以来に武内さんと2人きりで飲みにきていました。

美味しいものを奢ってくださいとはいいましたが、これほどいいワインを飲ませてくれるとは思いませんでしたよ。

新規プロジェクトのプロデューサーをしているとはいえ、この業界はいろいろと入用になることが多いですから給料が有り余っているわけでもないでしょうに。

しかし、ここで私もお金を出すといってしまえば武内さんの男の矜持を傷つけかねませんので、ここは大人しく奢ってもらう事にします。

男にカッコつけさせるのも、いい女の役目と母も言っていましたし。

 

 

「どうですか、アイドル達との関係は」

 

「やはり、難しいですね。今回の件でも、1次メンバーと2次メンバーの間に溝ができかねませんし」

 

 

武内さんは、首に手を回して困ったように吐き出しました。

その点に関しては、もうあまり気にし過ぎないでも大丈夫だと思うのですが、武内さんはまだ確認していないようです。

島村さん達の出演が決まってからは、衣装の発注やライブの打ち合わせで忙しい上に、今後のデビューに向けてのユニット編成やその順番決めなどやることが格段に増えましたから、なかなかレッスンルームに顔を出せていないのでしょう。

一応雑務の一部は私とちひろで受け持っているのですが、私達が現役アイドルであることを気にしてかあまり仕事を頼もうとしないのです。

私に任せてくれたら負担量を半分以下にしてみせるというのに、本当に不器用すぎて心配になります。

もう少し楽をするやり方を覚えてみてもいいと思います。まあ、それで昼行灯のようになってしまっては困りますが。

 

 

「なんだかんだぶつかり合ってるみたいですが、険悪にはなってないみたいですよ」

 

「そうですか」

 

「ぶつかり合う事を恐れてはいけませんよ」

 

「‥‥」

 

 

私の言葉に安心した表情を見せた武内さんに忠告しておきます。

過去のことがあるので慎重になりすぎているのは理解しますが、踏み出す一歩を恐れてしまったら何処にも行けなくなってしまいます。

立ち止まってしまうことは決して悪い事ではありませんが、世界はその間にも動き続けているのですから留まり続けることはできません。

どれだけ苦しくても進まなければならない時が来ます。しかし、その時になってようやく動き出したのでは進める方向は限られたものしかないでしょう。

ですから、まだたくさんの道が示されているうちに動き出す勇気を持つ必要があるのです。

 

 

「武内さんは、もう少しアイドルの娘達と話すべきです」

 

「それは‥‥理解しているのですが‥‥」

 

「別に今すぐとはいいませんよ。只覚えておいてください」

 

「‥‥はい」

 

 

私の一言でトラウマが払拭できるなら武内さんも困ってはいないでしょう。

ですから、命令ではなく記憶の片隅程度にでも覚えておいて欲しい年上からのアドバイスとでも思ってくれたらいいです。

ちょっと重い話になってしまいましたから、海老のアヒージョでも食べて和やかな空気でも取り戻しましょう。

ぐつぐつと煮立ったオリーブオイルの中に沈む大ぶりな海老は、フォークで刺す前からわかるほどのハリがあり食べるのが楽しみです。

海老を突き刺しオリーブオイルの海から引き上げると熱い油を纏い、照明の光で輝いていました。

そのまま口に入れるとやけどは必死なので、見苦しくないように注意を払いながら息を吹きかけて冷まします。

異性の中ではかなり仲のいい範疇に入る武内さんですが、それでも女として異性の前でみっともない真似はできません。

この間のスペアリブのようなことは、絶対にできないですね。

程好く冷めたところで一口。外側はある程度冷めていても中はそうではなく、やはりまだ相当な熱量を秘めていましたが、それすらも美味しさの一要素です。

ぷりぷりとした海老の旨味とにんにくとオリーブオイル香り、ほんのりとついたシェリー酒の風味、ちょっと濃いかなと思える味にすっきりとした辛口のスパークリングワインが良く合います。

付け合せについているバゲットの上に載せて食べると、また違う味わいがありいくらでも食べれそうですね。

 

 

「ほら、武内さんも食べましょう」

 

「‥‥はい」

 

 

私の言葉について悩んでいたためか、一切食が進んでいなかった武内さんにも食べるように促します。

おいしいものは皆で食べていたほうがいいですし、それに美味しいものを食べている時は煩わしい悩みとかからも開放されますから。

 

 

「美味しいです」

 

「でしょう。今日は、もう悩むのは無しにして食を楽しみましょう」

 

「いいのでしょうか。それでは、問題を先送りしているだけでは‥‥」

 

 

本当に真面目ちゃんですね。

そんな沈んだ表情では、この海老のアヒージョの美味しさも十分わかっていないでしょうに。

私は溜息をつきながら、海老を乗せた新しいバゲットを少し身を乗り出してまだ何か喋ろうとしている武内さんの口にねじ込みます。

突然の出来事と熱い油でひたひたになったバゲットと海老に目を白黒させますが、沈み込んだ人間の目を覚まさせるにはこれくらいの荒療治は必要でしょう。

 

 

「‥‥わ、渡さん!いったい何を!」

 

「食を楽しみましょうって言ったじゃないですか。目の前で、そんな沈んだ顔をされると舌が鈍るんですよ」

 

「ですが、これは私にとって重要なことです」

 

「笑顔を忘れて、考え続けても良い事なんて1つも浮かびませんよ」

 

 

その点、美味しいものを食べて笑顔になれば、意外と心が落ち着いていい考え生まれてくるかもしれません。

笑顔には、科学では解明しきれない不思議で無限大な力を秘めているのです。

 

 

「ほら、こんな綺麗で頼りがいのあるお姉さんと美味しい料理とお酒を戴いてるんですから、もうちょっと笑顔になったらどうですか」

 

「‥‥そうですね。そうでなければ、お美しい渡さんや料理とお酒に失礼ですね」

 

「いや、私の部分は冗談だったのですが」

 

「そんなことはありません。渡さんは素敵な女性ですよ」

 

 

これって、わかっていない人が聞いたら口説いているようにしか見えませんよね。

武内さん的には一応担当アイドルである私を美しくないとか否定できないから、お世辞でそう言っているだけでしょう。

全く、私相手でも無自覚で口説くような台詞がでるなんて油断できませんね。

そんなのは、ちひろか楓相手にして馬鹿ップル空間を形成するときだけで良いんですよ。

 

 

「渡さんのお蔭で、少し思い出せたような気がします」

 

「何をですか」

 

「私の笑顔です」

 

 

そう言った時の表情は、まだまだ不器用なところはありますが武内さんの根の優しさが少しだけ見えて、とても心が暖かくなるような笑顔でした。

そんな大切なものを思い出した武内さんに、ある日本の漫画の神様の名言を改変して送らせてもらうなら。

『アイドルを信じよ。しかし、その百倍も自らを信じよ』

 

 

 

 

 

後日、どの情報経路から漏れたか知りませんが武内さんと2人で妖精社に行ったことがちひろ達にバレて、何故か渋谷さんにも強く睨まれたり。

ちひろのみに振っていたはずのグラビア系の仕事が、いつの間にかサンドリヨンのものになっていたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ボルシチを恐れぬ者だけが笑顔を守れる

今回も書きたいことが多く、前後編の2部編成になっております。
そして、オリジナルキャラが登場しています。ご了承ください。

そしてシンデレラ・プロジェクトメンバーの誕生日を忘れるという失態。
誠に申し訳ありません。

遅ればせながら、拙作の多くのUA及びお気に入り登録、評価を本当にありがとうございます。
これからも細々と更新していきますので、よろしくお願い致します。


「‥‥はぁ」

 

 

ああ、どうも、私を見ているであろう皆様。

4月も後半になろうとする某日‥‥ついに、この日がやってきました。やってきてしまいました。

私がいくら神様転生した、見稽古という最強クラスのチートスキルを持つ、この世界におけるバグキャラだとしても、時間という不変の概念は支配できません。

転生した世界が魔法やオカルト的なスキルが存在する世界であればその可能性もあったのですが、この世界は『アイドルマスター』という現実世界と殆ど差異の無い世界構造をしている為、そんな希望は欠片もない0%といってよいでしょう。

0%には何をかけたところで0から変わることが無いので諦めるほかありません。

さて、ここまでを踏まえて皆様に謎賭けを出してみたいと思います。

 

 

『子供の頃は毎回来るのが嬉しくて、大人になると段々と嫌になってくるものは何でしょう?』

 

 

答えは誕生日です。

正解者には、私の部署が処理するべき仕事1日分(一般事務員15人分の仕事量)を進呈しましょう。

私が何歳になったのか知りたいと宣う命知らずの自殺志願者の方がいらっしゃるのなら名乗り出てください。

黒歴史時代に記憶だけを頼りに再現した虚刀流最終奥義を始めとした、チート能力で再現した数々の必殺技、殺人技のフルコースへとご招待しますから。

スマートフォンを確認すると家族、親族、友人と様々な人からの『誕生日おめでとう』というメッセージが届いていましたが、ちっともめでたくなんてありません。

どうして、人は歳をとってしまうのでしょう。

某機動戦士のニュータイプも『人はいつか時間さえ支配することができるさ』と言っていたではないですか、ならば今すぐ私にその叡智を授けてください。

今日は、アイドル業も無く係長業務も期限が迫っているものもありませんでしたし、仮病とか使って休んだりしては駄目でしょうか。

出社してから親しい人達に何度も『おめでとう』といわれるのを想像するだけでも憂鬱な気分になれます。

幸い本日私の借りている部屋に泊まっている人間はいませんから、強制的に連れ出される心配もありません。

毎週のように誰かが泊まりにくるため篭城をするだけの十分な食糧の備蓄もありますし、これは私をご厚意で転生させてくださった神様がそうしろと言って下さっているに違いませんね。

そうと決まれば早速武内Pや昼行灯にメールを出しましょう。

おっと、ちひろからラインですね。

 

 

『七実さん、今日は絶対にお昼持ってきちゃ駄目ですよ♪』

 

 

‥‥これは、いかざるを得ない流れですね。

ここで休みますという旨が書かれたメールを送信したならば、良くて後日説教、下手をするとこの部屋に親しい人達が大挙をなして雪崩れ込んでくるかもしれません。

私的には今日ほどそっとしておいて欲しい日は無いのですが、どうして私の親しい人たちはそれを理解してくれないのでしょうか。

クリスマスやハロウィンといった他宗教の行事すらも独自の解釈等を加え、自らが騒ぐための口実にしてしまう根っからのお祭大好き民族日本人の血がそうさせているのかもしれません。

私もこれが瑞樹とか菜々の誕生日だったとしたら、チートスキルを最大限に活用した特製のケーキやディナー等を準備していたでしょうし。

そういえば、もう少ししたら島村さんの誕生日でしたね。きちんと何か準備しておかねば。

神崎さんや赤城さんの時は特製ケーキと花束、好きそうな小物等送ってあげたら喜んでくれましたし。

確か友達と長電話するのが趣味という、果たしてそれは本当に趣味といえるものなのかとツッコミたくなるものでしたから、ストラップとかいいかもしれませんね。

明日は久しぶりにサンドリヨンとしてイベントの前座を務めることになっていましたから、その帰りあたりに何か見繕いましょう。

とりあえず、出勤用のスーツに着替え、手早く身嗜みを整えます。

アイドルになってからはプロのスタイリストの技能を見稽古する機会に恵まれたので、事務員時代よりも化粧のクオリティや掛かる時間が格段に減って助かりますね。さすがは、プロの技。

暇を見つけて作っておいた資料やタブレット端末、作り置いていたプリャニキ(ロシアの蜜菓子)等々必要なものを確認し、出発の準備を整えます。

 

 

♪~~~♪♪~~~

 

 

スマートフォンが着信を知らせる軽快なリズムを室内に響かせます。

メロディから察するに七花のようですが、いったいこんな時間にどうしたのでしょうか。

 

 

「七花、いったいどうしたのかしら?」

 

『姉ちゃん。俺、今姉ちゃんのアパートの前にいるんだけど』

 

「は?」

 

 

事前連絡も一切無い、あまりにも唐突過ぎる弟の訪問に間の抜けた声を出してしまった私を誰が責められるでしょうか。

家族ですからそんなものが無くても迎え入れはしますが、もしこれが今日でなければとっくに職場にいっている時間帯でしたから、七花は無駄足を踏む事になります。

七花本人は気にしないでしょうが、そういった考え無しの無鉄砲気味な行動は改めるべきだと常々思うのですが。

特に、七花は守られるべき子供でもなく、立派な社会人であり国防の任を負った責任あるべき人間です。そんなことでは、いざ如何なるときにも対応できないでしょう。

 

 

「とりあえず、今から下に降りるから待ってなさい」

 

『わかった』

 

 

でも、許します。かわいい弟ですから。

通話を終了し、8割方終わっていた準備を一気に完了させ部屋を出ます。

七花を待たせたくありませんから、ここはエレベーターではなく階段で降りましょう。

チートを活用すれば階段の方が断然早く下に辿り着くことができますし。

 

 

「全く仕方ない子ね」

 

 

そんなことを言いながらも、自身の頬が自然と緩んできているのがわかります。

こういった所があるから『ブラコン』というレッテルを貼られてしまうのでしょうが、たった1人の弟ですし、手加減していたとはいえ唯一私に黒星をつけたことのある人間ですから、特別扱いしてしまうのも仕方ないでしょう。

前に会ったときは、シンデレラ・プロジェクトの企画が決定されたばかりでしたから、だいたい1ヶ月ぶりでしょうか。

あの不屈の精神を持った義妹候補の娘とは上手く交際が継続されているでしょうか。

七花の性格上、自分から別れを切り出すことは無いでしょうから、恐らくまだ大丈夫とは思いますが心配になってしまいます。

そんなことを考えている間に1階フロアに到着しました。

 

 

「よっ、姉ちゃん」

 

「1ヶ月ぶりね。また少し砥がれたかしら」

 

「その言い方はやめてくれよ」

 

 

成長した弟の姿を素直に褒めると、七花は照れくさそうな笑みを浮かべました。

女性でも高い方に含まれる私よりも更に高い七花は、原作同様2mを越える長身ですから、諸星さんは勿論のこと190cm台の武内Pよりも高いので、長時間顔を見ていると首を痛めてしまいかねません。

自衛隊でも鍛錬は欠かしていないようで、1ヶ月前よりも更に砥がれたように身体は引き締まり、纏う雰囲気も自衛官の制服の所為もあってか鋭利な刀の如き緊張感を漂わせています。

ちょっと時間ができたら、手合わせでもしましょうか。

 

 

「けど、いったいどうしたの。七花から訪ねてくるなんて珍しいじゃない」

 

「ああ、実は姉ちゃんに頼みたいことがあってさ」

 

「お金?いくら必要なの?」

 

 

金銭感覚に乏しい七花のことですから、予定も立てずに好き勝手使ってしまって懐が寂しくなってしまったのでしょう。

全く小さい頃からそういうところは変わりませんね。

もういっそのこと義妹候補ちゃんに財布を管理してもらったほうがいいのではないでしょうか。

義妹候補ちゃんは良家の出のようですが、ご両親の教育や躾がちゃんとされている為か、そういったことはきちんとできていて安心して任せることが出来ますし。

 

 

「違うって、今月はまだ大丈夫だって」

 

「ということは、大丈夫じゃない月があったのね」

 

「‥‥ノーコメントで」

 

 

全くそういう時は私に相談しなさいといっているのに。

スポーツカーを購入してしまったため、私の懐事情も以前ほど余裕があるわけではありませんが、大切な弟に貸したくらいで生活に困るレベルになるほど寂しくもありません。

係長に昇進した事で基本給も増額されましたし、アイドル活動による印税関係も少しずつ入るようになりましたから、事務員時代よりも給料は増えています。

 

 

「とりあえず、今回は金関係の事じゃなくて。仕事の依頼だよ」

 

「仕事の依頼?」

 

「まあ、俺はなのはの付き添いなんだけど、はぐれちゃってさ。

だから、とりあえず直接姉ちゃんのところに来たんだよ」

 

 

七花のことですから、小腹が空いたからという感じで義妹候補ちゃんに声もかけずにコンビニとかに入って買い食いとかしてたらはぐれてしまったのでしょう。

ちなみになのはというのは義妹候補ちゃんの名前で、苗字や階級を含めると飛騨 なのは3等陸尉となります。

防衛大学校出のエリートさんと将来有望な女性で、武内Pがあったらスカウトしてきそうなくらい整った容姿をしています。

私が鑢 七実の名と見稽古というチートを持ち、弟が七花だったので、その彼女もきっととがめという名になるだろうと推測していたのですが、この彼女とも別れることになるのでしょうか。

声の質はとがめに似ているような気がするのですが、何分刀語のアニメを見たのは前世ですし、転生する原因となった出来事より何年も前ですから自信がありません。

まあ、偶然が続きすぎているからといって全てが私の予想通りに進むわけなんてありません。そんなことができるのなら、私は全能の神として君臨している事でしょう。

 

 

「‥‥はぐれた後、連絡はとったの」

 

「あっ‥‥」

 

「えっ?」

 

 

チートを持って転生した姉ですが、弟が抜け過ぎていてこれから先が心配です。

私の指摘でようやく文明の利器を使ってはぐれた相手と連絡を取るという考えに思い当たったのか、慌ててポケットからスマートフォンを取り出し、義妹候補ちゃんと連絡を取り始めました。

普通私に連絡する前に着信履歴とかで気が付くでしょうに。困った時は一番最初に私を頼る癖は直っていないようですね。

幼い頃から頼られるのがうれしくて、ついついチートを全開で甘やかしてきた私にも責任の一端くらいはあるかもしれませんが。

 

 

『もう、七花!何処行ってるの!?電話にも出ないし!私、探し回っているんだけど!!』

 

「悪い、なのは。はぐれたから、直接姉ちゃんのところに行ったんだよ。連絡については、すまん忘れてた」

 

『はあぁ!?なんで!?行き先は美城本社だって言ったでしょ!このシスコン!!』

 

「いや、姉ちゃん家の方が近かったから、その方が早いかなって。後、最後に関しては否定はしない」

 

『報告!連絡!相談!報・連・相!!自衛官なら、それくらいちゃんとしなさいよ!馬鹿ァッ!!』

 

「だから、悪かったって」

 

 

七花のスマートフォンから声が漏れてくるレベルで怒鳴られ、七花も反省しているようです。

しかし、今回の件で姉としては弟がちゃんと社会人として自衛隊で生活できているのか心配になってきました。

今度義妹候補ちゃんにいろいろと聞いてみましょうか。

 

 

『いい!今から、30分以内に来なかったら帰りに役所に赤茶の届出を提出しに行くからね!』

 

「はいはい」

 

 

どうやら弟も相当な馬鹿ップルのようで、険悪そうに聞こえますが大丈夫そうですね。

ああ、平和ですね。

 

 

 

 

 

 

あれから仕方がないので徒歩ではなく、ちひろ達以外にはお披露目していない私の愛車を使用しました。

2mを越える長身の七花を連れ歩くのは目立ってしまいますから、一応現役アイドルとして家族とはいえ異性とのスキャンダルと疑われそうな行動は慎まなければなりません。

決して、七花が私の愛車に乗ってみたいといったからではありません。

世界最高峰の運転技術と経路予測能力により、私達が美城本社に到着したのは通話終了から約15分後でした。

また世界を縮めてしまったと感慨に浸っていたいところではありますが、時間が惜しいので七花と共に車を飛び出し入口を目指します。

 

 

「悪い、なのは。待たせた」

 

 

出社してくる社員たちのスーツ中で、一際目立つ自衛隊の制服姿で時計を見ながら今か、今かと待っていた義妹候補ちゃんは私と一緒に現れた七花に対し正拳で返事をしました。

個人的には無言ではなく『ちぇりお』と叫んで欲しいところではありますが、現実世界でそんな掛け声で殴る人を見たら失笑物でしょう。

破壊力を最大限に高める見事な身体の使い方ではありますが、幼少の頃から私と同等レベルの鍛錬を積んだ七花にダメージを与えるには足りません。

人を殴ったとは思えない鈍い音が響き、出勤途中であった社員達の足が止まります。

 

 

「七花、早いよ!!」

 

「いや、早くて怒るなよ。はぐれた事でなら、わかるけどさ」

 

「うっさい、このシスコン!」

 

 

私の鍛え上げられた馬鹿ップルの気配を的確に察知するレーダーが警戒警報を発令しているので、早々に退散したいです。

実家に帰ったときも思いましたが、武内Pとちひろ並の馬鹿ップル力を発揮するなんて、我が弟ながら恐ろしいですね。

チートを使えば誰にも気が付かれずこの場を去ることは可能でしょうが、このままトラブルを起こされて後々処理するほうが面倒くさそうですから止める事にしましょう。

周囲の社員たちも騒がしくなってきていますし、災いの芽は早急に摘み取るに限ります。

 

 

「七花、飛騨さん‥‥落ち着きなさい」

 

 

輿水ちゃんの時の失敗を糧に更に改良を加えた指向性威圧で2人の強制冷却を図ります。

2人だけを襲う強烈な威圧に飛騨さんの方は止まってくれたようですが、七花は違いました。

巨体を支える下半身で地面を踏み締め、引き千切れんばかりの腰を捻り、最速の掌底。名前の由来となった元キャラと同等の身体能力を有する七花が放つそれは、間違いなく人を殺めるだけの破壊力を持っています。

こんなバトル漫画的な解説を入れてみたものの、要するに恐ろしく早い掌底ですね。

とりあえず、チートを使って止めておきましょう。

 

 

「もう、危ないでしょ」

 

「姉ちゃん、それはやめてくれよ。反撃しちまう」

 

「会社の前で痴話喧嘩をされると他の部署に迷惑がかかるのよ」

 

 

しかし、私の手を微妙に痺れらせるなんて本当に成長しましたね。

今なら、そこそこ本気を出したとしてもかなりいい勝負ができそうです。

 

 

「何事ですか!?」

 

 

七花の成長に嬉しさと興奮を覚えていると正面玄関から武内Pが飛び出してきました。

情報伝達が早すぎるような気がしますが、周囲を見回してみると人垣の中に部下の1人の姿が見えたので彼が伝えたのでしょう。

この世界の情報伝達技術は前世の現実世界以上に発達している部分がありますし、恐るべしアイマス世界。

 

 

「おはようございます、武内P」

 

「おはようございます、渡さん。この騒ぎとその方は?」

 

「私の弟とその同僚です。なにやら仕事の依頼があるそうですよ」

 

「そうでしたか」

 

 

七花の掌底を受け止めた瞬間を見ていた為か、武内Pの表情が偉く強張っていました。

これくらいは幼い頃から何度もありましたし、学生の頃なんてこれより激しく争ったこともありましたから全く問題ないのですが。

見慣れない人からすれば、異常な光景なのかもしれません。

 

 

「渡さん、お手は大丈夫ですか」

 

「ええ、問題ありません」

 

「なら‥‥良いのですが」

 

 

信じ切れていないのか、武内Pの視線は私の手に注がれています。

あまりにも心配そうな顔をしているので確認してみると、スーツの袖がぼろぼろになっていました。

さすが七花の攻撃ですね、受け止めた余波だけでもこれほどの損傷を与えるとは。

このスーツ結構高かったのですが、もう何年も着ていましたからそろそろ買い替えの時期だったと思って諦めましょう。

 

 

「あらあら、七花。やるじゃない」

 

「悪い、姉ちゃん。弁償する」

 

「いいわよ、別に」

 

 

袖はぼろぼろですが私自身にダメージは殆どありませんし、気にする必要はないでしょう。

弟に弁償を求めるほどお金に困っているわけでもありません。

 

 

「とりあえず、場所を移しましょう」

 

 

武内Pの提案を否定する人間はいませんでした。

 

 

 

案内されたのはシンデレラ・プロジェクトに与えられている部屋でした。

私の仕事場ではあまり外部に漏らしたく無い情報も取り扱っていますから、妥当な判断といえます。

武内Pの作業スペースとなっている部屋には、私と武内P、義妹候補ちゃん、そしてちひろの4人が集まっていました。

七花は、アイドル達と共にこの部屋の外で仲良く話しています。

その巨体故に怖がられがちな七花ですが、シンデレラ・プロジェクトの娘達は優しい子ばかりで、私の弟という事もありすぐに受け入れられました。

 

 

『おっきいねぇ~~、身長何cmあるの!』

 

『前計った時は、確か206cmだったかな』

 

『2m!きらりより、20cm以上おっきいに!』

 

『すごい!すごい!ねえねえ、肩車してよ!』

 

『ああ、いいけど』

 

『『やったぁ~~』』

 

 

早速、赤城さん達と仲良くやっているようですね。

七花も弟か妹を欲しがっていましたから、どんな相手であっても物怖じしない赤城さん達ならピッタリかもしれません。

赤城さん達が妹だったら、毎日が退屈する暇も無いくらい楽しく、賑やかな日々が送れそうです。

どうして、346プロに所属するアイドル達はこうも妹にしたくなるような可愛らしい娘達ばかりなのでしょうか。

私の中の妹ランキングに名を連ねる人が増えすぎて、もはや幸せ家族計画なんてレベルではなくなっています。

まだ全員を養うだけの賃金は稼いでいますが、今後これ以上増える事があればチート能力を更に開放する必要があるかもしれません。

 

 

「渡さん?」

 

 

おっと、意識が別方向に逸れていましたね。

いけませんね、仕事中に意識を逸らすなんて社会人失格です。

 

 

「自衛隊の基地祭に私とちひろに出演を依頼したいとのことでしたね」

 

「はい。具体的な日時等は資料に詳しく記載しています」

 

 

義妹候補ちゃんから貰った資料に目を通し、頭に入っている予定と照合していけるかどうかを判断します。

特撮の撮影もあり、日程的に休みなく仕事が入ることにになりますので、ちひろを外して私1人だけなら何とかなるでしょう。

いい機会ですから、島村さん達以外のシンデレラ・プロジェクトのメンバー達に経験を積ませる舞台として利用するのもありかもしれません。

 

 

「内容は理解しました。日程的には私だけなら問題ないと思います」

 

「七実さん!」

 

 

予想通りちひろが反応してきますが、私は涼しい顔で受け流します。

仕事に情は必要ですが、情があるからこそ非情にもならねばならぬ時があるのです。

アイドルとして体力等を鍛え続けていたちひろですが、それでも今回の件を含めたハードスケジュールをこなせるとは思いません。

いえ、乗り越えられるかもしれませんが、その後にかかる身体的負担はアイドル活動に影響を及ぼしかねません。

ちひろも私よりは若いですが20歳を越えており、シンデレラ・プロジェクトの娘達のように無理を回復できるだけの体力も無いでしょう。

 

 

「なんですか」

 

「どうして、そんなことを言うんですか!私達はユニットなんですよ!」

 

 

言いたいことはわかります。私も同じことを言われたら、似たようなことを言うでしょうから。

ですが、それでも私はここでちひろに無理をさせたくないのです。

デビューして間もない頃に無理な営業をしてしまい潰れてしまったアイドルたちは何人もいます。ちひろにそれと同じ運命を辿らせるわけにはいきません。

 

 

「だからこそ、ここで無理をしてはいけません」

 

「無理なんかじゃありません!私はいけます!」

 

「あの、御二人とも落ち着いて」

 

 

私達の口論は次第にヒートアップしていき、今回の依頼を持ってきた義妹候補ちゃんもあたふたしています。

しかし、そんな中で武内Pは止めるでもなく部屋を出て行ったきり戻ってきません。

無口な車輪と化してしまった武内Pですが、こういったことから逃げたりするような性格ではないとわかっていますから心配はしていないのですが、何をしているのでしょうか。

 

 

「せめて、1日くらい休息日が無いと無茶です」

 

「私だってアイドルです!多少の無茶は承知の上です!」

 

「ちひろ、貴女の身体が心配なんですよ」

 

「もっと私を信頼してくださいよ!この分からず屋!」

 

 

どうして、ちひろはこうも強情になるのでしょう。

相棒としてこれ以上無いくらい信頼しているからこそ、単独での仕事も任せているというのに。

私の何処にちひろを信頼していないととられてしまう言動があったのでしょうか。思い返してみても、思い当たる節はありません。

 

 

「席を外してしまい、申し訳ありません」

 

 

部屋の空気がぎすぎすと悪くなり続けているとようやく武内Pが戻ってきました。

その手にはスマートフォンが握られていますから何処かに連絡を取っていたのでしょうか。

 

 

「映画撮影のスケジュールを少し動かしていただきました。これで、御二人揃ってこのイベントに参加することができます」

 

「‥‥わお」

 

 

全く無茶な事をしてくれますね。

今回の特撮映画は私達の役は次回作の宣伝等を含めた大切なものではありますが、それでも端役にしか過ぎないのですから下手をすると外されてもおかしくない交渉でしたでしょうに。

特に私達の演じる○イダーは、5人全員が主役ですから2人欠けたところで撮影には影響は少ないのです。

それを押し通してしまうとは、相変わらず呆れるほどに有能です。

 

 

「七実さん」

 

「はいはい、わかりました。一緒に頑張りましょう」

 

「はい!」

 

 

ここまで状況を整えられてしまったら断る理由はありませんから了承すると、ちひろは満面の笑みを浮かべます。

アイドルになってから更に華やかさの増したその笑顔は、思わず見蕩れてしまいそうになるくらい美しいものでした。

武内Pもその笑顔を見て、満足そうに頷いています。

 

 

「一時はどうなるかと思いましたが、流石は私の義兄となる方ですね」

 

「は?」

 

 

義妹候補ちゃんの一言によって、せっかく和やかになっていた部屋の空気が氷点下まで落ち込みました。

義兄ということは、義妹候補ちゃんが義妹となり私と武内Pがいわゆる夫婦関係になるという事でしょうか。

私と武内Pはそんな関係になる可能性なんて、これっぽっちも無い0%に近い確率なのですが、義妹候補ちゃんは何を血迷ってそんなことを口走ったのでしょう。

正直、ちひろの表情を確認するのが恐ろしいです。

 

 

「どういうことですか、七実さん」

 

「私に聞かれても困ります」

 

「あれ、違ったんですか?七花が『姉ちゃんが男とあんなに親しくするなんて珍しい。もしかしたらあの人、俺の義兄になるかもしれないな』って」

 

「七花!!」

 

 

誤解の原因は身内でした。

確かに武内Pは他の異性に比べて親しいほうであるということは否定しません。しかしそれは、プロデューサーとアイドル、後輩と先輩の関係であるからであり、それ以上の意味は一切無いのです。

 

 

「その‥‥光栄です」

 

「へぇ‥‥光栄なんですね」

 

 

ああ、面倒くさい方向に進んでる。

武内Pは私が親しくしていることについて光栄であると言ったのに、きっとちひろの中では親族に義兄として認められたことについて光栄だと言ったのだと思いこんでいるのでしょう。

言葉足らずなところが、こんなところで更なる誤解を呼ぶとは。

もう面倒くさいから逃げても構いませんよね。

 

 

「あの千川さん?」

 

「なぁに、武内くん?」

 

 

万夫不当、丁々発止、逃げるが勝ち

誕生日だというのに、どうしてこうも平和に過ごせないのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「「「「「七実さん(姉ちゃん)(師範(ニンジャマスター))(女教皇(プリエステス))、誕生日おめでとうございます」」」」」

 

 

クラッカーが鳴らされ、シンデレラ・プロジェクト+武内P,ちひろ,七花,義妹候補ちゃんの皆から祝いの言葉が送られます。

瑞樹達は仕事があるそうでこの場には来られないそうですが、夜までには終わらせるそうなので妖精社に絶対に来るようにと命令されました。

そこまで無理をし無くてもいいのですが、それを言うのは無粋でしょう。

とりあえず今は、この場に集中しないと皆に失礼です。

目の前には三村さん特製のケーキや、新田さんや諸星さん、多田さん、カリーニナさんが作った軽食達が広がっており、どれも美味しそうで目移りしてしまいます。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

正直あまりというか、全然嬉しくないのですが。

こうやって祝わってくれる人がいるということは幸せなことですからお礼をいいます。

 

 

「これ、何日も前から皆で準備してたんですよ」

 

「そうですか」

 

 

全員レッスンやらやることが色々とあって大変だったでしょうに。特に島村さん達は、ライブ出演のため忙しいはずです。

年齢を重ねることは嫌ですが、それでもこうやって人の優しさは心に深く、あたたかく染み込んでくるようで擽ったくも心地よい不思議な感覚です。

 

 

「みなさん、本日は私の為にこのようなパーティを開いてくださり、ありがとうございます。今日は皆で楽しみましょう、乾杯!」

 

「「「「「「乾杯!!」」」」」」

 

 

私の音頭でグラスが打ち合わされ、高い音を響き渡らせます。まだ昼間である為アルコール類を飲むことができないので炭酸飲料ですが、私は酔うことができませんから別に構いません。

さて色々ありますが、どれから手をつけましょうか。

王道にケーキと行きたい所ではありますが、ポテトやから揚げなどの温かい物もありますし、これらが冷めてしまうのはあまりにも忍びないです。

 

 

師範(ニンジャマスター)!これを食べてください!」

 

 

どれから食べたものかと頭を悩ませているとカリーニナさんがやってきました。

その手には何だか不思議な香りがする茶色がかったスープが持たれています。

何でしょうかあのスープは、香りを頼りに私の記憶を総当りしてみても合致するものはありません。

 

 

「それは」

 

「アーニャ特製ボルシチです♪」

 

 

違います。私の記憶にあるボルシチはこんな不思議な香りを漂わせたりしません。

ボルシチというのは鮮やかな深紅色をしたたまねぎや人参、キャベツ、牛肉等を炒めてから煮込んで作るスープで、サワークリームを混ぜて食べるウクライナ料理です。

多少のアレンジがされることは手作り料理では良くある事ですが、これはその多少のアレンジというものの範疇を越えており一応サワークリームは添えられていますが、もはやオリジナルの煮込みスープ料理といったほうが良いでしょう。

私の中の動物的な勘が、盛大な警鐘を鳴らしています。しかし、ここでの撤退はカリーニナさんを哀しませてしまうため、その選択肢をとる事を私の魂が否定しています。

 

 

「特製ですか」

 

はい(ダー)』「私のパパは、お仕事でお家を長く空けることが多かったです。そんなパパが帰ってきた時に、ママがパパの為に作ったのがこのボルシチです」

 

「そうなんですか」

 

 

香りが記憶にあるものと合致しないからとして、つい危険と判断してしまいましたが、そんなあたたかな家族の思い出の詰まった料理をそんな風に思うなんて私は何と愚かなのでしょうか。

カリーニナさんからボルシチの入った器とスプーンを受け取ります。

家族の思い出が詰まった料理、それを私の誕生日を祝うために作ってくれたカリーニナさんの思い、これを無碍にできる人間がいるでしょうか。

いたら、私の前に立ちなさい。修正してあげますから。

 

 

「パパが北海道を離れてお仕事をしていると、ママはいつもパパを責めていました。ですが、それでもママはパパが帰ってくるといつもこのボルシチを出してあげていました。

そしてパパはこのボルシチを『美味い』といって食べてました」

 

「いい思い出ですね」

 

「ねえ、アーニャちゃん。みくも1杯貰っていいかな?」

 

カリーニナ家の心温まる話に近くにいた前川さんにも届いていたようで、優しい表情でそう言いました。

 

 

『勿論』「いっぱいありますから、たくさん食べてください」

 

 

そう言ってカリーニナさんは嬉しそうに鍋の方へと戻っていきます。

いい話が聞けて心が満たされましたし、今度はこのボルシチでお腹を満たさせてもらいましょうか。

スプーンで掬い、口に運びます。

口に含んだ瞬間に、なんとも形容しがたい甘味が広がりました。何でしょうか、この味は記憶のなかをどれだけ漁っても似たようなものをあげることができない未知の味です。

不味いという訳ではありませんが、美味しいと絶賛できる味でもありません。

しかし、ここで複雑な表情を浮かべてしまえば、カリーニナさんを哀しませ、そして聞いた暖かな思い出すらも汚してしまいます。

チートで表情を笑顔で固定して、無心で食べ進めます。

最初の一口ではわかりませんでしたが、このボルシチには西洋料理にあるはずの無い和のテイストが隠れていますね。

この味は、まさか味噌ですか。

ボルシチに味噌を混ぜようという暴挙に、どういった思考過程を経てカリーニナ家の母親は行き着いたのでしょうか。

そしてそれと同時に、この舌に広がる甘みとこのボルシチを深紅ではなく茶色に染めあげているものの正体も判明しました。恐らくココアです。

 

 

「そんなに美味しいんですか?」

 

 

私が笑顔で食べ進めているのをみて前川さんがそう尋ねてきました。

正直、今一番困る質問なのですが、どう答えたものでしょうか。

本当のことを言って心構えを作らせてあげるのもいいですが、それがカリーニナさんの耳に入る可能性があるのであまり取りたくありません。

ここはずるい大人らしい対応を取らせてもらいましょう。

 

 

「あたたかい味が、舌に染み渡るようです」

 

 

秘技 玉虫色の回答。

聞いた人次第でどのようにも取ることができるこの技は、嫌いなものが出されたりする食レポ等で重宝するアイドル必須の技能といえるでしょう。

ただし、この技の効果を十全に発揮するには心とはまったく違う表情を作り出すことができる技と併用しなければ効果は半減してしまいます。

その点、私は見稽古でこれらを習得していますから全く問題ありません。

 

 

「それって」

 

「ミク、お待たせしました」

 

 

私の回答の意味を知る前に前川さんにこのボルシチが届けられました。

早く食べてと急かすカリーニナさんの視線に前川さんはとりあえず一口食べます。

瞬間、前川さんの表情が強張りますが、カリーニナさんが見ていることに気がつき、すぐさま若干無理矢理感のある笑顔を浮かべました。

 

 

「どうですか?」

 

「ボルシチって食べたことなかったんだけど、なかなか癖になりそうな味だね」

 

「気に入ってくれたようで何よりです。いっぱいありますからどんどん食べてください」

 

 

カリーニナさんが指差す先には小さめではありますが、10人分くらいの量が入りそうな鍋が置かれいます。

このボルシチが入っていると知っているからでしょうか、ケーキや他の軽食たちの中で際立つ異様な雰囲気を纏っているような気がします。

恐らくは見間違いなのでしょが、人間の先入観というものは恐ろしいですね。

 

 

「「‥‥」」

 

 

私と前川さんは互いに視線を合わせ、頷きます。

言葉を交わさずとも、同じ強い思いを抱いた時には互いの意志は伝わるものです。

そんな私達の決意を、コーンパイプがトレードマークな連合国軍最高司令官総司令部を務めた陸軍元帥の名言を改変して述べさせてもらうなら。

『ボルシチを恐れぬ者だけが笑顔を守れる』

 

 

 

 

ボルシチは、七花にも強制的に協力させ何とか被害を最小限にとどめることができました。

ああ、私の誕生日はこれからどうなるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ。

誕生日編後半です。

今更ではありますが、キャラクターが一気に集まると1人称視点で進行している都合上、スポットの当たらないキャラクターが出てしまいますが、ご了承ください。

七実の年齢がいくつになったかは、禁則事項ですので禁忌に触れないでください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

前川さん、七花と共にカリーニナさんの笑顔を守る為に、なんともいえない味わいの特製ボルシチを完食し、被害を最小限に食い止められました。

この時ばかりは燃費の悪いチートボディに感謝しました。

シンデレラ・プロジェクトの皆が開いていた私の誕生日会は恙無く進行していき、用意されていたケーキも軽食達もほとんどが無くなり、まったりとしたムードが流れています。

主役は私なのですが、皆の興味はイレギュラーな存在といえる七花と義妹候補ちゃんに向いていました。特に弟である七花は、私の昔話について色々と質問攻めにされています。

本来なら直接止めに入りたいところではあるのですが。

 

 

「このお菓子美味しいです!本当に七実さんってお菓子作りお上手なんですね!

今度作り方を教えてください!」

 

「構いませんよ」

 

 

現在私も、持って来たプリャニキを食べている三村さんとお菓子談義中でありますので難しいです。

目で余計な事を言わないようにと釘を刺しておいたので、あの思い出すのも忌まわしい黒歴史時代について七花から語ることは無いでしょう。

 

 

「‥‥」

 

「どうしたの、アーニャちゃん?」

 

 

先程まで『侍!師範(ニンジャマスター)の弟は侍です!』とロシア語ではしゃぎながら七花に懐いていたカリーニナさんでしたが、プリャニキを食べてから無言になっていました。

いつものハイテンションなフリーダムキャラが突然黙り込んでしまうと何かあったのか心配になってしまいますが、なんとかボルシチショックから立ち直った前川さんが隣にいるので大丈夫でしょう。

カリーニナさんが喜ぶかなと思ってロシアのお菓子にしてみたのですが、何か違ったのでしょうか。

ロシアの製菓職人から能力を身稽古したわけではなく、私の今まで習得したスキルを混成して最適解を導き出して作ったのですが。

 

 

「お店で買ったって言っても信じられるくらいの出来ですよ。ねえ、智絵里ちゃん」

 

「う、うん‥‥とっても美味しいです」

 

 

カリーニナさんのことは気にはなるのですが、だからといって隣に座る三村さんや緒方さんを蔑ろにしていい訳ではないので、事態が大きく動くまでは申し訳ありませんが前川さんに丸投げして静観しましょう。

しかし、三村さんはいい食レポができるアイドルになりそうですね。食べているものがどれだけ美味しいかが笑顔を見れば何となく伝わってきます。

緊張しやすいタイプなようですが、それは場数を踏めば何とかなるでしょうから問題ないでしょうし。

特に本人もそういった仕事なら喜んでやってくれるでしょうね。やはり仕事だったとしても、嫌々やるのと楽しみながらやるのでは結果は大きく変わってきますから。

緒方さんはもっと自分に自信を持ってもいいと思うのですが、今の庇護欲を素晴らしく擽る姿も捨てがたいと思ってしまう私もいます。

今もその小さな口でちまちまとプリャニキを食べている姿はウサギを髣髴させ、膝の上に抱えてあげて頭を撫でながら愛でていたいです。

頼んでみたら、誕生日特権でさせてくれませんかね。

そんな危険な欲求を鋼鉄の精神で縛り上げて、意識の奥底へと鎮めて封印処置を施します。

 

 

「もう、何個でも食べられちゃいそうです」

 

「か、かな子ちゃん‥‥またトレーナーさんに怒られるよ?」

 

「美味しいから大丈夫だよ♪」

 

 

なんでしょうか、その明らかに大丈夫じゃない超理論。

祝いの席ですし、無粋なツッコミを入れて場の空気を悪くしたくはないのですが、色々と問い質したくなります。

 

 

「気に入ってくれたのなら、私も嬉しいです」

 

 

努めて冷静沈着で頼れる大人の女性を装いながら、皿に残っていたケーキの最後の一口を食べます。

ふんわりとしていてくどくなり過ぎない上品な甘さのスポンジ生地にねっとりと濃厚に絡みつき甘さを上乗せするクリーム、そしてそこに甘味よりも少し酸味の強いイチゴ、これら3つのバランスよく纏まっており1ホールくらいあっという間に食べられそうなくらい飽きがきません。

私の製菓技術を褒めていましたが、三村さんも趣味とはいえないくらいの十分なものを持っていると思います。

 

 

「三村さんの作ってくれたケーキも、とっても美味しいですよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「良かったね、かな子ちゃん」

 

「うん♪」

 

 

少し照れて顔を赤く染めた、はにかむような笑顔はいつもの柔らかな笑顔とは違い、かわいいというよりも綺麗という言葉が似合います。

もう、シンデレラ・プロジェクトのメンバー全員で私の娘になれば万事解決ではないでしょうか。

今すぐ2人とも抱きしめて頬ずりしたい。許されますよね、誕生日ですから。

築き上げてきた信頼感があるので突拍子もない行動を取っても笑って済ませられるはずです。

 

 

「ねえねえ、七花君。七実さんの小さい頃って、どんな感じだったんですか?」

 

「姉ちゃんの小さい頃?」

 

「それ、私も知りたいです!」

 

「私も!私も!」

 

女教皇(プリエステス)の過去か、それは魔導書(グリモワール)にも記載無き未知なる世界(私も、とっても気になります!)」

 

 

いとも簡単に封印処置を破り捨てた危険な欲求に支配されそうになりましたが、黒歴史に抵触しそうなちひろの質問に私の意識は冷や水をぶっ掛けられたかのように冷静さを取り戻しました。

どうして私なんかの過去話に興味を持つのか理解に苦しみますが、残念ながらこの部屋にいる人間の中で興味が無いのはどうやら私だけのようです。

慣れるまで感情の色がわかりづらい武内Pまで、興味津々なようですし。

ここで中止命令を出してしまうと場が白けてしまいかねませんから、本当に危険と判断するまではアクションを起こすのは我慢しましょう。

 

 

「今とあまり変わらなかったな。昔から何でも出来て、落ち着いてて、たまに色々やらかしてたけど」

 

「最後について詳しく!」

 

「ちひろ!」

 

 

更に掘り下げようとするちひろに危険を感じ止めに入ります。

一応釘は刺しているものの七花は朝の件のように抜けている部分がありますから、誘導されたり、乗せられたりして口を滑らせる可能性があります。

 

 

「智絵理ちゃん、かな子ちゃん止めて!」

 

「「は、はい!」」

 

 

ちひろが指示を出し、私の横に座っていた2人が捕縛しようと手を伸ばしてきますが、私を捕まえるには至りません。

といいますか、こういった展開を何度も経験しているのですから、そろそろ私を捕らえることなんてできないと学習して欲しいのですが。

軽く床を蹴って宙返りをするように回転し、ソファの後ろに立ちます。

 

 

「はい、残念」

 

 

私が得意気にちひろを見ると、そうなることはわかっていたようですが不満そうな顔をします。

ちひろばかりに目を向けず、他のメンバー達にも注意を払って追撃に備えましたが、どうやらその様子はなさそうですね。

しかし、そうして油断したときにこそ奇襲攻撃が最大の効果を発揮するのです。

 

 

「いいじゃないですか、七実さんって秘密主義なんですから。こういう機会が無いと絶対知ることができないんですもん」

 

「そんなつもりは無いんですけどね」

 

 

嘘です。ばっちり秘密にしていました。

ある程度落ち着いてきていた大学生活くらいの話はしたことはありますが、黒歴史のオンパレードであった高校生以前の話は話したことはありません。

黒歴史を話した恥ずかしさに快感を覚えるような倒錯的な性癖は所持していませんし、誰しも好き好んで自身の失敗譚を進んで語ったりはしないでしょう。

 

 

「嘘ばっかり、この前瑞樹さんが聞いた時も『まあ、人並み以上に充実した学生生活を過ごしていましたよ』で濁してたじゃないですか」

 

「‥‥いや、それは」

 

「まあ、あの頃の姉ちゃんは、今の姉ちゃんからは全く想像できないレベルだしな」

 

「七花!!」

 

 

せっかく釘を刺したのに、これでは語らざるを得ない流れになるではないですか。

今日は私の誕生日のはずなのに、なんでそんな公開処刑を受けなければならないのでしょう。もしかして、黒歴史時代にやらかしてしまった様々な事の罪が、今頃になって清算を求めてきたというのでしょうか。

確かにあの頃の私は、色々と落ち着いた今の自分とは違いチートにあまり制限もかけておらず、また誰も並び立つものがいない頂点という立場に飽きが生じていて、簡潔に述べてしまえばかなり荒れていました。

どんな様子だったかというと、即興劇の魔王を素でやっていたといえば、皆様なら察していただけるのではないでしょうか。

勿論、法治国家である日本が定めた様々な法令を大きく犯すような過激なことはしていませんでしたが、それでもやんちゃという言葉では片付け切れないくらいのことをやらかしています。

そんなエピソードを1から10まで語ってしまえば、せっかく数年かけて築き上げてきた頼れるお姉さんポジションは瞬く間に崩壊し、生涯かけても埋めきれないマリアナ海溝よりも深い溝ができてしまうでしょう。

これでは過去を断ち切るために、同級生や後輩達が追ってくることができないようにチート能力を最大限発揮して赤門に入学し、美城のような大企業に就職したことが無意味になってしまいます。

アイドルデビューしてメディアの露出が増えたせいで、過去の負債の一部である多くの舎弟達が私のファン活動をしているらしいですし。

前回の新作プロテインの発表会場にも見知った顔がちらほらありました。

 

 

「七花お兄ちゃん。昔の七実さんって、どんなだったの?」

 

「知りたいか?」

 

「うん♪」

 

 

赤城さんの上目遣いからのお願いに七花が陥落寸前です。

悪意や打算の欠片も感じられない純真無垢な赤城さんのお願いは、妹や弟が欲しくてクリスマスプレゼントにそう書いたくらいの七花には効果は抜群でしょう。

私が同じ立場だったら即答していた自信があります。

ですが、七花は自分の置かれた状況を良く見てみるべきですね。

お兄ちゃんと呼ばれ、あまりにもでれでれし過ぎて義妹候補ちゃんの機嫌が急降下中です。

七花が目で『大丈夫』と伝えてきますが、過去の経験からしてそう言うときに限ってやらかすことが多かったので全く安心できません。

ですが、ここは私が下手に動いてしまうよりも七花に任せたほうが無難かもしれませんね。

 

 

「そうだな‥‥口調は今とあまり変わらないんだけど、人の可能性がどうたらとか諦めなければ夢は必ず叶うと信じてるとか言ったりしてたな」

 

「あっ、わかった。『人間讃歌』だね」

 

 

あっ、これは拙い流れですね。

事態が更に悪い方向へと進んでしまわない内に、戦略的撤退をしましょうか。私の第六感もそういっていますし。

 

 

「‥‥どこで、それを」

 

「前に七実さんが言ってたの「「「人間讃歌を謳わせてくれ、喉が枯れ果てるほどにッ!」」」って」

 

 

何故かあの台詞だけは複数名による大合唱みたくなっていましたが、私本気で泣きますよ。幼児退行しますよ。

人間讃歌を謳いたい魔王に戻りますよ。

その台詞を聞いた七花の厳しい視線が私に向き、貫通していきます。

やめてください、その視線はお姉ちゃんには致命傷です。

私も好きでやったわけじゃないのです。只、その場の雰囲気とかに飲まれてしまって、ついやらかしてしまっただけで、本気であの頃に戻ったわけじゃないんです。

信じてください。本当なんです。

 

 

「姉ちゃん‥‥」

 

「お願い、触れないで」

 

「いや、でも」

 

「わかってる。わかってるのよ」

 

 

あの黒歴史は私の2度の人生のなかでも最大の汚点といっても過言でもないものであり、それに戻るなんて考える事すら脳が拒否するレベルなのですから。

確かに私の厨二病が完治していない事は認めましょう。だから、脳の奥底へと堅く鎖しているのです。

自身の欲求に最も素直だった時期といってもいいかもしれませんが、我慢を覚えず自由気ままに振舞うのは赤ん坊と同じです。

 

 

「わかったよ‥‥でも、姉ちゃん。これだけは、言っておくぜ。

俺はもう二度と、あんな事をするつもりは無い。だって、俺は姉ちゃんが大好きだからな」

 

 

家族愛的な意味でのことなのでしょうが、もの凄い真剣な顔で大好きとか言われると、色恋沙汰に疎い私でもくるものがありますね。

身内贔屓と言われかねませんが、元ネタキャラにそっくりな七花はこの美男美女率の高いアイマス世界においても最上位に分類してもいいくらいの美丈夫ですし。

私達姉弟の個人的な話になり置いてけぼり気味だったシンデレラ・プロジェクトのメンバー達も不意打ちの流れ弾の影響を受けてしまったようで、大半が顔を赤く染めています。

 

 

「私も大好きよ。七花」

 

「じゃあ、俺は愛して‥‥って、痛いだろ、なのは」

 

 

七花が連撃を重ねようとする前に義妹候補ちゃんが、突撃を掛け腹部に拳を叩き込みました。

まあ、自分が好いた男が目の前で姉とはいえ別の女性に愛を囁こうとする光景など見たくないでしょうね。

今更思ったのですが、この義妹候補ちゃんとちひろは色々と気が合いそうです。どちらも方向性は違えど、朴念仁のきらいがあるに男を好いたもの同士、共感しあえる気苦労とかがあるのではないでしょうか。

 

 

「このシスコン、シスコン、シスコン!何、姉弟で愛を囁き合おうとしてんの!?」

 

「いや、俺が姉ちゃんを愛してんのは、否定できない事実だし」

 

「時と!場所と!周囲の状況を考えなさいよ、馬鹿!!私も、まだ言ってもらってないのに!」

 

 

恐らく最後の一言が本音なのでしょうね。

とりあえず、この混沌としてしまったこの場をどうやって治めましょうか。

毎年の事ではありますが私の誕生日は、どうしてこうも平和に過ごすことができないのでしょう。

 

 

 

 

 

 

昼過ぎの少しきつさの残る日差しの中、ジャージ姿の姫川さんの細腕から投げられた白球は、その速度を持って万有引力の法則から逃れようと足掻きながら私が構えているキャッチャーミットへと収まります。

 

 

「ストライク、40」

 

 

ミットの革を打つ快音と共に私はストライクカウントを宣言します。

本来のルールなら既に何度攻守交替なっているかわからないくらいの数ではありますが、私達がしているのは只の投球練習なのでそのまま続行しています。

 

 

「こら、さっちん!少しは振らないと練習にならないじゃん」

 

「無茶言わないでください!かわいいボクは、野球未経験なんですよ!」

 

 

やっぱり輿水ちゃんはいい反応をしますから、見てて飽きませんね。

もうバットを構えていることすら辛いのか、全身が生まれたての小鹿みたいにプルプルと震えていました。

私にはどうあっても似合わないその弱く儚いさまは、羨ましく思うどころか日常生活レベルでちゃんと過ごせているのか心配になるレベルです。

いちいち立ち上がるが面倒なので、座ったまま姫川さんにボールを返します。ちゃんと力を抜いて軽い放物線を描くようにする事も忘れません。

手加減を忘れてしまうと、通称レーザービームと呼ばれるような速球で返してしまいかねませんからね。

 

 

「幸子はん、きばりやす♪」

 

「ファ‥‥ファイト、幸子ちゃん‥‥かっとばせ~~~」

 

 

私達が練習している場所から少し離れた木陰には、白坂ちゃんと小早川さんが輿水ちゃんにエールを送っています。

二人共、特に白坂ちゃんは白すぎるくらいの日差しに弱そうな肌をしていますから、日焼けとかには注意が必要ですから。

 

 

『ねえ、なっちゃん。なっちゃんなら、今の球打てる?』

 

 

そして、白坂ちゃんにべったりなあの子はキャッチャーをしている私の後ろに浮かび、この投球練習を眺めています。

昼過ぎとはいえ、まだ太陽が高々と昇っているこの時間帯に幽霊が元気に飛び回っていて大丈夫なのかと心配にはなりますが、この様子を見る限り問題はないのでしょう。

輿水ちゃんが近くにいるので、あまり会話をしているとぶつぶつ独り言を呟く不審人物と成り果ててしまうからやめて欲しいのですが、カリーニナさんとは別方向に自由な彼女に言って所で聞き入れてはくれないでしょうね。

 

 

「ホームランも狙えるレベルです」

 

『流石だね』

 

 

無視するとまた夢枕に延々と立たれかねませんから、指向性を持たせる発声法で返事をしておきます。

姫川さんの投球は速度も100km/hくらいはありますし、コントロールも悪くなく、確かに素人レベルならかなり上手い部類に入りますが、私が習得しているバッティングスキルはメジャーの一線で活躍する化物達のものなので余裕でしょう。

 

今更ですが、何故こうやって私が姫川さんの投球練習に付き合っているかというと。

シンデレラ・プロジェクトの皆が開いてくれた誕生日会が終わった後、基地に戻らなければならない七花とご機嫌斜めな義妹候補ちゃんを玄関まで送りました。そして、せっかく出社したのだから仕事をしようとしたのですが、部下達に追い出されました。

曰く『誕生日くらい、休んでも罰は当たりませんぜ』とのことでした。

部下達からのプレゼント(デスク用万年筆)を受け取り、どうしようかと当てもなく彷徨っていると私を探していた輿水ちゃんと白坂ちゃんに遭遇し、2人からプレゼント(服とホラー映画のBD)を受け取り、そのまま暇ならと誘われほいほいとついって行ったからです。

 

 

「紗枝さんも小梅ちゃんも、そろそろ代わってくださいよ!さっきから、ボクばかりじゃないですか!」

 

「堪忍しておくれやす」

 

「私も‥‥ひ、日向に出たら‥‥溶けちゃう‥‥」

 

 

輿水ちゃんが交代を求めますが、どうやら二人共の答えは拒否のようです。

まあ、二人共外で元気に走り回ったりするようなアウトドア派には見えませんし、わざわざ好き好んで快適な木陰から出ようとは思いませんよね。

もうバットを持ち上げる気力もないようですし、そろそろ休憩を挟んだほうがいいかもしれませんね。

無理をさせてしまって明日以降の仕事に響いては困りますから。

 

 

「とりあえず、ちょっと休憩しましょうか」

 

「流石、七実さん。かわいいボクの体調を気遣ってくれるなんて、ポイント高いですよ」

 

 

私の提案に飛びつくように反応した輿水ちゃんは、バットとヘルメットをその場に置き去りにして木陰へと駆けていきました。

恐らく本気で走っているのでしょうが、ちょっと速い早歩き程度の速度しか出てなくて、笑ってはいけないのでしょうが吹き出してしまいそうです。

姫川さんは我慢することなく大笑いしながら、輿水ちゃんを追って木陰に向かいます。

私もこれ以上日に当たっていたくないので、そこそこ急いで木陰に向かいましょう。瑞樹ではありませんが、この歳になるとアンチエイジングや肌のケアも本格的に考えなければなりませんからね。

ある程度何処からか見稽古してきたチートで肌年齢は若く保たれているようですが、過信と慢心は隙を生み、取り返しのつかない事態に発展しかねません。

身も蓋もない言い方をしてしまえば容姿でお金を稼ぐといえるアイドル業において、肌のトラブルはそのまま仕事にも多大な影響を及ぼします。

映画撮影もありますし、臆病者になるくらいが丁度いいでしょう。

とりあえず、今はこの白坂ちゃんから受け取った良く冷えたスポーツ飲料を飲んで休憩するとしましょう。

 

 

「ていうか、なんで投球練習にバッター役がいるんですか!?」

 

「う~~ん‥‥その場のノリかなぁ?」

 

「ノリ!?」

 

 

木陰で水分補給を終えた輿水ちゃんが今更な質問をしますが、返ってきた答えは何ともいえないものでした。

 

 

「だって、やっぱりバッターがいると『やってやるぞ!』ってモチベーションも上がるし」

 

「だったら、ボクじゃなくても他にいるじゃないですか!例えば七実さんとか!」

 

「なら、さっちんがキャッチャーになるけど大丈夫?」

 

「‥‥無理です」

 

 

色々と非力さが目立つ輿水ちゃんに姫川さんの球を受け止めることは難しいでしょう。

迫ってくる球にビビッて頭を抱え込んで避けるか、無理に取ろうとしてミットではなく体でキャッチしてしまうことになりかねません。

前者なら輿水ちゃんの愛らしさが爆発しそうになるだけで済みますが、後者は青痣ができるでしょう。

そんなこと私が許すことができません。世の中には好きな子をつい傷つけてしまうタイプの捻くれ過ぎた人間がいるのは知っていますが、好きな子は愛でるのが一番だと声を大にして言わせてもらいましょう。

例え触れなくとも、その愛らしい姿をこの目に収めるだけで心の奥からあたたかい気持ちが止め処なく溢れてきます。

例えば、喉が乾いていて急いで水分補給をしようとして、スポーツ飲料のペットボトルを傾けすぎてその小さな口から溢れさしてしまう輿水ちゃん。

誰も取ったりしないのに、そんなに慌てて飲むことないのにと慌てん坊の娘を見守る母親のような気持ちになれます。

そして、そんな溢れて垂れてしまったスポーツ飲料をそっとハンカチで拭いてあげる白坂ちゃんの健気さ。

もう、見ているだけで心のいろいろな部分が満たされる感じがしませんか。

この娘達の為なら、私は神に挑む事すら恐れることはないでしょう。

 

 

「しかし、友紀はんも随分きばりはりますなあ」

 

 

そんなことを言いながら小早川さんが、姫川さんにタオルを渡します。

あまり接点がなく、今回の件で初めて話すようになったくらいの関係なのですが、KBYDというユニットのなかで一番落ち着いているのは彼女でしょうね。

一応最年長は成人している姫川さんなのですが、それでも安定感という面においては小早川さんの方が圧倒的に勝っています。

やはり京言葉という響きだけでも桐箱のような上品さを感じさせる言葉遣いをしているからでしょうか。

 

 

「勿論!だって、キャッツの試合の始球式を務めるんだよ!

ファンとして、野球を愛する人間として、みっともない球なんて投げられないもん」

 

「そういうもんどすか?」

 

「そういうものなの」

 

 

偽りなど一切ない笑顔で言い切る姫川さんは、時間の経過と共に勢力を落としながらもじりじりと私達を照らそうとする太陽にも負けない輝きを放っていました。

そこまで打ち込めるものがあるのは、素直に羨ましく思います。

私の場合は見稽古というチート能力のお蔭で、何でもある程度できるようになりますから、物事に対する執着心というものがわりと薄いのです。

どんなに難しいことでもプロの技を見ればできるようになり、見ていなくても今まで習得してきた技術を混成すれば何とかなったりと、第二の人生を歩みだしてから血の滲むような努力というものをしたことがありません。

周囲から天才と持て囃されたこともありますが、所詮私なんて神様から与えられたチート能力に依存しているだけの人間でしかないのです。

 

 

「よし、もう少し休憩したら再開するぞぉ~~!」

 

「まだやるんですか‥‥」

 

「弱気はダメだぞ、さっちん!ほら、目指せ甲子園!」

 

「ボクはまだ中学生ですし、アイドルですよ!!」

 

 

嫣然一笑、愉快活発、水魚の交わり

さて、平和にスポーツを楽しみましょうか。

 

 

 

 

 

 

「「「「七実(さん)、誕生日おめでとうぉ~~~♪」」」」

 

「ありがとうございます」

 

 

お祝いの席ということで少々奮発したらしく、琥珀がかった輝きのシャンパンの注がれたグラスを打ち合わせました。

一口飲む前にその輝きを眺めてみると繊細で細やかな泡とシャンパン自体の輝き、そして極めて透明度と屈折率が高いクリスタルガラスの織り成す光景は、まるで一枚の美術品のようで感動すら覚えます。

そして味は、長く熟成された古典的な感じがありながらも年月による濁りを一切感じさせず、優美にして典雅なもので、たった一口で悦楽の境地へと誘ってくれました。

長く残る余韻に浸りながら、しばし無言になります。

美味しいの一言で片付けるには勿体無さ過ぎるシャンパンで、こんな天上の味を知ってしまえば安酒に戻れなくなってしまうのではないかと不安になるくらいの強い衝撃でした。

 

 

「‥‥凄いですね。それしか言葉が見つかりません」

 

「わかるわ。私も色々食レポをこなしてきたけど、これを上手く表現する自信はないわ」

 

 

寧ろこの味をわざわざ人間の言葉に当てはめようとする事すら、無粋極まる愚かな行為なのではないでしょうか。

こんな素晴らしいものを産み出してしまうとは、恐るべしアラン・ロベール氏。

是非ともその技術を見稽古させてもらい、この天上の美酒の製法を後世にまで絶やすことなく伝えるお手伝いをさせていただきたいですね。

 

 

「‥‥美味しい」

 

「流石の楓ちゃんもこれを駄洒落にする勇気は無かったみたいですね」

 

「武内君にも飲ませてあげたいなぁ」

 

 

それぞれがこのシャンパンに思うところがあるようですが、私は私で肴に手を伸ばします。

今日は色々と食べ過ぎているので、がっつりと食べられる料理系ではなく素材の味を生かした肴をメインに頼みました。

ボウルに盛られたイチゴを手に取り、一口齧ります。

大粒でしっかりとした甘さがありながらもすっきりとした酸味のバランスが素晴らしく、また果汁もジューシーでシャンパンとあわせても後味がさっぱりしていくらでもいけそうですね。

そういえば、一粒5万円するイチゴがあるらしいのですが、あれはいったいどんな味がするのでしょうか。

アイドル業も好調で金銭的に余裕があったとしてもイチゴ一粒に5万円もつぎ込むことは、セレブな金銭感覚を持っていない私には二の足を踏みます。

食べて見たいと思わないわけではありませんが、そのお金があるのならそこそこお高いイチゴを沢山買って食べたほうが満足感も大きいのではと思ってしまうのです。

 

 

「いつからでしょうね。誕生日が嬉しくなくなったのは‥‥」

 

「20代後半に入ってからじゃない」

 

「菜々もそれくらいでしたね」

 

「私は、今でも嬉しいですよ。こうして美味しいお酒も飲めますし」

 

「楓さんは例外だと思いますよ」

 

 

楓には、悩みが無さそうでいいですね。流石は25歳児といったところでしょうか。

ですが、もう少しして両親からの孫まだかコールが強くなっても今のような余裕を保てるかが見ものですね。

 

 

「そういえば、ちひろちゃんは七実の弟君に会ったんだって」

 

「七花君っていうんでしたっけ、どんな人でした」

 

 

しばらくシャンパンに舌鼓を打ちながら談笑していると、話の内容は七花のことになりました。

私が語ってもいいのですが、それでは身内贔屓が入って客観性にかけるのでここはちひろに任せましょう。

 

 

「なんというか、『ああ、やっぱり七実さんの弟なんだな』って感じでした」

 

「へぇ、そんなに似てるの?」

 

「身長が2m越えてるんですけど、なんだか子供っぽい顔立ちをしてます。身体は七実さん並に鍛え上げられていますね」

 

「それで、性格はどうなんですか」

 

「細かい事にはこだわらないやんちゃな七実さんって感じです。後、重度のシスコンです」

 

「「「あぁ~~‥‥」」」

 

 

ちひろがシスコンと言い切ると瑞樹達の視線が私を向き、納得という表情します。

何でしょうかね、このシスコンであっても仕方ないよねみたいな空気は。

そんなに想像しやすいものだったのでしょうか。

 

 

「何ですか、その顔は」

 

「いや、だってねぇ?」

 

「七実さんは、内側に入れた相手にはもの凄く甘いですからね」

 

「七実さん、そこのチーズをとってください」

 

「きっと小さい頃から、七実さんに甘やかされてきたんでしょうね」

 

 

楓にチーズを渡してあげながら、向けられる呆れ交じりの視線を受け流します。

確かに私は身内や親しい人たちに対して甘いところがあります。それは認めましょう。

ですが、親しい相手から頼られてそれをかなえてあげようと思うのは、いたって普通のことではないでしょうか。

身内や親しい相手から頼られると必要とされている感じがして、そのお願いを何でも叶えてあげたくなってしまうのは駄目なのでしょうか。

自立心を失わせてしまうといわれたこともありますが、そこら辺の匙加減は弁えているつもりです。

 

 

「一応、彼女がいるみたいなんですけど‥‥その子の前で、七実さんに『大好き』とか『愛してる』とか言うくらいですから」

 

「‥‥いい、七実。いくら合意の上でも、近親○○は駄目よ」

 

「ジョイヤー!」

 

 

失礼な発言をする瑞樹の脳天に手刀を叩き込みます。

私達姉弟仲は一般的なそれよりも良好すぎるといえるものかもしれませんが、それでもそういったことをした事は一度もありません。

というか、恥ずかしながらこの歳になっても処女ですし。

性的なことに興味が無いわけではありませんが、そういった相手には恵まれませんでしたので。

 

 

「なによ!せっかく人が心配して言ってあげたのに!」

 

「私と七花の関係は、そんなんじゃありません。だから、大きなお世話です」

 

「でも、凄いですよね。彼女の前で姉にそういったこと言えるって」

 

 

その所為で義妹候補ちゃんの機嫌は急転直下しましたけどね。

いくら七花でも、あの場であれほどの爆弾発言をするとは思いませんでした。

あの爆弾発言のお蔭で黒歴史関係への追及が有耶無耶になってくれましたので、私としては不幸中の幸いといえたでしょう。

この生ハムも、意外とシャンパンに合いますね。

普通の加工されたハムには無い、生肉ではないけど生に近いこのぐにぐにとした食感と少し濃い目の塩気を、このシャンパンの泡と一緒に流し込む感覚は、イチゴとはまた違った味わいです。

じっくりと塩漬けし乾燥させた生ハムは、塩の魔法によって素材の旨味を存分に引き出され、気が付けばなくなっていてもう一皿食べたくなってしまいます。

カウンター席なら大きな塊から切り出すところも見ることができ、その臨場感から美味しさも更に上がるのですが、このメンバーでカウンターを占拠したら少々面倒な事になりそうですから諦めないといけません。

他の客の視線に曝されながらでは、こんな風に騒いだりもできないでしょう。

 

 

「はあ、私もあんな風に言われたいですね」

 

「わかりますよ、ちひろちゃん。菜々も憧れちゃいます」

 

「そうね、私にもそんな相手が欲しいわ」

 

「私は()を求める()()ドルですから」

 

 

約1名違う感じではありますが、全員が恋とか愛とかを求めているのでしょう。

楓は本気かどうかわかりませんが、ちひろは武内Pに心底惚れているようですから、今回の七花が落とした爆弾の影響は大きいのかもしれません。

しかし、私達はアイドルですから我慢を強いられてしまうでしょう。

こんなに近くにいるのに想いを伝えることができない。アイドルとプロデューサーの恋物語というものは、どうしてこうも悲恋チックになってしまうのでしょうか。

まあ、私が考えたところでも何も変わりはしない詮無きことですが。

 

 

「楓の面白くない駄洒落は置いといて‥‥今日はお祝いの席よ、朝まで盛大に飲むわよ!」

 

「「いえぇ~~~い♪」」

 

 

瑞樹が追加のお酒を大量に注文し、楓と菜々がそれに同調します。

これは今までの経験上から察するに閉店時間まで飲み続けて、少しはしごして私の家にお泊まりコースですね。

今日は4人の奢りとのことでしたから、明日の朝は二日酔いに効き、胃に優しい料理を色々と用意してあげましょう。

こんな事もあろうかと、昨日のうちに食材等は大量購入しておきましたから問題ありません。

 

 

「あの私、明日仕事なんですけど‥‥」

 

「大丈夫よ。それは皆同じだから」

 

「全然大丈夫じゃないですよ!」

 

 

絶対に明日の朝になったら後悔するだろうなという予感をひしひしと感じながら、またひとつ年齢を重ねてしまった私自身に、あるジャマイカのレゲエミュージシャンの言葉を送りましょう。

『自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ』

 

 

 

 

 

翌朝、私を除く全員が飲み過ぎでダウンし、朝一から武内Pに社用車に迎えに来てもらうことになったり。

私の作ったプリャニキを食べてカリーニナさんが少しホームシック気味になっていたり。

それを励ます為に、前川さん、神崎さん、緒方さん、双葉さん達4人が寮で色々頑張り、その結果何故かカリーニナさんが厨二言語(初級)を習得するというわけのわからない事態が起きたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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胃袋が空では、すぐれたアイドルになれるものではない

アニメ3話あたりの話が延々と続いていますが、次話あたりでフライドチキンに入れたならと考えています。


どうも、私を見ているであろう皆様。

地球上で生活をしている限り規則正しく経過する時間という不変の概念の無常とも思える流れによって、大変不本意ながらまた1つ歳を重ねてしまいました。

あれだけご忠告したというのに、乙女の年齢を詮索しようとする命知らずな無謀な探検家(スペランカー)な方がいるとは思いもよりませんでした。

次元の壁を超えるチートは習得してはいませんが、今後もしそれを見稽古する機会に恵まれましたら、是非ともその皆様たちにご挨拶させていただきたいと思います。私は低い次元にいた無作法な人間ですので、その際は最も原始的なコミュニケーション方法である肉体言語になるかもしれませんが、悪しからず。

勿論、法治国家日本に籍をおく国民として憲法や刑法を犯すつもりは更々ありませんが、悪い人は言いました『ばれなきゃ、犯罪じゃないんですよ』と。

いい言葉ですね。感動的です。

日本女性の平均寿命である86歳までは、まだまだ時間はたっぷりありますので皆様にお会いできる日を楽しみにしています。

 

さて、話をそんなメタ的な話から現実に戻させていただきましょう。

現在私は、シンデレラ・プロジェクトのルームにある武内P用のデスク前で、武内Pと睨み合っています。

別に私達の仲が険悪になったわけではなく、平行線のように交わる事のなく、それでいて互いに譲ることができない意見を持ってしまった為の必然でした。

互いの意見に理解を示さないわけではありませんが、だからといって自分が譲るという結論にはなりません。

しかし、私相手に一歩も引くことなく強く自分の意見を主張するとは、シンデレラ・プロジェクトが本格始動してから色々自覚が出てきたということでしょうか。

これなら、無口な車輪がかつての魔法使いの姿を取り戻すのも時間の問題かもしれませんね。

 

 

「何故、わかってくれないんですか」

 

「申し訳ありませんが、今回は自分の意見を通させていただきます」

 

「どうしてもですか」

 

「はい、どうしてもです」

 

 

武内Pは既に意志を堅く決めているようです。

こうなってしまったらこの不器用過ぎる彼は愚直といわれても進み続けるでしょうから、私が何を言っても変わることはないでしょう。

最終決定権はシンデレラ・プロジェクトを統括するのは武内Pにありますし、所詮サポート役でしかない私がいくら意見を主張しても悪足掻きでしかないのです。

納得できない部分が無いわけではないですが、支えると決めた以上はそれが最高の結果が出るように色々と頑張るのがサポート役としての、年上としての役割でしょう。

 

 

「‥‥わかりました。その方向で調整しましょう」

 

「よろしいので?」

 

 

私があっさりと意見を取り下げた事に少し驚いた表情を浮かべられましたが、そんなに自分の意見を押し通す独裁者のように見えているのでしょうか。

確かに不条理や、全く意味を感じられない無駄な意見や提案に対しては噛み付いたりした事もありますが、武内Pの意見はそうではありませんから譲歩だってします。

それに、独裁者の最期はどれもこれも悲惨なものばかりですから、そんな目に見えた先人の轍を踏むわけにはいきません。誰しも目に見えた地雷を踏み抜いていく愚かな行為はしないでしょう。

 

 

「よろしくないといえば、最初のデビューユニットを前川さんとカリーニナさんに変えてくれますか?」

 

「それはできません。最初のデビューユニットは島村さん、渋谷さん、本田さんの3人と新田さんとカリーニナさんでいきます」

 

「それだけの熱意を持って決めたのなら、私はその意志を尊重するだけですよ」

 

「‥‥ありがとうございます」

 

 

私が自分の意見を取り下げた事に武内Pが深々と頭を下げてきました。

そこまで感謝されることでもないのですが、そんなことを言っても納得しないでしょうから、気持ちを受け取ります。

口には出しませんが、やっぱり見たかったですね。前川さんとカリーニナさんのユニット『あーにゃん・みくにゃん(仮)』。

私の誕生日以降更に仲良くなった2人なら、絶妙なボケとツッコミとアイコンタクトで行動できる阿吽の呼吸で歌もダンスもバラエティも何でもこなせる最強ユニットが完成すると思ったのですが。

この2人の実力はシンデレラ・プロジェクトにおいてもトップクラスであり、既にFランク程度なら余裕で越える事ができると確信レベルの力はあるとトレーナー姉妹から太鼓判を推されています。

言い方が悪くなってしまうかもしれませんが、優しく見守ってくれるお姉さんタイプの新田さんに雲の様に自由気侭なカリーニナさんを制御しきれるとは思えません。

前川さんほどではありませんが、2人の仲も良いのでユニットを組むことに対しての不安は一切ありません。ですが、『あーにゃん・みくにゃん(仮)』の完成度が高過ぎて応用性と発展性も高いのです。

 

 

「一応聞かせてください。どうして、この2人を組ませようと」

 

 

意見を取り下げた身ではありますが、これくらい聞かせてもらう権利はあるでしょう。

 

 

「渡さんが言うように前川さんとカリーニナさんのユニットは自分も検討しました。

2人の実力も高く、仲もとても良好で連携も抜群とユニットを組ませるに当たって、これ以上の好条件は無いように思えました」

 

「でしょうね」

 

 

私もそう思い、この2人のユニットを強く押していたのですから。

実力、連携、完成度、意外性どれをとっても問題なんてある筈ないでしょう。

 

 

「ですが、その仲の良さが逆に仇になるのではないかと思ったのです」

 

「成程」

 

「仲が良過ぎるために、所謂一種の依存関係になるのではないかと」

 

 

双葉さんと諸星さんのユニットを私が強く反対した時と似たような理由ですね。

 

 

「カリーニナさんの魅力はその飾らない素直な部分ですが、時にそれが行き過ぎてしまうことがありますので、きちんとそれを止めてくれる相手が必要だと考えました。

前川さんも止めてくれるのですが、彼女は面倒見の良い献身的な性格をしていますから、最後の最後で強く出ることができない可能性があります。

その点新田さんは、メンバー最年長としての自覚もあり、カリーニナさんをきちんと止めてくれるのではないかと思ったのです」

 

 

どうやら、視野狭窄を起こしていたようですね。

確かにその点については考慮していませんでした。双葉さんと諸星さんのときには、仲が良いというのも考え物であると自分でいっていたのに。

前川さんは菜々と同じ尽くしてしまうタイプのような気がしますから、きっとカリーニナさんがお願いしてきたら何だかんだで最終的に了承してしまいそうです。

シンデレラ・プロジェクトの娘達が天使過ぎて、ここ最近一気に距離が近くなってしまったから見えなくなっていたのかもしれません。

武内Pは、近付いたとしてもプロデューサーとしての一線を頑なに守っていましたから、私に見えていなかったものが見えていたのでしょう。

やはり、私はチートを持っていたとしても全能の存在ではないのであると痛感します。

最近、色々と仕事が増えても問題なく処理できていて、何もかもが思い通りに進みつつあったために心の何処かで慢心が生まれてしまっていたのでしょう。

この調子に乗りやすい一般人的な性格はどうにかならないものでしょうか。

いっそ強力な自己暗示をかけて性格を矯正するべきなのかもしれません。

 

 

「武内Pの意見は理解しました。そこまでアイドルの事を考えているのなら、この渡 七実がそれを十全に果たせるようにサポートしてあげましょう」

 

 

アイドル達のことを真剣に見つめ、色々と考えるように変わってきた武内Pの成長に寂しさのようなものを感じながらも、精一杯格好をつけます。

 

 

「いえ、それには及びません」

 

「‥‥えっ」

 

 

ここで断られるとは思ってもいなかったので、間抜けな声が出てしまいました。

私は一応シンデレラ・プロジェクトのサポート役としてこの場にいるのですが、それを断られてしまうと存在意義がなくなってしまいます。

武内Pもメンバーのスケジュール管理等で忙しいのですから、私のチート能力を上手く活用して楽をする事を覚えないと潰れてしまう可能性があると思うのですが。

 

 

「ど、どうしてですか!」

 

「今回デビューするユニット分のスケジュール調整は自分1人で可能ですし、デビューイベント等に関しては既に渡さんが確保してくれていた分で事足ります」

 

「ですが、ユニットの内容が決まったのなら、その方向性に即した仕事を探さなくては」

 

「現在、複数の企画が進行中です」

 

 

それについては把握していますが、選択肢は多いほうがいいのではないでしょうか。

島村さん達のユニットが可愛さ、冷静さ、情熱のバランスの良い正統派路線で、カリーニナさん達が決して冷たさだけでないクールな雰囲気と美しさをコンセプトにしているのなら、すぐに交渉が可能そうな得意先がいくつかあります。

勿論、最初から仕事を詰め込んだりしては潰れてしまったり、事務所のゴリ押しだと勘繰られたりしてしまいますから、匙加減は重要でしょうが武内Pはもうそんなミスを犯さないでしょう。

いやいや、思考を現実に戻しましょう。

予想だにしない言葉に動揺が隠せなかったようです。

 

 

「渡さん‥‥アイドル部門の後輩でも、一緒にシンデレラ・プロジェクトを進める仲間でもなく、貴方のプロデューサーとして言わせていただきます。

もっと自分の身体を労わってください。今の貴女には休息が必要です」

 

 

ドクターストップならぬ、プロデューサーストップを言い渡されてしまいました。

休息ならシンデレラ・プロジェクトの皆を愛でながら十二分に取れていますし、睡眠も渡り鳥やイルカのように仕事をしながら数秒間だけや身体の一部だけをローテーションさせたり、自宅でもそれなりに取ったりしていますから問題ありません。

そんなチートを説明したところで一般人に理解は得られないでしょうから、どうしましょうか。

大丈夫ですと言ったところで、素直にはいそうですかと引き下がってくれるわけではないでしょうし。

さてさて、この状況をどう切り抜けたものでしょうか。

本格始動したばかりのシンデレラ・プロジェクトは、今が足場固めとかで重要な時期であるので、サポートは絶対に必要でしょう。

ちひろもサポートをしているようですが、私のようにチートを持っていない為できる仕事量は倍近く違います。

 

 

「大丈夫ですって、お姉さんにお任せあれ。私が世間から何て呼ばれているか知っているでしょう」

 

「世間が渡さんをどう思っているかは関係ありません。これはプロデューサーとしての自分の判断です」

 

 

いつもならこれである程度濁せていたというのに、今日の武内Pはいつになく強気ですね。何かきっかけでもあったのでしょうか。

 

 

「もっと私を信頼してください」

 

「弟さんに言われました。渡さんは無理をしようとするときほど、格好を付けたがると」

 

 

どうやら裏切り者は身内にいたようです。

誕生日会の途中、男2人で抜け出していたので何をしているのかと思ったら、密かに情報提供をしていたとは。

今度の基地祭で会うことですし、この仕返しは必ずしてやりましょう。

チートがあるので別に無理しているわけではないのですが、どうやったら周りに理解をしてもらえるのでしょうか。

見稽古のことを説明するわけにもいきませんし、世の中儘ならないことばかりですね。

 

 

「‥‥そんなことないですよ?」

 

「ともかく、明後日は1日休みになるよう調整しましたので、きちんと休息を取ってください」

 

「えぇ~~‥‥」

 

 

もう1日休みを与えられても、どう潰したものか悩むので仕事をくれたほうが嬉しいのですが。

それに、そんなことを言ったら武内Pもシンデレラ・プロジェクトが本格始動してから殆ど休みを取っていないのでいい勝負だと思います。

仕返しというわけではありませんが、今度係長権限で何日か強制的に休みを取らせましょう。

お目付け役も必要でしょうから、その時にはちひろや楓が休みになるように調整しておかなければ。

休んでいる間のシンデレラ・プロジェクトの面倒は私が責任持って見ますから大丈夫です。

仕方ないですが、平和な休日を過ごせるよう色々とプランを練りましょうか。

 

 

 

 

 

明後日の休日をどう潰すべきか頭を悩ませながら、ステップを刻みます。

その若々しいステップは最近また一つ年齢を重ねておばさんへと近づいた私には似つかわしくないものでしたが、レッスンである以上嫌だとは言えません。

出勤しようとしても武内P達が阻止しようと策をめぐらせているでしょうし、今回の手口の鮮やかさから昼行灯が裏で手を引いているのは間違いないでしょから、分が悪いと言わざるを得ないでしょう。

ステルスを使えば出社くらいはできるでしょうが、私の愛機達は使えないように死守されていると考えるべきですね。

普通のパソコンでも業務はできないことは無いのですが、やはり愛機達と比べると作業効率は格段に落ちてしまいます。

タブレット端末は明日の業務終了後に武内Pが預かりに来るといっていましたから、そちらも無理でしょう。

仕事が趣味になってしまった人間から仕事を取り上げるのは、聊か荒療治過ぎると言わせてもらいたいのですが、聞き入れてはくれないでしょうね。

 

 

「島村さん、遅れていますよ。自分の重心の位置をしっかりと理解して、次の動きに繋がる最適な動きを心掛けてください」

 

「は、はい!」

 

「渋谷さんは、次のステップに拘り過ぎです。ダンスは流れです、1つに集中してはいけません」

 

「はいッ!」

 

「本田さん、貴女は城ヶ崎さんではありません。真似だけでなく、それを自分のものとして昇華させましょう」

 

「はい!!」

 

 

『TOKIMEKIエスカレート』について島村さん達に指導しながら、どうにか仕事をするための方法について考えをめぐらせます。

1人で休みをとっても何もする事もありませんし、只時間を無為に過ごしてしまうだけですし。

それならば、私が頑張って休みを取りたい誰かのための時間を作ってあげたほうが有意義というものでしょう。

私の頑張りが、業界でも聞いただけでひっくり返って驚愕するレベルの346プロの有給消化率を支えているといっても過言ではないのですから。

しかし、流石武内Pが選んだメンバーなだけはありますね。

出演決定から練習時間も短かったはずなのに、もう7割方ダンスをものにしています。

いくつか細かいミスをしている部分がありますが、そこは本番までの後4日で修正可能レベルでしょうから、及第点には十分達しているでしょう。

聖さんのことですから、慢心させないように前日くらいまでそれを伝えたりしないでしょうが。

正直、これだけできているのなら私が直接する指導をする必要がないのですが、島村さんと約束してしまったのでそれを破るわけにはいきません。

なので、私はもっと楽に身体を動かせるようにする為のアドバイス程度に留めておき、具体的な内容についての指導は控えておきましょう。

幸い、見稽古は優秀ですから3人のダンス能力もその対象とすることができるので、それぞれの問題点も把握できています。

そんなことを考えていると7回目の通しが終わりました。

3人の様子から考えるに、そろそろ休憩を挟んだ方がいいかもしれませんね。

その旨をアイコンタクトで送ると、前川さん達を指導していた聖さんは頷き休憩を宣言しました。

 

 

「3人とも、一応軽いクールダウンはしておいてくださいね」

 

「「「はい!」」」

 

 

意外と忘れがちで重要な事を伝え、部屋の隅に置いていた鞄からタブレット端末を取り出します。

それを床に置き、軽いストレッチをしながら操作して簡単な業務を片付けておきます。明後日が休みになるのなら、部下達の負担が少なくなるように今のうちにできる仕事は片付けとおかなければなりませんから。

少しだけ溜まった疲労物質を全身に均等分散させるようにゆっくりと筋肉を収縮させます。この身は人類の到達点ではありますが、それでも手入れを疎かにしていい訳ではありません。

 

 

「凄いよね。見本を含めると私達の倍近く踊ってるのに、殆ど汗かいてないじゃん」

 

「どういう体力してるんだろ」

 

「七実さま、素敵です。私もあんなアイドルになれるように、もっと、もっとがんばります!」

 

 

ゆっくりクールダウンしながら島村さん達が小声で話していましたが、私の耳には全て聞こえています。

島村さん、お願いですから私を目標にするのはやめておいた方がいいと思いますよ。

自分で言って悲しくなりますが、アイドルとしての私は正統派路線から180度近く別方向をロケットエンジンで突っ走る、色物アイドルの極みといえる存在ですから。

努力、笑顔、仲間これら3つの正統派アイドル要素に恵まれた島村さん達には、どうかそのまま脇目も振らず正道を進み続けて欲しいものです。

 

 

「ねえねえ、七実さま。何してるの?」

 

 

タブレット端末が気になるのか、城ヶ崎妹さんが覗き込んできます。

私がしているのは面白いゲーム等ではなく文字ばかりの業務の整理なので、見てもあまり楽しくないと思うのですが、興味の塊で好奇心旺盛な女子中学生にはそんな理屈は通用しないようですね。

 

 

「仕事の整理です。明後日が休みになってしまったので」

 

「えぇ~~、いいじゃん休みって。七実さま、仕事し過ぎだし」

 

 

何故そんなに仕事をするのかと不思議そうな顔をされましたが、これは心配してくれているのでしょうか。

私は、別に仕事をすることが好きなのではありません。私が仕事をすることによって、アイドル達が笑顔になれる、夢を見ることができるのが嬉しくて堪らないのです。

誰も手に取らなかった、見向きもされなかった原石や宝石達が、新たなる光を浴びて輝きだし、最高の笑顔で夢を叶える。

そして、その笑顔や夢が次の世代(アイドル)へと続いていくのなら、きっと私が転生してきた意味をこの世界に刻むことができると思うのです。

 

 

「城ヶ崎さんも、大人になればわかりますよ」

 

「もう私はJCだもん!子ども扱いしないでよ!」

 

 

私の半分も生きていないのですから、十分子供ですよという言葉は言わないでおきましょう。

城ヶ崎妹さんも私も幸せになれない言葉ですから。

 

 

「うぅ~~、私も早く大人になりたいぃ~~!」

 

「子供っていうのも、いいものですよ」

 

 

今世では物心つく頃にはチートも成熟された自意識が存在していたので、純粋に日々の些細な事を宝物のように楽しむことができる子供時代は経験できませんでした。

そんな子供時代を過ごし、黒歴史を作り、成人も疾うに過ぎ、社会人となって程なく2桁になろうとした今になり強く思うのです。

今となっては霞がかり、朧気にしか思い出すことのできない、前世の何も知らなかった子供時代。

あの頃に無計画に無意味に浪費していた一分一秒は、大人になった今の同じ時間とは比べ物にならないくらい尊いものであったと。

子供の頃は、あれだけ大人になりたいと願うのに、何故なのでしょうね。

シンデレラ・プロジェクトの皆はまだ私の言葉を理解できないようですが、聖さんは同意するといわんばかりに一度だけ深く頷きました。

 

 

「な、七実さま!?」

 

「ゆっくり‥‥ゆっくり、今を大事にして大人になってください」

 

 

その純粋さを慈しむように、優しく城ヶ崎妹さんの頭を撫でます。

子供扱いに頬を膨らませていますが、それでも抵抗はされないのでもう少しだけ継続させてもらいましょう。

細く柔らかい猫っ毛気味な髪は、手を動かす度に指の間とスルスルとすり抜けていき、ちょっと癖になりそうな感触ですね。

 

 

「莉嘉ちゃん、ずるぅ~~い!みりあも、みりあも!」

 

「いいですよ」

 

 

赤城さんも頭を撫でて欲しいとやってきたので、断る理由もないので承諾します。

寧ろ、私が撫でさせてくださいとお願いしたい立場なので、御礼すら言いたいくらいですね。

城ヶ崎妹さんとは違い、赤城さんの髪の毛はやや太めで癖っ毛なのか撫でる際に微かな抵抗のようなものを感じますが、これはこれで素晴らしいですね。

このままシンデレラ・プロジェクトの娘達全員の頭撫でを制覇し、撫でマエストロでも目指してみましょうか。

 

 

「ずる‥‥オホン、その魔性の恩寵を我が身にも(ずるいです。私も撫でてください)」

 

「『(ズラチョック)』を持つ『同志(ダヴァーリシン)』、『盟約(アベシチャーニエ)』を忘れたら白き流刑の楽園に招待します。(蘭子、抜け駆けしたらシベリア送りにしますよ)」

 

「2人とも日本語を喋れにゃ。特にアーニャ、そのロシア語混じりは誰もわからないからね」

 

 

ばっちりわかる人がいますよ。何故か、ここに唯1人だけね。

厨二言語とロシア語は酸性洗剤と塩素系洗剤並みに混ぜるな危険な代物ということが良くわかりました。

黒歴史性と破壊力も神崎さんの厨二言語とは段違いなそれは、ロシアが生み出してしまった這い寄る混沌よりも更に混沌な代物です。

というか、同志やシベリア送りとか単語はロシア式ジョークなのでしょうか。

 

 

「わ、私も!頑張ります!!」

 

「しまむー、無茶だって!あの濃い面子の中に割って入るなんて、自殺行為だよ!」

 

「‥‥蒼穹。手を伸ばせば届きそうなのに、あんなに遠い」

 

「しぶりん、手伝ってって!面倒だからって現実から、逃げないでよ!」

 

 

島村さんが参戦を表明し、いつもの4人による大混戦が始まりました。

本田さんは何とかして止めようと必死ですが、渋谷さんはそんな現実から目を背けるように窓の外へと手を伸ばしながら空を見ています。

やはり、言葉がこちら側(黒歴史)に近いような気がするのですが、私の気のせいなのでしょうか。

 

 

「こら、お前達!レッスンルームで騒ぐな、摘み出すぞ!」

 

 

とりあえず、聖さんもお怒りですし、この場を治めることを優先しましょう。

元はといえば、私が蒔いた種のようなものですし。

大悟徹底、純一無垢、杯中の蛇影

シンデレラ・プロジェクトは、もう少し落ち着いて平和には過ごせないのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

最近高級酒が続いていたのでそろそろ原点回帰という事で、特大ジョッキのビールを打ち合わせます。

つい勢いよくやりすぎて少し零れてしまったりもしましたが、ビールなんてものはお行儀良く決め込んでも美味しくなる訳ではないので、気にしないことにします。

本日もおなじみ妖精社より、人類の到達点こと渡 七実とウサミン星人こと安部 菜々の宴会模様をお送りします。

 

 

「七実さんって、本当にワーカーホリックですよね」

 

「否定はしませんよ。最近になって、この仕事の楽しさに気が付いた口なので」

 

 

飲み干したビールのおかわりを頼みながら、溜息をつきます。

確かに仕事をしている時間の割合が多くなっているのは自覚していますが、こんなに心配されるほどレベルに見えるのでしょうか。

一応、私はいつものメンバーや武内Pよりも年上なのですが。

成人式が昔の思い出として語られるような年齢にもなってしまいましたし、自己責任が付きまとう社会人なのですから、現状の対応は過保護すぎるような気がしてなりません。

休みたいときは、前回実家に帰ったときのようにちゃんと有給申請もするというのに、何が不満だというのでしょう。

 

 

「愛されてるってことですよ。素直に喜びましょうよ」

 

「わかっていますけど‥‥出演しなくても、ライブを前に休みを取るのは心苦しいです」

 

 

資材の搬入や音響機器等の最終調整、演出の確認、グッズの点検、各部署との連絡、指揮系統の簡略化と円滑化等々やるべきことを挙げ出してしまえば切りがありません。

勿論、その全てに私が関わる必要はありませんが、それでライブのクオリティが向上するのなら積極的に関わっていくべきだと思うのです。

美城の中でも設立してからの歴史の浅いアイドル部門は、その華やかで輝く表舞台の裏側では自転車操業とまではいいませんが、それでもギリギリな綱渡りをしていることが多いのです。

理由としては所属するアイドル達の人数に対しての高ランクアイドルの比率が低いという事でしょう。

楓や瑞樹といった一部はトップアイドルとして名が売れ出していますが、シンデレラ・プロジェクトのようなデビュー前のアイドルの卵達を沢山抱えていますからね。

デビュー前なので彼女達の主に請ける小さな仕事では、レッスン費や広告費を考える圧倒的な赤字となってしまうのです。

先行投資といえば聞こえはいいですが、それが赤字である事には変わりようがなく。上層部の一部では、そういったアイドルの卵達を選別するべきではないかという声があがっているのも事実です。

今は昼行灯が上手くやっていてくれているようですが、改革派に後一押しとなる何かが加わってしまえば、流れは一気に変わってしまうでしょうね。

だからこそ、私に休んでいる暇はありません。

チートなんてこういった時に使わなくては、無用の長物と化してしまうのですから。

やっぱり、明日の朝一に昼行灯に直訴しに行きましょう。恐らく屋上庭園に近い喫煙所を探せば居るでしょうから。

 

 

「七実さん、休みは休まないとダメですからね」

 

「‥‥わかってますよ」

 

「菜々の目を見ていってくれますか?」

 

 

どうやら、菜々も休みをとらせようとする派閥の人間のようですね。

夢と希望を両耳に引っさげるウサミン星人なら中立くらいでいてくれると思ったのに。

 

 

「大丈夫です。七実さん、嘘つかない」

 

「典型的な棒読みをありがとうございます」

 

「‥‥だって、休みに何していたか忘れたんですよ」

 

「‥‥うわぁ」

 

 

先程語ったことも事実ですが、今の言葉もまぎれもない私の本音です。割合としては6:4くらいですね。

そんな恥ずかしい理由を正直に白状したというのに、ないわーという感じの顔をされました。

私のことを残念と思うのなら甘んじて受け入れますが、人間なんていくら大義名分みたいなものを語ったところで、その根底には絶対に自己的な理由が隠れているものでしょう。

この言葉を否定できる人がいるとするのなら、その方たちは恐らく釈迦如来やイエス・キリストの生まれ変わりでしょうから、巡礼の旅や布教活動を始めることをオススメします。

 

 

「なんですか、その顔」

 

「いやぁ、菜々もアイドル活動は楽しいですけど‥‥休みの過ごし方を忘れるほどじゃないので」

 

「元々無趣味でしたからね」

 

 

見稽古の所為で大概のことは最初から超一流の出来になってしまいますから、持続力が三日坊主よりもないのです。

何だか、苛立ってしまいそうなのでアジフライでも食べて落ち着きましょう。

開きにされた鯵に衣を着けてさっくりジューシーに揚げたアジフライは、何を付けて食べるべきか頭を悩ませますね。

日本人らしく魚には醤油でいくか、それともフライという洋食という事なのでソースというのも捨てがたい。ですが、他の場所では絶対に食べられない妖精社特製タルタルソースと魚のフライの組み合わせは最強だと断言できるでしょう。

この悩ましい難題をすぐに決めてしまわなければ、身や衣に閉じ込められた熱く美味しい油の力がすっかり抜け落ちてしまうのです。

今日は、この身に流れる日本人のDNAの直感を信じて醤油といきましょう。

醤油を小皿に注ぎ、アジフライの端っこを少しだけ浸してから熱々を一気に口に含みます。

最初に歯に伝わるサクサクと子気味のいい衣の食感、そして衣の総を突き破った先にある油の熱によってふっくらとした鯵の身。やはりフライは衣も楽しむものですから、それを損なってしまう直接かけて食べる方法は好きになれません。

そして噛む度に、鯵の申し分ない癖のなく旨味に溢れる淡白な味わいに、日本人の舌に慣れ親しんだ醤油の熟成された心地よい塩気が、渾然一体となって口を満たしてくれます。

そこに頼んでおいた、気取らないウーロンハイを流し込めば、最近の高級酒続きで驕った口には何よりのご馳走でしょう。

あっという間に一尾が胃へと収まってしまいました。

 

 

「でも、何か趣味は見つけたほうがいいですよ」

 

「ウサミン星との交信みたいな?」

 

「い、今は菜々のことはいいじゃないですか!」

 

 

ソースをたっぷりかけたアジフライを食べながら、菜々は少しご立腹のようです。

しかし、趣味を見つけるといっても、この見稽古に影響されない趣味というものはこの世に存在するのでしょうか。

王道的なものでいくなら読書や映画鑑賞あたりかもしれませんが、読書は速読スキルによって本気を出せば1日に数十冊は読めるのでやはり長続きしなさそうですね。

映画鑑賞は、家では味わえない大迫力の映像と音響というのは悪くないのですが、映画館の場合周囲の観客次第でその素晴らしさが大きく損なわれてしまうことがあります。

趣味とは、言い方を変えてしまえば大人が大手を振って遊ぶための言い分みたいなものですから、やはり楽しんで何ぼのものでしょう。

 

 

「ショッピングなんてどうです?」

 

「休日の街中を色々見て廻ってはしゃぐ私を想像できますか」

 

「‥‥ノーコメントで」

 

 

その返答ではできないと肯定しているのと同義なのですが、はっきり言い難いのは確かでしょう。

私は一応生物学的分類上女性であるものの、買い物の仕方はどちらかというと男性的なものに近く、目的の物の確保を最優先としていますから寄り道をしたとしても2,3軒程度です。

色々な物を見て廻る楽しさというものは理解しているのですが、それは一緒に誰かがいる時の方が強いでしょう。

いつものメンバー達とショッピングに行った時も、絶対に買わないような物を手にとってああでもない、こうでもないとくだらない感想を言い合ったりしたのは本当に楽しかったです。

ですが、1人だとどうしても楽しさ重視というよりも効率重視になってしまいます。

 

 

「スポーツ!」

 

「自慢する訳ではありませんが、私の相手になるような人がいません」

 

「芸術!」

 

「何だか、お高くとまっている様で気乗りしません」

 

 

提案してもらっている側なのに偉そうですが、私にも選択する権利くらいはあります。

それに私は別に無趣味というか、仕事が趣味でも全く構わないのですが、それは認められないのでしょうね。

菜々が趣味候補を挙げていき、私がそれを否定していくという不毛な行為がしばらく続きました。

 

 

「食べ歩き!」

 

 

もう何個目になるかわからない趣味候補を挙げた瞬間、私の身体に稲妻が駆け抜けます。

我、天啓を得たり。

 

 

「それです!!」

 

「へっ?」

 

 

どうして今までそれに思い当たらなかったのでしょうか。食べ歩き、いいじゃないですか。

都内には有名処から、隠れた名店まで数多くの美食達が集っているのですから、ふらふらと風任せに街中を歩いて心を惹かれた店に入って食事を楽しむ。

昔から食べることは大好きでしたし、食べ過ぎによる過剰なカロリー摂取もこの燃費の悪いチートボディのお蔭で気にする必要もありません。

お金はアイドル業や係長業務で一般的な同年代よりも遥かに高い給金を戴いていますから、毎日浪費するように食べ歩かなければ問題はないでしょう。

やることが決まれば、あんなに憂鬱に思っていた休日が途端に楽しみになってきました。

現金な性格といわれてしまうかもしれませんが、神様転生者だって基本は人間なのですから所詮こんなものです。

ひたすらに人の為に奉仕続ける人間なんて、その精神は尊いとは思いますが、あまりにも人間味が薄すぎて敬意よりも先に畏れを感じてしまうでしょう。

 

 

「ありがとうございます」

 

「えと‥‥はい、どういたしまして?」

 

 

さて、休日は食べ歩くと決めたのですからどの方面に足を伸ばしましょうか。

沢山食べられるように公共交通機関を使わずに、このチートボディで散策するのもいいかもしれませんね。

そんな楽しみになってきた休日への思いを相対性理論等を提唱した20世紀最大の物理学者の名言を少し改変して述べさせてもらうのなら。

『胃袋が空では、すぐれたアイドルになれるものではない』

 

 

 

 

 

その後、休日の朝早くから食べ歩きの為に自宅を飛び出したのですが、マンションの前にお供を希望する娘達が待ち構えていて。

当初の予定とは全く異なりますが、それでも十二分どころか最高に素晴らしい休日を過ごす事になるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色々とユニットの可能性につきましては考えてみたのですが、自身にオリジナルユニットを考え、動かすだけの実力はないと判断し。
申し訳ありませんが、アニメそのままのユニット編成で進めることにしました。
オリジナルの組み合わせを楽しみにしていた方々には、申し訳ありません。

しかし、ユニットを組んでいないからといって、絡ませたり、一緒の仕事をしてはならないということにはなりませんので、色々な可能性は試してみたいと思います。


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いつでも自分を磨いておこう。あなたは世界を魅せるためのアイドルなのだ。

遅ればせながら、アニメ3話分最後となります。
アニメ本編とは、ライブの進行スケジュールやタイムテーブルが若干違います。

後、七実の立場から考えた結果『フライドチキン』及びライブシーンについては省略となりました。
ご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

本日は島村さん達の初舞台になるであろうライブの当日です。

ライブ自体は夕方からなので、早朝である現在会場に居るのは会場の最終調整を行う346プロの一部の関係者だけでしょう。

今回のライブには私は参加しないので、本日は久方ぶりに完全な裏方として活躍させてもらいます。

インカムで各部署と連絡を取りながら、作業の進捗や物資の搬入状況を確認し、適宜人員を割り振りながら効率的に会場設営を進行させて行きます。アイドル業もいいのですが、やはりこういった陣頭指揮も楽しいですね。

1つの目的のために全員で力を合わせて作り上げるのは、完成した時の達成感もありますからやりがいといった面から考えるといい勝負かもしれません。

 

 

「演出班、そちらの調子はどうですか」

 

「現在音響班と合同で通し中ですが、現状問題ありません」

 

「わかりました。細かな異常も見逃さぬようしっかりお願いします」

 

「了解」

 

 

映像演出はライブ特有の演出ですし、華やかで美しい映像はライブの雰囲気を視覚的に盛り上げてくれ、サイリウムの草原と合わさる事により、会場をしばらくの間煩わしい現実世界と隔絶した幻想的な世界へと誘ってくれます。

しかし、その演出に拘れば拘るほどにその調整は難しく神経質にならざるを得ません。

他プロのライブでも無駄に懲りすぎた演出をしようとした為、映像が止まってしまってしまい観客の少しの動揺が波紋のように広がっていき、それが緊張していたアイドルにも影響してしまって最悪の形となってしまったという痛ましい事例もありますし。

我が346プロでは、そんな事が起きないように色々と徹底していますし、年末イベントのようにもし起きたとしても最終的に私が何とかして見せますから問題ありません。

アイドル業がそれなりに忙しく成り出してからは、気軽に入ることができなくなってしまいましたから、私が思いつく限りのトラブルの原因とその解決法を纏めたファイルを渡しておいたので、ある程度何とかなるでしょう。

それに私ばかり目立っている節がありますが、大企業である346プロの人材はその分野においては私に負けず劣らずな一流の人材が揃っています。

特に経験則に基づく熟練されたその技術は、時に私の想像を超えた神業的技術作品を生み出すので、まだまだ見稽古のし甲斐があります。

それに今では少なくなってしまいましたが、一部の職員は片手間な私に負けてなるかと自己研鑽に励んでいますから、346プロの未来は明るいのではないでしょうか。

 

 

入口(ゲート)設営班より、HQ七実さまへ。入場対応のリハをしたいので、空いている人員をいくらか回してください」

 

「HQ了解、休憩中の人員を回します。混雑解消のための修正は現場の判断で行ってください。

後、通信に敬称は不要です」

 

「最後以外は了解です」

 

 

最後こそ了解してください。そんな言葉を呑み込みつつ、休憩を取っているメンバーに指示を出しておきます。

最近さま付けが基本(デフォルト)過ぎて感覚が麻痺しつつありますが、社会人数年目のいい大人達が同じ会社の人間をさま付けで呼ぶなんて冷静にならなくてもおかしすぎるでしょう。

会社の中でさま付け呼びが許されるのは、2次元世界だけです。

確かにこの世界は2次元(ゲーム)である『アイドルマスター』を基準としていますが、私という神様転生者や七花といった別作品のキャラクターに似た例外(イレギュラー)も居ますから、もはや正史とは別の歴史を進んだ並行世界といえるでしょう。

原作には346プロなんて大企業のプロダクションなんて出てきませんでしたし。

それに私に関わる人達が、作られたキャラクターとは思えませんからこの世界は現実だと断言できます。

ならばこそ、さま付け呼びをどうにかしたいのですが、どうすればいいでしょうか。

いくら考えを巡らせてみても妙案は浮かばず、溜息が漏れます。

 

 

「やあ、渡君。張り切っているみたいだね」

 

「今西部長、お久しぶりですね」

 

 

何とも微妙なタイミングで昼行灯が現れました。

最後に会ったのは島村さん達のライブ参加の是非を問う話し合いの時以来ですから、少なくとも2週間ぐらいは経っているでしょう。

姿の見えない間も水面下で何やら精力的に動いていたようですが、その尻尾を掴む事はできませんでした。

とりあえず、いつ如何なるときでもどんな無茶振りが来ても対応できるようにはしてありますが、もう少し報告、連絡、相談といった社会人として守るべき最低限のマナーを守ってもらいたいものです。

この何を考えているかわからない笑顔の下では、いったいどんな謀略を巡らせているのでしょうか。

あまり私を巻き込まないで欲しいのですが、それは願うだけ無駄だと思うので諦めはついています。

タブレット端末で情報を処理しながら、昼行灯の出方を窺いましょう。

 

 

「おっ、そうだ久しぶりついでにこれを渡しておこう」

 

「それは?」

 

「いいものさ」

 

 

そう言ってもったいぶるかのようにポケットからゆっくりと1枚のCDを取り出し、差し出してきました。

表面に何も書かれていない無地のCDにいったいどんなものが保存されているかはわかりませんが、この昼行灯がわざわざ届けてくるのですから重要なものなのでしょう。

何か新しいアイドル・プロジェクトでの始動するのでしょうか。

私なら現状の業務に加えてその新規プロジェクトを担当したところで問題はないでしょうが、シンデレラ・プロジェクトが始動したばかりで結果のけの字も出ていないうちから新規プロジェクトを始動されるとは思いません。

いくら上司の思いつきによる無茶振りは基本といわれたりするくらい不条理なアイドル業界においても、大企業である美城上層部がそんな愚を冒すような真似をするとは考えがたいです。

まあ手に持ったまま頭を悩ませていても仕方ないので、さっさと読み込んで確認してしまいましょう。

かばんのなかから外付けドライブを取り出して、タブレットに接続して渡されたCDを読み込みます。

中に入っていたのはどうやら音楽データなので周囲の迷惑にならないように追加でイヤホンを接続してから再生を開始します。

 

 

~~♪、~~~♪♪

 

 

流れてきた曲はとても穏やかな始まりでした、ピアノを使いながらも何処か和風な感じのする曲調は聞き覚えがあります。

というか、何故この曲がこの世界に存在しているのでしょうか。

そんな疑問が頭を渦巻き、集中が乱れてしまいますが動揺を顔に出すわけにはいきませんからチートでなんとか抑えます。

本来ならこの世界には生まれることがなかったであろう曲がこうして存在するのは私という神様転生者(イレギュラー)がいることによる歴史の修正力なのかもしれません。

 

 

「~~♪~~~~~♪♪」

 

 

内容に関しては記憶が少し曖昧と成っている部分がありますが、この曲の歌詞は自分が思う以上にすらすらと歌うことができました。

呟くような小声ではありますが、頭に思い出される歌詞を滔々と歌い上げます。

前世においてはこの曲はお気に入りの曲の一つでしたから一時期は何度も聞き返していましたが、ここまではっきりと覚えているのはおかしいとは思わないわけではありませんが、今はこの曲を歌いきる方が重要です。

いつも飄々とした昼行灯が興味深げに目を開いていますが、気にせずに歌い続けます。

 

 

「♪~~~、♪♪~~~~~~~‥‥」

 

 

前世では『拍手喝采歌合』という名で存在していた曲を歌いきり、心に溢れ出す満足感と共にイヤホンを外し一息つきます。

しかし、昼行灯はこの曲を何処から手に入れて、何故私に渡してきたのでしょうか。

これは確認しなければなりません。

 

 

「いい曲でした。部長は何処でこれを?」

 

「ああ、これは前から頼んでいた渡君のソロ曲だよ。ようやくできてさっき貰ったばかりだから、顔出しついでに渡しておこうと思ってね」

 

 

成程、これは私のソロ曲でしたか。確かに本家と声質は違いますが、この世界において私以上にこの曲が相応しい人間はいないといえるでしょう。

 

 

「しかし、初めて聴いた曲に歌詞をつけるなんて‥‥君はつくづく規格外だね」

 

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 

「私も受け取る前に聞かせてもらったけど、今の歌詞は何故かしっくりきたよ」

 

「そうですか」

 

 

まあ、この曲の本当の歌詞ですからね。これでしっくりこないとなったら、この曲に歌詞を付けるべきではありません。

この曲を作曲した人物はいったい何者なのでしょうか。もしかしたら、私と同じ転生者なのでしょうか。

ですが、それなら私という存在を知った時点で何かしらのアクションを起こすと思いますから、考え過ぎなのかもしれませんね。

 

 

「歌詞に関しては渡君に任せるよ。彼にも伝えておくから、一度聞かせてあげるといい。

反対することは無いだろうけど、一応君のプロデューサーだからね」

 

「わかりました」

 

 

シンデレラ・プロジェクトの事で忙しいだろうから、了承だけ貰って後は私の方で処理してしようと思っていましたが、サンドリヨンの基本的な売り込み等は武内Pがしていますから確かに聞いて貰っておいた方がいいでしょう。

今日は私も武内Pも忙しいでしょうから、このライブの処理があらかた片付いた頃に少しだけ時間を取ってもらいましょうか。

一応歌詞を文章に書き出しておいた方が、二度手間にもならないでしょうから準備しておきましょう。

しかし、ようやくソロ曲デビューですか。

ちひろとのユニット曲『今が前奏曲(プレリュード)』も良い曲ですが、ソロ曲というのは私のための完全オーダーメイドの曲ですからやはり気分が昂揚します。

しかも曲も刀語の曲となれば、キャラクターの能力を使わせてもらっている転生者としては興奮するなというのが土台無理な話でしょう。

私は小さく、しかし力強く拳を作ります。

 

 

「嬉しそうで何よりだよ」

 

「一応アイドルですから、新曲に喜ばないはずがありませんよ」

 

「仕事以外の渡君は表情が変わりにくいからね。周りの人間にはわかりにくいのだよ」

 

「‥‥」

 

 

確かにあまり動揺を表に出さないようにチートを使っていますから、ちひろや菜々の百面相みたいにころころ表情が変わるほうではありませんが、それほどわかりにくいでしょうか。

自分の頬を押したりしてみて確認してみますが、別に表情筋は硬くありませんね。

もう少しチートを使わないようにしたほうがいいのでしょうか。ですが、そうすると動揺しやすい内面を曝してしまう事になります。

人がどう思っているかを気にし過ぎてしまう小市民的な性格の私としては、今まで積み上げてきた頼れるお姉さんポジションを捨て去って感情を露にするような度胸はありません。

今まで魔王とか散々やらかしておいて、今更普通の人にイメージチェンジなんてチャレンジャー過ぎるでしょう。

 

 

「君は少々背負い込みすぎるからね‥‥もう少し素直に感情を吐き出すことも大事だよ」

 

「‥‥考えておきます」

 

「そうかい、じゃあ私は他の部署に顔を出してくるよ」

 

 

まるで私がそう返すことはわかっていたという、悟ったような笑顔で昼行灯は去っていきました。

人生の先達からの貴重なアドバイスなのでしょうが、人間は齢を重ねていくとプライドという厄介なものばかりが大きくなって人の意見を素直に受け入れられなくなってしまいます。

それが良くないこととわかっていながら、どうして人間は修正できないのでしょうね。

 

 

「輸送班よりHQ七実さま。追加分の物資を持って来ましたので、搬入口の人員を増やしてください」

 

「HQ了解。すぐに対応しますので、現在の人員で始めておいてください。後、敬称は不要です」

 

「最後以外は了解しました」

 

 

だから、最後を一番了解してください。346スタッフの中で、それって流行ってるんですか。

とりあえず、今はライブの準備に集中する事にしましょう。

島村さん達の初舞台が平和に終わるように、裏方仕事を全うして見せましょうか。

 

 

 

 

 

 

お昼前になると会場設営もほぼ完了し、出演するアイドルやバックダンサーといった舞台に立つ人たちも揃ってきました。

一応各シーンにおける調整等はあらかた済ませましたので、昼休憩を挟んだら今度は通しリハになるでしょう。

演出や音響だけの流れは午前中に何度も通しをやらせていますが、そこにアイドルの呼吸や動き、MCの流れ等で細かな修正をかけていく必要がありますから、まだまだやるべきことは多そうですね。

HQという通称が付けられたスタッフの詰所で、1人現在の進捗状況と通しリハの調整した計画を立てていると扉がノックされました。

 

 

「どうぞ」

 

「七実、お邪魔するわよ」

 

 

入ってきたのは瑞樹でした。

勝手知ったる仲なので視線も向けず、作業を続けさせてもらいましょう。

 

 

「相変わらず、仕事漬けね。休憩、とってないでしょう」

 

「今回はここで座っているだけですからね。指揮していないときが休憩みたいなものですよ」

 

「屁理屈言わないの」

 

 

本来なら会場内を色々移動しながらその場で最適な指揮をしたいと思っていたのですが、昼行灯や部下達に人材育成だ、経験を積ますだと言われ仕方なくこの詰め所で待機することにしたのです。

確かに常に私の力を当てにするようでは、いざという時困るでしょうから。

そんな向こうの正論過ぎる言い分は理解できるのですが、活躍の機会を失ったチートボディが色々と持て余してしまい不完全燃焼感が否めません。

なので、やることが無さ過ぎて逆に落ち着かなくて休憩どころではないのです。

 

 

「私のことはともかく、そちらの様子はどうですか」

 

「そちらなんて言い方しないで、素直にあの3人の様子はどうだったかって聞けばいいじゃない」

 

 

確かにあの3人の様子が気になりますが、今の私はシンデレラ・プロジェクトのサポート役としてではなく、このライブのスタッフの統括としていますから、私情で特定の誰かに入れ込むような真似はしたくありません。

管理者であれば、感情を捨てた選択を迫られる事もありますから、この辺はしっかりしておかなければならないでしょう。

 

 

「大丈夫そうだったわよ。登場も最初こそ失敗しちゃったけど、2回目以降は段々と感じを掴んだみたいで成功させてたし」

 

「そうですか」

 

 

やはり演劇部門等に頼んで、今回使用するものと似た舞台装置で練習を積ませておいてよかったです。

見ている側からしたらカッコいいくらいの感想しか抱かない装置ですが、実際に乗る側からすれば想像以上に勢いにバランスがとりにくく、そして最後に浮遊感があるので着地の難易度もの高いのです。

そんな状況からすぐにダンスに入らなければならないので、経験が少ない3人に数回の練習でこなせるとは思えませんでしたから。

こういう時、事務員時代に築き上げた他部署に対するコネが役立ちますね。

武内Pも同じ事をしようと頑張っていたようですが、何分不器用すぎて他部署の責任者クラスへのコネは持ってなく上手くいっていませんでした。

それでも似たような装置のある舞台を数時間だけでも貸して貰えるように交渉してきましたので、武内Pの有能さが窺えます。

 

 

「瑞樹達は、どうですか」

 

「勿論バッチリよ。体力、気力、そして魅力も十分!後は本番で、ファンの皆を沸かせるだけだわ」

 

「頼もしい事で」

 

 

島村さん達以外は全員今回以上の規模のライブを経験していますから、問題はないでしょうね。

後は裏方である私達がミスを犯さない限り、今回のライブも大成功は約束されているでしょう。

 

 

「HQより、各員へ。現時刻を持って午前中の作業を終了、昼休憩に入ります。

ですが、解散はせずに各部署の責任者は4名程度の人員を連れて詰所に集合してください」

 

『『『『『了解』』』』』

 

 

そろそろお昼時になりますから、インカムで昼休憩を伝え各部署の責任者達を呼び出します。

全員が到着するまでにはもう少し時間が掛かるでしょうから、今のうちに準備しておきましょう。

午後からの各部署の予定に若干修正を加えたものを印刷しながら、詰所の隅に運び込んでおいた複数の50Lのクーラーボックスを移動させます。

 

 

「それは?」

 

「部下のやる気を出させる良い物ですよ」

 

 

先程まで作業していた机の前に並んだ10個近くのクーラーボックスを見て、瑞樹が不思議そうに首を傾げながら尋ねてきますが、瑞樹たちの分もあるのでここでばらしてしまうのは勿体無いです。

今回は作業する人員が多くて、チートを持つ私でも少々骨が折れましたが、これで午後からの作業が捗るなら安いものでしょう。

内容を一切教えない私に対し『教えなさいよ』と瑞樹が不満そうな表情を浮かべますが、笑顔でスルーします。

サプライズで用意したものを驚かす前に披露してしまう愚か者なんていないでしょう。

瑞樹が隅に置いてあるクーラーボックスの方へと足を進めようとしたタイミングで詰所の扉がノックされました。

 

 

「どうぞ」

 

「失礼します。各部署の責任者、集合しました」

 

 

入ってきた責任者達は並べられたクーラーボックスに少々面食らったようではありますが、すぐに立ち直り横一列に整列しました。

HQという詰所の呼び名に、この無駄に一糸乱れぬ整列具合に、いつから346プロは軍人養成所になってしまったのかと思わないでもないですが、今は置いておきましょう。

印刷しておいた修正を加えた予定を渡し、口頭で簡単な動きを指示しておきます。

皆優秀な人材ですから、これくらい簡単な指示でも後は自己判断で最高の仕事をしてくれるでしょうから。

 

 

「後、少しではありますが、昼食を作ってきましたので各部署で分け合って食べてください」

 

 

そう言って、件のクーラーボックスを指差します。

責任者達は言葉の意味を理解するまで少々時間を有しましたが、理解が終えると喜色満面といった表情で騒ぎ始めました。

サンドイッチという簡単なものではありますが、流石に100人分近くの量を用意するのは大変でした。

挟む具も卵やハム、チーズ、レタスにツナといった王道に加え、生クリームやカスタードを使ったフルーツサンド、数は少ないですがカツやローストビーフ、照り焼きを挟んだもの、ピーナッツバター、スモークサーモンとできるだけバリエーションを増やしましたから満足はしてもらえると自負はあります。

2日前から色々準備して、一晩かけて作り上げたものなのでよく味わって食べて欲しいですね。

私が人類の到達点の無限体力と見稽古した数々のチートスキルによる超効率的料理術がなければ実現不可能な計画だったでしょう。

今回初めてやって見ましたが、料理漫画みたいに具材を飛ばして寸分違わず目標の上に載せるという芸当が可能だとは思いませんでした。

責任者達は何度も礼を言ったり、頭を下げたりしながら部屋の外で待機させていた人員を呼び、各部署に割り当てられたクーラーボックスを運び出していきます。

 

 

「お前ら、七実さまの手料理だ!落としても、乱暴に扱っても殺す!

‥‥いや、そのサンドイッチを食べる資格がないと思え!」

 

「「「「Sir,Yes,Sir!!」」」」

 

「いいか、お前らの命よりこのクーラーボックスは重い。自分の命以上のものと思って扱え!」

 

「「「「Sir,Yes,Sir!!」」」」

 

「このサンドイッチは畏れ多くも七実さまが我々に下賜されたものである。粗末に扱えば‥‥わかるな?」

 

 

346プロに軍事部門なんていつの間にできたのでしょうね。

働き始めて5年以上は経っていて、各部署との繋がりを持っていて、社内の大抵の事は把握していたはずなのですが。

この業界は体力がものをいう場面も多いので意外と体育会系の人間が多かったりするのですが、これは少しいき過ぎではないでしょうか。

本人達も納得してやっているのでツッコミしにくい空気ですし、もう苦笑するしかありません。

 

 

「相変わらず、芸能プロダクションの人間って何処か螺子が外れているわよね」

 

「‥‥ノーコメントで」

 

 

私達も一応その螺子が外れたプロダクションの人間の1人なんですけどね。

とりあえず、これで人員の気力は充実してくれると思いますから、午後からの作業は問題なく進むでしょう。

 

 

「さて、七実。私達の分もあるのよね?」

 

「勿論、抜かりなく」

 

 

今回出演するアイドルは勿論、バックダンサーとして出演する人達の分まで余裕を持って用意してあります。

バックダンサーの募集要項等が纏めたチラシには昼食不要と書いておいておくように頼みましたから、きっと皆待っているに違いありません。

空腹は人を苛立たせてしまいますから、ささっと届けてあげましょう。

用意したクーラーボックスを借りておいた台車に積みます。

5個のクーラーボックスを抱えて行くには通路が狭く、他の人たちの迷惑になりますからね。

 

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「ええ、七実特製サンドイッチ、楽しみにしてるわよ」

 

「期待してくれて構いませんよ。量を言い訳にクオリティを落とすなんてしてませんから」

 

 

やるなら最後まで徹底的に拘ってです。

チートによって作業時間を7割近く削減できるのですから、それくらいしなければ。

私が作りし美食に震えるといいです。これを食べたら半月は、そこら辺のコンビニで売っているサンドイッチは食べられなくなるでしょう。

ちなみに、今回のオススメはローストビーフサンドとタマゴサンドです。

肉の選別時から最適なものを探して、2日前からしっかりと下味をしみこませ食感を損なわないように慎重に焼き上げた特製ローストビーフに、和洋中の様々な調理法から算出したローストビーフサンド用のソース。

それらをシャキシャキとしたサニーレタスとほのかな辛味を与えてくれるスライスオニオンと組み合わせることにより肉の重さと脂っこさを口の中に残すことなく旨味の記憶だけが頭に残り、次のサンドイッチに手が進むでしょう。

タマゴサンドの中身はゆで卵を潰してマヨネーズで和えただけのシンプルなものですが、市販のものではくどくなってしまうのでマヨネーズも手作りしましたし、あえてフォークで不揃いに潰しましたから一口ごとに食感が微妙に変わるはずです。

原材料費が比較的安く済むので、他のサンドイッチよりも厚めに作っておきましたので食べ応えも十分でしょう。

挟むパンもあえて耳の部分を一部だけ残しておき、柔らかいだけのタマゴサンドに程好い固さを与える事により食べ飽き難くしました。

他のサンドイッチも拘っているのですが、この2つは味見した中でもトップクラスの美味しさでした。

 

 

「これは、楓達が悔しがるでしょうね」

 

「リクエストされればいくらでも作りますし、ちゃんとお弁当として渡しておきましたよ」

 

 

そうしておかなければ贔屓だとか言って、後が面倒くさいですし。

武内Pにも渡しておきましたし、後でしっかり感想を聞いておきましょう。

最近、シンデレラ・プロジェクトの企画で色々忙しく簡単なもので済ませがちとのことでしたから、このサンドイッチを食べてしまえば当分の間はそんな粗末な食生活には戻れないでしょう。

『男は胃袋を掴んでしまえば、扱いやすくなる』と母も言っていましたし。

そうなればこの手軽で美味しいサンドイッチほどぴったりなものはないでしょう。ここで上手く餌付けしておけば、お弁当を交換条件に色々とこちらの要求も通しやすくなるでしょうし。

武内Pは美味しい思いができる、私は未来への布石を打つことが出来ると、誰も損をしない素晴らしい作戦でしょう。

恩を売る、有頂天外、手前味噌

さあ、七実さん印のサンドイッチを食べて平和な気持ちになりましょう。

 

 

 

 

 

 

「全プログラム、終了。お疲れ様でした」

 

「「「「「「お疲れ様でした!!」」」」」」

 

 

現場統括をしていた私の言葉の後、出演者や各部署の責任者達が集まったスタッフルームは喜びの声で溢れました。

島村さん達も初舞台という事でやはり緊張していたようですが、本番前に武内Pがそれを見逃さずに察して小日向さんや日野さんにアイドルの先輩からのアドバイスをもらうことで、それも上手く解れたそうです。

私は全体進行の管理と昼行灯と共に招待客の対応に追われていましたので、手助けできなかったことが口惜しいですが仕方ありません。

舞台に出る前に好きな食べ物の名前を言うといいとアドバイスされたはずなのに『人間讃歌』と叫ぼうとした島村さんは、後で少しオハナシしないといけないかもしれませんが、今はライブの大成功を喜びましょう。

楽しそうに語らい合う城ヶ崎姉さんと島村さん達を横目で見ながら、軽く肩を回したりしておきます。

このチートボディは今日ぐらいの作業では殆ど身体的な疲労を感じたりすることはありませんが、しかしお偉方の接待というものはそんなチートボディでも肩がこるものです。

昼行灯め、顔繋ぎとか言ってましたが、今日の接待に絶対私は要らなかったでしょう。

大仏+蛙みたいな如何にも汚職していますよっていう顔立ちの人でしたが、日高 舞ショックが起こる前からの熱烈なアイドルファンらしく。

新人とはいえ、○イダーの主役を務めるなどで知名度はある私が接待役という事で、ライブが始まるまで質問攻めをくらいました。

ちなみに、アイドルは神聖不可侵であるというのが持論らしいので、その顔立ちからは想像できないくらいの純真さを持っており、挨拶の時に握手しようと手を差し出したら数分程悩まれました。

昼行灯とは古くからの知り合いで、いまちゃん、だいちゃんと呼び合う仲だそうです。

 

 

「七実さんも本当にお疲れ様でした!今度は一緒にライブを盛り上げましょう!!

後、サンドイッチもの凄くおいしかったです!!」

 

「そうですか、良かったです。ライブについては、検討しておきます」

 

 

のんびりと撤収作業の方に入ろうとしていたら、日野さんに呼び止められました。

身長は低いはずなのに、その持ち前の弾ける情熱と活発さで小型犬というより大型犬という感じのする体育会系元気娘です。

恐れ、何それという感じの明るさで、よく私に話しかけてきてくれるのですが、ことある事に『ラグビーしませんか!?』と誘うのは勘弁してください。

確かに私なら男性の中に混ざっても負けることはありませんが、そこまで女子を捨ててはいません。

 

 

「絶対ですよ!私、楽しみにしていますから!!」

 

「とりあえず、私は撤収作業の方に入りますから、日野さんはしっかり身体を休めておいてください」

 

「ええっ!!七実さん、もういっちゃうんですか!!!!」

 

 

もう、わざとやったでしょうと言いたくなるスタッフルーム全体に響き渡る位の大声で、私の行動をばらしてくれやがりましたよ。

あんなに騒がしかったスタッフルームの視線が私に向いていますし、これはもう駄目かもしれません。

 

 

「七実ぃ~~~、いったい何処に行こうというのかしら?」

 

 

案の定瑞樹が怖い笑顔でこちらにやってきました。

何でそこまで怒られなければならないんでしょうかね。という理不尽さに対しての思いはありますが、それをいうと説教が長引くだけでしょうから言わないでおきます。

 

 

「何だか、もう1人で撤収作業に入るって言ってました!!」

 

「あら~~、情報提供ありがと、茜ちゃん。後で、ジュース奢ってあげるわ」

 

「ゴチになります!」

 

 

私が答える前に日野さんが全部答えます。

これは何ですか、新手の責任者いじめの一種ですか。

いいじゃないですか、私が頑張れば撤収作業の時間が短縮できて多くのスタッフが早く帰れるのですから。

 

 

「渡さん、撤収作業のほうは自分達にお任せください」

 

「後のことは我々に任せ、七実さまは休まれてください」

 

「働きすぎは身体に毒ですぜ。ここは俺たちにいいカッコさせて下さいよ」

 

 

先程まで島村さん達と話していた武内Pやスタッフ達にまでそう言われてしまっては、手伝うことが悪いみたいではないですか。

瑞樹の咎めるような視線や昼行灯の首を横に振る姿を見て、私に勝ち目がないことを悟ります。

 

 

「わかりました。皆さん、しっかりお願いしますよ」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

盛大な溜息をついた後、そう言うとスタッフ達は何故か嬉しそうにスタッフルームを飛び出していきました。

これでは、私が撤収作業を急がせたみたいで嫌な感じですが、それはサンドイッチの件で相殺させてもらいましょう。

そして、スタッフと入れ替わるように今回のライブを見に来ていたシンデレラ・プロジェクトの皆が入ってきました。

 

 

「ふふん、まあ今日のところは」

 

「みんな、とってもキラキラしてたにぃ☆」

 

「次のライブには出られないの?」

 

「今度は私も出して!」

 

「今宵の宴は、正に人間讃歌の輝きに満ち溢れたものぞ(今日のライブ、とっても素敵でした)」

 

はい(ダー)』「とても人間讃歌でした」

 

 

前川さんが何か言おうとしたのですが諸星さんに遮られ、発言の機会を逸してしまいます。

プロ意識の高い前川さんは、一部のメンバーをライバル視している部分がありますからツンデレ風な褒め方をしようとしたのでしょうが、不憫な。

 

 

「わ、私も‥‥あんな風にきらきら出来たらいいな‥‥」

 

「智絵理ちゃんなら大丈夫だよ。私も憧れちゃうなぁ~~」

 

「まあ、今日のステージはそれなりにロックだったかな?」

 

「李衣菜ちゃんも途中からすごいサイリウム振ってたものね」

 

 

どうやら、今日の島村さん達のステージは他のメンバー達に自分もあの舞台に立ちたいと思わせるいい刺激になってくれたようですね。

シンデレラ・プロジェクトの方針では段階的なユニットデビュー方式を取っていますから、各ユニットがそれぞれ最高のデビューができるように頑張りましょう。

 

 

「ああもう!みくもステージに出たいにゃ~~~~~!!」

 

 

前川さんの可愛らしい叫びに瑞樹達先輩アイドルは微笑ましそうにしています。

私はそうではありませんでしたが、皆他のアイドルのステージを見て一度は前川さんのような思いを抱いたことがあるのかもしれませんね。

そんなシンデレラ・プロジェクトのメンバー達に、近代演劇の確立者であるアイルランド出身の劇作家の言葉を少し改変して送るのなら。

『いつでも自分を磨いておこう。あなたは世界を魅せるためのアイドルなのだ』

 

 

 

 

 

 

この後、昼行灯の誘導により私のソロ曲を披露する羽目になり、皆から素直な褒め言葉の集中砲火を受けて顔を赤くする事になったのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少しの間、また番外編を投稿していきたいと思います。

予定としましては
・他視点からの七実(誰にするか未定)
・掲示板風(サンドリヨンスレor七実スレの予定)
・仮面ライダードライブ最終話『アイドルの事件』
・七実inHL(ヘルサレムズ・ロット)(血界戦線 最終回記念)
となっております。

順番は未定なので、完成したものから順次投稿していこうと思います。


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番外編3 仮面ライダードライブ最終話『アイドルの事件』

今回は、ドライブ最終回をメインにしていますのでアイドル達の出番は限りなく少ないです。
そして、悪い癖だとは思いますが冒頭部分のみです。
1話分を作ろうとしたら、1月以上は優にかかってしまいそうですので‥‥
申し訳ありませんが、ご了承ください。


新番組、仮面ライダーIdol

 

ライダー史上初、アイドル仮面ライダー!?

有史以来人々の自らの娯楽の為、多くの人達が絶望や涙した悲劇、惨劇を起こしてきた超常存在の化け物達『エゴロイト』

奴等が次に目をつけたのが芸能界、輝かしいステージとは裏腹に様々な思惑等が交差し、ぶつかり合う弱肉強食の世界。

化け物達の欲望の為、夢を壊され、志を嘲られ、涙を笑い、思いも殺され、全てを諦めてしまおうとするアイドルの卵達。

そんな絶望から皆を救う為に5人のアイドルが立ち上がる。

 

 

「とりあえず、へんしんするです」

 

 

Id(イド)ドライバーを開発した全てが謎の超常的存在『妖精さん(フェアリー)

 

 

「へ、変身って言っても、私そんな経験なんて無いですよ!?」

 

 

いたって普通な、心優しき事務員アイドル『千川 ちひろ』

 

 

「私にはわかるわ。アンタ達なんかの為に、あの娘達が泣く必要なんてないって」

 

 

元女子アナ、面倒見のいいお姉さんアイドル『川島 瑞樹』

 

 

「駄洒落にする気も無いくらい‥‥私、怒ってますよ」

 

 

元モデル、駄洒落とお酒の好きなミステリアスなアイドル『高垣 楓』

 

 

「メルヘンチェンジ!って、ふざけてる場合じゃないんですよね」

 

 

ウサミン星からやってきた永遠の17歳、声優アイドル『安部 菜々』

 

 

「さて、あなた達に手加減は必要ありませんよね?」

 

 

アイドル史上最強、人類の到達点、係長アイドル『渡 七実』

 

有史以来生き延びてきた狡猾な化け物達の陰謀を防ぎ、彼女達は後輩となるアイドルの卵達の笑顔を守ることが出来るのか。

 

『I Disk set』

 

「「「「「変身!」」」」」

 

『Play Prelude!!』

 

歌って、踊って、戦う仮面ライダー群像劇。ここに開演!!

 

新番組、仮面ライダーIdol  10月X日より放送開始。

ライダー史の新時代の到来に、その華麗なステージを見逃すな!

 

OPテーマ『Nocturne』 高垣 楓×川島 瑞樹

 

 

 

 

 

 

仮面ライダードライブ 最終話『(特別編)アイドルの事件』

 

 

ロイミュードを撲滅し、ベルトさんが泊 進ノ介達の前から去り数日が過ぎた。

機械生命体による世界的な脅威は完全に取り払われ、世の中を尊き平穏な日々を謳歌していた。

元々ロイミュードの脅威に対抗するためだけに設立された特殊状況下事件捜査課(通称:特状課)は、総数108体のロイミュードの完全撲滅が確認された事により、その任務を完遂したと判断され解散が通達される。

追田 現八郎や沢神 りんな、西城 究といった特状課に所属していたメンバー達は、それぞれが再び自分の道を歩き出すために特状課の片づけをしていた。

そんな中、仮面ライダードライブであった進ノ介は最後に1つだけ気になる事件の捜査を始めていた。

久留間運転免許試験場にあるこれまでの膨大な捜査資料を集めた資料室で進ノ介は、反政府組織・ネオシェードについての情報資料を片っ端から読み漁り探していた。

しかし、相手は規模も構成員についても不明な点の多い地下組織、燃える刑事魂で資料を探しても有力な情報となりえるものは見つからない。

特状課で担当する最後の事件であるというのに、難航する捜査状況に進ノ介は焦りを感じていた。

グローバル・フリーズ以降、地下世界に息を潜めていたネオシェードが、何故今になって活動を再開したのか、そして何故その狙いが政府に対してではなくアイドルなのか。何時間もここに籠もりいくら資料を探り、考えを巡らせても全く繋がってこないのである。

ベルトさんという掛け替えのない相棒との別れを経験したばかりの進ノ介は、やり残したこの仕事を完璧に解決しようと躍起になっていた。

資料のどんな些細な情報も一字一句見逃さないように読み込んでいると、資料室の扉が勢いよく開かれる。

 

 

「ネオシェードと今回犯行予告の対象となっているアイドル達の資料を持ってきました」

 

 

入ってきたのは詩島 霧子、進ノ介と共にロイミュード絡みの事件を追い続けた相棒の1人だ。

その腕には警視庁や付近の警察署から掻き集めてきたネオシェードの資料や追田達捜査一課の人間たちが聞き込みやらで収集してくれた狙われたアイドル達の情報が纏められた大量のファイルが抱えられている。

 

 

「そこに置いといて」

 

 

黙々と資料を漁る様子を心配そうに見つめる霧子をよそに、進ノ介は決して資料から目を放さない。

 

 

「ギアが入ったのはいいですけど、あんまり根詰めると身体に毒ですよ」

 

「時間が無い。奴等がまた動き出したんだ」

 

霧子はやる気がトップギアに入ったまま頑張り過ぎている相棒を心配し、休息を促すが進ノ介の耳には届かない。

1年半前のグローバルフリーズ当日まで当時の相棒であった早瀬と共に追っていたネオシェードは、進ノ介にとっては並々ならぬ因縁のある相手であった。

その時の一件により相棒だった早瀬は瀕死の重傷を負い、刑事としての職務を全うすることができない身体となってしまい警察官を辞職している。

早瀬自身はそのことを全く恨んでおらず、逆に進ノ介に励ましの言葉を送ったりするほどであるが、それでも進ノ介の心のおくにはあの時の事が今でも確かに根付いているのだ。

 

 

「この事件を片付けなければ前に進めない。もう一度走り出す為に必要な気がするんだ」

 

「泊さん‥‥」

 

 

進ノ介は資料のあるページを開き、それに添付されていた写真を霧子に渡す。

受け取った写真には不思議な模様の描かれたCDが写っていた。

 

 

「これは?」

 

「ネオシェードの残した証拠品だ。俺達は『I Disk』と呼んでいる」

 

 

そう言って進ノ介は、霧子に残された証拠品『I Disk』について説明していく。

この『I Disk』、確かに名前の由来通り英語の大文字の『I』と模様の描かれたCDにしか見えないが、パソコンや音響機器といった如何なる物でも読み取る事も解析することもできない不思議なもので、進ノ介はこれがシフトカーやバイラルコア等と同じような現代科学の範疇を超えた時代錯誤異物(オーパーツ)的な何かではないかと考えている。

なので、警視庁でも顔の利く特状課室長である本願寺 純に頼み、施設設備が揃っている警視庁直下の研究室で解析を続けていてもらったのだが、それが何者かによって盗み出されたのだ。

そこで本願寺の要請により進ノ介は『I Disk』を盗み出した犯人を追っている。

そしてこれが、特状課で捜査する最後の事件であるとも言われていた。

 

 

「1ヶ月程前、ロイミュードの爆破事件が相次いだ時、俺達はそのロイミュードとネオシェードの繋がりを掴んだんだ」

 

 

そしてその組織の解体へと動いたのだが、後一歩のところで主犯格であるリーダーを取り逃してしまったのだ。

ようやく追い詰めたと思った矢先の失態は、進ノ介の心にネオシェードという組織を更に強く刻み付ける。

 

 

『落ち込むことはない。リーダーは取り逃してしまったが、組織は壊滅状態だ』

 

「ベルトさん‥‥」

 

 

もう会うことがないであろう大切な相棒の姿と声に、進ノ介は無意識的にその名を口にする。

 

 

「ベルト‥‥さん?」

 

「いや、何でもない」

 

 

霧子の心配そうな声に、それが自身の生み出した都合のよい幻である事に気が付いた進ノ介は意識を切り替える。

『I Disk』に関する資料のページを霧子に見せ、この証拠品を回収した際についての状況を説明していく。

この『I Disk』はネオシェードのリーダーが持っていたとされ、そして組織解体へと本拠地に乗り込んだ際にロイミュードの起こす重加速とは違う不可解な現象が起きたのだ。

 

 

その時は進ノ介の他に、霧子の弟であり仮面ライダーマッハの装着者である詩島 剛とロイミュード000(プロトゼロ)であり仮面ライダーチェイサーであるチェイスと共に乗り込んだのだが、途中で交戦状態となりそちらは2人に任せて進ノ介はリーダーを追う。

ドライブに変身した進ノ介が追いついた時に目にしたのは、目視可能な不思議なオーラに包まれもがき苦しむリーダーと思わしき人間の姿であった。

闇のように深く暗い色をしたヘドロを思わせる粘着質なオーラを頭部に纏わり付かせている為、顔は判別できない。

そして、そのオーラは酷く不快で何かを冒涜するような、聞いているだけで正気を失ってしまいそうな音を発し始めたのである。

ドライブの装甲をすり抜け、進ノ介の脳に直接到達したその音は心を不安定にさせてしまいそうなメロディを刻みながら囁き続けた。

 

『そいつを殺せ』『相棒の仇を討て』『相棒の受けた痛みをコイツにも』

『急がねば、その機会は永遠に失われる』『相手はテロリスト、言い訳ならいくらでもできる』『ここで未練を断ち切れ』

『さあ!さあぁ!!さあぁッ!!!』

 

心の奥に渦巻く仄暗い感情を刺激するような不条理で狂気的な音楽は、相棒であるベルトさんの呼びかけすら聞こえない状態にまで進ノ介の心を蝕みだしていた。

父親から受けついだ熱き刑事魂がそんな事をしてはならないというが、しかし頭に響き続ける音楽達はそれをしろと囁き続ける。

自分自身さえもわからなくなってしまいそうになる突然の二律背反に進ノ介は叫びをあげた。

意思とは無関係に自分の汚らしい部分を引きずり出されようとする言葉にしようのない恐怖感に、訳もわからず周囲のものを殴り、蹴り飛ばし暴れるが、頭の中の音楽は響き続ける。

相棒の明らかな異常にベルトさんも対策を立てようと思考を巡らすが、ロイミュードでもない未知なる存在の攻撃を解析する事は難しく、この奇妙な不協和音の旋律は情報生命体となったベルトさんの意識すら蝕みだしていたのだ。

周囲に存在する知的生命体がもがき苦しむ中、オーラは深遠なる嘲笑を病的に謳い続ける。

 

 

「やめろ‥‥やめろぉ!」

 

 

進ノ介はドア銃を呼び出し、銃口を自身を蝕み続けるオーラへと向ける。

それは確保すべきネオシェードのリーダーの頭を撃ち抜くことであるということにまで思考は回らない。

普段の熱くも冷静な進ノ介であれば、このような行動は絶対に取らないのだが、それほどまでにオーラの発する汚染は強力なものであった。

ドア銃の引き金(トリガー)に指がかかり、引かれようとした瞬間、音の壁を突き破って飛んできたエネルギー弾がドア銃を弾き飛ばす。

そして、オーラの発する音に対抗するように穏やかで優しい旋律が流れ始め、脳の中で囁き続ける声を掻き消していく。

 

 

「ふぇいず2、けいとうは『ささやくもの』(ウィスパー)です」

 

「やっぱりですか‥‥厄介な手合いですね。援護は任せましたよ」

 

「はい、任せてください」

 

 

背後から幼い子供のような声と2人の女性の声がする。

進ノ介の記憶に2人の声に聞き覚えはないはずなのだが、どこかで聴いたこともあるような気がする不思議な感覚だ。

振り向いて確認したいところではあるのだが、オーラの冒涜的音楽にやられた身体はピクリとも動かず、それどころか意識も次第にブラックアウトしつつあった。

何とか意識を保とうとするが、その甲斐空しく視界が段々と狭くなる。

 

 

「さて、オーディションまで時間が無いんですから‥‥さっさと片付けますよ」

 

「はい!」

 

「つよいことばはふらぐです?」

 

「オヤツ抜きにされたいですか?」

 

「じしんがあるのは、すばらしいです」

 

 

女性と子供に反応してかはわからないが、オーラはリーダーの頭部に纏わり付いたまま浮かび上がり逃亡を始める。

すぐさま、先程ドア銃を弾いたものと同じエネルギー弾が襲い掛かるが、オーラは触手状に伸ばした部分でそれを弾いていく。

 

 

「逃がしませんよ」

 

「おなわにつけ~~」

 

 

殆ど意識の消えかけた進ノ介が最後に目にしたのは、肩に小人の人形を乗せたスーツ姿の女性の後姿だった。

 

後を追いかけてきた剛やチェイスに起こされ、目を覚ました時にはリーダーの姿もあのオーラも、2人の女性の姿もなく、残されていたのは『I Disk』と暫定名がつけられたものだけであった。

追って来た2人に聞いてみても見ていないという答えが返ってき、ベルトさんもあのオーラ等に関する部分の情報はバグに汚染され閲覧も解析もできない状態と八方塞で今の状態に至っている。

結局、あれからあのオーラに関することも何もわからず、ネオシェードのリーダーも不明のままだったのだ。

しかし、今になって再び動き出したのならば、今度こそこの手で解決しなければならない。

進ノ介にとってネオシェードに関わる事件は、もはや因縁を越え宿命となりつつあった。

 

 

「そんなことがあったんですね」

 

「ああ、コイツを追えばネオシェードのリーダーを逮捕できるかもしれない」

 

 

心の内に、絶対にこの手で逮捕するという決意をし、進ノ介は霧子の持ってきた資料を捲る。

 

 

「今回襲撃予告をされたアイドルは‥‥」

 

「渡 七実、046プロ所属のアイドルで元はそこで事務員をしていたようです」

 

 

進ノ介が資料に目を通す前に霧子は、今回ネオシェードに狙われる事となったアイドルに関わる事について説明していく。

渡は、1年前に経営状態の芳しくなかった事務所の意向で事務員とアイドルを兼務する女性で、事務員だったとは思えない身体能力の高さが話題を呼び、現在Cランクに届こうとしているそこそこの知名度のアイドルである。

彼女の所属する046プロは5年ほど前に新設された芸能プロダクションで、所属しているアイドルも10人程度と小規模で業界の中でみても下位に属する弱小プロダクションといってもいいだろう。

しかし、046プロの社長はアイドル達のことを本当に大切にしているようで、過去を洗ってみてもネオシェードとの関係性は一切出てこず白と判断された。

今回の標的にされたアイドルや他のアイドルについても同様で、何故ネオシェードが知名度の低い弱小プロダクションのアイドルを標的に定めたのか、理由が全く見えてこないのだ。

進ノ介は資料に添付された渡という写真を見る。

確かにアイドルということだけあって整った顔立ちをしており、ネオシェードのような反政府組織とつながりがあるようには見えない。しかし、進ノ介にはこのアイドルの姿にどこか引っかかりを覚えるのだ。

 

 

「どうしました?」

 

「いや、何処かで見たことあるなって思ってさ」

 

「アイドルですからね。テレビか何かで見たんじゃないですか?」

 

「‥‥」

 

 

そう言われれば、そうかもしれないと思ってしまう。

警察官という職業柄、芸能人達と関わる事も少なくはない。ロイミュード絡みの事件でも、当時人気女優であったリラの周辺調査をしたこともあった。

自身がはっきりと覚えていないだけで、霧子の言うように何かのテレビで見たことがあるのかもしれない。

プロフィールの下方には過去に出演した作品が列挙されており、その中には進ノ介も見た覚えのあるものがいくつかあった。だが、ロイミュード絡みで更に研ぎ澄まされた刑事の勘が、そうではないと訴え続ける。

何処で見たのか記憶を辿ってみても、思い出すことを拒否するかのように霞がかる。

まるで001(フリーズロイミュード)に記憶を凍結操作された人の話と同じような状況だ。

必死に思い出そうとすると逆に泥沼に沈み込んでしまいそうになる不快な感覚に、進ノ介の焦りは加速するばかりである。

 

 

「おい、進ノ介!ホシが動き出した、標的の出演する番組の最中に襲撃をするという犯行声明が届いた!」

 

 

資料室に焦りを顕にした追田が息を切らしながら駆け込んできた。

話によると生中継中の標的とその仲間の出演する特別番組の最中に襲撃をするという犯行声明が、警視庁や報道各社等に届いたそうである。

具体的な襲撃時間は記されていないが、それでも放送時間から考えると時間は殆どないといえるだろう。

進ノ介たちは直ちに準備を整え捜査車両を回し、現場に急行する。

 

 

『まずいわ。ロケ地の周辺から発信機の反応が出てる。今、データを送ったから確認して』

 

 

霧子の持つタブレット端末に『I Disk』の収められたケースに取り付けられた発信機の位置情報と、西城が監視カメラの映像から解析し特定した犯人の資料が送信される。

岡村 敬介、ネオシェードに出入りしていた構成員の1人らしく武装している可能性が極めて高いらしい。

今回のロケ地は街中のため銃撃戦となってしまった場合、罪のない一般市民に被害が及ぶ可能性があり十分な注意が必要である。

そして無暗に犯人を刺激してしまわないため、捜査本部は番組を中断せずに私服警官達を大量投入し犯行前に岡村を確保する方向で進める方針を採るらしい。

標的となっているアイドルにはこのことを伝えきちんと了承は得られたようである。

 

 

『こんな時、ベルトさんがいてくれれば、何の心配も要らないんだけどね』

 

『テクノロジーを過信し過ぎるのは危険だ。私は進ノ介がいて初めて戦力といえる』

 

 

西城の言葉を引き金に、またベルトさんの幻が現れ進ノ介は視線を腰へと向ける。

勿論、そこに相棒の姿はなくごく一般的な皮製のベルトがあるだけだ。

進ノ介はその動揺を押し殺すように集中するが、その焦りは運転に顕著に現れ、普段では考えられない荒々しいものとなってしまう。

霧子も追田も心配そうに進ノ介を見つめるが、2人共警察官である為優先順位をきちんと理解し、今はネオシェードの犯行を防ぐ事に集中する。

到着したのは、都内にある比較的大きめの公園であった。

今回襲撃予告がされたのは標的とされた渡がメインを務める食べ歩き番組の特別編であり、仲のよいアイドル達とともに都内の隠れた名店を巡っていくというものである。

現在は犯行予告がされたとして、番組の流れを変更して周囲への被害が最小限になるようこの公園へと移動していた。

この公園は犯行予告が出た後、警察がうまく市民を誘導しており、現在この公園内にいる人間は全てが私服警官である。

アイドル達は周囲360度が見渡せる中央にある噴水前のベンチに腰掛け、私服警官が店員に変装した屋台で購入したクレープを美味しそうに食べていた。

霧子には捜査車両での待機を頼み、進ノ介と追田は先に到着していた捜査一課の人間たちと合流する。

 

 

「状況は?」

 

「つい先程、『I Disk』が抜き取られたケースが発見されましたが、岡村の姿は見えません」

 

「アイドル達は」

 

「『警察の皆さんを信じています』だそうです」

 

 

武装した可能性の高いテロリストに狙われて、普通なら怖がって当然なのに、そのような言葉が出るとはアイドルの胆の太さに進ノ介たちは驚嘆した。

 

 

「進ノ介。こりゃ、しくじれねぇぜ。ベルトさんがいなくなって不安かも知れねぇが、気合入れるぞ」

 

「俺がですか?そんなこと‥‥」

 

 

自分でも目を背けていた事実を尊敬する先輩である追田に見事言い当てられ、進ノ介は更に動揺する。

追田はそんな進ノ介の肩を掴み、優しく言う。

 

 

「いいから聞けって。今まで通りやれると思ったら大間違いだぞ。

不安で当たり前なんだよ。だけどな、俺達特状課の皆が居る‥‥だから、お前はお前らしく自信を持て」

 

 

その言葉に不安から目を背けていた進ノ介の心は、先程までよりもずっと軽くなる。

ベルトさんがいなくなってしまったからといって不安に思わず、もっとしっかりしなければならないと何処かで思っていたのかもしれない。

だが、こうして不安に思って良いと肯定され、そして仲間がいることを改めて実感し、進ノ介の気負いは晴れた。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

心からの礼をいい、進ノ介達も他の私服警官と同様に公園内に紛れ岡村を探す。

見通しにいい公園である為、岡村の姿が見えればすぐに気がつくのだが、現状そのような人影は見当たらない。

風に揺れる葉擦れの音が響く穏やかなはずの公園には、異様な緊張感が走っていた。

意識を集中させる進ノ介の耳に、微かであるがあの聞き覚えのある冒涜的な旋律が聞こえてくる。

その発生源に目を向けると公園の入口に岡村が立っていた。その手には盗み出された『I Disk』が握られており、そして全身からあの時見たヘドロのようなオーラを漂わせている。

 

 

「確保!」

 

 

捜査指揮をしていた警官がそう言うと進ノ介達や私服警官たちは一斉に銃を構え、その銃口を岡村に向ける。

投降を促すが、岡村は不敵な笑みを浮かべたままゆっくりとアイドルの方へと歩みだす。

威嚇射撃を行おうと引き金に手をかけた瞬間、岡村が手を挙げる。そして橙色の光が周囲に広がり、その範囲内に居た人間の身体が重くなった。

 

 

「こ、これは!」

 

「重加速!?」

 

 

ロイミュードの発する重加速現象よりはその効力は低いものの、この感覚はまさしく重加速のものであった。

重加速によって緩慢になった世界で岡村の身体はヘドロのようなオーラに呑み込まれ、何処となく蜘蛛の要素を残した異形の生物へと変貌する。

見るものを不安定にする狂気じみた深い緑色をした体表に、身体のいたるところに散らばった大小さまざまな複眼、鼻が腐り落ちてしまいそうな腐臭を放つ体液を撒き散らすその様は、進ノ介が戦い続けてきたロイミュード達の進化態とは似ても似つかない。

重加速により遅れて放たれた銃弾が、異形化した岡村に命中する。しかし、それによってできた銃創からは更に体液が溢れ出し、周囲に腐臭を更に拡散していく。

そして、地面に垂れた体液からは本体よりも小さな蜘蛛の異形が這い出してき、1体だった数が最終的に10体近くまでに増えた。

進ノ介は、重加速によって重くなった身体を必死に動かして標的になったアイドルの元へと急ぐ。

どうやら標的となった渡とその相棒である千川 ちひろ以外のアイドルやスタッフ達は逃げ出すことができたようだが、当の本人は呆れた表情で異形化した岡村を見ている。

 

 

「ふぇいず3、かくじつにあのときのやつです」

 

「従属まで生み出せるようになって、面倒この上ないですね」

 

「どうしましょうか、七実さん」

 

 

渡の右肩には、これまたどこかで見たことのある小人の人形が乗っていた。

 

 

「とりあえず、へんしんしますか?」

 

「数が多いですし、何だかエゴロイト以外の力も持っているみたいですから、ここは先輩の力も借りましょうか」

 

 

人形と思っていた小人はどうやら生きていたようで、見ていると力の抜けそうな表情のまま渡と何やら話し込んでいる。

エゴロイトに、自分に向かって先輩というアイドル、いったいどうなっているのかわからない進ノ介は、早く逃げろと叫ぶが渡はそれを無視して岡村へと歩き出す。

身体が重く感じる程度の重加速の中で、従属と呼ばれた子蜘蛛達の攻撃を神業的な立ち回りで全て捌いていく。

 

 

「おやくだち!」

 

「なんだ!?」

 

 

生身で化け物と戦うという自殺行為をしようとする渡を止めようとした進ノ介だったが、いつの間にか自分の肩に移っていた小人に驚愕する。

表情の全く変わらない小人は、その小さなポケットから小さなリングを取り出して進ノ介に差し出す。

 

 

「これは?」

 

「とんねるです?それをべるとにあててみるです」

 

 

言っている事はいまいち理解できないが、この小人は岡村が変貌した異形の事についても知っているようなので、とりあえず指示に従い受け取った小さなリングをベルトに当てる。

すると、リングが光だしその直径を広げだし始めた。

 

 

『ウワアァァァァ‥‥』

 

 

広がり続けるリングの中から、聞き覚えのある叫び声が聞こえる。

ポンッという何だか気の抜ける子気味のいい音と共にリングから出てきたのは、見間違える事など絶対ないロイミュードとの苛烈な戦いを切り抜けたもう逢うことのないと思っていた相棒の姿だった。

 

 

「ベルトさん!?」

 

『進ノ介、これはいったいどうなっているんだ!』

 

「おはなしはあとです。とりあえず、へんしんしてたたかうです」

 

 

色々と話したいことは互いにあったが、今はそんな悠長な事をしている暇はない。

 

 

「では、よろしくお願いしますね。先輩♪」

 

 

再会を喜ぶ進ノ介の隣には、いつの間にか千川が立っていた。

その腰にはベルトさんとは全く違うデザインのベルトが巻かれており、手には盗まれたものと違う別の『I Disk』を持っていた。

全く訳がわかっていなかった進ノ介であったが、ようやく全てが繋がった。

それによって脳内のギアが今度こそトップギアに入りきった感覚する。アイドル達には色々と聞かなければならないことができたが、今はとりあえず岡村の確保が先だ。

 

 

「でも、ねんれいはこちらがうえです?」

 

「妖精さん?」

 

「ぴぃぃっ!」

 

 

妖精さんと呼ばれた小人は千川の睨みにガタガタと震え始めるが、表情は一切変わらない。

妖精というには何とも間抜けな様子に本当に大丈夫なのかと心配になるが、封印されたベルトさんをここまで呼び出したリングから考えるに技術力は問題ないだろう。

 

 

「まあ、ベルトさん‥‥色々と話したいことはあるけどさ。とりあえず、俺達にはまだ遣り残した仕事があるみたいだからよ‥‥もう一っ走り付き合えよ!」

 

『確かにそのようだ。OK、進ノ介 Start your Engine!!』

 

「変身!」

 

『DRIVE type Speed!!』

 

 

進ノ介の手にはベルトさんと一緒に飛び出してきたシフトカー シフトスピードとシフトブレスが握られていた。

左腕にシフトブレスを装着し、シフトスピードをレバー状に変形させ装填させる。そして素早くシフトカーを操作する。

そのプロセスを経る事によってシグナルがトライドロンに転送され、進ノ介の身体にドライブの外装が転送され変身が完了した。

世界を第二のグローバルフリーズを防ぎ、ロイミュードという機械生命体を撲滅した戦士、仮面ライダードライブ

その勇姿は、依然色褪せることなくそこにあった。

 

 

「じゃあ、七実さんを待たせるわけにもいきませんし。私も変身しましょうか」

 

 

千川がIdドライバーを操作するとベルト中央部の右側が開く、そこに『I Disk』をセットして勢い良く閉じる。

 

『I Disk set』

 

女性のような電子音声がI Diskの装填を確認したとアナウンスする。

 

 

「変身!」「そんぐ ふぉお ゆう~~♪」

 

『Play Prelude!!』

 

 

ベルト右側に備えられている装飾が施されたマイクを手に持ち、宣言しながらポーズを決めるとIdドライバーから音楽が流れ出し、そのメロディに合わせる様に身体に次々と外装が装着されていく。

ドライブとは違い、何処となくドレスを思わせる女性的なフォルムをしているものの、それでも進ノ介にはあれも仮面ライダーであると直感的にわかった。

 

警察官とアイドル

職業は違えど、思いは同じである2人のライダーがここに揃った。

 

 

「さて、ステージの開幕です♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シンデレラガールズ、最終回お疲れ様でした。
シンデレラの舞踏会の名に恥じぬ、言葉にする事すら無粋な感慨無量の最終回でした。
アニメは終わってしまいましたが、本作は細々と続いていきますので、どうかこれからもお付き合いください。


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番外編4  小梅の興味/蘭子のお泊まり会

他視点からの七実を書こうとしていたのですが‥‥
申し訳ありません。脱線しました。

作り直しても良かったのですが、消してしまうには惜しいと思ってしまったので投稿します。
楽しみにされていた方には、本当に申し訳ありません。

後、キャラ崩壊や違和感を覚えたりされる可能性があるのでご注意ください。


小梅の興味   (7話中)

 

 

私には、昔から普通の人には見えないものが見えた。

世間一般的な言葉を使うのなら、それは幽霊と表現される存在だと思う。

小さい子供であれば無条件で見えない恐怖を覚えるその言葉は、見えてしまう私からすればちょっと変わった友達の1人に過ぎない。

寧ろ見えてしまうからこそ見えない人以上に興味を引かれ、気がつけばホラー方面を好む普通から少しだけずれた女の子になっていた。

同世代の子たちには、そんな趣味を共有できる相手は居らず距離を置かれてしまい、見える人間にはとてもフレンドリーな幽霊達とばかり話すようになってしまったのは、当然の結果なのかもしれない。

しかし、幽霊達も永遠の存在ではないようで、成仏してしまったり、他の場所へと移っていったりと14年の短い生のなかでも少なく無い別れを経験してきた。

悲しいと思ったことも、良かったと嬉しいと思ったこともある数多くの出会いと別れは、私という存在を形作る重要な根幹を成しているといっても過言ではないだろう。

 

 

『小梅、ひまぁ~~~』

 

「‥‥今、レッスン中だから」

 

 

あの子が私に語りかけてきたが、今はバレンタインライブに向けてのレッスン中で周りには他のアイドルのみんながいる為構うことはできない。

みんなが迫るライブに向けて真剣にレッスンに励む中で、集中力を切らしてしまったらすぐに置いて行かれてしまう。

ちなみに、あの子というのは私と一番仲のよい幽霊の呼び名である。

幽霊の外見は当てにはならないのだが、それでも私と近い年齢に見えるというのは親しみを覚えてしまう。

本人も生前の名前を覚えていないという事で最初は名前をつけようと思ったのだが

 

 

『私みたいな曖昧な存在に名前をつけられると、それに縛られるからやめて』

 

 

という本人の希望もあり、あの子という具体性のない曖昧な呼び方に落ち着いている。

生きている私にはわからないが、幽霊の世界というのもなかなかに面倒な決まりがあるようだ。

 

 

『もう!散歩してくる!』

 

 

そう言ってあの子はレッスンルームの鏡の中に消えていく。

正確に言うなら、鏡の取り付けられた壁をすり抜けていったというべきだろうか。

あの子は別に私に憑り付いている訳でもなく、たまたま私が幽霊を見ることができるという特異な能力を持ち、波長が合ったから一緒にいるというだけで、数日の間何の音沙汰もなく遊びにいくという事もある。

生という柵からすらも開放された幽霊という存在は私達が思っている以上に自由で気ままなのだ。

話しかけられることもなくなったので、レッスンに集中する。

アイドルの仕事は嫌いではなく寧ろ好きなほうではあるが、やはりこういった身体を大きく動かすダンス等は苦手だ。

デビュー前よりも体力等は付いたとは思うが、それでもこれまでのインドア生活が祟ってか、身体能力は346プロのアイドルの中でも下の方だと断言できる。

身体が成熟しきっていないという言い訳もできるが、年齢を感じさせない規格外の存在もいるのでそれを口にすることはない。

視線を少しだけ動かすと、その規格外の存在の姿が目に入る。

 

渡 七実

 

少し前に事務員からアイドルとの兼務となった異色の経歴を持つアイドルの片割れで、346プロのなかで数々の伝説を打ち立てる超常的存在だ。

私がこの人を知ったのは新春特番の時であったが、その規格外さは嫌という程にわからされた。

最近では幸子ちゃんとバラエティの撮影で動物園に行ったそうだが、そこで手を下すことなく威圧のみでライオンを降し、その周囲にいた人間を気絶させてしまったそうである。

人の噂と言うはあまり当てにならないものなので、信頼していないのだが幸子さんの恐怖に怯える表情はそれが否が応でも事実であると認識させられた。

女子間の噂の伝達速度は驚異的で、その話は次の日には346プロに所属するアイドル達全員に伝わっており、一部からは畏怖の対象として距離をおかれるようになった。

しかし、当の本人はそれを特に気にしているような素振りは無く、今現在も坦々と事務仕事を片付けるかのようにステップを踏んでいる。

アイドルとしては私の方が先輩ではあるが、その動きは私よりも数段優れているとわかった。

こんなにも踊れるのに、何でこの人は事務員なんかしていたんだろうと思わないわけでもないが、人生なんて色々あるものだし、私の倍近く生きているのだから成人もしていない私には思いもよらない出来事があったりしたのだろう。

鞘に秘められて尚その切れ味を主張する妖刀のような、その佇まいは怖いと思っていなくても近寄りがたい雰囲気を作り出している。

 

 

「よし、今から休憩を取る。各自、水分補給等を怠るなよ」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

トレーナーの言葉に返事をし、アイドル達は各々に好きな行動を取る。

水分補給をする者、汗を拭く者、スマートフォンを確認する者、親しい友人とレッスンの感想を言い合う者と様々だ。

私はとりあえず、レッスンでかいた汗を拭きとってから水分を補給する。

スポーツ飲料の冷たさと甘さが、踊り続けて火照り疲れた身体に染み込んでいく感覚は人心地ついたことを知らせてくれるようで落ち着く。

 

 

「七実さぁ~~ん、何処ですか?」

 

 

あの人とコンビを組んでいる事務員アイドルの片割れ千川 ちひろさんの声がレッスンルームに響く。

その声に釣られて他のアイドルたちもあの人の姿を探すが、レッスンルームにその姿はなかった。

扉の開閉音もしなかったし、あんな存在感のある人が動けば誰かが気が付きそうなものであるが、その行方を知らない。

まるでこの場から溶けて消えてしまったかのようないなくなり方は、私の親しい存在(ゆうれい)を思わせる。

あまり人に興味を持ったりするようなタイプではないが、気がつけば私の心にはあの人に対する興味が溢れ始めていた。

 

 

「ちひろちゃん。七実、いないの?」

 

「そうなんですよ。さっきまでそこに居たのに」

 

「あの馬鹿‥‥」

 

「七実さんらしいですけどね」

 

「菜々としては、相変わらずの規格外っぷりにビックリですよ」

 

 

千川さんの周りに川島さんや高垣さん、安部さんといった仲のいいメンバー達が集まる。

どうやら、この4人にはあの人が急にいなくなってしまった理由がわかるようだ。

 

 

「探します?」

 

「無駄よ。絶対に見つからないし、戻ってこないわ」

 

「ですよね」

 

 

4人の間では言葉にしなくても分かり合えることでも、私を含めた周りにいるそれほど親しくない人間には全くわからない。

そんな意図は全くないのだろうが、絶妙に興味をそそる話し方に引き込まれた何人かが会話に割って入ろうか悩んでいた。

しかし、346プロの最年長グループの話に入っていけるような猛者は

 

 

「はい!質問です!渡さんは、何でいなくなったんですか!!」

 

 

やはり彼女しかいないだろう。

恐れなんて微塵もないという感じで興味のままに猪突猛進した日野さんに、踏み出す勇気を欠片も持つことができなかった私は心の中で素直に賞賛する。

他のみんなも同じようで、あからさまに表情には出さないものの良くやったという顔をしていた。

あの人は良くも悪くも行動が目立つようである。

 

 

「あら、茜ちゃん。気になるのかしら?」

 

「はい、無茶苦茶気になります!!」

 

「簡単よ。七実はみんなに気を使ったつもりなのよ」

 

 

気を使ったつもり?

あの立ちはだかる障害はすべて排除し、制圧前進あるのみというのを地で行きそうなあの人が?

後から追うものに対して一顧だにせず、ひたすら己が道を進み続けそうなあの人が?

正直、信じられない。

周りのみんなも同じ意見のようで、頭を捻っている。特に幸子ちゃんなんて、そんなのありえないと言わんばかりに顔を横に振っていた。

 

 

「まあ、七実さんは誤解されやすいタイプですからね」

 

「菜々も最初は怖いと思っていましたけど、話してみるとそうでもなかったですよ」

 

「そうなんですか!じゃあ、私ももっと話しかけてみます!」

 

 

今の話を聞いただけでそこまで言える日野さんの即断即決なところは、本当に羨ましいと思う。

 

 

「そう、七実も喜ぶわ」

 

「はい!」

 

 

私も機会があれば話しかけてみようかな。そんな事を考えながら私の休憩時間は過ぎていった。

あの人は、川島さんが言うとおりに休憩時間ギリギリになって戻ってきた。あの子を連れて。

 

 

『ねえねえ、聞いてよ!なっちゃんってね、結構面白いんだよ』

 

 

あの子から語られたあの人の姿は、安部さん達が言っていたそのままだった。

再開されたレッスンをしながら、あの人を見てみる。

やっぱり居るだけで圧倒的な存在感を放っているが、視線を動かして周りのアイドルたちを観察していた。

睨みを効かせているように見えてしまいがちだが、あの子や安部さん達の話を聞いた後だともしかして心配してくれているのだろうかとも思えてしまう。

それに、私以外で幽霊たちが見えて平気な人は今まで居なかったので、話してみたいという気持ちが大きくなってきている。

話が本当なら、あの人はきっと友達になってくれるかもしれない。

 

 

「白坂!遅れているぞ!」

 

「は‥‥はい!」

 

 

そんな期待に胸を膨らませているとトレーナーさんからの叱責が飛んできた。

とりあえず、今はレッスンに集中しよう。

あの人のプロデューサーは武内さんだったから、お願いすれば一緒の仕事を準備してくれるはず。

その時になったら勇気を持ってあの人に言ってみよう。

 

 

『友達になってください』って

 

 

 

 

 

蘭子のお泊り会   (24~25話間)

 

 

私の言葉、私の衣装は‥‥私を守る強固な鎧。

個性の乏しく、気弱で、自信も何もない私の心を守るためのものでした。

出合ったきっかけは良く覚えていませんが、色々な神話など現実にはありえない壮大で、神々しい世界は私の心に言葉にできない熱をもたらし憧れへと昇華させたのです。

憧れは、いつしか同じ存在へとなりたいという欲求に変わり、魔道書(グリモワール)を造りました。

特に大好きだった堕天使を演じ、難解な言葉を操ると、何もなかった自分が全能な存在達と同じになれた様な気がして満たされたのです。

そして、ちょっとした挑戦のつもりで応募したアイドル発掘プロジェクトに応募したら、見事合格し、故郷を離れてアイドル候補生として頑張る事になりました。

そこで、私は大切な仲間と出会いました。

 

 

「蘭子ちゃん、ぼーっとしてると危ないよ」

 

 

黄昏に染まる帰り道で考え事をしながら歩いているとみくちゃんから注意を受けます。

みくちゃんは私と一緒で地方からやってきたシンデレラ・プロジェクトのメンバーであり、一緒の寮に住んでいるため、アーニャちゃんや智絵里ちゃんも含め一緒に帰ることが多いです。

しっかりものみくちゃんは、いつもの4人の中でもリーダー的な存在で、誰よりもみんなのことを見ていて今のように注意してくれたりします。

 

 

「忠告感謝する、同胞よ」

 

「もう、またそんな言葉遣いして‥‥使い分けができるようにならないと苦労するんだからね」

 

 

素直な言葉でありがとうといえない私に対してみくちゃんは呆れたようにそう言いますが、これも私のことを思って言ってくれていることですから、素直に嬉しく思います。

それに私は知っているんです。

みくちゃんがプロデューサーさんが持つ、あの人謹製の『蘭語辞典』なる私の言葉をわかりやすく解説された本をコピーして何度も読み返していることを。

この前みくちゃんの部屋でお泊り会をした時に、アーニャちゃんが偶然発見してしまったのです。

ロシア語の辞典やクローバーのアクセサリーが付けられたネコミミと一緒に隠すように保管されていたそれは、みくちゃんが誰よりも私達を理解してくれようとしてくれる証拠でしょう。

 

 

「やっぱり、ミクは『お母さん(マーチ)』みたいです」

 

 

そんなみくちゃんの様子を見て、アーニャちゃんが楽しそうに言いました。

アーニャちゃんはロシア人とのハーフで私と1歳しか違わないとは思えない、童謡に出てくる雪の妖精みたいな美人さんです。

クールといった表現が良く似合いそうな外見ですが、その中身はシンデレラ・プロジェクト1のフリーダムキャラで、特に忍者とか侍が関わるともの凄く熱くなります。

 

 

「誰がお母さんだって?こんな手の掛かる娘なんてノーサンキューだよ」

 

「‥‥み、ミクは私が嫌いですか?」

 

「そんなわけないでしょ、ちゃんと『君が好きだよ(ティ ムニェー ヌラーヴィシャ)』」

 

 

みくちゃんが少し照れながらロシア語で何か言うとアーニャちゃんは少し驚いたような顔をした後、満面の笑みでみくちゃん飛び掛って抱きつきました。

まだまだロシア語がわからない私ですが、今の言葉が『好き』ていう意味だというのは何となく察せました。

シンデレラ・プロジェクトで一番初めに揃った2人の間には、私とよりも強い絆があるみたいです。

 

 

「ミクぅ!!『大好きです(ティ ムニェー オーチン ヌラーヴィシャ)』!!」

 

「ああもう、道の真ん中で抱きついたら危ないでしょ!!」

 

 

そんな注意をしながらもみくちゃんの顔はとても嬉しそうです。

仲の良い2人を見ていると私の心の奥があたたかくなるのですが、仲間はずれは嫌なので混ざらせてもらいましょう。

 

 

「同胞に、堕ちたる天使の抱擁を」

 

 

アーニャちゃんとは反対側からみくちゃんに抱きつきます。

スタイルのいいみくちゃんの抱き心地は、抱き枕とは違う程好いやわらかさと体温のぬくもり、そして微かに香るみくちゃんの匂いで何だか癖になりそうです。

アーニャちゃんが良くみくちゃんの部屋に泊まりにいっているのは、これの虜になってしまったからかもしれません。

ネコ系アイドルを目指しているというだけあって、離れたくても離れられない危険な魅力に溢れています。

 

 

「もう!周りの人が見てるでしょ!」

 

「見てなければいいんですか?」

 

「ならば、続きは我等が居城にて!」

 

 

言質は取りました。

みくちゃんは自分の言った言葉を決して曲げませんから、きっと何だかんだ言っても最後には抱きつかせてくれるでしょう。

ということは、今日もお泊りの流れになりそうです。

智絵理ちゃんは美波さんやかな子さんと一緒に寄り道をしてから帰るそうなので、この場にはいませんが後でスマフォで知らせておきましょう。

この素晴らしい抱き心地を教えてあげねば。

 

 

「今宵も同胞の部屋にて、親交を深めるための宴を開こうぞ!」

 

素晴らしい(ハラショー)!』「お泊り会、楽しみですね『同志(ダヴァーリシン)』♪」

 

「ちょっと待って、なんで主の了承無しで話が進んでるの!?」

 

「そうと決まれば、宴の為の供物を調達せねば」

 

 

夜は長いですから、お泊り会をするならお菓子や飲み物も用意しなければダメでしょう。

面白そうな映画のDVDとかを借りてみんなで見るのもいいかもしれません。丁度、女教皇と兎の星の民が出演するアニメの第一巻がレンタル開始になっていたはずですし。

しかし、その為には熾烈なジャンケン対決を勝ち抜く必要があるでしょう。

みくちゃんはネコのアニマルビデオをアーニャちゃんは忍者や侍が登場する時代劇系を見たいというでしょうし。

 

 

「‥‥もう、しょうがないなぁ」

 

 

やれやれといった感じに溜息をつきながらでしたが、みくちゃんも了承してくれました。

やっぱり、みくちゃんは優しいです。

 

 

「ミクの許可が出ました!早くお買い物に行きましょう!」

 

「承知!」

 

「コラコラ、走り出そうとしないの」

 

 

お泊り会というのに浮かれてアーニャちゃんと走り出そうとしたら、みくちゃんに襟首を掴んで泊められました。

 

 

「今日は、向こうのスーパーの方が安くなっているからそっちに行くよ」

 

「はぁ~~い、『お母さん(マーチ)』」

 

「アーニャ、お菓子は300円までね」

 

「ミクは、イジワルです!」

 

 

さっきからアーニャちゃんがみくちゃんに言っているマーチって、どんな意味なのでしょうか。

後で調べておきましょう。

 

 

「宴には何を用意すべきか‥‥」

 

 

お菓子に何を買おうか、悩みます。

甘いチョコレート系は外せませんし、王道のポテトチップスも今では色々な味が出ていますし、堅揚げ等味以外にも選ぶポイントと成る部分も多いです。

ここはあえてお煎餅やおかきにするというのもありなのではないかと思えます。

考えれば、考えるほどに魅力的な選択肢に、これというはっきりとした決定がくだせません。

地元に住んでいた頃には、これほど悩んだことはなかったのですが、流石は日本の首都である東京です。

見たこともない新商品やバリエーションのお菓子に溢れていて、どれもこれもおいしそうに見えてしまいます。

 

 

「ほら、蘭子ちゃんも早くいこ」

 

 

夕日を背中に笑顔でこちらに手を差し伸べるみくちゃんの姿は、まるで一枚の絵画のような美しさがありました。

もしこの手にカメラを持っていたのなら、私は迷わずこの姿を収めていたでしょう。

地元では少し浮いていた私だけど、あの時勇気を出してアイドルになってみようと思ってよかったと本当に思います。

 

 

「‥‥うん!!」

 

 

だって、こんなにも素敵な友達ができたのだから。

 

 

 

 

「お、おじゃまします」

 

 

夕食とお風呂を済ませたり、各自の部屋から布団を持ってきたりとお泊り会の準備を進めていると智絵理ちゃんがやってきました。

私と同じ日に346プロへとやってきた智絵里ちゃんはクローバー集めが趣味で引っ込み思案なところもあるけど、誰よりも純真で優しい人です。

実はこの4人の中では最年長なのですが、あまり年齢を気にすることなく私達は仲良くしています。

 

 

「あっ、智絵里ちゃん。いらっしゃ~~い、テーブルとか入口に片してあって狭くなってるから気をつけて」

 

「うん、ありがとう」

 

 

3人分の布団が入るように部屋の中を片付けているみくちゃんに促されて、入ってきた智絵理ちゃんの手にはお土産がありました。

 

 

「冷蔵庫、借りるね」

 

「お土産ですか!」

 

「うん、かな子ちゃんと美波さんからお泊り会をするって言ったら持たせてくれたの。

かな子ちゃんオススメのお店のシュークリームだよ」

 

 

美波さんとかな子さんには今度お礼を言っておかなければ。

それにしてもかな子さんオススメのシュークリームですか、甘い物が作るのも食べるのも大好きな人が勧めるくらいですから、どれだけ美味しいのか今からワクワクしてしまいます。

 

 

智の天使(ケルディム)よ。よくぞ、今宵の宴に参られた!」

 

「うん、誘ってくれてありがとう。蘭子ちゃん」

 

「ミクぅ~~~早速食べましょう!!」

 

「ふにゃッ!!」

 

 

シュークリームにテンションの上がったアーニャちゃんが布団を敷いている最中のみくちゃんの背中にダイブしました。

何も身構えていなかったみくちゃんは可愛らしい悲鳴をあげて布団に顔からつっこみます。

いくら突っ込んだ先が柔らかい布団だからといっても、あれだけ勢いが良かったらきっと痛いでしょう。

アーニャちゃんは気にせずみくちゃんの背中に顔を埋めて頬ずりをしていますが、絶対に怒られると思います。

でも、あんな事をし合える関係はちょっと羨ましいです。

 

 

「ミクの香りがします♪」

 

「やっぱり仲がいいね」

 

「同胞の抱き心地は、我をも魅了してやまぬ魔性の誘惑ゆえ」

 

 

夕方の事を思い出して、私もみくちゃんに抱きつきたいという欲求が溢れてきます。

アーニャちゃんもしているし、私もいいよね?

 

 

「そうなんだ‥‥アーニャちゃん、隣いいかな?」

 

「どうぞ♪ミクは共有財産です」

 

「ほんとだ。やわらかくてあたたかい」

 

「な、智の天使(ケルディム)!」

 

 

引っ込み思案な智絵理ちゃんが、こんな積極的な行動をしてくるとは思いませんでした。

確かにみくちゃんの抱き心地について教えたのは私ですが、これでは私が抱きつくスペースがありません。

 

 

「な、なんで、智絵里ちゃんも乗っかるのかな」

 

「みくちゃんの抱き心地がすごくいいって蘭子ちゃんに教えてもらったからかな?」

 

「もう、みくはお泊り会の準備をしているんだからね」

 

 

そうです。みくちゃんは準備で忙しいんですからどいてあげないと。

じゃないと、私も抱きつけませんし。

 

 

「う~~ん‥‥もうちょっとだけ、ダメ?」

 

「‥‥ダメじゃないけど」

 

「‥‥わ、我を疎外するなぁ!!」

 

 

このままではいつまで立っても順番がまわって来そうもないので、私もアーニャちゃんに習ってダイブする事にします。

 

 

「ちょっと待って蘭子ちゃん!流石のみくでも3人は‥‥むにゃうッ!!」

 

 

一応負担が大きくならないように優しく乗ったのですが、やっぱり3人はきつかったのかも知れません。

ですが、私は謝りません。みくちゃんのこの魔性の抱き心地が悪いんです。

お風呂上りである為かシャンプーとみくちゃんの香りが入り混じって、何処となく落ち着く優しい香りになっていました。

 

 

「私達、仲良しです」

 

「うん、そうだね」

 

「我等の友誼は永遠に不滅である」

 

 

みくちゃんに抱きつきながら私達は友情を確認しあいます。

本当にみんなに会えてよかった。心からそう思います。

 

 

「いい話みたいな流れだけど‥‥いい加減どいてくれないかな」

 

「「「もう少しだけ‥‥」」」

 

「‥‥怒るよ?」

 

 

声が本気だったので名残惜しいですが、私達はみくちゃんから離れます。

幸い今日はお泊りですから、まだまだ抱きつく機会はあるでしょうから今は我慢しましょう。

 

 

「もう、ひどい目に合ったよ」

 

 

そんな事を言いながらもみくちゃんは何処となく嬉しそうでした。

それからみんなで手伝ってお泊り会の準備をしました。途中、アーニャちゃんが自分の枕をみくちゃんのベッドに置こうとしていたりしていましたが、阻止しておきました。

アーニャちゃんばかりに美味しい思いはさせません。

そんな水面下の牽制を交えながらも10分くらいでお泊り会の準備は終わりました。

 

 

「みんな、コップは持ったね」

 

 

私はコーラの入ったコップを少し掲げて示します。

実家に居たころは夜に飲むと健康に悪いからとお母さんが飲ませてくれませんでしたが、ここにはそんなことを言う人は居ませんから飲んじゃいます。

ただ夜にコーラを飲むだけなのに、今まで禁止されていた為か背徳感があってちょっぴり大人な気分です。

 

 

「じゃあ、何回かは忘れたけど、お泊り会を祝して乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 

それぞれが持ってきたマイコップを打ち合わせした。

炭酸の刺激に慣れていないので少しか飲むことはできませんが、それでも私には十分です。

コーラで喉を少し潤した後は、早速智絵理ちゃんが持ってきてくれたシュークリームに手をつけることにしましょう。

冷蔵庫で程好く冷えたシュークリームには、うっすらと粉砂糖が振りかけられておりレッスン帰りにコンビニで買ったりする安物とは格が違う感じがします。

時間が経ちながらもさくっとした食感を残しつつ、ふわっと軽いシュークリームの生地から香る微かな麦の風味と甘味に柔らかく口当たりのいいホイップクリームが絶妙なバランスでいくらでも食べられてしまいそうです。

 

 

「甘美!」

 

「美味しいね」

 

 

智絵理ちゃんとそう頷きあいながら、すぐさま2口目に入ります。

1口目よりも少しだけ大きく噛み付くとホイップクリームだけでなくカスタードクリームが現れました。

卵黄が入っている分だけホイップクリームよりも重たい感じがしますが、ホイップクリームだけでは軽くなってしまいがちなシュークリームに程好い濃厚さが加わり美味しさの相乗効果がハーモニーを奏でているようです。

香り付けに加えられた洋酒が、ちょっと癖はありますが大人な感じがして今日の私にはぴったりな感じがします。

 

 

「じゃあ、そろそろDVDでも見よっか」

 

「賛成です」

 

「異存ない」

 

「いいよ」

 

 

アーニャちゃん以外がシュークリームを半分ほど食べ進んだところでみくちゃんがそう提案しました。

熾烈なジャンケンバトルになるかと思っていたDVD選びでしたが、女教皇が出ていることがわかると2人も反対することなく賛成してくれました。

私もそうですが、2人共女教皇のファンですから、やっぱり興味あるのでしょう。

 

 

「今日は、何を借りたの?」

 

「七実さまと菜々さんが出てるアニメ。やっぱり気になるから」

 

 

ディスクをセットして再生ボタンを押すと、警告や他のアニメの宣伝が流れ始めます。

どうしてこんな無駄なものを入れるのかはわかりませんが、みくちゃんがリモコンを操作して早送りしました。

みんながシュークリームを食べ終えたくらいで、ようやく本編が始まります。

最初は主人公となる男の子の独白と戦場となってしまっている街の様子からはじまりました。

魔法的な要素が強い設定のため、様々な効果が使われていている戦闘シーンは見応えがあり、いつの間にかズボンを握り締めていました。

 

 

『もう‥‥もうこんな悲劇は繰り返させないと誓ってたのに!』

 

「あっ、菜々さんだ」

 

 

兎の星の民が演じるキャラクターはメイドさんのようなかわいい系ではなく、騎士らしい凛々しさがあるカッコイイ系でしたが、違和感なく演じきっています。

みくちゃんが言ってくれなけれれば気づかなかったでしょう。

それ程に演技力が高く、伊達や酔狂で声優アイドルを名乗っているわけではないと改めて先輩アイドルの凄さを知りました。

私もアイドルデビューをしたらこんな仕事も回ってくるのでしょうか。

堕天使みたいな光であったけど闇に堕ちてしまった罪な存在とかやってみたいな。それか、女教皇みたいな魔王もいいかもしれません。

主人公達が空を埋め尽くさんばかりの敵の大群相手に奮闘していると、空が裂けそこから巨大な要塞都市が降りてきたという盛り上がる場面でタイトルが入ります。

製作者達の思惑通りなのかもしれませんが、あれからどうなるのかが気になって仕方ありません。

 

 

「なんで、そこで切るんですか!私、気になります!」

 

 

プリッツを咥えていたアーニャちゃんが、焦らすような演出に我慢できず抗議します。

しかし、これは既に完成した作品ですし、今この場で文句を言ってもどうしようもないでしょう。

でも、こうして素直に自分の思ったことを口に出すのはアーニャちゃんらしいと思います。口の周りにシュークリームの粉砂糖で髭みたいなのができてるけど。

 

 

「まあまあ、アーニャちゃん落ち着いて」

 

「チエリは気にならないんですか!」

 

「気になるけど‥‥わからないから、ワクワクするかも」

 

 

なるほど、そういう考え方もあるんですね。

確かにわからない部分があるほうが色々と好きに想像ができて、楽しいかもしれません。

そんな事を考えている間にもアニメの内容は進み、最初に地球を攻め入った謎の軍団が魔法世界を滅ぼしているシーンとなりました。

兎の星の民が演じるキャラも所属する魔導騎士団と謎の軍団と配下の怪獣達が冒頭同様に激しい戦闘を繰り広げていますが、謎の軍団の物量に押され1人、また1人とやられていきます。

魔法世界の王様は、何千人もの同胞の命を捧げて神様が創造した最終兵器を起動させました。

最終兵器というだけあってその威力は凄まじく、王都を破壊していた怪獣を一瞬にして消し去り、謎の軍団に対して大打撃を与えました。

その様子に思わず拳を握り締め、あらすじでこの先の展開を知っていたとしても頑張れと応援したくなってしまいます。

王様は最終兵器を操り、謎の軍団を押し返そうとしましたがそれはできませんでした。

 

 

『あら、こんにちわ』

 

 

世界に終焉を齎す絶望の化身が降臨していたからです。

華美な装飾を省いた実用的な軍服を身に纏っていても伝わってくる、強大な存在感はアニメのキャラクターだというのに息が詰まりそうです。

すぐに女教皇が演じているキャラクターだとはわかったのは、あの人間讃歌を謳いたい魔王を見ていたからでしょう。

最終兵器が怪獣達を一瞬で消滅させた武器を放ちますが、にこやかな顔で掲げた右手で簡単に受け止められてしましました。

そして、その姿が消えたかと思うと最終兵器は粉々に砕かれます。

王様は呆然としますが、絶望の化身はそんな王様の胸を踏みにじりながらつまらなそうに言い放ちます。

 

 

『それが貴方達の崇める神が創造せし武具ですか?

貴方達の愛すべき世界を蹂躙する憎き仇敵に対して何も出来ないそれが?

無辜の民を家畜のように扱い、知的生命体として守られるべき尊厳を陵辱され、壊し、遊び、曝し、殺す。

そんな侵略者を討ち滅ぼさんと多大な犠牲を払ってようやく起動したものがその程度ですか。

こんな玩具の為に貴方達は、あれ程の犠牲を払ったのですか?この世界の事を思い散っていった英霊達に貴方達の死は無駄では無かったと言えるのですか?

答えなさい、この世界を統べし魔導の王よ』

 

 

恐怖を煽る演出もそうですが、本当に心を折るように放たれた冷たい言葉は迫真の演技ということもあり、アニメだとわかっていても恐怖で身体が震えそうになります。

あの魔王も怖かったですけど、これはあれとはまた違った恐ろしさがあります。

 

 

「すごい演技力だね。やっぱり七実さまはすごい!」

 

素晴らしい(ハラショー)!!』

 

「すごいけど‥‥ちょっと怖いかも‥‥」

 

「さ、流石は女教皇(プリエステス)

 

 

2人の出番がなくなった後も、みんなでお菓子とかをつまみながら感想を言ったりして鑑賞を続け、結局収録されている3話全部を一気に見てしまいました。

その頃には時刻が日付変更前に差し掛かっており、だいたい22時頃には寝ていることが多い私にはちょっと辛いです。

 

 

「蘭子ちゃん、眠いの?」

 

 

段々と瞼が重くなってきて、智絵理ちゃんの言葉に返事をする気力もありません。

集中が切れたことによって意識の半分は既に夢の世界へと舟をこぎ始めています。

 

 

「歯を磨かないと、虫歯になっちゃうよ」

 

「むぅ~~、ねむいぃ~~~」

 

 

心配してくれるのはわかるのですが、智絵理ちゃんの優しい声色は意識を覚醒させるどころか、更なる眠りへと誘ってくれました。

 

 

「おやすみぃ~~」

 

 

耐え切れない睡魔に手を取られながらも、枕を求めてもぞもぞと移動します。

殆ど目が開いていないため、もう何も見えていないような状態ですが、それでもようやく枕に程好い柔らかさのものに辿り着きました。

ちょっとだけ甘い香りのするあたたかいそれは、不思議と落ち着く感じがしてとっても心地良いです。

 

 

「おやすみ、蘭子ちゃん」

 

 

智絵理ちゃんのその言葉と優しく頭を撫でられる感触に包まれながら、私の意識は完全に眠りへと堕ちていきました。

根拠は全くないけど、今日はいい夢が見れそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編5 様々なスレッドの反応

番外編最後の掲示板風です。
前回よりも見易さと流れを重視した作りにしたので、実際とは違うと感じる部分があるかと思われます。



(8話直後)

 

【ユニット名は】346の事務員アイドルコンビについて語るスレ その4【サンドリヨン】

 

 

1 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

 

346プロに所属している事務員アイドルコンビについて語るスレです

 

※次スレは、レス>>950の人が立てて下さい(要宣言)。だめだったらアンカ指定を。

 

 

■346プロのオフィシャルサイト

‥‥‥‥‥

 

前スレ

346の事務員アイドルコンビについて語るスレ その3

‥‥‥‥‥

 

2 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

立て乙

ユニット名決定おめーー!!

 

3 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

社畜俺、ライブ当日に仕事がありステージデビューを見逃す‥‥めげるぜ

 

4 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ライブ、最高だった。

とりあえず、前スレか前々スレで七実さまは身体能力だけとか言った奴、土下座な

 

5 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

2人共、事務員の歌唱力じゃないwww

 

6 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346上層部無能

 

7 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>4-5

ライブに行けなかった者達の為に、kwsk

 

8 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ライブいけた奴、挙手

 

9 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひ、かわいかった!

 

10 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、最高!

 

11 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>7

ユニット曲名は『今が前奏曲(プレリュード)』

2人共、歌唱力が半端ない

ちっひは、優しい歌声に溢れる母性

七実さまは、超絶難度のダンスを踊りながら一切乱れなく歌う

つまり、サンドリヨン最強

 

12 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ダンサーの端くれだが、あのダンスは普通に踊るだけでも無理

 

13 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>6

2人共高学歴(Sラン)

複数人分の事務仕事をこなす

 

14 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あんな歌唱力とかを持っていながら、なんでもっと早くデビューしなかったんだ?

 

15 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>11

サンクス

やっぱり生で見たかったな

 

16 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、七実さまって何者?完璧超人過ぎる?

 

17 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんをprprしたい、もしくは蒸したい

 

18 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

女性が全てアイドルに憧れるわけじゃないしな

 

19 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

大企業の事務員で、出世コースに乗ってるなら

アイドルなんて博打は打たないだろ

 

20 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

コンビスレなのに、相方の話題を食ってしまう七実さま‥‥流石やでww

 

21 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんに膝枕して、頭撫でてほしい

 

22 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>17

prprはわかるが、蒸すって何だよwww

 

23 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんは悪くない、ただ七実さまが規格外すぎるだけだ

 

24 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でも、アイドルらしい活動してるのってちっひなんだよなぁ‥‥

 

25 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>22

加湿器とかディフューザーとかで囲んで、服が肌に張り付くまでしっとりさせたい

 

26 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

‥‥‥

 

27 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

て、天才じゃったか!!

 

28 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そんな発想、このリハクを持ってしても見抜けなかった

 

29 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

蒸しちっひ‥‥これは流行る!!

 

30 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

空前絶後の蒸しアイドルブーム到来、不回避

 

31 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

湿度の高くなった室内、しっとりと張り付く服に浮かぶ下着‥‥エロい(確信)

 

32 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

逆に、蒸し七実さまだったら?

 

33 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、七実さまもサウナっすか?

 

34 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま鍛錬のし過ぎですって、籠もっちゃってますよ(換気)

 

35 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>33-34

お前ら、七実さまスレいきな

 

36 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>35

やめてください、死んでしまいます!!

 

37 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>35

お前、あのスレの特定力の高さ知らないだろ!

奴らの能力はモサド並みだぞ!!

 

38 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あのスレって、どんな人間が集まってるんだろうな

 

39 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

既に15スレ越えてるしな

 

40 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

焦り過ぎワロタwww

 

41 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いや、本当にあのスレは冗談じゃすまない

 

42 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの伝説が凄過ぎて、笑うどころか絶句した

 

43 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>42

kwsk

 

44 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そんなことより、サンドリヨンとしての活動について語ろうぜ

 

45 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>43

気になるなら、過去ログみてこい

それか七実さまスレ池

 

46 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジアワでサンドリヨン回やってくれないかなぁ‥‥

 

47 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

SPは良かったよな

 

48 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

フリートークが飲み仲間による雑談っぽくなってたけど‥‥

だが、それがいい!

 

49 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本当に仲がいいんだなって感じが伝わってくるよな

 

50 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ワイ、楓さんファン

甘えん坊な楓さんのボイスに悶え、壁ドンされる

 

51 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あれで一気に楓さんのイメージが変わったわ

 

52 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ゲストの筈の七実さまが仕切り出した時は、笑ったわ

 

53 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの収録後も飲みにいって、七実さまの部屋に泊まったんだろうな‥‥

 

54 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん「七実さん、私最近いいベットを見つけたんですよ。サイズがこれくらいなんですけど、部屋に入ります?」

 

七実さま「‥‥どうして、私に相談する必要が?」

 

住み着く気満々の楓さんwwwwww

 

55 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

kwsmさん「七実、明日の朝は和食系がいいわ」

 

ウサミン「あっ、菜々。シジミのお味噌汁がいいです」

 

年齢を隠そうともしなくなった永遠の17歳もなかなか笑えたわ

 

56 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの放送で一番キャラがぶれてたのって菜々さんだよな。

 

57 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

普通に収録後の飲みの相談もしてたしなww

 

58 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あんな外見してるけど、いったい何歳なんだろうな?

 

59 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

少なくとも楓さんやちっひよりは上だな

 

60 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

川島さんや七実さまよりは下だと思う

 

61 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

26or27歳か?

 

62 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>59-61

ウサミン星人は永遠の17歳だ。いいね?

 

63 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>62

アッ、ハイ

 

64 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、俺だぁーーー!!踏んでください!!

 

65 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

特撮の時もそうだったが、七実さまとkwsmさんの熟年夫婦感‥‥大好物です。

 

66 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

それを言うなら、七実さまと楓さんの親子っぽさも捨てがたい

 

67 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんと菜々さんの苦労人ポジも

 

68 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今後、どういった活動をしていくんだろうなこのユニット

 

69 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>65

人類の到達点(本物)である七実さまにあの対等な感じ、いいよな

 

70 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんくらいじゃないか、あの5人のなかで常識人枠なのは

 

71 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>68

七実さまの能力を活かした、記録挑戦系だろ

 

72 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>68

ちひろさんを活かして、ラジオにイベントな王道だろ

 

73 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>68

七実さまがいる時点で覇道間違いなし

 

74 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

特撮の時に監督に気に入られたってあったから、特撮もあるんじゃないか?

 

75 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんに子守唄とか歌って欲しい

 

76 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひに蔑んだ目で見られたい

 

77 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>64

いい忘れてたが、七実さまのキック力は本当にtあるからな

 

78 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

らしいよな、特撮撮影前にテストした時に普通にだしたらしい

 

79 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ラ○ダーキックじゃwねwえwかw

 

80 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

前言撤回、七実さま手加減して踏んでください(迫真)

 

81 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

手のひら返し早いなwww

 

82 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

命、大切に!!

 

83 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

とりあえず、サンドリヨン応援するよぉーー!!

 

 

 

 

 

(19話中)

 

【アイドル界の】七実さまについて語るスレ Part28【覇王】

 

 

117 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ところで話は変わるけどさ、七実さまにできないことってあると思う?

 

118 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ない

 

119 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ないな

 

120 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

考え付く限りの中では存在しない

 

121 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あるわけないだろうがJK

 

122 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

実際なんでもできるらしいからな

 

123 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

文武両道って、七実さま以上に似合う人はいないよな

 

124 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

東大卒、少なくとも10カ国の言語を習得

様々な競技で全国大会出場、優勝経験は数知れず

なんだこの完璧超人‥‥

 

125 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

付け加えるなら、芸術分野においても皆伝レベルらしい

 

126 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>124-125

どうやったら、そんなに極める事ができるんだよ

 

127 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そりゃ、七実さまだからだろ

 

128 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

人類の到達点に不可能なんてないだろ

 

129 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でも、普通に考えたら異常だよな

 

130 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

その才能の一部を分けて欲しい

 

131 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本当になんで事務員なんてやってたんだろうな

 

132 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

プロとか、他にも色々な道があったはずなのに

 

133 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>131

まぁ、人の生き方をとやかくは言えないだろ

 

134 広報官

Hey、暇人達!良い子にしてたか!

 

135 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官!

 

136 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

遅かったじゃないか‥‥

 

137 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

きみは、ゆくえふめいになっていたコウホウカンじゃないか

 

138 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、昼間だぞ。仕事しろ。

 

139 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

せっかく、七実さまの部下になれたんだろ

遊んでると外されるぞ

 

140 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっそ~~い!

 

141 広報官

‥‥七実さまがね、今日中に片付けなきゃいけない俺達の仕事を終わらせてしまったんだ。

 

142 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

‥‥‥

 

143 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石、七実さま?

 

144 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

達?俺じゃなくて?

 

145 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジで!?

 

146 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いいなぁ、俺もそんな上司が欲しい

 

147 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまを頼りすぎると同僚に殺されかけるらしいが?

 

148 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

周り、エリート集団だらけらしいぞ

 

149 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今思うと、良く広報官七実さまの部署に入れたな

 

150 広報官

あの時は、生涯で一番頑張ったと思う

受験とか比じゃないプレッシャーだった

 

151 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そんなにか‥‥

 

152 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

とりあえず、これからも頑張れ

 

153 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でも、今はそんなことはどうでもいいんだ!重要な事じゃない!

 

154 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そうだな。来たなら、情報を置いてけ!

 

155 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

来たからには、ちゃんと何かあるんだろう?

 

156 広報官

そうだな。他の部署にいる仲間から送られてきたんだが‥‥こいつをどう思う?

 

【19話の立体機動映像】

 

157 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

は?

 

158 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何これ、CG?

 

159 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?

 

160 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スカートだろ!?人1人背負ってんだろ!?何故できる!!

 

161 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺には、背負ってなくても無理だ‥‥

 

162 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、何だこの状況?

 

163 広報官

>>158

ところがどっこい、現実です。

 

164 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやいや、本当に何だこれだよ!

 

165 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石、次期ラ○ダー主演は伊達じゃないですね

 

166 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

背負ってる子が変わってるって事は複数回か

 

167 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>165

鎧○の人も凄かったが‥‥七実さまは格が違った

 

168 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

途中から、撮影していることを考えるとだいたい8回くらいか

 

169 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルとは、なんだったのか‥‥

 

170 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっと近くの桜で試してくる

 

171 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>170

おい馬鹿、やめろ!下手すると骨折するぞ!

 

172 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

その後、170の姿を見たものは居なかった

 

173 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

とりあえず、説明プリーズ

 

174 広報官

背負われてるのは七実さまが関わる新規プロジェクトのメンバー

たまたま七実さまが立体機動しているのを見て、せがまれたらしい

 

175 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

日常生活において、立体機動をする機会なんてない件について

 

176 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ごめん、説明されたが全くわからん

 

177 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>175

俺等と七実さまを一緒にするなよ

桜が綺麗だから、ちょっと身体を動かしたかった可能性が微レ存

 

178 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どうりで、背負われてた子達のレベルが高いと思ったわ

 

179 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

見せてもらおうか、346の新しいアイドルとやらを!

 

180 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺、あの銀髪の子が好み

 

181 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの一番小さな子が純朴そうで可愛い

 

182 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやいや、あの委員長っぽい子だろJK

 

183 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

途中の金髪の子、美嘉ちゃんに似てね?

 

184 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、それは俺も思った

 

185 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

美嘉ちゃん、妹居るって言ってたし‥‥ガチか?

 

186 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

教えて、広報官!

 

187 広報官

まだ公式発表もしてないから、詳しくは言えないけど

間違ってないよ

 

188 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱりか!

 

189 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

姉妹アイドルって珍しいよな

 

190 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

有名どころだと765の双海姉妹くらいか?

 

191 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

だな、姉妹丼好きな俺大喜び

 

192 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっと幼さと活発さが残ってるところがいいな

 

193 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

わかる、美嘉ちゃんとは少し違うところが良いよな

 

194 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

毎度のテンプレだが、七実さまって何者だ?

 

195 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>194

人類の到達点

 

196 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>194

人間大好きな魔王

 

197 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>194

ニンジャ

 

198 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>194

ルーデルとかヘイヘ、舩坂の同類

 

199 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>194

地上最強の生物

 

200 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>194

烙印を押された狂戦士

 

201 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>194

左手に銃を仕込んだ宇宙海賊

 

202 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルのアの字も出なくてワロタwww

 

203 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前ら、それでもファンかよwww

 

204 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

だって、七実さまだし‥‥

 

205 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまっていうだけで説得力あるよな

 

206 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これって本当にできるものなのか?

教えて、エロい人

 

207 170

>>206

少なくとも一般人には不可能、2歩目で落ちる

ソースは俺

 

208 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>207

本当にやってしまったのか‥‥

 

209 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>207

馬鹿めと、言って差し上げますわ

 

210 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>206-207

普通に考えたら無理だってわかるだろうが

 

211 広報官

七実さまと俺らを一緒にしたらあかんぜよ

あの人、この後普通にレッスンしてるらしいからな

 

212 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

部下の今日分の仕事を終わらせる→立体機動→アイドルレッスン

普通じゃない‥‥

 

213 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まず一番初めの時点で無理!

 

214 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

二番目も無理!

 

215 広報官

とりあえず、報告はここまで‥‥じゃあ、仕事探してくる

 

216 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

オツカーレ

 

217 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

乙、まあ頑張れよ

 

218 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまに負担かけるなよ

 

219 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もっと情報仕入れといてな

 

 

 

 

 

 

(25話後)

 

【美食】346のライブの食事がヤバイ【万歳】

 

1 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

立ったら書く

 

2 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おう、はよ語れや

 

3 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

期待

 

4 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

関係者か?

 

5 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

美食と聞いて!

 

6 1

立ったな、とりあえずスペックだけ

 

現役JD、趣味でダンスをやってる

昨日のライブでも、バックダンサーとして参加してた

 

7 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺も行ってたよ

 

8 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何の曲出てた?

 

9 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっぱいうp

 

10 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スカウトとかされなかったの?

 

11 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

美城って大企業だけど、バイトの扱いもいいのか

 

12 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺も見たわ、その募集要項

何故か昼食不要って書いてあったよな

 

13 1

>>8

茜ちゃんの曲のバックダンサーのセンター

 

>>9

まな板だよ?

 

>>10

なんか、明らかに堅気じゃない人に声はかけられた。逃げたけど‥‥

 

14 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おk、あの子ね

 

15 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

茜ちゃんばっか見てたから覚えてない

 

16 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>13

だが、それがいい!

 

17 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

堅気じゃない人も出入りしてんのか、気をつけよ

 

18 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今回のバックダンサー、レベル高かったよね

 

19 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>16

変態!de変態!!EL変態!!!変態大人!!!!

 

20 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルの人達と話せた?

 

>>19

ありがとうございます!!

 

21 1

>>14

何故、把握してるし

 

とりあえず、食事以外にも色々あったけど書いたほうが良い?

一応、書き溜めもある。

 

22 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

書け

 

23 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

寧ろ、それ以外に選択肢が?

 

24 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

焦らしはなしっしょ?

 

25 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

見たいに決まってるじゃないですか!

 

26 広報官

職場から失礼

プライベート系はNGだかんね

 

27 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっ、お墨付ききた!

 

28 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

You、書いちゃなよ!

 

29 1

OK、なら書いていくわ

 

30 1

今回、バックダンサーは昼前に集合する事になったんだけど

最初のお出迎えの時点で普通とは違った

誰だと思う?

 

31 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、そこで止めるな

 

32 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

焦らすの禁止ッ!!

 

33 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いや、普通に現場の人だろ

 

34 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

良い所で止める人間に碌な奴は居ないって、ばっちゃが言ってた

 

35 1

>>33

まあ、そうなんだけど

 

「本日のライブで、現場を統括する渡 七実です」

まさかあの人類の到達点自らお出迎えとは思わなくて、みんな一瞬ポカンとしてた

あのちょっとセンスのない蛍光緑の事務員服姿だったけど、やっぱオーラが凄かった

服で隠れて、あの至高の肉体が見れなかったのは残念だったけど

 

36 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまかwwそりゃ、ポカンとするわwww

 

37 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

現場統括するくらいなら貴女も出てください!!

 

38 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そういえば、今回のライブって全てスムーズに進んだよな

 

39 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

普通ならちょっとしたトラブルとか起こるのにな

 

40 広報官

センス無いとか言うな!そんなの俺たちが一番わかってるんだよ!!

 

>>38-39

そりゃ、七実さまがそういった可能性をほぼ全て潰したからな

 

41 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱり、人類の到達点って凄い。改めてそう思った。

 

42 1

で、手早く確認を取ったらスタッフに案内されて控え室に入ったんだけど

お菓子や飲み物が完備、1人1人の動きが書かれた進行表、様々な出来事の対応マニュアル

至れり尽くせりで、ちょっと自分がアイドルになったみたいで嬉しかったのと

これで失敗したらわかるなと言われてるみたいで、プレッシャーも凄かった

 

43 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

バックダンサー優遇されすぎぃ!?

 

44 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他のプロだったら、そこまでしてくれないよな

 

45 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もう2ランクぐらい落ちるな

 

46 1

他の子達もそう思ったのか、いつもなら結構のんびりしている奴までが

ステップの確認や進行表を穴が開きそうになるまで読み込んだりと

みんなやる気に溢れていてた

もしかしたら、それが向こうの策だったのかもしれない

 

47 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まさか‥‥

 

48 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

考えすぎだといいたいが、七実さまだとありえる気がしてくる

 

49 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いいじゃん、もらえるものはもらっておけよ

 

50 広報官

七実さまあるある

・放っていると1人で全て終わらせてしまいかねないので、怠けるなんてありえない

 

51 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まさか、七実さまでも‥‥ありえるな

 

52 1

私もそんな周りに引っ張られステップの確認やら

いつも以上に気合が入って、集中してたら

美嘉ちゃんのバックダンサーを務めた子達が遅れて入ってきた

 

53 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの子達、良いよね!

 

54 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

バランスが取れている感じがして、これからに期待

 

55 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

言っちゃ悪いけど、1より上手かったよな

 

56 広報官

だって、あの子達七実さまが関わるプロジェクトの候補生達だもん

 

57 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おk、把握

 

58 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

それなら納得

 

59 1

ああ、どうりで他の子達とは別行動だったわけね

レベルも高かったし、そうじゃないかなとは思ってたけど

で、デビューはいつですか(切実)

 

60 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、続き書けよ!

 

61 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

脱線しすぎぃ!!

 

62 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でも、気になる!

 

63 1

だって、可愛いし‥‥

Uちゃん、Rちゃん、Mちゃんて言うんだけど、もうね可愛いの

特に私はUちゃん(真ん中で踊った子)が好き!

 

控え室でポスターの前で両手を握りながら

「がんばります♪」って笑顔で意気込んでるのみたらね。

もう可愛くて、可愛くて、可愛すぎてお姉さんファンになるしかないと思っちゃった。

 

64 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

確かにあの子可愛かったけどさ‥‥何その熱い語りwww

 

65 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前、その子好きすぎるだろう

 

66 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

prprした?

 

67 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どんな香りがした?

 

68 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いいから、続きを書けよ

 

69 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの黒髪ロングの子についても語ってくれ!!

 

70 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そこに、3人の候補生がいるじゃろ?

 

71 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

wktk

 

72 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

気になるよねぇ~~

 

73 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

早く教えてほしいっぽい!焦らすのはよくないっぽい!

 

74 広報官

>>59

あのプロジェクトは始動したばっかだから未定

でも、そんなに遠くはないとは思う

七実さまが新人に相応しい舞台をいくつも確保してたから

 

>>66

七実さまの監視下でそんなことしたら‥‥

 

75 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

良くて八つ裂き?

 

76 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

○イダーキック、不回避?

 

77 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

大剣で真っ二つだろうな

 

78 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>66

無茶しやがって‥‥

 

79 1

あの時、思いとどまってよかった。本当にそう思う。

後、1に何か落ち度でも?

 

80 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

経験が生きたな

 

81 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ぬーいぬい!

 

82 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官、そのプロジェクトって3人しかいないの?

 

83 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>79

逆に、何故落ち度がないと思った

 

84 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>82

七実さまスレの過去ログにあがってた動画にあの子達以外の4人の姿があったぞ

 

85 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

確か美嘉ちゃんの妹がいたはず

 

86 広報官

必要な分は教えた。これ以上は教えぬ。

 

というか、これ以上やると俺がヤバイ

 

87 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この人でなし!

 

88 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあまあ、そう言わずに

 

89 1

せめて、Uちゃんのプロフィールだけでも!

お願いします。何でもしますから!

 

90 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

んっ

 

91 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今‥‥

 

92 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何でもするって

 

93 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

言ったよね?

 

94 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>90-93

申し訳ないが、ホモはNG

 

95 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こいつら何処でも沸くよな

 

96 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ホモが嫌いな女子なんていません!

 

97 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

G並の繁殖力だよな

 

98 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまこいつ等です。根絶やしにしてください。

 

99 広報官

あ馬場バbbっ場ああああ

 

100 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、どうした広報官!

 

101 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

返事をしろ!

 

102 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

メディック!メディ~~ック!

 

103 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何が起きたんだ

 

104 広報官

しんだかも‥‥

 

ななみさま「かきこみもほどほどにしておいてくださいね」だって

このへや、さっきまでだれもいなかったはずなのに‥‥

 

105 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっちまったな‥‥

 

106 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

このスレは、人類の到達点により監視されています

 

107 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、prprなんてしてません!

だから、ライダ○キック!○イダーキックだけは勘弁を!!

 

108 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

バレテーラwww

 

 

 

(しばらく阿鼻叫喚)

 

 

 

197 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

よし、お前らそろそろ落ち着こうか

 

198 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スレ消費早すぎだろ

 

199 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

それにしても広報官の絶望感には笑えたわww

 

200 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

草はやすなよ、広報官にとっちゃ死活問題だろうしな

 

201 1

気を取り直して、本題に入っていく

 

まあ、Uちゃんを眺めたり、通しリハしたりと色々していたらお昼になったわけですよ

昼食不要と書いてあったから、みんなお菓子とか飲み物はあってもだれもお昼は持ってきていなかった

ロケ弁みたいなのが無料配布されるのかなとか思って待っていると‥‥

 

「皆さん、お待たせしました」

 

現れたのは大きめのクーラーボックスを両腕に抱えた人類の到達点でした

最初、それがクーラーボックスではなく、もっと物騒なものに見えてしまったのは秘密だ

 

202 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どうやって、扉をあけたんだ?

 

203 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そりゃ、足じゃないか?

 

204 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

クーラーボックスを抱えた七実さま‥‥いったい、何が始まるんです?

 

205 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いったい、どういうことだってばよ

 

206 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>204

大惨事大戦だ

 

207 1

扉をあけてくれたのは一緒にいた川島さんっぽい

熟練夫婦って言われてるけど、実際見るとほんとそうだと思った

 

「手作りで申し訳ありませんが、皆さんのために昼食を用意しました。

分け合って食べてください」

 

中に入っていたのは、サンドイッチだったんだけど‥‥

はっきり言ってこれが美味過ぎた

お蔭で、コンビニとかのサンドイッチが食べられない

 

208 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そんなにか!

 

209 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの手作りとか、何それ羨ましい!

 

210 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他のアイドルや広報官が言ってたけど、プロ並らしいからな

 

211 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ライブの準備やらと平行して、バックダンサー達の分のサンドイッチを作る‥‥

あかん、七実さまの負担がマッハだろ

 

212 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何種類くらいあったんだ?

 

213 1

とりあえず、参考画像

 

【様々な具のサンドイッチの盛り合わせ】

 

214 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい‥‥おい!

 

215 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

メシテロ注意!

 

216 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

事前予告、大事ぃ!!

 

217 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やめろぉ~~~~!

 

218 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この時間に、こんな画像を張りやがって!

 

219 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっとコンビニ行ってくる!

 

220 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジで、美味そうだな‥‥

 

221 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ジッサイ、ウマイ

 

222 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ぜったいに許さんぞ小娘!じわじわとおでぶにしてくれる!!

 

223 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

メシテロ、ダメ、絶対!

 

224 1

いや、ホント美味かったよ

タマゴ、ハム、ツナ、フルーツサンド、カツ、ローストビーフ、照り焼、ピーナッツバターとか

どれも、今までに食べたことがないレベルだったし

これが今回のスタッフ全員分用意されてたとか信じられないくらい

 

225 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタッフ全員分?

 

226 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

それって何十人分になる?

 

227 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今回の規模だと100はいかないんじゃないか?

 

228 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

それでも、多いだろうが

 

229 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやいや、誇張しすぎだろw

 

230 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまを俺たちの基準で考えてはいけない(戒め)

 

231 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまなら残像を出しながら料理しても信じられる

 

232 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

リアルTASさんみたいな動きをしそうだ

 

233 1

まあ、それは置いておいて相談なんだけどさ‥‥

 

234 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おう、なんだ?

 

235 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

聞いてやらないこともないんだからね!

 

236 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまのサンドイッチと交換なら聞いてやる

 

237 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>235

ツンデレ乙

 

238 1

あのサンドイッチを食べてから、私の舌が美食に目覚めたみたいで‥‥

半端なものが食べられない(泣)

 

239 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はい、解散

 

240 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

 

241 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

また、会おう

 

242 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、提督業に戻るか

 

243 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

審神者としての勤めを果たさないと

 

244 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一狩り行ってくるわ

 

245 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

じゃあ、俺は荒ぶる神様を喰らってくる

 

246 1

いやいや、結構死活問題なんだって!

これじゃあ、食費で生活費が大変な事になるんだよ!

 

247 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

食べればいいんじゃないかな?

 

248 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こうして、魔王の卑劣な策略の犠牲者が‥‥

 

249 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

自炊しろ、色々と捗るぞ

 

250 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>247

でも、それって根本的な解決になりませんよね?

 

251 1

こうなったら、キムチ+一味セットで舌をリセットするしか

 

252 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの好意を無駄にするとは‥‥

 

253 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

万死に値する!

 

254 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

斬刑に処す

 

255 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>1

このスレは監視されています

 

256 1

>>252-255

もしかして、七実さまスレの方でしょうか?

 

257 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

無論

 

258 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの話在る所に我等在り

 

259 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

努々忘れるな

 

260 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、これ1やばいわ

 

261 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

思い止まるんだ。prprを耐えた、君ならできる!

 

262 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

安心しろ、我等は実際には何もしない

 

263 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そう、勝手に恐れて‥‥自分から破滅するだけさ

 

264 1

‥‥とりあえず、自炊から始めてみます

 

265 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

賢明な判断だ

 

266 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ファイト、1!七実さま並のサンドイッチを作るんだ!

 

267 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1の努力が、サンドイッチ界に新たなる風を呼び込むと信じて!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アイドルへの大いなる一歩は満足なる胃にあり

今回から、本編再開です。
内容は3話と4話の間のオリジナルとなっています。

11月12日、加筆修正しました。


どうも、私を見ているであろう皆様。

島村さん達の初舞台を終わらせ、ほっとしているのも束の間、息をつく間もなく次の仕事に備える必要があるアイドル業は多忙を極めます。

余裕を持ったプロデュースを心掛ければ、そんなことにはなったりはしないのですが、私の場合アイドル業に加えて係長業務等を平行して行っているため超過密スケジュールで日々を過ごす嵌めになっているが現状ですね。

まあ、武内Pに黙ってあっちこっちに首を突っ込んでいる所為なので自業自得といわざるを得ないのですが、チートがあるから問題ないでしょう。

それに、こうしてアイドルとして活動しているのは楽しいですし。

これからの始まる大仕事を前に、衣装の伸張性やら耐久性にベルトの装着具合を軽く確認し、このチートボディが最高のポテンシャルを発揮できるようにしっかりと解しておきます。

監督から『今回は自重というのをやめてみた』と言われ、脚本家や演出家からは『貴女の身体能力を最大限発揮できるような舞台を整えました』ととてもいい笑顔でサムズアップされました。

期待されると言うのは嬉しい事ではあるのですが、台本やらを確認したら一流の人間でなければ難しいレベルのアクションではありませんか。

甘く見ていたわけではありませんが、周囲から信頼が重いというのを改めて実感させられましたよ。

極限の生身のアクションを見逃すなという歌い文句を入れてはどうかと言っていた、うちの部下には広報系の先見の明があるのでしょうか。

普通とは違う特殊な呼吸法で心を穏やかにし、全身に喝を入れます。

 

 

「渡さん、そろそろ出番です」

 

「はい、わかりました」

 

 

どうやら、出番が来たようです。

戦闘シーンをこなさなくて良い為別撮りなちひろ達はちゃんとできているでしょうか。

少し心配にもなりますが、今は私自身の緊張からくる胃の重さに悩まされているので、あまりそちらに気を割く余裕はありません。

人類の到達点と呼ばれ、どんな事でも完璧にこなす超人と思われている私が撮影で緊張を感じているとは誰も思わないのでしょうね。

チートで表情を隠すことには慣れていますし、実際始まれば何て事のないようにいつも通りにこなせるのでしょうが、それでも前世から引き継いでいる小市民的な性格だけはどうしようもありません。

ここに4人の誰かが居てくれたのなら、この不安も和らぐのでしょうが、前世を含めるとあの昼行灯と同じくらいの年齢になるのに子供のような泣き言を言える訳ないでしょう。

転生してから付けた自分の理想を形とした面は、長く付け過ぎて肉付きの面と化してしまい、もう付けているのが普通となってしまいました。

人の期待を決して裏切れず、またそれをできるだけの能力があるからやってしまうという面倒くさい生き方をしているとは思いますが、私にはテンプレや踏み台的な転生者のように開き直る事なんてできません。

 

不快極まりない胃の重さを抱えながら、心中で愚痴をこぼしていると撮影現場に辿り着きました。

特撮でお馴染みな崖のある開けた採石場の各所には演出用の火薬等が大量に仕込まれており、巧妙に隠されていてもトラップ設置系のチートで嫌でもわかってしまいます。

自重という言葉を無くしたとは言っていましたが、少々多すぎやしやしませんか。

火薬類取締法に定められた基準ギリギリを追及しましたといわれても納得しそうなくらいの量です。

これって最新の特撮映画の撮影ですよね。1発あたりの予算も掛かるので、最近では爆発とかもCGが主流になっていると聞いたことがあったのですが。

どうしてここだけ80年代並の火薬セットが配置されているのでしょうか。

ほら、先輩ライ○ーである竹○さんも今までにないやばさを漂わせるセットに緊張して、冷や汗を流しているではありませんか。

本当に昼行灯も含め、自重をなくした大人ほど厄介な存在はいないという証明ですね。

 

 

「本日はよろしくお願いします。先輩」

 

「いえ、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 

深々と頭を下げると先輩ラ○ダーを務める竹○さんは、少々戸惑いながらも頭を下げ返します。

竹○さんの方が芸暦的には先輩なので、礼儀は尽くすべきでしょう。まあ、年齢的には私のほうが断然上ですがね。

1年近く○イダーとして過ごしていただけあり、貫禄に近い安定感といったものがあります。ですが、やっぱり自然体でも溢れ出す若さのエネルギーが感じられました。

やっぱり、私がライダ○を務めるなんて間違っているのではないでしょうか。

そんなことを思いつつも監督や演出家といったスタッフや竹○さんといった共演者の皆さんと撮影の最終確認を進めていきます。

今回の撮影は火薬を大量に使用する為、事故等が発生するリスクが高く慢心する事などできません。

ミスをしたら再設置に時間も掛かりますし、それだけ費用をかさむという事ですから、本社から経費削減をしろと突かれる製作側の世知辛い部分を知っている身としては、一発で最高のものにしてあげたいと思います。

最終確認も終わり、私と竹○さんは定位置に付きました。

並んだ私達に対峙するように立つのは、今回の映画のラスボスであり物語の主軸となす事件の元凶であるパラレル・ロイミュードとセーフティ・エゴロイトです。

パラレルは銀塩式フィルムを身体中に巻き付けており、セーフティは致命的なまでに全体のバランスが崩れた燕といった姿をしています。

 

今回の映画のシナリオは、都内で原因不明の盗難や行方不明事件が多発し重加速反応が検出された事から特状課が捜査を担当することに。

そして、主人公である進ノ介は捜査の途中でロイミュードと遭遇し戦闘になるのだが、止めを刺そうとした所でパラレル・ロイミュードが乱入し瀕死だったロイミュードを不思議な門を開き何処かへ消し去ってしまいました。

何故か死んだ筈の自分の父親の姿をしているパラレル自身もその門を潜って消え、進ノ介はベルトさんの制止の声を振り切りトライドロンでその門へ突入します。

門を潜った先にあったのはロイミュードと人間が共存する理想郷ともいえる優しい世界でした。

最初は現実とはあまりにも違いすぎる世界に進ノ介とベルトさんは色々と戸惑うのですが、そんな中ロイミュードによる犯罪が発生し、現場に居合わせた進ノ介は変身しそのロイミュードを倒します。

しかし、ロイミュードのコアを破壊してしまうそれは共存するこの世界においては殺人に相当し、進ノ介たちは逮捕されることになるのです。しかし、それも次の日には無かった事になって平和な世界が始まる。

そんな理想的で優しい平行世界で、正義とは、罪とは、本当に守るべきものとはと思い悩むものとなっています。

 

そして、今から撮影するのは答えを得た進ノ介がパラレルの能力で呼び出された私達(次期ラ○ダー)と共に最終決戦に臨む最高に熱いシーンなのです。

長々とあらすじ語りをしていたら撮影が始まったので集中しましょう。

 

 

『進ノ介、何故理解してくれないんだ。この世界では人も、ロイミュードも互いに傷つけあう事の無い真の理想郷じゃないか!

この世界では罪など存在しない、全て代わりを持って来よう。1秒毎に無限大に産まれる並行世界に干渉できる私ならそれができる!

誰も哀しむことのない安全で、安心して、その存在らしく過ごせる‥‥お前も、その1人になって欲しい』

 

 

パラレルがこの世界が如何に素晴らしいかを語り、進ノ介を勧誘します。

確かに幾らでも代わりが用意され、悲しみなんてない世界なんて素晴らしいと思いますが、私はごめんですね。

そんな甘やかされた世界では、誰も輝こうと努力しなくなってしまうかもしれません。

『人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である』という名言もあるくらいですし、誰かの悲しみは決して無駄になることなく別の誰かのためになっていると思うのです。

そして、その悲しみを越えた先にこそ、今まで見えていなかった新しい楽しみや幸せといった輝く希望が見えるのです。

 

 

「確かに人とロイミュードが共存できる、この世界は理想だと思う」

 

『そうだろう!なら‥‥』

 

「でも、それは皆で作り上げなきゃならないもんなんだ!理想の世界っていうのは、決して誰か1人の思うままになる世界なんかじゃない!」

 

『そうだ!たった1人の感情で動かされる世界など、独裁国家と何ら変わりはしない!』

 

 

流石といいますか、本当に進ノ介になりきっているのがわかる迫真の素晴らしい演技ですね。

先輩がここまでやっているのですから、私もその襷を渡される者として恥じない姿を見せなければ申し訳ないでしょう。

 

 

『安全‥‥みんなの理想‥‥みんな喜ぶ‥‥優しくしてくれる‥‥』

 

「ふぇいず4、けいとう『じっこうしゃ(エグゼキューター)』です」

 

「貴方は、誰かに優しくされたいだけだったのね」

 

 

見るだけで嫌悪感を覚えさせる醜悪な異形が、誰よりも平和を求めて悩み、努力する。

それはとても尊い行動ではあると思いますが、その先にあるのがこんなエゴに満ちた閉じられた箱庭世界であるというのなら私は認めるわけにはいきません。

 

 

「ですが‥‥貴方は夢みたいな理想を追い求めすぎて、過激な事をし過ぎました」

 

 

作中では、この世界に不適合だと判断された存在はセーフティによって殺されたり、破壊されたりし、パラレルの力でまた別の世界から異世界同位体を連れてくるのです。

不適合と判断される理由は様々で、その中でライ○ーではない別の世界から連れてこられた私達は、実力差で他のアイドルの心を折ってしまったことや、ミスで番組を台無しにしたといったことで殺されてしまいました。

いくら平和を求めていたとはいえ、これは許される事ではありません。

 

 

「「だから‥‥俺(私)は、戦う(います)!!」」

 

『そうか‥‥ならば私は、この理想を理解してくれる別の進ノ介を探そう』

 

『危険要素‥‥掃除、排除、駆除‥‥』

 

 

パラレルとセーフティがこちらに手を翳すと私達の周囲に仕掛けられていたナパームやセメント爆弾が盛大に炸裂します。

私も計画段階で参加し風等の状態に関係なく安全が確保され、また特撮としての見栄えを追及した最適解な配置にしているのですが、それでも実際に感じる爆発の熱風や視界に広がる粉塵は脳に恐怖を訴えかけてきました。

ですが、ここで恐怖に顔を歪めてしまえば取り直し確定なので、チートをフル動員して表情を保ちます。

セメントの粉塵が服とかに纏わりついて不快ですが、そんなことは無視してIdドライバーを展開し、ポケットの中に入れておいた劇場版専用フォームのI Diskを構えます。

隣にいる竹○さんも同様のシフトカーを構え、準備は万端なようですね。

粉塵の煙が晴れ、ここからがクライマックスの開始です。

 

 

「変身ッ!」「変‥‥身!」

 

 

互いに変身プロセスをとります。

見栄えが大事とはいえ、敵を前にしてこうした複雑な動作を経るのは隙だらけで大問題な気もしますが。

まあ、カッコよければ全てオッケーでしょう。

I diskをセットし、ベルトを壊さないように注意しつつ力強く装填します。

 

 

『DRIVE type Starlight Stage!』『Play SURPRISE-DRIVE!』

 

 

本当に変身できるわけではないのでベルトからの電子音声だけですが、それでも場の空気に呑まれるというか、何というか、自分の意識が切り替わったような感覚があります。

違和感を覚えないわけではありませんが、それよりも爽快さが勝るので気分がいいですね。

これが子供たちから憧れの眼差しで見られるヒーローとなるということなのでしょうか。

 

 

「今から始まる俺達の輝く舞台に!」「一っ走り、付き合ってもらいますよ!」

 

「はい、カット!2人共、最高だよ!演技もタイミング文句なしだ!!」

 

 

決め台詞を言ったところでカットが入りました。

ここからは変身しての最終決戦ですから、生身の演技はここまでです。

さっさと着替えたり、シャワーを落としたりしてさっぱりしたいところではあるのですが。

 

 

「じゃあ、渡さんが着替えてきたら撮影を再開するぞ!全員、さっさと準備するように!」

 

「渡さん。この後も大変かもしれませんが、頑張ってください!俺、応援してますから!」

 

「‥‥はい、ありがとうございます」

 

 

変身前の主人公を務めるだけの竹○さんとは違い、何故か変身後のスーツアクターも務める事になっている私の出番はまだまだ続くのです。

それに、凄いいい笑顔で年下先輩に応援されてしまっては、年上後輩としては頑張っていい所を見せなければならないでしょう。

まあ、これから高○さんと極限のアクションを要求されるので、否が応でも全力を尽くさなければならないのですが。

現場近くに設営された簡易更衣室で一気に衣装を脱ぎ捨て、用意されていたライダ○スーツに着替えます。

早着替えは曲毎に衣装を変えることもあるアイドルとしての必須スキルですが、こういった全身を覆うタイプを着る事は滅多にないので少しやりにくいですね。

仮面の所為で視界も制限されますが、聴勁とかがあるので問題はありません。

備え付けられた鏡でおかしい部分が無いかや、軽く身体を動かしてスーツの調子等を最終確認します。

私が動きやすいように制作会社と数日かけて調整を重ねた特別製のスーツは、最高の仕上がりをしており、これならこれからのアクションも十全にこなせそうですね。

 

 

「さて、久しぶりに本気を出してみましょうか」

 

 

あの火薬量が気になるところではありますが、本気を出した私なら問題なく平和に終えることができるでしょう。

 

 

 

 

 

 

今日分の撮影を終え、別撮りだったちひろ達とも合流し、美城の社用車に揺られながら本社への帰路につきます。

私が運転するつもりだったのですが、ちひろ達やスタッフの強い反対を受けて諦めました。

車体を揺らさない快適なドライビングテクニックと経路選択で、乗っている人を快適な睡眠へと誘うことができるというのに。

まあ、最も盛り上がるクライマックスシーンの戦闘というだけあって、なかなか楽しめましたね。

爆発した瞬間のナパームの炎の壁を突き破りながらキックを決めるのは、筆舌しがたい達成感で心が震えました。

スーツとかは一応耐火素材でできていますし、念の為にスタントマン御用達のジェルを塗っていましたから火傷の恐れはありません。

それにチートをフル活用して、加速しましたから炎の熱を感じる間もありませんでした。

アイドルのすることではありませんが、そもそもの原因はテンションが上がり過ぎて打ち合わせ以上の速度で駆け抜けた事による自爆だったので何も言えません。

監督にも、『次、あのような危険な行為をするのであれば、申し訳ないがアクターを降りてもらう』と厳重注意を受けましたから気をつけましょう。

 

 

「あっ、今の時間帯なら次の信号を左折して迂回した方が混まないですよ」

 

「わかりました」

 

 

仕方ないので助手席に座り、最短経路で本社に戻れるように運転手を案内(ナビゲート)します。

ちひろ達も、銀幕デビューとなる今日の撮影で疲れたのか後部座席からは4つの規則正しい寝息が聞こえてきます。

変身後の戦闘は大半を私が務めるのですが、ラ○ダーでは変身前の生身での戦闘シーンというのもありますから馴れないアクションでいつも以上に消耗したのでしょうね。

本社につくまでは、まだまだ時間が掛かりそうですから寝かせておいてあげましょう。

しかし、そうなるとラジオや音楽をかける訳にはいきませんから、暇を持て余してしまいそうです。

 

 

「シンデレラ・プロジェクトの事は、ほっておいていいんですか?」

 

 

当分の間は道なりを進むだけですから、運転手と他愛ない話でもしていたら暇も紛れるでしょう。

他に適当な人員がいたでしょうに、わざわざ迎え役を名乗り出た武内Pは困ったような表情を浮かべています。

普段だったらいつものように右手を首に回すところでしょうが、今は運転中だからでしょうか両手をハンドルから離すことはありませんでした。

直進する間だけであれば、少しくらいなら片手で運転しても大丈夫なのではと思うのですが、律儀というか、融通が利かないというか、相変わらずの堅物ですね。

 

 

「本日の予定はレッスンのみでしたので、青木さんに任せても問題ないと判断しました」

 

 

正直言わせてもらえば、意外の一言です。

武内Pは口や行動こそ不器用ではありますが、自分の担当するアイドルのことを誰よりも大切にしていて、暇さえ見つけてはその様子を窺いにいったりしていたのに。

一体どういった風の吹き回しでしょうか。

 

 

「それに‥‥」

 

「それに?」

 

 

初期の関係構築が重要な今の時期にシンデレラ・プロジェクトよりもこちらの現場を重視する理由があるというのでしょうか。

特撮方面の関係者へのあいさつ回りと言う理由なら、迎え役ではなく最初から同行した方が効率的ですから違うでしょう。

シンデレラ・プロジェクトの関係構築に失敗したのなら、意外と動揺といった表情は極端に表に出やすいので絶対にわかるはずなので違いますね。

 

 

「渡さんや千川さんも、私の担当アイドルですから」

 

「‥‥律儀ですね」

 

 

そういえば、そうでした。

P(プロデューサー)と呼んでいるのに、いつの間にかそれを含めて呼び名みたいな感じになっていました。

いや、完全に忘れていたわけではないですよ。ただ、アイドル部門においてわりと重要な新規プロジェクトであるシンデレラ・プロジェクトと比較して優先されるとは思わなかっただけです。

 

 

「それがプロデューサーの務めですから」

 

「全く、もう少し肩の力を抜いて生きたほうがいいですよ」

 

「‥‥失礼かもしれませんが、それは渡さんにも言えるのでは」

 

 

私の場合はチートで作業中に身体を休めたり、アイドル達との交流や愛でたりして適度に力を抜いています。

傍から見たらそんな風には見えないのかもしれませんが、力の抜き方なんて人それぞれですし、それをとやかく言われる筋合いはありません。

 

 

「今、こうして抜いているじゃないですか」

 

「そうですか」

 

 

シートも少し倒していますし、運転に集中するわけでもない。

行きかう人々や過ぎ行く建物等を眺めつつ、時折チートで算出した最速ルートを指示し、こうして他愛ない話を交わす。

日頃のアイドル業や係長業務に比べれば、何と力の抜けている事か。

いつも如くちひろにタブレット端末を没収されていなければ、シンデレラ・プロジェクトに関する各種処理やら、下半期におけるアイドル部門の企画計画書やらを済ませたりするのですが。

最近、私よりもちひろ達の方が持っている時間が長いのではないでしょうか。

力を抜いていると自覚したら、きっちりと着ていたスーツが鬱陶しくすら思えてきましたね。どうせ、誰も見ていないのですから少し着崩しても問題ないでしょう。

首もとのボタンを2つ程外すと、撮影の余韻ともいえる熱が一気に放散されるようで心地よいです。

 

 

「あの‥‥渡さん」

 

「はい、何でしょう」

 

「力を抜く事を勧めた自分が言うのもなんですが‥‥今度は無防備すぎます。

渡さんは女性なのですから、あまりそうやって開けさせるのはやめておいたほうがいいかと」

 

 

移動している車内なのですから、注視していない限り見られることはないでしょうし大丈夫だと思うのですが。

それに、女性らしい身体つきをしている後部座席の4人ではなく、エロさとは無縁のこのチートボディに欲情するような特殊な趣味の人なんて早々いないでしょう。

ちひろに甘えられたり、楓のボディタッチを受けたりして頬を染めているので武内Pは、女性的な柔らかさと起伏のある方が好みのはずです。

 

 

「いいじゃないですか、どうせ誰も見ていませんし。それに見られても、誰も何とも思いませんよ」

 

 

今の時代、ネットを漁ればいくらでも性的欲求を満たすための画像や動画がゴロゴロ転がっているご時勢ですから、こんな胸元を少し開けさせたくらいで興奮なんてしないでしょう。

 

 

「‥‥」

 

「右手にコンビニが見えますから、そこを右折してください。そうすれば、見知った道に出ますから、後は大丈夫ですよね」

 

「はい」

 

「まあ、わからなかったら言ってください」

 

 

のんびりとしていたら小腹が空きましたね。確か、鞄のこの辺にお菓子をストックしておいたはずです。

鞄の中からプリッ○を取り出し、早速咥えます。

塩気より甘味のほうが好みなのですが、ポ○キーだとこの春の陽気でコーティングしてあるチョコレート部分が溶けてしまうと袋の中が大惨事になってしまうので諦めました。

サラダ味という癖に、野菜やドレッシングの味がしないではないかと思っていた時期もありました。

この仕事に就きお菓子業界の人共繋がりができたので質問してみたのですが、業界ではサラダ油を吹き付けて塩を振り掛けたものをサラダ味と呼ぶそうです。

塩味ならちゃんと塩味と表記すればいいのにと思うのですが、長い年月親しまれたネーミングを変更するのはハイリスク・ローリターン過ぎるからでしょうか。

プレッツェルに付いた程好い塩気が、派手なアクションシーンをこなした後の私の身体には丁度いいです。

細いスティックタイプなので軽く、口に咥えたままでも疲労感がないので楽なのが、またいいですね。

美味く操作すれば咥えた後は一切手を使うことなく最後まで食べられるので、両手が空いて色々できるので就業中の一休みにも最適でしょう。

行儀が悪い事この上ないですが。

 

 

「武内Pも食べますか」

 

 

自分が運転している隣で1人だけお菓子を食べられたら腹が立つでしょうから、お裾分けをする気遣いも忘れません。

 

 

「いただきます」

 

 

武内Pは、食べることが好きですし、基本的に人の誘いを断れないタイプですからそう言うと思っていました。

運転中なのでハンドルから手を離さないでしょうから、1本手にとって武内Pの口元に近づけます。

 

 

「はい、どうぞ」

 

「‥‥いただきます」

 

 

咥えるまでにプ○ッツを見て逡巡がありましたが、何かあったのでしょう。

もしかして、サラダ味が嫌いだったのでしょうか。私は○リッツならこのオーソドックスなサラダ味が一番好きなのですが。

嫌いなものを食べさせてしまったのなら申し訳ありませんが、一定のペースで短くなっていく様子を見るとどうやらそうではなさそうですね。

なら、気にする必要はないでしょう。

 

 

「渡さんは、お疲れではないのですか?」

 

 

プリッ○を食べ終えた武内Pが、そんな質問をしてきました。

確かに今日のアクションシーンはなかなかに派手で濃密なものでしたが、それでもチートボディを疲弊させるまでには至りません。

あれくらいで疲れていては、人類の到達点なんて恥ずかしくて名乗れませんから。まあ、もともと私が好きで名乗っているわけではありませんが。

 

 

「問題ありません」

 

「他の皆さんのように、おやすみになられても大丈夫ですよ」

 

 

それもいいかもしれませんが、流石に寝顔を見せる勇気はありません。

女性として色々捨て去ってしまった部分がありますが、そういった羞恥心というのは欠けることなく残っています。

武内Pが邪な企みで言ったわけではないのはわかっているのですが、バックミラーを使うか振り返らなければ見えない後部座席と違い、助手席では少し視線を横に動かせば見えてしまう為、その好意を素直に受け取ることはできません。

優しさから出た言葉を傷つけずにどうやって断ろうかと頭を悩ませ、気まずい沈黙が支配しはじめます。

さて、この雰囲気を打開する方法を灰色の脳細胞を十全に活用して考えなければ。

急がば回れ、悠々閑々、自重自愛

平和に場の空気を元に戻せる選択肢は何でしょうか。

 

 

 

 

 

 

例え酔わなくて、1人だったとしても飲みたくなる日が人間にはあるものです。

ということでやってきました妖精社。隠れ家的な店なので、所謂お一人様でも利用しやすいので知っている人なら重宝します。

結局本社に戻った後もちひろ達は疲労でダウン状態でしたから、そのまま武内Pに社用車で送らせました。

あの状態では電車の中で寝たりして、面倒くさい事になるのは目に見えていましたし。

私は余裕があったので自分のデスクに戻り、余計な手間をかけさせてしまったお詫びとして武内Pの残務を処理したり、シンデレラ・プロジェクトの様子を愛でたりしていたら、結局終業時間まで社内にいました。

本当なら、もう少し仕事をして帰ろうと思っていたのですが、部下達の強い反対に押し負けて久しぶりに定時で帰ることになり、夕食と早めの晩酌を兼ねてここに立ち寄ったわけです。

今日はアクションシーンでかなり動きましたし、1人ですので全額自己負担なので遠慮せず食べることができるという訳です。

さて、そうと決まれば何を食べるか決めなければ。

とりあえず、串焼きをいくつかと月見うどん、コロッケも美味しそうですから頼みましょう。

うどんは違いますが味の濃いものや揚げ物があるので、これなら飲み物はビールが最適でしょうね。

もはや顔見知りなんてレベルじゃないくらいの店員に注文を伝え、運ばれてくるのを待ちます。

お冷でせっかくいい感じに温まってきているお腹を冷やすのは勿体無いので、周囲の客の会話にでも耳を傾けましょうか。

無秩序な様々な業種の人達の喧騒は座敷ではなく、カウンター席だからこそできる居酒屋の楽しみ方の1つだと思います。

 

 

「で、そこで部長がさぁ!」「まあまあ、落ち着けって」

 

「今期のアニメってどう思います?」「豊作と言わざるを得ないですな、特にオススメは‥‥」

 

「すみません。かき揚げそばにハーフカレー、ハムカツ、後ビールをください」

 

 

本当に色々な人がいますね。

会社の愚痴を溢す人や熱く趣味を仲間と語らい合う人、私と同じようにお一人様の食事を楽しむ人、十人十色楽しむ声は聞いていて飽きません。

 

それにしてもハムカツですか、薄っぺらくて軽視されがちですが、分厚いトンカツにはない美味しさがあるのです。

薄い分だけカラッと揚がってくれる為、あの揚げたてサックリとした程好くハムの味が染み出していている衣は本家トンカツすら凌駕する味わいがあるでしょう。

そして、その弱点とも思える薄さを最大限に生かした、軽い食べ応えは一皿でもたれそうになってしまうこともあるトンカツとは違い、いくらでもいけそうになってしまうのです。

この卑劣なカロリーの罠に引っかかって体重計に涙した人も多いのではないでしょうか。

さらに付け加えるのなら、庶民の味方である加工肉ハムはソースやマヨネーズ、醤油、ケチャップ等の殆どの調味料に適合する万能選手で、ハムカツになってもその万能さは健在であり、かける物を変えるだけで別の顔を見せます。

よし、最初に注文したものが届いたら私もハムカツを頼みましょう。

 

 

「此処が女教皇(プリエステス)の隠匿されし拠点か!(ここがあの隠れ家的なお店なんですね!)」

 

「蘭子ちゃん、他の人もいるんだから騒がないの」

 

「素敵なお店‥‥お人形のお家みたい‥‥」

 

 

入口からもの凄く聞き覚えのある声がします。

 

 

「ミナミも、ここに来たことがあるんですか?」

 

「ええ、七実さんと楓さんに連れられて」

 

 

前川さん、カリーニナさん、新田さんの3人は妖精社に連れてきたことがありましたね。

ここは値段も安く、それでいて味は最高ですし、あまり遅くない時間帯ならお酒の飲めない未成年達だけで訪れても問題はありません。

コンクリートジャングルの中に隠された食の聖域、しばし煩わしき俗世から切り離されてお腹を満たす事にのみ没頭するといいでしょう。

私もやっと届いた品物を食べるとしましょうか。勿論、ハムカツを頼む事は忘れていません。

まずは、牛の串焼きからですね。

 

 

師範(ニンジャマスター)♪」

 

 

串焼きを頬張ろうと口を開けた瞬間に、カリーニナさんが背中に抱きついてきました。

入口からは見えにくいカウンター席の端に座っていたというのに、こんなに早く見つかってしまうとは思ってもいませんでしたよ。

まあ、こうして大人に甘えたいお年頃と言うのはわかりますが、もう少し時と場合を考えて欲しいです。

これが私じゃなければ、串の先が口の中を突き刺して大変な事態になっていましたよ。

恐らく、私なら大丈夫という信頼からの行動なのでしょうし、実際は大変な事になっていないので、今はとやかく言うのはやめておきましょう。

そんな事しても食事が美味しくなくなるだけですし。

 

 

「アーニャ!他のお客さんに迷惑を‥‥って、七実さま!」

 

女教皇(プリエステス)!(渡さん!)」

 

「こんばんわ、七実さん」

 

「こ、こんばんわ‥‥」

 

 

カリーニナさんを追ってきた残りの4人にも見つかりました。

今日はかなり食べる予定だったので、上品な大人のお姉さんの威厳を保つためにもあまり見られたくはなかったのですが仕方ありません。

 

 

「こんばんわ。皆さんも、夕食ですか」

 

「はい。今日の寮の夕食が魚尽くしだったから、みくちゃんがここに行こうって誘ってくれたんです」

 

 

前川さんは魚が苦手ですから、魚尽くしのメニューは地獄のようなものでしょうね。

転生前は好き嫌いが激しかったので、その気持ちは良くわかります。

 

 

「み、美波ちゃん!ばらさないでよ!」

 

「あら、私はそんなみくちゃんのこと可愛いと思ったのに」

 

はい(ダー)』「ミクはかわいいです!」

 

「うぅ~~、可愛くても恥ずかしいの!」

 

 

弄られて赤面する美少女の姿は、萌えますね。

許されるのなら今すぐ抱きしめて頭とかを頬ずりしたいです。そう、今カリーニナさんが私にしているように。

首に手を回されているので串焼きを食べようにもできません。

このままでは、頼んでいた品物が冷めてしまいます。妖精社の料理は冷めても十分に美味しいのですが、やっぱり料理は出来立てが一番なので、早く食べたいのですが。

 

 

「白き妖精の行動は瞳を持ってしても予知できぬ(アーニャちゃん、いいなぁ‥‥)」

 

「アーニャちゃん‥‥そろそろ七実さんにご飯食べさせてあげよ?」

 

「そうでした。すみません、師範(ニンジャマスター)

 

 

緒方さんの言葉でカリーニナさんからようやく開放されます。

さて、冷めない内に食べてしまいたいところではありますが、5人の事をどうしましょうか。

 

 

「アーニャ~~~!!」

 

痛い(ボリーナ)!!』「や、やめてください、ミク!?」

 

 

何故かわかりませんが、怒りを顕にした前川さんがカリーニナさんのこめかみに拳を当ててぐりぐりとします。

こめかみ部分の骨は薄いので、あそこを攻撃されるとかなり効くんですよね。

カリーニナさんも脳に響く痛みに悲鳴をあげて、必死の抵抗をしてなんとか前川さんぐりぐり攻撃から脱出します。

ここは公共の場ですからあまり騒いではダメと大人として注意すべきでしょうか。

とりあえず、前川さんも考えがあっての事でしょうから、少しの間静観しましょう。

 

 

「アーニャ‥‥七実さまは何を持ってる?」

 

「えと、串焼きですね。美味しそうです」

 

「そうだね、美味しそうだね。‥‥串焼きの串って尖ってるよね?

もし、アーニャが飛びついたりした拍子にそれが刺さったら、どうなると思う?」

 

 

歳はそんなに変わらないはずなのに、何だか前川さんが凄いお母さんをしています。

何で危ないかをちゃんと自分で考えさせようとする叱り方なんて、無茶をやらかした私達姉弟を叱る時のうちの母親そっくりですね。

やっぱり、この2人のコンビを強行的にも推し進めるべきだったのではないでしょうか。

 

 

「‥‥怪我をしますね。師範(ニンジャマスター)」『ごめんなさい(イズヴィニーチェ)

 

「気にしなくていいですよ。何も起きてませんし」

 

「今度から、気をつけます」

 

 

私はそこまで気にしていないので、別にそこまで畏まって謝る必要はないのですが。

寧ろ、そんな切なそうな瞳や悲しげな表情をされる方が私の精神衛生上よろしくないくらいです。

いつも明るいフリーダムキャラが落ち込んだりするとギャップで、破壊力が通常の倍くらいありますし。

食事の時は、そんなマイナスな感情は舌を鈍らせるだけなのであまり引きずって欲しくはありません。

 

 

「本当に気にしなくていいですから、そんな顔せずにご飯を食べて元気を出してください」

 

 

妖精社のご飯は絶品揃いですから、今の事なんて美味しい食事で上書きしてしまいましょう。

美味しい食事を食べたり、暖かいお風呂に入ったりすれば、大抵の事なんてちっぽけな事に思えるとうちの25歳児も言っています。

カリーニナさんの場合、前川さんに抱きついて頭を撫でられているのでその必要はないかもしれませんが。

前川さんに大人としてやるべき事を全て持っていかれてしまった気がしますが、2人の仲が深まったなら、それで良しでしょう。

 

 

「そうだ!七実さん、よろしかったら一緒に食べませんか?」

 

「大人が混ざっていいんですか」

 

 

場の雰囲気を一新する様に新田さんが誘ってくれていますけど、メンバー同士の交流の場にサポート役とはいえあまり大人が入り込むのはよくないような気がするのですが。

それに、今の件で少々混ざりにくいですし。

この天使のようなシンデレラ・プロジェクトのメンバー達ならそんなことは気にしないないでしょうが、それでも気が引けてしまいます。

それに職業柄、流行の物は逐一チェックしていますが、それでも仕事と言う視点で見てしまっている為に若い世代とは考え方にずれが生じてしまうのです。

そのジェネレーションギャップみたいなのを感じてしまう瞬間に、否が応でも自分の老いを思い知らされてしまい、心にクリティカルダメージをくらう事になるのです。

一度くらえば十二分なので、私にはそれを芸風にしている菜々のような勇者にはなれません。

 

 

「勿論です。ねえ、皆?」

 

「大歓迎です!」『賛成です(アダブリエーニイ)

「は、はい」「愚問である(賛成でぇ~す)」

 

「だそうです」

 

 

これはもう断ることなんてできませんね。

というか、私が頼んだハムカツを持った店員さんがこちらではなく、誰もいないいつもの座敷席のほうに運んでいます。

いや、確かに移動するからいいんですけどね。

さっさと移動して、料理達が冷え切る前に食べてしまいましょう。細かい事を考えるのは、それからでもできます。

そんな私の今の気分をとある暴君の幼少期の家庭教師も務めた政治家でもあり詩人でもある人物の名言を改変して述べるのなら。

『アイドルへの大いなる一歩は満足なる胃にあり』

 

 

 

 

 

 

 

後日、残りのアクションシーンを撮影する為に現場を赴いたところ、私の身体能力を甘く見過ぎていたと反省したらしい監督達によってアクションのレベルが更に向上するのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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苦労から抜け出したいなら、肩の力を抜く事を覚えなさい

まだまだ4話前の話が続くと思います。
そして、キャラ崩壊があります。Pの皆様、ご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

今夏公開の○イダー映画で、次期の主役ということで客演という形で出演及びスーツアクターを務めさせていただくという稀有な経験を積ませていただきました。

久しぶりにそこそこ本気を出せ、心の奥底に溜まっていた全力を出したい欲求を発散できてとても清々しい気分です。

やっぱり、そこそこでも本気を出せる環境は素晴らしいですね。

最近では、自分の真の実力を隠し続けて無能を装っているタイプの主人公が増えているそうですが、私からすればその忍耐力の高さには脱帽します。

自分を殺してまでして無能を装うなんて、私には無理です。せっかく力を持っているのですから使いたくなってしまうのが人の性でしょう。

我慢した先の開放による周囲の驚愕に、カタルシス的なものを感じるのかもしれませんが、それまでに浴びせられる罵倒や蔑んだ視線によく耐えられますね。

私がそんな態度をとられたら、大人として教育してあげるか、黒歴史の開帳待った無しだと思います。

という脇道にそれてしまった思考を本筋に戻しましょう。

 

とりあえず、映画の撮影スケジュールを全てこなした私は、今度は自衛隊協賛で行われる基地祭に備えて1人ソロ曲のステップの確認に励んでいます。

ちひろは昨日まで続いた撮影の疲労をきっちり抜いてもらう必要がある為、同じく完全オフだった25歳児を買収して日帰り温泉旅行に行ってもらっています。

同じPを好きになったもの同士ですから、きっと色々溜まっていた愚痴を吐き出しあってすっきりして帰ってくるでしょう。

見稽古によるチートで確認する必要もないくらい完璧に仕上がっているのですが、七花も見るのですから何の因果かこの歳からアイドルデビューする事になった姉を恥ずかしく思われない為にも完璧以上に仕上げなくてはなりません。

緩急をつける部分はしっかり、演武のようなダンスは己が身を刀と化すように疾く鋭く、刹那の気の緩みすら許さない真剣さで望みます。

手刀、足斧それぞれが空を裂き、レッスンルームの空気を震わせますが、これでもまだ足りません。

この人類の到達点を持ってしても前世で原作を読み思い描き、アニメを見て魅せられた虚刀流の姿には程遠く感じてしまいます。

私という転生者(イレギュラー)の存在の所為で、刀語という作品が存在しなくなってしまったこの世界では虚刀流なんてものは存在しません。

存在しないと言う事は、勿論見る事ができない為見稽古をすることが出来ず、どれだけ鍛錬を積もうが、何処までいっても虚刀流は完成しないのです。

おぼろげにはなっていますが完了した形はわかっているのに、それに到達する事のできないジレンマ。

一般人であれば誰しも経験した事のある葛藤でしょうが、見稽古というチートスキルを引っさげて転生した私にはそういったこととは一切無縁であり、それ故完璧に出来ない事が気持ち悪く感じるのです。

ストレスとまでは言いませんが、歯の間に繊維が挟まったかのような感じと説明したらわかりやすいでしょうか。

 

 

「‥‥ふぅ」

 

 

額を伝う汗を手の甲で拭い去り、ウェアの上衣を脱ぎ捨てタンクトップ一枚となって近くに置いておいたスポーツドリンクで失われた水分等を補給します。

汗をかいた後のスポーツドリンクは格別ですね。

最近、ここまで自分を追い詰めるような鍛錬を積んだ覚えがなかったので、久しく感じていなかった心地よい疲労に充実感を感じます。

一息ついた後は窓際まで移動し、熱くも寒くもない春の風を浴びながら小休止を取ります。

このチートボディでもオーバーワークというのもは存在するので、こうして時には休めてあげなければ異常が出てしまいますので。

まあ、そうなるには数週間不眠不休で全力活動をする必要があるでしょうが。

素肌を撫でるように過ぎ去っていく春風は仄かな花の香りを含んでいて、先程まで感じていた不快感を抑えてくれます。

チートのお蔭で驚異的な速度で体力が回復していくので、既に鍛錬で消耗した分は全回復しています。

なので、このまま鍛錬を再開してもいいのですが、鍛錬の途中から扉の方から感じていた視線の主に声をかけるとしましょうか。

 

 

「用があるなら入ってきたらどうでしょうか‥‥佐久間さん」

 

「‥‥やっぱり、まゆに気づいていたんですね」

 

 

私が声をかけると扉を開けて佐久間 まゆさんが入ってきました。

武内Pの同期であり自身のプロデューサーである麻友(まゆう)Pに対して恋愛的感情を持ち、強い執着心と依存をしていると言われている彼女ですが、こうして会ってみると普通の女の子に見えます。

しかし、その彼女がどうして私をストーキングしている理由がわかりません。

 

 

「ええ、あのライブ以降度々私を尾行していたようですが、何か成果は得られましたか」

 

 

一向に距離を詰めてくる様子がないので現在まで放置していましたのですが、私の鍛錬を見てどん引きしている気配が感じられたので声をかけなければ大変な事になると第六感が告げています。

佐久間さんも言葉遣いこそ普段と変わらないものの、その表情は明らかに引きつっていますし。

私の行っている鍛錬が一般レベルからは隔絶していると言う自覚はありましたが、まさか見ただけで引かれるレベルとは思っていませんでしたよ。

特撮撮影の時は、周囲のスタッフに受けていたのでこれくらいなら大丈夫なのかと慢心した結果がこれですか。

もう、こうなってしまった以上どう取り繕ったところで焼け石に水にしかならないでしょう。

どうせこのまま引かれてしまうのなら、何も行動を起こさずに引かれるよりも何らかの行動を起こした事で引かれる方が精神衛生上ましです。

やや、自暴自棄になりつつありますが、もうどうにでもなれという感じですね。

 

 

「え、えと‥‥」

 

 

泳いでます。視線が私ではなくあらぬ方向へと泳いでいます。

 

 

「佐久間さん」

 

「す、すみません、悪気はなかったんです」

 

 

それは、それは綺麗な土下座でした。

無駄な動作の一切ない流れるようなプロセスは、途中で止めてしまうことが罪に思えてしまうぐらいです。

やめてください。怒ってませんよ。

私は、これくらいで怒るような乱暴な人じゃないですよ。七実さん、嘘つかない。

 

 

「頭を上げてください。別に見られたところで困るような生活をしているわけではありませんし」

 

 

ストーキングが開始されてからは、特撮撮影とかで忙しくてやらかす機会が無かったはずなので、無意識的にやらかしてなければ問題はないはずです。

輿水ちゃんや日野さんといったメンバーとの関係修復が好調な今、ここでその流れを断ち切ってしまえば次にそれが訪れるのがいつになるか皆目見当が付きません。

いつまでも頭を下げられていては、誰かに見られて更なる誤解を生みかねませんから、さっさと上げてもらいます。

 

 

「で、私を尾行していた理由は何でしょうか」

 

 

こういう時は、悩まず一直線です。

殆どの問題をチートで片付けてきた私が昼行灯を真似て策謀を巡らせるような小細工を弄しても、裏目に出る未来しか見えませんから。

色々と動揺が残っている内心を表に出さないように努めながら、優しい声色で尋ねます。

ここで怯えさせてしまったら、その時点でゲームオーバーですから大胆且つ慎重に事を進めなければ。

現実世界には、ギャルゲー等のようにセーブ&ロード機能なんて存在せず、チートにも時間概念に干渉はできませんから一発勝負です。

 

 

「あの‥‥実は、まゆ‥‥渡さんに頼みたいことがあって」

 

 

よし、成功しました。

後はここから頼り甲斐のあるお姉さん路線をアピールして、先程の鍛錬の悪い印象を払拭してしまいましょう。

しかし、ここでがっつき過ぎては引かれるだけでしょうから、飽くまで冷静沈着にです。

 

 

「用件を聞きましょうか」

 

「ま、まゆに、お料理を教えてください!」

 

 

そう言って、佐久間さんは再び無駄のない見事な土下座をしようとしました。

せっかくあげてもらったのに、これでは振り出しに戻ってしまいかねないので即行で頭を上げてもらって、どうして料理を教えて欲しいのか理由を聞きます。

読者モデルからアイドルになった佐久間さんですが、好いた相手には際限無く尽くそうとする性格で家事全般が得意と聞いた覚えがあるのですが。

雑誌でも恋する乙女の為のおかずとかいう企画に参加していて、審査をしたプロからもなかなかな好評をもらっていましたし。

確かに私が本気を出せばミシュランの星を複数取れる自信があるチート調理技能を有していますが、そこまでの技量が求められる状況なんて、早々ないと思うのですが。

佐久間さんから語られた理由は以下のようなものでした。

前回のライブで私が昼食として用意したサンドイッチが、どうやら麻友Pを虜にしてしまったようなのです。

佐久間さんも頑張って色々と作ってみたらしいのですが、私のサンドイッチを超えられず、悩みに悩んだ結果私に師事を仰ごうと思ったそうです。

しかし、今まで私がやらかしてしまったことでなかなか話しかけることが出来ず、タイミングを逸し続けた結果としてストーキングしているようになってしまったとの事でした。

 

もしかして、ですが無意識に完全にやらかしてますか、私。

いや、そんなつもりなんて気は更々無くて、士気高揚とこの機会に恩を売っておいて何かと便宜を図りやすいようにする切欠になればいいやくらいにしか思っていなかったんです。

胃袋を掴めば男は扱いやすくなるって母も言っていたので、なら好機かなと。

というか、私は一応アイドル部門で係長を務めている身なのですが、そんな相手にPへの愛を語るのは拙くありませんか。

私的には不純な交友をしたりしなければ、多少のおいたは目を瞑る所存ではありますが、それでも何処に目や耳があるかわからないのでもっと注意をして欲しいですね。

 

 

「胃袋を掴めば扱いやすいって、完全に好きな男性を落とす意味じゃないですか!」

 

「男は女の手料理という餌でお願いを聞いてくれるようになると言う意味では」

 

「違いますよぉ!!」

 

 

ちょっと涙目になった佐久間さんは輿水ちゃんとはまた違った嗜虐心を擽ります。

と脱線している場合ではありませんね。

男の胃袋を掴むという行為にそのような意味があるのなら、私は地雷原でタップダンスを踊るくらいの超危険行為をしたことになりませんか。

今回の被害者の個人的な交友、交際関係に亀裂が入ってしまった可能性すらあるわけですから。

 

 

「‥‥えと、本当(マジ)ですか」

 

「嘘だったら、まゆはこんなに必死になっていませんよぉ~~!!!」

 

「わぁお」

 

 

思わず頭を抱えたくなる衝動を何とか押さえ込み、崩壊寸前の威厳を保とうと空しい努力をします。

異性を落とす意図なんて欠片もなかったのですから、今更そんなこと言われても考慮しているわけないじゃないですか。

 

 

「普通に考えたらわかるでしょう!渡さんって、誰かを好きになったことないですか!」

 

「無いですよ」

 

「でしょうねぇ!!」

 

 

前世、今世両方において恋愛経験の一切無い三葉虫級の化石女にそんなことを解れと期待するのは酷というものでしょう。

佐久間さん、ライブの時はちょっと重い恋愛感を持つ可愛い系のアイドルだったのに、今では輿水ちゃん並のリアクション系アイドルになっていますね。

そうさせてしまっている主な元凶は私なんですが。

これ以上佐久間さんのキャラ崩壊を加速させてしまうと麻友P達に色々と言われてしまうでしょうから、自分の尻拭いくらいはちゃんとしましょう。

 

 

「えと、お料理ならいくらでも教えますから‥‥落ち着いてください」

 

「‥‥じゃあ、お願いしますね。師匠」

 

「はい、お任せあれ」

 

 

色々と混乱を残している私が打てる最善手は、料理を教えてあげることでした。

元々チートで修得した数々の技能を秘伝としているわけでなく、ただ勝手に私と比較してしまい諦めてしまう人間が多かっただけですし。

今現在でも私に並び立とうとしてくれているのは、きっと七花だけでしょうね。

さて、久々に弟子が出来た事ですし、七実さん張り切っちゃいますよ。

私のお料理教室は、果たして平和な雰囲気を保つことが出来るのでしょうか。恐らく無理でしょうけど。

 

 

 

 

 

 

料理指導の件を了承すると、佐久間さんはとても満足げにレッスンルームを去っていきました。

思わぬところで弟子が出来て、引かれずに済んで、私としては得るものが多かった邂逅となりましたね。

しかし、今回がたまたま上手くいっただけなので、慢心すると同じ過ちを繰り返すでしょうから日ごろから十分な注意を払う必要があるでしょう。

確保していたレッスンルームの使用時間を過ぎた為、いつもの事務員服に着替えた私は346プロ本社内を当てもなく彷徨っています。

武内Pと部下たちが共謀しており、私の愛機は使用できないようにされており、また部屋に入るだけで警戒されてしまうので何も出来ません。

シンデレラ・プロジェクトのプロジェクトルームに顔を出してみましょうか。

サポート役としてプロジェクトのメンバー達と交流を深めるのは重要な事ですし、武内Pは不器用ですから認識の相違とかが出ていないか把握する必要があるでしょう。

という大義名分がなければ行動できない私は、臆病者といわれても否定できません。

幸いここからプロジェクトルームは遠くありませんから、ちょっと急げば3分もあれば到着するでしょう。

周囲に人の目はないかを確認して、最短経路を走ってはいるわけでなく歩いているわけでもない凄い早歩きで移動します。

第三者が見たらかなり奇妙な光景に見えるかもしれませんが、いないことは確認済みなので問題はありません。

それなら駆け抜けてしまえばもっと早くつくのですが、先程の佐久間さんの引いた顔がチラついて出来ません。

ステルスといったチートも機械類には効果はありませんから、念には念を入れて行動します。

途中、他の職員の気配を感じ取ったため普通に歩いたりしましたが、おおよそ予定通りの3分少し手前でプロジェクトルームの前に到着しました。

数度ノックをして返事を待ちますが、部屋の中に人の気配はあるのに返事がないので扉を開き中に入ります。

 

 

「失礼します」

 

 

部屋の中に入っても人影はありませんし、返事はありませんでした。

誰もいないのかとも思いましたが、このチートが人の気配を捉え間違えるはずがありませんので、何処かに隠れているのでしょう。

反響定位を使用してプロジェクトルームの内を探るとソファの下に人を見つけました。

なるほど、彼女ならこの反応も納得できますね。

とりあえず、隠れている椅子の所まで移動し腰をおろします。

 

 

「居るなら、返事くらいはしてくださいね」

 

「‥‥やっぱり、ばれてたか」

 

 

鞄の中から黄金○を取り出し、それをソファの下に隠れていた双葉さんに差し出します。

黄○糖を受け取った双葉さんは、そのままのそのそと芋虫のように這い出してきて、私の隣に座りました。

眠そうに目を擦りながら黄金○を頬張る双葉さんは、外見だけ見ると赤城さん達と同い年くらいに見えますが、今年で17歳になる現役高校生です。

働いたら負けという文字が書かれたサイズを間違えたとしか思えない肩が少しはみ出るTシャツがトレードマークなのですが、その格好のまま通勤しているのだろうかと心配になります。

 

 

「他の皆さんは」

 

「さあ、休み以外の人はレッスンでもしてるんじゃないかな」

 

「そうですか」

 

 

折角、交流を深めると言う名目でメンバーの皆を愛でようと思っていたのに。

黄金○を口に含み舌で転がしながら、狂ってしまった予定をどうするか考えを巡らせるとしましょうか。

他に何も混ざっていない砂糖と水飴だけで作られており、純粋な糖分のやさしい甘味は時々無性に食べたくなる不思議な魅力があります。

仕事等で脳をフル稼働させた時の糖分補給にうってつけなので、私の鞄には常時ストックされています。

三村さんとかであれば、様々な味や見た目も可愛らしいもっと女子力の高そうな飴を持っているのでしょうが、女子力が女死力と化してしている私にそんなものを期待する人はいないでしょう。

さて、他のメンバーが居るであろうレッスンルームに向かってもいいのですが、きっとそうしたら指導してほしいといわれるでしょう。

ですが、先程まで自己レッスンという名の鍛錬をしていたため替えの下着は現在使用中です。

軽いレッスン程度であれば汗をかくことはないのですが、期待の視線に負けてついやらかしてしまう未来が見えます。

そうすると汗に塗れた下着か、痴女の如く下着無しで帰ることになるでしょう。

そんな未来だけは避けたいですね。

ですので、残念ですがレッスンルームに顔を出すことは諦めましょう。

 

 

「双葉さんは、レッスンをしないんですか」

 

「杏は、今日はいいかなぁ~~って」

 

「そうですか」

 

 

そういえば、こうして双葉さんと2人っきりになったのは初めてかもしれません。

いつもであれば前川さんやカリーニナさん達がいますし、双葉さんはあまり自ら行動を起こそうとするタイプではありませんから。

元々メンバー達と交流を深めるために来たのですから、この機会に色々と話してみるのもいいかもしれません。

双葉さんは独特な自分ルールに則って行動しますし、相手の内側に踏み込むことを極端に恐れる武内Pには少々荷が重いでしょうし。

 

 

「もう一個いかがです」

 

「いただきます」

 

 

どうしましょう。普段は誰かが作った話の流れに乗っかることが多いので、こういったときの無難な話題が思いつきません。

取引先やお得意様とのビジネストークだったら何とかなるのですが、双葉さんがそんな話に興味を持つとも思えませんし。

今時の女子高生は一体どんな話題が流行なんでしょうか、黒歴史を引きずっていた暗黒の高校生活を送っていた私には皆目検討が付きませんね。

ここは、やっぱりアイドル系の話題が王道と言えるでしょうか。

 

 

「双葉さんは、好きなアイドルっていますか」

 

「好きなアイドルか‥‥如月 千早みたいになったら印税多くて楽そうだなとは思うけど‥‥」

 

「双葉さんらしいですね」

 

 

歌でも、容姿でも、ダンスでもなく得られる印税が多そうかどうかで判断するというのは、新し過ぎます。

最初の自己紹介でアイドル印税生活を狙っていると宣言するくらいですから、きっとそういう部分には並々ならぬ拘りがあるのでしょう。

 

 

「というかさ、怒らないの?」

 

「怒るとは、どういうことでしょう」

 

 

別に双葉さんを怒るような事なかったと思うのですが。

居留守を使ったことに関しては、なるべくやめてくださいとお願いする程度で十分でしょうし、特にそれ以外で重大な事をやらかしたわけでもありません。

逆にどうしてそんなことを聞かれたのだろうかと疑問が浮かびます。

 

 

「ほら、杏だけレッスンに出てないしさ『他のメンバーがレッスンしているのに、どうしてここでサボっているんですか』とか」

 

「私って、そんな風に見えているんですか‥‥」

 

 

周りがやっているからやるというのは、とても日本人らしい行動原理だとは思いますが、それが日本人全員に当て嵌まるものだとは思っていません。

人間には自分のペースがありますから、それを崩す事を強要してまで周囲に合わせても綻びを生じて、崩壊してしまうだけでしょうから。

勿論、生きていれば周囲に合わせなければならないという時はありますが、双葉さんはデビューも決まっていない状態ですし、たかが一回のレッスンをサボったところであまり問題はないでしょう。

私は自身が仕事が出来るからといって、同じレベルの事を要求したことはありません。

新人教育の時は慣れてきた頃に出来る限界ギリギリの仕事を割り振ったりしたことはありますけど、それが出来なくても怒ったことはないです。

一体双葉さんの中で、私はどういう風に思われているのでしょうか。

 

 

「仕事が生きがいで、サボりや妥協を許さない生粋の仕事中毒(ワーカホリック)?」

 

「仕事中毒については否定はしませんが、そこまで厳しくありませんよ」

 

「みたいだね」

 

「それに私、アイドルデビューするまでは『定時の女王』とも言われてたんですよ」

 

 

今でこそ、セルフ残業をしたりしていますが、武内Pに勧誘されてアイドルデビューするまでは一部特殊な事情や飲み会などのイベントでない限りギリギリに出勤し、定時に帰る事からそう呼ばれていました。

入社したての頃は、それが面白くない上司に色々と嫌がらせされたものですが、チートを使ってそれら全てを真っ当な手段で返り討ちにしてやりましたよ。

 

 

「嘘だあ」

 

「これが本当なんですよ。自分でも結構驚きですが」

 

 

アイドルデビューする前の私が今の私を見たらなんて言うでしょうね。

どうやら、双葉さんは信じてはいないようです。確かに今の私しか知らないので仕方ないのでしょうが、改めて人間の第一印象で定着してしまったイメージというものの強さを感じます。

 

 

「何なら、武内Pに確認してもいいですよ。彼が嘘を言えるような人間ではないって事くらいはわかっているでしょう」

 

「まあね、あんなにドが付くほどの真面目な人なんて初めて見たよ」

 

「それでいて生き方が不器用という」

 

 

○金糖を口の中で転がしながら、私達は特に理由も無く笑います。

あまり積極的にコミュニケーションをとっていないようでしたので心配でしたが、何だかんだで見ている人はちゃんと武内Pの事を分かっていてくれるようです。

やはり双葉さんは周囲の人間のことをよく観察しているようですので、いつもの気怠げな一歩引いた立場からシンデレラ・プロジェクトの緩衝材的な役割を務めてくれるでしょう。

 

 

「私達、意外と気が合うのかもしれませんね」

 

「杏も意外だったよ」

 

 

2人でソファに凭れ掛かって、しばし笑い続けました。

何か可笑しいことを言ったわけではないのですが、どうしてか笑えてしまうのです。

一頻り笑ったところで呼吸を整え、小さくなってしまった黄金○を噛み砕きます。

 

 

「あやうく飴を喉に詰まらせるところだったよ」

 

「それで窒息死とか笑えませんよ」

 

 

アイドル候補生、本社内で飴を喉に詰まらせ窒息死。

そんな三面記事も飾れないようなくだらない事故で、大切なプロジェクトメンバーを失いたくなんてありませんから。

シンデレラ・プロジェクトの全員には己の個性を尊重したままで、それぞれがトップアイドルになってもらうのです。私が関わる以上、これは確定した未来にしてみせます。

 

 

「杏的には飴で死ぬなら本望かな」

 

「却下」

 

 

私にしては珍しくただのんびりとしているだけでしたが、双葉さんと交流を深める事もできましたし、たまにはこうするのも悪くないかもしれませんね。

禍を転じて福と為す、極楽蜻蛉、高談笑語

双葉さんと過ごしたこの時間は、平和そのものでした。

 

 

 

 

 

 

のんびりとした日の締めくくりには、自分を甘やかし尽くす為のこの1杯。

ということで、私は本日も妖精社に訪れています。

今日は基地祭も近付いていますので、瑞樹たちに習って飲み物はソフトドリンクにしました。

普通のものとは別の欄に表記されていた自家製ジンジャーエールを一口含み、一般的にペッドボトル販売されているものとは違う強い生姜の刺激と鼻を通り抜ける香りに頷きます。

やっぱりこれですよ。何がこれなのかといわれたら説明できませんが、とにかくそんな感じなのです。

しかし、辛みが過ぎた後ははちみつの甘味がやさしく舌を労わってくれ、ついつい何口でも飲みたくなってしまう味ですね。

そんな絶品ドリンクに合わせますは、炭酸の強い清涼飲料の最高のお友達フライドポテトと頼もしすぎる助っ人厚切りベーコンの二大巨頭です。

特に厚切りベーコンは熱された鉄板の上で焼かれ続け、聞いているだけで腹の虫を喚起させる焼色のハーモニーを奏でており、目の毒以外の何物でもありません。

まあ、今から食べるので、そうでもないのかも知れませんが。

 

 

「いただきます」

 

 

こんな見事なベーコンを前にして礼儀を欠いてしまっては、こうして私の前に現れるまでに関わったすべての人達に申し訳ありませんから、しっかりと手を合わせて言わせていただきます。

分厚い一枚板の様なベーコンには箸よりもナイフとフォークが似合うでしょう。

フォークで突き刺し、ナイフで食べる分だけ切り取ります。こうしなければ切った断面から次々と美味しさが凝縮されている肉汁が溢れ出してしまい、このベーコンを十二分に味わうことができません。

口に含みカリッと焼き上げられた表面を突破すれば、口の中に肉汁が溢れて咀嚼する度に肉らしい固さを残しつつも柔らかく、もう大満足です。

味付けもシンプルな塩と胡椒のみで、ベーコンの味を殺してしまわない絶妙な量しか使用されていません。

一応、マスタードやケチャップ、マヨネーズといった調味料は付いてきていますが、そんなものが無くともベーコンの裸一貫で勝負できるだけの高いポテンシャルを秘めています。

誰もいないので邪魔される事なくこのベーコンの旨味にだけ集中することが出来る。なんと、幸福な一時でしょうか。

ここに先程の自家製ジンジャーエールを流し込めば、生姜と炭酸が舌を鈍らせてしまう余分な油分を拭い去っていき、はちみつの甘味が次の一口へと後押ししてくれます。

 

 

「~~♪」

 

 

鼻唄を歌いながらもう一口いこうかとも考えましたが、ここはあえてフライドポテトというワンクッションをおきましょう。

炭水化物と油分と塩分の塊であるフライドポテトは、21時を過ぎようとしているこんな時間に食べてしまえば、一般人なら全てが贅肉に変わってしまう恐れのなる危険極まりない食べ物です。

しかし、そんな心配をする必要のないチートボディを持っている私は、遠慮せずに食べさせてもらいます。

一本ずつなんて小賢しい真似はしません。

ベーコンという豪快な一品を食べた後の私には、5,6本を纏めてというのがお似合いでしょう。

揚げた時の熱が残っているポテトはベーコンとは違い少しきつめに塩がされていて、それがポテトの甘味をよく引き出しています。

複数本を纏めて食べているため食べ応えも十分で、次々と手が進んでやめられない、とめられない状態ですね。

塩気が残ってくどくなってしまっても、ジンジャーエールを一口飲めば口の中はリセットされるのでいくらでもいけるでしょう。

 

ベーコン、ジンジャーエール、ポテトポテトポテト、ジンジャーエール、ベーコン+ポテト、ジンジャー

 

途切れる事のない食の連鎖反応に夢中になっているとあっという間に無くなってしまいました。

いつもであれば、ここで透かさずおかわりを頼むのですが、今日は自分を甘やかし尽くすと決めたので、ここはあえて甘味に移りましょう。

メニューを開き、即決し、顔馴染みとなりつつある店員さんに注文を伝え、届くまでの間期待に心を弾ませます。

 

 

♪~♪~~

 

 

食べることに夢中になって今更気が付いたのですが、現在店内にかかっているのは『今が前奏曲』ではありませんか。

宣伝イベントやラジオ等の仕事関係でなく、プライベートの時間にこうして流れているのを聞くのは初めてかもしれません。

聞き慣れた自分の声が歌うのを聞くのは、結構気恥ずかしいものがありますね。

私がいることを知っている常連方からは、この座敷席に視線が向けられているようですし。

これは早期撤退も視野に入れるべきかもしれません。

もっと食べたいと言う欲求はあるのですが、それよりも気恥ずかしさのほうが勝ります。わざとかけたのなら公開処刑なのかと店員さんに詰め寄る必要があるでしょう。

そんなことを考えていると注文していたものが届いたので、深く考えるのは食べてからにしましょうか。

 

初雪のように無垢な白さを持つバニラアイスと香り立つ深みのあるブラックコーヒーとの対比は、神崎さんあたりが見たら喜びそうですね。

深めの容器に入ったバニラアイスの上に、ゆっくりとそして少しずつ熱々のブラックコーヒーを掛けていきます。

コーヒーの熱でバニラアイスが溶け出し、白と黒が混ざりやさしいカフェオレ色になりました。

コーヒーアフォガード、本場イタリア風に言うのならAffogato(アッフォガート) al(アル) caffe(カッフェ)ですね。

バニラアイスとコーヒーさえあれば出来るので、お手軽に出来て尚且つ少しオシャレなデザートです。

コンビニのバニラアイスとインスタントコーヒーでもなかなかな味わいとなるので、事務員時代にはたまに買って帰って自分へのご褒美としていました。

食べる際の注意点としては、コーヒーは少しずつかけることくらいですね。

大量にかけてしまうとバニラアイスが一気に溶け出してしまい、ただのカフェオレと化してしまいますので。

スプーンでコーヒーの熱で少し溶けているバニラアイスの柔らかな表面を削り、下に溜まっているカフェオレと一緒に口に含みます。

最初に来るのは溶け出したバニラアイスによって程好い甘さが加わったコーヒーの苦味で、インスタントコーヒーには絶対出せない深みのある苦味と酸味のバランスと香ばしさが絶妙です。

続くように半分溶けかかっているバニラアイスの冷たさと甘味が、コーヒーの味を更に高めてくれて甘めの味が好きな人には堪らないでしょう。

先程まで食べていた野趣溢れる厚切りベーコンの豪快さとは打って変わって、非常に上品で優雅なアフォガードの味わいはのんびりとした今日の私を締めくくるに相応しい一品と言えるでしょう。

 

さて、そんな今の穏やかな気持ちを我が国のとある精神科医でもあり作家でもある人の言葉を借りるのなら。

『苦労から抜け出したいなら、肩の力を抜く事を覚えなさい』

 

 

 

 

当初は佐久間さんとマンツーマンの予定だった料理教室の話を私の相棒や他のアイドルたちもどこからか聞きつけて、想像を越える大所帯となるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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窮境の中でこそ、潔い態度を

次回は、基地祭の予定です。
オリジナルばかり続き、アニメの流れに全く戻れていませんがご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

色々と複雑な経緯がありましたが最近弟子ができました。

弟子を持つのは久しぶりなので、色々と感情が溢れ出してしまいましたが大丈夫でしょう。

佐久間さんの弟子入りの翌日に、早速第一回の料理教室を昼行灯に手を回してもらって確保した346のキッチンスペースで開きました。

昼行灯に借りを作ることはあまりしたくはなかったのですが、弟子の為ですから背に腹はかえられません。

しかし、何処から聞きつけたのかちひろ達が参加するとは思いませんでした。

ちひろ曰く『七実さんが、武内君を餌付けするから下手なものが出せないんです!』と八つ当たり気味な言葉をぶつけられましたが、自己責任と思い受け止めました。

確かに346プロに所属する男性の中で私の手料理を一番食べているのは武内Pでしょうから。

最初は遠慮がちだった武内Pも、最近では普通に受け取って感想を言ってくれるので、きっと差し入れを持ってきてくれる頼れる先輩くらいにしか思っていないでしょう。

そのお蔭で、武内Pの味の好みは大方把握できました。

顔に似合わず、意外と子供っぽい味付けが好みなのはちょっと驚きましたが、でもちひろ達から言わせればそのギャップが母性本能を擽るのでしょうね。

いつもの如く、現状に戻りましょう。

私は今レッスンルームにいるのですが、正直どうしようか悩んでいました。

 

 

「前川‥‥本番が近いからといって焦る気持ちがあるのはわかるが、このままだと身体が持たんぞ」

 

「いえ、まだいけます!」

 

 

今回の基地祭で私達のバックダンサーをシンデレラ・プロジェクトのメンバーから何名選出する事になり、見事その権利を勝ち取った前川さんはふらふらになりながらもレッスンを続けようとします。

自主的に聖さんにステップの確認をしてもらっていたのですが、溜まった疲労により動きの精彩が欠けていますね。

オーバーワークを懸念した聖さんの制止の言葉も届いていないようですし、ここは私が止めに入るべきでしょうか。

私の言葉なら届いてくれるかもしれませんが、あまり私が出張ってばかりでは問題でしょうし、聖さんもそれくらいは考えているでしょうからいつも通り静観させてもらいましょう。

 

 

「まったく、カリーニナ、その我が侭娘を引きずってでも休ませろ」

 

はい(ダー)

 

 

先に休憩に入っていたカリーニナさんが、前川さんを羽交い絞めにしてレッスンルーム端へと引きずっていきます。

前川さんも羽交い絞めを振りほどこうとしますが、体力的にも限界寸前な状態で、コマンドサンボを修めており一般的な同年齢よりもしっかりとした身体つきをしているカリーニナさんに勝てるわけがありませんでした。

 

 

「アーニャ、放して!私は、まだいけるから!」

 

ダメ(ニリジャー)!』「ミクはオーバーワーク。倒れたら悲しいです」

 

 

カリーニナさんが前川さんを風の入る窓際に座らせると神崎さんと緒方さんが飲み物とタオルを持って駆けつけます。

アイドル用の寮に住んでいるこの4人は、度々各自の部屋でお泊り会をしたり、一緒にご飯を食べに行ったりと仲が良く、シンデレラ・プロジェクト内でもトップクラスの団結力があります。

それ故、今回の基地祭のバックダンサーとしてこの4人が選出されたのでしょう。

やはり同じ窯の飯を食い、一つ屋根の下で暮らしていると関係も深まりやすいのでしょうか。

ならば、今度何処かの民宿でも貸し切ってシンデレラ・プロジェクト全員でのお泊り会を開いてみたらいいかもしれません。

後で、その旨を纏めた企画書を武内Pに提出しておきましょう。

 

 

「同胞よ。生命のしず‥‥みくちゃん、休まないとダメだよ」

 

「でも、でもでもでもっ!」

 

 

スポーツドリンクを差し出しながら、珍しく神崎さんが厨二言語ではなく素の言葉で語りかけます。

ですが、それでも前川さんは止まろうとしません。

最近、何か急いでいるような兆候があると武内Pからは聞いていましたが、あまりよろしくないかも知れませんね。

後から加入したはずの島村さん達が先に初舞台を経験し、ようやく自分で掴んだこのチャンスを無駄にしたくない強い思いは十分に理解できます。

ですが、今みたいに自分の状態を省みずに、周囲に心配をかけるのはよろしくありません。

 

 

「めっ!」

 

「わぷ‥‥ち、智絵理ちゃん!?」

 

 

引っ込み思案な緒方さんが、大量に流れる汗をタオルで拭いてあげながら前川さんを叱ります。

いつものとは少し違う様子に前川さんも気圧されたようで、動きを止めました。

 

 

「みくちゃん‥‥みくちゃんが、がんばろうって思う気持ちは大事だよ?

でも、無理はしたらダメ。わかった?」

 

「‥‥」

 

「わかった?」

 

「‥‥はい」

 

 

緒方さんの謎の気迫に推されて、前川さんの意志はついに折れ、抵抗をやめて神崎さんの渡すスポーツドリンクを飲みながら休憩を取り始めます。

まさか、あの緒方さんがあそこまで強気に出るとは誰が想像していたでしょうか。

一緒にいたカリーニナさんや神崎さんも驚いている様子から、恐らく仲の良い3人もあのような姿ははじめて見たに違いありません。

あの4人の中では最年長ですからお姉さんとして、自分がしっかりしなければという思いがあったのでしょう。

緊張しやすくて、流されやすい所もあるかもしれませんが、ちゃんと大切な事や譲ってはいけない部分はわかっていて、きっとアイドルとして場数を踏めば大きく化けるタイプかもしれませんね。

 

 

「‥‥ねえ、もう休憩したからレ「「「ダメ」」」‥‥はぁ~~い」

 

 

休んでいるのが落ち着かないのか、うずうずとしている前川さんがレッスンに戻りたそうにしていますが、周りを囲む3人に却下され溜息をつきます。

私もちひろ達や武内Pによって同じような状態にされたことが多々ありますから、今の前川さんの気持ちはよくわかります。

ですが、前川さんは私のようなチートボディを持っていませんから、無理をすればそれだけ身体に負担が溜まってしまうので休息を取ることは大切でしょう。

自分はいけると過信しすぎて、ステージ寸前で倒れてしまって医務室の枕を涙で濡らしたアイドル達を何人もみました。

その失敗の経験で、一時ステージ恐怖症みたくなった子もいますし、限界を超えた無理をしてもいいことは一切ありません。

実家や1人暮らししているアイドルであれば、帰った後での自主練習によるオーバーワークに気を払う必要がありますが、前川さんの場合寮住まいですし、この3人がいるから大丈夫でしょうね。

さて、そろそろ壁の花状態をやめましょうか。

入ってきた時がレッスン中だったので、気を使わせては悪いと思って使用していたステルスを解除します。

 

 

「‥‥渡、その出て来方はやめろといっているだろう。心臓に悪い」

 

「いや、なかなか入りにくい状況でしたので」

 

 

実際扉を空けた瞬間に険悪な雰囲気が感じられたら誰だって隠れたくなるものでしょう。

それに、私がいたら頼られてしまう可能性がありましたし、選択肢としては概ね間違ってはいなかったと思います。

 

 

師範(ニンジャマスター)!」

 

女教皇(プリエステス)!」

 

 

ただし、この2人を大いに喜ばせてしまったことを除けば。

ああ、これで更に忍者(そんなもの)ではないと否定しても否定しきれない要素を作ってしまいました。

確かに私がこれまでに見稽古してきたスキルの中にはそれに近しいようなものも存在していますが、忍者なんて存在は世紀末を超えた現代日本においては無くなっています。

もし忍者がいるとするのなら、決して日の目を見ることが無い影に生きるであろう存在である彼らがアイドルなんかやって目立っては本末転倒と言わざるを得ないでしょう。

 

 

「まあいい。ここに来たのは後輩視察か?」

 

「そうですね。どれ程の仕上がりか気になってはいました」

 

「で、実際に見たお前の評価はどうだ」

 

 

格好をつけるために後輩の視察という言葉を肯定してしまいましたが、正直に言うならただ4人の姿を愛でに来ただけなのです。

なのに、どうしてこうなった。

全く自慢にはならないですが、私は人を評価することは得意ではありません。

誰にも言わずに自分の中だけで下す評価なら何ら問題はないのですが、それを誰かに伝えるのは無理ですね。

評価というものは自己の尺度を基準として下されるものでありますが、チートを持って転生した私の尺度がいったいどれだけ世間一般とズレているのかわからないからです。

ここは奮起させる為に辛口で行くべきなのでしょうか、それとも士気高揚の為に甘口でいくべきなのでしょうか。

 

 

「「「「‥‥」」」」

 

 

ほら、評価なんて言うから和やかなムードになりつつあった4人の顔が極度の緊張で強張っています。

先程は前川さんに対して、あれだけ強気に出ていた緒方さんなんて緊張で今にも倒れてしまいそうですし。

そんなに気にしなくていいですよ。新人なんて最初のうちに数多くの失敗をして、それを糧に這い上がっていけばいいんですから。

今ではトップアイドルの仲間入りを果たしている楓ですら、新人時代は色々とやらかしていましたから。

舞台への緊張を紛らわそうとしてお酒を飲み出したら深酒をしてしまい、二日酔い状態で舞台に上がって散々なパフォーマンスで関係者各位に謝罪して回った事もあったそうですし。

それでお酒に懲りていてくれれば、今みたいに25歳児とか呼ばれたりすることはなかったのかもしれませんが、お酒を諦める楓なんて想像できませんし無理な話でしょう。

 

 

「いくつか気になる部分はありましたが、及第点には十分達しているかと思いますよ」

 

「だそうだ。良かったな、お前達」

 

「「「「やった~~~!!」」」」

 

 

少なくとも並のEランクアイドルでは敵わないくらいの実力はあると判断できましたから、甘口ですがこれくらいは言ってもいいでしょう。

それぞれ課題は多そうですが、聖さん達なら本番までにそれを殆ど目立たないくらいに仕上げてくれるでしょうから、後は本番の雰囲気に飲まれなければ問題ないでしょう。

まあ、問題が起きたとしても高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応して私が何とかして見せます。

 

 

「七実さまのお墨付きだよ、みんな!」

 

はい(ダー)!』「みんな、合格です!」

 

「我らの共鳴をもってすれば、当然の事!(私達なら、できると思ってたもん!)」

 

「よ、よかったぁ‥‥き、緊張して、倒れるかと思った‥‥」

 

 

それに、私の言葉1つでこんなに素晴らしい笑顔を浮かべてくれるのなら、甘いと言われても十二分な価値はあったと思うのです。

本当に、若いっていいですね。社会の色々な事で擦れたり、諦めたりとは無縁で、何というか魂から強く輝いているって感じがします。

人生から抹消してしまいたい黒歴史時代であれば、万雷の拍手を持ってその姿を讃えていたことでしょう。

ああ、思い出したら頭痛がしてきました。

 

 

「お前ら、喜ぶのはいいが。これに慢心していたら、すぐに落第するからな!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 

さて、綺麗にまとまった所で、私も頑張らせてもらいましょうか。

4人と聖さんに端まで寄ってもらい、部屋の真ん中に自然体で立ちます。

本家七実がつけた虚刀流零の構え『無花果』、色々な流派の武術を見稽古してようやく形を整えることができた自然体は、成る程構えることを無駄と言わしめるだけの説得力がありました。

目を閉じて呼吸を整え、精神を集中させ仮想敵を浮かべます。

もう少しで完了とは言いませんが、虚刀流の何かが見える様な気がするのです。確信があるわけではありませんが、今はこの直感に従うしかありません。

仮想敵として思い浮かべるのは、今まで見稽古の対象とさせてもらった数々の武術家の最盛期の姿です。

2度見れば万全とする見稽古ですから、相手の力量を間違えることはありません。

 

いざ平和且つ尋常に――はじめ。

 

 

 

 

 

 

結局、何も掴むことができませんでした。

いくらチートを持っていたとしても内面が一般人の域を出ない私では、居ながらにして一振りの日本刀である虚刀流を修める事はできないのでしょうか。

今日なら何となくいける気がしたのですが、それは直感ではなく思い込みだったようです。

鍛錬の様子を見ていた聖さんや4人には過度な賛辞をいただきましたが、何も掴めなかった以上その言葉も何処か上滑りしていきました。

聖さんにトレーナーストップをかけられてしまったので、鍛錬をすることができません。

それに、今は隠れた場所で鍛錬してしまわないように監視役もつけられてしまいました。

 

 

「七実さま、どうしたの?元気ないよ?」

 

 

憂鬱な表情をしていたのでしょう。監視役として一緒にお茶をしていた赤城さんが、心配そうに私を見ます。

お昼時を過ぎた346カフェは人の姿も疎らで、テラス席に居るのは私達2人だけでした。

流石に一回りも年下な赤城さんに虚刀流が完了しない事の悩みを洗い浚いぶちまける訳にはいかないので、すぐに笑顔を浮かべて誤魔化します。

 

 

「大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしていただけです」

 

「そうなの?」

 

「ええ、大人になると色々考えることが多くて大変なんです」

 

 

仕事に人間関係、日本や世界の情勢、数ヶ月先までの予定調整に、個人的な悩みと大人になってしまうと考えなければいけないことばかり増えてしまって、頭が休まるのは寝ている時しかありません。

赤城さんの様な年頃であれば、目の前の事に一生懸命拙い考えを巡らせたりして悩んだりと単純に済むのですが、どうして大人になってしまうと物事を複雑にしたがるのでしょうね。

 

 

「そうなんだぁ~、大人って大変なんだね」

 

「そうですね。大変ですけど、それでも皆大切なものがあるから頑張れるんですよ」

 

 

笑顔だったり、夢だったり、子供だったりと人によってそれぞれですが、それがあることによって大人はこの遣る瀬無くもなる世界と折り合いをつけながら頑張っていくのです。

恐らく完全には理解できていないのでしょう。赤城さんはちょっとだけ不思議そうな表情で私を見つめていました。

そんな可愛らしい姿に頬が緩むのを感じながら、少し冷めてきたコーヒーを一口飲みます。

強すぎず柔らかすぎない適度な苦味と、あっさりとした香ばしさが悩みで曇っていた頭をすっきりとさせてくれるようです。

前世では苦味と酸味が強すぎてブラックコーヒーなんて飲めやしなかったというのに、転生してしまうと味覚もここまで変わるものなのですね。

赤城さんも上にホイップクリームとマシュマロを浮かべられた、子供が好きそうな甘いコーヒーを満足そうに飲んでいます。

私より少し遅れてから届いた為か、まだ温かさが残っているそれをゆっくりと幸せを味わうかのように顔を綻ばせていく様は、愛でていて飽きの欠片もありません。

 

 

「美味しいですか」

 

「うん、とっても美味しいよ♪」

 

 

そう返す赤城さんの口の周りにはホイップクリームの髭ができていました。

私のような大人がやってしまったらみっともなく見えるのに、赤城さんがやるとそれすらも愛らしい魅力の一つに見えるから不思議です。

ですが、気づいていないようですし、そのままにしておくのも可哀相なので拭いてあげましょう。

 

 

「ほら、ついてますよ」

 

「わわっ‥‥ありがと、ママ♪」

 

「えっ」

 

 

聞き間違い出なければ、今赤城さんが私のことをママと呼びませんでしたか。

これは私の娘となることを了承してくれたと考えてもいいのでしょうか、ならば早速養子縁組の準備とご家族に挨拶をしなければなりませんね。

ご挨拶に持っていく御菓子は何がいいでしょうか、下手なものを用意して好みに合わなかったら今後の付き合いにも影響してしまうでしょうから気をつけなければなりません。

赤城さんを娘として大学までしっかりと出させることができる財力があると証明するために源泉徴収とかも用意するべきでしょうか。

いや、それよりも先に赤城さんが生活するための日用品や家具が必要ですね。帰りに赤城さんを連れて好みのものを選んでもらいましょう。

やはり、赤城さんには今の純真さを残したまま伸び伸びと育って欲しいですから。

学校は私のアパートから通うとなると電車通学になりそうですね。こんな可愛い子を1人で電車に乗せられる訳がありませんから、転校も視野に入れますが友達と離れるのが嫌だと言うのなら毎日の送り迎えもこなしてみせましょう。

アイドル活動もシンデレラ・プロジェクトの活動では私の予定と重ならない事が多々あるかもしれませんので『サンドリヨン with みりあ』として一緒に活動すれば問題ありませんね。

武内Pはなかなか首を縦に振ってくれないでしょうが、最悪の場合実力行使を持ってしても振らせてみせます。

邪魔する奴等は指先1つでダウンさせましょう。

 

 

「あっ、間違っちゃった。えへへ」

 

 

まあ、そんなことだろうとは思っていましたが、はにかむ姿が可愛いので許します。

久しぶりに高速並列思考を使うことになるとは思いませんでしたよ。これ、限界超えそうになると頭痛が酷くなるから嫌なんですよね。

今回はその気がなかったようですが、渡 七実は赤城さんの養子縁組をいつでも待っていますよ。

 

 

「別に甘えても構いませんよ」

 

 

寧ろ強く推奨します。さあ、思う存分甘えてください。

気を緩めるとだらしない笑顔になってしまいかねないので、チートでやさしい表情を欠片も崩さぬように努めます。

 

 

「‥‥いいの?」

 

「子供は遠慮せず甘えるのも仕事です」

 

 

大人は子供に甘えて欲しくて仕方ないのですから。

そうやって甘えてきた子供をべたべたに甘やかしてあげる事によって、大人は満足感と愛おしさを感じ、互いの絆が深まっていくのです。

 

 

「じゃあ、お膝の上に座ってもいい?」

 

「どうぞ」

 

 

笑顔で了承する事で赤城さんの視線を私の顔の方に誘導し、その間に左手でポケットからエチケットブラシを取り出して無音且つ高速で動かしてスカートについていた埃等を完全に払いのけます。

折角勇気を出して甘えてくれようとしているのですから、最高の思い出にしてあげなければ次にへと繋がらないでしょうし。

こんな素晴らしい出来事を今回のみとしてしまうのはもったいなさ過ぎますから、全力全開で甘やかさせてもらいます。

 

 

「お邪魔します」

 

「はい」

 

 

太股の上から落ちてしまわないように、片手をお腹に回してしっかりと支えておきます。

怪我なんてさせた日には赤城さんのご家族や武内Pにも申し訳が立ちませんし、私自身がそんなことを起こしてしまったことが許せないでしょう。

太股に感じられる赤城さんの重みは、軽過ぎて手を離してしまえば何処かへと飛び去ってしまいそうで不安になります。

子供特有の高い体温のぬくもりとぷにぷにとしたやわらかな感触は、いつまでも味わっていたいと思える魔性の魅力がありました。

そういえば、いつだったかレッスンルームでカリーニナさんが前川さんの抱き心地について熱弁して後で正座をさせられて説教を受けるという事件がありましたね。

是非、今度その絶賛される抱き心地を持つ前川さんも抱きしめさせてもらいましょう。

 

 

「えへへぇ~~、何だか嬉しいな」

 

「そうならば、よかったです」

 

 

筋肉質過ぎて硬いとか言われたら明日1日寝込む自信があります。

こうしていると本当に親子みたいな気分になってきて、私も子供が欲しいと少しだけ思ってしまいますね。

アイドルに恋愛ごとは一応ご法度なので、そうなるのは当分先というか、全く見通しが立っていない状態なのでいつになるかわかりません。

ですので、私が子供を産むよりも甥か姪ができるほうが確実に早いとは思います。

そんなことを考えていると落ち込んでしまいそうになるので、空いたもう片方の手で赤城さんの頭をやさしく撫でて心の平穏を取り戻す事にしましょう。

 

 

「ねえ、七実さまって、みんなよりいっぱい頑張ってるけど‥‥大丈夫なの?」

 

「ええ、私は強いですからね」

 

 

そう、神様のご厚意で見稽古というチートを与えられて転生を果たした私は、この世界に住むどんな人よりも恵まれており、強い存在です。

そんな私がどうして大丈夫ではないなどといえるでしょうか。

一部再現不能な技術に悩まない事もないですが、大抵の事は人並み以上にできていますし、今は充実した仕事もあります。

これ以上のことを望むなんていう強欲は、神様に対して畏れ多すぎますから。

そんなことを考えていると赤城さんが私に背中を預けてきました。

急な事で少し面食らったところはありましたが、それでもこうして甘えてくれるのは嬉しい事この上ないので、ゆっくりやさしく撫で続けます。

こうしていると本当に慈愛の心が満ちてくるようで、これまで愛でていた時とは違う、果ての無い海のような広く澄んだ穏やかな気持ちになってきますね。これが母親の気持ちというものなのでしょうか。

今、私自身でもどんな表情をしているか想像もつきませんが、それでも悪くない表情をしていると思います。

先程から、何人かがスマートフォンで私達の様子を撮影しているようですから、後でデータを提供してもらいましょう。

狂喜乱舞、天衣無縫、焼け野の雉夜の鶴

私に母親の気持ちのような平和で穏やかなものを感じさせてくれた赤城さんに、いつまでも祝福を。

 

 

 

 

 

 

「で、これがその写真です」

 

「「「おおぉ~~~!!」」」

 

 

久しぶりに5人揃っての妖精社にやってきました。

私以外の4人に程好く酔いが回ってきた現在、私は菜々によって公開処刑のような事をされています。

ウサミン星人め、この裏切りの代償は高く付くと思っておいたほうがいいですよ。

 

 

「やばいですね。七実さんのこんな表情SR(スーパーレア)なんてレベルじゃないですよ!」

 

「そうね。もうこれは、女を通り越して母ってレベルよ」

 

「‥‥あの、私、たまに七実さんにこれに近い表情をされるんですけど」

 

 

酔いが回ったことで我慢という社会人生活を送るにあたって重要となる2文字を捨て去ってしまった菜々が、自身のスマートフォンで撮影した私の赤城さん抱っこ写真を開帳してしまったのです。

これが酔いの回っていない時であれば、平穏無事に終わるのでしょうが、様々な境界が曖昧になってしまいがちな酔っ払いに何かしらのネタを与えてしまうのは十中八九面倒事に発展してしまうでしょう。

関係が浅く痴態を見せまいと理性を保とうと努めている内であればそこまで酷いことにはなりません。

ですが、私達5人の仲はそんな他人行儀な物ではなく、普通の友人であれば隠してしまうような本音とかをぶっちゃけられるくらいの親しさですから、遠慮のえの字すら見当たらない状態になるでしょうね。

 

 

「じゃあ、楓は七実の娘ね」

 

「わたし かえで、15ちゃいです♪」

 

「ウサミンより若いとは、楓ちゃんは攻めますね」

 

「楓ちゃぁ~~ん、何が飲みたいかな?」

 

「ポンしゅ!」

 

 

15歳にしては言葉遣いが幼すぎますし、そして何が飲みたいといわれて迷わず日本酒を選ぶような15歳なんて嫌ですね。

酔っ払いにその辺をツッコんでも全く響かないでしょうから、諦めたほうが得策でしょう。

私は溜息をついて、頼んでおいた小鯵の南蛮漬けに箸をのばします。

よく漬かった玉ねぎや人参もたっぷり載せて一口。

しんなりとした衣は揚げたての様なさっくりとした食感等は失われていますが、気持ちのいい酸味のつけだれを溜め込んでいて、これはこれで美味しいです。

つけだれの酸味、玉ねぎや人参の甘味と仄かな苦味、そして小鯵の控えめな脂に凝縮された旨味。

じっくりと柔らかく漬け込まれているため、普段なら取り除くが面倒くさい小骨すら全く気にならず食べることができるので、頭から尾の先までの小鯵1匹の美味しさを余すことなく味わえる気がします。

頭とかは噛み続けると独特の苦味がありますが、今ではそれも美味しさを彩る1つの要素として味わえる程に味覚も成熟していますから気になりません。

小鯵の旨味に満足したそこにハイボールを流し込めば、ウイスキーの旨味や甘味に炭酸の爽快感がと合わさる事によって重すぎず、気取らず楽しむことができます。

 

 

「ママぁ~~このお姉ちゃんたちが、かえでのポンしゅをとったぁ~~~」

 

「はいはい、ハイボールを一口あげますからその言葉遣いはやめましょうね」

 

 

折角の赤城さんとの美しい思い出が台無しになってしまいかねません。

 

 

「あい!」

 

 

まあ、そんなことを酔っ払いに言っても無駄だというのもわかっているんですけどね。

楓は私の飲みかけのハイボールを満足そうに飲みながら、私が確保していた小鯵の南蛮漬けにまで手をのばしてきたのでそれは阻止します。

酔わないのでお酒はあげることができても、これは譲れません。

 

 

「ウサミンがウズラのたまごを分けてくれるそうですから、そっちにしなさい」

 

「あい!」

 

「ちょっと、これは最後の1個‥‥って、もうない!」

 

 

酔っ払いとは思えぬ速度で菜々からウズラのたまごを強奪した25歳児は、取り返される前に口に含みました。

楽しみに取っておいてものを奪われた菜々は目に見えて落ち込んでしまいたが、この程度で許されるほど裏切りの代償は安くありません。

 

 

「それにしても、可愛いわよね。みりあちゃん」

 

「そうですね、久しく忘れていた純真さを思い出させてくれました」

 

「菜々達は、何処に忘れてしまったんでしょうね」

 

 

きっと、積み重ねた時間の中に少しずつ落としてしまったのでしょう。

大人になるって、悲しいことなのですね。

願わくば、赤城さんがあの純真さを失いきってしまうのがまだまだ先であることを切に願います。

欲を言うなら成人を過ぎても今のような明るく天真爛漫な性格であって欲しいですね。

幼児退行した25歳児とちひろが、日本酒と鴨のローストを巡って激しい鎬の削り合いをしていますが、私には特に影響が無いので放置しておきましょう。

店から注意を受けたらその時には、即刻鎮圧しますけど。

 

 

「でも、七実。今回の件で、子供が欲しくなったんじゃない?」

 

「‥‥まあ、そうですね」

 

 

確かに赤城さんとスキンシップを取っていて、これがもし自分の子供だったらどんなに可愛いのだろうとは思いました。

しかし、子供の前に私には伴侶となるような相手がいませんから、それは夢のまた夢ですね。

こんな女性らしい魅力に欠ける、元魔王な、チート人間なんて嫁にもらおうと思う奇特で誠実な男性なんて、この世には存在しないでしょうし。

 

 

「いいですよね。菜々も、いつかお母さんになれたらなぁって思いますよ」

 

「菜々ちゃん、なれたらじゃないわ!なるのよ!」

 

「アイドルに恋愛ごとは法度ですし、相手がいないでしょう」

 

「別に、ばれなきゃいいのよ!」

 

 

アイドル部門の係長としては苦言を呈したいところではありますが、今此処に居るのは親友の渡 七実ですから口には出しません。

まあ、そこで仲直りをして肩を組みながら日本酒で乾杯している2人も武内Pに恋愛感情を抱いていますし、時々私に八つ当たり的な嫉妬をしたりしますが、仕事に影響を出すようなことは一切ないので一理あるかもしれません。

 

 

「でも、七実さんならその気になれば選びたい放題ですよね」

 

「そうねぇ、この5人の中で一番結婚するのが早そうだわ」

 

「いやいや、ありえないでしょうに」

 

 

どう考えても、私が一番遅いもしくは生涯独神コースまっしぐらでしょう。

この5人の中で一番早そうなのは懸想する相手のいるちひろと楓以外ありえません。

 

 

「七実‥‥貴女少しはいいなとか思う男はいないわけ?」

 

「いませんね」

 

「職場の男性はどうなんです?みんなエリートなんですよね?」

 

 

私の部下達ですか、そんな目で一切見たことはなかったので今更そういった対象にできるかといえば無理ですね。

仕事に関しては優秀だと認めていますが、まだまだ経験が浅い部分や若い部分が出てしまうので、近所の子供の成長を見守っている気分というのが近いでしょう。

それに私からすればそう見えている部下達でも、他の部署の女性職員とかからすれば将来有望な男性ですので、色々熱烈なアタックを受けていたり、既に交際関係にある女性がいたりと様々です。

ファンだからといって、全員がそのアイドルと結婚したいと思っているわけではありませんから。

 

 

「誰か親しい男性はいないの?」

 

 

親しい男性といわれても仕事関係の付き合いは多いですが、それ以上の一線を超える男性なんて両手で足るくらいしかいません。

更にそこから親族を除けばその数は減り、きっと片手で足るでしょう。

大抵の男性は私を避けるか、敵視するか、姐御と慕うかと恋愛的な流れに発展する要素皆無なものが多いので、当然の結果です。

 

 

「恋愛的な意味で親しいと言われると、思い浮かびませんね」

 

「なら、恋愛的でなければ?」

 

「七花です」

 

 

10年以上共に暮らし、黒歴史時代には互いの本音でぶつかり合い、そして手加減していたとはいえ私に打ち勝ったのは七花だけですから。

 

 

「相変わらずのブラコンですね」

 

「否定はしません」

 

「じゃあ、更に親族を除いたら?」

 

「‥‥思いつきません」

 

 

恋愛的でなくて、親族じゃなくて、親しい男性といったら思い浮かぶのは武内Pですが、ここでその名を出すのは核地雷を盛大に踏みつけかねません。

沈黙は金といいますから、ここは黙秘権を使わせてもらいましょうか。

先程まで仲がよかったちひろと楓が並々ならぬ揺らめくオーラを漂わせながら、私の方を見ていますし。

大丈夫ですよ。2人の大好きな武内Pを取る気なんて更々ありませんし、本人も私のことをそんな目で見ていないはずですから。

 

 

「今、間があったわよね?」

 

「はい、ウサミンイヤーにもばっちりでした」

 

 

どうしてこの酔っ払いは気がつかなくてもいいところに、こうも気がついてしまうのでしょうか。

そんなことを言うから、武内P大好きコンビが疑いを深めて、敵対心剥き出しで今にも威嚇してきそうですよ。

言えば面倒くさい、言わなくても面倒くさい。もう本当に勘弁して欲しいですね。

今の面倒極まりない状況に追い込まれた自身を諭すように、あるノーベル文学賞を受賞したアメリカの小説家の言葉を送るのなら。

『窮境の中でこそ、潔い態度を』

 

 

 

 

 

この後、追求や視線に嫌気が差して武内Pの名前を出して想像通りに混沌より、尚混沌で面倒という言葉では足りない状態になるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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不幸に陥らない秘訣は、人を愛して、働くことだ

今回から、オリジナルの基地祭編です。
最低2話、最高4話くらい続くかと思いますが、ご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

本日は自衛隊基地で開催される基地祭にゲストとして参加することになっています。

普段なら一般人では入ることができない自衛隊基地に入れるのは、特別な感じがして少し気分が昂揚しますね。

基地の中に入るのは七花の入隊式やらで何度か経験があるのですが、それでも片手で数えられる回数くらいしかありません。

周囲を柵で覆われ、しっかりとした警備体制が敷かれている自衛隊基地は、一種の別世界みたいな空気が流れていて少し不思議な感じがしました。

ここ数年は何かと予定が合わなかったり、七花が開催日を伝え忘れたりで、参加できていなかったのでどんな催しがあるのかが楽しみです。

 

 

「渡さん。他のみなさんも揃われました」

 

「はい、今行きます」

 

 

1/3程度残っていた缶コーヒーを一気に飲み干し、内部に少し残った中身を飛び散らせてしまわないようにチートを使いながら回収箱に放り込みました。

綺麗な放物線を描く、その様は我が事ながら美しいと自賛したくなりますね。

そんなくだらない事にチートを使っていることを笑い、軽く伸びをして武内Pの後について駐車場へと向かいます。

時刻を確認すると4時半を少し過ぎたくらいで、こんな朝早くに集合するのは不規則な生活に慣れていないであろう前川さん達には少々辛いかもしれませんね。

私のようにチートで睡眠を殆ど必要としなかったり、ちひろや武内Pのように社会人生活でこういった生活に対応できていたりすると問題はないのですが、それを求めるのは酷というものでしょう。

今回私達が出演する基地祭が開催される自衛隊基地は、346プロからは有料道路等を利用しても移動のみで1時間半近く要しますし、それに途中休憩や渋滞等の交通状況を考えると更に時間がかかります。

7時半に目的地に到着しようと思えば、不測の事態が起きた時に対処可能な余裕を確保しようとすると出発時間は、どうしてもこのくらいになってしまうのです。

辛いでしょうが、移動時間は寝ても大丈夫なのでそこで埋め合わせをしてもらいましょう。

 

 

「おはようございます」

 

「おはようございます」『おはようございます(ドーブラエ ウートラ)!』

「お、おはよう、ございます」「わずら‥‥わし‥‥」

 

 

駐車場に到着するときちんと身支度を整えた4人が居ました。

最年少の神崎さんは半分眠っている状態ですが、前川さんと緒方さんも何処か眠そうです。恐らく初舞台という事で緊張して眠りが浅かったのでしょうね。

血色もあまりよくないですし、きっと碌な朝食も取らずに身支度だけを整えてやってきたのでしょう。

慣れていないとこんな時間に何も入らないでしょうし、緊張からあまり食べたくなくなっているのかもしれません。

しかし、舞台で歌って踊るアイドルは体力系の仕事。

何も食べずに舞台に上るなんてことは、確実に途中で力尽きるフラグでしかありません。

こんな事もあろうかと、胃にやさしい素材を使った七実特製お手軽朝御飯を用意しておいて正解でした。

 

 

「4人とも、朝食は食べましたか?」

 

「‥‥アーニャ以外あまり食べていません」

 

「朝御飯、美味しかったです」

 

 

やっぱり我が道を爆走するシンデレラ・プロジェクトのフリーダムキャラは違いますね。

4人のなかで1人だけ、血色もよく程好く睡眠も取れていているようですし、初舞台を前にして必要以上に緊張していない。

身体能力もプロジェクトメンバーの中で頭一つ抜きん出ていますし、アイドルとして将来が有望そうです。

 

 

「なら、3人には私が用意した胃に優しい朝食がありますので、少しでもいいので食べておいてください」

 

「ありがとうございます!」

 

「ら、蘭子ちゃん、起きてぇ~~」「むにゅ‥‥これぞ‥‥人間讃歌の‥‥」

 

 

どうやら神崎さんの寝起きはあまりよくないようですね。

支えている緒方さんも限界そうですし、助けてあげましょうか。殆ど夢の世界へと舟を漕いでいる神崎さんを抱え上げ、車の方へと向かいます。

赤城さんもそうでしたが、神崎さんも軽すぎではないでしょうか。

ただ単に私が筋肉の比率が多いため、身長の割に体重が多いだけなのかもしれませんが、それを加味して考えてみてもちゃんと食べているのか心配になる軽さですね。

 

 

「ちひろ、扉を開けてください」

 

「はいはぁ~~い」

 

 

武内Pと最終確認を行っていたちひろに扉を開けてもらうように頼み、そのまま乗り込み神崎さんをサードシートに乗せて座席も少し倒して寝やすくしておきます。

寝かせてあげると神崎さんはすぐに丸くなってしまいましたので、用意しておいたブランケットをかけてあげましょう。

身体を小さく丸めて眠る姿は、まるで猫のようですね。

私はどちらかというと犬派なのですが、こんなに愛らしい猫なら是非飼いたいです。

年齢より幼く見える無防備な寝顔に自然と頬が緩み、起こさないように細心の注意を払いながらゆっくり優しく頭を撫でます。

意外としっかりとした髪質をしている神崎さんの銀髪は、やわらかさの中にこしのような張りがあり、触っていて少し楽しいですね。

 

 

「うに‥‥えへへへ‥‥」

 

 

最初は違和感に顔を顰めましたが、頭を撫でられているとわかると表情も和らぎとても穏やかな笑顔を浮かべました。

その顔からは緊張や不安の色は見えず、まだ見えぬ未来に対する希望が溢れています。

 

 

「‥‥今日の舞台をしっかり楽しんでください」

 

名残惜しく感じますが、出発時間が迫っている以上はいつまでもこうしているわけにはいきません。

頭から手を離して、いざという時の案内役(ナビゲーター)をしなければなりませんから助手席に座る為に、いったん降りようとしたのですがちひろに止められました。

 

 

「七実さんは、そのまま後部座席に乗ってください」

 

「別にいいですけど。道とか大丈夫ですか?」

 

「この日のために色々下調べはしていますから、問題ないですよ」

 

 

何だか異様なプレッシャーを放ってくるちひろに気圧され、そのまま眠っている神崎さんの隣に座ります。

別に絶対に助手席に座って案内役を務めなければならないというわけでもありませんし、ちゃんとした調べをしているのなら大丈夫でしょう。

この前の一件以来、ちひろ達からの警戒レベルが上がっている様な気がするのですが、何とかなりませんかね。

私は別に武内Pに恋愛感情を抱いているわけではありませんし、武内Pも私に対してそういった感情を抱いているわけがないので無用の心配なのですが、ここで変に何か言ってしまうとややこしい事になりかねませんから黙っておきましょう。

それに、後部座席なら寝ている神崎さん以外の3人と話がしやすいので、私としては特に異論はありません。

 

 

「お、お邪魔します」

 

「智絵里ちゃん!」「先を越されました‥‥」

 

 

私の隣に緒方さんが座りサードシートが埋まり、必然的に前川さんとカリーニナさんがセカンドシートに座る事になりました。

全員揃っている事を確認し、武内Pは車を発進させます。

さて、これから1時間半近くありますし、どうしましょうか。

とりあえず、寝てしまってもいいように3人にブランケットを渡しておきましょう。

春とはいえ、この時間帯は少し冷えますから、お腹等を冷やしてしまい体調を崩してしまって舞台に立てないなんて事になったら一生悔いが残るでしょうから。

セカンドシートの方も軽く倒してあげて、寝やすいようにしておいてあげます。

 

 

「ミク、ワクワクしますね!」

 

「アーニャは気楽だね。みくは、緊張で心臓が飛び出そうだよ」

 

大丈夫です(ニェ べスパコーイシャ)』「私達なら、きっと大丈夫です」

 

 

渡されたブランケットに包まれて不安がる前川さんの手を取り、カリーニナさんが微笑みます。

眠気と緊張で少し暗い表情をしていた前川さんも、手の平に伝わってくるカリーニナさんの体温に安心したのか表情がやわらいできました。

人のあたたかさは、緊張している人にとってかなり安心できるものですからね。

ほんの数ヶ月前なのに、今となっては随分昔のように思える私達のデビューライブの時も舞台に立つ前にああしてちひろと手を繋ぎましたっけ。

思い返してみるとあの時は、内心で焦り過ぎて格好悪くて恥ずかしいですね。

 

 

「‥‥かなわないなぁ」

 

「緊張、ほぐれました?」

 

「うん『親友(パドゥルーガ)』のお蔭でね」

 

「ミク!!」

 

 

親友と呼ばれて嬉しかったのか、カリーニナさんは手を引っ張って前川さんを引き寄せて抱きしめました。

抱きしめるだけに飽き足らず、まるでマーキングするかのように頬ずりまでしています。

 

 

「ふふっ、アーニャちゃん。またやってる」

 

 

その様子を見た緒方さんが楽しそうに微笑みながら言います。

またということは中々の頻度であのような事をしているのでしょうね。

妖精社で偶然出くわした時に私もやられたことありますし、どうやらカリーニナさんには抱きつき癖と頬ずりをする癖があるのでしょう。

されている前川さんも呆れたような顔をしていますが、その表情の中には確かな親愛が見て取れます。

 

 

「本当に仲がいいですね」

 

「はい、私の自慢のお友達です」

 

 

先程までの緊張の色を微塵も感じさせない、やわらかな微笑を浮かべる緒方さんは妹達を見守る心優しい姉のようでした。

ですが、そんな中に微かな寂しさが混ざっているのを私は見逃しません。

七花という弟を持つ姉である私には、何となくですがその理由がわかりました。

きっと緒方さんは、前川さんとカリーニナさんがしているようなスキンシップが羨ましいのでしょう。ですが、引っ込み思案な性格と一番年上のお姉さんだから強請ったりしてはいけないと思っているに違いありません。

私も転生した初期から成熟した自我というものがありましたから、子供のように我が侭を言って困らせてはいけないと遠慮がちな部分がありましたから。

そっと手を伸ばして緒方さんの頭を優しく撫でます。

緒方さんの髪の毛はとても細く、その触り心地もとても滑らかで、シルクのようないつまでも触っていたいと思えるくらいですね。

 

 

「えっ‥‥ええ!なな、なっ、七実さん、なんで‥‥私を撫でるんですか!?」

 

「何となくです。嫌でしたらやめますが」

 

 

顔を赤くしてあわあわと狼狽える緒方さんはまだ混乱しているようではありますが、その瞳に嫌悪の色は見えなかったので続行させてもらいましょう。

百獣の王と呼ばれるライオンさえ、子猫のように甘えてねだってくるようになるチートを十全に活用した撫でテクニックからは逃れられないでしょうが。

 

 

「い、いや‥‥じゃ‥‥ない、です‥‥」

 

「そうですか、ならもう少し撫でられていてください」

 

「はい♪」

 

 

武内Pから初期に受け取ったメンバー情報では、両親が共働きで中々素直に甘えることができなかった為に今のような性格になった可能性有りと書かれていましたから、どうやって甘えたらいいのかわからないのでしょう。

どう甘えたらいいか教えてあげるのもいいのですが、それでは甘え方を強制しているみたいで嫌なので、私が私のやり方で勝手に甘やかします。

それが嫌だったら、また別の甘やかし方を考えればいいだけですし。

もう片方の手も空いていますから、さっきは途中でやめてしまった神崎さんの撫でも再開しましょう。

熟睡している神崎さんの安眠を邪魔してしまわないように、神経を集中させて絶妙な力加減と心地よさを追及した最適解の軌跡を描きます。

勿論それは緒方さんの方も同様で、髪質と頭の形状に合わせた動きを選びます。

右手と左手で全く別の動きをするのは、馴れない人だと難しいでしょうが、チートを持つ私ならばこの程度は朝飯前ですね。

 

 

「‥‥ミク」

 

「わかってる。途中休憩が入るから、狙うはその時だね」

 

はい(ダー)

 

 

セカンドシートに座っている2人もどうやら頭を撫でて欲しいようなので、次の休憩の時になったら席を移動してそうしてあげましょう。

私がそんなことを考えている一方で、ちひろは助手席で武内Pに甲斐甲斐しく世話をしていました。

これで多少は落ち着いてくれるといいのですが。

 

 

「ふふっ‥‥あったかい‥‥」

 

 

本当に心底嬉しそうにはにかむ緒方さんを見て、悟ったことが1つあります。

撫では世界を平和にする可能性に満ちている、という事です。

 

 

 

 

 

 

途中のSAに寄り、休憩を挟む事になりました。

ここにたどり着くまでの間、ずっと撫で続けていた手を止めて、途中で寝てしまった緒方さんと一度も目を覚まさなかった神崎さんを起こします。

車内で同じ姿勢のまま寝続けるとエコノミークラス症候群とも呼ばれる急性肺血栓塞栓症になるリスクも出てきますし、起きて軽く身体を動かしてもらいましょう。

予防できた事で可愛らしい後輩のアイドルの道を閉ざすことなんて認められません。

この2人を含めたシンデレラ・プロジェクトの全員には、武内Pと共にトップアイドルになってもらうのですから。

 

 

「2人共、起きてください」

 

「ふぇ‥‥もう、朝ですか‥‥」

 

「みくちゃん、後5分‥‥」

 

 

軽く身体を揺すってみたのですが、どうやら神崎さんは寝起きが悪い方みたいですね。

意識が覚醒してきた緒方さんは身体を起こして周囲を見回すと状況を理解したみたいで、車から降りて軽く伸びをします。

その一方で神崎さんはブランケットをしっかりと握りしめて、丸くなり徹底抗戦の構えを取っていました。

さて、どうしましょうか。

これが七花であれば、ブランケットを勢いで身体が回転するくらい思いっきり引っ張るのですが、華奢すぎる神崎さんにそんなことをしたら大惨事確定ですし。

 

 

「ランコ、寝ぼすけさんです」

 

「アーニャ、それあんまりいい意味じゃないからね」

 

「知りませんでした!気をつけます」

 

「まだ、ちょっと眠いかも‥‥」

 

 

車から降りた3人は神崎さんを待っているのか、扉から降りたところで待機しています。

休憩時間は有限ですからここでロスしてしまうと、折角用意した朝食を渡す時間もなくなってしまうかもしれません。

先程よりも強く揺すってみても、完全防御体制を固めている神崎さんには効果が薄いようですね。

あまり力づくで起こすという真似はしたくないので、違和感に訴える事にしましょう。

気配で逃げられたりしないようにステルスを展開し、ゆっくりと無防備な神崎さんの顔へと手を伸ばして、眼を突いたりしてしまわないように細心の注意を払いながら睫毛を撫でます。

私はやられたことはないのですが、何度か七花で試したところもの凄い違和感を覚えるらしく、なんとも微妙な顔で目を覚ましていました。

触れているかわからないけど、微かに触れるような刺激を緩急つけながら与え続けると神崎さんの表情に変化が見られます。

 

 

「むぅ‥‥むむ‥‥何なのぉ」

 

 

違和感に耐えられなくなった神崎さんが目を開け、その意識を一気に覚醒させていきます。

勿論何したか気がつかれないように、覚醒しそうになる寸前に手を引っ込めてステルスを解除することも忘れていません。

 

 

「おはようございます、神崎さん。サービスエリアに着きましたから、今のうちに色々済ませておいてください」

 

「ふぁい」

 

 

まだ寝ぼけているのか、半分ほどしか開かれていない眼を擦りながら神崎さんも車から降りて前川さん達に合流します。

 

 

「ほら、蘭子ちゃん。ちゃんと眼をあけないと危ないでしょ」

 

「うぅ‥‥アーニャちゃん。おぶってぇ~~~」

 

「ランコは『甘えん坊』です」

 

「蘭子ちゃん、可愛い」

 

 

4人揃ったところで仲良く施設の方へと歩いていきました。

眠そうな神崎さんをカリーニナさんが支え、前川さんと緒方さんが車など来ていないか確認しており、特に問題はなさそうですね。

ならば、私もこの間に色々と済ませておきましょう。

車から降りて、外の少し冷たくも心地よい空気を肺いっぱいに吸い込んで、少し弛んでいた意識を引き締めます。

丁度、隣のスペースには車が止まっていないので軽く身体を動かさせてもらいましょう。

入ってきそうな車が周囲にいないかどうかを確認して、見ている人もいないかを反響定位等を駆使して探ってから、軽くストレッチを兼ねて身体を動かします。

程好く身体が温まったので、アイドル御用達の変装用眼鏡をかけて私も施設の方へと向かうとしましょう。

自意識過剰かもしれませんが、次期ライ○ーに選ばれたり、それなりにメディアへの露出も増えたりしていますから、意外と気づかれたりする事が増えてきています。

昔からですが、こういったSAは大好きでした。

色々な施設を詰め込んだ雑多感と、そしてその土地の特色を色濃く反映しているテナント等で売られている軽食は若干値段が高めになっている気もしますが、それでもお手軽さと旅行中で緩んでしまいがちな金銭感覚でついつい購入してしまいます。

惜しむらくは、今の時刻であるとテナントの大半が開店前であることでしょうか。

トイレ等を済ませ、施設内に入っているコンビニでお茶等を購入して足早に車へと戻ります。

武内Pへの差し入れてきなコーヒーでも買おうかと考えていましたが、ちひろが色々と見比べている姿が見えたのでやめておきました。

私は、気遣いのできる女ですから。

 

 

「私が待機していますから、武内Pも休憩を取っていいですよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

車内で待機していた武内Pと交代して、休憩に入ってもらいます。

朝早くから資材の確認やらで疲れも溜まっているでしょうし、この後の予定を考えるとなかなか休憩は取れそうにないですから運転を替わってもいいのですが、きっと拒否されるでしょうね。

良くも悪くも武内Pは自身の職務に真面目ですから。

もう少し私のことを頼ってくれてもいいのにとも思わなくもないですが、急にそんなことをいっても性分を変えることは難しいでしょうから長い眼で見守りましょう。

さて、そろそろ前川さん達が戻ってくるでしょうから準備を整えましょうか。

トランクに入れておいたスポーツバックを取り出して、セカンドシートを倒した上に作ってきた胃にやさしい朝食を広げます。

あまり凝ったものを作りすぎても胃が受けつけないでしょうから、今回のメニューはおにぎりと大根と豆腐の味噌汁、豚肉と長芋の炒め物を用意しました。

豆腐は栄養価も高く良質のたんぱく質を含んでいて、その食感も柔らかくて食べやすいですし、大根も消化酵素が豊富に含まれている為消化を助けてくれるので緊張して胃の調子が悪い前川さん達にうってつけでしょう。

長芋も消化の促進や粘膜の保護といった作用を持っています。

豚肉にはビタミンB1が多く含まれているおり疲労回復効果が見込めますし、意外と鉄分も含まれているので貧血予防にもなるのです。

作る時間もギリギリまで遅らせて保温性の高い容器に入れて持ってきたので、まだ十分なあたたかさを保持しているでしょう。

この完全な布陣に満足していると、ベストなタイミングで前川さん達4人が戻ってきました。

 

 

女教皇(プリエステス)、ここに並べられし供物は如何なる事か?(七実さん、このご飯はどうしたんですか?)」

 

「ああ、蘭子ちゃんは半分寝てたから聞いてなかったね。七実さんが、私達の為に朝御飯を作ってきてくれたんだよ」

 

「おいしそう‥‥これなら、ちょっとははいるかも‥‥」

 

素晴らしい(ハラショー)』「とても美味しそうです」

 

 

ようやく完全に目が覚めた神崎さんが私の用意した朝食に反応しました。

先程までの寝ぼけて普通の言葉が出てしまう神崎さんも愛らしいとは思いますが、やはりこの厨二言語あってこその神崎さんだと思います。

最近、ようやくこの厨二言語を聞いても床を転げまわりたくなる衝動に駆られなくなりましたし、まだ少し首元辺りがぞわぞわしますが人間の慣れというものは凄いですね。

カリーニナさんも厨二言語を習得していましたが、前川さん達もどうやらある程度理解できているみたいです。

 

 

「というか、アーニャ‥‥まだ食べるの?」

 

勿論(ダー)』「これは別腹です」

 

 

コンビニで買ったと思われるフランクフルトは既に3分の2はなくなっているのですが、まだ食べる気なのでしょうか。

1人だけ寮で用意された朝食も食べていたようですし、いったいその小さな身体の何処にそれだけの量が入るのでしょうね。

まあ、平均的な成人女性の倍以上も食べたりすることもある私が言えることではありませんが。

 

 

「飲み物も用意していますから、自由に食べてください」

 

「「「「いただきます」」」」

 

 

割り箸と味噌汁を注ぐためのプラスチック容器を配り終えると、4人は私が用意した朝食を食べ始めました。

 

 

「この炒め物、長芋がほくほくしてて甘辛い味付けとよく合ってるぅ~~」

 

「お味噌汁も‥‥あったかくて、優しい味がする‥‥」

 

海神(わだつみ)の黒き外套を纏う、地母神の無垢なる恵みは日出づる国へと生まれし我を祝福せんようである(おにぎりを食べてると、日本人でよかったと思います)」

 

「どれも美味しいです。お味噌汁、おかわりください」

 

 

差し出された器を受け取り、味噌汁のおかわりを注ぎます。

一番食べているはずのカリーニナさんが、他の3人よりも食べているのですが、本番で食べすぎて動けないというオチはありませんよね。

ここで止めた方がいいのかもしれませんが、他の人が食べている中で1人だけそれを禁止するのは酷ですし。

 

 

「アーニャ、そろそろストップしときなよ」

 

いや(ヤー 二 ハチュー)』「師範(ニンジャマスター)の料理、滅多に食べられません」

 

「いや、じゃないの!明らかに食べ過ぎでしょ!衣装が入らなくなったらどうするの!」

 

「私、いくら食べても太りませんよ?」

 

「よし、喧嘩売ってるね。言い値で買うよ?」

 

どうして(ザチェム)!』

 

 

自分は食べても太らない体質だと明言することは、他の女性を敵に回してしまう言葉なのです。

私のように人類の到達点のチートボディを持っていれば、その身体なら仕方ないという風に納得してはもらえますが、同年代の女子より発育の良いカリーニナさんなら嫉妬されるに違いありません。

前川さんのように言葉には出していませんが、緒方さんも神崎さんも嫉妬の混じった視線を向けていますし。

私の料理が食べたいのなら、リクエストさえしてくれれば時間があるときにいくらでも作ってあげるのですが。

助けを求めるようなカリーニナさんの視線に私はどうしようかと頭を悩ませます。

平和共存、腹八分目に医者要らず、集中砲火

食事は平和に取るのがルールですよ。

 

 

 

 

 

 

色々とごたごたはあったものの持ってきた4人分の朝食は全部なくなり、ちゃんと食事を取った事で前川さん、緒方さんの血色は格段に良くなりました。

途中で戻ってきた武内Pとちひろにも別に確保しておいたおにぎりを渡しておきましたし、小さめにしておいたので持ち運びもしやすいでしょう。

その後、今度はセカンドシートで前川さんとカリーニナさんの頭を撫でつつ、取り留めのない会話をしながら過ごしました。

寝ていて撫でられていた覚えのない神崎さんは『ずるい』と文句を言っていましたが、順番は守らなければならないのでここは我慢してもらうしかありません。

そして、現在私達は目的地である自衛隊基地内の関係者用の駐車場にいます。

ちゃんと下調べしただけあってちひろのナビゲートは的確で、特に渋滞等に巻き込まれることもなく余裕を持って到着する事ができました。

この様子なら帰りもちひろに任せて大丈夫でしょう。

 

 

「姉ちゃん!」

 

「おはよう、七花。ここへ来て大丈夫なの?」

 

 

車から降りるときっちりと制服着込んだ七花が駆けつけてきました。

当初の予定では、義妹候補ちゃんが来るはずだったのですが、本当に大丈夫でしょうか。

七花のことですから処分等になるまでの問題行動は取ったりしないでしょうが、それでも少々考え無しで行動する部分がありますから姉としては心配になってしまいます。

 

 

「大丈夫、大丈夫。隊長に許可とって、なのはと一緒に姉ちゃん達とついて回れるようにしてもらったから」

 

「そう‥‥安心したわ」

 

 

それなら問題はなさそうです。

しかし、そんなことが許されるとは自衛隊というのは意外と柔軟性がある組織なのでしょうか。

臨機応変な行動が要求されたりする職種であるというのは理解していますが、やはり厳格な規律で雁字搦めになっていそうなイメージが強いです。

 

 

「シチカ、おはようございます」

 

「おはようございます、七花さん」

 

「煩わしい太陽ね(おはようございます)」

 

「お、おはよう‥‥ございます‥‥」

 

「ああ、おはよう。今日は、よろしくな」

 

 

一度会っているので、4人とも七花の巨体に対しては恐怖を感じていないようで安心しました。

幼い頃から長身だった七花は、色々と誤解されてしまって避けられる事もありましたから。

まあ、その原因の一端どころか大半を担っていたのは黒歴史時代の私のしでかした事なので、その件については謝り倒しても足りないくらいですが。

 

 

「しぃ~~ちぃ~~かぁ~~~~!!」

 

「なのは、遅かったな」

 

「遅かったな、じゃないわよ!346の車が見えた途端、私を置いて駆け出したのはそっちでしょ!」

 

「そうだっけ?」

 

「そうよ!」

 

 

七花から少し遅れてやって来た義妹候補ちゃんは、とてもお怒りのようでした。

ああ、やっぱり七花は七花でした。

いくら自衛官として鍛えられているとはいえ、下手すると五輪選手並みの速度で走ることができる七花に追いつくのは難しいでしょう。

義妹候補ちゃんもこんな事をされてもよく見限らないものですねと、素直に感心します。

私が義妹候補ちゃんの立場だったら、十中八九切り捨てて新しい出会いのほうに賭ける道を選ぶでしょうね。

 

 

「私よりもそんなに姉のほうがいいか!このシスコン!」

 

「いや、なのはと姉ちゃんは別だろ?俺が姉ちゃんを大切に思うのは家族だからだけど、なのはのことも同じくらい大切に思っているぞ?」

 

 

姉として、弟の馬鹿ップルトークを聞くのはなんともこそばゆいのですが、これは止めるべきなのでしょうか。

4人だけでなく武内Pやちひろも、どう声をかけるべきか悩んでいます。

確かにこの状況は他人が介入しにくいものでしょうから、私が先陣を切らざるを得ないでしょう。

 

 

「そ、そういうことは、2人きりの時に言いなさいよね」

 

 

あっ、チョロい。

もう誰が見てもはっきり判るくらいに顔を真っ赤にした義妹候補ちゃんは、先程までの怒りは何だったのかというくらいご機嫌になりました。

この単純さがあるから、七花と上手くやっていけるのかもしれませんね。

とりあえず、春とはいえ朝は肌寒く感じられるので、このまま外で話しこむのはみんなの健康によろしくないですから案内を頼みましょうか。

 

 

「おほん‥‥七花、飛騨さん。そろそろ案内してくれないかしら」

 

「おっと、そうだった。じゃあ、案内するから着いてきてくれ。

何か荷物があるのなら俺が持つから渡してくれて構わないからな」

 

「えと、こちらで話し込んでしまい申し訳ありません。皆さんのために用意した控え室にご案内します。

本日はこの基地祭のゲストとして来てくださり、本当にありがとうございます」

 

「いえ、こちらこそ本日は宜しくお願い致します」

 

 

飛騨さんが深々と頭を下げると武内Pもすぐさま頭を下げ返し、私達もそれに続きます。

前川さんとちひろは七花と共に控え室の方に案内されることになり、武内Pと飛騨さんは機材の搬入等についての打ち合わせをするそうなので私もそっちに混ざろうとしたのですが、ちひろと共謀した七花によって強制的に控え室に向かうようにされました。

 

 

「‥‥裏切り者」

 

「姉ちゃんはアイドルになったんだろ?なら、裏方仕事はタケに任せてやらないとダメだぜ」

 

 

私の誕生日会で隠れて色々と情報交換した時に、仲良くなったらしく七花は武内Pのことをタケと呼び、時々メールをしているそうです。

女である私には言えない男同士の会話もあるでしょうから、その内容については追求してはいません。

しかし、この様子だと相当仲が良くなっているみたいですね。やはり年齢も近いですし、話が合ったのでしょうか。

 

 

「でも、私が落ち着かないのよ」

 

「姉ちゃんは昔から全部背負い込もうとするからなぁ‥‥」

 

「悪いのかしら」

 

 

チートで人以上のことができるのですから、普通の人では手を伸ばしきれない部分を私がカバーするのは当然の摂理だと思います。

手伝いを当てにしてわざと手を抜いているのなら助けようとは思いませんが、そうでないのなら助けない理由はありません。

 

 

「いや、それでこそ俺の姉ちゃんだ。けど、今回はタケの男としての顔を立ててやってくれってこと」

 

「わかったわ」

 

 

確かに武内Pもシンデレラ・プロジェクトの統括Pという肩書きを持つまでに成長したのですから、いつまでも私がでしゃばっていては成長を阻害することになりかねませんね。

七花の言うことも確かですから、今回は裏方には殆ど関わらないようにしましょうか。

 

 

「ちひろさん、七実さんが敬語じゃないってかなり珍しくないですか?」

 

「ええ、私も七実さんとは長い付き合いだけどかなりレアだと思うわ」

 

「やはり血を分けた者同士の魂の共鳴は、我が盟約に勝るか(やっぱり姉弟の絆は特別なんですね)」

 

 

ちひろとは、ちひろが新入社員として入社した頃から何かと付き合いはありましたが、やはり家族である七花と比べると負けてしまいます。

それに私は社会人になってからは、親族以外には全て敬語を使うように心掛けているので関係が深くないから敬語をやめていないわけではありません。

今更、敬語を外すのは私自身の違和感が凄まじいのです。

 

 

「いいなぁ‥‥私も弟か妹がほしかったなぁ‥‥」

 

「チエリ、私達がいます」

 

「アーニャちゃん‥‥そうだね、ありがとう‥‥」

 

どういたしまして(パジャールスタ)

 

 

こちらの方も良い話でまとまったようで、良かったです。

例え本当に姉妹でなくても、前川さん達4人の絆はそこら辺の普通の家族にも負けない強固なものでしょう。

 

 

「姉ちゃん」

 

「何かしら」

 

「良い職場に出会えてよかったな」

 

 

七花が本当に嬉しそうな笑顔で言いました。

昼行灯の策略に嵌められたり、ちひろ達に嫉妬されたり、周囲の期待から変な無茶振りがくることもありますが、それでも私は美城で働いていてよかったと思います。

そんな私の素直な気持ちをとあるフランスのロマン主義の詩人の名言を借りて述べるのなら。

『不幸に陥らない秘訣は、人を愛して、働くことだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、七花の為に、武内Pや義妹候補ちゃんの顔を潰さない為に、4人の思い出に残る最高の初ステージとする為に、そして私達サンドリヨンの更なる飛躍の為に、自衛隊史上最高の基地祭にしてみせましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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逃げた者は、もう一度戦える

基地祭編その2です。
この機会を逃すと登場が難しくなってしまうので、誰得な程に七花が絡みますがご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

基地祭当日となり、車に揺られて遥々と七花の所属する部隊の駐屯する基地までやってきました。

七花に案内という連行された私達アイドルの控え室は、何処を見ても塵や汚れ一つなく、床もワックスで鏡のように輝いています。

きっと隊員の皆さんが来客用にと1日かけて念入りに掃除してくれたのでしょう。

自衛隊員の掃除スキルは一般的な主婦のそれを上回ると聞いたことがありましたが、これを見るとそれは本当だったのだと感心します。

七花が無駄に誇らしそうな顔をしているので、きっと手伝ったのでしょうね。

 

 

「姉ちゃん。この掃除、俺も手伝ったんだぜ」

 

「わかってるわよ。偉いわね」

 

 

昔なら頭を撫でてあげるところですが、現在の七花は日本人らしからぬ2mを越えの長身ですから、いくら私が女性にしては高い方であったとしても少々きついです。

仕方ないので、ご褒美をあげましょう。

自分用に取っておいたおにぎりが何個か残っていますから、これでも十分喜ぶに違いありません。

 

 

「七花、お腹空いてるかしら?」

 

「空いてる。今空いた」

 

 

七花なら満腹だったとしても、部屋の外で運動してきて無理矢理空かせるでしょうね。

下げていた鞄からいくつかおにぎりを取り出して差し出すと、七花は嬉しそうに受け取りました。

ちひろ達がいなければ、今にも踊りだしそうなくらいの喜びようです。こんなおにぎりでこんなにも喜ぶなんて、自衛隊の食事はそんなにも劣悪なものなのでしょうか。

食事の良し悪しは、人間のあらゆる活動に影響が出ますから、極限状態での即応等過酷な要求をされることの多い自衛隊では士気を保つためにも食事には特に力を入れていると思うのですが。

七花は陸上自衛隊所属ですが、派閥の違う海上自衛隊では護衛艦同士での海軍カレーNo1決定戦みたいな事をしていたはずです。

 

 

「ブラコンだ‥‥」

 

はい(ダー)』「ブラコンです」

 

「眷属への寵愛か(ブラコンだぁ)」

 

「みんな、いくら事実でも‥‥七実さんに失礼だよ‥‥」

 

「いいのよ、智絵里ちゃん。七実さん、自分で認めてるから」

 

 

否定しませんよ。

七花は渡したおにぎりを早速食べているのですが、一応仕事中にそんなことして大丈夫なのでしょうか。

ばれなきゃ犯罪じゃないという言葉もありますから、私達が黙っていれば表沙汰になることはないので問題はなさそうですけど。

とりあえず、簡易的な名札の付けられたロッカーに私物やらを収納します。

さて、こんなに早く着いて何ですが、やることがなくなりました。

というのも、現在武内Pが義妹候補ちゃんと一緒に舞台と進行の最終確認と資材の搬入等についての話し合いをしているので、それが終わるまで動けないのです。

ここは国防を預かる自衛隊基地の1つ、一般開放をする日なので銃器や機密といったものは厳重に管理されているでしょうが、下手に歩き回るのはあまりよろしくないでしょう。

個人的には七花がどんな場所で生活しているのか実際に見てみたいという気持ちはありますが、個人的な欲求を優先させるのは社会人として有るまじき行為です。

こんな事もあろうかと暇潰し用のグッズは持ってきてはいますが、いきなりこれを出してしまうのも違う気がします。

確か基地祭の一般開場が10時なので、予定的には8時半頃から実際の舞台を使用した通しリハが始まるでしょう。

朝の集合を時刻に余裕を持たせていたので予定より早く到着することができ、現在の時刻は7時40分少し前と時間があります。

私とちひろだけであれば、舞台の内容の確認で時間を潰すのですが、自衛隊基地という非日常的な場所の独特の雰囲気に緒方さんと神崎さんが飲まれて緊張してきているので、外でも歩いて気晴らしをさせてあげたいですね。

まあ、筋骨隆々な自衛官達が闊歩する中を歩き回って確実に気晴らしになるとはいえませんが。

 

 

「七花。ちょっと散歩したいのだけど、大丈夫かしら」

 

「姉ちゃん1人なら、バレずに歩き回ることが可能だろ?」

 

「貴方、姉をアイドルから犯罪者にランクダウンさせたいのかしら」

 

 

やったことはありませんが、チート全開にすればやってできないことはないかと思います。

しかし、それをしてしまえば私はアイドルから犯罪者として全国指名手配をされることになり、美城及び所属アイドルたちに多大な迷惑を掛けることになるでしょう。

ちひろも『七実さんなら大丈夫でしょうね』とか納得しながら頷かない。

折角、シンデレラ・プロジェクトの中で今現在も奇跡的なバランスで保たれている頼れるお姉さん像が発破解体されてしまうではありませんか。

 

 

素晴らしい(ハラショー)!』「流石は、師範(ニンジャマスター)です」

 

 

一部例外もいますが。

七花の迂闊な発言でカリーニナの中での私のイメージがより一層忍者に近付いてしまったでしょうね。

人間第一印象が大事とはいいますが、それが今現在においても引きずる事になるとはやらかした当初に誰が思ったでしょうか。

もう半分近くは修正する事を諦めていますけど。

 

 

「冗談だって、一応なのはに確認するから待ってくれ」

 

 

そう言って七花はポケットからスマートフォンを取り出して、義妹候補ちゃんに連絡を入れます。

前回の失敗から報告、連絡、相談という社会人の基本についてじっくりとお説教させられたらしく、今回はその経験が生きましたね。

 

 

「ああ、なのは?姉ちゃんが基地を見て回りたいみたいだから案内してくる、何かあったら連絡してくれ」

 

 

通話が始まった途端に簡潔に用件だけを伝えると、返事も聞かずに通話を終了しました。

前言を撤回しましょう。この弟、前回からまるで成長していません。

 

 

「じゃあ、行こうぜ」

 

「いやいや、どこが『じゃあ、行こうぜ』なのよ!絶対に飛騨さん怒っているわよ?」

 

「大丈夫だって、事前になのはから暇になるようなら案内しても構わないって言われてたからな」

 

 

どうやら、前回の経験が生きたのは七花よりも義妹候補ちゃんのほうだったようです。

厳格な規律のある自衛隊でも一切矯正される事のなかった七花の性格をよく把握していて、上手く誘導していますね。

ここまで七花を上手く扱える彼女は初めてですし、私にも一歩も退こうとしない姿勢は評価できますから、さっさと籍を入れてしまえばいいのではないでしょうか。

今度、両親にそれとなく伝えておきましょう。

連絡を入れると母に『あんたは、まだいい人が見つからないの?』と確実に言われてしまうでしょうが、そこは弟の幸せの為に我慢して割り切りらなければなりません。

ああ、連絡する前からもう憂鬱です。

 

 

「なら、いいわ。じゃあ、案内をお願いするわね」

 

「ああ、任せてくれよ」

 

「では、全員行きますよ」

 

「「「「「はい」」」」」

 

 

人間、空等のスケールの大きなものを見ていれば大抵の悩みはちっぽけに思えるらしいので、そこまでの効果は期待できなくても気晴らしにはなるでしょう。

七花の後に続き、控え室を出ます。

 

 

「何やってんだお前?」

 

「渡二曹!こ、これはですね!」

 

 

控え室を出ると迷彩服にエプロンという一般社会では、早々お目にかかれないであろう奇抜なファッションをした男性隊員と出会いました。

自衛官ですから迷彩服は基本なので何も疑問を抱かないのでしょうが、一般人な私からすればそのアンバランスな組み合わせは違和感が強いですね。

年齢は20前くらいでしょうか、士長の階級章とそこそこ荷物が入っていて重そうなダンボールを抱えている事から、部隊の中でも下っ端の方で雑用をさせられているのでしょう。

雑用は嫌でしたが控え室の近くを通るので、運良く私達の姿が見られないかなという淡い期待を抱いていたに違いありません。

で、現在に至るといった所でしょうね。全て推論でしかありませんが、それほど的外れな事をいってはいないと思います。

 

 

「お前なぁ、こんなところで油売ってると隊長に怒られるぞ?」

 

「ええと‥‥その少し福利厚生というものをですね‥‥」

 

「福利厚生だぁ?」

 

 

福利厚生は重要ですよね。

美城は日本においてもトップクラスの総合企業ですから、その辺は一般的な企業のそれを遥かに上回ります。

美城に所属する社員であれば、本社内にあるジムや浴場、エステといった様々な施設はほぼ無料で使用できますし、日本に限らず海外にも保養地がいくつかありますので長期休暇が取れる時期が近づくと熾烈な争奪戦がよく見られ、季節の風物詩と化しています。

私は興味が無かったので、あまり利用したことはありませんが。

 

 

「ほら、自衛隊って女気が殆どないじゃないっすか‥‥だから、綺麗で可愛いアイドルを見て眼の保養というか‥‥」

 

「そんなもんか?」

 

「渡二曹は、嫁にしたいWACランキング トップ5に入る飛騨三尉って超美女な彼女がいるからでしょう!

この際だから言っておきますけどね!女気の欠片もない俺達からすれば、滅茶苦茶羨ましいんですからね!」

 

 

いきなり熱い語りが始まってしまいましたが、私達はどうするべきでしょうか。

七花と一緒に行動しなければ面倒ごとになってしまい、最悪今日のステージにも影響が出てしまいかねませんし。

前川さん達もどうすればいいかわからなくなって、苦笑しています。

 

 

「飛騨三尉と付き合っていて、姉は今を時めく最強アイドル!?しかも、仕事の交渉の付き添いで346プロに行って来た!?

そして今日は、ゲストのアイドルの付き添い役!?何ですか、その羨ましい展開の数え役満は!!

羨ましすぎるでしょう!!その主人公補正的なものの何割かを俺等にも分けてくださいよ!!」

 

「落ち着けって、姉ちゃん達に迷惑だろう」

 

「おぶぅっ‥‥渡二曹。興奮したのは俺が悪かったっすから、手刀は勘弁してください‥‥普通にかなり痛いっす」

 

 

七花のわりと容赦ない手刀によって正気を取り戻した男性隊員は、改めて私達の姿を見て顔を真っ赤に染め上げて俯いてしまいました。

きっと今頃、冷静に感情任せに自らの行動を分析して自己嫌悪に陥っているのでしょうね。

永遠に忘れ去ってしまいたい過去(黒歴史)を持つ私としては、その気持ちは痛いほどにわかります。

 

 

「まあ、今から姉ちゃん達を案内するところだったから、後で寄ってやるから元気だせって」

 

「マジっすか!?絶対っすよ!!」

 

「おう、わかったって」

 

「じゃあ、俺‥‥一っ走り行って皆に伝えてきますから!」

 

 

走り去っていく男性隊員の喜びようを見ていると、私達もそこそこの知名度を誇るアイドルになれたんだなと少し誇らしくなりますね。

それはちひろも同じようで、にやついてしまいそうな頬を軽く押さえていますが全く隠せていません。

 

 

「というわけで、悪いが付き合ってくれ」

 

「仕方ないわね」

 

 

職場関係というものは重要ですから、仕方ありませんね。

どんなに楽な職場でも人間関係が上手くいかなければ一瞬で地獄となりえますし、またその逆も然りですし。

弟の職場での平和の為に、姉として一肌脱ぎましょう。

 

 

 

 

 

 

七花に案内された自衛隊基地の内部は、一般人である私達では知る事ができない新しい刺激で満ち溢れていました。

重要な場所には近付く事すら許可されませんでしたが、それでも十二分に気晴らしにはなったでしょう。

最初はおっかなびっくりだった緒方さん達も普段では絶対に見る事ができない特殊な車両や装備等の展示に興味が引かれているようです。

こういったものに興味を示すのは男の子だけではないようですね。

 

 

「おい、アレ!」

 

「やべぇ!俺、変なカッコしてないよな!」

 

「う、美しい‥‥」

 

 

男所帯な仕事場ゆえ仕方無しなのでしょうが、先程からすれ違ったり、前を通ったりする時の男性隊員たちの視線が露骨過ぎます。

アイドルとしてデビューしてから仕事上そういった視線に慣れてしまった私やちひろは、仕方ないなと受け流す大人の対応ができるのですが、4人はそうではないようで少し居心地悪そうにしていました。

これもアイドルへの一歩の洗礼として頑張って慣れてもらうしかありませんね。

 

 

「うぅ‥‥見られてる‥‥見ないで、見ないでぇ‥‥」

 

「智絵里ちゃん、みく達はアイドルになるんだから慣れなきゃダメだよ」

 

「でもぉ~~」

 

 

引っ込み思案な緒方さんにとって屈強な自衛隊員からの視線は凶器でしょうね。

シンデレラ・プロジェクトにおいても断トツでプロ意識が高い前川さんは、笑顔を作って普段どおりに振舞おうとしていますが、やはり慣れない為か若干引きつっています。

神崎さんはちひろの袖を少しだけ掴んで、その背後に隠れようとしていました。

ちひろ、かなり羨ましいので今すぐ、たちどころにその役を替わってくれませんかね。今なら、私の頭の中に保存されている武内Pの好物おかず十選のレシピも付けますよ。

 

 

「こ、これが防人(さきもり)の眼光か(ちょっと怖いです)」

 

 

確かに今回は通常よりも熱く露骨ですが、アイドルならば自身で乗り越えなければなりませんが、こればっかりは経験が物をいう部分がありますから、今は仕方ないでしょう。

私はチートで隠して全く問題ないように振舞っていましたが、最初は逃げ出したい衝動を押さえ込むのに苦労しました。

ちひろも同様で、最初の頃は緊張と不慣れさから何度もグラビアを取り直したこともあります。

もっとも、七花を質問攻めにしている好奇心の塊なカリーニナさんのような例外もいますが。

 

 

「チエリ。なら、ミクと手を繋げばいいですよ」

 

 

七花にマシンガンの如くは質問を浴びせながらも3人の方にも気を向けていたカリーニナさんが、突然振り向きそのような提案をしてきました。

 

 

「みくちゃんと‥‥手を?」

 

はい(ダー)』「ミクの手は、魔法の手です。繋げば、とても落ち着きます」

 

「な、なんか、こうストレートに褒められると対応に困るよ」

 

 

褒められた前川さんは恥ずかしそうに自分の頬をかきます。

そして緒方さんにおずおずともう片方の手を優しく差し出しました。

 

 

「魔法かどうかはわからないけど、よろしければお手をどうぞ」

 

 

褒められた嬉しさと気恥ずかしさが混ざった可愛らしい表情で、ちょっと気障っぽい台詞を吐く前川さんは、精一杯背伸びをする子供みたいで、人目がなければその頭を撫で回していたでしょう。

格好つけようとしてみて、いざ本当に口に出してみると予想以上に恥ずかしかったのでしょうね。

言葉の最後の方になるに連れて声が少しずつ小さくなるのが、可愛くてたまりません。

 

 

「うん♪ありがと、みくちゃん」

 

 

嬉しそうに前川さんの手に取る緒方さんを見ていると、私の語彙力では到底表現しきれないほどのあたたかくも激しい感情が湧き上がってきます。

 

 

「‥‥尊いな」

 

「写真取ったらダメかな?」

 

 

アイドルはその姿自体が売り物ですし、それにどのような状況でも隠し撮り駄目です。

スマートフォンを取り出そうとした男性隊員との間に入り込み、首を横に振って撮影はNGという旨を伝えると、それを理解してくれた男性隊員は申し訳なさそうに何度も頭を下げてきました。

別にそこまで恐縮しなくてもいいのですが、まるで蛇に睨まれた蛙のようです。

もしかして、私のやらかしエピソードがこの閉鎖的な自衛隊基地に出回っていて、ここでも畏怖の象徴扱いされているのでしょうか。

 

 

「ちひろ、私ってそんなに恐ろしい存在ですか?」

 

「私達は違うって知っていますけど、誤解はされやすいタイプだとは思いますよ」

 

「率直な意見をありがとうございます」

 

 

一般人にとっては恐ろしい存在であるというのは否定しないのですね。

まあ、最近はチートの箍も緩みがちで仕事で色々やらかしていますから仕方ないのかもしれませんが、一般人と同等程度の耐久性しかない私の心にはクリティカルですよ。

なら、今からでも派手にチートを使わないようにすればいいのですが、既に私の能力の高さについては業界内でも噂になっており今更落とす事なんてできないでしょう。

あの昼行灯辺りなら嬉々として私がチートを使わなければならないような状況に持っていくでしょうし。

私の人生選択は何処で間違えてしまったのでしょうか、アイドルデビューした事でしょうか、それともあの黒歴史時代でしょうか。

 

 

「咲夜さん、藤木の奴いますか?」

 

「あら、七花君じゃない。どうしたのかしら?」

 

「いや、今姉ちゃん達に基地を案内してるんですけど、後で顔を出すって約束したもんで」

 

「ああ、だからあんなにはしゃいでたのね。でも残念、うちの旦那にアイドル達の衣装とかの積み下ろしに連れて行かれたわ」

 

 

そんな風に自身の人生について振り返っているとあの男性隊員が所属する部隊の出店に到着しました。

あんなに楽しみにしていたのに、次の雑用に駆り出されてしまうとは、なんと不憫な子。

それはさて置き、この部隊の出展物は焼きもろこしのようですね。

シンプルな分素材が重要となるタイプですが『大きい、安い、美味い!ジャイアント焼きもろこし!』の看板に偽りなしの中々食べ応えのありそうな大きさのとうもろこしです。

試作品としていくつか焼き始めているのか、燃える炭の香りに混じって醤油ベースのタレがやける食欲を直撃する匂いが漂ってきました。

こういった料理はガスとかよりも炭火焼が一番ですし、作り方ももの凄く簡単なのですがいざ自宅で作ろうとしたら面倒臭くて作らないんですよね。

それにこういったものはお祭のにぎやかな雰囲気の中で食べるから美味しさも一入なのでしょう。

 

 

お腹空きました(ヤー ハチュー イェースチ)

 

 

確かにこの焼きもろこしの香りは胃袋に対して暴力的であるのは認めますが、恐らく現時点でこの中で一番食べているであろうカリーニナさんからその言葉が出るとは思いもしませんでしたよ。

確かに筋肉量が多いと基礎代謝もあがって燃費が悪くなりますが、私のチートボディも真っ青な燃費の悪さです。

765の四条 貴音も健啖家らしいですから、銀髪の女の子は大食いの星の下に生まれてくる運命なのでしょうか。

そうすると神崎さんもいずれ、そうなるのかもしれません。

若い内は大食いとか無茶できますが、年齢を重ねて成人を過ぎ、20代後半にもなると食べたものがすぐ体型に反映されるようになりますから食生活の管理も気をつけるようにと武内Pに進言しておきましょう。

 

 

「早っ!?朝あれだけ食べたのに!」

 

「私は、育ち盛りですから」

 

「これ以上、どこが育つっていうの!」

 

「‥‥私も、食べたら育つかな」

 

「我の進化はまだ止まっておらぬ(‥‥私だって、もっと成長するもん)」

 

「私だって、まだまだこれからだもん」

 

 

カリーニナさんの発言の流れ弾が、最近の女の子発育の良さに危機感を覚えている私の相方にも直撃しました。

ちひろは、女性らしい色っぽさのある身体つきをしていますから今のままでも十分だと思うのですが、やはり発育のいい子が多いシンデレラ・プロジェクトのメンバー達と交流していて刺激されているのでしょう。

私の場合はスタイル云々言う以前に方向性が180度近く違いますから、そんな悩みを抱えたことはないですが、やはり恋する乙女としては自分よりもスタイルの良い子達が懸想する相手の周囲にいることは複雑な気分なのでしょうね。

 

 

「あらあら、可愛い子達じゃない♪何、そこの銀髪の子は焼きもろこしが食べたいの?」

 

はい(ダー)』「とても、食べたいです」

 

「正直でよろしい。みんな、いいかしら?」

 

「勿論です」「問題ありません、最高の焼け具合です」「こちらからお願いしたいくらいです」

 

 

さすが自衛官。こういった時の臨機応変な対応とのりの良さは素晴らしいです。

私も1本欲しいところですが、素直に感情を顕にしても許される年齢のカリーニナさんとは違い、大人がそのような事を行ってしまうのは見っとも無いですから今は諦めるしかないでしょう。

大人には守るべき面子というものがありますから、舞台が終わった後にちゃんとお客として買いに来る事にします。

 

 

「はい、焼き立てで熱いから気をつけて」

 

はい(ダー)』「いただきます」

 

 

焼きたてを持っても火傷してしまわないように割り箸が刺された焼きもろこしを受け取ったカリーニナさんは、キラキラと目を輝かせながら豪快に齧り付きました。

満足げな笑顔を見ていたらその焼きもろこしがどれだけ美味しいのが伝わってきます。

たれが焦げたことによる香ばしさに、噛めば溢れ出すとうもろこしの甘味と特製の甘辛い醤油だれの味が混ざっていき、次の一口が楽しみで仕方なくなるに違いありません。

サラダとか付け合わせとしてばらばらになっているのも悪くないのですが、とうもろこしの旨味を存分に味わおうとするのならやっぱりこのシンプルな焼きもろこしが一番でしょう。

チートによる一般人より優れた聴覚は、カリーニナさんの歯が焼けて張り詰めたとうもろこしの果皮を破る音すら聞き取りそうなくらい過敏になっています。

美味しいですか、美味しいのでしょうね。実際に食さずとも音や香りの時点で美味しいとわかっていますから。

 

 

「アーニャ、一口ちょうだい」

 

「私も、一口欲しいな」

 

「‥‥我にもその金色なる珠玉を(わ、私も食べたいです!)」

 

 

私もと言いたいところではありますが、流石に空気は読めます。

仕事の関係で業界屈指の音楽Pにあったことがあるのですが、その際にはこれと真逆な事をいわれました。

時には、あえて空気など読まない行動をする必要はあるかと思いますが、今はそんな時ではないということは最近鈍感と弟子に言われる私にもわかります。

ああ、私が4人と同年代だったらあの中に混ざれるのですが。

いや、同年代の頃だと黒歴史の真っ最中ですからどちらにせよ無理でしょうね。

 

 

「ほら、姉ちゃんも食べるだろ?」

 

 

私の真摯な願いが届いたのか、七花が試食用の焼きもろこしをもう1本もらってきて渡してくれました。

流石、マイ フェイバリット ブラザー七花です。私のことをちゃんと理解してくれていて、お姉ちゃんは嬉しくて甘やかしてあげたくなります。

今度、何か作って差し入れしてあげましょうか。

腕によりをかけて、私に作れる範囲で何でも作ってあげましょう。

 

 

「あらあら、なのちゃんに見られたら嫉妬されちゃうわよ?」

 

「大丈夫ですよ。俺がシスコンなのは今に始まったことじゃないんで」

 

「‥‥愚痴では聞いていたけど、凄いシスコンぶりね。ちょっと心配になるわ」

 

 

ちひろも焼きもろこしを食べたいようなので、手刀で半分に折って割り箸が刺さっている方を渡します。

勿論、折角の焼きもろこしを無駄にしてしまわないように、鎧通しの要領で内部の芯の部分だけに衝撃を集中させて折りましたから、粒はひとつたりとも潰れていません。

 

 

「俺だけは、姉ちゃんが素直に甘えられる存在でありたいんで」

 

「そう、お姉さんのこと大切に思っているのね」

 

「はい」

 

 

医鬱排悶、水魚の交わり、咀嚼玩味

この焼きもろこしを持って世界に平和を伝える旅にでも出ましょうか。

 

 

 

 

 

 

「~~♪」

 

 

『今が前奏曲(プレリュード)』を歌い、踊りきり、武内Pに方に視線を向けます。

真剣な面持ちで私達の様子を見ていた武内Pは、とても満足げな表情でしっかりと頷きました。どうやら、リハーサルも問題はないようですね。

こうなるように青木姉妹と日夜調整会議を行って、最高の状態に仕上がるように最大限人事を尽くしたのですから当然の結果でしょう。

その様子を見た4人は、安心したのかそのままステージに座り込んでしまいました。

例えリハーサルだとしてもアイドルとしてステージ上で情けない姿を見せるのはいただけませんね。

ステージに自ら膝をつくなど、勝負を捨てたもののすることに他なりませんから。

骨に皹が入っていようが、半身が麻痺していようが、一度舞台に立ち1人でも観客がいるのならば、それらを隠してでも魅せるという気概は必要でしょう。

 

 

「すげぇ!すげぇよ、姉ちゃん!」

 

「やっぱり生のアイドルは迫力が違いますね」

 

 

武内Pと一緒にリハに付き合っていた七花と義妹候補ちゃんが拍手を送りながらそんな感想をもらいました。

こうして七花にちゃんとアイドルとして活動をしている姿を見せるのは初めてなので、私も内心緊張していたのですが喜んでくれて何よりです。

ですが、これは本番ではなく飽くまでリハーサル。本番の舞台には目には見えない魔物が棲んでいますから、安心しきるには早いでしょう。

 

 

「ほら、みんな。座り込んじゃったら、服が汚れちゃいますよ」

 

「アイドルならば、演出以外でステージに座ってはダメですよ」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

私達が先輩アイドルとしてのアドバイスをすると、4人はすぐさま立ち上がりました。

その表情は本番を待ちわびているのか、夢と希望に満ち溢れた輝かしい笑顔を浮かべています。

自分達なら大丈夫、仲間がいるから大丈夫、そんなどんな名刀でも断ち切ることができない強固な信頼し合う絆が見えるようで、頼もしい事この上ないですね。

 

 

「4人は、先に戻っていてください。私達は、もう少し話を詰めてから行きますから」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

4人は楽しそうに舞台下手に捌けて行き、舞台には私とちひろのみとなりました。

偉そうな事を言ってしまいましたが、私も正式デビューから半年も経っていない新人の域を出ない駆け出しアイドルなのです。

そう思うと少し先輩風を吹かせすぎてしまったかなと、恥ずかしいですね。

 

 

「私達も先輩なんですね」

 

「そうですね」

 

「嬉しいですけど、ちょっと恥ずかしいですね」

 

 

そう言ってはにかむちひろは、あざといように見えますが本心から嬉しそうにしているのが良く伝わってくるいい表情をしていました。

私は、瑞樹や楓、菜々がアイドルの右も左もわかっていなかった私にしてくれたように、先輩アイドルとして誇れる姿を見せることができているのでしょうか。

最近は、色々とやらかすことが多くて少し自信がありません。

 

 

「これからは追うだけでなく、追われる立場でもあるのですから‥‥抜かされないよう気をつけないといけませんね」

 

 

シンデレラ・プロジェクトの子達は、どの子も道さえ誤らなければ全員がトップアイドルになりえる実力を秘めた珠玉の集まりですから、うかうかしていたら本当に追い抜かされかねません。

チートを持つキャラが負けるテンプレは、自身の能力に過信した慢心が大半を占めますから、私もその1人に名を連ねることがないよう精進せねばなりませんね。

 

 

「そうですね。若い子には、まだまだ負けませんよ」

 

 

その台詞は年齢を感じさせるので、あまり言わない方がいいと思いますよ。

私達は、まだまだこの業界では少数派である成人を過ぎたアイドルなのですから年齢を感じさせる発言をすると、すぐに菜々みたいに弄られるキャラになってしまうでしょうから。

『ちひろさんじゅうななさい』とか区切る部分によっては恐ろしい数字が出現するネタを振られたりしても怒ってはいけないのはきついと思います。

今でこそ菜々はあまり気にしていないそうですが、最初の頃は枕を涙で濡らした事もあるそうですから。

ちひろの発言を苦い顔でどう対応すべきか頭を悩ませていると、武内Pがやってきました。

 

 

「リハーサル、お疲れ様でした。進行等で何か気になる点はありましたか」

 

「いえ、後は今の流れから最終調整をすれば問題ないでしょう」

 

「わかりました。本番までには最終調整をしておきます」

 

 

リハーサルの感想よりも進行等の確認とは武内Pも真面目ですね。

もうちょっとそういった所に気を配ってあげないと、ちひろが不満そうな顔でこちらを見ていますよ。

 

 

「‥‥」

 

「ど、どうしました、千川さん?」

 

「武内君、私達の舞台を見たのに‥‥そんな業務的な態度は良くない、良くないなぁ~~」

 

「せ、千川さん」

 

 

ほら、拗ねた。本気で拗ねているわけではないでしょうが、こうなると宥めるのが面倒くさいです。

お酒の席であれば飲ませれば何とかなるのですが、今は舞台の本番を控えていますからそれもできません。

なので、私も足早に退散させてもらって後のご機嫌取りは武内Pに一任してしまいましょう。

私達のP(プロデューサー)なのですから、アイドルとのコミュニケーションによるモチベーション管理は仕事のうちだと偉い人は言っていましたし。

 

 

「もう少し綺麗だったとか、可愛かったとか言ってくれてもいいとお姉さん思うんだけど?」

 

「は、はい‥‥そ、その皆さん、えと、とても‥‥とてもいい笑顔でした」

 

「‥‥まあ、それが武内君の精一杯かな」

 

 

言葉だけを聞いていたらちひろは呆れているようにしか思えませんが、ですが顔はリンゴのように赤くて、だらしなく緩んでいるので馬鹿ップルが人前でいちゃついているようにしか見えません。

こんな目立つところで馬鹿ップル空間を形成しないで欲しいのですが、言って改善するなら当の昔に直っているでしょうね。

とりあえず、何処に人目があるかわかりませんから目立たないように移動させましょう。

 

 

「ちーちゃん、いいなぁ‥‥」

 

「じゃあ、俺も負けてられないな。姉ちゃん、すっげぇ綺麗だったぜ!‥‥って、なんでぶつんだよ?」

 

「うっさい、口を開くな!」

 

 

七花の方も馬鹿ップル空間を形成し出しましたので、そんな相手のいない私はさっさと控え室に戻って4人を愛でて心を落ち着かせなければ。

でなければ、この後の舞台を十全にこなすことができそうにありません。

そんな私の心情をとあるアテナイの指導者をしていた古代ギリシアの政治家の名言を借りて述べるなら。

『逃げた者は、もう一度戦える』

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、後は本番を残すのみですから、鬼が出るか蛇が出るかはわかりませんが、頑張っていきましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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何も後悔する事がなければ、人生はとても空虚なものになるだろう

基地祭編その3です。
年末年始にかけて忙しくて投稿ペースが落ちるかと思いますが、気長にお待ちいただけると幸いです。


どうも、私を見ているであろう皆様。

リハーサルも恙無く終わり特に問題点も見つからず、七花が所属する部隊のある自衛隊基地の何度目かは忘れましたが基地祭が開場しました。

集客状況の情報を偵察部隊から受けた義妹候補ちゃんから聞いた話では、今回の動員数は例年の3割増し程度になりそうだということです。

私達アイドルの存在がその高い動員数の一役を担っているのなら嬉しい限りなのですが、素直に自分たちの力のお蔭であると慢心できるほど高いランクなわけでもありません。

慢心はいずれ致命的な隙を招くわけですし、チートを持っていることで無意識的に隙を作りやすい私としては気を引き締めなければ、またやらかしてしまうこと確定でしょう。

 

 

「なんだか、こうして七実さんと一緒に舞台に立つのが久しぶりに感じます」

 

「そうですね。最近こなした私達の仕事はグラビアやラジオ出演、特撮でしたからね」

 

 

駆け出しアイドルにこれだけの仕事が舞い込んでくることは、とても恵まれているというのは理解しているのですが、やはり人間欲というもの出てしまうもので、アイドルになった以上はもっとステージの上で歌って、踊りたいと思うようになってしまうのです。

子供たちに夢を与え、自身の能力も最大限に発揮できる○イダーも十分に心踊る仕事ではありましたが、やはり私達のことを心底愛し、真剣に応援してくれるファンの前で歌い、踊る事には敵いません。

そんな偉そうに語れるほどに場数を踏んだわけではありませんが、それでもアイドルにとってステージというものは特別なものであると断言できます。

 

 

「ですね。この衣装も何だかちょっときついような気が‥‥」

 

「自己管理がなってませんよ」

 

 

確かに最近は特撮の打ち上げやら、瑞樹たちとの飲みやらで必要以上にカロリーを摂取する機会が多かったので、どうやらちひろは少々ふくよかになってしまったそうです。

私はアメ車並に燃費の悪いこのチートボディのお蔭で体型は最高の状態で維持されていますが、いたって普通の成人女性並の身体をしているちひろが同等の量を食べてしまえば、当然の帰結というものでしょう。

一応本番前日に衣装あわせはしていましたが、その日の夕食をうちで食べ過ぎたのが原因なのでしょうね。

まあ、いつもの癖で少々作りすぎてしまった私にも責任の一端はありますが。

 

 

「七実さんはいいですよね。こういった悩みとは無縁で」

 

「私と同じ体型になれば、問題解決ですけど」

 

 

女性らしい身体つきを捨ててまで、この色気もへったくれもないようなチートボディになりたいというのならですけど。

私の言葉にちひろはもの凄く微妙な表情を浮かべます。

どれだけ食べても太ることが一切ないというメリットよりも、女性的な魅力を大幅に低下させて武内Pの好感度を下げてしまうデメリットの方が高いと、計算力の高いちひろならすぐに導き出せたのでしょう。

 

 

「‥‥そうだ、智絵里ちゃん達の様子を見に行きませんか?」

 

 

露骨に話題を逸らしてきましたね。別に構いませんけど。

本番が刻一刻と差し迫る現状で、私が行ってしまうと逆にプレッシャーになってしまわないか心配になりますが、やらないで後悔するよりもやって後悔した方がましですから行ってみましょう。

 

 

「そうですね。一応、先輩らしい事をしておかないと」

 

「七実さんは先輩というよりも、お母さんって感じでしたけどね」

 

「それでも構いませんよ」

 

 

寧ろ推奨したいくらいです。

あの4人組が姉妹で娘だったら、きっと毎日が退屈することなく楽しく、賑やかに過ごせる事が間違いないでしょうから。

そんな妄想は置いておき、私達は前川さん達に割り振られたテントの方へと向かいます。

普段なら隙間の多い簡易的なテントでの着替えでは覗き等が心配になるのですが、今回は義妹候補ちゃんの部下である女性自衛官の方が立哨してくれているのでその可能性は低いでしょう。

周囲が浮かれ騒ぐお祭ムードの中、自身に与えられた職務を完遂しようとされる女性自衛官の方には頭が下がる思いで一杯です。

報奨ではないのですが、お礼として今回販売用に持ってきたグッズをいくつか無料で進呈しましょう。勿論、サインも付けて。

女性自衛官の方がアイドルに興味が無くてもネットオークションに出せば、それなりの値段はつくと思いますし。

見稽古で完璧な動作を習得した敬礼をしてから、私達は前川さん達が待機しているテントの中に入ります。

 

 

「みんな、調子はどうかしら」

 

「あっ、ちひろさん、七実さん」

 

 

テントの中に空気は想定通りといいますか、やはり緊張感が張り詰めていました。

パイプ椅子を一列に並べて、緒方さん、前川さん、カリーニナさん、神崎さんの順番に座って、なにやら色々と話していたようですが表情が少々硬いですね。

先程まで緊張の欠片も見せていなかったカリーニナさんもそうなのですから、他の3人の緊張も相当なものかもしれません。

リハーサルでは、問題なくほぼ完璧な状態だったとしても、こうしてゆっくりと本番が近付いてくるにつれて魔物はその牙を鋭くして襲い掛かります。

特に前川さん達はまったくの経験のない初舞台ですから、容易にその餌食になってしまったのでしょう。

気の利いたアドバイスをしてあげればいいのでしょうが、いいアイディアが思いつかないので先人の知恵を有効活用させていただきましょうか。

 

 

「皆さん、登場する際の掛け声は決めましたか」

 

「えっと、掛け声ですか?」

 

「そう、好きな食べ物とかを叫ぶのがいいらしいです。例えばフライドチキンとか」

 

「未央ちゃん達も同じように初舞台で緊張して、そうしたらしいですよ」

 

「そうなんだ‥‥」

 

 

先人が成功しているだけあって、その効果は実に高く険しかった表情が一気にやわらぎました。

今後も後輩アイドルの緊張を取り払おうとする際には活用させてもらいましょう。

 

 

「ならば、我は人間讃「却下」ピィ!」

 

 

神崎さんが第二の島村さんと化しそうなので、阻止させてもらいました。

人間讃歌というフレーズが気に入っているのは十分に判っていますが、使うならなるべくなら私のいない場所でお願いします。

 

 

「蘭子ちゃん、好きな食べ物がいいって言われたでしょう」

 

「私も、人間讃歌がいいです」

 

「わ、わたしは‥‥クローバーがいいな‥‥」

 

「なら、みくはねこちゃんがいい」

 

 

食べ物からはそれてしまい日野さん達のようにはいきませんでしたが、言葉数も増えてきたようですし、これなら大丈夫かもしれませんね。

安心するには早いかもしれませんが、今の笑顔を見ていたらそんな根拠のない自信が湧いてきます。

それに、もし失敗しそうになっても私が何とかカバーして見せましょう。

予定とは違うステップ等になってしまっても、動揺を最後まで隠し通して、観客達に演出の1つなのだと思いこますことが出来ればそれは失敗ではなくなりますから。

 

 

「みく、ねこは食べちゃダメです」

 

「わかってるからね!アーニャ達が好きな言葉をあげたからねこちゃんって言っただけであって、別に食料的な意味でねこちゃんが好きなわけではないからね!」

 

『良かった』「みくが共食いするところでした」

 

「みくは、ねこ系アイドルをしてるけど人間だからね」

 

冗談(シゥートカ)です』

 

「わかり辛い。アーニャの冗談はわかり辛いの!」

 

 

確かにカリーニナさんはいつもフリーダムですから、冗談で言っているのか本気で言っているのかがわかりにくいですね。

しかし、こういった冗談も言えるくらいには緊張がほぐれているのならこれ以上の介入は不要でしょう。

 

 

「何故、女教皇(プリエステス)は人の可能性を讃えし言の葉を禁忌と定めたのか(七実さん、なんで却下するんだろう。カッコいいのに‥‥)」

 

「食べ物じゃないといけないのなら‥‥やっぱり、クローバーもダメかな」

 

 

それは、人間讃歌という単語が私の黒歴史をどストレートに刺激してしまうからですよ。

クローバーは一般的には食用として用いられることはありませんが、瀬戸内の方では食用として調理されることがあるそうです。

マメ科の植物ですし、家畜の飼料としても使われるくらいですから人間が食べても問題はないでしょう。

味はあまり想像できませんが、カイワレやらスプラウト系の食べ物に近い少し固めの食感がしそうな気がしますね。

野草の調理本も発刊されているそうですから、今度調べてみて作ってみるのもいいかもしれません。

あまりおいしそうには思えませんが、いざとなったチート料理技術を総動員して美味しく食べられるようにしてしまえばいいだけですし。

 

 

「ほらほら、みんな。まだ時間はあるから、ゆっくり話し合ってね」

 

「「「「はぁ~~い」」」」

 

 

ちひろがそう言うと4人はああでもないこうでもないと意見を交わし始めました。

そういう歳相応な姿を見ているとやっぱり子供なんだなと、微笑ましくなります。

親しい友人達と楽しく意見を言い合えるのは、自分の主張を曲げにくくなってしまう大人になると段々と難しくなってしまいますからね。

良くも悪くも物事を知らないからこそ柔軟な考えが出来るのでしょう。

そんな様子を見て私とちひろは互いの顔を見合わせて笑います。

 

 

「私達も何か掛け声でも決めますか?」

 

「人間讃歌以外なら、何でもいいですよ」

 

「もう、七実さんはノリが悪いですね」

 

 

正直、この歳になって掛け声をかけて飛び出していくような熱く若い情熱(パッション)は、もう持ち合わせていません。

それに下手な発言をしてしまうと七実語録に勝手に登録されてしまい、面倒くさい事になるのが目に見えています。

 

 

「やっぱり‥‥私は、クローバーがいいな‥‥」

 

「かわいいねこちゃんが一番だよ!」

 

「「人間讃歌!」」

 

「却下!」

 

 

カリーニナさんと神崎さんは掛け声に人間讃歌を採用したいようですが、それだけはあらゆる手段を持って阻止させてもらいましょう。

掛け声として採用されてしまい、現状何とか346プロ内で流出が抑えられている人間讃歌等と言うフレーズが、一気に全国展開されてしまう可能性が大いにあるからです。

そんなの事になってしまったら、私は個人的な理由でたまりに溜まっている有給を一気に消化させてもらう必要があるでしょう。

なので、私の精神的平和の為にも、それだけは絶対に阻止してみせます。

 

 

 

 

 

 

「‥‥わぁお」

 

 

舞台上手側の隙間から客席を確認してみたのですが、大入り満員という感じですね。

最前列は私のファンなのでしょうか、厳格な規律を感じさせるどこの軍人ですかと言いたくなるような、変な落ち着きと静けさを纏った集団とちひろのファンと思われるごく一般的なアイドルおっかけが占めています。

私のファンの中に見知った顔が、詳しく言うのなら黒歴史時代の舎弟達の顔がちらほらという表現では足りないくらいに混じっているのですが、どういうことでしょう。

恐らくですが、七花が舎弟達に連絡を入れて集結してしまったのでしょうね。

黒歴史というものは封印しておかなければならないのですから、もうそっとしておいてほしいのが本音なのですが、かなり性格が穏やかになった今現在でも私を慕ってくれている相手を無碍に出来るほど、冷酷無比な人間ではありません。

そして、その後ろ中盤以降は一般客や休憩中だと思われる自衛官の混成が占めており、100人分用意された座席は既に埋まっており立ち見もいる状況です。

歌い踊るのに観客の数は関係ありませんが、やはりこうして満員な客席を見ると胃が痛くなるのもありますが、それでも心の奥から熱く燃えるものがありますね。

 

 

「こんなに多いとデビューライブを思い出しますね」

 

「規模はあちらのほうが大きかったですが、熱気は負けていませんね」

 

「やっぱりこういうのを見ると‥‥私、アイドルなんだなぁって実感します」

 

「可愛い後輩も出来ましたしね」

 

 

そういって後ろを向くと今回の舞台用に用意された私達のロングドレスに少しアレンジを加えた衣装に身を包んだ4人が落ち着いた面持ちで経っていました。

どうやら、これから舞台に立つという覚悟が決まったのでしょう。

引っ込み思案で緊張に弱い緒方さんは、まだ表情に若干の硬さは残っているものの逃げ出したいという雰囲気は出ていませんから問題ないでしょうね。

それよりは、4人とも舞台や衣装の方に釘付けのようですし。

 

 

『はぁ~~い、では時間となりましたので本日の特別イベント《サンドリヨンミニライブin自衛隊》を開始します』

 

 

舞台下手側から義妹候補ちゃんと七花が登場し、イベントの開幕を宣言しました。

いつも通り、出番が近付くにつれて胃の不快感が加速していきますが、これはもう性分なのでどうしようもなく、表情に出さないように務めます。

ホールを揺らさんばかりの歓声と拍手は、ビリビリと肌を刺激してきて私の心のエンジンに燃料をくべていき、身体を熱くさせてくれます。

 

 

『司会は、本企画を担当しました私、飛騨 なのは3等陸尉と渡 七実さんの実の弟である渡 七花2等陸曹の2名でお送りします。

渡2曹も一言、どうぞ』

 

『姉ちゃんを変な目で見たら許さん』

 

『振っておいてなんだけど、ちょ~~っと黙ろうか、このシスコン』

 

『否定はしない』

 

 

七花の盛大なシスコン発言に笑い半分、ブーイング半分の反応が起こり会場の空気が段々と温まっていきます。

TPOを考えた発言をするようにとは常々言っているのですが、まあ七花ですから言ったところで躊躇するような性格はしていないでしょう。

頭を抑えて溜息をつきますが、後ろのちひろや4人も笑っていますし今回の発言はある意味ファインプレイなのでしょうか。

 

 

『さて、私達が長々と話していても何ですので、早速本日の主役であるサンドリヨンの御二人とバックダンサーを務める新人さんに登場していただきましょう』

 

 

義妹候補ちゃんが退場しながら私達に合図を送ってきたので、ちひろや4人と頷き合います。

 

 

「いきますよ」

 

『焼き!』『もろ!』『こし!!』

 

 

長い話し合いの末に私の独断と偏見によって決めさせてもらった掛け声と共に、ステージへと飛び出しました。

幕の影になっていた場所から、煌々としたライトで照らされたステージ上に出てきたこの瞬間の熱は言葉にしがたい何かがあります。

 

 

「「どうも、サンドリヨンです」」

 

 

挨拶と共に深々と頭を下げると歓声と拍手が先程よりも強く大きく鳴り響きます。

舞台袖からの覗き見ではなく、ステージ上から面と向き合ってみるこの大入りの観客の姿は圧巻ですね。

 

 

「本日は私達のミニライブに集まっていただき、本当にありがとうございます」

 

「私の弟が暴走したようで、申し訳ありません」

 

「七花君は、本当にシスコンですよね。まあ、七実さんも十分にブラコンですけど」

 

「否定はしませんよ」

 

 

本来なら他の話題でMCを進めていくつもりだったのですが、ちひろがいきなり無茶振りのように七花の話題を持ってきたのでそのままいきます。

元々MCの流れを綿密に打ち合わせたわけでもなく高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応していきましょうと決めていたので別に構わないのですが。

観客の皆さんにもうけているようですし、舎弟達は納得の表情や変わらないなという少々呆れたような表情をしていました。

このまま話を続けてもいいのですが、そうすると4人が立っているだけになってしまうので流れを変えましょう。

 

 

「さて、私がブラコンだとかは置いておいて‥‥皆さんお気づきでしょうが、今私達の後ろにいる4人はこの度346プロで立ち上げられた新規アイドルプロジェクトのメンバーです」

 

「この前のライブで美嘉ちゃんのバックダンサーを務めた子達も同じプロジェクトのメンバーで、私達も少し関わってるんですよ」

 

「4人とも今日が初舞台なのでこの機に顔と名前を覚えて応援してあげてください。では、ちょっと1人ずつ自己紹介をしてもらいましょう。皆さん、前に出てきてください」

 

 

私達が促すと4人はゆっくりとステージの前へと移動します。

初舞台特有の初々しさと硬さの残る緊張した様子に観客席から頑張れなどの応援の声が送られてきました。

こういった声援はありがたくもありますが、人によっては更なるプレッシャーとなったりする諸刃の剣ですが、この4人にはプラスの方に働いたようで表情が更に明るいものとなります。

舞台袖で待機していた七花にアイコンタクトで投げてもらったマイクを受け取りました。

万有引力を振り切って直線運動で手元に飛んできたマイクは、私でなければ取れなくてちひろ達に当たって惨事になっていたでしょうし、取れたとしても衝撃で調子が悪くなっていたでしょう。

私がチートを使って加わる衝撃を殺しながら受け取ったので大丈夫でしょうが、マイクは繊細な機器なのですから扱いはもっと丁寧にするように言っておかねばなりませんね。

どよめく観客の反応を無視して簡単にマイクチェックを行った後、一番近くにいた前川さんに渡します。

 

 

「ま、前川 みくにゃ!かわいいねこ系アイドルを目指してるから、みんなよろしくにゃ!」

 

「みくちゃんは、このプロジェクト最初期からのメンバーでとっても面倒見のいい子なんですよ」

 

 

動きの滑らかさには欠けるもののあざといねこっぽい仕草に、かわいいという言葉が送られ前川さんの顔から緊張の色が完全に消えました。

シンデレラ・プロジェクトの中ではアイドルとしてのプロ意識が高かった分、こうしてアイドルとしてステージに立つ事について憧れが強かったでしょう。

だからこそ、こうしてステージに立ち前川みくというキャラが受け入れられたという事実がたまらなく嬉しいのでしょうね。

感極まり泣きそうになりますが、そこはプロ根性でしっかりと笑顔を作っています。

 

 

「よかったですね、ミク」

 

「うん‥‥ありがと、アーニャ。じゃあ、次は任せたよ」

 

はい(ダー)』「お任せあれ」

 

 

カリーニナさんが、前川さんの肩にそっと手を置き微笑み、それに前川さんはしっかりと頷きました。

そして持っていたマイクをカリーニナさんへと渡します。

 

 

初め(プリヤートナ ス ヴァーミ)まして( パズナコーミッツァ)私の名前はアナスタシアです(ミニャー ザヴート アナスタシア)』「アーニャと呼んでください」

 

「カリーニナさんは、ロシアとのハーフで忍者と侍が大好きで‥‥何故か私のことを忍者マスターと呼びます」

 

はい(ダー)』「師範(ニンジャマスター)師範(ニンジャマスター)です」

 

 

例え初舞台でも変わらないフリーダムさを発揮するカリーニナさんに対し、観客からは笑い声が聞こえてきます。

しかし、一部からは仕方ないという感じの納得した表情をされるのが解せないのですが、いったいどういうことでしょうね。

 

 

「お、緒方 智絵里です‥‥えと、あの、その‥‥よよ、よろしくお願いします!」

 

「智絵里ちゃんは引っ込み思案なところもあるけど、とっても優しい女の子ですから、応援してあげてくださいね?」

 

 

ちひろがそう促すと客席からは勿論や頑張ってという声援が送られ、緒方さんは驚き身をすくめましたが、すぐにはにかんだ優しい微笑みを浮かべます。

その表情は同性の私でも庇護欲をくすぐるものがありましたから、異性で女性との接触が極端に少なくなりがちな自衛隊員への破壊力は凄まじいものでしょう。

私の見える範囲でも5~6人は緒方さんに見蕩れている自衛隊員を発見できました。

 

 

「我が名は、神崎 蘭子!この現世(うつしよ)に堕ちし者。さあ、共に魂の共鳴を!」

 

「私の名前は神崎 蘭子です。デビューしたばかりですけど‥‥一生懸命頑張りますから、よろしくお願いしまぁ~~す♪」

 

 

七実さんの2000を超えるチートスキルの1つ声帯模写によって神崎さんの声を完全に真似て、一般人には難解な厨二言語の副音声を担当します。

実際凄いスキルなのですが、日常生活ではあまり披露する機会に恵まれない不憫枠に含まれますが、このように使い処さえ与えられればその有用性は高いのです。

今回は腹話術スキルを併用していますから私の口が遠目からでは全く動いていないように見えたでしょう。

何せ当の本人である神崎さんは勿論、ちひろ達も驚愕していますから。

この中で何がおきたか把握できているのは、このスキルのことを知っている七花や黒歴史を知る舎弟達くらいでしょうね。

してやったり感はありますが、この動揺を残したまま曲に入ってしまうとミスを招いてしまいますから、ネタばらしといきましょう。

 

 

「ほら、皆さん」「ステージ上で呆けるのは」「アイドルに有るまじき事ですよ」

 

 

緒方さん、カリーニナさん、前川さんの順番で声帯模写をして喋ると、客席からは驚きの声があがりました。

ちひろからじと目でにらまれていますが、MCで急に七花ネタをねじ込んできた事に対するささやかな反撃として甘んじてもらいましょう。

 

 

「さて、皆さんともう少し話していたいところですが‥‥そろそろ始めないと後が押してしまいそうですね」

 

「七実さん!人の声を使って進めないでください!お客さん達が混乱しているじゃないですか!」

 

「失礼。では、気を取り直して‥‥聞いてください「『今が前奏曲(プレリュード)』」」

 

 

内柔外剛、世話がない、吃驚仰天

この4人の初舞台が無事平和に終わりますように。

 

 

 

 

 

 

「了承した私が言うのもなんだけど、姉弟の会話を聞く為にこんなに人が集まるとは思わなかったわ」

 

「まあ、それだけ姉ちゃんが人気だってことだろ」

 

 

ミニライブは私達のソロ曲の披露も含め、何も問題なく終わることが出来ました。

現在はその後に予定されていた私達サンドリヨンによるトークショーの最中であり、前半は私と七花がメインを務めるものとなっています。

この間にちひろや前川さん達4人は休憩を取ってもらい、消耗した体力の回復してもらっています。

正直、企画自体は承諾しましたがこんなものにそれ程観客が集まるとは思っていなかったのですが、用意された席の半分以上が埋まっている状態にちょっとした驚きを覚えました。

 

 

「そうなのかしら」

 

「そうだろ」

 

 

こんな風にただ話しているだけなのに、残っている私のファンはもの凄く珍しいものを見ているような顔をしています。

恐らく私がいつも通りの丁寧な言葉遣いではなく、砕けた感じの喋り方をしているのが珍しいのでしょうね。

学生時代まではこういった喋り方をする事もありましたが、社会人になるに当たり今の喋り方に統一しました。

常にこういった喋り方を心掛けておけば、とっさに言葉が乱れて失言をしてしまう可能性も低くなりますし、世渡りもそこそこうまくいきます。

ですが、今回のトークの相手は七花ですからそれも解禁です。

 

 

「で、何を話せばいいのかしら」

 

「なのはからは、好きなように話せって言われてるけど‥‥姉ちゃん、なんか話題あるか?」

 

「あったら、聞くと思う」

 

「だよなぁ‥‥客席も巻き込んでいいみたいだから質問でも受けるって、どうだろう?」

 

「いいわね」

 

 

七花にしては、ナイスなアイディアです。

私は元々話題づくりが下手な方なので、自由にするよりもある程度テーマが決まっていて方向性がはっきりとしたほうがやりやすいので。

質問を受け付けると決まった瞬間に、観客席の空気が変わりました。

恐らく挙手を募ったら、大半の人が挙げて掌の平原が生まれそうなので、指名制にしたほうがいいかもしれません。

 

 

「じゃあ、七花。誰か指名して頂戴」

 

「わかった。じゃあ、さっきから視線がうっとうしい藤木」

 

「よっしゃぁぁぁ~~~!」

 

 

指名されたのは福利厚生と称して私達の姿を見に来たりしていたあの男性隊員でした。

確かに質問を受け付けようといった瞬間から、こちらに祈るような仕草をしながらずっと熱い視線を向けていましたから、すぐにわかりました。

まあ、先程で店を訪れた際には不運にも荷物の搬入に駆り出されていて可哀相でしたから、七花も指名してあげたのでしょう。

あまりの喜びように周囲の観客からは煩いや黙れといった野次をぶつけられますが、当の本人はそんなものなど馬耳東風のように全く気にしておらず、うきうきとしながらスタッフからマイクを受け取っていました。

 

 

「ご指名ありがとうございます!藤木士長です!

早速質問なんですけど、渡2曹のお姉さんである七実さまはアイドル史上最強の存在と呼ばれ、次期○イダーの主演やアクターを務めるなどその身体能力や戦闘能力が色々噂されていますが‥‥

格闘徽章やレンジャー徽章を持ち、この基地の中でもトップクラスの実力を持つ渡2曹とどちらの方が強いのでしょうか?」

 

 

やはり、私はそういった方面で有名なんですよね。

アイドルとしてデビューしたからには歌や踊りといった方面での評価のほうが嬉しいのですが、世間一般に知られる切欠となったのが新春特番の特撮(アレ)ですし、仕方ないといえば仕方ないのでしょう。

もうどうしようもないレベルでイメージが定着してしまっていますから、今更の路線変更は不可能でしょうね。

例えるならフリーダムなキャラのお笑い芸人が、いきなりに硬派な真面目路線に転向しようとするくらいの違和感が酷いことになるに違いありません。

 

 

「そんなの姉ちゃんに決まっているだろ」

 

「そうかしら、規定次第では七花に勝機はあると思うわよ」

 

 

自衛隊に入って格闘センスやらに更に磨きがかけられようですし、前に受け止めた掌底の威力や速度から推測するに、ポイント制や一撃決着系の勝負であれば2割程度の勝機はあると思います。

ルール無用の殺し合いのような戦いで、私が手加減など一切せずにやれば七花の勝機は限りなく0に近くなるでしょうが。

 

 

「えっ‥‥マジですか」

 

 

質問をした男性隊員は、恐らく七花の方が勝つという答えを予想していたのでしょうか、呆気に取られた顔をしています。

舎弟達は当然だと言わんばかりに深く頷いていましたが、自衛隊員の皆さんは結構動揺しているようですね。

質問の中でこの基地でトップクラスといわれていましたから、きっと七花の戦闘力の高さは基地内では有名なのでしょう。

幼少の頃から私と共に鍛錬に励んできて、元ネタと同等の身体能力を有しているのですから当然の結果ともいえるのですが。

 

 

「マジだよ。何度も戦ったことはあるけど、勝ったのはたった1回しかないぞ」

 

「そうね。私も負けるつもりのない戦いで負けたのは、今のところその1回しかないわ」

 

「いやいや、正直信じられないですよ。だって、格闘教官数人掛りで互角と言わしめた渡2曹ですよ!」

 

「あらあら、七花。やるじゃない」

 

 

その教官達の格闘能力がいくらのものだったかはわかりませんが、それでも数人相手で互角に戦えるほどになるとは鍛えた者として鼻が高いです。

これは私も師として追い越されないようにもっと鍛錬を積んで、虚刀流を極めなければならないでしょう。

今回には間に合わせることが出来ませんでしたが、次の機会があるのならばその時までにはある程度の形は整えたいですね。

 

 

「なら、証拠を見せてやろうか?」

 

「‥‥何をする気なのかしら」

 

 

もの凄く嫌な予感がします。

今すぐ七花を止めなければ後悔する様な気がしてなりません。

人間こういった時に働く勘というものは侮れないもので、NT並の的中率を誇るのです。

 

 

「姉ちゃん、軽く手合わせしようぜ」

 

 

そう言って椅子から立ち上がった七花は私から少し距離を取り、構えました。

足を大きく開き、腰を深く落とし、左足を前に出して爪先を正面に向けて。右足は後ろに引いて爪先は右に開きます。

平手にした両手の右手を上に左手を下にし、相手に対して壁を作るような構え。

虚刀流一の構え『鈴蘭』、これを取ったという事は恐らくこの後繰り出される技は七花最速を誇る奥義である鏡花水月でしょうね。

というか、一切了承していないのに手合わせを始められる用に構えるのは、私の退路を完全に潰してくれています。

観客からの期待も大きいようですし、これは断ることなどできそうにありません。

七花は、意図してやったわけではないでしょうが。

 

 

「仕方ないわね」

 

 

私も椅子から立ち上がり虚刀流零の構え『無花果』をとり、意識を戦闘モードへと切り替えます。

きっとこれも黒歴史になるのだろうなという予感しながらも、そんな自身を激励するようにとあるオランダ出身のポスト印象派の画家の言葉を送るなら。

『何も後悔する事がなければ、人生はとても空虚なものになるだろう』

 

 

 

 

 

 

 

では、お姉ちゃんが教育してあげましょう。

未完了ではありますが、虚刀流の闘争というものを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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考えなしも悪いでしょうが、考えすぎも良くない

年末ギリギリ滑り込み投稿。
今回を持ちまして基地祭編終了です。次話から本編へと戻ります。


どうも、私を見ているであろう皆様。

何がどうなって、どうしてかはわかりませんが、弟と手合わせをする事になってしまいました。

それだけならまだいいのですが、ここは元々ライブ用に準備されていた場所なので中々に凝った飾り付けがされています。

346から持ち込まれたものもいくつかありますが、恐らく義妹候補ちゃんの指揮の下で自衛官の皆様がせっせと就業時間外の余暇時間等を使って用意してくれたものが多いでしょう。

自分で言って悲しくなりますが、私達姉弟の手合わせは一般的なそれから大きく逸脱しており、はっきり言って余波だけでも紙製のものなら破壊してしまう恐れがあるのです。

丹精込めて作られた飾りを壊してしまうのは忍びないので、周囲への影響が最小限になるよう私は七花の攻撃を上手く殺しながら防戦に回らざるを得ません。

並大抵の相手ならカウンターの一撃で昏倒させる事も可能でしょうが、純粋な近接戦闘に限り私と同等の力を持つ七花の相手にそれは少々難しいですね。

まあ、それは双方無傷であればという条件下においてですが。

見稽古で七花の格闘能力と耐久力を習得して考えるに、一番効果的なのは内部にダメージを与える柳緑花紅系統の技でしょうが、人間がどう足掻いても鍛える事のできない内臓にダメージを与えてしまうので、あまり使いたくありません。

七花の繰り出す貫手を搦め捕ろうとしますが、勘の良い七花はその名刀の如く鍛え上げられた肉体で無理矢理引き戻します。

もう少しで桔梗に繋げられて制圧できそうだったのですが、伊達に自衛官として日々鍛錬を積んでいる訳ではないようですね。

仕方ないので手刀を股下から顎にかけて一直線に切り上げる雛罌粟を繰り出します。

他のチートスキルとも組み合わされて発動する私の虚刀流の切れ味は、普通の格闘家達の繰り出すものとは違い人の皮膚のような柔らかい素材なら容易に断ち切ることができるでしょう。

もっとも七花は振り上げられる前にバック宙で回避していましたから、その威力を発揮することはありませんでしたが。

 

 

「あら、避けられちゃったわ」

 

「‥‥姉ちゃん、また強くなってるな。今の気がつくのが遅れてたらヤバかったぞ」

 

「十分に対応できたじゃない。自身の鍛錬が実を結んでいるのだから誇りなさい」

 

 

額から伝う汗を拭おうともせずに七花は私だけを見つめ続けます。

少しでも意識を逸らそうものなら縮地で距離を詰めて一気に畳み掛けますが、そんな隙は見えませんね。

観客席からのどよめきが少々煩くなってきていますが、ここでそちらに意識を逸らしてしまえば、七花のほうが一気に仕掛けてくるでしょうね。

 

 

「さて、そろそろ終わりにしましょう」

 

「そうだな。これ以上やったら、なのはに怒られそうだ」

 

 

いや、トークショーの流れをぶち壊して手合わせを始めてしまった時点で怒られることは確定してますよ。

私も武内Pに色々言われるんでしょうね。ああ、考えただけで帰りたくなってしまいます。

もう考える事も面倒くさくなってきましたから、七花をさっさと制圧してしまいましょう。

それから後の処理は、終わってから考えます。

一度深く息を吸い、そして無花果の状態から一気にトップスピードで七花に接近します。

予備動作無しからの突撃なので流石の七花も対応が遅れたようで、反撃に移るタイミングが刹那ほど遅れてしまいました。

1秒にも満たない僅かな隙ですが、それだけあれば私には十分です。

迎撃に放たれた鏡花水月を1cm切るくらいのギリギリで回避し、そのまま七花の迷彩服の襟を掴みその身体を引き寄せながら貫手を放ちます。名前に引きずられたのか、私も一番気に入っている技である虚刀流 蒲公英。

狙うは胸骨の下にある人体急所、鳩尾。

ここを攻撃されると人間は胃や横隔膜に衝撃を受けるので息が詰まったりして相当苦しむそうですが、私の貫手は電話帳を貫けますので人体に使用すれば反対側まで突き抜けるでしょう。

勿論、可愛い弟をそんなスプラッタな状態にするはずありませんので寸前で止めます。

元ネタのように物騒至極極まりない殺し合いをしているわけではないのですから、これくらいが落としどころとして丁度良いでしょう。

 

 

「私の勝ちでいいかしら」

 

「やっぱり、姉ちゃんは強いな‥‥今回こそもっと苦戦させられると思ったのにな」

 

「攻撃の筋は悪くなかったわ。でも、対応がちょっと遅いかしら」

 

 

まあ、それは私のようなチートを相手にするにしてはですが。

七花の降伏の言葉を聞いたので、襟から手を放し鳩尾で止めた貫手を下ろしました。

周囲の飾り付けを破壊してしまわないようにという自己制約下においての戦闘でしたが、それでも決着するまでに最初の3分間は中々攻撃に転ずることが出来ませんでしたから、十二分に成長を感じられて大満足です。

それにその技能はしっかりとこの眼で見稽古させてもらいましたから、これで停滞気味だった虚刀流の再現も進歩があるかもしれません。

しかし、こうしてそこそこ本気を出しても相手をできる存在というのは、やはりいいですね。

1人で身体を動かすのとは比べ物にならない爽快感が身体中を駆け抜けてくれます。

 

 

「さて、どうだ藤木、言った通りだったろ?」

 

「‥‥」

 

「藤木?」

 

 

私達の戦闘力を知っている舎弟達以外の観客は大半が呆然としていました。

自衛官の人達、それも何やら制服に色々と派手な装飾が付いていたりする人達が、なにやら隣同士で話し合っているのが見えて嫌な予感がしてなりませんが、今更どうしようもありません。

 

 

「おぉ~~い、藤木ぃ~~!聞こえてんのかぁ?」

 

「聞こえてんのか?じゃないわよ!この馬鹿ァ!!」

 

 

勝手にイベント内容をトークショーから組手に変更した所為か、怒りを顕にした義妹候補ちゃんがステージ裾から駆け込んできて、その勢いのまま七花の無防備な脇腹に跳び蹴りをくらわせます。

男性よりは軽いとはいえ自衛官として鍛えられた義妹候補ちゃんの全体重と走ってきた加速が加わった一撃は、耐久力の高い七花でも無傷とはいかず軽くよろめきました。

明らかに階級の高い人が見ている状態なのですが、一般観客も数多くいるこの状況でこんな事をしていいのでしょうか。

重い処分は下ったりはしないでしょうが、相応の罰はありそうで姉としては心配になります。

 

 

「アンタはもう黙って、動くな!いいわね!?

‥‥ええと、少々当初の予定とは違う形にはなってしまいましたが、渡姉弟の組手は見事でしたね。皆様、盛大な拍手をお願いします」

 

 

必死にこの状況をリカバリーしようと努めている義妹候補ちゃんの思いが通じたのか、疎らだった拍手が最終的にホール全体に響き渡るような盛大なものになりました。

先程のステージもそうでしたが、こうして拍手の音を浴びていると何処までも駆け上がっていけそうな根拠のない自信が溢れてきますね。

慢心というわけではないのですが、それだけファン達の声援がアイドルの力になっていることの証左ではないでしょうか。

 

 

「しかし、渡さんは何か武道をされていたのですか?

今の組手で見せた動きは、柔道や空手とも違いましたが。流派とかのある古流武術の1種でしょうか?」

 

 

義妹候補ちゃんはこのままトークショーの流れに戻したいようですが、その質問は私にとっては致命的(クリティカル)です。

前世であった大河ノベルの中に登場した刀を使わない剣術という架空武術を再現したものですなんて、口が裂けても言えませんし、言う気もありません。

ですが、自身のオリジナル武術ですと虚刀流を紹介するわけにはいきません。

そんなことをしてしまえば、その後の質問で芋づる式にあの忌まわしき黒歴史がサルベージされてしまい、世間一般へと開帳されてしまう恐れがあるからです。

考えただけでも身震いをしてしまうほど恐ろしい最悪の予測に冷や汗が止まらなくなりました。

並列思考を使用して、様々な返答に対するトークショーの進行予測を何十、何百パターンと想定して最適解を探します。

思考速度を限界まで加速させているので脳が平時の何十倍の速度で栄養である糖分を消費していき、過負荷に焼け付きそうなくらいに熱くなりますが無視して最適解を探し続けました。

 

 

「ああ、虚刀流のことか?」

 

「七花ァ!」

 

 

予想外の身内の裏切りに思わず声を荒げてしまいます。

アイドル活動を始めて更に洗練されてきた発声スキル等により、私の声は咆哮といっても過言ではないくらいの音響でした。

七花的には何の悪気もなかったのかもしれませんが、悪気がないからといってむやみに私の黒歴史を開帳したことが許されるわけではありません。

 

 

「え、えと‥‥渡さん。その‥‥虚刀流とは、いったいどんな武術なのでしょうか?」

 

 

私の咆哮に気圧されている部分がありますが、それでもこのトークショーを成功させようという気概が感じられました。

その与えられた仕事を完遂しようとする不屈の意志に関しましては素直に賞賛しますが、私の黒歴史に触れようとするのであればそれは自殺行為といわざるを得ません。

この世界に刀語という原作がない以上、虚刀流は私の完全オリジナルな武術といえるでしょう。

しかも設定的に刀を使わない剣術なんて言葉にしてみると厨二病の極みとも言える設定ではありませんか。

そんなものを自分で作ってみましたなんて公言されたら、私は自動的に床を掃除する機械の盟友に成り果てるでしょうね。

まあ、仮にこの世界に元ネタがあったとしても架空の武術を再現しているところで痛いことは確定なのですが、今のところ数少ないチートでもどうにもならないことなので拘っても許されるでしょう。

 

 

「‥‥語らなければいけませんか」

 

「できるのでしたら、語っていただけると助かります。もしかして、渡家に伝わる一子相伝の特殊なものでしたか?」

 

 

ゲストとして招かれたアイドルとしてはこの仕事を完遂したいとは思うのですが、それと同等、いや上回るくらいの気持ちで黒歴史を開帳したくないと思っています。

二律背反のような難題に私はいったい、どうすればいいのでしょうか。

このような状況に私を追い込んだ全ての元凶である七花に恨みがましい視線を向けると、反省はしているようですが後悔はしていないという清々しい顔をしていました。

とりあえず、これが終わった後に一発はたいておきましょう。わりと本気で。

胃が痛みますが、平和的にこの事態を潜り抜ける道を模索しましょう。

 

 

 

 

 

 

私達姉弟のトークショーに割り当てられた時間は終わり、盛大な拍手に送られながら私は舞台下手に去ります。

幕によって観客達からは一切見えない完全な死角に入ったことを確認してから、一度だけ振り返り入れ替わりで上手からステージに入るちひろ達に小さくエールを送りました。

きっと見えても聞こえてもいえないでしょうが、それでも構いません。

舞台上の華やかさとは裏腹に、ある程度纏まっているものの煩雑として慌ただしい舞台裏からステルスを展開して誰にも気がつかれないように通り抜けます。

人の流れに逆らうように控え室に戻ると着ていた衣装を脱いで、痛んだりしないように綺麗にしまい営業用のスーツに着替え、ソファに横になり深い溜息をつきました。

スーツに皺ができるとか、そういった細かいことはどうでもいいんです。

今は、この致命傷(フェイタルダメージ)を受けた精神を癒すことが何よりも優先されるのですから。

結局、あの後に私が選んだのは『虚刀流は、私達姉弟の実力を最も発揮しやすいように自分で創った武術』という真実だけではなくある程度嘘を交えながら黒歴史を全て開帳しないという道でした。

それでも自身の口から忘れたい黒歴史の一部を語るという行為は、一般人並の強度しかない私のメンタルには十分な傷を残しています。

 

 

「‥‥いったい、七花は何を考えているのかしら」

 

 

虚刀流を世間一般に知らしめたとして、七花に何かしらの利益が出るわけではありませんし、そんなオリジナル武術を創ってしまった痛い人というレッテルを張られるだけでしょうに。

もしかしたら、十年以上遅れてやってきた黒歴史時代の行いに対する復讐だというのでしょうか。

そうだとするなら、これ以上にないくらいの効果を発揮していますね。

少なくとも完全復活までに数日、全く引きずらなくなるまでには月単位の時間を必要とするでしょう。

恥ずかしさやら後悔やらが色々と入り混じった感情の濁流は、鉄面皮やポーカーフェイスのチートスキルにて表にこそ出していないものの、それもいつ決壊するかわかりません。

そんな不安定な心の天秤の揺れを感じていると、この控え室に接近してくる慌ただしい足音が聞こえてきました。

音の大きさや反響具合から相手のおおよその姿を判別し、その判明した正体に溜息をつきながら気だるい身体を起こします。

 

 

「渡さん!」

 

 

控え室に慌ただしく駆け込んできたのは武内Pでした。

いつもはあまり変わらない仏頂面が、今はとても焦っているのが伝わってくる余裕の無い表情をしていました。

 

 

「はい、何でしょう」

 

「その‥‥お怪我はないでしょうか?」

 

「怪我ですか」

 

 

メンタル的なものなら大怪我レベルのものを負っていますが、身体的なものは一切ありません。

なので、今すぐ私を1人にして放っておいてくれるとありがたいのですが、言ったところで聞いてくれないでしょうし、以前のトラウマを克服できていない武内Pの心に傷を負わせかねません。

まったくどうして人生というものは、こうも儘ならないことが多くおきてしまうのでしょうか。

神様転生したのですからもう少しこう、ご都合主義的な単純明快な展開になってはくれないのかと今は思ってしまいます。

手を振って問題ないとアピールしてみたのですが、武内Pは私の方へと歩み寄ってきました。いったい、何をするというのでしょうか。

 

 

「失礼します」

 

 

そう断りを入れると武内Pは私の右手を取り、スーツとシャツの裾を一気に捲り上げました。

恐らく下心は一切ないのでしょうが、あまりにも予想外で大胆すぎる行動に精神的重傷を負った私は上手く対応できません。

 

 

「‥‥あらあら」

 

 

チートによって常に最高の状態に保たれている玉の肌を真剣な表情で見つめられているのですが、いったいどうするべきでしょうか。

一般的なラブコメ漫画的な展開ならば悲鳴をあげて顔を赤くし飛び退くか、恥ずかしさから思わず手が出てしまうというのが王道かもしれませんが、この年齢になってかわいい子ぶったところで見苦しいだけでしょう。

それに生で腕を見られるくらいなら今までの撮影で何度もありましたし、ものによっては露出が多い格好だってありましたし。

今更これくらいで動揺するような初心さはありません。

 

 

「本当に、ないようですね」

 

「だから、そう言ってるじゃないですか」

 

「すみません。あの組手で無傷で済むとは思えませんでしたので」

 

「なるほど」

 

 

確かに10分にも満たない短い間の攻防でしたが、それでもその密度は極めて濃かったですからね。

下手をすると目で追いきれなかった人も居るのではないかというくらいの速さまで加速していきましたから。

そこまで思い出すと自動的に黒歴史を開帳させられるシーンがフラッシュバックしてきて、心の天秤が負の方へと深く大きく傾いていきます。

努めて表情には出したりしないように気をつけていますが、正直今の精神状態だと自信はありません。

反対の腕の袖も捲り上げ、傷一つないことを証明すると武内Pは安堵したように息をつきました。

私の心配をするよりも、初舞台でそのままトークショーに借り出されてしまった前川さん達4人の元についてあげたほうがいいと思うのですが。

 

 

「確認が終わったのなら、早くステージの方へと戻ってください」

 

「わかりました」

 

 

武内Pもその点は把握しているのか確認を終えるとステージの方へと戻ろうとします。

 

 

「‥‥渡さん」

 

「なんですか」

 

 

ですが、まだ何か用があるのか扉の前で止まり話しかけてきました。

アイドルの状態管理以外に何か必要なことが残っていたでしょうか。

現場で何か問題が起きているから手伝いが欲しいという応援要請なのかとも思いましたが、私に頼らずにやりきろうとしている武内Pがそんなことを言う筈がありません。

まあ、年末イベントの時のような本当にどうしようもない場合は除くでしょうが、今現在の状況からそのような致命的な問題が起きる可能性は極めて低いでしょう。

 

 

「七花から伝言です『虚刀流をばらしたのは悪かった。でも、姉ちゃんはもっと自分を出していいと思うぜ』だそうです」

 

「‥‥無茶なこと言うわ」

 

 

七花的にはあの黒歴史時代の敗北した時に、色々とぶちまけていますから今の落ち着いた私は我慢しているように見えるのでしょうか。

色々と我慢していない事もないですが、それはどんな社会人にも言えることでしょうから特に不自由はしていません。

本気を出さないようにしたりする必要はないと良かれと思って行動したのかもしれませんが、その結果が黒歴史の開帳であるのなら、もう苦笑いするしかありませんね。

しかし、いつの間に七花の事を呼び捨てにするまでの仲になったのでしょうか。

やはり仕事とは関係の薄い付き合いで男同士ですから、打ち解けるのも早いのかもしれません。

それにしても、七花を真似てタメ口で話す武内Pは、もの凄く新鮮で珍しいのですが違和感が凄いですね。

 

 

「後、これは個人の感想なのですが‥‥私は、良いと思います。虚刀流」

 

「やめてください。あれは若気の至りなんです」

 

 

確かに特撮の撮影の時とかにもさり気無く虚刀流の動きを混ぜたりしていましたが、それはその名前が世間一般に公開されていないからできたことであり、知られた今ではそれも難しいです。

今後何かする度にあの動きは虚刀流なのかと言われたら、もう死にたくなるでしょう。

 

 

「確かにそうなのかもしれませんが‥‥七花と組手をしている時の渡さんはいい笑顔でした。

それは、きっと虚刀流が他の誰のものでもない貴女だけの輝きだからではないでしょうか?」

 

 

いや、虚刀流も元々は前世の世界にあった架空武術ですと正直に言ったところでだれも信じてくれないでしょうし、下手をすると精神科等に連行されかねません。

下手に口を開いても状況は好転しないので黙っていますが、武内Pはそんな私に何を思ったのか言葉を続けます。

 

 

「以前までの自分だったら気がつくことはできなかったでしょうが、シンデレラ・プロジェクトを担当するようになってアイドルの輝き方は1つではないのではないかと思うようになりました。

夜空に輝く星がそれぞれ違うように、アイドルの輝きもそれと同じだけの数存在しているのではないかと」

 

 

武内Pには少々ロマンチストな所があるようですね。

アイドルの輝きは星の数ほどあれど、それらをただ写し取るだけの水面に本当に輝きがあるというのでしょうか。

水面は数々の星々が瞬けば瞬くほどにそれらを写し自らの輝きとしますが、その星々が消え去ってしまえばその輝きも失われるでしょう。

所詮私の全ては見稽古という神様より与えられたチートに依存したもので、私自身では何も成してはいないのです。

 

 

「ですから、輝く事を恐れず踏み出してみませんか。きっと渡さんだけの輝きは、とても素晴らしいものだと思いますから」

 

「‥‥えらく饒舌ですね」

 

 

シンデレラ・プロジェクトという大きな企画を任されたということで色々自覚が出てきて、今まで気がつかなかったことに気がつけるようになったのはいい傾向だとは思いますが、それはメンバーの娘達やちひろに向けてあげてください。

解釈次第では口説いているように取られかねませんよ。

無自覚でやっているのだとしたら、この少しポエムチックな言葉に落とされた子もいそうですね。

 

 

「言わなければならないと思いましたので」

 

「‥‥まあ、悪い気はしませんでしたよ」

 

 

不器用極まりないですが、これが武内Pなりの励ましなのでしょう。

黒歴史の開帳によって心に受けたダメージを癒すには力不足で、あまり効果はないですが、それでも全くないよりはましです。

お蔭で少しだけ、ほんの欠片程度ですが気分が軽くなった様な気がします。

 

 

「なら、良かったです」

 

「心配してくれて、ありがとうございます」

 

「私は、貴女のプロデューサーですから」

 

 

精一杯の笑顔を浮かべてお礼を言うと、武内Pも少しだけ柔らかく微笑んで今度こそステージへと急いでいきました。

全くこの私が後輩の世話になるとは思いませんでしたよ。

ここまでされて、いつまでも格好悪い姿でいるわけにはいきません。

佇立瞑目、ありがた迷惑、悔悟奮発

心の平穏をさっさと取り戻して、私もステージへと向かいましょう。ですが、今はもう少しだけ平和な休息を。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

よく冷えたビールで満たされた特大ジョッキを打ち合わせます。

今日1日で色々なことが起き過ぎてしまい、パンク寸前な精神を癒すにはやはり美酒美食が一番でしょう。

というわけで、346本社で降ろしてもらい寮組と武内Pと分かれた私達はいつもの道を通って、いつも通りに妖精社へと足を運びました。

 

 

「今日は、お疲れ様でした」

 

「お疲れ様でした」

 

 

ジョッキに注がれていたビールを飲み干し、互いに今日1日の頑張りを労います。

無事に基地祭も終えることが出来、美城としては自衛隊という新しい得意先が追加され、イベント会場で販売していたグッズも軒並み売り切れ状態となり実りの多い仕事でした。

まあ、虚刀流を暴露された私にとっては無事とは言いがたいですが。

帰りの車内でカリーニナさんが虚刀流を覚えたいと弟子入り志願してきましたが、丁重にお断りさせていただきました。

既にコマンドサンボを習得しているカリーニナさんに、未完了ですがそこそこ実戦運用可能な虚刀流を教えてしまうと更に手がつけられなくなる可能性が高いからです。

断固拒否する私に一旦は引き下がりましたが、あの様子だと諦めるなんてことはないでしょうね。

いったいカリーニナさんは、どこまで自身の要素を増やす気なのでしょうか。

 

 

「今日の仕事は色々とありましたね」

 

「‥‥そうですね」

 

 

ええ、ありましたね。黒歴史の開帳に、黒歴史の開帳と、黒歴史の開帳が。

努めて平静に振舞おうとはしているのですが、それでもやはり感情がもれてしまうようで声のトーンが少し落ちてしまいます。

ちひろ達のトークショーの裏方でなにかしている間は無駄なことを考えずに済んでいたのですが、こうして心に余裕が出来てしまうと否が応でも思い返してしまいますね。

 

 

「そんな落ち込むことないと思うんですけど」

 

「ちひろは黒歴史をばらされていないから、そう言えるんですよ」

 

 

この苦しみは黒歴史を開帳させられた者にしかわからないでしょう。

346プロの中で唯一この気持ちを理解してくれそうなのは、数年後の色々と正気に戻った神崎さんくらいでしょうね。

神崎さんの黒歴史は現在進行形でネットワークの海を開拓しているので、きっともう全て封印してしまうことは不可能です。

アイドルの方向性を転換した後に、忘れたいと思った頃に現れる黒歴史という亡霊を目の前にして神崎さんはいったいどういう風になってしまうのでしょう。

とりあえず、料理を食べましょう。

本日のお酒のお供は豚キムチです。熱い鉄板と共に運ばれてきたそれは、焼けるタレの香りが空っぽになっているおなかにガツンときます。

もはや暴力的といっても過言ではない香りに急かされるように、豚肉とキムチを口に放り込みました。

肉の脂にキムチの食感と酸味と辛味、それが香りに違わぬ濃い味のタレとあわされれば、何口でも食べられてしまいそうです。

程好いにんにくもいかにも気力が溢れ出しそうですし、カプサイシン等の効能で身体が熱くなってきて、まるで私は人間火力発電所ですね。

気持ち野菜率のほうが高めなのがカロリーに悩む女性にも優しいです。

 

 

「でも、七実さんって本当に万能ですね。自分で流派みたいなのを創ってしまうなんて」

 

「オリジナルのものを創るなんて、誰しも経験したことがあると思いますよ」

 

 

子供の頃に木の枝を剣に見立てて我流の必殺技とかを作るなんて、男性の半分以上が経験あるのではないでしょうか。

ただそれの完成度と持続性は人それぞれ異なるでしょうが。

というか人の黒歴史を掘り返さないでください。あんまりやるようなら、こちらにも迎撃の用意はありますよ。

 

 

「その話題はやめませんか」

 

 

武内Pと話してある程度気持ちは軽くはなりましたが、それでも積極的に語りたいとは思いません。

 

 

「そんなに嫌ですか?」

 

「嫌というよりも、恥ずかしいです」

 

 

今でも使うことはあるとはいえ、過去へと置いてきた数々の黒歴史が芋づる式に思い出され、それらも白昼の下へと曝されるのではないかという恐怖もあります。

人間讃歌を謳いたい魔王として君臨し、やらかし過ぎた黒歴史時代がちひろ達やシンデレラ・プロジェクトのメンバーに知られてしまったらどんな反応を取られるでしょうか。

受け入れてくれるかもしれませんが、もし拒絶されてしまったら、私はまた孤独になってしまいます。

孤高の一匹狼を気取れるほどに私の心は強くありませんし、今現在までに構築した関係が深い分そうなった時のダメージは黒歴史時代の比ではないでしょう。

 

 

「でも、意外でした。七実さんって、昔から文武両道で完璧な才女ってイメージでしたから」

 

「一応、生徒会の役職も務めたりはしていましたが、完璧な優等生とは言いがたかったでしょうね」

 

「そうなんですか」

 

「納得がいかなかったら、校長であろうと噛み付いていましたから」

 

 

チート全開で色々と法や校則を解釈して上手く立ち回っていましたから、問題を起こしても碌な処罰も与えられず教員からすれば厄介な問題児扱いされていたでしょう。

ですが、その問題行動を帳消しにするだけの功績を学校に還元していましたから、プラスマイナスは丁度ゼロになっているはずです。

 

 

「そんなこと言われると、私気になります」

 

「これ以上は教えてあげません」

 

「ケチ!」

 

「ケチで結構」

 

 

必要な分は語りましたから、これ以上は駄目です。

ちひろは納得がいかないようで頬を膨らませていますが、そんな可愛い行動をしても駄目なものは駄目なのです。

そんなケチな人から教えてもらう武内Pの好みのメニュー集は要らないですね。

 

 

「ですが、4人の初舞台が成功して良かったです」

 

「そうですね。みんな、帰りの車内でも興奮しっぱなしでしたね」

 

「あれが若さって言うんでしょうね」

 

 

346所属アイドルの中で年長組と呼ばれる方に属する私達の初舞台は、余韻に浸ったりもしましたが、打ち上げで騒いだりしながらも事後処理について話したりしていましたから。

確かにあの時話し合っていたお蔭で効率よく処理が出来て、色々と手間が省けてみんなが早く帰ることが出来たのですが、あの4人の様子を見ていると少々味気なかったのではないかと思うのです。

 

 

「やめてください!」

 

 

ちひろもその事を思い出したのか、頭を抱えて悲痛な叫びをあげます。

大人になってしまうと夢よりも現実重視となりペース配分や効率を追求しすぎて、我武者羅な行動は出来なくなってしまうのかもしれません。

あの子供らしい、諦めることなく直向に夢を追い続ける情熱は、今からでも取り戻せるでしょうか。

そんな悩みを吹き飛ばすよう、弟の元ネタキャラの台詞を私風にして述べるなら。

『考えなしも悪いでしょうが、考えすぎも良くない』

 

 

 

 

 

 

 

その後、予想通りといいますか、ネット上の一部で虚刀流の話題が広まり。

そして、昼行灯の策略によって私が務めるライ○ーの設定のなかに虚刀流が組み込まれたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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若くして求めれば老いて豊かである

皆様、遅ればせながら新年おめでとうございます。
本年も渡 七実を主人公とした拙作をよろしくお願い致します。

今回は4話に当たる話ですが、本編には絡まないのでオリジナルと化しています。
ご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

弟の依頼で舞い込んできた自衛隊の基地祭を凡そ問題なく終えることができました。

初舞台を踏んだあの4人も舞台経験を積んだことにより、一層レッスンにも身が入ったようで良い経験になったようで何よりです。

私の場合、虚刀流という黒歴史の断片を開帳されてしまい多大な精神的ダメージを負いましたが、それも時間が全て解決してくれるでしょう。

人間諦めが肝心という事もありますし、嘆いていても何も始まりませんから考えるのをやめて仕事に励んで現実逃避しましょうか。

今日はアイドル関係の仕事も入っていませんし、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達はPR用の動画撮影をするそうなので忙しいでしょう。

なので、無心で仕事に打ち込めるというわけです。

部下たちには虚刀流について触れないようにと朝の時点で厳命しておきましたし、そんなくだらない事に現を抜かせていられるほど私の統括する部署は暇ではありません。

立ち位置的にはアイドル部門所属ではありますが、アイドル業は多岐にわたることが多くなります。

それ故私の部署は部門の枠を越えた遊撃的な働きを主としておりますので、その仕事量は相応に増えていきます。

もっとも、それも私のチート能力に掛かれば定時までに片付けられるものでしかありませんが。

今回の基地祭関係最後の提出書類を完成させ、シンデレラ・プロジェクトに振っても大丈夫そうな簡単な仕事を見繕います。

スイーツ特集のリポートは三村さんが喜びそうな内容ですが、舞台経験すらない新人には重すぎるでしょうから却下ですね。

メルヘンで可愛いお店のようですから九杜Pに振っておきましょう。アイドルを弄りすぎる嫌いがありますが、絶対に許容限界は超えないといういい性格をしている彼なら適切な人員に回してくれるはずです。

 

 

「係長、休憩されてはいかがですか?」

 

 

部下の1人が私に休憩を勧めてきました。

時計を確認するとかれこれ3時間近く仕事を続けていたようですね。

黒歴史が開帳されたという現実から逃避するためとはいえ、色々と捗りすぎてしまいました。これでは午後からすることがなくなってしまいます。

1つの仕事を延々と長引かせる事は可能ですが、1時間もすれば飽きてしまいますし、それにそんなことは私の矜持が許しません。

 

 

「‥‥そうですね」

 

「後の仕事は、自分達で進めておきますのでゆっくりされてください」

 

「何時間でも構いませんよ。‥‥というか、これ以上頑張られると俺達の立つ瀬がないので」

 

 

そこまで言われてしまったら、休憩を取らざるを得ないですね。

部下がいない頃には自分の好き勝手なペースで仕事が出来ていたのですが、こうして少しでも偉くなってしまうと下のもののことも慮らないといけないのが難しいです。

とりあえず、カフェスペースでコーヒーでも飲みながらこれからのことを考えましょうか。

平行進行していた作業を手早く一区切りつけて、後のことを部下に任せて席を立ちます。

部屋を出る際に部下たちにも適宜休憩を取るようにと伝えておく事も忘れません。優秀な人材の集まりではありますが、私のように無限の体力や高い集中力を維持できるわけありませんから。

無理が祟って身体を壊してしまっては、これから先があるのにあまりにも勿体無いです。

まあ、見稽古によって医療系のスキルも充実していますから、大きな変化や重篤な病気を発症しそうであれば見ればわかります。なので、そんなことになる可能性は低いでしょう。

 

 

『なっちゃぁ~~ん!』

 

 

階段の方が早いですが、何となく気分でエレベーターを待っているとあの子が床から飛び出してきました。

私の対人察知スキルは反響定位等様々な状況で使えるものを豊富に持っていますが、幽霊のような非現実的なオカルト存在を察知する能力は持っていませんので、急に現れられると心臓に悪い事この上ないです。

大人としての面子を保つために表情にこそ出していませんが、心臓は早鐘のように脈動していました。

探していた相手は私のようですが、いったい何があったというのでしょうか。

とりあえず、周囲に誰もいないかを確認しておきます。

これを怠って会話を始めてしまうと私はエレベーターの扉に向かって話しかけている、疲れ果ててノイローゼ状態になった人みたいに勘違いされかねません。

 

 

「どうかしましたか」

 

『あのね、ちょっとなっちゃんに会って欲しい人が居るんだ』

 

「別に構いませんよ」

 

 

と了承したものの、よくよく考えてみると会って欲しい人というのはご同類(幽霊)以外にありえないでしょうね。

見えていれば恐怖はないのですが、それでもあまりこういったホラー関係は得意ではありません。

ゾンビ等の実体のある相手ならまだいいのですが、幽霊のような実体を持たない存在が相手であると対応手段がないからです。

幽霊に触れられるようなスキルが習得できたらそうでもなくなるのですが、誰か身近にそのようなスキルを持った人はいないものでしょうか。

 

 

「で、どこに行けばいいですか」

 

『今は、地下の噂の空き部屋に居るよ!』

 

「‥‥やはり霊でしたか」

 

 

噂の空き部屋というのは、本社ビルの地下階にある物置と化している部屋なのですが、人目が届かない事をいいことにそこで怠けたり風紀を乱したりするような行為をしようとした輩が居たのです。

ですが、そういった事をしようとすると、まるで何か刃物を突きつけられたかのような恐怖感が込み上げてくるそうで全て未遂で終わっていました。

現状では噂の類でしかありませんが、何かしら被害がでるようであれば対応せねばならないなと思っていました。

しかし、その原因の方からの接触があるとは思っていませんでしたよ。

開いたエレベーターに乗り込み、件の部屋がある地下階のボタンを押します。

 

 

「で、その会って欲しい相手とは」

 

『さっちゃんはね。戦国時代を生きたお侍さんなんだって』

 

「なんと」

 

 

戦国時代とは随分大昔ですね。

歴女とかではないので学校教育で学ぶ以上のことは知りませんが、あの時代の戦国武将達の生き様には色々と思うところはありますし、もし出会えるのであればその極めた武術を見稽古してみたいとは思っていました。

さっちゃんと呼ばれていますが、侍ならば当然男性でしょうし現代までこの現世に執着する理由とはいったい何なのでしょうか。

先程まで幽霊に会わねばならないと気が重かったのですが、少しだけ興味が湧きました。

目的の地下に到着し、噂の部屋へと向かいます。

 

 

『さっちゃん、小梅、連れてきたよ!』

 

「‥‥おつかれ」

 

 

どうやら、白坂ちゃんも来ていたようですね。

まあ、幽霊絡みであればこういったオカルト大好きな白坂ちゃんが来ない筈がないので、これは想定の範囲内です。

蛍光灯で照らされる薄暗い部屋の中にぽつんと立っている姿は、ホラー映画のワンシーンみたいな光景でした。

 

 

『‥‥』

 

 

そして、その奥に噂の原因となったであろう侍の幽霊が居ました。

身長は私より低い160cm台前半でしょうが、実戦の中で鍛え上げられたと思われる肉体やその鋭い眼光や放つ威圧感で実際より大きく感じますね。

身に着けているものは薄汚れた道着ですが、その手にはよく手入れがされている日本刀が握られています。

私の姿を見て何を思ったかは知りませんが、殺気をぶつけてくるのはやめてくれませんかね。

指向性がないせいで白坂ちゃんやあの子にまで影響がでていますし、私もぶつけ続けられていると精神が磨り減りそうになってしまいます。

なので、私も威圧させてもらいましょう。

侍にのみ感じられるようにある程度加減をした威圧をぶつけました。

バトル漫画的な展開かもしれませんが、殺気を受ければ相手がどんな人間かはだいたい推測がつきます。

この侍は戦いに、しかも現代社会では経験することはまずないであろう物騒極まりない殺し合いのような血みどろの戦いに飢えているようですね。

恐らく、今まで現世にしがみ付いていたのもそれが原因でしょう。

そうであるのなら、もう幽霊ではなく怨霊の域に達しているのではないでしょうか。

 

 

『見事!』

 

 

私が一歩も退かずに威圧し返してきた事に大変満足したのか、侍はとてもいい笑顔を浮かべました。

その笑顔はアイドルたちが浮かべる、見ている人達に幸せな気持ちを分け与えてくれる明るくあたたかいものではなく、まるで獣が牙をむくような攻撃的なものですね。

かんらかんらという表現が似合いそうな笑い声を上げ、殺気を放つのをやめて床に座り込みます。

見稽古で様々な武術を習得してきた私にはわかりますが、楽に座っているように見えていつでも斬りかかれる体勢を取っています。

本当に油断も隙もない相手ですね。そんな相手に気に入られた事を喜ぶべきなのでしょうか、哀しむべきなのでしょうか。

 

 

『もう、さっちゃん!いきなりなんなのさ!』

 

『これは失敬。お主が連れてきた女子(おなご)が、なかなかどうして見事な武芸者だったのでな』

 

「もう‥‥びっくり、した‥‥」

 

 

先程までの殺伐とした雰囲気は一気に霧散し、和やかな空気が舞い戻ってきます。

本当に白坂ちゃん達が居てよかったです。居なかったら、下手をするとどう考えても物理無効な幽霊相手に一戦交える事になったでしょう。

 

 

『だから、言ったじゃん!なっちゃんなら満足するって!』

 

『今の世は、女子(おなご)も強いとは知っていたが‥‥まさか、これほどの武芸者に会えるとは思わんかったぞ』

 

「満足していただけたのなら何よりです」

 

 

お願いですから面倒ごとを起こしたり、それに私を巻き込んだりするようなことはしないでください。

後付け加えさせてもらえるのなら、歓談する際には刀から手を離すか、そうでなくてもいつでも鯉口を切れるような持ち方はやめてもらえないでしょうか。

白坂ちゃん達はわからないから気にならないでしょうが、下手に知識があると警戒せざるを得ないのです。

侍のほうもあえてそうしていて、そして私がそうしている事に気がついていることがわかっているようでますますロックオンされている気がひしひしとするのですが、お願いですから気のせいだと言ってください。

 

 

『だって、なっちゃんは自分で流派を創っちゃうくらいだからね』

 

『‥‥ほう』

 

 

あっ、今もの凄い目の色が変わりました。

何日も餌をお預けにされていた獣の前に特上の肉をぶら下げたかのようなぎらぎらと輝く眼光は、完全にロックオンされてしまったと理解するのに十分です。

余計な事を喋られる前にあの子の口を塞ぎたいのですが、幽霊相手ではそれも不可能でありどうしようもありません。

私が今できるのは、この空間から何事もなく平和に帰れるように願うだけです。

 

 

 

 

 

 

幽霊に干渉するスキルがないということで、私はあの精神的に磨り減りそうな空間から無事生還しました。

殺気をぶつけられたことはこれまでにも何度かはありましたが、所詮はこの平和な日本国の人間のものでしたから別に恐ろしくありませんでしたね。

ですが今回の幽霊のものは、日本がまだ日本として纏まっていない戦国の動乱期の中で生きた侍のもので、実際に人を殺めた事のある人間の放つ殺気は全くの別物でした。

特に虚刀流についての話が進むにつれて、殺気に指向性を持たせるようになってからは特に鋭くなってきて、私をどう斬ろうと考えているのが嫌なほどに伝わってきましたから。

時間にすれば1時間程度の邂逅だったはずなのに、精神的疲労感がもの凄いです。

黒歴史を強制開帳されたばかりで精神的に弱っているのですから、もう少しお手柔らかにしてもらえないものかと思うのですが、思うだけでは何も変わりません。

とりあえず、今後絶対に幽霊等に触れたりできるようなスキルは習得しないように気をつけましょう。

習得した途端、あの侍との手合わせが確定してしまうでしょうから。

この世界は『アイドルマスター』が原型になっているはずですが、転生者(わたし)という存在が介入するだけでこうも殺伐としたイベントが起きるようになってしまうものなのでしょうか。

蝶の羽ばたきがいずれ竜巻に至るというバタフライ・エフェクトという言葉がありますが、正直舐めていました。

 

 

『ごめんね、なっちゃん‥‥まさかさっちゃんがあんなに食いつくとは思わなかった』

 

「いつもは‥‥もっと静かでいい人、なんだけど‥‥」

 

「気にしていませんよ」

 

 

そんな邂逅を果たした私達はカフェスペースでのんびりと過ごしていました。

精神的な疲労がある時は甘いものが一番心を癒してくれます。一部例外はあるものの、やはり女性は何歳になっても甘味に目がありません。

そんなことを考えながらストロベリーアイスを一口食べます。

アイスの冷たさが口の温度でじんわりと溶け出して幸せな甘味とイチゴの仄かな酸味が広がっていきます。

濃厚な風味のアイスをこの酸味が引き締めてくれるので舌にくどさが残らずに、次の一口が進みますね。

そしてこのアイスの中に少し混ぜ込まれたイチゴの果肉の食感と酸味の強さが程よいアクセントになっていて、食べていて飽きが来そうにありません。

これ以上果肉が多すぎてしまうとアイスに勝ってしまって、それはそれで美味しいのですがイチゴのほうがメインになってしまいます。

私が今欲しいのはアイスの甘味の方なので、今日はこれくらいの量が丁度いいでしょう。

 

 

「‥‥美味しい」

 

『あぁ~~、もう!いいな!いいなぁ!!私も食べたい、食べたい!!』

 

 

私達がアイスに舌鼓を打っているとあの子が恨めしそうにアイスの盛られた器を見つめていました。

幽霊であるあの子にはものを食べることが出来ません。

その代わり物理無効や物体透過という生きている人間には到底不可能なスキルを持ち、様々な柵から開放されているのですから、それくらいは割り切ってもらうしかありません。

確かに自分は食べられないのに、目の前で他の誰かが美味しそうなものを幸せそうに食べていたら殺意が湧くのは十分に理解できますが。

 

 

『散歩してくる!』

 

「‥‥ふぃっふぇふぁっふぁい」

 

 

苛立ちを募らせてあの子は青空へと飛び出していきました。

そんな様子を白坂ちゃんはスプーンを咥えたまま手を振って見送ります。

手を覆ってしまっている長すぎる袖をパタパタとさせる姿は、許されるのなら抱きしめたくなるほどに可愛らしいですね。

 

 

「どうしたんですか、小梅さん?空に向かって手を振って?」

 

「あっ、幸子ちゃん」

 

 

ストロベリーアイスを見苦しくない一定のペースで口に運びながら白坂ちゃんを愛でていると、鞄を抱えた輿水ちゃんが現れました。

幽霊が見えない輿水ちゃんには、白坂ちゃんが空に向かって手を振っているようにしか見えないでしょう。

私もこの霊視能力を見稽古してしまうまでは、幽霊といったオカルト的な存在についてはさほど興味もありませんでしたし、見えないから居ないものだと思っていました。

 

 

「はい、かわいいボクですよ」

 

 

薄幸そうで暗めな白坂ちゃんとは対極にあるといえる自信に溢れる明るい輿水ちゃんは、見ているだけで先程の件での精神的ストレスを吹き飛ばしてくれるようですね。

頭をちょっと強めに撫でてあげてあわあわと困惑させつつ喜ばせたいです。

 

 

「今ね‥‥あの子が、散歩に行くって‥‥言ったから‥‥見送ってたの‥‥」

 

「ひっ!ゆゆゆ、幽霊なんて‥‥いいいる、っる、わけないじゃないですか!」

 

 

後ずさりをして視線をあちこちに漂わせながら冷や汗をかくなんて、何とあからさまな動揺の仕方でしょうか。

テンプレ過ぎて面白みにかけるとバラエティなら酷評されそうですが、ですが輿水ちゃんの場合はそのリアクションすらも愛らしく見えます。

 

 

「なな、七実さんからも、何か言ってください!」

 

 

怯える輿水ちゃんから助けを求められたのですが、申し訳ありませんが私もそちら側(オカルト)に片足を突っ込んでいるので、何とも言えません。

 

 

「‥‥七実さんも、見える‥‥人、だよ‥‥?」

 

「う、嘘です!そんななな、そんなオカルトありえません!」

 

「残念ですが、先程噂の地下室に居憑いた戦国時代の侍と会談してきたところです」

 

「いやああぁぁぁぁ~~~っ!!」

 

 

余程幽霊が苦手なのか、恐怖で取り乱した輿水ちゃんが持っていた鞄を放り投げて白坂ちゃんに抱きつきます。

どうしてその対象が私ではなかったのかと思いますが、抱きついた輿水ちゃんの頭を優しく微笑みながら撫でてあげる白坂ちゃんは、幼さと母性という相反するはずの属性が混在しており、しかしそれでいて全く違和感のない不思議な魅力に溢れていました。

とりあえず、その光景に混ざれそうもない私は2人を愛でつつ放り投げられた鞄を回収でもしましょう。

 

 

「‥‥よしよし」

 

「お化けなんて、嘘です。お化けなんて、いないんです」

 

 

飛び散った鞄の中身を回収していると国語、数学等といった基礎5科目のノートを見つけました。

開いていたページを眺めてみると懐かしい内容が書かれていて、自身の中学時代を思い出します。

そして、黒歴史全盛期という特大級の核地雷を踏み抜いて、今すぐこの床を転げまわりたいという衝動に駆られますが、そんなことをすれば頭のおかしい人扱い待ったなしなので必死に堪えました。

やらかしエピソードを密封し、記憶の奥底に沈め、呼吸を整えて素早くノート達を回収します。

輿水ちゃんはまだ慰められているようなので、鞄は私達が使っていたテーブルの上に置いておきました。

かなり溶けかかっていた残りのストロベリーアイスを味わいながらも迅速に処理して、2人を愛でることに集中しましょう。

こんな光景は早々見ることは出来ないでしょうから。

 

 

「‥‥すみません、取り乱しました」

 

「いいよ‥‥友達、だから‥‥」

 

「‥‥って、今思い出しましたけど、ボクがホラー嫌いになったのは小梅さんのせいですからね!」

 

「そう、だっけ‥‥?」

 

 

輿水ちゃんの幽霊嫌いの原因は白坂ちゃんのようですが、いったい何をしたのでしょうか。

凡その推測はつきますが。

 

 

「そうですよ!この前寮に泊まりに行った時に、夜通し色々語っていたじゃないですか!

『八尺様』とか『猿夢』とか!その所為でかわいいボクは、一時1人でお手洗いにいけなくなったんですからね!」

 

「むぅ‥‥おもしろいのに‥‥」

 

「ボクには恐ろしすぎるんです!」

 

 

自分の趣味が友達にも受け入れられるわけではありません。

特に白坂ちゃんのホラー・スプラッタ映画等の趣味は万人受けするものではありませんし、見るからに怖がりな輿水ちゃんには到底理解できないでしょう。

それでもちゃんと聞いてあげている辺り、輿水ちゃんは本当に友達思いなのでしょうね。

ですが、一つ言っておかなければならないことが。

 

 

「輿水さん。ここは公共の場ですから、あまりそういったことは大声で叫ばない方がいいですよ」

 

「へっ‥‥あああ、あわあわわわ‥‥」

 

 

大声で自身が1人でトイレに行けなくなったことを暴露してしまったことに気がついた輿水ちゃんが顔を真っ赤にして蹲りました。

幸い周囲にあまり人はいなかった為、被害は最小限で済みそうです。

照れる輿水ちゃんも反則的に可愛らしいですが、このままにしておくのはあまりにも不憫すぎます。

聞いていたであろう社員達に『この件を口外したら、どうなるかわかっていますね』という念を込めた笑顔を向けると、顔を真っ青にして頷きました。

どうやら伝わってくれたようで安心しました。美城の社員はノリと察しが良くて助かります。

蹲っていた輿水ちゃんは急に立ち上がると、椅子に座って様子を眺め続けていた私に掴みかかってきました。

 

 

「ち、違うんですよ!今はもう大丈夫なんです!本当なんです!信じてください!」

 

「はい」

 

「これはですね‥‥そう、演技!演技なんですよ!」

 

「はい」

 

 

何だか急に必死に取り繕おうとしだしましたが、先程の反応を見てそれを素直に信じる人間は皆無に近いでしょう。

しかし、涙目で顔を真っ赤にしているのが可愛いのでその点には突っ込まないでおいてあげます。

 

 

「ほ、ほら、幽霊に怯える女の子ってかわいいと思いませんか?思いますよね?

だから、自他共に認めるかわいいボクがあえてそんな演技をする事によって、さらにかわいくなるという訳なんですよ!

かわいいボクにかわいい行動、ほら完璧で隙のない単純明快な足し算でしょう?

だから、先程のボクの発言はボクのかわいさをより際立たせるための‥‥」

 

「じゃあ‥‥今度は、もっと面白い話‥‥用意、しておくね♪」

 

「ごめんなさい。今でも夜のお手洗いは怖くて堪りません」

 

 

少しS気を出した白坂ちゃんの言葉に、輿水ちゃんは見事な手のひら返しで頭を下げました。

私も前世ではそういった話は苦手でしたから、その気持ちはよくわかります。

何も見えない暗闇のなかだと編に想像力が刺激されて、考えなくていいことをついつい考えてしまったり、見えない分聴覚とかの感覚が鋭敏になってしまいちょっとした物音にも過敏に反応してしまったりするんですよね。

 

 

「大丈夫‥‥今度は、スプラッタ系だから‥‥ね?」

 

「何が、ね?なんですか!今度、友紀さん達と焼肉行く予定なんですからやめてください!」

 

 

焦心苦慮、穴があったら入りたい、嫣然一笑

輿水ちゃんの平和な未来はどっちでしょうね。

 

 

 

 

 

「では、シンデレラ・プロジェクトのPR動画撮影完了を記念して、かんぱぁ~~い!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 

ちひろの音頭にあわせ、私達サンドリヨンと島村さん達3人組はグラスを打ち合わせます。

今回は未成年と一緒ですし、ちひろもかわいい後輩の前で醜態は見せたくないとのことだったので、私達2人もソフトドリンクにしました。

私は別にお酒が飲めなくても構わない質なので気にしません。

 

 

「ここが、七実さま達の行きつけなんですね」

 

「ちえりんの情報に違わぬ、かわいらしいところですなぁ。ねっ、しぶりん♪」

 

「う、うん」

 

 

島村さん達は、居酒屋とは到底思えない内装をした妖精社に興味津々のようですね。

なんだか前川さんとカリーニナさんの2人を初めて連れてきた時を思い出してしまいます。

あの時もこんな感じで喜んでくれて、連れてきた甲斐があったと思いました。

これで妖精社に来た事のあるシンデレラ・プロジェクトのメンバーは8人と半分を超えましたから、残りのメンバーも機会を見つけて連れてきてあげましょう。

 

 

「おやおや、さてはしぶりん。緊張してますな」

 

「う、うるさいよ、未央!」

 

「まあまあ、未央ちゃんも凜ちゃんも落ち着いてください。一応私達は先輩に当たりますけど、そう畏まらなくても大丈夫ですよ」

 

 

そういった言葉がすらすらと出てくるあたり、ちひろも先輩アイドルとしての自覚が強くなっているのでしょうね。

人の成長には終わりがないとは言いますが、その一面を垣間見た様な気がします。

渋谷さんとはあまり接点がないので、今までこうして面と向かって対峙したことはありませんでしたが、間近で見れば武内Pが惚れ込むのも分かる輝くものを持っていますね。

まだまだ磨かれていない原石ですが、ちゃんと丁寧に磨いてあげれば並のアイドルでは相手にならないくらいの逸材になるでしょう。

まあ、それはシンデレラ・プロジェクトのメンバー全員に言えることですが、今後が本当に楽しみです。

 

 

「ほらほら、ちひろさんもそう言ってるしさ。もっと気楽にいこうよ♪」

 

「そうですよ、凜ちゃん。遠慮なんかしたらもったいないです」

 

「2人のそのアグレッシブさは、何処からくるの」

 

「「ファンですから(だから)」」

 

 

にこやかにそう言いきる2人に対し、諦めがついたのか渋谷さんは溜息をつくと少しだけ足を崩しました。

何やら緊張していたようですが、PR動画撮影終了の身内のみでやる打ち上げの何処に緊張するような要素があったというのでしょうか。

 

 

「今日は奢りですから、明日のレッスンに響かない程度に好きなだけ食べてください」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

 

場の空気もいい感じになったので、私は食に走らせて貰うとしましょう。

最初に頼んでおいたフライドチキンが到着したので、3人に先に選ばせてあげながら十二分に吟味します。

ここは味が濃い目な手羽部分にするか、肉量と脂身の多い腰部にするか、それとも王道的な引き締まった足の部分にするか悩みますね。

今、私の手元にある飲み物は烏龍茶ですから、脂の多い腰部との相性はあまり良いとはいえません。

ならば、手羽と足の2択になるわけですが、気分的には濃い味よりも豪快に食べたい気分なので本日の私のフライドチキンチョイスは足にしましょう。

 

 

「私はコレ!」

 

 

そんな脳内会議を満場一致で終了していると本田さんが足の部分を選んでいきました。

思わずあっ、という声が漏れそうになる必死に抑えます。そんな声を漏らしてしまえば、折角いい雰囲気になった打ち上げをぶち壊してしまいかねませんから。

まだです。まだ慌てるような時間ではありません。

足の部分はまだ2つありますから、島村さんと渋谷さんのどちらかが他の部位を選べば私に回ってきます。

 

 

「未央ちゃんは、本当にフライドチキンが好きなんですね」

 

「うん、大好き!やっぱりフライドチキンはこの形じゃないと!」

 

「私も子供の頃は、ここが一番好きだったよ」

 

 

そういって渋谷さんも足の部分をとりました。

ああ、これは大変よろしくない流れが来ていますね。

 

 

「じゃあ、私も♪」

 

 

うん、知ってた。

最後に残った島村さんも予定調和のように足の部分を選んでいき、籠の中には手羽や腰部、あばらしか残っていません。

別に他の部位が美味しくないといっているわけではないのですが、今日の私の気分は足だったので他の部位となると気持ちが上滑りしていきそうです。

第二候補であった手羽を脂が零れてしまわないように付属としてやってきたペーパーで包んでから齧り付きました。

揚げたてである為か、微かにじゅうじゅうと音をさせる熱い衣を破ると鶏肉の美味しい肉汁と脂が口に広がります。

よく動かす部位なので身も程よく引き締まっており、またこの濃い鶏の味と某フランチャイズにも負けない特製ブレンドされたスパイス達との絶妙な組み合わせが堪りません。

楓ならここですかさずビールを呷るところでしょうが、今日の私達はノンアルコールデーという誓約を立てていますので、残念ながらその選択肢は却下です。

腰部を選んだちひろは少し切なそうに烏龍茶の入ったグラスを眺めていましたが、自分のファンと言ってくれる後輩を前にしていつものメンバー内で見せる情けない姿は曝せないとわかっているので、ぐっと我慢していました。

 

 

「‥‥美味しい」

 

「とっても美味しいですね。凜ちゃん、未央ちゃん」

 

「うん‥‥私、当分コンビニのフライドチキンが食べられないかも」

 

 

そうでしょう。何せ、コンビニのフライドチキンより少し高い程度の値段でこのクオリティなのですから。

妖精社の料理はどれもコレも絶品なのに値段がとても懐に優しいので、儲けを度外視してやっているのではないかと不安になることもありますが、世界各国のお酒の特上品から庶民派まで揃っているのでそちらで補填しているのかもしれません。

 

 

「気に入っていただけましたか」

 

「はい!こんなお店なら毎日でも通っちゃいそうです!」

 

 

最近はまた全員忙しくなってきて週1,2回ペースになっていますが本当に入り浸っていた時は、ほぼ毎日妖精社に来てましたからね。

世界各国のワイン飲み比べ(時間制限飲み放題)なんてやられたら、お酒好きな瑞樹や楓が食いつかない訳ありませんから。

一週間様々なワインを飲みすぎた所為か、特に一番飲んでいた楓は体臭まで少しワインの香りがするほどになって武内Pに注意を受けていましたね。

馬鹿をやったものだと思いますが、こういったことはできる年齢のうちにやっておかなければ後になると、もっとやりにくくなってしまいますから。

さて、フライドチキンのおかわりを頼みつつ、とても楽しげな3人に人生の先達からとあるドイツを代表する文豪の名言を送るなら。

『若くして求めれば老いて豊かである』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、輿水ちゃんの達てのお願いで白坂ちゃんの厳選スプラッタ映画上映会に付き合うことになり、シンデレラ・プロジェクト寮組を巻き込んで色々と大変な事になるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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未来についてわかっている唯一のことは、今とは違うということだ

注意
今回は説教系成分や、アニメの流れと大きく異なる部分が出ています。
ご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

最近はアイドル業や係長業務が忙しくてなかなか出来ていませんでしたが、本日は武内Pの補助にまわっています。

曲や衣装の調整が終わったので、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達にデビュー第一弾の5人を発表するそうなのですが、不安で仕方ありません。

武内Pは超が何個もつくほどに真面目でアイドルのことを誰よりも考えていますが、いろいろと融通が利かなくて言葉足らずで、その外見と仏頂面も相俟って誤解されやすいのです。

一応私もアイドルとコミュニケーションを取るように勧めていますが、その効果は芳しくありません。

誰かがもっと話すように勧めただけで話せるようになるなら、この世にはコミュニケーション障害という言葉は生まれることはなかったでしょう。

こういった時のサポートこそちひろの出番なのでしょうが、今日は本社内のスタジオでソロ曲のMV(ミュージックビデオ)撮影日と重なってしまった為不在なのです。

最近、ちひろがこういった武内Pのイベントごと関係に絡むことが少ないようですが、何か祟られているのでしょうか。

それとも前世で何か業でも積み重ねていたのでしょうか。

考え出したところで何にもならないですからこのような不毛な考えは即刻破棄して、これから先のことでも考えましょう。

とりあえず、デビュー第一陣のメンバーを発表したらシンデレラ・プロジェクトに動揺が走り、多少荒れるのは間違いないでしょうね。

ここに揃った14人の少女達全員が、アイドルという輝けるお姫様に憧れてこの346プロへとやってきたのですから、誰だって早くデビューしたいに決まっているでしょう。

できることなら一気に全員をデビューさせてあげたいのですが、それは世知辛い大人の事情で認めるわけにはいきません。

アイドルユニット1つをデビューさせるにも曲や衣装の準備、デビューイベントを行う会場の選定、広告費やら様々な事でお金と人員を使います。

幸い346プロを内包する美城グループは業界でもトップクラスの大企業であり、並の中小プロダクションには不可能なシンデレラ・プロジェクト全員をデビューさせるだけの資金も人員も用意できるでしょう。

ですが、そんなことはしません。まだまだ社会経験のないシンデレラ・プロジェクトのメンバーにいってもあまり合点がいかないかもしれませんが、アイドルも立派な職業なのです。

自己満足で許される趣味の延長線であるネット投稿型アイドルとは違い、企業のアイドルには投資に見合うだけの利益の還元が求められます。

シンデレラ・プロジェクトを5~6のユニットで一気にデビューさせたと仮定しましょう。

全国に数万いるアイドルファンの中、新人アイドルに興味を持ってファンになってくれる可能性のある人間をだいたい100くらいとします。

一気にデビューをさせてしまうと、その100人をユニットで奪い合うような形になりかねません。

勿論、複数を掛け持ちしてくれる人間もいるでしょうが、それでも一般的な社会人の資金力には限界があるでしょうし、良くて3つでしょう。

それでも先行投資という形で使用した制作費や人件費、広告費を回収できるのならいいでしょうが、もしも赤字になるようであればそのユニットの将来は一気に暗いものとなります。

346プロはハイリスク・ローリターンな手段を選ばざるを得ないようなほどに困窮していませんので、ある程度の期間をおいてファン達の懐事情が多少回復したところで新ユニットを投入する。

第一陣の活躍次第では、そこで獲得したファンに加えて新しいファンの獲得も期待できると、一気にデビューさせた場合と比較すれば、どちらが効率的かは言うまでもないでしょう。

まあ、長々と語ってしまいましたが、世の中は夢や希望ばかりでは何もならないということです。

 

 

「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」

 

 

シンデレラ・プロジェクトのメンバーたちが一堂に会するプロジェクトルームは、様々な方向性を持つ美少女達によって普段の殺風景さが嘘のように華やかですね。

重大発表ということで集められたメンバー達は、何となくでしょうがその内容を予知しているのか緊張感で重苦しい雰囲気を漂わせています。

いつも明るく元気な赤城さんも周りの空気を察してか、大人しくソファに座って足をプラプラと揺らしていました。

 

 

「新田美波さん、アナスタシア・カリーニナさんの御二人‥‥そして島村卯月さん、渋谷凜さん、本田未央さんの三人には当プロジェクトのユニットとしてCDデビューしていただきます」

 

「「「「「CD‥‥デビュー‥‥?」」」」」

 

 

第一陣メンバーが発表された瞬間こそ静まり返っていましたが、言葉の意味を理解した途端に騒ぎ始めます。

特に本田さんなんて、テンションが上がりすぎて『うおおぉぉぉ』という雄叫びをあげて隣にいた島村さんに飛びつきそのまま押し倒しました。

気持ちはわからないでもないですが、突然人に飛び掛るのは怪我や事故の原因に繋がりやすいので後で注意しておきましょう。

折角、CD発売記念ミニライブも企画されているのですから、こんなところで怪我をしてしまって出られなくなってしまうのは可哀相です。

ようやく理解が追いついてきた島村さんも、感極まったような声と共に渋谷さんと本田さんを抱き寄せました。

仲良きことは美しき哉、心から喜んでいるのが伝わってくる島村さんの笑顔は思わず見蕩れてしまいそうな位に可愛らしく、輝いています。

ふと視線を横に向けると、その笑顔を見た武内Pの表情も少し柔らかくなっていました。

それなりに付き合いの長い人間しかわからないような僅かな変化でしたが、それでもこの企画は武内Pにも良い変化を促してくれるだろうと確信するには十分です。

 

 

「ずるぅ~~い!私は!私もCD出したい!!」

 

 

仲間のCDデビューは当然嬉しい事でありますし、お祝いしようという気持ちはあるでしょう。

ですが、今回選ばれなかったメンバー達も全員がアイドルデビューしたくて集まったもの達なのですから。

当然このような声がでるのは想定済みですし、確定ではないですが一定期間をおいての段階的ユニットデビューについては概ね通りそうな感じです。

例え通りそうに無くても私が無理に通してみせます。

無駄に上層部に対してツテを持つ昼行灯の力を借りれば、無理を通して道理を引っ込めさせる事も可能でしょう。

あの昼行灯に借りを作るとどんな無茶振りをされるかわからないので、それは最終手段にさせてもらいたい所ではありますが。

 

 

「プロデューサー‥‥みく達のデビューはどうなるにゃ?」

 

 

最後に合流した島村さん達が先にデビューしたことに若干動揺しているようですが、前川さんは努めて冷静に尋ねました。

プロ意識が高くも歳相応な部分もある前川さんなら、もっと感情的になったりする可能性もあると考えていたのですが、やはり1度舞台を踏むと何か変わるのでしょうか。

さて、ここで私が口を出してもいいのですが、飽くまでサポート役でしかない人間が出しゃばり過ぎるのもどうかと思いますので、武内Pの対応を静観させてもらいましょう。

 

 

「‥‥企画検討中です」

 

「てい」

 

 

あまりにも不器用すぎる対応に前言撤回して、即介入を決定しました。

武内Pは確定していない段階デビューについて話してしまい、曖昧な希望だけを与えてしまうことに抵抗があるので言わなかったのかもしれません。

ですが、それと同等位にいつデビューできるかわからない、先の見えない不安も辛いものがあるのです。

どちらが良いかはケース・バイ・ケースですが、不安そうなメンバーの表情を見ていれば今の選択は良くなかったのでしょう。

只でさえコミュニケーション不足が懸念されているのに、ここで更なる溝を作ってしまえば以前の二の舞になる可能性は高く、そうなれば今度こそこの不器用すぎる後輩は人間として壊れてしまうかもしれません。

そんな未来は、ハッピーエンド至上主義の私が許せるわけがありません。

ということで、私は事務的報告だけで済ませようとしている武内Pの腹部へ極限まで手加減をした拳を叩き込みます。

油断しきっていた武内Pは、私の拳を受けて顔を顰めてよろめきました。

 

 

「わ、渡さん!いったい何を!」

 

「アイドルを不安にさせてどうするんですか‥‥思いやることは大切ですが、時には言葉にしないと伝わりませんよ」

 

 

もう、どうして私がこう説教くさいことを言わねばならないのでしょうか。

チートによって技術関係は完璧超人ではありますが、私の内面はごく一般的な小市民ですから人様に偉そうに説教できるほど出来た人間ではありません。

私が行っている事が全て正しい、お前は間違っていると断言できるテンプレートな説教型オリ主だったり、自らの感情のままに振舞えた黒歴史時代だったりしたら、こんな思いをしなくて済むのでしょうが。

だったら、介入しなければ良いのにとも思いますが、それは出来ません。我ながら面倒くさい事この上ない性格をしていると思います。

 

 

「ですが‥‥確定していない事を伝えてしまって、期待させてしまうのは正しい事なのでしょうか」

 

「さあ、わかりません」

 

「わかりませんというのは、無責任ではないでしょうか」

 

 

どうやら、私の返答に武内Pは怒っているのか語気が多少荒くなっています。

 

 

「それを決めるのは、きっと私ではなくここに居るメンバー皆だと思いますよ」

 

「「「「「‥‥」」」」」

 

 

十人十色、人間は誰一人として全く同じ存在が居ないのですから、その選択が正しいと思うかどうかは本人の心次第でしょう。

武内Pは不確かな情報で曖昧な希望を与えるのは正しくないと判断し、私はメンバーの表情から微かでも灯る希望の光を与えるのが正しいと判断した。

結局、何が正しいか問うのを決めるのは答えの見えない禅問答と同じで、自己満足のぶつけ合いにしかなりません。

 

 

「それに‥‥」

 

「それに?」

 

「この私がサポートするんですよ‥‥シンデレラ・プロジェクトには全員トップアイドルになってもらいます」

 

 

ちょっと格好を付けすぎている気がしますが、これくらい強く背中を押してあげなければ、自分を無口な車輪と思い込んでいる魔法使いは一歩踏み出せないでしょう。

 

 

「ねぇ、プロデューサー‥‥みく達は、ちゃんとデビューできるの?」

 

 

先程まで不安そうだった前川さん達の表情に明るさが取り戻されます。

卑怯かもしれませんが、このような状況を作ってしまえば武内Pは段階的デビューのことを言わざるを得ないでしょう。

この選択が100%正しいとは言いません、私はただシンデレラ・プロジェクトのメンバーに笑っていて欲しくて、コミュニケーション不足による武内Pと不和を生じさせたくないだけだったのですから。

私もここまでしたのですから、相応の責任は果たすつもりです。

とりあえず、後日でも武内Pにユニット構成の具体案と方向性を聞いて、それを元に上層部を納得させられるだけの戦略を色々と纏めておきましょうか。

 

 

「‥‥はい。まだ確定しているわけではありませんが、新田さん達や島村さん達を第一弾とし、そこから第二弾、第三弾と段階的にユニットデビューしていただく予定です」

 

「安心してください。武内Pが頑張ってくれていますから、ほぼ8割方纏まっています」

 

 

本当に自分の功績を語ろうとしないので、私からばらしていきます。

ちゃんとデビューさせるのはプロデューサーとして当然の事と考えていて、新人アイドルの企画をここまで持ってきた自身の手腕について評価が低すぎて困りますね。

貴方の同期には、シンデレラ・プロジェクトの半分以下の新人をデビューさせるのにも苦労している人だって居るんですよ。

恐らく、その原因はあの1件が深く関わっているのでしょう。

 

 

「‥‥もう、それなら早く言ってよぉ」

 

「良かったですね、ミク」

 

「うん!」

 

 

自分たちがちゃんとデビューできることを知って、前川さんは安堵したその場に座り込みました。

いつの間にか隣に来ていたカリーニナさんも自分のことのように嬉しそうな笑顔で、前川さんの肩に手を置きます。

 

 

「もう、そういうことはちゃんと言ってよぉ!心配したんだよ?」

 

「隠し事はよくないって、ママも言ってたよ?」

 

「すみません」

 

 

城ヶ崎妹さんと赤城さんにそう言われて深々と頭を下げる姿は、実直さが良く現れているとは思いますが、娘のご機嫌をとろうとする父親にしか見えません。

将来ちひろか楓か、それとも別の誰かと結婚して子供ができても今のように不器用なままなのでしょうね。

 

 

「うげ、じゃあ杏もデビューするのか‥‥」

 

「ええ、私を超える位のアイドルになってもらいますよ」

 

「そんな無理ゲーには、挑戦したくないなぁ‥‥」

 

 

アイドルデビューできるとみんなが騒ぐ中、1人だけ微妙な表情を浮かべていた双葉さんに私は自身の望みを伝えます。

私を越えるトップアイドルになるのを端から無理ゲーと諦めるのはいただけませんね。

双葉さんは普段こそやる気のない風を装っていますが、秘められたポテンシャルはかなり高くシンデレラ・プロジェクト内でもトップ争いが出来る逸材です。

いわゆる天才型という奴なのでしょうが、磨きをかければ更なる高みを目指せるのですから、自分のペースでもいいので頑張ってもらいたいですね。

それと、PR動画の撮影時に仕事をサボろうとした件で、ちょっとオハナシしましょうか。

まあ、それはさて置き、今はシンデレラ・プロジェクトのこれからに明るく平和な未来があることを切に願いましょう。

 

 

 

 

 

デビュー騒動は悪い方向には転ばず、みんなの笑顔も守れたのでより良い(ベター)な選択ができたのではないかと思います。

しかし、少女達に夢を見せた責任は取らないといけないので、シンデレラ・プロジェクト全員がデビューできるまで色々と頑張りましょうか。

という強い決意を胸に抱きながらも、私が現在いるのは屋上にある庭園内の喫煙所近くのベンチでした。

お昼前のこの時間帯は庭園を訪れる人も少なく、またアイドル等未成年者の出入りが多い為喫煙所は少し外れた位置にあるので人目がつかない穴場となっています。

お酒はそれなりに飲みますが、タバコは一切吸わないので本当にのんびりと青い空を眺め続けます。

今日中に処理しなければならない案件は終わらせてありますし、本当に緊急性の高いものが舞い込んできたなら部下達から連絡があるでしょうから、もう少しここでのんびりさせてもらいましょう。

ただ何となく、今日はそんな気分なのです。

 

 

「隣、いいかな?」

 

「ご自由に」

 

 

最近肩身が狭くなっている喫煙者の1人が、社内に残された数少ないオアシスを求め私の隣へとやってきました。

 

 

「吸ってもいいかい?」

 

「それも、ご自由に」

 

 

ここは喫煙所なのですから別に断りを入れなくても構わないのですが、律儀に断りを入れてくれるのは私の喉等を慮ってのことなのでしょう。

私が了承すると、どこか忙しなさを感じる動作でタバコを取り出して咥え、火をつけると深呼吸をするようにゆっくりと吸い込み、満ち足りた表情で紫煙を吐き出します。

 

 

「いやぁ‥‥のんびりとしながらの一服は堪らないね」

 

「再び増税の兆しがあるそうですから、これを機に禁煙してみたらどうですか」

 

「馬鹿言っちゃいけないよ。人間、楽しみを無くしてしまったら生きていけないさ」

 

 

紫煙がそよ風に揺られ私のほうへと漂ってきます。

副流煙の方が健康を害する可能性が高いと言われていますが、分煙が進んでいる昨今ではそこまで頻繁に吸う機会はないでしょうから、特別過敏になることはないでしょう。

タバコ独特の香りは、好き好んで嗅ぎたいとは思いませんが、こうして偶になら悪くないとも思えてしまいます。

 

 

「で、こんな所で油を売っていて良いんですか。今西部長?」

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。渡係長?」

 

 

特に何かが面白かったわけではないですが、私と昼行灯はしばらくの間静かに笑いました。

どうせ、この昼行灯のことですから文句がつけられない程度に仕事を進めていて、残りの面倒くさそうな部分を適任者に投げてきたのでしょう。

質の悪いことに投げられた相手はそのことにも気がつかず、自分の仕事としてそれを処理するのです。

まあ、完全な押し付けではなくその投げられた相手にも関わる事であり、色々なスキルアップになったり、理解を深める切欠になったりするので、本当に腹立たしいですね。

私が個人技の頂点なら、昼行灯は人使いの達人でしょう。

 

 

「やるべきことは殆ど終わらせていますよ」

 

「流石は渡君だ。実に優秀だね。

無理を通して君を彼の補助につけた私の采配は間違っていなかったようだ」

 

「それは、どうも」

 

 

優秀だとほめられるのは素直に嬉しいのですが、この昼行灯相手に油断しているとどのような無理難題を押し付けられるかわかったものではありません。

その言葉の裏に秘められた真意を見抜かなければ、また変な仕事を回されるに違いありませんから。

 

 

「シンデレラ・プロジェクトに生まれかけていた不和を上手く処理したみたいだね」

 

「耳の早いことで」

 

 

デビュー云々の一件があってからまだ2時間も経っていないというのに、いったいどういった情報網を持っているのでしょうか。

 

 

「彼が直接報告しに来てくれたからね」

 

「なるほど」

 

 

一応昼行灯はシンデレラ・プロジェクトの最高責任者を務めていますから、当事者本人から報告を受けていてもおかしくありませんね。

なんだか深読みし過ぎて自滅したような感じです。

こういった単純な事や私でも計り知れない奇策等を上手く使い分けるから、謀略関係では敵う気がしません。

 

 

「ですが、処理したわけではありませんよ。先延ばしにしただけです」

 

 

何も見えない暗闇に微かな希望の光を灯しただけで、それに行動が伴わなければその光は容易く消え去ってしまうでしょう。

それまでにメンバー達と良好な関係を作り、デビュー態勢を整えなければ、何かしらの形で爆発してしまうに違いありません。

そうならないように最大限努力するつもりですが、難しいお年頃の少女達相手ではこちらが良かれと思った行為が悪い結果に繋がってしまうことも多々ありますから、慢心はできないでしょう。

一度、メンバー全員と武内Pを1対1で面談させて、なかなか言い出しにくい心情を全て吐露させてみたらいいかもしれませんね。

ですが、それでは緒方さんのような気の弱い娘は更に負担になる可能性もありますし、何より武内Pが上手くコミュニケーションを取っている光景が思い浮かびません。

これは保留にしておきましょう。

 

 

「それでもさ。君の稼いだ猶予で何かが変わるかもしれないよ」

 

「そうでしょうか」

 

「まあ、こればっかりは起きてみなければわからないけどね」

 

 

それには同意します。

未来視のようなチートがあれば違いますが、生憎現実世界にはそのような便利なスキルを習得している人はいませんので、私も持っていません。

持っていたとしても使う気はありませんけどね。

確定した未来を知り、最適解を選べるのは優越感に浸れるかもしれませんが、次第にそれは作業と同じになり苦痛でしかなくなるに違いないでしょうから。

未来なんてものは、必死に模索するくらいが丁度いいのです。

 

 

「で、本題は何でしょうか」

 

 

この昼行灯が、こんな綺麗な感じで物事を終わらせるはずがありません。

きっとギャグマンガみたいに全てを台無しにしてしまうような落ちを用意しているのでしょう。

 

 

「おやおや、心外だねぇ」

 

「御託はいいです」

 

「まったく‥‥察しが良くて助かるような、面白みがないような」

 

 

そう言って昼行灯は持っていた茶封筒を渡してきました。

嫌な予感を覚えながら茶封筒を開き、中に入っていた書類の内容を確認します。

どうやら基地祭後に、何故か再検討の為に先延ばしにされていた私のMVについての資料のようですね。

最初は『哀愁帯びた和風もの』というコンセプトが、何処をどう再検討したら『仮想戦国演武』という虚刀流を前面に押し出した内容に変更されるのでしょうか。

 

 

「どうだい、気に入ってくれたかい?」

 

 

いたずらが成功したような笑顔を浮かべる昼行灯は、腹立たしい事この上ないですね。

これは私に対する明確なる宣戦布告行為と見做して構いませんよね。よろしい、ならば戦争(クリーク)だ。

一段落つく、従容自若、先制攻撃

こいよ、昼行灯。平和なんか捨てて掛かってこい。

 

 

 

 

 

 

時には新しい店にでもと思わないでもないですが、悩んでいるうちにやっぱりいつも通りに落ち着いてしまう。

私達の心の拠り所である妖精社は、今日も密かに繁盛しています。

さて、いつもであれば暢気に美酒美食を心行くまでに楽しむところなのですが、今回はそうできそうにありません。

本日私の前には、なにやら思いつめたような表情をした新田さんがいます。

昼行灯を懲らしめ、部下達の余っていた業務を手伝ったりして、久しぶりに定時上がりで飲みに行こうと思っていたら、深刻そうな表情をした新田さんが現れて『御相談があるんですが、お時間よろしいでしょうか』と言われ今に至ります。

ここならば人目も少ないですし、他の客も秘密を厳守できるような口の堅い人が多いので最適でしょう。

かなり真面目そうな相談なので、流石にお酒を飲みながらとはいかないので温かいお茶で我慢します。

頼んでいた料理も粗方来たようですし、そろそろ人類の到達点による相談室を始めましょうか。

 

 

「さて、料理もきましたし。早速相談とやらを聞かせてもらえますか?」

 

 

黒歴史時代の所為でそれなりに波乱万丈な人生を過ごしてきましたから、人生経験は豊富ですし、そこそこ力にはなれると思います。

武内Pは異性ですし何かと相談しにくい事もあるでしょうから、そういった所を埋めるのも私とちひろといったサポート役の仕事でしょうね。

何を悩んでいるのかは、凡その当たりはついていますから答え合わせを待ちましょう。

 

 

「‥‥どうして、私が選ばれたんでしょうか?」

 

 

やっぱり、そこでしたか。

予想通りの相談に、私はどう対応したものかと頭を悩ませます。

相談内容の予測は出来ていても、こういった相談事の正答は性格や悩みの焦点によって違いますし、完璧な対応を事前に準備しておくのは中々難しいでしょう。

実力やユニットのバランスを総合的に判断した結果ですと答えても新田さんは納得してはくれないでしょうし、どうしましょうか。

 

 

「新田さんは、自分が選ばれるのは予想外でしたか」

 

「はい‥‥特に、アーニャちゃんはみくちゃん達と組むと思ってましたから」

 

 

新田さんの予想通りに前川さんとカリーニナさんのユニットを考えていた私には、否定の言葉を口にすることはできませんでした。

そんな私の無言をどう思ったかは知りませんが、新田さんは言葉を続けます。

 

 

「それに、今回の5人の中で私だけが舞台経験がありませんし」

 

「自信がありませんか」

 

「そうですね‥‥そうなのかもしれません。アーニャちゃん達にあるものが、私にはない。

何にもないから不安になるのかもしれませんね」

 

 

たった一回の経験と未経験の差は、あまりないようで思っている以上に大きいですからね。

今回選抜された5人のうち自分以外の4人が既に舞台を経験済みで、自分1人だけ未経験なのは不安でしょうし、相談もしにくいでしょう。

何もないから不安になる。それはチートによって他人の強さを纏っている私には、痛いほどにわかります。

今の立場は全て見稽古という人の枠に収まりきらぬ強力過ぎる能力によって築かれたものですから、それがなければ私にはきっと何も残りません。

私には、何にもない。誰かの強さを纏っていなければ、存在すら出来ないくらいに何もないのです。

 

 

「仕方ありませんよ、新人アイドルが初舞台に不安を感じるのは当然のことです。私だって、そうでしたし」

 

「え‥‥」

 

 

俯き気味だった新田さんが驚いたように顔をあげました。

 

 

「意外ですか、私が不安を感じるのは?」

 

「え‥‥えと‥‥はい、七実さんはそういったものを感じたことないだろうなって思っていました」

 

「誰に言っても信じてもらえませんが、私は思ったよりも小心者ですよ。ただ、人よりそれらを隠す術に長けているだけです」

 

 

自身がそうであると何人にも正直に話したことはありますが、信じてもらえたことはありません。

動揺を表情に出さないようにチートで押さえ込んだりしているので動じていないように思えますが、意外と内面はてんやわんやしていたりします。

意図的にそうしているので、そう思われないことは仕方ないと理解していますが、周りの人間から私がどう見えているのかが偶に気になります。

 

 

「‥‥七実さんは、その不安をどうしているんですか?」

 

「私にはちひろがいます。頼もしいものですよ、隣に誰かがいるというのは」

 

 

初舞台の時は繋がれた手から勇気をもらいました。

あの時のちひろの手のぬくもりは今でも覚えていますし、恐らく生涯、また転生したとしても忘れることはないでしょう。

 

 

「それに‥‥」

 

「それに?」

 

「見てみたくありませんか。自分が今までに見たことのない全く新しい世界の景色を。

冒険して、不安を乗り越えた先に見える世界は、癖になるほど刺激的ですよ」

 

 

舞台裏から画面を通して見る客席と実際に舞台に立って見る客席の様子は、次元が違うと思えるくらいの差がありました。

2X歳という遅すぎるデビューという冒険をした先にあったステージから見えた新世界は、どうしようもないくらいに私を魅了し虜にしてくれました。

でなければ、私はこれ程熱心にアイドル活動をしていないでしょう。

 

 

「私にも、見ることが出来るんでしょうか」

 

 

言葉だけでそう簡単に人の不安は払えたりしないでしょうから、最後の一押しといきましょう。

私は立ち上がってテーブルの反対、つまりは新田さんの横に移動します。

 

 

「七実さん?」

 

 

突然隣に移動してきた私に困惑する新田さんの頭を優しく撫でてあげます。

シンデレラ・プロジェクトにおいては最年長ですから、あまり他のメンバーに弱いところを見せることができなくて色々溜め込みそうですね。

無理をしすぎてしまわないようにこうして甘やかしてあげて、誰かに頼ってもいいのだと教えてあげなければ、気負いすぎていつか倒れてしまいそうです。

新田さんが私のように一般的な無理が無理の範疇に入らないようなチートボディを持っているのなら話は別ですが、サークル活動でラクロスをしているだけの普通の女の子なので、無理はそのまま負担となるでしょう。

見た目通りのサラサラとした指通りのいいやわらかい髪質をしていて、しっかりと手入れがされているのが良くわかります。

 

 

「え?ええ?七実さん!?なんで、急に私の頭を撫でるんですか!?」

 

「大丈夫です。心配しなくても、きっと新田さんにも見えますよ」

 

「‥‥ありがとうございます」

 

 

今回の相談だけで不安を全て解消できたとは思えませんから、これから注意しておきましょう。

告げ口をするみたいであまり気は進みませんが、一応武内Pにも報告しておかなければならないでしょうね。

私も自身の業務やアイドル業がありますから、こうしていつもサポートに回れるわけではありませんし、シンデレラ・プロジェクトを統括しているのは武内Pなのでメンバーの状態把握は重要でしょう。

 

 

「それに、大人に甘えられるのは子供の特権ですから。もっと頼っていいですよ」

 

「‥‥私、もう子供じゃないですよ」

 

 

そういった台詞が口に出る時点で、まだまだ子供ですよ。

それにまだ人生の甘いも酸いも禄に経験した事のない学生のうちは十分に子供の範疇でしょう。

新田さんの誕生日は7月でしたね。その時になったら、またここにこうして連れてきてお酒の嗜み方でも教えてあげましょうか。

飲み方を知らずに飲み会に参加してしまうと、よからぬことを考える輩に酔い潰されてお持ち帰りされる可能性もありますから。

もし、そんなことになったら、そのよからぬ行動を起こした人間は私が存在するこの世に生まれたことを未来永劫後悔させてあげますけど。

 

 

「さて、食べましょうか。このままでは冷めてしまいます」

 

「はい」

 

 

真剣に相談には乗っていましたが、やはりどうしても健啖家である私は冷めゆく料理の方も気になって仕方がなかったのです。

あたたかさは美味しさを構成する重要な要素の1つであり、出来立てのあたたかさは調味料にも勝る最高の味付けですから。

ということで、早速食事を開始しましょうか。

今回私が注文したのは焼き鮭です。見るからに食欲をそそる美しい焼き色が付いた皮目は、私を誘っているかのようですね。

箸を入れると簡単に裂ける完璧な焼き加減の身の部分は、ご飯の上に載せることで純白と薄紅色による紅白のコントラストが実に美しいです。

そして、それを口に含んで噛んでいくとご飯の甘味と少しきつめに利かせてある鮭の塩気と口のなかで溶け出してくる脂が混ざり、もう天上の味ともいえる味わいでした。

お米と魚が美味しい島国、日本に生まれてよかったと心底思います。

同じ島国でも、メシマズ世界一として知られる某国に生まれでもしていたら、私は色々と絶望していたかもしれません。

次に焦げ目の付いた皮を一口、余計な水分が飛んでぱりぱりとした食感は口に楽しく、身とはまた違った鮭の魅力を伝えてくれます。

焼き鮭でしばらくご飯を食べ進め、それぞれ半分ほど食べ進めたところで自家製味噌の素朴な味わいの味噌汁を啜れば、十分すぎる御馳走ですね。

新田さんも最初はとてもゆっくりでしたが、妖精社自慢の料理を食べる度に笑顔が取り戻され、今は食に没頭しているようです。

人間どんなに悩んでいても、美味しいご飯を食べれば少しは元気が出ますから。

さて、ある程度元気を取り戻した新田さんにとある未来学者(フューチャリスト)と呼ばれたこともある、ユダヤ系オーストリア人の経営学者の名言を送るなら。

『未来についてわかっている唯一のことは、今とは違うということだ』

 

 

 

 

 

 

 

翌日、武内Pに新田さんの件を報告するついでに、虚刀流を前面に押し出したMVについて変更を嘆願して却下されるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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一瞬だけ幸福になりたいのなら、復讐しなさい。永遠に幸福になりたいなら、許しなさい。

恐らく使い捨てになりますが、オリキャラが登場します。
ご了承ください。
時系列はまだ5話中くらいです。


どうも、私を見ているであろう皆さま。

CDデビューを巡るシンデレラ・プロジェクトの不和を未然に防ぎ、新田さんの抱える不安を多少なりとも解消することができ、いろいろと安心しました。

これで全ての問題が片付いたわけではなく、まだまだ問題は山積みであり、これからも新たなものが生まれるでしょう。

今回は私が介入することで事態を鎮静化することはできましたが、武内Pがアイドル達との信頼関係を構築しない限り、同じようなトラブルは再び発生するでしょうね。

そのためには武内Pが少なくても、しっかりとコミュニケーションをとる必要があるのですが、もともとの性格に加えて未だにトラウマとして根付いているあの1件がありますから難しいかもしれません。

人のトラウマというものは克服するには年単位の時間か、それを一気に拭い去るような衝撃的な出来事が必要でしょう。

前者はともかく、後者は何をもって衝撃的と判断するかは本人の感性によりますから、意図的に起こすことは難しいですね。

まあ、私とちひろでサポートできるところはしていきますから、今は時間をかけて一歩ずつゆっくりと克服に向けて進んでいってもらいましょうか。

 

 

「うわぁ~~、すっごい量の生地だにぃ!」

 

「これが女教皇(プリエステス)の装束の根源となりし聖骸布か!(これが、七実さんの衣装の材料になるんですね!)」

 

 

本日、私は346本社から少々離れた場所にある生地屋に来ていました。

その理由は、直談判も空しく私のMVのコンセプトは虚刀流をメインとした『仮想戦国演武』になってしまいましたので、ならば服装はせめてあの最終決戦仕様にしたいと思い自作することにしたからです。

虚刀流をメインのMVなら、あの衣装以外のものはあり得ないでしょう。

ここ巫女治(ミコチ)屋は都内の喧騒から離れた裏道で商いをしており、値段も相応に要求はされますが大抵の生地は揃っており、なかったとしても注文をすれば期日内に用意してくれるという、346プロ衣装部門も御用達の隠れた名店らしいのです。

最近、衣装管理等の仕事を主に務めている慶さんが、生地を買うならこの店が良いと教えてくれました。

おすすめされるだけあって、そこまで広くない店内に所狭しと和洋中にアラビア系や民族系と様々な種類の生地が積まれており、デザイナーやパタンナーといった職業の人間や洋裁、和裁に興味がなくてもテンションが上がりますね。

そういったことに興味のある人にとっては、ここは天国のような場所なのかもしれません。

付き添いでやってきた諸星さんは、にょわにょわ言いながら目を輝かせて神崎さんと一緒に店内をあちこちと移動して様々な生地を手に取っています。

あまり高すぎるものは無理ですが、気に入ったものがあるなら服1着分くらいは買ってあげましょう。

 

 

「見ない顔ね。何をお探しかしら」

 

 

店の奥から店主と思われる少女が現れました。

どう見ても小学生くらいにしか見えない幼い外見をしていますが、その佇まいはこの店の雰囲気に見事に調和しており、彼女がこの店の主であると理解させられます。

いったい何歳なのでしょうか。外見詐欺は346プロにも何人かいますが、この店主も確実にその類であることはわかります。

 

 

「MVに使う衣装の生地を探しに来ました」

 

「アイドル関係ね。ということは美城さんのところかしら」

 

「はい」

 

 

どうやら、この名店の存在を他のプロダクションは知らないようですね。

いずれは知られてしまうかもしれませんが、それまでは346プロがこの店を独占させてもらいましょう。

店主への挨拶と軽い世間話を済ませて、私の方も生地選びに入ります。

MVの撮影予定日まではあまり猶予がないので、有限な時間を最大限に有効に活用しなければならないので、あまり拘っている暇はありません。

目利きスキルは見稽古済みなので最適な生地を選ぶことはできるでしょうが、色々と心惹かれる色合いや模様が多くて拘るつもりがなくても、つい厳選してしまいそうです。

 

 

「七実さんは和服を作るんですかにぃ?」

 

「はい、私のソロ曲は和風さが強いので。十二単と袴を組み合わせた感じのものを作るつもりです」

 

 

元ネタ知識として明確な完成形は頭に浮かんでいるのですが、それを言葉で説明するのは難しいですね。

まあ、こんなこともあろうかとチート全開で書き上げたデザイン案と私の体型に合わせた型紙を用意しておきましたから、それを諸星さんにデザインの方を見せてあげます。

今西部長や武内P、衣装部門の人達にも絶賛されましたから、問題はないでしょう。

 

 

「うきゃ~~~、上の十二単のきゃわいい感じでキラキラしてるのに、下の袴がシュッて引き締めてて、すっごく、すっごく大人っぽくてカッコいいゅ!

きらりもこんなの着てみたいにぃ!」

 

「我にも、閲覧させよ!(私にも見せてぇ~~!)」

 

 

厨二言語ともまた違う不思議な日本語で何やらテンションが上がっている諸星さんとその手に持たれたデザイン案を覗き込もうとピョンピョンはねている神崎さんの姿は和みます。

諸星語(暫定名称)に対しては副音声がないので、見稽古が適応されていないのでしょうか。

副音声が無くても、何となく言わんとすることはわかりますので特に問題ないのですが、最初聞いた時は少々面食らいました。

今は慣れたので何とも思いませんが、営業先等に1人で先行させたりすることがないように気をつけてはいます。

標準的な言葉遣いができない訳ではないとは思いますが、神崎さんのようにその言葉遣いを個性として生かす方針をとっているので矯正させるようなことはさせたくありません。

勿論、ある程度経って単独の仕事も増えるようになったら何かしらの対策をとる必要はありますが、今はアイドルとしての活動を心底楽しんでほしいですから。

最初からいろいろな世知辛い部分を考慮しながら活動をするのは、私たちくらいで十分です。

溜息をつきながら衣装に最適と思われる生地に当たりをつけ、必要最低限の必要量をメモに書き込みます。

予算には限りがありますし、何より無駄は省くに限りますから。

 

 

「へぇ、いいデザインね。悪くないわ」

 

「ありがとうございます」

 

 

いつの間にかデザイン案の紙は店主に渡っており、とても真剣な顔でデザイン案をまとめた用紙を何度も見返していました。

生地屋をしているだけあって、それらを使った仕立ての方の腕も一流なのでしょうか。

 

 

「貴女、デザイナー?これを型紙に起こすのは結構かかるわよ」

 

「問題ありません。既に製作済みです」

 

「なんですって?」

 

 

私の能力を舐めてもらっては困るので、持ってきておいた型紙の方も店主に渡します。

そちらも用意してあるとは思わなかったであろう店主は、差し出した型紙を奪い取るように受け取ると店の奥にある作業台に戻りました。

デザイン案と型紙を作業台に広げ、自身の手元に走り書き用のメモパッドを置き、何やらもの凄い集中力を発揮してメモパッドに書き込み、時に丸めて捨てたりして何かに没頭して始めます。

どうやら、チート全開で作った私の再現作は本職の職人魂に火をつけてしまったようですね。

こうなった職人気質の人間に何を言っても無駄なので、とりあえず材料選定を再開します。

幸いにもチートのおかげで型紙の正確な内容を記憶していますので、原本が手元になくても問題ありません。

それから20分ほどの時間をかけて生地選び終え、別行動状態になっていた神崎さんと諸星さんと合流します。

先に見つかったのは諸星さんでした。やはり、あの高身長は見つけやすくてこういった時に助かりますね。

本人に言ってしまうと傷つけてしまいそうなので言ったりはしませんが。

 

 

「諸星さん、何かいいものは見つかりましたか」

 

「あっ‥‥うん、いいなぁ~~って思うのは見つかったんだけどぉ‥‥きらりのお財布じゃ、ちょぉ~~っと厳しいかなぁ~~って」

 

 

そう言いながら諸星さんが見ている先には、角度によって2色の濃淡が楽しめるシャンブレーのシフォンジョーゼットがありました。

明るいオレンジ色の生地は、笑顔の絶えない諸星さんによく似あいそうですね。

触った感じもかなり良く、これでドレスとかを作ったり、飾りとして使ってみたりするのもいいかもしれません。

反当たりの値段は約3万円するので、確かにまだデビューしていなくて自由に使えるお金が少ない諸星さんには厳しいでしょう。

 

 

「きらりねぇ、普通の女の子より大きいから‥‥いっぱい使っちゃうんだよぉ」

 

 

そう寂しそうに呟く、諸星さんの笑顔は太陽に雲がかかってしまったかのように明るさを失った力ないものでした。

今まで接点がなくてあまり話したことがなかったのですが、とても純真で可愛らしい女の子だと改めて思います。

さて、もう付き合いの長い皆様であれば、この後の私の行動は手に取るようにわかると思われます。

 

 

「お任せあれ、私が自費で購入しましょう」

 

 

5反くらいあれば、様々なことに使えるでしょう。

最近アイドル業も順調で、ライ○ー主演によって給料アップも確定していますし、ここで多少の出費をしたところで懐に痛手は負いません。

寧ろ、これくらいの出費で諸星さんの笑顔を守れるのならば、安過ぎて心配になるくらいです。

 

 

「えっ、きらりはそんなつもりで言ったわけじゃないんだよぉ!それにこれ以外にも可愛くて、キラキラ、ふわふわしてるのもいっぱいあるから、それでじゅ~~ぶんだにぃ!」

 

 

私の言葉に慌てて両手を大きく振って遠慮しますが、もう確定事項なので覆す気はありません。

一度こうと決めた鋼鉄の意思を覆すつもりなら、核ミサイル級の衝撃を与えなければ不可能だと言わせてもらいます。

手を伸ばして諸星さんの頭に置き、そこから乱暴に撫でてあげます。

諸星さんのふんわりと広がる髪は極めて細く、砂糖菓子のように柔らかで手の動きに合わせて形を変えていき、気持ち良いというよりも飽きない面白さがありました。

その身長から頭を撫でられることが少なかったのでしょうね。とても気持ち良さそうに目を細められてしまわれるといつまでも撫でてあげたくなってしまいます。

 

 

「子供は、大人に素直に甘えなさい」

 

「‥‥はい」

 

 

強引で、卑怯な方法かもしれませんが、私にはこんな生き方しかできないのです。

オリ主と称されるご都合主義をひっさげた、ハーレム体質で、最強過ぎる存在達であれば、ここで大人という卑怯な手段ではなく気の利いた一言でフラグ立てをしたりするのでしょうね。

 

 

「美城のデザイナー兼パタンナー!」

 

 

店の奥の方から店主の声が響いてきます。

私はデザイナーでもパタンナーでもなく、一応そこそこ活躍しているアイドルなのですが。

最近メディアへの露出が多くなってきて、良くも悪くも幅広く顔を知られるようになっていたので少し調子に乗っていたようです。

やはり、私もまだまだ駆け出しのアイドルなのですから、しっかりと気を引き締めて地道に足場を固めていかねばなりませんね。

とりあえず、呼ばれているようなので店の奥にいる店主の元へと向かいます。

 

 

「型紙の方も見せてもらったけど、非の打ち所がないくらい完璧だったわ」

 

「ありがとうございます」

 

 

見稽古で一流のスキルを習得しているので当然なのですが、それでもこういった本職の人間に褒められると嬉しいですね。

 

 

「で、生地はどれを使うつもりなの?」

 

「予算の関係もありますから、これにしようと思っています」

 

 

まとめておいた生地の購入予定量を記載した紙を店主に渡したのですが、一瞥した後に真っ二つに引き裂かれました。

 

 

「何をするんですか」

 

「貴女のデザイナーやパタンナーとしての腕は認めるわ。だけど、生地選びが全くなってないわ!

こんなのじゃ、折角のいいデザインが台無しになるじゃない!そんなの天と地が許しても、私が許さない!」

 

 

落ち着いてくださいと言いたい気持ちを抑えながら、店主の言葉に耳を傾け続けます。

この部分にはこの生地の方が適しているだとか、これとこれの組み合わせは見た感じは良いが実際に組み合わせるとくどくなってしまうだとか、生地選びのいろはを教えてくれているのですが、見稽古した方が早いでしょう。

後、言いそびれてしまいましたが、私がアイドルであることもちゃんと訂正しておかねば。

 

 

「ちゃんと聞いてるの!そんなのじゃ、この業界で生きていけないわよ!」

 

「はい」

 

 

どうして平和に終われないのかとも思いますが、衣装は最高のものができそうなので良しとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

結局、衣装の方は巫女治屋の店主に依頼することになりました。

虚刀流最終決戦仕様は、仕立屋としての何かを大きく擽るものだったようで、自作すると言ったのですが押し切られるような形で依頼という流れになりました。解せぬ。

因みに製作交渉の結果、諸星さんや神崎さんに買ってあげた生地の値段を割り引いてもらいました。

それでも10万円以上の出費となりましたが、2人が笑顔になったならそれ以上の価値は十二分にあったと言い切れます。

 

 

「七実さん、チョコ食べます?」

 

「今、運転中なので遠慮しておきます」

 

()()()っとだけでも」

 

 

現在は美城本社に戻るべく社用車を運転中なのですが、先程から隣にいる楓がちょっかいをかけてきて困っていました。

何故ここに楓がいるかというと、巫女治屋の近くにある出版社で雑誌のインタビューを受けていたらしく、帰るついでに拾ってきてほしいと昼行燈に頼まれたからです。

最近は、シンデレラ・プロジェクトに付きっきりになることも多かったですし、飲み会を開いても5人全員がそろうことも少なくなってきていますから、人一倍寂しがりやな楓は拗ねてしまったのかもしれません。

ですが、断っているのに無理やりチョコレートを口に押し込もうとする蛮行は許されざることでしょう。

別にこれくらいのことで影響が出るような運転スキルではありませんが、それでも気は散ってしまうものです。

特に今は、買ってあげた生地にはしゃぎ過ぎて車内で何に使うか色々と魔導書(グリモワール)にアイディアを書き込んで気分を悪くしてしまった神崎さんがいるため、極力振動の少ない運転をしなければなりませんから。

諸星さんが看ていてくれているので、何かしらの変化が現れればすぐに報告してくれるとは思いますが、ただ酔っただけのようなので揺らさないように気を付ければ嘔吐の可能性は低いでしょう。

流石に社用車を吐瀉物で汚してしまうことは避けたいですからね。まあ、自分の車でも避けたいことではありですが。

 

 

「まったく‥‥」

 

 

このままちょっかいをかけ続けられても困りますから、諦めて押し込まれようとするチョコを口の中に受け入れます。

濃厚なチョコの甘みの中に、塩の粒によるしょっぱさが同時に存在しており、独特のあまじょっぱさがチョコの風味をより際立たせてくれているようです。

いわゆる、塩チョコというものですね。私はこの味があまり好きではありません。

不味いと感じるわけではないのですが、チョコとして食べるのなら塩なんか足さない普通の物の方がおいしいと思いますし、塩だって何もチョコにかけなくても魚等にかければいいのにと思ってしまうのです。

これは、あくまで私個人の味覚の問題であり、楓のように塩チョコを美味しいと感じている人を貶しているわけではありません。

しかしながら、そこそこ付き合いも長くなって互いの好みというものも凡そ把握している間柄のはずなのに、わざわざこれを選択するあたり、今回の拗ねは長くなるかもしれません。

 

 

「どうしました?」

 

「‥‥わざとでしょう」

 

()()んなことないですよ」

 

「絶対にわざとですね」

 

 

相変わらず駄洒落の方も上手くありませんし。

口の中で溶けだしているチョコを吐き出すわけにもいきませんので、噛み砕いて飲み込みます。

 

 

「今晩は、とことん付き合いますから」

 

「絶対ですよ」

 

 

今夜はメンバーが壊滅状態になりそうですね。

うちの食料の備蓄は少なくなっていますが、明日分は残っていたはずですから問題ないでしょう。

明日はアイドル業や係長業務において特段急ぐものはありませんでしたから、全員が痛飲するのでしょうね。

 

 

「ええ」

 

「嘘ついたら、怒りますよ」

 

「わかってます」

 

「瑞樹さん達にも伝えていいですか?」

 

「どうぞ」

 

「七実さん、獺祭の磨きを奢ってください」

 

「お断りします」

 

「‥‥むぅ」

 

 

最後の最後に数万円もするお酒を奢らせようとしてくるとは、油断も隙もあったものじゃないですね。

今日は散財したばかりなので、これ以上お金を使うのは避けたいところではありますから。

というか、楓の方がCMの出演料とかで私より稼いでいるのですから奢ってもらおうとせずに自分で頼めばいいのではないでしょうか。

人の奢りで飲むお酒が美味しいのは否定しませんが、たまには自腹を切るということも大切です。

 

 

「七実さんのケチ!」

 

「獺祭とかお高いものを要求してくるからでしょう」

 

「私の獺祭が他の誰かに取られたらどうするんですか?」

 

「まだ誰のものでもないと思いますよ」

 

 

注文すらしていない品を自分のもののようにふるまうのはいかがなものと思いますよ。

楓の中では今晩に獺祭を飲むことが確定しているようですから、これは梃子でも動かないつもりでしょう。

 

 

「いいじゃないですか。最近、みんな忙しくてろくに集まれていないんですから」

 

「そうですけど」

 

 

それは私達がアイドルとして売れるようになったということの裏返しであり、一概に悪いことばかりではありません。

特に菜々なんてずっと貫いてきたウサミン星人というキャラクターが世間にも受け入れられるようになり、今度新規開発されるソーシャルゲームでウサミン星人をモチーフとしたキャラクターが作られることになったと嬉しそうに報告してきましたから。

仲間が着々と夢をかなえていく姿はとてもまぶしくて、最近黒歴史を刺激することばかり起こる私には直視できないほどでした。

これも、全てあの昼行燈の所為でしょう。

 

 

「だから‥‥ね?」

 

 

可愛らしく小首をかしげておねだりする楓の姿は、きっと異性であれば抗う気持ちすら湧き起らずに何でも言うことを聞いてしまうであろうと確信できるくらいの破壊力がありましたが、これまでの付き合いで慣れている私には効果が薄いと言わざるを得ません。

2週間に1回のペースで、こんな風におねだりされれば嫌でも慣れて、甘えん坊な娘を相手しているような気分になれます。

 

 

「‥‥割り勘、それが妥協点です」

 

「七実さん、大好き」

 

 

こうして最終的に甘やかしてしまう私も悪いのでしょうが、余程の理由がない限り非情になることなんてできません。

過去に私が楓に対して非情になったことは一度しかなく、それは私が離れている間にレミーマルタンのルイ13世という飲み会何回分になるかわからない値段をする最高級のコニャックを頼んでいた時のみです。

たった一口飲んだだけでわかる、今まで飲んできたものとは一線を画する複雑で豊満な味わいと繊細な花を思わせる薫り、高いアルコール度数を一切感じさせることなくシルクのように喉を滑り落ちてくるあの感覚は、確かに最高でした。

ですが、それを勝手に頼むという暴挙は私を怒らせるに十分でした。

全員飲んだので最終的には割り勘にしましたが、その後数回は楓の奢りとなり私たちの遠慮のない暴飲暴食にあわあわとしていましたね。

 

 

「席を離れている間に、頼まれたらかないませんからね」

 

「‥‥モウ、ソンナコトシマセンヨ?」

 

「せめて、もっと感情がこもった声で言いましょうか」

 

 

アイドルなのですから、もう少し演技するくらいの賢しさを発揮できないのでしょうか。

これは反省はすれど、懲りてはいないようですね。

 

 

「次やったら‥‥どうなるか、わかってますね?」

 

 

まあ、楓もそこまでおバカさんではないので同じことを繰り返すことはないでしょうが、釘を刺しておかなければならないでしょう。

少し威圧感を出した笑顔でそういうと、楓は無言でこくこくと頷きました。

ちょっと脅しすぎたかもしれませんが、これだけしておけばこの25歳児も少しは落ち着いてくれるでしょう。

ルームミラーで後部座席の様子を確認すると、ダウンしていた神崎さんは諸星さんの膝枕の上で寝息を立てていました。

その表情は苦しそうではなく、その逆で落ち着いて安心しているようなものでしたからもう大丈夫でしょう。

諸星さんもそんな神崎さんを見て、とても優しく穏やかな母親のような表情を浮かべて、その頭を撫でてあげています。

きっと将来は、いいお母さんになりそうですね。

アイドルをしている間では恋愛事は控えて欲しいところではありますが、それを無理強いしてしまうと強いストレスとなって活動にも影響が出ますから。

ばれなきゃ犯罪じゃないんですよという言葉もありますから、人目につかないようにしてくれるのなら私は何も言いません。

恋愛禁止を強制するのであれば、私の相方や隣にいる楓は真っ先に処罰の対象となりえますからね。

高山流水、信賞必罰、飴と鞭

今日の飲み会は平和に終わらないでしょうが、それもまた一興ではあります。

 

 

 

 

 

 

「はい。じゃあ、久しぶりの全員集合を祝してぇ‥‥乾ぱぁ~~い♪」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 

久方ぶりに5つのジョッキが打ち合わされ軽快な音を妖精社に響き渡らせます。

まあ、久方ぶりとは言っていますが、前に全員集合したのは1週間と少し前なので一般的な感覚からするとその範疇には入らないかもしれません。

ですが、私達にとってはそう感じられるのです。

 

 

「この1杯の為に、アイドルをしている感じがするわぁ‥‥」

 

「仕事終わりの疲れた身体に並々と注がれたビール!本当に至福の時間ですよね」

 

 

特大ジョッキに注がれていたビールを飲み乾した瑞樹と菜々が、そのようなオヤジ臭い発言をします。

お酒のために頑張るアイドルというのは、ちょっとどうかと思いますが、2人も本気で言っているわけではないのでスルーしておきましょう。

下手に突っ込みを入れるとこちらに飛び火してしまう可能性がありますから。

触らぬ神に祟りなしというように、最初からフルスロットルな酔っ払いと同じテンションを維持するのは、どれだけ飲んでも素面な私にはきついです。

 

 

「でも、本当に先週から忙しかったですね」

 

「そうですね。たくさんのお仕事は()()()ワークしますけど、こうやってお酒をゆっくり飲む時間も()()()っとだけ欲しいですね」

 

 

基地祭にMV撮影とメンバーの中でも特に多忙を極めたちひろがそう零すと、ビールを飲み乾して直ぐに獺祭へと移った楓がお猪口片手に駄洒落で返します。

 

 

「楓の駄洒落は置いといて、ここからは暴露大会やるわよ♪」

 

「はい?」

 

 

そんな公開処刑的なことを望んでしようとする人間なんていないでしょう。

被虐趣味(マゾヒスト)のような特殊な性癖を持っている人間は、このメンバーにはいなかったと思うのですが、巧妙に隠していただけなのでしょうか。

だとしたら、私にも勘付かせないとは恐ろしい隠蔽技術ですね。

 

 

「じゃあ、ちひろちゃん。お願いね」

 

「はい。これは私の知り合いが聞いた、又聞きの話なんですが‥‥

七実さんは中学生時代に高校生の不良の屯する場所に1人で赴き、全員を叩きのめしたそうです」

 

「ちょっと待ちましょうか。その知り合いは、飛騨さん?飛騨さんですね!?」

 

 

暴露大会とは私に過去について暴露する大会だったようですね。ならば、即刻中止確定です。

恐らくというか、情報提供者は義妹候補ちゃんに違いありませんね。

七花が何かの拍子に口を滑らせたことをメール等のやり取りを通じてちひろへと流れついたのでしょう。

確かに、黒歴史時代には私が通っていた中学の学生からカツアゲをした輩が屯する場所に単身突撃をかけて、少々荒々しくオハナシをさせてもらいましたが、もう時効でしょうに。

 

 

「「うわぁ‥‥」」

 

 

案の定、瑞樹と菜々が引いたリアクションをとります。

私は黒歴史を暴露してくれたちひろを咎めるように睨みつけますが、涼しい顔して受け流されました。

そっちがそのつもりなら私だって色々と考えがありますよ。今、ここでの局地的な勝利に喜びを噛みしめておくことですね。

人類の到達点を敵に回したことを後悔させてあげますよ。

 

 

「七実さんが強いのは知ってましたが‥‥昔からだったんですね」

 

「ノーコメントで」

 

「女番長でもやってたの?」

 

「ノーコメント!」

 

 

女番長なんてレベルではなく、人間讃歌を謳いたい魔王をしていたなど口が裂けても言えません。

追及するような数々の質問をノーコメントという返答で乗り切り、口を開かなくても済むように枝豆を口に放り込んで黙ります。

今の私には食事だけが癒しですから。

とりあえずで頼んでしまう枝豆ですが、あまり嫌いという人がいない普遍的な人気と冷めても美味しさが損なわれ難いという素晴らしい食べ物です。

ほのかな塩気とほくほくとした食感が、ビールのお供としてはうってつけであり、一皿で何杯でも飲めてしまいそうですね。

お代わりとして持ってこられた特大ジョッキを一気に飲み干して、持ってきた店員に間髪入れずに再びお代わりを要求します。

 

 

「どうして、私の過去を詮索しようとするんですか」

 

「七実の過去って色々ありそうで面白そうじゃない」

 

 

面白半分で黒歴史を再発掘されては、敵いませんよ。

確かにあの黒歴史は書物として編纂したら、出来の悪い学園物のライトノベルくらいのものになるのではないかと思いますが、あれはできることなら未来永劫封印したいものです。

もしそのような動きがあるのなら、私は悪鬼羅刹と化してでも止める所存です。

 

 

「ちひろ、これ以上語るのであれば‥‥明日以降、武内Pのお昼は私の特製弁当になると思ってくださいね」

 

「やめてください!それだけは、本当にやめてください!!」

 

「それは‥‥私もやめてほしいですね」

 

 

私が切り札を出すと、ちひろや楓といった武内Pに懸想している2人がわかりやすい反応を示してくれます。

武内Pというとても分かりやすい弱点を知られているというのに、黒歴史の暴露なんていう特大の地雷を踏むような行為をするからですよ。

どうせ、明日の朝にはメンバー全員分の弁当を作ることになるのですから、そこに1つ分の量が増えたところでかかる手間はさほど違いません。

胃袋をつかむという行為は恋愛的意味をもつと教えられたばかりではありますが、激務で食生活が乱れがちになっている後輩への差し入れという形なら、そのような誤解が生まれることはないでしょう。

 

 

『これは、コンビニ弁当ばかりになっている後輩への差し入れです。ちゃんと食べて身体を労わらないと駄目ですよ』

 

 

という言葉と一緒に渡せば、誤解を生む余地も一切ないに違いありません。

武内Pも鈍感な部分がありますから、きっと今まで渡していた弁当に対しても恋愛的な意味等の深読みすることなく素直に受け取っていたでしょう。

私もそんなつもりで渡していたわけではありませんから、それでいいですが、どうして周囲の人々は異性間でのこういった行動をすぐに恋愛的な意味に結び付けたがるのでしょうね。

異性間での友情はあり得ないと断じるタイプか、恋バナ好きでその方が面白いかという愉快犯タイプなのでしょうか。

まったく、それで誤解されて気まずくなってしまう人間の気持ちのことも考えてほしいものです。

 

 

「なら、これ以上暴露は‥‥」

 

「しません!もう、しませんから!それだけは!!」

 

 

必死に懇願するちひろの姿に、私の中に芽生えつつあった復讐の芽は枯れ果てました。

黒歴史を暴露されたことは精神的にダメージを受けましたが、この世の終わりみたいな顔をさせるほどのものではありませんでしたから、今回は許してあげましょう。

そんな、私の慈悲の気持ちをとあるフランスの聖職者の言葉を借りるなら。

『一瞬だけ幸福になりたいのなら、復讐しなさい。永遠に幸福になりたいなら、許しなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、酔い潰れるほどに飲んだはずなのに私が武内P分の特製弁当を作らないように監視するちひろと楓の姿に、愛の力の恐ろしさの片鱗を感じることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




追記

いつの間にか、UAが60万越え、お気に入り5000越え、総合評価9500越えをしていました。
これら全ては拙作を読んでくださる、皆様のお蔭の他なりません。
本当にありがとうございます。


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夢中で日を過ごしていれば、いつかはわかる時がくる

総合評価が1万ポイント超えました。
閲覧、評価、感想を書き込んでくださった全ての皆様に改めてお礼申し上げます。
今後も、拙作をよろしくお願いいたします。


どうも、私を見ているであろう皆様。

本日美城の小会議室では、私のソロ曲『拍手喝采歌合』のMVの内容について再検討する為の会議が開かれていました。

巫女治屋の店主に依頼した衣装は3日後には完成するそうなので、受領後撮影に入るまでの時間が短くなるように今一度内容を見直そうということだそうです。

虚刀流を前面に出したものに変更しようと言い出さなければ、こんな不要な時間を割かなくてもいいのですが、決まってしまったことに文句をつけても仕方ないので、きちんと会議に出席して精神的被害を最小限に止めるべく積極的に意見を出しています。

黒歴史の流出は最低限のものにしておきたいですからね。

昼行燈と武内Pからの要請によって、身を切る思いでまとめさせられた簡単な虚刀流の解説資料を一字一句見逃さないような真剣さで読み込む特撮監督に私は溜息をつきたくてなりません。

この人、美城(うち)の社員じゃないのですが、ラ○ダーの主演が決まって以来何かと関りが増えてきましたね。

今回はMVなのですが、どうしてここにいるのでしょうか。

当初の予定の名簿の中に名前はありませんでしたから、きっと変更が決まった時に昼行燈あたりが手をまわして呼んできたのでしょうね。

現行シリーズの撮影等もあり決して暇を持て余すような人物ではないはずなのですが、こんな所で油を売っていていいのでしょうか。

アクション監督も連れてきているあたり、美城上層部と特撮関係者はいったい何を考えているのかと頭が痛くなります。

 

 

「すみません、渡さん。質問よろしいですか」

 

「どうぞ」

 

 

虚刀流資料を一通り読み終えたアクション監督が手をあげました。

嫌な予感を覚えつつも無視するわけにもいきませんから発言を促します。

正直、虚刀流について色々と問い質してほしくないのですが、向こうも私を苦しめようと考えているわけでなく職務を果たそうとしているだけなのですから文句をつけるわけにもいきません。

 

 

「では、この虚刀流は手や脚を刀に見立てたものだというのは理解できたのですが、実際に見せていただくことは可能でしょうか。

どうも、紙面上だけの情報ではイメージが掴み難くて」

 

 

やっぱり、そうなりますよね。この展開は想定の範囲内です。

そうならないように床の上を転げまわりたくなる衝動と格闘しながら虚刀流を資料としてできるだけわかりやすくしたのですが、どうやらこのアクション監督は自分の目で見て考える現場主義タイプみたいですね。

確かにこういったものは文字では伝わりにくいものですから仕方ないのかもしれませんが、できることならやりたくなかったです。

 

 

「わかりました。ここでは難しいので、会議後でよろしければ別室でお見せします」

 

「ありがとうございます」

 

 

返答に満足してくれたのか、特撮陣営は嬉しそうにしていました。

私が主演を務めることになった○イダーにも虚刀流設定が追加されてしまいましたし、きっとここで見せた技をそちらにも組み込むつもりなのでしょうね。

披露するのは見栄えのいい技の方がいいでしょうから、何かと応用の利く杜若とそこからつながる奥義落花狼藉といくつかの小技を見せておけば問題ないでしょう。

何も律義に全て見せる必要もありませんし、隠したところでばれることもありませんから。

 

 

「では、配役関係についてですが、方向性の大幅な変更により戦闘シーン等が増えたことで当初の予定より増員しなければならなくなりました。

それについてはこちらで何人か候補を選出してきましたが、うちのアイドルで使いたい娘はいますか?」

 

 

殺陣シーン等もあるので体力的に問題がなさそうな日野さん、姫川さんや浜口さん、和風なイメージの強い小早川さん、鷹富士さん、道明寺さん、剣道経験者である脇山さん等のいったメンバーに加えて、シンデレラ・プロジェクトからも何人か候補として選出したのですが、さて誰が気に入られるでしょうか。

個人的にはシンデレラ・プロジェクトから選ばれて、デビュー前の足掛かりになればと思うのですが、贔屓をし過ぎては成長によくないでしょう。

浜口さん達も一応デビューはしているのですが、キャラクター性が強すぎて担当Pが上手く生かしきれていない部分がありますからフォローしておかないと路線変更を要求されかねません。

大人になれば何かと折り合いをつけられるようになるかもしれませんが、成人もしていない少女達にそんな物分かりの良さを上から要求するような真似はしたくありませんし、するつもりも一切ありませんので梃入れは必要でしょう。

個性は生かしてこそですし、需要がないのではなく、私達が需要を見つけられていないだけの可能性も大いにあるのです。

 

 

「これら全員のスケジュール調整は?」

 

「各Pとは調整済みなので、問題ありません」

 

 

その他、予算関係や衣装の調整等細かい質問が出てきましたが、それらも全て想定内の物なので1つ1つ丁寧に返答していきます。

たった一回のチャンスでも変わるアイドルは変わりますし、何がきっかけになるかわからない以上は、アイドルたちが最大限輝ける為の準備を怠らないことが私たち裏方の仕事ですから。

それに折角係長というそこそこの権力を持っているのですから、こういった時に使わなければ宝の持ち腐れでしょう。

関係者たちが渡していた資料をめくりながら、どのアイドルを起用するかを話し合い始めます。

どの娘も個性豊かですから、悩むのは当然でしょう。私もこの人選を決めるのに数日を要したのですから。

 

 

「もう、全員使いましょうか」

 

「‥‥はい?」

 

 

アクション監督が零した言葉に会議室が静まり返りました。

私を除いた全員が『その手があったか』みたいな顔をしていますが、流石に10人以上のメンバー全員を4分程度のMVに使用するのは無理があるのではないでしょうか。

全員が選ばれても問題ないように調整はしてありますが、まさか本当にそういう人間が出てくるとは思いませんでしたよ。

いや、私としては他のアイドルの娘達に機会を与えることができるので、反対どころか寧ろ賛成派の人間ですから喜べばいいのでしょうか。

 

 

「では、決を採りたいと思います。全員採用で良いという方は、挙手をお願いします」

 

 

提案者のアクション監督を筆頭に監督勢が勢いよく手を挙げたため、日和見をしていた人間たちも続くように挙手をし賛成多数で可決となりました。

会議終了後に各Pにはメールを送って採用を伝えておかなければなりませんね。

特に新人P勢は土下座しながら売り込んできたくらいですし、今日は祝杯でも挙げるかもしれませんから寸志でも渡しておきましょうか。

 

 

「わかりました。その方向で調整します」

 

「ありがとうございます」

 

「では、配役等については後日アイドル達を集めますので、そこで簡単な試験をして振り分けようと思います。

なので、後でも宜しいので都合の良い日を教えていただけますか」

 

「わかりました」

 

 

こういった会議事は、いつも昼行燈か武内Pに丸投げしていたので慣れないことは疲れますね。

今後昇進すれば、会議に出席することも増えるでしょうから嫌でも慣れていかなければならないのでしょうが、基本的に一般人並みの度胸しかない私には荷が重いです。

優秀な部下達に振ってしまおうかとも考えましたが、それをしてしまうと格好がつかないので頑張るしかないでしょう。

別にチートに頼ってしまえば、私にできないことなんてあんまりないのですから。

 

 

「では、次は虚刀流の件ですが、レッスンルームを確保してきますので少々お待ちください」

 

 

そういって私は一度会議室から退出します。

披露することにはならないという一縷の望みにかけてレッスンルームは押さえなかったのですが、これは確実に私の落ち度でしょう。

社会人として希望的観測で行動してはならないというのは知っていたのですが、それでも黒歴史を開帳しなくてもいい未来を掴みたかったのです。

まあ、決まってしまったことに関してごねていても仕方がないので、電話をかけて空いているレッスンルームを押さえました。

こういう時に他部署に貸しとかを作っておくと、突然の要求に対しても融通してくれるので助かりますね。

さて、希望的観測で動かないといったばかりですが、どうか虚刀流についてあまり深く追及されることなく平和に終わりますように。

 

 

 

 

 

 

レッスンルームを押さえた後、各PにMV採用決定のメールを送っておき、すぐに会議室に戻って虚刀流を見たいという希望者を確認しました。

特撮監督とアクション監督くらいかと思ったのですが、全体の3分の1になるとは思いませんでしたよ。

こんな人の黒歴史ともいえるものを見てみたいなんて、世の中奇特な人が多いようです。

そんな人達をレッスンルームに案内しようとしたのですが、何やら取ってくるものがあるということなので場所だけを教えておき、一度解散となりました。

私もウェア等を用意する必要があったので丁度良かったです。

取ってくるものというのに嫌な予感がしてならないのですが、今更どう足掻こうが動き出した歯車を止めることなどできないのですから素直に諦めざるを得ません。

押さえてもらったレッスンルームは数ある中でも大きい方に属するものであり、別にこんなに広いスペースを必要としていたわけではないのですが好意として受け取っておきましょう。

流石にいつもの事務員服では全力の虚刀流は無理なので、ロッカールームでウェアに着替え、ストレッチや軽く身体を動かして準備を整えておきます。

 

 

「どうして、居るんですか‥‥カリーニナさん」

 

「『監督(リジスィオール)』に聞きました!今からここで師範(ニンジャマスター)が虚刀流を披露すると!」

 

 

どこからともなくやってきたカリーニナさんが、床に正座をしながらとてもいい笑顔で答えました。

固い床に正座をしていると足を痛めてしまわないか心配になりますが、言ったところで崩しはしないでしょうね。

カリーニナさんはCDデビュー前のボイスレッスンが入っていたはずなのですが、こんなところにいていいのでしょうか。

というか、あの監督共め積極的に人の黒歴史を広めるような真似をしてくれるとは、披露する際には相手役にしてあげましょう。

見たいと言っていた虚刀流をその身で受けることで、よりイメージを掴みやすくなるでしょうし、良いこと尽くめですね。

 

 

「私に気を取られず。『鍛錬』してください」

 

 

本当なら武内Pかトレーナーあたりに連絡を入れた方がいいのかもしれませんが、生憎今スマートフォンはロッカーの中ですから手元にありません。

問題があるとしたら迎えが来るでしょうから、それまでは好きなだけ見させておきましょう。

下手に追い返そうとすると弟子入りを断った時みたいに号泣されてしまう恐れがありますし。

美少女の涙という名の最終兵器は、一切悪いことをしていないはずの自分がとてつもない大罪人になってしまったような錯覚をさせるほどの破壊力がありました。

泣かせたくないという思いと虚刀流をこれ以上広めたくないという思いを天秤にかけ、私が選んだのは『教えないけど、見て盗むのは許可する』でした。

そうしなければ、カリーニナさんはいつまでも泣き止まず、私の心が耐え切れなくなって弟子入りを認めてしまうことになっていたでしょうから仕方なかったのです。

虚刀流は見稽古のようなチートがなければ、見ただけで覚えられるようなものではないでしょうからカリーニナさんが習得することはないでしょう。

あの近接戦闘センスの塊である七花でさえ、私と一緒に鍛錬を積んでいても10年近くの歳月を要したのですから。

 

 

「さあ!さあ!」

 

 

見たくて仕方ないカリーニナさんに急かされるように、ウォーミングアップを再開します。

蹴りや貫手を繰り出す所作の1つも見逃さないようにする鋭い視線にこそばゆさを感じながらも、身体が温まってくるのに合わせて鋭さと速度を上げていきます。

ミットやトレーニングバックとかがあれば打ち込みもできるのですが、前者であれば私の攻撃を受けきれる人がいませんし、後者であれば7割ぐらいの力を出すと壊れてしまうでしょう。

それにここはアイドル達が歌やダンスをレッスンするための場所であり、間違ってもこういった武道的な鍛錬を積む場所ではありません。

無い物ねだりをしてもどうしようもないので、素直に何もない空間に仮想敵を生み出してウォーミングアップを続けます。

 

 

「アーニャ!やっぱり、ここにいた!もう、レッスンをほったらかしてトレーナーさん怒ってたよ!」

 

「ミク、『うるさいです(シュームナ)』。私は、今忙しいんです」

 

 

カリーニナさんを探しにきた前川さんが戻るようにと言いますが、虚刀流に夢中になっているためか冷たい態度で返されます。

心配しているのにそのような冷たい態度をされた前川さんは、担いでいたカバンを漁りながら笑顔のままカリーニナさんへと近づいてきますが、ほかのことに一切気をそらすことなく私を見続けているカリーニナさんは気が付く様子がありません。

いったい何をするつもりなのでしょうか。

本来ならレッスンをさぼっている時点で注意して戻すのが一番なのですが、ここは前川さんがどういった行動に出るかを静観しましょう。

仮想敵との組み手を続けながら横目で様子をうかがっていると、前川さんはカバンの中からハリセンを取り出して、大きく振りかぶり。

 

 

「セイヤァーー!!」

 

痛い(ボリーナ)!』

 

 

一切の容赦なくカリーニナさんの脳天へと振り下ろしました。

とても小気味の良い音を響かせるハリセンでしたが、いったいどうしてそれが前川さんのカバンの中に入っていたのでしょう。

もしかして、大阪生まれの学生のカバンにはハリセンが常備されているというのでしょうか。

もしそうだとするのなら、恐るべし大阪。

 

 

「何をするんですか!」

 

「ふざけたこと言ってないで、レッスンに戻るよ!まったく、せっかくCDデビューが決まったっていうのに気が緩み過ぎだよ!」

 

「レッスンは後でします!だから、もうちょっとだけ見させて!」

 

「駄目!そういって、何時間も粘るつもりでしょ!?同じ手は通用しないからね!!」

 

 

年齢は近いはずなのに、前川さんがお母さんっぽく見えてしまうやり取りに和んでしまいます。

手を引いて連れて行こうとする前川さんと壁を掴んで意地でも動かまいとするカリーニナさんの構図は、スーパーで偶に見かけるお菓子を買ってほしいと駄々をこねる子供と母親のあれにそっくりでした。

しかし、一度この手に引っかかって妥協したことがあるあたり、前川さんの仲間に対して甘くなってしまい強く出られなくなる点は注意が必要かもしれませんね。

そこまで問題になるような展開にはならないとは思いますが、気を配っておいて損はないでしょう。

 

 

「行くよ!」

 

(ニェナーダ)!!』

 

 

そんな微笑ましい光景をいつまでも見ていたいと思うのですが、レッスンルームに接近する大量の男性の足音から、監督達がやってきたのを察知します。

なにやら色々と機材を持っているのか、ガチャガチャと音がしていますね。

やっぱり、ものすごく嫌な予感がするので虚刀流の披露を取りやめにして、今すぐ係長業務に戻っては駄目でしょうか。

私の第六感が早期離脱を訴えかけているので、今すぐにでもこの場から戦略的撤退を図りたいのですが、社会人としての柵と自制心がそれを押さえます。

 

 

「すみませんでした。何分機材が多くて」

 

 

そう言ってレッスンルームに入ってきた特撮監督を始めとした虚刀流観覧希望者の皆さんは、明らかに撮影する気満々のフル装備の機材を持ち込んできました。

いやいや、映像くらいは撮られるかもしれないというのは思っていましたが、この機材の量はおかしいでしょうに。

前川さん達のじゃれ合いが吹っ飛ぶくらいの衝撃ですよ。

 

 

「それは構いませんが‥‥その撮影資材は、どういうことでしょうか」

 

「いや、映像資料として撮影させてもらおうかと思っていたら、そちらの部長さんが特典用のメイキング映像として使いたいからと快く貸してくださったんですよ。

流石は、美城さん。抜け目ありませんな」

 

「‥‥そうですか」

 

 

あの昼行燈め。後で絶対に何かしらの復讐をしてやります。

デビューして間もない私のソロ曲にメイキング映像をつけた特別版を作ったところで、制作費を回収できる程度の利益しか生まないでしょうに、いったい何を考えているのやら。

ろくでもないということはわかりますが、あの昼行燈が意味もなくこういったことをするとは思えませんので、何か思惑があってのことでしょう。

観覧希望者改め撮影班の人達は慣れた感じで素早く撮影資材を組み立て、打ち込み用として持ってきたであろうトレーニングバックやミットやクッション類を準備していきます。

 

 

「ほら、アーニャ。何だか、撮影が始まるみたいだから、さっさと戻るよ」

 

「もう少しだけ、ダメですか?」

 

 

メイキング映像の撮影の邪魔にならないように前川さんがカリーニナさんを引きずって出ていこうとしますが、それでもカリーニナさんは食い下がります。

よもや、これほど虚刀流に強い執着を見せるとは思いませんでした。

これは、いつかその熱意に押し切られて教えてあげることになってしまいそうですが、少なくとも今はまだその時ではありません。

 

 

「あのお嬢ちゃん達は、美城さんのアイドルですか?」

 

「はい。正確にはまだデビューを果たしていない候補生ですが」

 

「成程、素質は感じますからデビューしたら使わせていただきたいですね」

 

「是非お願いします」

 

 

どうやら、2人はアクション監督のお眼鏡に適ったようですね。

まあ、お世辞やこの場限りですぐに忘れられてしまう口約束の可能性が高いですが、意識の片隅にでも残っていれば売り込む際に有利に働きますから布石としては十二分でしょう。

 

 

「虚刀流の映像が特典ですか!」

 

「アーニャ、ダメだって!!」

 

「そうだよ、ハーフのお嬢ちゃん。そっちのお嬢ちゃんも気にしなくていいよ。

寧ろ、かわいい子にいいところ見せようとしてうちの奴らがいつも以上に動いてるし」

 

 

フィジカル面の強さの差が出たのか後ろから羽交い絞めにされているのに、している前川さんの方が引きずられていました。

海外系の血が入ると物怖じをしなくなるのでしょうか、カリーニナさんは特撮監督と仲良くこれから撮るメイキング映像についていろいろ話しています。

一方、前川さんは状況についていけないようで、とりあえず羽交い絞めは解いてどうしようかと視線を右往左往させていました。

レッスンをさぼっているカリーニナさんを連れ戻さなければいけないけど、偉い人と談笑しているのに割り込んで邪魔してしまうわけにもいかないというジレンマにどう行動すればいいかわからなくなっているのでしょう。

私を含め日本人という種は、自身の予想を超えた出来事への対応力が低い傾向にありますから。

 

 

「お嬢ちゃん、虚刀流で何か知っていることってあるかい」

 

はい(ダー)』「虚刀流は、7つの構えとそれに合わせた7つの奥義があります」

 

 

特撮監督の質問にカリーニナさんは得意げに答えていきます。

構えと奥義の数くらいは会議の時に渡した資料にも書いておきましたから、知られてしまっても問題ありません。

ですが、これ以上の開帳はどのような影響を与えるかわかりませんので、止めさせてもらいましょう。

 

 

「あれ、奥義は8つじゃなかったっけ?」

 

 

前川さん、貴女は私の味方だと思っていたのですが、裏切られるとは思いませんでしたよ。

8つ目の奥義というのは間違いなく虚刀流最終奥義である七花八裂・改に違いありませんね。

私は黒歴史時代以降に、その名を一度も口にしたことがないので情報の流出元は確実に七花でしょう。

今度、義妹候補ちゃんに七花が女子高生と何やらいろいろしているみたいだという情報を流してみましょうか。

前回の黒歴史をちひろに流した件についての報復にもなりますし、七花にも効果は大きいでしょうから是非そうしましょう。

 

 

「ミク!その話を詳しく!!」

 

 

自分の知らない虚刀流の情報に、カリーニナさんは勢いよく振り向き前川さんの両肩を掴みます。

10㎝以上の身長差があるためか、カリーニナさんが前川さんの顔を覗き込むような形となっており、これが異性間でのことであればドラマのキスシーンのようですね。

最近であれば百合ものも流行っているようですが、美城はそういったアブノーマルな売り出し方はしていないのでそういった仕事が回ってくることはないでしょう。

撮影スタッフの中にも百合を好むタイプの所謂『百合男子』がいたようで、少し息を荒くして2人の様子を見つめている人間がいました。

個人の嗜好にケチをつけるつもりはありませんし、人様の迷惑にならない範囲であれば個人の自由であると私は思います。

 

 

「ちょっと顔が近いって」

 

ごめんなさい(イズヴィニーチェ)』「ですが、8番目の奥義って何ですか!私、気になります!」

 

 

さて、完全に止めるタイミングを間違えてしまいましたね。

前川さんが七花八裂の情報を口にする前が最後のチャンスだったのでしょうが、それを逸してしまった以上止めたところでどうにもなりません。

止めてしまうと特撮監督達に悪い印象を与えてしまいかねませんので、人間関係が重要視される芸能界ではそれは致命的になりえるでしょう。

 

 

「私も気になるな。教えてくれるかい?」

 

「は、はい。えと‥‥七花さんって、七実さんの弟さんから聞いたんですけど『七花八裂・改』っていう最終奥義があるらしいです」

 

 

さて、これはもうMVの最終決戦シーンに使われる決めの大技が確定したとみていいでしょうね。

程門立雪、断腸の思い、琴瑟調和

虚刀流初代当主、渡 七実。平和を求めて今日も頑張ります。

 

 

 

 

 

 

嫌なことがあった日は飲んで忘れるに限るという言葉もあることですし、私は妖精社へとやってきました。

まあ、私は酔うこともできないので酔って全てを忘れることなんてできないのですが、それでもそんな気分に浸るくらいはできるでしょう。

それに今日は新顔さんもいるのですから、あまり不甲斐ない姿は見せられません。

 

 

「瑞樹、こんないい店を隠してるなんて」

 

「別に隠していたわけじゃないわ。早苗ちゃんが、いつも話を聞かずに近くの居酒屋に入っていくからよ」

 

「だって、飲みたいと思ったら即行動しないと損じゃない?」

 

 

片桐 早苗さん、警察官という安定した公務員からアイドルという不安定極まりない職業へと転職した異例の経歴を持つアイドルです。

年齢も瑞樹と同い年ですが、菜々と一緒で幼い顔立ちをしているので実年齢よりも若く見えますね。

身長も瑞樹より小さいのですが、出ているところはかなり出ているので、その容姿とアンバランスなセクシー路線な身体つきのギャップが人気らしいです。

346プロに所属する成人アイドルの類に漏れずお酒好きな彼女は、すでに特大ジョッキを3杯近く開けており、経験上酔い潰れて動けなくなって私が連れて帰ることになるに違いありません。

着替えはサイズだけなら瑞樹や菜々のが使えるかもしれませんが、あの大きく聳える山2つが収まりきるでしょうか。

 

 

「しかし、七実さまって呼ばれているから、どんな暴君かと思ったら案外普通ねぇ。シメようと手錠まで持ってきたのに」

 

 

撮影用の手錠のレプリカを人差し指でくるくると回しながら笑う片桐さんですが、その目は本気でした。

ひどい誤解を受けたものですが、やはり様付けで呼ばれるのは一般的な受けはよろしくないようですね。

 

 

「できることなら、さま付けはやめてほしいと思っています」

 

「でもねぇ、すっかり定着しちゃったわよね。七実さま」

 

「本当に、どうしてでしょうね」

 

 

確かに見稽古で人類の到達点として様々な分野において超一流という文面にしてしまうと厨二病かなと言いたくなるくらいおかしいチートっぷりですが、それでも一度も様付けを強要したことはありません。

寧ろ、そう呼ぶなと積極的に言っていた方です。なのに、どうしてこうなったのでしょう。

悩んだところで答えは出ないので、とりあえず冷めてしまう前に軟骨のから揚げを口に放り込みます。

肉と比べるとジューシーさには欠けますが、何となくやみつきになってしまう特有のこりこりした食感と油っぽさがビールの消費を早めます。

気持ち強めに利かせた胡椒の刺激が胃袋を刺激してくれて、肉のような重さがない分次の1個までの間隔が短くなり、気が付けば残り少なくなってしまいお代わりを頼むというループが生まれていました。

 

 

「早苗ちゃん、七実につられて食べると大変なことになるわよ」

 

「大変なこと?ああ、大丈夫、大丈夫。私って、太りにくい体質みたいだから」

 

 

きっと警察官で鍛えられた分筋肉がついていて、基礎代謝量が多いのでしょうね。

 

 

「なるほど、全部胸にいってるわけね。でも羨ましいわ、いったいどれだけ揉まれればそんなに育つのよ」

 

「はあ?瑞樹、あんた揉まれれば大きくなるなんて根拠のない話を信じてるの?」

 

 

好きな異性に揉まれると女性ホルモンの分泌が促進されて豊胸効果があると聞いたことがあったのですが、迷信なのでしょうか。

私はそこまである方ではありませんし、おっぱいというよりも胸筋という感じですから、そういった話題に関しては疎いのです。

学生時代は黒歴史と共に歩んだようなものでしたし、ある程度落ち着いた大学時代もチートの所為であまり親しい相手ができませんでした。

なので、恋愛事については鈍感らしく10歳以上年下の佐久間さんにはあからさまな溜息をつかれたことが多々あります。

 

 

「どうして、そう言い切れるのよ?」

 

「だって私、誰かに揉まれたことないもん」

 

「その大きさで?一度も?」

 

「別にいいでしょ!好きでここまで大きくなったわけじゃないし!

それに胸だったら雫ちゃんの方がすごいでしょ!」

 

 

確かに346プロ最大の数値を持つ及川さんの胸は、男性にとっては大量殺戮兵器と名乗れるほどの破壊力を持っています。

もはやあれは胸ではなく、それを超越した何かでしょう。

豊胸手術であれくらいのサイズになった人物は知っていますが、天然ものであの大きさまで育つのはいったいどんな突然変異があったのでしょうね。

 

 

「あれは別格よ。私達が同じステージに立てるわけないじゃない。ねぇ、七実?」

 

「同意を求めないでください。ですが、否定はしません」

 

「もう!胸の話題は禁止!次言ったら、シメるわよ!」

 

 

どうやら、片桐さんはこういった下系のネタでいじられるのが得意ではないようですね。

きっと学生の頃から、その胸のことで色々からかわれたりしたのでしょう。

性的なことに目覚める中学生の頃なんて、素直になり切れないツンデレ系が突っかかるように胸をネタにしたり、夏場の薄着になった時にクラス中の男子生徒の視線を集めてしまったりということがあったに違いありません。

私の中学生時代?知らない子ですね。

 

 

「こわぁ~~い、七実助けてぇ~~♪」

 

「助けてほしいなら、もう少し笑いを抑えたらどうです」

 

「瑞樹!こっち来なさい!いっぺんシメる!」

 

「い~や~よ♪」

 

 

こうしてはしゃぐのは飲みの場での楽しみの一つかもしれませんが、私を挟むようにしてするのは勘弁してくれませんか。

瑞樹を捕まえようと伸ばされる片桐さんの腕を回避しながら、じゃがバターを突きます。

切れ目の部分についた焦げ目とその上でゆっくりと溶けている黄金のバターは、シンプルさを追究しきった美しさの極致かもしれません。

ほくほくとした食感とほのかな優しい甘みのじゃがいもに、バターの塩気と油脂があわさることでごちそうへと昇華されています。

きっとじゃがいもとバターという存在は、こうしてじゃがバターになるためにこの世に生まれてきたのでしょう。

先程の軟骨のから揚げをよりもじゃがバターの方に安心感と満足感を覚えるのは、この身に流れる農耕民族の血にあるのかもしれませんね。

人によっては嫌いかもしれませんが、この苦みのあるざらざらとした皮の部分もじゃがバターの醍醐味だと思います。

特に焦げ目のついた部分なんて、すぐに食べてしまわないと熱さと風味が損なわれてしまいますから注意しなければなりません。

ここにマヨネーズや醤油といったトッピングを施すのもいいかもしれませんが、じゃがバターにこれ以上何かを足すのは無粋でしょう。

 

 

「何この人‥‥どうして、ああも避けながら食べ続けられるのよ」

 

「すごいでしょう?あれが七実なのよ」

 

「何だか、周りが様付けする気持ちがわかった気がするわ」

 

 

それはいったいどういう事でしょうか。

今の間に様付けされる理由がわかるようなことはなかったと思うのですが。

まあ、いいです。今は、冷めてしまわないうちにこのじゃがバター味わいましょう。

そんな疑問を後回しにしてしまう私自身に、とある明治維新に大きな影響を与えた土佐藩郷士の名言を送るなら。

『夢中で日を過ごしていれば、いつかはわかる時がくる』

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、私の報復情報によって喧嘩した七花がやってきて、義妹候補ちゃんもそれを追ってきて私の部屋が修羅場になってしまい、自分で蒔いた種の尻拭いをすることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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女も仕事のために家族を犠牲にしてはならない

後1,2話程度オリジナルを挟んで、アニメ6話に入りたいと思います。
今回、妖精社パートはありません。


どうも、私を見ているであろう皆様。

虚刀流という黒歴史が昼行燈の策略により、私のソロ曲の特典映像として流出されることが確定し、かなり気落ちしています。

黒歴史が一般に公開されてしまうのだけでも死にたくなるというのに、あんな未完了な人様に見せられるレベルではないものを広めてしまうので恥ずかしさが倍プッシュですね。

そんな色々なことを考えていたら手加減を間違えてしまい、七花八裂・改を打ち込んだトレーニングバックを八つ裂きにしてしまった時は、どうしようかと思いました。

トレーニングバックの中身がレッスンルーム内に舞い散る光景を目にした撮影陣は、何やら大騒ぎしていましたが、大満足のようでしたから悪い印象は与えなかったと思います。

結局梃子でも動かなかったカリーニナさんは、想像を超えていた威力にしばし無言でしたが、やがて興奮が爆発して『素晴らしい(ハラショー)』と連呼しながら隣にいた前川さんを揺さぶっていました。

現実感のない光景に呆然としていた前川さんもカリーニナさんの揺さぶりが激しくなってくるので、正気を取り戻してハリセンの一閃で報復していましたね。

まあ、色々ありましたが、今思い出してもほぼ最悪といっても過言ではない出来事でしょう。

私のソロ曲の売り上げなど、ライ○ー効果を考えても良くて数千枚が関の山でしょうから、黒歴史の流出については最低限で済むかもしれませんね。

 

 

「聞いているのか、渡!」

 

「はい」

 

 

現在私はトレーナー姉妹の長女、麗さんから先日のカリーニナさんの件について説教を受けていました。

色々と機会を逸してしまったとはいえ、レッスン予定が入っていると分かった時点でそちらに行かせなかったのは完全な私の落ち度でしょう。

弟子入りを断った際に泣かれてしまって、どうも強く出ることができなくなっていたようです。

自分がどれだけ涙を流すことになったとしても別に構わないのですが、親しい誰かが悲しみの涙を流すのは見たくありません。

演技ではない悲しそうな表情を見ただけで胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われますし、涙を見たらどうにかしてそれを止めなければと焦ってしまいます。

魔王時代であれば『その涙はなんですか。無駄な水分を消費する暇があれば、悲しみを糧にして立ちあがったらどうですか』とか言いそうですが、今の私には無理ですね。

良くも悪くも人としての甘さが芽生えた結果なのでしょう。

 

 

「まったく、お前のその身内に甘い性格もわかっている。

だが、係長という職責を背負うものとして、大人として最低限やらねばならないことがあるだろう」

 

「面目ないです」

 

 

甘やかすばかりでは、相手の為にならないということは重々承知しているのですが、人間20を過ぎると分かっていてもなかなか自身の欠点を修正できないものです。

自己催眠をうまく活用すれば修正は容易ですが、そんなことをしてしまえば出来上がる人格は今の私と全く違うものになってしまうでしょう。

自己同一性(アイデンティティ)を犠牲にしてまでこの甘さを切り捨てようとは思いません。

この甘さがあってこその私ですし、それなりに気に入っています。

しかし、今回の件について反省していないわけではなく、今後は相手のことを慮って叱っていくということもしていこうとは思っています。

まあ、今回の件の当事者であるカリーニナさんも別の場所で武内Pや新田さんにたっぷり絞られているでしょうから、同じことは起こらないでしょう。

後で私も2人には謝罪しておかなければならないでしょうね。

 

 

「確かにカリーニナの能力は高い。舞台に対して物怖じしない度胸も、新人アイドルとして十分に通用するだけの歌唱力も身体能力も持っている。

本人には言っていないが、現時点でも合格点に達しているというのが私達の共通見解だ」

 

「それは、すごいですね」

 

「一回で全てものにしてしまう、レッスンし甲斐のないお前が言うな。

話を戻す。カリーニナは決して悪い生徒ではないんだが、自分のことをよく知っていて、また恐ろしいほどに洞察力が高い」

 

 

私の場合は見稽古というチートがありますからね。

ユニットレッスン以外は1回で2回以上完成形を見ることができるのですから、完璧に習得することができてしまうのです。

その分の余裕は係長業務だったり、シンデレラ・プロジェクトのフォローだったりと様々なことに無駄なく活用されているので、許してほしいですね。

しかし、カリーニナさんがそこまで仕上がっているとは思っていませんでした。

コマンドサンボを習っていただけあって身体能力がずば抜けて高いことは基地祭でのステージで確認していましたが、歌唱力もボイスレッスン担当の明さんにそう言わしめるだけの実力があったとは。

いつものフリーダムさからは想像できませんが、洞察力が高いというのも納得できます。

今回の件も突如決まったことだったというのに、誰よりも早くあのレッスンルームにやってきていましたし、監督達から虚刀流を披露すると聞いたと言っていましたが、情報を仕入れるにも相手が私のMVに関わっていなければ入らないでしょう。

恐らく、少しの会話で判断したか、特撮監督の顔等を知っていて探りを入れたのでしょう。

そうだとするのなら年齢に似合わない潜入工作系のスキルを習得しているに違いありません。

コマンドサンボを含めこういったことは父親から教えてもらったと本人は言っていましたが、いったい父親は何をしている人なのでしょうね。

今は貿易系の会社に勤めていると聞きましたが、前職は母国の首相の同僚だったのでしょうか。

 

 

「だがら、私達が既に合格点レベルだと判断しているのも気が付いているのだろう。全く厄介な手合いだよ」

 

「慢心ですか」

 

 

自身が既に合格点に達しているというのを察したからレッスンを一度さぼってもいいと慢心しているのでしょうか。

だとしたら、本当に危険かもしれません。

私の場合は完成形をチートでコピーしているため問題はないのですが、カリーニナさんの場合はそうではないですし、新田さんとのユニットなのですから片方ができていてもそこにまとまりがなければ、完成しているとは言えません。

ようやく、先の件での自身の対応の悪さに合点がいき、背中等の目につかない場所で冷や汗が滝のように流れ出します。

 

 

「いや、ただの我儘だろう。所詮は15歳の子供だからな。

頭では駄目だと分かっていたとしても、自分の好きなことを優先してしまうものだ」

 

「だと、いいのですが」

 

「駄目と言われているのについやってしまったという経験は、お前にもないか?」

 

「優等生でしたから」

 

 

隠蔽工作はしっかりとしていた方だったのでばれることはありませんでした。

犯罪として検挙されるレベルのことはしていなかったのですが、念には念を入れよといいますから。

 

 

「お前らしいな」

 

 

信頼や信用といったものは一度失ってしまうと取り戻すのが難しいものですから、それをうまく維持しつつ自身の希望を通すやり方が一番無駄なく済みますからね。

その分、ストレス等は比例するように増えていきますので、上手くガス抜きしないと魔王化待ったなしです。

 

 

「まあ、話を戻すぞ。シンデレラ・プロジェクトはしっかりしている者が多いようだが、それでもまだまだ子供だ。

だからこそ、間違った方向に進んでしまわないようにきちんと導いてやるのが、私たち大人の仕事なんじゃないか?」

 

「‥‥はい、おっしゃる通りですね」

 

 

もう自分の甘さについては痛いほどわかりましたので、そう諭すような言い方はやめてください。

久しぶりの大失敗に自己嫌悪が募ります。あの時こうするべきだった、最適解はこうだったはずなのにどうして私は間違えてしまったのか。

考えても仕方ないことが堂々巡りのように頭を支配していきます。

もし思考の並列処理を習得していなければ、今頃何も考えられない思考放棄状態という情けない姿を晒していたでしょう。

極限状態において感情ではなく理に従って行動する思考の切り替え術も役立ちました。

 

 

「しかし、やはりお前も人間だったんだな」

 

「当たり前でしょう」

 

 

麗さんは、面白いものを見つけたような楽しそうな表情を浮かべます。

確かに見稽古で人類の到達点と呼ばれる程に強化されてはいますが、それでも人類種という枠組みは逸脱していないはずなのですが。

いったい傍からは、どういった風にみられているのでしょうか。

まあ、今の言われ方から察するに、恐らくと碌でもない風に思われていたに違いありませんね。

 

 

「いや、お前は何でも完璧以上に熟すからな。こいつは失敗することなんてないんじゃないかと、勝手に思っていたんだよ」

 

「私だってこうして失敗することもあれば、落ち込むこともありますよ」

 

「ああ、だから安心したよ。失敗を知らない人間には成長は見込めないし、何でも完璧にこなすのなんて機械で十分だ」

 

 

チートを使えばほぼ完全に感情を排して機械のように正確に作業をこなすだけの存在になり下がることは可能ですが、誰が好き好んでそんなものになるというのでしょうか。

やはり、感情という不安定なものを抱えているからこそ人間は楽しいのですし、それをむざむざと捨ててしまうのは阿呆のすることでしょう。

 

 

「まあ、なんだ‥‥次からは気をつけろよ」

 

「はい」

 

 

何だか、子ども扱いされているようで、こそばゆいような居心地が悪いような変な感じですね。

社会人として生活しだしてから私をこういう風に扱うのは両親くらいしかいなかったので、上手く言葉にできません。

前世でも一番上で、今世も長女でしたから正しいかどうかはわからないのですが、もし私に姉という存在が居たらこんな感じなのでしょうか。

そう、少しだけ思うのです。

 

 

「説教をしてしまって悪かったな、優しいだけじゃ駄目だというのを覚えていてくれたらいい」

 

「ちゃんと覚えておきますよ」

 

 

今後、平和で無事に過ごすなら必要なことでしょうから。

 

 

 

 

 

 

「あっ、師匠じゃないですか」

 

 

色々と考えることもあり、落ち込み気味な暗い表情を部下達に見せるわけにもいかないので、屋上庭園で昼食を取ろうとしていたら佐久間さんが現れました。

ひょんなことから私が麻友Pの胃袋を掴んでしまったが故に、料理の弟子入りをしてきたのですが、麻友Pが絡まなければまじめで普通な女の子でしたね。

私の業務や佐久間さんの仕事の都合で料理教室は2回くらいしか開催できていないのですが、事前に調べておいてもらった麻友Pの好む味付けの傾向のデータもあり、回数の割に成果は上々といった感じでしょう。

チートをフル活用して佐久間さんのレベルでも再現可能なレシピをまとめたものも渡していますし。

それに完全な形ではなく、いくらか発展させる余地を残した基本形のみを主にまとめておきましたから、この弟子なら自分なりのアレンジを加えていることでしょう。

 

 

「こんにちは、佐久間さん。あれから、反応はどうですか」

 

「はい♪師匠のお蔭でプロデューサーさんは、とっても喜んでいてくれますよ。

この前も『これならいつでも嫁にいけそうだな』って言ってくれたんです」

 

 

両手を頬に当てて、心底嬉しそうにしている佐久間さんは、見ているこちらまでが温かい気持ちになれます。

しかし迂闊な発言は真綿で首を絞めるように、ゆっくりとしかし確実に進行していくのですが、恐らく麻友Pは全く気が付いていないのでしょうね。

後戻りもできない状態になって、自分の置かれる立場を理解した時に彼はどんな反応を示すのでしょうか。

願わくは弟子の思いが最悪な形でなく、最高に幸せな形で終わりを迎えてほしいとは思っているのですが、こればかりは数多くのチートを持つ私でもどうにもなりません。

ですが、この弟子を泣かせるようならば、麻友Pには少しだけ地獄の淵を覗いてもらうことになるでしょうね。

 

 

「師匠はお昼ですか?」

 

「はい、たまには青空を見ながら食べるのもいいかと思いましたので」

 

 

弟子の前で不甲斐ない姿を見せるわけにはいきませんから、チートで穏やかな表情を精一杯作りました。

因みに今日のお昼のメニューは、簡単に作ったおにぎり(鮭・梅・昆布)と卵焼き、自家製お漬物、牛蒡等の根菜をたっぷり入れた味噌汁となっています。

手間暇をかけた凝ったものばかりではなく、時にはこうした簡単でほっとするものを食べたくなる時があるのです。

女子力のかけらも感じられないお昼ではありますが、特別な手間を必要としない分素材の味や調理するものの腕が如実に表れます。なので、拘れる部分には拘った珠玉の一品達であり、そこら辺出来合いものに負けはしないでしょう。

 

 

「いいですね。まゆも今度プロデューサーさんと一緒にここでお昼を食べたいです」

 

「あまり、目立った行動は慎んでくださいよ」

 

 

アイドルの熱愛報道なんて、この世界では即大炎上ですからね。

恋心を殺せというわけではありませんが、TPOを弁えた行動をしてもらえなければ、いざという時に守り切れない可能性もあります。

恋に恋をしたりして夢見がちな未成年には少々酷な要求かもしれませんが、ここは大人として言わなければなりません。

先の件のような失態を再び犯すわけにはいきませんので。

 

 

「わかってますよぉ。まゆもプロデューサーさんも今はアイドルが楽しいですから」

 

 

つい説教臭くなってしまい、佐久間さんは不満げに唇を尖らせていました。

そんなつもりはなかったのですが、口うるさいだけの大人だとは思われたくないので飴を与えてご機嫌をとるとしましょうか。

私は、自分の弁当箱と予備の箸を差し出します。

 

 

「折角ですから、一緒に食べませんか」

 

「はい、喜んで。じゃあ、まずは卵焼きを」

 

 

待っていましたと言わんばかりの迷い箸捌きで佐久間さんは卵焼きを選んでいきました。

砂糖を入れて少し甘く作ってある卵焼きは、有名な料理店などから見稽古したレシピではなく、幼少の頃に祖母から教えてもらった渡家伝統の味です。

もちろん、有名旅亭とかの卵焼きも再現できるのですが、やはり最終的には子供の頃から食べ慣れたこの味が一番だという結論になりますね。

 

 

「はあぁ~~~、師匠の卵焼きは格別ですねぇ。ほんのりとした甘さと卵のふっくら加減とこの絶妙な火加減で作られた層の感じが堪らないです」

 

「佐久間さんは、本当にこの卵焼きを気に入っているみたいですね」

 

「当然ですよ。これさえあれば、他のおかずはいらないくらいですよ」

 

 

頬に手を当てて幸せそうに顔をほころばせて言われると料理人冥利に尽きます。

そういえば、ここ最近は忙しくて実家はもちろんですが祖母のところにも顔を出していませんでしたね。

転生者であるが故に精神的に成熟気味で可愛げのない孫だった私をとても可愛がってくれたというのに、とんだ不義理な孫ですよ。

有給は貯まっていますし、シンデレラ・プロジェクトのデビュー第一陣が粗方片付いたらお土産をもって顔でも出しに行きましょう。

予定も立ったところで、私も昼食をとるとしましょうか。

そうしなければ、卵焼きを全て食べられてしまいかねませんから。

梅干しの入ったおにぎりと予備の器に注いだ味噌汁を佐久間さんに渡して、卵焼きを口に含みました。

少し焼き目を付けた固めの最外層を突破すると、曖昧でもなく完全にも分かれていない絶妙な層によるふっくらとした食感と砂糖によってほのかに甘くなった卵の味が口に広がります。

自分で作っておきながらなんですが、やはりこの卵焼きは完璧ですね。

渡家の女性に代々受け継がれてきたこの味付けに、私のチートで習得した数々の料理の技法が合わさることで卵焼きがご馳走レベルに仕上がっています。

卵焼きで至福を味わっている口に、おにぎりを一口。

先程まで甘味が支配していた口の中をおにぎりの塩気が元に戻してくれて、甘味、塩気、甘味、塩気、甘味と途切れることない幸せな無限ループを作り上げます。

これをある程度続けたら、箸休めに自家製の漬物や味噌汁を啜れば、これ以上に何がいるというのでしょうか。

かぶの浅漬けもいい感じのつかり具合で、この珠玉の一品の中において自らは輝くことはありませんが、名脇役のように欠かせないものとなっており、とてもさわやかです。

 

 

「青空の下、こんなに一杯のお日様を浴びながら、こうして美味しいお昼を食べる‥‥幸せですねぇ~~」

 

「そうですね。忙しいと忘れてしまいそうになりますけど」

 

「師匠は本当に忙しいですからね。大丈夫なんですか?」

 

「はい、問題ありません」

 

 

チートで常人の3倍以上の速度で作業することができますし、睡眠も作業しながらとることができて、睡眠を一切取らなくても数日は余裕で活動できるので問題なんてあるわけがありません。

 

 

「‥‥」

 

「どうかしました」

 

「何でもありませんよ。師匠、卵焼きもう1個もらっていいですか?」

 

 

一瞬、佐久間さんの目がとても鋭くなったのですが、先程の質問に何か大きな意図でも隠されていたのでしょうか。

聞き出そうにも、佐久間さんはこういった腹芸が得意なタイプでしょうから、知らぬ存ぜぬで通されるか上手くはぐらかされるでしょう。

昼行燈といい、こういったことが得意な相手は相性が悪いですね。

後2個しか残っていない卵焼きの1個を渡して、味噌汁を啜ります。

よく煮込んだことで根菜の旨味がしっかりとしみだしていてほっとする味でした。

少し煮崩れした根菜達も程よい硬さを残しており、噛む度に完全に抜けきっていない雑味の抜かれた芯の味がじんわりと味噌汁と混ざり合い、更なる美味しさの扉が開かれます。

 

 

「このおにぎりも塩加減も絶妙ですし、口の中ではらはらとほどけてきていくらでも食べられそうです。

ホント、師匠の料理には外れなく絶品ばかりですね」

 

「褒めても、これ以上卵焼きはありませんよ」

 

「そんなんじゃ、ないですよ」

 

 

よく食べる女の子より小食の女の子の方が可愛いという意見を聞いたことがありましたが、それは絶対に間違っていると断言できますね。

こうして美味しそうにものを食べている幸せそうな美少女を見たら、胸の奥の方から温かい気持ちがあふれ出しそうになるのですから。

食べ過ぎて体型を崩してしまうのはいただけませんが、そういった管理ができているのならいっぱい食べる姿というのは魅力の1つとして十分になりえると私は確信します。

 

 

「ほら、ついてますよ」

 

 

おにぎりに夢中になるあまりか、佐久間さんの口元にご飯粒が付いていたので取ってあげました。

数に関しては諸説ありますが、お米には神様が宿ると言われていますから捨ててしまうのは罰当たりですので、美味しくいただきます。

異性間でこれをやってしまえばラブコメチックになるでしょうが、10以上も年齢の離れた同性間でならば特に問題はないでしょう。

 

 

「‥‥師匠の前に、プロデューサーさんに出会えてよかったかもしれません」

 

 

佐久間さんが小声でそう呟きますが、面倒なことになる予感しかしないので聞こえなかったことにしましょう。

その方が、私の精神衛生上良いと第六感が囁いていますから。

こういった時は何も考えずに食事に没頭するに限ります。

 

 

「そういえば、師匠。まゆのプロデューサーさんが、今度料理バトル番組の仕事を取ってくるつもりみたいなんですが、その番組って2人1組での出演らしいんです。

その時はお願いしていいですか?」

 

「一応、武内Pには確認を取っておきますが、問題ないと思いますよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

料理バトルですか。あまり食べ物で遊ぶような真似はしたくないのですが、弟子の頼みとあれば師匠としては聞き届けねばならないでしょう。

しかし、決して自慢するわけでもなく客観的に考えた上でのことですが、私が出場したら確実に圧勝しそうなのですが問題はないのでしょうか。

アイドル業界にも料理自慢なアイドルは大勢いますが、それでもプロに届きそうなレベルでしょう。

私の場合は本職の、しかも超一流の人間達の調理技術をそのまま習得しているわけですから、実力差は圧倒的であり弱い者虐めをしている風になりかねません。

まあ、その辺は武内Pや麻友Pが対処してくれるでしょうから、私は決まったことに身を任せるとしましょう。

温良貞淑、自画自賛、藪をつついて蛇を出す。

とりあえず、残りも食べてしまって、もう少しこの平和な時間を謳歌しましょう。

 

 

 

 

 

 

佐久間さんとの穏やかな時間を過ごした後、週末に決まったMVの会議で必要となりそうな資料作成をささっと済ませて、各Pに進行予定等をまとめた資料を送っておきました。

採用が決まったアイドル達もMV撮影の為の調整に励んでいるようですし、私も負けてはいられません。

なのでその後の時間は、軽く鍛錬して汗を流したり、余っている部下の仕事を手伝おうとして拒否されたりと色々しながら定時まで過ごしていました。

係長とアイドルを兼務しているので私自身の就業時間は不規則な部分があり、別に事務員時代のように定時まで待つ必要はないのですが、長年染みついた習慣は抜けないもので、定時前に帰ることに物凄い罪悪感が湧くのです。

そんな私の変なこだわりは置いておき、特にやることもなく、ちひろ達も用事があるそうなので1人酒にしゃれ込みましょう。

そう心に決めて、廊下を歩いていると目の前にもこもことした物体が横切りました。

 

 

「あっ、七実お姉さん。こんばんわでごぜーます」

 

「はい、こんばんわ。市原さん」

 

 

もこもこな物体の正体は羊をモチーフにした着ぐるみを着た市原さんでした。

市原 仁奈。我が346プロに所属するアイドルの中でも最年少組である9歳の可愛らしいアイドルです。

着ぐるみが大好きなようで、今着ている羊以外にもうさぎやパンダ、オオカミと多彩な種類を取り揃えており『○○の気持ちになるですよ』というなりきり演技を得意としています。

私の年齢だと、下手をすると娘でも十分通用するほどの年齢差があり、それに気が付いた時はかなりの衝撃を受けましたね。

しかし、既に定時を過ぎているというのに、どうして社内に残っているのでしょうか。

事と次第によっては、担当Pとは極めて原始的で物騒な肉体言語でのオハナシを検討せざるを得ないのですが。

 

 

「市原さん、どうしてまだ残っているのですか」

 

「ママが遅くなるみてーなので、お家に1人でいるよりここにいる方が良いって、プロデューサーが言ってたでごぜーますよ!」

 

「そうですか」

 

 

こんな愛らしい娘を放っておいて仕事ばかりとは、市原母許すまじ。

そして、そんな家に帰そうとせずに事務所に留めておく判断を下した担当Pはそこそこ有能ですね。誰か見守る人をつけておけば完璧だったのですが、それらしき姿が見えないので大幅減点です。

噂程度には市原さんが抱える家庭事情は聞いていましたが、ここまでとは想定の範囲を超えていました。

まあ、何も知らない第三者ではわからないような複雑極まりない理由があるのかもしれませんが、それを聞いたところで私は許せそうにはないと思います。

 

 

「市原さん、お母さんは何時頃に迎えに来てくれるかわかりますか」

 

「わからねーでごぜーますよ。ママのお仕事はとても忙しいみてーですから」

 

「わかりました。ちょっと待っててくださいね」

 

 

スマートフォンを取り出して、市原さんの担当Pへと電話をかけます。

電話はすぐに繋がり、何故かとても恐縮した声で対応してきました。

市原さんを保護したこと、母親から迎えについてなにかきいていないか等を色々質問すると返ってきた答えに怒りが込み上げてきそうになりましたが、それを担当Pにぶつけるのは八つ当たりにしかならないので努めて冷静に振るいます。

 

 

「わかりました。市原さんについては私が責任をもって面倒を見ておきますから、母親と連絡が付き次第私に連絡を入れてください」

 

「はい!」

 

 

どうやら、電話越しに何かを感じ取ったのか担当Pの声には怯えの色が混ざっていました。

冷静になり過ぎてしまったのが余計に恐怖感を煽ってしまったようですね。今度、何かしらのフォローをしておきましょう。

通話を終了して、最底辺まで落ち込みそうになる気持ちを何とか奮起して優しい表情を作ります。

 

 

「ということで、市原さん。お母さんが迎えに来てくれるまで、私のお家に来ませんか?」

 

「いいんでごぜーますか!?」

 

 

家に来ないかと誘っただけなのにこんなに嬉しそうに目を輝かせるなんて、いったいどれだけ寂しい思いをしてきたのでしょうか。

想像力が豊かな方である所為か、色々なことが頭を過ってしまいます。

 

 

「はい、市原さんが良ければ」

 

「ありがとうでごぜーます!あと、仁奈は仁奈でごぜーます!」

 

 

どうやら、私の家に来ることは了承してくれたみたいですが、仁奈は仁奈というのは、もしかして名前で呼んで欲しいという事でしょうか。

 

 

「えと‥‥仁奈ちゃん?」

 

「はい!」

 

 

純真可憐という言葉がよく似合う仁奈ちゃんの笑顔を見て、私はある決意をします。

この娘の笑顔を決して曇らせることないように守る。

子供というのは私達大人が大切に守るべき宝であり、こんなにも寂しい思いをしながらも明るく真っ直ぐ育ったのは仁奈ちゃんの生来持つ善性によるものでしょう。

度々言うようでありますが、私はハッピーエンド至上主義であり、どこか悲しいけど綺麗なトゥルーエンドよりもご都合主義が多すぎてもみんな笑顔なハッピーエンドの方が好みなのです。

現実世界ではそれを求めるのは理想論であるというのもわかっていますが、それでもそれを求め続ける意志は大切でしょう。

 

 

「じゃあ、仁奈ちゃん。帰りにお買い物に付き合ってくださいね。

その代わりに、夕飯は仁奈ちゃんの好きなものを作ってあげますから」

 

「ホントでごぜーますか!?なら仁奈、ハンバーグが食べてーです!!」

 

「お任せあれ、ハンバーグは私の得意料理ですよ」

 

 

仁奈ちゃんが望むとあればチート技能をフル活用して世界最高レベルのお子様ハンバーグを作ってあげます。

武内Pの好みはがっつりとした肉を食べているという食感の強いものが好みでしたが、仁奈ちゃんの場合はそういったものであると顎が疲れてしまうでしょうし柔らかめの方が良いでしょうね。

上にかけるソースも未成熟な味覚でも美味しいと感じられるように、慣れているケチャップベースで酸味を抑えて甘味を強くしましょう。

上に目玉焼きをのせるというのもありですね。

ご飯はどうしましょう。私だけなら普通のご飯の方が合うと思うのですが、今回の主役は仁奈ちゃんですからケチャップライスとかの味のついたものの方が良いかもしれません。

しかし、それだとソースのケチャップとで重なってしまってくどくなってしまいかねませんし、判断が難しいですね。

とりあえず、スーパーまでは距離がありますから、歩きながら考えればいいでしょう。

 

 

「では、行きましょう」

 

「はい!」

 

 

手を差し出すと嬉しそうに繋いできました。

私よりも遥かに小さく柔らかいその手は、握ってしまうと折れてしまうのではないかと不安になります。

 

 

「七実お姉さんの手はおっきいでごぜーますね」

 

「大人ですからね」

 

「仁奈も大人になったら、七実お姉さんみたいになれやがりますかね?」

 

「きっと、私よりも素敵な大人になれますよ」

 

 

繋がれた手を勢い良く振りながら歩く仁奈ちゃんの歩調に合わせながら、次々とされる質問に答えていきます。

こうして過ごしていると、これが女の幸せなのかもしれないと思ったりもしますが、生憎私が母親になれる日は当分どころか来ない可能性がありますからわかりませんね。

でも、今仁奈ちゃんを愛おしいと思う気持ちは嘘ではありませんから、わからなくても構いません。

 

 

「そうだ!七実お姉さん、ちょっとしゃがんでくだせー」

 

「はい」

 

 

何かいいことでも思いついたのかそんなお願いをされたので、素直にしゃがみます。

すると仁奈ちゃんは、背負っていたリュックから犬耳のついたカチューシャを取り出して私の頭に装着させました。

 

 

「これで七実お姉さんも、オオカミの気持ちになるですよ!」

 

 

狼の気持ちはいいのですが、もしかしてこれを付けたまま歩かないといけませんか。

この年齢でこの狼耳のカチューシャを付けたまま街中を歩くというのは、かなりの勇気を要求される行為なのですが。

嬉しそうにしている仁奈ちゃんにそれについて聞ける雰囲気ではありませんし、諦めるほかなさそうですね。

狼は童話等では悪役扱いが多いですが、実は人間以上にとても家族愛にあふれる生物で、生涯決めたパートナーと添い遂げ、父親も子育てに積極的で親族一同で助け合って生きていくのです。

もしかしたら、そういう意味でこの狼耳を付けたのでしょうか。

そうだとしたら、養子縁組も視野に入れた行動をするつもりですが、暴走してはそれも難しくなるので今は事態を静観しておきましょう。

とりあえず、狼の気持ちになるように言われたので声帯模写で本物そっくりの遠吠えを披露します。

 

 

「すげーでごぜーます!七実お姉さんは、ホントにオオカミさんになっちまったでごぜーます!」

 

「どんなもんです」

 

 

と調子に乗って披露してみたはいいのですが、あまりにも似せ過ぎてしまった為か次々と廊下にまだ就業中の社員達が出てきました。

今の姿を見られる訳にはいかないので、私は仁奈ちゃんを抱えて全速力で廊下を駆け抜けます。

 

 

「はえーでございます!仁奈、風の気持ちになるですよ!」

 

 

そんな楽しそうな仁奈ちゃんを見て、思わず頬を緩ませてしまいながら抱いたこの気持ちをとある世界で一番有名なネズミの生み親であるアメリカのアニメーターの言葉を少し改変して述べさせてもらうのなら。

『女も仕事のために家族を犠牲にしてはならない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、私の部屋まで迎えに来た仁奈ちゃんの母親と少し話をすることになり、夕食やお風呂でのことを教えてあげると号泣して土下座をし始め、市原家の家庭事情についての相談を受けることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カリーニナのけじめについては、次話あたりでやりますので、もう少しお待ちいただけると幸いです。

‐追記‐
言葉不足で勘違いをさせてしまう事態が多々ありましたので、捕捉させていただきます。
けじめとは、カリーニナがというわけではなく。
カリーニナにあえて問題行動を起こさせた作者のフォローなり、その後を書くなどのけじめという意味です。


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山は山を必要としない。しかし、人は人を必要とする。

一応、作者なりのカリーニナけじめ編です。
どうか、温かく見ていただけると幸いです。

‐追記‐
けじめと書きましたが、カリーニナ(の行動のオチを書くという作者の)けじめ編です。
ことばがたらず、誤解を招いてしまい申し訳ありません。


どうも、私を見ているであろう皆さま。

親の心、子の心。大切な心を守る、渡 七実です。

仁奈ちゃんの笑顔を守る為に、市原家の家庭事情に介入することを決めたのはよかったのですが、チートを持っているとはいえ世の中はそう簡単に思い通り進まないということを改めて痛感しました。

会話するだけで簡単に相手の心を救ってしまうオリ主としての器は私にはなかったようで、一晩では話を聞いて何が原因でこうなってしまったのかを究明することしかできませんでした。

気持ちだけで何とかなってしまうのなら、この世界から対立や戦争といった出来事はなくなることでしょう。

とりあえず、昨夜は泣き疲れてしまった仁奈ちゃんの母親も私の部屋へと泊めたのですが、正直これからどうしようという感じですね。

市原家の家庭事情としては、両親は共働き。父親は長期の海外出張中、母親は数年前に功績が認められ昇進して倍以上に増えた業務に忙殺されて、家庭も頑張っているつもりであったがつい仁奈ちゃんは良い子だから大丈夫だろうと思い後回しにしてしまった、だそうです。

確かに仁奈ちゃんはとても良い子でした。

スーパーへと買い物に行った際も『好きなお菓子を持ってきていいですよ』と言って、一緒にお菓子コーナーまで行ったのですが。

 

 

「お菓子って、こんなに種類が多かったでこぜーますね」

 

 

至って普通のスーパーのそこそこに陳列されたお菓子コーナーを見て、出た言葉がこれでした。

色々と深く勘繰り過ぎてしまったのではないかともその時は思っていましたが、家庭事情を聞いたことでそれが事実だったと確定してしまいました。

どうして、こう外れてほしい予想というのは悉く裏切られるのでしょうね。

それらに加えて、当初の予定よりレシピを簡略化して一緒にハンバーグを作ったこと、それを食べながら仁奈ちゃんが泣いていたこと、お風呂でまたママと入りたいと零していたこと、それらを全て伝えると母親は涙が滂沱として止まらない状態となっていました。

仕方ないので肩を貸してあげましたが、こうした役回りは時に禁忌の門を開いてしまいかねないので勘弁してもらいたいものです。

次第に嗚咽が規則正しい寝息に変わったので、体型の近かったちひろの予備の寝間着に着替えさせて仁奈ちゃんの横に寝かせておきました。

その後、私なりに市原家の家庭事情の改善案を考えてみたのですが、結果は芳しくありません。

仁奈ちゃんの母親が美城系列の会社に勤めているのなら、昼行燈の人脈を少々拝借して裏から手をまわすことも可能なのですが、全く関係のない企業に所属しているので不可能です。

転職を勧めるという手もありますが、家庭を蔑ろ気味にしてしまうほどに今の職場を気に入って遣り甲斐を感じているので無理強いはできませんし、30半ばという年齢を考慮すると転職は勇気のいることでしょう。

さてさて、本当にどうしたものでしょうか。

並列思考で脳が消費していくエネルギーを、ブドウ糖をブロック状に固めたものを口に放り込んで補給しながら、部下の提出してくる書類の確認作業と市原家の家庭事情改善案を考え続けます。

チョコ等のお菓子でもいいのですが、今は甘味よりも効率の方が優先されますので、味気ないですがこれで我慢しましょう。

 

 

「あの‥‥係長」

 

「はい、なんでしょう。確認作業でしたら、もうすぐ終わりますよ」

 

「いえ、そうではなく‥‥食べ過ぎでは?もう10個以上食べているはずですが」

 

 

既に数十パターンに及ぶ市原家改善計画を立てて考えても、どれも完璧とは程遠い穴のある計画であり、その穴を埋めようとするとどこかに穴が開いてしまうという最悪のループに陥ってしまって気が付きませんでした。

悩めば、悩むほどに深みに嵌っていくような気がしてなりませんが、背負うと決めた以上投げ出すことなどあり得ません。

その気負いがストレスとなり、ついつい食べ過ぎてしまったようですね。

確かにアイドルをしている人間が見える範囲で暴食をしていたら、止めようとするのは正しい判断です。

私の場合は、摂取した糖分は消費されていくので問題はないのですが、第三者から見たらそんなものはわからないでしょう。

 

 

「問題ありません。摂取した栄養分はちゃんと消費しますから」

 

「いえ、そうではなくて‥‥」

 

「確認しました。特に問題ありませんでしたので、このまま進めてください」

 

「‥‥はい。はいっ!?」

 

 

確認を終えた書類を部下に返すとなぜか気落ちした声で返事をされた後、変なものを見たような驚愕の声で再び返事をされました。

返した書類に驚くような何かがついていたのでしょうか。

 

 

「どうかしましたか」

 

「い、いえ!何でもありません!」

 

「そうですか」

 

 

明らかに何でもないという様子ではないのですが、今は部下の奇妙な反応を問い質すよりも市原家の環境改善が優先されます。

愛機達で『子育て 仕事 両立』という検索ワードでいろいろ調べてみるのですが、これといって参考になるようなものがなく、寧ろヘドロのようにドロドロとした他人の家庭環境を垣間見てしまいストレスがさらに加速しそうですね。

仁奈ちゃんをいつまでもあのような家庭環境の中で過ごさせるわけにはいきませんので、早急な解決が求められるというのに、遅々として進展の見られない自身に苛立ちが募ります。

就業時間内にこういったことを調べるのはあまりよろしくないとは思うのですが、一応アイドル関係のことではありますし、自身のすべき仕事は9割方終わらせていますので許してもらいたいですね。

 

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

 

部下達が何やらアイコンタクトと微かな表情の変化、メールで何やら私にばれないように極秘会議を開いているようですが、いったい何だというのでしょう。

私の耳の良さを学習してからは、こうした事はアイコンタクトや暗号化されたメールでやり取りするようになりましたし、そのパターンも定期的に変わっていて時にわざと欺瞞情報も織り交ぜているようです。

何でしょう、私の部下達はスパイにでもなる気なのでしょうか。

本気を出せば全て解読できないこともないのですが、流石にそこまですると可哀想なのでやめています。ですが、こういう時にされると気になってしまいますね。

ブドウ糖ブロックを口に放り込み、更なる情報収集を進めます。

ネットに落ちている情報に答えを期待しているわけではありませんが、それでも参考になる程度の後日談やその後の進展等を記載しておいてほしいものですね。

中途半端な所で書き逃げされてしまうと色々と想像してしまって、さらにストレスになってしまいそうです。

こうなれば、私の追跡技能を駆使して書き逃げした人間達を全て洗い出してやろうかと思ったりもしましたが、流石にそれはやりすぎな気もしますので自重しましょう。

答えの見えない難題に苛立ち過ぎているようですね。

 

 

「七実さん!」

 

 

ノックもされずに蹴破られんばかりに扉が勢いよく開き、ちひろが現れました。

顔からは血の気が引いていて、表情は絶望に染まりきっています。

今朝、仁奈ちゃん達親子のついでに作ったお弁当を渡した時には、普通に元気そうだったというのにいったいどうしたのでしょう。

もしかして、シンデレラ・プロジェクトに何か異常でも起きたというのでしょうか。

床を踏み鳴らして近づいてくるちひろでしたが、何か迷いがあるのか私のデスクとの距離が縮まるにつれて何かに怯えるように弱々しくなっていきます。

その様子を見て部下の一人が顔をしかめていましたが、状況が一切理解できません。

私の知らない間にいったい何が起きているのでしょう。

 

 

「‥‥誰の子、なんですか?」

 

「はい?」

 

 

10秒足らずの距離を1分近くかけて私のデスク前にやってきたちひろは、聞きたくないけど、聞かねばならないという悲しい覚悟を決めたという感じの表情をして、訳の分からない質問をしてきました。

誰の子って、どういう意味で誰を指しているのでしょうか。

 

 

「だから、七実さんのお腹の子は誰の子なんですか!」

 

 

私の返答が気に入らなかったのか、ちひろは語気を荒げながらそう言いました。

質問を構成される単語の意味はしっかりと理解できるのですが、何がどうして、そうなった結果でそれらが繋がることになったのでしょうか。

というか、どこでそんな誤解が生まれたのでしょう。

 

 

「いやいや、何を言っているのか全く解らないのですが」

 

「隠さないでください!武内君ですか!?武内君なんでしょう!?」

 

 

妄想が成層圏を突き破るまでにぶっ飛んでしまったちひろの頭の中では、私のお腹の中には子供がいて、しかもその父親は武内Pということになっているようですね。

確かに武内Pのことは信頼していますし、悪い男性ではないと思っていますが、だからといって相棒の想い人を寝取ろうなんて考えたことは一切ありません。

前世の年齢を含めると親子でも通用するくらいには離れているのですから、そんな相手に手を出そうとするなんてアウトでしょう。

とりあえず、落ち着かせる為にちひろの頭頂部に手刀を叩き込んで黙らせます。

変な誤解が広まってしまって武内Pの立場を悪くするのは、良くありませんからね。

 

 

「落ち着きましたね」

 

「‥‥はい」

 

「何故、そんな誤解をしたのか理解に苦しみますが‥‥一応言っておきましょう。私は処女ですよ」

 

 

私とちひろの様子を固唾を呑んで見守っていた部下達は、私の発言に驚いたのか一斉に噎せ始めました。

処女というのをカミングアウトするという女を捨てた行為には抵抗がありましたが、これくらいしなければこの状況は収められないでしょう。

それに、私が異性との交際経験がないというのは周囲の人間は薄々悟ってはいたことでしょうから、今更という感じでしょうね。

 

 

「えと‥‥その‥‥ごめんなさい」

 

「別に謝らなくて大丈夫ですよ。恥じるような年齢でもなくなりましたし」

 

 

嘘です。今も、チートがなければ顔が真っ赤になっているかもしれません。

正直今すぐにこの場から逃げ去りたい気持ちでいっぱいですが、その前にやるべきことはやっておかなければなりませんね。

 

 

「ちひろに誤解を与えるような情報を流した者は、名乗り出なさい。

今なら、オハナシで済ませてあげますよ」

 

「も、申し訳ありませんでした!」

 

 

少し苛立ちを露にしながらそう言うと、犯人はすぐさまに名乗り出ました。

自身の席から飛び出すように私のデスクの前に移動して、飛び上がりながら土下座の姿勢を取って着地するという不自然極まりない行動ではありましたが、それだけ焦っていたという事でしょう。

そんなに恐ろしいですかね。私のオハナシ。

まあ、それはさて置き、誤解されるような情報をちひろに流したのは、掲示板サイトにおいて広報官という名で非公認な広報活動をしている部下でした。

未来の重役候補に名は上がりませんが、社員としては優秀な方ではあります。

こういった勘違いやら、先走ってしまう性格さえ矯正されれば、もっと上層部からの評価も上がるのでしょうが、それは太陽が西から昇らない限りあり得ないでしょう。

 

 

「そうですか、ではオハナシしましょうか」

 

「‥‥はい」

 

 

土下座の姿勢のまま死刑宣告を受けたように震えていましたが、安心してください。

本当に平和にオハナシするだけですから。本当ですよ。

 

 

 

 

 

 

ちひろの誤解を解き、部下との有意義なオハナシを終えた私は、巫女治屋まで完成した衣装を取りに向かっています。

わざわざ私が出向く必要もないのですが、市原家の家庭事情改善に頭を悩ませ続けてストレスが溜まっていたので、気分転換になるだろうと思い出向くことにしました。

それに、私が再現した虚刀流最終決戦仕様をあの店主がどのように昇華させてくれたのかが気になりますから、きっと気晴らしでなくても私が取りに行くと言っていたでしょうね。

瑞樹達の曲を流しながら社用車を運転し、ゆっくりと巫女治屋を目指します。

本来なら気ままにドライブを楽しむところですが、今回の同行者的にそれも難しいかもしれません。

 

 

「‥‥何か、聞きたい曲があれば好きに変えてください」

 

はい(ダー)

 

 

助手席に座っているカリーニナさんも、私と同様に若干緊張しているようでした。

本当は一人で行くつもりだったのですが、レッスン等の予定も入っていないので連れて行ってあげてくださいとちひろにお願いされたのです。

ある程度完成しているとはいえ、デビュー前のアイドルにこんなに都合よく空き時間ができるわけありませんので、きっと武内Pが調整してくれたのでしょう。

年下にここまで御膳立てされてしまうと年上としての威厳がなくなってしまいますが、輿水ちゃんの時の事を考えると時間がかかっていた可能性が高いので助かっています。

カリーニナさんも何か言いたそうにしていますが、ここで先に言われてしまうと威厳がストップ安になってしまいかねませんので、私からいかせてもらいましょう。

 

 

「この前は、すみませんでした。私が大人としての義務を果たさないばかりに、カリーニナさんには不快な思いをさせてしまいましたね」

 

 

私がもっとうまく立ち回っていれば、今回のような件は起こらず平和に過ごせていたはずなのです。

静観という名の責任逃れ的な行動をした結果がこうなのですから、こんな言葉だけでは足りないくらいでしょう。

 

 

「どうして‥‥師範(ニンジャマスター)が謝るんですか?」

 

「責務ある大人が、適切な時に、適切な判断を下し、適切な行動をとれなかった。それだけで、謝罪に値しますよ」

 

 

こういった時、私の小市民的な性格と回りくどい言い方になってしまうのが嫌になりますね。

もっと素直に自らの失態を謝ることができればいいのですが、どうしてこうなってしまうのでしょう。

自己嫌悪の念が募りますが、無意識的にそれを顔に出さないようにしてしまう保身思考が働いてしまうのが腹立たしいです。

 

 

違います(エータ ニェ プラーヴィリナ)』「私が我儘を言ったのが悪いんです」

 

 

カリーニナさんは首を振って否定してくれますが、慶さんの言っていた通り大人が子供の我儘を正せなかった時点で駄目でしょう。

 

 

「その我儘を正すことが、大人の責務なんですよ」

 

 

サポート役を請け負っておきながらこのような問題を起こしてしまうとは、武内Pには本当に申し訳ないことをしてしまいましたね。

イベント用の会場は私が押さえていたとはいえ、方向性の異なる2つのユニットデビューの為に各部署や関係者達への顔合わせや調整で忙しかったのに、今回の件を起こしてしまいましたし。

迷惑料ではありませんが、何かしらの恩返しをしなければならないでしょう。

何かしらの物品を買ってあげたり、手作り弁当を渡したりしたらちひろ達が黙っていないでしょうから、また妖精社で何かいいお酒でも奢ってあげるとしましょうか。

超常連になりつつある私達は、最近では店長さんから仕入れるお酒の種類や銘柄について相談を受ける程になってきましたので、ある程度私達好みのお酒が揃っています。

この前、おすすめしておいたタンカレーNO.10やらアブサン等を仕入れたという連絡も入っていましたし、丁度いいかもしれません。

思考が脱線してしまうのは悪癖だとはわかっていても、なかなか修正が難しいですね。

 

 

師範(ニンジャマスター)‥‥そうやって背負い込み過ぎです」

 

「カリーニナさんも大人になれば、わかりますよ」

 

 

納得がいかないようですが、私としてもこの責任の所在は譲る気はありませんのであきらめてもらいましょう。

ここでもし今回の責任はカリーニナさんにあるという風にしてしまえば、彼女の囚われない自由な気質を縛り付けてしまいかねません。

勿論、今後似たようなことがあれば大人としての責務を果たさせてもらいますが、今回の落としどころとしてはこれが妥当でしょう。

 

 

「‥‥大人だから怒らないって、ずるいです」

 

「そうですか」

 

 

怒ってもらえないということは、残酷なことなのでしょうか。

今世においては精神的にもある程度成熟していましたから、怒られるような行動は慎むか、または隠蔽工作等で隠すかしていましたのでわかりません。

 

 

 

「私、悪い子でした。プロデューサーもミナミもミクもチエリも、私のことを叱ってくれました」

 

「‥‥」

 

「悪い子は叱られる。我儘でみんなに『迷惑(パミェーハ)』をかけましたから、当然です。

でも、ナナミは大人だと言って私を叱りません。どうしてですか?」

 

 

もう他の人達から叱られていて反省しているのなら、これ以上私がいう事はないように思うのですが、カリーニナさんはどうして叱ってほしいのでしょう。

確かに責任は10:0というわけではありませんが、それでも私側の割合の方が大きいのですから、それを棚にあげて叱ることなど、どうしてできましょうか。

そんなのは、質の悪い開き直りでしかありません。

 

 

「私のこと、『嫌い(ニエナヴィージュ)』になりました?」

 

「そんなこと、ありません!」

 

 

泣きそうな表情であり得ないことを言い出すカリーニナさんに、つい言葉を荒げてしまいました。

私がシンデレラ・プロジェクトのみんなを嫌いになることなどあり得ません。

たとえ何かしらの原因で嫌われるようなことになったとしても、私はメンバーのみんなを嫌いになることなどないと確信しています。

突然語気を荒げた私にカリーニナさんは、一瞬驚いたような表情をしましたが、すぐに安心したような笑顔になりました。

蕾が花開くようなその美しい表情の変化は、運転中という目を離すことができない状況でなければ見蕩れていたかもしれません。

しかし、声を荒げられて笑顔になるなんて被虐趣味の気でもあるのでしょうか。

 

 

『‥‥良かった』「嫌われてしまったかと思いました」

 

「どうして、そう思ったのですか?」

 

「だって、『怒らないのは優しいからじゃない、その人を嫌いか興味がないからだ』ってママが言ってました」

 

「なるほど」

 

 

好きの反対は嫌いではなく無関心。

怒るという行為は確かに自分が思っている以上にエネルギーを使いますから、その人と関わりたくないと思ったりすれば無駄なエネルギーを使いたくないので怒らないでしょうね。

今回の場合は、私の非が大きいので怒ることができなかったのですが、そこまで思ってしまうのなら本意ではありませんが仕方ありません。

私はハンドルから左手を放して、親指と中指で丸を作ってゆっくりとカリーニナさんの額に近づけて軽く弾きます。

カリーニナさんは弾かれた額を軽く押さえてきょとんしていました。

そこまで力は込めていなかったので、痛みや跡が残ることはないでしょう。

 

 

「シンデレラ・プロジェクトには年下の子もいるのですから、もう少し落ち着きを持ちましょうね」

 

『‥‥はい(ダー)!』

 

 

こんなことで喜ばれても私としては困るのですが、カリーニナさんが満足しているのなら良しとするしかありません。

しかし、軽くとはいえカリーニナさんに罰を与えたのですから、私も罰を受けなければなりませんね。

 

 

「カリーニナさんも私に何かしていいですよ」

 

「‥‥本当ですか?」

 

「ええ、それでお相子にしましょう。ですが、反撃するのであれば車が止まるまで待ってください」

 

 

踏ん張りの利かない不安定な姿勢からの一撃をもらったくらいで事故を起こしてしまうほど、私の運転テクニックは低くありませんが、公道では事故に巻き込まれる可能性は0%ではありませんので慢心は危険でしょう。

普通の衝突事故くらいであれば私は軽症くらいで済むでしょうが、カリーニナさんは下手をするとアイドル生命が絶たれたり、命そのものが絶たれたりするかもしれません。

 

 

「なら、1つお願いを聞いてくれますか?」

 

「ええ、いいですよ。私にできる範囲であれば、何でもしてあげましょう」

 

「絶対ですよ?」

 

「はい」

 

 

ここまで念を押すとはいったい何を頼む気でしょうか。

ちひろや瑞樹達であれば、少しお高いお酒を奢ってほしいというお願いで済むのでしょうが、未だに行動パターンが把握できないフリーダム枠のカリーニナさんからいったいどんな要求が飛び出てくるか、想像もできません。

安請け合いするべきではなかったと思ったところで、今更何でもはなしというわけにもいきませんから、ひどいお願いがこないことを願いましょう。

 

 

「私に、虚刀流を教えてください!」

 

「却‥‥」

 

 

条件反射で却下と叫びそうになりましたが、その瞬間カリーニナさんの顔が悲しげに歪むのを見て何とか踏みとどまりました。

人の退路を潰したここでその要求を持ってくるとは、策士ですね。

ここまでうまくはめられてしまうと、ここまでの一連の流れは全てカリーニナさんの掌の上だったのではないかと思ってしまいます。

しかし、このワクワクと了承の返事を待つ様子を見ているとその可能性は低いでしょう。

何でもしてあげましょうなんて言わなければよかったと後悔したところで時間は戻すことができませんから、諦める以外の選択肢が存在しません。

 

 

「生半可な覚悟では、入り口も見えませんよ」

 

はい(ダー)!』

 

「あの七花でも、習得には10年近くかかっていますからね」

 

「望むところです!」

 

「私は、請け負ったことは投げ出しません。血反吐を吐く思いをしてでも、全て習得してもらいますよ」

 

「勿論です!私、頑張ります!」

 

 

念は押しましたからね。修業が始まって後悔しても一切手は抜きませんよ。

まったく、虚刀流はまだ未完了ですし、七花以外に教える気はなかったのですが、七花の暴露に加えて、昼行燈の策略に嵌って一般に流出することが決まった時点でこうなる運命だったのかもしれません。

 

 

「鍛錬の日取りは追って伝えますから、覚悟しておいてくださいよ」

 

「はい!よろしくお願いします、師範(ウチーティェリ)!」

 

 

忍者マスターから昇格したのかどうかはわかりませんが、佐久間さんとはまた違う弟子ができました。

喧嘩両成敗、前言撤回、師資相承

平和とは程遠い物騒極まりない技術ではありますが、カリーニナさんなら正しく使ってくれるでしょう。

 

 

 

 

 

 

「で、今度はどんな厄介ごとを背負い込んだの?」

 

 

いつも通りの特大ジョッキに注がれたビールではなく、サン○リーの山崎の注がれたグラスを揺らしながら瑞樹が尋ねてきます。

人様の家庭事情をおいそれと話してしまうわけにはいきませんから、無言でグラスを傾けて口を塞ぎます。

果実のような芳醇な香りと、それを裏切らないほんのりとした穀物系の甘みに優しい酸味の余韻が、シンプルなようでいて複雑な味わいを作り出していました。

瑞樹と並んで同じように山崎を楽しんでいる菜々も視線で『さっさと話したほうが楽ですよ』と訴えかけていますし、どうしたものでしょう。

いつから妖精社の個室は取調室みたいになってしまったのでしょうか、と嘆いたところで状況は変わらないでしょうね。さて、どう話をそらしましょうか。

これがちひろや楓であれば武内Pの話題に持っていけば上手く有耶無耶にできるのですが、この2人には効果はないでしょうし。

瑞樹達が吹聴するとは思っていませんが、それでもこういったことはどこから漏れるかわかりませんし、相談を請け負ったものとして最低限守るべき守秘義務というものがあります。

 

 

「‥‥その質問には、黙秘します」

 

「七実さん。それだと厄介ごとを背負い込みましたと自白しているようなものですよ」

 

 

菜々が笑いながらそう言いますが、ちひろからある程度情報は流れているでしょうから逆にしらを切ろうとすると面倒事になるでしょう。

ちひろには『知り合いの家庭事情について相談を受けて調べていた』としか伝えてないので、それ以上の情報があるとは思えません。

身内の事なのでと濁せば、瑞樹や菜々も深く追及できないでしょう。

 

 

「身内の「で、仁奈ちゃんを助ける妙案は思いついたんですか?」‥‥どこでそれを?」

 

 

私は口を滑らせていませんし、担当Pにもこれについてはあまり口外しないようにと厳命しておいたのでないと思います。

それでは、いったいどこから漏れたというのでしょうか。

 

 

「ふっふ~~ん、ウサミン星人を舐めてもらっては困りますよ」

 

「何がウサミン星人よ。ただ仁奈ちゃんのお弁当の内容が私達と殆ど同じだったから気が付いただけじゃない」

 

「あぁ~~!ネタばらしはもう少し引っ張らないと!」

 

 

迂闊でしたね。お子様な仁奈ちゃんでも美味しいと思ってもらえるように味付けには気を付けていたのですが、盛り付けからばれるとは思ってもいませんでした。

そういえば、菜々の担当Pも仁奈ちゃんと同じでしたね。

今日は、菜々と仁奈ちゃんの仕事は重ならないはずだったのですが、ばれてしまったものは仕方ありません。

大きな溜息をついて両手をあげます。

担当Pが同じ菜々なら市原家の家庭事情についても多少は知っているでしょうし。

 

 

「そこまでわかっていて質問してくるとは、良い性格していますね」

 

「あら、七実の1人で抱え込もうとする悪癖よりはましだと思うわよ」

 

「七実さんだったら、大抵のことは1人で大丈夫なんでしょうけど‥‥それでも、相談してほしいと思っちゃいますよね」

 

「今回は、人様の家庭事情に首を突っ込むわけですからね。そう簡単に口外できませんよ」

 

 

それについては2人とも理解しているので、仕方ないという表情をしていますが納得はしていなさそうです。

確かに菜々の言う通り、チートによって大抵のことは独力で解決できてしまうので、余程のことがない限り相談を持ち掛けたりしないのは認めましょう。

ですが、それは瑞樹達に負担をかけてはならないという配慮もあるのです。

アイドル兼係長を務める私ほどではありませんが、アイドルとして順調に売れている2人もなかなかに多忙ですからね。

ここで私でも答えを見つけきれない市原家の家庭事情に関わらせて、ストレスで体調を崩すようなことになってしまったら目も当てられません。

 

 

「それでもよ」

 

「本当に七実さんらしいですよね」

 

「そうですか」

 

 

どういうところが私らしいのか、いまいちわかりませんが、2人が勝手に納得しているので触れないでおきましょう。

頬杖をついておつまみのビーフジャーキーを咥え、上下に揺らして遊びながら少しずつ食べ進めます。

最初に胡椒など様々なスパイスが調合された深みのある味が口に広がりますが、咀嚼されることによりこま切れとなり唾液と混ざり合うことでじんわりと染み出すように雑味の抜けた肉本来の旨味を味わうことができます。

脂身の少ない肉を使っているので繊維が強固でしっかりとしており、2,3度噛みしめたくらいではビクともせず食べ応えがあっていいですね。

霜降りのとろけるような脂の美味しさというのもいいのですが、Tボーンステーキの骨まで噛み砕いて完食できる強靭な顎を持つ私にとってはこれくらい硬さが心地よいです。

 

 

「七実、私達も一枚噛ませなさい」

 

「拒否したところで勝手に介入しますけどね」

 

 

答えは聞いていないということですね。

まったく、どうして私の友人はこうも強引な人間が多いのでしょうか。

しかし、手伝ってくれるというのなら助かるのは間違いないのです。

いかに私がチートを持っていて常人の数倍の仕事をこなして、アイドル業と係長業務を両立しているとはいえ、身体は1つしかありません。

なので、どうしても仁奈ちゃんに構ってあげることのできない時間というものが存在してしまいます。

強引に仁奈ちゃんを私の管轄下に置くこともできますが、それをしてしまったらここまでアイドルとして成長させた担当Pに悪いでしょう。

瑞樹と菜々が手伝ってくれるのなら、私が居れない時間でも上手くローテーションさせればその時間も最小限に済ませることができます。

特に菜々は、担当Pが同じですから接点が多いでしょうから。

 

 

「仁奈ちゃんの噂は少し耳にしていましたから、夢と希望を両耳にひっさげるウサミン星人としては見過ごせないのです」

 

 

トレードマークのウサ耳はつけていないので、両手を頭の上で立ててぴこぴこと動かしながら菜々が格好つけます。

あまり年齢は変わらないはずなのに、その仕草が妙に様になっているのが腹立たしいですね。

やはり可愛い系の幼い容姿をしているからでしょうか。

 

 

「はいはい、ウサミン ウサミン グルコサミン」

 

「もう!瑞樹、茶化さないでよ!」

 

「悪かったわよ。まあ、そういうわけだから‥‥諦めなさい」

 

 

2対1である以上、法治国家日本の皆様大好きな民主主義の原則に従うのなら反対が過半数を超えているので、私の負けですね。

 

 

「わかりました。では、遠慮なく頼らせてもらいます」

 

「任せなさい」「菜々、頑張っちゃいまぁ~~す」

 

 

頼らせてもらうというと2人は嬉しそうにします。

そんなに私に頼ってもらう事って嬉しいことなのでしょうか。当人である私にはどう足掻いても理解できる日は来ないでしょう。

そんなことはさておき、仁奈ちゃんの笑顔を守る為の同盟を結んだのですから盛大に乾杯といきましょうか。

空いていたグラスに山崎を並々と注ぎます。

 

 

「では、仁奈ちゃんの笑顔の為に‥‥乾杯!」

 

「「乾杯!!」」

 

 

そんな友人のありがたさを知った私の気持ちを、西洋のことわざを借りて述べるなら。

『山は山を必要としない。しかし、人は人を必要とする』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、カリーニナさんが背中に虚刀流と達筆で描かれた道着を着て出社してきて、開口一番に私のMVに出演させてほしいとお願いしてくるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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女は秘密を飾って美しくなる

どうも、私を見ているであろう皆様。

何がどう転んでしまった所為かはわかりませんが、虚刀流をカリーニナさんに伝授することになりました。

まあ、虚刀流については七花の暴露に始まり、昼行燈の策略によるライ○ーの公式設定化、MVの特典映像ともう隠しきれるようなレベルではなくなってしまったので、いつの日か誰かに伝授する時が来るかもしれないという予感はしていましたが、まさかこんなに早いとは思いませんでしたよ。

虚刀流と書かれた道着姿で玄関先に立ち、出社してきた私に対して『押忍!』と元気よく挨拶された時には、仕事のし過ぎで疲れているのだろうかと自分を疑ったくらいでした。

幸い、早朝だったので出社してくる社員もいなかったので変な噂が立つことはないと思いたいです。

そんなカリーニナさんの横で巻き込まれたであろう前川さんが私に対して何度も頭を下げている姿がとても不憫で、苦労人ポジションとなる未来が容易に想像できました。

シンデレラ・プロジェクトの経費で胃薬やらを常備しておいてあげましょうか。

個性派の多い中で常識人枠の胃壁が崩壊しきってしまう前に、何かしらの対処は必要でしょう。

私のように1週間もあれば大抵のダメージが完治してしまう特異体質であれば問題ないのでしょうが、前川さんの見てみた限りそのような特殊スキルを見稽古できませんでした。

アイドルの中には白坂ちゃんの霊視のように素で特異スキルを習得している人間がいるので、意外と侮れません。

つい先日も、何か勝手にスキルを習得していないかなと思っていたら『念動力(無差別)』という、激しく使い勝手の悪いものを見稽古していましたから。

部屋で試してみたのですが、スプーン(百均)を曲げようとしたら愛用の三徳包丁(4万円)が愉快な形にねじ曲がりましたから二度と使うことはないでしょう。

念動力なんてオカルトな能力なんて信じていなかったのですが、こうしてスキルとして習得されてしまった以上は認めるしかありませんね。

そんな脱線した前置きは終わりにして、現実に戻りましょう。

 

 

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」

 

 

現在私は快くMVの出演してくれることになったアイドルの皆さんと打ち合わせをしています。

中規模の会議室を抑えたのですが、やはり10名を超えるアイドルが一堂に会するとなかなかに華やかな光景ですね。

日野さんやKBYDのような顔見知りな人達は落ち着いた様子なのですが、その他のあまり接点の少ないアイドル達は偉く緊張していたり、何故だかライバル心剥き出しだったりとどう対応すべきか悩みます。

ちなみに、しれっと混ざろうとしていたカリーニナさん(休日出社)は新田さん(自主レッスン中)を引き連れて現れた前川さん(休日出社)によって回収されていきました。

容赦のないハリセンの一閃を受けた頭を擦りながら『絶対にあきらめません』と言っていましたが、今度レッスンをさぼったりしたら破門しますよと脅しておいたのでもう大丈夫でしょう。

出たいという気持ちは十分に伝わってくるのですが、今はデビューに向けての大事な時期ですから二足の草鞋を履くのはリスクが高すぎます。

 

 

「いえ、七実さんにはお世話になってますから、これくらい当然です!!」

 

「このかわいいボクが参加するんですから、MVの大成功は間違いないでしょうね!大船に乗った気でいて構いませんよ!」

 

「始球式のお礼もあるし、私も何でもするよ!」

 

「頼もしい限りです」

 

 

この中途半端な雰囲気の中において、日野さんやKBYDのようなムードメーカー的な役割を果たしてくれる人間はありがたいですね。

雰囲気づくりというのはチートスキルの中には含まれませんので、どうにも苦手なのです。

人の意識の空白を利用した空間製作とかなら得意なのですが、あれは地味な活動が伴いますので今すぐにはできませんし、使ったところで意味がありません。

 

 

「皆さんも一応私はアイドル部門においては係長という役職についていますが、アイドルとしては皆さんの後輩にあたりますので楽にしてください」

 

「いや、七実さんに楽にしてくださいって言われて、素直にできる人間なんて‥‥」

 

「あっ、そうなんですか。ありがとうございます」

 

「今回はちゃんとしないとって思ってたけど、助かるよ」

 

「って、茜さん!友紀さん!」

 

「予想通りどすなぁ」

 

 

流石は346プロ内でバラエティ番組担当と言われるだけあり、KBYDの雰囲気を楽しげにさせる能力は一級品ですね。

日野さんは恐らく素でやっているだけでしょうが、その何も考えない天然由来の言動によってさらに場はかき回され、周囲を巻き込む。

これは今度の会議で日野さんを加えた新規ユニットとしての活動を提案してみましょうか。

 

 

「今は身内しかいませんので、外や外部の方がいる時にそういった態度を取らなければ問題はありません」

 

「えと、七実さん。つかぬことをお聞きするのですが‥‥外や外部でそういった態度を取ったら?」

 

 

そういった場合、私は彼女たちを怒れるのでしょうか。

以前までなら恐らくできると答えていたでしょうが、先日の件がありますから今は自信をもってそう答えることができません。

しかし、役職ある人間がそんな甘さを持っていると多くの人間に知られるのはあまり良いことではありませんね。

女性の管理職というものは、何かと舐められがちになることが多いので、一々そういった手合いとオハナシをして更生させるのは面倒極まりないです。

まあ、こういう時は笑顔で濁しておけば問題ないでしょう。

最近言動関係で自爆が多いので、沈黙は金ということわざにあやかることにしました。

 

 

「友紀さん!茜さん!外では絶対ちゃんとしましょうね!絶対ですよ!!」

 

「あれ、それって振り?」

 

「私知ってます!絶対するなは、しろっていう振りなんですよね!」

 

「違いますよ!あの笑顔を見てください!あれは笑顔でも、獣が牙をむくような攻撃的な笑顔ですよ!!」

 

 

いや、そんなつもりは全くなかったのですが、どうしてそんな誤解をされてしまったのでしょうか。

私の笑顔は完璧だったはずなのに、輿水ちゃんはうっすらと涙を浮かべて姫川さんと日野さんを説得しよう焦っていました。

小早川さんはそんな輿水ちゃんの様子を楽しんでいるのか、助け舟を出す気配はありませんね。

他の集まったメンバーの皆さんも私の笑顔に何か感じたのか、先程よりも会議室内の緊張感が増してしまいました。

ああ、どうしてこうなってしまったのでしょうかと嘆いている時間も惜しいので、もう強制的に話を進めさせてもらいましょう。

本来ならここで小粋なトークの1つや2つを披露して、場の雰囲気を和やかにして好感度をある程度良い状態にしてから進めたかったのですが、それはもう無理そうです。

 

 

「さて、本題に移らせてもらいます。資料の4ページを開いてもらえますか」

 

 

流石は実際に活動しているアイドルというだけあって、私が有無を言わさずに説明を開始してもすぐに切り替えて資料を開きます。

多少納得のいっていないものもいるかもしれませんが、上手く抑え込んでいるのでしょう。

現場に出ればこういった理不尽とも思える対応は多々経験してきているでしょうから、自然と折り合いを付けられるようになったのかもしれません。

それを強要するようになるとは、私も嫌な大人になってしまったものです。

 

 

「今回の私のMVは、不本意ながら虚刀流をメインした仮想戦国戦記となっており、皆さんにはその敵役、または姫や同行人をしていただきたいと考えています」

 

「あ、あの~~‥‥」

 

 

私が今回のMV撮影についての説明をしていると、輿水ちゃんが質問したそうに手を挙げました。

何か恐ろしいものでも見てしまったか、顔を真っ青にして小さくカタカタと震えています。

 

 

「何でしょうか、輿水さん」

 

「ええとですね‥‥敵役といいましたが、虚刀流の七実さんと闘わなくては駄目なんですよね‥‥」

 

「ええ、虚刀流については未編集ですが特典映像用のものを各担当Pに渡しておいたので、確認していただけたと思いますが、何か問題が?」

 

「手加減ってしてもらえますよね?もし、そうじゃないのならかわいいボクは命の危機を感じることになるのですが」

 

 

当たり前すぎることを聞かれて、頭の上にいくつも疑問符が浮かんでしまいそうになりました。

一切手加減せずに虚刀流を振るったとしたらMVの撮影現場は、途端に大量殺人の現場と早変わりしてしまうでしょう。

黒歴史時代よりもさらに強化されたこのチートボディで人間相手に本気を出したことはありませんが、恐らく威力だけなら原作並みになっていると思いますので普通に死人が出ると思います。

そんなことは私自身が重々承知しているので、寸止めやら直前で威力を無くす等といった然るべき対応はとるつもりだったのですが、そういった配慮をしないと思われていたのでしょうか。

だとすると、この会議室に漂っていた緊張感の原因は、もしかして輿水ちゃんが抱いているような生命の危険を感じているからなのかもしれません。

私って、他のアイドル達からいったいどういう風に思われているのでしょうね。

今までは、あまり気にしないようにしていましたが、この1件によって非常に気になり始めましたよ。

悩んだり追究したりするのは後でもできますし、今は輿水ちゃんの思い違いを解くところから始めましょう。

 

 

「当然です。アイドルの皆さんに傷一つ負わせないことをお約束しましょう」

 

「あ、安心しました」

 

「幸子はん。七実はんが、そないなぽかするわけあらしません」

 

「そうだぞ、さっちん。七実さんなら、あって手加減が足りないくらいでしょ」

 

「友紀さん、その手加減が足りないのが恐ろしいんですよ!七実さんは、素でやらかすタイプですから!」

 

「‥‥成程、輿水さんはそう思っていたのですね」

 

 

これでもそういった人の命に関わる手加減の失敗なんて両手で足るくらいしかなく、それも黒歴史時代のみです。

まあ、働き出して色々と素でやらかしてしまっていることについては一切否定することのできない事実なので何も言えませんが、輿水ちゃんに命の心配をさせるほど信頼がなかったというのは少しショックです。

嘘です。少しなんてレベルではなく、精神に大ダメージでした。

しかし、今はそんなことを気にしている場合ではなく、このMV撮影について詰めていく必要がありますので、ダメージを無視して進行を続けましょう。

泣くのは、終わった後で十分です。

 

 

「まあ、いいでしょう。今回の撮影において、皆さんの生命を脅かすような事態にならないということを改めてお約束します。

では、話を戻します。配役につきましてはそのページに書かれている通りなのですが、今一度皆さんの身体能力を再確認させていただきたいので、この会議終了後に別室で簡単な体力測定を行います」

 

 

これは見稽古によって出演メンバー全員の現状の身体能力を把握して、私の方で相手が対応しやすいような動きを割り出すために必要なのです。

MVの迫力や見栄えを最大限に高めようとするのなら、妥協するわけにはいきません。

昼行燈が何を血迷ったか特典映像付きの特別版を売り出すというのを会議で押し通してしまいましたから、少しでもクオリティを挙げて話題性を作り、売り上げを高めておかなければなりません。

売り上げ、売り上げと利益ばかりを追及しすぎるのはあまり好きではありませんが、資本主義国家に所属している以上は致し方ないのです。

 

 

「はい!」

 

 

今度は、日野さんが手をあげました。

輿水ちゃんとは違い、天に向かって突き出すようにまっすぐに伸びている様は見ていて気持ちいいものですね。

 

 

「何でしょうか、日野さん」

 

「この体力測定で採用しないとかってことはあるんでしょうか!」

 

 

成程、一応事前通達はしておきましたが受かったと思ったらさらに測定がありますと言われたら、確かに不安にさせてしまうかもしれませんね。

最近、私の落ち度が多すぎる気がするのですが、どこか不調なのでしょうか。

係長業務、アイドル業、シンデレラ・プロジェクトのフォロー、市原家の家庭事情がある程度落ち着いたら一回病院に行ってみましょう。

 

 

「ありません。皆さんの身体能力を把握し、危険性のある動きを排除するためのものです」

 

「わかりました!それなら、全力で!気合!入れて!いきます!!」

 

 

握りこぶしを作り、気合の炎を揺らす日野さんならきっと素晴らしい結果を出してくれるに違いありません。

色々と不安はありますが、とりあえず体力測定が平和に終わることを祈りましょう。

 

 

 

 

 

 

平和を祈るという行為は、とても尊く、そして犯されるべきことではないでしょう。

ですが、有史以来この行為が続けられていますが、仮初の平和は訪れても真の平和に至ったことはありません。

争いというのは、禁断の果実を手に入れ楽園を追い出されてしまった人類にかけられた解けることのない呪いのようなものなのでしょう。

などという、厨二的な無駄に難しい言い回しをしていますが、私が何を言いたいかというと『どうしてこうなった』の一言に尽きます。

 

 

「七実殿、私と忍者アイドルの座をかけて忍術勝負をしてほしいのです!」

 

 

体力測定は恙なく終わり、出演メンバーの身体能力を把握したので、これを基にアクション内容を見直しかけた資料を製作する為に労いの言葉の後に解散を宣言しました。

ですが、緊張しているのか身体を微かに振るわせながら私の前に立った浜口さんに上記のようなお願いをされてしまったのです。

誰かの所為で色々と動画サイトにアップロードされてしまい、一部の海外のサイトでは『渡 七実=忍者』という方程式が成立されているのは確かですね。

私は一度たりとも自身が忍者だと宣言したことはないのですが、それでも一度定着してしまったイメージとは頑固な汚れのようになかなか払拭できません。

同じプロダクションに所属し、本格的に忍者系アイドルとして売り出している浜口さんのキャラを奪うような結果になってしまったことについては私も憂慮していました。

なので、今回のMVにおいては浜口さんには忍者を前面に押し出した役を演じてもらうようにしてあります。

MVの方向性上、最終的には負けてもらうことになりますが、それでも浜口さんの身体能力を生かしたアクションシーンを増やせば忍者系アイドルとして世間に認知されること間違いないでしょう。

以上の理由から、私と浜口さんが忍術勝負なんてする必要性は皆無と言えます。

 

 

「‥‥震えていますよ」

 

「こ、これは武者震いです!」

 

「そうですか」

 

 

さて、どう傷つけずお断りをするべきでしょうか。

それに忍術勝負って、どういう風に勝負して、どのように勝敗を決めたらいいのでしょう。

少年漫画に出てくる忍者バトルものみたいに相手を戦闘不能になるまで戦うのは、翌日以降のアイドル業に多大な影響を与えるので却下です。

そんな方式を取ってしまえば、私の圧勝は間違いなしですし。

浜口さんが未熟と言っているわけではなく、年齢から考えると驚くべき身体能力を持っていますが、それでもチートを持っている私には及びません。

 

 

「あやめ殿、珠美も助太刀します!」

 

「珠美殿‥‥心強いです!」

 

 

悩んでいる間に新たなる挑戦者が増えてしまいました。

脇山さんは一見高校生に見えない身長をしている可愛らしい少女ですが、日々怠らず剣道の鍛錬に励んでいる為身体の力はかなり高いです。

特に剣の扱いについては経験がある分、今回選出されたメンバーの中では一番でした。

浜口さんと脇山さんは『忍武☆繚乱』というミニイベントで共演して以来、何か通じるものがあったのかとても仲が良いそうです。

本格的なユニット化も検討されているようで、今後がとても楽しみですね。

浜口さんの横に並び竹刀を構えますが、私に争う気は一切ないというのをどうしたら理解してもらえるでしょうね。

他の選出されたメンバー達も解散と伝えたはずなのに、これから何が起こるのか興味があるのか既に観戦する気満々です。

 

 

「さっちん、どっちに賭ける?」

 

「七実さん一択ですね。負ける姿が想像できませんから」

 

「なら、うちも七実はんで」

 

 

何やら賭け事まがいのことまで始まっていますし、退路は着実にふさがれているのでしょうね。

ならば、もうさっさと片付けてしまった方が楽なのではとも思えてきました。

 

 

「‥‥ワクワク♪ワクワク♪」

 

「アーニャ、楽しみなのはわかるけど、普通ワクワクって声に出さないよ」

 

 

どこから聞きつけたのか知りませんが、カリーニナさんと前川さんもやって来ていますし。

本当に何なんでしょうね。この忍者センサー搭載ロシアンハーフは。

カリーニナさんの隣に座る巻き込まれた前川さんの手元には、程良く使い込まれてよく撓りそうなハリセンが2つ置かれており、何かあっても瞬時に制圧してくれるでしょう。

 

 

「わかりました。その勝負を受けましょう」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 

周囲の状況に押され、私が忍術勝負を受けると浜口さんと脇山さんは深々と頭を下げてきました。

そこまで感謝されるようなことではありませんが、ここで否定しても直してくれないでしょうから諦めましょう。

さて、真剣な勝負のようなのでわざと負けるようなことはしません。

こう見えて私は結構負けず嫌いなところがありますし、私という障害を乗り越えようとさらに自己研鑽に励んでもらいたいと思いますから。

 

 

「内容はそちらで決めていいですし、2人掛かりで構いませんよ」

 

 

少しだけ威圧するようにプレッシャーを放ち挑発します。

2人は一瞬プレッシャーに屈しそうになりますが、直ぐに立ち直り強い意志を秘めた視線で私を見返してきました。

そう、それでいいのです。この程度で屈するようでしたら、正直拍子抜けでした。

ああ、黒歴史の記憶とともに封印していた嗜虐心が呼び起こされてしまいそうですね。

 

 

「勝負は、参ったと言った方が負けです!あやめ、参ります!」

 

「珠美も参ります!」

 

「虚刀流初代当主 渡 七実。来ませい!」

 

 

こうも清々しく名乗られたら、相応に返さねば武を齧ったものの名折れです。

しかし、私相手に何でもありの直接勝負を仕掛けるとは勇気があると言いますか、無謀だと言いますか、楽しくなってきますね。

その若さ溢れる行動に敬意を示し、先手は譲ってあげましょう。

竹刀を構えた脇山さんが前衛を務め、浜口さんがその背後に控え援護してくる。

実に王道でわかりやすい編成ですが、小細工の類を一切感じさせないその真っ直ぐさは見ていて気持ちいいですね。

 

 

「面ッ!」

 

 

上段から最短経路且つ最速で振り下ろされた竹刀を半身で避け、その隙を狙う浜口さんの追撃も後ろに跳んで難なく避けます。

本来忍者というのは諜報員としての色が強く、戦闘には不向きなはずなのですが、浜口さんの動きを見る限り何かしらの武術も収めている戦闘もこなせる現代風忍者のようですね。

虚実を織り交ぜて相手を混乱させ、流れを掴ませないというのに重きを置かれているようで、慣れない人だと一気に持っていかれるでしょう。

菜々からの情報だと、この2人は時々チャンバラみたいなことをして遊んでいるそうで、その為か連携も上手です。

 

 

「やりますね」

 

「七実殿こそ、伊達に忍者の末裔と呼ばれるだけあって、素晴らしい身のこなしです」

 

「自分で名乗ったわけではないんですけどね」

 

 

さて、先手は譲りましたので、私も攻勢に出させてもらいましょう。

一応弟子も見ているわけですから、師匠としてみっともない姿は見せられません。

今回の勝負は忍術勝負なので、こちらも少し忍術っぽいことを披露してあげましょう。

この技も元ネタはこの世界に存在していないので、虚刀流同様に自力で再現することになりましたが、しかし様々な武術を当たれば似たようなものは多く再現することはできました。

1対1で最も効果を発揮する技なので、今回の勝負ではあまり良い選択とは言えませんが忍術っぽくてわかりやすい技ですし、多少の不利は応用で何とかなります。

漫画のようにわざわざ技名を口にするような美意識はありませんので、卑怯かもしれませんがいきなりやらせてもらいましょう。

 

相生拳法 背弄拳

 

さて、この常に相手の背後を取り続ける拳法にどうやって対応してくれるでしょうか。

一能一芸、盤楽遊喜、一日の長

平和な世界の中で磨かれた、その武を私に見せてください。

 

 

 

 

 

 

「で、大人気なく圧倒したと」

 

「‥‥」

 

 

何かあれば、妖精社。何がなくとも、妖精社。とりあえず、妖精社。

特大ジョッキのビールを片手に呆れたような溜息をつく相方の言葉に肩を落とします。

最近色々と忙しかったり、悩んだり、弟子ができたりと出来事が多すぎてテンションがおかしくなっていたのは認めましょう。

虚刀流について何とか開き直ろうとしていたのもその一端にあったのかもしれません。

それに、僅かな時間で背弄拳の特性を把握して互いの背中を合わせることで対処したりするので、段々と次はどんな風に切り抜けてくれるのかと楽しみになってきて、結果やり過ぎました。

ステルス発動に、奪刀術、三段突きやら私の持ち得る様々なチートを披露し、そして圧倒的な勝利をしたのです。

やり過ぎてしまったのに気が付いたのは、悔しそうに『参りました』と言う2人を見てからと取り返しのつかない状態になってからで、どうしようもありませんでした。

 

 

「七実さんは規格外なんですから、もう少し手加減してあげないと」

 

「‥‥はい」

 

 

いつものように呷るように飲み乾すのではなく、ちびちびと少しずつビールを消費していきます。

一応フォローを試みたのですが、勝者が敗者に対し何を言っても嫌味にしか聞こえないでしょうから『良い勝負でした』とだけ伝えて、姫川さんや日野さん達に後をお願いしました。

経費で落とすので、何か美味しいものを食べに連れて行ってあげてくださいと言っておきましたから、きっと何処か食べに行って愚痴を聞いてあげてくれたでしょう。

勿論、経費で落ちる可能性は低く、自己の失態という私的な理由で経費を使うことを私の矜持が許さないので自費で出します。

 

 

「というか、七実さんって本当に何者ですか?

アーニャちゃんとみくちゃんからの又聞きですけど、三段突きやら相手の竹刀を奪うとかできませんよ」

 

「自分で流派を創ってしまうくらい、武に打ち込んだことのある普通の人間ですよ」

 

 

まあ、今回はやり過ぎてしまったのでそう思われてしまっても仕方ないとは思いますが、流石に見稽古のことを話すわけにはいきませんので適当に濁します。

 

 

「普通の人間は自分で流派なんて創りませんし、七実さんが普通なら世界は大変なことになりますよ」

 

「ひどい言われようです」

 

 

私が普通ではないことは重々承知していますが、そのいいようは酷いでしょう。

落ち込みそうになる気分を維持するために、フィッシュ&チップスに手を伸ばしました。

フィッシュ&チップスといえば、ご飯がまずいことこの上ないで有名な英国の代表的な料理のひとつですが、妖精社で提供されるのは本場の再現ではなく日本人の舌にも合うように改良されたものですから安心できます。

白身魚の淡白な味わいがサクサクとした衣によって外に流れ出ることなく閉じ込め凝縮されています。

衣も適度に油が交換されている為か使い込まれた油の嫌な臭いもしませんし、ビネガーベースの特製つけダレの風味を殺さず逆に纏うように吸収していきます。

ビネガーの酸味、僅かに残った魚の臭みを消し去ってくれる香辛料の風味、それらによって磨かれた鰈の旨味が良く際立ち、堪らない一品へと昇華されていました。

つけダレはこれだけでなく、カレー粉が混ぜられたマヨネーズソースに本場イギリスで使用されるモルトビネガー、タルタルソース、レモン、ケチャップ、醤油だれと数多くの選択肢があるのもうれしいですね。

フライドポテトの方も一般的な細長いスティックタイプのものと半月形の皮のついたタイプが両方揃っており、その時の気分によって食べ分けることができるという至れり尽くせりな感じとなっています。

慣れ親しんだサクサクのスティックタイプとほくほくとしたジャガイモの味を楽しむことができる半月形、これらに先程のつけダレを合わせることで味の無限大な広がりを見せてくれるでしょう。

 

 

「あやめちゃんや珠美ちゃんに悪いかもしれませんが、今回の1件があって良かったです」

 

「何故ですか」

 

 

フィッシュ&チップスに満足しているとちひろがそんなことを言い出しました。

大人気なく年下の少女をいたぶるような真似をしてしまったというのに、どうしてそのような言葉が出るのでしょうか。

ちひろは、人が苦しむ様子を見て喜ぶような外道な性格をしているわけではありません。

ならば、何故そのようなことを言うのかがわかりません。

 

 

「七実さん自身は気が付いてないみたいですけど、ここ最近は特に張り詰めたような顔をしていたんですよ。

それが、今はちょっと晴れやかになってるんですよ」

 

 

そう言われて私は自分の頬に触れます。

社会人として化粧等に乱れがないかを確認したりしていましたが、周囲からそんな風に見えている顔をしているとは思ってもみませんでした。

毎日見ている分、そういった些細な変化に気が付きにくいのでしょうか。

 

 

「まあ、気が付いていたのは私達くらいでしょうけどね」

 

「そうですか」

 

「ええ、七実さんって感情を隠すのが上手いですから、こうして気が付けるようになるには付き合いが長くないと無理だと思いますよ」

 

 

ということは、楓も気が付いているのでしょうね。

瑞樹や菜々が仁奈ちゃんのことに気が付くのも早すぎるとは思っていましたが、もしかしたらこれも顔が切欠となったのかもしれません。

チートを使えば完全にばれないようにすることは可能でしょうが、技能系チートを使用している間は相応にエネルギー消費も多くなり、疲労もたまりますから常時発動は難しいでしょう。

まあ、できないというわけではありませんが。

 

 

「七実さんは、もっと感情を表に出してもいいと思いますよ」

 

「善処します」

 

 

私の内面を曝け出したりしたら、折角の今までのイメージが台無しですし、常識人枠からカオス枠へとクラスチェンジを余儀なくされるでしょう。

特に私が守りたいと思っているメンバーの前で曝け出してしまったら、慕う暖かな視線は汚物以下の何かを見る絶対零度のものになるに違いありません。

なので、この這い寄る混沌よりも混沌たる内面を表に出すというちひろの提案は脳内会議において満場一致で否決されました。

 

 

「もう、七実さんってばいつもそうなんですから」

 

「そういう性格なんですから諦めてください」

 

 

そう返してカレーマヨネーズをフライドポテトに付けて口に放り込みます。

油でカラッと揚げているフライドポテトに更に油ものであるマヨネーズを付けるという、カロリーを恐れぬ蛮勇的な行為ですが、カレーのスパイシーさとマヨネーズのまろやかさが加わったポテトは止まらなくなる美味しさですね。

最近体重の変動が激しいちひろにはこの蛮勇を試す勇気はないようですが、そういったことを気にする必要のない私は遠慮なくいかせてもらいます。

こういったこってりとした味って、男の子だなと感じますね。特にどの辺がとかはうまく言えませんが。

 

 

「でも、いつか聞かせてもらいますよ。隠している七実さんのこと」

 

 

呆れたような、慈しむような色々と入り混じった笑顔を浮かべるちひろに対して、私の今の心境を某子供名探偵に出てくる組織の一員の言葉を借りて述べるなら。

『女は秘密を飾って美しくなる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、浜口さんと脇山さんの担当Pに『忍武☆繚乱』のユニット化が決まったという報告と2人が『打倒、人類の到達点!!』というのを目標にしているという相談を受けるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編6 IF くぐった修羅場の数が違うんですよ

本編を進める予定でしたが、このまま進行させると6,7話期間の話が当分続きそうなので一度番外編を挟むことにしました。
なので、3月中は本編は進まないと思います。

今回は、26話後くらいのIFの話です。
なので、ここでの設定が今後の本編進行に関わることはありません。


月に叢雲、花に風という諺をご存知でしょうか。

意味は名月の夜に雲がかかってしまい月が見えず、満開の花には風が吹いて花を散らしたりするということから転じた良いことにはとにかく邪魔が入りやすく、思い通りにいかないものであるという感じです。

しかし、私はこうも思うのです。

そうやって思うがままにならないからこそ、美しいものはより美しくその希少価値を高めるのではと。

加えて、こうして夜空の大半を覆い尽くしてしまった雲の切れ間から微かに零れる月明りを肴に一杯というのもなかなかに乙なものです。

僅かな月明りと傍らに置いた愛刀を肴にした。人からすれば侘しい晩酌も今の私にはお似合いでしょう。

最もこの姿を土方さんや近藤さん達に見られたら『空きっ腹にお酒はよくない』口煩く言われそうですが、これくらいの酒で酔えるほど弱くはありません。

1升100文にも満たない下酒は、これが風味なのか雑味なのか判断に困り、味も磨かれる所か汚されたと思えるくらいの酒と名乗ることすら烏滸がましいもので、近藤さんや沖田の前に出したら烈火の如く怒るでしょうね。

ですが、私にはこれくらいの味が丁度いいのです。

徳利を傾けて猪口に注ぎ、左手に持ったそれを少しだけ掲げて濁りの多い下酒に微かに差し込む月明り映してから、一息で呷りました。

 

 

「‥‥不味い」

 

「それは、(はじめ)さんがそんな下酒なんか飲むからですよ。新撰組の三番組組長さんなら、もっと上等なお酒が飲めるでしょうに」

 

 

そう言いながらも奈々は、咎める訳でもなく空いた徳利に下酒を補充してくれます。

奈々は所謂遊女ではありますが、自身の身体を売るのではなく芸を売って生きるきちんとした遊女であり、私のことを知っていても物怖じせず自分の意見を主張する珍しい女でした。

女はしおらしく男を立てるものだという世間の主張など何するものぞという態度は、見ていて清々しくもありそれ故に私は奈々しか呼ばないのでしょう。

 

 

「私の口には、これくらいの下酒で上等なのですよ」

 

「本当に一さんは変わり者ですよね。遊女にも芸をさせるでもなく、そばにいるだけでいいなんて」

 

「自覚はありますよ」

 

 

空になった徳利を奈々に渡して新しい徳利を受け取ろうとしたのですが、差し出した手がそっと奈々の手に包み込まれます。

奈々がこうして私に触れてくることは珍しくはないですが、それは私を揶揄う為などの冗談めかした時ばかりで、こうして無言で触れてくるのは初めてかもしれません。

 

 

「一さんは‥‥一さんは、どうして人を斬るんですか?」

 

 

包まれた手に奈々の微かな震えが伝わってきます。

あの気の強い奈々がここまでなるなんて、いったい何が起きたというのでしょうか。

 

 

「何があったんですか?」

 

「実は‥‥」

 

 

恐る恐る語りだしたのは、私にとってはなんてことのないことでした。

見回りをしていた隊士達が不逞な攘夷派の浪士を取り締まろうとしたが、相手が抜いた為に斬り合いとなり、最終的に浪士は斬り捨てられたという半月も京を回れば何処かで遭遇するであろうありふれた出来事で、正直拍子抜けしましたね。

そういえば、奈々は遊女ですからあまり今の京を歩くことなんてないのでしょう。

長州や薩摩といった攘夷派の浪人が増え、色々ときな臭い感じになっていますから、近々京全体を揺るがすような大きな事件が起きるかもしれませんね。

 

 

「奈々は遊女ですから、難しいことはわからないんですけど。意見が合わないと斬り合わなければならないんですか?

もっと別の手段で解決する方法ってないんですか?相手にも大切な人がいるかもしれないのに‥‥」

 

 

新撰組の隊士である私と遊女の奈々、立場が違えばこのように考え方も大きく違ってしまうのですね。

幾人も斬ってきた私の考えが普通であるとは言いませんが、それでも奈々の言葉は夢だけを追い求めている戯言でしかありません。

上目遣いで私の答えを待つ奈々に、私は大きな溜息をつきます。

 

 

「抜いた時点で終わりなんですよ。抜けば、もうそれは死合いです」

 

 

刀を抜くという行為は相手を殺めようとする意思表示であり、それは逆を返せば殺されることを肯定するのと同意義なのです。

一度死合いの場となれば、互いの主義主張など関係ありません。

互いが生き残る為に、正しく死力を尽くして相手を殺めることに夢中となって刀を振るうしかないのです。

そして、所詮人斬りになってしまった時点で人生の道筋は確定してしまったようなものですから。

人斬りは、何処まで行っても人斬りでしかありません。

 

 

「でも‥‥死んじゃったら終わりじゃないですか‥‥奈々は嫌ですよ、そんなの‥‥」

 

 

そういって童のように泣きじゃくりだした奈々の頭をゆっくりと撫で、置いていた愛刀を手に取り立ち上がります。

今日の晩酌は、このあたりが潮時なのでしょう。

もう少し酔いたい気分だったのですが、泣いている女性の前で飲み続けられるほど図太い性格はしていません。

 

 

「それでいいんですよ。きっと、私は慣れ過ぎてしまったのです」

 

 

人を斬ることは悪事である。それは、幼子でも理解している常識でしょう。

多くの骸と血の斑で汚れた道を歩き続けているとそんな簡単なことさえも忘れそうになってしまいます。

今更戻ることもできないでしょうし、戻るつもりも毛頭ありません。

19歳のあの日、真剣勝負を受けて相手を斬った瞬間から私の進む道はこうだと決まっていたのです。

 

 

「一さん‥‥最後に質問に答えてもらえますか?」

 

 

涙を拭いながら震える声で気丈に尋ねる奈々の姿は、この場から去ろうとする意志を揺らがしてしまいそうになりますが耐えます。

私が今も人を斬る理由なんて、一つしかありません。

 

 

「奴らが悪だと、私が判断したからです」

 

 

そう言い残して、奈々の言葉を待たずに私は部屋を出ました。

追ってくる様子もないですし、ああ見えて奈々は強い女です。きっと、私が何もしなくても自分で立ち上がってくるでしょう。

お金は先払いなので羽織を受け取って店を出ます。

曇天の為様々な店が明かりをつけていますが、それでも見通しは良いとは言えませんね。

この店は大通りから外れた裏の方にあるので、特にそう感じます。

さて、予定よりも随分早く出てしまったので時間が有り余っていますね。

予定のない気ままな帰り道ですから、丁度空きっ腹でしたし散歩ついでに何処かに寄って夜食と洒落込みましょうか。

この近くだったら、5町くらい行った先に美味しい蕎麦屋があったはずです。

風味と喉越しの調和が良い二八蕎麦で、昆布と鰹節を秘伝の調合比でとったつゆはあっさりとしていながらもその旨味はしっかりと主張し蕎麦を引き立ててくれるのです。

思い浮かべてしまった所為か、空きっ腹が一気に加速してしまいましたね。今日は、絶対に大盛りで食べましょう。

ですが、その前に片付けないといけない案件ができましたね。

 

 

「斎藤 一だな」

 

「ええ」

 

 

私の前を塞ぐように2人の浪士が現れます。

2人共既に刀を抜いており、話し合いで物事を済ませようという気は微塵もなさそうですね。

恐らくというか、十中八九攘夷派の浪士でしょう。

尊王攘夷という理想を掲げ維新を謳う彼らにとって、京を見回り同胞達を取り締まったり、斬り殺したりする私達新撰組は不倶戴天の敵でしょうから。

特にここ最近は、こうした敵討ちをしにくる阿呆な輩が増えてきて困っています。

取り締まるべき相手がわざわざ出向いてくれるので、飛んで火にいる夏の虫とも考えることもできるかもしれませんが、こうして個人の時間に水を差されるのは不快です。

 

 

「貴様に斬られた志士達の無念、ここで討たせてもらう!」

 

「尊王攘夷の意志を解さぬ、武家の飼い犬め!」

 

 

こうして自らの思想に耽って溺れた手合いは厄介なので、さっさと片付けてしまいましょう。

私もゆっくりと愛刀を抜きます。

そこそこの手練れなのか、抜いている最中に仕掛けてくることはありませんでした。

仕掛けてくれていたら1人片付いて楽だったのですが、そうそう思い通りに事は運んでくれませんね。

 

 

「御託は良い‥‥と言いたい所ですが、今日は少し気分が良いのでその戯言に付き合ってあげましょう」

 

「我らの維新が、戯言だと!」

 

「落ち着け、相手の挑発に乗るな」

 

 

挑発ではなく、本気で言っているのですが理想に溺れた浪士には届かないでしょうね。

 

 

「私は別に、貴方達の思想を否定する為に斬っているわけではありません。

この日ノ本の行く末を思い憂い、凝り固まった世の中を改革しようとする行動力は称賛に値するでしょう」

 

 

これは嘘などではなく、偽りのない本心です。

既存のものをなぞるのではなく、自ら考え行動するのは想像よりも難しいものですから。

 

 

「ならば、何故貴様は我々を斬る!武田さんや荒木田さんを斬った!」

 

「それは、貴方達が悪だからです」

 

「我々が悪だと!」

 

 

共感するような様子を見せながら、自分達を悪だと断言した私を浪人たちは殺意の籠った視線で睨みつけてきますが、涼風のような温さしか感じられません。

下酒と奈々の涙に思いのほか酔ってしまっているのか、滑るように言葉が出てきます。

 

 

「貴方達の思想は未来を思う尊いものかもしれません。ですが、その手段は過激なものが多いです。

未来の為、日ノ本の為、童の為、そういった大義名分の下に今を蔑ろにし過ぎたのですよ」

 

「しかし、今動かねば日ノ本の未来が危ういのだ!何故、わからぬ!」

 

「確かに人が生きる為に未来は必要です。未来という希望があるから人は不安なく生きていけるのでしょう。

ですが、尊王攘夷という夢みたいな目標の為と過激なことしかやらず、現在(いま)を蔑ろにする悪である貴方達に未来(あした)を生きる資格はありません。

だから、私は私の定める正義の下に貴方達を悪と判断し、斬ります」

 

 

言いたいことは言い尽くしましたので、そろそろ終わりにしましょう。

これ以上時間をかけてしまうとあの蕎麦屋が店を畳んでしまいます。

左手で愛刀を地面と水平に構え、より手練れな方の浪人との距離を一気に詰めて、そのまま肋骨の隙間を通り心臓を貫きました。

何が起きたかわからない驚愕と痛みによる苦痛に浪人の顔が歪みますが、死にゆく人間の顔をいつまでも眺めるという悪趣味は持ち合わせていませんから胴体を蹴り飛ばして愛刀を抜き、もう1人の浪人と相対します。

仲間が一瞬にして殺されたことに衝撃を受けたようですが、直ぐに立ち直って刀を構えました。

距離は1間くらいと中途半端にしか離れていませんから、迂闊に動いては手痛い反撃を受けてしまうかもしれませんね。

構えからしてあまり人を斬ったことはなさそうですが、これから成長すれば良い剣士になったでしょうね。

再び平突きの構えを取らせてくれるほど阿呆ではないでしょうから、さっさと斬り捨ててしまいましょう。

 

 

「ウオオォ!」

 

「遅い」

 

 

刀を振り上げようとした隙を見逃さずに踏み出し、がら空きとなった喉を突きます。

 

 

「‥‥カヒュッ」

 

 

喉を突かれ上手く呼吸ができなくなったことに取り乱した浪人は、刀を落とし喉を抑えてのた打ち回っていました。

どう見ても致命傷で四半刻も持たないでしょう。

ですが、手負いの獣が思いもよらぬ力を発揮するように、死に瀕した人間の爆発力というのは侮れないものがありますので、のた打ち回る浪人を足で押さえて心臓を突いて止めを刺します。

なるべく、血が付かないようにはしたのですが、全身に血を送る役割をする心臓を突いた為か鮮血が至る所に飛び散り顔も衣装も汚れてしまいました。

とりあえず、愛刀を錆びさせてはいけないので羽織から懐紙を取り出して丹念に血を拭います。

このままこの場を去って蕎麦屋に向かいたい所ですが、京を守護する新撰組の隊士としてその行動は許されないでしょう。

 

 

「で、そろそろ出てこられてはいかがですか。近藤さん」

 

「あらあら、流石は一ね。気づいていたの」

 

 

納刀しながら私がそう促すと、物陰から新撰組局長である近藤さんが現れました。

尾行していたことがばれたというのに一切悪びれる様子のないその豪胆さは呆れを通り越して、賞賛すべきなのかとも思えてきます。

 

 

「ええ、私が店から出たころからずっとつけていましたよね」

 

「あらら、その時点でばれてたのね。やっぱり私にこういうのは不向きね」

 

「私をつけて、何か収穫はありましたか」

 

「それが全然なのよ。一が通い詰めている遊女ちゃんの姿も見れなかったし、こんな面倒な場面に遭遇するんですもの」

 

 

普段の平隊士に対してはあれほど威厳有り気にふるまうというのに、今は気が抜け過ぎていますね。

まあ、私も近藤さんとの付き合いは長いですしそういった姿を見せても構わないと判断されるくらいには信頼されているのでしょう。

 

 

「しかし、相変わらず一は容赦なく斬るわね」

 

「彼らは悪ですので」

 

 

小さな悪事の芽を摘むことを怠ってしまえば、それらは成長してやがて大きなものへと成長してしまいます。

そうなってしまった時に一番初めに被害等の煽りを受けるのは、私達ではなくそこに住む悪事とは全く関係ない無辜の市民でしょう。

夢を叶えたい浪人達やそれを取り締まる為に居る私達だけが傷つくのならば、全て己の責任なので文句の言いようがないのですが、関係のない人達を巻き込むなど許容できません。

悪であるならば即刻斬り捨てる、それが人斬りである私の生き方です。

浪人を斬る為に動いた所為か、只でさえ空きっ腹だったのが更に加速されて腹の虫が鳴いてしまいました。

女人のようなか細い腹の虫の声に、近藤さんは夜だというのに憚ることなく大笑いします。

 

 

「流石の斎藤 一も腹の虫には勝てないようね。後は私が受け持つから、さっさとその可愛い虫ちゃんを満足させてあげなさい」

 

「ありがとうございます」

 

 

この場を受け持ってくれるのはありがたいですね。

今から急げば蕎麦屋が店を畳む寸前に滑り込むことが可能かもしれません。

見苦しくない程度に速足となって、蕎麦屋がある方面へと向かいます。

 

 

「一」

 

「なんですか、近藤さん」

 

「貴方は、悪を斬り続けるという生き方をいつまで貫く気なの?」

 

 

去ろうとした私に近藤さんがそんな質問をしてきました。

きっと盗み聞きされたあの浪人達とした会話が原因なのでしょう。

新撰組の組長が尊王攘夷を掲げる浪人達の思想に少しでも共感を示したというのは、あまり良いことではありませんからね。

特に私は、そういった内通者を粛正してきた身でありますから。

ここで変に誤魔化したりしても良い方向へと転がったりしないでしょうから、素直に答えるとしましょう。

できるだけ穏やかで、決意を込めた顔で私は答えます。

 

 

「無論、死ぬまで」

 

 

 

 

 

「はい、カット!」

 

 

その言葉と共に、意識的に纏わせていた人斬りオーラを霧散させました。

オーラと言ってもアニメのように視認できるようなものではなく、漂わせる雰囲気的な何かの事です。

習得自体は簡単だったのですが、最初の頃はあまりにも恐ろしかったらしく撮影見学に来てくれた仁奈ちゃん達幼少組に涙目で逃げ出された時には私の方が泣くかと思いました。

相方であるちひろの証言によると『斬られると考えるまでもなく理解させられる』だそうです。

アイドル相手には受けの悪いこのスキルでしたが、現場では監督や他の出演者の皆様には大受けで『本物の人斬りを相手しているみたいで演技にも気合が入る』や『次の瞬間に斬り殺されるかもしれないという緊張感が殺陣を引き立てている』と喜んでいいのかわからない称賛の声をいただきました。

美城という城のブランドイメージを重視したアイドル路線を追及すると言っていた美城常務、いや今は美城専務がこのような企画をよく許可したものですね。

あの舞踏会以降美城専務も少しは丸くなったみたいで、激務の中でも時間があればクローネの現場に顔を出したりして現場の意見というものも重視するようになったみたいです。

スタッフから受け取ったクレンジングシートで頬についた血糊を落としながら休憩スペースへと向かいます。

シンデレラ・ガールズとプロジェクト・クローネの共同企画の『シン撰組・ガールズ』が好評で、いろんなアイドルの演じる新撰組が見たいというファンレターやらが多く寄せられたからといって、今回はやりすぎではないでしょうか。

『大人向けのシン撰組』というテーマらしいのですが、シン撰組・ガールズとは正反対ともいえるような見栄えよりも本物の斬り合いを重視した殺陣や遊女との遊びと視聴率よりも現場のやりたいことを追及しただけのような気がしてなりません。

容赦なく相手の急所を突くシーンやのた打ち回る人間を踏んで止めを刺すシーンなんて、流してしまって大丈夫なのでしょうか。

最近では放送倫理がとか、子供に見せるには不適切な表現がと騒ぎ立てる母親が増えてきていますので、あまり残虐なシーンが多くなると放送できなくなる可能性もあります。

まあ、あの昼行燈が手を回しているそうですから、そうなったとしても何かしらの特典映像にしたり、あまり苦情の出にくい深夜に枠を取ったりと対応は万全でしょう。

休憩スペースに到着したので羽織をハンガーにかけ、コーヒーメーカーから1杯もらってパイプ椅子に腰かけてゆっくりと楽しみます。

 

 

「渡さん、お疲れ様です」

 

「武内Pこそ、お疲れ様です」

 

 

次の出番までは当分時間があるので、のんびりタブレット端末で業務でも片付けてしまおうとしていたら武内Pが休憩スペースに現れました。

現在ここにいるのは私1人なので、私に何か用なのでしょうか。

 

 

「何か用ですか」

 

「今回の撮影は殺陣シーンが多いので、皆さんがお疲れではないかと思いまして‥‥これを」

 

 

そう言って武内Pは手に持っていた紙箱を掲げます。

箱の隙間から微かに漏れてくる甘い香りと店名等が記されていない紙箱から察するに手作りのお菓子のようですね。

疲れてはいませんが、甘いものは好物ですし動いた後には欲しくなるので、この差し入れはありがたいです。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

箱を受け取り開けると中は二重構造になっており大きめの保冷剤が敷き詰められていて、これなら数時間は常温で放置されていても大丈夫でしょう。

保冷材に囲まれた内箱の中に詰まっていたのはエクレアでした。

チョコレートでコーティングされた姿は見るからに美味しそうであり、早速1つ頂くことにしましょう。

シュー皮のふわっとした軽さと麦のほのかな風味にシュー皮が破られた瞬間に口の中に落ちてくる重みをもった濃厚なカスタードクリーム、そこにコーティングしたチョコレートのほろ苦さが加わることによってくどくなりすぎることを抑制した黄金比を作り上げています。

しかし、このバランス崩壊一歩手前までたっぷりにカスタードクリームが詰まっていることから、このエクレアの制作者はかな子ちゃんでしょうね。

シン撰組・ガールズで言った『美味しいから、大丈夫だよ』というセリフがトレンドワードになって話題になり、すっかり腹ペコ系キャラというイメージが定着してしまったそうですが、こうしてお菓子のことを嫌いになっていないみたいで安心しました。

 

 

「立ちっぱなしもなんですから、座ったらどうですか」

 

 

食べている姿をただじっと見られているというのも落ち着きませんから、空いているパイプ椅子を指さして促します。

 

 

「そうですね。失礼します」

 

 

武内Pは促されたとおりに空いていたパイプ椅子に座りました。

なんだか、野良の大型犬を手なづけたような気分になりますが、言わないでおきましょう。

表情はいつもと変わらず威圧感のある仏頂面ですが、その瞳は何か思い悩むように微かに揺れていました。

まったく相談したいことがあるのならさっさと切り出してしまえばいいのに、私に負担をかけてしまうのではないかという遠慮があり言い出せないのでしょう。

仕方ありません。こういった時に、一肌脱いであげるのが年上の役目ですから。

ですが、話が長くなったりしたら大変ですので食べ掛けのエクレアを食べきって、残りも傷んでしまわないように隅にある冷蔵庫にしまっておきましょう。

 

 

「悩みがあるなら聞きますよ」

 

「‥‥すみません」

 

 

右手を首に回しながら頭を下げ、武内Pは悩みについて語りだしました。

プロジェクト1期生であるシンデレラ・ガールズ、シンデレラ・プロジェクトの2期生達、大半をセルフプロデュースしている状況ではありますが私達サンドリヨンと担当するアイドルが増え、武内P1人で担当するには難しくなってきているそうです。

まあ、1人で新人やトップアイドルを含む30人近くのアイドルをプロデュースするのは無謀過ぎることですから、いつかはこうなるのではないかとは思っていました。

一番早いのは担当Pを増やしてしまうことなのですが、シンデレラ・ガールズと武内Pの絆を考えればそれは逆効果にしかならないでしょうし、2期生も武内Pが担当することが確定していますから変更もできません。

私達はセルフプロデュースでも十分やっていけるでしょうが、ちひろが悲しむでしょうね。

 

 

「無謀なことだとは自分でも理解しているのですが、それでも私が皆さんをプロデュースしたいと思うのです」

 

「頑なですね」

 

 

もう少し肩の力を抜いて生きれば、このような茨の道を進むこともなかったでしょうに。

 

 

「それに、私は渡さんとの約束を果たしていません」

 

「約束ですか」

 

「はい。渡さんをトップアイドルという高みに連れていくとデビュー前にお約束しました」

 

 

そういえば、そんなこともありましたね。

もう1年以上も前になるので、すっかり記憶の片隅に追いやられていて言われるまで思い出せませんでしたよ。

そんな書面にもしていない、何ら法的拘束力もない酒の席での口約束を今も覚えていて律義に守ろうとしているとは武内Pの不器用過ぎる真面目さには脱帽です。

こういったところがあるから、ちひろのような母性を擽られるとまずいタイプが惚れていくのでしょう。

 

 

「わかりました。その件については、私の方でも何とかできないか考えてみましょう」

 

「‥‥すみません。結局、渡さんに負担をかけることになってしまい」

 

「いいんですよ。後輩を助けるのは、先輩の役目ですし。それに‥‥」

 

 

こうして口に出してしまうのは気恥ずかしくて今まであまり言えていなかったのですが、いい機会ですから言っておきましょう。

態度で伝わっているとは思いますが、それでも口にするという行為が重要なのですから。

 

 

「アイドルとプロデューサーは助け合うものでしょう?」

 

「‥‥そうですね、ありがとうございます。渡さん」

 

 

ちょっと気恥ずかしくて顔が赤くなってしまいそうになりますが、今言っておかなければ次言う機会がいつ来るかわかりませんからね。

正確には、私がその勇気を持てるようになるのがいつになるかがわからないと言った方が正しいでしょう。

 

 

「だから、もっと私に頼っていいんですにょ」

 

「にょ?」

 

 

噛みました。物凄い格好をつけているときに噛んでしまいました。

原作の七実も最期の七花に言葉を遺すシーンで噛んでいましたが、見稽古と一緒にそんなドジッ娘スキルまで特典として貰ってしまったのでしょか。

顔へ血液が集まってきて熱く、真っ赤になってしまっているのが鏡を見なくてもわかります。

どうして、よりにもよって武内Pの前でやらかしてしまうのでしょうか。

これがちひろや瑞樹達の前だったら、少しの間ネタにされるでしょうが笑い話で終わらせることができます。

ですが、武内Pだとこういった時にどういう風に対応したらいいかわかりません。

ちひろだったら顔を覆うでしょうし、瑞樹だったらかわい子ぶって誤魔化して、楓なら駄洒落に持っていき、菜々はおろおろと慌てふためくでしょう。

ですが、私はどうすれがいいのでしょうか。

とりあえず、頼れるお姉さんキャラというものを崩壊させてしまわないように事実の隠蔽に努めましょうか。

赤くなってしまった顔を背けて武内Pの顔に向かって人差し指を突き出します。

 

 

「き、聞かなかったことにしましょう」

 

「‥‥えっ」

 

「武内Pは何も聞かなかったんです。良いですか?」

 

「それは、先程の『にょ』についてでしょうか?」

 

 

当たり前のことを聞き返す武内Pに若干の殺意を覚えました。

なんですか、そうやって繰り返し口にすることによって私を精神的に辱めているんですか。もしかして、下剋上的な何かを狙っているんですか。

 

 

「だから、何も聞かなかった!」

 

「‥‥わかりました」

 

 

何だか武内Pが心なしか楽しそうな表情をしているように見えるのは気のせいでしょうか。

あの昼行燈に後継者として目を付けられたのか、最近では色々と人脈や統括者としての心得やノウハウを教えてもらっているようですが、それと同時にろくでもない部分まで引き継ぎかけているのかもしれません。

昼行燈1人でも厄介なのに、武内Pまでそうなってしまったら私がやりにくくなってしまうこと間違いなしでしょう。

次の現場に行かなければならない時間になったのか、時計を確認すると武内Pは立ち上がりました。

 

 

「では、私は次の現場に行かなければなりませんので、これで」

 

「はい、気を付けてください」

 

 

顔の赤みが取れそうにないので武内Pからは顔を背けたままで、手を振って送り出します。

この失態は当分引きずりそうでそうですね。

唯一の救いは、この場に私と武内P以外の人間がいなかったことでしょうか。

こんな様子を見られてしまったら、あらぬ邪推をされてしまいかねませんし、それがちひろや楓、凛といった武内Pに懸想しているメンバーに見られたら、ライバル視がさらに悪化しかねません。

私はそんなつもりは一切ないと言っているのですが、ちひろ曰く『状況証拠だけで有罪判決が下せるレベルですよ』だそうです。

弟子であるまゆもそうですが、恋する乙女の思い込みというのは時にあらぬ方向に跳んでしまうことが多いですから、ここは私が大人になって受け止めてあげるしかないのでしょう。

こういう時、あえて貧乏籤を引くことができるものが後で幸福を得るのですから。

熱くなってしまった顔を手で扇ぎながら、これから起こるかもしれない未来に対して今回私が演じた新撰組組長の登場する剣客漫画の言葉を少し改変して述べるのなら。

『くぐった修羅場の数が違うんですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、無事放映された『シン撰組・大人版』は残虐なシーンも多かったりしたのですが、何故か変な人気が出てしまい美城プロアイドルによる新撰組のシリーズ化も検討されてしまうのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今後の制作予定の番外編は

・みく視点での38話の裏側的話+α
・掲示板風
・IF もし七実が765に所属していたら
・七実 in HL

になっており、並行して進めて完成したものから投稿しますので、今しばらくお待ちください。


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番外編7 ねことライカの日々

今回はみく視点です。
地の文がみくのキャラクターとずれていると感じられるかもしれませんが、ご了承ください。


(38話中)

 

「ああもう!アーニャは、どこほっつき歩いてるの!!」

 

 

私、前川みくは、広すぎる美城本社ビルの中を働く皆さんの邪魔にならない程度に急ぎ駆けまわっていた。

それもこれも原因は最近デビューが決まったフリーダム極まりない親友が、レッスンをすっぽかしたせいである。

アーニャとはシンデレラ・プロジェクトの最初期メンバーとして空港で初めて出会ってからの付き合いで、お互いに寮住まいということもあり、物怖じせず遠慮もない性格も相俟ってすっかり懐かれてしまったのだ。

別にそれが嫌だというわけではないが、フリーダムな行動で周囲をかき回す度に私が火消しに回ったり、フォローに入ったりしなければならないのは勘弁してほしい。

とりあえず、アーニャは見つけたら一遍しばいておこう。

昨夜、対アーニャ用に準備しておいたハリセンのお披露目がこんなにも早く来るとは、想定の範囲内だったのでそうなってしまったことに思わず溜息がこぼれる。

プロデューサーから電話がかかってきたときには何事かと思ったが、デビューが控えるこの重要な時期にレッスンをさぼるとは本当に何を考えているのだろう。

確かにアーニャの実力はシンデレラ・プロジェクトの中でも高い。

格闘技の経験がある為身体能力も高く、ロシア美人のいいところを集めてできたような誰もが目を引く容姿に、音楽的なセンスも良いという天は二物を与えずという言葉が嘘だと言いたくなるくらいの才能の塊である。

それらをあのフリーダム過ぎる性格で帳消しにしていると言えばそれまでかもしれないが、それでもキャラ付けが無ければ没個性な自分と比較すると羨ましく思えてしまう。

自分にもあれほどの魅力があれば、デビュー第一陣として名を連ねていたのではないかとさえ思ったこともある。

勿論、親友のデビューは自分の事のように嬉しく、精一杯応援と祝福はするつもりであるが、それでも心の中でささやかな嫉妬心を抱くことくらい許されるはずだ。

下手な高層建築よりも大きな美城本社の中で、行動パターンの把握しにくい気ままに動き回る一人を見つけるのは至難の業であり、プロデューサーも含めデビューに向けてレッスンをしている4人以外のシンデレラ・プロジェクト全員で捜索に当たっているが、状況は芳しくない。

 

 

みく

見つかった?

 

緒方 智絵里

ダメ、外には出てないみたい

 

RANKO・K

天上の業火が降り注ぎし仮初の庭園にも姿は見えぬ

 

みく

蘭子ちゃん、今は緊急時だからLINEは標準語でお願い

 

RANKO・K

ごめんなさい

 

緒方 智絵里

かな子ちゃんと下から回ってみるね

 

RANKO・K

私は、屋上から回ります

 

みく

お願いね。みくも色々と聞いて回ってみるから

 

 

LINEのグループ等を使って同じ寮住まいの智絵里ちゃんや蘭子ちゃんとも情報共有をしながら探しているが、それでも見つかる気配はなく、徒に時間が消費されていく。

落ち着いてアーニャの行きそうな場所を考えてみるが、何処でも『行ってみたいと思った』という感じでいても違和感がないような気がしてきた。

 

 

「あれ、前川ちゃん?どうしたの、こんなところでさ」

 

「あっ、真壁さん。おはようございます」

 

 

悩んでいる私に声をかけてきたのは、七実さんの部下である真壁さんだった。

七実さんの部下の人達とは、主に七実さんに構ってほしくて仕方がないアーニャを追いかけているうちに仲良くなり、今では色々と情報提供をしてくれるありがたい存在なのだ。

外見こそ軽薄そうな感じがあるが、見た目に反して仕事に関してはとても丁寧で真摯らしく、また周囲への気遣いを忘れないとてもいい人である。

今度現在付き合っている彼女さんと結婚式をあげるらしくて『守るべきものがある男は強いぞ。まあ、そんな相手のいないお前らにはわかんねえだろうがよ』と他の部下の人達を挑発してフルボッコにされていたこともあったが。

 

 

「‥‥いつものです」

 

「オッケー、把握した。ちょっと待ってくれよ、うちの奴らにも聞いてみるわ」

 

「お願いします」

 

 

そう言って真壁さんはスマートフォンを取り出して、他の部下の人達と連絡を取り始める。

こうしていつものというので通じてしまうあたり、入社して数か月の間にアーニャが一体どれだけフリーダムな行動をしてきたかがわかる証明ではないだろうか。

忍者にあこがれており無駄に隠密行動に長けている為、少しでも情報は欲しいところだ。

 

 

「そうか、サンキューな。はっ?俺じゃない?

前川ちゃんに直接言ってもらいたい?あぁ~~~、悪い、なんか急に電波状態が悪くなってきたわ」

 

 

そう言って真壁さんは通話を強制終了させた。電話の相手は恐らくあの人だろう。

七実さんの部下では一番情報通であるあの人ならば、アーニャの居場所とまではいかなくても切欠的なものくらいは手に入るはずである。

その優れた情報力の所為で色々と早とちりしてしまうのが玉に瑕らしいが、今回のように深読みする必要のない情報なら信頼していいだろう。

 

 

「朗報だぜ、前川ちゃん。アーニャちゃんの情報はないけど、係長が虚刀流を披露する為にレッスンルームを押さえたらしい」

 

 

確定だ。アーニャは絶対そこにいる。

今までさんざん振り回されてきた私の勘がそう告げていた。

 

 

「場所はどこですか!」

 

「前川ちゃん、焦り過ぎはよくないぜ。場所は‥‥」

 

 

真壁さんから七実さんが押さえたというレッスンルームの場所を聞くと、しっかり頭を下げてお礼を言ってから駆け出した。

勿論、先程同様他の人の迷惑にならないよう十分に配慮しながらではあるが。

アーニャもそうであるが、基本的にシンデレラ・プロジェクト内での七実さんやちひろさんの好感度は高い。

あの何を考えているかわかりにくい秘密主義的なところのあるプロデューサーと私達の緩衝材となるように動いてくれ、私達の不安に対しても積極的に相談に乗ってくれるのだから、当然の帰結というものだろう。

特に七実さんは係長としての仕事にアイドル、そして私達のフォローと忙殺されてもおかしくない量の仕事を抱えているはずなのに、普通にこなしているというのだから驚きである。

プロデューサーは何とかして休暇を作ってあげたいらしいが、時間が空くと自分で仕事を見つけてきたり、他の人の仕事を手伝ったりしだすらしく上手くいっていないらしい。

鮪が泳ぎ続けなければ死んでしまうように、七実さんも仕事をしていなければ生きていけないのではと噂されるのもわかるような気がした。

目的地であるレッスンルームまでは近いのでエレベーターを使用するよりも階段を使った方が早いので、人がいないことをしっかりと確認してから一気に駆け下りる。

アイドルは身体が資本なので、最近は毎日ではないがアーニャとのトレーニングをしている為以前よりも身のこなしが軽くなってきた気がする。

10Kmのランニングから始まり、ストレッチを挟んで腕立て伏せ、上体起こし、スクワットを25回各4セット+αというメニューを週5くらいのペースで数か月もつき合わされていれば効果が出てきて当然なのかもしれない。

おかげで、甘いものを好きなだけ食べてもダイエットする必要が殆どないし、ダンスも上手くなってきて息が切れることも少なくなってきた。

特にバーストブリージングという特殊な呼吸法は、最初は苦しいだけだったが、慣れてきた今では心を落ち着けたり体力回復を早めたりといいこと尽くめで教えてくれたことに感謝している。

目的の階に到着し、通路に人影がないのでそのままの速度を維持しながら目的地へと駆け抜けた。

目的のレッスンルーム前に到着し、軽く息を整えてから扉を開くと鍛錬する七実さんと今回の騒ぎを起こした問題児がいた。

 

 

「アーニャ!やっぱり、ここにいた!もう、レッスンをほったらかしてトレーナーさん怒ってたよ!」

 

 

そう言いながらアーニャに近づくが、当の本人はこちらに視線すら向けることなく七実さんの鍛錬を真剣な表情で見続けていた。

確かに七実さんの鍛錬は見蕩れてしまうほどに美しい。

攻撃の軌跡が一切ぶれることなく綺麗な弧を描くようで、通り抜けた後に漫画の効果みたいなものが見えるような気がするくらいである。

指先、足先までしっかりと神経が行き渡り、自身が思い描く最高の形を常に再現できる程に身体を扱えるというのは羨ましい。

七実さんが世間に知れ渡るきっかけとなった新春特番で『人類の到達点』と呼ばれるキャラクターを演じたが、間近でその万能さを見せつけられると、それもあながち間違っていないのではないかと思えてしまう。

 

 

「ミク、『うるさいです(シュームナ)』。私は、今忙しいんです」

 

 

人が色々と心配して捜しに来たというのに、そう返してきたアーニャに苛立ちを覚えたことは許されないことだろうか。いや、許されるだろう。

カバンの中にある用意しておいたハリセンを探しながらゆっくりと近づく。

普段のアーニャならこうして接近するだけで意図を察知して逃げ出してしまうのだが、今日は七実さんの鍛錬を見ることに集中している為か一切動く気配はない。

それは、私としては好都合なのでゆっくりとハリセンを取り出して振り上げる。

 

 

「セイヤァーー!!」

 

痛い(ボリーナ)!』

 

 

一切容赦なく、躊躇いなく、その頭に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

(40話以降)

 

「‥‥うん?」

 

 

朝、私はカーテンの隙間から入り込んでくる朝日と胸に感じる重みで目が覚めた。

身体を起こそうにも胸にかかる重みと起き抜けである為か上手く力が入らないので、首だけを動かしてその重みの原因を確認する。

 

 

『‥‥あたたかい(チョーブルィ)

 

 

半ば予想はしていたが、重みの原因は昨夜私の部屋に泊まったアーニャであった。

人の胸に顔をうずめて幸せそうな寝顔をしている。

同じ寮内に自分の部屋というものがあるのだからそちらで寝ればいいのにと思うのだが、寂しがり屋なのかアーニャはこうしてよく人の部屋に泊まりにくることが多い。

私の部屋だけでなく智絵里ちゃんや蘭子ちゃんの部屋にも泊まりに行っているようで、ローテーションするように回っているのではないだろうか。

こうして親友と一緒に寝るのはお泊り会みたいで楽しいので断る理由はないのだが、そろそろこの甘えん坊の自立も促さなければならないだろうかと心配にもなる。

左側はアーニャによってホールドされているので右手を動かして枕元に置いてあるスマホを手に取って時間を確認した。

 

04:27

 

今日はトレーニングに付き合う日なので早起きをする必要があるが、それでも後30分ほど時間はある。

二度寝をしようかとも思ったが、人間の頭というものは想像以上に重量があり、この違和感を無視して眠るのは難しそうだ。

少し早いがアーニャを起こしてしまうことも考えたが、こんな幸せそうな寝顔を浮かべているのを起こしてしまうのは気が引ける。

仕方ないので右手でスマホを操作し時間を潰すことにした。

昨今のアイドル事情やら、最新のネコカフェ情報、かわいい猫の登場する癒し動画などを色々と巡る。

やっぱり、ネコはいい。くりくりとした目に、ふかふかとした毛並み、行動の1つ1つが愛くるしい。

気まぐれなところもその愛らしさを彩る要素の1つでしかなく、この寮がペット厳禁でなければ何匹でも連れ込んでいただろう。

 

 

「‥‥いい匂い(フクースナ パーフニェット)

 

「‥‥うん?」

 

 

胸に顔をうずめていたアーニャが何か寝言を呟いた。

ロシア語はアーニャに習ったりしながら勉強して、簡単な会話や単語くらいなら覚えたのだが、やはりまだまだ付け焼刃の域を出ない。

こうして唐突にロシア語で何か言われても、理解が追い付かないのだ。

 

 

「いただきまぁ~~す」

 

「は?」

 

 

今度は日本語だったが、とても物騒な言葉が聞こえた。

いただきますとはいったいどういったことだろうか。

私の第六感がすさまじい警鐘を鳴らしており、視線をスマホからアーニャの方へと向けると何かを頬張ろうとするように大きく口を開いた姿が見える。

アーニャが現在顔をうずめているのは私の胸であり、その口が接近しているのもまた私の胸である。

この状況と先程の『いただきます』発言から推測される未来は1つだ。

スマホをはなして念の為と枕元にも配備しておいたハリセンを取り出し、アーニャに噛みつかれてしまう前に一閃する。

至近距離ではあまり威力を発揮できないだろうが、今は威力よりも素早さの方が重要だ。

振り下ろしたハリセンはアーニャの頭を捉えたが、勢い余って私の肩にもダメージを与える。

 

 

「痛いです‥‥なんですか?」

 

「‥‥おはよう、アーニャ」

 

 

今の一撃で目を覚ましたアーニャにとりあえず朝の挨拶をしておく。

若干涙目で頭を押さえながら起きたアーニャは、未だ自身に何が起きたかはわかっていないようだ。

 

 

おはようございます(ドーブラエ ウートラ)』「みく、どうしてハリセンを持っていますか?」

 

 

アーニャの頭が退いた為、胸にかかっていた重みもなくなったので私も身体を起こす。

その解放感を味わうようにのびをする。

 

 

「アーニャ、さっきまでどんな夢見ていたか覚えてる?」

 

「『(ソーン)』ですか?‥‥とても美味しそうなピロシキを食べようとしてました」

 

 

ピロシキというのは、あの料理のピロシキの事だろうか。

私の胸に顔をうずめていてそれを思い出すということは、私の身体からパンのような香りがするとでもいうのだろうか。

アイドルのレッスンはかなり汗をかくことが多いので、毎日念入りに身体を洗っているのに。

パジャマをめくって自分の腕の匂いをかいでみるが、パンのような香りはしない。

自分の体臭というのはなかなか気が付きにくいので、今度智絵里ちゃんや蘭子ちゃんにお願いして確認してもらおう。

 

 

「だと、思った。アーニャはね、ピロシキと間違えてみくの胸に齧り付こうとしてたの」

 

『‥‥ごめんなさい(イズヴィニーチェ)

 

「別にいいよ。わざとじゃないんだし。

私もついハリセンで叩いちゃって、ごめんね」

 

 

寝ている間の無意識的な行動で咎められては可哀想だろう。

緊急事態だったとはいえ、私も思い切りハリセンで叩いてしまったわけだし謝罪する。

 

 

「大丈夫です。そんなに痛くなかったです」

 

 

そんなやり取りをしていたら完全に目が覚めてしまった。

時間を確認するとそろそろ起きる予定だった時間になるので、このまま起きてしまおう。

ベッドから降りて、そのまま洗面台へと向かい身嗜みを整える。

本格的なデビューは決まってはいないとはいえ、一応アイドルなのだから外にでるのなら最低限の身嗜みを整えるのは当然である。

 

 

「はい、歯磨き粉」

 

ありがとう(スパスィーバ)

 

 

1人用の洗面台でこうして2人で歯を磨いたりするのも、もはや慣れてしまった。

最初の頃は順番だったのだが、4人でお泊りしていると待ち時間がどうしても長くなってしまうので段々と上手くなっていったのである。

寝る前なら別に構わないのだが、朝の1分1秒は女の子にとっては大切なのだ。

時間的余裕があれば、それだけ身嗜みをしっかりと整えることもできるし、携行品に忘れ物がないかも確認できる。

こういったことを疎かにしていては、将来的に苦労するとお母さんも言っていたので気を抜くことはない。

しかし、いつの間にかそれぞれの部屋に自分用の私物が置いてあることに違和感を覚えなくなったのだろう。

歯磨きを済ませた後はパジャマを脱いでトレーニングウェアに着替える。

 

 

「アーニャ、この前の服と下着、洗濯しておいたから持って帰るの忘れちゃだめだよ」

 

はい(ダー)

 

 

お泊りをした時は、その部屋の主がみんなの分の洗濯をすることになっている。

寮の洗濯機にも限りがあるし、少ない量で洗濯してしまうのは払っているわけではないが水道代がもったいないので時間と節約を兼ねてそうなった。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぎ、睡眠中に失われた水分を補給しておく。

これは健康や美容にも効果が高いらしく、確かにこれをしだしてから身体の調子も良くなったような気がする。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

はい(ダー)

 

 

同じように着替えと水分補給を済ませたアーニャと部屋を出る。

早朝に分類される今の時間帯は通路に人気はなく、静寂に支配されていた。

耳を澄ませば微かにテレビの音などが聞こえてくるので、全員が寝ているわけではなさそうだ。

大きな物音を立ててしまわないように慎重に寮の入口へと移動し、寮母さんにいつものトレーニングに行ってくることを伝えて外に出る。

太陽の昇りきっていない朝の外気は少し冷たいが、肺一杯に吸い込むと身体の余分な熱が抜けていくようで心地よい。

朝からロケで出発する他のアイドル達の邪魔にならない場所に移動して、準備体操とストレッチを時間をかけて念入りに行う。

こうしてしっかりと身体をほぐしておくことで怪我の可能性が格段に落ちるのだから、気を抜くことができない。

身体作りのためのトレーニングで怪我をしてレッスンや仕事ができなくなったというアイドルに未来はないだろう。

 

 

「では、行きましょうか」

 

「うん」

 

 

準備体操やストレッチが終わったら、アーニャと並んで走り出す。

別にマラソン選手になろうとしているわけではないので、ペースはゆっくりめで会話をしていてもきつくないくらいを維持する。

最初の頃はアーニャのペースに無理に合わせようとして途中でばててしまうこともあったが、今ではそんな醜態をさらすこともなくなった。

まあ、アーニャも私に合わせるようにペースを落としてくれているおかげかもしれないが。

 

 

「アーニャ、デビューが近づいてきてるけど、調子はどんな感じ?」

 

大丈夫です(ナルマーリナ)』「トレーナーに太鼓判を押されました」

 

 

もうすぐデビューを控える親友に近況を聞いてみたが、順調そうで何よりである。

あの厳しいトレーナーたちが太鼓判を押したというのなら、私が心配することはないだろう。

後は本番で緊張しないかどうかだが、あの基地祭の時の様子を思い返す限りそんな心配は必要ないかもしれない。むしろ、ステージ前なのに食べ過ぎて衣装がきつくなってしまわないかの方が心配だ。

そこら辺はきっと美波ちゃんが何とか止めてくれるだろう。

 

 

「そうなんだ。やったね」

 

はい(ダー)』「私達の曲も『流れ星(ミチオール)』みたいでカッコいいです!」

 

「CDが出たら絶対買うからね」

 

「『プレゼント(パダーラク)』しますよ?」

 

 

そう言ってくれるがこういったことをしっかりしないと駄目である。

金銭的に余裕があるわけではないが、親友のデビューシングルを買えないほどに困窮しているわけではないし、CDの売り上げはそのままユニットの評価につながるはずなので少しでも足しになるようにしてあげたい。

 

 

「いいよ。気持ちだけ受け取っとくから、両親に送ってあげなよ」

 

「勿論、パパとママに送りますよ!」

 

「うんうん、それがいいよ。きっと、物凄く喜ぶからさ」

 

はい(ダー)

 

 

穏やかに吹き抜ける朝の風が、だんだんと火照ってくる身体を擽るように通り抜けていき心地よい。

最初は巻き込まれるように始めたこのトレーニングであるが、こうして現在でも続いているのはきっとこうしてアーニャといる時間が楽しいからだろう。

そんな恥ずかしいことは面と向かっては言えないが、それでもいつか言えたらなと思う。

アーニャも私とこうして一緒にいて楽しいと思ってくれているだろうか。

 

 

「そうだ!ミク、今度夢の島公園に行きましょう!」

 

「夢の島公園?別にいいけど、何をするの?」

 

 

わざわざ行こうと言うあたり何かイベントでもやっているのだろうか。それとも面白い遊具とかが置いてあるのだろうか。

夢の島というファンシーな名前をしているので、なかなか面白そうな場所である。

智絵里ちゃんや蘭子ちゃんも誘って皆が休みの日にお弁当を作ってピクニックに行ってみるのもいいかもしれない。

フリスビーとかバトミントンを持っていけば、遊具の類が無くても色々と遊べるだろう。

きっと智絵里ちゃんは四つ葉のクローバーを探すだろうから、スカートではなくズボンで行かないと風が吹いたら大変なことになりそうだ。

 

 

「『(ズヴェズダ)』を見ます!」

 

「えっ、もしかして夜に行くの!?」

 

 

夜の公園は色々と危ない気がする。

特にアーニャはハーフで人目を惹く容姿をしているので、邪な考えを持った不審者に襲われてしまったら大変だ。

いくら日本が他の国に比べて安全だとは言え、犯罪の発生件数がゼロというわけではないのだから、自分でそういった危ない場所へと近寄らないという自衛策をとらなければ事件の被害者になってしまいかねない。

 

 

「『(ズヴェズダ)』は夜じゃないと見えませんよ?」

 

「いや、それくらいはわかるからね!」

 

「あっ、でも『明けの明星(ヴェニェーラ)』なら見えるかもしれません」

 

「ヴェニェーラって、金星だっけ?」

 

はい(ダー)

 

 

ロシア語の単語も少しずつではあるが覚えてきている実感に、心の中でガッツポーズをとる。

学校でも空いた時間を使って勉強している成果は出ているようだ。

 

 

「って、そうじゃない。夜の公園とか、危ないでしょ!

そういったのは、プロデューサーや七実さん達に相談しないと」

 

 

アイドルが勝手に出歩いて事件等に巻き込まれたら、管理責任等を問われて私達だけでなくシンデレラ・プロジェクトや美城プロ全体の問題に発展しかねないだろう。

勝手な行動でみんなのアイドルデビューに影響を与えるような迷惑はかけたくない。

 

 

「そうでした」

 

「でしょう?」

 

「なら、師範(ウチーティェリ)も誘いましょう!」

 

「そう解決するの!!」

 

 

七実さんに同行を頼めば、きっと喜んで承諾してくれるだろう。

だが、こちらの我儘でただでさえ仕事の多い七実さんの負担を増やしてしまっていいのだろうか。

本当ならプロデューサーとかの方が良いのかもしれないが、傍から見るとどこかの組の若頭にしか見えない容姿をしているプロデューサーだと巡回している警察の人に職務質問される未来しか見えない。

 

 

「楽しみですね、ミク♪」

 

「そうだね」

 

 

どうやら、もうアーニャの中で星を見に行くのは確定事項のようだ。

まあ、本当に行けるかは七実さんやプロデューサーに許可を取ってからだが、それでも私もアーニャと一緒に星を観に行くのは楽しみなので肯定する。

 

 

「みんな一緒なら、きっととても楽しいです♪」

 

 

 

 

 

朝のトレーニングを終わらせ、シャワーと着替えを終わらせて食堂へと移動する。

もう慣れてきているが朝からハードなトレーニングをしているので、お腹が空いて仕方ない。

それに朝食をしっかり食べておかないと力が出ず、レッスンの途中で低血糖を起こして倒れてしまったりすることになる。

寮母さんに頼んでご飯を大盛りにしてもらい、トレーを受け取って席を探す。

 

 

「みくちゃん、アーニャちゃん。こっち空いてるよ」

 

 

先に食堂に来ていた智絵里ちゃんが私達に手招きしているので、そちらに向かう。

蘭子ちゃんも一緒のようだが、まだ半分眠っているようで視線が定まらずうとうととしている。

きっと昨夜も遅くまで魔導書(グリモワール)という名のスケッチブックに色々と絵を描いていたに違いない。

 

 

「おはよう、智絵里ちゃん、蘭子ちゃん」

 

おはようございます(ドーブラエ ウートラ)』「チエリ、ランコ」

 

「おはよう、みくちゃん、アーニャちゃん」

 

「わずらわ‥‥太よ‥‥ね」

 

 

席に座り、合掌してこうして食事として糧となる命やそれに関わっている全ての人に対して感謝してから箸をとる。

今日の朝食はご飯と味噌汁、ハムエッグにサラダとバナナだ。

時々というか、3日に一度の割合で焼き魚が朝食メニューに入るので、そうなると魚嫌いの私にとってメインのおかずが食べられず少しひもじい思いをすることになる。

途中のコンビニで何か買えばいいだけではあるが、デビューがいつになるかわからない現状でお金の無駄遣いはしたくない。

それにご飯のおかわりは自由であり、新鮮な生たまごも置いてあるのでたまごかけご飯にするという手もある。

 

 

「2人共、今日もトレーニング?」

 

「うん」『はい(ダー)

 

「すごいね。私には、ちょっと無理かも」

 

 

確かに智絵里ちゃんは今の守ってあげたくなる儚いイメージが強く、体力がついて物凄く軽快に動き回る姿は想像ができない。

アイドルにとってキャラクターやイメージというものは重要になるので、ステージで倒れない程度の体力があるのなら無理をする必要はないと思う。

 

 

「まあ、無理することはないと思うよ」

 

「そうです。チエリは今のままが一番です」

 

 

ハムエッグにソースをかけて白身とハムの部分を箸で裂いて一口大にして口に運ぶ。

白身の淡白な味わいにハムの塩気と脂、そしてソースの濃さが合わさることによってご飯が進む。

行儀が悪いとは自覚していながらも、ついおかずを口に入れた後すかさずご飯も一口食べる。勿論、口の容量以上に詰め込んで頬が膨らむような見苦しい真似はしない。

咀嚼する間にハムエッグとご飯が混ざり合い、新たな美味しさへと昇華される。

やっぱりご飯のおかずにするならソースが一番だ。

目玉焼き系に何をかけるかは個人の好みがあり、それについて議論を始めてしまうと『きの○の山』『た○のこの里』戦争のように永遠に結論が見えないような泥沼に陥ってしまうだろう。

ちなみに、私はどちらかというとたけ○こ派である。

 

 

「うにゅ‥‥」

 

「蘭子ちゃん、食べながら寝ると喉に詰まるよ」

 

 

そう言いながらケチャップで汚れた口元を拭ってあげる智絵里ちゃんは蘭子ちゃんのお姉さんみたいだった。

 

 

「む~~」

 

「もう、夜更かしすると朝が辛いよって言ったでしょ」

 

「‥‥ふぁい、ほめんなはい」

 

 

この2人なら息もぴったりだろうし、ユニットを組むことになるかもしれない。

そう思わせるくらい、微笑ましくて仲の良い姿だった。

 

 

「おかわりに行ってきます」

 

「あっ、海苔があったらとってきて」

 

「わかりました」

 

 

いつの間にかご飯を全部食べていたアーニャがおかわりをもらいに寮母さんのところへと向かっていった。

一緒に食べ始めたはずなのに、もう1杯目を食べ終えるなんてちゃんと噛んでいるのだろうか。

よく噛んで食べないと消化にも悪いし、満腹中枢が刺激されないのでなかなか満足感を得ることができずに量を食べてしまい太る原因となるのだ。

アーニャの場合、筋肉量が多いので基礎代謝が高く心配することはないだろうが、だからといって慢心していると脂肪(やつら)はいつの間にかお腹に忍び込んでくるのである。

 

 

「よく食べるね。アーニャちゃん」

 

「そうだね。今朝もみくの胸をピロシキと間違えて食べそうになったし」

 

「ふふ、アーニャちゃんらしいね」

 

「危うくみくの胸に無残な歯形が付くところだったよ」

 

 

未遂で済ませることができたが、もし本当に齧り付かれていたら私は寮中に響き渡る悲鳴をあげてたに違いない。

よく食べるだけあってアーニャの噛む力はかなり高そうである。

そういえば、匂いについて聞いてみようと思っていたのだが、今は食事中なのでやめておこう。

食事において匂いは重要な要素であるし、もし本当に変な匂いがするのであればそれで食欲減退させてしまいかねない。

 

 

「でも、みくちゃんって抱き心地いいから、意外と美味しいかも」

 

「いやいや、美味しくないからね。抱き心地と美味しさはイコールで結びつかないからね」

 

 

何だか恐ろしいことを智絵里ちゃんが言い出したので慌てて否定しておく。

私の抱き心地は病みつきになるくらいのものらしく、3人からはしょっちゅう抱きつかれる。

特にアーニャは隙あらば外であろうと抱きつこうとしてくるので、変な噂が立っていなければいいが。

 

 

「みくぅ~~!味付け海苔と焼き海苔、どっちがいいですか!」

 

 

アーニャが大きめの声でそう尋ねてきた。

私たち以外のみんなも居る食堂で大声を出すのはマナー違反だ。後で注意しておこう。

 

 

「味付けで」

 

「わかりました!」

 

 

とりあえず、返答だけはしておく。そうしておかないとアーニャはきっともっと大きな声で尋ねてくるに違いない。

今日も朝から色々と騒がしいが、それでもこれが私の日常であるし、きっとかけがえのない思い出となる日々の1ページに違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編8 IF アイマス世界に転生しましたが、765プロは今日も平和です。

七実が765プロで働いていたらというIFです。
この七実は本編の七実とは違い、積極的に原作に介入していくオリ主です。
その為、介入したことによるバタフライ・エフェクトにより色々と設定が変わっている部分があります。
また、アイドルとのカップリング要素もあります。
これらの点をご了承の上で楽しんでいただけると幸いです。

‐追記‐
この話は、765プロメインの話である為時系列的には本編よりも前になります。


どうも、私を見ているであろう皆さま。

最近は飽和状態で玉石混交なチート能力を引っ提げて神様転生をしたオリジナルなキャラクターです。

名前を『(わたし) 七実(ななみ)』と申します。

アニメや漫画といった二次元世界に転生することが主流になりつつある昨今において、この度私が転生しましたは『アイドルマスター』という平和極まりない世界でした。

平和というぬるま湯に肩どころか全身つかり切っていた日本人である私が、いくら転生特典(チート)を持っていたとしても実際に物騒至極極まりない殺し合いが日常的に行われる世界に転生などしようものなら、前世の年齢を超える前に無残な屍を晒していたでしょう。

世の中、早々にご都合主義全開な展開なんて起こりません。

因みに、私の転生特典(チート)は刀語の鑢 七実の持つ『見稽古(劣化)』です。

何故そのままではなく(劣化)という文字が付属されるかというと、先程述べたご都合主義を必然とする為に特典を削ったからなのです。

原作に存在していなかった人間が世界の定める既定路線に強制介入し、それを捻じ曲げようというのですから相応の代償を要求されるのは当然の事でしょう。

ですが、私は後悔していません。

私がズル(チート)をできなくなるくらいで、防げる涙があるのなら後悔なんてあるわけないのです。

 

セットしておいたスマートフォンのアラームを止めて、気怠い身体に活を入れながら意識を覚醒させます。

どうやら、今日ははずれの日のようですね。

乱れる呼吸をゆっくりと整えて身体を活性化させてベッドから出て、寝間着姿のまま寝室を出てキッチンへと向かいました。

耳を澄ませてみますが、同居している2人の規則正しい寝息が微かに聞こえます。

2人共昨日は仕事で忙しかったようですから、恐らくぎりぎりまで起きてくることはないでしょう。

時間的な余裕はありますから、無理矢理起こす必要はありません。なので、私は自身のすべきことを済ませてしまいましょうか。

冷蔵庫から昨夜の残りと余っている食材を取り出して、お弁当作りを開始します。

見稽古(劣化)は、相手の能力を完全習得するまでの回数が倍になっていますが、それでもこの見稽古というスキルはチートと呼んでも差し支えない強力な能力でしょう。

余りの一口カツやポテトサラダに、適当な葉野菜と卵焼き等を弁当箱に詰めていきます。

男女の性差によって食べる量は変わりますから、七花の方には一口カツを1つ多めに入れておいてあげましょう。

弁当を作りながら同時並行で作っておいた目玉焼きやサラダといった朝食メニューにサランラップをしてテーブルの上に置いておきました。

スープも用意してありますから、食べる時に自分で温めなおせばいいでしょう。

やることを済ませたので、テレビでニュースを眺めながらじっくりと身体をほぐすようにストレッチを行います。

これを怠ってしまうとご都合主義の代償として鑢 七実を蝕んでいた病魔の1%を背負うことになったこの身体は本調子を発揮できなくなってしまうのです。

チートで軽減しても、たった1%でこの気怠さを感じるのですから鑢 七実が抱え蝕んでいた病魔というものはいったいどれほどのものだったのでしょうか。

 

 

「姉ちゃん、おはよう」

 

 

ストレッチを丁度終えたくらいに、起きてきた七花が寝ぼけ眼をこすりながら現れました。

プロデューサーをしているならある程度書類業務はできた方がいいですが、睡眠時間が少なくなるくらいなら私を頼ればいいのにと思います。

まあ、七花は私の身体の弱さを知っていますから頼りにくいのでしょう。

チートによって最近は極端に調子を落とし込むことはなくなったのですが、シスコンといいますか過保護気味で困ってしまいます。

後、私以外にも異性が住んでいるのですから、シャツとパンツというラフ過ぎる姿で部屋をうろつくのはやめましょう。

 

 

「おはよう、七花。朝食はできているから、温めなおしたりして食べてちょうだい」

 

「わかった‥‥千早は?」

 

「まだ寝てるわ」

 

 

今日は日曜日ですし、予定もレッスンくらいしか入っていないはずですからまだまだ寝かせておいてあげましょう。

原作であるアイドルマスターを知っている人であれば、この現状のおかしさに気が付くでしょうね。

そう、私達渡姉弟は如月 千早と同居しているのです。

私が見稽古という転生特典を削って願った1つ目ご都合主義というのは、千早の生き方を大きく変えてしまうきっかけとなった弟優の死への介入でした。

明確な日時がわからない以上、チートを使えば成功率を格段に上げることはできても100%事故を阻止できるわけではありません。

ならば、多少チートの能力が弱体化してもご都合主義を確定化させられるのなら意味があったと思います。

この介入によって如月 優は生存し、如月家は現在もご近所でも評判の仲良し家族として有名です。

病魔に蝕まれている身体をフル稼働させ、事故前に優を救い出して千早の心の底から安堵した笑顔を見た時には報われた気がしました。

これが切欠となり渡家と如月家の仲は深まり、私と七花が社会人となった今でも数年に一度は両家勢揃いで沖縄に旅行するくらいです。

 

 

「起きてるわ、義姉さん」

 

 

寝間着に使っている中学時代のジャージ姿で現れた千早は、まだ少し寝ぼけているのか焦点が合っていない感じですね。

ここで皆様にご忠告しておくことがあります。

原作の千早は優の死によって己には歌しかないという強迫観念に囚われていましたが、その根源を私が絶ちましたので現在私と同居している千早は原作とは若干性格等に違う部分があるのです。

性格は小さい頃は色々と活発だったのですが、思春期に入ると落ち着きだし割と原作に近い性格になりました。

ですが、クールに見えてかなり表情が豊かだったり、女子高生らしくファッション等にも興味を持っていたりします。

流行等にはあまり興味ないようですが、自分の好きな物には並々ならぬ執着を持っているようで、同性である私が度々巻き込まれる羽目になっています。

まあ、そのくらいで可愛い妹分の気が済むのなら安いものですが。

そういった性格の変化に加えて肉体面についても、少しといいますか、原作の千早をよく知る人にとっては大きすぎる変化が起きているのです。

それは胸です。原作では72(聖なる数字)というジョークにされてしまうくらいにスレンダー過ぎる体型をしていた千早でしたが、家族仲が良好で普通に栄養ある食生活をしていたら勝手に成長していました。

それでも小数点第一位を四捨五入してぎりぎり80に届くというスレンダーな部類に入る方ではありますが、それでも俎板等と揶揄されてしまうレベルではありません。

ちなみに、そういったネタで千早を揶揄おうとするなら私達姉弟の制裁を受ける覚悟で挑んでください。

 

 

「そう、なら顔とかを洗ったら千早も朝ご飯を食べちゃいなさい」

 

「はぁ~~い‥‥七花、シャツとパンツで出歩かないでっていつも言っているでしょう」

 

 

じと目ですが、それでもしっかりとその姿を視界の中央にとらえながら千早が七花の格好を注意しました。

七花のラフ過ぎる姿は色々と興味津々になるお年ごろには目に毒かもしれませんね。

 

 

「別にいいだろ?姉ちゃんも千早も、もう見慣れてるんだし」

 

「そんな恰好、将来子供ができた時に真似されたら困るでしょう!」

 

「んなもん、当分できないだろ」

 

「で、できるわよ‥‥その‥‥七花がその気なら十月十日で‥‥」

 

 

ああ、全てが聞こえてしまう自分の耳の良さが恨めしいですね。

一応、第三者である私がいるのですからそういったイチャラブは他所でやってくれませんか。

ただでさえ悪い体調が精神的ダメージによって悪化しかねません。事実砂糖を吐きそうな胸やけの所為で食欲がなくなりました。

 

 

「聞こえないぞ?」

 

 

そして、弟よ。何故そこで典型的な鈍感系主人公のような対応を取るのでしょう。

考え付く限りの選択肢でマイナス方向にトップクラスに拙い行動をしてしまうとは、神様はまだまだラブコメを楽しみたいと言っているのでしょうか。

 

 

「な、何でもない!」

 

 

さて、これらの会話から察してくれた人もいらっしゃるかもしれませんが、千早は七花に対して恋愛感情を抱いています。

家族付き合いが長く恐らく家族を除いて一番長く一緒に過ごした異性であり、こういった典型的な鈍感力を発揮することがありますが、ここぞという時には男らしさや格好良さを発揮するので落ちるのは早かったですね。

私が気がついたのは中学生に上がる前くらいでしたから、もう3年以上が経過しようとしています。

勿論、両家の親は気が付いておりそれとなく外堀を埋めていますので、七花が気が付いて受け入れてしまえば1週間後には渡 千早になるでしょう。

当の本人が、可愛い妹分としか思っていないようなのでそうなるにはまだまだ時間はかかりそうですが。

しかし、七花に恋慕の情を抱いているのは千早だけではないので、ハーレム系ラブコメよろしく笑いあり涙ありの激戦になることには間違いありません。

とりあえず、そんなわからない未来のことは置いておき、この気分の悪さを八つ当たりで発散させてもらいましょう。

 

 

「とりあえず、七花は着替えてきなさい」

 

「まじか」

 

「お弁当がいらないなら、構わないのだけど」

 

 

お弁当を人質に取ると七花は音を置き去りにする勢いで飛び出していきました。

男という存在は胃袋を掴んでしまえば扱いやすくなるという母の教えは正しかったという証明なのでしょう。

ストレッチは終わりましたが食欲も失せてしまったことですし、無理して食べることもないので出勤の準備をしてしまいましょうか。

自室に戻り出勤用のスーツに着替え、あまり意味がないですが一応本職を示す天秤マークのバッジをつけるのも忘れません。

昨夜の内に纏めていたアイドル達の良かった点や修正点を書き記した書類を個人毎に分けてクリアファイルに入れてからカバンに詰め込みます。

準備はできたのですが、今戻ると弟と妹分のラブコメの波動を感じることになってしまうので本でも読んで時間を潰すとしましょう。

今は、平和で平穏に過ごしたいですから。

 

 

 

 

 

 

「「「おはようございます」」」

 

 

朝から胸やけのするラブコメの波動に耐え、私だけでよかったはずなのに七花と千早も一緒に出社することになりました。

無理して一緒に出社することはないのですが『姉ちゃんを1人にできない』という過保護さを発揮しやがります。

私の方が姉で、七花との勝負事では敗北は一度しかないくらい強いのですが。

言い忘れていましたが、千早も私に対してはかなり過保護であり『七千過保護包囲網』なるものが形成されてしまっているのです。

年齢を重ねることでこの身体を蝕む数々の病たちとの付き合い方も学習してきましたから、余程のことがない限り救急搬送されることはないでしょう。

ですが、そう言ったところで納得してくれるならこの問題はとうの昔に片付いているでしょうね。

 

 

「おはようございます。3人揃って出社なんて、仲が良いわね」

 

 

出社した私達を出迎えてくれたのは先輩である音無 小鳥さんでした。

年齢は私の1つ上である2X歳であり、ほんわかとした優しい雰囲気を漂わせる可愛らしい女性なのですが、オタク趣味や妄想癖、掛け算癖の所為で連戦連敗の喪女候補です。

せめて惚れた相手で不毛で腐敗した掛け算を考えるのを辞めたらましになるのでしょうが、それができたらここまで拗らせていないでしょうね。

何処かにこのありのままの小鳥先輩を受け入れてくれる度量の広い男性はいないものでしょうか。

 

 

「ああ、俺は姉ちゃんを守るって決めたからな」

 

「義姉さんは、目を離すとすぐ何処かに行って無茶してしまいますから」

 

「相変わらずのシスコンぶりね」

 

 

小鳥先輩は微笑ましいものを見る優しい表情を浮かべて、給湯室へと向かっていきました。

恐らく、私達3人分のコーヒーを入れてきてくれるのでしょう。そういった雑用は後輩である私がするのですが、前職の関係か遠慮されてしまうことが多いですね。

2人シスコンは当事者じゃないからそうやって笑っていられますが、ここまで過保護にされると嬉しさよりも鬱陶しさの方が勝ってしまいます。

社会人になった今でこそある程度落ち着きましたが、学生時代はショッピングモールに買い物に行き1人で好きな場所を巡っていて1時間くらい連絡を入れないと確認メールや電話が絶え間なくきて、それを無視するとアナウンスによる呼び出しをしてくるのです。

まさか、大学生になって迷子のお呼び出しのお世話になるという公開処刑を受けるとは思わなかったですよ。

 

 

「あっ、おはようございます。七花、彩井高校の人から学園祭のライブ衣装やステージを学生達が作りたいと言っているらしいわ」

 

 

小鳥先輩に続いて事務スペースから顔をのぞかせて挨拶してきたのは、元アイドルで現在プロデューサー見習いとして研鑽中の秋月 律子嬢でした。

まだまだ不慣れな部分があるようですが、元々プロデューサー志望でアイドル時期に形成していたコネクションや経験をうまく活用していますので、将来有望そうです。

蛇足をするなら、七花に撃墜されてしまった少女その2であるということくらいでしょうか。

現在でもまだまだ弱小プロダクションと言っても許される765プロの最初期は本当に悲惨なもので、アイドル候補生は千早だけでプロデューサーの七花、プロデューサー志望の律子、事務員の小鳥先輩、そして私しかいませんでした。

アイドル候補生が1人なのにプロデューサー役は2人も必要なく、また早急に売り込みをする必要があったので律子にもアイドルデビューしてもらうことになったのです。

私がフォローしていたとはいえ、色々と不器用な七花の不慣れなプロデュースと錬成不足のアイドル達に現実は優しくありませんでした。

しかし、その失敗を教訓に共に泣き、共に笑い二人三脚で頑張っていった結果、私の知らないうちに無自覚で落としていましたよ。

一応、姉として経緯は聞かせてもらいましたが、あまりにも凄まじいラブコメの波動に口からキロ単位で砂糖を吐くかと思いました。

我が弟ながら、本当に恐ろしい存在です。

そんなこんなで、律子は七花に懸想するようになったのですが、先に恋愛感情を抱いていた千早とは戦争勃発寸前までになりました。

ぎすぎすとした関係が続くのは好ましくありませんでしたので、珍しく私が積極的に介入して何とかどちらが選ばれても恨みっこなしのライバル関係に落ちつけました。

ラブコメは首を突っ込むものではなく、絶対に被害を受けない安全圏内から眺めるくらいが丁度いいのだと学習しましたよ。

 

 

「おはよう、律子。そうか、衣装代やステージの装飾代が浮くのは良いと思うんだが、律子はどう思う?」

 

「そうねぇ、メリットは大きいんだけど‥‥下手に暴走された時が怖いのよね」

 

「だよなぁ、コンセプトを伝えておいてもノリで外れそうだからな」

 

 

いざとなれば、いつも通り生地を買ってきて私と小鳥先輩で作るという手もありますし、学生に任せてみるのも一興かもしれませんね。

私達であれば1から作ったとしても、デザインが確定して材料さえ揃えてしまえば凝ったものであれば5着/日、華美な装飾のないものであればその倍のペースで作ることができます。

ですが、七花や千早がそれを許しそうにないというのが一番の問題でしょうか。

現在も千早に背中を押されて、七花と千早の給料で勝手に購入してきた値段が6桁に入るという、弱小プロダクションには勿体ないくらいのワークチェアに押し込まれそうですし。

20時間を超えるような長時間作業をしていると少しだけ体調を崩すこともありますが、いくらはずれの日でも少し立っていたくらいで気分を悪くするほど虚弱ではありません。

 

 

「だったら、コンテストみたいなものを開いてみたらどうかしら?」

 

 

ワークチェアに座り、前職の有り余っていた給料とチート技能を駆使して製作した愛機とも呼べるパソコンを起動させながらそう言います。

 

 

「姉ちゃん、どういうことだ?」

 

「デザインやコンセプト等を細かく規定しておいて、今回ミニライブを行う千早部門と響部門の2つに分けて生徒達に衣装を製作してもらうのよ。

そして、教師や私達で点数をつけて上位何個かを実際に着用、残りはコメントを付けて会場に展示をしておけばいいいわ」

 

「成程、ありですね!流石、七実さん!」

 

 

律子の方は賛同してくれているようですが、七花の方は何か引っかかる部分でもあるのか難しい顔をしています。

深く考えていない思い付きの意見ですから、色々と穴があるのは間違いないでしょうから担当アイドルが出演メンバーである七花はしっかりと考える必要があるでしょう。

 

 

「姉ちゃん、衣装合わせの事を考えると結構ぎりぎりにならないか?それに本当に生徒達が応募するかも未知数だしな」

 

 

なりたての頃は右も左もわからず盛大に失敗したこともあったというのに、その経験を糧としてアイドル達と共に一歩ずつ成長した弟の姿は、もう立派なプロデューサーでした。

律子を含めた13人のアイドル達をしっかりとプロデュースして1年でD~Cランクアイドルに昇格させたのですから、それはわかっていたのですがこうして弟の成長した姿を見るのはうれしくもあり、少しだけ寂しくも感じます。

 

 

「そこら辺は調整が必要だと思うけど、いざとなれば私が一晩で作るから問題ないわ」

 

「最後だけは却下だけど、調整はこの後直接行って詰めてくる。

律子、今日の春香と雪歩とやよいの送りを頼めるか?」

 

 

だから、姉に対して過保護すぎやしませんか。

 

 

「ええ、今日は竜宮はオフだから問題ないわ。だけど、貸し1よ?」

 

「律子は抜け目ないな、わかった。今度姉ちゃんに教えてもらったいい店に連れて行ってやるよ」

 

 

七花がそう答えると律子は嬉しそうに両手をぎゅっと握りました。

なかなか素直に甘えることのできない律子らしい不器用なアプローチの仕方ですが、鈍感すぎる七花は気が付くことがないでしょうね。

全くその恋愛関係に対して鈍感なところは、いったい誰に似たのでしょうね。

少し考えればわかるようなあからさまなアプローチもあったはずなのですが。

千早が負けないという対抗心の炎を燃やしていますから、今日はラブコメの波動が強く観測される日になりそうです。

私は永世中立を決め込んでいますので、誰か1人を贔屓することはありませんからこれからも各自で頑張ってもらうしかありません。

 

 

「はい、七実さん」

 

 

ラブコメの波動に巻き込まれてしまわないように事務仕事を開始していると、給湯室に行っていた小鳥先輩がコーヒーとお菓子を持ってきてくれました。

豆の持つ苦みと酸味の複雑な味わいを楽しむことができるブラックも嫌いではないのですが、私は砂糖とミルクが入って口当たりの優しくなったこちらの方が好きですね。

 

 

「ありがとうございます。小鳥先輩」

 

「いいのよ。七実さんのお蔭で765(うち)はここまで来れたようなものだもの」

 

 

酷い過大評価を受けたものですね。

確かに原作に介入すると決めてからはボイストレーナーやインストラクターに必要な資格を習得したり、事務職にあると役立つ各種検定を受けてスキルアップしたりしておきましたから戦力の一端を担えているとは思います。

ですが、ここまで来ることができたのは千早をはじめとしたアイドル達と七花や律子達プロデューサーが一致団結して努力してきたからであり、私はそれをお手伝いしたに過ぎません。

原作的に考えて、私が介入しなくても将来的には現状レベルに達することはできたでしょう。

 

 

「持ち上げすぎですよ」

 

「いやいや、本当よ」

 

 

高望みをしているわけではありませんが自身の能力を鑑みると、もう少し上手くできたのではないかという失敗ばかりが思い出されるので満足なんてできません。

 

 

「ねえ、何で七実さんってあんなに自己評価が低いのかしら」

 

「わからないんだよ。俺が物心ついた時には姉ちゃんはもう今の感じだったからな」

 

「義姉さんは凄いのに、絶対認めてくれないのよ」

 

 

ご都合主義の代償として多少劣化していますが転生特典(チート)を持っているのですから、これくらいはできて当然レベルであり、下手をすると及第点以下を付けられる可能性があります。

他のオリジナルな方々なら1年という時間があれば、成功が確約されている原石である765プロのアイドル達全員をAランク以上にすることができたでしょうから。

またはアイドルとしてデビューを果たし、圧倒的なパフォーマンスを持ってかの日高 舞のように芸能界に君臨する伝説の存在となり、後輩である皆を導く希望の道標となっていたかもしれません。

それを考えると裏方事務仕事をメインに火の車状態だった765プロの経営状況を改善して、才能の芽を潰してしまわないように個人のペースに合わせた個別レッスンを行ったというのはあまりにも地味過ぎる成果でしょう。

 

 

「小鳥先輩、今日中に済ませる仕事って残っていますか?」

 

「今日中どころか、今週中に済ませないといけない仕事も残ってないわ。

だから、みんなが来るまで今はこうしてのんびりしてましょ」

 

 

私と同じようにコーヒーを飲んでほっとしている小鳥先輩にならい、私もそうさせてもらいましょうか。

どうせ、これからみんなが出社してくればにぎやかになるのですからつかの間の平穏というものを噛みしめるのも悪くないかもしれません。

平和です、ああ平和です、平和です。

 

 

 

 

 

「千早力み過ぎよ。ここはもう少しゆっくり柔らかく。

響はダンスが得意なのはわかるけど、先走り気味よ。ユニットは2人の連携が大切なのだから気を付けなさい」

 

「「はい!」」

 

「真美と真と貴音は渡した資料に目を通したら、ストレッチをしてから基礎体力メニューよ」

 

「「「はい!」」」

 

「美希、そこは恋愛感情を自覚してしまい戸惑いながらも喜ぶシーンだから、もう少しぎこちなさと恥じらいを強めに」

 

「はいなの!」

 

 

765プロの事務所がある雑居ビル4階、借り手がおらず空いていたこのフロアは現在チートをフル活用して作り上げた資金を使って買い取り改装したレッスンルームとなっています。

下が事務所である為、ダンス等をしてもその音や振動が伝わりにくくなるような処置を施していますし、各種レッスンに必要となる機材等も揃えており、これにかかった費用があればこんな雑居ビルではなく、もう少しましなところに事務所を構えることができたでしょう。

ですが、やはり765プロの事務所はこの雑居ビルではないと、という個人の身勝手な理由でこうさせてもらいました。

それに皆もこの雑居ビルに愛着を持っていてくれていたのか、反対意見は出ませんでした。

そんなレッスンルームの壁際にある指定席に腰かけてレッスンを行うメンバー達に指示を出します。

最初の頃はちゃんと実演等を交えながら教えていたのですが、千早と響によってみんなに私の身体を蝕む病について暴露されて以来ここが定位置となっていました。

私自身はかなり特殊な事態にならない限り死なないということはわかっているのですが、周囲の人からすれば現代医学をもってしても完治不能な致死率100%の病魔を万単位で抱えているわけですから心配されて仕方ないのでしょうか。

チートによる軽減で一般人以上に動けるので、気にしなくても大丈夫だと言っても聞き届けられません。

原作においていつも寝ていてマイペースな美希でさえ、私が何かしようとすると代わると言い出すくらいですからその特異性がよくわかっていただけると思います。

余談ですが、そんな大量の病魔に蝕まれながら生き永らえている私の身体を調べ、研究したお蔭でこの世界の医療は革新的なレベルで進歩しているそうです。

 

 

「千早、響、美希はいったん休憩を挟むわ。水分補給を忘れないようにね」

 

「「「はい(なの)」」」

 

 

先にレッスンを始めていた3人はそろそろ疲労感が現れる頃でしょうから、休憩させます。

見稽古で各自の限界ラインは把握していますから、こういった管理がやりやすくて助かりますね。

 

 

「じゃあ、僕達は走ってきます」

 

「水分補給とペース配分を忘れないよう、気をつけなさいね」

 

「「「はい」」」

 

 

基礎的な体力向上の為にジョギングに行った3人を見送り、指定席に戻ります。

 

 

「ねーねー、自分サーターアンダギーを作ってきたぞ!」

 

 

席に腰かけると自分のカバンを漁っていた響が手作りのサーターアンダギーが入った箱を持ってきました。

尻尾があったら千切れんばかりに振っているであろうと思えるくらいに、目を輝かせた笑顔は太陽にも負けない眩しさがあります。

沖縄から出てきて一人暮らしをしている響の嫁力はかなり高く、差し出されたサーターアンダギーもふっくらとしていて美味しそうな焼き色が食欲を擽ります。

今朝はラブコメの波動にやられて食べていなかったので、漂ってきた香りにお腹が鳴りそうになりました。

年長者としての威厳を保つためにそれは阻止しましたが、それだけ響のサーターアンダギーが美味しそうだったと言う事でしょう。

 

 

「いただくわ」

 

 

手作りゆえの不揃いなそれらから比較的小さめのものを選び、一口食べます。

見た目通りのふんわりとした食感にバターの香り、そして強過ぎず弱過ぎない生地の甘み、最近では様々なフレーバーの入ったものが流通しているそうですが、これを食べてしまえばそれらが邪道だと言わざるを得ないでしょう。

 

 

「美味しいわ」

 

「ホント!?やったぁ~~!」

 

 

美味しいと言っただけでこんなにも喜んでくれるなんて、本当に可愛らしいですね。

 

 

「響は本当に料理上手ね」

 

「千早だって、ねーねーに教えてもらって上手なんだから、気にすることないさー!」

 

「美希的には、料理上手な人が多いし色々食らべれて大満足なの」

 

 

私と同じようにサーターアンダギーを食べていた千早と美希も満足そうに顔をほころばせていました。

 

 

「でも、たーりーはなかなか認めてくれないから、これからも精進あるのみさー」

 

「響は偉いわね」

 

 

きっと響のお父さんがこのサーターアンダギーを認めないのは、作って日にちが経ち郵送されたものだからでしょうね。

このサーターアンダギーは響の笑顔をもって完成をするのでしょう。

頑固一徹という感じに見えて誰よりも響に甘いあの人であればこそ、それを強く思うに違いありません。

この病達と引き換えに生存を願って良かったと思います。

響の頭をやさしく撫でてあげながら、残りのサーターアンダギーを食べてしまいます。

 

 

「おやつの後はメインディッシュなの。ハニー、今日の中身は何?」

 

 

サーターアンダギーを味わった後、可愛らしい笑顔を浮かべた美希は私の方に手を伸ばしてそう言いました。

千早や響のような悲しすぎる結末が訪れないように積極的に介入はしましたが、それ以外についてはよほどのことがない限り介入は最低限にしていたのですが、どうしてこうなったのでしょうね。

ハニーという呼び方は女性に向けられたものですから使い方は原作よりも正しいと言えるかもしれません。

特に原作美希イベントを起こしたわけでなく、私が料理上手というのを聞いた美希のリクエストに答えてチート全開で作った最高傑作のおにぎりたちをふるまっただけなのですが、どうしてこうなったのでしょうね。

それまでにも色々とダンスや歌といったパフォーマンスについて指導してあげたり、美希向けの仕事が舞い込んで来たら七花を通して進めてみたりして好感度は低くなかったでしょう。

人が誰かを好きになるなんて些細なきっかけで十分だと誰かが言っていましたが、そのきっかけがおにぎりなんて誰が想像するでしょうか。

まあ、美希も本当に私に対して恋愛感情を抱いているわけではなく、みんなとは違う特別な存在であるとアピールする為のあだ名なのでしょう。

 

 

「鮭におかか、味付き卵、スパム、ツナマヨよ」

 

「いただきますなの♪」

 

 

おにぎりが入っているカバンを指さしておにぎりの具について答えると、美希まっしぐらと表現したくなるくらい素早くカバンに駆け寄り中からサランラップで包まれたおにぎり達を取り出して並べ、どれから食べるべきか悩みだします。

 

 

「美希、この後もレッスンがあるから1個にしておきなさい」

 

 

美希なら全部食べても問題はないと思いますが、それでも満腹になってしまえば考えが鈍って、身体も重くなってしまいますからよろしくないでしょう。

そう伝えると美希はこの世の終わりに直面したような絶望的な表情を浮かべました。

 

 

「は、ハニー‥‥嘘だよね?おにぎりが1個しか食べちゃダメなんて、嘘だよね!?」

 

「ダメよ。この後はダンスレッスンもあるんだから、お腹痛くなるわよ」

 

 

この身体になってからは経験していませんが、あれは地味に痛みがあるので厄介です。

それにアイドルは体型管理が重要ですから炭水化物の塊であるおにぎりの食べ過ぎは、トレーナーも兼務しているものとしては看過できません。

 

 

「お願いハニー、せめて4つまでにしてほしいの!」

 

「全然妥協する気がないのね。2つよ」

 

「4個半!」

 

「どうして逆に増やしたのかしら?2つね」

 

「ごめんなさい、ちゃんとレッスンしますから3つで勘弁してください」

 

 

これ以上続けると美希が泣き出してしまうのでここら辺が妥協点でしょうね。

我ながら甘いと思っていますが、やはりみんなには泣き顔よりも笑顔を浮かべてほしいと思いますから。

 

 

「仕方ないわね」

 

「ありがとう、ハニー♪だぁ~~い好きなの!」

 

 

例え同性であっても可愛い女の子に笑顔で大好きと言われるとなかなかに破壊力がありますね。

そんな趣味はありませんが、そういった道に目覚めてしまう人間がいるというのも今なら理解できるような気がします。

 

 

「わ、私の方が義姉さんのことが大好きよ!」

 

「自分だって、ねーねーのことは大好きさー!」

 

 

美希の発言が呼び水となったようで、私に対する告白大会が開催されてしまいました。

これは神様が私にもラブコメしなさいとでも遠回しに言っているのでしょうか。

聴いているこちらの方が気恥ずかしくなるような私のいいところの自慢大会からは耳を塞いで、窓際に移動して窓を開けて火照る顔を覚まします。

雑居ビルの4階から眺めた外の景色は高層ビル等が目に入ったりもしますが、何処であろうと空は変わりません。

そう、例え世界が違ったとしても、この青い空と輝く雲は記憶の奥底に覚えています。

 

 

「世はこともなしということかしら」

 

 

少し感傷的になった自分を笑いながら、そう呟きました。

今の私の思いを素直に述べるなら。

『アイマス世界に転生しましたが、765プロは今日も平和です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編9 サンドリヨンスレいろいろ

番外編最後、掲示板風です。
あくまで風なので、実際の某掲示板とは違う部分が多々あると思いますがご了承ください。

HL編も更新しておりますので、興味のある方は短編の方をお探しください。


(22話以降)

 

【新人?】サンドリヨンスレ その17【いえ、神人です】

 

 

346 広報官

突然だけど……サンドリヨン、ミニライブやるんですって!

 

347 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

だから、七実さまは中盤以降で変身する方が燃えるだろ!

 

348 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

変身シーンは魔法少女形式でお願いしやす

 

349 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんの可愛さを見せ続けてくれるのなら、展開なんて二の次

 

350 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、デビュー数ヵ月でライ○ー主演って、すげぇよな

 

351 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>346

ちょっと待て、広報官だ

 

352 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの特撮から考えて、戦闘シーンは安心だな

 

353 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひの太ももに顔をうずめて深呼吸したい

 

354 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>346

待ちかねたぞ!

 

355 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みんな、静粛に

 

356 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ミニライブだと、行かねば(迫真)

 

357 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ライブに行きたくば、情報に備えよ

 

358 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ラ○ダーの話してる場合じゃねぇ!

 

359 広報官

場所は言えないけど、とあるお祭りのゲストで呼ばれることになったらしいから無料で見られるよ

やったね、みんな!お布施を温存できるよ!

 

360 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

無料……だと……

 

361 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石大企業、太っ腹だな

 

362 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

実は場所もわかっているんだろ?詳細はよ!

 

363 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>359

お布施をけちるつもりはないが、その言い方はやめろ

 

364 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今から、貯金するか

 

365 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

イベント前の資源確保は、実際大事だからな

 

366 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

テンション上がってきたぁーーーー!!

 

367 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、貯金を崩すか

 

368 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ライブに備えて、課金を控えます

 

369 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何気にユニット活動が珍しいユニットだもんな

 

370 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

無料ということは席の確保が難しいな……場所がわかれば数日前から待機するか

 

371 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまのライブ……これは、無断欠勤を使わざるを得ない!

 

372 広報官

これ以上は、首が飛びかねないので無理!

また、発表してもよさそうだったら現れるから、マッテローヨ!

 

373 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>365

オリョクルでち?オリョクルなのでち?

 

374 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ミニライブか、どうなると思う?

 

375 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>370

七実さまスレの人間は、もう動き始めてそうだな

 

376 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>372

了解、続報を待つ

 

377 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>372

情報!促販!いずれもマッハ!で頼む

 

378 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひ!ちっひの活躍はありますか!

 

379 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>371

お前……消えるのか……(社会的に)

 

380 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お布施……50kあれば足りるかな?

 

381 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ミニライブは楽しみだが、ちひろさんの体力が持つかが心配だな……

 

382 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

○イダーについても何か告知があるかもしれないな!

 

383 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

胸が熱くなるな!

 

384 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

Q.嬉しいことがあると、1人でも思わず顔のニヤケが止まらないって本当ですか?

 

A.本当です。今、めっちゃPCの前でにやけてる。

 

385 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>369

アイドルとしての方向性が違いすぐるから、仕方ないね

 

386 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新曲あると良いな

 

387 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みwwなwwぎっwwてwwきwwたwwわww

 

388 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>369

最近だと、グラビアの仕事があっただろ!!

うん、七実さまは……お察しの通りだったけど……

 

389 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>373

おう、でち公。さぼっとる暇ないで。

 

390 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの超絶ダンスを生で見られるのか

 

391 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさん、大丈夫だろうか

 

392 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>375

何それ、コワい

 

393 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>384

おま、オレ

 

394 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま……グラビア……ボディビル……うっ、頭が!

 

395 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんに蔑まれた目で見下されたい

 

396 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>388

何でや!パーカー七実さま、お美しかったやろ!!

 

397 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

筋肉が隠れただけで儚い美女に見える……あの衝撃は凄かったよな

 

398 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

筋肉女子好き俺氏、家宝として10冊購入

 

399 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱり、七実さまって規格外だよな……できないこと、ほぼ無いし

 

400 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

相方が万能すぎて、ちっひが潰れないか心配だわ

 

401 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんのエロボディは、蒸したくなるのもわかるわ

 

402 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、七実さまのグラビアってコラのネタにされてるけど……

実際、そんなに悪くなかったよな?

 

403 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今から、興奮しすぎて寝れそうにないな

 

404 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>402

ジッサイ、スゴクエロい

 

405 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あのグラビアで新しい扉を開いた人間は少なくないはず……そう、僕だ

 

406 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやいや、そんなことナイデスヨー

 

407 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>400

kwsmさんやウサミンがいるから大丈夫じゃね?

楓さん?酔い潰すんじゃね?

 

408 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんていうか、清々しいエロスなんだよな

 

409 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

地味に身体の魅せ方を熟知しているんだよなぁ……

 

410 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

悪くなかったというのには同意するが……kwsmさんの雑コラの破壊力が強すぎたww

 

411 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こひなたんもやばかったww

 

412 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやいや、かわいいボクに勝るものはねぇよww

 

 

 

 

(28話以降)

 

【趣味は】サンドリヨンスレ その32【食べ歩きとコスプレ】

 

 

 

724 広報官

はいはい、情報解禁の時間だよ!寄っといでぇ~~!!

 

725 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

だから、ちひろさんの魅力はあの三つ編みによって見える項って言ってるだろう!

 

726 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いいや、あの下半身に直撃するエロボディだよ!

 

727 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの癒し系お姉さんボイスを忘れてはならない

 

728 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

胸だろJK

 

729 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あのセンスのない事務員服でしてもらう、膝枕!これは、譲れません!

 

730 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

表情がころころと変わる所が、素晴らしいと思います

 

731 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

仕事に疲れて帰った時、あの笑顔で出迎えてほしい

 

732 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

押しに弱そうだよな……

 

733 広報官

馬鹿だな、お前ら。ちひろさんの魅力は油断してるとちょっと子供っぽいことをする所だよ。

小学生みたいに鼻歌を歌いながら手を大きく振って歩く姿、萌えるなんてレベルじゃねぇぞ。

 

734 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

生脚の飾らない美しさをわからないお子様ばかりだな

本物に飾りはいらないんだよ

 

735 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>733

想像して萌え死んd…って、広報官じゃねぇか!

 

736 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

見たのか!その光景を見たのか!詳細はよ!

 

737 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

リアル鼻血出たww

 

738 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、萌えた俺の心の責任とれよ!

 

739 広報官

俺の脳内メモリーにしかないので詳細はない。だが、私は謝らない!

 

740 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

子供っぽいちっひ……ありだな!

 

741 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官に気付いて、顔を真っ赤にするところまで想像した

 

742 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

その記憶、言い値で買おうではないか

 

743 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひ、ぐうかわ

 

744 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、情報はよ!

 

745 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一日千秋、待って居ったぞ

 

746 広報官

>>734

同僚に同じことを言うやつがいた

 

747 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

赤面&涙目ちっひをprprしたい

 

748 裏子

それよりもUちゃんが出るかが気になる

 

749 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>746

いつから同僚が潜んでいないと思っていた?

 

750 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なん……だと……

 

751 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

えっ……えっ?

 

752 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官2号、爆誕?

 

753 広報官

>>749

もしかして、ムーブメント馬鹿?

 

754 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さあ、盛り上がってまいりました!

 

755 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346は暇人が多い、はっきりわかんだね

 

756 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

同僚ということは、749も七実さまの部下か……仕事しろ

 

757 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ファッ!?

 

758 聖なる探索者

ムーブメント馬鹿は酷いだろ、流石にww

 

>>756

うちの係長を舐めるなよ……今日の業務は9割方終わってるんだよ

 

759 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

我々は情報を貰いに来たはずなのに……

 

760 広報官

>>756

その仕事がないんだよ!あるならくれよ!頑張るからさ!

 

761 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新参ですまんが、748は何者だ?

 

762 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

速報 七実さま、やっぱり七実さまだった……

 

763 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

うちの会社に来てくれないかな、七実さま

 

764 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

情報まだですか?

 

765 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

聖なる……探索者……?

 

766 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまに仕事をさせ過ぎる部下ェ……

 

767 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>761

以前ライブで七実さまの飯テロサンドイッチの被害者

JD、バックダンサーだったから裏子、最近は自炊に凝っているらしい

 

768 聖なる探索者

お前が何だか変にそわそわしながらPC弄ってたから、ここだと思ったが……

ほどほどにしておけよ

 

769 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>763

美城が七実さまを手放すと思うか?

 

770 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまが入ったら、業績がやばいことになりそうだな

 

771 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

昨年比、300%アップとかなっても驚かない

 

772 広報官

了解。じゃあ、気を取り直して情報投下

 

ミニライブは自衛隊 習○野駐屯地で開催

ミニライブの他にトークショーもあるよ

後、バックダンサーに新規プロジェクトメンバー数人が参加するよ(Uちゃんではない)

 

773 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何故、自衛隊?

 

774 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これでは、事前確保ができないじゃないか!

 

775 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタートダッシュが重要だな……ちょっと走り込みしてくる

 

776 裏子

Uちゃんでないんですか!やだぁーーーー!!

 

777 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新規プロジェクトでわかってる子って、何人いる?

 

778 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>775

元短距離選手の俺に隙はなかった

 

779 広報官

>>773

七実さまの弟さまが自衛官だから

なのでトークショーでは、渡姉弟の面白トークが聞けるよ!

 

780 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの弟って、どんな感じ?

 

781 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

自衛官の七実さまを想像した

 

782 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

日本の国防は大丈夫だな(小並感)

 

783 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまが規格外だからって、弟まで規格外とは限らないだろ(震え声)

 

784 広報官

身長2m以上、髪は黒、筋肉モリモリマッチョマンだった

七実さまに小さい頃から鍛えられていたらしいから、絶対強い

 

785 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でかいな

 

786 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ぱないの!

 

787 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまに鍛えられたということは、身体能力やばそう

 

788 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今思ったが、七実さま普通に五輪とか行けるんじゃね?

 

789 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>776

アキラメロン

 

790 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺氏、自衛官。恐らく、その弟知ってる。

 

791 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

\デェェェェェェェェェェン/

 

792 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

渡家の血はどうなってるんだ?

 

793 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官の所為で、弟さまがシュ○ちゃんしか思い浮かばなくなった

 

794 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

OK!(ズドン

 

795 広報官

>>790

情報プリーズ!

 

796 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

教えてクレメンス

 

797 790

詳しくは言えないけど、強いのは確かだな

レンジャー徽章、格闘徽章持ちで、教官数人掛かりで互角と言われてる

 

798 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やばい……やばい……

 

799 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは弟さま呼び、不可避

 

800 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、七実さまの親族であれば已む無し

 

801 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

教官数人掛かりで互角って、どいうこと?

 

802 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

勝てる気がしない

 

803 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これが渡の血筋か……

 

804 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

戦闘民族WATASIか

 

805 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

正直、七実さまが人間じゃないとか言われても驚かない

 

806 裏子

>>777

Uちゃんを筆頭としたバックダンサー3人、美嘉ちゃんの妹、忍者七実さま映像の3人

 

807 広報官

新規プロジェクトは14人いるよ

名前とかは、まだ教えられないけど

 

808 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なら、現状わかっているのは半分だけなのか……

 

809 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

わかってるメンバーだけでも、結構いいよな

属性被りしてないっぽいし

 

810 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346の担当Pは有能だな、これは期待できそうだ

 

811 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、七実さまが関わっている以上失敗はあり得ないだろうけど

 

812 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、働き過ぎぃ!

 

813 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの子達の誰かが出る可能性があるのか……胸が熱くなるな

 

814 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>804

グンマーみたいな扱いはやめーや

 

815 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

渡家の家系図や親族一同を見てみたい

 

816 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

チート級ばかりいそうで、劣等感とかやばいことになりそうだな

 

817 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でも、色々と養ってくれそうww

 

818 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ニートが捗りますなぁwww

 

819 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

渡家が覗いてはいけない深淵のように思えてきた

 

820 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまを嫁にしたら、その仲間に入るのか……胃薬必須だな(錯乱)

 

821 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

弟さま(シュワちゃん)に「一発殴らせろ」とか言われたら、失禁して逃げ出すわwww

 

822 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

嫁七実さま……想像できんな

 

823 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>817-818

そうか、お前達は知らないんだな……魔王七実を

 

824 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

弟さまを越えても、お父さまが居るという事実

勝てない(迫真)

 

825 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

逆に嫁ちっひは?

 

826 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

かわいい(確信)

 

827 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

夕食であ~~んとかしてくれそう

 

828 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

よいしょとか言いながら優しく背中を洗ってくれそう

 

829 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これが七実さまだと

 

830 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、僕の背中はおろし金じゃないです

 

831 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あ~~んはしてくれそうにないな

 

832 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>830

七実さまスレ行き確定ね

 

833 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もう、テレビで渡家特集をやればいいんじゃないですかね

 

834 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

『こうして人類の到達点は産まれた』とかか?

 

835 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何だろう、地味に見たい

 

836 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ドキュメンタリー風に語られる七実さまの今日までか、何日かかるかな?

 

837 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

良くも悪くもネタの宝庫だからな、七実さま

 

838 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これで、まだCランク下位のアイドルという件について

 

839 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>832

やめて!!

 

840 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前のようなCランクがいるか!

 

841 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

言われるまで、サンドリヨンのランクを忘れてた

 

842 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ランク詐欺だよな

 

843 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

デビュー数ヵ月だから、仕方ないね

 

844 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これも、渡七実ってやつの仕業なんだ!

 

 

 

 

(基地祭後)

 

【いざ】サンドリヨンスレ その51【出陣!】

 

 

 

62 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

速報 七実さまの使っていた独特な武術、オリジナルだった!

 

63 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はえーよホセ

 

64 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやいや、何というか凄かった

 

65 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新規プロジェクトメンバーの子達も有望そうだったな

 

66 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>62

そっちもだけど、七実さまがチート過ぎて生きるのが辛い

 

67 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ワイ将、無断欠勤を試みるもヘタれる

 

68 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

参加組か、行けなかった者たちの為にも詳細プリーズ

 

69 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

全裸待機

 

70 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何から語るべき?

 

71 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱり、キョトウ流は外せないだろ?

 

72 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新規プロジェクトメンバー、可愛かった?

 

73 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>66

七実さまに嫉妬していたら、人生苦しいだけだぞ

 

74 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新規プロジェクトメンバーについては欲しい!絶対に!

 

75 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>69

おい、レディもいるんだから失礼だろ!

ネクタイくらいはしろよ……

 

76 裏子

新規プロジェクト、全体的にレベル高いよね……

でも、Uちゃんが一番だけど!

 

77 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

とりあえず、時系列だけでも教えてくれ

 

78 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

オリジナル武術って、厨二?

 

79 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アーニャちゃん、かわいい!

 

80 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>76

クレイジーサイコレズに幻滅しました、みくにゃんのファンになります

 

81 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

キョトウ流って、どんな字か分かんないの?

 

82 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

簡易時系列

 

弟さまとその同僚によるOP

サンドリヨン+新人4人登場、自己紹介

七実さま、驚異の声帯模写

今が前奏曲

 

83 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

MCで2人のソロ曲について告知

曲名 七実さま『拍手喝采歌合』ちっひ『花暦』

ちょっとだけ披露

トークショーへ

 

84 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

渡姉弟のトークショー、丁寧語ではない七実さま

姉弟による手合わせ、七実さま勝利だが観客ヤムチャ視点

弟さま、オリジナル武術『キョトウ流』暴露

ちっひと新人4人のトークショー 癒し、ただひたすらに癒し

智絵里ちゃんは守ってあげたい可愛い

終わりの挨拶

 

85 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

最高だったよな

 

86 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

2人のソロ曲、密林で予約した

 

87 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまが丁寧語じゃないだと……身に行けなかったことを本気で後悔

 

88 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

会場すげぇ詰まってたよな、七実さまスレの人間もいたようだし

 

89 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

色々とツッコミどころがあるんだが、どうしてトークショーから手合わせに?

 

90 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

蘭子ちゃん、厨二可愛い!黒歴史を刺激されて、床を転げまわりたくなるけど!

 

91 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

声帯模写って、なにしたん?

 

92 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ヤムチャ視点って、見えなかったのか?

 

93 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

智絵里ちゃんを守りたいのは同意

 

94 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ソロ曲ってどんなだった!

 

95 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>89

質問コーナー一発目に『どっちが強いのか?』

弟さま「姉ちゃん」七実さま「ルール次第では勝ち目あるよ」

手合わせ

 

96 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

しかも弟さまは何回か戦ったことがあるらしいが、勝ったのは1回しかない模様

 

97 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

現役自衛官より強いアイドル……アイドル?

 

98 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドル(アイドルとは言っていない)

 

99 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、まじ覇王

 

100 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

誰か新人紹介も誰か頼む

 

101 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>91

新人に厨二な喋り方する子が居たんだけど、その子の声を真似て副音声

リアルで聞いたが、まじでわからんかった

七実さま口動いてなかったし

 

102 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの手合わせ、まともに見えてた奴っている?

 

103 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまに一度勝っているのか……すげぇな、弟さま

 

104 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺だったら、次の瞬間意識刈り取られそう

 

105 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

空手経験者(一応黒帯)、全く見えませんでした!

 

106 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この世にリアルヤムチャ視点があるとは思わなんだ

 

107 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まじかよ、流石七実さまだな

 

108 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>91

補足するなら、その子だけじゃなくてちひろさんをはじめとした残り3人も可能

 

109 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

……人間の声帯って、そこまで便利だったっけ?

 

110 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何なん?七実さま、まじ何なん?

 

111 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>100

前川みくちゃん

ねこ系アイドルを目指しているらしい、語尾がにゃ、とても面倒見が良くて委員長っぽくて可愛い

 

アナスタシア・カリーニナちゃん

ロシアとのハーフアイドル、クールな外見だけど色々可愛い、七実さまをニンジャマスターと呼ぶ

 

緒方智絵里ちゃん

引っ込み思案で自信なさげ、守ってあげたい系アイドル、笑顔がとても可愛い

 

神崎蘭子ちゃん

厨二病系アイドル、難解な厨二的な言い回しを好む、でも偶に素が出ちゃう可愛い

 

これ以上の詳細は346HPに行けばある

 

112 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

つまり、4人共可愛い!

 

113 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前ら、誰推し?俺は、アーニャちゃん!

 

114 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

全員

 

115 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

智絵里の笑顔に心奪われた!乙女座の私にはセンチメンタリズムな運命を感じられずにはいられない!

この気持ち、正しく愛だ!!

 

116 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

蘭子ちゃん、厨二で背伸びしている感がツボ

 

117 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アーニャん、クールな外見とのギャップにやられた

 

118 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みくちゃん、トークショーでもしっかりしてたし他のメンバーを気にかけてた優しさが良い

 

119 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

智絵里ちゃんと河原で日が暮れるまで四つ葉のクローバーを探したい

 

120 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みくにゃんとねこカフェでまったり癒されたい

 

121 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

蘭子ちゃんと厨二的な演劇をしてみたい、後ちょっと意地悪して涙目にしたい

 

122 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

4人は、346プロのアイドル寮に住んでいるらしい

 

123 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みくにゃんとアーニャんって、絶対仲いいよな

他の2人にはちゃん付けなみくにゃんが呼び捨てだったし

 

124 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

引っ込み思案な智絵里ちゃんが、蘭子ちゃんの前ではお姉さんしてて可愛い!

 

125 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この4人でユニット組んでほしいな、楽しそう

 

126 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~

 

127 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今更だが、こんなの思いついた

 

ナナミチョップは、敵を斬る

ナナミキックは、破壊力

ナナミアイは、威圧感

ナナミカッター、八つ裂きだ

(某悪魔男風)

 

128 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

絶対に売れる(確信)

 

129 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>81

恐らく『キョ』と『トウ』の部分に分かれると思われる

巨闘流かな?

 

130 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

居討、許統……しっくりこないな

 

131 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>127

今の若い子は、わからんだろww

 

132 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

美城にお願いすれば、組ませてくれるかな

 

133 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

手刀とか使ってたし、トウは刀じゃね?

 

134 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みくにゃんとアーニャんの百合画像をください!蘭智絵でも構いません!

 

135 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

可能性は高いな、なら後はキョだけか

 

136 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>132

もう現時点で決まってるし、外野が何言っても無理じゃね?

 

137 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>134

お前は新人に何を求めているんだ?出荷するぞ?

 

138 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

同志ユリスキー、焦りは禁物であると書記長も言っておられる

 

139 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

また百合厨かよ、お前らどこにでも湧くな

 

140 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

百合が嫌いな男子はいません!

 

141 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

売り出し方についてはプロデューサー次第だろ

 

142 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でもアイドルって百合カップルみたいなのって多いよな

 

143 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

邪推しすぎなのはわかるけど、ああもボディタッチが多かったりすると勘違いする

 

144 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

蘭子智絵里、早口っぽく言うとランジェリーみたいになるな……

 

145 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまもちっひや川島さん、菜々さん、楓さんと絡み多いよな

お泊り(意味深)もしてるみたいだし

 

146 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまは無自覚誘い受け

 

147 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんは意外とねっとり攻めてきそう

 

148 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまは強気攻めだろJK

 

149 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

個人的にはちひろさんは弱気攻めかな

 

150 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひは受けで涙目になっている方が色々と滾る

 

151 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまとkwsmさんの熟年夫婦プレイがみたいです

 

152 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そうだ、ここに隔離病棟を立てよう

 

153 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>144

死刑

 

154 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

百合厨は出荷よー

 

155 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

(´・ω・`)そんなー

 

156 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

(´・ω・`)そんなー

 

157 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

夏のテーマはこれでいけるか?

 

158 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

……ふぅ

 

159 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

このミニライブ、円盤化はいつ頃だろうな?

 

160 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

見れなかった奴は購入した方が良いぞ、じゃないと損する

 

161 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>157

実在する人物を題材にするのはNGだろ(いいぞ、もっとやれ!)

 

162 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

買わないという選択肢は存在しません

 

163 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

誰かソロ曲について教えてください

 

164 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>158

まさか、コヤツ!

 

165 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>157

pi○ivとかならセーフか?

 

166 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

できたら、読ませてくれ!

 

167 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ほどほどにな

 

168 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>163

確か、346プロのHPで期間限定で冒頭を視聴できたはずだぞ

 

169 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

違法DL、ダメ、絶対

 

170 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

花暦、いい曲だよな

ちっひの声とマッチしてて、いつまでも聞いていたい

 

171 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

わかるわ、目覚ましとかにしたい

 

172 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

拍手喝采歌合は、ノリがいい神曲

 

173 広報官

ちな、拍手喝采歌合の作詞は七実さまの模様

しかも、聞きながらの即興

 

174 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もう、何が起きても驚かない

そう思っていた時期が私にもありました

 

175 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまが多芸過ぎて、本職が何かわからない

 

176 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本職:七実さま

 

177 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そのうち作曲まで手掛けそうだな

 

178 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

人類の到達点ってすげーーーーー!!

 

179 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石、七実さまです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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未来はすでに始まっている

今回からあの6話に入りますが、ほぼオリジナル要素しかない話になりそうです。
ご了承ください。

後、七実達の新春特撮ネタに使用したとある漫画の最新刊のネタバレがありますので未読の方はお気を付けください。


どうも、私を見ているであろう皆さま。

先日は正面から勝負を挑まれたのが久しぶり過ぎて、思わずテンションが上がり過ぎて大人気なく圧倒してしまいました。

その哀れな餌食となってしまった浜口さんと脇山さんは、心折れてしまうどころかそれをバネにして高く跳び上がろうとしてくれたのは幸いでしたね。

アイドル達を絢爛たる舞踏会へと導く側の人間が、その招待状を無残にも破り捨てる真似をするなんてあってはならぬことです。

しかし、『打倒、人類の到達点』とは嬉しいことを言ってくるじゃないですか。

そういった気合の入ったことを言ってくれる人間が少なくなってきて、少々飽き飽きしていたのです。

今すぐではありませんが、2人がアイドルとして、ユニットとして成長した暁には再び手合わせを願いましょうか。考えただけでも楽しそうで身体が打ち震えますね。

そんな喜びに震えながら、目の前で必死に頑張る弟子の様子を眺めます。

朝一の業務が始まるまでの短い間ですが、それでも熱心に指導を受けようとするその原動力はいったいどこから来るのでしょうか。

若さとは、振り向かないことだと言いますが、2人を見ているとそうなのかもしれないと思わされます。

 

 

「カリーニナさん、何ですかそれは‥‥私は蹴れと言ったはずですよ。

誰も足を振り回せとは言っていません。胴体から爪先に至るまで意識を行き渡らせるように言いませんでしたか?」

 

はい(ダー)師範(ウチーティェリ)!』

 

 

コマンドサンボ等の軍用格闘技を修めているだけあって光るセンスを感じるのですが、今まで身体に染みついた格闘技と虚刀流は根底の部分から違いますので、その誤差を修正するのは難しいでしょう。

現時点でも同年代の人間であれば一撃で戦闘不能に至らしめるだけの破壊力を有していますが、虚刀流を名乗るには程遠いですね。

後輩達には優しく頼れる存在でありたいとは思っていますが、そんな甘いことでは虚刀流の入口にすら立てませんし、血反吐を吐いてでも全て習得してもらうと言いましたので一切妥協するつもりはありません。

今回が初めての鍛錬ですが、走り込み等で日々体力作りに励んでいるだけあって、まだ軽い息切れレベルですんでいます。

これなら、次の鍛錬ではもう少しきつくしてもよさそうですね。

 

 

「前川さん、貴女は元々弟子入りする気がなかったのですから。無理に付き合う必要はありません。

そんな気持ちの籠っていない技に意味などありませんから」

 

「すみません!でも、やります!やらせてください!!」

 

 

カリーニナさんの鍛錬に付き合うように追加弟子入りしてきた前川さんにもきつめの言葉をぶつけますが、折れることなく真っ直ぐ私を見て答えます。

本来ならカリーニナさんだけのつもりだったのですが、教えてしまうのなら1人も2人然程変わりませんし、カリーニナさんと同じ条件を提示してもやると答えたので許可しました。

元々虚刀流に興味があったのか、カリーニナさんに付き合わされているのかはわかりませんが、それでもやり始めたことに真剣に取り組もうとするその姿勢は評価できます。

体力こそ格闘技をしていたカリーニナさんには劣るものの、生来の身体の柔らかさと癖のついていないまっさらな状態からの開始なので呑み込みが早いですね。

2人の得意傾向としてはカリーニナさんが拳撃系、前川さんが蹴撃系がといった感じでしょうか。

 

 

「はい、一旦止めてください。

いいですか、全身に神経を行き渡らせて、筋繊維の一本に至るまで自身の制御下に置くような感じです」

 

 

むやみやたらにやらせても意味はありませんので、見本となる演武を行います。

見稽古しろというわけではありませんが、完成度の高いものを見ながらやるのとそうではないのでは大きく違うでしょう。

いきなり奥義を習得させようとしても身体を痛めるだけなので、基本となる七つの構えとそこから派生させやすい技を中心に1つ1つ解説を入れながら見せていきます。

手刀で空を裂き、足刀と足斧は空間を轟かせました。

しかし、これでも私は一振りの刀と成りきれていない違和感が纏わりついてきます。

完了形に至っていない私が虚刀流を誰かに伝授しようというのは烏滸がましいことなのかもしれませんが、やると決めた以上は全力で取り組みましょう。

 

 

「このように虚刀流は七つの構えを基本として、それに対応した奥義があります。

また技も打撃技、投げ技、関節技等々種類があり、これらを駆使して相手を殺す武術です」

 

 

相手を殺すという言葉に前川さんが少し顔を顰めます。

まあ、平和な日本で生活していたのですから、そういった単語に拒否反応を示すのは当然でしょう。

カリーニナさんの方は軍用格闘技を教えてもらった時にその辺の話はされていたのか、ちゃんと理解しているようでした。

武術なんて心身を鍛えるという側面もあるでしょうが、源流を辿れば相手をどう効率的に殺せるかを追及した殺人技なのです。

元ネタは架空の武術でしたが、虚刀流はその極致にあると言えるでしょう。

ですので、そうであるという事実をちゃんと把握せずに徒に力を振るうことがあれば、その先に待ち受けているのは悲劇でしょうね。

 

 

「ですから、2人にはこの力を正しく使ってほしいのです」

 

「‥‥正しく?」

 

 

殺人技に正しくもへったくれもないかもしれませんが、それでも己の傲慢を押し通すような欲望の為だけにはふるってほしくありません。

天使ばかりのシンデレラ・プロジェクトのメンバーである前川さんやカリーニナさんであれば問題はないでしょうが、たとえ信頼していても言葉にしなければ伝わらないこともあります。

 

 

「ミク、『(シィーラ)』は心次第です。良いことにも、悪いことにも使えます」

 

「そう、殺人技であっても使い方を間違えなければ、いくらでも活用する道はあります」

 

 

全く持って認めたくはありませんが私が主演を務めるライ○ーの設定にも虚刀流が付け加えられる等アクション分野における評価は高いようです。

アイドル業にもいろいろあり、特に様々な無茶ぶりをされることが多いバラエティ系統の仕事を受けるのであれば、不測の事態に陥っても対処できるような術を身に着けておいて損はないでしょう。

前川さんは苦労人ポジションですが、カリーニナさんのようなフリーダム枠の味を活かしながら抑止力となってくれますので、正統派というよりも輿水ちゃんと同じバラエティ向きのような気がしますから。

本人に言ったら激しく否定されてしまいそうですがね。

私達の言葉に何を思ったかはわかりませんが、前川さんは見つめていた自分の右手をしっかりと握りこみ、覚悟を決めた表情をします。

 

 

「決めた‥‥みくはやるよ」

 

「ミクがいるなら頼もしいです!」

 

 

どうやら、本当にちゃんと覚悟を決めたようですね。

カリーニナさんも1人よりも切磋琢磨し合う仲間がいた方が、鍛錬にも身が入るでしょう。

 

 

「みくは自分を曲げないよ!だから、アーニャと一緒に虚刀流を頑張る!」

 

素晴らしい(ハラショー)!』「一緒に頑張りましょうね、ミク!」

 

 

仲良きことは美しきかな、こうして熱い友情展開を見せられると心にくるものがあるのは、私も年を取ったという事でしょうか。

今世でもすでに若くない年齢ですし、前世の分と通算すると考えるのが悲しくなるレベルです。

本当に時の流れというものは残酷ではありますが、人生の先輩として後輩達がこうして成長していく様を見ることができるというのは嬉しいことでもありますね。

レッスンルームの時計を確認すると、良い時間になってきたので今日はここまででしょう。

カリーニナさんはデビュー前の雑誌インタビューが入っていたはずですし、そんな大事な仕事の前に汗臭い身体で臨むのはよろしくありません。

2人がどれくらいの速さでシャワーを終えることができるかはわかりませんが、移動時間等を考慮するとあまり余裕があるとは言えないでしょう。

 

 

「さて、覚悟も決まったようですが、時間ですので今日の鍛錬はここまでです」

 

「押忍!」

 

「え、えと‥‥おす!」

 

 

空手の経験もあるのかカリーニナさんの十字の切り方はなかなか様になっていました。

逆にそういった経験が皆無な前川さんは、カリーニナさんのやり方を真似してみるのですが初々しさが溢れていて微笑ましくなります。

頭を撫でてあげたくなりますが、指導者としての威厳を保つためには我慢せねばならないでしょう。

 

 

「はい、ではシャワーを浴びに行きますよ。アイドルたるもの、汗臭い身体でいるわけにはいきませんからね」

 

はい(ダー)!』「はい!」

 

 

脱いでいたウェアの上着を回収して、袖を通さず肩に掛けたままでレッスンルームを出ます。

この階層はアイドル達のレッスン関係の施設が多いため、廊下に人気はなくどことなく冷たい感じがしました。

しかし、小学生くらいの頃はこうして『マント』とか言ってはしゃいでいる男子を見て、若いなぁとしみじみ思ったものですがやってみると意外にいけるのではという謎の自信が溢れてきますね。

マントというのは支配者層の権威を示すものに使われたりもしたそうですし、やはりそういったオーラ的なものがあるのでしょうか。

 

 

「ま、まってぇ~~」

 

 

シャワールームを目指して普通に廊下を歩いていたのですが、背後から親猫を呼び止めようとする子猫のような声がします。

不思議に思い振り向いてみると、そこには足をプルプルと震わせながらついてくる前川さんの姿がありました。

うっすら涙目になりながら必死について来ようとする姿は、不意打ちも相俟って私の心に防御力無視の痛烈な一撃を浴びせました。

実は内緒にしているのですが、私は犬派なのです。

ですが、今の前川さんを見ていると猫派も兼務しても良いのではないかと思えてしまうくらいに、心が動かされました。

 

 

「ミク、可愛いです!」

 

「ちょ、待って!今抱きつかれたら支えられ‥‥にゃおぃ!」

 

 

その愛らしさに魅了されてしまったのか、カリーニナさんは一切の躊躇なく前川さんへと飛びつきます。

格闘経験がなく想像以上に疲労をため込んでいた脚では、ロシアと日本の共同開発したフリーダムロケットを受け止めることなどできず押し倒されました。

先程、仲良きことは美しき哉とは言いましたが、TPOを弁えてほしいですね。

もう、面倒くさいので運んでしまいましょう。

肩に掛けていた上着を腰のところで結び、じゃれ合う2人のところまで移動して、一旦引きはがして肩に担ぎます。

 

 

「ふにゃ!?」

 

凄いです(ハラショー)

 

 

さて、本格的に時間も無くなりつつありますから少し急ぎましょうか。

平和なアイドル業は、まず身嗜みの整えられた清潔な身体からです。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

お昼時、部下に追い出されるように昼食をとるように勧められたので誰かを誘おうとシンデレラ・プロジェクトのルームを訪れたのですが、居たのはソファに座っている多田さんだけでした。

ヘッドフォンを付けて音漏れしないようにギターの練習をしている為か、私の来訪に気が付いていないようです。

あまり多田さんとは接点を持つ機会がありませんでしたから、この機にコミュニケーションをとることにしましょう。

真剣に練習しているようなので、邪魔をしてしまわないようにステルスで気配を殺して練習の良く見える位置に腰かけます。

推測通り、音楽初心者のようでギターを弾くその手つきはたどたどしく、コードを押さえる手もばらばらでピッキングも良くずれていますし、音は聞こえなくても私にはある程度音色を想像することができました。

高校生が文化祭でバンド発表をするために練習しているくらいの演奏レベルで、お世辞にもロックアイドルを名乗るなんて烏滸がましいでしょう。

 

 

「♪~~~」

 

 

それでも音楽に対して心から楽しんでいる姿は、彼女もロッカーとして歩き出そうしているのだろうと感じさせます。

今が拙いからといって将来までそうだとは限りませんし、今のように驕ることなくしっかりと練習を続けていけばきっと大成するでしょう。

まあ、私がサポートするつもりではありますので、そうなるのはほぼ確定路線です。

自慢ではありませんが、過去に様々な不良を話し合い(肉体言語も含む)でそれぞれを己の力を十全に発揮できる道へと進ませた実績もありますから、育成力は悪くないでしょう。

育成プランとしては促成方式ではなく、この半年くらいはじっくり、みっちりと基礎を反復させて地力固めを重視した方が良いでしょうね。

下手に小技に頼るようになってしまえば、応用幅が少なくなってロッカー寿命を縮めてしまいかねません。

それに言ってしまえば多田さんに悪いかもしれませんが、演奏レベルについては武内Pも把握しているでしょうからわざわざ恥をかかせに行くような仕事は回さないでしょう。

346(うち)には木村さんや松永さんといった、そういった仕事を得意としたアイドルも揃っているのでそちらに回されるでしょうね。

多田さん的にはそれでは不服かもしれませんが、私の育成プランに耐えた暁には半年後に現在の木村さんレベルの演奏力を身に着けていることを約束しましょう。

そんな、未来のプランを考えていると練習が終わったのか多田さんはギターを置き、ヘッドフォンを外します。

音は聞こえませんでしたが、一応観客として拍手を送るのは礼儀でしょう。

 

 

「うぇ、な、なになに!」

 

 

多田さんは突然の拍手に驚き、あたりを見まわします。

そして斜め前に座っている私と目が合い、驚きのあまりソファから飛び退きました。

誰もいないと思っていたのに急に拍手がして、慌てて周囲を見てみると人が居たのなら、誰だってそんな反応を取りますよね。

練習の邪魔にならないように配慮したのが逆に仇になってしまったようです。

 

 

「なな、七実さん!?い、いつからそこに!!」

 

「5分ほど前からでしょうか?」

 

 

別に隠し立てすることでもないので、素直に答えました。

すると、多田さんは恥ずかしそうに俯きます。

 

 

「笑いますか?」

 

「何をです」

 

「いつもロック、ロック言ってるのに、まともにギターを弾けないなんて、全然ロックじゃないですし」

 

 

どうやら、多田さん自身もにわかな部分を気にしていたようです。

初心者という門は、私のような例外を除き普通の人であれば誰しも通過するものなのですから、そこまで気に病むことはないでしょう。

ただ、調子に乗って知ったかする部分は痛い目を見ないうちにやめた方が良いと思いますけど。

 

 

「多田さんは、ギターを始めてどれくらいですか?」

 

「‥‥3ヵ月です」

 

「講師はいますか?」

 

「‥‥いません」

 

 

初心者向けの参考書等は読んでいたでしょうが、それでも独学なら今のレベルにも納得です。

一緒に演奏してくれる仲間もいなかったでしょうに、よくここまで折れずに続けてこられたものですね。

それだけ、多田さんの中での「ロック」という存在の位置づけは高く、そして大きいのでしょう。

なればこそ、私はこの少女の師になってみたいと思うのです。

 

 

「ちょっと借りますよ」

 

「えっ、あっ、はい」

 

 

多田さんの隣に移動して、横に置かれていたギターを手に取ります。

初心者向けのモデルで、お値段もお手頃ですが自由にできるお金の少なく、また色々と欲しいと思ってしまう女子高生には決して安くない買い物だったでしょう。

そこまで使い込まれておらず傷等も少ないですが、それだけではなくきちんと手入れをされているのも伝わってきます。

ヘッドフォンを装着してもらうように促し、ギターを傷つけてしまわないように配慮しつつチート全開で演奏を始めます。

ジミ・ヘンドリックスを始め、ジェフ・ベック、エリック・クラプトンといった有名所や布袋 寅泰、高見沢 俊彦等の日本人ギタリストのスキルを見稽古した私に弾けぬ曲などありません。

最初は何をする気か訝しんでいた多田さんも、演奏が始まると驚きで目を見開き、そして次第に瞳を輝かせながら身体が動き始めます。

即興で何曲か演奏してみたのですが、気に入ってくれたのなら何よりですね。

こういった音楽的な部分は個人の感性や好みが大きく反映されますから、いくら上手くても合わないものは合わないですし、逆に下手でも心を揺さぶる何かがあれば惚れ込んでしまいますから。

しかし、こうもいい反応をされるとサービス精神は旺盛な方である私はもっとサービスをしたくなってしまいますね。

ギターを痛めたりしてしまわないように気を付けながら、さらに熱く激しく演奏します。

 

 

「いえ~~い!」

 

 

ノリに乗った多田さんが小さくジャンプした瞬間、アンプに差し込んであったヘッドフォンのジャックが抜けてしまい、アンプから私の演奏がダダ漏れになってしまいますが、幸い自己練習用に音量を絞っていたようなのでこのまま最後まで行かせてもらいましょう。

ここでやめてしまっては不完全燃焼感が強くて消化不良を起こしてしまいます。

ラストスパートをかけるように、ギター関連のスキル総動員で演奏しきりました。

こうして楽器を弾くのは久方ぶりでしたが、ここまで完璧に演奏できるとはやはりチートの力は凄まじいのだなと改めて実感します。

 

 

「ウッヒョーー、なんですか今の!凄いロックじゃないですか!

七実さんってギターも弾けるんですね!人類の到達点って比喩とかじゃなかったんですね!

同じギターとは思えないくらい凄かったです!」

 

「ありがとうございます」

 

 

演奏を終え、ギターを多田さんに返すとそのまま詰め寄られて言葉のマシンガンをぶつけられました。

私のワンマンショーはお気に召してくれたようですが、「ウッヒョーー」は感極まったとしてもなしだと思いますよ。

 

 

「そんな演奏できるのなら、なんで事務員なんてやってたんですか!?絶対デビューするべきですよ!

武道館とか貸し切って、ファンを集めてドバァーーーーって!」

 

 

確かに私のチートスキルを駆使すれば様々な楽器のプロ奏者にもなれるでしょうが、あまり気乗りがしません。

私の演奏能力は他のプロ達から見稽古しただけであって、その境地に到達するまで幾多の挫折や栄光といった経験をし、音楽に人生を捧げてきた人たちに対して申し訳ないという引け目を感じてしまうのです。

それに演奏技術が高くても、所詮は真似事である私の演奏には魂などが籠っていないでしょうから、誰かの心を大きく揺さぶるようなことはできないでしょう。

 

 

「お断りします」

 

「えっ、何でですか?こんなにも凄いテクニックを持ってるのに‥‥」

 

 

見稽古について言うわけにはいきませんから、どう誤魔化したものですかね。

所詮は真似事だと言っても納得してくれないでしょうし。

 

 

「‥‥私の道は私が決めます。誰かの意志ではなく、道を切り拓くのは自分でなければなりません。

例え他人から見たら勿体ないように見えたとしても、自分の信じた道を切り拓いて進むことが大切なのです」

 

 

少々厨二的な言い回しではありますが、要約してしまえば「私の人生なのですから好きにさせてもらう」ということです。

なんだかんだあってアイドルデビューしましたが、過去(黒歴史)の反省から事務員時代はあまり有名になり過ぎないように程々を心掛けていましたからね。

こうして少し言葉を飾れば名言っぽく聞こえるので、多田さんのような良くも悪くも単純な少女相手であれば十分に誤魔化すことができるでしょう。

 

 

「‥‥ロックだ」

 

「‥‥」

 

「そうですよね!誰かに指図された道を歩くなんてロックじゃないですよね!」

 

 

どうやら上手くいったようですが、今後の多田さんの未来が心配になりますね。

ロックという言葉に釣られて変な輩に騙されたりしないと良いのですが、一応武内Pにもそのことを伝えておいて気を配ってもらえるようにしておきましょう。

 

 

「ここでごぜーますね!七実ママ、一緒にお昼を食べるでごぜーますよ!」

 

 

プロジェクトルームの扉が開き、やってきた仁奈ちゃんが明るく元気な声でそういいました。

あの1件以来、度重なる私達と市原家との相談事は微々たる速度ではありますが、それでも着実な進歩をとげており最近では母親と一緒に寝たりしていると嬉しそうな報告も聞くことができています。

私直々に一般人でもできる業務時間短縮術を教え込んだり、半自動で雑務を処理してくれるプログラムを組んだりした甲斐があったというものですね。

それでも週に何回かは仕事で遅くなることがあるので、その際は私達5人の中で予定の入っていないものが面倒を見ることになっています。

仁奈ちゃんも「なんだか、ママが増えたみたいでごぜーますよ!」と嬉しそうにしていて、私達のことを○○ママと呼んだりするようになりました。

彼氏や配偶者といった存在は「何それ美味しんですか」と言いたくなるくらい縁遠いものですが、こうして母親の気持ちになれるのは悪くありません。

 

 

「あら、仁奈ちゃん。そうですね、一緒に食べましょうか」

 

「やったでごぜーますよ♪」

 

 

多田さんの件で忘れていましたが、私の当初の目的は誰かをお昼に誘おうとしていたのでした。

 

 

「多田さんも一緒にいかがですか?」

 

 

まだ師事の件について話をしていませんから、お昼を食べながらゆっくりと口説き落とすことにしましょう。

 

 

「えっ!?‥‥えと、私もいいんですか?」

 

「仁奈は大賛成でごぜーますよ!」

 

「仁奈ちゃんもそう言ってますので、是非」

 

 

何故か、多田さんは一緒にお昼をとることを躊躇っています。

先程の演奏後の反応から決して嫌われてはいないと思うのですが、いったい何が躊躇わせる原因となっているのでしょうか。

 

 

「でも‥‥せっかくの家族の団欒の時間なのに‥‥」

 

「はい?」

 

「私、知りませんでした。市原 仁奈ちゃんが七実さんの娘だったなんて‥‥苗字が違うっていう事は色々あったんですよね」

 

 

あっ、これは物凄い誤解をされていますね。

確かに仁奈ちゃんは私のことをママ付けで呼びますからそういった誤解を受ける可能性は考えないでもありせんでしたが、多田さんの思考の飛躍は私の部下の1人を彷彿させます。

 

 

「で、でも、ママさんアイドルっていうのも私はロックだって思いますよ!本当です!」

 

「とりあえず、落ち着きましょう」

 

「大丈夫です!私、口は堅いですから!誰これ構わず吹聴するのはロックじゃありませんし!

あっ、力になれることなら何でもしますよ!こう見えて、お料理とかは得意ですから!」

 

 

駄目ですね。多田さんの中で妄想設定が定着してしまって、これを修正するのは容易ではなさそうです。

迂闊に市原家の家庭事情を話すわけにもいきませんから、これからどうしましょうか。

捕らぬ狸の皮算用、歌舞音曲、猪突猛進

平和な昼食までにはもう少しばかり時間がかかりそうです。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」「乾杯でごぜーますよ!」

 

 

私達はリモンチェッロやオレンジジュースといった各々好きなドリンクの注がれたグラスを打ち合わせます。

リキュール系らしい甘みと自家製レモンの素朴ながら豊かな香り、そして微かに残った苦みが全体を絶妙に引き締めてくれ絶品という言葉以外にふさわしい言葉が見つかりません。

本場イタリアでは食後酒として飲むのが一般的だそうですが、これだけ美味しければそんなの関係ありませんね。

 

 

「美味しいでごぜーますね」

 

 

仁奈ちゃんもオレンジジュースの味に満足したのか満面の笑みを浮かべます。

たくさん幸せが詰まっていそうな柔らかそうなほっぺを突きたくなる衝動に駆られますが、食事中にちょっかいをかけるのは子供の見本となるべき大人としてやってはならぬことでしょう。

チートで習得した我慢スキルを最大限に使い、断腸の思いでその衝動を抑え込みました。

 

 

「可愛すぎて、()()()()抱きしめたくなりますね」

 

「それについては同意しますが、なぜわざわざ駄洒落を混ぜる必要があったのですか」

 

 

私の隣に座り、頼んでいたオムライスを一生懸命食べている仁奈ちゃんを見てそう思うのは十二分に理解できますが、楓のこのいついかなる時であろうと駄洒落を入れようとしてくるのは理解できません。

しかも、すごくいいどや顔で。

何でしょう、古い中年男性管理職のように駄洒落を言っていないと死んでしまうタイプの人種なのでしょうか。

 

 

「うぉォン!人間火力発電所の気持ちになるですよーー!」

 

 

妖精社特製オムライスのふわふわのたまごの黄色い花畑に覆われたチキンライスの茜色に染まった大地を開拓しながら、急にそんなことを言い出した仁奈ちゃんに危うくリモンチェッロを吹き出すところでした。

 

 

「仁奈ちゃん、また私の漫画読みましたね」

 

 

前世でオタクであった私はチート化した今世においても変わらずで、寧ろ自由に扱えるお金が増えた分だけ悪化しているともいえますね。

なので、私の部屋には漫画やラノベで埋め尽くされた本棚があり、いつものメンバー(特に菜々)は泊まった時によく読んでいます。

最近では新しい本棚も増え、私が買ったものではない少女漫画とかがいつの間にか並んでいたりもするのですが、意外と面白かったりするので許しています。

私の集めている漫画は主に青年向けのものが多く、グロテスクだったり残酷な描写があったり仁奈ちゃんにはちょっと早い刺激的なシーンが含まれるものも多いので情操教育によくないと判断し、あまり読まないようにといっていたのですが。

 

 

「七実ママ、ごめんなさい」

 

「まあまあ、いいじゃないですか。禁止されると気になっちゃうお年頃ですよ」

 

「その本は良いですけど、上段の本はまだ駄目ですからね」

 

 

確かに小学生の頃は恐れ知らずで何にでも興味を持って、立ち入り禁止と書かれていたりしたら余計に何があるのか確認したくなるという気持ちは理解できます。

そうやって、色々と経験して子供は成長していくのでしょう。

ですが、仁奈ちゃんにはエロやグロをあまり知らずに純粋なまま育ってほしいと身勝手な願いを持ってしまうのです。

エゴであるとは重々承知しているのですが、穢れない純白を汚してしまうようなことを見過ごすことはできません。

 

 

「えっ‥‥仁奈、置いてかれた小吉艦長やアシモフさん達がどうなるか気になるでごぜーますよ」

 

「‥‥ちょっと待ちましょう。なんで、仁奈ちゃんがそれを読んでるんです?」

 

 

しかも、今語った内容はつい先日購入した最新刊のものではないですか。

あの火星ゴキブリのでる漫画はグロテスクなシーンが多く、味方キャラが次々に死んでいくので間違っても読んでしまわないように最上段に並べておいたはずです。

誰かが読みっぱなしにしておかない限り手が届くことはないはずなのですが、犯人はいったい誰でしょうか。

判明したら少しオハナシしなければならないでしょう。

 

 

「一昨日、全部床の上に置いてやがりましたよ」

 

 

一昨日は、ニュージェネレーションズとラブライカのデビューミニライブについての打ち合わせで少し遅れそうだったので、仁奈ちゃんの面倒は夕方から予定の空いていた楓に頼んでいたはずなのですが。

視線をゆっくりと仁奈ちゃんから楓の方へと動かすと決して目を合わせないように明後日の方向へと視線を向けながら下手な口笛を吹いていました。

それでは、自ら犯人だと言っているようなものですが、間抜けは見つかったようなので良しとしましょう。

まったく、この25歳児は毎度毎度やらかしてくれますね。

 

 

「‥‥デコピン」

 

「はぅ」

 

 

空間製作の要領で視線を誘導して仁奈ちゃんの視界から楓の姿を外して、その瞬間にデコピンを叩き込みます。

勿論、かなり手加減してのた打ち回るくらいの痛さに留めていますから痕等は残らないでしょう。

 

 

「読んだらちゃんと元の場所に戻しましょう」

 

「‥‥はい」

 

 

読んでしまったものは仕方ないので、諦めるしかないでしょう。

気を取り直すためにピザ生地ではなくチャバタというイタリアのパンを使ったミニピザを食べます。

パンを使っている為厚みがありますが、加水率が高めなのでクラムは多孔質でトマトソースをしっかりと含み、独特のしっとりもっちり食感と噛むとじんわり広がる小麦の甘みと旨味はピザ生地とはまた違った美味しさの発見がありますね。

上に乗っている具材もアンチョビとオリーブ、そしてモッツアレラチーズとシンプルな組み合わせであり、それ故何個でも食べられそうなくらい飽きがきません。

少し冷えてチーズが硬くなってしまっていますが、それはそれで美味しいですね。

おかわりした半分ほどなくなった2杯目のリモンチェッロに別に頼んでおいた炭酸水を加えると、炭酸の爽快さによって舌をよりさっぱりさせてくれます。

 

 

「楓ママ、大丈夫でごぜーます?」

 

「大丈夫ですよ。楓ママは強いですから。

楓、頼んでいたバローロがきましたけど、飲まないなら私がもらいますよ」

 

「飲みます!ワインは身体に()()()ですから!」

 

 

さっきまであんなにも痛がっていたというのに、こうも即復活するとは恐るべし酒飲み根性ですね。

そして当然のように混ぜ込んでくる駄洒落にはどう反応するべきか悩みましたが、スルーしましょう。

 

 

「そうなんでごぜーますか?なら、仁奈も飲んでみてーです!」

 

「今飲んだら捕まってしまいますから、11年後ですね」

 

「なげーですよ‥‥」

 

「大人になったら、一緒に飲みましょうね」

 

「はい!」

 

 

今から11年後ですか、その頃には私は、いや非常に悲しい気持ちになりそうなので年齢のことは考えないようにしましょう。

ただ、未来に仁奈ちゃんとのお酒を飲む約束をしたという事だけを覚えておけばいいのです。

そんな未来への期待をとある反核・平和運動のリーダーも務めたオーストリアの作家の言葉を借りて述べるのなら。

『未来はすでに始まっている』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、少しだけ外に漏れてしまっていたらしい私の演奏が噂となり、346きってのロックアイドルがその奏者を探し始めるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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くっ、殺せ!

時系列的には6話中ですが、オリジナルな話となっています。
デビューミニライブまでは、もう少しかかると思います。


どうも、私を見ているであろう皆様。

最近弟子が増えてきてスケジュール管理が少々難しくなってきましたが、まだまだ余裕はないこともないです。

チートのお蔭で無駄にスキル技能が高いのですからそれを誰にも伝授することなく死蔵してしまうのは、勿体無い気がしていましたから機会としては丁度良かったのかもしれません。

しかし、このまま行くと終いにはシンデレラ・プロジェクトの全員が何かしらの弟子になりそうな予感すらあります。

それはそれで、楽しいかもしれませんね。

 

 

「では、本日は御二人のソロ曲発売間近の告知としてマジックアワー特別篇の収録がありますので、できれば1時間前にはスタジオ入りをお願いします」

 

「はい!」「わかりました」

 

 

芸歴を考えると私達もまだまだ若葉マークの取れない、新人アイドルですからこうした告知による販売促進は大切でしょう。

フォローはしていますがシンデレラ・プロジェクトの件で色々と忙しいでしょうに、私達の事を忘れずにこうして仕事を用意してくれるとは流石はプロデューサーですね。

一時期は武内Pの負担も考えてセルフプロデュースに移行していった方が良いのではないかと2人で相談し合ったこともありましたが、やはりプロデュースされているという実感は嬉しいものです。

さて、こうしてサンドリヨンが揃って仕事をするのは久しぶりに感じますね。

私とちひろの求められる方向性が大きく違っていますから、オファーもユニットではなく個人としてのものが多いのです。

武内P的にはもっとユニット重視した路線で売り出していきたいようなのですが、これも○イダー主演等で話題性が高い役を獲得し、急激に知名度が高くなった弊害なのでしょう。

人気という非物質的で曖昧なこればかりは、簡単に数値を弄れるものではありませんからどうしようもありません。

 

 

「申し訳ありません。この特別篇はもっと早く予定を組むはずでしたのですが、何分スケジュールの調整がつかず今日まで延びてしまいました」

 

 

特別篇の為の日程調整が上手くいかなかったことを悔やんでいるのか、武内Pはいつも以上に険しい顔つきになり頭を下げてきました。

恐らく、プロデューサーとしてもっとできることがあったのではないかと自責の念に駆られているのでしょうが、どこかの組の若頭がケジメをつけようとしているにしか見えません。

それを言葉にしてしまうとかなり繊細な武内Pの心に大ダメージを与えてしまうでしょうから言いませんが。

 

 

「別に構いませんよ。シンデレラ・プロジェクトのデビュー関連で忙しいのはこちらも把握していますし」

 

「そうですよ、武内君。私達も個別で仕事があったんですから、仕方ないですよ。

無理は禁物ですよ。倒れたりしたら、みんな悲しむんですからね‥‥私なんて特に」

 

「はい、そうならないよう善処します」

 

 

さて、後は若い2人に任せてブラックコーヒーを買いに行きましょうか。

ちひろもわりと露骨に好意を示しているのですから、最期の一言を小声で言わなくてもいいのではとおもうのですが、十中八九へたれたのでしょうね。

意気地がないというか、勇気がないというか、私に恋愛法廷を開く時くらいの威勢の良さはどこに行ったのでしょうか。

そして、武内Pも全く気がついていないというのが笑えますね。

何でしょうか、この世界はアイドルマスターと見せかけてこの346プロの馬鹿ップルコンビを題材としたラブコメ的な二次創作、もしくはスピンオフ作品なのでしょうか。

まあ、そんな訳はないと思いますが、こうもあからさまなラブコメ展開をされてしまえば疑いたくなるのも仕方ないでしょう。

しかし、マジックアワーの収録は夕方からですから、今が9時過ぎなのでかなり時間がありますね。

このままこの場に留まると砂糖地獄に強制連行されかねないのでさっさと退散したい所です。

 

 

「では、私は業務に戻ります。何か用があったら内線か携帯に連絡をください」

 

 

既に業務の半分近くは終わっており、部下達に半ば追い出されるような形でこちらに来たのですが、ちひろや武内Pはこのことを知らないはずですから言い訳に使わせてもらいましょう。

ワタシは、逃げ出した。

 

 

「渡さんの今日の業務はほぼ終わっていると真壁から聞いていましたが」

 

 

しかし、回り込まれてしまった。

そういえば、彼と武内Pは同期入社でしたね。その辺の繋がりから、手を回していたのでしょう。

軽薄そうな言動とは裏腹に、細やかな気配りで周囲をサポートできる優秀さが今は恨めしいです。

本人にはそんなつもりは一切なかったのでしょうが、私の退路を塞ぎ砂糖地獄へと突き落とした仕返しはいつかさせてもらいましょう。

 

 

「‥‥そうでしたか?」

 

「はい」

 

「‥‥七実さん?」

 

 

私が仕事を言い訳にして逃げ出そうとしたことに感づいたのか、ちひろがとてもいい笑顔を向けてきました。

どうして、私相手にならそう強気になれるのでしょうね。

それを発揮する相手は、私ではなく目の前にいる武内Pだと思うのですが。

 

 

「仕事はないんですね?」

 

「‥‥仕事は貰うものではなく、探すものだと昔の偉いひ」

 

「ないんですね?」

 

「‥‥はい」

 

 

言い訳という部分がばれてしまっている以上、私に勝算はありませんでした。

両手をあげて降参の意を示します。

 

 

「渡さん、私が言うのもなんですが休息は取られた方が良いかと」

 

「そうです!七実さんはもっと自分を労わるべきなんです!」

 

 

心配してくれるのはとても嬉しいのですが、人類の到達点を舐めるなと声を大にして言いたいですね。

自分で言っていますが、武内Pもシンデレラ・プロジェクトが本格始動してから碌に休息をとっていないようですし、私のようにチートボディを持っていないのですからそちらの方が心配です。

しかし、私を咎めるような突き刺す視線を向けてくる2人にそれを言っても徒労に終わるでしょう。

 

 

「全く七実さんはいつも勝手に突っ走って、それがいつも誰かの為だっていうのはわかってます。

でも、それでも後ろから追いかける身からすれば、倒れてしまわないか、もっとひどいことになってしまわないか心配なんですよ」

 

「‥‥はい」

 

 

何でしょう、こうやって怒られているのですが、心配されてかなり嬉しく思ってしまう自分が居ます。

今までこんなにも心配されたのは親や弟くらいのもので、後の人達は『渡さんなら大丈夫よね』『渡なら、問題ないな』という感じでしたから。

まあ、そうなるように動いていたのでそれらは当然の反応なのでしょうが、それでも仲間に心配されて嫌な気持ちになる人間はいないでしょう。

 

 

「だいたい、七実さんの昇進だって元々お飾りだったみたいじゃないですか!それがどう転んだら、アイドル部門最も仕事をこなす係長になるんですか!?」

 

「いや、どうしてでしょうね?わりと、本当に」

 

 

係長という役職を拝命したからには、それに恥じない働きをしようとはおもっていましたが、いつも通り加減を間違えてしまったようです。

私としては当初は真ん中くらいの働きをするつもりで、自分なりにできることを頑張ろうとしました。

ですが、次第にアイドルの為に舞台を用意して輝かせるという達成感に魅入られてしまい、気が付いたら引き返せない場所まで来ていたのです。

今更、手なんて抜けないですし、それにこちらの楽しさを知ってしまったらそんな気もおきません。

 

 

「七実さん、ふざけないでください!」

 

「まあ、千川さん。渡さんも反省されているようですし、少し落ち着かれては」

 

「武内君は黙ってて!ここで甘やかしてもいいことにはならないんですから!」

 

「しかし‥‥」

 

 

あれ、これって子供の教育方針で意見を違えてしまった夫婦の会話っぽくありませんか。

ちひろが子供を思いすぎるあまり過干渉気味になってしまう母親で、武内Pは子供の意思を尊重しすぎるあまり強く出ることができない父親という感じですね。

しかし、この流れでいくと私が娘役になってしまいそうです。

一応、この3人の中では最年長ですし、役職的にも一番高いんですよ、私。

 

 

「私だって、こんなこと言いたいわけじゃないんですよ‥‥ちゃんと七実さんの事を考えて‥‥」

 

「千川さんが、渡さんの事を思ってあえて言っているというのはわかっています。

ですが、渡さんに負担をかけてしまっているのはスケジュール調整等を上手く行えていないうえ、いつもフォローをしてもらっている私にも責任の一端はあります」

 

「‥‥」

 

「いえ、きっと全て私の責任なのでしょう」

 

「‥‥ばか」

 

 

空気すら甘ったるくなっているような気がする今なら、口から血ではなく砂糖を大量に溶かしたシロップ的な何かを吐けそうです。

私は先程まで仕事の打ち合わせをしていたはずなのに、いつの間にか砂糖で埋め尽くされた固有結界の中に迷い込んでしまったようですね。

早急に脱出を試みなければ、糖分過多で糖尿病まっしぐらですよ。

それに、2人共私をだしにしていちゃついていて、私の存在を忘れてやいませんか。

まあ、このまま健康に非常によろしくないカロリーオフどころかカロリーましましなこの空間にいては、砂糖漬けにされてしまいそうです。

忘れられている内に戦略的撤退をさせてもらいましょう。

ステルスを発動させ、足音を極限まで消し、空間製作で2人の意識の死角を作り出して完全に気付かれない段取りを整えてから撤退を開始します。

きっと、今の私を生身の人間が認識するには人間が本来持つ五感以外の第六感や第七感(セブンセンシズ)に目覚めていなければ不可能でしょう。

 

 

「武内君も七実さんと同じで、直ぐ背負い込むんですから。辛い時は、いつでも頼ってくれていいんですからね?」

 

「はい、そう言っていただけると頼もしい限りです」

 

 

何も聞こえません。ええ、聞こえませんとも。

今まですれ違い気味で被害が皆無だった反動か、凄まじい展開速度の砂糖空間でした。

慣れている私でもここまで精神的ダメージを受けたのですから、免疫のない人がこの空間に巻き込まれたりしたら、胸焼けで昼食どころか夕食すら欲しくなくなってしまうでしょうね。

音を一切立てず扉を開け、砂糖空間から脱出した私は一先ず深呼吸をします。

無味無臭、何処にでも存在していて意識することなく呼吸として体内に取り込む普通の空気。

その当たり前の存在が、今の私には如何なるものよりもありがたく感じました。

私達が当たり前だと思っている平和も、もしかしたら紙一重なのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

あの凄まじい砂糖空間から脱出した私は、空いてしまった時間を潰す為当てもなく彷徨っていました。

流石に、あんなに心配されたのに仕事に戻るような不義理な真似はできません。

ラブライカとニュージェネレーションズの練習に顔を出そうかとも考えましたが、今はトレーナー姉妹によってデビュー前の最終調整が行われているはずです。

そんな中に私が介入してしまうと、余計なことをしてしまいかねませんから自重します。

トレーナー技能も一応は見稽古で習得してはいますが、大切なユニットデビュー初舞台なのですからこれまで幾多のアイドル達を送り出してきたトレーナー姉妹に任せるのが一番でしょう。

ということで、それもダメとなると本当にやることがなくなってしまうのです。

普段、どれだけ仕事ばかりをしているのかが身にしみてわかりますね。

きっと突然休みになってしまったお父さん方も同じ気持ちを抱いていたりするのかもしれません。

とりあえず、日向ぼっこしながら考えようと思い中庭の方にやってきたのですが、午前中の仕事の真っ最中である時間帯である為か人の姿はありませんでした。

 

 

「よいしょ」

 

 

適当な芝生に腰を下ろし、そのまま寝転んで青空を眺めます。

事務服が汚れるだとか、スカートなので角度次第では下着が見えてしまう等の細かいことは気にしません。

色気の欠片もない私のスカートを覗こうとするもの好きなんてそうそういないでしょうし、そう簡単に見えないよう色々と調整してありますので大丈夫でしょう。

芝生がちくちくと頭を刺激してくるので、ポケットからハンカチを取り出して下に敷きます。

枕のように快適とはいきませんが、無いよりはましですね。

環境調整も済んだので、早速本格的な日向ぼっこといきましょう。

日光浴という言い方もありますが、私は日向ぼっこというのんびりまったりした響の方がしっくりきて好きです。

見上げた先に見えるどこまでも青い空、心次第で何にでも見える気がする白い雲、眩しくもあたたかく照らしてくれる輝く太陽。

こうしてのんびりとこれらを眺めたのは、いつ以来でしょうか。

世界のどこにでもある、ありふれた小さな幸せを私はいつの間にか見落としていたようです。

ふと視線を空から横にずらして芝生の方を見ると、四つ葉のクローバーが目に入りました。

緒方さんは暇があるとこの中庭で四つ葉のクローバー探しに勤しんでいるそうですので、後でプレゼントでもしてあげましょう。

手を伸ばしてクローバーを摘み取り、枕代わりに敷いているハンカチの上に置きます。

四つ葉のクローバーはそれぞれの小葉が希望・誠実・愛情・幸運を象徴しているという伝説がありますが、どれがどれを象徴しているのでしょう。

後でクローバーの専門家である緒方さんに聞いてみましょうか。

 

 

「‥‥ふぁ」

 

 

視線を再び空へ戻し、何も考えずのんびりしていると欠伸がでます。

ぽかぽか陽気にさらされていると段々と眠気がやってきて、私を堕落へと誘おうとしてきました。

普段なら仕事があるときっぱり断ち切って仕事に戻るのですが、今はそれもなく暇を持て余している身ですのでそれも一興かもしれません。

こんな場所で眠りにつくなど不用心だと思われるでしょうが、睡眠状態においても私の感知能力は決して鈍ることはなく周辺で何かしらの出来事が起きたり、敵意や害意を向けられたりした場合はすぐに覚醒できます。

数km離れた場所からの狙撃等には流石に反応できないかもしれませんが、その場合には着実に勢力を拡大している烏の軍勢達がアクションを起こすでしょう。

なので、ここで睡魔に身を任せてしまって問題なしなのです。

横向きで足を少し曲げるというのが私の基本的な寝方なのですが、別に仰向けでも眠れないわけではありませんので、このまま少し眠らせてもらいましょうか。

 

 

「ねえ、智絵里ちゃん。あれって‥‥」

 

「七実さん‥‥かなぁ?」

 

 

そう思っていたのですが、緒方さんと三村さんの声がしたので眠るのはやめにしておきましょう。

しかし、彼我との距離はまだ10m近くありますからここで反応して起き上がるのも気持ち悪いので、そのまま日向ぼっこを継続します。

声をかけられたのなら反応し、声をかけずに去っていくのなら眠りにつけばいいだけの事ですから。

何やら悩んでいるようでしたが、2人分の足音が私の下へと近づいてきます。

 

 

「お、おはようございます」「おはようございます、七実さん」

 

「おはようございます。緒方さん、三村さん」

 

 

近くまでやってきた2人が挨拶をしてきたので、私も身体を起こしてから挨拶を返します。

挨拶は人間関係を円滑に進めるために重要なことですし、特に芸能界はその辺に厳しい人間が多い世界ですのできちんと挨拶をしにくるという精神は今後の自分を助けてくれるでしょう。

 

 

「御二人共、どうされたのですか」

 

「えと‥‥わ、私は‥‥クローバーを探しに‥‥」

 

「私は天気が良いから、お外でおやつを食べようと思って」

 

 

確かに三村さんの手には少し大きめのバスケットがあり、洋菓子特有の甘い香りがします。

こんな清々しくて気持ちのいい青空の下で食べるお菓子は、普通に食べるよりも美味しさは一入でしょう。

 

 

「七実さんは、何をされていたんですか?」

 

「天気が良いですからね。見ての通り、日向ぼっこです」

 

「「えっ!?」」

 

 

ありのままの事実を答えたのですが、どうしてそこまで驚かれるのでしょうね。

もしかして、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達にも私は救いようのないくらいの仕事中毒(ワーカホリック)だと思われているのでしょうか。

以前、双葉さんにそう言われたことがありましたし、もしかしたら私=仕事中毒というのはシンデレラ・プロジェクト内でも共通見解なのかもしれません。

別に仕事をするのは嫌いではなく、特に最近では好きですが、24時間戦えますかを地で行くようなことはしませんよ。

できないことはありませんが。

 

 

「やることもありませんし、部下から追い出されてしまいましたからね。

こうして日向ぼっこするしかないくらい、暇なんですよ」

 

「そうなんですね」

 

 

事情を説明すると納得してくれました。

今後はもう少しゆとりを持った業務を心掛けるべきなのかと悩みますが、今考えても結論は出そうにないので後で考えることにしましょう。

 

 

「そうだ!なら、七実さんも一緒に食べませんか?」

 

「いいのですか?」

 

「勿論です。ね、智絵里ちゃん」

 

「はい」

 

 

このまま日向ぼっこくらいしかすることがなかったので、そのお誘いはとてもありがたいですね。

三村さんが持ってきたレジャーシートを敷いて、事務服に付いていた芝生等をきちんと払い落としてから座ります。

 

 

「じゃ~~ん♪今日は、パウンドケーキを焼いてきました♪」

 

「美味しそう‥‥でも、大丈夫?この前、トレーナーさんに控えるように言われてたけど」

 

「お、美味しいから大丈夫じゃないかな?」

 

 

大丈夫です、問題ありません。

確かに三村さんは他のメンバーに比べるとふくよかな体型をしていますが、十分に可愛らしい範囲内でありトレーナー姉妹も念のために言っているのでしょう。

見かける度に何かお菓子を食べているのですが、現在の体型を維持できているので恐らく自身でも何かしらの対策はしているのでしょうね。

差し出されたパウンドケーキを受け取り、早速食べます。

このパウンドケーキはただのパウンドケーキではなくキャラメルとバナナの入ったものであり、甘く香ばしいキャラメルの風味とバナナのほのかな甘みと酸味をふんわりとした生地が優しく包み込んでいて、ほっと落ち着くような味わいになっていました。

そこにウバを使ったミルクティーが加われば、もう至福の時間の到来ですね。

特有の爽やかな渋みにミルクが加わることによって更に角がとれてまろやかになり、深いコクと合わせてストレートよりも親しみやすい味になっています。

 

 

「美味しいです」

 

「ほんとですか!嬉しいです!」

 

 

素直な感想を述べただけなのに、三村さんはテストで満点を取ったように喜びます。

 

 

「七実さんのお菓子って本職さんレベルじゃないですか。ねえ、智絵里ちゃん」

 

「うん‥‥買ってきたって言われても信じちゃいそうです」

 

 

まあ、私の製菓技術は本職の人から見稽古したものですから、あながち間違いではありませんね。

今度のお料理教室は思い切ってお菓子作りにしてみてもいいかもしれません。

渡されるプロデューサー達も食べる時がほぼ決まっているお弁当よりも、いつでもつまむことができるお菓子の方がありがたいでしょう。

それに、その方が色々と重くなくて気が楽だと思います。

 

 

「七実さんってスタイル良いですよね。その体型を維持する為に何かされてるんですか?」

 

「私の場合は一般的な女性より筋肉量が多いですからね。基礎代謝も高いので、特に何かしてはいません」

 

 

このチートボディの体脂肪率は10%以下で、残りは筋肉なので逆に食べないとやってられない事すらあります。

最近では虚刀流を伝授したり、MV撮影の為に最終調整や出演メンバー達にアクション指導をしていたりしますから、活動量も増えているので太ることはまずないでしょう。

1日万単位でカロリーを摂取するようになればわかりませんが、流石にアイドルなのでその辺の計算はきちんしています。

 

 

「筋肉かぁ‥‥智絵里ちゃんも細いけど、何かしてる?」

 

「わ、私はみくちゃんやアーニャちゃんみたいに激しい運動とかはできないから‥‥時々帰りにゲームセンターに寄って太鼓を叩いてるよ」

 

「そうなんだ」

 

 

太鼓の○人をプレイする緒方さん、なかなかその画が想像できませんね。

簡単な曲ならそうではありませんが、難易度が高い曲になると下手な運動よりも消耗しますから。

私の場合は最難関曲であろうと容易くフルコンボを達成できますので、マナーがなっていない行為ですが1人で2台を占領してプレイをしたりしていました。

ゲームセンターに通っていた時期はガンシューティング系でも二丁拳銃でプレイしたり、縛りを入れてプレイしたりとしていましたが、最近はご無沙汰ですね。

今度、予定をつけて緒方さんと一緒にプレイしてみるのもいいかもしれません。

部下から聞いた噂では武内Pも相当な実力を持っているそうなので、一緒に誘ってみましょう。

これが切欠でシンデレラ・プロジェクトのメンバー達と打ち解けられるようになれば、今後のプロデュースもやりやすくなるでしょうし。

 

 

「じゃあ、今日にでも一緒に行かない?」

 

「うん、いいよ」

 

 

私は残念ながらマジックアワーの撮影があるので参加できそうにないので、次の機会にはぜひ参加させてもらいましょう。

手が空く、廓然無聖、温良優順

時には仕事ではなく、こうして平和な一時を過ごすも良いかもしれません。

 

 

 

 

 

 

ディレクターの開始の合図とともに音楽が流れはじめマジックアワーの収録が開始されました。

マジックアワーに出演するのはこれで4回目になりますが、こうして私達だけで進めていくのは初めてですね。

内心結構緊張しているのですが、それを表に出してしまえばちひろにも伝播してしまうでしょうから、深呼吸をして心を平静に落ちつけます。

久しぶりのサンドリヨンとしての仕事ですが、最高の結果で完遂せねば折角特別枠をもぎ取って来てくれた武内Pに申し訳ありません。

 

 

「皆さん、こんばんは。真夜中のお茶会へようこそ。

この番組は346プロダクションから毎週ゲストをお呼びして楽しいおしゃべりを楽しむ番組なのですが‥‥」

 

 

最初の進行役はちひろに任せており、あの優しいお姉さんという感じの魅惑のボイスで前口上が読み上げられていきます。

これまでもライブでアナウンスを務める等の経験もあり、その声には一切の焦りも戸惑いも含まれてはいませんでした。

事前に打ち合わせしていた交代の部分に差し掛かり、ちひろがアイコンタクトをしてきます。

 

 

「今回は私達のソロ曲発売間近記念の特別篇です。

司会を務めるのは私、そろそろ事務員系アイドルということを忘れられつつある渡 七実と」

 

「相方のアイドル路線が行方不明過ぎて戸惑いを隠せない千川 ちひろでお送りします」

 

 

自分で考えた紹介文ではありますが、ライ○ーや虚刀流のことで有名になり過ぎて本当に事務員系アイドルとしてデビューしたことを忘れている人間が多いのではないでしょうか。

ディレクターや音響さん達の中にも吹き出している人間がいることから、それは間違いないと考えていいでしょうね。

 

 

「「私達、2人揃ってサンドリヨンです。よろしくお願いします」」

 

 

本来のマジックアワーであれば、好きな飲み物やお菓子を持ちこんでわいわいとおしゃべりを楽しむのですが、今回はソロ曲の宣伝がメインとなるので自重してミネラルウォーターにしておきました。

楓であれば、考えた上で日本酒を持ち込んだりしそうではありますが、流石にそこまで剛毅な行動は小心者である私にはできません。

 

 

「今日と明日の束の間の一時ですが、楽しく過ごせれば幸いです」

 

「それでは、最初のコーナー『マジックアワー・メール』略して『マジメ』のコーナーです」

 

 

きましたね。マジックアワー最初にして、最も事故発生率の高いコーナーが。

このコーナーは視聴者(リスナー)からのメールを読んで、それにアイドル達が答えていくコーナーの筈なのですが、時折無茶ぶりとしか呼びようのないお願いの書かれたメールが選ばれたりするのです。

被害者は数知れず、トラウマまではいきませんが恥ずかしさから収録後に感情を押さえられずに暴れたり、放心して動かなくなってしまったりと裏では色々起きていたりします。

特別篇なのですから、このコーナーは無しでも良いのではないかと提案はしてみたのですが、マジックアワーにこのコーナーは外せないという製作サイドの強い意志により却下されてしまいました。解せぬ。

とりあえず、私が先にメールを読むのでスタッフから渡された原稿を受け取り目を通します。

 

 

「‥‥」

 

 

武内Pはメールの内容は検閲しておくと言っていましたが、本当にしてくれたのでしょうか。

プロデューサーとしての有能さは認めていますが、素で抜けている部分があるのでこういったメールを見過ごしてしまうのでしょうね。

音もなくこの原稿を斬り裂いたら、別のメールを回してくれるでしょうか。

いや、こんなこともあろうかとと用意されていた原稿のコピーを渡されるだけなので諦めましょう。

 

 

「早速、リスナーの皆さんからお便りが届いているみたいです。七実さん、お願いします」

 

「はい。ラジオネーム『ハチミツボーイ』さんからです。

前略サンドリヨンさま、マジアワです。はい、マジアワです」

 

「マジアワです」

 

読みたくない気持ちをアイドルとしてのプロ根性で抑え、誤魔化しながらゆっくり読み上げていきます。

 

 

「人類の到達点やアイドル史上最強等々様々な二つ名をほしいままにされている七実さま、次期ラ○ダー主演やアニメ声優等の幅広い分野でのご活躍にファンとしてとても嬉しく思います。

今後のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。

ありがとうございます」

 

「七実さんのファンって、こういうタイプの人が多いですよね」

 

 

私としては全く持って不本意ですがね。

公共電波の中でそんな言葉を口にするわけにはいかないので心の中に留めておきますが、もう少し普通で気さくなファンはいないのだろうかと思ってしまいます。

 

 

「そうですね。もう少し、フランクな口調でも構わないのですが。

さて、本題なのですが、七実さまの驚異的な身体能力や料理等各分野における万能さ、自身で武術の流派を起こしてしまうとデビュー1年未満とは思えないほど数々の伝説を打ち立てられていますね。

そんな伝説を持ち、超人的なイメージが定着している七実さまですが、実はかなり演技力が高いとお聞きします。

是非、七実さまの新しい可能性の扉を開く為にも、今までにない新しい七実さまを見せていただけると幸いです。よろしくお願いします。

これ、本当にやらないと駄目ですか?」

 

 

正直言って、これ以上の黒歴史増産は勘弁してもらいたいのですが。

公共の電波に乗れば、誰かが動画サイトにアップロードして削除依頼を出しても一生電子世界に残ってしまいますし。

そんな私の淡い願望を打ち砕くかのように、担当ディレクターは最高のものをお願いしますと言わんばかりに深々と頭を下げてきました。

 

 

「はい、そうですか。わかりました。

でも、今までにない私ですか‥‥正直、思いつきませんね」

 

「あの即興劇みたいなのはどうですか?」

 

 

ちひろ的には悩んでいるフォローしたつもりなのでしょうが、断崖絶壁から背中を強く押して突き落とすような最高に最悪なアシストでした。

あの人間讃歌を謳いたい魔王が広まれば、呟きのトレンドワード入りや最悪の場合流行語大賞にノミネートされる可能性もあります。

それだけは、絶対に避けたい所ですね。

 

 

「あの魔王をもう一度やれと?」

 

「悪くないと思ったんですけど‥‥えっ、はい、わかりました。

えと、スタッフの皆さんから七実さんの魔王は新しい感じがないので却下だと言われました」

 

 

マジックアワーの制作陣は私のことをそう思っていたのですね。

あの魔王をやらなくて済んだことに関してはお礼を言いたいくらいですが、それとこれは別です。

 

 

「これは後で、オハナシしないといけませんね」

 

「七実さん、魔王が出てきていますって!」

 

 

おっと、今は収録中でしたね。

仕事中に私情を優先してしまうのはプロ失格ですから、気持ちを切り替えて冷静にこのどうするべきか悩む状況を打破する方法を考えましょう。

人間だけが神を持つのです。今を超える力、可能性という内なる神を。

できないはずはありません。

 

 

「あっ、そうだ誰かの真似をしてみたらどうですか?」

 

「真似ですか」

 

 

誰かを真似するというのは見稽古を持つ私にとっては朝飯前なことなので、かなり良い解決方法だと思います。

ですが、問題は誰の真似をするという事でしょう。

 

 

「例えば、瑞樹さんや菜々さんとか」

 

「ああ、ちひりん星人みたいな」

 

「い、今、それを言う必要ありませんでしたよね!」

 

 

ちひろから即興劇ネタを振ってきたのですから、この返しは予想してしかるべきでしょう。

危うく人間讃歌を謳いたい魔王を公共電波に乗せて拡散する寸前だったのですから、これくらいの仕返しをしても許されるはずです。

例え復讐の女神が許さなくても、私自身が許します。

 

 

「決めました!私が独断と偏見で決めちゃいました!!

七実さんには、今から菜々さんのものまねをしてもらいます!」

 

「‥‥いいでしょう」

 

「‥‥えっ?」

 

 

菜々のものまねも下手をすると黒歴史ものかもしれませんが、それでも人間讃歌を謳いたい魔王に比べると私の心に与えられるダメージは少なく済むでしょう。

ここで悩んでやっぱり魔王でとなっては堪りませんので、覚悟を決めるしかありません。

 

 

「ええと、それでは七実さんで安部 菜々さんのものまねです。どうぞ‥‥」

 

「キャハ★右手に勇気を左手に涙を、心に愛を抱きしめ、ナナミ頑張っちゃいま~~す★

ナナミはナナミン島の出身なんですよ★‥‥えっ、べべ別に、無理して作ってないもん!!」

 

 

収録中なのに素で大爆笑しているちひろの姿を眺める私の今の気持ちを、最近ネット上で流行っている女騎士のテンプレート的なセリフを借りて述べるのなら。

『くっ、殺せ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、ちひろにもきちんと爪痕を遺していったマジメを乗り越え、ソロ曲の宣伝も終えて収録を成功させることができ、無事武内Pや制作陣とオハナシすることができたのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4月馬鹿遅刻番外編 魔法少女ピュアピュア☆

本来なら4月馬鹿に間に合わせるつもりだった番外編です。

本編と繋がらない並行世界の話となっています。
思い付きをまとめただけになっている為、設定等に矛盾を抱えていたり
なれない3人称視点で進行する為、文章がおかしな点があったり
する可能性がありますが4月馬鹿の名残として笑って流していただけると幸いです。


魔法少女ピュアピュア☆

 

第0話「交錯 ‐はじまり‐」

 

 

私達の住む地球世界とは大きく異なる位相に存在する世界ピュアセント・ワールド

そこに住む住人は穢れを知らぬ無垢で無邪気な魂の持ち主ばかりであり、誰もいがみ合うことなく、誰も傷つけあうことなく、平和で穏やかな日々を謳歌していました。

ピュアセント・ワールドには特に純粋度の高い動物達の魂(ピュア・ソウル)を祀った神殿があり、その煌きによって住人達は闇に怯えることなく、まどろみのような優しい日々を過ごしていたのです。

 

そう、運命の悪戯とも思えるあの日までは‥‥

 

 

「夢から覚めやがれッ!」

 

「おい、お前ら遊んでんじゃねぇ!」

 

 

突如繋がったソーシャル・ギアという別世界

ピュアセント・ワールドとは起源も、理念も、文化もありとあらゆるものが根底から違う2つの世界が衝突してしまうのは当然の事でした。

創生以来殆ど争いなく続いた優しい夢のような世界ピュアセント・ワールド、多種多様な生存戦争が繰り広げられてきた生きる為に戦い続けるしかないソーシャル・ギア、両者の世界が戦えば、どうなってしまうかなど地球世界の子供でも分かってしまうほど簡単です。

 

 

「や、やめてよぉ~~、わたしはお昼寝したのにぃ~~~」

 

「ふざけんな!そんな貧相ななりで昼寝なんぞしてみろ、化物共に食い殺されるぞ!」

 

「知らないよぉ~~」

 

 

その圧倒的、いえ比較することすら失礼になりそうな戦力差によってピュアセント・ワールドの住人達はソーシャル・ギアの兵士達に捕虜とされ、どこかへと連れていかれます。

見つかった者から老若男女関係なく連れていかれて帰ってきたものは一人もいません。

女の子達が花冠を作ったりいていたお花畑も男の子達が追いかけっこをしたりしていた原っぱも、泥に汚れた軍靴や軍用車のタイヤによって無残に踏み荒らされ、今では無機質で冷たい前線基地や陣地が構築されていました。

誰かが言いました。『終わりの始まり』だと。

2つの世界が繋がって数ヵ月、ピュアセント・ワールドの王族とソーシャル・ギアの首脳部との交渉が決裂して半月で地球世界と同じくらいの広さを持つピュアセント・ワールドの大地の2/3は奪われてしまったのです。

今や過去の姿を保っているのは伝説のピュア・ソウルが祀られているフィラン大神殿のある王都 ピースロウンとその周辺都市位でしょう。

 

ピュアセント・ワールドの王族達は驚きました。

どうして意見がわかれただけでこんなことになってしまったのか、お互い『ごめんなさい』と謝ってから手を取り合い仲良くして終わりではないのかと。

 

ソーシャル・ギアの首脳部は驚きました。

自分達の意見を譲らず交渉の余地のない子供のような精神に、自分たちが訴える脅威について理解しようともしない思慮の足らなさに。

 

どちらの主張が正しく、間違っているなど誰が決められるでしょうか。

両方の世界もそれまで自身が正しいと信じていた世界の理に従ったために起きた事件。

この物語は、そんなピュアセント・ワールドから始まります。

 

王都 ピースロウンにある王城 ラダイス城、妖精達の住まいそうな自然と人工物が芸術的なレベルで融合した廊下を女王 メルプルは息を切らせながら走っていた。

ふんわりと広がる髪に透き通るような肌、碧と蒼の虹彩異色(オッドアイ)、国民の造ったお酒を片手にいつも笑顔を浮かべている彼女からは想像もできないような切羽詰まった顔は、ピュアセント・ワールドの追い詰められた様を如実に表していると言えるだろう。

目的の部屋の前に到着したメルプルは扉を開き、部屋の主である少女に命令する。

 

 

「アプリコット!今すぐ、フィラン大神殿に行くのです!」

 

「えっ、何で?リコ、面倒くさいことはいやなんだけど‥‥」

 

 

ベッドの上で愛用している桃色兎(カエダーマ)のぬいぐるみを抱きしめて欠伸をしながら少女 アプリコットは面倒くさそうだという態度を隠そうともせずに女王に言い放つ。

無造作に広がる淡い金髪、横方向に長く伸びた耳、緊張感の欠片も感じられない緩み切った表情は今が生存を賭けた戦争中とは思えないほど暢気である。

ピュアセント・ワールドでも長命種である彼女は、時折王族の考えに意見を述べたり、指摘したりして国家運営の一役を買っていた人物であり、今回の戦争の引き金を引いてしまった1人でもあった。

 

 

「だいたいさぁ、アッチも捕虜は丁重に扱うっていってるしさ‥‥降伏しちゃってもいいんじゃない?」

 

「それはダメです‥‥我々ピュアセント・ワールドの住人達が純粋さを失えば、この世界は消滅してしまいます」

 

「えっ、マジ?」

 

 

ご意見番的役割を果たすとき以外基本的に王城の私室でぐうたらな生活をしているアプリコットは知らなかったが、メルプルの真剣な表情が事実だと述べていた。

めんどくさがりなアプリコットではあるが、生まれ育った世界に愛着というものは一応持っており、流石に今は面倒くさいとか言っている場合ではないと悟る。

表情自体は緩み切ったままであるが、その瞳には先ほどまで感じられなかった強い意志の光があった。

 

 

「で、リコは何をすればいいわけ?」

 

 

欠伸を噛み殺しながらベッドから降り、メルプルにそう尋ねる。

 

 

「フィラン大神殿に行き、伝説のピュア・ソウルと適合する少女ピュアピュアを探すのです。

この世界の危機を幾度となく救ってくれた彼女達であれば、我々を救ってくれるかもしれません」

 

「うわぁ、責任重大だぁ~~‥‥そんな大役、女王がすればいいじゃん」

 

「私は、もう一度かの者たちと話し合える機会を探します。この命を賭しても」

 

 

己の不徳の致すところで現在の危機を招いたことを実感しているメルプルは、ソーシャル・ギアからその首を要求されれば喜んで差し出すだろう。

そうでなくても、一時的な平和が訪れるなら自身の命を捧げる、そんな強い覚悟と凄みがあった。

 

 

「‥‥わかったよ。リコは、あんまり頑張りたくないからさ、さくっと見つけてきて後は任せるからね」

 

 

女王の覚悟を感じ取ったアプリコットは溜息をつきながらそう言い残し、自室の窓から飛び降りていった。

 

 

「はい、期待していますよ。‥‥私の最後の希望、こんなダメな母を許して頂戴ね」

 

 

 

 

nyanyanyanya、nyanyanyanya

寝室に目覚まし時計の音が鳴り響くが、少女は起きる様子はなく、寧ろ布団の中にうずくまり徹底抗戦の意志を示す。

あたたかな春の陽気に満ちた室内、自身の体温で程良い温度になっている布団、誘惑に弱い少女の意志では抜け出すことが敵わぬ魔性の組み合わせだった。

機械仕掛けであるが為空気を読むことができない目覚まし時計が覚醒を促し続けるが、そんなことなどお構いなしに少女は二度寝の態勢に入ろうとする。

まどろみの心地よさに浸りながら、再び眠る。これは陳腐な言葉では表現しがたい、至福の快楽である。

しかし、そんな至福の時が長く続くなどあり得ない。

 

 

「コラぁ~~~!何二度寝しようとしてるの!」

 

 

部屋の扉が開け放たれ、現れた真新しい美城高校の制服に身を包んだ少女が現れる。

意志の強そうな目つきに赤いフレームのメガネが良く似合い、面倒見の良さそうな雰囲気を漂わすその立ち姿はその役職でなくても委員長と呼びたくなる何かがあった。

そんな少女、前川みくは徹底抗戦意思を示す少女の布団を力づくで引きはがす。

布団という名の鎧を引きはがされ、更にはカーテンを開けられた窓から入る眩い太陽の光によって、二度寝しようとしていた少女の意識は強制的に覚醒へと促される。

 

 

「うぅ~~‥‥とても、眠いです」

 

 

石膏(アラバスター)のように美しい肌、太陽の光を受けて煌く銀髪、淡い青色の瞳、どれもが日本人では持ちえない美しさがあった。

アナスタシア・カリーニナ、アーニャと呼ばれる彼女はロシアからの留学生であり中学の頃から前川家にホームステイしている。

まだ焦点の定まっていない目をこすりながら、起こしに来たみくの持つ布団へと手を伸ばす。

 

 

「だ・か・ら、あれほど星を見るのはほどほどにしておくように言ったでしょ!」

 

「昨日は、とてもたくさんの『流れ星(メテリオート)』が見れたんです」

 

「ああ、だからちょっとうるさかったんだね」

 

 

伸ばされた手から布団をさらに遠ざけ、襟首を掴んで立たせると起こしに来たみくは母親のように小言を言いながらパジャマを脱がせて制服を着させ始める。

この2人は一応同い年であるのだが、傍から見ると親子にしか見えないやり取りであり『前川さんとこのミニ親子』として近所でもそこそこに有名であった。

 

 

「今日は入学式なんだよ‥‥寝坊したら大変だってちゃんと言ったのに‥‥」

 

ごめんなさい(イズヴィニーチェ)

 

 

アーニャが謝罪すると、みくもそれ以上は何も言わず慣れた手つきでブレザーを着せていく。

 

 

「はい、後は自分でちゃんと確認しなよ」

 

ありがとう(スパシーバ)、ミク』

 

 

何だかんだ言っていつも甘やかせてくれるみくに心からのお礼を言った後、部屋にある鏡で微調整をして昨日の内に用意していたカバンを手に取った。

 

 

「ほら、はやくしないと朝ごはん冷めちゃうし、お母さんに怒られるよ」

 

「Aaa‥‥それはコワいです」

 

 

みくの母親である前川菜々は、一児の母親とは思えないほど若々しく、笑顔が素敵と有名であるが一度怒らせてしまうとかなり怖い肝っ玉母ちゃんなのである。

そんな母を怒らせてしまったりすると、後でどんなことをされるか分かったものではない。

慌てて駆けだそうとしたアーニャであったが、大事なことを思い出したように足を止め、みくを呼び止める。

 

 

『ミク、おはよう(ドーブラエ ウートラ)

 

 

とても優しく純粋な笑顔は、同性でも思わず見とれてしまうような美しさがあった。

 

 

「うん、おはよう。アーニャ」

 

 

 

 

今年は早咲きだった桜の舞い散る通学路をみくとアーニャは2人揃って歩いていた。

アーニャは日本にホームステイをしだして3年以上になるが、それでも春のわずかな期間にしか見ることのできない、桜並木が作り出すピンクのカーテンに見惚れているようでみくの袖を引きながら興奮したように指をさしている。

まるで初めて見たような反応を示す親友の姿を微笑ましく思いながら、みくはおろしたての制服が伸びてしまわないよう歩調を合わせながら歩く。

入学式が始まるまでにはかなりの時間があったが、アーニャが『花見をしながら行きましょう』と言い出した為、予定より早く家を出ることになったのである。

あれだけ二度寝しようとしていたのに、満開の桜を見た途端にこれなのだから現金なものだ。

 

 

「『(ヴィーシニャ)』‥‥さくらですよ!『綺麗(チーストィ)』!とても、きれいです!」

 

「去年も一緒に見たでしょ、もう。あと、そんなにはしゃいでると危ないよ」

 

「‥‥ミク、ノリが悪いです」

 

 

一緒にはしゃいでくれないみくの歳不相応な落ち着きにアーニャは不服そうに頬を膨らませる。

しかしそれは、ホームステイが開始されてから3年以上、よく言えば天真爛漫、悪くいってしまえばフリーダムなアーニャの面倒を毎日のようにみてきた結果なのだ。

2人揃って行動し続ける限り、この関係性は変わることがないだろう。

 

 

「私達、今日から高校生なんだからね。もうちょっとお姉さんらしく振舞わないと」

 

「アー、アー‥‥聞こえません」

 

 

もう少し落ち着いた行動を心掛けるようにという言葉に対し、アーニャは耳を塞いで聞こえないふりをする。

今時小学生でもあまりしないようなその行動に、みくはあきれたような、しかたないなというような様々な感情が入り混じった複雑な表情を浮かべた。

この子供のような純粋さがアーニャの魅力だということはわかっている。

でも、教室焼肉事件を筆頭に、かくれんぼ山狩り事件、T.○.Rごっこ(巨大台風)事件等何かを起こす度に毎回巻き込まれる身からすれば、口煩くそう言いたくなるのも当然だろう。

数々の事件の中には命の危険を感じたものがいくつかあり、反省はすれど後悔はしていないアーニャとは何度も喧嘩に発展したこともあった。

 

 

「あっ、何か落ちてます!」

 

「だから、走らないの!まったく、もう!」

 

 

話題を切り替えるように道端に落ちていた何かの下に走っていくアーニャに溜息をつきながら、みくもその後を追う。

目を離すと何をしでかすかわからないので、常に視界の中に納めておかなければ大変なことになることは間違いないだろう。

中学時代は所属こそ天文部であったが、短距離走で度々陸上競技の大会で入賞しているアーニャの身体能力を甘く見てはいけない。

そんなことを考えるみくであったが、そのアーニャを追い回している内に培われた脚力は相当なもので特に跳躍力が高く、走高跳では1m73とかなりの好成績を収めており、2人揃って美城高校陸上部に目をつけられていることをまだ知らなかった。

 

 

「かわいいです♪」

 

「うさぎ?」

 

 

落ちていたのは兎をモチーフにしたと思われる桃色のぬいぐるみであった。

道端に放置されていた為か汚れてしまっていたが、特に破れている様子はなく十分に使えそうである。

 

 

「落とし物かな?」

 

「届けてあげましょう。きっと、持ち主の子、泣いてます」

 

「そうだね。時間もあるし交番によってから行こうか」

 

はい(ダー)

 

 

アーニャがぬいぐるみを持ち上げると腹部のポケットから白とピンクの宝石のようなものが落下した。

落として傷つけたり、割ってしまったりしていないか確認する為にみくはピンクのアーニャは白い宝石を拾い上げる。

太陽に翳してみて確認したが特に傷等は入っていないようで、宝石は魅入られてしまいそうなほど美しい輝きを放っていた。

 

 

綺麗(チーストィ)

 

「‥‥これって、本物かな」

 

 

人工的に造られた宝石では決して出すことのできない本物の輝きは、宝石に関する知識が殆どない2人でも頭ではなく心で理解させられる。

時間の事を忘れて、うっとりと宝石を眺め続けていたがあることに気が付いた。

 

 

「あれ、この宝石の中にねこちゃんが見える」

 

「私のは『(サバーカ)』です」

 

 

最初は見間違いかとも思ったが、確かに宝石の中に猫や犬の姿がはっきり見えるのである。

高校生になったばかりでまだまだ知識は多くない方ではあるが、それでもこの宝石が普通ではありえないものということはわかった。

 

 

『えっ、マジ?適合者!?』

 

「アーニャ、何か言った?」「ミク、何か言いました?」

 

 

突然聞こえてきた声に2人は互いの顔を見合わせますが、口から出てきた質問は同じものだった。

次に周囲を見回すが、桜並木にそって造られた道は時間が早いので人影はまばらにしかなく、少なくとも今のようにはっきり聞こえるような位置に人はいない。

では、どこから声が聞こえたのであろうか。

 

 

『こっち、こっちだって』

 

 

再び声がして、その方向に顔を向けると声の発生源はアーニャの持っているぬいぐるみだった。

 

 

「な、なにこれ!」

 

素晴らしい(ハラショー)

 

 

突然しゃべりだしたぬいぐるみに対する反応は正反対で、みくは危険なものを見つけてしまったかのように距離を取り、アーニャは更に目を輝かせてどこから声が出ているのかを確かめようとぬいぐるみを引っ張ったり、耳を当ててみたりしている。

感触は一般的なぬいぐるみと変わらず、中にスピーカーなどの機械類が入っている様子もなく、布と綿でできたぬいぐるみでしかない。

なのに、このぬいぐるみは喋ることができる。人並み以上に探求心が強いアーニャにとって、このぬいぐるみは何が出てくるかわからないビックリ箱のような楽しい未知であった。

 

 

「『不思議(チュード)』‥‥不思議です。とても不思議です♪」

 

「アーニャ、あんまり変なものを触っちゃだめだよ!」

 

『ねえ、そろそろいいかな?』

 

 

アーニャの探求心の赴くままにされていたぬいぐるみであったが、流石に黙っているのにも飽きたのか再び喋りだす。

布と綿でできたぬいぐるみの特性を活かして、骨格を持つ生物ではありえない方向に身体を捩じりアーニャの手から抜け出し、地面に降り立った。

きちんと整備された歩道の上に薄汚れたぬいぐるみが自力で立つその光景は、ちょっとしたホラー映画のワンシーンのようにも見える。

そんな非日常極まりない光景を作り出しているぬいぐるみは、宝石を握ったままの2人に尋ねた。

 

 

『面倒くさいから前置きは省略するけど、魔法少女になってくれない?』

 

はい(ダー)』「いいですよ」

 

「安請け合いしないの!って、魔法少女って何?」

 

『ありがと、じゃあ2人は今日から魔法少女ピュアピュアね。リコは妖精 アプリコット、今後ともよろしく』

 

「だから、人の話をきけぇ~~!!しかも、凄い恥ずかしい名前だぁ~~!!」

 

 

こうして生まれた魔法少女ピュアピュアは、ピュアセント・ワールド消滅の危機を救うことができるのだろうか!

 

時を同じくして地球に降り立ったソーシャル・ギアの軍人達、果たして彼らの目的とは!

 

そして、地底から突如現れた未知の脅威が地球を襲う!

 

新番組 魔法少女ピュアピュア☆

201X年1月2X日朝8:30より、美城放送他にて放送開始!

 

 

「「私達は知らなかった‥‥世界の広さを、生きるという意味を‥‥」」

 

 

 

 

 

 

「えっ、これって何ですか?」

 

 

流れていた映像が終わり、私は素直な感想を述べます。

昼行燈と専務と共に現在制作中の作品のPVを確認するとのことでしたが、本気でこれを放送する気なのでしょうか。

正直言って名前がピュアピュアなのに、全然ピュアな要素が感じられないのですが。

楓や双葉さんを始め、とときら学園に出演していたメンバーが演じるピュアセント・ワールドの住人達は見ていて可愛らしく、和みました。

ですが、その後に出てきた交錯したソーシャル・ギア、あれは駄目でしょう。

どこからあんな役者を確保したのかわかりませんが、あんな硝煙と血の香りを纏っていそうな何処の軍人だと言いたくなる屈強な筋肉の塊達、下手をしなくてもトラウマものですよ。

ファンタジーとリアルがごちゃごちゃになり過ぎて、重火器で武装した無骨で近未来的な戦闘用装甲服(アサルト・アーマー)がメルヘンな背景の中を歩いている様子は超現実主義(シュルレアリスム)の絵画を見ているような気分になりました。

確かに最近は子供達も辻褄が合わないご都合主義よりも、設定の細かい現実的な話を好むようですが、それでもこれは極端に行き過ぎでしょう。

前川さんとカリーニナさんの最後の台詞も不安を煽りますし、これ下手すると年齢指定はいりませんか。

日曜日のスーパーヒーロータイムの枠にこんな危険物を突っ込んだら、日本全国のお茶の間の良い子が号泣しますよ。

 

 

「悪くないな」

 

「専務!?」

 

 

正気ですか、頭大丈夫ですか、病院行っときますか。

あの舞踏会以降色々な柵から解放されたようで、まるで憑き物が落ちたかのようにアイドル達の活動に対して寛容になりましたが、これこそ白紙に戻すべきでしょう。

もうこんなPVができてしまっている以上は、7割方製作も終えており、決して少なくない費用が掛かっているはずなのでそれは難しいかもしれませんね。

ですが、原案が出た段階で誰か止めましょうよ。

同席していた制作陣の方を見ますが、普段からきつく厳しい専務の好印象な言葉に声こそ出していないものの狂喜乱舞という感じでスタッフ同士で熱い抱擁や握手を交わしていました。

何が何だかわかりませんが、こんなの絶対おかしいでしょう。

しかし、そんな私の思いとは裏腹に専務は満足した様子で再びPVを再生し始めます。

本当に気に入ったんですね、ピュアピュア。

 

 

「この部分だが、これは何かの伏線か?」

 

「はい、ここは今後の展開における‥‥」

 

 

途中途中で映像を止めて制作陣に質問をする専務を見て、私はこの企画が世に出てしまう無常さに打ちひしがれます。

世間には伝わっていませんでしたが、今回のピュアピュアの戦闘シーンで弟子2人が虚刀流を使ってネット上で騒がれる光景が目に浮かびますね。

というか、あの2人は自分達のユニットは良いのでしょうか。

シンデレラ・プロジェクトがシンデレラ・ガールズと呼ばれるようになり、ユニット単位ではなく個人での活動が多くなったり、別の新規ユニットを組んだりしていますが、それでも最初のユニットというものは大切なはずです。

その辺を聞くためにも今夜あたり妖精社に誘うとしましょう。

まったく、明日には幸子ちゃんと一緒に北欧で3m級のヘラジカを手懐けに出発しなければならないというのに、精神的に疲れるようなことはやめてほしいのですね。

私が頑張らなかったら、幸子ちゃん1人で珍獣○ンターのようなことをしなければならなくて涙目になってしまうではないですか。

視聴者的にはそんな姿が見たいのかもしれませんが、あまり追い詰め過ぎては可哀想なので私が防波堤と成れるのならやるしかないでしょう。

まあ、ヘラジカくらいだったら特に戦闘なく手懐けられるでしょうし、現地の小動物を懐柔すれば広大な自然の中をむやみやたらに探し回る必要もなくなり、極寒の中キャンプする必要性もなくなるはずです。

アイドルは身体が資本ですから、最近バラエティ・アイドルとしてあの天海春香と並び称される程に有名になってきた幸子ちゃんにもしもがあっては大変ですから。

 

 

 

この魔法少女ピュアピュア☆が今後どうなるかわかりませんが、折角の弟子達の主演作品なのですから上手くいくことを祈りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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人生とは心の描いたとおりになる

もう少しだけオリジナルな話が続きます。ご了承ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

久しぶりのサンドリヨンでの活動でマジックアワーに出演したのですが、まあ色々ありまして大火傷しましたよ。

あの放送の後、私のスマートフォンには数秒毎に菜々から恐ろしい数の着信がありました。

恐る恐る対応するとガトリング砲も真っ青な連射速度で色々言われましたよ。

妖精社かどこかで飲んでいたせいかあまり呂律が回っていませんでしたが、とりあえず私の真似に対してかなりご立腹だったようです。

今度、菜々の好きなウサミン星(千葉県)産のピーナッツをふんだんに使った料理を作るという和平交渉によって概ね合意を得られましたが、酔っ払い相手の交渉だった故即日撤回もあるかもしれません。

個人的には菜々の特徴を活かした熱演だったと思うのですが、真実は時として悪意に満ちた嘘よりも鋭く人を斬りつけますから、もう少し配慮するべきだったのかもしれませんね。

私はその場の雰囲気に流されてやらかすことが多いので気を付けているつもりなのですが、前世から引き継がれている性格の矯正は容易ではありません。

本格的に精神改造をすれば不可能ではありませんが、それはもう渡 七実ではなく、その皮を被った別の誰かでしょう。

 

 

「七実さん、お肉はこんな感じでいいですか?」

 

「そうですね、それくらいでいいでしょう」

 

 

ミンチのイメージが強い為か、ちひろの見せてきたお肉は若干叩きすぎな気もしますが、これくらいなら十分誤差の範囲内でしょうから問題ないでしょう。

しかし、もしかしたらとは思っていましたが本当に参加してくるとはちょっとビックリですよ。

私は現在、佐久間さんと出演する料理バトル番組の予行練習として作る料理の手順等を確認しています。

今回の課題はハンバーグであり、レシピも『師匠にお任せします』と言われたので私の一押しレシピを用意しました。

それで、本番で手間取ったりしないように一度通しをしようという話になり、佐久間さんの強い要望でプロデューサー達に味見役をしてもらおうということになったのです。

佐久間さんが麻友Pにそういった感情を抱いているのは把握していますし、アイドル活動中は現状維持に努めると言質はとっていますので、特に邪魔をする必要はないと判断し了承しました。

麻友Pのみを招くと事実なので邪推ではないですが2人の立場に影響が出かねないので、それを誤魔化す為に私のプロデューサーである武内Pも味見役として誘ったのですが、そこでちひろに食いつかれたのです。

他意はないと明言しているのですが、武内Pの好物であるハンバーグ、それも一番反応が良かったレシピで誘うのはずるいと言われ、もう色々と面倒くさかったので手が空いているのなら一緒に作りますかと誘いました。

本来なら佐久間さんにも承諾を得る必要があったのですが、その時は面倒くささが勝ってしまったのです。

事後承諾になってしまいましたが『まゆは、恋する女の子の味方ですから』と快い返事をもらえ安心しました。

ただ『まゆのプロデューサーさんに手を出すなら別ですけど‥‥』と可愛らしい笑顔で宣言された時には、麻友Pに頑張れと心の中で今後の健勝と多幸を祈りましたね。

 

 

「師匠、この後はどうします?」

 

「小麦粉や塩胡椒、大蒜と生姜のすりおろしを入れて、握りこむように混ぜます」

 

 

佐久間さんの方も肉の粒が残っていていい感じに肉を叩けたようで、これなら次のステップに進んでもいいでしょう。

今言った材料達を叩いた肉の入ったボウルに投入し、手のひらを使って握りこむように混ぜていきます。

美味しく仕上げるにはこの工程でしっかりとむらが無いように混ぜ合わせる必要があるので気は抜けません。

私の場合はこれさえも見稽古で習得した肉の混ぜ合わせスキル(熟練)によって、最小限の労力で最高の状態へと仕上げることができます。

ちひろと佐久間さんも私の動きを真似します。動きに若干の硬さや力みが見られますが、自炊をしていることもあって筋はかなりいいですね。

一応、もっとこうした方が良いというアドバイスはしておきましたが、数をこなせばすぐに追いついてくるでしょう。

よく漫画とかで愛の力が主人公達の思わぬ潜在能力を覚醒させたり、限界を超えた不可能を可能にしたりすることがありますが、現実でも同じことは起きるのだと知りました。

まあ、それを口に出してしまうのは野暮ってものでしょうから黙ってお肉をこねましょうか。

普通のハンバーグは市販のミンチを使ったりしますが、私の特製ハンバーグは切り落としの肉を手間暇かけて自分でミンチします。

肉の繊維をばらばらにし過ぎてしまわないように、繊維に対して垂直や平行に包丁を入れてみじん切りにしてから叩いてミンチにしていますので、程良く残した粒状の肉が食べた時の食感のアクセントになってくれて通常のハンバーグとはまた違った食感になってくれるのです。

感じとしては粗びきソーセージが一番近いかもしれません。

今回は脂肪分の少ない首や肩の赤身部分と脂肪分の多いサーロインのみを使っていますが、他の部位やホルモン類も混ぜても美味しいですね。

ただ、肉の比率を間違えてしまうと硬すぎたり、脂っこくなったりしてしまうのでこればかりは経験に基づいた勘等による見極めか、私のようなチートを持たなければ難しいでしょう。

しっかりと粘りが出たらフライパンを強火にかけて牛脂を溶かします。他の油でも代用できますが、今回は良いものが確保できたのでこれでいきます。

ここからは無駄な時間をかけていられませんので、一気に仕上げに入ります。

 

 

「遅れないでくださいよ」

 

「「はい!」」

 

 

ハンバーグのたねを両手で上下にたたきつけてしっかりと空気を抜きます。

これを中途半端にしてしまうと膨張による型崩れで、折角の肉汁を流失させて美味しさが格段に落ちてしまいますから。

リズミカルに、スピーディーに、料理もダンスと同じで一連の動作を無駄なく、流れるようにこなせるかが重要なのです。

ちひろと佐久間さんもしっかりと付いてこられているようなので、もう一段階スピードを上げても大丈夫でしょう。

今回は、急遽味見役希望者が増えてしまったので相応の数を作らねばなりません。

 

 

「わかる。みくには、わかるにゃ。あのハンバーグにどれほどの美味しさが詰まっているか!」

 

女教皇(プリエステス)の創りしものは全て極上の美味、なれば暴食の罪を犯すことを躊躇わぬ!

(七実さんのお料理は全部美味しいから、食べ過ぎちゃうかもしれません♪)」

 

「当然でごぜーます!七実ママの手にかかればピーマンでも美味しくなりやがりますから、ハンバーグがおいしくない訳ねーでごぜーますよ!」

 

「楽しみだな~~、楽しみだな~~」

 

「ああもう、待ちきれないぃ~~!ねぇねぇ、七実さまぁ~~早く焼いてぇ~~~!」

 

 

武内Pと一緒にプロジェクトルームで暇そうにしていたメンバーを誘ったところ、前川さん、神崎さん、赤城さん、城ヶ崎妹さんの4人が味見役を希望し、仁奈ちゃんも仕事の予定がなかったので連れてきました。

カリーニナさんや本田さんも食べたいと言っていましたがデビューライブを明後日に控え、最終調整のレッスンが入っている為この場にはいません。

一応、シンデレラ・プロジェクトのメンバー全員分の量を作れるだけの食材はポケットマネーで確保しておきましたから、たねを冷凍保存して渡してあげましょう。

冷凍したことによって多少味が劣化してしまうことは否めませんが、それでも安売りされている冷凍食品とは比べものにならない味であるとは保証します。

 

 

「なあ、武内。あれって、あのハンバーグか?」

 

「実際に料理をされている姿を見るのは初めてですので断言できませんが、恐らくは」

 

「あれを出来立てか‥‥これなら朝食を抜いてくるんだったな」

 

「朝食は重要だと言いたい所ですが、今ばかりは同感です」

 

 

どうやら、麻友Pもこのハンバーグについて知っているようですね。武内Pが分けてあげたのでしょうか。

同期で同じアイドル部門に勤めていますから、うちの部署の真壁同様に親しい付き合いをしているのでしょう。

同じプロデューサーということでアイドルの育成や売込み路線についての相談や、営業先の様子や傾向といった情報交換もこの業界においては有益ですから。

今回の料理バトル番組の審査員は男性比率が多い為、男性受けするようなガツンと肉を前面に出した仕上がりにしていますから、食に関心のある武内Pや無類の肉好きらしい麻友Pには堪らない一品でしょう。

チート全開で人数分のたねを形作ったら、最後のアクセントとして表面に粗びき胡椒を振りかけます。

幼少組には少なめに、前川さんや佐久間さん、ちひろの分は適量、武内Pや麻友Pのものは気持ち強く利かせる感じで分けておきます。

 

 

「さて、焼きますよ」

 

 

たねをフライパンに並べると、強火で温めていたのでじゅうじゅうと聞いているだけでお腹が空くようないい音と肉の焼ける食欲を直撃する香りが調理室に漂いました。

換気扇は全て最大稼働させているのですが、それでも完全ではありません。

 

 

「あっ、これマジでやばいわ」

 

「直ぐ焼きあがりますから、待っててくださいね。プロデューサーさん♪」

 

 

肉の香りに敏感に反応した麻友Pが待ちきれないように貧乏ゆすりを始め、それを見た佐久間さんが嬉しそうに伝えます。

ハンバーグは焼き加減が重要なので火から目を逸らすとは何事かと言いたくなりましたが、懸想する人に自身の精一杯の手料理を食べてもらいたいという気持ちで溢れた優しくも美しい笑顔を見ると毒気が抜かれました。

 

 

「焼き色がついてきたらひっくり返して、弱火にして蓋をして蒸し焼きにします。焦げ付かないように時々様子を確認するように」

 

「「はい!」」

 

 

さて、蒸し焼きにしているこの間に簡単なつけ合わせを用意しておきましょう。

今回のコンセプトは肉を食べさせる男向けハンバーグですから、そのつけ合わせはハンバーグのサポート的役割を重視します。

最初は薄くスライスした生の玉ねぎです。

このハンバーグには炒めた玉ねぎを入れていませんので、後からこの玉ねぎを乗せることでシャキシャキとした食感を追加し、生の辛みで肉汁がくどくなりすぎることを防いでくれるでしょう。

後はクレソン等の葉野菜やトマトを使った簡単なサラダで栄養バランスの偏りを抑え、少し甘めに仕上げたドレッシングとトマトの酸味、クレソンのほろ苦さで口の中をリセットする箸休めをしてもらいます。

これにご飯が加われば、殆ど隙のない布陣と言えるでしょう。

より完璧にしたい方がいらっしゃるのなら、ここにお好きなスープをつけ足されても良いかもしれません。

 

 

「師匠、いい感じに焼けてきましたよ」

 

「皿に移したら、残った肉汁でソースを作ります」

 

 

今回は肉の味を引き立てるために濃い目のソースではなく、醤油ベースのあっさり系に仕上げましょう。

醤油とみりんと料理用酒を適量いれて少し煮詰めたら、最後にレモン果汁を入れて味を引き締めて完成です。

特製 男の為のがっつり和風ハンバーグです。

 

 

「はい、完成です」

 

「こっちもです!」「まゆもですよ!」

 

 

焼きあがったハンバーグにソースをかけて、試食者達の前に並べるとみんなハンバーグに釘付けになっていました。

早く食べたくて仕方ないという顔をされるのは作った者として、とても嬉しいですね。

つけ合わせも2つに分けて全員が取りやすい位置に配置して、私達も席に着きます。

 

 

「では、皆さん。いただきます」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 

平和な満たされた食事を思う存分楽しみましょう。

 

 

 

 

 

 

「美味しいにゃ!」

 

「魔に堕ちたる我を魅了する天上の美味!(とっても、美味しいです!)」

 

 

ハンバーグ好きを明言しているだけあって、前川さんと神崎さんは特に顔を綻ばせて全身から幸せですというオーラが発生しているようです。

こうして喜んでもらえると作った甲斐があったというもので、心の中がポカポカとあたたかくなってくるような気がしますね。

 

 

「七実さま、すっご~~い!コレ、お店のハンバーグより美味しいじゃん!」

 

「美味しいぃ~~、こんなハンバーグ初めてかも」

 

「前のとはちげーますが、こっちも美味しいでごぜーます!」

 

 

男性向けの味付けになっているので幼少組に美味しいと言ってもらえるかは少し不安でしたが、どうやら杞憂で終わってくれたようです。

しかし、いつ見ても年少組の無邪気で穢れを知らない笑みは癒されますね。

養子縁組はできないものかと3割方本気で思いますが、幸せな各家庭を壊してしまおうなんて思いはありません。

そんなことをしてしまえば嫌われてしまうことは目に見えてしまいますし、私の身勝手なエゴでこの笑顔を曇らせてしまえば意味がありません。

子供が欲しいなら自分で産むという方法も一応あるのですが、そんな相手もいませんし、前世を含めれば昼行燈と同年代位になりますから今更色恋沙汰に真剣になれる気もしませんね。

出産自体も肉体的には問題ないでしょうが、精神的には高齢出産に臨むようなものですから、そこまで頑張って産む必要はないかなという感じです。

 

 

「この肉がガツンと来る感じ‥‥これはご飯が進むわ。まゆ、悪いけど、ご飯のおかわり頼めるか」

 

「はい、大盛りですね♪」

 

「ああ、それで頼む」

 

 

佐久間さんの方は麻友Pのお世話に夢中で、このままではどこぞの馬鹿ップルの如くラブコメの波動を放つ固有結界を形成しそうなので近寄らない方が良いでしょう。

弟子の恋路を邪魔する師匠にはなりたくありませんし、私の精神衛生上良くありません。

しかし、恋する乙女は綺麗になるという言葉を科学的根拠の乏しい煽り文句だと勝手に思っていましたが、今の佐久間さんを見ているとあながち間違いではないのかもしれないと思います。

何故なら、今の佐久間さんの笑顔は普段の撮影よりも光り輝いて満たされているからです。

そういった笑顔は撮影の時でも発揮してもらいたいものですが、難しいでしょうね。

ちなみに、件の馬鹿ップルはというと。

 

 

「どうですか、武内君?」

 

「はい、この下手をすると主張が強くなり過ぎてしまう肉汁と脂を新鮮な玉ねぎの苦み、気持ちレモンを強く利かせた醤油ベースの和風ソースの酸味と塩気、そして脇に添えられた山葵の鮮烈な辛みが見事な調和を作り上げています」

 

 

いやいや、ちひろが聞きたいのはそんな食レポのような言葉ではなくて、もっとシンプルなものだと思うのですが、朴念仁で食に関心が強い武内Pにそれを期待しても無駄でしょう。

こういった返答は予想していなかったのか、ちひろの表情が一瞬固まりました。

周りに他のアイドルや同僚達がいる為、すぐに表情を穏やかなものに作り替えましたが、内心ご立腹間違いなしでしょうね。

頑張れ、ちひろ。先はまだまだ長いかもしれませんが、うかうかしているとライバルに掻っ攫われてしまいますからね。

さて、これ以上聞き耳を立てていると私の精神にクリティカルな砂糖空間の展開に呑み込まれてしまいかねませんのでやめておきましょう。

きちんと引き際を弁えてこそ一流ですから。

 

 

「皆さん、喜んでいただけたのなら何よりです」

 

「いや、渡係長の料理上手については知ってましたが、本当に手際が良くて美味しくて‥‥花嫁修業はバッチリですね」

 

 

今回の試食会に招待したことに対してのリップサービスのつもりなのでしょうが、どうしてこちらに振ってきたのでしょうか。

やめてください、佐久間さんの視線から急速に温度が失われつつあります。

大丈夫ですからね。互いにそんな気持ちなんて一切、欠片もありませんからね。

だから、その漫画のように盛られたご飯は適量まで戻しましょうか。

流石に食欲旺盛な成人男性で、ご飯が進むおかずがあったとしてもその量は多いを通り越して、もはや拷問レベルに達しそうですよ。

 

 

「褒めても残念ながらおかわりはありませんよ」

 

「いやいや、本当ですって。なあ、武内」

 

 

人が穏便に済ませようとしているというのに、どうして余計な方向に飛び火させたのでしょうか。

しかも、よりにもよって一番飛び火したら危ない火薬庫の方に。

話題を振られた武内Pは当初困ったようにいつもの右手を首に回すしぐさをして色々と考え込み始めます。

恐らく、誤解されず且つ私を傷つけてしまわないような言葉選びに悩んでいるのでしょうが、その沈黙の間にちひろの笑顔が恐ろしい雰囲気を漂わせ始めているので何でもいいので言ってほしいところですね。

別に私が良い嫁になるはずないと否定されたところで、それは事実なので傷つくことは一切なので安心して思ったことを言ってくれて構いません。

 

 

「そうですね。渡さんは、いい奥さんになると思います」

 

「‥‥ありがとうございます」

 

 

考えた結果がそれですか。

これなら、まだギリギリセーフなラインの筈です。だからと言って、猛烈なプレッシャーを感じるちひろの方に視線を向ける勇気は私にはありませんが。

お願いですから、本当に穏当に済まさせてください。

私が何をしたというのですか、今日は普通に仕事をして皆に料理をふるまってと善行しか積んでいないというのにあんまりではないでしょうか。

過去には色々とやらかしたこともありますが、その報いがこれというのならあまりにひどすぎます。

 

 

「そうでごぜーます!七実ママは良いお母さんなのです!

この前も一緒にお風呂に入って、髪を洗ってくれやがりました!」

 

「私も時々、お膝の上に乗せてもらってるよ」

 

 

火の粉による延焼被害が留まることを知らないのですが、これは悪気がなくともケジメ案件ではないでしょうか。

仁奈ちゃんと赤城さんへの甘やかしはやっている時は優しい気持ちで溢れていて幸せなのですが、こうして平常時に聞かされると恥ずかしいですね。

顔に集まる血液を何とか分散させようとしますが、自律神経を完全に掌握しきれていない為こうした不意打ち気味なことに対しては初動が遅れる分表情に出てしまいます。

とりあえず、誤魔化すように肉汁で少し汚れた2人の口を拭ってあげながら塞いで、これ以上の情報流出を防止します。

 

 

「えぇ~~、仁奈ちゃんもみりあちゃんもずるい!」

 

「わ、我が出遅れているとは!(ずるい!私もしてもらうもん!)」

 

「はいはい、2人共七実さんに迷惑になることはしちゃだめだよ。もう中学生のお姉さんなんだから」

 

 

これ以上連鎖反応を起こしたら、完全に手綱を握れなくなってしまう懸念がありましたからここで前川さんのセーブはありがたいですね。

 

 

「はい、お喋りはそこまでにしてさっさと食べますよ。折角のハンバーグが冷めてしまいます」

 

 

冷めても十分に美味しく仕上がっている自身はありますが、やはり温かいものは温かいうちに頂くのが一番美味しいのですから。

口を食べ物で満たしていれば、余計なことを言わせなくて済みますし。

私がそう促すとみんなわかってくれたのか、各々が残りのハンバーグを味わいはじめます。

 

 

「七実さん」「師匠」

 

「‥‥何ですか」

 

 

一応、場は沈静化したので空いた皿を片付けようとまとめていると私を挟み込むようにちひろと佐久間さんが立っていました。

今回の一件においては私の落ち度はなかったと思うのですが、ダメですか。そうですか。

 

 

「「負けませんからね」」

 

 

だから、私は2人と争うつもりなんて一切ありませんし、参戦する理由がありません。

何度も明言しているはずなのに、どうして私はこうも『敵対勢力』認定されてしまうのでしょうか。

確かに恋愛法廷や佐久間さんの恋愛講座で、恋愛ポンコツである私が無自覚でやらかしてしまった件についてはしっかり教えてもらい同じ失敗を繰り返さないようにしているのです。

そのおかげか、もう少しで恋愛ポンコツから脱却できそうなレベルに到達しました。

恋愛事に関しても見稽古が使えれば手っ取り早いのですが、こればかりはどうしようもありませんからこれからも地雷を踏まないように頑張るしかないでしょう。

美食万歳、一石二鳥、千里の道も一歩より

恋愛事に関わることなく平和に日々を過ごしたいものです。

 

 

 

 

 

 

「乾杯」

 

「えと‥‥乾杯です」

 

 

とりあえず頼んだものは粗方届いたので、乾杯をしました。

いつもの特大ジョッキにはビールではなく、烏龍茶が並々と注がれています。

今日のお相手は未成年であり、新田さんの時と同じようにまじめな相談事なのでアルコールなんて飲んでいる場合ではありません。

妖精社、この店で知り得た他のお客の情報を口外しないや撮影厳禁といった不文律を守ってくれる人ばかりなので、色々な相談事にもうってつけな店です。

異性且つ誤解されやすい風貌の武内Pに代わってシンデレラ・プロジェクトの相談役を引き受けるのも私やちひろといったサポート役の務めでしょう。

本日の相談者は、明後日にミニライブを控えた島村さんです。

不安や葛藤といったものを内側に溜め込んでしまいそうな島村さんから相談事があると言われた時には、気が付かないうちに事態はそこまで深刻化していたのかと心配しましたが、今の様子を見るに緊張状態ではありますが大問題になるレベルではなさそうなので安心しました。

 

 

「今日はすみません。七実さまもお忙しいのに」

 

「構いませんよ。やるべき仕事なんて午前中で終わっていますし、うちの部下は何故か仕事を任せると狂喜乱舞します‥‥変態達なので」

 

 

用事があるので仕事を少し回してもいいかと聞いただけなのに、目の色を変えて仕事を奪い合おうとする光景はちょっと引きました。

今後はあのような光景を生み出さない為に、もう少し部下に仕事を回すべきかもしれないと本気で思うくらいに。

 

 

「えっ‥‥その‥‥頑張るのはいいことですよね」

 

 

そんなことを聞いて必死にフォローの言葉を言ってくれる島村さんは、控えめに言っても天使ですね。

まあ、若干笑顔が引きつっていますが、可愛いは正義なので問題ありません。

さて、身内の失態を引き合いに出すことである程度島村さんの緊張もほぐれてきたと思いますので、人生相談ならぬアイドル相談といきましょうか。

特大ジョッキの烏龍茶を一気に飲み干して喉を潤し、口の滑りをよくしておきます。

 

 

「さて、私に相談があるとのことでしたが」

 

「は、はい!美波ちゃんから、不安なら七実さまが相談に乗ってくれるからと言われて」

 

「成程」

 

 

初舞台に不安を抱えている新田さんでしたが、やはりシンデレラ・プロジェクトの最年長だけあって周りのことにも良く気を配っているようですね。

抱え込み過ぎには気をつけなければなりませんが、こうして同じ仲間の立場からそっと背中を押すようなアシストは私達にもできないことなのでありがたいです。

明日あたりにでも少し時間を取って、初舞台前の不安を一回吐き出させておいた方が良いかもしれません。

 

 

「あの‥‥初舞台って、どうすればいいんでしょうか?」

 

 

えらく抽象的な質問ですね。

初舞台での緊張をほぐす心得なのか、それとも会場入りから関係者各位への挨拶順等の社会的なマナーを聞かれているのかで答えは大きく変わります。

思い込みで安易な答えを返してしまうと取り返しのつかない事態に発展する可能性が大きいので、ここは慎重に言葉の真意を探らねばなりません。

知ったかぶりとは少し違うかもしれませんが、相手を完全に理解していると思い込むことは傲慢以外の何物でもないでしょう。

 

 

「質問に対して質問を返すようで申し訳ありませんが、どうとはどういう意味でしょう?」

 

「あっ、すみません!わかりにくかったですよね‥‥」

 

 

しゅんと落ち込んだ私の庇護欲を絶妙に擽る島村さんを今すぐ抱きしめたくなる衝動を抑え込み、欲望を消火する為におかわりの烏龍茶を一気に飲み干します。

これ以上飲めば水腹は確実ですが、暴走してしまうよりはましでしょう。

 

 

「えと、明後日のライブで私もついにアイドルとしてデビューするんだって、夢が叶うんだって、嬉しくて‥‥嬉しくて仕方がありませんでした。

凛ちゃん、未央ちゃんとユニットを組んで、これから3人であの時よりももっとキラキラできるんだって。

でも‥‥大切な初舞台をアイドルとしてどうしたらいいのか、どうするべきなのかって考え始めたら、答えが出てこなくて‥‥」

 

 

舞台をアイドルとしてどうしたらいいかですか、正直言って考えたこともありませんでしたね。

かなり俗な言い方になってしまいますが、私にとってアイドル業=商業活動ですから自己に還元される利益を最大限に高める為に需要に応じた最高のものを提供していくだけなのです。

そうでなければ虚刀流を初めてとした黒歴史の拡散を許すものですか。

まあ、私自身もアイドル業を楽しんでいますが、アイドルに対して夢や憧れを通り越して現実的な側面ばかりを見た結果がこれですね。

そんな大人特有の割り切りめいた答えを真剣に思い悩む島村さんに返せるはずもなく、何と答えるべきか思い悩みます。

私を見る島村さんの表情は未来への不安とほのかな期待が入り混じっていて、下手をすると次の言葉で未来を確定させかねません。

一人の少女の夢であったアイドルとしての方向性を背負うなど、チートしている私にでも荷が重すぎます。

さて、本当にどうしたものでしょうか。

どっちの選択をしても後悔しかしないような気がします。

退くも地獄、進むも地獄ならば進むしかないでしょう。逃げ出した先に楽園なんてないのですから。

 

 

「どうしたらいいのかなんて考えなくていいのではないでしょうか」

 

「えっ?」

 

「アイドルをして嬉しいと思う、キラキラしたいと思う今の気持ちを忘れなければいいんですよ。その上で、何をしたいと思うか、そちらの方が大切だと思いますよ」

 

 

他の職業とは違いアイドルがなることなんて明確に定義されている訳ではありませんし、都合の良いように拡大解釈してしまえばやりたいことを何でもしていいのです。

それが行き過ぎてしまえばスカイダイビングやら動物とのふれあい(猛獣)といった、果たしてアイドルでやる必要があるのかというものに至ってしまいますが、それでもアイドル自身が楽しんでいればそれはアイドルのしてもいいことでしょう。

夢を諦めず、曖昧であっても自身の思いをしっかりと胸に抱いていれば、するべきことなんていくらでも後からついてきます。

それに、そうなるように私や武内Pがいるのですから。

 

 

「今の気持ちを忘れない‥‥」

 

 

島村さんは両方の手のひらを広げてその間にある何もない空間を見つめていました。

見稽古の所為で4色型の視覚を持つ私にも何も見えませんが、きっと島村さんには大切な何かが見えているのでしょう。

私は少しだけ身を乗り出して、島村さんの左胸に人差し指を置きます。

先に言っておきますが、これは決してセクハラとかそういったやましい気持ちは一切ない行動ですので、色々と邪推する方は少しオハナシしましょう。

 

 

「貴女の答えはここが知っていますよ。自分で自分を決められる、たった1つのものですから。

だから‥‥無くしては駄目ですよ」

 

「たった1つの‥‥」

 

 

少し誤魔化しが入ってはいますが、私が何を言ってもそれは私の主観に基づいた意見でしかないので、結局島村さんの答えは島村さんの心に聞くしかありません。

 

 

「諦めず、見失わず、自分の心に従っていれば、希望は生まれます」

 

「諦めず‥‥見失わず‥‥」

 

 

こんなことを突然言われてもわからないでしょう。でも、それでいいのです。

心というものは、自分の物であっても不思議で理解の及ばないところがある存在なのですから。

島村さんにはキラキラしたいと思った今の気持ちを忘れてほしくはない、そしてそれを失わないでいて欲しいというのは私の身勝手な望みなのかもしれません。

ですが、相談を受けた身なのですから少しだけ自分の我儘を入れても許されるでしょう。

私の言葉で島村さんが何を思ったかはわかりませんが、少なくともその表情から不安の色は殆ど見えなくなりました。

そんな、島村さんに我が国のとある企業の創始者である実業家の言葉を贈るなら。

『人生とは心の描いたとおりになる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の同時刻、美城プロのアイドル寮において前川さん達が持ち帰ったハンバーグのたねを巡って、後に『御土産大戦(スーヴェニア・プロブレム)』と呼ばれる寮全体を巻き込んだ大事件が発生しているのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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アイドルを辞めるというのなら、まずはそのふざけた発言を撤回させる

全体的にオリジナルな話となっていますが、今回より本格的にアニメ6,7話に入っていきます。


どうも、私を見ているであろう皆さま。

アイドル寮では私の作ったハンバーグを巡って、仁義なき戦いが繰り広げられ大問題になったそうです。

材料費を用意してくれるのなら、依頼されればいくらでも時間に都合をつけて作りに行くのですが、どうして人というものは今あるものを奪い合ってしまうのでしょうか。

この騒動で虚刀流を使おうとしたカリーニナさんにはきちんと説教しておきました。

まだ入り口にすらたどり着けていない触りの部分しか教えていませんが、それでも虚刀流のもつ殺傷力は看過できるものではありません。

その辺のところはカリーニナさんも十二分に理解はしているとは思いますが、いくら自身が最大限気をつけていたとしても事故というものは起こります。

ハリセン二刀流の前川さんがその溢れんばかりの戦意を挫いてくれた為、そんなことも起こる前に潰えました。

カリーニナさん関係では前川さんに負担を強いてしまっていますから、今度何かしらの差し入れでもして報いてあげる必要があるでしょう。

今度、私の家に招いて何か好きなものを作ってあげましょうか。

ですが、そうなると十中八九カリーニナさんや他のメンバー達が参加し始めて、最終的にシンデレラ・プロジェクトの全員参加とかになってしまいそうですね。

それも楽しそうなのですが、いつものメンバーも参加する可能性も考慮すると流石に私の部屋では難しいでしょう。

そうなると、どこかを借りることになるのですが、日程調整等を考えるとかなり先のことになってしまいそうですね。

それでは、意味がなくなってしまうので明日にでも特製弁当を作って渡しておきましょう。

 

 

「隙あり!」

 

 

意識が別のことに気が付いた脇山さんが喉にめがけて模造刀を薙いできました。

本来なら模造刀でも当たり所が悪ければ重傷になるこのような行為は危険過ぎると却下されるのですが、見稽古で能力を習得した後であれば次の行動を予測することは容易であり、問題ありません。

喉に迫る模造刀の鎬に手刀を当てて、自身の力は最小限に脇山さんの力を利用しつつ刃の軌跡を明後日の方向へと逸らします。

一般的に考えれば神業と言えるでしょうが、虚刀流としては技にするまでもない当たり前の技術の範疇に入るでしょう。

自分の力を利用されて思い切り振り抜いてしまい残心の取れていない脇山さんのがら空きの腹部に、傍から見れば鋭い蹴りに見えるように足を当ててそのまま回転させるように振り抜きます。

模造刀を振り抜いたことで体勢が崩れた状態にそれをさらに助長する大きな力が加わり、脇山さんは錐揉みしながら畳の上を転がっていきました。

転がりながらも模造刀を決して離さなかったのは、剣士としての意地でしょうか。

 

 

「はい、カット!」

 

「珠美殿ぉ~~!」

 

 

監督のカットの声と同時に私達の対決を固唾を呑んで見守っていた浜口さんが、回り過ぎたせいで軽く目を回している脇山さんの下へと駆けつけます。

ユニットを組んでいるだけあって、やはり心配なのでしょう。

アイドルとしてこれからである若き乙女の肌に傷をつけるような真似しないように最大限配慮していますが、そんな様子が一切見えないようにチート技術で誤魔化していますから。

きっと今の映像も脇山さんの模造刀を逸らして、空いた胴体を容赦なく蹴り飛ばしたようにしか見えないでしょうね。

 

 

「大丈夫ですか、珠美殿!」

 

「うぅ、目が回ります‥‥」

 

「大丈夫ですか?身体的なダメージが無いようには気を付けたのですが」

 

「はい、大丈夫です‥‥」

 

 

どうやら、思い切り回転をつけすぎたらしく脇山さんは立ち上がるのもままならず浜口さんに支えられていました。

この様子だと復帰までには時間がかかりそうですし、脇山さんには一度休憩してもらった方が良いかもしれません。

今日は参加できるメンバーも多いので撮影の順番を軽く弄れば問題なく続行することはできるでしょう。

監督達に視線を向けると私が言葉にせずとも言いたいことを察してくれたようで、無言で頷くと脇山さんに休憩を言い渡してスタッフを呼び集めて簡単な話し合いを始めます。

あの黒歴史を切欠に色々と絡みが増えただけあって、こういった風に効率よく進められるのは助かりますね。

監督達は美城所属ではないのですが、もうこのままうちに移籍してもらえたらありがたいので、昼行燈を通して交渉してもらいましょうか。

私も参加したい所ではありますが、流石にそこまで介入していくのは越権が過ぎるので自重しましょう。

なので、私も少し休憩しましょうか。

巫女治屋の主人によって完璧に仕上げられた虚刀流最終決戦装束は、虚刀流の激しい動きでも破れるどころかしなやか且つ美しく引き立ててくれます。

しかし、上衣は十二単をモチーフにしているためどうしても熱が内部に籠りやすいというのが玉に瑕ですね。

原作七花とは違い胸を覆う通気性最悪の晒も不快感に拍車をかけています。

やるからには原作の衣装を遵守したかったのですが、武内Pやちひろ達の強い反対によって却下されました。

隠していなくても胸が映ってしまわない動きはできるのですが、それでも事故というものは起きると言われてしまい晒を巻くことが妥協点となったのです。

 

 

「ふぅ」

 

 

休憩中なので晒を緩めて中に籠っていた熱気を逃します。

武内Pが見たら小うるさく注意してくるでしょうが、今はラブライカとニュージェネレーションズのデビューミニライブの方に同行しているのでその心配はありません。

うちの部下を利用してネット掲示板にミニライブの情報を流させておいたので観客0という事態にはならないでしょう。

それでも観客席を埋め尽くすような人数は集まらないでしょうが、ほぼ無名のアイドルユニットのデビューライブにしては破格の舞台を用意しましたし、武内Pも最高の舞台になるように何日も前から演出等を念入りに打ち合わせていましたから、きっと最高のデビューライブになるでしょうね。

今回の件で武内Pがシンデレラ・プロジェクトのメンバーに期待しているということは伝わってくれるといいのですが。

コミュニケーションを取るように勧めてはいますが、どうにもあのトラウマを払拭しきれていないようで成果は非常にゆっくりとしたものですね。

それでもプロジェクト指導当初よりはましになっており、私やちひろがそれとなく収集しておいた情報を基に会話を試みているようです。

今回のデビューライブが終わったら私と緒方さんの3人でゲームセンターに太鼓の達○をプレイしに行く約束を取り付けましたので、後は少しずつ進んでいけばきっと上手くいくでしょう。

色々と察しの良い前川さんや新田さんは、武内Pの不器用さに気付いておりそれとなく気を使っていてくれているようです。

 

 

「渡さん、監督が10分後から繰り上げで日野さんとのシーンを撮るそうです。ご準備を」

 

「はい、わかりました」

 

 

監督たちの話し合いも終わり決定事項をスタッフの1人が伝えに来てくれたのですが、何やら顔が赤いですね。

風邪でもひいているのでしょうか、だとしたら感染予防のためにもマスク等の着用を促さなければなりません。

撮影現場では風邪等の病気が蔓延しやすいので、感染に関しては人一倍注意して予防しておかなければ直ぐにうつってしまうでしょう。

アイドルという職業は撮影スケジュールによっては生活リズムが大きく崩れやすく、また食生活も滅茶苦茶になったりして抵抗力が落ちやすいので気をつけなければなりません。

オフや日にちをずらせる仕事ならまだ大丈夫なのですが、そうではない仕事の時に体調を崩したりしてパフォーマンスレベルを落としてしまったり、穴をあけたりしてしまったら大変なことになってしまいます。

 

 

「七実さん!男の人の前で、なんてはしたない格好をしているんですか!」

 

「はしたない?」

 

 

離れた場所で休憩していた輿水ちゃんが慌てた様子で駆けつけてきたので、改めて自分の格好を確認します。

服装は着替えていない為虚刀流最終決戦装束のままで、胸を覆っている晒が少し緩んでいますがだからと言ってはだけて胸が露になっているわけではありません。

確かにきちんと締めていないのは淑女としてなっていないはしたない格好かもしれませんが、そこまで慌てられるほどの事でしょうか。

ちひろと一緒に取ったグラビアでも『買う雑誌を間違えた』や『筋肉革命(キンニク・センセーション)』と言われた私を見ていやらしい気持ちになる人間はほとんどいないでしょう。

まあ、男性の中には胸を見ただけで悶々としてしまう女性に対する抵抗がない人間もいるようですが、女性らしさに欠ける私の身体にそのような気持ちを抱くほどではないはずです。

 

 

「ちひろさんに言われた時は半信半疑でしたが、今のでよくわかりました。

いいですか、自覚が薄いようですが七実さんはアスリート系な身体つきをしているだけで、十分に魅力的な容姿をしているんですからね!」

 

「またまた、ご冗談を」

 

 

そんな見え透いたお世辞を真に受けるほど、人生経験は浅くありませんよ。

先程まで顔を赤くしていたスタッフも何やら気まずそうな顔をしていますし、きっと話を振られた場合にどう濁したらいいかと頭を悩ませているのでしょう。

まだまだお子様な輿水ちゃんは男性のその辺の機微というものを理解できていないようですね。

それを理解して男性を手玉に取るような悪女的なキャラクターは、小悪魔的なうざかわキャラな輿水ちゃんには似合わないので理解するような日は来ないでほしいと切に願います。

 

 

「だから、どうしてそんなに自己評価が低いんですか!かわいいボクが魅力的だって言ってるんですよ!?

まあ、かわいさで言ったら当然ボクの方が上ですけど、七実さんの場合は綺麗っていう言葉が似合う素敵な女性なんですから!」

 

 

私の事をそうやって褒めてくれるのは嬉しいのですが、自分のことは自分自身がよくわかっています。

アイドルとして通用するだけの容姿はしていますが、それでも他のアイドル達と比べると魅力的な肢体をしているかと言われると確実にNOという言葉が返ってくるでしょう。

このチートボディは女性らしい魅力とは無縁ですからね。

初見時のインパクトというバラエティ系のアイドルとしての魅力というのであれば、十分にあるかもしれません。

とりあえず、私の事を褒めてくれる輿水ちゃんに感謝の気持ちを込めて優しく頭を撫でてあげます。

 

 

「ありがとうございます」

 

「わかってませんね?これ、絶対わかってませんよね?」

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと伝わりましたから」

 

 

アイドルらしからぬ身体つきをしている私を傷つけてしまわないように気を遣ってくれている輿水ちゃんの優しさはしっかりと伝わりました。

お世辞だったとしても、その言葉だけで私の心は満たされます。

輿水ちゃん的には何かが不服なようで、頬を膨らませますが頭は撫でられたままになっているので本当に不機嫌とうわけではないでしょう。

おもちのようにぷっくりと膨らんだ頬を突いてみたい衝動にかられますが、それをしてしまうと本格的に怒らせてしまいそうなので自重しましょう。

さて、そろそろ次の撮影の準備もできる頃合いですね。

事故なく安全で平和に今日のMV撮影ができるように、最大限頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

「虚刀流七の奥義―――落花狼藉!」

 

 

天井から床を目掛けて跳躍し、目標の直上から全体重を加速エネルギーに変換しながらの足斧を用いた前方三回転踵落とし。

元ネタでは天井を蹴ることで威力が三割増しになるそうでしたが、それは戦国時代という木造建築が主流であった時代に於いての話であり、それより数百年も経ち格段に向上した建築技術により私が全力で蹴ってもぎりぎり耐えられるほどに強固になった天井を用いた場合の威力の上昇率は五割以上となります。

標的となったトレーニングバッグの外皮は上から下まで一直線に破られ、中に詰まっていたフェルトやスポンジ等が吹き出す鮮血のように周囲にまき散らされました。

対人相手では絶対に使えない威力ですが、命のないトレーニングバッグ相手であれば問題ありません。

強いてためらう理由をあげるとすれば、現在のように四方八方へと飛び散った中身の掃除が大変になるとうことぐらいでしょうか。

前回見せた時は天井を使用しない普通のものだったので、格段に威力の向上した今回の落花狼藉に周囲も少し唖然としているようです。

 

 

「これくらいで、良いでしょうか」

 

「あ、ああ‥‥では、渡さんは掃除が終わるまで少し休憩していいよ」

 

「わかりました」

 

 

私が手伝った方が早く終わるのですが、相手はうちの会社の人間ではないのでその職務を犯すような真似は自重しましょう。

そうでなければ、問答無用で手伝ってさっさと終わらせていたでしょう。

まあ、そんなことを言っていても仕方ないので言われたとおりに休憩させてもらいましょうか。

休める時に休んでおくことも仕事内だと言いますからね。何日も不眠不休で働き続けることのできる私には縁遠い言葉でしょうが。

撮影現場の隅にある休憩スペースに移動すると、そこでは煎餅を咥えた日野さんがキラキラとした眼差しで私を見ていました。

 

 

「お疲れ様です!七実さん!どうぞ!!」

 

「ありがとうございます」

 

笑顔で差し出されたスポーツ飲料を受け取り、蓋を開けてゆっくりと飲みます。

全力で虚刀流を振るったことで火照っていた身体に、しっかりと冷えたスポーツ飲料が染み渡っていくこの感じは堪らなく心地よいですね。

甘味も程よく、これで失われたミネラル分が補給できるというのですからありがたいです。

日野さんの隣の空いていたパイプ椅子に腰かけて、私も出演者たちで持ち寄ったお菓子に手を伸ばしました。

私も腕によりをかけてチョコケーキを3つ作ってきたのですが、それが入っていた箱は既に片付けられているので全部食べられたのでしょう。

アイドルだけでなくスタッフの人達にもどうぞと言っておきましたので、それが理由かもしれません。

余るかなと思うくらい多めに作ったものがこんなにも早くなくなると、言葉にしがたい達成感が胸の中にあふれてきます。

そんな私の内心は置いておき、とりあえず手近にあった煎餅に食べます。

少し濃い目の醤油味と煎餅の硬さが歯に何とも心地よく、手に取った1枚目をあっという間に食べ終えてしまいました。

煎餅にも様々な種類がありますが、やはり私はこの醤油味の煎餅が一番ですね。

口に含んだ時の香ばしさもいいですし、何より他の味よりも煎餅を食べているという実感があります。

これに温かいお茶が加われば、のんびりのほほんとした縁側気分を味わえるでしょう。

現状からお婆ちゃんになった時の自分がどうなっているかは全く想像もできませんが、少しは落ち着いて縁側気分を味わえるようになっていればいいなと思います。

もしかすると60代になっても現役で働いているという予感もしなくもないですが、それはまたそれで楽しいのかもしれません。

 

 

「お茶もどうぞ!」

 

「ありがとうございます。すみません、本来なら自分で注ぐべきなのに」

 

「いえいえ、これくらいどうってことありません!」

 

 

考え事をしていると日野さんが私の分のお茶を注いできてくれました。

アイドルとして先輩でありランクも高い日野さんにこのようなことさせてしまうのは申し訳ないですが、丁度お茶が欲しかったところなのでありがたくいただきましょう。

 

 

「はあ‥‥幸せですね」

 

「はい、お茶がおいしいのは幸せですよね!」

 

 

私の言葉の1つ1つに反応してくれる日野さんは、やっぱり大型犬ですね。

何となく頭ではなく顎の下を撫でてあげたくなりますが、犬相手であれば微笑ましくて癒される光景でしょうが、人間のしかも純粋な少女相手にしてしまうとあらぬ誤解を受けかねません。

特に男っ気が微塵も感じられない私は、一週間の内に何度もちひろ達を泊めたり、仁奈ちゃんや赤城さんを甘やかしたりしていることからそういった気があるのではないかと疑われているのです。

この前某掲示板サイトにて私のカップリングや受け攻めについての議論が交わされているのを目にした時には、苦笑するしかありませんでした。

 

 

「しかし、虚刀流って凄いですね!あんなに高く飛んだり!サンドバッグを真っ二つにしたり!」

 

「まあ、創った当初は最強を目指していましたからね」

 

「やっぱり、何事もやるからには1番を目指さないといけませんよね!」

 

 

何でしょうか、このくすぐったさは。

こういった私の言う事を全肯定するような人間は黒歴史時代の舎弟達の中にもいましたが、そこに日野さんの純粋さが加わると何ともこそばゆいです。

身体全体から嬉しいや楽しいというオーラが溢れ出す笑顔は、硬派を気取っている数々のラガーマンたちが骨抜きにされるのも仕方ないと納得できますね。

こんな一切裏を感じさせない光り輝く笑顔で甲斐甲斐しくお世話されてしまえば、余程特殊な訓練をされていない限り揺らがぬ心などないでしょう。

 

 

「七実さんは凄いですね!あんなふうに動けて、お仕事もできて、お料理も上手なんて!」

 

「ただの年の功ですよ。日野さんだって練習すればできるようになりますよ」

 

 

私の場合は見稽古というチート(ずる)をしていますが、最近めきめきと料理の腕をあげている佐久間さんのように努力をすればきちんと結果は現れます。

それが現れるまでには個人差があり、なかなか芽吹かない人もいるかもしれませんが、諦めずただひたすらに1つのことに打ち込めば裏切られることはないでしょう。

但し、打ち込むのと無茶をするのは違いますから、その辺を間違えると故障やけがの原因になります。

人間何でも適度にという事を忘れてはなりません。

 

 

「なら、私もおいしいご飯が作れるように頑張ります!見ててくださいね、すぐに追いつきますから!」

 

「不定期ですが、私が開いているお料理教室もありますのでよかったら参加してくださいね」

 

 

やる気があるのはいいことなので、私もそのお手伝いをしたくなりました。

どうやら、私は自分で思っている以上に誰かに何かを教えることが好きなようです。

そう考えると教師というのも天職だったかもしれませんが、就職の事を考えた大学選びをしていた時には学校=黒歴史というイメージが強くて教育学部は真っ先に除外しました。

もし教師をしていたら、こうしてアイドルデビューをして皆と出会うことはなかったでしょう。

ならば、美城で働くことが私の天職に違いありません。

 

 

「はい!ありがとうございます!!‥‥そうときまれば、早速今日から特訓です!

燃えてきましたよぉ~~~!!もっと、もっと熱くなれ!!ボンバァーーーー!!!」

 

 

テンションのあがった日野さんはそう言いながら拳を握り締めて、パイプ椅子から勢いよく立ち上がりました。

 

 

「熱くなるのはいいですが、ちょっと落ち着きましょうね」

 

 

撮影現場とは距離があるとはいえ、テンションのあがった日野さんの声はマイク要らずと呼ばれるくらいに大きいので少し消火しておかなければスタッフに怒られてしまいます。

叱られてしゅんとしている姿を見たくはないのかと問われれば、見たいと声を大にして言わせてもらう所存ではありますが、欲望を切り離して然るべき行動をとれるのが大人としての役割でしょう。

 

 

「はい!」

 

 

元気のよい返事と共に大人しくパイプ椅子に座る姿は、やはり大型犬を彷彿させます。

そういえば、撮影の合間につまめるように作っておいたおにぎりがありましたね。

時間的にもそろそろ小腹がすくような頃ですし、日野さんは大のお米好きであると聞いていますからお裾分けしたら喜んでくれるかもしれません。

休憩スペースの隅に置いておいた鞄の中からおにぎりの入ったタッパーと焼き海苔、味付け海苔、韓国海苔と各種海苔を取り出します。

 

 

「おにぎりがあるのですが、日野さんもいかがですか?」

 

「ごちになります!」

 

「では、どうぞ」

 

 

今回は人数が多いので何も入っていない塩むすびを多めに定番の梅、昆布、おかか、ツナマヨの4種に絞りました。

このラインナップなら好き嫌いが多い人でも塩むすびとどれかは食べられるはずですから大丈夫でしょう。

どれに何が入っているかを説明すると日野さんが最初に手を伸ばしたのは塩むすびでした。

それを焼き海苔で包み込み、口を大きく開けて齧り付きます。

 

 

「とっても美味しいです!」

 

 

キラキラとした光が見えそうな満面の笑みは、見ているだけでお腹いっぱいになりそうですね。

意識がおにぎりに向いている今ならいけると判断し、ごく自然な感じで手を伸ばして日野さんの頭をゆっくりと撫でてあげます。

最初は驚いたように目を見開いた日野さんでしたが、嫌がる様子もなく気持ち良さそうに目を細めておにぎりを食べ続けているので受け入れてくれているのでしょう。

これで私の撫でリストに日野さんの名前を刻むことができました。なかなかにガードが堅い子やタイミングが掴めないことがありますが、目指せ346プロ完全制覇です。

落花狼藉、愉快活発、河海は細流を択ばず

平和な時間を過ごした後は、熱い気合の炎を燃やして頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

MV撮影の平和さに浮かれていた自分が恥ずかしいです。

事態を把握する為に私はシンデレラ・プロジェクトのプロジェクトルームで関係者である新田さんから何が起きたのかを聞いていました。

現状知り得ているのはミニライブで何かトラブルが発生し、本田さんと武内Pが言い争い最終的に本田さんがアイドルを辞めると言ったという事のみです。

問題解決をするには、まずはどうしてそうなってしまったかという原因究明が大切なのでその様子を知っている新田さんの情報はかなり役立ちます。

本来なら当事者である武内Pから話を聞きたい所ですが、本田さんの発言で過去のトラウマを刺激されてしまったらしく話を聞ける状態ではないのでちひろにケアを丸投げしました。

昼行燈にはきちんと許可を取り早退という形にしましたので、今頃ちひろに送られているところでしょう。

残っている仕事は武内Pの判断が必要なもの以外は私にかかれば1時間もあれば十分です。

 

 

「という訳なんです」

 

「なるほど」

 

 

新田さんから今回の件について一連の流れは把握できました。

原因は夢見る少女と裏方の人間との認識の相違、これに尽きるでしょう。

それだけであればちょっとした現実の厳しさを知るいい経験ですんだのでしょうが、ここにかねてからの問題であった武内Pのコミュニケーション不足と対応の拙さが最悪の結果を招きました。

殆ど無名な新人アイドルのミニライブであれば足を止めてくれる観客が20人にいくかいかないかであれば、十分過ぎる成果であり武内Pはこの功績を努力してきたメンバーの実力であれば当然の結果だと言いたかったのでしょう。

しかし、本田さんにとっては城ヶ崎姉さんのバックダンサーを務めるという最初から新人ではなかなか立つことのできない大舞台を経験してしまった為に基準が狂ってしまっていたのでしょうね。

私達の初舞台も似たようなものでしたが、一般的な新人アイドルの平均集客率などの現実を知っていた為そのようなことはありませんでした。

ですが、それと同じことを理解しろと高校生になったばかりの少女に求めるのは酷なことでしょう。

本田さんはニュージェネレーションズのリーダーとして気負っている部分もありましたし、クラスの友人も招いていたようですから勘違いからの恥ずかしさや混乱もあったに違いありません。

つまりは、今回の件は最悪が連鎖してしまった結果なのです。

武内Pも、本田さんも、そして大丈夫だと楽観視して本田さんに対するフォローや先輩としての助言を怠った私も全員が悪かったのです。

 

 

「ありがとうございました。何となく事情は把握できました。

ライブの疲れもあるでしょうに、引き留めてしまい申し訳ありません」

 

「い、いえ、七実さんにはお世話になってますから、これくらい全然大丈夫です」

 

「少し遅くなってしまいましたので、送りましょう」

 

 

やらねばならないことはありますが、後回しにしても問題ありませんし、こちらの都合でミニライブの疲れがあるというのに現在まで引き留めてしまったのですから、これくらいは当然でしょう。

疲れた身体のまま帰してしまって、事故等のトラブルに巻き込まれたりしてしまった方が大変です。

現在、只でさえ自己嫌悪中なのに、ここできちんと見送りしないでそんなことが起きたら梁等に縄をくくって背を伸ばしたくなりますね。

 

 

「大丈夫です。1人でちゃんと帰れますから」

 

「駄目です。ライブというものは慣れないうちは自身でも気が付かないくらい疲労するものですから」

 

 

それが初舞台ともなれば尚更でしょう。

肉体的な疲労もそうでしょうが、極度の緊張状態にあったことや人前でパフォーマンスを披露するというのは精神的な疲労も大きいのです。

私も初舞台の帰りには自力で帰らず、武内Pの運転する社用車で送ってもらいました。

本当は自力で帰るつもりだったのですが、武内Pとちひろ達の大反対をくらって却下となったのです。

なので、そんな人類の到達点である私ですらそうだったのですから、それよりか弱い新田さんを例外になんてさせません。

 

 

「でも、七実さんには仕事が」

 

「仕事よりも貴女の方が大切ですよ」

 

 

これは嘘偽りのない本心です。

仕事なんて最悪昼行燈あたりにでも丸投げしてしまえば何とかなるでしょうが、新田さんを始めとしたシンデレラ・プロジェクトのメンバー達は掛け替えのない存在なのですから比べるまでもありません。

 

 

「‥‥七実さんって、なんていうか同性にモテそうですよね」

 

「‥‥ノーコメントで」

 

 

少し頬を染めながら言われた新田さんの言葉に思い出したくない新たな黒歴史の一部がサルベージされました。

思いを拗らせ過ぎたあの娘は、現在どうしているのでしょうか。自ら確認することは恐ろしくてできませんが、思い出してしまうと非常に気になります。

それはさておき、確かに今の台詞を思い返してみるとそういう意味に取られてしまってもおかしくない感じでしたが、そんなつもりは一切ありません。

新田さんもその辺については理解しているからこそ今みたいなことを言ったのでしょうが、それでも私の精神に対する攻撃力は高かったです。

 

 

「モテてたんですね‥‥」

 

「黙秘します‥‥では、行きますよ」

 

「あ、待ってくださいよ!」

 

 

これ以上探られては他の黒歴史も一緒にサルベージされかねないので、さっさと話題を切り上げてしまいましょう。

ソファから立ち上がりプロジェクトルームを出ようとすると新田さんも慌てて荷物をまとめてついてきます。

社用車を借りねばならないので一度事務の方に顔を出す必要がありますが、それくらいの遅れは問題にならないでしょう。

 

 

「あの、七実さん‥‥未央ちゃんはどうなるんでしょうか‥‥」

 

 

プロジェクトルームを出ようと扉に手をかけると新田さんは不安そうな声で尋ねてきました。

今は背中を向けている状態なのでどういう表情をしているかはわかりませんが、きっと不安で押しつぶされそうな顔をしているのでしょうね。

ようやく始動したシンデレラ・プロジェクトの仲間がいなくなってしまうのではないかと心配なのでしょう。

特に新田さんはプロジェクト最年長としてユニットが決まった後もメンバー全員に気を配っていましたから、今回の事を防げなかったことも気に病んでいるに違いありません。

それは新田さんが抱えるものではなく、全て私が背負わなければならない責任なのですが、言ったところで聞き入れてはもらえないでしょう。

 

 

「勿論決まっています。しっかり連れ戻して武内Pと和解させた後、トップアイドルになってもらいます」

 

 

あの日、シンデレラ・プロジェクトの全員に宣言したように、私がやると言った以上は全員にトップアイドルという高みへと昇ってもらいます。

その為なら私のチート能力を制限することなく使うつもりです。

前回は防げませんでしたが、今回は私が関わっているのですからこんなすれ違いのまま終わらせるなんてことはさせません。

 

 

「本当ですか?」

 

「ええ、お任せあれ」

 

 

さて、こうして本田さんの辞める発言撤回への積極的介入を心に決めた私の覚悟を、とある不幸自慢で特異な能力を有した右手を持つライトノベルの主人公の決め台詞を改変して述べるなら。

『アイドルを辞めるというのなら、まずはそのふざけた発言を撤回させる(ぶち殺す)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本田さんには悪いかもしれませんが、私は一度やると決めたことは絶対に諦めたりしません。例え腕を吹っ飛ばされても、足をもがれようとも絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し早いですが、明後日で拙作『チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 』は一年を迎えます。

元々見切り発車で短編投稿であった拙作が、今日まで続いてきたのは読者の皆様がお蔭です。
本当にありがとうございました。
まだまだアニメ一期分の半分くらいしか進んでおりませんが、これからもお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。


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悔しがればいい、泣けばいい、喜べばいい。それが人間だ。

7話に入りましたが、解決に至るまでに恐らく後数話はかかると思われます。


どうも、私を見ているであろう皆様。

ミニライブで起きたすれ違いからによる痛ましい事件の翌日。

事態の解決に積極的な介入をすることを決めた私でしたが、思わぬところからストップがかけられました。

その相手というのは察しの良い皆様ならある程度推測が付いているでしょうが、美城の昼行燈こと今西部長です。

正直、こういったトラブルは不信感が生まれたり、関係に亀裂が入ったりしてしまう前に片付けてしまった方が良いと思うのですが、珍しく頭を下げられてお願いされては聞かない訳にもいかないでしょう。

この事態を武内Pに乗り越えてもらって、自力で物言わぬ歯車から脱却してほしいという言い分も納得できます。

私が全て解決してしまえば、事態は現状よりも深刻化することはないでしょう。

ですが、それでは武内Pとメンバー達との関係は進展しないでしょうし、私がいなければ上手くいかないという状態になりかねません。

平時であれば私がシンデレラ・プロジェクトの中に溶け込めている証拠だと嬉しく思うのですが、こういった事態において私に頼り切ってしまうという自浄作用のない状況はあまり良いことだとは言えません。

今回の件を解決する為に動きながら、武内Pの成長も促さないといけない、両方やらなければならないというのがフォロー役の辛いところですね。

まあ、そんな覚悟はとうにできていますけど。

手始めに1週間後から予定していたニュージェネレーションズの出演が決定していたイベント達の調整を行います。

私が積極的に動けない以上、本田さんがいつ復帰するかわからないのであればイベントはキャンセルしなければなりません。

同じタイミングでデビューを果たしたラブライカに回すという手もありますが、移動時間を考慮すると不可能だったり、2人にかかる負担が大きくなり過ぎるのでいくつかはキャンセルせざるを得ません。

本来ならこれも武内Pの仕事ですが、現在本田さんの実家に話をしに行っていて不在の為、私の裁量で下せる範囲内で処理させてもらいます。

 

 

「鬼気迫るって感じだね」

 

 

武内Pのデスクを借りて作業をしていると、お気に入りのうさぎのぬいぐるみを抱いてソファに寝ころんでいた双葉さんが欠伸をしながらそう言いました。

確かに、積極介入することを禁じられ折角決めた覚悟と熱意が行き所を失っている状態であり、それをこの調整作業にぶつけているのは否定しません。

しかし、いつまでも鬼気迫るようなオーラを漂わせては他の人達を怯えさせてしまいかねませんね。

なので、この後昨日に引き続きMV撮影があるので、そこでトレーニングバッグ等に八つ当たりさせてもらいましょう。

今日なら外皮を裂くだけに止まらず、八つ裂きにできるような気がします。

 

 

「もう少ししたらMV撮影の方に向かわなければなりませんから、時間は無駄にできません」

 

「とりあえず、糖分いる?」

 

「いただきます」

 

 

双葉さんから投げられた飴を音だけで軌道を把握し、片手でキャッチして包装を解き口に放り込みます。

淡いイチゴの酸味とイチゴの形を意識したのではないかと思われる小さな三角形は、昔祖母の家を訪れた際の懐かしい思い出が呼び起こされますね。

サク○のいちご○るく、この噛み砕きやすい絶妙な硬さの所為で一個当たりの消費速度が他の飴に比べて早いのが難点です。

 

 

「お見事」

 

 

やる気が微塵も感じられない拍手を送りながら双葉さんは飴をガリガリと噛み砕いています。

噛み砕くまでがこの飴の味わい方のような気もしますが、年下から何個も貰うわけにもいきませんのでゆっくりと舐めていきましょう。

糖分が補給されたことにより脳のギアも一段階あがり作業ペースが向上したので、これなら後数分もあれば粗方片付く目途がつきそうです。

全くこの量の仕事を私達に振ろうともせずに自己処理しようとするなんて、サポート役を一体何だと思っているのでしょうね。

これは今回の一件が解決した後にちひろと一緒に業務の配分について話し合う機会を設ける必要があるでしょう。

アイドルの為を思って頑張るのはプロデューサーの鑑だとは思いますが、膨大な量の仕事を一挙に引き受けて潰れてしまっては元も子もありません。

シンデレラ・プロジェクトを武内Pはどうしたいのかを把握したかったので、現在行っている業務を粗方見させてもらったのですが私やちひろでも十分に処理できるものがありました。

ちひろの場合は最近アイドル業が順調なので両立が難しいかもしれませんが、私は無駄に消費している時間や業務の能率をあげればいくらでも回してもらって構いません。

寧ろ、推奨ですね。

しかし、あの優柔不断なくせに頑固な武内Pですからなかなか首を縦に振らないでしょう。

なので、何かしら正当性があるような理由付けをしなければ難しいでしょうから、その時までにいろいろ考えておきましょうか。

 

 

「それにしても、凄い作業速度だね」

 

「物事を早く成し遂げれば、その分時間を有効に使えますからね」

 

 

某兄貴も『この世の理はすなわち速さ』だと言っていましたからね。

チートを本気で使えば1時間程度で職員1日分の仕事はできますから、並列思考で同時進行可能な仕事ものもあると24時間フルで働けば約40人分の仕事はこなせるのではないでしょうか。

実際に試したこともなく、そんな機会もそれだけの量の仕事もないでしょうから検証は不可能なのであくまで推測でしかありません。

自身の限界を知る為に挑戦してみたい気もしますが、そんな我儘で美城の業務に影響を与えるわけにはいきませんし、挑戦しようとしたら確実に妨害という名のストップがかかるのは目に見えています。

まあ、流石に24時間チートを限界稼働させたら私の身体にかかる負荷も相当なものになりますから、1時間程度は大幅なスペックダウンをしてしまうでしょう。

 

 

「ああ、そういう考え方もあるよね」

 

「1日は24時間しかありませんからね。そう考えると自分の時間を確保するので精一杯になりますよ」

 

「そういう割には、結構色々と背負い込んでるよね」

 

「そうでしょうか」

 

 

私は別にそこまで背負い込んでいるつもりはありません。

チートを使えば大抵の事は即座に解決できることできますから、かかる負担は少なく済みます。

それに誰これ構わず請け負っているわけではなく、私なりの明確な基準というものを設けていますので心配は不要です。

ですが、一般人基準から考えると背負い過ぎに見えるのでしょうね。

 

 

「うわ、自覚無し?杏ほどじゃないけどさぁ、もっと誰かに頼ることを覚えた方が良いんじゃない?」

 

「これでも、普通に頼ったりしてますよ」

 

 

今日だって武内Pの代わりを務めるにあたって、普段の係長業務の中で部下に任せても良さそうな何割かを渡してきました。

相変わらず、仕事を振った途端に狂喜乱舞する変態どもでしたが、それでも任せた仕事はきっちりこなしてくれるので文句をつけにくいですね。

有能な人間はどこか頭のネジが外れていなければ正常に作動しないのでしょうか。

最後の業務を処理し終え、かなり小さくなった飴を噛み砕きます。

 

 

「終わったの?」

 

「はい。私の権限で処理しても構わない範囲のものは」

 

「お疲れさま」

 

 

そう言って双葉さんはもう1つ飴を投げてきました。

三食飴でも構わないと豪語し、罠だと分かっていても飴を差し出されれば乗ってしまう程に飴好き(キャンディ・フリーク)な双葉さんがこうして飴を分けてくれるのは珍しいことですが、無気力に見えて気遣いのできる娘ですから不思議ではありません。

 

 

「ありがとうございます」

 

「ん」

 

 

お礼を言うと気恥ずかしいのかうさぎのぬいぐるみで顔を隠してしまいます。

その幼い外見と相まってなんともいじらしくて保護欲が擽られてしまいますが、ここで養うなどの発言をした場合、双葉さんは喜んで私の部屋に転がり込んできそうなので言葉を喉元で留めます。

互いに需要と供給を満たせるwin-winな関係ではありますが、双葉さんにはトップアイドルになってもらうと決めていますのでここは心を鬼にして耐える必要があるでしょう。

武内Pの仕事も片付きましたし、結構頑張ったのでMV撮影開始まで時間が余ってしまいました。

今回の件に対する他メンバーへのフォローはちひろがしていっているようですから、任せておいても大丈夫でしょう。

新田さんも内部から安心させるように働きかけてくれており、動揺は最小限で済みそうです。

ですが、そういった対応を私達ばかりしているので武内Pに対する不信感が強まっているというのが何となく感じられますね。

特に赤城さんや城ヶ崎妹さんといった物事を額面通りに受け止めてしまう素直な娘ではその傾向が顕著であり、こればかりは私達が頑張っても意味がないので武内Pの頑張りに期待するしかありません。

 

 

「さて、私は戻りますが双葉さんはどうします?」

 

「杏はとくに決めてないけど、戻って何すんの?」

 

「仕事ですよ。部下に任せられない仕事も少し残っていますから」

 

 

それらは今日中に終わらせなければならない仕事ではありませんが、折角時間が余ったのですからそれを有効活用しなければ勿体ないじゃないですか。

新たに貰った飴を口に放り込み、少し伸びをしてから立ち上がります。

 

 

「それって、今日中に終わらせる必要あるの?」

 

「いえ、期限までにはかなりの猶予がありますね」

 

「ふ~~ん」

 

 

余り自ら話しかけてくることのない双葉さんにしては饒舌ですが、いったいどうしたのでしょうか。

ぬいぐるみの耳の間からのぞかせた普段通りの気だるげな表情からはその意図が掴めませんが、背中に回した右手で何かしているようです。

固いものをタップする音が微かに聞こえてきますから、恐らくスマートフォンを操作しているのでしょうがいったい何の目的があるのかは不明ですね。

時間稼ぎをしているようにも思えますが、双葉さんがそのようなことをする理由に検討が付きません。

 

 

「失礼しまぁ~~す☆」

 

 

そちらに意識が向いていると扉が勢い良く開けられ諸星さんが入ってきました。

このタイミングで入ってきたことを考えるに双葉さんが連絡を入れたのでしょうが、諸星さんは私に用事があったのでしょうか。

それなら言ってくれれば、いくらでもそちらを優先したというのに遠慮したのでしょうね。

 

 

「どうしました、諸星さん」

 

「えっと、今みんながあんまりハピハピできてないかんじだから、みんなでおいしぃものを食べて、い~~っぱいお喋りしたら、少しはハピハピできるかなぁって‥‥

だから、七実さんも一緒にどうですか?」

 

 

恥ずかしそうに肩をすくめもじもじしながら私を誘ってくれる諸星さんは、何とも可愛らしい乙女でした。

女性の平均的な身長を大きく上回る長身の為に心無い言葉をかけられたこともあったでしょうに、それでも曲がらず捻くれずに真っ直ぐ育ったのは生来の優しさからでしょうね。

決めました。私は諸星さんをアイドルデビューさせたら、絶対にネタキャラ的扱いはさせないと。

こんな優しい少女を傷つけるような真似をする雑草は、容赦なく毟ります。

男性の中でも一際背が高く誤解されがちな武内Pであれば、その辺のコンプレックス等はよく理解しているでしょうからそういった仕事はちゃんと断ってくれるでしょう。

 

 

「喜んで参加させてもらいます」

 

「じゃあ、346カフェにレッツ・ゴーーー☆」

 

「はい」

 

 

拳を天へと突き上げて全身で嬉しさを表現する諸星さんに、思わず私の表情も綻んでしまいます。

諸星さんは頭を撫でられるのが好きなようでしたから、また後で頭を撫でてあげましょう。

私はこっそりと隠れようとしていた双葉さんを肩に担いで、先導してくれる諸星さんの後に続きます。

無駄に隠密行動スキルの高い双葉さんではありますが、一般人より少し高いレベルのものでは反響定位等の探索スキルを持つ私を出し抜くことなどできません。

諸星さんはみんなでハピハピしようと言ったのですから、その中には双葉さんも含まれているはずなので欠けさせるわけにはいかないでしょう。

 

 

「うぇ、な、なんで担ぐのさ!」

 

「共謀したのなら、最後まで付き合うのが筋というものですよ」

 

「そうだよぉ、杏ちゃん☆杏ちゃんもみんなと一緒にハピハピしようにぃ☆」

 

 

さて、平和にハピハピしにいきましょう。それは、きっと素晴らしいことです。

 

 

 

 

 

 

これまで順調に進んでいたMV撮影でしたが、思わぬ難題に直面していました。

 

 

「また駄目だったか‥‥」

 

「すみません」

 

 

もう両手では足りないくらいの何度目になるかわからない失敗に、私は監督達に頭を下げます。

今回の難題は私でなければ起こりえないことであり、スタッフ達も色々と工夫を凝らして対応しているのですが、それでも結果は芳しくありません。

私自身も今までこれほどの回数の撮り直しを経験したことはありませんでしたので、内心結構へこんでいます。

1つ悪いことが起きるとそれが連鎖してしまう現象は何なのでしょうね。

人に聞いてみれば偶然という言葉で片付けられてしまうでしょうが、私にはどうしてもそうだとは思えないのです。

とりあえず、スタッフ達が取り直す為にセットを戻し始めたので邪魔にならない位置に退散しましょう。

 

 

「渡さん、気にしないでくださいよ!これは監督の我儘が悪いんですから!」

 

「おいコラ、江崎!口を動かす暇があれば、さっさと片付けやがれ!」

 

「はい!」

 

 

スタッフにまで心配されるとは、見てわかるほどに落ち込んでいますよオーラを出しているのでしょうか。

だとしたら、気をつけなければなりません。

この程度の失敗で動揺するような弱過ぎる精神力だと思われては、人類の到達点として完璧超人のように思われている評判に影響が出てしまいます。

人間というものは勝手なもので自身の抱くイメージと逆の姿を見てしまうと、その対象に対しての思いが急速に冷めていき、それまで抱いていた思いに比例するように負の感情を抱いたりするのです。

よくある人気俳優等の結婚報道で、一部のファン達が過激な言動をとったりするのもこれが原因でしょう。

イメージというのはアイドルにとっては死活問題であり、この世界においても男性関係のスキャンダルでアイドル生命を絶たれた少女は何人もいます。

なので、私が簡単に動揺するような一般人クラスの小市民的な精神をしていると噂されてしまえば、致命傷にはならないでしょうがじわじわと効果を発揮するボディブローみたくダメージが蓄積されるでしょう。

私達偶像(アイドル)は、一度夢を見せたならその責任を取り続ける義務があるのです。

芸能界で生きていこうとするのなら、その責務から逃げ出そうとすることは許されません。

絶対的強者としての姿を見せつけた以上、私は強く、気高く、堂々としていなければならないでしょう。

 

 

「よしっ!」

 

 

顔が腫れてしまわない程度の強さで頬を叩いて気合を入れなおします。

へこみっぱなしは私らしくありませんので、この問題を解決する為にチートをフル活用して考えを巡らせるとしましょう。

 

 

「七実さん、お疲れさまでーす!」

 

 

解決策を考えようとしていると私分の飲み物を持った姫川さんがやってきました。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

お礼を言って飲み物を受け取り、スポーツ飲料で喉を潤します。

流石に全力で虚刀流を振るえばこのチートボディでも汗はかきますので、失われたミネラル分の補給はしっかりとしなければなりません。

ミネラルを失ったことで発生する身体への影響はチート技能で補うことはできませんから。

 

 

「いやぁ、七花八裂だっけ?凄いよねぇ、途中で破裂したサンドバッグってあれで何個目だっけ?」

 

「両手で足りなくなった時点で数えるのを辞めましたよ」

 

「サンドバッグって、そんな簡単に壊れるものじゃないけど、最終奥義っていうだけはあるね」

 

 

今回何度も取り直すことになった原因を姫川さんは笑いながら言ってきました。

しかし、笑いながらといっても私を馬鹿にするような嫌味な笑い方ではなく、純粋にトレーニングバッグが破裂するという日常ではありえない光景がおかしくて仕方ないという感じです。

確かに普通の生活をしていればトレーニングバッグが、それも1つではなく何個も破裂するという光景を目にすることはないでしょう。

もう少し上手く手加減ができればこのような事態にならなかったのでしょうが、虚刀流最終奥義である七花八裂・改は7つある奥義を最速の並びで一瞬にして叩きこむ技ですから、1つ1つの威力を弱めても途中で合計ダメージが耐久値を上回るようで破裂するのです。

原作七実のように打撃の重さを消すことができる忍法足軽を習得できてればこんなところで躓かずに済むのですが、無いものはないのですからどうしようもありません。

破裂しない程度にまで全てを弱くすることも試してみましたが、それでは映像に迫力がないと監督に駄目だしされました。

七花八裂を使用するシーンは最後の最も盛り上がる部分で使用する予定なので、その映像に迫力が無ければ完成度を著しく下げてしまう要因となるそうです。

なので、何とか破壊せずに迫力も損なわない加減を見極めようとしているのですが、これが意外と難しく取り直しを重ねる原因となっています。

 

 

「生身の人間にやれば、本当に必殺技になりますからね」

 

「こりゃ、さっちんが手加減を間違えることを怖がるわけだね。流石にあたしもビビったよ」

 

「そういう割には怖がる様子はありませんが」

 

 

本当に怖がっているのなら動物園事件の後の輿水ちゃんのように距離をとるはずですが、こうして笑顔で話しかけている姿から恐れを抱いている感じは一切ありません。

姫川さんも裏表のない感情をストレートに表現するタイプですから、誤魔化しているわけではなさそうですが、どういうことなのでしょうか。

 

 

「あの威力はちょっと怖いけどさ‥‥その力をあたしにぶつける訳じゃないんだから、七実さんまで怖がる必要はないじゃん」

 

 

屈託のない晴れ晴れとした顔で言われ、私は呆気に取られてしまいました。

言葉にしてみれば簡単なことでしょうが、実際にそれを実行することは難しいです。

私のように力加減を間違えてしまうと本当に人を殺めてしまいかねない程の力を持つ人間に対してそれを実行するのは並大抵な精神力では無理でしょう。

以前の輿水ちゃんのように恐れ距離をとる方が、一般的な反応です。

 

 

「‥‥姫川さんは強いですね」

 

「いやいや、七実さんには負けるって」

 

 

力という意味ではないのですが、正直に言ったところで首を捻られるだけなのでやめておきましょう。

きっとこういう明るくておおらかな性格をしている姫川さんがいるからこそ、KBYDというユニットは年齢が離れていても親友みたいに対等で仲良くしていけるのでしょうね。

そうやって年齢を気にせずに付き合える相手というのは、なかなかできるものではないので掛け替えのない存在です。

 

 

「しかし、柔らかいせいであんだけ壊れるなら、もういっそ鉄とかの硬い素材を使えばいいじゃない?」

 

「それです!」

 

「え?」

 

 

どうして、そんな逆転の発想が出てこなかったのでしょうか。

微妙な手加減が難しいのなら、受ける側に七花八裂を最後まで受けきれる耐久性を付与してしまえばいいのです。

殴る物=トレーニングバッグという固定観念に囚われてしまっていたせいか、こんな簡単なことすら思いつかないとは恥ずかしい限りですね。

思考の柔軟さと知識量は無関係であるという事を痛感しました。

 

 

「いや、冗談だからね?鉄とか思い切り殴ったら手が大変なことになるから!?」

 

「問題ありません」

 

 

拳を鍛えていない普通のアイドルであれば硬い素材を殴ったら確実に骨や関節に異常をきたしてしまうでしょうが、虚刀流の訓練として手刀で岩を削ったり、鉄パイプを圧し折ったりする私ならいけます。

解決策という一筋の光が見えたのなら、試さない理由はありません。

 

 

「ありがとうございます、姫川さん。これで何とかなりそうです」

 

 

素晴らしいアイディアを出してくれた姫川さんに頭を下げてから、早速この方法を監督達に伝えに向かいます。

そのつもりだったのですが、何故か姫川さんが私の腕に掴まって監督達の方に行かせまいとしてきました。

私の身体を心配してくれているのでしょうが、この人類の到達点たるチートボディは硬い素材を殴ったくらいでそう易々と壊れはしません。

説明しても首を横に振って聞いてくれないので、このまま引きずっていきましょう。

 

 

「だから、待って!さっちんが七実さんが厄介だっていう訳が分かったよ!」

 

「大丈夫です。学生時代は鉄パイプを何本も圧し折ったものですから」

 

「何その学生生活!どんな物騒な学生時代を過ごしたの!!」

 

 

試行錯誤、意趣卓逸、善は急げ

私の学生時代は、平和とは程遠い黒歴史でしたよ。

 

 

 

 

 

 

最近恒例となりつつある、私によるシンデレラ・プロジェクトのメンバー相手の相談室in妖精社。

本日のゲストはシンデレラ・プロジェクト一の苦労人、フリーダムの抑止力、まじめキャットと私の中で様々な称号を持つ前川さんです。

346カフェでのお茶会が終わった後、何やら深刻そうな表情で相談事があると言われたのですが、いったいどうしたのでしょうか。

とりあえず、乾杯は済ませましたが前川さんは表情が硬いままで料理に一切手をつけようとしません。

前川さんは魚が苦手なので、今日は少し奮発してすき焼きにしたのですがそんな気分じゃなかったのでしょうか。

すき焼きも割り下で味を決める関東風ではなく、前川さんの故郷である大阪ではオーソドックスであろう砂糖を入れる関西風にしたのですが。

 

 

「とりあえず、食べますか」

 

「はい」

 

 

肉にいい感じに火が通ってきたので、取り皿に肉や白菜といった野菜を取り分けて前川さんの前に置きます。

食べながら相談を受けようとするのは行儀が悪いかもしれませんが、冷めてしまっては神戸牛が可哀想でしょう。

純粋に神戸牛の味を楽しむ為に、最初の一口は溶き卵をつけずにそのまま食べます。

程良く霜が降った神戸牛の柔らかくきめ細かな肉質としっかりとした風味、溶けだしてくる脂の旨味に関西風の少し甘め味がしっかりとマッチして頬が落ちそうですね。

溶けだした脂が溶け込んだ醤油ベースの出しをまとった白菜や白ネギといった野菜達もそれだけでご馳走みたいに美味しく、それをしっかりと吸った厚揚げは今から食べるのが楽しみです。

これらに溶き卵の濃厚さが加われば、もう向かうところ敵なしでしょう。

 

 

「‥‥美味しい」

 

 

やはり美味しい食べ物の力は絶大で、先程まで硬くなっていた前川さんの表情が一気に綻びました。

悩みを吐き出させるにはいいタイミングかもしれませんが、箸が止まらないのでもう少し食べてからにしましょう。

時間は無限ではありませんが、少ない訳ではないのでゆっくりとすき焼きを味わっても問題ありません。

寮の消灯時間までに送り届ければ問題ありませんし、もし遅くなるようでしたら私から寮母さんに連絡を入れて私の部屋に泊めればよいでしょう。

下着はコンビニで売っているもの、着替えは体型が割と近い瑞樹の物が使えるはずです。

 

 

「さて、軽くお腹も膨れてきたところで本題に入りましょうか」

 

「はい」

 

 

悩みとして思いつくのは本田さんの件で自分のデビューがなくなってしまうのではないかというものですが、雰囲気的に何となく違うような気がします。

関西人らしく言いたいことははっきりと主張する気質の前川さんであれば、そういったことを尋ねるならば1対1で相談するような回りくどいことはしないでしょう。

推測ですが、この相談内容を聞かれたくない相手がシンデレラ・プロジェクトの中にいたのでしょうね。

 

 

「えと、相談というより愚痴になるかもしれないんですが‥‥いいですか?」

 

「ええ、それで前川さんの心が晴れるなら、いくらでも聞きましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 

そうしてゆっくりと前川さんの口から語られる内容は、確かに相談ではなく愚痴に近いものでした。

ですが、その内容は私が考えていたものよりも友達思いでプロ意識の高い前川さんだからこそ抱いたものかもしれません。

 

 

「現実を突きつけられて気持ちの行き場のなくなった未央ちゃんの気持ちもわかります。

だけど、アーニャのユニット初デビューの舞台を台無しにして、折角デビューできたのに辞めるとか言い出したことに対して許せないと思ってしまうんです!

アーニャが気にしていないのに、私がこんな思いを抱くのは間違ってるってわかってます。デビューの順番に関してもプロデューサーも考えがあってのことだというのもわかってます。

でも!それでも、私は羨ましくて‥‥そんな簡単に放り出せるなら、代わってほしかったって思うんです!」

 

 

確かに、今後カリーニナさんと新田さんが初ライブのことを思い出そうとすると今回の件も思い出されるでしょう。

そう考えると前川さんの言うように、本田さんはラブライカの初舞台を素直に喜べないように台無しにしてしまったとも言えるかもしれません。

そして、デビューしたと思ったら初舞台で辞める宣言したというのは、今回デビューできなかったメンバーにどう響いたのでしょうか。

特に前川さんは当初からアイドルとしてのプロ意識は高く、例え顔や名前が一切出ない着ぐるみであろうと一生懸命取り組んでいました。

でしたら、許せないと思ってしまう気持ちは無理もないのかもしれません。

その思いを他のメンバーの前で爆発させてしまわないように、必死に堪えていたのでしょう。

心に溜まっていた思いを吐き出す前川さんの目からは、真珠色に輝く涙が零れだしていました。

私は立ち上がり前川さんの隣に座って、優しく頭を抱き寄せてゆっくり優しく背中をポンポンと宥めるように叩きます。

こういった時に、その悩みを晴らしてしまえる言葉が出てこない自身の甲斐性のなさが嫌になりますね。

他のオリ主達ならば、肯定的でも否定的でも今前川さんの心の中を渦巻く複雑な心情をたちどころに解決してしまうのでしょう。

見稽古によって数々のチート技能を習得していながら、泣いている女の子に胸を貸して宥めてあげることしかできない私とは大違いです。

 

 

「いいですよ。私の胸くらいであればいくらでも貸しますから、好きなだけ泣いてください」

 

 

そう言ったのですが、やはり他のお客がいることを気にしているのか前川さんは私の胸に顔を押し付けて声を押し殺すようにして泣き続けます。

大声で泣いて周囲のお客に迷惑をかけたとしても、私がいくらでも頭を下げて謝罪して責任は取るので構わないのですが、気にするのでしょうね。

まあ、声は出さなくても涙を流すことはストレスの緩和に繋がるそうですから無意味ではありません。

 

 

「溜まっているものを全部吐き出していいですよ。その思いは私が請け負ってあげます。

だから、今はしっかり泣いてください。明日は笑顔になれるように」

 

 

今世では、元々精神的に成熟していた為か本気で泣いたことは片手で数えるくらしかありませんが、それでもその時には近くにいた母や七花がこうしてくれたのをよく覚えています。

例え気の利いた言葉をかけることができなくても、泣いて精神的にもろくなっている状態で感じる人の体温の温かさは思っている以上に心強いものですから。

涙でシャツが湿っていくのを感じつつ、努めて優しい声色で大丈夫だと語り掛けます。

そんな涙を流し続ける前川さんを励ますように、とある熱血な元プロテニス選手の言葉を贈るなら。

『悔しがればいい、泣けばいい、喜べばいい。それが人間だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、泣き疲れて寝てしまった前川さんを私の部屋に連れ帰ったら、泊まりに来ていた楓と菜々に色々とからかわれることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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人生はむつかしく解釈するから分からなくなる

7話中ですが、色々と書きたいことが多く今回は前編となっています。


どうも、私を見ているであろう皆様。

積極的な介入を昼行燈に控えるように言われ、武内Pや他のメンバー達のフォローに回っているのですが、意外とフラストレーションが溜まりますね。

私が積極的に動けば、解決できるとは言いませんが昨日の武内Pのように『会いたくない』とただ追い返されるだけにはさせませんでした。

不法侵入罪覚悟でチートをフル活用して本田宅に突入、拉致紛いの事をしてでも話し合いの場に持ち込ませたでしょう。

強制的に話し合わせると余計意固地になってしまう可能性もありますが、2人も根は素直で他人のことをきちんと思いやれる人間なので、しっかりとお互いの本音を話し合えばわかってくれるはずです。

そんな状況においても武内Pが口を閉ざして最悪の事態になり得そうな場合は、私が悪役となってでも語らせてやるつもりだったのですが、それはできなくなってしまいました。

昨夜の前川さんの心情吐露を聞く限り、今回の件で武内Pに対する不信感は私が思っていた以上に深刻化している可能性があります。

前川さんでこれなのですから、同じユニットであの事件を間近で見ていた島村さんや渋谷さんはこれ以上なのは間違いないでしょう。

2人共、本田さんに会いに行こうと武内Pに住所を教えてくれと直談判したそうですが、本田さんの事を考えすぎてしまいそれを断るという最悪に近い選択をしてしまったそうですし。

これだけのことが起こって、ユニット解散の危機すら見えつつある現状で我慢せよというのは精神的にかなり応えます。

昼行燈の眼は信頼していますから、今はチートによってそれは心の奥底に鎮め込んでいますが、これ以上最悪な展開に進みそうになるのであれば我慢など辞めて即行動に移すでしょう。

 

 

「あの‥‥お風呂、ありがとうございました‥‥」

 

 

昨日は泣き疲れて寝てしまい、お風呂に入れていなかった前川さんがおずおずと現れました。

制服の隙間から覗くお風呂上りの上気した肌は、平均的な女子高生より発育の良い前川さんの肢体をより色っぽくしています。

こんな少女がクラスメイトに居たら、男子生徒達は少なくとも一度くらいは様々な妄想をしたことがあるに違いありません。

 

 

「いえ、お気になさらず。下着のサイズは大丈夫でしたか?」

 

 

七実アイによる3サイズ計測の誤差は0.1cm以内なので問題ないと思うのですが、それでもチートを過信していると痛い目を見るかもしれません。

 

 

「はい、大丈夫です」

 

「そうですか、良かったです。朝食はもうできていますが、寝坊助2人を起こしてくるので少し待っていてください」

 

「わかりました」

 

 

慣れない私の部屋で居心地の悪そうにしている前川さんの初々しい反応は、今や第二の我が家のように悠々自適に振舞い私物が家主のものよりも多くなりつつあるいつもの4人に思い出させたいものですね。

許可はしたものの本当に買ってくるとは思わなかったベッドや、各メンバーの私物がまとめられ完全にお泊り用となった洋室の扉を開けて中に入ります。

定期的に私がチートを駆使して掃除をしたり、ベッドメイクしたりしている為、下手なホテルよりも快適で清潔感あふれる空間を維持しているのですが、ものの見事に荒れていました。

特に楓の寝ているベッドなど枕元に読みかけで伏せられた漫画、同じく枕元に置かれていたが落下して飛散と思われる飴の袋、スマートフォンの充電器等が刺さった延長コード、足元には昨夜の内から用意していたと思われる着替えセット等物の置き過ぎで寝るスペースがかなり侵食されており寝難そうです。

しかし、当の本人はその侵食されている状態がベストだというのですから、世の中わからないものですね。

窓際に位置する楓のベッドの手前には、布団の上で胎児のように丸くなって眠る菜々がいます。

物で溢れている楓とは違い、菜々の布団の上には充電中の携帯電話とお気に入りのうさぎのぬいぐるみ『ピーター君』しかいません。

今年で2Y歳のはずなのですが、うさぎのぬいぐるみを抱きしめて眠る姿がとても似合っているあどけない幼さは羨ましい限りです。

私がぬいぐるみを抱いて寝ていたら、きっと見た人全てが苦笑するしかないはずですから。

 

 

「2人共、朝ですよ。起きなさい」

 

 

これまであった朝の攻防による経験上、起きるはずがないと確信していながらも一応声をかけます。

無駄だと分かっていても最終警告というものは、自らを守る為にも重要でありますのでしておかなければなりません。

案の定返ってきたのは、規則正しい寝息でした。

予想通りの反応に軽くため息をつきながら、まずカーテンを開けます。

日光には覚醒を促す作用があるのですが、本日の天気は生憎の雨模様でありその効果は望めないどころか、穏やかなリズムで打ち付ける雨音は逆に睡眠へと誘いかねません。

次に2人が包まっている布団をしっかりと持ち、一気に引きはがします。

下手に優しさを出してしまうと引きはがされまいと抵抗されて2人の手を痛めてしまいかねないので、情けも容赦も一切なく一瞬で完了させます。

 

 

「うぅ‥‥」

 

 

布団を引きはがされたことで、雨の日の少し冷たい空気が首筋等を撫でる刺激で菜々が目を覚ましました。

いつものメンバーにおいて良心枠に所属する菜々は、私の部屋に入り浸るようになるまで美城本社から電車で1時間ほどの場所にあるウサミン星(築30年)に住んでおり、一人暮らし歴も結構長いので寝起きは比較的良いです。

 

 

「あれ、もう朝ですか‥‥おふぁひょうほはいます」

 

「はい、おはようございます」

 

 

寝惚け眼を軽く擦りながら身体を起こした菜々は、その焦点の定まりきっていない目で周囲を見回して首を傾げました。

寝起きは良くても起きてから完全覚醒するまでに時間は長く、それまでの間は設定年齢よりも幼いとても可愛らしい菜々を見ることができるのです。

着実に増加傾向にある菜々のファンからすれば血涙を流して見たいという光景かもしれませんが、これは家主の特権という事で諦めてもらいましょう。

 

 

「朝ご飯ができてますから、顔を洗ってきましょうか」

 

「ふぁ~い」

 

 

まだまだ寝惚けているのか時折ふらふらと左右に揺れながら洗面台へと向かっていく菜々を見送り、強敵との戦いに備えて気合を入れなおします。

 

 

「すぅ‥‥すぅ‥‥」

 

 

布団を引きはがされたというのに穏やかな寝息を立て続ける楓の寝顔は幸せそのもので、ベッドの上が散らかった状況であってもその美しさと魅力は損なわれることがないどころか、逆に際立っていますね。

流石は現役トップアイドル、自ら意図せずに片付けられないというマイナス要素ですら自身のプラスに変えてしまうとは。

世に多く存在する片付けられない女性達が知れば、嫉妬に狂う事でしょう。

 

 

「楓、起きなさい」

 

「あと、5分‥‥」

 

 

身体を軽く揺らして覚醒を促しますが、返ってきたのは起きる気のない寝坊助が宣う定番文句でした。

ここまでテンプレ的な反応をされるとこんな時にどういう顔をすればいいかわからなくなります。

とりあえず、笑っておきましょう。

さて、身体を揺すった程度でこの寝坊助25歳児が起きるとは思っていませんが、今日はどういった趣向で起こすことにしましょうか。

前回は擽り地獄で、前々回は耳元で延々と般若心経(サンスクリット語)を唱える等遊び心を忘れない起こし方を心掛けていますが、そろそろ本気を出さないといけないのかもしれません。

しかし、こんな寝坊助なのによくこれまで一人暮らしをやっていけたものだと感心します。

担当である武内Pに聞く限りでも遅刻をしたことは片手で足りる程度しかないそうですし、必要に駆られればできるのかもしれません。

そう考えるとこうして甘えられているのは嬉しいような、少しは人に頼るのを辞めて自立しなさいという、相反する気持ちが生まれ複雑ですね。

楓の鼻を痛みは感じはしませんが、鼻腔は完全に塞がれる絶妙な力加減でつまみます。

 

 

「‥‥」

 

 

塞いだ当初は何の変化もありませんでしたが、鼻からの酸素の供給が絶たれ次第に苦悶の表情へと歪んでいきました。

それを見て、少しだけ心が躍ってしまうのは黒歴史の封印が順調に解かれているからなのか、それとも私の元から持つ嗜好なのかはわかりません。

ただ、一般的ではない異常(アブノーマル)な嗜好であるのは間違いないでしょう。

 

 

「ぶはっ‥‥な、何!?何が起きたの!?」

 

「おはようございます。朝ご飯はできてますよ」

 

 

楓が覚醒したタイミングで視線誘導(ミスディレクション)を使って鼻をつまんでいた右手から意識を逸らせて、さも何事もなかったように振舞います。

ばれても問題はありませんが、こういった悪戯はどこまで隠蔽できるかに挑戦するのが楽しいので最大限努力させてもらいましょう。

 

 

「‥‥七実さん」

 

「はい?」

 

「何しました?」

 

「寝坊助を起こしましたが、何か」

 

 

爽やかとは程遠い目覚めに楓がジト目で睨んできます。

楓のファンであればご褒美であり、魅了されて全て語ってしまうくらいの破壊力がありそうですが、私はどこ吹く風と受け流します。

普通に起こそうとしても起きない25歳児が悪いのですから。

ジト目に全く効果がないことに頬を膨らませて抗議してきますが、ここまで意識が覚醒すれば二度寝はしないでしょうから大丈夫でしょう。

思いの外時間を食ってしまったので、食べずに待っていてくれているであろう前川さんには悪いことしてしまいました。

朝食メニューの1つである雪虎竹虎も少し冷めてしまったかもしれませんので、温めなおさなければならないでしょうね。

雪虎竹虎、焼き目をつけた厚揚げに大根おろしまたは青葱を振りかけて醤油を垂らしたお酒のあてです。

厚揚げに入った焼き目の茶色が虎の模様に見え、大根おろしを雪に、青葱を竹に見立て昔の人達は粋な遊び心を持ってそう呼んだそうです。

その出汁も旨味も関係ない飾らない素材を活かした味わいは、酒のみにならずご飯のお供としても優秀であり、決してメイン格にはなれないでしょうが助演役としてはこれ以上の存在はないでしょう。

 

 

「七実さん」

 

「はい」

 

 

朝食を温めなおすためにキッチンの方に向かおうとしたら、楓に呼び止められました。

 

 

「おはようございます」

 

「はい、おはようございます」

 

 

振り返った私の目に飛び込んできたのは、先程までの不機嫌そうな様子は微塵も感じさせない眩しい笑顔でした。

同性であっても見蕩れ、認めざるを得ない楓の笑顔には嫉妬という醜い感情が入り込む余地などないでしょう。

プロデューサーとして働き出した最初にこんな笑顔を浮かべるアイドルを担当したのなら、武内Pがああも笑顔の力にこだわる理由がわかる気がします。

島村さんもそうですが、本当に笑顔1つで人の人生を大きく左右させてしまうような逸材という存在は凄いと思いますね。

 

 

「さっさと顔を洗ってこないと、先に食べ始めますからね」

 

「はぁ~~い」

 

 

何故小学生のように手をあげて答えるのか理由はわかりませんが、どうせ聞いたところで首を傾げられるだけなので流してしまいましょう。

さて、今日も平和な渡家朝食の献立は

ご飯、ワカメと豆腐のお味噌汁、鶏肉の塩麹焼き、雪虎竹虎、自家製漬物(きゅうり、なす)となっています。

 

 

 

 

 

 

朝食を終えた後、自慢のスポーツカーで法の範囲内で世界を縮めて前川さんを寮に送り、そのまま出勤しました。

私の愛車は2人乗りなので、楓と菜々には徒歩で出社してもらうことになりましたが、私の部屋から美城本社までの距離は一般人レベルで考えても苦も無く徒歩通勤が可能な距離なので大丈夫でしょう。

私が出た後で二度寝なんかしていたらその限りではありませんが。

出社した私は、他に出演するアイドルのスケジュール上今日はMV撮影がないので部下に任せて置いた仕事の進捗状況確認と新たに振り分ける仕事の選定を済ませた後、今日も今日とて武内Pへのフォローへと向かいます。

昼行燈に止められているので積極的な介入をするつもりはありませんが、あまりにもうじうじと悩み過ぎているようであれば少し喝を入れる位は許されるでしょう。

そんなことを考えながらシンデレラ・プロジェクトのプロジェクトルームを目指していると、何故か帰り支度をしてエレベーターの方へと向かう渋谷さんの姿が見えました。

怒りと絶望が入り混じった、話しかけるなと言わんばかりの負のオーラを漂わす様子は、明らかにただ事ではないことが起こったと確信させます。

また、武内Pが不器用過ぎる対応で年頃少女の地雷を思い切り踏み抜いたのでしょうね。

相手のことを慮る気持ちは無くしてはならない大切なものではありますが、それに固執し過ぎて周囲との不和を生み出すのは良いことではありません。

ちひろの方は今日1日オフをもぎ取ってきたそうなので、本田さんと少し話してくるとメールが入っていました。

島村さんは体調不良でお休みのようですから、武内Pが未だ踏み出す勇気を持てていないのならば現在の渋谷さんのフォローは私の役目でしょう。

 

 

「渋谷さん」

 

「‥‥何?」

 

 

元々クール気味な容貌をしていましたが、それに不機嫌さが加わると余程面の皮が厚いような人間でなければ話しかけにくい威圧感がありますね。

私が本気で発する威圧感に比べれば、子犬の威嚇程度の凄みしかありませんが一般人であれば十分に通用するレベルでしょう。

折角綺麗な顔立ちをしているのに、そんなオーラを漂わせては魅力も半減ですね。

数々のシンデレラ・プロジェクトメンバーから相談を受けてきた私の腕の見せ所でしょう。

 

 

「少し、お話しませんか?」

 

「‥‥別にいいけど」

 

 

てっきり最初は断られると思っていたのですが、あっさり了承されました。

言葉数は少なく容姿で誤解されそうですが、渋谷さんは意外と素直で心に色々と熱いものを持っているのかもしれません。

若干、神崎さんと同類のような言葉選びをする時がありますし。

 

 

「では、立ち話もなんですし場所を移しましょうか」

 

「わかった」

 

 

今回の話はあまり聞かれたくない内容ですから、人気のない場所が好ましいでしょう。

脳内でこの時間帯における美城本社内の動きから人が集まらないスポットを検索し、その結果から決めた一か所に向かう為エレベーターの上ボタンを押します。

渋谷さんがちゃんと乗ったことを確認してから扉を閉め、最上階のボタンを押して到着を待ちます。

エレベーターが上昇を続ける間、互いに口を開くことはせず沈黙が流れますが、別に気まずい感じはありません。

鈍感な私が気付いていないだけかもしれませんが、渋谷さんも武内Pに対する様々な感情でそんなことを気にする余裕もなさそうです。

屋上庭園のある最上階は雨模様の天気もあり、私の想定通り人の気配は一切ありません。

反響定位等の察知スキルで確認しても反応はないので、このフロアに私たち以外の人間はいないと考えていいでしょう。

さて、適当な場所に腰かけて相談開始と言いたい所ですが、まずは言葉滑りを良くするために飲み物を購入するのが先ですね。

 

 

「渋谷さんは、何を飲みますか?」

 

「‥‥ココアで」

 

「わかりました」

 

 

近くにあった自販機に小銭を投入しながら尋ねると、何とも可愛らしいリクエストを受けました。

そういえば、初舞台の時に好きなものを叫べばいいと言われ『チョコレート』と一番に言ったくらいですから、甘党なのかもしれませんね。

渋谷さんのココアと自分用のオレンジジュースを購入し、庭園を眺められるように配置されているベンチに腰掛けます。

 

 

「どうぞ」

 

「‥‥ありがと」

 

 

ココアを渡して、とりあえずオレンジジュースを飲みます。

酸味の強い果汁100%の味は、すっきりとしていて身体が目覚めるようですね。

隣に座る渋谷さんもココアをちびちびと飲んでおり、こんな状況でなければ頭でも撫でてあげたくなるくらい可愛らしい姿でした。

 

 

「さて、喉も潤ったことですし、何があったのか聞かせてもらってもいいですか?」

 

「うん。実は‥‥」

 

 

ゆっくりと語られた武内Pの対応の下手さは、思わず天を仰ぎたくなるレベルでした。

以前の事を鑑みれば今回の件でトラウマが触発され二の足を踏んでしまうことは理解できますが、それでも本当に的確に地雷を踏み抜いていくとは思いませんでしたよ。

これは、私が止めて話を聞かなければ本田さんに続いて渋谷さんまで辞めると言い出していたのではないでしょうか。

感情の振れ幅が特に激しい思春期少女の気持ちを完全に理解せよとは言いませんが、それでも大人であるのならいくら自身が精神的に不安定でも子供の不安を受け止めてあげなければ潰れてしまいます。

アイドルなんていう理想と現実のギャップが激しい職業では特に気をつけなければ、輝かしいステージに繋がっていると思った道が闇に閉ざされ、迷子になり不安に駆られるでしょう。

 

 

「迷った時に誰を信じたらいいかわからないなんて、嫌なんだよ‥‥」

 

「そうですね」

 

 

誰を信じたらいいかわからない、そこでフォロー役である私を思い浮かばないのは、他のメンバーとばかり交流していて渋谷さんや本田さんと関わる機会が少なかったという怠慢が招いた結果なのかもしれません。

きちんと話して信用してもらえるだけの関係が作れていれば、渋谷さんがこんな不安に悩まされることはなかったでしょう。

今回の件は武内Pだけの失敗ではなく、シンデレラ・プロジェクトに関わっていた大人全員の失敗なのかもしれません。

自分はちゃんとフォロー役としてするべきことをしていたと思いあがっていた自身を殴り飛ばしてやりたいですね。

 

 

「ねえ、何でアンタはあいつのことを信頼できるの?」

 

 

私達から逃げてるのに、呟くように言った渋谷さんの声は親を求める子犬のような弱々しさがありました。

 

 

「‥‥確かに武内Pは貴方達から逃げているのかもしれません」

 

「だったら!」

 

「でも、逃げ続けるだけで終わらないと信じています。何だかんだで、付き合いは長いですからね」

 

 

以前はただ去っていく少女を見送るしかできなかった武内Pですが、今回はきっと乗り越えてくれるだろうと信じています。

もし1人で立ち上がることは無理でも、誰かが傍にいれば違うかもしれません。

昼行燈もこういった事態を見越して私やちひろをフォロー役につけたのでしょうね。1つの目的を達成する為に100もしくはそれ以上の策を用意する人間ですから。

 

 

「まあ、渋谷さんにそれを理解しろとは言いませんよ」

 

 

私が信頼しているから、付き合いの短い渋谷さんにそれを強要するのは間違っているでしょう。

人間関係というものは時間をかけてゆっくりと形成していくものであり、第三者が口を挟んだところで好転することはなかなかありません。

 

 

「ですが、完全に見限るのは少し待ってくれませんか。きっと、武内Pは貴女の前に本田さんを連れて現れるでしょうから」

 

 

ちひろも動いていますし、後は武内Pが勇気を持って一歩踏み出して本田さんと直接話し合う機会さえ用意できれば解決するはずなのです。

問題はその勇気をどうやって出させるかですが、何とかしてみます。

私はシンデレラ・プロジェクトの全員にトップアイドルになってもらうと決めているのですから、こんなことで失うわけにはいきません。

 

 

「今日は心の整理がつかないでしょうから、ゆっくり休んでいてください。スケジュール調整は私の方でやっておきますから」

 

「‥‥わかった。私も、もう少しだけ待ってみる」

 

「ありがとうございます」

 

 

完全に信頼しているわけではないようですが、何とか猶予を引き出すことには成功したようですね。

数日もない短い猶予でしょうが、それでも全くないよりは遥かにましであり、上手く事が進めば今日中に解決できそうなので十分でしょう。

 

 

「こっちもありがと‥‥話を聞いてくれて」

 

「お礼を言われる程の事ではありませんよ」

 

 

元々は私がフォローを後回しにしていたことが招いたようなものですから。

そんなマッチポンプ的なことでお礼を言われてしまったら、罰が悪くて居た堪れなくなります。

 

 

「今回の件が片付いたら、また妖精社に行きましょう」

 

「うん、楽しみにしている」

 

 

先程まで纏っていた負のオーラが和らぎ、表情も少し穏やかになったことに安堵します。

妖精社に連れていった際には、食べるまでには勇気がいりますが意外に美味しいチョコレートを使った料理を教えてあげましょう。

その料理を前にして、渋谷さんがどんな表情をするかが楽しみですね。

暗雲低迷、自業自悔、一肌脱ぐ

シンデレラ・プロジェクトの平和の為に、ひと頑張りしましょうか。

 

 

 

 

 

 

渋谷さんと別れた後、私は早速武内Pの元へと向かいました。

まだうじうじと悩んでいるようであれば、そのお尻を蹴飛ばすくらいの事をして行動に移させるつもりです。

本田さんの離脱後新規ユニット案を提示して切り捨てるようなことを言えば、アイドルを大切に思う武内Pはきっと反論してやる気を出すでしょう。

それは私に対する信頼感を生贄に捧げる必要がありますが、その程度でシンデレラ・プロジェクトに平穏が訪れるのなら安過ぎる出費です。

覚悟を決めて扉を開けます。

 

 

「おや、渡君。どうしたんだい?」

 

 

てっきり渋谷さんの連撃によって落ち込んでいる武内Pが居ると思ったのですが、部屋にいたのは昼行燈でした。

ソファに腰掛け、暢気にお茶を啜っているおり自身の仕事はどうしたのかと尋ねたくなりますが、きっと誰かに投げたのでしょうね。

潰れるような量は投げたりしないでしょうが、哀れな犠牲となった人に心の中で黙祷をささげます。

 

 

「それはこっちの台詞ですが‥‥武内Pは何処に?」

 

「ああ、彼なら島村君の所にお見舞いに行ったよ」

 

「そうですか」

 

 

そういえば、渋谷さんがそんなこと言っていましたね。

最近は日中の寒暖差も激しいですし、今日みたいに雨が降って1日で最高気温もがらりと変わりますから体調を崩しやすい時期ではあります。

身体が資本なアイドルにとっては体調管理も大切な仕事なのですが、きっと今回の件で精神的な影響も関係あるでしょうから崩してしまったものは仕方ありません。

しかし、渋谷さんとの件があったばかりの武内Pに島村さんのお見舞いに行くということまで頭が回るはずがないので昼行燈の入れ知恵でしょうね。

 

 

「なら、今西部長は何故主不在の部屋でお茶を?」

 

 

飄々として何を企んでいるかわからない昼行燈ですが、無駄に見えてそれらが全て布石だったりするので、こうしてこの部屋でお茶を飲んでいるのにも意味があるはずです。

 

 

「そろそろ、痺れを切らせる頃合いだと思ってね」

 

「‥‥」

 

 

積極介入ではありませんが、実際に武内Pに勇気を出させる為に色々としようとしていたので痺れを切らせたと言われればその通りになってしまいます。

本当に嫌になるくらい私の事を熟知していますね。NTとかのように未来予知に近い特殊感覚でも備わっているのでしょうか。

悪戯が成功した子供のようなどや顔が鬱陶しいので、またデコピンで黙らせてやろうかと思いましたが、手を出してしまえば負けを認めてしまうのと同意義なので堪えます。

せめて、輿水ちゃんのようにうざかわいいどや顔ならましなのですが、うざかわいいどや顔をする中年男性というのはかなり気持ち悪いので今のままの方がいいかもしれません。

 

 

「沈黙は肯定と受け取るよ」

 

「別に積極的な介入をするつもりはありませんでしたよ」

 

 

どんな言い訳を並べても昼行燈は誤魔化されないでしょうから、両手を挙げて降参の意志を示し対面のソファに腰掛けます。

テーブルの上には昼行燈の湯呑以外何もないので、これではやけ食いもやけ飲みもできません。

孫悟空が色々と威張っていたことが全てお釈迦様の掌の上だったと気が付いた時は、きっと今の私のような気持ちを抱いていたのでしょうね。

 

 

「渡君は過保護だよ。もっと彼を信頼してあげてもいいじゃないかね?」

 

「信頼はしていますよ」

 

 

信頼はしていますが、私は我慢弱いので待てないだけです。

昨日の内に武内Pが本田さんとしっかりと話し合って、見解の相違による勘違いをきちんと解いていれば渋谷さんが困惑することもなかったでしょう。

最終的にそれら全てが解決され、このぶつかり合いも今後のプロジェクト進行において無駄にはならないと分かっていても、それでも傷つく人が少なくあってほしいと思うのです。

自身のエゴや偽善を押し付ける行為であると自覚はしています。でも、私は誰かが傷ついている姿を見て平静でいられません。

私自身が傷つくのは構いません。苦痛も悲しみも私が犠牲になることで他の人々が救われるのなら、喜んでこの身を捧げましょう。

だからといって、自分が傷つくことが好きなドMという訳ではありません。

私だって痛いのは嫌いですから、そうすることなく簡単に解決できるやり方があるのならそちらの方を選択します。

 

 

「でも、不安そうな他の子を見て黙っておくことなんてできません」

 

「だろうね。君は本当に優し過ぎる‥‥そして、解決策が自己犠牲のきらいがある」

 

「否定はしません」

 

 

きっと昼行燈は私がどうやって武内Pに行動に移させようとしていたか、だいたいの見当はついているのでしょう。

だからこそ、私より先んじて武内Pと接触して島村さんのお見舞いに行かせて、この部屋で私を待ち受けていたのでしょうね。

どれだけ私の行動が読まれていたのかを理解する度に、本当に嫌になります。

 

 

「まったく、君はいつも自分への被害を勘定に入れないね」

 

「その方が解決が早いので」

 

 

兵法は神速を尊ぶというくらいですから、物事の解決もそれと同じように素早く対応することで被害を最小限に抑え確定させる必要があります。

特に人の上に立つものとしては、そういった損切りできる判断力は大切でしょう。

その損失や被害を下の者に押し付けるならまだしも、私自身が引き受けているのですから文句を言われる道理はありません。

確固たる意志を示すようにしっかりと目を見ながらそう言うと、昼行燈は呆れたように大きな溜息をつきました。

 

 

「確かに、被害を無視するのなら取れる選択肢は多くなる‥‥けど、誰かを犠牲にして救われた者達は本当に喜べると思うかい?」

 

「‥‥」

 

「君の過保護さで救われている部分もあるから、それを否定はしないよ。

だけどね、自分を蔑ろにし過ぎることだけはもう一度よく考え直した方が良い。これは人生の先輩からのアドバイスだよ」

 

 

それだけ言うと、残っていたお茶を飲み乾して昼行燈は湯呑を持って去っていきました。

人生の先輩と言っていましたが、一応精神年齢は同世代くらいになるはずなのです。なのに、ここまで精神的な落ち着きに差があるのは何故でしょう。

精神は肉体に引きずられるということなのか、またはチートによってイージーモードな人生で経験が足りていない所為なのかはわかりませんが、勝てないと思ってしまいます。

昼行燈がプロジェクトルームから完全に出ていったことをスキルを使って確認し、大きな溜息をついてソファにもたれかかって天井を眺めました。

 

 

「‥‥考え直した方が良い、ね」

 

 

言いたいことはわかるのですが、人間一定数の年齢に達するとなかなか性格の矯正ができないものです。

だからこそ、昼行燈も矯正するような言い方ではなく考え直した方が良いというアドバイス的な形で言ったのでしょうね。

まったくチートを持っているのに人生儘ならないものです。

そんな人生の難しさについて悩んでいると、文学雑誌白樺を創刊したとある小説家の言葉が浮かびました。

『人生はむつかしく解釈するから分からなくなる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武内Pは島村さんのお見舞いに行ったそうですが、彼女の笑顔の魔法で守りたかったものを思い出して、魔法使いとしてのかつての姿を思い出してくれれば良いのですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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希望は強い勇気であり、新たな意志である

これにて7話のアニメ部分については終わりとなります。
8話に入る前に数話程、オリジナルが入ると思います。

今回、後書きに番外編ではありませんが短い他視点での話があります。


どうも、私を見ているであろう皆様。

目下最大の危機に瀕しているシンデレラ・プロジェクトの問題解決に乗り出して、積極介入ではない範囲内で頑張っています。

しかしながら、成果という成果を上げることはできていないというのが現状ですね。

人間の感情という正解の決まっていない上に状況によって複雑怪奇に変化していく儘ならない存在を何とかするのは、いくらチートを持っていたとしても難しいでしょう。

言い訳がましく聞こえてしまいますが、所詮私はこの程度の器だったという事なのでしょうね。

武内Pは島村さんのお見舞いに、ちひろは本田さんの家に行っている為、シンデレラ・プロジェクトを指示する人間が私しかいません。

幸い、調整が上手くいきメンバー達の予定は全てレッスンのみにすることができたので、精神的な動揺によるパフォーマンスの低下、それによる悪評価という負の連鎖は阻止できたでしょう。

私も後でレッスンルームに顔を出して、他のメンバーの心理面をフォローしておくべきかもしれません。

特に赤城さんや城ヶ崎妹さんのような年少組や緒方さんのような引っ込み思案なタイプは、こういった周囲の不穏な空気を敏感に感じ取りやすいでしょうから、特に注意が必要です。

色々な事柄に対して先んじて対策を打っていたつもりでしたが、結局のところ後手に回ってしまっていたという本当に呆れてしまいたくなる愚かさですね。

失敗を重ねるたびに思いますが、この見稽古というチートで何とか時間遡行というスキルを習得できないものでしょうか。

人が成長する為には時に失敗というものが必要というのは重々承知しているのですが、こうしてその事態に直面してしまうと思ってしまいます。特に私が何もできていないような現状においては。

 

 

「失礼します」

 

 

そんな考え事をしながら、武内Pの考えを基にして私なりに考えたシンデレラ・プロジェクトの今後の活動方針についてをまとめていると新田さんがやってきました。

その手には次回のイベントについて書かれた書類を持っているので、恐らく疑問点があったのでしょう。

生憎部屋の主である武内Pはいませんが、そのイベントについての資料は目を通しており、考えもわかっているので私でも十分に対応できます。

 

 

「どうされました、新田さん」

 

「七実さん?えっと、次のイベントのことで少しわからないところが‥‥」

 

 

今日はちひろがオフでしたから、きっと本田さんの件で精神が不安定な武内Pでは説明が足らない部分があったのでしょう。

その動揺を仕事に持ち込んでしまうのはいただけませんが、私のようにいざとなれば感情に反してなお鈍らず適切な判断を下し、人格を切り離し理に従うことができる人間の方が稀有でしょうね。

 

 

「それなら私でもわかりますから、聞いてくれて大丈夫ですよ」

 

「本当ですか。なら、ここなんですけど‥‥」

 

 

新田さんの質問に1つ1つ答えていくと、本来ならしないであろう通達ミスに溜息をつきたくなってしまいます。

トラウマを刺激されたのはわかっていますが、こんなミスを犯してしまうとはあの件が武内Pの心に植え付けたものは相当根深いようですね。

どちらに転ぶかわからない劇薬級のものを投与すれば早期治療は可能でしょうが、そうしなければ根治するには長い時間がかかるでしょう。

前世で読んでいた転生者の活躍する作品では、ヒロインたちが抱えるトラウマ等をオリ主の人達はいとも簡単に取り払っていましたが、私にはそれはできそうにありません。

 

 

「七実さん?」

 

 

考えがネガティブな方向へと沈みかけていると、心配そうな声で新田さんに呼びかけられました。

大人の動揺は子供達には伝わりやすいので、悩んでいる様子を悟らせないように表情を作っていたのですが、呆けていては何も意味がありません。

自分で考えている以上に昼行燈の言葉は私の中に波紋を起こしているのでしょう。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「はい、問題ありません」

 

 

動揺している原因さえわかれば対応は可能なので気持ちを入れ替えて、説明することに集中します。

10分ほどあれば、新田さんの疑問に関して全て答えることができました。

 

 

「以上が、今度のイベントの概要ですが、まだ何か質問はありますか」

 

「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございました」

 

「構いませんよ。私はシンデレラ・プロジェクトの補佐役ですから」

 

 

武内Pが不調の間は私やちひろで支えてあげなければなりませんし、私個人としてもシンデレラ・プロジェクトのメンバー達には好意を抱いているので助けてあげたいと思っています。

しかし、新田さんも気丈に振舞っていますが、やはりその表情には少しだけ影が落ちていました。

本田さんの件が起きてから数日しか経っていませんが、それでも一向に進展の見えない暗闇に不安を抱いているのでしょう。

昼行燈に止められていたとはいえ、こんな顔をさせてしまうくらいなら私を悪役にしても武内Pを奮起させるべきでした。

自己犠牲について考え直した方が良いと言われましたが、アイドル達の笑顔を曇らせてしまうくらいだったらその悲しみや悩みの全てを私が請け負ってみせます。

力があり、それを解決できる立場にあるのに何もしない、そちらの方が私の精神に悪いでしょう。

 

 

「大丈夫ですよ。明日にはみんな揃って、また笑い合えます」

 

 

新田さんの頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でます。

ちひろが動いているので本田さんとの会談は可能でしょうから、後はお見舞いから帰ってきた武内Pを本田さんの家に行かせれば全て解決でしょう。

それでも解決しないようであれば、本当に積極介入をせざるを得ないでしょうね。

まあ、そんなことはないでしょうが、何事も最悪の事態を考慮したうえで行動した方が良いです。

 

 

「‥‥本当ですか?」

 

「確かに、今回何もできていない私が言っても信頼できないかもしれませんね」

 

「違います!!」

 

 

大人しく頭を撫でられていた新田さんが、急に叫ぶような声で否定してきたので少々面食らいました。

頭に私の手が置かれたまま、怒りをあらわにしたような表情をされても子ども扱いされて反抗しているようにしか見えないのですが、それを言うと火に油を注ぐことになりそうなので黙っておきましょう。

とりあえず、しまらないので手をのけて傾聴態勢をとります。

手を放した瞬間、新田さんが少しだけ寂しそうな表情をしたので、思わず抱きしめたいという気持ちが溢れてしまいそうになりましたが何とか耐えました。

 

 

「七実さん、ちょっと正座しましょうか」

 

「はい?」

 

新田さんが指さしていたのは、人肌には冷たく感じられる床でした。

清掃員の人達や、時々私が綺麗にしているとはいえ人の出入りがそこそこあるこの部屋の床に正座をすればスーツが汚れてしまうので勘弁してもらいたいですね。

怒っていて正座と来れば、アニメや漫画で典型的なお説教コースではありますが、いったいどういう事なのでしょうか。

 

 

「だから、正座です。早くしてください」

 

「いや、ちょっと何言ってるのかわからないのですが」

 

「早く!!」

 

 

恋愛法廷を開廷した際のちひろや楓と同じ決して譲る気のなさそうな雰囲気に押され、これは何を言っても無駄だと判断した私は靴を脱いでから床に正座します。

今日は生憎の天気である為か床もひんやりとしていて、何とも言えない嫌な感じですね。

チートボディの筋肉量によって体温生産力が高いのでもう人肌くらいには温まってきましたが、それでも長くしていたいものではありません。

 

 

「何もしていないって、どういう意味ですか」

 

「意味も何も、言葉の通りですよ」

 

 

質問に素直に答えたのですが、新田さんの怒りは収まる様子はありません。

寧ろ、余計に長引きそうな予感があるのは気のせいだと思いたいです。

 

 

「アーニャちゃんから聞きましたけど、みくちゃんの相談に乗ってあげたことは?」

 

「それは後輩アイドルの愚痴を聞いてあげるのは先輩アイドルとして当然のことです」

 

「プロデューサーさんの代わりに私達のスケジュール調整をしたのは?」

 

「誰かが不調であるのなら手の空いている誰かが手伝うのは社会人の常識です」

 

 

2つとも今回の件に関係ないという訳ではありませんが、直接的な解決ではなく付随して発生した問題への対処ですから功績の範疇には入らないでしょう。

それに私がしなくても前川さんの場合は他のアイドル達が、業務であればちひろや昼行燈が手を回していたでしょうから、特別なことをしたわけではありません。

なのに、新田さんは呆れたことを隠さないあからさまな溜息をつきました。

 

 

「いいですか、七実さん。ちゃんと今回の件で頑張ってくれています!」

 

「ですが、今回の私の行動は根本的な解決になっていませんよね」

 

「もう!七実さんと私の間でこんなに意識の差があるとは思いませんでした‥‥」

 

 

私のことを評価してくれるのは嬉しいのですが、過大な評価は知らないうちに慢心や傲慢へと変貌しやすいので注意が必要です。

特に私はチートを持っていますから、それに胡坐をかいていては自身を錆びつかせてしまいいざという時に手が届かないという事になってしまいかねません。

しかし、こういう風に自分より5つ以上年下の少女に正座をさせられ説教をされていると、自分がなんてことのないちっぽけな存在のように感じられて新しい何かが見えそうな気がします。

今まで周りには私を格下に見てくるような人間はいませんでしたから、色々と新鮮ですね。

 

 

「とにかく、自分を卑下するのはやめてください!」

 

「卑下しているのではなく、自身の能力を客観視してそこから予想される基準によって判断していますよ」

 

 

見稽古という万人の努力を嘲笑うチートを持っている自分を卑下してしまっていては、その能力の習得元となった

努力を重ねてきた人たちに申し訳ありません。

だからこそ、その能力に敬意を払い正当な評価を下し、そして行動するならばそれに見合うだけの成果をあげなければならないのです。

 

 

「ああ言えばこう言うんじゃなくて、ここは素直にはいって言いましょうよ!」

 

「いえ、見解の相違というものは恐ろしいものですから、それがあるとわかっているのならきちんと話し合っておかないと」

 

「もう!‥‥もう!!」

 

 

今回の本田さんの件も武内Pとの見解の相違によって起きた事案なのですから、気をつけなければなりません。

私が言い返す度に新田さんはもどかしいような表情をして抗議してくるのですが、ぷんすかという表現がよく似合うであろう子供みたいな怒り方は罪悪感よりも微笑ましさの方が先行して説教されているというのを忘れてしまいそうです。

ここで表情を崩してしまうと余計に怒らせてしまいそうなので黙っておきましょう。

 

 

「七実さん、ちゃんと聞いてますか!」

 

「はい」

 

 

説教されていますが、割と平和な時間を過ごせています。

 

 

 

 

 

 

新田さんの説教後、時間が余っていたのでシンデレラ・プロジェクトのレッスンに参加させてもらい、聖さんと一緒に後輩の育成に努めました。

レッスン自体は調整レベルの軽いものでしたが、それでも本田さんの件がシンデレラ・プロジェクトに落した暗雲は大きく、真剣に取り組んでいても持ち前の魅力を十全に発揮できずにいました。

本来ならそんな身の入っていない動きをすればすかさず指導してくる聖さんも、今回の件について聞いているのか指導回数もいつもより3割程度少なめでしたね。

トレーナーとして夢破れる姿を多く見てきた聖さんから見ても、今のシンデレラ・プロジェクトの様子はよろしくないものと映ったのでしょうね。

現在はそんなレッスンも終わり、着替えを済ませてプロジェクトルームへと戻りました。

私は隊列の最後尾に位置していたのですが、先頭を歩いていた前川さん達が止まります。

 

 

「ぷ、プロデューサー!」

 

 

前川さん達の目の前に立っていたのは、島村さんのお見舞いから戻ってきたばかりと思われる武内Pでした。

何か急いでいるのか慌てた様子ですが、昨日までと全く違う輝きを取り戻した瞳を見て、私は魔法使いが自分に掛けていた魔法が解けようとしているのを悟ります。

きっと島村さんの笑顔の魔法が、自らを物言わぬ車輪としていた魔法使いの心を解かしたのでしょう。

島村さんの笑顔には不思議な力があるとは思っていましたが、まさかちひろや楓でもできなかったことを成してしまうとは思いませんでした。

いや、実際あの2人は今の関係がさらに崩れてしまうことを恐れて踏み出せていませんでしたから、厳密には違うかもしれません。

これなら、私がフォローをする必要がなくなる日も近いのかもしれませんね。

急にもたらされた後輩の成長を嬉しく思いつつも、少し寂しく思ってしまうのは私の傲慢なのでしょう。

 

 

「とりあえず、後ろが閊えてますから進んでもらえますか」

 

「あっ、すみません」

 

 

最後尾からそう促すと前川さんも前に進みだし、廊下で立ち往生していた他のメンバー達もプロジェクトルームの中に入ります。

自身に掛けていた魔法が解かれ、答えを得た武内Pはすぐにでも本田さんの所へ向かいたいのでしょうが、ここで他のメンバーを疎かにしてしまっては同じ轍を踏みかねません。

なので、今の武内Pには必要はないかもしれませんがフォローを入れておきましょう。

 

 

「後、武内P。急ぐ理由はわかりますが、この子達も聞きたいことがあるようですからそれに応えてあげてくれませんか」

 

「勿論です」

 

「そうですか、安心しました」

 

 

私の眼をしっかりと見つめてそう答える様子に、今回の件はもう全て武内Pに任せて大丈夫なのだと確信します。

本当に私は何もできなかったのですね。

最悪の事態を想定して一時は黒歴史時代に戻る必要さえあるかもしれないと思っていたのですが、そんなものは無意味でした。

いや、ここは拘束術式を開放する必要がなかったことについて喜ぶべきところなのかもしれませんが、やはり何もできていないというのは心にくるものがあります。

勿論こんなことを口にしてしまうと新田さんだけでなく、他のメンバー達にも説教されてしまいそうな気がするので言いません。

ですが、周りがどう思っていようと私自身は今回の件で何もできていないと思ってしまうのです。

 

 

「ちゃんと聞かせて、この部署はどうなっちゃうの」

 

 

先陣を切って武内Pに質問したのは、シンデレラ・プロジェクトの切り込み隊長的存在である前川さんでした。

CDデビューの時もそうでしたが、疑問をそのままにせずに尋ねてくる姿勢はアイドルとしてのプロ意識の高さからきているのでしょう。

前川さんの率先して周囲を牽引していくあり方は実にリーダー向きですが、やはり年相応の未成熟で暴走しがちな部分もあります。

なので、シンデレラ・プロジェクトのリーダーは最年長で落ち着きもあって、私に説教するくらいの度胸のある新田さんが最適でしょうね。

 

 

「未央ちゃんは?凛ちゃんは?」

 

「やっぱりやめちゃうの?」

 

 

城ヶ崎妹さんと赤城さんの悲しげな声に、思わずそんなことはないと叫びだしそうになりますがチートを使って堪えます。

今日ここから始まる舞台はかつての姿を取り戻した魔法使いが、夢を見失いかけている灰被り(シンデレラ)に再び魔法をかけに向かう話。

私という存在が入り込む余地などありません。

台詞を与えられなかったものは大人しく陰に徹して、少しでもこの舞台が最高で完全無欠なハッピーエンドを迎えられるようにするだけです。

 

 

「プロデューサーのこと信じて待っていようと思ったのに‥‥」

 

「大丈夫です」

 

 

決して大きな声ではありませんでしたが、確固たる意志を持って告げられたその一言は私を含めた全員の心に響きました。

こんなにも自らの意志を持った言葉を口にするのはあの出来事以来であり、本当に進みだしたのだなと心の内で拍手を送ります。

この瞬間が見たかったのです。一度は絶望に沈んだ人間が、様々な経験を積んで再び立ち上がり歩み始める。

その姿に感激し、心が熱く燃えない人間がいましょうか。いや、いないでしょう。

先程までどこか暗い雰囲気を漂わせていたシンデレラ・プロジェクトのメンバー達も、驚いた表情で武内Pを見つめ次の言葉を待ちます。

 

 

「ニュージェネレーションズは、解散しません。誰も辞めることはありません。

絶対に‥‥彼女達は、絶対に連れて帰ります。‥‥だから、待っていてください」

 

 

ああ、最高ですよ武内P。それでこそ、私のプロデューサーです。

私は痛いほどに高鳴り、その脈動が聞こえてくる心臓を両手で押さえながら、吊り上がってしまいそうな口角をきつく引き締めます。

貴方ならきっと足がすくんで動けなくなったり、途方に暮れて立ち尽くしていたりしても、最後には己のすべき事にきちんと向き合い歩き出すと信じていました。

これほど早くにこの光景を見ることができるとは思っていませんでしたが、心が躍りだしてこの場で高らかに万歳三唱を叫びたい気分です。

自分の中で激しく荒れ狂う獣のような衝動をチート能力で雁字搦めにして何とか鎮めて平静を保っていますが、些細なきっかけ1つでそれは解放されてしまうでしょう。

この場で全部を曝け出したいという欲望に従ってしまえば、第二の黒歴史が始まること間違いなしであり、今まで抑圧されていた分濃縮されたそれは過去の比ではないレベルの厨二力を発揮するに違いありません。

解放されている間は爽快感を味わうことができるでしょうが、平静に戻った瞬間には自動的に床を掃除してくれる清掃機器の仲間となるレベルでは済まない後悔が押し寄せてくるでしょう。

下手すれば、今世を諦めて来世に期待するしかないでしょうね。

一片たりとも開放してしまわぬように再封印に努めていますが、今回の欲望はなかなかに手強いです。

 

 

「わかった‥‥信じてるから、絶対に2人共連れて帰ってよね!特に未央ちゃんには、みくは言いたいことがあるし!」

 

「はい、必ず」

 

 

シンデレラ・プロジェクトのメンバー達にそう約束した武内Pは本田さんの許に行くために、プロジェクトルームを飛び出そうとしました。

ですが、扉の前に立っていた私はそのまま立ち塞がります。

チート能力のお蔭でギリギリの境界線上ではありますが、平静を保てているのでまだ大丈夫でしょう。

 

 

「はい、ストップ」

 

「渡さん、何でしょうか」

 

 

かなり言いがかりに近いかもしれませんが、私の心をこんなにも掻き乱しておいて待っていてくださいという言葉を素直に『はい、そうですか』と受け入れられるほど我慢強い人間ではありません。

もっとその輝きを間近で見たい、どのような答えを得たのかを知りたい、覚悟を持って臨んだ結末がどうなるかを鑑賞したい、欲望を解放できないのですから、せめてこれくらいはさせてもらわないと本当に第二の黒歴史がきてしまいます。

そんなつもりではなくても私をこんな風にしてしまったのですから、責任はきちんととってもらわなければいけませんよね。

自身の欲望に忠実過ぎる気もしますが、そこは適当な理由をつけて正当化するという大人の狡さを使わせてもらいましょう。

 

 

「本田さんの所に行くのでしょう?」

 

「はい」

 

「どうやって?」

 

「公共交通機関を乗り継いで行くつもりです」

 

 

私的な要件である為社用車は使えず、また電車通勤な武内Pがとる手段としては妥当なものです。

ですが、私からすればそんなゆっくりとした選択肢は論外です。

そんなことはないと確信はしていますが、時間をかけてしまっては折角の輝きを浪費してしまい陰ってしまいかねません。

なればこそ、私の正当化する理由が使えるのです。

 

 

「それだと、少々時間がかかりますね。今日は、偶々愛車で来ていますから送りますよ」

 

「ですが‥‥」

 

 

武内Pは私用なのに私に迷惑をかけてしまう事を気にしているのでしょうが、その迷惑と思っていることが私の目的なので断ってもらったら困ります。

なので、そんな余計なことを考える時間を与えずに強引に行かせてもらいましょう。

 

 

「つべこべ言わずに付いて来てください。時間は有限です、無駄にする暇なんてありはしませんよ」

 

「‥‥ありがとうございます」

 

 

やはり遠慮がちな人間相手には、押し売りするくらいの強引さが無ければ善意を受け取らせるのは難しいでしょう。

まあ、今回の場合はそんな善意とは程遠い、真逆と言ってもいいほどの身勝手な欲望ですけどね。

それで武内Pも公共交通機関を使うよりも早く本田さんの許へと駆けつけることができるのですから、win-winな関係というものでしょう。

扉を出た所に昼行燈がいたことが少々気がかりですが、今の私に取って優先順位の低い事柄ですから後にしても問題ありません。

拍手喝采、人間讃歌、善は急げ

さあ、最高に平和で素晴らしいハッピーエンドを期待していますよ。

 

 

 

 

 

 

満足、久しぶりに満ち足りたという感じがします。

普通の満足感ならアイドル業や妖精社の飲み会で常々感じていますが、今回の満足感はそれとは全く別方向のものですね。

本来なら満たされてはならない部分ではありますが、それでも適度な餌は必要でしょう。

本田さんと渋谷さんの円満な解決を見届けた私は、武内Pの事はちひろに任せて1人帰路につきました。

私の愛車は2人乗りなのですし、武内Pを乗せて帰るなんて言ったりしたら問答無用で恋愛法廷開廷が確定するでしょうから。

しかし、本当に今回の件が無事に解決してよかったです。

一度は壊れかけてしまった関係でしたが、互いが本音で語り合って理解を深めたことによって得られた信頼関係は今後の活動において大きな力となるでしょう。

かつての姿を取り戻した武内Pとシンデレラ・プロジェクトのメンバー達が、いったいどんな飛躍を見せてくれるのかが今から楽しみでなりません。

まだ少し鼓動が早いような気のする心臓に手を置き、その鼓動を感じながら誰もいない夜の事務所でほくそ笑みます。

瑞樹に飲みへと誘われていたのですが、今日はこの心地よい熱を味わっていたいですし、いつも通りの対応ができる気がしないので遠慮させてもらいました。

といいますか、今日中にこの感情を処理しておかなければ、明日以降にやらかしてしまう未来しか見えないので割と死活問題なのです。

 

 

「♪~~」

 

 

気配を絶ち、鼻歌を謳いながら手に持った缶コーヒーを指先で回転させて弄びます。

手っ取り早い方法としては感情のままに振舞い暴れることなのですが、そうなった私を止められる人間など七花しかいないでしょうから大惨事確定なので却下ですね。

なので、私が取れる選択肢としては何か別の事で気を紛らわせるという手しかないでしょう。

美味しいものでも食べれば満足するでしょうから、近くにあるコンビニに駆け込み3000円くらい散財して良さそうだと思ったものを買い占めてきました。

現在私のデスクはおにぎりに弁当、ホットスナック、お菓子、スイーツ、飲み物と全て含めると成人女性が必要とする1日分のカロリーになるのではないかと思えるくらいの食べ物で埋め尽くされています。

 

 

「‥‥ふふっ、なんだか凄いことになっちゃったわね♪」

 

 

今宵は、楽しい晩餐会ですね。

缶コーヒーを脇において、いただきますとしっかり両手を合わせて感謝の言葉を述べてから、孤独なグルメに取り掛かります。

最初はあったかいうちに食べるべきホットスナック達でしょう。

ホットスナックの王道的存在であるフランクフルトにたっぷりとケチャップとマスタードを絡めます。

少し欲張り過ぎてパリッとした焼き目が付けられた照りを放つ皮から零れ落ちそうになってしまうのも愛嬌ですが、勿論そんな勿体ないことはできませんので垂れてしまう前に口に運びました。

見た目を裏切らないパリッとした皮の食感とそれを破った瞬間にあふれてくる肉汁が、甘味が強く安っぽいケチャップと殆ど辛味を感じないマスタードによくマッチしていて、これぞコンビニのホットスナックという感じですね。

妖精社に行けば、数十円プラスの値段を払うだけで極上の一品を味わうことができるでしょうが、偶にはこういったジャンクな味というのも乙な物です。

3分と持たずに串だけになったのでそれを直線でゴミ箱に投げ込み、次の一品を吟味します。

厳正な抽選の結果選ばれたかにクリームコロッケに齧り付きます。

勢い余って一口で半分近く齧り付いてしまいましたが、今この部屋には誰もいないのでこの食い意地を見られる心配はないでしょう。

サクッとした衣の下に大切に隠されていた、微かにかにの風味がするような気がするずっしりと質量を持ったクリームが濃厚に舌にまとわりついてきました。

これなら下手にソースなど使ってしまうとこの濃厚さを殺してしまう事になりませんね。

空いた片手でお茶のペットボトルを開け、少しだけ口に含み舌に残っていた油を拭い去ります。

しかし、こうして食べてみるとコンビニのホットスナックも格段に進歩していることを実感しますね。

本格的な飲食店には敵わないでしょうが、それでもこのクオリティのものが全国各地に点在するコンビニで食べられるのですから十分過ぎるでしょう。

 

 

「さて、次は」

 

 

残っていたかにクリームコロッケを食べ終え、目の前に広がる食の楽園を眺め楽しみます。

ホットスナック系はまだフライドチキンが残っていますが、脂っこいものが続いていますのでそろそろ別のものを挟みたいですね。

ということで、次は日本人の心であるおにぎりにいきましょう。

中身もなく海苔も巻かれていない塩むすびは、塩気によって噛めば噛むほどにじんわりと広がるお米の味を引き立てていています。

具がない分だけ他のおかずとの相性も抜群であり、そう考えると最強のおにぎりなのかもしれません。

美味しいものを食べて、食欲のエンジンにも程良く火が入ってきたのでここからは加速させてもらいますよ。

ですが、とりあえず今回の件の総まとめとして、とあるドイツの宗教改革者の言葉を借りて述べるなら。

『希望は強い勇気であり、新たな意志である』

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、シンデレラ・プロジェクトのメンバーの一部が私の部屋にお泊りしたいと言い出して、武内Pに調整してもらい『シンデレラ・プロジェクトお泊り会 in 渡宅』が開催されることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「そして男は自分をシンデレラ達をお城に送る無口な車輪に変えてしまった」


今西部長が話してくれた昔話、そこで語られた男がプロデューサーであるというのはこの場にいる全員が察しているだろう。
あの仏頂面で何を考えているのかわからないプロデューサーにそんな過去があるなんて知らなかった。
私は今の姿しか知らないが、アイドル達に真っ直ぐ過ぎたという昔の姿も何となくであるが想像できる。
きっとプロデューサーは、その去っていったシンデレラ達のことをすべて自分の責任だと背負い込んで、今も責め続けているのだろう。


「いや、実際には変えかけてしまったというのが正しいかな」

「どういうことです?」


何とも含みのあるような言い方をする今西部長に美波ちゃんが尋ねる。
その質問を待っていたと言わんばかりのちょっと胡散臭い笑顔を浮かべるのを見て、七実さんが『あの昼行燈め』と愚痴を零していたのを思い出す。
確かにいつもの今西部長は、時々ここに顔を出してお茶を飲みながらプロデューサーやちひろさんと話しているだけで、いったいどこで何をしているのかわからない存在だった。
だけど、こうして絶妙なタイミングで現れて昔話を聞かせるという行動をみれば、全てこの人の計算の内ではないのかと疑いたくなってしまう。


「それを語る為に、もう1人の登場人物を紹介しよう‥‥昔々ある所に神様に愛された女がいました。
女にできないことは殆どなく、知らなかったことでも数度教えれば完璧に身に着け、お城の中でも一躍有名になった」


七実さんの事だ。
誰も口にはしないが、その女が七実さんだという事はわかっているだろう。


「そんな女に周囲は困ったことがあるとすぐに助けを求めた。それは1人、2人、10人と女が誰かを助ける度に増えていき、男のような助けを求めていない人間にも手を差し伸べるようになった。
普通の人間であればとっくの昔に潰れている量の仕事であっても女にとっては不可能ではなく、全てに手を伸ばして救ったんだ」


確かに七実さんの抱える仕事量は異常である。
今朝の事であるが、本当に偶々346プロNo.1アイドルとして名高い楓さんのスケジュール帳の一部を目にしたのだが、その仕事量たるや身体が持つのかと心配になるくらいだった。
七実さんのアイドル活動も楓さんほどではないとしても、そこに係長としての仕事や私達シンデレラ・プロジェクトの補佐だったりとそれらを加味すると楓さんの仕事量を軽く上回るだろう。
そんな量の仕事を半日で片付けたりもする七実さんは、今西部長の言う通り神様に愛されているのかもしれない。


「しかし、いくら神に愛されているとはいえ限界はある。だから一部の人間は女を諫めたり、気を逸らしたり、先に救ったりと負担を減らそうとした。
だが女は止まらなかった、いや止まれないのかもしれない。女にとって誰かを救うことは、自身よりも優先度が高いのかもしれないね」


自分を蔑ろにしてまで誰かを救う。それは物語の中であれば、救世の英雄のように尊い行為かもしれない。
だけど、止まることなく自己犠牲を払って誰かを救い続けるなんて間違っていると思うし、そんなの悲し過ぎる。


「‥‥どうして、その女は自己評価が低いんでしょうか」


何か思い当たる節があるのか、美波ちゃんが再び尋ねる。


「それは‥‥残念だけど私にもわからない。
ただ、これは推論でしかないがね。きっと女にとって全てはできて当然な事なんだと思うよ」


全てはできて当然、普通の人であれば傲慢として取られそうなその言葉も七実さんが言うと納得してしまいそうな説得力がある。
ネットでも偶に話題になっているが、七実さんにできないことなんて本当にあるのだろうか。
私も七実さんの一部しか知らないのだが、それでも料理や虚刀流を始めとした運動神経、歌唱力と規格外レベルの能力が何個も浮かぶ。


「男は君達と一緒に活動しだして、かつての姿を取り戻した。
だからね、私は君達が彼女も変えてくれるのではないかと、つい期待してしまうんだよ。

ああ、だからと言って君達に何かしろというわけじゃないから安心してほしい。彼女の場合、そうすると逆効果になりそうだからね」


『全く困った子だよ』と言い残して、今西部長は役目を終えたような清々しい顔で去っていった。
残された私達は自ずと互いの顔を見合わせて、どうするべきなのか誰かの言葉を待つ。
私達シンデレラ・プロジェクトのメンバー達は大なり小なりの差はあれど、全員七実さんのお世話になったことがある。
そんな恩人を助けられるなら頑張るつもりであるが、その方法が皆目見当がつかない。


「とりあえず、今西部長の言う通り私達は私達らしくいきましょう」

賛成です(アダブリエーニイ)』「師匠(ウチーティェリ)は強敵です」


確かに私達が何か企んだところで、きっと直ぐにばれてしまうだけだろう。
だったら、今まで通り私らしく振舞っていくしかない。
現状の方針が決まり、先程まで剣呑な空気も薄れ、まだ少しぎこちなさが残るもののいつもの和やかな雰囲気に戻りつつある。


「じゃあ、プロデューサーさんが戻ってくるまでお話でもしてましょうか。何かいい話題はあるかしら?」

「そういえば、ミクは師匠(ウチーティェリ)の家にお泊りしたらしいです」

「ちょっと、アーニャ!」


親友の当然の裏切りによってメンバー達の興味の矛先が一気に私の方に向く。
元々はあの行き場のない愚痴を聞いてもらおうとしただけであり、お泊りする気持ちなんてこれぽっちもなかったのだ。
だけど、色々と感情が溢れ出して泣いてしまいそのまま泣き疲れて寝てしまったら、次に目が覚めたら七実さんの家だったのである。
一緒に寝る約束をしていたのにすっぽかした件については散々謝ったというのに、どうやらまだ許してくれていなかったらしい。


「みくちゃん、お泊りしたの?」

「ええぇ~~、ずるぅ~~い!私もお泊りしたいぃ~~!」

「いや、別にお泊りしようとしたわけじゃ」

「我が盟友の裏切り、この真眼を持ってしても見抜けず」

「わ、私も頼んだら‥‥お泊りさせてくれるかな?」

「大丈夫だよ、智絵里ちゃん。七実さん、優しいもん」


先程までの空気は完全に消え去ったが、その代償として私はこれからメンバー達から集中砲火を受けることになるのだろう。
その原因となった親友の方を見ると舌の先を少しだけ覗かせた後、悪戯っ子のような無邪気な笑顔を浮かべていた。


「じゃあ、今からはみくちゃんへの質問大会にしましょうか」

「「「「「「「賛成♪」」」」」」」


杏ちゃんのような我関せずな人を除いて全員が賛成に回ってしまった以上、私に逃げ道はないだろう。


「勘弁してほしいにゃ‥‥」


興味津々な感じに目を輝かせて私への包囲網を形成するメンバー達を見て、私はそう言わずにいられなかった。





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青春は人生にたった一度しか来ない

書きたいことが多くなってしまったので、また前後編になります。
前編は7話のEDがメインとなった話となっております。


どうも、私を見ているであろう皆様。

武内Pと本田さんの間にあった見解の相違によって起きた一連の事件は、車輪となっていた魔法使いがかつての姿を取り戻したことにより、素晴らしいハッピーエンドを迎えることができました。

私が何もしなくてもこのような結末が訪れるのですから、やはり人間は素敵です、素晴らしいです。

この心の奥底から暴れ狂うように這い出して来る魔物のような歓喜の産声は、語ろうと思えば一昼夜でも語り続けることができるかもしれません。

まあ、そんな黒歴史の再来を晒した場合には、恥ずかしさが上限を容易く突破し恥ずかしさで死んでしまうでしょうね。

なので、皆様にお伝えしたいことは、今後シンデレラ・プロジェクトは飛ぶ鳥を落とす勢いで飛躍していくこと間違いなしですので、ファンになるなら今のうちだという事です。

そして現在はシンデレラ・プロジェクトの朝礼で今回の件を起こした本田さんがメンバー達に謝罪しているところで、事情は事前通達しておきましたが昨日帰ってしまった渋谷さんも一緒に頭を下げていました。

 

 

「「ごめんなさい!」」

 

 

その様子を見ているシンデレラ・プロジェクトのメンバー達は、無事解決して良かったという心から安堵した優しい表情をしています。

本田さんに物申したいことがあると言っていた前川さんも、何だかんだで心配していたのか『仕方ないなぁ』と言わんばかりの優しい表情をしていました。

これくらいの事を容易に受け入れられる広い器が無ければ、カリーニナさんのストッパー役は務まらないのでしょう。

雨降って地固まるというように、この件を経てシンデレラ・プロジェクトの結束が更に密になることを願います。

出迎えたメンバー達の最前列にいた島村さんは、まだ病み上がりで鼻すじに赤みが残っており、感染予防としてマスクを着用していたのが現在は盛大にずれていました。

それでは、感染予防の意味を全くなさないのですが、こんな感動的な場面において空気の読めていない発言などできませんので黙っておきます。

 

 

「凛ちゃん‥‥未央ちゃぁ~~ん!」

 

 

2人がちゃんと戻って来てくれて、これからもニュージェネレーションズとしてアイドル活動ができることが余程うれしかったのでしょう。

感極まった島村さんは眦にうっすらと涙を浮かべながら、2人に抱きつきました。

武内Pと話した際は不安そうな様子は一切見せなかったそうですが、養成所で同じ志を持つ仲間との別れを経験してきた島村さんが今回の件で不安を抱かないはずがありませんでしたね。

その辺の配慮ができていなかったことに今更気が付くなんて、本当に今回は私の落ち度だらけです。

渋谷さんと本田さんの隣で土下座でもした方が良いでしょうか。

そんな事をしたら、余計怒られるような気が何となくするので実行には移しません。

 

 

「よかったです~~‥‥」

 

「‥‥ごめんね」

 

 

仲良きことは美しき哉、やはり友情というものは画になります。

それははっきりとした形では存在することができませんが、確かに存在していて、人が社会の中で生きる為には欠かせないものでしょう。

中にはそれを必要としない例外も一定数いるでしょうが、それは少し寂しいと感じてしまいます。

誰かを思い、思われることで互いに支え合い、人間は自身の強度を高めて強く、そして美しくあれるのでしょう。

私の隣で満足そうな笑みを浮かべて3人を見ているちひろも同じことを考えているに違いありません。

さてさて、結末を見届けたことですし、今回舞台に上がることができなかった私は退散するとしましょうか。

魔法使いを送り届けた魔法の箒は、魔法が無ければスポットの当たることなどまずないただの掃除用具でしかありませんし、いつまでも居続けても鬱陶しいだけです。

それにこの件を解決する為に、部下達に結構な量の仕事を任せしまいましたから今日明日くらいは楽をさせてあげましょう。

ステルスを発動し、視線誘導(ミスディレクション)で違和感を抱かれないように気をつけながら扉の方へと移動してきます。

ここから入口に辿り着くには武内Pと昼行燈の間を抜けていかなければならないのですが、警備の甘い施設であれば容易に潜入できるこの組み合わせが発動している間であれば、感知されることはまずないでしょう。

足音等で気が付かれないよう、忍び足で2人の間を抜けます。

 

 

「そこだね、渡君」

 

「‥‥驚きました」

 

 

ステルス発動によって視覚的認識が困難になり、視線誘導で更に拍車がかかっているというのに、鋭く伸ばされた昼行燈の指先が肩を掠めました。

なるほど、ステルスといっても存在感が極限まで薄くなり認識できなくなるだけで、完全に透明になっているわけではないので前を通る際にできる認識の間隙による違和感から感知されてしまったようですね。

常人であれば、その違和感にも気が付かないのですがやはり昼行燈は侮れません。

絶対に気付かれることがないと思っていたスキルが破られるという、予想外展開に顔には出しませんが精神的な動揺が顕著です。

その所為でステルスや視線誘導にも揺らぎが生じてしまい、昼行燈に頭を下げていた武内Pにも存在を認識されてしまいました。

某スニーキングゲームの発見された時の効果音が頭の中に鳴り響きます。

最悪なことにそこから連鎖するように、ちひろやシンデレラ・プロジェクトのメンバー達にも気が付かれてしまい、視線を一身に集めてしまいました。

アイドル業を始めてから大勢の人に見られるという事には馴れてきたのですが、今現在程それを気まずく思ったことはありません。

 

 

「七実さん?」

 

 

背後から底冷えするなどという生温い表現では足りない絶対零度の声で、相棒が尋ねてきます。

ちひろがいったいどんな表情をしているのかは容易に想像ができるのですが、振り向いてそれを確認する勇気はありません。

こういう時にどうすればいいかと言うと、逃げるんですよ。今すぐ、たちどころに。

後でどうなるかなんて考えません。とりあえず、ここは戦略的撤退をしなければ恐ろしいことになってしまいます。

幸い、私の瞬発力に反応できる人間はこの場にいませんので、一気に扉まで駆け抜けましょう。

 

 

「武内君、捕まえて!」

 

「‥‥はい!」

 

 

逃げようとする気配を悟ったのか、ちひろが武内Pにそう指示しますが遅いです。

杜若の要領で捕まえようと伸ばされた腕を潜り抜けて、数秒で扉の前に辿り着き、一気に開け放ちました。

 

 

「えっ、ちょっと!何なの!」

 

「なんとぉぉぉ!」

 

 

開いた扉から脱出しようとしたのですが、扉の反対側には城ヶ崎姉さんがいたため止まらざるを得ません。

私1人が通り抜けられるスペースが開いた瞬間に飛び出そうと足に込めていた力を後退に変化させて衝突を避けます。

こういう時に前後に自在に動ける杜若の足運びは重宝しますね。

人類最速クラスの加速状態で衝突は、下手をすると乗用車に撥ねられたレベルの衝撃が加わる可能性がありますので絶対に避けねばなりません。

焦っていた所為で気配察知が疎かになっていたのが仇になりましたね。

 

 

「お姉ちゃん、ナイス!そのまま、じっとしてて!」

 

「えっ、わ、わかった‥‥」

 

 

しかし、飛び出せないからといって脱出ができない訳ではありません。

城ヶ崎姉さんの身長は162cm、美城本社内の扉の高さは200㎝、つまりは単純計算頭上に38cmの空間があるという事です。

少々厳しいですが、身体を上手くひねれば潜り抜けられない空間ではないでしょう。

助走をつけようとすると背後から迫る虚刀流門下の2人に掴まってしまうでしょうから、垂直跳びで扉上部を掴み身体を滑り込ませればいけるはずです。

 

 

「美嘉ちゃん、バンザイ!」

 

「うぇっ!こ、こう!?」

 

 

これすら読まれていたのか、ちひろの的確過ぎる指示によって上部の空間も潰されてしまいました。

何でしょうか、こうやって私を捕獲する包囲網の形成が段々と早くなってきてはいませんかね。

もしかして、私の知らないところで対策マニュアルみたいなものを作っていて、日夜練習でもしているのでしょうか。

そんな事に余計な労力を割く余裕があるのなら、アイドルとして自己研鑽に励むべきです。

とりあえず、弟子2人の腕をバック宙で回避してから、両手を顔の位置まで上げて降参の意志を示しました。

私が本気を出せばこの場から逃げ出すことは容易です。

ですが、つい反射的に逃げ出してしまいましけど、そこまで必死になる必要性はありませんでしたよね。

ステルスを破られたことに動揺し過ぎていたようですね。今後はもっと平静を保てるように気をつけなければ。

 

 

「わかりました。降参しますから、皆さん一度落ち着きましょう」

 

「確保」

 

 

ちゃんと掌も晒してこれ以上抵抗する意思はないという事を示したというのに、素早く反転した弟子を含め、神崎さんと緒方さんに加え赤城さん、城ヶ崎妹さんとシンデレラ・プロジェクトの半分近くになるメンバーがちひろの号令の下に突撃してきました。

投降した相手に追撃をかけるのはハーグ陸戦条約によって禁止されているというのに、これでは徹底抗戦をするしかないでしょう。

まあ、そんな事を言っても私がアイドル達を傷つけるような真似などできませんので、一切抵抗することなく全員の突撃を受け止めます。

下手に回避行動をとったりしてしまうとアイドル同士で衝突してけがは避けられませんからね。

 

 

『捕まえました!』「離しませんよ!」

 

「に、逃げないで‥‥ください‥‥」「貪り喰らうもの(グレイプニール)!(捕まえちゃいます!)」

 

「つーかまえたっ♪」「逃げると噛みついちゃうんだからね!」

 

「はいはい、逃げも隠れもしませんよ」

 

 

私が相手なのだからかはわかりませんが、割と遠慮なく突進してきました。

消力(シャオリー)で筋肉を程良く弛緩させて衝撃を殺しておきましたが、これ下手すると怪我していましたよ。

その原因を招いたのは私ですので今は言えませんが、後で武内Pを通して注意してもらいましょう。

現在の私は両腕をそれぞれ前川さんとカリーニナさんに、両足を赤城さんと城ヶ崎妹さんに拘束され、胴体には緒方さんと神崎さんが抱きついている状態であり、流石のチートボディもこれでは満足に動けません。

 

 

「もう、七実さんはどうしていつもそうなんですか!」

 

「美波ちゃん、七実さんは自己完結タイプだから強く言ったところで伝わらないのよ。それで治るなら、私達も苦労してないから‥‥」

 

「‥‥ちひろさんも、苦労されているんですね」

 

 

ちひろと新田さんが打ち解けるのは嬉しいのですが、それが私の愚痴が切っ掛けであるというのは少々複雑な気分ですね。

確かに私は常々自己完結してしまうきらいがありますが、状況を見定めて私の必要性を考えた上で物事全体の流れが円滑に進むようにしているのです。

本心を言ってしまえば私だって味気ない係長業務を片付けるよりも、愛らしいシンデレラ・プロジェクトのメンバー達と楽しく交流していたいと思わない訳がありません。

ですが、そんな感情を優先した我儘で業務を怠るなど係長という肩書を拝命した社会人としては許されざる行動ではないでしょう。

 

 

「渡君、彼女達がここまで引き留めているんだ。もう少しゆっくりしていったらどうかね。

君の能力なら残っている仕事なんて数時間もあれば完璧に仕上げられるだろう?」

 

「まあ、そうですが」

 

 

上司からも許可が出ていますし、追加装備を付けすぎて原型がわからなくなってしまった戦隊物のロボみたいになっている現状ではそれ以外の選択肢を選ばせてもらえないでしょう。

なので、申し訳ありませんが、部下達には今日も頑張ってもらうことにしましょうか。

私はシンデレラ・プロジェクトのメンバーに囲まれて平和な一時を過ごします。これは、仕方ないですよね。

 

 

 

 

 

 

「皆さん‥‥待っていてくださって、ありがとうございました。改めて、シンデレラ・プロジェクトを進めていきたいと思います。

一緒に、一歩ずつ、階段を昇っていきましょう」

 

「「「「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」」」」

 

 

改めて行われた武内Pの所信表明に、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達はとても柔らかく良い表情で答えます。

今回の件を通して武内Pとアイドル達の間に信頼関係が生まれたことは明白であり、かつての姿を取り戻した魔法使いとお姫様達のこれから幕を開ける物語の序章(プロローグ)に立ち会えたことは胸が躍りますね。

例えそれがソファの上で正座しているという、何ともしまらない格好だったとしてもです。

昨日のように床に直接正座ではないのは温情なのかもしれませんが、1人だけ場違い感が半端ではありません。

足を崩せばいいだけの話なのですが、物凄い冷ややかな目でちひろが監視しているのでそれは許されないでしょうね。

しかし、連日正座をさせられるとは思ってもいませんでした。

こうも続くと明日もそうなるのではという嫌な予感がしないこともありませんが、悩んでいても仕方ないので明日になってから考えるとしましょう。

 

 

「あのさ、プロデューサー」

 

 

足が痺れてしまわないように、傍目ではわからないように筋肉を動かしたり、足に加わる圧力を分散させたりしていると本田さんが武内Pに呼びかけます。

 

 

「試しに丁寧口調、やめてみない?」

 

「えっ?」

 

 

本田さんの提案は武内Pの自我同一性(アイデンティティ)に影響するのではないかと不安を抱くレベルの爆弾でした。

丁寧口調ではない武内P、口数等は違いますが自身を物言わぬ車輪に変えてしまう前から現在の喋り方だったので想像もつきません。

個人的な意見を言わせてもらうなら、この丁寧口調は武内Pの実直な感じがよく表れているので嫌いではないのですが、少女達にとっては壁を感じてしまうのでしょうね。

この武内Pの今後を左右しかねない重要案件に、懸想しているちひろの反応はどうなのかを確認する為に視線を少し動かします。

 

 

「‥‥ありね。だけど、やっぱり武内P君はいつも通りが‥‥」

 

 

予想以上に複雑な表情で思い悩んでいました。

ちひろ的には丁寧口調をやめた武内Pはありなようですが、やはりイメージに合わないのかいつも通りの方が一番だと二律背反な問題にどちらを選ぶか苦悩しています。

これほどまでに動揺するちひろを見るのは久しぶりですが、その原因が好いた男性の口調についてだとは思いもよりませんでした。

 

 

「確かに、ちょっと硬すぎるかも」

 

「険しき壁を超える時か(いい機会なのかも)」

 

「きらりもそれがいいと思うにぃ!」

 

 

やはりシンデレラ・プロジェクトのメンバー達は口調改善について賛成派が多いようですが、武内Pは予想外の提案に呆気にとられたままです。

恐らく、武内P的にもアイドル達とため口とまではいきませんが、麻友P達のように砕けた口調で話す自分が想像できないのでしょうね。

下手をすると学生時代から、もっといってしまうと家族に対しても丁寧口調で話していそうな武内Pですから、口調を変えることに対しての抵抗感は強いでしょう。

 

 

「私も賛成♪」

 

「私もいいと思うよ」

 

「そ、その方が私も‥‥その‥‥」

 

「お話ししやすくなりそう」

 

 

さてさて、担当するアイドル達からこうまで言われていますが武内Pはどうするのでしょうね。

私は口調変更反対派なのですが、基本的に面白いことは推奨する人間なので、意見は述べずに聞きに徹してどうなるのかを見届けさせてもらいましょう。

いや、こんな面白そうなイベントがあるのなら逃げずに捕まってよかったと思います。

 

 

「みんな、わかってないなぁ‥‥基本的に丁寧なコイツから時々零れる素の感じが良いのに‥‥」

 

 

耳を澄ませていると口調変更賛成派の声でかき消えかけていましたが、私のチート聴力はその微かなマニアック発言を聞き逃しませんでした。

ちなみに発言者は先程私の退路を絶妙なタイミングで塞いでくれた城ヶ崎姉さんであり、声を大にすることはありませんがどうやら反対派のようです。

確かに普段丁寧口調な人間が不意に出してしまう素の口調というのは、ギャップ的にもなかなかそそる感じがありますが、女子高生でその境地に到達するとは通ですね。

ちょっと面白くなさそう表情をしていますが、その瞳は若干期待しているように輝いていて、頬も赤いようですし、もしかしてコレはあれですか。城ヶ崎姉さんも武内Pに恋愛感情を抱いているという感じですか。

いやいや、ちひろと楓でもうお腹いっぱいという感じなのに、これ以上参戦者が増えてしまえば泥沼化が回避不可能になるではないですか。

恋愛ポンコツという不名誉過ぎる称号から脱しつつあるという自負のある私が推察するに、城ヶ崎姉さんは意識し始めてからそれなりの月日は経っていますね。

現在は違いますが、元担当だったのでそこで何かしらがあったのでしょうね。

これは、私が気付いていないだけでまだまだ潜水艦のように影に潜んでいる人間が居そうです。

そうなると恋愛法廷に裁判員制度が適用されるようになるのも遠くないことなのかもしれません。

武内Pは、アイドル達とそういった関係になるつもりはないようですが、無自覚の間にフラグを立てすぎてしまって刺されるような別の意味でR指定のつく展開にならなければいいのですが。

 

 

「ふ~~ん‥‥」

 

 

あれ、なんだか渋谷さんも面白くなさそう表情をしていますよ。

まさか、こんなに早く新たな挑戦者の登場なんて展開はありませんよね。

確かに渋谷さんは一般から武内Pの度重なる勧誘アプローチで口説き落とされたアイドルですが、今回の一件もあってアイドル的な意味だけでなく、女の子的な意味でも口説き落とされたというのですか。

私の見立てではまだ完全な自覚にまでは至っていないようですが、それも時間の問題でしょう。

全く不器用そうに見えてこんなにもフラグを立てているなんて、武内Pはハーレム系漫画の鈍感主人公か何かですか。

年頃の女の子は恋に恋するような惚れやすく、多感な時期なのですから、そんな気がないのならそういった勘違いさせてしまうような行動は慎まなければ苦労しますよ。

まあ、言ったところでフラグが4つある時点で手遅れだと思いますが。

 

 

「努力しま‥‥す‥‥する」

 

 

修羅場に発展する未来しか見えない武内Pですが、全く気付いていない当人は困惑しながらも砕けた口調に挑戦していました。

まるで、馴れない丁寧口調に苦戦する新卒社会人の逆パターンのようなぎこちなさは、今までを知っている私からすれば破壊力抜群でした。

笑ってはいけないというのは解っているのでチートを使って表情を固め、口を引き締めていますが、笑ってはいけないと思えば思う程に破壊力に補正がかかっていきます。

耐えろ、耐えるのです、私の腹筋及び表情筋。

ちなみに、ちひろはそのぎこちなさに心を撃ち抜かれたのか、顔を真っ赤に染めて胸を押さえていました。

 

 

「いいこと、思いつきました!」

 

「どうしたの、アーニャちゃん?」

 

 

ここで現在まで沈黙を続けてきたシンデレラ・プロジェクトのフリーダムキャラ、カリーニナさんが何か思いついたようです。

素晴らしいアイディアが浮かんだと言わんばかりに満面の笑みを浮かべていますが、色々と前科があるので安心はできません。

同じ考えに至ったらしい前川さんは既にハリセンを構えて、ツッコミ待ちをしています。

鞄は持っていなかったようですが、いったいどこから取り出したのでしょうか。

そして、やはり大阪人としてハリセンは常時持ち歩いているのでしょうか。私、気になります。

 

 

「プロデューサーが『丁寧語』‥‥口調を変えるなら、師範(ウチーティェリ)も変えるべきです!」

 

 

突拍子もない意見ではありませんでしたが、先程全て武内Pに向いていた話題の矛先が私に向いてきました。

私はこれまで身内以外には全て丁寧口調(黒歴史時代は除く)で通してきましたから、この歳になって今更口調を変更するのは勘弁してもらいたいですね。

相棒であるちひろに対しても現在の口調なのですから、諦めてもらいましょう。

 

 

「アーニャちゃん、ナイスアイディアよ!」

 

 

カリーニナさんの提案に真っ先に賛同したのは相棒であるちひろでした。

私の口調については以前にも説明したというのに、まだこういった機会を窺っていたようです。

フリーダムキャラの抑止力である前川さんもハリセンをソファの隙間にしまいだしているので期待はできないでしょう。

ハリセンをどこから取り出したのかと思ったら、そんなところに隠していたのですね。

もしかしたら、このプロジェクトルームの至る所にこんな感じで隠されているのかもしれません。

そんな地形効果・千刀巡りのような技は教えていないのですが、独学で編み出したのでしょうか。

 

 

「いやいや、これは譲れません」

 

「プロデューサーは、『努力(スタラーニエ)』‥‥努力するって言ってくれましたよ?」

 

 

不器用な武内Pが努力しようとしているのを引き合いに出されると弱いのですが、それでもこの口調は生来、いや前世から染みついているものですから容易に改善できるものではありません。

例え年下であっても、他人に対して砕けた口調で話し続けるのは気が引けます。

 

 

「七実さん‥‥七花さんとは普通に話してました‥‥」

 

「いえ、七花は身内ですから」

 

 

カリーニナさんを援護するように緒方さんが七花に対する喋り方について言及してきました。

神崎さんとかではなく、引っ込み思案な緒方さんがこうやって自分の意見をはっきり言う程に、私の口調改善も求められているという事なのでしょうか。

そういう風に求められて嫌な気持ちはしませんが、こればかりは本当に勘弁してもらいたいです。

なので、何とかして妥協点を見つけなければなりませんね。

このキラキラとした光さえ見えそうな期待の視線を向けてくるシンデレラ・プロジェクトのメンバー達を納得させられるようないい案を出さなければ。

最悪、逃走できるように重心をやや前方に傾けておきましょう。

 

 

「えと‥‥ほら、今は武内Pの口調についての話だったじゃないですか」

 

「ええぇ~~、別にいいじゃん!」

 

「‥‥ダメなの?」

 

 

話題の方向性を無理矢理にでも戻そうとしましたが、流石に無理でした。

城ヶ崎妹さんや赤城さんに詰め寄られて、そう言われると私の拘りなんて些末なことに思えてしまいますが、この口調を崩すと連鎖的に色々と崩れてしまいそうな気がするので、やはり譲れません。

 

 

「きらりちゃん、そろそろ七実さんが逃げ出そうと画策する頃だと思うからドアを塞いでおいて」

 

「りょ~~かぁ~~い☆」

 

 

逃げること自体は既に画策していましたが、やはり付き合いが長いだけあってちひろはよく私の事を理解していますね。

諸星さんに扉を塞がれてしまった以上、退路は窓くらいしかありませんが、オフィスビル30階から飛び降りてはチートで勢いを殺しても流石に怪我は免れないでしょうし、見ていたメンバー達がパニックになること間違いなしなので選択不可でしょう。

つまりは、万策尽きました。

なので、真面目に口調を変えないで済むような妥協点を提示する必要があります。

シンデレラ・プロジェクトのメンバー達が納得してくれそうで、私が口調変更せずに済みそうな妥協点を考えると1つだけ手っ取り早いものが思い浮かびました。

 

 

「‥‥な、名前呼びで勘弁してください」

 

 

今まではシンデレラ・プロジェクトのメンバー達を全員苗字で呼んでいたのですが、それなりの友好関係は築けていると思うので名前で呼んでも大丈夫ですよね。

口調変更を求められているのですから、これくらいは許される範囲の筈です。

逆にこれで拒否されてしまったら、私の心に致命的損傷(フェイタル・ダメージ)を負って当分立ち直れないでしょう。

仁奈ちゃんのように名前で呼んでいいという許可がもらえなかったので、今まで二の足を踏んでいたのですが、ここは攻める時です。

 

 

女教皇(プリエステス)が我が真名を呼ぶ‥‥歓喜に打ち震える!(七実さん、名前で呼んでくれるんですか!嬉しいな!嬉しいな!)」

 

はい(ダー)』「とても嬉しいです」

 

「七実さまが私を名前で!え、えと、とりあえず頑張ります!」

 

「いやいや、しまむー。何を頑張るのさ」

 

「第九じゃない?」

 

「確かに歓喜の歌だけど壮大過ぎない!?しぶりん、真顔でボケないで!わかりづらいよ!!」

 

 

何だか途中で脱線していますが、嫌がるような素振りはないので受け入れられたという解釈でいいのでしょうか。

ここで一歩踏み出そうと勇気を振り絞ってみた甲斐があったというものです。

しかし、ここまで喜んでもらえるならもっと早く言いだしていた方が良かったのかもしれません。

ですが、これを温存したお蔭でこの場を上手く切り抜けられそうなので、万事上手くいったと思いましょう。

二度あることは三度ある、虎視眈々、有頂天外

私の華麗なる交渉術により、この場は平和に切り抜けられそうですね。

 

 

 

 

 

 

「その‥‥改めて、ごめんなさい」

 

 

お昼時より少し早い346カフェで私は本田さ、いや未央と2人で昼食をとっていました。

あの口調変更事件の熱が冷めた後、ちょっと早いですが午後からMV撮影があるので昼食をとろうと移動していたら話があると言われたので、誘ってみたら乗ってくれました。

未央とはあまり話したことが無かったので、いい機会だと思ったのです。

今回の件も事前にコミュニケーションをとっていれば、違和感等で認識の相違にも気付けていたかもしれませんし。

注文した料理が届き、食べながらゆっくりと話を聞こうと思っていたらいきなりの謝罪で面食らいました。

別に謝罪されるような迷惑をかけられた覚えはないのですが、いったいどういう事なのでしょう。

 

 

「‥‥謝罪されるようなことはされていないと思うのですが?」

 

「‥‥私、折角七実さんが用意してくれたステージを台無しにしちゃったし」

 

「別に初舞台でやらかしてしまうアイドルなんて少なくありませんし、今回の一件でシンデレラ・プロジェクトの団結力は高まり、本‥‥未央も社会の洗礼を受けて1つ大人になれたのですから収穫は多いです。

だから、気にしないでください」

 

 

確かに今回のステージは新人アイドルに用意されるものとしては破格のものでした。

数年前に開店したばかりのショッピングモールで、規模も都内にあるものとしては上から数えた方が早く、入っている店舗も老若男女問わず楽しめるように配慮されているため集客力も高く、新人が多くの人に顔を覚えてもらう為には最適な場所であり、他プロダクションを出し抜いて早めに確保しておいた一押しのステージでしょう。

新人ではなくても、私達サンドリヨンのような中堅なりたてアイドルのステージとしても使えるレベルです。

 

 

「でも、ちひろさんから聞いたけど、あのステージって結構凄いやつだったんでしょう?」

 

 

ちひろめ、恐らく話の途中で口を滑らせてしまったのでしょうが、失敗した新人に負担になってしまうような情報を流出させてしまうのは先輩アイドルとしていただけませんね。

後で綱紀粛正を兼ねて、少しお話しておきましょう。これは、決して先程良いようにやられ続けたことに対する報復ではないので誤解のなきように。

俯いてネガティブモードに突入しそうな未央の額を小突いて、顔をあげさせます。

 

 

「あれくらいのステージなんて、私に掛かればいくらでも確保できます。今回のようなことを繰り返すつもりはないのでしょう?」

 

「も、勿論!もうお客さんを数で見たりするようなことはしないよ!」

 

「ならば、良しじゃないですか。反省点をしっかり考察できている相手に追い打ちをかけるような趣味はありませんし。

後輩の成長の糧になったのなら、あのステージは成功ですよ」

 

 

これは本心です。

あのような結果になりましたが、初舞台を成功させるアイドルなんて半数より少し多いくらいなのですから、失敗したとしても糧となるなら意味があるでしょう。

それに私はニュージェネレーションズにあのステージを提供したことを後悔したことは一度たりともありません。

 

 

「でも‥‥」

 

「どうしてもと言うのなら‥‥次は、今回を上回る大成功のステージを見せてくださいね」

 

 

ちょっと格好をつけ過ぎた気もしますが、女だって格好をつけたくなる時くらいあります。

こうして落ち込みかけている少女を励ますには、これくらいが丁度いいでしょう。

まあ、こんなことをしているから同性達の禁断の扉を開きかけてしまう事があるのでしょうが、大抵言った後に気が付くので手遅れの事が多いです。

 

 

「‥‥敵わないなぁ」

 

「さて、湿っぽい話はこれくらいにして食べましょうか」

 

「はい!」

 

 

完全ではありませんが、8割方未央の表情に明るさが取り戻されたので大丈夫でしょう。

なので、真面目な話だったので手が付けられなかった昼食を食べ始めます。

今回私がチョイスした昼食は、揚げパンです。コッペパンを揚げて砂糖などを絡めただけのシンプルな一品ですが、給食のメニューにこれが出てきたら嬉しかった人も多いのではないでしょうか。

少なくとも私の前世では、この日に休みの人間が出ると男女入り混じってじゃんけんによる争奪戦が起きていました。

今世はどうなのかと知りたいと思われる方は、私の学生時代がどんなものだったかを思い返していただければ答えはわかるでしょう。

砂糖のみだったり、きな粉、シナモンやココアパウダーといった少し変わったものだったりと様々な種類ある揚げパンですが、私の思い浮かべる揚げパン像はきな粉の塗してあるものです。

砂糖だけよりも甘味がほのかで、洋食カテゴリーに属するパンを和の方面へと導くきな粉の風味、そして何とも言えないざらざらとした舌触りが堪りません。

パンを油で揚げているので、素のコッペパンの3倍近いカロリーになっていますが、私には関係ありませんので3本いかせてもらいましょう。

この昔の給食の雰囲気を感じさせるアルマイト製のお皿に乗せて出してくるあたり、346カフェの店長は顧客のニーズというものをバッチリと掴んでいます。

後輩である未央の前ですから、はしたなく見えないよう気をつけながら齧り付きました。

 

 

「じゃあ、私もいただきまぁ~~す!」

 

 

私が食べ始めるのを確認してから、未央も頼んでいたベーグルサンドを食べ始めます。

346カフェのベーグルサンドには多くの種類がありますが、今回未央が選んだのはカプレーゼ風のものでした。

生ハム、モッツアレラチーズ、トマト、バジルが挟まれたこの一品は、全ての材料が黄金比率かつ計算されつくされた順番で挟まれている為、毎回トップ5に名を連ねる人気商品です。

生ハムの塩気、モッツアレラチーズの癖のない濃厚さ、トマトの酸味、バジルの風味、それらを黒コショウとオリーブオイルが橋渡しをすることにより互いを高め合い、口の中で完全なる調和(パーフェクト・ハーモニー)を奏でるのです。これが美味しくない訳がありましょうか。

そんなベーグルサンドに浮気しそうになってしまう心を抑えて、揚げパンを味わいます。

揚げパンは、やっぱりこの安っぽいコッペパンを揚げたものが一番ですね。

最近ではパンにもこだわった揚げパンを見かけることがありますが、美味しそうだとは思ってもこのコッペパンの揚げパン程に心を惹かれません。

やはり、人間の味覚というものは記憶と強く結びついているのでしょうね。

お行儀が悪いですが、この揚げパンを口一杯に頬張る満足感と言ったら、私の陳腐な語彙力では到底表せない程に素晴らしいです。

瞬く間に一本を完食し、油と甘味でくどくなってしまった口の中をブラックコーヒーで中和しました。

苦みが強めにきかせた味わいは、揚げパンの味にも一切臆することなく真正面からぶつかっていき、がっぷり四つの力勝負で寄り切っていきます。

これによって口内がリセットされ、再び新鮮な気持ちで揚げパンを味わうことができますね。

いや、コーヒーの心地よい苦みがある分、甘味がしっかりと感じられるのでこちらの方がより美味しく味わうことができるかもしれません。

視線を未央の方に向けると、ベーグルサンドに夢中なのかもう私のことなど目に入っていないようです。

そんな立ち直った未央に、今後のアイドル活動を精一杯楽しんでもらいたいと思い、米国のとある詩人の言葉を贈るなら。

『青春は人生にたった一度しか来ない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、MV撮影もそろそろ大詰めですから、油断することなくしっかりと頑張って最高のものに仕上げましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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人間は、いつも完璧でいることは不可能だ

書き始めるとまだまだやりたいネタが思い浮かんできましたので、もう少しMV関係は続きます。


どうも、私を見ているであろう皆様。

シンデレラ・プロジェクトのメンバー達と武内Pとの壁が取り払われる様子を鑑賞していたら、あれよあれよという間に私も名前呼びすることになってしまいました。

なってしまいましたとは言っていますが、これはシンデレラ・プロジェクトのアイドル達との距離感がぐっと近づいたことを示す確かな証なので、正直嬉しいです。

この調子であれば、他の交友があるアイドル達も名前で呼び合える日が来るかもしれません。

まあ、そうなる為には今回の件みたいな大きな出来事が無ければ難しいでしょうが。

それでも、そんな日が来ればいいなと思います。

 

 

「では、渡さん。お願いします」

 

「はい」

 

 

撮影スタッフから開始のお願いをされたので、私は手に持っていた模造槍を構えました。

右手で石突少し手前を把持し、左手は上から被せるように置き人差し指と中指の間に太刀打ちの部分を通します。穂先を斜め下に向け、足を肩幅よりも広く開いて身体をやや前傾させて重心を前に持ってきて、いつでも駆け出せる体勢にします。

明らかに突撃しますよと言わんばかりのこの体勢は、実戦向きではありませんがちゃんと決まれば見栄えのする構えであり、派手さの求められるMVにおいては丁度いいでしょう。

模造槍でありながら柄は樫製でしっかりと漆塗りがされ滑りが良くなっており、穂先の重みもしっかりありますがトップへヴィにはならず最適なバランスに仕上がっていました。

これなら私が少しばかり乱暴に振り回したとしても、そう簡単に壊れたりはしないでしょう。

恐らく、七花八裂の一件で私の使うものを安物にしていると一回の撮影すら耐え切れずに壊れてしまうと学習したスタッフが相応の品を用意したのでしょうね。

今回の標的は竹入畳表であり、どこかのバラエティ番組が大量発注したけど使い切れなかった在庫を譲ってもらったそうで、いくら破壊しても大丈夫だとお墨付きをもらいました。

本気を出してほしいと言われたとはいえ、何度もサンドバックを破壊してしまい徒に費用を浪費するのは心苦しかったので助かります。

まあ、今回は演技指導がメインですので一般的なアイドル達でも簡単にできて、尚且つ派手で見栄えのいい動作を心掛けねばなりません。

私が本気を出せば畳表は途切れることのない空中コンボを叩き込まれることになるでしょうが、流石にそれはやり過ぎでしょう。

深く息を吸い込んで心を戦闘モードへと切り替え、獲物を見据え、全身に神経を行き渡らせ、いつでも喰らい付けるようにします。

彼我の距離は5m程度、私であれば一足飛びで詰められる範囲内ですね。

 

 

「‥‥いきます」

 

 

被せていた左手で太刀打ちを掴み、撮影セットの床を踏み抜かん勢いで蹴り出し一歩目から最高速度まで加速します。

身体を引き絞りながら畳表の前で加速を全て槍に乗せて、右手のみで槍を突き出します。

穂先は金属製で刃引きしてありますが、チートボディで生み出された加速を上乗せされた状態ではその程度の抑制など無きに等しく、畳部分を容易に突き抜け芯となっている竹にまで到達しました。

私であれば貫通させることも可能ですが、今回は見栄え重視なのであえて貫通させずにここからコンボに発展させましょう。

突き刺されたままの畳表を持ち上げ、蹴り飛ばして深々と突き刺さった穂先を抜きます。

そして穂先が抜けたと同時に再び踏み込み、滞空中の畳表に追いつき、身体を回転させて遠心力を付けて薙ぎ払い、石突で再び空中へと打ち上げます。

力を入れ過ぎたためか、打ち上げられた畳表はセットの天井へと衝突しました。

幸いセットは壊れていないようなので、今後の撮影には影響を及ぼさないでしょうが、もう少し考えたコンボ構成が重要となるでしょう。

畳表には薙ぎ払いによる切創が刻まれており、石突の打撃や最初の刺創によってボロボロになっていて、そろそろ耐久限度でしょうね。

重力に引かれ落ちてきた畳表に対し、アニメ等で槍使いがよくやる槍を高速で振り回すことによる連撃を叩き込みます。

袈裟や斬上、薙を穂先の斬撃や石突での打撃を織り交ぜながら数秒の間に7連撃を決め、最後に穂先を床に突き刺して棒高跳びのように跳び上がり、空中で身体を捻りながら態勢を整え遠心力に自重を加えた振り下ろしの一撃を決めました。

連撃なので最後の一撃以外はどうしても威力が低下してしまい、畳表は瀕死状態ではありますがいまだ健在です。

なので、正真正銘の止めといきましょう。

床に叩き付けられ軽く跳ね上がった畳表を壁の方へと蹴り飛ばし、そのまま足を大きく開き、槍を逆手に持った右手を後ろへと引き絞り狙いを定めて投擲します。

総重量3kgにもなる模造槍は放物線を描かず、大気を裂きながら獲物へと最短距離を直線で駆け抜け貫きました。

 

 

「‥‥ふぅ」

 

 

身体の火照った熱を逃すのと意識を戦闘モードから通常モードへと切り替える為に、私は息を吐きます。

最近は虚刀流が多く、こうやって武器を使うのは久しぶりでしたが、どうやら腕は錆びついていないようですね。

これなら見栄えもいいでしょうし、槍を使った殺陣における映像資料にもなるに違いありません。

やりきったという達成感と好き放題暴れられた満足感で、私の心はとても晴れやかです。

 

 

「こんな感じで、どうでしょう?」

 

「無・理・で・す!!」

 

 

私の問いかけに対して監督達よりも先に返答したのは輿水ちゃんでした。

『バカでしょう?七実さん、貴女バカでしょう?』と口にしなくてもわかるくらいにわかりやすい表情で、手をクロスさせてそう否定する輿水ちゃんは相変わらずのうざかわいさですね。

馬鹿にされていると分かっていても許せてしまいます。

 

 

「何ですか、その変態機動は!?そんなのができるのは芸能界を探しても七実さんだけですからね!!

というか、なんで刃を潰した槍であんなに綺麗に斬れてるんですか!それに最後のアレ、勢い余って畳表を貫通して壁に磔にされてますよ!!」

 

「いやぁ、あれは往年のイチローのレーザービームを彷彿させたね」

 

「それを槍でしはるなんて、七実はんは恐ろしいお方やわ」

 

 

畳表を確認してみると確かに槍が貫通して壁に縫い付けられており、スタッフの人達が槍を痛めてしまわないように慎重に取り外していました。

少しやり過ぎてしまったようですね。確かに輿水ちゃん言う通り、このレベルの投擲を行うにはかなりの筋力が要求されるでしょうから、アスリートを目指していないアイドル達には難しいでしょう。

ですが、最後の投擲を無くしても十二分に見栄えのする映像が撮れるでしょうから問題ありません。

 

 

「成程、なら最後は無くしましょう」

 

「ボクが言いたいのは、そこじゃありません!全体的に無理なんですよ!」

 

「えっ、最初の突撃(チャージ)は一般的に可能な範囲内では?」

 

 

ただ走って相手との距離を詰めて、その勢いを活かして突くだけですし。

 

 

「5mもある距離を一瞬で詰めて、目にも留まらぬ速さで突くことを一般的だというのなら、七実さんは大辞泉で一般的という言葉の意味を熟読してきてください」

 

 

歯に衣着せぬ言葉ですが、それでも輿水ちゃんなりに私の事を思って言ってくれているのがわかるので、悲しいどころか嬉しいくらいです。

あの動物園事件後は一時期目すら合わせてもらえなかったので、それを考えればこうやって絡んでもらえるだけましでしょう。

 

 

「さっちん、最近七実さんに辛辣じゃない?」

 

「そないに言うたら、せっしょうどす」

 

「いいえ、友紀さんも紗枝さんもわかっていません。

七実さんの普通はかなりずれてるんです!だから、こっちで修正してあげないと、そのずれた基準のまま進んで大変なことになるんですよ!

2人共見たでしょう!周りが止めるのも聞かず、念の為にゴムを巻いていたとはいえ鉄骨に対して喜々として技を放つ七実さんを!!」

 

 

あの時は本当に姫川さんの機転のおかげで助かりました。

鉄骨自体も美城の資材庫に程良い半端な大きさのものがありましたから、それを運んで来て撮影用に少し加工するだけで良かったので何とかその日のうちに撮影することができたのです。

流石は地震大国日本の建築物に使用されるだけあって、手加減したとはいえ七花八裂を耐え切った時は驚きました。

鉄骨としての役割を果たすことができない程に歪んではいましたが、それでも耐え切ったのです。

最後の花鳥風月を繰り出し終えた後には、撮影スタッフ達から惜しみのない拍手を送られたのはいい思い出となるでしょう。

 

 

「あぁ~~、あったね‥‥」「ありましたなぁ‥‥」

 

 

輿水ちゃんの言葉に姫川さんと小早川さんが納得したような顔をしました。解せぬ。

確かに私は素でやらかしたり、その場のノリではっちゃ気過ぎたりしてしまう事がありますが、それでも神様転生する前は没個性な一般人であり、現在でも臆病な小市民的な感性を持っていると自負しています。

 

 

「いやいや、そこまで酷くはないでしょう」

 

「やっぱり自覚がないんですね‥‥」

 

 

なぜでしょう、輿水ちゃんの私を見る目が可哀想なものを見るような感じになっています。

私の気の所為なのかもしれませんが、最近こうやって誰かから憐れまれるようなことが増えてきていやしませんか。

アイドル達と関わりだした当初は、万能で頼れる格好いい年上お姉さんキャラだったと思うのですが、いったいどこで選択肢を間違えてしまったのでしょう。

自分で過去を遡ってみますが、間違えてしまった部分が見当たりません。

まさか、感知していないだけで別の第三者による介入によって私のイメージを歪めるような捏造や偏向した情報を流しているのかもしれません。

そうであるのならば、それは許されざることですね。

 

 

「渡さん」

 

「はい」

 

 

犯人を見つけなければと意気込んでいた所に、スタッフの1人に声をかけられ現実に引き戻されました。

居るかもわからない存在に気を取られて仕事が疎かになってしまうなんてことは許されませんので、今はMV撮影に集中しましょう。

 

 

「監督が少し打ち合わせをしたいとのことですので、集合お願いします」

 

「わかりました」

 

 

監督が集合をかけるとは、今の演武を見てインスピレーションを刺激されてまた演出等の変更するつもりなのでしょうか。

一応、当初の予定で確保している撮影期間にはまだ余裕はありますが、それでも急すぎる変更は私以外のアイドルの負担になるので程々にしてほしいですね。

とりあえず、打ち合わせで監督が暴走せず常識的な範囲で収まるように頑張りましょうか。

このMV撮影は最後まで平和で、派手にいきたいですからね。

 

 

 

 

 

 

「フルコンボだどん!」

 

 

可愛らしい音声でフルコンボが達成されたことが伝えられ、プレイヤーだった武内Pはマイバチをぐっと握りしめて小さなガッツポーズを取りました。

武内Pがプレイしたのは346プロの代表的な曲である『お願い!シンデレラ』の難易度おにで、クリアするだけならばそこまで難しい曲ではありませんが、中盤と終盤にちょっとしたラッシュがあり、油断していると不可になってフルコンボを逃してしまいます。

ですが、やはり○鼓の達人の達人と噂になっているだけあり、危なげないプレイでした。

本田さんの一件が片付き、昼行燈の厚意によって私も武内Pもシンデレラ・プロジェクトのメンバー達も仕事が入っていなかったので良い機会なので、早速皆で346本社近くにあるゲームセンターへと突撃したのです。

到着後は各自思い思いのゲームをプレイしたいでしょうから、集合時間だけ決めて自由行動としました。

武内Pと一緒に行動しようと思っていたちひろはニュージェネレーションズに誘われて、エアホッケーをしています。

まあ、慕われているのは良いことですし、今回はちゃんと誘って抜け駆けしているわけではないので恋愛法廷行きは免れられるでしょう。

しかし、改めて武内Pの格好を見ると、普段はきっちりとした身嗜みをしている人間が上着を脱いで腕まくりをしている姿は妙な色気が感じられますね。

これが俗にいうフェチズムというやつで、私の部下に言わせるのならムーブメントなのでしょう。

悪くないと思いますが、心を激しく突き動かされる程のものではありません。

とりあえず、武内Pの健闘を称えるために拍手を送ります。

 

 

「す、すごいです‥‥プロデューサーさん!」

 

 

私の隣に座って観戦していた智絵里も武内Pに惜しみない拍手を送っています。

今回の件によって生まれた信頼感もあるでしょうが、共通の話題があるという事はお互いの距離をぐんと近づけてくれるものなのか、シンデレラ・プロジェクト始動時に武内Pに対してあった怯えや恐怖といった色が一切なくなっていました。

これは良い傾向ですね。引っ込み思案な智絵里はなかなか自身の意見を言うことができず、関係作りのきっかけを掴み難いですから、ここで共通の話題ができたことは今後のプロデュースにおいても役立つでしょう。

 

 

「ありがとうございます、緒方さん」

 

「私も地元でもよく叩いていたんですけど‥‥プロデューサーさんくらい上手な人は初めて見ました」

 

「いえ、自分なんてまだまだです」

 

 

右手を首に回して謙遜していますが、褒められてかなり嬉しいのか頬に少し赤みがさしています。

あまり女性に褒められ馴れていないようですし、以前はこのように担当アイドル達と遊びに出ることはなかったらしいので、初めてだらけで心が追い付いていないのかもしれませんね。

 

 

「あの‥‥どうやったら、そんな風に叩けますか?」

 

「それは‥‥笑顔で楽しむことです」

 

 

出ましたよ、武内Pの笑顔推し。

私達が思っている以上に武内Pの口にする『笑顔』という2文字に込められた意味は大きいのでしょうが、それを理解するにはそれなりの関係性が無ければ難しいでしょう。

 

 

「笑顔?」

 

 

技術的なアドバイスをしてもらえると思っていた智絵里は、首を傾げて言葉の意味を考えています。

そんな一動作ですら人の庇護欲を絶妙に擽るのですから、これを意図せずに無意識でやってしまう智絵里はきっと学校で何人もの男子生徒の心を奪っているに違いありません。

もし、奪われていない男がいるとすれば、それは既に特定の女性に心を捧げている漢かホモセクシャルでしょう。

 

 

「はい、フルコンボやハイスコアを取ろうとせず‥‥その曲を楽しみ、笑顔でプレイできることが私は大事だと思います」

 

 

武内Pは本当に変わろうとしているのですね。

こうして自分の思いを臆して黙さずにちゃんと自分の言葉で伝えようとするなんて、車輪となってしまってからは殆どありませんでした。

きっと今までであれば『笑顔です』だけで済ませていたでしょう。

口下手な武内Pがバッドコミュニケーションをしてしまわないように、一応控えておいたのですが必要なさそうです。

 

 

「そうですね‥‥笑顔で楽しまないと、ダメですよね‥‥」

 

「ダメとは言いませんが、それは少し寂しく思います」

 

 

このまま去るのは何ですので、最後に少しだけお節介を焼きましょうか。

 

 

「なら、一緒にプレイしてみてはどうですか?曖昧なことを言葉で説明するより、そっちの方が早いでしょうし」

 

「えぇっ!‥‥え、えと‥‥ああ、あの、プロデューサーさんさえ良ければ‥‥」

 

「はい。緒方さんさえよろしければ、お願いします」

 

 

ここまで武内Pが積極的になるのは珍しいですが、目が少年のように輝いている所から察するに今まで一緒にプレイしてくれる人が少なかったのでしょう。

2人プレイができるように太鼓が並んでいるのに1人でプレイするのは、やはり心のどこかで寂しさを覚えていたのでしょうね。

うちの部下達はこういったゲームは苦手そうですし、麻友Pは格ゲーの方が好きらしいですから。

それに男というのは負けず嫌いな人間が圧倒的大多数を占めますから、これだけ極めた武内Pと一緒にプレイして負けるのを嫌がりそうです。

ゲームに熱くなり過ぎてどうするのですかと言うべきなのでしょうが、私も負けず嫌いな所があるのでその気持ちは解らなくもないですね。

 

 

「よ、よろしく‥‥お願いします!」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

太鼓の達○の前で深々と頭を下げ合う姿は、何だかお見合いしている初々しい2人みたいですが、それを口にしたら折角の良い雰囲気が壊れてしまうのでやめておきましょう。

さて、後は若い2人に任せてお節介な人間はクールに去らせてもらいましょうか。

なんだかんだで、私もプレイしたいと思っているゲームがいくつかありますし。

2人が選曲し始めたことを確認してから、書置きを残して気付かれないように私はステルスでこの場を離れます。

実は入口ではためいていた幟を見た時からプレイしたいと思っていたゲームがあるのです。

移動する際に目にして記憶しておいた店内の見取り図と様々なゲームやプレイヤー達の声で溢れる音の濁流からお目当てのゲームの位置を特定し、最短経路を導き出して他の客達の迷惑にならない程度の速さで向かいます。

私は色々と目立ってしまいますので、あまり騒ぎ過ぎてトラブルに発展したり、一般人にSNSに色々と投稿されたりしてはかないません。

いつの時代においても、アイドル達の天敵はそういった情報です。

 

 

「ぷ、女教皇(プリエステス)!(七実さぁ~~ん!)」

 

 

目的地を一直線に目指していたのですが、涙目の蘭子に呼び止められて止まりました。

ゲームセンターにおいても目を引くゴスロリファッションですが、蘭子以外にもそういった服装な人は何人かいましたから、そこまで目立ってはいないようです。

アーニャと一緒にみくを引きずりながらガンシューティングコーナーへと駆けこんでいたはずですが、どうして涙目になっているのでしょうか。

見た所外傷や衣服の乱れはなく、変な匂いもしないので知らない人間に乱暴されたという訳ではなさそうですね。

まあ、そんなことになりそうであれば私の弟子2人が容赦しないでしょうから、心配はしていません。

ちなみにですが、私の嗅覚はチートを使えば特殊訓練された犬並になりますので、アイドルに何かしておいて逃げ切れるとは思わないでください。

 

 

「おや、蘭子。みくとアーニャと一緒だったのでは?」

 

「我が同胞達は冥府より蘇りし亡者を法儀式済み弾にて駆逐しに‥‥

(2人はゾンビの出てくるシューティングゲームをしてます‥‥)」

 

「なるほど、だからですか」

 

 

蘭子はゴシック&ロリータの衣装を好みますが、本家ゴスロリの怪奇猟奇趣味や耽美主義といった要素は大の苦手ですからね。

厨二心が擽られる堕天使とかが纏う装束としてイメージが近かったのがゴスロリ系だっただけの、にわかゴスロリちゃんです。

アーニャもそれを知っていたでしょうに、何故それをチョイスしたのでしょう。

蘭子の場合、普通のガンシューティングでも人が打たれた瞬間に目を塞ぎそうではありますが。

 

 

「その‥‥閉ざす者(ロキ)の遊技場に観覧者は必要か?

(あの‥‥ゲームしている所を見学してもいいですか?)」

 

 

(そも)、可愛らしい美少女に袖をちょこんと掴まれて不安げにお願いされて断れる人間はいるか、否か。

答えは、聞かずともわかるでしょう。

 

 

「いいですよ」

 

「感謝する(ありがとうございます)」

 

 

私のプレイしようとしているゲームは神崎さんの興味を引くようなものではないでしょうが、とてもにこやかな顔をされてはそれも言い出しにくいです。

せめて、興味が無くても楽しんでもらえるように魅せるプレイをしなければなりませんね。

先導する私の後を遠足時の子供みたいに嬉しそうについてくる蘭子を見て、今日は負ける気がしません。

ガンシューティングコーナーから少し移動したところに、私のお目当てのゲームはありました。

『AIR COMBAT7』前世では家庭用ゲーム機に移植され『ACE C○MBAT』シリーズとなっていた業務用大型筐体の本格フライトシューティングゲームですが、何故かこの世界では根強い人気を誇っており第7弾が製作される程の名作となっています。

基本的な設定も名作『ZERO』が存在しませんが、ほぼ前世にあったゲームそのままで架空国家に所属する軍人または傭兵となって、好きなように空を駆け、理不尽に撃墜されるのを楽しむゲームです。

1人プレイで様々な設定のシナリオを楽しむもよし、店内の戦友達と専用ミッションの攻略をするもよし、通信対戦で全国の猛者達とその技量を競うもよしと好みに応じて楽しみ方を変えられるのが強みですね。

初期の頃は残念画質でしたが、技術の進歩に応じてディスプレイや映像技術もアップグレードされ、今ではGこそ無いですが限りなく本物に近い空を楽しめると言われています。

前作6では、765プロとコラボしてアイドル達がノーズアートとして描かれた痛車ならぬ痛戦闘機もあり、それが更なる人気の火付け役となったのでしょう。

数年ぶりに出た新作の映像は格段に進化していて、今からプレイするのが楽しみですね。

私は新作用の専用ICカードを購入し、こんなこともあろうかと財布の中にしまい込んでいた前作の専用ICカードからデータの引継ぎを済ませます。

アイドル業を始める前の『定時の女王』と呼ばれていた時代には、カラオケと半々くらいのペースで遊んでいてちょっとした大会で優勝したこともありますので、その時に副賞としてもらったデータが喪失したら泣きますね。

数分もすれば引継ぎは終わり、私はエントリーリストに自身のTACネームを記載し順番を待ちます。

神様が気をきかせてくれたのかはわかりませんが、すぐにプレイすることができそうですね。

 

 

「天駆ける竜騎兵による闘争の宴か‥‥女教皇(プリエステス)であれば、天使が躍るが如き御業であろう

(戦闘機のゲームですか‥‥七実さんだったら、凄い上手なんだろうなぁ♪)」

 

「今作は初プレイですが、そう簡単に落とされはしませんよ」

 

 

『AIR COMBAT』は投入した硬貨の枚数によってプレイ時間が延長される方式ですので、今のうちに千円札を両替しておき一定数の硬貨を確保しましょう。

マナー違反レベルの連コインはしませんが、アイドルデビューが決まって以来の久しぶりなので長く楽しみたいです。

測ったようなタイミングで私のTACネームが呼ばれたので、ICカードを準備して筐体の方へと向かいました。

 

 

「では、行ってきますね」

 

「汝に闇を纏いし堕天使の祝福を!(精一杯、応援してます!)」

 

 

ドラマとかでよくある出撃前の1シーンみたいなやり取りをした後、筐体に入りICカードを挿入し硬貨も数枚投入します。

タッチパネルを操作して、全国対戦モードの中からバトルロイヤルを選択しました。

チーム戦もいいのですが、やはりたった1機で戦況を大きく変えてしまう感覚が味わえ、数多くの猛者達が鎬を削るこのモードが一番燃えます。

使用する機体は愛機であるF-15C(イーグル)で、機体選択を終えた私はマッチングが早く終わらないかと興奮に胸を躍らせながら操縦桿を握り、ペダルの踏み心地を確認しておきます。

マッチング待機時間のカウントが0になり、ディスプレイの映像が滑走路へと変わりました。

ちゃんと離陸からやらせてくれるなんて、この開発陣はプレイヤー達の心をよく理解していますね。

さて、天使に祝福された以上は撃墜なんてありえません。

今日は別に蘭子の誕生日ではありませんが、あの可愛い堕天使気取りの天使に勝利をプレゼントしてあげましょう。

心を開く、感興篭絡、一騎当千

渡 七実 TACネーム『Cipher(サイファー)』 平和の為に、天使とダンスしましょう。

 

 

 

 

 

 

「「「乾杯」」」

 

 

いつも通り妖精社にて、私達は思い思いの飲み物の入ったグラスを打ち合わせました。

合計20機の猛者達が集う空域で、ノーダメージ且つ撃墜数10以上という華々しい勝利を飾った今の私にこのアブソルート・シトロンの甘みのあるフレッシュなレモンとライムの風味が爽やかで滑らかな味わいは、勝利の美酒に相応しいでしょう。

アルコール度数は程々なので火酒と書かれるウォッカの強いアルコールで喉が焼けてしまいそうな感覚は味わえませんが、これから来る夏に相応しいすっきりとした飲み口は、何杯でも飲めそうですね。

一緒に飲んでいるちひろはモヒート、武内Pはジントニックを飲んでいます。

本来なら約束していた凛と何か美味しいものでも食べるつもりだったのですが、今日はニュージェネレーションズで何か食べに行くそうなので、また別の機会という事になりました。

鉄は熱いうちに打てではありませんが、今回の一件が片付いたばかりの今の方が言いやすいこともあるでしょうから、今のうちに本音で話しておくことはいいことです。

本音は隠しすぎてしまうと、なかなか語れなくなってしまうものですからね。

 

 

「改めまして、今回は御二人にお世話になりました」

 

 

ジントニックを半分ほど飲んだところでグラスを置き、武内Pは私達に頭を下げてそう言いました。

全く、車輪から魔法使いへとかつての姿を取り戻したというのに、こういった所は変わらず律儀過ぎます。

もっと軽い感じで礼を言って、一杯奢ってくれるだけで十二分だというのに、今日の飲み代を全額負担するというのですから。

 

 

「別に気にしないでください。各自ができることをしただけです」

 

 

連日の流れでここで何もしていないと言えば、和やかな飲み会が一気にお説教モードに変わることが間違いないでしょうから黙って受け取りましょう。

実際ほとんど何もしていないのに、こうやって感謝されそれを受け取るのは心苦しいのですが、それを顔に出してしまって雰囲気を悪くしてしまう訳にもいきません。

なので、どれだけ罪悪感があっても私の心に押し止めていつも通りに振舞います。

 

 

「そうですよ。こういった時はみんなで助け合わないと」

 

 

昨日、私が事務所で孤独なグルメを楽しんでいる間に、一歩程ではありますがちひろ的に進歩を感じられたのかその表情は少しだらしがなく緩んでいました。

いつも無自覚で馬鹿ップル空間を形成して周囲(特に私)に甚大な被害を与える癖に、こうした進展はかなりゆっくりなのが不思議でたまりません。

武内Pもフラグを4本も立てているギャルゲーやハーレム漫画の主人公みたいなことにもなっていますし、ちひろもうかうかしていたら他の誰かに掻っ攫われてしまうかもしれませんね。

私は場合によってはアシストしますが、特定の陣営に大きく肩入れをするつもりはありませんので、そこは自分の力で頑張ってもらいましょう。

下手に首を突っ込んでしまってベトナム戦争並みに泥沼化が予想される恋愛大戦に巻き込まれてしまったら、私が精神的なダメージを受けてしまうだけで何の得もありませんからね。

 

 

「ありがとうございます」

 

「だから、お礼は不要ですって」

 

 

何度もお礼を言ってくる武内Pに呆れながら、鰊の塩漬けと完全に潰しきっていないマッシュポテトをライ麦パンの上に乗せて頬張ります。

小骨が気にならない程にとろけてしまう鰊の美味しい脂と塩気が素朴な味付けのマッシュポテトと風味豊かなライ麦パンがウォッカともよく合うのですが、この飾り気のない素材そのままの味を活かした肴にアブソルート・シトロンのフレーバーは少々くどく感じますので、一気に飲み干してフレーバーのついていないものを頼みましょう。

という事で、顔馴染みの店員にストリチナヤをショットグラスではなく普通のグラスで注文します。

 

 

「でも、今回の件が無事片付いてよかったです。武内君も前みたいな感じに戻ったみたいだし」

 

「ええ、私はもう彼女達から逃げたりはしません。ゆっくりですが、一歩ずつ共に階段を昇っていくつもりです」

 

「‥‥なんだか、妬けちゃうな」

 

 

憑き物の落ちた晴れやかな笑顔を浮かべる武内Pに対して、ちひろは少しだけ寂しそうに目を伏せます。

それは年単位での付き合いがあるはずの自分ではできなかった事を出会って数ヵ月のシンデレラ・プロジェクトの少女達が成してしまったことに対する無力感かもしれません。

人間関係というものは時間が経てば経つほどに、色々な感情や周囲の状況が絡み合って大きく複雑になってしまいますから、ちひろが変えられなかったのも仕方ないでしょう。

人間は一度微温湯のような心地よい関係に落ち着いてしまうと、関係を壊してしまう恐怖からかなかなかその関係から発展させることができません。

俗に言う、幼馴染キャラの負けフラグがこれにあたるでしょう。

ですが、誰がそれを責められるでしょうか、大切な相手と一緒に居たいと思ったり拒絶されるのが怖いと思う気持ちは当然なのですから。

私だって、そういった恐れを抱いているからこそ今日までシンデレラ・プロジェクトのメンバー達を名前で呼ぶことができなかったのです。

偶にどんな年齢の人とでもすぐに仲良くなれるコミュニケーション力の高い人が居ますが、そういった人達は本当に尊敬に値しますね。

届いたストリチナヤを受け取り、ゆっくりと味わうように一口だけ口に含みます。

冷凍庫でキンキンに冷やされたストリチナヤのほのかにスパイシーさを感じながらもソフトでクリアな味わいは、想像していたようにこの鰊の塩漬けとよく合いますね。

 

 

「‥‥渡さん」

 

「はい」

 

 

ストリチナヤと鰊の塩漬け達のマリアージュに満足し、ゆっくりと味わいながら食べ進めていると武内Pに声をかけられました。

今にも馬鹿ップル空間を形成してしまいそうだったので、居ることがわかる程度位にまで気配を殺して食に没頭していたのですが、どうしたのでしょうか。

 

 

「大丈夫ですか?あまり食が進んでいないようですが‥‥」

 

「‥‥ええ、問題ありません」

 

 

心配そうに尋ねられた言葉の意味を理解するまで、数秒の時間を要しました。

もしかしてですが、武内Pの中では私はいっぱい食べる腹ペコキャラという認識がされているのでしょうか。

確かに食べることは好きですし、このチートボディの制限を緩めて活動すると相応のエネルギーを消費する為一般成人男性以上に食べますが、いつもいつもそんな大食いをしている訳ではありません。

今のように美味しい料理やお酒をゆっくりと優雅に味わいながら食べることだってできるのです。

これが瑞樹達のように揶揄いながら聞いてきたのであれば、その無防備な眉間にデコピンを叩き込むところなのですが、武内Pはそんな悪気の一切ない善意から聞いていくるのですからやり難いですね。

 

 

「今飲まれているのはウォッカですから、サーロやシャシリク等はいかがでしょう」

 

 

普通であれば、アイドルなのだからといって体型維持だと食事制限をかける所が多いのですが、それとは真逆を行くようにアイドルに豚の脂身の塩漬けや肉の串焼きを進めてくるプロデューサーがいるらしいです。

これ、私だから普通に流しますけど、ちひろや楓といった好意を抱いているアイドル達に言ってしまったら、色々深読みして面倒くさいことになってますからね。

しかし、このストリチナヤと鰊の塩漬け達のマリアージュも大変素晴らしいですが、強いお酒を飲んでいるとやっぱり肉らしい肉も食べたくなってくるのも当然なので頼んでしまいましょう。

 

 

「いいですね、シャシリクを頼みましょう。今は脂よりも肉です」

 

「わかりました。千川さんは、どうします?」

 

「今日はちょっとやめとこうかな‥‥」

 

「そうですか」

 

 

武内Pは近くを通りかかった店員を呼び止め、2人分のシャシリクと追加の飲み物を頼みます。

さて、肉が来るのであればその前にこの鰊の塩漬け達を食べ終えてしまいましょうか。

この飾り気のない純朴な味わいも十分に美味しいのですが、大胆かつ豪快な肉の串焼きを相手するには少々分が悪いでしょう。

先程より少しだけペースをあげて食べ始めますが、やはりこの素晴らしいマリアージュの前には自然に頬が緩んでしまいますね。

 

 

「‥‥すみません、渡さん。私も一枚頂いてよろしいでしょうか?」

 

「はい、どうぞ。この鰊は脂がのっていて絶品ですよ」

 

 

食に対する関心が強い武内Pは、この絶品マリアージュに興味を持ったようですね。

美味しいものは独占するのではなく、皆で分け合って共に喜ぶ派なので勿論断りません。

私の舌が導き出した鰊の塩漬けとマッシュポテトの黄金比率でライ麦パンに盛り付けて、小皿に乗せて差し出します。

律儀に礼を言ってから、武内Pは鰊の塩漬け達に豪快に齧り付きました。

男性なだけあって同じように齧り付くにしても、その雄々しさと豪快さは敵いそうにありません。

数多くの有名美食家の味覚を駆使して導き出した、この黄金比率による絶妙な味わいに満足してもらえたのかとても嬉しそうに表情が緩みます。

やはり、美食の力は絶大ですね。

 

 

「ストップ!」

 

 

食の力の偉大さについて改めて感心していましたが、武内Pが自身のボルス・ジュネヴァを飲もうとしていたので慌てて止めに入ります。

確かにボルス・ジュネヴァはジンの起源となったとも言われる銘酒であり、爽やかでありながらキリッとしていて芳醇な味わいがバランス良く、この鰊の塩漬け達ともよく合うでしょう。

ですが、このストリチナヤとのマリアージュを差し置いて、いきなりその組み合わせに進むなど、天の神々が許しても私が許しません。

 

 

「それには、ウォッカの方が合いますから、こちらをどうぞ」

 

 

私の飲みかけで申し訳ありませんが、今から頼んでも届くまでには時間がかかってしまうので我慢してもらいましょう。

冷凍庫で極限までに冷やされた美味さは失われても、人肌でゆっくりと温もったお酒はグラスの中から香りが開いていくようで、また別の味わいがあります。

武内Pは私の顔とグラスを何度か見比べた後、ゆっくりとした動作でグラスを受け取って飲み口を少し観察してから、ストリチナヤを少しだけ口に含みました。

そんなに観察しなくてもリップ等はきちんと処理してあるのでついていないのですが、男性からすると気になるものなのでしょうね。

 

 

「これは!」

 

「ね、合うでしょう?」

 

「はい。これほどの味わいになるのであれば、渡さんが熱心に進められる理由もわかります」

 

 

このマリアージュに武内Pも大満足なようで良かったです。

何事も頂を知らなければ裾野を広げていくのも難しいですし、裾野の中でも少し高くなった場所を頂と勘違いしてしまうかもしれませんからね。

 

 

「‥‥なぁ~なぁ~みぃ~さぁ~ん?」

 

 

まるで地獄の底から呼びかけられたようなおどろおどろしい声で相棒から呼びかけられて自身の失態に気が付きます。

契約を持ちかける悪魔のように、冷たくどす黒いオーラを漂わせているちひろは、思わず身震いするほど恐ろしく見えました。

後悔したところで現状が変わるわけではありませんのでどうしようもありませんが、これを教訓に食について熱くなり過ぎないように気を付けましょう。

気を付けた所でまたやらかしてしまう未来しか見えませんが、せめて今だけでも心に刻んでおきましょうか。

そんな私の今気持ちを将棋界で初めて7冠独占を果たした史上最強棋士としても名前の挙がる棋士の言葉を借りて述べるなら。

『人間は、いつも完璧でいることは不可能だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の夜より、何処かに隠れて私の槍捌きを見ていた侍の霊に、夢枕に立たれ度々仕合を望まれるようになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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愛は、お互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである

どうも、私を見ているであろう皆様。

アイマス世界の円卓の鬼神です。

最近はアイドル業や係長業務、シンデレラ・プロジェクトのフォロー役と何かと忙しくも楽しい日々を過ごしていましたが、久しぶりの空は格別でした。

本物の空ではなく最新技術で限りなく近づけた架空の空ですが、それでも穢れない純白の雲とどこまでのびていきそうな蒼穹に心を洗われていくようで、気持ちよかったですね。

アイドル業やらが落ち着いて、好きなように時間が取れるようになったら海外に行って飛行機免許を取ってみるのもいいかもしれません。

流石にF-15Cとかの軍用戦闘機の免許は取れないでしょうが、この肌で実際にあの心地を味わえたらどれだけ素敵な事でしょうか。

何だか、時間ができたらやってみたいことばかり増えていくような気がしますが、見稽古があるので全てさして時間もかからずできるでしょう。

 

さて話を現状へと戻しますと、あれから数日経ち監督達の無駄な拘りによって色々と難題を課されていたMV撮影も佳境に入り、現在は最終シーンである城落としの最中です。

原作七花はとがめの説明によって尾張城の構造をある程度覚えており、その知識を上手く活用し休憩を挟みながら城攻めを行っていました。

ですが、これはMV撮影であり実戦ではありませんので派手さが求められますので、私は真正面から戦うことになったのです。

四方八方から襲い掛かる殺陣のプロ達の刀や槍を捌き、いなし、時に砕き、未完了の虚刀流の全てを以って立ち塞がる敵を排除してしながら制圧前進を続けました。

既に倒した兵士役の数は50を軽く上回っており、常人であれば疲労困憊で動けなくなってしまうでしょうが、私のチートボディには余力が有り余っていますね。

50人以上倒したと言っていますが、実際に参加している兵士役の数は30人弱であり、人数を調整しながら上手くローテーションを組みながら私に挑んでいます。

袈裟切りに振り下ろされた刀を紙一重の所をすり抜けながら、隙だらけな腹部に手刀を振り抜きました。

少し休憩した後にまた襲い掛かって来てもらわなければならないので、カメラからは容赦なく腹部を裂いたように見える軌道ですが、役者さんには一切傷つけはしていません。

勿論、それでは役者さんも気が付かない可能性がありますので、指向性を持たせて出力を絞った殺気をぶつけて殺したことを理解させて崩れ落ちてもらいます。

何度も殺気をぶつけられている人は、恐怖で震えだしたり、それを誤魔化すように我武者羅になったりしていますが、監督的に異常な相手に対する妙なリアルさが出ていると大満足で続行させていました。

トラウマになるかもしれないと危機感を抱きながらも、悪いのですが私も仕事なので勘弁してもらいましょう。

脇を抜けた先には槍衾の如く槍を並べて密集隊形をとった役者さん達の姿がありましたが、中央にいる人達に対して一瞬だけ視線を天井に向けてやろうとしていることをアイコンタクトで伝えます。

伝わった気で行動しては大惨事確定なので、意図が確実に伝わり相手が何かしらの反応が無ければ一度止めてもらいましょう。

中央にいる人達が頷いたので、きっと大丈夫ですね。

 

 

「‥‥ふぅ」

 

 

これからやるのはかなりの集中力を要しますから一度呼吸を整えてから、気を引き締めます。

撮影スタッフ達も今から起こることを撮り逃してしまわないように、緊張が奔っているのが伝わってきますね。

それだけ期待されているのであれば、それを裏切るわけにはいきません。

杜若で槍衾に向かって突撃し、私を串刺しにしようと突き出された槍の穂先を避けながら跳び上がり天井に着地します。

天上を蹴り、アイコンタクトで伝えておいた場所に目掛けて落花狼藉の態勢を取りました。

重力や壁を蹴った反作用による運動エネルギーを集中させ、空気を擦りあげます。

 

 

「イャアアアア!!」

 

 

発火して赤熱化してしまうのではないかと思うくらいの熱を持つ右足を裂帛の気合と共に叩き付けました。

当然、これを人に当てる訳にはいきませんので、犠牲となったのは上手く調整して中央にいる人達を上手く避けて床の畳です。

虚刀流として普通に放った落花狼藉であればセットの床を完膚なきまで破壊してしまい、再建に時間と費用が必要になるでしょう。

しかし、踵が床に接触した際に瞬間的な力の開放と集約を行うことで威力を殺さずに破壊をピンポイントに絞ることができます。

因みに私が鉄骨を歪ませることができたのも、この技術を使って七花八裂の威力を極限まで集中させたからであり、そうでなければ軽い凹み程度で終わっていたでしょう。

そんな技術を用いたので落花狼藉を受けた畳は表面だけ再起不能なレベルでボロボロになってしまっていますが、それ以外のセットについては畳下の床部分を含めて無傷です。

槍衾を構成していた役者さん達は落花狼藉の衝撃と殺気の威圧感に気圧されたのか、まるで吹き飛ばされたかのような見事なやられ姿を名演してくれていました。

流石はプロという事でしょうね。私もその名演に恥じないよう、もっと気合入れてなければなりませんね。

 

 

「よし、カァット!15分の休憩後、最終決戦いくぞ!」

 

「「「はい!」」」

 

 

休憩が言い渡されたので手の空いたスタッフの人達は、未だに演技を継続している役者さん達に肩を貸しながら休憩スペースへと移動していきました。

 

 

「おい、しっかりしろ!傷はないぞ!」

 

「俺、足ついてる?」

 

「ああ、立派な足がついてる。だから、立って歩け!」

 

「手ぇ空いてるやつは、畳替えちまうぞ」

 

「すげぇな、この畳以外に一切傷ついてねぇぞ」

 

 

あっ、コレは役者さん達が名演した訳ではなく、純粋に私がやり過ぎたパターンですね。わかります。

只でさえ殺傷能力の高い虚刀流の奥義に、格闘戦最強クラスの光の戦士の必殺技を組み合わせたのはまずかったかもしれません。

でも、今回は組み合わせておかなければセットを破壊してしまいかねませんから必要な措置だったのです。

何だか物凄く気まずいので、直ちに戦略的撤退をとりましょう。

休憩スペースは落花狼藉の余波で倒れた役者さん達が次々に搬入されているので選択できません。

仕方ないので、少し離れた自販機前の共有スペースで水分補給をしながらのんびりしていましょうか。

この虚刀流最終決戦装束は色々と目立ってしまいますが、346プロではアイドル達がもっと際どい衣装で歩き回ることもありますので気にする社員はいないでしょう。

 

 

「何かあったら携帯にお願いします」

 

「わかりました」

 

 

スタジオを出たと同時に一気に加速して、ここから離れていて尚且つ人気のない自販機のある場所を目指します。

フロアマップは全て記憶済みであり、暇な時に歩き回って更新もしているので、お目当ての場所の検索と最短経路の構築は数秒で終わりました。

廊下を子供が走っているのと同じくらい速度を出せる凄い早歩きで向かいます。

歩法には杜若も取り入れていますので、もしも年少組アイドル達に遭遇したとしても即座に普通の早歩きにまで減速が可能なので反面教師化することはありません。

一応、反響定位等で周辺に飛び出してきそうな人が居ないかは確認していますが、それでもトラブルは起きる時には起きますから油断はせず慎重に進みます。

数分で目的地に到着したのですが、予想外のことに先客が居ました。

 

 

「お疲れ様です、道明寺さん」

 

「あっ、お、お疲れさまでしっ!」

 

 

トレードマークの巫女服に身を包み、盛大に噛んだ道明寺さんは真っ赤になった顔を隠して座り込んでしまいました。

トークをしては度々噛んだり、本社内での撮影の筈なのに迷ったり、何もない場所で急に転んだりする所がファンの心を掴んだ、守ってあげたい系アイドルです。

自身をドジでノロマと言いながらも決して卑屈にならずアイドルとして研鑽する姿は実に輝いていて、その愛い姿を愛でたくなったことは数知れずですね。

 

 

「す、すみせん‥‥噛みました」

 

「別に今は撮影中ではないので、気にしなくていいですよ」

 

「はい‥‥」

 

 

今回のMVでは私が放浪の旅の中で訪れた寂れた神社の巫女役で登場しており、幕府が刀狩りとして徴収しようとしていた御神刀の守り手です。

なので、MV中では小早川さんと同様に戦闘シーンに関わることはなく日常パートにおける癒し枠、または巻き込まれるヒロイン枠として活躍してくれていますね。

はんなりとして少し腹黒さの片鱗を覗かせるお姫様な小早川さんとは正反対に、純真無垢で元気に頑張るドジッ娘な道明寺さんは丁度良くバランスが取れていると言えるでしょう。

恥ずかしがっている所を抱き寄せて目一杯頭を撫でたい衝動にかられますが、冷静さを失って暴走しては嫌われるだけなので冷たい飲み物を飲んで頭を冷やします。

そこで選ばれたのは、○鷹でした。

急須で緑茶のような舌に旨味が残るふくよかな味わいとコピーでは言っていますが、確かにこれまでのペットボトルの緑茶とは一線を画する味わいです。

まあ、ですが本当に茶葉や煎れ方にも拘ったお茶と比べると少々味の緊張感に欠ける気がしますね。

コスト等加味した上で判断するのであれば、自販機販売のお茶界における革命児と呼んでも構わないヒット商品でしょう。

さて、落ち着いたので改めて道明寺さんの方を向いたのですが、何か居ました。

 

 

『渡殿、先程の乱戦は実に見事でしたな。実戦ではないとはいえ、あの大人数を相手に自分の流れを作り続ける‥‥いやいや天晴れ!』

 

 

あの子曰くさっちゃんと呼称される戦国時代産の侍亡霊は、道明寺さんの肩あたりで胡坐をかいてうんうんと頷いています。

その顔は満足そうな笑みを浮かべながらも瞳だけは飢狼のようにぎらついており、今夜も仕合えと夢枕に立つのでしょうね。

この亡霊、白坂ちゃんに霊体に干渉できる有力な霊能者を探してほしいとお願いをしており、夢の中での手合わせでは全く満足できていないようなのです。

満足できないのなら安眠を与えて欲しいのですが。

一度火が灯ってしまった闘争本能はなかなか抑えらず、毎夜の如く私の夢を訪れてしまうと言っていましたが、手合わせ中の表情を見る限りそれは噓でしょう。

この時間がいつまでも続けばいいと思っていそうな恋する乙女にも似た恍惚とした表情をしているのですから、絶対我慢なんてする気がないに違いありません。

 

 

「な、なにかついてますかっ?この前は、霊をつれてきちゃって~」

 

「いえ、何もいませんよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

 

この亡霊は道明寺さんではなく私が連れてきてしまったものですので、どちらかというと巻き込まれた方ですね。

本当に申し訳ないです。

実家は神社らしいのですが、まだまだ修行中の身である道明寺さんにはこの侍亡霊は見えていないようで安心しました。

戦闘狂の亡霊なんて直視してしまったら教育上良くありませんからね。

祝詞は練習中とのことでしたが、必要な道具を整えたら撮影期間だけでも干渉されない結界的な何かを作ってもらえませんかね。

 

 

「もう少ししたら最終シーンの撮影があるそうですよ」

 

「わかりました!今度こそ、噛んだり、こけたりしないで一発で成功させられるよう頑張りまつっ!あっ‥‥」

 

「気負い過ぎは駄目ですよ」

 

「はい‥‥」

 

 

言っている傍から噛んでしまい、さらに落ち込んでしまった道明寺さんの頭をポンポンとしてあげながら慰めます。

侍亡霊は未だ近くにいるようですが、一般人がいる所で騒ぎだすことはないでしょう。

なので、こうして道明寺さんを慰めている間は平和であり、そして私の心も満たされるという訳です。

ああ、この平和な時間が永久に続けばいいのに。

 

 

 

 

 

 

「よくぞ、ここまで辿り着いた。歓迎しよう、刀を持たぬ剣士よ」

 

 

いかにも悪役らしい紫色や金の刺繍で悪趣味に豪勢に飾られた束帯に身を包んだ将軍が下卑た笑みを浮かべていました。

本来なら今すぐにでも八つ裂きにしたい所ではありますが、それができないだけの理由があります。

 

 

「七実さん‥‥」

 

「堪忍しとくれやす」

 

「あわわ‥‥」

 

 

将軍の背後には喉元に小刀を突き付けられた輿水ちゃん、小早川さん、道明寺さんがそれぞれ違う表情をしていました。

刃引きもしてある殺傷能力の低い模造刀であっても、喉元に刃物が付き付けられているというのは精神的ストレスが絶大でしょう。

道明寺さんなんて模造刀であることを忘れているのではないかと思うくらいの狼狽えようですし。

虚刀流に拘らなければ隠し持っている暗器を投擲して2人を仕留めた後に、最後の1人を薔薇等で仕留めれば済むのですが、このMVではそんな行動は選択できません。

それでも杜若で一気に駆け抜けるという手もありますが、白い玉砂利が敷き詰められた庭の上では力を込めた瞬間に音で感付かれてしまうでしょう。

 

 

「そなたが動かなければ、この娘達の無事は約束しよう」

 

「‥‥」

 

「言葉を交わさぬか‥‥所詮は力を振るうしか脳がない獣か」

 

 

将軍が手を挙げると火縄銃を持った役者さん達が現れ、将軍を守る人の生垣みたく戦列を組み私へと狙いを定めます。

弾丸が入っていないとはいえ、10を超える銃口を向けられるのは心地よいものではありませんね。

これくらいの数であれば銃口の向きから弾道を予測して回避することは容易いですが、人質があるので動けない。

もはやテンプレート化しているこてこての王道展開ではありますが、万人の心に響き続け廃れていかなかったこそ王道と呼ばれるのであり、私もこういった展開は大好物です。

惜しむらくは台本を読み込んでいるので、この後の展開を知ってしまっているという事でしょうか。

今までは王道展開を眺める側だったのに、こうして作る側になったと思うとなんだか不思議な感じがします。

 

 

「撃て」

 

 

将軍の号令と共に引き金が引かれ、意外と軽い音のする発砲音と共に私に施されていた特殊メイクが起動し、頭部や腹部、肩と数か所から血の色をした液体が流れ落ちてきます。

折角の最終決戦装束が汚れてしまいますが、現在着用しているのはこの為だけに巫女治屋に依頼して製作してもらったローコスト版なので問題ありません。

起動した際にちょっとした衝撃がありましたが、この程度で怖気づいてしまう私ではありませんので、無花果の態勢のまま将軍達を睨み続けます。

顔に垂れてきた血が鬱陶しいことこの上ないですが、頭から流れてきた血を拭おうともせずに泰然としている様は見ていて格好いいと思いませんか。

 

 

「ふむ、外れか‥‥仕方ない、次を持ってこい」

 

 

その命令に従うように新しい火縄銃を持った役者さん達が現れ、斉射を終えた人達と入れ替わります。

 

 

「しかし、撃ってみれば獣のように悲鳴をあげるかと思ったが‥‥存外楽しませてくれる」

 

「七実さん!七実さん!」

 

「女子をいたぶって、ほんま下衆やわ」

 

 

輿水ちゃんと小早川さんがそう言うと小刀を突き付けていた忍装束が、更に力を込めて脅します。

これが台本で定められた演技でなければ、容赦なく七花八裂を叩き込んで八つ裂きにしてあげるのですが、これも仕事なので我慢しましょう。

しかし、わかっていても抑えられない殺意の波動の一部が漏れ出してしまったのか、役者さん達が半歩程下がります。

因みに、道明寺さんは台本で定められた通り気絶した演技をしているのですが、拘束している忍者役の人の反応を見る限り本当に気絶している可能性もありますね。

 

 

「さて、次こそ仕留めてやろう」

 

 

再び火縄銃が構えられ、私へと狙いが定められます。

ですが、弾丸が発射されることはありません。なぜなら

 

 

「ぐわっ!」

 

 

忍者達から死角となる方向から放たれた手裏剣が腕を直撃し、3人の拘束が解かれました。

それと同時に4つの影が飛び出し、火縄銃を構えた戦列を蹂躙していきます。

野球バットを改良した棍棒を振るう姫川さん、私の行った演技指導通りに素晴らしい突撃(チャージ)をかける日野さん、巧みな剣捌きで敵を切り伏せていく脇山さん、鷹富士さんも釵を素人とは思えない程使いこなしていました。

そして、最初に手裏剣を投擲したであろう浜口さんは忍者達を無力化し、人質となっていた3人を解放しています。

 

 

「七実殿!助太刀に参りました!」

 

 

一度は戦ったことのある好敵手達がピンチに駆けつけて力を貸してくれる。

これもまた、ご都合主義前回な王道展開ですが、熱く燃え上がる何かがありますね。

しかも、駆けつけてくれた仲間というのが見目麗しいアイドル達なのですから、もう負ける可能性など万に一つもありません。

 

 

「ええい、者共!出会え!出会え!」

 

 

将軍が呼びかけると、時代劇のお約束のパターンのように何処からともなく数十人の侍達が現れ盛大な殺陣シーンが始まりました。

人質という存在がなくなったので、我慢する必要もなく、私は今までの鬱憤を晴らす為に侍達の中に飛び込んでいきます。

やっと動けるという開放感から恐ろしい表情でも浮かべていたのか、私の相手をすることになった役者さん達の顔が若干引きつっているようでしたが、運が悪かったと諦めてもらいましょう。

打ち合わせによって誰がどの場所で戦うというのは大まかに決められていますので、カメラでは映らない所に施された目印を気にしつつ虚刀流で暴れまわります。

手刀と足斧を振るい、役者さん達を傷つけてしまわないよう最大限の配慮を忘れずに殺陣を盛り上げました。

ここで調子に乗って怪我等をさせてしまえば、美城にとって不利益となるであろう噂の温床になってしまうでしょうからその辺は特に気を付けなければなりません。

人の噂というものの持つ力は侮れないもので、下手な公式情報よりも信憑性があると思われたり、かもしれないという推測があたかも真実のようになっていたりと本当に油断のならない魔物です。

ネット社会においても口コミ情報がありがたがられるのは、そういった噂を信じやすい部分があるからかもしれませんね。

さて、そういったことに気を付けつつ派手に行きましょう。

 

 

 

 

「どうでしたか、七実殿!私の手裏剣捌きは!」

 

「そうですね、回転に少し乱れがありましたが、ちゃんと狙った場所に当たっていますし、以前よりも上達していますね」

 

「そうでしょう!あの日から鍛えていますから!」

 

 

褒めて、褒めてと言わんばかりに目を輝かせている浜口さんは忠犬のような可愛らしさがありました。

寮生である浜口さんは、私に完敗を喫した日から脇山さんと一緒に鍛錬を積んでいるそうで、時々みくとアーニャとも鍛錬していると聞いています。

特に忍者マニアであるアーニャとの相性は良いらしく、忍術とコマンドサンボを互いに教え合ったりしているそうで、仲は良好のようですね。

忍者談義が盛り上がり過ぎて、寮内で煙玉を作ろうとして部屋を煙だらけにした際はみくにハリセンでしばかれたそうです。

そんなみくも、その見事なハリセン捌きを見て脇山さんに剣道へと誘われているそうで、意外な所から交友関係が広がっているようで嬉しい限りですね。

 

 

「しかし、回転を安定させるのは難しいですね。修業が足りない所為で、未だ自然界の黄金長方形を見つけることができません」

 

「そうですか‥‥」

 

 

相生拳法や現実でも再現可能そうな忍術を披露した際に、一人前のくノ一になる為にこれからどうすればいいかやチート技術について質問を受け、私の技術をいくつか教えました。

その中で、空港で披露した曲芸サインの色紙を安定させる方法について尋ねられ、黄金回転のことを教えたのですが、何故かそれを渡流忍術の秘奥と思い込み再現しようと躍起になっているのです。

回転で無限の力を引き出すなんてできないと何度も言っているのですが、それでも浜口さんは諦めようとしませんでした。

なので、そんな熱意に水を差すのは大人のすべきことではないので、私にできる範囲でアドバイスをしています。

 

 

「ですが、回転だけで全て変わるなんて思ってはいけませんよ」

 

「はい!Lesson1『妙な期待はするな』ですね!」

 

「‥‥はい」

 

 

違いますと声を大にして言いたいのですが、この輝く瞳を曇らせる真似は私にはできません。

普通に考えたらこんな技術なんてあり得ないと分かる筈なのですが、私が言うとそういった空想的な部分も信用されるくらい説得力があるというのでしょうか。

そうであるならば、今後の言動についてはより一層気を付けなければなりませんね。

 

 

「いつかこの黄金の回転を自分の物にして、珠美殿と一緒に七実殿を倒してみせますから!」

 

「その時を気長に待っていますよ」

 

 

私もチート転生者としての矜持というものがありますから、そうそう黒星をつけられる訳にはいきません。

学生時代の部活動では時と場合においては勝ちを譲ったこともありましたが、こういった真剣勝負であれば話は別です。

特にこうして完敗しても挫けることなく再び挑むと高らかに宣言してくれる人なんて貴重ですから、成長を促しながらその時を待つとしましょう。

 

 

「そんなに待たせません!」

 

「わかりました」

 

 

これから浜口さん達がどのような道を進むのかはわかりませんが、わからないからこそ楽しみですね。

青空を思わせるとても清々しい笑顔につられるように、私の頬も自然と柔らかく緩みました。

三者三様、人の噂も七十五日、平和共存

浜口さんと脇山さん、2人の勇者が私を倒して平和を掴むその日が実に楽しみです。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

七実のシンデレラ・プロジェクト相談室 in 妖精社

本日のゲストは先日約束した凛です。

いつもは一線引いたようなクールな態度を取っている凛ですが、私とさしで飲むのは初めてなので何処か慣れない感じが初々しくていいですね。

飲むと言っても凛は未成年なので、アルコールが一切入っていないソフトドリンクオンリーにしてもらっています。

良識ある大人であれば、誰も見ていないから、ちょっとくらいならばれないからと御法に触れることを推奨することなどあり得ません。

未成年アイドルの喫煙、飲酒騒ぎというのはいつの時代でもあり、それが致命傷となってこの業界を去っていく少年少女が数年に1人は出てくるのです。

まあ、私はとっくに成人していますので遠慮なくアルコールを飲ませてもらいますが。

通常のジンが5種類前後のボタニカルを使用しないのに対し、このボンベイ・サファイアはそれよりも多く厳選された10種類を使用しており、特有の深く華やかな香りに加えほのかな甘みと清涼感が飲みやすく、あまりジンに慣れていない女性でも気に入ってくれるでしょう。

 

 

「ニュージェネレーションズの方は、どうですか?」

 

 

もう問題はないと思いますが、一応当事者からの言葉で顛末を聞いておきたいので尋ねます。

 

 

「うん、もう大丈夫。3人でちゃんと話し合ったから」

 

「そうですか」

 

 

凛がそう言うのなら本当に大丈夫なのでしょうね。

今のニュージェネレーションズならば、今後再び大きな壁が立ちはだかったとしても、しっかりと話し合ってその壁を乗り越えていけるでしょう。

 

 

「あのさ‥‥1つ聞きたいことがあるんだけど」

 

「はい、何でしょう?」

 

 

質問してきた凛は、どことなく不安そうで、先程まで澄んでいた瞳には微かな怯えの色が見えます。

今回の件が起きるまであまり接点がなかった凛ですが、こんな姿を見るのは初めてであり、いったい何に怯えているのか皆目見当が付きません。

もしかして、また無自覚のうちに恐怖させるような行動をしてしまったというのでしょうか。

そうでない可能性もあるので、私はボンベイ・サファイアをゆっくり飲みながら内面の動揺を表に出さないよう平静に振舞います。

 

 

「七実さんは‥‥プロデューサーと付き合ってるの?」

 

「んぐっ!」

 

 

全くの予想外過ぎる質問に、危うくボンベイ・サファイアを毒霧のように凛の顔に吹きかける所でした。

そんな事をしては凛に本格的に嫌われてしまいかねませんし、またこの美酒を無駄にしてしまい勿体無いです。

凛も武内Pに恋愛感情を抱いている様子でしたが、こんな質問をするという事はその予想が当たっていたという認識で間違いないようですね。

しかし、アイドルの恋愛は一定の年齢に至りファンから逆に心配されるようになるまで、暗黙の了解としてご法度になっていますが、若く蒼く燃えるこの恋心が抑えを知っているかが問題です。

折角問題が片付いたのに、別の問題が噴出するのは勘弁してもらいたいですから。

 

 

「その反応‥‥もしかして、本当に‥‥」

 

「ちょっと待ってください、お酒が気管に入りましたから‥‥えと、結論から言いますとそのような事実はありません。

しかし、どうしてそんな事を思ったのですか?」

 

 

私と武内Pの関係は仕事上の上司と部下、アイドルと担当プロデューサー等少々複雑ですが、一緒に飲むこともありかなり良好な部類に入るでしょう。

ですが、それはちひろも同じ条件であり、寧ろ無自覚で馬鹿ップル空間を形成する分問い質すのならそちらではないでしょうか。

カカオ分が多めになっているビターチョコを齧りながら、ボンベイ・サファイアを一口飲みます。

前回のストリチナヤと鰊の塩漬け達とのマリアージュには及びませんが、これはこれで悪くない組み合わせですね。

 

 

「だって、プロデューサー‥‥七実さんにだけ頼っているみたいだし」

 

「それは、見かねた私が無理矢理手伝ってるだけですよ」

 

「一緒に飲んでるみたいだし」

 

「それは、大人になると飲みの場でのコミュニケーションも重要なんですよ。特にこの業界では」

 

「じゃあ、七実さんの弟がプロデューサーを実家に招待してるのは」

 

「それは‥‥ちょっと待ってください、何ですかそれ?私も初耳ですよ?」

 

 

そんな衝撃情報、お姉ちゃん知りませんよ。

七花と武内Pが個人的に私の個人的な情報を横流ししたり、アイドルとしての近況を報告したりと密に連絡を取りあって良き交友関係を築いているのは知っていましたが、実家ご招待は初耳です。

余りの驚愕に危うくグラスを落としてしまうところでした。

 

 

「知らなかったんだ」

 

「ええ、というか凛は良く知ってましたね」

 

「休憩時間に偶々そんなやり取りをしてるのを聞いたんだ」

 

 

あの馬鹿弟はいったい何を考えているのでしょうか。

いや、七花の事ですから何も考えていない可能性も大いにありますね。

高校生的なのりの延長線で、最近仲良くなった友人が私の担当プロデューサーだから遊ぶついでに両親に紹介しておこうくらいしか考えていないような気がします。

そんな考えなしの行動の所為で、私が疑われてしまうのですから堪ったものではありません。

後で義妹候補ちゃんに連絡を入れて、軽く折檻してもらいましょう。

 

 

「あえて、もう一度言っておきますが、私と武内Pの間にそのような関係は一切ありません」

 

「そうみたいだね。ちょっと安心した」

 

 

質問する前の怯えは消え去り、表情こそあまり変化していませんが、瞳は希望に輝き、頬も微かに赤みが差していて恋する乙女らしい可愛い顔をしていました。

この初々しくて、もどかしい感じからしてもしかすると初恋なのかもしれません。

今世においては初恋すら経験していない恋愛ポンコツ極まる私ですが、前世での初恋の甘酸っぱい思い出は今も微かに覚えています。

もう相手の顔も声も思い出せませんが、その姿が見られただけで喜びを感じて視線で追い続けた若い頃のときめきは思い返すと恥ずかしいですね。

でも、結局成就しなかったことまで含めて良い思い出だったと思います。

ドライクランベリーの強めの酸味とその後からじんわりと広がる果物の優しい甘味を舌の上で転がしながら、そんな昔の感傷に浸りました。

こんなの私には似合いませんが、偶にはいいですよね。

 

 

「あまりこういったことは言いたくないのですが、アイドル活動中は‥‥」

 

「わかってる。恋愛禁止でしょ?」

 

 

典型的な小言を言われると思った凛が、私の言葉を遮りそう言います。

まあ、そう思われても仕方ないですよね。

 

 

「いいえ、ばれないようにやってくださいね」

 

「えっ‥‥いいの?」

 

「まあ、若さ故に暴走してスキャンダルは勘弁してもらいたいですが‥‥自制内で上手く立ち回るなら構いません。

事実、同じように武内Pに好意を抱いているちひろや楓はそうしてますし」

 

 

大人組がそうやっているのに、若いから暴走してしまうかもしれないからと一方的に禁止してしまうのは間違っているでしょう。

それに大人に注意されたくらいで我慢できるくらい10代後半の恋心というのは単純なものではありませんから、適度にガス抜きさせた方が安全です。

下手に押さえつけて爆発してしまった事例は、この業界で仕事をすればそれなりに耳にする話題ですからね。

思わぬお墨付きをもらった凛は最初こそ驚きで目を見開いていましたが、他にライバルがいると聞かされて闘志の炎を燃やし始めました。

 

 

「ふ~~ん、やっぱりあれは誤魔化してたんだ」

 

 

何だか地雷を踏んでしまったような気がしますが、その被害を受けるのは私ではなく武内Pですから対処は丸投げしましょう。

恋する乙女の追及は一切の妥協がないので大変でしょうが、私はそれに巻き込まれたくないので永世中立国的な対応をさせてもらいます。

ここで変にフォローをしてしまえば、折角否定して外してもらった恋敵認定が復活して凛が恋愛法廷の陪審員になりかねません。

そんなつもりはなかったと真摯に訴えかけたとしても恋愛法廷においては、私の発言は大半が却下されるので一度巻き込まれると面倒くさいのです。

 

 

「武内Pはライバルも多く、鈍感な所もあるので大変ですが、決して悪い人間ではないので頑張ってください」

 

「うん、相手が誰であろうと負けるつもりはないよ」

 

 

初めて出会った時の凛は特に目標もなく何となく生き方に迷っているようでしたから、アイドルであれ、恋愛であれ、夢中になれる何かが見つかったのは良いことでしょう。

何故なら、こんなにも綺麗な笑顔を浮かべるようになったのですから。

そんな凛に武内Pと付き合うならば覚えておいた方がよさそうな、郵便輸送のパイロットを務めたことのあるフランスの作家の言葉を贈るなら。

『愛は、お互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、義妹候補ちゃんに連絡をつけて好みのおかずレシピと交換で七花の折檻を依頼し、武内Pの実家ご招待を阻止しました。ですが、後日両親から是非会ってみたいと要請が届くのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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人生は、出会いで決まる

今回でMV製作編は一応終了となります。
なので、次話はCD発売編か番外編に移る予定です。


どうも、私を見ているであろう皆様。

何も考えていないであろう弟によって知らぬ間に水面下で進められていた恐るべき計画を阻止し、恋愛法廷への出頭を免れました。

昼行燈とは違う意味で七花の行動は予測しにくいので、今後も注意が必要ですね。

対策として義妹候補ちゃんを買収しておきましたから、また何かしらの計画を練り始めた時には情報が流れてくることになっています。

情報というものは現代社会においては使い方さえ間違えなければ驚異的な力を発揮しますので、スパイという存在を確保できたのは大きな収穫でしょう。

まあ、念の為に武内Pに確認してみた所、現在はシンデレラ・プロジェクトや私達といった担当アイドルの調整等で忙しいので元々断るつもりだったと聞き安堵しました。

そのような大人の事情があるのなら両親、特に武内Pを連れてくるようにと煩く要請していた母親も黙らせることができるでしょう。

そう、私達成人した大人は、その姿を見ている子供たちの模範となれるようにと日本国民の義務である勤労を疎かにする訳にはいかないのです。

別に父親から知らされた母親が○クシィ等のブライダル雑誌を買い漁ったり、貯金額を確認して神前式を行える且つパワースポットとなる場所にいつ頃まで予約が埋まっているかを確認したりしていたという情報に恐怖を覚えたわけではありません。

今世では今現在に至るまでそういった浮ついた話がなかったので、生涯独身になってしまわないように心配してくれるのは嬉しいです。

ですが、ここまでやり過ぎると正直ひきますね。

父親は私を担当しているプロデューサーの人となりが純粋に気になるようですが、ある程度母親が落ち着くまで顔合わせの機会をセッティングするのは難しいでしょう。

いや、寧ろ早めにセッティングしてしまって武内Pの口からそのようなことは一切ないと断言してもらった方がいいかもしれません。

武内Pに関係の深い特定の異性が居れば私がこんな気苦労をする必要はないのですが、不器用過ぎるから無理でしょうね。

フラグが4つも立っているのだからどれでも好きなものを回収しろと言われても『皆さんはアイドルです。プロデューサーである自分が、そのような関係になることはありません』ときっちり線引きしてきそうです。

 

 

「冒頭シーンの編集が終わりましたので送ります。修正点があれば教えてください」

 

 

MVというものは撮ったら終わりではありません。

撮影された膨大な映像を上手く編集し、ストーリー性や歌詞とのマッチングを考えながら適宜効果等を加えていく必要があるのです。

どれだけ最高の映像という素材が集められても、編集という調理が三流以下のものであれば、そのMVの出来はお察しの通りにしかならないでしょう。

勿論、数々の名作達を手掛ける伝統ある美城編集部の腕を軽んじている訳ではありません。

ですが、映画部門の新作やドラマの編集とアイドル以外の仕事もあり、多忙極まる編集部が私のMV編集に割ける人員は少ないでしょう。

地道ですが順調に成長を続けているとはいえアイドル部門は美城内では新参なのですから、無理は言えません。

というわけで、そういったスキルも見稽古済みである私が編集に加わることで納期を大幅に短縮することが見込めます。

先にMV撮影が終了していたちひろの花暦は、最終調整に入っていますから遅れるわけにはいきません。

 

 

「あっ、はい、確認しておきます」

 

 

編集室のパソコンを借りている為、愛機達を使うよりも若干作業効率が落ちてしまっていますが、それでも他の一般社員に劣るつもりはありません。

さて、冒頭部分の編集という私に振り分けられた午前分と思われる仕事は終わりましたが、確認を待つ間にどうしましょうか。

この調子であれば今週中にも最終確認ができて、設定変更によって延期されてしまった発売予定日をちひろと同じ日に戻すことも可能ですね。

後で昼行燈にその旨を伝えておきましょう。

 

 

「渡さん、冒頭部の確認終わりました。特に問題ありません」

 

「そうですか、では次は何をしましょうか」

 

 

お昼までには時間があるので、午後分の仕事があるのなら先に済ませてしまった方が時間の浪費も少なく済みます。

時は金なりという諺がありますが、時間という概念はお金のように貯蓄したり、融資したりすることができませんから無駄にできません。

なのですが、私がそう尋ねると編集班のチーフは喉に何か引っかかったような微妙な表情を浮かべます。

 

 

「いえ、大変申し訳ないのですが‥‥助っ人に来たアイドルの方に任せ過ぎてしまうと‥‥我々も立場がなくなってしまいますので」

 

「あっ、はい」

 

 

そうですよね。

本職の人達が、そこそこ有能だとは知られていても違う部署の人間から自らの職域を犯されたら面白くありませんよね。

部下達と同じように対応してしまった、自分の迂闊さを責めたくなります。

有能さは現代社会を生き抜く上では圧倒的な武器になりますが、それは時に不要な反感や妬み、嫉みを生み出して自身に不利益となって返ってくるのです。

そんなことは事務員時代で嫌というほどわかっていたはずなのに、このチート過ぎる私を排除しようとせず受け入れてくれる人が増えたからと忘却の彼方に追いやっていたとは愚かにも程があるでしょう。

 

 

「では、私は戻りますので、後はお願いいたします」

 

 

編集室に気まずい空気が流れ始めたので、これ以上印象を悪くしてしまう前に頭を下げて部屋を後にします。

表情は極めて平静を保ち、扉を閉めたと同時にステルスを最大稼働させて人気のない場所へと音を殺しながら向かいました。

行き交う社員達にぶつかったり、通り過ぎる時の風圧で影響を出したりしないように速度に緩急をつけながら、この時間なら誰もいないであろう屋上庭園を目指します。

エレベーターでは他の社員達と鉢合わせしてしまうので、あまり使用する人間のいない階段で一気に登りましょう。

常人であれば階段で何十階も階層を移動するのはかなりの重労働に入るでしょうが、私のチートボディを以ってすれば軽い運動にしかなりません。

いつもの半分程度の時間で屋上庭園のある階層まで辿り着いた私は、とりあえず頭を冷やす為に自販機で飲み物を買って飲み乾します。

スカッと爽やかなオレンジの風味と炭酸の組み合わせも今の心境を晴らしてくれるには至りません。

太陽の光を浴びれば少しは気分が変わるかもしれないと思い、ペットボトルを振り返りもせずゴミ箱に投げ入れて外に出てみましたが、私が出た途端に陰ってしまいました。

そうですか、全てを遍く照らしてくださるお天道様でも今の私を相手にするのは嫌ですか。

実際はただの偶然なのでしょうが、こうもタイミングが良すぎるとそんな邪推の1つでもしたくなります。

噴水の淵に腰掛け、頭を抱えて大きな溜息をつきました。

 

 

「‥‥ああ、やらかしてしまいました」

 

 

この一件で編集班のアイドル部門に対する心情が少しマイナスされてしまったでしょう。

人間の心情というものは不条理であり、こういった失敗をやらかすと本人ではなく所属する部署全体の印象がマイナスされてしまうのです。

矛先が私個人に向いてくれるのなら気が楽なのですが、それが他のアイドル達に向く可能性があるというのは今世において失敗耐性が極端に落ちている私にとって効果は抜群ですね。

前世においても一般人より少し打たれ弱いレベルと高くなかったのですから、元々効果は高かったですけど。

私以外に誰もいない屋上庭園に風がそよぎ、花壇を彩る季節に応じて咲き誇る様々な花々が優しく揺れます。

何とも儚くも純で健気な姿は、荒みかけていた私の心を少しだけ癒してくれました。

頭を抱えていた手を下ろし、空を見上げます。

太陽は未だ雲に隠され陰っていますが、それでもなおその暖かな光を大地に伝えようと輝きを損なわず、そこに在り続けます。

気配察知スキルに反応があり、屋上庭園に誰かが来たことを教えてくれますが、ここは社員の共有スペースなので気にせず空を眺め続けました。

 

 

「あら、七実。こんなところで何してるよのよ、サボり?」

 

 

現実逃避をするように空を眺め続けていた視線を落とすと、瑞樹が呆れ顔で溜息をついていました。

本気で言っていないというのは解っていますが、落ち込み気味である今の私のメンタルではそれに対してリアクションをとる余裕はありません。

まあ、普段からリアクション芸のような反応はしたことありませんけど。

いついかなる時でも視聴者が求める最高のリアクションで返し続けるアイドルなんて、輿水ちゃんくらいしかいないでしょう。

 

 

「おはようございます、瑞樹。ちょっと空を眺めたくなっただけで、仕事を終わらせてしまって手持ち無沙汰なことをサボりというのならそうですよ」

 

「はい、おはよう。相変わらずの人外、作業速度ね」

 

「人外とは失敬な、私は人の軛から逸脱していませんよ。ただ、限りなく人類の限界点に近いだけです」

 

 

そう口では言っていますが、未だに見稽古の基準が曖昧ですが再現可能と判断されればアニメ等の2次元世界であっても習得してしまいますから、もしかしたら気付かない内に逸脱しているかもしれません。

ですが、それがスキルとして今世を生きるにあたり役立つのなら些末な問題ですね。

そんな考え方をしているから今回のように失敗してしまうのではないかと思わなくもありませんが、この年齢になると性格改変は容易ではありません。

 

 

「限界点まで極めているって断言できるのが、七実らしいわね」

 

「事実ですから」

 

 

隣に腰を下ろした瑞樹は、私と同じように空を眺め出します。

 

 

「曇ってるわね」

 

「それもまた良いものですよ。ところで、瑞樹はどうしてここに‥‥そして、そこの花壇の裏から私を覗いている方はそれに関係がありますか?」

 

 

瑞樹と一緒にやってきた人間が隠れている花壇の方に振り向きながらそう尋ねます。

精一杯身を低くして私の背後にある花壇の裏に潜んでいましたが、そんなお粗末なスニーキングスキルで私を欺こうなど1転生早いですね。

私に気が付かれず行動したいのなら、天国の外側(アウターヘブン)を作り上げた伝説の傭兵や00セクションに所属する7番の人くらいの能力で臨んでください。

瑞樹も私の意識がそちらに向かわないようにさり気無く誘導していましたが、それくらいでは効果はありません。

悪戯が失敗したのが面白くないのか、瑞樹は子供のように頬を膨らませてむくれていました。

 

 

「ああもうっ、つまらないわね‥‥夏樹ちゃん、出ていいわよ」

 

「あいよ」

 

 

瑞樹に呼ばれて出てきたのは特徴的な髪形がトレードマークの木村 夏樹さんでした。

にわかな李衣菜とは違い美城を代表する正統派ロックアイドルである彼女が、いったい私に何の用があるのでしょうか。

 

 

「以前、アンタの音を聞いたんだ。その時は奏者が誰かわからなかった‥‥でも、ギターに込められた熱いハートはアタシの胸をがっちり掴んで離さなかった。

っと、何だかくどい言い方になったけど、アタシが言いたいのはただ1つ‥‥セッションしようぜ!

アンタの音を全身で感じたくて、うずうずしてるんだ!」

 

 

何というか、10も年下の女の子に言って良い言葉ではないでしょうが、随分と男らしい誘い文句ですね。

どうやら先日李衣菜に披露した様々なギタリスト達の技術を集約した演奏が、木村さんのロッカー魂に火をつけてしまったようで、これはもう梃子でも動かないでしょう。

より良い音を求めて気高く貪欲になる姿勢は好感が持てます。

年齢を重ねるとリスク対策をしたり、安全策ばかりを選んだりと消極的になりがちなので、若さに身を任せ失敗を一切恐れない姿は心の奥をざわつかせてくれますね。

丁度、暇していて気分転換をしたかったところですから、久しぶりに誰かと熱くてご機嫌なセッションをしてみるのもいいかもしれません。

 

 

「構いませんよ」

 

「その言葉が聞きたかった!

なら、善は急げだ!箱はもう押さえてあるんだ!」

 

 

もう我慢できないのか、木村さんはここまで案内した瑞樹の事など既に見えなくなっているようで、私の手を引いてきます。

そんな私の様子を見た瑞樹は、随分と楽しそうな表情を浮かべてゆっくり自分のペースで付いて来ていました。

この様子からしてセッションを見学する気満々なようですが、仕事の方は大丈夫でしょうか。

今日は新しい化粧品のCM起用についての打ち合わせが入っていたはずです。

プロ意識の高い瑞樹ならばそれをすっぽかしてしまうことはないでしょうが、時間が近づいたら一応声掛けしておきましょう。

 

 

「わかりましたから、引っ張らないでください。」

 

 

とりあえず今は、木村さんとのセッションを素晴らしいものに仕上げることに注力しましょうか。

さて、平和をぶち壊すような最高のパーティの開演です。派手にいきますよ。

 

 

 

 

 

 

見稽古(チート)でできる、ロッカーの喜ばせ方。

 

①まず、相手の演奏能力を見稽古します。

②次に、その演奏技術の傾向から大本となった奏者を検索します。

③後は、大本の奏者の演奏技能を使って相手の望む音を奏でてあげると、ロッカーはとてもご機嫌になります。

 

ね、簡単でしょう。

木村さんが押さえた美城内の比較的小さなスタジオで、私達は魂の赴くままに音で自身を表現していました。

こうしてセッションを始めてから既に2時間は経過しているのですが、自分が最も欲しいと感じている音を与え続けられて最高にハイになっている木村さんは止まるどころか、1分、1秒ごとにギターを掻き鳴らす勢いをあげています。

2時間も休憩なしでギターを全力演奏し続けるのはいくらライブ馴れしている身であってもきついと思うのですが、肉体に掛かる疲労感を演奏したい精神力が凌駕しているのかもしれません。

熱い感情の籠った流し目で次はこうしたいんだと伝えてきますので、リクエストにお答えして演奏スタイルに調整を入れます。

 

 

「いいね!いいね!わかってる!!こうなったら、行き付ける果てまで行こうぜっ!!」

 

I'm absolutely crazy about it(楽しすぎて狂っちまいそうだ)!!」

 

 

限界点になんて見向きもせずに、ただひたすらに駆け抜けようとする若い熱に影響されたのか、私の口もいつも以上に軽くなっている気がしますね。

きっと木村さんは途中で降りることなど我慢ならないタイプでしょう。

刹那主義とはまた違うでしょうが、ダイヤモンドのような輝きを放つ一瞬を味わう為ならば何を賭けて、犠牲にしても後悔しないに違いありません。

人間としては正しいとは言い難い生き方ではありますが、短命な人間が多いロッカーとしては間違ってはいないでしょう。

瑞樹も打ち合わせに行ってしまったので、今このスタジオにいるのは私達だけ。

観客もおらず、ただ奏者だけがいるこの狭いスタジオは、何事にも縛られず、ただ気の赴くままに好きなように音を奏で自身を表現し続ける私達だけの世界です。

このセッションの果てに私達は何を見るのでしょうか。わからない、誰にもわからないからこそ見てみたい。

だから、もっとです。もっと、もっと

 

 

「もっと輝けえぇぇぇッ!!」

 

「ああ、行こうぜ!輝きの向こう側へ!!」

 

「はい、ストォ~~ップ!!ウサミンストォ~~ップ!!」

 

 

世界の盛り上がりが最高潮に達しようとした瞬間、そこに冷や水を浴びせるような第三者の介入がありアンプのコンセントが抜かれました。

電力という力の源を絶たれたアンプは、先程まで私達の魂の響きを雄弁に語っていた口を閉ざし、黙り込んでします。

不完全燃焼という言葉がぴたりと当て嵌まる、何とも言えないもどかしさを感じますが、止められてしまったものは仕方ありません。

少し見えかけていた輝きの向こう側を確かめに行くのは、また今度の機会にしましょう。

何、人生は長いのですからチャンスはいくらでもあります。

演奏が止まったことで張り詰めていた緊張の糸が切れた木村さんは、一切言葉を発することなくその場に崩れ落ちます。

精神力で抑え込んでいた疲労の揺り戻しが一気に来たのでしょうが、未だ先程の余韻に浸っているのかその表情はとても満足気でした。

 

 

「菜々、無粋ですよ」

 

 

止められたことについて恨んでいるわけではありませんが、これくらいは言わせてもらっても罰は当たらないしょう。

アンプのコードを握ったまま仁王立ちしている菜々は、何やらご立腹のようでした。

私達は楽しすぎて狂ってしまいそうなくらいの最高にご機嫌なセッションをしていただけなのですが、それのどこがいけなかったというのでしょうか。

 

 

「七実さん‥‥今何時ですか?」

 

「何時って、セッションを始めて2時間経過していますから、もうすぐ13時‥‥あっ」

 

 

そういえば、今日は菜々とお昼を食べる約束していたのでした。

すっかりとこのご機嫌なセッションに夢中になってすっかり忘れていました。これは、ご立腹も当然でしょう。

気まずさから目を逸らすと菜々はゆっくりと私に近づいて来て、無抵抗な私の腹部にその小さな拳を叩き付けました。

ぽふっという擬音が似合いそうな痛みなど皆無である衝撃に、いったいどういった反応をすればいいのか困ります。

 

 

「‥‥ごめんなさい。今晩、好きなものを頼んでいいですから」

 

「そういえば、妖精社にリンゴ入りのクール・ド・リヨンが入荷したみたいですよ」

 

「奢らせていただきます」

 

 

約束を破ってしまったのは私である以上、そのお願いに否を唱えることはできませんでした。

クール・ド・リヨンというカルヴァドスの中でもお高い方であるポム・プリゾニエールを要求してくるなんて、菜々もちゃっかりしていますね。

いつものメンバーの中で私という笊も枠も通り越した何かである私を除くと一番お酒に強い菜々は、日本酒から洋酒何でもござれの酒豪です。

悪酔いすることはないでしょうが、同じお酒に目をつけていたであろう楓に絡まれて今夜も騒がしくなること間違いなしでしょう。

まあ、私も気になっていましたし、お金を出すのですから一杯飲ませてもらいましょうか。

 

 

「うむ、良きに計らえ‥‥なんちゃって」

 

「仰せのままに」

 

 

菜々のご機嫌を取りに成功した私は、未だに反応がない木村さんに用意しておいたスポーツ飲料とタオルを渡します。

狭いスタジオで冷房もいれずに全力演奏をしていましたから、かなり汗をかいて体内中の電解質や水分がかなり失われているでしょう。

ちゃんと補給しておかなければ、脱水症状で倒れかねません。

脱水症状は甘く見ていると、本当に死に至るのでこうした激しいセッションの後などにはきちんとした補給が重要となります。

 

 

「どうぞ、木村さん」

 

「あっ‥‥ああ、ありがと。後、アタシのことは夏樹って呼んでくれ。

あんなに激しく楽しみ合ったアンタに、そんな他人行儀で呼ばれたくない」

 

 

どうやら先程のセッションで木村さんの私に対する好感度は天元突破しそうな勢いで上昇したようで、何年も共に歩んだ親友のような気安さすら感じられます。

音楽や歌は言葉が発生する以前から存在していた原初のコミュニケーションであるという説もあるようですし、共通の目的に一緒に取り組むと距離感がぐんと近づくというのも聞いたことがありますから、今回もそうなのでしょう。

本人からの許可も出ているので、これからは木村さんではなく夏樹と呼ばせてもらいましょう。

 

 

「そうですか、では遠慮なく。夏樹、立てますか?」

 

「おう‥‥って答えたいとこだけど、流石に今回はアタシも疲れて立てそうにないな」

 

「まあ、体力お化けの七実さんのペースに付き合ったらそうなりますよね」

 

 

座り込んだままスポーツ飲料を呷る夏樹に、菜々がよくわかると頷いていました。

確かに人類の到達点であるチートボディは今回のセッションを1日続けても倒れないでしょうが、だからといってお化け扱いは心外です。

 

 

「そういえば、なんで家政婦さんがここに?」

 

「なぁっ!?ち、違います!菜々は家政婦さんじゃなくて、メイドさんです!

『あら、やだぁ』とか『承知しました』とか言ったりしませんからね!!」

 

 

その台詞は色々と自爆していますから、実年齢がばれますよ永遠の17歳(飲酒しても無罪)。

夏樹も夏樹でメイド服を見て家政婦さんという単語が出てくるあたり、少し天然な所があるのでしょうか。

 

 

「冗談、冗談♪知ってるよ、ウサミンだろ?しかし、市原○子なんて随分古いこと知ってんな」

 

「さ、再放送!再放送で見たんですよ!菜々は現役JKですし!!」

 

「はいはい、そういう事にしとくよ」

 

「そういう事じゃなくて、そうなんです!」

 

 

この2人、初対面なのに結構いい感じではありませんか。

菜々のウサミンのキュート路線+自爆芸によるコメディ路線と夏樹のロッカー一本のクールなアーティスト路線、一見交わることない要素が交差することで、予想を超えた楽しい化学反応が見られるかもしれません。

それに菜々も実は学生時代にバンドに憧れていたそうで、多少錆びついてはいますがそこそこのドラムの腕は持っていますから、ベースとボード要員を確保すればバンド系ユニットも構成可能です。

これは各プロデューサー達に一度話を持ち掛けてみるのも検討してみましょう。

 

 

「もうっ!七実さんも何か言ってくださいよ!」

 

「いや、実年齢を知っている私からは何も言えませんよ」

 

「フレンドリーファイア!?」

 

 

私に何を期待していたのかはわかりませんが、実年齢を知っている相手に助けを求めるのは悪手以外の何物でもないでしょう。

そんなやり取りを見ていた夏樹は、ついに耐えられなくなったのかお腹を抱えて笑い出しました。

 

 

「いやいや、ラジオで聞いたりした時から面白い人だなぁとは思ってたけど、やっぱり間近で見ると凄いわ」

 

「何ですか、人を面白キャラみたいに!」

 

 

夏樹の素直な感想に対して菜々は納得がいかないようですが、ウサミン星人は世間一般からそう思われているはずですよ。

勿論、それだけという訳でもありませんが。

こうやって菜々を弄りながら楽しく過ごすのもいいのですが、午後からは係長業務やシンデレラ・プロジェクトの方に顔を覗かせるつもりでしたから、そろそろ移動しなければお昼を食べる時間も無くなってしまいそうです。

 

 

「さて、お喋りを楽しむのもいいですが、そろそろお昼を食べに行きましょうか」

 

「そうでした!もうっ、七実さんの所為ですっかり忘れてましたよ!」

 

「アタシも流石にお腹ペコペコだ。一緒に行ってもいいかい?」

 

 

夏樹の予想外の質問に私と菜々はお互いの顔を見合わせました。

ここまでの流れで一緒に食べないという選択肢はありませんし、疲れて動けないなら抱えるかお姫様抱っこしてでも連れていきますよ。

 

 

「ええ、勿論です」

 

「菜々も賛成です。というか、それ以外の選択肢は認めません。

夏樹ちゃんとはまだまだ議論しなければならないといけなさそうなので」

 

「あいよ。お手柔らかに頼むよ、菜々さん」

 

「もうっ、さんは余計です!せめて、ちゃんでお願いします!」

 

 

恍然自失、疲労困憊、腹が減っては戦はできぬ

菜々と夏樹の戦いに平和が訪れるのは、もう少し先になりそうです。

 

 

 

 

 

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

私達はクール・ド・リヨンの注がれたクリスタルグラスを軽く打ち合わせます。

口に含んだ瞬間に感じられるカルヴァドス特有のブーケとりんごの香りが見事に調和しているのは、りんごを丸ごと1個瓶の中に入れて熟成させたからでしょう。

獅子の心という名前に違わぬ力強さにりんごの甘くやわらかな風味が溶け込んでいますが、キックも十分でカルヴァドスを飲みなれていなくても十分に美味しく感じます。

それに合わせるのはカルヴァドスの生まれ故郷であるノルマンディー料理でしょう。

野菜や海の幸をシードルで煮てから生クリームを加えて作られるソース・ノルマンド、それを丸々1匹の鱒にかけてオーブン焼きにした料理は、同じ故郷を持つクール・ド・リヨンと合わない訳がありません。

 

 

「幸せです。こんなおいしいお酒が飲めて、ましてや奢りだなんて」

 

「わかるわ。しかし、このボトルもかわいいわね。

どうやって、リンゴを中に入れたのかしら?」

 

「りんごが小さなうちから先にボトルの中に入れ、そこから成長させるそうですよ」

 

 

明らかに注ぎ口より大きなリンゴが入っているクール・ド・リヨンの不思議な構造に対する瑞樹の疑問に答えます。

しかし、この作り方を思い付いた人は面白い発想をしていますね。

りんごを丸ごと1個入れて熟成しているからこそのお酒全体の一体感、遊び心溢れる試みは私を始めとしたお酒好きの女性の心を掴みます。

飲み終えたら中のリンゴが腐ってしまわないようにして、部屋に飾ればお洒落なインテリアになってくれるでしょう。

 

 

「流石、何でも知ってるナナミペディアね」

 

「何でもではありません。知ってることだけです」

 

 

美味しいお酒が飲みたいので、暇な時に色々と調べていますから。

中には貴重で手に入りにくいお酒もありますが、ものによってはかなり値が張りますけど妖精社に頼めば常連サービスとして大抵のお酒はお取り寄せしてくれるのです。

隠れた名店と呼ばれているとはいえ、大通りから外れた場所にひっそりと営業するこの店にいったいどんな伝手があるのでしょうか。

気になる所ではありますが、無暗に詮索してはいけないと私の第六感が囁いているのでやめておきましょう。

 

 

「この鱒のオーブン焼き美味しい‥‥これはお酒が()()()()進みますね」

 

「もう、楓さんはすぐ駄洒落にはしるんですから」

 

 

この鱒のオーブン焼きが美味しいのは認めますが、隙あらば駄洒落に持っていくスタイルは楓らしいですね。

ちひろも別にそれを嫌っているわけではなく、仕方ないなあという見守る母親みたいな視線です。

私も楓に遅れてはならぬと、鱒のオーブン焼きに手を付けます。

ムール貝やエシャロットを軽く炒めてからシードルで煮こみ、最後に生クリームを加えて作られた特製ソース・ノルマンドの濃厚な味わいに、ふっくらと淡白な鱒の身が良く絡んでいて絶品ですね。

一緒にオーブンで焼かれた野菜やキノコの香りも良く、ソースと絡めることで鱒の身とはまた違った味わいがあり止まらなくなりそうです。

 

 

「お酒と駄洒落を取ったら、私に何が残るでしょうか?」

 

「25歳児」

 

「温泉好きね」

 

「自堕落じゃないですか?」

 

「3人共酷いですよ!楓さんからお酒と駄洒落をとっても、もっと良い所が‥‥良い所が‥‥ほら、ミステリアスで歌が上手だとか!」

 

 

私達の容赦ない言葉にちひろが反論しましたが、少し言いよどんだ時点で止めを刺しているようなものです。

 

 

「いいも~~ん、私1人でこのカルヴァドスを飲んじゃうも~~ん」

 

「あっ、それ菜々のクール・ド・リヨンですからね!」

 

 

不貞腐れた楓がクール・ド・リヨンのボトルを抱きしめて丸くなってしまい、奪われた菜々が取り戻そうとキャットファイトを繰り広げます。

再び出入り禁止になったら困るので、あまり激しくなるようであれば鎮圧しましょう。

収まるまでクール・ド・リヨンは飲めなさそうなので別のものを頼みましょうか。

今日の肴はノルマンディー料理なので、カルヴァドスはクール・ド・リヨンがありますし、ここはシードルが適役ですね。

ということで、ヴァル・ド・ランス クリュ・ブルトンを頼みました。

このシードルはその年に取れたものだけを使う伝統製法を守り、また40種以上のりんごがブレンドして作られる銘酒です。

加糖や濃縮還元を行わない天然果汁のみを使用したその味わいは、りんご本来の爽やかさと甘さを活かしたフレッシュですっきりとしています。

40度もあるクール・ド・リヨンとは対照的に度数は2%とかなり低くく、お酒慣れしていない人や弱い人でも飲みやすいでしょう。

まあ、だからといってがばがばと飲めば意味がありませんが。

グラスに残っているクール・ド・リヨンをちびちびと味わいながら、ゆっくり鱒のオーブン焼きを楽しみましょう。

 

 

「そういえば、七実。菜々ちゃんから聞いたけど、また女の子を誑し込んだんですって」

 

「何ですか、その人聞きの悪い言い方は」

 

 

本当の所は解っている癖に揶揄ってくる瑞樹に軽くチョップします。

またとか付けられると、まるで私がしょっちゅう女の子を誑し込んでいる危ない趣味を持つ人間みたいに聞こえるではないですか。

疑われる度に何度でも訂正しますが、私はそんなアブノーマルな性癖を持ち合わせてはいません。

ごく一般的な女性のように、恋愛感情を抱くのは異性である男性ですし、そこまで強い方ではありませんが結婚願望だってあります。

別に絶対したいという訳ではありませんが、それでも家庭を持って仁奈ちゃんや年少組のような娘と過ごせたら幸せなのだろうなと思いますね。

 

 

「痛いじゃない。もう、乱暴なんだから」

 

「なら、言い方には気を付けましょう」

 

 

言葉が少し違うだけで同じ内容を話しているのに、全く違うように聞こえてしまうことだってあるのですから。

特にテレビ等のメディアに対する露出の多いアイドルという職業をしているのですから、マス○ミに捻じ曲げられた偏向放送の標的にされないよう気を付けなければなりません。

 

 

「わかったわよ。で、夏樹ちゃんは満足してくれたの?」

 

「勿論、大満足でしたよ」

 

 

昼食時は延々とロック談議に付き合うことになり、私がギター以外にも同レベルの演奏ができると答えると熱心にバンドを組もうと勧誘されました。

昔取った杵柄で菜々もドラムがそれなりにできると言うと、夏樹の眼は李衣菜のように輝きを放っていましたね。

流石にサンドリヨンと活躍し始めたばかりなのに、ちひろや武内Pを裏切って新しいユニット活動をする気はないので丁重にお断りしました。

寂しそうに仕方ないと諦めかけていた夏樹でしたが、バンドは組めないけど一緒に演奏するのは大歓迎だというとV字の如くテンションが上がっていましたし、早速次の休日に予約を入れられましたよ。

まあ、その日の午前中は虚刀流とギター教えて、午後から趣味の食べ歩きをするくらいしか予定がなかったので午後からであれば構いません。

 

 

「私も最初のちょっとだけ聞いたけど、ギターも弾けたのね」

 

「弦楽器、管楽器、打楽器、鍵盤楽器、電子楽器、和楽器と特殊すぎる民族楽器を除いて人並み以上には演奏できますよ」

 

「うわぁ、七実さんって規格外ですね」

 

 

伊達にチートを持って転生していませんから。

映像資料や奏者のいなくなってしまった楽器は無理ですが、それらがあるのなら見稽古できますからね。

 

 

「楓ちゃん、いい加減返して!」

 

「や!」

 

 

さて、そろそろキャットファイトが白熱してきて他のお客さんに迷惑がかかりそうなので鎮圧しましょうか。

夏樹という新しい出会いによってさらに楽しく、華やかになりそうな今世について、とあるユダヤ系宗教哲学者の名言を借りて述べるなら。

『人生は、出会いで決まる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、菜々と一緒に夏樹に現在制作中の曲について意見を求められたり、お気に入りのライブハウスに招かれたりと、着実に何かを埋められているような気がするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編10 if 生存本能ヴァルキュリア

生存本能ヴァルキュリアを聞いていたら、頭に浮かんだものです。
久しぶりの更新ですが、七実は出ません。

次話以降、番外編を完成次第投稿していく予定です。

今後も不定期になりますが、細々と更新していくつもりですので、お付き合いいただけると幸いです。


生存本能ヴァルキュリア

 

第14話『宙海を往く』

 

 

新型機実験小隊『アインフェリア』は敵性地球外生命体(通称:アウター)との実戦によって確実にエースとしての道を一歩ずつ進んでいた。

リーダーである新田美波は、新型ヴァルキュリアに搭載されていた搭乗者の生存本能に感応して発動するシステム『SIS』を起動させ、アウターの母艦級を中破に追い込み撤退させるという目覚ましい活躍をしている。

そんなアインフェリアに通達された次なる任務は、同じ実験小隊である『ノーザンライツ』と共に特別編成された部隊と合流、先の戦闘で中破に追い込んだ母艦級の行方の調査及び、可能であれば追討とのことであった。

『SIS』の発動によって精神的な損耗の激しい美波の状態を思い、副官である鷺沢文香は反対したが、膨大な物量を背景に太陽系を侵略しつつあるアウターの中でも確認数が少ない母艦級を討つ機会を逸することはできない地球連邦の判断を覆すことはできなかった。

唯一の救いは地球連邦最高司令で対アウター戦を主導する五英姫の1人、川島瑞樹元帥が現場の判断で撤退を許可するという言質を確保し、前衛戦力の少ないアインフェリアの応援に突撃力に長けたノーザンライツを派遣してくれたことだろう。

先の戦い同様に激戦が予測される任務にそれぞれが複雑な思いを抱えながら、追討部隊は光差さぬ暗黒の宙域を進んでいく。

切り拓いていくその先にあるのは地獄か、はたまたそれ以上の何かか、それは神のみぞ知るのだろう。

 

 

 

「美波ちゃん、大丈夫ですか?」

 

 

アインフェリアの母艦の医務室、医務官によって1週間強の安静が言い渡されていた美波に偵察結果等を纏めた資料を抱えた文香が訪れる。

宇宙世紀98年現在の技術であれば紙媒体の資料というのは聊か古臭いと言われがちであるが、彼女は紙媒体が持つ特有の手触りや微かなインクの香りが好きで、可能であれば電子データを紙媒体へと印刷していた。

アウターとの10年近くに及ぶ戦争により、格段に向上した再生技術等によって資源的なロスは限りなく少なく済んでいる為、他のクルー達も彼女のちょっとした拘りにケチをつけることはない。

そんな少し不思議な拘りを持つ頼れる副官の登場に、医務官の監視によって必要最低限以外はベッドの上で過ごすことになり暇を持て余していた美波は、やっとそれから解放されると顔を綻ばせる。

美波を監視していた医務官もそれを感じ取ってか、文香に『あまり無理はさせないように』とだけ伝えて医務室を出ていった。

心なしか彼女の足取りも軽いように見えたのは、恐らく美波の監視をする必要がなくなり思う存分に煙草を吸いに行けるからだろう。

煙が身体に害を及ぼさない煙草や煙をすぐさま無害化してしまう空気清浄装置等が存在しているが、それでも地球統一以前からの習慣で分煙というものが根強く残っている。

時代が空から宇宙(そら)へと移っても喫煙者の肩身は狭いものなのだ。

 

 

「うん、もう大丈夫。逆に暇すぎて病気になっちゃうわ」

 

「そうですか。でも、油断は禁物です」

 

 

何かと無茶しがちなリーダーに対して、少しだけ疑いの視線を向けながら文香はベッド近くにあった椅子に腰掛けた。

アインフェリアのリーダーを巡って一度は実機を持ち出してまでの喧嘩になったりもしたが、今ではメンバー全員美波がリーダーであると断言するであろう。

新しいことへの挑戦に対して抵抗が無く、少々冒険気味な所がありもするが、それに助けられている部分もある。

もし、それが行き過ぎているのであれば止めるのは副官である自分の責務だと文香は思う。

 

 

「ありすちゃん達は?」

 

「アナスタシアさん、前川さんコンビとシミュレーターで模擬戦をしています」

 

「そうなんだ‥‥勝率は?」

 

 

ある程度結果は予測できてはいるのだが、美波は一応聞いてみる。

この話題を出した時点でこの質問は想定内であったが、結果を言葉として口にするのが嫌なのか文香の表情が少しだけ歪む。

 

 

「私を含めた4対2で1割8分、私を抜いた3対2だとその半分以下ですね」

 

 

数で勝る状態での大敗とも言える戦績であるが、これは実戦経験の差と小隊毎に違う機体のコンセプトの違いが大きいだろう。

母艦級の率いる大部隊との戦闘を経験しアインフェリアはエースとして道を進んでいる最中だろう。

だが、前川みくをリーダーとするノーザンライツの実戦投入はアインフェリアよりも半年以上前であり、母艦級のような超ド級アウターとの戦闘こそ未経験であるものの、大型種のいる激戦区いくつも経験している紛うことなきエースなのだ。

そんなノーザンライツの機体コンセプトは『高機動機による突撃・強襲』であり各機多少装備が違えど攻めることに特化した構造となっている。

それに対しアインフェリアの機体コンセプトは『各分野に特化した機体連携による即応性』と5機揃ってはじめて真価を発揮するのである。

美波の機体である『Venus』は指揮官機としての役割と近~中距離においての小型種や中型種の掃討に特化した、相手を後衛まで到達させないようにする重要なポジションなのだ。

また、アインフェリアの部隊構成は前衛2、後衛2、索敵1と後方の割合が多く、只でさえ少ない前衛の片方が欠けた状態で電撃戦の如き突撃を得意とするエース2機を相手するのは難しい。

 

 

「まあ、あの2人相手なら仕方ないのかな?」

 

「実戦経験の差というのは、ここまで大きいものなのですね」

 

 

いくら相手がエースだとしても数で勝るのであれば5分の勝負ができるのではないか、という思い上がりを圧倒的な実力差で叩き伏せられてしまえばぐうの音も出ない。

アインフェリア1負けず嫌いなありすは、今現在も完敗しても辛勝しても『もう一戦』と残りの2人を巻き込みながら挑戦し続けているのだろう。

敗北をバネにしてより高みを目指そうとする若さ故の特権は、良くも悪くも社会の荒波を受け流しながら生きてきた文香には眩しいものがあった。

ありすは12歳とアインフェリアの中に限らず、実戦経験のあるパイロットとしては連邦最年少である。

パイロット候補生としては『L.M.B.G』というヴァルキュリアとの適合率の高い10歳に満たない少女達もいるが、彼女達の実戦投入は今のところ予定されていない。

連邦上層部の一部が自身の点数稼ぎに利用しようと極秘裏に計画を進めていたこともあったらしいが、五英姫で最も怒らせてはいけない人物の逆鱗に触れたと最前線送りになったという噂もある。

 

 

「それもあるかもしれないけど、天性のものもあると思うよ。特に、アーニャちゃん」

 

「‥‥確かに、超長距離からビームによる狙撃を何となくで避けるのは実戦経験では片付けられないかもしれません」

 

 

機体の索敵範囲外から放たれた光速にもなる狙撃ビームを何となくで回避することができるアーニャは、実戦投入1年未満のルーキーとは思えない程に撃墜記録のばしており一部からは五英姫の再来とも期待されている。

そして、2機編隊(エレメント)を組む相方である前川みくも、天性的な勘で動くアーニャと最初は反りがあわなかったものの連携を取っている内にその制御方法や活かし方等を身に着け、驚異的な成長を遂げていた。

アナスタシアが生まれながらの天才であるのなら、前川みくは努力の天才であり、その決して折れない強い意志に未成年とは思えない気配り、そして世話焼きの性分と猫のようなあざとさは軍内部で密かな人気があり、ちゃっかり広報誌の表紙を飾ったこともあったりする。

 

 

「あの2人と闘うのはいい経験になるだろうから、心配はないかな」

 

「そうですね‥‥では、現状報告をさせてもらいます」

 

「うん、お願い」

 

 

美波に促され、文香は資料をめくりながら自身も参加した偵察結果についての報告をしていく。

文香の機体『Bright Blue』は『索敵・電子戦特化』である、アウターに対する戦闘能力はかなり低いものの精密索敵範囲250km、最大探知距離1500km以上と一般的な機体を遥かに上回る性能を持っている。

今回の母艦級追討作戦においては、早期発見の為にローテーションは組まれているものの他のメンバー達よりも出撃回数が多い。

ありすはそのことについて追討部隊を指揮する佐藤心大佐の下へと殴り込みをかけないばかりに腹を立てていたが、他のメンバーや文香本人から作戦を安全に遂行する上で仕方のないことだと諭され、一応納得した姿勢は見せている。

だが、文香の体調等に影響が出た場合には、彼女を姉のように慕うありすは今度こそ殴り込みをかけるだろう。

 

 

「私の機体で索敵できる範囲にはアウターの反応は発見できませんでした」

 

「う~~ん‥‥あの損傷具合と撤退ルートから考えて、そろそろ尻尾くらいは掴めて良さそうなんだけど」

 

「そうですね。落伍したはぐれの1体も発見されないのは少々不気味です」

 

「最近では遮断能力を持ったステルス型のアウターも見つかってるみたいだけど‥‥文香ちゃんの機体から逃れられる性能はないらしいし‥‥」

 

 

人類側がアウターに対抗する為に日進月歩対策を進めているように、長き戦いの中でアウターもその性質をより戦闘向けに進化させている。

最近、発見例が増えつつあるステルス型も旧型量産機や旧型艦の精密索敵範囲外では感知できないレベルに留まっているが、それでも装備の行き渡りにくい辺境警備隊にとっては十分過ぎる脅威であり、今後の成長も考えると無視できる存在ではない。

アウターに生殖機能は確認されておらず、これまでの調査結果から確認されている中で最大級のアウターである要塞級が女王蟻のようにアウターを増殖させていると考えられている。

その際に進化も行われているのではという考察もあり、ステルス型の出現は太陽系付近に要塞級が進出してきているのではないかと示唆されていた。

しかし、要塞級は推定全長700kmと巨大でありその存在を隠蔽することは難しいとも考えられており、地球連邦上層部は捜索隊を編成しているもののその規模は小さい。

居るかもわからない母星級の発見よりも、今は母艦級の追討の方が重要なのである。

嵐の前の静けさのような不気味で漠然とした不安感を覚えながらも、美波は気を取り直す。

 

 

「よし、難しいことを考えるのは後にして‥‥文香ちゃん、頼んでたものは?」

 

 

起こってもいない未来に怯え続けても仕方ないと開き直った美波は、話題転換というかこちらこそが本題であると言わんばかりに目を輝かせて文香の返答を待つ。

 

 

「美波ちゃんは酒癖が悪いので駄目です」

 

「えぇ~~~っ!ちょっとくらい、良いでしょ?」

 

 

ここ数日、娯楽は携帯端末のみで得られるものだけ、食事も内蔵へのダメージを考慮して消化に優しく薄味のものばかりであり、美波の不満は溜まりに溜まっていた。

時折、他のメンバーが差し入れとしてお菓子等の甘味やゲームのデータを持ってきてくれるが、どうしても文香でなければ手に入れられない物品があるのだ。

それが、お酒である。

入隊後に成人をした美波は、その記念として指導教官達に連れられてかなりお高めのバーに連れていってもらい始めてお酒に触れ、そして見事に嵌った。

特にお気に入りなのはジンやラムといったスピリッツ系であり、彼女部屋にはビーフィーターやグレイグースといったお酒がストックされている。

内臓ダメージも考えられるため安静期間中は飲酒厳禁となっており、それが彼女の不満をさらに加速させていた。

勿論、それだけが問題なわけではない。一番の問題点は、酒癖が極めて悪いという事だ。

笑い上戸と絡み酒の合わせ技に加え、かなり惚れっぽくなってしまい異性同性問わず求婚するので『飢婚者』という不名誉な称号まで送られている。

 

 

「何時だったか、アナスタシアさんの幼馴染のセガールさんを口説こうとして大変なことになったのを‥‥忘れたとは言わせませんよ」

 

「あっ、あはは‥‥その節は、どうもご迷惑をお掛けしました」

 

 

地球でオフが取れた時に文香は『朝酒というものをしてみたい』という、変な方向への冒険心を出した美波に連れられて、基地近くの早朝からやっている居酒屋で一緒に飲んだことがあった。

文香は基本的に誘われるか宴会の時以外にお酒は嗜まないが、家系的に強かったのか醜態を曝すことはない。

それまで美波と一緒に飲んだことがなかった文香は、人づてに聞いていた悪評を鵜呑みにしてはいけないと自身に言い聞かせ、折角の機会だと喜んで参加した。そして、後悔した。

よもや聞いていた悪評が、誇張どころか美波を慮ってマイルドな表現にされていたと誰が思うだろうか。

 

 

『セガール君みたいな人が旦那様だったら、きっと部隊が違うから離れ離れになるんだろうなぁ‥‥

でも、アインフェリアが窮地に陥ったりしたら、軍人の鑑な彼も命令違反を犯して助けに来てくれるの!

そして敵が「何者だ!?」って言うと、「俺か、知りたいなら教えてやろう。地球連邦なんぞはどうでもいい‥‥美波・セガールの夫、ソウスキー・セガールだぁ!!」って答えるの!!‥‥きょほ~~♪』

 

 

千鳥足になり、碌に呂律も回っていなかったというのに、好みの琴線に触れた男性が現れて少し会話しただけでこれである。

まだ人類が宇宙に進出していない頃の日本で流行ったライトノベルの肉食系ヒロインですら、もう少し求婚するまでにプロセスを置くだろう。

ちょうど一緒にお買い物に出る所だったらしいアーニャとみくは、全てを飲み込む濁流の如き言葉の連続に呆気に取られていたが、一番災難だったのは酔っ払いの戯言に巻き込まれてしまったセガールである。

時代が許せばアイドルにでもなれたのではないかと思うくらいに整った容姿をしており、無意識で男性を魅了する魔性を兼ね備えている美波は基地内おいて非公式ファンクラブが結成されるくらいに人気があった。

酔っているとはいえそんな基地のアイドルから求婚されたセガールは、嫉妬マスクと呼ばれる平成日本で生まれた『ヒリアジュウ』の戦闘装束に身を包んだファンクラブに追い立てられたらしい。

奇跡的に重なったオフの一時を邪魔されたアーニャは、翌日ノーザンライツの他のメンバーを引き連れて決闘を挑んできたのだ。

結果は手も足も出ないくらいの完敗であったが、この一件を機に2つの実験小隊の仲は良くなってくるので世の中何が起きるかわからない。

 

 

「でも、今日はワンショット‥‥いや、ロック1杯で我慢するから!」

 

「訂正した後の方が量の多い気がするのですが」

 

「だって、飲みたいんだもん!」

 

「もんって‥‥」

 

 

いつもは沈着冷静で頼りになるリーダーなのだが、どうしてこうもお酒が絡むとお馬鹿になってしまうのだろうかと文香は頭を抱えたくなる。

確かに何かしらの欠点があった方が人間味のあって良いと言われるが、それにも限界はあるだろう。

 

 

「ねぇ、良いでしょ?私の部屋からヘンドリクスジンのボトルを持ってきてくれるだけでいいから!」

 

「そうすると‥‥絶対全部飲むでしょう?」

 

「‥‥ソ、ソンナコトナイヨ?」

 

 

そんなあからさまに上擦った声で否定されても信頼感は零どころかマイナス方向に振れそうなのだが、もしかしてわざと言っているのだろうかと疑いたくもなる。

これは一度、女性としてもっと気を付けるべきことについてお説教するべきではないのか本気で思い始める文香だが、今はこのお酒に魅入られたリーダーをどう諦めさせるかが先決である。

正直、偵察任務よりも疲れそうであるが、アインフェリアの、美波の名誉の為にも退くことのできない戦いがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

「きゃああぁぁ!!」

 

 

前衛を務めていた夕美の駆る『Lilac』に特殊散弾弾頭のベアリング弾が降り注ぎ、その動きが止まった一瞬を予測していたかのような、あり得ない速さで詰め寄った青と白を基調とした機体が細身のメイスでコックピットを叩き潰す。

既に両手足の指では足らない程撃墜され、誰1人油断なんてしていなかったというのに反応すらできないあっという間の事であった。

 

 

「夕美さん!‥‥このぉ!!」

 

 

ありすは自機の右腕部に取り付けられたガトリングから大量のビーム弾を放ち弾幕を張るが、既にアーニャの『Stars shine』の機影は無くなっており、何も存在しない宇宙空間の暗闇を光条が虚しく裂いてゆく。

『in fact』は『重火器による面制圧力』に特化した機体であり、他のヴァルキュリアに比べて重装備である分取り回しが遅くなりがちである。

その為、ノーザンライツの機体や駆逐級といった機動力高い単体相手に接近を許すと対応が遅れてしまうのだ。

しかし、負けん気が誰よりも強いありすはそんな機体の欠点を言い訳にすることなく、自身の操縦技能を磨き、火力や弾幕展開力を損なわずバランスのとれた装備の組み合わせを模索し、その欠点をほぼ克服しつつある。

それでも、五英姫の再来とも言われるアーニャの背中は遠く、捉えることができない。

あまりアーニャの撃墜ばかりに気を取られていると今度はみくが通常弾頭で推進器を吹き飛ばしてくるだろう。

誘導機能がついていない威力重視のバズーカで脆弱な部分を精密な射撃をできる技量は、アーニャの陰に隠れて見落とされがちであるがかなりの脅威である。

みくの方は藍子が狙撃用ビームライフルで牽制をしている為、直ぐには仕掛けてこなさそうではあるが油断はできない。

みくの駆る『Spectacle』はノーザンライツの最速であり、距離があると安心しているといつの間にか詰め寄られ相手の得意距離で一方的に蹂躙されることになる。

アーニャが機体の強力な加速力によって絶妙な静と動を作り出し相手の隙に喰らい付く猟犬であれば、みくは最高速度を巧みに維持しながら戦闘区域を縦横無尽に動き回る猫のようで捉えどころがない。

一見、高機動な部分を除けば正反対とも思える戦闘スタイルなのだが、ノーザンライツのこの2機編隊(エレメント)はそれを高次元で融合させているのだ。

 

ありすは滑らかに機体を動かし、アーニャの放ったビームマシンガンを回避しつつ左腕のカービンライフルと腰部から延びるように接続された追加テールユニットからミサイルを放つ。

文香の機体によるロックオンサポートを受ければもっと早くミサイルを放つことができるのだが、この2人相手だとそれでも結果は変わらない。

ロックオンを振り切る程の強烈な加速で追跡してくるミサイルから逃走するアーニャだが、常人であればブラックアウトしてもおかしくない加速の中で的確にミサイルを撃ち抜き数を減らしていく。

追撃の弾幕を張りたい所であるが、ありすの機体に搭載される重火器は命中精度がそこまで高いとは言えない為、下手をするとミサイルを撃墜してしまいかねない。

ありすとは真逆のコンセプトである『超長距離からの狙撃』に特化して開発された藍子の『Stroll』が狙撃用ビームライフルを構えて狙撃態勢を取ろうとするが、武装を滑空砲へと切り替えたみくの牽制射撃に妨害される。

勿論、ありすもそれをただ見ている訳でなく、カービンでアーニャへの軽い牽制を維持しつつ、右肩部のランチャーから特殊散弾弾頭のロケット弾とガトリングをみくに対して放ち、藍子から距離を取らせようとした。

一般的なパイロットでは回避を諦めて防御に専念せざるを得ない弾幕を前にしても、みくは恐れるどころか寧ろ楽しそうな笑みを浮かべて最高速度を維持したままあえて弾幕へと突撃をかける。

意図的に集弾性を高めていない毎分8,000発が放たれるビームガトリングの描く光条は、さながら大輪の花火如く美しく、そんな中を潜り抜ける際にモニターに映る景色はとても幻想的でありみくとアーニャは密かに気に入っていた。

 

 

「上等です!」

 

 

ビームとベアリング弾による弾幕を戦闘続行には何も問題ない最小限の損傷で潜り抜け、自機に対して突撃をかけてくるみくに対してありすは闘志を燃やす。

ネコ科の猛獣を彷彿させる見られただけで恐怖感を覚えるデュアルアイに肌が無意識的に粟立つが、思考をクリアにクールに保つことを心掛け状況を確認する。

アーニャはミサイルを全て撃ち落としたようであるが、効果的な援護を行いにくい距離にまで離すことに成功しており、これで1対1の状況を作ることができた。

彼我の実力差を考えると圧倒的に不利なことには変わりないが、ここで撃墜もしくは致命傷を与えることができれば戦況は大きく変わるだろう。

模擬戦の回数が両手足で足りていた時には、突撃されてしまうとそのまま何もできず撃墜されてしまっていたが、何度も撃墜され敗北の苦渋を味わう度にそれを糧に成長しており、1分前の自分より進化する。

それが最年少パイロット 橘ありすの若さゆえの特権であった。

この瞬間の為に、模擬戦の途中で左肩部の装備をいつものスラッグガンから対近接型用クレイモアに変更しておいたのだ。

いくらノーザンライツ最速であろうと至近距離で初速から音の壁を突き破って襲い掛かるベアリング弾の雪崩から避ける術はない。

気付かれてしまってはこれまでの仕込みが台無しになってしまう為、恐ろしいほど正確に関節部に撃ち込まれようとする滑腔砲を必死に避けながらガトリングとカービンで抵抗を装い最高のタイミングが訪れる瞬間をありすは待つ。

少しでもタイミングがずれてしまえば敗北は必至と分かっており、操縦桿を握る手が汗ばむが落ち着いて呼吸を整えながらみくの挙動を見落とさないように意識を集中させる。

 

800m‥‥500m‥‥200m‥‥

 

モニターに表示される距離が恐ろしい速度で縮まっていくが、これではまだ遠い。

最低20mを切らなければクレイモアの殺傷圏内とはいえないだろう。

みくは弾切れになった滑空砲を投げ捨て、機体の膝に収納されていたビームソードを抜き極限まで絞られた薄く青白い刀身を展開する。

月光(ムーンライト)とも呼ばれる独特な刀身しているビームソードは、その細く薄い頼りない外見とは裏腹に通常炸薬のバズーカでは傷一つつかない大型アウター 戦艦級の装甲すら熱されたチーズのように溶断してしまう凶悪な性能を持っているのだ。

欠点として展開中は笑うしかない速度でENを消費していくので、短期決着をつけなければならない。

月光を抜いたという事はみくはこのまま撃墜するつもりであり、つまるところ全てありすの思惑通りに事が進んでいるのだ。

やられ放題で散々だったが、ついに一矢報いてやったという歓喜に頬が緩みそうになるのを内頬を噛みしめて耐える。

喜ぶのは、まだ早い。喜ぶのは撃墜判定を確認してからだ。

引き金を引きたくてうずうずしている指を必死に抑え込み、既に50をきったみくとの距離を見つめて最高のタイミングを計る。

 

 

『残念♪』

 

「‥‥えっ?」

 

 

残り30mに差し掛かった瞬間、突然のみくの機体は最高速度のまま宙返りをし脚部をありすへと向けた。

予想外の展開に理解が追い付いていないありすが次に目にしたのは、背部ウェポンラックに掛かっていたバズーカから連射されるHEAT弾だった。

戦場で一瞬でも気を抜いてしまえば、死神は容赦なくその者の命を刈り取る。

そんな当たり前の原則に従い、HEAT弾により搭載火器が誘爆しありすは撃墜され一瞬の輝きとなった。

 

 

「‥‥」

 

 

ブラックアウトした画面に『撃墜』という文字が示されありすは大きく、そして深いため息をつく。

撃墜前のあの一言から察するに左肩の近接クレイモアの存在はバレていたのだ。

それがいつなのはありすにはわからなかったが、図ったようなタイミングでのバック宙からのバズーカの連射を見る限り、月光を抜くよりも前にはバレていたに違いない。

あえて最強札である月光を見せ札にすることで、自身の策略が上手くいっていると誤認させて自分の戦いやすい状況を作る。

火力による平押しばかりで、そういった駆け引き的なことが苦手なありすには、まだまだ到達できない境地だろう。

今回の模擬戦における反省点をシミュレーターに繋いであるタブレット端末に音声入力し、硬いシートに沈み込む。

今すぐ泣き出してしまいたいくらいの悔しさは感じているが、ゆっくりと深呼吸をして結果からの修正案を考え始める。

泣いてしまえばその時点で頭が鈍ってしまい、次の模擬戦どころではなくなってしまう。

目標である母艦級の発見の報は届いていないので時間はまだまだ沢山ある、泣くのなら部屋に帰ってからでも十分に間に合うのだ。

この不屈の精神に支えられたストイックさと自己の成長に対する貪欲さこそ、橘ありすが最年少パイロットとして選ばれるだけの高い実力を作り上げている。

 

程無くして模擬戦終了を知らせるブザー音がシミュレーター内に鳴り響く。

みくとアーニャが健在な状態で、只でさえ機体相性の悪い藍子が敵う筈もなく撃墜され、アインフェリア側にまた黒星が1つ記録される。

ありすはパワーアシスト機構が付いていても少々重く感じるシミュレーターのハッチを開け、外に出た。

狭苦しいコックピットを模した密閉空間からの解放感と最新型の空気清浄装置によって森林浴をしているかのような爽快で新鮮な空気が、白熱した模擬戦を繰り広げたパイロット達の気持ちを和らげる。

 

 

「はい、アーニャ」

 

ありがとう(スパシーバ)

 

 

快勝したノーザンライツの2人は、パイロットスーツからタンクトップと下着だけの上半身をはしたなくさらけ出し、用意しておいたスポーツ飲料の入ったパックで水分補給を行っていた。

ありすの負けず嫌いの所為で、4時間近く殆ど休憩なしに模擬戦を繰り広げているというのにその顔色に疲れはない。

かつて経験した激戦区での防衛戦では、休憩は弾薬や推進剤を補給する僅かな間のみで援軍が到着するまでの数日間を不眠不休で戦い抜いたこともあるのだ。

これくらいのことでへばっていたら、当の昔に戦死者リストに名を連ねていたであろう。

 

太陽系全域から逐次送られてくる戦闘データや現場の声を基にして、更に高性能且つ汎用性の高い量産機の開発が進んでいるものの最低万単位で攻めてくるアウターの物量の前に人類は人的資材の消耗を強いられている。

例え撃墜スコアが千を優に超えるエースであろうと、死ぬ時は死んでしまう。

そして、そういったエースを育成するのは容易ではなく、戦況は苦しくなるばかりである。

人類とアウターとの開戦から今日まで生き残っているエース級は少なく、その中で現在も戦場に残っている人間となるとさらに少なくなるのだ。

有名所では女性であれば五英姫、男性であればジャッカルと、いずれも数機で戦況を覆してしまうような超エース級のパイロット達である。

しかし、その絶大な戦力であるが故に地球本土防衛の要として、許可なき小惑星帯(メインベルト)以降の宙域への進出を禁止する等の行動を著しく制限されており、ここ1年の公式交戦記録はない。

非公式交戦記録としては『喰狼(フェンリル)』渡大将単騎によるエリス周辺宙域における軍規模アウターの殲滅や『戦場の死神(ジェノサイド)』ミルズ中将とジャッカル数名による天王星宙域における撤退部隊支援『チタニアの奇跡』がある。

これらの規格外なエース達は置いておくとして、どんな状況下でも休息を取れる豪胆さと疲れ知らずのタフさはエースとしての絶対条件なのだ。

 

 

「もう一戦です!」

 

 

休憩用ベンチに腰掛け、のんびりモードに突入しているみくとアーニャの前にやってきたありすはシミュレーターを指さしそう言った。

身体が小さく未成熟な分、休息の重要性について説くべきなのではないかとみくは考えるが、不屈の闘志に燃える瞳を見ては勝ち続けている自分達が何を言っても無駄だと悟る。

なので、先程同様に搦め手を使うことにした。

 

 

「みく達はいいけど‥‥独断専行のやり過ぎはよくないよ」

 

「‥‥勝ち逃げする気ですか?」

 

「そういう台詞はもう少し駆け引きができるようになってからだね。みくが言いたいのは、自分の気持ちも大切だけど、仲間の様子もちゃんと見ないと駄目だってこと」

 

 

ベンチの背もたれにだらりとリラックスした様子のみくは、ありすの背後を指さし諭すような優しい声色でそう言う。

因みに、相方のアーニャは水分補給を終え、みくの太ももを枕にして仮眠をとっている。

横になって数秒で眠ることができるアナスタシアであるが、慣れ親しんだお気に入りみくの太ももを枕とすることで睡眠までの時間を1秒未満にまで短縮することができるのだ。

みくに促され、振り返ったありすの表情は次第にばつの悪そうなものに変わる。

 

 

「ご、ごめんね、ありすちゃん。すぐ復活するから」

 

「藍子ちゃん、無理しちゃ駄目だって!」

 

 

シミュレータールームの廊下に藍子は座り込んでおり、隣に立つ夕美はそんな藍子をベンチまで運ぼうとするが、こちらも体力の限界が来ているのか微動だにしていない。

実戦経験浅いアインフェリアに4時間連続の模擬戦は、流石に酷だったようである。

ありすは持ち前の精神力で無自覚に誤魔化しているようだが、緊張の糸が切れてしまえばその場に崩れ落ちてそのまま眠りについてしまうだろう。

 

 

「一部の例外を除いて私達パイロットは、1人では何にもできない。だから、仲間は大切にしないとね」

 

「‥‥今日のところは、これで引き下がります。ですが、私はまだお二人に負けを認めたわけじゃないですからね!」

 

「はいはい」

 

「次やる時に勝つのは、私達アインフェリアですから!」

 

 

子供っぽくて可愛らしい負け惜しみを言い残し、藍子達の下へと駆け寄るありすの小さな背中にみくは思わず笑みを浮かべる。

それは、実験小隊に入ったばかりの向こう見ずだった頃の自分と重ね合わせているからかもしれない。

本来は守られているべき小さな身体で、人類を守る為に必死に背伸びをして戦い続ける。

理由はどうであれ連邦軍に入る際に『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務める』という宣誓を身に刻んでいるであろうが、それでも守ってあげねばと思わされてしまう。

きっと、自分達を庇って逝ってしまった人達も同じ思いを抱えていたのではないかと、守らねばならない存在が目の前に現れて初めて理解できた気がした。

そんな思いを胸に抱きながら、みくは人の太ももで心地よさそうに眠りにつく相方に目を落とす。

 

 

「‥‥ん、ん~~?」

 

 

耐Gの為に分厚くなっているパイロットスーツに包まれていると、なかなかベストポジションが見つからないらしく意識は夢の世界のまま、頭を擦りつけるように何度も動かしている。

それだけ足掻くくらいなら、わざわざ人の太ももを枕にしなければいいのにとみくは思うが、アーニャに言わせると『みくの太ももは、高級枕より快適です』と豪語し同じノーザンライツのメンバーである蘭子や智絵里にも譲らない。

 

 

おやすみなさい(スパコーィナイ ノーチ)良い夢を(スラートキフ スノーヴ)

 

 

ありすよりも幼く見えるあどけない寝顔を浮かべるアーニャの頭を優しく撫でながら、みく自身も穏やかに訪れた睡魔に身をゆだねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編11 おいしいものは人を幸せにする

前話では本編とあまり関係のない話で、期待をされていた皆様の思いを裏切る行為をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
この場を借りまして、改めて謝罪をさせていただきます。


(55話以降)

 

 

どうも、私を見ているであろう皆様。

普段でしたらアイドル活動や係長としての仕事やら諸々を語る所でしょうが、本日は割愛させていただきます。

今日は武内Pや昼行燈、部下達の暗躍によって強制的に1日オフを取らされてしまったので、1日中趣味の食べ歩きに没頭させてもらいましょう。

現在時刻は午前8時を少し過ぎた所であり、この時間帯から開いている飲食店は少ないでしょうが、そんな時間帯に出会えたお店にふらりと立ち寄るのも一興ですね。

流石に食べ歩きにスーツという訳にはいきませんので、適当に買っておいたパーカーとジーンズというラフな格好でいいでしょう。

今回の食べ歩きは水すらお金を請求されたり、星が付いていたりする高級志向ではなく、基本的な料理が野口さん以下で楽しめる大衆料理店の開拓を目的としていますから、あまり気取った格好は必要ありません。

ファッションセンス系のチートは習得済みですが、別にそういった方面に進みたいとは思いませんし、正直TPOに即した服装であれば良いと思っているので向いていないのでしょう。

成人女性として必要最低限の化粧を済ませ、出勤用としては少々厳つくて使用できませんが、私用では私がチートを発揮してもいかれないその頑丈さから愛用している時計○ッドマスターを装着し、部屋を出ます。

今日の天気は快晴という言葉が似合うくらいの、雲一つなくて清々しい絶好の食べ歩き日和ですね。

扉をロックし、鍵をショルダーバッグにしまうと同時に財布やスマートフォン、完璧とは言い難いですがトラブルに巻き込まれた際に最低限使える応急処置キットやサバイバルキットを今一度確認しておきます。

こんな物を用意して、いったい何をしにいくのだとちひろ達に突っ込まれたことがありますが、備えあれば患いなしという諺もありますので、無くて後悔するよりはましでしょう。

 

 

「さて、最初はどの辺を攻めましょうか」

 

 

今日は朝食も抜いていますから、手ごろなチェーン店で朝食と洒落込むのもいいかもしれませんね。

コンビニに寄って片手で食べられるものを買って、お店の探索と同時進行というのも悪くありません。

まあ、部屋の前で考え込んでも仕方ないので、とりあえず歩きながら考えるとしましょう。

何を食べるか思案しながら階段を降り、マンションの外へと出ました。

世間一般では普通に仕事や学校がある平日なので、視線を動かして周囲を見れば通学中の学生や焦って出勤する若者等の姿があり、こうして休みをもらってのんびりしていることが申し訳なく感じてしまいますね。

しかし、だからと言って出勤しようものなら確実にお説教が待っているので、その選択肢が選ばれることはありません。

歩行者の中には私のように休日を満喫しているような方の姿もありますし、気にし過ぎても仕方ないでしょう。

とりあえず、気の向くままに街を歩きます。

夏も近づく暑い日差しに少しだけ目を細めながら、飲食店を捜し歩きます。

アイマス世界というだけあって、視線を動かせばアイドルが写った広告が多数見受けられました。

割合から考えるとやはりトップアイドル集団である765プロの割合が多いですが、企業や伝統芸能とのタイアップによる方向性の多様性では我が346プロが圧倒的ですね。

幸いなことに、346プロに所属するアイドルにはそういった一芸に特化していることが多く、話がトントン拍子に進んでくれることが多いのです。

今は業界トップ5に名を連ねる程度に甘んじていますが、新人アイドルの育成状況や大企業としての影響力や資金力、それらをサポートする部門の質の向上を加味すれば、数年でトップの座を奪うことができるでしょう。

765プロもオールスターズと呼ばれる13人のメンバーだけでなく、数十人の新人アイドル達の育成に努めています。

ですが、小さい事務所から始まったことが災いしてかアイドル達をサポートする後方スタッフが充実しておらず、またオールスターズを導いた敏腕プロデューサーが海外留学をしておりその差は歴然ですね。

つまり、時代は我々346に向いているのです。この絶好の好機を味方につけ、芸能界に覇を唱えてみせましょう。

 

そんな事を考えながら歩いていると、見慣れたオレンジ色の看板が目に入りました。

吉○家、お手頃価格で牛丼が食べられる学生やサラリーマンの強い味方ですね。

朝から牛丼というのは女性には重いかもしれませんが、チートボディでカロリーを気にしなくて良く、食べようと思えばいくらでも食べられる健啖家である私には全く問題ありません。

女性お一人様で牛丼屋というのは気が引けると言う方もいるでしょうが、食べたいものを食べようとすることにいったい何を恥じらう必要があるでしょうか。

牛丼という文字が目に入ってしまい、私のお腹はすっかり牛丼の気分になってしまったので吉○家に入ります。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

程良く空調の利いた店内は、時間も時間なので客も少なく、これならすぐに食べることができそうですね。

このような朝の内から女性客が訪れることなどめったにない所為か、私が入った瞬間にちょっとした緊張が店内に走った気がしますが、気にしません。

私は牛丼を食べに来ているのです。それを咎める権利等、何人たりともないのですから。

カウンター席に座り、メニューを眺めます。

既にお腹の気持ちは決まっているのですが、私のお腹は結構な浮気性なので期間限定メニューやらをちゃんと確認してから注文しましょう。

オーソドックスな牛丼だけでなく、牛丼よりも少し安くてバリエーションに富む豚丼、がっつりとした肉の旨味を味わえそうな牛カルビ丼、女性に嬉しいヘルシーな野菜たっぷりのべ○丼、そしてお値段お高めになりますが鰻丼というのもあります。

丼ものだけでなく、定食メニューやカレー、朝食専用メニューにメインに彩を添えるサイドメニューと私のお腹を魅惑する文字でいっぱいですね。

複数頼むという手もありますが、今回の目的は開拓ですので1店1品くらいで抑えておきたいです。

そんな悩みを思考を高速化させて数秒で巡らせるというチート能力の盛大な無駄遣いをして時間短縮しますが、なかなか結論がでません。

これ以上考えると思考の海に沈みそうなので、こういった時は初志貫徹でオーソドックスな牛丼にしましょう。

 

 

「すみません、牛丼の大盛りと半熟卵ください」

 

 

あまり注文を聞き返されるのは好きではないので、相手に聞き取りやすいはっきりとした口調で注文をします。

注文を受けたスタッフは笑顔で復唱して、注文を調理スペースにいる他のスタッフに伝えに行きました。

待つ間にお手拭きで手を拭いて、水を少し飲んで喉を潤します。

人によっては食事を待つこの時間を苦痛に感じる人もいるようですが、私はわりと好きですね。

自分が頼んだものが今作られているのだろうなという期待と、それをどう美味しく食べようかと様々な考えを巡らせるだけで楽しくなってきます。

そんな事を考えていると3分もしない内に牛丼は届き、そのおいしそうな香りで私のお腹のエンジンに火をつけました。

 

牛丼大盛り&半熟卵 

 

合掌し心の中でいただきますと感謝の意を示してから、箸を取ります。

まず初めに半熟卵を牛丼に落とし、見苦しさを感じさせない優雅且つ静かな箸使いで崩して混ぜていきます。

つゆを吸ってうっすらと茶色く染まったご飯に白身や黄身がコーティングしていき、早く口に含んでしまって味わいたいとお腹が訴えかけてきますが理性で抑え込みました。

確かにこのまま食べても十分に美味しいでしょうが、全てのお米に均一に半熟卵のコーティングが成された美味しさとは天と地の差があるのです。

一般人であれば、つゆを吸い粘着力の高まったご飯に空気を含ませるようにほぐしながら半熟卵を絡めるという、原料から糸を作りながら織物を作るくらいの絶技は不可能でしょうね。

ですが、数多のチートを見稽古してき、架空の技術すら劣化再現した私であればそれができるのです。

ならば、やらないという選択肢はあり得ません。

 

 

「~~♪」

 

 

鼻歌交じりに箸を動かして攪拌し、美味しく仕上がっていく牛丼に私の心は高鳴りっぱなしです。

15秒近くかけて丁寧に攪拌した牛丼は、つゆと半熟卵とご飯が絶妙に絡まり合い、お肉と玉ねぎも均等に別れていると完璧な私好みに完成しました。

これ以上待たせると腹部を突き破ってしまいそうな空腹の訴えをなだめるように、早速一口頬張ります。

甘めのつゆと半熟卵の濃厚さ、一口噛むことにご飯のほんのりとした甘みと大鍋でしっかりと煮込まれたお肉と玉ねぎの味が混ざり合い、堪りませんね。

空気を含ませるようにかき混ぜたので半熟卵の絡んだご飯もふわっとした口当たりになり、次の一口がどんどん進みます。

高級素材や手間暇かけた調理によって相応のお値段のする料理と比べたらまずいと言う人もいるでしょう。

しかし、こういった安っぽいファーストフードにはファーストフードなりの味わい方があり、それを最初から切り捨ててしまうのは真の美食と言えるのでしょうか。

少なくとも私はこうして牛丼を美味しく楽しんで頂いています。

アイドルがかき込むような丼飯なんてお行儀が悪いものを食べるなんてと意識が高い人なら言いかねませんが、こういったものはお行儀よく決め込まず食べた方が美味しいに決まっているでしょう。

丼を持ち、女性として最低限見苦しくないように気を付けながら牛丼を食べ進めます。

最近では朝はパンという家庭も増えてきているようですが、こうやって美味しいご飯を食べてほっとするあたり私は農耕民族日本人なのだなと、しみじみ思います。

お米の力は偉大です。毎日食べたとしても決して飽きがこず、大抵のおかずを優しく受け止めてくれるのですから。

いえ、寧ろご飯を食べる為におかずを食べていると言っても良いかもしれません。

転生する時にお米のない世界ではなくて本当に良かったと思います。

こうして時間や社会にとらわれず、そして誰にも邪魔されず気を遣わず自由で幸福に空腹を満たすこの瞬間こそが、現代人に平等に与えられた最高の癒しと言えるでしょう。

 

そんな高尚に聞こえるようなことを考えていると、あっという間に牛丼はご飯粒1つ残さずなくなっていました。

もう少し味わって食べるつもりだったのですが、私の手によって完璧に仕上がった牛丼が美味し過ぎるのがいけないのです。

私のお腹は満たされていませんが、ここで満たしてしまってはこの後で美食に巡り合った際に心から味わうことができないのでしょう。

ショルダーバッグから財布を取り出し、おつりが必要ないようきっちり払って○野家を後にします。

さて、現在の満腹度は2割にも達していませんから何処かコンビニにでもよってホットスナックか何かを購入しましょう。

 

 

「さて、振り切るわよ」

 

 

善は急げと言いますか、牛丼を食べたことで余計に抑えの利かなくなった食欲を宥める為にも足早に近くのコンビニを目指します。

ここから一番近いのは確かロー○ンだったはずなので、か○あげクン(レッド)を食べましょう。

脂肪分が少なく淡白な鶏肉の味に少し辛味がついた衣が良いアクセントになっていて、他の味よりも断然好きですね。

あの一口で食べやすいというお手軽な大きさで箱に入っていますし、持ち歩きながら次のお店を見つけるまでの繋ぎとするのもいいかもしれません。

私の休日は始まったばかりですが、無限という訳ではありませんので精一杯この平和な時間を楽しみましょう。

 

 

 

 

 

 

「快勝、快勝♪」

 

 

指定時間が近づいてきたので、私は鼻歌交じりAIR COMBAT7の筐体を出ます。

本日も全国各地のエース達と心地よい緊張感のある空戦で鎬を削り合い、そしてその戦い全てに勝利という栄光を手にしたとなればご機嫌になるのも当然でしょう。

待機用ベンチに腰掛け、ショルダーバッグに入れておいた本日4つ目になる○らあげクンを取り出します。

 

か○あげクン(レッド)

 

片手で上手く容器を揺すって1つだけ空中に放り出し、計算しつくした軌道で口に入れます。

さっぱりと癖のない鶏肉に程良い辛味と下味のついた○らあげクンは、冷めても美味しく味わえますね。

冷めたことによって、熱で通常味わう間もなくさっさと食べてしまいがちな所をしっかりと味わえ、今までにない発見に出会うことができるでしょう。

噛めば噛むほどに肉の繊維が解れながら、鳥の味と下味が混ざり、子供でも食べられる程度の辛みが全体を引き締めるアクセントとなって次の1個が欲しくなりますね。

しっかりと味わいつつ、食べ終えては容器を揺すって空中に放り出して口に入れるという行為を繰り返します。

このゲームセンターは飲食物の持ち込みは禁止されていないので、こういったことをしても見咎められることはありません。

ですが、こういった油ものは食後にきちんと拭いておかなければ、筐体等を汚してしまい他の利用者に不快な思いをさせたり、最悪トラブルにまで発展するので注意が必要です。

最近では多少顔も売れてきたため、ちょっとした行動がSNS等を通じてすぐに拡散されてしまう危険性がありから。

余程の事ではない限りプライベートの行動くらいは目溢ししてほしいと思わなくもないですが、これも有名税の内であり仕方ないのでしょう。

何の因果かアイドルとして活動しはじめ、何故か変な人気が出てきてしまったのがいけないのでしょうね。

全く、こんなアイドルのファンにならなくても、アイドル戦国時代でありネットアイドル、地下アイドル、スクールアイドル等の存在を含めれば、それこそ星の数に近いほど様々な個性をもった素晴らしいアイドルが存在しているというのに、変な趣味を持った人が多すぎます。

 

 

「あの人がサイファー、鬼神殿か‥‥」

 

「一度、同じ空を飛ばせて戴きたいな」

 

 

聞き耳を立てていたわけではないのですが。私と入れ替わるように筐体に向かってゆく少年達のこそばゆくなるような会話が耳に入ってしまいました。

鬼神殿というのはネット上におけるサイファーとしての私を示す愛称みたいなもので、対戦被撃墜数0というちょっと頑張り過ぎてしまった戦績に畏敬を込めてそう呼ぶそうです。

最初は鬼神だけだったのですが、誰かが殿という敬称をつけたことを切欠にそれは瞬く間に定着してしまい、今では殿を付けない奴はにわかと言われてしまうそうなのですが、本当なのでしょうか。

この世界においては私しか知り得ない『円卓の鬼神』と似た二つ名で呼ばれるのは恐れ多く感じてしまいますが、それと同時にその名を汚してしまわないように、更なる研鑽を積まねばと身が引き締まる思いですね。

ゲームに興味のない人からすれば『たかが、いつかは廃れるゲームなんかに』と切り捨てるでしょうが、されどゲームなのです。

価値観なんて人それぞれであり、自身の興味の琴線に触れないからといって否定してしまうのは悲しいことでしょう。

興味のないことでも知ってしまえば何かしら繋がっていて、そこから新しい世界が開けたりするものです。

まあ、人間齢を多く重ねれば重ねるほどに変化や革新といったことの孕むリスクを避けようと拒絶しようとするというのも理解できなくもないですが。

 

 

「なら、ランクを上げないとな」

 

「ああ、頼むぜ。相棒」

 

「任せとけよ、相棒」

 

 

軽く拳を叩き合わせて別々の筐体へと入っていく学生の背中を私は表情を崩さないように努めつつ見送ります。

若いっていいですね。聞いているだけで背中がぞわぞわしてくる言葉を恥じることなく言えるのですから。

私もアイドルの仕事として演技を求められたり、最近封印がかなり緩んできてしまっている人間讃歌を謳いたい魔王に戻ったりすれば、何ら恥じらう事もなく言えるでしょう。

ですが、素でああいった言動をできるのは10代の特権でしょうね。

この程度の言動であれば黒歴史にまでは至らないでしょうが、願わくば彼らがこれ以上悪化してしまい、将来思い返した際に床を転げまわることにならないで済むとよいのですが。

さて、待ち時間も含めるとお昼時が近づいてきましたね。

からあげ○ンも食べ終えましたし、それでは前々から目を付けていたお店に向かうとしましょうか。

定休日も営業時間も書いてなかったので、もしかしたら無駄足になってしまう可能性があるのですが、最悪のことは考えないようにしておきましょう。

こういった時に最悪の事態を考えてしまうと、何故か未来はそちらに収束されやすくショックも大きくなりますから。

まあ、そうなったとしたら後日出直せばいいだけの話なのですが、今日の私のお腹はあそこの店を所望しておりそれ以外を受け付けてくれそうにないのが困りものです。

食べ終えたからあ○クンの容器を小さく折りたたみ、ショルダーバッグに入れておいたビニール袋に入れて匂いが漏れないように縛りってからバッグにしまいます。

からあげク○は持ち込んだものですから、ゲームセンターのゴミ箱に捨ててしまうのはマナー違反でしょうから。

忘れ物がないかをしっかりと確認してから、私は目的の店を目指す為に出入り口を目指します。

 

 

「おい、あれって‥‥」

 

「えっ、七実さま?」

 

 

私のファンなのでしょうか、こうして気が付いてくれるのはありがたいことではありますが、今日の私は完全オフモードなのでファンサービスはありません。

カメラで撮られたりしても面倒ですので、ここはステルスを発動させて穏便にやり過ごさせてもらいましょう。

申し訳ないという気持ちもあるのですが、時間を浪費してしまってアレが食べられなかったら明日以降仕事に影響が出てしまいかねません。

そうなると大変な思いをするのは部下や武内Pなので、そんな子供っぽくて感情的な理由で迷惑をかけるなんて社会人の風上にも置けないでしょう。

という訳なので、名も知らぬ私のファンの人。今日は許してください。

顔はちゃんと覚えたので、イベント等で見かけた際には何かしらの形で今回の埋め合わせはしますので。

 

 

「き、消えた!?」

 

「見間違いだったのか?‥‥いや、七実さまは忍者の末裔だからな、もしかすると‥‥」

 

 

違いますと叫びたい所ではありますが、流石にそこまで目立つ行動をしてしまえばステルスを発動した意味がなくなってしまうので、そんな気持ちをぐっと我慢して足音を消して立ち去ります。

確かにチートボディのお蔭で世間一般様が想像するような忍者ムーブもできないことはないですが、ただそれだけで忍者の末裔などと呼ばれては、立派な忍者アイドルを目指している浜口さんに申し訳ありません。

『立派な忍者アイドル』という言葉から感じられる矛盾的な響きが凄いですが、気にしたら負けでしょう。

雄大豪壮、万里一空、三十六計逃げるに如かず

私は平和な昼食をとることができるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

支那そば 嶺上は、美城本社から少し離れた場所の裏路地にありました。

最後に掃除をしたのが何時なのだろかと疑問に思える煤と埃に塗れて黒ずんだ赤いビニール屋根、築50年は優に超えているであろう古く老朽化した様は、入り口に申し訳程度に吊るされた営業中の看板が無ければ潰れて放置されているのだと思い込んでしまうでしょう。

しかも、この店の周囲は雀荘や未成年お断りの少々如何わしいお店が立ち並んでいるので、通る人も少ないでしょうから余計に気付かれることはないと言えます。

それでも潰れていないあたり、この店からは知る人ぞ知るお店感が伝わってきました。

いいじゃないですか、一般人が寄り付かない裏路地にあるラーメン屋ではなく、昔懐かし表現の支那そば屋。実に私好みの店です。

店1つで、こうも冒険しているような気分に浸れるのは食べ歩きの醍醐味ですね。

これは、この店の存在を教えてくれた部下である須賀さんには何かしらのお礼をしなければなりません。

私の部署において雑務のプロフェッショナルとして、さり気無いフォロー等で他の部下達が仕事をしやすいように頑張ってくれていますし、そういった部下にはちゃんと何かしら形で報いてあげなければ鬼畜生にも劣る存在になってしまうでしょう。

そういえば、式はまだのようですが最近幼馴染と入籍したとの報告がありましたね。

結婚すると何かと入用になって貯金も減っていくので、お高い所に外食に行くなんて贅沢もできていないでしょう。

食事の礼は食事で返すという事で、この前営業先で貰った高級レストランのペア優待券をあげましょうか。

ペア優待券だったのでいつものメンバーでは使うことができませんし、かと言ってこういったムードのある場所へと誘う相手もいません。

ならば、毎日愛妻弁当で真壁さんを除いた他の部下達から嫉妬の波動をぶつけられるほどに熱々な新婚さんに使ってもらった方が有意義というものです。

さて、色々と脱線してしまいましたが、今は支那そばを味わうことに集中しましょうか。

取手が錆びた古いガラス製の扉を開き店内に入ります。

 

 

「いらっしゃい」

 

 

お客を歓待しているのか疑わしくなるようなぶっきらぼうな口調で迎えられましたが、この辺は予想通りですね。

昔ながらの頑固爺という言葉がぴたりと当て嵌まるようなほぼ白髪の店主は、未だ衰えを知らない眼光で私を睨みますが、その程度で怖気づいてしまうのなら黒歴史が生まれることはなかったでしょう。

店内はしっかり清掃は行き届いているのですが、普通の掃除では落ち切らないどうしようもない汚れや経年変化による古臭さは今時の綺麗過ぎる店に馴れた若者は拒否感を抱くでしょうね。

カウンター席しかないようなので、僅かながらでも厨房の様子が見えそうな位置に座ります。

椅子も背もたれのないビニール張りの丸椅子というのも何とも心が擽られますね。回転するのが楽しくて、前世では盛大に回ってコップを倒してしまい母親に怒られましたっけ。

若気の至りですが、そういった今思い返すと微笑ましいと思える失敗から子供ながらにお店等で騒いではいけないという社会性を学んだのだと思います。

 

 

「‥‥注文は」

 

 

座ったまま郷愁に浸っていると店主の低く太い声によって現実へと引き戻されました。

飲食店で何も頼まないで別の事を考えているとは、とんだマナー違反でしたね。

 

 

「支那そばとご飯、あと餃子を」

 

「あいよ」

 

 

初めてのお店では、そこの味を知る為にもやはり普通のものを頼むべきでしょう。

チャーシュー麺とかをチャーシューの枚数を増やしただけと思っている人もいるかもしれませんが、店によるとは思いますが普通のものには入らない具材が入っていたり、スープの味付けが変わっていたりするのです。

それに、普通のラーメン、ご飯、餃子の組み合わせはラーメン屋における絶対的に揺らぐことのない最強の組み合わせでしょう。異論は認めますが、私は受け付けません。

ここに更にビールを加える人もいるかもしれませんが、アルコールはどうしても舌を鈍らせてしまいますから食べ歩く際には、最後の店以外では飲まないと決めています。

注文を受けた店主は冷蔵庫にしまわれていた餃子を取り出して、かなり使い込まれた年季を感じさせるフライパンに並べてられていきます。

作り置きではありますが、少しだけ見えた皮の感じからして作られたのは今朝のようですから味に期待ができますね。

しかも、8つ1セットというのは普通の女性だときついでしょうが健啖家である私には喜び以外の何物でもありません。

これは、ご飯のおかわりは確実でしょうね。

ジュウジュウと熱されたフライパンで餃子が焼ける音を耳で楽しみながら、ラーメンもとい支那そばを作り始めた店主の動きを観察します。

決して超一流とは言えないでしょうが、人生の大半を捧げてその流れの中で無駄がゆっくりと削ぎ落とされていった人の動きは人物像を良く表していて素晴らしいの一言に尽きます。

それは長い時間をかけて水流で少しずつ円磨されていった岩のような、ある種の到達点といえるでしょう。

見稽古にかかってしまうとそれすら容易に自分の物にしてしまうのですが、糧とさせてもらったスキルは今後何かしらの形で還元したいですね。

自家製と思われる黄みの強いちぢれ麺をお湯に入れ、その間にスープの準備に取り掛かるようです。

支那そばといえばあっさりとした醤油ベースですが、この店もそうみたいですね。

しっかりと煮込まれ、丁寧に灰汁の取られた鶏ガラと野菜の良い香りだけで、この店が既に私の期待値を大幅に超えていることを示します。

 

ああ、早く食べたい。

 

食欲に頭を支配されつつある私の身体ははしたなく貧乏ゆすりをしかけていましたが、欠片程残った理性によって何とか堪えます。

そのような無作法を働いて店主に不快な思いをさせたくはありません。

ですが、この理性もいつまで持つかはわかりませんので、なるべく早くしてくれると嬉しいですね。

追撃のように耳を刺激して幸せにしてくれる、餃子を蒸し焼きにする音に天国と地獄を感じながらひたすらに耐え続けました。

 

 

「お待ちどう」

 

 

経過時間の倍近くに思えた体感時間でしたが、それからようやく解放される時がきました。

 

支那そば ごはん 餃子

 

圧巻とも言えるその完成された陣形に対して、只食欲に任せて乱暴に食べるのは何か違うと思いますので、待ちから解放され余裕を取り戻したこともありますからゆっくり味わっていきましょう。

まずはスープの方からですね。

琥珀色をした輝きすら感じる透明感のあるスープから漂う美味しさを脳にダイレクトに伝えてくる芳香、蓮華が口に近づくにつれて心臓が期待に高鳴っていくのがわかります。

一口、たった一口を口に含んだ瞬間に、ああという理由もない懐かしさが心の奥から湧き上がってきました。

前世においてもこんな本格的な支那そばを食べた覚えはないのですが、それでも『ああ、これだ。これがいいんだ』という問答無用の説得力があります。

あらゆる醤油ラーメン達の味の起源を辿れば、この味に帰ってくるのではないかと思えるくらいに素朴で飾り気のない素直な味でした。

最近ではフレンチの技術を応用したり、様々な具材の使用やスープを混ぜたりと色々ありますが、これはその正反対の極致ですね。

特に際立つ華はありません。言葉に表すなら本当に美味しいスープの一言で済んでしまいそうですが、それ以上は無粋でしょう。

次に麺という人が大半ですが、私はこういった麺類を食べる場合は上に乗っている具材から先に行く人間です。

乗っているのはネギとチャーシューとメンマだけというシンプル過ぎて寂しくも思えますが、あのスープから考えるとこれ以上の具材は逆に邪魔になるのかもしれません。

箸で持つと微妙に弧を描く厚すぎず、薄すぎないチャーシューも複雑な味のしないいかにもという味のチャーシューでしたが、その分店主の顔に似合わない丁寧な仕事が伝わってきます。

メンマもこの歯ごたえが柔らかいものばかりになりがちな支那そばの中で、しっかりとした歯ごたえがあり、下味にスープの旨味が加わることによって旨味の相乗効果を実現していました。

ネギは噛むと優しい甘味と程良い苦味が口に広がり、スープにアクセントを加えて引き締まります。

 

 

「‥‥ふぅ」

 

 

支那そばをスープと具を味わっただけだというのに、私の心の満足感を示すメーターは既に最高値に到達しようとしていました。

ですが、麺を味わう前に満足してしまうのはこの支那そばに対してあまりにも失礼過ぎるでしょう。

心を落ち着け、水で一度喉を潤すついでに口の中をリセットして、真摯な気持ちで食に対峙できるような状態を作ります。

箸で麺を持ち上げ、空気に熱を奪われてしまう前に口に運び、麺に絡んだスープを周囲に散らしてしまわず尚且つ見苦しくない優雅な所作で啜りました。

気持ち柔らかめな細いちぢれ麺は、素晴らしいスープによく絡んでいながらも麺としても確固たる香りを失わずに完璧に調和しています。

『完成』という二文字はこの支那そばにこそ相応しいでしょう。

気を抜くとわんこそばのように一気に食べてしまいそうになりますが、そんな勿体無い真似をしたくはないので努めて味わいます。

少し食べ進めた所で、一度ご飯を挟みます。

醤油ベースの塩気がご飯によって受け止められ、優しくそそいでいってくれました。

再び支那そばを味わうのもいいですが、もう1人の主役である餃子にもそろそろスポットライトを当ててあげないと拗ねて冷めてしまうでしょう。

小皿にタレを注ぎ、その上を綺麗な狐色の焼き目を私に見せつける餃子を撫でるように通り抜けさせます。

タレを付けすぎては餃子の味を殺してしまいかねませんので、味と風味が程良くなる程度に止めておきました。

パリッと焼き上げられた皮を破った瞬間に肉汁と野菜から出た水分が混ざった美味しいエキスが口に広がります。

ひき肉よりもキャベツやニラの割合が若干多いのか、具がたっぷり詰まっているのに重さは然程なく、これなら胃に負担を感じることなく8つ食べることができるでしょう。

素晴らしき組み合わせを一通り食べましたが、まだまだ残っているというのは心が弾みますね。

そんな至福の一時を過ごす私の気持ちを、とあるドラマの食に関する名言を借りて述べるのなら。

『おいしいものは人を幸せにする』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、撮影現場でこの支那そばとの出会いによる喜びをちひろや武内Pに語ったのですが、それが噂となって違う事務所のラーメン好きな某アイドルが美城を訪れてちょっとした騒動になるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編12 サンドリヨンスレ マジアワ版

番外編の構想はいくつか残っているのですが、次回から本編に戻るかもしれません。
ご了承ください。


(47話中)

 

 

【天下】サンドリヨンスレ その72【無双】

 

518 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、マジアワサンドリヨン回の放送日だ‥‥備えよう

 

519 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

皆、マジメに質問送ったか?

 

520 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ソロ曲について、新情報あるかな

 

521 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひ!ちっひ!ちっひ!

 

522 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1stシングルから、MV付の特別版有だからな‥‥ほんと優遇されてんな

 

523 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>519

送ったかなんて、愚問にもほどがあるwww

 

524 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

キョ刀流の門下生にはどうやったらなれますかって、送ったわ

 

525 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺は、ちっひの好みのタイプ

 

526 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>519

当然!

 

527 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんは今までどんなコスプレをしたことがありますか?だな

 

528 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

飲んでいる時のメンバーの様子を教えてください、だろJK

 

529 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまは武器も使えるらしいですが、何が使えますかって送った

 

530 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひはお金好きと聞きましたが、本当ですか?って送ったわ

 

わいの天使が、金汚い訳ないがな

 

531 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

予想していたが、質問方向が180度違うな

 

532 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまに対するそれが、アイドルにするものじゃない件について

 

533 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

知ってた(白目)

 

534 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

当然の帰結だ

 

535 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさんって、結構攻めた格好が多いから今度はお淑やか系希望

 

536 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

放送が待ちきれんな

 

537 広報官

>>520

あるよ

 

538 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前ら、七実さまを何だと思ってるんだ!!

 

539 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>538

世紀末覇者

 

540 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>538

魔王

 

541 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>538

生まれてくる時代と性別を間違えた英雄

 

542 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>538

人類種の完成形

 

543 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>538

忍者の末裔

 

544 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

テンプレだが‥‥見事にアイドルにかすりもしていない件について

 

545 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ヒッキー知ってるよ。七実さまはこれ全部当て嵌まってるって

 

546 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>541

とりあえず、七実さまスレに報告しておいた

 

547 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、テンプレで流しかけてたが、広報官いるじゃねぇか!!

 

548 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何だってぇーーー!!

 

549 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>546

この人でなし!!

 

550 広報官

いるよ

 

551 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

時間的には終業したばかりだろうが、相変わらず余裕あんな

 

552 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>537

最高の朗報だ。お勤めご苦労様です。

 

553 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新情報、何が来るかな

 

554 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

wktkが止まらない

 

555 広報官

>>551

まあ、いつものやつだよ

 

因みに、俺は七実さまを究極の仕事中毒者だと思ってる

 

556 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そうか‥‥笑えよ、広報官

 

557 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ワーカホリックって、そんなになのか?

 

558 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ニートにはわからんな

 

559 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

わかるぞ、俺もある意味仕事中毒だ!

 

560 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

部下の仕事に手を出すのは、上司としては駄目だよな

 

561 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スキルアップの機会を奪ってるわけだし

 

562 広報官

七実さまの名誉の為に擁護すると、全部やってくれてるわけではないんだ

ただ、もう完璧に仕上げるまでの最短経路を凄い丁寧にまとめていてくれるのさ

 

563 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>559

おは自宅警備員

 

564 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どれぐらい丁寧なんだ?

 

565 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ああ、七実さまならわかる気がする

 

566 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ガセかはわからんが、以前ネットに出回った画像の母性はやばかったもんな

 

567 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんか子供を導こうとする大人みたいにすっごい世話焼きそう

 

568 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、情報プリーズ

 

569 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>566

あれ、結局本物じゃなかったっけ?

 

570 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまが母親‥‥想像できん

 

571 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なまじ、何でもできるから下手な教育ママより恐ろしい気がする

 

572 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アリだな

 

573 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま「どうしたら、そんなに同じ間違いをできるのですか?」

 

574 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>569

マジか、新しい扉が開けそうだ

 

575 広報官

>>568

すまん、そうだった

 

まあいつも通り、詳しくは話せないがソロ曲の発売イベントについて触れられるはずだ

 

576 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>573

七実さまに不思議そうに言われたら、心が折れるわ

 

577 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまには人の心がわからない!!

 

578 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

予想はしてたけど、イベントキタ━━━(゚∀゚)━━━!!!

 

579 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

キタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━ !!!!

 

580 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ヒャッハーー、宴の準備じゃあぁぁ!!

 

581 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

全員、お布施の貯蔵は十分か?

 

582 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>577

お前、冗談でも言っちゃいけないことがあるぞ

 

583 広報官

七実さまにわからないことなんてあるかよ

あの人、心を読んでるんじゃないかってくらい察しが良いからな

 

ソースは、幼馴染への結婚申し込みに密かに悩んでいたリア充同僚

同期で付き合いがそれなりに長い俺ですらわからなかったのに、気が付いたら七実さまが全て解決してた

 

584 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

イベントって何やるかな?演武?

 

585 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

幼馴染と結婚?なにそれ美味しいの?

 

586 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そんな、リア充は!

 

587 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

撲滅!!

 

588 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

根絶!!

 

589 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

月夜ばかりと思うなよ?

 

590 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>586‐589

すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。 

風・・・なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。

 

591 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前らのリア充嫌いは良く分かったよ

 

592 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ほんと、バカばっか

 

593 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

部下のケアも怠らない

流石七実さまです!

 

594 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さすなな!

 

595 広報官

>>586‐590

お前らとは、美味い酒が飲めそうだ

 

596 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまのことだけでなく、ちひろさんの事にも触れてあげてください!!

 

597 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

サンドリヨンのイベントは嬉しいものだ、ともかくリア充は滅ぼされるべきである

 

598 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>594

確かに七実さまの規格外さはお兄様に通じるものがあるが、略すな

 

599 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さすなな!

語感としては良くね?俺は気に入った

 

600 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひはエロい、かわいい、苦労人

 

601 広報官

かなり、話がそれたけど……まあ、後は放送を待てってことで

 

602 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おk、把握

 

603 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>596

このスレではいつもの事だろ?

 

604 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんもかんも、話題を掻っ攫う七実が悪い

 

605 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジアワは毎回楽しみだけど、今日は特にだわ

 

606 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまって何が詰まっているかわからない、パンドラの箱みたいなものだよな

 

607 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

このスレで話題にされる方が逆に可哀想じゃね?

 

608 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>604

さま付けろよ、デコ助野郎!

 

609 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまは欠かさず燃料投下してくれるから、ちかたないね

 

610 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

知れば知る程平伏したくなるアイドルだわ

 

611 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

未だに過去全部がわかってないらしいからな

 

612 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

噂だと893ですら七実さまには逆らえないらしいし

 

613 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

関東地方の暴走族はほぼ七実さまの傘下らしいからな

 

614 広報官

実は美城の会長だって噂も

 

615 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いろいろ聞くし、たぶん大半がガセだろうけど・・・

七実さまならあり得ると思えてしまうのが、ある意味凄いわ

 

616 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>608

ん?だれがいおりんだって?

 

617 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ああ、待ちきれん!!

 

 

 

 

 

941 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

www

 

942 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さすなな!

 

943 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの初っ端からぶっこんでいくスタイル・・・嫌いじゃないわ!

 

944 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

貴方様のような事務員がいるか!

 

945 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひも何気にひどいこと言ってるww

 

946 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

確かに七実さまの活動って事務員から程遠いよな

 

947 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

事務員の 法則が 乱れる

 

948 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

言われるまですっかり忘れてたわ

 

949 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前ら、七実さまを何だと思っているんだ!!

 

950 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

テンプレ、開始!

 

951 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>949

人類最強

 

952 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>949

戦いの神(ガチ)

 

953 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>949

天才という言葉すら陳腐化させる天才

 

954 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>949

一人軍隊

 

955 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>949

世が世なら国を統べていたであろう王様

 

956 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルに全く関係ないな。本当にありがとうございました。

 

957 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、『マジメ』の時間だぁ~~~!!

 

958 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

!すでのな

 

959 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺のメールが選ばれることは確定的に明らか

 

960 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いいや、俺のメールだね

 

961 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

我が想い、ちっひに届け!

 

962 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺だ、俺だ、俺だァァァ!!

 

963 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

色々と名義を変えながら数十通送った、私に死角はなかった

 

964 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

採用されなくても吠え面かくなよ

 

965 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

上等だ!

 

966 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あまり強い言葉を使うな、弱く見えるぞ?

 

967 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

また貴様かハチミツぅ!!

 

968 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱりハチミツやってるやつは違うな・・・

 

969 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここぞという時には、こいつが持っていきやがる!

 

970 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ハチミツボーイ、お前がナンバー1だ

 

971 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

悲しいけど、これ戦争なのよね

 

972 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新しい七実さま・・・だと・・・

 

973 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

想像もできない

 

974 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、800踏んだ奴そろそろ次スレ立てとけ

 

975 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

選ばれなかったことは悔しいが、これはナイス

 

976 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どんなのやってくれるのかな?かな?

 

977 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

即興劇?

 

978 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの魔王・・・勝てる気がしないな

 

979 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あれか、あの菜々さんと一緒に出たアニメの

 

980 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

教えてエロい人!

 

981 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ぬぅ、あれは卒去烏激

 

982 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>974

今立てた

 

【事務員だぞ】サンドリヨンスレ その73【忘れるな】

ttp://xxx

 

983 広報官

呼ばれて、飛び出て、何とやら!

お答えしよう、即興劇とは346プロで行われるアイドルレッスンの1つであり

BOX(通称:大惨事箱)によって決まったテーマと役割で即興劇をし演技力を高めるのだ

 

事故る割合が高く撮影されるので、アイドル達からは恐怖の対象となってる

 

984 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>981

知っているのか、○電!

 

985 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんかTRPG思い出したわ

 

986 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

S○2.0で

本来とは異なる性別として育てられた

許嫁がいる(いた)

大失恋したことがある

ってなって、キャラを┌(┌^o^)┐ホモォ...にされた俺が通りますよ

 

987 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

映像うp、はよ

 

988 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こんな格言をご存じ?『論より証拠』

 

989 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>986

嫌な事件だったね

 

990 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000なら即興劇をうp

 

991 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000なら広報官のリア充同僚爆発

 

992 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000なら七実さまが魔王化して世界制覇に乗り出す

 

993 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000なら今年のIAは346勢が総なめ

 

994 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000なら、ラジオ内でキョ刀流門下生募集

 

995 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000なら今明かされる衝撃の真実!

 

996 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000なら七実さま海外デビュー

 

997 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000ならちひろさんは蒸される

 

998 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000ならサンドリヨンが今年中にSランクに

 

999 広報官

1000なら俺達の頑張りで係長の負担軽減

 

1000 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

1000なら、即興劇の開帳だぁ!!

 

1001 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

このスレッドは1000を超えました。

もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

 

 

 

 

 

【事務員だぞ】サンドリヨンスレ その73【忘れるな】

 

 

1 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

 

346プロに所属している事務員アイドルコンビについて語るスレです

 

※次スレは、レス>>800の人が立てて下さい(要宣言)。だめだったらアンカ指定を。

 

 

■346プロのオフィシャルサイト

‥‥‥‥‥

 

 

2 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

■過去スレ

サンドリヨンスレ その72

 ……

 

3 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はい、ここまでテンプレ

 

4 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>1乙

スタッフひでぇwww

 

5 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>1おつ

確かに、新鮮というかしっくりくるけどwww

 

6 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>1乙カーレ

 

>>5

良かったな、七実さまがオハナシ(肉体言語)してくれるそうだぞ

 

7 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

前スレ、1000ナイス!

さあ広報官よ、うpするのだ

 

8 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

よく聞け広報官よ。即興劇の映像をすべてのうpしろ。即刻!そして永遠になあ!!

サンドリヨンのジハードは要求が通るまで346プロの主要スレに毎週、ひ と つ ず つ 貴様の秘密を投下していくことを宣言する

 

9 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お願いします、病気の妹の命がかかってるんです!

 

10 広報官

おい、お前ら無茶言うなし

即興劇の映像はアイドルならいつでも閲覧可能だが、俺がやったら首が飛ぶわ

 

社会的にも、物理(七実さま)的にも

 

11 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

デスヨネー

 

12 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

広報官がいなくなったら、俺達も困るもんな

 

13 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おk、無理言ってすまんかった

 

14 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そんな雑談している間に七実さまによるウサミンの真似が始まるぞ

 

15 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっとドキドキしてる

 

16 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

快諾してくれるとは思わなんだ

 

17 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

クール系だけど、ノリ良いんだよな

 

18 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、いつもの面子的に鍛えられてるんだろ

 

19 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

酔っ払った楓さんを止められるのは七実さまが一番らしいしな

 

20 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

wwww

 

21 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やべぇ、お腹痛い

 

22 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何という破壊力!!

 

23 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

かわいい系もいけるやん!

 

24 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの見方が変わったかも

 

25 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

普段とのギャップに萌尽きそうだったわ

 

26 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

しかし、ナナミン星人ではなくナナミン島民か

 

27 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

RECしておいて正解だった

 

28 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

神回だな

 

29 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ナナミン島・・・島民全てが七実さまクラスなのか

 

30 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石七実さま、七実さまあざとい!

 

31 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>29

何その修羅の国

 

32 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひ、素の大爆笑

 

33 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いや、あれを聞いて耐えられる人はいないだろ

 

34 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

付き合いが長い分ツボっただろうしな

 

35 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ようやく回復したけど、PCが大惨事だよ

 

36 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

最後の自爆芸まで完全再現とは、恐れ入ったわ

 

37 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ウサミンファンでもある俺が認める

今回のものまねは完璧に魅力を引き出してる

 

38 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さすなな!

 

39 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あんなことした後で淡々とラジオを進行させる七実さまの精神力すげぇ

 

40 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

再現度たけぇな、おい

 

41 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺氏、実は七実さま顔真っ赤じゃないのかと妄想

普段表情変化の少ない人の赤面は、控えめに言ってもやばいと思う

 

42 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、ちひろさんデコピンされた

 

43 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジメにやりなさいって言われても、これは無理です

 

44 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

功夫が足りてないな

 

45 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>41

なにそれ、かわいい

 

46 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひ、滅茶苦茶痛そうだな

 

47 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

相方が悶絶しているので、少々お待ちくださいって、七実さま冷めてるぅ~~

 

48 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お茶目だけどプロ意識が高い、あれ結構七実さま可愛らしい?

 

49 広報官

同僚達と視聴していたけど、全員やられたわ

 

明日、七実さまにどんな顔して合えばいいかわからない

 

50 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、ちひろさん落ち着いてきたみたいだな

 

51 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

意外と復活早かったな

 

52 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、これ以上笑って時間を使えないだろうからな

 

53 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>49

笑えばいいと思うよ

 

54 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、次のメールだな

 

55 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アジ塩太郎www

 

56 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、ハチミツの野郎が来た時点で察していたさ

 

57 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ほんと仲いいな、こいつら

 

58 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちっひの酒の席での失敗か、気になるな

 

59 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさん声震えてね?

 

60 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

微かだが、七実さまの笑い声がする・・・こりゃ、なんかあったな

 

61 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさん「あの・・・これ、却下は・・・」

 

七実さま「させるとでも?」

 

知らなかったのか、大魔王からは逃げらない

 

62 広報官

>>53

ふざけんな!俺達に死ねと!!

 

63 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さてさて、どんな情報が出てくるかなぁ?

 

64 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

・・・やばい

 

65 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

酔いが進むとた行がら行になるって、可愛すぎだろ!

 

66 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまとは少し違うが、色々滾る

 

67 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちひろさん恥ずかしそうにしてるけど、まだ大丈夫そうだな

 

68 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>62

広報官、貴君のこれまでの献身に感謝する

 

69 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ということは、これ以上の事があるんだろうな

 

70 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

んんっ、wktkがとまりませんな

 

71 広報官

よしわかった、てめぇらの言葉を七実さまにチクってやる

死なば、諸共だよな?

 

72 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっ!?

 

73 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

乱心良くない!

 

74 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やめろ、それはマジでやばい!

 

75 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

だだ、大丈夫・・・特定なんてできるはずが・・・

 

76 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あばばbbb

 

77 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今、ちっひの良い所なんだよ!騒ぐな、クソ共!

 

78 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>75

でも、七実さまだぜ?

 

79 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

嘘だから、今までのは全部嘘だから!!

 

80 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまというだけで、根拠はなくても凄い説得力があるな

 

81 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

命、命ばかりは御助けを!!

 

82 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ヤメローシニタクナーイ! シニタクナーイ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編13 if 入れ替わり生活が始まるや否や、そこに危険がある

本当は本編を投稿する予定でしたが『君の名は。』をみて入れ替わりネタをやりたくなったので、また番外編です。
ご了承ください。

時系列的には、アニメ2期終了後となっています。


どうも、私を見ているであろう皆様。

漫画やアニメでシーンを転換する際に古来より使われている展開として『目を覚ますと、そこは知らない天井だった』というものがありますよね。

主人公が見覚えのない場所で目を覚ましたという事により、その前まで続いていた流れが断ち切られ、空白の期間に何があったのだろうかという疑問と新しいことが起こるのだろうという予感に心が躍るものです。

ですが、それはそんな状況に関して一切の責任を負うことなく観覧することができる傍観者であるからでしょう。

実際に自身がその当事者になってしまうと、心躍るどころかその状況に至る寸前まで何をしていたのかを思い返したり、現状把握で精一杯だったりとそんな余地は一切ありません。

身体もいつも以上に重いですし、色々違和感が酷いです。正直、全く違う身体に作り替えられてしまったような感じです。

寝る前までの記憶を思い返しても、今見えている天井に関係しそうなものはありません。

とりあえず、思い切って身体を起こしてみますが、視点がいつもより高くて寝具もいつも私が愛用しているものではなく、あまり手入れがされていない飾り気が皆無な安っぽい寝具であり、ここからこの部屋の主は睡眠というものを軽視しがちであると判断できるでしょう。

部屋の中も物が少なく必要最低限しか置いていないようであり、持ち主はこの部屋に安息の場所ではなく休憩所程度の意味しか見出していないに違いありません。

そして、今更ながらかもしれませんが視界端に映る手から、この身体が私のものではないことが確定しました。

虚刀流を含む数々の鍛錬で一般的な女性よりも柔らかさ等で劣る部分がありますが、そうであってもここまで武骨で大きな手ではありません。

さてさて、いったいどういう事でしょうか、神様転生を果たしている身なのでちょっとやそっとの事では驚かない自信があったのですが、これは正直予想の範疇を越えています。

見稽古も失われているようですし、人類の到達点であるチートボディを前提とした数々のチート技能は使えそうもありません。

正確に言うならば使えないこともないですが、その反動によってこの身体に多大な負担をかけかねないでしょう。

誰のものかも知れぬ身体ではありますが、だからと言って乱雑に扱って良いという事にはならないでしょうから。

視線を落とし、身体を確認すると衝撃的な光景が広がっていました。

 

 

「ない‥‥そして、ある‥‥」

 

 

なんということでしょう。どうやら、私は男性と入れ替わってしまったようです。

いや、手を見た時点である程度の予想はついていましたが、それを実際に認識してしまうと衝撃を受けますね。

精神的な部分のチートは魂レベルで刻まれている為か失われていないので、感情を排して理に従うという心構えのお蔭で混乱はありません。

ですが、生理現象だとしても見事に起立したマッキンリーは精神衛生上よろしくはありません。

マナスル並の七花程ではありませんが、平均的な日本人のサイズを上回っているのは間違いないでしょう。

これ、冷静に考察なんてしていますが、やっている行為は変態以外の何物でもありませんよね。

確かに男女で入れ替わった場合に身体的な構造の違いに興味を覚えるのは、お決まりのパターンではありますがこれ以上はまずいでしょう。

考えが下方面に進んでしまわないように意識を切り替えながら、ベッドから降りて洗面所を探します。

一人暮らし用のマンションの一室なのか、シンプルですがデザインも良く相応の家賃を納める必要があるでしょう。

よく確認はしていませんでしたが、簡素な部屋の中で唯一整頓が行き届いていなかった机の上には仕事用の書類と思われるものがいくつもありましたから、この身体の持ち主はなかなかのエリートさんなのかもしれませんね。

身体も長らくちゃんとした運動をしていないようで錆びついてしまっているようですが、学生時代に何かを齧っていたのかそこそこの筋力量はあるようです。

もし、この入れ替わりが続くようであれば最高のパフォーマンスを発揮できるように研ぎ直してあげるのもいいかもしれません。

そんな不確定すぎる未来予想図を描きながら、洗面所で備え付けの鑑で顔を確認します。

 

 

「何と‥‥」

 

 

洗面所の鏡に映る男性の顔は、私の良く見知った人物のものでした。

初見では相手に威圧感を感じさせる目つきの悪い仏頂面、うちのマスコットキャラクターである『ぴにゃこら太』に似ていると一部では言われていますが、あちらの方が愛嬌があるでしょう。

先程思わず言葉を漏らした時に、何かひっかかりを覚えたのはこの身体が武内Pのものだったからなのですね。

実は私を驚かす為に皆が画策した盛大なドッキリであり、これも顔を洗えば落ちてしまう特殊メイクか何かではないかと思い顔を洗ってみましたが、何も変わりません。

まあ、寝ていたとはいえ私の感知スキルの警戒網を抜けてそんなことできる人間が居るとは思えませんし、それであれば見稽古が失われていることに説明が付きませんから。

身近な人間と入れ替わってしまうというのもネタとしては王道展開を爆走するものではありますが、本当に勘弁してほしいですね。

しかし、入れ替わった先が解れば対応も容易になります。

水の滴る顔をタオルで拭い、ベッドのあった部屋に戻りスマートフォンを探しました。

枕元で充電されていたスマートフォンを手に取り、少し斜めにして皮脂の跡と記憶にある武内Pの指の動きからロックナンバーを推理してロックを解除します。

そして、自身のスマートフォンの番号を入力して発信しました。

規則正しく繰り返される発信音が数度続いた後、突然通信が途絶された無情な音が聞こえてきます。

これは何かしらあったのかもしれませんね。念の為に固定電話の方にも掛けてみましょう。

 

 

『‥‥はい、もしもし』

 

 

長い発信音の後にようやく繋がった電話の向こうから聞こえてきたのは、間違いなく私の声でした。

普段自分が話している時に聞こえるものとは若干違う感じはしますが、そこは自己認識との差なのでしょう。

声から伝わってくる緊張している様子から、通話している相手は私と入れ替わってしまった武内Pであると確信します。

 

 

「単刀直入に聞きます。貴方は武内Pですね?」

 

『‥‥はい』

 

 

絞りだすようにして出てきた言葉には、未だ混乱の色が隠しきれていません。

非常時において人格や感情を切り離して、問題解決の為に理に従うことのできる精神構造を持った人間なんてそうそういないでしょうから仕方ありませんね。

特に武内Pのような堅物で融通の利かない人物であれば、尚更でしょう。

だからと言って、問題解決への努力を疎かにしていいわけではありませんので、余裕がある私が主導するしかありません。

 

 

「となると、私達は入れ替わってしまったという事が確定したわけですが‥‥何か身に覚えは?」

 

『ありませんね』

 

「ですよね」

 

 

人類の極限に位置しているという自負のある私ですが、こういった超常現象(オカルト)は門外です。

そういったことに詳しそうな白坂ちゃんや鷹富士さんであれば何かわかるのかもしれませんが、それは今後の方針次第ですね。

黙ったままでいるというのは不可能に近いでしょうが、徒に広めるのは悪手以外の何物でもありません。

特にちひろを筆頭とした恋愛法廷面子にばれたら面倒くさいことになるのは間違いないですし、法廷面子には入っていませんが懸想しているアイドルは何人かいます。

完全な無自覚なのでしょうが、いったいどこまでフラグを立てる気なのでしょうね。

節操がないと言われるハーレム系の主人公ですら、もう少し自重という言葉を知っていますよ。

 

 

「さて、これからどうしましょうか?」

 

『専務や今西部長には相談した方が良いかと』

 

「なるほど」

 

 

確かに大きな騒ぎを起こさずに事態を収束させるには、相応の影響力を持った人間の庇護下に入るのが一番でしょう。

芸能部門を統括している美城専務であれば、何かしらの事例という形である程度落ち着くまでの時間稼ぎをしてくれるでしょうし、昼行燈は言わずもがなその独自の交友関係から有効な対策手段を見つけてくれるかもしれません。

正直に言うとあの2人、特に昼行燈に借りを作ってしまうと後でどんな無茶な要求をされるかわからないので避けたい所ですが、選り好みできる状態ではないので背に腹は代えられないでしょう。

 

 

『渡さん‥‥1つお聞きしたいのですが‥‥』

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

必要なことは臆面無く伝えてくる武内Pにしては歯切れが悪いですね。

もしや、身体を触ってみたり、色々確認してみたりしてしまったのでしょうか。

現状把握の為に必要な措置ですし、触っているのは第三者ものではなく私自身の手ですから問題ありません。

それに王道展開としてはもっと女性らしい身体つきをした美少女と入れ替わったからこそその身体に触ることに役得感が生まれるわけで、筋肉で構成された私のチートボディなんて触れてもそんな感情を抱くことはできないでしょう。

 

 

『普段、日常生活をされるにあたって、力加減等どうされているのでしょうか?』

 

「どういうことですか?」

 

『本来なら連絡が取れた時点で謝罪するべきことでしたが‥‥申し訳ございません、渡さんのスマートフォンを壊してしまいました』

 

「なんと‥‥」

 

 

あの通信途絶の裏ではそんなことが起きていたのですね。

武内Pは心底申し訳なさそうに謝ってきましたが、このような超常現象が起きているのですからこの程度は割り切りましょう。

こんなこともあろうかとデータのバックアップは定期的に取っていますから。

しかし、スマートフォンを破壊してしまうとは、もしかして入れ替わってしまったことで普段自身に課しているリミッターがすべて解除されているのでしょうか。

だとすれば、チートボディが扱いづらいじゃじゃ馬と化しているでしょう。

一般人の認識から私のチートボディを動かそうとするのは、軽自動車で運転に馴れたドライバーがF1で世界記録更新を目指すようなレベルですから。

 

 

『それに五感が鋭すぎて、酔ってしまいそうです』

 

 

私の秘密(チート)についてばらしたくはないのですが、このままでは武内Pは何もできないでしょうから緊急措置としてリミッターの掛け方だけでも教えておくべきでしょう。

 

 

「‥‥とりあえず、対処法を教えますから落ち着いてください」

 

『はい』

 

 

そう言われて簡単に落ち着けるのなら誰も苦労はしないので、波紋法等の様々な呼吸法をしてみるように勧めます。

身体能力系チートは身体の方が覚えているのか、やり方を教えるとすぐにできるようになりました。

元々は私の身体なのですが、教え甲斐が無くて面白みに欠けますね。

自身の規格外さ加減は自覚しているつもりでしたが、こうして第三者視点で認識できるようになるとまだまだ隔たりがあったのだと痛感します。

反省は元の身体に戻った時にしましょう。今は、武内Pにリミッターの掛け方を教えるのが先決です。

 

 

「では、これくらいで十分だと思える程度を想像してください」

 

『‥‥はい』

 

「できたら、それでどんなイメージでも良いのでそれをがっちりと固定させてください」

 

『はい‥‥これは!?』

 

 

驚愕しているようですから、リミッターを取り付けることには成功したようですね。

そうしないと話も進まないので上手くいって良かったです。

 

 

「大丈夫そうですか?」

 

『はい。これなら何とかなりそうです』

 

「では、これからについて少し話し合うとしましょうか」

 

 

さてさて、この入れ替わり生活が平和に進むように色々頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

「いやいや、最初に聞いた時には何の冗談かと思ったけど、どうやら本当みたいだね」

 

 

あれから電話で今後の対応について協議した結果、私の身体に入っている武内Pには休みを取ってもらうことになりました。

突然、女らしさの欠片もないですが一応生物学的上は女体になってしまった動揺と混乱が続く武内Pに私を演じ切ることは難しいと判断したからです。

私の方は、演技力が精神系チートと判断されたようで、殆ど問題なく怪しまれることなく出社することができました。

私も武内Pも元々が丁寧口調なので、そこから少し不愛想で無口になればいいだけだったのでそこまで苦労はありませんでしたね。

シンデレラ・プロジェクトのルームには顔を出さずそのままの足で屋上庭園に向かい、事前に連絡を入れていた昼行燈と落ち合い今に至ります。

最初は私の演技に疑っていた昼行燈でしたが、演技を解除して状況報告と出勤中に考えておいた対策案をいくつか挙げながら話し合っていると私であるとわかってくれたようでした。

その理由が『彼にこんな人の善性を利用する腹黒い案を思い付くとは思えない』という遠まわしで貶されている物なのが少々納得できませんけど。

緊急事態なのですから、使えるものは何でも使わないと損です。

勿論、利用するだけ利用して必要なくなれば使い捨てるような外道な真似をするつもりはありません。

アフターフォローも万全にして利用されたことに気が付かせず、尚且つ相手にも報酬に当たるものを用意してお互いが満足するWin-Winな関係でいることが一番ですから。

 

 

「なので、今西部長からは専務への説明と上層部に対する働きかけ、武内Pに対するフォロー等を頼みます」

 

「おやおや、随分人を扱き使ってくれるじゃないか」

 

「これくらいのことで、そう思うような部長ではないでしょうし‥‥それに、こうした悪巧みは嫌いではないでしょう?」

 

 

その筋の人間にしか見えない物騒で挑発的な表情を作りそう言うと、昼行燈は臆するどころかとても愉しそうな笑みを浮かべました。

片手に持った紫煙を漂わせる煙草も相俟って危険な賭け事を心底愉しむ博打打(ギャンブラー)の類にしか見えません。

昔は賭け麻雀で美城会長から負けた分のつけを無くす代わりにと色々と暗躍していたらしいので、あながち間違ってはいないのでしょうね。

 

 

「まあ、貸し1にしておいてあげるよ」

 

「わかりました」

 

 

危険な笑みを浮かべてそう言われると、今後要求されるであろう無茶ぶりが待ち受ける未来に軽く絶望してしまいそうになりますが、必要経費として割り切ると決めたので今更覆すつもりはありません。

昼行燈への根回しが終わったので、さっさと武内Pに頼まれていた仕事をこなしに行きましょう。

この身体では殆どのチートが使えなくなっているので作業時間もいつもの数倍はかかると仮定した方がいいでしょうし、プロデューサーとしてアイドル達に同行する必要もあります。

無理をして使い潰すような真似をしてしまえば、武内Pにもそして懸想するアイドル達にも申し訳ありません。

ですから、小市民的な感性を持って細々と分相応な業務に励むとしましょう。

 

 

「では、私は業務に戻ります」

 

「そうかい、私はこれを吸い終えてからにするよ」

 

 

『自分の演技力を過信し過ぎないようにね』という忠告に頷いてから、プロジェクトルームを目指します。

精神系チートは使えるようですが、見稽古を失った現状においてどれほど効果を発揮するのかは完全な未知数ですから過信や慢心なんてできません。

恋する乙女達の観察力は、素で私に迫るものがありますから。

途中で、ふとあることを思い出して足を止めて、顔だけ昼行燈の方を振り返ります。

 

 

「部長、今は全館禁煙ですよ」

 

「おっと、しまった。まだ、そうだったね」

 

 

まだという事は、既に全面禁煙解除による分煙化とする決定を勝ち取っているのでしょうね。

あの煙草を百害あって一利なしと断じている堅物専務から、それを引き出すとはいったいどんな魔法を使ったのでしょうか。

知りたいと思う気持ちもありますが、好奇心は猫を殺すとも言いますし下手に近づいて恐ろしい深淵に引きずり込まれてはかないません。

引き際を弁えているというのが、組織の中で下手に目立たず平穏に過ごして行けるのです。

私もそれ以上は何も言わずに屋上庭園を後にしました。

エレベーターに乗り込みプロジェクトルームのある階層のボタンを押します。

一度は地下の物置を改装した部屋にまで落とされたシンデレラ・プロジェクトでしたが、舞踏会の成功やその後の活動功績によって再び最初期に使っていた部屋に戻ることができました。

あの部屋を気に入っていたメンバーも多かったのですが、着実に知名度が上がってきているシンデレラ・プロジェクトをいつまでも冷遇していると思われては美城の面子にも関わります。

企業の看板という面子は見えないものですが、それ故に大切な物であり個人のケチな領分で汚してしまっていいものではありません。

汚してしまうのは簡単であり一瞬でもできてしまいますが、それを拭い去るには数倍から数十倍、もしくはそれ以上の途方もない時間を要するのです。

まあ、この辺の大人の世界は未成年者が殆どのアイドル達に理解しろと言っても難しいでしょう。

そんな詮のなき事を考えていたら、あっという間に目的の階層に到着し扉が開きます。

 

 

「あっ、プロデューサーさん。おはようございます」

 

「おはよう‥‥ございます‥‥」

 

 

扉の向こうにはかな子と智絵里の2人が居ました。

無垢な笑顔に迎えられると、それだけで幸せな気持ちで一日を過ごせそうですね。

『Power of smile』という言葉が幻想やまやかし等ではなく、ちゃんとこの世界に存在しているのだと確信させてくれる素敵な笑顔に私の悩みがどうでもよく思えてしまいます。

実際、そんな事はなく現実逃避にしか過ぎないのですが、気にしてはいけません。

 

 

「おはようございます。ち‥‥御二人は、今からレッスンですか?」

 

 

いつもの癖で名前呼びしそうになりましたが、寸での所で踏みとどまり言い直します。

笑顔で毒気が抜かれてしまった所為か気が緩んで演技が解けかかっていたようですね。

やはり、精神は完全に入れ替わっていても武内Pの身体ではチートを万全に発揮はできないようで、気を抜いてしまうと襤褸を出してしまうかもしれません。

もっと気を引き締めていかなければ。

 

 

「はい、今度のシンデレラガールズでやるライブの特訓です」

 

「皆が揃うのは‥‥久しぶりですから‥‥」

 

 

シンデレラ・プロジェクト改めシンデレラガールズと呼ばれるようになったメンバー達は、今や美城の看板を支える支柱の1つにまで成長し、様々な方面から引っ張りだこで、なかなか全員が揃うことがありません。

結成当初からここまで考えていたのかはわかりませんが、シンデレラガールズ達は特化した得意分野等を持っていて、それが絶妙なバランスに仕上がっているのです。

約1名、私の指導や自由(フリーダム)な親友の対応等の所為で、どんな仕事でも良い成果を出す汎用性の高いことから『(未来の世界の)ネコ(型ロボット)系アイドル』と呼ばれるようになってしまった娘もいますが。

それはさて置き、そういった理由からもシンデレラガールズは芸能部門上層部から『こなせない企画はないであろう』と言われるくらいの絶大な信頼を得ていました。

 

 

「そうですか、くれぐれも無理はされないでください」

 

「「はい!」」

 

 

かな子は以前無理なダイエットに挑戦して体調を崩したこともあったそうですが、後輩アイドルのフォローもきちんとできる頼れる先輩アイドルとなった今はそんなことはしないでしょう。

智絵里も引っ込み思案な性格は大きく変わっていませんが、それでも新しいことに対して積極的に挑戦していくなど成長している部分もあり、今でこそ慣れましたが最初はこれが子離れというものなのだろうとしみじみ思いました。

そんな事を少しやけ酒気味にいつものメンバーに言ったら笑われるどころか、呆れられてしまいましたね。

今となっては良いとは言えませんが、思い出の1つでしょう。

いつまでも話している訳にもいかないので、レッスンルームへと向かう2人とは別れて私はプロジェクトルームを目指します。

とりあえず武内Pから頼まれていたのは、いくつかの書類作成とお昼からのニュージェネレーションズが出演するドラマの撮影への同行でしたね。

ドラマの撮影はほぼ1日仕事で夕方までありますが、丁度近くラブライカが参加しているイベントの方もあったはずなので折を見てそちらにも顔出しをしておきましょう。

現在時刻は8時半前で、ドラマの撮影現場は美城本社からも近いので11時前に出発すれば余裕を持って現場入りすることができますね。

つまりは2時間半程度の時間的余裕があり、武内Pの身体になって作業効率の低下があったとしても頼まれた書類作成を終わらせても御釣りが出る位です。

ですから、ここは頑張って私で処理しても構わないような仕事を終わらせておいてあげましょう。

武内Pは放っておくと直ぐに色々と背負い込んでしまって、1人で無茶をしてしまいますからね。

アイドル達が手伝おうとしても遠慮ばかりをして、逆に心配をかけています。まあ、完全に断っていた最初期に比べれば幾分かお願いするようになったのは進歩なのでしょう。

ですが、あまりにも続くようであればここは私が如何に1人の人間でできることの範囲が狭いかを説いてあげる必要があるかもしれません。

まったく、不器用な後輩を持つと苦労しますね。

自身を顧みない頑張りは徒に周囲に心配をかけるだけですし、それが懸想している者であれば募る思いは倍増ではすまないでしょう。

プロジェクトルームにある武内P用のデスクに腰掛け、気合を入れます。

 

 

「さて、頑張りましょうか」

 

 

色は思案の外、不羈奔放、不言実行

武内Pに平和な日々が訪れるように先輩として一肌脱ぐとしますか。

 

 

 

 

 

 

「プロデューサーさん、今いいでしょうか?」

 

 

想定よりも時間はかかりましたが、頼まれた書類作成を終えて武内Pの負担を軽減すべく、軽食用に持ってきておいたおにぎりを摘みながら作業をしていると、扉がノックされその向こうから卯月が声が聞こえてきました。

まだ9時半を少し過ぎたばかりであり、出発する為の合流には早過ぎるでしょう。

もしかすると、何かしらのトラブルが起きた可能性もありますが、卯月の声からはそのような事態が感じられる緊迫したものはありません。

 

 

「どうぞ」

 

 

ここで無駄に頭を働かせても仕方ありませんから、口に入っていたおにぎりを飲み込んでハンカチで口回りを拭って身嗜み整えてから、卯月を招き入れます。

何処か緊張した声色で失礼しますと言いながら卯月が入ってきました。

心なしか頬に赤みが差しているようですが、やはり同性である私と異性で懸想している相手である武内Pの前では色々と違うのでしょう。

後ろ手で何かを隠しているようですが、殆どのチートが使用不能となっている現在では判別することができません。

チートが使えれば反響定位で隠されているものの大きさ等を判別でき、そこに極限強化された聴覚と嗅覚を組み合わされば凡その特定ができます。

 

 

「どうかされましたか?」

 

「え、ええと‥‥その‥‥」

 

 

可愛らしい少女が恥じらう姿というものは、どうしてこうも背徳感的な何かがあるのでしょうね。

入れ替わりによって肉体は男性のものとなりましたが、私にその気はありません。

ですが、こうも色々と滾ってしまいそうな姿を見せられてしまえば、ほんの少しくらい揺らいでしまう事もあります。

このような邪な感情を抱いてしまうのも肉体に精神が引かれているからでしょうか。

女性に興味がないのかと疑われてしまうくらいに、悉くアイドル達からの秋波を見事に受け流す武内Pなのでそんなことはないと思いたいですが、読心系のチートが存在しない以上は心の奥底に秘められた内心は誰にもわかりません。

私も転生や見稽古というチートについてやそれによる心内を誰にも語ったことはないので、感付いている人すらいないでしょう。

 

 

「あっ‥‥」

 

 

そんな些末なことを考えていると、卯月の視線がある所で止まります。

視線を辿った先にあったのは食べ掛けのおにぎりでした。

入れ替わりよるごたごたによって朝食を準備する時間もなく、武内P宅の冷蔵庫には使えそうな食材が殆ど無かったのです。

なので、唯一あった炊飯器で保温状態だった昨晩の残りと思われるご飯に冷蔵庫にあった鮭フレークを詰めておにぎりにしただけという簡単なものしかできませんでした。

朝食を含め、食事に関してはきちんととるようにしている私にとっては許しがたいことであり、これは先の件も含めて少しオハナシしなければならないでしょう。

健全な肉体を保つ為にはバランスの良い食生活が欠かすことはできません。

若いうちは粗食でも耐えられるかもしれませんが、これを疎かにした代償は肉体的に衰えだす頃になって時限爆弾のように爆発するのです。

武内Pの食生活改善計画を実施するのは確定ですが、これを単独で実施しようとすると恋愛法廷行きが目に見えていますから、ちひろ達も巻き込みましょう。

問題は、その情報をどうやって流そうかという事ですが、状況を見ながら上手くやるしかありません。

 

 

「プロデューサーさん、それは?」

 

「今朝は少々立て込んでいまして、朝食が取れなかったもので」

 

「そうなんですか」

 

 

別に隠し立てするようなことでもないので正直に答えると、卯月は何故か天運に恵まれたと喜色に満ちた笑みを浮かべます。

いったい、何がそこまで嬉しいのでしょうか。

 

 

「あの‥‥私、じ、実は‥‥その‥‥お、お弁当を作ってきたんです」

 

 

卯月が差しだしてきたのは、ピンクのチェック柄をした可愛らしいお弁当袋でした。

緊張しているのか固く目を瞑ってお弁当袋を差し出している卯月の姿に、心の奥から優しく温かくなるような何かが溢れてきます。

漫画みたいに絆創膏が手に巻かれているなんてことはありませんが、卯月の事ですから今日の為に随分前から頑張って練習や準備をしてきたのでしょう。

折角勇気を振り絞って渡しに来たというのに、その相手が武内Pではなく入れ替わった私というのが申し訳なく感じてしまいます。

朴念仁な武内Pなら、アイドルから個人的にお弁当を作ってもらうなんてことはプロデューサーとしてあってはならないことだと遠慮するでしょう。

しかし、私は卯月の様々な思いが詰まったお弁当を断ることなんてできません。

 

 

「ありがとうございます、島村さん。今、いただいてもよろしいでしょうか?」

 

「はは、はい!勿論です!」

 

 

受け取ってもらえるか不安だったのでしょう、私がそう言うと卯月は嬉しそうにお弁当袋を手渡してくれました。

卯月も隣に立ちっぱなしというのも辛いでしょうから、デスクから面談や来客対応時に使用するソファの方に移動します。

対面ではなく、ちゃっかり隣に腰掛けるのは計算づくの行動ではなくて、持ち前の天然さの発揮でしょうね。

武内Pなら何か言ったかもしれませんが、中身は私なのでこれくらいは気が付かないふりをしてあげましょう。

袋の中に入っていた弁当箱は真新しい男性用の少し大きめのものであり、恐らく武内Pに渡す為だけに購入したものなのでしょうか。

蓋を開けると、真ん中に大ぶりの梅干しが置かれた白く輝くご飯に、美味しそうな焼き目のついた卵焼きの黄色、ブロッコリーや葉野菜とほうれん草の胡麻和えの緑、細切り人参サラダの橙、張りの良いプチトマトの赤、そしてメインとなるお弁当用にしては大きめに作られたハンバーグの圧倒的な存在感。

色見も美しく、またその配置も絶妙であり、食べなくても美味しいというのがわかります。まあ、しっかり味わわせていただきますが。

 

 

「では、いただきます」

 

「ど、どうぞ‥‥」

 

 

いつまでも見蕩れていては固唾を呑んで見守っている卯月が、緊張でオーバーヒートしてしまいかねませんのでいただくことにします。

どれから手を付けたものかと悩みますが、ここはやはりメインを張っているハンバーグからいくのが一番でしょう。

朝に焼いてそれほど時間が経っていない為か、箸で容易に一口大にすることができ肉汁も抜けきってはいないようです。

口に含み噛みしめると適度な硬さを残しつつ容易に崩れていき、一口噛む度に美味しい肉の旨味が溢れてきました。

飴色になるまでしっかり炒められた玉ねぎの甘みに粗びきのブラックペッパーが気持ち強めに利かされていて、肉の風味を損なうことなく押し上げていて美味しいの一言につきます。

ケチャップをベースに数種のソース類を混ぜて作られた甘めの特製ソースとの調和も素晴らしく、昔私がちひろやまゆと一緒に作った男性向けハンバーグとは違い、これは本当に女の子が作ってくれたハンバーグという感じがしますね。

きっと、これは島村家のハンバーグをベースに武内Pの好みに合わせて調整を加えられた一品なのでしょう。実に武内P好みの味に仕上がっていました。

武内Pの食の好みを9割5分近く把握しているという自負のある私が断言するのですから、まず間違いありません。

 

 

「どう‥‥ですか?」

 

 

ハンバーグを味わうことに集中し過ぎていたようで、卯月の不安そうな声でようやく戻ってくることができました。

思い人に目の前で自身の手料理を食べてもらい、美味しくできているかなと不安になるいじらしい乙女心に抱きしめたくなる衝動を抑えます。

そんなことしてしまえば、武内Pが今まで築き上げてきた信頼関係諸々を粉砕してしまう事になりかねません。

 

 

「とても美味しいです」

 

「ほ、本当ですか?嘘じゃないですよね!?」

 

「はい」

 

 

演技を続ける必要性が無ければ、もっと気の利いた言葉を言っているのですが、饒舌な武内Pというのも想像できないのでこれくらいが丁度良いのでしょう。

 

 

「えへ、えへへ‥‥嬉しいです」

 

 

両手を頬に当てながらはにかんだ笑みを浮かべる卯月は、控えめに表現しても大天使クラスの神聖さがありました。

笑顔に人一倍の並々ならぬこだわりのある武内Pが、特に笑顔が素晴らしいと称賛するわけですよ。

だから、演技を忘れてつい卯月の頭を撫でてしまった私は悪くありません。

 

 

「ぷ、プロデューサーさん!?」

 

 

慌てて手を引きますが、時すでに遅しであり卯月の顔は真っ赤になって百面相状態になっていました。

さてさて、早速やらかしてしまいましたがどう誤魔化しましょうか。

なるべく波風立てぬ穏便な対応でなかったことにしたいのですが、この様子からは難しいと言わざるを得ないでしょう。

 

 

「‥‥不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」

 

 

とりあえず、武内Pっぽく謝ってみましたが望むような効果が得られるとは思えません。

 

 

「ふ、不快だなんて!そんな事ありません!!」

 

 

大声で否定する卯月に気圧されることはありませんが、この声を聞きつけて他のアイドルや他の職員が駆けつけてこないかと冷や汗が流れます。

この状況を見られると色々と誤解されてしまい、言い訳も通用しないでしょうから。

他の職員であれば強い衝撃等を加えれば記憶を飛ばすことができるでしょう。簡単な技で飛ばなければ、最悪尊大な閃光(アロガント・スパーク)の使用解禁も視野に入れなければなりません。

しかし、一番厄介なのは他のアイドルに見られた場合ですね。

暴力的な解決方法も取れませんし、様々な要因が絡み合って均衡を保っていた武内P恋愛包囲網のバランスが崩れてしまえば、何が起こるか私でも予想がつきません。

さて、こんな危機的状況をとある無教会主義の先導者の名言を少し改変して表現するのであれば。

『入れ替わり生活が始まるや否や、そこに危険がある』

 

 

 

 

 

 

 

この時、チート能力の低下によって気が付いていなかったのですが、卯月のやり取りのほぼ最初からを凛に見られており、後日仁義なきお弁当戦争の火ぶたが切られるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幸福というものは、一人では決して味わえないものです

どうも、私を見ているであろう皆様。

最近、周囲が私のチート倉庫から色々と引き出そうとしているのではないかと思いましたが、それは今に始まったことでもないので気にするだけ無駄でしょう。

セッションを通して友誼を結んだ夏樹ですが、隙あらば私をロッカーへと導こうとしてくるので油断なりません。

まあ、本人的にはそういった意図は一切なく、ただ単に最高の音楽を楽しみたいだけなのでしょう。

そんな若さ溢れる熱意に影響され菜々も昔取った杵柄を披露したくなったのか、うちにL○DWIGや○AMAHA等各種メーカーのドラムセットのカタログやかなり使い込まれた跡のあるスティックが置いてありました。

見稽古というチートのお蔭で、私はベースでも世界最高クラスのベーシストと同じパフォーマンスを発揮できますから、3人編成(スリーピース)でのバンドなら組めるでしょう。

ですが、どうやら夏樹は私のギターを大層気に入ってしまったらしく、どうしても私にはギターをやってほしいそうなので組む為にはベーシストの捜索が急務ですね。

それなら、いっそのことキーボードも入れて表現方法の多様性を追求してもいいかもしれません。

アイドルで構成された本格派ロックバンド、提案書を纏めてあの昼行燈に提出してみたら意外と好感触を得られるでしょう。こういった、遊び心溢れる試みは大好物のようですから。

しかし、ロックバンドを組むのであれば李衣菜も入れてあげたい所ですね。

音楽の世界に身内贔屓をやってしまうと碌なことにならないというのは重々承知していますが、今はまだ歩き出したばかりでも自分の思うロック像を追おうとする直向きで純真な瞳を裏切りたくないという気持ちもあるのです。

初心者に二足の草鞋を履くのはあまりよくない選択だとわかっていても、ギターと並行してベースも仕込んでおくことも検討しておきましょう。

無論、世界最高峰のギターテクニックを伝授指導することについても一切手を抜くつもりはありません。

さてさて、そんな私たちの音楽事情はさて置き、本日は私達ソロCD発売記念イベント当日です。

サンドリヨンの2人で一緒の舞台でイベントを行っても良かったのですが、曲の方向性の違いからくる会場飾りつけ問題や私のファンの特異性が高いこと等様々なことを考慮した結果、別々の会場で行うことになりました。

ちひろのファン層は男性比率がやや高めとごく普通の王道的な女性アイドルのものですが、私のファン層は圧倒的な男性比率でしかも舎弟や堅気っぽくない人、女性ファンも社会人になればもう二度と会うことはないだろうと思っていた例の子やそういった気のあるっぽい人と思わず顔を覆いたくなるレベルです。

そりゃ、346も隔離措置を取りますよ。私だって、そうします。

ちなみに、きちんと同行できるように時間を確保していた武内Pはちひろの方につくように仕向けました。

これで私の方に来られでもしたら恋愛法廷開廷待ったなしでしょうから。

 

舞台袖から観客席の様子を確認してみましたが、誰も騒ぐことなく列を乱さず整列しておりアイドルのイベントというより極道か何かの襲名披露式のような感じがします。

最前列は舎弟の中でも幹部クラスと呼ばれていた人間や例の子といった濃い面子が並んでおり、正直今からでもこの話をなかったことにできないかと思うくらいですよ。

その後列には手作りとは思えないレベルの横断幕がいくつも掲げられていますし、本当に悪目立ちしています。

確かに過去に裁縫とかが得意だった子や興味のある子に技術を伝授指導しましたが、まさかこうも恩を仇で返すような真似で返ってくるとは思いませんでした。

本人達には悪気など一切なく、ただ純粋に私を応援する為に最高のものを作ってくれたのでしょうが、どうみても暴走族や極道の旗です。

ファンシーな色遣いにハートなどの柄をあしらってあり、偶に顔写真が入っていることもある一般的なアイドルを応援する時のそれとは全く別物ですね。

というか、新人アイドルのソロCDイベントなのにいくつもフラワースタンドがあるのはおかしいでしょう。

しかも、どれもこれも細部にまで拘っており、このような細かい注文を付けたカスタムフラワースタンドは確実に1万なんてレベルでは済まないでしょうね。

一般客の皆さんが引いていますが、決して堅気の人には手を出さないように躾てあるので問題を起こす人間が居ないのが幸いでしょう。

もし居たら、ちょっとオハナシしないといけませんが。

 

 

「ねえ、七実」

 

 

私の横で同様に客席の様子を覗いていた片桐さんが若干引きつった顔をしながら尋ねてきます。

今回は私の最終決戦装束に合わせて町娘のような恰好をしている片桐さんですが、その小さな身体に似合わぬ自己主張の激しい2つの山の所為で、なんだかイケナイ感じがしますね。

前職の経験から私側のイベントの応援要員として派遣された片桐さんでしたが、結構荒事経験のある元警察官が顔を引きつらせるとは、私の舎弟達はいったいどこに向かおうとしているのでしょうか。

この状況下において何について尋ねられるかは、赤ん坊でも分かるくらいに簡単にわかりますが、願わくは外れて欲しいものですね。

 

 

「‥‥はい」

 

「あんたって、元ヤン?」

 

「‥‥一応、学校では優等生でしたよ」

 

 

成績も学年トップクラスを維持し、校内の様々な活動にも従事し、教師達が把握している部分においては校則違反はなく、手を焼いていた不良グループをある程度更生させ、生徒会長も務め各部活動を全国大会へと導いた生徒。

ほら、どこからどう見ても完全無欠の優等生でしょうに。

 

 

「いや、でもアレって」

 

「ほら、行き過ぎた親衛隊みたいなやつですよ。‥‥本当に、そうであってほしいです」

 

 

絶対に今回の件が切欠で私の黒歴史時代についての追及が強まるでしょうね。

正直、黒歴史が開帳されたらアイドル引退及び美城退社も已む無しと思っていますが、なるべくならその手段は取りたくないです。

ですが、あのやらかし過ぎた黒歴史を知られてしまえば、引かれるなんてレベルではないでしょう。

舎弟達も私が最低Cランク大学に合格するレベルの知識や色々を叩き込んでおきましたし、仲間(ファミリー)を決して裏切らないという鉄の掟を定めていますからマスコミ関係者達の口車に乗せられる愚か者はいないはずです。

 

 

「筋者じゃないわよね?だったら、シメるけど?」

 

 

その目はアイドルのものではなく、警察官の鋭いものに変わっていました。

普段は童顔で明るい片桐さんですが、こうして真面目な表情をしていると凛々しさと身長に似合わない頼り甲斐というものを感じます。

現職時代は性別問わず慕われていたのでしょうね。

 

 

「違いますよ。流れ者(アウトロー)気取りの元不良達が主ですが、人の道から外れるような真似や堅気の人に迷惑をかけることはするなと厳命してますから」

 

「‥‥七実。アンタ、ホントに過去何やってたのよ」

 

「その質問、黙秘します」

 

「というか、堅気とか言ってる時点で何かしてましたって白状してるようなもんじゃない?」

 

 

流石、警察官。見事な推理力ですね。

どれだけ頑張って痕跡を消したつもりでも過去というものは、人間の真の平和を雁字搦めにしてきます。

黒歴史時代はそういったことを一切考えることなく思うが儘に振舞っていましたが、その愚かさは今になって痛いほどにわかりますよ。

下手に否定した所で状況証拠が揃っており言い逃れはできそうにありませんから、適度に認めておいてそれ以上の追及をさせないようにするのが得策でしょう。

あの忌々しい昼行燈が浮かべるような含みのある笑みを浮かべるだけで濁します。

 

 

「まあ、あの身のこなしからして何かあるとは思ってたけど‥‥とんだ、大物みたいね」

 

「いえいえ、私はただの事務員系アイドルですよ」

 

「ああ、都市伝説扱いなあれ?」

 

「失敬な」

 

 

346プロダクションのアイドル一覧では、まだ私はちゃんと事務員系アイドルと表記されていますよ。

最近では昼行燈やアイドル部門の人間に加え、とうとう武内Pにまでプロフィールの情報改訂を打診され始めましたが、誰が変えるものですか。

 

 

「いやでも、もう諦めたら?」

 

「絶対にNOです」

 

「瑞樹から聞いてたけど、意外と頑固よね」

 

 

片桐さんは呆れたように溜息をつきますが、人間誰しも譲れない何かというものを抱えているのです。

 

 

「いいわ‥‥何かあったらお姉さんに任せなさい。きっちり、シメてあげるから」

 

 

ウィンクをしながら力こぶを作ってみせる見せる片桐さんは、どう見てもおませな子が背伸びしているようにしか見えませんね。

それを言ってしまうとむきになって私をシメようとして、どちらかが諦めるまで終わらないエンドレス鬼ごっこが開幕してしまうでしょうから胸の内に秘めておきましょう。

 

 

「お姉さんって、私の方が上ですからね。年齢的にも、外見的にも」

 

 

言葉にしてしまうと悲しいのですが、346プロダクション所属アイドル最年長のようなんですよね。

元々アイドルデビューするには遅すぎる年齢でしたから、仕方ないと言えば仕方ないのですが、いざ『最年長』という言葉が付けられるとなかなか心にくるものがあります。

転生経験があるので、あまり年齢には頓着してはいなかったのですが、ダメージを受けるあたり私もまだまだ女性としての自覚が残っているのかもしれません。

アイドルとして必要最低限の女子力は備えているつもりですが、女性らしさについては皆無に近いので忘れていただけなのでしょうか。

 

 

「私だって、好きでこんな童顔じゃないわよ」

 

 

不満そうに頬を膨らませると更に年齢に大幅なマイナス補正がかかりそうですね。但し、胸部搭載の大型耐衝撃装甲×2を除く。

 

 

「いいじゃないですか、童顔。瑞樹が『早苗ちゃんは、アンチエイジングの必要がなさそうで羨ましいわ』って言ってましたよ」

 

「失礼ね、これでもお肌にはきちんと気を使ってるわよ!」

 

 

これについては正直驚きました。

片桐さんの肌は30手前の女性とは思えないくらいにはりと潤いに満ちていて、触ったら病みつきになる程に依存性の高い仁奈ちゃんのもち肌に匹敵すると瑞樹が豪語していたので天然ものだと思っていました。

実際は水面下で頑張って足を動かしている白鳥のように、見えないところで頑張っていたのですね。

それならそれで、瑞樹がそのアンチエイジング術について根掘り葉掘り尋問しそうですが、矛先が私に向くわけではないので問題はないでしょう。

早速、今晩にでも伝えておいてあげなければ。

 

 

「それなら『七実の身体について研究したら、アンチエイジング技術は格段に進歩する気がするわ。化粧品部門の人に頼んでみようかしら』とも愚痴ってたわよ?」

 

「は?」

 

 

おい、バカ。やめましょう。

人様の身体を実験対象として売り飛ばそうなんて、これまで築いてきた友情に亀裂を入れるどころか、原子レベル分解する所業ですよ。

今までにも私の身体について調べようとした人間はいましたが、そういった人とは誠心誠意を込めてオハナシしたらそんな気持ちはすっかり無くなったようです。

確かに私のチートボディを調べれば色々と技術的な進歩が見込めるかもしれませんが、モルモットみたいになるのは御免ですね。

瑞樹も冗談で言っただけであって本気ではないでしょうが、念の為今度釘を刺しておきましょう。

 

 

「渡さん、もうすぐ始まりますんで準備お願いします」

 

「はい、わかりました。今の件については、後程で」

 

「はいはぁ~い」

 

 

さて、時間が来てしまったようなので覚悟を決めましょうか。

黒歴史開帳となるか否かは、今後の私の立ち回りに掛かっている部分が大きいので油断や慢心といった感情を抱く余裕などありません。

アイドルとして、一社会人として売り上げに貢献する努力も忘れず怠るつもりはありませんが、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に動いていきましょう。

全ては、私の平和な生活の為に。

 

 

 

 

 

 

『じゃあ、七実に登場してもらうわよ。出てらっしゃい!』

 

 

司会進行を務めてくれている片桐さんに促され、私は舞台袖から一歩踏み出します。

その途端に観客席の前5列が誰かが号令を掛けたわけでもないのに、恐ろしく統制が取れた乱れぬ動作で一斉に立ち上がり傾注してきました。

その無駄に無駄のない洗練された動きは、こうしたことに厳しいとよく言われる弟の職場においても通用しそうなくらいですね。

如何なる事態においても乱れず律し統制された集団は精強の証であると言ったのは黒歴史時代(過去)の私ですが、そんな言葉を社会人になった今現在においてまで引きずるのはやめましょう。

勢力が多くなってきた舎弟達の暴走を止める為とはいえ、訓示のように語ったのは失敗でした。

しかし、こんな展開を誰が予想できるというのでしょうか。きっと、神様だって不可能なはずです。

それでもアイドルとして表情を歪めるわけにもいきませんし、反応すると舎弟達を調子づかせてしまう可能性があるので、あえて視線を向けることもなく当然のものとして流しましょう。

足早になることもなく、昂ることもなく、全く気負いのない自然体で舞台中央へと歩みを進めます。

 

 

「うお、なんだこれ!?」

 

「えっ、これ仕込み?」

 

 

全く、一般客のファンの人達が突然のことに驚き混乱しているではないですか。

後、これが美城やイベントスタッフによる仕込みなら私としては大喜びなのですが、並んでいる顔ぶれ的にそれはあり得ないと嫌でも理解できます。

 

 

「馬鹿だな、七実さまのカリスマならこれくらい常識だろ」

 

「「確かに!!」」

 

 

そこで納得される当たり、ファンの中での私というアイドル像はいったいどんな存在になっているのでしょうね。

このような異常な空気においてのアイドルのCD発売イベントなんて、長い歴史のあるアイドル史を振り返っても類を見ないものでしょう。

私がチートを持って転生した人間だからか知りませんが、どうしてもっとこう普通に生きていくことができないものかと疑問に思います。

小市民的な内面しか持たぬ私が、なぜこんな目に合う必要がと嘆いたところで何も変わらないので考えないようにしましょう。

ステージの中央に到達した私はゆっくりと会場の方を向き、今にも歓喜の涙を滂沱の如く流しそうな舎弟達を睥睨します。

過去の教育の成果は失われていないようですから、余計な真似はするなと視線で訴えかけるだけで舎弟達は十全に察してくれるでしょう。

失神させてはまずいからと威力を弱めた威圧でしたが、それを受けて顔を引きつらせるどころか恍惚とした表情を浮かべている時点で色々と手遅れな気がしてなりません。

 

 

「この状況に聞きたいことは色々あるけど‥‥とりあえず、お客さん達に一言お願いするわ」

 

 

アイドル根性で必死にスマイルを保つ片桐さんに促され、ゆっくりと口を開きます。

 

 

「では、まず‥‥総員、着席。前列が立つと後ろの人達が見えないでしょうから」

 

 

私からの命令に、舎弟達は立ち上がった時と同様に全員がほぼ同じタイミングで椅子に着席しました。

しかも、ちゃんと後ろの席や立ち見の一般客の方達が見えやすいように配慮した座り方をしているあたりは、流石と褒めてあげるべきでしょうね。

 

 

「圧倒的な身内と言いますか、見知った顔ぶれが多いですが‥‥本日は私のソロCD発売イベントに来てくださり、本当にありがとうございます」

 

 

集まり過ぎた舎弟達の所為で私の黒歴史開帳の危機に瀕してはいるものの、こちらから一切強制することなくこれほどの人数が集まってくれたことについては感謝しています。

中には早々に休みが取れない激務なものや、融通の利かない仕事についている者もいるでしょうに。

そう思うと本当に『ありがとう』とそれしか言葉が見つかりません。

なので、その謝意をしっかりとそして簡単に示す為に深々と頭を下げます。

 

 

「俺の辞書の『最優先事項』の項目には、総長に関わることとちゃんと記載されていますから! 」

 

「今の俺らがあるのは総長のお蔭です!」「頭を下げられては、こっちが恐縮してしまいます!」

 

「やっぱり、今からでも私のお姉さんになってください!お母さんでも良いです!」

 

「教えて頂いた数々の料理で今の旦那を捕まえました!」「憧れの仕事に就くことができて、毎日が楽しいです!」

 

 

一部聞き捨てならないことを口走っている人間が居ますが、礼に礼で返されてしまうと気恥ずかしいですね。

思わずだらしなく緩みそうになってしまう表情筋達をきつく引き締め、最低限の威厳を失わないようにしてから頭をあげます。

改めて、観客席にいる舎弟達の顔を見ると、全員が武内Pも太鼓判を押すであろうとても輝いた笑顔を浮かべていました。

それを見ていると、黒歴史でしかないと思っていたあの魔王時代も存外捨てたものではなかったのではないかと勘違いしそうになってしまいます。

あの頃の私がしたことと言えば、人間讃歌を謳う為、諦めなければ夢は必ずかなうと証明させる為に並大抵ではない試練を課し続けただけなのですが、それでも感謝してくれるというのなら少し嬉しいですね。

まあ、だからと言ってあの魔王モードの封印を解くかと言えば、それはそれ、これはこれであり話は別です。

あれは今となっては過去の出来事であるから、ある程度美化されてそう思えるだけであり、これが現在進行形であれば取り返しのつかない存在に他ならないでしょう。

 

 

「今回、何の因果かこのような年齢でアイドルデビューを果たし、こうして自身で作詞してソロCDを出すに至りました。

本当に人生というのは何が起こるかわからないですが、でも‥‥だからこそ人生は面白くて退屈している暇なんてありません。そんな人生を皆さんも最大限に謳歌してください。

これ以上話そうとすると校長先生の話みたいに長くなってしまいかねませんので、とりあえず聞いてください

 

『拍手喝采歌合』」

 

 

予定をちょっと巻くような形になってしまいましたが、流れから考えるとここでトークを挟むよりも曲の披露に入った方がいいでしょう。

こんなこともあろうかと、あらゆる事態を想定して10通り以上のイベント進行プランを用意しており、スタッフ達もそれらを臨機応変に使い分けられる精鋭ですから、このくらいは問題にはなりません。

片桐さんもステージ上から去っていき、スタッフのOKサインを確認したのでゆっくりと歌い出します。

自身が作詞したと言ってしまいましたが、私は完成していたものを前世から持ってきただけであり盗作行為と大差ありません。

世界線が違うので訴えられたりすることはないでしょうが、それでも罪悪感というものは感じます。

他人の功績を横から掠め取るような真似をして、賞賛だけを受けようとするのですから小市民的な感性を持つ私にはなかなかの精神的ストレスですね。

転生者の中にはこういったことをまったく気にしない人もいるようですが、私が奪わなければこの世界の誰かが受けていたかもしれない幸福を奪ってしまったかもしれないというのは心にこびりついてきます。

転生して、チートまで貰って、ただでさえ幸福すぎるというのに誰かの幸福を奪っても良いのかと考えても限がないことでしょうが、思わずにはいられません。

 

 

「♪~~♪♪~~~~」

 

 

そんな事を考えながらも私の身体は、一切のクオリティ低下なく最高のパフォーマンスを発揮しています。

この世界おいて『拍手喝采歌合』の振り付けは私用に改造されており、ダンスというより虚刀流演武と音楽を融合させたエクストリーム・マーシャルアーツ(XMA)に近いものがあるでしょう。

一撃一撃に必殺の意志を込めた武術的な側面よりも、見栄えと繋がり重視の構成は『虚刀流 演武混成接続』とでも名付けましょうか。

見栄え重視とは言っていますが、これを一般的な耐久力しか持たない人達にぶつければ、勿論死にます。

七花あたりであれば、どうしても生まれてしまうコンマ数秒程度の接続間に生まれる隙を見逃さずに反撃してくるでしょうがね。

 

 

「3番隊、振り付け遅れてるぞ!」

 

「すみません!」

 

「お姉さんのイベント、無様な応援は駄目ですからね!」

 

「はい!」

 

 

アイドルとして本来なら観客の人達が楽しんでくれているか、その表情1つまで気にかけるべきなのでしょう。

ですが、正直見たくありません。

確かにイベント2週間前から私達のソロ曲のコール等については美城公式から発表されていましたが、それを舎弟達は気持ち悪いくらい完璧に仕上げてきています。

振り付けが遅れていると怒られている3番隊の人達も、色々と極まった私や余程振り付け等の細かい部分まで熟知している人間でなければ気付くことがない1秒にも満たない僅かなものでした。

全員で集まれる機会は皆無に等しかった筈なのに、どうやって時間を作ったのでしょうか。

後、応援団長を務めている2人は知名度のある人間なのですから、あまり目立った行動するとSNSで曝されて厄介事になりますよ。

 

 

「おい、あれって、キャッツの正捕手の白牙選手じゃね?」

 

「あっちも漫画家の黄瀬 真紀だろ!」

 

 

ほら、バレた。

しかし、本人達的には気にすることでもないように応援に集中しています。もしかしたら外野の声は余計なものとしてシャットアウトしているのかもしれません。

その集中力については称賛に値しますが、人間程々というものも学んだ方がいいですよ。

まあ、とりあえずここまで舎弟達が頑張ってくれているのですから、それを統べていた首領である私が頑張らない訳にはいきませんね。

一致協力、打って一丸となる、緊褌一番

このイベントが平和に終わらないことはわかっていたのですから、いっそ開き直りましょう。

 

 

 

 

 

 

「では、私と七実さんのソロCD発売を記念して‥‥乾杯!!」

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 

いつものメンバー+片桐さんは、それぞれが好みのビールのロング缶を打ち合わせます。

私達のソロCDイベント成功の打ち上げを開いているですが、本日は段々と侵食率が高くなっている私の部屋で行われることになりました。

普段であれば妖精社で行うところなのですが、店主の都合により臨時休業となってしまったので仕方ありません。

明日以降は通常通りに営業するそうなので、妖精社での打ち上げはまた今度にしましょう。

といった上記の理由から、他のメンバーを招いても余裕があり尚且つメニュー次第ではお酒以外の買い出しが必要ないほどに食材が揃っている私の部屋が、賛成多数という民主主義的数の暴力で可決されました。

酔い潰れたとしても背負って帰る必要がなく、その辺に転がしておいて何かかけておけばいいので後処理が楽で済むのはありがたいですね。

今日のお酒のお供は七実特製餃子です。

丁度良く寝かせておいた生地があったので皮から作り、餡もお酒に合うように少し大蒜を強めに利かせていますが大葉も少しだけ混ぜているので後味を爽やかにしてくれるでしょう。

またカロリー面にも配慮して野菜割合を味を損なわない限界まで大きくしているので、市販のものより幾分か抑えられています。

だからと言って、数を食べてしまえば無意味ですけどね。

ホットプレートで良い焼き音をさせて狐色の底面を覗かせている餃子は、今が食べ頃であると主張していました。

本場中国では餃子と言えば水餃子が一般的だそうですが、前世を含め生粋の日本人である私にとって餃子は焼き餃子です。

 

 

「ああ、もう最高!やっぱり餃子にはビールよね!」

 

「あつっ、口の中で肉汁が溢れ出すけど堪らないわぁ~~!」

 

 

瑞樹と片桐さんはその焼きたての瞬間を逃さず、既に食べ始めていました。

私も遅れを取るわけにはいきませんので、最高の焼き加減のものをいくつか見繕って自分の皿へと乗せてキープしておきます。

そこそこ大きなホットプレートを使っているのですが、一度に焼ける限界量が決まっていますので早急に確保しておかなければあっという間に無くなってしまうのです。

餃子自体は200個近く作ってあるので足りなくなることはないでしょうが、だからと言って譲ってあげる気などありません。

ちなみにこれとは別に、アイドルの部屋に上がるわけにはいかないと打ち上げ参加を遠慮した武内P分の餃子は用意してありますので明日にでも渡しておきましょう。

 

 

「ん~~!流石、七実さんですね!」

 

「菜々、肉汁が口元についていますよ」

 

 

溜息をつきながら餃子に夢中になり過ぎて汚してしまっている菜々の口元を拭いてあげます。

そこまで夢中になってもらえるのは調理者冥利に尽きますが、年齢的な事を考えるともっとしっかりしなさいと言いたくなりますね。

男性からすれば、こういった年上なのに庇護欲を擽るような女性の隙にぐっと来たりするのかもしれませんが、生憎同性の私には効果がありません。

 

 

「七実さん、紹興酒は何処ですか?」

 

「確かこの前の残りが冷蔵庫にあるはずです」

 

「はぁ~~い」

 

25歳児は、25歳児で自由に1人だけ紹興酒に入ろうとしています。

ロシアと道産子のハーフの自由の申し子であるアーニャと、まだ会ったことはありませんがフランスと日本のハーフで負けず劣らずの自由人と呼ばれている宮本さんと組んだりしたら大惨事が起きるのではないでしょうか。

それを止めに入らねばならないであろうみくの心労が大変なことになりそうですね。

最悪私が介入して止めなければならないでしょうが、そうならないように色々と手は打っておく必要がありそうです。

まあ、このフリーダム娘達を一緒のグループにしようと考える人はいないでしょうから杞憂で終わるでしょうがね。

 

 

「作ってていきなりテーブルを叩いて空中で餃子を握りだした時はビックリしましたけど‥‥ほんとに全部ちゃんと包めてるんですね」

 

 

ホットプレートの上が空になってしまったので、第2陣を並べながらちひろが不思議そうに言いました。

確かにあれは短時間で大量の餃子を握ることができるのですが、傍から見れば餃子を包んでいるとは思えないですからね。

見稽古しておいて良かったですよ、秋山式にぎり。

 

 

「ああ、あれは私もビックリしたわ」

 

「というか、なんであんなのできるの?普通落とすでしょ?」

 

「早苗さん、七実さんに常識は通用しませんよ。菜々達みたいに、そういうものだと受け入れた方がいいですよ」

 

 

そんな3人の言葉を無視して私は餃子を味わいましょう。

微塵切りにした生姜の浮かぶ醤油ベースに酢やごま油を混ぜた特製のたれを少しつけて口に含みます。

少し時間が経っても餃子の中に閉じ込められた熱い肉汁は、その熱量を一切失うことなく皮という防波堤が破られた瞬間に口の中を蹂躙し始めました。

しかし、この熱さも中華の醍醐味であり、ここで安易に冷たいビールに走ってしまうのはあまりにも惜しいのであえて耐えます。

そんな熱すらも楽しみながら咀嚼していると肉の旨味や野菜の甘み、大蒜のパンチが特製のたれと混ざり合い旨味の大合唱となり、最後に大葉の爽やかさが残りそうになる脂っこさを綺麗に拭い去ってくれました。

今回は大葉を入れましたが、入れない場合はここでご飯を持ってくると餃子の旨味に優しいご飯の味わいが加わり格別です。

餃子を飲み込み、口の中にいつまでも残ろうとする熱の余韻をビールで冷まして、再び餃子に取り掛かるという途切れることない永久機関に幸せを感じられずにはいられません。

 

 

「で、早苗さん。七実さんの方はどうだったですか?」

 

 

ホットプレートに水を注いで餃子を蒸しながらちひろが片桐さんに尋ねました。

この流れを当然予測していた私は片桐さんをビールで買収しておきましたから、舎弟達について余計なことを漏らされることはないでしょう。

戦略家の戦いは、戦いが始まる前の準備段階で勝敗が確定するのです。

残念ながら今回は先手を打っていた私の勝利はゆるぎないでしょう。

 

 

「いやぁ、色々と凄かったわよ。やっぱ、七実は本人もファンも規格外ね」

 

「詳しく!」

 

 

一応、片桐さんに目配せをして余計なことを言わないように釘を刺しておきます。

物事には念には念を入れておかなければ、どこで認識の相違が生まれて戦略的優位を覆されるかわかりませんからね。

慢心しては駄目です。根回しなども全力でやっておかなければ安心などできません。

 

 

「友紀ちゃんがファンなキャッツの捕手の人とか、現役漫画家が親衛隊じみたことをしていたわ」

 

「‥‥マジですか?」

 

「マジよ、マジ」

 

 

あの2人の情報はファン達の噂話やSNS系で既に広まっているでしょうから、秘匿する必要ないので許可しています。

寧ろ、その話題性の大きさで無駄に統率が取れ過ぎた異様な光景等の話を霞ませることができるので、どんどん聞いてもらって構いません。

 

 

「七実さん、いったいどういう交友関係してるんですか?」

 

「中学や高校が一緒だった同級生や後輩なんですよ。まあ、その頃に色々とアドバイスしてあげたり、助けてあげたりもしたので恩を感じてるのかもしれません」

 

 

世界最高レベルのスキルや効率の良いトレーニング法や身体の手入れの仕方を伝授したり、アクションシーンのモデルや漫画の題材とるネタ集めに付き合ったりと簡単な事しかしていないのですが、2人はプロになれたのは全て私のお蔭だと言ってくれるのです。

私からすれば夢が叶ったのは、幾多の試練や困難にぶつかっても諦めずに必ず叶うと信じ続けて努力していたからだと思うのですが、言っても違うと否定されました。

今回は来ることができなかったようですが、政党職員とSPになった同級生のコンビや五輪のメダリストになった先輩後輩等他多数からも今度こそは参加するという旨のメールや電話を頂きましたよ。

しかし、ちひろに言われた通り改めて私の元同級生や先輩、後輩には有名人になった人間が多くて本当に謎な交友関係が形成されていますね。

 

 

「やっぱり、七実さんの周りにはそういった人達が集まりやすいんですね」

 

 

私をどこぞの幽○紋使いみたいに言わないでください。

振り返ってみるとその言葉を否定できるような材料がありませんが、その切欠が私であるという根拠もないではありませんか。

 

 

「ぎょう子!ぎょう子を返して!!」

 

「ぎょう子は私と暮らす方が幸せなのよ!!諦めなさい、楓ちゃん!!」

 

 

そう言い返そうとすると、焼けていた餃子第2陣を巡って瑞樹と楓がくだらない争いを繰り広げていました。

何故あえて餃子の子の部分を『ざ』ではなく『こ』と読んでいるのかはわかりませんが、恐らくそう読むことで子供のように扱い親権争いする夫婦みたいなコントなのでしょうか。

あまりにも展開が突然すぎる且つ捻り過ぎていて、こういったいつもの流れに馴れている私達でなければ呆気に取られていましたよ。

 

 

「ほら、2人共餃子はまだあるんだから喧嘩しないの。じゃないと、シメるわよ?」

 

「私のぎょう子はあの子だけなんです!早苗伯母さんは黙っていてください!」

 

「よし、シメる!楓ちゃん、神妙に縛につきなさい!」

 

 

隣で暴れる2人を止めに入った片桐さんでしたが、既に酔いが回っていた楓のおばさん発言に仲裁者から参戦者へとクラスチェンジしました。

きっと楓の事ですから罵倒的な意味で言ったのではなく、寸劇の役割的な意味で言ったのでしょうが相手が悪かったですね。

 

 

「おう、やれやれ~~、火事と喧嘩は江戸の華だぁ~~」

 

 

江戸の華とか言っていますが、貴方はウサミン星(電車で1時間)出身でしょうに。

漁夫の利のように楓が確保していた紹興酒をちゃっかり拝借して、1人で次々に食べ頃の餃子を選別しているあたり抜け目ないですね。

 

 

「早苗さん、続きを聞かせてくださいよぉ!」

 

「ちょっと待って、ちひろちゃん!この娘をシメたら話してあげるから!」

 

 

収拾をつけようとして片桐さんの二の舞になりたくないので、私も菜々のように中立を装って最大利益の確保に勤しみましょう。

今なら、先程より多めに確保しても大丈夫な筈ですから。

ああ見えて楓の逃亡スキルは無駄に高いですから、酔いが回って身体のキレが落ちている片桐さんでは容易に捕まえることができないでしょう。

因みに、この原因となった瑞樹は既に餃子を食べ終え、菜々から紹興酒を分けてもらい観戦モードに入っていました。

全く、本当にこのメンバーが揃うと姦しくて退屈している暇なんてありませんね。

この部屋がこんなにも騒がしくなることなんて1年前では全く考えられなかった事であり、訪れる人が増えたことで温かみが増したような気がします。

こんな日が何時までも続けばいいなと願う気持ちを、とあるロシアの劇作家の言葉を借りて述べるのなら。

『幸福というものは、一人では決して味わえないものです』

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、私がキャッツの選手と交友関係があると知った姫川さんに美城キャッツファンの会 名誉会員の称号を与えられ一緒に試合を観に行こうと度々誘われるようになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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女は優しさがすべて、優しさに勝る武器はないんだから

どうも、私を見ているであろう皆様。

先日、無事私達サンドリヨンのソロCDが発売され、ちひろの『花暦』の売り上げも順調に伸びているそうです。

一方私の『拍手喝采歌合』の方はというと、恐らくイベントに来ることができなかった舎弟達も購入していたみたいで、ステルスマーケティングを行ったのではと疑われるくらいの売り上げをあげていました。

財力にものを言わせて資源を無駄にするような買い占めといったみっともない真似だけはしないようにと厳命しておいたのですが、いったいどういう事でしょうか。

武内Pによると通販サイトの売上ランキングにおいて、同時期に発売されたBランク上位に属する人気アイドルグループのシングルCDと大接戦を繰り広げているそうです。

信じられますか?、これ公式アイドルランクDのソロCDの売り上げなんですよ。

きっと舎弟の舎弟が購入するというねずみ講紛いな連鎖反応が起きたのでしょう。

購入を強制したり、させたりするようなことは認めていないので、純粋に曲を気に入ってくれて購入してもらえたのだと思いたいですね。

私の歌声は置いておいて、拍手喝采歌合はかなりの良曲ですからある程度の売り上げはあると思っていましたが、こんな事態になるなんて考慮していませんよ。

まあ、そういったソロCDに関連した諸問題については一旦脇に置いておきましょう。

現在の私が解決すべき最重要課題は、昼行燈より参加を打診されている複数のアイドル事務所共同による大型イベントについてです。

 

 

「アイドル大運動会‥‥これに参加しろと?」

 

「実に渡君向けだと思ったんだがね」

 

 

渡された資料に目を通すふりをしながら、あからさまに大きな溜息をつきました。

チートのお蔭で一度パラパラと捲って流し読みすれば十二分に内容を把握できるのですが、こうやった方が様になるのでそうします。

やはり、一応はアイドルですから絵になる仕草というのは大切でしょう。

確かにこのイベントに私が参加すれば単独でも、他事務所のアイドル達を足元にも及ばないと嫌でも理解させられるレベルの完勝を約束できるでしょうが、その代償として出禁になる可能性が高いです。

美城だけでもこのレベルの大イベントは開催可能ですが、やはりそれにかかる費用や労力等を考えると共同開催の方が色々と押し付けることができますから参加できなくなるのは痛手と言えるでしょう。

他事務所の失敗分をこちらで補填してあげることで恩を売ることができ、顔繫ぎや便宜を図ってもらいやすくなると昼行燈お得意の謀略の場でもありますから、その辺の重要度は理解しているはずなのですが、いったいどういう風の吹き回しでしょうか。

 

 

「勝負で八百長をする気はないので、蹂躙にしかなりませんよ」

 

「おやおや、言うじゃないか」

 

「事実です」

 

 

本気になれば世界記録(男子)と同じ身体能力を出せる私と身体能力が高いと言われても大会等に出られる程ではないアイドル達を一緒に競わせるなんて、正気の沙汰ではありません。

勿論、全力を出すつもりはありませんが、それでも埋めがたい実力の差というものは出てくるでしょう。

美城チームではなく、私のみの単独チームだったとしても独走状態の首位で終わりそうですし。

そうなれば、美城の知名度はうなぎ登りになるかもしれませんが、蹂躙された側のアイドルファンや事務所からの恨みややっかみを受けることは間違いなしでしょう。

大人の世界というのはなかなかに面倒くさいものであり、独り勝ちをしていると周囲から十字砲火の袋叩きにしようとしてくる場合があるので、自分の利を確保しつつ適度に相手に花を持たせること大切なのです。

こんなやるせない汚くエゴに満ちた大人の事情に純真無垢なアイドル達を巻き込むわけにはいきませんから、こうして裏方仕事にも精通した私が頑張らねばなりません。

しかし、こうした裏調整事に私以上に精通しているはずの昼行燈がこのことに気が付かないはずがないので、きっと上層部から突き上げをくらったのでしょう。

いくら昼行燈の影響力が1部門の部長職を越えているとしても万能という訳でもありません。

 

 

「企画提案した事務所全てに私の体力測定結果を送り付けたらどうです?それなら、向こうから土下座してくるでしょうから」

 

 

体力測定の時も手は抜いていましたが、日本陸上の選手として選考される程度の記録は出しておいたので蹂躙されることが嫌でも理解されるでしょう。

事務所的にも自社のアイドルが活躍する部分がなくなってしまうと旨味が少ないでしょうし、八百長を仕掛けようにも既に私の身体能力の規格外さはアイドル業界において有名ですから不可能ですね。

こちらからではなく、相手方から申しださせることによって今後の交渉を有利に進める材料とする。昼行燈らしい老獪で狡猾な手腕です。

そのことを喜んでいいのかと問われれば微妙ですが、面倒事に巻き込まれずに済むなら役に立っているのでしょう。

 

 

「おや、いいのかい?」

 

「最初からこの言葉を引き出すつもりだったのでしょう?」

 

「さて、どうかな」

 

 

紫煙を燻らせながらご明察と言わんばかりの笑顔を浮かべているのが実に腹立たしいですね。

 

 

「まあ、渡君達の見せ場もちゃんと用意しておくから安心してくれていいよ」

 

「楽しみにしていますよ」

 

 

何だかひどい扱われ方しかしない予感がしましたが、こういったことは昼行燈に丸投げしておけばまず間違いはないでしょうから任せておきましょう。

本当にひどい扱われ方をしそうになったら武内Pが止めてくれるでしょうし。

 

 

「そういえば、渡君も用があったと言っていたけど、何かあったのかい?」

 

「ええ」

 

 

聴剄で足音の響きや調子から目的の人物がこの部屋に到着するまでの時間を逆算し、今から昼行燈が逃げ出そうとしても間に合わないことを確認します。

皆様なら良く知っていらっしゃるかもしませんが、私はかなりの負けず嫌いなのでやられっぱなしは性に合いません。

なので、ここで一矢報いてやることにしました。

 

 

「実は、とある部門の方から私に手伝ってほしいことがあると頼まれたのですが‥‥やはり、ここは今西部長にも話を通しておこうかと」

 

「そうかい。で、その相手は誰だい?」

 

 

余裕そうな表情をしていますが、その慢心が命取りなのですよ。

 

 

「‥‥モデル部門の土生(はぶ)部長です」

 

「なんだって!」

 

 

現在接近中の相手の名前を伝えた瞬間、昼行燈の顔が驚愕と恐怖に歪み、咥えていた煙草を落としました。

火のついたままの煙草がソファや資料に当たれば大変なことになりますから、雛罌粟(ひなげし)で起こした風圧で空中に巻き上げた後、指で挟んで確保します。

煙草の火を消しながら慌てふためく昼行燈の顔を満足げに眺め続けました。

今の私の気持ちを簡単に言い表すなら『この瞬間を待っていたんだ!』といったところでしょうか。

ああ、その表情が見たかったのですよ。

 

 

「は、謀ったね!渡君!」

 

「さて、何のことやら?」

 

 

昼行燈、貴方は良い上司でしたが、貴方が策謀家であるのがいけないのですよ。

恨みとは言いませんが、今まで散々無茶ぶりや策謀の餌食となったこともあるので不満は多少なりとありましたから。

今まで策に嵌めてきたのです、嵌められもしますよ。

嗜虐的な笑みを浮かべそうになるのをチートを以って抑え、最高に純真な笑顔で慌てて逃げ出そうとする昼行燈の姿を優雅に眺め続けます。

撤退までの判断が早いですね。ですが、無意味です。

部屋の外へ脱出しようと扉に手を伸ばしますが、その手がドアノブを掴む前に動き出しゆっくりと扉が開かれました。

 

 

「あんらぁ、そんなに慌てて出迎えてくれるなんて‥‥吾輩、感激ぃ!」

 

 

扉を開けて現れたのは、346プロダクション モデル部門の土生(はぶ) 志枝留(しえる)部長です。

武内Pや諸星さんを上回る2m近くの長身、古代ギリシアの肉体美にも劣らぬはち切れんばかりの強靭かつ均整の取れた肉体、立っているだけで雄々しさと優しさに溢れた芳香が漂い、きっちり固められたオールバックからまばらに垂れた前髪、きちんと整えられた口髭顎髭にその間にある唇には紫色のグロスが塗られ蠱惑的な魅力を漂わせていました。

この説明が長いと感じる方に簡単に説明すると『ガチムチなおかま』でしょうか。

実際、ハーフだそうで彫りの深い顔立ちと白人系特有の筋肉量を持っており、モデル部門の部長として肉体の研鑽に妥協しないので黄金比率ともいえる素晴らしい肉体をしていて、まるで美術館に展示されている巨匠たちの彫刻像が動き出しているかのようです。

『LOVE&PEACE』がポリシーで、よく職員の誰かが熱烈なハグの餌食となっていますね。

おかまと表現しましたが、それは無駄に洗練された無駄のないモデルウォークと普段の言葉づかいから言われているだけで、本人は根っからのクリスチャンで同性愛という気はなく、ハグも『性愛(エロース)』ではなくすべて『真の愛(アガペー)』から来るものだそうです。

因みにこのハグ、油断していたとはいえ私ですら一度だけ餌食になったことがあると言えば、その強力さと恐ろしさを理解していただけるでしょう。

吸引力の変わらないただ1つの掃除機も真っ青な凄まじい吸引力で、熱い胸板と胸筋の柔らかくもゴリゴリとした感触とその何とも言えない芳香の合わせ技は体感時間が何倍にも引き伸ばされているようでした。

その恐ろしさ故に美城社内では『福音を告げてしまう者(エヴァンゲリスト)』というあだ名が付けられていて、何も知らない新入社員がハグの餌食となることが芸能部門に所属する者の洗礼だと言われています。

私もその後も何度か餌食になりかけましたが、組み合いによる力比べで互角に持ち込んで事なきを得ています。

リミッターを掛けているとはいえ、私と互角に組み合える腕力を持っているのですから、現代のもやしっ子では到底太刀打ちはできないでしょうね。

色々な策謀を巡らせる昼行燈とは対照的に100%の善意とその力をもって行動する土生部長は、昼行燈にとって相性がかなり悪く、数少ない天敵と言える存在です。

 

 

「土生!」

 

「久しぶりねぇ、なかなかアポを取ろうにも難しいから」

 

「そ、そうだね。お互い部長職として忙しいからね!」

 

 

昼行燈は扉の外へと逃げ出したいのですが、土生部長の巨体が邪魔ですし、逃げようにも距離が近すぎてその前に捕まるでしょう。

今考えると土生部長は最近勢力を拡大している美城のフリーダムなハーフ達の元祖と言える存在なのかもしれません。

こんな珍獣的な扱いをされる土生部長ですがその手腕は確かなもので、モデル畑から転向してきたアイドルは全て土生部長からの推薦によるものです。

特にアイドル部門が発足した当初に『この娘なら、きっと大輪の花を咲かせるわ』と楓を推しており、その先見性はトップアイドルとして活躍する姿を見れば理解していただけるでしょう。

その人を見極める目に関しては私をして規格外と言いたくなるレベルで、本人すら気が付かなかった才能をいち早く見抜きそれを開花させるので、慕う部下達はかなりいます。

性格さえまともならもっと出世していたのではと言われているくらいですからね。

さて、このままここにいると私まで巻き込まれてしまいそうですから、全速力で当領域からの離脱をしましょう。

 

 

「では、私はこの後収録があるので失礼します」

 

「渡君!私を見捨てる気かい!?」

 

「わかったわぁ、まゆちゃんにもよろしくねぇ」

 

「わかりました」

 

 

昼行燈の絶望に染まった叫びを無視して、私は自然な素振りで2人の脇を通り抜けて部屋を後にします。

入り口から見えない場所まで歩いたら、そこからは音を立てない全力疾走で離れました。

走り去る最中に潰されたカエルのような壮年男性の声が聞こえた気がしましたが、きっと聞き違いでしょうね。

だって今日も346プロダクションは平和な日々が続いているのですから。

 

 

 

 

 

 

この世界のアイドル料理バトル番組には2つのタイプがあります、1つは料理自慢のアイドル達が己の腕を競い合うまっとうなタイプ。

もう1つはミニゲームや罰ゲーム等といった娯楽要素を重視したバラエティに特化したタイプ、この2つです。

私としては純粋な技能を競う前者の方が好みなのですが、麻友Pが持ってきた仕事は後者に属するタイプでした。

料理の合間にいくつかミニゲームがあり、その結果に応じて選べる食材や審査結果に影響が出てくるそうです。

食べ物で遊ぶような真似はあまり歓迎できないのですが、だからと言って仕事に手を抜いてしまうのは社会人あるまじき行為ですので、真剣に勝ちにいきましょう。

といっても、本当に全力でやってしまうと相手方のやる気を損ない番組的にも旨味が少ないでしょうから、基本的に佐久間さんのサポートに努めましょうか。

既に撮影は始まっていますが、こういった番組は初めてではない佐久間さんは特段気負ったような気配はありませんし、大丈夫でしょう。

今回の対戦相手である他事務所のアイドル達は、もう勝った気でいるのかわかりませんが、余裕に満ちた挑発的な笑みを浮かべています。

事務所が違えば入ってくる情報も断片的になるでしょうから、私達の実力を全く知らないのでしょう。

黒歴史時代の私なら挑発に対して人間讃歌を謳う為の試練で返していたところですが、今の私は淑女的ですから運が良かったですね。

 

 

『今回のお題はこれだぁ!』

 

 

司会の声と共に定番のドラムロールが流れ出し、キッチンの中間地点に設置されたモニターに丸っこいフォントで描かれたハンバーグという文字が表示されました。

隅の方には可愛らしくデフォルメされた絵が添えられており、アイドル番組らしい可愛さ重視の展開は出演アイドルの中で唯一10代ではない私には似合わないなんて言葉で収まるようなものではありません。

勿体ぶって表示しましたが、事前にメニューは通達されているので今更驚きも何もないのですが、ここはリアクションを取らねばならないところなので不自然にならない程度に考えるふりをします。

 

 

『では、材料選びの前に第1ゲーム 食材ハンティングの時間だぁ!!』

 

 

白い炭酸ガスが大量に噴射され、スタジオの奥からそれぞれ点数が付けられた動物型や野菜型の標的が現れました。

この番組の最初に行われるゲーム『食材ハンティング』は、簡潔明瞭に説明するならただの的当てですね。

チームに振り分けられた6つのボールを使って動く標的を狙い、命中した際にその標的に記されている分のポイントを得ることができます。

最終的に獲得したポイントを食材と交換していくシステムなので、高級食材をふんだんに使ったものを作ろうとする際にはこのゲームで相応のポイントを稼がねばなりません。

もし全て外してしまってポイントを得ることができなかったとしても、救済措置として基礎ポイントが設定されていますから普通より少し下のランクの食材をそろえることは可能です。

今回私達の作るハンバーグには、国産のものが望ましいというだけで特に高級な食材を使用するわけではないので、普通に遊びとして楽しんで問題ないでしょう。

スタッフからそれぞれのチームの前にボールが渡され、どちらが何個投げるかを決める作戦会議の時間が与えられます。

 

 

「師匠、どうします?」

 

「別に高得点を得る必要はありませんから、佐久間さんが5球投げていいですよ」

 

 

こんな年増なアイドルがゲームに興じる姿なんて見ていて痛いだけですし、それに見せ場を作るのも私は1球で十二分でしょう。

並べられた6球のうち最も重心が安定していなくて投げた際のブレが大きくなりそうな1球を選び、黄金回転の要領で掌の上で回して遊びます。

掌から指先に、指先から手の甲、再び掌へと、静かにしかし無限の可能性を秘めた回転を伴いながら滑るボールの様子は、並の大道芸には負けない自信がありますよ。

カメラマンもそれに気が付いてくれたのか、相手方よりも私達の方にカメラが向く割合が増えています。

 

 

「もう、子供っぽいですよ」

 

「大人だって隙あらば童心に帰りたいものなんですよ」

 

 

大人になるにつれて制約が増えていき、自分が思うままに自由に振舞える機会は減っていきます。

ですが、どれだけ年齢を重ねようとも人間の心の中には子供の部分というものが存在し、それを解放したいという欲求を少なからず抱えているのです。

だからこそ、現代社会において気軽に稚気を解放できるゲーム等にのめり込む大人が出てくるのでしょう。

 

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんですよ」

 

 

アイドルとして半社会人でもある佐久間さんですが、それでもやはりまだまだ庇護されるべき子供なので、この辺のことはわからないようです。

顎に人差し指を当て可愛らしく小首を傾げて、不思議そうな顔をしていました。

この年頃は年齢を重ねれば自動的に大人になれるものだと疑っていないでしょうから、いつまでも大人になりきれない大人がいるなんて思ってもいないのでしょう。

そんな考えは甘いと否定することは簡単でしょうが、それはせっかく綺麗に保ってきた純白のシーツに泥を投げつけていつか汚れるものなのだから仕方がないと言い訳するような唾棄すべき行為です。

現実は甘くないですが、そこに個人の独善的な考えを押し付けるのは間違っているでしょう。

いつかそれを知った時に、先達として優しくアドバイスして導いてあげるのが一番なのではないでしょうか。

まあ、その役目を担うのは私ではなく麻友Pでしょうけど。

 

 

『作戦会議しゅ~~りょ~~!!じゃあ、先行は346チーム!!』

 

「はい!」

 

 

アナウンスに促されて、ボールを抱えた佐久間さんと共に投擲ポジションへと移動します。

標的との距離は殆ど置物状態の低ポイントのものまでが2.5mで射線が確保しにくい上に複雑に回避行動をとる最高ポイントのものが7mといったところでしょうか。

距離としては近いのですが配置や動きが嫌らしく、高得点を狙うには正確に投げないとその手前にある他の標的にヒットしてしまう事になるでしょう。

周囲の標的の動きに留意しながら、如何に素早く的確に狙った獲物を射抜くかが鍵となりそうですね。

 

 

『おおっと、346チーム!大胆にも半分ではなく、まゆちゃんに大半を託したぁ!これは、どういう作戦だ!?

その隣でボールを回している七実さんは余裕といった表情だ!もしや、これは伝説が生まれるのかぁ!』

 

 

お望みとあらば伝説を作ってあげても良いですが、そうすると佐久間さんや相手アイドルの活躍もかき消してしまいかねませんから、とりあえずは状況の推移を見守りましょう。

 

 

『さあ、346チーム1球目はまゆちゃんが投げるようです!その可愛らしい細腕から、いったいどんな球が投げられるのでしょうか!』

 

「‥‥いきます」

 

 

佐久間さんが1球目を投げましたが、テレビ出演には緊張しなくてもこういったゲームには緊張しているのか、無駄な力みが多すぎてリリースフォーム安定しておらず上半身や腕がぶれていて、あれでは狙った場所には飛んでいかないでしょう。

投げられた球は重力と不安定な回転の影響を受けて最初に狙っていたであろう標的から少しずれた、低めの点数のものに当たりました。

 

 

『346チーム、まずは40ポイント獲得!』

 

 

基礎ポイントは200で1ポイントが10円となる計算ですから、この後が全てこの点数だったとしても問題ありません。

七実特製 男の為のがっつり和風ハンバーグは、予算に合わせて肉の等級を調整することで高級志向の味わいから金欠な方でも美味しくできる応用性の高さが売りですから。

くず肉でも手間を惜しまず心を込めて調理すれば、相応の味わいとなって出てくるのです。

料理は愛情というのは、食べて欲しいその人の為に手間を惜しまずに美味しくなるよう丁寧に料理していくことなのだと私は考えます。

 

 

「思ったより、むずかしいですね」

 

「出だしとしては、まずまずでしょう。楽にいっていいですよ」

 

「わかりました」

 

 

その後も佐久間さんは次々にボールを投げていきましたが、結果は60、40、ミス、110でしめて250ポイントを獲得しました。

私のハンバーグを作るのなら基礎ポイントを合わせた4500円分で十分過ぎる位なのですが、佐久間さんやスタッフ、そして観客席から向けられる期待の視線が私を突き刺します。

過大評価という訳ではありませんが、もっと波風を立てずに穏やかに進行させたいのですけどね。

全球を投げ切った佐久間さんと入れ替わるように投擲位置であるサークルに入ります。

掌の上のボールは音も立てずに黄金回転を維持し続け、放たれるその時をひっそりと待っていました。

 

 

『さて、346チーム最後の1球は七実さんだ!さあ、番組史上初の最高ポイント獲得なるか!注目せざるを得ません!』

 

 

だから、煽りを入れないでください。余計にやり難くなりますよ。

最高ポイントの標的はボールの1.3倍程度しかありませんし、動きも緩急を兼ね備えていて、妨害するように配置された周囲の標的を避けて当てるのは、余程の豪運に恵まれない限り不可能な至難の業でしょう。

但しそれは一般人視点から見た場合の話であり、見稽古によって人類の到達点までに極まった私にとっては御遊びに丁度良い程度でしかありません。

折角ですから、師匠っぽく格好をつけさせてもらいましょうか。

 

 

「佐久間さん」

 

「はい」

 

「どれに当てて欲しいですか?」

 

 

投擲位置から首だけ振り向いて、少し気障な言い方で尋ねました。

ここで普通に投げて当てても盛り上がるでしょうが、あえて佐久間さんに指定してもらうことによって縛りを課したように見せかけて更に盛り上がらせるという寸法です。

成功する確率が高いのにあえて難しくみせることによって成功時に得る周囲からの評価を高くする、所謂セルフ・ハンディキャッピングというやつですよ。

バレてしまえば卑怯者と誹られるでしょうが、こういったものはバレなければ正義なんです。

 

 

『おおっと、ここで七実さん!自分の狙う標的をまゆちゃんに任せるようだぞ!』

 

「では、3000ポイントで♪」

 

『そして、まゆちゃんの指定したのは最高ポイントだぁ!!これは面白くなってきたぞぉ!!』

 

「わかりました」

 

 

間髪入れずに最高ポイントを指定してくるあたり、佐久間さんは私のしたいことをよく理解してくれていて助かりますね。

流石は、我が弟子です。今度、武内Pから麻友Pの好きな食材や味付けなどの情報を仕入れて、それを基にいくつかレシピを作ってきてあげましょう。

私の記憶の中に存在するレシピの数は本にしようとすると大辞泉級の厚みで何冊分にもなり、今現在も随時更新中ですからね。

さて、その件は一旦置いておいて、今はこのゲームに集中するとしましょうか。

一応、コースを見極めるふりをしてCM用のためは作りましたから、これで後の編集する人達も少しはやりやすくなるでしょう。

素早く片付けるというのも重要ですが、物事には適度なためを作って緩急をつけることも同じくらいに重要だったりするのです。

これから投げるのは人類最速の男の投法に黄金回転を加えた、人類記録更新の可能性を無限に秘めた究極の1球です。

惜しむらくは、今後のアイドル活動に出る影響の事を考えると全力で投げることはできないことでしょう。

私の体格に合わせて最適化された身体運びで、一切ぶれることなく理想の軌跡でボールをリリースします。

放たれたボールは無限の力を持つ黄金回転によって重力という軛を振り切り、その加速を一切失うことなく延びていき、狙いから寸分違わず標的の中心に命中しました。

重い衝突音がスタジオに響き渡り、佐久間さんやスタッフ等の関係者全員が静まり返っています。

本当は130km/h前半位にしておくつもりだったのですが、黄金回転が加わったせいか150㎞/hは余裕で出ていましたね。

こんなお遊びゲームにスピードガン等の計測装置は用意されていないでしょうから、バレることはないでしょう。

 

 

「達成しましたよ」

 

「‥‥流石は、師匠ですね」

 

 

番組史上初の快挙かもしれませんが、私にとってはできて当然の事なのでそれを誇ることなく投擲位置を後にして佐久間さんの下へと戻りました。

観客から送られる万雷の拍手の中で、何事もなかったかのように振舞う姿に佐久間さんは少々呆れたように溜息をつきます。

その反応の仕方が段々とちひろ達に似てきているような気がするのは、気のせいでしょうか。それとも、私の相手をしていると必然的にこうなってしまうのでしょうか。

恐らく、後者のような気がしてならないのは杞憂だと思いたい所ですね。

 

 

『きょ、強烈ぅ!目にも留まらぬ剛速球で、見事撃ち抜いたぁ!!これは文句なし、346チーム3000ポイント獲得!!』

 

 

梅に鶯、有言実行、瞠若驚嘆

この料理番組が平和に終わってくれればいいのですが、まだまだ波乱は起こりそうです。

 

 

 

 

 

 

『圧倒的!3対0で、勝者346チーム!!』

 

 

ファンファーレ的な音楽と演出共にカメラが私達の方へと向けられます。

私達の対戦相手となってしまったアイドルには申し訳ありませんが、勝負事なので遠慮なく勝ちにいかせてもらいました。

相手のハンバーグもきちんと考えられていて何度も練習していたのか調理も丁寧で、食べたわけではないので味は材料や調理姿から想像するしかありませんが、ぎゅっと食べる人のことを慮った気持ちの入ったいい料理でしょう。

精一杯頑張った上で完敗して眦にはうっすらと涙を浮かべていますが、それでも気丈にアイドルとして振舞おうとしていました。

瞳には絶望に染まった暗い色は一切なく、小さいですが次は負けないという闘志の炎が揺らめいていますから、きっとこの娘達は大成するでしょう。

アイドル関係者には、私の心の良い所を擽る人材が多すぎて困りますね。

これではいつか本当に、心の封印が解かれてしまい人間讃歌を謳わせてくれと叫ぶ日が来てしまいかねません。

 

 

「やりましたね、師匠♪」

 

「そうですね」

 

 

負けることはないとわかっていても勝利の美酒というのは格別であり、私達は互いの頑張りを称えるようにハイタッチを交わします。

佐久間さんの嬉しそうな笑顔を見ることができた。それだけで、この仕事を受けた甲斐があったというものです。

 

 

『‥‥チームのハンバーグも素晴らしい出来でした。

ですが、346チームのハンバーグは目の前で作ってもらわなければ、とてもアイドルが作ったとは思えないクオリティだったのです』

 

『玉ねぎは付け合わせ、たまご等も使わない。ハンバーグとは言い難い筈なのに、この料理はれっきとしたハンバーグでした』

 

『御託はいらない。おかわりありませんか』

 

 

審査員を務めた人達が感想を述べながら、番組は終わりへと進んでいきます。

勝利者特典として宣伝タイムも貰えたので『拍手喝采歌合』についても宣伝し、佐久間さんも今度出演が決まったドラマについて話していました。

自ら積極的に虚刀流についていろいろ詰まった黒歴史の片鱗ともいえる代物を拡散していきたくはないのですが、これで給金を貰っている立場なのですから感情で会社への利益を削るような真似はできません。

そして、無事全撮影工程を終えた私達は控室に戻り、迎え役の武内Pが到着するのを待っています。

佐久間さんとしては、麻友Pが来てくれないことが少し不満なようですが、仕事が忙しいということに対する理解もあるので文句は言っていません。

『良い女性は、相手の仕事に理解を示すものですから』と、料理を教えている対価として無理矢理教えられている恋愛講座でそんなことを言っていましたから、それの実践なのでしょう。

しかし、私は恋愛事に興味はないと言っているのに『師匠の場合は、知っておかなければ余計にひどいことになりますから』と主張を認めてもらえず、ちひろや楓といった法廷メンバーも賛同したため、私が折れざるを得ませんでした。

確かに、以前はやらかしてしまいましたがこれでも成長しているのですから、もう少し信頼してほしいですね。

 

 

「佐久間さん、今日の撮影はなかなかにハードでしたが、疲れとかはありませんか?」

 

 

この番組のゲームは身体を使うものが多くそれに加えて調理も行うのですから、普通の番組撮影よりも消耗は大きいでしょう。

バラエティ慣れしている輿水ちゃんなら、自身のリアクションをとるタイミングを周囲の空気から読み取り体力を温存しておいても良い場面を見極められるのですが、普段はモデル系の仕事が多い佐久間さんには難しいでしょうね。

私の見立てでは体力消耗率は40%といったところでしょうか、やはり普段の運動量が少ない佐久間さんは瞬発的な部分は優れていても持続力はないようです。

 

 

「実は少し‥‥後、まゆって呼んでください」

 

 

佐久間さ、いえ、まゆから名前呼びを承認されて、私は心の中でガッツポーズを取りました。

師弟関係を結んでいるのですから、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達に名前呼びを許されたのですし、好感度の高そうな交友のあるアイドル達もできればそうしたいなと思っていたのです。

ですが、基本的に臆病な小市民的感性な私はなかなか自分からそれを言い出せないのでした。

攻めの印象が強く持たれがちな私ですが、実際はかなり受動的な人間なのです。

それは置いておき武内Pが来るまでにはもう少し時間がありますし、この控室もまだ使っても大丈夫なようなのでゆっくり休憩させてもらいましょう。

 

 

「では、まゆ。武内Pが来るまでもう少しかかるみたいですから、ちょっと横になって休みましょう」

 

 

私は畳の上に正座をして、膝の上をぽんぽんと叩いてそう言いました。

筋肉質な私の膝枕では固すぎて寝難いのではないかと思う方もいるかもしれませんが、筋肉を脱力させることによって快適な柔らかさを再現することなど朝飯前です。

座布団があるのでそれを使えばいいのかもしれませんが、甘やかしたがりな私はものではなく自分で甘やかしたいのです。

 

 

「‥‥膝枕ですか?」

 

「はい」

 

「それだと、師匠が休めないんじゃあ?」

 

「あの程度で疲れるほど、やわではありませんよ」

 

 

寧ろ、甘やかさせてくれる方が1日の休日にも勝る休息となるでしょう。

 

 

「じゃあ、失礼します」

 

 

真剣な眼差しで催促すると、疲れのあるまゆははいはいで私の膝の元までやって来てゆっくりと頭を預けてきました。

まゆの頭の形や重みに応じて筋肉を脱力させて程良い柔らかさを作り出します。

普段はその規格外さばかりが目立つ肉体的チートですが、それをちょっと応用すればこのように最高の癒しにも転ずることが可能なのですよ。

ゆっくりと毛先まで手入れの行き届いた絹のような手触りの髪を、それが作り出す流れに沿うように優しく撫でていきます。

最初は戸惑っていたまゆでしたが、私の与える至高の癒しの魔力に抗えるはずもなく次第に心地良さそうに目をとろんとさせてきました。

 

 

「これ、ダメです。癖になりますぅ」

 

「良いですよ、癖になっても。何度でもしてあげますから」

 

「優しい言葉はもっとダメですぅ」

 

 

私としては甘やかせる相手が増えることは大歓迎なのですが、この年代の少女は自立心とかプライドとかいったものが特に強いお年頃ですから、素直に甘え辛いのでしょう。

まあ、そんな事お構いなしに私は甘やかしますが。

 

 

「そういえば、ブラウニーを焼いてきたのですが、食べますか?」

 

「もちろん」

 

 

まゆにも食べてもらおうとたくさん焼いてきたので、断られなくて安心しました。

アイドルでも特に身体のラインを気にするモデル系の娘の中には徹底した食事制限を課している子もいますから、こういったカロリーの高いお菓子系は嫌がられるのではと少し不安だったのです。

某25歳児のように、モデル畑にいた癖に好きなように暴飲暴食の限りを尽くすタイプもいますが、あれは例外中の例外でしょう。

菜々の実家であるウサミン母星から送られてきた落花生や甘めのチョコレートを使ったこのブラウニーは、かなりの自信作です。

しっとりとした舌に絡む濃厚で風味のある甘みの中に落花生の歯ごたえと微かな塩気が心地よい仕上がりになっていて、持っていく前の試食役を泊まっていた瑞樹と早苗に頼んだら美味しくて止まらないと文句を言われながら予備に作っていた1つを完食されました。

危うく、持っていくものにまで手を付けられそうだったので、そこはなんとか死守しました。

これをちひろ達にも食べさせなかったら、後で何を言われるかわかりませんからね。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

近くに置いていたカバンからタッパーに入れていたブラウニーを取り出し、まゆの口元に近づけます。

 

 

「自分で食べられますよ」

 

「まあまあ、いいじゃないですか」

 

「‥‥師匠は強引ですね」

 

「強引な人は嫌いですか?」

 

「‥‥その質問は、卑怯ですよ」

 

 

私の意地悪な質問に少しへそを曲げてしまったまゆは、ブラウニーを咥えると顔を隠すようにそっぽを向いてしましました。

それでも、膝の上から退こうとはせず、手が止まりそうになるとちらっと横目で見てくるのが可愛らしいですね。

ちょっと反抗期に入った娘を甘やかすのは、こんな感じなのでしょうか。

つんとした態度の1つにまで愛おしさが沸き上がってきて、いつまでもこうしてあげたいと思う優しい気持ちで胸が一杯になりそうです。

穏やかでのんびりとした時間の中で、まゆは膝枕の上でブラウニーを食べ続け、私はそれをただ眺め続ける。

会話はありませんが、それを苦痛に思わない言葉にはできない幸福感がありました。

そんなやさしさに包まれた私の気持ちを日本の紫綬褒章を受章したことのある女優で作詞家の母親の言葉を借りて述べるのなら。

『女は優しさがすべて、優しさに勝る武器はないんだから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、甘やかされることを気に入ったまゆが屋上庭園等でも度々頼んでくるようになり、例の事件もあり私にその気があるのではと噂されたり、シンデレラ・プロジェクトの何人かや25歳児にも甘やかしてほしいとお願いされたりするようになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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良き友は人生の支えであり、人生を生きゆく上の喜びである

2ヵ月近く更新が滞ってしまい、申し訳ありませんでした。
パソコンの不調とリアルの諸事情に加え、スランプ気味になり滞っていました。

心配してくださった皆様方、本当にありがとうございました。
これからも不定期なるとは思いますが、拙作にお付き合いいただけると幸いです。


どうも、私を見ているであろう皆様。

策の通用しない愛と平和の化身を使ってあの昼行燈に一矢報いてやったり、アイドル同士の料理バトル番組で大人気なく本気で勝ちにいったりとかなり充実した日々を過ごしました。

あの日の一件以来、まゆの甘えん坊属性が解放されてしまったのか、それなりの頻度で甘えに来ます。

私の膝枕はそんじょそこら高級枕にも負けない寝心地だという自負はありますし、撫でスキルも百獣の王であるライオンすら子猫のようにしてしまう魔性のものですが、ここまで癖になるとは思いませんでしたよ。

甘やかすのは嫌いではなく、寧ろ好ましいのでいつでもウェルカムです。

まあ、まゆの場合は麻友Pに甘えられない分のフラストレーション発散もあるのでしょう。

理解があるように振舞っていても、どこか青さの感じる10代の恋心というものは鉄の意志を以ってしても抑えるのは容易ではないでしょうから。

もっとも、男女間における恋だの愛だのを殆ど理解していない私が偉そうに語ってみた所で、知ったかぶり以外の何物でもないですね。

元々仁奈ちゃんやシンデレラ・プロジェクトの年少組、25歳児を甘やかしていたのですから、今更その人数が少し増えた所で問題はないでしょう。

それが一気に増えたのは少々驚きましたが、私の包容力の限界を超えるほどではありません。

 

まあ、そんな私の近況報告はさておき、本日私は武内Pにシンデレラ・プロジェクトのデビュー第二弾についての相談を受けていました。

武内Pの考えとしては蘭子を単独デビューさせようと考えており、説明された理由からも妥当な判断だと理解しています。

蘭子の厨二病真っ盛りの独自世界観は誰かと合わせられるものではありませんし、合わせてもらおうとするとその相手の良さを殺してしまいかねません。

どちらかの良さを殺してしまえば、どこかで歪みを生じていつか崩壊へと繋がるでしょう。

私が全力を出せばかなりの延命治療は可能ですが、根本治療ではなく対症療法なので結末は変わりません。

それどころか、長く続いてしまった分だけ揺り戻しが大きく来てしまい、最悪蘭子や組んだ相手がアイドルを辞めてしまうという事になりかないです。

感情を排して理に従うのなら、武内Pの考えの通りに進めた方が万事上手く進むというのはわかっているのですが、私の心情的には蘭子にも誰かとユニット組んで誰かと目標を達成する快感を味わってもらいたいのです。

過保護的な考えであるというのはわかっています。これが私自身に提示されたものであれば、いくら心情的に嫌だと思ってもそれを排して従うでしょう。

蘭子はまだ14歳。黒歴史を絶賛更新中という事もあり、自身の思うままに振舞え心底信頼し合える相手もまだまだ少ないはずです。

そんな娘だからこそ、仲間と共に何かを築き上げる達成感を味わってほしい。感情に囚われて、そう思ってしまうのはいけないことでしょうか。

 

 

「渡さん、いかがでしょうか」

 

「あの独特な世界観を共有できるアイドルはシンデレラ・プロジェクトには居ませんから、考えうる限り最善と言えるでしょう」

 

 

どんな苦境においても自分を曲げないであろう不屈の精神を持つみくならばとも考えますが、みくが進みたいのはねこキャラを前面に押し出したキュート系なアイドルであり、幻想さに重きを置いた物語性の強い蘭子の世界とは少し方向性がズレます。

上手く統合させられないこともないでしょうが、そうするとみくはねこキャラというよりも面倒見のいい世話焼きキャラが定着しかねません。

智絵里は雰囲気に流されやすく、自分より他人を優先する質ですから、組ませると方向性をこちらの都合で押し付けるような形になりかねないので、なるべく自身でアイドル像というものを固めて欲しいですね。

 

 

「そうですか。では、明日にでも皆さんに通達しておきます」

 

「‥‥わかりました」

 

 

ごめんなさい、蘭子。人類最高峰のチートに恵まれているはずの私は、無力でした。

苦虫を噛み潰したよう顔をしそうになるのを必死に堪え、渦巻くような自身に対する失望や落胆といった感情を心の中でゆっくりと消化していきます。

ここで感情を表に出してしまえば、武内Pの心に楔を打ち込むようなことになってしまうでしょう。

折角、自身を車輪と化していた呪縛から解き放たれ、今まさに人間讃歌の輝きへと向かいつつあるのを他ならぬ私自身が邪魔するなど許せません。

 

 

「渡さん?」

 

 

複雑な感情を消化していると武内Pに心配そうに声を掛けられました。

言葉や態度に感情が漏れてしまっていたのでしょうか、だとしたらチートを使ってでも引き締めなければなりませんね。

普段ならチートを使うまでもなく押し込められるのですが、どうやら自分でも気が付かないうちにシンデレラ・プロジェクトのメンバー達が占める心の割合はかなり大きくなっているのかもしれません。

様々な人物に入れ込み過ぎて色々とやらかし過ぎた黒歴史時代を反省してはいましたが、これは気をつけないとまたやらかしてしまいそうです。

そうなる前に気が付けた分だけましと言えるでしょうが、今後も徹底した心の管理をしておかなければなりません。

 

 

「はい、何か?」

 

「‥‥いえ、何でもありません」

 

 

不自然にならないように気をつけながら完璧な笑顔を作り上げると、武内Pは伝えようとしていた言葉を飲み込みました。

右手を首に回して少し困ったような表情を浮かべていますので、早急な話題転換による雰囲気変更をしなければならないでしょう。

話題作りがそこまで得意ではない私ですが、武内Pに関して雑談に丁度いいネタがありましたのでそれを使わせてもらいましょう。

 

 

「そういえば、最近口調を変える練習を頑張っているそうですね」

 

 

武内Pが車輪から脱して、シンデレラ・プロジェクトが本当に一丸となったあの日、未央から提案された『試しに丁寧口調をやめてみる』というのを、この不器用極まりないプロデューサーは律儀に練習しているそうなのです。

ちひろが飲み会の場で口を滑らせ、それに楓が食いつき、最近は予定が空いていて時間が取れた方と練習しているようですね。

無理に変えることはないと思うのですが、アイドルからの要望にはできる限り応えていきたいというスタンスなのはドが付くほど真面目な武内Pらしいとは思います。

 

 

「はい。現状、結果は芳しくありませんが」

 

「口調というものは長年の積み重ねで定着してしまっていますからね。そう簡単に変えられるものではないでしょう」

 

 

特に丁寧な口調というのは大抵の場合で通用しますし、度が過ぎてしまわない限り好意的に受け入れられますから、社会人になってずっと使っていると親しい間柄の人間以外にそれ以外の口調を使おうとすると違和感が凄まじいのですよね。

私の場合砕けた口調を使おうとすると高圧的と言うか、黒歴史感が出てしまうようなので封印の意味を兼ねて親族以外には使わないようにしています。

演技スキルも見稽古済みですから、その気になれば口調を変えるどころか全くの別の人間として完璧に振舞うことは可能でしょう。

 

 

「難しく考えず、自然な感じでいけばいいと思いますよ」

 

「そう‥‥なのでしょうか」

 

 

武内P的にはあまり納得がいっていない様子ですが、こういったことは明確な答えが存在する数学的な問題ではなく、人の数だけ答えの形があるタイプですからね。

 

 

「彼女達も武内Pとの関係を良好にしたくて、そのとっかかりとして丁寧口調をやめてみたらと提案しただけでしょうから。もっと親しみやすい口調であれば、概ね受け入れられると思いますよ」

 

 

丁寧口調は砕けた口調で話すことが多い未成年の少女達にとっては壁を感じる要因となり得るでしょう。

それに武内Pの場合は、他者から誤解を招きやすい容姿をしていますから相乗効果によってさらに威圧感が増し、壁と感じるのを加速させているのでしょうね。

 

 

「まあ、いきなりは難しいですから、最初は身近な人の真似から始めてみたらどうですか?」

 

「真似ですか?」

 

「はい、何事も物の習いは真似から始まるものです」

 

 

見稽古というチートを持って、人々から様々なスキルを習得して真似している私が言うのだから間違いはありません。

身近な人の真似と言われて丁度良い人物が思い浮かんだのか、武内Pの表情が少し晴れやかになります。

といっても、それなりに付き合いの長い私のような人間でなければ分からないような些細な変化でしょう。

 

 

「私は今の口調のままでいいと思っていますから、参考程度に聞いておいてください」

 

 

武内Pが思い浮かべた人物が誰なのか気にならない訳ではありませんが、ここで藪をつつくと蛇どころかもっと大変な何かを呼び出すこと間違いなしなのでやめておきます。

先程から、入り口の方向からちひろと凛の刺さるような視線が突き刺さってきていますし。

覗き見するくらいなら会話に混ざってくればいいのではと思うのですが、恋する乙女の複雑で奥ゆかしい、恋愛経験ゼロの私には到底理解できないような心情ではそれができないのでしょう。

私の危機回避能力は進化し続けているので、以前では踏んでいた地雷も見事に回避できるのです。

 

 

「はい、ありがとうございま‥‥いや、ありがとう。渡さん」

 

 

相手が避けたと思う先に罠を仕掛けるのは、罠師の基本でしたね。

まさか、地雷の方から足元の方へとやってくるなんて誰が思うでしょうか。こんなの考慮していませんよ。

入口の方から嫉妬のオーラが可視化したみたいで蒼い炎が揺らめいている気がするのですが、今のは不可抗力というやつではないでしょうか。

というか、2人共いつの間にそんなに仲良くなったのでしょうか。

同じ男性を懸想している仲間でありライバルなので、遅かれ早かれ友誼や同盟は結ばれるであろうとは思っていましたが、こんなに早いとは私の知らない間に何かあったのでしょう。

しかし、少し口調を変えただけで印象がかなり変わりますね。

丁寧さは残っているのですが、ですますが無くなるだけで距離感が近づいた気がして、暖かみのある感じがします。

 

 

「‥‥どうでしょうか。自分の父を真似てみたのですが?」

 

「良い感じだと思いますよ」

 

 

嫉妬の炎の勢いを焚火から火力発電ができそうなくらい進化させてしまう程度には。

自身の父親を真似たというのなら言葉から感じられる暖かみの理由も納得です。

きっと武内Pの両親は子供思いの優しい人なのでしょう。そう感じさせるだけの確かな何かがありました。

 

 

「しかし、父親の真似ですか‥‥なら、シンデレラ・プロジェクトのメンバーは娘達といったところでしょうか?ねえ、お父さん」

 

「い、いえ、そんなつもりは」

 

 

私の言葉に目に見えて狼狽する武内Pに私は、思わず笑ってしまいます。

ちょっとした冗談だったというのに、ここまで良い反応をしていると年少組の悪戯フルコースを乗り越えることなど不可能でしょう。

何事にも動じなさそうな巌のような外見をしているのに、中身はかなり初心で可愛らしい。こういったギャップがちひろ達の心を掴んで、ライバルでもない私に対しても嫉妬の炎を燃やすほどに成長させるのでしょうね。

 

 

「‥‥ねぇ、あの人ってホントに狙ってないの?」

 

「凛ちゃんの気持ちはよくわかるわ。でも、本当に無自覚なのよ」

 

 

扉の向こうからそんな声が聞こえてきましたが、本日は久方ぶりに割と平和な日々を過ごしています。

 

 

 

 

 

 

毎度ながら恋愛法廷は時間を取られてかないませんね。

ちひろ達から言わせれば私が原因となる種をまいているのだから仕方ないとのことなのですが、こちらの言い分としてそれは勘違いであると声を大にして言いたいです。

今日は凛のレッスンもあったため早めに閉廷されましたが、この件は後日楓も交えて再審議されるので完全に開放されたわけではありません。

面倒事の予感しかしない未来に溜息をつきたくなってしまいますが、今は小さな幸せを逃したくないので我慢します。

今日分の仕事はとっくに終わらせており、部下の仕事を手伝おうかと思ったのですが土下座して断られたので、現在は屋上庭園の噴水の淵に腰掛けてのんびりと空を眺めて過ごしていました。

仕事を手伝ってほしいと懇願するように土下座をするならわかりますが、まさか仕事をしないでくださいと土下座をしてくる社会人が存在するとは思わなんだですよ。

 

ゆっくりとしかし確実に肌を焼いてくる初夏に入ろうとする太陽に手を伸ばしました。

地球との距離によって掌で隠れてしまう程小さくなってしまっていますが、それでも発せられる熱は地球を温め絶えず照らしています。

アイドルは太陽と似ています。その笑顔を以って人々の心を照らし、思いを込めた歌や踊りでときめきのような熱を与える。

私はそんな誰かの為になるアイドルになれているのでしょうか。

神様転生でチートという類稀なる才能を頂き、この世界においてただ一人ずるをして苦悩など殆ど無縁の人生を過ごし、人々の積み上げた努力の結晶を掠め取るような真似をして自身の名声を高め、意志もなく流されるようにアイドルデビューという少女達の夢ともいえる世界に居座る。

勿論、私自身アイドル業を楽しんでいますが、それでもふとそんなことを考えてしまう事があるのです。

これが贅沢過ぎる悩みで、傍から聞けば気分を害してしまう傲慢極まりないものでしょう。

ですが、今が楽しくなればなるほどにその思いは大きくなっていくのです。

 

 

「あっ、七実さま♪」「七実ママぁ~~♪」

 

 

太陽に手を伸ばしたままの姿勢で思考の迷路に囚われていると、聞いただけで心の奥から温かいものが溢れ出しそうになる可愛らしい声によって現実に引き戻されました。

顔を確認しなくてもこの声の主を間違えることなどありません。

 

 

「みりあちゃん、仁奈ちゃん。どうしました?」

 

「何にもないよ?」「七実ママに会いに行くのに理由なんてねぇでごぜーます!」

 

 

表情筋を蕩けさせてしまいそうな可愛らしい笑顔を浮かべて私の元に駆け寄ってきた2人は、私の心を喜ばせる嬉しいことを言ってくれます。

会いに来るのに理由はいらないというのは、それだけ近しい間柄でなければ築くことができない関係でしょう。

そんな関係が築けるように努力は惜しみませんでしたが、このように目に見えた形になって表れるとなかなか感慨深いものがあります。

 

 

「そうですか」

 

 

だらしなく見えない程度に顔を綻ばせ、隣に腰掛けた2人の頭をゆっくりと慈愛の情を込めて優しく撫でました。

最近は何かと私の精神を削りにかかっているような出来事が怒涛のように押し寄せてきているので、現在のような何も起こらない穏やかな癒しの一時は貴重ですね。

嵐の前の静けさやボスラッシュ前のセーブポイント等といった不穏な言葉が頭を過らないでもないですが、そんな不確定未来に頭を悩ませていては今を謳歌できないので考えるのを辞めます。

 

 

「七実ママは、何してたでごぜーますか?」

 

「空を見てたんですよ」

 

「お空を?」

 

 

私の言葉に2人は可愛らしく首を傾げた後、全く同じタイミングで空を見上げました。

空なんて子供の頃は毎日のように見上げていた気がするのですが、年齢を重ねて大人になっていくにつれ上を見ていた視線は次第に下がってゆき目の前の事で精一杯になってしまい、最後には視線は下がりきり下の方ばかり見ていて空なんて見えなくなってしまいます。

何処までも続いていそうな無限の広がりを見せる青空は、数多の星々の輝きを宿す夜空とはまた違う良さがあり、見ていて飽きることはありません。

そういえば、アーニャに寮生組と希望者で星を見に行こうと誘われていましたね。

シンデレラ・プロジェクトも第2弾へと移行しつつあり、私も自身のソロCD発売イベントやそれに付随した営業でなかなか機会が作れませんでしたが、今度武内Pが予定を空けてくれるそうなので楽しみです。

人数が多くなっても良いようにハイエースをレンタルできるように予約しておきましたので、シンデレラ・プロジェクトの大半が参加希望を出したとしても対応できるでしょう。

全員が希望して乗れなくなってしまった場合は、武内Pにも車を出してもらうしかありませんね。

まあ、その場合ちひろや楓にも一報を入れておく必要があるでしょうから、さらに希望者が増える可能性があるでしょう。

全く、恋する乙女というのは七面倒くさいですね。

もう、さっさと玉砕覚悟で告白して恋仲になってしまえばいいのにと思ったことは幾度となくありますが、そう簡単に事が運ぶなら世の中は悩みのない世界になっているでしょう。

未来は不確定でどのようになるか分からないからこそ面白くもあり、わからないからこそ不安も生まれる。

それが懸想している相手の事となると感じる不安も私が想像しているものよりも何倍も大きなものなのでしょう。

いつの間にか変な方向に思考がそれていましたね。高速思考を習得しているので、現実ではそこまで時間経過はしていないでしょうが、だからといって2人を蔑ろにしてよい理由にはなりません。

 

 

「はい、空は良いですよ」

 

「そんなに、いいの?」

 

「落ち着かなかったり、焦ったりしてる時は空を見上げるんです。そして、動物に似た雲でも探してるといつの間にか気持ちが落ち着くんですよ」

 

「そうなんでごぜーますか!」

 

 

私がそう言うと2人は目を輝かせて雲を指さしながら『あれはワンちゃんかな?』『キリンもいやがりましたよ!』とすぐに夢中になり出しました。

そんな私が転生前から既に失ってしまっている純粋さに眩しさを覚えながら『いや、あれは蟹じゃないですか』と意見を述べます。

動物の雲を探すと良いと言ったのにその舌の根が乾かぬうちに甲殻類を挙げるのは良くないかもしれませんが、あの雲の形は間違いなく蟹でした。

まさか、あそこまではっきりとハサミの形が再現された雲があるとは思いませんでしたね。

自然というものは未だに科学で解き明かし尽くせない程の不思議が秘められているのですから、蟹に酷似した雲が漂っていてもおかしくはないでしょう。

 

 

「ア~~~ニャ~~~~!!」

 

ごめんなさい(イズヴィニーチェ)!!』

 

「今日という今日は許さないからね!」

 

 

動物雲探し(暫定ルール:甲殻類も可)に熱中しているとみくとアーニャの声とかなりピッチの早い足音が聞こえてきました。

何やらみくは大層怒っているようですが、またアーニャが持ち前のフリーダムさを遺憾なく発揮してしまったのでしょうか。

今回の怒りレベルは上から数えた方が早そうですから、余程の事をしてしまったのでしょうね。

しかし、ピッチの速さから凡その速度がわかるのですが2人はアイドルではなく陸上選手でも目指しているのでしょうか。

アイドルは身体が資本だからと2人で毎日のようにトレーニングをしているとは聞いていましたし、虚刀流の稽古をつけているので身体能力の高さは把握していましたが、普通の高校生なら喋らなくてもきついレベルの速度が出ています。

普段なら止めに入る所ですが、屋上庭園には私達以外の人間はいないので取り返しのつかないことが起きそうになるまで静観しておきましょう。

 

 

「待てぇ~~~~~!!」

 

いや(ニェハチュ)!!』

 

 

屋上庭園の中を只ぐるぐる回るのではなく、アメフトのような鋭いカットを交えたり、花壇の花を散らさないように気をつけながら飛び越えたりとアクション性も高く、体力測定を行った時からの身体能力向上が著しいですね。

この2人の追いかけっこは某ネコとネズミの追いかけっこアニメを思い出しますね。あれは何十年も前に製作された作品とは思えないくらいの名作中の名作でしょう。

正直、私は世界的に有名な著作権に厳しいネズミよりも好きですね。

しかし、この2人は私に憧れている節がありますから、それでアイドルとしての方向性を間違えつつあるのでしょうか。

体力はあって困ることはありませんが、行き過ぎてしまうと方向性が固定されてしまいかねません。

現在オファーが来ている仕事の8割が肉体労働系のバラエティ番組やスポーツ系と身体能力を試すものである私が言うのですから間違いありません。

 

 

「みくちゃん、アーニャちゃん、速ぁ~~い♪」

 

「みー姉もあー姉も頑張るですよ!」

 

 

みりあちゃんと仁奈ちゃんはそんな2人の様子に魅せられたのか、すっかり観戦モードに移行し応援をしていました。

もう少し一緒に動物雲探しをしていたかったのですが、2人の追いかけっこの方が派手さが上なので仕方ないことでしょう。

ちなみに、仁奈ちゃんがみくとアーニャの事をみー姉、あー姉と呼ぶのは、いつも通りフリーダムな方の姉による途中式を聞いても理解できない独自理論でまとめられた方程式による結果です。

まあ、本人達がいいのなら私が口出しすることではないので放置していますが、仁奈ちゃんまで虚刀流に引き込もうとした際にはきっちり阻止させてもらいました。

確かに若いうちから虚刀流を習得させていれば、みく達と同じ年齢に達した時には奥義を何個か修めることができるレベルになっているでしょうが、私は仁奈ちゃんが望んでいない内は修羅や羅刹の道を進ませるつもりはありません。

 

 

「アーニャ、変に杜若の足運びを混ぜると足を痛めますよ。みく、追うならば相手に気取られないように上手く誘導しないと」

 

「「はい!」」

 

「後、花壇の花を踏んだら‥‥明日の鍛錬は組手ですよ。勿論、だからといって手を抜いても組手ですけど」

 

 

追いかけっこに程良い緊張感を持たせる為に、ちょっとした縛りを設けます。

やはり、虚刀流を修めようとするならこれくらいの試練は鼻歌交じりで熟してもらわなければ困りますからね。

 

 

「えっ?」『‥‥(ローシ)

 

 

その言葉を聞いた瞬間に2人の顔から血の気が引いていきましたが、私は穏やかな笑みを浮かべたまま眺めていると本気だというのが伝わったらしく追いかけっこのピッチがさらに1段階あがりました。

組手といっても本気を出すわけではありませんし、攻撃パターンもそれぞれの型に対応した技のみに限定していますから、見て実際にどう扱えばいいか理解できるので有意義だと思うのですが、あまり好まれません。

やはり、傷や跡を残さないように配慮しつつもしっかりと記憶に残るレベルのダメージを与えているからでしょうか。

原作七実のように『忍法足軽』を使えれば痛みを感じさせずに攻撃を放つことができますが『痛くなければ覚えませぬ』という言葉もありますし、やはりある程度のダメージは必要でしょう。

痛みもなく、覚悟もなく習得できる程虚刀流は甘くありませんし。

 

 

「もう!こうなったら、みくのコロッケの中にお魚フライを混ぜた分も含めて、懲らしめてあげるから!!」

 

「好き嫌いはダメです!それに『(スィェーリチ)』は、ちゃんとミクでも食べられるようにしてありました!」

 

「確かに魚っぽい感じは少なかったけど‥‥それでも、嫌いなものは嫌いなの!!」

 

 

成程、それが追いかけっこの原因だったのですね。

確かに魚嫌いというのは、美味しい魚が容易に手に入る日本に住んでいるのに勿体無いと思ってしまいますが、あまり荒療治をし過ぎるのは余計に意固地にさせてしまうだけでしょうに。

 

 

「みくちゃん、惜しい!」

 

「あー姉!もっと早く逃げるですよ!!」

 

 

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、一喜一憂、刻苦精進

さて、我が弟子達は次の鍛錬の平和を掴み取ることができるのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

妖精社を訪れるのが、随分と久しぶりと感じるのは、それだけこの場所が私達の憩いの場として定着しているのでしょうね。

 

 

乾杯(サルー)

 

 

とりあえず、今宵の飲み物に合わせてスペイン語で乾杯をします。

ブランデーグラスに注がれたポルフィディオ・アネホの深く熟成された琥珀色は、若者達がふざけ半分で飲んでいるものとは違う品の高さがありました。

アガベが100%使用されたプレミアムテキーラはショットグラスで味わうなんて勿体ないので、その豊かな香りもしっかり堪能します。

アメリカンオークの新樽で熟成させている為か、樽の香りは薄い感じですね。

しかし、だからといって味わいも薄いなんてことはないでしょうから、今から飲むのが楽しみです。

 

 

「乾杯、ってまた七実さんは突然変なことを」

 

 

突然のスペイン語で音頭をとったことに呆れたのか、ちひろが仕方ないとも言いたげな表情をしています。

入社当初で私が教育係を務めていた頃は『先輩、先輩』と可愛らしく付いて来ていたというのに、いつの間にかこんなぞんざいな扱いもできるようなったとは成長しましたね。

 

 

「確か瑞樹が前に言ってたような‥‥何語でしたっけ?」

 

「今日はテキーラですから、メキシコ語じゃないですか?」

 

 

そこの25歳児、何でも国名に語を付ければ良いなんて安直な答えではクイズ番組でおバカ枠に入れられますよ。もっとも、手遅れかもしれませんが。

 

 

「楓ちゃん、メキシコはスペイン語よ」

 

 

流石元女子アナ、こういった雑学には強いですね。

十時さんと一緒にクイズ番組で司会もしていますし、このメンバー内では乙女モードで少し暴走することもありますが、基本的な方向性は落ち着いた秀才系だと納得させられます。

ブランデーグラスの持ち方も4人の中では色っぽく様になっていて、年齢ランキング第2位は伊達ではないのでしょう。

 

 

「あら、何だかイラっときたわ」

 

「気のせいでしょう」

 

 

そんな失礼な考えを感じ取ったのか瑞樹は眉をひそめますが、私は関係ないふりをしてポルフィディオ・アネホを味わいます。

深い琥珀色に違わぬ芳醇で、コクがあり、スパイシーな風味の中にとろっとした果物のようなまろやかな甘みがあって実に美味な一品ですね。

世界的名優も虜になったというのも頷ける素晴らしさです。

これを馬鹿みたいに一気飲みなんてしたら失礼に当たるので、じっくり味わうように少しずつ飲んでいきましょう。

お酒が入ると口数が多くなる楓も、今はこのテキーラをじっくりと味わいたいのか一口飲んではブランデーグラスを揺らし、そこにできた波紋を眺めるというのを繰り返しています。

このメンバーであれば誰でも似合う仕草ではありますが、ミステリアスさを漂わせるオッドアイの楓がすると同性でも見蕩れてしまう映画のワンシーンみたいになりました。

中身はテキーラかサボテンを絡めた駄洒落を考えている25歳児だというのに、勘違いしてしまいそうになるのだから雰囲気というのは侮れません。

 

 

「お待たせしました。気まぐれタコスセットです」

 

 

このプレミアムテキーラにおつまみは不要かもしれませんが、私は元々健啖家で飲むと食べたくなるタイプなので必要なのです。

慣れた手つきで店員さんがトウモロコシと小麦のトルティーヤに小さめの牛のサイコロステーキ、細長くした焼き豚、牛タンの煮込み、チョリソー、インゲンの煮豆、刻み玉葱、コリアンダー、輪切りのキュウリ、焼いたハラペーニョ等の様々な具材、赤と緑の2種類のサルサ、ワカモレ、マヨネーズベース、ライムと各種ソースが次々に並べられていきました。

全て並び終え、グラスとおしぼりくらいしかなかったテーブルがタコスによって浸食されつくした光景は圧巻と言えるでしょう。

気まぐれという名の通り具材はその日によって変わるので、他にどんな具材が出てくるのかが気になってまた頼んでしまいそうですね。

妖精社の料理の味に不安要素は一片たりともありませんから、今からどんな組み合わせで食べようかと嬉しい悩みで頬が緩んでしまいそうです。

 

 

「随分と本格的ね」

 

「あっ、菜々はパクチー、要りませんよ」

 

 

そう言って菜々は、自分の前に置かれたコリアンダーが盛られた皿を瑞樹に押し付けました。

最近ではエスニック料理も日本文化に定着してきてはいますが、コリアンダーは確かに風味が独特で好き嫌いが明確に別れますね。

嫌いな人にとっては『まるでカメムシを食べさせられたみたいだ』と評する程のものだそうです。

 

 

「勿体無いわね。デトックス効果もあるらしいから、アンチエイジングにもなるのに」

 

「ウサミン星人とパクチーは不俱戴天の仇、仲良くなんてできません!」

 

 

胸の前で両手を交差させて大きなバツを作って拒否するあたり、相当嫌いなのでしょうね。

今後、菜々が泊まりに来ている間はエスニック系の料理は作らないようにするか、コリアンダーを控えるか全く使っていないものを作っておくかしておきましょう。

やはり作る側としては出した料理は全部美味しく食べてもらいたいですからね。

 

 

「コリアンダー、()()()()()めだ‥‥いまいちですね」

 

「なら、なんで言ったんですか」

 

 

楓は何とか駄洒落を捻り出そうとしているようですが、メキシコ語というおバカ発言でケチが付いたのかスランプ気味のようです。

まあ、そんな事はさて置きタコスですよ。タコス。

再度言うようですが、食べるまでもなく美味しいとわかる具材達がこれだけの並んでいるのは圧巻ですね。

前置きは捨て置いて、さっさと実食といきましょう。私の中に住まう腹の虫は、早く食べさせろと飢えた獣のような咆哮を今にもあげそうですから。

まずはトルティーヤの選択からですが、ここはトウモロコシの方を選びました。

小麦の方が癖が少なくて日本人の舌には合うのでしょうが、今の私の心はメキシコに吹く熱風(サンタナ)の如しですから、より本場に近い味を求めているのです。

まずはメインとなる肉系の具材ですがメキシコ風牛のサイコロステーキであるカルネ・アサダにしましょう。

そこに脇役として玉ねぎと焼きハラペーニョを添え、ここであえてサルサソースではなく軽くライムを絞ります。

無難にまとめてしまった感は否めませんが、最初から冒険する必要もないでしょう。

 

 

「いただきます」

 

 

私の血肉となる食材とそれに携わったすべての人々に感謝の意を示し、お淑やかなんて決め込まず豪快に齧り付きました。

陽気で自由奔放が売りであるラテン系なら、こうするに違いありませんから。

程良い硬さのトルティーヤを歯が食い破ると、包まれていた少し欲張って入れ過ぎた具材が零れ落ちてきます。

それらをゆっくりと咀嚼していくと香辛料を強めに利かせた牛肉の旨味、玉ねぎの甘味と苦味、焼きハラペーニョの辛味が混ざり、それをライムの酸味が引き締め、最後にトルティーヤが優しく受け止めてくれるという完璧な流れですね。

ラテン系の情熱的な性格を表しているような、味覚にがっつりと訴えかけてくる濃い味です。

選択次第では肉も野菜も好きなように取れますし、肉以外にも魚介類等を使ってもいいでしょうから軽食にはぴったりな一品でしょう。

 

 

「本格的なタコスは初めてですけど。癖になりそうな、美味しさですね」

 

「わかるわ、ちひろちゃん。こういう濃いものって、無性に食べたくなる時があるのよね」

 

「タコス‥‥タコス‥‥ダメですね」

 

 

他のメンバー達もそれぞれが好きな具材をトルティーヤに包み、タコスを堪能しています。

包んでいる具材にも個性があり、ちひろは肉と野菜のバランスがきっちり半々になっていますし、瑞樹はコリアンダーやインゲンの煮豆、ワカモレと野菜が多めで、楓はその真逆で9割5分が肉系で埋め尽くされていました。

 

 

「そういえば、昔ソンブレロを被ったおじさんがツーステップで行進するCMがありましたよね」

 

 

コリアンダーが入っているものを丁寧に選別して作り上げた特製タコスに舌鼓を打ちながら、菜々がそんなことを言い出します。

そういえば、前世もですが今世も小学生低学年くらいの時にそんなCMを見たような覚えがありますね。

 

 

「確かド○タコスでしたっけ?」

 

「そうです!そうです!『○ンタコスったらドン○コス』って、あのフレーズが頭に残ってるんですよね。

やっぱり、小さい頃に見たものって意外と忘れないみたいです」

 

 

この場には実年齢を知っているメンバーしかいないので問題ありませんが、撮影中に今の発言をしていたらウサミン星人の十八番『自爆芸』としてネットで盛り上がっていたでしょう。

本当にこのウサミンは、永遠の17歳とか言っている癖に素で爆弾を投下していきますから、結構ハラハラするんですよ。

最近は『逆に考えるんです。自爆しちゃってもいいさって』と開き直り気味ですが、そう言い切るのは撮影後に後悔しなくなってからにしてほしいですね。

 

 

「わかるわ!最近の番組とかは忘れ気味でも、昔にリアルタイムで追いかけてた番組とかってはっきり覚えてるのよね!」

 

 

確かにレンタルとかで1話から一気に観た作品よりも、毎週ワクワクしながら放送日を待ち望みながら観ていた作品の方が記憶に強く残っている気がします。

 

 

「今度、懐かし系の上映会でもしましょうか」

 

「良いわね。場所はいつも通り七実の部屋にしましょ♪」

 

 

まあ、このメンバーの中でそういった機器等の設備が整っているのは私の部屋ですから仕方ないでしょう。

確実にそのままの流れでお泊り会になるでしょうから、夕食の仕込みもしておかなければいけませんね。

この間生活費を徴収したばかりですし、折角ですから早苗も誘って少々豪勢にいきましょうか。

 

 

「じゃあ、ウサミン星からとっておきの一品を用意しておきますね」

 

「というわけで、ちひろと楓も何か観たいものとかあれば用意しておくように」

 

「はい」「はぁ~~い」

 

 

さて、こんな仲間内の楽しいひと時をとあるモンゴル出身の小説家の言葉を借りて述べるのなら。

『良き友は人生の支えであり、人生を生きゆく上の喜びである』

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、約束通りに鍛錬として組手を行った際に、自身に2対1、攻撃は片手片足のみ等の縛りを課した上で行ったのですが、死に物狂いになった2人のコンビネーションに押されて1発袖を掠められてしまいました。

そこで『これなら少し制限(リミッター)を解除しても大丈夫でしょうか』と言って、土下座されることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編14 if 笑ってはいけないアイドル24時

皆様、明けましておめでとうございます。
本年も拙作をよろしくお願いいたします。

年末投稿に間に合わなかった特別番外編です。

冒頭のみになってしまったり、一部キャラ崩壊とも取れる部分があったりしますので苦手な方はご注意を。
時系列的には、アニメ2期終了後です。


どうも、私を見ているであろう皆様。

年の瀬迫るこの時期、私達アイドルは多忙を極めます。

年末特番と新春特番の撮影に、イベントの調整、ライブ等々挙げれば限がありません。

前世でもこの時期のアイドル、特にブレイクして人気のある人達は色々な番組に引っ張りだこでしたが、今世であるアイマス世界においては更に輪をかけるように多忙の極限に到達していると断言できるでしょう。

業界最大数のアイドルを擁する我が346プロダクションでも、1人に集中してしまわないように仕事を上手く割り振って適材適所で活躍してもらっています。

そんなアイドルの中でも私を筆頭にした成人を越えたアイドル達は深夜帯での撮影にもなれており、自身でペース配分もできることから、未成年よりも多くの仕事が回されるのは当然の結果と言えるでしょう。

未成年組、その中でも私の半分も生きていない中学生以下のアイドル達は家族と過ごす時間も大切ですから、昼行燈に手を回してもらって休日を確保してもらいました。

昼行燈に借りを作るのは避けたい所なのですが、背に腹は代えられません。

 

まあ、そんなアイドル達の年末事情はさて置いて、本日はいつもの5人メンバーで年末特番の撮影です。

普段なら滅多に揃う事のできない5人での仕事を嬉しく思うところなのですが、今回ばかりは内容が内容なだけにあまり素直に喜ぶことができません。

目的地は美城本社なのですから、わざわざちょっと離れた公園に集める必要はなかったのではと思いますが、偉大なる元ネタに敬意を払った結果なのでしょう。

 

 

「まさか、私達が()()をやる事になるなんてね‥‥」

 

「菜々、早くも不安しかないんですが‥‥」

 

 

普段仕事についてあまり文句を付けることがない瑞樹と菜々も今回の仕事には、思うところがあるようです。

私も最初に企画について聞かされた時には大反対したのですが、ファン投票による346アイドルに挑戦してもらいたい企画のトップ3にランクインしたものを却下するのは無理でした。

英雄的な能力を持つチートな私でも、ファンの総意という民主主義的暴力には抗うことはできないようです。

 

 

「ふふっ、私は結構楽しみですよ?だって、面白そうじゃないですか♪」

 

「楓さんはメンタル強いですね‥‥もう、七実さんも何か言ってくださいよ」

 

 

撮影は既に始まっていますが、企画自体はまだ開始ではないので罰ゲームはありません。

ですが、この中で一番笑いの沸点が低い楓のメンタルがいつまで持つかが見物ですね。

ハイテンション1、ローテンション3という4人の様子を眺めていた私ですが、相方にその輪の中に入るようにと促されました。

やろうと思えば完璧なポーカーフェイスを維持できるのでそこまで不安はありませんが、それをやってしまうと番組的に美味しくないので使いません。

なので、私もローテンション組寄りかもしれませんね。

 

 

「与えられた仕事を全うする。それだけです」

 

「なんで軍人っぽくなってるんですか」

 

「そう言い聞かせないと、愚痴が零れそうですからね」

 

「やっぱり、バラエティ馴れしている七実さんでもキツそうですか?」

 

 

バラエティ馴れは、好きでしているわけではないのですけどね。

この身体能力は普通のアイドル番組よりも、体を張ることが多いバラエティの方が映えるので結果的にそうなってしまっただけです。

その所為か、最近は346を代表するバラドルである幸子ちゃんや方向性が行方不明な弟子2名と組んで仕事することが増えたので悪いことばかりではありません。

そんな数々のバラエティ番組を経験してきた私をしても、今回の企画は少々骨が折れるでしょう。

海外ロケ等で移動時間を含めれば撮影期間の長い企画は両手両足で足りないくらいにありましたが、この企画の恐ろしい部分はそこではありません。

一番恐ろしいのは撮影開始から終わりまで、ほぼ休憩時間なく撮影され続けるという所なのです。

完全に気が休まることなくアイドルとして振舞い続けるのは、思った以上に精神力を損耗していくでしょう。

120時間でも一切集中を切らすことなく仕事を続けることができる私であれば大丈夫でしょうが、他のメンバーはそうもいきません。

ここは余裕がある私がフォロー役として動く必要がありそうですね。

 

 

「当然です。辞退できるなら今からでもしたいですよ」

 

「‥‥それを聞いて、私は不安が加速しました」

 

「まあ、強く生きましょう」

 

「‥‥はい」

 

 

力ないちひろの返事は、死刑執行を言い渡された受刑者のような弱々しさでした。

この企画も元を辿れば罰ゲーム企画だったそうですから、受刑者というのは間違っていないかもしれませんね。

 

 

「でも、七実は良いわよね。ポーカーフェイス得意でしょ?」

 

「確かに、ずるいですよね」

 

「わ()()門には福来るそうですから、笑わないと♪」

 

 

私の感情抑制術について熟知しているメンバー達から集中砲火を受けましたが、これは想定済みです。

 

 

「罰ゲームは受けたくないですが、面白ければ普通に笑いますよ」

 

 

タイトル的には笑わないことは間違っていませんが、番組の趣旨としては間違っているのでそんな真似はしませんよ。

1人だけ一切笑わないメンバーがいたら視聴者は白けてしまいチャンネルを変えてしまうでしょう。

『砲兵は戦場の神』という言葉がありますが、それをテレビ番組に準えて使うなら『視聴率は番組の神』といったところでしょう。

それに逆らうような真似をしたら、どういう事が起こるか想像もしたくありません。

 

 

「でも、それって逆にハードル上がりません?」

 

「そうですか?」

 

「だって、我慢して笑われないのならともかく普通に笑われないのは辛いですよ」

 

 

確かにそう考えるとネタをやる側にプレッシャーがかかることになるかもしれませんが、仕事なのですからそれくらいの緊張感は必要でしょう。

それに、同情で笑うことほどやさしくて残酷なことはないでしょうから。

雑談を交えながら公園を歩いていると『ここで待て』という看板が目に入りました。

その近くには急ごしらえで用意されたと思われるそれぞれの名前が書かれている簡易更衣室があります。

手前からちひろ、楓、瑞樹、菜々、私という順番に並んでいますから、どうやら衣装ネタは私が落ち担当なのでしょう。

どのような衣装が来てもちゃんと着こなしてみせますが、あまりネタに走った衣装は勘弁してもらいたいですね。

 

 

「誰が来ると思いますか?」

 

「メンバー的に早苗ちゃんじゃないかしら?」

 

「いや、菜々は心ちゃんだと思いますよ」

 

「美優さんもあるんじゃないですか」

 

「大穴で、武内君とかあるんじゃないですか?元ネタも元プロデューサーでしたし」

 

 

寒空の下、無言で待っているのも何ですので進行役に選ばれた人の予想を始めました。

撮影は夜間帯まで延びるでしょうから未成年組が選ばれることはないでしょう。

私達5人を除いた346プロの成人したアイドルで、こういったバラエティ向きなアイドルと言えば早苗か心ですね。

しかし、この企画にあの昼行燈が関わっているのだとしたら、そんな王道から外れた奇策を取ってくる可能性もあります。

ここで土生部長とかが現れたら今日一日中笑い続けることは確定でしょう。

 

 

「お~~い、お前らぁ~~」

 

 

雑談をしながら待つこと数分、ようやく進行役の人間が現れました。

そして、その予想外の人物と格好に私達5人は同じタイミングで吹き出します。

 

 

「み、美波ちゃん!」

 

 

そう今回の進行役はシンデレラ・ガールズのリーダーである美波でした。

しかも、格好もラブライカ仕様で美城本社が今回の企画にどれだけ本気なのかを嫌でも教えられます。

あの専務だったら笑いよりも王道アイドル路線を狙ってくるのではと推測していたのですが、見事に裏切られましたね。

これは本当に気を引き締めてかからないといけないかもしれません。

 

 

「アレ、絶対寒いわよね」

 

「ですね」

 

「そっか‥‥美波ちゃんはこの前成人したから、引き込まれちゃったんですね」

 

 

まだツボって笑っている楓を除いた3人は落ち着いて三者三様の意見を述べます。

確かにピュアホワイトメモリーズは首元や脚は温かいかもしれませんが、背中は大胆に開放されているので12月の朝の空気は堪えるでしょう。

ここは巻きで進めて一刻も早く暖房の利いたバスの中へ移動せねばなりません。

 

 

「お前ら、おはよう!」

 

 

寒さと羞恥とやけくそが混じった赤ら顔で美波は挨拶してきました。

恐らく脚本側から口調を指定されたのでしょうが、こうして年下の後輩からこういう風に話しかけられることなんて今世においては一切なかったので新鮮ですね。

プロのアイドルとしてしっかりと笑顔を浮かべていますが、よく見ると口元がひくひくしていたり、シバリング以外の震えも出ていたりします。

運動部の縦社会を経験している人間程、こういった目上の人間にため口を使うのがぎこちなくなりますよね。

番組側もそのギャップで笑いを誘おうとして送り込んできたのでしょう。

その思惑通り、私達5人とも噴き出してしまったので効果的であると証明してしまいました。

どうやら、ネタを考える側に武内Pやシンデレラ・プロジェクト、クローネ、美城芸能部門が関わっているという話は本当のようですね。

 

 

「美波ちゃん、その恰好は」

 

「見てわからんの?どう見ても、お前ら新人アイドルを導くプロデューサーじゃろう」

 

 

唐突な広島弁は、私達の腹筋に致命的(クリティカル)でした。

何処の世界にアイドルの衣装に身を包むプロデューサーがいるというのでしょうか、もし居たとしてもそれはもうプロデューサーではなくただの変態です。

笑いが収まっていないのに追撃を受けた楓は息をするのも難しいようで、地面に膝をついて苦しさと笑いによる涙を眦に浮かべていました。

挨拶代わりのジャブ程度でここまで笑っていたら、この先どうなってしまうのでしょう。

分厚い暗雲が広がっていそうな楓の未来に憐れみを覚えながら、今一度気を引き締め直します。

 

 

「あははは!ひ、広島弁!」

 

「ふふっ、何で本場の人なのに似非っぽいのよ」

 

「こ、これ、卑怯でしょう。絶対、菜々達のこと笑い死にさせる気ですよ」

 

「なんじゃ?うちは、いつもこんなんじゃったろ?

まあええ、なんじゃその衣装は‥‥只でさえ目立たんのに、そんな服着とったらさえんまんまじゃろ」

 

 

これは美波に広島弁キャラが追加されて、中国地方撮影や友紀を交えた野球解説系の仕事が増えるかもしれません。

言葉遣いというものは良くも悪くも個性を色濃く表しますから、方言なんてものはその最たる例でしょう。

あまり多用していると元の個性を食われてしまう可能性のある諸刃の剣ですが、今回のようなバラエティ企画のみでの開放は良いスパイスになってくれるでしょうね。

 

 

「そこの着替えボックスに用意しといた衣装があるけえ、早う着替ええや」

 

「「「「「はぁ~~い」」」」」

 

 

あまり美波を外で待たせ過ぎて風邪をひかせてはいけませんので、私達は足早に簡易更衣室に入ります。

簡易更衣室の中は姿見や脱いだ私服を掛ける為のハンガーや寒くならないようにハロゲンヒーターが置かれている等、意外と設備が整っていました。

番組側もあまりふざけ過ぎてアイドルに何かあったら、次回以降のオファーを断るでしょうからその辺のさじ加減はよく理解しているのでしょう。

『渡 七実様』と書かれた段ボールを開けて中に入っている衣装を確認します。

 

 

「そうきたかぁ~」

 

 

今日1日中着て過ごさねばならない衣装を見て、思わずそんな言葉が漏れました。

漆黒の左翼、純白の右翼を兼ね備えた咎に堕ちたる天使が纏う紫紺の装束、大輪に咲き誇る薔薇の髪飾りと咲ききっていない薔薇を頭部にあしらった金の錫杖、つまりは蘭子の『光ト闇ヲ繋グ薔薇(リヒト・ローゼ・シュバルツェ)』ですよ。

わざわざ私の体型に合わせて作ったみたいで、着心地も抜群でした。

こんな事に無駄に力を入れるのはバラエティ番組らしいと言えばらしいのですが、これ肩とか丸出しなので私の筋肉が目立ってしまうのが嫌ですね。

これが放送されたら某掲示板サイトにおいて『堕天使(Lv100)』とか『堕天使(物理特化)』等といった書き込みをされるのでしょう。

しかし、こうして私がRosenburg Engelで美波がラブライカということは、今回の衣装はシンデレラ・プロジェクトの初期ユニット縛りという事でしょうね。

誰になるかわかりませんが、6ユニット中最も露出度の高い凸レーションに当たった人はきつい事になりそうです。

 

 

『へそ出しはやめてくださいって言ってたのにぃ~~』

 

 

隣の更衣室からそんな力ない菜々の呟きが聞こえてきました。

シンデレラ・プロジェクトのユニットの中でへそ出し衣装なのは凸レーションかアスタリスクなので、そのどちらかが当たってしまったのでしょう。

可能性的にはシンデレラの舞踏会で同じユニットとして活動したアスタリスクが高いですが、ここであえて外してくるというのもあり得ますから実際に確認するまでわかりません。

まあ、悩んでいても仕方ないので姿見で衣装の最終確認を済ませておきます。

蘭子が着ると堕天使厨二可愛い感じになるのに、私が着るとRPGの痛々しい格好の敵幹部みたいな感じになってしまうのは何故でしょうか。

理由として一番大きいのは、若々しさがないので痛々しさがより強調されることだと思います。

 

 

『お前ら準備はええか?じゃあ、千川から出てき』

 

『はい!』

 

 

どうやら、着替えの時間は終わりのようですね。

この姿を撮影されて全国のお茶の間に届けてしまう事に抵抗を覚えない訳ではありませんが、ここまで来てしまったら逃げるという選択肢なんてとることはできません。

いっそのこと、開き直ってやりましょう。

 

 

『おお、千川はニュージェネレーションズか』

 

『はい♪一度着てみたかったので、夢が叶っちゃいました♪』

 

『そうか、良かったのう』

 

 

どうやら、ちひろはエボリューション&レボリューションを割り当てられたようですね。

あの衣装はアイドル系の王道ともいえるデザインであり、露出量も控えめで童顔なちひろであれば問題なく着こなせるでしょう。

 

 

『次、高垣』

 

『はぁ~~い♪』

 

『キャンディアイランドのか、やっぱりかわええの』

 

楓の衣装はSweet*2 Happyでしたか、楓と言えばクール系のドレスタイプや浴衣等の色気があるものをイメージされがちですが、モデル畑出身という事だけあって可愛い系の衣装も似合います。

それどころかお茶目な一面をより可愛らしく引き出すという追加効果付きというのだから、世の中の不公平さに嘆きたくなる人の気持ちがよくわかりますよ。

しかし、この流れで気が付きましたが、これって安パイから崩されていませんか。

他のユニットの衣装を貶しているわけではないのですが、この光ト闇ヲ繋グ薔薇(リヒト・ローゼ・シュバルツェ)を含めてアラサーのアイドルが着るには少々勇気のいるものです。

 

 

『お姉さんにもあま~~い言葉が欲()()()()思うんだけどなぁ』

 

『はいはい、じゃあ川島』

 

 

楓の駄洒落をこうも華麗にスルーしていくとは、飲みで絡まれるようになって美波も成長しましたね。最初の頃はどう反応したらいいか分からず困惑していて、楓に『かわいい』と抱きしめられていたというのに。

あの初々しい感じの美波は、もう見ることはできないのでしょうね。

 

 

『はぁ~~い♡瑞樹、行きますにぃ♪』

 

 

この一言で瑞樹に割り当てられた衣装がわかりました。

本当に瑞樹はノリがいいと言いますか、こうやって若さアピールをするのが好きですよね。

鮮やかなカラーリングをしているポップ&パーティーは着る人間を選ぶでしょうが、そんな難しい衣装でも瑞樹なら問題なく着こなしてみせるでしょう。

 

 

『寒うないか、それ?』

 

『御洒落は我慢よ。そ・れ・に♪瑞樹はまだまだ若いんだも~~ん♪』

 

『そうか、じゃあ次の安部』

 

 

次はオーバー・ザ・カラーを着ているであろう菜々の番なのですが、なかなか出てくる様子がありません。

アスタリスクwithなつななを結成した際も、二の腕とお腹を大胆に露出することを避けて断った報いが今来ているのですからさっさと覚悟を決めて欲しいものです。

 

 

『うぅ‥‥ホントにでなきゃ、ダメですか?』

 

『いいから、はよ出んさい!』

 

『‥‥はぁ~~い』

 

 

年下である美波に一喝されて更衣室の中にとどまっていた菜々の気配が動き出しました。

他の年末特番で楓、早苗、心、美優との5人で以前私と瑞樹が旅番組で紹介した湯雲庵を満喫する際に油断してしまったのは自業自得です。

料理が美味し過ぎても食べ過ぎない方が良いですよと、ちゃんと忠告しておいたのに欲に負けてしまったのですから。

 

 

『なんじゃ、似おーとるぞ』

 

『そ、そうですか?って、カメラさん!お腹を映そうとするのはNGですからね!!』

 

『なら、モザイクでもかけちゃろうか?』

 

 

露出多めの衣装でお腹にモザイクを掛けられるアイドル。

もうそれはアイドルというよりも、お笑い芸人の領域に片足どころか両肩まで沈み込んでいるレベルの光景でしょうね。

その光景を想像したのか、ちひろ達の笑い声が聞こえてきます。

 

 

『それの方が酷いですよ!!』

 

『冗談じゃ、最後は渡』

 

 

さて、とうとう私の番が来てしまいましたが、折角トリを任されたのですから何かしら爪痕を残していくようなことをしなければならないでしょう。

でなければ、菜々に美味しい所を持っていかれて終わるという何とも釈然としないものになるでしょうから。

 

 

「ンナーッハッハッハッ!刮目せよ、これぞ堕ちた天使たる我が力の解放ぞ!」

 

 

左手に持った薔薇の錫杖で幕を打ち上げ、指を開いた右手で顔の大部分を隠しながらゆっくりと更衣室から出ます。

衣装は想像できていても、私がここまで開き直って厨二を爆発させるとは思わなかったのでしょう。

美波を含めた他のメンバー達は一瞬呆気に取られていました。

 

 

「‥‥え、えと、その‥‥強そうじゃの」

 

「フッ、当然のこと」

 

 

蘭子を意識して一言一言で大仰なポーズを取りながら答えると、スタッフを含めたほぼ全員が吹き出します。

このチートボディを使って表現される格好良さを追求しつつ人間の肉体美を存分にアピールするキレのあるポージングは、この格好ですると破壊力を増すでしょう。

某掲示板であれば『ジョ○ョ立ち』とか言われるに違いありません。

 

 

「ちょ、ちょっと‥‥ふふっ、な、七実!そ、それ、やめなさい!」

 

「何故、我が解放を止めるか!」

 

 

錫杖が身体に当たらないようにしながら両腕を頭の後ろで交差させて胸筋や腹筋をアピールしつつ、右膝関節を軽く曲げたポージングをすると再び周囲が笑いの渦に包まれます。

まだ企画が始まっていないので罰ゲームはありませんが、これはかなりの武器になりそうですね。

常に使い続けていれば慣れてしまうでしょうが、ここで一度やめておいてここぞという時に使いましょう。

 

 

「七実さん、やめましょう!」

 

「仕方ありませんね」

 

「もしかして、そのキャラでずっと行くつもりだったんですか?」

 

「左様」

 

「ふくっ‥‥だ、だからぁ!」

 

 

成程、こういう風に織り交ぜるというのもありですね。不意を突かれる分防御無視でダメージを与えられるでしょう。

その威力についてはお腹を押さえたまま座り込んでしまった楓と菜々の両名が証明してくれました。

受けてくれるのは嬉しいのですが、一応現在進行形で撮影されているのですからあまり素のリアクションを出し過ぎるのは気をつけた方が良いですよ。

これ以上連発させると相方の頭に角が生えてしまいそうなので、一旦封印しておきましょう。

 

 

「ま、まあ、ええ‥‥じゃあ、一応ルールを説明するけえ、ちゃんと聞きや」

 

 

一、新人アイドルとなり24時間346プロダクションで研修生活。

一、24時間、絶対に笑ってはいけない。

一、笑ってしまったらおしおき。

 

事前説明されていたので知ってはいましたが、アイドル用としてマイルドな調整は一切なく本家へのリスペクトとしてそのままルールで臨むそうです。

アイドルに芸人紛いなことをさせてファンが何も言わないのかと前世のアイドルファンなら思う所でしょうが、この世界ではアイドルという大きなくくりの中に芸人要素も含まれているので問題ないようです。

流石はアイマス世界というべきか、アイドルもそのファンも訓練されすぎでしょう。

まあ、そんな世界でなければ私がアイドルデビューすることもなかったと思いますけど。

 

 

「‥‥テレビで見ている分には楽しそうだったけど、これは大変そうね」

 

「ホントですよ。これ衣装によって防御力に差がありますもん」

 

「菜々さん、文句言っても今更ですよ」

 

「ふふっ‥‥お腹痛い‥‥」

 

「ほら、バスが来るところまで案内するけえ、ついて来いや」

 

 

どうやら、今日は広島弁縛りのままで番組に望むらしい美波に連れられて移動します。

12月の冷たい風が露出している肌を撫でていきますが、私はチートボディの筋量にものを言わせて熱産生に励んでいますから寒く感じることはありません。

 

 

「あっ、七実さん凄いあったかい!」

 

 

お腹を隠しながら隣を歩いていた菜々が、私が産生している熱を感じ取り抱きついてきました。

菜々用の新作と思われるラインのカラーがピンクになっているオーバー・ザ・カラーは、基本的なデザインはみくと同系統ですが頭の飾りや尻尾もネコではなくウサギになっている等細かなこだわりが見られます。

今日これを着たことで、今後のライブではアスタリスクwithなつななは全員がオーバー・ザ・カラーで統一してステージに立つことになるでしょうね。

みくが『李衣菜ちゃんは夏樹ちゃんと同じ衣装なのに、菜々さんはみくと同じ衣装を着てくれない』と言っていましたから、夢が叶って良かったです。

菜々がお泊りに来ている間に様々なサイズを測定しておいて、衣装班に回しておいた甲斐がありました。

 

 

「嘘、菜々ちゃんホント!?」

 

「ホントですって!瑞樹も抱きついてみたらわかりますって!」

 

「オッケー、失礼するわよ」

 

 

私の返答を待たず、瑞樹も私に抱きついてきます。

先程は御洒落は我慢だの瑞樹はまだまだ若いと言っていましたが、やはりこの寒気がやってきた12月の風は精神論ではどうにもならないくらい堪えるようですね。

 

 

「あっ、ホントね。あったかいわ」

 

「七実さんの前世はきっと湯たんぽだったんですね」

 

「違います」

 

 

平平凡凡という言葉が良く似合う、その辺を探せばどこにでもいるようなオタク気質なつまらない人間でしたよ。

今の私を知る人間が聞けば、冗談だと信じられることはないでしょうけどね。

それはさておき、何度も言うようですがこの様子も撮影されているのですから誤解を招いてしまう行動は控えた方がいいと思います。

私達はアラサーアイドルで未婚、普段から一緒に飲んでいてお泊りもしているという事でその関係を邪推する人間も少なくはありません。

某掲示板サイトにおいては、そういったアイドル同士のカップリング談義に花を咲かせる場所もあるようです。

そう言ったことを考えて、内々で語る分については文句を付けるつもりはありませんが、それを現実に持ち込もうとするのはやめて欲しいものですね。

この業界には百合営業なるものもあるようですが、346プロはそれをあえて推し進めるようなことはありません。

そんなことしなくても私達やみくとアーニャのように勝手に周囲が盛り上がってくれますし、そういった感情の関わるようなものは強要するものではありませんから。

 

 

「おっ、丁度じゃな。あれが346プロダクション通勤用バス『SH(シュガーハート)号』じゃ」

 

 

公園に入ってきた心のてへぺろ顔がドアップで描かれた破壊力抜群のバスに、すっかり油断していた私達はまたもや吹き出してしまいました。

いや、美城専務じゃなくアイドルを使用している分だけ温情があると考えるべきでしょう。

それをやられていたら、かなりの間引きずっていたに違いありませんから。

まあ、美城に勤める人間しかわからないような内輪ネタをやっても一般視聴者には通じないでしょうし、あの専務が自身をネタにすることを許可するはずがありません。

例え、最近は丸くなってきたとはいっても許容範囲を振り切るレベルでしょう。

しかし、私の視力に何かしらの異常がなければあのバスを運転していたのは土生部長だったように見えたのですが、気のせいだと思いたいです。

 

 

「し、心ちゃんだ」

 

「あの娘も身体張るわね」

 

「心さんがこんなことするなんて‥‥()()じられなくて、はぁ()()()しました」

 

「お前ら、このSH号はな‥‥シュガシュガでスウィートな超アイドルが描かれた由緒正しいバスなんじゃけえの」

 

「いやいや、シュガシュガでスウィートってこの超アイドルさん。先日うちに泊まった時に酔鯨の瓶を抱いて『やっぱり、日本酒は辛口が一番でしょ。そうだろ☆』って言ってましたし」

 

 

そんな日常での一幕を暴露すると、その様子を見ていない美波がツボったようで笑い始めました。

プライベートを暴露するのはあまりよろしくないでしょうが、菜々と一緒に『しゅがしゅが☆み~ん』なる自爆芸と強要芸を売りにしたユニットを組んでいますから大丈夫でしょう。

本人達に言わせたら違うと否定されてしまうかもしれませんが、傍から見ているとそうとしか捉えようがありません。

 

 

「美波、大丈夫ですか?」

 

「ちょ‥‥ちょっと、待っててください」

 

「よかろう。我は暫し倦怠の海に沈もうぞ」

 

 

美波を心配する振りをして追撃を仕掛けておきます。

予想外の追撃に美波の笑いは更に加速して、復帰までにはもう少しかかるでしょう。

このバスに乗ってしまうと企画が開始されて笑うことが許されなくなってしまうので、少しくらい時間稼ぎを兼ねた笑い納めをしておかなければなりません。

 

 

「もう、七実さん!駄目じゃないですか!」

 

「ちひろも今のうちに覚悟を決めた方が良いですよ。アレに乗ったら地獄の釜の蓋が開くんですから」

 

「それは‥‥そうですけど‥‥」

 

「今は悪魔が微笑む時間ですよ。平穏な時間は誰かから奪い取るしかないんです」

 

 

私流の論理武装によってちひろを言いくるめて、これ以上の追及を有耶無耶にします。

しかし、その代償としてバスに乗れないのでこの寒空の下でまだ待機しなければなりません。

私にしがみついて暖をとっている瑞樹、菜々、そして何故か楓には悪いことをしてしまいましたね。ちょっとした悪戯心だったのですが、高くついてしまいました。

 

 

「はぁっ‥‥はぁっ、じゃあ、1人ずつ乗っていってください」

 

 

ようやく復活した広島弁を忘れた美波に促されてバスの入口へと移動します。

笑い過ぎたことによって上気した顔と潤んだ瞳は、本当に年下なのかと思いたくなるくらいの色気に溢れていました。

特にピュアホワイトメモリーズは純白を基調とした衣装ですから、その穢れなきイメージと赤くなった美波の色気の二律背反な対比が若い男性ファンには堪らないでしょうね。

 

 

「もう一度言いますけど、このバスに乗った瞬間から笑ってはいけませんからね!」

 

「「「「「はぁ~~い」」」」」

 

 

さてさて、こんな罰ゲームのような耐久企画なんて心底やりたくないのですが、頑張らなければなりません。

どんな職業でも楽なことはありませんが、人々の願いの総意である偶像(アイドル)をしていくのも本当に楽ではありませんね。

カメラマンの気配を探って、顔が映らないようにしてマイクに拾われない程度の小ささで溜息をついてからバスのステップに足を掛けました。

 

それでは、平和とは程遠い『笑ってはいけないアイドル24時』開幕です。

 

 

 

 

 

 

この後、346プロのアイドルや本社の人間達が総協力し、あまつさえ765・961・876・315といった他の事務所を巻き込んだネタの数々に私達の腹筋が崩壊することになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編15 if 笑ってはいけないアイドル24時 その2

反響がありましたので、少しだけ続きを製作しました。
次回は掲示板編をやって『笑ってはいけないシリーズ』終了の予定ですが‥‥突然、予定が変わることもありますのでご了承の程と過度な期待はされないでください。

一部キャラ崩壊も継続してありますのでご注意ください。


どうも、私を見ているであろう皆様。

346プロの年末企画として『笑ってはいけないアイドル24時』に挑戦することになってしまいました。

企画自体は先程始まったばかりなのですが、進行役を務めるのが似非っぽい広島弁を話す美波だったり、シンデレラ・プロジェクトのユニット衣装を着せられたり、バスには大きくてへぺろ顔の心が描かれていたりと既にネタのオンパレードで早くも食傷気味です。

良くも悪くも我が346プロは業界最大数の所属アイドルを誇りますから、仕掛け人の選別には困ることはないでしょう。

しかもその所属アイドル達も其々が独自の個性を持っており、活かし方次第で凶悪な刺客になること間違いなしです。

本当に今からでも辞退できるなら辞退したいのですが、請け負った仕事を投げ出すのは私の流儀に反しますので精一杯頑張らせてもらいましょう。

因みに、現在は346プロダクション通勤用バス『SH(シュガーハート)号』に揺られて、美城本社を目指している最中です。

本家と同じようにあからさまな遠回りで向かっているのですが、ここでツッコミを入れても進路変更はないでしょうね。

因みに席順は運転席側から瑞樹、楓、私、ちひろ、菜々の順番になっています。

 

 

「始まったわね」

 

 

沈黙が支配していた車内で、最初に口を開いたのはやはり瑞樹でした。

いつものメンバーにおいて何かと企画を立案する発起人を務めることが多いですから、そうではないかと思っていましたよ。

きっと学生時代は委員長とかで色々仕切っていたのでしょうね。

 

 

「何で私達が選ばれたんでしょうね」

 

「菜々はJKなのに‥‥」

 

 

本当に現役女子高生だったら労働基準法に抵触するので撮影不可になるでしょう。

それに菜々が本当は私達と同年代だという事は、恐らくファンであれば9割以上が、そうでなくても半数以上の人間が知っていると思いますよ。

一応、『ウサミンの年齢に触れてよいのは自爆芸を披露した時のみ』という暗黙の了解があるようですから、積極的な拡散はされていないようです。

本当にこの世界のアイドルに関わる人やファン達は、色々と訓練され過ぎでしょう。

 

 

「JKじゃ()()()‥‥ふふっ」

 

「「「「あっ‥‥」」」」

 

『高垣 アウト』

 

 

この企画の事をすっかり忘れていたのか、いつも通りに駄洒落を言って楓が自爆しました。

お馴染みの音楽の後に美波の声で楓のアウトが告げられ、バスが止まります。

SH号の後ろを付いて来ていたハイエースからお仕置き部隊の仕置人が、懲罰棒を携えて意気揚々という感じで乗り込んできました。

美城の社員内で倍率百数倍の選抜試験を潜り抜けたアイドルのお尻を叩いても興奮し過ぎず、自身を律し続けることができる紳士は、ゆっくりと丁寧に楓に受刑態勢をとるように促します。

 

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 

思ったよりも恐ろしく見える懲罰棒とそれを構える仕置人に、楓は若干引きつった笑みを浮かべてお願いします。

仕置人もリアクションが売りのお笑い芸人ではなく、夢と笑顔を振り撒くアイドル相手なのですからそこまで酷いことにはならないでしょう。

 

 

「いったい!」

 

 

そう思っていた時期が私にもありました。

懲罰棒自体はアイドルの肌に青あざなどを作ってしまわないよう、本家のものよりも柔らかい素材でできています。

ですが、狭いバスの車内でも無駄に高い仕置人の技量により、罰ゲームとして十分過ぎる威力を発揮できるようですね。

誰がこんなことに本気を出せと言ったのでしょうか、そこまで痛くなくても私達だって演技はするというのに。

処刑第1号となってしまった楓は、叩かれた部分を軽く擦りながら座ります。

どういった理由かは知りませんが、運転手を務めている土生部長は楓がちゃんと座ったことを確認してから再びバスを進め始めました。

 

 

「えっと‥‥私達も笑ったらアレを受けるんですか?」

 

「そうですね」

 

 

目の前で起きたことを認めたくないちひろの問いかけに対して現実を突きつけます。

例え罰ゲームのレベルが想定を超えていたとしてもカメラが回ってしまえば、アイドルに逃げ場など何処にもないのですから。

 

 

「えっ、これ不味くない?」

 

「菜々の腰‥‥持ってくれるでしょうか?」

 

「みんな、ひどいです!私の心配もしてください!」

 

 

罰ゲームを受けたのに他のメンバーから一切心配されないことに不満を持った楓が、子供っぽく頬を膨らませて抗議しますが私達はそれを軽く受け流します。

瞬間的な痛みはあれどそこまでダメージがないのは、楓の様子を見ればわかりますので自身の心配で手一杯なのですよ。

我が身可愛さと言いますか、楓の方を見てしまって罰ゲームの連鎖に巻き込まれたくないのです。

私の場合あの程度の懲罰棒では欠片もダメージは入らないでしょうが、それでも叩かれる回数は少ないことに越したことはありません。

 

 

「いや、自爆する方が悪いでしょう」

 

「笑ってはいけないって、わかってたじゃないですか」

 

「楓、ちらないもん!」

 

『千川、安部 アウト』

 

 

楓の突然の幼児退行にちひろと菜々が罰ゲームの犠牲者となりました。

こんな仲間割れを誘発するような行為をしてくるのなら、私も厨二言語の解放せざるを得なくなるでしょう。

ですが、今はまだその時ではありません。こういったものは周囲の流れを感じ取り、ここぞとばかりに使用するからこそ威力を発揮するのです。

むやみやたらに抜かれ振るわれる刀は名刀に非ず、一度抜いたら血を吸わせてからでなければ納めてはいけないとも言われているククリのように必殺の意志を持って解き放ってこそでしょう。

 

 

「もう!楓さん、卑怯で‥‥あいたっ!」

 

「な、菜々の腰はガラス製なのでソフトにィッ!!」

 

 

懲罰棒の味に2人共情けない顔をカメラに曝していますが、視聴者サービスとしては文句なしなので番組側としては大歓迎でしょうね。

2人を道連れにすることができたことで満足したのか、楓は鼻歌を歌い始めました。

顔も満面の笑みという感じですし、監視班と思われる人も判定に困っているようですが限りなく黒に近いグレーとして処理するのでしょう。

 

 

「あんた達、仲間割れはやめなさいよ」

 

「楓さんに言ってくださいよ!」

 

「ホントですよ!結構痛いんですからね!」

 

 

罰ゲームを受けた事で少々気が立っているのか、ちひろと菜々は楓の事を恨みの籠った視線を向けています。

その穿たんばかりの視線の射線上には間に座る私がいるので勘弁してもらいたいのですが、嵌められた側からすれば無理な話でしょう。

開始10分も経っていないというのに早くも険悪なムードが漂うのは、あまりよくありませんね。

恐らく、そろそろ第一の刺客が現れる頃でしょうから、その人がこの雰囲気を吹き飛ばしてくれることを願います。

 

 

「というか、七実さん達も笑いましょうよ!」

 

「そうです!菜々達は一蓮托生でしょう!」

 

 

まだ興奮冷めやらぬのか、とうとう矛先がまだ罰ゲームを受けていない私達の方に向いてきました。

 

 

「無茶言わないでください。まだ、何も起きていないのに」

 

「こういうのはねぇ、笑わないって意識すると沸点が低くなるから自然体が良いのよ」

 

 

楓の駄洒落が微妙なのは通常運行ですし、幼児退行なんていつもの飲みの席で嫌という程に見ていますから、今更笑う要素がありません。

2人もその筈なのですが、笑ってはいけないという気負いの所為か余計に笑いやすくなっているようですね。

何も見えない闇に飲まれるような、これから先のことを憂慮しているとSH号は大きめの駐車場へと入っていきます。

勿論美城本社に着いたわけではありませんので、とうとうこの企画が本当に牙を剥く時間が訪れたのでしょう。

先程まで荒ぶっていた2人も刺客に備える為に、口を閉ざして扉の方を見つめます。

バス特有の開閉音が車内に響き、空気圧の抜ける音と共に扉が開かれました。

さて、鬼が出るか蛇が出るかの運命の瞬間ですね。

 

 

「コンニチハロー♪」

 

『川島、高垣、千川、安部 アウト』

 

 

開かれた扉から勢いよく飛び込んできたフレデリカに私以外のメンバーが撃沈しました。

フリーダムさだけならアーニャすら凌駕する存在自体が喜劇と呼ばれ笑いを誘うというのに、巨大なチューリップの花形をした頭部、木の幹のような胴体、巨大な葉っぱの腕をもつ『うえきちゃん』と呼ばれるLiPPS考案の謎ゆるキャラスタイルで来られたら当然の結果でしょう。

つい先程この雰囲気を吹き飛ばしてくれるような人が来ることを望みましたが、誰がこんな核爆弾クラスを持って来いと願いましたか。

このうえきちゃんスタイルは脚部に当たる部分が黒い固定具になっている為、自分で移動することが不可能なのでお仕置き部隊の人間が運んでいます。

最初の刺客でこれとは、本当に気を引き締めなければ笑い殺されますね。

 

 

「これ無理ですって!‥‥きゃい!‥‥だから、ソフトにぃ」

 

「もう帰りたい‥‥みゃあ!」

 

「ふふっ、ふふふ‥‥いたっ!」

 

「スタッフ、本気出し過ぎよ!‥‥アタッ!」

 

 

うえきちゃんを倒れないように固定した後、お仕置き部隊のメンバーは罰ゲームを執行していきました。

容赦ない快音を響かせていく懲罰棒は、早くも多くの活躍の機会を貰え喜んでいるようにも思えます。

 

 

「改めてコンニチハロー♪346の非公認マスコット、うえきちゃんだよ♪

どうかな、この挨拶?日本語とフランス語を混ぜてみようと思って!けど‥‥ハローって日本語だったね♪」

 

『全員 アウト』

 

 

こんな絶えることなく機関銃の様に吐き出されるフリーダム会話、どう耐えろというのです。

登場シーンは何とか耐えきりましたが、これは無理でした。

想定よりも早くこの瞬間が訪れてしまったことに溜息をつきながら席を立ち、受刑態勢をとります。

開かれたままの扉からお仕置き部隊が入ってきたのですが、その中の1人が持っている懲罰棒は他の者が持つものと明らかに違いました。

黒檀製と思われる長さ1.2m、厚さ5cmはあるであろう警策には、不動明王を示す梵字と『渡 七実専用』と白い墨を使い達筆で記されています。

どうやら、普通の懲罰棒では私にダメージを与えることができないとわかっているのか、特別製の物を用意してくれたようですね。

その温かい配慮に思わず感動して涙を流してしまいそうです。勿論、皮肉ですが。

たった一度の企画の為に高価な黒檀を使った懲罰棒を製作するなんて、その費用に見合った視聴率を獲得できるのか心配になります。

この程度の散財で美城の柱は揺るがないでしょうが、悪ノリを一度許してしまうと際限なくやる人間もいますから注意が必要でしょう。

まあ、その辺は専務や昼行燈達が上手く手綱を握るでしょう。

 

 

「な、なんですか、アレ!くぅッ!」

 

「七実さんだけひどくありま、せんッ!」

 

「ハローが日本語って、日本語ってェッ!!」

 

「やっぱり、この娘最強よ。もうッ!」

 

 

まず通常懲罰棒を持ったお仕置き部隊員が私以外に罰を執行します。

そして、他の部隊員が撤収した後に私担当の部隊員が警策を振りかぶり、溜をつくって狙いをしっかり定め勢いよく振り下ろしました。

堅くも木材としての柔軟性を持つ黒檀が空気を裂きながら進み、私の臀部を強かに打ち付けます。

 

 

「‥‥なるほど」

 

 

この企画の罰ゲームとは、想定通りなかなかの過酷さがあるようですね。

チートボディで威力は9割方逃しましたが、それでも受ける衝撃をゼロにすることはできません。

というか、あのお仕置き部隊員の人から容赦のよの字も感じられなかったのですが、これは私であればこのくらいどうってことないという信頼感からの行動でしょうか。

しかし、横薙ぎではなくあえて自重と重力加速を合わせた振り下ろしを選択した件について、真壁さんには何かしらの報復が必要ですね。

私の母校で教鞭をとっている奥さんにちょっと情報提供をしておきましょう。

 

 

「ワォ!痛そうだねぇ‥‥お尻、大丈夫?」

 

「ええ」

 

 

お仕置きが終わったことで、再び驚異のフレデリカワールドが展開されます。

心配そうに声をかけてくれましたが、他のメンバー達は口を開くと笑いの罠に引っかかる予感がある為か口を閉ざしているので私が代表して応えました。

 

 

「えっと、何の話してたっけ?フレちゃんのしるぶぷれ~♪百選?それとも周子ちゃん達と人助けユニットを組んだ時の話かな?」

 

 

手に当たる葉の部分を上下に揺らしながら笑顔で話しかけてくるフレデリカに、笑いの沸点がかなり低いメンバー達は早くも崩壊寸前です。

しかし、周子たちと一緒に組んだ専務の悩みの種と化しているお助けという名のフリーダムユニットについてはわかりますが、シルブプレ百選とはいったい何なのでしょうね。

フレデリカが延々と様々なシチュエーションでシルブプレと言い続けるものなのでしょうか、需要がない訳ではありませんが購入者層が限定され過ぎていて商品化するには少々決め手に欠けます。

私達は企業なので商品を製作するならばそれ相応の利益を確保することが求められますから、面白そうというだけでは理由にはなりません。

 

 

「違いますよ。新しい挨拶がどうこうといった話です」

 

「ああ!そうだったね!フレちゃん、うっかり♪

でも、今は朝だし、芸能界は夜でも『おはようございます』だから、コンニチハローは流行らないよねぇ。

だったら、『おはようございます』と『グッドモーニング』を合わせたら‥‥『モーニングございます』?何だか、喫茶店みたいだね♪」

 

 

『川島、高垣、千川、安部 アウト』

 

 

勢力拡大を続けるフレデリカワールドにお仕置きのペースが加速していきます。

この拷問のような時間を終える頃には、私達は何度懲罰棒の餌食になっているのでしょうか。

情けない声を出しながらお仕置きを受ける4人に同情しながら、まだまだ撤退の兆しを見せないフレデリカに備えます。

 

 

「菜々が何したって言うんですか‥‥こんなの若い人の仕事ですよ」

 

「楓さん、気を強く持ちましょう」

 

「‥‥帰りたい」

 

「後、23時間近くあるのよね‥‥わからないわ」

 

 

早くも心が折れかけている人間もいますが、ギブアップは認められていないのでまだまだこの地獄に付き合っていくしかありません。

菜々が自爆フレーズを呟いていますが、いつものことなので放置しても大丈夫でしょう。

 

 

「モーニングございます!

 

あら、今日のメニューは何かしら?

 

はい、焼き魚と味噌汁、納豆、たまご、そして産地や研ぎ方、炊き方にもこだわったコシヒカリのご飯です」

 

「それは、モーニングというより普通の朝ご飯では?」

 

『高垣、千川 アウト』

 

 

1人で寸劇を始めたフレデリカにツッコミを入れると両隣に座っていた2人が笑ってしまいました。

そんなつもりはなかったのですが、最近バラエティ番組の出演が多かったせいかついツッコミを入れてしまうようになってしまったのです。

これもバラエティ系の企画ではありますが、下手なツッコミは笑いを助長するので悪手以外の何物でもありません。

 

 

「ツッコまなくていいじゃないですか!キャッ!」

 

「もう、七実さん!本当にやめてくださ、いつッ!」

 

「すみません、つい」

 

 

お仕置きを受けながら物凄い視線を向けられたので、素直に謝罪しておきます。

 

 

「いや、今の七実はひどいわ」

 

「菜々もそれは考えていましたけど、あえて言わなかったのに」

 

 

たった1度ツッコミを入れてしまっただけなのにひどい言われようですね。

私に非がある以上は何も言い返すことができませんし、ここでの仲間割れは23時間以上時間を残している耐久系企画において致命傷となり得ます。

 

 

「う~~ん、確かにモーニングといえばパンだけど‥‥今日はご飯な気分だから」

 

「そうなんですか」

 

「でも、明日はパスタな気分かな♪」

 

「なら、ありすに伝えておきま「それは、やめて」‥‥はい」

 

『全員 アウト』

 

 

私の言葉を遮るように真顔でお願いしてきたフレデリカに、私達は見事にやられてしまいました。

絶対に、今のは素の反応でしたね。再び特別製の警策の一撃と他メンバーからの咎める視線を受けながら、そう確信します。

確かに『橘流イタリアン いちごパスタ』はいちごソースや生クリーム、カットいちごにブルーベリーが添えられた、まさに言葉を失う一品でしたね。

頑張って作ったいちごパスタが残ってしまって、ありすが泣いてしまわないように私と弟子2人で6人前はあった大皿を平らげたことがあります。

脳がパスタと言えば、トマトソースやクリームソースといったものと絡んでいるという先入観から最初こそ拒絶反応的なものがありました。

ですが、慣れてしまえばこういった食べ物であると普通に食べることができる味でしたね。

甘味と酸味もどちらかに偏り過ぎず、いちごソースが絡み薄い桃色に染まったパスタに生クリームのコクが加わることで味の暴走を優しく受け止めてくれます。

まだまだ調理過程や食材の下処理において改良の余地はありますが、それをするくらいだったら普通にパスタで一品、いちごを使ったデザートを作った方が建設的ですが。

因みにこのいちごパスタに対する弟子2人の反応は、味噌ココアボルシチに慣れ親しんだアーニャは最初から苦も無く普通に食べ、味覚も常識的なみくの方は一口目こそ表情を硬くしましたが何とか耐えきってゆっくりと食べ進めていました。

その後数日間、みくはいちごに対して拒否反応を示すようになったそうです。

フレデリカの表情を見る限り、どうやらいちごパスタは経験済みのようですね。

同じプロジェクトクローネのメンバーですし、周子と一緒に何かと絡んでいるそうですからきっと日頃のお礼といった理由で振舞われたのでしょう。

完全な善意として振舞われた品を無下に断ることなどできる2人ではありませんから、ありすを泣かせてしまわない為に頑張って完食したのでしょうね。

 

 

「あっ、そろそろレッスンの時間だ。じゃあ、しぃ~ゆぅ~♪」

 

 

どうやら、フレデリカワールドもここで時間切れの様です。

再び現れたお仕置き部隊のうえきちゃん輸送班によって搬出されてゆくフレデリカを見送りながら、私達は示し合わせたわけでもなく同時に安堵の溜息をつきました。

10分にも満たない短い時間でしたが、それでも大戦果といっても過言ではないでしょう。

出だしからこのペースだと現在一番笑っている楓は、最終的な回数が200の大台に乗るは間違いないと断言できます。

 

 

「「「「「‥‥」」」」」

 

 

フレデリカが去った後の車内に早くも気まずい空気が流れ出しました。

4人共アイドルがしても良い限界ギリギリを攻めるような、素に近い表情をしています。

こういった時にムードメーカーとして活躍してくれるのは一番精神年齢が幼く、無駄に元気溢れる楓なのですが、今回は一番気落ちしている為それは見込めません。

考えるまでもなく、私が頑張るしかないようですね。

 

 

「とりあえず、気を持ち直しましょうか」

 

「むぅ~~りぃ~~」

 

「‥‥楓、その似ても似つかないそれは乃々の真似ですか?」

 

『川島、千川 アウト』

 

 

場の空気を紛らわそうとしたのに、似てない乃々の真似をしてきた楓の所為でつい声のトーンが落ちてしまいました。

 

 

「最近、七実さんが乃々ちゃんを気に入ってるのは知ってましたけ、どォッ!」

 

「だからって、なんでそこで怒るの、よッ!」

 

 

最近デビューを果たした森久保 乃々というアイドルは、小動物チックな行動と自信のなさが表れているネガティブ気味な言動が私に守護らねばという気持ちを抱かせるのです。

私と同じようにお節介焼き気質な凛もそう思っているようで、ラジオで共演して以来何かと気にかけて一緒に仕事をしているようですね。

乃々の性格上、己の肉体を賭して言葉の弾丸が飛び交う激戦区駆け抜けるバラエティ番組は鬼門ともいえるので、私はなかなか一緒に仕事をすることができません。

それに強大な存在を敏感に察知する小動物的なセンサーか何かに引っかかるのか、私が近づくと机の下に隠れてしまいます。

まあ、そんな娘を甘やかしてゆっくりと懐かせるというのも楽しみの1つですので、気長に頑張っていくつもりですよ。

 

 

「いや、乃々とこの25歳児、どちらが愛らしいか語るまでもないでしょう?」

 

「‥‥パパ、酷い」

 

「娘よ‥‥何故、敢えて鬼にならんとするこの父の気持ちをわからぬ!」

 

『高垣 アウト』

 

 

いつも同じ返しをすると思わないことですね。

揶揄うように『パパ』呼ばわりしてきた楓に、オペラのような大仰な仕草を交えながら返してやりました。

厨二とは違いますが、これでも効果は十二分であることが証明されたでしょう。

アウト判定を取られたのは楓だけでしたが、菜々やちひろもアウトになってもおかしくないグレーゾーンな表情をしていました。

 

 

「卑怯、卑怯卑怯ひきょう、ひぎょッ!」

 

『川島 アウト』

 

 

想定外の返しに呪詛のように卑怯と呟きながらお仕置き受けた楓の変な声に、笑いの連鎖が生じて隣に座っていた瑞樹が巻き込まれます。

今の声はファンに聞かせたら不味いだろうと、後で編集班に直談判をしなければならないと思わせるほどにひどい声でしたね。

例えるなら引きつったペンギンの鳴き声でしょうか。

 

 

「周りを巻き込むのはやめなさいよ!もうッ!」

 

「なんでしょう‥‥菜々、もうこの空気に馴染みつつあります」

 

「菜々さん、バラエティ馴れしてますもんね」

 

 

私と同じくバラエティ系の番組で活躍することが多い菜々は、早くも覚悟を決めきったようでセオリーの復習を始めました。

そんな菜々を見て、ちひろが物凄く同情的な視線を向けます。

確かにそうしたくなる気持ちは解らないでもないですが、それは例え身体が追い付かなくても心まではそうならない菜々に対する侮辱にしかなりません。

ですが、今度武内Pに真っ当なアイドルらしい仕事を回してあげられないかと打診しておきましょう。

 

 

「とりあえず、今後も襲い来るであろう刺客に備えましょうか」

 

 

再び動き出した車内で、私は再び空気を一新するように発言します。

今度は茶化すのは無しだとアイコンタクトで厳命していますし、わざわざお仕置きを受けにいきたいと思うドMな性癖は持ち合わせていないはずなので大丈夫でしょう。

 

 

「最初から346プロ最強格を持ってくるあたり、番組側も本気よね?」

 

「菜々の経験上、ここからも同等の刺客が来ますよ」

 

「七実さん達の苦労がわかった気がします」

 

「お酒飲みたい‥‥」

 

 

約1名現実逃避をしている人間が居ますが、その他のメンバーは私の意見に賛同してくれたようですね。

フレデリカはあくまで前座であると私の勘も告げているので、これからも厄介な笑いの刺客たちが次々に襲い掛かってくるのは確定でしょう。

346プロの定番ネタは勿論のこと、元ネタをリスペクトしたネタも豊富に取り揃えているでしょうから、油断すると私達の腹筋はそれはもう鍛え上げられるに違いありません。

 

 

「バスでの刺客って、だいたい何組くらいでしたっけ?」

 

「確か平均3組くらいだったと思いますよ」

 

「つまり、後2組は覚悟した方が良いと」

 

「でしょうね」

 

 

最初の刺客にすら甚大な被害を被ったというのに、それと同等の刺客が後2回は来る可能性が高いと知り、ちひろの笑顔が固くなりました。

そんな笑顔では346プロを代表する笑顔評論家である武内Pから、厳しい言葉を貰うことになるでしょうね。

 

 

「というか、七実さんだけお仕置き棒が酷くないですか?」

 

「同じものだったら不公平だ!って思ってたけど、あれって殆ど木刀じゃない。大丈夫なの?」

 

 

フレデリカショックで後回しにされていましたが、話題は私専用懲罰棒についてとなりました。

他のメンバーが受けたら冗談にならないレベルのダメージが与えられる特製警策ではありますが、問題はありません。

 

 

「ええ、全く」

 

「七実さんって、耐久力も規格外ですよね」

 

「鍛えてますから」

 

 

剥き出しの右腕の筋肉を誇示するように力瘤を作り、そう答えます。

本気で私にダメージを与えたいのなら七花レベルの存在を連れてこなければ、不可能でしょう。

 

 

「でも、七実さんの筋肉って柔らかいんですよね」

 

「楓‥‥一応撮影されているのですから、もたれ掛かるのはやめなさい」

 

 

トップアスリート達を見稽古して作り上げられたこのチートボディは全身が上質な筋肉で構成されている為、その見た目に反してそこまで力が入っていない平時ではかなりの柔らかさを誇ります。

それに加えて私は全身の筋肉の張り具合を調整できますので、やろうと思えば頭部に絶妙な具合でフィットする肉枕を創造することができるのです。

今日までに数多のアイドル達を虜にした膝枕も、これのちょっとした応用というやつですね。

 

 

「でも、いい感じの高さなんですよ?」

 

「理由になってません」

 

 

長丁場になるのですから、こんな序盤でへたばっていたらこの先生き残れませんよ。

それを伝えようとしたら、SH号が再び大きめの駐車場へと侵入していきます。

この流れは確実に次の刺客が待機している場所へと辿り着いてしまったという事なのでしょうが、いくら何でもペースが早過ぎますね。

他のメンバー達も同意見なのか、顔が強張って会話が途絶えました。

集合場所が美城本社からあまり遠くない公園だった時点で嫌な予感は覚えていたのですが、まさか刺客のペースを縮めてくるとは思いたくありませんでしたよ。

無理に予定を詰め込むと破綻してしまいかねませんので、余裕を持った計画を立てることをお勧めします。

そんな私の思いやりを無視するかのように、開閉音と共に扉が開かれました。

いったい、次はどんな刺客が現れるのでしょうか。

 

 

「きゃっぴぴぴぴ~ん!まっこまこりーん♪みんなのアイドル、菊地真ちゃんなりよ~!」

 

『川島、高垣、千川 アウト』

 

 

開いた扉から満点の笑顔で颯爽登場したのは、ピンクを基調とした甘ロリ系ファッションに身を包んだ765プロを代表するイケメンアイドル菊地 真さんでした。

前世知識で菊地さんは外見こそイケメンですが、中身は女の子らしい格好や少女漫画に憧れたりする普通の女の子である事を知っています。

そんな思いをネタにするような真似をしてしまい、笑いよりも申し訳なさで心が一杯ですよ。

本当にこの番組の企画班が申し訳ありません。

 

 

「これ以上はお尻が大変なことになりますってぇ!」

 

「ごめんなさい、本当にうちのプロダクションがごめんなさいぃ!」

 

「これ他のプロにも声かけてるわけぇッ!」

 

 

アイドル達がお尻をしばかれる光景を目の当たりにしながらも、一切表情を変えないあたり765プロのバラエティ馴れを感じます。

うちの幸子ちゃんとトップバラドルの座を懸けて覇を競い合っている天海 春香を擁しているだけのことはありますね。

 

 

「あれれぇ~~ボク、ここで待ち合わせてるんだけどぉ?皆さん知りません?」

 

「いえ、知りません」

 

「菜々もです」

 

 

愛読している少女漫画に影響された所為か、かなり暴走した女の子らしさアピールを見て私の居た堪れなさゲージは天元突破しそうな勢いで上り詰めています。

いや、本当に笑えないんですよ。これ。

笑いのツボは人それぞれなのでケチを付けるつもりはありませんが、私にはこのネタは受け付けられません。

笑いという一点ならば先程のフレデリカの方がダメージは大きいでしょうが、罰ゲーム的な地獄レベルではこちらの方が格段に上です。

笑ってはいけない企画で笑わないことが、こんなにも苦痛になるとは想定していませんでした。

 

 

「おかしいなぁ、どうしたんだろ?」

 

「ごっめ~~ん!」

 

 

ここでもう1人の刺客がやってきたようですが、私の耳に入ってきた声からして脳内で警鐘が鳴り止みません。

まるで見てはいけない深淵を覗き込もうとして、深淵から頂上的な存在に覗き返されてしまった探索者のような気分です。

違っていてほしいと願いますが、私の人類の極限たる聴覚と解析スキルが無情にそれはないと残酷に伝えてきました。

ネタの傾向と相手が解っていても、これは笑ってしまうでしょうね。予測可能回避不可能というやつです。

 

 

「なっつなつき~ん♪スーパーロックアイドル、木村 なつきちちゃんだぜッ!」

 

『渡、高垣、安部 アウト』

 

 

菊地さんが待ち合わせていた相手は、うちのイケメンアイドル枠である夏樹でした。

いつものクールでロックなハートを感じさせる装いとは打って変わって、気合の入っているリーゼントスタイルを解き、菊地さんの着ているものと似たクリーム色の甘ロリ衣装を纏った姿はいつぞやのメイド服を思い出しますね。

ですが、肩に担がれたギターケースにロッカーとしての確固たる意志と魂を感じます。

ポージングも無駄にキレがあって完成度も高く、イベント限定ユニットを組んだこともある私と菜々がこれを耐え切ることなど不可能でしょう。

 

 

「笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ笑っちゃダメだ、笑っちゃダメェ!」

 

「なつきちちゃん!貴方はこっちに来ちゃ駄目でしょォ!」

 

「足を踏ん張り、腰を入れましょう。そんなことでは、私にダメージを与えられませんよ」

 

『千川 アウト』

 

 

急いでいる為か警策の振るい方が雑になっていたので、アドバイスを入れるとちひろが撃沈しました。

 

 

「なんで、お仕置きのアドバイスなんかするんですか!バカでしょう!?バカバカバカァ!」

 

「馬鹿呼ばわりは酷いですね。強いて言うならば、何となくですよ」

 

「それをバカって言うんですよ!」

 

 

連鎖に巻き込まれた所為か、若干興奮気味のちひろですが撮影中ともあり、すぐに気持ちを切り替えて席に座りました。

そんな様子を見て夏樹や菊地さんは、お仕置きの心配がないので存分に笑っています。

 

 

「もう、なつきちちゃん、遅ぉ~い。何してたのぉ?」

 

「服を選んでたのぉ♪」

 

 

普段の2人からは程遠い甘えるような猫撫で声での会話に、早くも他のメンバーの腹筋は崩壊寸前です。

かく言う私も、先程までは全く笑える気がしませんでしたが、夏樹が加わったことによって居た堪れなさが軽減されちょっとまずいですね。

さっきから思うのですが、色々際どい所を攻めていってこれちゃんと放映できるのでしょうか。

準備や出演料に掛かった費用を含む諸々から考えて、放映できなければ346プロの懐事情に結構な打撃を受けることは間違いないでしょう。

まあ、あのやり手な専務や昼行燈達美城上層部がそんな無駄になるような浪費をするわけないので、あまり心配はしていませんけど。

 

 

「どこでぇ?」

 

「原宿ぅ♪」

 

「えぇ~~、何でボクも誘ってくれなかったのぉ?」

 

「ごめぇ~ん」

 

『川島、高垣 アウト』

 

 

序盤のじの字にすら到達していないバスでの第2の刺客で、これほど罰ゲームを受けている私達は平和に終わりを迎えることができるのでしょうか。

『笑ってはいけないアイドル24時』はまだまだ続くようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、甘ロリ衣装のまま完璧すぎる『Jet to the Future』を披露され全員が笑ってしまうのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編16 if 笑ってはいけないアイドル24時 掲示板

これにて『笑ってはいけないシリーズ』は一旦終了とさせていただき、次回以降は本編の更新となります。

また、この掲示板ネタも展開が遅々として進まず中途半端な位置で終わりとなっていますがご了承ください。
キャラ崩壊は継続していますので、ご注意ください。


‐追記‐
H29年1月26日
ワンコ派様が拙作の七実(光ト闇ヲ繋グ薔薇仕様)を描いてくださいました。
後書きに掲載していますので、是非見られてください。


【年末特番】笑ってはいけないアイドル24時【346プロ】

 

 

555 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いや、ここまで本家をリスペクトしたものになるとは思わなかった

 

556 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まこちーと夏樹ちゃんのJet to the Futureの完成度の高さよ

 

557 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お仕置きを受けてるメンバーを見てると新しい扉が開けそう(1名を除く)

 

558 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、笑いっぱなしなんだが

 

559 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他プロまでゲスト参戦するって、346金掛けすぎだろ

 

560 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

うえきフレちゃんにも散々笑わされたが、この2人も凄い

 

561 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、誰か七実さまのお仕置き棒について触れろよ!

 

562 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

録画しておいて正解だったな

 

563 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここまでの時点でBD購入確定ですわ

 

564 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他の定番ネタと言えば

 

・引き出し

・タイキック

・家族出演

・○野のビンタ

・鬼ごっこ    くらいか?

 

565 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>559

まあ、企業規模なら業界最大だからな

 

566 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ギスギスしているようで、仲が良い

そんなこの5人が私は大好きです

 

567 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これが後4時間近く楽しめると思うと、感無量だな

 

568 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

末代までの家宝とします

 

569 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>560

それもあるが、所々で厨二化する七実さまが酷い

あんなん、笑わないはずがないだろ!

 

570 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さんがしばかれ過ぎてお尻が心配

 

571 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

個人的にちひろさんの「みゃあ」が可愛すぐる

 

572 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

765が出たという事は、これ他プロも出てくるな

 

573 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

菜々さんの腰はほんとに割れ物注意レベルなので、手加減してあげてください

 

574 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これ幸子版で見たいな

 

575 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他プロでるなら876出してほしいな

 

576 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>561

だって、七実さまだぜ?

 

577 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、また楓さんが‥‥

 

578 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

笑い過ぎだろJK

 

579 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

元々沸点低いからなぁ

 

580 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

企画と相性悪すぎだろ

 

581 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>561

木刀が出てきた時は引いたが、アドバイスしだした七実さまにもっと引いた

 

582 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

それにしても、全員衣装が似合ってるよな

 

583 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

むくれてる楓さんカワイイ!

 

584 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

このメンバーでは、ちひろさんと一緒で最年少になるから子供っぽくなるんだよな

 

585 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

25歳児呼び不回避

 

586 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、最年少は菜々さんだろ!いい加減にしろ!

 

587 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

割と濃いキャラのはずであるkwsmさんが空気気味という恐怖

 

588 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ライダー組って、やっぱりすごいなと思いました

 

589 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここまででまだ最初のバスネタの最中という事実

 

590 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ほっとけば、何分か後には戻ってるわ」

 

川島さん酷い‥‥まあ、そうだろうけど

 

591 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

信頼感がないとある意味言えない台詞だよな

 

592 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>564

鬼ごっこって、七実さま捕まるのか?

 

593 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

菜々さんが腰をさすってる、かわいい

 

594 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>582

今回の衣装班は、有能だよな

 

595 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

CMか‥‥

 

596 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここぞとばかりに宣伝される仮面ライダーIdol

 

597 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、美城としてはこのメンバーを集めたわけだし、当然推すよな

 

598 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

NGSちっひ、萌え死ぬわ

 

599 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

このライダーの中身も七実さまなんだよなぁ‥‥

 

600 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

企画の募集、第2弾だと!

 

601 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

再び貴方の企画をアイドル達が忠実再現してくれるかも!?

 

602 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

最優秀企画の提案者には特別席ライブチケット!

 

603 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

応募するしかねぇ!

 

604 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

悪いな、選ばれるのは俺だ

 

605 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

温めてきた妄想の封印を解く日が来たか

 

606 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺、楓さんと世界の銘酒巡りをするんだ!

 

607 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

とときんと南の島でバカンスしたい!

 

608 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

-LEGNE- 仇なす剣 光の旋律のMVの続きを!

 

609 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

卯月ちゃんと長電話で語り明かしたい!

 

610 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

しゅーこちゃんのお稲荷様コスで狐の嫁入りがみたい!

 

611 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この笑ってはいけないをシリーズ化、どうかお願い致します!

 

612 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>604

選ばれるのは自分だと思った?残念、僕様ちゃんでした

 

613 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

色々濃過ぎる346プロの裏側を見てみたい

 

614 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前ら欲望漏れすぎだろ‥‥ちゃんみおのお姉さんしてるとこが見たいです

 

615 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

CMまで気を抜けないとは

 

616 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

更にやるようになったな346プロ!

 

617 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

明けたぞ、雑談止めろ

 

618 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

次々と襲う刺客に早くもお疲れのメンバー(七実さまを除く)

 

619 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

回数は少なくても一番えげつないお仕置きをされている人が一番元気という事実‥‥わからないわ

 

620 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

雰囲気の落差がすごい

 

621 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、実際似たようなことやったことあるが1時間でやめようってなった

 

622 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やって欲しい企画として投票したけど、マジすんません

 

623 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>618

七実さまが疲れてた時なんてあったか?

 

624 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、止まったぞ

 

625 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

次の刺客は誰だ?

 

626 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346系、それともまた765?

 

627 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

総員、衝撃に備えよ!

 

628 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱりCI楓さん、どんな角度から見ても可愛いわ

 

629 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>592

捕まるわけないだろ、あの人の身体能力は五輪クラスだぞ

 

630 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

男?

 

631 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

誰だ、こいつ?

 

632 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、七実さまが笑った

 

633 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

えっ、すまん。マジでわからんから、知っている奴いたら教えてクレメンス

 

634 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

わい、男はJupiterしかわからんのや

 

635 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

サングラスとマスクの所為で特徴が隠されてるから余計に分かりにくい

 

636 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、広島弁みなみんが割って入った

 

637 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺氏、広島県民。地元の言葉で話す美波さんにキュン死寸前

 

638 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「さて、今からこのアイドルさんの名前を当ててもらうからの。正解者にはプレゼントもあるけえ、頑張りんさいや」

 

方言娘っていい、改めてそう思いました

 

639 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

当ててもらうというか、もう1名わかってる人が居るみたいなんですが

 

640 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

木刀、良い音させ過ぎじゃないですかねぇ?

 

641 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「は、早く‥‥当ててください。でないと、僕は‥‥」

 

こいつ5人とあまり年齢変わらないのに、かなりコミュ障じゃね

 

642 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

大学での自分を見ているようで共感沸くわ

 

643 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

森久保ォ!みたいなアイドルもいるけど、大人でこれって割と不味くね?

 

644 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルやる前にメンタルケア池

 

645 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そして、誰も答えない

 

646 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

男系アイドルだろ?なら、961や315を当たればわかるんじゃないか?

 

647 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

解っていても、番組の為に敢えて答えない七実さま、マジ大人

 

648 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

即答されたら、見せ場が少なくなるもんな

 

649 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>642

俺は同族嫌悪した

 

650 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「七実さん!わかってるんでしょ!答えてくださいよ!」

 

こいつ、熱演過ぎね?

 

651 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここに来て七実さまお仕置きラッシュ

 

652 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そして安定してしばかれる楓さん

 

653 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一応『危険ですので絶対に真似しないでください』ってテロップがでるけど‥‥

真似するバカが出てくるよな

 

654 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>650

これ、熱演じゃなくて素だと思うぞ

 

655 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今の声でわかったわ、これ七実さまじゃなくても絶対に笑うwww

 

656 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そこまで懇願されても沈黙を保つ七実さま……素敵やん

 

657 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、男。お前、アイドルだろ?イメージとか大丈夫か?

 

658 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

寧ろこいつを送り出した事務所、大丈夫か?

 

659 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これ、半分事故放送だろww

 

660 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>655

知っているのか、雷電!

 

661 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「いや、答えてあげたいとは思いますが‥‥アイドルならわかるでしょう?」

 

仕事をしている大人は大変だな

 

662 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

此奴www

 

663 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「そんなの関係ない!」

 

こいつ必死過ぎww

 

664 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルが番組とかを関係ないとか言っちゃ駄目だろ!

 

665 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>655

おい、答えを教えろよ!

 

666 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「答えてあげたら?」

 

「いやいや、ここはもう少し引きのばさないと」

 

流石、菜々さんもバラエティ馴れしていらっしゃる

 

667 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みずきんは、どっちかっていうとお堅い系や王道系が多いもんな

 

668 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ホントにこの5人のバランス絶妙

 

669 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>665

  _n

( l   ハ,,ハ

  \\ ( ゚ω゚ )

   ヽ___ ̄ ̄ )   お断りします

     /    /

670 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「美波、収拾付けなさい」「えっ、あっ、はい」

 

最年少に放り投げる七実さま、鬼だな

 

671 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、進行役だからな

 

672 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いい経験になるんじゃないかな

 

673 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっ、サングラスとマスクを外すのか

 

674 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どっちかからかと思ったが、一気にいったな

 

675 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>656

プロ意識はかなり高いからな

余程のことでなければ、酷い無茶ぶりにも答えてくれるって芸能関係者が言ってた

 

676 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

誰か、しばかれるシーンだけのまとめを作ってください!

何でもしますから!

 

677 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>674

たぶん、ゲストが耐え切れないと思ったみなみんのファインプレー

 

678 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もう笑いを通り越して、哀れになってきた

 

679 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

金と赤のオッドアイ?

 

680 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

えっ、これって

 

681 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

悲報 これでも分からない他4人

 

682 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイツってこんな性格だったっけ?

 

683 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本当に分からないんだが?

 

684 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ポカンとする4人の顔、スクショしたい

 

685 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>681

だって、この中で絡んだことあるの七実さまだけだもん

 

686 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>669

AAなんて、使ってんじゃねぇ!!

 

687 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、この野郎!

 

688 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

此奴、七実さまに縋りつきやがった!

 

689 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

御足に触れようとするなど、万死に値する!

 

690 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

既に七実さまスレがアップを終了している件について

 

691 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「お願いいたします!じゃないと、プロデューサーがクリーニングに出すって言うんです!」

 

「アイデンティティ崩壊寸前で困惑しているのはわかりますが、落ち着きましょう」

 

692 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

成人男性の突進を片手で止める七実さま

 

693 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、そこを変われ!

 

694 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今なら、阿修羅すら凌駕できそうだ

 

695 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

絶対に許早苗!

 

696 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>683

315のサイトでオッドアイのアイドルを探せ

 

697 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「貴方は私の右隣の25歳児か!この26歳児!」

 

これは酷いwww

 

698 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

26歳児www

 

699 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この七実さまの無駄に的確なネーミングセンス、好きだわ

 

700 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

的確に他のメンバーを笑わせていくスタイル

 

701 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

無自覚なのが質が悪いよな

 

702 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今度から、こいつは26歳児って呼んでやる

 

703 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>692

しかも、相手に怪我させないように配慮してる

 

704 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

緊急速報 アスラン=BBⅡ世、中身は26歳児

 

705 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

うわ、正解してもらえてすっごい笑顔ww

 

706 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

答えを聞いた瞬間、吹き出す4人

 

707 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

モニターがコーラまみれになったわ

 

708 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

隣で見てた315好き妹が、さっきから呆然として無反応なんだが‥‥どうすればいい?

 

709 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

知っている人が見たら、まあそうなるな

 

710 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ほんと‥‥笑わせてくれる‥‥

 

711 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、サタンと眼帯が渡された

 

712 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「我こそはアスラン=ベルゼビュートⅡ世。この世の罪全てを着せられ肩に鎮座せし悲しき運命を背負う堕天使サタンに仕えし者なり!アーッハッハッハッ!」

 

こんなのを公共電波に乗せられる‥‥アイドルってすごいなと改めて思いました

 

713 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやいや、これは特別枠だろ

 

714 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

らんらん、飛鳥ちゃん、アスラン、七実さま

最近は厨二系アイドルは増えつつあるけど、まだまだ少数派だよな

 

715 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「我が闇の力が高まった。礼を言うぞ!アーッハッハッハ!」

 

さっきまでのコミュ障具合が嘘のようだ

 

716 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

嘘みたいだろ、さっきまでコミュ障だったんだぜ?

 

717 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「良かったですね」

 

七実さまの完璧笑顔、母性が溢れてて尊い

 

718 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>708

やっちまえ(・ω・)b

 

719 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「噂に聞いてましたけど、凄いキャラですね」

 

ウサミン星人が何を仰る

 

720 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おまいうなんだよなぁ‥‥

 

721 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>715

普通のコミュニケーションは無理だから、これもコミュ障だろ

 

722 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

3人目の刺客は破壊力がないな‥‥そんな風に思っていた時期が私にもありました

 

723 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>714

しれっと、七実さま混ぜるな!

 

 

 

 

 

 

 

932 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやぁ、SHさんは強敵でしたね

 

933 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

専務役の前に、突然のリアル専務登場は可哀想だったわ

 

934 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

顔青褪めてたもんなwww

 

935 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

専務意外と若かったな、もっとBBAかと思ってた

 

936 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっと目が死んでたけどな‥‥

 

937 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

最後の意味深発言何だったんだろ

 

938 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっ、控室に移動か

 

939 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

遂に引き出しネタ、クル━━━━━━m9( ゚∀゚)9m━━━━━━!!

 

940 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、タイキックは誰に逝くやら

 

941 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>937

「専務も大変ですね」って言った七実さまに、「時期が来れば、君もわかるさ」だろ?

 

まあ、そういうことだろ

 

942 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

DVDはどんなネタが詰まってるんだろうな

 

943 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スイッチが気になる

 

944 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>936

進んで表に出たがるタイプじゃなさそうだし、ちかたないね

 

945 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

控室が本家より豪華な件について

 

946 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一回だけ(予定)の企画に金掛け過ぎだろ!回収できんのか?

 

947 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

えっ、346のアイドル候補生ってこんな好待遇なん?

 

948 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ネタが仕込まれていそうな所が結構あるな

 

949 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他のメンバーが机に向かう中、1人クリアリングをする七実さま

 

950 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やめてください、ネタが殺されてしまいます

 

951 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

番組側も以前のドッキリで無駄だと悟ってるだろ

 

952 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>940

流石にアイドルにタイキックはできないんじゃね?

 

953 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、七実さま怒られた

 

954 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石、川島さん

 

955 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまを叱れる人間て圧倒的に少ないもんな

 

956 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱり熟年夫婦にしか見えんわ

 

957 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「人は潜んでいないようですね」

 

は?

 

958 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

えっ、何かいるん?

 

959 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>951

何それ、kwsk

 

960 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そういえば、小梅ちゃんが七実さんも見える人だって言ってたな

 

961 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

次スレ

 

【大企業の】笑ってはいけないアイドル24時 その2【本気】

ttp://xxx

 

とりあえず、こっち埋めてから移動しようぜ

 

962 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>947

いや、そんな訳ないだろ‥‥たぶん

 

963 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

【悲報】346プロには霊的な何か居る

 

964 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>952

アイドル‥‥アイドル?のおしりを木刀で叩く会社だぜ?

 

965 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>959

ドッキリを仕掛けようと部屋に潜んでいた仕掛け人に入室時点で気づき、逆ドッキリ

 

966 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

小梅ちゃんがいる時点で、元からわかってただろ

 

967 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

全員、座ったな

 

968 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

席順からして、川島さん=田中、菜々さん=邦正、七実さま=浜田、ちっひ=松本、楓さん=遠藤ポジションか?

 

969 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まんまってことはないんじゃね?

 

970 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「誰からいく?」

 

やっぱり、川島さんが仕切んのね

 

971 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

菜々さん、めっちゃ拒否ってる

 

972 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、いった!

 

973 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一切の躊躇いなし!

 

974 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さすなな!

 

975 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

DVD!!

 

976 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

早速、きたか‥‥

 

977 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、被害担当になってね

 

978 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どんな、映像が入ってるんだろう

 

979 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

噂の弟さま大公開とかか?

 

980 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>970

まあ、性格的にそうなるんじゃね?

 

981 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっ、パネルだ

 

982 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

横から覗き込んだちひろさんとウサミンが吹いたが、何が写ってるんだ?

 

983 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

余程の破壊力があるみたいだな

 

984 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

卑怯www

 

985 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これはw

 

986 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま(チャイルドスモック)

 

文字だけで伝わる、この面妖さよ

 

987 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「とときら学園の特別編で、一度だけ着て没になったやつですね‥‥というか、全員着たでしょうが」

 

何ですと!?

 

988 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何それ、超見たい!

 

989 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタッフ、入れててくれよ!頼む、頼むよ!

 

990 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そういえば、ウサミンは本編に出てたな

無駄に似合ってて、違和感がないのが違和感だった

 

991 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

特別編って、このメンバーが先生役で出たやつだったよな?

 

992 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま学園長は、はまり役だったと思ってる

 

993 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの机はこれだけか‥‥

 

994 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、他のメンバーには何が入ってるんだろうか

 

995 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっ、次は川島さんか‥‥

 

996 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何が出るかな、何が出るかな

 

997 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もう埋まりそうだな

 

998 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前ら、移動するぞ

 

999 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ガス噴射とかで驚く楓さんが見たい!

 

1000 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

面白いやつ、お願いします!

 

1001 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

このスレッドは1000を超えました。

もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです

 

 

 

 

 

 

【大企業の】笑ってはいけないアイドル24時 その2【本気】

 

 

1 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

次スレです。

 

番組公式HP

ttp://yyy

 

前スレ

【年末特番】笑ってはいけないアイドル24時【346プロ】

ttp://zzz

 

2 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

たて乙

 

3 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

パネルの破壊力がすごい

 

4 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、ひでぇwww

 

5 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

パネルを持って同じポーズをとるのは、許されんわ

 

6 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本家よろしく積極的に笑わせていくな

 

7 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

争え‥‥もっと争え‥‥

 

8 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは、泥沼不回避

 

9 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまはこれで終わりか

 

10 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この企画、ホント濃いな

 

11 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺、本家よりもこっちの方が好きかも

 

12 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>6

七実さまは、仕事はきちんとこなす方だからな

 

13 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、順調に回数が積み重ねられていますな

 

14 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

エロい表情が多すぎて‥‥正直、抜いた

 

15 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

次は、川島さんが行くみたいだな

 

16 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どんな、罠が仕掛けられているのやら

 

17 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ワクワク、ワクワク

 

18 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

意外!それは電撃!!

 

19 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「キャッ」って声、むっちゃエロ可愛かった

 

20 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ああいうトラップって、心構えができない分ダメージでかいよな

 

21 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そして、笑ってしまう楓さん

 

22 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石は、このメンバーのセクシー担当

 

23 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>11

絵が綺麗だから、その気持ちはわかるが

でも、やっぱり元ネタあってのこれだろ

 

24 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

25歳児、いい加減学習白

 

25 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さんファンとしては素材が増えることに喜びを感じています

 

26 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「何よ、これ!無茶苦茶痛いじゃない!」

 

おい、スタッフ何やってんだよ!

 

27 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

遠慮はかなぐり捨てるスタイル

 

28 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「こういうのはねぇ、七実や菜々ちゃんの仕事でしょ!」

 

「確かにリアクション的に美味しいかもしれませんが、菜々はお断りですよ!」「一理ありますね」

 

何故、肯定したしw

 

29 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

順調にバラドル化してるな

 

30 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>14

悔い改めなさい、それが貴方に積める善行よ

 

31 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルの正当路線離れ

 

32 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>29

フフーン、バラドルですか‥‥カワイイ誰か忘れてはいませんか?

 

33 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「電撃系はだいたい一回きりでしょうから、何が入っているか確認しましょう」

 

「そうなの?」バチン

 

「まあ、例外はありますから素手ではなく何か道具を使う事をお勧めしますが」

 

これは酷い

 

34 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

とばすな、七実さま

 

35 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

仲間をはめる行動に相方、大激怒

 

36 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ぐう畜

 

37 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>32

おは、さっち

 

38 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今の後出しは、絶対わざとだろww

 

39 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

rofl

 

40 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱりバラエティガチ勢は違うな

 

41 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「もう、コレ七実が開けなさい!」

 

残当

 

42 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そして、普通に開ける七実さま

 

43 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>32

お前は出番まで待ってなさい

 

44 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>29

のワの「バラドルといえば、わた‥春香さんですよ!春香さん!」

 

45 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

知らなかったのか?魔王に電撃は通用しない

 

46 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「装置だけですか‥‥ここは畳み掛けるように2段構えにする所でしょう」

 

おい、この方演出に口出し始めたぞ

 

47 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの格好で、真顔で言われると破壊力が団地だろ

 

48 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何度も言われているが方向性がわかんねぇwww

 

49 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「七実さん、落ち着きましょう」

 

ちっひ、めっちゃ憐れんだ視線を向けてる

 

50 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

因みに七実さまは演出家としても優秀

ソースはデビュー前の346プロのライブ資料

 

51 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さすなな

 

52 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、気を取り直して次の引き出しか

 

53 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

!!

 

54 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

2枚目、2枚目キタ!

 

55 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これはどうなる?

 

56 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

川島さん、田中ポジションっぽいしやばくね?

 

57 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

川島 タイキック

 

58 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

待て、七実さまのDVDもあるから決まったわけじゃない!

 

59 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>32 >>44

お前らは出川、上島ポジだから

 

60 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「嫌な予感しかしないわ」

 

「タイキックは、いっ()()らしいですよ」

 

さらっと駄洒落を混ぜる25歳児

 

61 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

自爆までがテンプレです

 

62 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

www

 

63 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これはw

 

64 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アンチエイジングセットwww

 

65 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

番組、川島さんに喧嘩売ってるだろw

 

66 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「しかも、私の愛用してるやつじゃない!」

 

モザイクはあるが、それでも特定班なら!

 

67 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

よし、うちのカミさんに買ってやろう

 

68 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

各メーカー、思わぬ広告になったな

 

69 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

清々しいダイレクトマーケティング

 

70 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>50

嘘乙って、書き込もうと調べたら普通に名前が載ってた‥‥

 

71 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まだ2人目だが‥‥もうお腹いっぱいです

 

72 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

腹筋大激痛

 

73 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

次は楓さんだな

 

74 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルに対する遠慮や配慮の感じられない番組の罠、嫌いじゃないわ

 

75 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さあ、もっと滾らせてくれ!

 

76 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ロケ弁?

 

77 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタッフの忘れものか?

 

78 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何故?

 

79 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今までの流れと違い過ぎて、困惑してる

 

80 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ハンバーグ弁当ですね。お肉じゃないようですけど」

 

「恐らく魚肉ですね」

 

これ伏線か?

 

81 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どうなるんだ、これ?

 

82 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

次、いくみたいだな

 

83 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

弁当は放置か

 

84 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スイッチ!

 

85 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

青いスイッチだと‥‥何が来る!

 

86 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そして、躊躇いなく即押しな楓さん

 

87 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あんだけしばかれておきながら、メンタルTUEEEE

 

88 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

『川島 ロシアンキック』

 

『はぁ!?』

 

特に理由のない暴力がkwsmさんを襲う!

 

89 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

川島ダイ~~ンッ!

 

90 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱり、田中枠だったか

 

91 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

タイではなく、ロシアか

 

92 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346でロシア‥‥来るぞ瑞樹!

 

93 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アーニャんだぁぁ!

 

94 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やばい、虚刀流門下生じゃねぇか!

 

95 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、バカ!誰か、みくにゃん呼んで来い!

 

96 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

洒落にならんぞ!

 

97 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ちょっと嘘でしょ!本気!?嘘って言ってよ!」

 

本気で取り乱してるなw

 

98 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

虚刀流の威力は、ライダーで嫌という程に見ているだろうしな

 

99 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ложь、嘘じゃありません。押忍」

 

「いやぁぁ!!」

 

マジの悲鳴だ

 

100 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こんなに取り乱す川島さんを見ることになろうとは

 

101 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「Все в порядке、痛みは一瞬です」

 

「七実、止めなさいよ!」

 

102 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょとsyレならんしょこれは

 

103 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

今日の七実さま、酷くね?

 

104 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「使いこなせていない奥義ではなく、百合くらいにしておくように」

 

違う、そうじゃない

 

105 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>103

いや、あの殺人技である奥義を使わせないだけ有情だろ

 

106 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「諦めましょう」

 

ちっひ、非情な死刑宣告

 

107 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「そうですよ。人間、諦めが肝心ですよ」

 

菜々さん、自分じゃなくて良かったというのが顔に出ています

 

108 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そして、普通に笑う元凶

 

109 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>98

ライダーもそうだが、七実さまのソロCDの初回特典映像なら加工無しの虚刀流の威力を知れるぞ

恐らく、屈強な軍人とかでも普通にタヒぬ

 

110 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

逝った!

 

111 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「урааааааааа!!」

 

「お"ぅ!」

 

このロシアンハーフ、容赦なくいきやがった!

 

112 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アザラシみたいな声が出たなw

 

113 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

可哀想だと思ったけど、ちょっと笑ったわ

 

114 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あれ、アーニャん楓さんの方に行ったぞ?

 

115 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何をする気だ?

 

116 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「丁度良かったです。私達のобед、お昼が1つ足りませんでした」

 

撤退ついでにロケ弁を持って行った?

 

117 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは伏線確定だな

 

118 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どうなるんだ

 

119 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そういえば、七実さまが魚肉ハンバーグだって言ってたな

 

120 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みずきんの腰が心配なんだが

 

121 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>112

俺は、某駆逐艦を思い出した

 

122 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「楓ちゃん、それ渡しなさい」

 

アッハイ

 

123 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジギレしてる

 

124 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「瑞樹さん、収録してますから」

 

「関係ないわ!」

 

よっぽど、痛かったんだな

 

125 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そりゃ、あんな目に誰でもあったらそうなる。俺だって、そうなる。

 

126 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

冷たい視線、いいゾ~これ

 

127 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルにタイキックはない、あってもマイルドになっているだろうと思っていたが

まさか裏切られるとは思わなんだ

 

128 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>124

グラビアのアーニャんやみくにゃんの脚とか見てみ、カモシカとか目じゃないで

 

129 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「わ、わかりました」

 

楓さん、気圧されてる

 

130 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アッ

 

131 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

落とした

 

132 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

『高垣 ロシアンキック』

 

これ、ランダムだぁ!

 

133 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

渡そうとして落として、スイッチが下になって、その衝撃で作動するってどんな偶然だよw

 

134 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん、顔色が一気に青ざめた!

 

135 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他人の不幸を腰を抑えたまま大爆笑する川島さん!

 

136 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

再びの出番にご満悦のアナスタシア嬢

 

137 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他人の不幸は蜜の味

 

138 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「嘘ですよね?ホントもうおしりが痛いんですって!!」

 

この表情、何かに目覚めそう

 

139 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やめて、アーニャちゃん!楓さんのHP(ヒップポイント)はもう0よ!!

 

140 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「覚悟しなさい。これ、一時残るわよ」

 

「聞きたくない!」

 

不安を煽る所業、鬼だな

 

141 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さっきの蹴り、かなり速かったもんな

 

142 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

少しは手加減はしているだろうが、あのレベルになると少しは誤差の範疇

 

143 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おや、七実さまが話しかけたぞ

 

144 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

止めるのか?

 

145 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何のつもりだ?

 

146 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はい、実地指導入りましたぁ!!

 

147 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

鬼、悪魔、七実!!

 

148 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「何ですかさっきの蹴りは?私はあんな腑抜けきった蹴りを教えましたか?」

 

「押忍!」

 

急にスポ根ネタが始まったぞ?

 

149 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やばい、本気の虚刀流の蹴りやばい

 

150 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

空気が裂ける音が聞こえたわ

 

151 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アーニャの蹴りも相当だったが、本家は格が違った

 

152 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「七実さん!なんで、それを今するんですか!?」

 

「強いて言えば、アードベッグ ロード・オブ・ジ・アイルズの恨みです」

 

いいもん飲んでンナ

 

153 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>148

服装の所為で、俺には魔王が配下に闘い方を教えているようにしか見えない

 

154 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

酒に詳しくないから楽○で調べたら10万以上する件について

 

155 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あれはほぼ麻薬の域に達してる

 

156 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっと、買ってくる

 

157 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

高ランクアイドルだから、金は持ってるんだろうな

‥‥羨ましい

 

158 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

下心無しの純粋に、このメンバーと飲んでみたい

 

159 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

秘蔵の酒を飲まれたなら、復讐も許される

 

160 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「урааааааааа!!」

 

「」

 

楓さん、痛みで声も出ない

 

161 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ミンチよりひでぇよ

 

162 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>147

鬼、悪魔「アレと一緒にするな!」

 

163 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

痛そう‥‥

 

164 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

リプレイ入った

 

165 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

直撃した瞬間の楓さん、時が見えていそう

 

166 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

悟ってるな

 

167 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「あ‥‥っあぁぁぁぁぁ‥‥あうぅん‥‥はぁああぁぁぁ‥‥」

 

トップアイドルがこんな風にのた打ち回る映像、あの765ですらなかったのに

 

168 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

観よ、これが大企業の本気である

 

169 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本気で泣いてる

 

170 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やり過ぎだろ

 

171 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっと346~~!楓ちゃん、泣いちゃったじゃない!

 

172 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「どう‥‥でしたか?」

 

「及第点ですね。もっと精進しましょう」

 

「Да」

 

むっちゃいい笑顔だ。こんなん惚れてまうやろ!

 

173 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>119

アーニャん、魚肉ハンバーグ、足りないロケ弁‥‥あっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ワンコ派様が描かれた七実です。
読者の皆様それぞれの思い描かれる七実像はあると思いますが、素敵な作品ですので可能性の1つとしてご覧ください。


【挿絵表示】




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私は機会があれば飲む。時には機会がなくても飲む。

どうも、私を見ているであろう皆様。

シンデレラ・プロジェクトのデビュー第2弾のとして蘭子が選ばれ、みくとアーニャも虚刀流としてようやく指先が届く程度まで成長すると良いことばかりが続く平和な日々を謳歌し心身ともに満ち足りています。

夏も近づく今日この頃、世間では衣替えも着実に進んでいきアイドル達の露出率も相応に高くなっていき、芸能部門に所属する社員達のやる気がうなぎ登りになっていました。

私も外見こそはいつも通りの蛍光緑の事務員服ですが、きちんと通気性の高い夏仕様なのであまり暑さを感じることはありません。

それに心頭滅却すれば火もまた涼しではありませんが、身体系チートの恩恵によって必要量以上の熱は放散できるスキルを習得していますので熱さ耐性は高いです。

その代わりに運動後だと放散される熱量が多くなり熱気を放つので近寄りがたい存在になり果ててしまうというのが難点ですね。

人間に過ぎたるチートというものは何かしらの欠点があるものですし、それを補ってあまりある利点があるので我慢します。

それにチートはオンオフ設定も自由自在なので必要に応じて使い分ければ問題ありません。

 

などといった前置きは置いておき、今回はシンデレラ・プロジェクトに第2弾デビューの事を伝える為にちひろと一緒に武内Pに同行しています。

未央のアイドル辞める騒動を乗り越えて、武内Pとメンバーの間に繋がったばかりですが確かな絆が結ばれたと言えるでしょう。

ですが、武内Pの口下手は解消されたわけではありませんから、そこをサポートする役は必要です。

それだけであればちひろ1人で十分なのですが、少し油断すると凛と恋の鞘当てみたいなことをしだしてしまうのでストッパー役として昼行燈にお願いされました。

お願いしてきた時の笑顔に薄ら寒いものを感じましたから、私が与り知らぬ場所で善からぬことが進行しているのかもしれませんね。

ちょっとした意趣返しに土生部長を使ったのは勇み足だったでしょうか。

 

 

「私物の持ち込みですか?」

 

「うん。事務所の中、明るくなるんじゃないかなって」

 

 

デビュー第2弾を発表する為のミーティングだったのですが、未央の提案によってのっけから脱線しそうです。

業務自体は部下に割り振っておきましたから、火急の要件さえ入らなければミーティングが夕方まで延びたとしても余裕はあるので問題はありません。

しかし、プロジェクトルームに私的物品の持ち込みですか。

美城社内の内装は大企業らしくかなりいいものを使っていますし、配置等もセンス良く落ち着いた感じで纏まっており殺風景で事務的な感じしかしない他企業とは違うでしょう。

まあ、色々と自分色にアレンジしたいお年頃の少女達にとっては物足りなく感じるのでしょうね。

 

 

「あら、いいんじゃないですか?」

 

 

武内Pの右隣を陣取っていたちひろが空かさず援護射撃を入れます。

仕事場としてある程度の緊張感は必要でしょうが、自分たちがやり易い様に場を整えるというのも大切なので私も反対意見はありません。

プロジェクトルームの雰囲気的にも賛成派が圧倒的多数みたいで、武内Pもアイドル達の自主性を尊重するタイプなので可決されるでしょう。

反対派筆頭のみくは先日の鍛錬で限界を超えた事による筋肉痛が尾を引いているのか、ソファでアーニャにもたれ掛かっています。

そんなみくの反対側には、今日の主役ともいえる蘭子がどんなものを持ってこようかと2人に相談していました。

智絵里も加われば寮生組が揃うのですが、智絵里は美波とかな子とタオル冷却スプレーについて意見を交わしています。

夏の炎天下の中でも屋外でクローバー探しに熱中する智絵里や、大学ではまるで格闘技だとも称されるラクロス部に所属している美波にとっては必需品なのでしょう。

 

 

「確かにそうかもしれませんが‥‥」

 

「プロデュ~サ~~?」

 

 

ついいつもの癖で丁寧口調をつかってしまう武内Pに対して、未央が不満げな表情をします。

鈍感力を発揮して、突然の表情の変化の原因が理解できていない武内Pは困惑した表情を浮かべていました。

年頃の少女達を相手する仕事についているのですから、もう少し心の機微に気が付けるようになれば関係は一気に進むと思うのですが、それを求めるのは梅雨に雨が降るなと言っているものでしょう。

仕方ありませんから、さり気無く助け舟を出してあげましょうか。

 

 

「武内君、未央ちゃんはまた丁寧口調になってるって言いたいみたい」

 

「そうだよ!」

 

 

そんな事を考えていると私が行動に移す前に、ちひろが先んじて助け舟を出しました。

善意で行動しようとしていたのですが、危うくまたやらかして恋愛法廷に出頭命令を出されてしまう所でしたね。

もしかすると、ちひろも私が助け舟を出しそうであるという事に気が付いていたから先んじて助言をしたのでしょう。

ちひろ達が邪推して心配しているような恋愛感情はないと何度も明言しているはずなのですが、どうして誤解が解けないのでしょうね。

 

 

「あっ、すみませ‥‥すまない」

 

 

首に手を回し少し困ったような表情で丁寧口調を崩した喋り方をするのですが、あまりにもぎこちなさ過ぎてまるで日本語を覚えたての外国人の様です。

そんな武内Pの様子に、卯月と凛が笑っていました。

人が頑張っている姿を笑うのは褒められた行為ではないでしょうが、2人の笑いは嘲る為のものではなく、その頑張りを見守る慈愛の感情によるものなので問題はないでしょう。

しかし、当人はそんなつもりでなくても誤解を招いてしまう事があるので注意は必要です。

後で、それと無く伝えておきましょう。

 

 

「仕事に関係ないものは必要ないと思うにゃ」

 

 

アーニャにもたれ掛かったままのみくが、右手を軽く挙げて反対だとスタンスを示しました。

プロ意識の高いみくは、仕事に対して真摯に取り組んでいますし、それ以外でも程良い緊張感というものを大切にしています。

なので、ここで私物の持ち込みを許可してプロジェクトルームの空気が緩み切ってしまう事を懸念しているのでしょう。

与えられたプロジェクトルームを自分達の色に染めてより良いものにしたいと思う未央と公私を混同することなくプロとしての意識を高く持ち職務に励むべきだと思うみく、どちらの意見も理解できます。

ここで私が変にどちらかに肩入れしてしまうとそちらに流れがいってしまいかねませんので、スイスよろしく永世中立を保ちましょう。

自意識過剰と思われるかもしれませんが、私個人の持つ影響力というのは案外軽くなかったりするのです。

 

 

「どうしてですか、ミク?」

 

「みくは公私の線引きはきっちりしておきたいの」

 

「我が同胞は、祭壇を自ら魔力で染め上げることを望まぬか《みくちゃんは、この部屋をみんなで飾りたいと思わないの?》」

 

「まあね、今のままで不便はないし」

 

 

賛成派だったアーニャと蘭子に何故かと問われ、みくは確固たる意志のある言葉を返します。

しかし、私には謎の副音声が聞こえる所為でさらっと流しかけていましたが、今みくは蘭子の厨二言語を普通に解読していましたね。

知り合ってまだ数ヵ月程度の筈なのですが、あの難解極まる厨二言語をある程度理解できるようになるとは、やはり言語理解は教本より実践という事でしょうか。

 

 

「えぇ~~、みくにゃんだってネコミミ持ってきてるじゃん」

 

「こ、これは仕事だし!」

 

 

未央の指摘に、みくはネコミミを抑えてそう抗議します。

確かに菜々もウサミン星人用のウサミミを所持していますが、状況に応じて使い分けられるように複数携帯していますから私物というよりは仕事道具の1つという扱いなのでしょう。

 

 

「仕事なんだね‥‥」

 

 

ネコミミ仕事発言にかな子がびっくりしていますが、これがキャラを作っているアイドルと自然体なアイドルの認識の差なのでしょうね。

 

 

「うぅ~~ん、みんなの個性が見れて面白いかなって、思ったんだけど‥‥」

 

 

それぞれの個性を発揮するというのは、今まで気が付いていなかった相手の部分を知れる良い機会ですが匙加減が難しいです。

この案件に関しては半分部外者である私が口を出すべきではないので、本格的な意見を求められるまで沈黙を貫かせてもらいましょう。

武内Pにどういった解決へと導くのか期待しているという視線を送りますが、どうやら気が付いていないようです。

まあ、今の武内Pの脳内は本案件に加えて、デビュー第2弾の通達やデビューシングルについて調整、丁寧口調にならない会話等様々なことが渦巻いていてあまり余裕がないのでしょう。

 

 

「皆さ‥‥皆は、どう思っている?」

 

 

武内Pの問いかけに対してシンデレラ・プロジェクトのメンバー達は各々意見を述べていきます。

賛成派として美波、きらり、みりあちゃん、莉嘉が意見を述べ、反対派はみくと李衣菜でした。

まだ意見を述べていない残りのメンバーもどちらかという賛成派に属する人間の方が多いようですから、民主主義に基づくならこの時点で賛成多数で可決でしょう。

そこから謀略を巡らせて状況をひっくり返してしまう交渉術というのもありますが、こんなことでそれらを駆使するような相手とは友誼は結びたくありませんね。

 

 

「だそうよ、武内君?」

 

「では、こうしま‥‥こうしよう。私物の持ち込みは1人1品限定で許可するという事で」

 

 

提案されたのは、私物の持ち込みを許可しつつも制限を課すという妥協案でした。

ただ許可しただけでは莉嘉等は際限なく好きなものを持ってきてしまうでしょうし、14品程度であれば余程の品を持ってこない限りプロジェクトルームの雰囲気を壊してしまう事もないでしょう。

無難で妥当な案であるとは思いますが、後はシンデレラ・プロジェクトのメンバー達が納得するかどうかですね。

 

 

「1品だったら何でもいいの!?」

 

 

その言葉を受けて一早く反応を示したのは杏でした。

先程まで人形を抱いてきらりの膝でいびきをかいて寝ていたというに、驚異的な反応速度ですね。

何処までが許可されるラインなのかを確認するようにメンバー全員の視線が武内Pに集中します。

 

 

「まあ、ある程度弁えて‥‥それで、どうでしょ‥‥どうだろう?」

 

 

ある程度弁えたものであれば許可するという武内Pの言質をとったメンバーの視線は、今度は反対派の2人へと向かいました。

妥協案を提案された上に12人の視線を向けられて、反対の姿勢を取れるほど2人も頑固ではなくすぐに折れます。

私物持ち込み案が可決されたことにより大多数を占めていた賛成派のメンバー達は、早速限られた1つという縛りの中で何を持ち込もうかと相談を始めました。

姦しいとも表現されてしまいそうな賑やかさは、それだけメンバー間の仲の良さを示しているでしょう。

 

 

「そうだ!ちひろさんと七実さんも何か持って来ようよ!」

 

「私達もですか?」

 

 

名案だと言わんばかりに未央より提案された案件は、私には少々予想外でした。

シンデレラ・プロジェクトのサポート役として関わることは多いですが、基本的には私は半分部外者な存在ですから今回の案件とは無関係だろうと思っていたのです。

 

 

「あら、それは面白そうね」

 

 

ちひろの方は完全に乗り気の様で、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達の中にも反対派は一切いないようで満場一致で可決される見込みが高いでしょう。

まあ、丁度この部屋に置きたいなと思っていたものがあったので、それを持ち込む為に話を通す過程を省けました。

別に危険物を持ち込むわけではないので、話せば普通に許可されていたでしょうが省略できるものは省略した方が時間を別のことに使えます。

 

 

「七実さんは何を持ってくるんですか?」

 

 

私にそう問いかけてきたのは先程まで智絵里とかな子と談笑していた美波でした。

武内Pとシンデレラ・プロジェクトの関係を一気に改善させたあの件以来、美波の何かを刺激してしまったらしく何かと私に関わってこようとします。

それは同姓愛的な不純な感情ではなく、例えるなら片時も目を離せないやんちゃ過ぎる子供を見守る母親というのが近いかもしれません。

全く以って不本意極まりないのですが、美波にとってこれは譲れないものらしく改善される兆候はありませんね。

年齢、人生経験において圧倒的に私の方が上なのですが解せません。

 

 

「書庫です」

 

「しょ、書庫?」

 

 

私が持ち込もうとしている物品の名を告げると、美波は目が点になりました。

事務仕事の経験がない美波には理解が追い付かないかもしれませんが、書類というものは予想より何倍も早く増えていくのです。

シンデレラ・プロジェクトは今後の発展が見込める原石を多く抱えた部署であり、第3弾、第4弾とユニットが増えていくにつれて処理しなければならない書類は増えていくのは間違いありません。

そして円滑に業務を進める為には、何処に保管したかを探さなくて済むようにユニット毎、尚且つそこからある程度細分化する必要があります。

そう考えると現在のプロジェクトルームの収納量では早々に限界に至り、溢れかえってしまうでしょう。

なればこそ、先んじて収納量の多い書庫を用意しておくことが重要となるのです。

勿論、収納量という効率のみを重視して味気ないスチール製の書庫を配置して、この落ち着いたプロジェクトルームの雰囲気を崩してしまうという愚は犯しません。

大きさと収納量も合格点で、木目調でデザイン性も良い書庫を前々から目を付けていたものがあるのです。

寸法も確認していますし、このプロジェクトルームのどこに配置するかも複数案用意してありますので問題はないでしょう。

 

 

「今後の事を考えると、必要になりますからね」

 

「えっと、それって何を入れる為の書庫なんです?」

 

「業務書類等でしょう。寧ろ、それ以外に何を入れるんです?」

 

 

私の答えが気に入らなかったのか、美波と近くで聞いていたちひろが大きな溜息をつきます。

あの仏頂面で表情変化に乏しい武内Pですら、私の持ち込まんとする私物を聞いて首に手を回して困惑の意を示していました。

私物にしては大型なので事務に申請を出さねばならない件なら、少し前から手を回しているので時間的な浪費は殆どなく受理されるでしょう。

購入費についても私物申請なのでシンデレラ・プロジェクトに割り当てられた経費から割くことなく、全て私のポケットマネーから出すので問題ありません。

 

 

「それって、私物って言うんですか?」

 

「私物が実用的ではならないとは限りませんよ」

 

「美波ちゃん。七実さんはそういう人なのよ。

部屋だって私達が泊まりだすまで調理器具以外は実用性一辺倒で、本当に最低限のものしかなかったんだから」

 

 

そんな私の部屋も、今では匠達の手によってかなり華やかになりましたけどね。

侵食されているともいえますが、持ち込みについて独断専行ではなく最終的な裁可は私に委ねられており、その変化を好ましいと思っているので問題はありません。

元々は誰かを招いたり、泊めたりする予定のない気ままな一人暮らしだったので、家具等も最低限で実用的な物ばかりに行き付くのは当然の結果ではないでしょうか。

 

 

「うわぁ‥‥」

 

「何故、引いたんですか」

 

「それが、わからない七実さんに更にドン引きですよ」

 

 

私物の持ち込みを許可という楽しい話題から、何故こうも私が集中砲火を受ける状態になってしまったのでしょうか。

どうして、私が意見を述べると平和に終わることができないのでしょうかね。

 

 

 

 

 

 

「‥‥もう一度確認します。それが、蘭子の望みですか?」

 

「無論!(はい!)」

 

 

例え相手が子供であっても安請け合いはしてはいけません。

相手の限界等を知らず自らの欲求に従いお願いしてくる分、子供の方が無邪気で残酷極まりなく限界点を容易く飛び越えてきます。

これを今後の教訓としていきたい所ではありますが、子供に対して甘くなりがちな私はまたやらかすのだろうなという確信もありました。

自己分析というものは、できているつもりです。

 

 

「武内P、どうします?」

 

「‥‥現段階においてはっきりとしたことは言えませんが、調整すればできないことはないかと」

 

「そうですか‥‥」

 

 

CD第2弾のメンバーが発表され、信頼関係を築けている為特に問題なく通達は終わりました。

少しくらいは荒れるかもしれないと予想していたのですが、あの出来事はシンデレラ・プロジェクトにとって大きな意味があったという事でしょう。

そして、デビューが決まった蘭子とCDとそのPVの方向性についての話し合いとなったのですが、現状蘭子の厨二言語を完璧に理解している私が通訳として付くことになりました。

私謹製の厨二言語辞典を所持しているとはいえその場の流れで表現も変化するのが厨二言語ですから、認識の齟齬発生を予防するために必要な措置ともいえないことはないでしょう。

みりあちゃんも厨二言語を理解できているような節がありますが、語彙力の関係で意訳されてしまいかねませんので私が適任なのでしょうね。

因みにCDの内容については、武内Pの用意していた初期案は本物ゴシックロリータ色の強いものとなっていましたので修正させました。

厨二病を患ったことのない武内Pでは、この2つの違いを理解できないと思っていましたので、事前に確認しておいて良かったです。

私の適切な助言の下に作り直されたデビュー曲は蘭子もご満悦なようで、甚く気に入ってくれました。

ここまでであれば、後悔するような必要性はなかったのですが、その後に喜びに満ち溢れる蘭子の姿に気分が良くなった私は余計な一言を言ってしまったのです。

 

 

『私にできることがあれば、何でも言っていいですよ』

 

 

何気なく言ってしまった言葉に対して蘭子から返ってきた要求は『PVへの出演依頼』という、考えてみればそうなるなと思えるものでした。

どうして、安請け合いをしてしまう前に気が付けなかったのかと悔やまざるを得ません。

蘭子は私の衣装作成スキルを知っているはずなので、自身の頭の中にある衣装のイメージを形にしてほしいとかのお願いが来ると思っていたのです。

厨二設定が大盛や特盛といった言葉では全く足りない黒歴史化待ったなしのPVに出演するなんて、考えていませんでしたよ。

いや、無意識的にその可能性を頭から排除していたというのが正しいでしょう。

 

 

女教皇(プリエステス)‥‥我が絢爛たる饗宴に参加することを望まぬか?(七実さん‥‥もしかして、嫌なんですか?)」

 

 

ここで『はい』と答えられたら、どれほど心が楽になるでしょうか。

ですが、その選択肢は取ることはできません。

こんな私を慕ってくれている蘭子の期待を裏切って泣かせてしまうくらいなら、心の奥底で自身が羞恥心で泣き叫んだ方がましです。

それに、武内Pの方も乗り気のようですから私が了承すれば、この案件は確実に実現するのでしょう。

担当Pがその方針を取ろうというのであれば、入社時の契約に縛られている一社会人として労働の義務に従わなければなりません。そう、自分を殺せ。

 

 

「そんなことは、ありませんよ。では武内P、調整に関しては任せますし、役柄等が決まったら教えてください」

 

「わかりました」

 

 

精神的なショックをチートスキルをもって完璧に隠して蘭子のお願いを聞き入れ、武内Pにその調整を頼みます。

すると、武内Pの表情が見る見るうちに活気にあふれ輝きだしました。

どうやら武内Pは、いつの間にやら仕事を振られて大喜びする救いようのない仕事中毒者(ワーカホリック)である私の部下と同類になってしまったようです。

全く、どうして346プロには仕事が大好き過ぎる人間が多いのでしょうか。

確かに一部の黒よりも暗い企業の行っている『やりがい搾取』とは違い、やりがいとその働きに応じた報酬の支払われる素晴らしい労働環境ですから、与えられた職務に邁進せんとする気持ちはわからなくもないです。

ですが、これは行き過ぎでしょう。まあ、本人達が幸せなのなら変にケチを付けること等はしませんが。

 

 

「共に人間讃歌を謳おうぞ!(一緒に頑張りましょうね!)」

 

「嬉しいのはわかりますが、その言い回しはやめましょうか」

 

 

次その言葉を口にしたらPV中で、あの魔王を再臨させますよ。

そんな言葉を口にしようとして、それは何の脅しにもならないどころか諸手を挙げて歓迎されることではないだろうかと思い至り慌てて言葉を飲み込みます。

PVなので台詞を述べても使用されず、ただ演技に身が入りやすいだけなので問題はないのかもしれませんが、念には念を入れておいて損はありません。

さて、PV出演が決まったので後は武内Pと蘭子でPV原案と希望の摺り合わせを行うだけですね。

ならば、私がいなくても辞書レベルで対応可能でしょうからお暇させてもらいましょう。

いつまでも通訳におんぶにだっこで頼っていては、きちんとした関係性を構築することはできません。

この辺で一度じっくり腰を据えて1対1で話し合う機会を設けた方が、今後の企画について意見を交わすことになっても円滑に進めることができるでしょう。

そういう建前で論理武装しておけば、この精神的疲労を癒す為に逃げ出すことについて咎められることはない筈です。

 

 

「では、私は用があるのでこの辺で失礼しますよ。後は、2人でしっかりと話し合ってください」

 

「はい。ご協力、ありがとうございました」

 

「お気になさらず」

 

 

蘭子はPVについての妄想世界にトリップしてしまったようなので、そっとしておきましょう。

自分の思い描く理想像についてああでもない、こうでもないと思索に耽る時間というものは幸せそのものであり、それは邪魔されるべきではないからです。

まだまだアイドルとのコミュニケーション能力に不安が残る武内Pですが、ここで失敗したとしてもそれは無駄にならないのですから頑張ってほしいですね。

無駄な雑音を立ててしまわないように配慮しながら部屋から出たら、足早にプロジェクトルームから離れ人気のない場所へと移動します。

反響定位等のスキルで周囲に人が居ないことを確認してから、右手で顔を覆いながら大きな溜息をつきました。

蘭子に誰かと組んで何かを成すという経験をしてほしいと願ったのは他でもない私ですが、よもやその役目を自身で果たすことになろうとは思いませんでしたよ。

確かに厨二力というものを数値化した場合、蘭子を除いたアイドルで実戦レベルで通用しそうな基準を満たしているのは私か凛くらいでしょう。

だからと言って、これはあんまりです。

これも時間収斂(バックノズル)という事で、かつて人間讃歌を謳いたい魔王であった私はいずれそれに戻る日が来るというのでしょうか。

 

 

「‥‥そんなことがあって堪りますか」

 

 

脳内に浮かんだそんな恐ろしい想像を振り払い、両頬を軽く叩いて喝を入れます。

まだ出演が決まったというだけであり、魔王役を演じると決まったわけではないのですから未来に絶望してしまうのは早いでしょう。

そうです。蘭子の考えるコンセプトは堕天使系なのですから魔道に堕ちきってしまう前の天使サイドの役柄かもしれません。

私の肉体的なイメージからして、戦闘色が強めであるウリエル等の役柄が与えられるかもしれませんね。

 

 

「‥‥ないわ」

 

 

思わず苦笑いしてそんなことを呟いてしまう程に、天使という存在は私に似つかわしくないものでした。

もし天使という役があてがわれたとしても、某魔界と月の力を操る魔女が主人公の作品の敵系天使という扱いになってしまうでしょう。

認めたくはありませんが、やはり私は何処まで行ったとしても魔王や覇王というものから逃げ切れないのかもしれません。

心慌意乱、周章狼狽、諦めは心の養生

とりあえず、今日は心の平和の為に普段より贅沢に飲みましょう。

 

 

 

 

 

 

今宵の一人酒も妖精社。

都心の華やか且つ煌びやかな世界から少し外れた場所にあるここは、ゆっくりと心を癒す一時にもぴったりです。

ロックグラスに注がれたやや濃い目の琥珀色を口に注ぐと、口当たりはなめらかながらも舌に心地よいしっかりとしたボディ、甘美で高い熟成された薫り、長い余韻も奥行きが感じられ不快にならない完璧という言葉が陳腐になってしまう素晴らしさに感動を禁じ得ません。

響という国産ウィスキーの最高峰と称されるだけあり、偶の贅沢としては十二分な満足感に包まれます。

流石に30年は手が出せませんでしたが、奮発して21年を頼んだのは間違いではありませんでした。

軽くロックグラスを揺するとクリスタルグラスと氷の奏でる澄んだ響きが、私の一人酒を彩る音楽に早変わりします。

こんな良いお酒を1人で飲んでいるのがバレたら、他のメンバー達に軽い文句を言われてしまいそうですが、私だって1人で飲みたい時くらいありますよ。

 

 

「お待たせ致しました。特製バニラアイスです」

 

「ありがとうございます」

 

「どうぞ、ごゆっくり」

 

 

最早私達担当とも言えるくらいに顔馴染みになっている店員さんから、今日のお酒のお供を受け取ります。

ここの特製バニラアイスは乳脂肪分が豊富に含まれている為とても濃厚でミルキーであり、また卵を一切使用していないので後味もくどくなくすっきりしているので、この素晴らし過ぎるウィスキーの味を壊すことはないでしょう。

バニラアイスの天辺にスプーンで窪みを作り、そこにボトルから少しだけ響を垂らしてやります。

窪みに落ちたウィスキーに軽くバニラアイスが溶け出したところで、その周囲ごと掬って零さないように気を付けつつも素早く口に運ぶと、先程までとはまた違った至福に包まれました。

只でさえ響の甘美で奥深い味わいにバニラアイスの香りと甘味、濃厚さが加わり、先程までとはまた違った顔を覗かせるのです。

ここで欲張ってウィスキーを掛け過ぎてしまうと、食べる速度が追い付かず混ざり合い過ぎて味の境界線が曖昧になってしまうので注意が必要でしょう。

混ざり合ったものも美味しいのですが、私は適度に互いが主張し合う方が味に緊張感があり好みですね。

バニラアイスと響の織り成す至福の時間にいつまでも浸っていたい所ではありますが、こういった時間に限って邪魔が入るのは何故でしょうね。

 

 

「‥‥」

 

「無言で察しろというのなら、お断りしますよ」

 

 

どこから美酒の匂いを嗅ぎつけたのか知りませんが、私の隣に陣取った楓が向ける期待でキラキラと輝く視線を受け流してそう宣告します。

いつも1人ならその辺の居酒屋で飲んでいるというのに、何故今日に限って妖精社(ここ)に来たのでしょうね。

 

 

「ご相伴に預からせてください」

 

「‥‥仕方ないですね」

 

 

店員さんに追加のグラスとバニラアイスを頼み、私の飲みかけのグラスを楓に差し出します。

一度口を付けたグラスを渡すのはマナー的によろしくない行為ですが、グラスが来るまで待てないとちらちらと私のグラスを見ていたので問題はないでしょう。

寧ろ、私が差しだすように仕向けられた方ですよ。

まあ、これくらいの事を一々気にしていたら毎週のように一緒に飲んだり、うちに泊まったりできないでしょう。

 

 

「七実さん、大好き♪」

 

「はいはい」

 

 

楓のファンからしたら恐らく言われたい台詞トップ3に入るであろう殺し文句でしょうが、25歳児という内面やらを知っていて常日頃世話をしている私からすれば聞き慣れたものです。

ガードの硬い他のメンバーとは違い、楓はある程度親しくなれば好きや大好きが在庫処分セール並の大安売りですからね。

新しいグラスを待つ間、バニラアイスに響を垂らして素早く口に運ぶという行為を一定のペースで繰り返します。

 

 

「一口くださいな♪」

 

「もうじき自分のが来るはずですから、待ちなさい」

 

ひょ()()()、お願いします」

 

 

皆に知らせることなく隠れて飲んでいたので響は全て私持ちなのですから、これ以上の分け前はあげません。

甘やかし過ぎると際限なくだらけますし、無駄に駄洒落も捻ってあるところが何となく気に入りませんね。

 

 

「‥‥ケチ」

 

「なら、そんなケチな人間のお酒は要りませんね」

 

 

チートスキルを発揮して、一瞬にして楓の手からロックグラスを奪い取って飲み乾します。

奪われないようにガードを固めていたようですが、グラスを両手でしっかり持っているだけで私から守り切れると思っていたのなら甘いですね。

この特製バニラアイスよりも甘いです。

 

 

「あぁ~~!!私の響が!!」

 

「違います。私の響です」

 

 

勝利のファンファーレのように空になったグラスと氷で音楽を奏でてやると、楓は頬を膨らませてカウンターに伏せてしまいました。

これに懲りたら、口は禍の元ということを少しは学習しましょうね。

新しいグラスとバニラアイスを店員さんから受け取ります。

拗ねた子供のような態度を取る楓の姿は、アイドルとしての姿を知っている人間であれば少なからず衝撃を受けるものですが、あの店員さんからすれば見慣れた光景なのでしょう。

微笑ましいものを見たと顔を綻ばせて去っていきますが、不特定多数の人間に言いふらしたりはしないだろうと確信できます。

ネームプレートに書かれた苗字以外の個人情報を殆ど知らない間柄ではありますが、私達の間には奇妙な信用関係がありました。

 

 

「ほら、グラスが来ましたよ」

 

「‥‥つーん」

 

「それ、口で言いますか?」

 

 

届いたグラスとバニラアイスを前に置きますが、いじけた楓のご機嫌は治らないようです。

本当にちょっと面倒臭い娘ですね。もし、武内Pが楓を選んだとしたら色々と振り回されて苦労しそうです。

人間として器が大きい武内Pだったら、その辺も含めて面倒くさがることなくきちんと愛してはくれそうですが、こればっかりはそういう関係にならないとわかりませんね。

それに武内Pを巡る『正妻戦争(暫定名)』は、少しずつ参戦者を増やしながら水面下での争いを繰り広げていますから誰が最終的な勝者になるかも決まっていません。

まあ、誰が選ばれても皆で祝福し合えるような結末であってほしいとは思います。

 

 

「ほら、とりあえず乾杯しましょう。じゃないと、もう分けてあげませんよ?」

 

「ほら、七実さん。さっさと乾杯しましょう」

 

 

グラスに響を注いで渡してあげると、驚くべき変わり身の早さを以って笑顔で乾杯の音頭を急かしてきました。

この切り替えの早さは、流石は25歳児と言ったところでしょうか。

 

 

「では、美味しいお酒と私達の華やかな日々に‥‥乾杯」

 

「乾杯♪」

 

 

こんな私達のお酒に彩られる日々をとある近世スペインの作家の言葉を借りて述べるのなら。

『私は機会があれば飲む。時には機会がなくても飲む』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、武内Pと蘭子がしっかり話し合った結果決まった予想通り過ぎる配役に、笑う事すらなく受け入れるしかなくなるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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己の秘密を守ることは他人の秘密を守ることよりも堅い

更新が滞ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。


どうも、私を見ているであろう皆様。

私物の持ち込みを許可されたということで早速目を付けていた書庫を搬入して、美波を筆頭としたシンデレラ・プロジェクトのほぼ大半のメンバーから呆れられてしまったり、迂闊な一言で黒歴史を重ねることになったりしてしまいましたが、私は元気です。

まったく。収納スペースの余裕が増えるということは、部屋が散らかることがなく心の余裕にもつながり作業効率の向上にもつながるのですから。

搬入時から『それは私物じゃありません!事務用品です!』と美波に怒られもしましたが、美城が懇意にしているメーカーのものではありませんでしたので、事務用品申請がちょっと面倒臭そうだったのです。

自費購入したものであれば事務用品とはいえ私物扱いに何とかできますので、こうさせてもらいました。

元々必要以上の物は買わない質なので私物を持ってくると言われても、何を持ってくればいいのかわからないのです。

 

 

「だから、もう少し飾り気というものが必要なのよ!」

 

「軍装をベースにしていますし、私は脇役なのですからそこまで華美にする必要はないでしょう」

 

 

そんな言い訳じみた私物に関する件はさて置き、私は現在巫女治屋にて店主と、蘭子のPVに使う衣装のデザインについて議論を交わしていました。

本来であれば従業員、又は、店主の認めた人物しか入ることができない作業室に入室が許可されたというのは喜ばしいことですが、この店主の服に対する熱意はもう少し何とかならないものでしょうか。

前回の虚刀流最終決戦仕様装束の際も、あまり高価な素材を使用する必要がないと節約気味に私が選んだ生地は殆ど没にされてしまい、結局当初予定されていた予算限界ギリギリになってしまったのです。

まあ、その分衣装の出来は最高であり、私が7割方力を解放して虚刀流を使っても綻び1つありませんでした。

流石はプロの仕事だと感心し、是非そのスキルを見稽古したいと思っていたところでしたので、今回の一件は渡りに船だったともいえます。

 

 

「ここは絶対、こうした方が気品とか感じられるわ!」

 

「しかし、やはり耐久性や機能性を重視すると装飾を増やすのは不安要素も増えることになるのでは」

 

「貴方は実用の美を追求し過ぎよ。アイドルの衣装なら相応の飾りは必要なの!

いい?アイドルは皆の憧れなの。見てくればかりを取り繕ったけばけばしいのは論外だけど、夢や憧れには華を欠かせてはいけないわ」

 

 

頑固な部分があると自覚している私でも一理あると認めざるを得ないくらいに、その言葉には説得力がありました。

アイドルとは、誰よりも鮮烈に輝き、諸人を魅せる姿を指す言葉。すべての少年少女の羨望を束ね、その道標として立つ者。

故に、アイドルには華というものが必要なのでしょう。舞台に立つその姿は、ファン達の想いの総算なのですから。

なれば、私が製作しようとしていた実用性一辺倒を追求した衣装は、エゴの塊ともいえる代物だったのでしょう。

それを教えられなければ気が付かないとは、私もまだまだですね。

見稽古があるせいで何でもすぐできるようになってしまうので、気を引き締めたつもりでもいつの間にか慢心が出てしまいます。

ずる(チート)は私自身の力ではないのですから、驕り高ぶってはいけないと思っているのですがね。

 

 

「‥‥確かに、そうかもしれませんね」

 

「まあ、貴女の場合は身体能力が凄まじいから心配するのは理解できるわ」

 

 

アイドルの衣装というものは繊細な飾りが多く、そのガラス細工の如き脆さと儚さは私が少し身体能力を発揮するだけで傷んでしまいかねません。

チートを使えばそうなってしまわないように配慮しながら動くのは可能ですが、少し面倒臭いのです。

喩えるなら身体の各所に並々と水が注がれた器を置き、水を一滴も零さないようにしながら歌って踊るという縛りプレイですね。

巫女治屋の店主等、超一流の服飾関係スキルを持つ人達の作品であればそんなことはないのでしょうが、いつもそんな上等な衣装を用意するわけにもいきません。

予算というものは決まっていますし、それを無理矢理増やそうとすると他の部署や企画に影響を及ぼすので選択肢に入れたくはありませんしね。

 

 

「私がアイドルをしているって、伝えていましたか?」

 

 

以前このお店を訪れた際は、デザイナー兼パタンナーと思われていたはずです。

デビューしたてで知名度もそんなに高くない癖に自分からアイドルなんですと言い出すのも恥ずかしかったので、その時に否定せずに流したので勘違いされたままだと思っていました。

素直に驚いた顔をしていると、店主は呆れたように溜息をつきます。

最近思うのですが、私の周囲から段々と優しさという人間生活において欠かせない大切なものが欠けつつあるのではないでしょうか。

 

 

「あのね、私はアイドルの衣装を作ったりするのよ?自分の作った衣装がどんな風に使われるかくらいは確認するわよ」

 

「そうですよね」

 

 

確かにその返答はプロとして至極真っ当な物でした。

アイドルの衣装は企画次第では乱暴に扱われることもありますから、自身の持てる技能をつぎ込んで作り上げた我が子とも呼べるであろう衣装がどう扱われるかは気になるでしょう。

ということは、この店主にあの黒歴史最新版ともいえるあのMVも見られているのでしょうね。

自社の販売物にケチを付けるような真似はしたくありませんが、黒歴史の拡散は必要最低限で済んでくれるとありがたいです。

アイドルのCD売り上げランキングに名を連ねている時点で、そんな希望的観測は打ち砕かれているのですが、それでも縋りたいと思ってしまうのが人間というものでしょう。

本当に頭が痛い限りです。

 

 

「それにしても貴女、凄いわね。あの衣装はアクション向きじゃないと思ってたんだけど‥‥生地を傷めることなく、あれだけ動けるなんて」

 

「勿論、プロですから」

 

 

折角再現してもらった素敵な衣装を乱雑に扱うことなど、私にはできません。

 

 

「ねえ、黒い片翼を付けてみない?常人だったらバランスが取れないでしょうけど、貴女ならいけるでしょ?」

 

「はい?」

 

「こういう職についてるとね、本格的な厨二スタイルの衣装を作ってみたくなるのよ!」

 

「そうですか」

 

 

いきなりそんなことを力説されても反応に困るのですが、自身の持ちうるスキルを十全に発揮して妄想を具現化したいという気持ちはわからなくもないです。

片翼の天使というのは厨二心を痛く刺激される設定ではありますが、実際に衣装にするとアンバランスで使いにくい事この上ないでしょう。

極限まで軽量化したとしても衣装映えするようなものとなるとkg単位での重さになるでしょうから、それを背負ったまま演技をしたりするのは少々骨でしょうね。

簡単なアクションシーンも少し入れたいと蘭子も希望を出していましたから、それを考えると可能なアイドルというのは私ぐらいになってしまいます。

 

 

「翼はどちらにつけるつもりで?」

 

「右がいいわね」

 

 

そう言いながら、店主は複数案用意しておいた中の1つに黒い片翼を書き入れていきました。

黒い片翼を背負って現れる、軍服をベースにした衣装の人物。間違いなく、ラスボス枠ですね。

魔王やラスボスといった扱いは馴れているので別に気にしないのですが、それよりも1つ確認しておかなければならないことができました。

 

 

「‥‥身の丈以上の刀身を持つ刀を持った方が良いですか?」

 

「あっ、やっぱりわかる?」

 

「はい」

 

 

この店主、私に○フィロスコスをさせる気でしたね。

まあ、今世の私と同年代と思われる店主にとっては直撃世代ともいえないことはありませんし、その格好良さからリメイク版が製作されたり、コラボ企画のボスキャラとして度々登場していたりしますから、知っている人にとっては堪らないキャラクターでしょう。

しかし、流石にそれは著作権等諸々の関係から不味いですね。

やってみたくないかと聞かれると7:3くらいの割合で、やってみたいに傾きますが。

 

 

「流石に著作権云々が煩いでしょうから、却下せざるを得ませんね」

 

 

私が片翼の天使風のデザイン案を退けようと手を伸ばすと、店主に手首を掴まれました。

回避しようと思えば容易にできたのですが、相手の意見も聞かずに強行してしまうと良好な人間関係を構築できませんから大人しく掴まれます。

 

 

「問題ないわ!アニメ等において片翼のキャラクターは少なくないし、翼の位置を逆にして衣装も改変を加えればオマージュであると濁せるわ!」

 

「いやいや」

 

 

態々そんなグレーゾーンを歩くような真似をしなくても、別デザインの衣装にすればいいだけの話です。

それにこのPVのメインは蘭子なのですから、脇役の私が目立ってしまうというのはあまり好ましいことではありません。

やはり、ここはきちんとリスク回避のできる大人として却下するべきでしょうね。

 

 

「とりあえず、貴女の原案も踏まえて何パターンかイメージを描き出すから、担当プロデューサーに見せてみてよ」

 

「‥‥わかりました」

 

 

私が着用する衣装ではありますが、最終決定を下すのは担当である武内Pですから、私が勝手な判断をしてしまうのは顔を潰すことになりかねません。

武内Pと蘭子に見てもらって一番良いと思うものを選んでもらうのが最適でしょう。

見稽古は万能であっても全能ではないので、蘭子の厨二言語を翻訳することは可能でも、蘭子が思い描く世界観までは見通すことはできません。

ですが、かなりの高確率でこの片翼の天使(偽)が選ばれるような気がするのは、気のせいだと思いたいですね。

 

 

「じゃあ、この片翼の天使について詰めていきましょうか。武器は刀とは言わないけど、剣確定ね」

 

 

却下されなかったことによって何かのスイッチが入ったのか、恐ろしい速度で片翼の天使(偽)の衣装イメージに改良が施されていきました。

そのプロの技を見稽古しながら、上手く原型をぼかしながらも洗練されたデザインに仕上げられていく光景に素直に感心します。

 

 

「帽子とかあっても良くありませんか?」

 

「良いわね。なら、軍帽っぽい方がいいかしら?」

 

 

製作が決まったわけではありませんが、私が着る可能性がある以上は意見する権利はあるでしょう。

それに、こうして誰かと意見を交わしながら何かを作るという経験は今世において少なかったので、結構新鮮で楽しいのです。

黒歴史時代は、基本的に基本設計等を纏めて丸投げするか、チートを使って私一人で作り上げるということが多かったですからね。

自らそうしていたとはいえ、今思うと本当に勿体無いことをしていたと思います。

 

 

「だから、肩部分にはアーマーが欲しいのよ!」

 

「それだと、元ネタに引っ張られますから外套にしましょうって言っているんです」

 

 

とりあえず、平和とは言えませんが私の衣装事情は楽しいものですね。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

 

「3名です」

 

 

お昼時、いくつかのデザイン案を受け取り巫女治屋を後にした私は、蘭子を連れて挨拶回りをしていた武内Pと合流し一緒に昼食をとることになりました。

都内に限定するなら車や公共機関を使用するより自分の脚を使った方が速いので、拾ってもらうだけで済みます。

時間帯の所為か、チェーン展開しているファミリーレストランの中は混雑気味でした。

午後からの仕事もありますから、ここで待って時間を浪費してしまうのは避けたい所ですが、反響定位や聴覚で探ってみた所私達がスムーズに案内されそうなだけの空席がありそうです。

都内の飲食店同士の鎬の削り合いは熾烈を極めているのかもしれません。

この店の近くにもハンバーガーや牛丼の大手チェーンやコンビニもありましたから、そちらの方にもお客は流れているのでしょうね。

 

 

「喫煙席と禁煙席、どちらにされますか?」

 

「禁煙席で」

 

 

アイドルの喉は商売道具ですから、それを痛めてしまう可能性がある喫煙席は選択肢にも入りません。

蘭子は未成年ですし、成人している私も武内Pも煙草は吸いませんから問題ないでしょう。

ハンバーグが大好物である蘭子は壁に貼られている『ハンバーグフェア』の広告に釘付けになっていますし、武内Pの方も蘭子を見守りながらも同じように広告の内容に目を奪われているようです。

期間限定の特別なハンバーグもある上に既存のハンバーグ類が50円引きされるというのが、ついお昼の食費を節約してしまいがちな社会人としては嬉しいですね。

私も今日はハンバーグを食べようかなと考えさせられてしまいます。

 

 

「では、お席の方にご案内いたします」

 

「はい。2人共、行きますよ」

 

「はい」「うむ!」

 

 

私が声を掛けると、二人は若干上の空気味で返事をし、案内をしてくれる店員さんについていきます。

恐らく、何ハンバーグを食べるかで頭を悩ませているのでしょうが、小さな子供がドリンクバーの方へと駆けて行ったりしていますから接触事故が起きないように私の方で注意しておきましょう。

本来なら大人として店内を駆ける子供に注意をすべきところではありますが、まだ何も事が起きていないのに騒ぎの火種を作ってしまうのは避けたい所です。

事なかれ主義的な部分のある典型的な日本人気質である私は、無用なトラブルに関わることは御免被りたいですね。

子供を注意したことに対して激怒するような、人として決定的な何かが欠けているのではと疑問視したくなる親も存在していますし、関わらないことが吉ということもあります。

 

 

「こちらへどうぞ」

 

 

4人掛けのテーブル席に案内され、私と蘭子が並んで座り私の対面に武内Pが座りました。

下手に隣に座ることになったりして、それがちひろ達に知られでもしたら即恋愛法廷行き案件なので注意が必要です。

しかし、スーツ姿の男女とゴスロリ少女の3人組というのは悪目立ちしていますね。

先程から周囲のお客が私達についてひそひそと話し込んでいますが、その内訳としてはアイドルであるとバレているのが4割、邪推を含むそれ以外が6割といったところでしょうか。

そこそこの知名度にはなってきてはいるようですが、まだまだ精進が必要ですね。

まあ、こちらに対して何かしらのアクションを起こしてこない限り対応する必要はないでしょう。

あまり過敏に反応し過ぎても自意識過剰でしょうし、一々気にしていたらこれから人気が出て注目度が上がってもっと見られるようになった際にメンタルが持ちません。

メニュー表を取り片方を武内Pに渡して、もう片方を蘭子にも見え易い様に広げます。

勿論、開いたのはハンバーグ系のメニューが掲載されているページです。今日の私のお腹もハンバーグを所望しているようですから。

 

 

「うむむ‥‥ここに記されし数多の禁断の秘薬は、我を魅惑し悩ませてくれる。

(う~ん‥‥どのハンバーグも美味しそうで、決められなぁ~~い!)」

 

 

子供も大人にも大人気なファミリーレストラン会の王道といえるハンバーグ系のメニューは、ソースや上に乗るもの、お供と多様性を極めており、蘭子が悩むのも仕方ないでしょう。

私も、濃厚なチーズ入りにするか、あるだけで嬉しいたまご乗せにするか、それともがっつりエビフライ付きにするかと、選択肢が多いのは幸せですが、それと比例するように生み出される悩みに翻弄されます。

武内Pも重要な仕事を処理している時並の集中力でハンバーグのページを熟読していました。

笑ってはいけないのでしょうが、あまり見ることのない武内Pの子供っぽいところに自然と笑みがこぼれそうになってしまいます。

強面の男性がどのハンバーグを食べようかと悩む。これが所謂、ギャップ萌えというやつなのでしょう。

 

 

「どうかされましたか?」

 

 

露骨に視線を向けていたことに気が付かれ、武内Pは右手を首に回しながら尋ねてきます。

成人男性が、色気の欠片もない相手とはいえ異性からジロジロ見られて嬉しいことなんてないでしょうから、明らかな失態ですね。

本当の理由を言うと傷つけてしまいかねませんので、いつも通り誤魔化させてもらいましょう。

 

 

「いえ、何でもありません」

 

「‥‥そうですか」

 

 

完璧な笑顔を作り何でもない風を装うと、武内Pは不思議そうな顔をしながらも、再びハンバーグ選びに没頭します。

私も何を頼むか決まっていないのですから、こんなことをしている場合ではなかったですね。さっさと選んでしまいましょう。

しかし、いざ決めてしまおうと意気込むと何故か迷ってしまうのが人間の不思議な所でしょう。

あれもこれもが魅力的に見えてきて、本当に悩んでしまいます。

こういった時に思いがけずメニューが被ってしまうと損した気持ちになってしまう事があるのですが、この現象に名前はあるのでしょうか。

それとも、こんなことを思うのは私だけなのかもしれませんね。

 

 

「我への供物は決まった!(決まりました!)」

 

「自分も決めました。渡さんは、決まりましたか?」

 

 

不味いです。この3人の中で最年長なのに悠長に他の事を考えていたせいで、全く決まっていません。

健啖家であるという自覚はありますが、子供のように決めきれないのは何だか食い意地が張っているみたいで恥ずかしいですね。

 

 

「これにします」

 

 

焦って選ぶと碌なことにならないというのは重々承知ですが、私は自身の直感を信じてミックスグリルのランチを指さします。

ハンバーグだけでは物足りなさがありますので、今回はボリュームを重視しました。

お供付きであれば子供から大人まで大人気のエビフライでも良かったのですが、今回は巫女治屋の店主と大論争を繰り広げた後なのでがっつり肉を食べようと思います。

 

 

「わかりました。では、注文します」

 

「待たれよ!饗宴の開幕を告げる鐘を鳴らすのは、我が役目!

(待ってください!それは私がやります!)」

 

「‥‥わかりました。では、神崎さんお願いします」

 

「うむ♪(はい♪)」

 

 

店員さんを呼び出すボタンを押す役目に異様に拘る人って居ますよね。

蘭子のような見目麗しい少女であれば可愛らしいと思えるのですが、成人を過ぎた大人がみっともなく勝手に押されたと不機嫌になる姿は見ていられません。

まあ、こんなことを考えていてもご飯が美味しくなくなるだけなのでこの辺で打ち切っておきましょう。

今思ったのですが、悩みに悩んだ末に出した結論がボリュームたっぷりのミックスグリルランチというのは、結局第三者から見れば食い意地が張っているようにしか見えないのではないでしょうか。

武内Pや蘭子がそんなことで相手を貶すような人間だとは思っていませんが、やはり大人の女性としてもっとお淑やかなメニューを頼むべきだったかもしれません。

ですが、そんな事を気にしていては美味しいものを堪能することなんてできなくなってしまいますから、私には好きなように食べるのが一番なのでしょう。

テーブルマナー類は見稽古済みなのですが、それを活用するのは食事という名目ながら食事が目的ではないお偉いさんたちとの会食の時くらいで十分の筈です。

程なくして注文を取りに店員さんが現れました。

込み合う戦場の如きこのお昼時の時間帯で、これほど迅速に動けるのはしっかりと役割分担と教育がされている証拠でしょう。

 

 

「はい、ご注文をどうぞ」

 

「チーズINハンバーグとミックスグリル、後このワイルドプレートをドリンクセットでお願いします」

 

「はい。ご注文を繰り返します」

 

 

忙しさなど微塵も感じさせないベテランの風格すら漂う立ち振る舞いで注文を繰り返した後、良い笑顔で厨房の方へと去っていきました。

例えアルバイトであったとしても、あのようにプロ意識のようなものを持って働く人の姿はとても好感が持てますね。

 

 

「渡さん、そちらの進捗状況はどうですか?」

 

 

店員さんが去ると武内Pは早速仕事の話を始めました。

仕事の話となると内容次第では蘭子が入ってこられず除け者気味になってしまうので、別の話題を出そうと思っていたのですが、遅かったようです。

本社に戻った後は私はドラマ出演の打ち合わせがあるので別行動となる為、時間を無駄にしたくないのはよくわかるのですが、もう少し場の雰囲気というものを読むように努めた方が良いと思いますよ。

まあ、今回は私の衣装がどんな風になるのかと蘭子も瞳を輝かせているので大丈夫でしょう。

 

 

「私と店主さんでいくつかイメージ案を作ってきました」

 

 

3つ程度に絞るつもりが、私との大論争でイメージを掻き立てられたらしく結局その4倍近くの衣装イメージ案を押し付けられてしまいました。

『貴女、アイドルを引退したらうちに来なさい!アイドルのみならず服飾界に革命を起こせるわ!』ととても熱烈なラブコールを受けましたが、果たしてアイドルを引退したからといって美城が私というチート持ちを手放すでしょうか。

見稽古が万能過ぎて、このような勧誘を受けたのは初めてではなく、両手両足の指では足らなくなってからは数えていません。

ですが、久しぶりにそういった道に進むのもいいかもしれないと思える殺し文句でした。

とりあえず、バッグに入れていた衣装イメージ案の入った封筒を対面に座る武内Pに渡します。

 

 

「拝見しても構いませんか?」

 

 

反響定位と気配察知スキルを総動員してクリアリングを行い、周囲のお客の視線がこちらに向いていないことを確認しておきます。

隠し撮りからのSNSなどネット上への拡散による情報流出となっては問題になってしまいかねません。

紙ナプキンを丸めて指弾を作っておきましたから、いざという時はこれでインターセプトさせてもらいましょう。

所詮は紙製なので殺傷能力は皆無ですが、黄金回転を加えて射出される指弾ですからそれなりの衝撃力はあります。

下手をすると訴訟問題にまで発展しかねない行為をしているのですから、それくらいは人生の授業料として甘んじて受けてもらいましょうか。

 

 

「どうぞ」

 

女教皇(プリエステス)の纏いし闇夜に溶け込みし暗黒の装束、我が瞳にて見定める!

(七実さんの衣装ですか!私も見たいです!)」

 

 

了承を得て武内Pが封筒を開けて中からイメージ案を取り出すと、私の隣に座っていた蘭子も飛び出すように武内Pの隣へと移動しました。

周囲の確認もせずに慌てて飛び出してしまうと事故の元なのですが、蘭子くらいの年齢の子に常に自らを律して行動せよと言っても難しいでしょう。

ですから、ここは大人である私が細心の注意を払って未然に防ぐように努めるしかありません。

 

 

「コンセプトは片翼の天使だそうです」

 

「成程、良いデザインだと思います」

 

「片翼の天使!我が二律を纏う翼とは違い、深淵の闇を想起させる凶相を感じさせるわ!

(片翼の天使!私の光と闇の2つの翼と違って、強く大きな黒い翼がカッコいいですね!)」

 

 

蘭子はセフィロ○を知らないようですが、お気に召したようです。

まあ、厨二系キャラランキングを製作したら間違いなくトップ5に食い込むこと間違いなしなキャラですから、気に入らないはずがないでしょうね。

いずれ菖蒲か杜若、好物に祟りなし、興味津々

蘭子と武内Pがどの案を選んだとしても心の平穏を保てるようにしておきましょうか。

 

 

 

 

 

 

「渡係長、今回は助かりました」

 

「いえ、お気になさらず。寧ろ、新人アイドルである私にゴールデンタイム放送のドラマの役を回してもらって感謝しているくらいです」

 

 

恐縮した様子で私に頭を下げてくる麻友Pに私も頭を下げて礼を言いました。

次期ライダーにおいて主演等が決まっている私ですが、まだまだアイドルとしては低ランクであり、例え数話程度しか出演しない脇役だとしてもゴールデンタイムのドラマで役を掴むのは難しいのです。

特に私は年齢が年齢ですし見た目も女性らしさに欠ける部分がありますから、配役が難しく武内Pも適当な仕事を見つけにくいようですね。

そんな中で今回麻友Pが持ってきてくれた、まゆが出演する学園ドラマの教師役の1つに空きが出て、監督の方から出演してみないかというオファーが来ているという話は、渡りに船でした。

ついこの間オンエアされた料理バトル番組での私とまゆの組み合わせに可能性を感じたらしく、私の演技力次第では出演回数を増やす可能性すらあるようです。

私の役は生徒指導部にも所属する体育教師であり、ガサツな部分が目立ちますが生徒のことをちゃんと見ている姉御肌なキャラなようで、かつて数多くの舎弟を抱えていた私には適任かもしれません。

 

 

「そんな!右も左もわからなかった新入社員の時に受けた恩に比べたら、全然大したことじゃないですって!」

 

「そんな事なんて気にしなくていいんですよ。新人を助けるのは先輩社員の役目ですから」

 

 

確かに麻友Pに限らず、新入社員には気を配って何かトラブルに巻き込まれたり、大きなミスをしてしまわないようにそれと無くアドバイスをしたりしてきましたが、そこまで恩を感じなくてもいいと思うのですが律儀ですね。

チートのお蔭でそういう手助けをしても大した負担になりませんし、失敗は成功の基とは言いますが挫折や企業に影響を及ぼすような可能性は極力少なくしておくに限ります。

つまりは、恩を売ろうという意味合いは一切なく私個人の独善的な価値観からの行動なので、感謝されてしまうと違和感でくすぐったいですね。

 

 

「‥‥敵わないなぁ」

 

「‥‥しぃ~しょ~う~?」

 

 

只の先輩後輩のやり取りだったはずなのですが、まゆのセンサーに引っかかるものがあったらしくジト目で咎めるような視線を送られました。

恋する乙女のボーダーラインというものは曖昧過ぎて本当に困りますね。

いっそのことマニュアルを作成して欲しいと思わないでもないですが、まゆに言うと徹夜してノート何十冊分になってでも書き上げてきそうなので、言わないでおきましょう。

読むのが面倒臭いとかではなく、私は麻友Pに対しての恋愛感情等は皆無なのにまゆにそんな無駄な労力を費やさせたくないのです。

 

 

「どうしました?」

 

「どうしたんだ、まゆ?そんな怖い顔して?」

 

「‥‥本当にちひろさん達の苦労がよくわかります」

 

 

そういった心の機微も見稽古の対象になってくれると私の日常生活も楽になるのですが、そうなると自身の感情も塗りつぶされそうですから諸刃の剣でしょうね。

 

 

「では、仕事の話に入らせてもらいますが、渡係長が出演するシーンの撮影日はこの日から2日間を予定しているそうです」

 

「場所は?」

 

「維新高校という公立の高校を貸切って‥‥渡係長?」

 

 

いやいや、維新高校は私の母校ではないですか。何ですかこれは、運命の悪戯というやつなのですか。

黒歴史最盛期からは外れていますが、高校生時代も人間讃歌を謳いたい魔王を引きずっていた頃ですから、記憶からも抹消してしまいたい地雷が形として残っている可能性が高いです。

いや、そんな希望的観測を言うのはやめておきましょう。十中八九残っているはずですから。

特に特徴もなく人気もない無名だった高校が、私の行った改革で部活動は全国大会の常連、学力も底上げされて高ランク大学への合格率が50%を超えるようになったので、伝説の生徒会長として今もなお語り継がれているはずです。

卒業式には、私の功績を讃える為だけの項目が追加されたくらいですし。

ああ、見える。当時から在籍している教員も何名か残っているはずですから、そこから芋づる式に私の過去がサルベージされてしまう未来が見えます。

最悪な未来に、思わず目の前が真っ暗になってしまいそうですね。

 

 

「師匠?大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫です。問題ありません。全く、これっぽっちも」

 

「そうは見えませんけど?」

 

 

絶望が表情に表れてしまっていたのでしょう。先程までジト目で睨んできていたまゆが、心底心配そうに私の顔を覗き込んでしました。

害意が無いとはいえ、少し頭を動かせば額が触れ合ってしまいそうになる距離まで接近を許してしまうとは、私の動揺も相当の様です。

 

 

「有名校ですけど、何かあったんですか?問題があるようなら対応するつもりですが?」

 

 

麻友Pも私のおかしさに気が付いているようで、心配そうにしています。

できることなら撮影場所を変えて欲しいというのが本心ですが、脇役の1人に過ぎない私の我儘で今更確保したものを変更できないでしょうから、心の奥底に無理矢理封印しておきましょう。

波紋呼吸をして心をフラットに落ち着けて、平静を取り戻します。

 

 

「‥‥私の母校なんですよ。だから、昔の私を知っている教師と会うと思うと恥ずかしいなと」

 

 

下手に隠そうとすると興味を刺激して詮索されてしまいかねないので、適度に情報を与えて興味の矛先を逸らしておきましょう。

まあ、それも実際に撮影で母校を訪れるまでの延命治療にしかならないでしょうけどね。

 

 

「そうなんですね。あんな有名校に通ってたなんて、流石は渡係長です」

 

「‥‥どうして、それがあんな顔に繋がるんですか?」

 

 

麻友Pの興味は完全に逸らすことができたようですが、まゆの方は駄目そうです。

私の思惑に乗らず、絶望した表情の意味を絶対に説明してもらうという強い意志を瞳から感じさせますね。

そういったのは懸想している麻友Pのみに向けて、私のことは放っておいて見なかったことにしておいてくれると嬉しいのですが、難しいでしょう。

料理を教えてあげたり、甘やかしたりと色々していますが、こんなにも心配される程好感度が上がっているとは思いませんでしたよ。

さて、本当にどうしましょうか。下手な誤魔化しはまゆを刺激してしまうだけでしょうし、困りました。

 

 

「そこは、詮索しないでほしいのですが‥‥」

 

「師匠‥‥どうして、自分のことは隠そうとするんですか?」

 

「別に隠そうなんて」

 

「嘘‥‥師匠、知ってます?

『大丈夫?』と問いかけられ『大丈夫』って答えるのは、虚勢を張って、意地を張っている人が無意識的にそうしてしまうらしいですよ?」

 

 

何でしょう、まるで浮気を問い詰められている亭主のような気分に陥ります。

まゆの視線は有無を言わさない強いもので、圧倒されることはありませんがやりづらくて仕方ありません。

麻友Pにまゆを止めて欲しいと視線で伝えますが、申し訳なさそうに両手を合わせて拝まれてしまいました。

どうやら、この状態になったまゆは懸想している相手である麻友Pの言葉であっても止めることができないようですね。

担当アイドルなのですから、しっかりと手綱は握っておいてほしいものですが、10代の少女達は一癖も二癖もあるので難しいでしょう。

 

 

「どこ見てるんですか?」

 

「まゆ、今はドラマの話を「話題をすり替えようとしないでください」‥‥はい」

 

「ちゃんと答えてくださいね♪」

 

 

私も女ですが、こうも綺麗な笑顔が相手に心理的負担を強いるとは知りませんでした。

今まで何気なく使用してきましたが、これをされた男性が何も言えなくなってしまうという気持ちが今なら痛いほどにわかるでしょう。

 

 

「‥‥高校時代は、ちょっとヤンチャしてた時代なんですよ」

 

「それで?」

 

「そんなことがバレたら、折角今まで築き上げてきた頼れるお姉さん像が崩れてしまうではないですか‥‥」

 

 

誤魔化しがきかない以上、私の最優先事項を黒歴史の欠片を掴ませない事にシフトさせて本心の一部を吐露します。

隠し事をするのなら損切りラインを定めておくことは重要ですから、ここまでなら私の精神的ダメージは許容範囲内で収められるでしょう。

本当なら、この内心でさえ言いたくありませんでしたが、割り切るしかありません。

 

 

「ふふっ‥‥ふふふ‥‥そんなことを気にするなんて師匠も人なんですね」

 

 

大きな溜息をついて頭を抱えるとまゆの心底可笑しそうな笑い声が聞こえてきました。

 

 

「失敬な。人より出来る事は多いですが、ちゃんと人ですよ」

 

 

まあ、特典(チート)を持って転生しているので普通のというがつくと怪しいところですが。

 

 

「だって、師匠って基本的に何でもできちゃうし、解決しちゃうじゃないですか。

そんな師匠が、頼れるお姉さん像が崩れるからってあんな顔をするなんて可笑しくて」

 

「私にとっては死活問題なんです」

 

 

どうやら、まゆの追及の魔の手から何とか逃れることができたようです。

今後はまゆの前では迂闊に内心を表に出さないように気を付けなければ、詮索されて黒歴史時代のことが白日の下に晒されることになりかねません。

本心を隠し続けるようで後ろめたいという気持ちが物凄くしますが、黒歴史の開帳だけは避けなければなりませんので仕方ないのです。

 

 

「こんなかわいいところがあるなんて‥‥師匠って、ずるいですね♪」

 

「褒めてます、それ?」

 

「褒めてますよ」

 

 

何だか釈然としない部分がありますが、今は黒歴史を守りきれただけ良しとしましょう。

そんな特大の秘密を守り切れた私の今の心境を、合衆国の超越主義哲学を世に打ち出したとある思想家の言葉を借りて述べるなら。

『己の秘密を守ることは他人の秘密を守ることよりも堅い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、維新高校が私の母校であるとの情報が恐ろしい速度で346プロ所属のアイドル達に広まり、女子の情報伝達力に恐怖することになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




7/29の5th Liveに当選しました。
こうしたライブに参加するのは人生初ですが、もう今からワクワクとドキドキが止まりませんね。

先輩Pの皆様方
もし、ライブの作法等がありましたらメッセージ等で教えていただける幸いです。


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我が心と行動に一点の曇りなし、全てが正義だ

話が長くなってしまったので、今回は前後編になります。


どうも、私を見ているであろう皆様。

最近、世界が私の黒歴史を発掘しようと躍起になっているとしか思えません。

アイドル業が順調なことは嬉しいのですが、片翼の天使(偽)からの黒歴史生誕の地でもある母校来訪の流れは疑わざるを得ないでしょう。

この件に関しては情報流出を避けるという大義名分のもとに、緘口令を敷かせてもらいました。

武内P等を通して七花に伝わると、そこから舎弟達に伝わってしまいこの前のイベントを超える人数が集合しかねません。

そうなれば、撮影の邪魔にもなるでしょうし、これまで頑張って隠し通してきたあの忌々しき黒歴史が開帳されてしまう事間違いなしです。

考えるだけで身震いしてしまうような恐ろしい未来に胃が痛くなりそうですが、一度請け負った仕事を放りだすなんて無責任な行動は私の矜持が許さないので諦めるしかないでしょう。

大いなる力には、大いなる責任が伴うという言葉もありますし、見稽古というチートで人類最高峰のスキルを多々備えているのですから、自身の感情という軟弱な理由で逃げるわけにはいきません。

ですが、心の奥底で憂鬱に思うくらいは許してもらえるでしょう。

 

今日はアイドル業も係長業務もオフな完全休日で、本来なら最近の趣味である食べ歩きに出ようかと思っていたのですが、現状では美味しいものもしっかり味わうことができそうにないので中止しました。

美味しいものを食べてこその人生ですが、しっかりと味わう為には万全な精神状態でなければなりません。

チートのお蔭で若干不安定な精神状態においても私の味覚は十全に識別してくれるのですが、それでは折角の料理やそれを作ってくれた方にも失礼でしょう。

 

 

「さて‥‥どうしようかしら」

 

 

趣味の食べ歩きを中止するとなるとやる事がありません。

家事関係は週の半分は誰かが泊まりに来ているので、溜め込むことなくきっちりしていますから追加でやる事もありませんし、あったとしても私なら1時間もかからないでしょう。

元々が無趣味な人間ですから、休みとなると時間を持て余してしまいます。

かつての私であれば、休日は抑圧されていたチートを解放したいという欲求を満たすためにカラオケに行ったり、ゲームセンターで各ゲームの最高記録を塗り替えたりしていたのですが、アイドルとしての知名度が良くも悪くも高くなり出したのでプライベートの行動にも注意が必要でしょう。

以前よりもチートの制限を緩くしているので、私の行動は1つ1つが悪目立ちしてしまう傾向がありますから。

情報というものは、扱い方次第で人を生かす妙薬にも殺す凶刃にもなり得るものですから、対策は十二分に取っておいて損はありません。

そう考えると行動範囲は極端に狭くなってしまいますね。

いっそのこと家から一歩も出ずに怠惰を極めてしまうというのも良いのかもしれませんが、シンデレラプロジェクトの皆やいつものメンバー達に武内P、部下達はトラブルなくちゃんと仕事ができているだろうかと気になりだすと身体がそわそわして落ち着きません。

泊まりに来ていたちひろからは『今日は仕事のことを忘れて、しっかり休んでくださいね。七実さんは只でさえ働き過ぎなんですから』と出勤していく前に言われたのですが、この様子だと無理そうです。

しかし、ここで何の理由もなく出勤したならば、また正座でお説教コースが待ち受けているでしょう。

ちひろと美波の2人は、特に事あるごとに私に正座をさせようとしてきますからね。

長時間正座をさせられても足が痺れることなく行動することはできますが、それでも床に正座させられてお説教されるというのは避けたい所です。

しかし、昔の偉い人は言いました。

 

 

「無いなら、作ってしまえばいい」

 

 

所謂、後付け設定というやつですね。

私は346プロダクションアイドル部門の係長ではありますが、同時にそこに所属するアイドルでもあるのですから理由なんていくらでも作れてしまいます。

蘭子のMVに出演することが決まってしまい剣を使った軽い殺陣を演じることになりましたから、軽く勘を取り戻す為に自主レッスンをしに行きましょう。

アイドルが次の仕事に向けて自主レッスンを行うことは、褒められこそすれ決して非難されるものではありません。

何時如何なる時でも最高のスペックを発揮できる私には全く必要のない行為ではありますが、周囲の人達はそれを知らないはずなので十二分に大義名分となり得ます。

素晴らしい名案に、黒歴史開帳の可能性や暇を持て余していたことによる陰鬱な気持ちも晴れていくようです。

そうと決まってしまえば、こんな所で悠長に時間を浪費している暇はありません。

1日に与えられた時間は有限、無駄にしてしまう前に行動あるのみです。

チートスキルをふんだんに使用して着替えと厳重に保管しておいた居合刀を含む荷物の準備を終え、鼻歌交じりに外へと飛び出しました。

空模様は今の心境と反してどんよりとした厚い雲が覆っていますが、今なら心象風景を具現化して快晴の空へと変えることもできそうです。

まあ、私の心象風景なんて具現化してしまったら碌な世界になりそうな気がしませんが。

黒歴史時代の私であれば神話の神々が殺し合う、物騒至極極まりない神々の黄昏(ラグナロク)のような末恐ろしい世界でも顕象していたかもしれません。

とこんなくだらない妄想をしてしまうのは、きっと自身に施している封印が解けかけているのでしょう。

本当に厄介な存在ですよ。忘れ去りたい黒歴史というものは。

 

 

「では、その時間でお願いします」

 

 

いつものセットといっても通じそうなチートスキルセットを使用し、気配を殺して移動しながらレッスンルームの確保をしておきました。

できて間もないと言っても、業界最大手の我が346プロに所属するアイドルは中小プロダクションより多いので、こうして予約を入れておかないとすぐに埋まってしまいます。

それに346プロの芸能部門はアイドル部門だけではありませんので、レッスンルームの確保は意外と激戦だったりするのです。

刀袋から伝わる居合刀の重みは、久しぶりに手入れ以外で保管庫から出られることに対して歓喜しているようでした。

元ネタの虚刀流は刀を使えない剣士ですが、見稽古と私が完了に満たない事のお蔭で問題なく使えています。

昔は色々と技を再現しようして無茶な使い方をして、何本も折ってしまい自分の未熟さに落胆したものですが、今では刀を痛めることなく零閃擬きを放てるまでに極めました。

流石にこの居合刀は斬刀ではないので何機も出撃させることはできませんし、光速に至る斬撃を繰り出せば現実的なレベルでの人類最高峰でしかないチートボディもただでは済まないでしょう。

過去一度、限界に挑戦しようとして筋完全断裂寸前の大怪我(全治3日)を負って、両親と七花から鍛錬禁止令を出されかけてしまったこともあります。

我ながら無茶をしたものだとは思いますが、チートを貰ったらどこまでできるかやってみたくなるのが人間の性というものでしょう。

 

通勤や通学途中の人波を時にすり抜け、時に周囲の建造物を利用して飛び越え美城本社までの最短経路を駆け抜けます。

この異常極まりない出勤風景を認識できる人が居れば『人力TAS』とか言われてしまいそうな変態機動でしょうが、誰も認識できない以上問題ありません。

ばれない事実は真実となり得ないのですから。

既に美城本社は視界に入っていますので、更に加速して一気に駆け抜けましょう。

勿論、出勤途中の社員達に認識させず、今の風は少し強かったなと思わせる程度の影響しか与えないように注意します。

そして、エレベーターではなく緊急避難やサボり、時間潰しくらいにしか使われることのない階段を駆け上がり確保しておいたレッスンルームのある階層へと一直線に向かいます。

階段を昇り終えフロアに出た所で発動していたチートを解除し、少し乱れてしまった身嗜みを整えてからゆっくりとレッスンルームの前まで移動しました。

レッスンルームの扉はいつもと変わらない普通の物でしたが、扉の向こうから禍々しいオーラとそれを隠そうともしない人の気配がします。

その気配を私は嫌というほどに覚えがあり、またこんなに情報が渡ってしまった原因については昼行燈か私の部下が一枚噛んでいるのでしょう。

してやられた感がありますが、今更どうしようもないので溜息をついてゆっくりと扉を開きました。

 

 

「おはようございます、美波」

 

「はい、おはようございます。

じゃあ、七実さん。早速ですが、正座しましょうか」

 

 

挨拶と同時に正座を要求してくる美波に、私は隠すことなく大きな溜息をつきました。

後付け理由は用意してきていますので、後は平和に終われるよう頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

「話はちゃんと聞きますから、とりあえず正座しましょう」

 

「お断りします。ところで、美波は何故ここに?」

 

 

見ている人に恐怖感を与えてしまう、アイドルあるまじき黒い笑みを浮かべる美波に対し拒否の姿勢を示します。

いつから美波は、とりあえずビールみたいな気軽さで正座させる系キャラになったのでしょうね。

会った当初のあの初々しさは、今ではすっかり無くなってしまいました。

まあ、今のお世話焼きでお節介な所もある美波が素なのでしょうし、こうして本音でぶつかってきてくれるようになったことは悲しむどころか大歓迎です。

 

 

「七実さんが休日出勤する気みたいだからって、ちひろさんに頼まれたんです。後、拒否権はありません」

 

「休日出勤じゃありませんよ。ただの自主レッスンです」

 

 

この展開は想定済みなので、刀袋を揺らしながら用意しておいた理由を伝えました。

自主レッスンはアイドルの私用ですから、咎められる理由なんてありません。

レッスンが終わった後で、シンデレラプロジェクトや部下の所に顔を出してちょっとお手伝いをしたとしても、それは仕方ない事です。

助けを求める手を振り払うのは、仁義に悖る行為ですから。

 

 

「‥‥それは?」

 

「愛用している居合刀です。今度の撮影では剣を使うみたいですし、流石に家では本身を振るうに十分なスペースがありませんから」

 

 

私に掛かれば室内であっても周囲の家具を傷つけずに刀を振るうことは可能ですが、それを知る人間はいません。

実に素晴らしい理由付けではないでしょうか。

 

 

素晴らしい(ハラショー)!!』

 

「あの3段突きでわかっていましたが、やはり七実さんは剣の道も修めていたのですね!」

 

 

レッスンルームの隅で観戦態勢を整えていたアーニャと脇山さんは、楽し気に私がどんな剣術を使うかについて盛り上がっていました。

チートによって再現された数々の漫画の技は、元が娯楽作品なだけあって見栄えが良いものが多いですからね。

あんなふうに楽しみにされると嬉しくて、つい限界ギリギリまで見せてあげたくなります。

 

 

「そこの2人、ちょっと静かにしててね」

 

はい(ダー)』「はい」

 

 

そんな2人を黒い笑顔で黙らせた美波に、私は心のメモ帳にある怒らせてはいけない人リストの欄に美波をそっと加えました。

女性というのは、笑顔であんなにも怒れるというのがすごいですよね。

私に向き直った美波は、何か諦めたような微妙な表情を浮かべて黒い笑顔を解き、そして大きな溜息をつきました。

 

 

「わかりました。自主レッスンなら、私に止める理由はありません」

 

「理解してもらえて何よりです」

 

 

追及を逃れられたことに心の中でガッツポーズをとり、正座と説教から逃れられたことを神に感謝します。

昼行燈のような例外もいますが、転生分の人生経験は伊達ではないのですよ。

 

 

「但し、七実さんが余計なことに手を出さないように監視させてもらいますから」

 

「‥‥そんな事必要ないのでは?美波にも予定があるでしょうし」

 

 

確かラブライカは午後から雑誌の取材を受けることになっていましたから、その準備や打ち合わせも必要な筈です。

デビューしたばかりの新人アイドルグループ紹介コーナーの1組ということなので、そこまで時間的な拘束もなく比較的楽な仕事に分類されるでしょう。

ですが、どんな簡単なものだったとしても仕事は仕事です。こんな所で油を売っている暇はありません。

これは監視されては手伝いがやり難くなるという理由だけではなく、先輩アイドルとしての言葉です。

 

 

「大丈夫です。他のシンデレラプロジェクトの子達も協力してくれるみたいですから」

 

「‥‥成程」

 

 

ちひろの提案でしょうが、しっかりその辺は考慮していたようですね。

交代制なら1人当たりの負担量も少なく済みますし、急用が入ったとしても対応可能でしょう。

この後予定していたお手伝いが至極やり難くなるという点に目を瞑るのなら、文句のつけようのない良い案であると言えます。

ここで下手に断ってしまうと後付け理由も崩れてしまい、正座お説教コースが待ち構えているでしょうから妥協点はここでしょう。

損切りラインというものを見極められるようにならないと、何かと柵が多い大人の世界を上手く渡っていくことができません。

流石にどこぞの紅茶好きな国やうちの昼行燈のような、変な交渉スキルを身につけろとは言いません。寧ろ、あそこまでいくと引きますね。

 

 

「わかりました。それでいいですよ」

 

「じゃあ、私も七実さんの自主レッスンを見学させてもらいますね」

 

 

そう言って美波は、先程までの黒い笑みとは正反対の花開いたような笑みを浮かべて筆談で静かに盛り上がっていた2人の下へと移動しました。

監視が付いてしまったのは痛いですが、とりあえずは後付け理由を達成してしまいましょう。

この場には異性の目がないので、その場で早着替えスキルを利用して持ってきていた道着に着替えました。

いつものトレーニングウェアでも良かったのですが、やはり刀を使うならこちらの方が様になりますし、心に程よい緊張感が生まれて身が引き締まる気がします。

 

 

「また、七実さんは‥‥他の子が真似するようになったらどうするんですか」

 

「何という早着替え!珠美も見習わなければ!」

 

「ワクワク♪ワクワク♪」

 

 

確かに更衣室でなく、この場で着替えるのは行儀が悪い行為でしたね。

これを仁奈ちゃんやみりあちゃんが真似するようになってはいけませんから、今後は年少組の前での立ち居振る舞いはより気をつけるようにしましょう。

さて、この愛刀を振るうのは久しぶりですので、最初は素振りから始めましょうか。

2尺5寸の至って普通の居合刀を抜き、上段に構えて軽く振り下ろします。

ただの素振りですが、見稽古のお蔭で無拍子且つ無音というそれは見る人が見ればその異常性がきちんと解ってもらえるでしょう。

構えては、振り下ろす。それを1つ1つ丁寧に、焦る素振りなく、しかし着実に速度を上げながら繰り返していきます。

刀身はぶれる事もなく、正中をリプレイ映像のように何度もなぞり、心も水面のように穏やかに静謐に満ちた無の世界へと至る。

私は刀であり、刀も私である。そんな武の境地ですら、見稽古は容易く習得してしまうのですから恐ろしいチートです。

100回の素振りを終えて、一息入れる為刀を納めました。

これくらいで疲れることはありませんが、勘が一切鈍っていないということが確認できたので素振りはこれくらいで十分でしょう。

 

 

「お見事です!」『お見事です!』

 

 

素振りが終わった途端に、脇山さんとアーニャが深々と頭を下げてきました。

やはり、武道の経験があるだけあって、全てではないでしょうが、わかってくれたようですね。

脇山さんは別として、虚刀流門下であるアーニャがこれを理解できないようであれば、今度の鍛錬は厳しめにしなければと思っていましたが杞憂に終わってよかったです。

流石に、美波は何が何やらわかっていないようですが、それは仕方のない事でしょう。

 

 

『御見事!』

 

 

心底嬉しそうな笑みで音のない拍手を送る侍亡霊の存在に溜息をつきたくなります。

また地下から出張してきたようで、毎度のことながら誰も伝えてくれる相手がいないのにどこから嗅ぎつけてくるのでしょうね。

私の素振りを見て昂ってきたのはわかりますが、今すぐ死合いたいという猛禽類のようにぎらついた目を向けてくるのはやめて欲しいです。

自由な亡霊でいる為に一般人に仇なさないという約定があるようなので、この場では仕掛けてくることはないでしょうが、また眠りの浅い日々を過ごすことになるのでしょう。

 

 

「ねえ、アーニャちゃん、珠美ちゃん。今の七実さんの素振りってそんなに凄いの?

確かにフォームとかは凄い綺麗だなと思ったけど」

 

「美波殿、凄いなんてものではありません!あの素振りは達人の境地です!」

 

師範(ウチーティェリ)は凄いんです!」

 

 

美波が質問すると、興奮冷めやらぬ2人は凄まじい勢いで語り出しました。

 

 

「まず音が全くしなかった点!普通の素振りなら少なからず風切り音がするんです!

それがしないという事は、七実殿の技量がそれだけの境地にあって空を斬っているからなのです!」

 

「そして、師範(ウチーティェリ)の剣は見えても避けられません。気が付いたら斬られています」

 

「そ、そうなんだ‥‥」

 

 

2人の勢いに気圧されている美波でしたが、何となく私の素振りの規格外さを理解したようです。

 

 

「2人共、その年齢でよくそこまで見抜けましたね」

 

『私は虚刀流の弟子(パスリェドヴァーチェリ)ですから!』

 

「珠美は、剣で七実殿を超えるつもりですので!」

 

 

誇らしげにロシア語で宣言するアーニャと、若干の怯えの色が見えますがしっかりと私を見て答える脇山さん。

その姿は遥かなる高みを目指す挑戦者が持つ穢れなき真っ直ぐな輝きがあり、見稽古のお蔭でそんなものとは無縁の人生を送ってきた私にはひどく眩しく見えました。

こんなものを見せられては、私も出し惜しみなく頂というものを見せてあげたいと思ってしまいます。

なので、家から持ってきた新聞紙を丸めて簡易な試し斬りの標的を作り、自分の前に置きました。

 

 

「そうですか‥‥なら、刮目して見なさい」

 

 

私の言葉に、正座してその瞬間を待つ2人と今から何が起こるのか楽しみで仕方ないという侍亡霊を尻目に、ゆっくりと構えます。

刀が折れてしまい飛び散った破片で3人を傷つけるわけにはいかないので、愛刀の耐えられる範囲での全力ですが、それでも頂の片鱗くらいは見えるでしょう。

軽く呼吸を整え、愛刀を抜き放ちました。

 

零閃編隊――三機

 

厨二は封印しているので技名は言いませんし、口に出す頃には終わっていますから意味がありません。

しゃりん、しゃりん、しゃりんという輪唱の如き3連続の鍔鳴り音がレッスンルームに響き渡ります。

正確にいえば零閃擬きなので、もしかしたら侍亡霊には3回目あたりの刀身が見えていた可能性がありますね。

宇練流の居合い術は相手に刀身を見せないことが本質なので、そうであるなら今のは零閃失格の技だったかもしれません。

欲を出して3機編成にしたのが良くありませんでしたね。驚かせるなら2機編成で十分だったでしょう。

4つに分割されながら崩れ落ちる新聞紙の棒を眺めながら、つい格好を付けたがる自身の性格を反省します。

 

 

「どうでしょうか?」

 

 

軽い痛みを訴えだす右腕を無視しながら、全員に尋ねます。

やはりですが、零閃編隊は空想だからできる技であり現実世界で再現するには難があるのでしょう。

昔より更に強化された人類の到達点であるチートボディをもってしてもダメージを受けるのですから、これが3倍以上である10機になったらと考えると恐ろしいですね。

 

 

『ふふ、ふはははははは!何という、何という境地!見事、御美事!』

 

 

最初に反応したのは、予想通り亡霊でした。

零閃がどの程度の境地であるか正しく測れたのか、私の前では滅多に見せない隙だらけな状態で笑い転げていました。

白坂ちゃんの協力によってあの比較的最新に属する黒歴史の特撮を見たり、虚刀流のPV撮影も覗いたりしていましたが、こうして刀を振るう姿を見せたのは初めてでしたね。

戦国時代の戦いは割と何でもありだったと聞いているのですが、この亡霊は刀で斬り合うのが好きなのでしょうか。

 

 

『渡殿。其方と死合える日を心よりお待ちしておりますぞ!』

 

 

それだけ言い残すと亡霊は、私にだけ聞こえる高らかな笑い声を響かせながら地下の方へと消えていきました。

これはやってしまった感がありますが、ここで零閃を見せたことは後悔していません。

 

 

「連続居合い斬り!?何ですかそれ、すごく格好いいです!是非、珠美にもご教授を!」

 

師範(ウチーティェリ)はニンジャマスターだけでなく、サムライマスターだったんですね!素晴らしい(ハラショー)!!』

 

「虚刀流の映像も見せてもらいましたけど、本当に規格外ですね」

 

 

ようやく理解が追い付いた3人からの感想に、決して無駄ではなかったというのがわかりますから。

特にじゃれつく小型犬のように私の元へと寄ってきたアーニャと脇山さんを見れば、良い刺激になったことが身体全体から伝わってきます。

脇山さんの肉体の成熟度から考えて、流石にいきなり零閃は教えることはできませんが、簡単な技や術理から教えてあげましょう。

葦ふくむ雁、武芸百般、宣戦布告

私の剣は平和とは程遠い殺人剣ですが、それでも平和な空間を作れたりもします。

 

 

 

 

 

 

零閃を披露した後、殺陣に映えそうな軽い剣舞を行い自主レッスンを終えました。

その後は、時間も余っていたので新たに私に弟子入りした珠美に軽く手解きをしてあげたり、4人で談笑したりしていました。

1人だけ年代が違う為あまり話題についていくことができず、聞きに徹する破目になりましたけどね。

アイドル部門で仕事をしているので流行等は把握していますが、やはり可愛いとかの感性ばかりは若い娘と同じとはいきません。

特に私はデザイン性よりも実用性を追い求めるきらいがありますから、余計についていきにくいのです。

 

 

「ねぇねぇ、七実さま。これも頼んでいい?」

 

「いいですよ」

 

「ヤッタ~~☆」

 

 

そして現在、お昼時には少し早い時間ですが、私はラブライカから監視役の任を引き継いだ莉嘉と共に346カフェで早めの昼食をとっていました。

私達はハンバーガーセットを頼み、莉嘉はストロベリーサンデーを追加注文します。

346カフェのハンバーガーは、一般的なチェーン店のものよりもボリュームがあるのですが、食べ盛りで甘いものは別腹な現役JCなら問題ないでしょう。

御釣りが出ないようきっちりで料金を払い、莉嘉と共に座る席を探します

朝はどんよりとしていた天気も、厚かった雲が晴れて心地良い日差しが差し込んでいるので、一番日当たりのよい席を確保しました。

 

 

「その袋の中って、何が入ってるの?」

 

 

好奇心旺盛な莉嘉は日常生活では、まず目にすることがない刀袋に興味津々なようです。

好奇心は猫を殺すというイギリスの諺もありますが、そんな事をいった所で止まる子供はまずいないでしょうし、隠せば隠すだけ余計に好奇心を刺激するだけでしょう。

 

 

「刀ですよ」

 

「えっ、ホント?すっご~~い!ちょっと触らせて♪」

 

「駄目です」

 

 

愛刀は斬れない模造刀ではなく、本身ですから何かの拍子に怪我をさせてはいけません。

チート技術を用いて入念に手入れしてある為、切れ味も普通の物より格段に向上しているでしょう。

そんな愛刀でできた刀傷は容易に皮下組織までに達して、一生消えない傷痕を作ってしまう可能性があります。

自らの不注意で愛らしいアイドル達にそんな傷を負わせてしまったとなったら、私は自分の命を絶つ程度では許せないくらいの後悔に襲われるでしょう。

なので、ナイフ術の心得もあるアーニャや剣道経験のある珠美にも触らせることはありませんでした。

鍵付きロッカーに預けずに、こうして絶えず持ち歩いているのも、誰かが触ってしまう可能性を極力減らす為なのです。

 

 

「えぇ~~、なんでなんで!い~じゃん、ちょっとくらい!」

 

「何といわれても駄目です」

 

「ケチ!イジワル!!」

 

 

普段であれば少なからず精神的なダメージを被るであろう言葉も今の私には響きません。

守る為には時には自ら傷つくことも耐えなければなりません。そして、それには覚悟が要ります。

傷つくことがわかっていれば覚悟ができる。そして、覚悟はそんな痛みを吹き飛ばすでしょう。

某漫画でラスボスを務めた神父が『覚悟した者は幸福である』と言っていましたが、今なら少しだけそう思った気持ちがわかるような気がします。

 

 

「お待たせいたしました。ハンバーガーセットとストロベリーサンデーです」

 

 

無言の上目遣いで了承の言葉を引き出そうとしていた莉嘉ですが、覚悟を決めた私には通用せず、そんな事をしている間に注文した品が運ばれてきました。

 

 

「さて、料理も来ましたから食べましょう」

 

「はぁ~~い」

 

 

どうやら、刀を触らせてもらえないことがかなり不服なようです。

まあ、いくら自分のことを思ってとはいえ、大人の理由で自由が制限されてしまえば子供が面白くないのは当然ですね。

 

 

「‥‥剣道でも居合道でもいいので、しっかりと修めることができたら触らせてあげましょう」

 

 

我ながら甘いとは思いますが、きちんと武道を修めたなら無暗に振るうことはないので触らせてあげても大丈夫でしょう。

 

 

「いいの?」

 

「武の道を修めるのは、トップアイドルになるくらい難しいですよ?」

 

「あたしはカリスマギャルになる予定の城ケ崎莉嘉だよ?アイドルもブドーもカンペキでしょでしょってこと、ショーメーしちゃうんだからー☆」

 

 

私の問いかけに、瞳を輝かせて親指を立てたピースサインを目元に持ってくるギャル特有のポーズで答える莉嘉の姿に、思わず笑みがこぼれます。

自分が挫折することなんて全く思っていない青臭くも眩い姿、これが若さですか。

 

 

「いただきます」

 

「いっただっきま~す☆」

 

 

糧となってくれる全ての食材に感謝を込めて祈り、ハンバーガーに齧り付きます。

ふっくらと焼き上げられた小麦の匂いがかぐわしいバンズを越えるとチェーンの倍の厚みはあるであろうパテへと辿り着きました。

しっかりと火が通っているパテは、噛み応えを失わないようあえてゴロゴロとした肉の塊が混ざっており、噛みしめる度に濃厚な肉汁が新たに溢れてきます。

肉を食べているという満足感たるや、もはやハンバーグではなくステーキを食べているかのようですね。

厚いパテ以外には瑞々しいレタスとケチャップベースの特製ソースしかないというシンプルな構成も、このボリューム満点なハンバーガーをより高めているのでしょう。

シンプルだからこそ誤魔化しのきかない素材1つ1つの味とバランスが要求されるのです。

何度も食べているのですが、それでも飽きがくることなく食べたく思えるのは、このハンバーガーの完成度が高いという証左でしょうね。

アイドルとしては失格かもしれませんが、小口でちまちま食べてはこのハンバーガーに失礼なので、見苦しくない最低限の節度は保ちつつ豪快に齧らせてもらいます。

 

 

「おいしー☆」

 

 

ジャンクフードを食べ慣れている莉嘉も、このハンバーガーの美味しさは初体験だったようで、私に負けず劣らずの勢いで食べ進めていました。

地味にチートを使っている私とは違い、勢いだけで食べている莉嘉の口元はソースで汚れてしまっていますから後で拭いてあげましょう。

半分くらい食べ進めた所で、今度はセットで付いてきたポテトに手を伸ばしました。

皮目のついた大小入り乱れる形が不揃いなポテトですが、丁寧に二度揚げされているので外側はカリッと中はホクホクという最高の加減に仕上がっています。

塩だけでなく微かに振りかけられた粗挽き胡椒の風味と辛味が、このシンプルなハンバーガーとベストマッチしていて、配分を間違えて食べ尽してしまいそうになりますね。

そして、ここでコーラ等の炭酸飲料で口の中を洗い流すのは、まさにジャンクフードの醍醐味と言えるでしょう。

通常の1.5倍の大きさはあったのですが、あっという間に完食してしまいおかわりを頼むか悩みそうになります。

ここでおかわりを頼んでしまうと、来て食べるまでの時間で莉嘉を待たせてしまう事になりかねないので今回は諦めましょう。

午後から活動するだけのカロリーは摂取済みなので、食べなければ倒れてしまうという事はありません。

その気になればチートで数日間飲まず食わずでも活動は可能です。

 

 

「ほら、付いてますよ」

 

「ありがと~」

 

 

莉嘉の口元を拭いてあげていると、ふと昔のことを思い出しました。

そういえば、幼い頃の七花もよく口元を汚していたのでこうして私が拭いてあげていましたね。

流石に高校生に上がった頃には姉に世話を焼かれるのが恥ずかしくなってきたのか、殆ど汚すこともなくなり自分で気がついて拭くようになっていました。

黒歴史中であっても、そういった家族団欒の時間では私もまだまともだったと思います。

口元を拭いた紙ナプキンを丸めてハンバーガーの入っていた籠に放り込み、空を見上げました。

さて、午後からはどうやって監視の目を掻い潜りながらお手伝いをしに行きましょうか。

こんな悪巧みを考えている私を正当化する為に、とある漫画の並行世界を行き来できる能力を持った大統領の言葉を借りて述べるなら。

『我が心と行動に一点の曇りなし、全てが正義だ』

 

 

 

 

 

 

 

さて、後付け理由は達成したので午後からはしっかりとお手伝いをしていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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恋をしている時に、思慮分別に従って、しっかりとしているということは、およそ不可能なことである

人生初ライブ、本当に最高でした。

惜しむらくは、名刺を用意していかなかったことくらいでしょうか。
次回参加できる機会に恵まれたとしたら、ちゃんと調べて名刺を作り先輩プロデューサーの方々と交流してみたいと思います。


どうも、私を見ているであろう皆様。

午前中は自主レッスンという後付け理由を達成する為に、零閃を披露して弟子が増えたり、亡霊に更に目を付けられたりしてしまいましたが元気です。

目下の悩みとしては、事あるごとに私に正座を強要するようになってしまった美波についてくらいでしょうか。

すっかりちひろのように私に対して口煩くなってきてしまい、いったい何処で私は選択肢を選び間違えてしまったのでしょう。

あまりおかしな選択はした覚えはないのですが、レスポンスが決まりきっているゲーム世界と現実の人間は違いますから悩んでいても深みに嵌るだけでしょうね。

そんなどうしようもないことは一旦思考の隅に置いておいて、莉嘉との昼食を済ませた私はシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームにいました。

私物の持ち込みが始まり、お洒落で落ち着いた雰囲気のオフィスだったプロジェクトルームはアイドル達それぞれの個性の色が加わることにより無秩序ながらも華やかなものとなっています。

私物申請で持ち込んだ書庫も資料整理に早速活躍しており、やはり私の見立ては間違っていなかったという証明でしょう。

 

 

「李衣菜、コードの移行が上手くできないなら、一度止めてゆっくり反復練習しましょう」

 

「はい!」

 

 

少し曲が弾けるようになった初心者にありがちな、苦手なコード移行を誤魔化すのを注意すると李衣菜は素直に演奏を止めて反復練習に入りました。

こういった基礎訓練は上手くなってきたという自負があればあるほど嫌うものですが、それをしっかりと聞き入れることのできる李衣菜はいずれ大成するでしょう。

指導当初は初心者向けの曲も殆ど弾けなかったのですが、それが少し弾ける程度になり嬉しさが隠せないようで、本当に楽しそうな笑顔を浮かべてギターを弾いています。

しかし、学生時代から思っていたことではありますが、この見稽古(チート)は指導する者としての応用力も恐ろしいほど万能ですね。

 

ということで、見稽古(チート)でできる、ギタリスト育成方法

 

①まず、相手の演奏能力を見稽古します。

②見稽古した能力で軽く演奏してみて、得意分野と苦手分野を全て洗い出します。

③後は、その苦手分野を最適な手段で克服させ、得意分野は更なる強みへと昇華させます。

 

ね、簡単でしょう。

相手がどれだけの能力を持っていて、どんな事が苦手なのかを理解していれば、あとは適切な指導を行っていくだけで相手が成長してくれるのです。

母校において私が所属していた3年間で、様々な分野におけるプロフェッショナルが数多く輩出されたのも全てこの育成システムの賜物でしょう。

特に私は各分野の世界最高レベルの技能を習得しているわけですから、それを相手に合わせたものに改変して指導すれば数年で劇的な効果を発揮するのは当然の結果です。

指導の中で全く新しい概念を自分で閃く天才もいて、それを見稽古することで私自身も強化されるというまさにwin-winな関係でしたね。

まあ、指導を受けた舎弟達が妙に恩義を感じ過ぎているという点が唯一の欠点と言えるでしょう。

私がしたのはその人の弱点という粗探しをして、強みを教えてあげただけで、成功を掴んだのは全て自身の力なのですけどね。

どうして、ああいう風になってしまったのでしょう。

 

ゆっくりとコード移行の練習を反復する李衣菜を眺めながら、私は小さく溜息をつきました。

李衣菜の練習を片目で見守りつつ、もう片目を使って最近活躍の場がなかったタブレット端末を確保しておきます。

お目付け役の李衣菜は反復練習に集中していますし、莉嘉はお腹いっぱいになって満足したのかソファで夢の世界へと旅立っていました。

つまりは、今の私を邪魔する存在がいないという事です。

タブレット端末から私の愛機にアクセスして、ちょっとしたお手伝いの準備を開始しました。

指の動きも最小限に抑え、視線誘導等のスキルを使用して気がつき難くなるように隠蔽もしていますからこれを正面から見破るのは簡単ではないでしょう。

今は、李衣菜の指導が最優先事項ですが、それが終わったと同時に行動が開始できるようにしておきます。

社会人の仕事というのは、前準備の有無によって効率や質が大きく変化してしまいますから。

 

 

「押さえることに意識が向き過ぎて、指に無駄な力が入ってますね。少し力を緩めて弾いてみてください」

 

「はい、先生!」

 

 

反復練習が上手くいっていない李衣菜に軽くアドバイスしながら順調にお手伝いを進めていると、プロジェクトルームに接近してくる軽快な足音が聞こえてきました。

音の反響具合から人物を特定し、作業を終えたタブレット端末を隠しておきます。

このタブレット端末に罪はないのですが、周囲の人達には私がタブレット端末を弄る=仕事という方程式が確立されていますので、持っているのを見ただけで没収されかねません。

確かにこのタブレット端末は仕事用にカスタムしてはありますが、普通の調べ物においてもサクサクできるので色々重宝しており、仕事と私事の割合は7:3くらいです。

そんな風に無駄に警戒レベルが上がってきているようなので、念には念を入れておいて損はありません。

 

 

「それです。今くらいの力で押さえるのが一番いいでしょう」

 

「なるほど、これくらいですね!」

 

「もう少し反復練習をしたら、また最初から通してみましょう」

 

「はい!」

 

 

ロッカーに憧れている割には、指導を受ける姿勢が典型的な優等生なのは親御さんの教育が良かったからでしょう。

初期の舎弟達の中には反骨精神旺盛な不良も居ましたし、そういった輩を実力を以って黙らせたことも両手両足の指では足りないくらいありますね。

しかし、最近増えつつあるアイドルの弟子達は、全員が良い子過ぎて少し寂しいのです。

素直に私の言う事を守り順調に成長してくれているのは、師として嬉しい事でしょう。

しかし、ダメな子ほど可愛いという訳ではありませんが、もう少し我儘を言って『仕方ないですね』とか言いながら世話を焼きたいとも思ってしまうのです。

自身でも何と屈折した身勝手な願いだとは理解しています。それでも、世話焼き気質の人間100人に聞けば4,5人くらいは理解してくれるのではないでしょうか。

その点、弟子ではありませんがいつものメンバー達、特に某25歳児は私のそういった欲求を程よく擽ってくれますので得難い存在ですね。

 

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます、卯月」

 

「おはよう、卯月ちゃん」

 

 

聞いているこちらまで明るくなってしまいそうな、弾んだ声で挨拶をしながら入ってきた卯月に私と李衣菜も挨拶を返します。

古事記には書いていませんが、実際社会に出ると挨拶は大事です。当たり前すぎる事ではありますが、これを怠ってしまうだけで与える印象が大きく変わりますからね。

特にこの業界は、挨拶を怠る人間は大成することはないと言っても過言ではないでしょう。

 

 

「あれ、七実さま?今日はお休みで‥‥まさか、休日出勤ですか!?

大変です!プロデューサーさんに連絡しないと!」

 

「違います。自己レッスンしに来て、その後ちょっと顔を出しただけですよ」

 

 

オフの筈である私がいるのに驚いた卯月が、慌ててスマートフォンを取り出し武内Pに連絡を入れようとしたので後付け理由を伝えて止めます。

全く、どうして周囲の人達は私が出勤していると直ぐに仕事をしようとしていると考えるのでしょう。まあ、間違っていないのですが。

 

 

「そうなんですね。七実さまって、そういうのは必要ない方と思ってました」

 

「あっ、それちょっとわかる。人類の到達点とか呼ばれてるし、ギターだってすごい上手だし」

 

 

確かに見稽古のお蔭で、自主レッスンどころか普通のレッスンも1度あれば十二分なパフォーマンスを発揮できるという自負ありますが、そこまで効率化を求めては機械と同じでしょう。

何より、最近の心の癒しであるアイドルとのふれあい(一部の成人済アイドルを除く)を絶たれると、私の心の消耗が素晴らしいことになるでしょうね。

それでも、仕事の質には影響は出しませんが、その日の食事量が上乗せされるでしょう。

 

 

「それは、もう自信ではなく慢心です。慢心すると心に隙を生じ、いつか致命的な失敗へと繋がります」

 

 

何を思ってか私に憧れる人間が増えてきているので、ここはちゃんと釘を刺しておかなければなりません。

私はずる(チート)をしていますが、私以外の人達は真っ当にちゃんと人間らしい人生を歩んでいるのです。

それを直接的でも間接的でも捻じ曲げてしまうようなことになってしまえば、私は後悔するでしょう。

私なんて、見稽古が無ければ誰からも敬意を受けるに値しない矮小な人間なのですから。

 

 

「そうですよね‥‥わかりました!私、慢心なんてしないよう頑張ります!」

 

「確かに慢心してる人って、ロックじゃないよね」

 

「日々精進。最初は、ただひたすらに進み続ければ良いんです。

それを辛いと思う事も、投げ出したいと思うこともあるでしょう。ですが、止まらない限り道は続きます。

だから、休んでも良いですし、逸れてみてもいい‥‥ただ、止まってしまわないようにしてください」

 

 

つい説教臭いことを言ってしまいましたが、これは半ば自身に言い聞かせている言葉でもあります。

私は止まってはいけない、止まることを考えてはいけない、何故なら私はずる(チート)をしているのだから。

 

 

「お説教っぽくなってしまいましたね。李衣菜、反復練習はそれくらいにしてまた通してやってみましょうか」

 

「はい!」

 

 

変に湿っぽくなってしまった雰囲気を転換する為に、李衣菜に指示を出すと目を輝かせてギターを掻き鳴らし始めました。

地味な反復練習を嫌わない素直さを持つ李衣菜ですが、やはり実際に曲を奏でるとなると嬉しいようですね。

初心者向けの曲をまだまだ拙い技術での演奏ではありますが、その姿と音色からは本当に音楽を楽しんでいるというのが伝わってきます。

 

 

「李衣菜ちゃん、七実さまからギターを教わってるんですね」

 

「ええ、少し前から」

 

 

李衣菜の演奏する姿に、私の隣に座った卯月が羨むような視線を送りながらそう尋ねてきたので肯定します。

いつも見る人を幸せにしてくれる眩しい笑顔を浮かべる卯月の浮かべた微かに憂いを秘めた表情に、私の危機察知のチートが警鐘を鳴らしました。

よく観察していても見落としてしまいそうな変化であり、これは心内に何かを溜め込んでいたとしても笑顔で気がつかず隠されてしまう可能性がありそうですね。

爆発してから気がついたという事になってしまわないよう、武内Pに注意を払うように伝えておきましょう。

 

 

「他にもみくちゃん、アーニャちゃんには虚刀流。他の部署のアイドルにも色々教えられてるんですよね」

 

「そうですね」

 

 

そう答えると卯月は、何か言いたげにもじもじとします。

顔を若干赤らめて、伏し目がちにちらちらとこちらを見てくるいじらしくて可愛らしい姿は、性別関係なく抱きしめたいと思わせる魅力がありました。

きっと通っている高校にもこの無自覚な可愛らしさにハートを撃ち抜かれた男子生徒が数多くいる事でしょう。

恐らくですが、卯月が言いたいことは察しています。ですが、それは自身の口から発せられなければ意味をなさいないでしょう。

どのような力であっても、求めなければ与えられないのです。

 

 

「あ、あの‥‥私にも何か教えてもらえませんか?」

 

「そうですね。その何かが定まったのなら、責任を持って私の持つ全てを伝授しましょう。

李衣菜、コードに意識が向き過ぎてますよ。正しい音を出すことにではなく、音楽を奏でることを意識しましょう」

 

「はい、先生!」

 

卯月が求める何かが定まったのなら、私は見稽古を含めた全てのチートを十全に活用して教えるでしょう。

勿論、法を犯すような悪行は駄目ですが、魂の芯まで善性で構成されている卯月であればその心配は杞憂だと断言できます。

 

 

「は、はい!島村卯月、頑張ります!でも、どうやって決めたら‥‥」

 

 

自分の欲しい力が定まらなくて不安そうな表情を浮かべる卯月に、私は何も言わずに自身の心臓を指さします。

これ以上の言葉は無粋でしょうし、きっと卯月であればこれだけで察してくれるでしょう。

伝えたいことを理解した卯月は、私と同じように自身の心臓を指差していつも通りの笑顔で力強く頷きました。

さて、卯月も将来的な弟子入りが確定したことですし、今はもう一人の弟子の平和な音楽教室を頑張っていきましょうか。

 

 

 

 

 

李衣菜の音楽教室を終え、レッスンに向かった3人を見送った私は次の監視者が来るまでの間にタブレット端末と武内PのPCを駆使してちょっとしたお手伝いを開始します。

李衣菜が「すぐ来ますから」と言っていたので、時間的な余裕はそれほど確保されていないでしょう。

意識を集中させ、自身の思考速度を加速させ身体の反応速度もそれに付随して向上させます。

普通のタブレット端末では処理落ちを起こしてしまうであろう速度での入力でも、チートに対応できることを前提でカスタムしたこの子であれば問題ありません。

事前準備は仕込んでおきましたので、後は完成形へと導くだけです。

これは仕事の代行ではなく、あくまで仕事が円滑に進めることができるようにするためのちょっとしたお手伝いですから、ばれても文句が付けにくいでしょう。

通常時より範囲を拡大してある索敵センサーが、プロジェクトルームへと接近してくる2つのアイドルの存在を察知します。

予想接触時間迄には余裕がありますから、ここは一気に加速して残りの作業も片付けてしまいましょう。

更に作業速度を上げてちょっとしたお手伝いを完遂した私は余裕を持って隠蔽工作も完了させ、プロジェクトルームに備え付けられているコーヒーメーカーからコーヒーを貰ってから移動し、ソファで寛ぎます。

淹れてから少し時間が経っている為、若干酸味が強くなっていますが誤差の範疇で済ますことができるレベルですので問題ありません。

本当に美味しいコーヒーが飲みたいのであれば自分で淹れた方が速いのですが、作業している間に勝手に淹れてくれるという便利さは重要です。

美城グループは、備品のコーヒーにも拘っているので極上とは言いませんが、泥水を啜っているような最低品質のものより格段に美味しいものが飲めるのが嬉しいですね。

程よい苦味とあっさりとした香ばしさを味わっていると、予想していた時間通りにプロジェクトルームの扉が開きます。

 

 

「おはようございます」「おはようございます、かわいいボクが遊びに来ましたよ」

 

「おはようございます」

 

 

現れたのは、次なる監視者として派遣されてきたみくと言葉通りに遊びに来たと思われる輿水ちゃんでした。

珍しい組み合わせですが、2人共寮住まいなのでそれなりの接点はあるのでしょう。

 

 

「珍しい組み合わせですね」

 

「確かに、2人で行動するのは初めてかもしれません」

 

「そうですね。みくさんの隣にはいつもアーニャさんか誰かが居ますし、ボクも小梅さんや輝子さんと一緒にいることが多いですからね」

 

 

2人で行動するのは初めてという割には、慣れない相手と一緒にいることで生じる変な緊張感はないようですし、関係は良好のようですね。

みくの世話焼きお姉さん気質か輿水ちゃんの妹気質の所為か、はたまたその両方の所為か普通の姉妹のようにも見えます。

こう言っては不本意かもしれませんが、2人共素晴らしいリアクションとツッコミセンスも悪くないのでバラエティー番組向けのアイドルでしょう。

みくの本格デビューが終わったら、2人で組ませて何かさせても面白いかもしれませんね。

秋から冬にかけて良さげな仕事がないか探っておいて、丁度良いものがあれば2人のプロデューサーに打診しておきましょう。

アイドルの育成方針としては王道展開を好む武内Pは、デビューと同時に方向性を固めてしまいかねない仕事は好まないでしょうから。

輿水ちゃんの担当プロデューサーは、アイドルが傷つくことがなければ後は面白いかどうかで判断するタイプなので問題ないでしょう。

 

 

「まあ、みくさんにはボクと同じものを感じますからね。元々親近感は抱いてましたよ」

 

「えっ、それってみくもバラドルみたいってこと?」

 

「違いますよ!?ボクと同じかわいい系のアイドルだって言いたかったんです!

どうして、ボク=バラドルという方程式ができてるんですか!そんなのあの天海春香さんだけで、十分です!」

 

 

それは担当プロデューサーの方針の所為もあるかもしれませんが、普通のアイドルではできないリアクションの多彩さが評価されているのでしょう。

天海春香という例外を除けば、笑いとかわいさという華を両立できるアイドルなんて輿水ちゃんくらいでしょうね。その天性の資質を本人が喜ぶかどうかは別でしょうが。

まあ、私もネット上では輿水ちゃんとは別ベクトルの意味でバラエティー番組向きだと言われていますし、武内Pがそういった仕事を持ってきたのなら全力を尽くすつもりです。

仕事に貴賤はありませんし、未成年な輿水ちゃんと違い私なら法的拘束力が弱く身体能力も高い分できる仕事の幅が大きいでしょうから重宝されるでしょう。

 

 

「でも、幸子ちゃんってバラドル界の双璧って言われてるらしいし」

 

「それは、バラエティー系の仕事ばかり取ってくるプロデューサーさんが悪いんですよ!

わかりました。そこまで言うのなら、みくさんもこっちに引き込んでバラドル界の三銃士って呼ばれるようにしてあげますよ!」

 

「えっ、それひどくない?」

 

 

今まで2人で話したことがないとは思えない会話のテンポの良さは、やはりどこかしら似通った部分があるからこそできるのでしょうね。

つい見に回っていましたが、そろそろ混ざらせてもらいましょう。

 

 

「大丈夫ですよ。ネットでは、私も『バラドル界の超新星覇王』とか呼ばれているみたいですし、三銃士ではなく四天王とかになると思いますよ」

 

「あの‥‥それ何の解決にもなってないです」

 

「七実さんと一緒の仕事は無茶振りのレベルが格段に上がるので、ボクもノーサンキューです」

 

 

引きつった笑みを浮かべる手を横に振るみくと首を横に振りながら両手で大きなバツを作る輿水ちゃんの相性は、時間経過と共に向上しているようです。

これは、いつか絶対に2人もしくは私を含めた3人で組んで仕事をしてみたいですね。

 

 

「そんなに酷いの?」

 

「ひどいって訳じゃないんですけど‥‥それより七実さんが無茶し過ぎないかが心配でハラハラするんです」

 

「無茶なんてしたことないんですけどね」

 

 

今まで受けたバラエティー番組ではあのライオン親子の悩み解決や心霊スポット巡りくらいですし、どちらも無茶のむの字もない普通の仕事だったはずです。

 

 

「そこがずれてるんですよ!七実さんの安全上限はどうなってるんですか!」

 

「流石に、紛争地域でロケしていて重火器とかで武装したテロリスト集団に囲まれていたら危ないなと思いますよ」

 

 

私一人であれば無力化は可能でしょうが、撮影スタッフの安全も確保するとなると最悪被弾覚悟で行動しないといけなくなりますから。

まあ、流石に346プロがそんな安全性が考慮されていない過激極まりない番組に所属アイドルの出演を許可するとは思えませんがね。

 

 

「それは危ないなんてレベルじゃなくて、大事件レベルですよ!?というか、そこまでいかないと身の危険を感じないってどんな人生を歩んできたんですか!?」

 

 

おっと、輿水ちゃん。黒歴史(それ)に触れることは死を意味しますよ。

 

 

「幸子ちゃん、ほら七実さんって鍛えてるから」

 

「鍛えてるからって安心できるレベルじゃないでしょう!というか、本当にそう思っているんだったら目を逸らさず言ってください!」

 

「だって、みくは虚刀流門下生で七実さんの実力知ってるから『あっ、それでも七実さん1人なら何とかなりそう』って思っちゃったんだもん!」

 

「確かにそうですけど‥‥いくら七実さんでも銃弾は避けきれ「可能ですよ」‥‥ははっ、そんな馬鹿な」

 

 

見えない位置からの狙撃は殺気さえ気がつくことができれば対処可能ですし、他の銃器であれば銃口が見える分弾道予測が容易ですからチート技能を活用すれば回避は可能です。

試したことはありませんが、得物の強度次第では某斬鉄剣使いのようにすべての銃弾を切り伏せることも可能でしょう。

アニメやゲーム等の空想世界において、余程のリアル系作品以外では銃弾は避けられるのが普通という不遇な扱いをされています。

そんな空想世界の能力の技能すら見稽古可能な私が銃弾を避けられないでしょうか。いや、避けらないはずがありません。

実弾ではありませんが、昔参加したサバイバルゲームでは2m程の距離から放たれた弾も避けきることはできました。

慢心する訳ではありませんが、不可能と断言する必要もありません。

 

 

「ほらね」

 

「ほらね、じゃありませんよ!銃弾を避けられるアイドルって斬新過ぎません!?

というか、さっきからボクばっかりツッコミで疲れるんですよ!みくさんもサボらないでください!」

 

「いや、言いたいことを幸子ちゃんが言ってくれるし‥‥みくも普段からアーニャへのツッコミで疲れてるから、楽でいいなって」

 

 

ツッコみ過ぎて疲れた輿水ちゃんの矛先が私からみくに向き、協力しないことについて咎められたみくは頬を掻きながら素直に答えます。

確かに四六時中あのフリーダムなアーニャのツッコミを担当していたら、疲れてしまうのも当然でしょう。

それにそうやって周囲の人の力量や性格を把握して、存在感をアピールしながら自分の消耗を抑えることができるというのは長丁場になる撮影とかでは重要となるスキルです。

元々アイドルになりたいと思っていたみくは、そういった部分でもちゃんと研究しているのかもしれません。

だからといって、最小限の仕事しかしないようになったら注意をしなければなりませんが、みくであればそうはならないでしょうし、親友がフリーダムで世話焼き気質ですからそんな暇はないでしょう。

 

 

「流石、ねこキャラ‥‥ずる賢いですね」

 

「そこは、あざといって言ってほしいかな」

 

 

みくと輿水ちゃんという新たなる可能性の発見に、アイドル達の無限の可能性の一端を見た気になります。

きっと私達が気がついていないだけで、少し組み合わせが変わると今まで知らなかった隠されている魅力が見えてくるのではないでしょうか。

時は金なり、桜梅桃李、和気藹々

楽しくも平和なこの空間にも、可能性という神はいるようです。

 

 

 

 

 

 

「~~~!」

 

 

毒茸伝説を熱唱しきったちひろに、私達いつものメンバーは惜しみない拍手を送ります。

本日は夕方から全員がオフになっていたので、私達は妖精社ではなく私がアイドルデビュー前に通っていたカラオケ店に来ていました。

カラオケ店に居合刀を持って入ると通報されかねませんので、一度帰って置いてきていますので問題はありません。

アイドルになって仕事でも歌っているのだから、態々カラオケ店に行く必要があるのかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ライブ等の仕事で歌うのと仲間内でわいわい騒ぎながら歌うのは別物です。

そんな時には、やはりカラオケ店に行くのが一番手っ取り早いでしょう。

SNSで拡散されてしまわないように、ある程度信頼のおける店でないといけないという条件もありますが、ここなら問題はないと思います。

因みに、何故ちひろがキャラクターに似合わない星ちゃんの毒茸伝説を歌っていたかというと、瑞樹考案の『くじ引き歌合戦』が原因です。

ルールは、346プロの所属アイドル達の曲が書かれたくじを引き、その曲の採点結果で勝敗を決めるという簡単なものですが、くじ運次第ではちひろのように慣れない曲にあたるので厳しい戦いになるでしょう。

最下位の罰ゲームは、ここの代金全額負担なので私も負けてあげる訳にはいきません。金欠ではありませんが、タダになるというなら手を抜く理由はありません。

 

 

「いやぁ、良かったわよ。ちひろちゃん」

 

「ちひろちゃんの『ヒャッハー』様になってましたから、案外こういった路線も似合うんじゃないですか?」

 

「無理ですね。下手すると一曲で喉がやられます」

 

 

確かにちひろの得意とするタイプの曲ではありませんから、慣れないのに無理をすると喉を傷めてしまうでしょうね。

私であれば、ちひろボイスを使って完璧に歌い上げることも可能ですけどね。

 

 

「スミノフレモネードとフライドポテト、軟骨唐揚げください」

 

 

自身の勝利を確信しているのか、それともただ好きなように飲み食いしてるだけなのか、楓は遠慮も我慢もなく矢継ぎ早に注文をしていきます。

アルコールは飲み放題コースなので問題はないのですが、楓は飲むだけではなくおつまみも同じペースで消費していくタイプなので着実に敗者が被る代金は増え続けていました。

辛口で点数を付ける採点機が『84.3点』とトップバッターで慣れない歌だったにしては、なかなか悪くない点数を表示します。

これから歌う私達の基準はこの点数になり一喜一憂することになるでしょう。

まあ、チートを惜しむつもりがない私に敗北はあり得ませんが。

確定した勝利の前祝ではありませんが、私は自身が頼んでいたハニートーストを頬張ります。

分厚い食パンにハチミツだけでなく生クリームにバニラアイス、いちごが添えられた豪勢な仕上がりは勝者に相応しい一品でしょう。

中を一度刳り抜いて焼き上げた香ばしい食感に少し溶け出したバニラアイスの冷たい爽快さ、生クリームのふわふわと甘い柔らかさ、いちごの甘酸っぱさをハチミツの粘度ある甘味が繋ぎ満足のいく仕上がりになっています。

あまり贅沢に乗せて食べ過ぎると後半が寂しいことになってしまうので注意が必要ですが、そこはきちんと計算していますから大丈夫です。

しかし、材料自体は簡単に手に入るので今度自宅でも作って振る舞ってみましょう。

その際にはパンの厚さや上に乗せるものについて調整をかけておかなければ、油断して重量を増加させてしまうメンバーが現れてしまうので注意しなければいけませんね。

 

 

「次は七実さんですよ。早く引いてください」

 

「わかりました」

 

 

ハニートーストの至福に浸っていると、ちひろがくじの入った箱を持ってきました。

歌う順番はじゃんけんで一番負けだったちひろから時計回りなので、私、菜々、瑞樹、楓という風になっています。

どんな曲が来ても負ける気がしないので、箱に手を入れて最初に触れたくじを取り出します。

両隣のちひろや菜々が覗き込む中でくじを開くとそこには『絶対特権主張しますっ!』と瑞樹の見やすく整った字で書かれていました。

『絶対特権主張しますっ!』は、私のイメージとはかけ離れたかわいい系の曲ではありますが、この程度なら難題の範疇に入りませんね。

寧ろ、黒歴史を刺激するような厨二力をもつ二宮ちゃんの『共鳴世界の存在論』ではなかった分だけマシと言えるかもしれません。

精々、似合わない可愛らしさアピールをしながら歌うとしましょうか。

飲みかけだったアップルジュースを飲み乾して喉を潤し、マイクを構えて端末を操作して曲を入れます。

 

 

「~~~♪」

 

 

入りのタイミングも完璧且つ私の声質を変えることなく可愛らしさを強調しながら歌い始めたのですが、歌詞が進むにつれてちひろや楓から謎の威圧感が放たれているのですが、気のせいでしょうか。

 

 

「なんだか、七実さんに勝利宣言されてる気がします‥‥」

 

 

そんなちひろの小さな呟きを私のチート聴力は聞き逃さなかったのですが、そんな理不尽な理由で威圧感を放たれたら私はどうすればいいのでしょう。

何度も私は武内Pにそういった感情は持っていないと説明しているのに、どうして誤解が晴れることがないのでしょうね。

まゆ曰く『それは師匠の日頃の行いが原因です』だそうですが、私としては恋愛フラグに繋がるような行動は一切していません。

所々チートを使ってはいますが、本当に普通の仲間として接してきたはずなのです。

本当に恋する乙女達の心情は複雑怪奇で、どうしてこうなったと声を高らかに叫びたいですね。

 

 

「負けないもん‥‥負けないもん‥‥」

 

 

楓の方も残っていたハイボールを飲み乾しながら、ソファに三角座りをしてそう呟いていますし、さっさと歌いきってしまいたいです。

5分にも満たない1曲の時間が、これほど居心地悪く感じるのは初めての経験ですね。

途中で放棄するのは、負けず嫌いな私の性格上選択肢には上がりません。

なので、早く終わってほしいと内心で願いながらも高得点の為に精一杯可愛らしく歌うしかできることはないです。

とりあえず、この原因をつくり今現在も実に楽しそうに笑っている瑞樹には、後で何かしらの報復行為はさせてもらいましょう。

八つ当たりでしかないかもしれませんが、相手がされたかもわからない寧ろ幸せを感じるような報復行為であれば神様も許して下さるはずです。

そんな面倒くさい状況に置かれてしまった私自身に諦めを促すよう、経験哲学の祖とも呼ばれるとある哲学者の言葉を贈るのなら。

『恋をしている時に、思慮分別に従って、しっかりとしているということは、およそ不可能なことである』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、飲み過ぎて『熱血乙女A』の途中で粗相しかけた楓が最下位になったり、翌日早速作ってみたハニートーストで瑞樹にだけサービスと称してカロリーマシマシにしたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




福岡公演のMCで『好いとうよ選手権』なるものがあり、それが可愛らしかったので七実でもやってみたいと思います。
因みに、29日で個人的に一番可愛かったのは、松井恵理子さんだったと思います。

『博多弁について教えて欲しい?私は生まれも育ちも東京ですし、福岡出身のアイドルならうちにもいるはずですが?
まあ、良いでしょう。で、何を教えて欲しいんですか?
「好きだよ」を博多弁で言うとですか。それは「好いとうよ」って言うんですよ。
かわいい響きですよね♪』


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番外編17 IF Merry X-mas!

更新が滞ってしまい申し訳ありません。
最近は番外編ばかりになりつつありますが、恐らく次も番外編になると思います。


どうも、私を見ているであろう皆様。

12月25日の深夜1時、良い子達は寝静まっている雪の降り積もるクリスマスの夜。美城プロダクションアイドル女子寮前にサンタに扮した私は立っていました。

これから私が行うのは『サンタを信じている未成年アイドルの夢を壊さない』という極めて貞淑な(バーチャス)任務(ミッション)です。

この任務の達成の為に、各プロデューサーには業務を調整しながらアイドル達の欲しいものを聞き出し、家族が遠方にいるアイドルに関しては連絡を取り、場合によっては直接出向いてプレゼントを受け取って来てもらいました。

勿論、私も探偵技能等のチートを惜しむことなく使用して情報収集を行いましたから、喜ばれないプレゼントはないでしょう。

当初の予定では、夜中の間に共有スペースにプレゼントを配置するというありがちなパターンだったのですが、芸能プロダクションあるある上位にランク入りする『期待に対して自らハードルを上げてしまう』が発動してしまったのです。

龍崎ちゃんのプロデューサーである彼は、純粋無垢なサンタさんを待ち望む声に対して、ついクリスマスの朝にはサンタさんがプレゼントを枕元に置いてくれていると答えてしまったのでした。

夢を壊してしまわないようにしようという優しい思いは十二分に理解できますが、大人であるなら口に出してしまう前にこれが実現可能かを考慮すべきでしょう。

その優しい言葉を何一つ疑うことなく信じてしまった龍崎ちゃんは、女子寮で他の年少組アイドルにそれを話してしまい、各プロデューサー達が状況を把握した頃には後戻りできない状態でした。

言い出しっぺであるそのプロデューサーにサンタ役を任せようという話も出ましたが、彼の拙い潜入スキルでばれてしまって夢を壊してしまう可能性やプロデューサーとはいえ男性が深夜の女子寮に入り込むのはゴシップのネタになりかねないという事で、その2つの条件を満たせる私に白羽の矢が立ったという訳です。

私も年少組アイドルの夢を守ることには賛成派ですし、迷惑料兼クリスマスプレゼントとして『グレンモーレンジ』を頂きましたから、全力で頑張らせていただきましょう。

事前に寮監には通達してあるので、入り口と各部屋の合鍵は入手済みです。

チート級特殊メイクと変装技術の粋を集めて自身に施した超本格的サンタコスプレは、この計画を知っている人間が見ても私と気がつくことはないでしょう。

何かの拍子でばれてしまっては計画が水の泡となるので寮内に置くことができず、とあるコネを使って絶対にばれない場所に今日まで預けておいたプレゼントの詰まった袋を肩に担ぎ気合を入れなおします。

 

 

「では‥‥今から、貞淑な任務(バーチャスミッション)を開始します」

 

 

サンタフェイスで自然な笑みを作りつつ、誰に言うでもなく呟きました。

これまでも発動させていた気配遮断スキルと消音スキルを最大出力にして、私はゆっくりと寮へと入ります。

玄関には幼少組が仕掛けたと思われる拙い鳴子系のトラップが仕掛けられていましたが、きちんと解除しておき『他の人が引っかかったら危ないじゃろう』という旨をグリーンランド語で書いたポストカードを挟んでおきました。

解読には時間がかかるかもしれませんが、私と同じでタブレット端末を常時持ち歩き検索癖のある橘さんなら今日中に正解に辿り着けるでしょう。

罠を仕掛けることについては情報がありましたし、私を罠にかけるなら昼行燈のような老獪な狡猾さが必要です。

まあ、幼少組にそんなものを教え込もうとする輩は毟りますが。

気配を探りますが、活動状態な気配は寮監と高校生組の数人だけですね。

テレビ番組や趣味等に没頭し過ぎて時間を忘れてしまい夜更かししてしまうのは若さの特権ではありますが、アイドルなのですから美容にも気を使ってほしいとは思います。

特にこの時期は年始にかけての特番撮影やイベントが調整していても多くなってしまいますからね。

かく言う私もこの任務(ミッション)終了後は、収録が予定されていますのでそのまま現地に向かう予定です。

誰でしょうね『アイドル自ら材料を調達し調理するおせち料理特番』なんて悪乗り以外の何物でもない頭の可笑しい企画を通してしまった人間は。

しかも、道具もレンタル、私物又は自作でなければならず、扱う際には人の手を借りてはならないなんてどんな縛りプレイでしょうね。

これ1級船舶免許を持っていて釣りや漁もできる私がいなかったら魚貝類系の素材が全滅しかねないところでした。

そんな無茶振りをされている私ではありますが、私以外の参加者である346プロバラドル四天王輿水ちゃんと宮本さん、我が弟子であるみくとアーニャもそれぞれにも過酷なミッションが課せられています。

因みに、この中で深夜業が可能な宮本さんは数時間後には私と一緒に海の上ですね。

独特の価値観で爆発力の高いフリーダム露仏同盟のフランス側である宮本さんが一緒ならば、私が淡々と釣果を重ねるだけの映像よりも面白いものが撮れることでしょう。

 

 

『あっ、サンタさんだ!』

 

 

この後のことを考えながら、優雅さを保ちつつ極限まで無駄を省いた動きで迅速にアイドル達の枕元にプレゼントを置く任務をこなしているとあの子に見つかってしまいました。

生きている人間とは違う感覚で感知してくる幽霊関係には対人気配遮断スキルが効果ありません。

これが白坂ちゃんの親友であるあの子ではなく、害意ある悪霊や怨霊であれば最近習得した除霊スキルで現世からさよならしてもらうのですが、少々厄介ですね。

 

 

「ほっほっほ、内緒じゃよ」

 

 

想定内の事態ではありますので、人差し指を口の前で立てながらできるだけ好々爺に聞こえるようなお爺さん声を作り出して対応します。

女性声の声帯模写は幾度となく披露したことはありますが、男性声は人体構造的に疑問を持たれてしまいそうなので誰かに聞かせたことはありません。

ですが、私のチート声帯に不可能はありませんので問題なくできているでしょう。

 

 

『すっご~~い!わたし、初めて見た!

でも、わかった!内緒だね!!』

 

 

あの子が純粋無垢な少女霊で助かりました。

これで失敗しても詐術と話術を駆使すれば誤魔化すことは容易ですが、やはり意図して人を騙すのは気持ちいいものではありません。

 

 

「良い子じゃの。そんな君にもプレゼントを用意しておるから、朝になったらいつも一緒にいる女の子の所に行きなさい」

 

『えっ、いいの!?幽霊なのに!?』

 

「ほっほっほ、良い子にはプレゼントをあげる。それが、儂等サンタクロースじゃよ」

 

 

白坂ちゃんからクリスマスが近くなるとあの子の元気が無くなると聞いていましたから、抜かりなく準備しています。

霊体に干渉するような品は今の私では流石に無理なので、白坂ちゃんと一緒に楽しめるよう休日の調整と水族館のフリーパスを用意しました。

これなら傍から見ると1人でも悪目立ちすることはありませんし、小さな声でなら会話していても大丈夫でしょう。

それに最悪の事態を想定し当日は私も陰ながら見守るつもりなので、問題なんて起こるはずがありません。

 

 

『やったぁ!!わたし、幽霊 《あの子》!今後ともよろしくね、サンタさん!!』

 

「ほっほっほ、儂は魔人 サンタクロース。お嬢ちゃんが良い子である限り、今後とも宜しくじゃ」

 

 

待ちきれないという気持ちを全身で表すかのように宙返りや捻りを繰り返すあの子を見て、プレゼントを用意して良かったと思います。

恐らく、今頃同じようにサンタクロースとなっているお父さんお母さんも、子供のこんな姿を見たいと思っているからプレゼントを用意するのでしょうね。

さて、そろそろ任務を再開しなければこの後の収録に響いてしまいそうです。

 

 

「じゃあ、儂はプレゼントを配らねばならんのでの。来年まで、良い子にしておるんじゃぞ」

 

『うん!また来年ね、サンタさん!』

 

「ほっほっほ」

 

 

腕が千切れてしまいそうなくらいの勢いで手を振り続けるあの子に見送られ、私はサンタクロースの責務を果たします。

プレゼントと配りは順調に進み、中には部屋の中にまで罠を仕掛けていた子もいましたが、全て解除且つポストカードを挟んでおきました。

なかなかに手の込んだ数重の罠でしたので、今後の成長に期待ですね。

寮生の中で起きていたまゆと松永さんについても、気配遮断スキルと無音活動で気がつかれないように背後に『良い子は寝る時間じゃよ』というポストカードと一緒に置いてきました。

気がついたときにどんな反応をするのかを確認できないのが、ちょっとだけ残念です。

 

 

「‥‥まったく、道理で部屋にいないわけですよ」

 

 

最後に訪れたみくの部屋には、アーニャ、智絵里、蘭子の3人が泊まりに来ており可愛らしい寝息を立てていました。

基本的に寮の部屋は1人用で設計されていますから、割と小柄なメンバーが多くても4人も集まると足の踏み場が殆どありません。

私のように爪先で全体重を支えつつ、無音移動ができる人間でなければ確実に任務を失敗していたことでしょう。

部屋の様子から察するに、どうやらこの部屋でクリスマスパーティーをして、そのままお泊りになった流れでしょう。

この4人の仲の良さはシンデレラガールズの中でもトップクラスであり、昨年のクリスマス前の様々なことを乗り越えたニュージェネレーションズにも負けません。

しかし、この4人の中で一番小さいのはみくだと知っている人はどれくらいいるのでしょうね。

みくはシンデレラガールズの中で下から数えた方が早い身長に対して、スタイルの良さはトップクラスですからその辺で何cmか大きく見られているのでしょう。

人間の視覚なんて意外と大雑把だったりしますので、勘違いをしている人が居ても致し方ないです。

 

 

「‥‥あったかい(チョーブルィ)

 

「‥‥ん、にゃぁ~~」

 

 

暖房機は絶賛稼働中ですがそれでも暖を求めるアーニャに抱きつかれ、みくは一瞬だけ眉を顰めますがすぐに穏やかな寝息に戻ります。

コンビを結成以来、度々ここに泊まっている李衣菜も『みくちゃんの部屋は、半分アーニャちゃん達の部屋になってる』と言っていたくらいですから、これくらいの事は日常茶飯事なのでしょう。

確かに暗視で見える部屋の中は、ねこ系グッズが占める割合が多いようですが、天球儀やクローバー模様の小箱、プロジェクトルームとは別の蹄鉄等明らかにみくの趣味とは違うものも見られます。

この侵食率なら李衣菜の言葉も納得できますね。

あまり長々と部屋を眺めるのはマナー違反ですのでそれぞれの枕元にプレゼントを置いて、さっさと退散しましょう。

 

 

「May the miracle of Christmas fill your heart with warmth and love. Merry Christmas!

《クリスマスの奇跡があなたの心を暖かさと愛でいっぱいになりますように。メリークリスマス!》」

 

 

最後に小さくクリスマスを祝う言葉を送り、私は部屋を後にします。

これにてこの貞淑な任務(バーチャスミッション)はほぼ完了ですね。

任務の難易度自体はそれほど高くなかったので特に問題はありませんでしたし、これくらいなら予定さえ調整すれば毎年でもできるでしょう。

というか、確実に来年以降もお願いされる予感がします。

廊下を無音で駆け抜けマスターキーを寮監に返納した私は、寮の入口を出てすぐの場所で立ち止まり時計を確認します。

さて、私の計算が正しければそろそろなのですが。

 

 

「ーーー!」

 

「予測通り」

 

 

寮から背後においてあったプレゼントに驚いたまゆの声が聞こえてきて、それが呼び水となり次々に起きたアイドル達の驚愕の声が深夜の寮に響きます。

それと同時に私は手に持っていた鈴を鳴らし、空となった袋をはためかせながら寮から撤退を開始しました。

雪の降り積もった道を最近会得した軽気功を使用して足跡を付けずに軽快な足取りで去ります。

 

 

「待って、サンタさぁ~ん!!」

 

 

年少組の可愛らしい待っての声に止まりたくなりますが、最高のサンタクロースを演じて夢を守るを決めた以上は綺麗に終わらせなければなりません。

高らかに響き渡る鈴の音と走り去る後ろ姿だけを記憶に残させて、私は気配遮断スキルを最大稼働させて視界から消えます。

これで、サンタクロースという夢の存在を疑い始めていた子達に夢を見せることができたでしょう。これをもって本貞淑な任務(バーチャスミッション)は完了です。

後は、この特殊メイクと衣装を処分して何食わぬ顔で収録に向かうだけですね。

私は気配遮断スキルや軽気功を最大稼働させたまま、常人では出せない速度で雪道を足跡を残さず目的の公園まで駆け抜けました。

途中にあった自動販売機でホットのココアとコーヒーを購入し、合流ポイントであるベンチに辿り着きます。

 

 

「お疲れ様です~」

 

 

合流ポイントにいたのは、鼻を垂らしたトナカイ(ブリッツェン)を撫でながらベンチに座る私と同じくサンタクロースの衣装を纏う雪のような銀髪の少女でした。

 

 

「遅れてしまいましたか?」

 

「大丈夫です~。むしろ早いくらいですよ~」

 

 

彼女はイヴ・サンタクロースと言って、この世界におけるサンタクロース族の1人だそうです。

数年前のクリスマスに何故か身包みを剥がされ段ボールを羽織った状態だったところを保護し、色々助けてあげたことから交友が続いています。

因みに、未成年の身包みを剥いだ下手人には、私とブリッツェンのロングホーントレインで天誅を下していますので安心してください。

まだまだサンタクロース見習いで日本の一部の地域しか担当させてもらっていないそうですが、将来は祖父や父のような立派なサンタクロースになることが夢だそうです。

アイマス世界はリアル系な世界の筈なのですが、サンタクロースが実在するとは思いませんでした。

 

 

「七実さんは、私の命の恩人ですからこれくらい恩返しです~」

 

「そんな恩返しとか気にしなくていいんですよ」

 

「ダメです。私達サンタクロースは良い事はちゃんと忘れないんです~」

 

 

良い子にプレゼントを配るサンタクロースらしい台詞ですね。

今回私がサンタクロースさんに頼んだのは、アイドル達へのプレゼントの預かりと謎の技術により距離による音の減衰率が低い鈴の貸し出しです。

本職のサンタクロースにプレゼントを預かってもらえばバレることは絶対ありませんので、まさにうってつけでした。

そして、この謎技術で作製された鈴を使用したことにより、外で鳴らした鈴の音も寮内まで聞こえた事でしょう。

作製技術について非常に気になるところではありますが、残念ながらサンタクロース族門外不出のものらしいので諦めるしかありません。

返すのが惜しく思える逸品ですが、サンタクロースさんは私を信頼して鈴を貸してくれたのですから素直に返却します。

ついでに、ここに来るまでに買っておいた温かいココアと予め用意しておいた冷えても美味しく食べられるサンドイッチを渡しておきまましょう。

 

 

「簡単なものですが、良かったら食べてください」

 

「わあ、ありがとうございます~」

 

 

そんなサンタクロースさんの姿をブリッツェンが羨ましそうに見ていたので、優しく頭を撫でてやりながらちゃんと用意しておいた越冬にんじんを食べさせてあげます。

糖分が高く生でも美味しく食べられる越冬にんじんをブリッツェンは瞬く間に用意しておいた5本を平らげてしまいました。

彼はこの後サンタクロースさんと共に与えらた区域の良い子達にプレゼントを配るという大任を果たすのですし、下手人を成敗した時は一時的にタッグを組んだ仲ですから、ちょっとくらいは甘やかしても問題はないでしょう。

 

 

「良かったね、ブリッツェン」

 

 

にんじんを食べ終えたブリッツェンは満足そうに鼻を鳴らそうとしますが、決して床に落ちることなく垂れ続けている鼻汁の所為で上手くできません。

落ちそうで落ちないそれは見ていると何とももどかしい気持ちになりますが、拭いてあげても数秒で元通りになってしまうので諦めました。

その所為でプレゼント配りに影響を及ぼすようであれば、習得している獣医学スキルで本格的な治療を施すところですが問題ないならもう個性だと思うべきでしょう。

 

 

「じゃあ、私は行きますね」

 

「はい、気をつけてください」

 

 

クリスマスの時にしか会えないのですから、もう少し話していたいのですがサンタクロースさんにも自身の責務があるので引き留めるのは無粋です。

 

 

「では、またクリスマスに。

Have Yourself a Merry Little Christmas!《よいクリスマスを!》」

 

「May the true spirit of the season find you and fill your heart with joy.

《クリスマスの思いがあなたに届きますように。そして、あなたの心を幸せいっぱいにしますように。》

そして、再会はもっと早くなりますよ~♪」

 

「それは、どういう意味で‥」

 

 

言葉の意味を確認する前にサンタクロースさんは現代女子高生風なデコレーションが施されたそりに乗って空へと駆けあがっていきました。

チートを使えばそりに乗り込むことも可能でしたが、流石にサンタクロースの仕事を私個人の興味だけで妨害するのは気が引けますのでやめておきます。

サンタクロースさんが嘘をつく必要はありませんので、何かしらの用事で日本に来ることがあるのでしょう。

クリスマスに会う際は時間的な余裕がありませんでしたから、ゆっくりと話せるならお酒でも飲みながらゆっくりと語り合うとしましょうか。

 

 

「さて、私もそろそろ収録に向かわないと」

 

 

時計を確認すると少し急がなければ、余裕を持ってロケの集合地点に到着できなさそうです。

やはり社会人として最低限集合時間に30分以上は余裕を持って到着しておいて、色々な確認をしておきたいですね。

特に今回のロケはアイドルが行うものとしては特殊な部類に入りますから、慣れない撮影スタッフだとうっかりミスが発生している可能性もあります。

事前に確認はしていますし、トラブルが発生する可能性は限りなく低いのですが、それでも完全な0%ではないので慢心は禁物でしょう。

そんな私と同様に忙しいクリスマスを過ごしているかもしれない皆様に言葉を送るのなら。

 

『I hope that your Christmas would be enjoyable and may the essence of Christmas remain always with you. Merry X-mas!

《楽しいクリスマスを過ごしてる事を祈っています。そしてクリスマスの気分がいつまでも続きますように。》』

 

 

 

 

 

後日、346プロダクションの新規採用アイドルの中にイヴ・サンタクロースという名前を見つけて、別れ際の言葉の意味を理解するのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

「見て見て!智絵里ちゃん、みくちゃん、アーニャちゃん!

サンタさん!本当にサンタさんだよ!!」

 

「そうだね、蘭子ちゃん」

 

 

鈴の音を残しながら去っていくサンタさんの姿に、いつものようなちょっと難しい言い回しではなく年相応にはしゃぐ蘭子ちゃんの姿に私までつられて笑顔になっちゃいます。

 

 

『ミク!サンタよ!!サンタ!!やっぱり、サンタはいたの!!』

 

『わかったから、揺さぶらないで!』

 

 

蘭子ちゃんに劣らずの大興奮なアーニャちゃんはみくちゃんの肩を掴んで揺さぶりながら、ロシア語ではしゃいでいます。

私もロシア語の勉強していて、簡単な会話くらいならできるようになったけど、まだまだみくちゃんのように流暢に話すことはできません。

頑張って勉強しているけど差が出てるのは、やっぱり七実さんとNEX-USの皆でロシアでロケとライブをして現地の人達と交流したからなのかもしれません。

言葉を覚えるならネイティブスピーカーの人と話すのが一番良いって学校の先生も言っていました。

今度、海外でロケをする時にはプロデューサーさんに言って私も参加させてもらわないと。

そんなことを考えているとサンタさんの姿は消えてしまいましたが、まだ微かに聞こえる鈴の音が見間違えじゃないと教えてくれます。

鈴の音だけでなく、蘭子ちゃんと同じでサンタさんの姿にはしゃぐ他の子達の声も聞こえてきました。

そういえば、サンタさんの騒ぎになる前に誰かの大きな声がしたけど誰だったんだろう。

 

 

「私、ちょっと行ってくる!」

 

「ミク、チエリ!私達も行きますよ!」

 

 

サンタさんを追いかける気満々な2人は、いそいそと防寒着を着込み始めます。

今から追いかけても追いつけるかはわかりませんが、私も本物のサンタさんとお話してみたいのでクローゼットの中から置かせてもらっている防寒着を取り出します。

 

 

「うぇ‥‥みく、寒いのは遠慮したいんだけど‥‥」

 

 

雪の歌に出てくるねこちゃんと同じで、みくちゃんは基本的に寒いのが苦手です。

ロシアでのロケの時には、近くのスーパーやドラッグストアで懐炉を買い占めるのを手伝ったこともありました。

こんなに買って使うのかなと思ったけど、無事に帰ってきたみくちゃんは『もう二度と冬時期のロシアいかない。あれだけあっても足りないし、ネコミミまで凍り付いたにゃ』と言っていましたから、私が経験した北海道でのロケとは比べものにならないのでしょう。

 

 

「ミク、ネコも喜び庭駆けまわるです!」

 

「違う!ねこちゃんは炬燵で丸くなるの!」

 

 

アーニャちゃんが差し出した防寒着を受け取ろうとせずに、お布団に丸く包まって徹底抗戦の構えを見せるみくちゃんは本物のねこちゃんみたいでした。

 

 

「みくちゃん!みくちゃんなら追いつけるでしょ!お願い!」

 

 

七実さんから虚刀流を習いだしてから、元々凄かったみくちゃんとアーニャちゃんの運動神経は本当に凄くなりました。

アイドル達の運動会では100m走で12秒台、ハードルでも14秒台、走り幅跳びで5m後半、三段跳びで12m前半等の様々記録を残して、2人とも学校では登校する度にアイドルと兼任でも良いからと陸上部に勧誘されているそうです。

そして、アイドル達の運動会はファンの皆さんの間では『346の蹂躙祭』と酷い呼ばれ方をしているみたいです。

私も少し前から教えてもらい始めて少しだけ運動ができるようになりましたが、それでも2人にはまだまだ追いつけそうにはありません。

他にも346プロのアイドルで虚刀流や七実さんから武術を習っている子は多く、シンデレラガールズだと莉嘉ちゃんは居合いの段を取る為に色々と勉強中らしいです。

 

 

「いや、無理だから。雪の上をあんな風に軽快に走り去っていける相手に追いつくのは無理だから」

 

「ミク!『諦め(アンカース)』‥‥諦めたら駄目です!虚刀流の名が泣きます!」

 

「諦めじゃなくて、事実だから」

 

「ミク!」「みくちゃん!」

 

 

無理にみくちゃんを連れださなくてもいいのにと思う気持ちとやっぱり追いかけるなら4人一緒が良いと思う気持ちで、私の心が揺れ動きます。

 

 

「どっちや!サンタさん、どっち行ったん!?」

 

「わからんばい!」

 

「あの数々の忍者トラップを抜けるとは、サンタさんも忍者だったのですね!ならば、このあやめ、負けるわけにはいきません!」

 

 

私達以外にもサンタさんを追いかけようとしているアイドルは居るみたいで、外からサンタさんを探す声が一杯聞こえてきました。

すぐに追いかければ遅れは取り戻せるでしょうが、このままでは置いていかれてしまうでしょう。

蘭子ちゃんとアーニャちゃんの顔にも焦りの色が濃く出ていて、強硬手段も辞さないという覚悟が見えます。

 

 

「みくちゃん‥‥一緒に行こ?」

 

「智絵里ちゃんまで‥‥しょうがないにゃあ‥‥」

 

「ミク!」「みくちゃん!」

 

 

私も説得側に回って過半数を超えた途端、みくちゃんは諦めて様にアーニャちゃんから防寒着を受け取って一瞬で着替えました。

しっかりと枕元に置いてあるねこみみを付けるのも忘れないのが、みくちゃんのねこちゃんアイドルとしてのプライドの高さを感じさせます。

 

 

「もうっ、みくを駆り出したんだから、追いつけなくても絶対何かの手がかりくらいは掴むよ!」

 

はい(ダー)!』「当然のこと!」「うん!」

 

 

やっぱり、みくちゃんが号令を掛けるといつも通りの私達だなって思います。

それぞれの枕元に置いてあったプレゼントに足をぶつけてしまわないように、隅っこに避けてから私達も他のアイドル達と同じようにサンタさんを追いかけるのに参加します。

もう鈴の音は聞こえなくなってしまっていて、今から追いかけた所で追いつけたり何か見つけられたりする可能性は低いかもしれません。

でも、この4人だったらそんなものだって乗り越えられる気がします。

 

 

「とりあえず、みくとアーニャで去ってった方を探索するから、智絵里ちゃんと蘭子ちゃんは情報収集をお願い」

 

「わかった」「任せよ!」

 

 

まだ寝ている子もいるかもしれないので、騒がしくならないように気をつけて玄関へと向かいながらやる気満々のみくちゃんが指示を出します。

私と蘭子ちゃんは足も速くないし、雪の積もった道だとこけて怪我をしてしまうかもしれません。

それを理解しているからこそみくちゃんは私達に情報収集を頼んだのでしょう。

 

 

「ミク、どっちが先に見つけるか『勝負(マッチ)』ですね」

 

「受けて立つにゃ。まあ、今回もみくの勝ちだろうけど」

 

 

アーニャちゃんが勝負を持ち掛けると、幸子ちゃんみたいなドヤ顔でみくちゃんは勝ち誇って挑発をします。

つい先日のアイドルスポーツ番組内で色々なことで勝負をした際に、3勝負で2勝1分けと大勝したみくちゃんは自信満々でした。

同じ虚刀流門下生として競い合う2人は良いライバル関係みたいで、基本的には仲が良いけど一度勝負事となると物凄く負けず嫌いになります。

 

 

『上等よ!私が勝ったら、プロデューサーににゃんにゃんにゃんで寿司屋ロケを組んでもらうわ!』

 

『えっ、それ酷くない!?』

 

 

普段はちょっと自由過ぎる所もあるけど、いつもにこにこしていて穏やかなアーニャちゃんがこんなに子供っぽくなるのは珍しいし、そんなにこの前の負けが悔しかったのかな。

 

 

『絶対に負けない!』

 

『今日は私が勝つわ!』

 

「えっと、気をつけてね」

 

「吉報を待つ!」

 

 

靴に履き替えた途端、外へと駆けだしていった2人の後ろ姿を手を振って見送ります。

勝負の内容はロシア語だったので殆どわかりませんでしたが、それでもみくちゃんの急ぎようとにゃんにゃんにゃんという単語からお魚系のロケをさせるって言ったのでしょう。

 

 

「さて、我らも紅衣の聖人の聖遺物を捜索しようぞ!」

 

「うん、そうだね」

 

 

頼まれたことはしっかり熟さないと。よし、頑張りますよ。

 

 

 

 

 

この後すぐに、私達は寮監さんに叱られてお部屋で反省文を書くことになり、外に捜索に出ていたみくちゃんやアーニャちゃん達も帰ってきた子から捕まって反省文を書かされることになりました。

結局、何も手掛かりは見つからなかったようですが、本物のサンタさんに出会えたクリスマスの奇跡とこうしてみんなで大騒ぎした思い出で、私の心はとても温かくなりました。

来年もこんな風に楽しいクリスマスになるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編18 if 笑ってはいけないアイドル24時 掲示板その2

皆様、明けましておめでとうございます。
本年も不定期更新になるかと思いますが、拙作と七実をよろしくお願いいたします。


【大企業の】笑ってはいけないアイドル24時 その2【本気】

 

 

608 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやぁ、引き出しネタは強敵でしたね

 

 

609 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本家と似ているようで、微妙に違うな

 

 

610 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

菜々さんのホメ春香マスクは、個人的にツボだったww

 

 

611 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの人脈というか、育成力は何何?

 

 

612 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あの部屋だけでかなり加速したよな

 

 

613 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、早速ロシアンキック動画ができてるんだが?

 

 

614 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>609

それな!

 

 

615 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これ、本当にやばいわww

 

 

616 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

画に華があるから、本家よりすこ

 

 

617 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやいや、ちっひのしきにゃんクイズも忘れんな

 

 

618 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

間違えたらロシアンキックで、ちひろさんガチ焦りだったね

 

 

619 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓ェ‥‥

 

 

620 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

息を吸うように笑う、楓さん

 

 

621 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「今計ったら、かな子ちゃんくらい膨れてそうかな、これ」

まあ、一番叩かれてんもんな

 

 

622 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>617

制限時間付き3問出題形式で、2問は小学生レベルなのに最後だけ研究者レベルだもんな

あれは、可哀想だった

 

 

623 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

かな子への熱い風評被害に七実さま、ガチおこww

 

 

624 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい!かな子は適正体重だろぉ!

 

 

625 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、それはマジでヤバイ!!

 

 

626 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「かな子を引き合いに出したその発言の意図次第では、

このボタンを楓の名が出るまで連打します」

眼がガチだ‥‥

 

 

627 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

巻き込まれる恐怖に震える他3名(経験者2名)

 

 

628 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの前でアイドルを貶してはならない(訓戒)

 

 

629 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、いつの間にロシアンキックボタンを確保してたんだ?

 

 

630 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

自分の事じゃ怒らないけど、アイドル関係になると沸点低いなww

 

 

631 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん、必死の弁解ww

 

 

632 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

悪意はなかったけど、滑った駄洒落を解説させられるのはつらい

 

 

633 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、ちょっと言葉選びが雑だったかな

 

 

634 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

許せる!!

 

 

635 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>622

いや、あれは2011年の○工大のレジェンド問題

あれは今でも覚えてるし、死んだトラウマが蘇った

 

 

636 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

土下座入りましたぁ!

 

 

637 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

バラドルじゃない、楓さんの貴重な土下座シーン

 

 

638 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

二次被害を避ける為、他3人も必死の説得!

 

 

639 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やった!

 

 

640 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やりやがった!

 

 

641 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さすなな!

 

 

642 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

鬼、悪魔、七実www

 

 

643 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタッフ、空気読んだな

 

 

644 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「許してください!かな子ちゃんには、後で菓子折りを持って謝りに行きますから!!

ロシアンキックは!ロシアンキックはもう嫌なんです!」

 

「反省していますか?」

 

「はい!だから、そのボタンは押さないで‥」

 

「嫌です。そんな頼みは聞けませんね」

 

『高垣、ロシアンキック』

 

 

645 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

許す流れだったじゃないですかやだー!

 

 

646 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

登場、満を持して!

 

 

647 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん、逃亡ww

 

 

648 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

よほど、痛いんだろうな‥‥

 

 

649 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さんに痛い目にあってほしくない気持ちと悶える姿も見たい‥‥

せっかくだから、俺は自分の欲望に従うぜ!

 

 

650 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さま、絶対にDVDの憂さ晴らしが入ってたろ!

 

 

651 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

撮影中なのに外に逃げようとするのはNG

 

 

652 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

しかし、回り込まれてしまった

 

 

653 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「知りませんでした?虚刀流からは逃げられませんよ」

虚刀流門下生って凄いな

 

 

654 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

極めれば前後左右にトップスピードのまま移動できるらしいもんな

 

 

655 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>650

それは思った

 

 

656 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>635

マジかよ、やべぇな大学生

 

 

657 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ビンタ前の邦正並だなww

 

 

658 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「урааааааааа!!」

 

「ぬふぅ!」

 

 

659 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これ本家にも逆輸入されて、女性タイキックあるんじゃね?

 

 

660 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

www

 

 

661 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

声だしてワロタw

 

 

662 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルの出していい声じゃなかったぞ!

 

 

663 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こんな声は聴きたくなかった‥‥

 

 

664 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新しい扉にしても酷すぎる

 

 

665 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346プロ、どうしてこうなった!

 

 

666 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

大企業の本気の悪ノリって怖い

 

 

667 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>650

でも、各界の新進気鋭やベテランから感謝を述べ続けられるだけって斬新だよな

尚、七実さまのダメージは甚大な模様

 

 

668 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、みなみん

 

 

669 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「お前ら、何しとるん?ちょっとは仲良うせんと‥‥」

いい‥‥

 

 

670 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここで番組側から介入か

 

 

671 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

残当だろ

 

 

672 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ウサミンのガラスの腰にロシアンキックがいかなくてほっとしてるわ

 

 

673 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>669

方言、いい

 

 

674 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これで序盤なんだからな‥‥

 

 

675 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>672

何気に七実さまがロシアンキックの餌食になっていないという事実

 

 

676 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あれ?

 

 

677 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

えっ、そっちが先?

 

 

678 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

組言うなww

 

 

679 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「お前ら、大変じゃ!うちの組と他の組のアイドルがもめとるみたいなんよ。

じゃけえ、お前らで止めてくれんか?」

この展開ってあれか?

 

 

680 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

出○と竜○ゃんのアレか

 

 

681 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>675

開祖に門下のキックなんて効果ないだろJK

 

 

682 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ああ、未成年が多いしあまり遅くなると法に触れるからか

 

 

683 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本家とは違って、縛りが多いからな

 

 

684 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、誰が出てくるかな

 

 

685 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

始まる前は不安だったが、今は本家並みに楽しんでる

 

 

686 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>611

各種スポーツ選手、芸能人、漫画家、料理家、芸術家etc.

七実さま世代の有名人の多くに関わってるってすごくね

 

 

687 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

恐らく、あのアイドルだろうな

 

 

688 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

予想可能回避不可能

 

 

689 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あのアイドル意外だったら、驚くわ

 

 

690 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そして、無情のCM

 

 

691 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

CMですら気が抜けないのがこの番組の恐ろしいところである

 

 

692 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんと!

 

 

693 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんとぉぉ!!

 

 

694 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346、765、961、876、315合同アイドルサマーフェスだと!

 

 

695 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

過去最大規模!?

 

 

696 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

チケット不要、入場無料

当日は地獄絵図になるぞ!

 

 

697 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

行かないという選択肢がない

 

 

698 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

新情報出すぎィ!!

 

 

699 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

とりあえず、これ見終わったら、場所取りしてくる

何、半年くらいあっという間だ

 

 

700 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

各プロダクションの新人やトップアイドルが終結か

 

 

701 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは物販は戦争だな

 

 

702 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

仕事が始まったら、即行有給申請しないと

 

 

703 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

事務所の規模からして、これが最初で最後だろうな

 

 

704 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ファッ!?

 

 

705 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>699

奇遇だな。現地で会おうぜ

 

 

706 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ktkr

 

 

707 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おいおい、どれだけ情報を投下していくだよ

 

 

708 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もうお腹いっぱいでち‥‥

 

 

709 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

素晴らしいニュースだ。これで明日の憂鬱な仕事も乗り越えられる。

 

 

710 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これ、今後発売するCDに先行特典とかつかんよな?

 

 

711 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お布施を溜めとくか

 

 

712 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やめて、もう私の残高は0よ!!

 

 

713 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>699,705

お前ら、働け

 

 

714 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

CM明けだ、はい雑談止め

 

 

715 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はいさ~い

 

 

716 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっ、ついたみたいだな

 

 

717 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱりな

 

 

718 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ww

 

 

719 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前じゃなければどうしよかと

 

 

720 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ねえ、ここは私達が使うつもりなんだけど」

 

「ふっふ~ん、ここはかわいいボクが使うんですよ」

 

 

721 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

【速報】上○・○川ポジ、天海春香と輿水幸子

 

 

722 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、人数比がおかしくね?

 

 

723 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

765:はるるん、千早、真美、お姫ちん、海美、ぷっぷかさん、横山奈緒ちゃん、ヤキニクマン

346:幸子、ゆっき、紗枝はん、あんきら、セクギル、神谷奈緒ちゃん、フレちゃん、愛海師匠

 

346勢多すぎやしませんかねぇ?

 

 

724 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

人材数だと圧倒的だもんな346

 

 

725 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、誰かヤキニクマンに突っ込めww

 

 

726 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

駄目だ、フレちゃんを見るとうえきちゃんを思い出すWW

 

 

727 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

師匠、既にてつきがあやしい‥‥

 

 

728 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここもまんまとかないよな?

 

 

729 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

wktk

 

 

730 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ヤキニクマンは卑怯だろォ!!

 

 

731 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

悪目立ちし過ぎだろ

 

 

732 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

年上アイドルがお尻をしばかれても動じないバラドルの鑑

 

 

733 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ポーズを決めるなwww

 

 

734 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは笑うわ!

 

 

735 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

視界に入っても口論を続ける春香と幸子の凄さよ

 

 

736 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

菜々さん‥‥

 

 

737 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

初代世代だもんな‥‥

 

 

738 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

擽り拷問マシーンだと‥‥

 

 

739 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おいおいおい

 

 

740 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルによっちゃ、R指定が付くぞ!

 

 

741 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

正気か、346(褒め言葉)

 

 

742 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

雫!雫!!あのm越えのバストでお願いします!!!

 

 

743 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは及川牧場以外選択肢がないだろ!!

 

 

744 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

録画しているが、雫ちゃんなら脳に焼き付ける

 

 

745 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやぁ、眼福じゃなぁ

 

 

746 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おぃぃぃぃ!!

 

 

747 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

その為のヤキニクマンかよぉ!!

 

 

748 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>742‐745

男って、単純だな

 

 

749 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

めっちゃ、動揺してるな

 

 

750 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何という、俺得

 

 

751 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

よくも、騙してくれたなぁ!!

 

 

 

 

 

 

【仕事を】笑ってはいけないアイドル24時 その3【選んで】

 

 

433 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

腹痛いけど‥‥みんな、本当に仕事選べよ!

 

 

434 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

最初こそヤキニクマンが持ってったけど、後も凄かったわ

 

 

435 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺の紗枝はんが、ちょっと様子のおかしい関西人に‥‥

 

 

436 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

全員大火傷じゃすまないだろ

 

 

437 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でも、最後のNO.1バラドルの座を懸けた狸寝入りリーダー対決は燃えたわ

 

 

438 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どれだけ揺さぶられてもラーメンを死守した貴音さんの愛に咽び泣く男!

 

 

439 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

セクギルは、通常通りだったな(錯乱)

 

 

440 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>436

実際、最後のお腹にクレープはタイツ越しでも火傷レベルだろ

 

 

441 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>435

顔文字作った

(紗゜∀゜)アッハー↑

 

 

442 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

くっそ、こんなのでww

 

 

443 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

地味に似ているのが腹立つww

 

 

444 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺も奈緒ちゃんの太眉を撫でまわして、赤面させたい

 

 

445 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

師匠のアイドル界の絶壁に挑むも即行〆られる

 

 

446 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

残当

 

 

447 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

それよりも二度とフレちゃんとぷっぷかさんを組ませてはいけない

 

 

448 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346プロ、アイドル出し過ぎだろと思ったが‥‥全員がキャラが立つという

 

 

449 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

バラエティ馴れしているはずの765が食われかけてたもんな

春香さんとぷっぷかさん、ヤキニクマンがいなかったら、やばかった

 

 

450 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>445

でも、お山について熱く語る師匠はカッコよかったぜ!

そうお山に貴賤無し!小さきも、大きも、みんな違ってみんないい!

 

 

451 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ゆっきが途中からやきうのお姉ちゃんと化してたな

やきう好きアイドル、もっと増えろ。サンキューユッキ!

 

 

452 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルって下手すると芸人より身体能力高いのな

 

 

453 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石に傷が残りそうなやつはやらなかったけど‥‥

花火で打ち上げたボウルを尻で受けるとか、あんなのアイドルのする仕事じゃありませんよ!

 

 

454 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いや、最初の真空擽りで予想はしていたが安定の酷さだな

 

 

455 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

原作リスペクトし過ぎィ!

 

 

456 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっ、移動か‥‥

 

 

457 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

先輩アイドルのステージ見学か

 

 

458 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

誰だ、誰がくる?

 

 

459 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

嫁来い!いや、来ないで!!

 

 

460 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「他のアイドルのステージを観客席から見るのって、いつ振りかしら?」

まあ、この5人は最近忙しいもんな‥‥特に約1名

 

 

461 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「私は、オフの日は結構観に行ってますよ。役職柄、よくチケットももらいますし」

貴女様が一番忙しい筈では?

 

 

462 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ハハッ

 

 

463 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「えっ、なら菜々にも声を掛けてくださいよ!」

ウサミンって、結構ミーハーだよな

 

 

464 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

でも、この5人が観客席に居たらプレッシャーやばいだろうな

 

 

465 広報官

>>461

おいおい、俺達の尺度で七実さまを測るなよ

あの人、マジでスナック感覚で仕事済ませていくから

 

 

466 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱ、うちに来てくれないかな

 

 

467 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>451

(´・ω・`)「やきうのお兄ちゃんは僕らのステージから出ていってよ!」

 

 

468 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、この席配置は

 

 

469 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こっちも先にやるのか

 

 

470 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

全てを察したメンバーの表情の変化よ

 

 

471 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

席配置で全てを悟る楓さん

 

 

472 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>465

えぇ~~、仕事をスナック感覚って‥‥

 

 

473 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

タイキックが虚刀流門下生だったから、ビンタもそうなんだろうなぁ‥‥

 

 

474 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

フラグは立ってたしな

 

 

475 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>465

その様子だと、例の作戦は失敗したのか?

 

 

476 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アーニャんもそうだっだが、虚刀流ってやばいよな

 

 

477 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、のあさんだ!最近、ミステリアス(笑)な人だ!

 

 

478 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この感じ、にゃんにゃんにゃんか!

 

 

479 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまとライブ後、食べ歩いてみたい

男女とか抜きにして

 

 

480 広報官

>>472

本当にそうとしかおもえないんだよ。だって時間が空いたから仕事しような人だもん。

 

>>475

いや、振ってもらえる仕事が増えたから半分成功ってところ

なので、作戦はフェイズ3に移行した

 

 

481 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「まだ確定じゃないでしょ。そんな顔しないの!」

 

「でもぉ、この席ってほぼ確定じゃないですか‥‥」

 

この川島さんのおかん感

 

 

482 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ガチ泣きしそう

 

 

483 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

嗜虐心を擽るわ、これがSっ気てやつか

 

 

484 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>476

そりゃあ、お前‥‥

既存の武術じゃ満足できなかった人類の到達点が作った流派やぞ

 

 

485 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ああ、やっぱり駄目だったよ

 

 

486 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「にゃってむ!!」 蝶野BGMを添えて

前々迫力ねぇww

 

 

487 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一応肉球グローブありなんだ

 

 

488 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタッフの申し訳程度の慈悲

 

 

489 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アーニャ縛られてる

 

 

490 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

カエデサン マイ フレンド

 

 

491 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

にゃんにゃんにゃんって、ホントバラエティ映えするよな

 

 

492 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

のあさん、存在感あるなぁ

 

 

493 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「バラエティでにゃんにゃんにゃんが揃うから、みくはロケ弁を警戒してたにゃ

現場に入った時にちゃんと確認して、普通のハンバーグ弁当を確保してたにゃ

スタッフさんに頼み込んでこの2人には絶対魚を渡さないようにって言ったにゃ」

 

あっ、コレ、ガチ怒りですわ

 

 

494 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

嫌いなものを食べさせるのはNG

 

 

495 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アレルギーだったら、下手すると命にかかわるからな

 

 

496 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

好きなものに嫌いな素材を混ぜ込まれた時のがっかり感は異常

 

 

497 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「それなのに、アーニャにおさかなハンバーグ弁当を渡したバカはどこにゃぁ!!」

これは獅子の咆哮だな

 

 

498 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

大原部長を思い出した

 

 

499 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

心当たりある楓さん、顔面蒼白

 

 

500 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ロシアンキックとネコビンタの虚刀流門下生制覇だな

これっぽちも羨ましくないけど

 

 

501 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「瑞樹さん、変わってくれません?」

 

「ちょっと何言ってるかわからないわね」

 

川島さん、取り付く島もなしwww

 

 

502 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>491

わかるマーン!

 

 

503 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「菜々さん」

 

「あれ、急にウサミンイヤーの調子が」

 

廊下かな?

 

 

504 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まあ、進んで受けたくはないよな

 

 

505 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

誰だってそーだろうな 俺だってそーだもん

 

 

506 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

カエデサン、諦めて

 

 

507 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ちひろさん、お願いします。ね、先輩アイドルのお願い」

 

なりふり構わなくなってきてるな

 

 

508 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まんま邦○の反応じゃんww

 

 

509 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

テロップも煽るなぁ

 

 

510 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

先輩アイドルを出すのは駄目だろ

 

 

511 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「他の子なら検討しましたけど、みくちゃんやアーニャちゃんは絶対に嫌です」

 

 

512 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

シンデレラガールズとサンドリヨンは絡みが多いもんな

そりゃ、色々と知ってるよな

 

 

513 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「七実さ「アーニャ、今ここで犯人を教えるなら情状酌量の余地はあるにゃ」」

食い気味潰されたww

 

 

514 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

皆、もう何回叩かれたんだろうな‥‥

 

 

515 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまの木刀、最初は寝たかと思ったが最後まで行くつもりなのか‥‥

 

 

516 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お尻が本当に心配だ

 

 

517 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「それは、カエデ=サンです」

 

「お前かぁ!!」

 

躊躇なくばらすアーニャ、ガチギレみくにゃん

 

 

518 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

無駄に迫力あるよな、みくにゃん

 

 

519 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やると決めたら、やるって気概が伝わってくるわ

 

 

520 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「楓さん、上あがってください」

 

「あっ、はい」

 

気迫に押されて素直に上がる楓さん

バラエティ的には、もっと嫌がって良いんですよ?

 

 

521 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「なんで、こんなことしたんですか?」

 

「いや、私がしたわけじゃ‥‥」

 

「なんで、こんなことをしたんですか?」

 

アカン、これカーチャンや学校の先生と同じやり方や

 

 

522 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>514

とりあえず、楓さんが単独首位なのは間違いない

 

 

523 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これやられると何も言えなくなるよな

 

 

524 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「机の引き出しにあれが入っていて‥‥」

 

「アーニャに渡したら、こうなるって思いませんでしたか?」

 

「それは‥‥」

 

 

525 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっとみくにゃん、楓ちゃん泣きそうじゃん!

 

 

526 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こんなキャラとは思いませんでした。失みフ辞

 

 

527 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346NO.1ともいえる楓さんにここまでできるってプロ根性あるよな

 

 

528 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

のあさん、暢気に寿司握ってる場合じゃないですよ!

 

 

529 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「あくまでも認めないわけだにゃ。なら罰を受けてもらうニャ」

 

「やっぱり、私じゃない!」

 

仕方ないね

 

 

530 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

引き出しネタの時点である程度察してただろ

常識的に考えて

 

 

531 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「えっと、ビンタとキックと腹パンがありますけど、どれがいいですか?」

 

「選ばないという選択肢はないの?」

 

楓さん、ちょっときれてるww

 

 

532 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

選択形式か、俺だったらビンタだな

 

 

533 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

意外と伏線がちゃんと張られてて草

 

 

534 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>479

絶対楽しい(確信)

 

 

535 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

身に覚えのない罰を自分で選ぶって、より酷くね

 

 

536 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

腹パンはやばそうだな

 

 

537 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

叩かれ過ぎて感覚麻痺してそうだから、キックの方がましなのか?

 

 

538 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

肉球グローブがあるからビンタの方が良くないか?

 

 

539 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

Mっ気のある俺氏からすればご褒美ですな

 

 

540 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「楓、キックはやめておきなさい。さっきのより確実に痛くなりますよ。

みくは蹴り技だけなら虚刀流門下生1番ですから」

何‥‥だと‥‥

 

 

541 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

【悲報】ロシアンキックは温情だった

 

 

542 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

開祖のお墨付きなら間違いないよな

 

 

543 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

拳聖みくにゃん、爆誕にゃん♪

 

 

544 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルって、何なんだろう

 

 

545 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ウソですよね?」

 

「みく、本気で蹴ってみなさい」

 

「押忍!」

 

うん、これはやばいわ

 

 

546 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

加減ミスったら大怪我レベルなんですけど

 

 

547 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

前川ォ!!

 

 

548 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

俺も虚刀流門下生になりたい

 

 

549 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どんな鍛錬を積んだらあそこまで行けるんだろうな

 

 

550 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「因みに拳技はアーニャが1番です」

 

「押忍!」

 

逆じゃなくて良かった!逆じゃなくて良かった!

 

 

551 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタッフ有能

 

 

552 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>548

使い方を間違えたら七実さまに粛清されるからな、本気の虚刀流で

 

 

553 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ビンタで!ビンタで、お願いします!」

 

「では、いきます」

 

肉球グローブしてるのにチョーカーを掴むなんて器用だな

 

 

554 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みくとアーニャは虚刀流をやってるからな

やっぱ、虚刀流をやってるやつはちげぇわ

 

 

555 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「七実さん、余計なことは言わないでくださいね」

ちっひからの牽制が入った!

 

 

556 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ほう、経験が生きたな

 

 

557 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>549

いつかのインタビューで言ってたけど、みくにゃんは*デビュー前らしいぞ

 

 

558 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「カウントは5からと3から、どっちがいいですかにゃ?」

 

「‥‥5からで」

 

みくちゃん敬語とねこ語で日本語がおかしくなってるww

 

 

559 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

死刑囚みたいな顔になってんな

 

 

560 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「みくちゃん、手加減してくれますよね」

 

「勿論にゃ。でも、これも番組ですから‥‥ある程度痛みは我慢してくださいにゃ」

 

流石、346バラドル四天王が1人

 

 

561 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まじめキャットだもん

 

 

562 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ナイスセーブ、ちっひ

 

 

563 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

例え同じ事務所のトップアイドルでも企画とあらば容赦なくビンタする

感服しました。みくにゃんのファンを永遠に続けます!!

 

 

564 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「では‥‥5!4!「やっぱり、いやぁぁ!」」

 

すげぇ、大人が本気で逃げようとしてるのを片手で止めてる

 

 

565 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

しかも、首が閉まらないように気をつけながら

 

 

566 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やばい、楓さんと○正が本格的に重なりだしてきた

 

 

567 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「諦めなさいよ、いっ!」

 

「もう、やだやだやだ、やぁっ!」

 

「楓、ナイスリアクションですよ」

 

「だから、何で余裕そうなんですかぁっ!」

 

当分はオカズに困らないな

 

 

568 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、木刀に誰もツッコまなくなった件

 

 

569 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

往生際が悪いww

 

 

570 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

気持ちはわからんでもないけどな

 

 

571 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一度でいいからエロ抜きで七実さまの筋肉を触ってみたい

 

 

572 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みくちゃん、お願いだから後が付かないようにしてくれ

 

 

573 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>568

だって、受けてる本人が余裕そうなんだもん

 

 

574 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「楓さん、諦めてくださいにゃ」

 

「いや!だって、ビンタするんでしょ!!」

 

「それは‥‥ほら、番組の流れで‥‥」

 

「私じゃなくても、いいじゃない!!」

 

 

575 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん、ガチで嫌がってるな

 

 

576 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

○正なら同情しないんだけど、これは心にくるわ

 

 

577 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

焦らされ過ぎて、ツライ

 

 

578 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「とりあえず、この後が押すんで流れを重視して一気に行きますにゃ」

 

「えっ?」

 

「では、覚悟にゃ!543」

 

「ちょっと早‥‥」

 

「21、にゃぁ!!」

 

 

579 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いった!

 

 

580 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やった!!

 

 

581 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やった!

 

 

582 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ガチでやりきりやがった!!

 

 

583 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一皮むけたなみくにゃん

 

 

584 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石バラドル期待の星、その容赦なさに痺れる憧れるぅ!

 

585 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やったよ!

 

 

586 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スロー再生でもよくわかる容赦のなさ

 

 

587 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やりおった!

 

 

588 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん、崩れ落ちた

 

 

589 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

良い音したなぁww

 

 

590 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

しかし、見事に肉球部分を当てたな

 

 

591 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>571

わかる。でも俺は筋肉質な女性が好きだから我慢できる自信がない

襲おうとしたら返り討ちだろうけど

 

 

592 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

www

 

 

593 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

顔芸やめてww

 

 

594 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そんなところまで真似しなくていいですから!

 

 

595 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「‥‥終わりましたよ」

 

「じゃあ、さっさと戻ってきんさい。ステージが始まるじゃろ」

 

やだ、このみなみんかなりドライ

 

 

596 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あれ、これで終わりじゃないのか?

 

 

597 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱり、びみょうに変えてあるのね

 

 

598 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「はぁ~い、色々あったけど‥‥改めてにゃんにゃんにゃんのステージを始めるにゃ!!」

 

よっしゃー!

 

 

599 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

本家では一切反応のないエキストラが一気に俺ら化したww

 

 

600 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あっ、サイリウムが渡されてる

 

 

601 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、ここで新曲披露かよ!!

 

 

602 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ヒヤッホォォォウ!最高だぜぇぇぇぇ!!

 

 

603 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ありがとうございます!ありがとうございます!!

 

 

604 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みくにゃんって、控えめに言って最高だな

どんな仕事でも大抵はこなせるし、ボケにもツッコミにも回れるし

そして、面倒見がいいからどんなアイドルとも組ませられる

 

 

605 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お前ら、これ公式だからコール覚えろよ

 

 

606 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まじのステージじゃん!ネタ挟むと思ったのに!

 

 

607 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまwww

 

 

608 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

キレッキレww

 

 

609 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ノリが俺ら過ぎるww

 

 

610 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これがオタ芸の到達点か‥‥

ブレず流れる残光はもう光の芸術の領域だろ

 

 

611 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他のメンバーも笑ってるよww

 

 

612 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>610

アイドルの追っかけ暦の先輩としては負けていられませぬなぁ

 

 

613 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さすなな!

 

 

614 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

見栄え重視しつつ隣の観客に迷惑を掛けないオタ芸、見事なり!

 

 

615 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

オタ芸の歴史がまた1ページ

 

 

616 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なあ、これ神曲じゃね?

 

 

617 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実さまのオタ芸に意識がいきかけてたけど、いい曲だ

 

 

618 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

購入確定

 

 

619 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346が大盤振る舞い過ぎて怖い

 

 

620 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ああ、ここののあさんの声堪らない

 

 

621 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

作詞:にゃんにゃんにゃん

作曲・編曲:渡七実

 

またですか

 

 

622 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こんなこと他のプロダクションには無理だよなぁ

 

 

623 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

フルで聞きたい!

 

 

624 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>604

実際、みくにゃんとかしゅがはが入るとユニットに安定感生まれるよな

 

 

625 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

このユニットの一番の魅力は脚なんだよなぁ

 

 

626 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ビンタされた楓さんも楽しそうで良かった

 

 

627 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>621

今年、何曲目だ?

 

 

628 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、次は時間的にお昼ご飯か

 

 

629 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ああ、もっと聞いていたかった

 

 

630 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

次は鬼ごっこかな?

 

 

631 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>625

俺以外に気がついている人間が居るとはな

お前とはいい酒が飲めそうだ

 

 

632 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここまで本家ネタを回収するとは放送前に誰が思ったであろうか

 

 

633 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ほぼいきかけました

 

 

634 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>625,631

ここにも居るぞぉ

 

 

635 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もう来年からこれが年末特番でいいよ。いや、これがいいです。

 

 

636 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>622

大手の本気、ここに極まれりだよな

 

 

637 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ワクワクが止まらない

 

 

638 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これがまだまだ観られるという幸せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編19 if 笑ってはいけないアイドル24時 その3

どうも、私を見ているであろう皆様。

 

視聴者アンケートを踏まえ大企業が血迷ったともいえる悪ノリで実現してしまった『笑ってはいけないアイドル24時』へ参加中の渡 七実です。

他プロダクションにも声を掛け、アイドルとしての越えてはいけない一線の上で反復横跳びを行う本企画ですが、参加者視点ではお家に帰りたいと切に願いたくなるものでしかありませんが、番組制作側の視点ではこれは視聴率が取れるだろうなと思ってしまいました。

まあ、この仕事の報酬は過酷さ等を考慮しても他のバラエティ番組とは比べて十分過ぎるものですし、何よりも請け負った仕事を投げ出すのは矜持に反します。

 

 

『やだやだやだやだ!来ないでちょうだいぃ~~!!』

 

「瑞樹、ファイトです」

 

 

隔離スペースに居る為、普通の聴覚では聞こえるはずのないグラウンドで鬼ごっこに興じるメンバーの声を、私のチート聴力は拾い上げてくれます。

見せられないよのフリップかモザイクを掛けられそうな必死の表情で逃げているので、せめて無事を願い声援を送りましょう。

 

 

『やめてやめてやめ‥‥いづっ!』

 

 

私の声援も空しく瑞樹は『スリッパ』と書かれた黒づくめの鬼に捕まり罰ゲームを受けてしまいました。

一応、アイドルが相手の為、本家のようなよく見る茶色い業務用ではなく、可愛らしいピンクで柔らかめの素材で出来たものが使用されていますが、それでも勢い良く頭に振り下ろされれば痛いものは痛いでしょう。

瑞樹の惨状から察している方もいるでしょうが、現在のプログラムは本家で言う『絶対に捕まってはいけない鬼ごっこ』であり、開始からまだ5分も経っていないのですが地獄のような様相を呈しています。

私のチートしている身体能力では鬼が捕まえることができないであろうと十二分に理解してくれている美城の制作スタッフは、松○枠として隔離することにしたので暇を持て余していました。

その代わりに生贄として投入されたのが、専務役を演じていた心です。菜々とコンビでバラドルとしての素質は十二分に備えているので、さぞかし輝いてくれることでしょう。

今いる鬼は『スリッパ』『ハリセン』『ジーパン』と打撃系に特化した構成となっており、ダメージ量もその順番で酷くなっています。

因みに今の被害状況ですが、ちひろがジーパンとスリッパ、瑞樹がハリセンとジーパン、菜々がハリセン、楓と心がスリッパを受けている状態で、楓は既にロシアンキックや猫ビンタを受けている為か、鬼も積極的に狙いませんね。

同じアイドルばかりに被害が集中しては、そのファンからのクレームが殺到しかねませんから妥当な判断だといえるでしょう。

本家より時間は短めにされているので、そろそろ次の鬼が追加される時間と思われますからもっと酷くなるのは確定事項です。

 

 

『来るなよ?来ないでぇ!?いや、振りじゃないって!マジだかんな!!』

 

 

畳が敷かれコタツにみかん等、物が揃っていて過ごしやすい隔離スペースでみかんを糖度の高い順番に並べていると、心の叫びが耳に入ります。

どうやら『ジーパン』鬼に追いかけられているようで、その姿は普段のしゅがーはぁとなら絶対に見せないであろう佐藤 心としての姿がありました。

この企画の良い面でもあり悪い面でもある、そのアイドルの根っこの部分が見える場面ですね。

 

 

『はぁとさん、それどきついんで覚悟した方が良いですよ』

 

『おい、ちっひ!変われよ☆変わって!』

 

『ちょっと何言ってるのかわかりませんね』

 

 

普段誰にでも礼儀正しい姿勢を崩さないちひろが、心相手だと辛辣になるのはどうしてなのでしょうか。

チートを総導入すれば相手の過去を調べ上げる自信はありますが、それをやってしまうとメンヘラストーカー女なんて比較対象すらならない地雷女に成り下がってしまいます。

ユニットを組んでいる相方として思う所がない訳ではありませんが、人には言いたくない秘密、言う必要のない事なんて数多くありますから詮索はしません。私もチート転生や数多くの黒歴史等、星の数ほどの秘密を抱えていますから。

 

 

『おい、てめぇ☆後で覚えて置け‥‥って、ちょっとタンマタンマ、お゛お゛ぉん!』

 

 

『ジーパン』鬼に捕まった心が四つ這いにさせられ、その臀部を綺麗なスイングで振るわれたジーパンが強襲します。

アイドルとしてのプライドから顔から地面に突っ込むようなことはありませんでしたが、未だに四つ這いのままなのはダメージが抜けきっていないのでしょう。

 

 

『お、おお‥‥おおおぉ‥‥』

 

『ほら、はぁとさん。早くしないと別の鬼が来ちゃいますよ?』

 

 

いつまでも立ち上がろうとしない心を見かねてか、ちひろが近づき腕を取って引き起こします。

撮影スタッフもよくわかっているようで、しっかりベストアングルから撮影を行っていました。

しゅがちひ、そういうのもあるのか。前世と比較してこのアイマス世界では、アイドル同士のカップリングに妙なこだわりを見せる人も居ますから、今回のこれは良い新規開拓になったのではないでしょうか。

 

 

『ちょ、待てよ☆待って、今動かさないで!

てか、ちっひも受けてたのに何で大丈夫なわけ!?』

 

『私達は朝からお尻をしばかれてるんですから‥‥慣れますよ』

 

『お、おう‥‥大変だな。今度、はぁとが奢るから元気だしな☆出せよ♪』

 

『あっ、それだったら、この前楓さんが頼んだ龍泉っていう大吟醸がまた入ったらしいですよ』

 

『てめぇ、それって飲み代がそれ1本で6桁いって、七実パイセンに〆られたやつだろ☆ぶん殴るぞ☆』

 

 

あれは、嫌な事件でしたね。

以前にもあって相応の報いを受けさせたのですが、人間喉元過ぎれば熱さを忘れるを体で表したかのように2度目があるとは思いませんでした。

妖精社を出た後、往来の場でタワーブリッジを楓に掛けたことはもう少し場所を考えるべきだったと反省はしていますが、あれは誅伐です。私は悪くありません。

最近覚えたセントエルモスファイヤーのような拷問技ではないだけ温情です。

 

 

『5分経過、鬼追加します』

 

 

CO2ガスの噴射と共に3人の鬼が現れました。

 

 

『よっしゃー!〆るわよ~!』

 

『うひひ、これは罰ゲームだから合法だよね♪』

 

『ラッキー オア ダイですよ~』

 

 

追加された鬼は我が346プロのアイドルで、それぞれの黒タイツには早苗には『上四方固め』、棟方ちゃんには『愛海』、鷹富士さんには『ババ抜き』と書かれています。

棟方ちゃんは自分の名前が罰ゲーム扱いされている件について思う所はないのかと問い質したくなりますが、彼女にとって今大切なのは合法的にアイドル相手に登山が出来る事だけに違いありません。

早苗はいつも通りですが、一番安牌だと思える鷹富士が登場の際に口走った台詞が物騒過ぎて恐ろしいですね。

チート聴力が『アナスタシアさん、そろそろ準備をお願いします』と言っていたのを捉えていますから、きっとババ抜きの敗者はそうなるのでしょう。

誰が狙わるのかはわかりませんが、運要素が絡むゲームで彼女に勝てる人間は私と一部の人間だけでしょうね。

そんなほかのメンバーの未来を案じていると隔離スペースの仕切りカーテンが開き、2人分のお茶を持ったまゆが入ってきました。

どうやら、時間経過での私への罰ゲームも始まったようです。

メインは鬼ごっこの筈なので酷いことにはならないでしょうが、プロですからしっかりと撮れ高を確保するとしましょう。

 

 

「師匠、お茶ですよ」

 

「はい、ありがとうございます。まゆ」

 

 

こたつで温まりながら差し出されたお茶を受け取ります。

持てないくらいの熱々かと思っていたのですが、そんな事はないようですね。だったら、悶絶級の苦いお茶なのでしょうか。

バラエティ番組で、世界中を飛び回り珍味佳肴から罰ゲームメニューまで様々なジャンルを網羅した私に死角はありません。

しかし、香りを確かめても上等な玄米茶の香ばしい香りしかしませんね。

野生動物並のチート感覚を誤魔化せるような加工を施すのはほぼ不可能な筈ですから、このお茶はただの上等な玄米茶という事になります。

どういったスタッフの思惑かはわかりませんが、せっかくの心遣いですからありがたく頂戴しましょう。

 

 

「美味しいですね」

 

「良かった。おかわりはたくさんありますから、言ってくださいね」

 

「では、早速もう一杯いただきましょう」

 

「はい」

 

 

周囲に警戒網を広げているのですが、いつまで経っても動きがありません。

電気攻撃やキス程度の罰ゲームは覚悟していたのですが、その兆候が一切見られずまゆと2人でのんびり過ごしている姿を映していて大丈夫なのでしょうか。

 

 

「師匠、このみかんの列は何ですか?」

 

「手持ち無沙汰だったので、右から糖度の高い順に並べてみただけです」

 

『菜々さん、捕まえましたよ。では、闇のゲームを始めましょう♪』

 

 

まゆとみかんについてほのぼの空間を形成していると建物中から鷹富士さんのそんな声が聞こえてきました。

どうやら、ロシアンキックの生贄は菜々になったようですね。まあ、追加枠である心と隔離されている私を除けばメンバーの中で唯一ロシアンキックの被害を受けていませんでしたから妥当な判断でしょう。

手加減をしていますから菜々のガラスの腰でも大丈夫な筈です。

 

 

『茄子ちゃん!?何ですか、闇のゲームって!?ただのババ抜きじゃないんですかぁ!?』

 

『それじゃあ、ラッキー オア ロシアンキック!闇のババ抜きを始めますよぉ~』

 

『ウソォ!?』

 

 

菜々、強く生きてください。きっとその先にはバラドルとしての新しい道が見えるはずです。

 

 

「えっ、みかんの糖度って触っただけでわかるものなんですか?」

 

「熟練の農家さんなら分かるものらしいですから、他の人にできる事なら私にできないはずがないでしょう?」

 

「でましたね、師匠の暴君論。でも、それで本当にできるようにするんですから凄いですよね。

あっ、まゆこの一番甘いやつを頂きますね」

 

「どうぞ」

 

 

私は平均的な糖度のみかんを手に取り皮を剥きます。闇のゲームは絶賛進行中ですが、こちらには何も起きる気配がないので自分で撮れ高を確保する必要がありますね。

皮に爪を当てて切れ込みを入れて形をある程度付けておきます。勿論、傍から見て一目でわかるようなわかりやすくはしません。

まゆと談笑しながら普通に皮を剥いているよう見せかけて、いざ剥いてみると皮がおせちに欠かせない海老の形になっている。

これぞエンターテイメント性というものでしょう。

 

 

「その時、幸子ちゃんがですね『イソメも触れないなんて‥‥まったく、まゆさんはアイドルとしての自覚が足りませんね』って言ったんですよ!

いいじゃないですか!アイドルがイソメに触れなくても!!

言っておきますけど、それってどちらかと言うと芸人さん系の仕事ですからね!」

 

 

確かにイソメは一般的感性の少女達であれば二の足を踏むような地球外生命体みたいな外見をしていますから、嫌悪感を抱くのも仕方ありません。

それにしても幸子ちゃん、海外ロケもするようになってからさらに逞しくなっていますね。

この前あったグアムでのロケの後、自由時間で観光射撃場に一緒に行った際は最終的には6割的に当てられるようになっていましたし。

帰る際には使っていたベレッタPX4・ストームという銃を本気で購入しようかと悩んでいました。

 

 

『これがあれば、野生動物相手のロケも自衛ができますから安心感が出ますよね』

 

 

という台詞出てしまうあたり、幸子ちゃんは芯までバラエティ番組に毒されてしまったのだなと思いました。付いて来ていた九杜Pも泣いて謝っていましたね。

結局は、買っても日本に持って帰ることができないということで諦めました。

私はバレットでコンクリートブロックを破砕したり、S&W M500で百発百中の命中率を叩き出したりして職業を再確認されましたね。

 

 

「‥‥まゆ。幸子ちゃんは、慣れなければならなかったんですよ。

そう、周囲の大人達が寄ってたかって幸子ちゃんをバラドルにしてしまったんです」

 

「‥‥そうなんですね。まゆ、今度から幸子ちゃんをうんと甘やかしてあげます」

 

「ええ、そうしてあげてください」

 

 

不満げだったまゆの表情が一気に哀れみ一色に染まります。

幸子ちゃんはバラドル経験が強烈なものが多くなり過ぎて色々と感覚が麻痺していますから、年の近いまゆ達と触れることで普通を思い出してくれたらいいのですが。

年頃の女の子が可愛いブランドのカタログではなく、シ○ナルという消防・警察・海保・自衛隊等のサポートグッズを販売している通販サイトのWEBカタログを真剣に眺めているのは絶対におかしいです。

溜息をついた後、剥き終えたみかんの1房を口に運びます。思った通りの糖度で酸味とのバランスも良く、実に美味しいミカンですね。

柑橘類は甘いだけではいけません。甘さの中にしっかりと特有の酸味が無ければ、それは一般的な果物と同じになってしまいます。

 

 

「ちょっと待ってください、師匠。その皮、おかしくないですか?」

 

「おかしくありません。仮称みかんえび君です、可愛いでしょう?」

 

 

幸子ちゃんトークで脇道にそれていましたが、ようやくまゆが仮称:みかんえび君に気がついてくれました。

あまりにも気がつかないようであれば、何かしら目立たせることが必要になると考えていましたから良かったです。

 

「だから、おかしいんですよ!今、普通に剥いてましたよね!?」

 

「ええ、普通に(細工しながら)剥いていましたが」

 

『オカシクナイヨ!オカシクナイヨ!』

 

「えっ、喋った?その子、喋りませんでした!?」

 

 

まゆの反応が楽しすぎて、声帯変化と腹話術スキルを使用して語りかけると想像以上に面白いリアクションをしてくれました。

もし、道を踏み外してこちら側(バラドル面)にやって来たとしても十二分にやっていけるでしょう。

 

 

「何を言ってるんですか、まゆ?

これは、みかんの皮ですよ。喋る訳ないでしょう」

 

『マユチャン!ボクノナハ、ミカンエビ。チキュウハネラワレテイル!』

 

「師匠!何だかこの子、物凄く壮大なこと言いだしたんですけど!」

 

 

この反応ならば、今度の未成年組を交えたプチ忘年会のかくし芸としても十分反響を得られるかもしれません。

習得したチートの中には1度に数十の人形を操作する人形遣い皆伝(パペットマスター)があるので、それと組み合わせて人形劇でも開くのもいいでしょう。

とりあえず、今はその予行練習としてしっかりまゆを楽しませてあげましょうか。

 

 

「私には、まゆが急に錯乱したようにしか見えませんよ」

 

『ダレカセツメイシテクレヨォー!』

 

「まゆの方が説明してほしいですよぉ!

師匠がやってるんでしょう!?知ってますからね、声帯模写とかできるの!!」

 

「そんなことないですよ」

 

『ソレハ、ウソダヨ。ニンゲンハウソヲツクケド、ミカンエビウソツカナイ』

 

「だからぁ!」

 

 

そうやってまゆを揶揄っていると、遠くから菜々の叫び声が聞こえてきました。

どうやら、菜々は予定調和通りに鷹富士さんとのババ抜きに敗北し、ロシアンキックは恙なく執行されてしまったのでしょう。

打撃音的に他の3人が受けたものより威力は抑えられていましたから、まだまだ残っているこの過酷な試練をリタイアすることはない筈です。

しかし、未だに時間経過罰ゲームがないというのは、どういう事でしょうか。

時間が短い分、ちひろ達の方に撮れ高を集中させたということも考えられますが、それでは私の所にまゆが来た理由がわかりません。

 

 

「しぃ~しょ~~」

 

『ナニ、マユチャン?』

 

「ほら、やっぱり!」

 

 

この仮初の平和がいつまで続くかはわかりませんが、その瞬間まで精一杯謳歌しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ラッキー オア ロシアンキック!闇のババ抜きを始めますよぉ~」

 

 

『ババ抜き』と書かれた黒鬼服を着た茄子さんに捕まった菜々さんは、その宣言を聞いて口から魂が抜けそうになっていました。

茄子さんの宣言に合わせて奥の方から簡易テーブルとイス、そして枚数の少ないトランプを持った黒鬼が駆けてきます。

私も控室で志希ちゃんのクイズに失敗してアーニャちゃんのキックを受けた身ですから、その気持ちは痛いほどにわかりました。

あの脊髄を遡ってやってくる鈍い痛みと衝撃は、一瞬意識が飛ぶかと思うくらいで、もう二度と何があっても受けたくないと断言できます。

例え、どんな犠牲を払っても私はその脅威にさらされないように逃げるでしょう。そう、菜々さんを生贄に捧げたとしても。

全く、七実さんはどうして虚刀流なんてとんでもないものを作って、それをアーニャちゃんやみくちゃんに教えてしまったんでしょうね。

 

 

「おい、ちっひ。ロシアンキックって、そんなにやばいの?」

 

 

『ジーパン』の罰ゲームを受けた後から一緒に行動している心さんが、私に尋ねてきます。

そういえば、途中参加の心さんは仕方ないとしても、アーニャちゃんに虚刀流を教えた張本人である七実さんもロシアンキックの被害を受けていないんですよね。

お仕置き棒も1人だけ木刀になっているのに、ダメージを受けるどころかアドバイスまでしてしまう、感性が常人とは900度くらい捩じれている七実さんが受けてもどうにもならないでしょうが。

 

 

「そうですね。はぁとさんにわかりやすく伝えるなら、さっき受けた『ジーパン』の罰ゲームを何倍にも鋭く痛くした罰ゲームです」

 

「‥‥おいおいおい、そんなの受けたら死ぬぞ、菜々パイセン」

 

「大丈夫でしょう。たぶん」

 

 

これは美城本社が製作したバラエティ番組の一環であって、アイドルを使い潰すような極悪番組ではありませんから、後遺症が残るようなことはさせないでしょう。

それに本当に怪我の心配があるなら企画段階でロシアンキックを中止させていた筈です。

でも、痛いものは痛いですけどね。この企画の打ち上げは、師匠の責任として七実さんに払ってもらいましょう。

それくらいの我儘なら七実さんは受け入れてくれます。だって、七実さんは頼られると否と言えなくて、どうしようもないお世話焼きですから。

 

 

「うぅ‥‥どうして、菜々がこんな目に‥‥知ってます?菜々、これでも今年度のシンデレラガールなんですよ?」

 

「では、ルールを説明しますね。

ルールは簡単。4枚の数字カードとセーフカード、アウトカードの手札5枚を持って、最終的にアウトカードを持っていた方がロシアンキックを受けるという、観察力と運が試される罰ゲームですよ」

 

「茄子ちゃん相手に運勝負って、ほぼ確定事項じゃないですかぁ!」

 

 

茄子さんの幸運体質は本当に奇跡としか言いようがなく、くじを引けば大当たり、会った人は運気が上向き、壊れていたモノに触れば直るというビックリ人間です。

事務所でのトランプや麻雀大会とかでは大抵優勝していますが、そんな相手にも善戦して勝ち越すのが七実さんなので、やっぱり346プロで一番規格外なのは七実さんで満場一致でしょう。

本当に何でしょうね。カードゲームなら表情やバイタルサインの変化を見て、捨て札を全て覚えて予測する等をしておけば大抵のゲームで負けないとか、コンスタンスに和了速度が速くて千点程度の安手から始まって、和了する度に徐々に点数の高い役になるとか、私が頑張って塞ごうとしてようやく止まるとかオカルトか何かですか。

 

 

「菜々パイセン、ガンバ!ワンチャンありますって!」

 

「うぅ‥‥そうですね。勝てばいいんですよ、勝てば!」

 

 

心さんの励ましを受けて菜々さんは奮起しますが、正直に言わせてもらって私には勝ち筋が全くないようにしか思えません。

いつも通りの笑顔の筈なのに、2組のカードセットのどちらかを選ぶように促す今の茄子さんの笑顔がもっと恐ろしいものに見えてしまうのです。

まるで、牛や豚に対して、かわいそうだけど明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのねって感じの残酷な眼をしているようにしか見えません。

 

 

「うふふ、それじゃあ、いきますよー。ラッキー オア ダイ♪」

 

「怖いこと言わないでください!茄子ちゃんが言うと、洒落にならないんですよ!」

 

「やれー!やったれパイセン!」

 

「菜々さん、頑張ってくださいね」

 

 

心さんに続いて、私も菜々さんに声援を送ります。

こんな声援を送ったところで、未来は変わらないのかもしれません。それでも、ただ見るだけよりはいいと思ったのです。

 

 

「では、菜々さん。先攻をどうぞ」

 

「わかりました」

 

 

手札の状態としては、菜々さんの方にセーフカードがあるので最悪は避けられました。

もし、アウトカードがこちら側にあった場合、きっと茄子さんは数回の攻防でアウトカードを引くことはないでしょうから。

菜々さんもいきなりアウトカードを引くことはなく、これで1組分カードが減りました。

たった1組カードが減っただけなのに、茄子さんから感じられるプレッシャーは倍以上になった気がします。

 

 

「あらら、アウトカードは引いてもらえませんでしたか。では次は、私のターンですね。

う~~ん、悩みますけど‥‥これですね」

 

「あっ!」

 

 

悩んだと言うわりには淀みない手つきで、茄子さんは菜々さんの手札からセーフカードを抜き去っていきました。

 

 

「セーフカード、ゲットです。これで、勝負が解らなくなりましたね」

 

「くっ、それでも菜々は負けませんよ」

 

 

強気な発言をしていますが、菜々さんの動揺は明らかでカードを引く為に伸ばされた手や声が震えています。

額には汗も滲み出して呼吸も荒くなっていますし、先程の1手による菜々さんへの精神的衝撃はそれほどの物だったのでしょう。

 

 

「やばい、何だか見てるはぁとも緊張してきた」

 

「菜々さん、落ち着いてください。まだ勝負は五分になっただけです」

 

「パイセン!深呼吸して、切り替えていきましょう!」

 

 

私達の声援が届いたのか、菜々さんは一度こちらを見た後、大きな深呼吸をして茄子さんに向き直ります。

その瞳には覚悟が決まったアイドルとしての強い意志が燃えていました。

 

 

「キャハ☆ウサミンパワー、充填完了!この勝負、勝っても負けても恨みっこなし☆

だって、ウサミンは皆に笑顔を届けるアイドルですから!!では、茄子ちゃん‥‥改めて、勝負です!」

 

「ええ、私も負けるつもりはありません。幸運の女神と呼ばれる私の運命力、見せてあげましょう」

 

 

戦いの決着はあっさりとしたものでした。

順調に手札が減っていき、菜々さん1枚、茄子さん3枚となった状態での菜々さんのターンでアウトカードを引いてしまったのです。

それが敗着となり、菜々さんの敗北が決まりました。

 

 

「対戦、ありがとうございました」

 

「ええ、楽しい戦いでしたよ。

またしましょうね、茄子ちゃん。今度は負けませんから」

 

「はい」

 

 

ロシアンキックが怖くないはずが無いのに、菜々さんはとても晴れやかな表情で茄子さんと握手と再戦の約束を交わします。

 

 

「菜々さん‥‥」

 

「パイセン‥‥」

 

「良いんです。菜々は、大丈夫ですから」

 

 

まるで漫画の1シーンのような綺麗過ぎる光景と、迫りくる悲劇の時に私達の涙腺は少し緩んでしまいました。

どうしてこんなことになってしまったのか、バラエティ番組ではこんなはずじゃなかったとすべてが無駄になってしまう事が多々ありますが、少なくともこの戦いには意味があった。

それだけが、救いでしょう。

 

 

『安部 ロシアンキック』

 

 

無情な宣言と共に、近くで待機していたロシアの白い死神(アーニャちゃん)が満面の笑みでやってきます。

アーニャちゃんには悪気はないのでしょうが、今の私達には本当に死神(そう)としか見えません。

 

 

「押忍!よろしくお願いします!」

 

「はい、アーニャちゃん。よろしくお願いします。

菜々もバラエティ番組に出ることが多いのでわかってますけど、菜々の腰は色々とギリギリで繊細なので手加減してくださいね」

 

「Конечно же‥‥もちろんです。ちゃんと、手加減します」

 

「そうですか‥‥じゃあ、一思いにやっちゃってください」

 

 

恐怖で手を震わせながらもアーニャちゃんに罪悪感を抱かせない為にとても綺麗な笑顔浮かべる菜々さんは、今年度のシンデレラガールに恥じない素晴らしいアイドルでした。

隣にいる心さんの涙腺は崩壊しかけていて腕で目元を隠しながら『パイセン、マジかっけぇです。一生、ついていきます』と声を震わせています。

頭を抱えてお尻を突き出す受刑態勢を整えた菜々さんに、周囲の雰囲気を感じ取ったアーニャちゃんは無言でロシアンキックを放ちました。

 

 

「あ゛あ゛ぁぁ~~~‥‥」

 

 

心構えができていても、実際に身体に走る痛みと衝撃はどうしようもなく菜々さんは床に倒れ悶えます。

私達が受けた時と何が違うのか、武道に関しては素人の私にはわかりません。ですが、アーニャちゃんが嘘をつくことはない筈なので、ちゃんと手加減はされているのでしょう。

 

 

「押忍」

 

 

今までと違い粛々とロシアンキックを終わらせたアーニャちゃんは、何も言わず去っていきます。

その立ち振る舞いはシンデレラガールズで見せる年相応の自由活発な姿ではなく、研ぎ澄まされ凛とした武人然とした姿は、格好いいでは言葉が足りない不思議な魅力でいっぱいでした。

みくちゃんとアーニャちゃんの2人が他のメンバーに比べて女性ファン比率が高いのは、あの姿に憧れるからなのかもしれませんね。

 

 

「こ、これ‥‥ダメなやつです‥‥後には残らないけど、無茶苦茶痛いやつです‥‥」

 

「パイセン、立って!じゃないと、他の鬼が来ちゃう!」

 

 

四つ這いで生まれたての小鹿みたいに震えている菜々さんを心さんが支えに行きます。

私もすぐに駆け寄ろうと思ったのですが、この企画が始まってから散々酷い目にあってきたことで急成長している第六感(ゴースト)が、今行くべきではないと囁きました。

ふと視線を動かすと、罰ゲームが執行されたというのに茄子さんが先程と同じ恐ろしい笑みを浮かべたままその様子を眺めています。

おかしいですね。こういった準備が必要な罰ゲームは、置いたままにしていると邪魔になる為、終わったらすぐに撤収班がやってくるはずなのです。

その瞬間、私の脳裏に恐ろしい推理が浮かび上がりました。

 

 

『いつから、罰ゲームが1回だけだと錯覚していた』

 

 

考えたくないですが、もしそうだとするならば此処は未だに処刑場のど真ん中なのでしょう。

茄子さんがゆっくりと動き出し、菜々さんに肩を貸す心さんに近寄っていきます。

普段であれば直ぐに『危ない』と注意喚起を行う所ですが、もしそれによって茄子さんの意識がこちらに向いた場合、次の生贄になるのは私でしょう。

 

それだけは、嫌です。もう、ロシアンキックは受けたくないんです。

 

後日ネット上で『鬼、悪魔、ちひろ』という書き込みされるであろう下衆な行為だという事を自覚しながら、私は回れ右をして足音を立てない早歩きでこの場を立ち去りました。

 

 

「はい、では第2試合といきましょうか♪はぁとさん、対戦よろしくお願いしますね♪」

 

「えっ?は?‥‥ウソだろ?おい、ウソって言えよ☆

マジ?リアルガチ!?おい、ちっひ‥‥って、アイツ居ねぇ!!逃げやがったな!!」

 

 

やっぱり、私の推理は的中していたようで背後から心さんの恨みのこもった叫びが聞こえてきましたが、聞こえなかったことにします。

鬼ごっこに参加しているメンバーで心さんだけ、まだロシアンキックを受けていないのですから、良い経験になるでしょう。

そう、これは同じ痛みを知ることで結束を高める事が目的なんです。だから心さん、強く生きてください。

 

 

「うひひ、楓さんの次はちひろさんかあ♪大漁だね♪」

 

「あ、愛海ちゃん!」

 

 

逃げ出した先に、楽園はありませんでした。

『愛海』と書かれた黒鬼服を着た愛海ちゃんは、我慢できないと両手をワキワキさせながら立ちはだかります。

 

 

「ちひろさんのハリと柔らかさが絶妙なバランスなお山は、また登りたいと思ってたんだあ♪」

 

「愛海ちゃん、貴女はこんな扱いでいいの!?」

 

「合法的にお山に登れるなら無問題(モーマンタイ)!!後のお仕置きを気にして、今のお山を逃したくない!!」

 

 

愛海ちゃんは、既に覚悟完了しているようで、私の如何なる言葉も届くことはないでしょう。

前門の愛海ちゃん後門のロシアンキック。きっと、これは心さんを見捨ててしまった私に対する罰で、因果応報なのでしょう。

願わくは、この地獄のような収録が一刻も早く終わりますように。

襲い掛かって来る愛海ちゃんをスローモーション撮影のようにゆっくりと認識しながら、私は切に願いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、新年あけましておめでとうございます。

旧年中は全く更新がなく、申し訳ありませんでした。
今後はなるべく更新していくつもりですが、誠に勝手なこちらの都合になりますが感想返しが滞ると思います。
皆様感想は大変うれしく、いつもチェックして活力を頂いているのですが、どうかご了承くださると幸いです。


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食べるのが大好きな人が、一番です

ギリギリ滑り込みですが、令和元年初投稿です。
今後も不定期ですが、拙作をよろしくお願いいたします。

笑ってはいけないシリーズは、現在鋭意製作中です。


どうも、私を見ているであろう皆様。

『恐怖とはまさしく過去からやってくる』という言葉を知っているでしょうか。

これはとある漫画の5部において、ラスボスであるギャングのボスが自分の存在を脅かすようになった娘に放った言葉です。

過去での自分の行動が巡り巡って、いつか自分に襲い掛かって来ることを何と端的に表した言葉でしょうか。

そう、恐怖というものはまさしく人が必死に忘れて封印しようとしている頃になって、それを嘲笑うかのようにやってくるのです。

廃教会を模したセットの祭壇部分に腰掛けながら、心の奥底から溢れ出んとする羞恥の叫びと歓喜の悲鳴を押し殺しながら目を閉じ、皮肉った笑みを浮かべながら軍帽を目深にかぶりました。

右肩にずしりとかかる黒翼の重み、足元に置かれたクレイモアの存在感がその時が来たのだと私に告げます。

そう、Rosenburg Engel(蘭子)の曲である『-LEGNE- 仇なす剣 光の旋律』のMV撮影の日がやって来てしまったのです。

ユニットと言いながらソロ活動となってしまった蘭子と共にアイドル活動をするのが嫌なわけではありません。

ですが、ユニットとしての方向性が私の過去には致命的(クリティカル)過ぎました。

巫女治屋の店主と私の軍装ベースの衣装と蘭子の堕天使風の衣装を、美城の技術班とクレイモアや黒翼、蘭子の薔薇の錫杖と闇の剣、光の剣といった撮影に使用する小道具を製作するのは、チートスキルの振るい甲斐があり楽しかったです。

特に黒翼は、左手の指先から繋がれたワイヤーの微かな動きで自在に動かせるという私と技術班の粋を結集して作り上げた逸品であり、巷に煩雑する安易に使われるCG等と比較してほしくないですね。

翼の動きを自然で魅せるものにする為に相応の操作技術が必要なのと、左手で何かを握ったりすることはできないという欠点はあるものの使用者が私なので問題になりません。

刃渡りだけで私の肩より少し高い、刃渡り150cmオーバーの特大クレイモアもアクション用に見栄えと強度を考慮し所々金属加工を施していますが、きちんと軽量化も図っていますので総重量は8㎏程度と私なら十分片手で振り回せる範囲に収まっています。

黒に近い濃い紫の刀身に紅いラインや文字で装飾を施し、堕天使の翼をイメージに取り入れた金装飾の鍔の中央には紫の模倣宝石があしらわれ、柄まで厨二装飾を施した蘭子の闇の剣と違い、私のクレイモアは華美な装飾は控えシンプルにまとめました。

イメージとしては某黄金の魔戒騎士の斬馬剣をベースに、刀身等の装飾を必要最低限の実用性重視な私好みのものに変更し柄を少し延長したものになっています。

流石にデザインをそのまま流用しては御法に触れて、折角のMVが訴訟問題に発展し大変なことになるので飽くまでデザインのベースイメージだけに留め、外見は殆ど別物に仕上げました。

スタッフの準備も終わったようで、そろそろ私のシーンの撮影が開始となるでしょう。

MVの主役である蘭子や付き添いで来ている武内Pが居るのは当然として、シンデレラプロジェクト全員とちひろが居るのもまだ許せます。

ですが昼行燈、貴方は駄目です。何故、ここに居やがるんでしょうね。

部長職に就いているのですからやることなんていくらでもある筈なのに、絶対に面白半分で顔を覗かせたに違いありません。

 

 

「では、渡さんの戦闘シーンの撮影入ります。用意‥‥スタート!」

 

 

開始の掛け声とともに撮影開始のブザーが鳴りました。

黒歴史を刻む時間は短ければ短い程良いので、気持ちを切り替えて一発成功でさっさと終わらせてしまいましょう。

今回のMVにおける私の役は、純真無垢な天使だった頃の蘭子が魔道に堕ちる原因を作った混沌より這い寄りし闇を彷徨う者だそうで、簡単に言うなら暗躍している黒幕ですね。

蘭子を堕としただけでは足りず、更に暗躍しようとしていたところを突き止められて最終決戦という形です。

ありきたりな展開と言ってしまえばそれまでですが、映像時間が僅かしかないMV系では複雑なシナリオは組み込みにくいので致し方ありません。

見る人を飽きさせないようにアクション面で、頑張って魅せていくとしましょう。

最初は蘭子が入ってきての問答からなので、身体を包むようにしていた黒翼を周囲の埃を吹き飛ばす勢いで広げながら立ち上がります。

この黒幕の性格は相手を試すのが大好きで、どんな行動をしてくれるのかを楽しみながら嘲笑する性格が捩じ切れた紳士なので、まずは歓迎するように恭しく大仰な手振りを持って迎え入れる真似をしました。

表情もしっかり筋肉を動かし、化物が人間の矮小さを嘲笑うような嫌悪感を抱かざるを得ない表情を作ります。

奥の方で見学している蘭子や智絵里、卯月に莉嘉ちゃん、みりあちゃんといった年少&か弱いメンバーの表情が引きつり固まっていたのできっと上手くいっているのでしょう。

一昔前の演劇みたいな大仰でくどい演技をしながらの会話パート自体はすぐに決裂し、すぐさま戦闘シーンへと入ります。

 

 

「おやおや、物騒なことだ。荒事は嫌いなのですがね‥‥仕方ありません。

さてさて、翼を焼かれて堕ちてしまった可愛い、可愛い天使さん、1曲お相手願えますか?

ふふ、ふふふ‥‥ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 

悍ましい笑い声をあげながら軍帽を落とさぬように気をつけつつ天を仰ぎ右手で顔を覆い、指の隙間から狂気に濁った瞳でカメラを睨みつけました。

演技に熱が入り過ぎたためか、瞳を見てしまった人達が小さな悲鳴をあげます。

やり過ぎてしまったのかもしれませんが、ここで加減をして取り直しになるのも嫌なので、このまま行かせてもらいましょう。

足元のクレイモアを頭上に向かって蹴り上げ、左手で黒翼を操作し力強く羽搏く為の前準備として大きく広げます。

この黒翼は操作次第で翼の角度も自在に調節できるようにしていますから、映像に映えること間違いなしでしょう。

カメラに対して幅広な刀身を真正面から見せつけつつ黄金回転で床から垂直に上がったクレイモアを右手で掴みます。

そして、黒翼を羽搏かせて打ち合わせで決められたポイントへ一気に跳び、身体の撓りを効率的に伝え加速させながら振り下ろしました。

私のチートボディを最大稼働させて様々な剣術、体術スキルを惜しむことなく使用した振り下ろしですので、このクレイモアの強度で床に叩き付ければ両方が砕け散ることになりますので、床上1㎜の所で止めます。

撮影毎にものを壊していては費用が嵩むので、こういった部分はCGで上手く格好良く処理しておきましょう。

次は今の一撃を回避した蘭子が頭上から振り下ろされる剣を受け止めて弾く場面ですので、気怠さを隠そうともしない舐め切った態度でクレイモアを頭上で横に構えてから指定秒数待ちます。

蘭子やアーニャが興奮で手を握り締めており、他のメンバーの顔にも恐怖の色が見えなくなってきたので今後の私に対する評価に影響が出ることはないでしょう。

気持ちを新たに演技を続行し、大きくあからさまな溜息をついてから思い切り宙を薙ぎ払います。

ここからは空中戦に移りますから、チートの輝かせ所ですから派手にいきましょう。

振り向きながら大きく開いた黒翼で背後の空間を薙いでから、羽搏きながら跳躍しセットの壁を三角跳びの要領で蹴りつけ滞空します。

流石に舞空術は見稽古習得の対象外であった為、只人でしかない私は重力の軛から長時間逃れることができません。

なので、今回は仕方なくワイヤーアクションに頼ることにしました。

体術スキルや軽功を上手く使えば、数秒間は滞空して5連撃くらいは可能なのですが、速度が優先されるので今回のイメージとは合わないという事で見送りとなったのです。

没となった映像も私を売り込む際の映像資料とすると武内Pが言っていたので、全く無駄にならなかったのは幸いですね。

腰から延びたワイヤーに引かれ、上下反転状態でバランスをとりつつ身体を上手く使って回転斬りや唐竹、切上、刺突等組み合わせた見栄えを重視した空中コンボを行います。

某グラップラーでもやっていたリアルシャドーを応用して創造(つく)り上げた仮想蘭子(戦闘力レベル:悪魔狩人(デビルハンター))との空中戦は、息をつく暇もない火花を散らす激戦でした。

空中を蹴ることができないのは、空中戦においては大きすぎるハンデであり私は力任せにクレイモアを振るい、仮想蘭子を吹き飛ばして距離を空けてから着地します。

着地と同時に猛禽類が滑空し獲物に襲い掛かる如く地を低く駆け抜け、鋭く抉り穿つように突きを放ち仮想蘭子を更に弾き飛ばしました。

 

 

「這い蹲り、心折れる姿を見せてください」

 

 

床に手をつき立ち上がろうとする仮想蘭子の頭を踏みつけ、冒涜的な嘲笑を浮かべます。

これは台本にあるそのままなので、私がやりたくてやっているわけではありません。

Sっ気があると言われる私ですが、こんな風に倒れた相手の頭を踏みつけるなんてことは黒歴史時代以降したことないのでセーフでしょう。あれは、若気の至りというやつですからノーカウントです。

仮想蘭子は、それでも戦意喪失することなく立ち上がろうと踏んでいる足を頭で押し返してきました。

 

 

「おお、素晴らしい!その姿があまりにも素晴らしいので、贈り物を考えました」

 

 

この上なく楽しそうに嘲りながら、足をどけて浮いた顔をボールのように蹴り飛ばします。

 

 

「絶望を贈りましょう」

 

 

翼を自然な形で羽搏かせながら、クレイモアを投槍のように投擲します。

槍投げ用の10倍近い重さがあり空気抵抗を受けやすい造形のクレイモアですが、私の手に掛かれば鈍い衝突音と共に用意されていた的に突き刺さりました。

やり過ぎに見えるかもしれませんが、私のターンはここまでで、これから天使だった頃の自分と力を合わせた蘭子が光と闇の剣の二刀流でこれでもかという程にフルボッコにされるのでお相子になるでしょう。

 

 

「これにて本演目は終幕ですね。さて、次は何で遊びましょうか‥‥

天使さんは飽きたので、そろそろまた人間にしましょうか。彼の存在は存外脆いので、今度は痛みではなく正気を少しずつ削っていきましょう。

きっと面白い反応を示してくれるでしょうから、しばらくは退屈せずに済みそうです」

 

 

仮想蘭子に興味を失い、そこにいるのに認識すらされない路傍の石扱いです。

親指を顎に当てて悍ましさと嫌悪感しかない笑みを浮かべ、次の獲物について思案を巡らせる姿は、温情をかける必要すらない邪悪そのものでしょう。

今更ですが、次期○イダーで主演の1人を務めるものの今まで演じてきた役は圧倒的に悪役系が多いので、私=悪役というイメージが定着してしまわないか心配です。

私のアイドルイメージが平和的なものになる様に、精一杯気持ちの良い負け方をしてきましょうか。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~~、すっご~~い!」

 

「色々あるみたいだよ。ねえねえ、莉嘉ちゃん。一緒に探検しよ?」

 

 

キャビンに到着するなり、何日も前から今日を楽しみにしていた莉嘉ちゃんとみりあちゃんが興奮冷めやらぬ様子ではしゃいでいます。

蘭子のMV撮影は午前中で終わるようにし、シンデレラプロジェクトのメンバー全員の予定を武内Pと綿密に打ち合わせして調整して、昼行燈の手を借りながらも今日の『シンデレラプロジェクト+サンドリヨン+α お泊りキャンプ』は無事開催されることとなりました。

元々はみくが私の家にお泊りをしたことによる不公平だという意見から、みんなでお泊り会をしようという話だったのですが、その話が広がりあれよあれよと参加希望者が増えて私の部屋では容量超えなってしまった為、キャンプ場にて複数のキャビンを貸切っての大規模なものとなったのです。

その分費用は割高になりますが、大手企業に勤める大人組で割勘すればそこまで大きな負担にはなりません。寧ろ私が全部出しても良かったのですが、それは止められました。

大所帯ですが賑やかなことは良い事なので、こういったことは楽しまなければ損でしょう。

 

 

「コラコラ☆まずは荷物を運びこんでからでしょ」

 

「「はぁ~い」」

 

 

今にも遊びに飛び出しそうな2人でしたが、城ヶ崎姉さんがそれを止めて荷物の整理を促します。

ご両親の教育がきちんと行き届いている為か、城ヶ崎姉さんはきちんとお姉さんしていました。

転生して人生経験が多かった筈なのに、黒歴史とはいえ()()()()をしてしまった私とは大違いな姉っぷりですね。

私だったら、きっと甘やかして荷物の整理はしておくので遊びに行って良いと許可を出していたでしょう。

両脇に抱えた大型クーラーボックスを台所に搬入しながら、そんな違いに打ちのめされます。

まあ、そんな拘泥した気持ちは雄大な自然と夜に見ることができるであろう満天の星空に洗い流してもらいましょう。

 

 

「渡さん、こちらはどちらに運べばよいでしょうか?」

 

 

自己嫌悪に陥りそうになっていると私と同じようにクーラーボックスを抱えた武内Pが台所にやってきました。

いつものスーツ姿ではなく、今日の為にお洒落をしたという感じではなく自然で着慣れた感のあるアウトドアシャツにトレッキングパンツ姿は、落ち着いた雰囲気で良く似合っています。

ノーネクタイになるだけでお堅い雰囲気も和らぐ為か、シンデレラプロジェクトのメンバーとの距離感も近くなっており良い結果になったと言えるでしょう。

普段なら絶対に見ることができないウルトラレアな武内Pの姿に、ちひろ、凛、城ヶ崎姉さんは他のメンバーも撮りつつこっそりと武内Pを撮る割合が多めになっています。

そこに触れてあげないのが情けというものでしょう。

 

 

「そちらの中身は昼食で使うものなので動線の邪魔にならない場所に置いておいてください」

 

「わかりました」

 

 

武内Pに指示を出しながら、夕食に使う食材で痛みやすいものと要冷凍なアイス等を備え付けの冷蔵庫に入れていきます。

流石に今回のような大人数になると、備え付けの冷蔵庫では全部収納するのは難しいですね。

昼食分である程度消費されるでしょうが、それでも多いので大容量クーラーボックスと保冷剤を大量に用意しておいてよかったです。

 

 

「搬入系はほぼ終わりましたから、それを置いたら自分の荷物を整理しに行って大丈夫ですよ」

 

「いえ、自分の荷物は着替えと少ししかありませんから彼に運んでもらいましたので、最後までお手伝いします」

 

「ああ、麻友Pですか。そういえば、同期でしたね」

 

 

武内Pの視線の先には、食材以外の荷物運びを手伝っている麻友Pとその後ろを軽めの荷物を持って歩くまゆを筆頭としたアイドル達の姿がありました。

アフリカの先住民族や猛禽類にも負けないチート視力には、麻友Pの数歩後ろをさりげなく陣取ってご満悦そうなまゆの表情までしっかりと見えます。

あまり露骨な行動はアイドルとしては御法度ですが、折角のオフでキャンプに来ているのですからあれくらいには目を瞑ってあげるべきでしょう。

パパラッチ等に写真を撮られたらある事ない事捏造されかねませんが、このキャンプ場周辺に張り巡らせた野生動物の防衛網を突破し、私のチート感覚センサーを誤魔化して撮影できるなら即刻スパイに転職することをオススメできます。

作業自体は食材を冷蔵庫に入れるだけだったので、然程時間もかからず終わりました。

 

 

「さて、これで終わりです。武内Pもオフなのですから、今日くらいは仕事を忘れてのんびり身体を休めてください」

 

 

複数の米袋とミネラルウォーターを背負い、両脇に土鍋を抱えて武内Pにそう伝えると右手を首に回してため息をつかれます。

今日のお昼ご飯はアイドル達の手作りカレーですから、ご飯は必要でしょう。

日本式カレーにはライスを必ず付けるべし。これは日本国民であれば法として定める必要もないくらい当然のことです。

これを破ろうものなら、〇ンジーも助走をつけて殴りかかってくることでしょう。

アイドル達は数合程度なら飯盒炊爨等をしたことはあるかもしれませんが、流石に今回の大所帯分のご飯の準備は経験したことがないはずです。

料理においては、量が倍になったから火にかける時間も倍にすれば良いという単純な計算式は成り立ちません。

折角の楽しいイベントに失敗で影を落とさせたくはありませんから、チート能力で最高においしい土鍋ご飯を仕上げることができる私がやろうというのです。

これが他のことでのちょっとした失敗ならいい思い出になるかもしれませんが、ことご飯関係になると今後にしこりを残しかねない地雷が隠れたイベントなのです。

そのことを力説したのですが、武内Pの反応は先程と全く同じものでした。

 

 

「渡さんの言い分は理解しました。ですが、その量をお一人で仕込もうとされるのを看過することはできません」

 

「大丈夫です。私にかかれば二合も三合も十数合も変わりありませんから」

 

 

武内Pがアイドルに関して心配性で過保護気味なのは昔からですが、立場がアイドルとプロデューサーに変わったとはいえ新入社員時代から面倒をみる側だった私にまでそれを適応しなくてもいいでしょう。

 

 

「お手伝いします。これでも食には興味がありますので、役には立つかと」

 

 

そう言って私の前に立つ武内Pの瞳には、揺るぐことのない強い意志の光が見えました。

未央の一件の後から昔の姿を取り戻しつつある影響か、こういった時に簡単に引き下がったりせずに自分の意思を、言葉を伝えるようになったことは素晴らしいです。ですが、今この場においては少々厄介と言わざるを得ないでしょう。

最近では家事にも協力的な男性のほうが人気ではありますが、ここは昭和時代の父親よろしく食事の用意は任せたと気持ちよく任せてもらいたいものです。

 

 

「とりあえず研いで、水にさらしておくだけですから、特に手を借りることはないので大丈夫です」

 

 

私の持つ一京数千兆と言ったら嘘になりますが、2000は優に超えるスキルを使えば数十合のお米を研ぐのも一般人が普通に行うよりも早くできるでしょう。

原作での絶対殺すマンのせいで攻撃的な印象が強い黄金回転ですが、こういった日常生活における応用力も高く重宝しています。

能力バトル系で複雑な能力よりも単純明快な能力のほうが強力なのは、この応用性の高さがあるからでしょうね。

そんなことは脇に置いておいて、今は不退転の意思を固めている武内Pをどうするかを考えねばなりません。

ステルススキルで通過したとしても、炊事場の位置等は大人組で行った事前ミーティングにて共有されていますからすぐに追いつかれるでしょう。

 

 

「渡さん‥‥貴女のその能力を最大限活用する姿勢は美徳ですが、全てを背負い込もうとするのはプロデューサーとして、私個人としても無視することはできません」

 

 

本当に最近の武内Pは自分の意見を譲らなくなりましたね。

人間讃歌的にはその姿勢は大歓迎ではありますが、それは今発揮する場面ではないでしょう。

真っ直ぐに私を見つめる武内Pに対して、成長してきた眩しさから目を逸らすと今後もこれで押し切られてしまうような気がしてならないので負けじと見つめ返します。

 

 

「何でもは背負っていませんよ。私にはできることですし、これくらい負担にすらなりませんよ」

 

 

黄金回転を利用すれば、常人の何倍もの速度で全員分のお米を一度で研ぐことができます。

なので、今この瞬間こそが時間の浪費と言えるでしょう。

そして、私の感知範囲に接近中の2人の存在がありますから、絶対に面倒なことになる気しかしません。

今日は私もオフ気分なので、巻き込まれてしまうのは御免なので追いつかれてしまうでしょうが、早急にこの場から退散させてもらいましょうか。

ステルス及び私の持つ潜入系技能を最大活用し、お米や土鍋等必要なものを抱えて武内Pの脇を通り抜け勝手口から撤退を完了させます。

今の状態であれば、ステルス単体を破ってみせた昼行燈ですら私を認識することはできないでしょう。

 

 

「七実さん、武内君。そっちは終わりました?」「プロデューサー、手伝いに来たよ」

 

 

撤退が完了した同時にキッチンに到着したちひろと凛の声もチート聴力であればクリアに聞こえます。

まあ、2人にとっては武内Pの手伝いがメインで私はオマケなのかもしれませんが、あのまま留まっていれば恋愛法廷行きは免れなかったでしょう。

恋愛法廷とは別件で何か言われそうな気もしますが、心的ストレス量を考えればどちらがマシであるかは言うまでもありません。

 

 

「千川さん、渋谷さん‥‥実は今、渡さんを説得中でし‥‥居ない!?」

 

「もしかして、七実さんがまた何かしようとしてたの?」

 

「私達が入って来た時には、プロデューサーだけだったけど?」

 

 

武内Pからすれば、突然目の前で白昼夢や幽霊のように消え去ってしまったようにしか感じられないでしょうね。

 

 

「いけません、炊事場に急がなくては!」

 

「どうしたの、プロデューサー?」

 

「凛ちゃん、とりあえず炊事場に行けばわかると思うわ」

 

 

昔の武内Pなら判断に困り、事情の説明をしていたでしょう。そうしてくれれば、余裕を持ってご飯が研ぎ終わったのですが、今は成長している姿を喜ぶべきですね。

後、ちひろ。そのあからさまな溜息については少し語り合う必要がありそうです。

備えあれば患いなし、時は金なり、狡兎三窟

こうして始まりを迎えるキャンプが平和で終わることを切に願います。

 

 

 

 

 

 

 

「もう!カレーのお肉は牛肉に決まってるでしょ!」

 

違うわ!(ニェーニェー)』「カレーのお肉は『豚肉(スヴィニーナ)』です!」

 

 

古来より食での対立は戦争を招くものと相場が決まっていました。

タケ〇コとキ〇コの菓子、漉し餡と粒餡、赤いきつねと緑のたぬき等々、お互いの主張を一切譲らぬ両者の対立は今日に至っても和解の糸口すらつかめない現状です。

現在、私が直面している紛争の名前は『カレーのお肉は牛肉か?豚肉か?紛争』と言います。

みくや智絵里、美波を筆頭とした西日本牛肉派、NGSとアーニャが主導する東日本豚肉派、いつもは仲の良いシンデレラプロジェクトのメンバー達が敵意を顕わにして向かい合う光景は新鮮ですね。

 

 

「私が両方作りましょ「七実さんは、そのまま正座をしてて下さい」‥‥はい」

 

 

私の発言を遮った美波の視線は養豚場のブタでもみるかのように冷たい、とは言いませんがその気がある人には堪らないであろうものでした。

『私はまた一人で色々しようとしました』と書かれた反省ホワイトボードを胸の前で掲げながら、私は炊事場の片隅で正座を続行するしかありません。

度々『一人で何でもやるな』と言われていますが、その単独行動は利己的な側面もあるので利用してくれるくらいが助かります。

特に食に関しては、チートを使って自分が美味しいものを食べたいだけの事が多いですし。

 

 

「杏はどっちでもいいからさ、できたら教えてね」

 

 

こういった争いごとには関わらない主義の杏は、足早に戦線を離脱し正座をさせられている私の隣に折り畳み式のアウトドアチェアを広げ腰掛けます。

お尻がスッポリはまるスタイルで、座面と背もたれの傾斜で姿勢が上向き加減になるので寛ぐには最適でしょう。

そこにおやつとして持ってきた瓶詰めの飴が加われば、もう気分は最高の休日気分です。

 

 

「アンズ!同郷なのに裏切り者(イズミィンニク)!」

 

 

そう言えば、2人は北海道出身でしたね。

346のアイドルはあまり地元色を出さない人間が多いので、つい忘れそうになります。

折角、全国各都道府県出身のアイドルがいるのですから、ご当地アイドル方面でも売り出していけば他プロダクションとの差を広げることができるでしょう。

大企業による質を確保しつつの数を活かす純粋な力押し作戦は、この業界においては至極効果的ですから。

このキャンプ中は無理でしょうが、帰ったら企画書を作って昼行燈あたりに投げておきましょう。

 

 

「いや、杏は美味しければそれでいいタイプだし」

 

なるほど(ラードナ)、シベリア送りです」

 

 

味方をしてくれない杏にアーニャは、冷たい笑顔を浮かべてその小さな身体を肩に担ぎました。

元から鍛えているのに加え、虚刀流の鍛錬も加わっているので30㎏しかない杏を担ぐのは余裕でしょうね。

その程度を耐えられないようなやわな鍛え方はしていません。

アイドル活動の合間で密度を高めた鍛錬により、武道経験の皆無だったみくも自身では気がついていないでしょうが身体能力はレベルアップをしています。

ソーシャルゲームで例えるなら、レベルMAX状態で特訓をしてレアリティにプラスがついたくらいでしょう。

 

 

「横暴だぁ!杏は休養を要求する!」

 

「まったく、杏ちゃんはアーニャの扱いが下手だね。ああいった時は如何に手綱を握るかを考えたほうがいいのに」

 

 

ネコミミを外してすっかりオフモードになっているみくは、担がれた杏を憐れみながらそう言います。しかし、その表情には自分が巻き込まれなくて良かったという安堵の表情が露骨に表れていました。

そんな中カレーのお肉はどちらか論争はお互い譲る気配がないため終戦の兆しが見えず、このままでは百年戦争に突入しかねません。

プロデューサー陣も豚肉派武内Pと牛肉派麻友Pで袂を分かっていますので、ここは最年長の私が納めるしかないでしょう。

音を最大限に高め意識の波長に影響させるように一度だけ手を叩きます。

 

 

「材料は沢山ありますから、両方作りましょう」

 

 

周囲が静まり注目が集まったところで、ゆっくりと口を開きそう提案しました。

夜はBBQの予定でお肉は牛豚鶏羊鹿猪と各種揃えていますし、こんなこともあろうかとカレー用のお肉も牛豚鶏の3種類分用意してあります。

それに複数用意した方が、食べ比べることできるので牛肉派と豚肉派の相互理解も深まる事でしょう。

正直なところ、これ以上時間を浪費して楽しみにしていたランチタイムが伸びるのは我慢ならないのです。

 

 

「それでいいですね?」

 

 

答えは聞いていませんけど。

有無を言わさない凄みをもって意見を述べると全員が頷きました。

 

 

「はい、では牛肉派と豚肉派でグループを作ってください。食材はプロデューサー達が持ってきてくれたクーラーボックスの中に入っています。

喧嘩しないように分け合ってください」

 

 

それでは調理開始です。

各派閥が材料を選別している間に、こちらも準備を始めましょう。

私はウエストポーチを開き中からジップロックに入った何種類もある茶色の粉の1つを取り出します。

これは御法に触れるようなものではなく、七実特製のカスタマイズカレー粉です。料理を嗜むものとして各種素材に適したカレー粉を常備することは常識でしょう。

今回取り出したこれはチキンカレー(大人)用のもので、通常の日本式カレーよりも香辛料の風味と辛さを強めた一品で淡白になりやすいチキンカレーを風味豊かなものにしくれます。

チートで気配を消してマイ包丁等の調理道具、メインの鶏肉を含む材料を集め、準備は完全に整った(レディ・パーフェクトリィ)

ゲーッハッハハ!食材達よ、我が(チート)によって美味しくなるがよい!

 

 

「アンズ、労働は義務です」

 

「い、イヤだ!杏は働きたくない!」

 

「ふーん、そういうの案外嫌いじゃないかな」

 

「しぶりん!?お願いだから影響受けないで!」

 

 

金の鎌と槌が似合いそうな赤い旗を幻視しそうになる豚肉派。

 

 

「みくちゃん、お肉をお願い。私は野菜を切っておくから」

 

「了解、美波ちゃん。お肉の下味は塩コショウと何かに漬ける?」

 

「私の家ではお酒に漬けることが多かったけど、みんなは?」

 

「わ、わたしの家は炭酸に漬けてたかな」「白き母なる恵み(牛乳)!」

 

 

とても和気藹々としたアットホームな牛肉派。

 

 

「~~♪」

 

 

鶏肉派、私 総勢1名 参陣。

この序盤から波乱なキャンプな行く末はきっと神様にだってわからないでしょうが、今の私の素直な気持ちをアメリカの一般家庭にフランス料理を紹介した女性シェフの言葉を借りて述べるのなら。

『食べるのが大好きな人が、一番です』

 

 

 

 

 

さて、美味しいカレーを作りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編20 if 笑ってはいけないアイドル24時 掲示板その3

お正月はかなり過ぎてしまいましたが、明けましておめでとうございます。
遅ればせながら、笑ってはいけないシリーズです。楽しんでいただければ、幸いです。


【悲朗報】笑ってはいけないアイドル24時 その4【まだ半分】

 

 

726 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやぁ、このコーナーもあそこまで本気出すとは思わなんだ

 

 

727 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

『オウムアムア』鬼は本家を超えてた

絶叫苦手な俺はちびって気絶してる 

 

 

728 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

師匠が早苗さんの上四方固めから清良さんへ回収されていく様子は笑ったわww

 

 

729 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

しかし、家族枠は川島家とは、意外なチョイスだった

 

 

730 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

後で追加された鬼達も情け容赦なかったな

 

 

731 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

笑いすぎて書き込みできんかったわw

 

 

732 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>727

片輪走行からの鬼出現台を使用しての高速大ジャンプ 

食後だったら確実に第三次だったろうなぁ

 

 

733 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他のメンバーが大変な中、結局終始平和だった七実様

許せる!! 

 

 

734 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さんの被害率が他のメンバーに比べて多くね?

 

 

735 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ようやくの終了に安堵する5名とままゆやほたるちゃんと穏やかな時間を惜しむ1名 

 

 

736 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「もう1時間延長で」(2人に膝枕をして頭をなでながら)

 

「「「「「却下!!」」」」」 

 

仕方ないね

 

 

737 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

天国と地獄がはっきり別れたコーナーだったな

 

 

738 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ほたるたんが幸せそうで何よりです

 

 

739 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>727

本家でも車系は凄いけど、これは超えたと思う

 

 

740 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「解せぬ」

 

めっちゃ、不服そうw 

 

 

741 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そこはご理解しろよw

 

 

742 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>729

いつもは頼れる大人枠の瑞樹ちゃんが、‐10歳位に見えた

やっぱ、親の前では子供はいつまでも子供なんだよなぁ

 

 

743 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

某ドラマ以来、まゆ七実派のワイ

このコーナーを見た瞬間、布教保存用を追加購入は終了していた 

 

 

744 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

名残惜しそうなまゆちゃんとほたるちゃん

かわゆすぐる♡

 

 

745 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実様は平和に終われる‥‥と思っていたのか?

 

 

746 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

まゆとほたるちゃんが残された部屋が爆発する!?

おい、それは許されざることよ!! 

 

 

747 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ぜったいに許さんぞ、346プロ!

 

 

748 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「止めるには近くにある解除スイッチを押さんといけん‥‥渡、やってくれんか?」

 

「早く場所を教えなさい」

 

あっ、七実様ガチモードじゃん、終わったなスタッフ

 

 

749 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

画面越しなのにプレッシャーを感じるってどういうことよw

 

 

750 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジで鳥肌が立ったw

 

 

751 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

だから、アイドルを危険にさらすようなのは逆鱗に触れるんだって!

 

 

752 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

って、試練ってSAS○KEのファイナルステージじゃねぇか!

 

 

753 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

最新のこれって、クリア者0じゃなかったか?

 

 

754 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ほたるちゃんがままゆを不幸に巻き込んだって落ち込んでんじゃん、スタッフ

 

 

755 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これに100mダッシュも追加って、爆発させる気満々かよ

 

 

756 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

制限時間1分ていうのもいやらしい

 

 

757 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こんな無理条件でも、七実様ならクリアしてしまいそうな気がするのは俺だけか?

 

 

758 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

2人も聞かされてなかったのか、ガチビビりしてる

 

 

759 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こんなの借りてくるって、やっぱスゲーは346は

 

 

760 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

それでも、それでも七実様なら!

 

 

761 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ガチモード過ぎて、他のメンバーが何も言えていないw

 

 

762 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スタート位置に付いた七実様構えた

 

 

763 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

右脚を前に踏み出して、その両脇の地面を両手で掴む?

 

 

764 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ライダ○でやってたキックの構えだな

某忍者漫画の青春先生リスペクトの

 

 

765 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

普通に考えたら、こんなフォームで速度がでるはずないんだよなぁ‥‥

 

 

766 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「シィィィィ」

 

七実様のこれって、呼吸音?おかしくね?

 

 

767 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは失敗確定だわwww

所詮、アイドルの中で粋がってる輩にクリアできはずがないwww

  

 

768 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>753

他形態を制覇した常連も突破できていないやつだな 

間違っても、女性アイドルにやらせるもんじゃない

 

 

769 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ミナミん、スタートの号令忘れてない?

 

 

770 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

うちの炊飯器みたいな音だな

 

 

771 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

命綱なしで挑戦すんのか?危険が危ないぞ

 

 

772 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

炊飯器ww

  

 

773 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ついに美城が家電業界へも進出してきたか

 

 

774 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

その炊飯器、滅茶苦茶美味しく炊けそうw

  

 

775 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>743

同志よ。俺もあのドラマのスピンオフを待ってる

 

 

776 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

!?

 

 

777 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

え?

 

 

778 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何が起こった?

 

 

779 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

うせやろ?

 

 

780 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

マジか

 

 

781 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

は?

 

 

782 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はぁ!?

 

 

783 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

はぁあぁあ!?

 

 

784 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

身体能力が高いのは知っていたけど、あの動きってリアルで可能なのか?

 

 

785 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

雷光が走ったように見えたぞ?

 

 

786 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なあ、俺ラインの通知に気を取られて見逃したやけど

何が起こったん?

 

 

787 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

流石にCGだろ?

アニメとかじゃあるまいし‥‥

 

 

788 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

wtf

 

 

789 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いやいや、いやいやいやいや

 

 

790 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>786

スタートと同時にボル○並の速度で駆け抜けて

スパイダーク○イムは壁蹴りで数秒で登り切って

その勢いのままサーモ○ラダーを数段飛ばした後、止まることなくクリア

綱登りは最早消化試合

20秒以上時間を残して完全制覇

 

しかも、当の本人は余裕綽々

 

 

791 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いや、早送り映像だろJK

 

 

792 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「解除スイッチは押しましたよ?早く2人を解放してください」

 

いや、七実様

全員貴女のせいで呆気にとられてるんですよw

 

 

793 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>771

いや、本当は付ける予定だったと思うぞ

一瞬だったが、FS開始地点に移ってた 

 

 

794 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

蒼天の霹靂ってあんな風なことを言うんだろうな

 

 

795 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

スロー再生マダァ-? (・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン 

 

 

796 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

とりあえず、画質悪いけど参考映像貼っとくな

https://××× 

 

 

797 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

少なくとも七実様○ASUKEを完全制覇できる実力はあるってことだな

 

 

798 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>790

うっそ、んなバカな

 

 

799 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実様なんて粋がってるだけとか抜かしてた情弱アンチ息してるかぁ?

 

 

800 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346が悪いんだよ七実様を本気にさせたんだから

 

 

801 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「あ、相変わらず渡は規格外じゃな」

 

おい、ビビってんのか

 

 

802 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>787

ホントのことさぁ~~

 

 

803 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>796

それはダメ、違法だから

捕まるよマジで

 

 

804 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

人間って鍛えればあんな風に動けるのか‥‥

 

 

805 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「よっと」

 

スーパーヒーロー着地か、流石サービス精神満点だな

最後までカッコイイ!

 

 

806 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

言い忘れてたな、さすなな!

 

 

807 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「なんで、クリアできたんですか?」

 

流石、ちっひ

俺たちの聞きたいことをちゃんと聞いてくれる

 

 

808 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「愛ですよ、愛」

 

やっぱり、愛って最強ね!

 

 

809 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実様のアイドルに対する愛はマジもんだからな

わざと炎上させようとした奴ら、恐ろしいことになってたもん 

 

 

810 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>803

反省してまぁ~~す

 

 

811 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「流石、師匠です」

 

胸の前で手を組んでるままゆって、マジで恋する乙女に見えんな

アイドル百合に目覚めそう

 

 

812 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

(*゚∀゚*)ムッハー キタキタキタキターーーッ!

 

 

813 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「それじゃあ、お昼じゃけえ戻るぞ」

 

そうか、ようやく半分なのか

 

 

814 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

半日でこの濃さって、胃もたれ思想

 

 

815 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そういえば、本家でお昼の替え歌コーナーなくなったよな

俺、結構好きだったのに

 

 

816 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「やっと休めるのね」

 

「もう菜々はクタクタです。おしりも痛いし」

 

休めるといいね、休めると

 

 

817 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

絶対に刺客が来るにきまってる

 

>>815

あれ微妙だったろ、廃止は残当

 

 

818 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>811

ハァイ、ジョージィ

お前もまゆ七実沼に入るんだよ!!

 

 

819 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「もう帰りたい」

 

最初は楽しそうにしてた楓さんが折れていらっしゃる

 

 

820 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

始まるまでが楽しいのさ、始まれば地獄の釜の蓋が開く

 

 

821 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ええか、ここからはまた笑ったらお仕置きじゃけえ。気をつけや」

 

この放送だけで方言娘に目覚めた人多そう

 

 

822 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

しゅがははここでお別れか

このまま合流でもええんやで

 

 

823 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さてCMか、もう新情報は‥‥いります

 

 

824 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

告知が多すぎて、どれか忘れそうで怖い

 

 

825 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もうないよな?ないよね?

 

 

826 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

は、346プロ新規プロジェクト候補生募集!?

 

 

827 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おいおいおい、まだアイドル増やすのか346プロ

 

 

828 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

所属アイドルが3桁超えて業界最大なのに

  

 

829 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

推しがまた増えるな‥‥出費も‥‥

 

だが、それがいい!!

 

 

830 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

うちの娘達が応募したいっていいだした

双子の妹の方が特に乗り気で、姉の方はマイペース過ぎてわからん

父親としては複雑だ

 

 

831 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346っていろんなアイドルいるよね‥‥

ザコメンタルだけど、ぼくも夢を見てもいいのかな?

 

 

832 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちゃんみお、ちゃんみおじゃないか

 

 

833 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「キミにもたどり着けるよ、キラキラ輝く星々に

たくさんのパワーをみんながくれるから、一歩踏み出してみようよ。ね?」

 

俺が女だったら!または346に男性アイドル部門があれば 

 

 

834 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いい言葉だ、来年はシンデレラガールだな(数敗)

 

 

835 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは心に来る

 

 

836 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちゃんみおもすっかりアイドルらしくなったなぁ

初ステージはめっちゃ表情が硬かったもん

 

 

837 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>831

踏み出せよ

夢は寝てみるものだが、起きて掴むものだぜ

 

 

838 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ハッピーバースデー!未来のアイドル達!

 

 

 

 

 

 

 

 

【ここから】笑ってはいけないアイドル24時 その5【後半戦】

 

 

110 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

帰りのバスまで刺客たっぷりかよww

 

 

111 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

穂乃香ちんが相変わらずのぴにゃキチだな

  

 

112 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「これが初代ぴにゃこら太、これがぴにゃこら太α、これがコラボの秘丹弥虚羅多

これがぴにゃこら太Ver.Ka、これがぴにゃこら太01」

 

「全部同じじゃないですか!?」

 

「ちがいますよーーーっ、これだから素人さんは」

 

これだからぴにゃガチ勢はw

 

 

113 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

こんないいアイドルを隠していたのか

侮れんな、346プロ!

 

 

114 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

違いが分かるやつおるぅ~~?

 

 

115 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>83

ヘレンと七実様の唐突なダンスバトルからの

「これは貴女と私でダブルヘレンね」発言は大草原やったわ 

 

 

116 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「見てくださいVer.Kaは少し目が凛々しいんですよ」

 

『川島、安部、高垣、千川 アウト』

 

いや、わかんねえよw

 

 

117 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「わからない、わ!」

 

「もうもう、ひぃん!」

 

「‥‥いたっ」

 

「楓さん、収録中です、てぇ!」

 

楓さん、これストップものだろ

 

 

118 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルがしてはいけない顔、放映してはいけない顔が普通に出るのな

 

 

119 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>113

フリスクは別に隠れてなんかないやい!もっとすこれよ!!

 

 

120 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

346には所属アイドルに対する愛はないのか?

 

 

121 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっ、ようやく戻ってきたか

 

 

122 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「それじゃあ、食堂でお昼にするけど‥‥ここから特別ルールがあるけぇ、よく聞きや」

 

お昼くらい幸福に空腹を満たさせてやれよ 

 

 

123 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

特別ルールひでぇw

 

 

124 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

刺客は1人、笑ったら刺客にお昼の一品を没収される(ただし1人1回、それ以降は普通のお仕置き)

これは、一撃で食事ランクが落ちかねないぞ 

 

 

125 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん、自分が不利になりそうな特別ルールにさらに曇る

 

 

126 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「因みにお昼の御膳はこれじゃ」

 

なにこれ、超旨そう

 

 

127 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

美城限定 特製牛肉御膳

ミディアムレアの牛のステーキ、牛刺し、胡麻豆腐、サラダ、香の物、ご飯、みそ汁

 

えっ、社食にこんなメニューあるの?

 

 

128 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これ飯テロじゃん!

 

 

129 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

警告なし、これは無期懲役コースだな

 

 

130 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どうしよう、続きを見たいのに外食したくなった

 

 

131 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

不定期かつ限定十数食とかいっても、これで2000円は食いたい

 

 

132 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

○してでも奪い取る

 

 

133 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「あっ、七実さん。本気で笑わないようにしてるでしょう?」

 

「当然です。奪わせてなるものですか」

 

食べ物がかかると顔が変わる七実様、子供っぽいw 

 

 

134 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「高垣はそんなはぶてんなや。それじゃあ、食堂に入った瞬間からスタートじゃけえ頑張りんさいや」

 

「‥‥だって、番組が私をいじめるんですもん」

 

拗ね楓さんいいな

 

 

135 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「どうして、特製御膳が売り切れているのだ」

 

まさかの専務再来!?

 

 

136 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルどころか、自社の専務にすら容赦無しとか

あの765ですらここまではしなかったぞ! 

 

 

137 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

恐ろしや、恐ろしや

  

 

138 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これは企画担当は閑職送り確定だな

 

 

139 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実様以外は口に手を当てているが、何とか堪えてセーフ

 

 

140 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

七実様の眉1つ動かさぬ鉄仮面ぶりが逆に笑える

 

 

141 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「どういうことだ。この為に、私は会議を切り上げてやって来たのだが?」

 

やばい、真面目そうな堅物系のこういうのは俺のツボだ 

そして4人がやばそう

 

 

142 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「そういわれましても、本日分は売り切れまして」

 

「売り切れ?食材の確保は君たちの職務のはずだが?」

 

「それは、そうですが‥‥」

 

「このようなことが起こるのであれば‥‥食材仕入れ計画を全て白紙に戻す!」

 

『川島、千川 アウト』

 

身内ネタだが、アイドル達には特攻だろうな

 

 

143 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

あ~あ、早くも2人がアウトか

 

 

144 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「では、千川君から御飯を川島君からは味噌汁をいただこう」

 

漢専務、メインには手を付けず!

 

 

145 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>131

外食で食べようと思ったら倍はしそうだもんな 

 

 

146 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ユウジョウ!

 

 

147 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「因みにご飯や味噌汁を没収されたらお代わりでの補充もなしじゃけえ」

 

「これをご飯無しでですか‥‥」

 

「ちひろちゃん、その気持ちわかるわ」

 

これはご飯が欲しくなるやつですやん!

 

 

148 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

鬼、悪魔、専務! 

 

 

149 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「さて‥‥ところで、君は安部菜々を知っているか?」

 

「は、はぁ、知っていますが?」

 

「では、メルヘンチェンジをここでやってみたまえ」

 

「は?」

 

『安部、千川 アウト』

 

唐突ぅ!? 

 

 

150 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「次は安部君か、胡麻豆腐を戴こう」

 

菜々さん無茶苦茶ほっとしてる

 

 

151 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「さあ、気を取り直してメルヘンチェンジしたまえ」

 

「えと、本当にですか?」

 

「早急にやりなさい、私はあまり気の長い方ではない」

 

「ん゛ん゛っ、ウザミンパワ゛ーでメルヘンヂェ~ンジ!!」

 

『川島、安部、千川、高垣、新田 アウト』

 

だみ声なのに無駄にキレがいいのが腹立つw

 

 

152 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そして、美波ちゃんも対象だったか

 

 

153 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

楓さん、口を押えたり目を閉じたりしてたが駄目だったか

でも、ナイスファイト!

 

 

154 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>136

961は社長自身が結構出てくるけど、こんなのには絶対出ないだろうしな 

 

 

155 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

みなみん、知らされてないのかびっくりしてる

 

 

156 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

司会も安全ではないのか‥‥

 

 

157 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「新田君は牛刺しを高垣君はそうだな‥‥メインをいだだこう」

 

専務無情のメイン没収だぁ!

 

 

158 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この為に、今までメインを奪わなかったのか!?

 

 

159 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「専務、どうして!?」

 

「君だろう?この前の忘年会でシャトー・オー・ブリオンの赤白等ワインを遠慮なく頼んだのは?」

 

「‥‥」

 

「無言は肯定と判断する。禁酒令を出さなかっただけ、ありがたく思いなさい」

 

楓さん、お酒関係でやらかしすぎィ!!

 

 

160 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いや、もう禁酒した方がいいな

 

 

161 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「足りない分はポケットマネーから出すから、好きに飲みなさいと言ったのは私だ。

だが、それでも限度というものがある。なので、私も遠慮なくやらせてもらう」

 

ダメだ、復讐に正当性があり過ぎて擁護不可だわ 

 

 

162 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

名前の挙がった2つで20万近くいきそうなんですが‥‥

 

 

163 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここで特別ルールタイム終了!

やっぱり七実様は食事やアイドルが関係すると強いな 

 

 

164 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

どぼぢでこんなごどずるのおおお

 

 

165 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そしてさり気無く牛刺しを奪われしょんぼりみなみん、いい表情

 

 

166 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さっきの鬼ごっこ企画でさとしんがばらしていたのもあったから

少なくとも3~4回はやらかしていると思われる

 

 

167 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>155

騙して悪いが、仕事なんでな 

 

 

168 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>144

でも、日本人にご飯や味噌汁没収は地味にダメージあるぞ 

俺なんて、おかずのためにご飯をたべてるのか、ごはんのためにおかずを食べているのかわからなくなる

 

 

169 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この専務、アイドルは難しくても女優として十分活躍できそう

 

 

170 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「‥‥なんで、隣に座るんですか?専務」

 

「言っただろう、遠慮なくやらせてもらうと」

 

しれっと、楓さんの隣に座る専務ww 

 

 

171 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なにこのいい大人達の子供っぽい争いw

 

 

172 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>163 

表情筋が死んでるんじゃないかと思うくらい無表情だったな

それでいて普通にしゃべるから不気味だった

 

 

173 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「ああ、やっぱりこの御膳は美味しいですね」

 

「生活の中で食事は重要な項目を占める。良い食事は活力となり、良い仕事を生む。

ならば、企業として改善に注力するのは当然のことだ」

 

やだ、専務カッコイイ

 

 

174 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんて露骨さを感じさせない、企業アピールなんだ

ちょっと履歴書書いてくる 

 

 

175 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

この人が専務なら美城は当分安泰だろうな 

 

 

176 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

クローネはこの専務主導だったらしいし、超有能じゃん

同じ親族経営でも最悪な、うちの盆暗ボンボンと交換してくれぇ!! 

 

 

177 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

いい事を言っているのだろうが、隣の楓さんの肉を見つめる視線で耳に入ってこない

 

 

178 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「私のステーキ‥‥素敵なステーキ‥‥」

 

よっぽど食べたかったんだな

わかるわ

 

 

179 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「今回は飛騨牛ですか、脂の乗りも赤身のバランスも申し分なしいいお肉です」

 

「ああ、君の伝手の御蔭で交渉もスムーズに進んだ。今後は数量限定ではあるが、定期メニュー入りが可能となるだろう」

 

喜べ美城職員、社食の未来は明るいぞ 

 

 

180 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>175

それに加えて能力・育成力最強の七実様まで抱えてんだぜ 

下手すると世紀単位で覇権を握る可能性すらある

 

 

181 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

というか、七実様の伝手ってどこまであんの?

 

 

182 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「七実、アンタって伝手のない業界ってないでしょ?」

 

「菜々聞いたことがあるんですけど、国外にもネットワークを持ってるみたいですよ」 

 

あれ、この番組何だったけ?

 

 

183 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

わぁい、雑談!俺ちゃん、このメンバーの雑談大好き! 

 

 

184 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

食事シーンだけで絵になるってのは、本家に勝る部分だよな

 

 

185 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>174

ようこそ、天国に最も近い戦場へ 

歓迎しよう、盛大にな

 

 

186 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「まあ、それなりにと言っておきましょう」

 

「もう、七実さんはそうやってすぐにはぐらかすんですから」

 

ちっひはご機嫌斜めだけどさ

実際、七実様なら某カンパニーとか某水族館とかと交流があるって言われても信じられるから怖いよな

 

 

187 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>168

日本人なら白米の為に決まってんだろぉ! 

 

 

188 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>160

それやったら、本気でアイドルやめかねんぞ 

お酒関係のイベントでの目撃情報の数が桁違いだからな

 

 

189 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

お腹空いた、備蓄も食い尽くしてしまった

夜は長いのに‥‥

 

 

190 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここでカットかよ!

  

 

191 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もうちょっと見せてくれてもいいじゃんか!?

 

 

192 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

必要な分は見せたということだ これ以上は見せぬ

 

 

193 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

不穏な気配が‥‥

 

 

194 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>186

言わないじゃなくて言えないとかあり得そう

 

 

195 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

引き出しセカンドシーズンか

 

楽しみだな!楽しみだな!!

  

 

196 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「やっぱり、このながれなのよね。わかりたくないわ」

 

「ロシアンキックは嫌だ、ロシアンキックは嫌だ」

 

すっごいイヤそうなのがわかる

 

 

197 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

2回目には何が入っているかな?

 

 

198 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

「順番どうします?」

 

「じゃんけんにしますか?正直、誰も開けたくないでしょうし」

 

まあ、そうなるな

 

 

199 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

番組の都合上、全員開けないといけないんだけど

これまでの被害を考えるとなぁ 

 

 

200 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

絶対、平和に終わることはない

 

 

201 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>185

えっ、何その恐ろしい言葉 

346やばいん?

 

 

202 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

食事シーンを、咀嚼音を、ドリンクタイムをもっと寄越せぇ!

  

 

203 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

アイドルの仁義なき戦いが今始まる

 

 

204 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

未だ七実様だけロシアンキック受けてないよな

ゲストのシュガハすらやられたのに 

 

 

205 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

また爆笑できるものがあったらいいな

  

 

206 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ざっと見た感じ部屋に追加されたものはなさそうだね

  

 

207 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おっ、今回のトップはちひろさんか

  

 

208 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

何が出るかな?何が出るかな?

 

 

209 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

電撃チェックOK

ほう、経験が生きたな 

 

 

210 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

パネル3枚か

  

 

211 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さっき公開されなかったチャイルドスモック全員分おにゃーしゃー☆

 

 

212 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

期待値が一気に上がったな

  

 

213 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

他の未公開衣装とかでも、一向に構わん!

 

 

214 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

雑ぅ!!

 

 

215 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ここで雑コラかよ!

  

 

216 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

一時期アイドルの雑コラが流行った時期が、あったが公式でもやるのか

  

 

217 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

瑞樹ヘッドに加蓮ボディ

ちひろヘッドに奈緒ボディ 

楓ヘッドに凛ボディ

 

これが新生トライアドプリムスか‥‥いけるわ!

 

 

218 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>206

いや、一瞬で分かりにくかったけどテレビの前にSwitc○があった 

 

 

219 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

後は、菜々さんと七実様か

ぜったいろくなことにならない気がする 

 

 

220 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>208

年齢がわかるぞ、おっさん 

 

 

221 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

菜々さんもひどいww

 

 

222 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

巻き込まれるシュガハ、可哀そうw

  

 

223 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

元ネタ何だ?全然わからん

  

 

224 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

BE MY BABYかよ!懐かしいな!

最近、シャンプーのCMに使われてたけどさ

 

 

225 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

やっぱりアイドルの雑コラは、見ててつれえわ

 

 

226 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>217

正直、この3人でのTP曲は聞いてみたい 

歌唱力高いから、絶対本家とは違ういい感じになる(確信)

 

 

227 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

さて、毎度の如くとりを任せられる七実様だが

 

 

228 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

おい、スタッフww

 

 

229 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>220

なんで、わかったんですかねぇ? 

 

 

230 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

これ考えたやつ、一回七実様に怒られろ!

  

 

231 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

草バエルw

 

 

232 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ロボット系は卑怯だろ!

  

 

233 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

す○ざんまいポーズなのに、意外に様になってるのがダメだわw 

 

 

234 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

そりゃ、全員アウトになるのもやむなし

  

 

235 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

追撃入りまぁ~すw

  

 

236 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

なんで、毎回パネルと同じポーズを取るんだよ!

  

 

237 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ノルマ達成

 

 

238 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

ちょっとキレが悪くなってきてる気がするが、笑えればとにかく良し!

  

 

239 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

>>202

過去の346の旅番組を見れば幸せになれるぞ 

 

 

240 以下、名無しにかわりましてシンデレラがお送りします

もう346がアイドルをどうしたいのかわからなくなってきたよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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